異世界転移してきた姫騎士を助けたら俺がTSして騎士になった件 (バソルト)
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プロローグ

俺は今、夢を見ている。

話の最初に、こんな事を言うなんて変な話だ。

 

だが、あえて言おう。

 

この夢は少し……いや、大部分が変だ。

 

最初はその夢を、起きた順に説明していこうと思う。

 

 

俺はなぜか闇の中に立っている。

 

 

不思議と自分の姿はハッキリと見えるところが夢らしいが、そんな事で驚いてはいられない。

 

 

突然何の前触れも無く、目の前には巨大なバッタが立ち塞がった。

 

 

ここまでは普通の夢と言っちゃぁ、夢らしい。

 

 

 

巨大な何かに追われるだなんて、ごく普通の夢に起こる現象のひとつに過ぎない。

怖い夢の定番みたいなものだ。

 

 

それに問題はここからだ。

 

 

なにを思ったのか俺は身構える。

 

 

この時点で俺は、自分の意思とは無関係に体が動くことを理解する事となった。

自分の夢なのだから、自由に動けない事はある種、不快で気味の悪いある種、恐怖な訳だ。

 

 

決してビビってはいない。

 

だが今はそんなことを言ってられない。

 

 

それは何故か。

 

 

巨大なバッタがもう目の前まで来ているからだ。

謎の異臭と、鳴き声らしき不快を催す音が聞こえた。

       

 

早く覚めてくれ、寝起きが悪くても良いから。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

と、ここまでが一番最初に見たこの夢の感想である。

もう何度もこの流れを見ている訳で、いい加減、結果も解っている。

 

何度見ても怖いとか考えてはいない。いないからな。

 

俺は今、まさに巨大なバッタに食われそうになったその時。

 

 

体が謎の青白い光に包まれる。

 

 

巨大なバッタも流石にその光に怯んだらしく、一瞬動きが止まった。

 

 

隙をついて俺は、人間離れした跳躍で後方に下がると俺はそのバッタを凝視する。

 

その複眼を睨みつけ俺の中の良くある少年の息吹の奔流をほとばしらせる。

 

ここで俺は日曜朝のスーパーヒーロータイムヨロシクなカッコイイ姿になるものだと思っていた。

 

思っていたのだが、その理想は儚く散り去った。

 

 

長く延び、銀色に染まる髪。

 

膨らむバスト、大きくなるヒップ。

 

キュッと引き締まるウエスト。

 

 

勘がいい人はもう解っただろう。

 

無いものが出てきて、有るべき物が無くなった。

 

 

俺。いや、私。

 

性別が変身しました。

 

 

もっと分かりやすく言うと……

 

女の子になりました。

 

いよいよと言った所で、夢はここで終わる。

 

 

夢はあと、ワンパターンあるのだがそれは追々話すとしよう。

 

 

 

そろそろ起きるらしい。

 

まどろみが過ぎ去り意識が覚醒の時を迎える。

 

徐々に視界が白く染まってゆく。

目覚めの(とき)が来たようだ。

 

 

 



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01話 夢の様な出来事(1/4)  ~日常=非日常~

     

 この世界は、平等ではない。

国、家、性別は生まれた時点でその後どうなるか大体決まる。

 

 

決まってしまう。

 

よく、努力でのし上がる感動秘話なんてテレビ番組がやっている。

 

一言、言わせてもらおう。

 

ふざけるな。

 

そんな人は原石みたいな才能や絶対的な運を持つ人間の話。

 

持つ者と持たざる者。

 

世界は残酷なまでに不平等である。

 

そんなことを考えながら俺。

 

内藤銀(ナイトウ ギン)】は勤め先である喫茶店で心の中でこう嘆く。

 

せめて彼女が欲しい。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「なぁに、ボーッとしている」

 

 鋭く空を切る音の後に、気持ちいほどに軽い音が喫茶店に響く。

後頭部に鈍痛が走り、後ろを振り返る。

 

 

「何よ、逮捕するわよ」

 

 

そこには警棒を持った幼なじみが立っていた。

この凶暴な女。

悲しいことに俺の幼馴染である。

 

 

名前は……

向千束(ムカイ チヅカ)

 

 

父親譲りの正義感と、ビックリするぐらいの行動力を持っている。

千束はその正義感と行動力を生かして、今は警視庁に勤めている。

 

 

「銀、また何処かに飛んでいたわね」

 

 

おいおい、この女は人の頭を鈍器で殴っておいて何を言ってるんだ。

 

俺は、もちろん怒った。

 

 

怒りのままに暴言を吐きたいところだが、俺は紳士だ。

 

 

「痛いじゃないか」

 

 

ここは紳士的に。

まずは、自分の仕出かした、おろかな状況を理解して貰おう。

 

 

「なぁにカッコつけているの、ダメ人間が服を来て歩いている男が良く言うわ」

 

「お前、そこまで」

 

「あれ、紳士的に言うんじゃなかったの」

 

「なんで俺の考えていることを」

 

「私は銀の幼なじみなのよ、大方、変なこと考えていたんじゃないの」

 

 

 この女は何を訳のわからないことを言っているのやら。

まぁ、当たりなんだけど。

 

     

「そんなことより、どうした?仕事は」

 

 

俺の心の中では、帰ってくださいコールが鳴り響く。

べつに嫌いな訳じゃない。

ただ俺の領域に勝手に土足で踏み入れられるのが嫌なだけだ。

 

 

「あぁ、私はパトロールの途中だから」

 

 

そんなことを千束は、あっけらかんと言っている。

 

 

「パトロールって、刑事じゃないのか」

 

「そうよ、刑事がパトロールやってちゃ悪いの」

 

 

はい、ここに来るのが悪いです。

 

とは言えない。

 

 

「ムムム、なに、その何か言いたげな顔は」

 

「いいえ、大変だなぁって思ってさ」

 

 

俺がそんな事を言うもんだから。

 

 

「アハハ、銀にも人を気遣う気持ちが残っていたんだ」

 

 

ムム、この女は何て事を。俺にも、そんな気持ちは、まだ残っていますよ。

 

 

「それより、銀。目に隈が出来てるけど寝不足なの」

 

 

 

この女。話を早速変えやがった。

何でだろうか。

話がコロコロと変わるのは、こいつの性質的なものなのだろうか。

 

 

「あぁ、ここ最近、眠れなくてな」

 

 

そう考えるも、俺は例のごとく口には出せないでいる。

 

 

「そう、何か悩みごとがあったらこの幼馴染みに任せなさい」

 

 

そう言うと、千束は自分の胸をドンと叩いた。

 

 

「じゃ、私はパトロールに戻るから。仕事ももう、終わりでしょ?じゃぁね」

 

 

そのまま、千束は店を出ていった。

 

「まったく、嵐の様な奴だな」

 

 

そう呟くと、俺はあることに意識を旅立たせる。

 

寝不足と言えば。

俺は、ここ最近同じ夢を何度も見る。

 

目の前に一人の女性。

何故だか名前は分かる。

彼女の名前は

 

 

【シルヴァーナ・カヴァリエーレ】

 

 

通称シルバさんと、俺は勝手に呼んでいる。

別に良いだろう、俺の妄想の産物なんだから。

顔立ちを詳しく言うと、日本人とは違い、キリとした目元に、高い鼻。

 

 

髪の色は白……いや、銀色の髪をして、腰まで伸びている。

そのサラサラとした銀色の髪は、風に靡く度キラキラと輝く。

そして気高い胸の山。

 

 

その足はスラッと伸びて、スタイルの良さをより一層引き立てている。

凛とした佇まいは、高貴で気品溢れるオーラを発している。

雑誌のグラビアに出てても全く違和感は感じない程の美人だ。

 

 

何をするわけでもなく、お互いがお互いの事をただ見ているだけ。

手を触れようと伸ばした瞬間。

無情にも目を覚ましてしまう。

 

 

夢は何時もそこで終わってしまう。

 

 

 

 

さて、仕事も終わった事だし。

そろそろ寝よう。      

新しい朝が来た。

希望の朝だ。って考えたのは小学生までだった気がする。

今の俺の朝は、椋鳥の囀りで目を覚ます。

 

 

文にすると優雅に聞こえるが実際は違う。

屋根を引っ掻く爪の音と雛鳥が織りなす鳴き声の騒音。

お陰で俺は、いつも決まった時間に目を覚ます。

 

現状、目覚まし時計は購入から一度もその役目を果たしていなかったりする。

 

 

時間に縛られない人いや、鳥は無意識の内に、規則的な生活を送るのかもしれない。

 

 

「おっはよう、銀、起きてる」

 

 

無作法に。

そして突然に、ノックもせずに俺の部屋の扉を勝手に開けた幼馴染み。

まぁ、何時もの事だ。

 

 

「千束、いくら幼馴染みとはいえ、ノックもせずに男の部屋に入るとはど……」

 

「起きてるならよし、私は仕事に行ってくる」

 

 

俺が話している途中にも拘らず千束はそう言うと、扉を閉めた。

 

 

「慣れって怖いな」

 

 

俺はそう言うと、寝ぼけながらパンツとシャツの姿から、ウェイトレスの服を着た。

住居が職場だが、万が一の事を考えて起きたらすぐに職場の制服を着るようにしている。

まぁ、学生時代からの習慣だ。

 

 

最後に、鏡で酷い寝癖などを直し、身なりを整えて俺は一階の喫茶店に降りる。

 

 

 

新しい朝が来た。

希望の朝だ。って考えたのは小学生までだった気がする。

今の俺の朝は、椋鳥の囀りで目を覚ます。

 

 

文にすると優雅に聞こえるが実際は違う。

屋根を引っ掻く爪の音と雛鳥が織りなす鳴き声の騒音。

お陰で俺は、いつも決まった時間に目を覚ます。

 

 

現状、目覚まし時計は購入から一度もその役目を果たしていなかったりする。

時間に縛られない人いや、鳥は無意識の内に、規則的な生活を送るのかもしれない。

 

 

「おっはよう、銀、起きてる」

 

 

無作法に。

そして突然に、ノックもせずに俺の部屋の扉を勝手に開けた幼馴染み。

まぁ、何時もの事だ。

 

 

「千束、いくら幼馴染みとはいえ、ノックもせずに男の部屋に入るとはど……」

 

 

「起きてるならよし、私は仕事に行ってくる」

 

 

俺が話している途中にも拘らず千束はそう言うと扉を閉めた。

 

 

「慣れって怖いな」

 

 

俺はそう言うと、寝ぼけながらパンツとシャツの姿から、ウェイトレスの服を着た。

住居が職場だが、万が一の事を考えて起きたらすぐに職場の制服を着るようにしている。

まぁ、学生時代からの習慣だ。

 

 

最後に、鏡で酷い寝癖などを直し、身なりを整えて俺は一階の喫茶店に降りる。

 

 

 

一階に降りると喫茶店のマスターでもある、おやっさんが外を掃いていた。

何時もの朝、何時もの光景。

俺はそれを横目に、二人分のコーヒーを煎れた。

 

 

朝の爽やかな風にコーヒーの薫りが、なんとも言えない幸せな気持ちにしてくれる。

 

 

「おう、銀、起きたか」

 

 

静かにドアを開け、おやっさんが外掃除から帰ってきた。

おやっさんと言っているがおやっさんは、おやっさんという名前ではない。

 

名前は【向 真司(ムカイ シンジ)

 

 

「おはようございます。コーヒー、出来てますよ」

 

 

俺はそう言いながら、コーヒーとおにぎりをを出した。

 

 

「おやっさん、やっぱり……コーヒーとおにぎりは合わないと思うんですが」

 

 

「バカ野郎、そんなことを気にしているから定職に就けないんだよ」

 

 

そうだった、俺は改めて認識したよ。

喫茶店のウエイトレスはあくまでも次の仕事までの繋ぎだと言うことを。

 

 

「ところで銀。今日から休日なのになんでウェイターの格好をしているんだ」

 

 

それを聞いた瞬間、俺はカレンダーを見た。

赤い丸が、6つ並んでいる。

 

 

「癖です」

 

 

俺はそう言うと、そそくさと二階に戻ろうとした時、おやっさんに呼び止められた。

 

 

「おーい暇なら、千束に弁当を届けてくれ」

 

 

そう言いながら、弁当箱を投げてきた。

 

 

「おっと、って軽っ」

 

 

「中身は悪いが作ってくれ、これから豆を探しに旅にに行ってくる」

 

 

そう言ったおやっさん。

大きなリュックサックを背負い店を出て行ってしまった。

何時もの事だ。慌てる必要はない。

 

 

たまに、ふらっと旅に出たかと思うと最高に旨いコーヒー豆を見つけてくるのだから。

その豆のを目当てにするお客が大勢いるお陰で店の経営は成り立っている。

何時も閑古鳥が大合唱しているこんな喫茶店でも三人が暮らして行けるのだ。

 

 

世の中どうにかしているぜ。

 

 

「さてと」

 

 

俺はそう言うと、キッチンでせっせと弁当を作る。

おやっさんの言葉を無視しろって?

作り忘れた千束が悪いって?

 

 

その2つは間違ってもやってはいけない。

おやっさんは、嘘をつく人間が大嫌いだ。

まぁ、嘘自体はついても大丈夫らしい。

 

 

だが、約束を破ってそれを隠そうとする嘘だから怒りの導火線に火か付くことは間違えないだろう。

 

 

それに、あの無作法な幼馴染みは後で何をするか分からない。

 

 

じゃあ、その幼なじみが作れよと思ったそこの君。考えがカレーの星の王子様よりも甘い。

 

 

とりあえず言っておく、彼女はカレーしか作れない。

と言うより、三度の飯がカレーでも良いと言うぐらい無類のカレー好きだ。

ずっと前だが、試しに半月近くカレーを出し続けた事があった。

 

 

最初は直ぐに飽きるだろうとたかをくくっていた。

だが驚く無かれ、それを毎回目を輝かせて食べていた。

食べることが好きなのだから、作るのも得意だ。

 

今だから言えるが、千束の特製スパイスで作るカレーは悔しいが絶品だ。

 

 

「まったく」

 

 

そんなことを考えているうちに、弁当が出来た。

俺はそれを、丁寧に包む。

 

 

「さてと、行きますか」

 

 

中身は勿論カレーではない。

俺もそこまで道を踏み外してはいない筈だ。

店の戸締まりを全部終えた。

俺はバイクのエンジンを掛け、弁当をバイクの収納スペースに積むと。

 

 

「おい、お前、この辺で怪しい奴を見なかったか」

 

 

不意に脇から、女性に話しかけられた。

俺は驚いた。

かなり驚いた。

 

 

 

話しかけてきた女性は酷く口調が悪い。

目はギラギラと鋭く、今にも襲いかかってきそうだ。

それに驚くこと無かれ、髪は腰まで伸び、髪は白……いや、銀色の髪をしている。

 

 

首からは青い石が埋め込まれたペンダントをしている。

 

胸は……残念。

もう少し、がんばりましょう。

A~Bといったところだろう。

 

 

俺はこれ以上まともに胸以外、顔を見ることが出来なかった。

 

それはもちろん前半は欲望で、後半は恐怖でだ。

 

 

そんな恐怖と、葛藤する中でも女性のボディチェックを怠らない。

日々の鍛錬から培われる俺の素晴らしいスキルだ。

 

 

「す、すいません。知りません」

 

 

 

少し余裕に見えたかもしれないが、怖い人は怖い。

怖い人には取りあえず謝っておくに限る。

 

 

俺がこれまでの人生で培ってきたもう一つのスキルだ。

 

 

俺は逃げるようにバイクを走らせ、逃走した。

 

 

 

「どっかで見たことのある顔だったな………気のせいか」

 

 

 

俺はその時、この出会いがあんな災難をもたらすだなんて思わなかった。

 

      

 

 

 バイクを走らせること数分。

俺は千束の勤め先である警視庁に着いた。

 

 

今さら思うが。

あの千束が、警察の職に就けるなんて、この国の採用基準はどうにかしている。

 

 

「どうも、千束さんにお届け物です」

 

 

最初の方はキチンと処理してくれていた受付の人。

 

 

「銀君、またかい」

 

 

通う日数が一月の間に日数が二桁を突破したとき。

その頃にはもう、かなりフレンドリーになっていった。

 

 

「またですよ」

 

人付き合いは苦手な方だ、会話もこの程度しか続かない。

 

 

「今回もよろしくね」

 

 

俺はそう聞くと、袋に包まれた物を受付の人に渡す。

その後、コッソリお金をもらった。

 

 

「いつも悪いね、この味を知ると止められないよ」

 

 

 

なにやら会話だけだと、怪しい取引をしているみたいだが、ただ俺は挽いたコーヒーを渡しただけだ。

お金も公衆の真ん前で、堂々とするのもお互い気が引けるからだ。

 

俺は、入館証を受け取ると千束の元へ向かった。

毎回だがこの時だけは少し憂鬱だ。

 

なぜ、憂鬱な気分になるか。

暫くすれば、理由は分かる。

 

 

「おーい、向刑事。旦那が来たぞ」

 

 

一人のおじさん刑事が茶化すよ言った。

俺がここに来たくない理由の一つだ。

正直、鬱陶しい。

 

 

「違う」

 

 

俺は一応、否定をする。

 

 

「またまた、同居しているくせに」

 

 

おじさん刑事は間髪入れずに続けて言った。

 

間違っていない。

 

間違っていのが余計腹立しい。

俺はそのまま押し黙ってしまう。

 

 

『ゴッ』と鈍い音。

 

 

千束が灰皿でおじさん刑事を叩いた。

 

 

「千束ちゃ……向刑事。それは傷害罪じゃ……」

 

 

同僚の女刑事がそう言いお腹を擦りながら事の次第を見守る。

 

 

 

「事故よ。じ、こ」

 

 

たぶん……いや、絶対に何を言っても無駄だろう。

あの雰囲気や物言いは、『事故』で強引に纏めるつもりだろう。

 

 

「愛刑事も、もう少しで産休なんだから無理はしないでね」

 

 

千束は頭を押さえ、目をぱちくりしているおじさん刑事を無視。

お腹の大きな女刑事に優しく話し掛けた。

 

 

おじさん刑事がの気持ち。

俺にも痛いほど良く分かるよ。

妙な親近かをを覚えた俺は暫し、妄想に耽ることにした。

 

 

だって、暇なんだもの。

 

 

良いじゃないか、こんな人間なんだもの。

俺はさっさと、この場から立ち去りたかった。

 

 

「そうか、もうすぐなのね」

 

 

俺の存在が初めから居なかった様に、刑事達は話している。

 

仕事しろよ。

 

 

心の中で俺はそう呟く。

話の花が咲いてかれこれ約20分。

 

 

「あぁ、銀。居たの」

 

 

俺の幼馴染みはようやく俺の存在に気付いた。

 

 

「弁当、お届けに上がりました」

 

 

精一杯。嫌味ったらしく言ったつもりだ。

 

 

「あ、ありがとう」

 

 

弁当を渡した途端、なぜか顔を赤くする。

 

 

「よ、旦那様」

 

 

お腹を擦りながら、女性の刑事はいった。

しかし、千束は何もしなかった。

隣で、おじさん刑事が納得いかないような顔を一瞬した。

 

 

当たり前だろう。

心中お察しします。

 

「ほら、今日は手伝っていきなさいよ」

 

 

いきなり俺の幼馴染みはとんでもない事を言い出した。

 

 

「いや、いや。この格好を見ろよ」

 

 

俺はまだ着ているウェイターの格好を見せるように、両手を広げた。

 

 

「丁度良いじゃない、銀はただ私達にコーヒーを淹れれば良いの」

 

 

そう言いながら俺に右手でビシッと指を指した。

 

 

「それに……銀が淹れたコーヒーを飲みたいし」

 

 

千束はそういいながら頬を右手で掻いた。

惚れ……る分けはない。

断じてそれはない。

 

 

大体わかったぞ。

要は休日をこれから往還しようとしている俺に働けってことだ。

この幼馴染みは俺の事を奴隷としか見ていないようだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「こんちくしょう」

 

 

 

空は夕暮れ。

茜色に染まる空。

俺は恨めしく警視庁のビルを見上げる。

 

 

結局、俺はすべての部署の職員にコーヒーを振る舞う事になった。

料金を頂こうとしたら、捕まりそうになった。

なんでも、許可無き営業はいけないらしい。

 

初めて聞いたぞ。

今回の売り上げは、最初に売った豆代のみ。

ハッキリ言って大赤字だ。

 

文句を言おうと、千束の所へ行ったら出動したらしく居なかった。

今度、会ったら文句を言ってやる。

出来たら……だけどな。

 

俺はバイクに跨がりフルフェイスのヘルメットを被る。

駄目だな……気持ちを落ち着かせなければ。

 

 

「少し、走っていくか」

 

 

俺の脳裏には、お気に入りの景色が浮かぶ。

そこに行くことにした俺は、キーを回し、エンジンを吹かす。

 

バイク独特のエンジン音が鳴る。

俺はもう一度茜色に染まる空と警視庁の建物を見上げる。

そのままスロットルを回し、その場を後にした。

 

 

ヘッドライトが夜道を照らす。

特別使用の、ライトはノーマルよりも明るい。

真っ暗な峠を、俺は颯爽と駆け抜ける。

 

夜は寒いが、それもまた良く感じる。

この道は普段誰も使わない。

対向車もなければ、停車している車もない。

 

今まで、何十回とこの道を走ってきたが片手で数えるほどしか遭遇していない。

ここはどうやら出るらしいがそんなのは気にしない。

 

 

「俺は今、夜風になっているんだ」

 

 

ストレスの貯まった日にはこれに限る。

心底俺はこのバイクを買って良いと思った。

風を切り、俺は今日もこの峠を駆け抜ける。

 

 

目的地は誰もいない夜の広場。

夜景が見える言わばデートスポットだった場所。

一回言ったと思ったが、もう一度言う。

 

この道は出る。

目的地に着いた。

街灯が所々切れている。

 

幽霊なんて居ないさ。

お化けなんて嘘さ。

 

心でその二言を何十回も歌い続ける。

さっきは恐怖心より、颯爽感が勝っていたが今は違う。

 

恐怖心の大勝だ。

颯爽感が白旗を挙げている。

 

 

「帰る、帰る、帰る」

 

 

帰ります。

だって怖いんだもの。

 

物音がした後、風が吹いた。

 

 

「これは風の音、これは風の音、これは風の音」

 

 

ベキベキと音がする。

 

 

「すいません、あなたの生活区域を脅かしてすいません。全力でここから立ち去りますので、どうかお許しください。今回ばかりは、今回ばかりはお慈悲をお願い致します」

 

 

 

俺は全力で土下座をした。

これでもかってほどに深々と。

 

このまま行くと土下寝になってしまう。

 

こままではいけない俺は勢い良く立ち上がり、バイクまで走った。

急いでエンジンを付けようとする。

 

 

「おい、お前」

 

 

女性の声。

幽霊の大半は、女の幽霊。

俺はそう思っている。

だからこの声は、高い確率で幽霊だ。

 

 

「今回の事はどうかご内密にお願いします。ですから仲間を呼ばないで下さい。私みたいな不当な輩からは何もありません。どうか穏便に事を済ましてく下さい。命だけは何卒……」

 

 

呪文みたいに今の気持ちを述べる。

早く逃げたいが、こうゆう時に限って、エンジンはつかない。

 

 

おやくそくってやつだ。

 

 

エンジンがかかった。

俺内心ホッとしたが、それは大きな間違いだった。

 

 

「待て、まだ逃げるでない」

 

 

肩を捕まれた。

サヨウナラ、俺のフィギア達。

サヨウナラ、俺の人生。

 

 

今日は、死ぬには綺麗すぎる夜だ。

 

 

「見つけたぞ、わがナイトよ」

 

「へ?」

 

 

内藤?何で俺の名前を知っているんだ?

 

 

「人違いじゃ…」

 

 

俺はゆっくりと振り返った。

 

 

「たしかに、こんな貧相な男がこの世界の私だとは」

 

 

やはり女性だった。

しかし、この顔は何処かで見たことあるぞ。

 

 

「まぁ夢は夢と、言うことか」

 

 

夢と言う言葉に、俺は稲妻に打たれた感覚に襲われた。

 

 

「シルバさんか」

 

 

今まで鋭い眼光と、高圧的な態度で気付かなかった。

しかし、まじまじと見ると、その顔は夢に何時も出ていたシルバさんだった。

 

 

「やっと気付いたか」

 

 

服装は軍服。

夢との若干の違いはいいだろう。

 

なんだろう、夢と全然違う。

 

詐欺だ。

 

 

胸がない。

 

女性には引かれるかもしれないが、だって夢と違うんだもん。

シルバさんの胸は目測でBと言ったところだろうか。

 

 

詐欺だ。

 

正に夢の悪魔の諸行に違いない。

夢ではD~Eはあったぞ。

 

正に詐欺。悪魔の諸行。

 

 

「残りの命に別れは言ったか」

 

 

シルバさんの髪はざわざわと動いて、指はバキバキ鳴らしている。

 

 

……うん。

 

サヨウナラ明日。

どこからか現れたサーベルは俺の首にヒヤリとした感覚を与えた。

 

その後、シルバさんは俺の綺麗な土下座で許してくれた。

 

 

うん、俺の暗黒に染まった人生経験が役立つだなんて世の中どうにかしている。

 

 

綺麗な土下座。

または、土下座の最上級である土下寝かで悩んだ。

綺麗な土下座で正解だった。

 

 

土下寝の元ネタが、わかる人は少ないだろうと踏んだのが幸をそうしたようだ。

     

      

まるでシルバさんは虫を見る目で俺の事を見ている。

 

 

「ゾクゾクするね」

 

 

たしか某黒と緑の半分こヒーローで、Cのメモリーを持った人の言葉。

使い所を間違えると、ただの変態に成り下がってしまうのが不思議だ。

 

 

「……」

 

 

無言で踏みつけられました。

 

ありがとうございます。

 

 

シルバさんは満足したのか足を放す。

俺の額がヒリヒリする。

たぶん赤くなってるな。

 

 

「もう一度聞く。怪しい奴を見なかったか」

 

 

「目の前にいます」

 

 

「……」

 

 

今度は無言で剣の矛先を喉に向けられました。

これは……サーベルか、どこから出したんだ?

 

 

「見てません」

 

 

シルバさん以外の怪しい人は。

って付け加えたかったけど、それをしたら絶対剣で喉を切り裂かれる。

解体ショーを始められてしまうだろうから止めたのは言うまでもない。

 

 

「ふむ、この世界に私の世界の生物が迷い込んできてしまっただけだんだがな」

 

 

いきなりファンタジーな事を言い出した。

 

 

「シルバさん?大丈夫ですか」

「ん?何がだ」

 

 

笑っている。

目は笑っているけど、何でサーベルを振りかぶってるんですか。

 

 

「危なっ」

 

 

俺は咄嗟にしゃがんだ。

俺の頭がさっきまで有ったところをサーベルが走り抜ける。

 

「チィ」

 

 

シルバさんは舌打ちをすると、サーベルは抜刀されたままだ。

攻撃の第二波が来るのか?

俺がそう思ったがシルバさんは木が生い茂る林を見つめていた。

 

      

林の方から複数の足音がした気がする。

誰か助けに来たのか?

何て事はなかった。

 

 

「キシャァァァ」

 

 

蜘蛛です。

巨大な5mはあろうか巨大な蜘蛛がこちらに向かってきます。って冷静に解説している場合じゃ……

 

 

「避けろ」

 

 

シルバさんはそう言うと俺を蹴り飛ばす。

シルバさんもその場を避ける。

 

俺達がさっきまでいた場所を見ると、巨大なクレーターが出来ていた。

 

 

「お前はそこで大人しく見ておれ」

 

 

シルバさんはそう言うと、剣を鞘に戻した。

 

 

「行くぞアーマイゼ」

 

 

シルバさんの足元に魔法陣らしき模様が現れた。

驚きはしない。

ただ少し心臓の鼓動が早くなっただけだ。

断じてビビってはいない。

 

ビビってないからな!

あんな大きな蜘蛛になかんかな。

 

 

「相手はただのモンスターか……変身」

 

 

魔方陣から黒い生物が現れたシルエットとなった。

 

 

「あれは……蟻?」

 

 

その生物はやがて人の形となり、シルバさんとシルエットが重なる。

 

 

「カヴァリエーレ、変身完了」

 

 

金属を叩いた音と共に艶の無い黒い鎧を身に纏ったシルバさんがその場に現れた。

胸は……相変わらずだった。

黒い鎧を身に纏ったシルバさんは正に圧倒的な戦いだった。

 

上下左右から来る攻撃を難なく避け、サーベルを巨大な蜘蛛に切りつけてゆく。

 

 

「見かけによらず固いな……フフッわかっている」

 

 

 

シルバさんは戦いの最中だと言うのに、独り言をいっている。

それと何でだろう、段々と劣勢になってきている。

 

 

「チィッ」

 

 

最初の勢いはどこに行ったのだろうか、今は避けるので精一杯なようだった。

 

 

とうとう、防戦一方となったシルバさん。

このままじゃ危ないと思ったその時だった。

シルバさんが手に持っていたサーベルは遠くの方に弾き飛ばされた。

 

バランスを崩されたシルバさんは尻餅をついてしまう。

 

 

「くそ」

 

 

シルバさんを食べようとそのまま巨大な蜘蛛は口を大きく開けた。

 

危ない。

 

そう思った時、俺の中で何かが弾ける音がした。

 

 

 

近くに停めてあった俺の愛車は、エンジンがついた状態のままだ。

それに跨がりエンジンを思いっきり吹かした。

 

巨大な蜘蛛にバイクで体当たりすべく、アクセルを全開に回した。

キュロキュロと音がしタイヤが地面と激しい摩擦を起こす。

 

 

速度メーターを見る余裕はないが、かなりのスピードが出ていると思う。

特別製のヘッドライトの眩い光が、蜘蛛の頭部を照らす。

 

 

「キシャァァァ」

 

 

蜘蛛の目が良いのか解らないが、怯んでいるからたぶん効いたのだろう。

俺はその勢いのまま蜘蛛に体当たりをした。

途端にバランスを崩し、アスファルトと星空が交互に視界に写る。

 

 

回転が止まり、蜘蛛を見た。

びくともしていない。

カタカタと足音をたて俺に向かってくる。

 

 

胸部に激痛が走った。

どうなっているかは解る。

役目を全うしたバイクはバラバラだ。

 

もう乗ることは無い。

 

胸から暖かいものが溢れてくる。

痛みは消えた。

後は死を待つのみ。

 

 

俺はゆっくりと目を閉じた。

 

 

「何故、大人しくしてなかった」

 

 

聞き覚えのある声。

俺は目を開けると、蜘蛛の頭部から腹部に向かいにサーベルが刺さっていた。

 

 

「し……ば…さ」

 

 

満月を背に、シルバさんは高く飛び上がっていた。

満月をバックにシルバさんは片足をつき出し、高速で落下してくる。

 

 

「はぁぁぁ」

 

 

蜘蛛は何かに吸い込まれるように月を仰ぎ、シルバさんが落下するのを待ち構える。

片足が突き刺さったサーベルの柄を蹴りだし巨大な蜘蛛を貫く。

俺は薄れゆく意識の中で、爆発をする蜘蛛を見た。

 

炎が辺りを明るく照らす。

シルバさんは鎧の仮面をとると銀色の髪が露になり、サラサラと風に揺れた。

 

 

そこで俺の目の前は真っ暗になった。

 

ここで死んでも後悔はしない。

最後に女を守れて死ぬのだ、男冥利に尽きるとはこの事だ。

 

 

俺は深い闇へと落ちていった。

 

 

 

 



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~男=女~(2/4)

 

新しい朝が来た希望の朝だ。

 

って、思っていたのは小学生までだった気がする。

俺は朝。椋鳥の囀りで目を覚ま(以下同文。

 

なんでだろう、眠い。

すっごく眠い。

昨日どうやって帰ってきたか覚えてない。

 

だが、昨日の事は夢だったのだろう。

そんな確信めいた物が浮かぶ。

大体あんな巨大な化け物が、この世に居て良い筈が無い。

 

大丈夫。

寝ぼけてても胸の痛みはないのは分かる。

だから昨日の事は夢なのだろう。

 

シルバさんと言う人間は俺の生み出した幻想の人物。

存在なんてしていない。

 

それにしても昨日は怖い夢を見たな。

なんて、俺が思っていたら。

 

 

「………」

 

 

はい、睨んでます。

メッサ睨んでます。

 

眉間に皺が寄っています。

 

顔は良いんだから、そんな顔はするなよ。

と、余裕を見せてみたが無理でした。

 

 

「シルバさん……なのか?」

 

 

目を覚ますと鏡の中に見知った美女がたっている。

皆もそんな経験、一度はしたことはあるよね。

 

え?無いって?またまた、冗談を。

 

 

それじぁあ目の前の状況をどう説明するんだ。

まさか、シルバさんは鏡の中で戦う竜の影を纏う戦士なのか。

 

いやいやいや……

 

 

試しに俺が右手を上げると、シルバさんも右手をあげて、頭をさわると同じく……。

 

赤い血を感る。

 

どんどん血の気が引いていくのが分かる。

 

はい、流石の俺でも気がつきました。

 

 

「なんで、なんで女になってんだ!!」

 

 

人生最大級の絶叫をあげた。

しかも声のキーが高い。

確かに常日頃から彼女が欲しいとは思っていたけど、まさかこんな事って。

 

冷静になろう。

先ずは自分の状況を確認しなくては……。

 

 

一番先に目が行ったのは髪である。

俺の黒く短かった髪は銀色に染まり腰まで伸びていた。

 

そして胸は……ありがとうございます。

 

 

DいやEはあるな。

 

 

良かった悪かったのか、俺の夢通りの理想的な姿があった。

そして顔は瓜二つ。

 

眉間に皺が寄って無い分こっちの方が良いや。

ん?今の俺、人としてヤバくないか。

 

 

自分が自分に惚れると言うナルシスト。

たしかナルシストの語源の話もこんな感じだった気がする。

 

 

あぁ。

また、俺の歴史が黒く染まった。

 

 

最後に服装だ。

 

 

 

「……なんで」

 

 

 

メイド服です。

 

黒を基調としたメイド服。

 

まさかと思い俺は黙って、スカートをめくった。

 

青い縞でした。

 

 

「こんなの俺、持ってないよ」

 

 

当たり前だ。

俺は一人でツッコミを入れた。

 

やっぱりこれは夢だ。

そうに違いない。

家の店は従業員は俺とおやっさんの二人だけだから。

 

女物の制服は無いはずだ。

首からはシルバさんと同じ、青い石が埋め込まれたペンダントをしている。

突如、ドアの向こうからガタガタという音がした。

 

 

「おーい、銀起きて……」

 

 

本当に無作法な幼馴染みだノックもせずに俺の部屋に入ってくるだなんて。

 

 

「居ない……」

 

 

千束はそのまま部屋に上がり込み、さっきまで寝ていたベットにうつ伏せで寝た。

何?何やってるの。

 

俺は隠れていたクローゼットからその様子を見て呆然としていた。

危なかった。

実に危なかった。

 

とっさの機転でクローゼットに逃げ込んだのは正解だった。

 

 

「何だったんだ……アイツは」

 

 

その後、千束は何事もなかったように家を出た。

確か今日も仕事だったっけ……。

あの女にこんな姿を見られたら何されるか分からないな……。

 

というか見られたくないのが本音だ。

 

 

さて、どうしたものかな何も思い浮かばないや。

それにしても、体が柔らかいな……

心なしかいい匂いがする。

 

 

「おい、なに私の体で欲情しておるのだ」

 

 

胸の辺りからシルバさんの声がする。

 

 

「シルバさん、どこに…ってか俺の体はいったいどうなっちまったんだよ」

 

 

聞きなれない自分の女の子らしい高い声、暗がりの密室でほんのり汗がにじみシャツが張り付く。

 

 

『早くここから出ないか、愚か者』

 

 

なんだか最後の『愚か者』と言う部分だけ強調されて言われた気がする。

 

 

「へいへい、わかりましたよ」

 

 

俺はクローゼットから這い出た。

クローゼットから這い出すと涼しい空気が体を安らげる。

このまま安らぎながら惰眠を貪りたい。

 

だが、今はそんな時ではない。

 

 

「ししし、シルバさん」

 

 

もう一度、鏡の前に立っみるとそこにはシルバさんがいた。

 

何度も言うが胸はD~E位はある。

それを俺は恐る恐るその胸を触ろうとした。

 

その時、胸につけたペンダントが眉間にめり込む。

 

 

『愚か者、この体は私の体でもあるのだぞ』

 

 

ペンダントからシルバさんの声がすると、青白く光輝いた。

目の前には魔方陣が現れる。

某ターミネーターを思わせる登場シーン。

 

バリバリと電気が走り、シルバさんが一糸纏わぬ姿で現れた。

俺はこの出来事を一生忘れることはないだろう。

表れたシルバさんは、いきなり回し蹴りを繰り出した。

 

綺麗な孔を描くシルバさんの綺麗な脚。

それに見とれると左頬に衝撃を感じ、世界が暗転した。

最近こんなのばっか……。

      

目を覚ますと俺は体に違和感を覚えた。

 

 

「シルバさん、何をやっているんですか」

 

「この世界の情報を調べている」

 

 

俺の問いかけに直ぐに返答してくれたシルバさん。

パソコンの画面が次々に変わり、何が書いてあるのか解らないほど激しくスクロールしている。

 

 

「パソコンについては、今はどうでも良い、何で俺を縛っているんだ」

 

 

カメラがあったならば、今まで顔しか写していなかっただろう。

そして今、カメラがフェイドバック、全体を写すに違いない。

今、簡単に状況を説明すると、俺はベットの上で手を後ろに縛られている。

 

 

「お前は放っておくと私の体に何をするが解らないからな……」

 

 

シルバさんはそう言いながら俺の方に体を向けた。

うん、やっぱり胸は控えめだな。

ついでに、俺の見立てではこの服は何処かの国の昔の軍服かな?

 

男物みたいに全く色気の無い服で足を組み替えられても……

 

 

エロいです。

 

 

「お前は、本当に」

 

 

そう言いながら、シルバさんは立ち上がる。

 

ヤバい。

 

俺の本能が死の警報を鳴らす。

 

 

「消えろ消えろ俺の雑念」

 

 

そう呟きながら俺は、必死に目を瞑り雑念を振り払う。

 

 

「……話が進まんな、続けるぞ」

 

 

シルバさんは呆れた顔をすると、直ぐにまた座った。

目を覚ますと俺は体に違和感を覚えた。

 

 

「シルバさん、何をやっているんですか」

 

「この世界の情報を調べている」

 

 

俺の問いかけに直ぐに返答してくれたシルバさん。

パソコンの画面が次々に変わり、何が書いてあるのか解らないほど激しくスクロールしている。

 

 

「パソコンについては、今はどうでも良い、何で俺を縛っているんだ」

 

 

カメラがあったならば、今まで顔しか写していなかっただろう。

そして今、カメラがフェイドバック、全体を写すに違いない。

 

 

 

 今、簡単に状況を説明すると、俺はベットの上で手を後ろに縛られている。

 

 

 

「お前は放っておくと私の体に何をするが解らないからな……」

 

 

 

シルバさんはそう言いながら俺の方に体を向けた。

うん、やっぱり胸は控えめだな。

ついでに、俺の見立てではこの服は何処かの国の昔の軍服かな?

 

男物みたいに全く色気の無い服で足を組み替えられても……

エロいです。

 

 

「お前は、本当に」

 

 

そう言いながら、シルバさんは立ち上がる。

ヤバい。

俺の本能が死の警報を鳴らす。

 

 

「消えろ消えろ俺の雑念」

 

 

そう呟きながら俺は、必死に目を瞑り雑念を振り払う。

 

 

「……話が進まんな、続けるぞ」

 

 

シルバさんは呆れた顔をすると、直ぐにまた座った。

命あっての物種。

俺はシルバさんのフラグを完全にへし折る覚悟を決めた。

 

 

「“ふらぐ”とはナンだ……」

 

 

シルバさんは頬杖を付きながらパソコンを弄くる。

 

 

「お前は……」

 

 

俺の心を読んだだけでは飽きたらず、パソコンで意味を調べやがったのか。

と、言ってやりたがったが俺が言った次の瞬間。

 

 

「あ゛お前だと」

 

 

シルバさんはは剣先を俺の額に向けています。

姿、形は関係ないようです。

シルバさんの姿をしても対応は一緒みたいです。

 

そんなやり取りをしている内に、俺は大切なことを忘れていた。

 

 

「シルバさん、俺はどうやったら戻れるんだ」

 

 

縛られたメイド。

それはそれで良いのだが被害者は俺な訳で見れないという悲しさ。

もう早く男へ、元の性別に戻りたい訳だ。

 

 

「何か不都合でもあるのか」

 

「ある、大いにある」

 

 

俺がそう言うと額に向けた剣を鞘に戻した。

 

 

「無理だな……まだ」

 

 

シルバさんはそう言うと、窓を開け外を見た。

 

 

「まだモンスターを倒したわけではないからな」

 

 

風が窓から入り込み、風がシルバさんの髪で遊ぶ。

 

 

「モンスター?昨日のか」

 

 

さらさらと風になびく髪は太陽の光でキラキラと輝き、夜とはまた違った美しさを醸し出す。

俺はそれに不覚にも見とれてしまった。

 

 

「あぁ、それでなんだが私はもうモンスターを倒す力は無い」

 

 

ん?見とれていたせいで聞き間違えたのかな。

 

 

「シルバさん、昨日倒したあの力は」

 

「あぁ、それなんだか言ったと思うが私はこの世界の住人ではない」

 

 

うん、言ってました。

 

 

「そして、この世界の私はお前な訳だ」

 

 

シルバさんは酷く残念そうに言っている。

悪かったな、こんな冴えない男で。

 

 

「この世界の住人ではない私がこの世界に留まるには、この世界の自分と主従関係、主と騎士の契約をするしかないのだよ」

 

 

俺は……うん、チンプンカンプンだ。

 

      

「つまりだ……」

 

 

シルバさんはコホンと咳き込むと、こう続けて言った。

 

 

「私はこの世界では力が上手く扱えない、したがって私は私である銀に力を貸したと言うわけだ」

 

「それと、俺が女になったのとどういう関係があるんだ」

 

「なぁに簡単なことさ、この力は女性にしか使えんのだよ……従って銀は女になったって訳だ」

 

 

それを聞いて俺は愕然とした。

 

 

「勝手に女にされた挙げ句、戦え?ふざけるなよ」

 

 

そして怒鳴りつけた。

少しビクリと体を動かした後、シルバさんは信じがたい言葉を紡ぎだした

 

 

「お前は昨日の時点で死んだのだぞ」

 

「え?」

 

「昨日の事は忘れたか」

 

「いいや……」

 

「だったら覚えているはずだ……銀の胸に空いた穴を」

 

「あぁ、でも……塞がって」

 

「それは私が渡した力だの能力だ」

 

 実際、自分が死ぬなんて人生で一度しか味わう事の無い体験をしたんだ。

頭が無意識にその出来事を夢として片付けたかったのかもしれない。

 

 

「理解したか……銀、お前は一度モンスターによって死んだのだよ」

 

「あぁ」

 

 

とだけ呟く。

シルバさんは話をそれを聞くと続けた。

 

 

「しかし、常時その姿と言うわけではない」

 

「じゃあ、戻れるのはいつなんだ」

 

 

俺は身を捩らせ、シルバさんに近づく。

 

 

「銀がその姿になるときは、モンスターが近くで殺気を放ったとき、そしてそのモンスターが生きているときだけだ」

 

「ん?って事は昨日のは……」

 

「そうだ、生きている事になるな」

 

 

あっけらかんと、シルバさんが言ったがこれは一大事だ。

 

 

「私はモンスターがいる世界で王の二番目の娘、そしてモンスターを退治をする役人なのだよ」

 

 

サラッと今すごいこと言わなかったか?

 

 

「王の娘って事は……シルバさん……いや、様は」

 

 

「そう改まるな気持ち悪い、柄じゃないんだよな私が姫だなんて」

 

 

うん、やっぱり俺は生まれた世界が違かったらしい。

この短い時間で重大なことが三つの事が分かった。

 

 

ひとつ目は、俺が元の男に戻れること。タカ

ふたつ目は、あの巨体グモがまだ生きていること。トラ

そして、みっつ目はシルバさんがお姫様だったってことだ。バッタ

 

そう言われてみると俺に似て、どこか気品が感じられるな。

 

 

タ・ト・バ、タトバ、タ、トバ。

 

 

「それは無いから安心しろ」

 

 

また、心を読まれたみたいです。

そして誰だ今、歌っていたのは?

 

 

「とりあえずだ、気配ではもうこの世界の人と契約したみたいだな」

 

 

シルバさんはそのまま、窓の外を見ながらいった。

 

 

「なぁに、心配するな慣れれば自分の意思で自由に変身できるさ」

 

 

取りあえず、やるべき事は決まったみたいだ。

 

 

「俺があの蜘蛛を倒すと元に戻れるんだな」

 

「あぁ、そう言うことだ」

 

 

出来れば今日中に、悪くても後三日以内に男に戻らなければ、大問題だ。

千束や、おやっさんに顔向けできない。

さて、外に出なきゃいけない訳だが生憎俺は今メイド服である。

 

外へ出るためには着替えなきゃいけない訳だ。

シルバさんは嫌々ながらも縄を解いてくれた。

 

 

「というか、何でメイド服なんだ?」

 

 

俺がそうシルバさんに問いかけると。

 

 

「あの時ウェイターの服だったからな、ウェイターは男。メイド服は女。どちらも奉仕する者の格好だ」

 

 

あらビックリ、シルバさんの何とも強引に纏めた。

 

 

「それに、銀のパソコンには同じ服を来た者達の画像が沢山保存されたではないか」

 

 

ヤバい、見られた。

 

 

「良いだろう、俺だって健全な男の子なんだから」

 

 

たぶん耳まで顔が真っ赤だろう。

こう言うことに耐性がない俺は直ぐに顔に出てしまう。

何とかしたいんだがな……。

 

 

「そんなに顔を赤くしなくても良かろう」

 

 

やっぱり赤くなっていたか。

 

内藤銀・紅。

色々と夏に向けて極限まで鍛えたんだが、まだ足りなかったか。

 

「シルバさん、とりあえず着替えたいから、縄をほどいてくれ」

 

「エー」

 

 

明らかに嫌な顔をされた。

そんなに信用されてないのか、俺は。

 

 

「信じてくれ」

 

 

真剣な眼差しでシルバさんを見つめる。

ここから動かないことには何の転機も訪れない。

そりゃあもう、真剣な顔だ。

 

 

「んー、そうだ」

 

 

そう言ってシルバさんは手をポンと叩く。

 

 

「私が着替えさせるから、銀は私が言う通りに動け」

 

「ふぇ?」

 

 

ビックリして思わず変な声が出てしまった。

 

 

「なななな、何でだよ」

 

 

俺の予想していた物より遥か斜め上を行った展開だから、さぁ大変。

 

 

「私がそばにいて見張るのも手だが、何するか解らない銀に私の体と同じ物を触らせたくはない」

 

 

まったく、何て長く流暢に話すんだ。

そんなにハッキリ言われる俺って一体。

 

 

「シルバさんがそれで良いなら」

 

 

悲しんではいられない。

とにかくこの状況を打破したい。

 

 

「先ずは、目隠しをして貰う」

 

 

俺のクローゼットを勝手に開けて、手ぬぐいを取り出した。

やっぱりか。

 

 

目隠しか。

何というか、何だろうな。

今は良からぬ事、余計な事は考えないようにしよう。

 

 

「いくぞ」

 

 

こうして俺は目隠しをされ、視覚は一時的に失われた。

 

      

「手をあげて」

 

闇の中から聞こえた声。

その主であるシルバさんは俺の体に触れた。

 

 

「うっ」

 

 

思わず声が出てしまう。

なんとも情けない。

 

 

「こら、変な声を出すな、みっともない」

 

 

目隠しされているため体が敏感に……っと、これ以上は止めておこう。

 

 

「ごめん」

 

 

なぜか謝る羽目に。

シルバさんは、てきぱきとメイド服を脱がせて行くのが分かる。

こんな所、誰かに見られたら完璧に百合疑惑いや、百合と確定されてしまう。

 

しかもお互い知らない顔のわけだから、住居不法侵入罪というおまけまで。

 

 

「ふぅ」

 

 

下着以外は全部脱がされたみたいだ。

出来れば、早く終わらせて欲しいものだ。

 

      

「ヘクッチ」

 

 

シルバさんは服を脱がせただけ脱がせると「服がないな」と、言い部屋から出ていってしまった。

放置ですか?

目隠しをされて下着姿の俺を放置ですか?

 

そんな変態的なプレイは一切今は望んでいない。

季節は冬が終わり、冬将軍が最後の抵抗をしている。

 

そんな、季節が移り変わる季節。

 

 

天気予報で今週の平均最高気温は、20度を下回るらしい。

まぁ、何が言いたいかと言うとだな……

 

 

「寒い」

 

 

さっきも言ったと思うが、女の子は体を冷しちゃいけないらしいぞ。

流石にこのままでは風邪を引くと思った俺は布団を手探りで探し潜り込んだ。

 

最初からこうすれば良かった訳だが、こんなにもシルバさんの帰りが遅いとは思わなかった。

とんでもない誤算という事は言うまでもない。

 

なんだか一気に疲れが今になって出た。

俺はそのまま暖かくなる布団と共に、身も意識も沈んでいった。

おやすみなさい

 

 

 

 



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~原理=応用~ (3/4)

     

      

~TIZUKA SAID~

 

 

時間は遡り、昨日の朝

            

私の朝の日課。

 

それは一緒に住んでいる幼馴染を起こしてあげる事だ。

歳は一緒の筈なのに、見ていて危なっかしく、それでいて頼りない。

私が強くなろうとした切っ掛けも、この幼馴染を守るため。

 

 

小さい頃はねじ曲がった根性を叩き直そうと色んな所に連れ回したが、上手く行った試しは少なかった。

 

そんな銀。

 

どうも器用で、勉強している素振りは一切見せないくせに、テストの点数だけは良かった。

銀と同じ学校へ通うために一生懸命勉強したのは今でも良い思いで。

 

全くこういう才能をもっと別の方に使えば人生は良い方に向かった筈だったのに。

何を血迷ったのか卒業して就職した会社を三ヶ月と少しで辞めてきた。

 

理由は……聞いても答えてはくれなかった。

理由は定かではない。けど、それが原因で銀の両親から勘当された。

 

私の父の計らいで、暫く就職先が決まるまでここに住み込みで働くことになった。

正直嬉しかったと思ったのは誰にも秘密だ。

 

 

話は大分逸れたが、今私は銀の部屋の前にいる。

 

そして私は今日もダラダラと生きるであろう銀に活力を注入するために朝の挨拶をする。

 

 

「おっはよう」

 

      

いつもの光景だ。

銀は何時ものごとく、脱ぎ捨てられたであろう寝巻きを床に散乱させていた。

まったく、寝ている時までだらしないんだから。

 

 

「銀、起きてる」

 

 

のそのそと動くと掛け布団が床に落ちて銀の全体像が露になる。

 

全裸だ。

 

パンツ一枚履いているが中途半端に絞まった体を見た私は、また鍛えたくなる衝動に刈られる。

 

うん、決めた。

今日、警視に来てもらおう。

私はそう決意した。

 

      

もちろん逮捕するためではない事は先に言っておこう。

いや、何度かそういう衝動には刈られたけどね。

問題はどうやって出頭……じゃなった、来てもらうかだ。

 

 

ひねくれ者で有名な銀が素直に言う事を聞く人は……お父さんだ。

昔は警察の職に就いていたみたいだけど、何で辞めたかは理由は教えてはくれない。

 

 

でも、いま真剣に豆を炒る姿とか旅に行っている姿を見ると転職して正解だと私は思う。

 

 

私が中学に入った時にたしか辞めた気がする。

今思えば進路を考える上でなんて最悪なタイミングに転職したんだろうと思う……って、あれ。

 

 

色々と考えてたら職場についちゃった。

私はその時、初めて銀の気持ちが少し分かったかもしれない。

 

考え出すと止まらなって何処かへ意識が飛んでいっちゃう。

なんやかんやあって、夕方になった。

 

 

まぁ色々あった。

お昼頃に銀がお弁当を届けに来たり。

そのままコーヒーを皆にサービスさせたり。

少しでもみんなの銀に対するイメージを良くして欲しかったって言うのが本音かな。

 

 

銀はそのまま帰りだ。

折角の休みを棒に降らせてしまった事に関しては全く悪い気はしなかった。

 

 

バイクを押して、警視庁の建物を見上げる銀と目があった気がした。

 

 

「今日はありがとう」

 

 

銀には聞こえない。

 

いや、聞こえたら変に調子づかせるからあえて此処で言った。

 

でも、本当にありがとうと思ったらお礼の一つも言わなければバチが当たってしまう。

 

 

そう思っている内に、銀は家と逆方向の道を走っていった。

 

 

      

仕事を片付けて、少し遅めに帰る用意が出来る。

 

 

色々と今日はあったから

自分の仕事が手についていなかった。

 

 

「お、千束ちゃんも帰りかい」

 

そう言って今日、灰皿で黙らせた東条刑事が話しかけてきた。

 

 

気づけば周りには誰もいなく二人きり。

 

 

「あれ?他の人たちは」

 

 

私は尋ねた。

 

 

「ん?愛刑事以外みんな仕事だよ」

 

 

あっけらかんと、言ってきた。

 

「そう、私は帰るわ。今受け持っている事件は丁度無いし」

 

 

取りあえず早く帰ってきたシャワーを浴びたい。

 

 

私はその場を立ち去ろうとしたとき。

 

 

「向千束刑事」

 

 

急に真剣な目をして私を見る。

 

 

「な、何よ」

 

 

え、何?

