真・恋姫†夢想-革命- 世界の破壊者 (サラザール)
しおりを挟む

プロローグ

サラザールと申します。「ファフニール vs 神」や「エピソードオブヒット 伝説の殺し屋」に続き、第三作品目となります。最近動画を見ていると久しぶりに仮面ライダーディケイドを見ましたので、恋姫†無双と絡めて書いてみました。R-18ではありませんので、気軽に読んでください。あと、アンチヘイトは念のためです。


 西暦2019年。世界に突如として怪人たちが現れた。その恐怖は瞬く間に広がり、人間たちは怪人たちの恐怖に怯えながら日々を過ごしていた。

 

 グロンギ、アンノウン、オルフェノク、アンデッド、()()(もう)、ワーム、イマジン、ファンガイアといった怪人たちは世界のあちこちで暴れ始めていた。

 

 そんなある日、彗星の如く姿を現したのは仮面の戦士。戦士は姿を変えながら怪人たちを次々と倒していき、世界は平和へと向かっていった。

 

 しかし、人間たちは仮面の戦士のことを知っていた。1999年に世界が終わると予言したノストラダムスはもう一つある予言をしていた。

 

『1999年の7月に世界が終わる確率は限りなく低いだろう。しかしその20年後には必ず世界は破壊される。地球外生命体たちを倒し、いずれ世界を破滅する悪魔が現れるだろう。その悪魔の名は……ディケイド』

 

 人々はディケイドの強さを目の当たりにし、ノストラダムスの予言を信じ始めた。

 

 政府は怪人だけでなく、ディケイドに対抗するために様々な兵器を準備して倒そうと考えていた。

 

 そして怪人たちが現れてから1年後、ついにディケイドは全ての怪人たちを倒した。そして政府はディケイドを倒すべく自衛隊を動かした。全ては世界を破壊から防ぐために。

 

 ところがディケイドは怪人を倒して以降、姿を消した。政府は血眼になってディケイドの消息を調べたが、足取りは掴めなかった。

 

 平和になってから数年が経過してもディケイドは一向に姿を現すことはなかった。そして彼らはまたしてもノストラダムスの予言が真実ではないことを思い知った。

 

 ディケイドは世界の破壊者ではなく、怪人たちを倒すために立ち上がった正義のヒーローであることを。

 

 人々はディケイドへの恐怖を無くし、いつしか彼を救世主と(あが)め始めた。

 

 世界の破壊者から救世主へと呼ばれたディケイドは、今何処にいるのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗な光景だ……」

 

 二眼レフのトイカメラで街を撮影しているのは、今年で大学生になった青年。彼の名は檜山(ひやま)(つかさ)

 

 勉強やスポーツ、ピアノなどをそつなくこなす少年。写真撮影を趣味として、世界のあちこちを旅行している。最近では中国を度々訪れており、英語だけでなく中国語を読み書きできるほど。その応用として国語の授業で習った漢文もできる。

 

 中学や高校では優等生として知られている彼は、なるべく目立たずに過ごすことを夢見ていた。

 

 何故なら彼こそ怪人から世界を救った救世主、仮面ライダーディケイドだからだ。

 

 怪人が現れる数日前、彼は義理の両親から "ディケイドライバー" と "ライドブッカー" をたくされた。発明好きの両親はノストラダムスの予言をなぜか信じており、怪人たちが現れても対抗できるように作っていたようだ。

 

 司は最初、ノストラダムスの予言を信じておらず、無理矢理託された "ディケイドライバー" と "ライドブッカー" を処分しようと考えていた。

 

 そんなことを考えていると、目の前に謎のオーロラが出現し、それと同時に無数の怪人たちが現れた。

 

 ノストラダムスの予言が本当であると知った司は、世界を救うため仮面ライダーディケイドになることを決意し、怪人たちを次々と()(たお)した。

 

 さらに彼はディケイドが世界の破壊者になることも予言で分かっていたため、怪人を倒した後、 "ディケイドライバー" と "ライドブッカー" を両親に返した。

 

 そう、彼は破壊者としてではなく救世主として怪人たちを倒し、世界を救った後はディケイドに変身することなく、幸せな日々を過ごしていた。

 

 世界が平和になってから4年が経ち、(つかさ)は大学に通いながら趣味に明け暮れていた。

 

「全く、親父はなんでまた "ディケイドライバー" と "ライドブッカー" を渡してきたんだ? 怪人たちはもう倒したっていうのに……」

 

 この日、司の父親は突然嫌な予感がすると言い出して、中国へ旅行に行こうとしていた彼に再び "ディケイドライバー" と "ライドブッカー" を渡されたのだ。

 

 父親の勘は必ず当たるが、今回ばかりは絶対にないと思っていた。

 

「さてと、そろそろホテルに戻るか」

 

 そう言って司はトイカメラに付いている紐を首にぶら下げてからその場を後にする。

 

「そうだ、この先綺麗な滝があるって地元の人が言ってたな。ちょっと行ってるか」

 

 彼は小走りで滝のある場所へと向かう。その途中、霧が出てきて足を止める。

 

「何も見えないな。これじゃあ道が分からないぞ」

 

 司は周りを見渡すが、霧は濃く何も見えない。しばらくして徐々に霧が晴れていき、道が見えるようになった。

 

「やっとか……ん?」

 

 再び滝へ向かおうとしていた彼の目の前に、5年前にも現れた謎のオーロラが発生するのを目の当たりにする。

 

「ちょっ!? 嘘だろ、何でまた……」

 

 (つかさ)咄嗟(とっさ)にズボンのポケットに入れていた "ディケイドライバー" と "ライドブッカー" を取り出しす。

 

「親父の勘はよく当たるな……」

 

  "ライドブッカー" からカードを取り出し、ディケイドに変身できるように構える。すると、オーロラの中から髭を生やした老人が現れた。

 

「お主がディケイドじゃな」

 

 老人はそう言いながら司に近づく。

 

「誰だ?」

 

「儂は神じゃ」

 

「神だと?」

 

 神と名乗る老人は足を止め、司の持つ "ディケイドライバー" と "ライドブッカー" に目を向ける。

 

「やはりそうか。そのカードでディケイドになるんじゃな?」

 

「ああ、言っておくが、カードはあまり好きじゃない。クレジットカードは作らない主義でもある」

 

「なぜそこでクレジットカードが出てくるんじゃ?」

 

 司は警戒しながら老人に話題を切り出した。

 

「俺に何か用か?」

 

「うむ、お主に頼みたいことがあるのじゃ」

 

 そう言うと老人は(てのひら)から光を生成して球体を作り出す。その球体は地球にそっくりだ。

 

「お主にはこれからある世界を救ってほしいのじゃ」

 

「ある世界だと?」

 

「そうじゃ。そしてその世界の運命を破壊してほしい」

 

「破壊だと? 救うのに破壊が必要なのはどういうことだ?」

 

 (つかさ)(いぶか)しげな表情を浮かべて老人に問いかける。

 

「その世界は元々、正常に稼働するはずだった。じゃが、お主が倒した怪人たちが姿を現し始めたのじゃ」

 

「なんだって……」

 

 老人の放った言葉に司は驚愕する。

 

「その原因となったのが、この男じゃ」

 

 地球に見える球体は、ある男の顔を写し出した。その男はどこか優しそうな雰囲気で、白い制服のようなものを着ていた。

 

「この男は北郷(ほんごう)一刀(かずと)。あの世界に迷い込んだこことは別の世界の人間だ」

 

「その男が怪人たちを率いているのか?」

 

「いや、そうではない。少なくとも彼は事故に巻き込まれて偶然やってきただけじゃが、本来はそんなことはあってはならないのだ」

 

「どういう意味だ?」

 

「少なくとも、彼に悪意はない。しかし、違う世界に行くには儂のように時間に干渉できる者が制御することで行き来できるのじゃ。しかし彼はさっきも言った通り事故で違う世界に迷い込んだ。そのため、時間軸に影響を及ぼしてお主が倒した怪人たちが復活しだしたのじゃ」

 

 老人は球体を消して、司に再び近づく。

 

「お主のことは感謝している。世界を救ってくれた救世主としてな。だから頼む。外史の世界を救ってくれ! でないとこの世界もやがて怪人たちが復活してしまうのじゃ!」

 

 必死に頭を下げる老人を見た司は既に世界を救う決意をしていた。それが力を持つ者としての役割だということを分かっていたからだ。

 

「分かった。その外史とやらの世界を救ってやる」

 

「感謝する。それともう一つ、問題があるのじゃ」

 

「なんだ」

 

「それは……いや、今はまだ起きてはいないが、いずれお主がその世界で生活しつづけると分かる。とりあえず、ある物を渡そう」

 

 老人は再び(てのひら)から光を生成し、バイクへと姿を変える。

 

「これは "マシンディケイダー" 。これに乗れば陸でも海でも空でも乗ることができる。お主に渡そう」

 

「いいのか? 一応免許は取ってるが、これから行く世界はそんな物を持ってても大丈夫なのか?」

 

「構わぬ。何か聞かれれば北郷(ほんごう)一刀(かずと)と同じ天の国から来たと言えば納得してくれる」

 

「それで納得する世界なんてあるのか」

 

 老人は司が言い終わる前にオーロラを発生させる。

 

「では、頼んだぞ」

 

 オーロラは司を包みこみ、その場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貂蝉や卑弥呼には敵として認識されるじゃろうが、お主なら外史を救ってくれると信じている。全てを破壊し、全てを繋いでくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  主人公設定

 

 檜山(ひやま)(つかさ) 大学1年生

 身長 180cm

 趣味 写真撮影  特技 スポーツ全般、ピアノなど

 かつて世界を救ったヒーロー。仮面ライダーディケイドの主人公 門矢士 と少し似ている。将来の夢はカメラマンになることで、世界の全てをカメラに収めたいといろんな国(今は中国を中心)に旅行している。幼いころからなんでもそつなくこなせる。友人は多いが、彼女は一人もいない。女性関係には鈍感で、周りから呆れてしまうほど。

 




いかがでしたか? 最初はこんな感じです。主人公の容姿はご自由にどうぞ。次回もお楽しみください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章
第1話 恋姫の世界


言っておきます。私は恋姫†無双のゲームをしたことはありません。YouTubeに投稿してあるものを見ています。それだけは理解してください。


<???>「……流れ星?」

 

<???>「……様? 出立の準備が整いました!」

 

<???>「……様? どうかなさいましたか?」

 

<???>「ええ。今、流れ星が見えたのよ」

 

<???>「流れ星、ですか? こんな昼間に」

 

<???>「……あまり吉兆とは思えませんね。ただでさえ怪しげな物を追っている最中だというのに……出立を延期いたしましょうか?」

 

<???>「吉か凶かを取るのは己次第よ。それにこんな理由で滞在を延期しては、また栄華に小言を言われてしまうわ」

 

<???>「はっ。ならば、予定通りに。……姉者」

 

<???>「おう! 総員、騎乗! 騎乗ッ!」

 

<???>「無知な悪党どもに奪われた貴重な遺産、何としても取り戻すわよ! ……出撃!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<司>「…………全く、何処だ此処は?」

 

 俺は神と名乗る老人から外史という世界に連れてこられた。気が付くとそこには天を衝くようにそびえる無数の岩山と、地平の果てまで広がる赤茶けた荒野を目にする。

 

 地平線は黄色っぽく、少なくとも日本の光景ではない。海外へ旅行に行った時によく写真を撮影した光景にそっくりで、主に中国で見たことある。

 

 異様な光景を見渡していると、神からくれた "マシンディケイダー" を見つける。そこにはヘルメットと張り紙があり、読んでみた。

 

『これを読んでいるということは、もう既に外史に着いているということじゃな。 "マシンディケイダー" はガソリンが無くても走れるように設計してあるから大丈夫じゃ。メンテナンスは欠かさずにやるんじゃぞ。この外史を救ってくれ』

 

 俺は張り紙を読み終えると "マシンディケイダー" から剥がし、ポケットにしまう。

 

<司>「気が効いてるじゃないか。ありがたく使わせてもらうぞ」

 

 そう言いながら俺は "マシンディケイダー" に(また)がり、ヘルメットを被る。

 

<司>「まずは何処かに街があるはずだ。そこで情報を収集してやる事を決めるとしよう」

 

  "マシンディケイダー" を動かして岩山だらけの地平線の先へと向かう。まずは此処がどんな世界なのかを調べるのが先だからな。

 

 この世界に来てから数十分が経つが、何度見ても建物どころか人の姿が見当たらない。

 

 もしかしたら、街とは反対の方向へと向かっているかもしれないと思い始めていると、視線の先に人の姿を見つける。

 

 眼鏡を掛けた女性と頭に人形を乗せた少女。その近くに武器を持った女性が二人。それに対峙するのは武器を持った盗賊らしき六人組。

 

 一人は中年のオッサンで、如何にもリーダーらしき風格がある。その右側にいるのは身長が低くてで鼻が高いチビ。オッサンの左側には肥満体の大男。

 

 その三人は人間だと分かるが、あとの三人は怪物であることが遠くから見ても分かる。

 

 何故ならその三人は武器を持っていないということ。武器を持った二人の女性は武の心得を持っており、特徴的な三人は武器を握りしめていることから、大抵の武人は武器を使うことが分かる。

 

 しかし武器を持たない三人の盗賊は防具すら持ち合わせていない。それなのに不敵な笑みを浮かべている。それに俺の勘ではそいつらは俺のいた世界に現れた怪人たちだと理解した。

 

 たとえ武人が立ち向かっても奴らは手強い。そのため俺が倒さなきゃならない。

 

 そう思って俺は彼女たちに近づいた。

 

<アニキ>「な、なんだ?」

 

 リーダーらしき人が俺に気付き、少女たちも俺を物珍しそうに見つめる。

 

<司>「そこの三人組、人間じゃないな」

 

 そう言って俺は "マシンディケイダー" を降りてヘルメットを外す。

 

<チビ>「はあ、何言ってんだ?」

 

<司>「お前じゃない。後ろにいる三人に聞いてるんだ。どうなんだ?」

 

 再び問いかけると、不敵に笑う男たちは俺を見ると虫のような姿へと変えた。

 

 ワーム。仮面ライダーカブトの世界からやってきた怪人で、しかもサナギ体から成虫体へと脱皮する。

 

 サナギ体は武器を持った人間でも倒せるが、成虫体になると超高速移動(クロップアップ)という能力を使えるようになる厄介な敵。

 

 少女たちと三人の盗賊は彼らが本来の姿に戻ったところを目の当たりにして驚愕の声を上げる。

 

<アニキ>「なっ!? なんなんだこいつらは!?」

 

<???>「姿が変わった!?」

 

<司>「離れてろお前たち! こいつらは俺が何とかする!」

 

 そう言って俺は "ディケイドライバー" を腰に付けて、 "ライドブッカー" からディケイドのカードを取り出した。

 

<司>「変身!」

 

 取り出したカードをバックルに入れるに差し込んで正位置に直した。

 

KAMEN (カメン) RIDE(ライド) DECADE(ディケイド)

 

 音声が鳴るとともに、周りには9つものカードの壁とシルエットが現れ、体を包んで姿を変える。そして "ディケイドライバー" の中心から7枚のライドプレートが出てきて、変身した司の頭部を貫く。

 

<司>(久しぶりに変身したな)

 

<???>「なんと!?」

 

<???>「おおっ!?」

 

 仮面ライダーディケイドに変身した俺に周りは驚きの声を上げる。

 

 ワームたちはディケイドの姿を見ると敵意を剥き出しにしてきた。こいつらは俺に倒されたことを憶えているようだ。俺もこいつらと戦ったことを憶えている。

 

 俺は "ライドブッカー" からワームに対抗できるカードを二枚取り出してその内の一枚をバックルに差し込んだ。

 

KAMEN(カメン) RIDE(ライド) KABUTO(カブト)

 

 仮面ライダーカブトへと姿を変え、さらにもう一枚のカードを差し込む。

 

ATTACK(アタック) RIDE(ライド) CLOCK(クロップ) UP(アップ)

 

 俺はワームたちと高速の戦いを繰り広げる。 "ライドブッカー" を剣形態へと変え、けして人間の目で追うことができない速度でワームたちを攻撃する。

 

 クロップアップの状態でワームたちを攻撃し、自分の体は無傷のまま終わらせる。

 

 ワームたちは断末魔を上げながら消滅し、辺りには緑色の炎が広がっていた。カブトからディケイドへと戻り、俺は変身を解除した。

 

 少女たちは何が起こったのかが分からないだろう。しかしワームが急に倒されたのを目の当たりにしているため、少なくとも俺が倒したことを理解している(はず)だ。

 

<アニキ>「な、何が起きたんだ」

 

<デク>「ば、化け物だ。逃げるんだな」

 

 そう言って三人組の盗賊は逃げるようにその場を後にした。

 

<司>「全く、せっかく人が怪人を倒したというのに……失礼な奴らだな」

 

 俺は溜息(ためいき)を吐きながら "ディケイドライバー" と "ライドブッカー" を取り外すしてポケットの中へと仕舞う。

 

<司>「最も、賊に礼を言われても嬉しくないしな」

 

 逃げていく盗賊の背中を見送る。彼らの服装からしてこの世界は現代より文明がやや劣っていることが判断できる。

 

 何故なら俺の近くで唖然(あぜん)としている少女たちの服装も普通じゃないからだ。

 

<司>「世も末だな。白昼堂々と賊紛いなことをするやつがいるなんて……」

 

 そう呟くと槍を持った少女が話しかけてきた。

 

<???>「いやはや、先程は助かりました。感謝します」

 

<司>「気にするな。それより怪我はないか?」

 

<???>「はい、おかげさまでー」

 

 頭に人形を乗せた少女はどこかおっとりと間延びた声で答える。

 

<司>「そっか、そいつはよかった」

 

<???>「それにしても、さっきの怪物は一体……」

 

 眼鏡を掛けた知的な女性は、今でも広がる緑色の炎に視線を向ける。先ほどワームたちを倒した場所だ。

 

<司>「ああ。さっきのはワームと言って、人間に化けて襲ってくる怪人たちさ」

 

<???>「わーむ?」

 

 バサバサ髪の女の子は首を傾げた。

 

<司>「ワームだけじゃない。人間の精気を餌にする怪人たちもいるから注意してくれ」

 

<???>「そんなのまでいるとは……この乱世もますます混乱するかもしれない」

 

<司>「そうかもな」

 

 乱世という言葉から察すると、やはり何百年前の時代に来てしまったということだろう。

 

<???>「そういえば、まだ名も名乗っていなかったな」

 

<司>「そうだったな。俺は檜山(ひやま)(つかさ)だ」

 

<???>「ひやまつかさ? 変わった名ですな」

 

<司>「この世界ではそうかもしれんな。俺はあの怪人たちを倒すために天の国からやってきたからな」

 

<???>「なんと!? 天の国ですと!」

 

 俺の所在を言うと、彼女たちは驚愕の声を上げる。

 

<???>「そうでしたか……いや、失礼した。私は(ちょう)(うん)。字名は()(りゅう)と申す」

 

<司>(なに? 趙雲だと?)

