ガールズ&パンツァー 宮舞高校戦車整備科 (キングコングマン)
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設定、登場人物紹介


 登場人物が増えてきたんで書いておきます。
ガバガバ設定なので後で変わる可能性有り。


  京都府立宮舞高等学校

 

 所在:京都府舞鶴市

 

 生徒数:約7000人

 

 形態:全寮制男子校

 

 全国でも珍しい「戦車整備科」のカリキュラムを持つ学校。名前は当地を走る鉄道、北タンゴ鉄道宮舞線から取ったもの。舞台の決定は最初広島の呉とどちらにしようか迷ったが、「狭い瀬戸内海にバカでかい学園艦が入るのは無理だよね」って事で舞鶴に決定。

 校風は「質実剛健」と言った風で結構お堅めの生徒が多い。

 だが男子校、それも学園艦なので女子高生との接点が全くと言っていいほどなく、それ故に女性に飢えている生徒も多し。

 

 

 

 宮舞高校戦車整備科

 

 宮舞高校の名物とも言うべき学科。男子校で戦車整備を専門学科としている高校はここだけであり、40〜50人程度が在籍している。

 歴史は古く、設立されてから40年以上は経っており、戦車整備専門の学科としては古株である。

 予算の関係からか毎年ここに入る生徒は少なく、一学年の定員が10〜20人とかなり少ない。

 それに加えて上記の通り、男子校で戦車整備を学べるのはここだけなので入学倍率も高く、毎年30〜40倍の倍率を誇る狭き門でもある。

 なお、『実践的な整備の為』と言う名目で2週に一度、模擬戦を行なっており、各員の戦車戦としての能力もかなり高い。

 

 

 

 

 

 

  登場人物紹介

 

  宮舞高校戦車整備科

 

 古葉 賢介 (こば けんすけ)

 

 年齢:18歳

 

 学年:戦車整備科三年

 

 誕生日:9月16日

 

 身長:176cm 体重:74kg

 

 ポジション:車長 隊長

 

 特徴: 短髪で少しキリッとした目元に少し焼けた肌が特徴的ないかにも好青年と言った様な風貌。

 

 説明:主人公その1。宮舞高校戦車整備科の隊長、または班長であり整備科の面々からの信頼も厚い。常に余裕を持った態度を取り、焦る仕草を全く見せない。戦車戦は宮舞では彼の右に出るものはいない程の腕の持ち主。『古葉流』と言う戦車道の家系に生まれ、その流派の影響から『心理戦』に滅法強い。

 

 

 

 

 八潮 学 (やしお まなぶ)

 

 年齢:16歳

 

 学年:戦車整備科二年

 

 誕生日:12月8日

 

 身長:168cm 体重64kg

 

 ポジション:車長、砲手

 

 特徴:少し幼い顔立ちをした少年。線が細く、女性っぽさがあるのを本人は気にしている。ストレートの黒髪で長さは耳にかかるか、かからないかほど。

 

 説明:主人公その2。整備科二年生の中でもトップクラスの戦車知識を誇る。自分に自信がない性格をしており、座学などはかなりの優秀さを誇るのだが、模擬戦などのプレッシャーが掛かる場面になると足元を掬われる場面もちらほら。

 

 

 

 

 浅井 誠 (あさい まこと)

 

 年齢:17歳

 

 学年:戦車整備科三年

 

 誕生日:10月29日

 

 身長177cm 体重73kg

 

 ポジション:車長

 

 特徴: 顔立ちが非常に整っており美青年であるが少し彫りの深い顔立ちで男らしさも感じるイケメン。

 

 説明:主人公その3。整備科1モテる男で常にニコニコしているが、腹の中では結構黒いことを考えている。戦車戦ではズバ抜けた方向感覚と地図把握能力を活かし、敵車をポイントに誘い込む戦法が得意。

 趣味は緑茶の茶葉集め。

 

 

 

 

 

 前山 翔吾 (まえやま しょうご)

 

 年齢:17歳

 

 学年:戦車整備科二年

 

 誕生日:4月3日

 

 身長173cm 体重68kg

 

 ポジション:車長、通信手

 

 特徴:垂れ目で猫背が特徴的な二年生。髪色は明るめの茶髪で少し癖毛気味。

 

 説明:主人公その4。整備科の中でもトップクラスの整備の腕を持つ。だが座学はからっきし。戦車戦は戦況を読むことに長けており、相手の虚を突いての奇襲が得意。だが調子に乗りやすい性格でそれが仇となることも。なお、『整備科1モテない男』と、不名誉な称号を付けられている。

 

 

 

 

 久我 龍平 (くが りゅうへい)

 

 年齢:17歳

 

 学年:戦車整備科三年

 

 誕生日:2月15日

 

 身長160cm(自称) 体重58kg

 

 ポジション:車長、操縦手

 

 特徴:イガグリみたいなツンツンとした髪型は金髪で、目つきが悪く、常に眉間にシワが寄っている様に見える。あと小さい。

 

 説明:主人公その5。直情的な感情の持ち主で戦車格納庫で怒鳴り声が聞こえたら大体彼だったりする。見てくれは完全に不良だが整備科1と言えるほど根は真面目。戦車戦では相手に喰らい付いたら離さない操縦練度、しつこさが特徴。

 身長が小さいのをかなり気にしている。

 

 

 

 

 

 柴原 樹 (しばはら いつき)

 

 年齢18歳

 

 学年:戦車整備科三年

 

 誕生日:6月17日

 

 身長183cm 体重79kg

 

 ポジション:操縦手

 

 特徴:高い身長だが線は細く整備科の面々から『ノッポ』と言うあだ名で呼ばれている。目元が見えないほど髪を伸ばしており、天然パーマがかかっている。

 

 説明:主人公その6。あまり物を言わない静かな人物であるが情に厚い。だが、ぶっきらぼうで言葉が足りないこともあるので勘違いされることも。整備科1の戦車操縦技術を持っており、普段は古葉が乗る戦車の操縦手を務めている。

 

 

 

 

 井森 陽太 (いもり ようた)

 

 年齢17歳

 

 学年:戦車整備科三年

 

 誕生日:11月10日

 

 身長167cm 体重57kg

 

 ポジション:車長、砲手

 

 特徴:身体の線がかなり細く、肌も透ける様に白いため、女性と間違われることもしばしば。髪もストレートで長めなことがそれに拍車をかけている。

 

 説明:サブキャラその1。かなりの低血圧で目が覚めるまで午前中丸々使うことも、また、のんびりとした性格をしており、かなりのマイペース。

 

 

 

 

 飯島 拓哉 (いいじま たくや)

 

 年齢18歳

 

 学年:戦車整備科三年

 

 誕生日:8月10日

 

 身長172cm 体重67kg

 

 特徴:健康的な浅黒く日焼けした肌に、毛先に少しパーマのかかった髪が特徴。

 

 説明:サブキャラその2。整備科きってのコミュニケーション能力の持ち主で何かと便利屋として使われる事が多い。整備科からは「シマタク」の愛称で呼ばれている。

 

 

 

 

 福井 健剛 (ふくい けんごう)

 

 年齢18歳

 

 学年:戦車整備科三年

 

 誕生日5月7日

 

 身長180cm 体重82kg

 

 特徴:ガッチリとした体格に坊主に近い短髪と言ったザ・日本男児と言った風貌の男。

 

 説明:サブキャラその3。豪快で快活な性格をしており、かなり古風な喋り方をする。その性格から、後輩からかなり慕われている模様。

 

 

 



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本編
舞鶴の学園艦


しほさんの夫、常夫さんが戦車の整備士だと知って思いついた作品



 

 

 

 

 

 

 

 京都の舞鶴に一つの高校がある。

 校名は『京都府立宮舞高等学校』と言う男子校で、地元ではちょっとした有名高だ。舞鶴湾の内湾に停泊するこの学校は「学園艦」と言うシステムを取っており、古くから軍港として栄えてきたこの街にイヤと言うほどの存在感を放ちながら鎮座している。

 空母をモチーフにしているからか海抜は高く風通しも良い。なので今の9月中旬の時期には心地の良い風が吹く。

 そんな学校の屋上では遮るものが何も無いので昼寝に最適で、今日とてその屋上に一人の男が我が物顔で眠っていた。

 

 「……zzz」

 

 気持ちの良さそうな表情で静かな寝息を立てている男がいる。短髪で少しキリッとした目元に少し焼けた肌、身長は170後半で薄水色のツナギを着ておりその胸元には『戦車整備科 三年』と書いてある名札を付けているいかにも好青年と言うような出で立ちの男だ。

 どれくらい寝ていたのかは分からないが、そんな男に一人の影が近づいてきた。

 

 「隊長、古葉隊長」

 

 同じく薄水色のツナギを着た少年に声をかけられて古葉と呼ばれた男の体がピクンと動く。

 

 「こんなところにいたんですか。もう整備講習終わっちゃいましたよ。久我さんなんか相当怒ってましたよ」

 

 少し困った様子で少年がそう言うとゆっくりと起き上がり、少し寝ぼけ眼な顔を少年に向けてやっと口を開いた。

 

 「んおー、やっつんか。悪いね起こしてもらって、講習が終わったってことは次実習か、もうちょっとで行くから先に整備ドック行っといてな」

 

 気の抜けた声を出して、講習をサボったことなど1ミリも悪びれる様子のない男に対して、やっつんと呼ばれた少年は苦笑いを返す。

 この"隊長"と呼ばれる男の名は『古葉賢介』。ここ、宮舞高校の3年生であり、これから話す物語の主人公である。  

 

 「隊長は今更座学なんてしなくても良いかも知れませんが、一応この整備科の班長で隊長なんです。1、2年生が真似し出したらどうするんですか……」

 

 対して古葉に"やっつん"と呼ばれたこの少し幼い顔立ちをした身長160後半くらいの少年、本名は八潮学と言う。この光景を見る限り、結構な頻度で古葉に振り回されてるのだろう。

 

 「はぁ...」と八潮がため息を吐くと、古葉は対照的にニヤリと笑う。

 

 

 

 「そうだな、そん時は"戦車道"の模擬戦で一番のやつがサボれることにしよう」

 

 

 

 「そんなん、ずっと隊長がサボるじゃないですか...」

 

 そう、この物語のテーマは"戦車道"。乙女の嗜みであるこの武道に、世の中の男達がどのようにして向き合って行くのかを描く物語である。

 

 

 

 ______________

 

 

 

 

 ここ宮舞高校には、8つの学科がある。

 学園艦という学校のシステム上、生徒数は多くなりこの高校も7000人以上もの生徒が在籍している。そしてそれだけの生徒を抱えていると、学科ももちろん増える。

 

 その中でも一際目立っているのが「戦車整備科」だろう。

 

 文字どうり将来戦車の整備に携わる人材を育成する学科であり、ここを卒業すると戦車道関連の仕事につくことが殆どだ。しかも戦車の整備を専門とし、なおかつ男子校なので世間からは何かと目立つことが多い。

 この戦車整備科は全校生徒約7000人に対して定員が4〜50名とかなり少なく、校内でも「戦車整備科です」などと名乗ると物珍しい目で見られる始末だ。

 

 そんな整備科の格納庫では只今絶賛整備中であり、古葉はその光景を高台の足場から見下ろしていた。

 

 「隊長ー!、チトの整備もう少しで終わりそうっす!」

 

 「隊長!ゴムパッキンの在庫ってどこあります?」

 

 「ギャー!!オイルが顔にー!!!」

 

 矢継ぎ早に飛んでくる質問や報告に一切慌てることなく古葉は拡声器で的確な指示を出す。

 

 『おっけー、それ終わったら休憩して次チリの整備なー』

 

 『パッキンの在庫は第二倉庫ね』

 

 『目に入ったか?早く洗ってこい泥パックみたいになってんぞ』

 

  そんな光景を、少し離れていたところから見ていた少年が居た。

 

 「………すごいな。全部捌いてる。聖徳太子かなんかか、アレ」

 

 一人、自身の整備を終え、感心した様に八潮は独り言を呟く。整備科の隊長と言う肩書きがある程だ。古葉もそれ相応のリーダーシップは持ち合わせている。

 

 「はぁ……僕も……」

 

 少し肩を落とし、今度は羨む様な目線を古葉に送る。

 そんな八潮に、背後からまた別の人物が近付いて来た。

 

 「随分と考え込んでるね。やっつん」

 

 「あ、誠さん、お疲れ様です」

 

 現れたのは胸元の名札に"整備科三年 浅井誠"と書かれたツナギを着た男だった。

 古葉と同じく3年生で身長は170半ばで顔立ちが非常に整っており、美青年であるが少し彫りの深い顔立ちで男らしさも感じるイケメンである。

 

 「いや、隊長見てると、ほんとに人間かなって思えてきて」

 

 視線を古葉に戻して八潮がそう言うと、浅井もなんだ、そう言う事かと言うふうに納得した様な表情を見せる。

 

 「一年生の時からあんな感じだからね、俺ら3年生にとっちゃ日常の光景になっちゃったよ」

 

 「そういえば隊長と誠さんは同い年ですから、一年生のころから知ってるんですね」

 

 この浅井と隊長の古葉は同い年の3年生。八潮は年上として古葉を見ているので、まだ整備科で一番下だった頃の古葉を知らない。

 

 「うん、隊長は一年生の頃から先輩達に指示とか出してたからね、模擬戦でも車長を任されてたし」

 

 なんだか懐かしむ様に、浅井は言葉を返す。それを聞いた八潮は苦い顔になった。

 

 「うへぇ、大変ですね」

 

 「ん、何が?」

 

 「だって、当時の先輩達から反発とかあったんじゃないんですか?」

 

 当時の先輩達からしたら、入学したばかりの一年生の古葉に指示されるのは溜まったものでは無いだろう。その居心地の悪さを想像してしまった八潮は嫌そうな顔をする。

 

 「最初だけね。でも彼と話した人たちはことごとく彼の言う事を聞くようになっていったよ。そこは彼の戦車道の流派も関係してくるんじゃないかな?」

 

 浅井は何かを見透かした様に古葉を見据えながら呟く。古葉の流派。八潮もその言葉に心当たりがあるのか古葉の方を見る。

 

 

 「古葉流ですか...」

 

 

 八潮はそう言って考え込むように腕を組んだ。

 

 

 

 

 戦車道はその歴史の古さ故に流派も存在する。代表的なのが戦車道の二大流派と言われる西住流と島田流だ。その他にも多く流派があるが大体はこの二つの流派に影響されているものがほとんどである。だがこの古葉賢介という男の流派は独特であった。

 

 

 『古葉流戦車道』

 

 

 彼と同じ名字のこの流派は西住、島田のどの流派の影響も受けていない。西住流の統制された陣形で、圧倒的な火力を用いて短期決戦で敵と決着をつける単純かつ強力な戦術でなければ、島田流の"ニンジャ戦法"のような臨機応変に対応した変幻自在の戦術を駆使する戦法でもない。

 

 「あの流派なら、人の心を見透かす事なんて簡単でしょ?」

 

 古葉流の戦車道の戦法は"卓越した心理戦"の巧さにあった。相手チームの深層心理を巧みに利用してパニックにさせたり、相手の隊長の性格やその流派がどのような戦法で来るかを読み、常に先手を打つなど、先述の二大流派とは全く違う戦法なのだ。

 その流派の直系である古葉はやはり人の心理や考えていることを読むのが上手く、当初反発していた先輩も古葉本人によって上手く丸め込まれたのだ。

 

 「心を読むって、ホントにそんな事が可能なんですかね?」

 

 「さあ?でもその結果、今彼は隊長やってるからね」

 

 八潮と浅井は互いに未だ拡声器で指示を出している古葉を見据えながら、そんな会話を交わす。

 

 すると、いきなり誰かから背中を「バンッ!!」と強く叩かれた。

 

 「うわっ!?」

 

 「何が古葉流じゃ!あんなんに流派名乗られちゃ戦車道も堕ちたもんじゃ思われるわ!」

 

 突然現れて特徴的な方言で捲し立てるように言ったこの男に、八潮も浅井も少々面食らってしまう。

 

 「久我さん……ビックリさせないで下さいよ……」

 

 不意打ちに背中を叩かれた八潮がホッとした様にそう返す。

 理由は分からないが癇癪を起こしているこの男は名は、久我龍平と言う。

 整備科の三年生でイガグリみたいなツンツンとした頭は金髪で目つきは鋭く三白眼でいつも眉間にしわが寄っているので見てくれは完全に不良だ。

 しかしお世辞にも高いと言えない身長なので、何かと子犬が吠えている様な印象になってしまっていた。

 

 「なんだいくがちん、午前中隊長が講義サボったことまだ根にもってんのか?」

 

 「根になんてもっとらん!あとくがちんゆうな!!!」

 

 浅井に揶揄う様にそう言われ、すぐさま久我が噛み付く。

 

 「まあまあ、隊長は講義はサボれど戦車に関してはここの誰よりも詳しいじゃないですか」

 

 そんな久我を宥める様に八潮がそう言うも、当人はは鼻で笑って一蹴した。

 

 「ハンッ、いくら戦車に詳しいゆうてもあいつはここの隊長じゃ、隊長なら連中の見本にならんにゃいけんのに。アイツの真似する1、2年奴が出て来たらどうするつもりじゃ」

 

 今朝、自分が言っていたことと同じ事を久我が言って八潮は少し苦笑いを返す。この男、口が悪く見た目も厳ついが根は真面目なのだろう。

 

 「でも此処では隊長の言う事を聞かないやつは居ないよね」

 

 そんな中、浅井があいも変わらずニコニコと笑いながらそう言った。

 

 「やっつんだってちゃんと言うこと聞いてるし、くがちんだって隊長の指示を無視したことないじゃん」

 

 続けて浅井がそう言うと、久我はその表情に一層皺を寄せる。

 

 「やかましい!お前は隊長に心酔しとるけえ分からんかもしれんが俺はあのいつもヘラヘラした態度が気に入らんのじゃ!隊長ならもっとシャンとせい!!」

 

 会話の中で、久我がだんだんヒートアップしてきて周りの注目を集め出したころ、高台から機械的な声が聞こえてきた。

 

 『こら、そこ3人。いつまで休憩してんの、次はチハの整備でしょ。それともくがちんもうへばったの?情けないなー』

 

 古葉が煽るようにして久我達に声を掛ける。

 

 「うっさい!分かっとるわ!!あとくがちんゆうな!!!」

 

 悪態を返しながらも、久我は自分の整備に戻って行く。

 

 「ハハッ、了解、作業に戻るよ」

 

 「すみません、僕も作業に戻ります」

   

 浅井と八潮も返事を返すと戦車整備へと戻って行く。やはり此処では皆、隊長の言う事を聞ようだ。 

 

 「古葉流、かぁ……」

 

 そして古葉流の話題が出るたびに八潮は常々思う。女性が主流の戦車道において、もし古葉賢介が"女性"であったらどれほど今の戦車道に影響を与えていたのだろうかと。

 

 

 

 ______________

 

 

 

 そ整備実習も佳境に入り時刻は午後7時を回ろうとしている。それぞれ今日のカリキュラムを終え、道具の片付けをしているところだった。

 粗方片付いたのを確認すると、古葉から整備中の作業員全員に声が掛かる。

 

 「各員お疲れさん、片付けが完了したら全員ミーティング室まで集合な」

 

 「「「ハイッ」」」

 

 古葉の号令に宮舞の整備士達から威勢のいい返事が聞こえる。すると八潮が不思議そうに首を傾げた。

 

 「...なんでしょう?実習後に全員を集めるなんて珍しいですね」

 

 基本古葉という人間は放任主義なところもあり、こうして全員を集める事はあまりない。疑問に思っている八潮に、一緒に片付けをしていた浅井が話しかけた。

 

 「もうそろそろ『あの』時期だからでしょ。周りを見てみ?落ち着かないやつばっかでしょ」

 

 「……ああなるほど、"派遣研修"ですか、そりゃみんな浮き足立ちますよね」

 

 納得した様に八潮が呟く。

 そう。この"派遣研修"と言うワードが、宮舞の整備士達を落ち着かなくさせていた。

 

 宮舞高校戦車整備科では戦車の整備のためという名目で複数の戦車を保有している。その全てが日本の戦車で、多い順から四式中戦車チト、五式中戦車チリ、最後に九七式中戦車のチハだ。しかし外国の戦車は保有しておらず、学園艦と言う外界から遮断されるこの状況において、他国の戦車は手を付けたくても付けられない状況なのだ。

 

 そこで宮舞高校では1年に一回、他国の戦車に触れノウハウを付けさせるとゆう名目で全国戦車道大会が終わり、落ち着いてきた10月の初めの時期に毎年この学校から整備員の生徒を様々な高校に派遣する『派遣研修』というものを行っている。

 

 ここでポイントとなるのが「戦車道」の課程を取っている高校に派遣されるというところだ。戦車道は『乙女の嗜み』と呼ばれるほど女性比率が高く派遣先でも居るのは全員女性だ。男子高校生と言う思春期に加えて、ただでさえ男子校で出会いの少ないここの飢えた狼供にとって、この派遣研修というものは正に夢のイベントなのである。

 

 そして今、宮舞の戦車格納庫の端に併設されたミーティング室では整備科の連中がすべて集まり、誰もが落ち着かない様子でいた。そこにプリントを持った二人の男が最後に入って来ると、全員が整列をして背筋を正す。

 

 「……よーし、全員集まったね。それじゃあ今からプリントを配るから各員よーく目を通すように」

 

 二人のうちの一人、整備科の隊長である古葉がそう言うと順番にプリントが配られ始めた。妙な緊張感に包まれたミーティング室で紙の擦れる音だけが聞こえる。八潮も例外ではなく変な緊張感を持ってプリントが回ってくるのを待っていた。

 そして回ってきたプリントに目を通すと、第一希望、第二希望、第三希望と書かれ、プリントの下の方には派遣先の学校の名前がズラリと並んでいた。プリントが全員に行き渡るのを確認すると、最後に入って来た二人のもう一人の方が口を開いた。

 

 「今年も派遣研修を実施する。期間は10月の初旬から1ヶ月半、11月の中旬ごろまで、1年はこれから詳しい説明をする。2、3年生は熟考の上第三希望まで埋めて1週間後に柴原まで提出してくれ。誰しも第一希望が通るとは限らないので留意する様に」

 

 低めのバリトンボイスでそう言ったこの男は整備科3年の柴原樹と言う。180超えと高い身長だが線は細く、天然パーマがかかった長めの髪は前髪で目を隠しており整備科の人間からは「ノッポ」や「ノッポ先輩」などと呼ばれている。

 説明を終えると、古葉が付け加えるように口を開いた。

 

 「ノッポの言った通り今季も派遣研修をやるよ。あと今回は去年より2校増えているからそこも加味して考えるようになー」

 

 気の抜けた声で古葉にそう言われて八潮は再び視線をプリントに落とす。すると、確かに去年までは無かった2つの高校の名前がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 『大洗女子学園』

 

 

 

 

 

『黒森峰女学園』

 

 

 

 

 

 

 

 この二つの校名を見て、八潮は妙な胸騒ぎを感じた。

 

 

 

 




はじめましてキングコングマンです。小説書くのは初めてなので誤字や矛盾、至らない点などがありましたら遠慮なくいってくだしあ。
 設定はある程度考えたんだけど割と見切り発車なので第一話で女の子が一人も出てこないという事件。これからだすからゆるして。


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派遣研修

 

 

 翌日、教室で八潮は学校の昼休み中に腕を組んで紙とにらめっこをしていた。派遣研修のプリントである。

 派遣研修は基本的に4〜6人でチームを組み、一度行った高校は選べないのがルールだ。八潮は去年マジノ女学院というフランス戦車が主力の高校に派遣されたのでその高校は選べない。ならばソ連のプラウダか、アメリカのサンダースか、イギリスの聖グロリアーナか、はたまた今年新たに追加されたドイツの黒森峰か。八潮が最も興味があったのは第二次世界大戦で圧倒的な完成度を見せたドイツ戦車だったが、黒森峰とゆう名前でかなり足踏みしているようだ。それと八潮にはもう一つ気になる高校があったのだが……

 

 「よお、やっつん。難しい顔して何見てんだ?」

 

 そんな悩む八潮に、軽い感じで一人の男が正面から声を掛ける。

 

 男は八潮の机に腰掛け、面白がる様にプリントを覗き込む。

 

 「ん、まえやんか、派遣研修のプリントだよ。第一希望をどこにしようかって……」

 

 八潮にまえやんと呼ばれたこの男、八潮と同じクラスであり、同じ整備科の2年でフルネームは前山翔吾という。

 少し猫背で垂れた目が特徴的で、この様に軽い感じの八潮の友人である。

 

 「もう悩んでんのかよ、まだあと6日もあんだからゆっくりでいいんじゃね?」

 

 他人事の様にそう言い放つ前山に対し、八潮は少々顔を顰めた。

 

 「そうやって去年テキトーに選んで痛い目を見たんだから。慎重にもなるよ」

 

 「……あぁ、お前は去年マジノだったな」

 

 痛い目と言う言葉を聞いて、前山もバツの悪そうな表情になる。

 

 「うん、だから今年はもっとやりやすい高校を選ぶよ」

 

  そして八潮は渋い顔のままそう言った。

 

 

 

 ________________

 

 

 『戦車道は女の武道、男の入る余地は無い』

 

 今でこそこの認識は薄まってきているが、昔は男が戦車道に介入するなどあり得なかった。戦車の整備でさえも女性が殆どで男に戦車を触らせる事など侮辱に当たる行為だったのだ。現在ではジェンダーフリーもある程度進み男の整備士が増えているが、それでも男が戦車に乗って戦う事は殆ど無く『整備士』と言う枠に収まっているのが現状だ。

 八潮は去年、マジノ女学院に派遣研修として行った時にその現実を目の当たりにした。

 それはマジノ女学院の戦車庫でルノーB1とゆう重戦車の整備を終え、動作チェックを行おうとキューポラに乗り込もうとした時だった。

 当時のマジノ女学院の3年の一人が血相を変えてこちらに近づいてきて、八潮の胸ぐらを掴んで叫び出したのだ。

 

 

 

 

 「何をしてますの!?貴方方は戦車の整備だけではなくって!?その汚い手でわたし達の戦車を動かさないでくださいまし!!!」

 

 

 

 

 それは八潮にとって衝撃的な出来事だった。

 この言葉に当時の整備班長も反発し、事態がかなり大きくなってしまった。だが幸い当時2年生であった古葉が緊急でマジノの派遣研修に参加し仲介して、なんとか事は収まった。

 八潮にとってはこの出来事がトラウマで今回の研修に早くも頭を悩ませていたのだ。

 

 

 

「まあ、あんな出来事そうそう起こるもんじゃ無い。今回は気楽に行こうぜ」

 

 前山に励まされるものの、八潮の表情は暗い。

 

 「……はぁ、分かってるよ。と言うか、まえやんはもう決めたの?」

 

 八潮の問いに前山はデレデレとしただらしない笑顔を浮かべて自信満々に言い放つ。

 

 「そりゃもちろん今年も第一希望は聖グロよ、去年はダメだったから今年は絶対行けるわぁ」

 

 クネクネと気持ち悪い動きを繰り返しながら下心全開なのを隠そうともせず前山は派遣研修倍率第一位の聖グロでの妄想を浮かべている。

 

 「はぁ……相変わらず気楽そうで羨ましいよ……」

 

 その光景を見て、だからお前は去年サンダースで玉砕しまくったのだ。と八潮は思った。

 

 

 

 ______________

 

 

 

 派遣研修のプリントが渡されてから5日後、整備科の8割の人間が提出を終えているのに対し、八潮は未だに何処へ行くかを決めあぐねていた。幸い、日々の整備に支障をきたすことはないものの八潮の心の中はモヤモヤとしたスッキリしない気持ちが溜まっていた。

 

 「...よう、八潮、しけた顔で整備してんな」

 

 そんな中、八潮に声を掛ける人物が一人。

 

 「ノッポ先輩...」

 

 話しかけてきたのはこの派遣研修を仕切る一人でもある柴原だった。

八潮はプリント提出の催促にきたものだと思いすぐさま謝る。

 

 「すみません、プリントは明日までに提出します」

 

 それに対して柴原は無表情のまま言葉を返す」

 

 「……別にいい、お前の事情はここにいる2、3年なら全員知っている」

 

 「ですが……」

 

 「期限は気にしなくていいから、ゆっくり決めてくれ。後はこっちでなんとかする」

 

 八潮が皆まで言う前に、柴原はそう言い切る。

 この柴原と言う男、いつも無表情でぶっきらぼうだが「ノッポ」とゆうあだ名を受け入れている様に、心は結構寛大なのである。

 

 「……すみません、ありがとうございます」

 

 対して八潮は申し訳なさそうにそう返すしかなかった。そんな彼を見て柴原は軽くため息を吐く。

 

 「はぁ……八潮、まだ踏ん切りが付かないか?」

 

 「………ええ、正直」

 

 柴原の問いかけに、やりにくそうに八潮はそう返す。

 

 「……なら、今日終わったらミーティング室に行ってみろ」

 

 「ミーティング室?」

 

 思ってもいなかった言葉が柴原から出て、目を丸くする八潮。

 

 「隊長直々にお呼びだ」

 

 それを聞いて、今度はやっぱりかと言う様な表情に変わった。

 

 「あー……そうですよね。隊長にはバレますよねー……」

 

 「バカ。隊長じゃなくても分かる。ここ最近のお前は辛気臭いんだよ」

 

 「あはは、返す言葉も無いです……」

 

 柴原に痛いところを突かれ、苦笑いを返す八潮。

 

 「行くか行かないかは自由だが、そのままじゃお前も嫌だろう?」

 

 「………ええ」

 

 「なら行ってみろ。……隊長もお前の事は気に掛けてるからな」

 

 「……了解です」

 

 ただの社交辞令かもしれないが、そこまで言われてしまっては行かない訳にはいかない。あまり気が進まないが、八潮は少し俯き気味でそう返した。

 

 

 

 _______________

 

 

 

 日はすっかりと落ち、時計の針は7時20分を回った頃、ミーティング室のドアがコンコンッと2回ノックされる。

 

 「入っていいよ」

 

 古葉に催促され八潮はゆっくりとドアを開く。

 

 「失礼します」

 

 八潮が入ってみると、古葉は部屋の前方にある来客用のソファーに腰をかけていた。古葉は八潮に気がつくと向かいのソファーに座るよう手招きする。

 

 ソファーに座り最初に言葉を発したのは古葉の方だった。

 

 「誠が持ってきたお茶があるんだ、飲むかい?」

 

 「あ、はい、お願いします。」

 

 八潮の表情はまだ固い。古葉が席を立ちポットの方に歩いていくとしばらくしてお茶の香りがしてきた。緑茶の匂いだ。

 

 「お待たせ、お茶はあるけど茶菓子は無いから勘弁ね」

 

 「いえ、大丈夫ですよ」

 

 少しばかりか八潮はリラックスしたような表情に変わる。それを見た古葉はこのタイミングを逃さずと本題へ切り込んだ。

 

 「もうあれから1年くらい経つねえ」

 

 あれとは、去年のマジノ女学院での事件のことだろう。八潮もそれを察して言葉を返す。

 

 「あの時は隊長が居なかったらと思うとゾッとしますよ」

 

 「そうそう、もっと感謝してくれてもいいよ」

 

 「ハハッ、なんですかそれ」

 

 古葉の冗談に、八潮は軽く笑って返す。すると同時に何やら重たいものもスッと下りたような気がした。……今なら隊長に相談していいんじゃないか、そう思った時、古葉から核心を突く言葉が出る。

 

 

 

 「……今でもあの時のようになるのが怖い?」

 

 

 

 いきなり本題に入られ、八潮は言葉を飲み込んでしまう。古葉が心理戦に強いことは、八潮も一緒にいた1年半で嫌と言うほど経験してきたが、こんなほんの少しの隙を見せただけで付け入って来られるとは八潮も思わなかったのだ。

 それは優しく問いかけるような言葉で、しかし目は射抜くように八潮をしっかりと見据えている。

 

 「……言えない?」 

 

 古葉は更に優しく、言葉をかける。

 タイミング、声色、表情。その全てが優しいものに見える。ただ一つだけ、目だけは全てを見透かした様に。心の奥底を覗かれているような錯覚を覚える。

 

 だからだろうか、ポロっと、八潮の口から本音が出る。

 

 「……正直なところ、怖さはあります。でもそれは詰め寄られるのが怖いんじゃなくて、問題はその後です」

 

 古葉は驚きもせずに微笑んで八潮の言葉を待つ。いつものヘラヘラとした顔では無い。

 

 「………あの時、僕は相当なショックを受けたと思います。自分達が一生懸命に整備した戦車なのにあんな言葉をかけられたんです。もちろん怒りもありましたが、それよりも……」

 

 八潮は下を向いたまま力なく言葉を紡ぐ。そして息を一つ呑み消え入りそうな声で呟いた。

 

 

 

 「なんだか、悲しかったんです」

 

 

 

 

 時刻はまだ8時にもなっていない。部屋に入って10分ほどしか経っていないが八潮にとっては何時間もそこにいるように感じられた。

 しばらくの無言の後、用意されたお茶を一口飲み、口を開いたのは古葉の方だった。

 

 

 「戦車道は女の武道、男の入る余地は無い」

 

 

 「………は?」

 

 古葉のあまりにも突飛な発言に八潮は目を丸くする。

 

 「昔は戦車道と言えば全員女性でやっていて、男性が触れようものならば侮辱行為とみなされていたらしいよ」

 

 「………」

 

 何を言おうとしているのか大体察したのか、八潮は黙って古葉の言葉に耳を傾ける。

 

 「それは伝統、と言えば聞こえはいいけどね。でもその伝統に縛り付けられたら途端に視野が狭くなることもあるんだ」

 

 保守的、と言えば良いだろうか。

 戦車道には歴史がある。しかし長く続くと、変化が起こりにくいと言う問題が発生する。

 

 「今回の派遣研修だって伝統を重んじる学校は少なくない。やっつんの行ったマジノ女学院、イギリスの伝統を重んじる聖グロリアーナ、そして今回新しく加わった黒森峰、どの高校にも受け継がれている伝統ってのは存在するんだ。その伝統を履き違えて去年のようなことも起こったりする」

 

 ここまで言うと、古葉は一呼吸置く。そしてその表情を、面白がる様なものに変えた。

 

 

 「………だけど一つだけ、例外中の例外の高校がある」

 

 

 見透かした様な古葉の言葉に、八潮の心臓が一つ跳ねる。一つ、心当たりのある高校がある。

 その高校は今年新設された新しい戦車道でありながら波ある強豪校や伝統校を全く見たことのない戦法で次々と撃破し、今年の戦車道全国大会の優勝まで登り詰めた、全くもって新しい高校……

 

 

 

 「大洗女子学園………」

 

 

 

 そう呟いたのは八潮の方だった。

 その言葉を聞いて古葉は占めたと言わんばかりにニヤリと笑う。

 

 「なんだ、知ってるじゃんか。そう、大洗。どう?やっつんは興味ない?」

 

 分かっていると言わんばかりに、見透かした様に古葉は尋ねる。

 

 「……あります」

 

 希望用紙を受け取った時から、目を引いた高校。

 テレビで見たその戦車道は、八潮には何もかもが魅力的に映っていた。

 

 「テレビで見ましたけど、あんな戦い方、見た事ありません。何もかも新鮮でした」

 

 「やっぱりそう思うよね。俺としてはあの隊長が結構切れ者だと思うんだけど」

 

 好奇心丸出しで八潮がそう言うと、それに応える様に古葉も嬉しそうに大洗戦車道について語る。

 

 「でも、あの複雑な指示に応えられる他のメンバーも凄いと思います」

 

 「それといい意味で統率が取れてないのもな」

 

 「あ、やっぱり隊長もそう思いましたか?」

 

 先程の陰鬱な空気は何処へやら。二人は時間も忘れて戦車道談義に花を咲かせるのだった。

 

 

 

 _______________

 

 

ーーーポーン...ポーン...ポーン...ーーー

 

しばらく話していると時計の方から7時半の時報を知らせる音が鳴る。その音で二人ともハッとした様に時計に顔を向けた。

 

 「もうこんな時間か」

 

 「ですね」

 

 二人とも時間を忘れるほど語っていたらしく古葉は一瞬、残念そうな顔をした後に真面目な顔をして八潮の顔を見る。

 

 「……話した感じ、問題なさそうだね」

 

 確信した様に頷いてそう言う古葉。

 

 「何がです?」

 

 「いや、こっちの話。それよりもどうする?派遣研修」

 

 古葉はそう言うと、八潮の前に派遣研修の希望用紙を出す。先程まで悩んでいたあの姿は何処へ行ったのか、八潮は迷わず、ごく自然に第一希望の欄に校名を書く。

 

 

 

 八潮学

 

 派遣研修

 

 第一希望

 

 大洗女子学園

 

 

 

 

 

 

 




ガールズ&パンツァーなのにガールズが全く出てこない件


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模擬戦前

 

 派遣研修の希望アンケートの締め切りから3日が経ち、宮舞高校戦車整備科は今日も今日とて淡々と授業を進めている。

 だが今日の実習はいつもと違い、戦車の整備では無かった。格納庫では無く、広場のような場所に整備科のメンバーが集まっている。

 

 そしてその場所には、いつでも動ける状態にある戦車が並んでいた。

 

 「はい、くじはもうみんな引いた?じゃあ青のくじ引いた人は俺のチーム、赤引いた人は久我ちんのチームね」

 

 青空の下、仕切るようにそう言ったのは整備科3年の浅井だ。指示に従い赤チームと青チームに人が分かれて行く。分かれたのを確認すると浅井がまた話し始めた。

 

 「それじゃあこれから模擬戦を始めます。浅井の青チームはチト3両、チリ1両、チハ1両の編隊、久我の赤チームはチト3両、チリ2両の編隊です。ルールは殲滅戦で隊長はそれぞれ浅井と久我です。それでは各自配置に付き次第試合を開始します」

 

 そう、今日の整備科の実習は『模擬戦』である。

 整備科では半月に1度辺りの頻度で、学園艦に建てられた演習場でこのように模擬戦を行っている。これは実際に試合と同じ挙動を行う事で戦車へのダメージやその修理の仕方、リタイヤした戦車の処理の仕方などを学ぶものだが、当人達は本気で勝ちにいっているので本来の目的とは大分違ったものとなっていた。

 そんな中、別れて作戦会議をしている久我の赤チームは戦車に乗る前に円陣を組んでいた。

 

 「今日こそあの性根の悪いイケメンをぶちのめす!!!」

 

 久我がいつもより3割増しで眉間にシワを寄せ宣言する。只事では無い雰囲気に、チームも困惑していた。

 

 「久我さん今日はいつもより気合い入ってるっすね、どうしたんすか?」

 

 チームメイトの一人が久我に質問する。浅井と久我の馬が合わないのは整備科でも周知の事実なのだが、それでも今日はいつもより機嫌が悪い。

 

 「ケッ、お前ら知らんのか一昨日あった出来事を」

 

 「なんかあったんすか?」

 

 「あぁ、思い出しただけでも腹立つわあのアホンダラ」

 

 久我はブツブツと悪態をつく。

 それは一昨日の夜、寮のロビーの自販機で久我が飲み物を買おうとした時、ロビーのソファーで浅井が何やら手紙?のようなものを読んでいたので気になった久我が浅井に話しかけたのがきっかけだった。

 

 

 

 「おぅ、浅井、こんな時間に何しよるん?」

 

 「……あぁ久我ちん、実はこの手紙の返事を考えているところなんだ」

 

 そう返すと、浅井は手紙の封筒を久我に見せつける。そこには浅井くんへ♡と可愛らしい文字で書かれた便箋がいくつもあった。

 

 「………もしかして、それ全部女からの手紙か?」

 

 久我の不機嫌そうな声に、浅井は意地の悪い笑顔を浮かべた。

 

 「そうだね、去年の派遣研修先の女の子達からかな」

 

 久我の眉間に一層シワがより、側から見てもどんどん不機嫌になってゆく。もちろん久我はそんなものもらった経験はない。

 

 「また来てください、とかそんな類の手紙だよ。久我ちんだって一通くらい貰ってるでしょ?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、久我の中のなにかがキレた。

 

 「おどれェ!ケンカ売っとんのか!?何が『一通くらい貰ってるでしょ?』じゃ!?そんなんもろうとらんし去年も一昨年もそんなん無かったわ!!!!」

 

 「なんだい、久我ちん、羨ましいなら一通あげるよ?」

 

 「いらんわアホ!お前宛ての手紙じゃ!お前が返せ!!」

 

 やはりこの男、口は悪いが根は真面目である。

 

 「そんな事言わずにさぁ、一緒に返事考えてよ?」

 

 「ファーーーーーーック!!!!!」

 

 

 

 ________________

 

 

 久我が事の端末を話し終えるとチームメイトは呆れ顔になる者が2割、同情する者が8割といった感じになっていた。

 

 「あぁ、話したらまた更に腹が立ってきたわ...」

 

 どんどんと機嫌が悪くなる久我に対してチームメイトも困惑していると内の一人が怒りを押し殺したような声で話し出した。

 

 「……許せねぇ、許せねえっすよ………!」

 

 怨嗟の篭った表情でそう言ったのは2年の前山だった。彼は『整備科一モテない男』と言うあまりにも不名誉なあだ名を付けられている。そんな彼が整備科一モテる浅井を逆恨みしないわけが無い。

 久我の話を聞いてふつふつと怒りに燃えていたのだ。

 

 「……前山」

 

 般若のような顔を浮かべる前山に久我は軟派な浅井に対して前山がこんなにも怒ってくれているのかと感動する。

 

 「今日は殲滅戦っすが俺には関係ないっす!俺は徹底的に誠さんを狙うっす!!モテる男は死すべきっす!!!」

 

 否この男、モテる浅井に対して嫉妬で狂っているだけである。そんなこととは露も知らず、勘違いしたままの久我はチームメイトを鼓舞する為に声を張り上げた。

 

 「ええかお前ら!今回の作戦は浅井誠を徹底的に狙え!!他の車輌は後回しでええ!!そして今回あいつをぶっ叩く意気込みとして返事は全て『ファック』とする!!!分かったかお前ら!!!!」

 

 「「「「は、はい!!」」」」

 

 「はい、じゃねえ!!ファックじゃ!!!」

 

 「「「「ファック!!!!」」」」

 

 何とも下品な作戦である。

 

 

 

 ______________

 

 

 

 一方、浅井の青チームは作戦ミーティングを終え、各自、各々の戦車へ向かっている。

 

  「おっすやっつん、調子どう?」

 

 すると、浅井が同じ青チームになった八潮に対して声をかけた。

 

 「まあ、ぼちぼちですね、リラックスはしてますよ」

 

 それを聞いた浅井は少し微笑む。

 

 「そりゃ良かった。最近やっつん元気がなかったからね。元に戻ったようでよかったよ」

 

 言葉通り安心したような表情を見せる浅井に対し、八潮も少し微笑む。

 

 「ありがとうございます、心配させたようですみません。もう解決しましたから」

 

 「そっか」

 

 そして浅井は自身のバッグから何かを取り出して八潮に渡した。

 

 「はい、これ新作だよ。最近元気が無かったから用意したんだけど、もう要らなかったかな?」

 

 そうして渡されたのは小さめの水筒だった。八潮はそれを受け取り礼を言う。

 

 「いえ、ありがたく貰っておきます。また緑茶ですか?」

 

 「うん、自分でブレンドしたんだ。後で感想聞かせてくれるかな?」

 

 「分かりました」

 

 浅井の趣味はお茶である。特に緑茶が好きで学園艦が寄港した時などは艦から降りてご当地のお茶っ葉を集めるのが趣味であった。ミーティング室には彼が集めた茶葉が沢山あり、このようにブレンドする事もあるのだ。

 

 「……ところで誠さん、また久我さんに何かしたんですか?」

 

 先程の久我の惨状を思い出したのか、困った様に軽く笑って浅井に尋ねる。

 

 「あー、一昨日の夜ちょっとねー」

 

 ケラケラと笑いながらそう言う浅井に八潮は軽く溜息をついた。

 

 「相当怒ってましたよ、久我さん、大丈夫なんですか?」

 

 「今回はちょっとやりすぎたかなー、まあ後々フォローしておくよ」

 

 実は浅井が久我をこうやっておちょくることは何度もある。

 どうにも反応が良いので、浅井も悪ふざけが過ぎてしまうのだ。その度に久我が逆上し、後々浅井が宥める光景は整備科の名物と言っても良いだろう。

 

 「……何度も懲りませんね」

 

 「アハハ、久我ちんはおちょくると面白いからねえ」

 

 そんなやり取りを見る限りこの男、かなり良い性格をしている様だ。

 

 「それよりやっつん、今年は何処の高校に行くことにしたんだい?」

 

 すると、浅井から唐突にそんな事を聞かれた。

 

 「派遣研修ですか?大洗女子学園です」

 

 少し誇らしげに八潮はそう返す。浅井はその言葉に少々驚きながらもすぐ愉快そうに笑って八潮の肩を叩いた。

 

 「はははっ、そうかそうか、大洗かい、それはまた面白いところを選んだねぇ」

 

 「まだ決まったわけでは無いですけどね。第一希望はそこです」

 

 「いや、隊長はやっつんを大洗に行かせるとおもうよ」

 

 「……分かるんですか?」

 

 予言するような浅井の言葉に、八潮は驚いた表情を見せる。

 

 「去年やっつんはマジノで大変な目にあってるからね、それを踏まえて隊長はやっつんを大洗に行くように仕向けたんじゃないかな?」

 

 ……言われてみればあのミーティング室で起こった出来事は隊長の掌の上で踊らされていたと言っても過言では無かったなと、八潮は思い返す。元々自分自身も大洗には興味があったが、それを見透かしたかのように古葉は言葉巧みに誘導していた。

 

 「はぁ...隊長にはいつまで経っても敵いそうにないですね……」

 

 そう言って八潮はガックリと肩を落とす。一学年違うだけなのに、こうも差を見せつけられると流石に落ち込む。

 「それで、誠さんの方は何処に希望したんですか?」

 

 今度は八潮に逆に聞かれ、それに浅井は一つ間を置く。

 

 「……んー、俺は今年聖グロにしたよ」

 

 ニコリと笑ってそう言うと、対照的に八潮は訝しむ様な表情に変わった。

 

 「……今度は聖グロの女の子達に手を出すんですか?」

 

 「ハハッ、俺信用ないなぁ」

 

 「去年の例がありますからね」

 

 浅井誠はモテる。それは事実なのだが、その度合いは群を抜いていた。

 去年、彼がサンダースへ派遣研修に行った時、全ての研修過程を終え、宮舞に帰る前日にお別れパーティーをする事となり、その席で事は起こったのである。

 

 何とその日にサンダースの女生徒5人からの告白を受けたのだ。

 

 八潮はこの話を同じくサンダースの派遣研修に行っていた前山に血涙を流されながら聞かされた話なので、よく印象に残っていた。今回の手紙の件も恐らくこれが関係しているのだろう。

 

 「今回はそういうのじゃないよ」

 

 尚も浅井はニコニコしながらそう言う。『今回は』という事は前回はそうだったのだろうか。

 

 「もちろんイギリスの戦車にも興味はあるけどそれよりも……」

 

 一呼吸置いて、何か面白がる様に、浅井は小声でこう言う。

 

 

 

 「……誰にも言ったこと無いけどね、聖グロにはちょっとした知り合いがいるんだ」

 

 

 

 それを聞いて俄然興味が湧いた八潮は深く聞き出そうとした。

 

 「それって………」

 

 「誠さーん!何やってるんですか、もう模擬戦始まっちゃいますよ!!」

 

 八潮の言葉を遮って少し遠くの方からチームメイトの声が聞こえる。

 どうやら待たせてしまっているらしい。

 

 「長話しちゃったね、これくらいにしとこうか」

 

 「あ、はい」

 

 そう言って浅井は早足に自分の戦車へと向かって行く。

 

 「じゃあ作戦はミーティングの通りだからよろしくね、やっつん」

 

 「はいっ!」

 

 最後にそんなやり取りをすると、八潮は気持ちを切り替えて自身の乗る四式中戦車に向かっていった。

 

 

 



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二人の来客

 模擬戦の始まる少し前、宮舞高校の校舎の来賓室に隊長の古葉の姿はあった。いつもの薄水色のツナギは着ておらず制服の姿だ。何故彼がここにいるのかというと、二人の客を待っているからだ。と言っても、その内の一人はもう来ているのだが。

 

 「本日はお越しいただいてありがとうございます。まだ少し時間があるのでお茶出しますんでそこのソファーにでも座っておいてください」

 

 古葉が丁寧な言葉遣いでソファーに座るように促す。それに対して客である少女はのんびりとした口調で答えた。

 

 「いえいえー、お構いなくー、お邪魔しているのはこっちですから。ってゆうか私たち同い年だよね?そんな硬い言葉使わなくても良いよー」

 

 「……そうっすか、角谷さんがそういうなら、そうします」

 

 そう。来客とは今年から新たに派遣研修先として追加された大洗女学園の生徒会長である角谷杏という少女だった。背は低いが立ち振る舞いが堂々としてるところは、さすが学園艦の生徒会長といったところだろうか。

 

 「それにしても広い学園艦だねー。男子校なんて初めて来たからちょっと緊張しちゃったよ」

 

 全く緊張感のない声で角谷が言葉を続ける。

 

 「悪いねー、ここの男どもは女というものに慣れてないのが多くてね、イヤな視線とかもあるかもしれないけど勘弁してくれな」

 

 来賓室に来るまでの出来事を察した古葉は申し訳なさそうにそう言った。

 

 「そうだねー、そういう時は古葉くんに守ってもらおうかなー」

 

 「ハハっ、善処するわ」

 

 ケラケラと笑い冗談を飛ばす角谷に対し、古葉も笑顔を作って言葉を返す。

 

 「もう一人は後もうちょっとで来るのと思うから少し待ってて。なにぶん多忙な人だから連絡が取りづらくてねぇ……」

 

 スマホの画面を確認しながら、古葉は再度申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

 「いやいいよー、あの人が忙しいのはウチも知ってるからねー、とゆうか古葉ちゃんもあの人と知り合いなの?」

 

 出会って10分も経ってないのにもうちゃん呼びである。

 

 「うちの母親が知り合いだったんだ。会うの自体は5年ぶりくらいかな」

 

 「ふぅん、そうなんだ」

 

 「まあ今回それが役に立ちそうなんだけどねー」

 

 意味深に言う古葉に角谷は首を傾げた。

 

 

 このようなやり取りをしながらしばらく話していると、ドアをノックする音が3回鳴り響いた。古葉は来たか、と思い少し大きめの声で応える。

 

 「どうぞ、入ってください」

 

 「失礼します」

 

 扉越しのその凛とした声の後、ゆっくりとドアが開き現れたのは古葉が待っていたもう一人の来客で間違いなかった。高めの身長に鋭い目つき、黒く長いロングヘアーの女性だ。その女性は部屋に入る前に振り返り、その後ろで控えていた人物に頭を下げる。

 

 「ここまでのご案内、ありがとうございました。ここからは結構なのでどうぞお引き取りください。」

 

 古葉も注視して後ろを見てみると目に映ったのは腰を低くしてぎこちない笑顔を浮かべていた宮舞の校長だった。校長は「は、はい分かりました」と言うと依然腰を低くしたまま古葉の方へ向かって行き、耳打ちをする。

 

 「古葉くん、この方は君も知っているだろう。……くれぐれも粗相のないようにな」

 

 角谷には迎えすらなかったのにわかりやすい人だな、と思いつつも古葉は小さく「分かりました」と応える。

 

 「では、私はこれで...」

 

 校長が来賓室から逃げるようにして出て行くと、古葉はやっと女性に向かって話しかけた。

 

 

 「お待ちしてました、そしてお久しぶりです、しほさん、いや、今は西住流家元と呼んだ方がよろしいですか?」

 

 

 そう、古葉が今回呼んだのはもう一つの新しい派遣研修先の黒森峰女学園の代表であり、西住流戦車道の家元、西住しほだったのだ。

 そして呼び方を聞かれた家元は

 

 「……どちらでも良いわ」

 

 と、ぶっきらぼうに短くそう答えた。

 

 この二人に来てもらった理由は他でもない派遣研修の件だ。ここで日程や整備計画、派遣する人数などを説明して最終決定をするという流れになる。

 他の高校とは電話やメールなどでそういったやり取りをするのだが、大洗と黒森峰は初めてという事でこうしてわざわざ二人が代表として来てくれたというわけだ。

 

 「説明は以上です。では日程としては両校とも10月の第一月曜日から1ヶ月半、という事でよろしいですか?」

 

 説明を一通り終え、古葉は2人に目を配らせて確認をとる。

 

 「うん、いいよー」

 

 「……ええ、分かりました」

 

 二人して同じ返事が返ってきた。返事を聞いた古葉は続ける

 

 「これで大まかな説明は終わりです、何か質問はありますか?」

 

 「うん、大丈夫だよー」

 

 「………一つ、いいかしら?」

 

 「………なんでしょう?」

 

 古葉は身構えるような気持ちで家元の言葉を待つ。

 そして、家元はその鋭い目を一層強いものにする。

 

 

 「………こちらには5名研修に来ると言う事ですが、その方達は信頼に足るる者なのでしょうか?」

 

 

 

 一瞬にして来賓室が氷に包まれた様な空気になった。確かに家元の言う事はもっともである。黒森峰は日本でも屈指の歴史を誇る西住流の戦車道を受け継ぐ高校だ。古い考え方もある程度根付いており、20年ほど続く宮舞の派遣研修を全て受け入れなかったように、黒森峰のOGは保守派の人間も多い。そしてそれは現在の生徒にも影響を及ぼしているかもしれないのだ。

 もしそうなった時、宮舞の方から下手な人材を送り込むと黒森峰の生徒たちと衝突する可能性は極めて高い。下手をしたら去年のマジノ女学院での事件より悲惨な事になるだろう。家元はそうなる事を危惧して古葉に対してこの様なキツイ言い方をしたのだ。そして古葉もこの事に関しては重々承知していた。

 しばらくの無言の後、古葉が口を開く。

 

 「……うちの整備士はヤワな鍛え方はしていません。家元の危惧しているような事が起こることはないかと」

 

 「その言葉を信じられるとでも?」

 

 家元の目つきが一層鋭くなり古葉を睨め付ける。あまりの緊張感に隣にいる関係のない角谷さえも冷や汗をかいていた。だが古葉は努めて冷静に、一冊の冊子と一枚の紙を取り出した。

 

 「これは?」

 

 家元が訝しむ様な表情を見せる。

 

 「これは本年度の整備科の成績記録です。今年の夏休みに入る前までの成績が全て載っています」

 

 まずは冊子を家元に渡し、そして古葉はすかさずもう一枚の紙を家元に見せる。

 

 「そしてこれは今回予定している黒森峰への派遣メンバーです」

 

 それは4名の名前が記載されている紙だった。家元はその紙と冊子を交互に見ながら熟考している。

 そして1分ほど経ったであろうタイミングで家元が口を開いた。

 

 「……一番上、整備班長の名前が記載されてないようですが?」

 

 古葉はその言葉を待ってましたと言わんばかりに少し目を薄める。

しかし家元にバレないようにすぐさま表情を戻す。

 

 「……そこには隊長である僕の名前を入れようと思います。家元の判断にもよりますがこれで信頼できる人選は出来たと思っています。何か不備がありますでしょうか?」

 

 

 ここで古葉は最大の切り札を使ってきた。

 西住しほにとってこの宮舞高校で唯一知っている人物が彼が子供の頃からの知り合いである古葉だ。

 人間は話したこともない人物より、話したことがある、その人を古くから知っている。という人間に信頼を寄せる。古葉はその『心理』を巧く利用して最高のタイミングで『自身』という切り札を切ったのだ。

 家元は目をつぶり、腕組みをする。そしてしばらく考えた後に目をゆっくり開き、古葉に伝える。

 

 

 「……分かりました。これなら問題ないでしょう。このメンバーで承認します。」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、強張っていた古葉の身体の力が一気に抜けた。そしていつぶりであろうか、自然な微笑みを浮かべる。

 

 「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」

 

 これにて大洗女学園と黒森峰女学園の派遣研修の予定が決定したのである。

 

 

 ____________

 

 

 資料を整理した後、古葉は立ち上がって2人にこんな提案をする。

 

 「これからウチの演習場で模擬戦をやります。その後模擬戦で使った戦車の整備もしますので良かったら見て行きますか?」

 

 古葉としては、宮舞が戦車整備だけでは無いと言うところも見せたい。問いかけに対し2人の表情を見ると角谷は好意的で、家元は相変わらず無表情だった。

 

 「うーん、じゃあ是非お願いしようかなー」

 

 表情通り角谷は興味津々に

 

 「……いえ、私はこれから別の仕事がありますので遠慮します」

 

 家元は全く表情を変えずにそう返す。

 

 「そうですか、では僕は家元をヘリの置いてある屋上まで送るので角谷さんは少しここで待っていてください」

 

 そこまで言うと、古葉と家元は席を立ち、来賓室から出て行く。

 

 「はいよー、いってらー」

 

 そして二人が出て行った後、一人になった角谷はソファーに深すぎるほど腰をかけて一言呟いた。

 

 「………あー、緊張した」

 

 

 ______________

 

 

 屋上へ向かう途中、しばらくは無言の二人であったが最初に口を開いたのは意外にも家元の方だった。

 

 「……戦車道、まだ続けていたのね」

 

 家元から声をかけられたのが意外だったようで古葉の反応が少し遅れる。

 

 「………ええ、僕は幼い頃からずっと戦車に囲まれてきましたから、今更離れろと言っても離れられません」

 

 「……今はそんな畏まった話し方をしなくていいわ」

 

 そう言われた古葉は少し驚く。が、すぐに笑顔になり家元に話しかける。

 

 「ありがとう、しほさん。そうだね、今俺はここの隊長をしてるんだけど結構楽しいんだよ?」

 

 「そう、それは良かった。久しぶりに見たからずいぶん大きくなっていて、会った時一瞬誰かわからなかったわ」

 

 「あはは、ひどいなーしほさん」

 

 その光景は先程の来賓室の一件からは想像もつかないほど温かいものだった。側からみたらまるで親と子が話しているように見えるだろう。

 

「まほとみほちゃんは元気にしてる?」

 

 そして古葉は話題を家元の娘たちに移す。その言葉に家元は少し言葉を詰まらせた。

 

 「……まほは元気よ、私と同じで感情表現に乏しいのは心配だけど。……みほは……」

 

 下の娘の話題を喋ろうとして、家元の言葉は完全に詰まった。

 

 「……まだ、みほちゃんが大洗に転校してから会ってないの?」

 

 古葉の言葉に、いつも無表情な家元の表情が心なしか暗くなっていた。

 

 「直接は会ってはいないわ、……いつかは面と向かって話さないといけないのは分かっているのだけれど……」 

 

 独白の様な家元の言葉を聞くと、困った様に古葉は笑う。

 

 「……しほさんは分かりにくいんだよ、みほちゃんを大洗に転校させたのだってウチの母親が関係してるんでしょ?」

 

 それを聞いた家元は目をつぶり、軽くため息をついた。

 

 「……やっぱり、古葉流に隠し事は難しいわね」

 

 

 ___________

 

 

 それから他愛もない話をしながら、屋上まで辿り着く。そこには、離陸準備の整ったヘリが用意されていた。

 

 「今日はありがとうございました。今度会うときは黒森峰の学園艦だと思います」

 

 先程とは一転、畏まった様子で古葉がそう言う。屋上では家元の従者が待っていたので話し方を元に戻していた。その言葉に家元も返す。

 

 「……こちらこそありがとうございました。では研修に関しましては予定の通りにお願いします」

 

 「分かりました、ではお気をつけて」

 

 それを聞いて家元がヘリに向かう。家元がヘリの足場に足を乗せようとした時、急に踵を返して再び古葉の方へ近づいて来た。何か伝え忘れた事があったのだろうか?古葉がそう思っていると、家元は従者に聞こえない声で古葉にこう言った。

 

 

 「どんな男になっているか心配だったけれどちゃんと成長しているようで安心したわ」

 

 「……え?」

 

 突然の出来事に古葉は目を丸くする。

 

 

 「これなら智恵子も胸を張って自慢してたでしょうね。……賢介なら安心して黒森峰を任せられるわ。……まほのこともね」

 

 

 ここまで言っても家元に言われたことが飲み込めず、惚けた様な表情を見せる古葉。

 それを見た家元は満足そうな顔をし、足早にヘリの方へと向かい颯爽と乗り込む。ヘリから古葉の事を見る家元の表情は、してやったりと言った顔をしている。

 そして轟音を立てて飛び立ってゆく。

 小さくなってゆくヘリを古葉は呆けた顔で見送っていた。顔をよくみてみると、耳まで真っ赤になっている。

 

 

 

 「……一本取られちゃったなー」

 

 

 

 ようやく言われた事を飲み込めたのか、恥ずかしそうに古葉はそう言う。

 古葉賢介18歳、心理戦は得意だが不意打ちは苦手なのだ。

 

 

 

 




やっと原作キャラクター出現


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模擬戦決着

 家元を送り終え、隊長の古葉と来客の角谷は場所を移し、演習場の外れに建てられた物見櫓に来ていた。模擬戦を見るためである。

 

 「いやー、さっきはどうなることかと思ったよ。古葉ちゃんよくあんな立ち回りが出来たねー」

 

 ケラケラとした笑いを浮かべながら角谷が軽口を飛ばす。

 

 「事前に準備してたからねー、まあ自分を切り札にするとは思ってなかったけど」

 

 古葉もいつものヘラヘラとした顔で言う。

 

 「そうだよー、せっかく古葉ちゃんウチに欲しかったのにさー、どうしてくれんのー?」

 

 どうやら先程の一件で角谷の古葉に対する評価はうなぎ上りらしい。わざとらしく口を窄めては文句を言う。

 

 「ハハっ、いや、元々俺は黒森峰に行くつもりだったんだ。……代わりにと言っちゃなんだけど面白い人材をそっちに送るからそれで良いかい?」

 

 面白がる様に古葉がそう言うと、角谷がそれに興味を持つ。

 

 「面白い人材?」

 

 「うん、そいつは2年生なんだけどね、ちょっと気弱なんだけど後一歩で成長できそうなんだ。大洗にも相性が良いと思うし行かせようと思うんだけど、どうかな?」

 

 それを聞いて、角谷は自身の高校の隊長の姿を思い返していた。彼女も最初は隊長とは思えないほど気弱で繊細だったのだ。

 そんな彼女と共通点があるということで、俄然興味が湧く。

 

 「そーだね、期待しておくよ」

 

 それだけ言って角谷は視線を模擬戦に移した。

 

 

 

 _____________

 

 

 

 

 模擬戦はもうすでに始まっており、久我の赤チームは全車案の定、一輌の戦車だけを執拗に追い回していた。これだけ見ればフラッグ戦だがこの試合は殲滅戦である。

 

 「こんのっ!ちょこまか動きよって……!」

 

 五式中戦車に乗っている久我がイライラを募らせながら必死に蛇行しながら逃げる戦車へと食らいつく。彼が追いかけているのは浅井の乗っている四式中戦車は速度は両車とも互角なので、こうしてしばらく鬼ごっこを続けていたのだ。だが久我以外の4輌は操縦技術が足りないのか、かなり遅れをとっていた。

 

 「相変わらず久我ちんはしつこいなあ、なかなか離れないや」

 

 緊迫した状況の中、浅井はマイペースにそんなことを言う。

 

 「相変わらずじゃねえよ。どんどん詰められてるぞ、どうするんだ?」

 

 そう応えたのは浅井車の操縦士をしている柴原樹だった。

 

 「もうちょっと頑張って、そろそろだから。あ、あと車間は50メートル以上詰めさせないでね」

 

 「はぁ……無茶言いやがる」

 

 柴原は文句を垂れながらも弾に当たらまいと戦車を蛇行させながら車間を保つ。

 そうして浅井車は、演習場に仮に造られた、住宅地を模した道へと入って行った。赤チームも久我の後ろに続くようにゾロゾロと続いて行く。そして浅井はおもむろに無線を取り出した。

 

 《あー、こちら浅井、只今住宅地に入った。やっつんはポイントで待機しているかい?》

 

 《こちら八潮、準備は出来てます》

 

 無線に返事をした八潮の四式中戦車は現在どこにいるかと言うと住宅地の中の見通しの悪い十字路の南50メートルほど手前で待機していた。

 

 《了解、もう間もなく俺と久我車が西から東方面へ十字路を通過する。速度は両車30キロ、車間距離は50メートルほど、発砲のタイミングはやっつんに任せるよ》

 

 《……了解しました》

 

 浅井からの指示を聞いた八潮は目を瞑り、浅井車と久我車の車間距離、その両車の速度、自車の十字路までの距離、自車の砲弾の速度をイメージする。それら全てを頭の中で纏めると、ゆっくりと目を開けた。 

 

 全意識を十字路へと向ける。

 

 砲弾の音が段々と近づくにつれて八潮の集中力も高まっていく。そして十字路の脇の塀の一部が轟音を立てて崩れた直後、浅井の四式中戦車が駆け抜けていった。それを見た八潮はすぐさま心の中でカウントを始める。

 

 ...1...2...3...4...5...