 

もしかして……

 

鼓動が早くなると同時に、嫌悪感が湧き出る。

 

 

「君の幼馴染みが事件に巻き込まれた」

 

「え?」

 

 

私はその場で固まった。

 

 

「藤ヶ丘駐車場で、所有するバイクが大破した状態で見つかった」

 

「そんな……嘘よね」

 

「だが、本人はまだ行方知れず。家にも電話したんだが出なかった」

 

 

頭がこんがらがる。

 

え、じゃあ。あのあと銀は……。

 

血の気が引いて行く。

 

 

「俺はこのまま自宅にいくつもりだ」

 

「それって……」

 

「あぁ、君の家に行くつもりだ」

 

「わ、私がいきます」

 

「そうしてくれ、連絡は携帯に。銀君がいたらそのまま直帰で構わない」

 

「はい」

 

 

言葉よりも早く私の体が動く。

私は車に乗り込むとスピード違反ヨロシクな勢いで帰路についた。

 

      

スピード違反?気にするな。

朝焼けの町を車で颯爽と走り抜けた。

 

私の自宅である喫茶店の前に車を止めると静かな朝に似つかわしくない、高いブレーキ音が響いた。

 

 

駐車位置なんて気にしない。

多少斜めに止まっていても今は急務だ気にする余裕はない。

 

 

ドアの鍵を開け、階段をかけ上がる。

お父さんが居たら大目玉を食らうところだけど、その心配はない。

銀の部屋のドアを勢い良く開けると、布団をスッポリと被った部屋の主がいた。

 

 

「銀……起きてる」

 

「あぁ」

 

 

ん?声が変だぞ

 

 

「銀。何でそんな声のトーンが高いの」

 

「そうか?元々こんな声だ」

 

 

朝早いと言うのに受け答えが確りしているのは多少、引っかかる所はある。

 

けど、無事を確認できたらそれで良しとしよう。

 

 

「銀のバイク……「盗まれたんだ」

 

 

驚いたことに、私の心を読んだように言った。

 

というか、早く布団を取ったらどうなの。

 

 

何か怪しい。

いつもの銀じゃないみたいだ。

 

心なしか、一回り小さくなった気がする。

 

 

「もう寝かせてくれ。ショックで眠れなかったんだ」

 

 

そういうと、モゾモゾ布団を動かした。

 

 

「わかったわ。お昼頃に署まで来て」

 

「わかった」

 

 

それだけ聞くと私は、銀の部屋から出ていった。

 

 

「……」

 

 

私はポケットから携帯を取りだし、報告だけすると自分の部屋に入った。

 

安心したら段々と眠くなってきた。

 

おやすみなさい。

 

 

 

 ~GIN SIDE~

 

      

 

どのくらいの時間が経ったのだろうか。

 

体の冷えで目を覚ましてしまった。

 

足元に綺麗に畳まれて置かれている布団を見つけた。

下着姿ほどの寒さは感じられず、どうやら着替えさせられたらしい。

 

自分の着ている服を確認しようと辺りを見渡したその時。

俺の視線の端にある異変に気がついた。

 

バラバラだった俺のフィギュア達が綺麗に整理整頓されている。

 

 

「ね、年代毎に並べられているだと」

 

 

今年で40周年を迎えるシリーズ物のフィギュア達が、堂々とその場所に立っているではないか。

 

 

「むっ。起きたか」

 

 

その声のした方向を見てみると、シルバさんが椅子に座っている。

 

 

「シルバさん……どうしたんですか」

 

 

家主を放置してまでのこの所業は、少し横暴なだよシルバさん。

 

 

「私がこれから住まう部屋だ。埃だらけではたまったもんじゃないからな」

 

 

足を組みながら、どこからか拝借してきたであろう私服を着ていた。

 

 

「って、その服俺のじゃないか」

 

「そうだが」

 

 

眉間にシワを寄せ怪訝そうに俺を見る。

 

 

「じゃあ……俺が着ているのは……」

 

 

何時か見た千束の服だ。

 

 

脱がなくては!!

見られたらその瞬間から命は無い!!!

 

 

「またぬか」

 

 

シルバさんは俺に飛びかかる。

しかし、速さが足りない。

 

 

「遅い」

 

俺の手は服を掴みそして……

 

 

「生きるためだ」

 

 

そして服は首に行き、

 

 

「許してくれ」

 

 

一気に服を脱ぎ捨てた。

 

「ウエィ!!」

 

 

視界の下に雪山の天辺にあるさくらんぼが見えた。

 

そして、最後に見た記憶はシルバさんの迫り来る拳と。

 

鼻から吹き出す、赤い血潮だった。

再び目を覚ますと、俺はベッドの上に寝かされていた。

 

 

「あれ?顔面が痛くない」

 

 

あれだけ血を吹き出した筈なのに鼻の骨が折れていないのは奇跡に近かい。

 

 

「私が殴り飛ばす前に、鼻血を吹き出した奴が何神妙な顔をしている」

 

 

呆れた表情でシルバさんは俺を見下す。

ここであのフレーズを言いたい所だが、同じ轍は踏む分けにはいかない。

 

 

「案外、生娘(ウブ)なんだな」

 

 

純情と言って欲しいが、これまでの事を考えるとそれは言えなかった。

 

 

「あぁ、悪いかよ」

 

「いや、そこまでは、言ってないだろう」

 

 

あぁ、そうだな。

ここで悪いと言った日には、シルバさんは全国の純情な男心を持った人達を敵に回すことになる。

 

 

「まぁ、取りあえずだ。モンスターを倒しにいくぞ」

 

 

買い物に誘う感覚で何いってるんだよこのお方は。

 

 

「なんで買い物にいく感覚で言ってるんだよ」

 

「いやいや、そこまで生易しい物ではない一応、命賭け。負ければ……死だ」

 

 

屈託の無い笑顔で言っているシルバさん。

 

 

「うん、言っていることと内容が真逆だぞ」

 

「何を言っている……日常じゃないか」

 

「俺にとっては非日常だ」

 

「何のために毎日夢を見せたと思っている」

 

「やっぱりシルバさんのせいかよ」

 

 

俺の今までの夢はやはり、シルバさんのせいか。

 

と、言うことは俺が女になる事も予測済みかよ。

受験生もビックリな予習方法だな畜生。

胸から込み上げる悲しみを留めつつ、俺はこの原因を聞くことにした。

 

 

「あぁ、そのペンダントのせいだぞ」

 

 

俺の胸にぶら下がる、たわわに実った果実……じゃなかった。

男達の嫌らしき目線(自分自身も含む)を一心に浴びている谷間……でもなかった。

 

そこにチラつく青い石が付けられたペンダントを指差した。

 

 

「それだ」

 

 

シルバさんに言われ俺はそっと、ペンダントに触れる。

光の反射で微かに紋章のようなものが掘り込まれているのが見えた。

 

 

「それが力の源だ。ちょとやそっとの力では壊れる事はないよなから安心しなさい」

 

「もしも……壊れたら」

 

 

俺は息を飲んだ。

 

 

「壊れたり外したりすると、そのままお陀仏。デッドエンドさ」

 

 

何故か不意に使われた英語に少しビックリしたが俺は、まぁそのまま流すことにした。

いちいち突っ込んでいたら、夕方になりそうだしな。

 

 

「あぁそうだ」

 

 

と、シルバさんは思い出したように。

 

 

「出掛けるぞ……今すぐに」

 

 

シルバさんの口角は不釣り合いなほど高く上がった。

 

なにか企んでいることは明確である。

 

なんやかんや有り。

外に出る事となってしまった。

俺の持つ服は全て、胸の部分で量を取り、サイズが合うものは無い。

 

ここまで来ると、選択肢は限られてくる。

 

千束の服か、場違いなメイド服。

冥土へ送られる服を着るか。

痛い視線を送られるであろうメイド服を着るか。

 

二つに一つのこの選択。

 

 

「冥土服かメイド服か……」

 

 

思わず俺はそう呟いてしまった。

二人は静寂いや、沈黙した。

 

 

「早く決めろ」

 

 

シルバさんはそう言うと強引にメイド服を俺に着せようと襲いかかってきた。

 

 

「目がぁぁぁ」

 

 

一撃目、目潰しを食らわせられた。

 

 

「暴れるなぁぁぁ」

 

 

二撃目。俺は腹に一発くらった。

 

俺は悶える暇もなく電光石火、強引に着替えさせられた。

 

 

 

      

 



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~ヒーロー=ヒロイン~(4/4)

    

 

覚えているだろうか。今、俺には足がない。

足と言うのは股から生えている足ではなく、車やバイク等を指す足の事だ。

 

歩いて行ける距離らしいが……

 

 

「何でだぁぁぁぁ」

 

 

俺は人の往来する町を歩く。

ただ歩いているのではない。

男物の服を来た美女(胸は残念)と、メイド服を着た美女(ただし男)が二人並んで歩いているのだ。

 

振り向かない人は少ない訳で、何人かの男は一定の距離を保ち

付いて来ているのが解る。

 

 

「この世界ではストーカーの息の根を止めても罪にはならないか」

 

「さすがに、そこまでは」

 

 

しかし、これでは良知が明かない。

 

そう思ったその時。

 

 

「まくぞ」

 

 

シルバさんは、そのまま俺の手を掴むと猛スピードで走り出した。

 

 

「ギャァァァァァ」

 

 

腕だけ捕まれた俺は、靡く旗のように連れられる。

 

 

「っと」

 

 

いきなり、シルバさんは止まるるが慣性の法則に従い、俺は吹き飛んだ。

 

 

「ぁぁぁぁぶぅ」

 

 

 

土だろうか。

柔らかい何かがクッションになり幸い傷はない。

 

でも何だろう。

この土、臭い。

 

腐葉土と言われる土。

 

文字通り落葉などが発酵して出来た栄養が豊富とされている土の事だ。

冬の寒い日なんかは発酵の熱で湯気が出ることもある。

痩せた畑や花壇なとに活力を与える素晴らしい土だか、ただ一つ難点が。

 

 

「臭いぞ」

 

 

そう、発酵したと言っているが言い替えると、それは腐っていると言うことだ。

 

 

「しかしシルバさん。あそこに放り込んだのはシルバさんだぞ」

 

 

鼻をつんざくような臭いを発しながら、汚れたメイド服で立ち上がる俺。

普通なら着替える訳だが、生憎メイド服しか着れる服はないのだ。

 

 

「岩やコンクリートに叩きつけてもよかったのか」

 

 

ニヤリと転がる岩を見たシルバさん。

 

 

「死ぬわ」

 

 

思わず大声で突っ込みを入れてしまった。

 

他に人がいるかもしれない。

周りを見渡してみるとそこは広大な畑が。

あれ以上目立つのは嫌だったがここは流石に遠すぎる。

 

たしか此処は、あの駐車場の近くだった気がする。

 

 

「ここら辺か」

 

 

シルバさんがそう呟いた先には、樹海のような森が見えた。

俺は向こうまで見えない木の海に唖然とした。

 

 

「まさか、自殺者を止めに行こうだなんて考えてないだろうな」

 

 

軽い人生しか送っていない俺には荷が重すぎる。

 

 

「まさか、銀には荷が重すぎる」

 

 

解っていたさ。

解っていたけれど自分以外から聞くと、とても悲しくなってくるのは何故だろ。

 

湧き上がる悲しみを胸の奥に留めつつ、俺は静かに頷いた。

 

 

「そうだな」

 

 

顔は……一切の揺るぎもなく無表情だっただろう。

 

 

「実は……人に会わなければいけない」

 

 

へぇと、俺はここまで連れてこられた無意味さを予感しつつシルバさんの話を続けて聞く。

 

 

「早く銀にモンスターを倒して貰って男の姿に戻ってくれないと、警察に届けられないからな」

 

 

ため息混じりにシルバさんは言った。

 

 

「ちょと待て……くれ。警察って何だよ」

 

 

モンスターがどうのこうのと言っていた気がするが、今の俺には警察の方が大切だ。

 

下手をすれば、住む場所から追い出されるばかりか、命がなくなるからだ(例のあの人の手によって)。

対策を立てるためにも早くそう言う事を言って貰わなければ困る訳だ。

 

      

「出頭するにしても、そのままの格好では私が出頭しているのと同じだろう」

 

「つまりはモンスターを倒すと」

 

「そうだ。出頭の前にチョコッとモンスターを倒すだけだ」

 

 

うっわぁ、買い物行感覚みたいに言われたよ。

 

 

「あんな化け物と戦えって?止めてくれ、命が幾つあっても足りないよ」

 

 

無理無理無理無理無理だから。

あんなのと戦うぐらいならずっとこのままの方が良いに決まっている。

 

 

「拒否権はない」

 

「はぁ、そうやってまた暴力で訴えるのか」

 

 

此方は命までかかっているんだ。

暴力で訴えるやり方じゃぁそれ相応の頼み方ってものがある。

 

 

「いや、やりたくなければそのままでも良いぞ」

 

「へ?」

 

 

なんか肩透かしを喰らった気がする。

シルバさんなら何がなんでもやらせるかと思ったのに。

 

 

「それを付けている限り私を含め、お前はモンスターに狙われ続けるがな」

 

 

そう言って、俺の胸のペンダントを指差した。

どうやら逃げられる事は出来ないようだ。

森の中をズンズン進むシルバさんの足取りは慣れたものであった。

 

 

「此方は山用じゃないっつうの」

 

 

無駄に装飾された靴を恨めしくにらむ俺。

まぁ、こんなの普段持っていないんだがな。

メイド服と一緒の性別変化による影響の一つだ。

 

 

「止まれ」

 

 

ピタリと止まったシルバさん。

近づいて見てみると地面に小さな窪みのようなものが規則的にへこんでいた。

 

 

「どうやら手負いか……まぁ初めてなら五分五分ってとこか」

 

 

ブツクサ何か言っている。

赤くは無くオレンジ色を濃くした黄土色とでも言うのだろうか。

まぁ、汚いオレンジ色とここでは最終的には俺の中で落ち着いた。

 

別に色の固有名が解らなかった訳ではない。

そしてあの、汚いオレンジ色の液体は〝手負い〟と言う情報から血だと推測される。

 

 

(やっぱり血は赤じゃないんだ)

 

 

と、考えつつ、それからはシルバさんの動きを頭の中を空っぽにして眺める。

 

 

「追いかけるぞ」

 

「ひぁい」

 

 

油断した。

声が裏返った事で顔が真っ赤になった。

 

気がする。

 

 

「いくぞ。銀、回復されては厄介だ」

 

「はいはい、俺がな」

 

 

何かが吹っ切れた。

一つ言っておく。

 

スルーとは、時としてどんな言葉よりも鋭いナイフに変わる時がある。

身をもって痛感した俺が言うのだから間違いはない。

 

こんなとき。

ディスクな式紙。

特に鷹の魂が入ったものが欲しくなる。

 

あれは動物の形になり何より持ち運びに便利そうだ。

まぁ、薄いと言う観点からなのだが、最近出てきた缶のやつはあまりフォルムが好きではない。

 

無いものを無いと嘆いても何も始まらない。

今一番必要なものは、少しの小銭と明日のパンツ……ではなく

 

 

「行くぞ銀。そんな腐った顔をしていると本当に腐るぞ」

 

 

強い強い。

強い折れない心が欲しいです。

 

 

「そうだ」

 

 

それは、突然だった。

 

 

「今のまま戦ったら銀が死ぬではないか」

 

 

そう、突然に命を後一歩のところで取り止めた。

 

 

「シルバさん、それは一体どういう意味かな」

 

「聞いての通りだ、このまま挑んでもあれには勝てない。むしろ死にに行くようなものだな」

 

 

腕を組ながら唸り、一人で納得している様子だが此方は見当がつかない。

 

いくら世界が違う同一人物だとしてもわかる筈はない。

わかる人がいたら挙手を、キャンディあげるから教えてくれ。

 

 

「まだ、本人と契約してない」

 

「本人?」

 

 

本人というくらいだから、少なくとも話が解る人だろう。

少しはまともな人が来て欲しいものだ。

シルバさんを見ていると不安の方が大きくなるのはどうしてだろう。

      

人気の無い森を言われるがまま暫く進むと、広い原っぱに出た。

 

 

「ふむ、ここが良いだろう」

 

 

そういったシルバさんは、俺に近づくとグイッと顔を近づけた。

 

 

「え、ちょっと、しし、シルバさん」

 

 

そして目を瞑り、俺の胸の谷間に手を置く。

 

 

誘われている、誘われているのか?

俺はその行動は待っていると捉えるぞ。

 

良いんだよな。

双方合意の下だし。

 

良いんだよな。

愛があれば、世界は違えども同じ自分“内藤銀”だとしても。

 

生唾を飲み俺も目を瞑る。

シルバさんのその体型に似合わないほど艶やかな唇に目掛け、顔を近づける。

 

 

「我が声に答え、出でよアーマイゼ」

 

 

すると。

目を瞑っていても解るほどに俺の胸のペンダントは、強く青白い光を放った。

 

 

「気配で解るわ愚か者」

 

「グハァッ」

 

 

どさくさに紛れ腹に一発。

 

良いパンチを貰った。

 

俺は痛みに耐えきれず、その場にうずくまってしまった。

今日一日だけで何発の攻撃を喰らったのだろう。

 

未だに残る腹に刺さるような痛み。がまだ残っている。

 

 

「こんなバカが、この世界のシルヴァーナなのか」

 

「あぁ、そうだ。認めたくないが……事実だ」

 

 

ため息混じりに誰かと話しているシルバさんの声が聞こえる。

 

あれ?一瞬の隙にだれかそこに立っている。

声はハスキーだが、女性だと解る。

良知が空かないと思いゆっくりと顔を上げる。

 

 

「……うん、頭でも打ったのかな」

 

「大丈夫。頭がおかしいのは元からだ。安心しなさい」

 

 

話しかけてきたのは知らない人。

 

いや、人ではなかった。

 

 

「改めて紹介する。私が契約していたモンスターのアーマイゼだ」

 

「よろしくね、バカ」

 

 

見上げると前に見た巨大な蟻が6本足で堂々と立っていた。

堂々と立つその佇まいは威厳や風格が見て取れ、多足歩行とは思えないほど堂々としているよいに見えた。

 

この蟻いや、アーマイゼだったか。

普通の蟻とは違い、まず全体を見ると機械に近い蟻。

普通の蟻の真ん丸な目とは違い黄色く鋭い目をしている

 

 

「じろじろ見るな胸の大きなシルヴァーナ」

 

「こら、アーマイゼ」

 

「昔から嘆いていたではないか、何で私だけ小さいのって」

 

「それはだな……って話を逸らすでない」

 

「ようやく気付いたか」

 

「わざとだったのか」

 

 

なんだろうか、内輪で漫才を始めたぞ。

 

 

「さて、早く本契約を結ぶぞ。いい加減に体がだるくなってきた」

 

「よし、銀。契約だ、がんばれ」

 

 

シルバさんはそう言うと、右手をグッと突き出した、

 

 

「よし、銀。契約だ、がんばれ……じゃねぇよ、やり方を教えてくれやり方を」

 

 

 

いきなり、飛行機を運転しろと言っているようなものだぞ。

無理だっつうの、こっちは説明以外にも飛び方を教えてもらってないんだから。

 

下手すりゃぁ死ぬ自信があるぞ。

 

 

「品の欠片もないな」

 

「全くだ」

 

「誰に似たんだか」

 

「おいアーマイゼ、こっちを見るなこっちを」

 

「仕方がないか、おい。銀とやら私に触れるんだ」

 

 

俺は言われた通りアーマイゼに手を触れた。

 

 

「お、おい、さわっても良いと言ったがいきなり私の尻をさわるだなんてなんて大胆な」

 

「あ、あああ、ごごごめん」

 

 

と言ってみたが、見た目は蟻だから何処が尻だかわからんのだよな。

 

 

「……」

 

 

そのやり取りをシルバさんがとても冷めた目で見ているのに俺は気付かなかった。

 

 

「後は自分の名前を、女っぽく叫べば終りだ」

 

「え?」

 

「どうした、このままで良いのか」

 

 

シルバさんを見た。

目を瞑り黙って頷いている。

合っているのか。

 

だったら逃げることは出来そうにないな。

 

 

「そんな俺は……」

 

「早くしないとエネルギー切れで私が消えるぞ」

 

「銀。早くしなさい」

 

「わ、分かったよ……コホン……な、内ぃ藤ぉ銀ん」

 

 

やった。やりきった。

もうこれっきり後悔はしない。

 

 

「ど、どうだ」

 

「……」

 

 

シルバさんは下を向き顔を赤くしてプルプルと震えている。

 

なにか間違って怒らせたのか。

そう俺が絶望に苛まれたその時。

 

 

「プッ」

 

 

留めきれなくなった口から吐き出される、空気の固まり。

 

 

「ハハハハハハッ」

 

 

その直後、二人から聞こえる大きな笑い声。

そのとき俺は確信した。

 

 

「騙したな」

 

 

皆さんには無責任で強引な女に捕まって欲しくはないと切に願う。

 

“騙されるのが悪い”

 

そう二人が一蹴した事によって強引だが事態は終息に向かった。

 

 

「気を付けろシルヴァーナ。近くに“巣”があるぞ」

 

「“巣”?」

 

 

思わず声に出してしまった。

 

 

「簡単に言うと、モンスターの集まりだ」

 

 

シルバさんが付け加えるように説明してくれた。

 

うん、でも。

 

 

「来たな」

 

 

静かな森の影から昨日と同じ。

いや、一回り小さい蜘蛛の化け物がコンニチハをしていた。

 

 

「ガンバレ」

 

 

表情を強張らせたまま静かに肩に手を置きながら頷いた。

 

      

「……」

 

「……」

 

 

簡単に言う。

これは決して放送事故などの類いではない。

 

あれから俺達は睨み合ったまま一向に動こうとはしなかった。

いや、動けないと言った方が正しいのだろう。

 

お互いがお互いを警戒しながら一歩も動けない状態。

 

 

『帰ッテクレ 俺達 静二暮ラス 』

 

『ソウダ ヒト 必要以外食ベナイ』

 

 

これは……頭の中に直接語りかけてくるのか。

 

 

「黙りなさい。貴方達は元の世界に強制送還よ」

 

『向ヤダ アッチハ 食料 少ナイ』

 

『ソウダ』

 

 

成る程な、向こうは食糧難らしい。

熊が食料を求めて人里へ下りるのと同じ原理か。

 

 

「成る程な熊と一緒か」

 

「そんな悠長な事を言っている場合ではないぞ」

 

 

シルバさんが指を指すと、元からいた蜘蛛の他にワラワラと言う表現が相応しいだろう。

 

 

「数は十……いや、もっとか」

 

 

大量の蜘蛛が気持ち悪いぐらい出てきて辺りが、ざわざわ騒がしくなってきた。

 

 

「銀、気を抜くなよ」

 

「いや、ここは逃げよう」

 

「ハァ」

 

 

ここは多勢に無勢。

あんな数を真面目に相手していたら、命が幾つあっても足り……って、死んだか俺。

 

一度は無くなった命だ。

それを大事にしなくて何が悪いんだ。

 

そう、これは当たり前。

人として純粋な感情であって、決して恥じるものではない。

 

 

「シルバさん、そんな顔をしてないで早く逃げよう」

 

 

そうだ、早くここから退散しなくちゃ。

 

 

「失望したよ。銀」

 

 

シルバさんは木の枝を拾い上げ、指でなぞる。

すると木は光輝き、レイピアだろうか?その枝は剣に姿を変えた。

 

 

「そこで震えて見ていろ」

 

 

シルバさんは凛とした佇まいで、蜘蛛の化け物を見据える。

そうこうしている内に俺達の回りには十数もの蜘蛛が辺りを取り囲んでいる。

 

 

「やぁっ」

 

 

掛け声と共に、シルバさんは蜘蛛の群れに一人単身で乗り込んでいった。

     

 

 

~Silvana said~

 

      

 

呆然とした顔で、銀は私を見ている。

騎士たる自覚の無さには私は失望の念が拭えない。

だが、今はこの群れをどうにかしなければならない。

 

“弱き者には救いの手を”

 

幼い頃からそう教えられてきた私、そして教えてこられなかった銀。

初めから無理だったのかもしれない。

 

 

「くそっ」

 

 

悪態をついてしまう。

エネルギーが少ないせいか、体がやっぱり重い。

さっきの物質変化が出来たのは奇跡に近い。

 

 

『騎士ヨ 一人デ 勝テルト 思ッテイルノカ』

 

「お前達下っ端には、私一人で丁度良い」

 

 

 

嘘だ。

本当は剣を維持しているだけで心臓が暴れるように動いている。

私は意を決し、握る剣に力を込めた。

 

 

「行くぞ」

 

 

槍のように鋭い前足が、私の頬を掠めた。

切っ先を一番柔らかいと思われる間接に向けた。

相手の勢いを利用して刀身は、肉を裂きそして筋を切る。

 

 

『ギギギッ』

 

 

バランスを失い仰向けになった蜘蛛の口に、剣を突き立てると直ぐ様次の行動に移す。

 

次は二方向。

私から右斜め上と、真後ろから来るのが解る。

 

他に来る気配。

殺気と言った方が分かりやすいだろうか。それがない。

 

 

「……ナメられたものだな」

 

 

体制を低く、力をため右に避ける。

銀色の髪が顔に掛かり、視界が一時失われるが聴覚による情報が作戦の成功を知らせた。

 

 

『ガッギギッ』

 

 

いきなり消えた私に対処できず、二体は衝突した。

 

この好機を逃してはならない。

剣を振り落とし、二体の頭を跳ねる。

 

刀身に響くものを切る感覚。

すぐ後に訪れた地面に当たった感覚。

汚いオレンジ色の血が剣からドロドロと流れ落ちる。

 

 

「まだか」

 

 

蜘蛛の群れが辺りをぐるりと囲まれる。

力は今ので十分に使ってしまった。

固い外皮を避け、間接の柔らかい所に剣を突き立てるも、切れ味が落ちてしまっているのが解る。

 

髪が反り血で、オレンジ色に染まっていがそんなのは気にしていられない。

 

今度は三体。

私に向かってきている。

悔しいが遊ばれている。

葬る毎にだんだんと向かってくる数が一体、また一体と増えてゆく。

 

 

「ハァァァァァ」

 

 

全身が血に染まっている。

剣を握る余力がもうない。

 

 

『十三カ ヨク 持ッタ 方ダナ』

 

 

私の手から剣が滑り飛び、地面に突き刺さると、元の木の枝にもどった。

 

 

「しまっ」

 

 

目の前には切り損ねた二体の蜘蛛が。

 

 

「くっ」

 

 

その時。

私はモンスターに恐怖した。

 

槍のような前足と、ギラギラと尖った口が私の命を奪いにやって来た。

 

恐怖からか。それとも、死に際の幻想か。

目を瞑ろうとした私の目に写ったの。

 

それは銀色の髪を靡かせ、見たこともない剣を持った私。

 

そう、この世界の私

 

 

「銀!!」

 

 

 

 

~GEN SAID~

 

      

俺は無力だ。

女の子一人を戦わせて、その光景をのうのうと見ている。

 

でも、大丈夫だよな。

あっと言う間に一体倒したし。

次の二体も流れる作業だったしな。

 

 

『本当にそう思っているのか』

 

「大丈夫だよ。だってただの木の枝を剣に変えたんだぜ」

 

 

何処から声がした。

流れで返答したが、この声はアーマイゼか。

 

 

『銀。シルヴァーナが本当に大丈夫だと思っているのか』

 

「それは……」

 

 

“大丈夫だと思っている”と、いえば嘘になる。

 

現に蜘蛛の群れも遊んでいるように見える。

素人の俺の目から見えたのだ、火を見るよりも明らかこのままでは危ないかも。

危ないかもと言ってみたものの何をして良いか解らない。

 

何をするべきなのか。

どうするべきなのか……。

 

      

『戦いたいか』

 

 

戦いたくないよ。

戦う理由がない。

戦いたくないけど、目の前で女の子が戦って、傷ついて血に染まっていくのは……

 

嫌だ。

 

 

『有るじゃないか。お前に戦う理由が』

 

 

理由があっても、力が。

 

 

『有るじゃないか。お前には戦う力が』

 

 

使い方が解らない。

 

 

『解らないんじゃ無い。使う勇気がないだけだ』

 

 

勇気?なんで出てこないんだ。

こんなに思っているはずなのに。

 

 

『本能で恐怖しているだけだ』

 

 

本能だと?

 

 

『この力。王の力はお前を孤独にする』

 

 

俺は……。

 

 

『抗え。叫べ。振り絞れ。躍動しろ。お前に与えた力。孤独になろうと守りたい者がお前にはある筈だ』

 

 

責任感か。

いや、これは覚悟。

 

シルバさん、悲鳴めいた声後。

足元に一本の剣が飛んできた。

 

 

『急げ。銀』

 

 

地面に突き刺さった剣は、元の木の枝に戻った。

 

 

「……シルバさん」

 

 

意思は固まった。

例え孤独になろうとも。

例え女のままになろうとも。

 

 

「俺は守る」

 

 

女の涙はみたくない。

傷つく姿を見たくはない。

例え自分が女であろうとも。

 

俺の願い。

俺の志。

俺の決意。

 

踏み込む足に力を込めて、イメージするのは最強の剣。

昔助けてもらった人が使っていた剣。

 

肘から指先までの長さの刀身。

鎖で繋がれた二本の剣が、俺の両手に収まっていた。

 

 

「ターボセイバー……だったけな」

 

『オ前ハ 何ナンダ』

 

「内藤銀。そこの姫の騎士さ」

 

 

右手の剣の切っ先を一匹の蜘蛛に向け、もう片方を肩に乗せながら俺は言った。

 

 

『オマエ マサカ』

 

「この格好じゃ戦い難いな……でも。まぁ、良いか」

 

『止メロ 後戻リ 出来ナクナルゾ』

 

「御生憎様。覚悟はもう出来ている」

 

 

肩に担いだ剣を一匹の蜘蛛に投げつけたる。

 

 

『貴様ァ』

 

 

辺りの蜘蛛は俺に向かって一斉に襲いかかってきた。

敵の頭に剣が突き刺すと、大量の液体を吹き出し崩れ去った。

 

 

「ツゥッ」

 

 

直ぐ様剣を引き抜く。

構えを戻し、第二波に備える。

 

 

「おいおい……多いって」

 

 

空を埋め尽くさんばかりの蜘蛛が降ってきた。

目が赤く発光しているのは気のせいではない。

映画で見たが、怒っている証拠だろうか。

その映画と同じとは限らないが、今はそんな気がする直感がある。

 

金色の野に、降り立たなければならないのだろうか。

 

 

『余所見ハ』

 

 

体が反射とも言うべきだろうか。

自動的に、そして機械的に攻撃が簡単に予測できる。

 

 

「ハァッ」

 

 

両手剣の手数を生かし、右へ左へ蜘蛛を凪ぎ払う。

固そうに見えた皮膚はまるで、大根を切るみたい切れる。

致命傷を受けた蜘蛛達は、光の粒子となって俺に取り込まれる。

 

イメージとしては、風呂上がりに出る体からの湯気を逆再生した感じた。

全身で光を取り込みつつ、いつか見たヒーロー。

いや。あの救世主みたいに、蜘蛛を切り捨てて行く。

 

 

「はぁぁぁっ」

 

 

斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。

 

どのくらい斬っただろうか。

周りの蜘蛛は一向に減る気配はない。

 

 

「退くぞ銀」

 

 

ボロボロのシルバさんは、そう言った。

 

 

「待ってくれよ、こいつ等を片付けなくちゃ。人が」

 

 

話している間にも蜘蛛は襲いかかってくる。

空気を読め。空気を。

 

 

「良いから。私を信じろ」

 

「……わかったよ」

 

 

何でだよシルバさん。

まだあんなに一杯居るじゃないか。

 

最初の戦いは。俺の圧勝で終わった。

だけど。

 

結果として、俺の逃亡と言う形でこの戦いは終わってしまった。

逃げる途中。暫く、蜘蛛は俺たちを追いかけてきた。

だが森を抜けようとした所で蜘蛛達はピタリと追跡を止めた。

 

それを後ろ目に見ながら、俺達は帰路についたのだった。

 

      

      

      

     

     

      

 

 



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02話 煌めく黒金の鎧~合縁奇縁~(1/5)

忘れている人は少ないと信じたい。

 

今の俺には足がない。

足と言うのは、股から生えてるアレではなく、乗り物の事を指す。

 

先の戦いで、忘れている人もいるかもしれないから言っておく必要がある。

俺達はあの現場近くの森へ行った訳だが、ここから千束の勤める警視庁まではかなりの距離がある。

 

何が言いたいと言うとだな。

 

 

「絶対に間に合わない」

 

 

二人して国道にしては狭い道を走る訳だが、スピードは常人のそれと変わらない。

 

 

「なんで男に戻るかな」

 

 

いや、戻りたかった訳なんだがね。

時と場合があるんだよ。

 

こんちくしょうが。

戦いの時に気づいたのだが、女になった時の俺は身体能力が上がっているらしい。

 

 

「言っただろう、まだ力を使いこなせていない。それに、あの蜘蛛から発せられていた殺気が途絶えた」

 

 

そんなことを言いながらシルバさんも俺の2、3歩後ろを走るのであった。

しばらく走っていないせいか、足が痛くなってきた。

 

運動不足の弊害とは、良く言ったもので、太股とふくらはぎの痛みは半端ない。

 

車が、何台も何台も抜き去って行く。

時には、これでもかっというほど距離を開けて。

時には、ギリギリの距離を走り抜いて行く。

 

また、一台の車が抜き去っていったと思ったら少し先でその車は止まった。

 

 

「あれぇ、銀ちゃん」

 

 

聞き覚えのある弾んだ声。

車の中からサングラスを外し、出てきたのは黒髪を靡かせた女性だった。

 

 

「めぐみさん何でこんな所に」

 

 

めぐみさんは車からおりて、此方に向かって歩いてきた。

 

 

「何でって、それはこっちの台詞よ、銀ちゃんこそ、なんでこんな所にいるの」

 

 

めぐみさんはそう言った後、シルバさんに気付いたようだ。

 

 

「銀ちゃん、この子……」

 

「お初にお目にかかります。私、内藤さんを頼ってイタリアから来ました、シルヴァーナ・カヴァリエーレです」

 

 

めぐみさんがそう言った時、軽く会釈した、シルバさん。

態度が俺の時と全然違うのは仕方がない事なのだろうか。

 

 

 

「初めまして、椎名めぐみです」

 

 

そう言って、めぐみさんもお辞儀をした。

 

 

「へぇー、最初はメールの間違いねぇ」

 

 

奇跡的に知り合いに出会えた俺達は、なんと慈悲深い事に、車に乗せてもらえた。

 

 

「そうなんですよ、最初は英語の羅列が一杯出てきてビックリしましたよ」

 

 

いけないことと解っているが嘘八百を並べる。

仕方がないよな、有りのままを話しても信じてもらう確率は限りなく低く、かなりの労力を使う。

 

 

「そこから始まった恋ってやつね」

 

 

少し、おどけた様子でめぐみさんは言った。

 

 

「大丈夫。その心配はありません」

 

 

真顔で言うな真顔で。

まだ、めぐみさんには見えてないから良いものの、その顔でその言葉。

 

深く胸に突き刺さるものがあるぞ。

 

 

「フフッ、どうかしら。私の勘結構いい線行ってると思うわよ」

 

 

そしてめぐみさん、これ以上深く掘り下げないで。

お願いだから。

 

 

「じゃあ、そうならない事を祈ります」

 

 

そう言ってシルバさんは十字を切った。

神にまで誓うことなのか……それは。

 

 

「ううっ、もう、どうにでもなれ」

 

 

様々な思い。微妙な均衡を保ちつつ、俺達は千束の元へ向かうのだった。

あれから、いろんな事を質問され、嘘と真実を織り混ぜながら話したのたが。

 

本当にこれで良かったのだろうかと思いつつ。

下手に話して他者を巻き込むわけにはいかなかなかい。

そう結論に至ったわけだ。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

気がつけば、警視庁の前に付いていた。

俺達はめぐみさんにお礼を言い、早速向かうことに。

 

 

「銀ちゃんとシルヴァちゃんと千束ちゃんの三角関係か……昼ドラみたいね」

 

 

別れ際にそう言った後。めぐみさんの乗った車は、走り去ってしまった。

 

だから違うってのに。

俺の叫びも虚しく、空の向こうに消えていってしまった。

 

さて、これから、ある意味戦いが始まる。

モンスターよりも手強く、戦いづらい相手だろう。

 

だが俺は負けない。

これ以上、事をややこしくしたら俺の頭の処理容量を超える。

 

それだけは何としてでも避けなければならない。

 

 

「私はここで待っているぞ」

 

 

そう言って石碑の周りのブロックにシルバさんは腰を掛けた。

 

 

「あぁ、分かった。寒くなってきたら中に入っているんだぞ」

 

 

フッと、シルバさんは笑うと。

 

 

「そうさせてもらう」

 

 

そう言ってシルバさんは手を振った。

 

 

これからは俺の戦い。

闘なければ生き残れない。

そう自分に言い聞かせながら、俺は千束の元に向かうのであった。

 

 

 

~Gin said~

 

薄暗い室内。

 

 

「いらっしゃい。ささっ、こっちに掛けて」

 

 

何故か笑顔の千束。

 

 

「あ、あぁ」

 

 

それに気圧され、縮こまる俺。

 

 

「なぁ、千束」

 

「なに」

 

 

机の上にはスタンドライト。

そして……カツ丼。

 

 

「何で俺。取調室にいるんだ」

 

 

ここは取調室。

何故、机の上にはカツ丼が置かれているのかは不明だ。

 

噂によると出されたカツ丼は自腹らしい。

それが、刑事側から出たものなのか犯人側から出たものかわ解らない。

 

ただ1つ言えることがある。

 

 

「と、言うわけで銀には器物損壊と銃刀法違反の容疑がかけられています」

 

「俺は犯人じゃねぇぇぇ」

 

 

虚しく響く声が取調室に木霊した。

なぁ、泣きたくなるだろう。

悲しみと苦しみを越えた先にあったのは更なる苦しみ。

はぁ、心の中で何度ため息をついたか解らない。

 

 

「銀……聞いてるの」

 

「あ、あぁ、もちろんだとも」

 

「聞いてなかったよね」

 

「はい」

 

 

シルバさん。

早く帰れそうにもありません。

どうか大人しく待っていてください。

 

 

 

~Silvana Said~

 

 

遅い。

直ぐに戻ってくると言っていたが、一時間も主を待たせるとはどう言う了見だ。

 

 

「ここは1つ乗り込んで……」

 

 

と、建物を睨むと、警備の者と目があった。

 

 

「……」

 

 

すごく見られてる。

 

 

「………」

 

 

穴が空くほど見られてる。

 

三下が。

私を睨むとは言い度胸だ。

私が鳥の餌にしてくれようか。

 

と、したい所だが、力がまだ回復しきってないな。

このまま行くには少々難儀……だな。

 

 

「ちょっと君」

 

「なんだです」

 

 

おっと。

日本語がおかしくなった。

 

 

「なんだですって……きみどこから来たの」

 

「秘密です」

 

「秘密って、君ずっとここに居るよね」

 

「頼まれたので」

 

「誰にだい」

 

 

おっと、警戒させてしまったかな。

まぁ、良い。

 

 

「銀だ。内藤銀」

 

「内藤……銀……あぁ、あの珈琲の」

 

 

どうやら、顔見知りみたいだな。

だったら話は早い。

 

 

「銀にここで待ってろと言われたけど中々来ないのだ」

 

「そうだったのか……」

 

 

三下がそう言うと少し考えた素振りを見せる。

 

 

「よし、多分。千束刑事に捕まってるんだと思うからロビーで待ってなさい」

 

 

三下が何を言って……って、そういえば銀も言っていたな。

      

ふむ。やはり、何もないな。

待たされるロビーにはこれといった面白いものはない。

 

 

(探検でもしてみるかな)

 

 

そう思ったが、それはあまりにも幼稚なような気がする。

 

しかしだな。

このままだと暇で死にそうだ。

いや、実際死ぬことはないのだがな。

 

 

「うむ~~~~っ」

 

 

こうしているだけでも時間は過ぎる。

だがしかし。

時間は金では買えない大切なもの。

 

それを、安々て無駄に浪費するなど言語道断だ。

 

どこかに……何かないかな。

幼稚と分かっていても、探求心が私の心をくすぐる。

 

あまり知らない世界。

全く知らない建物。

 

何だ。

 

悪いのは私では無いではないか。

悪いのは、ここまで私を刺激する環境にある。

 

 

「よし、探検だ」

 

 

私は早速地下へ向け歩を進めた。

探検と言ったらやっぱり地下ダンジョンに尽きるな。

 

 

~Gin Said ~

 

 

 

やっぱ心配事は的中してしまった。

シルバさんは何処にもいる気配はしない。

 

 

「ええい、どこに行ったんだ」

 

 

最初にいた場所、そしてロビーには居なかった。

なんだよ、こっちは折角 話をつけて終わらせたって言うのに。

 

俺はロビーに立ち尽くし、左右を見る。

案の定、シルバさんの姿は無い。

今度は上下、当然シルバさんの姿は無かった。

 

 

「……むぅっ」

 

 

考えるんだ。

考えれば何かが浮かんでくる筈だ。

 

 

「ハッ」

 

 

おっと。

思わず声が出てしまった。

 

そうだよ何でこんな簡単なことを思いつかなかった。

もとい、思い出せなかったんだ。

言ってたじゃないか

 

“もう1つの世界の内藤銀”

 

だって。

これを思い出した俺の観察力を持ってすれば、星の本棚に入らずとも探偵としてやっていけるに違いない。

 

ゆくゆくは、フィリップみたいな関係の相棒……いや、嫁を貰ってだな。

いや、男じゃなく関係としてのフィリップだからな。

 

勘違いしないでくれよ俺は、冴子さん派だ。

っと、話が逸れたな。

つまりだ。

 

何が言いたいかと言うと、俺の考えのまま動くとシルバさんもその方向にいく。

 

 

「よし、上にいくぞ」

 

 

探検と言ったらやはり、塔制覇に限るな。

 

 

「離せぇ」

 

 

おや、聞きなれた声。

嫌な予感が一瞬、頭を過ったのは気のせい……だよな。

登りかけた階段を再び降りるとやっぱりと言うか、案の定というか。

 

 

「離せ、私は地下ダンジョンを制覇するんだ」

 

 

複数の婦人警官に取り押さえられている、シルバさんの姿があった。

あぁ、そう言えば力を使いすぎて常人程度の力しか出せないって、言ってたっけな。

 

冷静に事の次第を解説している俺だが……これって、ヤバくないか。

 

 

シルバさんは見た目外国人

    ↓

その前にシルバさんは異界人

    ↓

当然、パスポートも無ければ戸籍も無い

    ↓

これが世間に知れる

    ↓

当然俺の状態も世間に知れ渡る

 

 

「ちょっと待ったぁ」

 

 

考えるよりも先に、体と声が出た。

 

 

「あれ、銀じゃない」

 

「って、千束なんで此処に」

 

「なんで此処に……じゃないわよ、つい数十分前に会ったばっかりじゃない」

 

「そうか」

 

 

忘れてた。

とは、口が裂けても言えないな。

 

 

「それより銀、こいつ知っているの」

 

「もちろん、シルバさんだ」

 

「いや、名前もそうだけど……」

 

 

場の空気が音を立てて凍りついた瞬間だった。

俺は取り押さえられ、俺を睨むシルバさんの目を見ることは出来なかった。

あの目を見たら、命を奪われそうな……寿命を縮めさせられるような、そんな気がする。

 

     

「へぇ、銀を頼って遠路はるばるイタリアからねぇ……」

 

 

ジトッとした目で俺とシルバさんを見る。

 

 

「ホントに……嘘をつくと銀は瞬きが何時もより多くなるのに」

 

 

そう問いかける千束はやはりまだ納得してないようで……

 

 

「シルヴァーナさん、だったかしら」

 

「はい」

 

「一応こんな時間だからホテルまで送るわよ」

 

 

疑わしきは遠くへ距離を置く癖は、相変わらず発揮されている。

勿論、シルバさんがホテルなんて取っている筈はない。

 

 

「私、実はこの身一つで此処まで来たんです」

 

「え?」

 

 

信じられないといった表情で千束はシルバさんを見る。

そりゃあ、そうだよなぁ……。

 

 

「着替えは」

 

「無い」

 

「お金は」

 

「500ユーロ丁度」

 

「ねぇ銀、500ユーロって日本円でいくら位」

 

「知るかっ、愛さんなら知ってるかも。確か(せい)はイタリアって言っていた気がする」

 

 

なんか今日の千束は冷たい気がする。

そんな雰囲気が俺でもわかる。

 

 

「愛刑事は産休に入ったのよ」

 

 

そう悔しそうに言った。

あわよくば押し付ける気だったのか……。

 

とまぁ、あれから説得と謝罪を繰り返して現在に至る。

辺りはすっかり暗くなり、喫茶店クレパスまでは歩いて50分くらいの途方もない距離を歩く羽目になる。

何度も言うが、常人程度の力しか出せない俺たち二人はボロボロ状態であって……

 

 

「シルバさん、どの位回復したの」

 

「0.5%だめだな、やはり回復力が落ち始めている」

 

 

……楽をしようという考えは見事に打ち砕かれた。

警視庁の玄関先でこれから帰るであろう道のりの長さに、今にでも心が打ち砕かれそうだ。

 

細くもなく広くもない二車線の道路。

その歩道をゆっくりと歩いていると事件は起きた。

 

 

「ひぁっ」

 

 

それは突然の出来事。

 

性転換。

もとい、モンスターが活動を始め俺に殺気を送っているようだ。

 

ちなみにまだ、変化した事以外は俺に実感はない。

 

 

「しし、シルバさん」

 

「狼狽えるな、銀」

 

 

怖いものは怖い。

あのときは必死だったけど、今は素にに近い状態だ。

そうは言っても、重い胸の鼓動は早くなる一方だけど。

 

 

「どうやら違うタイプのモンスターだな」

 

「そんな頻繁に出るものなのか、モンスターって」

 

「いや、それは……危ない」

 

 

シルバさんは俺の頭をつかむと、地面にめり込むかって、ほど下へ押す。

そのまま俺が下に潰れ、地面に額を強打する。

と、空を切る音が耳に入った。

 

その後に……

 

 

「くそっ」

 

 

ハッキリと舌打ちが聞こえた。

 

 

「な、なんだ」

 

 

声のした方向を見る。

 

 

「なんだ……あれは」

 

 

目にしたのは人の姿に似た鷹。

その手にはボウガン……弩とも言われている武器が持たれていた。

 

正直……怖いです。

 

 

「契約者か……面倒だ」

 

 

シルバさんは、鷹の人を睨むと俺の肩に手を置きこう言った。

 

 

「奴は強い、油断するな」

 

 

その顔は何時にもなく、真剣な目付きをしていた。

何時にもなく真剣な目付きのシルバさんの鋭い眼光に、息を飲む。

 

 

「ふざけているのか、そんな格好で」

 

 

たぶん俺のメイド服の事を言っているのだろう。

 

 

「好きでこの格好になっていっ」

 

 

ボウガンから矢が放たれると、反射のごとく俺はジャンプする。

足元を矢が走ると鷹の人はギョッとした(様な雰囲気)顔をした。

 

 

「へっ、どうだい」

 

 

静かにその場に着地すると、得意気に話した。

良い感じに上がった身体能力、舐めてもらっちゃ困るぜ。

 

 

「白と青のストライプか」

 

 

そう笑うと、足に目掛け矢を乱射した。

 

 

「ギャアアァァァ」

 

 

右へ左へボウガンの矢が俺に向かい飛んでくる。

スカートがめくり上がらないように細心の注意を払いながら。それらを避けゆく。

 

だって嫌じゃないかピッチリしたパンツを見られるのは。

今度からは違うパンツを履きたいと思う。

男だった時には感じられなかった羞心にも似た感情。

 

俺は矢を避けることにプラスして、パンツを見られないようにする。

なかなか攻撃に移れないでヤキモキする自分に苛立ちを感じる。

 

それに、剣を持ったとしても今のままでは勝てる気がしない。

この姿での勘は妙に冴え渡る今、それもあながち無下に切り捨てることはできない。

 

 

「なんなのこれは」

 

 

聞き覚えのある声。

声のした方向を見ると、そこには車から降りた千束。

 

 

「来るな、千束」

 

 

思わず叫んでしまった。

直ぐ様それは愚行だと気付く事となってしまった。

鷹の人は千束を見ると、ボウガンを向けた。

 

体から血の気が引いた。

千束はボウガンを向けられたことに気づくと一気に緊張を走らせた。

場数を踏んでいるだけあって、背後を見せて逃げようとはしていない。

 

直ぐ様、車に乗り込むと千束はひと安心といった表情をした。

しかし、それは通常のボウガンならば安心すると言う話であって、あれは例外。

アスファルトをも平気で貫く矢では車程度ては無意味。

 

 

「なんだか知らないけど死ねや」

 

 

矢が放たれた。

矢は千束に向けてまっすぐ飛んで行くと同時に、最悪な事態が頭をよぎった。

 

 

「アヒャッ」

 

 

鷹の人は醜悪な笑い声を上げた。

 

それもそうだろう……

 

 

「ちょっと、シルバ。アンタここで何やっているの」

 

 

フロントガラスに鏃が刺さる感覚。

ギリギリ間に合ったか。

 

 

「なんで、私を庇って」

 

 

胸から延びる一本の矢と滴る血流。

……俺は、胸に矢を受けのだから。

 

場所は右胸の下辺りかな。

激痛が胸に響く。

千束にもしもの事がなくて良かったと、心底思った。

 

 

「へっ、無駄に大きな胸で助かった」

 

 

胸から矢を抜く。

一気に血が吹き出し辺りを赤く染めた。

 

 

「怪我はなかったか」

 

 

良かった。

何ともなかったみたいだな。

しかし、状況はより一層悪くなった。

 

矢……抜かなきゃ良かったな。

     

視界が霞んできやがった。

 

胸のペンダントが赤く染まり、青い石が紫色に変色したように見える。

そんなことはどうだっていい。

車のワイパーを引きちぎると、それを剣へと変化させた。

 

 

 

「……ターボセイバー」

 

 

千束はそう呟いた。

なぜだ、千束はあの時居なかった筈だぞ。

 

だけどそんな事を聞く余裕は今の俺にはない。

二対ある筈の剣も一本しか手に収まっていない。

集中力の途切れか、はたまたエネルギー不足なのか。

 

どちらかは分からない。

だけど……

 

 

「俺は守る」

 

 

戦う。

あいつを黙らせて、関係の無い千束を巻き込むわけにはいかない。

 

 

「うぉぉぉっ」

 

 

飛んでくる矢を剣で払い、尚且つ千束から注意を逸らさせる。

決して難しくはない。

命を投げ捨てる覚悟で、俺は鷹の人に突っ込む。

 

それが、特攻の精神だとしても。

それが、死に向かって行くのだとしても。

 

足に、胸に、腕に、腹に、肩に、矢が刺さろうと意識は保つ。

 

否。

 

意識を体に鎖で縛ってでも無理矢理保つ。

保たせる。

ご丁寧にも急所は外しているな。

むかっ腹が立つ。

 

 

「はぁぁぁ」

 

 

剣が重い。

剣って、こんなにも重い物なのか。

 

この剣を振り上げる力は今の俺にはない。

本当に上がらないのか……いや、違うかもな。

 

憧れだけで振るってきた二対の剣。

憧れだけで真似た戦い方。

憧れだけじゃ剣は答えてくれない。

憧れだけで振るっていいほど、あの剣は……いや、あの人は安いものじゃない。

 

自分の象徴を。

自分の信念を形に。

 

 

「何をブツブツと、気持ち悪い」

 

 

鷹の人はそう言うと、背筋からうなじにかけて寒気。

それは、明らかに今までとは違う感覚。

距離にして後、2メートルだっただろうか。

 

鷹の人も距離を詰められないように開けていた。

謎の寒気は、胸の心臓にへと矢を射ぬかれる感覚に変わった。

今度はギリギリ急所を外すだなんてエグい真似はされないだろう。

 

正真正銘、命を射ぬく死の一閃。

 

俺は覚悟し、ある剣に再変化させた。

これが駄目だったら、後は死ぬしかないな。

光り輝く剣を俺は力の限り投げ付けた。

 

 

「ガァァァァァ」

 

 

光る剣は、矢と衝突した。

金属音が、辺りに木霊する。

 

血に染まった胸のペンダントは青白く光り輝いくと、目の前に魔方陣が現れた。

その魔方陣からは、蟻の形をした機械的なモンスター【アーマイゼ】が姿をあらわした。

 

 

「アーマイゼ」

 

 

かすれた声で名を叫ぶ。

その時光り輝く剣は、矢を破壊しそのまま地面に突き刺さった。

 

 

「なにっ」

 

鷹の人は驚いたの距離を開けた。

 

 



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~協心戮力~(2/5)

 

 

体はボロボロ。

気持ちは芯のみをを残した状態。

だけどもう、負ける気はしない。

 

 

「行くぞ銀」

 

 

地面に突き刺さった剣は、身に纏う光を四散させ、その姿を露にした。

その剣は全て黒いレイピア、その真っ直で細身の刀身。

手を守る部分には、大きな菱形の青い装飾。

 

そして、左右下についた小さな青い三角形の装飾。

 

これはシルバさんが使っていた剣。

俺は剣の近くまで行くと、口から自然にあのキーワードを紡ぎだす。

 

 

「変身」

 

 

右手を広げ天に突き出し、左手は腰で拳を作り固定。

そして、アーマイゼは人の形へ変化する。

 

その次に、青白く輪郭だけを浮かび上がらせ俺と重なりあう。

金属がぶつかり合った音が辺りに響き渡ると俺は青白く発光した。

 

 

「カヴァリエーレ変身完了」

 

 

日曜朝のスーパーヒーロータイム四露死苦なんて、言ってはいられない。

カーブミラーに写った自分の姿を見る。

 

やっぱり……そうか、だったらやることは1つ。

俺は、剣を抜くと切っ先を鷹の人に向けこう言った。

 

 

「さぁて、一太刀行きますか」

 

 

黒く煌めくその鎧に、妖艶に浮かび上がらせているボディーライン。

手に持たれたレイピアは、その姿にとても馴染んでいた。

 

 

「負けるかぁぁぁ」

 

 

鷹の人はボウガンを連写する。

十数もの矢は、真っ直ぐに千束へ向かって飛んで行く。

 

 

「またか……だが」

 

 

満身創痍とは思えなかった。

体は先程とは打って代わり、羽のように軽い。

 

千束の車の前に向かって飛んで行く矢を、レイピア独特の素早い剣裁きでそれらを打ち落とす。

 

 

「悪いけど…君をそのまま返す訳にはいかない」

 

 

ジリジリと鷹の人に近付き間合いを詰める。

 

 

「来るなぁ」

 

 

それでも鷹の人は俺に向かって矢を放つ。

無駄だよ、幾らやっても。

今度は剣をダランと下ろし、飛んでくる矢を歩み寄りながら受ける。

 

 

「な……にぃっ」

 

 

黒金に煌めく漆黒の鎧に傷何てものは1つも付かなく、体へは軽い衝撃を感じたのみ。

 

 

「君は……越えてはならない一線を越えてしまった」

 

 

距離はもう目の前まで、迫っていた。

ボウガンをレイピアで弾き落とすと、空いた左手で鷹の人の頭を掴む。

 

 

「おらぁぁっ」

 

 

ブロック壁に思いっきり投げ、叩きつける。

案の定、ブロック壁は崩れ去り辺りは粉塵に包まれた。

 

 

「うぉっ」

 

 

粉塵の中、鷹の人は俺に飛びかかると拳を振るう。

それを紙一重でかわすと、顎に激痛が走った。

そのまま吹き飛び、背中から受身もとれずにぶつかってしまった。

 

 

「があっ」

 

 

なんとも言いがたい激痛。

体は動くと言っても、完全に傷が塞がったわけでは無い。

尋常ではない痛みが、背中から全身へと突き抜ける。

 

何が起きたのか理解できなかった。

確かに顔面を貫く拳を見切り、避けた筈だ。

 

 

「鉄仮面をしていても分かるぞ……避けきった筈、見切った筈なのに何故だってな」

 

 

そう、小馬鹿にしたように話す鷹の人は俺の神経を逆撫でるように喋ってくる。

乗せられるかよ、畜生が。

 

 

「へっ、そうだな……だがな、負けるわけにはいかないんだよ」

 

 

俺は剣を構え直すと鷹の人は……

 

 

「丸腰相手に剣を抜くのか」

 

 

と、今さらながら言ってきたがそれはもう遅い。

 

 

「今さらそれを言っても意味がないんだよ」

 

 

レイピア独特の素早い突き。

右へ左へ、鷹の人はそれらを避けて行くがそれは無駄に等しかった。

 

一瞬の隙を突き、脳天へ鋭く斬りつける。

 

 

「メェェェェン」

 

 

 

その攻撃は、剣道に近いものがあるがそれは俺がそれしか剣のたしなみがないので勘弁してほしい。

脳天へと鋭く剣を打ち付けると、鷹の人を抜き去った。

細い剣は折れる事なく、余計な箇所を切らずに頭のみを切り捨てる。

 

 

「………」

 

 

終わった。

そう思い、変身を解こうとしたその時。

 

 

「まだだ、次のが来るぞ」

 

 

斬り付け、割れた頭から湯気のように黒いものがもうもうと沸き出てくる。

 