 

 彼女の名前を聞いて俺は驚く。趙雲は三国志に出てくる武将の一人。ということはここは三国志の世界ということになるが……。

 

<???>「程立と呼んでくださいー」

 

<???>「今は戯志(ぎし)(さい)と名乗っています」

 

 程立と戯志才と名乗る少女も自己紹介をする。程立はともかく、戯志才は今はと言っていることから偽名かもしれない。

 

<???>「シャンはシャンだよー」

 

 なお、ボサボサ髪の女の子は適当である。

 

<戯志才>「はあ……香風(しゃんふー)。先程助けてもらった方とはいえ、いきなり真名を名乗るのはよくありませんよ」

 

<司>「真名? なんだそれは?」

 

 俺は真名という言葉に首を傾げる。

 

<程立>「おや、天の国では真名というのはないのですかー?」

 

<司>「ああ、どういう意味だ。その真名というのは?」

 

 そう問いかけると趙雲が説明する。

 

<趙雲>「真名というのは、親しい人や本人が認めた者しか呼ぶことが許されない真の名を意味するものです」

 

<司>「へえ〜、初対面でも呼んじゃいけないのか」

 

<戯志才>「ええ。呼べばその者は首を切られても文句は言えません」

 

<司>「なにっ!?」

 

 ちょっとまて! 幾らなんでもやり過ぎだろ。真名というのを呼んだだけで殺されるなんて……。

 

<司>「とんでもない世界に来たのかもしれないな」

 

 そう呟くと、後方から物音が聞こえる。そっちに目を向けると、地平線の向こうからもうもうと砂煙が立ちのぼってるのが確認できた。

 

<司>「?」

 

 しばらくすると、騎馬武者の群れと灰色の怪物が戦う姿が見えてきた。

 

<司>「あれは……オルフェノクか!?」

 

<程立>「おるふぇのく?」

 

<司>「ああ、さっきの怪物たちの仲間だ」

 

 俺はそう言ってヘルメットを再び被り、 "マシンディケイダー" へと(また)がる。

 

<司>「すぐにここから離れた方がいい。俺はアイツらを倒してくる!」

 

 趙雲たちの返事を聞かず、俺は "マシンディケイダー" を発進させた。ポケットから "ディケイドライバー" を腰に巻いて、 "ライドブッカー" からディケイドのカードを取り出して再び変身する。

 

<司>「相手がオルフェノクならこいつだな」

 

 俺は "ライドブッカー" から二枚のカードを取り出して、 "ディケイドライバー" へと差し込んだ。

 

KAMEN(カメン) RIDE(ライド)  FAIZ(ファイズ)

 

 仮面ライダー555へと変身した俺はもう一枚のカードを差し込む。

 

ATTACK(アタック) RIDE(ライド) AUTO(オート) VAJIN(バジン)

 

  "マシンディケイダー" をオートバジンへと変形させ、俺は地面へと着地する。

 

 オートバジンは騎馬武者と戦っているオルフェノクへとガトリング砲を放つ。

 

 オルフェノクたちはオートバジンの攻撃を喰らって倒れ、騎馬武者たちは俺たちの方へと驚いた表情で目を向ける。

 

<司>「離れてろ! お前たち!」

 

 俺はそう言ってオートバジンに仕込まれている剣を抜き、オルフェノクたちに立ち向かう。

 

 オルフェノクたちは一斉に襲い掛かってくるが、避けながら隙のあるところへと斬りつける。

 

 直接的な攻撃は殴るか蹴るかしかしてこないため、結構やりやすい。

 

 何度も斬りつけたことでオルフェノクたちは小規模の爆発を起こしながら消滅していった。

 

 オルフェノクは一度死んだ人間が(よみがえ)る怪人だ。この世界に復活したか、もしくは賊に殺された人間が覚醒したのかもしれない。

 

  FAIZ(ファイズ)のカードを取り出して、ディケイドへと戻る。すると、今度は巨大な生物たちがやってきた。

 

 どこか日本の妖怪に似ていることから、おそらく魔化(まか)(もう)だろう。

 

 俺は魔化魍に対抗するため、 "ライドブッカー" からあるカードを取り出してバックルへ差し込む。

 

KAMEN(カメン) RIDE(ライド) HIBIKI(響鬼)

 

 仮面ライダー響鬼へと変身した俺は、二枚目のカードを差し込んだ。

 

ATTACK(アタック) RIDE(ライド) ONGEKIBOU(音撃棒) REKKA(烈火)

 

 音撃棒を取り出して、魔化魍に向けて烈火弾を何度も放つ。

 

 魔化魍たちは烈火弾の攻撃に直撃し、消滅していく。

 

 辺り一面には火災が起こった状態になり、俺は全滅したのを確認して変身を解除する。

 

 取り出したカードを "ライドブッカー" に戻した後、オートバジンから変形した "マシンディケイダー" へと戻ろうとする。

 

 騎馬武者たちは恐らくこの世界の警察みたいな存在かもしれない。先程の趙雲たちと違って面倒なことになると思い、俺はその場を後にしようとした。しかし———。

 

<???>「でやあああああああっ!」

 

<司>「なっ!?」

 

 突如背後から防具を身に付けた女が、俺に向けて大剣を振り下ろした。

 

<司>「ちょっ!? いきなり何するんだよ!」

 

 俺は咄嗟(とっさ)にかわし、彼女から距離を取る。

 

<???>「貴様……さっきの化け物どもの仲間か!」

 

<司>「どうしてそうなる! 俺はその化け物を倒したんだぞ! 少なくとも敵じゃ———」

 

<???>「問答無用!」

 

 俺の言い分も聞いてくれないようだ。さっきの見たのなら、敵じゃないことぐらい分かる筈だ。

 

 彼女の攻撃には殺気がこもっており、気を抜くとこちらがやられてしまう。最も、怪人たちと戦った後も訓練は積んでいるため、かわすだけなら余裕だ。

 

<???>「春蘭! やめなさい!」

 

 攻撃を避け続けていると、金髪でドリルヘアーの女の子が剣を振り回してきた女を制止する。

 

<春蘭>「か、華琳さま?」

 

<華琳>「落ち着きなさい。少なくとも彼は敵じゃないわ」

 

<春蘭>「しかし、先程奇妙な姿になっておりましたから、五胡の妖術使いかもしれません」

 

<???>「姉者よ。少しは落ち着け」

 

<春蘭>「しゅ、秋蘭……」

 

 華琳や秋蘭という女性のお陰で何とかその場は収まった。

 

<華琳>「ごめんなさい。うちの将が失礼なことをして……」

 

<司>「いや、分かってもらえればいいさ」

 

<秋蘭>「それで、おぬしは一体何者だ?」

 

 秋蘭という女性が問いかける。このまま逃げる訳にもいかなくなり、俺は名を名乗ろうとすると———。

 

<???>「まってー」

 

<秋蘭>「華琳さま、何やら人が」

 

 後方から聞き覚えのある声がして、後ろを振り向くとさっきのボサボサ髪の女の子がぱたぱたと走ってきた。

 

<司>「あ、香風ちゃん。どうしたの?」

 

<香風>「お兄ちゃんのことが気になったから……追いかけてきた」

 

<司>「気になったからって……」

 

 趙雲たちが見当たらないという事は、わざわざ香風一人で来たのか。

 

<香風>「うん。……怪物は大丈夫と思ったけど、役人もいたから」

 

 なるほど。怪人との戦いではなく、その後のこの子たちのことを心配してくれたようだ。

 

<華琳>「貴女は? この者を知っているの?」

 

<春蘭>「貴様、名を名乗らんか!」

 

<香風>「えーっと……。ちょっとまって。こういうときは、ちゃんとしたやつ……」

 

 香風は春蘭の問いに何か考えてたみたいだけど、やがてすっと背を伸ばしてまっすぐ華琳を見上げてみせる。

 

<香風>「シャン……じゃなかった。わたくしは、性を(じょ)、名を(こう)、字を公明と申します。以前は長安で騎都尉(きとい)を務めておりましたが、今は(いとま)をいただき、野に下っております」

 

<司>「え、香風、そういう名乗りも出来るのか!?」

 

<香風>「えっへん」

 

 じゃあ最初からそう名乗って欲しかったよ。真名しか知らないからそれで呼んじゃったじゃないか。まあ、本人は気にしてなさそうだからいいんだと思うけど。

 

<華琳>「騎都尉の徐公明……確か、車騎将軍(しゃきしょうぐん)楊奉(ようほう)殿の麾下(きか)にそんな名の子がいたわね。都の周りに巣くう賊退治で名を上げたと聞いたけれど……」

 

<香風>「あー、それシャンのこと」

 

<春蘭>「それほどの人物とは、こいつとはどういう関係だ?」

 

<香風>「さっき怪物からシャンたちを守ってくれた」

 

<秋蘭>「ということは、おぬしも我々と同じ奴らに襲われたということか」

 

<華琳>「先程の怪物を倒した強さを含めて、徐公明殿が真名を預けたとなれば、少なくとも凡百の庶人ということもないのでしょう」

 

 真名はそういう信用にも関わってくるのか。

 

 香風は自分から真名で名乗ってきたから、恐らく少しとはいえ信頼してくれているのだろう。

 

<華琳>「では徐公明殿。その者と共に私たちと同行いただけるかしら? もちろん、私の客人として」

 

<香風>「いいよ」

 

<華琳>「貴方もいいかしら? あの怪物を含めて、先程見せた強さも説明してくれると嬉しいのだけれど?」

 

<春蘭>「貴様に選択肢は無いぞ。我々を助けてくれたとはいえ、貴様の素性はまだ知らないからな」

 

<秋蘭>「華琳さまの客人というのなら、姉者も相応な態度はとってくれるそうだ」

 

<司>「拒む理由はない。俺もこの世界のことを少し知りたかったからな」

 

<華琳>「この世界?」

 

<司>「その件とさっきのこともちゃんと話すよ」

 

<華琳>「なら、秋蘭は半数を率いて賊を詮索して。春蘭は私と共に一時帰還するわよ」

 

<春蘭>「はっ!」

 

<秋蘭>「御意」

 

 そして俺と香風は、特望の街へと向かうことになった。

 




ここからは台詞を書く時に名前も一緒に書きます。次回もお楽しみください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 曹孟徳

もしかしたら孫呉の血脈や劉旗の大望の部分が出てくるかもしれません。丸写しにならないように頑張ります。


<司>「俺は檜山(ひやま)(つかさ)。学生だ。」

 

 華琳の出城のある街に連れて来られた俺と香風は、彼女たちに自己紹介をする。ちなみに "マシンディケイダー" は馬小屋の近くに止めている。

 

<秋蘭>「では檜山司。おぬしの生国(しょうごく)は?」

 

<司>「天界にある日本という国だな」

 

<秋蘭>「天界?」

 

<司>「まあ、俗に言う天の国というところだ」

 

<秋蘭>「ほう……」

 

 やはりここは過去の世界のようで、この時代の人にとって "天の国" というワードは驚かれるようだ。しかし三国志の世界へタイムスリップなんて、漫画やテレビでしか聞いたことはない。

 

<春蘭>「なんと……。こんな風采(ふうさい)の上がらないヤツが……」

 

<華琳>「……けれど、先程見せた姿と強さなら納得がいくわ」

 

 そんなんで通用するとは思いもやらなかったが、神と名乗る老人が言ったとこが本当だと改めて知った。

 

<司>「正確に言うなら、今から1800年後の未来から来たということになるな」

 

<秋蘭>「未来だと?」

 

<司>「ああ。そんなことを言っても面倒なことになるから、あえて天の国から来たことにしてるんだ」

 

<華琳>「その方が分かりやすいわね」

 

 華琳と秋蘭は納得してくれたようだが、春蘭は未来という言葉が引っかかってイマイチ理解していない様子だ。

 

<春蘭>「未来……よく分からんぞ」

 

<司>「もう天の国から来たってことでいいよ」

 

<春蘭>「なんだ、それを早く言え!」

 

<香風>「それ、いいね」

 

<司>「最初にそう言ったんだけど……」

 

 小学生でも理解できる内容につまずくなんて、間違いない。コイツは馬鹿だ。

 

<春蘭>「貴様……何か失礼なことを考えてないか?」

 

<司>「別に……」

 

<華琳>「それで、さっき乗ってきた物も貴方のいう天の国の乗り物かしら?」

 

<司>「ああ、バイクと言って馬より早く走れるよ」

 

<秋蘭>「なんと……」

 

 この時代は馬が主流だから、これより早い乗り物だと言われると驚くのは目に見えている。

 

<春蘭>「では、お前がぶら下げているそれは何なのだ?」

 

<司>「カメラのことか?」

 

<春蘭>「かめら?」

 

<司>「簡単に言うと、その場の背景や人を写すことができるものだ」

 

<秋蘭>「そんな小さな箱でか?」

 

<司>「ああ、これがカメラで撮った写真だ」

 

 そう言って俺はジャケットの内ポケットに入れた写真を取り出す。それを華琳たちにみせると驚きの声を上げる。

 

<華琳>「これは!」

 

<秋蘭>「ほう……」

 

<香風>「凄い!」

 

<司>「これも俺の国にある道具だ」

 

 威張ることじゃないが、見ず知らずの人に自分の撮った写真を見て驚かれるのは悪い気分ではない。

 

<華琳>「それで、さっきの怪物たちについてだけど……貴方が姿を変えたことも含めて説明してくれるかしら?」

 

<司>「そうだな。まず、さっき襲ってきた怪物の名は……オルフェノクと魔化(まか)(もう)だ」

 

<春蘭>「おるふぇのく?」

 

<秋蘭>「まかもう?」

 

<香風>「シャンたちを襲ってきたわーむと違うの?」

 

<司>「ああ。香風にも言ったけど、怪人たちにも色んな種類がいるんだ。共通して言えるのは人間に危害を与える悪い奴らということになる」

 

 俺は淡々と怪人たちについて説明する。

 

<司>「怪人たちの中には人間に化けて襲ってくるワーム、死体から(よみがえ)るオルフェノクなど、いずれも5年前にも俺の国に突然現れたんだ」

 

<華琳>「貴方の国にも?」

 

<司>「そうだ。俺はそいつらを倒すために仮面ライダーに変身して戦ったんだ」

 

<春蘭>「かめんらいだー?」

 

<司>「仮面の戦士だ。ちなみに俺が戦ったのは仮面ライダーディケイドと言うんだ」

 

<華琳>「でぃけいど? 言いにくい名前ね」

 

<司>「仮面ライダーにもいろいろあるが、ディケイドの能力は他の仮面ライダーに変身する能力なんだ」

 

<秋蘭>「そうなのか」

 

 仮面ライダーに変身するのは4年ぶりだが、戦い方を憶えていたのは体に染み付いていたからだ。

 

<司>「一年ぐらいで怪人たちを倒したかな。その後は怪人が現れることは無くなったからそれ以来は戦ってないけどな」

 

<華琳>「つまり、貴方がその怪人とやらを倒して国を救ったということね」

 

<司>「そうなるな。平和になってからは学校に行って勉強したり旅行したりしてたから、動きは鈍ってたけど……」

 

<秋蘭>「学校? 私塾のことか?」

 

<司>「そうだな。話が脱線しそうだから戻すけど、怪人を倒して4年が経った後、俺の元に老人が現れたんだ」

 

<春蘭>「老人だと?」

 

 俺は事の経緯を正直に話すことにした。

 

<司>「その老人に言われたんだ。この世界を救って欲しいと」

 

