海賊らしからぬ海賊 (やがみ0821)
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始まりは海賊船の上

 寝て起きたら異世界に転生していた。

 それも女の子として。

 しかも生まれたところがよりによって、治安が最悪の島であった。

 

 両親はいなかった為に彼女は子供のうちから、自分の食い扶持を稼ぐ為に働きたかったが、子供をわざわざ雇う者はどこにもいなかった。

 路地裏でゴミ箱を漁るという毎日であったが、やがて彼女は現状にブチ切れた。

 

 

 このままでは遠からず死ぬ――!

 どうせ死ぬなら野となれ山となれ――!

 ちょうど良く港に停泊している海賊船に忍び込んで、財宝掻っ払ってきてやる――!

 

 我慢に次ぐ我慢を重ねてきたが故に、それが爆発したときの彼女は精神的な意味で無敵になった。

 恐怖心は消え去り、残ったのはたった一つ。

 

 やればできる――というイケイケ状態に陥ってしまった。

 

 計画とかそういうものは何にもなく、行き当りばったりで搬入される木箱の中に隠れて海賊船に忍び込んだ。

 しかし、彼女は知らなかった。

 

 この島が新世界と呼ばれる海域にあり、島にやってくる海賊は腕利きしかいなかったことを。

 

 

「楽しい追いかけっこも終わりだ」

 

 船長の宣言に船員達のゲラゲラと笑う声が周囲に響き渡る。

 あっという間に見つかって、船内を逃げ回ってようやく辿り着いた財宝が保管されている船倉。

 しかし、それは明らかに誘導されたものだと気づいたのは船倉に入った途端に撃たれた為であった。

 どうやらここに船長と船員達が集結しているようだ。

 暇潰しに侵入してきた彼女を嬲り殺す為に。

 

「といっても、お前の命もあと僅かだな。痛いだろう?」

 

 船長の問いかけに彼女は答えられない。

 あまりの痛みにうめき声を上げるだけだ。

 そんな彼女を船長は蹴り上げれば、そのまま財宝の中に飛び込んだ。

 

「おら、欲しいだろう? 軽く数千万ベリーはあるからな。まあ、死んだらカネは使えねぇから、死ぬまでは楽しみな」

 

 せめてもの慈悲だと告げる船長に、船員達は歓声を上げる。

 痛みに苦しみながらも、彼女は目の前にあったものに目が点になった。

 それはどうやら宝箱に入っていたらしく、近くに小さな宝箱が転がっていた。

 

 奇妙な模様が入った毒々しいキノコっぽいものであった。

 全体的に血のように紅く染まっており、食べたらヤバそうな雰囲気しかない。

 だが、彼女にとってはそれがたまらなく美味しそうに見えた。

 マトモなものを食べてこなかったが故に、せめて死ぬならこれを食ってやろうと彼女は思い、最後の力を振り絞ってそれを両手で掴んで齧りついた。

 

 血のような味がして、めちゃくちゃに不味かったがそれでも空腹で死ぬよりはマシ。

 彼女はそれをあっという間に食べ終えた。

 

 何故か食べた瞬間から痛みが無くなり、身体がスゴく軽くなった。

 

「あの悪魔の実を食べやがったのか!?」

 

 船長が叫ぶ。

 しかし、彼女からすれば何を言っているんだ、と思いつつ立ち上がって――そこにいた彼らが何故かとても美味しそうに見えた。

 

 彼女の気分的には空腹時、レストランの前で食品サンプルを見るような感じである。

 

「見るからにヤバそうな実だったから、売っぱらおうとしていたのに……」

 

 船長からすれば、目の前のガキが能力者になったことよりもそっちのほうが大事だった。

 軽く見積もっても1億ベリーの損失だ。

 見た目から食べたら危険だと誰もが思うものであったが為、まさか死にかけのガキがそんなことをするとは思ってもみなかった。

 過ぎてしまったことは仕方がない、ととりあえず船長は死にかけの彼女にとどめを刺そうとして銃を構えて撃つ。

 狙い過たず、その心臓を弾丸は貫いたのだが――

 

「ちょっと痛い」

 

 血が出たが、それだけだった。

 彼女は小揺るぎもせず、立っていた。

 しかし船長も船員達も動揺することはない。

 

「キノコだったから、ヒトヒトの実の何かだと予想していたんだが特に何も起こらない……? まあどうでもいい」

 

 新世界でそれなりに名が売れ始めている彼らからすれば、強大な能力者を相手に戦った経験も当然あった。

 その為に恐れも焦りもなく、冷静であった。

 しかし、それが悲劇になってしまう。

 能力者を封殺するには海楼石が有効だが彼らは持ってなかった。

 しかし、もっと手っ取り早くここで海に落とせば悲劇は防げたかもしれないが、なまじ実力に自信があった為に小癪な子供を自らの手で殺そうと思ってしまった。

 

 船員の1人が剣を抜き放って武装色の覇気を刃に纏わせて彼女の首を飛ばした。

 それは見事な早業であり、これで終わりだと誰もが確信する。

 首を切られて生きている人間なんぞ存在しない。

 ましてや覇気を纏っていることから、自然系(ロギア)能力者であっても攻撃は通る。

 悪魔の実を食ってすぐの子供がどうにかできる実力差ではなかった。

 普通ならば。

 

 しかし、信じられないことが起こる。

 飛ばされた頭部は風船が破裂したかのように弾け飛ぶ。

 飛び散ったものは全てが血液へと変わりつつ、頭部のない胴体へ向かって集まり始めたのだ。

 

 船長達は誰もが目を離せず、そのまま見ているしかない。

 やがて、血が切断面に集まって球体を作っていき、やがてそれは彼女の頭となった。

 

「殺せ! こいつを殺せ!」

 

 船長の一言に船員達が彼女へと飛びかかった。

 何かの間違いだ、そんな筈はない、といくら何でも予想外過ぎる事態に視野が狭まってしまう。

 

 しかし、何故か彼女は恐怖どころか脅威すらも感じておらず、鴨が葱を背負って来たとばかりに笑みを浮かべた。

 そして、彼女は両手を合わせて告げる。

 

 

「頂きます」

 

 挨拶は大事であった。

 

 

 

 

 

 

「ぬわぁああああ」

 

 船倉で海賊共を美味しく頂いて甲板へと出た彼女は日光にやられて叫んだ。

 慌てて戻ったところで、彼女は焼けた皮膚を見た。

 すると、皮膚は早回しのように有り得ない速度で再生している。

 

「……どう考えても吸血鬼だ、これ」

 

 吸血鬼になってしまったこととか色々なことへの絶望とかショックはない。

 彼女にとって、そんなことなどどうでも良く、大事なことは予想外な力が手に入ったことだ。

 

 せっかくなので座り込んでこれからのことを考える。

 

「知識が足りない……」

 

 マトモな教育なんぞ受けられなかったために、この世界の常識というか基礎知識というかそういうものが圧倒的に不足している。

 海賊が言っていた悪魔の実というのも知らない。

 

 次に必要なのはやっぱりというか力だ。

 先程の戦いは酷いもので、彼女にはノーガード戦法しかなかった。

 というよりも海賊達の剣やら何やらの振るう速度が速すぎて目では追えないし、一撃でも受ければ真っ二つだしで何もできなかった。

 吸血鬼の不死性と驚異的な再生能力を生かして身体を犠牲に相手に噛み付いて血液を一気に吸うことでどうにか勝利できたが、早くも弱点の一つは明らかになった。

 

 日光に当たると焼けるのは確定した。

 おそらく銀製のものや祝福を受けたもの、十字架で傷がついたり、心臓に杭を打ち込まれたり、流水を渡れなかったり、ニンニクに弱かったりと強大であるが故に弱点も多い。

 

 だが、こちらに関して望みはある。

 こんな漫画みたいなぶっ飛んだ世界なんだから、こちらも前世にあった漫画で見たものを参考にして鍛えればそういうものは克服できるかもしれない。 

 日光や銀とかそういうのが効かない吸血鬼なんぞ、漫画やらアニメやらにはゴマンといる。

 試してみる価値はあるだろう。

 

「どうやって知識を得たり、身体を鍛えたりとかしようかな……」

 

 そこで彼女は閃いた。

 幸いなことに船倉には財宝がたくさんある。

 あれを使って家庭教師を雇えばいいのではないか、と。

 

 できれば物事に精通していて、腕っぷしも強いヤツが最高だが、そんなに都合良い輩がいるわけもない。

 いたとしても、こんな島に来る輩なんぞ海賊くらいなものだ。

 

 海賊に財宝を献上して教えてもらう――?

 財宝だけ頂かれるのがオチである。

 かといって人脈なんぞもない為、じっくりと腰を据えて――

 

「おい、そこのガキ。この船に乗っていた海賊共はどこ行った?」

 

 突然話しかけられて、彼女はビクッと震え上がった。

 そこにいたのは――見るからに海賊といった風貌の男で髪がうねって逆立っているのが特徴的だ。

 彼を見ながら彼女は答える。

 

「あの世に送ってやった」

 

 すると男はゲラゲラと笑う。

 

「ということは先を越されちまったか? 俺も狙っていたんだがよ」

「財宝のこと? 悪いけど、私が手に入れたから……」

 

 彼女の言葉に男は手を左右に振る。

 

「違う違う。そっちじゃない、そんなのよりももっとすげぇもんだ」

「すげぇもん?」

 

 そんな財宝あったかな、と首を傾げる彼女に男は告げる。

 

「見るからに食ったらヤバそうなキノコみたいなやつ、無かったか?」

「空腹過ぎてどうせ死ぬならって思って、さっき食べた」

「……お前、狙ってきたんじゃないのか?」

 

 男の問いに彼女は答える。

 

「こちとら孤児で長いこと路上生活で毎日ゴミ箱漁りの日々! このままじゃ遠からず死ぬ! どうせ死ぬなら一花咲かせて後は野となれ山となれ! そんなもんよ!」

 

 男は盛大に笑う。

 

「お前、ガキの癖にクソみたいな度胸があるな」

「我慢に我慢を重ねて、ブチ切れたら極端なことに走るのは誰だってそうだと思う」

「違いねぇな……ってことはお前、食ったんだな? 悪魔の実を」

「食べた。何かスゴイことになったんだけど」

「だろうな。お前が食ったのは動物(ゾオン)系幻獣種ヒトヒトの実、モデルは吸血鬼。長らく都市伝説扱いされていたが、信じて探し続けた甲斐があったぜ……お前に取られたがな」

 

 彼の言葉に彼女は頷きつつも尋ねる。

 

「私を憂さ晴らしに殺す?」

「そんなチンケなことはしねぇよ。それよりも提案がある……」

 

 ずいっと彼は彼女に近づいて、真っ直ぐに瞳を見つめる。

 

「お前、マトモな教育を受けたこともうまいメシも食ったこともなかったんだろ? 俺には儲け話があってな。それに協力するならお前を教育してやるし、うまいメシも食わせて、甘い汁もたんまり吸わせてやる」

「私が言うのもなんだけど、会っていきなりそんなことを言う人物を信じられると思う?」

 

 問いに彼は笑い、そりゃそうだと頷く。

 

「そういう警戒心があるヤツは嫌いじゃねぇ。誰だってそうだ、俺だってそうだな……だが、俺の提案はお前にとって悪くねぇ話だ」

「悪くない話だけど、どうして? 私が悪魔の実を食べたから?」

「それもあるが、破れかぶれになって海賊船に突っ込むような馬鹿は嫌いじゃねぇってのが理由だな」

「……どうせ行くところもないし、あなたのところでお世話になるわ。ただし、私を世界最強になれるくらいに教育して鍛えて欲しい」

「おうともよ。お前、名は?」

 

 名前と言われて彼女は気がついた。

 自分の名前なんぞ生まれてこの方、呼ばれたことも尋ねられた事もなかった。

 何かいいものはないか、と彼女は考えて――

 

「ルナテミシアにする」

 

 吸血鬼といえば月、月といえばアルテミスという連想に月の呼び方を加えた名前だ。

 しかし、男はそんな彼女の考えなんぞ知ったことではない。

 

「なげぇ! 変えろ!」

「うるせえ馬鹿野郎! 頑張って考えたんだぞ! こちとら生まれてこの方、名前を呼ばれたことも尋ねられたこともなかったんだ!」

 

 怒った彼女の反論に男はハッとしたのか、頭をかく。

 

「……すまねぇ。お前、ぼっちだったんだな……」

「合っているけど間違っているから!」

 

 それから10分くらい、ギャーギャー言い合いながらも彼女はようやく彼も納得した上で名前を決めた。

 その名はルナシアである。

 

 名前も決まったところで、彼女――ルナシアは尋ねる。

 

「で、あなたの名前は?」

「俺はロックスだ」

「……どっかで聞いたような名前な気がする」

 

 首を傾げる彼女にロックスはゲラゲラ笑う。

 

「俺の名を知って、そんな反応をするヤツは初めて見た。おもしれぇ奴だ……女にしておくにはもったいねぇ」

 

 ロックスの言葉にルナシアはどうやら彼は有名人らしいので、とりあえずサインをねだることから始めようと思ったのだが、彼女は共に過ごすうちにあることに気がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロックス、あなたって1人で海賊やっているの?」

「当たり前だ。それで十分だからな」

 

 ロックスの言葉にそれもそうだ、とルナシアは納得してしまう。

 彼についていくことに決めて2週間が経過していた。

 この間、彼についてあちこちの島へと赴いたルナシアは彼についてよく知ることができた。

 彼は一言で言えば――良い意味でデタラメであった。

 

 絵に描いたような海賊の親分みたいな性格で、自分の力を思う存分に振るって殺し略奪なんでもやりたいことをやる。

 しかし、その一方で人を惹き付けるカリスマ性があり、器のデカさも半端ではなかった。

 

 そして口こそ悪いが、博識で更に教え上手であり、ルナシアが最初に望んでいた物事に精通していて、なおかつ腕っぷしも強いという条件を完璧に満たしていた。

 

「そういや儲け話だがよ。その儲け話の為に海賊団を作る。お前は最初の船員ってことで副船長にしてやる。どうだ? 嬉しいだろ?」

「それは光栄過ぎて涙が出てくるわね。でも弱かったら舐められると思う」

「分かっているじゃねぇか。3年以内にそれなりに強くなれ。でないと海に放り込むからな」

 

 ロックスは冗談めかしているが、ルナシアは本気でやりそうだと感じていた。

 海に放り込まれると1人では出ることができず、死ぬことになるだろう。

 

 どこぞの宇宙に放り出された究極生命体みたいなことになるのは勘弁願いたいので、ルナシアはこれまで以上に必死にやろうと覚悟を決めた。

 

「それじゃ、今日から日光の克服訓練を始めるか」

 

 日傘を差すという簡単な方法でとりあえずの対策はできていたが、そんなものを差していては戦闘なんぞできない。

 

「何かいい方法はある? 覇気とかっていうのを纏ったりとか?」

「悪魔の実には覚醒っていうのがあってだな、そうなると大きくパワーアップできる」

「つまり?」

「よく聞く話だが、死にかけたり窮地に陥ったりすると覇気が使えるようになったり、覚醒したりするらしい。一番手っ取り早いよな?」

「嫌な予感しかしないんだけど……」

「大丈夫だ、お前は死なねぇ!これはお前にしかできねぇ訓練方法だ……!」

「不死身なら、殺されることに精神的にも身体的にも慣れてしまって意味がなくなるとか……」

「安心しろ。死んだほうがマシだと思えるような痛めつけ方を俺はたくさんできる。慣れさせやしねぇよ」

 

 そう言ってあくどい笑みを浮かべるロックスにルナシアは諦めることにした。

 なのでせめて口だけでもカッコいいことを言ってみせる。

 

「かかってこい! 相手になってやる!」

「おらいくぞ! お前がどこまで不死身か、俺が試してやる!」

 

 ロックスもノリノリでルナシアに襲いかかった。

 そして2人は三日三晩に渡って――ルナシアは日光に焼かれながら――戦ったが、それはロックスによる一方的なものになったのは言うまでもない。

 戦闘が終わったのもロックスが腹が減ったと言って攻撃するのをやめた為だ。

 

 ロックスに対して頑張って攻撃をしたり、攻撃を避けようとしたり戦闘における基礎を覚えようと彼女は必死だった。

 3日間で数え切れない程殺され続けたのだが、それでもルナシアは死ななかった。

 ロックスは大いに満足して、これまでの座学に加えて戦闘訓練という名の殺し合いも日課に加わる。

 それから程なくして、ロックスを狙ってきた海賊や賞金稼ぎの相手までするようになったのは自然な流れであった。

 

 そんな毎日を送っていると、いつの間にかルナシアは日光に当たっても大丈夫なようになっていた。

 今度は流水を克服するぞ、とロックスは宣って戦闘訓練の最中に川に放り込まれる回数が激増した為、ルナシアは泣いた。

 彼女にロックスをどうにかできるわけもなかったので、やるしかなかった。

 

 

 



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儲け話

「めちゃくちゃキツかったけど、どうにか乗り越えられてよかった」

 

 ルナシアは深く溜息をする。

 ここは、ロックスが顔役をしているハチノスとかいう海賊島だ。

 

 あのロックスが小娘を連れて帰ってきたということでちょっとした騒ぎになったが、大した問題ではない。

 しばらく島で自由にしろ、とロックスに言われているので自由にしている。

 ルナシアにとってこの3年は濃密過ぎたが、やっていることは3つだけだった。

 座学と戦闘訓練、ロックスを狙ってくる海賊や賞金稼ぎの相手。

 それだけであるが、ロックスはうまいメシをたらふく食わせてくれたのでそこだけは救いであった。

 

 また、吸血鬼になったからといって成長が止まったわけではなかったのも幸運だった。

 どうやら一定の年齢まで成長したら止まるタイプかもしれないと彼女は予想している。

 見た目から年齢はたぶん10代後半くらいなんじゃないか、と思っているものの正確には分からない。

 

「自由にしろ、自由か……」

 

 ハチノスは幾つかの例外を除いて基本的には何をやってもいいという無法地帯だ。

 殺しも盗みもOKなので、何でもやり放題であったが、商売のしやすい場所でもあるらしく、色んな店がある。

 海賊が気まぐれでやっている店もあるが数は少なく、商人が開いている店の方が多いそうだ。

 取り扱っている商品も様々で、危ない薬から武器まで幅広い。

 この島でやってはいけない例外の一つが商人達には手を出すな、というものであり、どんな海賊もこの島にいる商人からは普通にカネを支払って商品を購入している。

 

「……よし、鍛えよう」

 

 特に思いつかなかったので、これまでの生活ですっかり日課となってしまったことをルナシアはやることにした。

 幸いにも相手には事欠かない。

 なにせここは海賊島、乱暴な連中しかいないのだ。

 

 ルナシアはハチノスの大広場に看板を立てる。

 挑戦者募集、求む強者というシンプルな文言だ。

 

 暇をしている海賊達は早速に集まって、ルナシアをニヤニヤと笑う。

 明らかに侮っていることが分かるので、彼女は挑戦者と受け取った。

 

「かかってこい、相手になってやる」

 

 ルナシアの一言で海賊達は一斉に得物を手に持って、襲いかかる。

 ロックスが連れてきた小娘、ロックスへの憂さ晴らしに使ってやろうと考えて。

 しかし、これが彼らにとって悲劇の幕開けであった。

 

 

 

 

 ロックスがその騒ぎを聞きつけて、面白そうだと見に来たのはルナシアが看板を立ててから1時間後のことだ。

 大広場に到着した彼は予想通りの光景に爆笑してしまう。

 

 数多の倒れ伏した海賊達。

 その中央に佇むのはその身に数多の刃を受けてもなお倒れない、真っ赤に染まったルナシアの姿。

 

「また随分と派手にやったな」

「流石に無傷ってわけにはいかなかったから、要修行というところだと思う」

「確かにな」

 

 ハチノスを根城にするような海賊達が弱いわけがない。

 倒れている海賊達の中にも腕に自信があるヤツは大勢いた。

 しかし、誰もルナシアには敵わなかった。

 

 悪魔の実の能力も然ることながら本人の努力も大きく、ロックスは大満足だ。

 彼にとっては最高の拾い物であり、これからの儲け話に必要なピースは1つ揃ったことを確信する。

 

「2ヶ月後に海賊団の旗揚げをするぞ、副船長(・・・)

 

 ロックスの言葉にルナシアは嬉しくなり、笑顔で答える。

 

「了解、船長(・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして2ヶ月後、ロックスは大広場に海賊達を集めて儲け話を披露する。

 この儲け話、ルナシアも内容までは知らされていない為、大方どっかの財宝でも狙いに行くのだろうと予想していたのだが――

 

「俺は世界の王になる! 俺が王になった暁には欲しいものをついてきた奴にくれてやる! 富も権力も何でもだ!」

 

 世界征服みたいなことを言い出したロックスにルナシアは冷たい視線を向ける。

 しかし、彼女の視線に気づいていないフリをしながら、彼は言葉を続けて海賊達を熱狂させる。

 こういう手腕も見習いたいところであるが、内容がアレである。

 

「色んな意味で大丈夫なの?」

「当たり前だ! 俺には考えがある……!」

 

 ルナシアの問いに自信満々で答えるロックス。

 まあ乗りかかった船だし、と彼女はそれ以上の追及をやめた。

 

 そんなこんなでロックス海賊団は結成されて無事に船出したのだが、ルナシアにとっては見知った顔が集まったことに驚いた。

 

 

 エドワード・ニューゲート、シキ――いずれもロックスと戦ったことがある面々だ。

 そして、勿論ルナシアとも。

 他にも戦ったことはないが、名の知られているシャーロット・リンリンという大物がいる。

 

 正直寝首を掻きにきているような予感がする上、船内で何をやっても自由だとロックスは宣言した為に絶対に何かをやらかすような気がしてならない。

 ロックスの課したルールは船長命令にだけは従え、船を沈めるようなことはするなという2点だけである。

 彼はイヤラシイことに副船長命令に従えとは言っていないのだ。

 

 自分の力で彼ら3人をはじめとした乗り込んできた大勢の自己主張の強い連中に副船長であることを認めさせろと暗に言っているようなものだった。

 

「いや本当にアレだよね、カイドウは唯一の癒やしだと思う」

「俺が言うのもなんだが……この状況でそんなことを言うか?」

 

 見習いとして乗り込んでいるカイドウは現在、ルナシアの心臓を背後からぶち抜いていた。

 こうやって心臓をぶち抜かれるのは今ではすっかり日課となったことである。

 

 カイドウは強くなることへ貪欲で、ロックスが副船長として船員達に紹介したルナシアを初日に襲うという良い根性をしていた。

 それ以来、彼は見習いとして仕事をしつつもほとんど毎日ルナシアへちょっかいを掛けている。

 

「いやだって、この船で唯一私よりも年下だし、他の連中みたいにギャーギャー言わないし……」

「そりゃまあそうだけどよ……」

 

 カイドウはルナシアの身体から手を引っこ抜きながら、そう答える。

 彼は改めて思う。

 

 こいつ、ある意味で船長よりもやべぇと。

 

 カイドウはこれまで色々と試してみて、ルナシアがどうやっても殺せそうにないと判断している。

 武装色の覇気を纏って攻撃すれば傷を負わせることができるのだが、致命傷が致命傷にならない。

 普通の人間なら100回は死んでいる傷を負っているのにその傷はあっという間に再生してしまう。

 心臓を潰そうが頭を粉砕しようが、それらも含めて元に戻る。

 打つ手がなかった。

 

「そろそろカイドウ以外も仕掛けてきそうだから、先手を打とうかな。船長からは船長命令以外は自由にしろとしか言われてないし……」

「俺は酒飲んで寝る」

「参加しないの?」

「今日、やるわけじゃねぇだろ」

 

 そう言って彼が部屋から出ていくのを見送り、ルナシアはあることを思いついた。

 

 どうせなら夜に戦ってやるか――

 

 吸血鬼である為、昼間よりも夜の方が全体的に能力がパワーアップする。

 しかしルナシアはハチノスに到着してから、夜に戦ったことはなかった。

 

「明日には島につくから、そこで戦おう」

 

 ルナシアのやる気は十分であった。

 

 



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先手を打った結果

 ロックス海賊団は予定通りに翌朝には島に到着していた。

 島では物資補給という名の略奪を行う予定であり、停泊期間は1日だけだが、略奪後にやればちょうどいいとルナシアは考えた。

 そして彼女は上陸前でありウズウズしている船員達の前でこれみよがしに看板を作ってそれを甲板に立てた。

 

 殺されたい奴は今夜かかってこいbyルナシア――というシンプルな文言に多くの船員達は大いに湧いた。

 しかし、それを冷めた目で見ている者や嘲笑している者も多くいた。

 

 

「馬鹿共が……」

 

 ニューゲートはルナシアを殺して副船長の座を奪おうと湧く連中を見て呟いた。

 それに同意するかのようにシキは笑う。

 

「ジハハハ! おもしれぇと俺は思うぜ」

 

 彼とニューゲート、どちらもこの海賊団結成前にルナシアと戦ったことが幾度もある。

 何をしようが死なない相手に2人共匙を投げるしかなく、最終的にロックスが割って入り、酒盛りになるというのがパターンであった。

 

 一方でルナシアと戦ったことはないが、戦うと危険と判断した者もいる。

 その筆頭はシャーロット・リンリンだ。

 彼女はこれまでに集めた情報で、ルナシアが殺しても死なないという能力者であることを察知していた。

 

「敵にするよりも味方にしたほうが得に決まっている」

 

 リンリンは遠目に騒ぎを見ながら、自分にじゃれつく子供達へと視線を向ける。

 どういうのがルナシアの好みであるか、聞き出す必要があった。

 

 またリンリンのような情報を得ていなかったとしても、あのロックスが副船長に据えているということから何かあると考えた者も多かった。

 そのように考えた者の中にバッキンと名乗る金髪でスタイルが良い女性がいた。

 

 彼女は物凄く悩んでいる。

 ニューゲートやシキといった名の知れた輩を籠絡するか、あるいはルナシアを取るかという2択で。

 前者は言うまでもなく子供目当てであり、後者は未知の可能性だ。

 あのロックスが副船長に据えている少女が只者であるわけがない。

 そして、どちらも選択するというのは悪手だとバッキンは考えている。

 蝙蝠みたいにあっちこっちを行ったり来たりする優柔不断な奴は海賊においては好かれないし、信用もされない。

 

「とりあえず、今夜の結果を見てからにしよう」

 

 メリットとデメリットを考えながらバッキンはそう呟いた。

 

 

 

 島での略奪を行い、いよいよ運命の夜が訪れた。

 ルナシアは島の開けた場所で挑戦者達と対峙する。

 30人くらいが集まっており、各々が武器を持って殺る気満々といった様子だ。

 観戦者達の方が挑戦者よりもやや多く、その中にはロックスも混じっている。

 観戦者の中にはリンリンの子供達もいたが、それを咎める者は誰もいない。

 

「さて、始めましょう。かかってこい、相手になってやる」

 

 にこやかな笑みを浮かべて、ルナシアが告げるとすぐさま彼女はその身を無数の剣でもって貫かれた。

 文字通りの串刺しに攻撃した者達は勝利を確信し、観戦者達は盛り上がる。

 だが、ここからがルナシアの本領発揮であった。

 

 別に避けれなかったわけではないが、避けない方がビビらせることができる。

 訳の分からないモノであった方が恐怖を煽り、動きが鈍るので当たっても問題なさそうな攻撃はとりあえず受けてみるというのがルナシアの戦闘スタイルだ。

 

「あー痛いわね」

 

 呑気にそう言ってみせるルナシアに挑戦者達はカイドウを除いてぎょっとした。

 また観戦者達でも戦ったことがない者は例外なく驚愕する。

 しかし、ここで手を緩めるような挑戦者達ではない。

 彼らはルナシアに苛烈な攻撃を加える。

 切り刻んだり殴りつけたり、銃弾や砲弾を撃ち込んだり――しかし、それらの攻撃を受けても瞬く間に彼女は再生する。

 

 恐怖に駆られて攻撃をし続けるが、ここからルナシアは反撃に転じる。

 とはいえ、観戦者達も多いことから固有の能力を使うことはせず、物理的に殴ったり蹴ったりするだけだ。

 

 ルナシアが攻撃に転じて僅か10分程で挑戦者達はカイドウも含めて誰も動かなくなってしまった。

 頑丈なカイドウはともかくとして、他の連中は瀕死であった。

 

 ニューゲートやシキといった面々にとってはルナシアの動きが前に戦ったときよりも良くなっていることが確認できた程度で大した収穫はない。

 むしろ、不死身性以外のモノを見れなかったことに落胆した程だ。

 それだけでも脅威ではあるのだが、それ以外の吸血鬼ができるとされていることもできる可能性があった。

 

 だが、戦ったことがない者達にとっては不死身性を間近で見ただけでも天地がひっくり返る程の衝撃だ。

 リンリンのように事前に情報を得ていたとしても、やはり驚きしかない。

 

「本当に規格外の化け物だ」

 

 リンリンはそう言いながら、子供達を見る。

 誰かしらをルナシアのところへ送り込むつもりである為、彼女を怖がるような反応をした者は除外するつもりだ。

 

「……情けない」

 

 息子達は全滅だ。

 怖がったり、涙目であったりと散々な状況だ。

 泣き叫んでいないのだけが救いといえば救いだが、子供の頃の恐怖というのは大人になっても残るらしいので期待はできない。

 一方で娘達は半分くらいが残っており、ルナシアをじっと見つめ続けているアマンドは期待できる。

 重要なのはルナシアと友好関係を築くこと、こっちに手出しされないことの2点であるならば何でもいい。

 ルナシアが同性でも愛するというのなら結婚させればいいし、そうでないなら人身御供とすればいいだけだ。

 

 だが、送り込む人数が悩ましいところであり、1人で足りるかどうかリンリンは不安に思う。

 信用を得る為には最低でも数人は送り込み、こちらの誠意を見せる必要があるかもしれない、と彼女は考えていた。

 

 一方でバッキンは早々に決心した。

 彼女は海賊らしく、ニューゲートを籠絡するという堅実な方法よりも、未知の可能性であるルナシアを選んだ。

 

 

 バッキンとリンリン、互いに思惑は異なれどルナシアと友好関係を構築したいという点では一致している。

 2人は早速行動に出たが、先手を取ったのはリンリンであった。

 ルナシアが船へと戻り、後を追ったリンリンは周囲に誰もいないことを確認した上で声を掛けた。

 

 

 

「副船長、ちょっといいかい?」

「別に構わないけど……」

 

 ルナシアの返事にリンリンは笑みを浮かべながら、言葉を紡ぐ。

 

「実は提案があるんだけどさ……うちの子達があんたに興味があるみたいでね」

「私に子守をしろと?」

「そんなことは頼まないよ。ただほら、どうだい? 将来的にうちの子供と結婚とか……」

 

 リンリンの問いにルナシアは狙いが分かった。

 

 あっ、これロックスの授業でやったところだ!

 

 政略結婚を狙ってくる奴なんぞ大量にいる――

 利益も不利益もどっちもあるが、まあ好きにしろ――

 

 基本的に色々と教えてくれていたロックスは最終的な結論として「好きにしろ」だとか「自由にしろ」と言って締める。

 要するにどんなことをしてもいいが自分のケツは自分で拭け、というのが彼の言いたいことらしいとルナシアは察していた。

 

 とはいえ、彼女には問題があった。

 女であるという自覚はあるものの、それでも男と結婚して子供を作るというのは嫌悪感がある。

 

「申し訳ないけど、私は男とそういう関係になるのは生理的に無理で……」

「ああ、それならちょうどいい。一番お前のことが気になっているのは三女のアマンドだから」

 

 あっさりとリンリンは答えた。

 そう言われるとルナシアとしても答えに困るが、海賊らしく欲望を出してみることにした。

 

「1人じゃ満足できないので……」

「構わないよ。ただ条件として、あんたのことを怖がらない子に限定してくれ」

「そっちは何を求めるの?」

「あんたとの関係さ。友好的にやりたいんだよ、おれは」

 

 リンリンとしては殺しても死なない奴――海楼石で封じれば殺せるかもしれないが、悪魔の実の能力を抜きにしても実力は相当であると予想している。

 あのロックスが育てたのだから、油断などできるわけがない。

 

「私としても友好的にやりたいから、それで構わない」

「成立だね。早速アマンドを送り込むから。可愛がってくれ」

「いや、いいの? いくら何でも……」

「別に構いやしないだろ。お前が変態だってことは秘密にしといてやる……何なら、娘が大人になるまではおれがそっちの相手もしてやるよ」

 

 豪快に笑いながら、リンリンは手を振って去っていった。

 何だか予想外のことになったが、ルナシアはアマンドと言われて顔を思い出そうとして――

 

「分からない……やべぇ」

 

 唯一、首が長かったような気がする――という程度しかルナシアはアマンドのことを思い出せなかった。

 

 

 

 

「シャーロット・アマンド……です」

 

 そう言って頭を下げるアマンドにルナシアは思わずガッツポーズしそうになったが、我慢した。

 光源氏計画ができるなんて、とルナシアは思いつつ、アマンドに微笑みながら声を掛ける。

 

「私のことをどう思うの?」

「かっこよくて、綺麗だと思います」

「どんなところが?」

 

 更に問いかけるとアマンドはその白い頬を赤く染める。

 

「返り血に染まりながら、敵を恐怖させて殺していくのが……」

 

 この子、リンリンの娘なだけあって、やべーやつだ――

 

 若干引くルナシア、しかしアマンドはスススと音もなく近寄ってきて、そのまま腕にしがみついた。

 

 助けてロックス――!

 

 ルナシアは心で思ったが、脳裏に浮かんできたロックスがゲラゲラ笑って告げる。

 

 

 自由にしろ――!

 

 

 ルナシアは心の中で叫んだ。

 

 そうだよな、お前はそういうヤツだよな――!

 

 たとえロックスがこの場にやってきても、同じことを言うに違いがなかった。

 ルナシアは覚悟を決める。

 彼女はアマンドの頭へと手を伸ばし、その青い髪を優しく撫でる。

 

「アマンド、今日から私の傍にいなさい」

「はい……!」

 

 いくとこまでいってやるよコンチクショウ――そんなヤケクソ気味なルナシアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝食を食べる為に食堂へルナシアが出向くと早速シキが突っかかってきた。

 

「ロリコン副船長様のお出ましだ」

「シキ100万回ぶっ殺すぞ」

「ジハハハ! やれるもんならやってみやがれ!」

 

 シキはからかいながらも気がついた。

 

「ガキはどうしたんだ?」

「まだ寝てる」

 

 ルナシアの返事にシキはドン引きした。

 

「お前……さすがにそれはマズイんじゃねぇか?」

「何を勘違いしたか知らないけれど、好きなものとか嫌いなものとか、そういうことを話していただけよ。エロいことを想像するあなたの頭が変じゃないの?」

「何だとこのクソアマ!」

「文句あるのかクソ野郎!」

 

 シキは刀を抜き、ルナシアはファイティングポーズを取ったところでニューゲートが口を挟む。

 

「お前ら、メシを食うならさっさと食え」

 

 彼の言うことももっともである為、ルナシアは空いている席を探すが――ニューゲートとシキが座っているテーブルしか空いていない。

 というか、彼らの周囲には他の船員達が近づいていない。

 

 ニューゲートとシキが互いに拮抗、僅差でリンリン、将来の見どころ大いにアリのカイドウ――それがルナシアの認識だ。

 彼ら以外にもジョンや王直、銀斧など凄いのはいるが、その中でもこの4人は別格だと彼女は思う。

 しかし、単体でヤバいのはカイドウだろう。

 昨夜の戦いに彼も参加したのだが、頑丈さはピカイチであり、あちこち傷を負っていたが命に別状はなかった。

 

 リンリンの姿は見えないが、彼女はいつも遅くに起きてくるので不思議ではない。

 

 ルナシアはシキとニューゲートのテーブルに座り、ウェイターに注文をする。

 ロックスの良いところはメシの重要性が分かっていることであり、食堂には彼が雇ったコック達とウェイター達が24時間いつでも食事を提供できる体制を整えていることだ。

 

 簡単に言えば色んな料理を作ってくれる上、味も良いのである。

 ロックスからは船長命令としてコック達とウェイター達には手を出すな、丁重に扱えと言い聞かされている。

 

「ところでルナシア。お前はいつも拳だが、武器は使わないのか?」

「もしもお前が刀を扱うっていうなら、この俺が教えてやるよ。ついうっかり切り刻んでしまうかもしれないがな」

 

 ニューゲートとシキに言われて、ルナシアは思う。

 

「刀ってカッコいいので使ってみたい」

「ジハハハ、決まりだな」

 

 ニューゲートは肩を竦めてみせながら口を開く。

 

「そういえばお前、海軍との戦闘では変な船長命令が出るが……あれは何でなんだ?」

 

 彼からすると不思議な話で、追ってきた海軍の軍艦に将官クラス――たとえそれが准将であっても――いるとロックスはルナシアに待機を命令する。

 ルナシアの顔が割れていないかというとそうでもなく、大佐以下の海兵達が相手では特にそういう命令が出ることはなく、殺しに行けと言われる場合もあった。

 彼女の実力が不足しているというわけではない。

 佐官クラスならば、ルナシアは複数人と戦っても圧倒できる為に。

 

「たぶんだけど、戦闘が長引いて不死身であることがバレて対策をされたくないんじゃない? あと海軍の人材枯渇を狙っていると思う」

 

 ルナシアの言葉に納得したかのように2人は頷く。

 そうこうしているうちに彼女が注文した朝食が運ばれてくる。

 朝も昼も夜もがっつり食べるので、でっかい骨付き肉だ。

 

 この世界にきてもっとも感動したことは漫画みたいな骨付き肉が存在したこと。

 それに齧り付いて、満面の笑みを見せる彼女にニューゲートとシキは互いに視線を交わす。

 

 こういうところはとてもではないが、高額な賞金首には見えなかった。

 

 

 

 



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情報の出処

「早急に対処しろとのお達しだが……対処できるなら、とっくにそうしている」

 

 センゴクは深い溜息を吐いた。

 ロックス海賊団の結成からたった1年。

 新聞には彼らの起こした事件は載っていないが、その懸賞金の上昇具合は勿論、人の口に戸は立てられないことから民衆の間にも知られている。

 

 民間人への襲撃・略奪だけでなく、政府機関や海軍基地をも恐れず、積極的に襲撃してくる。

 頻度としては民間人を襲うよりも海軍を襲う方が多いのではないかというくらいに。

 そして、海軍が襲われた場合の物的・人的被害は甚大だ。

 強大な海賊共がロックスの下に集まっている為、それも当然といえる。

 

 よくもまあ、ロックスはあんな連中を纏め上げているものだと海軍側は不思議でしかないのだが、どうも連中のこれまでのテロ活動から世界政府の転覆を狙っているのではないかという予想がされている。

 

 五老星からはさっさと潰せとせっつかれているが、ロックス海賊団の活動により世界各地で海賊の動きが活発化している為、そちらへの対処にも人手を取られている。

 この為に戦力の集中が難しく、またロックス達が神出鬼没であっちこっちに現れる為、捕捉が困難というのもある。

 

 エドワード・ニューゲート、シキ、シャーロット・リンリンといった連中相手では中将クラスでも1対1で太刀打ちできないというのも頭が痛い。

 センゴクは若いながらも有能であることから、ロックス海賊団専門の対策部隊のトップを任されており、彼以外にも同期のガープやゼファー、つるといった面々がこの部隊には参加している。

 最優先事項であることから、バスターコールの発動権や人員・軍艦・装備の優先的供給などかなり優遇されている部隊だ。

 しかし、ロックスに苦汁をなめさせられていた。

 

 つい2ヶ月前もどうにか捕捉できた彼らを海上で包囲したのだが、結果は散々なものだった。

 三大将を全員連れていきたいと作戦前からセンゴクは進言していたのだが、それは認められなかった為、ガープとゼファーを含めて中将12名、軍艦50隻という当時かき集めることができた最大の戦力を出した。

 

 ロックス側の船員を多数殺傷あるいは捕らえたのだが、肝心のロックスや幹部達は取り逃してしまった。

 そして海軍は軍艦22隻が沈み、更には大佐以下の海兵達に甚大な損害を受けた。

 軍艦は建造すれば補充できるが、将兵を失ったのが非常に痛い。

 人材を育てるには長い時間が必要だ。

 

「あの少女が厄介だ」

 

 センゴクは手元にある手配書へ視線を落とす。

 そこに描かれていたのは金髪に紅い瞳の少女だ。

 年の頃は10代後半くらいであり、それこそミス・ユニバースになっていてもおかしくないくらいの美しさとスタイルの良さだ。

 

 ロックス海賊団副船長ルナシア――

 将官クラスとの戦闘には一切出ず、もっぱら佐官クラスの海兵達を刈り取る存在。

 存在が知られた当初こそ、大佐以下の海兵しか相手にしていないことから、将官には太刀打ちできない為にそうしているのだと思われていた。

 だが、交戦を重ねるうちにセンゴク達は気がついた。

 

 ルナシアは大佐以下の海兵であるならば複数人を纏めて相手にしても、傷一つ負わずに勝利できるくらいの実力がある。

 勿論、大佐以下の海兵も実力はピンきりで、中には大佐であっても准将に匹敵する実力者もいる。

 だが、そういった者であってもルナシアに傷を負わせることができていない。

 最低でも少将か中将クラスの実力を彼女は有するというのが分析から導き出されているが、そんな輩が格下にあたる海兵達を殺傷しているのが問題だ。

 

 海軍は巨大な組織で戦力も豊富、志願者も多い。

 だが、それでも戦力に限りはあるし、志願した者がすぐに佐官や将官といった実力を有するようになるわけではない。

 階級を問わず海兵を殺傷した数だけでいえば、ルナシアがトップクラスではなかろうか、というのが海軍内での一致した意見だ。

 

 ロックスや幹部達の影に隠れがちであるが、副船長でありながらルナシアは実力的に未知数だ。

 しかし、ロックス海賊団に所属していることと殺傷した海兵の多さにより、懸賞金は2億2000万ベリーとなっていた。

 だが、2億で収まる輩ではないとセンゴクは確信している。

 

 幸いにも分かっていることもある。

 彼女が見聞色の覇気と武装色の覇気を使えること、ここ最近になって刀を使い始めたことだ。

 しかし、剣士としては半人前のようで、よく刀を折ってしまうらしい。

 

 とはいえ、ロックス海賊団としての目的が世界政府の転覆ならば手は打ちようがある。

 

「奴らの狙いが世界政府の転覆にあるのならば……天竜人の殺害も視野に入れるだろう」

 

 聖地マリージョアは狙ってこないだろうが――いやそれでもロックスの性格から無くはない――天竜人達が気に入っている島というのは幾つもある。

 大抵は風光明媚なところで、また天竜人が訪れるという性質上、世界政府直轄の島になっているところだ。

 

 その中でも天竜人達がもっともお気に入りで、多く訪れるのがゴッドバレーと呼ばれる島だった。

 センゴクも詳しくは知らないが、天竜人のみが見学できる遺跡があるという。

 そして、ロックスが天竜人を狙うとするならば団体で観光に来たときだとセンゴクは予想する。

 

 ゴッドバレーに何があるかセンゴクは知らない。

 天竜人が関わってくる話は碌でもないもので遺跡とやらも知ると面倒くさいことになると彼は経験上知っている。

 知らない方が良いことも世の中にはあるのだ。

 

「失礼するよ、センゴク」

 

 ノックと共に執務室に入ってきたのは同期のつるであった。

 

「おつるさん、新しい情報が?」

「CP0が私のところにさっき持ってきたやつだ。ルナシアの情報もあるぞ」

 

 センゴクは身を乗り出す。

 そんな彼につるは肩を竦めながらも告げる。

 

「ロックスの下から逃げ出した船員の情報によれば……ルナシアは不死身だそうだ」

「逃げ出した?」

 

 センゴクは問いかけるとつるは頷く。

 

「これまで逃げ出したヤツはいなかった。その理由としては船内の治安は最悪、船員同士での殺し合いは日常茶飯事、ハナから実力のないヤツは逃げることもできずに殺されたんだと」

「……よくそれで海賊団として纏まっているな」

 

 センゴクの言葉につるは更に続ける。

 

「この情報提供者も持病が云々と言って逃げたそうだからね……あそこは身も心も強いヤツじゃないと生き残れない」

「頭のネジが飛んだの間違いだろう。とはいえ、ルナシアは能力者だな」

「ああ。だが、奇妙なんだ」

 

 つるの言葉にセンゴクは首を傾げる。

 

「そいつの話によれば、ルナシアは頭を潰されようが心臓をぶち抜かれようが死なず、一瞬で再生するそうだ」

「それはまたとんでもない化け物だが……事実ならば大事だ。海楼石で封じ込める必要がある」

 

 海楼石は貴重なもので、海軍であっても短期間で大量に手に入るというわけではない。

 また値段も高い上、加工も非常に難しい。

 そういったのを無視すれば一番有効的なのは海楼石を武器にくっつけて、それをルナシアに突き刺すことだ。

 そうすれば悪魔の実の能力であるだろう再生能力を阻害し、ダメージを与えられる可能性は高い。

 だが、こちらも数は揃えられないので、将官クラスの実力者に使わせるという形になる。

 次善の策としては罠にハメて海楼石製の檻で閉じ込めることくらいだが、そんな簡単に罠にハマってくれるような相手でもない。

 

 ともあれ海楼石に関することは与えられている権限の範囲内でクリアできるが、それでも文句を直接言われるのはセンゴクである。

 彼は溜息を吐いた。

 それを見てつるが告げる。

 

「幸せが逃げるよ?」

「ロックス共が壊滅したら幸せは戻ってくるから大丈夫だ」

「それならいいけどね。海楼石の調達に関しては私も協力する」

「それは心強い。準備期間として1年は必要だと私は見ているが、どうだろうか?」

「妥当なところだ。連中が準備期間中に天竜人を襲わないことを祈らなきゃならないがね」

 

 ガープとゼファーにはあんたから伝えてくれ、とつるは告げ、センゴクもまたそれを了承したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この前、船を降りたババアだが」

「黒炭ひぐらし? 持病の癪がとか言っていたけど……」

「ああ。どうせ俺達の情報を政府や海軍に高値で売りつけたことだろうから、ちょっと落とし前をつけてこい」

 

 ロックスに船長室へ来るよう呼ばれたルナシアはいきなりそんなことを言われた。

 しかし、ロックスの性格を分かっている為、彼女は問いかける。 

 

「見つけ出して首を落とすの?」

「いや、そんな生っちょろいことはするな」

「ヤツの目の前で親族を皆殺しに?」

「いや、それも足りない。あのババアはワノ国で権力闘争に破れた一族の末裔だ。なら、やることは分かるだろう?」

 

 その言葉でルナシアはピンときた。

 

「御家再興を考えていると思うから、その企みを潰した上で殺して、光月家と仲良くする感じ?」

「そういうことだ。それが一番ヤツには効き目がある……あとお前は刀を欲しがっていたから、ちょうどいい。あそこの職人は腕が良いからな」

「私も気をつけてはいるんだけど……刀が耐えきれないっていうね」

 

 シキに切り刻まれながら刀を習っていることはロックスも知っている。

 別にそれを咎めたりもしないし、むしろ笑いの種として重宝していた。

 

 略奪などで刀をルナシアは手に入れていたが、その全てが彼女の力に耐えきれなかった。

 シキとの授業で折れたり、あるいは海軍や海賊、賞金稼ぎとの戦闘で折れたりと散々だ。

 

 最上大業物という区分にある刀が欲しいとよく公言しており、集めたカネを全部使ってでも最強の一振りが欲しいとのこと。

 

 ワノ国には名工と謳われる腕前を持つ刀鍛冶職人も存在している為、特注で作って貰えば良いだろうとロックスは考えた。

 

「お前、手持ち金はいくらだ?」

「たぶん20億ベリーくらいかな。この1年でめちゃくちゃ稼がせてもらったし」

 

 ロックス海賊団において、略奪によって手に入る金銭や物品は早いもの勝ちである。

 迅速かつ一瞬で敵を殺せる実力がなければいつまで経っても稼げないのだ。

 

「もう30億やる。向こうは通貨が違うから、金塊にでもして持っていけ。ババアを地獄に落としてこい」

「……借金かしら?」

「違う。工作活動費として返さなくていい。お前の好きなようにしろ」

 

 ロックスの言葉にルナシアは頷く。

 さすがに何人も連れて行くわけにはいかない為、彼女は1人で行くことにした。

 

 

 

「というわけでちょっと行ってくるから」

「ルナシア、アタシは不安だわ。アンタがいない間に他の連中に……」

「ないない、それはない」

 

 不安げな表情のバッキンにルナシアは手を左右に振ってみせる。

 バッキンは今に至るまで船から降りていない時点で相当な猛者であった。

 実力的には他の連中には劣るが肝が据わっており、ちょっとやそっとの事では動じたりもしないだろう。

 

 リンリンが差し出してきた娘達を除けば明確にルナシアの派閥であると宣言しているのはバッキンくらいなものだ。

 かろうじてカイドウあたりも派閥に属すると言えなくもないが、彼は誰かの下につくのが嫌いである。

 とはいえ、ルナシアとの関係は良好で殺し合いを前提とした悪友という感じである。

 

「ルナシア……」

 

 アマンドが寂しげな顔でルナシアを見つめる。

 彼女以外にもアッシュとカスタード、エンゼルが泣きそうな顔をしている。

 アッシュ達も以前の間引きを見て、泣かなかった娘達だ。

 娘を気前良く差し出してくるリンリンに対して、さすがに簡単に差し出しすぎではないかと思ったことがルナシアにはあった。

 だが、既に船員の誰かの子供を妊娠している為、あんまり考えなくてもいいとルナシアは思い直した。

 

 リンリンにとって子供とは愛情を注ぐ対象ではあるが、政略結婚の道具であるという側面も強いようだ。

 もっともルナシアはもう一歩踏み込んだ条件を出して、リンリンはそれを快諾している。

 

 アマンド達が成長し、戦力としても使えるようなレベルに達したら、リンリンのところへ派遣するというものだ。

 その対価として、ルナシアはリンリンと適正なレートでの交易を行う。

 ロックスが世界の王にでもなったら、適当なところを領土として貰って国家経営でもしてみようかなと考え始めているのが最近のルナシアだ。

 

「大丈夫よ。それに私がいない間、私への思いを募らせておいて」

 

 アマンドの額にルナシアは口づけし、他の3人にも同じく額に口づける。

 

「しかし、何でまたあのババアだけ報復を? 今まで逃げ出したヤツもたくさんいたじゃない」

 

 バッキンの言葉にルナシアは「たぶんだけど」と前置きして告げる。

 

「黒炭ひぐらしは何かしらの目的があって、それを達成したから船を降りたんだと思う。だから海軍に情報を売ったんじゃないかな。怖くなって逃げ出した連中なら、ロックスに報復されそうなことはしないと思う」

「あのババアは小遣いを稼ぎながら自身の保身も図ったというわけね」

「おそらくね。で、船を降りたとき彼女は鞄一つだったから、それに収まるものだと思う。一番ありえそうなのは悪魔の実かな」

 

 バッキンはルナシアの話に頷きながら、若いのによくもまあ頭が回ると感心してしまう。

 

 やっぱり将来有望、こっちについて良かった――

 

 バッキンはそう思いながら、シキやニューゲートの誘いは断ろうと決意する。

 ルナシアがいなくなったら、アマンド達はリンリンの庇護があるが、バッキンには後ろ盾がない。

 シキとニューゲートからはルナシアの情報について悪くない金額を提示されているが、目先の利益よりもルナシアから信頼されたほうが将来的に莫大な利益が得られるだろう。

 

「アマンド達の世話は任せたわ」

「子守代は別料金よ」

 

 バッキンの返答にルナシアは肩を竦めるしかなかった。

 

 

 



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ワノ国にて

 鎖国をしているワノ国に入国するには地理的な問題もあって困難だ。 

 しかし、ロックスが敢えてルナシアに任せた理由は彼女の持つ非常に便利な能力にあった。

 

 

「やっぱりこの世界では空を飛べるって非常に便利だと思う」

 

 ルナシアは背中から蝙蝠のような翼を生やして空を飛んでいた。

 10億ベリー分の金の延べ棒が詰まった巨大なトランクを5つと手荷物が入ったトランクを1つ両手に持っていた。

 

 この飛行能力はロックスとルナシアしか知らない吸血鬼としての能力の一つだ。

 他にも色々と能力があるが、それらの全てはルナシア本人を除けばロックスしか知らない。

 不死身以外の能力があることはロックスとの訓練で分かったことで、こういったものは口外しない・第三者の目があるところでは緊急時を除いて使用しないと2人の間で取り決めていた。

 

 今回も船からわざわざ小舟に乗り換えて、船が水平線から完全に見えなくなるまで待った上で飛行能力を使用するという徹底ぶりだ。

 

 そんなこんなでルナシアはワノ国の森の中へ降り立ち、空から見えていた最寄りの城下町らしきところへ向かった。

 看板によれば九里とかいうらしく、その町並みに彼女は懐かしさを感じる。

 

 ワノ国は日本的な感じであったのだ。

 とはいえ、それは江戸時代あたりのものであるが――それでも日本的なものは随所にあった。

 

「めっちゃうまい……」

「そうだろう! ここの団子は一押しだ」

 

 ルナシアはその見た目からジロジロと見られたが、いきなりナンパをしてきた歌舞伎役者みたいな姿をした輩に案内され、茶屋の団子を奢ってもらっていた。

 

「あなたの名前は? 私はルナシア」

「俺は光月おでん。九里の大名だ」

 

 ルナシアは胡散臭いものを見るような目をした後、異人ということでジロジロ見ている通行人達へ視線を向ける。

 

「本当に大名なの?」

 

 問いに通行人達は首を縦に振る。

 ルナシアは内心で高笑いをしてしまう。

 このチャンスを逃がすわけにはいかない。

 

「おでん様とでも呼んだほうがいい?」

「いや、構わない。好きに呼んでくれ」

「じゃあ、おでん。実は私、刀が欲しくて……あと色々な事情で光月家と仲良くしたいのよ」

 

 その言葉におでんは何かがあると察して、告げる。

 

「場所を変えよう。城で話したい」

「ええ、よろしく頼むわ」

 

 

 

 おでんの提案でルナシアは九里の城へと案内された。

 彼女は日本的な城に感動し、ついついあれこれとおでんに尋ねてしまう。

 すると彼も色々と話をしてくれた。

 

 そんなこんなで城内で寄り道をしまくって、ようやく目的の部屋についたときには2人ともすっかり意気投合してしまった。

 

 

「黒炭って知っている?」

「聞いたことはあるな」

「黒炭ひぐらしっていうのがいるんだけど、ロックス海賊団っていうところから何かを得て逃げたのよ」

 

 おでんは首を傾げる。

 

「それがどうして光月家と繋がるんだ?」

「私もよく分からないんだけど、黒炭は昔、権力闘争で光月家に敗れたらしいのよ。だから、その黒炭ひぐらしが御家再興の為に反乱を起こすかもっていう忠告ね」

 

 ふむ、とおでんは腕を組んだ。

 

「俺には難しいことは分からん。だが、手を出してくるならぶっ飛ばす」

「でも、あなたって搦め手に弱そうな感じがする。あっさり足元掬われそう」

「そんなことはねぇぞ!? 罠ごと破壊すればいいからな!」

「そういうところよ。忠告はしたから、偉い人達を集めて対策とかしたほうがいいんじゃない?」

 

 おでんはルナシアの言葉に素直に頷いた。

 

「かたじけない」

 

 そう言って深く頭を下げるおでんにルナシアは感動してしまう。

 

 時代劇で見たやつだ――!

 

 彼女が感動している中で、おでんは頭を上げて問いかける。

 

「ところで色々な事情と言ったが、その事情とは?」

「実は私、ロックス海賊団っていうところで副船長をしているのよ。で、件の黒炭ひぐらしは私達の情報を海軍に売りつけたのよ」

 

 おでんはその話に思わず身を乗り出す。

 

「そいつは許せねぇな。落とし前をつける必要がある」

 

 彼はこういうことに関しては状況の飲み込みが速かった。

 ルナシアは告げる。

 

「といっても、ただ見つけ出して殺すんじゃ駄目。親族を目の前で殺すってのも足りない……」

 

 そこで一度言葉を切って、ルナシアは彼に提案する。

 

「ひぐらしがワノ国にやってきて、黒炭家の再興を図るなら光月家にとっても脅威。だから私は光月家に協力してひぐらしの企みを潰した上で奴を始末したい」

 

 そう告げて、彼女は数秒の間を置いて更に告げる。

 

「それによって私達は落とし前をつけることができて、光月家は反乱の芽を事前に潰せる。私達もあなた達も互いに利益しかないわ」

 

 おでんは重々しく頷きながら告げる。

 

「ただちに父上に相談する」

「ええ。それとひぐらしは見た目は婆さんだったけど、悪魔の実っていう特殊能力が得られる果物があるの。もしかしたら変装にうってつけの能力があるかもしれない……内乱目当てなら権力者とか有力者に化けるのが一番手っ取り早いからね」

「度々の忠告、かたじけない……」

 

 頭を下げるおでんにルナシアは手をひらひらと振ってみせ、彼女は口を開く。

 

「ところで話は変わるんだけど、いいかしら?」

「構わない。刀の件か?」

「ええ、そうよ」

 

 ルナシアは答えながら、巨大なトランクの3つを彼の前へと差し出す。

 そして、彼女がそれを開けるとそこには金の延べ棒が詰め込まれていた。

 

「ここに30億分の金塊があるわ。ワノ国で一番腕の良い鍛冶職人に特注の刀を作って欲しい」

「30億分の金塊!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて飛び上がるおでんにルナシアは大爆笑してしまう。

 とはいえ、ルナシアが海賊ならばその出処は誰にでも予想がつく。

 しかし、彼はそんなことは気にしない。

 だが、彼の性格的に受け取れなかった。

 

「お前は重要な情報を伝えてくれた。なら、金なんぞいらん」

 

 義理人情に厚いおでんにとって、光月家の危機どころかワノ国全体の危機に発展しかねない黒炭ひぐらしの情報を伝えに来てくれただけでも千金に値する。

 それとこれとは別の話であったとしても、おでんにとってルナシアは恩人である。

 そんな人物から紹介料を取れるわけもない。

 

 しかし、ルナシアは深く溜息を吐く。

 こういう義理人情に厚い人物というのは彼女個人としても好感が持てるのだが、取引では別だ。

 

「おでん、あなたのそういうところは美点であるのだけど、これは取引なのよ」

 

 ルナシアはそう告げて、一拍の間をおいてから更に言葉を続ける。

 

「代金を支払うことで責任が生じるから、より一層しっかりやらなくちゃならないって心構えになると思う。あとカネは天下の回りもの、つまり民の生活に関わってくるのよ」

「生活?」

 

 首を傾げるおでんにルナシアは告げる。

 

「見たところ、あなたって大金を得てもそこらの悪党みたいに貯め込んで、自分の欲を満たす為だけに使うようなタイプじゃないでしょ?」

「……そ、そうだな!」

 

 過去には遊郭で城のカネを使い込んだ経験がある為、おでんの目が泳いだ。

 

「え、もしかして間違ってた?」

「今は違うぞ!? 昔、子供の頃にちょっと城のカネを使い込んだが貯め込んではない……」

「昔のことならいいんじゃないの。ともあれ、私がこのカネを渡すことであなたは色んなことができる。治水をしたりとか、開墾をしたりとか……」

 

 なるほど、そういう意味であったかとおでんは手を叩く。

 

「治水や開墾の為に民を雇って給金を払えば、それで民達は生活ができる。そういうことを繰り返して、国ってのは豊かになるのよ」

 

 納得して大きく頷くとおでんはルナシアに真剣な表情で告げる。

 

「ルナシア、俺や家臣達はまだまだ勉強不足だ。かといって、堅苦しい連中をよそから招き入れるのも嫌だ」

「あ、何だかすごく嫌な予感がする……」

「どうだ? 俺の家臣にならないか?」

 

 予想通りの言葉にルナシアはまたまた溜息を吐く。

 

「職人に依頼してから刀が出来上がるまでは時間が掛かる。材料集めから何からで最低でも数ヶ月は必要だろう。無論、その期間の給金は支払う」

「ちょっとボスと相談させて」

「構わん」

 

 おでんの許可が出たので彼女は一度部屋から出て、ロックス直通の電伝虫を懐から取り出した。

 

「ロックス、ワノ国でおかしな展開になったんだけど」

『ほう?』

「光月家のおでんという大名に黒炭ひぐらしの件は伝え、関係は築けたわ。それで刀なんだけど……」

『作成に時間が掛かるのか?』

「ええ。最低でも数ヶ月は掛かるんじゃないかって。その間、おでんの家臣にならないかって誘われた」

『構わん、自由にしろ。必要になったら連絡する。俺のビブルカードは持っているな?』

「持っているわ。それなら自由にするから」

 

 電伝虫での通信が切れる。

 ルナシアは意気揚々とおでんの待つ部屋へと戻り、そして告げる。

 

「もしも途中でボスから呼び出しの連絡が来たら、そっちを優先させてもらう。あと家臣というよりも相談役という形にして欲しいわ」

「よし! それじゃ今日からお前は俺の家臣だ!」

「話を聞けバカ殿」

「おうおう、俺はバカ殿だからお前みたいな優秀な奴が必要だ!」

 

 ルナシアは早くも後悔したのだが、ともあれ滅多に無いチャンスだ。

 将来の為にも実務経験を積んでおく必要があった。

 

「じゃあ、九里全体の視察を行いたいわ」

「任せろ。だが、まずは他の家臣達との顔合わせだ。良い奴ばかりだから心配するな」

「あなたの家臣ってだけでそこはかとなく不安しかないわ……色んな意味で」

 

 ルナシアの予感は5分後に見事的中し、彼女は心の中で泣いたのは言うまでもない。

 しかし、イゾウと菊の丞という兄弟は彼女的にセーフであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでルナシアがワノ国九里大名光月おでんの家臣――本人は相談役と言い張っている――になって2週間。

 九里のことを視察したり資料を読んだりで時間が過ぎてしまったが、ようやく彼女は当初の目的である刀鍛冶の職人に特注品を作ってもらうべく、おでんと共に編笠村へ赴いた。

 気難しい性格であるが、腕は確かだというおでんの言葉にルナシアはワクワクしていたのだが――その職人はルナシアを見るなり、思わず見惚れて鼻の下を伸ばしてしまう。

 

「おっと失敬! わしは天狗山飛徹と申す!」

 

 慌てて取り繕いながら、手近にあった天狗の面で顔を隠しながら挨拶をするものの、色々と台無しである。

 

「おう、今度俺の家臣になったルナシアだ。刀が欲しいから、特注で作ってくれ」

「何と、あのおでん様がこんな別嬪を家臣に!? 実は婚約者では……?」

「ないない、それはない」

 

 ルナシアは即座に否定しつつ、用件を告げる。

 

「おでんが言ったように、刀を作って欲しい」

 

 彼女は真摯な表情で伝えると、飛徹は目を細めつつ、ルナシアに手の平を見せるよう伝える。

 

「刀を使い始めたのは最近だな?」

 

 ずばりと指摘する飛徹にルナシアは素直に頷いた。

 

「それなら特注品を作る意味などない。素人が持ったところで刀に振り回されるだけだ」

「そこらに売っているやつで満足に刀が振るえるなら私も苦労しないんだけどね……ちょっとそこらにある刀を振らせてもらってもいいかしら?」

 

 ルナシアの問いかけに飛徹は頷きながら、そこらにあったなまくら刀を彼女へと渡した。

 

 受け取ったルナシアは刀を正眼に構えた。

 そして、その刀に覇気が込められていく。

 おでんは流桜が使えることに感心し、飛徹はルナシアが特注品を求める理由を察した。

 刀身にはみるみるうちに罅が入っていくが、ルナシアは構わずそのまま振り下ろした。

 同時に刀身が粉々に砕け散ってしまう。

 

「お前の力に耐えられないんだな、並の刀では」

 

 飛徹の言葉にルナシアは頷き、告げる。

 

「おでんには金塊を渡してある。必要な代金は彼から貰ってほしい」

「うむ。ルナシアからは確かに金塊を預かっている。代金としては十分過ぎる量だ。勿論、まだ手を付けていないぞ」

 

 飛徹は溜息を吐く。

 将来、手を付けるとおでんは言っているに等しいのだ。

 

「九里の大名からそう言われたんでは、やらんわけにはいかんな。どういうのが欲しい?」

「私の力に耐えて、全力を出しても壊れたり刃こぼれしない刀……あと海楼石を組み込めないかしら?」

「難しい注文を出す娘だな……海楼石の加工には光月家の協力が必要不可欠だが……?」

 

 そう言いながら、飛徹はおでんへ視線を向けた。

 

「構わんぞ。期間限定とはいえ俺の家臣だ」

 

 あっさりと許可を出すおでんに飛徹は笑みを浮かべつつ、ルナシアに告げる。

 

「刃を海楼石にするのは不可能だ。だが、柄頭や鞘尻に仕込むことはできる」

「そこに仕込んだ上で、全力で殴っても大丈夫な程度に鞘とか柄とかの強度を上げることは可能かしら?」

「可能だ。だが、お前の力に耐える為に鞘も刀も普通のものより重くなる。そこは覚悟しておけ」

「分かったわ。私はこの刀以外に生涯持たないって思えるくらいの最高傑作をお願い」

「そこまで言われたらやらんわけにはいかん。全身全霊を込めて打とう。だが、黒刀になるかどうかはお前次第だ」

 

 そう告げる飛徹にルナシアは力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 そして帰り道、ルナシアはおでんに尋ねる。

 

「黒刀になるってどうやるの? っていうか黒刀って何?」

「知らなかったのか!?」

「知らない! シキは教えてくれなかった!」

「シキって誰だよ!? いいか? 黒刀に成るにはだな……」

 

 おでんの説明にルナシアは理解する。

 要するに武装色の覇気を纏って刀を使いまくれば武装色の覇気が染み付いて、刀の強度が上がるらしい。

 いいことを聞いた、と彼女は満足しながら、自分の刀が出来上がるのが非常に楽しみに思うのであった。

 

 

 

 

 

 



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落とし前

「おでんが女を連れて会いに来ただと!?」

 

 目が飛び出る程に仰天したスキヤキ。

 おでんはドヤ顔であり、盛大な勘違いをされていることが察知できたルナシアは毅然と告げる。

 

「婚約者とか恋人とかそういうのじゃありませんので」

「何だそうなのか……」

 

 ずーん、と落ち込むスキヤキにおでんは厳しい目でルナシアを見る。

 

「ルナシア、父上が傷ついてしまったではないか」

「いやこれ私は悪くないわよね……? 事前に色々と伝えてあったし……ともかく、さっさと済ませましょう」

 

 ルナシアの言葉にスキヤキは頷き、2人を奥まった部屋へ案内する。

 そこには他の大名達が勢揃いしていたが、彼らは今ここに集まっているという予定はない。

 それぞれが領地の視察や別の場所で会議をしているということになっている。

 

 ルナシアがワノ国にやってきて2ヶ月。

 黒炭家の動きに警戒しながら慎重に事を進め、ようやくここまで漕ぎ着けた。

 そして既に決定的な証拠を掴んである。

 

 黒炭オロチとその後見人と思われる黒炭せみ丸、彼らと接触していた老婆――黒炭ひぐらしの姿も確認され、その上に武器の密造までしていることが判明した。

 

 それを今回、将軍スキヤキと大名達に示すのだ。

 ルナシアは居並ぶ面々に挨拶をしながら、懐より電伝虫を取り出した。

 映像を記録して保存できるタイプの電伝虫であり、ルナシアが黒炭オロチが帰宅する際に後をつけて撮影したものだ。

 電伝虫に特注の望遠レンズを取り付けることで遠距離からの撮影を可能としている。

 

 映像を見終えて、真っ先に動いたのは白舞の大名である康イエだった。

 彼は頭を畳に擦りつけて、叫んだ。

 

「わしの責任だ! すまぬ!」

 

 オロチを小間使いとして取り立てたのは康イエであるが、それすらもオロチの計略であった可能性が高い。

 

「かくなる上は腹を切る……!」

「オジキ……切腹よりもまず黒炭をどうにかした方がいいだろう」

 

 おでんの言葉にルナシアもまたうんうんと頷き、声を掛ける。

 

「こういう反乱を起こすような連中って物凄くしぶといから、ちゃんと死体まで確認しないと駄目」

 

 ルナシアの言葉に居並ぶ面々は重々しく頷き、同意する。

 

「我らで始末をつける。ルナシア殿、誠にかたじけない……」

 

 そう言って深く頭を下げるスキヤキ、すぐさま彼にならって頭を下げるおでん以外の大名達。

 しかし、そこでルナシアはある提案をする。

 

「身内のことは身内で決着をつけたいのだろうけど、以前から言っていた通り、私は光月家と仲良くしたいの。それに敵は厄介な特殊能力を持っている可能性もある」

 

 つまり、とルナシアは告げる。

 

「本当に不本意だけど、私は光月おでんの家臣よ。その理屈で私もあなた達の身内っていうことだから、参戦しても問題はないわね」

「おお! ルナシア! ようやく家臣だと認めたか!」

「今回だけだバカ殿」

「辛辣っ!?」

 

 嘆くおでんを睨むルナシア。

 スキヤキ達は頭を上げてそのやり取りを見て、思わず笑ってしまう。

 

「そのやり取りを見るに、ルナシア殿は息子との相性も良いので、是非とも嫁に……」

「勘弁してください」

 

 微笑みながら断るルナシアにスキヤキも嘆く。

 そこで康イエがゆっくりと口を開く。

 

「決定したからには迅速にやってしまいたい……遅くとも半月以内に」

 

 彼の言葉にスキヤキは頷き、決断する。

 

「1週間以内に実行する。おでんとルナシア殿、そして立ち会いには康イエ殿。援護には御庭番衆をつける……黒炭が先手を打たぬとも限らん。警戒を怠るな」

 

 その命令におでんも含めた大名達は一斉に平伏し、ルナシアも少し遅れて彼らにならって平伏するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、会合から3日後のこと。

 

 

「康イエ様、おでん様、ルナシア殿。彼奴らは全員集まっております」

 

 御庭番衆からの連絡、そして彼らとは別にルナシアは見聞色の覇気でもって遠目に見える家屋の内部の様子を探っていた。

 家には気配が3つあり、どいつもこいつも碌な心の声を発していない。

 ルナシアも人のことを言えたものではないが、自分のことを棚に上げるのは海賊の得意技である。

 

 ロックス海賊団時代のひぐらしは戦闘力よりも頭の方でうまく立ち回っていた。

 実力的にシキやニューゲートといった面々に並ぶわけではないので、真正面から戦えば勝てると確信する。

 

