Fate/Grand Order 【幕間の物語】聖女と天才物理学者 (banjo-da)
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ベストマッチなやつら?

例の如く衝動的に書き始めました。
最初の方はストックあるので定期的に、その後はオーズと同時進行でゆっくり書いていこうと思います。




 

「マスター、少し宜しいでしょうか。」

 

始まりは、何時もと変わらぬ昼下がりでした。

各特異点に残った不安定な箇所───所謂微小特異点の原因を特定し、それを解消する為のレイシフト。

前日を種火集めの周回に励み。

そして本来オフの筈だった今日の午前中。急遽特定されたそれを解決するべく、マスターはレイシフトに赴かれていました。

 

元々私はそんな彼女を労うべく、戻られたマスターをお茶に誘っただけだったのです。

 

─────それがまさか…あんな事態を引き起こしてしまうなんて。その時の私は夢にも思っていませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お茶会?」

 

「はい。キャットさんから"良い茶葉が手に入ったのでお裾分け"…と譲って頂きまして。」

 

ある日の午後。レイシフト続きでぐったりしていた『人理継続保障機関フィニス・カルデア』所属の新人マスター『藤丸立香』は、一人の少女に声を掛けられていた。

その相手は、『ジャンヌ・ダルク』。

人類史に生じた七つの特異点。それらを巡る旅の中で出会い、後にサーヴァントとしてカルデアに召喚された彼女は、立香の大切な仲間である。

彼女の絹の様に滑らかな金髪は、同じ女性である立香から見ても魅力的だ。性格は穏やかで物腰柔らかながらも、凛とした芯の強さを兼ね備えた少女。本人は決して認めはしないが、"聖女"という評価にこの上無く相応しい…と、立香は思っていた。

 

「────マスター?どうされました?」

 

 

「ううん、何でもない。御新規様向けに、脳内で人物紹介してただけだよ。」

 

「は、はぁ……?仰有っている意味はよく分かりませんが、きっと何か大切な事なのですね。」

 

キョトンと首を傾げてみせるジャンヌ。それはそれとして、話を戻すとお茶会の誘いだった筈。

 

「勿論喜んで!でも、お茶の葉なんてよく手に入ったね?最近のレイシフトで、そんな機会無かったと思うけど…。」

 

「キャットさんが言うには、カルデアで作ったそうですよ?レイシフト先で資源を回収するにも限度は有るので、せめて嗜好品位は自家栽培出来ないかと…前々から有志の方々で取り組んでいたらしいのです。」

 

「有志?」

 

「農作業に覚えのある方々です。」

 

立香の脳裏に"とある夏の思い出(YARIOの姿)"が蘇った。

 

「それと、普通に栽培していたのでは時間が掛かり過ぎるので…キャスタークラスの方々で特殊な成長促進剤を開発し────ご安心下さいマスター。今回はパラケルススさんもメフィストフェレスも開発から外しています。メディアさんとキャットさんが監修して、エミヤさんが加工と毒味まで済ませて下さってますので。」

 

立香の表情から何かを悟ったジャンヌが慌ててフォローを入れる。

トラブルメーカーを徹底的に排除し、信頼出来るメンツのみで構成された万全の生産ライン。ならば問題は無いだろう。

 

「それなら安心…じゃあ、お邪魔させて貰おうかな。」

 

「はい!では、食堂に参りましょう。既にマリーやマシュさんにも声は掛けてあります!」

 

目を輝かせ、花開く様な笑顔を浮かべ。ジャンヌは立香を伴い歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ戦兎。」

 

「なんだ万丈。」

 

「俺達、何で野郎二人でパーティーしてんだ?」

 

「こっちが聞きたいよ。」

 

最低限の照明のみを灯した、倉庫兼研究室兼住居。

日頃の収入が芳しく無い彼等にしては、珍しく豪勢な食事をテーブルに並べ。

そんな食卓に向かい合うのは男性二人。明らかにスペースが余ってる。

 

「ダウンフォール鎮圧のお疲れ様パーティーしようって準備してたのに…美空と一海はデート。幻さんと紗羽さんもデート。残ったのは俺らだけってワケ。」

 

やれやれ、と嘆かわしそうに首を振る彼の名前は"桐生戦兎"。

嘗ては旧世界で戦争に繋がる兵器を幾つも開発した張本人『葛城巧』と呼ばれる科学者だったものの、全ての黒幕である地球外生命『エボルト』によってその顔と記憶をリセットされる。だが、記憶を取り戻した後も、その罪から逃げないと決断し───険しい道程の末、仲間達と共にエボルトを撃破。エボルトによる全ての悲劇が起こらなかった世界、即ち『新世界』を創造した英雄だ。

 

「お前が勿体ぶってサプライズにしようとしたからだろうが!呼ぶならせめて出前取る前にしろよ!!」

 

呆れ顔で戦兎に向かい合う青年"万丈龍我"。

彼もまたエボルトの引き起こした惨劇の被害者にして、その正体はエボルトの半身とも呼べる存在。その正体のせいでエボルトから脱獄犯に仕立て上げられ、その後も徹底的に追い詰められ続けてしまった。初めは自身の冤罪を晴らすべく身勝手な言動が多かったものの…軈て彼は、行動を共にした戦兎の姿に影響され、精神的に大きく成長を遂げた。

 

共にエボルトと戦い続けた彼等は、互いに互いを認め合う相棒(ベストマッチ)となったのだ。

 

「うるさいよ!大体それ言うなら、お前だって出前頼み過ぎなんだよ!どんだけ食うつもりだったんだよ!」

 

「来る人数考えたら普通の量だろうが!三羽ガラスとか内海さんとかも入れた人数だ!」

 

「三羽ガラスは一海のデートを追っかけるってさ…。」

 

溜め息を漏らしながら、戦兎は三羽ガラスと最後に交わした言葉を思い出す。

 

 

 

『カシラがちゃんとみーたんをエスコート出来るか不安だしな…。』

 

『ていうか、多分無理。』

 

『カシラ、前にみーたんとの買い物に何着て行ったと思う?───タキシードだよ。

カシラはやっぱ、俺達が付いてないと何も出来ないからな……。』

 

 

 

話を聞く限り、間違い無く一海(あのドルオタ)何かやらかしかねない。

これに関しては戦兎も彼等に100%賛成だった。

 

「……そんなワケで、今頃あいつら二人の後ろから見守ってるだろうさ。」

 

「ほーん…で、内海さんは?」

 

「内海さんは………忘れてた。」

 

哀れなり、内海成彰。

そんな戦兎にジト目を向けつつ、龍我は携帯を取り出す。

 

「…今からでも呼ぶか?」

 

「……いや。ここに内海さん一人加わっても大差無いだろ。もう料理冷めちまうし、居ない奴等はほっといて食べよう。」

 

「……だな。いただきます。」

 

切ない結論に至った二人は、自分の皿に料理を取り分け始めた。

黙々と食事を進める男二人。何とも言えない絵面の中で、戦兎は愚痴をこぼす。

 

「大体、俺達は愛と平和の為に戦う仮面ライダーだぞ?揃いも揃ってデートデートデート…ったく、色恋にうつつ抜かしてる暇なんて無いっての。」

 

「愚痴が完全に部活一筋でモテない高校生じゃねぇか…ま、偶にはこういうのも良いんじゃねぇか?」

 

「俺はお前と二人きりのパーティーより、可愛いレディと飯食いたいけどな。」

 

「人がフォローしてやってんのにそれかよ!?」

 

「大声出すな。行儀悪いぞ。」

 

他愛の無い会話が続く。

まあ戦兎としても、本音はこういう時間も悪くは無い。

二人は一年以上苦楽を共にしてきた。互いに支え合い…心折れかけた時も、相手の姿に助けられてきた大切な仲間同士だ。だが、お互い何となくそれを口に出したら負けだと思ってる。

 

「にしても、あの幻さんと紗羽さんがね…仮面ライダーもリア充だらけになっちまって。はー、やだやだ。」

 

「そういう事言ってるからモテないんじゃねぇのか?」

 

自棄食いの様に料理を頬張る戦兎へ、龍我の悪意無き言葉が刺さる。戦兎は噎せた。

 

「ゴホッ、ゲッホ…んん!べ、べべべ別にそんな事ねぇし!俺だってその気になればリア充くらい余裕だし!何たって俺は、イケメン天ッ才物理学者だしな!ただ、今の生活じゃ出会いが無いだけだし!」

 

「モテない高校生の次はモテないサラリーマンみたいになってんぞお前。」

 

「うるっさいよ!大体お前人の事モテないモテない言ってるけど、お前だって今は一緒だからな!?香澄さんが今付き合ってるのは、こっちの万丈なんだから。」

 

明らかに動揺した様子で早口になる戦兎。

 

「んだと…!……あん?」

 

反論しかけた龍我の携帯が鳴る。

箸を置き、龍我は席を外しながら電話に出た。

 

 

 

「お、これ旨いな。唐揚げ、タルタルソース…ベストマーッチ…。」

 

「っと、悪いな。───ってお前、俺の取ってた寿司食ったな!?折角のトロが…!」

 

数分後。一人で舌鼓を打っていた戦兎の元へ、電話を終えた龍我が戻って来る。

 

「細かい事気にしてんじゃないよ。ハゲるぞ?

───で、誰だった?」

 

「ハゲねぇよ!!……なんか、由衣が買い物に付き合って欲しいってよ。悪い、ちょっと行ってくるわ。」

 

神は無情だった。

龍我自身は、未だに旧世界での小倉香澄との思い出を大切にしている。故に、新世界で紆余曲折の末に龍我へとアタックをかけ始めた馬渕由衣に対して、どこまでの想いを抱いているのかは分からないが……。

 

「完全に俺だけ残り物じゃねぇか…。」

 

「あ?何言ってんだ?俺と由衣はそんなんじゃ……。」

 

「あーはいはい、もう分かった。ほら、良いから早く行け!あんまり女性を待たせるモンじゃないよ…筋肉バカのお前にも、そのくらいは分かるだろ?」

 

「誰が筋肉バカだ!俺はプロテインの貴公子

─────万丈龍我だ!」

 

「お前"貴公子"の意味ちゃんと分かって使ってる?」

 

騒々しいやり取りの末。何時からか龍我(バカ)が気に入ってるらしい名乗りに突っ込みを入れつつ、戦兎は出掛けて行く相棒(バカ)を見送る。

 

バタン、と入り口の戸が閉まると、彼は何とも言えない虚無感に襲われた。

 

「……今からでも内海さん呼ぼうかな…。」

 

一人になったことで、どう考えても食べ切れない料理にラップを掛けていく戦兎。切ない。

気晴らしに何か作ろうか…そんな事を考えながら彼が残った料理を平らげていると────。

 

「!?眩し…ったく。ぼっち飯してる天才に、今度はパンドラパネルまで嫌がらせするのかよ…。

─────パンドラパネル?」

 

突如輝き始めた『白いパンドラパネル』。壁に掛けてあったそれに、戦兎は慌てて駆け寄る。

以前このパネルが勝手に輝いた時は、旧世界から新たな侵略者がやって来た。その時の経験を踏まえ、警戒しながら幾つかのボトル(・・・)ドライバー(・・・・・)を手に取る。

 

「何でパンドラパネルが……」

 

訝しげに戦兎が呟く。

直後、パネルが一際大きな輝きを放ち、その光が彼を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっけねぇ…危うく財布忘れる所だったぜ。………あん?戦兎?おーい!」

 

数分後、戻って来た龍我が目にしたものは。

食べかけの料理が載った食卓はそのままに、無人となったアジトだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…。」

 

「あれ…?」

 

広い草原。澄み渡った青空の下、少女と青年が目を覚ます。

ほぼ同時に起き上がる二人。

二人はまるで示し合わせたかの様に、キョロキョロと辺りを見回した。

 

「私は…確かマスターとお茶をしていて…。サーヴァントなのに急に眠気が襲ってきて…。

─────え?」

 

「俺は…確か白いパネルの光に…。

─────ん?」

 

ここへきて漸く互いの存在に気付いた二人。両者咄嗟に後退り、恐る恐る相手の様子を窺う。

 

「えっと…どちら様?え、ここ何処?てかその服……コスプレ?」

 

「こ、コス…?よく分かりませんが……貴方こそ一体…。それに、ここについては貴方の方がお詳しいのかと…。」

 

青年──戦兎の問いに戸惑う少女。戦兎からすれば、未だ年若い彼女が鎧を身に付け、先端に槍の付いた大きな旗を手にした姿はコスプレ以外の何にも見えないのだが…。

そんな彼の考えは、少女──ジャンヌ・ダルクにはピンと来ない。

 

とはいえ、互いの様子から見えてくるものも有る。

戦兎には、彼女が趣味でこの格好をしているワケでは無い事が。

ジャンヌには、彼の発言から自身の霊基が時代に即した服装では無いという事が。……とはいえ、今の彼女にはどうしようもない事だが。

何より、お互い似た様な立場だという事も理解した。

 

「……確かに。人に名前を尋ねる時は、自分から名乗らないとな。

───桐生戦兎だ。イケメン天才物理学者だが、生憎俺は気付いたらここに飛ばされててね…状況はサッパリ分かってないのが実情だ。」

 

「戦兎さん…ですね。私は……レティシア(・・・・・)。私も先程まで…その、同僚達とお茶会をしていたのですが。急な眠気に襲われて、目が覚めたらここに。」

 

何気に悪気も無く"イケメン天才物理学者"の部分をスルーされた。少し恥ずかしい。

無論口には出さず、ほんの一瞬だけ悲しそうな顔をした後、真剣な表情に戻った戦兎は溜め息を漏らす。

 

「……そっか。つまり、お互い情報は持ってない…って事か。なら、こうしていても仕方無い。こういう時は足で稼ぐに限る…現場百回、ってな?」

 

「現場百回…?」

 

「知り合いのゴースト君が、そのまた知り合いの刑事さんから教わった言葉だってさ。

───さ、行こうか。」

 

ベージュのロングコートを翻しながら、戦兎は歩き出す。

そんな彼を不思議そうに見詰め、ジャンヌもまた戦兎を追って歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

桐生…戦兎さん。不思議な人です。

どこか軽い調子の人にも見えますが、悪い人では無さそう。それに、恐らく頭の回転も早い───この現状において、パニックを起こす事も無く的確に状況を見極めようとしている。

もしかしたら、あの軽い態度も、自分自身を…或いは私を不安にさせない為のものなのかもしれません。

 

とはいえ、私は彼に一つ嘘を吐きました。

───レティシア。嘗て、別の私が参加した聖杯戦争において、私の依代となった少女の名前。

マスターも居ない。カルデアとの通信も繋がらない現状において、私は真名を明かす事を避け、咄嗟に彼女の名前を騙ってしまった。

その事に罪悪感を覚えましたが…未だ彼を見極めるには情報が足りない。もし彼が信頼に足る人物なら、いずれ機会が有れば真名を明かそうと思っていたのですが。

 

─────その機会は、私が想像していたより遥かに早く訪れる事となったのでした。




お気に入りのVシネ限定フォームは超魔進チェイサーとクローズエボルです


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出陣のラビットタンク

それで攻撃するのかと思ってたら前輪より手前の為か全く使われなかったマシンビルダーくん前方の歯車。好きです。




 

広大な草原をアテも無く駆け抜け、どれだけの時間が経過したのだろうか。

幸い空は晴れ渡り、気温も程良い───サーヴァントである私に直接関係はありませんが、生身の人間である戦兎さんには重要な事です。

因みにルーラーとしての知覚能力のおかげで、彼がサーヴァントで無い事は一目瞭然でした。

 

 

 

"駆け抜け"と言った理由は、少し前の出来事が切っ掛け。

最初こそ暫く歩いていたものの、行けども行けども目に入るのは果ての無い草原。"これではキリが無い"と戦兎さんは小さな端末────確かカルデアで"スマートフォン"と呼ばれていたそれに似た物を取り出し、そこに奇妙な容器(ボトル)を嵌め込んでみせる。

 

すると───なんと端末が一瞬の内に、バイクへと変形したのです。

 

「こっちの方が早い。さ、乗って。」

 

そう言うと彼はバイクに備え付けられた画面から二つヘルメットを取り出し、こちらに差し出してくる。無論、拒む理由も有りません。

 

 

 

そんな出来事を経て、私達は二人乗りしたバイクでこの広い草原を駆け抜けていた。

 

「にしても、あの旗何処に仕舞ったんだ?手品ってレベルを越えてるぞ…?」

 

「まあ…色々と。それより戦兎さんこそ。こんな変形するバイクなんて…私、初めて見ました。」

 

「でしょうね。俺が作ったし。」

 

さらっと言っていますが、それは途轍もない大発明なのでは?生憎と、出自が出自なので学は有りませんが…そんな私にも、それくらいは分かります。

 

「戦兎さんは発明家なのですか…?」

 

「まあ、発明は結構してるな。けど本職は天ッッッ才物理学者……お?レティシア、何か町らしきモン見えてきたぞ?」

 

いやに"天"と"才"の間を溜めていた戦兎さんでしたが不意に何かに気付いた様に前方を指差します。

私もそちらに視線を向ければ、確かにそこには町らしき建造物の数々が。

未だ距離は有りますが、それでも一先ず安心しました。

 

────そんな時です。彼がスピードを落とし、バイクをその場に停車させたのは。

 

「戦兎さん?」

 

「レティシア、あれ見てみろ。」

 

彼の指し示す先には、小さな木が数本────いえ。

 

「木陰に…人が?────!あれは…!」

 

「ああ、多分あのバケモノ(・・・・)に襲われてる。」

 

彼の言う通り、木の下に見える人影の周辺には、その人を取り囲む数体の人形の魔獣の姿が。

恐らく魔獣から逃げる内に、何時の間にか木の下へと追い込まれてしまったのでしょう。

 

助けなければ────そう思った時には、私はバイクを降りて駆け出していました。

 

「ちょ、おいレティシア!?」

 

「戦兎さんはそこに!危険ですので!」

 

サーヴァントの自分なら問題有りませんが、生身の彼を巻き込むワケにはいかない。

彼に一方的にそれだけ告げると、私は一目散に魔物目掛けて向かって行った。

 

 

 

 

 

「ひっ!」

 

「危ない!」

 

サーヴァントとしての脚力で全力疾走したおかげで、何とか間に合った。私は少女らしきその人物と魔獣の間に割り込み、敵の振り下ろした槍を旗で弾き飛ばす。

 

「ギャッ!?グォォ…!」

 

ウェアウルフ。これまでの特異点にも出現した、人間同様二足歩行する武装した狼───所謂、狼男と呼ばれる魔獣。

突然湧いて出た敵に対応し切れず、体勢を崩したウェアウルフを私は旗で薙ぎ払う。

彼等の怯んだ隙に、私は少女へと視線を向けた。

 

「逃げて…と言いたい所ですが、敵は複数。逃げる方が危険ですね…私の後ろから離れないで下さい。」

 

「は、はい…!」

 

突然の出来事に彼女も混乱していたみたいですが…何とか堪えて首肯するその姿に、一先ず安堵しました。

私という敵を排除すべく、武器を構え陣形を整えるウェアウルフ達。

彼女を守る。その為に私は旗を構え────。

 

「よっと!」

 

「ガァッ!?」

 

直後、真横から聞こえた獣の悲鳴。

振り向けば、そこには地に伏すウェアウルフと──────。

 

「戦兎さん!?」

 

「脇が甘いぞー、脇が。」

 

どうやら、死角から襲撃して来た敵を彼が蹴り飛ばした様子。

それに救われたのは事実ですが、流石に二人を守りながらというのは難易度が高い。

何とかして二人を逃がさなければ…そんな風に焦る私の肩を、戦兎さんは軽く叩いて笑ってみせました。

 

「…えーっと、相手は六体か。にしてもアンタ、生身でバケモン相手に向かって行くなんて…根性有るじゃねーか。」

 

「そんな事言ってる場合ですか!貴方は……!」

 

「─────"戦う力を持たないから隠れてろ"。だろ?」

 

言おうとした言葉を先取りし、私の横に彼は並び立つ。

 

「レティシアが只者じゃないのは分かったよ。けどな?」

 

彼は不思議な機械を取り出すと、それを腰に当てる。

するとその機械から帯…いえ、ベルトが伸び、彼の腰へと装置が固定された。

 

「震える女の子ほっといて、その子を守る為に別の女の子一人に戦わせてたんじゃ…俺のヒーロー感が薄れるでしょうが。」

 

どうしてだろうか。状況は明らかに良くない筈なのに。

何故彼は、穏やかに微笑んでいるのだろう。

そして私は……。

 

「その子を頼んだぞ。」

 

「……はい!」

 

何故、その笑顔はこんなにも頼もしく感じる(・・・・・・・・・・・・)のだろう。

 

「さぁ───実験を始めようか。」

 

先程スマートフォンに取り付けていた物と似た、二つのボトルを取り出す彼。

敵に囲まれているにも関わらずそれを振る姿は、状況を考えれば危険でしかないというのに…何故だか妙な安心感すら覚えてしまう。

そうして振ったボトルを、彼は腰に付けた機械へ嵌め込み。

 

「変身!」

 

─────その言葉通り、"変身"してみせた。

 

 

 

 

 

 

「さぁ───実験を始めようか。」

 

戦兎は二本のボトルを取り出す。

嘗ての敵エボルトが石動惣一の記憶を元に生み出した、地球に存在する様々な物の成分を宿した『フルボトル』。

戦兎が選んだのは、勿論『兎』と『戦車』。

取り出したボトルを振りながら周囲を見渡し、ウェアウルフ達を注意深く観察。

成分が充分に活性化したボトルの蓋を開け、彼はそれを腰に装着した『ビルドドライバー』へと装填した。

 

『ラビット!』『タンク!』

 

『ベストマッチ!』

 

ボトルの成分を叫んだドライバーが待機状態に入った。

待機音声を流すそれに備わったハンドルを握り、回す。

すると戦兎の周囲を取り囲む様に、試験管を思わせるチューブ状の『ファクトリアパイプライン』が伸びていく。

それらは軈て小型ファクトリー『スナップライドビルダー』を形成。フルボトル内の成分が液状となった『トランジェルソリッド』がファクトリアパイプラインへと流し込まれ、戦兎の前後に左右半分ずつの奇妙な人形パーツを形作る。

このパーツの名は『ハーフボディ』。

その名の通り、これではまだ半分しか完成していない。

 

ならば、どうすれば良いのか

─────その答えは簡単だ。

 

『Are you ready?』

 

ドライバーからの問い掛けに、戦兎は迷い無く答える。

 

「変身!」

 

シュートボクシングさながらの構えを取り、その言葉を口にした戦兎。

前後のハーフボディは、両腕を振り下ろした彼の体を挟み込む様にスライドする。

 

『鋼のムーンサルト!ラビットタンク!』

 

重なり合ったハーフボディが、戦兎の全身を覆う一つの装甲へと変わる。

熱を逃がすかの如く、ハーフボディとハーフボディの継ぎ目から煙を噴射する装甲。

その煙が晴れれば、そこに居たのは"変身"を遂げた一人の戦士。

 

『イェーイ!!』

 

「仮面ライダービルド。作る、形成する…って意味のビルドだ。

─────以後、お見知りおきを。」

 

赤と青。輝く二色の装甲を纏い。戦兎(ビルド)はジャンヌと少女へ、右手の小指以外を異なる方向へ伸ばした独特のポーズを決めて見せる。

 

「戦兎…さん!?それは……!」

 

「ん?これ?これは科学のイメージを全面に押し出すってコンセプトの下、フレミングの右手の法則を参考にして考えた俺の決めポーズで…。」

 

「いえ、そっちでは無く!」

 

素なのかボケなのか分からぬ返しに突っ込むジャンヌ。

その反応に、ビルドは彼女の言わんとする事を理解した。

 

「あ、ビルドの方ね?それはコイツら片付けたら、後でちゃんと説明する……よっと!」

 

会話もそこそこに切り上げ、ビルドが跳ぶ。

左足に仕込まれたスプリングを用いた、(ラビット)の名に相応しい跳躍。一瞬の内にウェアウルフらの背後を取った。

 

「───ッ!?」

 

「ウサちゃん相手だからって気を抜いてちゃ、狼つっても良い的だっての!」

 

左足で大地を蹴り、右足で手近なウェアウルフを蹴り飛ばす。

重戦車が如き一撃は、たった一発で命中した相手を消滅まで追い込んだ。

魔力へと還り、欠片も残らず消滅したウェアウルフ。

そんな仲間の姿に動揺する魔獣達と、何故か同じ様にビルドも動揺した。

 

「え?何!?消えた…!?」

 

「彼等は魔物、魔力の塊です!今のは倒して魔力へと還っただけ!」

 

「んだよ…はぁ、良かったぁ~。スマッシュとは違うってワケね?」

 

ジャンヌの言葉に安心して、思わず胸を撫で下ろす。

そんな隙を敵は逃さず、二体のウェアウルフがビルドへと飛び掛かり───。

 

「読めてます…よっと!」

 

不意打ちを、ビルドは空中へ逃れる事で容易に躱す。急に標的を失い、二体のウェアウルフは互いに正面から衝突した。

 

「こちとら消滅するって状況にトラウマ持ちなんだ。ややこしい事…するんじゃねぇよ!」

 

空中からの踵落としを二体の内の一体へと叩き付ける。

即座に魔力へ還り始めたそれに構う事無く、着地したビルドはもう一体へと回し蹴りを叩き込んだ。

 

「次!」

 

言いながら彼は次の相手に向かって行く。

殴り、敵の反撃を避け、その隙を突いて蹴りを決める。

あっという間に残る敵は二体になっていた。

 

「強い…。」

 

思わずジャンヌの口から漏れた感想。

サーヴァントに匹敵するだけの力を備えたあの装甲もだが…驚嘆すべきはその動き。

軽口を織り交ぜながらも無駄の無い身のこなしは、熟練の戦士のそれと言っても過言では無いだろう。

無論純粋な技量だけなら、サーヴァントの中には彼を上回る者も大勢居る。

 

だがそもそも、単なる人間の彼と(・・・・・・・)人類史にその名を轟かせた英霊(・・・・・・・・・・・・・・)この両者を比較するという前提(・・・・・・・・・・・・・・)自体が異常な物だ。

 

その事実に困惑するジャンヌを他所に。ビルドは残る二体を巧みに相手取り、蹴り飛ばして一ヶ所へと寄せ集める。

 

「勝利の法則は決まった!」

 

彼がドライバーのハンドルを回すと、空中に出現したのは二本のグラフらしき謎の図。

それらは固まったウェアウルフを左右から挟み、固定する。

 

「どうなってるんですかそれ!?」

 

まさかあれが物理的に接触可能なものだとは───微塵も予測していなかったジャンヌは、驚きのあまり思わず声に出して叫んでしまった。

 

「てぇんっさい物理学者のてぇんっさいパワーだ!行くぞ!」

 

『Ready Go!』

 

抜け出そうと藻掻くウェアウルフ達。だが見掛け以上に強固なそれは全く緩む事は無く。

ビルドは再び空高く跳躍。そしてグラフをなぞる様な軌道で放たれる、必殺のライダーキック。

 

『ボルテック・フィニッシュ!イエーイ!』

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

ビルドの必殺の一撃が、二体の敵を打ち砕いた。

 

キックの体勢のまま着地するビルドと、その背後で爆発し、魔力へと還り始めるウェアウルフ達。

 

「ふぅ……終わったか?」

 

その様子を一瞥し、警戒して辺りを見渡した後。

ビルドはドライバーからボトルを抜き取り、桐生戦兎の姿へと戻る。

 

「戦兎さん!」

 

「おー、レティシア。お疲れさーん。」

 

駆け付けて来るジャンヌへ、戦兎は軽い調子で手を振って見せた。

 

「お疲れさん、じゃないです!さっきのは何ですか!?」

 

「ん?いやだからフレミングの右手の……」

 

「そっちでは無くて!!」

 

のらりくらりと煙に巻こうとする戦兎。そんな彼に抗議するように、ジャンヌは彼に詰め寄る。

 

あの力は何なのか。

何故あんな物を持っているのか。

彼は何者なのか。

 

聞きたい事は山程有る。内容次第では、彼が無関係の一般人を装った黒幕という線だって考えられるのだから。

 

「冗談だよ。あんまり怒ると皺になるぞ?」

 

「なっ────!」

 

瞬く間に彼女は赤面する。

対する戦兎も、言った直後に何かに気付いたかの如く頭を抱えた。

 

「……これかぁ…!?こういう所なのか!?あの万丈(バカ)一海(ドルオタ)幻さん(私服ダサい)に遅れを取る理由って!……って、そうじゃない!