<華琳>「この世界……と言うとさっき言ってた怪人とやらのこと?」

 

<司>「ああ。俺が倒した怪人がこの世界に復活したから、もう一度ディケイドに変身してこの世界を救って欲しいと」

 

<香風>「それでお兄ちゃんはそのおじいちゃんに連れて来られたってこと」

 

<司>「そうなるな」

 

 ここでその老人を神と言っても信じてもらえないと思い、そこは伏せておくことにした。

 

<秋蘭>「事情はよく分かったが、どうしておぬしが倒した怪人がこの世界に現れたのだ?」

 

<司>「老人が言うには、俺と同じ天の国から来た奴が原因みたいだ」

 

<春蘭>「もう一人いるのか?」

 

<司>「そうみたいだ。俺はそいつのことは知らないが、名前は北郷(ほんごう)一刀(かずと)というらしい」

 

<華琳>「北郷一刀……その男が怪人たちを率いている元凶ってこと?」

 

<司>「いや、そうじゃないみたいだ。少なくとも北郷一刀という奴に悪意はないし、話を聞けば怪人たちを従えている訳じゃなさそうだ」

 

 北郷一刀。そいつのことはよく分からないが、この世界に来たことで悪影響を及ぼしたと老人が言っていた。

 

<司>「元々、天の国とこの世界を行き来することは有り得ないことだけど、北郷一刀は事故に巻き込まれて偶然この世界にやってきたようだ」

 

<春蘭>「しかし、その者が来てどうして怪人たちが現れたのだ?」

 

<司>「さっきも言ったけど、違う世界の人間がここに来るのは有り得ないことだ。俺をこの世界に送ってきた老人は影響を受けないようにできるみたいだが、北郷一刀は事故とはいえ、勝手に来てしまったからな」

 

<秋蘭>「つまり、その老人とやらがおぬしをここに来させないと悪いことが起きてしまうということか?」

 

<司>「そうなるな」

 

<華琳>「ということは、司は怪人だけでなく、そいつらが現れる元凶になった北郷一刀を倒すことを目的としているわけね」

 

<司>「怪人を倒しに来たのは本当だけど、北郷一刀については倒すかどうかはまだ考えてる途中だ」

 

<香風>「どうして?」

 

<司>「そいつは気付いてないだけかもしれないし、存在するだけで悪だと決めつけたくないからな」

 

 偶然この世界に迷い込んだだけの人を、存在するだけで倒すようなことはしたくない。仮面ライダーとして、一人の人間としてそれはよくない。

 

<華琳>「なら司は怪人だけを倒すのね」

 

<司>「そうだね。けど、香風たちを襲ってきた盗賊もいるみたいだから、そいつらにはディケイドに変身しないけど懲らしめることはするかも」

 

<春蘭>「盗賊?」

 

<香風>「うん。お兄ちゃんが来る前に盗賊がシャンたちを襲ってきた」

 

 すると華琳たちは盗賊という言葉を聞いて(いぶか)しげな表情を浮かべる。

 

<華琳>「その盗賊の顔を見たのね」

 

<司>「顔は覚えてるよ。俺が来る前だから香風も覚えてるはずだ」

 

<香風>「……シャン、みんな同じ顔に見えた」

 

 いや、あの三人全然違ったぞ。どんだけ興味なさ過ぎるんだ?

 

<司>「一人は中年のオッサンで、二人目はチビで鼻が高いやつと最後が肥満体の大男だったぞ。名前は知らないが、特徴的な奴らだから見ればすぐに分かるけど……」

 

<華琳>「……少なくとも、聞いている情報と外見は一致するわね」

 

<司>「どういうことだ?」

 

<華琳>「私の城に盗みを働いたのよ。貴重な遺産を盗まれて、私たちはそいつらを追ってここまできたの」

 

<司>「へぇ、あいつらがね。高値の付くようなものか?」

 

<華琳>「それはないけど、 "太平要術" という書を盗まれたの」

 

<司>「 "太平妖術" ?」

 

 何やら良からぬものだと理解する。

 

<秋蘭>「あらゆる妖術が書き記された書物だ」

 

<司>「妖術ねぇ……ん?」

 

 そこで俺はふと考える。何故ワームたちが盗賊に化けてあの三人組にいたのか。その書物を取り戻そうとする彼女たちを妨害してきたオルフェノク。そして妖術らしき力を使う怪人たちがいること。

 

<司>「っ!?」

 

 怪人たちの目的が何なのかが一つ理解した。もしそうなら———。

 

<司>「まずいな……」

 

<春蘭>「どうした?」

 

<司>「香風たちが襲ってきた怪人。盗賊に化けてあの三人組に近づいていたんだ」

 

<華琳>「それがどうしたの?」

 

<司>「怪人たちの中には妖術を使う奴もいるんだ。もしそいつらが太平妖術とかいう書を手に入れたら……」

 

<秋蘭>「……とんでもないことになるということか」

 

 秋蘭の言葉に華琳たちは理解する。あの三人組に太平妖術の書を持っていたことを知っているなら、ワームが人間に化けて近づいてきたのも納得がいく。

 

<司>「くそっ! あの時一緒に懲らしめておけば良かった。怪人たちも何処で現れるか分からんからな」

 

 知らないとはいえ、そんな物があるなら悪用されてもおかしくない。後悔しても仕方ないが、あの盗賊が何処にいるかは分からない。

 

<司>「怪人退治も含めてこの世界のことを調べようと思ったが、そいつらの捜索もしないとな。あと金も必要だから何処かで働かないと……」

 

<華琳>「……ねえ、司」

 

<司>「なんだ?」

 

<華琳>「貴方……私たちの捜索に協力なさい」

 

<司>「え?」

 

 華琳からそんな申し出を受けて驚く。

 

<司>「いいのか?」

 

<華琳>「ええ。私たちもその盗賊を追ってたもの。三人組の顔を知ってるようだからね。それに……」

 

<司>「それに?」

 

 華琳は真剣な眼差しでこちらを見つめる。

 

<華琳>「貴方のその仮面ライダーという力も、一人で行動すれば混乱を招く可能性があるわ。もし私の元で怪人を倒してくれるのなら、民たちも少しは安心してくれるわ」

 

<司>「いいのか?」

 

<華琳>「構わないわ。その代わり、こちらに協力すること。怪人については優先してもいいけど、賊の討伐も行うの。もちろん、政務にもついてもらうわ」

 

<司>「それは分かったが、本気なのか?」

 

<華琳>「私は本気よ。貴方はこの世界とやらを救うためにやって来た天の御使いなのでしょ?」

 

<司>「そんな大層なものじゃない……とは言えないが、まあ、そういうことにしとくか」

 

 通りすがりの仮面ライダーとしてやってきた俺には、若干違和感がある。しかし、単独で行動すれば誰もが不審に思うだろう。

 

<華琳>「話が(まとま)ったわ。春蘭と秋蘭もいいかしら?」

 

<秋蘭>「華琳さまがおっしゃるのなら……」

 

<春蘭>「……仕方ない」

 

 二人も納得してくれたようだ。

 

<司>「……香風はどうする? さっきの名乗りの通りだと、今は自分の意思で野に下ってるんだろ? この人たちに協力するってことは、また宮仕えに戻るってことになるかもしれないけど……」

 

<香風>「んー、お兄ちゃんが残るなら、シャンも残る。……いい?」

 

<華琳>「都で騎都尉(きとい)まで務めた貴女を拒む理由はどこにもないわよ。歓迎するわ、徐公明」

 

<香風>「シャンのことは、シャンでいい」

 

<華琳>「……ええ。なら、これからは私の事も真名で呼んで構わないわ、香風。春蘭、秋蘭も構わないわね?」

 

<春蘭>「はっ」

 

<秋蘭>「御意」

 

<華琳>「ああ……そういえば、まだ二人には名乗ってなかったわね。私の名は(そう)(もう)(とく)。それから彼女達は、()(こう)(とん)と夏侯(えん)よ」

 

<司>「なにっ!?」

 

 俺は彼女たちの名前を聞いて驚いた。まさか———。

 

<司>「曹孟徳……魏の曹操だと。それに夏侯惇に夏侯淵……」

 

<華琳>「ちょっとまって。どうして今、その地名を口にしたの? それに、私が名乗らなかった操という名も知っているの?」

 

<司>「未来……いや、天の国でも曹操の名は常識だ。魏という国を立ち上げた武将としてな」

 

<春蘭>「何を言っている! ここは華琳さまが治めている陳留で、魏郡はもっと北だ!」

 

<秋蘭>「姉者、落ち着け。先程檜山(ひやま)(つかさ)は未来から来たと言っていた。知っているということは華琳さまはこれから先、天の国の歴史に名を残すほどになると言っているのだ」

 

<春蘭>「な、なんと……」

 

<華琳>「驚いたわ。まさか天の国にも知れ渡っているなんて……」

 

 彼女たちの会話で今の時期がまだ魏を立ち上げる前だと知る。まさか曹操に出会うとは思いもしなかった。しかしまさか、さっきの(ちょう)(うん)を含めてこの世界の武将は女だということが驚きだ。

 

<司>「俺も驚いてるよ。まあ、そんなことは今はどうでもいいか。とりあえず、三人組の盗賊についてだな」

 

<華琳>「ええ、それともう一つ。司の真名も聞いてなかったわね。教えてくれるかしら?」

 

<司>「そのことだが……俺には字もなけれは真名は無いんだ」

 

<春蘭>「どういうことだ?」

 

<司>「天の国には真名というのがないんだ。……強いて言えば、司ってのが俺の真名になるな」

 

<華琳>「……っ!?」

 

<春蘭>「なっなんと……」

 

<秋蘭>「むぅ……」

 

 華琳たちは真名がないことに驚きを隠せないようだ。

 

<司>「そういえば、ここの流儀では真名は信頼できる人しか呼ぶことができないだったっけ?」

 

<香風>「真名をいきなり呼ぶのは……ちょっとない」

 

 香風にだけは言われたくない。ワームたちを倒した後自分から真名を名乗ったじゃないか。

 

<秋蘭>「うむ。少々、予想外だったものでな……」

 

<春蘭>「ならば貴様は初対面の我々に、いきなり真名を呼ぶことを許していたと……そういうことか?」

 

<司>「そうなってしまうな……。知らない人に真名を呼ばれるのは命を奪われてもおかしくないと聞いているが……」

 

<華琳>「ええ。私たちにとって真名は魂の半分なの」

 

 そんなに重いものだと思い知る。文化の違いというやつだな。

 

<華琳>「そう……。ならば、こちらもあなたにに真名を預けないと不公平でしょうね。私のことは華琳と呼んで良いわ」

 

<司>「いいのか?」

 

<華琳>「私が良いと言っているのだから、構わなくてよ」

 

<司>「……分かった」

 

 こうして俺は華琳たちに真名を預かった。秋蘭は構わないようだが、春蘭は最後まで抵抗していた。アレや貴様や犬と呼ぶと言ったときは少し反論したが。

 

<司>「よろしくな。華琳」

 

 これから曹操……もとい華琳の所に厄介になることになるが、これからどうなるかは俺にも分からない。

 




ゲームではこの後にオープニングとなるはずです。誤字や自分の都合の良いように解釈しているかもしれませんので、YouTubeでもう一度確認して見ようと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 曹家の金庫番

<一同>「いただきます」

 

<司>「……本当にここの料理は美味いな」

 

 この世界で食べる本場の中華料理は、旅行に来ていた中国と同じくらい馴染む美味さだ。

 

 朝食のお粥が起きたばかりの胃袋に優しい味がする。

 

<春蘭>「能書きは良いからさっさと食え。それともこんな粥が珍しいか?」

 

<司>「そうじゃないが、もう少し味わって食べたいの。それに急ぐ理由もないんだし」

 

<香風>「……ごちそうさま」

 

<司>「早っ!?」

 

 いくらなんでも早過ぎるだろ。食べ始めてから一分も経ってないのに。

 

<司>「もう少しゆっくり食べたら?」

 

<香風>「…………?」

 

 そんな調子で、俺が華琳の所に拾われてから数日が過ぎていた。それまで俺は香風からこの世界の基本的な知識を教わり、華琳や秋蘭たちの情報収集に付いて回ったくらい。

 

 華琳たちも特に盗賊を追い掛けるわけでもなく、この街で待機しているだけだった。

 

 怪人たちがあの三人組を襲ってもおかしくないが、焦ってもしょうがない。奴らの居場所を突き止めるまで待つしかない。

 

<秋蘭>「華琳さま、遅くなりました」

 

<華琳>「構わないわ。どうだった?」

 

<秋蘭>「はっ、先程ここより少し離れた谷間で未確認生物の目撃情報がありました」

 

 秋蘭の言った未確認生物とは怪人のことだろう。

 

<秋蘭>「外見は異様な生物のようで、我々では理解できない言語で話しておりました」

 

<司>「恐らく……グロンギだな」

 

<春蘭>「ぐろんぎ?」

 

<司>「外見は何処かの異民族で体の構造は人間と同じだ。特徴として、言語学者ですら解読できない言葉を使うから、人間を襲う以外の目的は分かってないんだ」

 

 最も、奴らと何度も戦ってきているためグロンギ語は話すことはできる。

 

<華琳>「言葉が通じないとなると、何をしてくるのかが分からないわね」

 

<司>「何度も戦ってきたから俺は理解できるぞ」

 

<華琳>「あら、そうなの」

 

<司>「まあな」

 

<秋蘭>「それと、州境に出した使いの兵が戻りました」

 

<華琳>「そう」

 

 この時の華琳の返事は、基本的に短い。まるでこのあと相手が何を言うかが分かっているかのように、軽く先を(うなが)すだけだ。

 

<秋蘭>「やはり、豫州(よしゅう)へ立ち入る事はまかりならん……だそうです。こちらから逃げ込んだ賊は、向こうの兵で対処すると」

 

<華琳>「まあ、そうでしょうね」

 

 南華老仙(なんかろうせん)の著書 "太平要術" を盗んだ賊は、俺達の証言とその後の情報収集で、ここのすぐ隣の州……豫州という所に逃げ込んだ事が分かっていた。

 

 さらにその賊は砂でできた怪人に追われているという情報をある。砂というと、イマジンだろう。

 

 華琳がこの街で待機していたのは、豫州に追跡の兵を入れるための許可を待っていたからだが……。

 

<司>「まるで断られるのが分かっていたような口ぶりだな」

 

<華琳>「他所の兵に自分の領を我が物顔で歩かれて、気分の良い領主などいないわよ。私が豫州の州牧や郡の太守から同じ事を言われても、同じように言えるでしょうね」

 

<司>「同じ漢の中でもそうなるか。まあ、気持ちは分かるがな」

 

<香風>「郡が違うだけでも、州境は大問題ー」

 

 郡というのは、州の中にある一つ小さな単位のことだったな。現代日本で例えるなら、漢王朝は国、州は都道府県で郡は市町村になる。

 

 華琳は苑州(えんしゅう)にある陳留という郡を治めている太守をしているらしい。

 

<司>「しかしそうなると、豫州(よしゅう)の兵が賊を捕まえたら、太平要術の書も向こうの人の手に渡るな」

 

<華琳>「ええ、その件は向こうには伝えていないけれど、そうなるでしょうね」

 

 そうなると心配になってくる。 "太平要術" は華琳の元から盗まれた物だから、手元に戻ってこないとなると不安で仕方ない。

 

<春蘭>「どうした檜山(ひやま)? 難しい顔をして、粥が喉に詰まったか?」

 

<司>「それはないが……何処の誰とも分からない人に渡ってしまうと心配になってな」

 

<華琳>「あら、他人からしたら、あなたも素性が分からないから警戒するのは当然でしょ?」

 

<司>「そうだが、怪人の件について知ってるのは俺達だけだからな。手元に置いておかないと安心しないだろ?」

 

<華琳>「ええ。だからこそ、違う方法であの書を取り戻すのよ」

 

<司>「やっぱり諦めないんだ」

 

 彼女の反応から見て、当然違う手段で取り戻そうとすることは予想していた。

 

<華琳>「当たり前よ。どんな事をしてでも取り戻してみせるわ。それに貴方には賊の件だけでなく、怪人退治や事務作業もやってもらうから」

 

<司>「そういう約束だったな。肉体労働しかないか」

 

<香風>「天の国の知識とかは?」

 

 まあ、それも良いかもしれない。けれど———。

 

<司>「歴史は知ってるけど、俺も詳しくは知らないぞ。それに、先の事が分かっても面白くもないしな」

 

<華琳>「そういうこと。曖昧な知識や身の丈に合わない術はやがて身を滅ぼすことになるわ。……知識も、権力もね」

 

 最後にぽつりと口にした華琳のひと言は、どこか実感がこもっていた。

 

<華琳>「いずれにしても、これでこの街に留まる理由はなくなったわ。食事を終えたらすぐに陳留に戻るわよ」

 

<春蘭・秋蘭>「はっ」

 

<華琳>「司も支度をしておきなさい」

 

<司>「了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<春蘭>「それにしても、見れば見るほど不思議な乗り物だな……」

 

<司>「俺の国ではこれが当たり前だから仕方ないか」

 

 あれから数日後、俺は "マシンディケイダー" で陳留に戻る道を馬に乗る華琳たちの隣で進んでいた。

 

<香風>「お兄ちゃん、頭に被ってるのは?」

 