 

 

 

「撃ぇ!!!!!」

 

 

 

八潮の号令により砲身から凄まじい音と速度で弾頭が発射され、それと同時に十字路に再び戦車が飛び出してくる。だがその戦車は先ほどの浅井車では無い。

 まるで照らし合わせたかの様に、八潮が発射した砲弾と久我の戦車が重なる。

 

 

 弾頭は一直線、久我車の履帯へと突き刺さった。

 

 

 「があっ!?!?」

 

 予期せぬ方向からの一撃に、久我は苦悶の声を上げる。そして横方向からの衝撃でバランスを崩した久我車は、スライドしながら急停止した。

 そこに後ろからついて来ていた戦車たちが玉突き事故のように次々と衝突してゆく。

 

 「よし!今赤チームは身動きが取れません!近づいてとどめを刺してください!」

 

 八潮車はこの機を逃すまいと玉突き事故を起こした赤チームへと近づいていき、次々と撃破していく。それはあっという間で、気付けば赤チームの4車輌が白旗を立てていた。

 

 《こちら八潮車、敵車4輌を撃破しました》

 

 無線で八潮が報告する。ここまでの戦果は初めてだったのか、少々興奮気味だ。

 

 《了解、大金星だね》

 

 報告を聞いた浅井も、自分の作戦がハマったのが嬉しいのか、満足そうにそう返した。

 

 《あー!ちくしょう!久我車戦闘不能!後ろの3輌もまとめてやられた!!》

 

 そして久我はキューポラの蓋を思いっきり叩きつけ、悔しそうに無線でそう言う。まんまと浅井の作戦に嵌められ、はらわたが煮え繰り返る様な思いだった。

 

 

 「……ふぅ……」

 

 八潮は一つため息をつきホッと胸を撫で下ろす。

 かなり博打的な作戦だったが、八潮自身こんなに上手く行くとは思っていなかったのだ。

 自分のした仕事に満足感を覚え、戦車の中で一度座り込む。

 

 _______だがそれは油断を生み、後ろから近づいてくるもう一つの戦車に全く気付かなかった。

 

 《やっつん!まだあと1輌いるよ!!》

 

 「...え?...!っっ!?!?」

 

 叫ぶ様な浅井の無線が聞こえた直後、八潮車は背後から凄まじい衝撃を食らった。そう、今回4輌は撃破したのだがまだあと1輌は生きていたのだ。

 その一両とは、

 

 《こちら前山車、チトを一輌撃破っす》

 

 久我の編隊から離れ、隙を窺っていた前山だった。久我車が住宅地に突入したタイミングで彼は浅井が十字路に戦車を待機させていると読み、編隊から外れて別行動を取った。それが見事に的中し、八潮車の背後を取ることに成功していたのだ。

 

 「いやー、上手くいったっすね。……誠さんの車じゃ無いのが残念っすけど」

 

 前山は自身の判断を自画自賛しながらも倒したのが浅井ではなかったので、少し残念がる。

 

 「まあ、やっつんを倒せたからいっか、このままモテる男も撃破っす!」

 

 調子に乗ったのか、満足げにそう言って前山は撃破した八潮車から離れていった。

 

 

 

 《……すみません、油断しました。八潮車行動不能です。》

 

 八潮は苦虫を噛み潰したような表情になって無線でそう報告する。完全に油断した自分の落ち度だ。

 

 《帰ったら後で反省会だね、まあ今回は大活躍だったからね。軽めにしといてあげるよ》

 

 《……了解しました》

 

 八潮からの返事を聞くと浅井は無線を切り、軽く深呼吸をする。

 

 

 「さあ、敵討ちと行こうか、前やんはすぐ調子に乗るから早めにお灸を添えないとね」

 

 

 そう言って浅井車はゆっくりと前進し始めた。

 

 

 ______________

 

 

 「形勢は青チームの方が有利だねー、青チームはまだ4輌いるのに赤チームはもう1輌だけになっちゃった」

 

 櫓から見ていた角谷がのんびりとした声でそう言う。

 

 「まあね、でも中々中身の濃い良い試合をしてると思うよ」

 

 同じ様な態度でヘラヘラとしながら古葉もそう返す。

 

 「へえ、そう言うもんなの?」

 

 「そう言うもんなの」

 

 角谷の疑問に古葉はそうオウム返しをする。

 実際古葉の言う通り、形勢は偏ってはいるが各個性が遺憾なく発揮されている試合であった。

 食い付いたらしつこく離さない久我。ズバ抜けた方向感覚と地図把握能力を活かして見事久我車を誘導した浅井。食らいつく久我車たちに一定の車間を保ちながら全弾を躱し続けた操縦士の柴原。状況の全てを計算し、一撃のみで形勢を偏らせた八潮。戦況を読み、相手の隙をついての攻撃を見せた前山。各々の強みは存分に出ていたのだ。

 

 「ん、赤チームの戦車のところに青チームの車輌が1輌むかっていったねー。……こういう時は4輌全員で行くもんじゃないの?」

 

 櫓から双眼鏡で観ていた角谷が古葉にそう尋ねる。古葉もその光景を見て少し驚いたが、少し考えるような素振りをして再びヘラヘラとした顔に戻った。

 

 「確かに、セオリー通りならここで全車であと1輌を叩くんだけどねー」

 

 依然、ヘラヘラしたまま言葉を続ける。

 

 「それは青チームの隊長に何か考えがあるんじゃないかな?」

 

 そう言って古葉は双眼鏡の視線を1両のみで前山車の元へ向かう浅井車に移した。

 

 

 

 _____________

 

 

 「……本当にウチの車輌だけで行くのか?」

 

 浅井車の操縦士である柴原が再度浅井にそう尋ねる。

 

 「うん、さっきも言ったように前やんはすぐ調子に乗っちゃうから、4輌全員で叩くよりこうして俺だけ行って叩いた方がショックが大いからね。言ったでしょ?お灸を据えるって、前やんをここで調子に乗らせない為にも完膚なきまでに叩かないとね」

 

 柴原はその言葉に納得しつつも深くため息をつく。

 

 「……はぁ、お前は本当にいい性格をしているな。前山が可哀想だ」

 

 「あはは、後輩想いって言ってよ」

 

 言っている事はえげつないのだが、表情はニコニコとしている。この男の腹黒さは相変わらずであった。

 

 

 浅井車が仮の住宅地を出ると、両側を土壁に囲まれた戦車1輌半ほどしか通れない切り通しの道に出た。

 

 「どうする?待ち伏せされてたらまずいぞ?」

 

 柴原が浅井にそう言う。対して浅井は一度キューポラから頭を出し、周りの地形や景色を確認し始めた。

 

 「……いや、このまま行こう。ここじゃ待ち伏せしてもあまり効果が無いからね」

 

 車内に戻って浅井がそう言うと、短く「……了解」だけ返し、柴原は戦車を切り通しの中に進めて行く。

 前方に戦車の気配は無い。ここには敵車は居ないのだろうか?

 

 そんな事を考えていると、浅井車の履帯付近の地面が轟音と共に抉れる。

 

 「モテ男発見!!さあどんどん撃つっす!覚悟して下さい!誠さん!!」

 

 浅井車の背後から調子に乗っている男が出現してきた。

 

 「……なるほど、後ろね」

 

 不意打ちを食らった形にも関わらず、浅井は落ち着いている。前山車はここぞと言わんばかりにありったけの砲弾を浴びせて行く。本来一本道でスペースの無い場所。しかし放たれた砲弾は柴原の操縦技術で全て躱される。

 

 「わかりやすいねえ前やんは、そんな闇雲に打っても当たんないよ、ノッポ、そのまま切り通しに突っ込んで」

 

 浅井は依然として慌てることなく柴原に指示を出す。

 

「了解」

 

 短くそう返事をした柴原は全速で切り通しに突っ込んでいった。

 

 「逃げるつもりっすか!?逃さないっす!前進!!」

 

 八潮車を撃破し、気分が有頂天になっていた前山は深く考えずに追撃の指示を出す。再び追いかけっこの形になり、それを確認した浅井が砲手に指示を出す。

 

 「砲塔、右上に斜角20度」

 

 「「「!?」」」

 

 浅井の指示を聞いたメンバーはギョッとした顔になる。

 なぜなら砲身の先の指す位置はただの切り通しの土壁だったのだから。浅井は砲身がちゃんと指示通りに動いたのを確認すると短く説明する。

 

 「ここの土壁は脆弱でね、今回はそれを利用させてもらうよ」

 

 それを聞いた柴原は浅井のやろうとしてることを理解し、さらに速度を上げる。

 

 「……まだだよ…まだ……」

 

 浅井はタイミングを見計らう。そして浅井車が切り通しの急な坂道に差し掛かった瞬間、

 

 

 「撃て!!!」

 

 

 と叫んだ。

 声と同時に砲弾が発射され、切り通し側面の上部を直撃する。そして着弾した場所から軽い土砂崩れが起きはじめ、浅井車に襲いかかる。それを見た柴原は車体を時速40キロを出しながら左側ギリギリまで寄せる。

 

 ーーガガガッッ!!!

 

 右側の履帯に土砂を擦らせながらも全速を出している浅井車はなんとか土砂崩れを突破する。だがその後ろから迫っていた前山車にはなす術も無い。

 

 「ええ!?ちょ、まっーーー」

 

 前山車は浅井車と同じ時速40キロを出しながら土砂へと突っ込んで行く。そして聞いたことのないような物凄い音を立てて前山車はストップした。しばらくして前山車は黒煙を上げながら白旗が上がる。

 

 これで赤チームの戦車は全てリタイヤした。

 

 

 

 「……ふぅ、なんとか成功したようだね、良かった良かった」

 

 浅井が汗を拭い一息つく。

 

 「……何が良かっただ、かなりの綱渡りだったじゃねえか」

 

 柴原も脱力しながら悪態をつく。

 

 「まあ上手くいったんだから良しとしてよ、ノッポだっていつもの隊長の指示じゃ無かったから新鮮だったでしょ?」

 

 浅井の言うように本来柴原は浅井車の操縦士ではなく、隊長の古葉車の操縦士なのだ。そう聞かれた柴原は少し間を開けてこう言った。

 

 

 

 「……隊長の足元にも及ばねえよ」

 

 

 

 短くそう言う柴原に

 

 「……ははっ、やっぱりそうかい?……」

 

 浅井は哀しい顔でそう応えた。

 

 「……それより浅井、撃破報告」

 

 柴原が浅井に催促する。

 

 「ん?ああ、そうだね」

 

 ハッと我に返った浅井は無線機を口に近づけて戦況報告をする。

 

 

 

 《こちら青チーム浅井、赤チーム最後の1輌を撃破、これにて模擬戦を終了します》

 

 

 

 模擬戦の結果は自チームの戦車4輌を残して青チームの完勝に終わった。

 

 

 

 




戦車戦描写って難しい。


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模擬戦後

 

 模擬戦が終了し、全車輌を格納庫に持ってきた時点でもう時刻は午後5時を回っていた。

 

 ここからが本番。戦車戦で消耗した戦車を、自分達の手で元に戻さないといけないのだ。そして古葉と角谷を含む全員は宮舞高校の格納庫に集まっている。

 

 「悪いねぇ角谷さん。本来なら整備するところも見せたかったんだけど、1輌こっち持ってくるのに手間取っちゃってね」

 

 古葉が申し訳なさそうに角谷に対してそう言う。本来なら古葉としては整備も見て欲しかったのだが、生憎時間がそれを許してくれなかった。

 

 「いいよいいよー、その代わり古葉ちゃんにしっかり楽しませてもらったからねー」

 

 角谷はいつもの軽い感じでそう返す。

 

 「そりゃよかった。大洗への船の出港時間までもうすぐだね、校門まで送るよ」

 

 「そー?じゃあお願いしようかなー?」

 

 角谷はその提案に乗り、二人は格納庫を後にしようとする。

 すると回収した戦車たちの方から声を上げて走ってくる男がいた。

 

 「隊長ー!誠さんが虐めてきたっすー!!」

 

 情けない顔をしながらそう言って来たのは、今回の模擬戦で一番悲惨なやられ方をした前山だった。

 

 「おー、観てたよ前やん、随分なやられ方をしたねー、怪我が無いようで良かったよ」

 

 ケラケラと愉快そうに笑いながら古葉はそう言った。

 

 「笑い事じゃないっすよー!あれの整備自分たちで全部やんなきゃいけないんすからー!!」

 

 そう言って前山は自身の戦車を指差す。

 ここ宮舞高校戦車整備科では、模擬戦で損傷した戦車は全てその車輌に乗っていた人員が整備しなくてはいけないというルールがある。

 今回の模擬戦での前山車は遠くから見ても分かるほど損傷が激しかったのだ。

 

 「かなりいったねー、どんぐらいかかりそう?」

 

 古葉がそう聞く。

 

 「両履帯、砲塔、前面装甲、副砲、前方の車輪は全部ダメっすね、全交換っす。そのほかにもエンジンや車底に土砂が大量に混じってるっぽいんでそれのオーバーホール、全部終わる頃には4日後くらいになるっすね...」

 

 指を折りながら被害報告をする前山。修理箇所を上げるたびにどんどん肩を落として暗くなる。

 

 「……ってそんな事より!!」

 

 暗くなったと思ったらいきなり顔を上げ、声を荒げて古葉に詰め寄る。テンションの上下が激しい男である。

 

 「隊長の後ろにいる女の子は誰っすか!?……まさか彼女!?誠さんに続いて隊長まで俺を裏切るんすか!?」

 

 いつのまにか裏切っていた事になっていた浅井に同情の念を送りながらも古葉は少し困った顔をする。

 

 「アハハ、違うよ前やん。この人は新しい派遣研修先の大洗の生徒会長さん。これでも年上だからちゃんと挨拶しろよ?」

 

 「えー、これでもってひどいなー古葉ちゃん」

 

 古葉の冗談に角谷も軽い感じで返し、古葉の脇腹をつつく。

 

 「……むっちゃ仲いいじゃないっすか!ちゃん付けとかしちゃって!」

 

 「角谷さんも冷やかすのはダメだって、それより前やん、挨拶。」

 

 古葉は前山が面倒くさくなる前に挨拶する様に促す。

 

 「あ、スンマセン……えっと宮舞高校戦車整備科2年の前山翔吾っす。よろしくお願いっす!」

 

 「ウチは角谷杏、古葉ちゃんが言った通り大洗の生徒会長だよー。

よろしくねー」

 

 角谷は笑顔で手をひらひらさせながらそう言った。

 

 「へぁうっ……!!」

 

 それを見た前山は奇妙な声を上げて顔を赤くする。この男、女というものに全くと言っていいほど免疫がないのだ。

 そして心を射抜かれ、訳のわからなくなった前山は、暴走をし始める。

 

 「角谷さんっすね!生徒会長っすか、すごいっすね!因みに俺はここの整備科ではかなり成績の良い方なんすよ!それで今日の模擬戦なんすけどね!今日は運悪くカッコ悪いところ見せちゃったっすけどいつもならもっとバンバンと敵を倒していくんすよ!あ、因みに俺は4月3日生まれで血液型はB型っす!後趣味は...いでっ!!」

 

 マシンガンのように喋る前山に対して古葉が頭に軽いゲンコツを食らわした。

 

 「前やん、ストップ。角谷さん困ってるっしょ」

 

 「……スンマセン、つい」

 

 古葉に咎められ、前山が再びションボリとする。

 

 「あははー、面白い子だね」

 

 しかし角谷にとっては好感触だった様で、受け流すように笑顔でそう応えた。

 

 「もうフェリーの時間が近づいているからここまでだよ。さあ、前やんも整備に戻って」

 

 古葉が前山に整備に戻るように促す。

 

 「了解っす。……さっきはスンマセンでした、角谷さん」

 

 そう言った前山は深く一礼して走って戦車の方へ戻っていった。

 

 

 ______________

 

 

 「さっきはごめんねー、前やん……前山も悪気があった訳じゃ無いんだけどねー」

 

 場所は変わって校門。古葉は角谷に対して再び平謝りしていた。

 

 「いいよいいよー、面白かったし」

 

 角谷は気にしないと言った風にそう答える。

 

 「はぁ、アレさえ無ければ前やんも少しはモテるだろうに」

 

 古葉はため息をついて苦笑いする。

 

 「前にもそんなことあったの?」

 

 「まあ、去年の派遣研修でね」

 

 「あー、なるほどねー」

 

 角谷は納得したような顔をして相槌を打った。

 そう、前山は去年の派遣研修先のサンダースで先程の醜態を向こうの生徒に対して連発し、全て玉砕していったのだ。そしていつしか『整備科一モテない男』という不名誉な称号を付けられてしまっていた。

 余談だがそのせいで浅井の方に告白が偏ったのは前山には内緒である。

 

 「あの子が古葉ちゃんの言ってたこっちに送ってくる面白い子かなー?」

 

 古葉から気が弱いと聞いていたので多分違うが、一応角谷は聞いてみる。

 

 「いや、送るのは今日の模擬戦で4輌を撃破した子だよ」

 

 「……そっかー、それは期待できそうだね」

 

 角谷は不敵な笑みを浮かべて、それだけ返した。

 

 _____ボォーーー______

 

 すると、汽笛の音が校門にも鳴り響く。どうやら迎えの船が来たらしい。

 

 「お、来たね。じゃあ、派遣研修、期待してるよー?」

 

 「こっちこそ、大洗の戦車道がどんなもんか楽しみだよ」

 

 そんなやり取りをしながら、角谷は校門を後にする。

 

 「あ、そうだ」

 

 すると、何かを思い出したかの様に、角谷は再び古葉の方へ振り返った。

 

 「……最後に一つだけ質問いいかな?古葉ちゃん」

 

 「ん、何かな?」

 

 少し真剣な表情に変わり、角谷は古葉を見据える。そして古葉にとってはあまり触れられたく無い話題に角谷が切り込んだ。

 

 

 

 

 「古葉ちゃんのお母さんって、戦車道やってた?」

 

 

 

 

 それを聞いた古葉は内心かなり驚く。だが表情に出さまいと冷静を保つ。

 

 「……どうしてそんなこと聞くんだい?」

 

 「いや、母親が西住流家元と知り合いって言ってたから何か関係あるのかなーって」

 

 古葉は来賓室で言った事を内心後悔していた。だが依然として表情には出さない。

 

 「……うん、昔はやってたよ」

 

短く、それだけ返した。

 

 「そっか。変なこと聞いてごめんねー、じゃあそろそろ行くから派遣研修の件、予定どーりによろしくー」

 

 角谷はいつもの不敵な笑みに戻って校門と古葉を背に歩きながらそう言った。

 

 「……うん、こちらこそよろしくねー」

 

 少し間を開けて古葉もそう返す。声色こそ穏やかだったが表情は険しい顔だった。

 

 

 

 _____________

 

 

 

 古葉が格納庫に戻り、各車の被害状況を聞いて回っていると時刻はもう午後7時を回っていた。古葉はすぐさま拡声器を取り整備員たちに声を掛ける。

 

 『模擬戦お疲れさん、戦車の整備はもう明日でいいからそろそろ撤収を始めてなー』

 

 「「「「はい!!!」」」」

 

 そう言った整備員たちはすぐさま撤収を開始する。

 

 

 各々が撤収をしている中、古葉に話し掛ける男が一人。

 

 「隊長、ちょっといいですか?」

 

 それは、自身の整備用具を片付け終え、手ぶらになっていた八潮だった。

 

 「おー、やっつんか、今日は大活躍だったねぇ、最後に油断したのが惜しかったけど」

 

 古葉が八潮の肩を叩いて笑いながらそう言う。

 

 「もう、それは誠さんにこってり絞られたんで勘弁してください……」

 

 浅井との反省会ですっかりとダメージを受けたのか、ゲンナリとした顔で八潮はそう言った。

 

 「あははー、まこちんも相変わらずだねえ、そういややっつんの戦車の被害状況は聞いてなかったね、大丈夫そう?」

 

 「後ろからやられたんでエンジン系統が全てお釈迦です。全部取っ替えて大体あと2日は掛かると思います」

 

 「りょーかい」

 

 古葉は報告を聞いて短くそう返した。

 

 「それより隊長、さっきいた女の人は誰ですか?」

 

 それを聞いた古葉は少し驚いた表情になる。八潮から話しかけられた本題はこっちらしい。

 

 「珍しいね、やっつんがそんな事聞くなんて、前やんに影響されちゃったかな?」

 

 「はぁ、あんなんと一緒にしないでください。……まあただ、普段滅多に女性なんて来ないんで気になったのは事実ですが」

 

 ため息をついて八潮は心外だと言わんばかりにそう言った。

 

 「ごめんごめん、あの人は大洗の生徒会長さんだよ」

 

 それを聞いて八潮は少し驚いた顔になる。

 

 「そうですか、挨拶しておけば良かったですね」

 

 「いや、やっつんが大洗に行った時にまたしとけばいいよ」

 

 「……僕が大洗に行く事は決定なんですね」

 

 八潮がやっぱりか、とゆうような顔をしてそう言った。何となく勘付いてはいたが、フライングを決められて少々肩透かしを食らう。

 

 「あははー、ネタばらししちゃったね。そう、今年はやっつん大洗だよ。明日全員分の派遣先を発表するからこの事はそれまで誰にも内緒ね」

 

 ヘラヘラとそう言う古葉。それに対して、

 

 「そうですか、それは楽しみですね」

 

 八潮も笑顔でそう答えた。

 

 

 

 

 _________________

 

 

 

 

 模擬戦の翌日、場所は変わってここは大洗の学園艦。宮舞から帰ってきた角谷は学園の資料室に来ていた。彼女には宮舞から派遣研修の話が来る前に『古葉』と言う名前に見覚えがあったからだ。

 

 時は遡って今年の春、学園が廃止されると通達され、角谷はこの状況をどうにかしようと、血眼になって学校の古い資料を漁っている時だった。

 とっくに廃止された大洗の戦車道に関する資料の中から、一枚の古い写真が現れたのだ。そこにはⅣ号戦車H型のキューポラから腰ほどまで体を出して首にメダルをかけ、こちらを向いて笑っている女性の顔が写っているものだった。そしてその写真の裏には、

 

 

 『19××年 8/20 優勝時 古葉隊長』

 

 

 と手書きの文字で書いてあった。

 

 この時の事を角谷は思い出してこうしてまた資料室に来ていたのだ。だが今回の目的はその戦車道の資料ではなく、ここ大洗を出た全学生のデータが載っている卒業生資料集だった。

 

 「あった、これだ」

 

 膨大な数の卒業生資料集の本の中から角谷は少し埃の被った一冊を手に取る。それにはあの写真の裏に書いてあった西暦と同じ

 

 『19××年度 県立大洗女子学園 卒業資料」

 

 と書かれていた。

 

 角谷かそれを開いて20分程経った頃だろうか、角谷の目に一人の顔写真が留まり、一息つく。

 

 「ふぅ、やっと見つけた。思ってたとーりだ、やっぱ目元なんかは古葉ちゃんににてるかな?」

 

 その顔写真は髪を後ろにまとめたポニーテールの女性が写っていた。角谷が春に偶然発見した写真と同じ顔である。

 

 

 

 

 

 そして顔写真の下には、『古葉智恵子』との文字が記してあった。

 

 

 

 

 




因みに前やんこと前山のモデルは作者の友達だったりして


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派遣先決定

 

 模擬戦から翌日、宮舞高校戦車整備科では今日とて戦車の整備に勤しんでいた。昨日の模擬戦で損傷した戦車を直している者、それがすでに終わり、他の戦車の整備をしていたりする者など様々である。

 

 「あ゛ークソ、こんなにしよってからに、ここまでせんでも良かったじゃろうが、のぅ八潮」

 

 久我は悪態をつきながら自身の戦車の履帯を交換していた。

 

 「たまたま当たったとこが悪かっただけですよ、こっちは二発しか当てて無いんですから。……うわっ、ラジエーターまでイカレちゃってるよ……」

 

 久我車の隣で自身の戦車の修理をしていた八潮がそう答える。

 

 「その二発が致命的なんよ、しっかり履帯と燃料タンクにぶち込みよって」

 

 「褒め言葉として受け取っておきますよ」

 

 「はっ、なんじゃ、可愛く無いやっちゃのう」

 

 そう言って両者とも自身の整備に戻って行く。

 

 

 

 「……車輪はまだしも土砂を擦った右履帯が大分キてるな、交換するか?」

 

 「うん、そうだね右だけの交換にしよっか、他は大丈夫そうだね」

 

 一方こちらは浅井車。浅井と柴原は自車の損傷を再度確認しながら相談している。

 

 「これなら午前中に終わりそうだな。浅井、これが終わったらチリの動作チェックに付き合ってくれないか?」

 

 「うん、良いよ。ならさっさとと終わらせちゃおうか」

 

 そう言って両者も整備に戻って行く。

 

 

 

 「あー、終わらない!やりすぎなんすよ誠さん!」

 

 一方こちらは前山車。頭を抱えながら悪態をつくのは当事者の前山だ。

 

 「しょうがないですよ、観念して全部交換しましょう」

 

 そう言って黙々と壊れたパーツを取り除いて行くのは前山車の装填手を務めていた1年だった。

 

 「いや、ほんと全部交換した方がいいんじゃないかな……ってゆうか廃棄して新しいの買った方がいいんじゃないか?これ」

 

 諦めるかの様に前山がそう言うと、そこに後ろから一つの影が現れる。

 

 「何言ってんの前やん、ウチの高校にそんな許可下りるわけないっしょ」

 

 そう言って前山の肩をポンと叩いたのは古葉だった。

 

 「うわ!隊長、いきなり現れないでくださいよ!」

 

 前山はびっくりして古葉の方に振り返る。

 

 「まえやんが自前で戦車買うなら話が別だけど」

 「個人で買えるわけ無いじゃ無いっすか!……はぁ、そうっすよねぇ……全交換かぁ……」

 

 新しい戦車が来ないと知り、ガックシと項垂れる前山。

 そう、宮舞高校では【戦車整備】を主としているので戦車の備品などは発注すれば直ぐに来るが、戦車自体がここに来る事は滅多に無いのだ。前山は言葉を続ける。

 

 「分かってはいるっすけど、これを全部やるとなったら誰だってゲンナリするっすよ……」

 

 前山が下を向き目に見えて落ち込む。

 

 「まあ、そう言わないで、今日の整備が終わったら派遣研修先を発表するからそれまで頑張ってよ」

 

 古葉からそれを聞いた前山は落ち込んだ表情から一転、勢いよく顔を上げ目を輝かせる。

 

 「ホントっすか!?いやー、やっとっすね!!最近はこれが楽しみで気が気でなかったんすよ!!因みに俺の第一希望は通ったっすか!?」

 

 前山が興奮しながら古葉にそう聞く。

 

 「まぁまぁ、それはその時になってのお楽しみって事で、今回はなるべく期待に沿えるようにしたからね」

 

 「マジっすか!?おっしゃー!!みんな!この戦車の整備3日で終わらせるっすよ!!!」

 

 そう言って勢いよくレンチを回す前山であった。

 

 

 ____________

 

 

 時刻は午後7時過ぎ、ミーティング室にはすでに片付けを終えた、整備科のメンバーが全員集まっていた。皆してどこか忙しない。

 

 「よお、やっつん、やっとだな」

 

 そう言って小声で八潮に声をかけたのは待ちきれんと言わんばかりにウズウズしている前山だった。

 

 「……お前は相変わらずだな、そんなに楽しみか?」

 

 「そりゃもちろん、なんたって今年は憧れの聖グロに行けるんだぜ」

 

 前山は下心満載のデレデレとした顔を浮かべながらそう言った。

 

 「そりゃお前の第一希望でしょ、通ったかどうか分かんないじゃん」

 

 「ばっかお前、俺はさっき隊長に直々に『期待しておいて』って言われたんだぜ、聖グロに決まったようなもんだろ」

 

 「...そっか、まあ頑張れ」

 

 八潮は隊長が前山にはっきりとした校名を言わなかった事に違和感を覚えながらも短くそう返す。

 

 その時、ミーティング室のドアが開かれ全員の注目を集める。入ってきたのは古葉と片手に紙の入ったファイルを持った柴原だった。

 二人が教壇に向かっていくにつれて緊張感が増してゆく。そして書類を整理した後、喋り出したのは柴原の方だった。

 

 「これから派遣研修先の人員の振り分けを発表する。今回の高校数は9校、マジノ、継続、知波単、アンツィオ、プラウダ、聖グロ、サンダース、大洗、黒森峰だ。人員は各校に5、もしくは6名、呼ばれたら返事をする様に」

 

「「「「はい!!!!」」」」

 

 一斉に返事をしたのを確認すると柴原はファイルから紙を取り出し、言葉を続ける。

 

 「それでは早速発表する。呼ばれたらプリントを渡すのでこちらに来るように。まずはマジノ女学院、1年、大山!」

 

 「はい!」

 

 「同じく1年、宮坂!」

 

 「はい!」

 

 

 

 それぞれの名前が次々と呼び出され整備科の面々は様々な反応をする。第一希望が通って喜ぶ者、通らなくて落ち込む者、微妙な顔をする者、反応は色々だ。

 そんな中、八潮は呆然としていた。大洗への発表になっても彼の名は呼ばれなかったのである。

 そして、人員の発表を終えると、柴原が一息ついて再び声を発する。

 

 「以上のように決定だ。文句のある者は隊長に申し出るように。そしてこれから隊長から各高校の整備班長の名を呼ぶ!班長は派遣研修のリーダーだ、各員は班長の指示に従い行動する様に!」

 

 「「「「はい!!!!」」」」

 

 八潮は『まさか...』と心の中で呟いた。2年生である自分が班長な訳が無い、そう自分に言い聞かせながら祈るようにして古葉の言葉を待つ。

 柴原からプリントを渡された古葉は不敵な笑みを浮かべ、すぅっと息を吸うと班長になった者の名を呼び始める。

 

 

 「それでは整備班長の発表をする!まずはマジノ女学院、3年、飯島拓哉!」

 

 「はい!」

 

 

 

 「継続高校、3年、井森陽太!」

 

 「はい!」

 

 

 

 「知波単学園、3年、福井健剛!」

 

 「はい!」

 

 

 

 「アンツィオ高校、2年、前山翔吾!」

 

 「え!?」

 

 

 

 「プラウダ高校、3年、久我龍平!」

 

 「おう!」

 

 

 

 「聖グロリアーナ女学院、3年、浅井誠!」

 

 「はい!」

 

 

 

 「サンダース大学付属高校、3年、柴原樹!」

 

 「はいよ」

 

 

 

 「大洗女子学園、2年、八潮学!」

 

 「は、はい!」

 

 

 

 「そして最後の黒森峰女学園には自分、古葉が班長だ。これにて整備科全47名の派遣研修先を決定、発表を終了とする!」

 

 

 いつもとは違う威厳のあるハキハキとした声で古葉はそう言い終えた。約二名、納得していない顔をしている者がいるが、それに構わず古葉の隣にいた柴原が再び声を上げる。

 

 

 「総員、敬礼っ!!!」

 

 「「「「はっ!!!」」」」

 

 

 

 

 これにて派遣研修の行先発表が終了した。

 

 

 

 




今回は短め


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隊長の思惑

 

 派遣先の発表から翌日、今日の宮舞高校戦車整備科は午前中に座学を受けていた。彼らだって普通の高校生。一般教科の授業も勿論受けるのである。数学教師の眠くなるような声を聴きながら何とかそれを乗り切り、時間は小休憩に入っていた。3年生のとある教室では整備科の二人が何やら会話をしている。

 

 「よお、いもりー、爆睡だったな」

 

 「……なんだ、シマタクか、しょうがないでしょ」

 

 いもりーと呼ばれたこの男は本名を井森陽太と言う。整備科3年で、のんびりとしたポヤっとした性格で、癖のない黒髪は長め。肌は透けるように白く、線も細い、陽太という名前とは程遠い容姿をしていた。そんな彼は超が付くほどの低血圧であり、こうして午前中に座学がある時は寝ていることが多いのだ。

 

 そしてもう一人、シマタクと呼ばれたこの男は飯島拓哉と言う。同じ整備科の3年で井森とは対照的に浅黒く日焼けした健康的な肌に毛先に少しパーマのかかった髪、そして何より彼は整備科きってのムードメーカーなのだ。こうやって眠そうにしている井森に話しかけられるのも、彼の性格なのだろう。

 そして飯島が眠そうな井森に構わず話しかける。

 

 「お前が朝弱いのはみんな知ってるわ。そんな話をしにきたんじゃねーよ。お前今年の派遣先、継続だったよな?しかも班長で」

 

 「……うん、それがー?」

 

 井森が依然として眠そうに答える。

 

 「それが、じゃねーよ。今年の【苦労人枠】はお前だって事だ。俺も去年継続に行ったがありゃカオスだぜ、まともな戦車なんざ1輌も居ない」 

 

 継続高校への派遣研修はもう10年以上続いているが、ここの高校への希望者は毎年少ない。何故ならここは各国の戦車が混ざった混成軍であり、それはドイツ戦車、ソ連戦車などが主だ。だがそこは問題では無い。

 この高校の一番厄介なところは戦車を【勝手に改造】しているところだった。例を挙げればキリがないが、例えばソ連製の戦車にイギリス製の榴弾砲を載せたり、エンジン、履帯などの下半身はドイツ戦車なのにキューポラ、砲身などの上半身はフランス戦車。などといったなんとも整備士泣かせの高校なのだ。加えてここの生徒は自由奔放な者が多いので気苦労も多く、毎年ここに派遣される整備士は【苦労人枠】と呼ばれ、一種のハズレ扱いをされているのだ。

 

 「まー、いろんな戦車に触れる。と思えば儲けもんでしょ」

 

 少し目の覚めた井森が困ったよう笑ってそう言う。

 

 「とゆーか、シマタクだって今年はマジノじゃん。大丈夫なの?」

 

 井森は飯島に対してそう続ける。

 

 「まあ今年は大丈夫だろ、去年あんな事があったし、向こうも相当気を使って来るだろうしな」

 

 「隊長も万が一の為にシマタクをマジノに送ることを決めたんじゃない?」

 

 「そりゃ嬉しいこった」

 

 飯島が皮肉を込めた笑い方をしてそう返す。

 そんな二人が話し込んでいると、その後ろから大きな影が一つ現れた。

 

 「よお、お二人さん。派遣研修の話か?」

 

 低い声が特徴的なガッチリとした体格の男が二人に話しかける。

 

 「あ、ケンゴー、おはよー」

 

 「はっはー!もう10時だ。いささか起きるのが遅いのではないか?

井森よ」

 

 ケンゴーと呼ばれた男は快活に笑う。この古風な喋り方をする男は名を福井健剛と言う。彼も整備科の3年生で、180近い身長で体格はしっかりとしており、髪は、坊主頭に近いスポーツ刈りをした、正に古き良き日本男児といった風貌の男だ。

 

 「ケンゴーは知波単だったな、お前に一番合ってんじゃねぇのか?」

 福井に対して飯島はそう言う。

 

 「ああ、知波単の生徒は堅実で生真面目な生徒が多いと聞く。そのような女性のほうが俺としてもやりやすいのでな。隊長に感謝せねばな」

 

 「へっ、羨ましーね。希望が通ったよーで」

 

 飯島が拗ねるようにそう言う。

 

 「そんなに僻むな、飯島よ。お前だって一年の頃は第一希望が通っていたではないか」

 

 「その次が【苦労人枠】だったからな。今回もそんな事になんなきゃいいんだけどよお」

 

 愚痴る様な飯島の言葉に、福井が少し真面目な顔になる。

 

 「それはお前次第だ。今回は班長なのだからな。それを言ってしまえば2年生で班長になったあの二人の方が気苦労が多いだろう」

 

 「あー、やっつんと前やんだねー」

 

 井森がのんびりとした声でそう付け加える。

 

 「あぁ、あの二人か、やっつんはまあ、あり得なくも無いと思っていたが前やんは意外だったな。隊長はどういう意図であいつらを班長にしたんだろうな?」

 

 飯島も思い出したようにそう言う。

 

 「さあな、隊長の事だ。何か考えがあってそうしているのだろう。俺らには到底判らぬ事だ」

 

 対して福井は目をつむり、難しい顔をしながらそう言った。

 

 するとこのタイミングで授業開始のチャイムが鳴る。

 

 「お、もうこんな時間か、戻ろうぜ」

 

 飯島がそう言うと

 

 「うん」

 

 「うむ」

 

 と二人も頷き、それぞれの席に戻っていった。

 

 

 

 _________________

 

 

 

 午前の授業が終わり、整備科の面々は格納庫に行っていつものように戦車整備を行なっていた。時刻は午後2時を過ぎた頃である。そして格納庫の端に造られているミーティング室では、二人の男がいた。

 

 「納得いかないっすよ!俺は今年こそ聖グロだと思ってたのに!!

それはまだいいとして、何で2年生の俺が班長なんすか!?もっと良い人いたでしょう!!」

 

 そう言って激しく抗議をしているのはアンツィオの整備班長になった前山だった。

 

 「まあまあ、落ち着いて前やん、これには深ーい理由があるんだ」

 

 そして何かの書類に目を通しながら、言い詰められている古葉はマイペースにそう返す。

 

 「理由つったって早めに言って欲しいっす!!!」

 

 マイペースな古葉に前山はさらに激しく抗議する。

 

 「ああ、ごめんごめん。そんなに怒るとは思わなくてさぁ」

 

 尚もケラケラとそんな言葉を返す古葉に対し、前山は大きくため息をついた。

 

 「……はぁ……もういいっす。……それで、なんで俺がアンツィオなんすか?」

 

 「ああ、それはね、前やんは去年サンダースだったっしょ?」

 

 「そうっすけど?」

 

 前山はいきなりの去年のことを引き合いに出され、目を丸くする。

 

 「今のサンダースの隊長さんが前やんの整備を絶賛してたんだ。『あの子は変わったところもあるけど、整備の質は一級品だ』ってね」

 

 そう、座学がからっきしなので霞んではいるが、前山の戦車整備の腕は宮舞の5本の指に入る程質の高いものだった。

 

 それを聞いた前山は険しい顔から一転、心底嬉しそうな顔になる。

 

 「マジっすか!やっぱ分かる人には分かるんすねー」

 

 そしていつものように直ぐに調子に乗り始める。

 

 「今年もその隊長に前やんに来るようにお願いされたんだけど、ウチのルールじゃ一度行ったところはもう研修には行けないからねぇ、そこでアンツィオに白羽の矢が立ったんだ。あの高校は最近、いきなり戦車道が活発になったのは知っているね?」

 

 「はい、去年はたしか履修者が20名も居なかったって聞いてたっす」

 

 「だけど今は40名以上にまで増えているらしい。戦車道を初めて経験する人間だって少なくは無いと思うよ。そうすると何が起こるか分かるかい?」

 

 「えっと……」

 

 古葉の質問に前山は来ると思っていなかったのか、慌てて理由を考える。

 新しい人、つまり戦車に対して知識が全く無い人が集まるわけで、そうなって来るとまず最初に問題となるのが【整備】なのだ。車と同じように戦車も動かすのはある程度練習すれば出来るが、戦車整備となると一朝一夕で身につくものでは無い。

 そして前山が以上のことを踏まえてある結論を出す。

 

 「……整備する人がいないから戦車の質がどんどん悪くなるって事っすか?」

 

 それは前山からすれば余り考えたくないことだった。好きな戦車たちがただ乗り潰されていくのを見るのは、整備士としてはあまり気持ちの良いものではない。

 

 「うん、そのとーり。実は今回、アンツィオへ派遣する人間は整備の質が高い人ばっかを集めたんだ。そして前やんにお願いしたいのはただ戦車の整備をするだじゃなくて、アンツィオの生徒さんたちに戦車整備のノウハウも教えて貰いたいんだよね」

 

 それを聞いた前山は納得したようにうなずく。

 

 「……なるほど、自分がアンツィオに行くことになった理由は分かったっす。でも何で俺が隊長なんすか?」

 

 そう言う前山に古葉は何だそんなことかと言うような意地の悪い笑顔を浮かべた。

 

 

 「だって、そっちの方が面白そうじゃん」

 

 

 前山が隊長になった理由はあまりにも下らなかった。

 

 

 

 



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出発

 派遣先の発表から数日後、宮舞高校戦車整備科では格納庫での最後の整備を行なっていた。何故なら今日は金曜日であり、来週の10月の第一月曜日からは各派遣研修先の出発日だ。

 そうなれば宮舞の戦車に触れる機会は、1ヶ月半全く無くなる事になる。そう言うこともあってか整備科の面々はより一層、整備に神経を使っていた。

 そんな緊迫した空気の中、1人の男が格納庫の高台の足場にいた古葉に話しかけた。

 

 「隊長、ちょっと良いかい?」

 

 古葉にそう声をかけたのは聖グロの整備班長になった浅井だった。

 

 「おー、まこちん、どしたい?」

 

 古葉はいつものヘラヘラとした顔で答える。

 

 「派遣先の高校には俺らの名前って伝えてあるかい?」

 

 「んー、場所にもよるかね、プラウダやサンダースは伝えてあるけど。聖グロには伝えてないはずだよ」

 

 それを聞いて浅井はいつもの意地悪な笑顔を浮かべる。

 

 「そりゃ良かった。そっちの方が都合がいいからね」

 

 古葉は予想外の反応をした浅井に少し面食らう。

 

 「へー、伝えといてくれって言う人はいたけどその逆は初めてだねー。何か理由でもあんの?」

 

 「まあね、言ってなかったけど聖グロには俺の知り合いが戦車道やってるんだ」

 

 それを聞いた古葉はさらに驚いた顔になる。

 

 「おー、そりゃ初耳だ。でも確かまこちん去年も一昨年も聖グロは希望に入れてなかったよね?何で今年になって?」

 

 古葉の質問に浅井は少し懐かしむような顔をして感慨深そうにこう言った。

 

 「……今年だから意味があるんだ。それに伝えてない方がビックリさせやすいからね」

 

 古葉は浅井のその口調から何かを察したのか、少し考えて言葉を返す。

 

 「……へー、なんだか理由があるようで。まあそう言う事ならこっちからは伝えないでおくよ」

 

 「ありがとうね、隊長」

 

 浅井は人の良さそうな笑顔を浮かべてそう言った。

 

 

 

 _________________

 

 

 

 一方戦車が集められている場所では、整備士達が忙しなく整備を進めている。そんな中で一人、浮かない顔をしながらレンチを回している人物がいた。大洗の整備班長になった八潮である。

 

 「なんじゃい八潮、そのシケた面は」

 

 そんな八潮に声をかけたのは、プラウダの整備班長になった久我だった。

 「あ、久我さん、そんな顔してました?僕」

 

 八潮は慌てて笑顔をつくり、久我にそう返す。

 

 「お前って割と顔に出やすいけんのう。……班長になった事が不安なんか?」

 

 久我に図星を突かれたのか、苦い顔になって八潮は言葉を返す。

 

 「……ええ、自分で本当にいいのか不安で」

 

 久我は『またか』と思い、自身の頭を片手で乱暴に掻きながら、イライラとした口調で八潮に迫る。

 

 「それじゃ八潮、それがいかんのよ」

 

 「な、何がです?」

 

 八潮は唐突に説教モードに入った久我にたじたじとなる。

 

 「お前は度が過ぎる程に自己評価が低い。今回の派遣研修で何で自分が整備班長になったか深く考えんかったんか?お前の今までの成績、よく思い返してみい」

 

 八潮は整備科2年の中ではトップクラスの成績を残している。整備の腕こそ同じ2年の前山には劣るが、座学、戦車への理解度は2年の中では頭ひとつ抜けて良い。

 だが八潮は依然目を伏せる。

 

 「成績だけよくても人の上に立つ器だとは限らないですよ……」

 

 自分で言いながらどんどん暗くなる八潮。それを見てまた久我は大きくため息をついた。

 

 

 「はぁー……重症かのうこりゃ」

 

 

 それを見た久我は大きくため息をついてそう言った。

 

 

 ______________

 

 

 時は過ぎて今日の整備も終わりになろうかと言うところ、隊長の古葉が突然2回手を叩き、作業をしている面々の注目を集める。

 

 『はい、ちゅーもく。一旦手を止めてこっちに集まってー』

 

 拡声器で古葉がそう言うと、ゾロゾロと整備科のメンバーが集まる。

全員が集まったのを確認すると古葉は拡声器を使わずに少し大きめの声で話し始める。

 

 「全員集まったね、とりあえず今日の整備はこれで終わろうと思うんだけど来週の月曜日はもう出発日だからね。まだ整備に時間をかけたいって人は居るかい?」

 

 集まった整備士の中からちらほらと手が上がる。

 

 「りょーかい、でも8時には格納庫を閉めるからそれまでにお願いねー」

 

 古葉はそう言って一つ咳払いをした。そしてさらに大きい声で締めに入る。整備科の面々達も古葉の雰囲気が変わったのを感じてか、身体に力が入る。

 

 「来週から派遣研修がスタートする。一月半ここを空けるので各員整備のやり残しなど無いように。そして研修では先方に失礼のないように気を引き締めて行くように。それではこれにて戦車整備を終了とする。各員、派遣先での充実した時間を祈る。……それでは、撤収!!」

 

 「「「「はい!!!!」」」」

 

 

 古葉の号令とともに各員は撤収作業に入っていった。

 その顔はどれも待ちきれないと言わんばかりの表情で、誰もが研修先での活動に思いを馳せながら、あーだこーだと、友人同士で語り合う光景がそこにはあった。

 

 

 

 _________だが、ただ一人、八潮学だけは依然として浮かない顔をしていた。

 

 

 

 __________________

 

 

 

 そして月曜日の朝、出発の日、整備科の連中は舞鶴港に集合していた。ここから各方々の学園艦へのフェリーが出るので、桟橋には大荷物を持った整備科の面々が今か今かとフェリーの到着を待っていた。

 それが我慢できないのか、前山がうずうずしながら、静かに下を向いている八潮に話しかける。

 

 「おはようやっつん、いよいよだな。去年より今年は2回目な分緊張も少ないか?ってなんだその顔!?すっごい隈だぞ!?」

 

 驚いた様子で前山は八潮の顔を見る。八潮の顔は、離れた場所からでも分かるくらいのくっきりとした隈を作っていた。前山の言葉に反応をかなり遅らせて返事をする。

 

 「……あぁ、おはよう前やん。何?」

 

 寝ぼけているのか、前山の言葉が理解できず再度聞き返す。

 

 「いや、お前酷い顔してんぞ、俺も楽しみすぎて昨日は寝れなかったがお前は重症な感じだな!」

 

 そう、前山は研修先での事を考えていたら興奮しすぎてしまい、出発前日の夜には遠足前の小学生のような状況に陥っていた。彼は八潮が自分と同類だと思ったのか嬉しそうにそう返す。

 

 「……いや、楽しみとゆうか、別のドキドキで眠れなかったよ……」

 

 ワクワクが抑え切れない前山に対し、低いテンションのまま八潮はそう返す。

 

 「なんだよ、そんなんじゃ大洗の子たちに笑われちゃうぜ?」

 

 「……お前は気が楽そうで羨ましいよ。と言うか前やんは班長なのに不安じゃないの?」

 

 それを聞いた前山は八潮が寝不足な理由を察して、ニンマリとした笑みを浮かべる。

 

 「……はあー、なるほどね。今回もお前のナーバスなところが出たって訳か」

 

 「……わざわざ言わなくていい」

 

 煽る様な前山の態度に、八潮が不機嫌になりながらそう返す。

 

 「まあ、そう言うな。俺だって最初は疑問に思ったわ。なんせ2年生で整備班長だなんて殆ど無い事だからな。だけど俺は隊長に『お前の整備の腕を買った』って言われて納得したんだ。やっぱ隊長は分かってるよなー」

 

 班長になった理由を少し捏造しながらも前山は鼻高々にそう言う。

 

 「なるほど、まあ前やんは整備の腕だけなら一級品だからね」

 

 「だけってなんだよ、……まあそうなんだけど。とにかく俺がこう言う理由で班長になったようにお前にもなんか理由があって隊長はお前を大洗の整備班長にしたんだと思うぜ。あの人が理由のない事をするはず無いからな」

 

 八潮はそれを聞いて少しだけだが気持ちが楽になったような気がした。

 すると、前山は少し恥ずかしがるよつな表情を見せる。

 

 

 「それに俺はこれでもやっつんの事をライバル視してるんだぜ?お前がそんなんじゃこっちも張り合いがないわ」

 

 

 言いにくそうに、前山は八潮にそう告げる。その前山の顔は少し赤くなっていた。

 八潮は前山の言葉に驚きながらも、前山と同じく恥ずかしがりながら言葉を返す。

 

 「……なんだよ、らしくないな。……でも、お前の話を聞いたらなんだか気が楽になったよ」

 

 少し笑顔を見せた八潮に対し、前山は薄く笑って

 

 「そりゃよかった」

 

 と、短くそれだけ返す。

 気恥ずかしい沈黙が少し流れた後、

 

 

  《ボォーーーーー》

 

 

 海の方向から船の汽笛が鳴った。どうやら前山が乗るアンツィオ行きの船がやってきたらしい。

 

 「っと、俺はそろそろだ。じゃあな、やっつん。次会うのは1ヶ月半後だ」

 

 そう言うと前山は自身の荷物を持ち、足早に船の方へ向かって行った。

 

 

 「ちょっと待って」

 

 

 そう言ったのは八潮の方だった。前山は足を止め、八潮の方を振り返る。そして八潮は言葉を続ける。

 

 「……戦車戦、整備の腕でも前やんに負けるつもりないから。そっちでヘマしないようにね。ライバルなんだからみっともない事はやめてよ?」

 前山はそれを聞き、不敵な笑みを浮かべる。そして

 

 

 

 「はっ、こっちのセリフだよ」

 

 

 

 そう短く言って、今度こそ船へと向かって行った。

 

 

 

 ____________

 

 

 

 港での出来事から数時間後、八潮の乗る大洗行きのフェリーは日本海上を航行していた。すると遠くの方に何やら空母の様な形をした船が一隻、海上にポツンと現れた。それをボーッと見ていた八潮に声が掛かる。

 

 「そろそろですね。あれが大洗の学園艦ですか、大きいですね」

 

 そう言ったのは八潮と同じ、大洗の整備班になった一年生だった。

 突然の声に八潮は少しばかり驚くが、気を取り直して言葉を返す。

 

 「うん、そうだね。ウチのよりもかなりでかいかな?結構早めに着いたね」

 

 大洗町は太平洋に面した港町だが大洗女子学園の学園艦は現在、日本海上を航行していた。なので本来なら舞鶴から大洗まで航路で何日もかかるところを、大幅に短縮してたどり着いたのだ。

 八潮は自分を落ち着かせるように大きく深呼吸し、そして自分のタイミングで話始める。

 

 

 「……みんな、そろそろ降りる準備をして、降りたら向こうの生徒会長さんが迎えに来てくれるらしいから気を引き締めて行くように」

 

 

 

 「「「はい」」」

 

 

 

 各員の返事を聞いた八潮はなんとも言えないむず痒い感覚になる。

まだ新米班長の彼はこういうのには慣れてないのだ。

 



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大洗編
大洗編1 : 到着、大洗


 

 


  

 

 派遣研修当日、大洗女子学園の戦車格納庫ではいつもと違う雰囲気を纏っていた。戦車道の履修者の誰かしも、どことなく落ち着かない様子で、キョロキョロと周りを見回すような視線を送るものばかりだ。

 

 それもそのはず、今日は大洗に滅多に来ない男子高校生が来る日なのだ。そして同じ戦車に乗る5名の少女はその話題で花を咲かせている。その中でも一際テンションの高い女子生徒がいた。

 

 

 「まだかなー早く来ないかなー?どんな人が来るのかなー?ねーねー、みぽりんはどんな人が来ると思う?」

 

 興奮した様子でみぽりんと言われた少女の肩をバシバシと叩くこの少女は武部沙織と言う。大洗の2年生で明るく、ウェーブのかかった髪が特徴的な女子だ。

 

 「わ、わかんないよー」

 

 みぽりんと言われた少女は困った顔になりながらそう答える。

 この少女の名は西住みほ。大洗の戦車隊長を二年生ながら努める程の腕の持ち主だが平時では引っ込み思案な少女だ。

 そんな困り果てる西住に対して一人の少女が助け舟を出すように口を挟む。

 

 「……お前は興奮しすぎなんだ。そんなにがっつくと向こうから嫌われるぞ」

 

 眠そうな目で少女はそう言った。

 

 「もー、麻子は分かってないなー。わたし達と同い年の男子が来るんだよ!?大洗じゃあ異性と言えばおじさん達しかいないんだからこんなチャンス絶対逃せないよ!!」

 

 武部は尚も興奮しながら麻子と呼んだ少女に詰め寄る。フルネームを冷泉麻子と言うこの少女は武部の幼馴染であり、学校でもトップクラスの成績を持つ秀才だ。

 ただ武部の言う通り、この大洗の学園艦は女子校である。生徒の父親やその弟など歳の離れた異性などはたくさんいるが、同年代の男子となると絶滅危惧種も同然なのだ。そのような環境から『この機会に』と、チャンスを伺っている生徒は武部だけではない。

 ただでさえ出会いの少ない環境に年頃の女子高生。このようなビッグイベントを逃す訳には行かないのだ。武部の発言に冷泉がうんざりとした顔になってため息をつくと一人の少女が会話に入る。

 

 「で、でも自分はそう言うのは経験がないものでして...」

 

 全体的に髪に天然パーマのかかった女子が顔を真っ赤にしてそう言った。

 

 「そんなん誰だってそうだよ!ゆかりんだってこれ逃しちゃったら高校生のうちに彼氏出来ないかも知れないんだよ!?」

 

 ゆかりんと呼ばれた少女は武部の勢いにたじたじとなる。

 この少女の名は秋山優花里と言い、戦車好きの2年生で戦車のことばかりに時間を使ってきた影響なのか、この手の話には耐性が無いのだ。

そして秋山は依然顔を真っ赤にしたまま

 

 「そ、そんな事言われましても...」

 

 と、西住同様困った表情をしてそう言った。

 

 「まぁまぁ沙織さん、楽しみなのは分かりますがここはゆっくり待ちましょう」

 

 その時、おっとりとした声で上記の4人とは別の声をした女性がまた会話に加わる。

 

 「えー、華はなんかよゆーって感じー」

 

 武部に華と呼ばれたこの女性、フルネームを五十鈴華と言い、おっとりとした性格に柔らかい雰囲気を持った黒髪のロングヘアーの女性である。

 そんな五十鈴の余裕さが武部にとって不満なのか、少し拗ねたようにそう言った。

 

 「まーでも、華の言う通りソワソワしたって来るのが早くなるわけじゃ無いからねー。あー!でも早く来ないかなー!」

 

 武部はこれから来る整備士達の顔を妄想しながら少し頬を染めて、だらしない顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 そしてこの会話の少し前、大洗学園艦の下部、フェリーが停まれる簡易的な桟橋では3人の女子高生と5人の男子高校生、それぞれ向かい合うようにして対面していた。

 

 

 「よく来てくれたねー、待ってたよー。あたしはここの生徒会長やってる角谷杏ってんだー。これから1ヶ月半よろしくねー、右のこっちは小山、左は河嶋だよー」

 

 「よろしくねー」

 

 「...よろしく頼む」

 

 小山と呼ばれた少女はのんびりと返し、対照的に河嶋と呼ばれた少女は鋭い目つきで素っ気なく返した。

 それに対し大洗の整備班長になった八潮は緊張しながらも代表して挨拶をする。

 

 「お、お出迎えありがとうございます。宮舞高校整備科から来ました

整備班長の八潮学です。左から島原、泉、山下、太田です。これから1ヶ月半、よろしくお願いします。総員、敬礼!!」

 

 「「「はっ!!」」」

 

 八潮が号令を掛けると、隊員は一糸乱れぬ綺麗な敬礼を返す。

 男性特有の腹の底に響くような声に、河嶋と小山も少々気圧される。

だが、その中でも角谷は依然とヘラヘラとした顔を浮かべている。

 

 「まーまー、まだこれからウチの戦車道履修者も紹介するんだから、

今からそんな堅くなっちゃ疲れちゃうよー?」

 

 いつも通り、手をひらひらさせてそう返す。

 

 「は、はぁ...」

 

 そんなマイペースな角谷に八潮はあっけらかんとした表情を浮かべる。

 それを見た角谷は新しいおもちゃを見つけたような顔をする。

 

 「ふーん、君が古葉ちゃんが言ってた子だね。色々話は聞いてるから。期待してるよー」

 

 角谷のその言葉に緊張が増したのか、八潮の顔が一層強張る。彼としては自信のない自分に過度な期待をかけられてしまっては萎縮をしてしまうのだ。

 

 「そんなに期待しないで下さい。……はぁ、ウチの隊長一体どんな事を言ったんですか?」

 

 八潮は苦い顔になりながら気弱そうに角谷にそう尋ねる。

 

 「あっはっはー、古葉ちゃんの言ったとーりの子だねえ、彼からは面白い子って聞いてるから、そんなに怖がんなくてもいいよー。とって食ったりしないから」

 

 角谷は愉快そうな笑い方をする。その甲斐あってか、場の雰囲気が幾らかほぐれたようになる。八潮も強張った顔をやっと崩して安心したような笑顔を浮かべる。

 

 「それじゃあここで話を続けるのもなんだし、そろそろ戦車格納庫の方に行こっか」

 

 角谷はそう言葉を続けた。八潮もそれに言葉を返す。

 

 「はい、お願いします」

 

 こうして緊張と不安と、少しの期待を持って八潮は大洗女子学園に乗り込んでいった。

 

 

 _____________

 

 

 それから30分ほど経った後、大洗の戦車格納庫では履修者達がずらりと並んでいた。それと相対する様に宮舞高校の整備科の面々が横に並ぶ。大洗の生徒たちの珍しい物を見るような、ヒソヒソとした話し声でこちらをチラチラ見る視線に宮舞の整備班員たちは居心地の悪さを感じていた。八潮もこういった視線は去年マジノに行った時に経験しているが、やはり慣れないものなのだ。

 そんな雰囲気の中、角谷が一歩前に出る。

 

 「やー、お待たせ。今日から1ヶ月半、お世話になる宮舞高校の整備科の人たちだよー。戦車整備に関しての知識は群を抜いてるから色々聞きたいことがあったら遠慮なく聞きなー。八潮ちゃんもそれでいいよね?」

 

 さっそくちゃん付けで呼ぶ角谷は置いておいて、八潮は一つ咳払いをして大洗の生徒たちに挨拶をする。

 

 「紹介ありがとうございます。宮舞高校整備科の2年生で、整備班長を務めます八潮学といいます。これから1ヶ月半、皆さんと一緒に切磋琢磨し合い、充実した研修にしたいと思います。角谷さんも言ったように、何か聞きたい事があれば色々聞いてください。よろしくお願いします」

 

 そう言い終えると八潮はほっと一息つく。

 すると、大洗の生徒の一人から元気の良い声が聞こえてくる。

 

 

 「はいはーい!!さっそく質問いいですか!?」

 

 食い気味に手を挙げたのは真ん中の方に並んでいた武部だった。少し目が血走っており、鬼気迫る物を感じる。八潮はそんな武部にドン引きしながらも

 

 「は、はい。なんでしょう?」

 

 と言った。そして武部は依然として興奮した様子で

 

 

 

 「皆さん今彼女っているんですか!?」

 

 

 

 と言った。それは場の雰囲気を凍らせるのには十分だった。

 八潮の中でも派遣研修は2度目だがいきなりこんな質問をしてくる女は初めてだった。班員の誰もがその言葉を飲み込めず。困惑していると、武部の頭がいい音を立てて下を向く。

 

 「いったーーい!?何すんのよ麻子!!」

 

 「こっちのセリフだ、班員の表情を見てみろ、ドン引きしてるぞ」

 

 武部の頭を叩いたのは隣にいた冷泉だった。武部はハッと我に返り、班員の方を見る。すると5人とも引きつった苦笑いを浮かべていた。

 それを見た武部は自分のしたことの恥ずかしさに気づいたのか顔を赤らめてしおらしくなる。

 

 「……えーっと、ごめんなさい。私2年生の武部沙織と言います。さっきのことは忘れて下さい。お願いします……」

 

 武部は先程とは対照的な静かな自己紹介をした。

 

 「え、ええ。こちらこそよろしくお願いします……」

 

 八潮はテンションの上下の激しさに困惑しながらもそう言葉を返した。それと同時に、自身のライバルと似たような性格だなと感想を抱いたのであった。

 

 「あははー、まあ余興はこれくらいにしといて、ウチの隊長も紹介しないとねー。ねー、西住ちゃん」

 

 角谷がタイミングを見計らっていたのか、そう口を挟む。

 

 「え!?ひ、ひゃい!?」

 

 返事と呼べるのか怪しい声を出したのは大洗の隊長である西住みほだった。その特徴的な声に全員の視線を集める。視線を感じた西住はさらに上がり、顔が茹で蛸のように真っ赤になる。

 

 

 「え、えっと、あの……その……た、隊長の西住みひょです……」

 

 「……みひょ?」

 

 八潮がそう聞き返すと西住の顔がさらに真っ赤になり下を向いて俯いてしまった。

 

 「あ、え、ええと、みほです。すみません、よろしくお願いします……」

 

 今にも消え入りそうな声で西住はそう言った。八潮はどうしたものかと思考を巡らせる。とりあえず西住にちゃんと話してもらうために今年の戦車道大会の話題を出す。

 

 「ええと、今年の戦車道大会の決勝戦、テレビで観ました。2年生なのに立派に指揮をとっていて感動しました。今度でよろしければ戦術などのお話を聞いても良いですか?」

 

 なるべく西住を緊張させないために優しい声で八潮はそう言った。

 

 「は、はい。私のなんかで良ければ……」

 

 まだ硬いが、少し緊張のほぐれた西住がそう答えた。やっとまともな会話が成立したのである。

 

 「整備の事でも何か気になった事があればどんどん言って下さいね、僕たちにとってもその方が良いですから」

 

 八潮は少し微笑んでそう言った。

 

 「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 西住がそう言うと八潮は右手を差し出す。それを見た西住は再びあわあわとした挙動不審な行動をとる。

 

 「……えっと、西住さん?もしかして握手はやめた方が良いですか?」

 

 八潮が残念そうな顔で手を引っ込めようとすると西住はさらに慌てる。

 

 「い、いえ!そうじゃなくって、あの、その……よろしお願いします……」

 

 顔を真っ赤にして俯いたまま、壊れ物に触るようなゆっくりとした手つきで八潮の右手を握る。

 

 「……こちらこそよろしくお願いしますね」

 

 八潮は異常に高い西住の右手の温度を感じながら、これは前途多難だなと、心の中で呟いた。

 



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大洗編2 : 初日

 

 

 

 

 大洗女子学園とはその名の通り女子校である。しかも学園艦だ。という事は同年代の男子との接触は無いも同然であり、いきなり二人きりで会話をするとどうなるかというと、

 

 「へぇー、綺麗に整備されてますね、この戦車は武部さんが整備したんですか?」

 

 「へぃ!?あ、あの、えーっと、私が整備したってゆうか、その……」

 

 こうなる訳である。普段彼氏が欲しいと100万回ほどのたまわっている武部だが、いざ話すとなるとあまりの緊張に会話に全くならなくなっていた。先程の失言は周りに彼女の仲間がいて勢いに任せてあのようなことが言えたが、今は同年代の男性と二人きり。意識をしまくっているのである。

 武部は自分の男性経験の無さを嫌というほど痛感するのだった。

 

 「えっと……そんな緊張しなくて良いですよ。別に襲ったりしませんから」

 

 八潮とともに大洗の派遣研修に来ている一人、整備科2年生の泉が困ったように笑ってそう言う。

 

 「……うぅー、分かってるんだけど……」

 

 落ち着いた様子の泉に対し武部はしどろもどろに返事をする。

 

 「……しかしかなり質の良い整備をしていますね。とても今年初めて戦車道を始めたとは思えません。あ、悪い意味じゃないですよ?」

 

 泉がそう言って冗談っぽく軽く笑う。少しフランクになった彼に武部も幾らか緊張が緩和された。

 

 「えっと、その、ウチの戦車整備はレオポンさんチームがやっているんです」

 

 少し落ち着きを取り戻した武部がやっと会話を始める。

 

 「……レオポンさんチーム?」

 

 聴き慣れないファンシーな名前に泉は首を傾げる。

 

 「うん、もともとは自動車部の人たちなんですけど私たちの戦車を全部見てくれているんです」

 

 泉はそれを聞いて納得した顔になる。確かに自動車に精通していれば戦車もある程度は弄れる。それなら出来たばかりの大洗戦車道があれだけの戦車のスペックを引き出せるのにも納得がいくのだ。

 

 「へぇー、成る程、自動車部ですか」

 

 だが泉が驚いたのは次に武部が言った言葉だった。

 

 

 「うん、4人だけなのに凄いよねー」

 

 

 武部が発する言葉に泉は耳を疑う。

 

 「え、4人ですか……?」

 

 「え、うん4人だけど……あたし何か変な事言いました?」

 

 

 

 泉は再びその言葉を聞いて唖然とした。

 

 

 

 

 __________________

 

 

 

 「成る程、これならスペック以上の戦車の力を出せるのも納得出来ます。

 

 「いえ、正直整備に関しては自動車部の方々に頭が上がりません」

 

 泉と武部から離れた別の場所では八潮と西住が会話をしていた。西住の方は先程のテンパり具合から落ち着いたのか、冷静に八潮の質問に返答していた。武部とは逆である。

 一方八潮は先程の西住の焦り具合から、打ち解けるまでかなり時間がかかるかと思っていたが、案外男性に慣れてるのを見て内心安堵していた。

 

 「整備技術もしっかりしているのでこれなら僕らとしてもいい意見交換が出来そうです」

 

 「はい。私達からも答えられる事があれば、何でも言ってくださいね」

 

 そう言って西住は柔らかく微笑む。すると

 

 「っ!!」

 

 八潮はその可憐な笑顔に少し頬を赤らめて目を逸らす。彼とて男子校出身なのであまり女性に耐性がないのだ。

 

 「……ありがとうございます」

 

 言葉に詰まった八潮は短くそう言うしかなかった。

 

 「……」

 

 「……」

 

 少しばかり気まずい沈黙が流れる。西住の方も同年代の男性と話した事があるかと言われれば殆ど経験がない。気まずい空気をなんとかするため何か話題があるものかと頭の中で模索していると、喋り始めたのは八潮の方だった。

 

 「えっと、そろそろ戦車に触らせて貰いたいんだけど大丈夫ですか?」

 

 「え!?あぁ、はい!だ、大丈夫ですよ!」

 

 いきなり喋りかけられると思っていなかったのか西住がぎこちなく返事する。

 側から見るとその光景はお互い妙に異性を意識してしまってぎこちなくなっている青い二人の微笑ましい姿だった。その後も互いに意見を交換し合いながら時間が過ぎる。

 研修はまだ始まったばかりだが今後、彼らは大洗の戦車道に益々驚かされる事になるのだ。

 

 

 

 __________________

 

 

 

 そんな時間あっという間に過ぎてもう時刻は夕刻。もうそろそろ学校を閉めなければいけない時間であり、大洗戦車道の面々も各自片付けを終えてぼちぼち帰り始めていた。その中で角谷と八潮はまだ格納庫の中に残っていた。

 

 

 「いやー、お疲れさん。どーだった?ウチの戦車」

 

 相変わらず気の抜けた声で角谷がそう言う。

 

 「あ、角谷さん。……驚かされっぱなしですよ。何というか、どの高校よりも発想が突飛してるとゆうか……こんな戦車は初めてです」

 

 そう答えた八潮は少し興奮気味になっていた。

 彼らが大洗の戦車を見た時、まず驚いたのはその整備の質だった。大洗は戦車道が出来たばかりの学校であるため整備の『質』に関しては正直、全く期待していなかったのだが、いざ見てみると整備不良どころか全ての戦車が万全に近い状態であった。部品の破損は見当たらず、ギア、装甲、エンジン、履帯。あらゆる面で丁寧にケアされているのが見受けられたのだ。

 何よりもこれを4人だけで全て整備を受け持っていると言うのが驚きだった。

 

 『何ってゆうか、戦車って自動車より大きいじゃないっすか。その分整備は手先の細かい作業とかがやりやすくなるんすよね』

 

 そう言った4人の内の1人の言葉を八潮は思い出す。自動車部でこれだけのスキルが身につくものなら今度自分も車の勉強をしてみようか。

 そう思う八潮であった。

 

 「おー、それは褒められてるのかな?何にせよみんな仲良くやれそうで良かったよ」

 

 角谷がほっと一息、そう呟く。

 

 「ええ、ここの人達は良い意味で考えが固くないと言うか、とにかく柔軟なんですよね」

 

 そう、八潮が最も驚いたのは『戦車道』と言うものに対しての考え方だった。

 戦車道とは武道である。それ即ち礼節、伝統を重んじる考えが強く、昔からの技術や戦法を重宝し、新しい技術は取り入れない。詰まるところ、保守的な考え方をする傾向が強いのだ。

 

 だがこの大洗女子学園と言う高校は一味も二味も違う。今まで定石であった戦法を使わず機転を利かせた戦い方、自動車の知識を取り入れた大胆な戦車整備。何もかもが新鮮で八潮はこの大洗を選んだ事に間違いは無かったと早くも確信するのであった。

 

 「ほぉー、そこまでベタ褒めだと照れちゃうなー」

 

 全く照れる様子もなく角谷は気の抜けた声でそう言う。

 

 「学ぶところはまだまだ多いです。改めてですが1ヶ月半、ここで色んなことを学んでいけると思うのでよろしくお願いします」

 

 そう八潮が言うと深々と頭を下げる。

 

 「そうかしこまらないで、もっと楽にいこーよ、まだまだ時間はあるんだからさー」

 

 「そうは言いましても……」

 

 八潮は苦笑いをしてそう返す。いつも通りの角谷に八潮も調子を崩される。彼はどこか既視感があるとさっきから感じていたのだが、なるほどこの角谷と言う女性、自身の隊長と似たところがあるのだ。

 そんな相変わらず堅い八潮に対して角谷は少し思案する。彼女としても真面目なのは結構な事だが、それも過ぎれば彼にストレスを溜めてしまうと危惧していた。どうしたものかと少し目を瞑ると、何か閃いたように角谷が口を開く。そしてそれはこの年頃の男女なら避けては通れない話題だった。

 

 「うーん、そうだねぇ、八潮ちゃんはもうウチの子たちと全員顔合わせは済んでるんでしょ?」

 

 「え、はい。そうですけど……」

 唐突に話題を変えられて八潮は面を喰らう。対して角谷はこれはしめたと思い不適に笑う。

 

 「いやー、八潮ちゃんはどんな子がタイプなのかなーって」

 

 「……はい?」

 

 全く予想していなかった質問だったのか、八潮の反応が遅れて返ってくる。

 

 「ウチの子たちはカワイイ子多いと思うんだけどなー。ねえねえ、どの子が良いのー?」

 

 意地悪な笑顔で角谷が急かす。

 

 「……知りませんよそんなの、まだ初日でまともに話したことのない人の方が多いんですから」

 

 対して八潮の方は必死に表情を崩さないように無表情でそう答える。ここで取り乱しては相手の思う壺だ。それは古葉に散々弄られた経験から得た八潮の答えだった。

 

 「えー、つまんないのー。1人くらいいるでしょー?そーだねー、武部ちゃんなんかはどう?」

 

 「今朝のアレを見てますから……」

 

 「うーん、じゃあ、かーしまなんかは?」

 

 「根は良い人そうですね」

 

 淡々と返す八潮に対して角谷は段々と楽しくなってきているようだ。やはり華の女子高生。こう言う話題を始めると止まらなくなるものなのだろう。八潮は適当にあしらうように返事をする。

 だが次の角谷の言葉で八潮の無表情が崩れた。

 

 

 「ふーん、じゃ本命、西住ちゃんは?」

 

 

 「っ!!……良い人だと思いますよ」

 

 それは一瞬だったが、少し表情が変わったのを角谷は見逃さない。

 

 「……へぇー、八潮ちゃんは西住ちゃんがタイプかー、ほんわかカワイイ系って感じだね」

 

 今日一の笑顔で角谷が詰め寄る。

 

 「……そんな事一言も言ってないですけど」

 

 八潮の方は無駄な足掻きだと薄々感じつつも否定的な言葉を口にする。やはりこの角谷という少女、古葉に似ている。

 

 「あっはははー!!ホント八潮ちゃんって分かりやすいねー、古葉ちゃんのお気に入りなのもうなずけるよー」

 

 完全に手玉に取られている。こうなってしまっては全て角谷のペースで話が進むのだ。

 

 「もう、勘弁してくれ……」

 

 八潮は参ったと言わんばかりにそう呟く。

 

 「ねぇねぇ、何で西住ちゃんなの?やっぱウチの隊長だから?」

 

 一方角谷の方は話を終わらせるつもりなど毛頭なく、八潮は下校時間ギリギリまで質問の嵐を喰らう事になったのだ。

 

 

 

 ______________

 

 

 

 「あー!!緊張したー!!」

 

 ところ変わって何処かの通学路、そこには5人の少女の姿がありその中の1人、武部が大きく背伸びをして吐き出すようにそう言った。

 

 「ククっ、傑作だったなアレは、最初の方なんか会話になってなかったじゃないか」

 

 冷泉が武部の惨状を思い出したのか吹き出してそう言う。

 

 「うっ……し、しょーがないじゃない!……同い年の男の子と喋るのなんてかなり久しぶりだったんだから……」

 

 昼間の事を武部も思い出したのか苦い顔で呟く。

 

 「で、でも皆さん良い人そうで良かったでありますな!」

 

 秋山がそんな武部を慰めるようにして話題を変える。

 

 「ええ、皆さん戦車に対して誠実な方々でしたから。私が分からないことも丁寧に教えて頂きました」

 

 柔らかい笑顔で五十鈴も同調する。

 

 「それに班長さん、すごい知識量でありましたな!!男性の方であれだけ戦車を語れる方を見たのはは初めてであります!!」

 

 秋山は興奮したように昼間、ずっと八潮と戦車談義をしていた事を思い出す。それに冷泉が付け加える様に

 

 「……確かに班長は凄かったな、だが副班長の泉の方も良かったぞ。同じ操縦士として彼から学ぶべきところは沢山あった。なぁ、沙織」

 

 「うぇ!?わ、私!?えっと……泉君は、その……」

 

 泉の名前を出した途端、武部は急にしどろもどろになる。顔も真っ赤になっていた。

 

 

 「……沙織、まさかとは思うが、早すぎないか?……」

 

 

 何かを察した冷泉が冷ややかな目線を武部に浴びせる。すると、今までずっと静かだった西住が止めの一撃を喰らわす。

 

 

 「沙織さん、泉さんのことが好きなんですか?」

 

 

 茹で上がったタコがそこには居た。オーバーヒート寸前の武部はまるでその溜まった熱を排熱するかの様に捲し立てる。

 

 「な!?、好きってゆうか...確かに良い人だとは思うけど、とゆうか何で私が泉君の事を好きって話になってるの!?ま、まだ出会って初日なんだしそういうのはこう、もっと、そう!!お互いをよく知ってからお付き合いとかそういう事なんじゃないかな!!!」

 

 まるで自分が将来泉と付き合うとでも言わんばかりの発言に冷泉はドン引きする

 

 「……いくら何でもチョロ過ぎだ。将来ダメな男に引っかかるぞ……」

 

 「うーっ!しょーがないじゃない!!普通あんだけ優しくされたら惚れるでしょー!?」

 

 もはや泉が好きな事を隠そうともせず開き直る武部。挙動不審な自分に優しく丁寧に接してくれた泉に対し武部が陥落するまで、そう時間は掛からなかった。それにしても早過ぎるが。

 

 「ま、まあ、まだ研修は始まったばかりですしいっぱいチャンスはあると思います……よ?」

 

 暴走しかける武部を必死に西住が宥めようとするも、

 

 「そーよ!1ヶ月半!!こんだけ期間があるんだから絶対私のものにするんだから!!!」

 

 宥めるどころか火に油を注ぐ結果になってしまった。

 

 「ってゆーか、そう言うみぽりんはどーなの!?班長さんと何やらいい感じだったじゃない!!」

 

 「えぇー!?」

 

 突如飛び掛かった火の粉に西住は対応できず素っ頓狂な声を出す。

 

 「確か、八潮さん、でしたっけ?あの方も好青年で印象は良かったですねえ」

 

 五十鈴がマイペースに同意する。

 

 「そーそー!!ちょっと顔が幼いのが私の好みじゃないけど結構カッコ良かったじゃん!!みぽりんああゆうのがタイプなの?」

 

 「うぅー……わ、分かんないよぉ……」

 

 西住もしどろもどろになりながらそう答える。ただ武部と違うのは彼女の場合、本当に分からなくて困惑しているのだ。まともな恋バナすらしたことのない彼女にとっていきなり男性のタイプを晒け出せと言うのも酷な話だった。彼女自身の性格もあるのだろうが。

 

 「もー、そんなんじゃダメだよみぽりん!聖グロの隊長さんも言ってたでしょ?『イギリス人は恋と戦争じゃ手段を選ばない』って!!」

 

 「お前が言うと説得力が無いな」

 

 「うるさい麻子!!ともかく、今の時代女子もグイグイ行かないとダメなの!!みぽりんもボーッとしてると班長さん取られちゃうよ!?」

 

 「いや、まだ好きって決まったわけじゃ……」

 

 武部のテンションについていけず西住は苦笑いすると、

 

 「でも自分は西住殿と班長殿、お似合いだと思います!!」

 

 意外なところから武部の援護射撃が加わった。秋山は目を輝かせながら武部に同調する。

 

 「私もみほさんと八潮さん、相性いいと思いますよ?」

 

 「は、華さんまでー……」

 

 五十鈴からも援護射撃を喰らい、話の収集がつかなくなってくる。

 流石は華の女子高生。こう言う話題になれば何時間でも盛り上がれるのだ。

 

 

 




 お待たせしました。リアルが少し忙しかったのもありますがこれから何故こんなに間が開いたか言い訳タイムに入りますので興味のない方は読まなくてもオッケーです。


 時は遡って5月の中旬、私は友人と他愛もない会話をしておりました。そしてどの様にしてそう言う話題になったのかは思い出せないのですが『ポケットモンスター、縮めてポケモン』の話題になり、友人と世代が同じ事も相まって大層盛り上がりました。すると私の中である感情が芽生えたのです。この感情は今後の執筆活動に影響が出ると自覚しており、大変危険な思想だったのですが、気がつけば私の手元にはニンテンドーDSiとポケットモンスターダイヤモンドを握りしめていました。
 それから時が経ち、6月に入った頃、その間何があったのか自分でもうまく思い出せないのですが、無意識に握っていたニンテンドーDSiに視線を落としてみるとトレーナーズカードの『プレイ時間』と言う項目に[63:54]との文字が記してありました。そこで私は全てを思い出します。
 何と業の深い事をしてしまったのか。私は激しく自分を責めました。
およそ64時間の間、私はポケットモンスターダイヤモンドに囚われ続けていたのです。恐らくその時間を執筆に充てれば10話は書けていたでしょう。
 ただこの時間は無駄ではなくこの64時間と言う業の積み重ねによってシンオウ図鑑を完成させると言う快挙を成し遂げました。やったぜ。

 さて、ここまで話して私ことキングコングマンに弁明の余地が無いことは明らかですが、執筆が遅れた責任を全て私に押し付けるのは違うのでは無いかと、異議を唱えます。
 と言うのも『ポケットモンスター』シリーズには強い中毒性があることは科学的にも証明されております。この中毒性は強く、一説には廃人化して普段の生活を送られなくなった方もおられると聞いたことがあります。そんな悪魔的なゲームを生み出してしまった『ゲームフリーク』と言う諸悪の根源にも私は責任の一端があるのでは無いかと激しく抗議する次第で御座います。
 今回の件、私の心の弱さが露呈してしまったのは言うまでもありません。今後この反省を活かし、安定した投稿を出来るよう心掛けていく次第であります。以上、言い訳終わり。



 追記:スイッチとポケモン剣盾って合わせて今いくらぐらいなんですかね?