「逃げないように包囲しろ」

 

 康イエの指示に伝達に来た忍者は御意と答えて音もなく消えた。

 

「オロチを取り立てたわしの目は曇っておったな……」

「オジキ、黒炭の悪知恵が勝っていただけのこと。オジキの善意を利用したアイツらは許せん……あと俺んところからよく金を借りにきたのもきっとこれのためだろうし」

「……お前、簡単に金を貸していたのか?」

「オジキの部下だから無下にはできなかったんだ」

 

 おでんの言葉に康イエは苦笑してしまう。

 

「それは良いことではあるが、少しは人を疑うことも覚えろ。疑いすぎるのも良くはないがな」

「お二人さん、お話は終わってからにして頂戴。行くわよ」

 

 ルナシアはそう宣言して、家屋へと歩き出した。

 彼女の後を追って、おでんと康イエも歩き出す。

 

「なぁ、おでん。ルナシア殿ならお前にぴったりなんじゃないか?」

「別嬪だが、おっかないんだ。前、風呂を覗いたら股間を蹴られそうになった」

「それはお前が悪いと思うぞ」

「おいそこ、無駄口を叩くな」

 

 おでんと康イエの会話を聞いて、すかさずルナシアは注意する。

 下手に既成事実化されたら面倒くさいことになる。

 おでんは良い男であるのは確かだが、ルナシア的には菊の丞が良い。

 男の娘ならセーフである為、手を出そうと考えている。

 

 そうこうしているうちに家の前に到着し、康イエが大声で呼びかける。

 

「黒炭ひぐらし! 黒炭せみ丸! 黒炭オロチ! 内乱を企てた罪により拘束する! 大人しく出てこい!」

 

 しかし、無抵抗で出てくるわけもないことは百も承知。

 故に康イエは扉の前から下がり、代わりにルナシアとおでんが前へと出る。

 

 だが、予想外のことが起こる。

 家を内側から吹き飛ばしなつつ姿を現したのは――巨大な八岐大蛇であった。

 

「あー、やっぱりね」

「これは斬り甲斐がありそうだな」

 

 ルナシアはひぐらしが船から降りた理由を悟り、おでんは舌なめずりをする。

 

「副船長、私を追ってこんなところまでよくもまあ……」

 

 変な笑い声と共に八岐大蛇の巨体、その影から現れるひぐらし。

 その横にはせみ丸の姿もある。

 

「そういや昨日、ロックスから電伝虫で伝言があったわ。あなた宛に……これは本当よ」

「キョキョキョキョ……船長からかい?」

「ええ。地獄に堕ちて八つ裂きにされろクソババアって」

 

 そう言いながら中指をおっ立てるルナシアにひぐらしは笑って答える。

 

「おお、怖い怖い……オロチや、あそこにいる小娘をぶっ殺してやりな!」

「ルナシアだろ? あいつ、美人だから俺の嫁にする!」

「キョキョキョキョ……オススメはできないが、好きにやるといいさ」

 

 何かついさっきも、これに近いやり取りをおでんと康イエがやっていたのを思い出し、ルナシアはイラっときた。

 この国の連中は揃いも揃って、人を嫁にしようとしやがる――

 

「副船長が来たって分かったときは仰天したものだが……お前では八岐大蛇には勝てん! 海軍との戦いでは将官から逃げ回っているんだからな! ロックスを籠絡して、格下との戦いにしか出さないように手を回しているんだろ!」

 

 何やら勘違いしているらしいが、好都合なのでルナシアは黙っておくことにした。

 

「おでん、どっちをやる?」

「俺はオロチをやる。ババアとジジイはお前に任せた」

「了解。バカ殿様の我流剣術とやら、よく見せて頂戴」

「おう、よく見ておけよ」

 

 おでんが閻魔と天羽々斬を鞘から抜き放ち、オロチ目掛けて駆け出した。

 彼を迎撃すべく、オロチは火炎を吐き出しながら動き始める。

 

 彼らが移動していったのを見送り、ルナシアはひぐらしとせみ丸に向き直る。

 2人共逃げてもいなかった。

 

「逃げないの?」

「ここでお前を殺して、私がお前に成り代わる……こんな風に!」

 

 その言葉と共にひぐらしは右手で自分の顔を触ると、顔と体格が変わった。

 

「なるほどね、そういう能力か」

「ジハハハ! そうさ、これがマネマネの実の能力だ!」

「というかシキの奴、マネされてやんの。今度からかってやろう」

 

 けらけら笑うルナシアにひぐらしは懐から銃を取り出した。

 せみ丸はいつでもバリアを出現させるよう身構える。

 どうやら頑張って抵抗するらしい2人にルナシアは無慈悲に告げる。

 

「悪いけど、マトモに戦ってやらないわ。お前達みたいな輩は何かしらの切り札を隠し持っていると思うし」

「キョキョキョキョ……! じゃあどうするっていうんだい?」

「こうするの」

 

 ルナシアは消失した。

 ひぐらしとせみ丸は思わず目を見張った。

 

 移動したのではなく、神隠しにでもあったかのように忽然と消え失せたのだ。

 これには見ていた康イエや御庭番衆、そしてこっそりとついてきていた――それでもルナシアやおでん、御庭番衆にはバレバレであったが――おでんの家臣である錦えもん達も仰天した。

 

 同時に霧が出てきて、ひぐらしとせみ丸の2人を包み込んだ。

 この霧はルナシアの能力によるものかもしれないが、たとえそうであっても霧を出したところでどうするのだ、とひぐらしは思い、周囲を警戒する。

 

 近づいてくるときに音や匂いなどそういったものは誤魔化せない。

 

「……せみ丸、油断するんじゃないよ」

「おう。バリバリの術がある限り、攻撃は通用せん……」

 

 2人は背中合わせになりながら、いつでもこいとばかりに闘志を燃やす。

 しかし、それは無駄な努力に終わった。

 突如2人は激痛を感じ、そのまま地面に崩れ落ちた。

 

 混乱する2人は己の身体を見て驚愕した。

 2人の胸の部分、ちょうど心臓があるあたりを腕に貫かれていた。

 その腕はまるで霧から直接生えているかのようで、腕の先にはあるべき筈の身体が存在していない。

 

「本来なら冥土の土産に教えてあげるべきでしょうけど……私はケチなので、お土産はないわ」

 

 響き渡るルナシアの声を聞きながら、ひぐらしとせみ丸の意識は暗転した。

 そして霧が晴れていき、ルナシアもまた姿を現す。

 

 康イエ達はさっぱり訳が分からなかった。

 霧が晴れたと思ったら、ひぐらしとせみ丸が心臓のあたりをぶち抜かれて倒れていたからだ。

 

 だが、過程はともあれ結果が全てだ。

 康イエは御庭番衆に命じ、すぐさま2人が死んでいるかどうかを確認する。

 

「両名とも間違いなく死んでおります」

 

 その報告に康イエとルナシアは安堵の息を漏らす。

 

「あとはオロチだけだが……向こうも心配なさそうだな」

 

 八岐大蛇は首が幾つか斬られたり潰されたりしており、残った首の回りを飛び跳ねるおでんの姿が小さく見えた。

 

「念には念を入れて近くで待機しておくわ」

 

 康イエの言葉に対してルナシアはそう答え歩み出したが、すぐに杞憂であったと思い直す。

 オロチの残っていた首をおでんが斬り飛ばしたのが見えた為に。

 とはいえ、イタチの最後っ屁みたいなことをやらないという保証はない。

 オロチが死体となるまで警戒を怠ってはいけない、とルナシアは気を引き締める。

 その後に彼女はおでん、康イエと共にオロチの生死確認に立ち会い、完全に死亡が確認されるとようやく肩の荷を下ろしたのだった。

 



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彼女の望み

 黒炭家による策略を阻止したとして、ルナシアはスキヤキより褒美を賜ることになった。

 そこでスキヤキ達は驚くことになる。

 

 彼女は交易をして欲しいと頼んできたのだ。

 それ以外にも正規ルートでの入国を認めて欲しいとか、ワノ国の空いている土地に屋敷を建てたいとか自分を鍛えて欲しいとかそういうものばかりで、スキヤキが予想していた海賊らしい財宝の要求だとかそういうものは一切無かった。

 更にルナシアはワノ国が鎖国している事情を考慮して、開国はしなくてもいいから交易してくれるだけでいい、と頭を下げてみせた。

 

 おでんは開国はしなくても云々というところに不満げな顔を見せたが、すぐにニンマリと笑い、彼もスキヤキ達の説得に回る。

 碌でもないことを企んでいるのは丸わかりであった。

 

 しかし、大恩あるとはいえルナシアは海賊である。

 それもロックス海賊団は世界政府と海軍へのテロ活動を主としている。

 そこらも彼女は要求を出した後に説明したが、おでんが誰よりも早く理解を示し、提案した。

 

 ルナシアにワノ国周辺の海を縄張りにしてもらって、面倒な連中を遮断してもらえばいいだろう――

 

 そのおでんの言葉がきっかけとなり、スキヤキ達はあることを思いつき、ルナシアに提案する。

 要求を全て受け入れるが、代わりにワノ国を付け狙う外敵がいた場合、一緒に対処して欲しいというものだ。

 海賊に限定していないところがミソであり、世界政府と海軍が敵としてやってきた場合も含まれていることが暗に示されている。

 ルナシアとしても世界政府や海軍との敵対は今更のことであったので快諾し、それなら同盟を結ぼうと提案し、スキヤキ達は承諾した。

 

 世間一般的に悪人であるルナシアだが、そんなのは今更である。

 札付きのワルであった連中を飼い慣らし、配下とするのはおでんの得意とするところだ。

 彼が手綱を握ってくれるなら大丈夫だとスキヤキ達は判断し、決断したというわけであった。

 

 

 そして、ルナシアはおでんの家臣でもあったので――本人は再び相談役と言い張っている――彼女は刀ができるまでの残りの日々を実務を行いつつ、鍛錬に精を出す。

 

 何分、鍛錬相手には事欠かない。

 おでんや錦えもんをはじめとした家臣達、白舞をはじめとした各地の侍達、果てはおでんが仲良くしているという裏社会の連中にルナシアは片っ端から相手をしてもらった。

 

 彼女が身を以て分かったこと、それは侍達やワノ国の裏社会の連中が半端なく強かったこと。

 特におでんはロックス海賊団でも実力的に十分やっていけそうであり、ニューゲートあたりと気が合いそうな予感がルナシアにはあった。

 とはいえ、口に出せばおでんはそういうことには地獄耳で、連れて行けと言い始める為、絶対に口には出さなかった。

 

 一方、内政面ではルナシアは治水と開墾、そして商業の振興や医学などの学問の発展に尽力する。

 彼女は刀が出来上がるまでの残る数ヶ月程度ではほとんど進捗しないと考え、5年単位・10年単位で予算を組み上げ、またおでんと共に康イエら他の大名やスキヤキにも協力を仰いだ。

 知識を持った文官が九里には圧倒的に不足しており、ルナシアも前世でその手の専門家というわけではなかった為、それを補う必要があった。

 

 おでんにとって文官は堅苦しい輩ばかりでソリが合わない為、渋い顔であったが、九里の為に我慢した。

 もっとも実際に文官達の指揮を執り、各方面との折衝や色んな計画の立案等を行ったのはルナシアだった。

 ロックスに交渉の仕方も教えられ、また実際に海賊団の副船長として商人相手に実践したことが有利に働いた。

 しかし、それだけではない。

 

 ルナシアは根回しを重視し、どんな相手にも頭を下げることと感謝の言葉を述べることを厭わなかった。

 それが良い結果をもたらすことになる。

 

 黒炭家という単語こそ出ていないが、内乱を起こそうとしていた者達がおり、国外からやってきた彼らの情報をルナシアが提供し、光月おでんと共に打ち倒したということは瓦版にて民衆に広く知らされている。

 そんなルナシアが誰にでも頭を下げて協力をお願いする――その謙虚な姿勢に民衆は心を打たれた。

 

 そして、それは彼女を従えているおでんの評判を上げることにも繋がっていく。

 

 そんな中でルナシアは手元に残っていた20億ベリーを個人的な趣味と実益を兼ねた事業に使用することにした。

 

 

「孤児院を建てるから土地を頂戴。計画書とかは既に作成してあるから……」

「おうとも。構わねぇぞ! 好きなだけ持っていけ!」

 

 ルナシアの言葉を特に考えることもなく許可を出すおでん。

 相変わらず心配になってしまうが、彼女としては好都合だ。

 しかし、筋は通しておく必要がある。

 

「ワノ国中の孤児達を集めて、私の孤児院で教育する。資金は私が持っている金塊を使う。もしもその中で私についてきたいって子がいたら、将来的に私の部下にしたい」

 

 ルナシアの言葉におでんは顎に手を当てる。

 

「うーむ……お前は将来的にはロックスから独立して、国を持つような海賊になるんだろ? ならまあ、別にいいんじゃねぇか? 同盟国みたいなもんだし」

「……あなただけじゃ不安だからスキヤキ様と康イエ様にも許可を取っておくわ」

「おいコラ、それはどういう意味だ?」

「そのままの意味よ」

「上等だぁ! 表ェ出ろ!」

「あ、仕事があるので」

 

 ルナシアはそう言ってそそくさと逃げた。

 仕事と言われてはおでんも追うわけにも行かない。 

 

「そういや最近、菊の丞が妙にルナシアに懐いているな……」

 

 黒炭の一件後、ルナシアから手を出したらしく、最近では菊の丞と一緒に風呂に入ったり寝たりするらしい。

 年齢差があることから、仲の良い姉弟にしか見えないが、そんなものではないだろう。

 

 イゾウも察しており、2人の仲を祝福するつもりらしいとおでんは小耳に挟んでいた。

 勿論、おでんもそうなったならば当然祝福するし、菊の丞が家臣を抜けてルナシアとの道を歩むならばそれもまた良し。

 というよりも、自分も外へ連れて行くよう要求するつもりだ。

 ワノ国では大名であるが海でそんな肩書なんぞ意味がない。

 ならばいっそのこと、ルナシアの下で海賊をやるのも楽しそうだ――

 

「何はともあれ、めでてぇめでてぇ……」

 

 そう言って、おでんは笑うのだった。

 

 

 

 

 

「ルナシア様、孤児院の件はどうでしたか……?」

 

 ルナシアは自身の部屋へと戻るとそこには菊の丞が待っていた。

 

「バッチリよ。でもおでんだけだと不安だから、スキヤキ様とか康イエ様にも話を通しておくわ」

 

 すると菊の丞は満面の笑みを浮かべてルナシアへ飛びついた。

 そもそも孤児院を作ろうと思ったのは彼女が彼の過去を聞いたことにある。

 それなら孤児院を開いて教育して、自分についてくる子達を育成すればいいのではないか、と考えた。

 勿論、黙ってやると後々問題となる為、おでんに話したようにスキヤキ達にも同じ話をするつもりだ。

 なお菊の丞には最初に説明をしてあり、彼はそれを受け入れている。

 

「お菊、私はあなたが欲しい」

 

 ルナシアは幼い菊の丞を抱きしめながら、そう耳元で囁く。

 その甘い声に抗う術を彼は持たない。

 これまで何度もこのように声を掛けられ、彼女の願いに答えることはおでんの家臣を抜けるということに繋がり、心苦しいと思ったことは幾度もある。

 しかし、あることに気がついたことで楽になった。

 

 彼女の為に刀を振ると決めたところで、彼女も結局のところおでんの家臣。

 どちらにしろトップにいるのはおでんであることに変わりはなく、またルナシアはそもそもワノ国と同盟を結んでいる。

 そして彼女はワノ国をとても気に入っており、非常に馴染んでいるのは誰の目にも明らかだ。

 

 

 ルナシアと共にいたとしても、ワノ国やおでんと敵対するという可能性は皆無に等しかった。

 

 故に自分の心を優先したところで、罰は当たるまいと幼いながらも思っていた。

 

 菊の丞はルナシアの誘いにいつものように答える。

 

「あなたについて行きます……ずっとお傍に……」

「お菊、ありがとう」

 

 そう言って彼の頭を撫で始めるルナシアであったが、菊の丞はそれが心地良かった。

 そこで扉が叩かれる。

 ルナシアが問いかければ天狗山飛徹の使いが来ているという。

 

「ルナシア様、おめでとうございます」

「ええ、ありがとう」

 

 菊の丞にそう返しながら、ルナシアはウキウキ気分で彼を連れて使者へ会いに向かった。

 

 

 



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身の振り方

「久しぶりに帰ってきたんだけど……知らない顔も多いわね」

「そう言いながら、知らない連中をぶっ殺してんじゃねぇよ」

 

 ニューゲートのツッコミにルナシアはけらけら笑う。

 ロックス海賊団はその性質上、入れ替わりが激しい。

 9ヶ月もいなければ一部の連中を除いて、ルナシアの知らない奴ばかりであったし、相手側もルナシアのことを知らなかった。

 刀の作成期間は6ヶ月程であったのだが、刀の扱いに慣れる為に滞在期間を3ヶ月程延長した為だ。

 なお、さすがに菊の丞を連れてくるわけにもいかない為、彼はワノ国に置いてきた。

 色々と終わったら迎えに行くという約束をルナシアはしてあった。

 

 ともあれ、知らない連中がいれば不幸な衝突が起きてしまうのも仕方がない。

 

「ジハハハ……強くなって帰ってきやがって」

 

 一連の戦闘を見ていたシキはそう評価する。

 それにはニューゲートも同意するところであり、全体的に強さが底上げされていた。

 立ち回りから駆け引き、動きのキレなど9ヶ月前とは雲泥の差だ。

 しかも、それでもかなり抑えていることが見受けられる上、刀を抜いていなかった。

 

「それでその腰にあるのがお前の刀か?」

「おうおう、師匠に見せてみやがれ。良いものだったら貰うがな! ジハハハ!」

 

 興味津々といった様子でルナシアの腰に吊るしてある鞘に入った刀へと視線を向ける2人。

 そんな彼らにルナシアは告げる。

 

「ヤダ。そんなことよりも、ロックスに挨拶をしてくるから」

 

 ルナシアの言葉に舌打ちをするシキとニューゲート。

 そんな彼らを放置して、彼女はさっさと船長室へ向かった。

 

 

「帰ったわ」

「おう。首尾は?」

「事前に報告した通り、上々ね。落とし前はつけたし、ワノ国で私の評判は上げてきた。あと交易の許可とか色々貰ってきた。刀もできたから……」

 

 ロックスは獰猛な笑みを浮かべてみせる。

 

「お前に任せて良かった」

 

 もしもルナシアがいなかったならロックスはひぐらしを利用し、彼らの御家再興を支援することでワノ国から利益を引っ張ろうとしたかもしれない。

 しかし今回ルナシアのお手柄により、彼女を通せばワノ国から武器や海楼石、その加工品を堂々と入手できる。

 世界政府及び海軍にとって、これほどの恐怖もないだろう。

 

 

 

 

 ロックスがルナシアに任せたのは飛行能力があるから、というだけではない。

 彼女は他の連中と比べると、遥かに人当たりがよい。

 スラム街で生まれたとは思えない倫理観・価値観を持っていることをロックスは見抜いていた。

 

 

「刀を手に入れたばかりのお前にとっちゃいらんかもしれんが、褒美をくれてやる」

 

 そう告げて、ロックスは壁に立て掛けてあった大きな布で包まれたモノを掴んで、ルナシアへ差し出した。

 彼女はそれを受け取って、布を取り外してみる。

 そこにあったのは黒い太刀であった。

 全長は2m近くあり、ルナシアの背丈よりも少し大きい。

 

「最上大業物の一つ、黒刀・夜だ。その名の通りに刃は黒く、武装色の覇気を纏わせているかどうかを判別しにくくできる」

「カッコいい……」

 

 目を輝かせて夜を見つめるルナシアにロックスは笑ってしまう。

 

「お前の腰にある刀が浮気をするなと怒り始めるぞ?」

「大丈夫、平気平気」

「まあ好きにしろ。で、お前の刀、銘は何にしたんだ?」

「アレコレ悩んだんだけど、シンプルなものになったわ」

 

 ルナシアはそこで一拍の間をおいて告げる。

 

「銘は黄泉にしたわ。明鏡止水からとって、冥境死垂とかにしようとしたけど、全力で止められた」

「黄泉で正解だな。それはそうと数ヶ月以内にゴッドバレーを潰す」

「天竜人のリゾート島だっけ? そこって」

「そうだ。ギリギリまで他の海賊団を傘下に収める」

「私がいない間、海賊団を傘下に入れていたの?」

 

 ルナシアの問いにロックスは頷く。

 

「ウチの戦力は足りる? 天竜人に手を出すとなると、海軍はマリンフォードがすっからかんになるくらいに戦力を出してくるわよ?」

「傘下の連中は数だけは多い。多少の時間稼ぎにはなるだろう」

「敵戦力漸減の為、事前にマリンフォードを襲うというのはどうかしら?」

「俺も考えたが、なるべく戦力の消耗は避けたい。ゴッドバレーを襲い、慌ててやってくる海軍の主力を撃破したい……そうすれば好き放題できる」

「ゴッドバレー襲撃は海軍主力を誘き寄せる餌で、本当の目的は海軍と決戦をするってこと?」

「そういうことだ」

 

 ロックスの考えにルナシアは思考を巡らせる。

 

 海賊は海軍に比べて戦力の補充が難しい。

 志願者が多くいる海軍と比べて海賊になりたい奴は圧倒的に少数であり、消耗戦になれば不利であることは明白だ。

 負ければ後がないのは自分達であり、海軍側は時間を掛ければ戦力を何回でも再建できる。

 

 海軍の戦力が各地に分散していることで局地的に有利に立つことができ、それによって圧倒してきた。

 だが、ゴッドバレーで決戦を行うとなれば話は全く変わってくる。

 決戦をする為には海軍にも戦力を集結してもらう必要があるのだが、それは将官の大半が集結するという意味でもある。

 集結した多数の将官達が戦死するか再起不能になれば、ロックスの言う通りに好き放題できるのは間違いない。

 そして海軍が戦力の再建を終えるまでに年単位の時間が掛かる為、その間にロックスは計画を完遂し、世界の王になることができる。

 しかし、そんなうまくいくわけがないとルナシアは思う。

 

 三大将を筆頭に綺羅星の如き将官達。

 またセンゴクやゼファー、ガープなど中将であるにも関わらず大将クラスの実力を持つ者もいる。

 そういった者達が集結すると考えれば、ロックス海賊団とその傘下の海賊達など屁でもない。

 

 

 太平洋戦争末期のレイテとか沖縄よりも戦力比が酷いことになりそう――

 

 そんな前世の歴史を思いつつ、彼女は告げる。

 

「……大博打だわ」

「だが、一番勝率が高い。それに、これまでの活動で各国には世界政府に対する不信感を植え付けている……ゴッドバレーだけ勝てばいい。そうすればあとは坂道を転がるように、一気に情勢はこちらに傾く」

 

 その言葉にルナシアは察する。

 ロックスとて分かっているのだ。

 短期決戦でなければ世界政府と海軍を倒せない、と。

 

 今はまだシキ達は儲け話で得られる利益を信じて従っているが、元々誰かの下につくような連中ではない。

 あまり長引くと彼らは離反するか、最悪の場合では海軍と手を結んでロックスを消しにくるだろう。

 

 ロックスは戦闘力もカリスマ性も頭の良さもピカイチだが、そんな状況になったら勝てるわけもない。

 

 ルナシアの不安を感じたのか、ロックスは不敵に笑ってみせる。

 

「俺は勝つぜ……地獄みてぇなところに付き合ってくれ」

 

 その言葉にルナシアは苦笑しつつ、言葉を紡ぐ。

 

「ロックス、私はこれだけは絶対にやらないって決めているものがあるわ」

「それは何だ?」

「裏切りよ」

 

 その答えにロックスはゲラゲラ笑いながら、ルナシアの頭に手を乗せて髪をワシャワシャと撫でる。

 

「破れかぶれになって海賊船に忍び込んでいたガキが、一丁前の口をきくようになったな」

「うるさいー! 少しばかりはそういうことを言ってもいいじゃないの!」

「ああ、好きにしろ」

 

 ロックスは笑いながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ルナシアが帰還して1週間程が経った日のことだ。

 ニューゲートが彼女を自室に招き、単刀直入に尋ねた。

 

「ルナシア、身の振り方はどう考えている?」

 

 彼の言わんとしていることが彼女にはよく分かる。

 故にルナシアは胸を張って答えた。

 

「裏切りだけはない」

「……いくらお前でも死ぬぞ。海楼石ならお前の不死身を封じることができるだろうしな」

 

 ルナシアの言葉の意味を正確に読み取り、ニューゲートはそう答える。 

 

「シキとリンリンにも同じことを言われた」

「……俺は3番目だったか」

「そういうこと。結末は見届けたい」

「戦力差を分かった上で言っているか? 傘下の海賊共はアテにはならんぞ? すぐ逃げ出すのがオチだ」

「ええ。糞ったれで最悪な戦場になるでしょうね……それでも裏切りはしない。決して」

 

 揺るがない決意を示すルナシアにニューゲートは笑う。

 

「他の連中にお前の爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ」

「それはそうとして、逃げたり裏切ったりを止めはしないけど……変なタイミングでやらかしたら、戦うのにビビって逃げ出したもしくは裏切った臆病者って言い続けるから」

 

 地味に嫌なことをしようとする彼女にニューゲートは溜息を吐きながら告げる。

 

「海軍はこっちの戦力を分断してくるだろうよ。その上で1人に対して中将を10人くらいぶつけてくるかもしれん」

「ありえるから怖いのよね……」

「もっとも、さすがに他の海賊がちょっかいを掛けてくることはないだろうが……」

 

 他の海賊という単語でルナシアはロジャー海賊団が頭に浮かんできた。

 ロックスが言うには船長のロジャーは自由奔放で、恐れ知らず、良い意味でバカとのことで、彼がそこまで敵となった相手を評価するのも珍しい。

 ロジャー海賊団は傘下に入ることを断り、何度か戦ったそうだが、それはルナシアがいない間に起きたことだ。

  

「ロジャー海賊団ってどうなの?」

「船員の実力も度胸も十分。だが、船長のロジャーは自由過ぎる……無茶苦茶な奴だ」

「面白そうとかいう理由で碌でもないことをしそう」

「俺もそう思う……何でだろうな、ゴッドバレーの決戦に横から割り込んでくる予感がする……」

「奇遇ね、私もそんな気がする……まあ、考えても仕方がないんだけどね」

 

 ロジャー海賊団を潰すとなると、時間を浪費することになるのでそれもできない。

 既にゴッドバレーの戦いの為、ロックスは動き始めていたからだ。

 ルナシアも彼からワノ国より武器や物資を調達してくるよう命じられている。

 

 といっても、作戦自体は簡単だ。

 ゴッドバレーを急襲し、滞在している天竜人達を始末。

 海軍が差し向けてくる戦力を傘下の海賊達と共になるべくたくさん撃破しながら逃走するというもの。

 

 ゴッドバレーの警備は厳重だが、突破できるだけの戦力が今のロックス海賊団にはあった。

 

「あ、そうだ。バッキン達を船から降ろしておかないと……さすがに彼女達を付き合わせるわけにはいかないし」

「ああ、そうしとけ。今ならまだ逃げ出したという形にできるからな……奴らの為にも死ぬんじゃねぇぞ」

 

 ニューゲートの言葉にルナシアは大きく頷きつつ、尋ねる。

 

「ところでニューゲート。将来、私が独立したらウチに来ない?」

「お断りだアホンダラ」

「シキとリンリンにも断られたのよね……どっかで恩を売って、それを盾に引き入れるしかないかな」

「恩の押し売りはやめろクソガキ」

「絶対あなたとシキは引き入れてみせる。リンリンは配下にすると面倒くさそうだからどっちでもいい」

 

 ニューゲートは首を傾げる。

 

「お前、リンリンと仲は良いだろ? お前の部屋に入り浸っているときもあるし……」

「色々と深い仲ではあるけれど、あれが食べたいこれが食べたいとうるさいのよ。まあ、食堂から持ってくるんだけどさ」

「女同士ってことはさておいて……盛りのついたガキだな」

「リンリンは美人だから、そうならないのは彼女にとって失礼なのでは?」

「明らかに見えている罠だろうが」

「見えている罠でも引っかからないといけないときがあると思う」

 

 ニューゲートは肩を竦めてみせる。

 

「で、お前の将来の嫁達とはどうなんだ?」

「良好な関係だわ。色々とこう……仕込んでいる」

「変態め……」

「何とでも言うがいいわ。自由にやらせてもらうのが私のモットーなので」

 

 そう言って胸を張るルナシアにニューゲートは舌打ちをする。

 

 ロックスめ、ルナシアに変なことを吹き込みやがって――

 

 ロックスの影響を受けてか、基本的にルナシアは自由にやっている。

 自重という言葉を彼女は知らないのだが、それはこの船における大抵の者がそうであった。

 むしろニューゲートがこの海賊団の中ではある意味で一番常識的である可能性すらある。

 そんなロックス海賊団の常識人である彼は告げる。

 

「俺も将来は海賊団を結成するが……うちの連中には手を出すなよ」

「時と場合による。本人の気持ちが大事だと思うの」

 

 ルナシアの答えにニューゲートは深く溜息を吐くしかなかった。

 

 

 

 



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ゴッドバレー

 朝焼けの中、ゴッドバレーは静寂に包まれていた。

 島の周囲は海軍の軍艦が取り囲んでおり、蟻一匹這い出る隙間も無い程だ。

 

 それもその筈で、昨日から天竜人の団体客が観光に来ているということもあり、いつも以上の警備体制が敷かれていた。

 だが、そんなものは意味などなかった。

 

 なぜならばシキのフワフワの実で船は空から島へ突入したが為に。

 

 瞬く間に警報が鳴らされる中、ルナシアはゾクゾクしていた。

 朝日を背に空から奇襲攻撃っていいもんね、と思いながらの武者震い。

 

 程なくしてロックス海賊団は船ごと島内へと降り立つ。

 そこからは事前に定められた通りに行動するのだが、ロックスが天竜人を殺害している間、船を護りつつ島内外にいる海軍を攻撃するというがルナシア達の役目だ。

 傘下の海賊共もほぼ同時に外海より海軍へ攻撃を開始することになっている。

 

 1人1人相手にするのも面倒くせぇ――そういう意見でルナシア達は一致していたので、戦うまでもない輩にはご退場願うことにした。

 

 その覇気を扱えるのは数百万人に1人とかいう割合であるのだが、ロックス海賊団には扱える者が多くいたのが、即応した島内の海兵達にとって悲劇であった。

 

 攻め寄せる海兵達は発せられる覇王色の覇気にあてられて、一戦も交えることなく倒れていく。

 

 数多の海兵達が倒れ伏して、足の踏み場もない状態になったが、その覇気を受けても平然と歩んでくる者達が存在した。

 

「やはり使えたか……」

 

 センゴクはそう言いながら、睨みつける。

 覇王色の覇気を出しているのは5人。

 ニューゲート・シキ・リンリン・カイドウの4人は過去の戦いから使えるのが分かっている。

 カイドウが見習いらしいという情報を聞いたときの驚きは今でも記憶に鮮明に残っている。

 

 センゴクにとって腑に落ちたのはルナシアもまた覇王色の覇気を使えることであった。

 ロックス海賊団No2である彼女が扱えないわけがない。

 

 一時的にロックスのところから彼女が消えたとき、全力で海軍は捜索にあたったが、手がかりすら掴めなかった。

 

 幸いにも、これまでは将官が出てきたら退いていた彼女が今回は退かない。

 戦う意志があるのだろう。

 

「……あれ? 大将達はロックスに回しているからいないんだろうけど……ガープとつるは?」

 

 センゴクは渋い顔となる。

 

 俺がロックスをぶっ飛ばしてくる――

 

 そんなことを言いながら、止める間もなく待機場所から飛び出していったガープ、彼の抑え役としてつるが後を追っかけたという事情があった。

 

「ロックスのところへ向かった。念の為におつるさんをつけてな」

「実力はあるんだけど、我の強い部下って使いにくいわよね……」

 

 分かる分かる、とウンウン頷くルナシアにセンゴクもまた察してしまう。

 我の強い連中ばかりが集まっているのがロックス海賊団だ。

 彼女も副船長という立場であるが故に色々と苦労しているのだろう。

 

「ジハハハ! 我らが副船長にそんな迷惑を掛ける奴なんていたか?」

「さぁ、おれは知らないねぇ。副船長とは仲良くやっているからさ」

 

 シキとリンリンの言葉にニューゲートが溜息を吐いた。

 それによりセンゴクだけでなく、他の将官達も察した。

 

「何でお前はロックスの副船長なんてやっているんだ……?」

「行く宛が無かったので、まあ色々と……それよりもいいの? こんなに戦力を集めちゃってさ」

 

 ルナシアの問いに揺さぶりか、と身構えるセンゴク。

 

「私は9ヶ月くらい船にいなかった。どうやらあなた達は消息を掴めなかったみたいだし……教えてあげましょう」

 

 ルナシアは妖艶に微笑みながら、ゆっくりと告げる。

 

「エニエス・ロビー、マリンフォードなどの政府機関や海軍基地……あなた達、ちょっと平和ボケなんじゃないの?」

「その手には乗らんぞ。別働隊がどうとか言うつもりだろう? あいにくと対処できる戦力は用意してある」

 

 センゴクの答えにルナシアはくすくすと笑い、手をひらひら振ってみせる。

 

「そうじゃないわ。私が船から降りている間、ちょっとしたプレゼントをあちこちに置いてきたのよ。海賊らしく見つけにくいところにね」

 

 ルナシアの言葉の意味をセンゴク達は察し、どよめきが起こる。

 傍にいるニューゲート達も驚いた顔でルナシアを見つめる。

 

「爆弾でも仕掛けてきたのか? どうやって起爆する?」

「電伝虫を使ってアレコレとね。嘘だと思うならやってみせましょうか?」

 

 そう言ってルナシアは懐をまさぐり、電伝虫を1匹取り出した。

 それは海賊が持っている筈がない、ゴールデン電伝虫だった。

 ただ微妙に色合いが違う気がするが、バスターコール発動用のものではないからだとセンゴクらは判断する。

 

「バスターコールみたいに、殻にあるボタンをポチッと押すと面白いことになるわ」

 

 その言葉にセンゴクはすぐさま手近な者に命じ、電伝虫にて各地へ爆弾が仕掛けられていることを連絡させる。

 センゴクは怒りの表情を浮かべ、ルナシアをきつく睨みつける。

 

「やってくれたな……!」

「……将官達をそっちへ派遣したほうがいいんじゃない?」

「まずはお前達を倒してからだ。天竜人が集まる時、お前達はここを襲うだろうことは予想がついていたからな……」

 

 センゴクの言葉と共に、集った数多の中将以下の将官達は戦闘態勢を取る。

 

「じゃあ、押しちゃおう」

 

 

 ルナシアは躊躇うことなくゴールデン電伝虫の殻にあるボタンをポチっと押した。

 するとゴールデン電伝虫のあちこちから噴水のように小さく水が吹き出し、ポンという音と共に扇が出てきた。

 

 扇には『馬鹿め!』と書かれていた。 

 

 

 

 

 誰も彼もが呆気に取られてしまい、沈黙が訪れる。

 その様子にルナシアは満面の笑みで叫ぶ。

 

「引っかかったな! バーカバーカ!」

 

 その言葉でようやく誰もがただの嘘であったことを悟った。

 怒りに震えるセンゴクら――しかし、その中で1人、大爆笑をしている将官がいた。

 一斉に敵味方の視線を独り占めにするが、その将官だけでなく、彼の周囲にいる将官達も笑っていた。

 例外なく帽子を目深に被っており、顔が見えない。

 

 そして、彼らはセンゴクが怒鳴りつけるよりも早く、前へと躍り出た。

 

「面白いガキだな! どうだ? 俺の船にこねぇか?」

 

 そう言いながら彼と彼に従った将官達は帽子を取った。

 彼らが誰かは敵も味方も知っている。

 

「ロジャー海賊団!? いつの間にすり替わった!」

「ロックス達が来る1時間前だぞ。面白い祭りがあるって聞いたんだ、俺も混ぜろよ。とりあえず俺はロックスのところへ行く! ルナシア! 待ってるからな!」

 

 彼は言いたいことを言って、離脱していった。

 

「うちの船長はいつもああなんだ。諦めてくれ」

 

 そう言いながら、得物を抜くレイリーにルナシアは肩を竦めてみせる。

 

「うちのロックスと似ているといえば似ているわね……方向性は違うけど自由過ぎるという点で」

「否定できんな」

 

 そんなやり取りを見ながら、ニューゲートが問いかける。

 

「急展開過ぎてよく分からねぇが……三つ巴ってことでいいのか?」

「そうなるな。だが、まあ後の世ではお前達を倒すべくロジャーが手を組みたいと海軍に願い出たとか都合のいいことを政府も海軍も書くだろう」

 

 レイリーの言葉にシキが笑い、告げる。

 

「ならば、どちらもぶっ殺せばいいだけだ。逃げれば殺さないでおいてやるぞ、レイリー」

「そいつはできない相談だな、シキ。それにうちの船長はルナシアに興味が出てしまったらしい。ああなると面倒くさいんだ」

「相変わらずムカつく野郎共だ」

 

 シキの言葉を聞きながらルナシアは己の得物を抜刀する。

 

 以前にニューゲートと話したような――ロジャー海賊団が割り込んでくる――展開だとルナシアは思いつつも、背中に背負った夜を抜いた。

 黄泉はまだ使わない。

 まずは広範囲の破壊に優れる夜でもって、敵を減らす。

 

「かかってこい! 相手になってやる!」

 

 その叫びと共に彼女は誰よりも早く駆け出した。

 

「副船長に続け!」

「遅れた奴は俺が殺してやるぞ!」

 

 ニューゲートとシキもまた叫びながら、彼女の後を追い、やや遅れてリンリンらも駆け出したのだった。

 なお、一番ウキウキしていたのはカイドウであり、彼にとって強者しかいないこの状況は最高であった。

 

 

 



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戦いの終わり

 数多の将官達を相手にルナシア以下ロックス海賊団の面々は奮闘していた。

 個々人の実力では拮抗もしくは圧倒しているのだが、あまりにも数が違いすぎた。

 

 とはいえ、海軍の戦力が多いことは不思議ではない。

 広大な海を海賊から守る為、必然的に海軍は世界に類を見ない程の巨大な武装組織であり、そこに属する将兵も膨大だ。

 兵の数が多くなれば指揮を執る将校もまたそれに伴って増大する。

 指揮系統の集約・明確化の為に大将は3人で、その上に立つ元帥は1人と限定されているが、中将以下の将官達はそれこそ二桁では到底収まらない程に存在する。

 

 そして、ゴッドバレーに集められたのは新世界の海賊共であっても対抗できる精鋭の将官達。

 

 センゴクは天竜人をロックス海賊団から守るという名目で、将官を引き抜けるだけ引き抜いていた。

 天竜人を守るというのは海軍側がどう思っているかはともかくとして、組織上は何よりも優先されるものであり、表立って異を唱えることなどできようはずもなかった。

 

 ロックスがゴッドバレーを狙わないという可能性もあったが、天竜人の団体客がゴッドバレーに来るのならばロックスが狙わない理由がないと考えたのだ。

 マリージョアよりもよほどにゴッドバレーの方が地理的にも手を出しやすい。

 

 そのような判断の下でセンゴクは動いていたのだが――予想外のことが起きていた。

 

 ロジャー海賊団の乱入は――まあいいとして、問題はロックス海賊団が予想以上に粘っていることだ。

 

「時間は我々にとって有利な筈だ……!」

 

 額から血を流しながら、センゴクはそう呟く。

 大仏となってロックス海賊団でもっとも厄介なルナシアと彼は戦っていたが、今は少し離れたところで怪我の手当をしてもらっていた。

 

 今、ルナシアと戦っているのはゼファーとレイリーのタッグだ。

 戦闘開始から少しの間、最上大業物の黒刀・夜と思しきものを振るっていた彼女だが、今は見慣れぬ刀を振るっている。

 特注で作ったか、あるいは世に出ていない最上大業物でも拾ってきたのか、出処はどうでも良かったが、夜を振るっていたときよりも動きが良い。

 なお、彼女の夜は船に放り投げて突き刺さった状態になっている。

 いくら何でもその扱い方はあんまりだとセンゴクは思うが、ルナシアからすれば敵である海軍に取られるよりはマシという考えかもしれない。

 

 

 

 だが、ルナシアは無傷というわけではなく―― 

 

 

「センゴク中将! アレは何なんでしょうか!?」

 

 手当をしてくれていた衛生兵はルナシアを指差して叫ぶ。

 医学の知識がある彼からすればあの状態で動ける人間がいることが信じられないのだろう。

 ルナシアの肩や胸、腹部に背中といったところには合計6本の海楼石製の槍が突き刺さっている。

 それらは彼女の再生能力を阻害し、夥しい血を地面へ垂れ流し続けている。

 

 レイリーはともかくとして、ゼファーの両手にあるのは海楼石を使ったメリケンサックだ。

 彼の強さも相まって、あんなもので殴られれば並の能力者など一瞬でミンチになる。

 

 普通なら動けるはずがない。

 だがルナシアは重傷を負いながらも戦い続けている。

 目まぐるしくあちこちを動き回り、その様子はまるで怪我などしていないかのようだ。

 

「化け物だ。だから、ここで潰さねばならん」

 

 センゴクは決意を新たに、気合を入れ直す。

 そのとき、レイリーとゼファーにルナシアは前後から挟まれた。

 剣と拳、それらは彼女の死角となっている位置から振るわれ――

 

 センゴクは思わず目を疑った。

 死角であったにも関わらず、彼女は避けた。

 ルナシアは軽く跳んで身体を捻って、レイリーとゼファーの攻撃は空を切ってしまう。

 

 あることにセンゴクは思い至る。

 口に出さなかった自分を彼は褒めたくなった。

 

 見聞色の覇気を鍛えに鍛えると、未来予知の領域に達するという。

 戦闘開始直後の彼女はこんな動きをしていなかったと彼は記憶している。

 

 答えは一つしかないが、納得がいってしまう。

 これほどの激戦、後にも先にもない。

 ならばこそ、戦闘の中で成長しない方がおかしい。

 ましてやルナシアは再生能力を封じられ、死の危機に瀕している。

 そういう状態に陥ると、限界という壁を越えやすくなる。

 

 不死身性を封じたが、そのおかげでルナシアが成長したと口に出してしまえばこちらの士気が急低下するのは間違いない。

 

 数で押し潰す――!

 成長されて、手のつけられないことになる前に――! 

 

 そう覚悟しながらセンゴクは戦闘に復帰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 勘弁してくれ――

 

 一方でルナシアはそんなことを思っていた。

 レイリーは自分を連れて行きたいらしく、センゴクとゼファーには攻撃せず、ただルナシアだけを狙った。

 センゴクとゼファーもここでレイリーまで敵に回すのはマズイと判断したようで、彼には攻撃を仕掛けていない。

 

 ニューゲートとシキとカイドウを敵に回して同時に戦うのよりはマシと思って、彼女は頑張っていた。

 なお、彼ら3人とリンリンは中将以下の将官達相手に互角か、やや優勢といった戦いを繰り広げていた。

 彼らは既に数十人は倒しているのだが、敵の数が減らない。

 他の船員達も伊達にロックスの船に乗り込んでおらず、敵とは互角といったところだろう。

 

 カイドウが満面の笑みで敵を殴り殺しているのを目撃したとき、ルナシアは彼を肉盾として使おうと本気で考えた。

 しかし、逃がさんとばかりにゼファーとレイリーが回り込んでくる為、近寄ることもできない。

 

 ルナシアにとって厄介であったのは海楼石製の武器だ。

 ワノ国と比べて海軍の海楼石の加工技術は劣るらしく、全体的に不格好で洗練されておらず、鋭利というよりも鈍らな穂先であるその槍をゼファーは片手で軽々と突き刺してくる。

 槍を突き刺しては殴って、槍を取りに戻ってまた突き刺して殴ってという繰り返しがゼファーの戦法だ。

 

 そこへレイリーやセンゴクが襲いかかってくるというどうしようもない状況だ。

 串刺しにされ殴られ斬られ、激痛に襲われながらも黄泉を振り回しつつ動き回る。

 

 足を止めた瞬間に殺されるとルナシアは直感していた。

 

 途中から敵の動きが未来予知みたいな感じで読めてきたが、こんなクソみたいな戦いならそのくらいのレベルアップはしてもらわないと困るというのがルナシアの心情であった。

 そんなときだった、レイリーが攻撃を止めて声を掛けてきたのは。

 

 

「私が言うのもなんだが……もういいんじゃないか?」

 

 このまま戦い続ければルナシアは死ぬ。

 レイリーからすると、ロックス海賊団のことを知れば知る程、何で彼女が副船長をやっているのかが不思議でならなかった。

 彼はちらりとセンゴクとゼファーを見る。

 

「センゴク、ゼファー。彼女を殺して彼女が食べた悪魔の実がどこかで生まれると面倒くさいことになるだろう?」

 

 レイリーの問いにセンゴクとゼファーもまた動きを止める。

 彼の言うことももっともであり、センゴク達もルナシアをなるべくなら生け捕りにしてインペルダウンにぶち込みたいというのが本音である。

 

「ここは間を取ってウチが引き取るという形で……」

「おい、どこが間を取っているんだ?」

「どさくさに紛れて何を言っているんだお前は……」

 

 センゴクとゼファーのツッコミにレイリーは朗らかに笑う。

 そんな彼らにルナシアは笑ってみせる。

 彼女の笑い声に3人は彼女へ視線を向けた。

 

「裏切りだけはしない。それが私の信念というやつよ」

 

 そう言って、ルナシアは黄泉を構えた。

 若干身体がふらつくが、まだ何とかなる。

 弱音を吐くよりも、こういうところでは敢えてカッコつけておいたほうが自分を奮い立たすことができる。

 故に彼女は激痛に苛まれながらも不敵に笑って挑発する。

 

「ブツブツ言ってないで、さっさとかかってこい。相手になってやる」

 

 そう言って中指を立ててみせるルナシア。

 レイリーは笑みを深め、センゴクは険しい顔で、ゼファーは感心したかのような顔で戦闘態勢を取ったが――

 

 

「おいやべぇぞ! ロックスが負けた!」

 

 そのときシキが叫んだ。

 彼はフワフワの実の能力で、空に浮かびながら斬撃を飛ばしつつ、島の中央で行われていた戦闘を見ていたが為に分かってしまった。

 

「寝言は寝て言え!」

「嘘じゃねぇって!」

 

 ルナシアの怒号にシキもまた言い返す。

 彼の言葉を裏付けるかのように、センゴクの下へ伝令が駆け寄る。

 

「報告! ロックスを討ち取りました! なお、島の中央部は被害甚大です!」

「だが、目的は果たした。あとは……」

 

 センゴクがそう言いかけたとき、別の伝令が血相を変えて駆け寄ってきた。

 

「報告! 滞在している世界貴族の方々より、バスターコールの発動要請です! 汚らしい海賊共を消し飛ばせとのこと! なお現在、センゴク中将以外に発動できる権限を有する者はおりません!」

「……さては何かをされたな」

 

 センゴクは冷静に判断する。

 発動要請とは言っているものの、実質的な命令に等しい。

 そして、元帥から権限を与えられているセンゴク以外に発動できる権限を有するのは三大将であったが、伝令の報告を聞く限りではおそらくそんなことができる身体ではないのだろう。

 

 

 島中央部の被害は甚大だが、天竜人に被害が出たとは聞いていない。

 ならば彼らが大事にしている遺跡とやらをロックスに破壊されたことで、怒り心頭であるのかもしれない――

 

 島周辺海域に集まっている軍艦は本来のバスターコールに用意される大型軍艦10隻程度では済まない。

 天竜人の警備の為という名目でロックス海賊団とその傘下にぶつける為に、集結させてあった。

 センゴクには報告がまだ入っていなかったが、ロックス海賊団傘下の海賊達は島に近づくことすらできずに艦隊により撃破されていた。

 

 集結している軍艦を全て投入すれば、ゴッドバレーという島が跡形もなく消える程の砲撃を加えることができるだろう。

 

 とはいえ、センゴクにとって天竜人に顎で使われるのは癪であった。

 立場上、従わねばならないが色々と思うところはある。

 それはほぼ全ての海兵に共通したものだ。

 

 正義を志してきた志願者が天竜人の所業を目の当たりにし、それでも彼らを守護せねばならないとなったとき、精神を病んでしまう者も多くいる。

 海賊と天竜人、どっちが悪であるかと問われた場合、海兵としてなら即答できるが、一個人として即答できる者はいないだろう。

 

「……ゼファー」

「ああ」

 

 気心の知れた仲であるが故に、互いに言わずとも分かる。

 天竜人からの余計な茶々がなければこのまま押し潰せた筈だ。

 だが、連中の命令を無視することはできないし、異を唱えることなど以ての外。

 味方の負傷者を犠牲にする覚悟でバスターコールを直ちに発動したところで、敵が逃げるのは避けられない。

 命令が下ってから軍艦が砲撃開始をするまで僅かな猶予がある。

 それは連中が逃げ出すには十分な時間だ。

 

 センゴクは指示を下す。

 

「バスターコールを20分後に発動する! 総員退避! 全員連れて行け! 誰も残すな!」

 

 海兵だけでなく、まるで海賊達にも告げるように彼は叫んだ。

 レイリーは笑い、ルナシアは目を丸くしながら問いかける。

 

「いいの?」

「私は味方が巻き込まれるのを防ぐ為に決断しただけだ。お前達がどうしようが知ったことではない」

 

 踵を返して歩いていくセンゴク。

 ルナシアは笑みを浮かべながら告げる。

 

「あなたは二つ名の通り仏だわ」

「……出頭するならいつでも応じる。覚えておけ」

 

 センゴクはそう言って去っていき、ゼファーもまた彼に遅れて去っていった。

 2人を見送ってレイリーはルナシアに問いかける。

 

「で、どうするんだ?」

「とりあえず逃げる」

「じゃあ、休戦だ」

「了解したわ」

 

 ルナシアは槍が身体に刺さったまま、歩いてかろうじて原型を留めているロックス海賊団の船へと戻っていった。

 既にその船体が浮き始めつつある。

 シキが能力を発動させたのだろう。

 

「……いや、槍は抜いていった方がいいんじゃないか?」

 

 レイリーは思わずそんなツッコミを入れてしまったが、彼女には聞こえなかった。

 しかし、ここから彼らロジャー海賊団は一苦労だ。

 来る時は軍艦に忍び込んだのだが、帰りは自力で包囲網を突破して船に辿り着かなければならない。

 

 センゴクに見逃してもらった以上、軍艦を沈めながら帰るというのも筋が通らない為、うまくやらなければならなかった。

 

 



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伝説の終わりと新たな伝説の始まり

 

 

 船へ戻り自分に突き刺さっていた槍を全て抜いてもらったルナシアは、シキに離脱するよう伝えて、彼女は船からすぐに飛び降りて島の中央部へ向かう。

 空から一目で分かる程にあちこちクレーターだらけとなっており遺体が原型を留めている可能性は低かったが、それでも彼女はロックスの遺体を一部でも回収したかった。

 

 たとえ世界最悪の海賊であろうと、ルナシアにとっては教育してくれてメシを食わせてくれた恩人だ。

 

 

 

 幸いにもロックスはすぐに見つかった。

 

 ガープとロジャーが仰向けに倒れた彼の前で佇んでいたからだ。

 少し離れたところにはつるもいるが、他の海兵の姿は見えない。

 

 

「ルナシアか……」

「海賊が海軍に言うことじゃないけど、戦う意思はない」

 

 こちらに気がついたガープにそう答えながら、ルナシアはロックスの傍へ駆け寄って、膝をついた。

 

 ロックスは死んでいるかと思いきや、まだ微かに息があった。

 だが、素人目にも分かるくらいに致命傷で、今この場でできる限りの治療を施したとしても助からないだろう。

 

 彼女はロックスの耳元で聞こえるようにゆっくりと告げる。

 

「ロックス、私を育ててくれてありがとう。あなたには世話になった」

 

 するとロックスは聞こえたのか、血まみれの口元を歪めて笑ってみせる。

 

「クソガキが……言うようになった……」

 

 ロックスは最後の力を振り絞って、ルナシアの頭に手を置いてゆっくりと撫でる。

 

「お前との時間は……悪いもんじゃなかったぞ……」

「色々あったけど、私も楽しかったわ」

 

 ルナシアの言葉にロックスは咳き込みながらも告げる。

 

「さよならだ、ルナシア……好きに生きろ……」

「さよならじゃないわ。またいずれどこかで会いましょう。そのときは私が世界の王になっているかもしれない。覚悟しといて」

 

 ロックスはその言葉を聞いて、満足そうな笑みを浮かべて事切れた。

 ルナシアは溢れ出る涙を堪えつつも笑みを浮かべつつ、彼の身体を抱きしめる。

 

 一部始終を目撃していた3人のうちガープとロジャーは互いに目配せをし、声を掛けることを譲り合う。

 まだ猶予はあるだろうが、それでものんびりしている余裕はない。

 

「……ルナシア、ちゃんと弔いをしてやりな。海軍の私が言うことじゃないだろうけども」

 

 男共は頼りにならん、と思ったつるが口を開く。

 その言葉にルナシアは小さく頷きながら、彼の身体をひょいっと持ち上げる。

 

「それじゃ、お先に失礼するわ。看取らせてくれて、ありがとう」

 

 そう述べて彼女は駆け出して、あっという間に見えなくなった。

 

「あいつはロックスと似ているが違うことをやりそうだ。俺の仲間にしてぇが、全力で戦いてぇ……俺はどうすりゃいいんだ……?」

「お前、少しは空気読めよ……」

 

 ロジャーの言葉にガープはジト目でツッコミを入れながら、拳骨を作る。

 

「ここで俺に捕まれば悩むことはなくなるぞ?」

「あ、そいつはナシで」

 

 ロジャーはそう言うや否や、逃走を開始した。

 ガープは勿論、つるも彼を追うことはしない。

 手負いとはいえ、ロジャーを相手にするには消耗し過ぎてしまった。

 彼が見えなくなったところで、ガープが告げる。

 

「ありゃ強くなるぞ。将来、海軍にとって最大の脅威となる……じゃがなぁ……あんな場面を見せられると……俺は手出しできん」

「それが正解だよ。センゴク、ゼファー、レイリーの3人を相手に一歩も退かなかった彼女を私達だけで仕留められたとは思えないね」

 

 ロジャーのバカはどっちも攻撃しそうだし、と付け加えたつるにガープもまた頷く。

 そして彼は問いかける。 

 

「槍は抜かれていたが、傷の具合はどうだった?」

「出血は止まっていたね。報告によれば刺さっていたときは再生しなかったようだから……」

「能力者である以上、海楼石製の武器ならば有効だな」

 

 ガープの言葉につるは同意とばかりに頷いてみせ、彼女は告げる。

 

「ロックスを倒したけど……これからが大変なことになる。それは間違いない。というか、私達もさっさと逃げるよ!」

「バスターコールに巻き込まれちゃかなわんからな!」

 

 2人もまた走って逃げ出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ルナシアはガープ達が見えなくなったところで翼を展開し、空を飛んで船へと戻った。

 ちょうどその頃、バスターコールの為に観艦式でもやっているのかと思える程に多数の軍艦が島の周辺に展開し、砲撃を開始しつつあった。

 だが、空を飛ぶ船を追撃できる者はなく、悠々と戦場から遠ざかっていた。

 

 

「こんなときで悪いが、俺は抜けるぜ」

「おれも抜けるよ。あ、ルナシア。お前との友好関係は継続だからな。これからも仲良くしようぜ」

 

 シキとリンリンがそう言うが、特に止める者はいない。

 ルナシアは2人を含め居並ぶ船員達に告げる。 

 

「ロックス海賊団は彼の海賊団だった。私が後を継いだりはしないわ」

 

 彼女の実質的な解散宣言に異論を唱える者は誰もいない。

 

「とりあえず、どっか適当な島に着くまでは互いに殺し合いをしないという協定を結びましょう」

 

 ルナシアの提案にシキとリンリンも含め、全員が賛同する。

 船員の多くは討たれ、生き残った者達も例外なく消耗していた。

 ルナシアとて海楼石製の槍で刺された部分は表面的には傷が塞がっているが、内部の修復はいつもと違ってゆっくりとしたものだ。

 海楼石製の武器は自分にとって弱点と頭で分かっていたが、身を以て今回体験した形となった。

 

 もっと強くなる必要がある――

 

 彼女がそう思っているとカイドウが問いかけきた。

 

「ルナシア、お前はこれからどうするんだ?」

「色々と考えるわ。カイドウ、あなたは?」

「俺はもっと強くなる! でもって海賊団を作るぞ!」

 

 そう宣言するカイドウにルナシアは肩を竦める。

 何だか彼は単純な強さのみでのし上がっていきそうだ。

 

 見習いに抜かれるのは面白くない――

 

 ルナシアは絶対もっと強くなると決意しつつ、黙っていたニューゲートに声を掛ける。

 

「ニューゲート、私の海賊団に……」

「諦めていなかったのか、クソガキ。お断りだ」

 

 ルナシアは溜息を吐く。

 他の船員達からも海賊団を立ち上げるような声が聞こえ、友好関係にあるリンリンを除けば全員が敵という形になるかもしれない。

 

 ロックスを弔って、バッキン達を回収してから将来のことは考えよう――

 

 ルナシアはそう決めたのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴッドバレーにてロックス海賊団は船長と船員の多数を失った。

 ロックスが死亡したことで海賊団は解散し、世界政府と海軍、そして民衆は安堵したのだが――そこから程なくしてロックス海賊団に所属していた者達が名を上げ始める。

 元々大物であった者から無名であった者まで様々であった。

 民衆はロジャー、白ひげ、金獅子、ビッグ・マムといったビッグネームに恐れ、世界政府と海軍もまたそちらへの対処を優先していた。

 

 しかし、海軍上層部は訝しんだ。

 ルナシアがそこにいなかった為に。

 

 隠居したのか、それとも何かを企んでいるのか――行方が掴めないルナシアは不気味な存在であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新世界のとある海域にルナシアはいた。

 この海域には広大な島々が幾つも散在しており、ゴッドバレーでの戦いから3年という月日を掛けて彼女はようやく探し出した。

 

 

 拠点とするに相応しい場所を彼女は一から作ること――すなわち開拓を選んだ。 

 

 なるべく大きな島がたくさんあること、気候が比較的安定していること――その2つを拠点と定めるにあたって譲れない条件としていた。

 また情報によればどの島も猛獣達の巣となっている為、人がいる可能性は低い。

 実際に見聞色の覇気で探ってみれば獣の気配しかしなかったので情報は正しいだろう。

 

 

 強い海賊団という定義は色々あるが、ルナシア個人は経済力があることだと考える。

 

 様々な産業から莫大な利益を安定的に生み出し、それを背景とした経済力でもって多数の兵力を万全に訓練・教育し、全員に最新の装備・兵器を配備して運用する。

 それこそが強い海賊団であると彼女は確信していた。

 故に彼女は自分が好き勝手やる為、開拓という非常に時間と手間と金が掛かる道を選んだのだ。

 

 とはいえ、誰が聞いてもそんなことをするのは海賊ではないと断言するだろうし、彼女も薄々感じてはいる。

 

 

「……海賊らしくないわね」

 

 ルナシアは思わず呟いたが、すぐに思い直す。

 

「私の好きにやらせてもらう……それだけだわ」

 

 彼女は不敵に笑うのだった

 

 

 

 



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下準備

 新世界にある海軍のとある支部ではここ数年、変わった賞金稼ぎ達が出入りするようになっていた。

 どこが変わっているかというと、彼女達4人の年齢の低さにある。

 リーダーであるアマンドという少女は10代半ばであり、他のメンバーも彼女と同じくらいだ。

 

 しかし、その実力は確かでやって来るときは多数の棺桶を持ってくる。

 売れるものは全て剥ぎ取られていたが、死体の状態は非常に綺麗であり、心臓を一突きされ、殺されていた。

 

 数千万ベリーの賞金首だけでなく、億を超える者も彼女達は仕留めてくる。

 将来有望な凄腕の賞金稼ぎとして、この海軍支部では知らぬ者はおらず、海軍が払った懸賞金も累計すれば莫大なものとなっていた。

 

 基本的にリーダーのアマンドが海軍側とのやり取りをするのだが、彼女は必要なことしか話さず、用事を終えるとメンバー達を引き連れてさっさと帰ってしまう。

 

 ミステリアスな少女達は海兵達の興味を惹き、元帥直属の秘密エージェントだとか、とある大将の子供達で経験を積ませているとか根も葉もない噂で持ち切りであった。

 

 

 その正体を知れば彼らは自分達が賞金を渡してしまったことを後悔するだろう。

 

 

 

 

 

 

「アマンド、アッシュ、カスタード、エンゼル……お疲れ様」

 

 ルナシアは彼女達を労って、1人1人抱きしめて頬にキスをする。

 ご褒美に喜ぶアマンド達にルナシアは微笑みながら、離れたところで金勘定に勤しむバッキンに視線を向ける。

 

「いくらくらい?」

「事前の計算では今回は12億5000万ベリーだったわ。まだ途中だけど今回もちゃんと海軍は支払ってくれたみたい」

 

 ルナシアと出会った当時と変わらない容姿(・・・・・・・・・・・・・・)のバッキンはそう答えながら、妖艶に微笑む。

 

「ねぇ、ルナシア。そろそろ新作のバッグが出るんだけど……」

「はいはい、それも考慮してお金を渡すから」

「やっぱりあなたについてきて良かったわ」

 

 ルナシアの言葉にバッキンはそう答えつつ鼻歌を歌いながら、作業に戻る。

 ゲンキンな彼女にルナシアは思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 ルナシアは目当ての場所を見つけたはいいが、開拓に使える資金は皆無に等しかった。

 元々持っていた20億分の金塊をワノ国で孤児院の運営費用に充ててしまった為だ。

 また島を見つけるまではなるべく騒ぎは起こさないように、出会った海賊を殺して財宝を奪う程度に留めておいたという理由もある。

 

 さて開拓に限らずとも、世の中の大抵のことにはカネが必要だ。

 島を見つけたルナシアは金策に奔走することになったのだが――あることを思いついた。

 

 自分が賞金首を狩って、顔が割れておらず手配もされていないアマンド達に海軍へ届けてもらえれば賞金が貰えるんじゃないかと。

 

 試しに低額な賞金首で実行してみたら年齢の低さから疑われたものの、アマンド達が武装色の覇気を使って見せたらすぐに支払ってもらえた。

 ルナシアの為に役に立ちたい、と物心ついたときから自らを鍛え始めていた彼女達の思いが実を結んだ形だ。

 

 ルナシアはアマンド達をこれでもかと褒めまくり、以後お手軽で稼げる金策手段としてアマンド達は賞金稼ぎを演じることになった。

 彼女達も強くなっているとはいえ、新世界の海賊共を相手に回して一方的に勝利できるほどではない為だ。

 

 とはいえ、戦闘経験を積むためにルナシアは彼女達を賞金首との戦闘に連れて行っている。

 手下がいる場合は彼女達に手下の処理を任せることも多いが、基本的にルナシアの指揮下で戦闘は行われていた。

 ルナシアと戦える賞金首となるとかなり限定され、ロジャー海賊団や金獅子海賊団などの見知った連中ばかりだ。

 

 故にルナシアは簡単に賞金首を刈り取って、安全にアマンド達に戦闘経験を積ませていた。

 そしてこの合間にルナシアは見つけた島々に蔓延る猛獣達を倒して回っている。

 恐竜みたいなのやドラゴンみたいなのがいたときはちょっとびっくりしたが、彼女の敵ではなかった。

 

 

「ルナシア、金は集まってきたけど人や物資の手配はどうするの?」  

 

 バッキンの問いかけにルナシアは任せろと言わんばかりに胸を張る。

 

「一攫千金を夢見る連中をかき集めようと思っているわ。どんな種族や素性、経歴だろうが区別はするけど差別はしない」

 

 ルナシアはそう答えつつ、更に言葉を続ける。

 

「来る者拒まず、去る者追わずという精神でやりたいわ。たぶんそれが一番うまくいくと思う。海軍とか他の海賊のスパイとかそういうのは別だけど」

「それでもまずは最初に力を示しておいたほうがいいと思うわ。あなたのこと、世間は忘れ始めているし」

「ゴッドバレーから5年も経てばそりゃそうよね……」

 

 もう5年か、とルナシアは感慨深い。

 あの時のことは今でも鮮明に思い出せるし、ロックスとの会話も覚えている。

 

 好きにやる為の下準備は大変だけど、楽しいものよね――

 

 世界の王になる為に動いていた時もロックスはこんな気持ちだったんだろうか、とルナシアは思う。

 

「バッキン、金はまだまだ足りない。何事も始める時に費用が一番掛かるものだからね」

「……今、金庫に100億はありそうなんだけど?」

「桁が足りないわ。最低でももう1桁欲しいかな」

「新世界から海賊がいなくなるんじゃない?」

「新世界は広いし、安全に殺せる億超えもいっぱいいるから大丈夫。まあ、改心して私の傘下になりたいっていうなら、受け入れてあげてもいいかもね」

 

 ウィンクしてみせるルナシアにバッキンは思う。

 

 どうしてそういう発想になっちゃうのかなぁ――

 

 もっとも、彼女はルナシアがそう決めたのなら文句はない。

 

「ルナシア、物資の方は?」

「ちょっと伝手があるのよ。安心していいわ」

 

 自信満々にルナシアは答えるのだった。

 そして、この会話をした2週間後――彼女はワノ国に出向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おでん、ワノ国で食い詰め者がいたら貰っていっていい? あと色々な物資とか設備とか発注したいんだけど」

「おう! いいぞ!」

「いつも通りのおでんだわ……スキヤキ様に許可を貰いに行くから、一緒についてきて」

「おい、どうしてそうなるんだ?」

 

 おでんは納得がいかないとばかりに問いかけるが、ルナシアはけらけら笑う。

 

「ところで以前に立案した計画をしっかりと継続実行してくれて、ありがとう」

「うるせぇ。お前と文官達の計画をやっていったら、色々と良くなったからな……ところでルナシア、そろそろ俺を連れて行け」

「スキヤキ様と康イエ様が許可を出したら前向きに検討を始めるわ」

「それ、お前の断り文句だろ。前に聞いたのを覚えているぞ」

 

 ジト目で見つめるおでんにルナシアは笑ってみせる。

 

「ところで菊の丞はどうするんだ? お前のことを一日千秋の思いで……」

「え? 時折、会いに来ているんだけど」

「……知らんぞ」

「孤児院の様子を見に来た時、ちょうど良く彼も孤児院にいるから、そのまま2人で遊びに出かけたりするのよ。いわゆる逢引ってやつね」

 

 おでんはそう言われて納得する。

 菊の丞は家臣であるが、ルナシアとの逢引を報告する必要性はどこにもない。

 とはいえ、うまくいっているのならばおでんにとっても喜ばしいことだ。

 

「そのとき城に行っても良かったけど、おでん様には内緒でってお菊が言うもんだからね」

「そりゃそうだわな」

 

 おでんは頷いたところでルナシアは話題を変える。

 

「お菊、強くなっているわね」

「おうよ。ありゃお前の為に鍛えているようなもんだからな……お菊を不幸にしたら、俺がお前をぶっ飛ばすからな」

「望むところよ。といっても彼には色々と私のことについて説明して、同意してもらっているから」

「……何を説明したんだ?」

「そりゃもう色々と人前で口には出せないことよ……ところでその口ぶりからすると、あなたの家臣からお菊が抜けることは……」

 

 ルナシアの問いにおでんは頷いて肯定する。

 

「アイツがそう決めたんだ。俺はその意思を尊重する」

「やっぱりあなたって器がデカイわね」

「そんなに褒めるな!」

 

 豪快に笑うおでんにルナシアもつられて笑ってしまった。

 

 その後、彼女はスキヤキに許可を得るべくおでんと共に向かう。

 スキヤキはルナシアを歓迎し、すぐに面会に応じた。

 その場で彼女はこの5年に起こったことや自分が島々の開拓をしようとしていることなどを話す。

 その上で、ルナシアは食い詰め者がいれば連れて行くことと物資などを発注したいことを伝える。

 

 どちらもワノ国にとっては利益しかない為、スキヤキは快諾しつつルナシアに尋ねる。

 

「ルナシア殿はどのような国を?」

「海賊らしく、種族も素性も経歴も、何であろうと区別はされても差別はされない国……かしらね。あと私の考えたことを色々やってみたい」

 

 ルナシアの言葉に感心しつつ、スキヤキは告げる。

 

「ワノ国としてもできる限りのことはしよう」

 

 彼の言葉にルナシアは深く頭を下げ、感謝の言葉を述べる。

 そこへおでんが口を挟む。

 

「人手が欲しいなら俺も行こう。ルナシア、いつ出発する?」

「おでん! お前は九里を治める仕事があるだろうが!」

「……ちょっとだけなら」

「ならん!」

 

 否定するスキヤキにおでんは渋い顔をしながらも食い下がる。

 そんなやり取りを見たルナシアは『色々と大変ねぇ』と思いつつ、のほほんと緑茶を啜るのだった。

 

 



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高度な情報戦?