<司>「ヘルメットか? これがないと運転できないから付けているだけだよ」

 

 香風は "マシンディケイダー" に(また)がる俺に視線を向ける。乗馬はしたことあるが、さすがに "マシンディケイダー" を置いていく訳にはいかないからな。

 

<秋蘭>「天の国での移動はそのばいくというものか?」

 

<司>「バイクは比較的少ないよ。主流になってるのは車っていう箱に車輪が付いた乗り物だよ」

 

<春蘭>「金持ちなのか?」

 

<司>「裕福ではあったが、中流家庭とそんな大差はないよ」

 

 両親が "ディケイドライバー" や "ライドブッカー" を作れるぐらいだから、不自由がない暮らしは出来ていた。

 

<秋蘭>「軒車に乗れるのは貴族か金持ちだけだろう」

 

<司>「そ、そうなんだ……」

 

 予想はしていたが、この時代ではそんなに高級なものとは思わなかった。

 

 基本的な知識だけでなく、俺には分からないことが多すぎる。

 

<香風>「陳留に着いたら、シャンも乗せてー」

 

<司>「機会があったらね」

 

 華琳たちとそんな話をしながら、小高い丘を越えれば……。

 

<春蘭>「ほれ、檜山(ひやま)。その陳留が見えてきたぞ」

 

<司>「……ん? あれか……」

 

 

 

 

 

苑州・陳留

 

<春蘭>「ふふん。驚いたか」

 

<司>「……まあな」

 

 丘の向こうに見えたのは、思った以上に高い城壁に囲まれた巨大都市だった。

 

 色んな国に旅行したから城を見るのは慣れているが、現代でも通用するような立派な建物を目にする。

 

<司>「正直もう少し小さいのかと思った」

 

<春蘭>「ふふふ。そうだろうそうだろう」

 

 何故か春蘭が自慢しているが……。

 

<香風>「なんで春蘭さまが偉そうなの?」

 

<秋蘭>「……見ぬフリをしてやってくれ、香風」

 

 太守というのも日本でいう市長と同じくらいの立場と聞いていたため、こんなに大きな街を任されているとは思わなかった。

 

<華琳>「驚くのはそれぐらいにして、早く行くわよ」

 

<司>「……分かった」

 

 見れば見るほどでかい城門。しばらくして俺たちはやっとその城門の前にたどり着く。

 

 そんな見上げるほどに巨大な門が開き、中から手にウサギのぬいぐるみを持った華鈴と同じ髪の色をした女の子が現れた。

 

<???>「お帰りなさいませ! お姉様!」

 

 ひと目見ただけで意志の強さを感じさせる切れ長の瞳と、整った顔立ち。それは華琳への呼びかけを聞くまでもなく、彼女の親族だと分かるものだ。

 

<司>「華琳の妹か?」

 

 女の子の姿を少し離れた所から眺めつつ、俺は隣の秋蘭に小声で確かめる。

 

<秋蘭>「この陳留の金庫番を任されている、(そう)(こう)という。実の妹ではないが、華琳さまの曹一門に属するお方だ。……それと」

 

<司>「何だ?」

 

<秋蘭>「檜山(ひやま)はしばらく黙ってろ。華琳さまから何か言われても、最低限の事しか答えなくて良い。分かったな?」

 

<司>「……分かった、そうする」

 

 秋蘭の言葉の真意は分からないが、真名みたいなものがあるかもしれない。ここは彼女のアドバイスに従っておこう。

 

<華琳>「いま戻ったわ、栄華。……けれど、なにもここで出迎えなくても良かったのよ?」

 

<栄華>「遣いも受けましたし、見張りからも遠くにお姿が見えたと報告がありましたので……いてもたってもいられなくて。ああ……御髪(おぐし)もお衣装も砂だらけで。お風呂とお召し物の支度をさせていますから、すぐにお使いくださいまし」

 

<華琳>「ふふ、ありがとう。留守中は変わりはなくて?」

 

<栄華>「はい。柳琳(るーりん)もいましたし、()(ろん)さんも…………彼女なりによくやってくださいましたわ」

 

 曹洪も春蘭たちみたいに華琳の事が大好きなんだろう。弾む声も、向ける視線も、何もかもが華琳への親愛の情に溢れてる。

 

 華侖って子の事を説明するときに微妙な間があったが、気にしないようにした。

 

<栄華>「それと、その……お姉様。……新しく迎えたお客人がいるとか」

 

<華琳>「……ふふっ。そうね、いらっしゃい」

 

<司>「ああ……」

 

<香風>「はーい」

 

 華琳の呼びかけに従って、俺と香風は華琳の隣に踏み出す。すると———。

 

<栄華>「あらあら、まあまあ……!」

 

<香風>「…………?」

 

 なんということでしょう。香風の姿を目にすると頬を染めて笑顔になる曹洪。

 

<栄華>「ふふっ。とっても可愛らしいですわね……。お姉様、この子は?」

 

<華琳>「遣いに持たせた連絡の通りよ。私の元でしばらく働いてくれる事になったわ」

 

<栄華>「そうですの!」

 

<香風>「…………?」

 

 曹洪は華琳の紹介にぱっと花の咲いたような笑みを浮かべ、香風の顔を覗き込むよつに身を屈めてみせる。

 

<栄華>「わたくしは曹洪と申しますわ。あなたのお名前は?」

 

<司>「俺は、檜山(ひやま)(つかさ)。それでこっちが……」

 

<香風>「徐晃(じょこう)。……でも、シャンのことは香風でいい」

 

<栄華>「香風さんですわね。なら、わたくしの事も真名の栄華でお呼びになって?」

 

<香風>「……わかった」

 

 …………あれ? 何か違和感を感じる。

 

<栄華>「それと香風さん。客人用のお風呂の支度もしてありますから、良ければお湯をお使いになってくださいまし」

 

<香風>「わーい」

 

 ちょっとまて。俺はスルーなのか? そう思って秋蘭に視線を向けると、彼女は無言で首を振ってみせる。

 

 ここは黙っておくべきところか……。

 

<栄華>「それから……良ければ、お召し物も用意させていただきますわ。それにぼさぼさの御髪(おぐし)もちゃんと整えないと、可愛いお顔が台無しですわよ」

 

<香風>「……うん?」

 

 思う所は色々あるが、曹洪は基本的に面倒見のいい子だと理解できる。…………女子限定で。

 

 香風が身だしなみやお洒落に興味が薄いのは分かっていたが、こういう子が色々教えてくれるなら……もう少しきちんと出来るのかもしれない。

 

<栄華>「お姉様、よろしくて?」

 

<華琳>「ふふっ。好きになさい」

 

<栄華>「後は、そうですわね……」

 

 栄華は香風を見ながら小声で呟く。

 

<栄華>「うん……身だしなみがなっていないのはそれで良いとして……口調に気品が感じられないのは、おいおい(しつ)ければ良さそうですわね……」

 

 聞いていると内容が少し危なっかしく感じる。

 

<栄華>「都の役人を務めていたというから、最低限の学問は修めているでしょうし……後は、家での振る舞いとお作法を仕込んで、わたくしへの奉仕の仕方も……ふふ……ふふふ…………」

 

 前言撤回、少しではなかった。結構やばかった。

 

<香風>「…………ひっ。お、お兄ちゃん……」

 

<司>「……お、おう」

 

 香風も身の危険を感じたのか、俺に抱きついてきた。

 

<華琳>「栄華」

 

<栄華>「あ……。ふふっ、申し訳ありません。つい癖で……」

 

<司>「癖って言えるのか?」

 

<栄華>「ご安心なさって。お姉様のお手つきの子に手を出すような真似は、誓っていましませんわ」

 

<華琳>「私の期待を裏切らないで頂戴」

 

 そんな会話をしていると、香風は俺のジャケットの裾を引っ張る。

 

<香風>「……お兄ちゃん。お手つきって?」

 

<司>「気にしなくていいと思うぞ。香風」

 

<香風>「……うん」

 

 ここまでの会話で理解したが、やはり彼女は女子限定で優しいようだ。さっきから華琳と香風にだけ反応を返してくるだけで、俺には反応してくれない。

 

<華琳>「それと……改めて、もう一人も紹介するわ。……司、もう一度名乗りを」

 

<司>「ん? ああ、分かった。俺は檜山(ひやま)(つかさ)。色々あって……」

 

<栄華>「はい、それで結構ですわ。お姉様の連絡には目を通しましたから、もう十分」

 

 …………まあ、予想はしていた。けど、ここまで差が激しいとは。

 

<華琳>「栄華。司はこれでも例の事件の貴重な情報源よ。必要以上にはしなくて良いけれど、相応の扱いはするように」

 

<栄華>「それは……どうしてもですの? お姉様」

 

<華琳>「どうしてもよ」

 

<栄華>「……はあ。承知いたしました。お部屋を用意させます」

 

 さっきまでの甲斐甲斐しい様子からは一転。曹洪は不服しか感じられない口調で肩の力を落とすと、俺から微妙に視線をずらしたまま、渋々口を開いてみせる。

 

<司>「あ、ああ……世話になる分にはちゃんと働くよ」

 

<栄華>「当たり前ですわ。あなたがここで暮らす中で、どれだけのお金が無駄に掛かっているか……ちゃんと理解しめ過ごして下さいまし」

 

 どんだけ男嫌いなんだ?

 

<栄華>「それと、今後はわたくしの視界の中に入らないで下さる?」

 

<司>「わ、分かった……」

 

<栄華>「今はお姉様の指示で、我慢して話していますけれど……わたくし、本当は愛らしい女の子しか視界に入れたくありませんの。よろしくて?」

 

<司>「気を付けるよ」

 

 気持ちは分からないでもないが、それを面と向かって言い切るのはすごいのひと言しかない。

 

<栄華>「ならわたくしは先に城に戻っていますわ。春蘭さん! お話がありますので、一緒に来て下さいまし。……あと香風さんも、お風呂にご案内いたしますわ」

 

<春蘭>「おう。……では華琳さま、お先に」

 

 春蘭は華琳にぺこりと一礼し、曹洪の方へ馬を向かわせるけど……呼ばれた香風は、俺の服の裾をぎゅっと掴んだまま。

 

<香風>「うぅ……お兄ちゃん、一緒に来て」

 

<司>「俺が一緒に行くと曹洪がものすごく怒るからな……香風一人でも大丈夫だと思うぞ。なあ、華琳?」

 

<華琳>「栄華は自分の言った事には責任を持つ子よ。手を出さないと誓った以上は、大丈夫でしょう」

 

<司>「だそうだ。お風呂、ゆっくり使わせてもらってきな」

 

 この世界での風呂が贅沢であることは来て早々に理解していた。湯を湧かすための(まき)だって準備には手間が掛かる。

 

 それを準備したってことは、曹洪は本当に香風を歓迎するつもりなんだろう。

 

<香風>「……分かった」

 

 小さな背中を優しく押してやると、香風は春蘭たちのもとにぱたぱたと駆けて行く。

 

<司>「……あれが曹家の金庫番か」

 

<華琳>「ええ。少し変わっているけれど、優しくて賢い子よ」

 

<司>「…………」

 

<華琳>「どうしたの? 私の顔に何か付いていて?」

 

<司>「いや、何でもない」

 

 何故だろう。何となくだがすごく血の繋がりを感じる。

 

<秋蘭>「なら我々も行くぞ、檜山(ひやま)。いつまでもこんな所にいても仕方がない」

 

<司>「ああ……そうだな」

 

 曹家の「少し」は一体どの程度の許容範囲があるのだろう。そう思いながら、俺は華琳や秋蘭に続いて陳留の都に足を踏み入れるのだった。

 




丸写しになると思い、馬小屋のところは飛ばしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 天使と無邪気

<司>「ここが華琳の城か……」

 

 城下の街を抜けて、やがてたどり着いたのは華琳の居城。ここも城門の偉容から続くのに相応しい、立派な場所だ。

 

<華琳>「街を歩いている間もそればかりだったわね。他の言葉は無いのかしら?」

 

<司>「……見慣れてる華琳と一緒にしないでくれるか? 城の中なんて初めて見るんだからびっくりするよ」

 

  "マシンディケイダー" を引かせて城内を見渡す。

 

<司>「それはそうと、街を見てたけど警備兵らしき人は少なかったな」

 

<華琳>「ええ。人手が足りなくてね。たまに盗みを働く者が現れる始末よ」

 

<司>「そうか……」

 

 そんな話をすることになったのは、俺の配属先についてだ。街の大通りを通ってきたが、住民は多けれど見回りの兵は少ないように感じた。

 

<華琳>「なら、司には警備隊に入ってもらえるかしら?」

 

<司>「そんな簡単に決めていいのか?」

 

<華琳>「街を少し歩いただけであなたは今の状況を見抜いたのよ。その観察力を生かして頂戴」

 

<司>「ああ、分かった」

 

 初めて来たとはいえ、俺もそこまで気付けるようになったのは意外に思える。普段はそんなに周りを見ようとしないが、何故か気になってしょうがなかった。

 

<???>「あ、お姉様、秋蘭様! お帰りなさいませ!」

 

 華琳と会話しながら歩いてると、庭の向こうから別の女の子が声を掛けて来た。その子は清楚で(そう)(こう)と同じ髪の長さだ。

 

<華琳>「ええ、柳琳(るーりん)。いま戻ったわ」

 

<柳琳>「申し訳ありません、お姉様。栄華ちゃんと一緒にお迎えに出ようと思ったんですが……()(ろん)姉さんがどこかに行っていて」

 

 柳琳と呼ばれた彼女も、華琳や曹洪に負けないくらい可愛いらしい女の子だ。

 

<司>「……秋蘭。この子も華琳の親戚か?」

 

<秋蘭>「うむ。(そう)(じゅん)といって、栄華と同じく曹家一門に属するお方だ。華侖は実の姉だな」

 

 なるほど、そういう関係か。親戚同士で一緒に住んでいれば、年の近い女の子ならお姉ちゃんと呼ぶこともあるからな。

 

<司>「曹洪の時みたいな注意点はあるのか?」

 

<秋蘭>「いや、特にないな」

 

<司>「そうか……」

 

 特にはない。まあ、さっきの例もあるから、最初は様子見だな……。

 

<柳琳>「姉さん、城下で見ませんでしたか?」

 

<華琳>「大通りを抜けてきたけれど、見た限りの場所にはいなかったわね」

 

 曹洪は意志の強さが第一印象に来たけど、彼女はそれよりも優しいというか穏やかな雰囲気が先に来ていた。探してる華侖という姉のことも、素直に心配してる感じだ。

 

 ここまでの会話を聞いていると、几帳面(きちょうめん)で細やかな性格なんだろう。丁寧に整えられた髪も、曹洪や華琳のそれよりもどこか柔らかい感じがする。

 

 しかし何故だろう。曹洪とは違う何かを感じる。クセの強い子には見えないが、俺の勘ではそう言っている。

 

<華琳>「それと……司」

 

<司>「ああ」

 

 華琳に呼ばれて "マシンディケイダー" を引きながら、俺は精一杯のアピールとして、曹純に向けてぺこりと頭を下げる。

 

<柳琳>「はい、お話は聞いています。盗賊の情報提供者のかたですよね? 私は姓は曹、名は純……字は子和(しわ)と申します。以後、お見知りおきを」

 

<司>「ご丁寧にどうも。俺は檜山(ひやま)(つかさ)です」

 

 まあ、初対面の挨拶としてはこんな感じだろう。

 

<司>「俺のことは司で構わない。よろしく」

 

<柳琳>「はい。こちらこそよろしくお願いします、司さま」

 

<司>「え!? いや、さまとか付かなくていいから。名前だけで十分だから……」

 

<柳琳>「そうですか? では、司さんとお呼びさせていただきますね?」

 

<司>「あ、ああ……」

 

 そう言って柔和な笑みを向けてくれる曹純からは、一切邪気が感じなかった。少なくとも、ごく一般的に俺を歓迎してくれているのが分かる。

 

<華琳>「それと柳琳。部屋の件なのだけれども……」

 

<柳琳>「あ、そうそう。栄華ちゃんは最初、(うまや)の隅でも使わせておけって言ってましたけど、お客さまをそんな所にお通し出来ませんから……一番手前の客間を掃除しておきました」

 

<司>「厩っ!?」

 

 曹洪の奴、そんなことを言ってたのか……。いくら男嫌いでも限度があるだろ。

 

<柳琳>「もしかして、お姉様か秋蘭さまのご指示でしたか?」

 

<華琳>「……いいえ。それで構わなくてよ」

 

<柳琳>「ふふっ。なら良かったです」

 

 曹洪のことは少しイラッとしたが、それにしてもこの子……。なんて子だろう……。

 

<柳琳>「あの、司さん……」

 

<司>「ん? どうした?」

 

<柳琳>「栄華ちゃん、男の方がすごく苦手で……。もし城門の所で会っていたら、きっとお気に障ることがあったと思いますけど……どうか、許してあげてください。本当は、すごく心配りがあって、優しい子なんです」

 

<司>「ああ、気にしてないから大丈夫だ」

 

<柳琳>「そうですか。よかったです!」

 

 そんな顔で許してあげてなんて言われたら、誰だってはいとしか答えようがない。不意打ちするのもほどがあるよ、この子。

 