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大洗編3 : 一歩前進

 

 初対面から数日後、大洗の戦車格納庫では各々に作業を進めている。

最初こそ慣れない男に緊張していた大洗の面々だが、それも時間が経てばそれぞれ慣れ始めていた。

 

 「えっと……や、やっぱり戦車を一目見ただけでじ、状態が分かるものなのかな!?」

 

 「え?あ、いや、だいたいってところですかね?中身を見てみないと分からないこともあるんで」

 

 「あ、あははー!だ、だよね!!何言っちゃってんだろー私!!!」

 

 そんな中でも全く慣れてない女子が一人、武部である。泉となんとか会話になっている分、幾らかは成長しているが、今は想い人と目の前で2人きり。そう言う経験のない武部にとってはテンパるのも仕方のない事なのだろう。

 

 「……駄目だな、アレは」

 

 そんな光景を遠目で見ていた冷泉がそう呟く。自身の幼馴染が言動とは裏腹に奥手である事は彼女も分かっていたが、ここまで酷いとは思っていなかったのだろう。

 

 「まあまあ、沙織さんも初めての経験なんですから、もう少し気長に見ても良いんじゃないですか?」

 

 冷泉の隣にいた五十鈴がのんびりとした声でそう言う。

 

 「折角2人きりにしてやったんだ。もうちょっとマシになってると思ったがまだ早かったか」

 

 冷泉がそう言ってため息をつく。いつまで経っても泉に話しかけられない武部に、冷泉が痺れを切らしてこのような荒療治に出たのだが、逆効果だったようだ。

 

 「……まあ、そう急かすのも無理はありません。こっちはいい感じっぽいですしね」

 

 五十鈴がそう言って目線を別の場所へ移す。その先には泉と武部ではない、もう1組の男女ペアが会話をしていた。

 

 「こっちに戦車が来たら山の上から狙い撃ちされませんか?」

 

 「ええ、そこでわざと砂煙を上げて相手の"目"を誤魔化すんです」

 

 お互い熱心に地図を見ながら戦術論を交わしているのはみほと八潮の2人。こちらは泉と武部のような事は無く、お互いリラックスしてスムーズな会話をしていた。

 

 「なるほど……それならこの場所を突破できますね。突破した後はどんな風に立ち回るんですか?」

 

 「そうですね…私なら________」

 

 やはり"戦車道"と言う共通の話題があれば会話も弾むものなのだろう。彼此1時間近くはこの状況だが、全く会話が途切れる気配はなかった。

 

 「……いい雰囲気と言うか、ただ戦車道に関して熱心に話してるだけに思うがな」

 

 冷泉はその光景を見てまだ2人にそういう感情はないのかな、と読む。

 

 「いや、麻子さん、こう言う会話が後々効いてくるんですよ」

 

 対して五十鈴は、この会話も後々重要になって来ると読んでるらし

い。楽しそうな表情で2人のやりとりを見つめている。

 

 「……そう言うものなのか」

 

 一方、納得のいかない表情でそう言う冷泉であった。

 

 

 ________________

 

 

 「しかし、こう言っては何ですが、少し意外でしたね」

 

 戦術論談義も一通り話終えたのか、ここでようやく八潮が戦車道以外の話題を振ろうとする。

 

 「?、何がですか?」

 

 突然そう言われてみほの方も首を傾げる。

 

 「いや、挨拶の時と比べれば大分リラックスしているなって思ったんです」

 

 八潮がおちょくるようにそう言うとみほは眉毛をハの字に曲げて顔を赤らめる。

 

 「えー!?、も、もう!あの時のことは忘れてください!!」

 

 焦った表情でそう捲し立てるみほ。だが本当に嫌がっているわけでは無く、少し笑みがこぼれての発言だった。

 

 「あははー、すみません。他の人達に比べて何というか、結構スムーズに会話が出来たので」

 

 対する八潮は軽く笑ってそう返す。彼としては、大洗女子と話すと相手が尽く緊張してしまうのに対し、みほは挨拶の時と比べてリラックスして会話が出来ていたことを意外に感じていた。

 

 「うぅー……私って昔からあがり症なんです。大勢の人がいるとどうしても緊張しちゃって……」

 

 依然と苦笑いになりながらみほはそう呟く。その言葉に八潮も納得した表情になる。彼としては男に苦手意識があるのではないかと若干危惧していたので、心の中でホッとするのだった。

 

 「なるほど、でも男性に苦手意識があるとか、そう言う事で無くてよかったです。……もしかして西住さんって男兄弟とかいるんですか?」

 

 少し踏み込んだ話をしていいと感じた八潮はそんな事を聞く。

 

 「兄弟はいないんですけど、お兄ちゃんみたいな人はいましたね」

 

 対してみほの方も快く応える。少し懐かしむような、そんな表情だった。

 

 「へぇー、なるほど。それで結構男性に慣れてたんですね。……因みにどんな人だったんですか?」

 

 少し聞くのに躊躇した八潮だが、懐かしむようなみほな表情がどうしても気になってしまったのでそんな事を聞く。

 

 「えっと、うーん、なんて言うんだろうな?マイペース?なんだけどどこかいつも何か考え事してるような……それでいて他人の事もよく見てるような……私からしたら結構不思議な人だったかもですね」

 

 曖昧な表現にあんまり仲良くなかったのかなと感じ、八潮はしまったと、心の中で思う。

 

 「えっと、ごめんなさい、あんまり聞かないほうがよかったですか?」

 

 率直に八潮がそう謝るとみほは少し焦ったような仕草を見せる。

 

 「え!?いや!全然そんな事ないです!実際私も結構懐いていたので、仲が悪かったわけじゃないですよ?」

 

 早とちりだった八潮の発言にあらぬ誤解をされないようにみほが訂正を入れる。

 

 「す、すみません!勘違いしちゃって……と言う事は結構良い人だったんですね」

 「うん、そうですね。だから私も懐いてたと思いますし、ただ……ふふっ」

 

 会話の途中で急に思い出し笑いをし始めたみほに八潮は不思議そうな顔をする。

 

 「ただ?」

 

 「ふふっ、いやあ、私以上に懐いてた人がいるんです。いつもその人にべったりくっ付いていて、何処に行くにもその人の後ろをついてって、一緒に迷子になった事もあったんですよ?」

 

 思い出し笑いを堪え切れないのか、所々吹き出しそうになりながらみほはそう言う。

 

 「それって……」

 

 八潮もそれが誰なのか何となく察してそう呟く。それはもう1人、みほの身内であり、今では全く表情を変えることが無い、戦車道の世界でも有名人なあの人。

 

 「はい、多分察しの通り、私のお姉ちゃんです。意外でしたか?」

 

 実の妹に恥ずかしい過去をバラされる西住まほ。それは今のイメージからは考えられない光景だった。

 

 「……意外と言うか、想像できないですね」

 

 八潮もそんな感想を抱いたのか、微妙な顔をしてそう呟く。

 

 「ふふっ、お姉ちゃんはああ見えて結構感情が豊かなんですよ?...あんまり顔に出ないですけど」

 

 思い出して面白くなってきたのか、姉の昔話に花を咲かせる。

 

 「昔なんかはよくその人と一緒にいろんな事をしてお母さんに怒られていましたねー。私もついて行ってたんで一緒に叱られることが多かったです」

 

 本人が聞くと恥ずかし死しそうな内容をベラベラと喋るみほ。その表情はとても嬉しそうで、しかし恥ずかしそうな表情も混ざった笑顔だった。

 

 「あー、懐かしいなー。賢兄(けんにぃ)も元気でやってるのかなあ?」

 

 そしてここには居ない兄代わりの名前を呼ぶみほ。件の人物は今現在、黒森峰で一緒に居るとも知らずに。

 

 

 

 _________________

 

 

 

 そしてそんな時間も流れて時刻は午後7時、学校も終え、いつものように通学路で並んで歩く5人の少女がいた。

 

 「えっと……大丈夫ですか?沙織さん?」

 

 魂の抜けた白い抜け殻みたいになっている武部にみほが心配の声をかける。

 

 「……そっとして置いてやれ。今日は一段と酷かったんだ」

 

 冷泉がフォローの言葉を掛ける。あれからも会話がスムーズに進む事は無く、見かねた冷泉と五十鈴が手助けする形で、なんとか緊張しないで済む惨状だったのだ。

 

 「うぅ……全然喋れなかった……絶対変な女だと思われた………」

 

 俯きながら後悔の言葉をぶつくさ言う武部。まだまだ2人きりで話すのにはハードルが高すぎた現実に、すっかり打ちのめされているようだ。

 

 「で、でも!!、初日の頃と比べれば会話が出来ていたでありますよ!!」

 

 見ていられない武部の姿をなんとかしようと、秋山もフォローの言葉を投げかける。

 

 「ふふっ……あれが会話……あれが……」

 

 が、逆効果。初日よりマシになったとはいえ、それは毛が生えた程度。このままではまともに会話できる頃には整備士達はとっくに宮舞に帰ってしまっているようなペースだった。

 

 「うーん、どうしましょうか?とりあえず緊張するのをどうにかしないといけませんね」

 

 五十鈴が問題の本質を言うと、図星を突かれた武部は膝から崩れ落ちる。

 

 「は、華さん!!いくらなんでも直球過ぎますよ!!」

 

 崩れ落ちる武部を必死に支えながらそう言うみほ。もう武部のメンタルはズタボロである。

 

 「そうですねぇ、みほさんみたいにリラックスして会話が出来れば良いんですけど……」

 

 そんな事など気にしてない五十鈴のその言葉に、死人と化していた武部の肩がピクンと動く。

 

 「……そうよ……なんでみぽりんはあんなに楽しそうに会話が出来るの?」

 「え゛!?」

 

 武部に面倒くさいスイッチが入ってしまった事を察知したみほは苦い顔になる。

 

 「班長さんとあんなに仲良く...ずるい、ずるいよみぽりん!!」

 

 ガッ______

 

 「あわわわわ……」

 

 ゾンビのような動きでみほの肩掴みブンブンと振り回す武部。すると暴走する武部の頭がいい音を立てる。

 

 「いったーい!?もう!!何すんのよ麻子!!」

 「こっちのセリフだ。隊長をグロッキーにしてどうする」

 

 冷泉がすかさずツッコミを入れる。何時ぞや見た光景だが気にしない方がいいだろう。

 

 「……でも実際、班長殿と一番仲が良いのは西住殿でありますよね?」

 

 割って入った秋山がそう言うと全員の目が一斉にみほに向けられる。

 

 「そうだな。沙織みたいに緊張してなかったし」

 

 冷泉もそう続けてが武部の方へ目線を移す。

 

 「うっ、うるさい!……でも本当に楽しそうに話してたよねー。何かコツでもあるの?」

 

 「え!?えーっと……」

 

 そう言う武部にみほは困り顔になる。コツと言われてもみほとしては普通に会話していただけだ。答えようも無い事を聞かれても困り果てるだけである。少し考えるような仕草をすると一つ、みほは思い出す。昔からお世話になってきた兄のような存在がいたからこそ八潮との会話も緊張せずに出来たのでは無いかと。それを思い出して沙織へのアドバイスも自然と浮かんできた。

 

 「えっと……そうですね。例えばですけど、泉さんを"お父さん"として見てみるのはどうでしょうか?」

 

 「え、お父さん?」

 

 みほの発言に目を丸くする武部。

 

 「……なるほど、良い考えかも知れないな」

 

 そんなみほの発言に同調したのは冷泉の方だった。会話で緊張してしまうなら、相手を一番近しい異性と思えばいい。そうなってくると真っ先に出てくるのは身内なので、まずはそういうアプローチからでもいいかも知れないと、みほは感じたのだ。

 

 「沙織も、父親と仲が悪いわけではないだろう?」

 

 続けて武部にそう問いかける冷泉。対して武部は微妙な顔をしていた。

 

 「えー?うーん、そっかぁー、お父さんかぁー……」

 

 仲が悪くないとはいえやはり好きな人を自分の父親に例えるのは抵抗があるのだろう。しかしこのままではいつまで経っても泉に話しかけられないのは武部本人も分かっていたので少し葛藤する。

 

 「このままじゃいつまで経っても話しかけられないぞ。会話に慣れたらまた意識を戻せばいいじゃないか」

 

 冷泉はみほの意見に賛成のようだ。念を押すように武部にそう勧める。

 

 「うぅー、麻子がそう言うなら……」

 

 そんな冷泉に押されて、武部も渋々と了承するのだった。

 

 

 

 ________________

 

 

 

 次の日、再び泉と武部の2人きりになった状況を他の4人は遠くから見ていた。

 

 「どんな感じでありますか?」

 

 「まだ分からないですね……」

 

 「お、2人とも同時に笑ったぞ」

 

 「沙織さんもなんだか緊張してないようですね!」

 

 昨日とは打って変わって楽しそうに会話できている武部に4人ともホッとした表情になる。当の本人は泉が父親に見えるように自己暗示を掛けているのに必死なのだが。

 

 「えーっと、泉くんは麻子と同じ操縦士なんです……だよね」

 

 「はい、昨日も冷泉さんと色々と会話しましたが、冷泉さんは本当に高い技術を持っていますね」

 

 「へ、へぇー。こ、今度私もその話聞いてもいいかな?」

 

 「お、武部さんも操縦に興味があるんですか?もちろんいいですよ!冷泉さんの話ももっと聞きたいし、今度3人で話しましょう!」

 

 「う、うん。よろしくお願いします……」

 

 2人きりでないことに少し肩を落とすが、まだぎこちなくはあるが自然に会話が出来ている。とりあえずは作戦成功と言ったところだろうか。

 

 「はい、では、僕は整備に戻るんで……」

 「あ、うん!ごめんね!時間取らせちゃって!!」

 

 「いえいえ、それでは失礼します」

 

 そう言って泉が武部の視界から消えると男らしいガッツポーズを決める。まずは一歩前進出来たことに武部としても達成感があるようだ。

 そしてこれ以上に無い嬉しそうな笑顔で4人の方へ近づいて行った。

 

 「う、上手くいったよ!!ああー!!緊張した!!ありがとうみぽりん!!今度から先生って呼ばせて!!」

 

 「せ、先生はちょっと……」

 

 困惑するみほの手を両手で握りブンブンと振り回す武部。どうやら相当嬉しいようだ。

 

 「よし!この調子でガンガン行っちゃうんだから!!」

 

 そう息巻いて宣誓をする武部。だがこの時彼女は知る由もなかった。

 

 

  この恋には大きな"落とし穴"が存在する事を。

 



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大洗編4 : 憧れ

 

 今のところ、一番いい状態で派遣研修が出来ている高校は何処かと聞かれれば、おそらく大洗になるだろう。一癖も二癖もあるこの高校だが、新設で戦車道に対する偏見が無い分、宮舞の整備士達にも自然と接して居れる。滅多に来ない男子高校生に少し浮ついた部分はあるものの、裏を返せば他の高校と比べれば幾分かフレンドリーに進んでいると言うことなのだ。

 大した問題もなく、研修も2週目の半ばに突入し出した頃、格納庫では二人の男女が話をしていた。

 

 「ほぉー、参考になります。やっぱ本場の戦車整備士さんは細かいところまで完璧に把握していますねー」

 

 黒髪ショートのオレンジ色のツナギを着た少女が感心したように頷く。

 

 「こっちこそ驚きの連続です。まさか戦車にニトロエンジンを積むとは……他の戦車にも積んであるんですか?」

 

 もう一人、男性の八潮も大洗の戦車改造の新鮮さに目から鱗のようだ。

 

 「いや、ニトロ積んでるのは38tとか八九式なんかの軽い戦車ばかりですね。元々自動車用の改造エンジンなんで軽くないと付け焼き刃になっちゃうんですよ」

 

 肩をすくめて少女はそう言う。この少女の名はナカジマ。元々は大洗自動車部の部員であるが、様々な縁から、戦車道の整備も一手に引き受ける猛者である。

 宮舞の整備士達が軒並み驚くのは彼女等、自動車部の革新的な整備が理由の多くを占めていた。

 

 「……なるほど。しかし本当に凄いですね。目新しくて、それでいてどの戦車もパワーダウンしていません。本当に今春から初めて戦車整備をやり始めたとは思えませんよ」

 

 そして先程から八潮はナカジマにベタ褒めをしていた。自身の知識、経験からはどれも逸脱したものばかりであるが、それが逆に八潮には刺激的に移り、彼の知識欲を最大限にまで高めていたのだ。

 

 「そ、そうですか?いやー、そこまで言われるとなんだか照れちゃいますねー」

 

 ナカジマとて男子高校生に褒められることなど滅多に無いので、満更でも無いような表情をする。

 

 「向こうのⅢ号突撃砲のはどんな改造をしてるんです?」

 

 「あー、あれはですね……」

 

 その後も話の種は尽きる事が無いのか、2人は戦車談義を続ける。そんな、側から見ればイイ雰囲気の2人をジッと見つめる少女がいた。

 

 

 

 

 

 「…………」

 

 「どうしたの?みぽりん。なんだかボーッとしちゃって」

 

 「うぇっ!?さ、沙織さん!?」

 

 2人を見つめていたのは西住みほだった。そんな彼女の様子に異変を感じたのか、武部が話しかける。

 

 「な、なんでもないよ!ず、ずいぶん秋だなーって思ってただけ!」

 

 「う、うん?まあもう10月に入ってるしね」

 

 「そ、そう!!結構過ごしやすいからボーッとしちゃって……」

 

 慌てて言い訳を作るみほ。どう見ても何か隠しているのはバレバレなのだが、彼女はこれで誤魔化せたと思っているらしい。

 

 「……まあ、みぽりんは普段からぽやっとしてる事があるからねー。……本当は意中の人のことでも考えてたんじゃないのー?」

 

 しかし武部にはお見通しのようだ。普段から常に恋愛アンテナを張り巡らせている彼女である。誰が好きとか誰が好きじゃ無いとかの嗅覚は大洗の中でも突出しているのだ。意地悪な顔をしてそう言うと、みほの顔が真っ赤になる。

 

 「え!?そ、そんなんじゃ無いよ!!」

 

 必死に否定するみほ。しかし彼女のテンプレな態度が、益々武部の言葉に説得力を与えていた。顔を赤らめて、あたふたしながらそう言っても"意識しています"と、言っているようなものである。

 

 「へぇー、やっぱりみぽりんは班長さんなんだねー!!最近仲良く話してる事が多いし、もしかしたらって思ったけど……遂にみぽりんにも春が……!お互い頑張ろうね!!!」

 

 「ちょ、沙織さん!!声大きい!!」

 

 みほは八潮が好きなものだと、勝手に決めつけて盛り上がる武部。恐らく自分と同じように想いを寄せる人物ができたと思って嬉しいのだろう。

 

 「いいっていいって!!恥ずかしがらなくても!!私の方がそっち方面では先輩なんだから!!何でも聞いていいよ!!」

 

 数日前まで泉とまともに会話が出来なかった自分を棚に上げて。恋愛の先輩ぶりを見せる武部。もう彼女の中では自分は恋愛マスターの気分でいるらしい。

 

 「だから違うってばー!!!」

 

 そのテンションは、みほの悲痛な叫びも聞こえないほどに。その後も色々と武部に尋問されるみほであった。

 

 

 

 _____________________

 

 

 

 「や、やっと解放された……」

 

 みほが武部から解放されたのは夕方になってからであった。武部からあれこれ飛び交う質問を必死に躱していると、流石にゲンナリするのだろう。終わった頃にはみほは疲れ切った顔をしていた。

 ようやくホッと一息、落ち着こうとすると、それをさせんとばかりに

再びドキリとさせる声が聞こえてきた。

 

 「あ、西住さん。ちょうどよかった。今話いいですか?」

 

 「は、はいぃぃ!?」

 

 みほの耳に入ってきたのはここ一週間で随分と聞き慣れた声。先程まで武部に尋問されていた原因の人物、八潮の声が耳に入るなりみほは一瞬にして緊張してしまう。先程あれほど武部にあれこれ追及されたのだ。否が応でも意識をしてしまっていた。

 

 「さっきから武部さんとずっと話してたみたいなんで、もし都合が悪ければ明日聞き直しますが……」

 

 八潮がそう言うと、みほの額から凄い勢いで冷や汗が出てきた。

 

 「え!?さっきの話聞こえてたんですか!?!?」

 

 質問の答えにはなって無いが、みほとしては話を聞かれていたことの方が不味かった。もしそうであれば明日から八潮と合わせる顔が無い。どうにか聞こえていないでくれと心の中で必死に願うみほだった。

 

 「いや、内容までは……それって僕たちには言えない話なんですか?」

 

 しかし墓穴を掘ったのか、余りにも挙動不審なみほに八潮は流石に違和感を感じたらしい。何か隠し事をしているのではと八潮は感じ取ったようで、不安な顔でおずおずと聞いてきた。

 

 「い、いや、何て言うか、その……そ、そう!沙織さんの好みの男性の話をしてたんですよ!!あんまり男性にそう言う話を聞かれるのも良くないかなーって思って!!」

 

 みほの言い訳は半分正解、半分ハズレなのだが上手く言ったものである。この言い方なら八潮の話をしていたと言う事はバレずに、上手く誤魔化せる。犠牲にしてしまった武部に心の中で謝りながら何とか上手く言い訳できた事にホッとするみほだった。

 

 「そ、そうですか、すみません。デリカシーが無くて...」

 

 不味いと思ったのか申し訳なさそうに八潮が謝る。

 

 「い、いえ!大丈夫です!!そ、それよりお話って何ですか?」

 

 これ以上この話をするのは不味いと思ったのか、みほは八潮の本題に戻る。

 

 「あぁ、そうです。昨日包囲戦の話をしたじゃないですか?その事で一個疑問があって……」

 

 「あー、多数台に包囲された時の対処法ですね?」

 

 「はい。西住さんは一方向に攻撃を集中させるって言ってたんですけど……」

 

 研修が始まってから一週間と少し、最早この光景が日常になりつつあった。基本、知識欲の塊みたいな八潮にとって、みほの存在は正に宝箱の様なものだった。探れば探るほど目新しい戦術や対処法などを教えてくれて、みほも親切丁寧に教えてくれるので研修中、暇さえあれば八潮はみほに話しかけていたのだ。

 

 「うん!だから此処に攻撃を集中させれば逆側が手薄になるんです」

 

 そしてみほも悪い気はしていなかった。基本頼られれば断りきれない性格ではあるが、八潮学と言う男は自身に対して尊敬の念を持って色々質問してくれる。それがまるで先生になった様な気分になり、将来は先生になるのも悪くないかもしれないとみほは心の中で思うのだった。

 

 では恋愛感情としてはどうだろう?

 

 先程武部とそう言う話をしたのもあってか、そう思ってみほは八潮の顔を盗み見る。彼は熱心に持参してきた地形図を見ながら、あーでも無いこうでも無いと唸っている。ここ一週間、ずっと八潮に話しかけられていたのもあって、段々と彼の性格が分かってきた。

 最初は自分と同じ気弱そうな性格だと思っていたのだが、話をしている内に彼は"芯"を持っているとみほには感じられたのだ。

 "戦車が好き"。恐らく彼の中ではそれこそが原動力なのだろう。そうでなければ自身に飽きもせずあれこれ質問して来ない。一度戦車が嫌いになりかけたみほにとって、八潮のその姿勢は少々眩しすぎるものだった。

 

 「……羨ましいなぁ……」

 

 八潮に聞こえない声でみほがそう呟く。それは恋愛感情と言うよりかは、"憧れ"の様なものだった。西住流という名門に生まれたみほにとって、戦車道は大きくなるにつれて段々と窮屈なものになっていった。色んなしきたりや鉄則などがみほを縛り、いつしか心の底から戦車道を楽しめなくなっていたのだ。今でこそ大洗に来て戦車道を続けてて良かったと思っているが、それでも"西住流に生まれなければ"と言う考えが浮かぶこともあった。

 それを踏まえてこの八潮学と言う男はみほにとって実直に、真摯に戦車道に取り組んでいる様に写ったのだ。何のしがらみもなく、自ら上を目指そうとする八潮の向上心にみほは尊敬の念を抱いていた。

 

 「……八潮さんは、戦車が好きなんですね」

 

 「え……?」

 

 みほの唐突な言葉に八潮の反応も遅れて返って来る。

 

 「だって、今も真剣に考えてるじゃ無いですか。そこまで夢中になれるって凄い事だとおもいますよ?」

 

 みほの直接的な褒め言葉に八潮は恥ずかしそうに顔を背ける。

 

 「い、いや、好きでやっている事ですから……」

 

 「それがちょっと羨ましいんです。私はちょっとめんどくさい家に生まれちゃったので」

 

 冗談っぽくみほが言うが、八潮には彼女が何を言いたいのかが何となく察しがついた。

 

 「それって……」

 

 「いや!その、戦車道が嫌いになった事は無いですよ?ただあそこはちょっと息苦しさもあったので」

 

 深刻そうな表情を見せる八潮にみほが慌ててフォローする。自身の思い違いにホッとする八潮だった。

 

 「……大変そうですね、名門と言うのは。ウチの高校にも名門出身の先輩がいるんですけど、中々の苦労をしてる様でしたよ?」

 

 八潮は自身の隊長が名門出身だった事を思い出して話題にする。

 

 「へぇー、そうなんですか。名門と言うことはやっぱり西住流ですか?それとも島田流?」

 

 自分と同じ境遇の人が居るのが嬉しいのか、その話題に食いつくみほ。そして次に八潮が放った言葉にみほは大きく驚く事になる。

 

 「古葉流ってところですよ。先輩の名前も古葉賢介って言います」

 

 「え、それって……」

 

 その人物の名は、みほが幼少期から知る人物だった。

 

 

 

 ___________________

 

 

 

 「おーおー、イチャイチャしちゃって、見せつけてくれるねー」

 

 そんな2人の様子を遠くから見つめる少女達がいた。干し芋を食べながら呑気にそう言う角谷はバレない様に聞き耳を立てている。

 

 「……学校でこんな不純な……一発ガツンと言ってきます!」

 

 そんな2人に説教しようとする河嶋を角谷が宥める。

 

 「まーまー、いいんじゃない?あれくらい。ただでさえウチには男子高校生なんて居ないんだから多めに見てあげなよ」

 

 一方角谷はそんな2人を面白がって見ている様だった。

 

 「し、しかし……」

 

 角谷にそう言われて河嶋は一気に大人しくなる。角谷の方は八潮がみほに気があるのは知っているのでそっとしてあげたい様だ。

 

 「うーん、私の見立てじゃあ西住ちゃんも八潮ちゃんに気があると思うんだけどなー。どう思う?小山」

 

 「うーん、どうでしょう?西住さんは好きになったら結構あたふたするタイプだと思うんですけどね」

 

 小山の見解は、まだみほが八潮を異性として見てないから会話が弾んでいると見ているらしい。

 

 「まあ、でも時間の問題だと思いますよ?」

 

 小山がそう付け加えると、角谷もウンウンと頷く。

 

 「そうだよねー。あんまりのんびりしちゃってると、こっちももどかしいから、ちょっと吹っかけてみよっか」

 

 意地悪な顔をして角谷が笑うと河嶋と小山の2人は首を傾げる。

 

 「何をするつもりですか?会長」

 

 小山がそう質問する。

 

 「かーしま、戦車の整備備品、未だ買ってないでしょ?」

 

 「ええ、ボルト数種類とパッキンが幾つか……今週末に買いに行く予定です」

 

 角谷の問いに河嶋が答える。すると小山はハッとした様な顔をして少し困り顔で笑う。

 

 「……確かに、パッキンは未だしもボルトは重いんで男手が必要かも知れませんね」

 

 小山も角谷が何をしようとしているのかが分かったようだ。河嶋はあいも変わらず分かってない表情をしている。

 

 「西住ちゃんには随分と助かられたからねぇ。恋のキューピットってのは柄じゃないけど、お手伝いくらいはさせてもらおっかな?」

 

 そう言って再び2人の方を見つめる角谷だった。

 

 因みに河嶋は角谷が何をしようとしてるのか最後まで分からなかった。

 



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大洗編5:お使い

 

 「ま、待たせちゃいましたか?」

 

 「い、いえ!!僕も今来たところです!!」

 

 ぎこちない男女の二人。みほと八潮は大洗の駅前で待ち合わせをしていた。

 天気も申し分なく、大洗が海の街の象徴であるからか、駅前に建っている魚のモニュメント達も絶好のデート日和を祝福してくれている様に感じる。

 今日は角谷から頼まれた"お使い"の日。

 事の発端は2日前、大洗女子学園の学園艦で角谷が、みほと八潮を呼び出したのがきっかけだった。

 

 

 

 

 「明後日には学園艦が大洗に戻るんだよねー」

 

 相変わらず気の抜けた声で干し芋を齧りながらそう言う角谷。生徒会長直々に呼び出された2人は何事かと少し身構えていたが、いつも通りの角谷を見て拍子抜けしていた。

 

 「本土に戻るって言うから整備の資材を買っておきたいんだよねー。パーツを発注していちいち学園艦まで持って来させるとどうしてもお金が掛かっちゃうからねー」

 

 予算もそこまで潤沢ではない大洗にとっては寄港する港や大洗に戻る際に物価の安い本土で買い物を済ませたい。

 

 「そこでさ、西住ちゃん達にはちょっとお使いを頼まれてくれないかな?必要なパーツはここに全部書いてあるからさ」

 

 そう言って一枚の紙を八潮に渡す。そこまで多くは無く、角谷の言った通り、お使い程度の量だった。

 

 「はあ、別に構いませんが何故僕が?一応他校の人間で部外者の筈ですが…」

 

 面倒臭い。と言うわけでは無いが、八潮は何故自分が行くのかが疑問だった。

 

 「今一緒に整備してるんだから八潮ちゃんも一緒に行った方がいいでしょ?別にそこに書いてあるパーツじゃ足りないと思ったら買い足しちゃってくれてもいいし、ちょっとボルト類が多いから男手も欲しいしねー」

 

 角谷の説明に納得して八潮も頷く。そう言う事なら喜んで八潮も引き受けるつもりだ。

 

 「なるほど、分かりました。それって角谷さん達も一緒に行くんですよね?」

 

 「いや?お使いは西住ちゃんと2人で行ってもらうつもりだけど?」

 

 「「…え?」」

 

 遅れてみほと八潮の返事が同時に返ってくる。

 

 「いやー、アタシも行きたいんだけどどうしてもその日は生徒会で外せない用事があってねー。かーしまと小山も行けないんだよー」

 

 白々しくそう言う角谷だが、八潮とみほの2人は聞いていない。と言うか、耳に入っていない。お使い?2人?男と女2人きりで?八潮さんと一緒に?西住さんと一緒に?

 

 ___それはつまり、"デート"と言う事?

 

 そんな状況を想像したのはみほだった。一瞬にして顔が真っ赤になる。

 

 「え、えぇー!?か、会長!!そ、それってつまり!?」

 

 あたふたして角谷に詰め寄るみほ。八潮の事が気になっているとは自覚しているものの、これは唐突過ぎる。もし当日、本当にそんな状況になったとして、平常心で居られる自信は全くと言っていいほどみほには無かった。

 

 「えー?アタシは"お使い"頼んだだけだよー?それとも西住ちゃんは"お使い以上"の事もしようとしてるのかな〜?」

 

 「も、もう!!会長!!!」

 

 ヘラヘラとしてそう言う角谷。うざったい事この上ないがみほには効果的面だった。

 

 「まあまあ、それで、八潮ちゃんはどうなの?お使い頼まれてくれる?」

 

 「え?じ、自分は全然構いませんけど…」

 

 八潮も何処か辿々しい。彼も2人きりでと言う事を意識している様だ。

 

 「お、じゃあ決まりだねー。明後日は学校も戦車道もお休みだから、お使いが終わったらゆっくりして行っていいよー」

 

 こうして、なし崩し的に哀れな2人の週末の予定が決められてしまったのだ。

 

 

 

 

 そして当日、9時に大洗の駅前で待ち合わせをした2人は、今まで意識をしていなかった"2人きり"と言う状況を意識しまくっていた。

 

 「えっと、その、どうですか…?」

 

 「え…どうって…」

 

 みほから出た抽象的な言葉に、八潮は困惑する。どうって何のことであろうか?

 

 「わ、私!今日変な所ありませんか!?」

 

 顔を赤くしてモジモジしながら聞いてくるみほ。変な所と言われても八潮には特に違和感は感じない。普段から見る制服とは違って今日は私服な事くらいだ。

 

 …ん?私服?

 

 もう一度、八潮はしっかりとみほを見る。白のワンピースの上に淡い黄色の上着を羽織っており、太ももまでの黒いニーソソックスを履いていて、片手にはクマ?であろうキャラクターが描かれたバッグを持っていた。

 すると八潮はあることを思い出す。

 

 "女の子とデートする時はまず見た目から褒めるんだぜ"

 

 デートもした事のない癖に鼻高々とそう言う前山を思い出していた。

 なら八潮が言うべき事は一つ。

 

 「えっと、私服、初めて見ました。とても似合ってると、思います…」

 

 とてつもなく下手な褒め方だが、みほにはそれで充分だったらしい。更に顔を赤くして嬉しそうに俯いた。

  

 「そ、そうですか!…良かった…」

 

 みほの反応を見て最適解だった事にホッとする八潮。前山の言葉に助けられたのは何だか癪だがここは素直に彼に感謝しておく八潮だった。

 

 「それで…えっと、早速行きましょうか?」

 

 「え、ええ!!そうですね!!早めに済ましちゃいましょう!!」

 

 他の生徒達がいる格納庫では緊張もしないのだが、2人きりになるとどうしても意識をしてしまう。ぎこちない雰囲気のまま、お使いを頼まれた店へと向かう2人だった。

 

 

 

 

 「…ここですか?」

 

 「はい。戦車のパーツを買う時なんかはここでお世話になる事が多いんです」

 

 やってきたのは街にあるような小さな工具店。随分と年季の入ってる見た目だったが、入りにくい雰囲気は無く、街からも愛されている様な感じを八潮は覚えた。

 しかしこんなに小さな工具店で戦車の部品など手に入るのだろうか?そんな八潮の疑問も他所にみほは店の戸に手を掛けた。

 

 「失礼します」

 

 慣れた手つきで戸を開けると中から男の声が聞こえてくる。

 

 「はいよー、いらっしゃい。…ってみほちゃんじゃないか。てっきり杏ちゃんが来ると思ってたんだがな」

 

 現れたのは眼鏡をつけて無精髭を生やした、いかにもと言った風の中年男性だった。

 こんにちはと、みほが挨拶すると後ろで控えていた八潮も挨拶をする。

 

 「こ、こんにちは…」

 

 常連さん以外お断り。と言ったお店の雰囲気に萎縮しながらも中年男性に向かって頭を下げる。

 すると中年男性は心底驚いた顔をした。

 

 「…おお、みほちゃん。いつの間に男なんか作ったんだい?」

 

 側から見れば誰もがそう思うだろう。その発言にまたしてもみほの顔が赤くなっていく。

 

 「ち、違いますよマスター!!八潮さんはちょっと荷物を持ってもらう為に付いて来てくれたんです!!!」

 

 「ホントかい?実はそれだけじゃ無かったりして?」

 

 「だから!違いますってばー!!」

 

 「ハハハっ!!そうかそうか。それじゃあそう言う事にしておくよ」

 

 マスターと呼ばれた男は大きく笑って揶揄う様にそう言った。恐らくみほの言葉を信じて無いだろう。

 仲の良さげな雰囲気に、八潮は疎外感を覚えながら苦笑いをする。

 するとマスターはそれに気付いたのか、八潮に向かって喋り始めた。

 

 「おっと、置いてきぼりにして悪かったな。俺は屋島雄太郎。店の看板の通り。屋島工具店の店長だ。大洗の皆んなからは"マスター"と呼ばれている。よろしくな」

 

 余裕のある大人の挨拶に八潮も慌てて自己紹介をする。

 

 「は、はじめまして!八潮学と言います!縁あって宮舞高校と言う所から戦車道を学びに大洗に来ました!よろしくお願いします!!」

 

 八潮の自己紹介に、中年男性改めマスターはまたも驚いた表情をする。

 

 「え…宮舞!?君、宮舞高校の出身なのか!?」

 

 「は、はい。そうですが…」

 

 宮舞と言う言葉に過剰に反応するマスターに、八潮もたじたじとなる。

 

 「こんな所で会うとは…因みに何期生だ?」

 

 「えっと…56期生です」

 

 「56…そうか…もうそんなに経ったのか…」

 

 何処か遠くを見てしみじみとそう言うマスターに八潮の理解が追いつかない。

 

 「えっと…それが何か?」

 

 恐る恐る八潮が聞いてみると、マスターはハッとして再び八潮の顔に視線を戻した。

 

 

 

 「あ、ああ。済まない。少し昔を思い出してな」

 

 「昔?」

 

 「…実は俺も宮舞高校の出身なんだ。…恐らく君と同じ、戦車整備科を卒業した」

 

 マスターのカミングアウトに今度は八潮が驚いた表情をする。

 

 「え!?そうなんですか!?」

 

 「ああ、因みに俺は30期生だ。…こんな所で会えるとは本当に思ってなかった」

 

 マスターの驚きは八潮にとっても同じだった。と言うのも、宮舞高校戦車整備科の卒業生は極端に少ない。元々、毎年20〜30人しか生徒を取らない故、卒業して同じ戦車整備の仕事の世界で会う事はあるが、この様に在学中にOBに会う事は全くと言っていいほど無いのだ。

 

 「えっと…2人は同じ高校の出身なんですか?」

 

 今度は逆に蚊帳の外になってしまったみほが、恐る恐るそう聞く。

 

 「ああ、みほちゃんの言う通りだ。歳は離れているがな。…そうか、八潮君は宮舞の在学生か!ハハハっ!!こりゃあいい!!サービスしてやろう!!ちょっと待っといてくれ!!」

 

 嬉しそうにそう言うと、マスターは店の奥へと入って行った。

 数少ない戦車整備科の後輩。八潮に出会えてマスターも嬉しさがひとしおなのだろう。

 

 「…ホントにビックリした…」

 

 ポツリと一言、八潮が呟く。

 

 「私もマスターが八潮さんと同じ高校だとは思いませんでした。そんなに珍しい事なんですか?」

 

 みほもマスターが宮舞高校の卒業生だと知らなかったが、八潮ほどは驚いていなかった。

 

 「ええ、宮舞高校は全体で言えば規模の大きい高校なんですけど、戦車整備科は毎年20〜30人程度しか卒業生が出ないんです。だからOBと出会う事は本当に珍しいんですよ」

 

 「へぇー、そうなんですね」

 

 八潮の説明に感心した様に頷くみほ。そして、八潮が店内を見回してみると、妙に納得がいった。

 

 置いてある工具類が全て戦車の基準に合わせているのだ。

 

 ボルト、ナット、パッキン。それらを扱うレンチ。普段の工事では殆ど使うことのないリベットまで。まるで戦車を整備する為にある様な工具店だった。そしてそれはマスターが宮舞の出身だと言う裏付けでもあった。

 興味深そうにそれぞれのパーツを見ていると、八潮の後ろから声が掛かる。

 

 「どうだ?ウチの品揃えは。見たことのない部品もいっぱいあるだろう?」

 

 マスターが自慢げにそう尋ねて来た。正直、八潮にとっては一日中ここに居たい。そう思えるほどの品揃えの良さだった。一体この狭い店の中で、どれだけの部品が集まっているのだろうか?

 

 「えぇ。ここまでのお店は初めてです」

 

 八潮の言葉に満足そうな表情をするマスター。

 

 「そりゃ嬉しいね。はいよ、頼まれたパーツ類だ」

 

 マスターから角谷に頼まれたパーツを八潮が受け取る。どっさりと、明らかに発注した数より多い。

 

 「マスター、頼んだよりかなり多いですよ?」

 

 「言ったろう?サービスだ。宮舞の生徒さんだからな。これでも足りないくらいだ」

 

 「…本当に、ありがとうございます」

 

 そう言って深々と頭を下げる八潮。初めて出会ったのにここまで至れり尽くせりだと何だか申し訳なくなってくる。

 「気にしないでいい。それよりも八潮君…」

 

 マスターは八潮に近づいて耳打ちをし始めた。

 

 

 『君がここにいると言う事は大洗に"派遣研修"で来ているんだろう?…どうだ、目当ての女の子は見つかったのか?』

 

 

 みほに聞こえない様に、小声でマスターがそう言う。成る程、"女の子をゲットするためのイベント"という認識はどうやらマスターの時代からあるらしい。

 

 『…ぼ、僕はそんなつもりで派遣研修に来たわけでは…』

 

 予想外の質問をされたのか、八潮はたじたじとなる。

 

 『御託はいいんだ。こんなチャンス、二度と無いかも知れないんだぞ?整備に没頭するのもいいが恋をするのも青春だ』

 

 マスターにそう言われて、心当たりがあるのか、八潮はみほの方を横目でチラッと、バレない様に見た。

 

 『…ほう、八潮君はみほちゃんか、カワイイ系が好みなんだな』

 

 しかし、みほにはバレなかったがマスターにはバレていたらしい。

 

 『ち、ちがっ…!』

 

 『そう否定するな。この時期という事はまだ派遣研修が終わるまでまだ一ヶ月くらい残ってるんだろう?それまでに絶対にみほちゃんをゲットするんだ…!」

 

 『マスター!だから僕は…!』

 

 「…えっと、何の話をしてるんですか?」

 

 あまりにも内緒話が過ぎたのか、みほが声を掛ける。

 

 「え!?それは、えっと…」

 

 「何、今の宮舞高校について八潮君に聞いていただけだ。なに分、男子校だから下世話な話も多くてな」

 

 よくもそんな咄嗟に上手い言い訳が出るものである。しかしマスターに救われたのも事実で八潮はホッと胸を撫で下ろした。

 

 「あー、分かります。私たち女子校も男の子に聞かれたくない話をしたりしますからね」

 

 あまりに自然なマスターの言い訳にみほもすっかり騙されている様だ。

 

 「そういう事だ。まあ、将来の戦車整備士の卵だ。何か分からない事があったらここに来るといい。出来る限りの助言はしてやる」

 

 「は、はい!ありがとうございます!!」

 

 そう言って八潮は再び頭を深く下げた。

 

 "何かわからない事"の言葉に戦車道以外の意味も含まれている様に八潮は感じたが。

 

 

 

 

 

 

 

 「予想より多くパーツを貰えましたね」

 

 「ええ、マスターには本当に感謝です」

 

 発注した分の倍はあるのではないかと言う量のパーツを持って八潮とみほは店の外へ出ていた。最後にマスターが八潮にまた耳打ちをしていたのがみほには気になったが、男の子同士の話を聞くのも無粋かと思って、スルーする事にした。

 

 「…時間、余っちゃいましたね」

 

 「…そうですね」

 

 時刻はまだ昼前。角谷から頼まれたお使いも終わり、後は帰るだけ。

 

 そう、これからは2人がなにをしようが自由なのである。

 

 八潮は店を出てからずっとマスターの言葉が頭の中をグルグル回っていた。

 

 "こんなチャンス、二度とないかもしれないんだぞ?"

 

 "恋をするのも青春だ"

 

 八潮学は女性経験などもちろん無い。だからこそこの後、どうするかずっと迷っていた。幸いまだ1日の半分が終わっただけ。まだ"一緒"にやれる事はいっぱいある。なにをやるかは、後で考えればいい。

 

 後は彼が、ほんの少しの勇気を出すだけだった。

 

 「…えっと、西住さん。この後、暇だったりします?」

 

 「え!?は、はい!!大丈夫です!!すっごい空いてます!!」

 

 一方のみほも来たかと思い、身構える。その為に前日に武部や五十鈴にあれこれ聞いて気合を入れて来たのだ。何を言われても断る気はない。

 

 

 「良かった…なら、えっと…その…」

 

 

 

 中々勇気が出ない八潮だが、みほは静かに、黙って彼の言葉を待つ。

 

 

 

 「…午後は、僕と"デート"してくれませんか?」

 

 

 

 「…はい、お願いします」

 

 

 

 2人の顔は、茹で蛸の様に赤かった。

 




 あまーーーーーーーい!!!

 これもうデートの誘いじゃなくて告白に近いんじゃないっすかね(他人事)

 因みに描いてる途中で作者の青春コンプが発動したのは内緒です。


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大洗編6:恋する乙女

 

 「何があったのか、洗いざらい吐いてもらうわよ」

 

 「え、えーと、何のことかな……?」

 

 翌日。教室内で武部にものすごい表情で詰められているのは、西住みほ。壁に追いやられあまりの剣幕に、対照的にみほの表情は引き攣っている。

 

 「ふーん、シラを切るんだー、みぽりん。昨日何があったかなんて、みーんな知ってるのにー?」

 ゆらりと、嫉妬心丸出しで武部はみほに詰め寄る。

 

 「班長さんと水族館。……良いなぁー。羨ましいなぁー。なんで言ってくれなかったのかなぁー?」

 

 「い、いやその、別に内緒にしてたとかじゃ無くて……」

 

 そもそも何処から情報が漏れていたのだろうかと、冷や汗をかくみほ。あの時誰かに尾けられでもしたのだろうか?心当たりが全く無い。

 一通り脅した後、武部はいつもの笑顔に戻る。

 

 「あははっ!、冗談冗談!もー、真に受けないでよーみぽりん!」

 

 「あ、あははは……」

 

 それにしては顔が本気だった様な気もするが。

 しかしそんな事は言えず、みほは苦笑いを返すのみだった。

 

 「……それで、どうだったの?班長さんと」

 

 そして今度は面白がる様な表情になり、興味津々に武部は昨日のデートについて聞いてくる。 

 

 「何って……フツーだよ?午前中は備品の買い出しに行って、午後は水族館に……」

 

 「キャー!!水族館!?アクアワールドだよね!?良いなー!みぽりん!!」

 「だから声大きいって!沙織さん!!」

 

 相も変わらず大騒ぎする武部に対し、慌てて咎めるみほ。

 そもそも武部に話が入ってる時点で戦車道を履修している殆どの生徒に話は広がっているのだが、この時のみほはそれを知る由もなかった。

 

 

 

 _____________

 

 

 

 「……………」

 

 一方こちらは格納庫。

 普段なら賑わいを見せているが、今は女子生徒は通常授業の最中だ。しんと静まり返った誰も居ないこの場所に、八潮は一人立っていた。

 目の前に見据えるのは、Ⅳ号戦車H型(D型改)。大洗の隊長、みほが乗っている戦車でもある。

 

 「……気にしすぎか……」

 

 神妙な面持ちで八潮は独り言を呟く。

 パッと見では何も問題の無いように見えるが、八潮にとっては何か気掛かりなようだ。

 

 「なにボーッとしてんだ?やっつん」

 

 すると、考え事をしていた八潮の背後から声が掛けられる。

 

 「ああ、泉……」

 

 泉に声をかけられ、我に帰った様に声の方向へと八潮は振り向く。

 

 「西住さんの事がそんなに気になるか?」

 

 茶化す様に泉はそう言と、対して八潮は鬱陶しそうな表情を浮かべた。

 

 「……なんでそうなるんだよ」

 

 「こっちの耳にも入ってんだよ。昨日は随分と楽しんだみたいじゃん?」

 

 どうやら大洗の生徒だけでは無く、泉の耳にもみほと八潮がデートしたことは伝わっていたらしい。

 さらに茶化す様に泉がそう言うも、八潮は少し顔を顰める。

 

 「……お前に言われたくないよ。どうするんだよ?武部さんの事」

 

 お返しとばかりに八潮がそう言う。ここまで露骨だと、流石に第三者の八潮も武部が泉に気がある事は気付いていた。対する泉は一転、バツの悪そうな表情を浮かべる。

 

 「……どうするかなぁ……あれだけ露骨だと、何だかやりにくいって言うか……」

 

 何か問題でもあるのか、泉の表情は芳しくない。

 

 「………傷付けるような事はするなよ?」

 

 念を押す様に、ジトっとした視線を泉に向けて八潮はそう言う。

 

 「……分かってるって」

 

 泉の方は何か考え込む様に下を向いて、それだけ答えた。

 

 

 _____________

 

 

  

 「今日は、宮舞高校の整備士さん達と、戦車整備を学んでいただきます」

  

 翌る日。格納庫の前、青空の下でそう宣言するのは、生徒会の小山だ。しかし整備を習うのは、自動車部の面々では無い。

 

 「整備?」

 

 「自動車部の人たちがやるんじゃないのー?」

 

 履修者達から疑問の声が上がる。それもそのはず。彼女らの殆どは競技者で占める。整備の事は門外漢だ。

 しかしそれを制するように角谷が付け加える。

 

 「キミたちは戦車道を履修してんだから、整備も授業の一環だよー。せっかく将来の整備のプロが来てくれたんだから、教えてもらいなって」

 

 「でも、何を教わればいいんですかー?」

 

 いきなり教われと言われても、大洗で戦車道をやっている履修者なんてその殆どが初心者だ。戦車の整備経験がある人間なんて0に等しい。

 しかし、今は違う。

 

 「それは宮舞さんの隊長に任せるよ。じゃ、八潮くんあとはよろしくー」

 

 「相変わらずですね……」

 

 相変わらず自由な角谷に対して八潮は軽くため息を吐く。気を取り直すように軽く咳払いすると、八潮は皆の前に立ち、口を開く。

 

 「何も全て教えようとは思ってません。基礎中の基礎。例えば履帯の交換とか、オイルの交換とか。……ここにいる人達は殆どが今年から戦車道を始めたと聞きました。自動車部に任せっきりだと恐らく将来整備の手が追い付かなくなるんじゃないかと思って。……迷惑でしたかね?」

 

 

 「そ、そんな事無いです!!」

 

 

 遠慮がちな八潮の言葉に即座に反応したのは、みほだった。普段おとなしい彼女が柄にも無く大声を上げたので、周りの視線が一斉にみほに向く。   

 

 「あ、あぅ……その……わ、私は八潮さんに教わるの、賛成かなって、思っただけです……」

 

 顔を真っ赤にしながら、最後は消え入る様なか細い声で呟く。デートを経験したとして、あがり症は治るものでは無いらしい。

 

 「まあ、隊長が言うなら……」

 

 しかし、みほがそう言った事によって、周りの履修者からも賛同の声がちらほら出始めた。やはりこの大洗戦車道で1番の影響力があるのは、彼女だ。

 

 「はいはーい。じゃ、決定で。皆んな格納庫に行くよー」

 

 あいも変わらず気の抜けた声だが締める様に角谷がそう言うと、ゾロゾロと履修者は中へと入って行く。

 

 「あ、西住さん」

 

 「ひ、ひゃい!?」

 

 すると、不意に八潮がみほに話しかける。みほにとっては完全に予想外だった様で、また変な声が出てしまっている。

 

 「そ、そんなに驚かなくても……まあいいです。ちょっと聞きたい事があるんですけど」

 

 「な、何でしょう?」

 

 未だにデートの事が頭に染み付いてるのか、少し身構えるみほ。

 

 

 「西住さんの乗ってるⅣ号戦車って、いつから乗ってます?」

 

 

 「……え?」

 

 

 またもや予想外の問い掛けに、もう一度聞き返すみほ。

 

 「いや、だから、西住さんの乗ってる戦車がいつから乗ってるんだろうかなーって、思って……」

 

 そう聞く八潮の表情は真剣だ。それを見てみほも浮ついた心から一転、戦車道の話をしなきゃいけないんだなと、気を引き締める。

 

 「……私たちが乗り始めたのは、今年の春からです」

 

 「そうですか。じゃあ、そんなに製造されてから年数は経ってないって事です?」

 

 「いや、元々は私たちのもっと前の世代で戦車道をやっていたらしくて、それを使ってます」

 

 みほがそう続けると、八潮は合点が行った様な表情を見せた。

 それと同時に、少し表情が曇る。

 

 

 「……西住さんは、Ⅳ号戦車が好きですか?」

 

 「……それってどう言う……」

 

 

 何やら意味深な質問をする八潮に対し、みほも怪訝な表情を返す。

 

 「こらー、そこ、2人でイチャイチャしないのー。いつまで経っても始めらんないよー」

 

 すると、冷やかす様に角谷がそう言って来た。

 こう言う時に慌てるのは、みほの方だ。

 

 「そ、そんなんじゃありません!すぐ行きます!」

 

 そして、みほは恥ずかしさからか、逃げる様に格納庫の方へと入って行った。

 

 

 _____________

 

 

 

 「こっちがエンジン。で、こっちがラジエーター。まあ、エンジンは分かると思いますけど、ラジエーターってなんだか分かります?」

 

 戦車のボンネットを開け、中身の説明をしているのは泉だ。本当に基礎の初歩的なところからで、ラジエーターと言われても頭に?マークが浮かんでいる履修者が殆どだ。

 

 「えっと、おとーさんから聞いた事があるよ。……確か、車のエンジンを冷やすための何か、だっけ?」

 

 武部からそう返され、泉は頷く。

 

 「はい。武部さんの言った通りです。エンジンをオーバーヒートさせない為の機構で、エンジン内に液体を循環させて、高熱になるのを防ぎます。車に付いてるものですが、もちろん戦車にも付いてます。よく知ってましたね?」

 

 「えへへ、おとーさんが車好きだったから、なんか覚えちゃって」

 

 泉に褒められ、心底嬉しそうな表情を見せる武部。大洗の履修者達は「またか」と言った様な表情をしていた。

 

 「でも、ラジエーターが無くてもエンジンって動くものじゃないの?」

 

 「普通の車だったらそう言うのもあります。ですが戦車だと勝手が違って来ます。車に比べてその重さは何倍もありますから。それを動かすほどのパワーを持ったエンジンが必要なんです。そしてエンジンが大きくなれば大きくなる程、オーバーヒートを起こす確率は高くなってくるんです」

 

 少し長くなった泉の説明に、武部は難しそうな顔をする。

 

 「うーん………よく分かんないかも……」

 

 「まあ、こう言うのがあるよーって覚えて貰えばいいです。武部さんは物覚えが良いですから、すぐに整備士になれると思いますよ?」

 

 「も、もう!調子のいい事言っちゃって!」

 

 泉の褒め言葉に、またもや頬を赤らめる。

 どうにも泉には女たらしの気があるが、しかしそれは無意識なものの様で、隣では八潮が軽いため息をついていた。

 

 「あとは履帯とかも説明しちゃいましょう。戦車によって幅や大きさも様々なんですが……」

 

 その後も、泉による戦車の中身の説明が続いて行く。

 

 

 _____________

 

 

 

 「はぁ……」

 

 学校が終わり、帰り道。

 いつものあんこうチームが一緒の中、武部がため息をつく。目は何処か遠くを見つめていて、頬もほんのり赤みがかっていた。

 

 「ど、どうしたでありますか?武部殿?」

 

 秋山がたじたじとそう聞く。と言うのも、日を追うごとに武部の様子がおかしくなっているのだ。

 

 「恋の病ってやつですかねー?」

 

 いつもの落ち着いた様子で五十鈴がそう言う。ここ最近の武部は上の空でため息が多い。 

 理由はもちろん、泉だろう。出会ってからその好意を隠そうともしていない。特にあんこうチームの面々には。

 

 「……話し始めたと思ったら今度はコレか。つくづく遠回りしてるな」

 

 呆れた様な表情で冷泉がそう言い捨てる。

 泉と会話出来る様になった反面、戦車道の講習が終わり、泉と別れるとこれだ。遠くを見つめる先には泉との甘い妄想でも描いているのだろうか?