 ある日のこと、世界経済新聞社の記者であるモルガンズは街を練り歩いていた。

 彼はスクープを何よりも求める男として、若いながらも社内では有名だ。

 

 ロジャーに金獅子、白ひげにビッグ・マム――錚々たる面々が鎬を削る新世界の海。

 最近ではカイドウという名もちらほら聞くようになり、モルガンズもまた注目している。

 他の記者達が彼らの動向に釘付けとなるのは当然のことであったが、彼は別の海賊に着目していた。

 

 その海賊は世間に報道されていないゴッドバレー事件で大きく名を上げたが、それ以後は消息が途絶え、今に至るまで表舞台に現れていない。

 

 色々な噂が当時は流れたものだが、今ではそういうものは一切なく、世間は彼女のことを忘れている。

 ゴッドバレー事件から5年も経てば、忘れられるには十分だ。

 

 

 しかし、モルガンズは確信している。

 彼が追っている海賊――ルナシアは必ずどこかで何かを企んでいると。

 

 

 

 そんな彼が今、訪れている島は新世界にある。

 何故ここに来たかというと、ルナシアらしき人物がこの島にいたという情報を掴んだ為だ。

 

 ゴッドバレー事件直後に彼女の懸賞金は4億5000万ベリーにまで跳ね上がった。

 もしも事件後も海賊として活動していれば、今頃は10億の大台に乗っていてもおかしくはない。

 

 そんな相手と接触し、近況を聞くというのがモルガンズの目的だ。

 実現できれば大スクープであり、世界中が仰天するニュースだ。

 

「まあ、そんな簡単に見つかるわけが……」

 

 モルガンズはそう言いながら、何気なく視線を巡らせ――あんぐりと口を開けた。

 

 その人物はレストランからちょうど出てきた。

 金髪を長く伸ばし、ルビーのように紅い瞳が特徴的だ。

 彼は慌てて手配書を取り出して、数回確認する。

 

 紛れもなく本人だった。

 彼女は1人であり、手下とかそういうのは見当たらない。

 

 千載一遇の好機とばかりにモルガンズは慌てて彼女へ駆け寄った。

 向こうも彼に気づいたのか、足を止める。

 

「す、すいません! 世経新聞のモルガンズです! 少しお話いいですか!?」

 

 息を切らしながらも彼が伝えると彼女――ルナシアは微笑みながら頷く。

 そして2人は手近なところにあるカフェへと入り、そこで話をすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「運が良かったわ」

 

 2時間後、ルナシアはモルガンズを見送り、そう呟いた。

 彼女自身が世界経済新聞社に対して、自分はここにいるなどというタレコミをしたわけではなく、本当に偶然である。

 できるだけ早い段階で極めて大きな影響力を持つこの新聞社とは接触したかったのだが、まさか記者の方から自分を見つけてくるとは思わなかった。

 

 世間は自分のことなどすっかり忘れているみたいで、海兵に見つからない限りは街中を歩いても大丈夫であった。

 

 ルナシアがモルガンズと話した内容は多岐に渡る。

 この5年間は何をしていたのか、ということから最近の海賊達についてといったものまで様々だ。

 

 時期がくるまでは記事に載せないで欲しいという部分もあり、そういうところをルナシアはモルガンズにお願いし、彼は快諾した。

 

「さて、開拓民集めを頑張りましょう。やっぱり非加盟国のほうが良いかしら……」

 

 世界政府加盟国は世界政府の庇護や支援が受けられるので、治安が良く、民の暮らしも安定している。

 一方で非加盟国はそういったものがない為、ある程度の国力がなければ無法地帯になりやすい。

 ルナシアの生まれた島がまさにそうであった。

 

 開拓の為に移住となれば生まれ育った土地での暮らしを捨てることになり、勇気のいる決断が必要だ。

 ましてやそこの生活が安定しているならば尚更。

 しかし元々の生活がドン底ならば、それを捨てるのに躊躇いがない可能性は高い。

 

「うーん……10年以内には小さな村でも作りたいところだわ」

 

 海の覇権争いみたいなことをやっている見知った連中――ロジャーはただ冒険をしているだけだろうが――とは違ったことをルナシアは楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 そしてモルガンズによるルナシアへの取材から1週間後、世界は驚愕した。

 

 

 

 本紙独占!

 あのルナシアは生きていた!

 彼女が語る、この5年間と最近の海賊達などなど盛りだくさん――!

 ルナシア大特集!

 

 

 世界経済新聞の一面にはルナシアのドヤ顔がでかでかと載っていた。

 この記事にルナシアを知る海賊達は大爆笑したり、苦笑したり、溜息を吐いたりと様々であった。

 

 世間はルナシアのことを思い出し、暗躍している彼女に怯えることになるのだが――当の本人は自分の記事を読んでドヤ顔でバッキンやアマンド達、あるいはワノ国まで遥々出向いておでんに自慢したくらいだ。

 

 色んな反応がある中で、一番頭を抱えたのは世界政府と海軍である。

 両者ともこの記事に対して問い詰めたが、新聞社側は突っぱねて、ならばと乗り込んだ役人達は記者達が叩き出した。

 なお、このとき一番活躍したのはモルガンズであったのは言うまでもない。

 

 

 世界の禁忌に触れすぎたロックス。

 その海賊団のNo2であったルナシア。

 彼女がどこまで知っているかは分からないが、世界政府や海軍にとって非常に危険な人物である。

 

 ある意味ではロジャーよりも危険だろう。

 少なくとも彼は世界政府の転覆を考え、あちこちでテロ活動をしたりしていない。

 

 すぐにでも処理したいところだが下手に手を出せば甚大な被害が出るのは明白。

 かといって放置することもできない為、世界政府はルナシアの懸賞金の額を上げ、5億ベリーとすることでお茶を濁した。

 

 

 何はともあれ、世界経済新聞という世界最多の購読者数を誇り、世界中の島で広く読まれている新聞の一面に載ったことでルナシアの名と顔は世界中に広まった。

 これこそが彼女の狙いであった。

 

 

 

 

 

 

 

「マスコミとは仲良くやるに限るわ、やっぱり」

 

 ルナシアの言葉にアマンドが長い首を傾げてみせる。

 その視線に気づいて、ルナシアは告げる。

 

「世経新聞は誰もが読んで、多くの者は内容を信じている。記者と仲良く付き合えば、いい具合に民衆を操ることができるのよ。勿論、そういうことは露骨にはやってくれないけど、それでも嫌い合うよりよっぽど良い」

 

 彼女はアマンドに教えつつ、心の中で言葉を続ける。

 マスコミによる情報操作は地球で抜群の実績があるのよ、と。

 

 アマンドは納得したように頷きながら、問いかける。

 

「でも、ルナシア様は海賊らしい野望というのは無さそうだ」

「そんなことはないけど……5000兆ベリー欲しいって常に思っているし……急がば回れってことわざの通り、回り道をしているだけよ」

「回り道し過ぎじゃないの? あなた程の力があるなら、真正面から国とぶつかっても……」

 

 アマンドの言葉ももっともであった。

 というか、ルナシアのやり方は明らかに海賊のやり方ではない。

 ロックスは世界の王になるという野望であったが、やり方は海賊であった。

 その違いは、良くも悪くも前世の記憶や知識、価値観といったものが彼女の思考に影響を与えている為だろう。

 

「それだと、いつか世界政府や海軍に潰されると思う。そいつらが簡単に手を出すことができない確固とした勢力基盤を築いてから、好き放題やったほうがいい」

 

 ルナシアの言葉にも一理あるとアマンドは思う。

 でも彼女としては歯がゆい。

 

「もったいないと思う。もっと力で物事を押し通してもいいんじゃない?」

「例えば?」

「そこらの海賊を襲って手下にして、それを繰り返して勢力を大きくするとか……開拓の人集めもそいつらにやらせればどう?」

「真面目に働くかしら?」

「あなたがやれって言って、やらないのってロジャーとか金獅子とかそういう連中だけじゃないの……?」

 

 アマンドの言葉に思わずルナシアは納得してしまう。

 基本的には懸賞金の額が高いと恐れられるのが海賊である。

 たとえロックス海賊団の副船長という経歴を知らなくても、そこらの海賊にヤバさは伝わるのだ。

 

「そうだ、副船長という立場を利用してニューゲートあたりを手下にすれば……」

「何度も断られているのに、まだやるつもり?」

「三顧の礼ということわざがあるので……」

 

 ルナシアはそう言いながら、副船長としてやったことを思い出す。

 

 ロックスからのおつかいであちこちへ行く。

 ロックスから頼まれたものを調達する。

 船内にある物品の管理や調達をする。

 

「……あれ? 私、副船長らしいことやってない……?」

 

 ルナシアは愕然とした。

 物品の管理や調達がそれっぽいことかもしれないが、あれはシキやニューゲート、リンリンにうまくのせられただけだ。

 

 

 副船長なんだからそれくらいはやれよ――

 おう、俺達の副船長様だからな――

 さすがは副船長だ――

 

 

 そういうところだけは押し付けてくるズルい連中である。

 

「私ってもしかして空気だった……? もっとはっちゃけてニューゲートあたりを海に叩き落とした方が良かった……?」

「何で白ひげを?」

「シキは飛んで回避するし、リンリンはアマンド達のママだし、カイドウは面白がりそうだし……一番常識的な反応をしてくれそうなのがニューゲートだけだから」

 

 第三者がいれば耳を疑うような話だった。

 白ひげが一番常識的というのはあの船に乗っていなければ意味が分からないだろう。

 アマンドも言葉に詰まってしまうが、どうにか自分の言いたいことをルナシアへ伝える。

 

「ま、まあ、それはともかく……ルナシア様は力があるんだから、もっと積極的にやってもいいと思う」

「海賊を狩るっていうお手軽金策が終わってしまうわね」

「……ルナシア様に従わない海賊を狩ればいい」

 

 それもそうだ、とルナシアは納得して、助言をしてくれたアマンドに感謝するのだった。



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強さが欲しいか? 欲しけりゃくれてやる……!

「殺さないで……殺さないで……」

 

 片手で首を掴まれて持ち上げられて、泣きながら懇願するのは大男。

 彼は数十人の手下達を率いて、幾つかの島を縄張りとしている海賊団の船長だ。

 新世界の海賊なだけあって、実力はそれなりにあるのだが――喧嘩を売ってきた相手が悪かった。

 

「女の子が言うならいいけど、筋肉ムキムキマッチョマンに言われるとちょっと何か……」

 

 大男を軽々と持ち上げているのはルナシアだ。

 彼女はこの海賊団が略奪をしていたところを幸運にも発見し、人気のないところに空から降り立ち、堂々と真正面からブチのめしていた。

 

「何でもしますから……お願いします……!」

 

 涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっている大男はそう口走ってしまう。

 

「ん? 今、何でもするって……?」

「はい……! だから命だけは……!」

「じゃあ、今からあなた達は私の部下ね。心から忠誠を誓って、ついてくれば甘い汁を吸わせてやるわ。でも裏切ったり逃げたりしたら……分かっているわよね?」

 

 獰猛な笑みを浮かべて問いかけるルナシアに大男は何度も頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

「その、本当にありがとうございます。海軍もこの島のように小さなところには手が回らないみたいで……」

「いいのいいの」

 

 ルナシアは町長からのお礼に手をひらひらさせて答える。

 そんな彼女に町長は問いかける。

 

「ところであなたは……失礼ですが、あのルナシアさんでは……?」

「どのルナシアか知らないけど、ちょっと前に新聞に載ったルナシアは私ね」

 

 ルナシアの答えに町長はあからさまに表情が強張った。

 5億ベリーの賞金首で、ついさっきまで街を襲っていた海賊団の船長は7000万ベリーである。

 危険度ではルナシアの方が圧倒的に上で、助けたお礼に何を要求されるのだろうか、と町長は戦々恐々だ。

 

「で、助けたお礼として……」

 

 そらきたぞ、と町長は身構えつつも先手を打って告げる。

 

「何分、小さな島ですのでお金などは……」

「あ、そういうのはいらないんで。これに協力してくれれば」

 

 ルナシアはそう答えつつ、懐から紙を1枚取り出した。

 それは広告であった。

 

 

 

 あなたの街を海賊から守ります!

 料金応相談。カネ以外の支払いも受け付けます!

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 それを読んだ町長は胡散臭いものを見る目をルナシアに向ける。

 しかし、そういう視線は彼女にとってもはや慣れたものだ。

 

「実はちょっと開拓事業をしていてね……できれば協力して欲しい」

 

 そう言って頭を下げるルナシアに町長は困ってしまう。

 5億ベリーの賞金首には到底見えない。

 

「えーと……海賊から守るというのは、具体的には何を?」

「この島を私の縄張りとする。また警備船を定期的に巡回させて周辺海域の安全を確保する」

「……本当に海賊なんですか?」

「海賊らしくないってよく言われるけど……私は海賊だと思っているから海賊だと思う、たぶん」

「例えばどんなことを思っているのですか?」

「5000兆ベリー欲しい」

「それは誰だって欲しいと思いますよ」

「あれ……私って海賊なの……? でもほら、5億ベリーって懸賞金がついているからそれが海賊だって証のはず……」

 

 ルナシアの困りっぷりに町長はすっかり毒気を抜かれてしまう。

 これが演技なら大したものだが、街にとっては悪い話ではない。

 先程海賊達を叩きのめしていたことから、実力は確かである。

 

「住民と協議しますので、1時間程お待ちください」

「あっはい……よろしくお願いします」

 

 再度、頭を下げるルナシアに町長は笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の圧倒的な交渉術による戦果……すごくない? これまで全部契約率100%よ」

「いやそれ、明らかに違う気がする」

 

 バッキンは意気揚々と契約書を掲げるルナシアにツッコミを入れた。

 事の次第を聞けばいつもの通りだ。

 略奪をしている海賊達を見つけてはぶっ飛ばし、住民から感謝されつつ契約を取り付けてくる。

 しかし、バッキンからすると住民達に舐められているんじゃないか、と心配してしまう。

 どこの世界に住民に頭を下げて契約をお願いする海賊がいるのだろうか。

 もっと居丈高に――助けてやったんだから、契約しろくらい言うのが普通なんじゃなかろうか。

 

「アンタ、海賊やめたら?」

「え……ヤダ」

「向いていないと思うんだけど……」

「そんなことない。私、自由気ままに振る舞っているし、殺しだってたくさんしているし」

「それはそうかもしれないけど……」

 

 バッキンは悩ましい。

 彼女としても色々と恩恵を貰っている以上、ルナシアの意見を尊重してあげたいし、海賊をやりたいなら海賊をやればいいとは思うが――性格的に向いていない気がしてならない。

 

 いわゆる大物感がないのである。

 よくこれで覇王色の覇気を扱えるもんだ、とバッキンは不思議に思うが、むしろこういう性格だからこそ、ついていく奴もいるのかもしれないと最近考えるようになっている。

 

 ルナシアが拠点と定めた島々にはあちこちから開拓移民達が少しずつやってきており、また必要な物資も届き始めている。

 開拓移民達は到着してから聞かされるルナシアの計画に仰天してしまう。

 

 彼女が色々と美味しいところを持っていくんだろうな、という移民達の予想を覆すものだ。

 ルナシアは実際に来てくれた移民達の生活を第一とし、彼らが豊かな暮らしを送れるような開発計画を提案する。

 これはワノ国で働いていたときの経験が活きていた。

 更に彼女は移民達と協議しつつ、計画を修正する労力を厭わない。

 

 私の考えた最高の開発計画『NAISEI』とかなんとかルナシアが言っていたのをバッキンは聞いたことがある。

 

「もっと海賊らしいことをしたら?」

「将来の幹部候補を育てるべく孤児達を集めまくろうと思う」

「……いや、どうしてそういう発想になるのよ?」

「教育っていうのは重要よ。それによって人生は変わる」

「それはそうなんだろうけど……もっとこう、海軍を襲うとかそういうことを……」

 

 バッキンの言葉にルナシアは閃いた。

 それはロックスができなかったことだ。

 

「かなりの準備時間が必要だわ。もっと私が強くならないと……さすがに生還できるかどうかは怪しいし」

「何をやるつもり?」

「内緒。でも、世界をひっくり返せるわ。その為にはどうにかしてシキを味方に引き入れないと……」

 

 どうしてそこで金獅子の名前が出るんだろうか、とバッキンは不思議に思ったが、ルナシアがやりたいならその意思を尊重するまでだ。

 

「何をしてもいいけどアンタが死んだら、私やアマンド達が路頭に迷うから死ぬんじゃないわよ」

「だからバッキンって好き」

 

 ルナシアは満面の笑みを浮かべてバッキンに抱きついた。

 抱きつかれた彼女は軽く溜息を吐きながら、ルナシアの頭を撫でる。

 

「バッキン、ちょっと明日から私、修行の旅に出るから。数ヶ月くらいで戻る」

「分かったわ。ちなみにどこへ?」

「ロジャーをぶっ飛ばしてくる」

 

 ルナシアの言葉にバッキンは思う。

 

 ぶっ飛ばされるんじゃないかな――?

 

 しかし、彼女は優しいので口には出さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バッキンとの会話から2週間後。

 ルナシアはロジャー海賊団の船が停泊している島を空から見つけた。

 彼らから離れたところに降り立って、彼女は歩いて酒盛りをしている彼らの前に現れた。 

 既に気配で察知していたのか、彼らに驚きはない。

 

「ルナシア! よく来たな! 俺の船に乗れ!」

 

 酒瓶を持って陽気にそんなことを宣うロジャーにルナシアはニッコリと笑って、背中にあった夜を鞘から抜いた。

 その切っ先を彼女はロジャーへ真っ直ぐに向ける。

 

「ロジャー! お前達が私の手下になれ! 今、人手不足なの!」

「そいつはできない相談だ! よし! 殺るぞ!」

「野郎! ぶっ殺してやる!」

 

 駆けるルナシア、対するロジャーも己の得物を鞘から抜いて受けて立つ。

 

 

 両者のぶつかり合いに凄まじい衝撃波が巻き起こるが、ロジャー海賊団の面々は酒の肴にちょうどいいと笑いながら観戦する。

 ルナシアは強いが、ロジャー程ではないという確信があったからだ。

 事実、その通りでルナシアの猛攻をロジャーは楽しそうに笑いながら受けている。

 そこには余裕があった。

 

「おいルナシア! 俺が言うのもなんだが、もうちょっとお淑やかにしたほうがいいんじゃねぇか? そこらの海王類よりも怪力だぞ!」

「海王類が非力過ぎるの!」

「それもそうだな!」

 

 2人のやり取りに観戦している船員達は笑う。

 

「余裕でいられるのも今のうち! 将来、絶対追い越してやる!」

「楽しみに待っているぞ!」

「私と毎日戦って私を鍛えろ!」

「俺の船に乗ったらいいぞ!」

「それはヤダ!」

 

 そんなことを言い合いながら、ルナシアとロジャーのぶつかり合いは夜明けまで続いた。

 基本的にルナシアが攻め、ロジャーが受けるという形であったのだが――ルナシアはロジャーの強さを身を以て味わった。

 どんなに攻撃をしようとも崩せず、偶に行われる彼の反撃は鋭く速く重かった。

 

 勝敗の決め手となったのはロジャーの腹が減ったという宣言で、ルナシアも同意したことで戦闘は終わった。

 

「メシ、食ってけ」

「食う!」

 

 ロジャーに誘われ、即答するルナシア。

 こういう展開には慣れているレイリー達はルナシアの分もちゃんと用意してくれていた。

 彼女はレイリー達に感謝の言葉を述べつつ、有り難くメシを食べる。

 

「礼儀正しさではルナシアの勝ちだな、ロジャー」

「俺が負けただと……?」

 

 レイリーに言われて本気で落ち込むロジャーを見て、ルナシアはけらけら笑う。

 

「ところでルナシア。お前は何を目指しているんだ? この前、デカデカと新聞に載っていたが……」

 

 レイリーの問いにルナシアはドヤ顔で答える。

 

「ちょっと見つけた島々を開拓している……最後に勝つのは私だ……!」

「意味がよく分からんが、海賊はやめたのか?」

「……やめていたら、ここにこうしていないわよ」

 

 レイリーは首を傾げる。

 するとロジャーが問いかける。

 

「ロックスの真似事か?」

「あそこまで過激じゃないわね……でも、ロジャーとは合わないやり方。あなた、自由気ままだから」

「おう、それが俺だからな」

 

 豪快に笑うロジャーにルナシアは溜息を吐く。

 

「何というかね、バックアップがしっかりしていないと不安になるのよ。休めるべき拠点があって、補給も十分に受けられて、海軍にも手出しされない……そういう海賊がいい」

「それ、軍隊じゃねぇか?」

 

 ロジャーの問いにレイリーや話を聞いていた他の船員達も頷く。

 

「海賊って難しいわね……」

 

 肩を落とすルナシア、その背中をロジャーは軽く叩く。

 

「周りのことなんぞ気にすんな! お前が海賊だと思ったら海賊だ! 俺とやり方は違うが、そういうのもいいと思うぜ」

「ロジャー……」

 

 ルナシアはロジャーの言葉に感動してしまう。

 彼は更に言葉を続ける。

 

「俺の前に立ち塞がったらぶっ潰すだけだしな」

 

 その言葉にルナシアは深く溜息を吐く。

 

「あなたって方向性は違うけど、ロックスと似ているわね……」

「そんなことはねぇ! 俺は冒険しているだけだ!」

「自由過ぎるところが同じなのよ」

 

 呆れ顔のルナシアにレイリーは問いかける。

 

「しかし、ルナシア。またどうして強くなろうと?」

「ちょっと将来、面白いことをやろうと思っているのよ。世界が仰天することなんだけど、その為に強さが必要なのよ」

「お宝か?」

「宝もあるかもしれないけど、海賊がそこに辿り着いたってことが重要ね」

 

 ルナシアの言葉にレイリーは顎に手を当てて考え――

 

「マリンフォードか?」

「違うわ」

 

 難しいな、とレイリーは苦笑する。

 

「強くなりてぇなら俺の船に乗れ! 強くしてやる!」

 

 ロジャーの誘いにルナシアは渋い顔をする。

 確かにそれは手っ取り早いかもしれないが、どうしたものか、と。

 

 ルナシアとしてはロックスの仇であるからということではなく、ロジャーのところに行くと苦労しそうだという単純な理由からである。

 ロックスが死んだことは悲しかったが、彼のやっていた事を考えると海軍やロジャー達を恨むというのも何だか違うと彼女は5年前に考えて、気持ちにケリをつけてあった。

 

「というか、ロジャーが私に拘るのって何で?」

「そりゃお前……面白いからだ。能力がおもしれぇ、考え方がおもしれぇ……よし、仲間にしよう! 当然の思考だろ?」

 

 どうだ、と言わんばかりのロジャーにルナシアは肩を竦めてみせる。

 

「私が裏切るかもしれないわよ?」

「それはねぇな。そういうことはしないって俺の勘が言っている」

 

 言い切るロジャーにルナシアは目を丸くしてしまう。

 そんな彼女にレイリーは告げる。

 

「諦めろ、ルナシア。ロジャーはこういう奴なんだ」

 

 ならば、とルナシアは告げる。

 

「自分のやりたいことがあるから、ちょこちょこ途中で抜ける。そういう条件でもいいなら」

「構わねぇ!」

「あっさり過ぎない? レイリー、いいの?」

 

 即答するロジャーに呆れつつ、ルナシアはレイリーへと問いかける。

 すると彼は肩を竦めて答える。

 

「ま、船長がそういうならいいさ。ただし、指示には従ってくれ」

「懇意にしている記者の取材に応じたりとかは……?」

「……それは別の場所でやってくれ。所属していることを話してもいいが、内情を喋ったりだとかは……」

「しないわよ。その代わり、そちらも私に関して余計な詮索はしない。それで良い?」

 

 ルナシアの問いかけにレイリーは頷いた。

 それを見て彼女は問いかける。

 

「ねぇ、レイリー。やっぱりうちに来ない? 色々苦労してそう……」

「それは遠慮させてもらう。ロジャーを放置すると何をやらかすか分からんからな。それにアイツといると面白いんだ」

 

 そう言って笑うレイリーにルナシアはロジャーへ視線を送る。

 その視線に気づいて、彼は不敵に笑う。

 

「ところでレイリー、ロジャーって人に物を教えたことってあるの?」

「記憶にある限りではないな」

「色々と強くなる為に必要なことを教えて頂けると……」

「それは働き次第だ」

 

 そう答えるレイリーにルナシアは渋い顔となる。

 

「……分かった、分かったわよ。私の実力をとくと見るがいいわ!」

「よし、じゃあメシも食ったし殺るか!」

 

 散歩でもしようみたいな感じで提案してくるロジャーにルナシアはちょっと頬が引き攣ったが、闘志を無理矢理に奮い立たせる。

 

「ルナシア、君は経験を積めばもっと伸びるだろう」

 

 レイリーはそう言いながら立ち上がり、自らの得物を鞘から引き抜いた。

 

「ロジャー、新入りの歓迎ということで……いいか?」

「おう、勿論だ!」

 

 ルナシアは涙目になりながらヤケクソ気味に叫んだ。

 

「皆纏めてかかってこい! 相手になってやる!」

 

 

 この後、ルナシアがフルボッコにされて――ちゃんと寸止めしてくれた――戦いが終わり、またもや宴会となったのは言うまでもない。

 

 

 こうしてルナシアは強さを求めてロジャー海賊団に入ったのだが、彼女が海賊団に入って2ヶ月程が経った頃にモルガンズが取材にやってきた。

 彼女はレイリーに言われた通り、船から離れたところでモルガンズの取材に応じた。

 

 すると彼は取材をさせてくれたお礼としてある情報をルナシアへ教えてくれる。

 北の海にある世界政府非加盟国に元天竜人の一家が移住してきたという。

 彼も自分の目で確認したわけではないとのことだ。

 

 ルナシアはほくそ笑んだ。

 その笑みを見たモルガンズはスクープの予感に胸がときめいた。

 

 彼女はただちにロジャーとレイリーに告げて許可を貰い、次いでモルガンズに自身の密着取材を提案し、即座に彼は承諾する。

 そして、2人は北の海へ急いで向かったのだった。

 

 

 



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彼女は海賊に向いていない

短め。


 ルナシアは元天竜人であることがバレた為に悲惨な暮らしを強いられている家族を遠目に見ていた。

 彼らはゴミ山に囲まれた掘っ立て小屋に住んでいた。

 

 モルガンズが隣で写真を撮っているが、彼はルナシアが何をしようが口出しはしない。

 元天竜人達を殺そうが保護しようが、どっちにしても彼が大好きなスクープである。

 

 一方のルナシアは殺しはないと考えつつも、保護した後にどう使うかで悩ましいが、あることを思いついた。

 

 

 するとそのとき、1人の子供が泣きながら小屋から飛び出してきた。

 

 まずはお話、聞いてみましょうか――

 

 ルナシアはそう思って、離れた子供の方へ向かった。

 

 

 

 

 泣きじゃくる子供に近づくルナシア、2人から離れて撮影するモルガンズ。

 傍目から見ると色々とアレな光景だが、そういうことは気にせず彼女は声を掛ける。

 

「そんなところで泣いていると、攫われるわよ」

 

 その声に子供は顔を上げて、ルナシアを見た。

 子供にも関わらずサングラスを掛けている。

 やんちゃそうな印象を彼女は受けた。

 

「とりあえず……お話を聞かせてくれる? いったい、何があったの?」

 

 ルナシアはそう言って彼に手を差し出した。

 その手に困惑した表情を浮かべる彼に対し、彼女は微笑む。

 

「私はルナシア。あなたの名前は?」

「……ドンキホーテ・ドフラミンゴ」

 

 彼は小さな声で答えた。

 

「ちょっと歩きましょうか」

 

 ルナシアの提案に彼は小さく頷いた。

 

 

 

 住んでいる掘っ立て小屋から、それなりに離れたところまで来るとドフラミンゴはルナシアにぽつぽつと語り出した。

 両親が地上で暮らすと言い出したことから始まる悲劇。

 これまでの天竜人の悪行への反発が全部、彼ら一家に降り掛かってきた。

 それは幼い彼にとってはどうしようもない程に理不尽なことだろう。

 

 ルナシアは話を聞いていて思った。

 何で両親はこうなることが予想できなかったんだろう、と。

 不思議でしょうがなかった。

 

「ドフラミンゴ、もし良かったら私のところに来る? 弟も連れて」

「……父上と母上も」

「両親達も連れて行くの?」

 

 問いかけにドフラミンゴは頷いた。

 そんな彼にルナシアは今更ながら問いかける。

 

「私が言うのも何だけど、そんなに簡単に私の言葉を信じていいの?」

「どこだろうとここの暮らしよりはマシだろ!? ゴミを漁って、怯えながら暮らすなんて……! もうイヤだ……!」

 

 そう告げる彼の気持ちがルナシアとしてもよく分かる。

 自分も昔はそうだった為に。

 

「よし、それじゃ助けてあげる。美味いメシと良い教育、その他色々……その対価として、将来は私の為に働いて頂戴」

「望むところだ……!」

 

 ドフラミンゴの力強い言葉にルナシアは満足げに頷いた。

 モルガンズもまたスクープが撮れたので、大満足であった。

 

 

 

 

 そしてこれより1週間後、世界経済新聞にまたもやルナシアが載ったが、微妙に記事は変わっていた。

 

 ルナシア、スラム街に暮らす家族を助ける――!

 

 そんな見出しであり、どこにも元天竜人とは書かれていなかった。

 世界政府からの情報操作であり、新聞社側は今回は折れた形となる。

 モルガンズからすれば弱腰ではないか、と思ったが次は押し通せばいいと思って今回は我慢することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、記事を読んで驚いていたのがロジャー海賊団の面々だ。

 ルナシアからは助けた家族を自分の拠点に連れて行くという連絡が入っており、合流は遅くなると予想されている。

 

「やっぱり海賊には向いてないんじゃないか……?」

 

 記事を読み終えてレイリーは軽く溜息を吐く。

 

 ルナシア曰くゴッドバレー事件から3年掛けて拠点を探し、そこから2年は格下の海賊を狩っていたという。

 5年の時間は大きい。

 その間、ロジャー達は金獅子や白ひげ、ビッグ・マムといった面々と鎬を削っていた。

 レイリーが以前に言った、経験を積めば伸びるというのはまさしくそこにある。

 

 もしもルナシアがその争いに加わっていたら、今頃はその再生能力も相まって純粋な殺し合いならロジャーですら勝てるか怪しい化け物になっていたかもしれない。

 もしかしたら金獅子や白ひげ、ビッグ・マムすらも傘下に加える程の大勢力になっていたかもしれない。

 

 だが全てはIFの話。

 時間は元に戻らない。

 今ルナシアは必死に追いつこうとしているが、それでもこうやって船から離れている時間があると、やはり差ができる。

 海賊に向いていないとレイリーや他の者が思うのはそういうところも含めてのことだが、おそらく彼女は気づいていない。

 

「……ロックス海賊団時代も、こうやって船から離れていたのかもしれんな」

 

 それが良いのか悪いのか、レイリーには分からない。

 ルナシアがそうしたいと思うのならば、そうすればいいというだけの話で、それで他者と実力に差が出るのはどうしようもないことだ。

 

 それで蹴落とされるなら、そこまでの輩だったというだけのこと。

 彼女はこれまで再生能力しか(・・・・・・)使ったことがなく、以前に入手した情報でも彼女にはその能力しかないことは判明している。

 いかに不死身のような再生能力が凄まじくとも、それを扱う者が研鑽を怠ってしまえば宝の持ち腐れだ。

 

 

 かといってルナシアのやることをレイリーは否定するつもりもない。

 確かに彼女のやり方は堅実で、時間を掛ければ成果が出る可能性は十分ある。

 将来的には一大勢力を築き上げることができるかもしれない。

 

 しかし、海賊をやるならば腕っぷしの強さが何よりも重視される。

 弱い奴に従う海賊なんぞどこにもいない。

 そこらをルナシアは分かっていないのではないだろうか。

 

 推測だが、ロックスが彼女を副船長にしていたのも、再生能力こそ凄いが肝心なところが分かっておらず、なおかつ扱いやすい性格だったから――のような気がする。

 実際はどうであったか、ロックスがこの世にはいない以上、真相は闇の中だ。

 

 ともあれ、市民相手にはあの性格はウケが良いだろうが、海賊相手には通用しないのは明白だった。

 

「自分で選んだ道なら、どういう結果になっても受け入れて欲しいものだ」

 

 とりあえず大物感を出すことから始めた方がいいとレイリーは思いつつ、試練を課してみることにした。

 

 幸いなことに、そういうことにうってつけの強い相手を彼は知っていた。

 

「白ひげならうまく教えてくれるだろう。アイツはそういう奴だ」

 

 万が一、ルナシアが死んだらそれはそれで仕方がないが――ロジャーがその前に全力で止めにいくことは想像に容易い。

 彼が仲間思いであることは船員なら誰だって知っている。

 呉越同舟で船に乗っているに過ぎないルナシアであっても、殺されそうになったら助けに入るだろう。

 

 ロジャーや他の船員達に根回しをしておく必要があるが、ルナシアが一皮剥ける為だと言えば納得してくれそうだ。

 

「問題は白ひげがどこにいるかだが……奴の縄張りをウロウロしていれば出てくるだろう」

 

 レイリーがこんなことをする必要はないように思われるが、たとえ呉越同舟だろうと船に乗っているからには仲間である。

 仲間が強くなる為なら協力するのは当然だ。

 たとえ、どのような結果を迎えようとも。

 

 レイリーはそう思いつつ、ロジャーと相談すべく彼の下へ向かったのだった。

 

 

 

 そして、記事が出てから3週間後。

 試練が待ち構えているとは思いも寄らないルナシアはオーロ・ジャクソン号に帰還する。

 帰還した彼女を出迎えたレイリーは開口一番に告げる。

 

 

 

 

 白ひげの縄張りにちょっかいを出す。

 ルナシア、君は白ひげと単独で戦ってみるといい。

 その為に我々が場を整えよう――

 



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ルナシアの能力

※大きく加筆・修正しました。


 エドワード・ニューゲートは信じられなかった。

 ルナシアがロジャーの船に乗っていることもそうであったが、その実力が予想していた程、伸びてはいなかったことに。

 

 センゴク・ゼファー・レイリーの3人とゴッドバレーで互角にやりあっていた記憶がニューゲートにはある。

 

 しかし、ここまでニューゲートは大した傷を負ってはいない。

 とはいえルナシアのパワーもスピードも並の輩では到底太刀打ちできないのだが、あいにくと彼は規格外の輩であった。

 

 しかし、ルナシア相手には傷を与えても意味がないことは百も承知。

 海楼石製の武器でも持ってこない限り、再生するとかいうとんでもない能力だ。

 

 動物(ゾオン)系幻獣種バットバット(・・・・・・)の実、モデル:バンパイア――

 

 ロックス海賊団の頃、ロックスはルナシアの食べた実についてそう語っていた。

 海楼石製の武器以外では何をやっても死なない無敵の能力と彼は断言し、船員達に紹介している。

 一方で彼は能力の凶悪さ故に、ルナシアにはそれしかない(・・・・・・)とも言っていた。

 

 彼女本人はその場にはいなかったが、あの場で嘘をつく必要もないだろうとニューゲートは納得した覚えがある。

  

 何よりもゴッドバレーの時に再生以外の能力があったならば、あの状況で使わない筈がない(・・・・・・・・)

 

「おいクソガキ……お前、この5年間は何をしていた?」

 

 ニューゲートは問いかけながら、片手でルナシアの首を引っ掴んで締め付ける。

 傷を与えても再生されるが、このように痛みと苦しみを与えるだけならば彼女にも効く。

 両手でニューゲートの手を掴んで、必死に振りほどこうとする彼女に彼は再度問いかける。

 

「なぁ、おい……弱けりゃ誰もついてこねぇ……お前は一番よく知っている筈だろう」 

 

 ニューゲートはそこまで告げて、手を離す。

 地面に落ちて咳き込むルナシアに彼は告げる。

 

「お前には何か考えがあるかもしれねぇ……だが、強さは大前提だろうが……!」

 

 仁王立ちして睨みつけるニューゲート、そんな彼を見上げるルナシア。

 

 怯えていたり、怖がっていたりしたら拳骨の一発でも叩き込もうと彼は思っていたのだが――彼女の顔には一切そういう感情が無かった。

 いいようにやられたことに対する怒りがそこにあるだけだ。

 

 何かがおかしい、とニューゲートは気づいた。

 彼が息子と呼ぶ船員達の中からはルナシアなんぞ大したことがない、という声が聞こえてくる。

 中には過去の栄光に縋っているだけ、なんて声もある。

 視線をロジャー達がいる方に向けてみれば、さすがにそういう声は無かったが、それでも厳しい表情をしている者達はいる。

 レイリーはその筆頭だろう。

 彼は実際に戦ったことがあるだけに、余計に今のルナシアに落胆しているのかもしれない。

 自分やセンゴク、ゼファーの3人を敵に回して互角にやりあったならば、強くあって欲しい――

 

 そういう思いを抱くのも当然といえば当然かもしれない。

 

 しかし、ロジャーは楽しそうに笑っていた。

 

 何か知っている――

 いや、奴のことだから何かを予感している――?

 

 ニューゲートがそう考えたときだった。

 

 

 

「痛いじゃないか、クソ野郎」

 

 泣き言などではなく、戦場に響いたのは怒りの声。

 彼女はゆっくりと立ち上がって、服についた埃を払う。

 

「お前も私のことを海賊に向いていないとかどうとか、言うつもりか?」

 

 問いかけているものの、彼女は答えなんぞ聞くつもりはなかった。

 腕っぷしが重要であることくらい、ルナシアだって知っている。

 

 しかし、彼女は必ず殺すという状況でもない限り、能力を隠蔽したかった。

 それはロックスの教えでもある。

 

 お前が食べた悪魔の実は、動物(ゾオン)系とは思えないほどに色んなことができる――

 だから、なるべく使わない方がいい。全てを使っていいのは目撃者も残さず消せるときだ――

 

 ゴッドバレーの時にはそういう条件など関係なく使った方がいいのではと彼女は問いかけたが、ロックスがそれを拒んだ。

 たとえ全てを使ったとしても物量に押されるだけであり、お前の情報を海軍に収集されるのはよろしくない、というのが彼の判断だ。

 しかし、実際にはロジャー海賊団というイレギュラーが参戦した上、海楼石製の武器でめった刺しにされてしまい、発動しようにもできなかったというのが真相だ。

 

 

 覇気と身体能力、戦闘での駆け引き――そういったものを鍛える為にロジャーのところに来たのだが、ここに至っては仕方がない。

 

 

 ロックス、ムカつくから使うわ――

 

 

 ルナシアが心の中で呟くと、ロックスは笑いながら好きにしろと言ってくれたような気がした。

 そして、彼女の纏う雰囲気は一変する。

 

「この手札は見せたくなかった。でも、もういいわ」

 

 その美しい顔は憤怒に染まり、怒りに満ちた声。

 彼女はニューゲートを睨みつけると同時に溢れ出す覇王色の覇気。

 

 思わず彼は一歩、後退った。

 明らかに先程までとは雰囲気が違う。

 覇王色の覇気は彼だけでなく、観戦者達にも容赦なく襲いかかる。

 

 ルナシアが覇王色の覇気を制御できていないというわけではない。

 

 この場にいる奴は自分以外全員殺す――

 目撃者は残さない――

 

 そのような気迫・心構えでもって、彼女はとある能力を使用した。

 

 

 

 

 

「なぁ、レイリー。どう思う?」

 

 笑いながらロジャーは傍らにいるレイリーに問いかける。

 彼はルナシアと白ひげの戦闘が始まってから、妙にワクワクしたのだ。

 ルナシアが何かをやらかしてくれる、とそんな期待が何故かあった。

 そして、それはこうして明らかになり、彼の予想を越えていたものだ。

 

 レイリーは頭を掻きながら答える。

 

「どうやら、うまく嵌められたみたいだな……私もまだまだ精進が足りない」

「バットバットの実、モデルはバンパイアで不死身なだけが取り柄……昔に掴んだその情報もロックスが故意に流したに違いねぇ。本当にアイツは死んでも迷惑な奴だ」

 

 苦笑しつつ肩を竦めてみせるレイリーにロジャーはそう言ってゲラゲラ笑う。

 言葉に出さずとも2人の意見は一致している。

 

 

 ルナシアは十分に強い――

 

 

 今、白ひげの姿は肉眼では見えない。

 

 突如として観戦していたロジャー達や白ひげ海賊団の船員達も含めて戦場全体が濃霧に覆われてしまった為だ。

 しかし、見聞色の覇気でもって何が起きているかをロジャー達は察知していた。

 

 霧はルナシアそのものであり、霧全体から彼女の気配が感じられる。

 霧に自然(ロギア)系の性質があるなら武装色の覇気を纏えば攻撃は通じるが、彼女の異常な再生能力がそれを無意味なものとする。 

 

 どんなに攻撃をされても一切崩せず、前後左右上下の至るところからルナシアが実体化して攻撃を仕掛けてくるようだ。

 厄介なことに包み込んだ対象の発する音までも遮断する霧のようで、見聞色でなければ何も分からない。

 白ひげの振るう得物とルナシアの得物がぶつかり合っていることが見聞色では分かるが、音は一切聞こえてこなかった。

 その一方でロジャーとレイリーは普通に会話ができる為、音を遮断する対象を選ぶことが可能なのだろう。

 

「私は弱いみたいだからね」

 

 突如として横から聞こえた声にロジャーとレイリーはそちらへ視線を向ける。

 そこにはふてくされた顔で皮肉げに告げるルナシアが立っていた。

 しかし、白ひげと彼女がぶつかり合っている気配は変わらずにある。

 

 彼女の言葉に2人は揃って苦笑いしてしまう。

 ルナシアにあるのは再生能力だけだと思い込んでいた。

 彼らだけでなく、おそらく多くの者がそうであっただろう。

 

 彼女がそもそも他の能力を使わなかったから仕方がないにせよ、こんなにも凄まじい能力を見せられたら弱いなどとは言えない。

 相手が白ひげでなければ、一瞬で勝負がついていたことは想像に難くない。

 

 レイリーは尋ねる。

 

「お前、霧の中なら分身までできるのか?」

「まあそう思ってくれればいいわ。霧全部が私だから、この中で起きていることなら何でも分かる……ニューゲートの手下共が怖がっていることもね」

 

 レイリーの問いかけに答えるルナシア。

 彼女に今度はロジャーが尋ねる。

 

「どうして今までこれを使わなかったんだ?」

「自分の手札を馬鹿正直に見せる奴が世界のどこにいるっていうの? 私とロックス以外は知らなかったのに」

「ゴッドバレーの時は使っても良かったんじゃねぇか? この範囲なら海兵達を覆い尽くせた筈だ」

 

 ロジャーの指摘にルナシアは答える。

 

「海軍の物量や対応力は侮れるものじゃないわ。あそこだけ覆い尽くしたところで、霧の範囲外にも海兵はたくさんいたから確実に対応されたと思う。海楼石は勘弁して欲しい」

 

 ルナシアはそこで言葉を切り、一拍の間を置いて更に続ける。

 

「あとはあなた達というイレギュラーがあったから、私がうだうだしているうちにゼファーに海楼石製の槍でめった刺しにされたから使えなくなった」

 

 なるほど、と頷くロジャーにルナシアはレイリーへ視線を向ける。

 

「レイリー、私は今の覇権争いに参加していないし、海賊団のボスらしさもない」

 

 そこで一度言葉を切って、ルナシアは更に増える。

 瞬く間にロジャーとレイリーの周りを取り囲んだ。

 

「でも、そういうのってどうでもいいんじゃないの? どうせ世界政府と海軍から目の敵にされているんだから、何をやっても犯罪者だし……」

 

 開き直りとも思えるルナシアの言葉にロジャーは笑いながら告げる。

 

「お前は自分のやりたいことをやっている。だから、お前は海賊だ。俺が保証してやる!」

「ロジャーに保証されると何だか不安になるわね……」

「よし! じゃあ戦おうぜ!」

「どうしてそうなるのよ……」

 

 笑いながらそんなことを宣うロジャーにルナシアは溜息を吐く。

 そんな彼女に対し、レイリーは告げる。

 

「どうやら私は自分の考えを押し付けすぎていたようだ」

「いいのよ、私も海賊に向いていないとか誰かに指摘されると一々ウジウジしていたから……もうちょっとロジャーみたいに気にせず突っ走ってみるわ」

 

 ルナシアの言葉にロジャーは胸を張って告げる。

 

「おう! 俺を目標にしろ!」

 

 そんな彼にルナシアとレイリーは互いに顔を見合わせて苦笑する。

 そして、彼女は2人に告げる。

 

「あ、私の能力はこれだけじゃないから。それと本来なら目撃者も消すところなんだけど……一応、今は同じ船に乗っている間柄だから勘弁してあげる」

 

 ルナシアとしては仲間になったという認識はない。

 あくまで呉越同舟、利害の一致で乗っているだけだ。

 しかし、表向きは所属していることになっている。

 たとえ内情は違ったとしても、それを口外するのはレイリーとの約束――内情を話さない――を破ることになるからしていない。

 

 ルナシアの言葉を聞き、ロジャーが目を輝かせて問いかける。

 

「まだ他にも能力があるのか? 見せろ!」

「絶対にヤダ。ところでニューゲート、このまま倒しちゃっていい? しばらく霧に閉じ込めて戦い続ければ、肉体的にも精神的にも消耗していくから手下達も含めて勝てると思うけど」

「アイツも規格外だからな。この能力でも倒せるかどうかまでは分からねぇ……それはお前も分かるだろう?」

 

 そう問われるとルナシアとしても頷くしかない。

 何だかんだでニューゲートは肉体的だけではなく精神的にも強く、そしてしぶといことはよく知っていた。

 今この瞬間にも彼は大暴れしており、手傷を負わせているのだが、一向に衰える気配がない。

 このまま長期戦に持ち込んだところで倒せるかはルナシアとしてもちょっと自信がなかった。 

 

「だが、俺達の目が節穴だったのは確かだ……お前は強い!」

 

 ロジャーの宣言にルナシアは問いかける。

 何となく彼女は察した。

 

「……もしかして戦いたい? 白ひげと」

「実はそう思っている……ダメか? 1人で戦えって命令した手前、そのなんだ……」

「いや、私は別に構わないわよ。面倒くさいし、ニューゲートに何か恨みがあるわけでもないし……」

「じゃあ頼む!」

「分かったわ」

 

 2人の会話が一段落したところでレイリーは問いかける。

 

「このような能力があるのに、何を鍛えに来たんだ? 十分、強いだろう」

「覇気とか戦闘での駆け引きとか立ち回りとか、能力に頼らない部分を鍛えたい。理想は覇気と身体能力だけでどんな敵も倒すことかしら。頻繁にこの能力を見せていたら、必ず対策されると思う」

 

 レイリーは頷いてみせる。

 ルナシアは覇気や身体能力、戦闘時の立ち回りといった悪魔の実の能力ではない部分では白ひげに太刀打ちできなかった。

 そして、その部分は基礎であり、なおかつもっとも重要な部分であるから、そこを鍛えたいということだろう。

 能力に頼らなくても強いが、能力に頼るともっと強い――それこそルナシアが目指している場所だと彼は確信する。

 そして、それを見抜けなかったことを悔しく思う。

 

 そんな思いは顔には出さず、彼は問いかける。

 

「しばらく霧に閉じ込めると言ったが、最長ではどのくらいなんだ?」

「それは内緒。もしかしたら1日や2日かもしれないし、1週間よりも長いかもしれない」

「その間、君だって休息は必要だろう?」

「私は吸血鬼だから、そこらの生物の血を吸えば問題ないわ。あと体力には少し自信があってね」

 

 その発言からレイリーはルナシアが覚醒した能力者だと判断する。

 だが、覚醒によってこの霧のような能力を扱えるのかは判断がつかない。

 

 また彼がもう一つ予想したことがある。

 

 この霧はルナシアそのもの。

 ならば――霧の範囲内にいる生物を全て吸血することもできるんじゃないか、と。 

 

 どこまでできるか分からないが、恐ろしい吸血鬼であるのは間違いなかった。

 

「それじゃ霧を解除するから。ロジャー、後は任せた」

 

 ルナシアはそう言って、霧を解除した。

 そして、濃霧は唐突に消え去り、彼女はロジャーとレイリーの傍に立っていた。

 

「じゃ、後はよろしく」

「任せとけ! 行くぞ、野郎共!」

 

 ロジャーは叫んで、誰よりも早く駆けていった。

 彼の後を船員達が慌てて追っていくが、レイリーは船に戻ろうとするルナシアに声を掛ける。

 

「行かないのか? 行った方が鍛えられると思うぞ」

 

 休む気満々であったルナシアはレイリーにそう言われ、少し悩んだものの、すぐに好戦的な笑みを浮かべる。

 

「今回はロジャーに付き合ってみるわ」

「ああ、それがいい……後ろから斬りかかるのは勘弁してくれよ?」

「裏切りだけはしないから、そこは安心して。言っておくけど、あくまであなた達とは呉越同舟だからね」

「知っているとも。それで構わないさ」

 

 ルナシアの言葉にレイリーは笑みを浮かべて頷いた。

 そして、2人もまた戦場へ向かうのだった。

  

 

 



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過密なスケジュール

 

 ロジャー海賊団と白ひげ海賊団との戦いは夜まで続いた後、いつの間にか宴会になっていた。

 ロジャーに絡まれていたニューゲートは鬱陶しいとばかりに追い払いながらも、ルナシアを探す。

 

 彼女は宴会の場に姿を現していない為、見聞色でもって探る。

 すると海岸近いところにその気配を感じ、ニューゲートはそちらへと向かった。

 幾つもある大きな酒瓶のうち、彼が気に入っている酒が入ったものを持って。

 

 

 ルナシアは海辺で月を見上げながら、1人でつまみを食べながら酒を呑んでいた。

 今日は満月ですこぶる調子も機嫌も良い。

 

 近づいてくるニューゲートの気配も昼間よりも鮮明に分かる。

 やがて彼はルナシアの隣に座った。

 でん、と大きな酒瓶を彼女の前に置く。

 

「……お前、とんでもねぇものを隠していやがったな」

「ロジャー達にも言ったけど、馬鹿正直に手札を見せる奴なんていないでしょう」

 

 ルナシアの言葉にニューゲートは酒瓶から自らの盃に酒を注いで、それを一気に飲み干す。

 

「酒の一気飲みは体に悪いわよ?」

「うるせぇ。それよりもあの霧はなんだ?」

「内緒っていうのはダメ?」

 

 問いにニューゲートはジト目で彼女を見つめる。

 

「……教えてくれてもいいんじゃねぇか?」

「仕方がないわね」

 

 ルナシアはそう言いながら、彼が持ってきた酒瓶から勝手に酒を自分のコップに注ぐ。

 そして少し呑む。

 

「美味しい酒だわ」

「当たり前だ。俺が気に入っている酒だからな」

「それじゃ、代金として話してあげる」

 

 ルナシアは不敵に笑って告げる。

 

「あの霧はかなり特殊でね。何と言えば分かりやすいか、言葉に困るんだけど……肌に纏わり付くような感じはしなかった?」

「したな……何というか、不快な気分だった。それに出ようと思って移動しても、全然出られねぇ……」

自然(ロギア)系をイメージしてもらえると分かりやすいかも。あれも広範囲を覆う気体とか液体とかそういうのあるじゃない? アレのちょっと特殊な形」

「……ということはお前、覚醒した能力者か」

 

 ニューゲートは理解する。

 覚醒しているからこそ、自然(ロギア)系のようなことができるのだ、と。

 

「それもあるんだけど……あなたとは腐れ縁だから特別に教えてあげる。秘密を守ることに自信はある?」

「俺の口を割らせるより、天地をひっくり返す方が簡単かもしれんな」

 

 そう言って笑うニューゲートにルナシアはそれもそうだ、と思いつつ、告げる。

 

「私が食べたのはヒトヒトの実で幻獣種、モデルは吸血鬼。ロックスが狙っていたやつよ」

「なるほど、読めたぞ。だからロックスはお前を連れていたのか」

「え? それだけで分かるの? 予知能力か何か?」

「そうじゃねぇよ。奴は不確定要素を取り除きたかったんだろう」

 

 そこで彼は盃に酒を注ぎ、一気飲みしてから再度口を開く。

 

「お前を手元に置いて育てれば強力な戦力になり、またその過程でその実は何ができるかまでも知ることができる……万が一、敵対されても情報があるのとないとでは大違いだ」

「彼はそういうことを言わなかったけど、たぶんそれが正解だと思う」

 

 ルナシアはそう答え、少しの間をおいてから言葉を続ける。

 

「私は伝承や伝説における吸血鬼の様々な特殊能力が使えるのよ。霧も吸血鬼の能力……でも、ただ霧で覆っただけじゃないわ」

「だろうな。霧の中から急にお前が現れては消え、消えてはまた現れる……しかも色んな方向から同時に。見聞色で探ったがお前の気配が至るところにあった。本体はどこにあった? 黄泉を持っていたのが本体だと思ったんだが……」

「いいえ、本体は霧そのものよ。乱暴に例えるとあの時のあなたは私の体内にいたようなものだわ」

 

 ニューゲートは納得したかのように頷き、問いかける。

 

「あの状態のお前を倒すには霧を攻撃するしかねぇのか?」

「ええ。でも私の再生能力がそれを無意味にする。覇気を纏って攻撃すれば霧は晴れるけど、すぐに元通りになるというわけ」

「俺が大気を揺らしてもビクともしなかった……それは?」

「いや、アレは効いていたわよ。攻撃した方向の霧が晴れたでしょ?」

 

 ニューゲートは記憶を探り、思い出す。

 確かにその方向の霧は晴れたが、短時間で元に戻ってしまった。

 再生能力を上回れなかった、と彼は思いながら告げる。

 

「お前、強いじゃないか……」

「でも、この能力無しなら私は弱かったのは間違いない……これからよ」

 

 不敵に笑うルナシアにニューゲートもまた笑いつつ、疑問をぶつける。

 

「ところで、何でお前がロジャーの船に乗っているんだ?」

「利害の一致ってやつ。ロックスと張り合ってたっていうから、強いと思ったのよ」

「なるほどな……いつ抜けるんだ?」

「え、何? 私を勧誘したいの?」

「アホンダラ。お前がいると面倒くせぇからに決まっているだろうが……」

 

 ニューゲートの言葉にルナシアは口を尖らせつつも答える。

 

「たぶん1年くらいかな。それくらいを目処に船から降りるわ」

「ああ、そうかい。それは良いことを聞いた」

「……ところでニューゲート、予想していると思うけど……私の能力はアレだけじゃないからね」

「教えてはくれねぇんだろ?」

「戦うとき体に直接教えてあげる」

 

 ルナシアはそう答えつつ、改めて自分が食べた実はトンデモナイと思う。

 吸血鬼ができるとされていることなら、大抵のことはできるかもしれない。

 能力方面ももっと鍛えたいところだが、これはこっそりと鍛えることになる。

 

 悪魔の実の能力で何ができるか、どこまでできるか。

 それを他者には秘密にしておくことが重要だとロックスから教わっていた。

 

「お前が準備万端に整えて、表に出てきたなら……厄介だな」

「当たり前よ。将来、勢力図を大きく変えてやるわ。それが私の野望ってやつね」

 

 ルナシアは自信満々にそう告げた。

 同時に彼女は決意する。

 

 明日からメシとおやつと風呂と睡眠以外はロジャー達と戦おう。

 それが一番手っ取り早く目標を達成できる――

 

 これまでも戦っていたのだが、さすがにそこまで過密なスケジュールではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、白ひげとの戦い以後、ルナシアは決意した通りにロジャー達と戦闘を繰り返し行った。

 起きている時間、基本的に彼女は誰かしらと戦っていたと言っても過言ではない。

 しかし、そんな生活をしていても彼女は三度のメシとおやつを食べて、風呂に入って寝れば翌日には体力が全回復している。

 それだけではなく、どこまで休まず戦えるかという試練を己に課して、ルナシアは一切休まずに3日間も戦い続けたことがあった。

 

 また彼女は怪我をすることに躊躇いが全くない。

 例えば片手一本犠牲にして相手の行動を封じられるならば、即座に彼女はそれを実行する。

 

 当初は寸止め前提の模擬戦であったが、ルナシアの躊躇いの無さやその再生能力、また彼女本人が望んだということもあり、すぐに寸止めの無いものとなった。

 それは急所を狙わない、殺さないというルールがルナシアに対してのみ課された以外は何でもありのものだ。

 

 ロジャー達にとってもこれは利点がある。

 ルナシアのような再生能力を持った敵と戦う可能性が無いとは言い切れない為だ。

 

 まさしく利害の一致で、ルナシアは覇気をはじめとした悪魔の実の能力ではない部分を大きく鍛えることができ、なおかつ戦闘経験も豊富に積むことができた。

 一方でロジャー達は異常な体力と再生能力を備えた敵に対する戦闘経験を多く得られた。

 

 こうして目的を達成したルナシアはお世話になった礼を言い、ロジャー達に惜しまれながらも船から降りる。

 白ひげとの戦いからおよそ1年後のことだった。

 

 

 以後、ルナシアはこれまで通り覇気などを鍛えつつも、能力を鍛える方に重点を置く。

 これまででも能力は凶悪であったのだが、もっともっと強くなりたい、まだまだ何かができる筈だという強固な意志を抱いて、彼女は鍛錬に励んだのだった。

 



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ルナシアの動きと大海賊時代の幕開け

 ロジャーの船から降りて2年間、みっちりと能力に重点を置いて鍛えたルナシアは将来の幹部候補を育てる為、孤児を集め始めると同時に傘下の海賊達の中から見どころがある者を幹部候補とした。

 なお、傘下の海賊達は以前よりも大きく増加していた。

 ここ数年で開拓をしている為、行き来する船が多いという情報が広まったのか、海賊達がちょっかいを掛けてくるようになり、彼らを叩きのめして忠誠を誓わせた為だ。

 

 傘下から引き抜くのはともかくとして、孤児は自分だけで集めるのは効率が悪いので、同時並行で各地における孤児院の創設に動く。

 孤児院で教育を施して優秀な者を引き抜くという寸法だ。

 

 彼女は偉大なる航路だけでなく、東西南北の4つの海にある島々まで遥々赴き、途中で見かけた海賊は勿論のこと現地にマフィアなどの無法者が蔓延っていれば力づくで彼らをぶちのめし、自分に忠誠を誓わせ傘下としていた。

 その上で現地住民達と協議し、同意を得た後に孤児院を創設し、孤児を集めつつ彼らを教育・世話をする人員も住民の中から希望者を雇用する。

 

 勿論、この時には交易や安全保障の提案、移民募集をすることも行い、また現地にヒューマンショップがあれば奴隷を根こそぎ買い取って解放し、希望者がいれば開拓民として自分の島へ送る。

 ルナシアの動きに世界政府と海軍はロジャーや金獅子、白ひげといった連中が暴れまわっていることもあって今は見逃すという判断を下してしまう。

 

 これを僥倖としてルナシアはウォーターセブンにいる船大工トムに会いに行く。

 彼女はロジャーの無茶苦茶振りを土産話として交流を深める中で、トムから海列車という構想を聞かされる。

 その構想に彼女は思いっきり食いつき、全てを聞き終えるや否や全額出資したい旨を申し出た。

 トムは仰天したが、断る理由もなく有り難くその申し出を受ける。

 ルナシアはバッキンと電伝虫でやり取りをしながら、数日間掛けて契約書を作成し、トムに契約内容を隅から隅まで説明した上で契約を結んだ。

 

 海列車の開発設計・製造は困難であるが、ルナシアは時間とカネ、人手、資源を掛ければ不可能なことはあんまりないと信じているタイプだ。

 また彼女は海列車に関する契約を結んだ後、自らの海賊船の設計・建造に関する契約もトムと結んだ。

 どんな海賊船にしたいか、ルナシアはトムに力説し、彼もまた彼女の説明を受けて色々と提案する。

 

 詳細な部分まで詰めることができた為、ルナシアは大満足でウォーターセブンを後にした。

 そして、彼女は西の海にあるオハラでも学者達への支援契約を締結する。

 基本的に研究者や技術者とは仲良くしておいた方がいいというのが彼女のスタンスだ。

 

 

 孤児院創設・各島との友好的な通商関係構築・研究者や技術者達への支援などなど――

 

 一連の活動をルナシアは長期に渡って精力的に行い、その勢力圏は急速に拡大していき――世界政府も海軍も簡単に手出しはできなくなってしまう。

 事態を重く受け止めた世界政府により懸賞金額が驚くほどに跳ね上がったが、彼らができたのはそれだけであった。

 

 そして、ルナシアは最後の仕上げに取り掛かる。

 その計画は世界政府に対する明確な宣戦布告であったが、その反面民衆から絶大な支持を得られるものであった。

 しかし、その矢先にロジャーが世界政府に自首し、ローグタウンで近日中に公開処刑されるという情報が飛び込んできた。

 更には計画に必要なシキがマリンフォードに単身乗り込んで海軍に捕まり、インペルダウンに収監されてしまう。

 とりあえず彼女はローグタウンへ向かいつつ、万が一を考えてローグタウンへ自身が育てた幹部達のうち、動ける面子を電伝虫を使って召集した。

 

 

 

 

 

 

 

 海軍の警備なんぞルナシアには意味がない。

 建物全部を海楼石で作らない限り、能力を使ってどこにでもこっそり侵入できる為だ。

 だが、念の為に牢獄周辺の警備の海兵達を気絶させた。

 

 そして牢獄に囚われているロジャーにルナシアは声を掛ける。

 

「久しぶりね、ロジャー」

「おお、ルナシアか……久しぶりだなぁ」

 

 どうやって来た、などとロジャーは聞かない。

 色んな島に現れる、神出鬼没のルナシアという新聞記事を自首する前に読んでいた為だ。

 

「偉大なる航路を制覇して海賊王になった時、お祝いの品でも贈れば良かったかしら?」

「じゃあ酒はあるか? 祝いの品ということでくれ」

「そうくると思って持ってきたわ」

 

 ルナシアは自らの体を霧化して、鉄格子の間をすり抜けて牢獄の中に入る。

 彼女は懐から小さな酒瓶を2つ取り出し、その蓋を開けて彼の手に持たせた。

 彼の両手は手錠で繋がれているが、飲むことはできる。

 

 ロジャーはそれを一気に半分程飲んだ。

 

「美味い酒だ」

「お気に入りだもの」

 

 そう言ってルナシアもまた酒瓶に口をつけて少しだけ飲む。

 

「で、どうして自首を?」

「まあ、もう言ってもいいか……不治の病というやつでな。長くねぇんだ」

「それ、シキが知ったら仰天するわよ。彼、あなたを自分で処刑するって1人でマリンフォードに乗り込んで捕まったみたいだし」

「あいつらしいな」

 

 ゲラゲラ笑うロジャーにルナシアは呆れながらも問いかける。

 

「そういや白ひげとも自首する前に酒を呑んだ。あいつめ、お前が最近やっていることについて、悪知恵の回るクソガキだとか言っていたぞ」

「あいつのヒゲを引っこ抜いとくわ」

「そいつが見れねぇのが最大の未練かもしれねぇ……」

 

 ロジャーは豪快に笑うが、途中で咳き込み吐血する。

 

「相当重症みたいね」

「ああ、どっちにしろ明日には終わりだ……冥土の土産にラフテルへの行き方でも教えようか?」

 

 そう問いかけるロジャーにルナシアは肩を竦めてみせる。

 

「ラフテル……笑い話って島に名付けるくらいなんだから、笑うしかないようなものがあったんでしょう?」

「ま、そこは実際に行った時のお楽しみだ。お前は情報を集めているか?」

歴史の本文(ポーネグリフ)が怪しいと思っている。単なる歴史的な遺物ってわけじゃないでしょう、アレ」

「勘がいいな。それを辿っていけばいい。ただ進むだけじゃダメだ」

 

 なるほどね、とルナシアは頷いて問いかける。

 

「で、ラフテルとかいう遠い島のことよりも、手近なところにお宝は隠していないの?」

「ねぇな! 何にもねぇ! 解散する時に全部使っちまった!」

 

 言い切るロジャーにルナシアはジト目で彼を見ながら問いかける。

 

「何か言い残したりするの? 明日の処刑のときに」

「ラフテルへの行き方を俺なりに言ってやろうかと思っているが、良い言葉が思い浮かばねぇ。何かないか?」

 

 問われてルナシアはにんまりと笑う。

 

「あなたの財宝があるとでも言っておけばいいんじゃないの? そうすりゃ血眼になって探すわ」

「そりゃいいな。そうするか」

 

 そう答えてロジャーはひとしきり笑ったところで告げる。

 

「会いに来てくれて嬉しかったぞ、ルナシア」

 

 そう言って残っていた酒を彼は飲み干した。

 

「ええ、あなたには一時期世話になったからね。またいずれ、どこかで会いましょう」

 

 ルナシアの言葉にロジャーは不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

「ああ、またどこかでな」

「その頃には私も笑い話の意味を知っていると思うから」

「そいつは楽しみだ」

 

 ロジャーの言葉を聞きながらルナシアは立ち上がって、微笑みながら告げる。

 

「もしもロックスに会ったら、よろしく言っといて頂戴」

「そうか、アイツと出会う可能性もあるのか……まあ、仲良くやるさ。お前も元気に暮らせよ」

「ええ、じゃあまたね」

「ああ、またな」

 

 そしてルナシアは牢獄から霧化して出ていった。

 彼女を見送ったロジャーは昔を思い出し、小さく笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、処刑を間近に控えたロジャーを見守る群衆の中に、かつての船員達だけでなくルナシアがいるのに彼は気がついた。

 そして、その傍には彼女の仲間と思われる連中もいる。

 

 どいつもこいつも実力者であることが一目見ただけで分かったが、その中で彼が驚いたのは黒刀・夜を背中に背負っている青年がいたことだ。

 鷹の目のような男で、底知れぬ強さを感じる。

 

 

 誰かとつるむような性格では無さそうだが、どうやってルナシアは引き込んだのだろうか――?

 というか、ルナシアが夜を誰かに渡すことが信じられねぇ――!