<柳琳>「それじゃあお姉様。私、華侖姉さんを探してきますね」

 

<華琳>「ええ。私たちも見付けたら声を掛けておくわ」

 

<柳琳>「よろしくお願いします! それでは秋蘭さま、司さん、失礼します」

 

 曹純は俺達にもう一度可憐な花のような微笑みを見せて、足早に城の奥へと去って行った。

 

<司>「…………」

 

<秋蘭>「……な? 特に注意するところはなかったろう?」

 

<司>「あ、ああ……そうだな」

 

 注意するところはなかった……のだが。

 

<華琳>「司。先に行くわよ」

 

<司>「なあ、華琳……」

 

<華琳>「何?」

 

<司>「あの子、本当に華琳の親戚か? 俺には天から舞い降りた天使に見えたけど……」

 

<華琳>「天の遣いはあなたでしょう。馬鹿なこと言っていないで、先に行っているわよ」

 

 絶対に信じない……いや、信じたくなかった。どうしてあんな子が華琳の親戚なのかが不思議でしょうがなかった。それともう一つ、何故かあの子には普段から苦労してそうな感じがする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<秋蘭>「向こうが食堂で、その先にあるのが謁見(えっけん)の間だ。朝儀やそれ以外に集まるときは、だいたいあそこを使う」

 

 客間に案内されるついでに、俺は秋蘭に通り道にある施設を軽く教えてもらっていた。

 

<秋蘭>「この辺りは倉庫だから、中に入ることはそれほどないだろうな」

 

<司>「なるほど……」

 

  "マシンディケイダー" を一旦工房の近くに置いてきた俺はふと曹純の姉のことを思い出す。

 

<司>「なあ、秋蘭。一ついいか?」

 

<秋蘭>「何だ?」

 

<司>「華琳の曹一門って、あともう一人いるんだよな? 曹純の姉の……真名しか知らないから言えないが」

 

<秋蘭>「華侖……(そう)(じん)のことだな」

 

 なるほど、曹仁というのか……。

 

<司>「ああ、その曹仁という人は、曹洪の時みたいに注意することってあるか? それとも、さっきの曹純と同じ?」

 

<秋蘭>「ふむ、華侖か……」

 

 何故か秋蘭は戸惑った表情を浮かべる。曹洪や曹純にはアドバイスをすぐにしてくれたが、この子は出てこないのか。秋蘭ならそういうのは慣れていると思ったのに。

 

<秋蘭>「まあ……会えば分かるだろう」

 

<司>「不安しか感じないんだけど……」

 

 今のところ変わり者が一人、天使一人で、三人目がどっちに転ぶか予想が付かない。

 

 曹家全体から見れば前者っぽいし、姉妹と考えれば後者の可能性もある。しかしさっきから俺の勘がどっちでもないと言っている。何故だろう……。

 

 確か聞いたことがある。曹洪や曹純、曹仁だけでなく、春蘭と秋蘭も華琳の親戚であると。夏侯と姓は違っても、親が兄弟ということも。

 

 そうなると、変わり者が二人、常識人が二人となる。

 

<司>「分からなくなったぞ。曹仁」

 

<???>「あたしのこと、呼んだっすかー?」

 

<司>「ああ。曹仁という人がどんななのかって話を……え?」

 

 周りを見回すも、辺りにはどこにもそれらしき姿がない。

 

<秋蘭>「……上だ、檜山(ひやま)

 

<司>「上?」

 

 秋蘭の言葉に、屋根の上に目を向けると……!

 

<???>「うっすっすー♪」

 

<司>「…………」

 

<???>「秋姉ぇ、お帰りっすー!」

 

 屋根の上に座った女の子は、ニコニコと人懐っこい笑顔を見せながら、こっちに元気よく手を振っていた。

 

<秋蘭>「うむ。華侖も久しいな」

 

 髪の長さと色はぱっと見て華琳に近くて、親戚だと理解できるが……口を開いた瞬間、今まで会った曹家の三人とは全く違う子だと分かる。

 

<華侖>「ねえねえ、秋姉ぇ。そっちの人は誰っすか?」

 

<秋蘭>「華琳さまの連絡にあったろう。今回の件の参考人でな……」

 

<司>「檜山(ひやま)(つかさ)だ。よろしく」

 

<華侖>「ひやまつかさ、ひやまつかさ……。なんだか長くて言いにくいっすね」

 

<司>「呼びにくいなら、好きに呼んでいいぞ」

 

<華侖>「なら、んー」

 

 俺がそう言うと、曹仁は少し考える素振りを見せる。

 

<華侖>「……司っちっすねぇ」

 

<司>「……司っち」

 

<華侖>「ダメっすか?」

 

<司>「いや、それでいいよ」

 

<華侖>「じゃあそうするっす!」

 

 秋蘭が口を濁すのも理解した。確かにこれは、会ってみないと分からない子だ。悪い意味で、じゃないのは良かったが。

 

 しかし彼女の服装を見ると、露出度が高い。この世界のファッションなのだろうか。あるいは……。

 

<司>「それで、曹仁はどうしてそんな所にいるんだ?」

 

<華侖>「あはは、華侖でいいっすよ」

 

<司>「ん? いいのか? それって真名だろ?」

 

<華侖>「んー、そういうのは気にしないから大丈夫っす。司っち、さっき華琳姉ぇや秋姉ぇのことも真名で呼んでたし、それならいいかなーって」

 

 彼女なりにちゃんと見てたのか。もしくは直感だけで言ってる可能性もあるが、華侖は無邪気で良い子そうだ。

 

<司>「まあ、華侖が良いって言うなら、俺も気にはしないけど……話を戻すが、華侖はなにやってんだ?」

 

<華侖>「ひなたぼっこしてたっす!」

 

<司>「ひなたぼっこねえ……」

 

<華侖>「でも、屋根の上は思ったほどあったかくなかったす……」

 

 今日は日は出てるけど、そこまで日差しは強くはない、確かにひなたぼっこに向いてる日じゃないな。

 

<華侖>「お日さまに近い方が、あったかいって思ったんすけど」

 

<司>「なら、部屋にある布団を持ってきて、日の当たるところに置いておけば? そしたら太陽の熱で温かくなるからそこで寝転がるのもいいかもしれんぞ?」

 

 そう言うと華侖は目を輝かせる。

 

<華侖>「おお! それ、いいっすね。司っち、すごいっす! ……あ、でもこれ、いつ服を脱げばいいっすか?」

 

<司>「脱ぐ?」

 

 何故そこで服を脱ぐ話になったのだろう。

 

<華侖>「だって、裸になったほうが、体に温かくなった布団に寝転がる時気持ち良くなるっすよ?」

 

 なるほど、この子は脱ぎ癖があるのか。だから露出度の高い服を着ているのだとしる。というか、それもう痴女だぞ。

 

<司>「……おい、秋蘭」

 

<秋蘭>「……私に振らないでくれ」

 

 ああ、これはもう諦めてるやつだな。

 

<司>「服は脱ぐ必要ないだろ。まあ、自分の部屋でなら良いかもしれないけど……」

 

<華侖>「なるほど……だったら、やってみるっす!」

 

 華侖はそう言ってひょいと立ち上がると、そのままこっちに向かって駆け出そうとした。

 

<司>「お、おい! 危ないぞ!」

 

 一階の屋根でも、約三メートルある。ここから飛び降りれば怪我するのは間違いない。

 

<華侖>「このくらい大丈夫っすよー。ね、秋姉ぇ」

 

<秋蘭>「……いや、私もやめた方が良いと思うぞ」

 

<華侖>「えー。そんなことないっすー! 試してみればわかるっすー!」

 

<司>「だからそれが危ないんだって……」

 

<柳琳>「姉さん、そこで何をしているの!!」

 

 その時だった。華侖の反論を遮った直後に、曹純の声が響いたのは。

 

<華侖>「あ、柳琳! 司っちから、ひなたぼっこの良い方法を教えてもらってたんす。司っち、すごいんすよー!」

 

<司>「そんなんですごいと言われても……」

 

 曹純の声がした方を振り向くと、彼女の横には華琳もいた。

 

<華琳>「……いつまでも来ないと思ったら、何をしているの、司。秋蘭もいて」

 

<司>「いや……秋蘭と話してたら、ちょうどあの子と会ってさ」

 

<華琳>「そう……」

 

<柳琳>「もう、屋根の上なんて危ないっていつも言ってるでしょ……。早く降りて……ううん、降りて来ないで!」

 

<華侖>「どっちっすか、柳琳?」

 

 手の掛かる姉を心配する妹。なるほど……曹純がどこか苦労人な気がしたのはこういうことだったか。

 

<秋蘭>「……少し奥に行けば二階の窓があるだろう。ひとまずそこから降りて来い、華侖」

 

<華琳>「そうなさい、華侖」

 

<華侖>「はーい……」

 

 流石の華侖も秋蘭や華琳には逆らえないらしい。どこか渋々といった様子で、屋根の奥へと去って行く。

 

<柳琳>「大丈夫よね……途中で落ちたらしないわよね……。あぅぅ、姉さん……心配だわ……」

 

<司>「…………」

 

 曹純も優しいから、あの姉ちゃん相手じゃ色々と苦労するのだろう……。

 

<香風>「あ、お兄ちゃん」

 

 ひとまず華侖が降りてくるのを皆で待っていると、建物の脇から香風と春蘭、曹洪が姿を見せた。

 

<司>「おお、香風。春蘭たちも一緒ってことは風呂は終わりか?」

 

<春蘭>「いや、(うまや)に馬を戻しに行っただけだ。先に香風を客間に案内することになってな」

 

<栄華>「…………」

 

 俺が春蘭達と話す間も曹洪は俺から明らかに距離を取って、自分から視界に入らないようにしている。

 

 男嫌いといっても、自分からもちゃんと距離を取るところを見ると、曹純の言ったように、根は悪い子じゃなさそうだ。

 

 まあ、向こうもこっちに接触する気はないみたいだし、距離を保ってればお互い不幸にはならないか。

 

<司>「でさ、少し話があるんだ。華琳」

 

<栄華>「!!! ちょっとあなた!!!」

 

<司>「ん? どうした曹洪?」

 

 俺が華琳の名を呼ぶと、声を荒げて近づいてきた。しかし視界に入ってる。

 

<栄華>「どうしたもこうしたもありませんわ! どうして貴方のような下賤(げせん)な輩がお姉様の真名を口にしていますの!!」

 

<司>「下賤なんて言う人、初めて見たよ」

 

 俺ってそんな風に思われてたのか。ちょっと傷付く。

 

<栄華>「ああ……お姉様の大切な真名が(けが)れてしまいますわ。いや、もう穢れてしまったに違いありません……この穢れは、その口を切り裂いて血で清めるしか……!」

 

<司>「怖いことを言うね〜」

 

 俺は他人事のように呟く。まあ、何かされそうになっても抵抗できるから焦る必要はないんだけど。

 

<栄華>「ああ……こちらから距離を置いていれば少しはマシだろうと思ったのに……放っておけば!」

 

<柳琳>「栄華ちゃん、落ち着いて」

 

<栄華>「これが落ち着いていられるものですか! 柳琳は何とも思いませんの、こんなどこの馬の骨とも分からぬ輩にお姉様の真名を穢されて……!」

 

<柳琳>「司さんだって、許されてもいないのに真名を呼んだりはしないと思うわよ。お姉様がお決めになった事じゃ……」

 

<栄華>「そ、そうですわ、お姉様! お姉様はこのような輩に大切な真名を……」

 

<華琳>「預けたけれど?」

 

<栄華>「…………つ!!!」

 

 曹洪は華琳の答えに絶句する。

 

<華琳>「当たり前でしょう。そうでなければ、最初にそれを口にした時点で私が首を()ねているわよ」

 

<司>「おいおい……」

 

 どんだけ恐ろしいんだこの世界は。大体首を刎ねるとか切り裂くとは曹家の面々はどうしてこんなに変わってるんだよ。

 

<華侖>「司っちー。なに騒いでるっすか?」

 

 すると建物の扉から華侖がやってきた。無事に降りてこられたみたいだ。

 

<司>「あ、華侖。ちょっとな……」

 

<栄華>「って、華侖さん、あなたまで……まさか……」

 

<華侖>「ほえ?」

 

<柳琳>「姉さん。司さんが姉さんの真名を呼んでいたけれど……許したの?」

 

<華侖>「うん。華琳姉ぇも秋姉ぇも呼ばれてたから、あたしもいいかなーって」

 

<栄華>「なん……ですって……。秋蘭さんまで……ということは! 春蘭さん!」

 

 曹洪はぱっと春蘭の方を振り向く。

 

<春蘭>「ああ、華琳さまが預けろとおっしゃったからな」

 

<華琳>「そうね、ちょうど良いわ。三人とは、司とこちらの香風に真名を預けておきなさい。例の件もあって、少し長い付き合いになりそうだから。香風もいいわね?」

 

<香風>「シャンはシャンだよ。よろしくおねがいします」

 

<華侖>「あたしは華侖っす! よろしくっす、香風!」

 

<柳琳>「でしたら司さん、香風。これからは、私の事は柳琳とお呼び下さいませ」

 

<司>「ああ、こちらこそよろしく、柳琳」

 

 柳琳は自然に俺に大切な真名を預けてくれたけど、約一名、まだ呆然(ぼうぜん)としている人がいる。

 

<栄華>「そんな……まさか……」

 

<司>「嫌なら、別に預けなくていいぞ」

 

<秋蘭>「だが、檜山(ひやま)は真名しか持っていないそうだぞ。お前達も檜山の名を呼ぶなら、自然と真名を呼ぶ事になるそうだ」

 

<栄華>「!!!」

 

 曹洪は秋蘭の言葉にさらに驚愕する。

 

<柳琳>「真名しか持ってないなんて……天の国というのは、不思議な所なんですね」

 

<司>「そういう風習が無いだけだ」

 

<華侖>「でも、そのほうが分かりやすいっす。司っちは司っちでいいってことっすよね?」

 

<司>「ああ、大丈夫だ」

 

 華侖はニコニコしながら普通に俺の名前を呼ぶが、曹洪は未だに理解できていないようだ。

 

<栄華>「な、なら……わたくしは、この先これを呼ぶ時はおいとか犬とか……」

 

<司>「春蘭と同じこと言ってるぞ」

 

<栄華>「そ、それもやむなしですわ……」

 

<華琳>「栄華」

 

 けど、曹洪の必死の抵抗も、華琳のひと言と共に力ない溜息(ためいき)に変わってしまう。

 

<栄華>「……はぁ。お姉様のご命令とあらば、仕方ありませんわね。お預けいたしますわ、真名」

 

<司>「ん? あ、ああ……よろしくな」

 

 栄華から真名を預けられたが、ここで呼んだらこの後何をされるか分かったものじゃない。まあ、落ち着いてきたら呼ぶことにしよう。

 

<栄華>「…………ええ。よろしくしたくありませんけれど、よろしくお願いしますわ」

 

<司>「あ、ああ……それで、華琳。紹介が必要な人って、これで全部?」

 

<華琳>「ええ。城に務める者達には、明日の朝儀で顔を見せるつもりよ。……それとも一人一人紹介して回りましょうか?」

 

<司>「いや、華琳が必要と思う人だけでいいよ」

 

 この先、オルフェノクやファンガイアのような怪人たちと戦うことになってくるだろう。盗賊から太平要術の書を取り戻すには苦労するに違いない。

 

 まずはここの生活に慣れる必要がある。

 

<華琳>「なら、話は終わりよ。栄華、私がいなかった間の報告を聞かせて頂戴。春蘭と秋蘭も同席するように」

 

<春蘭>「はっ!」

 

<秋蘭>「御意」

 

<栄華>「……かしこまりましたわ、お姉様。……はぁ」

 

 俺がそんな事を考えてるうちに、華琳たちは城の執務室のほうへ行ってしまった。

 

<柳琳>「司さん、香風。お二人はもうお部屋の場所はお分かりですか?」

 

<司>「いや、まだだ」

 

 秋蘭に案内してもらってる最中だったが、華琳の仕事の方が大事だから仕方ないか。

 

<柳琳>「でしたら、私がお部屋にご案内しましょうか?」

 

<司>「いいのか? そうしてくれると助かるよ」

 

<華侖>「柳琳、あたしも案内したいっす! 一緒に行くっすー!」

 

 こうして俺と香風は柳琳と華侖の案内で再び城内を回ることになった。ちなみに華侖はお風呂があることを知ると俺も一緒に四人で入ろうと言い出した。もちろん断ったが、何とかやっていけるか少し不安になった。

 




次回は第二章の前に拠点フェイズになると思います。最初は華琳と思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拠点フェイズ1

他のキャラの拠点フェイズと組み合わせることもあります。


<警備兵>「檜山(ひやま)さまっ!」

 

<司>「ああ、そっちに行ったぞ!」

 

<盗賊>「ええい、こんちくしょうっ!」

 

 俺は警備兵と共に陳留の街で盗みを働いた盗賊を追っていた。相手は大きな(おの)で俺たちに向けて振り回してくる。

 

<盗賊>「そこをどけー!」

 

<司>「ふんっ!」

 

 盗賊は俺に向かって斧を振り下ろしてくるが、紙一重でかわして顔面に蹴りを喰らわす。

 

<盗賊>「ぐはっ!?」

 