ゴメン!デリカシー足りなかった!」

 

戦兎は慌ててジャンヌに頭を下げる。先程の戦闘で見せた勇姿は、既に一片たりとも残っていなかった。

 

「……別に良いです。」

 

これは絶対に良くないやつだ。

 

「大丈夫!皺なんて全く無い!なんてスベスベな肌なんだ!───これセクハラになるか?」

 

機嫌をとるべく、戦兎はあからさまに下手に出る。

そんな彼に呆れた様子で、彼女は思わず盛大に溜め息を吐いた。

 

「それは本当にもう良いです。それより…」

 

「分かってるよ。ビルドの事だろ?でもまずは…あの子を町まで送って行こう。その道中で構わないだろ?」

 

確かにこのまま一人で放置しては、また彼女が魔獣に襲われないとも限らない。少女も同行させるとなれば、当然バイクは使えないだろう…あのサイズでは、どうやっても二人乗りが限界だ。

となれば、町までの距離的に時間は充分有る。

 

彼女は戦兎の提案に頷き、同意の意を示す。

だが──────。

 

 

 

 

 

 

「戦兎さん!」

 

少女の下へと向かおうとする戦兎さん。

そんな彼の背へ、私は呼び掛ける。

どうしても一つだけ、先に聞いておきたい事が有ったから。

 

「ん?」

 

「貴方は、途轍も無い力を持っています。……貴方はそれを、何の為に使うのですか?貴方は何の為に戦うのですか?」

 

彼の正体は未だ謎に包まれている。

これまでの言動や、私達を守って戦ってくれた事を考えると、敵とは思えませんが…。

サーヴァントでも、魔術師でも無いのにあれだけの力を有する存在。

そんな彼を見極めるべく、私は彼へと問い掛けた。

 

そんな私の思惑を、彼は理解しているのかしてないのか…それは分かりませんでした。

けれど─────。

 

「決まってるだろ?ラブ&ピースだよ。」

 

彼が少し照れくさそうに笑って見せながら、大真面目にそんな事を言うものだから…私も信じてみたくなったのです。

 

「この力で、誰かの笑顔を守る。皆の明日を作ってあげられる───俺はその為に戦うんだ。」

 

 

 

 

 

この、桐生戦兎というヒーローを。




エレちゃんに続きオデュッセウス爆死。
これは平成って醜くないか案件。


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初めてのフィーリング

冷静に考えると、ジュージューバーガーもパックマンもゲームのルール通り攻略したのに、ときめきクライシスだけ「リプログラミングして恋愛ゲームをバトルゲーに変える」ってチート過ぎる件。


 

火星で発見されたパンドラボックスが引き起こした『スカイウォールの惨劇』から10年。

 

天才物理学者の桐生戦兎は『仮面ライダービルド』として、その力を操る地球外生命体『エボルト』を倒し、パンドラボックスのエネルギーと引き換えにスカイウォールの無い『新世界』を創造する。

 

新世界にて新たな生活を送っていた戦兎だったが、ある日白いパンドラパネルから溢れ出た光に飲み込まれ、一人未知らぬ地へと飛ばされてしまう。

目覚めた戦兎が出会ったのは、謎の少女『レティシア』。彼女と共に、いたいけな少女を襲う魔物を退けた戦兎だったが……。

 

「ジャンヌゥゥゥ!!!ジャンヌ、ジャンヌはいらっしゃいますか!?」

 

うわ、何だアンタ!?ここにジャンヌなんて子は居ません!居るのはレティシアだけです!

(今のところは。)

 

「そうでしたか…はて、こちらからジャンヌの気配を感じたのですが…失礼致しました。」

 

───ったく…あー、ビックリした。何だったんだろうあの人…ま、良いか。

 

「嗚呼、愛しのクリスティーヌ!クリスティーヌ!クリスティーヌ!!!」

 

「Arrrthurrrrrr!!!!」

 

─────またかよ!?あーもう滅茶苦茶だ!

早く本編入っちゃって!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと…すみません、もう一度お願いしても宜しいでしょうか…?戦兎さん達は、火星人と…」

 

「火星を滅ぼした宇宙人、な。火星人は寧ろ被害者だから。」

 

先の戦闘から暫く経った頃。

戦兎の話───ビルドの成り立ちや、彼がそれを手にして戦い始めた経緯を聞いたジャンヌは混乱していた。

常識外れで荒唐無稽な話だが、それ自体をジャンヌは否定はしない。

そもそも彼女自身、神を信じる教徒であり、サーヴァントという人智を越えた存在に他ならないのだ。

だが、如何せん情報量が多過ぎた。町が見えてくる頃には、彼女の思考回路はショート寸前だった。

 

「にしても…人類史を滅ぼす敵?さらっと言ってるけど、それは時間や空間という概念そのものに働きかけてるって事だ。人類を滅ぼす、宇宙を滅ぼすって事ならまだ理論上可能だろうが…過去から未来まで、ありとあらゆる人類の痕跡を焼却させるなんて目論見…一体どんな理論で、どれだけのエネルギーを用いて行うってんだ…。」

 

戦兎はというと、ジャンヌから聞かされたカルデアの話に頭を抱えている。

人理焼却という事態に絶望するのではなく、物理学者としての観点から考察しているのが彼らしいが。

 

「にしても、レティ…じゃなくてジャンヌ。よく俺に話してくれたな?これ、相当な機密事項だろ?」

 

戦兎の問いにジャンヌは頷く。

当然ながら、これはおいそれと他人へ話して良い内容ではない。

 

「私も最初はそう思いました。マスター不在の今、私の勝手な裁量で話をして良いものかと。…けれど……。」

 

「けれど?」

 

「戦兎さんは、全てを打ち明けてくれた…。そんな方に、自分だけ情報を隠したまま接するのは不誠実だと思ったのです。」

 

苦笑しつつも、迷いの無い声音でジャンヌは告げる。

 

「何この良い子…爪の垢でも煎じてエボルトに飲ませたい…。」

 

感激のあまり、ちょっとよく分からないコメントを残した戦兎。

ともあれ、お互い帰るべき場所に戻らなければならない───その一点が合致したというのは事実だ。

 

「それじゃ、君も今の俺達の話は誰にも話しちゃダメだぞ?」

 

念の為、同行していた少女にも釘を刺しておく。

無論話したところで誰も信じないだろうが…念には念を入れておいて損はない。

 

「はい…分かりました。おじさん達の秘密、必ず守ります。」

 

「おじさんじゃなくてお兄さんな。

────てか、君は何であんな所に?」

 

甚だ遺憾そうに少女の言葉を訂正し、ふと抱いた疑問をぶつけてみる。

戦兎とジャンヌ。二人の壮大な話が終わってなお時間が余るくらい、町からあの場所までは距離が有る。

そんな場所に少女が一人で居たというのは妙な話だ。

 

「……お母さんが病気になっちゃって。お医者様にも診てもらったけど、全然ダメで。それで、昔お祖母ちゃんに聞いた話を思い出したの。町外れの草原に、どんな病気も治す薬草が生えてるって…。」

 

俯きながら語る少女の表情は暗い。

どうやらその薬草を探している間に、魔獣達に襲われたという事らしい。

 

「成程ね…それであんな所に居たワケか。」

 

戦兎の表情も険しいものになる。

助けてあげたいのは山々だが───。

 

 

「ごめんなさい…。」

 

「謝る事じゃないさ。お母さんを助けたいって君の気持ちは立派だ。けど、今度は一人で無茶な真似するんじゃないぞ?」

 

言いながら、戦兎は少女の頭を撫でる。

そんな二人を、ジャンヌは困った様に見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったよりも近代的だな…。」

 

市街地を散策していた戦兎が一番に感じた点。

それは町並みも、そこを歩く人々も、戦兎の知る現代の風景と何ら変わらないという事だった。

無論、全てが同じというワケではない。石造りの建物が多く建ち並び、道路もまたアスファルトでは無く石畳だ。古き良き町並みが残るこの土地は、足を踏み入れた当初こそ中世ヨーロッパにでも来たかと錯覚してしまった。

だが一方で。通りに構えている店へとよくよく目を凝らせば、かなり新しい物も多い。携帯ショップ、チェーン展開のファーストフード点、コンビニエンスストア等…パッと見て気付かないだけで、実際にはこの町の景色にそぐわぬ店舗もチラホラ見受けられた。

確かに思い返せば、先程の少女の服装も今風の物だったような。

あんなファンタジー染みた怪物を見たせいで、てっきり大昔にタイムスリップでもしたのかと思い込んでいたが…。

 

「まあ確かに、キルバスが旧世界からやって来たのも俺達が新世界を作った後…向こうが何年かまでは分からないが、そんなに時間のラグは無い筈だ。そう考えれば辻褄も合うが……。」

 

「戦兎さん!」

 

思考に耽っていた戦兎は、自らへ向けられた声で我に返る。

振り向けば、別行動から戻って来たジャンヌの姿。但しその装いは先の鎧姿ではなく、学生服らしき現代の衣装へと変わっていた。

 

「あれ?どしたのその格好。」

 

彼女は町に着いた後戦兎と別れ、先の少女を家まで送り届けに行った筈だ。

カルデアから来たサーヴァントという彼女の境遇を考えれば、その後ショッピングを楽しむ様な金銭的余裕も有るとは思えないが…。

 

「あの子を送り届けた際、彼女のお母様が下さったのです。"この子の姉が昔着ていた物で良ければ"…と。本来御遠慮するべきなのでしょうが、流石にこの町で私の霊基そのままは目立ち過ぎますから…。」

 

「有り難く頂戴した、ってワケか。良いんじゃない?似合ってるし。」

 

「本当ですか!?良かった…。折角大切な思い出の詰まった服を頂くのであれば、キチンと着こなしたかったので…そう言って頂けて安心しました!」

 

「律儀だな。心配せずとも、ちゃーんと可愛いくなってるっての。」

 

「可愛…!?」

 

満面の笑みから一転、茹で上がったみたいに真っ赤に染まる彼女の顔。

対する戦兎はといえば、慌ただしく変わる彼女の様子に首を傾げる。

 

「?どした?」

 

「……い、いえ…何でもありません…。戦兎さんは、よくそういう事を仰有るのですか…?」

 

「そういう事って?」

 

「か…か、かわ…可愛い……!

─────いえ、何でもありません!」

 

そう言って一目散に駆け出してしまう彼女。

 

「あ!ちょ、おい!迷子になるぞ!?」

 

再び首を傾げつつも、戦兎はジャンヌを追って駆け出すのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ…何をしているのでしょうか、私は。」

 

 

走っている内に冷静さを取り戻した私は、たまたま通りがかった公園のベンチに腰掛けていた。

 

何故私は、あんなにも取り乱してしまったのだろう。

 

カルデアでも、私を異性として口説いてきたサーヴァントは居た。けれど、彼等は生前からの女性好きばかり。

他のサーヴァントを口説いて制裁を受けていた姿を目にした事も有る。……先日はダビデ王がマルタ様に、オリオンがアルテミス様に制裁されてましたね。

中には土方さんとカーミラさんの様に、割と良い雰囲気になる方も居ましたが…いえ、それは今は良いとしましょう。

 

そもそも私は神に仕える身。加えて、今は人理焼却という大事を前に戦う英霊の一人。

生前も、サーヴァントとして召喚されてからも、あんな風に心揺れる事は無かった筈だ。

なのに…。

考えられる理由は一つしか無い。

 

「……間違い無く、マリーと話した内容ですね…。」

 

「マリー?仔猫ちゃんでも居たのか?」

 

「きゃぁぁぁぁ!?───せ、戦兎さん!?何時からそこに!?」

 

何て心臓に悪い!何時の間にか追い付いていた彼に突然声を掛けられ、はしたなく大声で叫んでしまいました。

というより、何故彼がここに…?無我夢中で走ってしまったので気付きませんでしたが、サーヴァントの私に彼が追い付くのは困難な筈…。

 

「いや、今追い付いたんだよ…あー、しんど…。」

 

「ど、どうやって…!?普通に考えて、サーヴァントに走って追い付ける筈が…。」

 

「いや、ホントだよ…滅茶苦茶早いから、ずっとラビットボトル振って身体能力強化しながら走ってたわ。」

 

言いながら差し出された彼の手には、さっきの戦闘でも用いていた赤いフルボトルが。

ずっとシャカシャカ振りながら走ってたのでしょうか…何ともシュール過ぎる絵面に、想像して思わず顔が引き攣ってしまいました。

 

「す、すみません…でも、それにしてもよくここが分かりましたね?」

 

「あー…いや、途中確かに見失ったんだけどな?何か、"ジャンヌがこっちに居るかもー"…って気がして来てみたら、本当に居たからさ。俺も驚いてるんだよ。

───きっとボトルの神様が、俺に天啓をプレゼント・フォー・ユーしてくれたんだな。」

 

悪戯っぽくウィンクしながらそんな事を言う戦兎さん。

それが可笑しくて、思わず吹き出してしまいました。

 

「ちょ!何だよ!」

 

「すみません…でも、何か可笑しくて…。ふふっ。それだと、教えてくれたのはエボルト…って事になりますよ?」

 

「……良いんだよ!エボルトはエボルト、ボトルの神様はボトルの神様!細かい事は言いっこ無し!」

 

指摘され、一瞬固まった後に言い訳めいた事を言う彼の姿がまた可笑しくて。悪いと思いつつも、また笑ってしまう私。

そんな私に、彼はむすっとした顔を見せたものの。段々とその表情を緩め、最後にはつられた様に笑い始めました。

 

「……ったく、笑い過ぎだっての。ほら、行くぞ?」

 

「ごめんなさい…ふふっ。ええ、行きましょう。」

 

差し伸べられた彼の手を取り。

カルデアへ戻るべく、手掛かりを探しに行こうとした

─────そんな矢先。

 

『……ヌ。…ジャンヌ…。………ジャンヌ!』

 

『ああ、良かった!やっと繋がった!』

 

「マスター…!?ドクター・ロマン!?」

 

カルデアからの通信が、私の元へと届いたのでした。

 

 

 

 

 

 

『えっと…ゴメン、もう一度聞いても良いかい…?戦兎くん達は、火星人と…』

 

「火星を滅ぼした宇宙人、な。てかこの返しさっきやったわ。」

 

突然繋がったカルデアとの通信。

それを用い、戦兎は本日二度目の来歴紹介を行っていた。

 

『正直突拍子も無い話過ぎるけど…まあ、君からしたら僕達の話もそうだろうしね。それに、今少し話をしただけだが…君は嘘を吐く様な人間とも思えない。』

 

「そりゃどうも。俺も最初はビックリしましたよ。人理焼却なんて…物理学者からしてみれば、物理法則無視しまくりもいいとこだ。」

 

『僕らからすれば、並行世界を合体させて新世界を作る…なんてのも大概だけどね。』

 

困った様に苦笑いするロマニだが、先の言葉に嘘は無い。ジャンヌを通して、この世界に来てからの戦兎の姿を知ったカルデアの面々は、彼の人間性を信じる事に決めたのだった。

 

『信じるって言った以上、裏付け証拠が必要かはアレだけど…一応、彼の言葉に嘘が無いのは事実だ。』

 

会話に割って入って来るのは、カルデアが誇る天才レオナルド・ダ・ヴィンチ。通称ダヴィンチちゃんと呼ばれる彼女は、興味深そうに幾つものデータを通信画面へと表示する。

 

『フルボトル…だったね?通信が不安定なせいで簡易的な測定しか出来なかったが、それは間違い無く未知のテクノロジーだ。それに、彼のバイタルデータも普通の人間と少し異なる部分が見受けられる。』

 

「異なる部分?」

 

『普段の状態は普通の人間そのものだが、そのボトルを振ってもらった時には身体機能の急激な上昇が見られた。多分、そのネビュラガスとかいう物質のせいだろうね。』

 

『確かに、この計測結果は興味深いな…これは充分戦兎くんの話を裏付ける物証になる。』

 

『大体、兎とかゴリラの成分とかはまだしも!戦車の成分だの漫画の成分だのって何なんだよ!戦車の成分は金属とかゴムとか燃料とかだろう!?漫画とか紙とインクだろうが!?うむむ…こんなオーバーテクノロジー、制作者に是非一度会ってみたい…!』

 

「冗談でもそれ言うとアイツ来そうだから止めて下さい。───それより!俺やジャンヌはどうしてここに!?てかここは何処なんですか!?」

 

心底嫌そうに突っ込んだ後、逸れた話を戻す。

然し、問われたカルデアの面々の表情は少し暗い。

 

『そこは2000年代初めのルーマニアだ。年代があやふやなのは、正確に計測出来ていないせい。通信の不良といい、恐らくそこは特異点…或いは何らかの時空の歪みによって、特異点になりかけている。』

 

『ただ、2000年から2010年位の間なのは間違い無い。そして君達がそちらに飛ばされた理由だが……済まない、戦兎くんの方に関しては見当も付かない。なにぶん、そのパンドラパネルと呼ばれる物体のデータが無いからね。』

 

ロマニとダヴィンチちゃんの返答に、戦兎は僅かばかり肩を落とす。

元々想定していた答えでは有ったが…実際に聞かされると、やはり少しショックだった。

 

「────待てよ?俺の方は…って事は、ジャンヌに関しては分かったんですか?」

 

せめて彼女だけでも、と期待して顔を上げると。

何とも言えない表情の面々。

 

『うん…いや、本当に身内の恥を晒すみたいでお恥ずかしい話なんだけど…。』

 

『それについては、私から…。』

 

ロマニと入れ替わる様に画面へ映ったのは、先程"マスター"と呼ばれていた少女。

これまでの話からして、彼女が特異点攻略を成し遂げてきたマスターなのだろう。

 

『藤丸立香、と言います。始まりは、今日のお昼過ぎ…ジャンヌを含め、女性サーヴァント達とお茶会をしていた時の事でした…。』

 

 

そう…あの時は、こんな事態になるとは誰一人想像もしていませんでした。

─────あの時までは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────え?何この流れ。まさか、ここで次回に続くの?」




平成二期定番の二話構成編。


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桐生戦兎というヒーロー


「キラキラキラキラ、輝『けー流星の如く!黄金の最強ゲーマー!ハイパームテキ!エグゼーイド!』

ノーコンティニューで、ヴィヴ・ラ・フランス!


 

 

時間は遡り、ジャンヌがお茶会に参加していた時の事……。

 

 

 

「そういえばマスター。マスターには気になる殿方はいらっしゃるのかしら?」

 

何気無く問い掛けたのは、世界で最も有名なフランス王妃と言っても過言では無い少女───マリー・アントワネット。

ニコニコしながら微笑み掛けられ、立香は思わず動揺して噎せてしまう。

 

「ゴッホ…はぁ…。と、突然どうしたのマリー…?」

 

「あら、ごめんなさい!そうね…別に特別な理由が有るワケでは無いの。────ただね?マスターも年頃の女の子だし…こうして女の子同士集まって、お茶とお喋りをしているのだもの!恋のお話をするのも楽しそうかな、って!」

 

期待に目を輝かせる彼女を前に、然し立香は答えに詰まる。

確かにカルデア所属のサーヴァント達は、立香から見ても魅力的な男性は多い。

サーヴァントに限らず、ロマニを始めとする職員は良い人ばかりだし、ここに来る前に通っていた学校で憧れの先輩も居たりはしたけれど…。

 

「うーん…今の所は居ないかな…?皆異性として…というより、大事な仲間って気持ちが強いし。

─────マシュはどう?」

 

迷った挙げ句、可愛い後輩に丸投げする事にした。

 

「───え!?え、いや、その…えーと…!」

 

突然のキラーパスに対応しきれず、あたふたするマシュ。

生真面目な彼女は困り顔で考え込んでしまう。

 

暫しの沈黙。一分程経過した頃、彼女は恥ずかしそうに目を伏せながら口を開いた。

 

「私は……正直な所、そういった感情は未だよく分かりません。毎日を病室で過ごしていた私にとって、先輩と出会ってからの日々は…知らなかった事の連続で。

────ですから、先輩の力になりたいとは思いますし、先輩や皆さんの事はとても大切に思っています。」

 

顔を上げて、気恥ずかしそうにマシュははにかんだ笑みを浮かべる。

 

「これが恋…かどうかは分かりませんが。すみません、きちんとお答え出来なくて。」

 

「「「可愛い…。」」」

 

「皆さん!?」

 

純真無垢な後輩の姿に、立香もマリーもジャンヌも母性を擽られた。

それはさておき。立香、マシュと来れば、当然の様にジャンヌにも順番が回って来る。

 

「さあジャンヌ、次は貴女の番ね!私、ジャンヌのお話も聞きたいわ!」

 

「わ、私…ですか?」

 

勢い良く身を乗り出すマリーに、ジャンヌは困惑気味だ。

生前、幼い頃は家族の為に───そして彼女の言う"年頃"には、既に神に仕える者として尽くしてきたジャンヌに、そういった感情はよく分からない。

誰かと一緒になる、といった事に憧れを抱いた事も無い。

ただ……。

 

「すみません…マリー。私も、恋…という気持ちはよく分からないのです。……けれど、私とは違う私が恋をした…そんな記録なら有ります。」

 

マリーに問われた時、真っ先に浮かんだのは一人の少年の顔。

儚く、弱く、けれど強い───生まれたての子供と同じ存在だった筈なのに、最後は自らの手で運命を切り開いたホムンクルスの少年。

カルデアに召喚された彼女は、彼に恋をした彼女(・・)とは別存在であるけれど。

その記憶は、思いは、大切なものとして自らの霊基の深い所に刻まれている。

 

「と言っても、名前も…どんな話をしたのかも思い出せないのですけれどね。それでも、その()はきっと…幸せだったのだと思います。」

 

「まぁ…!素敵ね、とっても素敵だわ!なら何時の日か、その彼と再会出来たら素敵だと思うの!」

 

うっとりとジャンヌの話に聞き入っていたマリーは、自分の事の様に嬉しそうな顔をする。

けれど、そんな彼女に対しジャンヌは首を横に振った。

 

「いいえ…それは、その想いは…紛れも無く"彼女"だけの物。私はそれを大切にしたい…だから。彼女と彼の幸福こそ願えど、今の私が彼と再会する…という願いは抱いてはいません。」

 

だからこそ、今の彼女には恋は分からない。

そう締め括って、彼女は小さく笑って見せた。

 

「そう…。なら、今のジャンヌは今のジャンヌで、心から大切にしたい誰かに会えると良いわね!」

 

「うんうん、ジャンヌ可愛いし!料理上手だし優しいし、でも時々不器用だし…私が男の子だったら好きになっちゃいそう!」

 

「ま、マリー!?マスターも…!?え、ええと…マシュさん、これはどうすれば…!」

 

思わぬ急展開に、先程以上に混乱する。助けを求められたマシュも、自身の処理能力を越えてしまったらしく言葉を詰まらせていた。

 

「ねぇねぇ!ジャンヌは、どんな方が好みなのかしら!?優しい方?強い方?誠実な方?それとも────」

 

「失礼。女性陣ばかりの所に邪魔をして済まないが…砂糖がもう残っていなかったのを思い出してね。替えを用意してきた。」

 