 

 

 そんなことを思っているといつの間にやら処刑の時間となった。

 首が落とされる間際に彼は叫ぶ。

 

「俺の財宝か? 欲しけりゃくれてやる! 探せ! この世の全てをそこに置いてきた!」

 

 

 

  

 

 

 ロジャーの放った言葉。

 すぐに彼の首は落とされたが、その言葉は群衆の誰もが聞いた。

 海賊王と呼ばれた男の財宝。

 それがあることに誰もが興奮し、歓声を上げた。

 

 その中でたった1人、ルナシアは笑っていた。

 大きな悪戯が成功した子供のように。

 

「……何を笑っている?」

「ええ、ミホーク。一人の偉大な男が最後の最後でとびっきりの悪戯を成功させたのよ。面白いじゃない」

 

 意味が分からんとばかりに肩を竦め、彼は踵を返す。

 

「あら、もう行っちゃうの? せっかく集まったのに……」

「孤児だった俺を拾い、育ててくれたことは感謝する……良い刀を授けてもらったことも」

 

 だが、と彼は続ける。

 

「まだこれを充分に使いこなせているとは言い難い。俺は修行に行く」

「……育て方を間違えたわ」

「案ずるな。今回のようにお前の呼びかけには応じる。俺なりのやり方で恩も返す。ではな」

 

 そう告げて、ミホークはその場を後にした。

 彼に続いてその場を離れる者がいた。

 

「クロコダイル……あなたも?」

「俺は俺のやり方でお前に貢献する……お前は俺と仲間達を直属の部下としてくれたからな。お前の方針に反することはしないから、安心しろ」

「はいはい、でもニューゲートとかにちょっかいを掛けたりはしないでね。面倒くさいから」

 

 その言葉を背中で聞きながら、彼もまた去っていった。

 もはや予想がついている為、ルナシアは特に驚くこともなく残る2人へ視線を向けた。

 

「で、やっぱりあなた達ももう行くわけね。ドフィ、テゾーロ……」

「ああ、俺なりのやり方で恩返しさせてもらうさ。あんたの方針に沿ってな」

「同じくだ。大きな恩がある……裏切ったりはしねぇ。勢力拡大に貢献する」

 

 ルナシアは肩を竦めてみせる。

 

「とりあえず、テゾーロはステラと末永く幸せに爆発しろ」

「それは祝っているのか? それとも呪っているのか?」

「私なりの祝福よ」

 

 ルナシアとテゾーロのやり取りを聞いて、ドフラミンゴは笑いながら去っていった。

 彼の後ろ姿を見送り、ルナシアはテゾーロに問いかける。

 

「テゾーロ、あなたはどうするか教えてくれても……?」

「まだ具体的な計画はないが、能力を活かしてカジノでも開こうかと思っている……しかし、どうして俺にゴルゴルの実をくれたんだ?」

「あなたは貧しさを知っているからね。あとステラを幸せにしてやりなさい」

 

 優しく微笑みながら告げるルナシアにテゾーロは何だか恥ずかしくなって、顔をそらしながら、走り去った。

 

「……というか、どいつもこいつもボスを置き去りにしていくって酷くない?」

 

 ルナシアは頬を膨らませつつ、何気なく見聞色で周囲を探ってみると――中々良いヤツを見つけた。

 彼女から程近いところにいる為、早速そちらへ向かう。

 

 そこにいたのは悪魔っぽい見た目をした青年であった。

 ルナシアは声を掛ける。

 

「ねぇ、あなた。強そうね。ちょっと私と戦ってみない?」

「キシシシ、俺とやり合おうってのか? このモリア様と!」

「ええ。私に負けたら全てを差し出してくれるかしら?」

「おもしれぇ! やってやろうじゃねぇか!」

 

 ルナシアはニコニコ笑いながら、懸賞金の額を聞いてみた。

 

「懸賞金はいくら?」

「俺は2億ベリーだ! だが、すぐに3億になる筈だ……!」

 

 意外と大物だったとルナシアは感心してしまう。

 するとモリアが問いかけてくる。

 

 

「お前も海賊なのか? 手配書で見たことあるような……」

「私の首を持ってけば億万長者になれるわよ。私も億超えでね」

「キシシ! じゃあそうするぜ!」

「場所を変えましょうか」

 

 ルナシアの提案にモリアは承諾し、彼に良い場所があると言われてルナシアはついていった。

 そして、彼女が案内されたのはモリア率いるゲッコー海賊団の船であった。

 

 モリアを筆頭にルナシアを取り囲む数多の手下達。

 しかし、彼らを前にして彼女は微笑みながら告げる。

 

「せめて1分は頑張ってほしいわ」

 

 それを挑発と受け取ったゲッコー海賊団はモリアを先頭にルナシアへ殺到し――すぐに彼らは全員が甲板に倒れ伏した。

 ルナシアが放った覇王色の覇気に耐えられなかった為だ。

 薄れゆく意識の中、モリアは聞いた。

 

「そういえば私の懸賞金の額、確か35億ベリーくらいだったわ。言い忘れていて、ごめんなさい」

 

 彼はその額を聞き、思い出した。

 最後の力を振り絞って、彼は顔を上げ――告げる。

 

「てめぇは……不死身のルナシア……! 何で、こんなところに……」

 

 そう言って彼は気を失った。

 

「ロジャーを見送りに来たのよ……聞こえてないか」

 

 殺したわけではない為、ルナシアはモリアの横に腰掛けて、彼らが起きるのを待つことにしたのだった。

 



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ある儲け話

 インペルダウンはその日、夕方から霧が発生し始め夜になると1m先も見えない程の濃霧に包まれていた。

 予報には無かったが、明日になれば霧も晴れるだろうと誰も気に留めなかった。

 一方、通風孔をはじめとした様々なところからインペルダウン内部にも霧は侵入し、じわじわと広がりつつあった。

 

 だが屋外とは違い、屋内の霧は視界を妨げる程のものではなく、業務に支障も無かった為、誰もが気にしなかった。

 折しも1ヶ月前のロジャーの処刑により世は大海賊時代を迎えており、収監される海賊の増加について協議する為に署長や副署長をはじめとした主だった面々がマリンフォードへ出向いていた。

 彼らがインペルダウンに戻ってくるのは3日後の予定だった。

 

 それは不幸中の幸いであったかもしれない。

 

 

 真っ先に違和感に気がついたのは見回りをしていた看守達であった。

 うっすらと立ち込めている霧が何となくだが、肌に纏わりつくような気がしたのだ。

 しかし、相手は霧であり、気のせいだろうと彼らは思って報告しなかった。

 

 そして午前0時を過ぎた頃には霧はすっかりインペルダウン内部を制圧したような形となっており、各階層の牢獄から詰め所から果ては職員の居住区やトイレの中にまで広がっていた。

 

 さすがに異常事態ではないか、と留守を任されていた副看守長はマリンフォードへ連絡するも、霧がインペルダウン全体に広がっているというだけのことに海軍側は対処のしようがなかった。

 海賊の襲撃や囚人達の反乱といったことなら大事だが、そういうことではなく単なる自然現象だ。

 もし注意深く霧の動きを観察していれば、海楼石でできたものの近くには行かない事が分かったかもしれない。

 だが、もはや全ては遅かった。

  

 そして、午前1時23分。

 運命の瞬間は訪れた。

 

 突如としてインペルダウン全階層に数多の笑い声が木霊する。

 それは少女のものであったが、しかしどこにもその姿はない。

 

 異常事態であることは確かで、再度海軍へ連絡するよう副看守長が職員達に命じた直後のこと――突如として彼は全身から血を吹き出して、みるみるうちに干からびて倒れ伏した。

 

 目の前にいた職員達は事態の把握が全くできなかったが、その血液が浮き上がって霧の中に溶けていったのを目撃する。

 彼らは慌ててその場から逃げ出したが――もはや逃げ場などインペルダウンにはどこにもなかった。

 逃げる彼らはあっという間に副看守長と同じ末路を辿り、それはインペルダウン内外の至るところで起きていた。

 インペルダウンの近くを哨戒していた数隻の軍艦でもそれは同じだった。

 

 

 しかし、囚人達には一切の被害はなく、彼らはただ呆然と看守達が何かに血を抜かれて死んでいくのを見るだけであった。

 

 僅か5分でインペルダウンの職員達及び周辺の軍艦に乗り組んでいる海兵達の血液を吸い尽くした存在は、各階層の牢屋の前に姿を現した。

 それは金髪を長く伸ばし、紅い瞳が特徴的な10代後半程の少女だった。

 彼女は自分に忠誠を誓うならば脱獄させ、さらにその後の生活などの保障をすると宣言した。

 囚人達はその少女がどんな存在かを知っており、一も二もなく忠誠を誓うことを口々に叫んだ。

 そして、レベル5までの各階層にて囚人達の一斉脱獄が幕を開ける。

 しかし、彼女にとってレベル5までの囚人達は行きがけの駄賃程度のもので、目当ての存在はレベル6に捕まっている輩であった。

 

 

 

 

 

「……ジハハハ、お前か。ルナシア」

 

 気配で察し、シキは牢屋の外に現れた人物に声を掛けた。

 

「ええ、そうよ」

 

 ルナシアはそう言いながら、シキの牢屋の扉を開けて中へと入る。

 

「何の用だ? 昔みたいに剣術でも習いたいのか?」

「それはそれでいいけど、儲け話があってね。それにあなたが必要なのよ」

 

 彼女はそう答えつつ、シキの手枷足枷を外し、彼の前に桜十と木枯しを置いた。

 

「俺に恩を売りに来たのか?」

「ま、そんなところね。あとついでに手下を増やしたかったから」

「お前の気配が至るところにあるのは……お前の能力か?」

「ええ。でもレベル6から逃がすのは今回はあなただけよ」

「ジハハハ! そいつはありがてぇな!」

 

 そう言いつつ、彼は自らの得物を床から取って腰に差す。

 そんな彼にルナシアは厭味ったらしく告げる。 

 

「そういや髪型を変えたのよね。ロジャーにやってもらったんだって? 頭に舵輪をつけるなんて……私にはそのセンスが理解できないけど」

「相変わらずのクソガキで安心した。それで、お前の儲け話とやらは俺にも利益があるんだろうな?」

「ええ、財宝があるわ。再起の為にもカネは必要でしょ? もしかしたら計画の参加者は増えるかもしれないけど、それでも充分過ぎる程のカネは手に入ると思う」

 

 ルナシアの言葉に頷きつつ、彼は問いかける。

 

「どこをやる?」

 

 彼の問いかけに彼女は不敵な笑みを浮かべて告げる。

 

「マリージョアよ。天竜人達の屋敷なら財宝なんてそこら中に転がっているわ」

 

 シキは目を丸くしたが、すぐに獰猛な笑みを浮かべる。

 

「良い獲物だ」

「ええ。あなたは船も浮かせられるでしょう?」

「ああ、問題ない。俺が船を浮かせてマリージョアに持っていくんだな?」

「そういうこと。襲撃は私、輸送役兼船の護衛はあなた……どう?」

「問題ねぇ。昔みたいに仲良くやろうじゃないか、副船長」

 

 彼の言い方にルナシアは期待を込めて問いかける。

 

「ということは私の配下に?」

「ジハハハ! 馬鹿を言うな! 今回は手を組むだけだ!」

 

 そう宣うシキをルナシアはジト目で見ながら告げる。

 

「それじゃさっさと逃げましょうか。他の囚人達はもう逃しているから」

「ああ、だがその前に……」

 

 瞬間、シキは桜十を神速で抜き放ち、ルナシアを真っ二つに斬ろうとし――彼女の片腕に阻まれた。

 それは腕を犠牲にして止めたのではなく、武装色の覇気を纏わせて受けたのだ。

 シキは笑みを深くする。

 

「ジハハハ! このクソガキめ、よくも止めやがったな!」

 

 シキにとっては全力どころか本気ですらない、ただ武装色の覇気を纏わせただけの一撃。

 しかし、昔のルナシアであるならば防御も回避もできない速さと威力であった。

 

「能力無しでも悪くねぇ強さだ」

「当たり前よ。昔だって能力込みでいいなら覇権争いに参加できたわよ?」

「だが、お前はそうしなかった。その結果が今のお前だ……本当に、やべぇ化け物になりやがって」

 

 シキは最大級の賛辞をルナシアへ送った。

 彼とて彼女が何をやっていたか知っている。

 一般的な海賊らしからぬことをずっと彼女は地道にやってきた。

 その結果、もはやどの海賊すらも及ばない程の勢力圏を築き上げている。

 

「シキ、しつこく勧誘していい? 私は諦めが悪いから」

「ジハハハ……ムカつくガキだ。ま、聞くだけ聞いてやる」

「決まり。これから勧誘しまくるから覚悟しといて。それじゃ逃げましょうか」

「おう。一応聞くが……看守達はどうしたんだ?」

 

 シキの問いにルナシアはわざとらしく口の牙を見せつけつつ、告げる。

 

「私の夜食になったわ。大変美味しく頂きました」

 

 その言葉に彼は意味を察し、盛大に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして数時間後、夜明けと共にインペルダウンに多数の軍艦が到着した。

 彼らはインペルダウン及び周辺を警備していた軍艦からの連絡が途絶した為、派遣された艦隊だ。

 消えた軍艦の捜索が開始されると同時に調査隊がインペルダウン内部に入る。

 そして、彼らが見たものは数多の干からびた死体であった。

 同時に囚人達の脱獄――特に金獅子のシキが逃げていることが判明したが、世界政府は非公開を決定し、同時に関係者達に箝口令を敷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

「オヤジ! 霧が近づいてくる!」

 

 エドワード・ニューゲートはそんな報告を聞き、何となく嫌な予感がした。

 

「霧には良い思い出がねぇんだよな……」

 

 思い出すのはルナシアだ。

 あれ以来、会うことはあっても戦うことはなかったが、正直二度と戦いたくないというのが本音だ。

 色々と彼は対策を考えてみたが、良いものが浮かばないというのがその理由だ。

 

 本体が霧であり、しかも異常な再生能力によって生半可な攻撃では意味がない。

 当時のニューゲートが全力で大気を揺らしても、すぐに元に戻ってしまう程の厄介さだ。

 

 今の方が当時よりも力は増しているが、ルナシアの方はもっと増しているのは想像に容易い。

 

「あのクソガキめ、本当に強くなりやがった。こっちは老いて衰えていくだけだというのに……」

 

 ルナシアの最大の脅威は若いままであること。

 それこそロックス海賊団当時から彼女の姿は変わっていない。

 ニューゲートをはじめとした強豪達が加齢によって衰えていく中で、一人だけ全盛期の力を保持しつつ、さらにそれを鍛えて伸ばすことができる。

 

 その事実にニューゲートは軽く溜息を吐きながらも、見聞色で船の近くまで来ている霧を探ってみれば案の定、ルナシアの気配がする。

 

 息子達にルナシアの厄介さを教えてやるか――

 

 もうかなり前のことであり、当時あの場にいたとしても忘れている者が多いだろう。

 また新しく息子になった者も多い為、教えておく必要があった。

 

 

 ニューゲートは椅子から立ち上がり、おもむろに霧が近づいてくる左舷側へ歩いていく。

 彼の動きに甲板にいた息子達が注目する。

 

「オヤジ!」

「マルコ、お前は見たことがあったか?」

「何がだよい?」

「ルナシアの厄介なところだ」

 

 ニューゲートの問いにマルコは首を傾げる。

 そういやコイツが入ってきたのはあの後だったか、とニューゲートは思い出しつつ、告げる。

 

「おい! 息子達よ! あの霧をよく見ておけ!」

 

 ニューゲートは全力で霧に向かって大気を殴りつけた。

 その行動にマルコ達はぎょっとしたが、霧を見て驚愕した。

 

 霧はニューゲートの攻撃を受けて跡形もなく消し飛んだかのように思えたが……僅か数秒で元通りになった。

 

 普通の霧ならばこんなことにはならない。

 

「アレがルナシアだ」

「ルナシア……?」

 

 マルコをはじめ、ニューゲートの息子達は皆一様に首を傾げた。

 彼らのオヤジに会いに来るとき、ルナシアは船でやってくるからだ。

 

「ああ。見ろ、俺が攻撃したから速くなったぞ」

 

 ニューゲートの言葉にマルコ達が霧を見れば、先程よりも明らかに移動速度が上がっている。

 霧というのは漂うものであって、意思があるかのように空を飛んでくるものでは断じてない。

 その霧はあっという間にモビー・ディック号に到達し、甲板の一角に集まって人の形を作っていき――ルナシアとなった。

 彼女はニューゲートをビシッと指差して告げる。

 

「ニューゲート! 喧嘩を売ってるなら買うぞこのクソ野郎!」

「アホンダラ。予約も無しに人の船に乗ってくるんじゃねぇ」

「海賊船に乗るのに予約が必要なんて初めて知ったわ。あ、マルコ。ココア頂戴」

「おいマルコ。ココアなんて勿体ない。コイツには水で充分だ」

「あ? ヒゲ抜いてロジャーの墓前に供えるぞ?」

「何だとこのクソガキが……!」

 

 そんな会話を繰り広げる2人であったが、マルコ達は驚きのあまりただ呆然と見ていることしかできなかった。

 

 

 

 およそ10分後、ルナシアとニューゲートの口喧嘩という名の挨拶も一段落し、2人は向かい合って座っていた。

 ニューゲートには酒の入った盃が、ルナシアにはココアの入ったマグカップがそれぞれの手元にあった。 

 

「色々と言いたいことはあるが……お前、霧の状態で移動なんてできたんだな」

「スゴイでしょ?」

「まあな。で、何の用だ?」

「そろそろ私の配下に……」

「お断りだ。お前、本当にしつこいな……」

 

 ニューゲートはそう答えて、酒を飲む。

 

「こういうのはしつこくやらないとね。で、本題だけど1週間前にシキをインペルダウンから逃してきたから」 

 

 ニューゲートは思いっきり酒を吹いた。

 ルナシアはすかさず回避したが、酒の勢いは強く、たまたま彼女の後ろに立っていたジョズにぶっかかってしまった。

 

「オヤジ……」

「す、すまん!」

 

 ニューゲートはジョズに謝りつつ、ルナシアへ問いかける。

 

「お前、何を考えているんだ……?」

 

 その問いに、待ってましたと言わんばかりにルナシアは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ニューゲート、実は儲け話があるんだけど……」

 

 そう切り出すルナシアに、ニューゲートはあの時のことを思い出してしまう。

 故に彼は問いかける。

 

「世界の王にでもなるつもりか?」

「そうじゃないわ。もうちょっと即物的なもの」

「ほう、言ってみろ」

 

 ニューゲートは今度は酒を飲まず、ルナシアに説明を求める。

 

「マリージョアを襲うんだけど来る? シキとは手を組んであるわ」

「……お前、ロックスみてぇだな」

 

 儲け話のスケール自体はロックスより小さいかもしれないが、それでもそこらの海賊では思いもしないことだ。

 

「そうでもないわ。ところで大海賊時代と世間じゃ今は言うらしいわね」

「ああ、そうらしいな」

「たくさんのルーキー達に、我々のことをよく知ってもらう方が無用な衝突は減る。そう思わない?」

 

 ルナシアの問いかけにニューゲートは笑って問いかける。

 

「シキに俺か。まるで昔のようだな……」

「昔みたいにやるのもいいかもね。世界政府と海軍に我々の脅威を思い出させてやるのもまた一興……で、どうする? 本気で昔みたいにやるならリンリンとカイドウも誘ってみるけど」

 

 ニューゲートは盃に酒を入れて、一気に飲み干す。

 つい先程、これから先は老いて衰えていくだけということを考えていたのが理由かもしれない。

 彼はやる気になっていた。

 

「財宝とかそういうのには興味は無い……だが、俺が老いて動けなくなる前に大暴れしておきてぇな……!」

 

 獰猛な笑みを浮かべるニューゲートにルナシアもまた同じ笑みを浮かべる。

 

「私から提案しておいて何だけど……息子達に迷惑が掛かるわよ?」

 

 ルナシアの問いにニューゲートは豪快に笑い、そして告げる。

 

「白ひげ海賊団として参加するんじゃねぇ……俺が個人的に参加するだけだ」

 

 彼はそう告げ、周囲にいるマルコ達に宣言する。

 

「お前ら、俺のワガママを許してくれ……今ならば俺は全力で戦える……! 後先考えずに突っ走ってみてぇんだ……!」

「ちなみにだけど、彼が死ぬようなことはないから。一方的にマリージョアを潰してくるだけだから安心して」

 

 ルナシアの補足説明にニューゲートは素直に心の中で感謝しておく。

 感謝を口に出すと面倒くさいことになるからだ。

 

 マルコ達にはニューゲートのワガママを止める理由がない。

 むしろ、オヤジと慕う彼が全力を出している光景を見られないことの方が悔しい。

 間近でその戦いっぷりを見たいというのが共通した思いだ。

 

「実行日時はいつになりそうだ?」

「リンリンとカイドウがどっちも拒めばかなり早いけど、参加するってなったら調整に少し時間が掛かるかも」

「楽しみに待っているぜ……ああ、だが仲間殺しは無しだぞ」

「分かっているわ。ところであなたは少し酒を控えなさい。そうすると計画成功後に飲む酒がより美味しくなるわよ?」

 

 ルナシアの言葉にニューゲートは豪快に笑いつつ、努力はしてみると答えるのだった。

 

 



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ロックス

「ルナシア、久しぶりだね。よく来てくれた!」

 

 シャーロット・リンリンは機嫌良くルナシアに向けて言った。

 彼女が機嫌が良い理由は美味しいお菓子を食べたからというものではなく、ルナシアが来たからである。

 

 万国とルナシアの勢力圏内にある島々は交易が非常に盛んだ。

 万国からはお菓子をはじめとした食品類が大量に輸出される一方で、ルナシアの方からは食品以外のものを輸入している。

 かつてロックス海賊団時代にリンリンとルナシアが結んだ約束はしっかりと生きており、これによって双方揉めることなく友好的な通商関係を構築している。

 

 商人達からすれば非常に安全・安心の取引であり、なおかつ適正レートで行われる為、この交易に参入する者は後を絶たない。

 この交易ルートにちょっかいを掛ける者はリンリンとルナシアの双方を敵に回すことになるからだ。

 

 リンリンからすればルナシアがここまで大勢力になるとは思いもよらず、また彼女は裏切ることなく変わらずに友好的であり、なおかつ交易で儲けさせてくれる。

 そんなルナシアを歓迎しない筈がない。

 

「ええ、久しぶりね。リンリン、ちょっとした儲け話を持ってきたんだけど……」

 

 ルナシアの言葉にリンリンは前のめりになる。

 

「どんな話だい?」

「今度マリージョアで昔みたいに皆でパーティーしようと思うんだけど、あなたも来る? 財宝取り放題イベントを予定しているわ」

「昔みたいにってことは白ひげや金獅子も来るのかい? 白ひげはともかく金獅子はインペルダウンにいるんじゃ……」

「シキなら私がこの前、脱獄させたから。世間には非公表だけども」

 

 ルナシアのまさかの発言にリンリンは目を丸くするが、それも一瞬のこと。

 彼女は大笑いした後、不敵な笑みを浮かべる。

 

「昔みたいにってことはあの船に乗っていたときのメンバーかい?」

「ええ。あなたと彼らに加えて、カイドウを呼ぼうと思っているわ。ニューゲートとシキとはもう話をつけてあってね。彼らは海賊団としてではなく個人として参加するわ」

「それなら問題はないな。おれもあの頃みたいに個人として参加するよ」

 

 リンリンの言葉にルナシアは笑みを浮かべて、満足げに頷いた。

 

「ところでルナシア。そろそろまたお前に娘をくれてやる必要があるだろう」

 

 リンリンからすれば他の男共と政略結婚をするくらいなら、ルナシアとの関係強化として彼女に娘達を出した方が良いと判断している。

 何よりも彼女の方針――種族によって区別はすれども差別はしない――というのは、リンリンの理想――世界中の全ての種族が差別される事のない理想郷を建国する――とも合致している。

 ルナシアと親密な関係を維持することはリンリンの理想を実現する為には必要不可欠なことであった。

 

 事実、ルナシアの勢力圏内では人間だろうが魚人だろうが何だろうが、極々普通に暮らしている。

 魚人よりも自分の方が化け物であると彼女は公言し、実際に死なないところ――通常の武器で自らの心臓をぶっ刺してそれが再生するところを見せるなど――を持ちネタとして勢力圏内の島々で披露して回っていることも大きい。

 しかし、あまりにも不死身ネタを披露し過ぎて、すっかり陳腐化してしまったのはご愛嬌だ。

 

 これによってルナシアのところにはリンリンの娘が結構いる。

 最初の4人に加え、ルナシアの勢力圏が広がるごとにちょくちょくとリンリンが娘を出している為だ。

 不定期に送られてくる娘達からの手紙にはルナシアとの惚気話がこれでもかと綴られており、リンリンは苦いコーヒーを飲みながらでなければ読めたものではない。

 娘達にはルナシアの為に働きたいとして自らを鍛える者も多くおり、リンリンのところへ戦力として無償で派遣されることもよくある。

 

 ルナシアに娘を出すことは、理想の実現以外にも娘達の幸せと自身の戦力強化にも繋がっており、リンリンからするとやらない理由がなかった。

 

「今回は何人?」

「4人だね。18女から21女で7歳と5歳が2人ずつだ」

「分かった。いつものアレをやるのね?」

「ああ、アレがお前との相性を見るのに一番手っ取り早い」

 

 アレとはルナシアの不死身性を見せることである。

 やることは簡単で、リンリンがルナシアに全力で一撃を叩き込むだけだ。

 木っ端微塵に砕け散ってもなお、一瞬で再生するルナシアを見て怯えたり泣いたりしなければ合格である。

 

 しかし、この適性検査の最大の問題点はリンリンの娘なだけあって、意外と多くが通過してしまい、中には笑ったり喜んだりする剛の者もいることだった。

 

 

 

 

 

 そして、リンリンの参加を取り付けたルナシアはカイドウのところへ向かう。

 百獣海賊団総督として名を馳せている彼だが、彼女からすれば――

 

「おい、見習い。酒をもってこい」

 

 ルナシアの指示に大人しく従うカイドウは彼女に大きな酒樽を手にとって渡した。

 

「すげぇ……あのカイドウ様を顎で使っている……!」

「流石はルナシアさんだ……!」

 

 カイドウの手下達から尊敬の眼差しを送られるルナシアは得意げである。

 だが、あのカイドウがこれで終わるわけもない。

 

「死ねぇ!」

「カイドウ様がルナシアさんの胸を背後からぶち抜いた!」

「心臓のあたりだ……! もう助からねぇ!」

 

 その叫び声、しかしそれもまた予定調和だ。

 ルナシアはカイドウに心臓をぶち抜かれたまま、酒を飲み続ける。

 

「流石はルナシアさん、心臓をぶち抜かれたまま酒を飲んでいる……!」

「あ、ご苦労様。もういいわよ」

 

 ルナシアの言葉に叫んでくれていたカイドウの手下達は頭を下げて、部屋から出ていった。

 ロックス海賊団解散後も連綿と続いているカイドウによる伝統的なルナシアの心臓ぶち抜きである。

 すっかり百獣海賊団の名物と化しており、新入りしか驚いてくれない為、ルナシアの要望で合いの手を入れることが恒例となっていた。

 

「カイドウ、久しぶりね」

「おう、久しぶりだな。何の用だ?」

「実は今度、マリージョアでパーティーするんだけど来る? 参加メンバーは私、シキ、ニューゲート、リンリン」

「行く」

 

 即答するカイドウにルナシアはけらけら笑う。

 

「相変わらずね」

 

 ルナシアの言葉にカイドウは笑い、そして告げる。

 

「昔のようにやるんだな? 楽しみだ……!」

「ええ。だから、海賊団としてではなく個人として参加するわ。勿論、私もね」

「本当に昔のようだな。大海賊時代とかで浮かれている連中に教えてやるのも面白い……!」

「詳しいことはまた後日、連絡するわ」

 

 そう告げるルナシアにカイドウは大きく頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 マリージョア襲撃の為に見知った連中の参加を取り付けたルナシアであったが、ここで予想外の連絡が2つも入った。

 

 1つはウォーターセブンのトムズワーカーズ、その社員であるアイスバーグからの連絡だ。

 ロジャーの海賊船を作った罪でトムが起訴され、海列車の計画と引き換えに10年の執行猶予が出たという。

 

 更に悪いことは重なるもので、もう1つはオハラの探索チームが世界政府に危険視されたのか、海軍からの追跡を受けることが多くなったという連絡が探索チームより入る。

 海軍が彼らを捕まえ、オハラの調査に向かう可能性は高い。

 ルナシアは彼らに自らの勢力圏内にある島に留まることを伝え、そちらとオハラへ動ける幹部をただちに派遣することを約束した。

 

 

 これらの連絡にルナシアは大いにやる気になった。

 そんな些事など吹き飛ぶくらいに盛大にやろうと思い、また同時にロジャーではなく、我々の名を思い出させてやろうと決意する。

 

 彼女はルーキー達に教えてやる、あるいは同窓会みたいなものという認識で、ロートル海賊団とでも名乗ろうかと考えていた。

 

 しかし、それではインパクトに欠ける。

 かつての海賊旗の下に我々が再び集ってこそ、世界は震撼する。

 

 

 

 

 そのような思いを抱いて、ルナシアはロックスの墓前にいた。

 彼の墓はルナシアの生まれた、また彼女が彼と初めて出会った島にあった。

 

 ロックスは自分のことをほとんど話さなかった為、彼の故郷が分からなかったのだ。

 

「ロックス、今回だけはファミリーネームを使わせてもらうわ。血縁関係じゃないけど、許して頂戴。そっちの方が世界が驚くからいいわよね?」

 

 彼の墓に語りかけると、あの声が聞こえた気がした。

 

 

 好きにしろ、ルナシア――

 

 

 ルナシアは不敵に笑い、空を見上げて呟く。

 

「今日からマリージョア襲撃が終わるまで、私はロックス・D・ルナシアよ」

 

 世界がそれをどう受け取るかなんて知ったことではない。

 ただ自分がそうしたいから、そうするだけだ。

 

 そのとき彼女が背後から近づいてくる気配を感じて振り返ると、シキがこちらに向かってきていた。

 

「いつ来たの?」

「ついさっきな。お前に例の件で聞きたいことがあるから来た……海賊団の名前だが、ルーキー共に教えるという意味で、ロートルとかどうだ?」

「まだ年寄りっていう年齢ではないでしょうに……」

「ジハハハ! それもそうか! じゃあどうするんだ?」

 

 シキの問いかけにルナシアは答える。

 

「ロックスよ」

「……ほう? だが、ロックス船長はいねぇぞ?」

「いいえ、いるわよ」

「どこに?」

「ここに」

 

 自らを指差すルナシアにシキは笑みを深める。

 彼に対して彼女は告げる。

 

「今日からマリージョア襲撃が終わるまで、私はロックス・D・ルナシアと名乗るから」

「後々、面倒くさいことになるかもしれねぇぞ?」

「そんなの知ったことではないわ。勢いで何とかなるでしょう」

「あのクソガキが一丁前の海賊らしくなりやがって……」

 

 シキはそこで言葉を切り、一拍の間をおいて問いかける。

 

「おう、船長(・・)。実行はいつになりそうだ?」

 

 問いにルナシアは獰猛な笑みを浮かべて答える。

 

「遅くとも3ヶ月以内には実行し、マリージョアを潰す。我々の名を世界に思い出させ、二度と忘れぬよう刻みつける……!」

 

 

 

 

 よく見ておけ、ルーキー共。

 ロックス海賊団のやり方を――!

 

 



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情報戦

「とりあえずエニエス・ロビーでも襲って……いえ、インペルダウンかしらね。シキが捕まっている(・・・・・・)みたいだから」

 

 ルナシアの言葉にモルガンズは一心不乱にメモを取る。

 彼は他ならぬルナシアからのタレコミで、海賊島とされているハチノスへ赴き、取材をしていた。

 

 メモを取るモルガンズの前にいるのはルナシアだけではない。

 エドワード・ニューゲート、シャーロット・リンリン、カイドウの3人もまたモルガンズの前に座っていた。

 しかし、ニューゲートとカイドウは酒を飲み、リンリンはお菓子を食べているだけだ。

 質問に答えているのはルナシアだけであり、モルガンズとしても長い付き合いの彼女の方が色々と突っ込んだ質問をしやすいが為、彼らに質問を振るようなことはしなかった。

 

 ロジャーの時代が終わり、世は大海賊時代を迎えている。

 彼に匹敵するような強い海賊は誰かと問われれば、まず名前が挙がるのは白ひげだ。

 ロジャーと唯一互角に渡り合ったということがその理由である。

 

 しかし、モルガンズは確信していた。

 今回の一件が新聞に載れば、その評価も変わってくると。

 

 

「だが、信じられん……本当に?」

「ええ、本当よ。かつてと同じように、我々はここハチノスでロックス海賊団を再結成する……ま、期間限定だけどね」

「世界がひっくり返るぞ!? というか、どうやって3人をここに集めたんだ!?」

 

 モルガンズの問いかけにルナシアはにこりと笑って告げる。

 

「それはあれよ、乙女の秘密」

「乙女って年齢だったか?」

 

 呟くカイドウ、しかしそこでルナシアではなくリンリンが動いた。

 彼女は彼に拳骨を食らわせる。

 

「ルナシアは乙女だし、おれも乙女だ。いいな?」

「……おう」

 

 怒らせると危険な雰囲気を感じた為、カイドウは頷いて引き下がった。

 

 そんなことよりもモルガンズにとっては、ルナシアがどうやってこの3人を集めたのか皆目見当がつかない。

 

 たとえルナシアがこの3人のうちの誰か1人とでも表立って会おうとしたならば、海軍の警戒レベルが一気に引き上がるだろう。

 

 だが、海軍側は全く察知できていないようで、ハチノス周辺には海軍の監視船すらいない。

 

 秘密の手段があるようだが、さすがにそれを質問するのは命に関わりそうな為、モルガンズは次の質問に移る。

 

「一時的だとしてもロックスを名乗るということは……彼の遺志を継ぐということか?」

「そういうわけでもないわ。世界の王なんて面倒くさいし……力を背景に統治するなら短期で、そうでなくても中長期的には空中分解するわ」

 

 ルナシアの考えでは力による統治では確実にどこかで反乱が起きて、それが飛び火し、一気に燃え上がる。

 力によらない統治をするなら、そういった大規模な反乱は起きないだろうが、それでも遠からず文句が出てくるのは想像に難くない。

 

 ルナシアは自分が勢力を築いて、それを拡大しているからこそ統治の苦労が身に染みて分かる。

 色んなところからの陳情が大量に届き、それに対処するだけでも一苦労だ。

 

 ロックスは世界の王になった後、どうやって統治するつもりだったんだろう、と不思議に思う。

 もしくは世界の王になること自体が目標で、その後に湧いて出てくる様々な問題は全部誰かに丸投げするつもりだったのではないかとルナシアは疑っている。

 

 好きな土地をくれてやる、統治方法は好きにしろ――と笑いながら宣うロックスが容易に想像できてしまった。 

 

 深く、それはもう深く溜息をルナシアは吐いて呟いた。

 

「世界政府って本当にうまくやっていると思う……敵である私が言うのもなんだけど」

「その発言、書いていいか?」

「あ、これはやめてね」

「分かった。書かないでおこう……統治はお前の方がうまくやっていると個人的に思うがな……」

 

 モルガンズから見ると、ルナシアの統治領域はそこらの国よりも広い。

 またそれは偉大なる航路だけでなく、東西南北の海にまで広がっており、ルナシアの孤児院があればそこは彼女の勢力圏と言っても過言ではなかった。

 

 このハチノスも例外ではなく、ロックス亡き後は彼女が顔役となり治めていた。

 とはいえこの島は他の島々とは違い、海賊島であることを尊重し、ルナシアは本当に孤児院を作っただけである。

 ヤることヤッて子供ができて育てる気がなければ孤児院に連れてこい、略奪した先に孤児がいたら連れてこい、という2つがハチノスのルールに新しく加わったくらいで他に変更はない。

 なお、ルナシアの勢力圏にちょっかいを掛けてはいけないというルールはハチノスにはないが、やったらどうなるかくらい海賊達も分かっている。

 

 海賊達に睨みを利かせることで効率的にルナシアは島々の安全保障を担い、その対価としてみかじめ料という名で税金――といっても安い上、現物支払いも可――が彼女に納められ、更に勢力圏内だけでなく圏外の島々とも交易が盛んに行われている。

 おまけに税金はルナシアの懐に全部消えるというわけではなく、基本的にその大半が道路や病院、学校などの公共的・公益的な設備や施設の整備といった形で民に還元される。

 

 このようなことから近年では無法地帯となっている世界政府非加盟国すらも幾つかがルナシアの勢力下にあり、その拡大はとどまるところを知らない。

 勢力という点において彼女に勝る海賊は存在しないというのがモルガンズの予想だ。

 

 

 そんな彼は再度尋ねる。

 

「で、何故ロックスを名乗るんだ?」

「大海賊時代で海賊が大きく増えているでしょう?」

 

 ルナシアの問いにモルガンズは頷く。

 それを見て彼女は告げる。

 

「彼らルーキーに我々のことを教えておこうと思ってね」

 

 彼女の発言をモルガンズは素早くメモに書きながら、更に問いかける。

 

「さっきも聞いたが、まずはインペルダウンを?」

「そうよ。シキが揃わないとダメだから。あとはエニエス・ロビーとか他には……」

 

 ルナシアはすらすらと海軍の大きな支部や政府機関のある島の名前を挙げる。

 その数は軽く30を超えるが、モルガンズは全て書き留めた。

 

「これは書いていいか?」

「書いていいわよ。そっちの方が面白いから」

「マリンフォードの名前は無かったが、襲わないのか?」

「見逃してやるわ。だって、私達が本気で手を組んで戦争したら、初手でマリンフォードを潰すから。海軍に対応する暇なんて与えないもの」

 

 ルナシアはそう言い切って、一拍の間をおいて更に言葉を続ける。

 

「ルーキーに教えるのもあるけど、ロックスを偲びながら、昔の仲間とワイワイやるのも目的だから」

「世界一物騒な同窓会だな」

 

 モルガンズの言葉にルナシアはけらけら笑った。

 

 

 

 

 取材が終わり、モルガンズが部屋から出ていったのをルナシアは見送った。

 彼の気配が遠くに行ったことを確認してから、彼女は問いかける。

 

「どうだった?」

「悪知恵の働くクソガキだな」

「情報戦って言ってほしいわ」

 

 そう言ってブー垂れるルナシアにカイドウが問いかける。

 

「そんなの面倒くせえから、素直に言っちまった方が良かったんじゃないか?」

「勝利の為に最善を尽くすのは当然だと思うの。それに、こうしといた方が世界政府と海軍の慌てっぷりを見れるから……見たくない?」

「それは見てぇな……」

 

 カイドウの言葉に満足気に頷くルナシア。

 そこへリンリンが問いかける。

 

「引っかかるかい? 連中は」

「嘘だと分かっても世経新聞に出てしまえばこっちのものよ。わざわざ攻撃目標を教えているのに警戒を厳重にしなかったら、世界政府と海軍は民衆からどういう目で見られるでしょうね?」

「他に狙われているところがある……と民衆は思うんじゃないのか?」

「そうでもないわ。民衆っていうのは戦う力がないのよ。で、さっき私が伝えた攻撃目標のある島は一部を除けば普通の一般市民が暮らす街もある」

 

 ルナシアの言葉にリンリンは笑みを深める。

 

「自分の島が標的となっていることから民衆は不安がり、海軍に警備の強化を求める……強化をすれば海軍は戦力の分散を強いられ、強化しなければ民衆は不信感を抱く」

「そういうこと。こっちは攻撃を仕掛ける側なんだから、常に主導権を握って好きなところを攻撃できる。対する防御側の戦力は膨大だけど、守らないといけない箇所も膨大……さっき言った目標は偉大なる航路だけでなく東西南北の海にもあるから」

「えげつないねぇ……」

 

 リンリンはそう言いつつも、その表情は楽しげなものだ。

 

「政府や海軍の犬どもがハチノスにも潜んでいるんじゃないか? そこから漏れる可能性は?」

 

 ニューゲートの問いかけにルナシアは胸を張る。

 

「この会合の1週間くらい前、ハチノスで私がインペルダウンに行くかもしれないって噂を流したのよ」

「……どういうオチか分かったぞ」

 

 ニューゲート、そしてリンリンもまた察した。

 カイドウはどうでもいいのか、酒を飲んでいる。

 

「霧化してハチノスと周辺海域まで全部覆い尽くして、怪しいところに連絡をしている連中を見つけて全部処理しておいた」

「詳細を知る度に思うんだが……お前の能力、ずるくねぇか?」

「汎用性が高くてとても助かっているわ。で、今回の詳しい作戦を伝えたいんだけど……いいかしら?」

 

 問いかけるルナシアに頷く2人。

 頷かなかったのは話を全く聞いていなかったカイドウである。

 

「見習いのカイドウ君。私が今、何と言ったか言ってみろ」

「ん? マリージョアの酒は何があるんだろうな……だろ?」

「今、私はあなたの手下達に物凄く同情しているわ……」

 

 ルナシアの言葉に同意とばかりに頷く2人。

 

「普段、誰が作戦を考えたりとか指示とか出しているの?」

「うん? 俺がこうしてぇって思って、俺が飛んで行ってやってくるだけだが?」

「もうちょっと頭を使ってもいいんじゃないの?」

「面倒くせえ。強けりゃ解決するんだから、それでいいだろ」

 

 カイドウの言葉も真理ではあるが、ルナシアが言いたいことはそうではない。

 だが、彼には通じないだろう。

 昔からこうであったのだから。

 

「まあ……いいや」

 

 彼の手下達に今度、酒でも奢ってやろうとルナシアは思いつつ、詳細な作戦を3人に話し始めた。

 

 

 

 

 一方その頃、シキはルナシアが拠点と定めている島の港にいた。

 彼は既にルナシアから詳細な作戦について聞かされており、モルガンズの取材の場に同席するわけにもいかなかった為、船の様子を見守っていた。

 

 船は大きいが、見つかる可能性を抑えるやり方があった。

 それは既に何度か試験され、問題ないことも確認済みだ。

 

「俺とルナシアだからこそ、できるやり方だ」

 

 シキが船を浮かばせ、ルナシアがその船を霧化して包み込む。

 これによって周囲からは空を霧が漂っているようにしか見えない。

 それでも普通の霧は漂うだけであり、風に負けず突き進むことはできないから違和感はどうしても残るだろう。

 

 しかし、船が飛んでいるのを見られるよりはマシだ。

 もしかしたら霧が風に逆らって進んでいても、偉大なる航路だからそんなこともあるかもしれない、と見た者は思ってくれるかもしれない。

 

「現地に到着するのは満月の夜を予定しているが……ヤバいことになりそうだ」

 

 

 マリージョアはパンゲア城を中心とし、その周囲に天竜人達の居住区がある。

 その居住区に行く為には城の正門前にある天竜門を通る必要があり、当然ながら警備は厳重だ。

 

 何かがあればすぐにマリンフォードから大将がやってくる上、マリージョアの地図や警備の配置図があるわけもない為、奇襲攻撃は難しいように思える。

 

 しかし、ルナシアには信頼できる情報提供者達がいた。

 マリージョアの大雑把な見取り図、主だった場所の警備体制その他色々を彼女は手に入れていた。

 

 その出処は元天竜人のホーミング聖とその妻だ。

 彼ら一家はルナシアによって保護されており、今ではすっかり元気になって暮らしていた。

 しかし、ドフラミンゴだけはルナシアの為に働くという約束を守る為、家から飛び出している。

 

 ホーミング聖は当初は渋ったものの、家族を助けてくれたという恩があるルナシアに頭を下げてお願いされると断ることができなかった。

 

 彼とその妻から得られた情報は古い上、記憶によるものなのであやふやな部分も多々ある。

 だが、何もないよりは遥かにマシだ。

 

「悪知恵がよく働くもんだ」

 

 元天竜人を保護し、彼らからマリージョアの情報を聞き出す――普通ならそんなことは思いつきもしない。

 天竜人なら色々と使い道はあるが、元天竜人など海軍の後ろ盾がない単なる一般人だ。

 

 わざわざそんなのを保護するのは底抜けのお人好しか、もしくは――

 

「クソガキめ、成長しやがって……」

 

 俺も歳を取ったもんだ、とシキは軽く溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、モルガンズの取材から1週間後。

 世界経済新聞の一面にデカデカと記事が載った。

 

 

 

 ロックス海賊団、ロックス・D・ルナシアによりハチノスで再結成!

 世界よ、震撼せよ!

 あのロックスが蘇ったぞ――!

 

 本紙記者によるルナシアへの独占インタビュー!

 

 

 



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色々な反応と世界で一番胃に穴が空きそうな人

 世界経済新聞による大スクープは世界各地に大きな波紋を呼んだ。

 当時のことを覚えている市民達は恐怖し、その脅威を知らぬ者達へ伝える一方、海賊のルーキー達はそのメンバーに目が飛び出す程に驚いた。

 

 ルナシアを船長とし、そのメンバーは白ひげ・"ビッグ・マム"・カイドウという実力者達が名を揃え、そしておそらくは金獅子もメンバーに加わる。

 これに驚かない者は皆無に等しかった。

 

 何よりもたった5人で懸賞金総額が100億を軽く超え、200億に迫るという事実に戦慄すると共に興奮した。

 

 この5人がいったいどんなことをやらかすのだろうか、世界政府と海軍を倒すときがきたのだろうか、色々な憶測が飛び交う。

 

 そして、この新聞を読んで昔のことを思い出して苦笑いしてしまう男がいた。

 

 

 

 

「……あの頃は私も若かった」

 

 レイリーは新聞を読みながら、そう呟いてしまう。

 ここまでとんでもない存在になるとは予想もつかなかった。

 

「最後に勝つのは私だ、か……」

 

 ルナシアが昔に言った言葉だが、それはあながち間違いではないかもしれない。

 

「しかし、大物感が欲しいとは昔に思ったが……今じゃ充分過ぎる程にあるな」

 

 記事からはルナシアが白ひげ達を従えて、船長として君臨しているようにしか読み取れない。

 

 様々な事業から彼女は民衆の味方みたいに世間からは思われているが、実際にはどんな海賊よりも恐ろしかったというオチだった。

 しかし、それは彼女にとってプラスに働くとレイリーは思う。

 

 白ひげ達ですらもルナシアには従っているということは、彼女の傘下に入れば海賊の恐怖に怯えずに済むという明確なメッセージになる。

 

 また治安維持をしてくれるだけの海軍とは違って、ルナシアの場合は経済的な発展という大きなおまけがついてくる。

 

 うまくやっているものだとレイリーは感心してしまう。

 

「うちの元見習い達は……どう思っているかな?」

 

 どこかの海にいるだろうシャンクスとバギーに彼は思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ロックス海賊団か……」

 

 シャンクスは新聞を読んで、その名を口に出した。

 彼はロジャーやレイリーから度々その海賊団や、一時期船に乗っていたらしいルナシアのことも聞かされていた。

 これらは彼やバギーがロジャー海賊団の見習いになる前の話だ。

 

 ルナシアは強くなりに来たらしいが、ちょろちょろ船から抜け出していた。

 腕っ節の強さが大事だからと試す為に白ひげと戦わせたら、隠蔽していた能力を披露して白ひげを追い詰めた。

 その後、三度のメシとおやつ、風呂と睡眠以外は常に戦いっぱなしでおよそ1年その生活を続けて覇気や立ち回りなどを鍛えた後に船を降りた――

 

 色んな意味でムチャクチャである。

 

 

「会ってみてぇな……」

 

 純粋な興味からシャンクスはそう思う。

 今はまだ届かない領域だが、いつか必ずと彼は決意した。

 

 

 

 

「ロックス海賊団か……!」

 

 一方、シャンクスと同じロジャー海賊団の見習いであったバギーは恐れ慄いていた。

 

 ルナシアが白ひげ達を従えて、1つの船で活動をする――?

 

「もしも出会っちまったら……虫みたいに殺される!」

 

 数十億ベリーの賞金首、それこそ1人でも世界をどうこうできそうな連中が徒党を組むのである。

 世界政府と海軍を相手に戦争を仕掛ける可能性が高く、標的としてルナシアが宣言した島々に住む者達は誰であろうと生きた心地がしないだろう。

 

「……ん? もしかして慌てて逃げ出す連中を襲えば一儲けできる……?」

 

 いやいや待てよ、とバギーは考える。

 同じことを考えるのは他の奴らも同じで獲物の取り合いが起きる上、もしもロックス海賊団と鉢合わせしてしまったら最悪だ。

 

「予定通り、東の海に行くぞ……もしも途中でロックスと出会ったら土下座するしかない」

 

 万が一ロックス海賊団と出会ってしまっても、頭を下げてルナシア様の傘下にしてくださいと言えば入れてくれる可能性はある。

 ルナシアが海賊達を傘下に引き入れているのは有名であり、彼女の傘下に入った海賊に約束されているのは豊かな暮らしと収入だ。

 特に幹部ともなるとそこらの貴族よりもいい暮らしができるという。

 

 当然ながら彼女の命令や方針に拘束されるものの、それを補ってあまりあるほどに魅力的で――

 

「あれ、ルナシアの傘下になればいいんじゃね……? いやいや、俺は世界の財宝を独り占めしたい……!」

 

 でもルナシアのところにいると、そういう情報も簡単に手に入りそう――

 

 バギーの脳裏にはそんな思いが過ぎるが、命の危険があるからダメだと思い直そうとして失敗した。

 ルナシアの傘下にある海賊を襲うことは彼女に喧嘩を売ることに繋がっている。

 

 そんな馬鹿はどこにいるか?

 いや、いない――!

 

「……鍛えて仲間を集めて、東の海でほどほどに稼いだところで傘下に入ろう」

 

 そっちの方が心象は良いだろう、とバギーは確信した。

 

 

 

 

 

 

「ルナシアのヤツ……どうして俺を誘わねぇんだ!?」

 

 ワノ国は九里にて、おでんは叫んだ。

 ロジャー達とともに世界の果てを見たおでんは九里で大名としての務めをスキヤキや康イエがびっくりするくらい立派に果たしていた。

 しかし、ルナシアの交易船から届けられた世界経済新聞を読んで、血が騒いでしまった。

 

「笑い事じゃないぞ、トキ! この祭り、俺も参加を……」

「近々、産まれる子をその腕で抱いて欲しいと思って」

 

 おでんは目が飛び出る程に驚き、わなわなと震えながら問いかける。

 

「3人目が……?」

「ええ。驚いた?」

 

 おでんは感無量とばかりに雄叫びを上げ、その叫びは九里中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 世界のあちこちで様々な反応がある中、マリンフォードのとある執務室ではセンゴク大将がやつれて死にそうな顔をしていた。

 彼はコング元帥から今回の一件への対処を一任されていた為だ。

 

「元帥め、全部こっちに押し付けおって……」

 

 早速昔と同じように同期の連中を集めて、対策チームを立ち上げたまでは良かったのだが――ルナシアのやり方が頭を悩ませた。

 

「ぶわっはっは! あの時の子供が、まさかここまで成長するとはな!」

「ガープ! 笑い事じゃないぞ!」

 

 ソファに座って煎餅を食べているガープをセンゴクは怒鳴りつけた。

 

「明確に牙を剥いてきた以上、やるしかない!」

「そうじゃな。やるしかない……だが、全てを守るだけの戦力は無い! いっそのこと全戦力を集めてマリンフォードでドンと構えている方がいいじゃろう」

「お前の言いたいことは分かる……しかし、これは海軍の面子にも関わることだ。攻撃目標を事前に教えられているのに警備を強化しないなんぞ……」

「大将は考えることが多くて大変じゃなぁ」

「お前が昇進を断り続けているから、私が余計に苦労しているんだ!」

「それもそうじゃったな!」

 

 笑うガープにセンゴクは怒りに震える。

 そんな彼にガープは真面目な顔で尋ねる。

 

「で……実際どうだ? どのくらい集められる?」

「ゴッドバレーの時よりは下回るな。あちこちで海賊共が暴れまわっている……それにルナシア達はあくまで個人参加と新聞にはあったが、傘下の連中が動き出す可能性は高い」

「頭の回る敵というのは恐ろしいものだな。おそらく、これは狙って作り出した状況だぞ?」

 

 ガープの問いにセンゴクは頷く。

 

「30を超える敵の攻撃目標はどれもこれも実際に襲われたら、大きく影響が出るところばかりだ」

「そうじゃろうな。ところでインペルダウンはどうなっている(・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 分かっていながら尋ねてくるガープにセンゴクは渋い顔をして答える。 

 

「死体の処理や清掃・消毒は既に終わって、新しい職員達が業務に就いている……あれは誰がやったと思う?」

「さぁな。映像電伝虫の記録によると内部にも霧があったのは間違いない。あそこにいた者達は突如として全身から血が吹き出し干からびて死亡……まるで吸血鬼に襲われたみたいじゃな」

「霧が吸血をしたとでも? そんな馬鹿なことはないだろう」

 

 センゴクの問いにガープは肩を竦める。

 

「分からん。だが、何となくそういう感じがする。霧が吸血をしたというのはともかくとして、伝承とか伝説だと吸血鬼が霧に変化するのはよくあることだろう」

「ここにきて空想上の生物か?」

「あいにくと、そういう空想上の生物になれるものがこの世には存在しているじゃろう。というか、お前もそうじゃないか」

 

 ガープの言葉にセンゴクはピンときた。

 しかし、と彼は反論する。

 

「ルナシアが食べた悪魔の実は動物(ゾオン)系幻獣種、バットバットの実でモデルはバンパイアだ。だが、異常な再生能力しか彼女には存在しない」

「わしもそれは昔から聞いている。じゃが、その情報はどこから出てきたものだ(・・・・・・・・・・・)?」

 

 そこでセンゴクはハッと気が付き、ガープの顔を見る。

 

「……ロックスの船から逃げ出した者からだ」

「そして、当時のロックス海賊団は仲間殺しが日常茶飯事。誰も彼もが敵である中、能力の全貌を大っぴらにするヤツがどこにいる?」

「だが、それならば何故ゴッドバレーの時に使わなかった?」

「そんなの知らん。だが、その時に使わなかったというのは事実で、それ以後も彼女は再生能力だけしか使っていなかった。もしかしたらどっかで使っていたかもしれんが、海軍の記録にはなかった」

 

 ガープの言葉を引き継ぐようにセンゴクが告げる。

 

「だから、誰もが騙された(・・・・・・・)

「そういうことじゃ。己の力を誇示し、それによって名を挙げるのが当時も今も一般的な海賊だ。ルナシアはそこをうまく突いたんじゃろうな。白ひげも金獅子もビッグ・マムもカイドウも、どこまでできるかはともかく、どんな能力かは知られていた」

「確かにな。奴らは戦場で自らの能力を振るうことに躊躇がなかった。奴らとは戦うごとに色んなものを見せられたが……ルナシアは再生能力だけしかなかった」

 

 そう言ってセンゴクは深く溜息を吐く。

 そんな彼にガープは問いかける。

 

「で、どうする? ルナシアの懸賞金、今まで白ひげ達のように暴れていなかったから、この面子の中では一番低いが……もう上げた方がいいじゃろう」

「お前はどのくらいが適切だと思う?」

「最低でも50億。やらかすことによってはロジャー超えもありうる」

「そこまでか?」

「白ひげ達がルナシアの下にならついてもいい、と思わなければ今回の騒ぎにはならん。そういうことだ」

 

 ガープの言葉にセンゴクは眉間の皺を解しながら問いかける。

 

「懸賞金については政府と協議する。ちなみにだが、お前の考える最悪は?」

「マリンフォードがぶっ壊されることじゃな。どいつもこいつも、昔よりも遥かに強くなったからなぁ……あ、どうせならマリージョアを襲撃してゴミ掃除をしてくれると……」

「ガープ!」

「ぶわっはっは! つい本音が出てしまった!」

 

 笑うガープにセンゴクは何度目になるか分からない溜息を吐く。

 そんな彼にガープは提案する。

 

「中将を数名、各地に警備という形で派遣すれば面目が立つじゃろう。それがギリギリのラインだ」

 

 ガープの言いたいことは分かった。

 センゴクとしてもその意味を察する。

 

 ルナシアが挙げた攻撃目標を実際に襲うかどうかは分からない。

 もしかしたら全く別の場所を襲撃される可能性もあり、自由に動かせる戦力は多い方がいい。

 中将達を攻撃目標とされた島々に警備の為に送り込むことで、もしもロックス海賊団に襲われたとしても増援を要請する時間くらいは稼げる筈だ。

 増援には先陣として最低でもバスターコールと同等の戦力を送り込み、彼らが時間を稼いでいるうちに、集められるだけ集めた戦力を本隊としてぶつける。

 本隊には大将全員の参加やガープを筆頭に大将クラスの中将達全員の参加は必須だろう。

 だが、それだけやっても今のロックス海賊団を倒せるかは予想ができない。

 そしてこちらが受けるだろう被害は想像したくない。

 

「ロックスへの対処が終わらない限り、現場には凄まじい負担を掛けることになるな。ロックス以外の海賊で本部に増援を要請されても出せないぞ……」

「わしが行って速攻で潰してくる。優先的に回してくれ」

「すまん、頼む」

「おう、任せろ」

 

 センゴクの言葉にガープは不敵な笑みを浮かべて答えるのだった。



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天駆ける竜が堕ちるとき

 マリージョアの警備にあたる2人の海兵は夜の見回りをしていた。

 聖地マリージョアは非常に広い。

 パンゲア城だけでも相当な広さで、その周囲の天竜人達の居住区も含めて警備をするとなると色々と大変だ。

 効率的に警備を行う為、各所には小規模な基地が設けられており、そこに海兵や衛兵達が詰めている。

 基地の司令官には中将が就いているのだが、正直なところ極めて退屈かつ面倒くさいのがマリージョア勤務だった。

 

 海兵達や衛兵達とて天竜人の色々な行為に思うところがないわけではない。

 仕事だから、相手は世界貴族だから、と見て見ぬ振りをするしかなかった。

 

「霧に注意しろって、どうやって?」

「さぁな……」

 

 センゴク大将から2週間ほど前に通達が出されていた。

 

 霧は敵の攻撃の予兆であるから、警戒せよ――

 

 それはマリージョアに限って出されたものではなく、世界各地にある海軍支部に向けて出されたものだ。

 ロックス海賊団がどこかを襲うかもしれないということで本部も各地の支部も神経を尖らせる毎日を送っていた。

 だが、ここマリージョアはそういうピリピリした空気とは無縁であった。

 

「そもそもこんなところを襲うヤツなんて、どこにもいないだろう」

「そうだよな。第一、どうやってここまで来るんだ?」

「空でも飛んでこない限りは無理だな。たとえ来たとしても、すぐにマリンフォードから大将がやってくる」

 

 2人の認識はマリージョアに勤務する全ての海兵や衛兵達にとって共通したものだった。

 

 

 するとそのとき――

 

「おいおい、話をしていたら霧が出てきたぞ」

「霧くらい出ることはこれまであっただろう。さすがにただの偶然だ」

 

 2人は構わず決められたルートを巡回する。

 しかし、霧はどんどん濃くなる一方で満月すらも見えなくなってしまう。

 敵の攻撃かもしれない、と思うよりも彼らはルートを誤ることを恐れた。

 

 下手なところに入ると天竜人に問答無用で処刑されるからだ。

 霧が薄れるまで止まっていよう、という2人の判断は常識的なものだった。

 

 

 そして、このとき既に映像電伝虫による監視は意味をなしていなかった。

 基地に設置されている監視室のモニターは濃霧で何も見えなくなってしまい、当直の海兵達はどうしようもないと匙を投げた。

 

 やがて23時を過ぎた頃になると、霧はいよいよ各所にある建物内部にも侵入しはじめた。

 どこかしらの隙間から入ってくる霧を敵の攻撃の予兆であると受け取り、各所の基地は警戒態勢を取った。

 しかし、1時間程警戒をしてみたが何も起こらず、ただ霧がうっすらと基地内部の至るところに広がっただけだ。

 襲撃などがあればマリンフォードへ緊急連絡をしたかもしれないが、そんなものはない為、通常の定時連絡が送られた。

  

 

 いつも通り異常なし――

 

 

 海楼石製の武器や手錠などでも持っていれば霧が海楼石の部分に近寄らないことに気づけたかもしれないが、マリージョアの部隊には1つも配備されていない。

 海楼石製の物品は能力者相手に抜群の効果を発揮するが、海楼石の産出国は限られており、加工も難しいからこそ高価で貴重である為、海軍の全ての部隊に配備するのは難しい。

 

 侵入者そのものがおらず戦う機会自体が皆無のマリージョアの部隊で死蔵されるよりも、実際に能力者と戦い捕らえる機会が多い本部や各地の支部に優先的に回されるのは当然の判断だ。

 なお見聞色の覇気で探った者も何人かいたが、そうした者は一足早く始末された。

 その周囲に誰かしらの人がいればその人間ごと、音を遮断した上で。

 

 

 さて、霧が広がっていたのは天竜人達の屋敷も同じであったが、時間帯も災いし、既に就寝している者も多かった。

 何も見えなくなる程の濃霧が屋敷の中で発生したならば話は別であったが、目を凝らせば霧があるのが分かる程度で、そもそも起きている者も気づかなかった。

 それは当然、天竜人達の屋敷内外を警備している衛兵達も同じこと。

 また彼らも霧をどうにかしろ、と言われてもどうしようもできず、天竜人が騒がない限りは通常業務をこなすだけだった。

 しかし、天竜人の奴隷には能力者もいることから海楼石製の手錠や足枷などがされており、気付けるチャンスはあった。

 だが、奴隷の手錠や足枷に霧が近づくかどうかまで気を払う者は残念ながら誰もいなかった。

 

 

 

 

 そして、運命の時間は訪れる。

 午前1時を少しだけ回ったときだ。

 たとえ海兵や衛兵達が警戒をしていたとしても、それはどうしようもなかった。

 

 

 天竜人達に奴隷とされていた多くの者達は見た。

 目の前にいた天竜人や衛兵達が一瞬にして血が吹き出して、干からびていくところを。

 彼らが死体となったところで、あちこちに囚われている奴隷達の前に金髪の少女が現れた。

 彼女は告げる。

 

「助けに来た。私についてくれば豊かな生活を保障する」

 

 奴隷達は状況的に少女がやったのだと確信しつつ、彼らにはついていかないという選択肢は無かった。

 

 

 

 

 

 

「はい、終わり。じゃ、財宝集めと奴隷の解放を急いでやるから」

 

 ルナシアは笑顔でニューゲート達に告げる。

 これは当初の予定通りであり、彼らは思い思いに過ごしていた。

 

 彼らが動くことになるのはこの後だ。

 

 船はマリージョアの近くに着地しており、あとはルナシアが奴隷と財宝を持ってくるのを待っていた。

 

「ジハハハ! あっさりとやっちまいやがった! 感動も何もあったもんじゃねぇ!」

「こういうのは余計なことはせず、さくっとやるに限るわ。作戦通り、逃げる時のおみやげで驚かしてやればいい」

 

 そう答えるルナシアにシキは尋ねる。

 

「間違いなく、お前は世界の未来を変えた。気分はどうだ?」

 

 その問いにニューゲート達もまたルナシアへ視線をやる。

 

「いや、別にどうってことないわね……」

「反応が薄いな……まあいい。しかし、五老星は殺らなくて良かったのか?」

 

 シキの問いにルナシアは頷く。

 

「彼らは良かれ悪かれ真面目に仕事しているから、まあいいやって」

 

 まさかの理由に聞いていたシキ達は思わず吹き出した。

 そんな彼らをジト目で見ながら彼女は更に告げる。

 

「まあ、ロックスだったら王になるには邪魔だって問答無用で殺したでしょうけど、世界政府は良くも悪くも世界に根付いているから、そこまでやるのはやりすぎだわ」

 

 ルナシアはそこで一度言葉を切り、少しの間をおいて再度言葉を紡ぐ。

 

「私は嫌よ。世界政府が倒れることで無秩序になって、戦争だらけになるなんて……そんな世界になったら、今のように儲けられないじゃないのよ」

 

 その言葉にシキは頷く。

 

「天竜人がいなくなっても世界は回るが、五老星がいなくなるとお前の言う通りになるだろうな……というか、俺がまずそうなるよう仕向けて勢力拡大するし」

「シキもそうだし、カイドウやリンリンだってそうでしょ? ニューゲートはそういうことに興味無さそうだけど」

 

 ルナシアの問いにカイドウは酒を飲みながら頷き、リンリンはジュースを飲んで頷いた。

 ニューゲートもまた肯定するかのように頷きつつ、問いかける。

 

「だが、お前……嘘は言ってないが、本当のことも言っていないな。正直に言え」

「世界政府を倒した後に起こるたくさんの問題を無視するのも処理するのも面倒くさい……ただ戦争が起こるだけじゃなくて色んな闇とか真実とか明らかになって大混乱すると思う」

 

 ルナシアはそこでニューゲートに対して満面の笑みを浮かべてみせる。

 

「ニューゲート、あなたがそういう始末をやってくれるなら私はやるけど……やっていい?」

「人に丸投げするんじゃねぇよ。それならお前がそういった後処理のことも考えたチームでも作ってやれ」

「そうね……最近、ちょっとした革命家が頑張っているみたいだから、応援してあげようかしら」

 

 ルナシアの言葉に他の面々は思い当たる節があった。

 

「ドラゴンとかいう男かい? 圧政を敷いている小国でクーデターを煽動したとか何とか聞いたことがあるけども」

「その彼ね。ま、話してみてダメそうだったら処理するから」

「良さそうだったら?」

「私のやり方や商売を邪魔しないという条件で、まあ色々とね」

 

 笑って答えたルナシアにシキが問いかける。

 

「なあ、ルナシア。俺に援助してくれねぇか? 武器とか色々と必要なんだ」

「悪巧み?」

「そんなところだ。料金は支払う」

「私の勢力圏に手を出さない、その企みが失敗したら私の配下につくという条件なら検討するわ」

「勿論だ。それでいい」

「え? いいの?」

 

 ルナシアは目を丸くした。

 余程に自信があるのか、シキは笑みを深める。

 

「だが、企みが失敗したかどうかは俺が判断するぜ」

「何を言っているのよ? 私の目から見て失敗した場合に決まっているでしょう。ま、理不尽なことにはしないわ。ルーキーにでも負けたら失敗ってことでいい?」

「ジハハハ! それなら俺も焼きが回ったとでも思って、そうするか!」

「そうして頂戴。あ、そろそろ来るわ。各自、準備をお願い」

 

 ルナシアがそう指示を出して数分後、大勢のルナシアが財宝をいっぱい持って船に乗り込んできた。

 やがてそれには奴隷の集団も混じり、彼らは船に乗り込んだところで大歓声を上げる。

 そんな彼らにルナシアが食料や飲料を振る舞う。

 

 一方で多数のルナシアは船内や船倉に財宝を持ってきて、降りるときはあるものを船から運び出していく。

 それは木箱に入れられていて中身は見えないが、ルナシアからのちょっとしたプレゼントだ。

 持っていくだけでは可哀相だから、置いていってあげましょうという魂胆だ。

 

 ここに来てニューゲートとカイドウ、リンリンが船から降りて互いにとある場所へ向かっていく。

 ニューゲートは単独で、カイドウとリンリンはペアだ。

 やがて彼らは辿り着く。

 

 そこは唯一、マリージョアと地上を結んでいる移動手段――シャボン玉で飛ぶリフトであるボンドラの発着場だ。

 ルナシアの霧はマリージョアからここにまで及んでおり、既に発着場にいた海兵や衛兵達は死んでいた。

 

 彼らのイベントの1つ、それはボンドラの発着場を破壊し、マリージョアを完全に孤立させてしまうことだ。

 全力で復旧させるだろうが、それでも長い時間が掛かるだろうことは想像に容易い。

 

「まだよ、まだまだ」

 

 ルナシアは告げる。

 

 到着したニューゲート達であったが、タイミングが分かるのはルナシアだけである。

 イベントはもう1つ残っており、これが終わったらそちらにも取り掛からねばならない。

 

 

 じりじりと時間が過ぎていくが、退屈以外の不満はニューゲート達にはない。

 状況的にも実力的にも不安要素が微塵もなかった。

 

 そして、いよいよその時は来た。

 

「今よ! ぶっ壊して!」

 

 ニューゲート達は全力で発着場の地面を叩きつけた。

 それは襲撃があったことを知らせる警報であり、同時に絶望を告げる音。

 

 

 世界は今、ロックスを思い出す――!

 

 

 

 一瞬にしてボンドラの発着場は破壊され、瓦礫となって落下していく。

 特に凄まじい破壊が起きたのはニューゲートが攻撃したところであり、ボンドラの発着場ごと大きく剥がれ落ちた。

 

 ここからは時間が勝負だ。

 敵が態勢を立て直す前に一気に畳み掛けるのだが、ここでルナシアは切り札を切った。

 この後の船への回収及び襲撃はルナシアに任されており、どういう手段でそれが実行されるかはシキ達は誰も知らなかった。

 故に彼らは驚愕する。

 

 彼女は一瞬にして多数に増えると、ニューゲート達の胴体にしっかりとしがみつく。

 そして増えた彼女達は全員が背中から蝙蝠のような翼を出して、空を飛び始めた。

 ニューゲート達を抱えて。

 

「お前、そうやって飛ぶこともできたのかよ……」

「ええ。切り札はここぞという時に使うもの。そうでしょ?」

「確かにな」

 

 ニューゲートとルナシアのやり取りとほとんど同じものがリンリン・カイドウとの間でもなされた。

 

 そして空にいたシキの操る船に無事に到着する。

 襲撃はクライマックスを迎え、同時にここで空が白くなりはじめた。

 夜明けだった。

 だが、計画に変更はなく、むしろここからがメインイベントだ。

 

 シキ以外の面々は全員、マリンフォードがある側の赤い港(レッドポート)に向かう。

 ルナシアがリンリンを抱え、ニューゲートは龍となったカイドウの背に乗る。

 

 急降下しても特に影響がない面子である為、彼らはあっという間に蜂の巣を蹴飛ばしたような大騒ぎとなっている赤い港(レッドポート)に辿り着く。

 

 数多のサーチライトに照らされて、彼らは遂に海軍への攻撃行動を開始する。

 空を飛んできた彼らに海兵達は言葉を失ってしまう。

 

 その中で彼らは手近な高い建物の屋根に降り立った。

 

「ルナシア、あれを言ってやりな」

 

 リンリンに言われてルナシアは何のことだと思ったが、すぐにあの言葉だと思い出す。

 彼女は大きく息を吸って叫んだ。

 赤い港(レッドポート)どころか、マリンフォードにまで届けとばかりに大声で。

 

「かかってこい! 相手になってやる!」

 

 ルナシアの言葉を受け、ニューゲート・リンリン・カイドウは獰猛な笑みを浮かべ、攻撃を開始する。

 

 ルナシア達によって振るわれるのは天災の如き力。

 ただの一撃で勇敢にも立ち向かった中将や少将達が吹き飛び、大佐以下の海兵達は放たれる覇王色の覇気によって挑むことすら許されない。

 

 マリンフォードは響き渡った轟音や赤い港(レッドポート)からの緊急通報ですぐさま事態を察し、センゴクら大将及びガープら中将達がおっとり刀で軍艦に乗り込んで出撃していた。

 その戦力たるや大将3名を筆頭に中将以下将官72名、大小軍艦63隻。

 マリンフォードと赤い港(レッドポート)は目と鼻の先と言っても過言ではなく、すぐに到着できる距離だ。

 

 

 だが、その前に赤い港(レッドポート)が灰燼と化すのは誰の目にも明らかであった。

 そして、海軍が全力でぶつかってくることはルナシア達にとっても予想内であり、海上にあるうちに攻撃に出た。

 

 

 すなわち――

 

 

「俺の全力を受けてみろ、海兵共……!」

 

 早くも遠目に見える海軍の大艦隊。

 しかし、臆することなく不敵に笑ながら赤い港(レッドポート)の岸壁に立つ男は待っていた。

 

 “白ひげ”エドワード・ニューゲート。

 

 彼は大気を引っ掴み、思いっきり海に向かって叩きつけた。

 

 その威力たるや想像を絶する凄まじさ。

 新世界の荒れ狂う海でもお目にかかれない大津波が起こり、艦隊に向かっていく。

 しかも、それは一回で終わらない。

 

「俺をガッカリさせるなよ、海兵共」

 

 豪快に笑いながら、彼は再度大気を掴んで海に叩きつける。

 一波目の大津波がようやく艦隊に到達するかどうかというところで、新たに起こる第二の大津波。

 

 しかし、ここで海軍の意地を彼らは見せる。

 第一波、第二波の大津波。

 それらは突如として凍りついた。

 大津波を凌いだ艦隊はいよいよ間近にまで迫りくる。

 

 怒り心頭のセンゴクや、不敵に笑うガープ、獰猛な笑みを浮かべるゼファーの姿や大将クラスの実力があると噂される3人の中将達の姿もあった。

 

 それを見てニューゲートは大きく笑い、同時に背後に気配を感じて振り返ることなく問いかける。

 

「おう、船長。狙いは外れたぞ。どうする?」

 

 後ろにはルナシアとカイドウ、リンリンが立っていた。

 

「ロックスを偲ぶ会の最後を締めくくるにはちょうどいい相手でしょう。シキがいないのは残念だけど、あれは彼にしかできない仕事だから仕方がない」

 

 既に船は新世界側へと抜けており、上空にシキがひょっこりといるなんてことはない筈だ。

 しかし、ルナシアは念の為に見聞色で探ってみれば――こっちに近づいてくる気配が後方の空に1つあった。

 他の3人も気づいたのか、彼らは笑ってしまう。

 

「すまねぇ! 遅れた!」

 

 そう言ってやってきたのはシキであった。

 彼は手にロックス海賊団の海賊旗を持っている。

 

「シキ、船は? あとその旗……」

「新世界側に浮かばせてある。マリージョアよりも高い位置にあるから問題はない。旗はあったほうが当時を偲べるから持ってきた」

「いや、そんなに離れて大丈夫なの? 戻ってみたら船が海の藻屑になっていたとか洒落にならないわよ?」

「ジハハハ! そいつは大丈夫だ。そこは見誤らねぇよ。あ、旗はここに立てとくからな」

 

 シキはそう言いながら旗の石突部分を地面に突き刺した。

 そして、彼は再度口を開く。

 

「だが、船長命令に背いたのは確かだ……罰を与えてくれ」

 

 そう言いながら不敵に笑う彼にルナシアもまた笑って告げる。

 

「金獅子のシキ。その全力をここで見せて。それをもって今回の罰とする」

「ジハハハ! 船長、ありがてぇ! それじゃ一つ……」

 

 シキは桜十を抜刀し、神速で艦隊目掛けて振った。

 一見、ただ虚空を斬ったようにしか見えないが――その結果はすぐに現れた。

 斬撃の直線上にいた大型軍艦とその後方にいた軍艦が真っ二つに斬り裂かれたのだ。

 

「……今のが全力か?」

 

 ニューゲートの問いにシキは笑って答える。

 

「馬鹿言うな。今のは単なる準備運動だ」

「そうか、それじゃあどっちが多く沈めるか、勝負でもするか?」

「ジハハハ! いいぜ、乗った! 負けたら酒を奢れ!」

「望むところだ……! てめぇの秘蔵品を用意しておけよ!」

 

 張り合っている2人を横目で見つつ、ルナシアは告げる。

 

「それじゃ、始めるとしましょうか。ロックスを偲ぶ会、最後のイベントよ」

 

 ルナシアの言葉に誰もが笑いながら、その命令を待つ。

 

「我々ロックス海賊団の脅威をここに知らしめる! 思う存分に戦え!」

 

 その命令を受け、目の前に迫りくる海軍の大艦隊に彼らは攻撃を開始する。

 

 

 一方で迎え撃つ海兵達の士気は高い。

 無論、本部所属であることから練度も高く、そこらの海賊では相手にもならないだろう。

 だがゴッドバレー事件を知らない者も多くなり、彼らはいかにロックス海賊団が強大であろうとも必ずや撃破できると信じていた。

 

 しかし、その思いは呆気なく潰えることになる。

 敵の強さは――彼らの予想を遥かに超えていたのだ。



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祭りの終わり

あとがきにアンケートがありますので、良かったら投票お願いします。


「負傷者は後送する! すぐにマリンフォードから船が来るから頑張るんだよ!」

 

 つるは矢継ぎ早に指示を飛ばしつつ、戦況を見守る。

 それはあっという間で、作戦がどうとかいうレベルではなかった。

 

 まるで大嵐の中に突っ込んだかのように大型軍艦がへし折られ、あるいは斬り裂かれて沈んでいった。

 サイズが小さい軍艦はもっと悲惨だ。

 

 うちの軍艦は紙でできていたか、とつるが錯覚してしまう程に天災のような力が縦横無尽に暴れまわった。

 残念ながら彼女の実力ではあの戦いに割って入ることができず、それは多くの海兵達にとっても同じこと。

 将官クラスはほとんどが既にやられ、大佐以下の海兵達はそもそも挑戦権すら無かった。

 5人から放たれた覇王色の覇気により、その大半が気絶してしまった為だ。

 

 

 戦いの場は既に赤い港(レッドポート)に移っている。

 残ったつるは海に投げ出された者の救助や負傷者の治療、遺体の回収に奔走していた。

 

「まったく、赤い港(レッドポート)の赤は血を意味するんじゃないんだよ……!」

 

 負傷者や死者の数は把握できていないが、沈んだ軍艦の数なら既に分かっていた。

 実に58隻であり、前代未聞の損害だ。

 当時のロックス海賊団よりも明らかに個々人が強い上、当時より圧倒的に統率が取れている。

 それはルナシアの存在が大きいとつるは見ていた。

 

 

 

 

 

 その頃、ルナシアはゼファーと彼に率いられた中将3人の相手をしていた。

 遠くではニューゲート達4人を相手に奮闘するセンゴクとガープが戦っているのが衝撃で分かる。

 

 しかし、向こうもこちらも戦況は一方的だ。

 勿論、ロックス海賊団が有利という意味で。

 

 

 

 ゼファーは肩で息をしながら、目の前に佇むルナシアを鋭く睨みつける。

 海軍本部大将に昇進してからも鍛錬を怠ることなく、同時に教官をもこなしてきた。

 忙しい自分を妻は支えてくれており、息子は強い海兵になりたいと鍛錬に励んでいる。

 ゴッドバレーの時よりも自分の実力は上がっている筈であるし、あの時のように海楼石製のメリケンサックや、海楼石製の槍も持参し、彼女の能力を封じようとしている。

 だが、ルナシアの力は彼の予想を超えていた。

 

 

 覇気は勿論のこと、純粋な身体能力から戦闘時の立ち回り、状況判断などなどがゴッドバレーの時とはまるで違う。

 白ひげ達を従えて、再度ロックス海賊団を結成できるだけの強さがあった。

 

 何よりも恐ろしいのは彼女は海楼石製の武器がこちらにあることから、能力を使っていないことだ。

 ただ再生能力だけは自動発動のようで、海楼石製のものによらない傷は勝手に再生されている。

 

 

 基礎戦闘力を飛躍的に高めてきたな――

 

 

 敵ながら能力を過信しない姿勢にゼファーは感心してしまう。

 そのとき、唐突にルナシアが口を開く。

 

「そういえばゼファー。確か8年か9年くらい前だったと思うんだけど、あなたに恨みがあるから復讐を手伝って欲しいとかいう海賊が私のところに来てね」

 

 ここまで無言だったルナシアが唐突に声を掛けてきた。

 ゼファーは思わず動きを止める。

 クザン・ボルサリーノ・サカズキはこの隙に体力の回復に努める。

 

「どういうことをするのかって聞いたら、妻子を殺すとか言ってきたからそいつを殺しといたわ」

 

 まさかの言葉にゼファーは驚きつつも口を開く。

 

「その、なんだ……ありがとう、でいいのか?」

「気にしないで。あなたと真正面からやりたいから場を整えて欲しいって言ったら協力してたし」

「そっちなら俺も受けて立ったな」

「でしょうね。ところでそっちの3人、あなたの教え子? 中々やるじゃないの」

「まだまだひよっ子だ」

 

 その言葉と共にルナシアに殴り掛かるゼファー。

 それに呼応してクザン達もまたルナシアに襲いかかる。

 だが、彼女はまるで未来でも視ているかのように的確に回避していく。

 

 ゼファーはその動きを見ながら告げる。

 

「お前達、こいつの覇気は見聞色も武装色も以前より段違いだ。特にボルサリーノ、お前は能力に頼りすぎるから気をつけろ」

「私を授業に使うなんて、あとで料金請求するわよ?」

「センゴク宛にしてくれ」

 

 呑気に会話をしている2人だが、恐ろしい速度で攻撃の応酬は途切れることなく続いている。

 ルナシアの黄泉とゼファーのメリケンサックがぶつかり合う中、その隙を見て横や後ろから攻撃を仕掛けるクザン達。

 彼らには会話をする余裕は無く、ただ必死に攻撃をするのだが――当たらない。

 これは戦闘が始まってから幾度も繰り返されたことで、偶にルナシアの反撃を受けてしまう程だ。

 

「そこの3人には、まだこのステージは早いんじゃないの?」

「だろうな。だが、経験させておく必要がある……お前らみたいなのが海にいるからな」

「失礼ね。他の4人と違って私はかなり穏健派よ」

「今回のことで世界最悪の犯罪者になったじゃねぇか」

「ガープあたりはめちゃくちゃ喜んでいそうな気がするけど……あなたも心の中ではそうなんじゃない?」

「さてな」

 

 ゼファーはすっとぼける。

 状況的にマリージョアが襲撃を受けただろうが天竜人達からロックス海賊団を潰せという命令が来ていないことから、何が起こったか想像に容易い。

 

 

 本当にやりやがったんだな、誰もが手を出せなかったところを――!