 痛みで顔を手で覆いながら地面を転がる盗賊に、俺は手首を持って押さえつける。

 

<司>「今のうちに縄で(しば)れ!」

 

<警備兵>「は、はいっ!」

 

 俺は警備兵の一人に指示を出し、縄で縛りつける。

 

<警備兵>「檜山さま! こちらの賊も捕まえました!」

 

 後ろからは二人のゴロツキを縄で引きずる警備兵が現れた。

 

<司>「そいつらも牢屋にぶち込んでどけ」

 

<警備兵>「はっ!」

 

 そう言って警備兵たちは捕まえた盗賊を連行していく。

 

<司>「今日で四度目か。全く……人手不足にも程があるぞ」

 

 俺は溜息(ためいき)を吐くが、こればかりは仕方ないと諦める。

 

 陳留にやってきて数日が経ち、俺は華琳から警備隊の隊長を任された。

 

 最初は一警備兵として加わったが、一日に何度も盗賊やチンピラを逮捕していくうちに華琳から高く評価されて街の警備隊長を任されるようになった。

 

 警備隊のみんなとは仕事していくことで信頼を得られはじめたように感じる。

 

<司>「さてと、そろそろ休憩するか」

 

 この世界に来てワームやオルフェノクたちを倒して以来、怪物たちと戦うことはおろか姿を見ることはなかった。念のために休憩を取らずに街を巡回しても人間に化けている気配はなかった。

 

 しかし、華琳からの報告では怪人の目撃情報が度々耳にする日はある。今のところ被害は出てないようだが、いつこの街に潜り込んでもおかしくない。(えん)(しゅう)に逃げ込んだ盗賊を追っているイマジンも気掛かりだ。

 

 アンノウンやオルフェノクあたりは "太平要術" を狙ってもおかしくないが、イマジンがあの書を持っても何の意味もない。もしかしたら偶然あの三人に取り()いた可能性がある。

 

 それはともかく、今は何処かで食事をすることが先だ。俺は屋台通りへと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<司>「……で? 何のようだ華琳?」

 

 翌日、俺は華琳から謁見(えっけん)の間に呼び出された。彼女の隣には春蘭と秋蘭も居る。

 

<華琳>「秋蘭」

 

<秋蘭>「は。檜山(ひやま)、これを」

 

 秋蘭から渡されたのは、一枚の書類だった。俺はさっと流し読みして書かれている内容を理解する。

 

<司>「…… 城の治安維持向上の計画書か。それも草案ってことはまだ完成してないのか」

 

<華琳>「ええ。あなたにはその草案を本案に仕上げてもらいたいの」

 

<司>「それは構わないが、いいのか?」

 

<華琳>「何が?」

 

 華琳は何でもないようにそう言うが、来て数日しか経ってない人に重要な案件を任せるのかと疑問に思う。

 

<司>「俺に任せていいのかってことだ。計画書もほとんど白紙の状態だし……」

 

<華琳>「自覚がないようだから言うけど、来て数日でここまで成果を上げられるなんて逸材としか言いようがないわ。警備に加えて春蘭たちの書類整理も手伝ってるそううね」

 

<司>「まあ、少しは慣れてきたからな。それに政務にも付いてもらうって言ったのは華琳だろ?」

 

 華琳の城に来てからは配属になった警備隊を含めて、手伝えるところは自分から率先している。警備隊が人手不足であることから春蘭と一緒になることはあり、たまに彼女の代わりに書類整理を引き受けている。

 

<華琳>「ええ、確かに私は言ったわ。だからこそ、ここの要人となったあなたに任せるのよ。世界を救うために来たのなら、目の前の命を救えなきゃ所詮はその程度ってことになるんじゃない?」

 

 最もなご意見だ。世界を救うこと事態大変なことなのに、目の前の命すら救えないとなると怪人を倒しても意味がない。

 

<司>「分かった。やってみるよ」

 

<華琳>「よろしい。なら、期限は三日とするわ」

 

 三日か。いくらなんでも短いが、警備をやっていて気付いたこともいくつかある。そのくらいの期間なら十分だ。

 

<司>「了解した」

 

<華琳>「その言葉、確かに聞いたわよ」

 

<司>「ああ。じゃ、今から取りかかってくる」

 

 そう言って俺は計画書を手をして謁見(えっけん)の間を後にする。

 

 

 

 

 

<春蘭>「華琳さま……」

 

<華琳>「どうしたの?」

 

<春蘭>「今回の件……本当によろしかったのですか?」

 

<華琳>「何が?」

 

<秋蘭>「檜山(ひやま)に任せた案件です。……少々無茶が過ぎるのでは?」

 

<華琳>「あら、私に意見するつもり?」

 

<秋蘭>「そんなつもりはありませんが……。しかし、いくら檜山でもあれを三日で仕上げるのは……荷が重いかと」

 

<華琳>「そうかしら? 私はそうは思わないわ」

 

<春蘭>「……と、言いますと?」

 

<華琳>「そうね……ここに来て司を見てきたけど、彼は私たちとは違う視点で物事を見ている傾向があるわね」

 

<春蘭>「はあ、それはアイツが天の国から来たからだと思いますが……」

 

<華琳>「確かにそういうことかもね。でも、彼が書いた書類を見たけどなかなかのものだったわ。学生をしてたって言ってたけど、それだけであそこまでできるとは思わなかったもの」

 

<秋蘭>「確かに、そう考えと期限を三日も設けるのは妥当だとお考えで?」

 

<華琳>「そうね。あるいは……」

 

<春蘭>「どうなさいましたか?」

 

<華琳>「いえ、何でもないわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<司>「やっぱりここに詰所を造るべきだな」

 

 俺は華琳から重要な案件を任されて、まずは街を巡回しながら状況を確かめる。

 

 城の治安維持向上をどうにかするのが仕事なんて、学校に置き換えれば学校内での風紀や、生徒の授業態度、学習意欲など生徒会や教師がやる仕事と同じようなもの。

 

 中学生の頃に先生や先輩の推薦で、仕方なく生徒会に入っていた俺は生徒会副会長として放課後でも学校に残って仕事をしていた。

 

 この頃から人を導くことは慣れていない。誰かを守るより、守られる側の人間だった俺だが、今となっては良い経験をしたと思っている。

 

 仮面ライダーになって怪人たちを倒し続けて世界を救ってきた。そのせいでどうしてか俺の力は皆を救うためにあるのだろうと思い始めた。

 

 そんなことを口にすると、思い上がりだの調子に乗ってると言われるかもしれない。自分でもそう思っている。けれど大きな力には責任が備わるのだからしょうがない。

 

 話が脱線したが、こうして街を巡回している理由。華琳に連れて来られてから警備兵が少ないと直感で分かった。それが確信したのは警備隊に配属されてすぐだ。

 

<司>「ここに建ててもすぐに駆けつけることはできないか。かと言って城から遠かったら急な連絡が来るまで時間が掛かるからな」

 

 巡回しても駐在所も陳留に一つしかないことも分かった。経費のことを含めて考えねばならなくなる。だからこそ、改めて街を回って何処に建てるのかを地図を見て目で確認する必要があった。

 

 しかし、詰所をどこかに建てたところで解決とはならない。最初に知った通り、人手が足りないということ。

 

 俺が来たことで少しは良くなっているそうだが、いつまでもそのままではダメだ。改善すべきところはまだあるが、一番の問題はどうすれば華琳たちが納得してくれるかだ。

 

 華琳は陳留という街を収める太守……日本でいう市長のようなもの。今の俺が付け焼き刃で彼女のやり方を真似、あるいは応用してもどうにかなるわけではない。

 

 つまり、俺が今まで経験してきたことや日本の経済や社会、あらゆる政策をこの陳留に合うようにアレンジしていく必要がある。

 

<警備兵>「檜山(ひやま)さま。大通りの警備、異常はありません」

 

<司>「分かった。お前、今日はもう終わりだろ? 休んで構わんぞ」

 

<警備兵>「はっ!」

 

 彼は最近、警備隊に入った新人だ。少し間抜けだがガッツはある。何度か話しても仕事熱心なのが伝わる。

 

 新人だからお給金も少ないが、それでも食らい付いて来ている。俺も新参者なんだけどね。

 

<司>「給金か……」

 

 彼の背中を見送っていると、あることを思い付いた。

 

<司>「そうだ。アレなら……」

 

 

 

 

 

<司>「華琳、計画書を俺なりにまとめてきたぞ」

 

<華琳>「そう、楽しみにしてたわ」

 

 翌日、俺は華琳の部屋に訪れて完成させた計画書を提出する。

 

<華琳>「…………」

 

<秋蘭>「…………」

 

 部屋にいる華琳と秋蘭は計画書に目を通す。正直自分では出来ているつもりではあるが、判断するのは彼女たちだ。少しは不安になる。

 

<華琳>「……秋蘭、ここはどう思う?」

 

<秋蘭>「……は、恐らく、こちらと関連しているかと」

 

<華琳>「……ふむ、なるほど」

 

<司>「…………」

 

 しばらく沈黙が流れるが、華琳は資料を一通り目を通すと口を開いた。

 

<華琳>「司。ここ、一町ごとに詰所を作って、兵を常駐させるとあるけれど……。これはどういう計算なのかしら?」

 

<司>「今は四町から五町の間に、詰所が一つしかないからな。それだと騒ぎが起きてもすぐに駆けつけられないことがあったんだ」

 

<華琳>「でもそれだと、人手も経費も馬鹿にならないわ」

 

<司>「平日は半数を本体の兵士から回してもらいたい。残りはこちらで募集を掛けるつもりだ」

 

<華琳>「義勇兵ということ? それなら……」

 

<司>「有事でもないと、義勇兵は集まらないからな。給金はちゃんと払うつもりだ。兵役や雑役を免除して待遇を良くすれば、今より人は集まるだろうし……本体に所属したい人がいるなら、そっちに推薦状を出してもいい」

 

<華琳>「なるほど……兵役を課さない代わりに、本隊の予備部隊としての性格を与えるわけね」

 

 基本は同じ戦闘部隊だから、数が集まればできる幅も広がる。

 

<司>「人が増えれば、本格的に本隊の訓練部隊にも加えていいと思う」

 

<華琳>「それで、経費の方はどう考えているのかしら? これだけの規模だと、活動費も今と桁が違ってくるけれど」

 

<司>「そのことだけど、募集する人数を制限しようと考えている」

 

<華琳>「人数を制限?」

 

<司>「ああ。確かに規模が大きくなると活動費や人件費も高くなるから、まずは雇う人数を決めて経費の出費と街の治安の様子を見ようと思う」

 

 急に兵士を増やさせば治安は良くなっても、こちらに掛かるコストは大きくなる。会社が新入社員を応募する場合、有望な人材を選ぶために定員を設けている。ならばこちらもそうする必要があると俺は考えた。

 

<司>「数人増えたからといって治安がすぐに良くなるわけじゃないが、こういうのは時間を掛けて様子を見るべきだと思っている。だから年に何度か募集を掛けて定員の数を設ける必要がある。それに……」

 

<華琳>「それに?」

 

<司>「昨日、街の商人に聞いたんだが、治安が良くなれば安心して商売もできて他の街から来てくれるそうだ。場合によっては出資してくれるようなことも話してたし」

 

<華琳>「…………」

 

<司>「まあ、話を聞いただけで勝手に約束するわけにはいかないが、今の商人は商売のことだけじゃなくて身の安全を心配してたから、少しずつ治安が良くなれば商人も陳留に集まると思う」

 

 勝手に約束してしまえば、それは根回しになってしまう。俺は華琳から計画の立案を任されただけだ。そうなれば華琳の顔に泥を塗ることになる。

 

<司>「最後の方は話を聞いただけで確証じゃないから話にはならないと思うが……やっぱり考え直した方がいいか?」

 

<華琳>「……いいえ。この計画は認めましょう。確かに最後はあなたが勝手に聞いただけで本当に出資してくれるとは思えないけど、たった二日で仕上げたことは認めましょう」

 

<司>「そうか……」

 

<華琳>「ええ、早速明日朝儀で上げておくわ」

 

<司>「分かった……」

 

 こうして華琳に任された案件を仕上げた俺は、警備隊の仕事へと戻る。

 

<華琳>「……くっ」

 

<秋蘭>「華琳さま?」

 

<華琳>「くくくくく……ぷっ、あははははははは!」

 

<秋蘭>「華琳さま……」

 

<華琳>「おかしいったらありゃしない……。まさかここまで私を驚かせるなんて。やっぱり三日では長かったわね。いいわ秋蘭。今日の私は最高に気分がいいから……眠れなくなるくらい、たっぷりかわいがってあげる。嫌とは、言わせないわよ?」

 

〈秋蘭〉「……はい!」

 




次回は夏侯姉妹の話になるかもしれません。そこは未定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拠点フェイズ2

予告通り、今回は春蘭・秋蘭編です。


 自分の部屋で報告書を書いている最中に、背後からバタンと激しい音が聞こえた。

 

<司>「ん?」

 

 ノックもせずに開かれたのは、部屋の扉。足音高く入って来たのは……。

 

<春蘭>「檜山(ひやま)(つかさ)!」

 

<司>「…………」

 

 入ってきたのは夏侯姉妹。一人は馬鹿の春蘭で、もう一人は妹の秋蘭。

 

<司>「……秋蘭? どうしたの?」

 

<春蘭>「まて檜山。なぜ秋蘭に聞く?」

 

<司>「慌てて入ってきて、一人(・・)でどうしたの?」

 

<春蘭>「おいまて! わたしもいるぞ!」

 

<司>「……あっ、いたんだ」

 

<春蘭>「いるに決まってるだろ! わたしを馬鹿にしてるのか!」

 

 冗談はそのくらいにして、二人とも武装こそしていないものの……戦に出る時みたいなピリピリした雰囲気だ。

 

<司>「それで? 二人してどうした?」

 

<春蘭>「そのようなこと、貴様が知る必要はない!」

 

<秋蘭>「うむ。大人しく、我々についてきてもらおう。悪いようにするつもりはないが……逆らえば、分かっているな?」

 

 まるで俺が悪いことをしたかのような言い方だ。しかも、威圧感に近いその気配は明らかに俺に向けられている。

 

 特に春蘭なんか、肌がピリピリするほどの殺気さえ漂わせている。

 

<司>「言っておくが、何もしてないぞ?」

 

<春蘭>「うるさい! 言い訳は後で聞く。付いてくるのか、来ないのか!」

 

 そんな殺気を突き付けられれば、誰でもノーとは言えない。というか、ここで断ればコイツに真っ二つにされるのがオチだ。

 

<司>「分かったよ。だからそんなに殺気立つなよ……」

 

 しかしここまでの剣幕で来られると、何か問題でもあったのかと心配にはなる。

 

<春蘭>「そうして欲しければ、大人しくキリキリ歩けっ!」

 

 そのまま俺は引っ立てられるようにして、与えられた部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<司>「それで? どうして俺を連れ出したんだ?」

 

 連れて来られたのは街の中。何か怪しいところでもあったのか、それとも怪人が現れたのか。

 

<春蘭>「買い物に決まっているだろう。普通、今までの流れで分からんか?」

 

<司>「…………は?」

 

<春蘭>「言葉が通じなかったか? 買い物だと言ったのだ、買い物と。分かるか? 言葉は通じるのだろう? か、い、も、の!」

 

<司>「馬鹿じゃないの?」

 

<春蘭>「なんだとっ!」

 

 どこにあんだけ殺気全開の誘い方があるんだと聞きたいぐらいだ。果たし合いか道場破りの誘いのほうかま、まだマシだ。

 

<司>「あれだけの剣幕で来られたら、買い物なんて誰も思わんだろ」

 

<春蘭>「……秋蘭。わたしは何か間違っていたのか?」

 

<秋蘭>「いや、ごく普通だと思ったが……?」

 

<春蘭>「ほら! 秋蘭が普通だと言うなら、わたしは間違っておらん!おかしいのは貴様の方だ!」

 

 いや、明らかにおかしいのは春蘭の方だが……。

 

<司>「そうなのか?」

 

<秋蘭>「うむ、そうなのだろうな」

 

<司>「おい秋蘭、笑ってるぞ?」

 

 表情薄い秋蘭の、口端あたりがピクピクしている。実の姉を遊んでるようだ。

 

<春蘭>「貴様がどこの国に住んでいたのかはどうでも良いが、我が国には我が国のしきたりがあるのだ! 貴様も華琳さまに拾われた身ならば、その流儀に慣れてもらおうか!」

 

<司>「それは構わないが、今度誘うときはそんな殺気丸出しじゃなくてもいいからな」

 

<春蘭>「……別に、殺気など出してはおらん!」

 

<司>「自覚はないのか?」

 

<春蘭>「単に貴様が嫌いなだけだ!」

 

<司>「……それ、もっと悪くないか?」

 

<春蘭>「なんだとぅ!」

 

 本当にこの人は怒りの沸点は低い。嫌いな相手でここまで怒る奴は初めてだ。

 

<秋蘭>「やれやれ。二人とも、漫談(まんだん)はその辺りにしておけ。吟味する時間がなくなってしまうぞ」

 

<春蘭>「む、それは一大事だな」

 

 吟味する時間がかかるという事は、選ぶのに相当気を使うのか。特別な物でも買うのだろう。

 

<司>「そんなに大事な買い物なのか?」

 

<春蘭>「当然だ。本来なら、貴様など連れてくるような買い物ではないのだ。私は気に食わんが、秋蘭がどうしてもと言うのでな……」

 

<司>「……なら、連れてこなきゃいいだろ?」

 

<春蘭>「なんだとぅ!」

 

 だからどうしてそんなに怒りっぽいんだ?