盛上がるマリーの横から、角砂糖の入った器を持ったエミヤが現れる。

思わぬ救いの手に、ジャンヌはホッと安堵の息を漏らす。

 

「あ、オカン。ねぇねぇ、オカンはどんな女の子が好き?」

 

「マスター、私をオカンと呼ぶのは止めろと言った筈だ。大体私はその様な事に興味は…。」

 

「ふふっ…エミヤさんは、アルトリアさんと話す時には優しい声になっているわよね?」

 

「そうだったのですか?私はてっきり、女神イシュタルと…。」

 

無垢な少女達からの思わぬ集中砲火。

にやにやと愉悦の笑みを向けてくる立香に渋い顔を浮かべ、呆れた様な声音で返す。

 

「……断じてその様な事は無い。彼女らとは少し縁が有ったものでね…精々その程度…。

─────ん?マスター、砂糖は切らしていた筈だが…その器は何だ?」

 

少女達を軽くあしらっていたエミヤの視線が、不意にテーブルへ置かれた一つの器を捉える。

問われ、立香もまた首を傾げた。

 

「これ?そういえば、これだけ最初から有ったような…マシュ、知ってる?」

 

「いえ。私も、エミヤさんやブーディカさんが用意して下さったものだとばかり…。」

 

何かもう既に嫌な予感がする。

 

「……聞くが、それを口にした者は居るかね?」

 

「私が、お砂糖だと思ってお茶に…味も普通のお砂糖と変わり無かったので、そのまま飲んでしまいましたが……あら?」

 

エミヤの問いに答えるジャンヌだが、少し様子がおかしい。

その目は何処か虚ろで、船を漕ぐみたいに全身が小さく揺れている。

 

「ジャンヌ…?おーい、ジャンヌ!?」

 

「ます、た…何だか私…少し、眠く……きゅう。」

 

彼女はそのままテーブルの上で眠りに就いてしまった。

その場の全員が混乱する中、それだけでは終わらない。

すやすやと眠る彼女の肉体が、まるで霊体化や消滅時の如く光の粒子へと還り始める。

 

「ジャンヌ!?」

 

慌てて立香が肩を揺するも効果は無く、彼女の霊基の粒子化は止まらない。

一瞬にして張り詰める空気。

 

それを破ったのは、一人の男の声だった。

 

「────おや。こんな所に在ったのですか…。」

 

振り返れば、そこには白衣を身に付け物憂げな顔をした長髪の男性の姿。

 

「所で…マスター。それに皆様も…お揃いで一体どうされたのですか?」

 

不思議そうに問い掛けながら、彼は立香らの座る席へと近付いて行き。

キョトン、と頭上に疑問符を浮かべながら、テーブルに置かれた器へと手を伸ばし────。

 

 

 

 

 

「……ホーエンハイム。一つ聞くが、それは何だ?」

 

「私の開発した薬の試作品です。効能は、"一粒飲むだけで特異点へと御案内!但し何処に飛ぶかは貴女の運次第"……というものです。」

 

「クソッ!また頭の痛くなる様なイベントの火種になりかねん物を作りおって…!」

 

場所を移してカルデア内のミーティングルーム。

あっという間に捕縛されたパラケルススへの取り調べの結果、ジャンヌが口にした薬の効果により"何処かの特異点へと強制転移させられた"という事が発覚。

不幸中の幸いにも、他に口にした者はおらず。

また、彼女のマスターである立香は無事であった為、立香とジャンヌが交わした契約のレイラインを辿って彼女の居場所をおおよそ補足する事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……というワケでして。』

 

「いやどんなワケだよ。」

 

立香からの説明に戦兎は頭を抱え、ジャンヌは恥ずかしそうに顔を背けていた。

 

「────まあ…そっちでジャンヌの居場所が分かったなら、連れて帰る事は可能だろ?色々頭は痛いが、結果オーライなんじゃないか。」

 

頭の痛くなる話ではあったが、結果的に彼女が帰れるのならそれはそれで悪い話では無い。

だが戦兎の提案に対し、ロマニは申し訳無さそうに否定する。

 

『それは難しい…。さっきも言った通り、特異点化の影響なのかその地点の特定が困難なんだ。』

 

『多分、聖杯かそれに匹敵する何かを用いたせいなんだろうけど…君達の居る地点周辺の時空が妙に歪んでいてね。立香ちゃんとのレイラインを参考に強引に通信を繋いでこそいるものの、無理に彼女をこっちに転送しようとしたら、時空の歪みに巻き込まれて違う場所に迷い込みかねない。』

 

「だったら、立香をこっちに送って連れて帰らせるのは?」

 

ならばと代替案を提示する。だが、それに対しても彼等が首を縦に振る事は無かった。

 

『それは僕らも考えた。ジャンヌの救出は勿論の事、特異点を放置しておくワケにもいかない。立香ちゃんをそっちに送って、特異点を攻略…そうして時空の歪みを改善した上で二人を回収する。そのプランで最初は動いていたんだけど…。』

 

「なら…!」

 

『結局の所、前提として立香ちゃんをレイシフトで送り込む段階で事故が発生する可能性の方が高い。そうなったら今度こそお手上げだ。』

 

次々に潰えていく可能性。

彼等としても苦渋の決断だったのだろう。心底悔しそうに告げるロマニを前に、戦兎も押し黙る。

ならどうするべきか───戦兎は目を瞑り、思考をフル回転させた。

 

「…私の事は大丈夫です。マスターのお力に成れない事は心残りですが…今は人理焼却という大事の前。こちらに時間を割くより、次の特異点攻略に力を尽くして下さい。」

 

『何を言うんだ!僕達も今、全力を尽くして君達の居る地点を特定中だ。幸いルーマニアという場所は判明している…時間は掛かるが、必ず見付け出す。その上で、戦兎くんを元の世界へ戻す算段も……。』

 

「──────一つ教えて下さい。」

 

ロマニの言葉を遮り、戦兎は問い掛ける。

 

「俺達が出会った魔獣…あれも特異点化って現象の影響ですか?」

 

突拍子もない質問にロマニとダヴィンチちゃんは顔を見合せ。少し思案した後、ダヴィンチちゃんがゆっくりと口を開く。

 

『……魔獣の全てが特異点化の影響と断定は出来ないが…可能性としては大きい。元々魔獣は魔術と同じ様に神秘の存在。神話の世界では普通に存在している魔獣が、現代では空想の存在と化しているのはそのせいさ。』

 

「つまり、ここがルーマニアだからとかは関係無くて。魔獣は本来、普通には存在しないと?」

 

『そういう事だね。"幽霊の正体見たり枯れ尾花"なんて言葉が有るけれど…現代において、神秘は本当に多くが暴かれた。神秘に満ちた錬金術に取って代わり化学が発展し、ゴーレムはより高性能なロボットにその座を譲って。信仰を失われた神々は力を失い、幽霊はプラズマによる発火だとか、魔獣は狂犬病に感染した動物だとか…様々な理屈付けが為された。

真実かどうかは重要じゃない。神秘ってのは、信じられているかどうかがその力の源だから。

────つまり、だ。君達が居ると考えられる年代的に、魔獣が人里近くに自然発生する可能性は極めて低い。勿論、魔術師が人為的に発生させた可能性もゼロでは無いけれど…彼等は基本的に神秘の秘匿に努める。そう易々と産み出した魔獣を放置するとは考えにくい。』

 

「そっか…。────なら、方針は一つだな。」

 

ダヴィンチちゃんの説明を一通り聞き終えた戦兎は、先の思案顔から一転。曇りの無い、決意に満ちた表情で告げる。

 

「この特異点の問題を解消すれば、ジャンヌをそっちに帰せるかもしれないんですよね?だったら簡単だ。────俺が彼女と一緒に、この特異点を攻略します。」

 

迷いの無い、力強い言葉。

桐生戦兎の新たなる戦いの幕が開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎さん!」

 

あの通信の後。私は彼に聞きたい事が有って、前を歩く彼の背中へと呼び掛ける。

 

「おー、どした?」

 

「さっきの話…戦兎さんは、何故あんな事を?」

 

「あんな事?」

 

本気で不思議そうな彼の表情からして、彼にはその自覚すら無いのでしょう。

けれど、だからこそ私は知りたかった。

 

「特異点の攻略を引き受ける…って話です。」

 

「ああ、あれか。……別にそんなおかしな事でも無いだろ?そうしたらジャンヌが帰れるかもしれないんだから。」

 

彼の言葉には嘘偽りは無く。けれど、その言葉に彼自身に関しては含まれていない。

如何に戦う力を持っていても、彼がそれを使うかどうかは別の話。この特異点を攻略する事に対して、彼には何のメリットも無いのだから。

 

「ですが、それはあくまで私の話。戦兎さんの場合、特異点を攻略した所で帰れるかどうかは───」

 

私の言葉を遮る様に、人差し指を突き付けられる。

 

「分かって無いなぁ~。見返りを期待して人助けしてちゃ、正義のヒーロー失格でしょうが?」

 

彼の発言に、私は言葉を失う。

軽い調子で言っているし、その内容も端からみれば酷く能天気なものにしか聞こえない。

けれど、私には分かった。このお調子者な天才の言葉は、紛れもない本心なのだと。

 

「俺の事は俺自身で何とかするさ。無一文で見知らぬ世界に放り出されるのは初めてじゃないんでね。───ほら、俺って天ッッッ才だし?」

 

「……どうして、そこまでして?」

 

「さっきの話、聞いただろ?あの魔獣も特異点化した事が原因なら、あの子みたいに襲われる人が居るのかもしれない。なら、黙って見過ごす道理は無い。」

 

朗らかな笑顔から一転、真剣そのものといった顔付きへと変わる彼。

そんな彼に何と声を掛けたものかと思案していると…。

 

「逆に聞くけどさ?ジャンヌはどうしてフランスを救おうと思ったの?今も何で立香達と一緒に戦ってるワケ?」

 

逆に問われてしまい、私は言葉に詰まる。

 

「君が戦うのは、自分にメリットが有るからなのか?厚待遇とか見返りを期待して、その旗を振ってるのか?」

 

「───ッ!!違います!私は…主の声に…。そして私自身の正しいと思う声に従って…その為に戦っています。」

 

「だろ?」

 

絞り出す様な私の答え。

それを聞いた彼は、満足そうに微笑んだ。

 

「俺の顔さ、くしゃってなるんだよ。」

 

「─────え?」

 

唐突な話の転換に戸惑い、思わず聞き返してしまう。

そんな私に彼は、自分の顔を指差しながら語り始めました。

 

「人助けをして心から嬉しくなると、つい。ま……変身中はマスクの下で見えねーけどな。

───俺が戦うのは、目の前の人達を救うため。どんなに困難な道のりでも、俺は俺が信じる正義の為に戦う。だから俺は、この特異点を攻略する事を選んだ。」

 

そう言って、彼は私の肩を叩くと。

 

「ここの人達を救って、君も帰るべき場所に帰して。愛と平和のヒーローからしたら、この話は良い事尽くしってワケですよ。────さて、行くぞ?まずは寝床を確保しないとな。」

 

どう答えて良いのか悩む私の脇を抜け、上機嫌そうに歩き始めたのでした。





神風魔法少女ジャンヌ、あのあざとさ好き。
実装はよ。


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天才も解けないクエスチョン


コロナも勿論、季節的に風邪や花粉症も辛いですよね。マスクもそうですけど、まずは手洗いうがい。それと栄養と睡眠もしっかり心掛けましょう!

───それと氷室幻徳には気を付けろ。奴が本当のナイトローグだ。


 

 

「さてと…状況を確認するぞ?」

 

「はい、マスター。」

 

すっかり日も落ち、辺りが闇に包まれた頃。

手持ち金を換金した事で何とか無一文を免れた戦兎は、ジャンヌと共に町内の宿に部屋を借りていた。

 

「そのマスター、ってのは止めてくれ。何て言うか…落ち着かないし。普通に戦兎とか、イケメン天才物理学者さまー…とかで頼む。」

 

困り顔で溜め息を溢す彼に、ジャンヌもまた苦笑しつつ首を捻る。

 

「後者の方が呼びにくいと思うのですが…なら、"戦兎くん"…と。"戦兎さん"、よりはせめて少しでも親しみを込めてみたのですが。」

 

「良いねぇ。それなら大歓迎だ!……にしても、俺がジャンヌのマスターとはな…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そういえば戦兎くん。君、ジャンヌのマスターになっているよ?』

 

「─────は?」

 

『『は?』』

 

「え?」

 

何気無く爆弾発言を投下したダヴィンチちゃん。

戦兎は勿論、ロマニと立香、更にはジャンヌまでもがすっとんきょうな声を漏らす。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待て!サーヴァントってのは、マスターと契約して魔力の経路(パス)を形成するんだよな?でもって、立香とジャンヌの繋がりはまだ残ってる…だからそれを辿って、アンタらはジャンヌを見付けられた。そうだろ?」

 

かなり動揺しながらも、論理的に道筋を立てようとする戦兎。

一方のダヴィンチちゃんは、感心と驚きを隠せない。

 

『ほーう…流石"天才"を自称するだけの事は有る。戦兎くん、大正解だよ!実に飲み込みが早い!…んだけれど。』

 

「けど?」

 

『どういうワケか、立香ちゃんとの繋りがかなり微弱でね。これでは念話どころか宝具の発動に必要な魔力すら供給は難しい。……実の所、こうして繋りを頼りに彼女を見付け出せた事自体、結構なミラクルだったりするんだぜ?』

 

彼女は少し芝居がかった仕草で肩を竦めて見せた。

戦兎はというと、それと彼がマスターという事がどう繋がるのか───その答えを求め、彼女に続きを促す。

 

「それは分かった。なら、俺がマスターっていうのはどういう事なんだ?契約した覚えなんて無いぞ?」

 

『うーんとね、結論から言うと君達が何故契約状態にあるのかは分からない。───だが、マスターが二人って状態に関してはある程度の説明が付くよ。

戦兎くんは今、立香ちゃんから一時的にマスター権の大半を譲渡された状態にある。聖杯戦争において、似たような技術を編み出して投入した魔術師の記録も幾つか残ってる。魔力経路を変則契約によって分割し、自身がマスターで在りながら協力者に魔力供給を肩代わりさせていた例とか…令呪の一角を用いた魔術礼装でマスター権を他人に譲渡したりとか。まあ、いずれもこのケースとは厳密には異なるかな?あと何かあったかなー……。』

 

語りながら一人思考の世界へと入り込んでしまったダヴィンチちゃんへ、戦兎とロマニは軽く咳払いする。

通信の手前と向こう、両方からの注意を受け彼女も我に返る。

 

『おっといけない、天才特有の癖が出てしまった!……それはさておき、重要なのは君達は一時的なパートナーっていう事さ。戦兎くんとジャンヌの間には、既に絆が結ばれている。』

 

ダヴィンチちゃんの言葉に、ハッとする戦兎。

 

「そうか……だからあの時、見失ったジャンヌの居場所が分かったのか!」

 

この公園に来る前、彼女との追い掛けっこの末に。

見失ったジャンヌの居場所へ、何と無くの感覚で彼は辿り着いた…あれがサーヴァントとマスターのレイラインによるものだとすれば説明が付く。

 

『おや、既に覚えがあるみたいだね?なら話は早い!心配せずとも、マスターだからと言って特別な事をする必要は無いさ…普通の聖杯戦争と違い、君達の場合は互いに敵対する必要性が無いのだから。』

 

『戦兎さん!ジャンヌを…私の大切な仲間を、宜しくお願いします!』

 

画面越しに立香から頭を下げられ。

戦兎は────。

 

「……分かった。大舟に乗ったつもりで、お兄さんに任せときなさいって!君の大切な仲間は、俺が必ず守る…正義のヒーローとの約束だ!」

 

彼女の心からの願いに、桐生戦兎はドンと胸を叩いて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こうして、天ッッッッッ才物理学者兼、仮面ライダーの桐生戦兎は!新たな舞台で新人マスターとしての一歩を踏み出したのだった。第一部、完!」

 

「戦兎くん…?」

 

「単なる独り言だ。そんなマジっぽく心配しないで…俺が頭のおかしい奴みたいになっちゃうでしょ。」

 

壮大な感じで締め括った戦兎へ、割と本気で心配そうなジャンヌが哀れんだ視線を向ける。

気を取り直す様に咳払いし、彼は何処からか調達してきたホワイトボードに幾つかの項目を箇条書きで並べていった。

 

「話を戻すぞ。一つ、俺は君のマスターになった。

二つ、ここが今何年の何月何日なのか…不自然な程にその情報が得られない。ついでに、ルーマニアの何処なのかって細かい位置情報もな。」

 

渋い顔で彼が取り出した新聞に二人は視線を向ける。戦兎が先程購入してきたものだ。

一見、何の変哲もない新聞に過ぎないのだが…。

 

「日付けの欄は何処にも書いてない。新聞として致命的な気もするが…それはまあ新聞社と読者の問題だから、多分ここではそれが普通なんだろう。───明らかに異常だ。つまり、特異点化の影響がこんな所にまで及んでるって事。」

 

ダメだこりゃ、とばかりに彼は手にしたそれを放り捨てる。

 

「載ってる記事から手掛かりを探そうにも、参考になりそうな内容は無し。町中にも地名を冠した看板とかは見当たらなかったし。」

 

「この宿の何処を探しても、カレンダー一つ有りませんでした。それに…。」

 

「ああ。誰に聞いても、誰一人町名も今日の日付けも覚えてない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。こりゃ重症だな…。」

 

圧倒的なまでに、場所と日付けに関する事柄が消し去られている。

戦兎は財布から一枚の紙幣を取り出しそれを眺める。ロマニは通信で2000年から2010年の範囲と言っていたが…町中の両替所で現地通貨に換金する際、明らかにそれ以降に発行された物に関しても、何の問題も無く交換して貰えた。

やはり、通信で彼等の言っていた"時空の歪み"が原因なのだろうか。

 

「まあ、分からない事を何時までも悩んでても仕方無い。それに関しては後々考えよう。三つ目に、あの魔獣達はつい最近出現する様になった…らしいって事だ。コイツは大きな手掛かりになる。」

 

町中で聞き込みをして分かったのは、魔獣による被害はそれなりに大きなものだったという事だ。

数ヶ月程前から目撃される様になった魔獣は、最初こそ町から遠く離れた森の中等にしか居なかったものの。何時しかその数は増え、目撃される場所も日に日に人里へ近付いているらしい。

幸い町の中まで入って来る事は無いが、既に大勢の犠牲者が出ている。町と外を繋ぐバスも襲われ、住民達は半ばこの地に閉じ込められている様な状態だ。

 

「誰も今が何時か覚えていないとしても…数ヶ月程前からアレが出始めたって事を覚えているなら、何か変わった事が起きてないか調べられるかもしれない。

───そこで!コイツの出番ってワケですよ!」

 

取り出したのは、一本のフルボトルとスマートフォン。

スマートフォンの方は戦兎が昼間バイクへと変形させた端末だが、手にしたボトルは色が違う。

 

「戦兎くん…それは?」

 

「ここは科学者らしく、頭脳労働といこうじゃないの。コイツを…こうしてっと!」

 

部屋に備え付けられた小さな机に向かって着席すると。彼は何処で見付けてきたのやら、簡単な工具を引っ張り出しスマートフォンを分解し始める。

普段カルデア内では他の技術者系サーヴァントの作業を見る事など殆ど無い為、ジャンヌは興味津々といった様子でそれを覗き込んだ。

 

「コイツはビルドフォン。昼に話した通り、これは俺の発明品でね?元々コイツには、フルボトルの成分を引き出して、バイクに変形させる為のボトル用スロットを取り付けてある。コイツをちょちょいのちょいっと弄ってやってだ…。」

 

手慣れた手付きで工具を巧みに操り、ものの数分で作業は完了。戦兎はそれを、あっという間に元のスマートフォンへの形と組み上げる。

そうして完成したビルドフォンを起動。端末を操作し、画面に表示された幾つもの難解なプログラムを手早く処理していった。

 

「────出来た!ここにこれをセットして…!」

 

端から見ているジャンヌには何が何やらサッパリだったものの、どうやら作業は完了したらしい。どういう仕組みなのか、上機嫌な彼の髪の一部がピョコンと跳ねた。

先程取り出したフルボトルを軽快に振り、ビルドフォンへ嵌め込む姿を眺めていると、彼女は戦兎から"おいでおいで"と手招きされた。

戦兎の隣へ屈み、ジャンヌは画面へ視線を落とす。

そこには、幾つかの箇所にマーキングされた何かの地図。

 

「コイツはこの辺り一帯の地図だ。それでこの目印が付いてるのは、ここ数ヶ月で起きた魔獣被害の現場。」

 

「!?そ、そんな事が分かるのですか…!?」

 

「ああ。つっても、地名までは分かんないけどな。超広範囲のレーダーで、地形や建造物の位置を掴んでると思っててくれ。」

 

さらっと言ってのける戦兎にジャンヌは目を見開く。

彼女自身は機械に疎い。もっとも、生前を過ごした時代や、彼女自身にキチンとした教養を身に付ける機会が無かった故に当然と言えば当然なのだが、

だが、そんな彼女でも、カルデアで過ごした時間の中で学んだ知識は有る。

 

「確か…こういった機械は、通信で情報をやり取りする…のですよね?この時代では、未だ戦兎くんの作った機械に対応は出来ないと思うのですが…どうやって?」

 

うろ覚えの拙い知識ながらも、素直に感じた疑問をぶつけてみる。

問われた戦兎はというと。───感心した様子で、無意識の内に彼女の頭を撫でていた。

 

「ひゃっ!?せ、戦兎くん…!?」

 

瞬く間に本日三度目の赤面。

驚きと羞恥でフリーズしてしまったジャンヌを前に、戦兎はハッと我に返った。

 

「わ、悪い!いや…ジャンヌって頭良いなと感心しちまって。全然知らない機械の筈なのに、そこに気付くとは…うちの筋肉バカにも見習わせたいよ…。」

 

珍しく照れた戦兎。照れ隠しの様に頭を掻きつつ視線を逸らす彼の顔もまた、ジャンヌ程では無いが少し紅潮していた。

態とらしい咳払いの後。彼はビルドフォンに取り付けられたフルボトルを抜き取り、彼女の手に握らせる。

 

「このボトルのお陰だ。これはスマホボトル…名前の通り、スマホの成分が入ってる。ジャンヌの言う通り、本来スマホを始めとした通信機器には情報をやり取りする為の回線が必要だ。───けど、このボトルの成分でそれを肩代わりしてやりつつ…単なるスマホじゃ拾えない様な情報も仕入れられる様に、ビルドフォンをスマホボトル対応仕様にバージョンアップしたってワケですよ。

スゴいでしょ?最高でしょ?天才でしょー!!」

 

普段の彼らしいドヤ顔での解説───ではなく。

ジャンヌにスマホボトルを握らせる際、手と手が触れ合ったせいで再び彼女を意識してしまったらしく。赤面しながら、いやに早口で解説する戦兎───当然、同じく彼を意識してしまっている上、慣れない単語だらけの内容を早口で読み上げられた為、ジャンヌは全てを理解出来てはいない。

 

「は、はい…ええと、要するにこのボトルのお陰で、この特異点でも戦兎くんのそれは使えるんですね…?」

 

それでも彼女は何とか必死に話へ食らい付き、自分なりに把握出来た部分を確認してみる。

 

「お、おう…えっと……そうだな。要点だけ纏めればそういう事だ。」

 

「す、スゴいですね…!」

 

「ん…?で、でしょー?天・才!ですから!」

 

どうにもぎこちない会話。何とも言えない空気に、しきりに視線を泳がせる二人。

ジャンヌはジャンヌで、"サーヴァントでも過去の偉人でもなく、普通の少女"として彼女に接する戦兎の姿に戸惑ってしまっている。

戦兎はというと、思い返せば"葛城巧"だった学生時代は勉強一筋。成人し、東都政府やファウストの下で働いてた頃も研究一本だった為────ハッキリ言って、圧倒的経験値不足。普段は寧ろチャラいくらいのお調子者気質も鳴りを潜め、"女性経験に乏しいオタク気質"が前面に出てしまっていた。

 

「いや落ち着け桐生戦兎全ての事象には必ずそれを構成する法則が存在するそうだ例えば仮説としてサーヴァントである彼女の放つ魔力が身体的接触を機に何らかの形で俺の体内のネビュラガスに働きかけ一時的に活性化それが思考能力の低下体温の上昇血流の増大及び異常な心拍の向上をもたらしたと考えられるつまりアルコールを摂取した際と同じ現象だそうなると体内で起こっていると予測される化学変化としては……」

 

「せ、戦兎くん…?」

 

「駄目だ一回落ち着こうよし冷静になれ桐生戦兎こんな時はあの筋肉バカの事でも考えて気分をクールダウンさせよう万丈が一人万丈が二人万丈が三人………頭痛くなってきた…。」

 

「戦兎くん!?」

 

異常な早口で念仏でも唱えるかの如く、ノンストップでうわ言を発していた戦兎は─────自らの想像で自滅した。思考回路がショートし、糸の切れた人形みたいに倒れ込んだ彼は。

机に突っ伏したまま、すやすやと眠り始めてしまった。

 

「せ、戦兎くん!そんな所で眠っては、風邪を引いてしまいますよ!?起きて下さい戦兎くん…戦兎くーん!!」

 

ジャンヌの叫びが宿の一角に響き渡る。

特異点探索一日は、こうして幕を閉じるのだった。





たまにはイチャコラ書きたかったし、ジルには悪いなぁとも思ったよ。
─────蒸血。


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アポクリファの記録


ご感想で頂いた所持ボトルに関してですが、戦兎が今持ってるのは
・ラビットタンク
・ゴリラモンド
・ホークガトリング
・スマホ・ライオン
・他各種強化アイテム(クローズビルド除く)
です。
作中で理由含めて語るシーンは有りますが、まだ先になりますので。持ってるボトルだけ伝えても特に内容に変動は無いですし。
ちなみにヒロインがクリスマス鯖だったら、幸運判定の結果次第でキャラデコ食べてサンタクロースフルボトル入手する展開もあったかも!(適当)


 

─────えっと、これを読めば良いのですね?