 

 

 良くも悪くもロックス海賊団は予想の斜め上をいく。

 海軍の面子は丸潰れ、後始末を考えれば頭が痛い。

 

 だが正直、スカッとしたのは事実である。

 

 そして、それはおそらくクザン達もそうだろう。

 海軍で昇進するということは、それだけ色々と天竜人関連で目撃してしまうことが多くなる。

 ぶっちゃけた話、誰も口にはしていないし、何ならマリージョアの心配をしてみせるが――よくやったと、内心では思っているに違いないとゼファーは思う。

 

 彼は口元に笑みを浮かべながら告げる。

 

「楽しもうぜ。ゴッドバレー以来だろう? お前が表舞台に立つなんて」

「悪いけど、むさっ苦しい男の相手なんてしたくないわ」

「まあそう言うな!」

 

 ゼファーの攻撃は熾烈さを増す。

 対するルナシアも仕方がないとばかりに彼に付き合ってやる。

 偶に仕掛けてくる彼の教え子達には手痛い反撃を食らわせながら。

 

 

 しかし、その戦闘は誰が見てもルナシアが優勢であることは明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、数時間後――ルナシア達は悠々と赤い港(レッドポート)を後にする。

 センゴクとガープのコンビと戦っていたシキ達は苦戦を強いられたものの、数の優位でもって2人を打倒し、ルナシアもまたゼファーと彼の教え子達に勝利を収めた。

 

 マリージョアよりも高い位置にある船に彼らは戻り、カイドウがルナシアに尋ねる。

 

「本当に殺さなくて良かったのか?」

「ええ。だって、ロックスのことを直接知っている人が少なくなるのは悲しいじゃないの」

「甘い奴だ」

 

 呆れるカイドウにルナシアはくすくすと笑う。

 

「知っている? 時には生きていることの方が死ぬよりも辛いときがあるのよ」

 

 ルナシアの言葉にカイドウは首を傾げるが、シキ達には理解できていた。 

 

「ルナシア、せっかくだからインペルダウン、エニエス・ロビーもやるか?」

 

 ニューゲートの問いかけにルナシアはすぐさま承諾する。

 

「それは良いわね。襲うって宣言したからにはちゃんと襲ってあげないと失礼だと思うし……シキ、まずはインペルダウンで」

「了解した。ところでマリンフォードはどうするんだ? 今ならやれるだろう」

 

 その言葉にルナシアは笑って告げる。

 

「マリンフォードは襲わないって宣言しちゃったからやんないわ。海軍はこれから大変ね。どうやって後始末をするのかしら……」

 

 ルナシアの言葉にカイドウも含めて皆が笑う。

 これから海軍は死んだほうがマシというような辛い立場に置かれるだろう。

 

 海軍の最大戦力をぶつけてもなお、ロックス海賊団には歯が立たなかった。

 面目は丸つぶれで被害は甚大。

 戦力の再建には長い時間が掛かることは間違いなく、その間にルナシア達5人は好き放題ができる。

 

「なあ、ルナシア。提案なんだが……海軍が戦力を再建したら、またロックス海賊団を結成して潰そうぜ? そうした方が皆に等しく利益があるからさ」

「リンリン、それはいいアイディアだわ。第二回ロックスを偲ぶ会ってことにしましょう。どうかしら?」

 

 ルナシアの問いにニューゲートもシキも頷き、カイドウは――

 

「おお! 大賛成だ! 俺はそれまでにもっともっと強くなるぞ! 見習い呼ばわりされないくらいに!」

「あなたは永遠にロックス海賊団見習いよ」

 

 ルナシアの無慈悲な言葉であったが、カイドウは大きな声で笑う。

 

「エニエス・ロビーはいきなりぶっ壊してもいいけど、インペルダウンは囚人が欲しいから、いい感じに手加減してね。囚人を脱獄させた後にぶっ壊そう。これは船長命令だから」

 

 ルナシアはドヤ顔で彼らに告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてこの後、ルナシア達はインペルダウンを襲撃し、収監されていた囚人達を脱獄させ――今回はレベル6の連中までも――その配下に加えた後にインペルダウンを破壊し、その次にエニエス・ロビーを破壊した。

 こうしてロックス海賊団は莫大な財宝と多数の奴隷・囚人を得て、ついでに海軍を壊滅させ、エニエス・ロビーとインペルダウンを破壊して、第一回ロックスを偲ぶ会を終えた。

 

 全てが終わった後、ルナシアはハチノスにモルガンズを呼ぶ。

 彼はルナシア達がやらかしたことを既に掴んでおり、当人から話が聞けるとばかりに喜び勇んでやってきた。

 モルガンズから質問攻めにされるが、ルナシアは次々と答えていき、取材の最後に彼女は当初の予定通りにロックス海賊団の解散を告げるのだった。

 

 

 

 

 

 なお、まったくの余談であるが後日、センゴク宛にルナシアから自分を授業の題材として使ったことに関する請求書が届き、病み上がりのセンゴクは怒りで血圧が上がり過ぎて再度入院する羽目になった。

 ちなみにガープはその請求書を見て大爆笑し、ゼファーは律儀に料金を払おうとしたがつるに止められたのだった。



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海軍の立て直し

短め。


 ロックス海賊団によるマリージョア襲撃及び数々の悪行はモルガンズによって瞬く間に全世界が知ることとなった。

 新聞記事を読んだ者はその悪行を恐れるよりも先に――喜びがあった。

 

 天竜人の悪行を知らぬ者はいない。

 それこそ子供だって知っている。

 

 海軍の後ろ盾さえなければ、恨みつらみの数々をぶつけたいという者は世界の至るところにいる。

 そんな自分達に代わって、ロックス海賊団はマリージョアを襲い、多数の天竜人を殺害してのけた。

 それから海軍を壊滅に追い込んだことや、インペルダウンやエニエス・ロビーの襲撃は力なき者達にとっては一概に良いとは言えないものだ。

 しかし、そんなものが吹き飛ぶくらいに天竜人達が死んだという事実に対する喜びの方が大きかった。

 

 世界政府はこの事件を受けた為か、天上金を廃止する旨を迅速に決定・公表していた。

 民衆から不満が出るはずもなく、むしろ世界政府に対する支持が強くなった。

 

 一方で海軍による治安維持活動費の調達の為に新たに税金が課されたが、天上金よりも遥かに安く、また常識的な額であった為に誰も文句は言わなかった。

 

 そして、今回もっとも被害を被った海軍はコング元帥が責任を取る形で辞職し、代わりにセンゴクがその後任に就いた。

 しかし、誰がどう見ても貧乏クジを引かされたことが丸分かりだった。

 充分な治療が施され、完全に回復したセンゴクであったが、病院のベッドが早くも恋しくなっていた。

 

 

 

 

「センゴク、おかきを持ってきた」

「ああ、ガープ……すまんな」

 

 差し入れを持ってきたガープにセンゴクは感謝する。

 彼の執務机の上には所狭しと書類が積まれており、どんどん追加で運ばれてくる為に一向に減る気配がない。

 元帥に就いてから、変わらぬ光景だった。

 

 センゴクの視線は書類に釘付けだ。

 幸いであったのは、五老星から予算に関しては心配するなというお墨付きを貰っていること。

 また人事権などもセンゴクに一任され、好きなようにしろと言われていた。

 

 その為にセンゴクはまずゼファーを大将から外し、新たに練兵総監という役職を創設した上で、兵の教育・訓練に関することは全て丸投げした。

 ゼファーも快く承諾し、早くも兵達の育成に奔走している。

 大将にはセンゴク・ゼファーの2人に加え、もう1人いたのだが――彼もまた重傷を負ってしまっている。

 とてもではないが戦力に数えられる状態ではない為、彼もまた大将から外し、回復後にはゼファーと同じく何かしらの役職を創設し、そこに就いてもらうことになる。

 そして空席となった大将にはゼファーの教え子であり、中将達の中では抜きん出た力があるクザン・ボルサリーノ・サカズキが就く。

 

 センゴクは元に戻すよりも、これを機会に海軍の大きな改革を実施することを決断し、五老星もまたそれを承認していた。

 

 

 

 ソファに座ったガープが煎餅を食べる音がセンゴクの執務室に響き渡る。

 

「……わしは人でなしかもしれん」

「急に何を言い出すんだ?」

 

 ぽつりと呟いたガープにセンゴクは思わず書類とのにらめっこをやめ、その視線をガープに向ける。

 

「あの時の戦いで多くの部下が傷つき、あるいは亡くなった……だがな、わしはマリージョアのゴミ共を掃除してくれたことの方が嬉しかった……!」

「……あの時、マリージョアにいなかった天竜人も少数ながらいるからな」

「だがもう世界は変わった。あいつらは誰も手を出せなかったところに手を出して、強引に世界を変えたんじゃ。あんな性根の腐った連中が多少生き残った程度では流れを元に戻すことはできん……!」

 

 ガープの言葉にセンゴクは思わず頷いてしまいそうになるが、ぐっと堪えた。

 そこへガープは更に畳み掛ける。

 

「センゴク、胸を張って堂々と正義を名乗れるんじゃぞ……! 悪を倒し、弱きを助ける……わしらが本当に望んでいた正義を……!」

 

 その言葉を受け、センゴクは体を震わせる。

 色んな思いが今、彼には込み上げてきていた。

 

 今日に至るまで海賊と戦うだけではなく、他にも色々とあった。

 だが、その中でも基本的に胸糞が悪い出来事には天竜人が関わっていた。

 それはガープやゼファー、つるは勿論、他の将官や佐官達とて同じこと。

 

「それにな、センゴク。今、海軍はどうじゃ? 面子は丸潰れ、戦力はガタガタ、敵は笑えるほどに強大……普通なら退職届が人事に殺到しておるじゃろう。人事から泣き言は上がっているか?」

 

 ガープの問いかけにセンゴクは気がついた。

 そういう話は何も聞いていない。

 彼が気づいたことを察してガープは不敵に笑う。

 

「それが答えだ。今回の戦いで多くの仲間が傷つき、また死んだ。それは事実……じゃが、ゴミ共が消えたのもまた事実だろう? ゼファーなんぞルナシアとの戦いを楽しんでいたとクザン達から聞いている」

「……それに加え、彼女からの請求書が届いたときはお前は大爆笑し、ゼファーは料金を支払おうとしていたな?」

「まったくあの悪ガキは海軍を舐め腐っとる……拳骨100発くらいは食らわさにゃ気が済まん!」

 

 ガープはそう言って大きく頷いてみせ、更に言葉を紡ぐ。

 

「ゴミ掃除によって兵達の士気はかつてない程に高まっている……失ったものは多く、悲しみが大きいにも拘らずに……!」

 

 ガープは煎餅を傍らに置いて立ち上がった。

 そして、羽織っていた正義の文字が書かれた白いコートを脱ぎ、その正義の文字を見せつつセンゴクに告げる。

 

「センゴク、正義を背負い直すぞ!」

 

 そう言ってガープはコートを羽織った。

 それを受け、センゴクもまた不敵に笑う。

 

 彼もまた壁に掛けてあった自らのコートを取り、正義の文字をガープに見せつつ告げる。

 

「安心しろ、ガープ。人でなしなのはお前だけじゃない……」

 

 センゴクの言葉にガープは笑みを浮かべる。

 

「多くの海兵が傷つき、また死んだにも拘らず……俺だって嬉しかった……! あいつらが消えた喜びは、それほどまでに大きかったんだ……!」

 

 そう言って彼もまたコートを羽織った。

 そこでセンゴクは苦笑する。

 

「前よりもコートが重い気がするぞ」

「正義は前よりもずっと重くなったからな。わしだって重くてかなわんが、これを捨てることだけはない」

「違いない……おい、ガープ。少し身体を動かすから付き合え。ゼファーも巻き込んで模擬戦をしよう」

「お、それはいいな。お前もわしもヤツも病み上がりで少し鈍っているから、ちょうどいい」

 

 

 そして2人は正義の文字が書かれたコートを揺らしながら、部屋から出ていった。

 

 

 ロックス海賊団に敗北した海軍は多くを失った。

 だが、天竜人という重石が無くなったことで、海軍は真に正義の組織となったと世界の人々が認識した。

 ロジャーの言葉や今回のロックス海賊団がやらかしたことに憧れて海賊になる者は確かに増えたが、それ以上に今回の一件で海兵を志す者が大きく増加したことを海軍はまだ知らない。

 

 

 



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戻ってきた日常?

「……どうして私、コイツを拾ったのかなぁ」

 

 ロックス海賊団を再結成し、世界をひっくり返したルナシアは途方に暮れていた。

 彼女の前には筋骨隆々の男が白目を剥いて倒れている。

 

 彼相手に52戦52勝という連勝記録を更新中だが、明日にはまた記録を更新することになるだろう。

 

 

 

 ロックス海賊団の解散を宣言した後も、勢力を拡大していたルナシア率いる海賊団。

 海賊団というよりも海賊国家とか海賊連邦というのが正しいが、そんなところに喧嘩を売る輩は限られる。

 

 しかし、とんでもないヤツがたった1人で彼女に戦争を吹っかけてきた。

 それは数ヶ月程前の話だ。 

 

 ルナシアもその存在を知ってはいたが、誰彼構わず手当たり次第に喧嘩を売りまくる輩なんぞ、すぐに死ぬと大して気に留めなかった。

 

 そのように高を括っていたら、自分のところに喧嘩を売ってきたのである。

 傘下の海賊団がボッコボコに叩きのめされ、ほうほうの体で逃げ帰ってきた。

 どうやらわざと彼は痛めつけるだけに留めたらしい。

 早速ルナシアは詳しい情報を得るべく、幾つものルートで彼の詳しい情報を集めた。

 すると、まさかのことが分かったのだ。

 

 自分達がマリージョアから始まる一連の襲撃事件を起こしていなかったら、あるいはもう少しズラしていたら海軍は彼にバスターコールを発動し、捕らえるか殺害する予定だったという。

 今の海軍にはそんな余裕は無いのは言うまでもない為、彼――ダグラス・バレットは好き放題に暴れていた。

 

 そんな衝撃の事実が明らかになりながらも、とりあえずルナシアは彼をぶっ飛ばした。

 彼は強いことは強いのだが、バスターコールを跳ね返す程の強さではなかった。

 ルナシアにしろ、白ひげ達にしろ、単独でバスターコールを跳ね返せるどころか、こっちから出向く手間が省けただとか鴨が葱どころか鍋まで背負って来たとか思ってしまう。

 

 ともあれ、バレットをぶっ飛ばしたルナシアであったが、彼がロジャー海賊団に所属していたという縁で殺しはしなかった。

 故人を直接知る人物が減るのは悲しい、という思いによるものだ。

 

 だが、彼は懲りずに喧嘩を売ってきて、ルナシアはその度にぶっ飛ばしたのだが、彼はそれが楽しいようだった。

 

 毎回傘下をぶっ飛ばされて喧嘩を吹っかけられるのも面倒なので、仕方なく彼女は自分の部下に誘った。

 夜以外はいつでも勝負を仕掛けて来ていい、という条件で。

 

「く、くそぉ……」

「あ、気づいたのね、バレット」

「また、負けた……」

「はいはい、もうちょっと寝ときなさい」

 

 ルナシアはバレットの頭に拳骨を食らわせて気を失わせる。

 

「カイドウに送りつけたら、絶対うっかり殺しそうだし……リンリンは性格的に合いそうにないし……白ひげとシキはロジャーのライバルだったし……」

 

 私しかいないのかぁ、とルナシアは溜息を吐く。

 こんな筋肉男ではなく、綺麗な女性だったら大歓迎なのにと思う。

 

「いっそのことカマバッカ王国に送り込んで……いやでも、この見た目のままそうなられたら私でも耐えられない……」

 

 想像して寒気がしたルナシアはアマンド達が待つ、自分の屋敷に戻ろうとした。

 

 ブエナ・フェスタがやってきたのはそんなときだった。

 彼はルナシアを探し、このルナシア専用の鍛錬場までやってきていた。

 

「あ、ルナシア様。バレットを借りていいか? 今度の海賊ケンカ祭りの目玉として出したいんだ」

「目玉なら私を出したほうが……」

 

 そう告げるルナシアにフェスタは全力で首を左右に振りつつ、両手でバツ印を作る。

 

「ダメダメ! あんたが出たら賭けは成立しないし、白ひげとか来そうだから! ヤバい戦争になるから!」

 

 フェスタは戦争仕掛け人ではあっても、冗談抜きで世界が滅亡するかもしれないような洒落にならない戦争はゴメンである。

 もっともルナシアのところに来て以来、彼は戦争仕掛け人としてではなく、もっぱら祭り屋として精力的に仕事に取り組んでいた。

 

 そもそも祭り屋としてロジャーに敗北を感じて隠居をしていた彼だったが、マリージョア襲撃から始まる一連の事件に熱狂し、当時のロックス海賊団をも凌ぐ新生ロックス海賊団の暴れっぷりに大興奮した。

 おまけにやることをやったら解散宣言まで出すという、祭りの締めまで見事にやってみせた。

 

 そんな彼女が襲撃事件から少し経った時、自分のところまでやってきて頭を下げて頼んできた。

 祭り屋として色んな興行を自分の勢力圏でやって欲しい、あなたの力を借りたいと。

 

 そうまでされてはフェスタも断れない。

 承諾した彼をルナシアは幹部待遇で迎え入れ、専門の部署まで創設して人員と予算も豊富につけた。

 

 彼は気前の良さに仰天したが、すぐにルナシアの非常識なところに頭を抱えた。

 その最たるものが海賊ケンカ祭りである。

 既に何回か開かれており、海賊だけでなく一般人にも大人気の祭りだ。

 

 第一回目のケンカ祭りを計画した時にルナシアはフェスタにドヤ顔で告げた。

 

 

 私と白ひげ、金獅子にビッグ・マム、カイドウを呼んでケンカしよう――!

 絶対盛り上がる――!

 

 

 フェスタが必死でそれを止めたのは言うまでもない。

 以後、ケンカ祭りの度に隙あらばルナシアが出ようとするのを彼が止めるというのは恒例行事となっている。

 

「まあ、お祭りのことはあなたに任せるわ。良きに計らえというやつよ」

「ああ、ありがてぇ……」

「んじゃ、必要な書類ができたらまた持ってきて頂戴」

 

 ルナシアは手をひらひら振って、その場を去っていった。

 後に残されたフェスタは軽く溜息を吐く。

 そして懐からようやく発行されたルナシアの新しい手配書を出し、それを見つめる。

 これを知らせても良かったのだが、金額が気になった為、出すに出せなかった。

 

「懸賞金額55億5963万ベリー……ロジャーに少しだけ及ばないが、この端数はふざけているのか?」

 

 ゴクロウサンである。

 まさか天竜人達を始末したことに対する世界政府と海軍からのメッセージか、とフェスタは思ったが、さすがに考えすぎだと思い直した。

 

 

 

 

 

 アマンド達がいる自らの屋敷にルナシアが戻ると、見聞色で気配を察していたのかアマンドが出迎えてくれた。

 彼女は大事そうに1枚の紙を抱えていた。

 

「ルナシア様、新しい手配書だ」

「ようやく出たのね? まったく海軍も政府もお役所仕事で遅いんだから……5000兆ベリーくらいになっている?」

「それはどうかな。ただ、誇れる数字だとは思う」

 

 微笑みながらアマンドはルナシアへ手配書を差し出した。

 それを受け取り、彼女はその額を確認し――

 

「……ちょっと五老星に話をつけてくる。止めるな、アマンド!」

「そうくると思ったぞ! 妹達!」

 

 アマンドの掛け声とともに、あちこちから現れる彼女の妹達。

 

「ルナシア様、良い金額ではないか。何が不満だ?」

 

 まだ10代前半であったが、既に強さは中々のものがあるスムージーは問いかける。

 

「あいつら、私のことを舐めてるんじゃないの!? 何が5963(ゴクロウサン)よ!? 今すぐロックス海賊団を再結成して、パンゲア城潰してやる! 第二回ロックスを偲ぶ会をやってやるぅ!」

 

 叫ぶルナシア、すかさず取り押さえるアマンド達。

 ちゃんと武装色の覇気まで纏っているが、安心などできよう筈もない。

 

 それから1時間くらいアマンド達とドッタンバッタン大騒ぎしたが、最終的には呼び出されたバッキンに宥められてルナシアは諦めた。

 

 しかし、気が収まったわけではなかったので、彼女は傷心旅行として色々と仲良くしているアマゾン・リリーへ赴いた。

 

 

 

 

 

 

 女ヶ島への行き方は船であるなら色々と大変だが、空を飛ぶルナシアには関係がない。

 またアマゾン・リリー側もルナシアのやってくる方法については承知しており、彼女との交易や戦力を有償派遣することで利益を得ている為、特に制限は無い。

 とはいえ強い女であるルナシアは元々人気者であったのだが、今回の事件によりその人気は一層高まっている。

 ルナシアは島民達に歓迎されながらも、まずは皇帝へ挨拶しに向かった。

 

 皇帝に謁見すると彼女からある頼み事をされるが、ルナシアは快諾する。

 謁見を終えたルナシアは、彼女が数年前から目を掛けている三姉妹に会いに行く。

 

 ボア・ハンコックを長女とし、サンダーソニア、マリーゴールドの三姉妹。

 彼女達もルナシアを慕ってくれており、ルナシアとしては癒やしである。

 三姉妹の髪を梳いたり、色んな武勇伝を聞かせたりした後、ルナシアは授業を行う。

 

 強い女であるルナシアの話や強さの秘訣を子供達に教えて欲しい、と今回、皇帝にお願いされた為だ。

 ルナシアも色々お世話になっているので、快く引き受けた。

 

「適度な運動とバランスの良い食事が強くなる秘訣なの。太ったりしたら動きが鈍くなるからダメ」

 

 真剣な表情でルナシアの講義を聞くハンコック達――だけではなく、アマゾン・リリーの子供達。

 大人もたくさん交じっているのはご愛嬌。

 

「覇気は鍛えれば鍛えるほど強くなる。安全に略奪をする為にも、覇気や身体能力の向上は最重要よ。覇気だけで私と戦えるヤツも世界にはたくさんいる」

 

 ゼファーとかガープとか――

 

 ルナシアは心の中でそう思いながら、言葉を続ける。

 

「能力者になったとしても、能力の上に胡座をかいていちゃダメ。常にまだまだ弱い、もっともっと強くなれる、強くなれないのは努力の仕方が間違っているっていう精神が大事ね」

 

 私ももっと強くならないと――

 

 ルナシアはそう思いながら、授業を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「俺はルナシアについていくぜ……」

 

 ドンキホーテ・ドフラミンゴはルナシアの新たな懸賞金の額を確認し、彼の仲間達にそう宣言した。

 数年前、彼はわざわざ北の海のかつて住んでいた場所に戻って海賊団を結成している。

 

 ドン底を味わったそこから成り上がってみせるという彼なりの決意によるものだった。

 

「ついていくも何も、そうするしかないんじゃないか……?」

 

 ヴェルゴの問いにドフラミンゴは頭を掻く。

 

「改めて決意しただけだ。もともと裏切るとか方針や命令に反するなんて、怖くてできねぇよ……アイツのお仕置きは見たことはあるが、絶対に味わいたくねぇ……」

 

 ドフラミンゴの恐怖した顔にヴェルゴやトレーボル、ピーカにディアマンテの4人は思わず息を呑む。

 

 ルナシア達はあまりにも強大な力を持ち、多数の部下と広大な縄張り――特にルナシアはもはや国家と言っても過言ではない――を誇り、新世界に皇帝のように君臨する。

 五皇と呼ばれ始めている存在だ。

 

 そんな中でも、強大とされているあのルナシアのお仕置き。

 それはもう想像を絶する程の――

 

「まさかあいつのお仕置きが……尻叩きだとは……!」

 

 ドフラミンゴの言葉にヴェルゴ達は目が点になった。

 

「それは本当なのか? 何かとんでもないことをされたりとか……」

「武装色の覇気を纏った拳で尻をガンガン叩かれるとか……?」

 

 ヴェルゴとディアマンテの問いにドフラミンゴは告げる。

 

「普通の尻叩きだ。ただヤツが手袋をするくらいでな……だが、それをやられるのが名の知れた海賊だ。俺は巨漢が四つん這いにされて、尻を叩かれるのを見たぞ……」

 

 ドフラミンゴは思い出す。

 億超えの巨漢の海賊がルナシアの命令に従わなかったという理由で、そうされていたことを。

 

 余程に痛いらしく、無様に涙を流して許しを乞うていた。

 拷問か、いっそ殺してくれた方が精神的にはよっぽどいいだろう。

 

「んねー……何か変な性癖に目覚めそうなヤツがいそうだねー」

 

 見た目は美しい少女である。

 実年齢はともかくとして。

 

 トレーボルの発言に溜息を吐きつつも、ドフラミンゴは両親と弟と今回の一件に関して電伝虫で話したときのことを思い出す。

 

 両親達はそうされても当然だと納得し、ロシナンテもまたそうであった。

 天竜人の存在がどう思われているか、マリージョアから出たことで嫌というほど思い知らされた為だ。

 

 だが、もはや元天竜人ということで彼らを虐げる者はいない。

 保護した当時ルナシアが彼らのことを天竜人だと思い込んでいる世間知らずの一般人と発表した為だ。

 

 両親のお人好しで善良な性格も手伝って、可哀相な目で見られることはあったが誰も疑いを持つことなく、普通に暮らしている。

 ロシナンテも健康そのもので、商売でも始めようと勉強しているらしい。

 

 ドフラミンゴはニンマリと笑みを浮かべ、呟く。

 

「ルナシア様々だな……」

「ん? どうかしたか?」

 

 ヴェルゴの問いかけに何でもないと答えて、ドフラミンゴは笑うのだった。

 

 

 




懸賞金めっちゃ悩んだよ(小声
次回は一気に時間が年単位で飛ぶかも。


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将来に向けて

「ふーん……マリージョア、復興遅れる……ルナシアの置き土産ね」

 

 ルナシアは朝食を食べながら、新聞を読んでいた。

 マリージョア襲撃から既に1年程が経過している。

 

 お祭りの熱は収まったが、襲撃前と襲撃後では海賊達の数が明らかに増加しており、一方で海軍も除隊した元海兵達がまた戻ってきたり、海兵の志願者も激増している。

 天竜人をルナシア達が――より正確にはルナシア個人が処理したこともあり、海軍は甚大な被害を受けたにも関わらず、予想よりも士気が高くまた再建も早い。

 

 しかし、マリージョアの方は新聞にある通り、ルナシアが置いてきたお土産に手こずっていた。

 

「ベトコン仕込みというわけじゃないけど、こっちの世界で似たようなことを色々学んだので」

 

 ルナシアは霧で覆った範囲に無数の分身を生み出せる。

 それは直接的な戦闘では勿論のこと、罠を仕掛けるだとか土木工事をするだとか戦闘以外のことであっても人手が必要なことならば大きな利点だ。

 

 かつて能力を鍛えたとき、あれこれ考えた戦術の一つであり、敵地にこっそり侵入して罠をばら撒いて帰ってくるということを実践したというわけである。

 

「持っていくだけじゃ可哀相だから、爆弾をたくさん置いてきたし、ささやかな悪戯をしたりもしたけど……ま、いいわよね」

 

 ルナシアはそう呟いてコーヒーを啜る。

 

 爆弾をそのまま置いてきたというわけではなく、ブービートラップを仕掛けていた。

 古典的な紐に引っかかったら爆発するタイプから、死体を触ったり動かそうとした瞬間に爆発するなど色々だ。

 

 またルナシアが言うところの『ささやかな悪戯』とは死体をいくつか現地で調達し、顔が分からない程度に損壊させて横たえて布を被せておく。

 その近くに『疫病患者遺体安置所』と書いた看板を立てて完了である。

 

 ルナシアは最初、ペストにしようと思ったが、この世界でその単語が通じるか分からないので疫病ということにしていた。

 

 情報によると海軍はブービートラップとささやかな悪戯で大苦戦しながらも、頑張っているらしい。

 

「今日の予定は特に無し……じゃあ、鍛えよう。バレットもそろそろ襲撃しに来るだろうし」

 

 襲撃事件後、ルナシアは勢力拡大に努めつつも自らの鍛錬も怠っていない。

 能力を鍛えるのは勿論だが、どちらかというと覇気に重点を置いている。

 昔に教えてもらった鍛え方をずっと彼女は継続していた。

 

「そういえばオハラのクローバー博士が研究成果を報告したいって言ってたから、今度行こう」

 

 今日は鍛錬だとルナシアは思いつつ、手元に置いてあったスケジュール帳を確認する。

 オハラへの移動時間も考えて――半月後くらいになりそうだと思いながら、とりあえず朝食を食べることにした。

 

  

  

 

 

 

 

 

 そして半月後、ルナシアは予定通りオハラにて研究成果の報告を聞いていた。

 クローバー博士が代表して、これまでの成果と仮説を発表したのだが、それを全て聞き終えた彼女は告げる。

 

「たぶんだけど、この報告を外に漏らしたら政府が形振り構わず殺しに来るわよ?」

 

 真剣な顔で告げるルナシアに、クローバー博士を筆頭にオハラの考古学者達は厳しい顔となる。

 

 あまりこの世界の歴史には詳しくはないが、そんなルナシアでも世界政府にとってその仮説ですらも非常に都合が悪いことが分かってしまう。

 

 彼女の膝に座っているニコ・ロビンも幼いながらも事の重大性を理解していた。

 いくら何でも幼すぎるということから、ロビンは基本的にこの禁じられている研究に参加していなかったのだが――ルナシアがお願いした形だ。

 

 遅かれ早かれ、この子なら辿り着きそうだから、先に教えておいたほうがいい――

 

 クローバー博士や母親のオルビアはあまりいい顔をしなかったが、ルナシアの機嫌を損ねると問題しかない。

 その為、ロビンはルナシアと一緒に今回の報告を聞いた上で、研究に参加するかどうかを自分で決めてもらうということに落ち着いた。

 

「やっぱりラフテルかしら」

 

 ラフテルという単語にクローバー博士達は首を傾げる。

 

「ああ、あんまり知られていないのよね。ロジャーが死ぬ間際に言った言葉は知っているわね?」

「それは知っている……だが、それがどうしてこの話に繋がる?」

 

 クローバーの問いにルナシアは微笑む。

 

「ロジャーは偉大なる航路の最終地点であるこの島をラフテル、笑い話って名付けた。この世の全てをそこに置いてきたって彼は言った……この世の全てって世界の真実とやらじゃないかしら?」

「そうとは限らないが、可能性としてはゼロではない」

 

 彼の言葉を聞き、ルナシアはさらに続ける。

 

「彼は言ったわ。ただ進むだけじゃダメ、歴史の本文(ポーネグリフ)を辿っていけばいいって」

 

 ルナシアから明かされる情報にクローバー達は息を呑む。

 

「さて、あなた達の研究とラフテルが繋がったわ。こっからは私の想像なんだけど……ラフテルにあったのは先程の発表にあった王国の都市とかじゃないのかしら?」

 

 ルナシアの言葉をクローバー達には否定する材料がない。

 彼女は更に言葉を続ける。

 

「私は聞いたのよ。ラフテルなんて遠いところじゃなくて、手近なところに財宝はないのかって。そうしたら、そんなものはない、解散の時に全部使っちまったって」

 

 そこで言葉を切り、数秒の間をおいて告げる。

 

「ラフテルにとんでもない財宝……金とか銀とかそういう意味での財宝があれば、彼らは持ち帰ってきたはずよ。そして、そういうものを換金したりすれば表だろうが裏だろうが市場はすぐに反応する……でも」

 

 ルナシアは肩を竦めてみせる。

 

「ここ最近は暇だったから色々と伝手を使って表も裏も調べてみたけど、それらしいものはなかったわ。記録が抹消されたという形跡もない」

「……財宝は持ち帰ることができないものだった?」

 

 そう問いかけたのはロビンだ。

 ルナシアは彼女の頭を撫でながら告げる。

 

「たぶんね。海賊はいっぱいいるけれど、それを見て財宝だと思えるのは一握りなんじゃないのかしら……世界の真実が書かれた超巨大な歴史の本文(ポーネグリフ)とか、歴史的な価値はあるけれど船に載りそうにないか、持って帰っても換金できないものだと思う」

 

 ルナシアの予想にクローバーは告げる。

 

「……色々と援助をして貰っている上で図々しいお願いになるが……」

 

 彼の言わんとすることをルナシアは正確に察知して、にっこりと笑ってみせる。

 

「ラフテル、行きたいんでしょ? 考古学者として」

「ああ……!」

 

 明るい顔になるクローバーにルナシアは軽く溜息を吐く。

 

「今はダメなのよ。他の4人が元気過ぎるから。儲け話として彼らを集めるにはラフテルの宝が何なのか、不確定過ぎる……彼らにとって財宝ではなかったら、その場で戦争が始まるわ」

 

 4人が誰なのかはクローバー達とて分かる。

 クローバーは問いかける。

 

「そうすると、いつに……?」

「たぶん20年くらい後かな……そのくらいになれば彼らは今より弱体化する筈……ここにいるロビンに託すっていうのはどう?」

「私!?」

 

 突然の指名にロビンはびっくりする。

 そんな彼女にルナシアは問いかける。

 

「嫌かしら?」

「ううん! 行く! 私、ラフテルに行く!」

「だ、そうよ。博士、あなたの意志を彼女に託すっていうのはどう?」

 

 ルナシアの問いにクローバーは深く溜息を吐いた。

 

「できれば私がこの目で見たかったが……」

「まあ、私が他の4人を片手で潰せるくらいに強くなったら、もっと縮まるから……というか、あなたは結構な歳よね? 航海に耐えられないんじゃ……」

 

 ルナシアの冷静な指摘にクローバーは毅然と告げる。

 

「仮説が正しいかどうか、それが分かるならば航海くらいどうってことない!」

「この間、ギックリ腰をやったって聞いているわよ」

「……どうしてそれを……!」

「ロビンに聞いた」

 

 クローバーは渋い顔になり、それを見てルナシアはけらけら笑う。

 そして、彼女は再度念を押す。

 

「私の庇護下だから大丈夫って思って、うっかり口にしてはダメよ。バレれば確実に戦争覚悟でCP0を政府が送り込んでくるから」

 

 ルナシアの言葉にクローバー達は勿論、ロビンもまた重々しく頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 オハラでの研究成果と仮説を聞いたルナシアは勢力拡大の方針を維持しつつ、より自身の鍛錬に比重を置く。

 およそ20年後を目処にラフテル探索へ本格的に動くならば、自らが他の4人や頭角を現してくるルーキー達に対して優位を保っていなければならない。

 それは彼女個人の戦闘力だけでなく、傘下の海賊達の質・量の向上、経済力・技術力の向上、支配領域の維持・拡大といった色々な面において優位であることが必要だ。

 

 勿論、戦争前提ではないが、ラフテルを目指すとなればいくら何でも他の連中は目の色を変える可能性は高い。

 ルナシア的には考古学者達を同行させてくれれば、誰がラフテルに行ってもいいと思っている。

 とはいえ、もしもラフテルにある宝とやらがトンデモナイ兵器の類であったなら他の連中に渡すわけにはいかない。

 ニューゲートあたりは興味は無いだろうが、他の3人は怪しい。

 

 手っ取り早くお宝が何なのか知る為にルナシアはレイリーを探して、彼に尋ねてみたものの、自分の目で確かめてこい、と言われてしまう。

 

 教えてもらえなかったので、ラフテル探索は不可避として自らの鍛錬・勢力拡大・組織の強靭化に励むルナシアであったが、彼女はちょっとした戦いに巻き込まれることになる。

 

 それはオハラでの報告会からおよそ3年後のことであり、その日彼女は東の海にある勢力下の島々を視察の為に飛び回っていた。

 

 

 島から島への移動の途中、ルナシアはとある島を偶然発見した。

 その島は彼女の勢力下にはない島だ。

 

「戦争かしら? 海軍と……海賊?」

 

 東の海で海軍と海賊が戦っているところを、ルナシアが目撃したのは久しぶりだ。

 この海における海賊は基本的に懸賞金の額が低い輩ばかりだが、ルナシアは東の海で最強の海賊と最強の海兵を知っている。

 

「黄泉を持ってきて良かった……ロジャーみたいな海賊とかガープみたいな海兵がいるかも!」

 

 ルナシアはワクワクしながら、電伝虫で少し遅れるということを次の視察先へ伝え、島へ向かっていった。 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、なんか凄く微笑ましい……」

 

 ルナシアは戦場となっている市街地から少し離れたところに降り立って、こっそりと近づいて適当な建物の屋上から戦闘を見ていた。

 海軍も海賊も覇気を使っておらず、街が双方の攻撃に耐えられずに吹き飛んだりとか、そういうこともない。

 

 とても平和的な戦闘にルナシアはほっこりしてしまった。

 

 そうよね、こういうのが普通の戦闘なのよね、と頷きながらも彼女は自分達の戦闘を思い出してしまう。

 覇気同士のぶつかり合いでとんでもない衝撃波が巻き起こり、周囲のものを木っ端微塵にしたりだとかはよくある光景だ。

 

 そのとき、ルナシアの耳は赤ん坊の声を聞いた。

 彼女が周囲を見回すと、近くの路地裏にその赤ん坊はいた。

 

 拾わないという選択はルナシアにはない。

 孤児を集めるのはもはやライフワークである。

 

 彼女は屋上から降りて赤ん坊に近づき、拾い上げる。

 手慣れた様子であやしてみれば、その子は元気良く笑う。

 そのとき近づいてくる気配を感じ、視線を向ければそこにはまた別の女の子が歩いてきていた。

 

「一緒に来る?」

 

 にこやかな笑顔でルナシアが問いかけると、その子は小さく頷いた。

 

「じゃ、とりあえず……戦いを終わらせるからついてきて」

 

 ルナシアは赤ん坊を抱いたまま、歩き出した。

 その後を女の子もついていく。

 

 

 

 

 

 

 ベルメールは重傷であった。

 生き残っている海兵は僅かで、敵の海賊はまだ残っている。

 

 オイコット王国からの通報を受け、急いで向かったがこの有様だ。

 そのとき刀を腰に帯びた少女が赤ん坊を抱いて、幼女を後ろに従えて路地から通りに出てきた。

 

 

 三姉妹だろうか――?

 ともかく危険だ――!

 

 ベルメールは身体を無理矢理動かそうとしたが、あまりの激痛にそれは叶わない。

 海賊達が少女を見つけたのか、彼女に斬りかかってきたのだが――彼らは少女の前で急に倒れてしまった。

 

 ベルメールは信じられず、瞬きを数回してみたが現実であった。

 少女の前に倒れる海賊達はピクリとも動かない。

 

 赤ん坊の笑い声が聞こえてくる。

 

 仲間がやられたことを見ていたのか、海賊達があちこちから通りに出てきた。

 

 いくら何でも多勢に無勢、自分が囮になって逃さなければ――!

 

 ベルメールは決死の覚悟で、身体を動かしながら声を張り上げる。

 

「逃げろ!」

「あ、大丈夫なんで」

 

 あまりにも呑気な返事にベルメールは呆気に取られてしまう。

 命の危機だと分からないのだろうか、という怒りがすぐに込み上げてくる。

 しかし、そんな彼女の気持ちなんぞ知ったことではないと、少女は迫りくる海賊達に告げる。

 

「申し訳ないけど、1人1人相手にしていると面倒くさいから……許して頂戴」

 

 少女は赤ん坊を幼女に預け、腰の刀を鞘から片手で抜き放つ。

 その刀身は黒い。

 そして、彼女は――いつの間にか刀を振り抜いていた。

 

 ベルメールは息を呑む。

 あまりにも速すぎて振ったのが見えなかった。

 だが、それよりももっと驚愕すべきことが数秒後に起こった。

 

 巨人が横薙ぎに剣を振るったのではないか、と思うほどに見事に真っ二つだ。

 彼女から扇状に全てが斬られていた。

 海賊達どころか、建物や瓦礫といったものまで全て一切の例外なく。

 

「あなた、海兵?」

 

 すると彼女は振り返って問いかけてきた。

 ベルメールはよろよろと立ち上がりながら肯定する。

 彼女のコートはどこかにいってしまっており、近くには見当たらない。

 相手はどうやら自分のことを将校ではなく、普通の海兵と思ったらしい。

 

 しかし、そこでベルメールは気がついた。

 初対面である筈なのに、少女の顔を見た記憶があることに。

 

「うーん……根性はありそうね。海兵なら縁があったらまたどこかで会えるかも……あ、この子達は貰っていくわ。孤児を育てるのは得意なの」

 

 待て、とベルメールが言う前に少女は赤ん坊と幼女を抱いて、あっという間に走り去ってしまった。

 

 残されたベルメールは何だか怒りが湧いてくる。

 故郷の村では不良娘であることは有名で、元々温厚な性格ではない。

 

「好き放題、やってくれて……!」

 

 場を引っ掻き回して――海賊達を一網打尽にしてくれたことは感謝するが――言いたいことを言ってさっさと逃げていった。

 

 ベルメールは頭にきた。

 少女が現れるまでは生きることを諦めていた彼女だったが、今では死ぬつもりは毛頭なかった。

 

 もう一回会ったら、あのガキに拳骨を食らわせてやる――

 

 彼女の頭にあったのはそれであった。

 

 

 



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NAISEIそしてGAIKOUの成果

 広大な勢力圏を有するルナシアであったが、内政面は一貫して農業や商業をはじめとした様々な産業の育成・振興や新技術の研究開発や無人島の開拓を重視している。

 

 技術の停滞は忌むべきものであり、常に研究開発・普及・発展に努めるべし――

 

 そんな勇ましい号令を技術に関しては掛けたりしたが、その最大の理由が自分が金儲けをしたいからである。

 

 支配領域の広さという点では2番手であるニューゲートを大きく引き離してトップに立っているのだが、ルナシア自身はそんなに金持ちではない。

 

 莫大な収入は病院や学校、道路に港などの整備に使われたり、産業育成・振興や研究開発の費用、孤児院の創設・運営費、傘下の海賊達や雇用している民間人達の人件費、船の新造や修繕などの様々なことに使用されて消えていく。

 マリージョアで得た財宝などの一時的な収入に関してはバッキンによって大半がもしものときの予備費として蓄えられてしまう。

 

 色々なものが全部差っ引かれて、手元に残るお金がルナシアの取り分である。

 まずは組織の隅々までカネを行き渡らせてから自分の懐に入れる、というのが彼女の方針だ。

 およそ一般的な海賊のやり方とは言い難いが、そんなのは今更である。

 とはいえ彼女の方針は世間には好印象を与え、雇用される際の待遇も非常に良いことから各地から色んな技術者や研究者達が集まってきたのは狙い通りだ。

 

 さて、このような中で一番重視されたのは医学及びそれに関連する様々な技術であった。

 戦いが多い上、未知の病すらもありえる偉大なる航路。

 医学や関連する技術の発展は死者や罹患者の減少に直接関与する為、長年多額の予算と膨大な人員が費やされている。

 それだけ多くのものを費やした分、成果もまた多くあった。

 

 故に、その病が流行したときもルナシアはいち早く情報を掴んで真っ先に現地入りした。

 世界的に良くも悪くも有名な為、ルナシアがやってきたという情報は現地――フレバンスにあっという間に広まった。

 

 その為、わりとスムーズに彼女はフレバンスでも著名な医師に話を聞くことに成功する。

 

 

 

 

 

「要するに中毒ね」

「ああ、そうだ……伝染病ではない! 体内から珀鉛を除去すれば治る!」

 

 断言する医者に対して、ルナシアは告げる。

 

「任せて! こんな事もあろうかと……そう、こんな事もあろうかと! そういう薬、実はあるのよ」

 

 というよりも、まさしくこの珀鉛というものを昔にルナシアが知り、個人的に調べたらまさしくビンゴだった。

 

 珀鉛って鉛だ、これ絶対どっかで鉛中毒が起きる――

 

 そういうものを体外に排出する薬を作っておけば大儲けができると当時の彼女は思い、研究者達に指示を出してあった。

 そして、既にその治療薬は開発に成功し、量産まで行えている。

 開発成功時に発表してあったが、世間は大して興味を示さなかった。

 

 珀鉛の産出地であるフレバンスで発生する確率が高かった為、フレバンスに近い勢力下の島々の病院にはあらかじめ多めに治療薬を備蓄してある。

 ルナシアは懐から電伝虫を取り出し、各所に指示を出す。

 

「ところで料金だけど……事態が落ち着いてからって形でいいわ。王に請求しようにも逃げたみたいだし、そっちでうまいこと協議して代表を選んでおいて」

 

 指示を出し終え、そう告げるルナシアに医師は深く頭を下げる。

 するとそのとき、子供が部屋に入ってきた。

 

「ロー、今は取り込んでいて……」

 

 そう言い聞かせる医者であったがローと呼ばれた子供は、ルナシアを真っ直ぐに見つめて問いかける。

 

「治るの?」

「治るわ。私に任せて」

 

 胸を張るルナシアにローは目に涙を浮かべながら告げる。

 

「妹を……助けて……!」

「任せなさい。この子はあなたの息子?」

「はい……妹のラミもこの病に罹患して……」

 

 ルナシアは軽く頷きつつ、あることを思いつく。

 

「やはりここは作戦名が必要だと思うの……フレバンス支援作戦として、ブラックジャックと名付けましょう」

 

 医者とローは首を傾げる。

 ブラックジャックはカードゲームであるが、どうしてそれが今回のことに繋がるのだろうか、と。

 しかし、ルナシアの決定に口を挟むわけにもいかないので、何も言えない。

 彼女がブラックジャックと名付けた理由を知ると彼らはがっかりするだろう。

 

「やっぱり医者といえばブラックジャックよね」

「はぁ……? そのような医者がいるのですか?」

「そこは気にしないで頂戴。受け入れとかそういう諸々のことに関して、話を詰めましょうか」

 

 そう答えるルナシアに、医者とローは不思議に思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 ルナシアの指示を受けて翌日から近隣の勢力圏内にある島々から医療チームが編成され、治療薬を根こそぎ持ってフレバンスへ派遣されてくる。

 それは1日毎に数を増して、1週間後には30を超える島々の医療チームがフレバンスで活動を開始していた。

 そして、治療薬の投与によって患者達は症状が徐々に軽くなっていき、回復しつつあった。

 その後も医療チームの派遣と治療薬の輸送は継続的に行われ、邪魔されることもなく順調だ。

 

 これはルナシアがモルガンズを呼んで今回の一件に関する記事を書いてもらったことが大きい。

 フレバンスにおける珀鉛病は伝染病ではないこと、そしてこの治療の為に各地から医療チームを派遣していることなどをルナシアは述べた後、次のように告げたのだ。

 

 今喧嘩を売ってくるなら、海賊だろうが海軍だろうが総力を上げて12時間以内に慈悲深く皆殺しにしてやる―― 

 

 誰も喧嘩を売る者はいなかった。

 

 

 

 

 

 そして一斉発症から1年が過ぎた頃には治療薬の継続的投与と多数の医療チームの支援により珀鉛病の患者数は大きく減少し、それが世界に報道される。

 この報道を受けてフレバンスでは逃げた王族が戻ってこようとしたが国民達が総出で追い返してしまう。

 そんな彼らが新たな支配者として迎え入れたのが――ルナシアであった。

 

「……ただ大儲けしようとしただけなのに、何でこうなるの?」

 

 彼女からするとただ助けただけなのに、何でそうなるのか不思議で仕方がない。

 感謝されて料金を払ってもらって、それで関係は終わりというのがルナシアの予想だ。

 だが、そうはならなかった。

 

「そりゃウチの勢力圏に入った方が将来は安泰だからに決まっているじゃないのよ。王族が真っ先に逃げ出したんだから、連中の信用なんて地に落ちているし」

 

 傍らで書類仕事をしながら説明してくれるバッキンにルナシアは納得する。

 

 言うまでもなくルナシアの勢力圏は巨大な経済圏でもある。

 人・モノ・カネが多く行き交っており、またあちこちにある無人島の開拓も積極的に行っていることから、移民という形になるものの常に人手は不足している。

 おまけにルナシアの威光もあり、手を出してくる海賊もまずいない。

 海軍すらも下手に手を出せば戦争を覚悟せねばならず、監視されることはあっても停船させられて臨検されることはない。

 

 大海賊時代に人・モノ・カネを船で安全に輸送でき、海軍の目も潜り抜けられるというのは極めて大きな利点であった。

 

 納得したルナシアに対してバッキンは更に言葉を続ける。

 

「珀鉛で経済が成り立っていた国から、それを取ったら何が残ると思う? 何も残んないわよ」

「まあ、いいんだけどね。勢力圏が広がるのは嬉しいし……しかし、この町を発展させる為に何か良いアイディアを考えないといけないわね」

 

 ルナシアは腕を組んで思考を巡らせる。

 

 珀鉛を含んだものは慎重に、かつ厳重に廃棄されることになっている。

 ルナシアとしてはシキに頼んで、珀鉛を含んだものを全て浮かせてもらってマリンフォードに纏めて投棄すれば海軍が何とかしてくれると考えている。

 シキも海軍に嫌がらせができるなら喜んで手を貸してくれそうだ。

 

 そんな海軍にとっては非常に迷惑なことを考えつつもルナシアはある医者を思い出す。

 体内の珀鉛を除去すれば治ると見抜いた彼は優秀だ。

 そして、ルナシアは思いつく。

 

「……そうだ、医学やそれに関する技術をこの町の産業として根付かせ、発展させていこう」

 

 ルナシアの拠点とする島々で集約的にやっているのが現状だが、技術というのは競争させた方が発展する。

 

 ルナシアは更に言葉を続ける。

 

「そうすれば白い町っていう馴染み深い愛称を変える必要もない。珀鉛の白ではなく、白衣の白よ。バッキン、どうかしら?」

「ま、いいんじゃないの? ただし、またアンタの取り分は減るわよ」

 

 ルナシアは渋い顔になりながらも、承諾する。

 そんな彼女を見てバッキンはけらけら笑って告げる。

 

「リュウグウ王国の海上移設の件でも大きな出費なのにね」

「魚人島にも勢力を広げることで海の幸を堪能したいと思ったら、変なことになったのよ……」

 

 昔からルナシアは自身の勢力圏内では魚人よりも自分の方がヤバいだろうと不死身ネタを披露しまくっていた。

 種族による区別はすれど差別はしないというのが彼女のスタンスだ。

 

 それが魚人達の間で広まっていき、いつの間にか魚人島にまで届いて、オトヒメの耳に入ってしまったのが運の尽きである。

 

 満を持してルナシアが魚人島を勢力下に収めようと、ネプチューン王に会いに行ったらオトヒメを紹介されて、彼女も交えた上で協議が行われた。

 その結果ルナシアの要望――安全保障という名の縄張り化や交易などといったものを全て受け入れる代わりに、彼女の勢力圏内にリュウグウ王国を海上移設することになってしまったのである。

 

 といっても、巨大なシャボン玉に包まれたリュウグウ王国を浮上させることは交通の利便性という意味でルナシアにとって不利益である。

 マリージョアを経由しない場合、ここは偉大なる航路の前半と新世界を行き来できる唯一の航路である為だ。

 

 協議の結果、ルナシアの勢力圏内にある適当な無人島をリュウグウ王国の領土とし、そこを第二の魚人島として魚人達が自由に行き来できるという形にするものだ。

 しかし、人員はリュウグウ王国が用意するが費用はルナシア持ちである。

 

 バッキンは告げる。

 

「そのおかげで魚人という強大な戦力が手に入ったじゃないのよ。アンタがマリージョアを襲った時に解放したタイガーとかいうのも、アンタには感謝しているらしいし……」

「まぁ、プラスマイナスで考えるとトータルではプラスかしら。短期的には金銭的な意味でマイナスだけど……あと彼とか魚人島の連中に不死身ネタを披露したら驚いてくれて新鮮だった」

 

 魚人島の魚人達は誰もが皆、びっくりしていたのは今でも鮮明にルナシアは思い出せる。

 オトヒメのお願いにより、見せて欲しいと言われた為に披露したに過ぎなかったが、おかげでルナシアは人外として認識されてしまった。

 人間を嫌っている一部の魚人達もルナシアになら協力することもやぶさかではないという風潮になったが、それこそオトヒメの狙いだったのだろう。

 

「アンタの小遣いが大きく減ったわね」

「いや本当にそうだわ……懸賞金55億超えの海賊にしては、小遣いが少なすぎると思うの……」

 

 ルナシアはそう言って、深く溜息を吐いたのだった。

 

 



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彼女の夢 海軍の憂鬱

短め。


 ルナシアが拠点としている島々――シャングリラ諸島。

 彼女は諸島そのものや諸島を構成する島々の名前をアレコレ悩んで考えて、ようやく決めたという経緯があったのだが、それはさておき、諸島は海賊団の拠点とその縄張りとはとても思えなかった。

 

 シャングリラ諸島の各島は広大であり、開拓開始から結構な年数が経過した現在も未開拓の領域が多く残っている。

 とはいえ、開拓開始当時よりも人口は飛躍的に増加していることから、10年以内には開拓が完了すると予想されていた。

 

 諸島の中でも、もっとも広大なエリュシオン島にはルナシア海賊団の本拠地をはじめ、孤児院や病院、研究所や学校といった様々な施設があった。

 他の島々にもこれらはあったが、エリュシオン島における施設は大規模であり、また学校や研究所もその種類は多岐に渡る。

 勿論、人口も諸島の中で最大だ。

 

 さて、そんなエリュシオン島にある学校には航海士養成学校というものが存在する。

 ここに籍を置いているナミは今日も今日とて、図書館で勉強に励んでいた。

 

「うーん、楽しい……!」

 

 10歳にも関わらず、彼女は航海士として必要な様々な知識の吸収を心から楽しんでいた。

 

 航海士養成学校にはナミ以外に子供はいない。

 先生も生徒も大人であるが、彼らも一目置く程のレベルに達していた。

 

「世界中の海を旅して、自分の目で見た世界地図を作りたいなぁ」

 

 いつしかそういう夢を抱くようになったナミだが、既にルナシア傘下の海賊船にて新世界の海を半年程、航海士見習いとして実習を行っている。

 この実習を経験したことで、夢に対する思いは強まるばかりだ。

 

 とはいえ、ナミは幼いながらも色んな連中を見てきた。

 故に自分はまだまだ力不足で、すぐに飛び出しても夢は実現できないと考えている。

 

「もっと学んで……もっと強くならないと……」

 

 ナミはそう呟きながらも、後ろに忍び寄ってきている気配を感じ取る。

 ノジコとカリーナだ。

 

 勉強していると、偶にこうやって後ろから驚かせにくるので侮れなかった。

 ちょうど勉強は一区切りがついたので、このまま3人で覇気の訓練でもしようとナミは思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウチにはシキが欲しがるだろうけど、5000兆ベリー積まれても絶対やらない、そんな凄い子がいるわ」

 

 ルナシアはドヤ顔だった。

 

 事の発端は30分くらい前、彼女がいつも通りに図々しくニューゲートの船に乗り込んできたことから始まった。

 近況を話したりしているうちに、互いの船員の話となったところでルナシアがそう言ったのだ。

 

「ほう……? そいつは将来が楽しみだな」

「しかも、その子は東の海出身よ。あそこ、偶にヤバいのが出てくるのよね……」

 

 ルナシアの言葉にニューゲートはロジャーとガープの顔が頭に浮かび、大きく頷いてみせる。

 そこで彼はつい先日、読んだ新聞の記事が頭に浮かんできた。

 

「ところでお前、ウォーターセブンの海列車にも一枚噛んでいたらしいじゃねぇか」

「ええ。おかげで無事に全路線が開通したわ。それからすぐにCP5のスパンダムとかいうのがイチャモンつけてきたけど、平和的な話し合いで解決したの」

「お前の言う、平和的な話し合いとやらは世間一般では脅迫というらしいぞ」

「失礼ね。ただ私はエニエス・ロビーをまた潰そうかって言っただけよ」

 

 笑うルナシアにニューゲートは肩を竦める。

 

 トムズワーカーズのトムは海列車製造及び全路線開通の功績により無罪放免。

 しかし、彼はウォーターセブンにいると街に迷惑を掛けるとして、ルナシアのところで世話になっていると新聞に載っていたのをニューゲートは覚えている。 

 

 ルナシアの狙いは簡単だ。

 勢力圏内の島々を海列車で結び、輸送力の強化を図るのだろう。

 

 自分の取り分は少ない癖に、とニューゲートは思うが彼も人のことは言えない。

 

「トムの弟子達はそれぞれ独立したから、うちに来ているのはトムと彼の秘書とペットのカエルなんだけどね」

 

 ルナシアの言葉に彼は軽く頷きつつ、話を戻す。

 

「で、お前の凄い子とやらはどういう輩なんだ?」

「10歳の女の子でナミって言うんだけど……航海士として天賦の才があるのよ。その才能を伸ばしながら、最低限自衛ができる程度には育てているわ」

「どんな具合に?」

「基礎的な体力トレーニングをしながら覇気について、ちょっとずつ教えているくらい。ただ戦闘面でも中々見どころがありそう」

 

 自慢気に告げるルナシアにニューゲートは親馬鹿だなと思うが、口には出さない。

 

「でね、2つ上のノジコと1つ下のカリーナはナミと特に仲が良くてね」

「血縁関係か?」

「いいえ、皆孤児よ。義理の姉妹ってやつ」

 

 ルナシアの答えにニューゲートは頷き、自慢の息子達について語るべく口を開くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんの悪ガキめ……! 海軍をゴミ処理業者と勘違いしている……!」

 

 センゴクは怒っていた。

 数年前から海軍のあちこちの支部に廃材が夜間に投棄されはじめ、つい先日にはマリンフォードに空から大量に廃材が降ってくるというとんでもない事態になった。

 

 記者に嗅ぎつけられたが口止めをした為、世間的には知られていない。

 

 こんなことをする輩は世界広しといえど、1人しかいない。

 言うまでもなくルナシアだ。

 また廃材を浮かせて持ってきたことからシキも絡んでいるかもしれない。

 

 投棄された膨大な廃材には例外なく珀鉛が含まれており、自分達の手で処理するのは面倒だから海軍に丸投げしてやろうとかいう魂胆であるのは明白だ。

 

 公表すればルナシアの悪行を世界は知るが、同時に海軍の面子がまた潰れることになる。

 ようやく失った戦力を再建しつつあるのに、マリンフォードに堂々とゴミを投棄されたなんぞ、舐められているというこれ以上ない証拠だ。

 

「おう、センゴク。怒るとまた血圧が上がるぞ?」

 

 ガープが煎餅を片手に持ってやってきたのは、そんなときだった。

 

「余計なお世話だ……で、お前の後ろにいるのが……?」

「ああ。あの悪ガキに拳骨を食らわせるという一心で、支部の中でも突出した力をつけていたからワシが引き抜いた」

 

 そう紹介されるとは思っていなかった彼女だが、気を取り直して凛として告げる。

 

「ベルメール中尉であります!」

 

 敬礼するベルメールに対してセンゴクもまた答礼しつつ、告げる。

 

「ガープの補佐は大変だろう? ボガード君と頑張ってくれ」

「おいセンゴク、そりゃどういう意味だ?」

「そのままの意味だ、ガープ。思い当たる節はあるだろう?」

「まったくないな!」

 

 断言して笑うガープにセンゴクは深く溜息を吐く。

 そんな彼にガープは告げる。

 

「というわけで、ちょっと行ってくる。良いな?」

 

 ガープの問いにセンゴクはジト目で尋ねる。

 

「簡単に予想できるが一応聞こう。どこへ行く?」

「ルナシアが拠点としている島々……シャングリラ諸島に」

 

 ガープの答えにセンゴクは叫ぶ。

 

「ダメに決まっているだろう! ルナシアの本拠地に手を出すよりも、そこら中に蔓延っている海賊を捕まえてこい!」

 

 センゴクの怒鳴り声にガープは了解の返事をしつつ、ベルメールを連れてそそくさと退室したのだった。

 

 

 



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動き出す彼ら

 その日、モンキー・D・ルフィは見た。

 

 

 溺れないように必死に藻掻いていた彼に迫りくる近海の主。

 しかし、それは突然何かに怯えたように逃げていった。

 そして、ルフィの後ろから聞こえてきた声。

 

「おい、ルフィ。大丈夫か?」

 

 その声に彼は振り向きながらも、沈まぬよう藻掻く。

 するとすぐに彼は抱えられた。

 他ならぬシャンクスの両腕(・・)によって。

 

「シャンクス……! あ、あれは……!」

「近海の主のことか?」

「ああ……! どうやって追い払ったんだ……?」

「覇気ってヤツだ」

「覇気……?」

 

 ルフィの問いにシャンクスは頷き、にこりと笑ってみせる。

 

「海にはああいう海王類は山程いるし、さっきの山賊よりも怖いヤツは多い……それでもお前の気が変わらないなら、詳しいことを教えてもいいぞ」

 

 ルフィの答えは決まっていた。

 そして、彼は知ることになる。

 5人の海の皇帝達を。

 

 

 

「実は五皇の1人は東の海にもよく来ているから、もしかしたらどっかで会うかもな」

「すげぇ……!」

「見た目は若いが、中身はおばさんだ。これを本人に言うと死んだ方がマシな目に遭わされるという噂だから気をつけろ。禁忌(タブー)の一つだ……!」

「こえぇ……!」

 

 シャンクスがルフィを驚かしたり脅かしたりしていたが、事実であったので仕方がなかった。

 そして、これより6年後。

 ルフィが13歳のときだ。

 彼はマキノからシャンクスが6番目の海の皇帝と呼ばれ始めていることを知った。

 

 

 シャンクス達を超える――!

 海賊王に、俺はなるっ!