 

 「人を好きになるって、何でこんなしんどいんだろ?ねぇ、みぽりん?」

 

 「あ、あはは……何ででしょうかね?」

 

 アンニュイな表情でそう尋ねる武部に対し、精一杯の苦笑いを見せるみほ。

 みほも恋に落ちているといえばそうなのだが、武部程では無い。

 

 「そんなに泉さんの事が、その……好きなんですか?」

 

 みほに恋愛経験は無い。八潮とデートに行ったとしても、惹かれる部分はあれど武部ほど盲目になって居ないのが現状だ。

 だからこそ心の底から恋をしてるであろう武部が、泉に対してどんな感情を抱いているのか気になる。

 そう聞かれた武部は頬を少し赤らめながら小さくコクリと一つ頷いた。

 

 

 「うん、好き」

 

 

 たった一言。

 しかしその表情には何よりも説得力がある。

 

 「……隊長、沙織の言う事だ。あんまり鵜呑みにしない方がいいぞ」

 

 付け加える様に冷泉がそう言う。

 いつもの武部ならここで噛み付く筈なのだが、今回は余裕を含ませた笑みを冷泉に向けた。

 

 「フッ、麻子はまだ恋した事無いからね〜?」

 

 煽る様な武部の物言いに、冷泉もカチンと来る。

 

 「……うるさい」

 

 しかし、恋愛経験が無いのは冷泉も同じだ。

 戦えるネタが無いからか、膨れっ面を見せてそれだけ呟いた。

 

 

 「はあ………泉くん、今何やってるのかなぁ……」

 

 

 どうも好きな人にはとことん盲目になるのが、この武部沙織と言う少女らしい。

 



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アンツィオ編
アンツィオ編1 : お調子者×お調子者=


 舞鶴の港からそれぞれのフェリーが出発してから数時間後、前山の乗るフェリーはすでにアンツィオの学園艦に着いていた。街に入るなり、前山はアンツィオの独特な雰囲気に戸惑っていた。

 何故なら街に出るや否や周りは屋台、屋台、屋台……アンツィオ高校の校門に至るまで数え切れないほどの露店が並んでいたのだ。そんな中を前山達が歩くと、様々な露店からひっきりなしに声が掛かる。

 

 「おにーさん!ウチの名物のペペロンチーノはいかが?」

 

 「こっちのラザニアもうまいよ!」

 

 「ねえねえ!こっちも見てってよ!」

 

 数多の誘惑に前山はヨロヨロとあっちこっちに行きそうになる。その中でも一際彼の興味を引く看板が建っていた。

 

 『鉄板ナポリタン 250円』

 

 前山がその看板の前に立ち止まると、屋台でナポリタンを作っていた少女が前山に話しかけた。

 

 「お?おにーさん、ウチの鉄板ナポリタンに目をつけるとは中々良いセンスしてるっすねえ、観光の人っすか?」

 

 少女は得意げな笑みを浮かべてそう言った。前山は少し驚きながらも落ち着いて言葉を返す。

 

 「いえ、この先のアンツィオ高校に用があるんすよ。にしても凄いっすね、この屋台の数。何かお祭りでもやってんすか?」

 

 「いーや、ウチはいつもこんな感じっすよ。ってかその敬語やめてもらっていいっすよ?あんたの胸の文字見る限りあたしと同じ2年生だろ?」

 

 少女は前山の左胸に『整備科二年 前山翔吾』と書いてある名札を見たのか、敬語を取るように催促する。それならと、前山も堅苦しい喋り方をやめ、自然体で少女に接する。

 

 「へー、君も同じ二年生なんだ。……って事はアンツィオの生徒さん?」

 

 「おうよ、今日は天気も良くて屋台としちゃあ絶好の掻き入れ時だからな。授業サボってもう儲けはウハウハよ」

 

 少女は授業をサボっている事など1ミリも悪びれる様子がなくゲスい笑顔を浮かべながら豪快に笑った。

 

 「授業は出た方がいいんじゃ……でも250円って凄い安いな……これで儲かるもんなの?」

 

 前山は疑問に思ったのかそう少女に尋ねる。

 

 「あたりめーだろ?どういう仕組みかは一切分かんねーがウチの鉄板ナポリタンは出せばいつも売り切れるんだぜ。ほら、騙されたと思って一つ食ってみな」

 

 少女は件の鉄板ナポリタンなるものを前山の前に差し出す。それは鉄板の上にナポリタンが乗ってあるものだった。ただ、普通のナポリタンと違うのは、パスタの上にさらに細切れにした肉をスクランブルエッグで絡めたものを乗っけているところだ。そんな見た目も匂いも美味しそうなそれに前山は喉を鳴らす。

 

 「うまそうっすね……それじゃあいただきます」

 

 前山は一口、ナポリタンを口にする。

 ーーその瞬間、彼の目が大きく見開いた。

 

 「こ、これは……!!」

 

 一口、また一口と、掻き込む様に前山はナポリタンを食べ進める。

 

 「う、美味いっ……!トマトソースにチーズがバランス良く絡み合って手がとまんねぇよ……!!」

 

 前山のリアクションに少女は心底嬉しそうな顔をしてテンションを上げる。

 

 「だろー!?やっぱ分かるやつにわかんだねー。あんた気に入ったよ!えっと、名前は前山でいいのか?」

 

 少女は再度前山の名札を見てそう尋ねる。

 

 「うっす!本名は前山翔吾、みんな前やんって呼んでるからそう呼でよ」

 

 「おー!じゃあよろしくな!前やん!あたしはペパロニってんだー。ここの二年生で戦車道やってんだ」

 

 それを聞いた前山は興奮した様子でペパロニに詰め寄る。

 

 「マジで!?実は俺、ここに派遣研修としてきてんだー。いやー、ペパロニさんと会えて良かったよ」

 

 「へー!!じゃああんたらがドゥーチェの言ってた整備士達かい!こりゃ期待が持てそうだねー!!」

 

 「そうそう!バッチリ期待といていいぜ!!!」

 

 ペパロニも前山のテンションに乗せられて負けじと興奮したような声で話す。調子の乗りやすい者が二人、その二人のテンションについて行けず、後ろで待機していたあと4人の整備班員たちは唖然としてその光景を見ていた。ペパロニはそんな後ろの4人にも気がつき、声をかける。

 

 「ほら、あんたらも食いなよ。特別サービスだ!100円負けて150円で食わしてやっから!!」

 

 「マジっすか!!ペパロニ姐さんアザッス!!!!」

 

 前山が体育会系な返事をすると後ろの4人もおずおずと鉄板ナポリタンに手を伸ばす。彼らも一口、それを口に入れた瞬間、怒涛の勢いでナポリタンを食い始めた。

 

 

 

 「おかわりいいっすか、姐さん!」

 

 いつのまにか前山に姐さん呼ばわりされているペパロニ。だが彼女もそれが満更でもないのか、どう見ても最初の時より大盛りなナポリタンを盛り付けて前山に差し出す。

 

 「いやー、やっぱ男子高校生ってのはよく食うもんだねー」

 

 ペパロニはそう言いながらも前山達があまりにも美味しそうに食べてるのを見て自分もそうしたくなったのか、彼女もナポリタンを食べていた。

 

 「まだまだ行けるっすけどね!ってゆうか姐さん、ほんとに150円でいいの?大丈夫?」

 

 「何言ってんだい、これから長いことお世話になるんだ。これくらいなんともないさ」

 

 「姐さん...」

 

 前山は感動してペパロニの顔をみつめる。その言葉を言うのに前山には何の迷いも無かった。

 

 「姐さん、俺感動したよ。気前もよくて料理も上手いとかもう最高っす!!結婚しよう!!!!」

 

 「ハハハッ、寝言は寝て言え、ダラズ」

 

 「え、ひどくない?」

 

 いくらノリがいいとは言えペパロニもそこまで馬鹿では無かった。その後も気の合った二人は他愛の無い話を続ける。

 だがこの時、二人の頭からは『両校の顔合わせのための集合時間』の事などすっかり忘れてしまっていたのだった。

 

 

 

 _____________

 

 

 

 

 「………遅い」

 

 一方こちらはアンツィオ高校の戦車格納庫。そこではイライラしながら貧乏ゆすりをしている少女がいた。この頭の両側にドリルのような特徴的な髪型を持つ少女の名を、安斎千代美、またはアンチョビという。ここ、アンツィオ高校戦車道の隊長であり、皆からは『ドゥーチェ』という愛称で親しまれている。

 そんな彼女が何故こんなにイライラしているのかと言うと、いつまで経っても研修に来る整備員達が現れないからだ。ついでにアンツィオの副隊長が居ないのも関係しているのだが。時計を確認すると既に約束の時間から30分もオーバーしていた。

 

 「遅いですねー、去年はこんな事無かったんですが……」

 

 綺麗なのんびりとした声で金髪の女性がそう言う。彼女の名はカルパッチョ。アンツィオのもう一人の副隊長であり上記の通りアンツィオでは珍しいおっとりとしたタイプの女性だ。

 

 「連絡も無いしな。……まさか事故に巻き込まれたとかでは無いのか?」

 

 アンチョビが最悪の事態を想像して深くため息をつく。

 

 「その可能性は低いんじゃないですかねー?それよりペパロニが居ないのが気になりますが……」

 

 カルパッチョがそう言うとアンチョビはこめかみを押さえるような仕草をする。

 

 「……はぁーー。またアイツか、まあどのみち来ないとどうしようもないからな...もうちょっと気長に待つか」

 

 アンチョビはペパロニが何かしでかしたことを察しながら、深いため息をつく。

 

 

 「それに今年はいい人材が来てくれないとこちらとしても困るからな」

 

 

 そして今度は苦い顔になりながら、ポツリと呟く。

 

 「……はい、確かに今年は去年のような事にはしたくないですからね」

 

 カルパッチョも同意するように頷いた。

 

 アンツィオでは去年も宮舞高校からの派遣研修を受け入れていたがその時は『自分達の戦車を触らせるだけ』で終わってしまい、彼らから整備のノウハウを吸収することは叶わなかった。

 ______いや、正確に言えば『吸収しようとしなかった』と言った方が正しいだろう。それはアンツィオの【整備軽視】が顕著に出た例であり、今年から戦車道履修者の急激な増加も相まって、現在のアンツィオの戦車は全体の60%程の力しか出せない物が殆どであった。

 

 「……今のウチの現状を向こうが見れば唖然とするだろうな。いや、失望もあり得るか……」

 

 アンチョビはそう言いながらどんどん暗くなる。

 

 「……もう過ぎた事は仕方ありません。これから学んで行って私たちの台には立派な整備が可能になるようにしましょう」

 

 カルパッチョがアンチョビのフォローをするようにそう言う。アンツィオにとってこの派遣研修は、未来のアンツィオ戦車道にとっても、かなり重要な意味を持っていた。

 

 「まあ、うちの生徒には単純な奴が多いからな。話を聞かないって奴は少ないと思うけど」

 

 この楽観的な思考が、今後どの様な影響を与えるのか。

 アンチョビが困った様に笑ってそう言うと、カルパッチョも笑みを返す。

 

 「あら、それはひょっとしてペパロニの事を言ってるんですか?」

 

 「ひょっとしなくてもそうだ」

 

 

 何処てま油でも売っているのか。そう思いながら、アンチョビは困った様に返事を返した。

 

 

 「_____________チェー……!」

 

 

 そうこう話をしていると、外の方から何やら声が聞こえてきた。

 

 

 「________ゥーチェー……!」

 

 声がどんどん近づいて来る。気になってアンチョビが格納庫の外を覗いてみると、

 

 

 「ご、ごめんなさいー!!!遅れたっすー!!」

 

 

 「ドゥーチェー!!スンマセンっす!!飯食ってたっす!!」

 

 

 

 口の周りを赤く汚した馬鹿二人が走りながら近づいて来ていた。

 

 



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アンツィオ編2 : 整備の質

 ポケモンの呪縛から解き放たれた私を止めるものは誰もいない...


 

 

 「……初日から遅刻とはいい度胸じゃないか」

  

 「い、いや、これには理由がありまして……ペパロニ姐さんからも何か言ってくださいよ」

 

 「いやー、一緒に飯食ってたら盛り上がっちゃって」

 

 「姐さん!!!」

 

 アンツィオ高校の戦車格納庫では、野郎5人と女1人が並んで正座させられていた。理由は無論、前山達が顔合わせのための時間に大幅に遅れてきたためである。こんな状況だがそこまで緊張感が無いのはアンツィオ高校の校風も相まってなのだろう。これが礼節を重んじる黒森峰なら前山は抹殺されている。

 

 「これから長い付き合いになるんだ、今後はこんな事がないようにして欲しいんだがな……」

 

 派手なツインテールの髪型をしたアンチョビこと安斎千代美がそう言ってため息をつく。

 

 「す、すんません……」

 

 そんなアンチョビのため息に前山もたじたじになる。

 

 

 「まあまあ、ドゥーチェ。話を聞く限り今回はペパロニさんの落ち度でもあるんですから。大目に見てもいいんじゃないですか?」

 

 おっとりした声で隣にいたカルパッチョがアンチョビを宥めると、流石に言いすぎたと思ったのか、バツの悪そうな表情を浮かべる。

 

 「うっ……まあ、カルパッチョの言う通りだな。悪かった、もう正座を崩していいぞ」

 

 そう言われて6人はゆっくりと立ち上がる。宮舞の整備士達が立ち上がったのを確認すると、アンチョビが一つ咳払いをする。

 

 「まあ、最初からこんな感じになってしまったが自己紹介がまだだったな。ようこそ、アンツィオ高校へ。私がここの戦車道隊長、アンチョビだ。皆んなからは"ドゥーチェ"と呼ばれている。呼び方はどっちでもいいぞ。これからよろしくな!」

 

 元気よくアンチョビが挨拶の先陣を切る。

 

 「副隊長、2年のカルパッチョです。よろしくお願いしますねー」

 

 そしておっとりとカルパッチョが続き、

 

 「さっきも言ったけど2年のペパロニだ!!よろしくー」

 

 ペパロニが雑に締めた。

 アンツィオの挨拶が終わったのを確認すると班長である前山も自己紹介をする。

 

 「遅れながら挨拶させて頂きます!!宮舞高校戦車整備科から派遣されました2年班長、前山翔吾以下4名!本日付でアンツィオ高校にお世話になります!!総員、敬礼!!!」

 

 「「「ハッ!!!!」」」

 

 先ほどとは違う前山の締まりのある声に他の隊員達も背伸びをして敬礼をする。彼とて戦車整備の名門校出身、こう言うところはしっかりしているのである。

 

 「お、おう、よろしくな!!」

 

 対してアンチョビは先程とは全く違うギャップにたじたじとなる。

低く、響くような声に自然と自分の背筋も伸びてしまう彼女だった。

 

 

 

 _____________

 

 

 

 「で、早速ウチの戦車達なんだが……」

 

 アンチョビが自身の戦車について話そうとするが苦い顔になる。

 

 「えっと……なんてゆうかだな……」

 

 歯切れも悪く、先程までの自信に満ちた表情が嘘のように目を右往左往させる。

 

 「……?」

 

 流石にこれは前山もおかしいと思ったのか様子が変なアンチョビを見て首を傾げる。

 

 「うぅ……ええい!ここまで来たらヤケだ!前山!!」

 

 「は、はい!?」

 

 突然名前を叫ばれて前山の肩がビクンと跳ねる。

 

 「正直に言おう!ウチの戦車はハッキリ言って整備がずさんだ!……言い訳になるがアンツィオには戦車整備に精通している者が1人もいないんだ……」

 

 アンチョビが目を伏せながら悔しそうに拳を握る。彼女とて誇りある戦車乗り。あの手この手を尽くしているが、知識がない以上、戦車整備が追いつかないのも無理はないのだ。

 対して前山の方は冷静だった。アンツィオの整備不足は古葉が予測しており、その旨を前山にも前以て伝えていたので対策はできる。

 

 「……そうっすね……具体的にどの程度とか分かるっすか?」

 

 だがどの程度の整備不足なのかは見てみないと分からない。

 実車を見る前にと、一応前山はアンチョビに聞いてみる。

 

 「そうだな……多分だが全快の時と比べて6割くらいの力しか出せてない……と思う」

 

 依然目を伏せながらアンチョビはそう答える。

 6割とはまた曖昧な数字を出してきた。

 と言うのも、戦車が動かなくなる理由は様々ある。例えばガワが大丈夫でもエンジンがイカレればその後も戦車は動くことはないし、エンジンが大丈夫でも履帯がダメなら真っ直ぐ走る事はない。

 よって『戦車の力が出ない』と言われても様々な理由が考えられるのだ。ここで"6割"と言う曖昧な言葉が出ると言うことは、失礼ではあるがやはり彼女達には戦車整備の知識が不足しているのだろう。

 

 「……6割っすか。多分原因も色々あると思うンスけど……とりあえず戦車を見てみるっすかね」

 

 これは実際に見てみた方が早い。そう思った前山はそんな提案をする。

 

 「あ、ああ。よろしく頼む。自分達でも何とかしようとはしてるんだがもうお手上げなんだ……」

 

 悲痛な顔でアンチョビがそう言う。これは結構重症そうだなと感じ、少し早足で戦車の方へ向かう前山だった。

 

 

 

 _____________

 

 

 「これは……」

 

 アンツィオの戦車を目の当たりにして前山はそう呟く。彼の目の前に居るのは、カルロ・アルマートP40と言うイタリア製の重戦車。外観を見る限りかなりくたびれており、如何にも『歴戦の戦士』と言う雰囲気を醸し出していた。アンチョビの言っていた通り、リベットの打ち付ける位置が斜めっていたり、板金の継ぎ目が粗かったりと整備の質で言えば結構拙い。だが前山は不思議とそれほど嫌には感じていなかった。

 

 「ちょっと触らして貰ってもいいっすか?」

 

 「あ、ああ。大丈夫だ」

 

 その違和感を確かめる為、もっと近くで戦車を見る。すると何かに気付き、柔らかく微笑んだ。

 

 「なるほど……」

 

 「な、何か悪いところでもあったのか!?」

 

 急に微笑んでそう言った前山に対し、アンチョビの不安がさらに募る。だが前山が次に行った言葉は彼女にとっては意外すぎる言葉だった。

 

 

 

 「いえ、アンチョビさん達はこの戦車を大切に乗ってるんすね」

 

 

 

 「……え?」

 

 三秒程遅れてアンチョビがやっと反応をする。彼女としては罵倒されるのも覚悟の上だった。何故なら整備素人の彼女の目から見てもP40がボロボロなのは明らかだったのだ。ましてや相手は戦車整備の超名門校。呆れて帰られる最悪の事態も頭をよぎっていたのだ。それ故に、

 

 「……それは皮肉で言っているのか?」

 

 こう思うのも無理はない。かつてないほど険しい表情のアンチョビの姿がそこにはあった。

 

 「……いえ、違うっすよ。寧ろ嬉しいっすね」

 

 言葉通り嬉しそうな表情でそう言う前山にアンチョビはさらに混乱する。……どういう事だ?彼の戦車整備は一流じゃないのか?様々な憶測が彼女の頭の中でよぎるが、何故前山がそんな事を言うのか、結局彼女には分からなかった。

 

 「……この戦車、いつから乗ってるんすか?」

 

 困惑するアンチョビを気にせず、前山が言葉を続ける。

 

 「え?ああ、確か私が2年生の8月ぐらいに来たから1年と2ヶ月くらいだな」

 

 アンチョビがすぐさま答える。それもそのはず、この戦車は彼女の先輩達と彼女の必死の資金集めでやっとこさ購入できた戦車なのだ。来た日を覚えていないわけがない。

 

 「そうっすか、やっぱり大事に乗ってるんすね」

 

 前山が納得したように頷く。

 

 「わ、分からないぞ!?どう見たってこのP40はボロボロじゃないか!!それなのに『大事に乗ってる』ってどういう事なんだ!!!」

 

 ついにアンチョビが声を荒げる。もう彼女の頭の中では訳が分からなくなっていた。だがそんな彼女を目の当たりにしても前山は冷静のままだ。

 

 「アンチョビさん、普通、戦車道の競技で使っている車輌の寿命って1年持つか持たないかなんすよ」

 

 「………へ?」

 

 前山の言葉にアンチョビは素っ頓狂な声を上げる。彼女にとってそれは初耳だった。

 

 「もちろん上手く整備すればもっと使えるっすけど、それでもスペックは落ちちゃうんでお金のある高校は1年そこらで新しいのに交換しちゃうんすよね」

 

 あれだけの激しい戦闘が行われるのだ。幾ら頑張ってもどうしても戦車単体の質は落ちてしまうし、1年以上新品と同じ状態を保てと言うのはプロの整備士でも無理な話なのだ。

 

 「そ、そうか、それは知らなかったな」

 

 話を聞いてアンチョビは納得する。

 だが彼女の中でもう一つの懸念が生まれる。目の前のP40はもう1年2ヶ月も使っているのだ。実戦に使われたのが少ないとはいえ前山の言う事が本当なら、もうこの戦車を手放さなければならないのではないかと。

 

 「ちょっと待て。それじゃあこの戦車はもうダメなのか……?」

 

 青ざめた顔でアンチョビは弱々しく聞く。苦労してやっと手に入れたこの戦車を見捨てるのは彼女には到底出来ない事だった。

 

 「……まだ中身を見ないと分かんないっすけど、俺はこの戦車を直したいっすね」

 

 前山が強い口調でそう言う。表情を見てもこの戦車に強い想いを持っているようだった。

 対してアンチョビは疑問に思う。もうボロボロでいつ廃車になってもおかしくは無いこの戦車を彼は『直したい』と言った。将来のプロの整備士の卵であるならこんなオンボロは『直ぐに変えた方がいい』と言うのが普通ではないかと。

 

 「……どうしてお前はこのオンボロ戦車を直そうとするんだ?」

 

 ついに疑問は前山にぶつけられた。アンチョビはここまでして彼がこの戦車を直そうとする理由をどうしても聞きたくなったのだ。

 

 「……俺も遠目から見たときは失礼っすけど、ただのくたびれた戦車だと思ったっす。でも何って言うか、嫌な感じじゃなかったんすよ。普通ボロボロの戦車を見たら俺、すっごい嫌な気分になるんすけど、この戦車はそれが無かったんすよねー。で、近づいて見てみると理由が分かったっす」

 

 ここで前山は一つ、会話を区切る。

 

 「……何がだ?」

 

 対してアンチョビの方は続きが気になるようだ。

 

 

 「アンチョビさん達、多分すけど、この戦車を整備するのに相当時間掛けてるっすよね?」

 

 

 

 アンチョビはその前山の言葉に心底驚く。確かに知識が無いなりに彼女達で試行錯誤したが、大して効果が無かった。何なら寧ろ悪化したところまであるかも知れない。必死になって整備に時間をかければ掛けるほど分からない事が増えて行き、それでもこの戦車を動かしたいと思う一心でこの様なオンボロになりながらもここまで来たのだ。

 

 「……どうして分かったんだ?」

 

 アンチョビは疑問を投げかける。今日初めてここに来た前山に何故それが分かったのだろうか?それが彼女にとっては不思議でならなかった。

 

 「リベット、いくつか見たんすけど全て打ち直した跡があったっす。それも一度だけじゃなくて何度も真っ直ぐ打ち込もうとして失敗した痕跡があったんすよ。あと板金も溶接がうまくいかなかったのかデコボコしてるんすけど、それも何回もやり直した後があったっす。……本当にこの戦車を大事にしてるんすね」

 

 そう、この前山翔吾という男、戦車のガワを見るだけで彼女達の必死の努力に気付いていたのだ。それは彼が何百、何千と戦車に触れてきたからこそ気付けるものだった。

 

 「っ!!!」

 

 アンチョビはこの言葉を聞いて目頭が熱くなる。相手は戦車整備のエリート。彼女は前山にそう言ってもらえる事で不毛とも思えた今までの努力が初めて報われた気がしたのだ。だが自分はここの隊長。ここで涙を流しては皆んなに示しがつかないと思い、アンチョビはグッと涙をこらえる。

 

 「うぅ……グズっ……ありがとうございますぅぅ……」

 

 だがそんなアンチョビの心とは裏腹に隣で話を聞いていたカルパッチョが涙を流していた。彼女とて必死にこの戦車を動かそうとしてきた内の1人、感極まるのも仕方のない事なのだろう。

 

 「ええ!?ち、ちょっと、泣くのは勘弁して欲しいっすよ!」

 

 いきなり泣き出したカルパッチョに前山はかなり困惑する。今まで大量の女性に迷惑をかけてきた彼だが、泣かれたのは初めてなのだ。

 

 「うぅ……すみません。感動しちゃって……前山さんは優しい人なんですねぇ...」

 

 カルパッチョが泣きながらも笑顔でそう言う。そんな女性の最終兵器とも言える表情を見てしまった前山が無事なはずがない。

 

 「っーーーー!?!?!!?!」

 

 前山、撃沈。

 因みに彼は挨拶の時からこのカルパッチョという女性が気になっていたのだ。彼は重度の年上好き。今年の派遣研修で聖グロを第一希望にしていたのも可憐で優雅なお姉様方に思う存分甘やかされたいと言う邪な願望からだった。それを踏まえてこのカルパッチョと言う女性はどうだろう?同い年ではあるがその落ち着いた声、おっとりとした性格、そして溢れ出んばかりのお姉さんな感じ。詰まるところ、ドストライクなのである。

 そして前山はゆっくりとカルパッチョの方へ近づいていくと、

 「カルパッチョさん...そんな軽々しく女性が涙を見せてはダメですよ」

 そう言って自身のハンカチを差し出す。それを見たアンチョビは少しキザだが男らしいじゃないかと、前山に対しての株を上げる。当の本人は邪な気持ちでいっぱいなのだが。

 「すん...ありがとうございます」

 カルパッチョはそんな前山の思惑など知らず、素直にハンカチを受け取る。

 

 「あなたの様な美しい女性に涙は似合わない...」

 

 「...ん?」

 今のは聞き間違いだろうか?アンチョビは前山の今の発言が信じられず、幻聴でも聴こえたものなのだろうと無理やり自分を納得させる。

 

 「その涙は特別な人の為に取っておくべきだ...」

 

 いや、残念ながら聞き間違いでは無かったらしい。これは本気で言っているのだろうか?確認する為に前山の顔を見てみると、

 

 

 尋常じゃないくらい目が血走っていた。

 

 

 

 それを見てしまったアンチョビは心の温度が急激に下がっていく。ついでに前山に対しての株も急激に下落して行く。リーマンショックもビックリの落ち方だ。つい先程までいい話をしていたと思っていたのにどうしてこうなってしまったのだろうか?

 「ふふっ、気遣いも上手なんですねー」

 そして最悪なことにカルパッチョはこの異様な光景に違和感を感じていなかった。普通に元気付けられただけだと思っている。

 

 「そうでもありません...貴女が笑ってくれるなら僕は天使にも悪魔にもなりましょう...」

 

 「あらー、嬉しいですねー」

 

 アンチョビはそんな光景を見てカルパッチョのスルースキルが高すぎるのか、それとも超絶鈍感なだけなのか分からなくなってくる。そして自分の脳じゃ処理しきれなくなったのか、異様なやりとりをしている2人を死んだ目つきで見て、

 

 

 

 「なんだこれ...」

 

 

 

 こう言うしか無かった。

 

 



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アンツィオ編3 : 分岐点

 お待たせしました。遅れてゴメンチ


 

 「ど、どうだ!?大丈夫そうか!?」

 

 アンツィオの格納庫では心配そうにP40を見つめてオロオロしているアンチョビの姿があった。

 前山は直したいとは言ったものの絶対に直すと言う保証はしていない。それを確かめるために彼は今、戦車の中身、状態を確認しているところなのだ。

 

 「うーん、所々部品の交換が必要なところがあるっすけど今んところ致命的なのは無いっすね」

 

 前山の声が点検をしている戦車の下から聞こえてくる。これなら大丈夫、直せると彼は感じていた。懸念していた修復不可能レベルのダメージでは無いことに前山も内心ホッとする。

 その後、点検を終えた前山が戦車の下から出てくるとアンチョビが尚も不安そうな顔をしていた。

 

 「見た感じだと全然直せそうっすね。さっき言った通り所々交換が必要な場所はあるっすけど、動かなくなるってことは無さそうっす」

 

 前山がそう言うとアンチョビはようやく肩の力が抜ける。

 「よ、良かった〜〜...もう直らないものかと思ったぞ。流石、戦車整備の名門校ってところだな」

 アンチョビがそう褒めると前山は照れ臭そうな顔をする。

 「そ、そうっすか?まだ点検しただけっすよ?」

 謙遜してそう言う前山。

 「いやー、すごいな!前やん!!私たちが見ても全然分かんなかったぞ!!」

 そんな前山にペパロニが称賛の言葉を送る。

 「マジっすか!?アザッス!姐さん!!でもまだこれからっすよ!!」

 段々と乗せられてきているのか、前山もどんどん上機嫌になっていく。

 

 「ふふっ、凄いですね前山さんは。これなら全部任せられそうですー」

 

 そしてカルパッチョが最後にそう言うと前山の雰囲気が一瞬にして変貌する。

 

 「...ありがとうございます、カルパッチョさん...僕は貴女の為ならこの戦車を命懸けで直して見せます。文字通り僕に全てを任せてください...」

 

 あまりにも似合わない前山の真面目モードにアンチョビは『またか』と少し呆れた表情になる。

 

 「なあ、ペパロニ」

 「ん?、なんすかドゥーチェ?」

 アンチョビがペパロニに問いかけると目の前の光景と先程の自身への対応を照らし合わせる。

 

 「私達との、この差は一体なんなんだろうな?」

 

 「え?何がっすか?」

 

 対してペパロニは質問の意図を分かってないようだった。

 

 「...いや、何でもない。こっちの問題だ」

 

 「?、変なドゥーチェっすね」

 

 アンチョビは気持ちを理解できる人がいないもどかしさからか、大きくため息をつくのであった。

 

 

 

 

 

 「...やっぱり凄いな...」

 

 その後、アンチョビが一枚の紙を真剣に見てそう呟く。点検後、前山が戦車修理の見積もりを紙に書いて見せてきた。そこには業者に頼むより格段に安く、無駄のないパーツの発注項目が書かれていたのだ。

 

 「うーん、妥協すればもっと安くできるんすけど、本来のスペックに戻すとなるとこんくらいっすかね?」

 もっと安く、と彼は言っているが、今の見積もりでも業者に頼み込むより半分以上のコストカットに成功している。万年貧乏のアンツィオとしてはこれ以上に嬉しい事はない。

 

 「本当にこの値段で大丈夫なのか?いくら何でも安すぎなんじゃ...」

 

 あまりのコストの安さにアンチョビが心配そうにそう呟く。

 

 「工賃は取ってないっすからね。業者の値段が高いのはその半分以上が工賃で取ってるからなんすよ」

 

 前山がそう言うとアンチョビもやっと納得したような顔になる。

 高校戦車道の戦車整備の仕方にはおおまかに分けて2種類ある。『自校で整備士を用意するか』、『業者に頼むか』の2択だ。サンダース、プラウダなどの規模の大きく、設備、知識が充足している高校は前者を選ぶ高校がほとんどだ。だがアンツィオのような規模の小さい高校になってくると後者を選ばなくならざるを得ない。自校で自前の整備士を用意しようにもそこに至るまで膨大な資金と時間を要するのだ。大洗などの例外は存在するが、規模の小さい高校にこのような事情が加わると、どうしても強豪校との差は開いてしまうのだ。

 

 

 

 

 だからこそアンチョビはこの状況を打開しようとしている。

 

 

 

 

 

 「...前山、改めてお願いがある」

 

 

 

 アンチョビの表情は真剣そのもの。今後のアンツィオの運命を左右する分岐点に立たされている彼女にとってはここが正念場だ。

 

 「さっきも言ったがウチには戦車整備の知識が無い。このままでは資金がひっ迫して戦車道自体が無くなる可能性だってある」

 

 真剣な瞳で前山を見つめるアンチョビ。

  

 「...」

 

 前山もそんな雰囲気を感じ取ったのか真剣にアンチョビの言葉に耳を傾ける。

 

 

 「そんなことにはしたくない。やっとここまで規模を大きくしたんだ」

 

 言葉に熱が入るアンチョビ。1年生の頃、消滅寸前のアンツィオ戦車道を救うべく推薦で入学し、ここまで必死にやってきたアンチョビにとってそれだけは避けたいことだった。  

 アンチョビがそこまで言うと一つ、大きく深呼吸をして覚悟を決めたように本題を口にする。

 

 

 

 

 「...君たちの力を貸してほしい。どうか私たちに戦車整備の何たるかを教えてくれないだろうか?」

 

 

 

 

 

 そう言って深々と頭を下げるアンチョビ。対して前山は少し考え込む。

 

 「...1か月半すか...」

 

 アンチョビの言葉にしばらく考える素振りをした後、前山がそう呟く。

 

 「今回もそうっすけど基本派遣研修の期間って1か月半っす」

 深刻そうな顔をして続けて前山がそう言うと、アンチョビは首をかしげる。

 「?、そうだがそれがどうかしたか?」

 前山が言わんとしてる事が分からないのかアンチョビは素直に疑問をぶつける。

  だが次に前山が発した言葉はアンツィオの生徒たちにとっては聞きたくない言葉だった。

 

 

 

 

 

 「...ちょっと言いにくいっすけど、自分が戦車を触り始めてまともに整備できるようになるまで半年はかかったっす。パーツとか全部理解するようになるまでは1年以上かかったっすかね」

 

 

 

 

 

 

 

 前山の残酷ではあるが現実的な言葉にその場にいたアンツィオの生徒の顔がどんどん青ざめていく。将来の戦車整備のプロである前山でさえ多大な時間をかけて身に付けた技術。それをアンツィオは1か月半で身に付けようというのだ。途方もない難題を突きつけられてアンチョビ達の表情は一層強張る。

 

 「でも、それでも...諦めたくはない...!」

 

 しかしアンチョビの決意は固い。諦められない彼女は前山に近寄って両肩をガッシリ掴みブンブンと揺さぶる。

 「ど、どうにからないのか!?もうこのチャンスを逃したら後がないんだ!!前山は一流の整備士なんだろう!?出来る事なら何でもするから見捨てないでくれ!!」

  

 「ちょ、ちょっと!!落ち着いて下さい!!まだ自分は出来ないとは言ってないっすよ!!」

 

 必死に懇願するアンチョビにあたふたしながら前山がそう言う。

 

 「で、でも、お前は出来る様になるまで半年掛かったって言ったじゃないか...1ヶ月半で私たちに出来るものなのか...?」

 アンチョビがそう言うと前山は落ち着いて返す。

 「俺が元々戦車整備に興味を持ったのは中学3年からっす。それまでは戦車のせの字も知らないようなど素人だったんすよ。つまり全く知識の無い状態から半年掛かったって事っす」

 前山の言葉にアンチョビは素直に頷く。彼が戦車整備に興味を持ったのはなんと中学3年生の夏。普通なら志望校も固まっており受験に向けての対策をしていくのだがここで前山は強引に志望校を宮舞に変えたのだ。

 多種多様な技術知識が求められる戦車整備を半年、それも独学で身につけると言う事は途方もない努力が必要なのだ。結果として前山は宮舞の戦車整備科に入学出来た訳である。

 

 「アンチョビさん達は自分達なりにここの戦車を整備してたっすよね?」

 

 「...確かにそうだが、知識なんて一つも身に付かなかったぞ?」

 前山の問いにアンチョビはそう返す。

 「別に知識はいいんすよ。大事なのは戦車の中身を触ったことがあるかどうかっす。何処にどのようなパーツが有るかを感覚で覚えていれば知識、技術を教えればうんと伸びるっすからねー」

 前山がそう言うと希望が見えたのか、アンチョビは明るい顔になる。

 「そ、それなら多分大丈夫だ!!中身は自分たちも散々弄ってるからパーツがどの場所にあるかはバッチリだぞ!!」

 アンチョビのその言葉にやはりかと、前山は思う。彼がP40の中身を散見したとき、ガワと同じで散々弄くり回した痕が残っていた。それ即ち彼女たちは知識は無いにしろ、パーツの位置は完璧に把握している事だろう。そこにパーツ各々の役割やそのパーツをどのようにすれば戦車の調子が良くなるかなど、『知識』を叩き込めば戦車への理解度はグンと上がる。つまり彼女らは素人ではあるが、全くの素人のスタートラインよりかは一歩先を行っている訳である。

 

 「これならなんとかなりそうっすね。本格的に戦車を触るのは明日からっすけどまずは周りの軽戦車達からっすかね。軽戦車は構造が単純で初心者向けっすから多分とっつきやすいと思うっす」

 

 「そ、そうか!わかった!!明日は軽戦車からだな!!」

 アンチョビも素直に前山の言葉に頷く。なんとかなると言う前山の言葉を聞いて俄然やる気が出たようだ。

 

 「...それでも1ヶ月半で教えるとなるとかなり厳しくなるっすよ?覚悟はしといた方がいいかもっす」

 

 「う、うん!!私達も全力を尽くす!私らとしても藁にもすがるような思いなんだ!よろしく頼む!!前山!!」

 

 そう言うとアンチョビが握手を求めて前山もそれに応える。ここで時間も遅くなってきたこともあり、初日の派遣研修は終了したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで初日が終わり、前山たちはアンツィオの学園艦に設置された宿舎に戻っていた。各々、荷物を整理しているとその中の1人が口を開いた。

 

 「どうだった?前やん」

 

 「ん?なんだ野村か、どうだったって何が?」

 

 前山に話しかけたのは宮舞の同じ2年生の野村だった。

 「いや、アンツィオの戦車どうにかなりそうなのかなって思ってな」

 

 「うーん、特に致命的ってわけでも無いからな。問題はアンチョビさん達が整備を覚えられるかどうかだけど」

 前山がそう言うと野村も難しい顔になる。

 「問題はそこだな。...あの場では言わなかったが、アンツィオが戦車整備を身に付けられる確率はどのくらいだと思う?」

 野村が核心をつく質問を投げかけると前山は少し考え込む。

 「...まだ分かんねーよ。彼女達がどれだけ戦車の中身を理解してるか分かんないからね」

 

 「個人個人で差もあるだろうからな。しかし1ヶ月半だ。ある程度理解してたとしても、業者を介さないで本当に自分たちだけの力で整備出来る様になるのか?」

 野村が質問を重ねると前山は苦い顔になる。確かにある程度までは業者に頼らずに出来るレベルまで持っていけるだろう。だが、彼女達が目指している『完全に自分達の力だけでの整備』が出来る様になるかと問われれば前山も首を縦には振れなかった。

 

 

 「...正直、そのレベルまでにするとなると半分の確率も無いかもしれないな。自分たちだって先輩達からのアドバイス無しに完璧に整備をこなせるようになるまで入学から3ヶ月は掛かったからな」

 

 アンチョビ達には言わなかったが、前山はその様に感じていた。彼が入学当初、事前に知識を身に付け、万全の状態で臨んだとしてもいざ実際に戦車に触れてみるとまともに整備出来なかったのだ。

 それともう一つ、前山には危惧していることがあった。

 

 

 「...だよな。それに戦車整備はポテンシャルだけじゃなくて"根気"も必要になる。アンツィオの生徒達にそれが備わっているといいが...」

 

 野村がそう言うと図星を突かれたかのように前山は軽く唸る。複雑怪奇な戦車の構造を完璧に把握するにはやはり時間がかかる。しかも完璧に整備出来たと思っていてもいざ動かしてみると全く力が出ないことが

初心者には多々あるのだ。それに向き合う根気の強さが戦車整備には必要になってくる。

 

 

 

 「...問題は山積みだ。一つずつ解決するしか手立てはないけど、そこは彼女達の"ポテンシャル"と"根気"に賭けるしかないな」

 

 前山がそう言うと野村も難そうに頷くのだった。

 彼らにとってはなんて事のないと思っていた派遣研修。だがこの研修で技術を伝える難しさ、数々の大きな壁に前山達、そしてアンツィオの命運は大きく翻弄されていくことになる。

 

 

 

 

 

 

 



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アンツィオ編4 :無限の闇

 「違うっすよー!あれをこうしたら、こっち側っすよ!!」

 

 「???、もうちょっと具体的に言ってもらっていいですか?アレとかコレとかでは分かんないですよ..」

 

 ついに始まった前山による整備指導。確かな整備技術を持っている彼だが、教える側としては致命的な弱点を抱えていた。

 

 「だーかーらー、ここをこう曲げたらこっちにスペース出来るじゃないっすか。そっからこう入れればオッケーなんすよ」

 

 「「「?????」」」

 

 説明力が全くないのである。元来、感覚派である前山にとって戦車整備とは体で覚えたものであり、説明しろと言われてもご覧の通りジェスチャーやアレとかコレとかの抽象的な言葉が多くなりがちなのだ。もちろん整備素人のアンツィオの生徒達がその説明で分かるわけもなく、前山が伝えたいことは全然伝わっていないのが現状であった。

 何度も言うようで申し訳ないが彼は勉強はからっきしなのである。

 

 「なるほど!!分かった!!こっち側か!!!」

 

 「だー!!違うっすよペパロニ姐さん!!逆、逆!!!」

 

そして最悪な事に、前山の分かりにくい説明が、アンツィオのノリだけで何とかしようとする気風と混ざり合っている事も、うまく伝えられない要因の一つだった。言葉というものは大事なもので、幾ら自身の中で最高の技術を持っていても、伝える術が無ければ宝の持ち腐れになり得る事もあるのだ。

 

 「...こうなるんだったらもっと読書とか国語の勉強ちゃんとやっとくべきだった...」

 

 前山もそれが今、身に染みているのだろう。頭を抱えたくなるほど状況が芳しくない今の状況に後悔の言葉を呟く。このままではアンツィオの生徒が教えようとしてる事と間違った覚え方をする可能性が高いのだ。

 どうしたものかと唸っていると、前山に救いの手が差し伸べられる。

 

 「あー、前山。そこのパッキンから被せるように繋げればいいんだな?」

 

 「え?あ、そ、そうっす!!そう言う事っす!!!流石アンチョビさん!分かってるっすねー!!」

 

 何と前山の言葉を理解できる者が居たらしい。アンチョビが前山の言葉を翻訳するとアンツィオの履修者達もようやく納得した顔になる。彼女も一応整備素人ではあるが、独学でP40を弄くり回していた分、ある程度の整備知識は持ち合わせている。何となくではあるが前山の言おうとしてる事が分かるようだ。

 

 「あ、あとこっちの方は慎重にこうやって外してください。傷がついちゃうんで」

 

 「あー、シリンダーは慎重に真っ直ぐに抜いてくれ。当たって中身が変形するかも知れないからな」

 

 前山の説明ではピンと来ないが、アンチョビの説明は具体的に言葉を言うので分かりやすい。アンツィオの生徒達も彼女が言葉を付け加える事で迷わず整備出来てきた。

 

 「なるほど!!こうだな!!!」

 

 「ギャー!!ペパロニ姐さん!!そんな雑に抜いちゃダメだって!!」

 

 ただ一人を除いて。

 

 

 

 

 

 

 アンツィオ高校の戦車はCV33という豆戦車が主力だ。この戦車はかなり小型で軽く、戦車としてはかなりコンパクトな方だった。

 

 「こんだけ小さいと戦車というよりかは車だな...」

 

 格納庫の一角で、整備科2年の野村がCV33の中身を見てそう呟く。前山がアンツィオの履修者達に整備指導している中、野村は前山に頼まれてアンツィオの戦車の中身を覗いていた。

 

 「まあ、これなら初心者にとっては整備がしやすいだろう」

 

 小型の戦車のメリットはとにかく整備しやすい点にある。軽いと言うことはその分パーツも少なくなる訳であり、これから戦車整備を習おうとする時、このCV33と言う戦車は良い教材になるのだ。

 

 「あらー、それはひょっとして褒めてるんですか?」

 

 背後から唐突に聞こえてきた女性の声に野村の肩がビクンと跳ね上がる。聞かれたかと思い、慌てて振り向くと柔らかい笑顔でカルパッチョが立っていた。

 「いや、その...いつから聞いてました?」

 しかし、カルパッチョが怒っている雰囲気ではない事を察した野村は恐る恐るそう尋ねてみる。

 「うーん、確かにこれだけ小さいと自動車みたいですよねー」

 どうやら最初から聞かれていたらしい。カルパッチョがそう言うと野村はみるみる顔が青ざめて行く。

 「す、すいません!!悪口のつもりで言ったわけでは無いんです!!」

 突然に頭を下げた野村に対してカルパッチョは少し慌てる。

 「い、いや!!そう言う意味で言ったわけじゃ無いんです!!実際小さいですし...私達も戦車整備は初心者なので、そう言って貰えると気が楽になります」

 カルパッチョの物腰の柔らかい対応に野村もホッと一息つく。しかし何故彼女がここにいるのか。

 「あ、ありがとうございます。それで、僕に何の用ですか?」

 アンツィオの生徒には今は前山が整備指導をしているはずである。なのでカルパッチョが此処にいると言う事は、彼の指導を抜けてきたと言う事だろうか?

 「あ、それはドゥーチェにこっちより野村さんの方を見てくれって言われたからなんです。何でも私があそこに居ると前山さんの指導が進まないからって...何ででしょうかね?」

 

 「...何ででしょうかね...」

 

 理由は大体察せれるものなのだが、カルパッチョは分かっていないらしい。アレほどの猛烈なアプローチを食らっても気付いてない素振りを見せると言う事は、中々に癖の強い女性なのかも知れないと、野村は思った。

 「それで...えーっと、あ、そうです!今戦車達を見てもらってますけど、どんな状態なんですか?」

 本件はこっちらしい。P40は前山が点検したが、その他の戦車は野村が診ている。ある程度点検も済んだところでカルパッチョにそう声を掛けられたのでタイミングとしてはかなり良かった。

 「そうですね...状態としてはアンチョビさんの言っていた通り、ザックリ言うと6割程度のパワーしか出ないと言った感じでしょうか。でも治そうとした痕跡もあって、廃車になるような致命的な欠陥は無いですね。全部しっかり整備すればちゃんと動くと思いますよ」

 野村がそう言うとカルパッチョもホッとする。

 「よ、よかったー。アンツィオ(ウチ)は貧乏ですから、一台の廃車も出せないんですよー」

 アンツィオとしては新しい戦車を買う資金は無いのでなるべく今ある戦車を長く使いたいと言うのが実情だった。

 「へぇー、そうなんですか。予算が少ないのは宮舞(ウチ)と一緒ですね」

 そこは宮舞も同じのようで、野村もカルパッチョの気持ちがわかるのか感慨深く頷く。

 「え!?そうなんですか...宮舞高校程の整備の名門校でも予算が足りないなんて...」

 カルパッチョとしては宮舞は戦車整備の名門校とあって、潤沢な資金でやり繰りしていると思ったのだろう。驚いた表情でそう言う。

 

 「足りない、とは少し違いますね。言えばもっと予算をもっと増やして貰えるんでしょうけど、ウチは少人数制で競技はやらないですからね。自分達もそれは分かっているし、恐らく学校もそれが分かってて予算を増やさないんでしょう。パーツや備品などは発注すればすぐ来ますが、戦車単体が新品で来る事はほとんど無いんです」

 

 「...つまり、どう言う事ですか?」

 

 野村の説明にカルパッチョはイマイチ、ピンと来てない。何かいい言葉はないかと、野村は少し考える素振りをする。

 

 「うーん...つまりですね、何が必要で何が必要じゃ無いかを宮舞の整備士達と学校側で共通認識が出来ていると言う事です。整備がメインの学科なのに新しい戦車を寄越されても予算の無駄じゃ無いですか」

 

 野村の再度の説明でカルパッチョはようやく納得した顔になる。宮舞の予算が少ないと言うのはただ単に学校側から予算を絞られている訳ではない。戦車整備を学ぶのに必要なものと不必要なものを学校側と共通認識として持っているので大幅な"コストカット"に成功しているのだ。予算を増やす事だけを考えていたカルパッチョにとって、それは目から鱗が出るような話だった。

 「アンツィオは今、整備を業者さんに頼んでるんですよね?」

 「え?、は、はい」

 野村の質問にカルパッチョが頷く。

 

 

 

 「...もし、自分達で完璧に整備をこなせる様になれば、恐らく今の半分以上は予算に余裕が出ると思いますよ」

 

 

 

 「!!!...なるほど...」

 

 野村のその言葉でアンツィオの貧乏の原因がカルパッチョには分かった気がした。野村が言った整備に掛かる不必要な予算。それは学校側が一方的に予算を絞っているのでは無く、学校側と上手く連携が取れていないと言う事だった。それ故に需要に対して供給が一致せず、万年貧乏の状態に陥っていたのだ。

 野村の話は、限られた予算でのやり繰りを身に付けようとするアンツィオにとって、まさに金言だった。

 

 「...もっと、詳しく話を聞いていいですか?」

 

 この機を逃すまいと宮舞の予算運営についてカルパッチョは深く聞き込む。今回の派遣研修で野村から学ぶ事が今後、彼女がアンツィオ戦車道の財政面で大きな功績を残す事になるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 「あー!!やっと一台終わったー!!整備ってこんなに時間が掛かるもんなのか...」

 

 時刻は夕刻、やっと一台の戦車整備を終えたアンチョビは大きく背伸びをしてそう言った。

 

 「お疲れ様っす!初めてにしては中々早く終わったっすね。今日中に終わるとは思って無かったっす!!」

 そんなアンチョビに前山が労いの言葉を掛ける。最初はどんなものかと不安があったたが、アンチョビのおかげもあり、中々上手く行っていた。

 「...前山はもうちょっと国語の勉強をしてくれ...私は翻訳機では無いんだぞ...」

 指導中、アンチョビは大忙しであった。なにせ自身も整備技術を身に付ける上に、前山語の翻訳もしなければならないのである。ジトッとした顔を前山に向けると、バツが悪そうな顔をして前山は目線を逸らす。

 

 「いやー...それは申し訳ないっす...で、でも動作チェックではちゃんと動いたし良かったっすよね!?」

 

 「それはそうだが...」

 

 アンチョビが前山の指導を受けて感じた事は、やはり彼は一流の整備士だと言う事だった。言葉はメチャクチャだが、それを理解すると何とも理にかなっている。

 本当に前山翔吾と言う男は良い所も悪い所も全部出ていて、評価が難しい男なのだ。

 

 「ところでアンチョビさん達は戦車に名前とか付けたりしないんすか?」

 「名前?」

 

 前山から唐突にそんな事を言われてアンチョビは首を傾げる。

 「そうっす。例えば○○号とか、戦車の名前じゃなくて自分だけの戦車のニックネームっす」

 

 「特には付けてないが...付けたほうが良いのか?」

 アンチョビとしては結構良いかも知れないと感じていた。ペットでは無いが、愛称を付けると愛着が湧くし、しっかり整備しようと言う気になれるのだ。

 「そりゃ勿論!!だって自分だけの戦車って感じがして良いじゃないっすか!!」

 前山の考えは少しアンチョビと違う様だが、大体同じ様なものだろう。

 「ふーん、確かに良いかも知れないな。因みに前山は付けているのか?」

 アンチョビがそう言うと、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに前山は目を輝かせる。

 「当たり前っすよ!!そりゃもう、最高なのを付けてるっす!!」

 

 「ほう、自信満々だな。なんて言うんだ?」

 あまりにも自信に満ち溢れた前山に、アンチョビも気になるらしい。

 「えー、しょうがないっすねー。じゃあアンチョビさんには特別に教えてあげるっす!!」

 前山はそう言っているがもう言いたくてたまらない様だった。

 「勿体ぶるなって。かなり気に入ってるんだろ?」

 アンチョビがそう言うと、その通りなのが嬉しいのか、前山は満面の笑みでようやく名前を言う。

 

 

 

 

 「その名も..."ダーク・インフィニティ"っす!!!!」

 

 

 

 「......え?」

 

 

 

 戦車道という競技からかけ離れた言葉に、アンチョビの反応がかなり遅れて帰ってきた。

 

 「あれ?聞こえなかったっすか?もー、言うのもう一回だけっすよ?

その名も..."無限の闇(ダーク・インフィニティ)"号っす!!!!!」

 

 号を付けることによって間抜けさが一層増した。

 

 「そ、そうか...中々ユニークな名前だな!!」

 

 そしてアンチョビが必死に捻り出した感想がコレである。自分が苦笑いになって無いか心配になりながら、何とか前山に合わせていた。

 「マジっすか!?!?因みにどんな所が良かったっすか!?!?」

 

 「え!?!?」

 更なる感想を求められた。どうしたものかと必死に考え、何とか出た言葉は、

 

 「そ、そうだな...えっと、無限の闇感がある所....とか...?」

 

 そのまんまである。この名前が将来的に無限の闇になる事は確定なのだが、それを伝える勇気はアンチョビには無かった。

 

 「おおー!!いやー、やっぱ分かってるっすね!!アンチョビさんは!!」

 一方前山は褒められて嬉しい様だった。

 「じゃあこの戦車もパパっと名前決めちゃいましょっか!!!」

 その勢いのまま、整備を終えた目の前の戦車に名前を付けようとする。

 「そ、そうだな...」

 

 「うーん、そうっすねー。"光の精霊(シャイニング・スピリット)"とかどうっすか...?」

 

 「...いや、それはちょっと....」

 

 「うーん、それじゃあ...」

 

 少々独特すぎるセンスを前山は持っている様だ。

 むず痒くなる様な単語を聞き流しながら今後、何かにニックネームを付けるときは、絶対に前山に頼まないと心に誓うアンチョビであった。

 

 

 




 
 ダーク・インフィニティ(笑)号。

 因みに出てくるサブキャラは野村、緒方、江藤など、広島カープの往年の名選手達から取っています。分かった人いるかな?


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アンツィオ編5:連鎖

 


 

 アンツィオでの派遣研修が始まってから二週間。全く自分達で整備ができないと言う訳でもなく、前山の助言ありきだが自分達で整備ができる様になって来た。しかしそれは助言があっての事。最初の頃はエンジンの点検は愚か、履帯の交換でさえ手間取る様な有り様だった。

 しかしそこからのスタートと思えば今の現状はかなり良くなったものであるし、何より良かったのは壁にぶち当たっても曲げない"根気"を彼女達は持ち合わせていた。まだまだ知識不足ではあるが、これなら何とかなりそうだと前山も感じ始めている所だった。

 

 「凄いっすね…まさかオーバーホールを一人でやり切るは思わなかったっす」

 「そ、そうか?でもまだ時間がかなり掛かっているな。前山と比べれば倍以上掛かっている」

 

 格納庫の一角。整備を終えたCV33の前で、前山とアンチョビが話をしている。

 そして前山はアンチョビの整備士としてのポテンシャルの高さに心底驚いていた。

 

 何と彼女一人だけでエンジンのオーバーホールをやり遂げたのだ。

 

 前山でさえオーバーホールを一人で完璧にこなせるまでに半年は掛かった。しかし目の前の彼女はパーツの少ない軽戦車のエンジンとは言え、2週間と言う短時間で前山の助言も無しにこなせる様になっていた。

 

 オーバーホールと言うのは戦車整備でも最難関の整備に当たる。

 戦車の心臓たるエンジンを分解、清掃をして組み立て直す。と言うのがオーバーホールだ。

 複雑怪奇、多種多様のパーツで構成されているエンジンを分解して組み立て直すと言う事は、勿論エンジンのパーツがどの位置にあってどの順序で組み立てるかと言うのを、全て頭に入れておかないとならない。もし一つでも順序やパーツの位置を間違えると、燃費が悪くなったり、逆にエンジンの寿命を縮める事にもなる。

 

 最難関かつ、最重要の戦車整備がこのオーバーホールなのだ。

 

 それを2週間で身に付けられると言うのは、前山にとって考え難い出来事だった。

 

 「いや、こんなに早くオーバーホールが出来る様になる人はまず居ないっす。アンチョビさん、もしかして他のエンジンとかも弄った事があるんすか?」

 

 「あ、ああ。私が入学した当初は整備士は愚か履修者さえ二桁居なかったくらいだったからな。戦車整備も自分一人でやるしか無かったんだ」

 

 「なるほど…それで…」

 

 アンチョビの説明に前山も納得がいく。彼女がここまで物覚えがいいのは知識は無いにしろ、戦車の中身は一年生の頃からずっと弄って来たからであった。ならばそこに知識を入れるとうんと良くなるのは必然と言えるだろう。

 

 「当時は整備を業者に頼む金も全く無くて、何とか自分達でやりくりするしか無かったんだ。もう昔の事だがな」

 

 苦笑いをして軽く言うアンチョビ。もう昔の事だと割り切ってはいるが、当時はどれだけ苦労をしたのだろうか。

 履修者を集めることから始まって、戦車を買う為の資金調達の奔走。学校への予算拡大の交渉。

 高校で戦車道をほぼゼロから始めるとはそう言う事である。

 

 「….アンチョビさんはホント凄いっすね…」

 

 「ん、なんだ前山、何か言ったか?」

 

 前山が覚えたのは紛れもなく尊敬の念だった。消滅寸前のアンツィオ戦車道を大会に出場するまでに押し上げた彼女の功績。それは此処の生徒達の彼女への信頼の高さが物語っている。

 

 ならば前山もその努力に応えたい。

 

 「よーし!オーバーホールが出来るって事は次は電気系統っすね!!ジャンジャンやっちゃいましょう!!」

 

 「お、オイ!なんだよいきなり…!」

 

 アンチョビの手を引っ張って前山は意気揚々と電気系統の説明をする。

 恐らくこの整備技術を身につける事は、彼女にとってアンツィオに残せる最後の功績になるだろう。その"最後の功績"に泥を塗る事はできない。前山に出来ることはその功績を最高のものに仕上げる事だ。

 

 「もう、なんだよ…」

 

 突然にやる気が出た前山に困った様に笑うアンチョビ。しかし嬉しそうに、真摯に説明をする彼に、どこか彼女も嬉しくなるのだった。

 

 

 

 

 「ドゥーチェー!!前山さーん!!どこに居ますかー!?」

 

 前山が戦車の中で電気系統の説明中、遠くから二人を呼ぶ声が聞こえて来る。女性の声だ。と言う事はアンツィオの生徒だろう。

 アンチョビがキューポラから顔を覗かせると、そこに居たのはカルパッチョだった。

 

 「あ、ドゥーチェ!ここに居ましたか!ちょっと来てもらっても良いですか?ついでに前山さんもどこに居るか分かります?」

 

 彼女が二人を呼ぶと言う事は、整備の事で質問があるのだろう。前山だけでは言葉に不備があるので、整備の事で質問がある時は、翻訳家であるアンチョビもセットで呼び出すのが通例となっていた。

  

 「ああ、ちょっと待ってくれ。前山!」

 

 「ん?なんすか?」

 

 アンチョビが車内で電気系統をチェックしている前山に声を掛ける。

 

 「カルパッチョがお呼びだ。多分整備に関しての質問だろう」

 

 「え!?カルパッチョさんっすか!?了解っす!!すぐ行くっす!!」

 

 カルパッチョという単語を聞いて途端に表情が明るくなる前山。相変わらずであるがアンチョビももう慣れたもので、特に反応も起こさなかった。

 

 「ほら、行くぞ」

 

 「あざっす!アンチョビさん」

 

 アンチョビがそう言って前山の手を取り、キューポラから引っ張り出す。

 そんな光景も、アンツィオでは見慣れたものになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 「どこが分からないんすか?」

 

 「えっと…ここです」

 

 カルパッチョが指を差した所を見て、前山は納得した様な表情になる。

 

 「あー、ラジエーターっすか。確かにまだ教えてなかったっすねー。これは水を足しておけばオッケーっす」

 

 「えっと…どこにですか?」

 

 カルパッチョには水を足せと言われてもどこに足せば良いのか分からない。

 

 「ラジエーター本体の横にキャップがあるだろう?それを開けて水を流せば良いんだ」

 

 補足する様にアンチョビが付け加える。その説明で理解したカルパッチョは、キャップを開けて水を流していく。

 前山と一緒にアンチョビが来るのは、こういう事が多々あるからであった。

 

 「いっぱいは入れなくて良いぞ。ゆっくり入れていって、タンクが8割程になったらそれでいい。しかし前山、ラジエーター本体は洗浄して無いが良いのか?」

 

 「あんまり洗浄し過ぎると本体が錆びついちゃうっすからね。見た感じそんな汚れてないんで今回は水を足すだけでいいと思うっす」

 

 「なるほど…」

 

 ここ2週間でアンチョビは随分と前山と専門的な会話が出来る様になって来た。実際、前山や宮舞の整備士達と一番会話をしているのも彼女であるし、一番前山に話を聞きに行っているのも彼女だった。

 アンチョビと言う女性は、とにかく勉強熱心なのである。前山も2週間でそれをひしひしと感じていた。

 

 「ドゥーチェは凄いですねー。私なんかまだエンジンに手をつけられないのに、もう前山さんの会話に付いて行けてるじゃ無いですかー」

 

 カルパッチョもそんなアンチョビに感心しているなだろう。素直に褒め言葉が出る。

 

 「カルパッチョだってかなり良くなってるじゃないか。前山、そろそろカルパッチョにもオーバーホールを教えてもいいんじゃないか?」

 

 アンチョビの提案に前山も頷く。

 

 「そうっすね。カルパッチョさんなら多分大丈夫っすから。…なら俺が手取り足取り…」

 

 「カルパッチョには私から教えておくから良いぞ」

 

 「…うっす」

 

 アンチョビに釘を刺されて項垂れる前山。それはともかく、カルパッチョにオーバーホールを教えるのは彼としても賛成であった。アンチョビほどでは無いが、エンジンの構造も大分理解出来てきた所なので教えるに越した事はない。

 上手く行けばアンチョビがカルパッチョにオーバーホールを教える様に、カルパッチョがまた他のアンツィオの生徒達にオーバーホールを教える事も可能になるのだ。

 こう言う良い連鎖が起きればこの研修での目標達成にもぐんと近づく。

 

 「今日はもう遅い。教えるのは明日からで良いか?」

 

 アンチョビの提案にカルパッチョも頷く。

 

 「はい!明日からお願いします!ドゥーチェ!!」

 

 次へとステップアップ出来たことがカルパッチョにとっても嬉しいのだろう。嬉しそうな声を隠しきれずに元気よく返事をした。

 

 

 「あ、まえやーん!!ちょっと良いか?」

 

 すると、遠くの方から男性の声が聞こえて来た。前山が声の方へ振り向くと、そこには同じ宮舞の野村が居た。

 

 「ん?どしたの野村?」

 

 「いや、午後はペパロニさんに整備を教える予定だったんだけど見当たらなくて…どこにいるか知ってるか?」

 

 「…姐さんが?いや、知らないな…アンチョビさん達はどこにいるか分かるっすか?」

 

 前山の問いかけにアンチョビとカルパッチョも横に首を振る。

 

 「…そうっすか、じゃあ自分はもうちょっと探してみます!」

 

 野村がそう言うと、3人の前から足早に去って行った。

 

 「…ウチの者が度々悪いな」

 

 事情を察したアンチョビが前山に対して謝る。

 

 「え!?いやー!姐さんにも何か事情があったんすよ!!…多分」

 

 苦笑いをしてそう言う前山にアンチョビも同様な笑顔を返す。

 

 「多分整備の事なんか忘れて、どこかでほっつき歩いてるんだろう。今度キツく言っておくから許してくれ」

 

 アンチョビは困った様にそう言ってため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 程なくして時刻は18時を回った所。アンチョビの号令と共にアンツィオの履修者達が一斉に片付けを始める。

 各々片付けをしている最中、カルパッチョが一人の少女に話しかけた。

 

 「あ、ペパロニ、戻ってたんだね。一体何処に行ってたの?」

 

 カルパッチョが話しかけたのはペパロニだった。午後は格納庫のどこにもいなかったので彼女としても気になっていた所だった。

 

 「え!?い、いやー。ちょっと稼ぎに屋台の方へ行ってたんだ」

 

 焦る様にペパロニがそう言うとカルパッチョがジトっとした目を向ける。

 

 「…午後は宮舞の人に整備を教えてもらう予定じゃなかったの?野村さんがずっと探してたよ?」

 

 「っ…!!」

 

 カルパッチョに指摘されてペパロニはしまったと言う様な表情になる。

 

 「え、えぇと…わ、忘れてたんだよ!!の、野村には悪い事したなぁ!!…カルパッチョから謝っといてくれないか?」

 

 「……」

 

 カルパッチョは違和感を覚えていた。ペパロニと言う少女は良くも悪くもノリで生きているような少女だ。深い事は考えずその場の勢いでなんとか乗り切っているような少女。約束をすっぽかしたからと言って明日には忘れている様な少女。

 その彼女が、何か後ろめたさを感じる様な態度を取っている。その事にカルパッチョは違和感を感じていた。

 付き合いを始めて二年間。初めてと思えるほど、しどろもどろなペパロニを、怪しい目で見ている。

 

 「…分かった。今回だけだよ?次はちゃんと整備を教えてもらってよ?」

 

 しかし初めて見るペパロニの態度に様子を見ようとしている様だ。カルパッチョとて初めて見るペパロニの態度に困惑している様である。

 

 「う、うん!分かってる、分かってるって!!」

 

 いつも通りの豪快な笑みを浮かべてそう言うペパロニ。

 しかしその笑顔が強情なものであるとは、長い付き合いのカルパッチョでも見抜けるものでは無かった。

 

 




 今回は短めです。


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プラウダ編
プラウダ編1 : チビvsチビ


 

 

 一方その頃、プラウダの学園艦の簡易桟橋では男6人と女性1人といった何ともアンバランスな光景が広がっていた。

 

 「あ゛ーー、寒っ。まだ10月入ったばっかなんに何でこんな寒いんか!?」

 

 そう言うのはプラウダの整備班長になった久我だった。彼らのフェリーがプラウダの学園艦についた頃には気温は既に10度を下回っていたのだ。

 

 「ふふっ、寒くなるのはこれからですよ?冬のプラウダは日中でも気温が氷点下なんて当たり前ですから」

 

 宮舞の整備士達の前を歩いて先導していた金髪碧眼の女性が余裕の笑みを浮かべてそう言った。

 

 「あー、舞鶴も結構寒くなりよるけどこの時期にこんな寒いんわ初めてじゃのう。ちゅーかクラーラさんはそんな薄着で寒ーないんか?」

 

 「私はロシア出身ですから」

 

 クラーラと呼ばれた少女はそう言うと可愛くウインクをして軽やかに甲板へと続く階段を登る。

 この少女はクラーラ。ロシア人でプラウダの戦車道で砲手を務めている生徒である。どうして彼女がここにいるかと言うと、プラウダの隊長の命で整備科の面々を迎えに行くように指示されたからだ。

 「なるほど、やっぱ向こうの出身の人は寒さに強いんじゃのう。クラーラさんは留学生って言いよったよね?やっぱロシアと繋がりが深いけえプラウダを選んだん?」

 久我は納得したように頷きさらに質問をした。

 「はい、私がプラウダを留学先に選んだのは言った通りロシアとの交流が深いからなんです。おかげでここはロシアの文化も色濃いですからね。私としてはかなり過ごしやすいんですよ」

 

 「なるほど、それでプラウダを選んだっちゅーわけか、...で、そんなことより...」

 久我は、少し真剣な表情になってクラーラの方を見る。

 「...何でしょう?」

 クラーラは彼氏の有無でも問われるかと思い、少し警戒心を強める。

彼女はロシア人、それも美人さんと来れば言い寄ってくる男も少なくないわけで、実際、去年の派遣研修でも整備士の何人かに言い寄られていたのだ。この男もそうなのかと思い、多少身構える。

 

 「...プラウダの戦車はやっぱええ性能なんか?俺は図鑑や模型でしか見たことないんじゃけど、実物ってどんな感じなんかのぅ?」

 

 久我は待ちきれないと言わんばかりに目を輝かせてクラーラにそう聞く。

 それを見たクラーラは驚いた表情をした。

 彼女も宮舞の派遣された生徒と交流するのは初めてではないが、こんなにも純粋に戦車の事だけを聞いてきた男は初めてだった。

 クラーラほどの美人が出てくれば本来なら邪な感情を持っても、何らおかしくは無いのだが、彼女から見てこの久我龍平という男にはそういう感情が一切ないように思えたのだ。

 「...合格です」

 クラーラはボソッと小さくそう呟く。

 「え、何が?」

 久我がそう聞き返す。

 そして彼女は久我が信頼に値する人物だと認めたのか、いきなりテンションを上げ、オーバーなリアクションで久我の右手を取った。

 

 「хороший !!合格です!私は久我のような誠実な人を待ってました!!」

 

 「...は?」

 突然手を握ってきたクラーラに久我はたじたじとなる。

 「久我の様な男なら安心してプラウダの戦車を任せられます!」

 

 「お、おう。何か知らんけどそりゃよかったわ。...ほいでその戦車の方なんじゃけど...」

 「久我は何でプラウダを選んだんですか!?私、すごい気になります!!」

 久我の質問を遮るようにクラーラが矢継ぎ早に質問をぶつける。

 「え、そりゃソ連の戦車弄りたいけぇかのう...ほいでそっちの戦車っちゅうのは...「へぇー!やっぱり久我はソ連の戦車の良さをわかってるんですねー!」

 ...会話にならない。久我はクラーラに対してそう思った。テンションの上がった女子とゆうものはこうも会話が一方通行になるものなのだろうか?そう思いながら久我はプラウダの戦車の事を聞くのを諦めたのか、少し疲れた顔で、別の話題を出そうとする。

 だが久我が口にした話題はクラーラにとって火に油を注ぐような話だった。

 

 「はぁー、まあ戦車は見りゃわかることじゃしええか。で、そっちの隊長さんってどんな人なんか?これから長い付き合いになるんじゃけぇ、ちぃたー知っときたいんじゃけど...」

 

 それを聞いた瞬間、クラーラの目がさらに輝く。

 「よくぞ聞いてくれましたね!そう、偉大なる同志カチューシャはそれはもう素晴らしいの一言では表せない人なんですよ!!」

 

 久我はクラーラのスイッチをさらに深く押してしまった事に後悔しながらもなんとかテンションについて行こうとする。

 「ほ、ほうか。因みにどの辺が凄いん?」

 「まずなんと言ってもあの威厳ですね。鋭い目つきに圧倒的カリスマ性、生徒の多いプラウダをまとめるにふさわしい器量の持ち主なんです!」

 クラーラが多少早口でそう言った。彼女はロシア人の筈だがこんなにも饒舌な日本語を喋れるものなのだろうか、久我はそう思いながらも適当に相槌を打つ。

 「それだけじゃないんです!シベリアの寒さのような厳しさ、バイカル湖の湖底よりも慈悲深いその心...まさに全てを兼ね備えたと言っても過言ではないお方なんです!それとですね...」

 ...やはり彼女は日本人ではなかろうか?そう思えるようなクラーラのカチューシャへの愛はプラウダの格納庫に着くまで語り続くのであった。

 

 

 

 

 「...凄い数じゃのう。これ全部戦車道の履修者なんか?」

 格納庫に着いた久我はプラウダの生徒の数に驚いていた。どこを見廻しても人、人、人。ざっと見ただけでも200人はいるのではないだろうか?そんな数の生徒が一斉に6人の男子生徒の方を見ている。その視線の圧に整備科の面々はかなり萎縮をしていた。...ただ1人、整備班長である久我を除いて。

 「...やはり久我は私の見込んだ通りですね」

 今まで道案内をしていたクラーラが久我の隣で感慨深くそう言った。

 「?、なにがじゃ?」

 突然そう言われ久我は怪訝そうにクラーラの方を見る。

 「こんなにプレッシャーがかかる場面でも全く動じていません。去年きた整備士達はみんなダメだったのに、ここまで堂々としているのは久我が初めてですよ」

 「...見られとるだけじゃ。ほいでビビっとったら先が思いやられるわ。お前らも堂々とせい!ナメられるで!!」

 久我は振り返ると他の整備士達に喝を入れるようにそう言った。

 

 「「「は、はい!!」」」

 

 整備士達は喝を入れられて目を覚ましたのか、気合の入った声で返事をした。

 その時、2人の少女が久我達の前に出てきた。1人は170cmは超えているであろう黒髪の長身の少女、もう1人はかなり背が低めの金髪の少女だった。

 

 久我はそれを見た瞬間、彼女が隊長なのだと悟った。

 

 そして久我は自ら彼女らに近づき軽く頭を下げて挨拶をする。

 「よろしく頼んます。宮舞高校から来ました班長の久我龍平です」

 「...よろしくお願いします」

 「ウチらの戦車に触れる事、光栄に思いなさい!!」

 2人の少女も挨拶を返す。長身の少女は静かに、背の低い少女は元気よくそう答えた。久我はそれを見てやはり彼女が隊長なのだと確信する。

 「...おぉー、クラーラさんの言った通りじゃ。その突き刺すような鋭い視線に威厳のある佇まい、流石はプラウダの隊長さんってところかのう」

 久我が感心したようにそう言う。それを聞いた金髪の少女は得意げに笑う。

 「...へぇー、去年の連中はヘボばっかだったけどアンタは分かってんじゃない!」

 気をよくした金髪の少女は高飛車にそう言った。

 「こんなええ隊長なら充実した整備をやれそうじゃのう」

 そう言って久我は握手を求めようと、自らの右手を差し出して彼女らに向け、近づいて行く。それに金髪の少女も応えようと一歩前に出て久我と同じく右手を差し出す。

 

 ーーだが久我はそんな金髪の少女の横を通り過ぎてその後ろに立っていた黒髪の少女の前に立ち、

 

 「あんたがクラーラさんの言ってた隊長のカチューシャさんじゃな?