 

<秋蘭>「姉者」

 

<春蘭>「う……うむ」

 

<秋蘭>「檜山(ひやま)も、こちらに他意はないのだ。時間が許すなら、我々の吟味に意見をもらえると助かるのだが……構わんか?」

 

<司>「まあ、それは大丈夫だが……」

 

<春蘭>「だが何だっ! わたしたちの決めたことに不満でもあると言うのかっ!」

 

<秋蘭>「姉者」

 

<春蘭>「う……うむ」

 

 いちいち怒鳴る春蘭を、秋蘭が(たしな)める。

 

<司>「誘うなら事前に一声かけてくれないか? あんな強引に出さなくてもこっちから部屋を出るから」

 

<春蘭>「ふんっ、手間をかけさせおって。それならさっさとそう言えば良いのだれ」

 

<秋蘭>「姉者」

 

<春蘭>「う……うむ」

 

 三度も似たようなことを繰り返しつつ、俺たちは目当ての場所へ向かっていった。

 

 

 

 

 

<春蘭>「あれはなかなかに掘り出し物だったな、秋蘭」

 

<秋蘭>「だな。次の会議に掛けて、華琳さまの判断を仰ぐことにしよう」

 

 二人の買い物は、さっきの店で三件目。鍛冶屋で武器を少し見た後、露店で馬具を流し見て、乾物屋で保存食の話をしていた。もちろん全部、軍用の備品の話だ。

 

 真剣な表情で軍事用語を飛び交わされる二人の間に、俺が意見を挟む場所なんかどこにもない。最も、話を聞いただけである程度は理解できたが。

 

<春蘭>「おお、秋蘭。あんな所にあったぞ!」

 

<秋蘭>「ほほぅ。これはなかなか……」

 

 次の店は何だろう。武器に馬具に糧食と来たから、砦か城壁の工具でも見積もってもらう気だろうか。

 

<春蘭>「檜山(ひやま)。貴様も来い」

 

<司>「ああ、それでここは服屋か?」

 

 店頭には服がたくさんあることから、一目みれば誰でも分かる。

 

<秋蘭>「お前に見て欲しいのは、これなのだが……」

 

<司>「これか……」

 

<春蘭>「どう見る? 似合うか?」

 

 そう言ってくるあたり、春蘭が着るものだと理解する。そりゃあ、性格的にお洒落なんてしてなさそうだもんな。

 

 何重にも重なったヒラヒラの生地に、豪勢なフリフリがたくさんくっついている可愛らしい服。

 

 恐らく秋蘭がガサツな姉のために、俺も一緒に誘ったのだろう。

 

<司>「可愛い服だな。だが、春蘭が着るとなると寸法が合わないぞ」

 

<春蘭>「な…………っ!?」

 

 俺がそう言うと、途端に顔を真っ赤にする春蘭。

 

<秋蘭>「ふむ。それも悪くないな……」

 

<春蘭>「しっ! しししししっ! 秋蘭まで……っ!」

 

 あれ? そんな台詞が出てくるということは、春蘭のためじゃないのか?

 

<店員>「お客さまの着られる大きな物、お出ししましょうか?」

 

<司>「あるんすか?」

 

<店員>「そりゃもう」

 

<秋蘭>「ふふっ、どうする? 出してもらおうか、姉者」

 

<春蘭>「くぅぅっ! 秋蘭まで馬鹿にして……っ!?」

 

 俺はフリフリの服を春蘭の前に(かざ)す。

 

<司>「……ぷっ」

 

<春蘭>「貴様っ! 今笑っただろ!?」

 

<司>「べ、別に……それで、さっきの話からすると、春蘭用の服を買いに来たんじゃないんだな」

 

 ヤバイ。こんな服を春蘭が着れば笑いが込み上げてくる。

 

<春蘭>「あ、当たり前だ! 馬鹿か貴様は! わたしの服など、別にどうでもよいわ!」

 

<秋蘭>「いや、姉者ももう少し洒落た服を着て欲しいのだが……」

 

<司>「じゃあ、誰の……」

 

<春蘭>「この服は、華琳さまのだっ!」

 

 春蘭のひと言で俺はようやく合点が一致した。

 

<司>「なるほど、そういうことか……」

 

<秋蘭>「うむ。この服が華琳さまに似合うかどうか、たまには男の視点からの意見が聞きたくてな」

 

<春蘭>「わたしはそんなものは必要ないと言ったのだぞ。だが、秋蘭がどうしてもと言うから……だな!」

 

<秋蘭>「姉者も、華琳さまがより魅力的になるなら、その方が良かろう?」

 

<春蘭>「そ、それはそうだが……男などの目から見れば、華琳さまはどんなお姿をしていても魅力的だろう!」

 

<秋蘭>「だから、より、と言ったのだ」

 

<春蘭>「ぐぅぅ……」

 

 それで俺を連れてきたのかと納得する。武器や食料の意見ではなくて少しは安心した。

 

<秋蘭>「で、檜山(ひやま)は男としてどう見る?」

 

<司>「男として、か」

 

 俺は脳内で華琳がフリフリの服を着ているところを想像する。

 

<春蘭>「おい、言っておくが、華琳さまのお姿をそのイヤらしい妄想まみれの脳味噌で想像したら、今すぐ叩き斬ってやるからな!」

 

<司>「そうしないと、感想も意見もできないと思うけど?」

 

<春蘭>「……何だと? それは、叩き斬られても文句は言わんと、そういうことと取って良いのか?」

 

<司>「何でそうなる……この服を華琳が着たところを想像せずに、華琳が着たらどうなるかの意見を言えばいいんだな?」

 

<春蘭>「何だそれは。意味が分からんぞ! わたしが理解しきれんからと言って、適当なことを言っているのではないだろうな!」

 

 どうしてこの人は話の内容を理解してないのだろう。そこら辺の馬鹿を相手にしてたほうがまだマシな気がする。

 

<秋蘭>「まあまあ。姉者のことは放っておいて良いから、忌憚(きたん)のない意見を聞かせてくれるか? 檜山」

 

<春蘭>「秋蘭……」

 

<司>「そうだな……俺もお洒落には疎いが、華琳の髪型との調和も良いと思うぞ」

 

 そういえば、さっきの店員が春蘭用もあると言ってたが……まあ、それを口にするのはよくないな。デリカシーに欠けていると思われる。

 

<司>「しかし、華琳の服を探すなら、本人を連れてくればいいんじゃないか?」

 

<春蘭>「それでは意味がないだろう!」

 

<司>「……そうなのか?」

 

<秋蘭>「うむ。華琳さまもお忙しい身。買い物に出る暇も、それほど取れるやけではない」

 

 陳留の太守を任されている華琳はプライベートな時間が少ないのは当然だな。

 

<司>「それで二人が華琳の代わりに似合う服を探してたのか」

 

<秋蘭>「その通りだ。渡すときはさりげなく、だがな」

 

<司>「でも、そういう気遣いってあまり好きそうには見えないそ」

 

<秋蘭>「(さと)い華琳さまのことだ。勘付いてはいるこだろうな。いまだ気付かぬ振りをしていて下さる」

 

<司>「大変だなぁ、華琳の家臣ってのも」

 

<秋蘭>「ふふっ。こちらも華琳さまのためならばこそ。愉しくこそあれ、苦になどならんよ」

 

 俺は二人、特に秋蘭は正に従者の鏡だと思う。

 

<春蘭>「よし。店主、それを一着貰うとしよう」

 

<店員>「まいどありがとうございます」

 

 春蘭は店員に服の代金を支払う。その時俺はふと疑問を抱いた。

 

<司>「けど、実際似合うかどうかなんて、分かるのか?」

 

<春蘭>「それなら実際に試してみるしかあるまい」

 

<司>「ん? どういうことだ?」

 

<秋蘭>「その服は華琳さまの身代わり用に着せるのだ」

 

<司>「身代わり……もしかして、人形でもあるのか?」

 

<秋蘭>「ああ、華琳さまそっくりに作った等身大の人形に服を着せてみて、本当に似合うかどうか更に確かめているのだ」

 

 なるほど、それなら似合うかどうか判断できるな。納得できるが、ここでもう一つ疑問が出来た。

 

<司>「その人形って誰が作ったんだ?」

 

<春蘭>「わたしだっ!」

 

<司>「は?」

 

 予想外の答えに俺は驚き、俺は秋蘭に問いかける。

 

<司>「本当なの?」

 

<秋蘭>「私が言うのも何だが……凄いぞ」

 

<司>「マジっすか……」

 

 秋蘭が言うならそうかもしれん。春蘭が良くても間違っていれば秋蘭がダメ出ししてくるからな。

 

<春蘭>「さて、ここでの用事は済んだ。次に行くぞ!」

 

<秋蘭>「うむ」

 

 俺はこの後、二十軒以上も付き合わされることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<司>「…………疲れた」

 

 日も暮れてきて、ようやく俺は自由の身となった。結局、何軒回ったのか分からないが、二十軒は超えただろう。

 

<春蘭>「いまいちだったな、今日は」

 

<秋蘭>「うむ、めぼしい収穫はなかったな」

 

<司>「とか言いながらいっぱい買ってたくせに……」

 

 春蘭なんて可愛い服があれば端から端まで買っていた。秋蘭も春蘭より多かった気がする。ちなみにその服の大半は俺が持っている。

 

<司>「大体、二人が元気すぎるだけじゃないか?」

 

<秋蘭>「やれやれ、これぐらいのことで音を上げるとは……」

 

<春蘭>「鍛錬が足らんぞ。華琳さまのために働いたのだから、もう少し嬉しそうにしたらどうだ?」

 

<司>「無茶言うなよ……」

 

 どんだけ華琳大好きなんだ、こいつら……。

 

<春蘭>「だが、市井の服も質が落ちたな。この程度では華琳さまのお眼鏡に適うことは難しかろう」

 

<秋蘭>「そうだな……。やはり、国を大きくして腕の良い職人を多く招くしかないか……」

 

<春蘭>「ええい、そんな時間があるものか! 華琳さまはこの一瞬も、気高く優雅に成長しておられるのだぞ! 今この時を美しく着飾れる服を手に入れるためには、今を何とかせねばならんのだ!」

 

<秋蘭>「……ふむ。確かに」

 

 そこは納得するんだ……。まあ、(あなが)ち間違ってはいないけど。

 

<春蘭>「それで、檜山(ひやま)。貴様は何か良案はないのか? 天の国とやらの知識、役に立てるのは今しかないぞ?」

 

<司>「ここでしか役に立てないのはちょっとムカッとするが……そうだな、今日回った店にはメイド服やキャミソール、あとワンピースがなかったな」

 

<春蘭>「めいど服?」

 

<秋蘭>「きゃみそーる……わんぴーす?」

 

<司>「ああ、天の国にある服さ。えっと……こんな服かな」

 

 俺は中学の友達の写真を取り出す。コスプレでメイド服を着た子、キャミソールやワンピースを着た女子の写真を見せると、春蘭と秋蘭は目を輝かせる。

 

<春蘭>「な、なんと……何で可愛らしい服なのだ」

 

<秋蘭>「うむ、これがめいど服、きゃみそーるにわんぴーすというものか」

 

 想像以上に納得してくれたようだ。最も、まだ陳留は発展途上の街なため、その服を作れるのはまだ先になると思う。

 

<春蘭>「よし、今から職人に頼みにいくぞ」

 

<司>「はぁ!?」

 

<春蘭>「夜は長いぞ! 秋蘭も構わんな?」

 

<秋蘭>「見損なうなよ、姉者」

 

<春蘭>「うむ、それでこそ我が妹!」

 

<司>「えっと……」

 

 どんだけ気に入ったんだよその服。今から行く気満々じゃないか。

 

<春蘭>「行くぞ! 秋蘭! 檜山(ひやま)!」

 

<秋蘭>「うむ!」

 

<司>「いや、俺は遠慮させてって引っ張るなよ! てかちょっと待ってくれー!」

 

 こうして俺は春蘭に強制連行され、翌日は昨日が提出期限だった書きかけの報告書を急いで(まと)める羽目となるのだった。

 




次回は華侖・柳琳編です。お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拠点フェイズ3

予告通り、今回は華侖・柳琳編です。


<司>「あの店の(しょう)(ろん)(ぽう)は美味いな華侖(かろん)

 

<華侖>「そうっすね、司っち」

 

 俺と華侖は街の警備と言う名の食べ歩きをしていた。何故華侖も一緒かと言うと、彼女や春蘭の手を借りないといけない程、警備隊が人手不足だからだ。

 

 華琳に出した企画は通ったものの、募集を掛けたのは昨日だから集まるのは少し先になる。

 

 規定の人数になるまではこうして華侖たちの手を借りて仕事しなければならない。

 

 食べ歩きはしているものの、巡回は怠っていない。警備を始めてから店で小籠包を買うまで盗人やゴロツキを何度も逮捕している。今も食べながらではあるが、周りを見渡しながら怪しい人がいないか監視している。

 

<司>「さっきの店とはまた違った味だったな」

 

<華侖>「うん、アツアツの肉汁が口の中に広がってて美味いっす」

 

 ここに来る前にも小籠包は買って食べたが、さっきの店と味を比べている最中だ。華侖は天にも昇るような表情を浮かべて食べ終わる。

 

<司>「もうそろそろ休憩だし、店に入って食うか?」

 

<華侖>「それいいっすね! それじゃあ、あのすっごく美味しそうな匂いがする店に入っていいっすか?」

 

<司>「あそこだな。いいぞ」

 

<華侖>「やったーっす!」

 

 それにしてもよく食べる子だ。警備を始める前、朝食も一緒に食事したが麻婆豆腐の大盛りを食べてもなお、街に警備中に買い食いする始末。

 

 それでも太らないのは、常に体中からエネルギーを発散しているせいなんだろう。

 

<華侖>「こんにちはっすー!」

 

 そう言って華侖は店に入っていき、俺も後を追う。

 

<店主>「いらっしゃい……えっ! そそ、曹仁(そうじん)様!?」

 

 そりゃあ驚くはずだ。朝食を食べに店に入ったときも店員から驚いてたからな。

 

<華侖>「華侖でいいっすよ」

 

<店主>「いいぃ、いえ! そ、そんな滅相もない!」

 

 会ったばかりの店主に、真名で呼ばすほどフレンドリーだよな華侖って。

 

<華侖>「このお店、とっても良い匂いがするっす! これって何の匂いっすか?」

 

<店主>「は、はい、これは豚骨と魚、野菜から出汁を取った汁の匂いでして……」

 

<華侖>「ほー」

 

<店主>「我ら下賤の食するものですから、曹仁様のようなお方の口に合うかどうかは……」

 

 店主はかしこまった口調で説明する。華侖は興味津々で今すぐにでも食べたい様子だ。

 

<華侖>「こんないい匂いなんだから、美味しいに決まってるっす! 司っちも食べるっすか?」

 

<司>「そうだな。店主、それを二つ頼む」

 

<華侖>「へ、へえ! かしこまりました!」

 

 美味しそうなスープを二人分注文して空いている席に座る。それからしばらくして料理は運ばれてきた。

 

<店主>「ど、どうぞ……」

 

<華侖>「おー」

 

<店主>「それではどうか、ごゆっくりと……」

 

 華侖の反応が不安なのか、店主はスープを置いてそそくさと厨房に引っ込んだ。

 

<華侖>「美味しそうっすね!」

 

<司>「ああ、食欲をそそる匂いだな」

 

 見た目はこの世界に来てから食べている中華スープと変わらない。豚肉と野菜がたっぷり入って、とろみが効いている感じだ。唐辛子も入っていることから刺激のある味付けなのだろう。

 

<華侖>「いただきまーすっ!」

 

<司>「いただきます……ん?」

 

<華侖>「んん……ごくっ……」

 

<司>「ほう、辛いが美味いな……」

 

 味わって食べていると、華侖は勢い良く立ち上がる。

 

<華侖>「おおおおおおおおおおおーーー!!」

 

<司>「うぐっ!」

 

 華侖の声に驚いてスープを口から噴きそうになる。

 

<華侖>「おじさん! 店のおじさん!」

 

 偉く気に入ったのか、華侖は目をキラキラと輝かせて、厨房に向かって呼びかけた。

 

<店主>「はは、はい!? な、何か問題でも……」

 

<華侖>「美味しいっす! 最高っす! ほっぺが顔から落ちるっす! おじさんは天才っす!!」

 

<店主>「っっっ!!」

 

<華侖>「どうしたらこんなに美味しくなるっすか!?」

 

<店主>「い、いや、え、えっと……」

 

 今朝もこの調子で入った店の料理を口にしてはしゃぐ華侖。まあ、彼女からすればそれほど美味しく感じるのだろう。

 

<客A>「おい……あの人、曹仁様だよな?」

 

<客B>「曹仁様が絶賛してるぞ。あの汁、俺も飲んでみようかな……」

 

 他の客も華侖を注目して、次々と俺たちが食べているスープに興味を持った。

 