 

 彼は改めて決意をし、修行に励むのだった。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は思うわけよ。六皇って呼びにくくない?」

「いや、俺に言うなよ……」

 

 赤髪海賊団の船であるレッド・フォース号にいつも通り空を飛んで図々しく乗り込んできたルナシア。

 数年前、彼女が初めて船にやってきたときは誰もが皆、警戒したものだが、すっかりと色んな意味で打ち解けている。

 それはシャンクスの大らかな性格もあるし、初めて来たときのルナシアが放った一言が原因でもある。

 

 ウチの剣術バカがお世話になっています、と彼女は頭を下げてきたのである。

 

 剣術バカの一言でシャンクス達はそれが誰か、すぐに思い至ってしまう。

 そして、ルナシアとその剣術バカ――ミホークがどういう関係にあるのか、非常に興味を持ち酒を交えながら色々と聞いてしまったのである。

 

 さて、六皇という名称に関してアレコレ述べるルナシアの話を聞き、シャンクスは適当に相槌を打つ。

 その話が一段落したところで、彼女は切り出す。

 

「で、シャンクス。あなたが6年くらい前に麦わら帽子を渡したっていう子には悪いけど……もう勝負はついているから」

 

 何の勝負か、と言わなくともシャンクスには分かる。

 海賊王にもっとも近い海賊は誰か、と問われれば誰もがルナシアと答えるだろう。

 

 海賊王というよりも海賊女王であるが、それはさておき彼女の勢力・兵力は抜きん出ている。

 彼女の勢力下にある島は世界の至るところにあり、補給の受けやすさは他の海賊とは段違いだ。

 兵力に関しては言うまでもない。

 シャンクスとライバル関係にあるミホークを筆頭に多数の実力者達がその配下にいる。

 

 何よりもシャンクスはこれまでの旅で集めた情報を統合すると、ルナシアがロード歴史の本文(ポーネグリフ)、その2つを保有している可能性が高いとみていた。

 

 1つは魚人島にあったもの、もう1つは保有しているというよりかルナシアと協力関係にあるワノ国に置かれているものだ。

 そして、それらをオハラの研究チームが研究していることも。

 もしかしたら、ワノ国と関係が深いゾウのモコモ公国にあるものも押さえているかもしれない。

 

 そんなルナシアが唯一手を出せないのは同盟関係にあるリンリンが保有しているものだ。

 しかし、彼女が本気を出して戦争を仕掛ければリンリンは敗れる。

 彼女とルナシアでは動員できる兵力が違う。

 長期戦になればなるほどルナシアの有利であり、リンリンが勝利するには短期決戦をするしかないが、それすらも可能性は薄い。

 現状では嫁達の母親ということもあってルナシアはそういう素振りはみせていないが――将来、リンリンが老いによって倒れたら一気に襲い掛かることは想像に容易い。

 

 だが――シャンクスはルフィが何かをやってくれそうだという予感があった。

 

「アイツはロジャー船長みたいなヤツだ。このくらいじゃ諦めない」

 

 シャンクスの言葉にルナシアは獰猛な笑みを浮かべてみせる。

 それに応じ、シャンクスは愛剣であるグリフォンのグリップに手をかけた。

 

 瞬間、ルナシアから覇王色の覇気が放たれ、それに呼応しシャンクスもまた覇気を放つ。

 同時に彼女は黄泉を抜き放ち、シャンクスもまたグリフォンを抜き放った。

 互いにその刀身と覇気がぶつかり合い、雲が切り裂かれ天が割れる。

 

 しかし、そこまでだった。

 ルナシアにやる気はなく、シャンクスにも自分から仕掛ける気はない。

 

 覇気と黄泉を収めて彼女は告げる。

 

「まあ、私としては別に敵対する気はないから」

「それはどうしてだ?」

「あなたが目をかけるくらいにヤバい潜在能力があるんでしょう? 敵対するより味方にしたほうが絶対にお得じゃない」

 

 その言葉にシャンクスは苦笑する。

 ルナシアの強いところはまさにこれだ。

 そして、彼女は必要ならば自分の頭を下げることを厭わない人物だ。

 

 海賊らしからぬ海賊とは彼女のことを示す異名の一つであるが、言い得て妙だとシャンクスは改めて思う。

 

「それはさておきシャンクス、そろそろ教えなさいよ。ラフテルには何があるの?」

 

 ルナシアの問いにシャンクスは朗らかに笑って答える。

 

「実は俺も知らねぇんだ。あの時はバギーが……あ、俺と一緒に乗り組んでいた見習いでな。そいつが高熱を出したから、看病していてラフテルには上陸していない」

「え? 本当に?」

「本当に」

「よし、とりあえずバギーとかいうの、今すぐ探して殺してくるわ。罪を教えてやる」

「俺に免じて許してやってくれ。そいつだってラフテルに行きたかったんだ」

 

 そこで彼は言葉を切り、少しの間をおいて告げる。

 

「俺の故郷の酒が今、船にはあるんだ。それを飲んで機嫌を直してくれ」

「ツマミも出しなさいよ」

「ああ、分かった」

 

 そんなこんなでいつもの通りにルナシアはシャンクス達と酒を飲むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ナミは忙しい。

 だが、彼女本人は楽しんでいた。

  

 彼女は13歳で航海士養成学校を卒業し、1年間幾つかの交易船や海賊船の航海士として勤務し、抜群の成績を収めている。

 彼女が航海士を務めた船の船長や船員からは例外なくウチの船にずっといて欲しいと言われる程だ。

 

 航海士として並外れた才能があることは勿論、戦闘におけるセンスも抜群だ。

 ルナシアの傘下である海賊船や交易船を襲う海賊や海軍はまずいないが、海王類にとってはどこの傘下だとかは関係ない。

 ナミは見聞色の覇気を駆使していち早く海王類の接近を察知し、襲撃されたならば武装色の覇気を纏った拳で一撃で倒す。

 

 船の安全を物理的にも守る航海士にナミはなっていた。 

 

 そんな彼女は今ではルナシア海賊団の本船であるブラッディプリンセス号の航海士に任命されている。

 船長たるルナシアにも船の航海に関して直接意見ができる立場だ。

 

 といっても、ブラッディプリンセス号はあまり航海に出ない。

 訓練航海はよくあるのだが、基本的に勢力圏内を出ることはない。

 訓練といえども得られるものは非常に多く、また航海に出ていないときでもやることは色々ある。

 他船の航海士との意見交換会や勉強会は勿論のこと、本船航海士ともなると本拠地にある航海局に許可証一つで自由に出入りできる。

 航海局にはルナシアの傘下にある全ての船の航海士が地道に蓄積した膨大かつ様々なデータの数々が集められており、項目毎に纏められて保管されている。

 ナミにとっては何よりの財宝であり、暇さえあればここに入り浸って色んな資料を読み漁っていた。

 

 ただそれでも彼女の夢には足りない。

 自分の目で世界の海を見るということができていないからだ。

 

「本格的に航海をしたいんだけど……この船が出るときって戦争なのよね」

 

 ブラッディプリンセスの自室にて、彼女は呟いた。

 本船は海軍の軍艦に引けを取らない性能であり、また巨大かつ武装も多いことから船員の数も多い。

 

 船員の実力は皆、並外れており億超えの賞金首がゴロゴロいる。

 というよりも、そのくらいの実力がなければこの船には乗船できない。

 

 そもそもの足切りラインがルナシアの覇王色の覇気に耐えることができるかどうかである。

 ブラッディプリンセスが出るような戦いは他の皇帝達や海軍の大将か、あるいはそれに匹敵するような輩が敵となる。

 ルナシアの覇王色は味方を避けてくれるが、敵はルナシアだけを狙うわけもなく、こちらの戦力を少しでも減らそうと覇王色の覇気を満遍なくぶつけてくることは間違いない。

 その為、覇王色に耐えて戦闘行動が充分に行えなければ本船には乗れないのだ。

 

 過酷な試験ではあるが、ナミは航海局に入り浸る為、カリーナは本船所属であるならば財宝にお目にかかれる機会が多いと考えてどうにか合格したが、ノジコはそもそも試験を受けなかった。

 彼女は航海にも財宝にもあまり興味がないとのことで、ナミもカリーナも付き合って欲しいとは言えなかった。

 

 だからといって関係が途切れるわけもない。

 相変わらず仲の良い三姉妹だ。

 

 

 そんなとき、ナミは近づいてくる気配を察し――その持ち主が誰だか分かって扉に顔を向けて待つ。

 やがて扉が開いた。

 

「ナミ、儲け話があるんだけど……どう?」

「カリーナ、何回言ったか分からないけど……部屋に入る時はドアをノックしなさい」

「いいじゃない、どうせ気配で分かるでしょ? アンタも私も」

「マナーの問題よ。で、儲け話って?」

「姉さんの許可が出たら、冒険に出かけない?」

 

 カリーナの言う、姉さんとはノジコのことではない。

 ルナシアのことだ。

 親というよりも姉というイメージが強い為、カリーナだけでなくノジコやナミもルナシアのことは姉さんと呼んでいる。

 

「許可、出ると思う?」

「条件付きなら出るだろうし、きっとアンタもこの条件なら賛成するわ」

「どんな条件よ?」

「東の海で、海賊共から安全にお宝を盗みまくらない? アンタも東の海を自分の目で見て回れるし、悪い話じゃないと思うけど……」

「それ、いいわね」

 

 新世界よりも遥かに安全であり、ルナシアだって文句は言えない。

 とはいえ障害となるのが一つある。

 

「私達の手配書、東の海にも出回っているかもしれないけど……?」

 

 ナミはカリーナに尋ねた。

 

 2人共、政府から懸賞金がかけられている。

 盗みをカリーナと組んで小遣い稼ぎにやったりするが、基本的には海王類をぶっ倒すのがナミのやったことである。

 カリーナも同じようなものだが、ナミの方が彼女より懸賞金が高いのは納得がいかない。

 泥棒をやっている回数はカリーナの方が多いからだ。

 しかし、異名に関してナミは気に入っている。

 天候を操っているように見える程、航海士としての腕前を評価されている気がする為だ。

 正確には知識と経験と感覚で天候を予想しているのだが。

 一方でカリーナは異名が気に入らなかった。

 

 2人共、ルナシア海賊団の中で比較すると低い方であるが、世間的にはとんでもない額である。

 

 

 “天候操者”ナミ 1億3000万ベリー

 “性悪怪盗”カリーナ 1億1000万ベリー 

 

 

 最弱の海と呼ばれることもある東の海にいていい賞金首ではない。

 何よりもナミは左肩、カリーナは右肩にルナシア海賊団のタトゥーを入れている。

 これは完全な任意であるのだが、本船所属となったお祝いに入れた為だ。

 

 せっかくだから、と本船のシンボルマークも組み合わせたタトゥーである為、見る者が見れば一発で分かる。

 

 カリーナはナミの心配を打ち消すように自信満々に答える。

 

「東の海に手配書が出回っていたとしても、私達がいるなんて誰も思わないから大丈夫よ」

「……それもそうよね。姉さんとかよく東の海に行っているけど、勢力圏外の島でも大騒ぎになったことないって言ってたし」

 

 ナミの言葉に頷きつつ、カリーナは提案する。

 

「どうせなら、もうちょっと懸賞金を上げておく? そっちのほうが東の海の海賊共も震え上がると思うし」

「それもそうね。まあ、大丈夫だと思うけど怠ることなく、しっかり鍛えておきましょうか……で、懸賞金の上げ方は?」

 

 ナミの問いにカリーナは笑みを浮かべて告げる。

 

「勿論、いつも通りに盗みで。とある海軍支部に近々、海兵の給料が輸送されるわ」

「それなら軍艦ごと盗むわよ」

 

 そして、物騒な計画を立て始める2人であった。

 

 

 

 



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ミイラ取りがミイラになる

微エロあり。


 とある冬島にて、雪山の洞窟をシャンクス達は今日の寝床としていたのだが、彼らを訪ねてきたルーキーがいた。

 

「ほう、そうか。ルフィはまだ海賊王になると言っているのか……」

「口癖みたいなもんさ」

 

 ルフィの近況をエースが話し、シャンクスはあの頃を懐かしむ。

 そこでエースは切り出す。

 

「ルフィには悪いが、海賊王になるのは俺だ」

 

 不敵な笑みで告げる彼にシャンクスもまた面白い、とばかりに笑みを浮かべる。

 そんな彼にエースは問いかける。

 

「まずは俺の力を世界に知らしめる予定なんだが……ルナシアと白ひげなら、どっちが強いんだ?」

 

 シャンクスはくつくつと笑う。

 しかし、エースは怒ることなく静かに彼の答えを待つ。

 

 やがてシャンクスは告げる。

 

「ルナシアだ。だが、喧嘩を売るなら気をつけたほうがいい……アイツのところは白ひげよりも危険だからな」

「それはどういう意味で?」

「億超えの賞金首が掃いて捨てるほどいる」

「……それでも、俺はやるぜ」

 

 エースは頬を引き攣らせながらもそう答える。

 そんな彼の気概にシャンクスは感心しつつ、あることを思いつく。

 ルフィの近況を教えてくれたお礼にちょうどいい。

 

「じゃあ俺が手紙を書いてやろう。俺からの手紙だって言って、誰でもいいからアイツの傘下に渡せ。そうすりゃ確実にルナシアが飛んでくる」

「あ、ああ……分かった」

「よし……ところでアイツの再生能力をどうにかできるのか?」

 

 シャンクスの問いにエースは告げる。

 

「ルナシアだって呼吸をしていることに変わりはない筈だ。だったら、俺が周りを燃やしてやれば……」

「あー……そうか、まあ頑張ってくれ」

 

 シャンクスは勝敗が簡単に予想できてしまった。

 それくらいで殺せるようなヤツじゃない、と思いつつもエースの挑戦を止めることはしなかった。

 

 しかし、この挑戦によりエースはとある人物と予想外の再会を果たすことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サボ!?」

「エース!?」

 

 互いが互いを指差して、名前を呼んで驚愕する。

 

「「何でここに!?」」

 

 息ピッタリの2人にルナシアが目を丸くする。

 

 彼女からすると交易船に積み込む物資の確認を行っていたサボが慌ててやってきて、何事かと思ったらこうなったのだ。

 エース達の海賊船がエリュシオン島の港に到着し、船から彼らが降りてきたので出迎えた彼女が案内をしようとした矢先の出来事であった。

 

 

「え? 何? あなた達、知り合いなの?」

「知り合いも何も……」

「ああ……義兄弟の盃を交わした仲だ」

「随分と渋いことをやっているのね……」

 

 2人の言葉にルナシアはそう返しつつ、咳払いを一つして告げる。

 

「サボは東の海で嵐に遭って遭難しかけていたんだけど、私がその近くを偶々通りかかったから拾った。7年か8年くらい前の話よ」

 

 エースはサボの顔をまじまじと見つめる。

 彼は恥ずかしいのか、そっぽを向いた。

 

「で、エースは最近、私と戦って負けたから海賊団ごと傘下にした。1週間くらいずっと戦ってあげたけど、あなたも仲間達も根性があったわ」

「そいつはどうも……しかし、シャンクスの手紙をそこらにいたヤツに渡したら、本人が船に飛んでくるとは思わなかった」

「私、フットワークが軽いのよ」

「いや、軽すぎだろ。というか、軽くちゃマズイだろ……」

 

 思わずツッコミを入れるエースにサボもまたうんうんと頷く。

 ルナシアの行動は世界に与える影響力が大きいので、フットワークが軽いとマズイのである。

 

 

 そのとき、金髪を長く伸ばし、メガネを掛けた女性が歩いてきた。

 彼女はスーツ姿であり、いかにも秘書といった出で立ちだ。

 

「ルナシア様、百獣海賊団のクイーン様が面会に来られたので、屋敷の応接室で待たせています。なお、現在おしるこを提供中です」

「ああ、カリファ。そっちに行くわ。サボ、エース達に色々と説明や案内をしてやりなさい」

 

 ルナシアの返事にサボは元気よく了解と返事をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カリファからの連絡はまだか!? どうして連絡がこないんだ!」

 

 ちょうどその頃、CP9司令長官であるスパンダムは執務室で怒っていた。

 ウォーターセブンでプルトンの設計図を入手することはルナシアに邪魔され、失敗した。

 しかし、その後も何だかんだで親のコネやら何やらを駆使して功績を積んだ彼は今の地位に就き、ルナシアの情報を得ようと躍起になっている。

 

 意外にも、彼の行動は政府や海軍の方針とも一致している。

 なぜならばルナシアが動くと他の皇帝達も動き、政府と海軍も動かざるを得ない。

 それによって引き起こされるのは世界を巻き込んだ大戦争――世界大戦であると予想されている。

 

 故にルナシアの情報を得て、何を企んでいるかを分析することは必要不可欠なことであった。

 

 しかし、スパンダムはただ単にルナシアに一泡吹かせてやりたい、とか弱みを握ってやりたいとかそういう魂胆である。

 

 作戦としてはありきたりなものだ。

 ルナシアが男に興味は無く、同性を好むというのは昔からそれなりに知られている。

 

 だからこそ女性の諜報員を送り込んで、彼女の愛人にでもなって情報を流してもらおうというのは10年程前までは実行されていた。

 

 だが、ことごとく失敗に終わっている。

 メイドとして送り込もうが、海賊として送り込もうが、ルナシアにうまく接近したところで連絡が完全に途絶えてしまうのだ。

 

 彼女にハニートラップは通用しないということが分かった為、実施されなくなったのだが――スパンダムは承知の上で実行した。

 

 何かある筈だと彼は思い、部下であるカリファを1年程前に送り込んだ。

 報告の頻度を増やしたことが功を奏し、順調に様々な情報が送られてきた。

 また実務能力の高さから秘書に抜擢されたことも報告にあり、それ以後はより詳細な情報が送られてきたのだが――

 

 1ヶ月程前からカリファとの連絡が完全に途絶えたのだ。

 

 こちらから連絡をしても応答はない。

 だが、カリファには教えていない別働隊のブルーノからの報告によると彼女は生きており、ルナシアの秘書として変わらず仕事をしているらしい。

 しかし、カリファとの接触は困難であるという報告も同時に来ていた。

 

 

 ドアドアの実を食べたことにより得た能力で、ブルーノはどうにか潜入できているに過ぎない。

 ルナシアや彼女の部下達の見聞色による探知範囲は分からないが、範囲が狭いわけがない。

 ドアドアの能力で逃げることはできるだろうが――問題はカリファと接触しようとしたことにより、彼女の経歴が探られることだ。

 ちょっとやそっとではバレないだろうが、相手はルナシアだ。

 勢力圏が広いだけあって、彼女のところには様々な情報が集まってくる。

 情報を収集・分析する専門機関もルナシアは創設しており、カリファの身元を洗うくらいわけないだろう。

 

 

 さすがのスパンダムも他のCP9に対して、カリファを連れ戻してこいとは命令できなかった。

 

 ブルーノの能力を駆使すれば接触は勿論、連れ戻すことも成功確率はそれなりにあるのだが――カリファからの最後の報告は深夜に行われたものであり、その内容はこれからルナシアの寝室に向かうというもの。

 

 つまり、それくらいの深い関係になっており、成功すれば間違いなく、失敗したとしても高い確率でルナシアによる報復がある。

 

 そうなれば世界を巻き込む戦争の幕開けだ。

 戦争の引き金を引いたとしてスパンダムは全責任を取らされ、出世の道は完全に消え去り、最悪インペルダウンにぶち込まれるだろう。

 

 最悪の未来を考え身震いしたが、彼はあることを思い出す。

 

「CP0も諜報員を送り込んだって話を聞いたな……そっちはどうなっているんだろう?」

 

 色んなコネがあるスパンダムは普通なら知り得ない情報も断片的に入手している。

 CP0がどういう意図をもってルナシアのところへ諜報員を送り込んだのか、そういう深いことまでは分からないが、知っているのといないのとでは大違いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ルナシアはクイーンと会うべくカリファと共に向かったのだが――寄り道をしていた。

 

 屋敷に到着したが、応接室へは向かわずルナシアの寝室に2人はいた。

 カリファは鍵をしっかり閉めたところでルナシアへ向き直る。

 そして、彼女は首を傾け、その白い首筋を露わにする。

 潤んだ瞳でルナシアを見つめ、その呼吸は次第に荒くなる。

 

「今日は、吸ってくださらないんですか……?」

 

 懇願する声にルナシアは意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「初めて吸われた時はあんなに抵抗したのに、今じゃすっかりあなたの先輩達と同じになったわね」

「だって……凄く気持ち良くて……」

 

 カリファの言葉にルナシアは満足げに頷く。

 

 吸血鬼による吸血は基本的には首筋という性感帯に牙を突き立てる為、非常に強い性的な興奮を獲物に与える。

 獲物を無力化し、同時に快楽に溺れさせることで自ら進んで吸血を望むようになるという寸法だ。

 

 また彼女の意志によって、吸血された獲物がどうなるかはコントロールできる。

 同族にすることもおそらく可能だろうが、まだやったことはない。

 そういう意味でバッキンは中途半端な状態だが、彼女によってルナシアはどんなことを思って吸えば不老にだけできるかを実験できたと言っても過言ではない。

 

 そして、バッキンによるとルナシアに逆らったりとか裏切ったりだとか、そういう感情や考えが湧いてこなくなり、その代わり尽くしたいという気持ちになるらしい。

 なおツッコミを入れるとか諌めるというのはセーフのようである。

 

 

 紛らわしいことだが、吸血されるだけなら性的にめちゃくちゃ気持ち良いだけだ。

 しかし、人間は苦痛には長く耐えられても快感には耐えられない。

 ルナシアの吸血は、さながら依存性が非常に強い麻薬を投与されるようなものだった。

 

 この吸血によって色んな情報をルナシアは昔から得ていたのだが、敵地潜入を行うような諜報員に重要な情報を教えておく意味など無い。

 カリファを含め、これまで送り込まれた諜報員達は大した情報を持っていなかった。

 

 政府の諜報員ですら吸血だけで堕ちるのだから、これさえやれば敵から情報を引き出し放題かと思いきや、ここでルナシアの好みが深く関わってくる。

 

 基本的に若い女性しかルナシアは吸わない。

 それが彼女の好みである為だ。

 

 もっとも実年齢が高くても見た目が若ければ、あるいは見た目が女であれば性別が男でも問題はないのだが、それでも根本的な解決にはならない。

 守備範囲外の輩を吸う場合は基本的には死ぬまで吸い尽くす感じである。

 

 また無差別に若い女を吸いまくっても、それはそれで色々と問題が起こる。

 変な評判が立って、勢力圏から離脱する島が出ることだけは避けなくてはならない。

 その為にルナシアは基本的に自分に好意を向けてくる子に対して、こっそりと吸血をすることにしていた。

 

 

 だが、吸血だけで終わるわけもない。

 

 ルナシアはカリファの白い首筋に舌を這わせ、牙を突き立てる。

 カリファの喘ぎ声を聞きながら、その血液を貪りつつルナシアは彼女を抱えてベッドへ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ……遅すぎね?」

 

 応接室で待たされているクイーンは52杯目のおしるこを食べ終えたところで、連れてきた部下達に問いかけた。

 

「え!? 今更ですか!?」

「絶対満足するまでおしるこを食べたかったんでしょう!?」

「そんなことはない。メイドの子が良ければどうぞっていっぱいくれたから……ルナシアさんとこのおしるこ、本当に美味いんだ……今度、レシピもらおう」

 

 クイーンは長い時間、待たされているのだが非常に機嫌が良かった。

 

 

 

 

 



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取引と海軍の勉強会

簡単な説明回です。


※内容を大きく変更する為、3月29日分と3月30日分の更新を削除しました。
 ご迷惑をおかけしますが、ご了承ください。


「クイーン、待たせて悪いわね。ちょっと色々とあって」

「いや、構わねぇよ。ルナシアさんにはいつもお世話になっているからな……頭を上げてくれ」

 

 遅れたことに対し、頭を下げるルナシアにクイーンは立ち上がって慌ててそう告げる。

 彼の言葉を受けて彼女は頭を上げ、彼の対面にあるソファに座った。

 

「で、今回は何が欲しいのかしら? これまでの取引で知っていると思うけど、何でも売るわよ? ウチで作っているものならば」

 

 足を組んでそう問いかけるルナシアにクイーンは笑みを深める。

 ルナシアの勢力圏や傘下に手を出さないという契約を遵守し、提示された料金を支払うならば彼女は本当に何でも売ってくれる。

 

 戦いに必要な武器や物資は勿論のこと、日常生活に必要な消耗品から食料品、衣料品など色んなものをクイーンはこれまで購入してきた。

 しかし、今回は購入ではなく買取だ。

 

「買取をして欲しい」

「珍しいわね。カイドウが壊したりしなかったの?」

 

 売れそうなものも全部纏めてぶっ壊してしまう、それがカイドウスタイルだ。

 酔っ払っていると特に酷いことになる。

 クイーンもルナシアの言葉に思わず頷きそうになったが、我慢した。

 

 シラフならまだしもカイドウさんは酔っ払うと見境なく破壊するからなぁ――

 

 そんなことをクイーンは思いつつ、口を開く。

 

「その場にカイドウさんはいなかったからな……で、買い取って欲しいのは悪魔の実だ」

 

 その単語にルナシアの表情が僅かに変わったのを彼は見た。

 最低価格はおよそ1億ベリーだが、実によっては値段は更に吊り上がる。

 そして、持ってきた実は値段が上がる可能性が高いとクイーンは予想していた。

 彼は期待しながら、どういう実であるかを告げる。

 

「図鑑によると、ヤミヤミの実というらしい」

「悪魔の実でもっとも凶悪な力を秘めているっていうヤツ? 私の食べた実の方が凶悪じゃないの?」

「ルナシアさんのは凶悪というか……単純にズルいと思う」

 

 クイーン様がルナシアさんにツッコミを入れた――!

 すげぇ――!

 

 クイーンの部下達は内心でそう思うが、さすがにこの場面で口には出さない。

 

「で、クイーン。いくら欲しい?」

「いくらまで出せる?」

 

 ルナシアの問いにクイーンは問い返した。

 2人共、図鑑を読んでいることから話が早かった。

 ヤミヤミの実による能力には悪魔の力を引き込むという特性がある。

 能力者の実体を正確に引き寄せ、触れている相手の能力を封じ込めてしまう。

 

 それはたとえルナシアであっても例外ではないだろう。

 クイーンは両手を組み、真剣な顔で告げる。

 

「余計なお世話かもしれんが、あんたに死んでもらっちゃ困る……それに、これを手に入れる時は白ひげのところと競争みたいな形になったんだぜ?」

 

 少しでも値段を高くしようとクイーンは手に入れるまでの苦労を明かす。

 その言葉に軽く頷きつつ、ルナシアは問いかける。

 

「どこで手に入れたのよ?」

「ルーキー共が同盟を組んで集まっていてな。そこを襲ったら白ひげと鉢合わせした」

「ルーキーの同盟は知っていたけど……本当にカイドウがいなくてよかったわ」

「ああ。カイドウさんに任されて俺が始末しに行ったからな。当然、白ひげとは戦ってない……相互不干渉だった」

 

 ルナシアはクイーンの言葉に軽く頷きつつ、予備費からすぐに出せる金額を頭の中で計算する。

 そして、彼女は指を3本立てて見せる。

 

 クイーンはあからさまに溜息を吐いてみせる。

 

「おいおい、ルナシアさん。冗談は無しだぜ。たった3億じゃ……」

 

 彼の言葉をルナシアは遮るように告げる。

 

「違うわよ」

 

 ルナシアの言葉にクイーンは内心で喝采を叫んだ。

 

 よっしゃ、さすがはルナシアさんだ!

 

 クイーンはウキウキ気分で問いかける。

 

「30億か?」

「え? 違うけど……」

「ちょっと待ってくれ! 時間をくれ!」

 

 クイーンは叫んで、部屋の隅へと行き部下達を集めた。

 

「なぁ、おい……3億でも30億でもねぇってどういうことだ?」

 

 クイーンの問いに部下達は口々に告げる。

 

「3000万とか300万ですかね?」

「いやでも、あのルナシアさんだろ? 値切ってくるか……?」

「だが、噂によるとルナシアさん個人は金持ちじゃないらしい……」

「こんなに広い屋敷に住んで、あんなにたくさん女の子を囲っているのに?」

 

 ひそひそと丸くなって相談しているクイーン達。

 距離がそこまで離れているというわけでもないので、ルナシアには丸聞こえである。

 

「いや、素直にいくらか聞きなさいよ……」

 

 ジト目で告げるルナシアにクイーンは咳払いをして、問いかける。

 

「ルナシアさん、いくらで買い取ってくれるんだ? ヤミヤミの実を」

「300億、即金で」

「300億ぅ!? 即金でぇ!?」

 

 クイーンは叫び、彼と部下達は目玉どころか心臓まで飛び出しそうなくらいに仰天した。

 

「ええ。不満かしら?」

「不満なんてないです! 売ります! 売らせてください!」

「じゃ、すぐに用意させるから。あ、護衛は必要?」

「いや、大丈夫です……おい、お前ら。300億、死んでも守るぞ……!」

 

 クイーンの命令に彼の部下達は緊張した顔つきで何度も頷いた。

 

「私のへそくりが減っちゃったわ」

 

 正確には万が一のときに長いこと貯めている予備費からの支出であるが、クイーン達にはそんなことは分からない。

 彼女の言葉の意味をそのまま受け取るしかなかった彼らは思う。

 

 ルナシアさんだけは色んな意味で敵に回しちゃダメだ――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルナシアがクイーンとの取引を終えた頃、海軍本部では海兵達を集めて大規模な勉強会が開かれていた。

 今回勉強会の対象者は将校ではなく、曹長以下の階級の者達だ。

 

 勉強会のお題は六皇についてであった。

 そして、海軍本部曹長のたしぎもまた同僚達と一緒にこの勉強会へ出席していた。

 

 

「それでは時間となったので始めます。まずはもっとも脅威度が低い、赤髪のシャンクスからです」

 

 講師役である将校の話を聞きながら、たしぎは配布されている資料を見ながら、赤髪海賊団について持参したノートに纏めていく。

 

 赤髪海賊団はこちらから手を出さなければ何もしないスタンスのようだ。

 襲うのは攻撃してきた海賊のみであり、民間人を襲ったりはしないという。

 傘下の海賊団や縄張りというものは今のところ確認されていないとのこと。

 

 

 たしぎはそれでも捕らえるべき悪であると思いつつ、説明を聞く。

 

 

 次は白ひげ海賊団となる。

 白ひげは個人としての戦闘力は最強クラスであり、海賊団としての戦力も質・量ともに優れている。

 また傘下の海賊も多く、本隊と傘下をあわせれば5万人近いと予想されている。

 縄張りも六皇の中では2番目に広いが、基本的に白ひげ本人は財宝や略奪などに興味はなく、気ままに航海をしているらしい。

 

 しかし、たしぎは勿論、この場にいる全ての海兵達は20年以上前にあった事件を知っている。

 海兵になる際、必ず教えられる為だ。

 海軍史上最悪の事件と呼ばれるものの参加者が白ひげであった。

 

 とはいえ、それ以降は大きな事件を起こしておらず、脅威度は低い方であった。

 

 

「刀ではないですけど、最上大業物のむら雲切の所有者ですね……」

 

 たしぎが眉間に皺を寄せていると、講師が次の海賊へ話を進めた。

 

 次はビッグ・マム海賊団であった。

 こちらもまた海軍史上最悪の事件の参加者であるが、基本的には万国(トットランド)という自分の勢力圏で好き放題やっているようだ。

 幹部クラスには自分の子供達でかためており、特にスイート三将星と呼ばれる3人の息子達――カタクリ・クラッカー・スナック――は非常に強く、注意が必要とのこと。

 傘下の海賊団は白ひげ程ではないが、それなりに多い。

 ビッグ・マム次第であるが、上位3人と比べると脅威度は低いとされている。

 

「結束が強そうですね……」

 

 血縁者でかためるというのは有効だとたしぎは思いつつも、それだけの子供を産んだことがちょっと信じられない。

 

 たしぎが疑っていると、次の海賊の説明が開始される。

 

 次は百獣海賊団だ。

 カイドウを頂点として、大看板や真打ちなどの幹部達と多数の戦闘員を抱える。

 この海賊団の特徴は強さが全てであることだ。

 強ければ偉くなって、弱ければ死ぬというシンプルな論理であり、荒くれ者が多い。

 積極的に海軍を探して攻撃はしないが、遭遇すれば逃げることなく攻撃してくる。

 また兵力の増強に余念がなく、カイドウ本人の性格も好戦的であることから、脅威度は高い。

 

 手のつけられない猛獣みたいな連中だな、とたしぎは思って百獣海賊団という名前は彼らにピッタリだと納得してしまう。

 

 そして、次の海賊団へ話が進んだ。

 

 次は金獅子海賊団であった。

 金獅子のシキが率いているが、ここ最近の勢力の広がりや兵力の増強具合は目覚ましい。

 これまでの4人と比べて明確な違いは、頻度は少ないものの積極的に海軍を攻撃していることだ。

 そして、彼もまた海軍史上最悪の事件の参加者である。

 

「桜十と木枯し……名刀が悪人の手にあるのは許せません」

 

 たしぎはそう呟いたとき、いよいよ最後の海賊の説明が始まった。

 

 

 ルナシア海賊団――

 世界中で知らぬ者はほどんどいない程、強大かつ巨大な海賊団であり、海賊が国家を持ったと言っても過言ではない。

 

 その勢力圏は全世界に広がり、戦力は数えるのも馬鹿らしい程だ。

 

 本船であるブラッディプリンセス号の船員には億超えの賞金首しかおらず、また傘下の数も白ひげを大きく引き離してトップに立っている。

 

 海賊らしからぬ海賊とは彼女の異名の一つであるが、まさしくそうだとたしぎは思う。

 

 一代で成り上がった独裁者みたいなものであるが、やっていることが民間人にとって有益なことばかりであるのは広く知られている。

 

 その反面、彼女の号令によって白ひげ達が集い、海軍史上最悪の事件が引き起こされたのもまた周知の事実だ。

 

 そして彼女はビッグ・マム、金獅子、カイドウに色々と援助をしているらしい。

 金銭的な利益を得る目的だけでなく彼らが暴れれば暴れる程、庇護を求めてあちこちの島が自分の勢力圏に入ってくれる為ではないか、という予想もある。

 

 何よりも厄介なのは海軍が手出しできないことだ。

 海賊団として戦力が充実しているのは勿論のこと、ルナシア個人の戦闘力が極めて高く、彼女を潰そうとしたら海軍が甚大な被害を被ってしまう可能性が高い。

 

 その為、民間人にとっては有益であるし、世界の平和と均衡に結果として貢献していることから対立するよりも共存したほうがいいのではないか、という意見が海軍内でも散見される程だ。

 

 

 これまでの5人はどことなく海賊らしいと思える部分があったが、ルナシアだけは何だか毛色が違う――

 

 それはたしぎだけでなく、聴講している全ての者が感じたことだった。

 

 

 

 

 



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選択

3月29日分と3月30日分の更新分、合計4話を削除して新たに投稿しました。
ご迷惑おかけしますが、ご了承ください。


 エリュシオン島には立入禁止区域が幾つかある。

 その区域はいずれも小規模な都市が一つ、丸々すっぽり収まる程度の広さだ。

 表向きにはルナシア専用鍛錬場とされているが、それは人を近づけない為であり、また近づいてきた場合、始末しても問題がないようにする為の理由であった。

 

 その区域の一つにはアルザマス16とルナシアが名付けたところがある。

 そこには地図には記載されず、存在しない都市――閉鎖都市と呼ばれるものが存在した。

 エリュシオン島における立入禁止区域内には、アルザマス16と同じような閉鎖都市が存在している。

 

 そして、アルザマス16では主に歴史の本文(ポーネグリフ)に関連する研究をはじめ、世界政府が禁止している空白の100年について研究をしていた。

 オハラだけでなく、世界中の色んなところから集まってきた考古学者とその家族がここに居住している。

 

 研究施設が多く都市内に立ち並んでいるが、それだけではない。

 様々な商店からレストラン、果ては遊園地まで考古学者とその家族達がこの都市から出なくても満足かつ快適に生活できるようにあらゆるものが整えられている。

 これに加えて多額の給料も支払われるが、一方で外部への移動や連絡は厳しく制限されていた。

 

 

 

 

 ルナシアはアルザマス16のとある研究所を訪れていた。

 

 

「解読は順調?」

「ええ、ルナシア。順調よ」

 

 ルナシアの問いかけに、研究チームのリーダーであるニコ・ロビンは微笑んで答えた。

 

 その答えにルナシアは満足げに頷きつつ、視線を向ける。

 そこにあったのは赤色のキューブ状の石碑――ロード歴史の本文(ポーネグリフ)

 

 魚人島にあったものをネプチューン王の許可を得た上で、ルナシアが持ってきたものだ。

 ロード歴史の本文(ポーネグリフ)の横にあったジョイボーイなるものの謝罪文が描かれた歴史の本文(ポーネグリフ)は書き写した上で、そのまま魚人島に置いてある。

 また現物はないものの、ワノ国とモコモ公国のロード歴史の本文(ポーネグリフ)を書き写したものがあった。

 どちらもおでんの尽力によって、ルナシアは手に入れることに成功していたが、彼に尋ねてもラフテルに何があったかは教えてくれなかった。

 しかし、世界の真実があることと、宝の正体を知ると笑ってしまうのは確かなようだ。

 

「やっぱり4つ揃わないと無理そうよ」

 

 ロビンの言葉にルナシアは渋い顔となって告げる。

 

「普通の島なら3つ揃えばいけそうだけど……4つってことは空の上だったり、海の中だったりと色々考えられるわね。魚人島とか空島とかいう前例があるし……」

「それはありえるわね」

 

 ルナシアの予想にロビンは溜息を吐いてみせる。

 そして、彼女は問いかける。

 

「それで、最後の一つはいつ取ってくるの?」

「もうちょっとってところかしら……たぶん」

「あなたが霧になって侵入して、書き写してくればいいじゃないのよ」

「難しいわね。リンリンは私の能力を知っているから、侵入した瞬間に見聞色で察知される可能性が高い」

 

 そう答えるルナシアにロビンは問う。

 

「そんなに同盟が大事?」

「私の信用に関わるからね。何よりもリンリンを傷つけてアマンド達を悲しませたくないし」

「聞いた話によれば、彼女達はビッグ・マムよりもあなたと過ごした時間の方が長いらしいじゃない」

「子供の頃から私といるからね」

 

 ルナシアの言葉にロビンは微笑み、彼女の頬に触れる。

 

「私もあなたと子供の頃からいるわよ。で、そんなあなたは何人の女を囲えば気が済むのかしら?」

「海賊らしいと思わない? 欲望のままに女を囲うって」

「そういうところで海賊らしさをアピールしないで頂戴」

 

 ロビンにぴしゃりと言われて、ルナシアはしょんぼりと肩を落とす。

 そんな彼女を見て、ロビンは変な気持ちになる。

 

 昔はお姉さんだったのに、いつの間にか妹みたい――

 

 ロビンがそんなことを考えていると、ルナシアは口を開く。

 

 

「でもでも、リンリンの娘は数年前にきたプリンで最後よ。ところであの子の三つ目、私は可愛いと思うけどあんまり理解されなくて悲しいわ」

 

 自重しているアピールをしてくるルナシアに思わずロビンは笑ってしまうが、どうにか言葉を紡ぐ。

 

「人の好みは千差万別よ」

「世界にプリンの可愛さを分からせる為に、政府と海軍を脅してこようと思うんだけど……」

「何をやるつもりか知らないけど、可哀相だからやめてあげなさい」

 

 その言葉に冗談よ、と笑うルナシアだがロビンは肩を竦めてしまう。

 そこでルナシアはロビンに対して笑顔のまま告げる。

 

「ロビン、研究ばかりだと疲れてしまうから、明日にでもオルビアと一緒に遊びに行ってきなさいよ」

 

 そう言われるとロビンとしても弱い。

 オルビアはロビンの補佐役として、研究に加わっている。

 ここ最近は研究に関することばかりで、気分転換ができていないのは確かだ。

 

「そうするわ、ありがとう」

 

 ロビンの言葉にルナシアはにっこりと微笑んだ。

 そんな彼女にロビンは問いかける。

 

「ところでルナシア、話を元に戻すけど……どうやってビッグ・マムのところから?」

「計画は2つあるの。カイドウと海軍。手っ取り早いのはカイドウだけど、被害がちょっとねぇ……」

「どちらにしろ、碌な事になりそうにないわね。ま、あなたが絡むとそうなるのは今更かしら……」

 

 ロビンはそう言って溜息を吐くが、ルナシアはどういう意味よ、と頬を膨らませるのだった。

 

 

 

 

 

 そしてアルザマス16から帰宅後、ルナシアはどちらの計画を進めるべきか自室で悩みに悩んでいた。

 

 ガープの孫をぶつけることも考えた。

 だが、リンリンにぶつけても大丈夫な程度に育つかどうか、そもそも時間が掛かりすぎるんじゃないか、と色々と考えることが多すぎてやめた。

 

「アマンド達を傷つけない、私の信用を失墜させない……その2つをこなさいといけないのが辛いところよね」

 

 もしかしてこうなる未来をリンリンは見越して、アマンド達を送り込んだのだろうかとルナシアは疑ってしまう。

 それくらいに難しいというか面倒な状況だ。

 

「カイドウをけしかける利点は手っ取り早いことね。あと私が直接出向く理由にも充分だし……でも最悪、万国(トットランド)が沈むのよね」

 

 一方で海軍をぶつける場合の最大の問題点は時間が掛かり、うまくやらないとリンリンが倒されてしまうことだ。

 海軍側にはリンリンを捕まえない理由がない。

 そのチャンスがあればやるだろう。

 

 ルナシアはそう考えつつ、呟く。

 

「海軍をぶつける最大のメリットは万国(トットランド)が沈まないこと……いやでも、センゴクとかガープとか大将達が出てきたら沈むわよね……?」

 

 その面々が出てきて沈まない未来がルナシアには予想できなかった。

 どっちにしろ沈むならば、と彼女は決める。

 

「リンリンにカイドウをぶつけることについて、まずはアマンドに相談してみよう。駄目で元々だし、うまくいけば儲けもの……」

 

 そう言い聞かせつつ、土下座する覚悟でルナシアはアマンドの部屋へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、エドワード・ニューゲートは自らの船で珍しい客と酒を呑んでいた。

 

 その客が来たのは10分程前で、彼は来るなりニューゲートに向かって酒瓶を放り投げてきた。

 それにより戦闘の意志は無いとニューゲートも判断し、酒盛りが始まっていた。

 目に見える範囲に彼の息子達はいないが、いつでも飛び出せるように船内に待機している。

 

 互いに無言で呑んでいたが、しびれを切らしてニューゲートは問いかける。

 

「お前、何でまた俺のところに?」

「いいじゃねぇか、昔のよしみってヤツだ」

 

 問いかける彼にシキは笑って答える。

 呆れながらニューゲートは言葉を返す。

 

「そんなに親しい間柄でもねぇだろ」

「ま、細かいことは気にするな……それよりもクソガキだ」

 

 シキの口から出た単語に、ニューゲートは溜息を吐く。

 何を考えているか、簡単に予想できてしまった為に。

 

「お前……今更アイツと戦争をするつもりか?」

「クソガキに覇権を握らせてなるものか、と言いたいところなんだが……」

 

 そう言って、シキとは頭を掻く。

 

「俺にカネと武器と物資その他色々なものを支援したり、売ってくれているのはあのガキなんだ……」

「お前、ルナシアに手綱を握られているじゃねぇか」

 

 呆れ顔のニューゲートにシキも苦笑してみせる。

 

「ああ。随分前になるが、珀鉛を含んだ廃材やらを輸送するのにも扱き使われた」

「やっぱりあれはお前も絡んでいたか。大方、手伝ってくれたら安く売ってやるとでも言われたんだろう?」

「まぁな……とはいえ、ルナシアの勢力圏を潰すだけならできる。島をたくさん浮かせて落としゃいい」

「俺だってアイツの勢力圏を潰すだけならできる。津波と地震を起こせばいいからな」

 

 シキとニューゲートはそう言い合って、互いに溜息を吐いた。

 勢力圏――島々は動かないし、それ自体が大きな的である。

 潰すことは難しいことではないが、問題はその後だった。

 

「お前も分かっているだろうが、ルナシアと幹部連中や傘下の海賊共を潰すのが難しい。まあ、島や海水を上から落とし続ければいつかは倒せるかもしれんが……」

 

 シキの言葉にニューゲートは頷いてみせる。

 彼だって地震と津波を起こし続ければ勝てないことはないだろう。

 

 だが、それで何が得られるかと言われるとシキもニューゲートも何もない、と答えるしかない。

 世界中に広がる勢力圏の島々を全部海に沈めて、ルナシア海賊団を壊滅に追い込んだとしても、費やした労力と時間と費用に見合う報酬がどこにもなかった。

 勿論、味方の被害が甚大になるのは言うまでもない。

 

「本当に厄介で面倒なクソガキになりやがったな」

「ああ……あのガキは昔から毛色が違った」

「当時の覇権争いに参加しなかったのは……こうなることを見越していた為かもしれねぇ」

「それもあるが俺もお前も他の奴らも老いたが、アイツは老いていない。ヤツの強さも勢力も増す一方で、海賊どころか政府や海軍ですらも手出しできない……」

 

 ニューゲートの言葉にシキは深く溜息を吐き、告げる。

 

「見事にあのガキに出し抜かれたな」

「ああ、ヤツにとってはもう消化試合だ。リンリンの持つロード歴史の本文(ポーネグリフ)を手に入れればラフテルへ行くだろう。これから海賊になる連中には可哀相な話であるが……」

「宝目当てのミーハー共は邪魔なだけだ。俺はミーハー共とクソガキ、どっちか選べと言われたらクソガキを選ぶぜ……アイツは海賊らしくない海賊だが、世界をひっくり返すことに躊躇しない。ミーハー共にそんな度胸はない」

 

 そう言い切るシキ。

 ニューゲートはそれを肯定しつつも、そういえばと切り出す。

 

「ルナシア経由の情報だが、あの赤髪が麦わら帽子を預けたヤツがいるらしいぞ」

「あの小僧が? どういう意図で?」

「分からん……だが、名前を聞けば納得するだろう。クソガキも調べたらその名前が出てきて納得できたらしい」

 

 もったいつけるニューゲートに、シキは彼を睨みながら問いかける。

 

「そいつの名は?」

「モンキー・D・ルフィ。あのガープの孫で、ドラゴンの息子だ」

「ドラゴン? ああ、アイツが支援している革命軍とやらの……あのガキ、本当に色んなところに手を広げているな……」

「圧政を敷いている国を革命軍に倒させ、そこへアイツが支援の手を差し伸べる。民衆はあのルナシアが助けてくれると感謝して、自ら進んで支配下に収まる……単純な話だ。革命軍もルナシアの内政方針なら問題がないのだろう」

「海賊らしくねぇが効果的なやり方だ。心を支配するっていうのは一番難しいからな」

 

 シキの言葉にニューゲートは笑って言う。

 

「お前は性格的にそういうことはできんだろう」

「お前だってそうだろ。俺もお前も海賊らしいやり方しかできねぇからよ」

 

 シキもまたそう返して笑った。

 2人とも理解していた。

 

 ガープの孫で赤髪が麦わら帽子を託すような素質がある奴が出てきたとしても、もうひっくり返せないということを。

 

「時代はあのクソガキか……」

「ああ。最後に勝ったのはアイツだったな」

 

 シキの言葉にニューゲートはそう答えるのだった。

 

 

 

 

 

 



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ロックス海賊団同窓会計画

 ルナシアはアマンドの部屋にて、彼女と向き合う形で椅子に座っていた。

 アマンドに対して、神妙な顔をして自らの髪の毛を弄りつつ、ちらちらと視線を送ってくるルナシア。

 言い出しにくい何かがあるな、と容易に察することができる。

 

 ママが持つロード歴史の本文(ポーネグリフ)に関連することだな――

 

 アマンドはそのことが頭に浮かんでくる。

 ルナシアが中々、話を切り出してこないというのはそうあることではない。

 

 アマンドとしてはルナシアのやりたいようにやればいい、と思っている。

 たとえそれが、リンリンにとって良くないことになろうともだ。

 

 できればママを傷つけたくないし、万国(トットランド)にも可能な限り被害を出さないで欲しいという思いもある。

 

 しかし、アマンドはルナシアをラフテルに行かせたいという思いもまたあり、それは大きくて強いものだった。

 

 誰が見てもルナシアが万国(トットランド)まで出てくるのが仕方がないという状況になれば信用も失墜しないが、そういう状況はアマンドや彼女の妹達にとっては悲しいことになるのは間違いない。

 

 そして、そういう状況は限られている為、アマンドにとっては予想がしやすかった。

 

 

 ママにけしかけるのはカイドウだろう。

 性格的にも彼なら乗ってくる可能性が高い――

 

 顎に手を当てつつ、アマンドはそう考えながら改めてルナシアをよく見る。

 

 本当に長い付き合いだなぁ、としみじみと思う。

 ここまで来るのに色々あった。

 

 人生の大半をルナシアと過ごしていると言っても過言ではない。

 そんな彼女は今や誰もが認める時代の覇者だ。

 

 世界に広がる支配領域、膨大な兵力とそれを支える経済力。

 そこへ穏健な統治方針が加わり、これらの相乗効果によって政府や海軍すらもおいそれと手出しができない巨大勢力となった。

 

 そこでようやくルナシアが口を開く。

 

「……リンリンのロード歴史の本文(ポーネグリフ)なんだけど……」

「カイドウか?」

 

 アマンドの問いかけにルナシアはビクッと思いっきり身体を震わせた。

 何で分かったの、と言いたげな顔になっているが、分からない方がおかしいとアマンドは思い、くすくすと笑ってみせる。

 

 そして、彼女は告げる。

 

「私や妹達に配慮しようとしているんだろう? やりたいようにやっていいぞ」

「いいの? リンリンは死にはしないだろうけど、万国(トットランド)が消し飛ぶかも」

「そこに住んでいる者達が生きていれば、再建なんていくらでもできる」

 

 アマンドはそこで言葉を切り、少しの間をおいて更に続ける。

 

「そもそもカイドウがやってきた時点でほとんどの者が避難するだろう? あんまり気にする必要はないと思う」

 

 そう告げるアマンドにルナシアの表情が明るいものとなる。

 その顔にアマンドは微笑みながらも告げる。

 

「むしろ、私達に配慮し過ぎるあまりに、わざわざガープの孫を育てて暴れさせるとか言うかと思った」

「そっちでも色々考えてみたけど、やめたわ。その孫が本格的に動き出す前に終わらせようと思う」

 

 ルナシアの言葉にアマンドは頷いた。

 

「それがいい。やりたいことがあるなら寄り道する必要はない。あなたには、その力があるんだから」

「ありがとう、アマンド」

 

 微笑んで告げるアマンドにルナシアは椅子から立ち上がって頭を下げた。

 こういうところは昔から全く変わっていないが好ましいとアマンドは思いながら、尋ねる。

 

「それで具体的な計画はどうするんだ?」

「一番手っ取り早いのはカイドウを酔っ払わせて、リンリン潰そうぜって誘うことで万国(トットランド)に誘導しようと思っていたんだけど……」

 

 いざ計画を聞くと覚悟したとはいえ、さすがに悲しい気分になってしまう。

 カイドウは素面ならまだ話は通じるが、酔っ払うと手がつけられない。

 

 それによって百獣海賊団の幹部達が非常に苦労しているというのは有名な話だ。

 

「……どうしても万国(トットランド)に連れてこないとダメなのか? 他の島とかでは……?」

 

 その言葉を聞いて、ルナシアは腕を組んで思考を巡らせ――あることを思いついた。

 それは『他の島』というところがきっかけだ。

 

 リンリンが万国(トットランド)にいなければ、ロード歴史の本文(ポーネグリフ)を書き写すなり、写真を撮ってくるなりするのは難しい話ではない。

 幸いにも、こっそりと忍び込んでお宝を頂いてくることが非常に得意な2人がルナシアの配下にはいる。

 

 東の海でバカンスがてら安全に海賊共からお宝を盗みまくっているという近況報告が2人からは来ていた。

 

「決めたわ、アマンド」

 

 そう言って、ルナシアは不敵な笑みを浮かべた。

 

 とんでもないことを言い出しそうだ――

 

 アマンドはそう思いながらも問いかける。

 

「どうするんだ?」

「ロックス海賊団の同窓会よ。他の連中もいい歳だし、昔を懐かしみながら仲良く酒を呑んで、美味い料理を食べようっていうのはどうかしら?」

 

 アマンドは目を丸くして、驚きの余り言葉を失った。

 そんな彼女にルナシアは更に言葉を続ける。

 

「単なる宴会だから拒む理由はないし、会場も無人島とかにしとけば島が沈んでも問題はないと思う」

 

 それならばリンリンも来るだろうし、カイドウどころかシキやニューゲートだって来る。

 ルナシア主催となれば、彼らは動くだろう。

 そして、宴会ならカイドウが酔っ払って暴れても仕方がない状況だ。

 止める面々もルナシアとリンリンだけでなく、ニューゲートとシキが加わるのだから万全だ。

 リンリンが怪我をする可能性も低く抑えられるだろう。

 

「何なら赤髪をその場に招いてもいい。ロックス海賊団の同窓会という趣旨から逸脱するけど時間差をつけて招けばいいわ。ロジャーのことなら彼も知っているから、話題には困らない……何よりも赤髪は宴会好きだから、きっと乗ってきそう。そうすれば彼に余計な茶々を入れられることもない」

 

 ルナシアはどんどんアイディアが湧いてきた。

 更に彼女は言葉を続ける。

 

「私の海賊団の主力や幹部達、傘下の強い連中を全員参加させるわ。事前に伝えとけば彼らだって主力を連れてきてくれるかもしれない」

 

 怒涛の勢いでルナシアはどんどん告げる。

 

「リンリンだってそうよ。ペロスペローをはじめとした兄弟姉妹達が揃って来てくれるかも……私の主力達が全員参加するとなれば、宴会の最中に本拠地が襲われるかもしれないという警戒心は相当薄れる筈よ」

 

 そこでようやくルナシアは息継ぎをして、ニヤリという笑みを浮かべる。

 

「潜入役であるナミとカリーナの懸賞金は強い連中と比べれば低い。だけど、念には念を入れて2人が東の海にいるってことを偽装する必要があるわ。その為には映像電伝虫とクロコダイルのところの部下であるベンサムを使う」

 

 まさかあのマネマネの実がこんなところで役に立つなんて、とルナシアは思いつつ言葉を続ける。

 

「ベンサムには必要に応じてナミとカリーナに化けてもらう。勿論、こっちから宴会の場でナミとカリーナに言及することはなく、あくまで他の連中に居場所を尋ねられたときに限る……彼には東の海のどっかの島に待機して、ナミとカリーナが新世界にはいないことを偽装してもらうわ」

 

 ルナシアはそこでようやく言葉を切って、アマンドに深々と頭を下げた。

 そして、彼女は懇願する。

 

「アマンド、お願い! リンリンだけじゃなくてペロスペロー達も宴会に参加するよう、リンリン本人には勿論、彼らにも働きかけて欲しい!」

 

 アマンドはくすり、と笑って告げる。

 

「勿論だ。ここにいる妹達だって協力する。もしも万が一、渋る者がいれば私が必ず説得する……ママやママのところにいる兄弟姉妹達への根回しは私達に任せておけ。ただし、重大な問題が一つあるぞ」

 

 アマンドの言葉にルナシアは恐る恐る顔を上げた。

 そんな彼女ににっこりとアマンドは笑って告げる。

 

「ママが満足するような甘くて美味いお菓子がたくさん必要だ。それこそ島一つ分欲しいかもしれない……」

「島一つ分どころか、彼女を釣り出せるなら島十個分の多種多様な甘いお菓子を用意するわ。何よりもせっかくの宴会だし、予算に糸目はつけたくない。たとえ予備費を全部使うことになったとしても……歴史上もっとも豪華で壮大で、そして最高の宴会にしてやるわ」

 

 ルナシアは胸を張って答えるのだった。

 



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動き出した計画

 ロックス海賊団同窓会が具体的な計画として決まったことで、ルナシアは動き出す。

 まず、彼女は海賊団の財布係であるバッキンにお伺いを立てることになった。

 

「バッキン! ロックス海賊団の同窓会やるから、お金出して!」

「何よ、部屋に入ってくるなり……同窓会だって?」

 

 バッキンは目を丸くしつつも、問い返す。

 ルナシアは大きく頷いてみせるが、バッキンは言葉通りには受け取らなかった。

 

「で、裏の意図は? ただの同窓会じゃないでしょ?」

 

 するとルナシアは怪しげな笑みを浮かべて、告げる。

 

「同窓会という名目で、私も含めた強い連中全部と甘いお菓子を餌にして、リンリンを……ビッグ・マム海賊団の船長とその船員達を万国(トットランド)から釣り出す……!」

 

 バッキンはその説明で意味を察した。

 

「要するに、ビッグ・マムとその部下達が万国(トットランド)にいない隙に、別働隊が最後のロード歴史の本文(ポーネグリフ)を書き写すなり写真を撮るなりしてくるのね?」

「私が言うのも何だけど、今のいい加減な説明でよく分かったわね」

「どんだけ長い付き合いだと思っているのよ。アンタの考えそうなことくらいお見通し……それはそうと、同窓会っていうのは面白そうね」

 

 バッキンは素早く引き出しから書類の束を取り出して確認する。

 

「予備費、ヤミヤミの実とかいうのにアンタが300億使っているけど……それ以外は全く手を付けていないから、そろそろ使ってもいいくらいだわ」

「そういや予備費って今どのくらい貯まったの?」

「数百億あるわよ。アンタが使った分は差っ引いて計算した状態で」

「……何年貯めたっけ?」

「最低でも20年くらいは予備費を貯め続けているわね」

「基本的に余ったお金を予備費に回しているのよね?」

「そうよ。必要なところに全部お金を回して、アンタの小遣いに割り振って、それでも残ったお金を貯金している」

「どのくらい使っていい?」

 

 問いかけるルナシアにバッキンはやれやれと溜息を吐いてみせる。

 そして、彼女は告げる。

 

「アンタね、ロックス海賊団の同窓会っていうなら、ビッグ・マムだけじゃなくて白ひげとか金獅子とかカイドウとかも呼ぶんでしょ?」

「ええ。何なら時間差をつけて、赤髪を呼んでロジャーのことを皆で語る会も開いていいかなって……」

「船長だけじゃなくて、部下達も招くつもりなら尚更……舐められたら終わりよ」

 

 バッキンはそこで言葉を切り、ルナシアの瞳を真っ直ぐに見つめて告げる。

 

「予算を気にするんじゃないわよ。請求書は私に寄越しなさい。全部払ってやるわ」

「バッキンならそう言ってくれると思っていたわ。歴史上、もっとも豪華で壮大で、最高の宴会にしたいのよ。他の連中の度肝を抜いてやりたい」

「思う存分やるといいわ。フェスタもこの前、祭りが終わって今はちょうど手が空いているから巻き込みなさい」

「ええ、そうするわ。ありがとう、バッキン」

 

 そう言って頭を下げるルナシアにバッキンは気にするな、と言わんばかりに手をひらひらと振った。

 

 

 

 バッキンのアドバイスに基づいて、ルナシアはフェスタの屋敷へ向かう。

 彼女が屋敷に到着したとき、彼は庭で安楽椅子に座りながら酒を呑んでいるところだった。

 直近の仕事が終わり、ゆっくり休んでいるのだろう。

 ルナシアが近づいていくと程なくして彼も気がついた。

 陽気な顔の彼は酒瓶を高く掲げてみせる。

 

「おー、ルナシア様。あんたも飲むかい?」

 

 そう言って酒を勧めてくる彼にルナシアは告げる。

 

「フェスタ、今度ロックス海賊団時代の同窓会兼ロジャーを語る会ってことで六皇とその部下達を集めて大宴会をやるのよ」

 

 ルナシアの言葉にフェスタは耳を疑い、もう酔いが回ったかなと思って首を傾げる。

 

「すまねぇ、ルナシア様。どうやら酔っ払っているようだ……もう一回言ってくれ」

「六皇とその部下達を全員集めて、大宴会を開くわ」

 

 聞き間違いとかではなかったことにフェスタは目を丸くして問いかける。

 

「……嘘だろ?」

「嘘じゃないわよ。だから、あなたには余興とかを全て任せたい」

 

 フェスタは安楽椅子から立ち上がった。

 彼は目をギラギラと輝かせながら、問いかける。

 

「予算は?」

「無制限。歴史上もっとも豪華で壮大で、最高の宴会にしたい。請求書は全部バッキンへ回して」

「分かった! 呑んでる場合じゃねぇ……! 俺が最高の祭りを見せてやる……!」

「あ、どうせならテゾーロと組んでみてもいいかもね」

「ああ……アイツと組むなら、面白いことになりそうだ……!」

「それじゃ私から彼に後で連絡をしておくわ」

「頼んだ……! こうしちゃいられねぇ!」

 

 フェスタはルナシアへの挨拶もそこそこに屋敷の中へ走っていった。

 すぐに仕事に取り掛かってくれるだろう。

 

「……もういっそのこと、政府と海軍にも伝えてやろうかしら。遅かれ早かれバレるだろうし」

 

 ルナシアはそう呟きながら、以前に聞いていたドフラミンゴからの報告を思い出す。

 彼はあくまで個人的な予想だと前置きしていたので、この機会に真偽を確かめてもいいかもしれないと彼女は思い始める。

 

「ステューシーがドフィの言う通りスパイで、CP0なら話が早い。いっそのこと直接本人に聞いてみましょうか……肌年齢とか色々気にしていたし、不老にしてあげれば喜んでくれる筈」

 

 数年前に入ってきて、優秀であった為にあっという間に幹部となったステューシーだ。

 しかし、ルナシアに対してはビジネス的な態度を崩していない。

 これまでのスパイとは違って、露骨に潜り込もうとせず慎重だ。

 もっともルナシアには必殺の手段がある。

 

 

 とりあえず吸血して不老にしてからお話を聞こう――

 

 

 ルナシアは早速ステューシーのところへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ステューシーが住んでいるのは自らデザインしたという、白を基調とした家であった。

 

 彼女はちょうど電伝虫で報告を終えたところに、ルナシアが接近してくるのを見聞色でもって察知した。

 素早く電伝虫を床下に作った収納スペースに隠し、適当な本を棚から出して机に置く。

 そして紅茶を淹れ始めたところでルナシアが玄関のベルを鳴らした。

 

「あら、ルナシア様。今、紅茶を淹れていたんだけど……どうかしたの?」

 

 ステューシーの言葉にルナシアは満面の笑みを浮かべて、彼女の首筋に噛み付いた。

 突然の事態であったが、噛まれるわけにはいかない。

 ステューシーはすかさず攻撃を加えようとするが――全身を貫くような快感に襲われて、身体に力が入らなくなってしまう。

 

 快感の波は絶え間なく押し寄せ、遂には立てなくなってルナシアへ寄りかかる形になる。

 

「ステューシー、不老にしてあげるから……私に尽くして」

 

 ステューシーは快感に溺れながら、ルナシアのそんな言葉を聞いたのだった。

 

 

 

 

 

 そして30分後、ルナシアはステューシーと共に彼女の淹れた紅茶をソファに座って呑んでいた。

 この間にもステューシーはにこやかな笑みを浮かべながら、色んな事をルナシアに話していた。

 

「私はCP0なのよ。私以外にもこの島に12人、シャングリラ諸島全体だと38人が潜入しているわ。あなたの部下としてだったり、民間人に扮していたり……」

「なるほどねぇ……ステューシーみたいな美人がCP0っていう凄腕のスパイなんて、カッコいいわ」

 

 ルナシアの称賛にステューシーははにかんだ笑みを浮かべる。

 

「元々、私がこの任務に志願したのもあなたの不老を調査したかったからっていう個人的な理由があるのよ。それに政府はあなたがどれだけ生きるか知りたがっているし……」

「私も知りたいわね……吸血鬼の寿命って伝承とか伝説だとないようなもんだし……」

「そうなのよねぇ……まあ、不老不死ではなくても人間より短いってことはないと思うけど」

「私もそう思うわ。ところでステューシー、今度六皇とその部下達を全員集めて大宴会をするのよ」

 

 ルナシアの言葉にステューシーは目をぱちくりとさせる。

 

「えっと、ルナシア様。何て言ったの? もう一回言って」

「六皇とその部下達を全員集めて大宴会をするわ」

「……え、本当?」

「ええ、本当。政府とか……管轄は違うけど、海軍はどう動くと思う?」

「蜂の巣を蹴り倒した感じの大騒動になるわ。あとたぶんセンゴク元帥の胃が悪くなる……」

「センゴクと会ったことがあるの?」

「ええ、何度かね。彼、会う度にあなたの愚痴を言っていたわ。あの悪ガキ、許さんとか色々」

「私からすればあの大仏、許さんって感じだわ……でもまあ、年寄りは労った方がいいから……彼の好物って何?」

「海軍おかきよ」

「じゃあ、今度、胃薬と一緒に送っておくわ」

 

 そう告げるルナシアにステューシーはくすくすと笑う。

 

「敵であるのに優しいのね?」

「ロックスとロジャーを直接知っている数少ない人物だからね。優しくもなるわ」

「私にも教えて欲しいわ。どういう人物だったの? 2人って」

 

 尋ねるステューシーにルナシアは告げる。

 

「ロックスは世界の王になりたかった男で、私の育ての親みたいなもんね。ロジャーは自由過ぎる男だったわ」

 

 ルナシアは彼らを思い出しながら、優しく穏やかに微笑むのだった。

 



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幹事の苦労

 

 

 同窓会計画が動き出したのだが――元ロックス海賊団の面々だけでなく時間差とはいえシャンクスも誘うことになった為、同窓会というよりも宴会に近い。

 

 また言い出しっぺのルナシアは、隠された意図があるとはいえ飲み会の幹事をやるような認識だ。

 

 

 さて、飲み会の幹事が苦労するのは――場所選びだ。

 

 

 ルナシアも例外ではなく、その問題に直面していた。

 とはいえ、参加する連中に要望を聞いたりはしていない為、幾分マシな状況だが――それでも人数が非常に多く、カイドウが暴れても大丈夫というところはかなり限定される。

 

 

 また彼女は素人が判断するよりも、祭り屋であることからイベントに適した会場の選定などに豊富な経験があるフェスタに協力を頼んだ。

 彼とルナシアが話し合い決まった条件はとにかく広いこと、安定した気候であること、新世界にあることの3つ。

 決まってすぐにルナシアは部下や傘下の海賊達を総動員して人海戦術で、片っ端から勢力圏内外にある無人島を調査開始させていた。

 調査結果はルナシアではなくフェスタに回すように、とも彼女は指示を出した。

 そっちのほうが手間が省けるからであり、彼もこれに同意している。

 

 やきもきしながら、ルナシアは同窓会に必要な酒や料理に使う食材、さらに必要な人員の手配に動いていた。

 そして、フェスタが遂に彼女の元へやってきた。

 会場に適した島の情報を纏めた報告書を持って。

 

 

 

「ルナシア様、この島なんていいと思うんだが……どうだ?」

 

 

 ルナシアの執務室にて、フェスタは問いかけながら報告書を彼女へ差し出した。

 それを受け取り、彼女はさっと目を通す。

 

 島の総面積は広く、六皇とその部下達が全員集まってもなお余裕がある。

 気候は安定しており、新世界にある島だ。

 

 うんうんとルナシアは頷きながら、報告を読み進めていくのだが――あるところで目が止まった。

 

「……ねぇ、フェスタ。ここに書いてある報告が間違いじゃないなら……」

「気づいたか?」

「そりゃ気づくわよ……問題はないけども」

 

 ルナシアの言葉にフェスタはにかっと笑ってみせる。

 

「ああ、問題ないさ。海軍のG-1支部にちょっとばかし近いが、六皇とその部下達の大宴会を止められるわけがねぇよ」

 

 そう言ってフェスタは不敵な笑みを浮かべ、更に言葉を続ける。

 

「海軍が手出しできず、しかし放置することもできない。監視くらいはしてくるだろう……連中の悔しそうな面を酒の肴にするのも、中々乙なもんさ」

「ええ、フェスタ。ロックスとロジャーについて、昔を懐かしみながら語るにはもってこいの場所だわ……2人とも、絶対あの世で大爆笑しそう」

「むしろ、俺達も交ぜろって悔し泣きしているだろうよ」

 

 そう言って2人は笑い合う。

 ひとしきり笑ったところで、ルナシアはあることに気が付いた。

 彼女は今回の幹事なので、ご近所に迷惑を掛ける可能性があるならば事前に挨拶をしておかなければと思ったのである。

 飲み会の幹事としてこういう気配りが大事だと彼女は確信を持って、フェスタに尋ねる。

 

「G-1支部と近いところで宴会するなら、ご迷惑をお掛けしますって事前に挨拶をしとかないとダメだと思うのよ。どう?」

 

 その言葉にフェスタは喝采を送り、興奮気味に話し出す。

 

「やっぱりアンタは祭り屋として最高だ! これまでのことといい、今回のことといい、本当に海賊らしくねぇ海賊だ! 何をやるつもりだ!?」

「私としては別に普通の考えだと思うんだけど……ただちょっとマリンフォードに挨拶に行ってこようかなって。どうせ物資や人員の搬入で何かをやるってすぐにバレるだろうし……」

 

 そう言いながら、ルナシアは手を叩く。

 

「待って、G-1から近いってことはマリージョアからも近いのよね。世界政府にも挨拶しとかないと……」

「アンタ、本当に最高だよ……!」

 

 フェスタは感動した。

 何でそんなとんでもないアイディアがポンポン出るんだろうか。

 しかも、それが全部ルナシアなら実現できるというのが余計に凄い。

 全世界の人々を熱狂させることは簡単にできるものではないのに、ルナシアはそれを難なくこなしてしまっていた。

 今回もまたそうなるだろう、とフェスタは確信する。

 

「で、具体的にはどうするんだ?」

「挨拶だけだから、私が菓子折り持ってちょっと行ってくるだけよ。戦いとかそういうのは無しで」

「向こうから襲ってくるんじゃないか?」

「見つからないようにこっそり行くから。表から行くとドッタンバッタン大騒ぎになるし」

 

 見聞色の覇気なら霧化したルナシアの接近にも気付けるだろうが、事前に襲撃があることを知っているか、あるいはその兆候がなければ常時発動させているものでもない。

 敵がいるかどうかも分からないのに、ずっと見聞色を発動させておく、というのは無理な話だ。

 

「そりゃそうだろうな……まあ、そっちはアンタが好きにやってくれ。この島を会場に選ぶという形でいいか?」

「ええ、いいわよ。宴会島とでも仮に名付けておきましょうか……それともイエーイ海軍見ている島とかにする?」

「アンタ、ネーミングセンスは壊滅的なんだな」

「冗談よ、冗談。宴会島でよろしく」

「分かった。それじゃ早速取り掛かるから……招待状の方は?」

「正式にはまだ送っていないけど、既にリンリンのところは水面下で調整中よ。他の連中もすぐに取り掛かるわ」

「任せたぜ……テゾーロと一緒に最高のショーを見せてやるから、楽しみにしておけよ」

 

 フェスタは自信満々に告げて、ルナシアの執務室から足早に出ていった。

 それを見送り、彼女は万国(トットランド)に帰省しているアマンド達に思いを馳せる。

 昨日、アマンドから電伝虫によって嬉しい報告が入った。

 

 

 同窓会にママはかなり乗り気で兄弟姉妹達の参加も確実。

 だが、ママからは甘いお菓子をたくさん用意してくれと言われた――

 

 

 リンリン以外は正直どうとでもなるとルナシアは予想している。

 ニューゲートもシキもカイドウも、そしてシャンクスも美味い酒が飲めるならば快諾するだろう。

 

「マリンフォードはセンゴクでいいとして、マリージョアへの挨拶は五老星にすればいいのかしら……? ステューシーに聞いてみよう」

 

 ルナシアは早速、ステューシーのところへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 ルナシアの屋敷にステューシーの執務室はあった。

 元々はそうではなかったのだが、バッキンと同じ状態となったステューシーは裏切る心配もないとルナシアが判断した為、カリファと同じく秘書として扱き使っていた。

 

 執務室で書類仕事をしていたステューシーは、ルナシアの突然の来訪と発言に目を丸くして、思わず問い返した。

 

「挨拶をする為だけにマリージョアの五老星に会い行くの? 嘘でしょ? っていうか、バカじゃないの?」

「バカって酷くない……? だって、挨拶は大事でしょ? ワノ国で読んだ古の書物にも書かれていた気がするような、しないような今日この頃」

 

 何だか歯切れの悪いルナシアにジト目でステューシーは告げる。

 

「……書かれていなかったのね」

「まあそうなんだけど……ダメかしら?」

 

 小首を傾げて問いかけてくるルナシアに、ステューシーはつくづく思う。

 

 下僕になった後の方が、苦労が大きいんだけど――!