 

仮面ライダービルドであり、天才物理学者の桐生戦兎は、ある日白いパンドラパネルの力で特異点へと飛ばされてしまう。そこで出会ったのは、人理焼却を目論む魔術王と戦う組織"カルデア"に所属するサーヴァントの一人、ジャンヌ・ダルク。

共に特異点を攻略し、彼女をカルデアへと送り届けると誓った戦兎だったが、何と知らぬ間に彼女のマスターとして契約を交わしていて───。

 

「おい戦兎!何だこの可愛い子は!」

 

「うぉ、一海!?何って、彼女が今説明したジャンヌだよジャンヌ。ほらジャンヌ、この気持ち悪いドルオタにご挨拶して。」

 

───初めまして。サーヴァント・ルーラー。真名をジャンヌ・ダルク。貴方とお会い出来た幸運に感謝を!

 

「何どぅぇすかぁー?この天使みたいな子は!お前この子のマスターとか言ってたな…さてはお前、この子にあ~んな格好やこ~んな格好させて、あ~んな事やこ~んな事、更にはお子ちゃまには見せられないちょっとムフフな事までしてもらうつもりだなテメェ!このムッツリ野郎!」

 

「いやお前本格的に気持ち悪いんですけど。

────さて、こんな拗らせたドルオタはほっといて!本編をどうぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……。」

 

重苦しい沈黙の時間が流れる。

ちゃぶ台を挟み、正面で新聞を読んでいるのはジャンヌの父───つまり、義理のお父さんになってもらうべき人だ。

問題は、そのお義父さんがジャンヌとの結婚を認めていない事。今日はそれを認めてもらうべく、こうして挨拶に赴いたのだ。

 

「戦兎くん…。」

 

隣に座ったジャンヌが、不安そうにこちらを見詰めてくる。

戦兎は安心させる様に無言で頷くと、彼女の目を真っ直ぐに見詰めて微笑んだ。───大丈夫だ。お尋ね者として過ごした日々…北都や西都との戦争…エボルトとの激闘。これまで沢山の壁を乗り越えて来た───こんな所で諦めたりはしない!

 

「お義父さん!娘さんを…ジャンヌさんを、俺に下さい!必ず幸せにします!」

 

ピクリ、開かれた新聞が揺れる。

 

「娘を…くれだと?」

 

誰かに似た声で、威圧的に問い掛ける父親。

けれど戦兎は怯む事無く、真っ直ぐそれに応えた。

 

「はい!俺が…必ずや、娘さんの幸せな未来をビルドしてみせます!」

 

「ふざけるな!!そんな生意気な口を利くなら…」

 

戦兎目掛けて怒号を飛ばしつつ、ジャンヌの父はゆっくりと新聞を閉じる。そうして露になった彼の素顔は……。

 

「せめてハザードレベルをもっと上げて来い!それに手土産にあんな洒落たお茶菓子は要らねぇよ!プロテインとカップ麺持って来いやぁ!!!」

 

「ば、万丈!?」

 

「プロテインの貴公子、万丈龍我だ!!」

 

突如出現した見知った顔。混乱している間に、戦兎の顔目掛けてマグマナックルが飛んできた。

 

『ボルケニックナックル!アチャー!!』

 

「───へぶっ!?」

 

咄嗟の出来事に避け切れず、正面からそれを食らう戦兎。

薄れゆく意識の中で彼が最後に見たものは、ふんぞり返って高笑いする万丈の姿だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………最悪だ。」

 

無論、夢である。

 

「寝る前にアイツの事考えたせいか…?いや、この際筋肉バカは良い…それよりだ。」

 

万丈の登場は最後の最後。問題はその前、夢の内容そのものである。

 

「……昨日会ったばかりの子に…何考えてんだ俺。」

 

本格的に不調なのだろうか。

どうにも昨日の出来事が頭から離れない。

 

「……一度精密検査でも受けてみるか。」

 

「戦兎くん、病気なんですか…?」

 

「どわぁぁぁぁ!?」

 

心臓が飛び出すかと思った。

そんな彼を心配そうに覗き込むジャンヌ。

 

「本当に大丈夫ですか…?」

 

「え?あー、いや…もっちろん!このとーり、ピンピンしてますよ!ラブ&ピースの為、日々身を粉にして働く仮面ライダーなんだから!そう簡単には体調崩したりなんてしませんっての!」

 

「身を粉にして働いてるからこそ、体調を崩してしまいそうな気が……。」

 

「気のせい気のせい!ってか、ジャンヌそれ…。」

 

元気アピールとばかりに、大きく胸を張って見せた戦兎は。ジャンヌの手にした盆とそこに並べられた料理に気付き、彼女へ疑問を込めた視線を向ける。

 

「あ、これはですね!ここの宿は朝食は出していないそうなのですが…厨房を好きに使って良いとの事でしたので、御厚意に甘えてきました!」

 

戦兎の意を察した彼女は、少々照れながら手にした盆を机に置いて。

 

「朝食にしましょう。腹が減っては戦は出来ぬ───ですよ!」

 

満開の花の様な、輝く笑顔で応えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広く、広く、ただ只管に広い、何処までも続く花の園。悲しい程美しい星空の下に広がるそれは、神代の神秘が息づく秘境。

世界の表側から姿を消した幻想達の住まう世界。

 

彼はそこで来訪者の存在を感じ取った。

 

 

 

「よっ!元気してたか?」

 

───やあ。それはついこの前会った時にも聞かれた気がするが……。

 

「そうか?結構前だと思ったけど。」

 

───そうなのか?どうにも…ここでは時間の感覚が酷く曖昧で…。

 

「あー…まあ、無理もねぇよな。────っとぉ、つい脱線する所だった。悪い癖だな…。」

 

───貴方らしくて良いと思う。そんな貴方の、何処か人を惹き付ける明るさ…誰一人見捨てない優しさ。どんなに困難な逆境でも諦めずに前へ進む強さ…そして、人が人で在る為に失くしてはいけない弱さと向き合う姿。どれを取っても、俺は好ましいと思うのだが。

 

「きゅ、急に褒めちぎんなよ!?ったく…アンタは変わらないな。初めて会った時からそうだった。」

 

───そうだな…突然空にファスナーが現れた時は、流石に何事かと……。

 

───済まない、俺も話が脱線しがちだな。貴方が来たという事は…。

 

「ああ…奴等が動き出した。悪いが、一緒に戦ってくれるか?」

 

 

 

彼は大きく咆哮し、同意を示した。彼の反応に来訪者もまた頷き、その身に纏ったマントを翻す。

向かうべき先は分かっている。

彼が世界を知った国───全ての始まりの地だ。

 

「───行ってくる。」

 

彼は小さく、けれど力強く告げると。

来訪者の作り出した道へ、彼と共に歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや旨ッ!」

 

戦兎は絶句した。女の子の家庭的な手作り料理がこれ程美味な物だとは知らず、これまで生きてきた己が人生を呪う程に。

 

「良かった!生憎、田舎娘の質素な料理ではありますが…お口に合ったのなら幸いです!」

 

「滅茶苦茶旨いから!クソッ…こんなの前にしたら、万丈や美空とカップ麺啜ってた朝食はもう朝食じゃねぇ…!」

 

「それは大袈裟な気が……。」

 

手放しで大絶賛する彼に、彼女の頬が僅かに赤く染まる。

あっという間に料理を全て平らげた戦兎は、満ち足りた顔で手を合わせた。

 

「ご馳走さまでした。ありがとな?」

 

「いえ、喜んで貰えたなら何よりです。それで…今日はどうされますか?」

 

食器を片付けながら問うジャンヌ。

そんな彼女に、取り出したビルドフォンを見せつつ変わらぬ方針を告げる。

 

「とにかく手掛かりを探すしかない。昨日の晩、俺がぶっ倒れる前に魔獣の発生区域を見せただろ?実はあの時、集めたデータをコイツに解析させてたんだが……ものの数分で終わる筈が、俺が寝ちまったから未だ確認出来てない。」

 

「解析…ですか?」

 

「ああ。魔獣の発生頻度が高い区域だ。……っと、来た来た!さっすが俺の発・明・品!」

 

言いながらビルドフォンを操作し、表示された画面を彼女へ差し出す。

 

「どうも、町の反対側に城…というか城塞があるらしい。この城塞周辺での魔獣の発生率が異常に高い事を見ると、ここに何か有るのかもしれねぇな。」

 

「城塞…。」

 

何かを思い出したかの様に彼女は黙り込む。暫しの思案の末、ジャンヌはゆっくりと口を開いた。

 

「……一つ、心当たりが有るのです。いえ、ここがルーマニアと知ってから、何と無く予感はしていたのですが…。」

 

「心当たり?」

 

「私の霊基に刻まれた記録。英霊の座の本体に残された、"私"では無いジャンヌ・ダルクが経験した聖杯戦争の事です。」

 

 

 

聖杯戦争。

それは万能の願望機たる聖杯を求め、七人のマスターと七騎のサーヴァントによって行われる儀式。

元々日本の小さな地方都市『冬木』の地で確立されたこの儀式は、それを成立させる『大聖杯』が冬木から盗まれた事で思わぬ転換を遂げる。

大聖杯を盗み出した下手人の名は『ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア』。彼は奪った大聖杯を、自らが管理するルーマニア内の城塞都市"トゥリファス"にて秘匿。

本来重大機密であった聖杯戦争の仕組みを魔術師達に広め、結果粗悪品の劣化聖杯を用いた"亜種聖杯戦争"を引き起こさせる等の策略を用いて、彼は半世紀以上もの間力を蓄えていた。

そして西暦2000年頃。機が熟したと判断したダーニックは自らを頂点とするユグドミレニアの一族を率い、魔術師達の総本山である"魔術協会"から離叛。これを良しとしない魔術協会は、彼等を討伐するべく刺客を送り込むが、ユグドミレニアの召喚したサーヴァントにより返り討ちに遭う。

だが、刺客の一人が聖杯の予備システムの起動に成功。

このシステムにより、魔術協会側も七騎のサーヴァントを召喚。本来実現し得る筈の無い、"七騎VS七騎"による異色の聖杯戦争が勃発した。

 

─────それが『聖杯大戦』。

嘗てトゥリファスで行われた、大規模な魔術儀式。

 

 

 

「───その時の私は聖杯に召喚された"調停者(ルーラー)"として、この儀式の監督役を任されていました。……結果的に、紆余曲折の末"七騎VS七騎"という構図は瓦解しましたが…。」

 

「同じ国で起きた聖杯戦争の記録か…年代も通信で言ってた範囲と合致するな。確かに偶然にしちゃ出来過ぎてる。何でそれをもっと早く言わなかったんだ?」

 

神妙な面持ちで腕を組む戦兎に、ジャンヌは申し訳無さそうに俯く。

 

「……確証が持てなかったからです。パラケルススさんは、私が服用した薬で飛ばされる特異点がランダムだと仰有っていました。それに、この町は確かに私の記録に残るトゥリファスと瓜二つですが…その一方で、明らかに新し過ぎる街並みも多かった。ですが、城塞が有るというのなら話はまた変わってきます…ですから、戦兎くんにも伝えるべきだと思ったのです。」

 

「成程な…。」

 

確かに彼女の言い分にも一理有る。

加えて戦兎自身にも気掛かりな点があった。

 

「確かに、俺もそれは気になってた。なんていうか…町の印象がどうにもチグハグ過ぎる。」

 

昨日は分からない事だらけでスルーしていたが…後になって考えてみると、ここの町並みは少し異質だ。

石造りの古い町並みの中に散見される、現代的な店舗の数々。町の風景に合わせた外観に仕上げるワケでも、或いは町が近代化を図って再開発しているワケでも無い。

ただただ、お互いの主張をぶつけ合うみたいに存在する"新しい風景"と"古い風景"。

異様なのは、そんな絶対に交ざり合わない筈の風景が、恐ろしいまでに馴染んでいた事。

まるで"異なる二つの町"が、"最初から一つの町だった"かの如く違和感を感じさせない風景。事実戦兎自身、注意深く観察しなければその異質さに気付かなかっただろう。

 

一つ二つ建物が変わっていた程度なら、ジャンヌも"聖杯大戦から数年後のトゥリファス"という可能性に行き当たったかもしれない。

だが、この異質な調和が彼女に"似ているが違う町ではないか"という疑念を抱かせた。

 

「それともう一つ。俺は俺の天才的な発明品と、ボトルの力を信じてるが…城塞、ってのは昨日町を回っても見当たらなかったんだよな。だからこそ今日直接行って確かめようかとも思ったけど。」

 

城というからには、その規模はそれなりに大きな物の筈。如何に現在地と反対側でも、影も形も見えないというのは少し不自然だ。

 

「……もしかしたら。何らかの結界が張られているのかもしれません。ユグドミレニアの魔術師が居るかはわかりませんが、元々魔術師の本拠地…そういう仕掛けが施されていたとしても不思議ではないです。」

 

「臭うな。まだ推測の域を出ないが…人払いして魔獣を作り、それを野に放ってるとしたら辻褄が合う。何かの実験か?」

 

そうと決まれば。

戦兎は勢い良く立ち上がり、支度を始める。

 

「急ごう。空振りならそれはそれで仕方無い。それより今の推測が正しければ、町の中に魔獣が現れるのは時間の問題だ。」

 

事態を重く見た彼の言葉に、ジャンヌもまた力強く頷いてみせた。





割と重要な話した回の割に、やった事自体は寝て起きてご飯食べてスマホ弄っただけじゃないですか。途中で意味深に出てきた二人の出番もまだまだ先だし。
やっぱり氷川さんは不器用だなぁ。


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物言わぬソルジャー達


「戦兎くん、他のサーヴァントは召喚出来ませんか?」
「出来たら助かるが…現状は無理だ。」
「そうですか…本当なら、何時ものメンバーが一緒だと心強いのですが、仕方有りませんね。」
「何時ものメンバー?」
「マーリン、孔明、マシュさんに玉藻「立香のやつガチ勢じゃねーか!!!」



 

「硬ってぇ!?」

 

想像以上の強度を誇る敵を前に、ビルドは手を抑えつつ後退る。

その隙を逃さず手にした棍棒を振り下ろすゴーレム。だがビルドはそれを兎の敏捷性で間一髪避けてみせた。

 

「こんにゃろ…だったらコイツだ!」

 

『ゴリラ!』『ダイヤモンド!』

 

『ベストマッチ!』

 

新たに取り出した二本のフルボトル。

手にしたそれをドライバーに刺さったラビット、そしてタンクのボトルと入れ換えハンドルを回す。

 

『Are you ready?』

 

「ビルドアップ!」

 

出現したスナップライドビルダーが、新しいハーフボディを形成。両腕を振り下ろしたビルドを挟み、彼を新たな姿へ変身させた。

 

『輝きのデストロイヤー!ゴリラモンド!

イエーイ!』

 

「勝利の法則は決まった!───ジャンヌ!」

 

(ラビット)(タンク)から茶色(ゴリラ)水色(ダイヤモンド)へ姿を変えたビルドが、ジャンヌへ指示を飛ばす。

その一言で彼の意を察したジャンヌは、自らが相手取っていたウェアウルフを旗の穂先で斬り付けた。

致命傷にまでは至らぬダメージ───否、敢えて(・・・)威力を抑えられた一撃ではあったものの、敵を怯ませるには充分。隙の生じたウェアウルフの防具を掴むと、その華奢な外見に見合わぬ膂力を発揮し、彼女はビルド目掛けてそれを放り投げた。

 

「戦兎くん!」

 

「おっしゃナイスパス!」

 

飛んで来るウェアウルフに視線を向けつつ、ビルドは再度ハンドルを回してボトルの成分を活性化させる。

 

『Ready Go!』

 

必殺技の発動準備が整った事を知らせる電子音声。それが鳴り響くのと、投げられた魔獣がビルドの目の前まで迫って来るのはほぼ同時だった。

 

「固めて……。」

 

衝突寸前まで迫ったウェアウルフに、ビルドは左手を翳す。するとダイヤモンドハーフボディの力で、今まで魔獣だったそれは一瞬の内に大量の金剛石へと姿を変えた。

 

「飛ばす!」

 

ゴリラの様さながらに巨大化した右腕を一度大きく振りかぶり、即座にダイヤモンド化した元ウェアウルフを薙ぎ払う。ゴリラの筋力で打ち出されたそれは、一直線にゴーレム目掛けて襲い掛かる超硬度の弾丸と化した。

一つ一つは小さくとも、凄まじい速度と硬さを誇るダイヤの吹雪。絶え間無く撃ち込まれるそれを前に、ゴーレムは堪らず両腕をクロスして防御するも。そんな魔獣を嘲笑うかの如くダイヤは彼の肉体を削り取っていった。

 

『ボルテック・フィニッシュ!イエーイ!』

 

「最後は…ゴリラパンチだぁ!!」

 

飛翔する金剛石──その最後の一欠片がゴーレムのボディを抉ると同時に。息吐く間も無くビルドの巨大な右腕『サドンデストロイヤー』が、防御体勢を取ったままのゴーレムの両腕を強打。叩き込まれたエネルギーの大きさはゴーレムの耐久力を容易く上回り、その巨体を易々と弾き飛ばした。

宙を舞い、壁に衝突して砕け散るゴーレム。その破片は軈て、僅かな素材を残して魔力へと還っていった。

 

「ふー…終わったか?」

 

ボトルを抜こうとドライバーへ手を伸ばし掛け

───隣に割り込んで来たジャンヌに軽く突き飛ばされる。

尻餅を着きながら見上げるのは、さっきまで自分の首が在った場所を空振りするゴーストの攻撃。

即座にジャンヌが洗礼詠唱を発動。その奇蹟を以て、追撃を放たせる猶予すら与えずゴーストを浄化した。

 

「油断は禁物ですよ!戦兎くん、お怪我は有りませんか?」

 

「ああ、悪い…助かった。しっかし…ゴースト。ゴーストねぇ…。」

 

以前共闘した仮面ライダーの少年を思い出し、変身を解きながら苦笑する戦兎。

 

「こんな事なら、彼の成分も貰っておくべきだったかな?」

 

「彼?」

 

言ってる意味が分からず、不思議そうに彼を見詰めるジャンヌ。そんな彼女に、戦兎は気にするなと軽く手を振った。

 

「こっちの話だ。……にしても、随分居るな。やっぱここが魔獣発生と深く関係してるって見て間違い無いか。」

 

辺りを見回した戦兎。その視界に映るのは、生々しい破壊痕が多数残る荒れ果てた城内。

そこは、城内へ入ってすぐ。さっきまで多量の魔物が配置されていた、城の玄関ホールだった。

 

二人の予想通り、見えない城塞は魔術によって秘匿されていた。唯一の救いは、それ程複雑な魔術は掛けられていなかったという事。初めは全く視認出来なかったそれも、ビルドフォンの示す地図を頼りに近くまで辿り着いた途端、さも初めから見えていたかの様に目の前へ現れた。

ジャンヌ曰く───恐らく施されているのは人払いの結界と、認識齟齬を引き起こす魔術。いずれも城塞全体を覆う程大規模な物ではあるが、その反面効力としては然程強くない簡単な結界。侵入そのものを防ぐ様な強力な仕掛けでは無かった事は、魔術の心得が皆無な戦兎としては有り難かった。

 

「でも、認識齟齬って言う割に…近付いたら普通に見えたよな?何でだ。」

 

「恐らくですが…人払いの結界と合わせて掛かっていた事を考えると、そもそも人を近付けさえしなければ良かった。魔術師でも無い限りあの結界は近付かれなければ看破するのは不可能ですし、それなら態々高度な魔術を使う必要性も乏しい。魔力の消耗や維持を考えれば、あれはあれで合理的なのかと。」

 

ジャンヌの説明に戦兎もまた納得する。

魔術師の事はよく分からないが、あの状態から異変に気付ける様な相手なら、無理して隠すよりいっそ招き入れて始末した方が早い…という事なのだろう。

あれだけの偽装を施しておきながら入口が簡単に開いたのも、城内を守る様に配置された多数の魔獣達も、その推測通りなら説明がつく。

 

「ここにはもう魔物は居ない様です。先を────」

 

─────異変に気付けたのは、彼女がルーラーだからこその幸運だった。

 

背後に突如出現したサーヴァント(・・・・・・)の気配。

咄嗟に振り向いた彼女は眼前に迫った刃に目を見開きつつも、反射的に身を捩って間一髪それを躱す。

 

空を切った刃はそのままの勢いで地面へと叩き付けられる。大理石が砕け散り、さっきまでジャンヌの立っていた場所は深く削り取られていた。

 

「ジャンヌ!」

 

「私の事より早く変身を!まだ他にもいます(・・・・・・・・)!」

 

彼女の元へと駆け寄ろうとする戦兎を制し、ジャンヌは急ぎ旗を構える。

 

「───分かった!変身!」

 

『鋼のムーンサルト!ラビットタンク!』

 

戦兎もまた考えるより先に彼女の言葉に従い、素早く変身を完了させた。

直後、ビルドの足元が揺れる。危険を感じ取ったビルドが跳躍するのと、地面を割って巨大な灰色の肉体が飛び出してくるのはほぼ同時だった。

 

「うおっ!?なんだコイツ!?」

 

ジャンヌの隣へ着地したビルドは、新手の刺客へ目を向けつつ困惑の滲んだ声を漏らす。

 

不気味な笑みを浮かべて地中から這い出てくる、岩の様な灰色の肌をした屈強な大男。

ジャンヌと向き合い、地面へ叩き付けた剣を気怠そうに肩へ担いでいるのは、全身を白と赤の重厚な鎧で覆う騎士。

そしてもう一人。空気から溶け出てくるかの如く現れた、青いマントとボディスーツを纏い、無貌の仮面で身を隠した人物。

三人目の敵に関しては、恐らく"霊体化"というものを解除したという事なのだろう。先にジャンヌからサーヴァントについて色々教わっていた戦兎は、それを理解する事が出来た───尤も、現状では分かった所で大差は無いのだが。

 

「赤のセイバー…モードレッド。赤のバーサーカー、スパルタクス。それに…黒のキャスター、アヴィケブロン……。」

 

「知り合い?友達……って感じじゃ無さそうだな。」

 

敵から目を離す事無く、隣のジャンヌへ問い掛ける。

彼女は眉間に皺を寄せつつ、ビルド同様目の前の騎士を真っ直ぐに見据えていた。

 

「……例の聖杯大戦に参加した、十四騎のサーヴァントの内の三人です。ですが…彼等は黒のライダーを除いて全員消滅した筈。」

 

「なら、この特異点は丁度その大戦の真っ最中…って事か?」

 

「それなら城内がこんなに荒れたまま放置されているのも、マスターらしき人間が一人も見当たらないのも妙です。それすらも、特異点と化した影響という可能性は有りますが…。」

 

「そこまで考えてちゃキリが無いな。とにかく今はコイツらをどうにかしますか!」

 

腑に落ちない事だらけではあるが、目の前の三騎が敵だというのは明白だ。向けられる殺意をひしひしと肌で感じながら、二人は会話を打ち切った。

 

「─────!」

 

無言でジャンヌへと斬り掛かって来る騎士・モードレッド。ジャンヌはそれを旗の竿で受け止め、力を逃がす様に受け流す。そうして生じた隙に、彼女は騎士の脇腹へと横から旗を────。

 

「───!」

 

「ぐっ…!?」

 

空振った剣を躊躇無く手放すモードレッド。野獣さながらの荒々しく軽やかな動きで、反撃を食らうより早くジャンヌの懐へと潜り込む。そのまま彼女の顔面目掛けて飛んで来るモードレッドの拳。咄嗟に顔をずらすも、回避し切れず敵の身に付けた籠手が彼女の頬を掠めた。

体勢を崩し、旗を振り抜き掛けていた手が止まるジャンヌ。その間にモードレッドは膝を小さく曲げて力を溜め───大地を蹴ると同時に、足裏から一気に魔力を放出した。

ジェット噴射が如き加速を得て空中へと放たれたモードレッドの足は、バク宙さながらの動きでジャンヌの胴を蹴り上げる。

 

「が───はっ……!」

 

「ジャンヌッ!!」

 

アヴィケブロンの召喚したゴーレムを相手取っていたビルドは、強引にそれを自身へ剣を振り下そうとするスパルタクス向け蹴り飛ばす。衝突し合うそちらには目もくれず、吹っ飛ばされ宙を舞うジャンヌの身体を抱き止めた。

 

「ジャンヌ!おい、無事か!?」

 

「ガハッ…!すみ…ません…。ですが、まだ戦えます…!」

 

「無茶すんな…!にしてもアイツら強い…!」

 

流石は人類史に名を刻んだ英霊という事か。

一騎当千の力を誇る敵を前に、マスクの下で険しい顔を浮かべる戦兎。

ビルドに支えられ、呼吸を荒くしながらも、ジャンヌは旗を杖代わりに何とか立ち上がると。顔を顰めつつ、何処か困惑気味に声を絞り出した。

 

「いえ…それは違います…。確かに彼等は強い…ですが、本来の彼等はもっと強かった(・・・・・・・)…!」

 

「───何だと…!?」

 

これ程の力を誇りながら、敵は未だ余力を残しているというのか───だとすれば、今の彼等に目の前の敵を倒す事は不可能だ。ビルドにも未だ奥の手(・・・)は残っているが、仮に聖杯大戦へ招かれた残るサーヴァント全員が加勢に現れたら……否、戦兎とジャンヌを葬るだけなら全員どころか半数も必要無いだろう。

だがジャンヌは彼の考えを察したのか、首を横に振った。

 

「そうではありません。…確かに現状が絶望的なのには変わりませんが…彼等は手加減をしているワケでは無い。ただ、彼等は本来程の力を発揮出来ていない様に感じるのです。」

 