     

「シルバさん」

 

 

いつの間にか背後に立っていたシルバさんは恐ろしげなキーワードを口に出した。

 

 

「来るぞ、こいつが本体だ」

 

 

黒い靄は段々と形を成して行く。

 

 

「いいか、鳥獣型寄生タイプのモンスター、ファルコーノは宿主か出てきたときが一番厄介だ」

 

「だったら、あのまま倒せば良かったじゃないか」

 

「私たちの仕事は、あくまでもモンスターを倒すこと。この世界の人間は特例がない限り殺すことは出来ないし、その剣も、モンスターと私達以外は斬れないはずだ」

 

 

そういってる間にも鷹の人から出てきた物体は形を形成し終えようとしている。

 

 

「後で教えてくれよ、モンスターの事をシルバさんの世界の事を」

 

 

俺は再び剣を構え直すと、そのモンスターの姿を確認した。

身の丈は鷹の人とさして変わらない、エジプトの壁画に描かれていたようなその姿。

 

残念ながら鷹の成分が強く、人肌の部分は皆無。

肌の部分は全て羽毛でおおわれていた。

 

 

「汝、よくも私の邪魔をしたな」

 

 

威厳のあるような声。

重く重圧をかけてくるようなしゃべり方。

それは俺が一番嫌いなしゃべり方だ。

 

無駄に大きいその声は、更に俺にイライラを付属するのに十分すぎる材料だ。

 

 

「わりいな……だなんて言うかよ」

 

 

再びレイピアらしからぬ剣の振るい方。

見よう見まねは最初だけ。

戦いに置いてそれは命を落とす事に直結してしまう。

 

できるだけ読まれないように、自我を出し戦う。

与えられた戦い方だと、その人の限界はたかが知れてしまうからだ。

かと言って、無闇やたらに戦う訳にはいかない。

 

その背後には千束。

そして、シルバさんがいる。

 

戦う術のない二人を守りながら戦うのは正直、厳しい。

だけどやるしかない。

 

 

「来ないのか……新米の騎士よ」

 

 

そう言って、足元に倒れていた宿主と言われた金髪の男をヒョイとつまみ上げた。

 

 

「まぁ、目覚めの朝食には丁度良いか」

 

 

力無くだらんと脱力している男は、大きく開けられた口の中へ。

 

 

「あっ」

 

 

声を出したが遅かった。

バリバリと骨が砕け、グチャグチャと内蔵が潰され咀嚼される音。

 

思わず耳を塞ぎたくなる音が、しばらく辺りを支配した。

呆然と見ることしか出来なかった。

千束、そしてシルバさんを見る。

 

千束は青ざめ、シルバさんは眉1つ動かさずその光景を眺めている。

 

 

「うぉぉぉっ」

 

 

 

倒さなきゃ。倒さなきゃ。倒さなきゃ。倒さなきゃ。倒さなきゃ。倒さなきゃ。倒さなきゃ。

頭の中でグルグルと同じ言葉が回る。

 

 

「来るか……なら」

 

 

ファルコーノの手には巨大な矢が持たれていた。           

それをファルコーノは槍のように突く、俺は咄嗟に剣で受け止める。

しかし直ぐ様、矢を引っ込めて再び俺を突く。

 

あれはもうボウガンに付いている矢ではない。

れっきとした槍である。

 

 

「ええい、ややこしいな」

 

 

俺は槍の間合いを抜け、懐に翔び入らなくてはならない。

それにファルコーノのあの動き、素直に入れてはくれないだろう。

しばらく剣と槍がぶつかり合い火花を散らす。

 

そして、間合いが大きく離れたとき、ファルコーノは自信ありげな口調で話し出した。

 

 

「おとなしく我の血肉になるか……それとも」

 

 

遥か高く飛び上がったファルコーノは、槍を構え直し手に持たれた槍を大きく振り……

 

 

「我のこの、矢の血肉となるかぁ」

 

 

俺に向かい投げつけた。

あれはやっぱり矢だったのね。

って、そんな悠長なことをいってる場合じゃない。

 

向かい来る巨大な矢。

段々徒大きくなって来ているのは気のせいではない。

避けることは出来ない。

 

避けたら千束。

そして、関係のない人を巻き込むことになる。

細く真っ直ぐな剣で受け止めるのは正直、無理だろう。

 

だったら……こう使うまでだ。

 

剣を逆手に持つ。

 

青い装飾が、キラキラと光りだすと、魔方陣が現れた。

 

 

「うぉっ」

 

 

その魔方陣は矢を受け止めると、勢いが俺に直接のし掛かる。

 

 

「ぐっ」

 

 

きしむ筋肉。

踏み込む足で悲鳴を上げ始める腱。

 

 

「うおおおおおおおっ」

 

 

矢は押し返され、それと同時に段々と小さくなってくる。

勢いを殺された矢は重力の流れに引き寄せられ、地面に落下した。

最初巨大だったその矢は、ごく一般的な矢の大きさに戻り地面に転がっていた。

 

 

「まさか……我の矢を止めるとは」

 

 

驚いた様に言っているが、それは本心からでは無いのだろう。

 

 

「諦めて、降参でもするか」

 

「我の辞書に降参の二文字はない」

 

 

やっぱりな……降参なんてする訳がないと解っていたんだけど。

少しは良い意味で期待を裏切ってくれたらどれだけ嬉しかったか。

 

なんて、考えている場合ではないのは百も承知だ。

ファルコーノは、再び矢を手に持つ。

槍のように巨大化した、矢は再び俺に向かい、空を突き進み俺の命を刺すため猛進してくる。

 

 

「まだまだっ」

 

 

所詮は直線的な突き。

弓いや、ボウガン……弩だったけ。

その矢が、俺の顔めがけ突かれる。

それを剣で弾き懐へ飛び込む。

 

 

「はぁっ」

 

 

左腹部か右胸部にかけ、一閃。

下段から切り上げる。

 

斬られたところから、赤黒い血が吹き出し、黒い鎧に付着した。

その血は、煌めく鎧の光を鈍らせる、だが。

しかし、その血は鎧を怪く光る物へと変える。

 

 

「ぐぅっ」

 

 

怯んだ隙を見逃す筈はなかった。

体制が崩れたファルコーノに、高速の突きを喰らわせる。

 

胸へ、そして喉へ。

急所と思われる場所に、特徴的な剣捌きで突いてゆく。

 

自然と動く身体。

自然と浮かぶ戦いのイメージ。

自然と浮かぶ相手の情報。

 

それは別世界の自分であるシルバさんのものか。

はたまた、別のものか。

考えを変えれば、自分自身に元から備わっていたものなのか。

必殺技とも言える技が、自然と頭に浮かび上がる。

 

思い浮かべるは、あの必殺技。

シルバさんがあの蜘蛛を葬っ……撤退させた必殺技。

 

あれが本来の力では無いのは重々承知している。

完成形ではないが、あの技を使う事でしか、決着は永久に付きそうな気はしない。

 

剣を逆手に持ち、構え、地面に突き刺す。

体の力の流れを、感じる。

流れを感じたまま、それを右足に集中させる。

落とし重心を低くする。

 

 

「コォォォッ」

 

 

右足がカッと熱くなる。

ヨロヨロと斬られた所を押さえながらファルコーノは俺を睨み付ける。

そのままのファルコーノに駆け寄りながら、高く高くジャンプする。

 

 

「ハアァァァ」

 

 

比喩ではない。

青白く光り輝いた右足は、ファルコーノに叩きつけられる。

そこから、何かの紋様みたいなマークが表れ、ヒビが全身へ走る。

2000の技を持つ男が変身するヒーローに、良く似た技。

 

だがこれは決定的に違うものがあった。

ヒビは全身に走ると、紋様を中心に何処かへ吸い込まれるように、モンスターは渦を巻き、消えてまった。

 

その後……。

激しい爆発。

縦にに真っ直ぐ、上る火柱は巨大な爆発音と共に天に上っていった。

 

モンスターは決して殺した訳ではない。

シルバさんの住む世界。

 

元の世界へ強制転移させただけだ。

爆発は……何で起こったのか解らない。

後でシルバさんに聞くとしよう。

 

火柱の熱でアスファルトは溶け、遠くのコンクリートの壁には焦げ目がついた。

 

一気に緊張が崩れた。

身に纏った黒金の鎧は、青白い光と共に消えていった。

再び女の姿となり、手にはシルバさんの剣。

モンスターを倒した筈だ、そろそろ元の姿に戻るだろう。

 

 

「ちょっと、あんたシルヴァーナ・カヴァリエーレでしょ。何なのよ今の」

 

 

やっべ、千束がいたんだよな……どう言い訳したら……。

 

 

「グッ、グッドモーニング」

 

 

取りあえず挨拶。

これ以上面倒な事は起きてくれるなよ。

 

 

「銀よ、どうだった初戦は」

 

 

うわっ、シルバさんも来たよ。

 

 

「え?へ?なな、何でシルヴァーナが二人いるの」

 

「それはだな、千束」

 

 

フォローに回ろうとするも……

 

 

「気安く私の名前を呼ばないで」

 

 

キッと睨まれ一蹴されてしまった。

 

 

「もとに戻った方が、話が早く進むと思うぞ」

 

 

シルバさんの助け船。

だけとな、ここで男に戻ったら俺は変態確実。

即逮捕&何処かの研究施設に収容されるなんて事態が、無きにしも有らずだ。

 

 

「もとに戻るって……まさか、双子の兄弟を偽った密入国」

 

 

ハッとした様子で俺たちを見る。

 

 

「違うっての」

 

 

そう俺が突っ込みを入れたとき、胸のペンダントが青白く光り輝いた。

千束は眩しいのか、腕で顔を覆う。

そして、光が収まったとき、女の……シルバさんの姿から、元の男の姿。

 

内藤銀へと戻っていた。

 

 

「え?へ?なんで銀が」

 

 

それはこっちが聞きたい。

 

 

「わかった、マジックね。私を騙そうなんてそうはいかない」

 

「イヤイヤイヤ、全く解っていないのは千束だ良く見ろ、このワイパーを」

 

 

男に戻ったことで、剣だった車のワイパーは元の姿に戻っていた。

 

 

「あ、私のワイパー」

 

 

千束もようやく事態を把握したようで……。

 

 

「何で銀があんな姿に」

 

 

案の定、千束は驚き、大声を張り上げた。

 

 

「あんなのとは失礼な」

 

 

沈黙を守っていたシルバさんが、少し不機嫌な様子で千束を睨む。

 

 

「だってそうでしょ、銀に女の子の姿にさせたら、それこそ金髪の美女が全裸でダウンタウンを歩くようなものよ」

 

「たしかに、私もこんな男に私と同じ姿になられるのは不愉快極まりない。それに、何度も女の姿でよからぬ事をしようとした」

 

「やっぱり……」

 

 

話はだんだんと脱線していった。

話の後半は……いや、大半は俺の不平不満や良くないところをぶちまける会と、なってしまった。

 

 

「なんで……こうなるの」

 

 

俺の言葉は届かない。

二人は気が合うのか、話に花を咲かせている。

 

いいんだ、うまくいけば。

俺がいくら罵られようと。

目から流れる水滴は、気のせいだ。

 

話が一段落するまで、三時間かかった。

それを、気にしていたら前に進めない気がする。

千束とシルバさん話は右から左へ受け流す。

 

その矛先は、俺に向いているものだがそれも右から左へ受け流す。

俺を残して二人だけ帰ってしまったのも、右から左へ受け流す。

流れる涙も右から左へ……受け流す事は出来なかった。

 

 

 

      

 



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~呉越同舟~(3/5)

 

昨日の鷹の人(ファルコーノ)の事件から一晩経ち、シルバさんは一泊家に泊まった。

 

俺の布団に寝ぼけて潜り込む。

ギャルゲー展開を強く望んだのだが、それは辛くも崩れ去ってしまった。主人公要素の1つや2つあったら、夢の事態が起こっていたのかもしれない。

 

神は、俺にそんなスキルを与えてくれている筈はない。

全くと言って良いほど何も無い夜だった。

 

だが何か起こっているのに寝過ごしてはならん。

そう思い夜通し起きていた。

その戦い跡は、目の下の隈が物語っている。

 

いつか純粋な願いを聞き入れて欲しいものだ。

さて話は変わるが今日は普段着。

朝起きてウェイターの服を着るのは寝ぼけているときだけ。

 

オールして変なテンションで迎えた朝は何時も以上にクールに紳士に過ごす。

取りあえず外の掃除を済ませると、三人分のコーヒーを用意したのであった。

 

 

「なんだ、この黒いのは」

 

 

開口一番、朝からシルバさんの口から語られたのは耳を塞ぎたくなるような事実だった。

 

 

「知らないのか、珈琲を」

 

「私の生活圏ではそんな豆の出涸らしなんて無いぞ」

 

「何で出涸らしって言葉知ってるんだよ」

 

 

指をカタカタとキーボードを叩くような動きをしながらシルバさんこう言った。

 

 

「そんなの、見たからに決まっているだろう」

 

 

シルバさんはそう言って、妖しくクスリと笑った。

止めてくれ、そんな目で見ないでくれ。

 

まったく、何時から居たのやら……全くわからなかったぞ。

 

 

「そんで……何時からいたんだ」

 

「銀がここに来たすぐ後だ」

 

「早っ、声ぐらいかけてくれれば良かったのに」

 

「いや、何故かニヤニヤしていたのでな……声を掛けづらかった」

 

 

掃除の時……ニヤニヤ……。

 

整いました。

主人公要素の1つや2つあったら人生薔薇色……だった筈。

 

うん、大変だ。

シルバさんに理由……言えないや。

 

見透かされたのか、見抜かれてしまったのか。どっちも意味は一緒か。

 

 

「銀、お前は主人公要素のひとつでも持っていると思うのか」

 

 

そういいながら少し間を明けた後。

 

 

「無いぞ、銀には」

 

 

絶望的なことサラリといった。

分かっていた事だが、改めてまた言われると悲しくなるよ。

 

 

「ちょっと、あんた達、朝からなに騒いでいるの」

 

 

心に多大なるダメージをシルバさんから受けていた時、寝ぼけ眼で階段から降りてきたのは千束だった。

 

 

「千束、何時も言っているだろ……いくら幼馴染みだと言っても、シャツ一枚はどうかと思うぞ」

 

 

丈長いシャツ一枚を来て、その下は何もはいてない。

いや、多分パンツぐらいは履いているだろう……たぶん。

 

 

「おや、銀は平気なのか……曲がりなりにも男と女だぞ」

 

「あぁ、もう見慣れた……いやもう、見飽き……アベシッ」

 

「おー見事な鉄槌」

 

 

シルバさんは感心したように、手を叩き拍手した。

 

 

「て、鉄はあかん」

 

 

千束の手に持たれていたのはフライパン。

叩き込まれた黒金の調理器具。

料理に使われる筈のそれは、俺の脳天を打ち抜く凶器にか変わった。

 

 

「見事に調理されたな」

 

「うまいわね」

 

 

何故か一晩で打ち解けている二人。あれ、昨日まで仲悪くなかっけ?

頭部には今だに痛みが残っている。

勿論、千束から謝ってもらっていない。

 

さて、これから何をするっと言う話になったのだがおあいにく様やることは何もない。

まだ休みが四日も残っている訳で、やることは特に決まってはいない。

 

 

「そうだ銀、女の子の下着とか持ってる?」

 

「そうだ、素直に出した方が良いぞ」

 

「人を下着泥みたいに言うな」

 

 

まったく、こいつらは…。

 

 

「それで、なんの脈絡もなくそんなことを口走って何が目的なんだ」

 

 

少しダルそうに話すが、まぁ、大型検討はつく。

するとシルバさんは、得意気に

 

 

「買い物にいくぞ」

 

 

と言って、千束は

 

 

「私が選んであげるから」

 

 

何て事を言った。

それを丁寧に、のし袋をつけてお返ししたいのだかこの二人の目はそれを許さない。

その目は好奇心に満ちた目で、福袋を開けるときの目に近いものがある。

 

 

「下着は良いんじゃないか変わらないのは服だけだし」

 

「だめだよ銀」

 

 

そう言った千束、だんだんと目付きは鋭くなってゆく。

何て事だこれだと人が切られてしまう、新しい通り魔に……って、いかん。

 

また何処かへ旅立ってしまった。

 

 

「目立つよ、そんなことしたら服が破れた時どうするの、捕まえる視にもなってよ」

 

「シルバさん、下着も変わったよねあの時」

 

 

恐る恐る聞いてみた。

 

 

「む。あの時着ていた衣服は変わるがそれ以外は無いぞ」

 

 

はい、詰んだ。

 

人生詰んだ。

 

男がブラジャー持っているなんて不自然きわまりない。

持っている人は多分下着泥棒だけだろう、絶対。

 

 

「持ち歩けと俺にブラジャーを」

 

「銀がブラジャーをバックに忍ばせても何ら不思議はない」

 

「いや、あるだろう」

 

 

シルバさんが珍しくツッコミを入れた。雨が降るな今日は。

 

 

「いえ、あの銀よ」

 

 

そう千束が言った後、暫く考え込んだシルバさん。

 

 

「たしかに」

 

 

ハッとした様子で、そう言った。

 

 

「もう、泣いてもいいですか」

 

 

力無く俺からその言葉が流れた。

 

 

「……」

 

「……」

 

「ごめんね銀。つい、からかうのが楽しくなっちゃって」

 

「ふむ、少し言い過ぎた。主といえ少しやり過ぎた」

 

 

これが噂のツンデレなのか。

騙されんぞ、俺は。 

それから妙に優しく接してくれて俺達は結局、下着や服を買いに行くことになった。

 

騙されているような気がするが、今後必要なものなのは明確。

何時かは行くしかないので、今日行くことに。

 

 

「千束、仕事は」

 

「今日は非番よ」

 

 

どうやら問題は無いようだ。

ついでにシルバさんの服も買いに行くことになった。

 

そして、財布にお金を補充していざ行かん。

一応銀行のカードとウェイターの服を持って行こう。

 

転ばぬ先の杖ってやつだ。

 

緊張するな……。

二階の自室から戻ると、シルバさんがいた。

 

まだ千束は来ていない。

 

 

「どうしたんだシルバさん。顔色が悪いぞ」

 

 

見るとシルバさんの顔は真っ白。

 

 

「大丈夫だ」

 

 

全然そうは見えない。

貧血を起こした人みたいな状態だ。

 

 

「もしかしてシルバさん、この世界の気候が合わないとか」

 

「たわけ、ちがう」

 

「だったら……」

 

「一種の栄養不足だ、案ずるな」

 

「栄養不足って、朝御飯食べたよな」

 

「栄養の種類が違う」

 

「酒類?」

 

 

もしかしてお酒の種類の事か?

 

だった家には調理酒ぐらいしか無いぞ。

 

 

「調理酒で大丈夫か」

 

「そっちじゃない」

 

 

そうか、違うのか……ちょっと安心した。

だけど、栄養って何だろう。

体の作りは俺達とあまり変わらないし、違うとこと言えば髪の色ぐらい。

 

 

「銀達の言葉で分かりやすく、一言で表すとしたら魔力が足りない」

 

「魔力?」

 

 

んなファンタジーな。

いつからファンタジー路線にっ……て、俺の性別がコロコロ変わる時点で十分、ファンタジーか。

 

 

「んで、どうやって作るの。飯でも食えば回復するのか」

 

「違うな銀、人間が光合成をしてエネルギーを作り出せないと同じだ」

 

 

うん。

全く理解できなくなってきた。

因みに通信簿で理科は3ぐらいだった気がする。

 

知らんこっちゃない。

植物がどうやって大きくなるかなんて。

 

 

「つまり要約すると、普通では手に入らない栄養が不足していると言うこどだ」

 

「オッケー、オッケーそれは解った、して、その補給方法ってのは」

 

「それが……なぁ」

 

 

そう言ったシルバさん、チラリと俺の方を見ると深くため息をついた。

なんとも失礼なこの行動、俺はこの後理由を聞くと納得してしまう自分がいた。

 

 

「血なのだよ」

 

 

ボケるのは止そうではないか。

決して思いつかなかったわけではない。

 

 

「血って、俺の?」

 

「いや、そこまで限定したものだと私が倒れてしまう」

 

「だったら……男なのか」

 

 

思わず声を荒げる。

勘弁してほしい。

 

シルバさんが男の首筋に唇を這わせるなんて、例え森羅万象がそうだとしても俺が許さない。

その腐った幻想を俺がぶっ壊す。

ななどと、うろ覚えのフレーズまで勝手に出てくる。

 

合っているかどうかは別だ。

 

 

「何を考えている」

 

「だって、シルバさんが男の首筋に唇を這わせるなんて……」

 

「ばっ、馬鹿者」

 

 

そう言ったシルバさんは顔を赤くした。

 

 

「なんだ、違うのか」

 

「そうだ、私が血を吸う対象は女だけだ」

 

「そうか、女限定……ん?」

 

 

今俺の顔にはデカデカと疑問符でも浮かんでいるのだろう。

女限定とはどういうことだろうか。

 

 

「なんでその枠に俺が入っているんだ」

 

「何って、それはな……」

 

 

チラリと俺を見るシルバさん。

その瞬間、俺は肩に重みを感じ過去の経験から一番当てはまる現象を予想した。

胸を一回見て俺は深いため息を吐いた。

 

 

「なんでかな……」

 

 

たわわに実る胸に白に近い銀色の髪がかかり、着ていた服は、その果実を支えきれずにパンパンに膨れ上がった。

などと文学的な表現をしつつ考えるのだが、実際はあまり喜ぶ状況ではない。

 

 

「出たのか」

 

「あぁ、出たな……しかし変だ」

 

「変って」

 

「こんな頻繁に、しかも密集した地域に固まって出てくるの過去に例が少ない」

 

 

そう言いながら、シルバさんは目を細め開閉する手を見つめる。

 

 

「倒しにいくのか」

 

「あぁ、だが……その前に」

 

 

ツカツカと俺に歩み寄り、俺に顔を近づける。

 

 

 

「いただきます」

 

 

      

 



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~意思薄弱~ (4/5)

     

 

 

まずい、このまま性的な意味でも、だ……。

これ以上言うと強大な力により、強制非公開を喰らいそうだから言わないでおこう。

 

今現在、シルバさんに血を吸われています。

痛みは思ったより無く、最初チクリとした痛みがあっただけ。

そんなことを考えている俺は今、どんな顔をしているのだろうか。

 

 

「ちょっと……あのー」

 

 

いつまでシルバさんは吸うつもりなんだ。

1、2分で済むと思ったが、それは甘く只今5分を経過した。

 

 

「んくっ」

 

 

どうやら終わったようだ。

食事として首筋に噛まれただけで、残念な事に大して興奮はしなかった。

 

すごく惜しいような気もするが、これが日常の一部に組み込まれる。

またいつでもできるさ。そう自分に言い聞かせる。

 

それに相手はシルバさん一人だけ。

これがもう一人増えたら、たぶん俺は貧血で倒れるだろう。

 

 

「すまぬ」

 

 

シルバさんはそうとだけ言うと、口についた血をハンカチで拭った。

 

 

「いいさ、これがなきゃシルバさんは死んじゃうんだから」

 

 

正直今更、俺が女になってどうのこうのなど言うつもりも、責めるつもりも微塵もない。

なってしまったものは仕方がない。これからどうするかを考えた方がずっと堅実的だ。

 

堅実的とは全く関係ないが、シルバさんは俺の血をどの位飲んだのだろうと気にはなる。

 

一口を少なく見積もって、50mlと考えて。

 

それを約5分。

大体、2秒に一口と考えて……止めた、下手に考えるのを止そう。

 

7.5L位は吸われている計算になるが下手に考えるのは、もう止そう。

貧血がどうのとか考えていたら怖くて次からあげるのを躊躇うから。

 

 

「何かやっていたの」

 

 

千束が階段から降りてきた。不思議そうに千束は俺たち二人を見る。

シルバさんは親指で唇をなぞり、血をぬぐう。

 

 

「よ、よし。行くか」

 

 

下手に空気を変えてはならない。陣頭を取り、買い物へと促す。

 

 

「そうね」

 

 

千束も特には気には止めていないようで、そのまま店を出て行く。

 

 

「ふむ、今度からは場所を見計らわないとな」

 

 

シルバさんもそう呟くと店をあとにし、二人を追うように俺も店を出て行った。

 

何年か前、駅前に出来たショッピングモール。

自宅からそこまで徒歩で約15分と好立地な場所にある。

その向かう途中、時間にして約五分たった頃だろうか、俺はある怪異に見回れた。

 

鍵閉めたっけ。

不意にやって来たこの妖怪の名は“妖怪 鍵閉めたっけ”。

ネーミングセンスの無さには触れないでもらいたい。

 

妖怪 鍵閉めたっけ。

フッとした意識の隙間に現れ、そいつは畏れを魅せる。

人の気と気が緩む絶妙なタイミングで、意識を一時的に無に。

 

鍵を閉めたかどうか曖昧にする恐ろしい妖怪だ。

この仲間に“妖怪 リモコン隠し”や“妖怪 小銭撒き散らし”等と言った妖怪もいる。

 

みんなも気を付けよう。

 

色々と右へ左へ話がどこかへと、逸れたような気がする。

本来の目的は俺の下着を買いに行くことである。忘れてくれた方が良いような気もするが、そうも行かないらしい。

 

 

「“妖怪 鍵閉めたっけ”に化かされて鍵を見に戻る」

 

 

そう言ってトンズラするつもりである。

さて、上手くいくと良いのだが。

 

 

「ダウト」

 

 

千束がそう言うと、シルバさんは黙って頷いていた。

 

 

「ダウトって何だよ、まるで俺が嘘をついているみたいじゃないか」

 

「正しくその通りだ」

 

 

シルバさんがそう言った後、一呼吸置き。

 

 

「銀の考えていることは、大概はお見通しなんだから」

 

 

千束が締め括るように言った。まったく……逃げる手は無いのかよ。

心の中で嘆くも、それはどこにも届くことはない。

無駄に明るい音楽であり妙にテンポの良い音楽。

 

 

「さっさと終わらせたいんだが……って、聞いてないか」

 

 

ビュッフェと言う名の食べ放題。

またの名をバイキングとも言うが、そんな事。

 

今は些細な事でしかない。テーブルの隅には高く高く積み上げられた使用済みの皿。

そして暴食魔を中心に、料理が全て大盛りに盛られている。

それを平然と平らげ、優雅に凛としてそれは周りの景色……いや。

 

この席回りだけ明らかに雰囲気というか、空気が違う。

 

 

「おかわりを頼む」

 

 

この暴食魔の手にかかれば新しく出てきた品など五分もあれば片付いてしまう。

もはや自分でおかわりを取りに行く事を捨て食べることに専念してる。

 

それを俺は給食係の如く渡すも、それは直ぐに中身を消されてしまう。

俺が違うものを取りに行っている間に、積み上げられた食べ物を平らげる。

 

なんとも効率的な食事の仕方だが、これって家に帰ったらそのまま家計を直撃するのではないだろうか。

 

そして料理を作るのは他でもない俺。千束は作れるがカレーオンリー。

うん、帰りに料理本でも買おうかなと、考える。

 

 

「おかわりを頼む」

 

「はい、ただいま」

 

 

これって……店員に頼んだ方がよくないか。

その体のどこに、あんな大量の食べ物が入っているのですか。

そう言うツッコミをたまらなく入れたいが、やったらなぜか負けな気がする。

 

あの後のビュッフェは閑散としたものへと変わった。

俺達が店を出た瞬間、安堵のため息だろうか厨房から声が聞こえてきた。

この体はどうやら五感も研ぎ澄まされ、飛躍的に能力が高くなっているようだ。

 

んっ?そういえば今は性別が逆か。

駄目だな……段々と境があやふやになってきている。

 

そして何か忘れているような……

 

 

「シルバさん」

 

「なんだ、食べ過ぎと言う注意は受けるが守る気は無いぞ。あれは足りない魔力をだな……」

 

「いや、違うから。俺達何か忘れていないか」

 

 

そういったシルバさん、顎に手を当て何か考える素振りを見せる。

 

 

「無かった気がするぞ」

 

「そっか、気のせいか」

 

「もう、銀の下着を買いに来たんでしょ」

 

 

千束が割って助言する。

 

 

「そっか、俺の下着を……買いに……き……たから」

 

 

記憶は突如結ぶ。

空虚なる俺の心に、激流のごとく無くしていた記憶が流れ込む。

 

などと文学的?な事を言っている場合ではない。

 

 

「シルバさん。モンスターだよモンスターじゃなきゃ俺が好きでこんな格好をするわけがない」

 

「あぁ」

 

 

なんとも間の抜けた返事だが、顔つきは段々と真剣な物へと変わっていく。

 

 

「あぁっ」

 

 

さぞかしビックリしたのだろう。シルバさんの声を聞いた赤ん坊が泣き出してしまった。

赤ん坊が泣き出すというハプニングがあったものの、なんとか本来の目的を思い出した。

このままだったら、普通に下着などを買って終わるという事態に陥るところだった。

 

 

「それでシルバさん、今回はどこら辺に……」

 

「囲まれたぞ」

 

「へ?」

 

 

一気に緊張が高まる。

手には何も持っていなく、武器に変化させるものがない。

 

 

「相手はどうやら繁殖目寄生型……いや、まてこの波長は……蜘蛛か」

 

 

蜘蛛?蜘蛛ってあれ、この前うじゃうじゃ出てきたあれか。

 

 

「どどっ、どうするんだシルバさん」

 

「慌てるな銀、相手は相当頭の切れるみたいだ」

 

 

辺りを見るとただの人が。

瞳の奥は、複眼のようで気持ちわるい目をしていた。

 

 

「これは?」

 

「寄生された人……大丈夫だ、助ける方法はある」

 

 

そう言ってシルバさんは身構えると、それに釣られるように俺も身構える。

 

 

「結界」

 

 

シルバさんがそう呟くと、辺りから人の姿は一部分を残し忽然とすがたを消した。

 

      

「随分とファンタジーだな」

 

 

素直な感想が口からこぼれ落ちた。そんな事を言っている場合ではないのは十分承知だ。

空はセピア色に染まり、沢山いた通行人やあの赤ん坊も姿を消していた。

 

 

「これで思う存分戦えるぞ」

 

 

回りを見渡すと回りの建物はそのままに、あの眼球複眼人間と俺達二人だけの空間が広がっていた。

 

 

「戦いたくないのになぁ……」

 

 

そうぼやく俺に対しシルバさんは……

 

 

「戦いたくないのならいいぞ……一生その姿のままだがな」

 

 

そう言って笑みを浮かべる。文だけだと大したことの無いようだが、生憎あれだ。

一応俺はこんな姿をしているが男な訳で、なんやかんやで今や女の姿。

もう、逆らうとか抵抗するとかそんなことは些細な事でしかなくなった。

 

要はアレだ。元の性別を維持するために戦うしか無いってことだ。

99%は自分のため。

 

 

「自分のためもとい……」

 

 

残りの1%はシルバさんと誰かの笑顔を守るため。

 

 

「みんなの笑顔を守るために」

 

 

そう言って俺は走り出す。

 

 

「俺は戦います」

 

 

飛び上がり目の前にいた眼球複眼人間に飛び蹴りを喰らわせ、そのまま蹴り飛ばす。

 

 

「だから見ていてください」

 

 

回りにいた眼球複眼人間を拳と蹴りのコンビネーションで吹き飛ばす。

 

 

「俺の……変身」

 

 

そう言い終えた頃には、周りの眼球複眼人間はヨロヨロと立ち上がる。

胸のネックレスが青白く光った。

足元に青白く光る魔方陣が現れ、腰に大きな菱形の青い装飾品の付いたベルトが現れる。

両手を胸の前でクロスさせ。

 

 

「変身」

 

 

魔方陣は下から上へと上がって行き、身体を鎧の姿へ変えて行く。

そして全身を全て通過したとき、クロスしていた両手を降り下げる。

それと同時に魔方陣は金属を叩きつけたような音ともに砕け散り、青白い光の粒子が辺りに降り注ぐ。

 

 

「カヴァリエーレ、変身完了っと」

 

 

手に剣は持たれていなかったがそれでも、何となく勘なのだが俺は出来るような気がした。

 

 

「カヴァリエーレ」

 

 

そう言った眼球複眼人間は俺の姿を見た瞬間たじろぐ。

なんだ、結構有名人じゃないか俺。

 

 

「人に害為す前に帰還か生滅好きな方を選べ」

 

 

シルバさんはそう言うがハイ帰りますとは言わないだろう。

 

 

「くっ、王家の執行人か」

 

 

また別の眼球複眼人間が話す。

どうでも良い話だがあの目、軽くトラウマになりそうだ。

シルバさんは俺を睨むように見るなり。

 

 

「そして銀、後で話がある」

 

「おっ……おう」

 

 

と言ったが。

何だろうか……すっごく怖いぞ。

 

すっごく。

 

そして眼球複眼人間はと言えば。

 

 

「我々は」

 

 

そう言いながら俺とシルバさんを囲むように、ジリジリと距離を詰める。

 

これはピンチ。

まぁ、相手に戦う意思があればの話だ。

俺を知っているのならば抵抗せずに投降して、元の世界に帰るのが一番賢いやり方だ。

 

 

「我々は……」

 

 

もう一度同じ事を言った眼球複眼人間。

バリバリと音を立て背中から六本の昆虫的な足を生やす。

 

あっれれぇ。

 

 

「まだ……この世界に留まる」

 

 

今度は全身の皮膚を突き破るよう、暗い紫色の固そうな何かが表れる。

 

 

「やはりか」

 

 

そう言ってシルバさんはその場から消えた。

 

 

「えっちょっと」

 

 

視線を眼球複眼人間に戻す。

すると、身体は人の形を保っているが大体の形のみ。

 

 

「オイオイ……嘘だろ」

 

 

目の前には同じ姿をした6人。

もとい、6匹の蜘蛛人間がそこにいた。

 

セピア色の空。

それとは対照的に色鮮やかなショッピングモール。

 

空手の天地の構えで周りの蜘蛛の人と対峙する。

 

どうしてこうなった。

 

多勢に無勢。

火を見るより明らかに、こっちの不利が嫌でも分かる。

 

 

「もう一度聞くけど、降伏する気は……」

 

「くどいぞ」

 

 

ゴマ粒ほどの期待も跡形もなく消え去った。

解っていた事だが本当に戦わなければいけないらしい。

 

とっさに構えた、この構え。

実際は見よう見まねで、この先どういう風に動いて良いのやら分からないでいる。

 

 

「シュア」

 

 

鳴き声なのやら、掛け声なのやら分からない音を発して一斉に掛かってくる蜘蛛の人。

 

 

「おわっ」

 

 

数にものを言わすこの戦いかは些か卑怯……などと考えているうちに、前後から嫌な気配が。

 

全ての感覚が研ぎ澄まされる。

次にするべき行動が頭にビジョンとして思い浮かぶ。軽く跳躍し、嫌な気配から逃れる。

 

 

「のぉっ」

 

 

思ったよりも跳びすぎた。

どうやらこの鎧を着ると、更に恐ろしく身体能力が上がるらしい。

店に目をやるとハンガーが飛び込む。

 

まずは武器だ。

とてもじゃないけど素手で戦うのは戦力に差がありすぎる。

 

力をハンガーに込める。

 

といってもただ単に強く握るだけだが、やり方は間違ってはいないようだ。

ハンガーはその姿を真っ黒なレイピアに姿を変え、俺の手の中に収まる。

 

 

「……ムッ」

 

 

二、三回軽く上下に振り感覚を確かめる。どうやら成功したらしい。

何となくだがハンガーよりかは多少重くなっている気がする。

 

 

「それは、まさか……」

 

 

蜘蛛の人は俺の剣を見た瞬間、狼狽える。

 

 

「どうだい」

 

「なんだ贋作か」

 

 

ウェイ?

蜘蛛の人はそう言うと同時に背後から、俺は吹き飛ばされた。

火花を散らしながら地面を滑る。

 

勢い余って、手から剣がこぼれ落ちる。

 

 

「わぁぁっ」

 

 

摩擦熱で腹が……って、胸が熱い。盛大に飛ばされたら後は嫌な予感しかしない。

俺は恐る恐る上を見上げると、そこには……

 

 

「やぁ」

 

 

三人?の蜘蛛の人が俺を見下ろしていた。

 

 

「……」

 

 

やっべぇ。

どうしよう、逃げると言っても逃げ切れる自信はないとハッキリ言えるさ。

そんなこんなを考えている内に、蜘蛛の人が片足を上げる。

 

 

「のぉっ」

 

 

案の定、そのまま顔面目掛け振り下ろされる足。

それを身を捩り、何とか避ける俺。今まで顔があった場所は足の形にへこんでいた。

 

 

「……」

 

 

よもや言葉は出ない。いや、人間、本当の死に直面したとき言葉なんか出ないのかもしれない。

飛び起き、手に力を込める。

床に転がる漆黒のレイピアは俺の手に収まり。

 

俺は周りにいる蜘蛛の人へ向い斬りつけた。

火花を散らし、斬られる蜘蛛の人は一瞬だがたじろぐ。

切り口からは光の粒子が流れ、剣へと吸収されて行く。

 

 

「浅かったか」

 

 

だが、不思議と手応えは感じなかった。

それはその筈、斬りつけた蜘蛛の人は一瞬の怯みを見せただけであった。

 

 

「グォォッ」

 

 

目が発光している。

見るからに怒っている。

いつもなら音と雰囲気で尻窄みするところだが、今回は違う。

 

アーマイゼの力を宿した漆黒の鎧に身を包んだ俺。

何故だか段々と自信が溢れ出ているのだから。

左右、蜘蛛の人がこん棒のような腕を横へと振るう。

 

風を切る鈍い音。

それを下へ屈み避ける。

 

それは甘かった。

目の前にいた蜘蛛の人が両手を組み、下へと振り落としている。

 

しかし、それはとても遅く感じるがそれを避ける手段が思い付かない。

 

足の筋肉が縮み、今から力を入れたとしても避けきれない。

 

あんなもの、一発でも貰えばひとたまりもない。

 

 

走馬灯が頭を駆け巡る。

 

 

ここ最近走馬灯の大安売りだな……もう、これっきりかもしれないけど。

 

 

 

 



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~獅子奮迅~ (5/5)

     

 

 

振りかかる太く固そうなモノ。このままだと顔に降りかかるのは明白だ。

手に持つ剣も、間合いが近すぎるのも相まってスピードが足りない。

つまり後、瞬きほどの時間で致命傷になるであろう攻撃を食らうと言うことだ。

 

 

「くそっ」

 

 

残念ながら手詰まりだ。今にして思うが、間合いの取り方が下手すぎた。

 

目前に迫る腕。

壁みたいな何かがあれば……。

ダメージは避けられないが、幾分か少なく抑えられる。

 

 

 

 

 

壁よ!!      

 

 

衝撃に備えてか、それとも反射からか。

 

目を瞑る。この後来るのは凄まじき痛み。

辞世の句でも考えておけば良かった。

 

鈍い音がした。凄まじき痛みのためか、痛みがまだ来ない。

強力な一撃による痛みは後からやって来ると言う。

しかし自然と、身体が舞う感覚も地面に叩き伏せられる感覚もない。

 

全くの無感覚。

流石に可笑しいと思った俺は、ゆっくりと目を開ける。

するとそこには、信じられない光景が目に飛び込んできた。

 

 

 

~Tizuka Said 結界外~

 

      

 

あいつらが消えた。

銀と昨日うちの部屋に泊まったシルヴァーナなんちゃら、とか言う胡散臭い私と同い年か少し下ぐらいの女の子だ。

 

何かぶつくさ言っていたけど、何だろう。

もう、ただでさえ頭が混乱する出来事が起こってるって言うのに、次から次へ問題が増えていく。

 

銀も銀だ、自分の置かれた状況をしっかり理解しているのか心配だ。

あれはいくつになっても変わらない性格、考え方。

そのせいで自分が損していることも知っている筈なのに、どうしても変わろうとはしない。

 

もうダメ人間がすっかり板について……ハァ、思い返すだけでも頭が痛くなりそうだ。

話は逸れたかもしれないけど、言いたいことがある。

 

 

「二人は何処へ消えの?」

 

 

失踪事件発生。たしかに二人は私の前を歩いていた筈だ。

二人でまた何かぶつくさ言った後に消えた。

 

まったく、私は置いてきぼりか……。

 

これも二人の優しさ?

 

それもと私がただ邪魔なだけ?

 

どうしても後者の方が強いと思う私。

だけど今は辺りを見渡し、何処かに手がかりがないか探すしか手はない。

 

もう何が何だか解らない。

辺りを探しても行き交う人々は、何事もないように歩く。

 

それは流れゆく川のように。

 

ただ人は私を避け……

 

……人は何事もないように行き交う。

私には、何も出来ることはない。何も出来ない。

 

 

~Gin said~

 

 

 

「なんだ……これ」

 

 

 

死の瞬間。

人はスローモーションのように景色が見えると言う。周りを囲まれ、逃げる場所はない。

ただ降り下ろされる太い腕を待ち構えるだけとなってしまった。

剣はおろか蹴りや拳の類いは放てたとしても、この近い距離だ。

 

威力は期待できない。死を悟り、俺はゆっくりと目を閉じたのだが……

 

 

「あれっ?」

 

 

……何かおかしい。

 

 

目の前には六角形の膜のようなもの。

それは、降り下ろされる太い腕に付いていた。

 

 

「グヌヌヌッ」

 

 

みると、持てる力をすべて出している様子。

 

だが、しかし。

六角形の膜は一ミリも動いている気配はない。

それどころか、少しずつ押し返しているようにも見える。

 

 

「まさ……かな」

 

 

体は知っている。頭では理解出来ない、体を纏う鎧はこの仕業を知っている。

勘だが。

 

 

「シールド」

 

 

口からついて出た言葉。

その言葉がまるで力を持つ魔法のように。

応呼するように六角形の膜は青白い強い輝きを放つ。

 

 

「グェッ」

 

 

なぜか周りの蜘蛛の人は吹き飛んだ。

それと同時に、六角形の膜は姿を消す。

 

 

「まさか……これって」

 

「シールドだ」

 

 

背後からの声。後ろを振り返ると、いままでどこに居たのか解らなかった。

 

 

「シルバさん?」

 

 

シルバさんが居た。

 

 

「見ていなかったのか?夢で私が戦っている姿を」

 

「まったく」

 

 

怪訝そうに言ったシルバさん。だかそれを“まったく知らない”と答えた俺。

 

間違ってはいない。だって見た夢は悲しげな表情で俺の事を見る“俺自身”なのだから。

もっとも、最近知ったことだがな。

  

 

「はぁっ……まったく」

 

 

呆れたと言った様子で。

シルバさんは、俺を見ながら深いため息をついた。

 

 

「な、なんだよ俺の夢なんだ。俺がどう感じようと勝手だろう」

 

 

そう言う俺に対し「そうなんだがな」というシルバさんはどこか釈然としない様子だ。

その事に少しばかりの違和感を感じたのだが、シルバさんの瞳を見ると俺は直ぐ様、臨戦態勢に入った。

 

 

「銀!!」

 

 

シルバさんが叫ぶ。

 

 

「わかっている」

 

 

遅れて、感覚が客の来訪を知らせる。

シルバさんの鋭く光る瞳に映ったのは、怪しく動く影。この“結界”内には俺たちを除いて、蜘蛛の人達しかいない。

 

そう、怪しく動く影。それは……

 

 

「ガガガッ」

 

 

シールドによって吹き飛んだ蜘蛛の人だ。

レイピアをつよく握り、蜘蛛の人に切りかかる。

 

 

「ギィ」

 

 

レイピアは蜘蛛の人の腹に埋もれ、そして……

 

 

「ギヤァ」

 

 

劣化した血を彷彿とさせる、赤黒くなった液体を切り口から噴出させた。

 

 

「はぁっ……」

 

 

俺は剣に力を込め更に強く、そして深く刃を蜘蛛の人に埋める。

 

 

「……はぁぁっ」

 

 

剣は敵である蜘蛛の人を真っ二つに切り裂くと、剣に付いた青い宝石が一瞬光輝く。

切り捨てられた蜘蛛の人は爆発し赤黒い炎を上げた。メラメラと燃える炎は血の色と一緒だった。

 

 

「ヨクモォ」

 

 

そう、敵は一体ではない。

目前に燃える炎を背にし、俺は剣を声の方向に突きつけた。

 

 

「ギィッッ」

 

 

蜘蛛の人……いや、人達は同胞を葬られた怒りからか一斉に吠えた。

 

 

「いくぞ」

 

 

正直言うと怖い。だって、蜘蛛人間がウジャウジャした口を開けて“ギィッッ”だぜ。

多少虫に耐性のある俺でもあれは鳥肌ものだ。正直あれで羽が生えていたら卒倒ものだろう。

 

 

「ギィッッ」

 

 

また“ギィッッ”って言った。そろそろ泣きたい。

 

 

「はぁぁっ」

 

 

互いが同時に跳躍し、間合いを一気に詰める。

蜘蛛の人は太い腕を。

俺は剣を振るう。

 

重い金属音がした。

鋼と鋼がぶつかり合う音だ。

 

手の痺れは免れなかったが、それは相手も同じだろう。

ぶつかり合うと同時に二人は、つばぜり合いの状態になった。

 

拳と剣。

 

読み方は同じになるのだが、いかんせん武器自身の各が違う。

本来ならば剣と拳が均衡することなんて無い。

 

 

「ギギギギッッ」

 

「はぁっ」

 

 

だが、拳は剣を弾いた。

人間業ではないのは百も承知だ。

 

レイピアも、本来ならば多数を相手にするのに向いてはいない。

 

 

「シルバさん、大丈夫か」

 

「問題ない。銀は自分の戦いに集中するがいい」

 

 

そう言って、シルバさんは向かってくる蜘蛛の人の攻撃をなんとか避けている。

 

 

「堪えてくれ、今すぐにでもいくから」

 

 

と、カッコをつけてみたが目の前には三体の蜘蛛の人がいる。

 

やってみるか?

 

しかし、使い慣れていない能力に頼るのは些か不安だ。

 

 

《お前なら大丈夫だ》

 

 

謎の声……いや、この声は鎧に宿る蟻型モンスター“アーマイゼ”だ。

前に聞いたことがある……きがする。

 

 

「そうか?アーマイゼ」

 

《あぁ、何せお前は“………ンダル”の騎士なのだからな》

 

「え?今なんて」

 

 

問いかけようにもこの後、アーマイゼの気配は消えた。

 

 

「さっきら何をぶつぶつと独り言を……いくぞ」

 

 

そう言って、蜘蛛の人は一斉に襲いかかってきた。

 

 

「……やるしかないのか」

 

 

やるしかない。

 

やらなければ……死ぬのは自分だ。

 

俺は口数も少なく、身を屈め一気に前へ駆け出す。

 

 

「来るか」

 

 

蜘蛛の人も、変態を組み駆け出す。

互いの得物の間合いに距離を詰めたとき、小さな衝撃波が辺りの街路樹をゆらした。

 

 

肌が震える。

剣は一体の蜘蛛の人の拳を受け止めたまま一ミリも動こうとはしない。

左右同時に残りの蜘蛛の人が、俺に向かい拳を振るう。

 

 

「残念。シールド!!」

 

 

蜘蛛の人が拳を振りかぶる直前、その拳の前にシールドを出現させる。

 

 

「グウッ」

 

 

案の定、下手に勢いを殺され蜘蛛の人はバランスを崩と

 

 

「らぁぁぁっ」

 

 

拳と剣の鍔迫り合いから、一気に剣へ力を込め相手を弾き飛ばす。

 

二、三歩。蜘蛛の人がよろめくと俺は一気に剣を目の前の蜘蛛の人に突きつける。

 

 

「スピントナーレ」

 

 

胸に突き刺さった剣。

切り口から中心に、衝撃波が蜘蛛の人の胸を突き抜け、波紋のように蜘蛛の人の体が起伏する。

 

 

「グッ……ガッ……ッ」

 

 

剣を引き抜き、血を振り払うように横に振るう。

 

 

「プロセグイメント(次)!!」

 

 

横に振るわれた剣は、蜘蛛の人の首を切り裂く。

 

 

「フィーネ(終りだ)」

 

 

直ぐ様逆手に持ち変え、そのまま脇を通すように後ろへ剣を突く。

 

 

「グギギッッ……ガッ……ガァッッ」

 

 

二つの爆発音がした。

蜘蛛の人は赤黒い炎を上げ、爆発した。

     

ここで違和感に気付く。

モンスターを倒したというのに、体にモンスターのエネルギーが入ってくる感覚がしない。

 

敵は三体。

しかし、聞こえてきた爆発音は二つ。

 

 

「ギギギギッ」

 

 

背後から声がした。

それは人の声ではなく、獣にも近い野蛮な声だ。

 

 

「……」

 

 

ゆっくりと振り返る。

悪い予感しかしない。

 

 

「……ッゥ」

 

 

自分の愚かさを今以上に呪ったことはないだろう。首を切られた蜘蛛の人は、刄の入りが浅かったみたいだ。

パックリと開いた傷口に、赤黒い炎から立ち上がる光の粒子が集まって行く。

それは今まで結界内で、倒された蜘蛛の人全てだ。

 

ここまで来ると笑うことしか出来ない。

光の粒子を全て取り込んだのか、赤黒い炎は火の粉の様な大きさとなって消えた。

 

そして、光の粒子が全て生き残った蜘蛛の人に集まる。

 

 

「マズイ、離れろ銀」

 

 

シルバさんの怒号。

その怒号の意味は直ぐに知ることとなった。

 

 

「カヴァリエーレ」

 

 

数匹の蜘蛛の人が同時に喋ったような声がした。

 

 

「なんだぁ、あれ?」

 

 

傷口に集まった光の粒子は、蜘蛛の人を繭のように包む。

本来ならば蜘蛛は脱皮して体を成長させる。そんな無駄知識は置いといて、相手はモンスター。

こちらの世界の常識が通用しないのは、百にも億にも承知だ。

 

 

「銀、何を呆けている。早く離れろ」

 

 

意識が何処かへ旅立っていたその時。

それは、シルバさんの叫ぶような声と同時だった。

繭から何か飛び出し、シルバさんは宙を舞った。

 

シルバさんの名前を叫ぶと同時に、自分が如何に不真面目だったかを後悔した。

 

後からでは遅い。

そんな当たり前の事なのに、俺は同じ過ちを繰り返す。

 

 

「くそぉぉぉっ」

 

 

性が変わり姿も変わり、俺は何かが変わっていた気がしていた。

 

だが、そんな事はただの思い過ごし。地面に打ち付けられ、力無く転がり行くシルバさんを見たとき。

頭の中が真っ赤に染まっていくような。

 

ある一つの感情が脳内を支配した。

 

 

~Silvana Said~

 

  

まったく……私としたことが、とんだへまをしたものだ。

宙を舞い、体が一瞬軽くなった時に私は銀の叫び声を聞いた。

 

心配するな銀、だからそんなに叫ぶでない。

確かにそう言ったつもりだが、口が動かなかったみたいだ。

 

 

「ぐっ」

 

 

やっと出せた言葉、は肺から空気が溢れ出した音。硬い地面に叩きつけられ、私の視界はグルグルと回る。

やはり痛いな……前なら受け身を取って直ぐに立ち上がれたものだが。

 

今は全身に激痛が走り、立とうと言う気力すら起きない。

ふんっ、やはり力は殆ど失ったみたいだ。

 

まぁ、その代わりの後釜はいるんだな。

 

 

 

~Gin Saida~

 

      

視界が真っ赤に染まる感覚。

 

心は燃えるように熱く。しかし、頭は冷たく清んだ水のごとく冷静だ。

全身のを駆け巡る血管から感じられる血流が感じられる。

 

頭の天辺から足の爪先まで。

 

全身を言い様の無い不思議な力が駆け巡る。

 

手に握る剣はそれに応呼するように、青い宝石が青白く光り輝く。

 

 

「シルバさん。俺……今だったら何にも負けない自信があるよ」

 

 

なんて、無駄に自信も湧いてくるわけだ。

 

 

「何なんだお前」

 

「俺?俺かい?」

 

 

何を変なことを聞くのやら。

俺が誰だなんてもう決まっている事じゃないか。

 

 

「俺は騎士。そこにいる姫を守るカヴァリエーレさ」

 

 

そう言うと同時に、俺は地面を強く蹴った。

向かうのは蜘蛛の人達の元ではない。

 

 

「シルバさん」

 

 

そう、シルバさんの元へ。

あんなにボロボロになっているんだ、心配じゃない筈はない。

 

 

「大丈夫か、シルバさん」

 

 

剣を地面に突き刺し、シルバさんをお姫様だっこする。

服は所々破れ、着ていた服はすっかり汚れていた。

 

 

「ば、馬鹿者。私に構わずさっさと奴を倒せ」

 

 

だけど、シルバさんは元気だった。

 

 

「そんな元気なら、心配は要らないかな」

 

 

何でかは解らない。

元気な筈なのに言い様の無い不安が胸に引っ掛かる。

 

 

「来るぞ」

 

 

シルバさんが叫ぶ。

その直後、背中に嫌な気配を感じる。

 

 

「くっ」

 

 

シルバさんを抱えたまま二階へと跳び移る。

 

雑貨屋の前。

動いたであろう玩具の飛行機は、天井に吊るされたまま、その動きを止めていた。

 

 

「大丈夫かシルバさん」

 

「見ての通りボロボロだ。だが……なに、心配は要らない」

 

「でも……」

 

 

シルバさんはそう言うとニッコリと微笑み。

 

 

「そんなに心配するでない、暫くゆっくりすれば、直に治る」

 

「わかった」

 

 

そう言うとシルバさんをゆっくり下ろすと蜘蛛の人達を見据える。

 

 

「チョッと行ってくるよ」

 

「あぁ、早めに帰ってこい」

 

「了解」

 

 

背中越しに二三会話を往復させ、俺はまた蜘蛛の人達の前へ降り立った。

 

 

空を見上げる。

セピア色に染まった空は非現実を体現していると言っても過言ではない。

蜘蛛の人達もその大きな体を支える二本の太い足で大地に立ち、呼吸に会わせ体が上下に動いている。

 

 

「話は済んだかカヴァリエーレ」

 

 

なんとも律儀に待っていてくれたようで、蜘蛛の人達はそう言い終えると丸太のように太い腕を振り上げた。

 

 

「あぁ」

 

 

その返答を合図に、蜘蛛の人達の腕は俺目掛け降り下ろされた。

 

      

「来いっ」

 

 

右手を開き直ぐ様閉じた。

地面に突き刺さったレイピアは手に吸い込まれるように手中に収まる。

 

 

「シールド」

 

 

目の前に六角形の薄い青色の巻くが現れ、蜘蛛の人達の拳を受け止める。

 

 

「ぐっ」

 

 

しかしそれは、ほんの一瞬の時間稼ぎに過ぎない。

それを解っているのだろう、蜘蛛の人達はお構い無しにその強烈な攻撃でシールドを突き破る。

 

攻撃が衝撃波となり、風が地面を穿つ。

 

直接叩いていないのに、地面が変形した。

 

 

「な…に…」

 

 

蜘蛛の人達は心底驚いた様子だ。

それはそうだ、俺がその場にいなかったからだ。

 

一瞬の時間。

 

一瞬の隙。

 

俺は、体を半回転させレイピアで蜘蛛の人達の胴目掛け剣を振るった。

 

いわゆる抜き胴と言う技。

だが、それはあくまで牽制に過ぎない。数体の蜘蛛の人が集まった集合体型のモンスター。

外皮は、蜘蛛の人よりも固いのは証明済みだ。

 

 

「はぁっ」

 

 

背中を思いっきり蹴りつけ、蜘蛛の人達と間合いを空ける。

 

 

「ギギッ」

 

 

鳴き声なのか言葉なのかは定かではない。

蜘蛛の人達は目を赤く発光させ関節から蒸気を発している。

 

 

「なんだ貴様……なぜ、急に」

 

 

蜘蛛の人達が何を指しているのかは分からない。

 

俺の動き?