話はクラーラさんからよう聞いとる。確かに話してた通りの人じゃ。ウチらはソ連の戦車を触るんは初めてじゃけえよろしく頼んます」

 

 そう言って久我は黒髪の長身の少女に握手を求めたのだ。

 

 格納庫の空気が一瞬にして静まり返る。そんな空気に気付いてないのか久我は依然として黒髪の少女が右手を差し出すのを待っていた。

 黒髪の少女は今までずっと無表情だった顔を少し困ったような顔に変え少しの無言の後、話し出した。

 「...えっと、私は隊長ではないのですけど」

 「...は?」

 久我は素っ頓狂な声を上げて黒髪の少女の顔を見る。クラーラが言っていたカチューシャは威厳のある佇まいに凍えるような鋭い目つき、そして圧倒的なカリスマ性を持っているとの話だ。それらをまとめると久我にはこの目の前の黒髪の少女が隊長であるとしか思えないのであった。

 

 「...ちょっとあんた」

 

 その時、久我の真後ろからそんな声が聞こえた。声色を聞く限り相当怒っているのがわかる。

 

 「なんじゃもー、あんたもはよ言ってくれや、お陰で勘違いしてもうたじゃろーが。...で、ホンマの隊長は何処におるんか?」

 久我は振り返って、恥ずかしそうに金髪の少女にそう言った。

 

 それを聞いた瞬間、金髪の少女は小さい身長をめいっぱい伸ばして久我の胸ぐらを掴んだ。

 

 「ぐえっ!なにすんじゃこのアホたれ!!」

 「アホはあんたよ!!なによ!このカチューシャのことをバカにしちゃって!!」

 涙目になって金髪の少女は久我の胸ぐらをつかんでブンブンと振り回しながら捲し立てる。

 そう、この小さい少女こそがプラウダ戦車道の隊長であるカチューシャなのだ。

 「はぁ!?お前がカチューシャなんか!?じゃあこっちは!?」

 久我は勢いよく顔を黒髪の少女へと向ける。

 

 「どうも、副隊長のノンナです」

 

 ノンナと名乗った黒髪の少女は無表情のままペコリと軽く一礼して短くそう言った。久我はそれを聞いて唖然とする。

 「フン!隊長が誰かを間違えるようなやつが整備班長なんて宮舞の整備科も堕ちたものね!!」

 カチューシャが依然として久我の胸ぐらを掴みながらそう言った。その言葉に久我もカチンと来たのか応戦する。

 「あ゛あぁ!?んなもん分かるわけないじゃろうが!こんなチビが隊長なんざ誰も思わんわ!!」

 「あー!!今カチューシャのことまた侮辱したわね!?ってゆうかアンタもチビじゃない!!」

 「うっさい!!お前よか身長あるわ!!聞いて驚け。俺は今年の春の身体測定じゃ去年より5mmも伸びとったんじゃぞ!!」

 「んな!?か、カチューシャだって半年後にはアンタより大っきくなってるわよ!!」

 「......ハッ(笑)」

 「鼻で笑ってんじゃないわよ!!ッキィーーッ!!ムカつく!!」

 

 

 出会ってすぐこの有様である。そんな2人の火の粉が降りかからぬ様にと、少し離れたところから大笑いしてクラーラは見ていた。

 「あーっはっはっは!!もー、同志久我、ノンナは隊長じゃないですよー」

 そんな愉快そうな顔をして笑うクラーラに、カチューシャのそばにいたノンナが彼女の方へと近づいて行く。そして無表情な顔に少し眉間にシワを寄せながらこう言った。

  『...これは一体どう言う事ですか?同志クラーラ』

 流暢なロシア語でノンナがクラーラに問いかける。ノンナは日本人だがロシア語も達者なので、ロシア人のクラーラと話すときはこのようにロシア語ではなすのだ。

 『何って、見ての通りですよ、同志ノンナ。そんな怖い顔をしないで下さい』

 クラーラはそんな二人を見ながら心底楽しそうに笑ってそう返した。

 『あなたには隊長の事を説明する様に言ったはずですが...はぁー、一体カチューシャの事をどのように説明したのですか?』

 ノンナはそう言ってこめかみを抑えながら深くため息をついた。

 『そりゃもう、威厳のあってシベリアの寒さのように厳しく、バイカル湖の湖底より慈悲深いお方だと言いましたけど』

 依然ニコニコしながらクラーラはそう言った。

 『...まあ、間違ってはいないけど、肝心な事を言ってないでは無いですか...』

 この一連の勘違い騒動の確信犯だなと、ノンナは思いつつも前途多難な初対面になってしまった事にもう一つ深くため息をつくのであった。

 

 そんな元凶の二人の方を見てみると、

 

 

 

 

 「はぁー!?俺の方が強いに決まっとろうが!!」

 

 「バカな事言ってんじゃ無いわよ!テトリスもカチューシャの方が強いに決まってるじゃない!!」

 

 いつのまにか喧嘩の原因がテトリスに切り替わっている光景を見てノンナの胃が重くなる。まるで子供同士の喧嘩だ。これから子守をする人間が一人増えるのか。そう考えると彼女の頭は痛くなっていくのであった。

 




 
 
 感想をくれぇ...!!(懇願) 後で3000円あげるから!!!(嘘)


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プラウダ編2 : 子守

 


 

 

 プラウダの戦車は全てソ連の戦車製だ。T-34シリーズを多数保有し、その総数、50両以上というサンダースに次ぐ、かなり規模の大きい高校である。そして格納庫には宮舞の整備士達とクラーラ、そしてもう一人の少女の姿があった。

 

 「...ほんま凄いのぅ、戦車のスペックも強力じゃが、何より整備をえらい綺麗にしちょる」

 

 輝いた瞳でプラウダの戦車をまじまじと見ているのは、班長の久我龍平。プラウダ高校の整備の質の高さに興奮気味にそう言うのだった。

 

 「あ、ありがとございます」

 

 対して東北訛りで緊張した風にそう答えたのはプラウダの一年生、ニーナだった。身長は低いが見た目の厳つい年上の男、そして彼女も140cmとかなり小柄なため、必要以上に久我の威圧感を感じていた。

 「ニーナ、じゃったか?ここの整備班っちゅうのは何人くらいおるんか?」

 

 「へ!?あ、わ、わだす含めで41人であります!」

 そんな久我の顔が自分に向けられ、今にも泣き出しそうな顔でニーナが答える。側から見ればまるで幼い子供をいじめている悪い大人の様だ。そんなニーナに対して、

 「...なんちゅう顔しとんのじゃ、もっとシャキッとせい!!」

 おどおどしているニーナに対して久我が喝を入れる。こういう手合いは、久我が最もイライラする部類であった。

 「は、はい〜〜!!」

 恫喝の様な口調にニーナはさらに萎縮してしまう。彼女に気合を入れようとするも逆効果だったようだ。

 

 「まあまあ、同志久我、うちの子たちをあまりいじめないでください。ニーナもこの高校に来て年上の男性と話すのは初めてですから」

 

 対象的に愉快な顔をして隣にいたクラーラがそう言う。ニーナの方は少し涙目になっていた。

 「...俺は普通に喋っとるだけなんじゃけどの」

 言い過ぎたと思ったのか、久我はそんなニーナを見て少し落ち込みながらそう言った。

 東北の素朴な少女にとってこのオラオラ系の男はかなり刺激が強いのだ。

  

 「...でも本当に綺麗じゃ」

 

 「...え?」

 

 久我が真剣にクラーラの顔を見ていきなりそんな事を言うので彼女も変な声をあげる。

 「履帯には入念に油が差されとるし、砲身なんかも根っこから先っちょまでピカピカに磨いちょる。今まで見てきたん中では一番の綺麗さじゃ」

 久我は視線を戦車の方へ移し、楽しみで仕方のないと言った口調でそう言う。対してクラーラは

 「そ、そうですね!プラウダの整備士達はみんな素晴らしいですからね!」

 何を勘違いしたのか、少し顔を赤らめながら慌てた口調でそう言った。

 「?、まあええわ。ほいでこの戦車なんじゃけどニーナ、じゃったか?お前が整備したんか?」

 そんなクラーラの様子に気付く事もなく、久我は再び顔をニーナの方へ向ける。

 「は、はい!?そ、そうですが!?」

 ニーナは怒られると感じたのかまたもや泣きそうな顔になる。が、久我が放った言葉は叱責の類ではなかった。

 

 「ほうか、なんじゃ、ビクビクしちょるけぇ、どんなもんかと思うたけど、ええ整備するのう」

 

 「...ふぇ?」

 今どき、アニメでも出さないであろう声をニーナが発する。また怒られるとばかり思っていたのか、久我が何を言ったのか理解出来てない様だ。

 

 「ここまで綺麗にしたんじゃ。戦車も大層喜んどるじゃろう。お前が丹精に丁寧にやったんが分かるわ」

 先程の恫喝とは違い感心した声で久我がそう言う。

 「あ、ありがとございます!」

 それに尚も辿々しくニーナは返事をする。ただ、顔つきは先程とは見違えるほど良かった。自分の努力が認められたとなっては、彼女も久我に対する意識を改め始める

 

 「こんだけええ仕事するんじゃ、もっと自信持たんかい!」

 

 「はい!!」

 そして再度、久我がニーナに激励の言葉をかける。だが今度はちゃんと気合が入った様だ。

 

 

 

 

 

 

 「お、こっちはリベットじゃのうてボルト打ちなんじゃな」

 

 「はい、その戦車は中が壊れやすいんでガワが外し易いボルト打ぢに変えたんだす」

 

 あれから少し、久我とニーナはすっかり意気投合していた。やはり同じ整備士、話の種は尽きないのだろう。先程の光景が恫喝なら今はその真逆、仲のいい兄妹が話している様な光景だった。

 

 「...へー、ずいぶん仲がいいんですね」

 

 そしてこの光景を見て不機嫌そうな少女が1人、クラーラである。彼女も彼らの話に加わりたいのだが整備に関してはあまり詳しくはなく、2人の話についていけなかった。詰まるところ、蚊帳の外の扱いが気に入らないのである。

 「ク、クラーラさん、すんません。わだすもこんな喋れる人久しぶりだったんだつい...」

 

 「なんじゃクラーラさん、いきなり拗ねよって」

 ニーナは申し訳なさそうに、久我は面倒臭そうにクラーラに反応する。

 「いいですよねー、2人は楽しそうでー」

 そっぽを向いて頬を膨らましているクラーラに対してニーナも久我も困り顔になる。随分とご機嫌斜めな様だ。

 「そうですかー、私は仲間はずれですかー」

 擦れた態度で悲しそうにクラーラはそう言う。このまま不機嫌なままだと面倒だと思ったのか、久我は何とかならないかと少し思案する。彼女の食いついてくる話題は何だろうか?腕を組んで少し考えていると、ふと、出会った頃の彼女を思い出した。

 

 「...そういや、此処の隊長さんは今頃何しよるんかのう」

 

 これだと言わんばかりに久我が話題を変える。クラーラも『隊長』と言う言葉を聞いて、体がピクンと反応する。

 「...同志カチューシャは多分今、中庭にいますよ」

 拗ねた態度を崩さないクラーラ。だがようやく自分が食いついて行ける話題が来たからか、目線をチラチラと久我の方へ目配せする。意外と分かりやすい少女だ。

 「中庭?」

 何故そんなところに、と久我は思う。確かに今は戦車道の訓練はなくプラウダの各員も戦車の動きを再度チェックしたり、それが終わったのか話に花を咲かせているものばかりだが、カチューシャはあの挨拶の一件以来、拗ねて何処かへ行ってしまい、その後も姿を見てない。

 「隊長さんは今お昼寝の時間なんだす」

 疑問に思う久我にニーナが付け加える様にそう言った。

 「はー?昼寝ー?ホンマに子供みたいじゃのう」

 久我が馬鹿にした様な顔でそう言う。この場にいる整備士の誰もが『お前が言うな』と思ったが、言ってしまうと目の前のもう1人の子供に噛み付かれるので口に出すものは居なかった。

 「でもカチューシャの寝顔は本当にカワイイんですよ?」

 クラーラは機嫌が戻ってきたのか少し声色を明るくしてそう言う。

 「くくっ、あの子供隊長の寝顔かいな、どーせ間抜けな顔で寝とるんじゃろ、一回拝んでみたいのう」

 久我は悪そうな笑顔でそう言う。馬鹿にする気満々である。

 「残念ですけどカチューシャがお昼寝する時は中庭は貸し切っているんです。付き添いのノンナ以外は入れないと思いますよ?」

  少しだが楽しそうな顔でクラーラはそう続ける。

 「はー、そりゃ残念」

 ガックシと肩を落として久我がそう言う。

 

 「それでカチューシャの寝顔なんですけどね」

 

 そしてクラーラは味を占めたと言わんばかりに言葉を続ける。

 「あっ...」

 久我はそんなクラーラを見て、しまったというような顔をする。

 「やっぱり寝ている時に袖をギュッと握ってくるところが良いんですよ!」

 彼は失念していた。彼女のカチューシャへのこだわりはかなり強いことを。機嫌が直ったのはいいが、再び止まらなくなった彼女に久我はまたもやゲンナリとした顔になっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 一方こちらは件の中庭。クラーラの言った通り、カチューシャとノンナはここに居た。少し肌寒く感じる気温の中、日向でカチューシャはノンナに膝枕をされて小さな寝息を立てている。

 

 「...カチューシャ、そろそろ起きて下さい」

 

 ノンナが優しく、子供を起こす様にして軽くカチューシャの肩を揺らす。もうそろそろ昼も過ぎ、戦車道の訓練が始まる時間。まだ寝ぼけ眼ながらもカチューシャは声に反応してゆっくりと起き上がる。

 

 「...もうそんな時間?分かったわ、そろそろ行きましょうか」

 

 背伸びをしてそう言うと、2人とも立ち上がる。

 「...それで、宮舞の方達はどうなされますか?」

 ノンナがその言葉を放った瞬間、カチューシャの顔が一気に不機嫌になる。

 「フン、別に戦車を触らしてやってもいいけど、あの久我とか言うチビにいじられるのは癪に触るわね」

 あれから不貞寝して尚、カチューシャは挨拶の一件を根に持っているようだ。

 「...粛清しますか?」

 ノンナが無表情で物騒な事を言う。

 「...いや、ちょっと待ちなさい。ただ粛清するだけじゃ私の気がおさまんないわ。確かあいつらって戦車戦もある程度出来た筈よね?」

 何を思いついたのか悪い顔で笑ってカチューシャはそう言う。

 「ええ、確か実践的な整備をする為、と言う名目でやれると去年来た人たちに聞きました。...プラウダの戦車でそれが出来るか分かりませんが」

 カチューシャの発言を受けて、彼女が何をしようとしているか察したノンナは、最後に一つ、そう付け加えた。

 「フン、関係ないわ。ここはプラウダ高校よ。あいつらを呼んだらすぐに『模擬戦』の準備をしなさい」

 「...分かりました。同志カチューシャ」

 カチューシャは挑発的な笑顔で、ノンナはあいも変わらず無表情でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 「はぁー?模擬戦ー?」

 やっと戻ってきたと思ったノンナにそんな事を言われて久我の眉間に一層シワが寄る。

 「...ええ、カチューシャがあなたの実力を知りたいと」

対して淡々と言うノンナ。隣で聞いているニーナは張り詰める緊張感にまたしてもあたふたしている。

 「なんで来てすぐにそんな事せんにゃいけんのんじゃ、まだまともに此処の戦車も触っとらんぞ」

 久我がこう言うのもごもっともである。何度も言うが宮舞にはチトとチリの戦車しかない為、ソ連の戦車は宮舞の整備士の誰も触ったことがない。

 いきなり今までと仕様の違う戦車で戦えと言われても、土台無理な話なのだ。

 だがノンナもここで引き下がるわけにはいかない。すでにプラウダの隊長様はやる気満々なのだ。ここで引き下がれば彼女の機嫌は真っ逆さまに落ちることをノンナは察していた。

 「...では出来ないと?」

 声を少し低くしてノンナがそう言う。

 「...『出来ない』、じゃのうて『やりとうない』じゃ。いきなり乗ったことのない戦車で戦ったら何が起こるか分からん」

 ノンナの『出来ない』という言葉が鼻に付いたのか久我は益々眉間にシワを寄せてそう言う。さすがに久我もここまで言えば引き下がるだろうと思ったが、彼女が次に言った言葉で緊張感は一層張り詰める。

 

 

 「なら、今回は私たちの不戦勝という事ですね」

 

 

 「...あ゛?」

 

 無表情でそう言うノンナに久我はドスの効いた声を返す。間に挟まれたニーナはまたまた泣きそうな顔をしていた。不憫である。

 「そちらが『戦わない』と言ったんです。それは私たちが戦わずして勝ったと言う事でしょう。...まあこんなに宮舞の人たちが臆病だとは思いませんでしたが」

 久我を見下ろす様にしてノンナは挑発的にそう言う。見え透いた挑発だがこの男が乗らないわけがない。

 「...ほぉー、ほうかほうか、俺らが女にビビっちょるヘタレじゃと、アンタは言いたいわけじゃな」

 額に青筋を浮かべ、震える声で久我がそう言う。もう爆発寸前の様だ。

 「はい、そうです。...尤も、実際に戦ったとしても貴方達に負ける理由はありませんが」

 ノンナのその言葉を聞いて、ついに久我の堪忍袋の尾が切れる。

 

 

 「はぁーーー!?!?ざっけんな!!!アホ!!上等じゃアホんだれ!!表出いぃ!!ボッコボコにしちゃる!!!」

 

 もはや恒例となっている久我のプッツンにまたか、と宮舞の整備士達もため息をつく。そして久我は勢いよく顔をニーナの方へ向けた。

 

 「ニーナ!!お前の戦車借りるぞ!!!」

 

 「えぇー!?!?」

 

 「安心せい!!ペシャンコになろうが元に戻しちゃるわ!!」

 

 「んだ事言っだってー!?」

 ニーナの返事も聞かずにそそくさと久我はキューポラに乗り込んだ。それを見た宮舞の整備士達も久我に続いてゾロゾロと戦車の中に入っていく。

 「ごめんねー、ニーナちゃん」

 「久我さんああなったら止まんないから」

 「ちょっとだけだから」

 宮舞の整備士達はまるで節操のない男の様なセリフをニーナに残しながら慣れた様子で久我に続く。やはりこの少女、不憫である。

 そんな光景を冷めた目でノンナは見つめていた。

 

 「...本当に単純。男ってこんなのばっかりなのかしら?」

 

 ため息を一つついてノンナがそう呟く。

 

 『裏を返せば純粋って事ですよ。私は久我みたいな人、嫌いじゃないですけどねー』

 

 突如ノンナの背後からクラーラが出て来てロシア語でそう言った。

 『クラーラ、何処にいたの?...相変わらず面倒事を避けるのが上手いですね』

 ノンナも会話をロシア語に変えてそう返す。

 『ありがとうございます。...しかし同志久我も分かりやすいですねー。ノンナの挑発にあんなに簡単に乗るとは』

 ニコニコした顔でそう言うクラーラに対し、ノンナの顔は少し曇る。

 『...少し、言い過ぎたかしら...』

 声を落としてノンナはそう言う。対してクラーラはニヤリと笑ってノンナの顔をまじまじと見つめた。

 『...何ですか』

 ノンナはそんな視線に居心地の悪さを感じる。

 『いーえ、ちゃんと心配してるんだなーって思っただけですよー』

 相変わらずニコニコとした笑顔でクラーラはそう言う。

 『...何を言うかと思えば、これから1ヶ月半付き合うのですから。心配とかではありません』

 ノンナはため息をついて少し眉間にシワを寄せながらそう言う。

 『ふふっ、なんだか久我のお母さん、いや、お父さんみたいですねー』

 

 『はぁー...冗談はやめてください...』

 

 クラーラに心にもない事を言われたのか、再び大きくため息をついてガックシと肩を落とすノンナであった。

 

 

 

 「何しとんじゃ!!!はよ表出い!!!」

 

 

 

 そこへ男の声が一つ、久我がキューポラから頭を出して外へ出ていくようジェスチャーを交えながらそう言う。

 

 『...同志ノンナ、呼ばれてますよ』

 

 『...はぁー、本当、もう一人子守をする人間が増えた気分です...』

 ノンナはそう言い残して自身の戦車の方へ向かって行く。それを見送ったクラーラはノンナに聞こえない声で小さくこう呟いた。

 

 

 

 「その割には本当に嫌そうじゃないんですけどねー」

 

 

 

 それはノンナをよく知る人でしか気付かなかったであろう。表情の機微をクラーラは感じ取っていた。

 こうして波乱万丈すぎるプラウダの派遣研修が始まったのだ。

 

 



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プラウダ編3 : 慢心

またお待たせしてしまいました。


 

 雪がチラついている。10月ではあるが気温は氷点下に近しい。プラウダの学園艦は随分と北を航行しているようだ。寒さも一層増して身も縮こまるような中、子供のように元気な男が一人居た。

 

 「試合はタイマン!!作戦はとにかくケツに喰らいつく事じゃ!!」

 

 勢いよくそう啖呵を切った男が一人。ノンナの挑発にまんまと乗せられた久我は寒さもなんのその。5秒程の短過ぎる作戦内容が告げられ、各々から返事が返ってくる。

 

 「何でわだすが...」

 

 その中に何故かニーナの姿があった。あの後、久我に強引に連れて行かれ強制的に久我の乗る戦車に乗せられたのだ。と言っても、勝手にニーナの戦車を久我が借りているだけなので何ともおかしな光景である。

 「お前がおらんと戦車の動かし方が分からんじゃろうが!安心せい!!10分もすりゃ覚えるわ!!」

 

 「いや...そう言うこどじゃあ...もういいだす...」

 戦車の取扱説明書として連れてこられた不憫なニーナ。言いたいことはそういうことでは無いのだが今の久我には言っても通じないと思い、半ば諦めの境地に入っていた。

 

 「...いいのですか?ニーナを向こうに貸してしまって」

 

 久我と対面、T-34のキューポラから頭を出したノンナがそんな光景を見てカチューシャに尋ねる。

 

 「フン、別に、1人貸したってどうって事ないわよ。アタシらが負ける理由なんて万が一にも無いわ」

 

 不敵な笑みを浮かべてカチューシャがそう言う。それが余裕なのか慢心なのかは分からないが、彼女はどう足掻いても向こうに勝機がないと確信しているらしい。

 「そうですね...同志カチューシャがそう言うなら。私もそれに従います」

 ノンナが同調すると2人ともキューポラの中へ入って行く。

 相手は今日初めて乗る戦車で模擬戦。どう転んでも負ける筈はない。そんな彼女らの"慢心"がこの模擬戦に大きく影響することになるとも知らずに。

 

 

 

 「おほん、それではこれより模擬戦を開始します。内容は1対1、車輌は両車ともT-34、各自配置に就き次第試合開始となります」

 

 模擬戦の審判に立候補したクラーラからハキハキとした声が聞こえる。周りにはほぼ全員のプラウダの戦車道履修者達が見物に来ていた。あまりにも異質なこの模擬戦に誰も彼も興味津々らしい。

 

 「それでは各車配置についてください!」

 

 クラーラの号令と共に2車ともそれぞれ開始のポイントに戦車を走らせる。慣れた動きでスムーズに戦車を走らせるカチューシャ車に対し、やはりと言うべきだろうか、久我車は何ともぎこちない動きでポイントに向かうのであった。

 

 

 「や、やっと着いた.....」

 ニーナが一息、疲れたようにそう言う。ポイントに向かうまで質問の嵐、ギアチェンジはどのように動かすのか、砲塔の射程はどの程なのか、矢継ぎ早に絶え間なく質問されるものだからポイントに着くまでにニーナはグッタリしてしまったのだ。

 対して久我は真剣、ニーナに教わった事を反復するようにぶつぶつと呟いており、相当な集中をしていた。

 

 「...おっし、そろそろええか?あんまり待たせるのもいけんしのう」

 

 久我が確認を取ると各員からも了解の返事が返ってくる。まだこの戦車に乗り始めて10分少々、まだまだ動きは拙いがここからは実戦で動かした方が良いという、久我の判断なのだろう。

 

 『こちら久我車、待たせたのう。準備オッケーじゃ』

 

 久我は全員の確認を取ると無線で審判のクラーラにそう伝える。

 

 『分かりました。同志カチューシャはもう配置についていますのでこれより模擬戦を開始します。ルールは1対1、相手の車輌を行動不能にすれば勝ちです。それでは、開始!!』

 

 クラーラの号令と共に両車とも同時に動きだす。今回は1対1の特殊戦。つまりは接敵すればそこで決着が付く可能性が極めて高い。なので両車はまず先に敵車を捕捉する事に神経を研ぎ澄ます。

 

 「どっちに動きますか?久我さん」

 

 そう言ったのは2年生砲手の町田。車長兼操縦士である久我にどちらに行くかを尋ねる。

 

 「あー、取り敢えず右行ってみるかのう」

 

 「え!?そんな適当でいいんだすか!?」

 適当に行き先を決めてしまう久我。ニーナは困惑しているが宮舞のメンバーは慣れた様子で指示に従う。久我はまだ操縦に慣れないのか、加速がぎこちない。

 「あー、クラッチが近い、すぐ繋がるのう。やっぱ宮舞(ウチ)とは感覚が違う」

 そんな事をぶつくさ言いながらあれこれ試す久我。ニーナの説明を受けてはいるが色々苦労しているようだ。

 「こ、これからどうするんだすか?」

 そんな久我が心配なのか、弱々しい声でニーナが尋ねる。

 「どうもこうもせん。適当に行って見つければ撃破、それだけじゃ」

 作戦なんざ無い。と言う風にさらっとそう言った久我。余りにも無計画なその発言にどんどんニーナの顔が青くなっていく。

 

 「まーまー、ちょっとは落ち着いて。ニーナちゃん」

 

 そう言って緊張するニーナを宥めたのは町田だった。ニーナとは対照的にリラックスした状態のようだ。

 「どうせ1対1の特殊な戦闘で作戦なんか立てようも無いんだから、ここであーだこーだ言ったってしょうがないでしょ?それよりも今は一刻も早く敵の姿を捉える事の方が大事なんじゃ無い?」

 続けて町田がそう言うとニーナも少し落ち着いたようだ。が、その後はどうするのだろうか?

 

 「でも、見つけた後はどうするんだすか?」

ニーナの問いに宮舞のメンバーはバツが悪そうに一様に顔を背ける。ただ1人を除いて。

 

 「安心せい、俺に考えがある」

 

 そう言って不敵な笑みを浮かべる久我。余にも無謀であるこの戦いに彼は何か勝算があるのだろうか?久我の態度からニーナはそのような思いを抱く。

 そして何故だか分からないがニーナはこの久我龍平という男が何かしてくれそうな気がして、心の隅にちょっとしたワクワクを覚えるのだった。

 

 

 

 「...どちらへ動きますか?」

 

 「適当でいいわよ、それよりも先に敵を見つける事に集中しなさい」

 

 一方こちらはカチューシャ車。彼女も久我と考える事は同じらしく、どこへ行くかよりもどうやって先に敵を見つけるかを考えているようだった。

 「見つけた後はどうします?」

 ノンナが続けて聞く。

 「別にどうもしないわ。どうせ向こうは何も出来やしないんだから適当にぶっ潰しなさい」

 見つけた後の対応も大体久我と同じようだ。

 「...そうですね。向こうは初めて乗る戦車を操作するのに手一杯でしょうから。...見つけ次第早急に殲滅します」

 

 「なるべく屈辱的な方法で潰しなさいよ」

 

 「...はい」

 

 挑戦的な笑みを浮かべてカチューシャがそう言う。小さな声でノンナも返事をするとカチューシャ車も動き出して行った。

 

 

 

 

 

 

 「「見つけた!!」」

 

 その声は同時に発せられたであろう。両車とも、敵車を発見したタイミングは同じであった。敵車を最初に見つけた方が有利なのは変わりないが、両車同時に発見したとなると装填、標準、発砲の準備の心構えが出来ている方が断然有利となる。両車の距離は200メートル程。その中で最初に発砲の準備ができたのは...

 

 「装填、照準よし!!やったれ!町田!!」

 

 慢心の無い久我車の方だった。砲塔はカチューシャの戦車を先に捉え彼女の戦車よりも幾分か速く弾頭を発射する。

 

 「撃ぇ!!」

 

 

 

 

 

 一閃、弾頭はカチューシャ車へと一直線_____とはならず、その遥か上を通り過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 「.......町田」

 

 「...しょうがないじゃ無いですか、初めてこの戦車で撃ったんですから」

 

 拍子抜けな結果に久我が問いただそうとすると、その前に町田が言い訳をする。

 

 「む、向こうから撃ってきますべ!!!」

 

 ニーナがそう叫ぶと他の隊員達もハッと我に帰る。

 

 「全力で下がる!!捕まっときぃ!!」

 

 久我がそう言い終わる前に激しい衝撃と共に戦車が勢いよく後退する。幸運だろうかカチューシャが撃ってきた弾頭も直撃せず久我車の足元を削っただけだった。久我の運転する戦車に振り回されないように各員取手につかまり、なんとかこの場を脱しようとする。

 

 

 

 

 

 「...っち、外しました。...追いますか?」

 

 「追いなさい!逃すんじゃ無いわよ!!」

 

 ノンナの問いにカチューシャの叫びを上げる。逃げて行く久我車を追走し、追いかけっこの形になった。まだまだ序盤ではあるが戦況はカチューシャの方が優勢な形になったのだ。それをカチューシャも理解しているのか、彼女の中に更なる"慢心"が生まれる。

 

 「すぐに潰すのはやめなさい。アイツらにどっちが上か分からせるのよ!なるべく屈辱的な方法でやりなさい!!」

 

 カチューシャがそう声を張り上げると久我車に向かって次々と砲弾を浴びせて行くのだった。

 それが仇となるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 「こいつ...!!ちょこまかと鬱陶しいわね!!」

 

 カチューシャの中にイライラが募る。最初こそぎこちなかった久我車の動きが時間が経つごとに俊敏になっている。散々いたぶって屈服させようと息巻いていたカチューシャだが、久我の予想以上の操縦の上達の速さに焦りを覚えていたのだ。

 今や後ろから数多の砲弾を撃てど、久我車に難なく躱されるまでになってしまっている。

 最初こそ優勢であったカチューシャだったが時間が経つ毎にそれが覆されているのを感じていた。

 「ノンナ!!手を抜いてるんじゃ無いでしょうね!?早く仕留めなさい!!」

 当初とは真逆の事を言っているカチューシャ。凄まじいスピードで動きが良くなる久我車に、これ以上好きにさせるのは良く無いと、カチューシャの直感が頭の中で警鐘を鳴らし続けていた。

 故にこの焦りようである。

 「すみません...!!もっと近づいてから仕留めます...!!」

 対して砲手であるノンナも焦りを感じている。

 表情は変わっていないが口調は険しく、冷や汗も少し額に滲んでいる様だ。

 自分はある程度砲手としての技量を持ち、乗り慣れている戦車。対して相手は今回はじめて乗る戦車で知識も少ない。最初こそ余裕だと考えていたものが今となってはそれが焦りに変わっている。

 「...何て屈辱かしら...っ!!」

 そしてノンナとしては焦りよりも"屈辱"の感情の方が勝っていた。初めて尽くしの相手にこうもいい様に振り回されているのだ。無表情に努めている彼女だが、心の中は心底穏やかではない。

 「!!...近づけない!?まだ速く動けるの!?」

 ついにノンナが声を荒げる。こちらとしても目一杯速度を上げているがそれでも久我車との距離は一向に縮まる様子がない。そんな"異常"な光景についにノンナも焦りが表情に出てくる。

 「アリーナ!!何やってるの!!もっと近づきなさい!!!」

 ノンナの背後ではカチューシャの怒号が飛ぶ。何よりもこの状況を不味いと思っているのは他でもない隊長の彼女なのだ。もっと近づく様に操縦士をしているアリーナと言う少女に激しく責め立てる。

 「む、無理だす!!こっちも全速力なんです!!本当にアレ、ウチと同じ戦車ですか!?!?」

 ニーナと同じ東北訛りで悲鳴を上げるアリーナ。一年生である彼女は隊長であるカチューシャの怒号と久我車の異常なまでの快速にもう頭がパンク寸前だった。なんとか喰らいつくだけでも精一杯なのである。

 「文句言わない!!...もしも万が一負ける様なことがあればアンタ達全員シベリア送りよ!!分かってるわね!!!!」

 幼いが心の底まで冷えるような冷たい声でカチューシャがそう言い放つ。それを聞いたノンナとアリーナは一層自分たちの表情が強張っていくのを感じるのだった。

 

 

 

 

 「.....」

 

 「.....」

 

 「.....」

 

 一方こちらは久我車。向こうとは対照的に驚くほどに会話が無い。聞こえるのは耳が割れそうなほどの爆発音と、唸るようなエンジン音のみが車内に響き渡っていた。皆、自分の仕事を理解、集中しているからこその、この静けさだった。

 

 「す、すごい...」

 

 そうポツリと溢したのはニーナだった。久我の異常なまでの操縦の上達の早さを間近で見ているのである。相手の弾に当たらんと激しく蛇行運転する久我に振り回されないよう必死に取っ手にしがみ付きながらも

久我の運転する様から目を離せないでいた。

 

 「...から........いって......,.げき.....」

 

 そんな久我は真剣な表情で聞き取れないほどの小さな声で独り言を呟いていた。頭の中で考えている作戦などが口から漏れているのだろう。

 それに自分自身が気が付かないほど、彼は深い集中に入っていた。

 

 「...久我さん、接近戦に持ち込みましょう」

 

 ピリっと張り詰める緊張感の中、そう提案したのは町田だった。

 「...ええけど、理由は?」

 久我もそれを考えていたのか、驚きもせずに町田にそう返す。

 「このまま追いかけっこを続けてもジリ貧です。かと言って相手を振り切って遠くから狙ったとしても今の自分じゃあ砲弾が掠ることも無いでしょう」

 少し自虐的に町田がそう言うと少し間を置いて続ける。

 「...至近距離での戦闘なら久我さんの十八番です。勝機があるとすればそこしか無いと思います」

 町田がそこまで言うと久我は少し黙り込む。

 「...かなりのリスクじゃ。ほいでもやるんか?」

 再度の確認。周りの隊員達も頷いており、町田の提案した作戦に賛成のようだ。

 「...分かった。次の砲弾を躱したら即座に反転、急接近する!!チャンスは一回切りじゃと思え!!気合い入れいよ!!!」

 

 「「「了解!!!」」」

 

 久我の決断に隊員達も気合を入れ直した。

 

 

 

 

 

 

 撃てども撃てども当たらない。もう自分が何発相手に向けて発砲したのかも定かでは無い。ノンナの中では砲弾が一つ一つ外れる毎に疑心暗鬼になっていた。

 どうして当たらないのか?相手のポテンシャルを甘く見ていたからだろうか?それとも自分の砲手としての腕が不足しているのだろうか?

 そんなネガティブな思考ばかりが頭の中に渦巻き、それを必死に振り払おうとがむしゃらに久我車に向けて砲弾を浴びせ続けていた。

 「どうして距離が縮まらないのよ!!」

 そしてカチューシャは一向に縮まる気配のない久我車との距離に焦りも限界に来ている様だった。

 「こっちも全速力です!!」

 アリーナも苦渋な表情で必死に追いかけているがそれでも状況は変わらない。カチューシャの戦車では皆が皆、焦りを隠しきれず、戦車の中の雰囲気は最悪の一途を辿っていた。

 「ぐっ....!!...このままじゃジリ貧よ。何か別な方法を...」

 焦る気持ちをなんとか抑え、やっとこの追いかけっこが無益な事に気付いたのか、カチューシャも別の作戦を考える。

 だがそんな暇も無くノンナが声を上げた。

 

 

 「敵車反転!!!!こっちに向かってきます!!!!」

 

 

 その言葉に皆反応が遅れる。誰もがまさかといった表情で一瞬、時間が止まったかのように硬直する。

 それは、隙を生み出すのには十分な間だった。

 「ノ、ノンナ!!なんとかしなさい!!!」

 いち早く状況を理解したのはカチューシャ。もう敵は目の前まで来ている。このままじゃやられる。そう直感した彼女はノンナに発砲の指示を出した。

 「まだ装填の準備ができていません!!早くしなさい!!!」

 装填主に向かって声を荒げるノンナ。慌てて弾をセットしようとするが間に合わない。まるで狙っていたかのようなタイミング。まさか自分の発砲のタイミングを読んで反転した...?そう理解すると彼女の中に悔しさが一層募る。

 

 「...どこまでも舐めてくれますね...!!っ!?!?」

 

 その直後に衝撃、最初に被弾をしたのは、カチューシャ車の方だった。

 

 

 

 

 「まだ相手は生きとる!!もう一回反転して接近する!!!」

 

 久我がそう叫ぶと再び反転してカチューシャ車の方へ向かう。

 彼の取った作戦は一撃離脱戦法。高速で相手に接近し、砲弾を浴びせた後、相手の反撃を喰らう前にそのままの速度で退避する戦法だ。航空機などで多用されるこの戦法だが、久我はそれを戦車とのすれ違い様に

用いる応用をした。相手が砲弾を発射するタイミングを見切り、すぐさま反転。敵車が装填を終わらせる前にこちらが高速で接近し、反撃の隙を与えないままに撃破する。と言うのが彼の作戦だった。

 

 「右の履帯がやられました!!動けません!!!」

 

 戦果としては上々。後は後ろからエンジンなり何なりに砲弾を浴びせて試合終了。誰もがそう思い、久我自身も勝利を確信したのか、不敵に笑って履帯が動かなくなったカチューシャ車にトドメを刺そうとする。

 

 

 

 「トドメじゃ!!!」

 

 

 

 標準を再びカチューシャ車に合わせてまた加速をする。相手は履帯を損傷し、もう満足に動く事もままならない。

 

 

 自分達はもう勝ったも同然。

 

 

 だが、その油断がこちらに頭を振ろうとしているカチューシャの砲塔に気付くのを遅らせてしまった。

 

 

 履帯は死んでいるが、カチューシャ車の砲塔はまだ生きているのである。

 

 

 

 「...調子に乗らないで!!!!」

 

 

 

 ノンナの叫びと共にようやく装填の完了したカチューシャ車から砲弾が飛び出す。それに一瞬遅れて久我車も砲弾を発射するが、

 

 

 ___ガァァァァン!!!!

 

 まるでこの世の物とは思ないような音を立てて久我車に直撃した砲弾。その衝撃で止めになる筈だった久我車の砲身はズレてカチューシャ車の右側の地面を抉った。

 そしてその衝撃で砂埃が上がり2台の戦車を包み込んだ。

 

 

 誰もが息を呑む光景、砂埃が晴れたらどうなっているのだろうか?プラウダの履修者達も固唾を飲んで視界が良くなるのを待っている。

 すると、シュポッという子気味のいい音を立てて白旗が上がるのが見えた。決着が着いたのだろう。あとはその戦車がどちらの戦車なのかを確かめるだけである。

 

 勝ったのは.....

 

 

 

 「.....久我車、戦闘不能!!!よってカチューシャ車の勝利とします!!!!」.

 

 

 

 審判であるクラーラから声高らかにそう宣言される。

 楽勝であった筈の模擬戦、ここまで追い詰められるとは思っていなかったのだろう。勝利の一報を聞いても、カチューシャ車の隊員に喜ぶものは居なかった。

 

 




 やっぱ戦車戦描写って難しい....


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プラウダ編4 完璧主義者のメンタリティ


 あけおめです。そして遅れてすみません。
 全てはスマブラのせいです。


 

 宮舞とプラウダの模擬戦の翌日、プラウダの戦車格納庫ではいつも通りの光景が広がっていた。各々自分たちの戦車の整備をしたり、訓練をしたりと皆、やるべき事をやっている。しかしそれは見た目だけであり、現場の雰囲気は困惑した空気に包まれていた。

 

 「.....」

 

 一人の少女がジッと見つめている。視線の先には、久我を含めた6人の宮舞の整備士の姿があった。

 その表情は怒っているのか、ただ見つめているだけなのか、何とも判断しづらい微妙な顔をしていて、さっきから気配を隠そうともせず神妙な顔で見つめている。それに気付いていた宮舞の整備士達も居心地の悪さを感じていた。

 

 「...なんじゃ、言いたいことがあるんならはよ言わんかい」

 

 痺れを切らした久我が少女にそう声を掛ける。声を掛けられた少女はたちまち面白く無い様な表情に変わった。

 

 「...何でも無いわよ。ただ見てるだけじゃない。ほっといて頂戴」

 

 整備士達を見つめていたのはカチューシャだった。プラウダの隊長たるこの少女は、単純明快。言いたい事は即座に口から出るタイプなのだが、何か考え込んでいる様な今日の彼女はいつもと違う。そんな様子をプラウダの履修者達も感じているのか、珍しい彼女に困惑する者が大半であった、

 「ジロジロ見られちゃあ気が散る。用が無いんなら目の付かん所に居ってくれ」

 整備をしている目の前の戦車から視線を外さずに久我がそう言い放つ。相変わらず言葉を選ばない久我であるが、意外にもカチューシャは噛み付いて来ない。流石に様子がおかしいと出会ったばかりの久我も違和感に気付いたのか、カチューシャの方へ顔を向ける。

 「なんじゃ、今日はエライ大人しいのぅ。腹でも痛いんか?それとも何じゃ、昨日俺らに勝ったけぇ嫌味でも言いに来たんか?」

 そう言って久我は眉間に皺を寄せてカチューシャの方に睨みを効かせる。冷やかしに来ただけなら追い返す気であった。しかしカチューシャが放った言葉は久我にとって予想外すぎるものだった。

 

 「...嫌味を言うのはそっちの方じゃ無いかしら?」

 

 「はあ?」

 

 カチューシャがそう言うが久我は全くピンと来てない。キョトンとしているとカチューシャはイライラした様な口調になる。

 

 「だから嫌味を言うんならアンタらの方じゃないかって言ってんの!初めて尽くしの相手にああもいい様に追い詰められたのよ!?結果的にあたし達が勝ったけどコッチは全く納得いってないのよ!!」

 

 早口でそう捲し立てるカチューシャ。結果勝利した模擬戦であるが、内容を見てみると、彼女が思い描いていたものとは程遠いものだった。

 慢心に次ぐ慢心。それが連鎖的に悪い方向へと空回りしてあそこまで追い詰められた。思い出せば思い出すほど悔いの残る試合だっただけにカチューシャの心中も穏やかではなかった。

 

 それ故に久我に聞きたい事が山ほどある。

 

 「まず操縦!何で初めて動かす戦車であんな動きが出来んのよ!?」

 

 「動かし方はニーナが教えてくれたけぇのう」

 

 「それにしたって異常よ!砲弾を躱せるほどの動きが初めて乗る戦車で出来るわけないでしょう!!」

 

 「そりゃまあ、"最初"は出来んかったけどのう。どう言う訳か相手が仕留め損なってくれたおかげで感覚を掴む時間はあったけぇの」

 

 「っっっ!!!」

 

 久我に痛いところを突かれて言葉を失うカチューシャ。彼女だって理解している。ここまで追い詰められた理由を。あの時慢心せずに準備して居れば。あの時慢心せずに即座に砲弾を当てていれば。終わった試合にたらればは無いがそう思わずにはいられない程の内容だったのだ。

 

 「まあ、負けたのはこっちじゃ。何はともあれ結果は負け。それが全てじゃろうに」

 

 「...納得いかないわよ」

 

 カチューシャのその言葉は自分に言い聞かせている様にも聞こえた。

久我は勝敗の結果を割り切っているが、カチューシャはそうもいかない。勝ったのはカチューシャの方であるのにまるで勝敗が逆転したかの様な二人の態度だった。

 

 

 

 そしてこの勝負に納得のいっていない少女がもう一人。

 

 『どうしたの、同志ノンナ。今日は朝から浮かない顔ですね』

 

 いつも通りのロシア語でクラーラがノンナに話しかける。ノンナの方はいつも無表情なので分かりにくいが、クラーラには見抜かれていたらしい。

 

 『...いつもこんな顔です』

 

 ノンナもロシア語で短く一言、無表情でそう言い放つが声色は暗い。見るからに落ち込んでいるのを確認するとクラーラは少し微笑んだ。

 『昨日の事でも考えていたのですか?まあ勝ったからいいんじゃないでしょうか?』

 

 『...別に、昨日の事など引き摺っていません』

 ノンナの表情が見るからに険しい。そんな表情でそう言われても説得力は全く無い。彼女が落ち込んでいる事を確信すると、クラーラは優しい声で問いかける。

 

 「...久我は...強かったですか?」

 

 クラーラはロシア語では無く日本語でそう聞いてきた。いきなり核心に迫る言葉を聞いて、ノンナの鼓動がドクンと跳ね上がり、昨日の事を思い出したのか彼女は俯いてしまった。そして聞こえるか聞こえないか程のか細い声で独白する様に話し始めた。

 

 「...弾が、当たらなかったんです。それも全く。自分の腕が全く通じなかった相手はあの人が初めてです」

 

 ノンナと言う少女は自身の砲手としての技術に自信を持っていた。実際、過去の戦績でも戦果は上々であるし、プラウダの履修者達も彼女の技術は全員が認めるものであった。"ブリザードのノンナ"と言う渾名の通り、彼女はいつでも冷静沈着でいつでも判断を誤る事は無かった。

 しかし昨日、その自信が完膚なきまでに叩きのめされてしまった。普段ミスをしない彼女だからこそ、もし何かやらかしてしまった場合、酷く落ち込むのだろう。これがただの試合でならここまで落ち込んではいなかったかも知れない。

 だが昨日の模擬戦ば事情が違う。

 

 「それも初めて乗る戦車を動かす相手に。実力不足も良いところです」

 

 自虐的にそう言うと更に落ち込んでしまうノンナ。付き合いの長いクラーラでさえここまで落ち込む彼女を見た事は無かった。完璧主義も考え物である。ならクラーラの取る行動は一つ。

 

 「...気になりませんか?」

 

 「...え?」

 

 唐突にクラーラにそう言われてポカンとするノンナ。気になるとは、何のことを言っているのだろうか?

 

 「久我の強さです。ノンナ、貴女の砲手としての腕が高い事は私も含めてプラウダでは周知の事実です。なら考えるのは貴女が弱いんじゃ無くて久我が強かったと捉えるべきです。違いますか?」

 

 「...それは傲慢です」

 

 真面目なノンナらしく、あくまでも自分の実力不足が原因だと譲らない。強情な彼女にクラーラは少し困った様な顔になる、

 「もう、相変わらず頑固ですねー、ノンナは。なら久我の操縦士としての腕はそうでもなかったと言う事ですか?」

 

 「それは...そうではないですが...」

 

 正直、久我の操縦も見事なものだとノンナは認めていた。珍しく歯切れの悪いノンナにクラーラも見かねたのかノンナの手首を掴む。

 「もー、らしくないですね!なら本人に聞いてみましょう!こういうのは早い方がいいですから!」

 

 「ち、ちょっとクラーラ!引っ張らないで!」

 ノンナの意見も聞かずにクラーラは強引に手を引っ張って久我の元へ向かっていった。副隊長であるノンナにあんまり落ち込まれていてもプラウダの士気に関わる。少し荒療治かも知れないがそうした方が良いとクラーラは判断したのだ。

 

 

 

 

 

 

 「あ、いた」

 

 久我、もとい宮舞の整備士達はプラウダの履修者達に混じって整備をしている。宮舞のツナギはプラウダのツナギとは違い、水色であるから見分けが付きやすい。遠目からでもかなり目立つのだ。クラーラは少し遠くで整備をしている久我達を見つけると、善は急げと言わんばかりに足早に彼らに近づいて行く。

 「ま、待ってください、クラーラ。もう行くのですか?」

 しかし手を引っ張られているノンナは躊躇している。

 「もー、まだ悩んでるんですか?こういうのは先延ばしにすると益々聞きづらくなりますよ?」

 

 「いえ、私は別に...」

 昨日の試合での事が頭から離れないのか、未だにノンナは久我と直接会う事に抵抗を感じている様だった。

 

 「ん?隣にプラウダの生徒さんもいますね。あれは...カチューシャじゃないですか!」

 

 「...え?」

 クラーラが出した名前は、今ノンナがあまり顔を合わせづらい少女の名前だった。

 

 

 

 

 

 

 「アンタ、他の戦車には乗った事あんの?」

 

 「基本は宮舞(ウチ)にあるチトかチリの戦車しか分からん。あとは去年行った青師団のスペイン戦車と、一昨年行った継続のゲテモノ戦車くらいじゃ」

 

 「...なるほど、あの泥棒高校の戦車を動かしてたなら合点が行くわ」

 

 カチューシャによる久我への質問はまだ続いていた。最初こそやいのやいのと久我に噛み付く様に騒いでいた彼女だったが、かなり長くなってしまっているのか、今はだいぶ落ち着いて会話をしている。

 

 

 

 「...何やら話し込んでいますねー。昨日の事でしょうか?」

 

 「...盗み聞きは良くないです。戻りましょう」

 

 そんな二人の様子をノンナとクラーラは他の戦車の陰から盗み見していた。クラーラは二人の会話の内容に興味津々だが、ノンナの方は昨日の不甲斐なさが尾を引いていて、中々カチューシャとも顔を合わせづらい。何とかこの場を離れたいが右手は依然とクラーラにガッチリ掴まれてしまっている。

 

 「あとは何でノンナの砲撃をあんな簡単に避けれたのよ?」

 

 カチューシャが放った言葉にノンナの心臓がドキリと跳ね上がる。何ともタイミングの悪い事だろうか。

 

 「ノンナ?あぁ、副隊長さんの事かいな。あの人砲手じゃったんか。ええ腕しとったのう」

 

 久我がしみじみそう言うとカチューシャが得意げな顔になる。

 

 「当たり前じゃない!ウチでもトップの射撃技術を持ってんのよ!...ってそうじゃ無くて!!何でド素人のアンタがそのノンナの砲撃を避けれたのか聞いてんの!!!」

 「相変わらずやかましいのぅ。別に、簡単な事じゃ。砲撃のリズムよ」

 

 「...リズム?」

 

 久我の答えにカチューシャが首を傾げる。隠れていたノンナとクラーラも久我の話が気になるのか、聞き耳を立てていた。

 

 「試合の後半になるにつれて一定の感覚で砲弾が飛んでくる様になったんじゃ。大方、焦って装填が完了したらすぐ撃っとったんじゃろうな。飛んでくる弾のタイミングが分かればそれに合わせて横に逸れれば良いだけよ」

 

 なるほど。と、その場にいた誰もが久我の答えに納得しただろう。反論の声は聞こえないし。カチューシャも心当たりがあるのか、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 そしてそれは隠れて聞き耳を立てている二人にも言える事だった。

 

 「へぇー、すごいですね。あの試合であそこまで考えていたなんて」

 素直に感心したクラーラは率直な意見を述べる。初めて動かす戦車で色々考える事がある中で相手への観察も怠っていない。戦車乗りとしては、久我の能力はかなりレベルの高いものだと彼女は感じていた。

 

 「...そうですね...」

 深刻そうな顔をしてノンナも同意する。あの試合での失態。今、久我に言われて初めて気付いたのだ。

 

 「やっぱり久我はスゴイですねー。もっと話を聞いてみたいです。ノンナも気になるでしょう?」

 「それは...」

 

 クラーラの問いかけにノンナもNOとは言えない。彼女だって、一試合しかしていないが久我の実力の高さを内ながらに評価していた。なら彼に教わる事は沢山ある。

 

 「決まりですね!なら行きましょう!話に混ぜて貰いましょうよ!」

 そう言って強引にノンナの手を引っ張って久我達の方へ行こうとするクラーラ。

 「ち、ちょっと待ってください!今はまだ...」

 焦るノンナは意固地になって動かない。

 「まだそんな事言ってるんですか!?本当に柄にもないですねえ」

 

 「だから私は...」

 ノンナが何か言おうとした時、何かが視界に入り動きが固まる。あれだけ大声で話していたのだ。周りに聞こえないはずがない。

 

 

 

 

 「おう、盗み聞きたあええ趣味しとるのう」

 

 

 

 

 目の前に突然久我が現れてノンナの息が止まった。

 

 



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プラウダ編5:小さな女傑


 お待たせしました。少々どころじゃ無いほど遅れましたが、投稿を再開したいと思っています。


 別にウマ娘やってたとかじゃ無いよ?


 

 「ほいで、俺になんかようでもあるんか?」

 

 「あ、いや、その…」

 

 普段の冷静さからは考えられないくらいノンナは動揺している。と言っても表情はポーカーフェイスなのでそれに気付く人間は少ないのだが。

 

 「Да、同志久我。ちょうど良かったです。私達も今、久我の話をしていたのですよ?」

 

 対してクラーラは緊張している様子もなく、いつも通りだ。緊張しているノンナに対して話がスムーズに進む様フォローしている様にも見える。

 

 「ほう、俺のかいな?なんじゃ、悪口でも言っとったんか?」

 

 意地の悪い笑顔で軽口を飛ばす久我。目つきの悪さも相まって、まさにアニメで出てきそうな悪役の表情だ。するとクラーラは困った様な笑顔になる。

 

 「もー、違いますよ。久我の操縦技術について話をしていたんです。何かコツでもあるんですか?」

 

 「コツ?」

 

 「はい、あれだけ初めて乗る戦車を乗りこなせていたんです。何かコツでもあるんですか?」

 

 クラーラに質問されて少し久我は考え込む。

 

 「うーん、どうじゃろな。俺は"感覚"でやっちょるからのう」

 

 「感覚?」

 

 感覚と言う言葉を聞いてクラーラは首を傾げる。つまり久我はその天才的な"感覚"で戦車を動かしていると言うことだろうか?

 

 「おう、戦車にせよ自動車にせよ初めて動かす乗り物は慣れが必要じゃろう?」

 

 それはそうだ。初めて扱う戦車をいきなり何不自由なく動かせる人間が居たら、それはインチキか、一握りの天才だけだろう。

 

 「その慣れを早くするには"感覚"を磨くのが一番なんじゃ」

 

 「……えっと、自分の感覚を信じて戦車を動かす。と言うことですか?」

 

 しかし、クラーラはいまいちピンときていない様だ。対して久我は益々考え込む。

 

 「うーん…間違っとらんのんじゃけど、なんか違うのう。俺の言う感覚っちゅうんは、自分がいつも乗ってる戦車をベースにした話なんじゃ」

 

 「いつも?と言う事は久我が宮舞高校でいつも乗っている戦車の事ですか?」

 

 クラーラの質問に久我は頷く。

 

 「日本製の四式中戦車っちゅうんじゃけどのう、俺はほぼ毎日この戦車に乗っとったから、他の戦車に乗った時にすぐに違いが分かるんよね」

 

 なるほど。そういうカラクリか。クラーラは今の久我の説明で納得が行った。毎日同じ戦車に乗り続けていたという事は、それ以外に乗った時に違いがすぐに分かるという事だ。

 スピード、旋回能力、そして戦車の動かし方。目を瞑っても操れるほど"感覚的"に四式中戦車を乗りこなせる久我にとって、初めての戦車を扱うと言う事は、そのベースとなる四式中戦車と、動かし方の違いのある戦車の"ギャップ"を埋める作業なのだ。いつも乗っている戦車と何処が違って、何処が同じなのか。その違いを埋める作業さえ完了すれば自身の乗る四式中戦車と同じ操縦能力で戦える。本来ならその慣れた戦車とのギャップを埋めるのに苦労するのが普通なのだが、この久我と言う男にはそれを可能にする柔軟さと応用力があった。

 流石に性能差はどうしようも無いが、戦車の動かし方が分からずにそのまま撃破されると言うことは、この男にはまず無い。

 久我の異常な呑み込みの早さの理由は、ここにあった。しかし、それなら一つ気になる事がある。

 

 「…貴方は他の戦車にほとんど乗った事がないと言ってましたね?それなら四式中戦車で戦った時の貴方はどれくらい強いんですか?」

 

 久我に対してそんな質問をしたのは、ノンナだった。先程までバツの悪い顔をしていたのは何処へやら、真剣に久我の話を聞いている。

 久我の本当の実力。もし彼がいつも乗る四式中戦車に乗って戦った場合、どの様な動きを見せるのだろうか?

 

 「…どうなんじゃろうな、生憎、宮舞(ウチ)では対外試合なんてやった事ないからのう。戦うのは自校での模擬戦ばっかでお互いに手の内を知り尽くしたもん同士じゃ。それだけじゃ自分の実力は分からん」

 

 しかし、少し悲しそうな顔をして久我はそう言った。対してノンナは地雷を踏んだかと思い少し後悔する。そうだ。宮舞高校は"戦車道"の高校ではない。"戦車整備"の高校なのだ。整備がメインなので、基本対外試合などはする筈もない。しかも男子校。練習試合すらも組んでくれる高校なんて全く無いだろう。

 戦車道における男女の差が、ここで露わになるとはノンナも思わなかったのか、言葉に詰まってしまった。

 

 「…なに?アンタ、練習試合の相手も居ないの?」

 

 すると、久我の背後から声が聞こえてきた。冷やかしでも言いに来たものかと、眉間に皺を寄せて久我は振り返る。

 しかし、そこには久我よりさらに険しい顔をしたカチューシャが居た。馬鹿にした様な風では無く、何かに怒っている様な表情だ。

 

 「なんでしないのよ?あれだけの操縦技術を持ってんだから有象無象の高校なんて一捻りじゃない」

 

 そうではない。やりたくても出来ないと言う話なのだ。どうせ練習試合を申し込んだところで、"何故男が戦車道をやっているのか"と笑い話にされて終わる。"男"で戦車道をやると言う事は、そう言うことだ。

 

 「頼んでも受けてくれんのんなら話にならんじゃろうが。戦車道という点では男の俺じゃ土台無理な話なんよ」

 

 「ふーん、じゃあアンタは負け犬のままね」

 

 「…は?」

 

 カチューシャの発言に久我は目を丸くする。話を聞いていたのだろうか?大会どころか練習試合も出来ないなら、負け犬以前の問題だ。

 

 「いや、それどころか負け犬以下。ってところね」

 

 「ちょ、カチューシャ…!」

 

 流石にノンナも不味いと思ったのか、カチューシャを止めに入る。戦車道における性差の問題。カチューシャの発言はあまりにもデリケートな話題を土足で踏み荒らしている様なものだ。しかしいつもならここで癇癪を起こす久我が、何故か大人しい。噛み付いてこない久我をいいことに、カチューシャは言葉を続ける。

 

 「アタシなら、意地でも試合をさせる様に相手を納得させるわ。どうせ"お断りします"なんて言われて馬鹿正直に受け入れてたんでしょ?」

 

 「…俺一人の力で出来たらとっくにやっとるわ。どうせ男の時点で大会なんざ出れんし、練習試合もやる意味がないと思われとるんじゃろう」

 

 戦車道全体での問題と言う事を彼女は理解しているのだろうか?しかし、カチューシャの態度は変わらない。彼女はこの件に関して久我が諦めの感情を持っている事に気付いていた。

 そしてそれがカチューシャをイライラとさせる原因にもなっていたのだ。

 

 「どーでもいいのよそんなもの。アタシは今まで自分がやりたいと思った事は全て実行してきたわ。……どんなに難しい事でもよ」

 

 この信念の強さこそが、彼女の、カチューシャのプラウダの隊長たる所以だ。どれだけ困難な難題に対しても自分がやると決めたら、やり遂げるまで決して諦めない。この小さな体躯で隊長になれたのも、その信念から来ているのだろう。それまでにどれほどの苦労を重ねてきたのかは、想像も付かない。

 

 「……悔しいけど、アンタの操縦技術は確かよ。ならそれをもっと表に出す努力をしなさいよ!そんな事でうじうじされちゃあ、鬱陶しいったらありゃしないわ!!」

 

 「………」

 

 久我も思うところがあるのか、真剣な表情でカチューシャを見つめる。

 この女性は問題を理解した上で久我にそれを乗り越えて見せろと言っているのだ。久我の中でカチューシャという人物像が塗り替えられていく。ただうるさいだけの小さな少女かと思いきや、中身は女傑と言って差し支えない程の意志の強さを持っている。

 

 「お前は、挫折した事は無いんか?」

 

 「一度もないわ」

 

 即答だった。その顔は先程の怒った顔とは違い、自信に満ち溢れている。

 ああ、この女性は強い。この短い問答で久我にはそれが理解できた。

 

 「…こりゃ、態度を改めりゃならんわ。チビとか言って悪かったのう」

 

 「は?何よいきなり」

 

 いきなり久我が謝るので、カチューシャもとぼけた顔になる。

 

 「何でもない。こっちの話じゃ。それより副隊長さん。話はそんだけかいな」

 

 何だか恥ずかしくなってしまったので、久我はこの話題を避ける様にノンナに話し掛ける。

 カチューシャに対しての意識を改めたのは良いが、それを彼女に直接言うのは少々むず痒い。

 

 「え、ええ。私からは……」

 

 「えー!?私はまだ聞きたい事いっぱいありますよー!?」

 

 ノンナは困惑気味に、クラーラはまだ聞き足りないと言った風に反応が返ってくる。

 

 「答えられるもんなら答えちゃるぞ」

 

 対して久我は嫌がる訳もなく、良い気分でクラーラの質問に答えていくのであった。

 

 

 



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聖グロ編
聖グロ編1 : 腐れ縁


 

 

 10月の第一月曜日、天気も良く海風香る気持ちのいい午後、とある学園艦では優雅なアフタヌーンティーを楽しんでいた。

 

 

 「やはり紅茶というのはこの時間が一番美味しく感じられますわ。

ねえ、オレンジペコ?」

 

 

 金髪をギブソンタックに纏めた碧眼の美人がそう言う。

 

 「ええ、ここは聖グロリアーナでも最も陽当たりのいい"紅茶の園"ですから。そこでいただく紅茶は格別ですね」

 

 オレンジペコと呼ばれたその名の通り橙色の髪をこれまたギブソンタックに纏めた少女が同調する。そう、ここは聖グロリアーナの学園艦。

紅茶の園と呼ばれた場所では聖グロの戦車道履修者達が集まってお茶会を開いていたのだ。

 が、そんな優雅な時間の中、二人を心配そうに見つめる少女の姿があった。

 

 「...ダージリン、こんな日にそんなのんびりとしてていいのかしら?」

 

 同じく金髪であるがおでこを出す様な髪型につり目が特徴的な少女が少し呆れながらそう言った。

 「これでいいのよ、アッサム。聖グロリアーナの隊長たるもの、常に余裕を持って接しなければならないの」

 金髪碧眼の少女が薄く笑ってそう言う。そう、この女性こそ、聖グロリアーナの隊長であるダージリンなのだ。だがその余裕そうな表情とは裏腹に、彼女の足元を見てみると音を立てない様に器用に貧乏ゆすりをしていた。アッサムと呼ばれた少女はそんなダージリンの姿に目敏く気づき、少し呆れ顔になる。

 「...口と仕草が一致してないわ。そんなに気になるなら自ら宮舞の方達を迎えに行けば良かったではないですか」

 アッサムの言う通り今日は宮舞から整備士達が派遣される日。そんな彼女の言葉が図星なのか、ダージリンの動きが少し固まる。だが表情をすぐさま元に戻し、尚も余裕を崩さずに返す。

 「...何のことかしら。...まあ、確かに私が行って差し上げても良かったのですけれど、いきなり隊長である私が行ってもサプライズにならないでしょう?真打ちは後から出てきた方が盛り上がるのよ」

 ダージリンは饒舌にそう言う。アッサムは良く咄嗟にそんな言い訳が出るなと思いつつも、これ以上何も言うまいと軽くため息をついた。

 「...はぁ、まあ、そう言うことにしておきましょうか。でもダージリン、貴女がここにいるのは構わないのだけれど、どうして『ローズヒップ』を迎えに行かせたのかしら?」

 アッサムは話題を変えて宮舞の迎えに行かせた少女の名を出した。

 「あ、それは私も気になりますね」

 オレンジペコも同調する様にそう言う。

 「私が行こうとしたのだけれど貴女は頑なにあの子を向わせたがってたわよね?...言っては失礼だけどあの子は聖グロの気品さが少し足りないところがあるから。先方に迷惑をかけないかが心配だわ」

 アッサムが心配そうにそう呟いた。それに対してダージリンは、『なんだ、そんなことか』と、言う様な表情をして

 「ああ、それはあえて、ですの。彼女はアッサムの言う通り少し聖グロの気品に欠けますから。わざと男性と接触させることで嫌でも"女"と言うものを自覚させるのが目的なのよ。此処の生徒は男性との接点がほとんどないですから。...ふふっ、しおらしくなるローズヒップの姿を見てみたかったものだわ」

 ダージリンは自信満々にそう言う。アッサムは納得した様に頷くが、オレンジペコは懐疑的な顔をする。

 

 「...でもローズヒップさんは大家族で男兄弟も多いですよね?果たして男性の前でしおらしくなるのでしょうか?」

 

 「「あ、、、」」

 

 オレンジペコの言葉にダージリンとアッサムは嫌な予感を感じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お待ちしてましたですの!!ようこそ聖グロへ!!ここからはわたくし、ローズヒップが案内いたしますですの!!」

 聖グロの学園艦の桟橋で元気な声が聞こえる。

 ダージリンの思惑も虚しくローズヒップと名乗った生徒が元気よく挨拶をした。宮舞の整備科の面々は予想していた聖グロの生徒像とは違うギャップに戸惑うが、浅井だけはニコニコしながら挨拶を返す。

 

 「こちらこそお迎えありがとね。俺は三年の整備班長の浅井。よろしくね」

 「浅井さんですわね!よろしくですの!さあ、ダージリン様が待っていますわ!早速行きましょうですの!!」

 挨拶も束の間のんびりする暇も無く、ローズヒップはダージリン達の待つ紅茶の園へ早速歩みを進めるのであった。

 

 「へぇー、ローズちゃんはそのダージリンに憧れて聖グロの戦車道を始めたんだねー」

 浅井が感心した様に頷く。

 「そうですの!ダージリン様ほど優雅に戦車を扱う人など居ないですわ!わたくしの目指すべき方はあの人で間違えありませんの!!」

 道中、ローズヒップはこれでもかと言うほどダージリンの魅力について浅井に語っていた。それに浅井はあいも変わらずニコニコとしながらローズヒップの話を聞いていた。

 「浅井さんも会えばダージリン様の魅力が分かりますわ!あ、でも告白なんて考えない方がいいかもですわ」

 ローズヒップが思い出した様にそう言った。

 「へぇー、そりゃまあ、あんだけ容姿が良ければ言い寄ってくる男も多いだろうね。...もしかして彼氏持ち?」

 笑顔を崩さずに浅井がそう質問する。

 「違いますの。去年の研修でもダージリン様はいっぱいの殿方に告白されたのですけど、ダージリン様はそれを全て断っていますですわ」

 何故かローズヒップが自信満々にそう答えた。

 「...ふーん、何か理由でもあるのかねえ」

 浅井は他人事の様な感じでそう言う。

 「ダージリン様は『私は今、戦車道に身を捧げていますの。恋愛にうつつを抜かす暇などありませんわ』と、言っていましたですわ。そんなダージリン様もカッコいいですの!!それとですわね...」

 またも元気よくローズヒップがダージリンについて語り出した。

 

 

 それから少し歩くと、他の扉とは違う豪華な装飾が施された扉の前でローズヒップの足がやっと止まった。

 「あ、ここですの!ちょっとダージリン様に報告して来るですのでここで待ってて下さいですの!!」

 そう言うとローズヒップはノックをして返事を待たずに雑にドアを開けて入っていった。出会いからここまで嵐の様な忙しなさであった。ドアが閉まると浅井は軽くひと息ついて、

 

 

 「...忙しい子だなぁ」

 

 

 と、そう呟くのであった。

 

 

 

 

 ローズヒップが中に入ってから1分ほど経った頃だろうか、再び扉が勢い良く開き彼女が現れた。

 「お待たせしましたわ!ささっ、どうぞ中に入ってくださいまし!」

 急かす様にそう言うと整備科の面々はゾロゾロと中に入っていく。

 扉の中に入るとまず目に入ってきたのは十分過ぎるほど綺麗に手入れされた庭がそこにはあった。天井は吹き抜けで陽射しが差し込んでおり、庭の真ん中には白い丸テーブルがある。その上にはティーセットといかにも高級そうな菓子類が並べてあった。

 そして、そのテーブルの前にはローズヒップを含めた5人の少女が凛と立つように並んでいた。

 