ジャンヌの記録に残る聖杯大戦での姿。或いはカルデアに召喚されたり、レイシフト先の特異点で出会った彼等は、もっと強大な力を有していた…それが、彼女の抱いた率直な感想。

実際今の一撃も、完全に隙を突かれ無防備に食らった筈なのに。その衝撃こそ凄まじかったが、現にジャンヌは早くもダメージから立ち直りつつある。彼女の知る本来のモードレッドが相手なら、霊核の破壊にまでは至らずとも、暫く戦闘不能に陥る程度の威力は出ていた筈だ。

 

「それに、最初の一撃…あの距離まで迫られて、初めて私は敵の存在に気付きました。カルデアで召喚された事で、本来聖杯戦争で召喚された時程の力を発揮出来ていないとしても…それを差し引いても、普通のサーヴァント相手なら有り得ません。」

 

ルーラー。ジャンヌの所属するこのクラスは、通常の聖杯戦争ではまず召喚される事の無いエクストラクラス(例外的存在)。裏を返せば"普通の聖杯戦争"では無い状況下においてのみ召喚される、文字通り聖杯戦争の裁定者。その特異なクラス特性故に、彼女達ルーラーには通常のサーヴァントを越えた特殊な力が与えられる。

その一つが、10キロ四方にも及ぶ広範囲のサーヴァント探知能力。

 

「高ランクの"気配遮断"スキルを持つアサシンならともかく、この城の中で私の探知をすり抜けて接近するのは不可能な筈です。」

 

「あのアヴィケブロンって奴は魔術師(キャスター)なんだろ?なら、この城が奴の工房…って事なら、それが出来るんじゃないか?」

 

「それでも、です。それに彼等が来るより先に、私達はこの中に侵入して魔獣も撃破していました。それは工房を荒らされたと同じ事…工房を破壊された魔術師がその力を十全に発揮するのは難しいですし、仮に工房を城の一角に限定していたのなら、やはりここまで私の探知に引っ掛からなかった説明が付かない…。」

 

ジャンヌの言わんとする事を理解したビルドは、思考を巡らせながら周囲の敵を見渡した。

 

「つまり…こいつらは"普通の"サーヴァントじゃない、って事か。そういえばさっきからあいつら、全然喋って無いしな。」

 

言われてみれば、まるでスマッシュにされた人間に近い物を感じる。手当たり次第に敵を攻撃する、ロボットの様な無機質さ…少なくとも、ジャンヌやあのダヴィンチちゃん、それに立香の話に出てきたサーヴァント達の印象とは明らかに違う。

そもそも魔術に関してド素人の戦兎から見ても、アヴィケブロンが前線に出てきたのは違和感しかない。

先程から彼の行動は、召喚したゴーレムを用いての援護がメイン。戦況に応じてはそれも有りかもしれないが、少なくとも今、態々近接戦闘に秀でた二騎と並んで前に出て来るなど正直リスクの方が大きい筈だ。

 

「そうなります…敵が強い事に変わりは無いですが、もしかしたら何か突破口が有るかも…。」

 

「成程な…とにかく、ここは一度撤退するぞ。」

 

落とした剣を広い、彼等の元へ悠然と歩みを進めるモードレッド。

スパルタクスとアヴィケブロンも体勢を整え直し、三騎は二人を取り囲む。

そんな彼等を前に、ビルドはこれまでと異なる形状───まるで炭酸飲料の入った缶を思わせる、新しいボトルを手に取った。

 

「ライトのボトルとか、スチームシステム系の武器が有れば良かったけど…無い物ねだっても仕方ねぇ。力ずくで突破する!」

 

手にしたそれを振る度、炭酸が弾ける様な音が響く。

そうして内部の成分を活性化させた缶型フルボトル───『ラビットタンクスパークリング』のタブを上げて起動。

 

『ラビットタンクスパークリング!』

 

起動したそれをドライバーに差し込んだビルドが、ハンドルを手に回し始める。

前後に形成される、歯車を二つに分割したかの様な形状のスナップライドビルダー。ファクトリアパイプラインを流れるトランジェルソリッドには、発泡増強剤『ベストマッチリキッド』が加わり、パイプ内で幾つもの気泡が生じている。

 

『Are you ready?』

 

「ビルドアップ!」

 

掛け声と共に重なり合う前後のハーフボディ。これまでハーフボディの境目から生じていた白煙の代わりに、幾つもの泡が生じて弾ける。

 

『シュワっと弾ける!ラビットタンクスパークリング!イエイ!イエーイ!』

 

仮面ライダービルド・ラビットタンクスパークリングフォーム。

ラビットタンクをベースに泡を思わせる白が加わり、より鋭利な装甲を纏ったビルド。

 

「──────行くぞ!」

 

力強い叫びと共に、ビルドが跳ぶ。

辺り一体に無数の泡が弾け飛んだ。




・気付いたら見知らぬ場所
・普段と違う相棒
・未知の敵と戦う

───全部エボルトゼミでやった所だ!


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叛逆の騎士モードレッド


狂戦士(バーサーカー)のクラス特性は『狂化』で『強化』!
───はい!アルトじゃーーー……ないと!


 

自身の周囲を舞う泡を鬱陶しそうに払いながら、片手で剣を振り下ろすモードレッド。それをサイドステップで躱しつつ、ビルドは更に泡を発生させる。

宙に浮かぶ泡が弾けたと同時。ビルドは爆発的な加速で相手の背後へ回り込んだ。

 

「───もらった!」

 

泡の破裂により、ビルドに更なる加速を与える『ラピッドバブル』。その特性をフルに発揮したビルドが、モードレッドの背中目掛けてドリルクラッシャーで斬り掛かり───。

 

「─────!」

 

「何ッ!?」

 

狙いもタイミングも完璧なその一撃は、然しモードレッドには届かない。

叛逆の騎士は自らの直感を頼りに、紙一重でそれを避けてみせた。

 

「───。」

 

「舐めんな!」

 

振り向き様に振るったモードレッドの(クラレント)と、即座に体勢を戻したビルドの(ドリルクラッシャー)がぶつかり合い火花を散らす。

互いに譲らず両者はそのまま鍔迫り合いへ。兎の脚力と戦車のパワーで押し込もうとするビルドに、対してモードレッドは膨大な魔力放出で応戦。

 

「──────ッ!!」

 

「───させません!」

 

言葉にならない咆哮と共に、ビルドの背後から襲い掛かるスパルタクス。だが彼の刃はビルドまで届く事無く、その手前でジャンヌの旗に防がれた。

筋骨隆々なこの大男は、見た目に違わぬそのパワーを規格外の狂化で強化されている。普通に考えて無謀なこの打ち合いを、ジャンヌは流れる様な旗捌きで敵の力を逃がす事で制してみせた。

 

「ジャンヌ、サンキュー!」

 

『Ready Go!』

 

鍔迫り合いの拮抗状態を打ち破るべく、ビルドはゴリラフルボトルをドリルクラッシャーへ装填。待機音声を待たずしてトリガーを引いた。

 

『ボルテック・ブレイク!』

 

クラレントとぶつかり合ったまま、強引に回転を始めるドリルの刃。その刃を覆う様にして、ゴリラボトルのエネルギーが巨大な拳を形成した。

一気に跳ね上がる剣の重み。突然の変化に対応が遅れ、モードレッドの体勢が崩れ始める。

このまま押し切る───そう考えた矢先。

 

「……!?──────!」

 

雷の如く迸る魔力の奔流。

力を増した敵を前に、モードレッドもその魔力を全開で放出し、崩れ掛けた体勢を強引に持ち直した。

 

「嘘だろ!?」

 

一度は優位に立った筈が、一瞬の内に押し切られる。

逆に体勢を崩されそのまま押し込まれたビルドは、咄嗟の機転で後方へ跳ぶ。振り抜かれたクラレントの刃がアーマーの端を掠めたものの、何とか直撃は免れた。

 

「引くくらい強いな…っとぉ!」

 

着地したビルドへ襲い掛かったゴーレムを避け、彼はカウンターで泡を纏った蹴りを叩き込む。ラビットタンクでは苦戦したゴーレムも、足元へ纏わせた『インパクトバブル』の破裂により生じた衝撃波で容易く打ち砕いてみせた。

彼の隣では、ジャンヌがスパルタクスを相手取っている。嵐の如く繰り出される反逆者の刃は、一撃一撃の重さが途轍も無い。だがジャンヌはそれらを全て掻い潜り、穂先の槍で確実に彼の肉体へ傷を負わせていく。状況だけ見れば、敵の攻撃を見切っているジャンヌがやや優位。

にも関わらず、寧ろ彼女の表情は一段と険しいものとなっていった。

 

「ジャンヌ!そいつ何でずっと笑ってんの!?」

 

反撃に転じたゴーレムと、追って来たモードレッドを一度に相手しながらビルドが叫ぶ。

現状、ビルドは既に手一杯。だが、どうにもスパルタクスから感じる不気味さは無視出来ない。

 

「彼が…絶望的戦況からの叛逆を信条とする英霊だからです!このままでは、辺り一帯が吹き飛びます!」

 

「どういう事ですか!?」

 

予想の斜め上を行く返答。

思わず敬語になりつつ、ゴーレムの突き出した拳を躱す。

 

「彼の宝具は、簡単に言えば"ダメージを負えば負う程に強くなる"というもの…絶望的な状況に追い込まれた時、彼は蓄積した痛みを大きな力に変換して解放するんです!」

 

「最悪だ!なんつー爆弾抱えてんだそいつ!」

 

スパルタクス───彼の逸話は戦兎も何と無くだが知っている。

自らも剣闘士であった彼は、多くの剣闘士や奴隷を率いてローマに大規模な叛逆を起こした。最終的に鎮圧されてしまうのだが…その過程で圧倒的不利を何度も覆しての逆転勝利を収めた、紛れも無い英雄だ。

故に彼は、不利な状況にも笑顔を絶やさず。現状実践している通り、相手の攻撃を絶対に避けない(・・・・・・・)。ジャンヌの語る能力は、彼という英霊にこの上無く相応しい物と言える。

 

「だからって…無茶苦茶にも程があんだろ!?」

 

彼女の言葉が正しければ、寧ろ追い込まれているのはジャンヌの方だ。今はまだ優位に立ち回っているが、決定打を持たない彼女に相性が悪い敵なのは明白。

 

「この…どけぇ!」

 

『Ready Go!スパークリング・フィニッシュ!』

 

モードレッドの斬撃をドリルクラッシャーで受け流し、ドライバーのハンドルを回す。

跳躍しながら無数の泡を発生させ、そのまま空中で一回転。

 

「───!」

 

危険を察知したモードレッドが、初めて動揺を見せる。即座に回避行動へ移ろうとするも───。

 

「遅ぇよ!!」

 

ラピッドバブルと、空間を歪める『ディメンションバブル』の効力で桁外れの加速を得たビルドは、そのまま滑り落ちる様にモードレッドへ飛び蹴りを叩き込んだ。

 

「やったか…!?」

 

爆発を背に着地したビルド。すぐに立ち上がり背後へ振り向くと。

 

「グ…オォ……!?」

 

「──────。」

 

そこには大破し魔力へ還り始めたゴーレムの残骸と、クラレントを杖代わりに立ち続ける騎士の姿。

 

「ゴーレムを盾にしやがったのか…!?」

 

その鎧の表面は所々が焼け焦げ、肩で息をする様に揺れる体を見るに、無傷とはいかなかったらしい。だが、それでもモードレッドは耐えていた。

 

「クソ…ッ!ならもう一度……ッ!?」

 

────それは、これまで歴戦を潜り抜けてきた彼の直感。第六感とでもいうべき感覚が、彼の全身に大音量で警鐘を鳴らしていた。

気付いたのはビルドだけでは無い。剣を振り上げたスパルタクスは即座に攻撃を中止し、ジャンヌとビルドを飛び越えモードレッドの傍らへ。ジャンヌもまた、旗を掲げながらビルドの隣へ駆け寄る。

 

「何か…ヤバイぞ!?」

 

「私の後ろへ!───宝具(・・)が来ます!」

 

剣を振りかぶったモードレッド。その全身に纏う鎧が解除され、覆われていた姿が顕になる。

現れたのは、赤く露出の多い服装に身を包んだ、まだ二十歳にも満たぬであろう少女の姿。屈強な男と思い込んでいたビルドは、目の当たりにした現実に驚きつつも、今はそれどころでは無い。

 

彼女を取り巻く魔力の奔流。それが空気中に奔る電流として現れ、所々で火花を散らした。

 

「……。」

 

無言で掲げる白銀の聖剣は、赤き稲妻を纏った邪剣へと姿を変える。そして───。

 

「──────ッ!!!」

 

彼女はそれを、勢い良く振り下ろした。

 

「やっべ…!」

 

「────下がって!」

 

咄嗟にドライバーへ手を伸ばすビルド。

ジャンヌはそれを制し彼の前に出た。

 

「我が旗よ…我が同胞を守りたまえ!

─────"我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)"!」

 

彼女の手にした旗から展開される結界。

眩い輝きを放つそれは、あらゆる敵意から味方を守り抜く天使の祝福。

 

ぶつかり合う宝具と宝具。

永劫に続いたとすら錯覚する数秒間の果てに。

圧倒的な力を有する叛逆の雷からも、聖女の加護は戦兎を守り切った。

 

「……すっげ…。」

 

見れば、モードレッドの一撃で城の一部が吹き飛んでいた。

ジャンヌの宝具で大半を防いでこの威力。規格外の攻防を前に、ビルドは声を失う。

 

「これが…サーヴァント…。」

 

「戦兎くん、御無事ですか!?」

 

「お陰様でな…助かった。」

 

こちらの身を案じるジャンヌに、軽く手を振って応える。そんな彼に、ジャンヌは安堵の息を漏らし───。

 

「───やり過ぎですよ、セイバー。全く…強力な手駒は扱いが難しい。難儀なものです…。」

 

反射的に声の方へと振り向けば、上へと続く階段から降りてくる男の姿。

神父の祭服(キャソック)に身を包み、戦場のど真ん中だというのに穏やかな笑みを湛えた青年が、ゆっくりとした足取りで歩いていた。

 

「ようこそ…ジャンヌ・ダルク、そして桐生戦兎。生憎大したおもてなしは出来ませんが…。まあ、お茶を飲みながら、聖書の読み聞かせ程度は出来ますよ。」

 

「天草…四郎ッ!」

 

物腰柔らかな青年に険しい視線を向けるジャンヌ。

だがそれを受けても、彼は平然とした様子で溜め息を吐いた。

 

「やれやれ…どうやら、お気に召さなかったらしい。この場で主の下へ召される貴女達に、せめて死ぬ前の安らかな一時を…と思ったのですが。」

 

「……あんたが、ここのボスか?」

 

青年の言葉を無視し、疑問を投げ掛けるビルド。

そんな不躾な物言いにも、青年はあくまで穏やかに言葉を返す。

 

「申し遅れました。私はシロウ・コトミネ。貴方の言う通り、この城で彼等サーヴァントを従える者です。」

 

「…彼は、聖杯大戦に"赤のアサシン"のマスターとして参戦していました。ですが…その正体は、それより前に行われた聖杯戦争へ召喚されたサーヴァントです。」

 

「ご紹介どうも。彼女の言う通り…我がクラスはルーラー、真名は天草四郎時貞。」

 

玄関ホールまで降りて来た彼は、微笑みながら小さく御辞儀する。あくまで礼節を以て接するその姿は、絶対的な自信の表れ。

 

「シロウ・コトミネは、色々あって受肉した私の仮の名前。まあ、長い間この名前で通してきたので偽名という感じでも無いのですが…呼びやすい方で呼んで頂いて構いません。」

 

「───そんな事はどうでも良い。魔獣を増やして、サーヴァントを引き連れて…お前は何を企んでいる。」

 

見れば、彼のサーヴァント達は動きを止めている。

その気になれば、シロウの指示一つでビルドとジャンヌへ再び襲い掛かるだろう。

それでも尚、ビルドは強い口調で彼へ問い掛けた。

 

「貴方に話す理由は有りません。どうせこの場で消えるのですから。」

 

「良いから答えろッ!!!何の為に魔獣を作った!?サーヴァント達に何をした!?お前は、何の為にこの特異点を作ったんだ!?」

 

苛立ちを隠さず叫ぶビルドを、シロウはまるで分からず屋の子供でも見たかの様に鼻で笑った。

 

「答えないと言っているのに困った人だ。

ですがまぁ、一つだけ教えて差し上げますか。冥土の土産…というやつです。」

 

そうして彼が指を鳴らすと、微動だにしなかったサーヴァント達が再び動き出す。

 

「彼等が普通のサーヴァントでは無い…正解です。彼等が大聖杯へと還る前に、私はその残滓を掻き集めた。このトゥリファス───ええ、ここが聖杯大戦の行われた地だという貴殿方の予想は正解だ。そこに残る彼等の魔力の欠片や残留思念…そういった物を基に、足りない霊基を私の持つ技術で補強しつつ、私の意のままに動く様に加工して生まれた存在です。言わばサーヴァントの紛い物───尤も、流石に十四騎全員の再現は不可能でしたが。」

 

「…お前がこの特異点を作ったのなら、聖杯ってモンも持ってる筈だ。普通にサーヴァントを召喚せず、そんな回りくどい真似をしたのは何故だ。」

 

「決まっているでしょう?英霊なんてものは、誰も彼も我が強くていけない。召喚した所で素直に言う事を聞く者ばかりとも限らず…好き勝手に動かれても迷惑です。例え令呪が有ったとしても、そんな子供の躾みたいな事に割くのは非効率極まり無い───なので…多少()が落ちようとも、完全なサーヴァントの召喚時に細工するより遥かに楽な手段を選んだワケです。」

 

当然の様に言うシロウへ、ビルドは吠える。

 

「ふざけんな!俺はまだサーヴァントの事は殆んど知らねぇけどな…それは彼等の生き様を、想いを踏み躙る行為に他ならない!」

 

ビルドの怒りを滲ませた声も、シロウは小さく肩を竦めるだけで流し。彼は興味を失った様に、呆れ顔で片手を挙げた。

それが合図となり、サーヴァント達は武器を構えてビルドとジャンヌを取り囲む。

 

「くっ…!テメェ…!」

 

「お喋りはもう良いでしょう。───さようなら、良い余興でした。」

 

ビルドとジャンヌもまた、応戦すべく構える。

多数に無勢…圧倒的不利な状況に変わりは無い。だからといって、戦意を喪失する二人では無かった。

 

「戦兎くん…貴方のサーヴァントとして、必ず守ります!」

 

「言ってくれるねぇ…なら俺は仮面ライダーとして、必ず守ってやるよ!」

 

互いを鼓舞する言葉を交わす二人に、じりじりと近付いて来る三騎のサーヴァント。その内の一人、モードレッドが剣を振り上げ────。

 

 

 

 

 

「─────オラァ!!!」

 

直後。身構えた二人を他所に、彼女は隣のアヴィケブロンへと(・・・・・・・・・・・)剣を振り下ろした(・・・・・・・)

 

「────え?」

 

「何…が…?」

 

呆気に取られる二人の前で、アヴィケブロンはその霊基を保て無くなり消滅する。

そうして彼女は深く息を吐くと。先程までの人形みたいな姿が嘘の様に、ひどく楽しげで凶悪な笑みを浮かべて見せた。

 

「あー…色々ムカついてるが、ちっとはスッキリした。───ったく。木偶人形作るしか能がねぇ奴が、俺の隣に立ってるからこうなんだ。恨むなら、態々前線に出向かせた能無しのクソ采配恨め。」

 

「セイバー…何のつもりだ?───いや。そもそも私に従っているなら、自我すら無い筈…。聞くまでも無く、私に従ったフリをしていた…というワケですか。」

 

一貫して余裕を絶やさなかったシロウが、初めて不快感に顔を顰める。

だがモードレッドからしてみれば、その表示は痛快だったらしい。体の調子を試す様に軽く剣を振り、その切っ先をシロウへと向ける。

 

「ったりめーだバーカ!……と、言いたい所だが。正直、半分は意識失ってテメェの言いなりだったのも事実だ。

───だがまぁ、そこの床屋のサインポールみたいな奴のお陰で目ェ覚めたけどな。良い蹴りしてやがるじゃねぇか。」

 

「サインポ……俺の事!?えぇー……。」

 

呆気に取られながらも、一拍遅れでその不名誉な称号の意味に気付いたビルド。そのあまりにも酷い呼び名に若干肩を落とし、隣のジャンヌは慰める様に彼の頭を撫でた。

 

「イチャついてんじゃねぇよ。ったく…ま、今日の所は礼を言っとく。───ほら、構えろ。」

 

「は、はい…!」

 

「分かった…手を貸してくれる、って事で良いのか…?」

 

慌てて旗を構え直すジャンヌと、恐る恐る尋ねるビルドに対し。

 

 

 

「馬鹿か?テメェらが俺に手ェ貸すんだよ!」

 

モードレッドは声高に宣言すると、シロウ目掛けて意気揚々と襲い掛かった。





バレンタインがどういう物か知らず、"忘れてたけど取り敢えず何もあげないのも悪いからこれで良いや"と食いかけのチョコ菓子くれた翌年のバレンタイン。水着で赤面しながらポッキーゲーム提案してくるヒロイン力の塊と化した騎士──見参。

天草くんの鯖に関して補足入れると、「『オルレアンのバーサーク・サーヴァント』や『下総国の英霊剣豪』みたいに完全なサーヴァントへ手を加えるのは召喚時・召喚後共に手間な上に結局細かい部分で各々好き勝手やりかねない」から、
ならいっそ「どうせ元が強い鯖多いし数も多いので多少弱体化してでも『素直に言う事を聞いて余計な事しないシャドウ・サーヴァント』的なものを作ろう」って作戦です(成功したとは言ってない)。
アッセイさんとか普通なら令呪二画使わないと命令の無理強い出来ないし。


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受け継がれるプライド

モードレッド「カミナリ落としてやる!」
─────滅亡円卓.netに接続。


 

「消し飛べコラァ!!」

 

「───バーサーカー!」

 

シロウへ勢い良く剣を振り抜くモードレッド。だがそれを、割って入ったスパルタクスが受け止める。

舌打ちしつつも彼からの反撃を躱し、敵の屈強な肉体目掛けて彼女は再び剣を振るう。

 

「がら空きだ!」

 

その間を突いてドリルクラッシャーをガンモードへ変形させ、ビルドはシロウを狙撃する。

だがシロウもそう易々と撃たれはしない。人間離れした動きで腰に下げていた日本刀を抜刀、飛んで来た弾丸を打ち落としてみせた。

 

「うそーん…!?」

 

「腐っても元サーヴァントだ、本気でやれ!」

 

「やってるっての!」

 

上から言ってくるモードレッドへ反論しつつ、スパークリングを取り外すビルド。

 

「こいつが黒幕なら、ここで全部終わらせる───こっちも全力だ!」

 

取り出したのは、スパークリングと似た形の大型ボトル。スイッチを押して半透明なブルーのキャップを開き、その力を解放する。

 

『グレイト!』『オールイエイ!』

 

『ジーニアス!』

 

ボトルをビルドドライバーへとセット。

そのままハンドルを回し、相変わらずハイテンションな電子音声が流れ始めた。

 

『イエイ!』『イエイ!』

『イエイ!』『イエイ!』

『イエイ!』『イエイ!』

 

ハンドルを回す度、二人の男性の声が交互に響き。その掛け声に合わせてスナップライドビルダー…ではなく、特殊加工設備『プラントライドビルダーGN』がビルドの足元から形成される。彼の周囲を取り囲む様に出現したベルトコンベア上へ60本もの空の(エンプティ)ボトルが展開された。

 

『Are you ready?』

 

「─────ビルドアップ!」

 

掛け声と共に、黄金のクレストが出現。

歯車を模したその紋章がビルドの体へと重なり合えば、スパークリングフォームの姿を塗り潰す様に白いボディが形成される。

同時にエンプティボトルへ各ボトルの成分が注入され、プラントライドビルダーGNから射出されたそれらはビルドの全身に装着されていく。

 

最後の二本が左右から同時に差し込まれ、ビルドの最強フォームは完成した。

 

『完全無欠のボトルヤロー!』

 

『ビルドジーニアス!!』

 

『スゲーイ!』『モノスゲーイ!』

 

曇りの無い白きボディに、全てのボトルの力を備えた完全無欠の天才。

───その名も仮面ライダービルド・ジーニアスフォーム。

 

「勝利の法則は決まった!」

 

構えを取り────直後、その姿が一瞬にして消え失せる。

 

「───ッ!」

 

次の瞬間には、間のモードレッドもスパルタクスも飛び越え、彼はシロウの背後へ回り込んでいた。

咄嗟に刀を振り抜こうとしたシロウ。だがビルドはそれを許さず、目にも止まらぬ早さで蹴り飛ばす。

 

「ぐっ…!?何だ…この力は…!」

 

「お前の目的は知らねぇがな!この力は、皆の明日を守る為の力だ!」

 

弾き飛ばされ、勢い良く宙を舞うシロウ。しかしビルドは一瞬で距離を詰め、それにすら追い付いてみせる。

 

「────舐めるな!」

 

空中で強引に身を捩り、手にした刀で一閃。

その刃が、接近していたビルドを────。

 

「な……!」

 

手応えは無く、眼前のビルドの姿が揺らめいて消える。まるで忍者(・・)に欺かれたかの様な状況を理解する間も無く、シロウの肉体に何処からか飛んで来た鎖が絡み付く。

彼の肉体は巻き付いた鎖の重みで急速に落下。地に落ちた彼が目にしたのは、剣を両手で振り下ろすビルドの姿。

シロウは咄嗟に転がりそれを回避すると、強引に力ずくで鎖を引きちぎる。

 

「くそっ…こんな、事が…!」

 

体勢を整えるべく立ち上がろうとするシロウ。だが、彼目掛けて飛翔してきた巨大な何かを前に、彼は再び回避行動を余儀無くされた。

 