 

それとも心のあり方?

 

まぁ、たぶんどちらもだろうと予想はできる。怒りか定かではないが、興奮している蜘蛛の人達。

さっきまで、心ここに有らずだった俺が急にやる気を起こしたんだ。

 

そりゃぁ、当たり前か。

 

勝てると踏んでいた相手の力が急に跳ね上がったのだから……

 

剣を握る手は強く。

剣を振るう手は柔軟で。

剣を掴む心は真っ直ぐに。

 

ただ一つの信念を。

ただ一つの志を。

ただ一つの己のあり方。

 

 

「貴様何をした」

 

 

蜘蛛の人達は目を発光させ、間接から蒸気を噴出させている。

 

 

「俺かい、なにもしてないさ」

 

 

そう、ただ自分に目を背けていただけ。変わり行く自分に、何時しか無意識に蓋をした力。

勝手に決めてしまった己の限界。

 

 

「我が身に宿りしは、騎士の力」

 

「貴様…」

 

「俺は騎士」

 

「…コロス」

 

「そこにいる姫の、カヴァリエーレさ」

 

 

剣と爪が交差して高い金属音が鳴り響く。

 

交差。

 

手には蜘蛛の人達を切り裂いたたしかな手応え。背後から聞こえるのは、蜘蛛の人達から聞こえる血の雨音。

剣に付いた血を振り払い、俺は静かに剣を元のハンガーへ戻した。

 

 

「ふぅっ」

 

 

深く溜め息をつくと、体が軽くなったように思える。

見ると、斬り伏せた蜘蛛の人達からは光の帯が俺に吸い込まれていっている。

 

 

「勝ったか」

 

 

勝利の余韻に浸りながら、辺りを見れば割れた石畳、壊れた街灯。崩れた壁。

 

やり過ぎたか。

 

そう思ったその時。

 

空から硝子が割れるような音がすると同時に、体から光の帯が流れ出た。

 

 

「えっ」

 

 

呆気に取られている間に光の帯は、どんどんと壊れた箇所へ吸い込まれていった。

 

 

     

 

      

      

 

      

 

      

      

 

      

     

 

 



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03話 駆ける異界の相棒 ~SET-1~(1/5)

 

 

 

冬は嫌いだ。

だって厚着をすると、ブラ線が見えないから……。

 

どうも、冬と夏だったら夏をこよなく愛する男。

 

内藤銀です。

 

日に日に寒くなっていく今日この頃、皆さんはどうお過ごしでしょうか。

 

俺か?俺は、絶賛お買い物中でございます。

前回の戦いの影響で、ボロボロに破壊されたショッピングモール。

 

それを直すため、エネルギーを殆ど持っていかれた。

何故ショッピングモールを直すためエネルギーを使ったか、察しのいい人には分かっているかもしれない。

 

シルバさんが戦いの初めの方に叫んだ“結界”というキーワード。どうやらそれは、戦いの事後処理を速やかに行うものらしい。時間軸と空間軸を……なんとかかんとか。

 

まぁ、難しい話はまた今度。

 

いまはシルバさんと二人きり、買い物をしなくてはならない。誰か忘れているような気がするが気のせいだろう。

後頭部に掴みかかられるような感覚。

万力のようにキリキリと力が強まっていっている。

 

後ろを振り返ろうにも、頭を掴まれているせいでそれは出来ない。

 

 

「おぉ、千束殿安心しろ事は成した」

 

 

その瞬間身体中から冷や汗が流れだし、口の中がカラッカラに乾燥しだす。

 

 

「……に」

 

 

あぁ、神様。俺は今だけ貴女にすがります。

命だけは。命だけは何とか繋ぎ止めてください。

 

 

「何やってたんじゃぁっ、お前らぁっ」

 

 

人々が振り替えるなか、俺はそのまま人気の無い場所に引き摺られていった。

 

その最中は、何も考えない。

 

結果が見えている。考えるだけ無駄というものだ。

案の定、杵でつかれた餅のようになった俺。

と、言いたいところだが恐れていた事態は起こらなかった。

 

 

「どうしたんだよ」

 

 

何時もならアイアンクローのまま、ブン回される筈。こう……乾いたタオルを振り回すみたいにバッサ、バッサって。でも今回は勝手が違う。

 

人影の無い路地裏。

と、言う表現で大丈夫なのだろうか。

 

店と店との僅かな吹き溜まり。ショッピングモールのメインストリートから一本外れたそんなところ。

 

 

「ねえ、銀」

 

「どうしたんだ」

 

「服……どうしたの?」

 

 

は?

 

はて、なんで千束はそんな頓珍漢な事を申されているのだ。

 

 

「何だって服ならちゃんと」

 

 

服ならちゃんと。

 

服ならちゃんと……。

 

着ていなかった。当たり前っちゃ当たり前か

あれだけ暴れまわったのだから、服が無事な筈は無い。

体なんかもっと無事では無いんだから。

 

あっ、さっきまで肋骨折れてました。などと言っても信じてはくれないだろう。

 

 

「ご、ごめん」

 

 

ようやく口から出たのは詫びの言葉。それを聞いた千束は、溜め息をつくと

 

 

「まったく謝ったら許されると思っているの」

 

 

悪魔のような台詞を口にした。

 

この鬼……

いや、悪魔か?

いいや、鬼だった。

 

 

「冗談、だよ?たがらそんな顔をしないで」

 

 

慌てた様子で弁解するが、いったい俺はどんな顔をしてたんだろう。

 

 

「これが使命……とはいかないけど、今俺がやるべき事だからなぁ」

 

 

そういい終えると、なんだか今になってドッと疲れが出てきた。

普段なら壁にもたれ掛かることは、決してしないのだが今日は別だ。

 

そんな俺のようすを見かねたのか

 

 

「銀達の服、買ってくるよ」

 

 

と、言ってくれたのは流石長い付き合いだけあるか。

 

 

「ん、サンキュー」

 

 

俺はそう言い終え、フとシルバさんに視線を向ける。同じく壁に寄りかかり、視線に気が付いたのか俺の方を見た。

ナチュラルダメージの服と言えば、ファッションに疎い人には誤魔化せるかな。

幸いにも目立った外傷は見当たらない。

 

 

「なんだ銀、そんなにジロジロ見て。気持ち悪い」

 

 

うん、毒舌も健在だ。

 

 

「いや、なんだ無事で良かったなって」

 

 

俺がそう言うと、シルバさんはクスッと笑い。

 

 

「鍛え方が違うのだよ、曲がりなりにも私は王家の執行人だぞ」

 

 

耳に髪をかきあげ笑うシルバさんに、不覚にも俺はドキッとしてしまった。

 

 

「どうしたんだ銀顔を赤くして」

 

 

悪戯気味に笑うシルバさん。なんだかそれが、たまらなく恥ずかしい。

早く話題を変えなきゃ。このままだと恥ずかしすぎて変な事を口走るその前に。

 

 

「そういえばシルバさんって、たしか3姉妹っていってたよな」

 

「あぁ、私の他に姉と妹がいる」

 

「俺には、兄妹が居ないんだが」

 

「あぁ、その事か。別に別世界と自分の世界が同じ家族構成とは限らない」

 

「なんだ、そうなのか」

 

「すまない変な期待をさせていたか」

 

「謝る必要なんか無いさ」

 

「まぁ、更に言うと時間の流れも微妙に違ってくる」

 

「マジで」

 

「あぁ、最大で約50年と言った所か多分」

 

「おいおい、そんなズレたら寿命とか、なんかゴチャゴチャしたことにならないか」

 

「それなら心配要らない、別に同軸上の相方が死んだとしても片方には何ら問題は起こらないさ。まぁ多少、運の上昇はあるがな」

 

「じゃぁ、俺が死んでもシルバさんには関係ないな」

 

「私たちは別さ」

 

「なに」

 

「干渉しなければ何ら問題はないのだが如何せん、こうしておるとな」

 

「成る程、死ねないな」

 

「あぁ、私のために死ぬなよ銀」

 

 

戦いのあとの談笑も良い。

さっきまでの気の張り詰めた空気がまるで嘘のようだ。

そしてフと、俺はある疑問が浮かんだ。

 

 

「シルバさんは俺の情報を殆ど知ってるんだよな?」

 

「あぁそうだ、クローゼットの奥にある薄い本の数までキッチリ把握しているぞ」

 

「ま、マジデスカ」

 

「あぁ、そうだ」

 

 

思わず吹き出してしまった。

勘弁してくれよまったく。

流石に個人購入した保健体育の教科書の場所まで把握されちゃ堪ったもんじゃない。

 

帰ったら早急に場所を変えなければ。早急に……だ。

 

 

「そ、それで聞きたいんだが」

 

 

そして早く話題を変えなければ……話題変更作戦パート2だな。

 

 

「シルバさんの兄妹って今何やってるの?」

 

「銀、お前は人の家庭事情をそんなに知りたいのか。気持ち悪い」

      

 

シルバさんのその目は何処か悲しげで、冷たかった。

 

 

「変なこと聞いちゃった?」

 

 

人には誰しも聞かれたくない事の1つや二つある。

それが今回、たまたま重なってしまっただけなのだろうか。

 

 

「姉は現在行方知れず、妹は王の座に服している」

 

 

シルバさんは天を仰ぎそう、ポツリと言った。

 

 

「どうだ銀、満足したか」

 

 

首をかしげながら俺の方をみるシルバさん。

かきあげた髪はまるで砂銀のように、サラサラと地面に落ちて行く。

 

 

「いや、その……そうなんだ」

 

 

“ごめん”とは言えなかった。

言ったら最後、それはシルバさんに同情したことになる。

 

それに、俺が聞いた事なんだ。

自分の言葉には責任を持たなければ。

 

あぁ、俺ってこんなキャラだったかな……。

 

それ以上なにも言えず、俺は下へうつ向いた。下にうつむくと、二つのピンクのさくらんぼが見えた。そして鼻から液体が流れる感覚が。

 

男ではあり得ない程巨大に膨れ上がった胸。

首から下げた青い石のペンダントへ、それは鼻から溢れる落ちた。

 

 

「え?」

 

 

モンスター?

 

敵襲?こんな頻繁に?

 

さっきのモンスターの生き残り?

 

 

「ちょっとえ?シルバさんこれって……?」

 

『案ずるな、青年』

 

 

だれ?

 

誰だ?

 

 

「アーマイゼ……」

      

 

ため息混じりにシルバさんは名前を呼んだ。

 

 

 

【アーマイゼ】

昔はシルバさんが、今は俺が契約している蟻のモンスター。

 

だった筈。

胸から聞こえる声に俺は、自分の胸を見ようとしたが止めた。

だって嫌じゃないか、自分の胸に欲情みたいな真似をするのは。

 

 

『とりあえず言っておくぞ、今の我が主よ』

 

「ん?」

 

『お主の考えていることは、私にも分かるゆえ、あまり下手な事は考えない方がよいぞ』

 

 

まじで

 

 

『あぁ、マジだ』

 

「本当だ……嘘じゃない」

 

『フフッ、相変わらず面白い』

 

 

そう言って、アーマイゼはクスリと笑う。

 

 

「おい、アーマイゼ私の邪魔をするでない」

 

 

横からシルバさんが割って入る。

 

何だろうか……焼きもち?

 

      

『いやいや。邪魔も何も、こう、辛気くさい話をされておると、体からカビが生えてしまう』

 

 

アーマイゼがそう言ったあと。

シルバさんは一息のため息をつき、俺の方へ再び視線を向けた。

 

 

「やはり、エネルギーは思ったよりも少なかったか」

 

 

俺の女体化した体を、マジマジと見ながら言う。

 

主に感じる胸への視線。

それが何を意味しているのか、どういう考えなのかは考えないでおこう。

 

改めて説明しておくと、俺の胸にはポッカリと穴が空いている。

いや、比喩じゃなくて本当に。

深々と空いた穴は、間違いなく命に関わるもので、シルバさんの力で何とか生き長らえている状態だ。

 

その副作用……と言った言い方が正しいのかは解らない。シルバさんから借りた力は、女にしか扱えないらしい。

 

その因果の螺れ。

それこそが、俺が女体化するに当たった要因らしい。

 

 

などと、今更ながらの説明していたら千束が戻ってきたと同時にアーマイゼは姿を消した。

手に持っている紙の袋はやたらと大きいように思えるが嫌な予感しかしない。

 

 

「あぁ、やっぱりこっちにしといて正解だったわ」

 

 

そう言って袋から取り出されたのは、ピンクの生地に純白のフリルが着いたゴズロリという名の服であった。

 

 

「サヨウナラ」

 

 

逃げますよ勿論。

 

 

「待ちなさい、銀」

 

 

と、言いたいところだが千束と対峙してしまった。

体制を低くし、ジリジリと距離を詰める。

 

 

「逃げないの」

 

「いやだ」

 

「黙ってこれを着なさい」

 

「じゃぁ、千束が着ろゃ」

 

「私はギャルソンを着るから無理」

 

「むしろそっちが俺じゃないか?」

 

「むりよ、だって私胸小さいし」

 

「嘘つけ、俺と同じぐらいあるだろ」

 

「銀のエッチ」

 

「胸を隠すな胸を」

 

「この中で一番言う資格の無い奴が言わないでよ」

 

「うっせぇ、好きでこんな服になった訳じゃねえ」

 

「そうだ、銀の力不足だ」

 

「くそっ、シルバさんも加勢しただと」

 

「シルヴァーナちゃんわかっているわね」

 

「もちろんだ、ちゃんと記録に残す」

 

「くそ、卑怯だぞ」

 

「「勝てば正義」」

 

「くそっ、絶対に逃げる」

 

「させない」

 

 

「「「うぉぉぉっ」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果。

 

捕まりました。

 

 

      

 



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~SET-2~ (2/5)

 

フリルの沢山ついたピンクのゴズロリ服は、意外と重い。

いや、重いのは俺の足取りなのかもしれない。

 

結果捕まった俺は、見ての通りのフリフリプリティーな姿となった。

 

 

「むっ、まさかここまで似合うとは」

 

 

シルバさんが関心したように言っているけど。

姿が瓜二つと言うことを、このお姫様は忘れているのだろうか。

あぁ、遠回しの自画自賛とは良くいったものだ。

 

 

「これからどうしようか」

 

 

場所を転々としなければ。

人の目がこんなにも恥ずかしいものだなんて、今まで忘れていたよ。

 

見られる快感。

生憎だがそんな性癖は持ち合わせていない。

 

だから……

 

その……

 

どうしよう、じっとなんかしてられない。

早くこの場を駆け抜けたい。

 

 

「な、なぁ。二人とも」

 

 

同時に振り返る二人。

 

 

「「どうしたの/なんだ」」

 

 

姉妹ですか、こんちくしょう。

息が恐ろしいほどにピッタリだな。

 

 

「このフリフリの服は何とかならないのか」

 

「ふむ、何を言い出すかと思えば」

 

 

俺の提案に若干、残念そうな視線を俺に向けたシルバさん。

 

 

「ギンのパソコ……」

 

「ワァーッ!ワァーッ!!ワァーッ!!!」

 

「そうだよ、検索履歴は消しても実は消えてないんだよ」

 

「……」

 

 

俺にプライバシーはないのだろうか。

 

 

「見るのと……着るのじゃ違う」

 

 

力尽きる前に何とか放り出した言葉は、何とも弱々しいものだった。

 

その時突然。

本当に突然に、何処からかベートーベンの運命が鳴り響いた。

 

 

「もしもし」

 

 

軽く驚いた俺だが。

どうやら千束の電話だったらしく、そのまま話をしている。

 

 

「はい……はい」

 

 

電話口の雰囲気は、どうやら友人との会話ではないらしい。

千束の顔が段々と、仕事モードに変わっていく。

 

 

「解りました、すぐ現場に向かいます」

 

 

そう言うと、短い受け答えを終え、携帯をしまう。

 

 

「ごめん、二人とも仕事だわ」

 

 

片手を上げ、ウインクをしながら謝る千束は、一瞬だがとても悲しげでしかし直ぐに残念そうな顔をした。

 

 

「むっ……そうか」

 

 

シルバさんも少し残念そうに、返すと。

 

 

「じゃぁ、私いくね」

 

 

そのまま、手を振りながら去っていってしまった。

    

 

「二人きりに……なってしまったな」

 

 

そう言って、シルバさんは若干目を潤ませ俺を見る。

 

      

「銀……気がつかないのか」

     

 

潤んだ瞳で俺を見るシルバさんから。

仄かに薫る女の子独特の臭いに、俺は一瞬だがドキッしてしまう。

 

押さえろ。

冷静になれ俺。

 

相手はあの、シルヴァーナ・カヴァリエーレ

 

もうひとつの世界の俺自身なんだぞ。

シルバさんに欲情する=俺に欲情すると同じことだ。

 

鎮まれ、鎮まりたまえ荒ぶる獣よ。

お前は獣の前に紳士である筈だ。誰に対しても盛るなんて言語道断だ。

それが例え自分の理想像の女性だとしても。

 

そうだ、理想像だ。

シルバさんは、俺の理想像とは違うところがあったじゃないか。

 

胸。

 

胸だ。

 

胸を見ろ。

 

平原のような。

 

大海原のような。

 

真っ平らなまな板を。

 

おおおっ、おちちけ。

 

荒ぶる獣よ。

 

胸を見ろ。

 

シルバさんのまな板を。

 

貧相な胸を。

 

……。

 

………。

 

うし、落ち着いた。

 

これまでの事は、僅か0.5秒の思考の世界で起こったことである。

 

皆さんは、気を付けてほしい。

もし、絶対に欲情してはいけない相手が居たとしよう。

 

そんなときは、相手の嫌な部分をじっくりと見るのが効果的だぞ。

 

今は胸だ。私はあのまな板を見ることで理性を保てた。

 

皆さんは、気を付けよう。

それは時として自分の感情の高ぶりを、相手に知られる場合があることを。

 

 

「さっきっから、私の“胸”ばかり見て何を考えておる」

 

「イエ メッソウモ ゴザイマセン」

 

 

どうだ、俺のクールな返し。

 

惚れるなよ。

 

しかしな、恥ずかしい。

好奇の目で見られる俺。

 

当たり前なんだが、恥ずかしい。

このフリルの沢山ついたピンクのゴズロリというのは、メルヘンである。

 

忘れているかもしれないが、それに加えて銀髪である俺。

 

どうみてもコスプレです。

 

ごちそうさまです。

 

いや、めしあがれかな……何か無駄にエロくない?

 

 

「なあ銀」

 

 

っと、また旅に出てた。

 

 

「どうした」

 

「うむ、服も良いがいい加減に馬は買わぬのか」

 

「馬って、公道走れ……それ以前にお金がないよ」

 

 

ショッピングモールを宛もなくゆっくり歩きながら、ガクッと項垂れる。

 

 

「なんと……馬すらもまともに買えんとは」

 

 

「シルバさんとは違うんだよ」

 

 

大きなお世話だこんちくしょう。

 

 

「だったら私の馬を使うか」

 

「えっ、シルバさん……バイクもってるの」

 

「当たり前であろう、私は馬の一つも持たぬ低階級な騎士ではないさ」

 

「そうか、そうだよな……で、どこ?」

 

「……家に忘れてきた」

 

「なん……だと」

 

 

少し間はあったよ。

 

少し間があったからポンって出てくると思ったじゃん。

 

 

「家?」

 

「うむ」

 

「マイホーム」

 

 

自分を指差していうが。

 

 

「いや、私の家だ……って、それ以前に銀の家でもなかろう」

 

「いんや、俺の家でもある。と言う訳で、行ってらっしゃい」

 

 

そう言って手を振り見送ろうとしたが……

 

 

「残念ながら任の途中は帰れないのだよ」

 

 

……それは、衝撃の事実と共に一蹴された。

 

 

「任?」

 

 

疑問一杯でシルバさんに返す。

なんだよ“任”って。聞いてないぞ。

 

いや、それ以前に力を失ったシルバさんの代わりに俺が行くという事もあり得る。

 

出来れば戦いを出来るだけ回避したい俺な訳だが。

 

最低限戦わなければいけない訳で。

 

戦いたくないけど、戦わなければならない。

 

そんなジレンマがここ最近、もっか悩みの種である。

 

 

「おーい、銀よ戻ってこい」

 

「んおっ」

 

「また別のことを考えていたのであろう」

 

「イヤそんな事無いゾ」

 

「ほんとうか」

 

 

疑いの眼差し100%の目で見てくる。

 

うーん、正解と言ってあげたい。

 

 

「そうだ……で、シルバさんの任務って」

 

「モンスター、【魔女】アラクネの討伐だ」

 

 

なにその訳の分からない、強いんだか弱いんだか分からない名前。

 

 

【魔女】?

 

アラクネ?

 

……なにその神話的な話は?

疑問符……つまりはハテナマークがデカデカと頭の上に現れた。

 

 

「場所を移動しよう。話すと長くなる。それに前から言うと、言っていた事もついでだから話そうではないか」

 

 

シルバさんがそう言うと、丁度目の前にチェーン展開されているオープンカフェが。

職業柄、コーヒーは自分で作った方が美味しいと自負しているから気は引ける。

だがそんな事も言ってられないだろう。

 

そんな事を考えている間に、シルバさんは人気の無い席へツカツかと歩いていってしまった。注文してから席に座ることを知らないのだろうか。

 

悠々と席に座ったシルバさんを見て、俺はジェスチャーでレジの方を指差す。

別の客が自分で、レジからコーヒーと茶菓子を貰って席に着く真っ最中であった。

 

シルバさんは黙って俺の所へ来た。

注文を終えると、人の少ないオープンテラスのテーブルに対面して座る。

 

冬将軍が最後の抵抗を続けるそんな季節。冬の終わり頃の午後はまだ寒かった。

その寒さからか、最後の抵抗と称して二人で買った紅茶からは、湯気が立っている。

 

 

「それで、銀にはどこまで話したものか……」

 

 

そう言って紅茶を一口飲むシルバさん。

 

 

「フム、意外と不味くないな」

 

 

正直、今は紅茶の感想なんてどうでも良いわけだが、シルバさんが紅茶を好のは何となく分かった。

 

 

「シルバさんがこの世界の住人じゃなくて、この世界に居るために俺とシルバさんで騎士の契約をしたのは分かっている」

 

「そうだ、それに付け加えると今銀、は私の力で命を繋いでいる状態だ」

 

 

そう、それは前に復習したところである。問題はこの先だ。

      

俺とシルバさん。

向き合って座る二人。

今から退屈で難しい話が始まるが、俺のためだ勘弁してほしい。

 

 

「さて、私の“任”とは簡単に言うと自分の世界外する仕事、言わば主張のようなものだ」

 

「それが前に言った【魔女】アラクネの……」

 

「そうだ。更に付け加えると【魔女】は階級だ」

 

「階級?」

 

「ついさっき戦ったであろう、繁殖目寄生型モンスター……」

 

「眼球複眼人間もとい、蜘蛛の人か」

 

「なんだそれは?」

 

「俺が付けた名前だけど?」

 

「まぁ良い。やつ……奴等はアラクネの【使い魔】だ」

 

「【使い魔】って……アニメとかでよく見る感じの」

 

「……まぁ、そうだな。そして【魔女】の総して言える能力は陣地作成、及び【使い魔】による……繁殖」

 

「繁殖だぁ、じゃぁあんなのが何体も増えるって言うのかよ」

 

「そうだ、更に厄介なのが陣地は他のモンスターを呼び寄せる」

 

「じゃぁ、ファルコーノは……」

 

「そうだ、アラクネの陣地に呼び寄せられた可能性が高い。あそこはエネルギーをたんまり溜め込んであるからな」

      

「【魔女】は陣地形成からの繁殖。それが【魔女】と言われる階級の特性だ」

 

 

一気に血の気が引くのを感じた。

 

だったらなんだ。

 

 

「まだあんなのが街んなかを徘徊してたり、増えたりしているのか?」

 

 

考えたことがポツリと口からこぼれ落ちる。

 

 

「あぁ、まぁそう言う事になると言えるが、何分そうとも言えないともない」

 

 

どういう事だ。

同じ言葉が何回も出てきたぞ。

随分とあやふやな。

それ以上に歯切れの悪い返事だ。

 

 

「実は例を見ない案件なのだよ、アラクネと呼ばれる【魔女】が私の世界から抜け出したのは」

 

「なんだよ、新種のモンスターだとでも言うのか?」

 

「いや、それは違う。確かにアラクネと呼ばれる魔女階級のモンスターは昔から居た。だが抜け出すほど奴は追い込まれては居ない筈だ」

 

「脱け出すって……」

 

「この世界に来るモンスターは2種類……一つは前に言った、エネルギーを求めてやって来る」

 

 

そう言ってシルバさんは人差し指立てた。

 

 

「もう一つは……」

 

 

そう言って中指を立てたシルバさんは、鋭い眼差しで俺を見た。

 

 

「侵略だ」

 

 

剣のように斬れた眼光は事の重大さが手にとるようにわかるようだ。

元来侵略とは恐ろしい意味なのである。

侵略……よその国などに侵入し、略奪等をすること。

 

侵略される恐怖とは。

普段の生活でヒシヒシとそれを体感している人は、この国には居ないであろう。

それが命に関わることならば、当然である。

 

誰かに命を狙われるだなんて、一般人にとっては夢物語でしかないのだから。

 

 

「侵略……ね」

 

 

そんな俺も少し前なら、侵略という荒唐無稽な話を真に受けて居なかっただろう

 

 

「こっちには、私が銀の血を吸うように食料が豊富にあるからな」

 

「んな、俺達は家畜なんかじゃ……それ以前にシルバさんはモンスターなんかじゃ」

 

「いや銀、半分間違いだ」

 

「半分?」

 

「なぜ私達が、モンスターと戦えるか考えなかったか」

 

「そりゃぁ……アーマイゼと鎧の力で」

 

「鎧は一応身を守るため、それにただアーマイゼと契約してもそこらのモンスターと変わらんではないか」

 

「だったらシルバさんは……いや、そんな事」

 

「察しが良いな。そうだ、察しの通り私は半分モンスターの血を引いている」

 

「正確には先祖があるモンスターと結ばれた、が正しいか」

 

「あるモンスターって?」

 

「それは解らぬ、どの文献を読んでも出て来ぬのだよ」

 

「でも特徴とかで解らないのか?」

 

「ふむ、何分我が一族は戦いを好む傾向にあるのでな……先人達は書物をあまり残さなかったのだよ」

 

「唖然として言葉が浮かばないよ……」

 

「ふむ、話を戻すぞ」

 

「おう」

 

「私の家系は代々モンスターの血が混じっておる。その比率は様々で、まぁそれはどうでも良い話か」

 

 

驚いた。

シルバさんにモンスターの血が混じって居ることも驚いた。

 

でもそれ以上に、こんなにシルバさんが話す人だとは思わなかった。

 

 

「なんだ銀、私は元からお喋りなのだぞ」

 

 

うっ、心を読まれたか?

シルバさんは……というかこの容姿は、寡黙なイメージしかない印象だ。

 

夢の中でも、会ったときも。

こんな風に喋るシルバさんは初めて見るのかもしれない。

 

 

「というかこのケーキと言うものは美味だな」

 

 

どうやらシルバさんの世界には、こういった物がないみたいに感じる。

本当に楽しそうに、話している姿は戦士ではなく女の子のようだ。

 

 

「よし、バイク代が浮いたんだ帰りにケーキでも買って帰るか」

 

「それは真か」

 

 

余程気に入ったのだろうか、返しがとても速い。

お礼もかねて、気に入ったケーキを買うのは最低限の礼儀だろう。

 

 

「サプライズでやられていたら、卒倒していたかもしれないな」

 

 

しまった、その手があったか。

 

 

「今のは聞かなかった……ってあぁ、まってよシルバさん」

 

 

いつの間にか消えた俺のケーキ。

そして急いで席を立つシルバさん。

 

もうシルバさんの頭の中には“ケーキ”しかないであろう。

 

 

本来の目的は、シルバさんの中から明明後日の方向へ飛んでいってしまった。

 

 

 

      

 



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~SET-3~(3/5)

  

  

忘れては居ないだろうか。

俺とシルバさんは瓜二つ。

見分け方は胸の大きさと、目の鋭さである。

 

後者の特徴は、ここ二三時間の間に気がついたもので。

それ以前に俺は主に恐怖が邪魔をして、シルバさんの顔をまともに見れてはいなかった。

 

そんな二人が町を歩くと色々と人目を引くわけで、何分俺はゴズロリのため余計である。

 

それに、銀髪なんてこの町に早々居るものではない。

でも以前に……たしか……。

 

 

「銀、バイクは今すぐの方が良いか」

 

 

シルバさんに声をかけられ、ふと我に帰る。

 

駄目だな。

考える方向性が定まらないで、余計な事まで考えてしまうのは俺の悪い癖だ。

 

 

「うん、速いことに越したことはないかな」

 

 

などと言っているが、残りの休みは家で引きこもる算段を立てているのは内緒である。

えっ?男に戻るためにモンスターを倒さないのかって?いやいや、二三日すれば慣れるでしょ。

確かにモンスターは脅威だけど、自分からホイホイ危険な目に会うのは避けたい訳である。

 

 

「ふむ、そうか……そうであろうな」

 

 

シルバさんはそう呟きながら、考える素振りを見せる。

俺の考えている事と若干リンクしていたことに、多少驚いたがまぁ偶然だろう。

 

さっきから、シルバさんはチラチラケーキ屋の看板を見ている。

 

まぁ、似た者同士。

否、さすが同一人物だ。

シルバさんも俺と一緒で、考えたら深みに填まっていくタイプなのだろうか。

      

十中八九。

いや、確実に。

 

シルバさんはケーキかバイクか迷ってるに違いない。

どうやら俺はシルバさんに、禁断の味を教えてしまったようで。

これは大きな脅威にも味方にもなりうる、諸刃の剣になりいるだろう。

 

 

「銀よ、私はこれから家に戻って馬を連れて来れるようにする。それまでさっきほどと同じものをだな……」

 

「おぅ、しっかり用意しておくよ」

 

 

そう言うと、顔を強ばらせる。

バレバレであるが必死で表情を隠そうと顔を強ばらせるようだ。

うん、嬉しそうで何よりである。

 

 

「そうかそうかそうか、うむ、では行ってくるぞ」

 

 

シルバさんはそう言うと、喫茶店の方へ歩いていってしまった。

 

家って……俺ん家なのだろうか。

などと、歩いていく方向から考察するがまぁ、良いだろう。

 

それよりもケーキだ。

 

男の時だと妙なこそばゆさが邪魔をして、一人でこの店に入る事は今まで躊躇らってきた。

でも今回は女体化しているわけで、そんな妙なこそばゆさはない。

 

どうしよう。

変にドキドキしてきたぞ。

女体化というプロセスを踏む事により、幾ばくかの度胸が備わったのだろうか。

 

 

一般人だと、決して体験することの無い女体化。

その経験は俺をケーキ屋に入らせるという行為。

それを、なんとも簡単な物にさせてしまった。

 

 

「いらっしゃいませませ」

 

 

やけにかわいい声がした。

 

ケースに入っている色とりどりのケーキから、声の主に視線を向けた。

 

そこには、目も眩むような可愛い女の子が顔を上げて俺を見た。

 

ウェイターの格好をしたその子は、俺を一瞬驚いた様子で凝視した。

 

 

あれ?一目惚れされた?

 

 

そう期待をしてみたが、いかんせん俺は今女体化をしている。

ピンクのゴズロリ服というおまけ付きなので、それはないであろう。

 

むしろ気にするのは俺のこの服な訳で。この町でこういった服を着ている人は、見たことがない。

さて、どうしたものだろうか。

ショートカットの髪型をした、可愛い女の子。

 

名札には“天子”と書かれていた。

 

俺の記憶が間違っていなければ“天子”という名前に一人だけ心当たりがある知り合いが居る。

 

俺はケーキを品定めするフリをして、思考を加速させる。

 

まずは読み方だ。

 

“天子”という漢字。

 

なにも考えずに読めば“てんこ”だろう。

 

それがダメだとすれば“てんし”である

 

しかし、俺の知り合いは前者も後者も読み方は当てはまらない。

奇抜とも、最近流行りのキラキラネームともとれるその名前。

 

その名前は……

“天子”と書いて“あまね”と読むのである。

 

もう一度いう。

“天子”と書いて“あまね”と読む。

 

大事なことだから二回言った。

 

しかしまだ驚くことなかれ。

この子はお寺の娘である。

 

だから、基準が判断しづらいが後者のキラキラネーム。

親の一時の感情が生み出した悲劇……ではないと信じたい。

 

だが俺はそれ以上にもましてある危惧がある。

それは、知り合いとバッタリ鉢合わせしてしまった。

 

そんな些細なことではない。あの子は、俺の悪友の妹であり。

今現在の状態であの子の兄に会うという行為は、大変危険であるからだ。

 

唐突に言えば、俺の悪友は異常である。顔はさすが兄妹と言えるほどに美形。

野郎犇めく学校でもイケメンと、噂されていたぐらいだ。

ただ残念なことに、こいつは異常なほどに女好きで尚且つ変態だ。

 

まぁ、そんなのだが。

寺を引き継ぐために、高校卒業と共に京都へ修行へ旅立っていった。

 

だからこの町に、奴は居ない筈なのだが、なぜかこの出会い。

悪い予感しかしない。

 

迸る電流。

とてつもなく嫌な気配がした。

それは男の時に感じることは無かった、異質な感覚だった。

だがこの感覚は、モンスターのそれとは違う。振り返りたくない気持ちを、一心に抑え込み振り返ると。

 

奴は……俺の悪友【柊 達哉(ひいらぎ たつや)】が、俺に熱い視線を送っていた。

      

よしと。

本来ならば、ここでひとまず状況整理を普段するところなのだが。

 

今はその必要は無いだろう。

チラリと天子ちゃんの方を見れば、顔がひきつっているのがわかる。

 

「ちょっと、まってて……お兄ちゃん」

 

天子ちゃんはそう言うと、店を出ていく。

 

あぁ、なつかし光景だ。

 

固く拳を握る天子ちゃん。

 

それに気づかず、俺を見る達哉。

 

迫る拳。

 

変形する顔面。

 

吹き飛ぶ人間。

 

そして、遅れてきた音。

 

これは、わずが三秒の内に起きた出来事である。

天子ちゃんの腕は確実に上がっていることから、ここ数年の苦労がうかがえる。

 

その間に俺は、シルバさんの為のケーキを選んで早く逃げることにする。下手に関わってボロが出たら事だ。

 

俺が内藤銀。

男だと知れれば達哉の気は紛れるだろう。

 

だが、天子ちゃんからの痛々しい目線は精神に多大なる傷を被うこと請け合いだ。

達哉とはどうでも良いが、天子ちゃんとの付き合いを断ち切るのはゴメン被る。

 

店に戻ってきている天子ちゃん。

一瞬猫耳を生やしているように見えたが、それは普段からの訓練の賜物だろう。

 

皆するだろ?

 

勝手に女の子に猫耳を生やしたり、色んなコスプレさせたり裸にしたり。

 

 

買うのはショートケーキつにチョコレートケーキ2つずつ。

 

季節限定の蜂蜜のフルーツタルトは……まだ時期じゃないか。

よし、ミルフィーユなんてコジャレたものも買ってみるか。

 

一応、ショートケーキは甘さ控えめのにしてと。

注文を終えると、俺はケーキを箱詰めしている天子ちゃんを見る。

 

猫耳は未だ健在だ。

ヤバイな飢えているのだろう。

 

帰ったら、パソコンの猫耳フォルダーを久しぶりに覗くか。

自分の財布からお金を払い、天子ちゃんからケーキを受け取る。

 

うん、柔らかな手だ。

 

久しぶりだと言うのに、話し掛ける事が出来ないのは惜しかった。

 

だがまぁ、仕方がないか。

それにしても、可愛い子とふれ合うのは良い。未だにドキドキする。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

可愛い天子ちゃんの声。

軽く会釈をして、俺は店を出る。

 

達哉がまだ道で伸びている。

目を覚ます前に早く逃げることにするか。

 

少し遠回りをして、家路につこうとしたその時。

 

一匹の黒猫とすれ違った。

あれ、あぁ朝だっけ。

朝、黒猫とすれ違うと1日がラッキーデー。

 

なんてジンクスが頭を過るが、残念なことに今は夕刻だ。

夕日に照らされて、町が赤く染まる。今日1日は沢山色んな事が起きた。

 

帰ったらグッスリ眠れそうだ。      

     

      

 

~Tezuka said~」

 

      

 

特殊犯罪捜査一課。

それが私、向千束の所属する警察組織だ。

 

過去、ここ一帯で奇妙な事件が多発した時に出来た。

そうは言っても、私が配属されたのはごく最近。

それが良いことなんだけど、配属されて暫くは事件らしい事件は全くなかった。

 

聞けば、私が配属される以前からそうだと言う話だ。

 

だけど今は違う。一晩で何者かに破壊された、廃業した道の駅の駐車場から始まり。多発する行方不明者。上半身裸で町中を徘徊する謎の銀髪美女。

 

そして。

 

 

「燃える……タイヤ痕?」

 

「そうだ」

 

 

東条警察が資料を渡しながら、事件の簡単な説明をした。

 

燃えるタイヤ痕。

 

ことの始まりは昨日の夜に遡る。

国道をバイクで走っていた少年が、路上で殺害された状態で発見されたのが事の始まりは事件現場には2つのタイヤ痕が残っており、一方は時間が経過したにも関わらずその後が燃えていたと言うことだ。

 

更に死体は、頭部と胴体が鋭利な刃物で切断されていた。

 

それと同様の事件がここ数日の間に二件。

犯行時間はどちらも真夜中で目撃者は無し。

 

 

「向、今から現場にいくぞ」

 

 

何時もの東条刑事とはうって変わり、真剣な眼差しをした刑事が指輪をハメ直し部屋を出る。私はそれを追う形で部屋をあとにした。

 

現場は不気味な程、静寂に包まれていた。

いつの世にも野次馬というものは存在するものであり、それを抑えるのも仕事の内。新人の内はそう教えられたものだ。

 

などと、昔に酔いしれている場合ではない。

私達が犯行現場に近づくたびに血生臭い臭いが鼻をつく。

 

 

犯行現場を目の当たりにしたその時。私は何故、野次馬が居なかったのかをようやく悟った。

 

 

「これは……」

 

 

次の言葉が出なかった。“酷い”なんて形容しがたい程、無惨に破壊された体組織。

血が肉が毛が散乱している。

その傍らには明らかに違法改造されたバイクだったものが。

それはもう鉄と油の塊でしかなかった。

 

 

「こいつは」

 

 

東条刑事も言葉を失っている。

ダメだもう限界。

 

 

「すいま……」

 

 

私はそう言うと、街路樹の根に胃の中身を吐き出してしまっていた。

 

あれから私は車の中で少し休んでいる。目を瞑るとフラッシュバックされる、さっき光景。または私は吐きそうになったが、踏みとどまる。

 

 

「大丈夫か」

 

 

運転席に座りながら、東条刑事はペットボトルの水を差し出す。

 

 

「はい……すいません」

 

 

謝ることしか出来なかった。

あれほどの光景を目の当たりにしたのは初めてだ。

      

      

 

「東条さんは平気なんですか」

 

 

思わず敬語口調で話してしまう。

 

その話し方をするのはすごく久し振りな気がした。

 

だけど、今は違う。

 

 

単なる好奇心か、それとも極意を知りたいのか。

 

人があれほどまでに肉の塊と言う言葉が相応しいほどの光景。

それを冷静に対処していたのだから。

 

 

「いや……実は俺もやばかったんだよね」

 

 

そう言いながらは薬指で顔をポリポリとかく東条さんから、意外な言葉が帰ってきた。

 

 

「慣れた……って言ったら語弊があるかもしれんが、そんなもんだよ。まったく」

 

 

最後の言葉は自分に対してなのだろうか。

私はペットボトルの水を半分ぐらいまで飲むと、ドリンクホルダーにそれを入れる。

 

 

「いけそうか?」

 

「はい」

 

 

間髪入れずに返事をした。少し時間を置いたお陰か、気持ちも大分落ち着いた。

 

現場は未だに、血と煙の臭いが充満している。

これが本当に人の仕業なのだろうか。

私は改めて、状況を受け止める。

 

 

バイクはまるで、何かで切られた跡がある。

それを発端にして、転倒したときに壊れたのであろう。

 

 

ミラーやパーツの残骸が、あちらこちらに散乱している。

 

 

「うっ」

 

 

また、吐きそうになる。

だけどもう負けない。

 

 

死体を隠すために設置されようとしていたブルーシートをくぐり、意を決して私は遺体と対面する。

風が遮られ、血の臭いが充満している。手を合わせ黙祷の後、改めて私は遺体と対面する。

 

 

誰なのか、それ以前に何人だったのか。

それさえも解らない程に、細胞が破壊された遺体。

 

 

「若いのに」

 

 

東条さんがそうぼやく。

 

 

被害者は皆20代前半~10代後半。

近隣住民から騒音の苦情も多数来ていた典型的な暴走族紛い。

 

たしかに。

事件に巻き込まれていなければ形はどうであれ、まだまだ青春を謳歌していたであろう。

 

だけど、そう思ったところで亡くなった命は帰っては来ない。

 

死んだら最後、もう後戻りはできないから。

 

 

「よし、現場検証は鑑識に任せて俺たちは帰るぞ」

 

「えっ、そしたら何のために私達は。理由を教えてください」

 

 

突如そんな事を言われた。私は何もしていない、したことと言えば胃の中のものを吐き出しただけだ。乙女として、刑事としてそれだけしかしてないという状況。それは絶対に避けたいと、個人の感情では思う。

 

 

「理由?向をこういう現場に慣れさせる、帰ったら早速対策会議だ。それと……」

 

 

柔道着で気合いを入れるように、スーツの上着の襟をパンと引っ張り。

 

 

「……現場の空気を知ったんだ意気込みが違うだろ」

 

 

そう言って東条さんはブルーシートを潜り抜け、出て行った。

それを追う私の瞳にはその背中は大きく見えた。

 

 

 

~Gin Said~

 

      

 

喫茶店へ帰ると、シルバさんがスヤスヤと寝息を立ててテーブルに突っ伏していた。

 

寝たフリか?

 

なんて思ったけど、寝息が聞こえるから違うであろう。

 

伏せているため寝顔は見えないのは残念だがまぁ、良いかな。

 

春先とはいえ、まだまだ冬将軍の抵抗続く寒い季節。

買ってきたケーキを冷蔵庫に入れ、暖房をつける。

 

古い機械のためか、動くときにゴゥンと音がしたが幸い眠り姫はそのまま寝ていてくれた。念のため、毛布をシルバさんにかける。

 

ふと窓辺を見れば午後の日差しが射し込んで来ている。

 

店は思ったよりも早く暖まるだろう。

 

 

「あぁ」

 

 

思わず声が出てしまった。

 

ガラスに写った俺の姿。

そう言えば今、ピンクのゴズロリ服だった。

 

着替えるかな。

俺は、静かに二階へ上がっていった。

西日の陽射しが照らす午後の陽気。

 

部屋はとても暖かかった。

服を脱げばまた、新品の服特有の匂いが鼻を抜ける。

女体化するにあたっては只今、男としての欲求は無いに等しい。

 

たわわに実った果実。

引き締まったウエスト。

そしてシルバさん程ではないが、長くしなやかな足。

 

もう一度言う。

男としての欲求は無いに等しい。

 

クローゼットを開ければ、ウエイトレスの服と数少ない私服のみ。

元々、私服と言うのはあんまり持っていない。そのため、これといったものは持っていないのが現状だ。

 

普段はウエイトレスの服が私服であり、仕事着な訳で。その上に防寒用の革ジャン等を着るのが俺のいつものスタイルである。

 

だから今日、服を買おうと考えた訳なのだが……。

 

結果は無惨なもので、床に脱ぎ捨ててあるゴズロリ服一着のみ。

 

クローゼットを漁っても……

 

革ジャン。

変色した柔道着。

色落ちした剣道着。

ボロボロの手拭い。

ウエイトレスの服多数。

メイド服。

毛玉だらけのスエット。

ヨレヨレの半袖。

年季を感じる半ズボン(水着兼用)

半袖のパーカー。

ヒートテック(白・黒)

靴下。

ハイソックス。

トランクス。

ボクサーブリーフ。

青い縞柄のパンツ。

青い縞柄のブラジャー。

言葉では表せない18歳以上を対象としたマンガ本数十冊。

 

 

……最後の方は見なかった事にしてはくれないだろうか。

 

 



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~SET-4~ (4/5)

 

 

いつの間にか夢をみた。

地平線の彼方まで広がる、草木萌える緑は朝方の空気と相まって良い薫りがする。

 

東の空は白み。

天には未だ、銀の星達や三日月が輝いている。

 

正に朝と夜の狭間、そこに自分が立っている。

両隣には我が愛しの姉妹が軍服を身に纏い、馬に跨がり地平線の彼方をただジッと見つめている。

 

右隣には優しくも厳しい姉が。

左隣には真っ直ぐでシッカリ者の妹が。

 

だがしかし、姉の顔はまるで曇りガラスの様にぼやけ見えない。

わかるのは自分と同じ銀髪。しかし、その色は黒に限りなく近かった。

 

一方、妹の顔はよく見えた。

キリッとした目鼻立ちは流石姉妹といったところだろうか。

 

しかしこちらは蜂蜜のような金髪。

髪型に至ってはショートカットの上に襟足だけ伸ばして結わえている。

そしてそれぞれ身の丈もある大剣と紅蓮の槍を携えていた。

 

そう、これから戦いが始まる。

この穏やかな空気が壊され、血生臭い戦いが今正に始まろうとしているのだ。

 

 

「……来た」

 

 

左隣から鈴の音みたいな声、妹が呟いた。

 

見れば紫色の霧が、地平線から這い寄る。その霧の中には、歪な角を持った顔のない黒い四肢を持った怪物がユラユラと歩いてくる。

 

姉はただ黙って剣を担ぐと、馬を走らせた。

それに釣られる様に妹も。

だけどこの闘いの結末は知っている。

そして、自分の意思とは関係なく馬を走らせようとしたその時。

 

 

俺は目を覚ました。

目を覚ますと、部屋は茜色に染まっていた。

 

どうやら、いつの間にかに寝てしまったらしい。

一応として着たスエットは、寝汗を吸い着心地を悪くしていた。

体が起きようとする気配はない。それ以前に動こうにも、すごく怠いのだ。

 

さっき見た夢、俺はあれを知っている。

知っているのだが、過去を思い返しても俺が馬に跨がり乗った記憶は全くない。

 

となると真実はただ一つ。

犯人は……お前だ。

 

スエットからネックレスを取り出すと、乱暴に振った。

 

 

「おい起きやがれ」

 

<なんだ何だ喧しい>

 

 

契約している蟻のモンスター、アーマイゼがペンダントから気だるそうな声で返事した。

 

 

「何なんだよあの夢は」

 

<夢……あぁ、過去に起こった記憶もとい記録だな>

 

「いや、夢事態の説明じゃなくて夢の内容を聞いてるんだが」

 

<言葉通りだよ主よ>

 

「ウェイ!?」

 

 

気付いた……いや、わかっていたことだ。

視点の違いこそあれ、シルバさんの記憶だということはほぼ確信していた。

それはそうと、超綺麗可愛いんだなシルバさんの妹。

 

そう言えば妹といったら天子ちゃんだけだったよな。でも天子ちゃんは妹といっても、部類は友の妹だ。強いて言うならば妹のようなもの……か。

シルバさんと同じで青碧色の瞳、どこか幼さがまだ抜けてないのはたぶん昔の記憶だからだろう。

 

髪は以外にも蜂蜜のような金色で、ショートカットなのだが襟足は以外に長く結んである。

あぁ、あんな妹が居れば俺はこんな据えた性格にならなかったも知れないな。

 

 

「銀、開けるぞ」

 

 

ドアの外からシルバさんの声がした。

何処かの幼馴染みとは違って、ちゃんとノックするのはさすがもうひとつの世界の俺と言ったとこだろうか。

 

 

「おっ、大丈夫だぞ」

 

 

そう返事をすると、シルバさんはゆっくりとドアを開けた。

 

 

「どうした?」

 

 

その手には俺がかけた毛布があり、たぶんそれを渡しに来たのだろう。

 

 

「いや、そのなんだ」

 

 

どうも歯切れが悪い。

照れてるのか、惚れたのか。

優しくされてコロッといっちゃったのか。

 

キャッホーイ!!

 

春だぁ春が来たぞ。

彼女居ない歴=年齢の呪縛から解放されるときが今ここにッッッ。

 

 

「ありが……」

 

 

よしきた、デレた。

シルバさんがデレたぞ。

 

キャッホーイ!!

 

イヤイヤでも待て、シルバさんと俺は同一人物な訳で恋愛感情は生まれない。

 

でもそれは俺の認識な訳で。

元々女の子のシルバさんにはもしかして適用されないのか?

 

愛してくれるなら俺も精一杯愛しようじゃないかという俺のスタンス。

 

今考えると騎士道に近いものがあるな。

そうか、それでか。

 

 

「……って、腹を出すな馬鹿者」

 

「ふへ?」

 

「何だどうした?そんな顔をして」

 

「いや、あの……」

 

「おおかた、いやらしい事を考えていたのであろう。不埒な」

 

 

おおん?

デレはデレは何処へ。

確かに胸に体積を持ってかれて、ヘソ出しみたいになってるけども。

 

今それを指摘されることか?

 

それに心までまた読まれただと!?

なんたることだ。

このシルバさん進化してやがる。

 

くそっ、アーマイゼはさっきっから黙りを決め込む。

シルバさんのデレは何処へやら。

 

 

「それよりも銀、馬を喚ぶ前にお腹が空いた……ケーキを食べようではないか」

 

 

実のところこれが目的なのではないかと考えてしまう。

 

 

「はいはい、ちょっと待ってろ今着替え……」

 

「まて銀」

 

スエットを脱ごうと手をかけたとき、シルバさんに呼び止められた。

俺としては寝汗で気持ち悪いから、早く着替えたいわけだが。

 

 

「なんだ?」

 

「なぜ着替える必要がある?」

 

「そりゃぁ、コーヒーを煎れるからだか?」

 

 

なんでこのお姫様は当たり前の事を聞くんだ?

 

 

「いやいや、別に着替えなくてもよかろう?コーヒーはその格好でも作れるではないか」

 

「はぁ」

 

 

と、ため息をつく。

まったく、このお姫様はなにもわかってない。

 

 

「いいかい、コーヒーと言うものは生き物なんだよ」

 

「あぁっ……」

 

 

まったく、コーヒーとは何か。まったく知らない素人はこれだから困る。

そんな人は缶コーヒだけでコーヒをわかったような口ぶりをするから青筋ものだ。

 

 

「それに……俺はウエイトレスの格好にならなければ80%コーヒの味が落ちる」

 

 

なにも知らない子にはコーヒの素晴らしさも交えてゆっくりと抗議する必要があるな……。

 

      

 

 

~Silvana Said~

 

      

 

 

知 っ た こ と か

 

 

 

 

~Gin Saido~

      

      

夜も更け、時計の針が天辺を過ぎた頃。

遅めの食事を終えた俺たちは、喫茶店のカウンター越しで腰を下ろす。

 

 

「ふむ、あれだけ語っていただけあって確かに味が違うな」

 

「だろ?」

 

 

少し無理して着たウエイトレス服。

予想通り、胸の部分に生地を持っていかれピッチリする。

 

女体化した俺は無駄にスタイルが良い。このピッチリムチムチ感がなんとも色っぽく感じるのは客観的な意見だ。決して自分の身体に欲情したわけではないと、改めて言っておく。

 

それにしてもコーヒーは格別である。食後の一服だと特に格別だ。

更にこれから一仕事するにあたっては、食後の睡魔を退けるのに丁度良い。

 

 

「さて銀。散々待たせたのだ、早くケーキを食べようではないか」

 

「そうだな」

 

 

シルバさんから犬耳と尻尾が生えてきて、ピョコピョコと動かしている……ように見える。やっぱり普段から訓練はするものだ。

昼間、ナチュラルに訓練の成果が見れたときはある種の感動を覚えたもの。フォークでチビチビと食べる様は、味を長く楽しみたいからであろう。3口で1つ目のケーキを食べ終えた俺をビックリした様子で見てきたのだから。

 

 

「それで何て言ったっけ……召喚だっけ?」

 

「……あ~うむ、そうだな、それでもよいぞ」

 

「へ?呼び方間違ってるの」

 

「いやいや、名称なんて飾りにすぎない。過程と結果さえ同じなら基本名称はある程度違っていてもよいのだぞ」

 

「そんなもんなのか」

 

「ふむ」

 

 

随分と大雑把だな……シルバさんの世界って。

 

これから俺たちがする召喚と言うのは、馬……バイクをシルバさんの世界から召喚することらしい。

らしいと言うのは聞いた話で、シルバさんの世界ではバイクと言うものは野生で群れなどを作っているらしい。

 

嘘っぽい話だ。だけど本当の事らしい。

やっとケーキを食べ終えたシルバさんは、着替えてくると言って、部屋から出ていった。

それから、ものの五分も経たない内に……

 

 

「おおっ」

 

 

……最初に出会った時に着ていた軍服を身に纏っていた。

 

 

明るいところ。

しかも普段生活しているところで改めて見てみると、例えも付かないほど綺麗だ。

 

 

「フフッ、どうだ銀」

 

 

そう言いながら、イタズラ気味な笑みを浮かべるその表情は何とも妖艶なものだ。

 

胸がない。

 

色気がない。

 

女っ気がない。

の三拍子を冠するシルバさんにあるまじき表情だ。

 

黙ってれば本当に良い女だと思うが、何だろう。

普段は行動と言動がプラスマイナスゼロな感じ?