 その列の中心にいた少女が一歩前に出る。ダージリンだ。

 

 「お待ちしてましたわ。ようこそ、聖グロリアーナへ。私が此処の戦車道隊長、ダージリンですの。これからの1ヶ月半、お互いに有意義な時間となるよう、切磋琢磨していきましょう」

 そういうと、美しい所作でダージリンは一礼した。その優雅且つ美しい光景に整備科の面々は惚けているものばかりだ。ただ一人、浅井だけは何故か帽子を目深に被って、何かを堪えるようにして下を向いて小刻みに震えていた。

 そんな浅井にも気づかずダージリンが顔を上げると彼女後ろに控えていた4人も続けて挨拶する。

 

 「2年のルクリリっす。よろしくお願いします」

 ルクリリは軽く笑いながら

 

 「い、1年のオレンジペコです。お、お願いします」

 オレンジペコは年上の男性達に少し緊張しながら

 

 「3年のアッサムです。分からない事があったら聞いてくださいね」

 アッサムは対照的に落ち着いた声で

 

 「2年のローズヒップですの!改めてよろしくですわ!!」

 ローズヒップはあいも変わらず元気な声でそう言った。

 

 「そちらから5名来られるとの事でしたので、こちらからも5名

、用意させて頂きましたわ。我が聖グロリアーナの誇る優秀な幹部達ですのよ。アッサムの言う通りなんでも聞いて下さいな」

 ダージリンは余裕綽々な笑みを浮かべてそう言った。

 が、対して宮舞、その真ん中にいる浅井の様子のおかしさに気付いてダージリンは困惑した表情を浮かべる。

 「...あの、そちらの真ん中の方?先程から帽子を被っていてよく顔が見えませんわ。挨拶の場なのですからとって頂いてもよろしくて?」

 

 ダージリンがそう問いかけた瞬間

 

 

 「ーーぶふっーー!!!」

 

 

 浅井が勢いよく吹き出して笑い始めた。

 

 

 「あーっはっはっは!!、いや、、、もうダメ、、、堪えらんない、、、ぶふっ!!」

 

 いきなり笑い出した浅井に対して聖グロのメンバーはおろか、宮舞の整備士達でさえ唖然としている。そんな空気も関係なしといった風に浅井がひとしきり笑った後、落ち着いたのかやっと喋り始めた。

 

 「...っふぅーー。いやー、すみませんいきなり、僕はダージリンのその口調に慣れてないものですから、少し面食らっちゃってね」

 未だ帽子を目深に被りながらそういった。

 

 「...どう言う事ですか?」

 

 そう言ったのはアッサムの方だった。表情は変わらないが、声色は少し怒気を含んでいる。

 

 「いや失礼、彼女とは少し面識があってね」

 そう言うと浅井はようやく帽子を取り、自身の素顔を初めて聖グロの隊員達に見せる。

 

 

 「挨拶が遅れてすみません。今日から1ヶ月半、此処でお世話になります、三年整備班長の浅井誠です。此処にいる全員、イギリスの戦車に触れるのは初めてなのでご指導、ご鞭撻、よろしくお願いします」

 

 先程の態度とは一転、丁寧な言葉遣いでそう言うと浅井は深く一礼をした。そのギャップに少し困惑しつつも聖グロの4人はぎこちなく挨拶を返す。

 

 だがただ一人、聖グロの隊長だけは表情が固まったまま浅井のことを凝視していた。

 

 「...ダージリン?...!?」

 

 アッサムがそんな彼女を疑問に思い、前に出て表情を伺う。すると今まで見たことも無い、尋常じゃないほどの汗を額にかいていたのだ。

 

 「えっ、あっ、何でここに、、、いや、それより何でアンタが、、」

 

 ダージリンは話す事がまとまらないのか、言葉になっていない単語を発しながらぶつぶつ言っている。そんな光景を後ろで見ていたルクリリとオレンジペコは信じられない物を見たかのような顔をしていた。

 戦車の試合でもいつも余裕の笑みを浮かべている彼女の顔がこんなにも取り乱すところを二人とも初めて見たのだ。

 その光景に整備士達もポカンとしている中、浅井は少し微笑んで言葉を続ける。

 

 「それより"凛"、お前ここじゃ『ダージリン』って呼ばれてるんだってな。まあ苗字と合わせれば語呂がいいからな。よく考えたもんだよ。それよりさっきの口調って...うおっ!?」

 

 「...ちょっとこっちに来なさい!!!」

 

 浅井が言葉を言い終える前にダージリンはそう言って彼の腕を強引に掴んで建物の影の方へ連れて行った。いや、引きずっていったと言う方が正しいだろうか。そんな二人を見つめながらルクリリとオレンジペコの二人は小声で話していた。

 

 『おいおいおい!なんだあれ!?ホントにウチの隊長か!?』

 ルクリリが小声でそう言う。

 『私もダージリン様のあんな姿、初めてみましたよ!?』

 オレンジペコもルクリリに顔を近づけて小声でそう言った。

 

 『なんか訳ありみたいだな、隊長、相当焦ってたぞ』

 

 『あの浅井って方は面識があるって言ってましたけど...』

 

 『...もしかして、彼氏...とか?...』

 ルクリリがまさかといった表情でそう呟いた。

 『ええー!?、そんな話一度も...!...でもダージリン様は去年の派遣研修で男性の告白を全て断ってるんですよね?』

 オレンジペコが思い出したようにそう言う。

 『ああ、全く靡く気配が無かったな。あの光景ペコにも見せてやりたかったぜ。...でもそん時から彼氏がいたって考えると...』

 そこまでルクリリが言うと二人とも目をキラキラと輝かせ

 『キャーー!!ロマンスですね!!!』

 『ああ!!後で隊長にみっちり聞かねえとな!!!』

 静かな声で叫ぶと言う器用な事をしている。

 この手の話題は年頃の女子高生にとっては大好物なのだ。

 

 

 

 

 

 「...まず、何から聞けばいいかしら」

 建物の影で少し落ち着いたダージリンが頭をかかえながらそう言っ

た。そんな彼女とは対照的に浅井はいつものニコニコとした顔を浮かべていた。

 「ずいぶんと焦ってたねー、あんなにテンパった"凛"久しぶりに見たよー」

 ダージリンの心も知らずか浅井は愉快にそう言う。

 「うっさいわね、いきなり来るのが悪いんじゃない...ってゆうか"凛"って言うのやめなさいよ。此処での私は"ダージリン"よ。間違っても凛なんて言わないで頂戴」

 いつもの口調とはかけ離れた話し方でダージリンは話す。

 「後なんでなんの連絡も寄越さないのよ、お陰でさっきは心臓が止まるかと思ったわ...」

 

 「ああ、それはそうした方がサプライズになるかと思ってね、実際驚いてくれたみたいだし、良かったでしょ?」

 

 「...はぁー...アンタのその性格は相変わらずね...」

ダージリンはゲンナリとした顔でそう言った。

 「ははっ褒め言葉として受け取っておくよ。...てゆうか凛、その口調戻さなくていいの?」

 浅井はさらに意地の悪そうな笑顔をしてそう言った。

 対するダージリンは今一番聞かれたくない事を突っ込まれ一瞬にして顔が真っ赤になる。

 「う、うっさいわね!?聖グロではあの話し方じゃないとダメなのよ!!此処ではあの喋り方が本当の私なの。...と言うか今の喋り方を絶対に他の子に言うんじゃないわよ!!分かったわね!?」

 

 「はいはい、分かった分かった」

 

 「絶対よ!?」

 

 こうして浅井とダージリンの初対面?は終了したのである。

 

 

 

 

 

 建物の影に二人が入ってから5分ほど経った頃、さっきのことなど無かった。と言う風な涼しい顔をしてダージリンが出てきた。

 「ふぅ、お待たせしました。少し班長さんと今後の打ち合わせをしてましたの」

 聞かれてもいないのにダージリンは言い訳するようにそう言った。

 「...ダージリン」

 出てきたダージリンに最初に声をかけたのはアッサムだった。彼女は尚も怪しんだ顔をしている。

 「そちらの浅井さんとは一体どういった関係なのですか?」

 アッサムの早すぎる核心を突く言葉に場の空気が少し固まる。

 

 『い、言ったー!!』

 『早すぎますよ!アッサム様!!』

 

 ルクリリとオレンジペコはワクワクしながらまたも小声で叫ぶ。

 

 「...別に大したことじゃないわよ」

 眉が一瞬ピクッと動いたが尚もすまし顔でダージリンはそう言う。

 「そちらの浅井さんは面識があると言っていましたが...」

 アッサムはダージリンの後に続いて出てきた浅井を目配せながらそう言った。

 「......」

 ダージリンは少し押し黙る。

 「...り、ダージリン、別に言ってもいいでしょ」

 口を開かないダージリンに浅井がため息をついてそう言った。

 

 『ええー!?やっぱ彼氏なのか!?』

 『ああ、私たちのダージリン様が彼氏持ちに...!』

 

 「...そこ、聞こえてますわよ。...はぁー、このまま勘違いされたままだと面倒ですし言っておきましょうか」

 

 ダージリンは観念したようにため息をついて浅井との関係をバラす。

 

 「彼とは、そうね、なんて言ったらいいのかしら...そう、"腐れ縁"よ。幼稚園からのね。それ以上でもそれ以下でも無いわ。だから貴方達の思っているような関係では無いの。ごめんなさいね、ご期待に沿えなくて」

 

 多少疲れた声で投げやりにダージリンはそう答えた。

 

 

 この二人の関係が進むのは相当先のようである。

 

 




今回は少し長め


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聖グロ編2 : 幼馴染攻防戦

  

 挨拶後、場所を聖グロリアーナの格納庫に移し、宮舞の整備士達はオレンジペコに戦車の説明を受けているところだった。メモを取っている者、真剣に耳を傾ける者など、それぞれ真剣に取り組んでいる。その中でも聖グロの履修者達の目を一層引く男がいた。浅井である。

 遠巻きにチラチラと浅井の方を見つめる彼女達は何やら小声で話していた。

 

 「やっぱりカッコいいですよね、あの人」

 

 「ねー、何でもダージリン様の幼馴染らしいよー」

 「いいなー。オレンジペコが羨ましいですわ」

 

 噂というものは一度伝わると異常な程の速度で伝播していく。それはここ、聖グロリアーナ女学院でも例外ではない。さらに、たださえお喋り好きな女子だけの学校ともなれば、ダージリンと浅井の関係は半日も経たずに戦車道履修者全員に知れ渡っていた。恐るべき、女子校。

 

 「やっぱ付き合っているのですかね、あの2人」

 

 「じゃない?だってあんなにイケメンなんだし」

 「...いや、私はまだ付き合って無いと思いますわ」

 

 そしてこの噂がこんなにも火がついてしまったのには理由がある。ダージリンはあの場でただの『腐れ縁』とまでは言ったが、付き合っているのかの有無は言っていない。ここでキッパリ、恋人ではないとハッキリ言えば良かったものの、彼女は投げやりに『腐れ縁』という言葉だけを残した。つまり、中途半端に関係を暈したせいであらぬ誤解を聖グロの女子達に与えてしまったのだ。しかも"幼馴染で久しぶりに会った美男美女"と言うまるでドラマの様な展開に、この手の話が大好きな女子高生が食い付かないわけがない。

 と、こんな感じで聖グロリアーナの戦車格納庫ではその2人の話題で持ち切っていたのだ。

 

 「...どうするのよダージリン」

 

 そんな光景を何とも言えない顔でアッサムは見つめていた。今の聖グロの光景は優雅とはかけ離れた物。まるで昨日のドラマの感想で盛り上がっている昼休みの女子高生の様だ。

 「これじゃあ優雅さのかけらも無いわよ..,」

 頭を抱えて続けてアッサムがそう言う。

 「私に言わないで頂戴。元はといえばあの男が悪いんだから」

 まるで心外。自分には非がないと言う風にアッサムの隣にいたダージリンは流す。

 「...貴女が朝、ずっとソワソワしてた理由が分かったわ。そんなに彼に来て欲しくないのなら前もって来ないように伝えれば良かったじゃない」

 アッサムが呆れた顔でダージリンに顔を向ける。

 「...それをしたらあの男はますますこっちに来たがるわ。あいつは人の不幸が大好きな性悪よ。貴女もあの人の良さそうな顔に騙されない様に気をつけなさいな」

 彼女とて浅井の幼馴染を10年以上やっている。性格も知り尽くし、もはや彼に振り回されるのは慣れているので、こういう時の対処法も分かっているのだ。

 まさか本当に聖グロに研修で来るとは思っていなかったが。

 「...こんな緩い空気のままじゃ締まりません。宮舞の人達にも失礼です。...恋仲じゃないなら早く皆の誤解を解きなさい」

 「...はぁー、仕方ないですわね」

 

 アッサムに皆の誤解を解く様に言われたダージリンは浅井とオレンジペコの方を見て、心底面倒臭そうなため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 「へぇー、やっぱマチルダとチャーチルは本来のスペックより速くなってるんだね」

 

 「ええ、やっぱり歩兵戦車のままでは試合では不利ですから」

 一方、聖グロの戦車を目の前にオレンジペコは整備士達にマチルダとチャーチルの説明をする。最初こそ慣れない男達に緊張気味の彼女だったが、人の良さそうな浅井の笑顔に絆され、現在では十分にリラックスした状態で会話をしていた。

 「でもこあそこまで速くなるって事はエンジン自体を替えてるのかな?」

浅井がそう質問を投げかける。彼が聖グロの試合をビデオで見た限りでは本来のスペックより10キロ以上は速くなっているように思えた。

 そこまでのスピードアップを可能にするにはやはりエンジンの交換というのが普通であり、マチルダとチャーチルにもその類の改造がなされていると浅井は予想していた。

 「いえ、それは、何というか...」

 リラックスした表情から一転、対してオレンジペコは口籠る。

 「ありゃ、秘密だったかな?...聞かない方が良かった?」

 浅井は少し困った顔をしてそう言う。まあどちらにせよ戦車の中身を見れば大体は分かってしまうのだが。

 「いえ、そうではないんです。これはその...身内の問題と言いますか...」

尚も微妙な反応を見せるオレンジペコに浅井は首を傾げる。秘密ではないのなら何故ここまで口籠るのだろうか?それに彼女を見ていると言おうか言わまいか悩んでる様だった。これを見た浅井は踏み込んでもいいと判断してオレンジペコにアプローチを仕掛ける。

 

 「...うーん、そうだね、理由を教えてくれたらダージリンの秘密を一つ、教えちゃおっかなー」

 

 浅井のその言葉にオレンジペコの肩がピクンと動く。自分の尊敬する隊長。優雅で凛とした憧れの人。オレンジペコは彼女と半年一緒にいる事でその魅力を十二分に分かっているつもりだ。だがその先、ダージリンの昔の話や、彼女の好みの男性など、踏み込んだ話はまだしていないので分からない部分も多い。

 そして彼女の幼馴染である浅井はその情報を握っている。この浅井の何気ない一言で普段本人に聞けない彼女の秘密を知る機会がやっとこさ巡ってきたわけなのだ。浅井にとっては軽い一言だったが、オレンジペコにとっては喉から手が出るほど欲しい情報。そんな美味しい話に食い付かない訳がない。

 

 「...因みにどんな秘密なんですか?」

 

 オレンジペコはこれ以上に無い真剣な顔つきで質問する。その真剣さは戦車の試合時以上かも知れない。

 「何でもいいよ。小学校の時、家族ぐるみで一緒にバーベキューに行った話とか。あいつがデパートで2時間ぐらい迷子になった話とか」

 どれも魅力的な話である。が、オレンジペコが一番聞きたいのは、やはり彼女の恋愛沙汰であった。

 

 「...ダージリン様の好みの男性って分かりますか?」

 

そう、オレンジペコが最も知りたいのはダージリンの好きな男。今まで固すぎるガードで跳ね返されてきたこの話題だが、この男なら何か知っているかも知れない。そんな一抹の期待を胸にもう待ちきれんと言うばかりの表情でオレンジペコは浅井の言葉を待つ。

 

 

 

 「何やら面白い話をしているようね、私も混ぜてくださらない?」

 

 

 

 だが聞こえてきたのは浅井の声ではなく、凛とした少女の声だった。後ろから聞こえてきた聞き覚えのありすぎるその声にオレンジペコの背筋が一瞬にして凍りつく。

 

 「ねえ、オレンジペコ、一体何の話をしていたのかしら?」

 

 凛とした声の中に明らかに怒気が混じっている事を察知したオレンジペコはみるみる顔が青ざめていく。そして壊れかけの機械のような動きでゆっくり振り返ると、

 

 「あら、どうしたのその顔、別に責めているわけでは無いわ。どのような話をしていたのかを聞いていますの」

 

 笑顔のダージリンが居た。口元は弧を描いているが目元は全く笑ってない。美人ほど怒ると怖い。それをオレンジペコは身をもって体現していた。

 「あ、あの、あの...ダージリン様、これには深い訳が...」

 そんなダージリンの威圧感に押されっぱなしのオレンジペコは浅井に目配せをして助けを求める。それに気付いた浅井はOKのジェスチャーをダージリンに見えないように作り、薄く笑った。

 

 「まあまあ、り...ダージリン。そんなに怖い顔じゃペコちゃん緊張しちゃ「あなたには聞いてませんわ、私はオレンジペコに聞いてますの。会話に入らないで頂戴」

 

 救援、失敗。ダージリンはオレンジペコが浅井に目線を移していたのを見逃さなかった。そしてここで彼が加われば会話が浅井のペースになる事も、幼馴染である彼女が一番分かっていたので、最初から釘を刺したのだ。こうなってしまっては浅井には成す術もない。

 

 「...ダージリン、他の宮舞の方達が見ていますよ」

 

 が、そう言ってオレンジペコに救いの手を差し伸べたのはダージリンの隣にいたアッサムだった。

 良かった、これで助かった。オレンジペコはほっと一息、助けてくれたアッサムに対し最大限の感謝の念を贈る。彼女から見れば今のアッサムは救世主のように映っているだろう。

 「...そうね、失礼しましたわ」

 ダージリンも流石にここでオレンジペコを責めるのはまずいと思ったのかバツの悪そうな顔をする。

 「では、これから少しオレンジペコと話がしたいので少し借りても良いかしら?後の説明はアッサムに任せますわ」

 が、オレンジペコをこのまま見逃す気はさらさら無いらしい。ほっとした表情から一転、再び顔が青くなってゆくオレンジペコ。

 

 「うん、いいよ」

 

 「え!?」

 

 そして突然の浅井の裏切りにオレンジペコは驚きの声を上げる。彼から話を吹っかけてきたのに非道い話である。

 「ではアッサム、後はよろしく頼みますわね」

 そう言い残してオレンジペコの首根っこを掴むとダージリンは物陰の方へ消えて行く。

 「ち、ちょっと待ってください!違うんです!!誤解なんです!!」

 再びのピンチにオレンジペコはそう言いながらアッサムと浅井の方を見て助けを求める。

 だがアッサムは深くため息をついて首を振り、浅井は合掌をしてオレンジペコに向けて一礼していた。助ける気など毛頭ない。

 

 「こ、この、、裏切り者ぉーー!!」

 

 引きずられながらオレンジペコは涙目になってそう叫ぶ。やはりそれは優雅とはかけ離れた光景だった。

 

 

 

 

 

 「あー、ペコちゃん連れてかれちゃったなー」

 全く悪びれる様子もない調子で浅井がケラケラと笑う。

 「はぁー、浅井さんも、ウチの子をおもちゃにするのはやめて下さる?」

 対してアッサムは再度深いため息をつく。この男が来てから聖グロリアーナの風紀は乱れっぱなしである。

 「いやー、失敬失敬。ダージリンの秘密を教えるって言ったら食いついて来たからつい」

 

 「あの子はダージリンに心酔してますから。...しかしあなたは本当にダージリンの幼馴染なんですね」

 

 「ありゃ、疑ってた?」

 尚もニコニコとした笑顔で浅井がそう返す。

 「疑っていた訳ではありませんが、いまのやり取りで何となくそんな間柄である事は理解出来ました」

 アッサムは先程の光景を見てやはり2人は幼馴染の関係なのだと、確信を持ったのだ。それ程に会話に遠慮がなかった。

 「そりゃどうも。それで、話を戦車の方に戻したいんだけど...」

 浅井は随分と脱線してしまった本題を軌道に戻す。

 「ああ、ウチの戦車のスペックの事ですか?」

 アッサムは先程の話を聞いていたのか慌てる様子もなく自ら話題に入る。

 「あれ、さっきの聞いてたんだ。じゃあ話が早いね。...ペコちゃんは言い淀んでいたけどやっぱり話せないかな?」

 

 「別に言えない訳では無いけれど...そうね、あなた達になら言ってもいいでしょう」

 一瞬悩んだ後にアッサムは浅井の方へ顔を向けてその理由を話す。

 

 「結論から言うと私達の戦車は改造しています。エンジンそのものを替えてる車輌だって居るわ。...ただ」

 ここでアッサムは言い淀む。

 「...ただ?」

 オレンジペコと同じ様に口籠るアッサムに浅井は怪訝そうな顔をする。

 

 「戦車の改造をしているのが知られたら不味い人達がいるんです」

 

 アッサムのその言葉に浅井は納得する。聖グロリアーナは格式高い伝統校である。すなわち保守的な考え、格式や伝統を重んじる考えが蔓延っており、"戦車の改造"と言う事に対してあまりいい様に考えてない人も多いのだ。

 ただアッサムは自身の口でも言った通り『戦車を改造している』と言った。つまり彼女の代はその思想に染まって無い訳である。となると考えられる事は一つ、

 

 「...もしかして、聖グロのOGとか?」

 

 浅井のその言葉にアッサムは一層苦い顔をする。

 「...鋭いですね、正解です」

 アッサムとしては身内の恥を晒したくなかったが、こうもピンポイントに当てられては認めざるを得ない。

 「なるほど、それならペコちゃんが『身内の問題』って言ってたのにも納得したよ」

 

 「...あの子としては少しでもバレるリスクを避けたかったんでしょうね、結果的に身内の恥を晒すことになってしまったけど」

 困った様に笑ってアッサムはそう言う。表情を見る限り、彼女としてもこの問題は知られたくなかった様だ。

 「でもこんだけ速くなってると普通気付かれない?」

 浅井が疑問を投げかける。聖グロのOGだって同じ戦車に散々乗っている筈だ。10キロ以上もスピードアップしていたら普通気付かれるはずである。

 「もちろん全員が気付いてない訳では無いです。実際、改造に気付ける人は、余り文句を言ってこない人達が多いです。...ただ、厄介なのは知識も無いのに色々言ってくる人達ですね」

 それを聞いて浅井も渋い顔になる。なるほど、この聖グロリアーナに蔓延る"癌"が彼にも分かった様だ。

 「そう言う人達って伝統とか格式に囚われ過ぎていて改造をよく思ってない人達が多いんです。...自分達が乗っていた戦車が10キロ以上速くなっている事にも気付いてないのに」

 アッサムがそう毒づくのも仕方がない。彼女にそう言われるほど厄介な連中なのだ。

 「それでも、よくここまでバレずに済んだね」

 浅井は感心していた。確かに連中には知識がないかも知れないが、それでもここまで隠し通せたのは奇跡に近い。

 「そこに関しては、ダージリンが上手くやってくれたのもありますね。あの子、口は達者ですから」

 フッと笑ってアッサムは肩を竦める。彼女の言う通りここまでバレなかった理由はダージリンの尽力も大きい。頭の回転が早い彼女は上手くごまかしたり、バレない様にする為の根回しが得意なのだ。

 

 「なるほど、でもそれに気付けるって事はアッサムさんも中々"凛"の事分かってんだねー」

 

 感心した浅井はダージリンの本名を隠さずにそう言う。対するアッサムも満更でも無い表情をしていた。

 「これでも3年間一緒に居ますから。...でもそれがいい事ばっかりじゃ無いんですよ...」

 嬉しそうな表情から一転、困った顔をしてアッサムがそう言う。

 「...まあ、大体は察するよ。アイツ、捻くれてる所あるしね」

 浅井も同様困った顔をして同意する。それは彼女の面倒臭さが分かっての同意だった。

 「アイツ見栄っ張りでしょ?それにアッサムさんも色々振り回されてるっぽいしね」

 続けて浅井が同情の言葉を掛ける。対してアッサムはやっとダージリンへの愚痴を言える相手が見つかったのが嬉しいのか、パァッと明るい顔になる。

 

 「...流石幼馴染ですね。そうなんですよ、本当にあの子は何というか面倒臭くて、この前も仲のいいOGに勝手に戦車を貸す約束をしたり、つい最近だってローズヒップに変な事を吹き込んで大変な事になったり、本当に私の気も知らないで...!!あぁ、あと先月なんかは...」

 

 止まらなくなってしまったアッサムに浅井は若干の後悔をする。理性的な彼女にここまで言わせるって、アイツどんだけ迷惑かけているんだろうか?そう申し訳ない気持ちになりながらアッサムの愚痴に適当に相槌を打つ浅井だった。

 

 



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聖グロ編3 : 彼女の知らない事

今回は少し短めっす


 

 「ひどいです!!私を犠牲にして見捨てるなんて!!!」

 

 「だからごめんってばー、ペコちゃん。しょうがないでしょ?り...ダージリンに加わるなって釘刺されちゃったんだから」

 

 「ペコちゃんはやめて下さい!!」

 

 側から聞いていると勘違いしてしまう様な会話が聞こえてくる。挨拶の翌日、聖グロの格納庫でオレンジペコが浅井に対して随分とおかんむりの様だった。対して責め立てられている浅井の方は反省の色がなく、オレンジペコの言葉を受け流す様に聞いている。

 

 「聞いてますか!?浅井さん!!私にはダージリン様から貰ったオレンジペコってゆう由緒正しい名前があるんです!!」

 「そのダージリン様に昨日こってり絞られてたじゃん」

 

 「誰が原因だと思ってるんです!!!」

 

 まさにああ言えばこう言う。半分はオレンジペコの自業自得なのだが原因である浅井に何か言わないと気が済まないようだ。

 結局、ダージリンの好きな人は聞けず仕舞い。身内の恥まで晒す形になってしまい、おまけにそのダージリンにこってり絞られる。昨日のオレンジペコはまさに厄日と言っていい1日だったのだ。これだけ荒れるのも多少は仕方のない事なのだろう。

 「...悪いと思ってるなら、ダージリン様の好みの男性を教えてください」

 周りに誰もいないのを入念に確認して浅井にしか聞こえない程度の小声でそう言うオレンジペコ。昨日酷い目に遭ったばかりだと言うのにまだ諦めてないのだろうか?その執念は天晴れであるが、対して浅井は申し訳なさそうに頭を掻いた。

 「あー、それなんだけどね?ペコちゃん、悪いんだけど俺はりん...ダージリンの好みは分かんないよ?」

 浅井は困った顔をしてそう言った。

 「えぇーー!?そんなぁー...浅井さんとダージリン様は幼馴染じゃないんですかぁ!?」

 

 「幼馴染って言っても全部知ってる訳じゃないからねぇ...。高校に入ってからはお互い殆ど会う機会も無かったし」

 

 アテが外れたことに更にガックシと肩を落とすオレンジペコ。憧れのダージリン様の秘密を知りたかっただけにそのショックも大きい様だ。

 

 「てかペコちゃん、何でダージリンの好みなんか知りたがるの?」

 

 浅井から出たそれは至極真っ当な質問。いくら憧れているとは言えここまで知りたがる理由を浅井は知りたかった。悪い事では無いのだが一応、一個人のプライベートな話題だ。昨日のダージリンの反応を見る限りそこは彼女にとっても余り触れられたくは無い話題なのかなと、浅井は感じていた。

 「だからペコちゃんはやめて下さい。...えぇーと、理由、って程でも無いんですけど、ダージリン様って結構お喋りな方じゃないですか」

 唐突にオレンジペコにそう言われて少し面を喰らうが浅井も頷く。

 「まあ、そーだね。しかも結構自分の事を喋りたがらない感じの」

 浅井の言葉に矛盾を感じる人もいるだろう。お喋りであるならば自分自身の事も語るのが普通ではないかと。しかしオレンジペコはその矛盾を理解しているのか疑問に思う事はなかった。

 「はい、そこなんです。ダージリン様は他人の格言とか戦術論とかを語るときなんかはすごい口が回るお方なんですけど、自分の事、とりわけプライベートや自身の過去の事については余り語ろうとしないんですよね」

 オレンジペコにはそれがダージリンが"本性"を見せたがらないように思えたのだ。今の優雅で気品のあるダージリンにオレンジペコは天井が突き抜けるほど尊敬しているが、彼女はそれしか見たことがない。

 「今の優雅なダージリン様は私の知っているダージリン様です。でもその優雅なダージリン様しか私は見たことが無いんです。...最近、それが全てじゃないんじゃないかって思う様になってきて...」

 いつの間にか話は真面目な話になっていた。浅井もオレンジペコの話に茶化すことなく聞いている。

 「...何か、そう思うような事があったの?」

 浅井も気になるのかオレンジペコがそう感じる訳を聞いてみる。

 「えーっと、私の勘違いだったらい良いんですけど...最近のダージリン様、なんだか無理をして、疲れている様な気がして...」

 それは、オレンジペコがこの半年間、ダージリンの側でずっと彼女を見てるからこそ気付ける変化だった。今の彼女の優雅さは作られたもので、ずっと肩肘張って無理をしているんじゃないかと。優雅なダージリンに憧れてきたオレンジペコにとってはあまり認めたくはない事だったが、最近の彼女を見る限り、そう思う事が増えたのも事実だった。

 「ふぅーん...それで、それが凛の男の好みを知ることと何か関係があるの?」

 浅井の言う通りそれがダージリンの好みを知ることと何が関係があるのだろうか?それを聞いたオレンジペコは少し俯くと少し言いにくそうに口を開いた。

 「えっと...正直、知るのはダージリン様の男性の好みでなくても良いんです。ただ、それを知る事で、ダージリン様が何か悩んでるんだったら相談に乗れるんじゃないかと思って...」

 最近のダージリン様は疲れている。でも彼女は自分の事を一切語りたがらない。自分で全て背負い込んでしまうクセがあるのだろう。オレンジペコにはそれがもどかしくてどうにかしたかった。しかし彼女が話さないと決めている以上、こちらから干渉するわけにもいかない。そこに彼女の幼馴染であると言う浅井誠と言う存在が現れたのだ。自分が知らないダージリン様をあの人は知っている。それを知る事でダージリン様の力になれるのではないか?そう思って浅井にそんな事を聞いたのだ。

 

 "自分の知らないダージリン様を知りたい"

 オレンジペコの心の中の答えはそれだった。

 

 

 「...アイツは、見栄っ張りなんだよ」

 

 しばらくの無言の後、そう言ったのは浅井の方だった。

 「...え?」

 予想外の返答が来たと思ったのか、オレンジペコは素っ頓狂な声を出す。

 「アイツは昔から自分を大きく見せちゃうクセがあってね、何をするにも自分が先頭に立ってやらなきゃ気が済まない性格なんだ」

 そんなオレンジペコに構わず浅井は言葉を続ける。

 「それだけなら良いんだけど厄介な事にアイツは"責任感"も感じちゃうタチでね、それが見栄を張るのと重なり合わさちゃって余計なものまで背負い込む事があるんだ」

 心当たりがありすぎるのか、オレンジペコは少し苦笑いになって浅井の言葉を聞いていた。

 「見てくれだけなら立派に見えるんだけど結構メンタルは弱くてね。でもアイツは器用だからうまく隠せちゃうんだよ。だから気がつかない人が殆どなんだ」

 話を聞いているだけでも彼がダージリンの幼馴染である事がオレンジペコには理解できた。やはりこの人は自分の知らないダージリン様をいっぱい知っている。言葉の一つ一つにそれが垣間見えた。

 「だから、ペコちゃんがそれに気付けたってのは俺としては嬉しいかな。凛もこんな良い後輩に慕われて羨ましいよ」

ニコッと笑って浅井がそう言うとオレンジペコの顔がカァーっと赤くなる。

 「そ、そんな...私だってまだ確信したわけじゃなくて...」

 満更でもない表情を見せるオレンジペコ。素直に褒められた事も嬉しいが、この中でダージリンを一番知っているであろう幼馴染である浅井に認められたのが何だか嬉しかったのだ。

 

 

 「そこの2人!!いつまで話してますの!?」

 

 

 すると遠くの方から凛とした声が聞こえてきた。オレンジペコはまたしてもダージリンに聞かれたかと思い、慌てて言い訳をしようと声の主の方へ振り向いたが、そこにいたのはダージリンではなかった。

 

 「もう訓練は始まっています。またダージリンに怒られたくなかったら早く戻りなさい!」

 

 アッサムが少し険しい顔をして訓練に戻る様に促す。時計を見てみると、訓練開始の時刻から3分ほど過ぎていた。

 「す、すみません!!すぐ行きます!!!」

 オレンジペコは時計を確認すると慌ててそう言う。

 「あー、ごめんね。俺がちょっと時間取らせちゃったから」

 

 「...浅井さんも、今日から本格的に私達の戦車を整備するのでしょう?他の皆さんはもう作業に取り掛かってますよ!!」

 まるで先生みたいな事を言うアッサムに苦笑いになりながらも適当に返事を返した。

 「あ、ペコちゃん、最後に一つだけいい?」

 訓練に合流しようと急ぐオレンジペコに浅井が声を掛ける。

 「はい?なんでしょう?」

 少し焦りが見える表情でオレンジペコが応える。時間はこれ以上取らせないつもりだろう、浅井はアッサムに少しだけ待ってもらうようお願いしてオレンジペコに向けて口を開いた。

 

 

 「アイツ、そう言う事で偶にはガス抜きが必要なんだ。そこを頭に入れてもらえると嬉しいかな」

 

 

 「...分かりました。肝に銘じておきます!!」

 

 威勢の良い声でそう言うと今度こそオレンジペコは訓練に合流していった。

 



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聖グロ編:4 二人の噂

 

 聖グロでの研修が始まってから一週間、特に問題があるわけでも無く、宮舞と聖グロのコミュニケーションも十分に取れていた。伝統校である聖グロが外様の自分達を受け入れてくれるかと心配していた浅井だったが、今のところ杞憂に終わっている。

 

 「あ、あの、浅井さんって神奈川出身なんですか?」

 

 「うんそうだよ、横浜出身」

 

 「へぇー!!わ、私とおんなじですね!!」

 

 「浅井さんの好きな食べ物ってなんですか!?」

 

 「ダージリン様とはどうやって出会ったんですか!?」

 

 そして浅井は今、大勢の女子達に囲まれて質問攻めを受けていた。元来の顔立ちの良さに加えて、人当たりも良く、笑顔も素敵。女子からの人気が出ない訳がなく、このままだとファンクラブでも出来そうな勢いだった。

 そんな光景を遠目から見ている女子が二人。

 

 

 「ハァ...また集まってるわ...」

 

 

 浅井達が研修に来てから、何度目かもわからないため息をアッサムが吐く。

 

 「こうなるから来てほしくなかったのよ。相変わらずだわ。本当に」

 

 もう一人、ダージリンも呆れた顔でそう吐き捨てた。

 

 「へぇー、相変わらずねぇ。浅井さん、昔からモテたの?」

 

 「アッサムまで...そうね、中学生の時もいろんな女の子に告白されてたわ。なーに?アイツに告白でもする訳?」

 

 「違うわよ。私は勝てない戦いには乗っからない主義なの。ただ単に興味よ」

 アッサムはそう言ってダージリンの顔を見る。

 「まあ、あれだけモテてればそう思うのも無理ないわね」

 他人事の様にそう言うダージリンだが、表情は不機嫌だった。

 

 「...そう言う意味で言ったわけではないんだけど」

 

 自覚無しか、と少し肩を落とすアッサム。幼馴染同士の二人だが、ダージリンには浅井に気がないのであろうか?そう思ったアッサムは少し踏み込んだ話題を振ってみる。

 

 「ダージリン、そう言っているけれど、貴女はどうなの?」

 

 「…何がかしら?」

 

 「浅井さんに気があるかのかしら?それとも唯の幼馴染?」

アッサムにそう言われて一瞬動きが固まるダージリン。

 

 「…何を言うかと思えば、最初に言ったでしょう?唯の腐れ縁よ」

 

 「へぇ、じゃあ全く気がないと?」

 

 意地の悪そうな笑顔を浮かべてアッサムは挑発的にそう聞く。

 

 「...何よその顔、まあ確かに?昔結婚の約束なんかした覚えもあるけれど?そんなもの時効よ時効。今でもその気持ちのままだと思わないことね」

 

 「へぇー、そう」

 ダージリンの弁解に尚も意地悪そうに笑うアッサム。彼女がこの様に話をはぐらかす時は何かを隠している時だと長い付き合いで分かっていた。何を隠しているかは大体察しが付くのだが、ここで言ってしまっては無粋だと思い、大人しくダージリンの言い分を受け入れておく。

 出来る女はこう言う駆け引きも上手なのだ。

 

 

 

 

 

 「…なあ、オレンジペコ」

 

 「何ですか?ルクリリさん」

 

 「本当にあの二人って付き合ってないんだよな?」

 

 「ダージリン様と浅井さんの事ですか?まあ今は付き合って無いと思いますけど…」

 

 一方こちらは紅茶の園。訓練の休憩中のオレンジペコとルクリリはあの二人の関係について話している。

 

 「オレンジペコは浅井さんと仲がいいだろ?そこら辺聞いてたりしないのか?」

 ルクリリの言う通り、この研修で一番浅井と話しているのはオレンジペコだった。最初の戦車説明で気が合ったのか、浅井に話しかける聖グロの女子が軒並み緊張している中、オレンジペコは平然と会話をこなしていたのだ。

 「いや、特にそう言うのは…浅井さんにダージリン様の好みを聞いたんですけど分からないって言われちゃいましたし」

 

 「何だよー、まあアタシはダージリン様は浅井さんに気があると読んでるんだけどねぇ。じゃなきゃ去年の告白ラッシュを全部断ったりしないだろ?」

 ルクリリの推理は的を得ているのだが、オレンジペコは何か引っ掛かるのか、首を傾げる。

 「うーん、私もそう思うんですけどなんか違和感があるんですよね」

 

 「違和感?」

 

 「はい。ルクリリさん、研修が始まってから一週間、あの二人が二人っきりで喋っているの見た事があります?」

 オレンジペコがそう言うとルクリリもハッとした顔になる。

 「…確かに見た事ないな」

 

 「私はダージリン様が浅井さんの事を意図的に避けてる様に思えるんですよね」

 「えぇー!?じゃあダージリン様にそんな気は微塵もないってことかよ!?」

 オレンジペコの予想にルクリリは心底驚く。

 「いや、多分それは無いんじゃ無いかと思います。何って言うか、嫌ってて避けてると言うより人前で話すのを避けている様に見えるんですよね」

 「…じゃあ私達の知らないところで二人きりになっていると?」

 

 ルクリリの言葉にオレンジペコも頷く。今でさえこんなにも噂になっているのに二人きりのところを目撃なんかされたら噂に一層火が点くに決まっている。それをダージリンは避けているとオレンジペコは睨んでいた。

 

 「まあ、ダージリン様はともかく、浅井さんの方は多分ダージリン様の事、好きだと思うんですけどね」

 

 そう言ってオレンジペコは数日前に浅井と会話した内容を思い出す。彼女には責任を溜め込んでしまう癖があると、偶にはガス抜きする必要なのだと。その話をしている時の彼の表情はとても魅力的な表情をしているように感じた。オレンジペコには恋愛経験なんてものはないが、あの表情はダージリンを想ってものだ。そう言う確信がオレンジペコにはあった。

 

 「おー、流石。浅井さんと一番仲がいいだけあるなあ」

 

 「もう、揶揄わないでください」

 ルクリリの冷やかしが飛んでくるがオレンジペコは軽くあしらう。まだ出会って一週間しか経っていないがダージリンをあの人に任せても良いと思う程にはオレンジペコは浅井の事を信頼していた。

 

 「で、そう言うオレンジペコはどうなんだ?まさか浅井さんの事が好きだったり?」

 

 「…何ですかその三角関係は、私は勝てない戦いには挑まないタイプなんです」

 

 どこかの三年生と同じ事を言っているオレンジペコ。実際、彼女が浅井に抱いている感情は恋愛のそれとは少し違っていた。

 

 「それに、浅井さんは恋人というよりか"お兄ちゃん"って言った方がしっくりくるかもですね」

 

 そう言ってクスクスと笑うオレンジペコだった。

 

 

 

 

 

 「終わりましたですのー!!今日も疲れたですわー!!」

 

 ローズヒップの元気な声が聞こえ、今日一日の訓練が終わった事を告げる。

 「お疲れー、ローズちゃん。今日も速かったねー」

 

 「あ、浅井さん!お疲れ様ですわ!!」

 勢い良く片付けをしているローズヒップに浅井が声をかける。

 

 「どう?クルセイダー、またちょっと弄ってみたんだけど調子いいかな?」

 

 「最っ高ですわ!!あのクルセイダーならどこまで走れるですの!!!」

 

 「ははっ、程々にね、エンジン焼きついちゃうから」

 

 浅井はこの様に聖グロの戦車に少し手を加えると言う整備をしていた。いつもの聖グロでは改造などさせず整備だけして帰ってもらうのが通例なのだが、今年は少し違った。

 

 「あの、すみません!!わたくしのクルセイダーもっと速くしたいんですけど、浅井さん出来ますですの!?」

 

 ローズヒップのこの一声で浅井がクルセイダーに手を加えた結果、只でさえ速いクルセイダーがさらにスピードアップしたのだ。この一件から、浅井は整備だけでなく、ちょっとした戦車への改造も頼まれる様になった。この様に改造に否定的な保守傾向の強い聖グロリアーナで、改造を頼まれるとは浅井も思っていないところだった。

 

 「あ、浅井さん!この後暇ですの?」

 

 「いや、特には無いけど…」

 

 「じゃあ、この後紅茶の園に来て下さいですの!お礼も兼ねてそこでお茶会をしますですわ!」

 

 突然のお誘いに浅井も少々を面食らう。どうやら改造のお礼としてお茶会に誘ってくれるらしい。

 

 「あー、それってり…ダージリンもいたりする?」

 

 「?、勿論ですわよ?」

 

 「うん、じゃあお邪魔しちゃおっかな」

 

 二つ返事でローズヒップの提案を呑んだ浅井。本来なら隊長であるダージリンに一言添えなければならないのだが、黙った方が面白そうと思い、浅井は黙ったまま行く事にした。

 

 

 

 

 

 

 「…何で貴方が此処にいるのかしら?」

 

 「ローズちゃんに誘われたからね、誘いを断るわけにもいかないでしょ?」

 紅茶の園とは聖グロの幹部クラスが集うクラブハウスの事であり滅多に入れるものでは無い。現に此処にはダージリン、ローズヒップ、オレンジペコ、アッサム、ルクリリの5人しかいない。ルクリリとオレンジペコはお互いに顔を見合わせていて、アッサムは面白がる様な表情をしていた。

 

 「嫌だっら出て行くけど…」

 

 「…別に良いわよ」

 

 何だかギクシャクしている。ダージリンの方はここ一週間、浅井を避けていたこともあってか、何だか話し辛い様だった。

 

 「浅井さんは紅茶の好みとかあるんですか?」

 

 見てられないと思ったのか、助け舟を出す様にアッサムがそう尋ねる。

 

 「え?ああ、いや、特に好みとかは…何でも飲めると思うよ」

 

 「そうですか…ではダージリンに淹れてもらいましょう」

 

 アッサムにそう言われてダージリンはギョッとする。

 

 「ちょっと!?何で私が!」

 「あら、浅井さんはお客様ですよ?それともお客様に隊長自ら紅茶を出せないほど聖グロ(ここ)の気品は堕ちたのかしら?」

 

 アッサムに痛烈な言葉を浴びせられてダージリンは口籠る。

 

 「うっ…分かったわよ、淹れれば良いんでしょ!淹れれば!!」

 

 投げやりにそう言うとダージリンはズカズカと給湯室の方へ向かっていく。そしてダージリンが給湯室へ消えていったのを確認するとアッサムは振り向いて浅井の方へ顔を向けた。

 

 「…浅井さんは紅茶の好みは無いんですよね?」

 

 「え?、まあ、そうだけど…」

 

 「では、ダージリンに着いてってもらって良いいですか?此処は紅茶の種類が沢山あるのでダージリンに色々聞いて好きなのを選んでみては?」

 

 ここで浅井はアッサムの行動を理解した。どうやらこの人はお節介にも二人きりの状況を作り出してくれたらしい。普段ならオレンジペコに任せるところをダージリンに頼んだのだのはこう言う意図があったのだ。

 

 「…アッサムさんも中々、いい性格してるねえ」

 

 一杯喰らわせられた浅井は舌を巻いてそう言う。

 

 「ふふっ、褒め言葉として受け取っときますよ」

 

 アッサムはそう言うと得意げにウィンクする。苦笑いを返した浅井は軽く会釈をしてダージリンの後を追って給湯室へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 「…そこの二人、何処へ行くのかしら?」

 

 アッサムにそう言われてビクンと二人の方が跳ね上がる。コソコソと浅井の後ろをついて行こうとしていたルクリリとオレンジペコだが目敏いアッサムがそれに気付かない筈がない。

 

 「い、いやー、ちょっとお菓子の準備をと…」

 

 「あ、浅井さんはお客様ですしね!」

 

 苦しい言い訳をする二人だが後手何かを隠している様子のおかしい二人をアッサムが見逃すはずが無い。

 

 「お菓子は後で用意するのでいいわ。それに、お菓子を用意するのに後ろに持っているカメラと録音機は必要なのかしら?」

 

 「「うっ…」」

 

 アッサムに全てを見透かされていたことに堪忍したのか、渋々と席の方へ戻って行く二人。それを見てアッサムはため息をついた。

 

 「全く、せっかく二人きりにしてあげたんだからそっとしてあげなさいよ…」

 

 「うぅ…でもアッサム様は気にならないんですかあ?」

 

 諭すアッサムに対してルクリリはまだ諦めきれない様だった。

 

 「確かに気になるけど…こういう時は黙って見守るのが良い女の条件なのよ」

 

 「ぶー…」

 

 そう言われてはどうしようも無い。歯痒い思いをしながら不貞腐れる様に机に突っ伏すルクリリだった。

 

 

 

 

 

 「アイツって何が好みなのかしら?」

 

 一方こちらはダージリン。茶器の用意も出来て、あとは茶葉を選ぶだけというところまで来たのだが、中々悩んでいる様だ。

 

 「緑茶が好みだからグリニッシュ系が合うと思うんだけど…」

 

 「いや、でもここは敢えて甘いのでも出してみようかしら…」

 

 アレでも無いコレでも無いと真剣になって選んでいる。ただ、熱中し過ぎているのか、後ろから近寄ってくる浅井には全く気付かなかった。

 

 

 「何独り言言ってんの?」

 

 「ひぃあっ!?」

 

 突然背後から聞こえてきた男の声にダージリンの心臓が跳ね上がる。普段なら絶対出さないであろう声を出して咄嗟に振り返ると、浅井があいも変わらずニコニコして立っていた。

 

 「急に話しかけないでよ!ビックリするでしょ!!」

 

 「いやー、随分と真剣だったから。それと何だよ、『ひぃあ』って、久しぶりにそんな声聞いたな」

 

 ケラケラと笑う浅井に対してダージリンの顔は真っ赤になる。

 

 「う、うっさい!てか何でアンタがここに居んのよ!?」

 

 真っ赤な顔をして詰め寄るダージリン。先程の独り言を聞かれていれば悶絶ものだ。

 

 「アッサムさんに茶葉を選んできてくれって言われたんだよ。俺は紅茶には詳しく無いからね。凛が教えてくれるんだろ?」

 

 何と余計な事をしてくれたのかと、心の中でアッサムを呪うダージリン。しかし悩んでいるところに本人が来てくれたのなら都合がいい。

 

 「ハァ…アンタ、緑茶好きでしょ?ここら辺の茶葉が渋みがあってアンタに合うと思うんだけど、どうする?」

 

 ダージリンがグリニッシュ、渋みのある茶葉をまとめてある瓶達を指差してそう言う。

 

 「どうするって言われてもねえ、じゃあコレで良いよ」

 

 しかしそう言われても浅井にはいまいちピンと来ないので、とりあえず適当な瓶に指を刺した。

 しかし、その瓶は、

 

 

 

 「…アンタ、それはわざとかしら?」

 

 「え、何が?」

 

 

 

 浅井が指を刺したのは、ダージリンの茶葉だった。

 

 

 




 オレンジペコにお兄ちゃんって言われてみたいっすよね(至言)


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聖グロ編5:負い目

 女の園、聖グロリアーナでは浅井たちの存在はかなり目立つ。女性しか居ないこの学園では、男が居るだけで好奇の目線を向けられるのだ。

 それにここの生徒は正にお嬢様と言った風な生徒が多く、男のおの字も知らない様な生徒も多い。

 校内を歩くだけで向けられる、まるで珍獣でも見るかの様なその視線は宮舞の整備士達が居心地を悪くするのも無理は無かった。

 

 「……別に見たって何も無いんだけどな……」

 

 廊下を歩きながら肩を窄めてそんな愚痴をこぼしたのは、整備科2年の佐々岡。

 派遣研修が始まってから2週間。未だにこの視線に慣れない。

 

 「気にし無い事だよ。そんなんじゃ終わる頃にはストレスで胃に穴が開いちゃうよ?」

 

 「……浅井さんは見た目で目を惹く事が多いじゃないですか。俺は先輩みたいに人の視線に慣れて無いんです」

 

 苦笑いになり、明るめの茶髪を掻きながらそう返す佐々岡。

 この様に職員室などの校舎に用事があるたびに校内を歩くと、必ずすれ違い様などに一回は女子生徒に目を向けられる。

 羨ましがる人もいるかもしれ無いが、話しかけられる訳でもなく只々遠目から見られるだけと言うのは、言葉は悪いが気持ち悪さしか感じない。

 これが久我だったら"何見てんだ"と、一蹴するかも知れないが生憎女子校でそれをやる度胸は佐々岡には無い。

 一度あまりにもこっちを見ていたので、こちらから『あの、何か用ですか?』と聞いた事もあったが、『な、何でもありません!!』と言い残したきり走って逃げて行ってしまった。

 その様な事もあり、ここからまだ約1ヶ月間。この視線に耐えなければならないと思うと、気が滅入ってしまう佐々岡だった。

 

 「……あ、浅井さん!佐々岡さん!こんにちは」

 

 そんな校舎からそそくさと離れようとすると、背後から女性に声を掛けられた。

 振り返るとそこに居たのはちょこんと、まだあどけなさの残る少女、オレンジペコが頭を下げて挨拶をして来てくれた。

 

 「お、こんにちは。ペコちゃん」

 

 「こんにちは。オレンジペコさん」

 

 浅井と佐々岡も頭を軽く下げて挨拶を返す。

 

 「だからペコちゃんはやめて下さいって……校内に居るなんて珍しいですね?」

 

 「ちょっと職員室に書類を届けなきゃいけなかったからね。今から帰るつもりだよ」

 

 いつものやり取りをしてオレンジペコは特に緊張した素振りも見せずに浅井と会話を続ける。

 聖グロでは珍しい、男性と普通に会話ができるタイプの女子だ。今のところ佐々岡の中ではまともに会話が出来る聖グロの生徒で名前を挙げろ言われると、このオレンジペコとローズヒップの名前が真っ先に出て来る。

 

 

 「それで、佐々岡さんも一緒に?」

 

 「え?あ、ああ、はい。そうです」

 

 色々と考えていたので、オレンジペコの問い掛けに反応が遅れてしまう佐々岡。

 

 「実は用事があったのは俺の方だけだったんですけど、無理言って浅井さんにも来てもらったんです」

 

 実は職員室に用事があるのは佐々岡の方だけだった。使ったパーツのチェックリストを職員室に提出しに行くのだが、前述の通り校内での女子生徒の視線に慣れていない佐々岡は浅井に一緒に行ってもらう様に頼んだ。

 結果、浅井の容姿で逆に視線が増えたのは内緒である。

 

 

 「へぇ、なるほど?……でもそれだけなら一人でも良かったんじゃないですか?」

 

 「え!?それは……その……」

 

 オレンジペコの一言に佐々岡の顔が引き攣ってしまう。オレンジペコに害意は無く、ただの疑問で聞いて来ただけなのだが、言いにくそうにする佐々岡に何か地雷を踏んだものかとオレンジペコも申し訳なさそうな顔をしてしまう。

 それを見て浅井はケラケラと笑っていた。

 

 「あっははは!!別に、大した理由じゃ無いよ?一人だと女の子がいっぱいで岡ちん緊張しちゃうって言うから、ついて来てあげたんだ」

 

 「ち、ちょっと!!浅井さん!!!」

 

 顔を真っ赤にして浅井に詰め寄る佐々岡。その言い方ではまるで自分の方が女性に意識をし過ぎている様に受け取られてしまう。

 数少ない男性と話せるオレンジペコにそう言う誤解をされる事は、佐々岡にとって避けたい事だった。

 

 「ち、違うんですよ!これはその、女子校の中に自分だけ居ると言うのが何だか抵抗があって……」

 

 佐々岡は必死に言い訳を述べているが必死になっている分それが逆効果になると言う事に佐々岡は気付かない。

 しかしオレンジペコは引くこと無く、薄くクスクスと笑った。

 

 「あははー。ここの生徒さんは男性に触れたことの無い人も多いですからねー。色々と気になっちゃうんですよ」

 

 色々と察してくれたのか、オレンジペコはそう言って佐々岡のフォローをする。一年生とは思えない察しの良さと落ち着き様だ。

 

 「なんで職員室に提出する書類などがあったら、私に渡してくれれば出しておくんで大丈夫ですよ?」

 

 「い、いいですよ!そんな手間のかかる事させられません!」

 

 流石に佐々岡はそこまでやってもらうのは悪いと思ったのか、オレンジペコの申し出を断る。

 

 「えー?その度に俺呼び出されるのー?」

 

 「今度から一人で行きますから!!」

 

 すると今度は浅井から茶々が入る。今更ながらに浅井に付いてくる様頼んだのを後悔している佐々岡だった。

 

 「ふふっ、そうですか。でも何時でも言って下さいね?私の教室と職員室は近いんでそんなに手間も掛からないですから。それと浅井さんも、あんまり茶化しちゃダメですよ?」

 

 「はいはい」

 

 オレンジペコに釘を刺され適当に返事を返す浅井。本当に反省しているのか分からない彼らしい返事の仕方だった。

 

 「あ、それでペコちゃん、ちょっとお願いされても良い?」

 

 「?、何をですか?」

 

 すると浅井は話題を変え、右手に持っていた手提げ袋をオレンジペコの前に出す。

 

 「いや、ちょっと凛から借りたものがあってね。校舎内で見つけたら返そうと思ったんだけど、結構広くて見つかりそうに無いんだ。会ったら渡しといてくれるかな?」

 

 困った様にそう言う浅井。手提げ袋はそれ程大きくは無く、オレンジペコでも軽く持てる様なものだった。

 

 「ダージリン様の?そう言う事でしたら渡しておきますよ」

 

 そう言って浅井から手提げ袋を受け取るオレンジペコ。見た目より少し重く、見た感じでは本が数冊程入っているのだろう。

 

 「悪いね。凛に会ったら"参考になった"って伝えといてよ」

 

 「はい、分かりました」

 

 浅井から手提げ袋を受け取ると、『それではお邪魔しました』と、一礼するオレンジペコ。それに釣られて浅井と佐々岡も軽く一礼する。

 こう言う、礼儀作法がしっかりしている所は、流石聖グロリアーナと言ったところだった。

 

 

 

______________

 

 

 

 

 学校では昼休みになれば、昼飯を教室で食べるか食堂で食べるか。その2つに分かれる。それは此処、聖グロリアーナでも例外では無く、食堂には沢山の女生徒で埋まっていた。

 その一角の丸テーブルに、金色の髪をギブソンタックに纏めた少女と同じく金髪をオールバックにした少女が居た。

 そんな彼女達にオレンジペコが近づいて行く。

 

 「ごきげんよう。ダージリン様。アッサム様」

 

 「ごきげんよう、オレンジペコ。貴女が食堂に来るなんて珍しいわね?」

 

 オレンジペコが挨拶し、アッサムがそれに返す。オレンジペコは普段は教室でお昼ご飯を食べるので、アッサムは少し珍しがっていた。

 

 「ええ、浅井さんから預かり物をしてまして。お昼にダージリン様に渡そうと」

 

 "浅井"と言う名前を聞いて、ダージリンの肩がピクンと跳ね、アッサムは面白がる様な笑顔になる。

 

 「浅井さんから、参考になったと言ってましたよ」

 

 続けてそう言ってオレンジペコはダージリンの前に手提げ袋を差し出す。するとダージリンは残念そうな、しかし何処かホッとする様な表情を浮かべた。

 

 「あ、ああ。そう、それね。……そう、参考になったなら何よりだわ」

 

 「……?」

 

 その微妙な表情のままダージリンは、手提げ袋を受け取る。いつもなら二言、三言目には浅井への文句が出る彼女がやけに素直な事にオレンジペコは違和感を感じていた。

 

 「えっと……よろしければその中身を伺っても……」

 

 「そうね、私も気になるわ」

 

 ならば違和感の理由はその手提げ袋の中身だ。アッサムも気になるのか興味津々と言った表情だ。

 しかしダージリンはなかなか渋っている。

 

 「………あまり、他人の貸し借りには首を突っ込むものでは無いわよ?プライベートな物だったらどうするの?」

 

 「あら、だったら浅井さんはそんな重要なものオレンジペコに預けたりしないんじゃないかしら?」

 

 見事なアッサムのカウンターパンチを喰らい、表情が強張るダージリン。

 そして、堪忍した様にため息を吐くと、手提げ袋の中身を開け始めた。

 

 「……はぁ。まあ、貴女達なら別に見せても大丈夫でしょう。別に、モノはそんなに特別な物では無いわよ?」

 

 そう言って二人の前に差し出されたのは、戦車の操作マニュアルだった。3冊。マチルダとクルセイダーとチャーチルのものだ。

 

 「マニュアル?懐かしいですね。私も入学した当初はお世話になりました」

 

 オレンジペコは何処か懐かしむ様にそう言う。マニュアルは戦車操作についての教科書みたいな物で、聖グロリアーナの戦車道履修者達は皆このマニュアルにお世話になる。

 

 「でも、浅井さんがそのマニュアルを借りたなんて珍しいわね」

 

 アッサムはそれを見て意外そうな顔をしてそう言う。

 

 「え?何でですか?勉強熱心で良いことじゃ無いですか?」

 

 対してオレンジペコは発言の意図が分からなかった。

 

 

 

 「だって浅井さんは"競技者"じゃ無くて"整備士"じゃない。だったら操作マニュアルじゃ無くて設計図を見た方がいいでしょう?」

 

 

 

 アッサムのその発言に、ダージリンは思いっきり不機嫌な顔になる。

 

 「……そう、ね。アイツが本当に整備士を目指しているなら、その意見は正しいわ」

 

 「?、どういう事ですか?」

 

 「貴女らしくも無いわね。もっとハッキリ言ったらどう?」

 

 アッサムもオレンジペコもダージリンの言葉の真意を汲み取れない。

 

 「……同情、なんて私が出来るものじゃ無いけど、アイツには色々あったのよ」

 

 

 すると、ダージリンは悪態を吐くように、昔話をし始めた。

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 数年前、横浜市のある街の公園で男女が2人、ベンチに座っていた。カップルなのか、はたまたそれとも告白でもするものかと、遠目からみれば甘酸っぱく微笑ましく見えるこの少年少女だが、実の所はそうではない。

 2人とも顔を見合わせる事無く、重苦しい沈黙が2人の中で流れていた。

 

 「おめでとう凛。聖グロ、合格したんだってね」

 

 そんな中会話を切り出したのは今よりもあどけなさが残る少年、浅井誠だった。祝福の言葉を上げているが、2人の表情を見る限りお祝いのムードでは決して無い。

 

 「姉ちゃんなんか一緒のところに凛ちゃんが来るって大騒ぎしてたよ」

 

 「…………」

 

 少年、浅井誠は何とか会話を持たせようと凛、今のダージリンに何とか話題を振る。しかしダージリンは俯いたまま、浅井の言葉に返事をする素振りを見せない。

 

 「……姉ちゃんの厳しさは知ってると思うけど、潰れない様に「ねぇ、誠」

 

 「………何?」

 

 話を遮ってダージリンは俯いたまま呟く様に浅井に問い掛ける。

 

 「アンタは納得してんの?」

 

 俯いて無表情。彼女の感情を知ることは叶わない。しかし何かを訴えかけている事は分かった。

 

 「……しょうがないよ。俺は"男"なんだし。それに、俺だって宮舞に受かったんだから戦車から離れる訳じゃ無い」

 

 「そうじゃ無いわ。納得してるのかしてないのか聞いてるの。それと今のアンタのその無理矢理な笑顔、気持ち悪いからやめて頂戴」

 

 普通の男が聞いたら膝から崩れ落ちそうな事を平気で浅井に言い放つダージリン。対する浅井は傷つく様子もない。そして今度は貼り付けてた笑顔をやめて、怒りが湧いて来たのか拳を思いっきり握り締める。

 

 

 「………凛にはバレちゃうか。……正直、暴れたいくらい悔しいかな」

 

 

 先程までの優しい声色では無く、突き刺すような静かな怒りの声。

 ダージリンの瞳が微かながらに揺れた。

 

 中学生までの浅井誠は、戦車道に"整備士"では無く、"競技者"としてその道を目指していた。女の武道と呼ばれる戦車道に、男が介入するとなっては良い顔をしない者も多い。整備士としての門戸は多少開いたが、男性が競技者になると言う話は夢物語の様なものだ。しかし浅井は競技者として戦車道に打ち込んだ。

 中学の大会までは男子も戦車道の大会に競技者として出る事が許される。しかし男子の競技人口は少ないどころか、浅井しか居ないと言っていい有り様だった。それでも浅井は必死に競技者として戦車道に取り組み続けた。

 時には怪訝な目や罵倒を浴びせられる事もあった。しかしそれでも折れなかったのは、幼馴染のダージリンと言う存在が居たからに他ならないだろう。彼女が浅井本人や彼を良く思わない周りの人間にフォローを尽くしたからこそ、浅井誠は中学時代を"競技者"として全うする事が出来た。

 そしてそれが実ったのか中学3年生の夏、とある高校から、『ウチで戦車道をやらないか』と、声が掛かったのだ。

 

 "整備士"としてでは無く"競技者"として。

 

 話を聞く限り内容は『男性だけの戦車道チームを作り、戦車道の男性進出のパイオニアとなって欲しい』と言うものだった。

 勿論浅井はこの話に乗った。高校では大会に男性が出る事は許されておらず、競技者として戦車道に関わるのを半ば諦めていたところにこの話が舞い込んできたのである。

 

 しかし、そんな話に飛びついてしまったのが運の尽きだったのだろう。

 

 その年の冬になったある日、誘ってきた高校から突然、『戦車道の話は無かった事になった』と、通告が来たのだ。

 

 もちろん説明を求めた。学校から一方的にその様な通告をされて納得の行くはずもない。

 しかし、幾ら理由を聞いても学校側はのらりくらりと曖昧な返答を繰り返すばかりで、遂には『3年間の学費を全額免除にしてやるからこの話には首を突っ込むな』との様な事さえ言われた。

 

 そこまで来ると浅井の中でもうこの事は完全に冷め切っており、その学校へ行く気さえも起こらなかった。

 一応保険として戦車"整備士"の名門校である宮舞高校も受験していたので、戦車に乗れないならば、整備士として戦車道に関わろうと浅井は無理矢理、自分自身をそう納得させた。

 

 

 しかし、これに納得しなかった人間が1人いた。

 

 

 「……私は納得してないわよ。だってアンタ……それだけの才能があって……なんで………」

 

 

 ダージリンである。幼馴染として、同じ競技者として浅井の実力を一番知っている彼女は、浅井よりも悲痛な面持ちで地面を睨め付けていた。

 彼は競技者としての生命が絶たれたも同然なのに、自分は戦車道の名門校に受かった。その事も、ダージリンが納得の行かない理由の一つだった。

 

 「そんな顔すんなって。俺もようやく納得して来たところなんだ。……まだ怒りはあるけどね」

 

 「………辞めないわよね?戦車道」

 

「辞めはしないよ。……もう競技者として会う事も無いかもしれないけど、整備士として会うかもしれないだろ?」

 

 「………」

 

 「だから、今はそう言う事で、納得してもらえると嬉しいな」

 

 困った様に笑ってそう言う浅井。ダージリンもやり切れない思いがあるものも、浅井の言葉にゆっくりと頷くのみだった。

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 「………私がアイツに操縦のマニュアル本を貸すのも、私だけ戦車に乗っていると言う負い目を感じてるからかも知れないわね」

 

 ダージリンの独白する様な自虐に、言葉を失ってしまうオレンジペコ。何処か、ただの幼馴染とは違うなとは思っていたが、こんな過去があるとは予想外だった。

 

 「………なるほどね。貴女が執拗に浅井さんを避ける理由が分かったわ」

 

 対してアッサムは何か点と点が繋がったかのような、納得した表情でそう呟く。

 ダージリンがあまり浅井と顔を合わせたく無い理由、それは自分だけのうのうと戦車道をしていると言う、"負い目"があったからなのだ。

 

 「でもダージリン、それはもう昔の事でしょう?あれからもう何年も経っているのに、まだそんなギクシャクした関係でいるつもり?」

 

 アッサムは真っ直ぐと、ダージリンの顔を見てそう言う。

 

 「それは……分かってるのだけれど……」

 

 「負い目を感じてるのは貴女だけで、浅井さんはそんな事気にして無いんじゃないの?」

 

 アッサムの言葉に、ダージリン瞳が微かに揺れる。

 

 「……本当に、そうかしら?」

 

 救いを求めるように、ダージリンは不安げな顔をアッサムに向ける。

 

 「……さあ?それは貴女自身で確かめなさいな。私達が出来るのは、話を聞いてあげるくらいよ。玉砕したら私達に泣きついて来なさい」

 

 すると、今度は柔らかな笑みを浮かべてアッサムはそう言った。この言葉で少し救われたダージリンも薄く笑みを返す。

 

 出来る女は、友人の悩みに対してもこうして親身に接するのである。

 

 

 



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サンダース編
サンダース編1 : 丘の上の公園で


 

 「...デカすぎるな...」

 

 サンダースの学園艦を見るなり、班長になった柴原樹はそう呟く。この学園艦は現在佐世保の港に停泊しており、周辺の地上の建物との対比も相まって余計に大きく見える。まるで地上の建物がミニチュアの様だ。

 これより前、柴原達のフェリーは長崎までの長距離を丸一日かけて航行し、佐世保港についた頃にはすでに夜になろうかと言う時刻になっていた。待ち合わせは翌日の午前中となっている。流石にこの時間からは学園艦に乗り込めないので佐世保の街に一泊し、翌朝。宿泊先のホテルから窓を覗いたところ、柴原の目に映ったのは理解を超える大きさの船が鎮座している光景が入り、この様に呟いたのだった。

 

 「...まだ時間があるな」

 サンダースとの待ち合わせ時間は午前10時、まだまだ時間には余裕がある。すると柴原は持ってきたキャリーケースからジャージを取り出して着替える。そしてホテルの外に出て行き入念な準備運動をしてから、一つ大きな深呼吸をすると、

 

 「佐世保の街を走るのは初めてだからな。楽しみだ」

 

 そう言って薄く笑い、軽快に走り出した。

 柴原の日課はランニング、真面目な彼らしい趣味だが、この時はまさかあんな出会い方をするとは柴原も"彼女"も思ってもいなかったのだ。

 

 

 「...此処の景色は舞鶴と似ているな」

 柴原はまず海沿いを走ろうと海岸沿いの道路を走っていた。海側を見ると、バカでかい学園艦の他に、自衛隊の護衛艦などもちらほら見える。それは彼の地元、舞鶴と似た様な景色であり妙な親近感をこの街に覚えるのだった。

 そして走りながら海をひとしきり見た後、柴原は視線を反対の山の方へ向ける。

 佐世保とは坂の街である。海側まで山地が迫ってきているので坂が多く、少し登れば佐世保港が一望できるのだ。

 柴原はランニングの途中、その丘の上にある展望の良さそうな公園を見つけた。

 

 「...あそこまで行ってみるか」

 

 絶対いい景色に違いない。そう決めると軽い足取りで丘の上の公園まで走っていくのであった。

 