「ぐっ!?……バーサーカー…!?」

 

再度身を起こしたシロウの隣で、相変わらず笑顔を浮かべながらも地に伏すスパルタクス。慌てて視線を向けた先には、したり顔で剣を振りかぶったモードレッドの姿。

 

「舐めてんのはお前の方だ!人の想いを…その力を思い知れ!」

 

『フルフルマッチデース!』

 

「へっ!散々ムカつく事言われたしなぁ…オマケにさっきは真名解放出来ずに撃たされて、挙げ句そこのルーラーに防がれたときた!溜まった鬱憤…晴らさせて貰うぜ!」

 

銃形態へと変形させたビルドの剣───フルボトルバスターに。そしてモードレッドの手にしたクラレントに、それぞれエネルギーが収束していく。

 

「───不味い!ラン……」

 

「「─────遅ぇ!!」」

 

二人の声が重なり合う。

ビルドが引き金を引くと同時に。モードレッドもまた、その手にした剣を全力で振り下ろした。

 

『フルフルマッチブレイク!』

 

「"我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)"ッ!!」

 

銃口から放たれた色鮮やかなエネルギー砲と、邪剣が放出する赤雷とが、城内を蹂躙する。

その凄まじい熱量は一瞬で城の玄関ホールを焦土へと変え、城壁を突き破って行った。

 

 

 

「……終わったか。」

 

塵一つ残らぬ破壊痕を見下ろし、彼は構えていたフルボトルバスターを下ろす。

唯一残った物といえば、満足そうな笑顔で魔力へ還りつつあるスパルタクスのみ。如何に桁外れのタフネスを持つ彼といえど、流石に二人の切り札を前には耐え切れ無かったようだ。

 

「……悪かったな。」

 

ゆっくりと彼の傍へと歩み寄り、ビルドは声を絞り出す。

けれど、スパルタクスは穏やかに首を横へ振った。

 

「…我が魂は囚われ、あの圧政者に利用されていた。耐え難き苦痛、許せぬ屈辱から、お前は私を解放した。私には分かる…お前は圧政者では無い、民の味方。然らば、お前が圧政者を討った事は喜ばしき事。……嗚呼、名も知らぬ民衆の守人よ。願わくば次に出会う戦場では、共に圧政者への叛逆を…───。」

 

微笑み、満ち足りた声で言い残すと、彼は完全に消滅した。

 

「……悪いが、そんな状況に巻き込まれるのはお断りだ。叛逆するより、叛逆する必要の無い平和な世界を望んでるもんでね。」

 

戦兎はマスクの下で苦笑しつつ、消えて行った英雄に敬意を込めて呟く。

経緯はどうあれ、黒幕は滅びた。

だが、一息吐いている暇は無さそうだ。見れば、先の攻撃の余波で城全体が崩壊を始めていた。

 

「一度脱出しよう。早く外に─────」

 

刹那───ビルドへ振り下ろされる巨大な槍。

完全に虚を突かれたビルドだったが、割り込んだジャンヌの旗でそれは防がれ事なきを得る。

 

「何だと……ッ!?」

 

「戦兎くん、下がって!」

 

防いだ槍を押し返し、切羽詰まった声で叫ぶジャンヌ。然し敵は深追いするつもりも無いのか、特段抵抗も反撃も見せずに二人から距離を取った。

 

「馬鹿が!気ィ抜いてんじゃ───」

 

怒号を飛ばしつつも援護へ向かおうとしたモードレッドだったが、直感に従いその場で反転。彼女が盾の様に構えた剣が、敵からの斬撃を弾いた。

 

「気を抜いていたのは、貴女も同じでしたね…!」

 

「テメェ……クソ神父ッ!」

 

すぐさま反撃に転じ、クラレントを橫薙ぎに振り抜く。

シロウはそれを紙一重で躱すと、後方へ退避しながら黒鍵を投擲。難無く弾くモードレッドだが、その隙にシロウは新手のサーヴァントと合流を果たした。

 

「コトミネ…生きてたのか……!それに、そのサーヴァントは…!?」

 

「───赤のランサー、施しの英雄カルナ…!」

 

ビルドの溢した呟きに、シロウに代わってジャンヌが答える。

病的なまでに白い肌の男───カルナは、射抜く様な鋭い眼差しをビルドへと向けた。

だが彼の瞳もまた先のモードレッドやスパルタクス同様光を灯しておらず、シロウの傀儡と化してるのは明らかだ。

思わず歯軋りするビルドや、強い警戒心を露にしたジャンヌを嘲笑うかの如く、シロウは息を荒げながらも口角の端をつり上げた。

 

「残念だったな…とは言え、流石に今のは死ぬかと思ったぞ?───だが、私はこうして生きている!」

 

「ハッ!テメェこそ口調ブレブレじゃねぇか?大戦の時はもっとムカつく程に余裕ぶってやがったクセして…死にかけてビビりやがったか?」

 

挑発的な言葉に対し、橫からモードレッドが煽り返す。

彼女を一瞥し、シロウは小さく舌打ちする。

 

「……成程、対魔力スキル。充分縛り付けたつもりでしたが…見落としていたな。令呪すらはね除けるバーサーカーにばかり気を取られていた、私の落ち度は素直に認めよう…戻り次第、残るサーヴァントの再調整(・・・)が必要だな。」

 

「逃げられると思っているのですか?」

 

彼女が反旗を翻した理由を悟り、同じスキルを持つ槍兵(カルナ)へ目を向け忌々しげに吐き捨てるシロウ。

無論、彼とカルナを取り囲む三人は武器を構え、逃がすまいと彼等を睨み付けている。

数では劣る状況。だが彼は嘲笑を浮かべつつ鼻を鳴らすと、懐から何かを取り出す。

取り出したそれは─────。

 

「─────ネビュラスチームガン…だと!?」

 

紫の塗装が施されたそれは、歯車の付いた奇妙な形状の銃。

本来この地に存在する筈の無い"ビルドの世界"の武器。

 

「手負いの貴様ら程度、このランサーなら纏めて返り討ちにする事は容易い。……だが、私も少々貴様らを舐め過ぎていた。この場は退き、計画を最終段階に進める事にしよう…。」

 

「───待て…!」

 

駆け出したビルドの手が届くより早く。

醜悪な笑い声と共に、黒煙に巻かれシロウとカルナは姿を消した。

 

 

 

「クソッ!!」

 

「オイ、何時までも悔しがってる場合じゃねーぞ!とっとと逃げろ!」

 

悔しさに歯噛みしていたビルドは、モードレッドの声で我に返る。

城のあちこちで崩落が起こり、何時完全に崩れてもおかしくは無い。

 

「くっ…そうだったな。ジャンヌ、逃げるぞ!」

 

頷いた彼女を伴い、駆け出したビルドは───一度足を止め、その場に立ち尽くすモードレッドへ呼び掛ける。

 

「オイ、何やってんだ!アンタも早く!」

 

彼の必死の呼び掛けに、モードレッドは一度目を丸くした後。愉快そうに笑いながら、呆れた様子で首を橫に振って見せた。

 

「オレは良い。元々俺の戦いはもう終わってんだ。……悪く無いマスターと出逢って、俺自身の望みにケリ付けて、満足して消えたってのによ…これ以上未練たらしく出しゃばるのは御免だね。」

 

「けど…!───うぉっ!?」

 

彼女の元へと歩み寄ろうとしたビルドだったが、逆に彼女に突き飛ばされ尻餅を着いた。

 

「元々オレは、あの野郎が妙な実験で作り出した魔力…そいつがこの城の中でのみ供給される仕組みになってんだ。だからこの城が無くなりゃ、どのみちオレは消滅する。」

 

「何だと…?それって…」

 

「───おい、ボトルヤロウ。……お前、名前は?」

 

言葉を遮り問い掛けられ。

立ち上がったビルドは変身を解き、彼女の目を真っ直ぐに見て答えた。

 

「……桐生戦兎だ。」

 

「戦兎か。…良いか戦兎。テメェは俺達英霊を舐めてるワケじゃねぇだろうが……力の差を測りながら戦ってちゃ、あのランサーには勝てねぇぞ。少なくとも、最初のトゲトゲしたヤツじゃ力不足だ。」

 

酷く真剣な声音で、戦兎を軽く睨みながら言う。

 

「……バレてたか。」

 

「ったりめーだマヌケ。全員が全員あれじゃ足りんってワケじゃねぇがよ…何人かは絶対に勝てない。

───つーかな!俺だってあんなハンデだらけじゃなきゃ、一瞬でボコボコにしてやってたっつーの!だから勘違いすんじゃねぇぞ!?次会う時が有ったら、今度はこのモードレッド様がギタギタにしてやるからな!?」

 

言葉とは裏腹に、彼女は幾分か表情を緩めると。

戦兎の傍へ寄り、彼の胸元へ拳を軽く当てて笑う。

 

「だから……それまで負けんじゃねーぞ。」

 

「……ああ。」

 

彼女の意思を受け継いだ戦兎は、彼女に背を向け歩き出す。

 

『天空の暴れ者!ホークガトリング!

イエーイ!』

 

「ジャンヌ。行くぞ。」

 

「────おい戦兎!」

 

脱出すべく変身を済ませ、駆け出した彼の背にモードレッドが呼び掛けた。

 

「あの野郎は俺達と正式に契約したマスターじゃねぇ。マスター不在のはぐれサーヴァント状態のまま、忌々しい小細工で俺達を縛ってただけだ。パスの無いアイツは魔獣をエネルギー源に、妙な機械を通して魔力を供給してる。…その魔獣の材料は、殺されたこの町の住人だ。

───この町の行方不明者を調べろ。この城以外に、必ずどっかにあの野郎のアジトが在る筈だ。」

 

「……ッ!分かった!────ありがとな。」

 

振り返る事無く、ビルドはジャンヌを抱えて翼を広げ。

 

「ちょ、戦兎くん!?わ、私は自分で走りますから!!その、近いですって!」

 

「うぉい!?ちょ、落ちる!落ちちゃうからー!」

 

破壊された城壁の穴から、外へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ったく、最後まで緊張感ねぇ連中だったな。」

 

呆れ顔で二人が去るのを見届け、彼女はその場に座り込む。

胡座をかき、ボーっと虚空を見詰めるモードレッド。既にその身体は、少しずつ魔力へ還り始めていた。

 

 

 

「……あー…考えてみりゃ、クソムカつく事だらけじゃねぇか。百発はあのエセ神父殴らねえと足りねぇ。」

 

───だったら、あの場で契約交わして付いてきゃ良かったじゃねぇか。

 

「抜かせ。他所で召喚された俺がどう思うかまでは知らねぇが、この"俺"のマスターはお前だけだ。」

 

───そりゃどうも。

なあ、アイツら勝てると思うか?

 

「知らねぇよ。そこまで面倒見てられるか。……だがまぁ、少なくとも円卓の連中よりは見所有るんじゃねぇの?知らないけど。」

 

───そりゃ、結構な太鼓判だぜ?

アイツらも大変だな…。

 

───……なぁ、セイバー。

 

「………何だ?」

 

────楽しかったか?

 

「……ああ。お前と共に戦ったあの日々も。その後はクソッタレな毎日だったが…アイツらのお陰でちっとは気が晴れた。」

 

───後悔は、無いか?

 

 

 

「無いね。あの神父のツラ殴る役目は、アイツらに譲ってやる。オレの戦いは終わりだ───誰より俺自身が納得した。だから…もう良いんだ。」

 

 

 

限界を迎え、城の崩壊が加速する中。彼女の隣で燻り、僅かに煙を漂わせる煙草の吸殻。

 

「────ありがとな、マスター。あばよ。」

 

在る筈の無いその吸殻を一つ残して。

───叛逆の騎士は英霊の座へと帰って行った。

 




───この戦いに、正義は無い。
そこにあるのは、純粋な願いだけである。

今回の話の最後のシーンは個人的に『Go!Now!~Alive A life neo~』を脳内で流してました。


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ミストに潜んだ悪意

ストックが尽きたので、次から更新頻度が落ちます。暖かく見守って頂けると幸いです。


 

仮面ライダーローグの氷室幻徳は、仲間達と共に『パンドラパネル』の力を悪用しようと目論むテロリスト『ダウンフォール』との死闘を制し、政治家として多忙な日々を送っていた。

 

国民の為に身を粉にして働く幻徳。彼は久々の休日に恋人の滝川紗羽とデートへ繰り出すが、ランチにしようと入った店のメニューは、何と全品付け合わせの野菜に『ピーマン』を使っている事が発覚する。

 

"お好みで、付け合わせの野菜は無しにする事も可能ですよ"────隣の家族連れの席の、野菜が食べられないという子供へ優しく語り掛ける店員の声。

悪魔の囁きを耳にしてしまった幻徳───可能なら取って欲しい。だが、三十歳越えた男がデートでそれを頼むのは恥ずかしい。究極の選択を前に葛藤する彼に気付かず、無情にも紗羽の指が呼び鈴を鳴らす。

 

迫る決断の瞬間。

その時、幻徳の選択した答えとは────!

 

「いや、やっちゃったよこの人。遂に全く関係無い話ブチ込んで来たよ。しかも御丁寧にピーマンの部分に鉤括弧付けて重要なワード感出してきたよ。ぶっちゃけ死ぬ程どうでも良いからね?」

 

「テメェこのヒゲ野郎!前回色々有っただろーが!オレと戦兎の手に汗握る共闘とか、涙無しには語れないオレの消滅シーンとかよ!?」

 

───黙れ!ピーマンだぞピーマン?何故俺の葛藤が伝わらないッ!

 

「伝わった上でしょーもないつってんだよ!ほら、カルナも何か言ってやって!」

 

「僕に釣られて─────む。出番だったか?」

 

「ほらー、幻さんが余計な尺使うから!インドの大英雄完全に油断して一発ギャグ練習しちゃってたじゃん!───ああもう!本編スタート!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ…とぉ。はい、到着でーす。お足元に御注意下さーい。」

 

「あ、ありがとうございます…。何だか…霧が凄いですね。昨日も今朝も快晴だった筈ですが…。」

 

「確かに…だが、今は気にしてる場合じゃない。」

 

城塞の外へと脱出し、人気の無い路地裏へと降り立った二人。濃い霧の中でビルドは変身を解除すると、ジャンヌと共に一旦拠点の宿を目指す。

 

「急ごう、一度戻って情報を洗い出すぞ。モードレッドが教えてくれた貴重な手掛かり…絶対に無駄にはしない。」

 

「はい。魔獣の材料にされた人々…その痕跡を探しましょう。」

 

モードレッドは"行方不明者を調べろ"と言った。魔獣の痕跡を元に戦兎とジャンヌはあの城へと辿り着いたワケだが…彼女の言葉通りなら、魔獣の発生区域以外にも何か手掛かりが見付かるかもしれない。

 

「行方不明者か…俺とした事が見落としてた。相手にはサーヴァントも居る。モードレッドの話が確かなら、死体を処理され魔物にされた犠牲者だって居る筈だ…。」

 

二人は駆け足で路地裏から大通りへと出ると、そのまま人っ子一人居ない(・・・・・・・・)通りを走り抜ける。

悔しさに表情を歪ませた戦兎は。ふと、隣を走っていた筈のジャンヌが足を止めている事に気付いて足を止めた。

 

「……ジャンヌ?」

 

振り返り、訝しげに彼女へ呼び掛ける。

対して、彼女の顔には警戒心が色濃く滲んでいた。

 

「戦兎くん…妙だと思いませんか?」

 

「何がだ?」

 

「私達が城へ向かったのは朝。経過した時間から考えても、未だ昼頃の筈……。」

 

「それが何か─────」

 

首を傾げながら聞き返そうとして、気付く。

着陸した路地裏ならともかく───町の大通りなのに誰一人姿が見当たら無い(・・・・・・・・・・・)

 

「だが、この霧のせいで皆家に帰ったんじゃ…。」

 

「だとしても、大通りなのに誰一人居ないというのは妙ではありませんか?…いえ、人だけじゃない…見て下さい。あれだけ栄えていた通りなのに、何処もかしこもシャッターが降りています。」

 

言われて見れば、霧に紛れて気付かなかったがどの店も完全にシャッターや扉を締め切っている。

念のためビルドフォンで時間を確認するが、未だ正午過ぎ───異様な光景だ。

 

「というか…霧、何か段々濃くなって無いか…?」

 

もし、こんな所で魔獣やサーヴァントからの襲撃を受けたら……その危険性と、町のど真ん中で変身するリスクとを天秤に掛け。

 

「まあ……幸い人も居ないし、この霧のせいで室内からは見えないだろ。」

 

周囲を警戒しつつ、戦兎は腰に付けっぱなしのビルドドライバーへジーニアスボトルを────

 

 

 

「─────それなぁに?」

 

 

 

背筋が凍る。

咄嗟に振り向いた戦兎の視界を、一瞬横切って行く黒い影。影を追う様に元の方向へと視線を戻せば、さっきまで気配すら感じ無かった少女の姿。

 

「子供…?」

 

少女より幼女と言った方が近いだろうか。妙に露出の多い服装だが、この濃霧の中で特に寒がる様子も無い。

戦兎を見詰めるあどけない表情は、何処にでも居る子供そのものだ。

 

─────片手に握った血の付いたナイフを除けば、だが。

 

「ねぇ、これなぁに?」

 

「ッ!?何時の間に……!」

 

異様な光景にフリーズしていた戦兎は、少女の言葉で我に返る。彼女が手にしていたのは、戦兎が持っていた筈のジーニアスボトル。

明らかに異常だ。彼は即座に新たなボトルを取り出すべく、懐へ手を伸ばして───。

 

「あなた、お母さんじゃないよね?

─────じゃあ、殺しちゃおう!」

 

「────戦兎くんッ!逃げて!!彼女はアサシン(・・・・)です!」

 

悲痛な叫びと共に疾走するジャンヌ。

だが、彼女が辿り着くより早く───少女の手にしたナイフが、戦兎の心臓を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────筈だった。

 

 

 

思わず目を瞑った戦兎だったが、待てども何の衝撃も襲って来ない。

恐る恐る目を開くと、目と鼻の先まで迫ったナイフが視界に映った。

 

だが、真に驚くべきはそこではない。

 

目前まで迫るナイフを受け止めている、(ブラッド)の様におぞましい深紅に染まった人形の何か(・・)

まるで人の形をしたスライムとでも形容すべきそれは、血が凝固していくかの如く、段々とその姿を固体へと変えていく。

 

そうして完全に姿を取り戻したそれは、言うなれば宇宙服めいた深紅のパワースーツ。

コブラを模した胸の意匠。エメラルドグリーンのバイザーと、その下に隠れた凶悪そうな目。頭部からは煙突を思わせる一本角が伸び、首回りにはパイプがマフラーの様に巻き付いている。

 

忘れる筈も無い。

たった今戦兎を救ったこの怪人こそ、戦兎達の、大勢の人々の運命を狂わせた張本人。

この姿の名は『ブラッドスターク』。そしてそれを纏う人物こそ───。

 

「エボルト…!?」

 

怪人は受け止めたナイフごと少女を投げ飛ばすと、軽く戦兎の方を一瞥する。

だが、彼は再び少女(アサシン)の方へ視線を戻し、鈍った体を解すかの様に小さく首を鳴らしてみせた。

 

「……あなた…ううん、お前、嫌な感じがする。誰?お母さんじゃないよね?」

 

『───ああ。残念だが、俺はお前の母親じゃあない。"パパ"…って言うなら相手してやっても良いが……いや、美空もいるから娘は間に合ってるな。───前言撤回、うちは定員オーバーだ。』

 

「そっかぁ…じゃ、殺すね?」

 

『どぉーーーぞ御自由に?ま……やれるもんならなぁ!!』

 

刹那───交差する刃と刃。

アサシンの持つナイフと、スタークが手にした工業製品染みた剣(スチームブレード)が火花を散らす。

小柄な体躯で飛び回り、素早く振り抜かれるナイフを、スタークは一つ残らず正確に捌いてみせた。

 

 

『オイオイ、随分とお転婆だなぁ?随分と躾のなってねぇお嬢ちゃんだ!』

 

「わっ……!?」

 

高速で跳び跳ねる彼女の動きにも対応し、着地の瞬間を狙ってスチームブレードを突き出す。アサシンも咄嗟にナイフで防御するが、地に足が着くより先に繰り出された攻撃の勢いは止め切れず、後方へ弾き飛ばされた。

吹っ飛びながらもその勢いを逆に利用し、一旦距離を取るアサシン。

互いの間合いがリセットされ、再び両者が睨み合う。

 

「……やっぱりやな感じ…。お前、嫌い……。」

 

スタークへ飛び掛かろうと構え────否、その動きはブラフ。くるりと身を翻し、彼女は手近な家の屋根へと一瞬で飛び移った。

 

「ッ!?お、おい!?」

 

慌てて追い掛けようとする戦兎とジャンヌを、スタークが片手を伸ばして制す。

 

「お前、次は殺すから!そこのあなたも、ルーラーも!じゃあね!」

 

酷く不機嫌そうに言い残すと、少女はあっと言う間に霧の中へと消えて行った。

 

「───待て!ボトルを返……!?」

 

スタークを押し退け、後を追おうとした戦兎がその場に倒れ込む。

 

「何…だ……?力が…!」

 

「戦兎くん!?」

 

体が動かない。

地に伏せ、そのまま動けずにいる彼を見下ろし、スタークは溜め息混じりに肩を竦めた。

 

『……成程、霧か。この霧自体が強い毒性を持った、あのお嬢ちゃんの宝具ってワケだ…。』

 

呆れ半分に首を振るスターク。彼から戦兎を守るべく、ジャンヌが二人の間に割り込んだ。

 

「貴方は何者です!戦兎くんをどうするつもりですか!?」

 

『オイオイ…今の見て無かったのか?俺はお前達の助っ人に来てやったんだぞ?』

 

「ふざけんな…!大体、なんでお前がここに…!」

 

歯を食い縛り、スタークを睨む戦兎だったが。

限界を迎え───直後、彼は意識を失った。

 

「戦兎くん!しっかり!戦兎くん!!」

 

『ったく…。まあ良い。───ここに居たら、あのガキが戻って来たら厄介だ。ずらかるぞ。』

 

スタークの全身から、赤く禍々しいエネルギーが漏れ出す。そのまま彼は戦兎とジャンヌの手を取り、有無を言わさず一瞬でその場から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────夢を見た。

 

ガスマスクの男達に取り囲まれ、必死に助けを乞う人々。彼等の叫びは誰にも届かず、水槽の中へと押し込まれて異形の怪物へと姿を変える。

 

 

 

 

場面が変わる。

 

怪物や機械仕掛けの兵士達に蹂躙され、平穏な町は激しい戦火に焼かれていく。逃げ惑う人々は涙ながらに赦しを求めた。───そもそも、彼等には何の罪も無いというのに。

 

 

 

 

 

軈てまた風景が切り替わり、幾つもの場面が入れ替わり立ち替わり戦兎の前を流れて行く。

 

───お前だよ桐生戦兎。お前が悪魔の科学者、葛城巧だ。

 

───折角の素晴らしい発明も、結局は戦争の道具でしかないんだから…虚しいよなぁ?

 

───いい加減気付いたらどうだ。桐生戦兎は、地球にとって存在すべき人間では無かったという事に!

 

 

─────お前は、俺に作られた偽りのヒーローだったんだよ!!

 

 

 

 

 

自らを責め立てる者達の姿が消え、気付けば戦兎は見知らぬ土地に居た。

街並みも、そこに集う人々の服装も、現代日本のそれとは異なる。

───彼は気付いた。ここは、ジャンヌの生前の記憶なのだという事に。

 

 

 

再び風景が揺らぎ、訪れたのは戦場のど真ん中。戦兎はその最前線で見知った顔に気付く。

 

『主よ。この身を捧げます───。』

 

彼女は気高く、美しかった。

多くの民を救い、率い、何時だって誰かの為に祈っていた。

 

多くの犠牲を払いながらも、彼女に率いられた民は前を向いて戦場を駆け抜けた。

 

誰よりも神を信じ、誰よりも他人に寄り添い続けた少女は、軈て─────。

 

 

 

 

 

『これより、魔女ジャンヌ・ダルクの処刑を執り行う!』

 

火が放たれる。

誰かの為に戦い続けた少女の、哀しき結末。

目を背けたいのに。止めろと叫びたいのに。

戦兎にはどうする事も出来ない。

 

「………どうして。」

 

けれど、彼女は。

 

「どうしてあんたは……。」

 

最期の瞬間まで、誰よりも気高く在り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識を取り戻した戦兎が最初に見たのは、今朝と同じ天井。

宿に戻って来たのか。力の入らない体に鞭打ち、彼はゆっくりと身を起こした。

 

「────起きたか。」

 

彼の様子に気付いたらしく、男性がベッドの傍へと歩み寄って来る。

 

「……エボルト。」

 

「よっ。久し振りの再会じゃねぇか…そーんな怖い顔すんなよ。」

 

ベージュのジャケットと黒のパンツを着こなした、お洒落な中年男性。スタークとしての姿では無く、石動惣一に擬態したエボルトが、顔を顰めて茶化す。

 

「あんた…どうしてここに居る。」

 

それを無視して彼を精一杯睨み付けるも、エボルトは大して気にした様子も無く肩を竦めた。

 

「何だ、気付いて無かったのか?お前まさか、俺が遺伝子を潜り込ませたのが万丈一人だと思ってたんじゃねぇだろうな。」

 

「何だと…?」

 

エボルトはわざとらしく溜め息を吐いて見せると、椅子に腰掛け置いてあったコーヒーを口にする。

 

「─────不味(マッズ)ッ!?ぺっぺっ…何でだ……?