 

そんなシルバさんなもんだから、このギャップは不覚にもドキッとしてしまう。

 

 

「ほれ、銀よ黙っていてはわからんぞ」

 

 

後ろで手を組み、ニヤニヤしてこっちを見ながらそう言う。

 

 

「あぁ、きれ……黙ってれば案外良いな」

 

 

それを聞いたシルバさんは深くため息をつき……

 

 

「やはり銀は女の一人にもに気の利いた言葉はかけられんか」

 

 

……心底残念そうな声をあげた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

場所はうって変わって鉄屑置き場。

 

      

“危険立入禁止”

 

 

そう書かれた看板を素通りして、俺達は鉄屑等の粗大ゴミの一時預かり所に来た。

これからこれ等の粗大ゴミは、発展途上国に寄付と言う名目で送りつけられる運命にある。

 

……というのをこの前、テレビのドキュメンタリーで見た。

 

月が欠け、灯りの乏しい夜は、お化けやモノノケの類いが出てきそうだ今は一人ではない。

軍服みたいな服を着た怪しい格好の女が前をグングン突き進んでいる。

 

 

「そういえばシルバさん」

 

「どうした」

 

「なんでここなんだよ」

 

「むっ、ここには媒介?媒体?が沢山あるのでな」

 

「え?」

 

「なんだ銀、まさか媒体が無いのに馬を喚ぶ気でいたのか。情けない」

 

 

歩きながらも、こんな会話をしている。

先程からシルバさんの機嫌は、ななめ-45°に傾いている。

 

つまり機嫌が悪いと言うことだか、なぜ急に悪くなったかは俺のせいである。

自業自得と言えばそれまでだし、今更どう取り繕って良いものか。

 

というのが現在の課題だ。

 

 

“気の効いた言葉”

 

 

アーマイゼ、何か良いアイデアはないか。

俺がそう問いかけると、服の中のペンダントが青白く一瞬輝き、返答が頭の中に帰ってくる。

 

 

『主よ、モンスターであるワシに、そのような事を聞く事態が間違いだぞ』

 

 

いやだってよ他に相談相手がいなくて……。

 

 

『そのくらい主の力で何とかしてみよ。そっちの方が面白いからな』

 

 

おい。まてよ。

 

 

『……』

 

 

おい……。

 

ダメだウンともスンとも答えないや。

 

にしても何故だろうか。ド直球に誉めたら、芸がないだの言われそうな気がしたから変化球を投げてみたつもりなのに。裏を書いたら、変なとこにボールが飛んでいったと。

 

はぁ。

 

憂鬱だな。

憂鬱だよまったく。

 

冬の終わりごろの空は澄んで星と月が良く見える。

それなのに俺の心の中は、こうも憂鬱とした気で満ち溢れているよ。

 

 

「ついたぞ銀」

 

 

とまぁ、なんの打開策も見当たらないまま。俺は召喚場所とされる、廃材所の開けた場所にやって来た。背丈よりも高い鉄屑や粗大ゴミが、円を描くように置かれている。

 

それ以外には何もない。

 

うっへ。

機嫌を損ねて職務放棄かこんちくしょうめ。

それを感じ取ったのかは知らないが。

 

シルバさんは開口一番こう唱えた。

 

 

「吹ケ夜風」

 

 

その調べが唱えられられると。

静かな夜に一陣の風が吹き込み、その風が地面を撫でた。

 

 

「なんだ、なんだこれ」

 

 

怪現象?

新しいモンスターの襲来?

何だよ一体。

 

はわわわわわっ。

 

 

俺が目を白黒させている間にも、シルバさんはそれに意を介せずに調べを紡ぎ続ける。

 

 

「我ガ名ノ元ニ、姿ヲ示セ」

 

 

すると、ぼんやりとだが。

風が通り抜けた辺りに、魔方陣のようなものが浮かび上がってきた。

 

 

 

「常世峠ヲ、我ハ行カン」

 

 

その幾何学的な模様は、ハッキリとしたものになる。

それはもう、アニメや映画なんかで起こりえる現象だ。

 

風は静かなものから段々と激しさを増す。

 

 

「ソノ名ノ元ニ、姿ヲ示セ」

 

 

その調べを紡ぎ唱えたとき。魔方陣は、鎧を纏うときに発するペンダントと同じ光を発光させた。

青白くて眩しい光が、辺りを昼間かと錯覚させる程に煌々と煌めく。

眩しさのあまりに俺は、光を直視できなかった。

 

 

「老練ナル風ヨ、我ニ力ヲ」

 

 

視線を反らす最中、俺は風に乗り何かが魔方陣の中心に降り立ったのを感じた。

質量的な何か。その場に何も無い筈なのに、俺は確かにその存在を感じる。

 

 

「来レ」

 

 

シルバさんの口調が一層と強くなった。

召喚の儀式が終盤に近いことを感じる。

 

ざわめき暴れ狂う風。

何もしていない筈なのに、真冬の夜に俺は額に一筋の汗が伝うのを感じた。

 

 

「馳セル良馬“ヴェイヤンティフ”」

 

 

とうとう吹き荒れる風は、辺りの廃材を巻き上げた。

ガラガラと不揃いの金属や、色んな物がぶつかる音。

それは、次第に魔方陣の方へと集まって行くのを肌で感じることができる。

 

 

「ソノ纏イシ武具ノ、イト相応シキニテ」

 

 

その言葉を合図に、風と光はより一層と激しさを増した。

 

 

「ぐっ」

 

 

だがそれは、ほんの一瞬だった。

鎧を纏うときに発する金属音よりも、質量を感じる音が辺りに響いた。

 

それを合図としたように、ようやく収まる光と風。

そのお陰で、ようやく触覚以外の情報で、いまの現状をようやく得ることが出来た。

 

視界に真っ先に入ってきた景色。

単刀直入に言えば、一台のバイクが未だ光が残る魔方陣の上に鎮座していた。

 

高く積み上げられた廃材の数々。

その総量が大分減っており、どこに消えたかは粗方予測はできる。

 

 

『やぁ、起きたか爺さん』

 

 

ペンダントからの声。

アーマイゼの声が無言のバイクに投げ掛けられた。

 

 

「グォン」

 

 

エンジンの一鳴り共に、何となくだが意味は分かる。

 

 

“ワシを呼んだと思ったら、ここはどこじゃ”

 

 

たしかにこんな意味だ。

言葉としてではなく、直接感情が頭の中に入ってくる感じ。

 

俺はその様子を、ただ黙って見る事しか出来ない。

 

老馬【ヴィヤンティフ】

シルバさんの盟友とも言える存在。

いく千もの戦場をこの相棒に跨がり、駆け抜けてきた。

 

というのがアーマイゼを通して俺に送られてきた知識だ。

実際どんな風に戦ってきたかは、実践をしない事には何とも言えない。

 

ただ言えること、それはコイツが雄だと言う事である。

 

雄ということは、擬人化イベント的なアクシデントが起こっても、俺が喜べないと言うこと。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

“主よなぜワシはこのような姿に……”

 

などと言って一糸纏わぬ姿で四つん這いでコチラを見つめる。

ヴィヤンティフは、幼女である。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

なんてイベントがないわけだ。

何分、俺自身が女体化をしている訳だから擬人化があっても不思議ではない。

 

そう不思議ではない。

 

むしろ、なきにしもあらずだ。

何時ものごとく、話が逸れに逸れたが直す気はないから諦めてくれ。

 

お詫びとして、ひとまず周りの状況を一先ず説明する。

あれだけあった回りの屑鉄は、ゴッソリと無くなっていた。

 

物が片付いた分、廃材や鉄屑のあった場所がだだっ広い広場のようになっていた。

 

よし、説明終わり。

目の前に佇む待ちに待ったバイク。

 

馬、馬。

馬とかいっていたけれど、見た目は普通の……いや、ちょっと個性的なエアロやらパーツやらライトの形をしているバイクだ。

 

色はピアノブラック。

 

そこに銀色のラインが車体を駆け抜けるよう入っていて、タイプはネイキッド。

 

剥き出しのエンジンは男心を擽り、スマートなかにもしっかりとした重みを感じる作りだ。

 

 

「お……おぉ」

 

 

全身は歓喜に震える。

いやぁ、逢いたくて逢いたくて震える……なんて某歌詞にもあった様なシチュエーションだ。

 

 

「かっ、カッコイイ」

 

 

思わず、俺はバイクを撫でる。

グォーンと一鳴りのエンジン音。

 

 

“止せ主よ照れるじゃろ”

 

 

などと直接感情が頭の中に入ってくる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

いやぁ、この娘は本当に可愛いなハハハッ。

 

 

「もう。は、恥ずかしいから頭ナデナデしないでよ」

 

 

などと頭を撫でられているツインテールの幼女。

 

ヴィヤンティフは、訓練により産み出された俺の妄想の産物である。

 

その産物。

可愛い幼女は、顔を桜色にほんのりと染め照れを隠しながら起こっている。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

“何なんじゃこの主は……”

 

『諦めてくれ爺よ、これが我が主だ』

 

 

二人の契約モンスター?の会話は耳に入ることはなく、右から左へ流れて行った。

 

 

「さて、銀よ今日は帰るか」

 

 

そう言うとシルバさんは、少し疲れたように言った。

 

 

「あ、あぁ」

 

 

それもそうか。

シルバさんはこんなんだけど一応は弱体化している訳だから。と、自分で納得しつつ俺はバイクに跨がる。

 

おぁ、なんかすごく久しぶりに感触だ。

それになんだか全身に力がミナギル感じがする。

 

グリップはまるで俺のために作られたようにシックリと手に収まり。

 

シートの固さも俺好み。

なんと言っても、ライトはとつても明るく前のバイク【ハリケーン号改39】と同じ……いやそれ以上の明るさだ。

 

補足で付け加えると、ハリケーン号改39とは俺が前に付けたバイクの名前だ。

 

しかし……あれ?なんか物足りない。

必要なパーツは全て目測では揃っている筈なのに。

 

何だろう。

この感覚は。

 

 

「どうだ銀よ私の馬は」

 

 

両手に腰を突き、無い胸を突き出しふんぞるシルバさん。

その顔からは若干の疲れの色が見える。

 

 

「文句無しに最高だ」

 

「そうであろう何たって最高の良馬だからの」

 

“そんなに持ち上げんでくれ、こそばゆいじゃろ”

 

 

ヴィヴィアンティフも何だか照れ臭そうだ。

 

 

「でもなんだろう」

 

「ん、どうした何か不満か」

 

「いや、不満って訳じゃないんだけど……」

 

「なんだ、歯切れが悪い」

 

「何かが足りない……気がするんだ」

 

 

「足りない……ね」

 

 

怒られると思ったけど、以外にもシルバさん難しい表情をして考えるしぐさを始めた。

 

 

「俺の思い過ごしだよきっと」

 

 

なんかいたたまれない。

せっかくのバイクに何かいちゃもんを付けてるみたいで、嫌な気持ちにさせてしまったかもしれない。

 

 

『九十九神の魂だな、おそらくは』

 

 

いきなりのアーマイゼの乱入に、心臓の鼓動が跳ね上がる。

 

 

「九十九……あぁ、なるほど」

 

 

シルバさんもシルバさんで一人で勝手に納得する。

 

いやいやいや……今までイタリアっぽかったりしてたのに、何でいきなり和物の妖怪の話何だ?

      

というか、二人で勝手に話を進められると俺が置いてけぼりなわけだ。

 

当事者としてそれは明らかにおかしい。

いくら俺が解らない話だとしても、それは少し寂しい訳だ。

 

 

「九十九……なら神社とかか」

 

 

なんて、突拍子もないことしか言えない。

 

 

「銀よ、随分と変なことを言うものだな」

 

 

ごもっともですシルバさん。

自分でも“何言ってるんだよ俺”って、盛大に突っ込んだところです。

 

 

『この世界の神的概念の存在……だな』

 

 

アーマイゼも俺を気遣ってか補足説明を入れてくる。

 

 

「いや、この世界というかこの国だけどな」

 

「国もなにも銀の世界は複雑だぞ、もっとこう簡素にだな……」

 

「そんなの知ったことか、逆に聞くけどシルバさんの世界はそうなのかよ」

 

「ふむ、そうだが」

 

「そうだがって……本当かよ」

 

「あぁ、真だ。場所が変われば全く違う世界など信じられん」

 

「信じられん……って言われてもな」

 

 

軽くカルチャーショックを受けつつも、おれは再びバイクを眺める。

 

軽くエンジンを吹かすとグォンと一鳴。ヴィヤンティフはビックリしたらしい。

急にさわるでない、と少し怒られてしまった。

 

可愛いやつめ、あえて妄想はすまい。

さて、バイクも手に入ったことだし家に帰ろうか。

最近は物騒な事件も起きていることだし、変に巻き込まれるのも御免こうむる。

 

いや、でもあれだモンスター関連なら話は別だよ。

 

 

「銀、では帰るとするか」

 

「おぅ」

 

 

そう返事をすると、俺は再び辺りを見渡す。

なんだろう、視線を今感じたのは気のせいかな。

 

 

 

「どうした銀」

 

「いや、何でもないよただ誰かに見られてる気がして」

 

「ふむ……気のせいだろう」

 

 

シルバさんお墨付きをいただいたんだ、モンスター関連の気配じゃな……。

 

 

「よし、帰ろう」

 

「どうした、いきなり慌てて」

 

 

なんかね……こう言う雰囲気だと出そうじゃん。

 

幽霊が。

 

 

「帰ろったら急いで帰ろう。ほら」

 

 

そう言うと、バイクに跨がり後部をポンポンと叩く。

 

 

「ふむ」

 

 

そう言うとフワリと跨がるシルバさん。

そのか風に乗って良い匂いがしたのは内緒だ。

 

 

「捕まっててくれよ」

 

 

おぅっ、コイツは以外とパワーがあるな。

吹かすエンジンは、その音と相反し以外にも体を持っていかれるほどエネルギーに満ち溢れている。

 

以外とじゃじゃ馬ないか。

面白い、ワクワクしてきたじゃないか。

テンション上がると同時に、胸の鼓動は早くなる。

 

そして俺達は、暗い夜道を猛スピードで帰る。

 

 

 

 

 



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~SET-5~ (5/5)

  

 

元停めてあった俺のバイクの停車位置に我が愛馬を停める。

 

 

「ありがとな」

 

 

そう言うとヴィアンティフは、グオンと一なり。

彼女なりの挨拶なのだろう。感情では無く、ただのエンジン音として聞こえた。

 

家に入ると、シルバさんは冷蔵庫を開ける。

 

 

「おっ、いい感じに漬かっておるではないか」

 

 

出掛けに作って置いたマリネは、シルバさんのご所望だ。

食べ忘れても……まあ、いけるだろうという考えのもとに作られた一品。

 

いわゆる魚のマリネではなく、ハムを使った本格派と自負するもの。

普段家庭で出された日には、大丈夫かと聞いてしまいそうになるほどだ。

 

結構おしゃれじゃないかなーなんて思ってみたり。

コテージの静かな空間で食べたら格別であろう。

感謝感謝である。

 

 

「ごはんはよそったか」

 

「ふむ」

 

「スープは飲むか」

 

「インスタントしかないぞ」

 

「かまうもんか」

 

「それでは」

 

「神のお恵みに感謝して……」

 

「だぁぁぁぁ嗚ぁぁぁぁぁぁぁ、いただきます」

 

 

 

西洋式なんて知ったことか。

俺はお腹が空いたんだ。

わるいがJAPANの作法をとらせてもらう。

 

少し体をビクつかせたシルバさんを尻目に、俺は箸を進める。

夜食を食べ終え、俺達は眠ることに。

 

 

 

「シルバさん、いま……モンスターの気配はするかい?」

 

「いや……しないがどうしたのだ銀、さっきから」

 

 

 

なんかさっきっから肌にまとわりつく様な、嫌な感じがする。

甘ったるい。砂糖をイタズラでカップ半分位で入れられたコーヒーを飲んだときのような。

胸焼けのような嫌な感じだ。

 

 

「気配がするんだ……嫌な気配が」

 

「ふむ」

 

 

と一言シルバさんが頷くと、考える素振りを見せる。

 

 

「力が体に馴染んでないからであろう、気のせいだ」

 

 

あっけらかんと言い、おやすみとだけ言って寝室へ入っていってしまった。

 

 

「おれも寝るか」

 

 

素直に寝れるかどうかは別として、接客業を営む身としては体は第一だ。

不摂生な生活をして体を壊したくない。

 

 

 

GIN SAID

 

女体化した俺は、良馬ヴィヤンティフに跨がり暗い林道をひたすら走る。

 

 

空には真っ赤で巨大な満月が己の存在を主張し。

 

空に耀く星星は、自分の世界のソレとは比べ物にならない程の量で月の存在感に負けてない。

 

 

 

単刀直入に言おう。

 

今夢を見ています。

毎度お馴染みになりつつある今の状況。

 

これと言って自分の意思通りに動けるわけではなく。

 

これと言って何の夢だかが解らない。

 

あるときには予知夢の様なもの。

またあるときには過去の記憶。

 

さて、今回は何の夢だろうか。

 

 

勝手に動く体とは対象に、思考は自由に働かせられる。

 

ただ漠然と、ヴィヤンティフの鼓動を息づかいを肌で感じ。

 

切り裂いてゆく風は、頬を通り髪を激しく靡かせる。

 

 

 

まるで自信が風と一体になったかのような感覚。

 

夜風は気持ち良く、駆ける景色は線となって視界を線が占領する。

 

 

今俺は何処へ向かっているのか。それはまだ解らない。

 

 

すごく明るいライトは不意に消え。

激しいエンジン音の代わりに、大地を転がるタイヤの音が大きくなる。

 

 

 

いや、それは違うか。

消えたエンジン音の代わりに、タイヤの音が目立ち始めただけであろう。

 

      

 

黒い線が不意に視界を遮った。今のは何だったんだろうか。

 

 

まぁどうすることも出来ないし、このままで良い。

 

 

なんてことを考えていると、視界が後方を向いた。

どうやら気づいたらしい。

 

 

それを見るや否や、ヴィヤンティフの走るスピードが一段と速くなる。。

 

逃げていることは、この瞬間確定した。

 

 

自分の普段やっていることを考えれば、当たり前の判断だがなぜか違和感を感じる。

 

 

さっき言ったが、今俺の見る夢は3タイプあることを覚えているだろうか。

 

 

 

ただの夢。

シルバさんの過去の記憶。

そして予知夢。

 

この三つの中で今回当てはまるのは、多分二番目。

 

 

多分というのはバイクにのって走っているのに揺れるものがない。

 

そう、胸の二つ山のことである。

 

 

胸の話も大事だが、本来あのシルバさんが逃げるなんて事は考えづらいからである。

 

 

あの人は、死ぬなら戦場で前のめりに……なんて事を素でやる人だ。

 

 

 

だとしたら何かを守るため……なのか?

 

そして、目が覚める。

 

結局なんの夢だったのか、皆目見当はつかないがこれだけは言える。

 

 

あの夢は悪夢だ。

現に今とても鬱屈した気分である。

目覚めの椋鳥コールよりも早く起きた朝。

 

今一応全裸であるが、もはや見慣れたものである。

べ、別に自分の体で欲情なんかするはず……

 

サラサラした銀色の美しい髪にスラッと伸びた綺麗な御御足

 

ポインポインの胸の山

 

……大変美しゅうございます。

 

 

 

 

~TEDUKA SAID~

 

 

夜も明け、朝日がブラインドの隙間から朝日が差し込む。

 

どうやら、うたた寝をしてしまったようだ。

事件がひと段落するまで家に帰らないのは、願掛けにも似たものである。

 

事件の進展は勿論残念ながら無い。

 

まどろみの中、目覚めにコーヒーを飲むため給湯室へ行くとそこには既に東条さんが居た。

 

 

「やぁ、おはよおう」

 

 

東条さんは家に帰ったようでスーツが昨日とは違う。

 

 

「まぁた居残ったのか」

 

「えぇ、そうよ」

 

心配そうに聞いてくる東条さん。

新人の頃はただウザッたいだっけに思っていたが今は丸くなった。

 

 

「あんまり無理はするなよ」

 

とだけ言うと、自分の席へ戻り書類の整理を始めた。

時間は出勤時間までだいぶ余裕のある時間だ。

 

 

私もコーヒーを飲んで頭を覚ましたら仕事にかかる。

それにしても……今回の事件、かなり複雑で強大な何かが絡んでいるようなそんな気配がする。

 

 

飛躍しすぎでいて考えすぎなのかもしれない。

だけど……私の勘は良く当たる。

 

 

コーヒーを飲み終えると、仕事を再開する。

 

最初の頃はこんなにも書類仕事が多かったのかと、驚愕したものだがもう慣れたもの。

 

 

だが、資料作成やら報告書等の作成は中々骨の折れるもので、こちらは慣れてもやりたくはないのが本音だ。

 

 

真の敵は机の上の書類で、その余力で戦う。

なんて昔の人たちは良く言ったものだ。

 

 

今だ慣れないパソコンを使いながら業務を進める。

その間にも、ちらほらと他の仕事仲間が出勤してくる。

 

 

「向、飯の時間だぞ」

 

 

不意に肩を叩かれる。

ビックリして振り返れば、そこには財布を持った東條さんがいた。

 

 

「えっ、もうそんな時間」

 

 

後の時計を見ると短針と長針が天辺で重なりあっており、昼時を告げていた。

 

 

「飯行くぞ」

 

と、東條さんからお昼の誘い。

愛さんが居た頃はよく三人で行ったものだ。

 

そういえば朝ごはんを食べるのを忘れていた。

 

 

「はい」

 

今日は親子丼を食べよう。

そう心の中で決めた私は、東條さんの後をついていく。

 

  

 

やはりお昼はうどんにすることにした。

 

私は、別のテーブルで食べる職員の話からある興味深い話を耳にした。

 

 

「……なぁ、知ってるかこの前起きた事件」

 

「あぁ、アレだろ」

 

 

 

早速署内は、あのおぞましい事件の話で持ちきりだ。

 

あの光景を見ずによくもあんなにのほほんと。

 

なんて思ったけれども、俄然無理な話であることは百も承知である。

 

そのため、怒鳴りつけたい気持ちをグッと押さえる。

 

あぁ、食欲が無くなってきた。

 

 

「そんなことより知ってるか」

 

「なんのだ」

 

「ほらあの、首塚」

 

「あぁ今朝被害届のでてた」

 

「昔ここいらで討ち死んだ武者達を祀ったあれか」

 

「そう、なんでもあいつらが壊してその祟りで……なんて噂があるんだよな」

 

「うわっこわいこわい」

 

 

 

そんなのがあってたまるか。

 

そうだいにツッコミを入れたい気持ちをグッと押さえ、残りのうどんを胃に流し込む。

 

 

残りの仕事をササッと終わらしたら、午後からは聞き込みだ。

 

地道な聞き込みこそ事件解決への近道。

 

なんて、お父さんの元部下の人が熱く語っていたのをフト思い出す。

 

 

 

「なぁ、向」

 

「ひ、ひゃい」

 

 

しまった……油断した。

 

東條さんは食事中は基本無口だから話しかけられることはないと、たかをくくってしまった。

 

「あまり無茶はするなよ」

 

 

そう言って、東條さんは残りのご飯を掻き込む。

 

 

「は、はい」

 

 

うなずくしかない。

だけど、この言葉は何故か私の心に深く突き刺さった。

 

 

 

午後になり、私は残りの仕事を全部やっつけ終わる。

 

銀の残したコーヒーを飲むと、一息つく。

 

 

昼間、食堂で話していた職員の言った通り現場付近の首塚は破壊されていた。

 

 

だからと言って亡くなった人の余罪を追求したところで償える筈もなく、参考資料としてファイルと一緒に閉じられる。

 

 

事件と事故両面で続けられている捜査。

事件性が高いものの、犯行時間特に怪しい情報は入ってきていない。

 

 

だとしたら普通の事件、事故ではない。

 

急にこの前のモンスターと銀の戦いを思い出して身震いする。

 

「そうか」

 

 

「ど、どうした急に大きな声だして」

 

 

 

ビックリした様子で、目の前の席に座る同僚がこちらを見る。

 

「いぇな、なんでもないです」

 

そうか、そうだなんで忘れていたのだろうか。

 

私は知っている。

この事件の中核を知る最も適任な人物を。

 

急いで残りの仕事やっつけ終わると、出掛け支度をはじめる。

 

 

「向」

 

 

行こう。そう思い鞄を手に取ったその時だった。

東條さんに呼び止められた私は何故か嫌な予感がした。

 

こんなタイミングで言うのもなんだが、自分の直感がホトホト嫌になって来る時がある。

 

 

「例の事件。上から事故処理せよと、お達しだ」

 

 

 

少し前だが予感がついていた。

だからと言って、納得はもちろんしない。

 

 

「なぜですか」

 

との私の返答にも、もう決まったことだ……と突っぱねられる。

 

組織に属してるものとして、上の決定には強力な権限があるために、従えざる負えない。

 

納得はしないのに、従うしかない。

刑事ドラマのように行くはずもない現実は、耐え難いジレンマを生む。

 

 

 

~GIN SAIO~

 

さて……今日は人が来る。

人と言ったが奴は人なのかと疑いたくなるが、紛う事無く人である。

 

遺伝子の異常。神の贈り物。

奴は在学中に様々な伝説を残し、俺と一緒に卒業した。

 

これから来るのは、その人で俺の悪友。

 

【柊 達哉】

 

女好きだが口下手で、その容姿からは信じがたいが年齢=彼女いない暦のどこか憎めないやつ。

 

確か最後に会ったのが、成人式の一日だけ。

 

その時は変わっている様子は無かったが、今はどうだろうか。

まさか彼女を拵えていた日には……オイワイシナクテハ。

 

 

なんてな。

 

 

でだ、ここで毎度おなじみのピンチだ。

エネルギー、足りるのか?

 

なるたけ女体化をしたまま過ごしたから、ゼロにはなっていない筈。

 

 

正直このまま出迎えても良いのだが、あまり親しい人を巻き込みたくない。

いや……説明しても信じてはもらえないであろう。

 

 

「ハッ」

 

 

気合を入れれば、体が青白い光に包まれて俺の体は本来在るべき姿に戻った。

久しぶりのこの体。

 

うん、なんか涙が出てきた。

 

 

久しぶり、本当に久しぶりだよおい。

最後に男になったのは何時だっけ?

 

確か一年ぐらい前の出来事だった気がするようなしないような……。

 

 

さてと、準備完了。

何も抜かりは無い。

 

くるなら来るがいい、寺生まれのTよ。

 

 

「ちーす」

 

「あひゃぁーっ」

 

 

ビックリしたマジビックリした……と言うかまったく気配を感じなかったぞ。

 

 

 

「なんだ……銀かよ」

 

 

さも当然のごとくスルーされた今のやり取り。

ありがたいちゃありがたいんだが、なんか寂しいぞ。

 

 

逆立つ短髪。こいつの特徴はこれだ十分だろう。

 

そのほかの特徴だぁ?

 

ワイルド系のイケメン。

はい、これにて説明終わり。

 

あ、後寺生まれでかわいい妹がいる。

 

 

 

「首から上が地面に埋まれば良いのに」

 

「あいかわらずだな銀」

 

「ったく、トモこそ……って天子ちゃん」

 

 

久しぶりの悪友との会話に花が咲こうとしたその時。

トモの後ろにはその妹、天子ちゃんが隠れるようにいた。

 

 

「こんにちは、銀お兄ちゃん」

 

じつに20時間ぶりの再会である。

 

 

 

柊兄妹との再開は何時以来だろうか。

 

カウンター席で二人と対面すると、少し大人びた二人。

昨日会ったはずなのに、久しぶりに会った感覚がする。

 

それにこの再会、どこか胸に来るものがある。

 

 

「しっかしトモよ、帰ってきたなら早く連絡くれれば良かったのに」

 

 

そう言いながらカフェオレとコーヒーを作る。

 

忘れているとは思うが、只今休業中な訳でBGMは流れていない。

使い慣れた器具が奏でる作業をその代わりに。

 

時間はゆっくりと時間は過ぎ去る。

 

 

「まぁ昨日帰ってきたんだ」

 

「って事は修行とやらは」

 

「バッチリ完了したぜ」

 

 

 

そう言いながらトモはブイサインするその顔は、どこか疲れているようで目の下に隈が出来ていた。

 

 

「ふーん、頭剃らないのか?」

 

 

昨日あれだけ元気だったのだからと、考えたが俺は奴の彼女じゃない訳で。

 

その言葉は胸にしまうことにした。

 

 

「イヤイヤイヤ宗派が違うから」

 

「んなの初めて知ったぞっと」

 

矢継ぎ早にコーヒーとカフェオレを渡すと俺も自分のを取り、天子ちゃんの隣に座ろうとしたら。

 

 

「よし待とうか」

 

 

 

悪友トモに阻止された。

 

 

あれ、こいつシスコンだったっけ?

 

ひきつった笑顔を浮かべながら、天子ちゃんはトモをグイグイと俺に押しつける。

 

 

 

「チョッ天子ちゃん」

 

 

正直いらない。

むしろ、迷惑だとは面と向かって言えない。

 

 

 

「えぇい、銀離れろよ」

 

「無理落ちる椅子から落ちるから」

 

「離せ天子理性が持たない」

 

「ちょっ、胸を揉むな胸を」

 

 

 

そう言いながら離れる俺。

今現在男の体ではあるが、なぜかすごく不快である。

 

何でだろうかと思ったが、女体化の名残であろうと一人で納得するしかない。

 

 

 

「というか何で胸を」

 

「なんてなくだ」

 

「おい」

 

 

こいつもしかして俺が女体化する事に気づいているんじゃないか。

 

そんな不安が一瞬頭を過ったが、そんなことはない。

あってほしくないと願うしか今はできない。

 

 

元の体に戻れるのは何時だろう。

そう、考えながら俺は悪友とその妹ととの会話をたのしむ。

 

 

辺りはすっかり暗くなり、何処からかカレーの匂いが漂ってきた。

 

店のカーテンを閉め、部屋の明かりを付けたが直ぐ様消した。

 

 

「えっ?」

 

 

少し呆けた普段は聞こえない、かわいい天子ちゃんの声が聞こえたが今の俺はそこまで気は回らない。

 

 

シルバさん、そうシルバさんだ。

シルバさんが今したよ冷蔵庫の前に。

 

あの席だと死角で幸いトモと天子ちゃん達には見えない。

 

 

だが、だがだ。

今がその最大のピンチだが。

 

万が一あの二人に見つかるとすごく面倒な事になる。

もう説明するしかないのか?

 

 

ははっ、この子はホームステイに来ているシルビアちゃんだよ

 

偽名とか使ってみたけど、騙しきる自信はないなこりゃぁ。

 

     

時は過ぎ、トモ達がバイクに乗って帰る姿を見送る。

 

 

「ふぅ、なんとか終わったか」

 

 

思わず安堵の溜め息、なんとか誤魔化しきれたけど心臓に悪いやこれ。

 

フラフラと見せに戻ると、シルバさんは見るからに不機嫌そうな顔をして俺をみる。

 

見ようによっては睨んでいるようにも見えるから厄介だ。

 

 

 

「おつかれ」

 

 

なんて言ってみるも、事態が好転する兆しは見えない。

 

それに凄く真面目な顔をして俺をみる。

 

 

 

「銀私はお腹が空いたぞ」

 

 

 

うん。

そんな怒ってなくて良かったよ。

 

 

俺達その後、冷蔵庫のカレーを温め夕飯にすることに。

 

 

後日談だが、中辛はシルバさんには辛かったようだ。



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04話 暴かれる蜘蛛の女王 ~1糸~(1/6)

 

どうも、しがない喫茶店店員です。

残りの休みも折り返して、今日を入れてあと三日と差し迫った。

 

目を覚ませば椋鳥の声は聞こえず、羽毛布団の傍らにはズボンが脱ぎ散らかっていた。

 

 

少しずつ覚醒する神経に、ぼやけた視界は段々と焦点が合うようになってくる。

 

 

おはよう。

どうも、内藤銀女体化バージョンが朝の12時をお知らせします。

 

 

おぼつかない足取りで洗面台に向かう。

 

 

顔を洗って、いよいよ目を覚まそうか。

鏡を除き込めば、改めて胸の谷間を目で捉え女体化した事実を改めて実感する。

 

龍みたいなモンスターや蝙蝠みたいなモンスター。

 

はたまた、牛や蛇や虎やカメレオン、エイ

 

コウロギはあぁ、人工か……が鏡から除いてはいないかと若干期待するのは今は昔の事だ。

 

おっと、デッキが無ければ食われるか。

 

 

前日は戦いもなく、なんとも平和な……いや、普段通りの生活を送ることが出来た。

 

女体化を除いて、だけど。

 

 

こんな日がいつまでも続けば良いと思うけど。

シルバさんの目的を果たすまでは、巡り廻ってこのままでいなければならない。

 

 

かといって、今はやることはない。

 

 

男物の私服に着替えて、何となく流れる雲を椅子に座りながら眺める。

あ、あの雲人の顔みたい。

 

 

何て思っていると、ノックをしながらシルバさんがドアを開けた。

 

 

「えぇい、オカンか」

 

 

そのツッコミにキョトンとしてか、シルバさんの眉間にシワがよる。

 

怖いですよ、シルバさん。

 

 

「ふむ、入るぞ」

 

 

察してか又は天然なのか、シルバさんは今更ながら有無を問う。

いや、遅いけども。

 

 

「どうしたんだいシルバさん」

 

「うむ、銀よ今日はアラクネの舘へ乗り込もうかと思う」

 

 

キリッとしたイケメンフェイスで、シルバさんがそう言うと。

 

これが闘気とでも言うのか。

その体からは肌が焼けそうな程の気が、ジリジリと感じられる。

 

 

何があったのだろうか。

 

藪から棒に言われても、こっちは体が出来上がっているわけではなく。

 

シルヴァーナ・カヴァリエーレと内藤銀は違う存在であり同一人物でもある。

そんな不思議で奇妙な関係。

 

 

つまり何が言いたいかと言うと、普段から戦闘準備バリバリの人とは違うんだと言うこと。

 

 

ここはもっとストーリー的に、フラッと行くような場所ではないと思う。

 

 

 

「銀よ、私は早くソナタを戦いの因果から解き放ちたいのだよ」

 

「いや、頼まれて巻き込まれたわけではないし」

 

 

一時のテンションに身を任せただけです。

 

なんて言えるわけではないが、俺がそう言うとシルバさんは少し少女の顔に戻る。

 

 

 

「でも、私は……私が戦えないのに銀をこのまま」

 

 

そこまで言いかけたシルバさんそれは違う。ちがうよ。

 

 

「大丈夫だよ、何たってシルバさんの力だからな」

 

 

不思議と核心めいて言えたその言葉。

 

 

まぁ、あれだ。

何とかするよ。

 

それにどうしたことだろうか?

 

シルバさんがあんな汐らしくなるなんて。

 

絶対何かある筈だ。

大方、実家から催促の連絡でも来たのだろう。

 

 

血の繋がった家族はもう居ないけれど、おやっさんに怒られるのはごめん被る。

 

それと同じだろう。多分。

 

 

 

「さてと銀、これら戦うべき相手の予習をするぞ」

 

 

キリッとしたイケメンフェイス。

眼鏡をかけているのはノリだろう。だってそれは俺のだから。

 

「むっ、度が入ってないな……オシャレか銀程度がオシャレ眼鏡か勿体ない」

 

 

「風避けだ風避け、バイクに乗るとき使うんだよ」

 

 

たかが眼鏡ひとつでエライ言われようだなこんちくしょう。

 

 

「どうだか」

 

「どうだかって……なんだよ?」

 

 

「絶対、あ、俺眼鏡掛けるとイケるかも……」

 

 

「してなかいから」

 

 

「どうだか」

 

 

そう言って腕を組み俺を見る目は、信じてはいないと語っていた。

 

 

話の脱線は何時もの事。

普段あまり親しい人以外とは、喋る事はおろか口数の少ない俺。

 

 

「アラクネとは……」

 

 

自覚はしているが、会話が思い付かなく思い付いても、もう内容が変わっているなんて良くあること。

 

 

話したいんだけど話せなく、まるで思考がブロックされたような。

口が糊でくっ付けられたような、そんな感覚は昔からあることだ。

 

 

「……つまりだ、とんだとばっちり……」

 

 

しかし、不思議とシルバさんとの会話は弾む。

同種……いやいや、同一人物だからであろうか。

 

 

「……って、おい聞いているのか銀」

 

 

「え?」

 

 

何か話してたっけ?

 

 

 

「え? ではないぞ、アラクネの餌食になる前にお主を……」

 

「聞いてました、はい」

 

 

ここは一か八か賭けに出る。

 

 

「ではアラクネの弱点は何処だ」

 

 

「……無い」

 

 

「チッ、正解だ」

 

 

危なかった危なかった。

って、え?

 

じゃくてんないの、くもさん。

 

蜘蛛さんは熱に弱いと思うけどモンスターに効果あるのか?

 

あぁ駄目だ手段がない。

 

刹那に終わる脳内会議を収集する傍らで。

シルバ先生による魔女アラクネの特徴等の講習は続く。

 

 

「アラクネの大事な注意すべき特徴なのだがこれは姿形に惑わされるなだな」

 

 

「どうしてだ」

 

 

「奴は少女から淑女まで幅広い姿を持っておる」

 

 

「おいおい女は切れないぜ」

 

「大丈夫、銀も今女の子だぞ」

 

そう言って親指を突き立てるシルバさん。

 

 

「泣くぞ」

 

「どうぞ」

 

「止めろよ」

 

「やだ」

 

「いいか本当に泣くぞ」

 

 

 

「次に、これは名前から想像出来るな。糸に注意せよだ」

 

 

「スルー!?」

 

 

蜘蛛の糸は滅茶苦茶固い。

もし体に絡まっても引きちぎろうとはせず、剣で切れ。

 

 

シルバさんはそう言うと“以上だ”といい無理やり授業を終わらせた。

 

「そうだ、銀」

 

「ん? どうした」

 

「今回は協力者がいる」

 

「協力者?」

 

 

居るなら早く言って欲しいものだ……というか俺要らないんじゃ。

 

「しかし、条件がある」

 

 

はて、条件とは何だろうか。

あれか、体を売れとか奉仕しろとかか。

 

 

「いやだ、男よりも女の喜びを先に知りたくない」

 

「馬鹿か」

 

 

北極よりも寒い冷めた目。

なんだ、まだ春は遠かったんだ。

 

「条件とは接触をしないことだ」

 

「つまり合うなと」

 

「そうだな、振り返るなと言っていたな」

 

「どこの宇宙刑事だ」

 

「なんのことなんだ?」

 

「いえ……こっちの話です」

 

 

時間は大分余る。

作戦実行は夜だ。

 

理由を訪ねてみようか迷ったが、考えあっての事だろうから無闇には言わない。

 

今日は天子ちゃんの所に行こうか。

そう思ってみたが、今日は平日。

天子ちゃんは学校のある日だ。

 

休みが続けば、曜日感覚が狂ってくるもので。

すっかり忘れていた。

 

 

兄の方は……と考えてみたが、昨日帰ってきたばかりでやることがあるだろう。

 

 

そう思考を張り巡らせてみたが……今俺、女じゃん。

 

窓ガラスに写る自分の姿を眺めながら。

 

あと数時間で、この姿ともお別れか。

 

 

などと考える。

決戦に向けて今自分がすべき事とは何だろうかと考えるが、何も思い付かない。

 

 

鍛えようにも時間がないし、エネルギーの無駄使いは避けるべきだろう。

 

 

でも、じっとなんてしてられない。

 

 

「シルバ……居ない」

 

 

助けを求めるも、そこにシルバーさんの気配もなく姿はなかった。

 

 

「シルバさんの気配が……消えた」

 

 

あぁ、駄目だ直ぐに終わっちゃったよ。

 

することはない。

鍛えようにも時間がないし。

シールドの練習をするにも、エネルギーの無駄使いは避けるべきだろう。

 

 

だとしたらすることはただ1つ。

真実がそうであるように。

すべき事はただ1つなのだ。

 

 

 

イメージトレーニング。

 

 

略してイメトレだ。

 

別に言い訳がましく二回言った訳ではない。

俺の力は昨日今日始まったもので、正直いうと使いこなせていない気がするのは解る。

 

 

明確な問題が見つからない訳で。

当然答えなんて見つけられる筈はない。

 

誰も居ない喫茶店で、俺はポツリと名前を呼ぶ。

 

 

 

「なぁ、アーマイゼ」

 

『呼んだか』

 

 

返事は直ぐだった。

 

 

こいつなら、解るかもしれない。

問題が……いや、答えが。

 

『主は強くなりたいのか?』

 

しかしそれは無駄であった。

アーマイゼの言葉は俺にとって意外な。

知りもしない情報を知ることになった。

 

 

「あぁ」

 

『だとしたら、今以上は望まぬことだな』

 

 

それは何回も聞いている事。

 

だけど、だけどなんとかしたいのが俺の心情である。

 

 

『仮契約の僅かな繋がりでは私の力は……っと』

 

 

しまったと言わんばかりに急に言葉を遮った。

アーマイゼの言葉からは、本契約と前にシルバさんが言ったことと矛盾する点がある。

 

 

 

「おい、アーマイゼ」

 

 

反応はない。

無視を決め込んでいるようだ。

 

となると、シルバさんは嘘を俺についていることになる。

その反応が何よりの証拠だ。

 

 

 

「これだけは聞かせてくれ……シルバさんは俺を落とし入れようとしているのか」

 

 

その言葉に反応するように。

目の前に激しい青白い光共に、アーマイゼが現れた。

 

 

「ふざけるな」

 

 

ズイッとアーマイゼの顔が、俺の眼前に迫る。

 

 

「シルヴァーナがあの娘がどう思いこの地に来たか……それなのに」

 

そう言いながら、アーマイゼの姿は薄らぎ別の形へと変化しようとする。

 

 

正直、その後の記憶はスッポリと抜け落ち。

気付けば夕刻が迫り外は暗くなっていた。

 

 

冬の終わり頃と言っても、日が落ちるのは早い。

立春が過ぎ去り、夜の時間が短くなってもだ。

 

 

 

戦いの時は真夜中。

時計を見れば、まだあと六時間ぐらいある。

 

 

「さて……どうしたものか」

 

 

アーマイゼの気配はない。

あんな激昂するアーマイゼは初めてだし、出来ればもう怒らせたくない。

 

だけど、アーマイゼのあの怒りようだ。

 

 

表情は分からないにしても、人のために怒れる人もそう思わせる人も俺は信じたいと思う。

 

 

なんか立ち入れない雰囲気があるよな……あの二人。

流石は歴戦の相棒なのかな。

 

こんな状態ではイメージトレーニングが出来る筈でもなく。

 

忘れているかもしれないが、現在女体化中である。

 

なので出かけることもままならなく。

着ていける服はピンクのフリフリか、ウエイトレスが変化したメイド服。

または、千束の服を勝手に拝借するしかない。

 

 

しかし、俺は諦めない。

 

 

替えのウエイトレスの服を無理矢理着て、その上からジャンパーを羽織る。

 

 

うん、タイはキツくて無理だから外す

腹も服が胸に持ってかれて出てしまっている。

 

だけどヨレヨレねスウェットよりマシだし。

ピンクのフリフリよりもメイド服よりもマシだ。

 

ズボンは……あれ?

 

 

「フンッ」

 

 

ズボンは……あれ?

 

 

 

「フンッ」

 

閉まらない?

 

 

ボタンが閉まらないよ姉さん。

 

たしかシルバさんとは胸以外は寸法が一緒な筈だ。

いや、シルバさんの方が少し尻が大きいか。

 

 

いや待て。

腰履きじゃなくて、腹まで……上がらない!?

 

 

……どうしよう

 

 

 

ヤバイ

 

ヤバイよこれじゃぁパンツが見える。

公開処刑以前にショピかれるよ。

 

てか、これよりシルバさんは尻がデカイんだよな。

 

 

 

まったく……男女で骨格が違うなんて初めて知ったよ。

 

明らかに履けない物に時間と労力を使う暇はない。

 

 

大人しく千束のを……借りる以前に履けるか心配になってきた。

 

 

「大人しく……メイド服着るか」

 

 

このメイド服は、なんか落ち着くんだよな。

趣味じゃないのに。

 

そう思いながら、俺の一人着せ替え人形ゴッコは幕を閉じた。

 

あぁ、胸を見ても何とも感じなくなった自分が怖い。

 



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~2糸~(2/6)

 

 

久しぶりのメイド服で若干の興奮を覚える。

 

 

することもなく、やることもなく。

ただただ、外に出掛けたい一心でメイド服を着てみました。

 

といっても、日が陰った外は気温がグングンと下降して。

もう、急降下爆撃並みに外に出る気は消え去りました。

 

 

はい、消え去りました。

 

 

あんだけ言っていたのに。

 

 

シルバさんが帰ってきた気配も無く、時間は中途半端に余っている。

 

メイド服の上に革ジャンを羽織ってみたけど、異様な不釣り合いさがある。

しかも、前が閉まらなく無駄に谷間を強調してると来たものだ。

 

しかし俺は脱がない。

 

だって、谷間が強調しているから。

おっぱいに関しては妥協したくないからだ。

 

 

「ひゃっ」

 

バイブレーションが小刻みに震え、突如異音がなる。

ここに来て、俺の携帯が初めて鳴った。

 

 

頑丈だけが取り柄の行き遅れ二つ折り携帯。

 

電話が鳴るのは千束かおやっさんのみ。

 

それは、この二人は家族のようなものと俺は考えるため違う。

 

幼なじみの千束に関しては母ちゃんと同じようなものと考えているからノーカンだ。

 

 

 

前置きが長かったが、そんな俺の携帯が鳴ったのだ。

 

 

ワクワクしながら画面を覗き込むと、そこには“変態”と出ていた。

 

 

あぁ、悪友

 

“柊智也”からだ。

 

バイブが鳴り、テーブルの上を見た目甲虫のように震え蠢く携帯。

俺は一瞬取ろうと手を出すが、ピタリと止めた。

 

 

 

待てよ……只今、女体化中。

声は高く女性的な物である。

 

 

はい、無理。

まぁ良いや……トモだし。

 

それに、修行期間連絡を寄越さなかった奴にあまり構う道理はない。

 

 

いや、へそ曲げてる訳では無いんだけどな。

 

 

数秒の脳内会議を閉じると、俺は携帯を開く。

 

“PWR”と書いてあるボタンを押して電源を切るためだ。

 

 

『もしもし銀お兄ちゃん』

 

 

え?

 

 

『携帯の電源切れちゃって、お兄ちゃんの携帯を借りたんだけど』

 

 

え?え?

 

 

『繋がってるよね……もう、聞いてるの銀お兄ちゃん』

 

 

しまった、設定ミスった。

開いたら電話に出る仕様にしたのを忘れていたっ。

 

 

ヤバイ……ヤバイよこれ。

 

 

さぁて、どうしよう。

乳母車から棺桶まで淑女に対しては、それ相応の礼を尽くそうと心がけている俺だが。

 

この状況はどうしようか。

 

 

トモなら考える間もなく、速攻切るのだが相手は天子ちゃん。

 

俺の領分がそれを許さない。

切るボタンに掛かる押す手を止めるのだ。

 

 

 

『ねぇ寝ているの銀お兄ちゃん?』

 

 

ふぉふ、可愛い声だなこんちくしょう。

だめだ、理性よりも本能が……

 

 

「いやおきてるぞ」

 

 

……しまった、出ちゃった。

 

 

どどっ、どうしよう。

 

 

絶対声高いって。

無理して低く声を出せば良かったものの、ナチュラルに普通に高い声で出ちゃったよ。

 

暫しの沈黙。

そりゃぁ、そうだろうと思いながら。返答を待つ。

 

 

気温が低いのに変な汗が出る。

心臓の鼓動がバクバクと早くなり、携帯に充てている耳が熱くなる。

 

 

早く、早く何かいってくれよ。天子ちゃん。

 

 

『良かった、起こしちゃったかとおもったよ』

 

 

 

ふぃぃっ、何となってるのか……これは。

多少の違和感は感じるが、至って何時もの天子ちゃんの声色だ。

 

 

「う、うん」

 

 

こうなったら、足が出ないように出す声は出来るだけ短く。

今更遅いが、出来るだけ出す声を低く。

 

 

声帯、変えられないのかな。

と思うがそれは残念ながら出来ない。

 

無理繰りなんとか声帯を広げて、低い声を出す。

 

 

「どうしたの?こんな夜遅く」

 

我ながら完璧かな。

自分でも惚れ惚れするぐらい、声を低く出せているような気がするぞ。

 

 

 

『う、うん突然でビックリしないでね』

 

 

俺はもう、天子ちゃんが電話をかけてくれたことにビックリだよ。

 

しかし前置きが妙に物々しい気がするな……気のせいか受話器越しに風の音が聞こえる。

 

まぁ、考えてもなにも始まらないか。

 

 

『お願いだから今夜は出掛けないで』

 

 

「……え?」

 

「どうしてだい」

 

 

本当にどうしてだ、天子ちゃんよ。

君知ってるもしかして。

いや、それはないと信じたいよ実際。

 

 

『それは……』

 

 

言葉につまっている。

沈黙は一番の攻撃方法だって、昔誰かが言っていた気がする。

 

今実際にやられて、その効力が否応なしに分かってしまう。

 

 

『……そう、お告げがあったの』

 

「お告げ?」

 

 

思わず声を低く出すことを忘れ、頓珍漢な答えに首をかしげる。

 

 

『そう、銀お兄ちゃんが刺される夢を見たのいま』

 

 

ふむ、寺生まれならあり得るかもしれない。

 

いや、信じられないと大多数の人は言うかもしれないけれど。

実際なめちゃいかんよ、寺生まれは。

 

 

「なら……買い物は止めるか」

 

財布(勇気)と篭(剣)を持ち、コート(鎧)を纏って行くんだから間違いはない。

ヴィアンテフちゃん(バイク)にも乗ってくんだから、間違いはない。

 

けど、天子ちゃんの手前。

 

 

行かないと言っちゃったけど。

 

 

 

 

俺は行くよショッピング(戦場)に。

何の因果か解らないけど。

その時のノリで、動いちゃったけど。

 

 

だけど……受けた恩はキッチリと返す。

自分勝手な自己満足かもしれないけれど。

 

もう後悔なんて、したく無い。

自分だけの不幸なら未だ良いけど、誰かの不幸は見たくない。

 

それが女の子なら尚更だ。

 

 

電話を切ると、俺は動き出す。

携帯をメイド服のポケットにツッコミ、ライダージャケットを羽織る。

 

無駄に開いた谷間から、寒風が吹き込むがそれは直ぐに無くなった。

 

 

「時間だ……銀」

 

 

店を出ると、最初に会ったとき着ていた軍服を着たシルバさんが立っていた。

 

その瞳は真っ直ぐに俺を捉え、決して目を離そうとはせず。

 

まるで、定めをしているようだ。

 

 

「あぁ、準備万端だ」

 

 

月は雲に隠れ、俺の心境を写しているかのようだ。

心配ないとは言えない。

 

これから、命の奪い合いをするのだから。

 

ヴィアンテフに跨がり、エンジンを付ける。

 

グォンと一鳴りしたエンジン音から。

 

“準備はできたか?”

 

と、心配した様子で聞いてくる。

 

 

「心配ないさ、ヴィアンテフたん」

 

 

そっと、タンクの部分を撫でながら言う。

自分に言い聞かせるように。

 

心配ないさ。と。

 

 

Teduka Said

 

 

気が付けば辺りは暗くなっていた。

貯まってしまった書類の山と格闘すること早数時間。

 

目が疲れてショボショボするのを、目薬を射して紛らわすと背伸びをして気分を切り替える。

 

ここは書類整理が主と言っても過言ではない程に、他の部署とその数が倍近く違う。

 

 

インドア派ではなかった私の最大の敵がこれであった、が。

 

そうは感じなくなった今を見れば、馴れとは怖いものであると無駄に感心せざる終えない。

 

 

 

さて、先輩方の書類処理速度のスピードは最早神の域まで達している。

 

しかも、人の書類仕事は手伝わないという暗黙の掟がここにはあるため辺りは一っ子一人いやしない。

 

 

東条さんも珍しく居ない。

 

 

 

「……ふぅ、帰ろう」

 

 

本来ならばお茶を飲んで一服したい所であるが今は早く家に帰って、一っ風呂浴びたい気分だ。

 

戸締まりを確認するとコートを羽織、鍵を取り出す。

 

駐車場に出れば、寒風が吹き込む冷たさで身が縮こまる。

 

 

「あれ」

 

 

ふとみると、窓ガラスの所に暗くて良くは分からないが虫が居る。

 

 

こんな寒い日に珍しいと思ったけと、そう言えば昼間は暖かかったような気がする。

 

春と間違えて出てきてしまったのだろう。

 

 

 

「春はもう少し先ですよーっと」

 

適当なファイルを取り出し蜘蛛を足元から掬う。

 

一瞬ガラスが傷ついた様に見えたが、それは蜘蛛の吐いた糸による筋であった。

 

 

 

「おやすみなさいっと」

 

 

 

蜘蛛を運び。

近くの茂みに投げやると、ファイルを鞄に戻し車に乗る。

 

 

「寒い寒い」

 

 

エンジンを付けると、私は静かにエンジンを吹かし発進させた。

 

ヘッドライトが夜道を照らし、何時も通勤する道を車でひた走る。

 

エアコンからエンジンの熱を足元から放出し、段々と車を暖かくしてゆく。

 

ガソリンが勿体ないため、ボタンは押さない。

外気温は氷点下に差し掛かり、社内との温度差がガンガン開いて行く。

 

 

ふと、見慣れないバイクが私の車とすれ違う。

 

 

「こんな寒い中良くやるわね」

 

一瞬であったが、人のなりとかは分かった。

 

 

 

「ミニスカートでバイクとか……頭イカレてんじゃないの」

 

 

 

バイクは二人乗っていたが特に運転手の格好は凄かった。

 

上着はライダージャケットを羽織っていたが、下はフリルの付いたミニスカート。

 

もう一方は男であろうか、良くは見えなかったがコスプレをしていた。

 

 

「なんかのイベントかしらね」

 

 

見知らぬ馬鹿の考察をするのは時間の無駄かもしれないが、ナゼがあのシルエットは頭の中に残る。

 

まぁ、目立っていたから当たり前か。

 

運転をしながら、私はあの猟奇的な殺人事件について考える。

上からの通達で打ち切られたあの事件、もう犯人は捕まったと言うけれど。

その情報はそれ以外、入っては来ない。

 

 

個人情報の扱いが厳しくなった昨今ではあるが、あんな事件を起こしたのだから余罪が無いとも限らない。

 

 

事件当時、近くの石碑が破壊された事以外、他に事件は起こってはいない。

 

大きな事件は本店に持っていかれる世の習わしではあるけど。

私が勤めている所が警視庁であるからそれはない。

 

 

「あぁ、もう追求は止めよう」

 

社会に出てわかったこと。

 

この世の中、うやむやな出来事で溢れ帰りグレーゾーンばっかりだと言うことだ。

 

 



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~3糸~ (3/6)

~Gin Said~

 

 

エンジン音を全身で感じ女体化の力か、多少の寒暖差は緩和されている。

この季節のバイクは着るものを間違えると確実に寒すぎて、まともに運転なんて出来ない。

 

今着ているメイド服が極端な例といっても過言ではない。

夏でも厳しいものがあるぞ……この排気量のバイクだと。

 

風の気化熱とかまぁ、色々とめんどくさい理由はあるけれど。最初に言った通りミニスカメイド服で冬のバイク走行は馬鹿な行動です。はい。

 

この姿じゃなきゃ絶対。

絶対。絶対しないよ。

 

あの洋館まで後四、五分と行ったところ。

驚きのバランスで俺の後ろに座るシルバさんは腕を組み、背筋を伸ばして座っていた。

正直言って怖いです……シルバさんが。

 

乗ったときからずっと黙ったままで、話すことなんて無い。

 

あぁもう、今になって緊張してきたよ。

 

開発計画が立っては消えの繰り返しで今だ何も作られてないただっ広い土地。その土地を突っ切るように信号の無い真っ直ぐな道が走っていた。あの時は、歩いて帰ろうとしていたっけ。

 

もう少ししたら森が見える筈。

 

森へ入れば、奴らのテリトリー。

逃げ道はおろか、引き返すことの出来ない道……いや戦場だ。

 

森の入り口にバイクを止めると、ヘルメットをミラーの所に掛ける。

 

 

“置かんでくれんか……耳がくすぐったいぞ”

 

「あ、ごめん」

 

 

どうやら耳が弱いらしい。何でだろう、口元が緩んでしまうや。

下品かもしれないけど……フフッ、興奮しちゃうや。

そんなことを考えると、頭に鈍痛が。

 

 

「痛った」

 

 

涙目になりながら、後ろを振り替えると警棒を持ったシルバさんが睨んでいた。

 

 

「すいません」

 

 

それはもう条件反射のように、自然と振り返った瞬間声が出た。と言うか、なんでシルバさんがこの警棒を持っているんだ?