 

 

 

 「...ハァ...ハァ...ハァ......ーーッフゥー...」

 柴原が公園に着いた時には太陽も顔を出していてその日差しが佐世保港を照らしていた。その綺麗な光景に柴原も息を呑む。

 「...ーーフゥー...すごいな、息を切らしてここまできた甲斐があったもんだ」

 もう一つ、深呼吸をして公園からの絶景にじっくりと目を通す。朝日が港全体を照らしており、全体的に暖かみのあるオレンジ色になっている。太陽は海に反射して煌々と輝いていて、まるで御伽噺の中にいる様だ。そんな幻想的な光景に柴原は見惚れる様に港をじっと眺めるのだった。

 ーー後ろから近づいてくる足音にも気付かずに。

 

 

 「Hey!あなた...ここじゃあ見ない顔ね」

 

 

 突然背後から声をかけられて柴原の肩がビクンッと跳ねる。咄嗟に振り返ってみると、この地元の方なのだろうか?一人の女性が軽く笑ってこちらの方を見ていた。

 「あら、驚かせちゃったかしら、ごめんなさいね」

 謝ってはいるがそんなに悪びれる様子もない感じで女性はそう言った。

 「...いえ、ボーッとしていたのは事実ですから。...おはようございます。地元の方ですか?」

 柴原はそう言うと女性の方を再度、しっかり見る。ランニングウェアを着ており、日本人離れした整った顔立ちにウェーブのかかった金髪、ハーフの人なのだろうか?柴原はその様な感想を彼女に持った。

 「おはよう。まあ、そんな感じね。ここは私のお気に入りなの。暇があれば毎朝ここに走りに来てるのよ。それにしても今日はいい天気ね」

 そう言って彼女は背伸びをした。その仕草にそれまでは意識をしていなかった彼女の胸に視線が行ってしまい、柴原はたまらず視線を逸らす。デカい。

 「...で、あなたは?地元の人じゃ無いっぽいけど...観光の人とか?」

 そんな柴原の様子に気付く事なく、彼女は再度質問をした。

 柴原は自分の頭の中の煩悩をなんとか掻き消して言葉を返す。

 「...いや、ここには用事があって、そこに泊まっているバカでかい船に用があるんです。もっと言えばそこの学校に、でしょうか」

 そう言って柴原はサンダースの学園艦を指差した。

 その言葉に女性は意外そうな顔をする。

 「へぇー、観光でもないのに学園艦に乗り込むなんて珍しいわね」

 

 「観光もしたいですが、それよりも大事なことがありますので」

 

 「ふーん、それって何なの?」

 女性の方は理由が気になるのか深く突っ込んでくる。

 「...まあ、男にとっては珍しい"戦車道"関連の事ですよ」

 少し考えた後、柴原はぶっきらぼうにそう答える。

 「...ふーん、そう。観光じゃないのはよく分かったわ」

 女性は意味深な笑みを浮かべてそう言った。彼女の曖昧な対応に柴原もどうしていいのか分からず、少しの沈黙が流れる。

 「...それにしても此処からの景色は凄いですね」

 そんな雰囲気にたまらず、柴原は話題を景色の方へ移した。

 「ええ、言ったでしょう?私のお気に入りだって。ここは観光客も少なくて絶好の穴場なの。まさか今日来たばかりのあなたにこの場所がバレるとは思わなかったけどね」

 そう彼女は軽口を飛ばす。

 「俺もこんな場所があるなんて知りませんでした。下から展望が良さそうな公園が見えたので来てみたんですが、どうやら俺の目に狂いは無かった様ですね」

 柴原もそう軽口で返すと女性の方は少し驚いた様な顔をする。

 「...わお、言うじゃない。気に入ったわ。あなた、名前は何ていうの?」

 

 「柴原樹です。佐世保には1ヶ月半ほど滞在するのでよろしければまたここで会いませんか?」

 柴原は薄く笑ってそう言った。そんな彼に女性の方は意外そうな顔をした。

 「へぇー、見た目によらず結構積極的なアプローチをしてくれるのね、ますます気に入ったわ」

 だが彼女も臆する事なく軽口を返す。

 「見た目で人を判断しない方が良いですよ。もしかしたら俺は相当なプレイボーイかも知れませんから」

 柴原はさらに不敵に笑ってそう言った。

 「アッハハハ、やっぱりあなた面白いわ!イツキ、これから宜しく頼むわね」

 そう言うと女性は一歩、柴原の方へ近づくと右手を差し出して握手を求める。

 柴原もそれに応じて右手を差し出す。

 「こちらからもよろしくお願いします。...えーっと、まだ名前を聞いてませんでしたね。聞いても良いですか?」

 柴原は女性の名前を知りたいと思いそう聞く。

 

 が、対して彼女の方は、少し考え込み、予想外な言葉を柴原に対して放つ。

 

 「...そうね、ここで言っても良いのだけど、それじゃあんまり面白くないわ。もう少し時間が経てば私の名前も分かると思うから、それまではお預け。...あと毎朝ここで会う必要も無くなると思うわよ」

 不敵に笑った女性はそう言うと握手を手放した。

 「それってどういう...」

 柴原が理由を訊こうとすると、

 「ストップ。それ以上聞くのは野暮ったいわよ」

 女性は柴原の口に人差し指を近づけてそれ以上言わないように制する。

 「そういう事だから、今回はこれまでよ。またあとで会いましょう。イツキ」

 女性はそう言うとウィンクをして再び走って公園を後にするのだった。

 そんな彼女を柴原はボーッと見つめる。

 

 

 

 「...面白い人だな」

 

 

 しばらくの無言の後、柴原は彼女のことを短く、そう評した。

 

 

 

 

 

 

 

 「...準備はいいか?」

 

 

 「「「はい!!」」」

 

 柴原がそう尋ねると他5名の整備士たちは元気よく返事をする。気が付けばサンダースとの顔合わせの時間まであと1時間というところまで来ていた。柴原は全員いるのを確認すると時間を確認して甲板の方へ乗り込む。

 すると道中、その中の一人が、柴原の方へ近づいて来た。

 

 「ノッポ先輩、なんか嬉しそうですね」

 

 そう言ったのは2年生の一人で、興味津々、と言った風に柴原にそう尋ねた。

 「...そう見えるか?」

 柴原はあいも変わらずぶっきらぼうにそう返した。

 「そりゃもう。1年の連中はビビってる奴ばっかですが、ウチら2、3年生からすればノッポ先輩って結構分かりやすいんですよ」

 この2年生の言う通り柴原は結構感情が表に出やすいタイプなのだ。

付き合いの浅い人間にはぶっきらぼうな態度、目元まで隠れる前髪故に分かりにくい表情、あまり喋らない性格からか、敬遠されがちなのだが、その実、話してみると情に熱く、ちゃんと仕草を見てみれば分かりやすいことから、彼との付き合いの長さで全く評価が変わると言うのがこの柴原樹という男の特徴なのだ。

 「なんかいいことあったんですか?」

 2年生はそんな柴原の性格を知ってか、ニヤニヤしながらそう言った。

 

 「...まあな、今朝、面白い女と出会ったんだ」

 

 そんな2年生に憤る事なく、柴原は口元を緩めながらそう言った。

 「へぇー、ノッポ先輩がそこまで嬉しそうにするって事は相当いい女だったんですね」

 感心したように2年生はそう言った。

 「...お前は俺のこと何だと思ってるんだ。...まあ、初対面のくせにグイグイ来る変な奴でもあったな」

 柴原がそう言うと2年生は驚いた顔をする。

 「ノッポ先輩に初めからグイグイ来る人なんて珍しいですね...」

 

 「...どう言う意味だ?」

 柴原が不服そうに言う。

 「そのまんまの意味ですよ。もっと笑えばノッポ先輩かなり接しやすくなるのに、勿体ないんですよ」

 2年生はそんな柴原な態度に慣れているのか、飄々とそう返した。

 

 「...やっぱもっと笑った方がいいのか...」

 

 柴原は少し下を向いて肩を落とした。

 だがそれなら、今朝出会った女性はどうして取っ付きにくい自分に向こうから話しかけて来たのだろうか?今のやり取りでいっそうそう感じる柴原だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーやはり何もかもがデカい。柴原がサンダースの学園艦の甲板に出て抱いた感想はやはりそれだった。学園艦というのは文字通り船の上に街を作るので建物が小さかったり、その間隔が狭かったりと割と窮屈に感じるのだが、ここの学園艦は船の広さを活かしてか、家もデカければ

道路もデカく建物の間隔も広い。そんな船なのだ。しばらく歩いていると、遠くの方に一際大きい建物が見えてきた。

 

 「あれがサンダースの格納庫か」

 

 やはりデカい。柴原はその大きさに圧倒されつつも近づいていく。

 すると入り口のところに少女が立っているのが見えた。柴原はその少女に近づき、軽く一礼をする。

 

 「わざわざお迎えありがとうございます。宮舞高校から来ました班長の柴原です」

 柴原が丁寧にそう言うと少女は居心地の悪そうな顔になる。

 

 「あー、私はナオミって言うんだ。よろしくな」

 ナオミと名乗ったショートカットの少女が軽くそう答えると柴原も返す。

 「こちらこそよろしくお願いします。ナオミさん」

 柴原は尚も丁寧にそう返した。

 「えっと、柴原サン、だっけ?さっそくだけどその喋り方やめてくれないか?何だかむず痒くてね。それにアンタ私と同い年だろ?タメ口の方がこっちとしてもやりやすいんだ」

 柴原はそれを聞いて少し驚く。これまで彼が行ってきた高校は少なくとも2週間はお互いに敬語が抜けなかったのだが、このナオミという少女は早速タメ口で話す様に促してきた。これもアメリカ的な気風が大きく関係しているのだろうか。

 「...そうか、そういうことなら遠慮なく。改めてよろしく。ナオミさん」

 柴原はそう言うと右手を出して握手を求める。

 「ああ、こちらこそな」

 対するナオミは先程の居心地の悪そうな顔が消え、気持ちのいい笑顔を浮かべると、力強く柴原の右手を握った。

 

 

 

 

 

 

 ナオミに案内されて格納庫の中に入ってみると、そこにはやはり、圧倒されるような光景が広がっていた。

 「...すげぇ...」

 柴原がそう呟くのも無理はない。格納庫にはざっと見ただけでも50台以上の戦車が整備中でそのほぼ全てが新品の部品に交換、新車のように綺麗に保たれていた。機材の方に目をまわしても色とりどりのレンチ、有り余るほどのゴムパッキン、整備士の服に至っても綺麗に保たれているように見える。

 「こりゃ強いわけだ」

 柴原は感心するようにまたそう呟く。ナオミも柴原のリアクションを見て少し得意げな顔になる。

 「ここの機材、全て自由に使っていいと隊長から言われている。遠慮なく使ってくれ」

 

 「そりゃありがたい」

 柴原は心底嬉しそうにそう言う。ただし表情筋があまり動かないので側から見れば無表情でそう言っているように見えるのだが。

 

 

 

 「わお、気に入ってくれたようで何よりね」

 

 

 

 すると柴原の背後から突然、別の女性の声が聞こえた。どこかで聞いたことのあるような声。柴原はその声に既視感を覚えながらゆっくりと振り返る。そこには

 

 

 

 

 「Hi.さっきぶりね、イツキ。どう?ウチの戦車庫は、気に入ってくれたかしら?」

 

 

 

 

 柴原が今朝、公園で見た金髪の女性がしてやったり顔で立っていた。

 

 「...なるほど、あの時名前を言わなかった理由が分かったよ。中々粋なことをするじゃないか」

 柴原は納得したような顔をして金髪の少女にそう言った。

 

 

 

 「どういたしまして、ようこそサンダースへ。私がここの隊長"ケイ"よ、イツキ、貴方が班長ということは今回の研修、今まで最高に面白いものになるかもしれないわね」

 

 

 

 

 やっと名を名乗ったケイという少女は軽くウィンクをしてそう言った。

 



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サンダース編2 : 遺せるもの

 

 

 「なんだ?2人は知り合いなのか?」

 

 サンダースの戦車格納庫の中、知り合いの様な素振りを見せる柴原とケイの2人に、ナオミは少し驚いた声を上げる。

 

 「ええ、イツキとはそれはもう、プラトニックな関係よ」

 

 対してケイはあろうことか勘違いさせる様な爆弾発言をしてウィンクをする。

 そしてその発言を聞いていた戦車道履修者達の目線が一気にこっちを向いた。

 

 「はぁー...揶揄うのはよしてくれ」

 

 悪ふざけで言っている事を察知した柴原は、少し面倒臭さそうな顔になりながらそう言う。

 今の状況は完全アウェー。ここでケイに乗せられてはあらぬ誤解をサンダースの生徒達に与えてしまう。

 「あら、今朝はあんなに情熱的にアプローチしてくれたじゃない。もう私には飽きちゃったの?」

 だがケイはこの状況を随分楽しんでいるらしい。意地の悪い笑顔を浮かべて挑発的にそう言うと、周りから黄色い声が上がる。

 「...ノッポさん、もう手を出したんですか?」

 自身の整備士達も勘違いしたのかジトっとした目を柴原に送る。

 「人聞きの悪い事を言うな。今朝、ランニングしてたら偶然出会っただけだ」

 だが柴原は慌てる事なく無表情でそう返す。そんな冷静な彼の対応に現場の熱も少々下がっていった。

 「ふふっ、ごめんなさい。宮舞の人って事は分かったんだけど、貴方がリーダーだったのね」

 ケイはペロッと小さく舌を出して軽く謝る。

 「...まあ、顔合わせが幾分早くなっただけだ。君に一本取られる形になったけどな」

 対する柴原も薄く笑って冗談を返す。

 

 「...まあ、なんだ、知り合いなら話が早い。これからウチの戦車の説明をするからついて来てくれ」

 2人の会話に納得したナオミからそう声が掛かる。それを聞いた宮舞の整備士達は再度、気を引き締めてナオミの後に続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 「これがM4中戦車、シャーマンだ。ウチの主力だな。多分研修中もこの戦車を1番診てもらう事になると思う」

 各々が自身の整備、訓練に勤しむ中、ナオミは宮舞の整備士達に淡々と戦車の説明をする。流石はマンモス校、戦車のスペックもさることながら、状態もほぼ万全なようだ。総力戦になれば宮舞じゃ全く敵わないなと、心の中で呟いた柴原は真剣にナオミの話を聞いている。

 ただ柴原は一つ、違和感を感じていた。というのも、今まで見てきたサンダースの戦車達は整備は万全なのだが、どれもスペック通り。つまり高水準で纏まっているのだが、"それ以上"が無いのだ。

 宮舞では新しい戦車が滅多に来る事が無いので既存の戦車を各々、好き勝手に改造して自分好みの戦車を創り上げているので、本来のスペックとは異なる車輌が多い。ただサンダースの戦車はどれも"スペック通り"。宮舞で改造に慣れ過ぎた柴原が感じる違和感はそこだった。

 「どれも新品みたいだな...改造している戦車とかは居ないのか?」

 純粋に柴原は疑問を投げかける。

 「あぁ、これだけ数が多いと性能を統一した方が統率が取れやすいんだ」

 ナオミのその言葉に柴原は納得する。確かに50輌以上もの戦車がそれぞれ違う性能だったら統率なんざあったものでは無い。それなら下手に弄らず、常にスペック通り万全の状態にしておけば、指揮を取る側としてはこれ以上やりやすい事はないのだ。大量の戦車を抱えるサンダースならではの事情だった。だが柴原の中に一つ、疑問が残る。

 

 「なるほど、でも"少数戦"の時はどうしてるんだ?」

 

 柴原の核心を突く言葉にナオミは苦い顔になる。

 

 「わお、そこに気付けるなんて、流石は戦車整備の名門校と言ったところかしら」

 

 柴原の問いにそう返したのはナオミではなく、ケイだった。口調は軽いが表情は先程とは打って変わって真剣だ。

 「イツキの察する通りサンダースは少数戦に弱いの。改造してる戦車も居ないわ。と、言っても、やりたくても出来ないのだけれどね」

 困った顔をしてケイがそう続ける。

 

 「ち、ちょっと待ってください!」

 

 そう言って話を遮ったのは宮舞の2年生整備士、緒方だった。

 「どうしてサンダースが少数戦に弱いんですか?スペックを見ても他校の戦車達と遜色ないでしょう」

 緒方は何故サンダースが少数戦に弱いのかわからない様だった。そんな彼の素朴な疑問に柴原が答える。

 「そうだな...緒方、これからお前が隊長になったとして考えてみろ。5対5の少数戦だ」

 

 「?...はい」

 緒方は柴原が何を言おうとしているかは分からないが、素直に返事をしておく。

 「ウチの宮舞の5輌は改造しまくっていて速度もバラバラ、スペックもバラバラ。型式は同じだが同じ車輌なんざ1輌も居ない」

 柴原の言葉に緒方は頷く。

 「対して私たち、サンダースの5輌は速度も同じ。スペックも同じ。5輌全てが同じ挙動をする戦車よ」

 続いてケイがそう言葉を続ける。

 

 「あなたは隊長として戦うとなった時、どっちの方が敵としてやりにくいかしら?」

 

 ケイがそこまで言うと緒方はハッとした表情になる。

 「...前者の方が、やりにくいです」

 そう、サンダースが少数戦に弱い理由はここにあった。確かにサンダースの戦車達は高水準で纏まっているが、それらが"全て同じ"と言う事は、戦う相手側からすれば対策が立て易い事に他ならないのだ。

 これが物量戦ともなれば統率も取れ、サンダースの右に出る者はいないが、少数戦になると話は変わってくる。性能が良い戦車を揃えれば勝てると言う訳では無いのだ。その点ではサンダースは少数戦、もとい、輌数が制限された試合では不利になる。

 「もちろん、それはほんの少しに過ぎないが、それでも不利になるのは事実だろうな」

 柴原がそう付け加えるとケイもそれに深く頷く。

 「good、流石は私の見込んだ男ね。イツキの言う通り、サンダースは少数戦で作戦を立てても対策される事が多いわ。...実際、今年の戦車道大会じゃあそれでやられちゃったしね」

 ケイは少し後悔する様な顔でそう呟いた。大洗戦では直接的な敗因として無線傍受を逆手に取られたのが原因だが、もう一つの敗因として戦車が全て同じスペックであるが故、大洗の隊長に無線傍受がバレた後の対策を取りやすくさせてしまったのも原因の一つだった。

 「...そこでイツキ、貴方達にお願いがあるの。ここまで話せば大体察しはつくでしょうけど」

 ケイはここで一つ、大きく深呼吸をして柴原の顔を真剣に見つめる。

 

 

 

 「私たちに戦車改造のノウハウを教えてくれないかしら?」

 

 

 

 今回の派遣研修での彼女の最大の狙いはここだった。もし、この問題を克服する事ができれば、サンダースの弱点は完全に無くなるとケイは考えていたのだ。

 対して柴原は微妙な顔をする。

 

 「...それは構わないが、戦車の改造と言うのは相当な知識と技術が要るぞ。それに既存のスペックより底力を上げようとするんだ、何処かしら不具合が見つかるかも知れないし、それも根気よく調整していかなくちゃいけない。それでもやるか?」

 柴原の言う通り、戦車改造と言うのは"ハイリスク ハイリターン"が基本である。成功すれば見違えるほどの力が出るが、一歩間違えれば本来のスペックより落ちる可能性もあるのだ。それを1ヶ月半で叩き込むと言うのは、サンダースにとってはかなりリスキーな事だった。

 だが、このケイという女性は強かった。

 

 

 

 「構わないわ、私は今年が最期だもの。ここで何か一つ、後輩に遺しとかなくちゃカッコ悪いでしょ?」

 

 

 

 そう言う彼女の決意は硬いようだ。そんなケイの表情を見た柴原はフッと笑う。

 「...失礼な事を言ったな。分かった。その話、こちらも乗らせてもらう。お前らもそれでいいか?」

 振り返って他の整備士達にそう問うと。

 

 「「「はい!!!!」」」

 

 皆からも気持ちのいい返事が返ってくる。柴原はこのサンダースという巨大な組織で彼女が皆から信頼を集められる理由が、このやり取りで分かったような気がした。

 

 




今回はかなり短めっす。


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サンダース編3 : 女の勘

 

 

 サンダースと言う学校は超が付く程のマンモス校である。大人数の生徒を抱えていながら他の高校の追随を許さないほどの設備の充足。それは教室、食堂、体育館、多目的室に至るまでであり、ここの生徒は何一つ不自由なく過ごせるのだ。

 

 「...改めて見ると本当に全て新品みたいだな」

 

 「宮舞(ウチ)と比べるとすごい差ですね...」

 

 そしてそれは戦車道とて例外では無い。格納庫の設備が隅々まで整っている様を見て柴原と緒方はもはや驚きを通り越して苦笑いをしていた。

 「改めてようこそ、我がサンダースへ。今日から本格的に私達の戦車を触ってもらうわ。いきなり改造、って行きたいところなんだけど、とりあえず今日はシャーマンの中身を見てもらおうかしら」

 

 そこへブロンドの髪の少女、ケイが現れて柴原達に話しかける。

 

 「そうしてもらえると助かる。まずは既存のスペックを把握しておきたいからな」

 

 ケイの提案に柴原も概ね賛成のようだ。改造を教えようにもまずは戦車の詳細を知っておかないと話にならない。大体は予想できるがそれでも実際に見なければ分からないものなのだ。とりあえず、目の前にズラリと並んであるシャーマンを隊員たちは見始めた。

 

 

 

 

 

 「どうですか、ノッポさん、手応えの方は」

 

 「大体予想通りだ。きちんと整備されていて変なクセも無い。マニュアル通りやっている証拠だ」

 

 戦車の下から緒方と柴原の声が聞こえる。やはり柴原の予想通りサンダースのシャーマンはどれも驚くほど統一されていた。車で言うならば納車前の新品の車がノーマルのままズラっと並んでいる感じ。特徴が無いと言えばそこまでだが、だからこそ柴原はこのシャーマン達に可能性がある事を予感していた。

 「弄ればもっと良くなるだろう。スピードを上げても良し。装甲を厚くしても良し。砲塔をもっと大きいものに変えても良し。...本当にバランスの取れた良い戦車だ」

 

 「わお、そこまで褒めてもらえるなんて光栄ね」

 

 柴原の呟きを聞いていたのか、ケイが戦車の下を覗き込んでそう言う。驚いた柴原は頭をぶつけて少し悶絶した。

「...驚かせないでくれ...心臓に悪い...」

 アメリカ気風なのもあるかもしれないが、とにかくこのケイと言う女性は距離が近い。男子校で女性にあまり慣れていない柴原にとって、ケイの距離感は気が気では無いのだ。

 「あら、ごめんなさい。あまりに真剣に会話してるものだから気になっちゃって」

 クスクスと笑って相変わらず悪びれる様子のないケイ。半分冗談、半分はそんな柴原の反応を見て楽しんでいるのだろう。

 「それで、私達の戦車がポテンシャルがある事は分かったわ。早速改造に着手して貰いたいのだけれど、良いかしら?まずは貴方達の改造作業を見てみたいわ」

 再びケイがそう提案するが柴原は疑問に思う。

 「それは良いが素材はあるのか?改造しようにもチューンアップするモノが無いと力は上がらないぞ?」

 彼が格納庫の中身をザッと見ただけでは、それらしき交換用のパーツは見当たらなかった。まさか素材もなく改造しろなどと言うとは思わないが一応、柴原は聞いてみる。

 

 「それならとっておきがあるの。付いて来て貰って良いかしら?」

 

 小さくウィンクをして付いてくるようケイが言う。サンダースのとっておきである。きっと金にモノを言わせた凄まじい物なのだろうと、宮舞の整備士達はワクワクしながらついて行くのだった。

 

 

 

 

 「これは...」

 

 柴原達が連れてこられたのは別の格納庫。戦車の部品だろうか、埃がかぶらないようにそれぞれのパーツのような物にブルーシートがかけられている。しかしその中のひとつだけ、シートが剥がされた部品があった。

 

 「ディーゼルエンジンか...」

 

 そこにあったのはエンジンのパーツ。剥き出しのエンジンの構造から、柴原はこれがディーゼルエンジンだと確信する。

 

 「思い切った事をするな。シャーマンはガソリンエンジンだろ?資金もサンダースなら問題ないだろうに。わざわざデメリットの多いディーゼルに換えるのか?」

 

 続けて柴原がそう言う。彼としてはシャーマンのエンジンをガソリンエンジンからディーゼルエンジンに変える理由が見当たらなかった。

 現代でこそディーゼルエンジンが主流だが、第二次世界大戦時の戦車はガソリンエンジンが主流だった。もちろん、シャーマンとてガソリンエンジンを採用していたし、ドイツのティガー戦車もそうだ。ガソリンエンジンのメリットはディーゼルエンジンに比べて小型、軽量、高出力な点にある。被弾すると炎上しやすい、高価、燃費が悪いなどのデメリットもあるが、当時のディーゼルエンジンの技術の未発達さを鑑みればどの高校だってガソリンエンジンの積んだ戦車を選びたいのだ。金銭面などの理由でディーゼルエンジンの戦車を使う高校もあるが、資金が豊富なサンダースでそれをする理由が見当たらない。

 

 「イツキなら分かるでしょ?ディーゼルエンジンのメリットが」

 

 「...そりゃあまあ、メリットはあるがデメリットの方が勝つんじゃないか?」

 

 尚も余裕を崩さないケイだが柴原は何の目的で彼女がディーゼルエンジンに換えようとしているのかが読めなかった。

 ディーゼルエンジンのメリット、それはガソリンエンジンとは逆で炎上しにくい、安価、燃費が良いなどが挙げられる。しかしデメリットもまた、ガソリンエンジンとは逆で大型、重い、低出力などのデメリットがあるのだ。そしてそれは"戦車道"と言う競技では致命的な弱点になり得る。長期戦となればディーゼルエンジンは真価を発揮するが、その前に決着が付きやすい戦車道競技ではあまりにもデメリットが大きいエンジンなのだ。

 しかしケイには考えがあるのか、薄く笑って口を開く。

 

 「イツキ、何もこのエンジンをそのまま換えろとは言ってないわ。今の時代、主流はディーゼルエンジンよ」

 

 

 「それって...」

 

 それを聞いた柴原は何か合点がいったのか驚いた顔でケイを見つめる。

 

 

 

 

 「ディーゼルエンジンのデメリット、それが克服出来ればこれ程心強いものはないでしょ?」

 

 

 

 

 

 ケイの狙い、それはディーゼルエンジンそのもののチューンアップだった。彼女も述べた通り現代の戦車はディーゼルエンジンが主流だ。

 大戦時より技術が進歩した今、そのノウハウを目の前の古いディーゼルエンジンに反映すれば正に最強のエンジンが完成する。ケイはそう結論付けたのだ。

 しかしそこには一つ問題がある。

 

 「...ルールがあるだろう。確かに今の戦車技術はディーゼルエンジンが主流だが競技になると話が変わるのはケイも知っているだろう」

 

 柴原の言う通り、いくら現代のディーゼルエンジンが進歩しているとは言え、戦車道競技では全く役に立たない。

 

 "戦車道競技で使用する戦車、およびエンジンなどの部品は第二次世界大戦中、もしくはそれ以前に製造、設計されたものに限るとする"

 

 これはルールブックにも明記されている事で、つまりいくら現代の戦車技術が進歩しているとは言え、使えるモノは大戦以前の部品に限るのだ。

 「知っているわ。でもそれは"パーツ"だけよ」

 ケイがそう言うと格納庫の奥の方へ歩いて行き、他の部品に掛けてあるブルーシートに手を掛けた。

 

 「"エンジン"なら各種、良いのを取り揃えたわ。これならレギュレーションにも引っかからないでしょ?」

 

 そう言ってブルーシートをバッと剥ぎ、隠れていた他の部品が露わになる。

 それを見た柴原は、ようやくケイのやろうとしている事の意図が理解できた。

 

 「...なるほど、これらを合わせれば確かに良い物が出来るかもしれないな」

 

 感心して柴原がそう呟く。現れたのは他のディーゼルエンジンだった。しかし、どれも同じディーゼルエンジンでは無く、日本製、ドイツ製、アメリカ製、ソ連製と各国の戦車用ディーゼルエンジンがかなり良い状態で並べてあったのだ。

 

 そしてそれらはどれも第二次世界大戦中、もしくは以前に製造、設計されたものだった。

 

 「ディーゼルエンジンの大改造。まずイツキ達にやってもらいたい事はこれよ。パーツはルール通り、後は現代ディーゼルエンジンの知識を反映すればかなり良いエンジンになると思うわ。どう?出来そうかしら?」

 

 正にルールブックの穴を突いた改造。これならばレギュレーションに引っかかる事は無いし上手くいけばディーゼルエンジンの欠点も補える。

 

 「...流石だな。改造をした事がないと言っていたが知識は十分にあるじゃないか」

 

 柴原もケイがここまで考えているとは思っていなかったのか、感嘆の言葉を口にしていた。

 

 「勉強したのよ。でもそれだけじゃ技術は身に付かないわ。このタイミングでイツキ達が来てくれたのは本当にラッキーだったのかもね」

 

 サンダースでの柴原達の役割、ここまで入念に彼女が考えてきてくれたとなれば、柴原達もそれに応えない訳にはいかない。

 

 「...エンジンの改造、全力を尽くす。恐らく俺らでも骨が折れる作業になるだろう。それを君たちに叩き込む。相当厳しくするが良いな?」

 

 ケイの覚悟、それは先程柴原も聞いた。こんな脅し文句では怯まないと思いつつも一応ケイに尋ねてみる。

 

 「ええ、もちろん。覚悟の上よ。でも主に教えてもらうのは私達3年生じゃないわ。もうじき私も卒業しちゃうしね」

 柴原の問いに即座に答えるケイ。しかし彼女は先を見据えているのか、自身より下級生にを優先して指導させたいようだ。つくづく彼女の器の大きさと言うものを感じさせる。

 「...なるほど、となれば主に教えるのは2年生か?」

 柴原も納得して頷く。今回の研修で鍛える改造技術を来年の戦車道大会で活かせればこれ程理想的な事は無い。

 

 「そう言うこと。そのためにピッタリな人材もいるわ。Hey!!アリサ!!いい加減隠れてないでこっちに来なさい!!」

 

 ガタンッと柴原達の背後から物音がした。慌てて後ろを振り向くと、1人の少女が物陰から顔だけを半分出してこちらを覗いていたのだ。

 ケイに呼ばれて少しオロオロしつつも、おずおずと柴原達の前に出てきた。

 

 「...えっと...彼女は?」

 目の前に現れたは良いが、恥ずかしそうに下を向いて話そうとしない少女に困惑して、柴原がケイにそう尋ねる。目の前に出て来た少女は低めの身長で赤みがかった髪を短いツインテールにまとめていた。

 「アリサ、黙ってちゃ分かんないわよ。ちゃんと自己紹介しなさい」

 ケイが苦笑いをしてそう言うとまじまじと柴原達の方へ顔を向けてやっと少女が口を開く。

 「...え、えっと、こんにちは...サンダース大付属、2年生のアリサです...お願いします...」

 かなり辿々しいがアリサと名乗った少女がぶっきらぼうに挨拶をした。

 「あー、うん。よろしく。宮舞高校3年の柴原だ。これから1ヶ月半よろしく頼む」

 そんな彼女の反応にどう対応して良いのか分からず、柴原も微妙な返しをしてしまった。

 

 「...」

 

 「...」

 

 なんだか気まずい沈黙が流れる。このアリサと言う少女も柴原と同じであまり喋るタイプではないのか、どう会話を切り出して良いのか分からないようだった。

 

 「ふふっ、アリサ、そんなに緊張しなくても良いわよ。確かに少し威圧感はあるけれど悪い事をするような人では無い...と思うわ」

 ケイがアリサの緊張を解そうとちょっとした冗談を飛ばす。対して見た目の事を言われた柴原は目に見えて落ち込んでいた。

 

 「...やっぱり俺って近寄り難いのか...」

 

 気にしている事を異性に言われたとなっては、その落ち込み方は尋常ではなかった。周りの宮舞の隊員達が必死にフォローしている。そんな柴原を見てケイは大笑いしていた。

 

 「ぷっ、クククっ...」

 

 そしてそんな光景につられたのか、アリサも吹き出してしまう。

 「わお、やっと笑ったわね」

 それを見ていたのか、横顔を覗いてそう言ったケイにアリサは慌てて表情を戻す。

 「す、すみません。失礼な事を...」

 

 「もう、そんなに固くならないの。そんなんじゃ宮舞の人達だって困惑しちゃうわよ」

 

 「で、ですが...」

 困惑した表情で柴原の方を見る。少し緊張が解れたとはいえ、やはり年上の男性がいるとどうしても身構えてしまうようだっ

 「んー、アリサはイツキが怖いかしら?」

 ケイの質問にアリサの表情が一層強張る。

 「い、いえ、そんな事は...ただどうしても年上の男性と思うと緊張しちゃって...」

 

 「...大丈夫よ。イツキは大丈夫。私が保証するわ。」

 今朝の公園での一件でしか絡みは無いがケイはイツキが信用できる人間だと確信しているようだ。

 「えっと、根拠はあるんでしょうか?」

 アリサは柴原を疑うわけでは無いが、ケイがそこまで柴原に信頼を置く理由を知りたいようだ。

 「うーん、あんまりコミュニケーションは無いんだけど...そうね、強いて言うなら...」

 そこで一呼吸置くと得意げなウィンクをして自信満々にこう答えた。

 

 

 

 「女の勘ってやつよ」

 

 

 

 



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サンダース編4:覗き見

 

 「…どうもうまくいかないな…」

 

 柴原がポツリと、誰も居ないサンダースの格納庫で呟く。この研修でケイに頼まれた事は二つ。サンダースへ改造技術を教える事と、ディーゼルエンジンの改造。そして後者、ケイにディーゼルエンジンの改造を頼まれたのは良いが、コレが中々上手くいかない。元々、WWⅡ時代のディーゼルエンジンはどれも未熟で開発段階だった物も多い。各国のディーゼルエンジンの良いとこ取りとは聞こえがいいが、まずその"良いとこ"を探すのに柴原は手間取っていた。

 

 「どれも技術的に未熟過ぎる。これじゃ現代のディーゼル戦車の技術なんて反映出来ないぞ…」

 

 用意されたディーゼルエンジンと現代のディーゼルエンジンでは技術的に差があり過ぎる。エンジンの設計図と睨めっこをして何とか現代戦車との共通点を見つけ出そうとする柴原だが、皆無と言って良いほどだった。

 

 「…ノッポさん、そろそろ上がりましょう。もうすぐ20時になっちゃいますよ」

 

 手伝いをしていた緒方が帰る様に促す。熱中し過ぎて時間を忘れるのは柴原の悪い癖であった。このままでは朝までやりかねないので緒方も手伝いと言う名目で柴原の側にいたのだ。

 

 「もうそんな時間か、すまんな緒方。付き合わせてしまって」

 

 「いえ、大丈夫です。…しかし中々に難しい注文ですね。これは」

 

 緒方も設計図を覗きながら軽く唸る。エンジン同士を合成してチューンアップすると言う事は、超一級品の改造技術と知識が必要となる。触り慣れているガソリンエンジンならば柴原もさほど苦にはしないのだがWWⅡ時代のディーゼルエンジンは柴原も初めて触るが故、かなりの苦戦を強いられていた。

 

 「ハァ、前山が居れば多少は進むと思うんだがな…」

 

 「アイツはディーゼルエンジンも弄れますからね…」

 

 技術なら宮舞ピカ1の前山であれば何とかなるかもしれないが、生憎彼はアンツィオの研修に行っているので呼び出すことも出来ない。

 

 「…と言っても10日はこの状況だ。そろそろ何とかしないとマズいな…」

 

 「…ですね」

 

 研修が始まってからニ週間、ディーゼルエンジンの改造は、全くと言って良いほど進展していない。

 

 

 

 

 

 

 

 「ハロー、イツキ。随分と浮かない顔ね」

 

 「…元々こんな顔だ」

 

 翌日、よく眠れなかった柴原にケイが声をかける。表情が分かりにくい彼だが、ケイには何故か分かるらしい。

 

 「そんなに煮詰めなくてもいいわよ。お願いしてるのはこっちだしね」

 

 「いや、一度引き受けたんだ。最後までやらなきゃ失礼だろう」

 

 「あら、真面目さんね。でもちゃんと睡眠は取りなさい。凄いクマよ?」

 

 どうやら寝不足も見抜かれていたらしい。昨晩のあの後、どうしても眠る事が出来ず、柴原は宿舎に戻るとひたすらにまた設計図と睨めっこをしていた。それ故の寝不足である。

 

 「それじゃあ間に合わないかも知れない。もう二週間も進展が無いんだ。少しでも時間が惜しい」

 

 そして柴原の中では焦りが見え始めていた。まだ5週以上残っているとはいえ、この二週間、全く進展が無いと言うのは柴原を焦らすには十分だった。正直、寝不足気味なのも一度や二度では無い。

 

 「そう言う事じゃ無いの。無理をして体を壊しちゃったら元も子もないでしょ?」

 

 「…それはそうだが…」

 

 「大丈夫よ。絶対成功するわ」

 

 柴原の目を見て力強くそう言うケイ。あまりにも真っ直ぐ見つめられるので柴原もたまらなくなって視線を逸らす。

 

 「…どうして言い切れるんだ」

 

 「それは…秘密よ。とにかく、今日は終わったら帰って寝なさい」

 

 柴原の疑問にウィンクをしてそう答えるケイ。何の根拠があってケイが大丈夫と言うのかは分からないが妙に説得力がある様に柴原は感じた。

 

 「何だよそれ…まあいい。ところで、改造にはそろそろ慣れたか?」

 

 柴原はもう一つの頼み事、サンダースに戦車の改造技術を教えると言う話題に変える。

 

 「そっちは順調よ。元々ウチには良い整備士が沢山いるの。イツキも教えててやり甲斐があるでしょ?」

 

 「ああ。正直、あんなに吸収が早いとは思っていなかった」

 

 嬉しい誤算だったのはサンダースの整備士達がかなり呑み込みが良かった事だった。普段の整備がしっかりしている分、パーツなどの理解なども深く、後は応用を利かせるだけで、改造も難なくとこなしていた。

 

 「最初、イツキが改造してくれたシャーマンに乗った時はビックリしたわ。あんなにも変わるのね。こうなるならもっと早く改造の良さに気づくべきだったわ」

 

 どこか悲しそうな顔をしてそう呟くケイ。彼女はもう三年生。次の全国大会はもう無い。後輩に何か残すためとは言っているが、本心ではやはり自分が現役の時に気付くべきだったと後悔しているのだろう。

 

 「…後輩がいる。過去を悔やんで何もしないよりかはよほど良い」

 

 「ふふっ、余り上手じゃない慰め方ね」

 

 少し気に病んだのか、柴原がフォローの言葉を掛ける。しかしケイはそこまで落ち込んでいる様子は無かった。

 

 「いいのよ。終わった事は仕方ないわ。それに…」

 

 一呼吸置いてケイは視線をを一人の少女に移す。

 

 

 

 「期待している後輩もいる事だしね」

 

 

 

 視線の先、アリサの方を見て、薄く笑うケイだった。

 

 

 

 

 

 

 

 「ホントに驚いたわね。まさか5キロ増しただけでこんなに戦術の幅が拡がるとは思わなかったわ」

 

 「そりゃあどうも。他にも色々ありますよ。装甲を厚くしたり、砲塔を強化したり。次の戦いを見据えて改造するのも一つの手です」

 

 そしてそのアリサは今、シャーマンの前で緒方と打ち合わせをしていた。どの様な改造をするのか。また、それをどうやって戦術に反映するのか。そしてそれを実行する事で戦略の幅がうんと拡がる。策略家のアリサにとって戦車改造と言うのは、叩けば叩くほど宝の出る打ち出の小槌の様なものだった。

 

 「手を出し始めたらキリが無いわね…全部チューンアップとか、そう言うのは出来ないの?」

 

 無茶を言うアリサに緒方も苦笑いになる。

 

 「それは流石に無茶ですね。何処か一箇所をチューンアップすれば必ず何処かがパワーダウンします。例えば防御力を高めるために装甲を厚くしたら、重くなってスピードは落ちますし、エンジンの馬力を上げてスピードを上げても、操作性は落ちます」

 

 基本、戦車改造とは一長一短。何処かパワーアップすれば、何処かがパワーダウンする。大事なのは戦う相手、環境、地形に合わせてどこを重点的にチューンアップするのかが大事になってくるのだ。

 

 「だから市街地戦とかの見通しが悪く、狭い所では機動性を高める為に足周りを強化して動きやすくすれば良いし、平原とかの見通しが良い場面では砲塔の威力を強化すれば遠くの敵まで砲弾が届きます」

 

 緒方の説明に納得しているのかアリサは必死にメモを取っている。こう言うマメで勤勉な所は彼女の強みでもあった。

 

 「なるほど…それ、もうちょっと詳しく教えてくれる?」

 

 まだまだ物足りない。そんな表情で緒方の言っている事を一言も漏らさないと言わんばかりに、話に聞き入るアリサだった。

 

 

 

 

 

 

 「皆、お疲れ様!!そろそろ時間もいい所だし終了しましょうか」

 

 パンっと、手を叩いて今日の訓練を終了する様にケイが声をかける。柴原は相変わらず設計図とエンジン達を睨めっこしていて、アリサと緒方はこんな時間になるまで意見交換していたのだろう。先程のシャーマンから全く動いてなかった。

 

 「…もうそんな時間か…よし、皆、上がるぞ」

 

 時刻は午後5時半。柴原も宮舞の整備士達に声を掛けると整備機材を片付け始める。そこにアリサとの会話が終わったのか、緒方が近づいて来た。

 

 「あれ?ノッポさん、今日は残らないんですか?」

 

 いつもなら学校の閉まるギリギリまで残っている柴原が帰る素振りを見せているので緒方が疑問に思う。

 

 「…今日はケイに帰って寝ろって言われたからな」

 

 柴原としては、どうにか目を盗んで格納庫に残りたいが、今日はケイが自分が格納庫の鍵を閉めると言っていたのでそれは叶わないだろう。

困った顔をしてそう言った。

 

 「ハハッ、そりゃあケイさんが正解ですね」

 

 「何だ?緒方までケイの肩を持つのか?」

 

 「もちろん、最近のノッポさんは根を詰め過ぎですからね。ゆっくり寝てケイさんに感謝して下さいよ」

 

 どうやら柴原の肩を持つ者は居ないらしい。周りを見回しても整備士全員が、緒方に同調している様だった。

 

 「…参ったな、じゃあ今日は大人しく帰るか」

 

 「そうしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 片付けも終わってもう後は帰るだけと言う頃、整備士達に混ざって柴原も帰ろうとするが、何かに気付き立ち止まった。

 

 「どうしたんですか?ノッポさん?」

 

 疑問に思った緒方が柴原に声を掛ける。

 

 「…レンチを置き忘れている。ちょっと取りに行ってくる」

 

 どうやら忘れ物らしい。しかし緒方は疑いの目を柴原に向ける。

 

 「…もしかして、また残ろうとしてませんか?」

 

 「…そんなわけないだろう。鍵はケイが持ってるんだ」

 

 柴原に居残りさせないためか、格納庫の鍵はケイが持っている。最初は柴原がやると言ったのだが、戸締りは自分でやると彼女が言って譲らなかったのだ。そうすると柴原の残る術はない。彼はただ単にレンチを格納庫に置き忘れただけなのだ。

 

 「先に宿舎に戻っておいてくれ。俺も直ぐに戻る」

 

 「…分かりました」

 

 そう言って踵を返して柴原は格納庫の方へ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 「あった」

 

 レンチは直ぐ見つかった。幸い、ケイがまだ格納庫の鍵を閉めていなかったのですんなり入れたし、作業台の上に置いていたのを柴原が覚えていたのもあって、ものの数分で見つかった。後は帰るだけ。レンチを工具箱に閉まって今度こそ格納庫を出ようと思った矢先、柴原の目に何かが入った。

 

 「…やっぱり、持って帰るか…」

 

 二週間、ディーゼルエンジンの改造は一向に進んでいない。本来なら焦らなくてもいいのだが、柴原には1ヶ月半と言うタイムリミットがある。

 彼の目に映ったのはディーゼルエンジンの設計図だった。

 エンジン本体は格納庫に残れないので弄れないが、持ち運びの出来る設計図を持ち帰れば、宿舎でも改造の考察は出来る。

 

 "ちゃんと睡眠は取りなさい"

 

 彼女の言葉が柴原の中で駆け巡る。実際、設計図が目に入るまでは柴原も大人しく帰って寝る気でいた。しかしそんな事も言ってられない。ここでこっそり持って帰れば誰にもバレないだろう。そう自分を納得させて柴原は設計図に手を伸ばす。

 

 

 「Hey、イツキ、何をしようとしてるの?」

 

 

 柴原の手首がガッチリと掴まれる。彼の手が設計図に届く事は無かった。代わりに右手首をしっかりと、逃さまいと握っているケイの姿があった。

 

 「…別に、レンチを忘れたから取りに来ただけだ」

 

 「へぇ、レンチ以外にこの設計図にも用があるのかしら?」

 

 いつも余裕の表情のケイが険しい顔をして問いただす。少し気圧されたのか、柴原も言葉に詰まってしまった。

 

 「今日は帰って寝る様に言ったわよね?」

 

 「…別に、設計図を持って帰ったっていいだろう」

 

 開き直る柴原。拗ねる様にそう言う彼にケイも困り顔になる。

 

 「持って帰ったら貴方は徹夜をするでしょう?」

 

 「どうしてそんな事が分かるんだ?」

 

 「貴方の素敵な後輩から教えてもらったの」

 

 「…緒方め…」

 

 どうやら緒方からチクリが入っていたらしい。一つため息をつくと柴原は設計図に伸ばしていた手を引っ込めた。それと同時にケイも掴んでいた柴原の手を離す。少し気まずい沈黙が流れた。

 

 

 「…ねえイツキ、どうしてそこまでしてくれるの?」

 

 

 ケイとしては柴原がここまでしてくれる理由が分からなかった。自分が頼んだ事とはいえ、出会って二週間程度の相手にここまで尽くしてくれるものなのだろうか?ケイにはそれが不思議だった。

 

 「頼まれたからな。仕事を任された以上、中途半端は嫌なんだ」

 

 「本当にそれだけ?」

 

 ケイに真っ直ぐ見つめられ、目を背けてしまう柴原。彼女にこの目をされてしまうとどうしても柴原は恥ずかしさからか、目を逸らしてしまう。

 

 「…それだけだよ」

 

 「じゃあ、アタシの目を見て言って頂戴」

 

 距離が近い。顔と顔との間が数センチくらいしか無いのではと思う近さだ。

 

 「…本当にそれだけだ。…あと近いぞ」

 

 「こうでもしないと本音を言ってくれないと思って」

 

 いつもの軽やかな笑みを浮かべてそう言うケイ。しかし少しだけ頬が赤らんでいた様に見えたのは気のせいであろうか、何処か表情が扇情的に見える。対する柴原はドキドキしっぱなしだった。

 

 「…まあ、イツキが言うならそう言う事にしておくわ。今の所はね」

 

 ケイはそう言うと距離を取っていつものウィンクを決める。しかし柴原は先程の表情が脳裏に焼き付いているのかボーッとしていた。

 

 「だけど、今日はもう大人しく帰って寝なさい。…イツキ、聞いてるの?」

 

 「え…あ、ああ!聞いてる聞いてる!」

 

 ようやく正気に戻ったのか、慌てて返事をする柴原。珍しく慌ただしい彼に首を傾げるケイだがその理由は分からなかった。

 

 「ボーッとするくらい疲れているんでしょ?今日くらい休んだっていいじゃない。イツキが格納庫に残って頑張っているのは"いつも"見ているんだから」

 

 「…そうだな…ん?見ているって…」

 

 ケイの言葉に柴原は違和感を覚える。何故ならいつも残って作業はしているがその間、ケイの姿は一度も見かけなかったのである。そもそも何で彼女はいつも柴原が残って居るのを知っているのだろうか?そう考えると、柴原は一つの答えに辿り着いた。

 

 

 「…ケイ、もしかしてコッソリ見ていたのか?」

 

 

 「え?…あ…」

 

 しまった、と言う様な顔をして片手で口を押さえるケイ。

 

 「…見てたら声を掛けてくれれば良かったじゃないか」

 

 「えっと、それは、その…」

 

 みるみるとケイの顔が赤くなっていく。

 

 「あ、貴方の後輩!そう!Mr.緒方からイツキが残っているって聞いてたから偶に様子を見に行っていたのよ!!」

 

 「そうか?それでも声くらいは掛けてくれても…」

 

 「そ、それは…イツキの邪魔しちゃ悪いと思って!」

 

 「そ、そうか…」

 

 いつも余裕綽々の彼女であるが、初めて見る慌てたケイを目の当たりにして柴原も驚いているのだろう。深くは追及出来なかった。

 

 「そう!偶によ!偶に!!」

 

 言い訳する様に必死に弁解するケイ。どうして偶にの部分を強調するのか柴原には分からなかったが、取り敢えず肯定しておいた方がいいと思い、ウンウンと頷く。

 

 「そ、それよりもう帰りましょ!鍵は私が閉めておくから!!」

 

 「あ、お、おい!」

 

 ケイに無理矢理格納庫から出されて呆然とする柴原。後から出てきた彼女が物凄い速さで格納庫の鍵を閉める。

 

 「じゃあ、これで!!言った通り今日は大人しく帰って寝るのよ!?良いわね!?」

 

 「は、はい!」

 

 早口でそう捲し立てると、鍵を返しに行ったのか、校舎の方へ逃げる様に消えていった。余りに突然ケイの様子が変わったので柴原も未だ呆然と立ち尽くしている。

 

 

 「…何だったんだ…」

 

 

 しばらくして出た言葉は、この一言だけだった。

 

   

 

 

 

 

 校舎の影、柴原が追っていない事を確認したケイはようやく一息つく。顔はまだ紅潮していて、少し息も荒かった。

 

 「…shit…失言だったわね…」

 

 熱くなっている顔を冷ます様に手で仰ぐケイ。呼吸を整えると、ポケットからスマートフォンを取り出して、それで撮ったであろう写真を見つめる。

 

 「イツキの事だから勘づいてはいないと思うけど…」

 

 写真を見てそう呟くケイ。そこには柴原の横顔が写っていた。それを見て大きく深呼吸をすると、柔らかく笑う。

 

 

 

 「作業をする顔に見惚れてたなんて、口が裂けても言えないわね」

 

 

 

 そう言って、愛しそうに液晶の柴原に手をかざすケイだった。

 

 

 



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サンダース編5:終着点

 「こう、ですか?」

 

 「あー、もう少し左だ。そっちの方がメーターが見やすい」

 

 狭いシャーマンの車内の中、そこには戦車改造の説明をしている柴原とそれを受けるアリサの姿があった。

 研修が始まってから3週間。一つの目標であるサンダースに戦車改造を教えると言う目的は順調も順調、偶にサンダースの整備士同士でああ言う改造がしたい、こう言う改造がしたいと言う意見もちらほら飛び交う様になったていた。

 知識が付いてきた証拠だろう。

 

 「あ、ホントだ……こっちの方が戦車の操作がしやすいですね!」

 

 「ああ、改造を施すのも良いが、操作性を下げてはせっかくの改造も無駄になる。いかにロス無く、普段の操作の感触から離れない様にパワーアップするのも肝だ」

 

 「おぉー、なるほど……」

 

 3週間と言う時間は、少し気難しい性格のあるアリサでも信頼を得るには十分だったのだろう。今では宮舞の整備士の言う事なら一言も聞き逃さまいと熱心に話を聞いているし、自ら聞きに行く事も多い。

 

 「ありがとうございます!ちょっと違和感があったんで助かりました!」

 

 そして現在も、アリサが改造によって操作性に少し違和感が出たと言う事で柴原に助言を求めていた。柴原も頼られて悪い気はしないし、何より見た目と反して面倒見はかなり良い方だ。その真摯さもアリサの信頼を得るに至ったのだろう。

 

 

 「Hi、お二人さん。熱心なのは良いけどそろそろお昼よ。ご飯にしましょ」

 

 

 するとキューポラから顔を覗かせてケイが笑顔でそう言って来た。

 

 「……もうそんな時間か、取り敢えず午後に試運転してみろ。問題無さそうだったらそれで良いぞ」

 

 「は、はい!ありがとうございます!!柴さん!!」

 

 柴原の助言に元気よく返事を返すアリサ。対して柴原も殆ど表情は動かなかったが満足そうだった。

 

 「そうだ、ケイ、改造ディーゼルエンジンについて話したい事があるんだが、この後いいか?」

 

 柴原がキューポラから出ると、思い出したかの様にそう言う。

 

 「……うーん、そうね、お昼を食べながらで良いかしら?」

 

 少し考えてケイはそう提案する。食事中でも話せる内容なのか、柴原も提案に頷く。しかし、それとは別にケイの言葉に柴原は何処か違和感を感じていた。

 

 「ああ、構わない……それとケイ、なんだか怒ってないか?」

 

 「怒ってないわよ。ほら、お昼行くわよ」

 

 「お、おい!無理矢理引っ張るなって!」

 

 「イツキが遅いのが悪いんじゃない」

 

 無理矢理、まるでアリサから引き離す様に強引にケイは柴原の袖を引っ張る。ポツンと1人残されたアリサは、その光景を呆然として見ていた。

 

 

 

 

 「あ、隊長!こんにちはー!!」

 

 お昼ご飯を食べに食堂へ向かう途中、2年生のサンダースの整備士の子がケイに挨拶をして来た。

 

 「ハロー、貴女もお昼?」

 

 「いえ、アタシはもう食べ終わったんで、あ、柴さん!!こんにちはー!!」

 

 すると後ろに付いていた柴原にも気付いたのか、同じく挨拶をする。

 

 「おう、これから整備か?」

 

 柴原も気さくに挨拶を返す。立場上、サンダースの整備士の子と接する事が多いので、挨拶も小慣れたものになっていた。

 

 「はい!!あと2台ほど残ってるんで……あ!!この前言ってたグラントの改造、柴さんの言う通りにしたらすっごい速くなりましたよ!!」

 

 「へぇ、そりゃ良かった。やり過ぎると制御が効かなくなるからほどほどにしとけよ」

 

 「了解ですー!じゃあアタシ、シャーマンの整備しなきゃいけないんでこれで!!」

 

 整備士の子はそれだけ言うと一礼して小走りで格納庫の方へと向かって行った。

 

 「……アリサもそうだったけど、"柴さん"なんて随分と信頼されてるのね」

 

 整備士の子が見えなくなると、ケイが小声でそんな事を言って来た。

 柴原はアリサだけでは無く、サンダースの整備士からの信頼も厚い。アリサと同じく、懇切丁寧に説明してくれるので、特に年下からの柴原に対する評価はかなり高かった。

 

 「言えば聞いてくれる素直な子が多いんだ。やり甲斐がある」

 

 「………ふーん、そう……」

 

 いつものケイとは違う、素っ気ない態度でそう返す。ここ数日、柴原に対してこんな態度を取る事が多くなっていた。

 

 「……やっぱり、何か怒ってるんじゃないか?」

 

 「だから、怒ってないわよ」

 

 さっきと同じ回答をするケイ。表情はいつもの通りだが、声色が何だか苛ついている様に思える。

 

 「さっさとお昼行くわよ」

 

 再度柴原の袖を引っ張って食堂へと歩みを進める。少し、袖を握る力が強くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 「それで、どうなの?」

 

 「え?」

 

 「ディーゼルエンジン。イツキが話したいって言ったんでしょ?」

 

 サンダースの無駄に広い食堂の一角で小さな丸テーブルに2人、ケイと柴原が、お昼ご飯をつまみながら会話をしている。

 ケイは先程とは違い、言葉の角が取れている様に感じた。

 

 「あ、ああ。そうだったな。少し進捗が進んだんで報告しようと思ってな」

 

 いきなりいつものケイに戻った事に困惑しつつも、柴原は本題に入る。

 

 「ワオ、やっと良い報告が聞けるのね」

 

 「と言っても、本当に少し進歩しただけだからな」

 

 肩をすくめて困った様に笑う柴原。食堂で頼んだハンバーグ定食を一口入れると、詳細を話し始めた。

 

 「まず、色々試したが、改造に当たってベースとするディーゼルエンジンは、ソ連製の物にする事にした。T-34に搭載されていたエンジンだ。他国のディーゼルエンジンは民間のトラックの物をそのまま載せたり、ガソリンエンジンを改造した物が多いが、それだと出力不足になってしまう。しかしこのT-34のディーゼルエンジンは元々航空機用のモノを流用したものだ。出力がデカイ。これだけでも充分戦えるだろう」

 

 アメリカ色の色濃いサンダースがソ連製のエンジンをベースにしたものを使うとは皮肉なものだが背に腹はかえられぬと言ったところか、そもそも実践でまともに使えそうなディーゼルエンジンがソ連製のものしかないと言うのが実情だった。

 

 「へぇ、ならそのエンジンをそのままシャーマンに移植すれば良いじゃない?」

 

 至極真っ当な疑問。そこまで質のいいディーゼルエンジンがあるのならば、それをそのままシャーマンに移してしまえばいいと言うのがケイの考えだった。

 しかし柴原は顔を顰める。

 

 「……入り切らないんだ。ベースにするT-34のディーゼルエンジンは車体の半分をエンジンで埋めるほどに大きい。それに加えてシャーマンは同じ中戦車の括りではあるが、T-34より一回り小さいんだ。エンジンを置くスペースがかなり限られる」

 

 「それじゃあ……」

 

 シャーマンにディーゼルエンジンを載せることは不可能なのだろうか?そんな考えもケイの脳裏によぎる。

 

 

 「だから、俺達の当面の目標は、このディーゼルエンジンの"小型化"。これに尽きる」

 

 

 柴原が行うディーゼルエンジンの改造、その最終地点は、エンジンの"小型化"を成功させる事だった。元々のシャーマンのエンジンはガソリンエンジン。T-34のエンジンより数段小さい。その小さなエンジンスペースにディーゼルエンジンをぶち込むには、小型化が必須なのだ。それも元の出力のまま。

 

 「……具体的には、どのくらい小さくなるのかしら?」

 

 「……見立てでは今の大きさの1/3以上小型化しないと収まらないだろう」

 

 1/3以上の小型化に加えて出力はそのまま。もはや改造では無く開発に近い。それも第二次世界大戦で開発、使用されたパーツに限ると言うおまけ付きだ。

 

 「しかし終着点は見えた。シャーマンにディーゼルエンジンを載せるにはこの方法しかない」

 

 「……行けそうかしら?」

 

 「……問題は時間だ。1ヶ月と言う短い間で完成するかは分からない」

 

 改造の具体的な計画は整った。しかし研修が終わるまで1ヶ月。あまりにも少ない時間で柴原達は難易度で言えばS級を超えるレベルの改造を成し遂げなければならない。

 

 「だが全力は尽くす。幸い、サンダースの整備士達はもう自分達だけの力で改造できる能力を持ち始めてるからな。ここからの仕事は自分達の持てる力の全てを出して、ディーゼルエンジンの小型化を成し遂げるだけだ」

 

 完成するかは分からない、と柴原は言ったが、その目は絶対成功させると言った覚悟に満ちていた。

 

 「……ホント、今回の研修はイツキ達お世話になりっぱなしね。頭が上がらないとはこういう事を言うのかしら」

 

 少し目を伏せて申し訳なさそうなそう言うケイ。彼女としても将来のサンダースの為、何か力になりたいが戦車乗りである自分が知識不足により柴原達の力になれない事が何よりも歯痒かった。

 悔しそうに地面を見つめている。

 

 「……少し前、ケイが何故自分に協力するのかと、俺に聞いた事があったな」

 

 すると、それを見た柴原が突然話題を変えて来た。ケイも予想外だったのか、目を丸くしている。

 

 「え、ええ。確かに聞いたわ」

 

 「前も言った通り、請け負った仕事は成し遂げなければならないと言う責任もある。だが……」

 

 すると、柴原は何か言いにくそうに口籠る。恥ずかしさを隠す様な、そんな仕草だ。

 

 「……何?」

 

 対してケイは真っ直ぐ、柴原の目を見て返事を待つ。その視線を感じ取った柴原は覚悟を決めた様に口を開いた。

 

 

 

 「その、何て言うんだ、……正直に言おう。俺はケイと言う隊長のために全力を尽くしたくなった。それだけだ」

 

 

 

 あまりにも簡潔。ロマンチックのかけらも無い不器用な一言。しかしその一言はケイの心臓を一瞬で跳ね上がらせるのには十分だった。

 

 「そ、それって、わ、私の為にって事?」

 

 いつも余裕綽々で隙を見せないサンダースの隊長が頬を赤らめて取り乱している。彼女を良く知るサンダースの隊員が見たら目を疑う様な光景だ。

 

 「……そうだ」

 

 一言、ぶっきらぼうな柴原の肯定の発言にケイの体温が更に上がる。

 

 「で、でも、何で?理由を聞いても良いかしら……?」

 

 おずおずと、しかし理由が気になるのか、落ち着かない様子のケイ。まるで恋する乙女の様だ。

 

 「……初日、俺が本当に改造をやるのかと問い質した時、ケイは『後輩に何か遺したい』と言っただろう?」

 

 柴原の問い掛けにケイは無言で頷く。

 

 「……こう言っちゃ悪いが、もう大会も無くて引退するだけの人間が後輩の為にまだ何かを成し遂げようとしている。……普通なら出来る事じゃない。モチベーションを失って堕落するのが関の山だ」

 

 「No、それはないわ。私はサンダースの隊長だもの。果たすべき責務というものがあるわ」

 

 力強くそう返すケイ。対してやはりなと、柴原は微笑む。

 

 「それだけじゃないだろう?ケイは本当に後輩想いだ。自分の為じゃなく、他人の為に行動出来る人間はそう多くない。ケイが後輩の事を本気で考え、想っているからこそサンダースの隊員はケイに付いて行くんだろうな」

 

 「………」

 

 

 

 「そして、そんな君に俺も尽くしたくなった。……これが理由だ」

 

 

 

 

 柴原が最後にそう言うとケイの瞳が微かに揺れた。対して柴原は恥ずかしさを誤魔化す為なのか、もう冷め切っているであろうハンバーグ定食を一気に食べ切る。

 

 「ごちそうさま!じゃ、そう言う事だ。確か午後から訓練だったろう?ケイも早めにご飯食べないと遅刻するぞ?」

 

 「あ、待っ……」

 

 遂に柴原の方が耐えきれなくなったのか、赤くなった顔を隠す様に足早に席を立ち、ケイの制止も聞かずにトレーを食堂の返却口へと持って行った。

 

 「………」

 

 仕方が無いと、ケイも1人になったテーブルで残りのお昼ご飯を食べる。

 しかし心ここに在らずと言った感じで、料理の味も殆ど分かっていない様だ。

 

 「お、ケイ。珍しいな。一人でご飯なんて」

 

 すると、空の食器を乗せたトレーを持ったナオミが話しかけて来た。

 

 「……ええ、偶には一人で食べてみようかと思って」

 

 付き合いの長いナオミは、ケイの異変にすぐ気付く。

 

 「……そうか、何でも良いがもうすぐ昼休みも終わるぞ?早めに食べないと訓練に支障が出るぞ?」

 

 しかし深入りはしない様だ。

 

 「ええ、No probrem、大丈夫よ」

 

 「分かってるなら良い……ああ、それとあと一つ」

 

 「……何?」

 

 トレーを返そうとしたナオミが思い出したかの様に足を止める。

 

 

 

 

 

 「その緩みきった顔、訓練が始まるまでに何とかしとけよ」

 

 

 

 



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黒森峰編
黒森峰編1 : 久しぶり


 

 

 昔、青年がまだ少年だった頃の話、青年には昔馴染みの少女がいた。

 その少女は昔からあまり喋らない子だった。表情も変化しにくく今も昔も必要最低限の言葉しか発さない。だが内気というわけでもなく、喋らない癖にやけに堂々としている。

 少年はどこかのパーティー会場で初めてその少女に会った際、そんな感想を抱いた。

 そんな面白そうな少女に興味が湧かない訳もなく、少年は躊躇することなく少女に話しかけたのだ。

 

 「何してんの?一人でボーっとして」

 

 少女は突然の問いかけに動じる事なくゆっくりと少年の方へ顔を向けた。少女があまりにも動かなかったので気になって話しかけたのだろう。

 

 「...何もしてないけど」

 

 少女は無表情でそんな事を言うもんだから怒っているのかと、一瞬少年は勘違いをする。が、よく観察してみると先程、少女の妹?だろうかと喋っていた時よりも若干声が高くなっている事に少年は気付いた。

 

 「へぇー、そーなんだ。そんな事よりさっきからご飯食べてないけどお腹痛いの?おいしいよ?」

 

 子供と言うのは強いもので、少年はぶっきらぼうな少女に臆する事なく料理の話をする。

 

 「……いや、お腹が痛い訳じゃ無いんだけど、こういうのは食べ飽きちゃって……」

 

 依然と少女は無表情のままそう答える。

 

 「ふーん、変なの。美味しいのに」

 

 少年はそんな事には興味が無いのか短くそう言った。

 それから少しの沈黙の後、再び口を開いたのは少女の方だった。

 

 「……その服……」

 

 少女は少年の着ている服に興味津々なのか、少年をまじまじと見ている。少年は戦車の描かれたTシャツを着ていた。

 

 「ああこれ?カッコいいでしょ?ドイツのティーガーって言う戦車なんだけど……」

 

 「知ってる」

 

 少年の言葉を遮って少女は食い気味に答えた。

 

 「それってⅡ型でしょ?母様が乗っている戦車だ。なかなか君はいいセンスをしているぞ」

 

 自信満々に偉そうに少女はそう答える。少年も当てられた事が嬉しかったのか、満面の笑顔になると

 

 「おー!すごい詳しいじゃん!戦車好きなの?」

 

 と食い気味に聞く。

 

 「...まあ、好きだよ」

 

 「ほんと!?じゃあちょっと待ってて!!」

 

 そう言って少年は荷物置き場の方まで走っていった。そして分厚い図鑑のようなものを手に少年は戻ってきた。

 

 「えっと、じゃあこれは?」

 

 少年は図鑑を少女に見せて手で戦車の名称を隠して問題を出す。彼が見せつけたのは戦車の図鑑だった。読み込んでいるのか、かなりくたびれている。

 

 「これはマチルダだな。足は遅いけどすごい硬いんだ」

 

 少女は迷う事なくそう答える。

 

 「おー!じゃあこれは?」

 

 「これはシャーマンだな。扱いやすい戦車らしいよ?」

 

 「すげー!じゃあこれは!?」

 

 「これはクーゲルパンツァーって言ってな……」

 

 少年がいちいち良い反応を見せるので少女も気を良くしたのか言葉に熱が入る。

 その後も飽きる事なく戦車談義を続けていると少年に女性から声が掛かる。

 

 「賢介、そろそろ行くよ」

 

 「あ、母ちゃん!」

 

 少年の母親だろうか、賢介と名前を呼ぶと女性はその隣にいる少女にも気付く。

 

 「あれ、その子は?」

 

 母親が賢介に少女のことについて聞く。

 

 「スッゲーんだぜこいつ!僕が出した戦車の問題を全部答えれるんだ!」

 

 母親はそれを聞いて心底驚いた顔をする。少年の戦車知識は6歳ながら母親でさえも唸るほどであり、それについていけるとなればこの少女、かなりの戦車マニアである事は間違いない。

 

 「へぇー、やるねー貴女。賢介の戦車談義についていけるなんて」

 

 母親の言葉を聞いて気分が良くなったのか少女は腰に手を当てて得意げな顔をする。と言っても、無表情に毛が生えた程度のものなので結構シュールな絵面になっていたのだが。

 

 「それにね!?僕が知らない戦車の事まで知ってるんだ!」

 

 少年はまだ興奮しっぱなしでオーバーリアクションで話す。ついさっき出会ったばかりの少女についてもっと語りたいようだ。

 だが母親もこのままじゃ埒があかない事を察したのか会話を遮る様に人差し指を少年の唇に近づける。

 

 「そこまで、賢介。仲良くなったのはいいけど今日はもう帰るよ」

 

 「えー!?」

 

 少年はまだ少女と喋りたいのか心底残念そうな顔をする。『まだ帰りたくない』と言う風な顔をして少女の顔を見ると、

 

 「...わたしもまだ話したいけどお母さんの言う事は聞いといた方がいいよ?」

 

 「うっ、わ、わかったよぉ...」

 

 少女に正論を言われたのが堪えたのか、少年は素直に言う事を聞く。

 

 「じゃあまたね!...あ、そうだ、名前聞いてなかった!」

 

 少年は思い出したようにそう言うと

 

 

 「僕の名前は古葉賢介です!京都出身です!6歳です!」

 

 

 

 覚えたての挨拶なのか、辿々しくもハキハキと自己紹介をした。

 

 「賢介でいーよ!」

 

 そう言うと少年は満面な笑みを浮かべる。

 それを見てつられて笑った少女も言葉を返す。

 

 

 

 「ふふっ、よろしく、賢介。...わたしの名前は___________」

 

 

 

 

 

 

 _________________

 ____________

 _______

 ____

 

 

 

 

 

   ___________ちょう、____いちょう!

 

 「...んお?」

 

 「隊長、起きてください。もう着きますよ」

 

 何度も声をかけられて青年はやっと起き上がる。なんだか懐かしい夢を見ていた気がするがうまく思い出せない。それに少しモヤっとした気分になりながらも青年は背伸びをしてゆっくり立ち上がった。

 

 「おー、もう黒森峰の学園艦が見えるねー」

 

 そう、この青年、もとい古葉達の乗るフェリーはそろそろ熊本にある黒森峰の学園艦に着こうとしていたのだ。

 

 「もう、全然緊張感無いじゃないですか...」

 

 古葉の隣にいた2年生が相変わらずマイペースな古葉にゲンナリとした顔になる。

 

 「そっちが緊張し過ぎなんだよ。もうちょいリラックスすれば?」

 

 「生憎僕らは隊長みたいに肝が座ってないもので、それに初対面は特に気を引き締めて行けって言ったの隊長じゃないですか」

 

 困り顔になりながら2年生はそう言う。

 この2年生の言う通り、古葉が一番警戒しているのはこの初対面での立ち振る舞いだった。初めて会う人間に第一印象で悪い印象を与えてしまうとその後の関係修復はかなり難しい。ましてや黒森峰への派遣研修は今回が初めてだ。ここで悪手を出してしまうと一両も戦車を触らせて貰えずに帰らされる可能性だってある。

 なので今回の研修ではまずこちらからアプローチをして黒森峰の生徒達の反応を見極める事に古葉が1番神経を使おうとしてるところだった。

 

 「まー、そうだけど。あまり慎重に下手で行きすぎても良い印象が与えられる訳じゃ無いからねぇ。久我ちんの言葉を借りる訳じゃ無いけどナメられちゃダメだよ?」

 

 下手ではあるがナメられるようなことはするななど、ヘラヘラと難しい要求をしてくるものだ。2年生の方は、古葉の言う事を間に受けてしまったのか表情がどんどん硬くなる。

 

 「...主導権、とゆうかあまり指図されないようにするって事ですか?」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で2年生はそう言った。

 

 「まーそれも間違っちゃいないけど、一番の理想は"対等"かな。...これが出来ないとなるとあっちと衝突する可能性は格段に上がるかもね」

 

 「...どう言う事ですか?」

 

 2年生の方は興味津々と言う風に古葉に耳を傾ける。気が付けば黒森峰の班員全員が彼の話を聞いていた。

 

 「まず大前提の話なんだけど、この派遣研修って何が目的か分かる?」

 

 いきなりの古葉の問いかけに少しびっくりするも、2年生は分かり切っている答えを出す。

 

 「そりゃあ、まあ、ウチには4式と5式ぐらいしか戦車が居ませんから、他の高校に行って他国の戦車に触れさせてもらう為ですよね?」

 

 「そう。そこが問題。俺らは"戦車を触る"立場じゃなくて"戦車を触らせて貰う"って言う立場なんだ。今ではそうでも無いけど昔は基本的にはこちらから下手に出て"貴校の戦車に触らせてもらえませんか"

とゆうスタンスだったらしい。今でこそノウハウがついてきたけどね。ここまで対等に他校と渡り合えるのも先輩達の努力のおかげなんだよ」

 

 古葉の言葉に他の隊員も納得したように頷く。今でこそ他校との親睦も深まり、互いに意見を交換しながらと言うスタンスでやってこれているが、そこまに至るまでは先人の苦労があってこそなのだ。

 

 「でも、黒森峰にはそのノウハウが無い」

 

 古葉のその一言に緊張感が一気に増す。ここまで言うと他の隊員達も事態が飲み込めてきたようだ。

 確かに黒森峰は強い。戦車の整備技術も超一流だろう。だからといって宮舞の培ってきた整備技術と黒森峰の培ってきた整備技術が全て同じかと言われればそうではない。

 それは宮舞が長年磨いてきた"プライド"があるように黒森峰もまた宮舞とは違う"プライド"があるのだ。もしそれらがぶつかり合えば、収集がつかなくなる事は目に見えている。本来なら時間をかけてそのギャップの差を埋めていくのだが、1ヶ月半と言う短い時間では足らなさすぎるのだ。

 

 「だからといってこちらが下手に出過ぎると向こうは『こんなものか』と調子に乗る可能性だってあるからね。俺ら3年の代は我慢すれば済むかもしれないけど、来年もあるとすると十中八九、衝突はするだろうね」

 

 古葉の話を聞いて、隊員達は早くもこの難易度の高すぎる高校を選んだ事を後悔し始めていた。

 古葉はそこへ止めと言わんばかりの強烈な一言を浴びせる。

 

 

 「他の高校と同じようにやってたら向こうは噛み付いてくるよ、絶対。そこだけは注意するよーに」

 

 

 古葉はマイペースでそんな事を言うが、言われた方はたまったものではない。空気はさらに緊張感を増し、2年生に至っては顔が青ざめている。

 古葉はそれを見ると一息ついて

 

 

 

 「だからこそ君らを選んだんだ」

 

 

 

 先程とは違う真剣な顔でそう言うと下を向いていた隊員達の顔が一気に上がる。

 

 「実は少し前、黒森峰の方から代表の人が来ててね」

 

 隊員達は突然のことについて行けないのか唖然としているものばかりだ。古葉は構わずに言葉を続ける。

 

 「その人もこっちの人材を疑ってたから君らの名前と実績を見せたんだ」

 

 そこまで言うと、事態を飲み込み始めた2年生がやっと口を開く。

 

 「...どうだったんですか?」

 

 古葉はその言葉を待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑う。

 

 「『問題ない、これなら信頼できるでしょう。』って言われたよ。黒森峰の代表にここまで言わせたんだ。意味は分かるね?」

 

 古葉がそう言うと、曇りきっていた隊員達の顔が明るくなっていく。

 

 「代表自らのお墨付きを君らは貰ったんだ。俺はその事にもっと自信を持つべきだと思うんだけどなー」

 

 「「「は、はい」」」

 

 古葉の言葉に隊員達の緊張もほぐれたのか先程までの重い空気は吹き飛んでいた。

 

 「おー、良い顔になったじゃん。その調子その調子」

 

 古葉の話を聞いて隊員達のやる気は先程とは別人のようになっていた。

 この古葉と言う男、やる気の乗せ方に関しても非凡なものを持っているようだ。

 

 

 

 

 

 _________________

 

 

 

 

 場所は変わってここは黒森峰の桟橋。張り詰める緊張感の中、2人の少女は宮舞から来る船を待っていた。

 

 「...来ました。あのフェリーです」

 

 2人の中の一人、つり目の銀髪の少女が険しい顔でフェリーを睨みつけてもう一人の暗めの茶髪の少女にそう言った。

 

 「.....」

 

 質問された方は腕を組んだまま無言で、一心不乱にフェリーの方を凝視していた。そんな彼女もつり目なのだが無表情なので威圧感は銀髪の少女よりもだいぶあった。

 

 「...隊長?」

 

 銀髪の少女がそんな彼女を疑問に思う。

 

 「...ああ、すまないエリカ、ボーッとしていた」

 

 銀髪の少女の事をエリカといい、ぶっきらぼうにそう答える。

 この少女の名は逸見エリカ、黒森峰の副隊長だ。そしてその隣にいるのが

 

 「い、いえ、私は西住隊長のことなので何か考え事をしてると思ったんですけど...」

 

 黒森峰の隊長、西住まほだ。無表情で口数が少ないので、このようにいつも何か考え事をしてると思われがちなのだ。

 

 「...私だっていつも考え事してる訳じゃ無い」

 

 「す、すみません、勘違いしちゃって...」

 

 西住があいも変わらず無表情でそう言うものだから逸見は萎縮してしまう。

 

 「...いや、いいんだ」

 

 「は、はい」

 

 「.....」

 

 

 会話終了。その後も気まずい沈黙が流れる。逸見はあれだけ睨んでいたフェリーに早く来てくれと心の底から願うのだった。

 

 

 _____________

 

 

 「忘れ物無いー?」

 

 「大丈夫です」「はい」「オッケーっす」

 

 古葉の問いかけに隊員達はそれぞれ返事をする。もう準備も整っており、後は下船するだけと言うところまで彼等は来ていた。

 

 「お、お迎えがいるねぇ。隊長自らとは関心関心」

 

 古葉は船の窓から二人を確認してそんな事を言う。相変わらず緊張感のない声だが、表情は真剣そのものだ。

 そして船が接岸してやっと扉が開くと久しぶりの太陽に眩しさを感じながらもゆっくりと桟橋に続く階段を降りる。

 

 「お待たせ。やっぱりまほが迎えに来てくれたんだ」

 

 古葉は開口一番、黒森峰の隊長に向かってそう言った。友達と久しぶりに会ったかのような口調で。

 

 「...久しぶりだな賢介。やっぱりお前が来たか、なら安心だな」

 

 「ははっ、しほさんと同じこと言ってるよ」

 

 その光景に西住と古葉の二人以外は唖然とする。宮舞の整備士達は想像していた西住まほとは違う事に、だがそんな彼等よりもっと驚いたのは逸見の方だった。

 彼女の中での西住まほと言う女性は西住流を体現しているような人間だった。撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心 。その名の通り彼女の中で西住まほというのは常に厳格で無骨な人間像だった。笑うどころか微笑む姿も片手で数えるほどしか見たことがない。

 

 それならこの目の前にいる女性は誰なのだろうか?