まあ良い…えーっと、何処まで話したか…あ、そうそう!パンドラタワーでの決戦の後、俺は万丈に遺伝子の一部を潜り込ませた───そこまでは知ってるな?」

 

「……ああ。」

 

無論覚えている。

エボルトが万丈龍我に隠した遺伝子の一部は、彼の兄『キルバス』が地球へやって来た際パンドラボックスの影響で蘇った。

エボルトすらも上回るキルバス打倒の為、彼は一時的に万丈と共闘。その時、戦兎自身も協力して彼を完全に復活させた。

 

「だがそもそも前提として、俺が遺伝子を隠してたのは万丈一人じゃないって話だ。お前の中にも、ほんのちょっぴり忍ばせておいたって事。

───如何にも俺がやりそうな事じゃねぇか?」

 

「お前……!」

 

心底愉快そうな黒い笑みに、戦兎は強く拳を握る。この悪辣な宇宙人は、平気な顔をして自分でそれを言うのだからタチが悪い。

 

「と言っても…お前に潜り込ませたのは、万丈のそれと比べても極僅かだ。加えて、俺の半身と言っても過言じゃない万丈なら兎も角、あくまでお前は"ハザードレベルが高い"だけの赤の他人だ。───だからキルバスにもバレなかったし、あの時は未だ目覚めて無かった。」

 

不味いと知りながらも再度コーヒーを啜り、苦悶に顔を歪めながらエボルトは言う。

 

「僅かながら意識が戻ったのはその後だ。俺の本体、万丈から復活させた方の俺が地球を去った後…お前の中で時間を掛けて力を溜め込んでいった俺は、漸く最低限ブラッドスタークの擬態を作れる程度には力を取り戻した。

───ま…それでもお前達ライダーを全員相手取るには分が悪いし、本体も地球を離れちまったからな。暫くは大人しくしてるつもりだったよ。」

 

「……それが、俺と一緒にこの特異点へと飛ばされて来たってワケか。」

 

「正解!!ホントはこのまま傍観してるつもりだったがな…流石に、お前に死なれちゃあ俺も困る。だからお前達を手伝ってやろう…って話だよ。」

 

忌々しげな戦兎の視線にも、エボルトは涼しい顔を崩さない。

そんな時、入り口の扉が開かれた。

 

「戻りました。どうやら、アサシンの追跡は無いみたいで……」

 

部屋へと戻って来たジャンヌの動きが止まる。

彼女の視線は戦兎へ注がれ─────

 

「ッ!?ちょ、ジャンヌ…!?」

 

「目を覚ましたのですね…!本当に良かった…!!」

 

勢い良く抱き締められ、戦兎は戸惑いを隠せない。少女の温もりに頬が紅潮する一方、さっき見た夢のせいで、彼はどう接して良いのか分からず困惑する。

そんな二人を茶化す様に、エボルトは"ヒュウ"と軽く口笛を吹き。

 

「お熱いねぇ。─────さて。

それじゃ全員揃った所で、話を進めるか。」

 

ドス黒いその本性とは裏腹に、フレンドリーさすら醸し出しながら、彼は軽い調子で宣言した。




───出たなロリショージョ!!


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ヒーローの真実

「ボンジョールノ!戦兎くん!」
『グッジョブ!』
「チャオ!」

異国情緒溢れる感じで偶に外国語混ぜてるけど、結局お前どの路線で行くつもりだったんだよ!?
ぜってぇ許さねぇ!!


 

それは、戦兎くんが目を覚ます前の事。

 

 

 

「───どうやら、振り切ったみたいだな。」

 

突如現れた怪人は、宿へ辿り着くなり日本人らしき男性へと姿を変える。

最初は何が何だか分からず混乱しましたが…すぐに理解した。

彼こそが、戦兎くん達を翻弄し続けた

"諸悪の根源(エボルト)"なのだと。

 

「……助けて頂いた事には感謝します。ですが、貴方は何の目的でここへ?」

 

警戒心を隠す事無く問う私に、彼は白々しく"傷付いた"と言わんばかりの悲しそうな顔を見せる。

 

「初対面からそんなツンツンするなよ…別に何もしねぇっての。俺はあんたや戦兎と利害が一致した。さっきも言った通り、助っ人ってワケだ。」

 

男は戦兎くんを抱えながら、当たり前の様に彼のポケットから鍵を取り出し、私達の部屋へと上がり込む。

そのまま戦兎くんをベッドへ寝かせると、何処で手に入れたのかコーヒー作りの器具を取り出し、部屋の隅で勝手に豆を挽き始めた。

 

「……戦兎くんから話は聞いてます。貴方は、あのボトルを作ったという宇宙人…エボルトですね。」

 

「───ああ、知ってるよ。俺はアイツの中に居たからな。俺の正体がバレてる事も、あんたが有名な"聖女ジャンヌ・ダルク"って事もな。」

 

まるで雑談でもするかの様な気軽さで、エボルトは平然と言い放つ。

そんな彼から戦兎くんを守るべく、私は二人の間に立った。

 

「……だーかーらー、何もしないっての。俺も信用無いねぇ…。」

 

「私が…貴方が過去犯した所業を知っていて、信用出来ると思いますか?」

 

「ま、思わねぇだろうな。───だが、それを言うならあんたの同僚もそうだろ?ちゃーんと聞いてたぜ?"カルデア"…だったか。そこに居る連中は、全員が全員お綺麗な英雄ばかりじゃない。悪党、ゴロツキ、果ては反英雄のバケモンも居るそうじゃねぇか。俺と何が違うってんだよ?」

 

「論点を逸らさないで下さい。例え貴方の言う通りだとしても、彼等は皆マスターの為に戦っています。

戦兎くんを弄んできた前科持ちの貴方とは違う。」

 

互いに引かぬ舌戦。平行線を辿る議論の末、エボルトは諦めた様に溜め息を漏らし、両手を挙げ降参の意を示す。

 

「……わーったよ。力の大半を失った今の俺は、あんたと敵対するつもりは無い。好きにしろ。」

 

そう言うと彼は作業の手を止め、立ち上がって私をじっと見詰め────

 

「良い機会だ。戦兎から話は聞いてるだろうが、俺がより詳細にコイツの事教えてやるよ。」

 

目にも止まらぬ早さで、私の額へ片手を翳してみせた。

 

「───な…!?」

 

意識が遠退く。

霊基の中に、自分の知り得ない情報が流れ込んで来る。

 

「動くなよ…記憶を消すのはお手の物だが、記憶を上書き(・・・)すんのは慣れてねぇからな。」

 

せせら笑いながら、酷く愉しそうに彼が言うと同時に。

私の意識はそこで一度途切れた。

 

 

 

 

 

 

『例え悪魔と呼ばれても、科学者としての探求心を抑える事なんて出来ない…。

───覚悟はもう出来ています。』

 

それは、悪夢の様な光景。

何の罪も無い人々が、得体の知れぬ異物を注入される悪魔の所業。その行く末は死か、或いは人としての姿を奪われるかの二択。

 

始まりは、純粋な願いの筈だったのに。

 

父の無念を晴らす。父の残した遺志を受け継ぎ、邪悪な侵略者から地球を守る。

そんな真っ直ぐな願い。だが彼は、気付けば道を踏み外してしまっていた。

 

『嘗て俺に流れていた血は、燃え盛る野心によって蒸発した。…もう昔の俺は居ない……!』

 

『今日から俺達は"ファウスト"だ!

何も知らぬ者は、俺達の事を悪魔の所業だと罵るかも知れない…。

だが…例えこの手を血に染めても、俺達はこの国の在るべき姿を作るんだ!

─────俺に力を貸してくれ!』

 

理想は過激な思想の踏み台となり、彼の大義は欲にまみれた者の掲げる大義に塗り潰された。

 

それでも───それでも唯一残った使命。

あの地球外生命からこの星を救う。

それすら失えば、最早彼には何一つ残らない。

 

だと言うのに…そんな信念すら、呆気無い終わりを迎えてしまう。

 

『佐藤太郎でぇーす!!新薬のバイトに───』

 

『それじゃ…始めるかぁ。』

 

策は見抜かれ、ついでの様に無辜の命が奪われ。

そうして一度、彼の全ては空白になる。

 

 

 

───全部が全部、嘘ってワケじゃない。

たまに感動してウルっとしたし、騙して悪いなとも思ったよ。

 

信じていた者からの裏切り。

 

 

 

───まだわかってないようだな。いいか…?消滅した青羽もお前も、ネビュラガスを注入した時点でもう人間じゃないんだよ。

───だからお前は"兵器を壊した"に過ぎない。

 

───それに……戦争になった今、遅かれ早かれ味わうことだ。それとも?本気で誰も傷つけないとでも思ってたのか?

───だとしたら、能天気にも程がある。

 

命を奪ってしまった絶望。

 

 

 

───"ビルド殲滅計画"…始動。

 

命懸けで救ってきた民衆から向けられる憎悪。

 

 

 

数え切れない程の痛みと絶望に襲われて。

何度も挫け、苦しみ抜いてきた筈なのに。

 

『お前が作ったのは、スマッシュだけじゃねえだろ!そのベルトを巻いて…大勢の明日を!未来を!希望を!創ってきたんじゃねぇのかよ!』

 

それでも彼は、何時だって立ち上がって来た。

 

『誰かの力になりたくて戦ってきたんだろ!誰かを守る為に立ち上がってきたんだろ!それが出来るのは、葛城巧でも佐藤太郎でもねぇ!

─────桐生戦兎だけだろうが!!』

 

自意識過剰な正義のヒーローとして、彼はどんな時も前に進んで行った。

その胸に抱いた光と共に─────。

 

 

 

 

 

「……今の、は…。」

 

「よっ。どうやら上手くいったみたいだな…礼には及ばない。」

 

気付けば私は元の部屋へと戻って来ていた

────いや、そもそも私は一歩も動いてはいない。それどころか、何年にも思えた先の景色は、ほんの一瞬の内に私の中を流れたものだったのだろう。

 

「お察しの通り、今お前が見たのは戦兎の記憶だ。ついでにあいつの知り得ない部分に関しては、俺の知る範囲で補填しといてやったぜ。優しいだろう?」

 

これまで様々な特異点で、沢山の人間や英霊と出会って来たけれど…ここまで人の敵意を煽るのに長けた者もそうは居ない。私は精一杯の力を込めて彼を睨む。

 

「そう睨むなよ。にしても───人間ってのは、

つくづく愚かで面白い生き物だよなぁ?俺が作った"桐生戦兎"…或いは"仮面ライダービルド"って偽りの人物像にしがみつくしか無く、どれだけ望まぬ答えが待っていようが、"正義のヒーロー"として振る舞い続ける。まったく…その姿がどれだけ滑稽な事か。」

 

──────その時、私は初めて他人に敵意を越えた"怒り"の感情を抱いた。

葛城巧という人間の罪は決して軽くは無い。

けれどそこから逃げずに、苦しくても藻掻き続けた彼を嘲る権利など…誰にも有る筈が無い。

 

「……口を慎みなさい。私は今、彼のサーヴァントです。サーヴァントとして、マスターを侮辱する言動を容認する事は到底出来ません。」

 

「別にお前さんに許して貰う必要も無いんだが……っと、わーったわーった!ったく、聖女様ってのは随分と人情に厚いモンだなぁ?」

 

「私は聖女などではありません。主の導きに従って剣を取っただけの小娘です。親しい人を目の前で冒涜されれば、怒りも悲しみも抱きます。」

 

「やれやれだ…よーく覚えておきますよ。」

 

おどけた様子で肩を竦める彼に背を向け、私は部屋の扉を開く。

戦兎くんを彼と二人きりにするのは危険だ。然しこの怪物は本当に身勝手で邪悪な存在であるからこそ、寧ろ"手を貸す"という言葉にも嘘は無いだろう。

彼にとっても、戦兎くんという貴重な存在を手放すのは惜しい筈だから。

 

「……アサシンの追跡が無いか、少し偵察して来ます。彼女の奇襲を受けるより先に感知出来るのは私だけですから。」

 

「どうぞ?俺としても、今はあのお嬢ちゃんとやり合うのは避けたいからな。ああいうタイプは確実に始末出来る状況下で、一発勝負を仕掛けるに限る。」

 

ひらひらと手を振って見送るエボルトを無視し、私は部屋の外へ出た。

 

 

 

 

 

 

「……戦兎くん…。」

 

思えば、ずっと気になっていた。

そう───気になっていたのです。

彼は何故あそこまで、"正義のヒーロー"で在る事にこだわるのか。

この特異点で行動を共にして、単なるお人好しで片付けるには度が過ぎている事には気付いていたけれど…。

私は漸く理解した。

───似ているのだ。あの何処かほっとけない

"妹みたいな存在(ジャンヌ・オルタ)"に。

 

彼女も始まりは"嘘"だった。

ジルの抱いた妄執、怒り、(ジャンヌ)にはこう在って欲しいという願い。その想いは在りもしない憎みを彼女に植え付け、彼女は憎悪の炎に囚われる事となった。

けれど、彼女は自分の抱く憎悪を受け入れた。

偽りの裁定者(ルーラー)から正真正銘の復讐者(アヴェンジャー)として生まれ変わり、その炎と共に生きる事を選んだ。

その胸に抱く想いは偽物なんかじゃない。

───彼女は自分の生き様で、それを証明すると示したのだ。

 

"憎悪"と"思い遣り"、"何かを憎んで生き続ける"と"誰かを守る為に戦い続ける"───両者の想いのベクトルこそ両極だが、根底に抱く物は同じなのだ。

 

「偽りから始まった存在だとしても…それを受け入れ、彼等は本物になった…。」

 

真実を知ってからは、罪滅ぼしや責任感で動いていた面も有ったのだろう。

だけど───逃げる事無く、その罪と向き合って生きて来た彼の姿は、それだけでは無いと私は思う。

 

記憶の中で見た、彼に救われた仲間達の姿。

それにこの特異点で、私やあの少女を救おうとした彼は。

───誰が何と言おうと、本物のヒーローだ。

 

「……戦兎くん…。」

 

損得より先に、誰かの為にその命を懸けられる。私はそんな彼が心配で…同時に、そんな彼の姿に惹かれている自分に気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて───それじゃ、情報の共有を始めようか。最初は……って不味ッ!」

 

戦兎の意識が戻った後、彼と帰還したジャンヌを見渡しながらエボルトが言う。

懲りずにコーヒーを啜る彼に、呆れた様子の戦兎。

 

「いい加減捨てろよ。てか何であんたが仕切ってんだよ。」

 

「勿体ねぇだろ…あっちなら兎も角、この世界でそうポンポン豆調達して来てる暇無いんだから。……で、話を戻すとだ。あのガキンチョ…暗殺者(アサシン)だったか。そこの聖女様は、何か知ってるのか?」

 

戦兎の突っ込みを軽く流すと、エボルトはジャンヌへ視線を向ける。

 

「…彼女の真名は『ジャック・ザ・リッパー』。

私や、あの城で出会ったサーヴァント達と違い、その正体は不明な存在。本来、彼女…というより彼女の根源と成った殺人鬼の伝説は、例えサーヴァントとして召喚された所で大した力は持たない筈です。」

 

「ジャック・ザ・リッパー…確か1881年に起きた、正体不明の大量殺人鬼だったか。」

 

「ええ。本来神秘から程遠い近代の英霊、それも英雄や偉人と違って単なる犯罪者。英霊としての格は、それこそモードレッドやカルナと比較すると余りにも弱い。」

 

「だが、単にマスターを殺っちまうだけならそれでも構わんだろうさ。実際剣士やら狂戦士やら魔術師やらに混ざって暗殺者のクラスが有るのも、そういう戦術を取る輩が居るって事だろ?」

 

戦兎とジャンヌのやり取りに割り込み、軽い調子でエボルトは言う。

その言葉にジャンヌは渋い顔で頷く。

 

「その通りです。アサシンは高ランクの気配遮断を持ち、マスターを狩る戦術を取るクラス。……というより、例外的な者以外は基本的にその戦術以外で戦うのは無謀というもの。」

 

「ま、暗殺者がナイフ片手に剣士や騎兵とやり合おうってのがそもそも無理な話だ。英霊殺しが必須なら話は別だが、そうで無いなら大局を動かすのに充分効果的な策だな。悪くねぇ。」

 

ククッ、と愉快そうに笑うエボルト。

物言いこそ不愉快だが、嘗て三国を影から手玉に取り、結果的にビルドの世界で国を掌握した彼の言葉は説得力が有った。

 

「……話を戻すぞ。あの子の正体こそ分かったが、対策を立てるのは相当難しい。それに分からない事も有る。」

 

サーヴァントともやり合える高位の魔術師なら兎も角、変身していない戦兎には手の打ちようが無い。

まさか敵が何時襲って来るかも分からないのに、常に変身して町を歩くワケにも行かないだろう。

ジャンヌもそれを理解しているのか、困った様子で頭を抱えていた。

 

「…戦兎くんの言う疑問点ですが、何故今になって私が彼女の正体を打ち明けたのか…ですね?」

 

「ああ。ただ強いだけの相手なら、戦ってその場で切り抜けるしかないだろうけど…こいつに限っては例外だ。まして、あの霧…切り裂きジャックは霧の町(ロンドン)で起きた事件だったろ?君の事だ、城から町に戻った時点で何かに気付いてもおかしくはない。」

 

「ええ…その通りです。彼女の保有するスキルに、自身の存在を隠蔽する物が有ります。その結果、彼女達は自分に関する事柄を思い出せなくさせる事が出来る。」

 

「そんなチート染みた事が───あれ?」

 

頭を抱えつつ言い掛けた戦兎は気付く。

 

───少女は、どんな姿をしていた?

武器は何を使っていた?そもそも、本当に少女だったのか?

 

思い出そうとすればする程、記憶がぼやけていく感覚に襲われる。

 

「…最悪だ。俺が若年性の認知症とかじゃなきゃ、早速それにやられちまってる…。」

 

そもそもさっきまでよく覚えていられたものだ。

思わず自嘲気味に力無く苦笑してしまう。

 

「私は…嘗ての大戦の記録と、カルデアに召喚されてから彼女達と再会した事で、今では問題無くジャックを認識出来ます。それでも、先程遭遇するまでは忘れてしまっていましたが…。」

 

となるとジャックに対抗出来るのはジャンヌしか居ない。

ただ、サーヴァントの探知能力や、彼等との面識を持つジャンヌと離れて行動する…というのは、正直気が進まないのが本音だ。

 

彼女も同じ結論に達したのだろう。

だがやむを得ない。手詰まりの状況を打破すべく、二人は顔を見合せる。

 

「……仕方無い。ここはジャンヌに────」

 

「お前ら、人を無視して話を進めるなよ。寂しくて思わずウルっときちまうだろ?」

 

重々しく口を開いた戦兎の言葉に、被せる様な軽薄な声音。

二人してその発言者へ視線を向ければ。

 

「───だったらアサシンは俺が相手してやるよ。聞き分けの無い娘の相手なら、十年分のキャリアが有るからな。」

 

漸く空になったカップを苦々しげに見詰めつつ、災厄の化身は軽い調子で言ってのけた。

 

 




某動画配信サイト視聴してる時の広告さながらに、突然現れて神経を逆撫でするコブラ。
唐突に降って来て、セクシースライディングからボディタッチして帰ったあの日の衝撃を、僕たちはきっとこの先も忘れない────。


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真実へのカウントダウン


尺の関係で端折った説明、全部エボルトに喋って貰えば良いんじゃないか説。


 

「聞こえ無かったか?俺がジャックを片付けてやるって言ったんだ。」

 

退屈そうに告げるエボルトに、どう反応して良いか分からず困惑するジャンヌ。戦兎はというと、神妙な面持ちで何かを考え込んでいる。

 

「……確かに、合理的な案ではある。」

 

「戦兎くん!?」

 

まさか彼に賛同するとは思っていなかったのか、ジャンヌは思わず耳を疑った。

 

「いや…元々あのサーヴァント達は、本来のサーヴァントとは違う。その上スキルで気配を隠せるなら、ジャンヌでも俺やエボルトでも、結局あいつが仕掛けて来るまで発見が困難なのは同じだ。───なら、いっそサーヴァントの枠に収まらないエボルトの方が、相手の不意を突けるかもしれない。」

 

「流石は天才物理学者。状況判断能力は鈍って無いらしいな。」

 

満足げにエボルトは頷く。対する戦兎は心底嫌そうな顔をしていたが。

 

「付け加えるなら、戦兎は今回敵の奇襲を警戒する以前の問題だ。あの霧でやられちまうからな?屋内で大人しく───」

 

「それは出来ない。あの天草って奴は"計画を最終段階に移行する"…と言った。時間が惜しい、ここで時間を無駄にするつもりは無い。」

 

「んな事言ってもだな…お前、さっき何で倒れたのか気付いてるか?毒霧だよ、ど・く。

…まぁ、どっちかと言えば酸の方が近いがな。───だろ?聖女様。」

 

上機嫌な表情から一転、明らかに面倒臭そうなエボルト。彼から話を振られたジャンヌは、どうしたものかと迷った後。小さく目を伏せ、ぽつぽつと語り始めた。

 

「……確かに、あの霧は彼女の宝具です。あれは最大で町全体を覆う事すら可能なもの…加えて人間には極めて有害です。変身後なら兎も角、生身で浴びれば戦兎くんの命の保証は出来ません。」

 

─────『暗黒霧都(ザ・ミスト)』。

産業革命の後の1850年代、ロンドンを襲った膨大な煤煙によって引き起こされた硫酸の霧による大災害を由来とする、広範囲型の結界宝具。

この宝具が発する強酸性のスモッグは呼吸するだけで肺を焼き、目を開くだけで眼球を爛れさせる。魔術師ですら、対策を講じて無ければ魔術の行使すら困難を極め、一般人は時間経過でダメージを負い…数分以内に死亡するというもの。

ビルドに変身していれば幾分かは凌げるだろうが…それも完全では無い。

 

「私達サーヴァントならダメージを負う事は有りませんが、それでもステータスの低下を引き起こす程度の影響は受けます。仮に変身したまま活動したとしても、長時間浴び続けるのは危険です。」

 

「けど、さっきは暫く普通に動けてた。その後体の自由は失ったが…最悪また意識を失う程度で───」

 

「落ち着けよ。矛盾してるぜ?急がなきゃいけないなら、また気絶する可能性有る方が余計リスキーだと思わねぇか?

大体…変身しっぱなしがリスク大きいから、誰か一人が動くって話になったんだろうが。」

 

見知らぬ地ではあるものの、なるべくビルドを衆目に晒したくは無い───というだけの話では無いのだ。

長く変身して活動すれば、それだけ敵に手の内を見せる事に繋がる。

ましてジーニアスでの解毒が不可能な現状。下手に大勢で動いて消耗させられた所を、敵のサーヴァントが加勢に来たら厄介この上無い。となると、単独行動のリスク以上に全滅のリスクを避ける方が賢明だ。

 

「お前は気付いてねぇみたいだから言っとくがな…?あの程度で済んだのは、多分お前の中に俺が居たからだ。───ついでに言えば、認識阻害の宝具が効くのに時間が掛かったのも、俺はその影響だろうと見てる。」

 

自らも毒を操り、地球の何倍も過酷な環境下で破壊活動を行ってきたエボルトだからこその、ジャックの宝具への耐性───真偽は兎も角、その仮説は確かに理に敵っている。

今回ばかりはジャンヌもエボルトに同意を示すが、戦兎としてはどうしても踏ん切りがつかない。

 

「……仮にお前一人で行ったとして、他のサーヴァントの加勢が有ったらどうする。」

 

「その時はその時だ。あの霧の中で消耗した三人纏めて返り討ちにされるより、まだその方が良いと何度も言ってるだろうが。───大体、全員固まって動いて、それこそ奴が警戒して出て来なかったら本末転倒だろ?

それとも何か?お前はジーニアス無しで、常にアサシンを警戒しながら、最大で十騎居ると考えられるサーヴァントどもを相手にするってのか?───だとしたら、能天気にも程がある。」

 

敢えてあの時(・・・)と同じ言葉を使い、容赦無くトラウマを抉るエボルト。反論の余地も無い正論に、戦兎は漸く渋々ながらも首を縦に振った。

 

「……お前の作戦に乗る。だが条件が有る。」

 

「あ?条件だぁ?」

 

訝しげに目を細めるエボルトの前に、戦兎はビルドフォンを掲げて見せる。

 

「俺達が敵のアジトを見付けるまでにジャックを仕留めてくれ。勿論、癪だがお前の意見は正しい…だから闇雲には動かないで、確信を持てたら動く。俺とジャンヌは敵の拠点を突き止めたら向かうから、あんたはそこで俺達と合流する───それが一番時間のロスが少ない。」

 

「……正気かよ?納期も未定だが納期までに仕上げろ、なんて仕事の振り方しやがるとはな…お前の下では絶対働きたく無いぜ。」

 

「こっちこそ、あんたみたいな部下は御免だよ。

───それで、どうするんだ?」

 

暫し睨み合う両者。───結果、先に根負けしたのはエボルトだった。

 

「…OK。だがこっちはジャックを誘き出す時間も必要だからな…条件は、"お前らがやられちまうまでには合流する"…にしてくれ。どっちにしろ、お前に死なれちゃ困るのは本音だからな。なるべく早く駆け付けてやるよ。」

 

「分かった。それで行こう。」

 

二人は握手を交わす。

交わした、が。

───傍で見ていたジャンヌ曰く、"あそこまで腹の探り合いを隠さない握手は初めて見た"らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霧に包まれたトゥリファスの町。

人っ子一人居ないその町を、駆け足で行く一人の若い女性。

怯えた様に、しきりに周囲を見渡しながら彼女は走る。

仕方の無い事だろう。ただでさえこのところ、本や映画にしか出てこない様な怪物の目撃情報が相次いでいるのだから。

 

「───お母さん?」

 

不意に、子供の声が聞こえた。

咄嗟に振り向くが、子供どころか人の姿など皆無だ。

 

気味悪くなった彼女は、全速力で通りを駆け抜ける。

角を曲がり、行き着いた先は…。

 

「……!?嘘…こんな所に行き止まりなんて…!?」

 

記憶が確かなら、今の角は別の大通りに突き当たるだけの筈。

慌てて周囲を見回しても、何処もかしこも行き止まりだらけの袋小路。

恐怖のあまり身を震わせながらも、彼女は来た道を引き返そうとして───。

 

「お母さん。何処に行くの?」

 

馬鹿な。有り得ない。

さっきまで目の前に、少女の姿(・・・・)など無かった筈だ。

 

「お母さん!私達、お母さんの中に帰りたいの!