 

千束のだぞそれ。

 

 

「まったく、千束に借りてきて正解だったな」

 

 

パンパンと手に叩きつけながら、シルバさんはそう呟く。いつの間にそこまで仲良くなってるんだよあの二人は。

 

俺もいい加減首が痛くなってきた。

バイクから降りようにも、シルバさんが退いてくれない限りは降りれないのだが。

 

 

「あの、シルバさん……降りてくれなきゃ俺が」

 

「ん? あぁ、まだ降りんで良いぞ」

 

 

え? ん? まだ……

 

何だろう嫌な予感がする。その嫌な予感というものは外れて欲しいのが切実な願い。

たが悲しいかな、良く当たってしまうのが俺の要らない能力だ。

 

 

「このまま突っ込み活路を開くぞ」

 

 

ビシッと深い森の闇に警棒を突きだし、シルバさんはキリッとした顔でそう叫ぶ。

 

 

「はぁぁぁっ!?」

 

 

当たっちゃったよ嫌な予感。

何だよもう、いくらヴェイヤンティフたんでもこの中を。

 

 

“出来るぞ、我が主よ”

 

 

俺の思考を読み取るように、グォンと一鳴りして反論した。

 

 

「そうだ、こう見えてもヴェイヤンティフは百戦錬磨の猛者であるぞ」

 

 

反論の仕方は子供みたいだが、その声には確かな重みが感じられる。というか敵の本拠地の目の前で叫ぶのは如何なものだろうか。

なんか森の暗闇から、赤い八つの光の固まり達がコッチを睨んでいるような気がする。

 

それはあまりにも唐突に、予想と反した出来事に俺の身は一気に震え上がる。

 

 

 

「むっ、危ないぞ銀」

 

 

 

シルバさんがそう言うと、俺の頭をグイッと左にずらす。

 

思わず転倒しそうになるのを、長い足で踏ん張りなんとか耐える。

 

いや便利だねこの長い足って。

 

なんて考えると、不意に鋭い風が頬をかすった。

 

 

「え?」

 

 

その次の瞬間耳にしたのは、森の闇から聞こえる断末魔のような呻き声だった。

 

 

「えぇぇぇぇっ!?」

 

 

本日二回目の絶叫を皮切りに、闇の中から巨大な蜘蛛のモンスターが溢れ出る。

 

 

 

「さて銀よ、協力者も来たことだし行くか」

 

 

そう言いながら、手に持った警棒をしまう。

優雅に言っているけど、コッチは心の準備が……って。

 

そんな気持ちを無視するかのように、開戦の法螺貝の如く。ヴェイヤンティフたんのエンジンの雄叫びが俺を急かすように上る。

 

えぇぃ、女は度胸だ。

俺はアクセル吹かすと胸ポケットに忍ばせたボールペンを取り出した。自動でヴェイヤンティフたんが走ってくれるから、俺は自由に両手が使える。

 

ボールペンを剣に変えると、一直線に突っ込んで行く。

単純にして明快。作戦など端から無いように、蜘蛛の巣へと俺たちは突き進む。

 

 

“罠だな、迂回するぞ”

 

 

頭に直接話しかけてきたのも束の間。

ヴェイヤンティフたんは車体を寝かせるように、その場から直角に曲がって見せた。

 

バランスが難しいとかは言ってられない状況なのだが、生憎シルバさんの体の運動神経は知っての通りだ。

 

 

「うぉぉっ」

 

 

メーターを見ている暇はないが、森の木々を縫う様に走るにしては早すぎる。

襲いかかる蜘蛛のモンスターは、細身の剣でも前回と違って勢いがあるためか。

 

斬れ味が鋭いためか。

多分どっちもだろう、簡単に蜘蛛のモンスターを切り裂いて行く。

 

何度も言うが、この剣の用途は突き刺すのが主だ。

無理な体制で曲がったのに、シルバさんは動かなかった。

 

ここまで来ると、剣をくわえて必死に捕まっていた俺が何だかバカみたいだ。

 

バックミラーから覗くシルバさんの堂々たる姿。俺がモンスターをバッタバッタ斬り倒し、エネルギーを段々と回復させるからなのだろうか。口元がニヤリと笑い、犬歯が見えるような気がする。

 

大きく迂回しつつも、確実にアラクネの住まう館に近づいてきてはいる。

 

 

「■■■■■■■■ッ」

 

 

新たに聞こえる咆哮。

 

 

「げっ何だこの声、新しい敵かよ」

 

 

ビビったりはしてない。

 

ビビった訳ではない。

 

ただ警戒心を張り詰めたのが、体に現れただけだ。視界に写った昇る白煙は、さっきの声の主によるものなのだろうか。

手薄になって行く蜘蛛のモンスターたちの包囲網を掻い潜りながら考える。

 

 

「ふむ、罠ごと潰して来たようだな」

 

 

爆音が以外にも最初だけだったヴェイヤンティフたん。

そのおかげか、シルバさんがそう背後で呟くのを俺は聞き逃さなかった。

 

 

「なんだ味方ってことか」

 

 

その問いに関して、シルバさんは実にあっけらかんと。

 

 

「あぁ……そうだ」

 

 

とだけ言った。

正直協力者ってシルバさんの姉妹とかだろう。

まぁ、あんな可愛い子だからな。

 

俺に会わせたく……なんだろう、自分で考えて悲しくなってきた。

 

そろそろ館に程近い場所まで来る頃だ。

なんだか口が乾いてきたよ。

 

緊張するからかな。

 

出来れば……出来れば、労せず話し合いとか痛くない方向で折り合いが付いて欲しいものだ。

 

と、俺は蜘蛛のモンスターを切り裂いた時。それが無理だと悟った。

斬られた蜘蛛のモンスターは、どこぞの2号ライダーばりに光の帯となり俺の体に溶けて行く。

 

なんだか、胸が苦しい。

 

あぁ、大きいからな。

 

と考えたが後ろから、ただならぬ殺気を感じたので終いにした。戦ってる最中にそりゃねぇよシルバさん。

 

エネルギーが俺に回ってきているからか、胸の空洞が塞がっているような気がする。

それにしても、なんだろうかこの例えも言えない感覚は。戦って、勝ってその命の全てを我が物とする。そんな感じなのかな、この言い表し様のない感覚は。

 

喜怒哀楽。

 

どの感情に当てはまるかは、解らない。

もしかしたら、全ての感情が合わさったような。そんな感覚なのだろうか。

 

その感覚に混じって、館の方角からただならぬ憎悪に似た悪意。

 

それが、俺の体にまとわり付くように向けられるのがわかる。

 

 

「明らかに此方に気付いておるのに、攻め手が変わらぬか」

 

 

館の門が見え始めたのに対して、蜘蛛の数は増える所か変わらない。シルバさんの思考ももっともだが、声に出すのはどうかと思う。

だけど、このまま止まるシルバさんのではないと言うことは、3日の付き合いだが何となく分かる。

 

止まることを知らないヴェイヤンティフたん。良く良く考えたら、俺が運転している訳ではないから当たり前だ。

 

館の門が見えてきた。

ツタが絡みつき、闇夜で見えなかったが表札が見えた。

 

きっと、この館の主はもう……。

 

近づくと門はまるで誘い込むようにゆっくりと音をたて開く。

 

 

「随分と歓迎されてるじゃないか」

 

 

うん、余裕を見せてみたけどやっぱり怖いや。

もう、殺る気がピリピリわかるもん。

 

 

「言うようになったではないか」

 

 

クスクス笑いながらシルバさんは後ろで呟く。

俺の強がりが分かっていっている事は明白だ。それともこれからの戦いを思い笑っているのか。

だとした、とんだバトルマニアだ。

 

門を潜ってもモンスターが襲ってくることはなかった。多少の違和感を覚えつつ、俺は館本館の前でヴェイヤンティフたんを止めた。

 

館前は以外にも整備されており、少し小綺麗であった。

最近積まれたのか、真新しい石畳が綺麗に地面一杯に敷き詰められ、樹木、草花も何処と無く手入れが行き届いているようであった。

 

 

「ここからは徒歩だな」

 

 

館を見上げるシルバさん。

なるほど大型バイクで乗り込むには狭く、機動性を考えれば徒歩の方が無難か。

 

やっとバイクから降りてくれた。

俺もヴェイヤンティフたんから降りると、大きく深呼吸して気持ちを落ち着かさせる。

 

 

「オイオイ、そんな力むでない」

 

「いやだって」

 

「なに、心配するな銀よお主は私の力を振るうものであるぞ」

 

 

その後に“そう簡単に死なないさ”と、言うのを俺は聞き流す事にした。

 

夜風が吹く。

それは冷たい北風だった。

 

凍るような寒さに、肌がピリピリと痛く感じる。

寒さに多少の耐性が付くのは、どうやらヴェイヤンティフたんに乗っている時だけらしい。

 

まだ肌がピリピリする。

いい加減寒さにもなれ……。

 

 

「だれだ」

 

 

肌がピリピリするのは、寒さだけではないことを思い出した。

俺は上を見上げると、正面コテージから覗く影がそこにあった。

 

 

「あらあら、随分と野蛮な騎士なのね」

 

 

腕を組み、見下ろすのは女性のシルエット。

暗く月が雲に隠れるこの夜では、顔が分からない。

 

だけど分かる。

本能が告げている。

 

あいつは強いと。

だったら答えは一つ。そう。

 

 

「アラクネよ何故お前はこの世界に留まる」

 

 

やはりアラクネ。

モンスターの中でも上位に位置し、魔女の称号を冠する。

 

おおよそ、そんな風には見えない。

シルバさんの姿に惑わされるなとは、この事だろう。

 

そんなシルバさんの問いかけを、あざ笑うような笑い声の後。

 

 

「フフッ、言ったところで結果は変わらないのでしょうね」

 

 

口に手を当てて上品に笑うアラクネ。

その立ち姿には一分の隙もなく。

それでいて、目の前に敵が居ないかのような落ち着きぶり。

 

ただ立っている。

それだけの出で立ちのみの情報なのに、独特の凄みが受け止められる。

 

だが、対するシルバさんも負けてはいなかった。

 

 

「そうだろうな……主のような狡猾なものの言葉など取るに足りん代物だ」

 

 

こわい、怖いよシルバさん。

近くに居るから分かるけど、瞳孔が開きっぱなしだよ。

 

 

「狡猾……ねぇ、知略を張り巡らせると言って欲しいわね」

 

 

蜘蛛だけに糸を……ってか?

 

 

「チィッ」

 

「すいません」

 

 

り、理不尽だ。

シルバさんに睨まれた。

 

静かに笑うアラクネ。

手を口元に充て、上品に笑っているように見える。

 

 

「噂通りみたいね……いいわ招待してあげる、二人だけの仮面舞踏会に」

 

 

そういい終えると、館の扉が音を立てゆっくりと開く。

 

それは怪しく不気味で。

何よりもつけられている明かりが薄暗く、その雰囲気を増長している。

 

 

「おい……二人だけって」

 

 

なんか嫌なキーワードが耳に入った。

慌てて聞き返そうと、コテージを見上げるとそこには誰もいなかった。

 

 

「おい……まじかよ」

 

 

上を見上げたまま固まる。

なんだろう、帰っちゃダメか。

ゆっくりとそのまま、視線をシルバさんに向けると。

 

はい。

 

ダメですね。

シルバさんに心を見透かされたように見られた。

 

もう、今日は無言の訴えしか無いや。

 

力無く握られた剣を再び強く握ると、気持ちを切り替えようと頑張ってみる。

 

よし……がんばろう。

 

がんばろう。

 

がんばろう。

 

 

自分に言い聞かせるように。

 

がんばろう。俺。

 

 

 

 



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~4糸~ (4/6)

 

 

いや、まぁ確かに俺が戦うから二人だけってのは正しいかもしれない。

 

だけど……。

 

 

「俺一人ってどういうことだよ」

 

 

虚しさに叫ぶ声は、静かな洋館に響き渡る。中は別にあばら屋みたくボロボロではない。

外観が小奇麗だったため別段驚くそれほどかなかった。

 

普段だったら良い雰囲気を出す廊下昭明の淡い光は、今はただただ不気味である。これで昭明を落とされたら、声を我慢出来そうにもなく発狂して悲鳴を上げてしまいそうだ。

 

こういうときは歌でも歌って気分を紛らせるのが一番なんだが。

この姿で歌うのは初めてだ。

 

最後に歌ったのは……そうだ、シルバさんと出会う直前だったな。

 

 

「お化けの歌か……やめとくか」

 

 

逃げ場が無い廊下。なんか出るにしても心臓に悪い。

自分で自分を追い込むなんてしたくないからな。

 

歩む早さは牛歩のごとく。

一応敵の本拠地だし、何が出てくるか分からないし。こわいし。

 

よし歌おう、歌えば気持ちが紛れるし。

歌は人の作り出した素晴らしい発明だって、だれかが言ってた。

 

歌いは愛の歌があり。

爪弾く歌は魂の調べを奏でる。

 

よし、歌おう。

出来るだけ明るい歌を。

 

歌はそうだな……アレにしようか。

 

 

「真夜中の鏡に自分を映したら~♪」

 

 

正直言うと、ただ歌いたかっただけなのかもしれない。

 

 

「辛味噌~♪」

 

 

歌いながら横の大きなドアが勢い良く解き放たれ。

またゆっくりと閉じられて行く。一瞬の出来事で、何が起こったのか理解できなかった。

でも一瞬だけど、黒いドレスを着た人影が見えた。

あれって、アラクネだよな。

 

気配も一緒だし。

 

 

「……コホン」

 

 

ドアの向こうから咳払い。

再びドアが勢い良く開かれると、やはり黒いドレスを着た人影が。

腕を組み、まるでこちらを見下ろすようにソイツは立っていた。

 

 俺はゆっくりと、舞踏場へと足を踏み入れる。

 さっきの事を無かったことにするように黙って。

 

 

「良く着たわね……カヴァリエーレの騎士よ」

 

 

そんなアラクネも気を使ってくれているのか分からないが、何も気にしないように話を進める。

 

 

「さぁ、ドレスを纏い仮面をつけなさい」

 

 

その高級そうなドレスを振り舞い、俺に手を差し出してきた。

差し出される手からは何も出されている様子はなく。警戒された先制攻撃はなかった。

逆を言うと、その気はなかったが虚を付いてしまった形になった俺の歌。こいつ本当は良い奴なんじゃないかと思う。

 

 

「どうしたの、さっきの歌の元気はどうしたのかしらね」

 

「ち、ちげぇやい」

 

 

そして俺が、次の言葉をいおうとしたその瞬間。

目の前に六角形の青白い膜が、何かを防いだ。

 

 

「え?」

 

 

呆気に取られているのを他所に、次の攻撃は始まっていた。

未だ出続ける膜は、アラクネの手の動きと共に引っ張られ。俺の前から取り払われた。

 

 

「んなっ?」

 

 

そう、戦いは既に始まっていたのである。空中を浮遊したシールドはそのまま霧散し。

そのまま見上げた天井には、アラクネの子とも言われる眷属がひしめき合って張り付いていた。

 

 

「あらあら、長々隙だらけと思ったら意外ね」

 

 

その光景を目撃した瞬間。

全身に寒イボが逆立つ。

 

なんだよ……これ。

 

アラクネの気配に隠れて、これほどの数が屋敷に居るなんて思ってもみなかった。

 

 

「なるほど……その口調に見合わない殺気だと思ったらコイツらを隠すためか」

 

 

今までの総力戦と言わんばかりに。

今まで戦ってきた大小様々な蜘蛛のモンスターが、雁首を揃えている。

 

 

「ふふっ、そういうことかしらでも……もう遅い」

 

 

アラクネの叫び声と共に、蜘蛛のモンスターは一斉に天井から落下してきた。

 

どうしよう。

 

俺一人で生き残れるかな。

降り注ぐモンスターに、ただ身体を任せ剣を構えることしか出来なかった。

 

蜘蛛の子を散らすように……と言う諺があるが、今回のそれは意味が違う。空から散るように降る蜘蛛のモンスターは、それは隙間なく。その何体かは、空中でぶつかり合っている。

 

だったら、この状況で取るべき行動はただ一つ。

 

俺はアラクネに向かい走り出した。

 

間に合うか。

落下するアラクネの眷属はその高度を下げ、迫っている。

 

 

「くすっ」

 

 

アラクネの笑み。

俺はその顔めがけ、大きく剣を振りかぶる。

 

しかし当たりはしない。

虚しく空を斬る剣撃は、勢い良いだけのための布石。

 

勢いの乗った体で、そのまま突撃。

 

体当たりでアラクネを吹き飛ばすと、アラクネの居た場所の上空を見上げる。

 

 

「しゃつ」

 

 

その上空にはアラクネの眷属は居らず、俺を避けるように落下する。

 

床が破壊され、辺りに土埃が舞う。

それは吹き飛んだアラクネの所在を探すため。自分の進行方向をを睨むと、そこには誰も居なかった。

 

所在の確認が出来ないが、俺がここに来た目的は八割方達成された。

 

あわよくばアラクネをあの一撃で倒せたら良かった。

けどそれは、空から大福が降ってくる位の期待。

 

 

「考えたわね……確かに私の居た場所だったら安全ね」

 

 

上空からの声。

正確には天井からの声だ。

 

 

「上か」

 

 

見上げるとそこには、天井に張り付くアラクネの姿が。

逆光で顔は見えない。

 

 

「ちぃっ」

 

 

どうや向こうも一枚上手のようだ。

受け継がれる戦闘経験も。

天井に貼りつく敵を、この状況で追いかけるのは愚策と出ている。

 

 

周りのモンスターは既に此方へ攻撃を仕掛けている。

追いかけたら最後、地上と天上での挟撃を受けることになる。

 

 

「遅いっ」

 

 

アラクネの命令に、静だったアラクネの眷属は一斉に動き出す。

 

思い出せ、やつらの特徴を。

 

大小様々な眷属を前に、俺は高らかに剣を振り上げた。

 

 

 

 

~Silvana Said~

 

 

彼の世界に来てから早、三晩が過ぎる。

 

かねてよりの目的は達成できなかったものの、それ例外の目的は成し遂げた。

 

仕込みに対し、この国の守護を担う者達の協力を仰ぐ事が一番骨の折れる作業であった。

 

しかし、過ぎてみればそれは矢のごとく過ぎ去り。

事が全て終わったときには泡沫の夢のようになるだろう。

 

この世界の私は程々運が良いらしい。この戦の助けとなる客将が銀の知り合いであったのだから。

わが愛馬、ヴェイヤンチーフを撫で私は己の身をその体に預け座る。

 

夜風が吹き、草花を揺らす。

 

騒がしい夜の一時の安らぎを与えるその風は、私の髪にイタズラをしてそのまま去り行く。

気配が二つの私の元へやって来る。

 

柵を跨ぐその者の、身の丈は電柱程の巨体。

この国の甲冑を身に付け頭には二本の角。

 

刃零れの酷い刀は最早斬ることは、ままならないであろう。

 

そしてその者の兜には札が張られていた。

 

 

「よぉ、こっちは片付いたぜ」

 

 

巨人の肩には気配の元。

着物……だったか? 

それを着た、二人の男女がこちらを見下ろしていた。

 

 

「そうか……契約は守ろう、今宵はもう良い」

 

 

わざわざ、釘を刺しに来たのだろう。信用の無いものだ。

こやつ等は兄妹らしい。

だからどうしたと言うことはないが、一応はこの世界の私を監視するために銀に近付いてきた、

 

たしかそんな経緯だったかな。

 

 

「今宵は……ね」

 

 

今までだんまりを決めてきた、女の方。

そやつは巨人の肩から飛び降り、私の目の前に立つ。

 

赤と白の色の着物。

手には弓、顔には狐の面に頭からは黒い猫耳が生えていた。

 

胸は……くそっ。

 

 

「あぁ、中で銀がアラクネを倒し治癒に必要な膨大なエネルギーを得て、事が済み次第私は帰るさ」

 

 

そうしたら、もう二度と会うことはあるまい。

 

 

「そう……なら、いいけれど」

 

 

面の奥から私を見る瞳は疑惑の念にと取り付かれ、どう言葉で取り繕うと考えは変わらぬだろう。

表面上は穏やかではあるが、いつ激情の念が溢れ狂うかわからぬ。

 

 

「ここに居る気か、鉢合わせるのは互いのために成らんだろう」

 

「そうね、だけと私はそれ以上にアナタが信用できない」

 

「もうひとつの世界の銀……でもか」

 

「そうよ、同じ銀お兄ちゃんであろうともよ」

 

 

 

~Teduka Said~

 

 

まったく、信用しすぎよ。

家である喫茶店クレパスに帰ると、鍵が空いたまま誰も居なかった。

どうやら鍵だけを絞め忘れたみたいで、それ以外は戸締まりがされていた。

 

 

「まったく。成人式を過ぎたのに相変わらずなんだから」

 

 

うっかりと言うか、なんと言うか……詰めが甘いわね。

 

 

カウンターにバックを置き、裏へ回る。

冷蔵庫を物色するとバットにはマリネが漬かっていた。

 

 

「銀のヤツ……見栄を張ったわね」

 

 

シルヴァーナちゃんが居るからって、変に気を使う必要ないのに。

 

この三日間、突然現れた銀髪の女性。

その子はどこか偉そうで。

ほんと偉そうで、見栄っ張りで多分ヘタレで。

 

偉そうな所以外は銀に何処か似ていた。

 

本人は多分否定するかも知れないけど、何か決めゼリフみたいな事を言うとき。

 

ドヤ顔だ。

 

端から見れば似た者同士。

いや、にわかには信じられないがアレはもう一つの銀の可能性なのだから。

 

まだ、寒さが残るためか身震いをしたかと思えば。

 

不意に携帯電話が鳴る。

 

 

「珍しい……って、まさか」

 

 

ディスプレイに写し出された名前を見て、私は急いで電話に出た。

 

 

~Gin Said~

 

この体の止血能力は大したもので、細かな傷だったら直ぐに塞いでくれる。

おかげで失血の心配は無いが、塞ぎきってない傷は身体中にある。

 

この体はこれまでの戦いの激しさを物語る。

 

ただ不思議と息切れは起こらなかった。

戦う悦びに全身の細胞が歓喜するかのように、疲労の度合いは思った以上に少ない。

 

この姿って小難しい言葉を使うようになるんだな。

 

辺りの蜘蛛の子は大分減らすが、不気味にアラクネは動かない。

 

ただどうする事もなく。

混戦乱戦から多戦へと移行する戦況に、よくぞ鎧を着ずに頑張ったと自分を誉めてやりたい。

 

髪の毛はボサボサ、反り血で身体中汚い橙色でベトベトだ。

 

風呂に入りたい。

最後の蜘蛛の子を剣で貫いたとき、俺はそう思った。

 

大きく息を吐き、不動のアラクネを見上げる。

 

互いに目があった。

 

俺は剣を構え直し、アラクネはドレスの裾から黒のような橙色をした黒檀色の昆虫の足を露にした。

 

戦いの前の静けさ。

蜘蛛のモンスターの亡骸から流れ込む光の粒子が俺にエネルギーを出し尽くしたその時。

 

両者は一気にその場を蹴った。

 

一閃の交差。

アラクネの首元目掛け剣を振るうも、何かによってそれは阻まれた。

 

 

「くっ」

 

 

思わず声が漏れる。

革ジャンが裂け肩からの出血。

どうやら初手は向こうに軍配か上がったようだ。

 

 

「随分と手数が増えたじゃないか」

 

 

人形の手を合わせ合計八本もの手足。

黒檀色の昆虫の手足は、まるで絹織物のような光沢が滑らかさを物語る。

 

その姿まるでゲームやおとぎ話に出てくるアラクネそのもの。

それはさながらディスパイダーのような姿で。

 

 

「フフッ、感想はそれだけ……かしら」

 

 

ミシッとアラクネから音がする。

黒いドレスはボロ切れのように破れ、更なる変化がアラクネに現れた。

 

お互いの着地点は地面。

言い訳をさせてもらうと、さっきのは俺が不利な状態の一撃だ。

 

高高度戦闘において、高い位置に立ったものの有利性。

って、何で空戦エネルギーの知識があるんだよ。アラクネは今のところ、俺を弱らせての一撃離脱を主に戦っている。

 

だが今回またアラクネは変化した。

いや、これは俺みたいな変身とか鎧を身に纏う方向では無く。

 

モンスターが真の姿になったものであろう。

 

それはさながら黒檀色の鎧。

意外と爆乳のアラクネは、その身体を巨大な蜘蛛に拘束されているような。

 

そして今まで無手であったアラクネの手には、一本の鋭利な針が手中に収まっている。

 

 

「随分とスッキリしたな」

 

 

特に糸でグルグ巻きにされて、たくし上げらる爆乳が。

そこから拘束される、黒檀色の蜘蛛の足のような装甲が。

 

最高です。視線は常にロックオン状態だ。

それは注意を逸らす罠だ。

胸の深い谷間から目が離せなくなる。

 

 

くそっ、なんという策士。

分かっていても動けない。

 それはさながら蜘蛛の巣のごとく。

 

動けば動くほど、その糸が身体に絡み付くかのように視線を動かすことは出来ない。

する気もない。

 

 

「あら、私だけドレスを着させる気かしら」

 

 

アラクネからの誘い、ここは乗ってやろうじゃないか。二つの意味で。

 

仮面舞踏会への招待に。

まるでUSBメモリーを持ち、首元に挿す仕草をし。

 

 

「マスカレード……なんてね」

 

 

そんな俺の声に反応して。

足元から出てきた青白い魔方陣は、足元から頭の天辺まで一気に駆け上がる。

 

最近は右手方向からがデフォルトらしいが、知った事ではない。

魔方陣の通過と共に俺は、漆黒の鎧を身に纏う騎士へと変身した。

 

 

「カヴァリエーレ、参上」

 

 

しっかりと剣を目の前まで持って行き、背筋を伸ばして両足を揃える。決めるときは決めなくちゃ。

しかし、動いてもアラクネの爆乳が動くことはない。

 

何だろうか。

興奮で呼吸が荒くなってきたぞ。

 

荒い息をしながら、アラクネの谷間を凝視する。

目は多分血走っているのだろう。

 

最初の構えから動かないアラクネと、動けない俺。

毒でも盛られたかと考えるが、いつかは見当がつかない。

 

全身が気だるく、意識が朦朧としてきた。

 

だけど視線は外さない。視界の肌色成分のおかげか。

戦いに赴く高揚感からかは解らないけど、意識は体は何とか繋ぎ止めている状態だ。

 

 

「クスッ、随分と顔色が悪いわね」

 

 

仮面被ってんのに分かるか、と言い返したかったが口は動かなかった。

 

 

 



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~5糸~ (5/6)

 

 

 

ここまでの現状を単直に言うと、毒を盛られた可能性が濃厚になった。

直接的な可能性は多分あの最初の一撃だろう。止血は済んでいるものの、毒は体内に残ったままだ。

 

 

「おかげさまで今は随分とご機嫌な状態だぜ」

 

 

意識が朦朧としてる以外も、吐き気がしてきた。

ゲロインは勘弁だ……ってヒロインではないか。俺。

 

動いたら毒の回りが早くなる様な気がする。

 

 

「アーマイゼ」

 

 

なぜかその名前を叫ばずにはいられなかった。

本能が、戦闘経験がこれが良策だと導き出した。

その次の瞬間、俺とアラクネとを隔たるように機械的な蟻。アーマイゼが召喚された。

 

刹那。

俺を包む全身の鎧は、一部重要なところを守る部分以外の鎧はすべて消え去った。

 

アラクネの雰囲気がガラリと変わる。

それは火を見るよりも明らかで、アラクネはアーマイゼを警戒している。

 

あれ、今まで俺の時は遊びだったんですか? 

 

全身を被う甲冑は仮面が取り払われ。

胸、腰、肘から手の先、膝から下のみとなっている。

 

露出した肩はよろしく肌色成分だが生々しい傷跡が残っていた。

 

 

「トリカブトの毒……か」

 

 

アーマイゼの声は余裕に満ちていた。

どこからそんな余裕が……と、疑問に思ったが実力と経験の差。なのだろう。

 

 

 

「ホレ早く解毒をせぬか……私は、少し昔話でもしている」

 

 

どうやってと聞く暇もなく、アーマイゼはアラクネの元へ行ってしまった。

といっても、聞く以前にも口が上手く動かなくなった。

 

目が回る。視界が暗くなる。

今時分が立っているのか倒れているかも解らない。

 

あれ……俺死ぬのか? 

なんだろう、嫌だな死ぬのは。

 

一気に毒気が回ったのか、症状が一度に襲ってきた。

 

良かったよ、アラクネのモンスターを先に倒しておいて。

良い的だよ今の俺は。

 

毒、毒、毒、解毒をしなくちゃ。

ただ毒を体内から無くせば良いのか? 

 

いや、それだけじゃダメだ。

毒を二度と受け付けないような、そんな感じじゃないと。

 

そう言えばシルバさんは言ってたな。

この力を手にしたら、人とは違う理で生きていかなきゃいけないって。

 

それが今か。

理、常識……そうか。

 

身体に意識を張り巡らせて、毒を感じる。

このどす黒い感じがそうか? 

 

半信半疑だけど、今は藁をもすがる思いだ。

 

まだ、死にたくないし。

 

シルバさんに文句も礼も言ってないし。

 

まだ女を知らないし。

 

口にそれを集めるイメージを。全身から漉し出すイメージ。同じようなモノを自動で排出するイメージ。

 

イメージ。

 

イメージ。

 

 

「ゴハッ」

 

 

苦い、口がなんかピリピリする。だけど、不思議と体の毒気は無くなった様な気がする。朦朧としてる意識が段々と色付きハッキリしてきた。

現在の状況を確認してみると、今は剣を杖代わりに立っている。床には毒の水溜りが出来ていた。

 

近くから遠くへ。朦朧としてる意識を再び叩き直し辺りを見る。

きらびやか内装に相応しくない、物騒な音で方向はすぐに解った。

 

一段階戻ったアラクネの下半身をアーマイゼがもつれ合い、押さえつけている。両者とも蜘蛛の糸が絡まり動きを阻害され思うように動けてはいない様子。見方を変えれば何ともエロい光景だが今回は、そんなことは微塵も考えない。

 

早く行かなきゃ。

アーマイゼがアラクネと戦ってくれて時間を稼いでくれている。

 

出来るだけ足音を殺し、殺気を消し、俺はその場を思いっきり蹴った。

 

 

「すまない、待たせたアーマイゼ」

 

 

アラクネ横っ腹に剣を突き立て、蹴り飛ばすと俺は二人の間に割って入った。

 

 

その時のアーマイゼは何処か哀愁漂う顔をしたような気がした。

 

 

「排出だけではなく、浄化したか」

 

 

なにを言ってるか意味はわからないが、取りあえず毒を消したこと事態は把握済みだったみたいだ。

 

毒は消え去って体も軽い。

身体に釣られて心まで軽く、羽の生えたようだ。

 

 

「準備は良いか、騎士よ」

 

 

アラクネが横に並び、俺に問いかける。

 

 

「あぁ。アーマイゼ、慢心も逃げ腰ももうないさ」

 

 

どこか浮わついてたのかもしれない。

どこか他のモンスターと一緒で何とかなると思っていたのかもしれない。

 

何度、何度も。

何度、同じ間違いを繰り返したのだろうか。

 

その度心も体も傷付き、ボロボロになったけど認めたくないから、改める事はなかった。

 

シルバさんの忠告。

姿形に惑わされて、ここまで狡猾だとは思わず。

更に予想だにしない実力。

 

魔女の名は伊達じゃなく、実際に対峙してみないとこれは判らなかった。

 

 

「カヴァリエーレ内藤銀、シルヴァーナ・カヴァリエーレがためいざ参る」

 

 

俺は、アーマイゼを置き去りアラクネの元へ地面を踏み抜き走り出した。

 

両手に握るものは、なにも剣だけではない。

 

重量を目算して自分が持ち上げられるかどうかを考える。再び魔女としての姿になったアラクネ。剣は腹に刺さったままだ。

 

剣を取り戻さんと、腕を伸ばし勢いを殺さずに突き進む。

端から止まるつもりはない。

 

アラクネはそれに気づいてか、太く雄々しい針を顔面目掛け突き立てる。

 

 

「なぁっ」

 

 

本当の狙いは剣での突撃でもなく。

剣を取り戻すと見せかけ、突進を囮にした変則巴投げによる投げ技。

 

突き進む勢いのまま、その場を跳躍。

カタパルトのように空中を進む身体の下を針の尖端が進む。

 

そのままアラクネの胸ぐらを掴み、勢いに任せ半回転。

俺と上下が逆転し、背筋と腕力に任せ無理矢理投げ飛ばした。

 

再現は無理だろう。

技の駆け引きから生まれた偶然の産物だから。

 

音からして天井に叩きつけられたのだろう。

今だ回る視界を正し、唖然とするアーマイゼを見る。

 

シルバさんと同じドヤ顔で。

 

体から抜けた剣が床に刺さっていた。

抜けてしまった。

という表現の方があの勢いでは正しいのだろう。

 

剣を引き抜き、切っ先を項垂れるアラクネへ向ける。

 

警戒心を高く。

どんな攻撃、奇襲にも対応できるように。

剣のように強く、鋭く気を張る。

 

 

「固有・・・結界」

 

 

呟くようにアラクネは口ずさんだ。

それは普通なら聴き逃してしまう程に小さな声。

 

 

「リュディア」

 

 

その名前を紡ぐアラクネを中心に。

世界が波打ち、姿を変えた。

 

東の空は星が散りばめられた夕闇色。

西の空は赤々と燃えるような夕焼け色。

大地は石柱が連なり、決闘場やステージを連想させる光景。

 

圧巻であるその光景は、室内に居たことを一瞬忘れる程。

 

そう、俺は室内に居た筈だ。

なのに何故だ、俺がここに居る理由がわからない。

 

何が起こった

ここは何処だ。

 

豪華なダンスホールも崩れた床も、そして逃げ道も何もない。

 

完全に閉鎖された空間。

目前に黒い影が飛来する。

 

 

「まさか、シルヴァーナの闘いでのダメージが少なかった……いや、そんな筈は」

 

 

アーマイゼが俺を守るように、立ちふさがった。

 

 

「いえ、彼女は十分私にダメージを与えたわ」

 

「ならば何故」

 

「それ以上に私が強かった……ただそれだけの事よ」

 

「くっ」

 

 

くっ……じゃねぇよ、なに口喧嘩で負けてんだよ。

 

 

「じゃぁ、俺からも一つ良いか」

 

「何かしら」

 

「ブラのサイズはいくつだ」

 

 

少し考えるような素振りを見せたアラクネ。

 

 

「Fよ」

 

 

胸を強調するように、腕を組んで見せつけてきた。

F……Fだと!? 

 

 

「くそっ」

 

 

始めて俺以上の存在を見た。

いや、愛さんも俺以上の物を持っていた様な気がする。

 

 

「なにを悔しがっておる」

 

 

瞬間体が更に緊張状態へ。

この声。

このしゃべり方を俺は知っている。

 

不良のごとくヴィヤンテフの近くで俺を見つめるシルバさん。

 

 

それと、新しく気付いたのは巨大な鬼と狐面を被った巫女さん。

後、着物を着た鬼の面を付けた男。

 

色物戦隊とはこの事で、特に野外で見る巫女服のなんたる背徳感。

 

しかし、アラクネの顔色は変わっておらず。

シルバさん達がここに来るのも折り込み済みの行為だったのだろう。

 

 

「あらあら、困ったわね」

 

 

わざとらしい口調でアラクネは、さも困ったかのような仕草をする。

 

 

「初めての固有結界内は、さぞ辛いでしょうね」

 

 

いや、そんなことはありません。

至って普通です。

 

そう言いかけたが止めた。

着物を着た二人が崩れ落ち、その場に倒れたからである。

 

 

「ふむ、やはりか」

 

 

冷静か。

または冷徹か。

シルバさんは目を瞑り、事態を飲み込むように肯定した。

 

 

「やはり魔女か」

 

 

アーマイゼもそう言うが。

うん、判らない。

 

初めての俺は至って普通。

健康体で、気分が悪いとかそんなのは一切無いからだ。

 

 

「銀も……あれ?」

 

 

その時。

始めて俺は、シルバさんのキョトンとした顔を目の当たりにした。

 

目を丸く、驚きを隠しきれていないその表情。

それは普段のドヤ顔からは想像できないものであった。

 

 

 

「フフッ」

 

 

しかしその中で、表情の判断出来ないアーマイゼ以外。

ただ一人、アラクネは不適に笑う。

 

嫌な気配が石柱からした。

剣を振り払うと金属音が木霊する。

 

 

針……なのか。

再びの金属音の後に、銀色の針が地面を転がる音がした。

 

俺はそれを拾い上げ、先端を見るとほんのり湿っているのが解った。

 

 

「また毒か」

 

 

俺はその針をアラクネ目掛け投げつけ。

続けざまに剣も投げつけると、同時に再び走り出す。

 

 

「行くぞアーマイゼ」

 

 

目の前で両手をクロスさせ、手のひらを内側から外側へ向ける。

 

「変身」

 

 

アーマイゼの上空に魔方陣が出現。

 

俺は地面を蹴り上げそれを潜り抜けると同時に、両手を降り下ろす。

すると今度は別の、金属同士を叩きつけた清んだ音が木霊した。

 

 

 

「カヴァリエーレ、参上」

 

 

しかし、アラクネへ殴りかかるが。

それは見えない何かにより軌道をずらされた。

 

 

 

 

 

~Silvana Said~ 時は戻り 

 

 

     

気がついたら固有結界内に閉じ込められた。

 

協力者のふたりは、初めての魔女クラスの濃いエネルギー空間に耐えきれず。

その場に崩れ落ちた。

 

顔は……良かった。

隠れたままだ。

 

 

 

己が心象風景の具現化。

この空間は外界から、完全完璧に隔離された世界。

 

気配も。

通信も。

この世界に閉じ込められたら、最早アラクネを倒す以外に抜け出る手段はない。

 

さらに行使する者にもよるが、反則級の効果があり。

 

故に名前に“固有”がつくのである。

 

厄介な存在であり、この術を行使するには多大なエネルギーも体力も消費する。

 

気に食わない。

いくら私でも、あのアラクネを相手に戦ったのだから疲弊が無いに等しいのはおかしい。

 

まるで、固有結界のエネルギーを取っておいたかのような。

 

これ事態が目的かのような。

 

しかし考えていても何も始まらない。

アラクネを倒さない限りは、ここから抜け出す手段はない。

 

今の私は戦えぬ身。

いや、戦えたとしても悔しい事に足手まといにしかならない。

 

あの疲弊具合から察するに、あと一押し何かあれば勝てるが。

今のままでは、とても厳しい。

 

それに何か知らぬが銀はこちらに気づいておらず。

なぜか悔しがっている。

 

 

「何を悔しがっておる」

 

 

私は、この言葉しかかけてやれぬ。

己の鍛錬の足り無さに、思慮の浅さが。

私自身何よりも悔しい。

 

真剣な眼差しで銀を見ることしか。

信じて待つことしか出来ない。

 

不様にも倒れた協力者達よ。

アラクネの説明通り、固有結界は言わば魔女の濃いエネルギーの塊。

 

初めての者は必ずと言って良いほど、濃度差に耐えきれず気を失い。

最悪死亡する。

 

 

「やはりか」

 

 

やはりこやつ等は初めてだったか。

 

しかしこれは困った。

普通の結界はあるが、固有となると話は別だ。

 

銀そろそろ気を失う頃だ。

その時は中和してやれば目は覚ます。

 

さてと。

協力者は失神して。

 

 

「銀も……あれ?」

 

 

無事だ。

手間が省けて喜ぶべき……であろう。

しかし前に銀は固有結界に巻き込まれたのか。

それとも濃いエネルギーをその身に受けるほどの……あぁ。

 

思い出した。

心臓の代わりに、騎士の力を委譲したときだ。

 

私悪くない。

 

よな。

 

むしろ私のおかげだな。

 

銀のヤル気がひしひしと伝わる。

その熱量はこちらまで伝わり、ほんのり汗をかくほどだ。

 

少し見ない間に随分と成長したようだな。

エネルギー放出は烈火のような激しさで体表から揺らめき。

 

今にも爆発しそうなほどの。

 

 

「また毒か」

 

 

また……と言うことは、銀は受けたのか。

アラクネの己の呪い。

トリカブトの呪いと言う毒を。

 

その毒は己を魔女へと変貌させた呪い。

それは浄化されず解毒されず体内に残り、呪うものを永遠の闇の淵へと誘うもの。

 

しかし、銀は瞬時に浄化してみせた。

不可能を可能にしてみせたのだ。

 

不可解にして奇妙なこの問題は後回しだ。

 

喜ばしい事は、アラクネの驚異が一つ取り払われた。

だがしかし、魔女の魔女たる由縁。

銀は真に理解しているだろうか。

 

銀は真に己の力というものを見つけ出せるだろうか。

 

私からは教えられない。

剣の名も、そしてその身に纏う黒き鎧の意味も。

 

無鉄砲に飛びかかる銀は、魔女の固有結界の力の片鱗を味わい。

 

地面へ飛び込みキスをした。

 

火花を散らし、石畳の床を滑る。

銀は石柱にぶつかり、それがやっと終わったと思えば。

 

アラクネはこちらを意に介す事無く、石柱へ追撃の針を擲つ。

 

針尾には極細の糸。

それはアラクネの黒檀色の腕へと繋がっていた。

 

動けぬ銀に針が強襲する。

それは、うねり揺めき突き進む。

 

逃げても追跡する様に。

 

だかその針はシールドで弾かれた。

銀が名を知らずとも。

それが例え精巧な模倣でも、剣に眠る聖遺物の一つが守ってくれている。

 

それは母なる力。

それは母なる想い。

これだけで、傷つきはしない。

 

しかしそう長くは続かないだろう。

 

ゆっくりと立ち上がる銀の手には、我が剣が。

 

 

「銀め」

 

 

嬉しい事をしてくれる。

しかし、それ故に危うい。

 

太刀筋が全く私と異なる銀に、あの剣はさぞ扱いづらいであろう。

 

願わくば、銀よ。

剣と己と向き合い戦ってくれ。

 

それが今の私の願い。

それが武人として、主として。

 

そして一人の友と……いや違うか。

 

この一押しの有無が勝敗を決するであろう。

 

 

 

~Gin Said~

 

 

その瞬間。

何が起きたか理解できず、地面とキスをしながら床を滑っていった。

 

熱い。

無意味に火花を散らし、決して剣を離さないように握り締め。

 

石柱へぶつかり、何とか停止。首が痛い。

首を押さえ、立ち上がろうとしたら目の前に青白い光の六角形が。

 

見るとそれは針。

油断も隙もなく強襲してきた針は、力無く床に落ちて金属音を奏でる。

 

危ない、危なかった。

 

シルバさんの剣の力かはわからないけど。

この能力のおかげで何回か命を救われている。

 

今度こそ立ち上がり、再び走り出そうとした次の瞬間。

落ちた筈の針がアラクネへ戻り、再び俺のもとへ。

 

それをマトリックスばりのダイナミック回避で逃れた。

だが油断は出来ない。

 

次回も同じ事が出来る保証など無いのだから。

 

顔面受身で仮面にヒビが入ったのであろう。

少し動けば、新しい隙間から風が入って上気した顔を優しく冷やす。

 

いかんいかん、冷静にならなくては。

 

剣を握り直しアラクネを見据える。

 

 

「おいおい、冗談だろ」

 

 

どうやら俺を休ませる気はないようで。

東の空の星の瞬きに混じり、針が点在していた。

 

その先端は全てこちらに尖端を向けており、固定されたようにピクリとも動いていない。

 

 

「固定解除、全針掃射」

 

 

薄ら笑いを浮かべ、俺に手を振りかざすアラクネ。

 

迫り来る針。

目を見開き、それら全ての大きさを把握したとき。

 

その方向。

勢いから、その狙いは俺だけでない事を理解すると、一気に冷や汗やらが吹き出す。

 

大小様々な針は俺だけではなく、シルバさんまでも狙っていた。

 

反射的に地面を駆ける。

 

間に合わない。

間に合わないと、受け継がれた経験が残酷な告知をする。

 

嫌だ。嫌だ。嫌だ。

間に合わないなんて嘘だ。

 

自分の勘に嘘を付き走るが。

シルバさんに迫る針は、もう直ぐ近くまで迫っている。

 

それはまるでコマ送りの様に流れる光景。

極限まで研ぎ澄まされた感覚が、そう見えさせているのだろうか。

 

残酷なこの光景。

シルバさんが針に貫かれる様が、見たくなくても捉えられる。

 

シールドは間に合わない。

展開範囲外の出来事であると、理解してしまう。

 

ゆっくりと立ち上がるシルバさん。

 

視界は、シルバさんの胸を貫くのを捉えてしまう。

嫌でも目を背けようとしても、視野はそれを捉えてしまう。

 

ならばせめて、追撃の針ならば。

第2、第3の針ならばシールドの範囲内に走り込められる。

 

あの位置はどう考えても急所だ。

わかってしまう絶望。

だが諦めることは俺は出来なかった。

 

幾層ものシールドを展開。

シルバさんの前まで回り込むと、残りの針を捌く。

 

それは左方から。

右斜めから。

真上から。

左右から。

 

大小でも一撃しか防げないシールドは直ぐに砕け散り。

 

再びシールドを出しても間に合わなく。

剣捌きも間に合わなく。

 

だけどこれ以上、シルバさんに針で傷を付ける訳にはいかない。

 

 

針は肩に、そして足に。

とり漏らした針は容赦無く俺の身体に穴を開ける。

 

 

 



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~6糸~ (6/6)

 

 

 

全身を太い針で貫かれるという経験は、普通の生活をしていればまず無いだろう。

手元の剣は、腕に三本目の針が刺さった時に握る事を諦めた。

 

我が身を盾に……なんて、少し前の俺からすると天地がひっくり返る程の大事だ。

 

心境の変化に気がついた今。自分自身がビックリしている位である。とまぁ意識を旅立たせてみたものの、身体中血みどろ。こっちの方はもっと有り得ない状態だ。

 

 

「ふぅぅっ」

 

 

大きく息を吐き、動きの邪魔になる針を抜いて剣に変える。

足元には数本の同じ剣。

一つ一つ微妙に形を変えられるらしく、段々と平に大きく変えて行く。

 

 

「なんだ銀、私の心配はないのか?」

 

「こんなことで死ぬほど、柔な鍛え方してないだろ」

 

「ふん、つまらん」

 

 

そう言うと、背後からカランと針を落とす音が聞こえた。 

止血は案の定済み。

今まで流血した量を考えると、頭がクラッとしてしまう。

身体に刺さる針は全て剣に変えた。

 

アラクネは待っている。

お約束といったら、それまでだが。なぜかは不明。

 

だけど幸運であり多分俺が死んだと勘違い……は無理がある予測だ。

 

黒檀色の体が微かに動いた。

動くことを認識したが、それは行動に移すには遅すぎた。

 

適当なシルバさんの複製した剣を掴むと、攻撃を逸らす事に成功した。

 

バチバチと剣から火花を散らし、アラクネの針は俺の肩を抉り抜く。

 

貫通した針の針尾には糸があった。

 

 

「ぐっ」

 

 

体を捻り糸を腱と骨で手繰る。

激痛が体を駆け巡る。

だが、掴んだ針を引っ張り今度はアラクネを手繰り寄せる。

 

痛い痛い痛い痛い痛い。

 

肩の肉はとうとうナマクラ刃で斬ったように裂け。

 

無理矢理掴んだ糸は、鎧を貫通して素手に食い込む。

 

だが手繰り寄せるアラクネは避けることは出来ない。

俺は空いた手で、剣を振るいアラクネを斬り伏せた。

 

全身の緊張状態が解け深い脱力感に苛まれ、口から安堵の吐息がもれる。

 

疲れて痛い。

肩が痛い腕が痛い。

痛みが今になって襲ってくる。

 

斬り伏せたアラクネから、エネルギーが流れ込んでくる。

 

それは眩く瞬き様子が違う。

今までの物と違うことは、とても分かりやすかった。

 

全身が満ち足りる。

そのエネルギーに体が歓喜しているのがわかる。

 

痛みは引き、傷口もみるみる内に塞いで行く。

 

 

「よくやったな……銀」

 

 

それはとても優しい声色だった。

 

 

「どうだい」

 

 

元祖どや顔に向かい、俺も同じ顔をしてみる。

 

俺としては、とても良くやった方だとおもう。

 

振り向くとシルバさんの背後は、確かに俺が守った跡があった。

 

それと死屍累々。

協力者がぶっ倒れていた。

 

 

「えっと……シルバさんこれは」

 

 

そんなシルバさんは俺を無視するように、エネルギーを流すアラクネを見据える。

 

 

「固有結界の維持を解かぬか……存在が保てなくなるぞ」

 

 

そして歩み寄ると、俺が生産した剣を引き抜き。

ゆっくりとした口調で問い掛けを続ける。

 

 

「聞かせてはくれぬか、姉上の友が何故このような事態を」

 

 

アラクネは答えない。

だが、霧が晴れるように周りの景色が元に戻った所を見ると意識はあるらしい。

 

 

「人を斬っておいて、随分な口じゃない」

 

 

アラクネからのエネルギー粒子は止んだ。

黒檀色の体は元のドレス姿に戻り、胸元からへそ辺りまでザックリと切れていた。

 

 

「禁を破った者にも言われる筋合いはない」

 

 

シルバさんがそう言うと、アラクネの表情は穏やかになり。

 

 

「フフッ、それもそうね」

 

 

とだけ言うとゆっくりと立ち上がる。

 

何かする気か。

 

二人の間に急いで隔たる。

 

 

「そんな怖い顔しなくても良いじゃない」

 

 

こいつ……仮面越しでも解るのか。

 

 

「ふん、まぁ良い」

 

 

そりゃぁそうか、アラクネが見ていたのはシルバさんだった。

戦いを終え、時が過ぎる。

だが、俺の胸を空ける穴の存在はまだ感じられる。

 

俺の事は後にでも出来るが、アラクネはどうにもならない。

抵抗はしたものの、この剣は命まで届くことはなく。

 

今もこうして目の前に立っているのだから。

辺りを見渡すアラクネ。

 

何かするのか?

 

今の俺は全快に戦えるから負ける気はしない。

なんなら固有結界だって張れる気がする。

 

アラクネは床を踏み、音を鳴らす。

すると、いつか見た結界の世界を修復する力に似た現象が起き。

 

廃墟のようになっていたボロボロの床は綺麗な大理石に戻った。

 

 

「あまり勝手な真似はするなよアラクネ」

 

「ふふっ、いつまでも汚くしておくのは嫌なのよ」

 

 

愛着でもわいたのだろうか。

しみじみと辺りを見渡すアラクネは、俺を指差した。

 

 

「随分と良いパートナーを見つけたじゃない」

 

「嫌味か?」

 

「酷っ」

 

 

クスッと笑いアラクネは続けて言う。

 

 

「まさか私をここまで追い込むなんて思いもしなかったわ」

 

「なら、随分と元気だな」

 

「あら、お喋りは好きな筈でしょ」

 

「ふん」

 

 

なんだろう、俺は蚊帳の外だな。

見るところ、最初に感じた危機感は感じられない。

なんなら鎧を脱いでしまいたい。

 

そんなことを感じ取ったのか、鎧は消え去ってしまい。

革ジャンinメイド服の姿に戻ってしまった。

 

手元の剣はそのままにして。

 

両手を上げ、攻撃の意思が無い事をアピールするように。

両目を閉じて話す。

 

 

「出来ればもう少し居たかったわね」

 

「それは無理だ、お主はこの世界での禁を破った」

 

 

頭の上を通過する会話に付いていけず。

シルバさんの言葉端には刺がある。

ただそれだけしか解らない。

 

 

「保護観察とかそんなのはないのか」

 

 

要はもう人を食らわずに生きていけば良いだけの話なのだから。

 

 

「銀よ、私が血を吸うのは知っておろう」

 

「あぁ」

 

「別段人を襲うこと事態悪いこと……いや、こやつ等に狙われるから不都合ではあるな」

 

 

存在を忘れていたが着物の協力者が居たのだった。

寝たフリでも、起きる様子でもなく。

まだ気を失っている。

 

 

「極端に減らしたり、理を変える事がいけないのだよ銀」

 

「要は殺戮と内部干渉が斬られる理由だと」

 

 

なんだろう、思ってたよりも緩いぞ。

シルバさんの世界の掟は。

 

 

「そう、たったそれだけの事を守れぬ者が多いのだがな」

 

 

言葉尻にため息を吐き。

そこからシルバさんの苦労が、かいまみえた気がした。

 

役所仕事も意外と大変そうなんだな。

俺としては、楽してお金を稼いで充実した毎日を過ごせれば万々歳だけど。

 

そうすると職もない、今のフリーターのような生活から脱却しなくてはならない。

 

一時期今の仕事を定職にしようが考えたが、おやっさんが許さなかった。

 

何でかは解らない。

 

だけど死にかけてから、何度も死にかけてから思ったこと。

 

いつ死んでも不条理だらけの生き地獄の今。

死んだって後悔は無いと思っていたがそれは大きな間違いだ。

 

シルバさんへの恩返しが大義名分だったが。

それ以外にまだ死にたくないと、名義ではなく純粋に。

 

ただ純粋に、生きたい。

そう思った。

 

シルバさんとアラクネはまだ話し合っている。

必死に帰ることを拒み、それを説得するのは一苦労であろう。

 

倒れる協力者に視線を置くと、狐の面と般若の面を被っている。

 

この狐の面見たことあるが、何処にでも有るような物だから見間違いだろう。

 

二人とも首元と手を見る限り、張りがある分若いのだろう。

 

 

「っぅ」

 

 

巫女服から見えたのは小降りだが形のいい片鱗だが、青い果実。

 

介抱ををダシにして触れるか?

イヤイヤ、ダメだぞ。

自分の理性に、自然とブレーキがかかる。

 

巨乳好きな俺だけど、ちょっと寄り道していこうかなんて。

 

気まぐれに惑わされてなるものか。

 

誰が見ているか解らない。

気を抜いて手を付けたら駄目だ。

今ここで手を出したら、社会から弾かれちゃいそうだ。

 

だけど、パワーを絞り出せ。

誰かが見ているからじゃない。

 

ハダカのままの欲望で突き進むのもアリじゃないか。

 

まだ甘くはない、青い果実でも。

 

瞳を静かに閉じ手を出せば。

もう少しで届くはず。

 

求めしあの頃の、情熱を。

高鳴る鼓動は暴れる。

 

ガムシャラだったあの頃の

 

今はほら、もう手の届くところに。

後なんか見ずに、甘い誘惑に流されていたんだ。

 

パワーを絞り出せ、ハダカのままの欲望で。

 

いざっ。

 

 

あぁ僕はちっぽだ。

普通は青い果実なんかダメでしょ。

 

だけど気が変わっちゃう。

あぁもう、勇気をねじり出せない。

 

今の見れると言う現実に、満足したから?

 

それとも、最後の良心が働いているのか?