 

 

 そう思えるほどに西住まほは誰にも見せた事のないような笑顔で古葉と話をしていたのだ。

 



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黒森峰編2 : 役割

 
 『西住』の苗字だけで3人もいるので、今回からこの3人を書くときは下の名前で書くことにします。


 

 

 「お迎えありがとうございます。宮舞高校戦車整備科から参りました古葉賢介、以下4名、本日より黒森峰でお世話になります。総員、敬礼!」

 

 「「「ハッ!!!」」」

 

 古葉の号令と共に他の整備士も敬礼で応える。ここは黒森峰の戦車格納庫の中。黒森峰の戦車道履修者達と宮舞の整備士達は、それぞれ対面するような形で挨拶を行なっていた。張り詰める緊張感の中、黒森峰の隊長も挨拶を返す。

 

 「遠いところご苦労様です。ようこそ、黒森峰へ。隊長の西住まほです」

 

 一方のまほも真面目な顔つきで挨拶を返す。まほとしては昔馴染みである古葉にもっと砕けた態度で接したいのだが、今は履修者達の前。隊長としての面子を保たなければならないのだ。

 

 「...副隊長の逸見エリカです。...お願いします」

 

 対して逸見の方はこちらに対して警戒心を持っているようだ。桟橋でのやり取りから、ずっと古葉の方を睨んでいる。

 

 「そちらは戦車整備のエリートと聞いている。だが今回の研修はお互い初めてだ。双方考え方が違う部分もあるだろうが、有意義な研修となるようこちらとしても最大限努力する。よろしく頼む」

 

 そんな逸見を気にせず、まほがそう続ける。

 

 「...こちらこそ、技術の差異はあるかも知れないけど努力するよ」

 

まほの言葉を聞いた古葉は、なるほど、まほにもこの研修の問題点を理解しているなと、感心する。彼女は"双方考え方が違う"との言葉を使ってきた。それ即ち、お互いの主張がぶつかり合う可能性を暗に示しているのだ。ここで『お互い衝突しないように』などと直接的な言葉を使ってしまうと、互いにやりにくくなってしまう。

 それに倣って、古葉も言葉を慎重に選ぶ。

 

 「ドイツ戦車に触るのは初めてだからね。そちらに教えてもらうことも沢山あるだろうから、こちらとしても良い関係を築けるように頑張るよ」

 

 続けて古葉がそう言うと、黒森峰の履修者達は得意げな表情になる。

 それを見た古葉は、初対面のアプローチとしては及第点かなと、心の中でホッとする。だがまだまだ研修は始まったばかり、衝突する可能性は幾らでもあるのだ。

 挨拶が終わったのを確認したまほは次のステップに行くために口を開く。

 

 「まずは戦車の説明からだったな。私が説明するから付いてきてくれ」

 

 派遣研修の流れが完璧に頭の中に入っているまほは、説明をするために付いてくるよう促す。が、それに食い付いてくる少女が一人、

 

 「わ、私も付いて行きます!!」

 

 逸見が間に割って入るようにそう言う。彼女としては、まほと古葉が二人になる事は何故だか快く思っていなかった。

 

 「いや、エリカは格納庫の様子を見ておいてくれ」

 

 だが、まほにそうバッサリと切られ、一瞬にして落ち込んだ表情になる。

 

 「わ、分かりました...」

 

 尊敬する隊長に断られたのが堪えたのかトボトボとまほから離れていく。

 

 「...エリカ、私はこれから説明をするのに付きっきりになる。だから"私の代わりに"格納庫を見ておいてくれ」

 

 見るからに落ち込む逸見に、まほがそう言葉をかける。すると『私の代わり』と言う言葉を使った事で逸見の心は一気に晴れやかになる。尊敬する人にそんな事を言われたら嬉しいに決まっているのだ。

 

 「は、はい!任せてください!!」

 

 先程とは打って変わって嬉しそうな表情で返事をする。まるで飼い主に褒められた犬のようだ。これ以上になく嬉しそうな逸見は綺麗な敬礼をして足早に去って行った。

 

 「へぇー、まほもそう言う事が出来るようになったんだ」

 

 逸見が去ると、感心した声色で古葉がそう言った。彼が知っている西住まほは、最低限の発言しかせず、どこか言葉の足りない女の子だった。が、今の逸見へのフォローで人として成長していた事に、幼馴染である古葉は感動していたのだ。

 

 「?...何がだ?」

 

 が、そんな古葉の感動とは裏腹に、キョトンとした顔でまほは首を傾げる。そう、彼女としては今の発言は狙ったものでは無い。落ち込んだ逸見をフォローする意識は無く、ただ格納庫を任せる理由を述べただけなのだ。結果的に逸見を元気付ける事になったが、まほにその意識はなかったのだ。

 この一言でそれを察した古葉はなんとも言えない微妙な表情になる。

 

 「...いや、何でもないよ。ただ、あの子も難儀するなって思っただけだよ」

 

 古葉は勘違いしたままの逸見に同情の言葉を送る。

 

 「?...相変わらず読めないやつだな。まあいい、それより早速戦車の説明をしよう」

 

 そう言うと、まほは切り替えて真剣に戦車の説明を始める。周りに流されない性格は彼女の魅力でもあるが、こうも鈍感では逸見のように被害を被る事もあるのだ。

 

 

 

 _____________

 

 

 「ふぅ、これで一通り、説明は終わりだ」

 

 時刻はもう午後6時を回り陽も落ちる頃、全ての戦車の説明を終えた

まほが一息ついてそう言うと、宮舞の整備士達も満足げな顔つきで一息つく。

 黒森峰の戦車を目の当たりにした彼らは度肝を抜かれていた。端的な言葉で表すと、全てにおいて隙がなかったのである。ドイツ戦車で統一はされているが、その種類はバリエーション豊か。Ⅲ号戦車などの機動力の高い戦車からマウスのような超重量戦車まで、幅広い運用をしている。

 整備においても無駄が無く、ドイツ戦車の高い技術力を存分に活かし切れていた。これなら大会を9連覇するのも納得がいく。その感想は宮舞の整備士達が抱いた総意であった。

 

 「以上だがここまで何か質問はあるか?」

 

 続けてまほがそう聞くが、整備士達はそれぞれに「大丈夫」と言ったような返事を返す。

 

 「そうか、なら今日はここで終いだ。明日から本格的にウチの戦車を触ってもらう事になる。...説明中、君たちの反応で信頼に足る人達であることが分かった。これなら黒森峰の戦車を安心して任せられるだろう。改めてになるがよろしく頼む」

 

 そう言ってまほは深く一礼する。実はまほは説明中、宮舞の整備士達の反応もしっかり見ていた。本当にこの人達に戦車を任せていいのだろうか?もしや適当に整備されるのでは無いだろうか?それを見極めるためにわざと説明に時間を掛けていたのだ。

 しかし、いざ見てみると皆、少年のように目を輝かせて熱心にまほの話を聞いていたのだ。先程、最後にまほが質問はあるかと問いただした時、一様に『大丈夫』との返事が返ってきたのも、説明中、疑問があれば直ぐにに質問していた為、説明が終わる頃にはもう既に彼等の中には疑問は一切残っていなかったのだ。

 そのような高い向上心を、まほは高く評価したのである。

 

 「...ありがとね。そう言ってくれるとコイツらもやる気が出るよ。ホラ、向こうの隊長さんがこう言ってくれたんだからちゃんと礼を言いな」

 

 「「「あ、ありがとうございます!!!」」」

 

 直球過ぎるまほの言葉に古葉も恥ずかしい気分になりながらそう言葉を返す。こう言う事を恥ずかしげも無く言えるところは昔から変わらないなと、古葉は何だか懐かしい気分になるのだった。

 

 

 「話は終わったかしら?」

 

 

 すると後ろから、まほではない別の女性の声が聞こえてきた。突然聞こえてきたその声に全員の顔が一斉に後ろを向く。

 そこにいたのは長身で黒いストレートの髪を腰まで伸ばしたスーツを着た、何よりその鋭い目つきが特徴的な女性が立っていた。

 

 「母様....」

 

 驚いた声でそう言ったのはまほの方だった。そこには、いつもなら黒森峰の格納庫には滅多に訪れない西住流戦車道家元、西住しほの姿があったのだ。唖然としている宮舞の整備士達を見たしほは、一つ咳払いをする。

 

 「...申し遅れました。私は西住流戦車道家元、西住しほです。黒森峰の代表でもあります」

 

 その言葉を聞いた瞬間、古葉以外の宮舞の整備士達も慌てて敬礼を返す。いきなり西住流の家元が出てきて整備士達も一瞬にして緊張してしまったのだ。各々緊張してしまっているのを見たしほは、フォローの言葉を掛けようとする。

 

 「...何をそんなに緊張しているのです?もうちょっと堂々としたらどうかしら?」

 

 しほのその言葉に宮舞の整備士達は一斉に顔が青ざめる。しほ本人としては、宮舞の方々にリラックスして欲しくて軽く冗談を飛ばしたつもりなのだが、そんな言葉を鋭い目付きと無表情で淡々と述べられたら、言われた方は溜まったものではない。

 唯一、長い付き合いである古葉だけがしほの言葉の真意を理解していた。相変わらず人との距離を取るのが下手なしほに、苦笑いしながら古葉がフォローする。

 

 「...しほさん、そんな事言ったら益々緊張しちゃうよ」

 

 「むぅ、そう言うものなのかしら?...難しいわね、男の子って」

 

 対してしほの方は自分の言動には非がないと思っているのか、悪びれもせずにそう言う。理解してないしほに、そういう問題では無いんだけどなと思いつつも、口を紡ぐ古葉であった。

 

 「...母様、今日は一体どんな用件で来られたのですか?」

 

 するとまほが真剣な表情でしほにそう尋ねる。と言うのも、しほは黒森峰に顔を出す事はほとんど無い。高校戦車道連盟の理事長であり、西住流の家元でもある彼女は多忙を極める。そしてそれは身内であるまほも十二分に理解していた。そんなしほが時間を割いてまでここに来ると言う事は何か重大な用件なのだろうと、まほは察していたのだ。

 

 「...そうですね、ここじゃ少し言いづらい事です。まほ、後で来賓室に来て下さい」

 

 「..分かりました」

 

 しほの真剣な口調から重大な用件なのだと察知したまほは気を引き締めて返事をする。

 

 「...あと、宮舞の班長さんも来てくれるかしら」

 

 しほがそう言うと古葉も返事を返す。

 

 「...分かりました。そうだな、お前らは先にホテルに戻っておいてくれ。俺は話が終わったらそっちに行くよ」

 

 「「「は、はい!!」」」

 

 整備士達が一様に返事を返すと、格納庫の外へと歩いていった。

 対する3人も来賓室に向かって歩き出す。これから話される内容にドキドキしながら、古葉とまほの二人も黒森峰の来賓室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 「...そうね、まずは遠いところご苦労様」

 

 来賓室に着き、まず話し始めたのはしほの方だった。今ここには3人しか居ないので"西住流の仮面"は取って話している。

 

 「あはは、どーも。まさかしほさんが出てくるとは俺も思わなかったけどねー」

 

 対して古葉もリラックスした状態で話しているようだ。

 

 「今日が来る日と分かっていましたから、予定を開けていたの。...まほの方は随分と待ちくたびれていたみたいだけれどね」

 

 「か、母様!!」

 

 しほの発言にまほは慌てて会話を遮る。普段取り乱す事のない彼女がここまで声を荒げるのは珍しい事だった。

 

 「それより、わざわざ3人だけにすると言う事は何か重大な用件なのでは無いですか?」

 

 直ぐに無表情に戻るも、誤魔化すように少し早口になって本題に入ろうとするまほ。そんな彼女に古葉も続く。

 

 「そうだね、それに俺まで呼んだ理由も知りたいし」

 

 古葉としては何故自分が呼ばれたのかが分からなかった。寧ろ重大な話をするのなら、"西住流"では無い自分はいないほうがいいのでは無いかと思っていたのだ。

 すると、しほの方もいつもの威厳のある顔つきに、西住流の仮面を被って話し始める。

 

 「...そうね、今回、賢介も呼んだ理由は貴方が"西住流"では無い事も大きな理由です」

 

 しほの言葉にまほと古葉の二人も心底驚いた表情になる。対してしほの方はそんな二人に構わずに本題に入る。

 

 「...前年、そして今年度の戦車道大会、黒森峰が優勝出来なかったのは知っていますね?」

 

 しほの直接的な言葉にまほはシュンとしたような顔になる。

 

 「...ええ、と言っても、2大会とも準優勝でしたが」

 

 そんなまほをフォローする様に古葉がそう付け加えた。

 

 「...西住流は勝利が全ての流派です。準優勝などと甘えた結果では許されません」

 

 一方しほは厳しい表情でそう断言する。こうなっては頑固一徹、話が通じないのは二人とも理解しているが故、口を紡ぐしかなかった。

 だがその次の言葉の内容に二人とも驚かされる。

 

 「...しかしそれよりも問題なのは負けた試合での内容です」

 

 しほの言う通り西住流とは勝利至上主義がモットーの流派である。勝利が全て。つまり負けを経験した事など片手で数える程しかないのだ。"欠点"と言うものはいざ自身が負けてからではないと気づかないものである。"何故勝てたか"より、"何故負けたか"の理由を考えた方が反省点、修正点は見つかりやすいものなのだ。その点では西住流の影響を色濃く受ける黒森峰と言う学校は"負けた数"が少な過ぎる。そしてそれは、潜在的に潜んでいた黒森峰の弱点を気付かなくさせてしまう原因にもなってしまったのだ。

 つまり"弱点に気付かない事が弱点"と言う特殊な環境が黒森峰には存在しているのである。

 

 「...西住流の弱点が出たってところかな、まあ今まではそれで勝てて来れたからね」

 

 そしてなんと古葉はそれに気付いていた。黒森峰ではなくわざわざ西住流と言う辺り、彼もこの問題を理解しているようだ。何より"たった2回の敗北"のみで弱点に気付く彼も相当である。対してまほの方も一層険しい表情になる。

 

 「...賢介も気付いていたか、流石だな」

 

 彼女としても黒森峰の弱点は理解していた。だが今の黒森峰では良い意味でも悪い意味でも西住流が根付き過ぎてしまっている。テコ入れをしようにも、一筋縄ではいかないのだ。

 

 「...私もまほも、その弱点に気付くまで、西住流の戦車道は完璧なものだと考えていました。...まさか自身のもう一人の娘に思い知らされる事になるとは思いませんでしたが」

 

 そう言うしほが弱点に気づいたキッカケ、それは紛れもなく今年の戦車道大会だった。決勝戦でもう一人の娘、西住みほに皮肉にも西住流の牙城を崩されたことによって、ようやく黒森峰の弱点を見つける事が出来たのだ。

 

 

 「黒森峰の弱点、もとい西住流の弱点は"想定外の事態"、"奇襲などのイレギュラーな作戦"に滅法弱い事です」

 

 

 ここでようやくしほは黒森峰の本質的な弱点を述べる。確かに去年の大会では優勢であったにも関わらず戦車が川に落ちると言う想定外の事態から一気に戦況が覆された。そして今年の大会では定石の戦法をことごとく覆して来た西住みほのユニークな作戦に一本食らう形になってしまった。

 常に隙が無い西住流の戦車道だからこそ、万が一生まれた隙につけ込まれた時に対処ができないのである。

 そこでまほはハッとしたような表情でなる。

 

 「...なるほど、だから母様は賢介を呼んだのですね」

 

 納得したように頷くまほ。一方古葉の方はまだ理解できてないようだ。

 

 「...どう言う事だい?」

 

 古葉は怪訝な表情でそう言う。

 

 「...賢介、西住流は変わらなければならない時が来たのです。ですがいきなり変わると言っても無理なのは承知です。私とまほはずっと西住流の戦車道しかして来ませんでしたから」

 

 そこまでしほが言うと古葉もハッとした表情になる。今回ここに呼ばれた理由、そして古葉自身が黒森峰でやらなければならない役割を今の会話で全て理解したのだ。

 

 「...なるほど、だから"西住流"では無い自分が呼ばれたんだね」

 

 納得した表情で古葉がそう呟く。

 

 

 

 「...相変わらず理解が早くて助かるわ。そう、今回の研修で貴方にお願いしたいのは、西住流とは違う"古葉流"、貴方の戦車道で黒森峰に良い刺激を与えて欲しいのです」

 

 

 

 しほの言葉にまほと古葉の二人は緊張した面持ちになる。

 普通に戦車整備をするより何倍も難しい注文を、古葉は頼まれたのであった。

 

 




 今作の西住しほは非常にマイルドな人間になっております。


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黒森峰編3 : 衝突

 

 研修開始から数日後、黒森峰での研修が思いの外、平和に始まった事に宮舞の生徒達は少し安堵していた。船が着く前の古葉の脅しもあって相当身構えていたのだが、今のところそう言った衝突も無しに各々、自分のやる事を淡々と無言でこなしている。そんな光景を二人の男女が格納庫の高台から見下ろしていた。

 

 「うーん、どうしたもんかねぇー」

 

 その一人、古葉の呑気な声が聞こえる。黒森峰での研修が無事始まったのは良いが早速一つの問題を抱えていた。

 

 「お互い会話が全く無いな。...まぁ黒森峰では男子高校生なんて初めて接する奴も多いんだ。距離感が掴めないんだろう」

 

 相変わらずの無表情で古葉の隣にいたまほがそう付け加える。序盤から浮き出た一つの問題。それは双方全く会話が無い事だった。いや、最初の方は宮舞の整備士達が必死に会話を繋げようとしていたのだが、問題があるのは黒森峰の生徒の方だった。

 今回はその一幕を紹介しよう。

 

 

 「よろしくお願いします!!早速ですけど戦車に触っても良いですか?」

 

 「え?あ、はい。どうぞ...」

 

 「ありがとうございます。その前に確認したいんですけど、ここはいじらないで欲しいってところとかあります?」

 

 「え、いや、特には無いと思います...」

 

 「そ、そうっすか...後で動作チェックとかもしたいんで動かし方を教えて貰っても良いですか?」

 

 「...別に構いませんが...」

 

 「え、えっと...や、やっぱり良い戦車っすね!!ドイツ戦車って!無駄なところが無いと言うか、洗練された感じで!!」

 

 「はぁ、その...ありがとうございます...」

 

 「えぇ、とっても...」

 

 「...」

 

 「...」

 

 

 大体こんな感じである。黒森峰の生徒としては初めて会話をする男子高校生と言う生物にどう接して良いのか分からないのだ。そして余りにもコミュニケーションが下手な黒森峰の生徒達に宮舞の整備士達もどう対応して良いか分からず距離を置いてしまう。

 こう言った経緯から宮舞は宮舞の生徒同士だけで、黒森峰は黒森峰の生徒同士だけで会話をしている状況が生まれてしまったのだ。

 不器用な生徒が多いと噂は聞いていたがここまで来ると困惑を通り越して笑けてくるところまで古葉は来ていた。

 

 「これならまだ衝突してくれる方が良かったかもねぇ。まほさんから言われた件もあるし...うーん、どうしたもんかねぇ...」

 

 こうなる事は古葉にとっても予想外だったようで、これなら言い合いでもなんでもしてくれた方がありがたい。まずは何かしらアクションを起こさないと、しほから頼まれた事はおろか、ただ黒森峰の戦車を触って終わる可能性だってあるのだ。

 お互いに意見を交換し合わないとこの"派遣研修"の意味が無い。

 「...その割には余り慌てて無いようだな。何か策でもあるのか?」

 しかし古葉の表情を見る限り焦っている様子は全く無い。まほがそう聞くと古葉は腕を組んで何か考えるような仕草をし始めた。

 「まー、何個か。まずはお互いにコミュニケーションを取ってもらう事から始めないとねー。...でも、今の状況を打破してくれるかも知れない人は見当が付いてるんだ」

 誰にも聞かれるわけでは無いのに大袈裟な仕草で古葉が小声でそう言うと、まほは感心したような、少し驚いたような顔になる。

 「...ほぅ、宮舞高校にはそこまで肝の座った人材がいるんだな」

 

 「いや、その人は宮舞(ウチ)の人間じゃ無いよ?」

 

 「.....え?」

 

 古葉の予想外すぎる回答にまほでさえも遅れて反応が返って来た。

 

 

 

 

 

 「ティーガーⅡの整備ですか?」

 

 「そそ。えっとんに頼みたいんだよねー。ほら、あそこに置いてあるやつ」

 

 古葉が"えっとん"と呼ぶ男にそうお願いする。えっとんと呼ばれたこの男は整備科2年の江藤。黒森峰までの船内で古葉に色々質問していた男である。

 

 「えっと、まだこの戦車に手を付けたばかりでかすけど...」

 

 そして彼は目の前にあるパンターG型と言う戦車を整備していた。これから本格的に中身を見ていこうと言うところで、古葉からこのように声を掛けられて困惑してしまう。

 「まあ、後でいーよ、それ。向こうの方がクセのある感じでねぇ、ちょっと難しそうだからえっとんに頼みたいんだ」

 続けて古葉がそう言う。言い回しといい相変わらず人の乗せ方が上手い男である。

 「俺に....わ、分かりました!!任せてください!!」

 江藤も古葉に上手く乗せられたのか、俄然やる気が出たようだ。しかしいきなり勝手に他人の戦車を触るわけにもいかない。

 「それで、あのティーガーⅡの車長さんはどこにいるんですか?」

 江藤がそう聞くと古葉は二人の少女がいる方を指差した。江藤も古葉が指差す方へ顔を向ける。

 

 

 「あそこ、西住隊長の隣にいる銀髪の子だよ」

 

 古葉の一言で、江藤の表情が一瞬にして引きつった。

 

 「あ、あと話しかけるタイミングは彼女が一人になった時の方が良いよ」

 江藤の顔がさらに引きつった。

 

 

 

 

 

 

 

 「...何の用かしら?」

 

 「い、いやー。逸見さんのティーガーⅡの点検をしたいんですけど、大丈夫ですかね?」

 

 あまりにも好意的では無い逸見の対応に江藤の顔が一層引きつる。初対面の人間ならもうちょっと猫を被ったり、愛想良く振る舞うものだが彼女にその考えは無いらしい。研修初日から宮舞の整備士にこのような態度で接するので江藤はここ数日間ですっかり逸見への苦手意識ができてしまっていた。

 逸見のストッパーでもあるまほが逸見から離れたタイミングで話しかけたのは、やはり失敗だったかもしれないと江藤は少し後悔する。

 

 「...いきなり来て何を言うかと思えば...そもそも貴方はパンターG型の整備をしてたでしょう?それとも、今やっている戦車の整備を放り出すのが宮舞のやり方なのかしら?」

 逸見の嫌味な言い方に江藤の心も穏やかでは無い。しかし古葉が船内で言っていた事を思い出して冷静に努める。此処で"衝突"してしまっては元も子もない。

 「...ええーっと...ちょっとクセがある戦車って聞いて...早めに見てあげた方が良いかと思って...」

 江藤の"クセ"と言う言葉を聞いて逸見の眉毛がピクンと動く。

 

 「...私の戦車にクセがあると?パンターGの整備も碌に出来ないくせに随分な事を言ってくれるわね」

 

 「...優先度を変えただけです。...勝手な事を言わないでください」

 神経を逆撫でするような逸見の嫌味に江藤も少し反論する。しかし逸見は態度を変えない。

 「信用ならないわ。そもそも此処は黒森峰で貴方達の出る幕なんて無いのよ。戦車を触らせて貰えるだけ有り難く思いなさい」

 あまりにも保守的。古葉の言っていたのはこう言う事かと心の中で納得する。だがそう合点がいくと江藤も冷静さを少し取り戻せた。

 「...しかし今回の研修は西住流家元の同意も得てやってます。貴女の個人的な理由だけでは西住流にも、そちらの隊長にも迷惑がかかると思いますが?」

 江藤の指摘が図星だったのか、逸見は面白くないような顔をして舌打ちをする。西住流、取り分け隊長の西住まほの名まで出されれば強く出れない。黒森峰の縦社会を象徴するような光景だった。

 「...本当に鬱陶しいわね。大体貴方達は整備は出来ても競技は出来ないじゃない。そこまで戦車道にしがみついていると滑稽にさえ思えてくるわよ」

 しかしそこまで言われても逸見は引き下がる気は無いらしい。逸見の鼻につく発言に、冷静であった感情が再び沸騰しそうになるも、江藤はグッと堪える。此処で噛み付いては古葉に迷惑が掛かると思い、何とか踏みとどまっているようだ。

 

 「...」

 

 「男ってだけで何もかも貴方達は下なのよ。この世界では」

 

 何も言わない江藤に調子付いたのか逸見が更に嫌味を浴びせる。何とか耐えている江藤だが次に逸見が言った言葉だけは見逃せなかった。

 

 

 

 「貴方達の隊長、確か古葉だったかしら?アイツも名門に生まれたくせに男ってだけで価値がないわよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガシャン!!と大きな音が聞こえる。その音は黒森峰の格納庫全体にまで聞こえる大きさで、その場にいた全員が音の方に視線を回す。誰もが驚いた表情を見せる中、一人の男だけは落ち着いた表情でゆっくりと音のした方へ顔を向けた。

 

 「お、始まったねえー。予想よりちょっと早かったかな?」

 

 まるで待っていたかのように古葉がそう言うと、ゆっくりとした足取りで音の出た方向へ歩いていった。

 

 

 

 

 「てめえ!!!さっきから聞いてりゃあ好き勝手言いやがって!!!!」

 

 「事実を言って何が悪いのよ!!!初日からそうだったけどアンタらチョロチョロしてて鬱陶しいのよ!!!!」

 

 言い合っているのは案の定、江藤と逸見の二人だった。今にも飛び掛かろうとするお互いを、江藤を宮舞の整備士が、逸見を黒森峰の履修者が必死に抑えている。

 

 「ちょっ!!落ち着け江藤!!!何があった!?!?」

 

 「ちょっとエリカ!!!アンタ一体何言ったの!?!?」

 

 その中でも江藤の剣幕は相当なものであった。今にも逸見に食ってかかりそうな勢いは、黒森峰の履修者達は愚か、宮舞の整備士達でさえもたじろぐ程だったのだ。

 

 「コイツ!!!知りもしねえクセに隊長の悪口を!!!!

っっ!!離して下さい!!!離せよ!!!!!」

 

 江藤を抑えている3年生の先輩に乱暴な口調になる程激昂している。そんな江藤に周りの黒森峰の履修者達が軒並み怯んでいる中、逸見はそれでも強気でいた。

 

 「うるさい!!!そもそもこの黒森峰にアンタらみたいな外様なんていらないのよ!!!勝手に他人の土台に上がり込んで一体何様のつもりよ!!!!」

 

 もはや収集が着かないくらいヒートアップしている二人。周りの野次馬が流石にオロオロし出した頃、何処からか聞こえてきた鶴の一声で、一気に格納庫が静まり返った。

 

 

 

 「貴様ら!!!!何をしている!!!!!此処は喧嘩をする場所か!!!!!!」

 

 

 

 

 声の主を聞いて黒森峰の履修者達は一瞬にして黙り込む。

 そこには未だかつて無いほど険しい表情をした西住まほが居た。

 

 「ぐっ!!コイツ!!!一発言ってやらないと気が済みません!!!!」

 

 しかし江藤はまだ熱が収まら無いのか、依然として逸見に飛び掛かろうとしている。

 

 

 「そこまで、えっとん。一旦冷静になりな」

 

 

 そんな江藤を我に帰らせたのは、古葉の声だった。江藤は声を聞くと、ようやっと冷静さを取り戻し、静かになる。

 

 そして後に残ったのは張り裂けそうなほどの緊張感。しばらくの沈黙の後、口を開いたのは古葉の方だった。

 

 「...まずは経緯を説明してもらおうか、そうだね。えっとん、頼める?」

 

 「..,はい」

 

 

 こうして言い争いになった経緯を江藤が話し始めた_______

 

 

 

 

 _____「...そう、江藤はこう言ってるけど逸見さんは何か言うことあるかい?」

 

 ことの経緯を江藤から聞き終わった古葉は、もう一人の当事者である逸見にそう聞く。

 

 「....」

 

 しかし逸見は黙ったままだ。

 

 「...逸見さんが何も言わないなら江藤の言った通りになるよ」

 古葉がそう言うと逸見はキッと古葉の方を睨み返す。そして今度は古葉の方へ敵意を剥き出しにして、ゆっくりと口を開いた。

 

 「...何故このタイミングなのかが、わからないからです...」

 

 逸見のあまりにも突拍子の無い発言に全員が目を丸くする。

 

 「...どう言う事だ?エリカ」

 

 そう聞いたのはまほの方だった。黒森峰の隊長である彼女さえ、逸見の言葉の真意が分からなかった。

 

 「...黒森峰は今まで宮舞の整備士達を受け入れなかったと聞いています。...それも二十年も。それはここまで何とか自分達だけででやって来たと言う、黒森峰の"誇り"があると思うんです。そしてそれは黒森峰の強さだと私は思っています」

 

 逸見の独白に何人かの黒森峰の履修者が感慨深く頷いている。そしてその仕草を古葉は見逃さない。

 

 「...今回もそうだと思うんです。...確かに黒森峰は2年連続で優勝を逃しましたが、それを自分達だけで乗り越えてこその黒森峰戦車道だと私は確信しています」

 明確な意思、信念を持ってそう逸見が力強く述べる。なるほど、この芯の強さこそが彼女の強みだと、古葉は感心していた。履修者達もそんな逸見の言葉が響いたのか、真剣に逸見の話を聞いている。

 

 「...別に宮舞の整備士達が嫌いとかそう言う理由じゃ無いんです。...でも、今の黒森峰の状態は自分達で何とかしなきゃダメなんです!そうじゃないと黒森峰の戦車道ではなくなってしまうんです!!」

 

 感情が溢れ出しているのか、逸見の言葉にも熱が入る。

 

 「なのにっ...!!どうしてこのタイミングでっ...!!貴方達が来るのよ!!!これは私達、黒森峰戦車道の問題なのよ!!!外野が口を挟まないで頂戴!!!!」

 悲痛な面持ちで古葉の胸ぐらを掴んでそう言う逸見。彼女の胸の内を聞いた古葉はこの娘が今回の研修のキーマンである事を確信する。そして古葉は冷静に、胸ぐらを掴んでいる逸見の手をそっと握った。

 

 

 「...逸見さんの言う事は分かったよ。確かに今の時期、君達にとっては俺らは邪魔な存在でしかないだろうね」

 

 

 「ちょっ、隊長!!」

 

 古葉の逸見の肩を持つような発言に江藤はギョッとする。

 

 

 「でもね、今逸見さんが話した黒森峰の信念があるように、俺ら宮舞高校戦車整備科も固い信念を持ってここに来ているんだ」

 

 

 古葉がそこまで言うと、逸見はハッとした表情になる。

 そして目一杯力を入れていた手の力を抜いて、ようやく古葉の胸ぐらから手が離された。

 

 「...今すぐ理解しろとは言わないよ。でも世間ってのは案外広いもんで、君達黒森峰の信念があるように、他にも様々な考え方、生き方、そして信念があるんだ。それはサンダースの信念。聖グロの信念。プラウダの信念。それぞれ違うのはお互いに試合をやり合って来た君達にになら分かるだろう?」

 

 古葉の言葉に皆頷く。自分の信念を貫く事も大事だが、それだけ見ていては世間を知ることは不可能なのだ。時には自分の知らない世界に飛び込む勇気も必要になってくる。

 

 「...だから無理に俺らのことを理解しろとは言わないけど、触れる事はして欲しいな。それで合わないと感じたら離れればいいし、合ったと思ったらそれはいい事じゃん?」

 

 古葉の話を聞いて、今までの自分を黒森峰の履修者達は振り返る。そこには心当たりがあるのか、余りいい表情をしていない者ばかりだった。

 

 「...まだ1ヶ月以上あるんだからゆっくりでいいよ。この派遣研修はもしかしたら自分の知らない世界を知るチャンスかも知れないんだ。...俺らにとっても、君達にとってもね」

 

 いつの間にか皆、古葉の話を真剣に聞いていた。この派遣研修の真の目的。それは宮舞がどうのとか、黒森峰がどうかとかではなく、自分の知らない世界を知っている人間から、学ぼうとする意識を身に付けろと言う事なのだ。

 そしてそれが心にスッと入って来たのは他ならない逸見だった。自身の勘違いが今になって身に染みたのか羞恥心から少し顔が赤くなる。

 

 

 ____キーン、コーン、カーン、コーン______

 

 

 

 それは逸見にとって救いだっただろうか、1日の終わりを知らせるチャイムがちょうど鳴る。時計の時刻は18時半を指しており、片付けをし始めないといけない時間になっていた。

 

 「ありゃ、もうこんな時間になっちゃった。悪いねー、いっぱい時間取らせちゃって」

 

 いつの間にか古葉はいつもの気の抜けた風に戻っていた。余りのギャップに黒森峰の履修者達がズッコケそうになる。元々は逸見と江藤の言い争いから始まったのだが、古葉にその意識は無いようだ。

 そしてようやく声を出すタイミングを掴んだのか、まほが口を開く。

 

 「...この後、黒森峰だけでミーティングする。片付けの後、ミーティング室に集合だ」

 

 まほも思う事があるのだろう。深妙な面持ちでそう言うと、黒森峰の履修者達の顔が強張っていく。

 

 「返事は!!!」

 

 「「「「は、はい!!!!」」」」

 

 そして迫力のあるまほの問いかけに、そそくさと黒森峰の履修者達も片付けを始めるのだった。

 



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黒森峰編4:古葉流

 

 

 江藤と逸見の件から数日後、やっとと言うべきであろうか、ようやく黒森峰と宮舞のコミュニケーションも取れる様になってきた。

 全くと言っていいほど無かった意見の交換なども活発に行われる様になり、ひとまずは安心して見ていられる状況だった。

 

 「ドイツ戦車ってなんか、こう、無骨な感じだよね。徹底的に無駄を削ぎ落としてる感じで」

 

 「…なんで私にそんな事聞くんですか」

 

 そんな中、戦車格納庫では古葉と逸見が会話をしている。古葉は相変わらずヘラヘラしているが、逸見は心底嫌そうな顔をしていた。

 無理も無い。数日前の一件で逸見は古葉に嵌められた形になったのだ。

 ネット上には"対立煽り"と言う言葉があるが、古葉は間接的にその対立を意図的にさせる事で逸見と江藤を衝突させた。喧嘩ともなれば黒森峰の生徒達は何事かと様子を見に来るし、何より隊長であるまほが見逃す筈もない。そして全員の視線を一点に集中させだところで責任を負う双方の隊長が登場する。本来の対立煽りとは意味合いが違うが、古葉はこの二人を意図的に衝突させ、自身に注目が行くように仕向けた。

 

 つまりこれは、全て古葉が仕掛けた"シナリオ"だったのだ。

 

 まんまと古葉のシナリオに嵌められた逸見にとっては屈辱でしか無い。利用されて、尚且つあの一件で宮舞の整備士達を黒森峰の履修者達受け入れさせたのだ。それも一瞬で、違和感も無しに。

 

 「そんな事言わないでよー、いつみん。仲良くしよって言ったでしょー?」

 

 「いつみんはやめて下さい」

 

 どうも逸見としてはこの男が苦手だった。自分があれだけの喧嘩を吹っかけておきながら、翌日には何事もなかったかの様にこうやって話しかけられる。それも毎日。普通なら躊躇する筈なのだが、この男には関係ないと言わんばかりにずっと先を見据えてる気がする。この底の見えない感じが彼女にとってどうも苦手なのだ。

 

 「…全く、隊長は何でこんな男を…」

 

 あまりの自分との相性の悪さに、悪態をつく様にボソッと小声でそう言う逸見だった。

 

   

 

 

 

 そしてそんな二人を遠目で見つめる黒森峰の生徒が二人いた。

 

 「あれ、またエリカさん、古葉さんに絡まれてますね…」

 

 一人は赤星小梅という、黒森峰の二年生でパンターGの戦車長をしている少女。

 

 「ホントだ。古葉さんも飽きないねー」

 

 そしてもう一人、赤星と同じく二年生でヤークトパンターの戦車長をしている小島エミと言う少女だった。

 

 「古葉さんもめげないですねー、ここ数日、かなりの頻度でエリカさんに話しかけてますよ」

 

 赤星がそう言うと、小島も頷く。

 

 「そうだね、でもこう見ると素っ気ない妹に構うお兄ちゃんみたいだねー」

 

 小島がそう言って笑うと赤星も同感なのかクスクスと笑った。

 

 「ふふっ、そうですね。でも、何でエリカさんに構うんでしょう?」

 

 「確かに、エリカは鬱陶しそうにしてるのに…」

 

 古葉に恋愛感情でもあるものかと二人は最初思ったが、よく見てみるとどうもそんな感じでは無い。どちらかと言えば思春期の妹に手を焼く兄みたいな感じだった。しかし、出会って二週間ばかりの間柄でそこまで古葉が逸見に気を掛けるのには違和感があった。

 

 

 

 「賢介は、気に入った人間はとことん自分の懐に入れておきたい奴だからな」

 

 

 「「わぁ!?」」

 

 

 そんな二人の背後から突然声が掛かった。驚いた二人が勢いよく後ろを振り向くと腕を組んで自身らの隊長。西住まほが立っていた。

 

 「た、隊長…!!」

 

 「聞いてたんですか!?」

 

 隊長の突然の登場に赤星も小島もあたふたする。まほとは作戦会議などででしか会話をした事が無く、こう言う雑談をする事などは殆ど無いからだ。

 

 「まあ、そう慌てるな。そうか…観察眼の鋭いアイツの事だからエリカにも目を付けると思っていたが、かなり早かったな」

 

 薄く笑ってしみじみとそう言うまほ。しかし赤星と小島は状況が呑み込めてない。

 

 「ど、どう言う事ですか?隊長」

 

 恐る恐る赤星が聞いてみる。

 

 「あぁ、すまない。賢介は気に入ったものは全て手中に収めたがる。と言う意味だ。…彼は実は戦車道の名家の出身でな。"古葉流"って聞いたことあるか?」

 

 まほの問いかけに赤星が頷く。

 

 「はい、名前だけは。何でも心理戦を得意とする流派だと聞いたことがあります。…流派の規模が小さくて実戦で戦った事はないですが」

 

 「ああ、それであってる。元々、古葉流は相手の心理を利用すると言う性質上、戦車道としての"形"が無い。だから我々西住流や島田流と違って流派を会得できる人間が極端に少ないんだ」

 

 まほの説明に赤星も納得した様に頷く。予め戦車道としての戦術がある程度決まっている西住流や島田流ならばそれを元にして戦略も立て易い。しかし古葉流と言う流派は相手の心理を読む事を前提とする。それ即ち、西住流や島田流の様に決まった戦術の"形"では無く、隊長自身の"他人の心を読む素質"が重要になってくるのだ。そしてそれを可能にする異常なまでの観察眼を必要とするからこそ、古葉流と言う流派は他の2つの流派より浸透しない。

 

 「なるほど、その古葉流の家系が、宮舞から来た班長の古葉さんと言うわけですね?」

 

 赤星がそう言うとまほも同様に頷いた。

 

 「察しがいいな。そう、賢介はその古葉流の直系だ。実際、彼の母親は名の知れた実業団の選手だったからな」

 

 「「へぇー」」

 

 意外だった古葉の出自を知って二人とも驚いている様だ。しかし、それとは別に小島には一つ気になることがあった。

 

 

 「それで、その…"古葉流"の戦車道は強かったんですか?」

 

 

 戦車乗りであればそこは気になる。試合では相手の心理を読むのが重要になる事もあると理解している小島だが、それに特化している流派なんて想像が付かない。もし対戦する側になった場合、どんな戦法で来るのだろうか?

 

 「…私も直接は知らない。ただ、西住流師範、私の母は対戦したことがあると言っていた。と言っても対戦したのは彼の母親だがな」

 

 赤星も気になるようで興味津々にまほの話を聞いている。

 

 

 「…母様によると、対戦をしたらまず"恐怖"を覚えるそうだ」

 

 

 「「恐怖?」」

 

 

 赤星と小島の声がシンクロする。彼女らも戦車に乗りたての頃は飛んでくる砲弾や爆発音などに恐怖したものだが、それでも慣れればなんて事はなかった。そんなものを西住流を継ぐしほが今更恐怖を覚えるとは思えない。なら、まほの言葉の真意は何なのだろうか?

 

 

 「言ったろう?古葉流は対戦相手の心理を読む流派だ。自分の考えや戦略が読まれ、駒を進めた先にことごとく敵が居たら君達はどう思う?」

 

 

 「「あ……」」

 

 

 それは絶対に考えたく無い事だった。こちらが見えない筈の相手が、まるでこちらの動きを全て把握しているかのように、戦車を進めた先々に待っていたかのように現れる。姿の見えない筈の敵に心を読まれ、自分達はジワジワと、侵食されていく様に、追い詰められていく様な感覚に陥る。

 

 

 そこに覚えるのは、紛れもなく"恐怖"だった。

 

 

 

 「あまりにも読みが当たり過ぎるから、審判に不正を疑われる事もしばしばあったらしい」

 

 想像力が逞しいのか、赤星と小島は揃って身震いをする。今までサンダースやプラウダなど、いろんな強豪とは戦いたく無いと思ってきた彼女らだが、この"古葉流"と言うのは話を聞いただけでも異質過ぎる。"戦いたく無い"と言うのは同じなのだが、ベクトルがまるで違った。

 

 

 

 

 「…話が逸れてしまったな。そう言う事で賢介も人の心理を読むのが上手いんだ」

 

 淡々とまほがそう言うが赤星と小島の二人はまだ衝撃を受けていた。まさか戦車道の二大流派の他にこんなにヤバい流派があるとは思っていなかったのだろう。今後戦う事はごめん被りたい。

 

 「す、すごい流派ですね」

 

 圧倒されている赤星が何とか言葉を捻り出す。

 

 「ああ、その特殊さから、元々古葉流は一子相伝の流派だったらしいからな」

 

 そりゃそうだ。こんなヤバい流派が大量発生するなんて考えたくも無い。しかし一子相伝で無くなったあとも、その特殊過ぎる性質から、殆ど流派を会得出来る者が居なかったと考えると、そんな心配もいらなかったのかも知れない。

 

 

 「賢介は恐らくエリカが本気で嫌ってないのを、彼自身も見抜いてるんだろう」

 

 まほの言う通り、見えない敵の行動さえ予測出来る読心術を持つのであれば、それくらいは朝飯前かも知れないと赤星も感じた。

 

 「…その話、エリカさんには、言えないですね」

 

 苦笑いをしてそう言う赤星。素直では無い彼女にそんな事を言ったら反発するに決まっている。2年間、一緒に戦車道をやってきた身としては言わぬが花だという事を、彼女も理解していた。

 

 「そうしてくれると助かる。しかし、あれは相当気に入ってるぞ。なんせ賢介が"あだ名"で呼んでるからな」

 

 「え、そうなんですか?」

 

 確かに古葉は逸見の事を"いつみん"と呼んでいた。赤星と小島には苗字にさん付けで呼ぶが、宮舞の整備士、江藤には"えっとん"と呼んでいる。

 

 「ああ、気に入った者にはあだ名を付けると言う癖があるんだ。変なあだ名を付けるのは賢介の癖と言うより、古葉家の習性みたいなものだろう。彼の母親も人に変なあだ名を付けていたからな。"しぽりん"とか"ちよきち"とか」

 

 親と子は似ると言った物だが変なところまで似る物なのだろうか?

 

 「…とにかく、賢介は見た目や自身への従順さで人を選ぶ様な人間じゃ無い。恐らくこの前のエリカを見て何か感じるものがあったんだろう。観察眼の良さからか、人を見る目はズバ抜けているからな」

 

 赤星と小島には今のまほの発言が、古葉賢介という男に全幅の信頼を寄せてる様に感じた。側から見ればナンパをしている様にしか見えない古葉を黙認しているのもそうだからであろう。しかし何故、まほがそこまで古葉に信頼を寄せているのか小島には分からなかった。

 

 「えっと、隊長は何で古葉さんの事をそんなに知っているんですか?」

 

 小島の言葉にまほは目を丸くする。なんだ、そんな事も知らないのかと言った表情だ。

 

 

 

 「言ってなかったか?私と賢介は昔からの付き合いなんだ」

 

 

 

 「えー!?」

 

 まほの発言にいいリアクションをしてくれる小島。対して赤星は何となく察していたのか、そこまで驚く様子は無かった。

 

 「それって!幼馴染って奴ですか!?」

 

 「あ、あぁ。まあな」

 

 妙に食い付きの良い小島に流石のまほもたじたじになる。お堅い生徒の多い黒森峰でも、やはり女の子。こう言う話題には反応してしまうらしい。

 

 「まあ、とにかくだ。賢介が意味のない行動を取るとは思えん。エリカに話しかけてるのだって何か思惑があるんだろう。今はそっと見ておいてあげてくれないか?」

 

 「「は、はい!!」」

 

 伝える事を伝えるとまほは「ありがとう」と短く一言だけ言ってその場から離れて行った。

 

 

 

 

 

 「ふー、緊張した。隊長とあんな話ししたの初めてだよー」

 

 小島が冷や汗を拭ってそう言う。

 

 「うん、雲の上の存在の人だと思ってたけど、結構フランクな人なんだね」

 

 赤星も普段のまほからは想像出来ない姿を見て感心している様だった。

 

 「でも驚いたー、古葉さんと隊長が幼馴染だったなんて。でも小梅はそんなに驚いてなかったよねー?」

 

 「え?まぁ、何となく察してたからね」

 

 赤星には彼らが幼馴染まででは無いにしろ、親密な間柄であるかも知れないと、まほの口から出る前から感じていた。

 

 「へぇー、なんか理由でもあるの?」

 

 「うーん、古葉さんって隊長が言ってた通り親しい人の名前を呼ぶときにあだ名で呼ぶでしょ?でもそうでない人には基本苗字にさん付けするじゃない?」

 

 「うん」

 

 赤星の言葉に小島も頷く。さっきも述べた通り宮舞の整備士達や逸見などにはあだ名で呼んでいるが、赤星や小島を呼ぶときは基本苗字にさん付けだ。

 

 

 

 

 「でも、隊長だけは下の名前で呼んでるんだよね」

 

 

 

 

 "まほ"という呼び名の特別扱い。それが赤星がそこまで驚かなかった理由だった。

 

 

 

 



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黒森峰編5:解決策

 黒森峰での古葉賢介という存在。それを問われると明確な答えは出ない。

 黒森峰のある生徒は"頼れる先輩"と答えるし、ある生徒は"唯の外様の部外者"と答えるし、ある生徒は"いつも何か考えてそうな人"と答える。

 

 しかし、無視できない存在なのは事実であった。この前の江藤と逸見の一件、隊長であるまほとの妙に近い距離。それもあって存在感は存分に発揮されている。

 派遣研修が始まってから2週間、すでに黒森峰の生徒たちにとって、宮舞の整備士達は無視出来ない存在となっていた。

 

 「……さて、これからどうするかねー?」

 

 黒森峰の格納庫で整備されているドイツ戦車を見ながら、憂うように古葉が呟く。

 

 「……どうって、何をだ?」

 

 いつも通り隣にいたまほが疑問の声を上げた。

 

 「しほさんから言われた事だよ。正直、戦車整備よりそっちの方が重要」

 

 「………」

 

 古葉の憂う様な言葉にまほは無言を返す。

 正直、宮舞の整備士と黒森峰のゴタゴタは古葉にとってそれほど大きな問題では無かった。

 しかし、しほに頼まれた『黒森峰の戦車道を変えて欲しい』と言う要望。これをどうするのか、古葉の中では最重要事項だった。

 

 「……黒森峰のメンバー達も、宮舞の整備士達の事を信頼し始めている。そろそろ良いと思うが……」

 

 まほはそろそろ黒森峰の戦車道に介入しても良いと思っている様だ。しかし古葉は依然として首を捻る。

 

 「んー……まだかなぁ……」

 

 「……何が引っ掛かるんだ?」

 

 相変わらず何を考えているのか掴めない。まほは怪訝な表情を浮かべる。

 

 「キッカケ、かな?今でこそ『整備』に関してはお互い信頼し合って話せる様になったけどね。『戦車道』に関してはまだ一つも 宮舞(ウチ)と黒森峰との間で話題すら出てない。……こっちから話すのは何か違う気がしてね」

 

 「……時期が早いって事か?」

 

 「うん。でもまあ、対策はあるよ」

 

 そう言うと、古葉は視線を逸見の方へと向けた。

 

 「また、いつみんには頑張って貰いましょうかねぇ」

 

 

 

 _____________________

 

 

 

 「そこからレンチを左に回してみてください」

 

 「え、でも、それだとボルトがなめちゃうんじゃ……」

 

 「ええ。なんで感触を確かめながら少しずつ、逆側に噛ませていく様に……」

 

 「……こう、ですかね……あ、出来ました!!凄い、こんなやり方あるんだ……」

 

 一方こちらは江藤。

 黒森峰の整備士に対して、宮舞流の整備を指導していた。

 やはりと言えばそうなのだが、黒森峰の整備は質が高い。しかし、アイデアが無いと言うのが、江藤の率直な感想だった。全てマニュアル化され、その通りにやれば戦車のスペックを落とす事はまず無い。

 それはそれで正解なのだが、江藤としてはそれでは面白く無い。自分のやり方で、スペック以上の物を。そんな理想的な整備を目指すのが、江藤のモットーだった。

 

 「……相変わらず、無駄な事を教えているのね」

 

 それに突っかかってくる少女が1人。

 この研修で、もう散々と聞かされた小言。思い切り顔を顰めて江藤は声の方向へと顔を向けた。

 

 「……無駄かどうかは逸見さんの決める事ではありません。整備するのはこの子ですから、僕はこの子の為になると思ってやってます」

 

 「アタシは黒森峰にとって無駄だと言ってるのよ」

 

 「そう思ってるのは貴女だけかもしれませんよ?」

 

 「……ッチ」

 

 舌打ちを残し、苛立った様子で逸見はその場から離れる。巻き込まれた形となった黒森峰の整備士は、自分に責任があると思っているのかオロオロしていた。

 

 「ああ、すみません。雰囲気悪くしちゃいましたね」

 

 それに気付いたのか、少し困った様に笑って江藤はフォローを入れる。

 

 「い、いえ……こちらこそすみません……」

 

 黒森峰の整備士も申し訳なさそうに謝ってきた。

 段々と黒森峰に信頼されてきた宮舞の整備士達だが、依然として逸見だけは受け入れられないでいた。

 宮舞の整備士が黒森峰の生徒と戦車の話をしているところを見かけようものならば、その光景を睨め付ける様にして絶対に良い顔はしない。

 特にこの前大喧嘩をかました江藤に対しては、事あるごとに小言を言う様になっていた。

 

 「……こう言うのは、どこの高校に行ってもあり得る事ですから」

 

 少し残念そうな表情を見せて、暗い口調で江藤は吐き捨てる様にそう呟く。

 

 「……やっぱり、最初は受け入れられないんですか?」

 

 「僕らは男です。やっぱり、そう言う目で見られちゃうんですよ。……しょうがない事なんですけどね」

 

 

 『戦車道は女の武道』

 

 その固定概念が、世の戦車道に関わる男達の肩身を狭くしてしまっている。派遣研修の裏の部分とも言えば良いだろうか。皆出会いを期待して研修に行くが、その実こう言う実態が未だに根深く残っている。

 

 「まあ、ここで愚痴っても仕方ないんですけどね」

 

 「………」

 

 再び困った様に笑ってそう言う江藤に対し、黒森峰の整備士は何も言えなくなってしまう。

 この派遣研修の裏の部分が一番顕著に出ているのは、黒森峰で間違いなかった。

 

 _________________

 

 

 

 「「「はぁー………」」」

 

 宿舎に戻り、宮舞の隊員達は一様にため息をつく。

 

 「お疲れ皆んな。やっぱり気疲れするよね」

 

 そんな隊員達にフォローを入れる様に古葉が労いの言葉を掛ける。

 

 「……なんか、雰囲気が独特って言うか、『これ以上は踏み込まないで』みたいな雰囲気なんですよね……」

 

 整備士の1人が少々疲れた顔でそう言う。それに別の整備士が同調する様に口を開いた。

 

 「そーそー。整備の話だと結構反応良いんだけどさぁ、俺が宮舞では『模擬戦』してるって言うと、途端に顔が強張ってさぁ……キツいよ、アレ」

 

 どうやら古葉以外の整備士達も、黒森峰に対する『壁』は感じているらしい。

 

 「まあ、黒森峰の戦車を触らして貰えるだけならそれで良いんですけどね。……やっぱり、なんか悲しいと言うか……去年のサンダースじゃ、こんな事無かったんですけどね」

 

 「9連覇する程の名門様って事だよ。戦術に口を出すなって、プライドがあんだろーよ」

 

 プライド、名門、古豪。凝り固まった黒森峰の思考は、新しい物を取り入れると言う行為を蔑ろにしてしまっている。

 この数週間。宮舞の整備士達はそれを痛感していた。

 

 「……隊長は、このままで良いと思いますか?」

 

 江藤が少し深刻な表情でそう聞いてくる。

 

 「………」

 

 対して古葉は腕を組んで考える。もちろん対策はしなければならない。古葉としてはもう少し後にしようと思っていたのだが、整備士達の反応を見る限り、早めに手を打っておいた方が良さそうだ。

 

 「ちょっと、まほと話してみるよ」

 

 一言、神妙な表情でそれだけ伝えた。

 

 

 

 _________________

 

 

 

 学園艦と言うシステムを導入している以上、洋上へ出ると色んな事が本土にいた頃とは勝手が違って来る。買い物はに行く場所はもちろん限られるし、娯楽も殆ど無い。

 しかしその中でも魅力的な部分も存在する。

 

 

 夜になれば星が綺麗に見えるのだ。

 

 

 「悪いね、こんな時間に呼び出して」

 

 「いや、構わない」

 

 星空の元、学園艦の甲板には2人の男女が居た。

 

 「本当ならもうちょっと後に話そうかと思ったんだけどね。ちょっと我慢出来そうになくて」

 

 男の方、古葉は困った様に笑ってそう言う。

 

 「構わないと言ってるだろう?賢介は偶にまどろっこしいところがあるからな」

 

 女性の方、まほも僅かに微笑んでそう返した。

 

 「いやはや、こう言うのはタイミングが重要だからさ。……それに他の人に聞かれたく無い話でもあるしね」

 

 そう言うと、古葉は真剣な表情でまほを見つめる。

 

 「な、なんだ?改まって」

 

 対してまほは普段出さない古葉の雰囲気に珍しく動揺していた。

 

 「そうだね、単刀直入に言おうか」

 

 何の言葉が出てくるのか、まほは身構える。

 

 

 

 「模擬戦、やらない?」

 

 

 「……………は?」

 

 

 何を言われたのか一瞬分からず、数秒遅れてまほの口から言葉が出る。

 

 「だから、模擬戦」

 

 「模擬戦」

 

 「そう、模擬戦」

 

 「………」

 

 「………」

 

 何だか妙な沈黙が流れる。

 

 「……ダメだった?」

 

 まほから返事が返ってこないので、古葉は再び聞き返す。

 

 「あ、ああ、そうか、模擬戦か、そうだよな……」

 

 ほっとした様な、残念がる様な声色でまほはそう返す。そして、気持ちを切り替える様に一つ咳払いをした。

 

 「母様の言ってた事か?」

 

 そしていつもの凛とした表情に戻る。

 

 「うん。本当はもうちょっと後にしようと思ったんだけどね。このままじゃウチの整備士が持ちそうに無いからさ、急遽」

 

 困った様に古葉がそう言うと、まほも少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

 「……ウチの者が度々迷惑を掛けるな。すまん」

 

 「いや、それはいいよ。立場もあるしね。まほ1人だけじゃどうにか出来ないのは俺も分かってる」

 

 「しかし……」

 

 「だからこその模擬戦だよ。ちょっとテコ入れしようかなってね。お互いの『戦車道』を見せれば、理解してくれる人も増えるでしょ?」

 

 模擬戦の狙いとしては、宮舞側の戦車道を相手に見せることによって、理解を得ようと言うものだった。反発も出てくるかも知れないが、確かにそれが一番手っ取り早い。

 

 「……賢介が言うならそうなんだろう。でもどうするんだ?そっちは5人しか居ないだろう?」

 

 模擬戦をするのは良いが、どの様な形で行うのか。宮舞VS黒森峰をするにしても、宮舞側の隊員が少なすぎる。

 

 「何人かそっちから借りるよ。人選は適当にまほの方で選んでくれるかな?戦車はお互い4両ずつ。お互いの隊長はまほと俺。この条件でどう?」

 

 古葉がその条件を出すと、まほは少し考える。

 

 「……それでも良いが、こちら側に分がありすぎはしないか?」

 

 古葉としては初めて扱うドイツ戦車。それに半数以上の隊員は黒森峰から借りる形となる。有利なのはどう見てもまほの方だ。

 しかし、古葉は挑発的な笑みを浮かべる。

 

 

 「俺がそうしたいんだよ。……ようやくまほと戦える機会が来たんだ。ハンデなんて付けたら、勿体無いでしょ?」

 

 

 お互いの『戦車道』を理解してもらう為。と言う名目のこの模擬戦だが、古葉の個人的な思いとしては、今の自分の実力がまほにどれほど通用するのか知りたかった。古葉のその言葉に、まほも身震いする。

 

 「……あまり、黒森峰の戦車道を舐めないで欲しいな」

 

 言葉とは裏腹に、まほもワクワクを隠しきれない様子でそう言う。彼女とて、古葉流と呼ばれる戦車道がどの様なものか、興味がある。

 それに小さい頃から認めている幼馴染がどの様な戦い方をするのか知りたかった。

 

 「模擬戦の件、了承した。こっちで隊員は調整しておく」

 

 「うん、よろしくね」

 

 話がまとまると、まほはその場から自室へと戻ろうとする。一刻も早く、作戦を立てなければ。

 

 「え、まほ帰んの?」

 

 すると、古葉が呼び止めた。

 

 「?、まだ何かあるのか?」

 

 まだ話しておく事があるのだろうかと、まほは古葉の方へと振り返る。

 

 

 

 「いや、せっかく2人きりになったんだし、もうちょっと一緒に居ようよ」

 

 

 

 あっけらかんと、当たり前かの様に古葉はそう言い放つ。

 それを聞いたまほは急激に顔の温度が上がる。

 

 「……ほんと、そう言うとこだぞ……」

 

 ボソッと、誰にも聞こえない声でそう呟くと、再び古葉の隣へと向かっていった。

 

 

 

 



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