───良いよね?」

 

女性の全身から冷や汗が噴き出て止まらない。

力無くその場にへたりこむ彼女へ、少女は笑顔でナイフを振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、ジャンヌ…思ったんだが、天草四郎ってどんな奴なんだ?」

 

何かを紙に書き出しつつ、片手でビルドフォンを操作しながら戦兎は問う。

 

「どんな…とは?」

 

「あいつの事を知れば、あいつの言う"計画"の手掛かりになるかもしれない。……それに。日本人の俺としては、どーにも奴から感じた印象と、歴史で学んだ天草四郎時貞って偉人の印象が噛み合わないんだよな…。」

 

戦兎の知る天草四郎といえば、弾圧された民衆の為に戦った英雄。彼の起こした反乱は結果的に弾圧されたが、人物像としてはそれこそ"正義のヒーロー"という印象。

スパルタクスと同じ、英雄と呼ぶべき人物だとばかり思っていた───故に、あの悪意の塊と呼んで差し支え無い男とは、どうにも人物像が一致しない。

 

「まあ…歴史とは、後世に伝わったものに過ぎません。後の世に伝わった全てが真実だとは限らない。私自身、"聖女"と呼ばれてはいるものの…他の誰でも無い私は、自分を聖女だと思った事は一度も無いのですから。

───結局の所。英霊と呼ばれる者達は皆、瞬間瞬間を思うがままに駆け抜けて来た者達なのです。」

 

「成程ねぇ…。」

 

確かに葛城巧も、その行いだけを切り取れば悪党だ。記憶を取り戻した戦兎自身、"悪魔の科学者"の名に偽りは無いと思っている。

だが、その裏には父から受け継いだ使命が在った。"エボルトから地球を救う"───戦争の道具にされると予見していながらも、ライダーシステムを作ったのはその為だ。

 

「ただ…。」

 

何処か歯切れ悪く、困惑気味に俯いたジャンヌは言葉を続ける。

 

「彼の本性を知る私でも、あの天草四郎には違和感を感じているのは事実です。」

 

「……どういう事だ?」

 

「天草四郎は、善人か悪人かで単純に測れる人物では無い……それが私の知る彼の姿でした。」

 

人間嫌いだが人類を愛する男。

嘗ての聖杯大戦、ひいてはそこに至るまでの行いを善悪で断じれば、間違い無く悪だろう。

────だが、その根底に抱いた願いそのものは、間違い無く善だった筈だ。

 

「彼は…戦兎くんも知る生前の経験を経て、人間の醜さを心底嫌っていました。───ですが、それでも彼は人類を愛していた。人類の救済を願うべく、聖杯を手中に収めようとした。……その手段も、そこに至るまでのやり方も、決して正しい物ではありません。

───けれど、その根源自体は正しいもの。

彼は、人が皆等しく幸福で在る事を願った。その願いは美しい物だった。……ただ、彼は道筋を間違えた。」

 

「……あの城で見た奴とは、何て言うか印象が結構違うな。」

 

目にした印象だけでは無い。

そんな風に願った人間が、果たしてここまで無辜の民を弄ぶ様な手段を選ぶだろうか。

特異点と化しているとはいえ、ここに住まう人々は皆普通の人間だ。彼等を冒涜する様な、死人からの魔獣生成。そしてその魔獣を人里近くへ放つ行為。

どうにも違和感が残る。

 

「彼は、自分の計画の為なら他人を犠牲にする事自体は厭わない。もし彼の言う"計画"が、大義の為の犠牲を必要とするものならば…今の彼みたいになる可能性はゼロでは無いでしょう。…けれど、正直な所……。」

 

「あいつを見る限り、どうもそんな感じには見えないんだよな…。」

 

こればかりは二人の所感、感情論でしかない。

それだけで、あの天草四郎が異常だと判断するのは無理がある。

 

ただ……何か大切な事を見落としている気がする。

 

「……仮に。奴が天草四郎だとして、人類救済を願うなら聖杯を使えば良くないか?」

 

不意に、単純な事を思い出した。奴がこの特異点を作ったのなら、聖杯を所持している可能性は高い。

率直な意見を求め、ジャンヌへ視線を向ける。

───が。当のジャンヌはそれを否定した。

 

「恐らく、彼が所持しているのは万能の願望器であるそれとは異なる物かと。一言で聖杯と呼んでも、願望器としての機能が失われているものも有りますし。」

 

「てことは…奴は聖杯に頼らずに、自らの願いを叶えようとしてる…?」

 

「或いは───聖杯の機能を十全に引き出す為に、エネルギー源となる魔力を集めようとしているのかもしれません。元々聖杯戦争自体、脱落したサーヴァントを資源に聖杯を起動する儀式ですから。」

 

「エネルギー源……。」

 

奇妙な既視感が戦兎を襲う。

聖杯戦争なんてものは、この特異点へ来るまで知らなかった筈。なのに、彼は何処かで似たような事を経験した様な気がする。

 

「……何か見落としてる?」

 

気付けば手を止め、深く考え込んでしまっていたらしい。手元のビルドフォンから、解析完了を知らせる音が鳴るまで、戦兎はじっと虚空を見詰めていた─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お母さん?」

 

妙だ。

 

()は、確かに目の前の女(おかあさん)にナイフを突き立てた筈。なのに、彼女は一滴も血を流さず、へたりこんだその場で身動き一つ見せない。

 

不気味だ。

────なら、もう一度殺さなきゃ。

 

再びナイフを突き立てたようと、彼女の体から刃を抜き取ろうとして────

 

「……フフ…フ、フハハハハ!!成程なぁ!サーヴァント戦ってのは戦兎の中で見ちゃいたが…やっぱり実際に体験してみるのが一番手っ取り早いな!なぁ、お前達もそう思うだろ?」

 

突然狂ったみたいに笑い始めた女が、私達の腕を掴む。幾ら私達がアサシンだからって…サーヴァント相手に一歩も引かない腕力は、どう考えても普通じゃない。

 

「……ッ!離して!!」

 

無理矢理手を振りほどくと、即座に後退して距離を取る。

その間も視線は彼女から離さない。

 

「…いやぁ、実に有意義な経験をさせて貰ったぜ?色々情報くれた、あの聖女様には感謝しねぇといけないな。」

 

楽しそうに笑いながら、女は変な形の銃と、小さな容器を取り出した。

その容器が、私達の嫌いな医者が薬を入れる物みたいで、私達は思わず顔を顰めた。

 

「…何それ。さっきのコレ(・・)みたいだけど、お母さん…ううん、貴女はあいつらの仲間?」

 

そう言って先程奪った変な器を見せれば、女は嬉しそうに手を叩く。

 

「グッジョブ!ちゃーーんと持ってたなぁ!…ま、敵さんがお前と接触する可能性は低いと踏んじゃいたけどよ。

───大方、お前はあの連中が最初に復活させたサーヴァントだろ?だから制御の加減ミスって、お前はほぼ元の状態と変わらねぇ感じになっちまった。焦った天草四郎は、他のサーヴァントにはより強い縛りを課した。…その分、能力が落ちると知っててもな?そして…だ。あいつの元を逃げ出したか、或いは手に余ると廃棄されたかは知らねぇが…お前に関しては、ほっといても勝手に人を殺して魔獣の材料を調達して来てくれるからな。面倒な再調整は止めて、放任した───そんな所だろうさ。」

 

目の前の女が、何を言ってるのかはよく分からない。

でも、多分あいつ(・・・)の話だ。

あいつは嫌い。私達を呼び出したと思ったら、無理矢理命令しようとした。───だからあいつの話をする、この女も嫌い。

 

「貴女、お母さんじゃない。貴女は嫌い。

───だから、殺す。良いでしょ?」

 

「ああ、構わねえよ?出来るならな。」

 

そう言うと、女は手にした容器を銃に嵌め込む。

 

『コブラ!』

 

「……本当は、擬態だからプロセス踏む必要もねぇんだがよ…やっぱりモチベーション変わるだろ?

俺、こだわり派なんだよ。コーヒー作るなら、豆から栽培したくなる程だからな。」

 

変な音の鳴っている銃を構えて、私達に銃口を向ける女。私達はすぐに襲撃出来る様に、投擲用のナイフを取り出そうと────

 

「─────蒸血。」

 

銃口を下げて、地面に向け女が引き金を引く。

そこから出たのは弾丸じゃない。まるで工場の煙突から出たみたいな、黒い煙の塊。

その煙が、女の全身を覆い隠す。

 

『ミストマッチ…!』

 

段々煙が晴れてきて、相手の姿が見えるようになると。

 

『コッ・コ・コブラ…コブラ…!ファイアー!』

 

『────久し振りィ!……でもねぇな。

馴染みが在るのはこっちの声だろ?』

 

そこに居たのは、あの嫌な赤い()だった。

 

 

 

 





ジャンヌ「まあ…歴史とは、後世に伝わったものに過ぎません。後の世に伝わった全てが真実だとは限らない。かの有名な騎士王も女性で、黒くなったり白くなったりスタイル抜群になったり水着になったりライオンになったり宇宙人になったり……」
???「やっぱりお前達の平成って醜くないか?」


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嗤うゲームメーカー

投稿に時間が掛かってしまい申し訳ありません。
この大変な時期、国民一丸となって自粛している中…私は愚かにも外出を繰り返してました。

トゥリファスに始まり、アトランティス、オリュンポス、越後から日本一周、なんか海に面してる秋葉原…幸い感染症には全く罹りませんでしたが、Apocryphaコラボイベント復刻という絶好のタイミングに投稿を逃し、本当に申し訳ありませんでした。
元々次の話と連投するつもりでストックしてた部分ですが、あまりに間が空いたので先に投稿します。




 

 

 

火星で発見されたパンドラ以下略─────!

おい戦兎助けてくれ!!

 

「雑だなぁ!?どうしたんだよ一海。」

 

この前のあらすじ紹介…実はな、あれがみーたんにバレちまってよ…。

 

「あー、あの気持ち悪いやつ。」

 

必死に謝って許して貰ったは良いが…。

デート中に、"私達、どっちの方が美人?"なんて聞いてくる女共に遭遇してよ。今度はその反省を活かし、"どっちもみーたん程じゃねぇ!"って男らしく言ってやったワケだ。

 

「いや何してんだお前。───で?」

 

そしたらその女共、機嫌悪くなっちまって…"コノートの女王"だの"美の女神"だの言うソイツらに追われてんだ!

 

「あーらら。乙女心は難しいってワケですね。

───さて!そんな相手が悪かった一海はさておき、本編をどうぞ!」

 

あ、オイ!戦兎テメェ何纏めて……げっ、見付かった!?あ、止めて!金星はダメ!戦車もダメ!!

ひっ……ア"ァーーー!!??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"解体聖母(マリア・ザ・リッパー)"!!」

 

『エレキスチーム!』

 

互いの刃が交差する。

呪いを纏ったジャックのナイフと、電流を放つスタークのブレード。その衝突は凄まじい衝撃を生じさせるも、膂力で勝るスタークは容易くジャックを弾き飛ばした。

 

「きゃっ…!」

 

戦場に見合わぬ可愛いらしい悲鳴をあげながら、ジャックは後方へ追いやられる。

その隙を逃す事無く、スタークは手持ちの武器をトランスチームガンへと切り替え、ジャック目掛けて躊躇無く引き金を引いた。

射出される光弾はサーヴァントに致命傷を与える程の物では無かったが、流石に相手が悪い。

両手両足、そして顔面───スタークは単純に胴体を狙うより、彼女の自由を奪う事に繋がる箇所ばかりを執拗に狙撃していた。

紙一重で躱し続けるジャックだが、そもそも彼女は戦士ではない。

尤も、正確には、『ジャック・ザ・リッパー』とは正体不明の殺人鬼。仮に"狂戦士"のクラスで召喚でもされていればその限りでは無いのだが…。彼女はジャックの正体として挙げられる中の一つ"悪霊"、その側面に焦点を当てられ、棄てられた子供達の怨念が集合体と成った存在。故に、戦士としての高い技量など持ち合わせてはいなかった。

 

加えて、今の状況は致命的なまでにジャックに相性が悪かった。

 

「…なん、で…?私達の宝具が全然効かないなんて…?」

 

『全然、でもねぇぜ?…成程、これが呪いってヤツか…なんかムカムカするな。地球に来て10年、病気一つしなかった健康体に何してくれやがる?』

 

不快そうに吐き捨てるスターク。だが、そもそもサーヴァントの宝具と正面からやり合い、その程度で済んでいる事が異常なのだが。

 

『───ま、相手が悪かったと諦めろ。なぁに、気持ちは分からんでもねぇぜ?そりゃ美味しい話を前に、焦る気持ちは誰だって有るだろうさ。俺ですら…エボルドライバーを手にしようと焦るあまり、政治家の坊っちゃん相手に遅れ取っちまったりしたからな…お前が恥じる事じゃあない。』

 

「…何の話?」

 

『───お前は、ご馳走を前に油断した。それが運の尽き…って話だよォ!』

 

『ライフルモード!』

 

ジャックを嘲笑いながら、スタークはトランスチームガンにスチームブレードを連結させる。流れる様な手捌きでタイムラグをほぼゼロに抑えた彼は、即座に狙撃を再開。二丁の武器が一つとなったライフルは、先程までより苛烈な銃撃を可能とした。

 

そもそも逃げた筈のジャックがまんまと姿を現した理由は、スタークの立てた作戦に有る。

ジャンヌの話から彼女達に強烈な"母親への帰胎願望"が有る事を知った彼は、肉体を女性のそれへと偽装。

女性はファウストとして活動していた頃に、何かの保険に使えるかと思い解析した被害者の一人だ。結局戦兎達相手に使う事は無かったが…遺伝子レベルで自在に偽装可能な彼は、その時の情報を完璧に再現してみせた。

 

「やっ…何なの、もう…!」

 

『お前は用心深いって聞いてたからなぁ…聖杯大戦じゃ、基本昼は出て来ねぇって聞いてたから焦ったよ。───だから俺は、"絶対にお前に勝てなそうな女"を演じる必要が有った。……ま、霧に幻覚効果が付いてた所までは知らなかったが。』

 

戦兎の中で傍観していた際、エボルトもまた町のルートを完璧に記憶していた。故に、その記憶通りに逃げるフリをしていたら、行き止まりにぶつかり少し動揺したのは事実。───結果的には彼女を誘き出せたので良かったが。

 

『お前の宝具はナイフそのものじゃねぇ…要は強烈な呪いだ。その効果は、"ジャック・ザ・リッパーの犯行現場"を再現する事で最大の効果を発揮する。───だから俺は、お前をその条件が当て嵌まらない状況に引き摺り出す事にしたのさ。…流石に、地球の神秘だの呪いだのは俺も専門外なもんでね。』

 

一つ。夜である事。

二つ。霧の中である事。

そして三つ。対象が女性(・・)である事。

彼女達の宝具は、それらを全て満たした時こそ真価を発揮する。

霧を取り除くのは不可能だ。ジャック自身の宝具で発生させられる以上、それらを吹き飛ばせるボトルを持たないエボルトや戦兎には避けようが無いのだから。

だが、他の条件を取り除くのは容易い。なにせエボルトは地球外生命。まあ、ブラッド族にも性別は有るが…そちらの場合で判定されても彼は男性だ。女性の体で誘き寄せ、ジャックが餌に掛かれば男性に戻る…なんて芸当が可能なのだ。

そしてもう一つ。今のジャックは、言わば主を持たないはぐれサーヴァント。如何に狡猾と言えど、その本性は無邪気さと残酷さを兼ね備えた子供そのもの。指揮する知将も、魔力の供給源たる魔術師も居なければ、彼女は外部から魂喰いで魔力を得る他無い。

 

『お前らは前の大戦の記憶とやらを保持してるらしいな?聞いたぜ…そこでお前は随分派手に食い荒らしたらしいじゃねぇか?』

 

「だったら何なの!?悪い!?」

 

『いーや、悪かねぇさ。俺は戦兎達と違って、正義感で動くようなセンチメンタル持ち合わせちゃいねぇからな。……ただ、無作為にやっちまったのはマズかったなぁ?今のお前は自分の食欲を抑えられない。何処まで記憶が残ってるかは知らねぇが、半端に成功体験を覚えてるせいで油断した───"この女なら大丈夫"…そんな風に思ったろ?だから昼なのにノコノコ出て来ちまった!』

 

『コブラ!スチームショット!コブラ!』

 

狙撃の手を止めず、嘲る様な声音でジャックを煽るスターク。それに彼女が苛立った一瞬の隙を見計らい、ライフルへとコブラロストフルボトルを装填。

耳を劈く程の大音量で電子音声が発せられると共に、彼女目掛けて強烈なエネルギー弾が撃ち込まれた。

 

「きゃあぁぁぁ!?」

 

回避を試みたジャックだが、その一撃はコブラの如く宙をうねり彼女の回避の先を行った。爆風と共にジャックの小さな体は吹き飛ばされ、受身を取る事も出来ずに地を転がる。

 

『お前は強いぜ?だが、そりゃ"サーヴァント"って枠組みの中に居る連中は皆そうだろう。その枠の中で言えば、暗殺特化のお前が戦闘に引き込まれた時点で大した脅威じゃあない。───仮に俺が前情報無しの状態で挑んでたなら話は違っただろうし、或いは最初の奇襲が成功してりゃアドバンテージも取れただろうさ。……だが、お前は失敗した。毎回自分の能力隠すスキルは厄介だが、それを対処した俺に敵うワケ無いだろうが?』

 

呆れた声音で言って聞かせるスターク。

既に対処の施しようが無い程、ジャックは完全にスタークの術中に嵌まっていた。

実のところ彼女自体、知能が低いかと聞かれれば決してそうではない。ただ大戦時の彼女の活躍には、その能力をフルに引き出していたマスターの存在も大きかった。それを失った今のジャックが、彼のペースに引き込まれたまま戦闘を行った時点で、勝ち目はほぼ無いに等しい。

 

「……お前、今度は必ず殺すから…!」

 

敵わない。その結論に達した彼女の行動は早かった。

指向性を持たせた霧を用いて、自身とスタークを覆い隠す。濃霧により、完全に視界を奪われたスタークは彼女を追う事は不可能。その隙に、ジャックは素早く身を翻して─────

 

『次なんてねぇよ。』

 

瞬間、霧の中でもハッキリ見える程、スタークの全身が赤く輝きを放つ。その正体は、彼の放出した破壊のエネルギー。

燃え盛る炎の如きそれは、一瞬で辺りの霧を吹き飛ばした。

 

「────え…?」

 

『流石に町全体の霧を晴らすのは不可能だが、この程度なら今の俺でも可能だ。エボルがありゃ、もっと強烈なのお見舞い出来たがな…無い物ねだりは不毛ってモンだ。』

 

完全に虚を突かれ、振り向きながら固まるジャック。その隙は、時間にすればほんの数秒にも満たなかっただろう。

───だが、彼にはそれで充分だった。

 

『アイススチーム!』

 

『あらよっとォ!!』

 

ライフルを分解し、再びブレードへと戻したそれをスタークが振るう。瞬時に飛び退こうとしたジャックだが、一手遅かった。

僅かに回避が間に合わず、スチームブレードの刃が手足に掠る。空中でバランスを崩しながらも、致命傷を避け距離を取った彼女は、再び逃走を図るべくスタークへと背を向ける。

 

「……!?なに、これ…!」

 

───が。自らの手足を見て驚きに目を見開きつつ、同時に苦悶に顔を歪めるジャック。刃の掠めた箇所は完全に凍結し動かない。サーヴァントである以上、冷気に体温を奪われる…という事は無いだろうが、この状況で肉体の自由を奪われたというのは致命的だ。

 

「───何で!?お前、何で私達に攻撃が効くの!?私達は、神秘の無い攻撃じゃ死なないのに…何で私達は死にそう(・・・・)なの!?嫌だよ!助けてお母さん!!」

 

最早この状態では、目の前の怪人から逃げる事すら敵わない───絶望的な状況を前に、ジャックは声を震わせる。

 

もしこれが、相手が戦兎なら躊躇したかもしれない。───だが、運命とは残酷なものだ。

罪の無い子供をスマッシュにする事すら容易くやってのける(スターク)に、この程度で迷いが生じる筈も無く。寧ろ彼はつまらなそうに鼻を鳴らすと、彼女の眉間へトランスチームガンの銃口を押し当てた。

 

『…騒ぐなよ。お前だって、何の罪もねぇ命を平気で喰らって来たんだろうが?今更死が怖くなったか?』

 

まるで興味を失ったかの様に、酷く冷たい声音で吐き捨てると、スタークはトランスチームガンへコブラボトルをセットする。

 

『…一つ教えてやるよ。お前らサーヴァントに、俺達の攻撃が効く理由なんざ知る筈もねぇ…。───だが、推測は可能だ。大方、"地球の外からもたらされた技術"であるフルボトル…俺達の扱う武器は科学だが、その根底は神秘に近い存在だ。だからお前らにも攻撃が効く。

───事実、そっちにUFOを呼んで攻撃するキャスターも居るんだろ?なら俺らの力も似た様なモン…って判定されても可笑しくは無い。』

 

「…ゆー…ふぉー…?何の話…?」

 

『───おっとぉ!こりゃ聖女に聞いた、カルデアとやらの話だ!悪かったな、知らない話を例えに持ち出して。』

 

ぺちん、とおどけた仕草で自らの額を軽く叩いて見せるスターク。

一瞬の内に緩んだ彼の雰囲気に、ジャックもほんの僅かばかり気を緩ませ───────

 

『スチームブレイク!コブラ!』

 

「────ッ!!……あ…や、やだ…!」

 

『安心しろ。もう知らない話はしねぇよ。

───というか、お前と話すのもここまでだ。』

 

先程までとは打って変わって、彼は実にフレンドリーな声音で言う。その手に握ったスチームガンは、返り血を浴び所々が赤く染まっていた。

 

「おか……さ…。」

 

『会えるさ…安心しろ。地獄でたっぷり可愛がって貰えば良い。───Ciao(チャオ)。』

 

魔力の粒子に還りつつあるジャックからジーニアスボトルを無理矢理奪い取り。

スタークは軽く片手を挙げ、陽気な仕草で彼女を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死者の影に隠れてたが…モードレッドの言う通り、行方不明者も相当なものだ。ただ、大半は魔獣にやられたと考えられてる。そして行方不明者が多発するのは、決まって霧が出た時みたいだな…。」

 

「魔獣による住民の惨殺はそれ自体が目的であると同時に、アサシンの襲撃をカムフラージュしていた…という事ですね。」

 

ホークガトリングフォームに変身したビルドは、町の上空を飛翔しながら抱えたジャンヌと言葉を交わす。

 

「恐らく天草四郎は、ジャックの殺人に合わせて魔獣を放っていたんだろうな。だから人々は町の中で起きている異変に気付けなかった…正確に言えば、町の外の魔獣に意識を誘導されていた。

───多分、今日のジャックの暴走は奴にとっても予想外だった筈だ。」

 

調べて分かった事だが、戦兎達がやって来るまでの間にこれ程の霧が町を覆い尽くした記録は無かった。ただその間、夜の殆んど人が出歩く事が無い時間帯には霧が発生していた記録が残っている。

推測だが、彼の元を逃げ出したジャックは、その目を盗んで細々と人々を襲っていたのだろう。そしてその後処理を、ジャックも知らぬ間に彼が担っていたという事だ。

だが、今日のそれは今までとは状況が違い過ぎる…恐らく空腹に耐えかねた彼女の暴走だろう。人々が外を出歩いて居なかったのは、これまでからの経験では無く、単純に霧の毒性に気付き皆一斉に避難したに過ぎない…と彼は見ていた。

天草四郎にとって唯一の誤算。とはいえ対処する様子も見られない辺り、最早彼にとってこの状況は問題では無いのかもしれない。

 

「計画を最終段階に移行するつってたからな…多分、俺達の襲撃で早まった事を差し引いても、元々今日明日にでも動くつもりだったんじゃないだろうか。」

 

「それはつまり、隠れて魔獣を作る必要が無くなった…セイバーの言葉から察するに、必要なだけの魔力を得たという事ですね…!」

 

表情を曇らせる彼女を抱えながら、ビルドは町の端に位置する裏通りへ着陸すると、変身を解いた。

 

「そういう事だろうな。だが、お陰で奴等の拠点らしき場所を突き止められた。」

 

彼等の目の前に立つのは、古びた一軒の家。一目見ただけでは普通に通り過ぎてしまうだろうが…。

 

「やっぱりな…古びてる(・・・・)。」

 

「……?それが、何か…?」

 

「前にも二人で話をした通り、この町には古い建物と新しい建物が混在している。…けど、この建物は他の古い町並みとは違う。新しい方の町の建物が(・・・・・・・・・・)経年劣化した古さ(・・・・・・・・)だ。…つまりこの建物だけ、他の新しい町並みより先に、ここに現れた物と推測出来る。」

 

無論仮定の一つに過ぎない。だがこの仮定を前提として推測すれば、この特異点の謎の多くが解明される。

 

「仮説を立てたら、後は実証するだけだ。───行こう、ジャンヌ。」

 

足を止めている時間は無い。

ジャンヌは力強く頷き、ゆっくりと扉を開いた。





謝罪から始まった回でこんなこと言うのもなんなんですけど、水着沖田さんも水着メルトも水着獅子王もえっちですね。
水着アナスタシアと水着ポルクス待ってます。


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