 

今までは今までの、明からは明からの。

真新しい性癖を刻めばいい。

 

そうだ、新たな快感を届かせるこの思い。

葛藤いから逃げてた。

まじめさにさよならさ

まだ甘くはないけど、そそる青い果実でしょ。

 

敵意の無いアラクネとシルバさんの話し合いはもう、どうでも良くなった。

 

フラフラとシルバさんを素通りし、男の協力者を尻目に狐の面を被った協力者の前で屈む。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

肩を揺すり果実の揺れを堪能する。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

何回も。

 

 

「しっかりしろ」

 

 

何回も。

 

 

「戦いは終ったぞ」

 

 

何回も何回も。

青い果実の揺れ。

強いては着崩れる着物から見せる実を。

段々と溢れ出果実を凝視する。

 

 

「ん……気絶し……」

 

 

おぉ、喜びに満ち溢れた聖域よ

って言い過ぎだろうか?燃える

パッションは煮えたぎる業火へ

いけ、これまでの願いを現実へ

 

見え……見え……見え……。

 

 

「オハヨウゴザイマス」

 

 

くそっ、起きました。

 

くそっ、今は事態の収拾を最優先に。

 

決してこれまでの事を悟られるな。

 

死ぬ。社会的に。

そして変態のレッテルを初対面の人に張られてしまう。

 

それだけは嫌だ。

人間関係は初対面こそ最重要なのだ。

接客業で嫌というほどそれは理解している。

 

 

「The new propensity that you taught it

I cannot stop me when it will be a cousin that there is there. 」

 

「はい?」

 

「いや、すまない気がつきましたかお嬢さん」

 

 

紳士を目指す俺としては、果実を確認した以上この人を淑女としてもてなさなければ。

 

って、しまった。

見た目女体化状態なのに“お嬢さん”は無いよ。

 

でも間違ってはいない。

意識を混濁している今なら、どうとでも出来る。

 

 

「うん、大丈夫だよ銀お兄ちゃん」

 

「ふぁっ!?」

 

 

銀お兄ちゃん。

銀お兄ちゃん。

銀お兄ちゃん。

 

……銀お兄ちゃんって、言ったよなこの巫女さん。

 

 

いや待て、意識の混濁で訳の解らない事を言ってしまったに違いない。

 

落ち着け、クールになるんだ内藤銀よ。

 

 

「大丈夫かい……天子ちゃん」

 

 

ここひとつ鎌をかけてみよう。

第一印象は最悪だが、事態が事態なだけに状況の把握が最優先だ。

 

 

「あ、天子って誰かしら」

 

 

そういいながら巫女さんは手で首元を扇ぎながら座り直す。

 

 

「にゃはは、起きたかにゃ天子」

 

 

座り直した巫女さんの袴から声がしたと思ったら、黒猫がモソモソと出てきた。

 

 

「いや、お前誰だよ」

 

「にゃーは、タマだにゃ」

 

 

ここに来ての更なる新キャラに、俺はただ困惑する事しか出来なく。

正に言葉が出てこなかった。

 

その猫は黒い。

細くしなやかな四肢に艶のある毛並み。

 

品種に余り詳しくないため何猫かは解らないが。

金持ちの家に居そうな、ごくあり触れたただの猫。

 

そいつから声がした。

 

いや、聞き間違いだろう。

 

うん、いくら非常識が立て続けに起きたとしてもだ。

 

聞き間違えだとしてもこれは、疑惑の巫女天子ちゃんの股から声がしたことになる。

 

どんなアブノーマルプレイかと期待したが。

 

良く良く思い出してみれば、あれか。

アーマイゼと同じ原理だろう。

 

巫女天子ちゃん黒い猫耳つけてたし。

 

ケーキ屋の天子ちゃんも黒い猫耳つけてたような気がするし。

 

となると、この娘は天子ちゃんで確定だ。

 

本人はバレないと思ったのか、黒猫の首根っこを捕まえて上下に揺らし。

 

 

「なに、尼ね違うでしょこの格好は巫女よ巫女」

 

 

すごく説明口調で話してくれたのだから。

 

兄とは違い素直な所が天子ちゃんの良いところだ。

兄なんかと、なんで血が繋がっているのかがすごく不思議だ。

 

羨ましい……爆破四散して欲しいものだ。切実に。

 

ここは気付かないフリをしてあげるのが得策だろう。

 

隠すには何かしら理由があるわけだし。

それが何にしても、知ると言うことは剣にも盾にもなるのだから。

 

それに、今までの事を思い返しても悪いようにはしないだろうと。

そう信頼できるのだから。

 

シルバさんとアラクネは話を終えたようで俺たちの方を見ていた。

 

二人とも笑っているが、その笑みの裏に何か凶悪な物を感じた。

気のせいであって欲しいものだ。

 

 

「終ったのかい」

 

「うむ」

 

 

ここは先手必勝で話の流れを勝ち取るしかない。

 

 

「銀よそこを動くでないぞ」

 

「お、おう」

 

 

早くも計画は破綻。

考える間もなく動くしかなくなってしまう。

 

沢山複製したシルバさんの剣。

それは、シルバさんが持っているもの以外はアラクネの固有結界消滅と同時に消えていた。

 

 

「今から銀を元に戻す」

 

「と、言うことは」

 

「あぁ、戦いは終りだ」

 

 

ニヤリッと笑うシルバさん。

その顔は悪者の顔のような艶やかで、妖艶なもの。

 

不覚にも少しドキッとしてしまった。

 

 

「先ずは行程の説明をしよう……」

 

 

シルバさんの口から出たその行程。

それは耳を疑うような行程であった。

 

 

「先ずは銀のエネルギーをギリギリ生きられる程度以外全て頂く」

 

 

山賊もビックリな強奪量だ。

結構冗談じゃない量のエネルギーがある筈だぞ。

俺が調子に乗る程度のスゴい量が。

 

 

「次に騎士の力を返してもらう」

 

 

うん、それは当たり前か。

 

 

「そして無防備となった銀を残突する」

 

「えっ、何だって」

 

「銀に穴を開ける」

 

「よし待てよし待て」

 

「なんだ」

 

 

シルバさんは凄く不機嫌そうな顔で聞き返してくる。

 

 

「死ぬよね」

 

「一回死んだのだ、何回死のうと同じ事ではないか」

 

「イヤだよ」

 

「でないと……術に影響がでて体バーンだぞ」

 

 

剣を振り爆発する様をジェスチャーして見せる。

 

 

「マジで」

 

「マジもマジで大マジだ、秘術だから詳細は秘密だがな」

 

「秘密って……」

 

 

でもまぁ。

名残惜しいけど、これで女体化生活ともおさらばなんだ。

 

痛いくらいは……何とか。

 

 

「……仕方がない、仕方がないよな」

 

 

自分に言い聞かせるように。

 

 

「痛いのは同じさ」

 

 

必死に自分に言い聞かせる。

 

 

「優しく……してね」

 

 

もう涙目だ。

アラクネと戦う以上に緊張やら怖いやら。

 

「主らはそこで見ておれ」

 

 

おとなしくなったアラクネを筆頭に。

謎のままの新キャラ、タマ。

その飼い主の巫女、天子ちゃん。

 

そして……あぁ、起きたか。

トモがこちらを見ている。

 

首にシルバさんの吐息がかかる。

それが、体の一部分を強く刺激し強く脈打つ。

 

恥ずかしげもなく、シルバさんが俺に牙を突き立て様とした。

 

チクリと言う感覚。

何回も経験した。

 

その次は、シルバさんの柔らかい唇の感覚だ。

 

柔らかい唇。

 

柔らかい唇。

 

柔らかい唇の感覚がいくら待っても来ない。

 

あれ?

 

 

 

 

 

   

 

 



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最終話 銀の心、月に想いを ~新月~

 

何が起きたか理解出来なかった。

 

俺の視界の先には、金髪の美少女が赤い槍を携え。

音もなく空間を歪ませるように現れたからだ。

 

だけども、この美少女には見覚えがある。

ショートカットだが襟足だけ長く、ポニーテールの様に結んでいる。

 

そう、あの夢と寸分変わらぬ姿で立っていた。

シルバさんの妹。

 

それを理解した次の瞬間。

シルバさんの柔らかい唇が俺の首元へ吸い付いた。

 

 

「ふぁっ」

 

 

美味しそうに俺の血を飲む。

段々と力が抜けていくのがわかる。

貧血にならないか少し心配だ。

 

 

「ふむ、やはり格別だ」

 

 

血を飲み終えたのか、ハンカチで口元を拭きそう呟いた。

 

 

「姉上、只今馳せ参じました」

 

「来たかベルよ、そちらの任もあるというのにすまぬな」

 

「たった二人の姉妹なのです、頼みを聞くのは当たり前です」

 

 

ん? 二人?

この前シルバさんは三姉妹と言っていた様な気がする。

 

そのシルバさんはと言うと大きくため息をつき。

 

 

「またか……姉上をいい加減許さぬか」

 

「いえ、これはカヴァリエーレ家の決定です、姉上がとやかく言う筋合いはありません。ローザ姉さんは初めから居なかったのですから」

 

 

何だろう。

また置いてきぼりを食らっている。

 

血を抜かれて頭がボーッとしてるから良いけども。

 

そんな二人は話を続ける。

意識が再び覚醒する中、足元に力が入らなくなり崩れる。

 

 

「大丈夫?」

 

 

クンクン。

この香りは天子ちゃんの匂い。

ああああっ、いい匂いだよぉぉぉっ……失礼、取り乱しました。

 

とにかく、とにかくだ。

天子ちゃんに促されるまま俺はその場に座り込む。

 

 

「あぁ、問題ない」

 

 

とびっきりの笑顔で答えてみる。

たぶんこの表情は曇りに満ちているのだろう。

 

 

「ふん、もう一人の姉上はどんなものかと思ってみたら、冴えない顔しているわね」

 

 

声のした方向を見ればブルーナちゃんがいた。

腕を組み高圧的な態度でこちらを見ているが、シルバさん程の怖さはない。

 

むしろ、背伸びした感が否めなく。

それは、本物を知っていてこその勘だろうと思う。

 

年はたぶん天子ちゃんと一緒ぐらい。

あぁ、高校の制服が似合い……スク水が似合うな確実に。

 

俺の脳内着せ替えカメラは、あらゆるシチュエーションを無視して対象に効果を発揮できるから最高だ。

 

 

「そっちこそ……男の俺に負けるか」

 

 

イタズラな小悪魔的笑み……をイメージした目でクスリと笑ってみてやる。

 

 

「口の減らない男ね」

 

「こりやぁどうも、この姿で男扱いしてくれるなんて優しいんだな」

 

 

片目を閉じ、ブルーナの方をみる。

無表情で冷ややか。

それか、一目見たときの感想だ。

 

 

「ふん」

 

 

プイッと別方向を見ると。

紅蓮の槍を地面に突き刺す。

 

 

「あぁ」

 

 

アラクネはせっかく直した床をまた傷付けられて、ショックを隠しきれない顔をした。

 

 

「そこを退け……協力者よ」

 

 

シルバさんがそう言うと、槍の切っ先から迸る水の如く。

蒼い光の流動が俺を中心として魔方陣を形成した。

 

 

「胸が苦しいやも知れぬが、何とか耐えてくれ」

 

 

天子ちゃんがその場から離れると、その光は更に輝きを増した。

 

 

「□□□□□□□□」

 

 

言葉では言い表せない発音。

ブルーナは目を瞑り、呪文を唱える。

 

 

「□□□□□□□□」

 

 

二節目に入る。

光は一段と強くなり、目を開けていられないほどだ。

 

 

「□□□」

 

 

そして最終節。

槍を引き抜く音がすると、突如胸が張り裂けそうな痛みが襲う。

 

 

 

~Teduka Said~

 

 

直ぐ様、とんぼ返り。

私は電話に出ると、直ぐに病院へ向かった。

 

ヘッドライトが夜道を照らす。

暗い道なり。

耳に入ってこない、夜のラジオからは笑い声が。

 

電話の内容は、愛さんの陣痛だ。

 

夫は仕事で直ぐに迎えは行けないらしい。

車を持っている私は女性ということもあり、白羽の矢が立った訳だ。

 

ここにきて、自分以外の陣痛に立ち会うとは思わなかった。

 

たしか愛さんはここから遠くはない森の洋館に住んでるとの事。

 

私しか家の場所は知らないらしい。

 

 

「ここね」

 

 

蔦で隠れて見えづらいが、屋号の表札が見えた。

車を中に入らせるには忍びないが緊急事態だ。

 

お誂え向きに、門まで空いている。

 

車を中まで進めようとしたその時だ。

 

 

「えっ」

 

 

人位の大きさの何かが、茂みの中を蠢いたのが見えた。

 

どうやら私は悪運を引き寄せるらしい。

携帯のライト機能を使い、辺りを照らすか光が弱い。

 

ならばと、フラッシュを炊き照らすが、何も見えなかった。

 

 

「千束ちゃん」

 

 

声のした方を見た。

 

 

「あぁ、愛さん」

 

 

そこにはお腹の大きな、愛さんがいた。

 

 

「久しぶり……って、そんな悠長な事言ってる場合じゃないよね」

 

 

急がなきゃ。急がなきゃ。

ドアを開けて、愛さんを促す。

 

 

「まだ陣痛の間隔はまだ先だよ」

 

 

その笑みは、何時ものように私の急ぐ気持ちを落ち着かせてくれた。

 

 

「あぁ、すいません」

 

「まだ大丈夫だよ。将来の勉強だと思ってリラックス、リラックス」

 

 

陣痛で痛い筈なのに、私を気遣ってくれる愛さん。

 

まだ経験は無いからどれ程の痛みかは想像できないが。

鼻の穴からスイカを出す痛みらしい。

あれ、出産の痛みだっけ?

 

と、暗がりのライトの上を拳大の蜘蛛が這っていた。

 

 

「しっしっ、あっち行け」

 

 

携帯で乱暴に払い除けようとしたその時。

 

 

「良いよ、これから出産なのに殺すのは……ね」

 

 

 

愛さんに、たしなめられてしまった。

先ほどの怪しい影の存在を少しの間、忘れていたが今はそれどころではない。

ここから産婦人科まで五分とかからないか、一応は早く付くのに越したことはない。

 

 

「旦那さんこれそう?」

 

「うん、急いで向かうとは言ってくれてるんだけど」

 

 

予定日より少し早い陣痛に、世界を飛び回っている旦那さんはさぞかしビックリしただろう。

愛さんは気丈に振る舞っているが、内心とても不安だろうと思う。

言葉端、微かにそんな気持ちが見え隠れする。

 

いつか……私もこんな時が来るんだろうな。

 

気持ちを切り替え、後部座席に座らせゆっくりと車を発進させた。

 

 

「■■■■■■■■■ッ」

 

 

謎の雄叫びを背に、逃げるように。

 

 

~Silvana Said~

 

騎士であり魔術の心得もある、我が妹ベル。

 

説明を入れるとベルとは愛称で、名前はブルーナである。

真面目すぎ、頑固で融通が効かない私の苦手とする畑の者。

それ故に友と呼べるものも少なく、海賊黒髪がそれと知った日には大層驚いたものだ。

 

知略を張り巡らし、少ない手で敵を葬るのを得意とし。

戦術と戦略を上手く組み合わせて使う、本当に敵に回すと厄介では済まされない。

 

先の闘いにおいては幸い、アラクネは戦術家であり戦略家では無いこと。

それがこの闘いに大きなウィークポイントであった事は言うまでもなく。

多少の痼は残るものの見事に銀は闘いに勝利したのである。

 

さて話はそれたが、我が妹は認めたくないが私に出来ないことを沢山出来る。

 

心臓の再生……は、言うまでもなく禁術中の禁術。

私の知るところ、心臓の再生はベルしか出来ない。

 

ベルが準備を始める。

迸る水のようにエネルギーで魔方陣を描く。

 

私はこれが苦手だ。

過程どうこうの前に、結果が先に出てしまうからだ。

 

私たちが魔方を使うには過程が大事な作業であり、それに伴った結果が付いてくるからである。

 

事前準備は大丈夫で、簡略化は駄目。

反復、反芻したものは過程を一瞬で出来る。

それ以外は闘いにはほぼ向かない魔法しか使えず。

 

銀が前に見ていた、指輪を媒介に魔法を扱う作品があったが良さげな方法だ。

後で帰ったらやってみよう。

 

指輪に過程を……と考えたが、応用性が少なく専門ではない限り闘いには向かない。

 

やっぱり止めよう、闘いの中で見いだした方が私向きだ。

 

魔の力を持つ、その文字の名はルーン。

太古よりその名を冠する失われし系譜の魔法。

 

その魔法の効力は私には計り知れないく。

文字を習得している数によりその力は増大する。

 

生憎私は、この文字の取得には至ってはいない。

 

 

「□・□・□・□」

 

 

四音の発音で、魔法陣の四方にルーンが浮かび上がる。

それは自転し、魔法陣を円を描くように銀を中心に公転し始めた。

 

 

「姉上、ではお願いします」

 

「ふむ」

 

 

近づき、手をかざすと1つのルーンが掌に収まり、私からエネルギーを持って行く。

 

銀から貰ったエネルギーのキッチリ四分の一持っていかれ。

それがあと、三回続いた。

 

 

「聞こえないと思うが、これから激痛が襲う。気絶したら運ぶのが面倒だから耐えて」

 

 

ベルの一節により強い蒼の光が銀の姿を包んだ。

 

銀の苦痛な呻き声に似た唸りが聞こえてくる。

大丈夫だ、多少ながらエネルギーの使い方も本能で理解している。

大丈夫だ、直接の指導はしていないが鍛えたのだ。

 

これしきの事で、銀が耐えきれずに死ぬということはないだろう。

 

目映い光が辺りを蒼く照す。

それはこの世の光が蒼だと錯覚するほどに。

魔女アラクネも耐えきれずか、目を逸らした。

 

この場にいる全員が。

いや、ただ一人。

 

たった一人、ベルだけは違うだろう。

この光そのものである、我が妹は私の頼みをどんな思いで遂げているのだろうか。

 

帰ったら、一度手合わせを理由に聞いてみよう。

 

決闘とは私達の会話なのだから。

 

私達はそういう性分の中で生きているのだから。

 

 

 

~Gin said~

 

目覚めると、そこは知っている天井だった。

茜色の光が窓から差し込み、今の時間が夕方だということを知らせてくれた。

 

どうやら長い時間寝ていたらしい。

ベットから下り、おぼつかない足取りで洗面所に向かう。

 

取り敢えずは、歯を磨いて目を覚まそうと鏡を覗いたその時だった。

 

目の前には冴えない男が歯ブラシを持って立っていた。

 

俺が右手をあげると左手を上げ。

 

俺が左手を上げると右手を上る。

 

あぁ、戻ってる。

何かは解らないけれども。

 

以外にも俺は落ち着いてこの状況を理解できた。

 

 

「まぁ、デジャブだから仕方がない……か」

 

 

歯ブラシを口にくわえ、ミントの力で目を覚ます。

 

あぁ、頭が回らない。

頭が回るって具体的にはどんな風に回ってるんだろう。

 

ネズミの水車みたくか。

それとも独楽のようにか。

はたまた自転公転の回り方か。

 

そうすると俺の頭は銀河系、星のように煌めく明日が待ってるぞ。

 

よし、目が覚めたぞ。

 

どうやら本格的に寝てしまっていたらしい。

 

身体の節々がいたいし、頭が痛い。

一日を無駄にしたと言う思いからか、胸がどんよりと重いような気がする。

 

再びベットへダイブし、大きく背伸びをしながらあくびをする。

 

強張っていた身体がメキメキと音を立てて、ほぐれていく。

 

 

「あー、1日無駄にした」

 

 

特にやることは決まっていなかったが、凄く損をした気分だ。

 

特にやることは無い、なし崩し的に始めたストレッチは入念なものへと変わって行く。

 

仰向けからうつ伏せへ、服のシワなんかどうでも良くなってきた。

 

 

「ふぁっ」

 

 

携帯のバイブレーションが鳴り響く。

突然の事にびっくりして、変な声を上げてしまった。

 

 

「おぉっ、産まれたか」

 

 

携帯のディスプレイに映し出されたのは愛さん、出産の知らせ。

 

どうりで静かかと思ったら千束は付き添いで出掛けていたらしい。

 

時間も時間だ。

お見舞いはまた明日ということで。

 

何せ休みは、まだたっぷり有るからな。

目覚めの一発はコーヒーが一番だ。

喫茶店という好条件のため、毎朝美味しいコーヒーが好きな時に飲める。

 

自分で作るしかないが、それもまた好きだから苦ではない。

 

ついでに腹に何か入れよう。

丁度魚とかハムがあったから、適当に焼いて食べよう。

 

彼女とか居たならばマリネなんてのもアリだけど、一人じゃそんな手間はかけたくない。

 

千束も帰ってくるだろうからその分も焼いておこう。

 

冷蔵庫を開けると、そこには食料品が一切無かった。

 

あれ?

3日分位ならあった筈だ。

 

店で使うもの以外は食料品が全くない。

それどころか店で使うものすら危うい状態だ。

いくら客足の少ない店だからってこれはヤバイ。

 

仕方がないから買い物に行くか。

 

取り敢えずは着替えなくては始まらない。

寝ぼけて着たウエイトレスの服は、この時間の買い物には不向きだ。

 

夕日が沈んだのか茜色から濃紺色へと変化し、空の色もすっかり変わっている。

 

階段を上がりながら財布と相談し、どれだけ買えるかを吟味する。

 

 

「うわっ、少なっ」

 

 

思わず声に出してしまう程に、寂しい中身に愕然としてしまった。

 

記憶が正しければ、まだ余裕があった筈。

その筈だ余計な買い物をしなければ……の話だが。

1日寝ていただけ、なのだからそんなことはあり得ない。

 

と、取り敢えずは着替えて切り替えよう。

 

見慣れたドアを開け、部屋を見渡す。

 

疑い深くなるのは、これまでの事があったからだ。

部屋の明かりを点け、蛍光灯の点滅の後に灯される視界。

 

 

「ね、年代毎に並べられてるだと」

 

 

それは40周年を迎え、今尚伝説を作り続けるシリーズ物のフィギュア。

それが堂々と年代別に並べられているのだ。

 

昨日まではバラバラだった筈だ。

どうしてだ、食料と言い夢遊病かなにかか?

 

そんな事を考えても消えた食材や、なんやかんやは戻ることは無い。

 

奇跡や魔法でもない限り。

 

“なくしたもの”

“なくなったもの”

それが戻ることは無いのだから。

 

取りあえずだ。

取り敢えずは着替えよう。

 

クローゼットを開けて服を確認する。

よし、流石に変なものは……。

 

 

「わぁー、ぱんつとぶらじゃーだ」

 

 

それにフリっフリなピンクのロリータ服もだよ。

寒色ばかりのクローゼットの中にひときわ目立つ、暖色系。

いや、それ以前に男の俺が素晴らしき男のロマンを包む物とロリータ服がなぜ。

まさか盗……いや、これはまだ新品同様だ。

 

 

「やるとしたら、使い込んだやつを狙う」

 

 

それが夢遊状態だとしてもだ。

 

しかしいよいよをもって解らなくなってきた。

 

一晩の内に食料品を食い尽くし。

下着ドロボーまで働くなんて、いくらなんでもアグレッシブすぎる。

 

 

「もういっそ、時間もカレンダーも間違ってたりし……て」

 

 

携帯を開くと確かに3日。

正確には4日経っていた。

 

明日が明後日の朝には、おやっさんが帰ってくる。

 

俺は……この期間何をやっていたんだ。

 

携帯を放り投げ、ブラジャーを手に俺は熟考する。

 

 

「結構大きいな」

 

 

沸き立つリビドーを胸に秘めながら。

 

そうはいっても、思い出せないものは思い出せない。

 

どんなに頭をひねり出そうとも、今の状態では無理なような気がする。

 

 

ただそんな気がするだけで、ただ思い出す気が起きないだけだろう。

 

 

 

今回の件はこれまで。

保留としておこう。

 

 

 



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~三日月~

 

 

以外にもブラジャーは硬い。

ワイヤーが入っている事は知っていたが、知識だけではどうにもならない。

 

フック式で後ろで止めるタイプもの、スタンダードなタイプでこの国で最も売られているタイプだ。

 

カップは固く、紐はそれなりに柔らかい。匂いは新品のためか、至って普通の。

言ってしまえば、普段履いている下ろし立てのパンツとかの匂いと変わりはない。

現実的な話だが、驚くべき発見があった。

 

カップの部分にはポケットがある。

 

何に使うものかは解らないけども、ここに夢を入れるに違いない。

 

そこに来て俺に電流が走る。

 

 

「そうか、だから固かったのか」

 

 

それは装飾とかそんなのではない。

夢を守るために固いのだと。そう思ったのだ。

 

人の夢は儚く、それを護るために固く。

 

しかし柔くを追求した結果がこれなのだろう。

 

そうか、俺の抱いていた想いは間違っていなかったんだ。

さて、あまりの事に前後不覚に陥ってしまった。

俺は悪くない。

 

むしろ思ったよりも沸き立つ思いが少なかった事にビックリだ。

 

続いて……パンツ……だけど。

 

よし、夜まで取っておこう。

綻び緩む表情を鏡で見ると、なんとも気持ちの悪い、変態な顔をしていた。

あまりの顔に、モザイクをかけられそうな程に酷い顔。

着替えなくちゃ始まらないが、宝があったんだから仕方がない。

 

仕方がないったら、仕方がない。

 

取り敢えずはズボンは最後に着替えるとして、上着から脱ぐか。

今ズボンは無理だからな。

 

にしても、寝ぼけて着替えるのは普通だとして。

俺が最後に着た服はボロボロのスウェットである。

 

床に散乱しているのは仕事着で、どうやら眠り続けたわけではないらしい。

 

寝相で脱ぐことはあっても、着替えることはありはしないのだから。

 

今まで生きてきた経験則から来る考えだけど。夢遊病だという推理が外れていなければ、俺は寝たままのはず。

 

それがどんな病気かは知らないけど、意識レベルは睡眠時と変わらないと仮定する。

 

そもさん以上の事柄を総合して考えれば、今回の件は奇妙だ。

 

寝ていて覚えていない。のではく。記憶が喪失してしまった。

 

その表現が正しいのだから。

 

そうすると、どうだろうか俺の奇行を間近で見ていたであろう千束。

 

メールの文面からはいつもとは違う雰囲気を感じる事は出来ない。

 

だとすれば食料を考えれば二人、または複数人と共に居た。

そう考えれば自然ではないか。

 

そう考えていたが、空腹の腹の虫が鳴る。

 

あくまで憶測の域を脱しない勝手ないつもの妄想だ。

 

そう片付けるしかない。

 

空腹には勝てないから、この考えはもう止めよう。

 

あとは満腹になってから考えるとしよう。

 

空腹は、何事にも耐えがたいものだから。

満たせる状況ならば満たしておこう。

 

そうすると冷蔵庫の中は卵が充分にあるぐらいで、オムレツ位しか出来そうにない。

 

だが焦げるから無理。

火加減がどうも上手くはいかない。

それにモーニングセットの分が足りなくなったら死活問題だ。

 

いくら閑古鳥が鳴くほどの経営状況だとしても、朝はそれなりに客足がある。

何人かは常連さんになりつつあるのだから。

 

晩御飯は何が良いだろう。

 

今から手をかけた物はモチベーションが上がらないし。

何よりも直ぐに出来るのが良い。

 

 

「よし、豚のしょうが焼きだな」

 

 

誰かがいっていた気がする。

今夜はあえて豚のしょうが焼きだと。

 

本格的に寒くなる前に、まだ日の暖かさが残っている内に買い物を済ませよう。

 

急いで私服に着替えると。

なんだか急に懐かしさが溢れ出て、涙を流しそうになる。

 

当たり前の事なのに、何故か嬉しさと悲しさの両方が一気に押し寄せてくる。

不思議な気持ち。

 

革ジャンを羽織れば着替えは終わり。

別段ウエイトレスに革ジャンでも良かったのだが。

仕事着なのだから、私生活では着ないようにする。

 

というのがおやっさんの受け売りだ。

 

さて、着替え終わったが革ジャンが心なしか伸びているような気がする。

 

特に胸囲部分が。

 

深く考えても気にしないさと、自分に言い聞かせ。

下まで降りると、家の鍵を閉めバイクまで歩いて行く。

 

小脇に抱えたヘルメットの顎紐が、歩く度にカタカタ音をならす。

 

気が散ったお陰で辺りはすっかり濃紺色の世界に変わってしまった。

 

気温も低くなり、これでは夜の走行と変わり無い。

 

バイクに寒さを和らげる機能があったら良いのだが。

 

現代科学で、それは不可能に近いし、バイクとしての良さが損なわれてしまうように思える。

 

中庭を歩き空を見上げると、もう夜空といっても良いだろう。

 

最近は日が長くなったような気がするが、季節は冬の終わり頃。

 

今だ夜明け前の、寒さが一番冷え込む時は吐く息が白くなる。

 

まだ大丈夫。

まだ、あまり寒くはない。

中庭の家庭菜園を横目に歩きながら、今年は何を植えようかと考える。

 

去年はナスときゅうり一昨年はトマトときゅり。

 

そういえばこの家に世話になったときから作り始めたな。

 

基本は夏野菜を中心に、今年は二毛作でもしようかと考える。

 

中庭を歩ききると、店の前まで歩いて行く。

私生活の出入り口は基本、中庭から路地裏にでる裏門からだ。

 

裏門を出ると回り込み駐車場へ歩いて行く。

 

店からだと直ぐに着くのに、遠回りをしなければならないのが難儀である。

 

バイクは特別製の一品物。

車種はブリリアドロ。

名前はヴェイヤンティフたん。

 

イメージは金髪ツインテールの幼女である。

 

あくまでイメージで、実際に擬人化してくれたらどれだけ良かったか。

 

良くも悪くも、俺の昔からの相棒。

誰かから譲り受けた様な気がするが、顔がいまいち思い出せない。

 

 

「よし、行きますか」

 

 

エンジンを始動。

素直にかかってくれ、今日も機嫌が良くて良かった。良かった。

 

轟音を鳴らし、道を行く。

 

さながら一頭の馬のごとく。

その気高きバイクのボディーは街明かりを映し様々な色に煌めく。

 

結構な距離は無く、直ぐに位置する。

真夜中のスーパーマーケットに、男が一人で夕食の為に買い物に行く。

 

その背中に哀愁と悲しみを背負い……という願望。

 

人も少なく、自信の存在感の無さを披露しスムーズに買い物を済ませていく。

 

夕食の材料を買い、足りない店の食料品を買い。

 

もはやここの棚は全て把握した。

普段使わない物でも直ぐに見つけられるし、目を瞑っても進むことが出来る。

 

さらにここには粒揃いの若妻とか人妻が居る。

その美味しい、油断した服装を見るのも一興だし。

 

背徳的な妄想も、加速するというものだ。

 

勿論、俺の好みは巨乳だ。

知らなかっただろう。

 

あ、弁解する。

みずみずしい若い娘が好きです。

けしてアブノーマルなんかじゃありません。

 

ロリコンは土に埋まれば良いと思う。

 

ロリ巨乳好きは、巨乳ジャンルなので良しとします。

 

 

「きゃっ」

 

 

そんな重要案件を思想していると、人とぶつかってしまった。

 

俺としたことが何て言うことを。

此処は俺の庭だと言っていた自分が恥ずかしいじゃないか。

 

 

「ご、ごめん大丈夫」

 

 

何故か押し倒される形で俺が下に。

ぶつかってきた人が、上にと何とも器用な転び方をしたものだ。

 

蛍光灯の明かりで顔の判別が付きにくいが、声からして女の子。

 

天子ちゃんと同じ制服を着ているので、高校生位だろう。

 

何故か俺の胸に手を置いて、中々動こうとはしてくれない。

 

なんて逆トラブルだよ。

 

変われ、その立ち位置を。

今すぐ上下逆にだ。

 

 

「すいません」

 

 

そういってやっと退いてくれた女の子。

過ぎたことだが、もう少しあのままでも良かったような気がする。

 

 

「こっちこそ、前をよく見てなかったみたいで」

 

 

夕方過ぎで混雑も解消され一時の安息と言わんばかりに、客足が途絶えた店内。

 

 

そこには。俺の目の前には、金髪の異人さんが立っていた。

 

なんでだ。

あれか、俺が金髪ツインテールの幼女を連想したからか。

 

更にはロリコンは土に埋まれば良いと言っていたから、女子高生なのか。

 

 

「その……どこか悪いところはないでしょうか」

 

 

流暢な日本語に少しばかりのトキメキを覚える。

 

金髪ショートカットのその女の子、襟足だけ長くポニーテールの様に纏めている。

 

青碧眼のその眼で俺を心配そうに見つめてくる。

 

 

「あぁ、このとうりピンピンしている」

 

 

少し前屈みになりながら、元気アピールをして安心させなきゃ。

 

 

「そう……ですか」

 

 

目線が一瞬ズボンに行ったような気がするが、気のせいだろう。

 

 

「では」

 

 

そういって、そそくさと買い物篭に散らかった物を入れるとその場を逃げるように去る。

 

しかし危なかった。

胸はそれほどのモノだが、足とか腰回りが綺麗だった。

 

あんなのに……乗られたんだよな。

 

うん、得したぜ。

 

そのままレジへ並ぶと、その近くの冷凍食品コーナーの方を見る。

 

さっきの女子高生が、アイスを吟味していたのだ。

 

そんなのより、コンビニのレジで買うアイスの方が美味しい気がする。

いや、例外もあるか。

 

もしかしたら氷アイスの方かも知れない。

 

体温が低かったが、大丈夫なのだろうか。

 

この寒空の中にアイスを食べる勇気は俺に無い。

 

でも、もしかしたら、家で食べるのかもしれない風呂上がりに。

 

風呂上がりの、あの女子高生が一瞬頭に浮かんだが急いで俺はかき消した。

 

と、店員の呼び掛けに気付き急いでそのまま会計を済ます。

 

気にはなるが、もう会うこともあるまい。

家に来てくれれば、アフォガードでもサービスしよう。

 

決してやましい気持ちは無い。

 

 

少し寒い店内から外へ出ると、外はすっかり寒くなっていた。

 

別段どうって事は無いが寒いのはどうも苦手である。

特にバイク乗りとしては、の意見だが愛があれば大抵の事は乗り切れるらしい。

 

そこは同意権だ。

あれ、でも昨日の俺だったら否定していたような。

 

気にしても何も始まらないが、俺の価値観が少し変わったような気がする。

 

そういえば、どこに荷物をしまえばいいんだ。

スペースが無ければ、配達も買い出しもとても困る。

 

もし、この娘が生きていたならば。

俺のために荷物を積めるだけのスペースを……って、考えが過ぎたか。

 

 

「確かこう弄くると」

 

 

あった、そう言えば作ってたんだった。

 

そんなに広くはないが、確かに作った。

無駄に装飾が施され、大きいから無い方がおかしいんだ。

 

品をしまい、エンジンを始動。

その大きな音に何人か振り返ったが。

好きでこの音にした訳ではなく、排気量がそうさせているのだから勘弁してほしい。

 

ヘルメットを被り、手袋を装着する。

革ジャンの前を閉めて、いざ発進だ。

 

アクセルを二回噴かし、その場から走り出す。

 

眼前には夜空の星と街明かり。

 

あんなに感じていた空腹感は、あの御褒美で吹き飛んだ。

 

さて、バイクを走らせると俺の悪い癖が出てしまう。

 

それは無駄にドライブしてしまうことで、イライラやストレス発散する事。

 

スピード狂というわけではないが、速いのは好きだ。

 

腕にはそれなりに自信はあるが、それは井の中の蛙に過ぎないだろう。

 

慢心は時として、死を生みかねない。

大袈裟かもしれないが結構、大事な事だ。

 

そんな俺が素直にこのまま帰るわけもなく、バイクはあれよあれよと言う間に山道へ。

 

 

3日間眠りこける前もこの道を通った気がする。

たしかこの道を曲がれば直ぐだ。

 

次の道を逆に曲がれば、愛さん家の裏側道に出るし。

更に進めばすごく遠回りだが天子ちゃん家の神社に出る。

 

このバイクをとめられる者は居ない。

夜の風も心地いい。

 

俺は今風。

風のごとく走り去り、俺自身こそが風だキャッホーイ!!。

 

うっそうと生い茂る杉林に切り立つ崖。

 

その間、隙間に出来た道路を厳ついバイクが走る。

 

流石に平日は誰も居る事はなく。

 

ただ、ただ 。

風がそこを吹き抜けるのみ。

 

さながら敵のアジトに乗り込むような心境と顔つきで。

 

無駄にしたような、無くしたような3日間を振り払うかのように駆け抜ける。

 

スピードはグングン上がり、メーターはレッドゾーンまで振う。

 

俺は何でこんなにもモヤモヤしているんだろうか。

 

それは寝ていたから?

 

時を無駄にしたから?

 

それとも……何か、大切な事を忘れているから?

 

記憶の廻廊と言う迷路。

 

俺は記憶の迷宮に迷っているのか?

 

いつ終わるとも知れないゴール。

 

これまでの道順なんか正確には覚えていない。

 

前食べた晩御飯も、なにも。

 

ただこのモヤモヤは凄く胸を締め付け、このモヤモヤは今まで未知の様な。

 

濃い霧でできた迷宮に立たされているような。

 

そんな不安で不満な気持ちにさせる。

 

不思議だ、タイヤを高速回転させているのに、気持ちが晴れない。

 

霧が心の隙間から侵入しているかのように。

 

この憂鬱とした気持ちに為す術もなく。

最大の発散方法最中でもご覧の有り様。

 

もうすぐ目的地である駐車場がある。

 

あそこから見る夜景で心ときめく事は絶対無いが。

あそこは、一息つくにちょうど良い場所である。

 

バイクは唸りを上げ、平地のようにグングンと山道を駆け上がる。

 

そう言えば、思い出した。

苛立ちで半ば忘れていたけど、ここは幽霊が出るらしい。

 

いや、あくまで噂だ噂。

俺は信じないし、信じたくない。

 

でも用心はしておこう。

ミラーを絶対に見ない、後ろを振り返らない何が居ても無視。

 

居ても直ぐに忘れて、人が立ちはだかっても避ける。

 

大丈夫、ジャックナイフ位だったら出来るから。

急カーブ、急旋回はバイクの性能を考えれば余裕だろう。

 

タイヤは強烈な摩擦音を上げて、激しく鋭角に二回曲がる。

 

車線を変更し、直ぐに元の車線へ戻る。

 

何も居なかった。

 

あれは目の錯覚だ。

俺は何も見ていない。

 

そっとミラーから視線を離し、前だけを見る。

 

 

「うぇひっ」

 

 

そこからは激しく蛇行運転。

 

暴走族の真似がしたくなっだけだしぃ。

 

べ、別に変なものを。

魑魅魍魎ばっこする異形の昆虫絵巻を見たわけではない。

 

引き返した振り返る事になる。

 

認めた事になる。

 

だから未来へ進む。

俺は何も見ていないのだから。

 

さしずめ、神経反射のレーシングゲームごっこ遊びをしたくなっただけ。

 

 

「ふふっ、無邪気なものだな」

 

 

まったく、いくら怖いからって創造力が過ぎるぞ俺。

 

今だったら平成シリーズの剣捌きを披露出来るだろう。

 

擦り切れるまで見たのだから。

だからその同直線上のモノに違いない。

異形の魔物なんて、この世にそうそう居るわけ無いんだから。

 

メーターは振り切れ、今の時速は把握出来ない。

 

火花を散らし、時には高速カーブ。

 

またある時は、ウィリーで押し進み。

 

更には天井を走った。

 

流石にその時は脂汗やら冷や汗やら。

 

変な汗が身体中からしみ出し、口の中はパッサパサだ。

 

ダメだアレだ。

 

 

「おばけなんて嘘だ~♪歌えば考える必要ない。何も見えない。おばけなんて幻だ。(ルナティク)蜃気楼(フェイクラン)。オゥイェイ。ウィリー、ザッツオン、フューチャー。アギトにクウガ、ギルス、ウェイ。ミルキーウェイ。ウェイウェイウェイ。ラ イ ジ ン グ SAN」

 

 

単刀直入に言えば、かなりテンパってる。

作詞作曲俺のオリジナルソング歌い、現実から目を背けたけれど。

 

やはり無理だ。

 

様々な昆虫の特徴を持った、謎の化物が道路に点在。

それを俺は避けながら走っている。

 

一気に襲いかかるわけでは無く、ただそこに居るだけ。

 

気づいていないのか。

無視をしているのか。

 

定かではないが、恐怖から来る吐き気が猛烈に襲う。

 

早く帰りたいが、このまま引き返すは愚の骨頂と勘が呼びかける。

 

虫だけに無視をされ、虫の知らせで危機感を予知する。

 

 

「変に考えすぎたかか」

 

 

もうすぐ駐車場へ着く。

今夜は満月なのに曇りな為、夜が深い闇のように光が少ない。

 

到達地点の駐車場は正に魍魎の匣のようであった。

 

今にして思えば道路に出ていたアレ。

それは、この匣から漏れ出た抜け殻のように見える。

 

蓋を開けてみれば。

この匣の中身は、狂喜の渦の淵互いを互いが殺し合っている。

 

そう言えば昔、トモから聞いたことがある。

 

沢山の毒虫を壺の中に入れて。

最後の一匹になるまで殺し合わせてその一匹を用いる強力な呪術を。

 

殺し殺され、作り上げられる惨劇。

ここに入俺はどうなる。

 

このシステムの一部。

殺戮の渦に巻き込まれるのではないだろうか。

 

ならば答えは一つしかない。

逃げる、ただ其だけに尽きる。

 

引き返したときのリスク。

そしてアソコに突っ込むリスク。

 

その2つを天秤に掛ければ、答えは簡単な事。

 

ブレーキを目一杯握りしめ。

更にはエンジンブレーキも掛ける。

 

だがまだスピードは落ちない。

そのまま車体を進行方向に対して横へ向ける。

 

身体が吹き飛ばされそうになるのを気力で持ちきり。

 

その全身からくる、悲鳴を何とか押さえ込む。

 

ギャギャギャとタイヤが焼ける音。

 

車体を180°ターン出来たか、回る視界では練習無しに分かる筈もない。

 

しかも暗い夜道。

光源はバイクのヘッドライトのみとなっている。

 

 

「くそぉ」

 

 

身体が宙に浮いた。

その浮遊感に、今まで生きてきた思い出が走馬灯のように浮かび上がる。

 

あぁ、あの噂は本当だったんだな。

 

俺、死ぬって言うのになんて落ち着いているんだ。

 

浮かぶ感覚が何十倍にも感じられる。

 

フワフワと浮く感じ。

 

その何とも心地よい感覚はいずれ、終わりを迎える。

 

奇跡的に茂みに落ちて助かる見込みは無い。

 

もう目の前には、固い固い崩れたアスファルトが見えているのだから。

 

なんだ壊れてるじゃないか。

 

せっかくの思い出の地。

最後はここで死ぬと言うのに、なんとも残念だ。

 

 



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~半月~

 

 

 

フワリと浮かぶ浮遊感。

まさか悪運が強いと思っていたが、ここまでとは。何か巨大な手に護られて、地面との衝突は免れた。

 

たが、少しぶつけた所が痛い。

 

その手は、俺を優しく地上に下ろすと声が聞こえた。

 

 

 

「暴れろ、乱れ童子」

 

 

「■■■■■■■ッ」

 

 

 

その言葉に応呼するかのように、すぐ近くで唸り声。

その声は地面を震わし、地面を蹴ったのか更に辺りを揺らした。

 

 

 

「大丈夫か」

 

 

 

この声聞いたことがある声だ。

俺の数少ない男友達、いや悪友の声を間違える筈はない。

 

いつになく頭の回転が早くなり、この声が誰の者なのか直ぐに分かった。

 

 

 

「よぉ、トモなんだ。こんな所で」

 

 

 

またくもって、こんな地獄に何をしに来たのやら。

 

 

 

 

「それはこっちの台詞だ、銀お前明日まで寝ている筈じゃ」

 

「知るか、目覚めに一発走っていたらこんな所に出くわしちまったんだよ」

 

「まぁ良い」

 

「良いって何だよ」

 

「胸が痛かったり、何か変な所は無いか」

 

「いや、ここ何日かの記憶がない位しかない」

 

「なら大丈夫だな」

 

「おい」

 

 

 

結構重大な事をスルーしゃがった。

いや、聞きたい事は一杯ある。

 

だが先ずは、この状況である。

 

一目見たその巨体は、人である事を形以外否定した姿であった。

 

10メートル余裕で越える巨体、そして甲冑。

刃こぼれの酷い刀は、虫の化物を斬るというよりは叩き潰していた。

 

 

その戦い方は正に、名に違わぬ狂戦士。

言葉と言われる発音ではなく、唸り声を上げて辺りの敵を蹴散らして行く。

 

 

「トモ、一体何がどうなっているんだ」

 

「これは“モンスター”“怪”あるいは“モノノケ”呼び方は沢山あるが一言で言えば敵だ」

 

 

なんだろう、神社生まれってこんな厄介な事をしなくちゃいけないのか。

 

 

「みれば敵だとわかる」

 

 

「これは知性の低い虫の怪が、偶然に蠱毒の様な状態に陥ったものだな」

 

「よし、わからん」

 

 

全くもって解らん。

いきなり電波全開で言われてもこっちはチンプンカンプンである。

 

 

「ようは最後の一匹になるまで殺し合っているってことだ」

 

 

おいおい、待てよ待てよ。

 

 

「これは俺達も入ってるのか」

 

 

スッゴク嫌な予感がする。

 

 

「あぁ、そうとも言えるし言えない」

 

「え?」

 

「銀は無理だ出れない」

 

「やっぱり?」

 

 

しまった、心の声がそのまま出ちまった。

そしてトモは付け加える様に言う。

 

 

「すまない、銀をこういう事に巻き込まないようにするのが、俺の使命なのに」

 

 

何を勝手なことを言っているんだ。

 

使命とか、俺の知らない所で勝手に背負い込まれても困る。

 

ましてや自分の命だ、人様においそれと預けるのは間違っている。

 

それは紳士として、恥ずべき行為。

騎士としては、掟を破る罪だ。

 

ん? 騎士としては?

いやいや、俺まで電波が移ったか。

 

そんな風に考えているから。

 

ただ俺は、愛想笑いをトモに向けることしか出来なかった。

 

 

「待ってくれよ、まだまだこの手の修行はチョッとばかし先だが何とかするからよ」

 

 

俺を背中に回し、トモは暴れ狂う乱れ童子を睨み付ける。

 

蠱毒の怪しは、大分数が減っているせいか終りがもう直ぐに思えた。

 

しかし、それは間違いだと言うことに直ぐ様気付く事になる。

 

 

「■■■■ギ■■■ッ」

 

 

明らかな異変。

それを感じたのか、予想したのかトモは一枚の札を取り出した。

 

乱れ童子の鎧が裂け、中からは虫特有の節足が背中から飛び出てきた。

 

 

「うっ」

 

 

思わず声に出してしまうほど、その姿は醜悪に満ち溢れ。

顔を歪めてしまうほどに、醜かった。

 

虫特有の鳴き声と言うのだろうか、カミキリ虫の威嚇音のような。

キィキィと言う鳴き声。

 

耳が不快感に苛まれる。

そんな声が乱れ童子からした。

 

 

爆札(ばくさつ)

 

 

手に持つ札を乱れ童子に投げつけると、それは顔面に当たり。

爆炎と煙がその醜悪な顔を隠す。

 

 

「やったか」

 

 

それはフラグである。

 

直ぐに夜風で煙が晴れ。

出てきたのは、もっと醜い顔であった。

 

 

「キィキィ」

 

 

脱皮のように、さながら新たな命の誕生のように。

 

幼虫から成虫へ正しく進化しようとしている。

乱れ童子の身体を突き破り出てきたのは一匹の巨大な蟲。

 

名前を付けるのだとしたら“蠱”と言う名前が相応しいだろう。

 

殺られたのだろうか、と思うが違う、と俺の感覚が言う。

 

中から寄生されて食い破られたのだとそう思う。

 

なぜか、そう、思ってしまうのだ。

 

 

「くそっ、でかすぎるだろ」

 

「これってトモのせいで……」

 

「いや違う」

 

 

なにもそこまで必死にならなくても……とは思ったが。

 

そう思いたくなるのは無理はない。

 

これじゃぁ、毒殺というよりは直接潰しにかかった方が早い気がする。

 

本質的には一緒な気がするが。

その巨体は動きが鈍いというのを、主張しているようなものである。

 

 

区画整理用の、赤のカラーコーンと黄色と黒のストライプの棒が目に入った。

 

 

こうなったら。

 

 

おれは棒を掴もうとしたその時だった。

 

 

「待て」

 

 

トモに制止され、事なきを得たが俺はあれで何をしようとしたのか。

 

なんだろう頭が痛い。

 

普通考えれば、人間があんな化物に敵う筈なんか無いんだ。

あんな棒っ切れ一つで何もならない。

 

 

「俺に、もう少し格好を付けさせてくれゃ」

 

 

そんなことを考えると、俺の肩に手を置きトモが優しく語りかけてきた。

 

 

「え?」

 

 

思わず声を漏らす。

身体がピクリと動き、身を震わせた。

 

怖かったのか。

恐怖していたのか。

 

トモの手から、全身に安心感が広がる。

 

あぁ、そうか俺がすべき事はここで待つことなんだな。

 

 

「ここ連日連戦で、出し惜しむ癖が付いちまったのかな」

 

 

トモは二枚の札を取り出した。

 

 

「でも……まぁ、いい加減夜も深くなったし終わらせるか」

 

 

二枚の札はその場で燃え上がり、二つの火の玉に変わる。

 

 

「出でよ、鎧童子」

 

 

二つの火の玉はひとつとなり天昇。

 

 

再び地上に降り立つ。

その姿を見て、俺の胸はときめいた。

 

燃る火憐は炎の色をした火の粉を撒き散らした。

 

かかんだ状態からゆっくりと立ち上がるその様子。

 

大きさは、人と同じ大きさをしていた。

 

 

「行け」

 

 

そのたった一言で忠義を尽くす、手練れた兵士のように。

 

その姿相応しく、見たこと無い格好いい鎧と美しい太刀。

 

だがその顔は、面で隠れて良く分からないが明らかに人ではない。

 

一気に飛び上がると、鎧童子は生まれて間もない蠱の足を一本切り落とした

 

 

「んなぁ」

 

 

目にも止まらぬ早業。

その過程を認識することは出来なかった。

 

 

「ハッ」

 

 

気づいたのか、本能的に目の前の対象物を攻撃しているだけなのか。

 

蠱の鎌のような手は真っ直ぐ俺達の所へ振り落とされる。

 

 

「ふん、遅いぞ天子」

 

 

一閃の流星により、振り落とされる筈の鎌は霧散した。

 

慌てて振り返ると、見えたのは巫女姿の猫耳を生やした天子ちゃん。

 

その手には弓が持たれていた。

 

 

「伏せててお兄ちゃん」

 

 

矢もない弓を引き、天子ちゃんは叫ぶ。

 

 

「伏魔の弦」

 

 

弦を空撃ちすると、一本の光の矢が蠱の頭を撃ち抜いた。

 

頭上を一閃の閃光が、屈んだその瞬間に通り過ぎた。

 

それが俺の認識した全て。

 

 

「をなぁ……んだ」

 

 

結局それ以上は、トモに頭を無理矢理押さえつけられ認識する事は出来なかっ

た。

 

正に熟練のコンビの如く矢を放ち、それを避けて見せたのだ。

 

 

「まったく、待ちくたびれたぞ」

 

 

ため息をつきながら、トモは言い放つ。

それに食いつくように、天子ちゃんも言い返した。

 

 

「それを言うならお兄ちゃんだって、銀お兄ちゃんに怖い思いをさせたでしょ」

 

 

なんだろうな、若干論点がズレている様な。

見方が年上の、それも兄と慕ってくれている娘の言葉とは思えない。

 

こんな言葉攻めは千束で馴れているような、最近は特に酷かったような。

そんな気がしてならないのはどうしてだろうか。

 

役目を終えたと言わんばかりに、元サヤに太刀をしまうと火の粉の様に霧に返った。

 

 

その鎧童子と時を同じくして蠱の怪も霧の様に消え去り。

魑魅魍魎の悪しき気配は消え去った。

 

 

「終わった……のか」

 

 

緊張感からの脱力からか。

俺はその場にへたりこむと、大きく息を吐いた。

 

 

「いったい何がどうなってるんだ」

 

 

トモが化け物を出したり。

天子ちゃんが猫耳だあかは分からない事だらけだ。

 

黒猫のコスプレ、キャッホーぃと言う訳にはいかなく。

当然な出来事、それにごくごく当たり前な感情、それは巫女萌え

 

いや、それは俺だけの真理であり常識。

森羅万象を司る、神の如き凄まじきもの。

 

あれ、自分で何言ってるのか分からなくなってきた。

 

要約すれば、猫耳巫女服最高。

トモ爆発しろ。

 

おっと、間違えた。

 

つまりだ、要約ずれば何を勝手に話を進めているんだバカ野郎共と言うことだ。

 

なぜだろうか、今になって無性に腹が立ってきた。

理不尽な理に、そして危険を犯しているのに俺自身が何も出来ない事に対して。

 

むかっ腹を立てたところで、それを止める権利も対応策も見つかる筈もなく。

 

気に入らない、だから止めると言う戯れ言は物語の主人公に許された特権。

 

頭も体も運も、全てに置いてこの気に食わない状況を打破する手段はない。

 

簡潔に言えば、ただの嫉妬心。

 

久しぶりに会ってみた友が、昔とは違う遥か遠い存在になり。

変わらない自分と変わってしまった友、自分で作ってしまっている壁。

 

そんな自分がキライ。

努力が報わない、この残酷な世界。

 

才能も、報われる努力が出来る境遇とかも全部全部全部。

 

だから俺はただ笑って、心の上澄みしか見せることが出来ない。

それがどんなに相手に失礼だとしても。

 

それが、友情と呼べるものの否定だとしてもだ。

 

堪る一方の嫌心を、最大限笑顔に見える顔を作り。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

と言うことしか出来ない。

 

 

「あぁ、良かったような一時はどうなるかと思ったぜ」

 

 

 

その、友の屈託の無い笑顔に、心がまた痛む。

 

 

 

「臭い臭い、人間は難しく生きすぎニャ」

 

 

 

天子ちゃんの方から声がした。

 

あぁ、猫耳巫女コスはこれにて終了だ。

 

生意気を言う黒猫が喋るのを見て俺は率直にそう思った。

 

 

 

天子ちゃんは、黒猫の首根っこを捕まえた。

 

 

「タマあんたは、勝手に解いて」

 

 

「し、知らないニャ……勝手に解けたんだ

ニャ」

 

 

 

どうやら、あのネコはタマと言うらしい。

どうでも良いが、良くも悪くも無垢な奴だ。

 

 

「トモ、あれは」

 

 

しかし、良かった。

これで話を反らせる事が出来る。

 

欲を言えば、このまま終わって欲しいものだ。

 

 

 

「ヤツはタマいわゆる妖怪の猫又と呼ばれる種類だな」

 

 

「へぇ、海外の種類でもなのか」

 

 

「お、おぅ鎖国が終わって早100年以上経ったんだ、条件は満たしているからな」

 

 

 

現代妖怪事情も、国際化が進んできているんだな。

なんとなく歴史が学べたような気がする。

 

 

それはそうと、ここの景色は何処かで観たような。

よく来る場所だけど、なんかこう……誰かと共有した場所。

 

 

言葉にすると変だが、これ以外言い回しが思いつかない。

 

 

 

 

深く考えたらドツボに嵌まる質なので、あまり考え無いで置いておく。

 

 

兎に角、あの猫又のお陰で天子ちゃんに猫耳が生えた。

そう、思っておこう。

 

 

それ以外はどう見ても、ただのな訳で今更恐れるに足りない。

 

 

 

「んじゃぁ、食料腐る前に帰るから」

 

 

 

 

俺のバイクは……あった、無傷だった。

 

 

えぇ、無傷だよ。

あれだけの事があったのに、傷1つ付いていないとは。

 

 

 

「いや、帰せないよ」

 

 

 

 

天子ちゃんが俺の袖を掴んで話そうとはしない。

 

暗がりのせいか瞳が潤んで見えるのは、気のせいではないとしておきたい。

 

 

 

 

 