 

 CP0ということでCP9のカリファよりは色々と詳しいが為に起きた悲劇だ。

 他にも潜入していたCP0達は女ならばステューシーと同じようになり、男は既に魚の餌になっている。

 

 勿論、定期的な報告を欠かしておらず、政府側にステューシー達がルナシアに寝返った――正確には無理矢理下僕にされたのだが――ことは知られていない。

 なおステューシー個人としては政府や組織を裏切ったが、結果的に不老になれたので良かったかも、と思っていたりもする。

 もう化粧品や色んな美容グッズに大金を費やさなくて済む、というのは得難い解放感だった。

 ちなみに給料はCP0時代と比較して5倍に上がったので大満足だ。

 

 とはいえ、元の所属先に迷惑を掛けるのはさすがに忍びない。

 

「元CP0として、あなたの身が危険だからとかそういうのじゃなくて……単純に政府の通常業務に迷惑だからやめてもらっていいかしら?」

「そこを何とか……」

 

 両手を合わせて頭を下げるルナシアにステューシーは軽く溜息を吐く。

 

「本当にあなたって海賊らしくないわね……ま、御主人様の頼みなら何とかしてあげるわ……ただし、電伝虫で話をするだけよ」

「さすがはステューシーだわ! 凄い! 最高! この美人スパイ!」

「ふふん、当たり前よ……って、何だかこの子といると調子が狂うわね……」

「いいじゃない。褒めるところは素直に褒めていきたいの。それじゃ、頼んだわ」

 

 そう言ってルナシアは機嫌良く部屋から出ていった。

 

 それを見送ったステューシーは再度、溜息を吐く。

 そして彼女は五老星とルナシアが電伝虫にて会話できるよう検討を始めるのだった



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お菊に癒やされて仕事を頑張る話 あるいはバギーが絶望的なことになる話

 ルナシアは忙しかった。

 

 用意される酒や料理に使われる食材の種類と量は凄まじく、本当に消費しきれるのかとルナシアは心配になってしまう程だ。

 これに加えてリンリンには彼女専用のお菓子類が用意される。

 この商機を逃すまい、と商人達は連日連夜ルナシアへの面会を求め、見積書を提出してくる。

 検討作業はカリファやステューシーなどの部下達に割り振っているとはいえ、商人達の機嫌を損ねない為にルナシア自らが会う必要があった。

 入れ代わり立ち代わりで商人と面会するのも精神的には中々の重労働だ。

 

 また、勢力圏内外からコックをはじめとした必要な人員を雇い、リンリン専用のお菓子職人も多様な人材を多数揃えた。

 彼らは一様に参加するメンバーと人数、そして用意される酒や食材の膨大なリストに仰天したのは言うまでもない。

 

 さて、何よりも大きな進展は日時が関係各所との協議の上で決定されたことだ。

 日時決定により一段落ついたこともあって、ルナシアは3日程休むことに決めたのだが――仕事を終えて夕食を食べ終えた休日前夜。

 あるものが欲しくて堪らなくなっていた。

 

「うぅ……お茶……お茶をくれ……あとお饅頭とおはぎと餡蜜と……」

 

 緑茶と和菓子である。

 リンリンに和菓子を提供してみたらどうかと考えて、直前にそれを手配していた影響かもしれない。

 

 緑茶及び和菓子欠乏症の状態となったルナシアが向かったのは――お菊の部屋だ。

 彼はルナシアの屋敷の警備員兼使用人として随分前から働いている。

 立場としてはワノ国から出向という形で、働きながら定期的にワノ国のおでんへルナシアの近況や内政についてなど様々な報告を送っていた。

 

 ルナシアがそこらのメイドに頼めばお茶も和菓子もすぐに持ってきてくれるが、彼女はお菊と他愛もない話をしたかった為に部屋までわざわざ赴いたのだ。

 あと彼が入れてくれるお茶は格別に美味しいこともあった。 

 

「お菊、お茶と饅頭とおはぎと餡蜜とか……とりあえずあるもの頂戴」

 

 図々しい態度のルナシアだが、お菊は微笑んで答える。

 

「ええ、構いませんよ」

 

 

 お茶とお饅頭などの和菓子がルナシアの前に出され、彼女は無心でそれを食べてお茶を啜った。

 そして一息ついたところでお菊に告げる。

 

「まだ最大の難関が残っているのに……早くも滅茶苦茶疲れたわ」

「ふふふ、ご苦労さまです。あ、肩を揉みましょうか?」

「頼むわ……あなたとも長い付き合いよね……」

「ええ、拙者としては毎日が楽しいですけど」

 

 お菊はそう答えながら、ルナシアの背後に回って肩を揉み始める。

 意外にも凝っており、揉み甲斐がありそうだ。

 

「しかし、もうかなりの年月が経つのに本当に不老ですね。あとルナシア様に尽くしたい気持ちは溢れていますが、元々そうでしたし」

「私が言うのも何だけど、悪魔の実って不思議よね……あっ、その力加減最高……!」

「このくらいですね、分かりました。肩甲骨の辺りもやっておきましょうか?」

「頼むっ……んっ」

 

 絶妙な力加減にルナシアは極楽を味わう。

 

「腰も頼むわ……っていうか、全身やって。あと明日か明後日あたりにデートしましょう。全然デートできていなかったし」

「それでは全身をやりますね。よく顔を合わせて、こうして按摩もしているんですけど……確かにデートはしていないですね」

「本当にね。そういえばカマバッカ王国って知っている? あそこの王様のイワちゃんと私、めちゃくちゃ仲が良いんだけどさ」

「ええ、存じていますよ」

「私、言ったのよ。あなたのホルモン注射でカマバッカ王国の住民全員女の子にしてくれって。そしたら何て言ったと思う?」

「さすがに想像できませんね……」

「男だって女だってオカマだって好きなものになればいいじゃないってね。何かオカマであることに誇りがあるらしい」

 

 ルナシアの話を聞きながら、お菊は尋ねる。

 

「拙者もオカマという形になりますよね? やはり女のほうがルナシア様は……」

「違う、違うのよ。お菊みたいな誰がどう見ても女の子なのに実は男っていうのは、私にとって最高なのよ。でもね、カマバッカ王国の連中って……おっさんが無理しているようにしか見えないのよ……」

 

 血の涙を流す――とまではいかないが、それでもルナシアは悲しそうな顔と声でそう答えた。

 ルナシアの好みは微妙に複雑だ。

 女の子が好きだが、お菊のような男の娘もストライクゾーンど真ん中である為にややこしい。

 とはいえ、重要なのは見た目がしっかり女の子していることであり、実際の性別は問題にしないというのがルナシアである。

 またベンサムのようなマネマネの実の能力で、女に化けた男というのもセーフだ。

 

「私としてもカマバッカ王国の連中もあなたみたいな感じなら、全然イケるのよ。でもね、おっさんは無理なのよ……」

「……それでしたら、拙者が色々とご教授をさせて頂きに……」

「あなたが向こうに行くと変な方向に染まりそうだから、こっちに彼らを少しずつ招く形にしましょうか。ある意味で私達六皇よりも濃い連中よ。今度の宴会に交ざっていても違和感がないくらいに」

「そんなに凄いんですか……?」

「見た目が強烈なのよ……ただ皆、性格はめちゃくちゃ良いのよ。あそこは王も住民も本当に人ができているわ。見た目が強烈だけど」

 

 そんなに強烈なのか、とお菊は思いつつも想像してみる。

 おっさんが無理して女装している格好を――

 

「想像した感想ですけど……努力は認めたいです」

「せめてスネ毛を綺麗に剃れ、そのくらいはできるだろうって思いっきり言ってやった。今度行った時は改善されていることを願いたい」

「……そんなレベルなんですか?」

「そんなレベルなのよ……何だかカマバッカのことを思い出したから、余計に疲れた。マッサージの後は膝枕して……というか、今日はもうここに泊まる」

 

 ルナシアの言葉にお菊はくすくす笑いつつも、頷いた。

 

 

 

 

 

 ルナシアはお菊と共に休日を過ごし、彼に思う存分に甘えて癒やされて、気力・体力を漲らせることに成功する。

 休暇明けの仕事は正式な招待状を持って自ら5人――リンリン・ニューゲート・シキ・カイドウ・シャンクスのところを回るという、きつくて厄介な仕事が待ち構えていた。

 

 最初にルナシアが向かったのはリンリンのところだった。

 言うまでもなく、気力・体力が満タンのうちに最大の難関を突破してしまおうという魂胆だ。

 

 

 

「リンリン、今日は良い話を持ってきたわ」

 

 リンリンはいつも通りにルナシアを歓迎し、彼女の言葉に満面の笑みを浮かべた。

 アマンド達から聞いていたのだが、それはあくまで非公式なものである為、ルナシアが招待状を持ってくるのを今か今かと楽しみにしていた――というのがリンリンの状態だった。

 

「ほう? そいつは何だい?」

 

 わざとらしく尋ねるリンリンにルナシアはくすくすと笑いながらも告げる。

 

「今度、ロックス海賊団の同窓会とロジャーについて語る会をやろうと思う。私や幹部達、傘下の海賊達がほぼ全員参加するから、あなたも子供達を連れて参加しない?」

「勿論行くさ……と言いたいところだが、甘いお菓子は用意してくれたんだろうね?」

 

 挑発的なリンリンの問いにルナシアは不敵な笑みを浮かべて問い返す。

 

「どのくらい用意したと思う?」

「島一つ分?」

 

 リンリンの言葉にルナシアはドヤ顔で告げる。

 

「島十個分よ! もうカロリーのリヴァース・マウンテン! リンリンでも食べきれるか分からないくらいにあるわ!」

「そいつは最高に楽しみだね! 皆連れて行くよ!」

 

 リンリンは目を輝かせながらそう叫び、大きな声で笑った。

 一方のルナシアは最大の難関をあっさりと通過できたことに、心から安堵する。

 

「それじゃ、これは招待状だから。渡しておくわね」

 

 ルナシアはそう言って、リンリンへと招待状を懐から取り出して差し出す。

 リンリンはそれを満面の笑みで受け取った。

 

 

 

 

 いつも通りに空を飛んでルナシアは万国(トットランド)を離れた。

 やがて、万国(トットランド)が完全に見えなくなったところで彼女は安堵の息をつく。

 

「あー、何かもう疲れたわ。でも予想以上にあっさりと終わったけど、解放感が凄い……あとはニューゲートとシキとカイドウとシャンクスね」

 

 他の連中はリンリン程、気を遣わなくていいので気楽であった。

 

 

 

 そしてこの後、ルナシアは順調にニューゲート・シキ・カイドウの参加を取り付け招待状を渡して、最後にシャンクスのところへ向かったのだが――予想外のことを彼が言い出したのだ。

 

 

 

「それならバギーも呼ぼう。前に言ったかもしれないが、アイツも俺と同じでロジャー海賊団の見習いだったんだ」

 

 ルナシアはバギーという名前に聞き覚えがあった。

 

「バギーってラフテル上陸前に高熱を出して、シャンクスに看病させた奴?」

「ああ、そうだ」

 

 肯定するシャンクスにルナシアは尋ねる。

 

「バギーは今どこに?」

「さぁな……噂によると東の海にいるらしいが、詳しくは知らない」

「よし分かった。ちょっと探してくるから……ちゃんと招待状を持って宴会に来なさいよ」

「ああ、勿論だ。面白い面子ばかりが集まるからな。楽しみだ」

 

 朗らかに笑いながら、シャンクスは答えた。

 そして、ルナシアは挨拶をして彼の船から飛び立ち、十分に高度を取ったところで懐から電伝虫を取り出した。

 

 彼女はようやく仕事が終わったと思ったら、また仕事を渡されたような感じであった為に怒っていた。

 だから部下に任せることにした。

 

「これを聞いている全員に最優先の緊急命令。東の海にいるバギーとかいう奴を生け捕りにして、私の前に連れてこい。生きていれば何をしてもいいけど味方同士での妨害だけはやめろ。捕まえてきた奴には10億を即金でくれてやるわ……!」

 

 ルナシアの命令は多くの幹部達や傘下の海賊達が聞いてしまった。

 そのため、とんでもないことが起こってしまう。

 

 新世界からルナシア海賊団の面々や、傘下の海賊団が次々と東の海へ針路をとった。

 東の海で呑気に海賊をやっているバギーは、自身が絶望的な状況に陥っていることをまだ知らなかった。

 

 

 

 



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東の海に集結する者達 クリーク海賊団の災難 

あるいはルナシアの影響力が大きすぎる弊害によって、引き起こされた世界最大の悲劇。


 センゴク元帥は執務室で海軍おかきを食べながら、緑茶を啜っていた。

 仕事が一段落した為、彼は一息ついていたのだが――

 

「センゴク元帥!」

 

 転がるように入ってきた将校をセンゴクは睨みつける。

 

「何だ? 騒々しい……」

 

 そう言いながらも、おかきを食べる手は止まらない。

 しかし、彼の休憩時間は――

 

「シャングリラ諸島に異変あり! ルナシア海賊団の本船が……! ブラッディプリンセスが動きました!」

 

 その報告により一瞬で消え去った。

 思わずセンゴクはおかきを吹き出してしまうが、そんなことよりも報告の方だ。

 

「嘘じゃないだろうな!? あの船が動いたのか!?」

「間違いありません! ただ……」

「ただ?」

「ルナシアが乗っていません。鬼夫人が指揮を執っているようです」

 

 センゴクは首を傾げた。

 ルナシアを船長として、副船長は鬼夫人――アマンドであるのは間違いない。

 しかし、あのルナシアが乗っていないというのが解せなかった。

 

「センゴク元帥! 緊急連絡です!」

 

 最初に報告に来た将校と同じく転がり込むように入ってきた2人目の将校にセンゴクは問う。

 

「今度は何だ?」

「シャングリラ諸島より、多数の海賊船が出港しました! ルナシア海賊団の傘下かと思われます!」

「いよいよ戦争を仕掛けてきたのか……!」

 

 それしかない、とセンゴクは確信する。

 訓練を除けば動くことがないブラッディプリンセス――口さがない海兵達の間では海上ホテル呼ばわりされている――が遂に動いたのだ。

 

 多数の武装を搭載し、乗り込んでいるのは億超えばかり。

 小国どころか大国ですらも単艦で落とせるような、とんでもない化け物戦艦だ。

 

 なお、ルナシア本人がブラッディプリンセス完成時に実は古代兵器プルトンというお茶目な噂を流して、政府と海軍が大慌てしたということもあったりする。

 後日、調査の結果プルトンではないと結論づけられたのでホッと一安心だ。

 

 そんな曰く付きのブラッディプリンセス。

 それが動き出し、傘下の海賊まで動き出したのなら――戦争しかない。

 

 そこへ3人目となる将校が慌てて入ってきた。

 

「元帥! センゴク元帥!」

「今度は何だ! もう何が起こっても驚かんぞ!」

「偉大なる航路におけるルナシアの勢力下の各島にて……! ルナシアの傘下が一斉に動き出しました!」

「針路は? ルナシアの艦隊はどこへ向かっている?」

「それがその……」

 

 言い淀む将校にセンゴクは睨みながら問いかける。

 

「どこへ向かっているんだ! ここか!? それともエニエス・ロビーやインペルダウンか!?」

「いえ、それが……」

「もったいつけずにさっさと言え!」

 

 センゴクの怒鳴り声に将校は意を決して告げる。

 

「どの船も偉大なる航路を全速力で逆走しており、既に幾つかの傘下の海賊団はリヴァース・マウンテンに到達。監視基地からの報告によれば東の海に入ったと……」

「……は?」

 

 センゴクは目が点になった。

 

「……どうしますか?」

 

 将校に問いかけられセンゴクは腕を組んだ。

 そして彼は思考を巡らせ――ゆっくりと口を開く。

 

「東の海を制圧するにしては動きが変だな。戦争をするような兵力を動員する必要がない」

「我々を誘い出すつもりでしょうか? 東の海までに我々が手を出せば殲滅し、手を出してこなければ東の海を制圧するという……両取り作戦では?」

 

 将校の言葉にセンゴクは軽く頷きつつも、やんわりと否定する。

 

「奴が自分の本拠地や勢力圏の島々をすっからかんにして、東の海を取りに来ると思うか? 正直、奴が1人で行って海軍支部を片っ端から潰したほうが手っ取り早いだろう」

「それもそうですね……いったい、何が目的なんでしょうか……?」

「あの悪ガキのことだから、しょうもない理由だろう。何故かそんな予感がする」

 

 センゴクはそこで言葉を切り、少しの間をおいて告げる。

 

「だが、東の海の支部に連中を相手にする力がないのも確かだ。こっちが今、ルナシアの本拠地に攻め込んでもいいが……本人の行方が知れないのが怖い。あの悪ガキ、やるときは本当にとんでもないことをやるからな」

「では、どうしますか?」

「東の海に大将全員とガープ以外の将官と軍艦を送り込めるだけ送り込め。ただし、こちらから仕掛けることはせず監視に留めろ。連中が何をするか、見極めてから動いても遅くはない……!」

 

 センゴクは決断し、彼の命令はただちに伝えられた。

 マリンフォードはにわかに慌ただしくなる。

 

 センゴクは自分とガープがいれば不測の事態でも、戦力的には何とか対応できると判断した。

 同時多発的にあちこちを攻められたら流石に対応できないが、それをするだけの戦力がルナシアには残っていないとセンゴクは予想したのだ。

 

 

 そして、ルナシアの動きを察知したのは海軍だけではなかった。

 シャンクス以外の六皇達も、宴会前に彼女が大規模な戦力を動かし、何故か東の海に向かわせているということを掴んだのだ。

 

 全くその意図が読めなかったが、ここでルナシアの実績が彼らの判断を誤らせてしまう。

 ロックス海賊団を再結成し、マリージョア襲撃やらの世界をひっくり返す事件を起こしたルナシアだ。

 宴会前に、また何かやらかすんだろうと思ってしまったのである。

 そこで更に悪い方へ事態は転がった。

 

 六皇本人達の繋がりだけではなく、幹部達や部下達、あるいは傘下の海賊同士にも横の繋がりがあった。

 六皇同士の仲がまあまあ良い為、下の者達も時折小競り合いを起こしたりはするものの、世間話くらいはする程度の間柄だ。

 

 ルナシアの部下や傘下の海賊達から、下の連中がその情報を入手するのも当然だった。

 

 ルナシアが東の海にいるバギーという海賊に対して生け捕りのみという条件で、10億の懸賞金を掛けた、という情報を彼らは入手した。

 

 そして、事態を決定的にしてしまったのはエリュシオン島に交易で訪れていた他の六皇達の幹部や部下、あるいは傘下の海賊が見たものだ。

 

 鬼夫人をはじめ、億超えの連中が揃って完全装備でブラッディプリンセスに乗り込んでいったのを彼らは見てしまった。

 特に鬼夫人とその妹達は全員が巨人も逃げ出しそうな恐ろしい顔だった。

 

 まさしく怒りの軍団という単語がぴったりな状況を見て、それぞれの船長へ彼らがすぐに報告したのも無理はない。

 

 報告内容は多少の差異はあれど、概ね次のようになった。

 

 バギーという海賊が、おそらくルナシアの面子をぶっ潰した為、鬼夫人をはじめとしたルナシア海賊団の全戦力が落とし前をつける為に彼がいる東の海へ向かった――

 

 報告を聞いて、そんな面白いことを見逃すのはもったいない、という思考に六皇達が至ったのは言うまでもない。

 悪ガキをからかうネタに彼らは飢えていた。

 

 自分達も行くぞ、となったのは当然の帰結であった。

 悲劇であったのは、ルナシア以外で事情を知っているシャンクス達が新世界にある辺境の島で宴会の前祝いにと宴会を始めており、そんなことになっているとは全く知らなかったことである。

 

 

 

 

 

 

 なお、怒りの命令を発したルナシア本人はというと――

 

 

 

 

 

「お菊、お茶とお菓子頂戴」

「はい、どうぞ。今日は水羊羹を用意しておきました」

 

 招待状を渡すという仕事を終えて、寄り道もせず真っ直ぐに自らの屋敷へと戻り、お菊の部屋でくつろいでいた。

 

「ところでアマンド達もいないし、ブラッディプリンセスも無いんだけど、どっか行ったの? 港にいた傘下の海賊もほとんどいなかったけど……?」

 

 水羊羹を食べて、お茶を啜って一息ついたところで彼女はようやく問いかけた。

 お菊は電伝虫によるルナシアの命令を聞いていなかったが、屋敷から足早に出ていくアマンド達を目撃していた。

 その時の様子を彼はありのままに伝える。

 

「般若みたいな顔で出ていくのを見ましたよ? 特にアマンドさんは鬼夫人という異名通りに凄い顔でしたけど……何かやりました?」

「……特に思い当たる節はないわね。誰か1人なら、何かあったかもしれないけど、全員が揃ってブラッディプリンセスに乗っていくっていう事態にはならない筈……」

 

 緊急時にはアマンドの判断でブラッディプリンセスを動かせるということになっており、それはルナシアも当然承知している。

 しかし、ルナシアはそんな緊急時だとは思っていなかった。

 

 

 とはいえ、彼女にそんな気は無くても彼女の命令を電伝虫で聞いた側は、そう受け取らなかったのである。

 

 

 

 

 ブラッディプリンセスにて指揮を執るアマンドは傍らにいる航海士のナミに声を掛けた。

 

「すまないな。無理を頼んで……」

 

 神妙な顔でそう告げるアマンドにナミは答える。

 

「大丈夫ですよ。姉さん、本気で怒っていましたよね……」

 

 ナミとカリーナは今度の作戦――万国(トットランド)潜入の打ち合わせの為にエリュシオン島に戻ってきていた。

 既にルナシアからは正式な命令と前金で10億ずつ貰っていた為、彼女達は張り切ってのホールケーキアイランドとホールケーキ城内部の情報やロード歴史の本文(ポーネグリフ)が置かれている宝物の間についてアマンドから聞いているときだった。

 2人はアマンドと一緒に電伝虫でルナシアの命令を聞いたのだ。

 

 あんなに怒った声で命令するルナシアはこれまでになかった。

 ナミとカリーナは驚いたが、アマンドにとってはもっと衝撃的だった。

 

「バギーとかいう奴は私が斬り刻んでやる……! ルナシアをあんなに怒らせるなんて……よほど酷いことをされたに違いない……!」

 

 アマンドは本来ならルナシアと2人だけの時にしか彼女を呼び捨てにしない。

 しかし、そんなことを忘れる程アマンドは怒っていた。

 

「斬り刻んじゃダメですって。生け捕りですから……」

「ギリギリ生かしておくから安心しろ」

「医者が治せるレベルに留めてくださいね」

「分かっているとも。頭と胴体が残っていれば問題ない。それなら生きていられるからな」

 

 アマンドはナミへそう返す。

 ブラッディプリンセスにはアマンドの命令により、エリュシオン島にいた船員達は全員が集められていた。

 

 ダグラス・バレットは特に張り切っており、あのルナシアがそこまで怒って命令するようなバギーという奴と戦うのを楽しみにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、バギーは東の海にある本拠地と定めた島でとても調子に乗っていた。

 

 彼は東の海では最高クラスの懸賞金2000万ベリーになっており、船員も増えたことでビッグトップ号だけでなく、10隻の船を新造した程だ。

 

 この為、東の海では別格のルナシア海賊団を除けばクリーク海賊団と双璧を成す海賊団に成長している。

 ナミとカリーナが彼らに手を出す前に、2人がエリュシオン島に呼び戻された為、バギーは幸運であった。

 タチの悪い泥棒達がバギー海賊団に手を出さなかったというのは事実であることから、バギーは自分を恐れて手を出さなかったんだと喧伝した。

 彼の名声は留まるところを知らず、東の海ではルナシア・バギー・クリークといった具合の知名度だ。

 

 一方でバギーは東の海における海軍支部の偉い人達に賄賂を送ることも忘れておらず、懸賞金がこれ以上上がることや手を出してくることを抑えさせていた。

 特にネズミ大佐とは良い関係を築いている。

 

 

 とはいえ、バギーからするとまだ本当の実力を出していない。

 長年の地道な――よくサボったものの――鍛錬のおかげで、見聞色と武装色の覇気を一応修得していたのだ。

 レベル的には最低クラスであったが、使えることは使えるのである。

 

 

 バギーは飲めや歌えやどんちゃん騒ぎをしている部下達に向かってドヤ顔で告げる。

 彼はバラバラの実の能力と巨大ローブを使って、自分を大きく見せるようにしていた。

 

 懸賞金と海賊団が大規模であることからついた異名は千両道化、でも部下達は彼をキャプテン・バギーと呼ぶ。

 

「俺が本気を出せば……クリークなんぞ余裕でぶっ倒せるぜ……!」

「うおおお! キャプテン・バギー!」

 

 喝采を送るモージやカバジをはじめとした数多の部下達。

 その数は非常に多く、またここにはいない部下達も大勢いる。

 

 バギーは部下の総数が1000人を確実に超えていると確信していた。

 実際のところ、バギーが覇気を使えばクリークをぶっ倒せるのは確かなので、間違いではない。

 彼が無傷でクリークを倒せるかどうかは別として。

 

 そしてバギーの幸運は続いていた。

 電伝虫により発せられたルナシアの命令を東の海では受け取った者もいた。

 だが、最弱の海と呼ばれることすらある東の海には幹部どころか傘下の強い海賊がいなかった。

 それこそバギーでも倒せてしまうような連中しかいなかったのだ。

 

 ましてや懸賞金2000万ベリーと海軍が認定しているバギーを、六皇のルナシアが10億を掛けて生け捕りにして来いというのだ。

 自分達では敵わない、と諦めてしまうのも無理はなく、精々バギーの情報を報告する程度だった。

 

 

 だが、彼の幸運は程なく潰えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 偉大なる航路への進出を控え、東の海にて最大最強と名高いクリーク海賊団は資金と物資集めに余念が無かった。

 クリークはルナシアの傘下にはなく、それでいて大きな街がある島を襲うべく全戦力を投入し、島へ向けて陣形を組んで航行していた。

 実際に戦うよりも、戦力差を見せつけることで消耗することなく資金・物資を頂く為だ。

 

 バギー海賊団も侮れない存在であるが、それでもクリークは自身が率いる海賊団こそ、東の海にて最大最強であると確信していた。

 

 ルナシアの勢力圏は多くあるものの、基本的にはそこにいるのは弱い連中ばかりで、ルナシアという名がなければクリークは自分の勢力下に収めることができると思っていた。

 

 それは正しかったが、彼と彼の部下達はとても不運だった。

 少しでも航路が外れていれば、あるいは彼らが欲を出さなければ助かったのだが――

 

「ドン・クリーク、遠くに1隻の船が見えます……! 大きい……!」

 

 見張りからの報告を聞いて、クリークは笑みを浮かべる。

 こちらは全戦力が揃っており、負けるわけがない。

 

「ギン、やるぞ」

 

 傍らにいた戦闘総隊長であるギンにクリークは短く告げた。

 ギンもまた獰猛な笑みを浮かべ、頷いた。

 

 

 クリーク率いる50隻の海賊艦隊は発見した1隻の巨大な船の針路に立ち塞がるかのように動いた。

 

 その船がルナシア海賊団の旗を掲げていることに気がついた時には、もう遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

 巨大船から異様に首が長い女がクリーク海賊団の本船に跳んできた。

 その異様な出で立ちや異常な身体能力にクリーク達は信じられず、呆然としてしまう。

 だが、そんな彼らに対してその女――アマンドは短く告げた。

 

「死ね、虫けら共」

 

 ルナシア海賊団本船副船長――鬼夫人:アマンド。

 ルナシアの役に立ちたいという一心で、彼女は長年怠ることなく自らを鍛えに鍛えていた。

 この為、政府と海軍は彼女の強さと所属している海賊団、情け容赦のない残忍な性格を考慮した結果、危険性が極めて高いと判断した。

 

 これにより、アマンドに掛けられた懸賞金は18億8000万ベリーであった。

 

 

 ここにクリーク海賊団は5分も掛からずに壊滅した。

 唯一の救いはバギー捕獲の為にアマンドが急いでいたことだ。

 彼女によって船は全て沈められたものの、樽や木板に掴まって浮かんでいる生存者達は見逃された。

 

 かろうじて生き残ったクリークやギンをはじめとした者達は、このことがトラウマになったのは言うまでもなかった。

 

 そして、東の海にはブラッディプリンセスだけでなく、ルナシアの幹部達や傘下の海賊達、シャンクス以外の六皇達や海軍の大将達までも集まりつつあった。

 

 

 

 

 バギーに残された時間はほとんど無かった――

 



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彼こそがキャプテン・バギーである!

そして勘違いによって、誰にも抜かれることがない程の史上かつてない被害を受けた人物である!


「何だぁ、お前らは……?」

 

 バギーは突然現れた2人組の女に問いかけた。

 1人はメガネにスーツ姿の秘書そのものであり、もう1人は白い帽子に赤い服だ。

 

「どうやら……私達が1番みたいね」

「そりゃそうよ。凪の帯(カームベルト)を渡ってきたんだもの」

「部署が違うと、こういうところも違うのね……」

 

 カリファが溜息をつきながらも羨ましく思ったのは、ステューシーが保有していたCP0専用の快速工作船だ。

 迅速に世界中に展開する必要がある為、海楼石を船底に敷き詰めて凪の帯(カームベルト)を渡れるようになっている。

 

 シャングリラ諸島のとある島に隠してあったが、ステューシーがルナシアに寝返ったことで、そこらも全部ルナシアには話していた。

 

 なお、カリファはステューシーが不老になった後、ルナシアがついでに同じようにしてあったが些細なことである。

 

 カリファとステューシーが自らの所属先――元CPだということを――明かしていればバギーの反応も違ったが、明かしていない為に現状では突然現れた謎の美女2人である。

 

「それはそうと、さっさと捕まえましょう。10億よ」

「ええ、そうね。しかし、何でこんな奴が10億なのかしら……?」

 

 10億という意味はよく分からなかったが、自分を捕まえるつもりらしいということはバギーにも理解できた。

 

「おいおい、姉ちゃん達。俺に手を出すと……火傷するぜ?」

 

 カッコよくポーズまで決めてみせるバギー。

 部下達が喝采を送るが――元CP9と元CP0は待ってくれる程優しくない。

 

 カリファとステューシーは進路上で邪魔になりそうな敵だけを一瞬にして蹴散らしながら、瞬く間に彼へと迫る。

 

 東の海では絶対に有り得ないその強さと速さにバギーは仰天したが、すぐさま身体をバラバラにして浮かせてみせる。

 念の為に両足を素早く退避させた。

 これまた長年、サボりながらも鍛えたおかげか、両足がそれなりに離れていても彼は遠隔操作ができるようになっている。

 

「なるほどっ……!」

「ええ、これは厄介そうね……!」

 

 カリファとステューシーは雑魚を蹴散らしながらも、バギーの状態を見て察知する。

 

 2人にはルナシアが10億を掛ける程の何かがあると考えていた。

 そして、身体をバラバラできるような能力者であることで確信に至る。

 

 本来ならば新世界にいてもおかしくはないような厄介な輩であると。

 東の海にいるのは、ナミとカリーナのように休暇がてら安全に宝を頂いているのだと――

 

 バギー本人が知れば勘弁してくれと言いたくなるような、盛大な勘違いをカリファとステューシーはしてしまったが、ルナシアの命令が命令であるので仕方がない。

 

 

 一方のバギーはどうやって逃げようかと考えていた。

 なんか普通に覇気使っているし、何なら指銃とか剃とか言ってるし、格好からして海兵でもない。

 海賊に寝返った六式使いとか六式を習得した海賊でもない限り、世界政府のCPだと彼には予想がついていた。

 

「お前ら……CP(サイファーポール)か?」

 

 バギーは内心ビビり散らしていたが、それをどうにか表に出すことなく冷静に問いかけた。

 モージとカバジ、他多数の部下達は一歩も退かないバギーの勇姿に奮い立たされる。

 

 しかし、彼らはCPを知らなかった。

 

「キャプテン・バギー、CP(サイファーポール)って何ですか?」

「ああ、モージ。世界政府の諜報機関だ。お前ら、何番目のCP(サイファーポール)だ?」

 

 カリファとステューシーを空中からバラバラとなった身体のパーツで包囲しつつ、問いかける。

 不用意に動くのは危険だと2人は判断し、背中合わせとなった。

 そんな彼女達を、まだ攻撃されていなかった為に無傷のモージやカバジといった部下達に取り囲む。

 

「CP9よ」

「私はCP0」

 

 元だけど、と2人は心の中で付け加えたが、バギーはどちらもどういうことをする機関かを知っていた為、それどころではなかった。

 彼は2人を睨みつけながら問いかける。

 

「おい……どうしてお前達は俺を狙う? 答えろ……!」

 

 ロジャー船長の船にいたこと、バレてねぇよなとバギーはドキドキしながらも問いかけた。

 

「答える義務も義理もないわ」

「ええ、本当……それに、どうやら時間切れみたいだわ」

 

 カリファとステューシーがそう言った直後――バギーのところへ船の留守番をしていた1人の部下が叫びながら走ってきた。

 

「キャプテン・バギー!」

「おう、どうした?」

 

 冷静に問いかけるバギーに彼は息も絶え絶えに告げる。

 

「う、海に……海に見たこともない巨大な船とたくさんの海賊船が……! 海軍の軍艦もたくさん……!」

 

 バギーは何だか物凄く嫌な予感がした。

 その予感は部下の言葉で確信に変わる。

 

「どれもこれもここらじゃ見たことのねぇ海賊旗ばかりで……! 分かるのはルナシア海賊団の連中くらいだ……! 巨大船もルナシアのところの……!」

 

 それを聞いて彼は一つだけ分かったことがある。

 どうしてそうなったのか、さっぱり分からない。

 だが、これだけは確かだとバギーはこの状況で自信を持って断言できる。

 

 俺、死んだ――

 

 彼がそう思った直後だった。

 部下達の一角が吹き飛び、その大地に大きな傷痕がつけられる。

 

 それは斬撃の痕だ。

 

 それをやったのは異様に首の長い女だった。

 彼女は刀を片手に持ちながら、ゆっくりと歩いてくる。

 

 バギーは、その顔を手配書で見たことがあった。

 将来はルナシア海賊団に入れてもらおうかな、と彼は考えていた為に幹部連中や傘下の強い海賊達の顔は懸賞金と一緒に丸暗記していた。

 

 故に彼は思わず言ってしまった。

 

「鬼夫人、アマンド……!」

「知っているんですか!? キャプテン・バギー!」

 

 モージの問いにバギーは頷いて答える。

 

「ルナシア海賊団副船長。その強さと危険性から、掛けられている懸賞金は……18億8000万ベリーだ」

「18億ぅ!?」

 

 モージ達は目が飛び出さんばかりに驚いた。

 

「東の海にいていい奴じゃねぇが……どうしてこんなところにいる?」

 

 バギーの問いに、ゆっくりと歩んでいたアマンドはその足を止めた。

 

「どうして……だと? お前がルナシアに酷いことをしたんだろう……?」

 

 眼光鋭く怒りに満ちた声でアマンドは答えた。

 

 めちゃくちゃ怒っていらっしゃる――!

 

 バギーはもう泣き叫びたかったが、部下達の手前、情けない姿は見せたくない。

 逃げたいところだが、報告から想像するに島が完全に包囲されているようなので、逃げるに逃げられない。

 

 泳げれば話は別だが、バギーは能力者。

 故にカナヅチであった。

 

「いや、待ってくれ。俺は本当に身に覚えがねぇんだ。そもそも俺、ルナシアさんに会ったこともねぇんだぞ。なあ、お前ら?」

 

 バギーは問いかけた。

 普段と全く変わらない態度の彼にモージ達の心が奮い立つ。

 

「そ、そうだ!」

「ああ、キャプテン・バギーは会ったこともない!」

 

 口々にそう告げる彼らだったが、アマンドは軽く息を吐いた。

 殺しちゃマズイが、それでも彼女は言わずにいられなかった。

 

「そうか。では死ね」

「問答無用かよ!?」

 

 バギーは叫んだが、それよりも速くアマンドは斬りかかった。

 彼女の刃を避けられる筈がないのだが――不幸にもバギーはその能力で斬撃を無効化できてしまう。

 

 それはたとえ武装色を纏った斬撃であっても。

 

「何故だ……! 何故、効かん!?」

 

 アマンドは驚きと苛立ちを覚えつつも、神速でもってバギーを斬る。

 だが、彼に一切のダメージは無かった。

 

「姉さん! 私がやる!」

 

 そう言って出てきたのは足が異様に長い褐色の美女だった。

 彼女は大剣を構える。

 

「シャーロット・スムージー……15億3000万ベリーの賞金首……!」

 

 そう呟くバギーは怖すぎて何も感じなくなっていた。

 彼の表情は能面のようなことになっていたが、それが部下達や攻撃しているアマンド達には色々と勘違いさせてしまう。

 

「す、すげぇぜ……キャプテン・バギー!」

「ああ、あんな凄まじい攻撃に対して、恐怖を一切感じてねぇ……!」

 

 その部下達の声がアマンドとスムージーを苛立たせ、カリファとステューシーを驚かせる。

 

「斬撃に対する完全無効化能力……?」

「いえ、もしかしたら避けているのかしら……?」

 

 冷静に観察している2人にバギーはツッコミを入れたくなったが、下手な事を言うともっとヤバいことになりそうだったので我慢した。

 

 しかし、ツッコミを入れても入れなくてもヤバいことになるのは変わらなかった。

 

「ほう……面白い能力だ。俺が試してみよう」

「おい待て。何だこれは? 俺はあれか、お前達と1人で戦争でもしているのか?」

 

 不敵な笑みを浮かべて現れたジュラキュール・ミホークに対して、バギーはついにツッコミを入れてしまう。

 だが、ミホークは律儀に答えてくれた。

 

「それも当然だ。何しろ、お前に対してルナシアが10億の懸賞金を掛けた。生け捕りにして目の前に連れてこい、という命令だ」

「何で一回も会ったことがない奴に恨まれなきゃならんのだ! 縄張りとかも荒らしてねぇんだぞ!?」

「何があったかは俺も知らない。だが、声を聞く限り……酷く怒っているようだったぞ」

 

 そう言いつつ、ミホークは黒刀・夜を抜いた。

 アマンドとスムージーもまた己の得物を構える。

 

 俺、どうなっちゃうの――?

 

 バギーは気絶したくても部下達の手前、そうはできず3人分の世界最強クラスの剣技に晒されることとなったのだが――それは時間にして10分程で終わった。

 その理由はバギーが斬られたからではなく、新手が続々と来たために。

 

「手こずっているみてぇじゃねぇか……」

「10億だ! 俺が斬る!」

「おいモリア。お前の妨害はしねぇが……早い者勝ちであることは頭に入れておけよ」

 

 ダグラス・バレット、ゲッコー・モリア、クロコダイル――だけじゃなかった。

 

「俺達が10億を頂くぜ!」

「ああ、エース!」

 

 エースとサボや少し遅れてドフラミンゴまでも現れる。

 

 

 しかし、ここまでだったらまだルナシア海賊団のメンバーである。

 バギーの精神的な限界はとっくに超えていたが、いよいよ彼に精神的な意味でトドメを刺しにくるような面々が続々と現れた。

 

「バギーという名前を聞いた時、まさかとは思ったが……やっぱりお前のことだったのか。赤髪といい、あの見習い小僧が……」

「ああ、俺も知っているぜ。エッド・ウォーにいた小僧だ。あのときは情けねぇ面していた」

「おれも聞いたことはあるね……しかし、あのルナシアが10億を掛けて生け捕りにしろなんて……あんまり強そうには見えないが」

「おれもロジャーのところにいたのは見たことがあるが……強いのか?」

 

 白ひげ・金獅子・ビッグマム・カイドウの4人が部下達を引き連れて現れた。

 彼らはバギーがどういう奴か直接見てやろうと思い、わざわざここまで足を運んできたのだ。

 ルナシアが10億の懸賞金を掛けるような奴を気にするな、という方が難しい。

 

 ここに至り、バギーは突如として大声で笑い出した。

 

 突然のことにさしもの新世界の猛者達も何も言わずに彼を見つめる。

 そして、こっそりと上陸して、離れたところから隠れて様子を見ていた海軍の大将達もまたそれは同じだった。

 

「おいおい、やべぇんじゃねぇの? 狂ったんじゃ?」

「いや、狂ったわけじゃないでしょうよ」

「ああ。何しろ、あのルナシアがここまで兵力を動員し、他の六皇が動く程の輩じゃけぇ……」

 

 クザン・ボルサリーノ・サカズキはひそひそと小声で会話していた。

 

 3分程笑い続けたバギーは唐突にそれを止めた。

 彼の心境はまさしく――破れかぶれであった。

 

 どうせ死ぬならド派手にカッコよく、死んでみせましょう――!

 

 バギーは不敵な笑みを浮かべ、他の連中には目もくれず副船長であるアマンドを真っ直ぐに見つめる。

 

 アマンドの眼光はそれこそ人が殺せそうな程であったが、バギーはもう何も怖くない。

 彼は堂々と告げる。

 

「おい、ルナシアんとこの副船長さんよ。俺に会いたいってんなら、ルナシアが自分で会いに来るってのが筋だろう? お前んとこは、俺を呼び出すのにいちいち世界をひっくり返すようなことをしなきゃならんのか? 周りの迷惑を考えやがれ、このハデバカ野郎」

 

 さぁ言ってやったぞ、あとはどうにでもなれとばかりにバギーは能力を解除し、腕を組んでその場に座り込んでみせた。

 

 静寂が訪れたが、それはすぐに破られた。

 他ならぬアマンドによって。

 

「……本当にお前はルナシアに何もしていないんだな?」

「何回も言わせるな。何もしてねぇし、そもそも会ったこともねぇよ」

 

 バギーの言葉にアマンドは頷きながら、電伝虫を取り出した。

 彼女はそれを掛ける。

 

 相手はルナシアだった。

 

 バギーはアマンドがどこかへ連絡を取っているのを見つつ、周囲に視線を巡らせてみた。

 

 賞金総額――ここいる連中だけで200億は軽く超えそうだなぁ、と思っていた。

 当然、現実逃避である。

 

 そこへアマンドが電伝虫の受話器を差し出してきた。

 バギーは我に返って、アマンドへ視線を向けた。

 彼女は告げる。

 

「ルナシアが直接話すそうだ」

「ああ、分かった」

 

 バギーは電伝虫の受話器を受け取って、耳に当てる。

 幸か不幸か、彼の怖いものなしという状態はまだ継続していた。

 

 しかし、ここでバギーにとって最悪であったのは――アマンドがルナシアとどういう会話をするか聞きたかったという個人的な理由で、周囲にも聞こえるように設定していたこと。

 勿論、ルナシアには先程許可を取ってあった。

 

「あー、もしもし。こちらバギー。おたくがハデバカ野郎のルナシアさんですか?」

『おたくがロジャーんとこの見習いで、ラフテル上陸前に熱を出してシャンクスに看病させたバギーさんですか?』

 

 事情を知っていた極一部を除き、誰もが驚愕した。

 当然、バギーの部下達も。

 

「おう、そのバギーだ。で、お前と全く接点がない俺に何の用だ?」

『実は今度、皆で宴会するんだけど……シャンクスがバギーも誘ったらどうかって言ってね』

「……うん?」

 

 何だか話が変な方向に転がったぞ、とバギーは首を傾げる。

 それは聞いていた周りも同じで、事情を察した白ひげ・金獅子・ビッグマム・カイドウは笑いを堪えていた。

 

『だから、宴会のお誘い。ロックス海賊団の同窓会とロジャーのことを語る会をやるの。あなたも来る? 部下達も連れてきていいわよ?』

「このハデバカ野郎! そんなことの為にわざわざ10億の懸賞金を掛けて、兵隊を動かしたのか!?」

『だって、シャンクスのところで最後だと思ったら、バギーを誘おうとか言い出したのよ。あなただって仕事が終わったときに、新しい仕事を渡されたらブチ切れるでしょ?』

「それは確かにそうだな……って、納得するかボケ! 戦争が起こる寸前だったんだぞ!?」

『アマンドが報告してくれたけど、何でそっちにニューゲートとシキとリンリンとカイドウが行っているの? なんか海軍も大将達含めていっぱいいるみたいだし……勝手に戦争を起こさないでよ、もう!』

「もう、じゃねぇだろ! お前が原因だ! このドハデバカ野郎!」

『そもそもあなたが悪いじゃないの! 何で東の海にいるのよ!? 新世界でシャンクスみたいに皇帝になってれば、こんなことにはならなかったのに!』

「うるせー! 知るかボケが!」

『ふん、宴会の時を楽しみに待っているといいわ。度肝を抜くほど豪華で壮大で、最高の宴会にしてやるんだから……! でもまぁ……』

 

 そこで少しの間をおいて、ルナシアは告げる。

 

『大騒動になって、悪かったわ。ごめんなさい』

「おう、まあ許してやるよ。今度からはちゃんと自分で来いよ」

『ええ、分かったわ。これを聞いている皆も、振り回してごめんなさい。10億は今、バギーの目の前にいる私の海賊団に所属している者全員に支払うから安心して』

 

 2人の会話で周りの面々は全ての事情を察し、笑う者や呆れる者、怒る者など様々だ。

 しかし、ルナシアから電伝虫越しだが一応の謝罪を受けたとはいえ、敵味方ともに共通していたのは精神的な意味で、とても疲れたというものだ。

 

 なおバギーはこの事件によって、懸賞金がとんでもなく跳ね上がるのだが、そんなことを考える余裕は今の彼には全く無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、何よりも被害を被ったのはバギーともう1人――

 

「あの悪ガキめ……本当にしょうもない理由で世界を振り回しやがって……」

 

 現場からの報告を受けたセンゴクは呟きながら、怒りの海軍おかき一気食いを敢行する。

 

 なお、この1時間後。

 彼のところにルナシアが海軍おかきと胃薬を持って、G-1支部の近くで宴会をするから迷惑をかけると挨拶に来るのだが――

 

 そんなことは誰も予想できなかったのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 




バギー捕獲作戦参加勢力
(バギー絶対許さない・怒りの軍団は参加者の「全体」で考えると一部だけ)
(大半は10億目当て。あとバギーがどんな奴か気になった人達)

ルナシア海賊団及びその傘下海賊団
アマンド、スムージーはじめ億超え多数。


バギー捕獲作戦観戦勢力
(バギーってどんな奴か気になる人達。面白そうだから見に来た)

白ひげ海賊団
金獅子海賊団
ビッグ・マム海賊団
百獣海賊団


バギー捕獲作戦監視勢力
(やべぇ連中が東の海に集まっていることから、理由を探りにきた人達)

海軍
三大将及び将官・軍艦多数


バギー捕獲作戦未参加勢力
(そんなことよりお酒美味しいって人達)

赤髪海賊団

(お酒もいいが煎餅じゃろ。わしも東の海に行きたかった)

ガープ



バギー捕獲作戦をやらかした大戦犯
(戻ってきた皆に謝罪して回った)

ルナシア


バギー捕獲作戦における最大の被害者
バギー本人


バギー捕獲作戦で一番疲れた人
センゴク


バギー捕獲作戦で災難なことになった勢力
クリーク海賊団
他東の海にいた多数の海賊団


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色んな人達が苦労する話

微グロあり。


『君だから我々は時間を取った』

 

 電伝虫越しに聞こえてくる五老星の誰かの声に、ルナシアは意外とお爺ちゃんなのねと思ってしまう。

 

『何の用だ?』

 

 また別の声に変わった。

 ルナシアは横でステューシーがハラハラしているのが見えた。

 

 そして、ルナシアは五老星に対して告げる。

 

「今度、マリージョアの近く……正確に言えば、G-1支部からちょっと近いところで、六皇集めて宴会するのよ。迷惑掛けちゃうかもしれないから、その挨拶に」

 

 ステューシーは目眩がして倒れそうになったが、それを慌ててカリファが支える。

 

『……それだけ、かね?』

 

 信じられないといった声の五老星の誰か。

 おそらく他の4人であっても同じだろう。

 しかし、ルナシアはついでにこれも言ってしまおう、と考えて実行に移す。

 

「あ、それと……いつも世界の秩序を守ってくれて、本当にありがとうございます。あなた方のおかげで、私は安全・安心に好き勝手できます。これからもどうぞ体調には十分気をつけて、長生きしてください」

 

 この礼儀正しい発言により、ステューシーを支えていたカリファも倒れた。

 倒れる音が聞こえたのか、部屋の外で待機していたお菊が中に入ってきて、2人が倒れているのを発見した彼は慌てて医療チームを呼びに行く。

 

『……それは、どうもありがとう。君が仕掛けてこないおかげで、世界は今のところ安定している』

「お互いにこれからもお仕事を頑張りましょう。あ、最後にバギーの懸賞金、まだ新しいのは出ていないけど、この前にあったこともしっかり反映して決めてください」

『分かった……こちらも最後に一つ、頼むからもうマリージョアには来ないでくれ。以上だ』

 

 そして、通話が切れると同時に医療チームが部屋に到着した。

 

 

 事の発端はルナシアがステューシーの頑張りによって、電伝虫にて五老星との会談をすることになったことにある。

 そして会談当日、変なことを言ったら止めようとステューシーと念の為にカリファも同席していたのだが――ルナシアの発言が予想の斜め上過ぎて、止めることすらできなかったというのが真相であった。

 

 なお、彼女はこの会談が行われる2週間前、欲を出してリンリンが戻ってくる前に万国(トットランド)のホールケーキ城に行ってロード歴史の本文(ポーネグリフ)を写真撮影してこようと考えた。

 

 しかし念の為、帰路の途中であったアマンドに電伝虫で連絡し、確認してみたところ、カタクリとクラッカーが来ていなかったことが判明する。

 

 リンリンはどうやらルナシアがブラッディプリンセスに乗っていなかったことを警戒したのか、ホールケーキ城の留守番としてカタクリとクラッカーを置いていたようだ。

 クラッカーはともかく、カタクリはリンリンの次に厄介であり、気づかれる可能性がある。

 

 故にルナシアは動けなかった。

 

 

 

 何はともあれ、彼女は五老星への挨拶も済ませたことで宴会前の大きな仕事は片付いた。

 しかし、ルナシアを待ち受けていたのは幹部達や傘下の海賊達への謝罪である。

 それが済んだら自分と特に親しい者達である――アマンドをはじめとした面々への個人的なお詫びである。

 

 個人的なお詫びに関しては金銭が掛からない範囲で何でもすると、ルナシアが彼女達に伝えてあった。

 

 金銭が掛からない範囲で、という条件がある理由はバギーの目の前にいた自身の海賊団所属の者達全員に10億を支払ったことにより、ルナシアの懐事情がかなり寂しいことになっている為だ。

 

 へそくり――予備費ではなくてルナシア個人の――も含めて、全部すっからかんになってしまっており、見事なまでに素寒貧であった。

 

 

 ルナシアから何でもする、と言われたアマンド達は大変喜んだ。

 彼女達にとってはルナシアが何かをしてくれるなら嬉しいものだった。

 

 なお、アマンドやスムージーはルナシアから10億ベリーを貰っているのだが、ルナシアが2人にも個人的なお詫びをしたいと言った為、2人にもお詫びをすることになった。

 

 そして、誰からお詫びをしていくかというと、やはりアマンドであった。

 彼女がルナシアに求めたこと、それは――ルナシアを一番痛く苦しい速度で殺すことだ。

 とはいえ、勢力圏内で不死身ネタを披露し過ぎて陳腐化しているルナシアを、アマンドが輪切りにしようが三枚におろそうが、もはや誰も気にしなかった。

 

 

 

 

 自らの寝室にて抜身で刀を片手に持ち、アマンドはルナシアを前にして立つ。

 しかし、ルナシアに動じた様子はなく告げる。

 

「あなたの指っていつ見ても白魚のような指ね」

「ふふ、ありがとう」

 

 アマンドは微笑みながら、刀の切っ先をルナシアの胸へ突きつけた。

 そして、ゆっくりと突き刺していく。

 

 痛みに歪むルナシアの顔を見て、アマンドはうっとりとしてしまう。

 

 強敵以外は、なるべくゆっくりと一番痛く苦しい速度で殺す――

 

 いつの間にか、そんな拘りを持つようになったアマンド。

 だが、これは多くの者には理解されないと自分でも分かっていた。

 

 しかし、これを理解した上で、全て受け止めてくれているのがルナシアだ。

 

 アマンドにとって、愛する者をゆっくりと一番痛く苦しい速度で殺すというのはルナシア以外では絶対にできないからこそ、特別なことだった。

 

 もっとも、2人にとってこういうことをするのは別に珍しいことでもない。

 だが、これには非常に大きな問題が一つあった。

 

 

 

 

「殺るのはいいんですけど……部屋の掃除をする拙者のことも、偶には思い出してください」

「ごめんなさい」

「……すまない」

 

 お菊は悲しげな顔で告げた。

 そんな彼に頭を下げるルナシアとアマンド。

 

 アマンドの部屋はルナシアをたっぷりと何回も殺した為に――殺すだけに留まらず、そのまま性的なアレコレにも発展したが――部屋中が大惨事になっていた。

 どこもかしこも血で染まり、後片付けに慣れているお菊でも骨が折れる大仕事だ。

 しかも今回はいつもよりも多く殺したらしく、より酷いことになっていた。

 

「たぶんこれ、どうやっても血が落ちないので、内装全部交換ですよ……臭いも凄いですし……というか、まずは徹底的な消毒が必要ですね……」

 

 どんよりとした表情で告げるお菊に、ルナシアとアマンドは再度、謝罪するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バギーは本拠地としている島で、新しい手配書を見ながら途方に暮れていた。

 その横ではモージやカバジといった彼の部下達が大喜びし、宴会に突入しているが、バギーはとてもそんな気分ではなかった。

 

 彼に掛けられた新たな懸賞金の額は25億4649万ベリー。

 もとの2000万ベリーから実に120倍以上の上がりっぷりだ。

 

 更には新しくトリックスターという異名までつけられてしまい、千両道化と合わせて異名が2つになったが――バギーは何も嬉しくなかった。

 

 7番目の海の皇帝が誕生したが、経歴などから考えれば相応しいとか何とか色々と新聞が書いており、世間は見事につられてしまっている。

 

「だいたい、何だよ……4649万ベリーって。4649でヨロシクか? 何をヨロシクするんだよ」

 

 政府や海軍が彼に頼んでいるのは一つしかない。

 

 あのルナシア相手に一歩も退かず、叱った上に電伝虫越しとはいえ謝罪をさせたのだ。

 それもアマンドをはじめとしたルナシアの部下達や白ひげ達、大将達の前で。

 

 駄目押しにルナシアが直接五老星にお願いしていたこともあり、今回の金額に決定されていた。

 

 ルナシアの抑止力となってくれ――

 よろしく頼む――

 

 バギーにはそういう裏事情や込められた切実な願いは分からなかった。

 とりあえず、彼は自分が世間的には7番目の皇帝になっていることだけは分かっていた。

 

 偉大なる航路、行かなきゃダメか?

 本当に行かないとダメか?

 そっちに拠点を移すの?

 

 超ドハデに嫌なんだが――!?

 

 東の海でルナシアの傘下となって、悠々自適な海賊人生。

 ちょびっとだけ欲を出すなら、財宝を手に入れられればいいな――というのがバギーの偽らざる思いである。

 

 しかし、彼は25億を超える懸賞金を掛けられ、7番目の皇帝とされてしまった。

 

 今、ルナシアの傘下に入ることは――自分の体面とかそういうのが非常にマズイことになるのでは?

 

 バギーは色々と考えつつ、横からカバジが差し出してきた酒を一気に飲み干す。

 

「キャプテン・バギー! 偉大なる航路に行くか!?」

 

 赤ら顔で尋ねてくるモージの言葉。

 

 お前、バカじゃねぇの?

 あんな化け物ばっかりのところに行くの?

 あいつら、1人で国を落とせるような連中だよ?

 六皇とかならバスターコールを1人で跳ね返すようなレベルだよ?

 

 無理無理死ぬ死ぬ俺が死ぬ――!

 

 内心そんなことを思いながらも、バギーは深呼吸をして心を落ち着かせる。

 そして、あることに気がつく。

 

 そうだ、こいつらだってあの時の戦いは見ていた――!

 戦力不足!

 それを理由にしよう!

 

 とはいえ、さすがのバギーもモージ達の心を傷つけるのは忍びない。

 故に彼はなるべく平静を保ちつつ、諭すようにゆっくりと告げる。

 

「お前らだってあの時の戦いは見ただろう? 偉大なる航路っていうのは、国を1人で落とせるような連中ばかりだ……お前らにその実力はあるか?」

 

 バギーの言葉にモージやカバジ達は一気に静まり返った。

 

「無いだろう? それに俺達には他の連中と比べて縄張りも兵力も何もかもが足りねぇんだ。だから無理だ。諦めるしかねぇ……」

 

 そう言ったバギーはモージ達に背を向けた。

 彼の前には誰もいない。

 念の為、見聞色で探ったが、それでもやっぱり誰もいない。

 

 確認したバギーはニンマリと笑った。

 

 これなら分かっただろう、無理なものは無理なんだ。

 命は大事だぞ。

 実力も兵力も何もねぇから……宴会も断るしかねぇよな!

 何で俺があんな化け物共の宴会に参加しなきゃならねぇんだ!

 

 シャンクスの野郎、本当に昔から碌なことをしやがらねぇ――!

 

 

 そのときだった。

 

「キャプテン・バギー……俺達、浮かれてました」

 

 掛けられた声にバギーは自分の思惑通りに事が進んだと確信しつつ、振り返った。

 するとそこには――見事な土下座を披露するモージ達の姿が。

 

 思わずバギーが呆気に取られていると彼らは口々に告げる。

 

「キャプテン・バギーの強さに甘えて、自分達を鍛えてこなかった!」

「キャプテンは本当なら新世界でも通用する強さなのに、俺達が足を引っ張っている!」

 

「だから、俺達はもっと強くなりてぇ!」

 

 悔しさのあまり、泣きながら叫ぶモージ達に、バギーは目が点になりながらも思う。

 

 ダメだこりゃ――!

 

 そして、彼は暗澹たる気分となりつつも、仕方なく告げる。

 

「偉大なる航路にちょっとだけ入って……地道に修行と兵力増強その他色々をやっていくぞ。ただし、ヤバくなったらルナシアの傘下に入る! それだけは約束してくれ!」

 

 その提案をモージ達が拒むわけがなかった。

 彼らにとって、バギーのルナシアの傘下に入るという部分は自分達の命を守る為に、そう言ってくれているのだと思っている。

 

 なお、バギー本人はというと予防線を張ったことで、非常に気が楽になっていた。

 

 

 こうして、バギー海賊団は偉大なる航路の前半に拠点を移すことになったのだった。

 

 

 

 




活動報告に原作のアマンドに関する妄想予想アリ。


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東の海にヤバい連中が集結した結果――平和になった話

「バギー、色々と凄いことになったな」

「うるせー! シャンクス! このハデバカ野郎! 全部お前のせいだろ!?」

 

 朗らかに笑っているシャンクスにバギーは掴みかかった。

 彼の胸ぐらを掴んでガクガクと揺らすバギーの姿に、モージ達は驚愕する。 

 

「赤髪に……」

「キャプテン・バギーがあんなことを……!」

 

 そして東の海から付き従っていた彼らだけでなく、偉大なる航路で新たに部下となった多くの者達もまた同じような反応だ。

 

「噂には聞いていたが……どうやらその噂は本当みてぇだな……」

「ああ、赤髪をあんな風にできるなんて……さすがはキャプテン・バギーだ」

 

 新しい部下達はバギーのやったことが全て本当だと確信する。

 あの赤髪相手にあんなことをできる程のクソ度胸があるならば、やってもおかしくはないと感じたのだ。

 

 

 最弱の海と呼ばれることもある東の海にて、世界最強クラスの海賊達と海軍本部の大将達が集結するというとんでもない事件が起きた。

 

 その事件は東の海危機(イーストブルークライシス)と呼ばれており、海の皇帝達と海軍による世界を巻き込んだ戦争に発展しかねない事態だ。

 だが、バギーはこれを対話によって収めた人物であった。

 そもそもの発端がルナシアが彼に10億の懸賞金を掛けた上で生け捕りにしようと、膨大な兵力を差し向けたことにある。

 それだけではなく、彼はロジャー海賊団の元見習いであり、白ひげ・金獅子・ビッグマム・カイドウにも名前が知られていた。

 肝心の実力はミホーク・アマンド・スムージーの三人による攻撃を無傷で凌ぎきる程。

 

 そして、この事件後に世界政府から掛けられた懸賞金25億4649万ベリー。

 だが、これには真偽不明の噂があり、本来は15億4649万であったが、更に10億上乗せするように五老星が直接指示を出したという。

 

 海の皇帝達だけでなく世界政府すらも危険視する、7番目の皇帝――というのが世間一般に広まっていることである。

 

 どうしてそんなのが東の海にいるんだ、という疑問には能ある鷹は爪を隠す、東の海で着々と力を蓄えているのをルナシアが察知し、手遅れになる前に潰そうとしたのだろう――

 という具合に、バギーにとっては幸か不幸か、変な方向に勘違いされていた。

 客観的な事実に基づくと、そういう解釈しかできないので余計にタチが悪い。

 

 なお、ルナシアの目的がただ単に宴会に誘うことだった、とは世間には漏れていない。

 彼女が怒りの緊急命令を発した理由をあの場にいた者達は理解できなくもない。

 仕事が終わって、さぁ帰るぞという時に新しい仕事を渡されたようなものである。

 ブチ切れるのも仕方がないというもの。

 

 とはいえ、そんなことで振り回された自分達はいったい何なのか、という話に発展してしまう為、藪蛇にならぬよう誰も喋らなかった。

 特に海軍からすると良い迷惑であり、センゴクは迷惑料として掛かった費用の請求書をルナシア宛に送ってやろうかと真剣に考えたほどだ。

 結局、彼はこの状況――東の海に海軍本部戦力がいるということ――をどうせならば、と利用したのだが。

 

 もっとも白ひげ達はそういうことなど気にせず、面白そうだったから見に来たと堂々と答えられるが、彼らはそもそも積極的に世界に向けて発信するような性格ではない。

 ルナシアみたいに頻繁にモルガンズを呼んで取材してもらうような連中ではないのだ。

 

「お前は本当に昔から碌なことをしねぇな!」

 

 シャンクスの胸ぐらから手を離し、ビシッと彼の顔を指差すバギー。

 そんな彼に対して、シャンクスは怒ることなく余計に笑ってしまう。

 

「お前は変わらないな」

「何だとてめぇ! ドハデにぶっ飛ばす……のはやめておいてやる!」

 

 バギーはノリで言いかけたが、シャンクスとの実力差をすぐに思い出して踏みとどまった。

 

 ファインプレーであるが、周りはそうは思ってくれない。

 バギーの器が大きいが為にシャンクスを許したのだ、とそんな風に解釈されてしまう。

 

「で、赤髪のシャンクスさん? 何の御用ですか? 俺の首を取りに来たんですか?」

 

 わざとらしい物言いのバギーにシャンクスは切り出す。

 

「いや、そうじゃないさ。ルナシアからバギーを会場まで案内して欲しいと頼まれたんだ」

「あんのクソガキぃ!」

 

 ルナシアの名が出た途端にバギーは叫んだ。

 周囲の皆様方はどよめいた。

 

 あのルナシアをクソガキ呼ばわりだと――!?

 

 白ひげと金獅子がクソガキ呼ばわりしているのは、それなりに知られていることだ。

 しかし、カイドウやビッグ・マムですらルナシアをクソガキ呼ばわりしていない。

 

 そんなとんでもないことをサラッとやってしまったバギーだ。

 

 一方、バギーからするととんでもない懸賞金を掛けられたり、7番目の皇帝にされたり、ロジャー海賊団の見習いであったことが世間にバレたり、しまいには偉大なる航路に拠点を移さないといけなくなったりで踏んだり蹴ったりだ。

 

 クソガキ呼ばわりしたくなるのも当然といえば当然である。

 なお、実年齢的にはルナシアの方がバギーよりも上であるが、見た目はそこらの小娘にしか見えないのは確かだ。

 

「というわけで、バギー。そろそろここを出発しないと、宴に間に合わないぞ?」

「お前、俺が何と答えようが無理矢理でも引っ張っていくつもりだろう!?」

「そりゃそうだ。何しろ、ロジャー船長のことを船長と競い合っていた連中から聞けるチャンスなんぞ、滅多に無い。そうだろ?」

 

 そう言われるとバギーも弱い。

 特に金獅子や白ひげからロジャーのことが聞けるなんてチャンスはまずないだろう。

 しかし、バギーは念には念を入れて尋ねる。

 

「そりゃそうだけどよ……色々と大丈夫なのか? 俺達、連中からすると敵だぞ? 下手すりゃその場で殺し合いに……」

 

 ロジャー海賊団の元船員。

 たとえ見習いだとはいえ、敵は敵である。

 シャンクスは心配するバギーに対して告げる。

 

「それは大丈夫だ。その場でそういうことをしたら、ルナシアの顔に泥を塗ることになる。誰だってそれは避けたい筈だ……カイドウあたりは酔って暴れるかもしれないが」

「噂では酔っ払ったカイドウは見境なく破壊するとか何とか……?」

「安心しろ。カイドウが暴れたって、その場には止められる奴が6人もいる」

「おい待て。それには俺も含まれているのか?」

「お前も本当は実力を隠して、東の海で力を蓄えていたんだろう?」

「……カイドウが暴れたら、お前を盾にしてやるからな」

「いや、お前の方が死ににくいんじゃないか……? ミホーク達の攻撃を無傷で……」

「もういい! その話はもういいから! お前、からかっているのかそれとも本気でそう言っているのか、どっちなんだよ!?」

 

 バギーのツッコミにシャンクスは大笑いしてしまう。

 彼はひとしきり笑ったところで告げる。

 

「俺もお前の実力はよく分からない……だが、誰よりも度胸があるのは知っているぞ」

 

 その言葉にバギーは何だか気恥ずかしくなってしまう。

 本当に昔からコイツとはソリが合わねぇ、と彼は思いつつ告げる。

 

「分かった、分かったよ。今回だけはお前の顔を立てて、参加してやる……」

「ああ、それは良かった。ところで言い忘れていたんだが……お前の海賊団はサーカスっぽいよな?」

「ん? ああ、まあそうだな。何かしらの芸を持っている奴は多いぞ」

「ルナシアが余興に何かやってくれたら、相応の謝礼を支払うと言っていたぞ」

 

 バギーはニンマリと笑みを浮かべ、シャンクスの両肩をガシッと掴む。

 

「シャンクス、そういうことは早く言え……いくらくらいだ?」

「そこは本人と交渉してくれ」

 

 シャンクスの言葉にバギーは大きく頷いた。

 そして、周囲にいる彼の部下達に告げる。

 

「野郎共! ルナシア主催の宴会に行くぞ! あのクソガキからたんまりと金をふんだくってやる!」

 

 バギーの宣言にモージ達は大きく歓声を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海軍にとって――東の海危機(イーストブルークライシス)はルナシアに振り回されたのだが、結果としては東の海における治安の向上に繋がることになった。

 

 その原因は新世界の海賊共とそれに対抗できる海軍本部の将官達が多数、東の海に乗り込んだことにある。

 東の海の平均賞金額は300万ベリーで、海軍支部の兵力も最弱。

 東の海では1000万ベリークラスの海賊になると実質的に野放し状態という具合だ。

 そんなところへ、億を軽く超える懸賞金が掛けられた海賊達と三大将をはじめとした将官達が軍艦を率いて入ってきたのである。

 

 それによって何が起こったかというと――東の海にいた海賊達がほぼ掃討されてしまった。

 先を急いでいたルナシア海賊団や、ニューゲートの性格から白ひげ海賊団と出会った海賊達は被害としてはマシな方だ。

 金獅子やカイドウ、ビッグ・マムの船に出会ってしまった海賊達は悲惨であった。

 彼らは見慣れぬ海賊旗であったことから新興の海賊団と勘違いしてしまう輩が多く、ちょっかいを掛けてしまったことで、東の海にいながら新世界の洗礼を受けてしまったのだ。

 

 勿論、大将や中将が乗っていた軍艦に遭遇してしまった海賊達も中々に悲惨であった。

 

 振り回されたとはいえ、東の海に本部の戦力を回したことに変わりはない。

 このまま手ぶらで帰るよりは、とセンゴクは東の海における海軍支部の査察やルナシアの勢力下にはない島々の治安状況確認を徹底的に行うよう命じた。

 バギーのようなとんでもない輩が潜んでいるかもしれない、と考えた為だ。

 

 一方、センゴクは万が一を考え、サカズキとボルサリーノの2人と多数の中将達を早期に本部へ呼び戻していた。

 残ったのは将官でいえばクザンと中将数名といった程度だが、東の海ではこれでも過剰戦力だ。

 

 とはいえこの結果、幾つもの支部で汚職が発見された。

 特に酷かったのは第16支部と第153支部であり、どちらも大佐が好き放題にやっていた。

 そして、ルナシアの勢力下にはないとある島では、海賊が死を偽装して富豪の屋敷に執事として潜り込んでいたことが発覚した。

 それが発覚した原因は、ジャンゴという男が船長を務めているクロネコ海賊団を偶々巡回していたクザンが発見し、捕まえたことにある。

 

 クザンはジャンゴが何かを隠していると感じ、支部ではなく本部の者に取り調べを任せた。

 当初、ジャンゴはシラを切っていたが、海軍本部の取り調べは支部のものよりも遥かに厳しいものだ。

 新世界で捕まえた凶悪な海賊を相手に取り調べをすることもある為、当然といえば当然だが――彼が耐えきれるものではなかった。

 

 そんなこんなで徹底的な海賊掃討作戦及び汚職根絶作戦が行われ、東の海はかつてない程に平和になった。

 ルナシアの勢力圏こそ残っているが、彼女の配下は民間人を襲ったりはしないので一応問題はない。

 

 

 

 

 

 

「先の一件は東の海における治安の向上に繋がった……そう思わなければやってられん」

 

 そう呟き、センゴクは執務室でお茶を啜っていた。

 そのとき、ガープが煎餅の袋を片手に部屋へと入ってくる。

 彼はセンゴクを――より正確には髪の毛の色を見て察した。

 

「センゴク……貴様、さては既に総白髪だな?」

 

 センゴクが思いっきりお茶を吹き出したのは言うまでもない。

 

「ガープ! 何を言い出すんだ貴様は!?」

「ほんの僅かだが……白いところが残っとるぞ? 染めているな?」

「うるさい! 現役の間は黒いままでいたいんだ! 文句あるか!?」

「ぶわっはっは! わしみたいに開き直ると楽じゃぞ?」

「人の勝手だ! で、何の用だ?」

 

 センゴクの問いかけにガープは真面目な顔で告げる。

 

「ああ、どうやら連中の宴会がいよいよ始まるらしい。シャングリラの監視船からの報告によると、ブラッディプリンセスが動いた。今度はルナシアも乗っているぞ」

 

 その言葉にセンゴクは軽く頷きつつ、答える。

 

「問題はない。既にG-1支部には先遣隊として中将20名及び軍艦40隻がいる。そして例の島にも監視船を複数、張り付けてある」

「そして、本部にも先日戻ってきたクザンをはじめ、大将達と将官多数……軍艦も大量か。まるで昔みたいじゃな」

「あの悪ガキは本当に碌なことをしない……バギーの懸賞金についても」

「バギーの懸賞金? 突然、政府から10億を上乗せしろって言われた件か?」

 

 ガープの問いにセンゴクは頷きながら答える。

 

「悪ガキはどういう手を使ったかは分からないが、五老星にお願いをしたらしい。15億4649万ベリーで既に内部では纏まっていたのが、ルナシアが掛けた金額である10億を上乗せという形になった」

「端数の部分は悪ガキに続く、史上2人目じゃな」

「バギーに関しては、悪ガキを止めてほしいという切実な願いも込められているがな」

 

 センゴクはそこで言葉を切り、ガープに問いかける。

 

「もしも今回、連中が仕掛けてきたら戦争になる……そして、そうなった場合は世界大戦だ」

「そうなっても良いように海軍は力を蓄えてきた。戦ったらわしらが勝つ。勝たねばならん……!」

 

 ガープの力強い言葉に、センゴクもまた頷き、あることを思い出す。

 それはガープの珍しい愚痴であり、センゴクはよく覚えていた。

 

 孫が赤髪の影響を受けて、海賊王になるとか言い出したというのが愚痴の内容だ。

 

「ところでお前の孫、もう海賊になったのか?」

「いや、まだなってないらしい。来年くらいには村を出るとか何とかマキノから手紙にあったがな……もういっそのこと悪ガキのところへ放り込むか?」

「……それはやめてやれ」

「じゃあ白ひげのところに放り込むか? あいつならマトモに育ててくれそうな気がする」

「それもやめてやれ。というか海賊にしたいのか、したくないのか、どっちなんだ?」

「したくないに決まっているだろう!」

「じゃあもう今回の一件が終わったら、お前が無理矢理マリンフォードに引っ張ってこい! でもって、海賊がどんなものか、お前の船に乗せて実際に見せてやれ!」

 

 センゴクの言葉にガープは両手を叩いた。

 暗にガープの責任の下でやれ、とセンゴクは言っていたが、それはガープもまた承知の上だ。

 何しろ、自分の孫である。

 まだ今なら間に合うような気がしなくもない。

 もしも手遅れだったら、彼は自分が責任を持って捕まえるつもりだ。

 

「その手があったか! 赤髪はどうやらアイツの中で特別じゃから無理だろうが……金獅子・カイドウ・ビッグマムあたりか? 碌でもない連中は」

「もうちょっとマイルドなところからにしろ……」

「マイルドなら、やっぱりあの悪ガキしかおらんじゃないか! 孫と仲が良かったサボとエースまでもいつの間にかアイツのところにおるし!」

「だから何でいきなり七皇なんだ!?」

「海賊王になるって言っているから、それを狙っていたり、それに近い連中を見せた方がいいじゃろう」

「七皇に拘るというなら、バギーはどうだ? 海賊王を狙っているかは知らんが、アレも相当碌でもない奴だぞ」

「いや、わしの孫だから、ああいうぶっ飛んだ輩はカッコいいとか言いかねん……」

 

 そう返すガープにセンゴクも思わず頷いてしまう。

 ガープの孫でその性格を受け継いでいるなら、そういうことがあってもおかしくはない。

 疲れたセンゴクはガープにそう提案する。

 

「もうそこらの賞金首でいいだろう……新世界なら碌でもないのはいっぱいいる」

「そうじゃな……まずはそうするか」

 

 ガープは彼の提案に頷いたのだった。



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宴会開始前の話

 G-1支部に近い無人島は大きく賑わっていた。

 何も無かったこの島はフェスタとテゾーロによって、すっかりお祭り会場へ変貌していた。

 

 七皇とその主力である配下達が一気に集まる――それこそ万を軽く超える人数が集まる一大イベント。

 賞金総額は1000億すらも軽く超えてしまう程だ。

 しかし、このイベントの為に出入りする業者や商人、また雇われたコックなどは非常に多い。

 その為、これらの民間人に扮して海兵達はうまく潜り込んでいた。

 

 

 

「……拳が疼く」

 

 ベルメール中将はコックの格好をしながらも、拳を震わせていた。

 オイコット王国でルナシアに好き勝手されたあの日から、17年も経っている。

 ガープの下で鍛錬と経験を積み、覇気を習得した彼女は中将にまで昇進していた。

 

 当時ルナシアに好き勝手されたことは――ムカついたが、結果的に自分の命を救ってもらうことになった。

 だが、今でも思いは変わらない。

 あの悪ガキにはとりあえず一発拳骨を食らわせる、と。

 

「ベルメさん……あの、本当に抑えてくださいよ? 情報収集なんですから……」

 

 従業員に扮した部下の念押しにベルメールことベルメは大きく頷く。

 今回の彼女と部下達に与えられた任務はコック及びウェイター・ウェイトレスとして潜り込み、情報収集をすることだ。

 この為にわざわざレストランを宴会島に設営した。

 

 任務と私情は別であり、ベルメールは命令がない限り手を出さないと心に決めていたのだが――色んな意味で予想外のことが起きた。

 

 

 

 

 

「美味しい……!」

 

 思わず呟くルナシア。

 鴨肉のロースト・特製みかんソースかけ、野菜を添えて――を彼女は食べていた。

 今の彼女はお腹を空かせた少女そのものだった。

 色々と毒気を抜かれてしまうが、部下はこっそりとベルメールに尋ねる。

 

「ベルメさん、大丈夫ですか?」

 

 小声で問いかける部下に対して、ベルメールは何とも言えない微妙な顔で頷いた。

 

 事の発端は30分程前、ルナシアが突如としてやってきたことにある。

 せっかくだから、と張り切ったベルメールの発案によるテラス席を備えたお洒落な外観に引き寄せられたのか、あるいは偶然だったのかは分からない。

 

 ともかく、ルナシアに料理を食べたいと言われてベルメールは任務もあった為に準備中だと断ったりせず承諾して、こうなっていた。

 彼女は目を輝かせて自分の料理を食べるルナシアにふと思ってしまう。

 

 子供がいたらこんな感じだろうか――?