「どうしてだい」

 

「まだ今夜は終わりじゃないからよ」

 

 

 

そう言えば地上から這い出る……いや、産み出ように沢山の蟲達が這い出てきた。

 

 

 

どうやら蠱毒は終わりではないらしい。

 

再び天子ちゃんが猫耳を生やしたところで、俺はそう理解した。

 

 

 

理解したからと言って、俺に何も出来る訳ではなく。

 

トモが乱れ童子と鎧童子を同時に出した時に、緊迫した状況をやっと理解できた。

 

 

乱れ童子が咆哮を上げ暴れまわり。

 

取り零した蠱を斬り伏せるのが鎧童子。

 

 

 

そして、近づく全てを射抜くのは、天子ちゃんの光の矢。

 

 

 

そして俺は沸き上がる絶望の根幹を見つめ、ただ恐怖することしか出来ない。

 

 

物事の根幹。

この湧き出る蟲達の発生源を潰さない限り、これを止める術はない。

 

 

 

 

なぜかそう思い。

これがどういう状況なのかは、解らないのだから。

 

鎧童子は暴れまわり、その刃を血で研ぐかのように。

ボロボロな刀身は、敵を切る毎に時が戻るように真新しく綺麗になってゆく。

 

 

 

「■■■■■■オッ」

 

 

その様は正しく凶戦士であり、バーサーカーそのもの。

蹂躙するその動きは、さらに激しさを増してゆく。

 

 

「ぐっ」

 

 

 

だが、トモの顔色は優れない。

むしろ段々と悪くなっているかのようである。

 

トモのそのなんとも言えない苦悶の表情に気づいたのか、天子ちゃんが心配そうにこちらを見てくる。

 

 

「どうした、トモ」

 

 

たまらず様子をうかがうが、トモは答えず乱れ童子を凝視したまま動かない。

 

 

しかし、この訳の分からない状況の打開は無いのだろうか。

俺の出来ること、それは何だろうか。

 

頑張れば状況の判断ぐらいは出来るであろう。

だが考えても見よう、この謎の状況はいったいどうしたら良いのだろうか。

 

 

明らかに何時もと違う異空間。

これは明らかに俺ではなく、トモや天子ちゃんの方が分があるのではないだろうか。

 

 

 

分別つかない素人が口を出すこと自体、やってはいけない事出はないだろうか。

 

 

 

 

「なぁ、人間よ君は何を臆しているんだい」

 

 

 

 

天子ちゃんから声がした。

それは聞き慣れない、ネコの声。

 

 

 

「タマ……だったか?」

 

「そうだニャ」

 

「何がわかるって言うんだ」

 

 

妖怪、それ以前に畜生のこのネコに何がわかるのだろうか。

 

 

「ま、まぁタマも銀お兄ちゃんも落ち着いて」

 

 

不思議な事だが俺は一人と話しているのでは無く、天子ちゃん一人と話している事になる。

だけど天子ちゃんの中には、タマという猫又の妖怪がいて……うん何となくだが理解できる。

 

 

 

不気味だがその気持ちは何となくだが大切に取っておきたい気持ちだ。

 

そうこうしている間にも、トモの様子は悪くなる一方だ。

 

幸いにしてお互い遠距離で、相手と距離を取り戦っているためか。

 

 

幾分かの余裕があるが、あれは多分痩せ我慢だろう。

 

 

「人間は臆病な生き物だ」

 

「たがそれを乗り越えられぬ者はおらぬ……だったかニャ」

 

 

 

なんだ、急に口調が変わったぞ。

多重人格何かかと悩んだが、これは誰かの受け売りだろう。

 

 

こんな偉そうで頭の固そうな喋りが、このネコに出来る筈がない。

 

 

「ふん」

 

 

 

そんなのは限られた人間が出来る特権だ。

俺みたいな奴は……と、言いたかったがこれは飲み込み事にしよう。

 

 

「そんなことより、この根元は何なの」

 

 

 

天子ちゃんが溜まらず弱音を吐く。

それもそうだ、いくら強くっても相手は無限に等しいのだ。

 

限りの有るこちらは十分不利、大元を絶たない事にはどうにもならない。

俺には意味が解らない。

 

 

「分かりやすく説明してくれないか」

 

 

「あぁ」

 

 

その問いかけに、トモは短くこう答えた。

 

 

 

「発生源は、この土地そのもの」

 

 

その言葉に続けて。

 

 

「だから朝の浄化の陽日が差すまでこの増殖は……終わらない」

 

 

「そんな」

 

 

まだ真夜中なんだぞ。

日の出まで、あと何時間あると思ってるんだ。

 

 

「よし、逃げよう」

 

 

ここは戦略的撤退しかない。

三十六計逃げるに如かず……と言うし。

 

 

「ダメだ」

 

 

ここでトモは安っぽい正義感を振りかざす。

だから俺はこの言葉を贈ろう。

 

 

「命あっての物種……じゃないか」

 

 

「そうだが、このまま放置すると手の付けられない状況になる」

 

「なんだそれは」

 

 

 

俺の問いかけにトモは返す。

 

 

「ここは蠱毒の術式と同じだ、放っておくと本当に手の付けられない毒蟲が生まれる」

 

 

 

ここで初めて、トモの額から一筋の汗が流れ落ちた。

 

 

どうやら俺はとんでもない間違いを犯したらしい。

いや、未遂か。

 

 

このまま放っておけば、手の付けられない凶悪な蟲が誕生する。

 

確かにトモはそう言った。

と言うことはこの地道な行為は意味の有るものだ。

 

 

だけど目に見えて解る。

トモと天子ちゃんの疲労は、とっくに限界を迎えていると言うことに。

 

 

暴れまわる乱れ童子。

そいつはパワーこそ有るものの、コントロールが難しく神経を使うものだろう。

 

さっきから乱れ童子が大きく暴れる度に。

ほんの一瞬だが、トモの顔が曇るのが分かったのだから。

 

 

 

対して鎧童子は突発的なスピードは高いものの、パワーは一方に劣り、多数には向かないといった様子。

 

 

天子ちゃんだってそうだ。

自ら出、自身の状態に依存するそのスタイルが今回は裏目に出ている。

 

苦戦の理由。

二人ともひどく疲れ、普段の状態で戦えてないのが根因だ。

 

 

 

だけど二人とも下がろうとはしない。

 

 

 

そのがむしゃらに立ち進む姿を見て、俺の中のうらやましいと言う気持ちは消え去った。

 

それと同時に自分の無力感に押し潰されそうになる。

 

 

 

だって今は、邪魔にならないように小さくなって震えるしか出来ないから。

 

 

その時ざわりと、悪寒が身体を走った。

 

この気配はどこからだ。

乱れ童子の近くか、それとも……瞬間その悪寒は足元から感知した。

 

 

「避けろぉ」

 

 

トモの襟を強引につかむと、乱暴にぶん投げる。

 

 

そしてヤツは来た。

足元の気配はさらに強い悪寒が走った。

 

それは通常の孵化ではなく、明らかに違う出現方法だ。

 

 

 

それ正しく脱皮。

大地を割り、出現したそれは今までのものより小さく。

形は人形の、ボディーラインは女性的なもの。

 

 

しかしそれは、シルエットの一部分だけ。

背中からは三対の手がまるで鋏の如く、向かい一番に俺を襲う。

 

 

「ぶねぇ」

 

予感はしていたのだ、後はタイミングさえ会えば避けることは容易い。

だが問題は二の手だ。

 

見た目前面は女性の妖怪、その三対の腕はまるで闘うために有るかのように。

 

最上段は鋏のような左右対称のギロチンカッター。

二段目は刈り取るような凶悪な鎌、。

 

そして下段、それは断裁の鋏。

 

 

正に生体兵器。

そのまが禍々しい兵器は何も腕だけには収まらない。

 

背面は強固な甲殻で覆われ。

足は強靭なバッタの様な足、長く延びる尻尾の先には蠍のような明らかに毒針が。

 

 

だが異常な程不釣り合いなその前面の人の女性は、上半身が身体に取り込まれているようだ。

 

 

それは死人のように白い肌をしていた。

顔立ちは勿体無い程整っており、完全にそこだけ浮いている。

 

 

「ははっ、流石にこれ以上は無理だぞ」

 

 

乾いた笑みを浮かべ、尻餅をつくという失態してしまったが許してほしい。

トモを助け、天子ちゃんを救い希望を見いだせたんだ。

 

心残りは有るが後悔のなかで死ぬことは無いのだから。

 

 

 

「うわぁぁぁぁっ」

 

 

 

ここに来て予想外の事態が発生した。

中遠距離を保っておかなければいけない筈の天子ちゃんが、こちらに突撃を開始したのだ。

 

 

「くっ」

 

 

そうこうしている間に、奴のギロチンカッターは振り上げられていた。

 

以外にも呆気なく、人生というものは終わりを迎えるものだと実感する。

 

 

ここに来て思うことは、まさか今日自分が死ぬだなんて。

朝起きた時点で夢にも思わなかった。

 

 

死という運命は、避けることの出来ないものである。

 

 

これだけは世界中、誰だって平等に訪れるもの。

個人差、早い遅いの違いは有るものの我ながら早すぎだと思うのは間違ってはいない。

 

 

奮うギロチンカッターは俺の目前まで迫る。

 

 

駄目だ腰が抜けてたてないや。

 

 

駆けつけてくれる天子ちゃんも間に合うのは厳しいだろう。

 

 

声にも表現できない奇声を発して、蠱の親玉のようなヤツはそんな俺を嘲笑うように。

 

 

「■■■■■■■■■ァァァァッ」

 

 

 

それは巨大な刀であり、太刀であった。

 

そんな、間に合うはずは。

頭にその言葉が何度も往復する。

 

 

乱れ童子の太刀が天子ちゃんの光の矢が、蠱の胴体に突き刺さっていた。

 

 

「キィキャァァァァァッ」

 

 

辺りに響く悲鳴。

奴は血を流し、その場から後退する。

 

 

あぁ、なぜか今大事瞬間を逃したような気が。

 

 

 

俺の前に天子ちゃんとトモが立ち塞がる。

その背中はどこか遠く、そして何処かに行ってしまいそうに思えてしまった。

 

 

 

この事実をどう認識したらいいだろう。

 

完全に俺達は奴の姿、雰囲気にのまれ、失念していたのかもしれない。

今対峙する相手は怪、モノノケの類いで常識の通用する相手では無いのだから。

 

 

うなじに走る激痛。

俺の叫び声で後ろを振り返る、天子ちゃんとトモ。

 

その場で崩れ去る俺が見たものは、絶望の表情に顔を歪める二人と。

 

地面から生え、俺を見下ろす蠍のような毒針であった。

 

 



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~幾望~

 

 

天国とはこのような場所なのだろうか。災害に見舞われた様な、燃える街。黒煙が上がり、炎のカーテンがそこかしこから垂れ下がっている。

 

訂正だ。

ここは地獄。

こんな場所が天国であって良い筈はない。

 

全国の天国に行きたい人が見たら、絶望する光景だな。

 

それにここは、俺が縁のある光景だ。

夢の中の空間。

死んだら人は夢のなかに一生住まうと聞いたことがあるが本当だったみたいだ。

 

最近見るこの夢は、どこか変なもので。

まずはこの、荒廃した瓦礫と化した街から始まる。

 

それをまるで自分の意思ではないかのように進む。

街並みは、先程から代わり映えの無いもの。

 

正直いってこの先は銀髪巨乳の悲しい目をした女性と会って終わりだ。

 

それはもう何回も見なければならない、オープニング並みに暇だ。

 

 

「やぁ、久しぶり」

 

 

ここで普段なら、あった瞬間に目をさますのだが死んで夢のなかに一生住まう事となった今は関係の無いこと。

 

話し相手欲しさに、声をかけてみる事に 。

 

普段なら死んでもやらない。

だけど、死んだなら話は変わるのである。

 

しかし返ってきた言葉は、思いがけないものだった。

 

 

「俺…………か」

 

 

えらく長い溜めである。

しかも俺とか言っている時点で関わりたくない思いが沸き上がってくる。

 

だが待て、ここは夢もとい死後の世界。

これは死神か何かと考えれば、性別うんぬん関係無いのかもしれない。

 

昨今の死神は、黒い着物を着て刀のようなものを振り回して戦うものが主流だが。

 

俺はドクロの仮面に黒いフードを全身に被った。

シンメトリーを愛する息子を持つ陽気なオッサンのイメージである。

 

 

「いったい誰なんだ君は」

 

 

妙な親近感が湧くが、残念ながらこんな可愛く巨乳な知り合いはいない。

 

だからせめてと、視線は胸に。

聳える雄大な山脈から目を放すことはできない。

 

あぁ、素晴らしき自然の美。

ここは地獄か天国か。

四季折々の山脈の色は何色だろうか。

 

彼女の服装は、この状況に合わせてかメイド服。

 

だが何で、メイド服かと言う人もいるだろう。

 

ここは言わせてくれ、俺の夢だ。

俺の常識に合わせてくれたのだろう。と。

 

ふぅむ、何色かは未知数だ。

 

軽く深呼吸をした後、彼女は何を思ったかスカートを翻す。

 

当然視線は、あれよあれよと言う間にそちらの方へ。

 

 

「今度から視線には気を付けよう」

 

 

こちらの質問は無視である。

何か自分に言い聞かせているかのような節が見られるが、聞く勇気は消え失せた。

 

あの一瞬の出来事は俺の脳内フォルダーに、名前をつけて保存だ。

 

当然、名前は“パンチラ 黒”である。

 

しかしここで転機が。

彼女の顔つきが、明らかに変わったのである。

 

柔らかな感じから、キリリとした様子へ。

それはさながら、男のような。

 

明確な変容を驚いてばかりで、質問の類いなんか出来ない。

 

 

「俺はお前だ」

 

 

その口から出てきた言葉は、思いがけない。嘘みたいな事だった。

 

つまらない嘘をついている様子はなく、また付くメリットも必要性も感じられない。

 

と言うことは……つまり……彼女が言っている事は本当だということになる。

 

 

「つまりは、無意識下の中で俺は女だということに気付かず生きてきたのか」

 

「馬鹿か」

 

 

辛辣な言葉が被弾した。

ヤバイ……泣きそうだ。

 

容赦がないとは、まさにこの事。

彼女の言っていることが本当ならば、この銀髪巨乳メイドは俺自身ということになる。

 

 

「訳がわからないよ」

 

「言葉通り……いや、少し違うか」

 

「少しというと?」

 

「まずは、時間軸が違う」

 

「そんな難しい言葉使っても分からんぞ」

 

「頭で理解しようとしなくて良い、ただ言えることは、このままいくと確実に死ぬ」

 

 

その瞬間、目の前に陽光が指した。

希望の光がみえ、俺の中の何かが爆発したかのように。

 

目を見開き、目の前の俺自身に掴み掛かる。

 

 

「本当か」

 

「ンッ」

 

 

可愛い悲鳴に身体の力が抜ける。

思わず力が入ってしまったらしい。

 

 

「す、すまん」

 

「あぁ、本当だとも、嘘をついてどうする……おやっさん、嫌うだろ。そう言うの」

 

 

腕をくみ、片目を瞑って俺を見る彼女。

これで確信した。

彼女の言っている事は本当だと。

 

そこに追い討ちをかけるように、彼女は続ける。

 

 

「それに違和感を感じているだろ」

 

 

それは俺の心を見透かすように。

 

 

「それは間違っていない」

 

 

そして。

今一番、俺の欲しかった答えを紡いでくれる。

 

 

「心配するな、ここから目を覚ましたら叫べば良い」

 

「何をだ」

 

「それはわかっている筈だ、俺が恋かがれたもの、そして命を、それいじょうのものを救われた人が叫んだ言葉を」

 

「それってまさか」

 

 

瞬間、世界が暗転し。

意識がだんだんと遠退く。

 

 

「つぅっ」

 

 

その場をよろけ、彼女は俺を支える。

コーヒーのフワリとした良い匂いが鼻を抜ける。

 

雄大で柔らかな山脈が、俺を刺激した。

 

 

「この先、裏切られる事があっても自分が最初に感じた事を忘れず信じて進め」

 

 

これは未来からの忠告か。

さらに意識は遠のき、それと同時にある人の。

彼女に良く似た、だが非なる人の顔が浮かんだ。

 

 

「そうか……そういう」

 

 

さらに意識は遠退き始める。

 

そして。

世界は完全なる闇へと落ちていった。

 

反転、世界は段々と色づき始め。

しかし、辺りは暗いまま。

 

そうか……まだ、夜だったなそういえば。

 

そしてすぐ、違和感を覚えた。

 

嫌に静かだ。

 

あれを倒したなら万々歳だが、そう易々と上手く行く筈は無い。

 

すると、悪い予感しかしない。

身体の違和感は周知の通り。

 

そうだ。

そうなんだ。

俺は全てを思い出したんだ。

 

失われた記憶も絆も。

 

色彩が濃くなって行く景色、目の前に飛び込んできたのは赤と白。

そして、血の臭いだった。

 

身体に掛かる加重の感覚は妙に柔らかく。

それは、人の。

女性のものだと気付くには、そう時間はいらなかった。

 

急いで起き上がると、既に女体化していた。

 

だが今起きている問題はその事実さえも、些細な事となってしまう。

 

左胸大腿部を下から切り上げられたように入っている、鋭利な切り口。

 

手には天子ちゃんの血がベットリと付いていた。

 

 

「つぅっ」

 

 

不甲斐なさから声が漏れる。

いくら戦え無いからといって、女の子にこんなひどい怪我を。

 

今までの自分の否定からはいる。

いくら後悔したところで、事実はなにも変わりはしない。

 

後悔からは何も生まれず、大切な時間は刻一刻と過ぎ去って行く。

 

不幸中の幸いか、まだ息はあるがそう長くは持たないだろう。

 

今の自分に出来ることはと考える。

毒はどうにか出来ても血はどうにも出来ない。

 

 

「くそっ」

 

 

手詰まりだ。

俺は……天子ちゃんを助けることは出来ない。

 

無力感から来る脱力は、やがて自分に対する怒りへと変わって行く。

 

革ジャンを脱ぎ去り、天子ちゃんにかける。

意味のない行動かもしれないけれど、何かをせずにはいられなかった。

 

五感を研ぎ澄ませ、嫌な感覚を探す。

どうやらこれは女体化しなくても出来るらしいが、今は段違いに感度も精度も上がっている。

 

 

「そこか」

 

 

遥か上空を見据える。

そこには鳥のようなものに乗ったトモが、蠱毒の成れの果てと交戦中だった。

 

研ぎ澄まされた五感が、夜間の上空をも可視化させる。

 

そこには鎧童子も乱れ童子も居なく、激しい空中戦を繰り広げている。

 

それはまさしく弾幕のように、両者一進一退どちらとも引かぬ戦い。

光弾飛び交うその光景は、命の灯火を徒して戦っているかのように思えた。

 

そしてまたもや嫌な気配が俺を襲う。

 

今度は堂々と目の前、探す手間が省けた。

 

近くのポールを蹴りあげ、掴みとる。

身体を軸にブン回し、もとある形から戦いに最適な形へと変化させる。

 

 

「はぁぁぁっ……たぁっ」

 

 

それは矢。

それは槍。

かつて対峙した敵の持っていた武器。

 

これが最適な得物だと、本能で理解したのかもしれない。

 

ぶっつけ本番で、正直成功するとは思わなかったがなんとかなった。

 

だがしかし、剣術の心得はあれども槍術の心得は皆無だ。

かっこつけて矢のような槍をブン回したが、あれは昔見た動きの模倣にすぎない。

 

槍を操る術を持たないが、剣も槍も共通した動きなら、たったひとつ。

 

ただひとつ出来る技がある。

 

大地が揺らぎ、目の前に巨大ななにかが出現する。

 

幻が現実になるかのように。

靄が色濃く実態を帯び現れたのは巨大なバッタ。

 

そうか、こいつが夢のやつか。

何回も見た悪夢が今現実のものとなったら、驚きは半分だ。

 

夢と同じ色合い。

夢と同じ大きさ。

夢と同じ臭い臭い。

 

すべては一瞬。

こいつの動きは夢で何度も見たから、倒すのは造作もな………しまった。

 

対面したいが戦ってすらいなかった。

 

能力どうのと言っていたら、あの人に。

いや方に、笑われてしまう。

 

信じられるものは己の技術。

それは嘘をつかないし、気を抜かずに挑めば必ず報いてくれる無二の存在。

 

自分を信じよう。

こんな俺だけど、与えられた力と己の力があれば恐れるものは何もないのだから。

 

槍を握る手は自然と力がこもる。

 

まだ相手は出てきたばかりだ。

幾分かの余裕はある。

 

狙うは眉間。

狙うはその命。

 

 

「ハッ」

 

 

投擲された槍は真っ直ぐ軌跡を描き。

雷のごときスピードで穿つ。

 

 

出現して直ぐ、巨大なバッタば身体に大きな穴を開けられ光となり消えた。

 

どうやら、俺が倒すと光となるらしい。

 

その光は何時ものように身体へと、取り込まれる。

その充実感は、いつもとは比べ物にならないもの。

 

あれだけ引っ張ったのだから、もう少し苦戦すると思ったが拍子抜けした。

 

素直な感想がそれだ。

 

一度放った矢は戻ることはない。

 

投擲完了後、再び上空を睨み付けると戦いが最悪の形で決した。

 

炎を吐き出し、黒煙をあげ、落下してくる蠱毒の成れの果て。

軍配はトモに上がったらしい。

 

 

「むっ」

 

 

しかし落下してくる物体は一つではない。

皮肉にも燃え盛る炎をに照され、トモが墜ちてくるのが鮮明に目視出来た。

 

その顔には生気がなく、青ざめているのまではっきりと見て取れた。

 

 

「オイオイオイ」

 

 

夜風に流され落下地点が大きく変わる。

その身体は、このまま行けば確実に崖下まで堕ちる。

 

再び新たなポールを掴むと、トモの元へと走り出す。

 

距離にして百メートルぐらいの場所。

そしてその先は崖である。

 

止まろうとすれば間に合わなく、走り込めば崖下へまっ逆さまだ。

 

落下に伴い、そのスピードも段々と勢いを増して行く。

よもや迷っている時間はない。

 

ためらう気持ちを大地と一緒に蹴り飛ばし加速。

 

幸いにして落下地点は崖の上。

不謹慎だが今かこの場所を遠く離れたら、二人を危険な目に遭わせてしまう。

 

まるっきりさっきと立場が逆転してしまったが、単なる恩返しだ。

 

深い意味もなく、思惑があるとすればドヤ顔を見せつける位しか思い付かない。

 

崖の上となると、このポールは意味を成さなく受け止めるには邪魔なため投げ捨てた。

 

 

「うぉぉぉぉぉっ 」

 

 

ズシンと衝撃が走る。

落下の勢いを殺しきれず、その強い衝撃が肩から足へ伝達。

 

目の前には落下防止のガードレール

おもいっきり尻餅をつき、やっとこさ止まった。

 

腕の中で意識をら失っているトモを、お姫様だっこで天子ちゃんのもとへと運ぶ。

 

重さは大したことはない。

悲しいかな女体化している方が、力強いのは男としていかがなものだろうか。

 

運ぶ最中、トモのまぶたがピクリと動いた。

 

まだ状況を掴めている様子はなく、俺の腕の中でモゾモゾと動く。

 

 

「ここは」

 

 

嗄れ声でそう呟き、視界の焦点を合わせているのか何度か瞬きをして俺をまじまじと見つめている。

 

 

「そうか……なるほどな」

 

 

俺に視界を、焦点を合わせること数秒。

それだけで全てを悟ったのかトモはそれだけしか言わず、ただ俺を見るだけであった。

 

 

「気分はどうだい」

 

「最高だ」

 

茶化したつもりから一転、自分の腕を俺の渓谷に押し付けてきた。

 

「おい、トモ……てめぇ」

 

 

地面に……いや、このまま崖下に投げ落としたい衝動に刈られるがここは諸々の事でグッと我慢だ。

 

視線は仕方がないとして、今度からは不要なボディータッチは止めにしよう。

 

いや、触れることはないが念のためである。

触さぬ神に祟りなし、触れたら最後な気がする。

 

 

「良かった……ちゃんと動いているか」

 

 

触れる手は優しく俺の胸を撫でる。

土に埋まれば良いのにと普段なら思うところだが。

今回はその前の言葉のお陰で、-10から-1位の感情で留まっている。

 

 

「当たり前だろ……俺を誰だと思っている」

 

 

ゆっくりと、トモの身体を力強く抱き寄せる。

 

 

「まったく、お前って奴は」

 

「痛だだだだ、ちょっギン強い……ぎゃあああっ」

 

 

そう、力強く。

力強く、痛みを増加させるようにゆっくりと力強くだ。

 

怪我人らしくしていればいい。

ここからは俺の仕事なのだから。

 

天子ちゃんの側までトモを運ぶと、俺はゆっくりと空を見上げる。

 

 

「そこに居るんだろ……シルバさん」

 

 

街灯の上には、銀髪蒼碧眼の不良娘。

もとい、銀髪の騎士。

 

もうひとつの世界の俺である。

シルヴァーナ・カヴァリエーレ、ことシルバさんが俺を目力一杯で俺を睨んでいた。

 

それは偶然、いや必然。

誰も居ない筈の場所に、シルバさんは立ち俺を見ていた。

 

 

「何故見ているだけなんだ」

 

 

シルバさんが加勢してくれていたら、こんな血みどろの戦いになんかならなかった筈だ。

 

 

「貴様に言う義理はない」

 

 

貴様だとは妙によそよそしいじゃないか。

何だがもう少し、お互いの距離は短かった筈だ。

 

はっ、まさか。

久しぶりに合った俺に緊張して人見知りをしているのではないだろうか。

 

それだとしたら妙に納得だ。

 

あんなに密度の有る間柄になった人は初めてだし、異性なら尚更。

 

もう一人の世界の俺なのだから、友達が居る筈はない。

 

 

「おい、今明らかに失礼なことを考えていなかったか」

 

「さ、さぁ何の事だろうな」

 

 

よかった、なんかもとの調子に戻りつつある。

だけど正直言えば、いまだにシルバさんの目を見ると足がすくむ。

 

奇しくもそこは、初めてシルバさんと開講した場所。

雲は裂け、隙間からは光が差し込み月が顔を覗かせた。

 

しかし、あの時と決定的に違う事がひとつある。

 

 

「さぁ、剣を取れ銀。せめて楽に逝かせてやろう」

 

「なに」

 

 

向けられる殺意は俺に向けられ。

切っ先も俺に向けられ。

突き刺さるような視線と、その意志はかつてモンスターに向けられたそれと同じ。

 

 

「本気……なんだな」

 

「あぁ」

 

 

ニタリと俺に向けられるその笑顔は、別な意味で俺の鼓動をを早くさせる。

 

気配が生んだ微妙な変化は最大の判断材料だ。

 

 

「ならば動くな」

 

 

襲い来る殺意は俺の喉元を捉え、その大きさから避けることは容易い。

 

だけど反応は明らかに遅れをとり、しなり揺れる街灯。

 

急いで屈み避けるが、髪の毛を数センチ斬られた。

 

そのまま前転でその場から離脱。

 

月明かりに光る斬られた銀髪は、宙を舞い新たな星を産み出すかのようだった。

 

夜空の星は、何も点在するものばかりではない。

 

キラリと光る天の川。

銀色のそれは、季節感を無視し俺に襲い来る。

 

 

「ぶねぇ」

 

 

またもやギリギリで回避。

そう何度もこんな避け方をしていては、体力的によろしくない。

 

早く疲れればそのまま直行で天国行き決定だからである。

 

まだだ、まだ俺は死にたくはないんだ。

 

 

「1つ……聞いても良いか」

 

 

息を整えられれば上策と見たが、相手は手練れ。

そんな暇はくれるわけがなかった。

 

 

「良いだろう」

 

 

休まること無く剣舞は続き、俺の体力をガリガリと削って行く。

 

伊達に俺の戦いを見てきた訳ではないらしい。

 

さっきっから嫌なところを攻めてきて、そここら性格の悪さを滲み出している。

いったい誰に似たのやら。

 

やっとこさ投げ捨てたポールを掴めば、それは只の日本刀に形を変える。

 

 

「なに」

 

 

シルバさんと同じ剣を造り出す筈が、只の刀へと姿が変わってしまった。

 

時代劇で良く見るような、安っぽく鈍い光が刀身に走る。

 

 

「我が騎士の力は、私に帰ってきた。故に銀よ、我が剣の名も解らぬ主ではどうも出来ないだろう」

 

 

嬉しそうに剣を振るうシルバさん。

眼前には切っ先が何度も軌跡を描き、俺の体に傷を刻む。

 

まずい、まずいぞこのままじゃジリ貧で負ける。

 

一閃。

シルバさんの剣が俺の刀をへし折った時。

 

俺は濃厚になる負けを確かに感じ取った。

嫌な感は良く当たるもので、ネガティブ思考に帆を張れば。

際限無しに突き進む有り様である。

 

短くなった刀ではどうすることも出来ず。

かといって、丈夫であろう槍を使うことは愚の骨頂である。

 

槍は剣よりも強しと言うが、この手練れが相手だ。

そう易々と行くわけがないだろう。

 

 

「今までどこで何していたんだ」

 

 

へし折れたといっても、まだ使える。

 

その分リーチが短くなったが、逸らす分には何とかなる。

今重要なのは、切れ味よりも耐久性。

 

刀が触れ合う度に火花は散り、儚くも一瞬で消えて行く。

 

それは月明かりに負けまいと。

必死で自己を主張しているかのように、キラキラと輝く。

 

 

「なにをしていたかって?」

 

 

火花は一瞬でも強く光り、互いの表情を色濃く映し出す。

 

 

「そんなのは簡単なことだ、ただ帰る手筈を整えただけの事」

 

 

抜き身の剣。

俺が持っている剣は磨耗し、ボロボロだ。

これじゃぁ何時まで持つか分かったものではない。

 

 

「俺に黙ってか」

 

「そうだ」

 

 

戦いに集中し過ぎて所々聴き逃した感があるが、気のせいであって欲しいものだ。

 

剣を振るう度にシルバさんは楽しそうに笑う。

 

戦いがシルバさんの種族の本質だというのは本当らしい。

 

本人が言っていたのだから間違いはない。

 

だけど引っ掛かる事が一つ二つある。

 

まず一つめは、妹のブルーナちゃんの所在だ。

パット見結構なお姉ちゃん子だと、俺の勘が告げているのだが。

 

それ以前に作戦行動中に、2手に別れるのは何かしらの意味がある筈だ。

 

なんせテンプレなツンデレで自分の本心を押し殺してしまうタイプ。

本当はシルバさんに甘えたい筈なのに、次期王位後継者と言う重圧が彼女を……。

 

と、ここまで妄想が進んだとき。

俺の服はサックリと裂け、巨大な峡谷が露になった

 

 

「戦いに集中せよ、剣を作り替え、己の力を存分に私にぶつけよ」

 

 

急いで後退したその時、シルバさんは追いかけもせず。

 

ただ剣を構えるのみ。

 

その迫力は、俺の膀胱を緩め放出を許してしまいそうな。

 

顔に影がかかり、その迫力は夜という条件に遡上して、とても恐らしいものだった。

 

戦う理由なんて寸分も……いや、ミジンコほどの理由ならあるかもしれない。

だがしかし、俺がシルバさんと戦う理由は全くないし存在すらしていない。

 

ムカつく事はあろうども、刃を交えるなんて俺の常識ではあり得ないことだ。

 

だがそれは、シルバさんには通用しない。

 

 

「そういえば、理由を尋ねたな」

 

 

言い方が悪いが、すむ世界が元々は違ったのだ。

本来ならば交わることのない水と油のような関係なのだから。

 

 

「あぁ、忌野際に教えてくれないか」

 

 

よく自分でもこんな難しい言葉を今の状態からスラスラと言えたものだ。

 

 

「答えは簡単だ、主は早く起きすぎた」

 

「あえ?」

 

「む、どうした。そんな目で見るな」

 

 

いや……だってね。

 

 

「そんな理由でか」

 

「ふん、やはりことの重大さを理解してない様子だな」

 

 

そういうと、すかした。

してやったりな顔ともとれる、ドヤ顔で俺を見てきた。

 

 

「な、なんでだよ」

 

 

 

 



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~満月~

 

それは至極最もな理由。

たが、当事者からしてみれば不当以外何物でもない。

 

 

「ただの人が、私と同等の力を手にいれ放置をすれば争いに……それは世界を滅ぼしかねぬ」

 

「そんな大層な力には思えないんだが」

 

 

ぼうっ切れを剣とかに変えたり、怪我の治りが早くなるだけ。

そんなのにいったい、何の価値があると言うのだろうか。

 

 

「ふん」

 

 

と、シルバさんは鼻で俺を笑う。

 

何だよ何か可笑しな事を言ったか俺。

 

 

「そんなものは力の末端にすぎぬ、使い方を誤れば己と世界を滅ぼされる危険なものだ」

 

「だったら力の使い方を教えてくれよ」

 

「それは出来ぬ、カヴァリエーレ家の者ではないモノに手解きをするのは掟に背く」

 

 

話は平行線をたどる。

歩み寄りよりようが無ければ、解決策はどちらかが斬られるまで続くだろう。

 

 

「話は平行線だな」

 

「そうであろう、短い付き合いだが分かるぞ。変な所で頑固だからなお互いに」

 

 

だからこそ解るのだ。

例え短くとも、別々の人生を歩んできたのだとしても。

 

 

「戦って、勝った方の言い分を通す……か」

 

 

人は野蛮だと言うかもしれない。

だけど、言葉以上に。

互いにぶつかり合えばこそ分かる。

剣を交えた先に見える、純粋な感情の中の真なる思いの塊が。

 

今からは決闘の時。

 

そうだ、逃げることは許されない。

 

敗けは死。

勝てば生の大博打。

 

今のところ勝つ見込みはないが、出し切ろう。

 

これまでの技を。

これまでの想いを。

 

 

「さぁ、始めよう……我らが決闘を」

 

 

シルバさんは地面へ手をかざすと、何時もの一振りの剣を手中へ納めた。

 

 

「あぁ……分かった」

 

 

地面に転がる黄色と黒のストライプの棒を蹴り上げると腕の中で回転。

 

それが止むと、棒は肘から手の先位までの長さをした尺の大きなナイフへと変わった。

 

お互いの準備は整った。

 

一振りのナイフは本来ならば、妖怪や幽霊から幻影化け物のファントムを切り裂くもの。

 

 

「さぁ、ショータイムだ」

 

 

だが今回は自分を見つけるため、義を通すために力を分けて貰おう。

丁度変身エフェクトも被ることだしな。

 

互いに合図するわけでもなく、同時に走り出す。

 

横一線の振りをなんとか防ぎ、ナイフを巧みに舞わす。

 

 

「えぇぃ、鬱陶しい」

 

 

効果は先ず先ず、だけど違う。

こんなんじゃないと、俺の中で何かが訴えかける。

 

 

「一個飛ばして次」

 

 

舞わす過程で逆手に持ち、流れるように剣舞を流す。

回る硬貨のようにクルクルと八の字を描くが、それは小手先だけのものに過ぎない。

 

 

「こんなものか」

 

 

剣筋を見きられ、みぞおちに強烈な蹴りを見舞う。

 

簡単に数メートル単位で吹き飛ばされるが、何とか受け身を取り難を逃れる。

 

 

まだだ……何かが違う。

まだあった筈だ。

 

フラフラと立ち上がり。

体制を整えようとするが、そうは行かない。

 

既に進撃の手は回っていた。

 

 

「くうっ」

 

 

剣はその形を2つに分かち、その短い生涯を終えた。

 

自らの命と引き換えに、主の生を護って。

 

折れたとしても、次がある。

 

手中に収まる青い宝石が新たな希望だ。

 

 

「手癖の悪い」

 

 

それに気付いたか、シルバさんはニタリと笑い距離を開けた。

 

「まぁ、これで五分五分じゃねえのか……変身」

 

 

手中に収まる青い宝石は、青白い光を放ち同色の光の魔方陣を描き出す。

 

 

それは段々と先ほどまでシルバさんの居た場所から、俺の所まで近付いてくる。

 

 

 

「さぁて、続きと行きますか」

 

ゆっくりと立ち上がりながら俺は自分の姿を再確認した。

 

両手両足胸。

真っ黒な鎧を身に纏い、何時もとは違う姿に内心驚愕しながらも。

 

カヴァリエーレの鎧を身に纏い、心身ともに一段階強くなった気がする。

 

しかし肝心の仮面は消えた。

 

だが消えた仮面を最大限活用すべく、不適な笑みをシルバさんへと向る事に。

 

 

折れた刃は今再び新たな命を吹き込まれ、シルバさんの持つ剣へと変わった。

 

 

~Silvana Saido~

 

 

 

初め翻弄するような剣舞を私に見せ、次に円を用いた闘い。

 

こんな技を隠し持っていたかと、嬉しくなった。

 

だが、我が家に伝わる鎧の1つをいつの間にか奪われたのは計算外だ。

 

手を抜いたつもりは無い。

別段、鎧としての役割を余りしてはいないのだが。

銀にとっては、メンタル的な面を含めて渡すべきでは無かった。

 

初めて見せるその形態に、あれとの相性が良いのかと勘繰るが今はどうでも良い。

 

初からこの闘いを楽しみたいのだ。

 

血を、肉を、たぎらせて。

心踊る技を、手に汗握る駆け引きのできる闘いを。

 

こんなにも楽しいのはいつ以来だろうか。

 

極寒の大地で、サイボーグと戦った時以来か。

それとも人狼と遠近雪山の闘いをしたときだろうか。

 

そんな銀は刃をなぞり、研ぐように指を走らせる。

 

また、雰囲気が変わった

 

これはオリジナルなのか、何かの模倣なのか。

だとしても、たゆまぬ鍛錬の上に成り立つ動きな事に代わりはない。

 

 

「今、この時を楽しまんぞ銀」

 

「生憎、俺は早く終わらせたいだけどな」

 

「戯けが」

 

 

直ぐに終わらせるわけが無いであろう。

 

まだまだ、3割程しか力を出していないのだから。

 

また銀の雰囲気が変わった。

背筋を伸ばし、こちらの様子を伺っている。

 

返し技を主にしたのか、成らば愚策だ。

敵に悟られた時点で、それの成功率はガクンと下がるのだから。

 

 

「はぁっ」

 

 

片手から降り下ろす瞬間両手持ちに変えた。

時点で継ぎ技の移行が思ったよりも早くなる事に気付く。

 

だが。

 

 

「甘い」

 

 

防ぎ返し技をお見舞いしようにも、それは防がれる。

 

面白い、面白いぞ銀。

向こうも意識の有無に関わらず、駆け引きをしている。

 

互いに距離をとり、残心を忘れていない。

再び刃を指でなぞり、背筋を伸ばし私を見据える。

 

一方私は、下手に手を出すことはしない。

 

慢心かもしれないが、私が速さで負けることは無いのだから。

 

 

「ガルル」

 

小さく銀の口が動いた。

腰を落とし、左手は地面に付け刀身は太くなり肩に担ぐ。

 

次はフと獣と対峙している錯覚が私を襲った。

 

警戒心一瞬高く持ったが、次の瞬間視界から銀の姿が消えた。

 

左右前後を見渡しても、銀の姿は見つからない。

 

だとしたら。

 

 

「上か」

 

 

反応はギリギリに間に合う。

今回の闘いではシールドは使えない。

 

 

剣に眠る聖人達が自分同士の闘争に、理由があっても悲しんでいるためだ。

 

 

まさかこんな弱点があろうとは思いもしなかった。

 

 

だが最初から使わないつもりでいれば何の問題もない。

 

 

剣同士がぶつかり合い、火花が散る。

力を受け流し、衝撃を殺し次の手に移ろうとしたその時。

 

腹部に刃が通る鋭い痛みが襲った。

 

 

 

「なにぃ」

 

 

足だけの力だけでこの瞬発性はあり得ない。

それ以外の何か。

 

シールドも、それ以外の要因も無い筈。

 

 

だが、私の横っ腹を通り抜けた銀の後に走った痛みは正しく本物。

 

 

原因究明よりも、まずは反撃をしなくては。

 

 

それに、距離を取った今。

私に一撃を加えたトリックが明らかにさせる筈だ。

 

 

振り向き様の一撃は、当たることはなく空を切る。

 

距離を取られ、完全に一撃離脱の戦法を取られている。

 

 

だけど今は、私に加えた一撃のトリックを知りたい気持ちが高い。

 

 

「成る程」

 

 

正しく、くわえた一撃であった。

獣の牙のように、剣をくわえ両手両足で地面を蹴って反応して見せたのだ。

 

その一連の動作。

防がれること、気付かれる事を前提にされていた。

 

だからこそこんな手間の掛かる手法を用いたのか。

 

認めよう。

最初の軍配はくれてやる。

 

 

「最初からこんな動きをすれば、もう少し楽に戦えたのではないか」

 

「いや、えっと……そうだな」

 

 

なぜどもる。

 

少しイラッとしたぞ。

 

再び剣の形が変わる。

今度は銀の国に由来のある、刀と呼ばれる形状だ。

 

反りはなく、直刀のそれは平安以前に作られたものと考えて良いだろう。

 

 

「じゃぁ、次行くぜ」

 

 

刀を振り回し、こちらに向かってくる。

 

まただ、また闘い方が変わった。

 

まるで荒くれものの。

いや、型に囚われていないその動きは純粋な子供のような感じがする。

 

それはまるで性格が変わったかのように。

型に囚われない、荒くれ者のような闘い方に突然変化したので少し反応に困る。

 

色んな闘い方があるんだなと思いながらも様々な闘い方。

剣の形状私に見せてくれる。

 

生憎だが痛みだけで流血は無いようだ。

 

しかし、斬ったり斬られたり。

それ以来、最初の一撃の入りにくさが嘘かのように。

 

互いに急所以外面白いように入る。

 

泥沼化するであろう近戦に。

時には短槍のような剣、時には青竜刀のような剣。

 

途中掛け声が変になったが、闘い方は段々と洗練されていくかのようだ。

 

本来の刀の形をしたものへ変化したとき。

 

銀は胸の前に剣を構えたまま動きを止めた。

 

ゆっくりと互いに距離を詰めて行く。

 

 

「はっ」

 

 

瞬間、時が止まったかのように。

 

ほぼ動きが鍔迫り合いの状態へ移行したように。

しかし、それは刹那に終わる。

 

超感覚の剣撃がぶつかり合い、火花で互いの表情がハッキリと解るまでに。

 

それから長い間、私たちは剣を打ち付け合う。

 

このままでは悪戯にエネルギーを消費するだけ。

ジリ貧の打ち合いに、不利なのは残念だが私の方だ。

 

それにしても、お互いに剣を体で受け止める事が少なくなった。

 

途中から5割程に変えたのだがそれでもこの有り様。

 

いくら戦闘経験が知識としてあろうども。

体に染み付いていなければそれは卓論で役立つのみ。

 

 

「なぁ、シルバさん」

 

「なんだ」

 

 

金属を打ち付け合う音だけが響いていた夜に、銀の声が聞こえた。

 

闘いを楽しみたいのだから、あまり喋らないでほしい。

 

 

「そんなに楽しいのか」

 

「なぜだ」

 

「顔が笑っているぜ」

 

「何を言っている」

 

 

瞬間、全力で剣を振るうと銀は遥か後方に吹き飛ぶ。

 

風が吹き、軽石に混じり横たわる人に掛かる革ジャンも空中に舞った。

 

 

「楽しいに決まっているではないか」

 

 

口角がつり上がり、顔はニヤケ面。

あぁ、駄目だやはり本能には逆らえない。

 

戦えと、もっと戦えと本能がそう告げているのだから。

戦うしかないだろ。

 

 

~Gin Said~

 

 

 

やぁどうも。

只今、鉄の棒的な物で全身を打っ叩かれている男。内藤銀です。

 

見た目は可憐な少女中身は男のハイスペック体。

 

ただやられている訳ではない。

 

決闘という名の一方的な虐殺。

 

だと思ったのだが、以外にも好戦している。

せめてもとスーパーヒロータイム宜しくな闘い方をしたのが良かったのだろうか。

 

頭で動きを記憶が擦り切れるまで反芻したからか。

それとも、隠れて動きの模倣をしたからだろうが。

 

だとしても、途中創造力が過ぎてオリジナルな動きをしてしまったのが悔やまれる。

 

やるならば完璧に。

トレースとも、生き写しとも呼ばれるように。

 

だけどあと1つ最後だけは、いくら模倣したくても無理だ。

 

究極の闇に落ちるわけでもなく、ただ憎しみが足りないのでもなく。

 

ただ単純に、攻撃を一切避けない行為が出来ないのだ。

 

いや、物理的には出来るのだろう。

 

最初の方の打ち合いで。

シルバさんだけ無傷で俺だけ斬られまくり血だらけ。

 

止血はしたものの。

深い傷を負ってしまったら、それは決定打と成り獲てしまうだろう。

 

何故かは分からないがシールドは出せない。

 

同じ能力を。

いや、同じ剣だから反発しあっているのだろうか。

 

 

ぶつかり合う剣。

その度に火花が散り行き、辺りを一瞬だが仄かに照す。

 

この命を取り合う決闘であっても、その儚くも美しい光はお互いの影を濃く彩る。

 

 

「なぁ、シルバさん」

 

 

だけど、そんな闘いであってもシルバさんの顔はニヤケ顔。

 

そのうち笑い出しそうであり、そうなったらばトラウマものだ。

 

 

「そんなに楽しいか」

 

「なぜだ」

 

 

なぜだと来たか。

シルバさんは自分が笑ながら戦っていることに、気付いていないんじゃないか。

 

いや、しかし。

もしかしたならば。

 

 

「顔が笑っているぜ」

 

「何を言っている」

 

 

しまった。

なぜか知らないが、怒ったぞ。

 

刹那、シルバさんは視界から消え去り。

 

刹那、俺は宙を舞い。

 

刹那、吹き飛ぶ瞬間見たのは今までに無い重圧を放つその姿だった。

 

街灯にぶつかり、大きく湾曲し反り返る。

 

中の配線が切れたのか、光は消え辺りは月明かりが照すのみ。

 

だが今宵は曇り空。

届く光も弱々しいものだ。

 

薄雲、しかし満月のためか仄かな光が辺りを照らしている。

 

お互いの服の色は黒っぽく、首だけがぼんやりと浮かんでいるようにも見える。

 

激しい打ち合いだけでは駄目だ。

 

もっと強烈で猛烈な一撃を放たなくては、俺はこのまま志半ばで朽ちることに成るだろう。

 

丁度、最後にやろうとしているのに沿ったもの。

 

 

「超変身」

 

 

別段、身体が劇的に変わる訳でも硬くなったり攻撃力が高くなるわけでもない。

 

手に持つ、刀は長剣へと姿を変える。

 

 

「また……何か考えているのであろう……言うてみよ」

 

 

無視する事にした。

その異名相応しく、俺の好きなシーンの再現は息をする様に容易だ。

 

大地をしっかりと踏みしめ、両手を広げゆっくりと近づく。

 

 

「聞こえなかったか」

 

 

肩が大きく切られた。

直ぐに止血。

一歩進む。

歩を止めることはしない。

 

 

「近づくな」

 

 

次は腹、抜かれまいとこっちは鳩尾に拳を突き立てた。

 

シルバさんは後方に吹き飛ぶが、倒れることはない。

 

すこしスッキリした。

 

一歩、また一歩と歩を進める。

どんなに斬り付けられようと、止まることはない。

 

単なる痩せ我慢で痛みに耐え、衝撃を前面で受け止める。

 

流石に急所は避けるがそれ以外、歩く事を止めることはしない。

 

 

「くっ」

 

 

とうとう追い詰めた。

背後には見えない壁があるのか、そこから動けないようだ。

 

 

「はぁぁぁっ」

 

 

ゆっくりと剣を構え直す。

 

 

「ずぉりゃぁぁぁぁっ」

 

 

一気に、そして真っ直ぐに。

切っ先はシルバさんの首元へ向かう。

 

 

「つぅ」

 

 

一陣の風が、シルバさんを突き抜ける。

 

 

剣先は、シルバさんの首直ぐ側。

首の皮一枚貫くように、小さく血が滲んでいる。

 

 

「私の……負け……だ」

 

 

シルバさんの額の汗が一筋、剣に落ちた。

 

 

勝った。

勝ったのか。

何か実感が湧かない。

 

シルバさんの言葉を合図にしたように、シルバさんを隔たる壁が消え。

二、三歩後退する。

 

首を押さえた後、掌に滲む血を見つめる。

 

 

「なぜ……いや、聞くまい」

 

 

ニヤリと笑うと、手に持っていた剣を地面に落とした。

 

軽い金属音。

 

カランと音がしたのを合図に、それは光の粒子となり霧散した。

 

天を仰ぎ。

シルバさんはその場に座り込む。

 

 

「まさか……私が反応できぬとはな」

 

 

今までの笑い方ではない、乾いた笑い声。

よほどショックだったのか、目尻からは一筋の光が流れ落ちる。

 

これで終わりなのか……ぜんぶ。

 

雲が割け、月が顔を出し辺りを優しく照らし出す。

 

風も出てきたのか。

ふわりと靡く風が、2つの銀の髪を揺らす。

 

 

「なぁ、シルバさん」

 

 

たまらなくなり、声をかけるも内容が思いつかないが構うものか。

 

 

「わかっている、二度と命は狙わない」

 

「本当なんだな」

 

「何度も言わせるな。仮にも私は騎士、約束を違えることはせぬよ」

 

 

そう言うと一息置いて。

 

 

「これからも末永くよろしく頼む」

 

「あぁ、行こう」

 

 

そう言うと、俺は手を差し伸べる。

 

 

「ふん」

 

 

握手する2つの手。

月明かりはそれを優しく照らし、これからの二人に光りあれというように。

 

 

真ん丸と白金に光り輝いていて。

それが、2つの絡み合う影を映し出した。

 

 

 

 

         

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はじめまして
感想等ありましたら書き込んでいただければ嬉しいです。
昨今の新型コロナウイルスの拡散防止にあたり自宅待機等の今、一つの楽しみを提供できないかと考え昔書いた小説を誰かの助けになれないかとこちらに投稿させていただきました。
さて、明日短いエピローグを投稿し、内藤銀ならびにシルヴァーナ・ヴァリエーレの物語は幕を下ろします。
短い期間ではありましたが誰かの助けと言ったら誇張表現ではあるかと思いますがそれが出来たのであればこれ幸いと思います。
最後に皆様、読んでいただきありがとうございます。


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エピローグ

 

 

 

あの後、ブルーナちゃんはタマと共に直ぐ様飛んできた。

 

小脇に抱えたタマは、途中で捕まえたの事。

 

 

 

逃げやがったのかな。

 

 

そしてもう一人、驚く来客が。

 

 

「ごきげんよう」

 

「え、アラクネ」

 

 

首には魔方陣。

なんでも、力を制限する手錠のようなものらしい。

 

記憶に残る、黒檀色のドレスを身に纏い優雅に降り立つ。

 

 

何で此処にと疑問しか浮かばないが、それを察してかシルバさんが説明をくれた。

 

 

 

なんでも、この土地に封印されたモンスターの類いの封印が解かれたらしい。

 

解いたものは、そのまま死亡。

 

 

自業自得と、シルバさんは言っていたが。

 

なんだかな。

 

 

それは天子ちゃん達が倒したのだけれども……って。

 

 

「やばい」

 

 

重症じゃないかあの二人。

 

早く医者……もしくは回復魔法的な何かを。

 

って、俺自分しか出来ないんだ。

 

 

「大丈夫、万事完了した」

 

 

親指を立て、どこかで見たようなドヤ顔を見せるブルーナちゃん。

 

ゆっくりと起き上がる二人は、いまいち状況が掴めていないといった様子だ。

 

 

 

「ふむ、続けるぞ」

 

 

意識が混濁している二人を尻目に、シルバさんは説明を再開した。

 

 

 

「要はこの町には悪い気が溜まりやすくモンスターの類いが出やすい……」

 

 

それを抑制する結界に、あの封印が使われていたらしい。

 

 

さっきのアレも、結界の歪みから産まれたモノで今は散らしたから大丈夫とのこと。

 

 

「……それでだ、欠けたモンスターの代わりにアラクネを使うと」

 

 

うん、何が何だかさっぱりだ。

 

「え、出来る……いゃ、良いの」

 

 

強制送還だから、取りあえずは帰った方が良いのは明白。

 

だれが好き好んで。

人柱になりたくないのは、誰しもが思う所ではある。

 

 

 

「フフッ、構わないわ」

 

 

袖で口を隠し、アラクネは笑うと。

 

 

「何かを企んでるんじゃないか」

 

 

俺の疑心に待ったをかけるのはブルーナちゃんであった。

 

 

「それは無理」

 

「なんだい」

 

「あくまでも使うのはアラクネの魔女としての高位の力、肉体は使わない」

 

 

 

「私はこの土地が気に入ったのよ、あの緑の洋館が自然が」

 

 

確かに、やけに手入れが行き届いた庭だったなそう言えば。

 

 

 

「とまぁ、悪さをしたとしても私やこの世界の者に簡単に倒せる程に弱まる。放っていても問題もない」

 

 

 

罪を犯せば即斬殺。

口には言わないが正にこんなことを言いたいのは何となく分かった。

 

この二日間、特に俺に対して大きな変化は無かった。

 

 

いや、アラクネにここで使う名前を考えてくれと言われた事があったな。

 

 

俺は咄嗟に【麻等 久音】と言った。

 

気に入ってくれた様で良かったのだが、なぜか視線を感じた。

どこからかは分からない。

 

 

 

そして、シルバさんとブルーナちゃん達を、おやっさんに紹介しようと思う。

 

 

モンスター関連の事はもちろん。

俺の女体化の件は伏せて。

 

そして俺は男の姿であることを確認し、噛み締めた。

 

 

おやっさんを待つ時間。

俺達は様々な事を話した。

 

 

これまでの事を。

 

これからの事を。

 

 

未だ不安定な状態が続くそうで、油断は許さないといった状況。

 

 

直接的ではないが、俺を含めたシルバさん達も事態の収集に協力してくれるらしい。

 

 

この業界は、慢性的に人手不足。

 

 

事件を起こす者が居ても、沈める者は居ない。

 

 

「たっだいまー」

 

 

久しぶりに見た気がする。

 

 

俺の幼なじみ、千束は今日も元気だ。

歳の事なんか考えずに。

 

 

「たっだいま、ブルーナちゃん」

 

 

 

何故かは知らぬが千束はブルーナちゃんがお気に入り。

 

本人曰く、妹みたいなものらしい。

 

 

 

「お、おかえりなさい」

 

 

少し顔がひきつっている。

本人は千束が苦手なようだ。

 

 

 

「そう言えば、愛さんの娘さんの名前が【さくら】に決まったらしいよ」

 

「へぇ、早いじゃないか」

 

 

「二人で前々から決めてたみたい」

 

 

何はともあれ、この数日。

命の誕生やら、色んな。

本当に色んな事が起きた。

 

 

それも人生を大きく変えるような事が沢山。

 

 

あの時の選択は間違っていなかった。

そりゃぁ、後悔するだろうが。

 

これだけは自信を持って言える。

 

 

 

人生は平等ではない。

努力の結果も、自信が望むものが得られないのが殆どだ。

 

 

だけど、それに負けないような。

 

自分に誇れるような人生にしてゆこう。

 

 

まだまだ、人生は終わっていないのだから。

 

 

 

 

カランとドアのベルが鳴る。

 

 

 

「おかえり」

 

 

帰ってきたおやっさんに、俺達一同は満面の笑みを向けた。

 

 

 



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