 

 懸賞金55億超えの海賊相手に海軍中将が抱いていい感情ではないが、この場面だけを見れば自分の作ったご飯を食べて少女が笑顔になっているに過ぎない。

 

 

 やがてルナシアは出された料理を綺麗に平らげて――ちゃんと野菜も全部食べた――遠巻きに見ていたベルメールへ近づいてきた。

 そして、彼女の目の前でルナシアは問いかけた。

 

「あなたが作ってくれたの?」

「ああ……そうだ」

 

 そう答えるとルナシアは満面の笑みを浮かべて言った。

 

「ありがとう、とっても美味しかったわ」

 

 その笑顔を見て、ベルメールは無意識的にルナシアの頭へ手が伸びていた。

 部下達は最悪の事態――思いっきり拳骨を食らわせてしまうことを覚悟したが、そうはならなかった。

 

 ベルメールはルナシアの頭を優しく撫でた。

 ルナシアはそれに驚いたものの、怒ることはせずされるがままだ。

 

「あんまり悪いことをするんじゃないよ……この悪ガキめ」

 

 そう言って、ベルメールは撫でていた手を止めて、こつんとルナシアの頭を軽く小突いた。

 部下達は生きた心地がしなかったが、一方のルナシアはけらけら笑って答える。

 

「民間人には手を出してないからセーフ」

「じゃあ訂正する。あんまり海軍に迷惑を掛けるんじゃないよ」

 

 苦労しているセンゴクの姿がベルメールの頭に浮かんできたが、その言葉にルナシアは答える。

 

「私としては今の感じがちょうどいいわ。均衡を崩さない方が好き勝手できるし……」

 

 彼女の言葉が本当なのかどうか、ベルメールに判断する術はないが、重要な情報を得られたのは確かだ。

 そして、そのときだった。

 

「ルナシアさーん! バラティエ宴会島支店! たった今、準備が整いました!」

 

 スーツ姿の金髪の男が目を輝かせて店内に飛び込んでくる。

 

「あ、サンジ。よくここが分かったわね」

「ルナシアさんがこの店に入っていった、と通行人から聞きまして」

 

 何だこの軟派な奴、とベルメールは怪訝な目を向けるも、バラティエという単語には聞き覚えがあった。

 

 東の海の海上レストランだった筈だ。

 

「東の海からここまで?」

 

 ベルメールの問いかけにサンジは答える。

 

「ええ。常連のルナシアさんから、今回の件を聞いた料理長が良い経験になるから俺に行って来いと言いましてね。ただ本店の方もあるんで、来たのは俺1人なんですけど……」

 

 笑顔で答える彼にベルメールは何だか心配になってしまう。

 そんな彼女の胸中を察したのか、ルナシアは告げる。

 

「コックとかに手を出したら、大変なことになるって他の連中には伝えてあるから大丈夫だと思うわ」

「俺が弱いばっかりに……!」

「いや、そういう問題じゃないと思うんだけど……」

 

 サンジに対するルナシアの言葉に思わず頷いてしまうベルメール達。

 バラティエは料理が美味いことは勿論、海賊とも戦えるチンピラ崩れのコックがいることはそれなりに知られていた。

 コックは海賊と戦うものではない為、かなり特殊な事例である。

 

「サンジがまだ準備中だったから、この店が開いていて助かったわ。本当にありがとう」

 

 最後ににこりと笑って、ルナシアはサンジと共に店から出ていった。

 2人を見送ったベルメールは告げる。

 

「さっきあの子が言ったこと、早速連絡しよう」

 

 彼女は部下達にそう命じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 史上最大の海賊達の宴会。

 そこで騒ぎが起きない筈がなく、怪我をしてもいいように、あるいは飲み過ぎ・食べ過ぎでぶっ倒れてもいいようにルナシアは医者も大量に雇っていた。

 そして、その中には変わった医者が1人いた。

 

「うぅ、緊張するぞ……!」

 

 チョッパーは宴会島に設けられた診療所の1つにて、ドキドキしていた。

 見た目は非常に愛くるしいが、彼もまた医者である。

 

「ドクトリーヌからいい経験になるから行って来いって言われたけど……だ、大丈夫かな……」

 

 実のところ、呼ばれたのはチョッパーではなくDr.くれはだった。

 報酬もかなりの額であり、彼女が受けるだろうとチョッパーは思っていたのだが――予想外な展開だ。

 

 といってもチョッパーはルナシアと会ったことがある。

 

 かつてドラム王国にて悪政を敷いていたワポルとその側近達。

 彼は自分に従う20人の医者を除いて国中の医者を追い出すという政策により、追い出した。

 追い出された医者達の受け皿となったのはルナシアの庇護下にあり、医療技術の発展が目覚ましいフレバンスだった。

 

 逃げてきた医者達からドラム王国の現状を聞き、このままではドラム王国が潰れてしまうと判断したフレバンスの医者達がルナシアへ直訴した。

 

 これによって即座にルナシアが動き、それを知ったワポル達が逃げ出したという顛末だ。

 この時、ワポルにとって予想外であったのはイッシー20が全員逃亡し、隠れてしまったことだろう。

 ルナシアが来るまで隠れていれば勝ち、というのは分の悪い賭けではない。

 ワポルは怒ったが、ルナシアが来る前に逃げねばならず、結局捜索することもなく逃げ出してしまった。

 

 その後にルナシアがやってきて、Dr.くれはやドルトンと話し合った結果、ドラム王国は彼女の勢力圏となった。

 この話し合いが終わった後、彼はくれはによってルナシアに紹介されたのだが――彼女は彼をめちゃくちゃもふもふして堪能した。

 

 その時のドクトリーヌが呆れ顔であったことを、チョッパーは今でも覚えている。

 

 

 

 何気なくチョッパーは壁時計へ視線を向ける。

 時間的には七皇のうち、5人がこの島に配下を連れてそろそろ到着する頃だろう。

 

 彼は両頬をぺちぺちと叩いて、気合を入れ直す。

 ドクターとドクトリーヌから教えてもらったこと――それを駆使して、治療してみせる――!

 

 チョッパーがそう決心したとき、最初の患者が来たことを今回手伝ってくれるナースが知らせてくれる。

 ごくり、と彼が唾を飲み込んだところで、いよいよ患者が来たのだが――

 

「あ、ここの診療所ってチョッパーが担当していたんだ。悪いんだけど、この2人を診てくれない?」

 

 ルナシアが両脇に抱えていたのは2人の男だった。

 どっちもズタボロだ。

 

「わ、分かった! 2人をそっちにあるベッドへ……いったい何があったんだ!?」

 

 慌てて指示を出すチョッパーにルナシアは2人を別々のベッドへ寝かせた。

 

「こっちの金髪はサンジって言うんだけどコックで、緑髪は彼と戦ってこうなった。中々見ごたえのある勝負だったわ」

 

 それはついさっき起きた出来事だ。

 

 ルナシアがサンジの料理を食べ終えて、デザートを食べていると緑髪の男が腹を鳴らしてやってきた。

 彼は出されたサンジのメシを食べ終えたところで、ルナシアへ勝負を挑んできたのだ。

 それをサンジが許すわけもなく――2人で色々と言い合いながら戦って引き分けになったというわけである。

 相手がサンジよりも強そうだったらルナシアは自分が出ようと思ったのだが、実力的に拮抗していたので彼女は観戦に回った。

 他の海賊達もその乱闘に手出しすることなく見物へ回り、すぐに賭けが行われる程で、突発的な余興の一つとしては大いに盛り上がったのだ。

 

「こっちの緑髪、どこの海賊団なんだ?」

「それが信じられないんだけど……どうも賞金稼ぎらしいのよ。海軍が紛れ込むのは想定内だけど……賞金稼ぎはさすがに想定外だわ」

 

 チョッパーは目を丸くしてしまう。

 

「どうやって入ってきたんだ?」

「本人が言うには、東の海でウチの交易船に乗って、島に着く度に乗り換えていったら……ここに着いたらしいわ」

「何でそうなるんだよ!? 普通そうはならないだろ!?」

「ある意味、とんでもない幸運よね……あと鍛えれば物凄く強くなりそうだから、たとえ敵になったとしても楽しみだわ」

「そ、そうなのか?」

「うん。だって、私と戦えるのっていつもの面々しかいないからね……で、どう? 治りそう?」

 

 ルナシアの問いにチョッパーは診察結果を伝える。

 

「大丈夫だ。見た目は酷いが、内部はそうでもない」

「じゃ任せたわ。私はそろそろニューゲート達を出迎えないといけないから」

 

 ルナシアは手をひらひらとさせ、診療所を後にしたのだった。

 そのとき、チョッパーはうめき声を聞き、緑髪の男へ視線を向ける。

 

「大丈夫だ、すぐに治るからな」

 

 チョッパーが彼にそう声を掛けると、彼は言った。

 

「もっと、強くなってやる……!」

「傷を治してからにしてくれ」

 

 彼に聞こえているかどうかは分からないが、医者としてチョッパーは冷静にツッコミを入れたのだった。

 

 

 




早ければあと5話くらいで完結です。
どんなに伸びても10話以内に収まる筈……たぶんきっとおそらく(フラグ


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始まる宴会 動き出す怪盗達

「おいクソマリモ! 3番のテーブルにこれを持っていけ!」

「何だとクソ眉毛! 何で俺がお前の手伝いをしないといけないんだ!? 3番だな!」

「お前が俺にさっさと倒されないからだ! 次は5番だからな!」

 

 サンジと緑髪の男――ロロノア・ゾロは大忙しだった。

 チョッパーの腕と彼が処方した薬が良かったのか、あるいは2人共回復力が凄かったのか、それともその全部かどうかは分からない。

 だが僅か1時間ですっかり元気になって、チョッパーが退院を許可したのは確かである。

 そして、その2人は戦場の真っ只中であった。

 

 5つのテーブル席しかないバラティエ宴会島支店。

 サンジは1人ならこのくらいが限度だろうと予想していたのだが、客の多さは彼の予想を超えていた。

 他の店にも大勢の客が入っているにも関わらず、この店にも客が詰めかけて目が回るような忙しさだ。

 客が食べ終わって帰ってもすぐに別の客が入ってくる上、基本的にどいつもこいつも注文の量が多い。

 

 よく食べてよく呑む連中ばかりであるのは、コックとしては嬉しいのだが――

 

「ルナシアさんの動員力、マジでやべぇな……」

 

 料理を作る手を止めることなく、サンジは呟いた。

 ワイワイ騒ぎながら酒を呑んで料理をかっ食らう客達は全部海賊だ。

 

 一応、サンジはこの島に来る前に億超えの手配書には目を通してある。

 とはいえ億超えだけを選んでも、膨大な枚数で結局全部は見れなかったが、それでもちらほらその時に見た顔が客として来ている。

 

 今ここにいる客達だけで賞金総額、下手したら10億は超えそうだな――

 

 そう思っているとゾロが調理場へ戻ってくる。

 

「クソ眉毛! 5番は終わった!」

「これを2番! クソマリモ、働き次第では給金を弾んでやるからな!」

「それを先に言え!」

 

 出会いは最悪であったにも関わらず――サンジとゾロの連携は意外とスムーズだった。

 互いに悪口を言い合いながらであるが、客達は何も気にしない。

 彼らの費用は全部ルナシア持ちということから、好きなだけ食べて呑んだら帰るだけだ。

 

 サンジが料金を請求する先はルナシアであり、そういう契約だった。

 

「おい、コック……お前のメシ、美味かったぜ。本店は東の海のバラティエだったな?」

「ああ、そうだ。良かったら来てくれ。ここからだとちょっと遠いがな」

 

 満足顔でそう言って帰る客にサンジも言葉を返しつつも、彼は腕をふるった。

 

 

 

 

 一方のゾロは剣士としての感覚で、店内にいる客達が強い輩ばかりだと感じていた。

 片っ端から戦ってみたいところだが、客に喧嘩を売るわけにもいかない。

 さすがにそこらへんは彼も弁えていた。

 何の因果か、手伝わされることになってしまったが、給金が出るなら話は別だ。

 

 ゾロは注文をテーブルに運びながらも、頭は別のことを考えてしまう。

 

 しかし、ルナシアか――

 剣を抜いているところが見てぇな――

 

 ルナシアが剣士だということは知られているが、滅多に剣を抜くことがない。

 そもそも彼女が戦うような事態にならないからであるが、ゾロは思う。

 せっかくここまで来たのだから見てみたいと。

 

 彼がそう思ったときだった。

 店の外から大歓声が聞こえてきた。

 

 何事かとゾロが思わず動きを止めると、外にいた海賊が店内に向けて叫んだ。

 

「スクリーンに5人の皇帝達が映っているぞ!」

 

 その叫びを聞いて、店内の客達は一斉に外へと流れていった。

 ゾロも映像電伝虫用の大きなスクリーンが島内の各所に設置されていることは知っていたが、何を映すのかは分からなかった。

 

「おいクソ眉毛、ちょっと行ってくる」

「待て、クソマリモ。俺も行く」

 

 ゾロの言葉にサンジはそう答えて調理場から出てきた。

 そして2人は揃って店の外へ出ると――スクリーンにはルナシアをはじめとした皇帝達が映し出されていた。

 港の近くのようであるが、周囲には何もない。

 遠巻きに見物人達が大勢詰めかけているのは見えたが、それだけだ。

 

 無言でルナシアが刀を引き抜き、彼女の前には同じく無言で白ひげがむら雲切を構えて立った。

 戦争でも始める気かとゾロとサンジは思ったが――次の瞬間、2人は驚愕する。

 

 ルナシアと白ひげ、それぞれの得物がぶつかり合い――天を割った。

 同時に島が揺れる。

 現地では衝撃波も襲ったのか、轟音とともに画面が大きく乱れてしまう。

 

 ゾロとサンジはそれに見惚れてしまう。

 

「あれは覇王色同士の衝突だ」

「すげぇな。初めて見たぜ……」

「何であんなことを?」

「この島では戦争しないっていうアピールらしいぞ」

 

 他の海賊達がそんなことを言っているのを聞いた。

 見物している海賊達の中には、今回参加していない仲間達に中継でもしているのか、カメラ役の小さい電伝虫を持ってスクリーンの映像を撮影している者も何人かいた。

 

 ゾロとサンジは互いに顔を見合わせる。

 サンジが口を開く。

 

「おいクソマリモ。あれが頂点だぞ」

「よく分かった、クソ眉毛。あれはやべぇな……」

 

 サンジがゾロに言ってやると、彼はそう答えながらも身体を震わせていた。

 恐怖ではなく武者震いだ。

 

 やがて映像と音声が戻ってきた。

 その後もルナシアは残る3人とも順に武器をぶつけ合わせ、最後のカイドウが終わったところで彼女は映像電伝虫に向けて宣言する。

 

『この島では堅気の人間に手を出すこと、それから海賊同士の喧嘩はいいけども殺し合いや後遺症が残るような戦闘や、近いからって酔った勢いで政府と海軍にちょっかい掛けるのは禁止よ』

 

 そこでルナシアは一度言葉を切り、獰猛に笑ってみせる。

 同時に彼女の後ろに4人の皇帝達が立つ。

 

『もしもこれを破ったら、ここにいる5人を敵に回すことになる。この島では皆で仲良く楽しく騒ぎましょう。料金は私が持つから、好きなだけ食べて呑んで頂戴』

 

 ルナシアの言葉にゾロとサンジの周囲にいる海賊達だけでなく、映像を見ている海賊達は誰もが歓声を上げる。

 

 そのとき、ルナシアのところへ金髪の女性が大きな旗を持ってきた。

 サンジはその女性に見惚れてしまうが、それも一瞬のことだ。

 

 ルナシアはその旗を持って、その石突部分を地面に突き刺した。

 それは見慣れぬ海賊旗であったが、それこそまさにロックス海賊団の旗だった。

 

 そしてルナシア達には大きな盃がメイド達によって配られ、また同時に並々と酒が注がれる。

 

『40年くらい前、私達は一つの海賊団に集っていた。それがロックス海賊団。今回、その同窓会も兼ねているわ……興味があったら調べてみると面白いわよ』

 

 そう言って微笑みながら、ルナシアはゆっくりと盃を天高く掲げてみせる。

 

『偉大なるロックス船長に』

 

 彼女に続くように白ひげ達もそれぞれ盃を高く掲げ、同じ言葉を告げる。

 

『偉大なるロックス船長に』

 

 彼らは一気に盃の酒を飲み干した。

 

『それじゃ、ただ今より宴会を正式に開始するわ! 好きなだけ騒ぎなさい!』

 

 ルナシアの開幕宣言に大歓声が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、姉ちゃん……酔っているね?」

 

 ルナシアによる開幕宣言が出された頃、ブリュレは非常に困っていた。

 

「酔っている……? この私が酔っているだと?」

 

 ギロリと睨みつけるアマンドにブリュレは焦りながらも訂正する。

 

「お姉ちゃんは酔っていないよ! うん、酔っていない! なあ、皆!」

 

 ブリュレの言葉に皆――兄弟姉妹達は一瞬で視線を逸らした。

 カタクリやクラッカー、スナックですらも。

 ブリュレは泣きそうになった。

 

 

 ここはリンリンの子供達の為に用意された専用スペースだ。

 ルナシアのところにいる姉妹達も合流し、ここで宴会が開かれている。

 

 しかし、問題があった。

 アマンドとスムージーである。

 

 来た時から彼女達が既に酔っていたのか定かではないが、ブリュレに面倒くさい絡み方をしていた。

 

「ブリュレ姉さん、これでも呑んで……」

「スムージー、それちょっと強いお酒……だよね?」

「姉さんは私の酒が呑めないというのか?」

 

 ずいっと迫るスムージーにブリュレはすぐに首を左右に振ってみせる。

 

 左にアマンド、右にスムージーといった具合に挟まれているブリュレ。

 彼女はカタクリに必死に助けを求める視線を送っているが――彼は静かに首を左右に振った。

 

 カタクリとて2人が酔っているところは初めて見るが――姉と妹であれ、下手に間に入ると面倒くさいことが起きるのは分かりきっている。

 

 こんな海賊の大宴会なんぞ、これまでにもこれからもおそらくない。

 今この時、羽目を外さずしていつ外す――

 

 彼としてはアマンドとスムージーの羽目を外したところが見れて新鮮だ。

 そんなことを思っているとアマンドが叫ぶ。

 

「ブリュレぇ!」

「はい! アマンド姉さん!」

「ルナシアの良いところを100個言え。私は言えるぞ。100個言えたら次は200個言え。私は言えるぞ」

「ブリュレ姉さんは知らないだろうから、私が教えよう。ルナシアはだな……」

 

 2人の話を聞きながらもブリュレはどうにか鏡で逃げようと考えるが――

 

「ブリュレ! もしも鏡で逃げようとしたら斬り刻むからな!」

「ブリュレ姉さんが逃げるわけない。ずっと付き合ってもらうぞ」

 

 ブリュレの目論見は儚く消え去った。

 

 

 これはダメだ、見なかったことにしよう――

 

 

 絡んでいる2人と被害に遭っているブリュレを除き、兄弟姉妹全員の心が一致した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃――

 

 リンリンをはじめ、主力がほとんど出払った万国(トットランド)

 そこのホールケーキアイランドにはルナシアの勢力圏から交易船が到着していた。

 

 リンリン達がいなくても交易は問題なく続いており、ひっきりなしに交易船が到着しては積荷を下ろして、新たな荷物を積んで出港していく。

 

 しかし、今回到着した交易船には余分なもの――正確には乗組員ではない人間が2人紛れ込んでいた。

 その2人は見聞色を使って周囲の気配を探りながら、船から飛び降りてホールケーキ城を目指し、風のように走っていった。

 

 



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企みと集う皇帝達

 本当に誰もいない――

 

 ナミは驚きながらも、カリーナの後に続いて走り続ける。

 既に2人はホールケーキ城内へ音も無く侵入することに成功していた。

 

 城内に警備としてチェス戎兵は多くいる。

 だが、カタクリやクラッカー、スナックといった実力者が誰もいない。

 それどころかビッグ・マム海賊団の幹部達――ビッグ・マムと血縁関係ではない連中もいない。

 

 ナミはあることに気づく。

 

 他の皇帝達も強い部下達を全員連れてくるとなれば、連れて行かないことができないわね――

 

 面子というのは大事であり、舐められたら終わりである。

 ルナシアを筆頭に海の皇帝達が集う宴会に、部下達も出席させることは戦力を見せつけるという意味もあるだろう。

 

 綺羅星の如く実力者達を多数揃え、連れてきた皇帝達。

 ビッグ・マムだけが将星や幹部達を連れて行かなければ、戦力のみすぼらしさが際立ってしまう。

 

 宴会にはモルガンズを呼んでいることはナミも聞いていた為、それこそ一瞬で世界に広まる。

 そうなれば確実にビッグ・マムの威信が大きく失墜してしまうだろう。

 

 おそらくそこまでビッグ・マムは考えて――あるいは、彼女がそう考えるようにルナシアやアマンド達に誘導された筈だとナミは思ったところで、いよいよ目的地である宝物の間に到着した。

 

 しかし、2人が気を抜くことはない。

 ここからがむしろ本番だ。

 宝物の間にもチェス戎兵達はいる。

 彼らに気が付かれないように、こっそりと写真撮影してさっさと逃げる。

 

 

 ナミは勿論、カリーナも気を引き締める。

 こんなときにうっかりミスでもして、気づかれたら洒落にならないからだ。

 

 そして、2人は宝物の間へこっそりと忍び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 ロックス海賊団時代やロックスのことで語り合いながら、ルナシア達は港からそれなりに離れたところにある特設会場にて、酒を飲み交わしながら料理をつまんでいた。

 リンリンだけ、絶え間なく運ばれてくる多種多様なお菓子を食べているが、今更である。

 そんな彼女はお菓子を食べる手を止めて、問いかけてきた。

 

「そういやルナシア。ナミとカリーナは今回、参加していないって聞いているけど、どうしてだい?」

 

 リンリンの言葉にルナシアは一瞬で仏頂面となった。

 その顔にリンリンだけでなく、ニューゲートやシキもまた何かあるなと察する。

 カイドウは酒を呑むのに夢中で気づいていない。

 

「ちょっと聞いてよ! リンリン! ついでにニューゲートとシキ! うちのナミとカリーナが……あ、ノジコって分かる? 3人は実の姉妹みたいに仲が良くてね……良くて……良すぎて3人揃って東の海に旅行に行っているのよ!」

 

 ルナシアは地団駄を踏んで悔しがる。

 

「前々から計画していたみたいで、その為にナミとカリーナはわざわざ現地に行って、色々と観光コースを調べたりなんだりしてね……だけど、だけどよ! 宴会と被ったからって旅行を優先するって酷くない!?」

 

 がーっと喚き立てるルナシアに聞いたリンリンや、巻き込まれたニューゲートとシキもタジタジである。

 

「私、船長! ボス! 偉い! なのに、旅行に負けたのよ……これ、私の求心力が低下している……?」

「いや、あんたが許可しなきゃ良かったんじゃないかい……?」

 

 リンリンのもっともな問いにニューゲートとシキも頷く。

 

「でもね、リンリン……3人揃って上目遣いでお願いされたら……あなただって、息子や娘にそんな感じでお願いされたら、許しちゃうでしょ?」

 

 そう言われるとリンリンとしても弱い。

 何だかんだで子供達は彼女的には大事にしているつもりであるし、情もある。

 とはいえ、これは譲れない。

 

「確かにそうだけど……あの2人は泥棒として優秀だろ?」

 

 リンリンの言いたいことはルナシアだけでなくニューゲートとシキもまた分かる。

 ナミは航海士として超一流であることが知られているが、カリーナとともに泥棒としても有名である。

 

「ロード歴史の本文(ポーネグリフ)、欲しいよなぁ? え? 副船長」

 

 そう言って笑うシキにルナシアはこれでもかと頬を膨らませる。

 

「おい、クソガキ……そういうのをやる前に自分の歳を考えろ」

 

 ニューゲートの言葉にルナシアは胸を張る。

 

「いい言葉を教えてあげる……見た目が良ければ実年齢なんて気にする必要がないわ! ねぇ、リンリン!」

「ああ、そうさ。白ひげ……女の実年齢を気にしているうちは、まだまだだねぇ」

 

 2人から言われて、ニューゲートは解せぬとばかりにシキへ視線を向ける。

 

「……これは俺がおかしいのか?」

「ノーコメントだ。面倒くせぇ」

 

 ニューゲートの問いにシキはそう返しつつ、ルナシアに提案する。

 

「ともかくルナシア。本当にナミとカリーナがノジコとやらと一緒に東の海にいるかどうか、証明すれば奴も安心できるだろう。何か持たせてねぇのか? 電伝虫とか」

 

 シキの問いにルナシアはドヤ顔を披露する。

 

「こんな事もあろうかと……そう! こんな事もあろうかと! 実は電伝虫と映像電伝虫のカメラの方を持たせてある……寂しくなったら連絡するって伝えてあるわ!」

「子離れできない母親か!」

『はいっ!』

 

 シキはビシッとツッコミを入れ、すかさずルナシアと彼はポーズを取った。 

 

「お前らに漫才の才能はねぇな……」

「面白くないけど、お菓子が美味いから許してやろう。それよりもルナシア、おれを安心させてくれ」

 

 ニューゲートとリンリンの言葉にルナシアとシキは納得がいかない。

 

「スクリーンを用意させるから少しだけ待ってね……漫才、面白くないってシキ。即興のわりには私のボケ、良かったと思うんだけど」

「ううむ……俺も良いツッコミだと思ったんだがな……」

 

 漫才って難しいと2人が思っているうちに、スクリーンが大急ぎで用意された。

 その前にまず、ルナシアは電伝虫にて映像を送ってもらうようノジコに連絡を入れる。

 すぐに彼女は承諾し、電伝虫で通話しながら映像を送ってもらう。

 

『あ、映っている? これ』

 

 電伝虫の受話器を耳に当てているノジコの顔が映し出された。

 

「映っているわよ……宴会の誘いを断って、東の海に旅行に行ったノジコ」

 

 ジト目で告げるルナシアにノジコは笑って謝罪する。

 

『ごめんごめん……ナミとカリーナが計画を立ててくれたから……』

「ま、まあ、いいわ。2人共、戦力的にはそこまででもないし! 別に寂しくなんてないし!」

『そんなに拗ねないで……あとで埋め合わせをするからさ』

 

 両手を合わせて拝むノジコにルナシアはぶすっとした顔をしながら、問いかける。

 

「で、ナミとカリーナは?」

『今、服を試着しているわ。ちょっと待ってね』

 

 画面が揺れて、隣り合った試着室の出入り口がスクリーンに映る。

 出入り口はどちらも長く厚いカーテンによって、内部が全く見えないようになっていた。

 

『ナミ、カリーナ。姉さんから連絡よ』

 

 ノジコの声に左側の試着室のカーテンの隙間からナミが顔を出した。

 

『あ、姉さん? ちょっと今着替え中なのよ。宴会に出られなくてごめんね。せっかくの機会だから……』

「もう仕方がないわね……許しちゃう」

『ありがとう、姉さん!』

 

 ナミの言葉にルナシアはうんうんと頷いてみせた。

 そして、彼女はリンリンに問いかける。 

 

「どう? リンリン」

「確かにナミだね。顔も声も偽物とは思えないよ」

 

 満足したように頷くリンリン。

 そんな彼女にルナシアも満足げに頷きながら、ニューゲートとシキにも視線を向ける。

 その視線を受けて2人もまた答える。

 

「偽物じゃないだろう」

「ああ、どう見ても本物だな」

 

 2人の言質も取ったところで、ルナシアは告げる。

 

「じゃあ、今度はカリーナを出しなさい」

『はーい。ナミ、ありがとう。カリーナ、着替え中のところ悪いけど顔を見せて』

 

 するとナミがカーテンの隙間から顔を引っ込めた。

 そして、カリーナの声がナミの隣の試着室から聞こえてくる。

 

『ちょっと待って。この服、キツイわね……』

 

 カリーナはそんなことを言いながら、隣の試着室のカーテンの隙間から顔を出した。

 

『姉さん、ごめんね。宴会に出られなくて……こうして3人揃って旅行に行ける機会って中々無くて……』

「もう、カリーナったら……ま、仕方ないわ。でも、戻ってきたら今まで以上に働いてもらうから」

『勿論よ。いっぱい盗んでやるんだから!』

 

 その言葉にルナシアは頷きながら、告げる。

 

「ノジコ、聞こえている?」

『聞こえているわよ』

「今、どこにいるの?」

『ローグタウン……ちょっと待ってね。あれを見せてあげる』 

 

 画面が再度、揺れる。

 店を出て、通行人をかき分けながら、通りをノジコは駆けていく。

 やがて彼女が辿り着いたところは――ロジャーの処刑台だ。

 

『ほら、姉さん。証拠』

「ありがとう、ノジコ。わざわざ見せてくれて……で、どう? リンリン」

 

 ノジコに感謝しつつ、ルナシアはリンリンへ問いかけた。

 すると彼女は満足げに頷いて告げる。

 

「どうやら、おれの思い過ごしだったようだ……お詫びとして、お前が用意してくれたお菓子は責任を持って、おれが全て食べ尽くそう!」

「いや、それってお詫びなの……?」

「細かいことは気にするな!」

 

 笑ってそんなことを宣うリンリンに、ルナシアは肩を竦めつつも内心では安堵する。

 そして、彼女はノジコに電伝虫と映像電伝虫のカメラを切るよう告げた。

 映像が途切れた後、ルナシアはニューゲートとシキへ視線を向ける。

 

 ライバルの処刑台を実際に見たのは初めてかもしれないからだ。

 ニューゲートは少し沈んだ表情で、そしてシキは不機嫌そうな表情となっていた。

 シキが呟く。

 

「ロジャーめ……あんな最弱の海で……」

「あ、シキ。そういえばロジャーって当時、不治の病に冒されていて寿命がほとんど無かったのよ」

 

 ルナシアの言葉にシキだけでなく、リンリンも目を丸くしてしまう。

 ニューゲートだけは特に驚いた様子はない。

 

「処刑前に私、こっそりと彼に会いに行ってね。彼本人から聞いてきたわ……言ってなかったけ?」

「言ってねぇ! 言ってねぇぞクソガキ!」

「ああ、お前から(・・・・)は聞いてねぇぞ」

「おれも聞いてないねぇ!」

「あら、ごめんなさい。うっかり忘れてたわ」

 

 けらけら笑うルナシアにシキは叫ぶ。

 

「うっかり忘れるにも程があるだろう!? もしかしてアイツは最後の嫌がらせみたいな感じで海軍に自首でもしたのか!?」

「そこまでは聞いていないけど、彼の性格的にそれはありえるわね。ゲラゲラ笑いながら、捕まりにいったのが簡単に想像できるわ……」

 

 ルナシアの言葉にシキは深く溜息を吐く。

 そして、彼はあることを思いついたのか、ニンマリと笑う。

 

「おう、クソガキ……教えてくれたお礼に面白いもんを見せてやる……」

 

 シキは懐からあるものを取り出した。

 それは貝殻だった。

 彼はそれをルナシアの身体に当てて、悪どい笑みを浮かべて告げる。

 

「ぶっ飛べ!」

 

 途端にルナシアの身体を凄まじい衝撃が襲った。

 しかし、彼女は空へ吹き飛びながらもすぐに体勢を立て直して、舞い降りてくる。

 かなりの威力であり、普通なら大きなダメージを負うところだが――瞬間的に武装色を纏った為にかすり傷程度であり、それもすぐに再生した。

 

「何それ!? 何それスゴイ! 私にやったことは許してやるから詳しく話して!」

「ああ、いいとも。これは衝撃貝(インパクトダイアル)と言ってな。ちょっと前に空島のスカイピアとかいうところに行った時、神とか名乗るやつをぶっ飛ばしたついでに手に入れてきた」

 

 シキの言葉にルナシアは勿論、聞いていたニューゲートとリンリンも呆気に取られる。

 空島に行ったのはいいとして――神とか名乗る輩をぶっ飛ばした、というのはどういうことだろうか。

 

「神って何よ?」

「自称だが、そう名乗るだけの実力はあった。しかし俺には勝てなかった。そもそも奴は見聞色こそ凄かったが、武装色は使えなかったようだしな」

 

 そう告げるシキにルナシアは問いかける。

 

「そんなに強いなら部下にでもしたの?」

「誰かに従うような奴じゃなかったから諦めた。むしろ、俺は奴の願いを叶えてやったぞ」

 

 シキはそう言って、その神のその後について語る。

 神は限りない大地である月に行きたかったらしいので、ぶっ飛ばした後、奴が作っていた方舟――まだ建造途中だった――に乗せて、月に向かって浮かせてやったとのことだ。

 

「色々あって向こうの連中に感謝されて帰ってきた。スカイピアは支配するには遠すぎるから仕方がねぇよな……」

「ちょっと待った。色々あって感謝されてって……あなたが?」

 

 ルナシアの問いにシキは鷹揚に頷く。

 

「ニューゲート、リンリン……明日は隕石でも降ってくるかもしれないわ」

「ああ、可能性は十分あるぞ」

「だねぇ……あの金獅子が誰かに感謝されるなんて……」

「お前ら! 俺を何だと思っているんだ!」

 

 シキは怒ったが、彼のこれまでの実績や性格からそう思われるのも無理はなかった。

 そのとき、ルナシアのところへメイドが駆け寄ってきた。

 彼女はルナシアに紙を1枚手渡すと足早に戻っていく。

 

 渡された紙を見て、彼女はほくそ笑む。

 

 ドラムにて桜咲く――と書かれていた。

 

「何かあったのか?」

 

 ルナシアの表情が変わったことに気づいたのか、シキは尋ねる。

 

「ええ。ドラム王国って知っていると思うけど……あそこで桜を咲かせることに成功したみたいよ」

「あの冬島で? それは凄いな……」

「昔、そのことについて研究していた男がいたのよ。ヤブ医者だったみたいだけど」

「医者としてはダメじゃねぇか!」

 

 シキの見事なツッコミにルナシアはけらけら笑った。

 

 ドラムにて桜咲く――字面だけ受け取れば、その通りにドラム王国で桜が咲いたとしか分からない。

 

 しかし、これにはもう一つの意味が隠されていた。

 もしもリンリンに聞かれたとしても、問題ないように念には念を入れていた。

 

 そして、隠された意味は『撮影完了後、万国(トットランド)より脱出完了』というものだ。

 

 ナミとカリーナからの成功を告げる連絡だった。

 

 

 ルナシアは酒をコップになみなみと注いで、一気に飲み干す。

 

 コントみたいなことをして、リンリンを安心させた甲斐があったわ――

 

 

 

 

 

 

 

「ジョーダンじゃないわよーう! もう終わったからあちし、帰っていいでしょ!?」

 

 ベンサムはノジコにそう言ったが、彼女は首を横に振る。

 

「ダメよ。連絡が来ない限り、今日1日はこのホテルで私と待機」

「あちしだって色々やることがあるのにぃ!」

「私だってそうよ。でも前金で私もあなたも5億を貰っていたでしょ? 成功報酬は20億よ」

「そりゃそうだけどー……あそこまでして納得しなかったら、もう無理よーう!」

 

 ベンサムの言葉にノジコもまた頷いてしまう。

 

 ローグタウンにあった洋服屋を店ごと貸し切って、あんな大芝居をしたのだ。

 

 実のところ、隣り合った試着室は内部の壁が取り払われて中で繋がっていた。

 ベンサムはナミが呼ばれたときは左へ、カリーナの場合は右へ移動して顔を出したに過ぎない。

 

 もしも全身を見せなくてはならなくなった場合に備え、店の服をいくつかそれぞれの試着室に置いてあった程だ。

 

 マネマネの実の能力者であることをベンサムは自ら言いふらしたりしていない。

 彼の懸賞金の額も3200万ベリーであり、新世界の基準では低い方なのでリンリンが知らないことを祈るばかりだが――

 

 先程の連絡から既に3時間あまりが経過しており、大丈夫だとノジコは思っていた。

 そんな2人に成功の連絡があったのは、これから更に2時間後のことだった。

 

 

 

 ルナシアの企みは無事に成功し、彼女は皆でワイワイ騒ぎながら――時折、暴れようとするカイドウを協力して、しばき倒しつつも機嫌良く呑んでいた。

 そして、遂に彼らが来た。

 その知らせをルナシアは真っ先に聞いて、港にて出迎えるべく立ち上がった。

 すると彼女に続いて、ニューゲートやシキだけでなく、リンリンやカイドウまでも立ち上がる。

 

 彼らの行動にルナシアは笑って尋ねる。

 

 ロジャー海賊団を迎えに行くけど、ついてくる――?

 

 ロジャー海賊団は解散し、ロジャーはもういない、何よりも2人は見習いだった、お前のところにはダグラス・バレットがいるじゃないか――とは誰も言わなかった。

 

 そういうのは野暮というもので、何よりも副船長(・・・)がロジャー海賊団と言ったのだから、そうなのである。

 

 

 ルナシアはニューゲート達を引き連れて、港へ向けて歩き始めた。

 道を埋め尽くす程の海賊達は、どんちゃん騒ぎをやめて左右に分かれて道を譲る。

 やがて、5人の後ろにはそれぞれの海賊団の幹部達や傘下の海賊達が集まって列をなしていく。

 途中、ルナシア達は後ろの列に気がついて、港が人で溢れるから幹部以外は遊んでいろと命じたのはご愛嬌。

 

 

 そして、彼女達は港に辿り着いた。 

 シャンクスとバギーがちょうどそれぞれの船から降りてきたところだ。

 

 ルナシアは2人に向かって告げる。

 

「ようこそ、ロジャー海賊団の諸君! 我々ロックス海賊団はあなた達を歓迎する! 互いに船長はいないけれど、船長達にもよく聞こえるように騒ぎましょう!」

 

 その言葉にシャンクスが返す。

 

「敵であるにも関わらず、歓迎してくれるとは有り難い……! 俺の故郷の酒も持参した! 皆で呑もう!」

 

 そして、次はバギーの番となった。

 彼にルナシア達の視線が集中する。

 しかし、バギーは良い言葉が思いつかなかったので無難なものを選択する。

 

「敵も味方も関係ねぇ……とにかく楽しもうぜ!」

 

 バギーは不敵な笑みを浮かべて、そう叫んだ。

 

 

 

 

 

 こうして島には皇帝達が全員集い、海賊達の大宴会はいよいよクライマックスを迎えたのだった。



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最後の招待者 明かされる真実

「そういえば、レイリーさんはいないのか?」

 

 バギーが部下達とバカ騒ぎしながら、芸を披露して笑いを取っている中でシャンクスはルナシアに問いかけた。

 

「バギーを誘った後、せっかくだし隠居している彼も誘おうと思ったんだけど……シャッキーのところにいなかったのよ。彼女に招待状を渡してもらうように頼んだけど……」

「レイリーさんはふらっと出かけるからな……」

「彼女が言うには、レイリーは魔の三角地帯に幽霊船を探しに行ったそうよ。1年くらい前から」

「レイリーさんらしいなぁ……幽霊船がいるかどうかっていう賭けでもしたんだろう」

「彼女もそう言ってた。そういう賭けなんだって」

 

 笑うシャンクスにルナシアは肩を竦めてみせる。

 そのとき、ビリビリとしたものを2人は肌に感じた。

 それは他の5人も感じたようだが、そこら中で騒いでいる部下達に変化はない。

 

 ピンポイントで7人に抑えめとはいえ覇王色をぶち当ててくる、そういう技術と度胸がある奴はかなり限られる。

 バギーだけは怖がっていたが――他の連中は誰がやったのかすぐに予想ができたらしく、笑っていた。

 

 

 そして、冥王は堂々と現れる――変な輩と共に。

 

 

「誘われたから、来てしまった。こっちはブルック、私の連れだ」

「あ、どうも。私、死んで骨だけブルックと申します……何だかスゴイところにお邪魔しちゃって申し訳ないんですけど……お近づきの印に……パンツ、見せて貰ってもよろしいですか?」

 

 丁寧かと思ったら最低最悪な挨拶をルナシアにぶちかましてきたアフロだけ綺麗に残っている骸骨。

 彼女はゆっくりと深呼吸をし、叫ぶ。 

 

「冥王が幽霊を連れてやってきた! 冥王だけに!」

「ありゃ幽霊じゃなくて骸骨だろ!」

『はいっ!』

 

 ルナシアにすかさずツッコミを入れるシキ。

 そして2人はポーズを取った。

 レイリーはそのやり取りに笑ってしまう。

 

「受けたわ、シキ……!」

「ああ、やっぱり方向性は間違っちゃいなかった……!」

「あのー、それよりもパンツ……」

 

 感動する2人におずおずと告げるブルック。

 そんな彼にルナシアは大きく頷き、ニューゲートをビシッと指差した。

 やり取りを見ていた彼は突然指を差されて、首を傾げる。

 

「ニューゲート! パンツ見せて欲しいって!」

「何で俺に振るんだよ!」

「だってほら、私ってパンツどころか内臓とか色々見せちゃってるから新鮮味が……不死身ネタはもう……」

「答えに困るようなことを言うな! このアホンダラが!」

 

 2人の会話にブルックは陽気に笑いながら、真面目な顔で告げる。

 

「しかし、レイリーさんから話を聞いたときはビックリしましたよ。まさかあのロックスが子供を育てた上に、自分の海賊団を結成するなんて」

「え? 何? ロックスを知っているの?」

「ええ、知っていますとも。勿論、ロジャーのことも……彼の方は当時ルーキーでしたが、ロックスは大暴れでしたね。どちらも面識はありませんでしたけど」

 

 懐かしむように話すブルックにルナシアはうんうんと頷く。

 

「あなたの骨にはカルシウムだけじゃなくて、歴史も詰まっているのね!」

「出汁、取ります? 良い出汁出ますよ?」

「あ、結構です」

「酷い!」

 

 何だかんだでルナシアと打ち解けたブルックにレイリーは満足しつつ、彼女に告げる。

 

「すっかり大物になったな。あの頃とは大違いだ」

「だから言ったじゃないの。最後に勝つのは私だって」

 

 ルナシアの言葉にレイリーは感慨深く頷いてみせる。

 そんな彼に彼女はわざとらしく問いかける。

 

「で、幽霊船は見つかったの?」

「見つかったといえば見つかったが……いや、私もびっくりしたよ」

 

 レイリーは視線をブルックへ向ける。

 シキやニューゲートにも絡んでいく――と思いきや、直前でメイドの方へ身体を向けてパンツを見せてと頼み込む。

 そこへ、シキが見事なツッコミをブルックに入れている。

 

「……悪魔の実って本当に何でもありよね。彼、どうやって動いているの?」

「よく分からんが、飲み食いできるぞ。食べた後にトイレに入っていたから、排泄も……飲み物は飲んでいる最中に溢れるが」

「自分が食べた悪魔の実ってかなりぶっ飛んでいるって思っていたけど、彼の食べた実も別方向にぶっ飛んでいるわね……」

 

 ルナシアは肩を竦めつつも、そういえばとレイリーに告げる。

 

「実は紹介したい男がいるのよ」

「私に?」

「ええ。きっとあなたは誰よりも驚いてくれるわ。といっても、シャンクスもバギーも、ここにいる皇帝達どころか世界中が驚くだろうけど」

「また世界をひっくり返すつもりか。君は何回、世界をひっくり返すんだ?」

 

 問いかけるレイリーにルナシアはにっこりと笑って答える。

 

「何回もひっくり返していたら、そのうちいい感じになるんじゃない? たぶんね。それじゃ、呼びにいってくるから」

 

 ルナシアはそう言って、席を外した。

 彼女が自ら連れてくるつもりだとレイリーは気づいて、楽しみに酒を呑みながら待つことにした。

 

 幸いにも話す相手には事欠かない。

 シャンクスやバギーは勿論、白ひげに金獅子といったかつて戦った者達もいる。

 

 思い出話をするにはもってこいだった。

 

 

 

 

 

 

 そして20分後のこと。

 ルナシアが連れてきたのは――火拳のエースだった。

 彼は複雑な表情をしているが、ルナシアに手を引っ張られながらもその歩みを止めることはない。

 

「エース、いいかしら?」

「物凄くイヤだ」

「いや、ここまできたらもう覚悟を決めなさいよ……」

 

 ルナシアがジト目でそう声を掛けると、エースはおずおずと告げる。

 

「正直、お前のところで聞いた話によれば、世間で言われるような極悪人じゃない気がする……俺は知りたい」

 

 エースはそうルナシアに言ってから、居並ぶ面々を視界に収めた。

 そして、彼は叫ぶ。

 

「俺の名はポートガス・D・エース! 大恩あるおふくろの姓を名乗ってきた……!」

 

 そこで言葉を切り、彼は深呼吸し――より大きく叫ぶ。

 

「だが、俺の父はゴール・D・ロジャー! 俺は父のことを世間の悪評でしか知らない! 俺に父が実際にはどんな奴だったかを……教えてくれ!」

 

 叫びは辺りに響き渡った。

 誰もが驚愕し、静まり返る中でルナシアは告げる。

 

「彼の言葉が嘘ではないことを私が保証するわ……彼の母親が20ヶ月もエースを宿して、産んだこととか色々と調べはついているから」

 

 そう言ってルナシアはわざとらしく両手を叩いてみせる。

 

「あら、やだ。また世界がひっくり返ってしまったわ。さっきと比べて世界はいい感じになったかしら……?」

 

 そんな彼女に対して真っ先に口を開いたのはニューゲートだった。

 

「色々と言いたいことはあるが……とりあえずクソガキ、本当なんだな?」

「本当よ。彼にこっそり教えてもらった後、私がこっそり直接、彼から教えてもらった島に乗り込んで、色々と調べてきたから……お墓もあったから、墓参りしといた」

 

 ルナシアの答えに対して、ニューゲートは軽く頷いた。

 彼は不敵な笑みを浮かべており、一方でシキは嬉しそうだ。

 

「そうかそうか……お前はロジャーの倅か……!」

 

 彼はうんうんと頷いてみせる。

 

「……ああ、そういうことだったのか、ロジャー」

 

 レイリーはロジャーから何かを言われていたのか、納得したように頷きつつ、エースを見ながら朗らかな笑みを浮かべている。

 

「船長の息子とあっちゃ、歓迎しないわけにはいかねぇな! バギー!」

「当たり前だ! シャンクス! 超ドハデに歓迎するしかねぇぞ!」

 

 シャンクスとバギーはすかさずエースを取り囲んで、彼にコップを持たせて酒を並々と注ぐ。

 

 リンリンですらもお菓子を食べる手を止めて、離れたところではカイドウも酒を呑むのを止めていた。

 

「さ、皆でエースに父親が凄い奴であったこと、その父親よりも凄かったロックスのことを教えましょう」

「さらっとロックスのことをロジャー船長より持ち上げているじゃねぇか!」

 

 思わずルナシアにバギーがツッコミを入れた。

 彼女はけらけら笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 時間はほんの少し遡る。

 海賊達の大宴会に紛れ込んだ海兵達が持参していた映像電伝虫のカメラによって、宴会の映像がマリンフォードへ生中継されていた。

 といっても、スクリーンに映っているのはもっとも危険な皇帝達が酒を呑んでいる姿だ。

 冥王が骸骨を連れて現れた時はどよめきが起こったものの、今ではそれよりもルナシアが連れてくる人物に注目が集まっている。

 

 センゴクは勿論、将官達はほぼ全員が会議室などに設置されたスクリーンで、その映像を見ていたのだが――ガープだけはセンゴクに許可を得た上で自分の部屋に、スクリーンを設置してもらい、孫と一緒に見ていた。

 

 今回の一件が終わったらマリンフォードに無理矢理連れてくる、という会話を宴会直前に彼はセンゴクとしていた。

 しかし、ガープは皇帝達が集まる今回の宴会を見せたほうがいいのではないか、と判断した為だ。

 

 孫であるルフィは映像に釘付けとなっており、目を輝かせている。

 筋金入りの悪ばかり、人殺しも簡単にするような碌でもない連中だとガープは言い聞かせていたものの、これはダメそうだった。

 

「じいちゃん、俺、やっぱり海賊王になるよ……」

 

 映像を見ながら、ルフィは告げた。

 

「海賊になれば海軍と……わしと敵になる。身内だからといって手加減はせん。それに、あの連中と戦うことになるかもしれんし、何よりも……死ぬ危険は高いぞ?」

 

 問いかけにルフィはガープへ顔を向けた。

 そして、彼の目を真っ直ぐに見つめる。

 その瞳は何よりも彼の決意を物語っていた。

 

「それでも、俺は海賊王になる……!」

 

 凛々しい顔で力強く答えるルフィにガープは深く溜息を吐く。

 そして、彼は思いっきりルフィの頭を乱暴に撫でてやる。

 

「まったく、いつのまにかそんな男らしい顔をするようになりおって……というか、お前、戦闘の方は大丈夫じゃろうが……航海士にアテはあるのか?」

「ない!」

「……最低限の勉強はしておけ。今のままだと船出してもすぐに遭難するのがオチだぞ。海賊王のロジャーだって、最初は1人だったから航海の勉強をしていたらしいからな」

 

 嘘か本当かは分からないが、孫のやる気に火をつけるにはこれが一番だろう、と思ってガープは言った。

 その効果は抜群であったようで、ルフィは大きく頷いてみせる。

 

 そのときだった。

 ルナシアがエースを連れてきて、彼が叫んだ。

 

 といっても、ルフィとガープは知っていた為、驚きはない。

 ガープはそもそもエースを引き取った本人であり、ルフィはエースが島にいたときに本人からこっそり教えられていたために。

 

 しかし、事情を知る極一部を除けば、これは寝耳に水の出来事だった。

 ガープとて、どういうことになるかは分かる。

 

「あの悪ガキめ、また世界をひっくり返しやがった」

 

 彼はそう呟いて、笑うのだった。

 

 

 

 



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宴が終わり、広まった真実 そして、いよいよ――

 宴会島におけるどんちゃん騒ぎは夜通し続き、翌日の昼頃になってようやく解散となった。

 後片付けも夕方までには終わり、宴会のために雇われていた者達も各自撤収していく。

 そして、ルナシアに雇われていたチョッパーはドラム王国へ、サンジはバラティエに戻っていった。

 一方で、ブルックは昔と比べて変わった世界を見て回りたいと旅に出て、ゾロは偉大なる航路の前半へ修行に赴いた。

 彼らが1つの海賊旗の下に集うかどうか、定かではなかった。

 

 

 

 さて今回、1つの島に皇帝達や冥王までもが集って酒を飲み交わすというだけでも、世界がひっくり返る程の衝撃があった。

 だが、ルナシアによってここにさらなる一撃が加えられた。

 

 それは火拳のエースがロジャーの息子であり、その上、彼女の傘下にいるということだ。

 知っていたのは全世界でもほんの一握り。

 しかし、今回のことで一瞬にして世界に広まった。

 

 その最大の原因であるのはモルガンズであったのは言うまでもない。

 また彼は記事に使うため、写真を大量に撮った。

 

 数多くの写真の中から、彼が一面を飾るに相応しいと選んだものは7人の皇帝達と冥王、エースが並んでいるものだ。

 全員酔っ払っていたこともあってか、誰もが笑顔であった。

 

 他にも色んな写真をモルガンズはレンズに収めており、それらを全て使った。

 

 シキとルナシアが漫才をやっているところや、暴れそうになったカイドウを全員でしばいているところ、あるいはエースが白ひげ・金獅子・冥王の3人からロジャーについて教えられているところ、リンリンがブルックを欲しがって冥王に止められているところなどなど――

 

 どれもこれも色んな意味で凄まじい写真ばかりであり、モルガンズは印刷料が高くなってしまうことを承知で、写真を全てカラーで印刷した。

 さすがに新聞の値段を上げたものの、それでも飛ぶように売れて、発行部数及び販売部数は過去最高を記録したのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光月おでんは1人、自室にて酒を呑んでいた。

 

 おでんもまたロジャーを知る人物であるが、彼は驚くべきことに宴会には参加せず、ワノ国にいた。

 

 

 そのとき彼は突然立ち上がって、息を思いっきり吸い込んだ。

 そして――

 

「やっぱり俺も行きたかったぁ!」

 

 城中に響き渡る程のデカイ声で叫んだ。

 しかし、これは毎日1回は必ずある発作のような扱いになっていた為、もはや誰も気にしていない。

 むしろ、うるさいと苦情がくる始末だ。

 

 

 10年程前、彼はスキヤキより将軍の位を譲られ、自身は九里大名の地位を長男のモモの助へ譲っていた。

 これに伴っておでんは昔から地道に進めていた開国の為の準備を加速。

 開国は秒読み段階であり、最後の調整という段階で降って湧いたのが今回の宴会だ。

 

 とはいえ、おでんもさすがに今の状況で国を離れるのはマズイという判断があった。

 最後の詰めを誤ると碌でもないことになるかもしれないからだ。

 

 故に彼は我慢した。

 ルナシアから誘われたが、開国の為と断って。

 代わりに彼女は映像電伝虫によって宴会の様子を中継してくれた為、宴会で何があったかはおでんも目撃していた。

 

 開国したらエースをうちに招いて、色々と話をしたいものだ――

 

 おでんはそう思いながら、うんうんと頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海賊達の宴会が閉幕……」

 

 カヤは新聞を読んで呟いた。

 クラハドールがキャプテン・クロであり、自分の命を狙っていたという一件は彼女の心を大いに傷つけたものの、仲が良いとある少年との会話によって癒やされている。

 

 何気なく時計を見て、その少年――ウソップが来る頃だと思ったとき、執事のメリーから来客を告げられた。

 

 来客とは勿論、ウソップであった。

 彼はいつもの調子でカヤに大げさに嘘の冒険譚を語ってみせ、彼女はそれに笑ってしまう。

 いつもの光景であったが、先程読んでいた新聞の記事についてカヤは尋ねてみることにした。

 

「ウソップさんは海賊達の宴会があったことについて、ご存知ですか?」

「海賊達の宴会?」

 

 はて、と首を傾げるウソップ。

 彼は新聞を取っていなかった為に知らなかった。

 その様子を見て、カヤはメリーに新聞を持ってきてもらい、それをウソップへ渡した。

 

 ウソップは新聞を隅から隅まで読み、目を輝かせた。

 そして、彼は告げる。

 

「俺も勇敢なる海の戦士に……!」

「……いずれ、ウソップさんも旅立ちますか?」

 

 しかし、カヤの問いかけにウソップは何も言えなくなってしまう。

 彼の性格的に自分より強い奴にぶつかっていけるかというとそうではない。

 臆病であることは彼自身、よく分かっているのだ。

 

 押し黙ってしまうウソップにカヤは告げる。

 

「大丈夫です。最初から強い人なんて、どこにもいませんから……前に来た中将さんも凄く強かったですけど、聞いた話では鍛えて強くなったそうですし」

「……ありゃ本当に強かったなぁ」

 

 カヤとウソップの脳裏に蘇るのは、キャプテン・クロが最後の悪足掻きをしたときの光景だ。

 

 海軍本部中将率いる海兵達が来たことを彼はいち早く察知し、また包囲されている為か、逃げられないと悟ったらしい。

 クロは抵抗しようとしたのだが、中将によって一撃で倒れてしまった。

 

 そのときに中将が言ったのはたった一言。

 

 弱すぎる――

 

 その言葉を聞いて、偉大なる航路にいる連中はヤバいヤツばかりだとウソップが思ったのは言うまでもない。

 

「それに私、信じてます」

 

 そして、カヤの言葉と表情にウソップはドキッとしてしまう。

 彼女はとても綺麗な笑みを浮かべ、力強く告げる。

 

「ウソップさんはきっと勇敢なる海の戦士になると……!」

 

 そう言われてしまうとウソップも男だ。

 だが、彼は何だか照れくさく感じて、鼻の下を人差し指で軽く擦る。

 気を取り直して、彼は自身の胸を軽く叩いて宣言する。

 

「よぉし! たった今から鍛えて鍛えて鍛えまくるぞ! 勇敢なる海の戦士になる為に!」

 

 とりあえず1年くらい鍛えまくってみよう――

 もしかしたら1人で海に出ることになるかもしれないし、少しだけ航海の勉強もしておこう――

 

 彼は心の中でそう思う。

 カヤにカッコ悪いところは見せられない、という男心だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 企みも宴会も無事に終わったルナシアは、息つく間もなくラフテルへの航海に向けて準備を加速させていた。

 といっても、ブラッディプリンセスを動かすと面倒くさいことになる為、以前にトムへ依頼して、建造してもらった船を今回は使用する。

 この船に使用された材木は、金にあかせてかき集めた宝樹アダムのものだ。

 船の性能面では速力・機動性・頑丈性の3つを重視しており、また内装は豪華客船並みだが、武装は最低限に留めている。 

 

 武装が最低限である理由は大砲よりも、乗っている連中が直接戦ったほうが遥かに大規模な破壊を引き起こせる為だ。

 

 そして、ヴィクトリー号と名付けられたこの船に乗り組むのは、船長のルナシアと30名程の船員だ。

 もっとも、航海士であるナミと考古学者であるロビン、そしてサボとエースは確定している。

 

 エースをルナシアが入れた理由は言うまでもなく、ロジャーが見たものを見せてやりたかったというもので、サボはもしも何かの拍子にエースが暴走しそうになったときの抑え役だ。

 エースはロジャーとは性格が違うように見えるが、それでもスペード海賊団の面々によれば仲間を侮辱されたときに、彼は冷静さを失って怒り狂うとのことだ。

 そういうところはロジャーそっくりであった。 

 

 なお、船員の選抜基準は実力よりも性格が重視された。

 もしもラフテルにあったのが古代兵器の類で、それを使って世界を支配してやるという野望を抱かれても困る為だ。

 

 

 ルナシアは船員の選抜を行いつつも、アマンド達に留守を任せることになる為、彼女達に指示を出し、またしばらく会えないことからなるべく一緒に過ごした。

 アマンド達までも離れるのは、勢力圏に何か起こった時に対処が難しくなる為だ。

 彼女達は渋ったものの、最終的にルナシアが行く前は勿論、帰ってきた後も何でもするから、という条件で納得してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、宴会が終わってから1ヶ月程が過ぎたときのことだ。

 この日、ルナシアは朝ご飯を食べた後からアマンドの私室で彼女の膝の上に座らされ、好き放題されていた。

 といっても、それは刀で滅多刺しというようなものではなく、頭を撫でられるなどのかなり穏やかなものだ。

 

 

 そんなルナシアのところへロビンが訪ねてきた。

 彼女は好奇心を抑えきれないような、ワクワクとした顔で告げる。

 

「ルナシア、解読が終わったわ。そっちの準備が整えばいつでも行けるわよ?」

 

 問いにルナシアはアマンドへ視線をやると、彼女は静かに頷いた。

 それを見てルナシアは告げる。

 

「明日にでも出発するわ。本当に何があるのかしら……楽しみだわ」

 

 ルナシアにとって世界の真実はさておいて、笑ってしまう程の莫大な宝が目的である。

 その正体が気にならないわけがなかった。

 

 

 

 




たぶん次で終わり。


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彼女にとっての『ひとつなぎの大秘宝』

「まったく、とんだ笑い話だったわ……ちょっと聞いてよ、ロックス」

 

 ルナシアは溜息を吐いて、ロックスの墓へ語りかけた。

 

 

 

 

 ルナシア達は特に何事もなくラフテルへ辿り着き、調査して帰ってきた。

 一番の強敵は天候だが、ナミが大活躍であった。

 彼女の指示通りに船を進ませれば、どんな大嵐だって乗り越えてしまう程の神業だ。

 

 

 また、傘下ではない海賊や海軍に見つかったとしても手出しをされず、海王類が襲ってきたら、彼らはその日の食事になったのは言うまでもない。

 

 そんなこんなで、無事に到着したラフテルでルナシア達が見たもの、それは――誰一人例外なく全員が笑ってしまうものだった。

 

 

 

 

「あんなの、ズルいわよ。笑うに決まっているじゃないの……」

 

 ルナシアは再度、溜息を吐いた。

 何があっても絶対驚かない、笑わないという覚悟をしていた彼女ですらダメだった。

 

 彼女はラフテルからの帰還後、念の為に間違っていないか、レイリーとおでんを訪ねて答え合わせをしている。

 

「レイリーもおでんも私が答えを言った瞬間、してやったりという顔をしたのよ。本当にアレ、ムカついたわ」

 

 そう言って、彼女は懐から土の入った袋を取り出した。

 

「財宝は何も持って帰ってこれなかったけど、お土産なしだと私が悔しかったので、ラフテルの土とか植物とかそういうものをたくさん持って帰ってきたわ」

 

 誰もラフテルのものだと信じちゃくれないけど、とルナシアは言いながらロックスの墓前に土を供えた。

 こんなものはいらねぇ、酒を寄越せという声が聞こえてきそうなので、彼女は彼がよく呑んでいた酒も持ってきていた。

 それを墓標にかけながら、語りかける。

 

「レイリーとおでんにもラフテルの土をぶっかけといた。ロジャーとの大冒険を思い出してくれたと思うので、とても良いことをしたと個人的に思う」

 

 うんうんとルナシアは頷いて、言葉を紡ぐ。

 

「私はいつになったら、そっちに行くか分からないけど……ま、それまで精々ロジャーと仲良くして頂戴。それじゃ、またね」

 

 ルナシアは微笑んで、踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 ロジャー達も自分達もまだ早すぎた――

 でも何となくだけど、そう遠くないうちに時期は来る。そんな気がする――

 

 

 ロックスの墓を後にしながら、ルナシアはそう思う。

 ただ、彼女の目的は世界の真実を知ることでもラフテルの宝を手に入れることでもない。

 ラフテルに何があるかを知ることだった。

 知った今となっては、そこまで興味をそそられないというのは確かだ。

 

 とはいえ、分かったことがある。

 

「ジョイボーイとロジャーが同じ時代に生きていたら、絶対意気投合したと思う。それだけは間違いない」

 

 ルナシアはそう呟いた。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その日の夜のこと。

 

 どこかの船の廊下にルナシアは立っていた。

 周囲を見回して確認するも、船はブラッディプリンセスでもヴィクトリーでもない。

 自分の部屋のベッドで寝た筈なのに、と思いつつも、彼女はこの船のどこへ行くべきかは何故か分かっていた。

 

 

 夢なんだろうな、とぼんやりと思いつつ――それでも彼女はお約束のことをやった。

 自分の頬を引っ張ってみたが痛みはなく、麻痺しているような感じだ。

 

 そんなことをやりつつも、やがて彼女は船長室に到着する。

 静かに扉を開けて中の様子を見てみると、そこにいたのは――予想通りの人物と予想外の人物だった。

 

 1人はロックスで、もう1人はロジャーだ。

 2人して机を挟み、いがみ合っている。

 

「……いや、せめてこういうときくらいは仲良く酒盛りでもしていなさいよ」

 

 ルナシアは呆れた顔でツッコミを入れてしまう。

 そこで2人は彼女に気づいて、顔を向けた。

 そして彼らは問いかけてくる。

 

「そんなことよりも、お前は俺みたいに支配を選んだのか?」

「バカ言うな! 俺みたいに自由を選んだに決まっているだろう!」

 

 ギャーギャー言い合う2人にルナシアは笑ってしまう。

 夢であることは明らかだ。

 

「その質問に答える前に、ちょっと言わせて……2人とも、たとえ夢でもまた会えて嬉しいわ。それとロジャー、あなたの息子をラフテルに連れてったわ。めちゃくちゃはしゃいでた」

「これは俺の勝ちだな! ロックス! またお前に勝ったぞ! あとルナシア、息子の面倒を見てくれてありがとうな!」

「何だとこの野郎……! まだルナシアは答えてねぇだろ!」

 

 勝ち誇るロジャーに悔しげなロックス。

 その様子にルナシアはくすくすと笑ってしまう。

 

 たとえ夢であり、彼らは自分が創り出したイメージみたいなものであっても、きっと2人が戦うことなく一緒にいたらこんな会話をしそうだな、と思ってしまった。

 

「おい、ルナシア。いい加減に答えろ。どっちだ? 支配か?」

「いや、自由だろう?」

 

 2人からの問いかけにルナシアは胸を張って答える。

 

「私はロジャーみたいに自由を愛せないし、かといってロックスみたいに世界を全て支配してやろうっていう気もない」

 

 彼女はそこで一度言葉を切り、そしてゆっくりと告げる。

 

「あなた達が好きにやったように、私も好きにやらせてもらったわ。あなた達からすれば私は中途半端で、海賊らしくないかもしれないけどね。でも、それが私の答えよ」

 

 そう言って、ルナシアはウィンクしてみせる。

 するとロックスとロジャーはその答えを聞いて大いに笑う。

 そして、2人の笑顔を見たところで彼女の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルナシアはゆっくりと目を開ける。

 

 寝ぼけ眼を擦りつつもベッド上にて上半身を起こし、周囲を見回す。

 間違いなく自分の部屋だ。

 

 昨夜、呑み散らかした酒瓶が転がっているのが見えた。

 彼女はベッドから出て、窓から外を眺める。

 

 見慣れた景色であったが良い夢を見たからか、いつもより美しいと思う。

 

「あの夢こそ、私にとってのひとつなぎの大秘宝(ワンピース)かも」

 

 ルナシアはそう呟き、微笑んだ。

 

 彼女の視線の先には朝日に照らされた、青々とした海がどこまでも果てしなく広がっていた。 

 




これにて完結です。

途中で変な方向にいきかけましたが、皆様のおかげで戻ってこれました。
その節は本当にありがとうございました!


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