<華侖>「ほんと美味しいっす! あたしこの店、また絶対に来るっすよ!」

 

<店主>「あ、ありがとうごぜぇやす!!」

 

 華侖の褒めっぷりに店主は感謝感激だ。これは最高の宣伝にはなるな。

 

<司>「華侖……早く食べないと冷めちゃうぞ」

 

<華侖>「ああ、それもそうっすね」

 

 華侖に座るように(うなが)し、改めてスープを堪能する。

 

 出汁も効いてるし、唐辛子などの香辛料もいろいろ入ってるようだ。

 

<司>「美味い……辛いが美味いなぁ」

 

<華侖>「この辛さがたまらないっす。あははっ、司っちの顔、汗だくになってるっす」

 

<司>「華侖の方こそ。ふー、それにしても暑いな」

 

 俺はたまらず、ジャケットを脱ぐ。すると……。

 

<華侖>「うん、もう体が熱すぎっす。こんなの着てられないっすね!」

 

<司>「あっ!?」

 

 言うが早く華侖は服を脱ぎ始めた。

 

<司>「ちょっ!? それは駄目だろ!?」

 

<華侖>「え? なんでっすか? 司っちだって、脱いでるっすよ?」

 

<司>「いや、そうだが……それ以上脱いだら、裸になってしまうだろ!」

 

<華侖>「はい、裸になるっす!」

 

<司>「それが駄目なんだよ!」

 

<華侖>「えええぇ?」

 

 どんどん脱ごうとする華侖に俺は身を乗り出して、慌てて衣服を整えてさせた。幸い客は、こっちの様子に気付いていない。

 

 普段着からして、華侖の服は露出度が非常に高い。正直人からすれば彼女の姿はいろんな意味で注目を浴びやすい。

 

 本当にビックリした。すぐに脱ぐ子とは知っているが、どうして脱ぎたがりなのだろう……。

 

<華侖>「なんで駄目なんすか? 柳琳(るーりん)もいつもそう言って、裸になるのを止めるっす」

 

<司>「華侖は女の子だろ? 女の子が人前で、裸になるのは良くないぞ」

 

<華侖>「えー、いいじゃないっすか」

 

<司>「いや、その格好もどうかと思うけど……隠すべきところは隠さなきゃ」

 

<華侖>「おっぱいとか、あそこのことっすか?」

 

<司>「声が大きいぞ……!」

 

 この調子で今までどうやって生きてきたのか疑問を抱いてしまう。

 

<華侖>「んー、でも、別にあたしは隠したくって服を着ているわけじゃないっす。みんなと一緒に可愛い服を着たいだけっすから」

 

<司>「うーん」

 

 難しい。どう言えば華侖は納得してくれるのだろう……。

 

<司>「まあ、とにかく。人前で裸になったら、皆にも迷惑が掛かるから……脱いだら駄目だ、分かった?」

 

<華侖>「うーん、そこまで言うなら仕方ないっす」

 

 理解してもらえなかったが、なんとか脱ぐのをやめてくれて良かった。本当に良い子なんだけど、妹の柳琳が苦労しているわけだな。

 

 店から出た後も、俺と華侖は街を巡回して回った。

 

 何かにつけて裸になろうとするが、なんとか説得して阻止した。その後は特に問題はなく、日が暮れ始めたので仕事を切り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<柳琳>「もう、姉さんったら」

 

<華侖>「どうしたっすか?」

 

 城から戻った、俺たち二人を出迎えた柳琳(るーりん)溜息(ためいき)を吐いた。

 

 声こそ荒げないが、表情はかなり怒っている。

 

<柳琳>「どうしたじゃないの。姉さんの部隊の人員表、今日のお昼までにだしてくれるはずだったでしょ?」

 

<華侖>「あ……」

 

 柳琳に指摘されて華侖(かろん)は口を開く。自分の仕事をそっちのけで警備の方を手伝っていたのか。

 

<柳琳>「忘れて街へ遊びに行っていたのね?」

 

<華侖>「あはは……司っちの手伝いで警備に参加してたっすけど、全くこれっぽっちも覚えてなかったっす……」

 

<柳琳>「えっ!」

 

 どうやら遊んでいたと勘違いしてたようで、俺の仕事に加わってたと知ると驚いていた。

 

<柳琳>「ごめんなさい司さん。姉さんが……」

 

<司>「いやいや、俺の方こそ知らないとはいえ悪かったな。まだ人手不足だったから定期的に華侖と春蘭が手伝ってくれてたから……」

 

<柳琳>「本当にすいません……姉さん、人員表は?」

 

<華侖>「柳琳、そんなことよりっす! 辛いけど、ものすごく美味しい店を見つけたっすよ!」

 

<柳琳>「そんなことよりって……」

 

<司>「いや華侖。手伝ってくれたのは嬉しいけど、流石に自分の仕事を優先しなきゃ……」

 

 そう言って俺も華侖を諭すが、彼女は何かと後回しにしようとする。すると栄華がやって来た。

 

<栄華>「柳琳」

 

<柳琳>「あっ……栄華ちゃん」

 

<栄華>「人員表はそろいまして? ちょうど今から、貴女の執務室へ取りに行こうと思ったのですけど……」

 

<柳琳>「それがまだ……」

 

 一人の仕事が遅れると全体にも影響が出てしまうからな。困るのは自分だけでなく、相手にも迷惑を掛けるからな。柳琳は申し訳ない表情を浮かべて栄華に言う。

 

<栄華>「困りますわ。わたくし今日中に、出陣に必要な戦費を纏めて、お姉様にお渡しするつもりでしたのに」

 

<柳琳>「ごめんね? 明日には必ず……」

 

<栄華>「頼みましたわよ?」

 

<柳琳>「うん……」

 

<華侖>「あっ、司っち! 見て見てっす! 綺麗な蝶々が飛んでるっすよ?」

 

 そう言って二人の会話に全く耳に届いてない華侖はその辺にいた蝶々を近づいていく。その間にも、通りがかりの将軍たちがつぎつと柳琳に仕事のことで声を掛けてくる。

 

<春蘭>「なるほど……うむ、分かった。それでは柳琳の言うように、部隊の編制を見直すことにしよう」

 

<柳琳>「はい、その方向でお願いします」

 

<秋蘭>「では、新たな槍の調達は、先ほど聞いた商人に話を通せばいいのだな?」

 

<柳琳>「はい、既にある程度、話は進めてありますので……」

 

<秋蘭>「承知した」

 

 部隊の編成から武具の手配まで、将軍たちへ的確なアドバイスや指示を繰り返してくい。中にはそれは柳琳の仕事なのかと疑うようなことまで聞いてくる人もいた。こうして見ると彼女はしっかりしているようだ。

 

 華侖は未だ蝶々を追いかけている。このままじゃいけないと思い、俺は華侖に近づく。

 

<司>「華侖」

 

<華侖>「なんすか? 司っち」

 

<司>「柳琳に言われた人員表、今すぐやったほうがいいぞ」

 

<華侖>「ええー。まだ大丈夫っすよ」

 

 やっぱり栄華とのやり取りを聞いてなかったようだ。

 

<司>「さっきの見てなかったか。柳琳の困った顔を」

 

<華侖>「えっ? 柳琳の?」

 

 そう言うと華侖は俺の方をやっと向いてくれた。

 

<司>「そうだぞ。華侖の仕事が遅れただけで柳琳にも栄華にも迷惑が掛かってるんだぞ?」

 

<華侖>「栄華にもっすか?」

 

<司>「ああ、人員表を出すだけで済むんだから。姉が妹に迷惑を掛けることをして良いと思ってるのか?」

 

<華侖>「そ、それは……駄目っすね」

 

 柳琳が困っていると言えば結構聞いた。やっぱり妹のことは大事にしているようだ。

 

<華侖>「わ、分かったっす。それじゃあ行ってくるっす」

 

 華侖は駆け足で自分の部屋へと戻っていく。

 

<柳琳>「はい、分かりました。こちらで対処しておきます」

 

<兵士>「お願いします。(そう)(じゅん)様」

 

<柳琳>「はー」

 

 最後の一人がその場を後にすると柳琳は再び溜息(ためいき)を吐く。

 

<柳琳>「あれ? 姉さんは?」

 

<司>「華侖なら人員表を取りに行ってるよ」

 

<柳琳>「えっ!?」

 

 そりゃあ驚くだろう。短い時間でいなくなったと思えば自分から仕事をしに行ったのだから。

 

<司>「お疲れ様。大変だな、柳琳のお役目って」

 

<柳琳>「い、いえ、大したことは」

 

 皆困ってることは、なんでも彼女に相談しているみたいだったな。

 

<司>「今のが、柳琳の仕事なのか?」

 

<柳琳>「はい……お姉様がご対応なさるほどの件ではなくても、将軍それぞれの判断では決めかねることの相談に乗ったり……他にもお姉様の代わりに、会合などへ出席したり……」

 

<司>「大体分かった。要するに華琳の名代みたいな感じか」

 

<柳琳>「は、はい。大それた言い方ななりますけれど」

 

<司>「なるほどな。まあ、そうなるか……」

 

 柳琳がしっかりしているからこそ華琳から任されているのだろう。本当は華侖の仕事になるのかもしれないけど……。

 

<柳琳>「司さん、ありがとうございます」

 

<司>「ん? 何がだ?」

 

<柳琳>「先ほど私が春蘭様たちと話している最中に、姉さんに言ってくれて」

 

<司>「ああ、あれか。気にせんでいいよ」

 

 しっかり聞いてたのか。

 

<司>「華侖ももう少し、柳琳の仕事を手伝ってくれたらいいのにな」

 

<柳琳>「いえ、それはいいのですが……ただ、曹家の一員としての自覚が、あまりにも希薄なのがちょっと……」

 

<司>「自由人だもんな。その辺り、俺からも話してみようか?」

 

<柳琳>「そ、そんな。姉のことで、司さんのお手をわずらわせるだなんて」

 

<司>「そうか? でも柳琳、本当に大変そうだから俺でよかったらなんでも手伝うぞ。いつでも声を掛けてくれ」

 

<柳琳>「司さんに手伝っていただくなんて、ますますとんでもないことです。司さんはお客様ですから」

 

 恐縮した表情で首を振る。そっか……華琳は怪人のことは皆に言っても俺がこの世界に来た目的や仮面ライダーのことは言ってなかったな。

 

 だから華琳や夏侯姉妹以外は盗賊の件にだけ協力してくれている客人ということになっているようだ。

 

 まあ、それを今言う必要はないが。

 

<司>「それにしても……柳琳って華侖に似てるよな」

 

<柳琳>「そうですか? 自分ではあまり似ていないようと思うのですが」

 

<司>「そういうの、自分じゃ分からないもんだ。でも本当よく似てるよ。性格はまるっきり逆なのに」

 

<柳琳>「そうですよね」

 

 それから華侖が戻ってくるまで軽く雑談をしながら待っていた。暇な時があれば手伝う約束をして、その夜彼女の執務室で書類整理を一緒にすることになった。

 




次回は栄華編です。お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拠点フェイズ4

予告通りではありますが、前半栄華で後半は香風の内容にします。お楽しみください。


 警備の仕事を切り上げた俺は、部屋に戻って読書をしていた。この世界に来てからは戦い方や字の読み書きを学んでいる。

 

 漢文は一応書けるが、戦について俺は全くの素人。怪人たちとは何度も戦闘を繰り広げてきたが人間同士の殺し合い、ましてや何千や何万の大規模な戦を経験したことはない。

 

 華琳から警備隊を任された俺は、休憩時間には兵法が書き記された書物を読む毎日。

 

 日の光が差し込む窓の前で、時々カメラをいじりながら今日も勉強していた。しかし、それを優先している場合ではない。

 

 問題は華琳たちと仲良くできるかどうかだ。まあ、彼女は俺のことを面白がってるみたいだからそれは良しとする。

 

 華侖(かろん)たちについても、初めて会ったときの印象を考えると、打ち解けている方だと思う。

 

<司>「……やっぱり厄介なのは栄華か……」

 

 華琳の真名を呼んだとき、一番の剣幕で俺に迫ったのは彼女だった。

 

 それでなくとも、初対面の挨拶のときから、あまり良い印象は持っていない様子だったからな。

 

<司>「まあ、煙たがれるのは分かってても行動するしかないな」

 

 俺はそう思って書物を机に置いて部屋を後にする。廊下を出て栄華が仕事をしているであろう執務室へと足を運ぶ。

 

<司>「さて、栄華はどこにいるのかな……っと」

 

 彼女の部屋の近くに来ると声が聞こえた。

 

<栄華>「では、後はお願い致します。わたくしはしばらく休憩致しますので、何かありましたら呼びに来るように」

 

 早速栄華を発見。タイミングが良くこれから休憩のようだ。

 

<司>「よう栄華」

 

<栄華>「あなたは……」

 

 こちらから声を掛けるが、栄華は表情をキツく引き締めて俺を睨む。

 

<司>「その、なんだ……ちょっといいですか?」

 

<栄華>「何かしら、わたくし今から休憩致しますの」

 

<司>「分かってる。だから、その間に少し話でもどうかと思ってな……」

 

<栄華>「何のために?」

 

 本当に俺に対しては態度がキツいんだから……。

 

<栄華>「と言いますか、わたくしの視界に入らないで下さいと、お伝えしたはずですけど。特別な用がないのであれば、わたくしはこれで……」

 

<司>「まあまあ、少しぐらいいいじゃないか」

 

<栄華>「貴方の相手をしていて、貴重な休憩時間が無くなってしまっては、後の仕事に差し支えますから」

 

 取り付く島もない様子だが、こんなところで引き下がる様では彼女と仲良くなれる筈がない。俺は少しでも話してきっかけを作ろうと食い下がる。

 

<司>「忙しいのは分かったが、いつなら大丈夫だ? また時間がある時に訪ねるようにするから」

 

<栄華>「ですから、何のために? 困りごとがあるのであれば、秋蘭さんにでも相談すればいいでしょう」

 

<司>「困りごとはないが……これから長い間世話になるわけだから、栄華や皆とも仲良くなりたいと思って」

 

<栄華>「仲良くですって……」

 

 俺の言葉を聞いて、栄華の視線が更に鋭くなる。

 

<司>「ん? 何か変なことでも言ったか?」

 

<栄華>「そうやってわたくしたちの隙を見つけ、あわよくば手込めにしようと……やっぱり男なんて不潔ですわっ!」

 

<司>「おいおい……誤解だぞ?」

 

<栄華>「何が誤解ですか! その目を見れば分かります! 垂れ下がった目じりからいやらしい気持ちが溢れていますわ!」

 

 栄華の言葉を否定するが、全然聞いてくれなかった。

 

<司>「俺そんなに垂れ下がってないし、思ってもいないけど……」

 

<栄華>「お分かりでないようですので、この際ですからしっかり伝えておきます」

 

 そう言って彼女は人差し指で俺を指してくる。

 

<栄華>「わたくしたちは今、お姉様の大望成就のために、地盤を確かなものにするため尽力しています。成すべきことは多く、余計なことに手を取られている暇はないのです」

 

<司>「最もなご意見ではあるな」

 

<栄華>「ええ。それに陳留だけでなく、各州で未確認生物の目撃情報も聞いています。お姉様も襲われたようですから……」

 

 未確認生物というと、グロンギやファンガイアなどの怪人たちだ。俺はそいつらを倒しにこの世界に来たが、華琳はまだ仮面ライダーのことを話していないようだ。

 

<栄華>「そんな大事な時期に……あなたに構っている暇はありません」

 

 栄華はハッキリと俺に言ってくる。ちょっと傷付くんだけど……。

 

<栄華>「天から突然現れた……などという出自不明の人間が、まともであるとでも?」

 

<司>「た、確かに……」

 

<栄華>「それに、何より男! (しゃん)(ふー)さんのような可愛らしい女の子ならばまだしも、よりにもよって男なんて、異物以外の何物でもありません」

 

 彼女の男嫌いは知っていたが、幼女趣味に関してはちょっと引いてしまう。けれど栄華にとって俺という存在は紛れもなく鬱陶(うっとう)しい存在であるということか。

 

<栄華>「貴方はせいぜい、空気といったところかしら」

 

<司>「空気?」

 

<栄華>「お姉様が必要とした時にだけ出てきてお役目を果たし、また消えていく。それならあなたがいることを(とが)めたりは致しませんわ」

 

 栄華の言葉に何か納得してしまう。怪人を倒す時だけ仮面ライダーに変身し、役目が終わると普段の生活に戻る……ある意味似てはいるな。

 

<司>「言いたいことは分かってたが、そんなに険悪にしなくても……俺はただ交流を深めたいだけで……」

 

<栄華>「ああやっぱり男はケダモノですわ! やってきて早々に女の子ばかりに近づこうと考えているなんて!」

 

<司>「だから誤解だ。偉い人が偶々女の子だっただけで……」

 

<栄華>「わたくしを狙うのならともかく、もし香風さんを毒牙に掛けようものなら、即刻チョン切って差し上げますから、覚悟なさいませ!」

 

 全然聞いてくれないよ。というかそんな気は一切無いんだけど。

 

<栄華>「いいですか、くれぐれも余計なことはしないで下さいまし」

 

 最後にそう言い捨て、足早に俺の前から立ち去っていく。彼女の背中を見送る俺は視界から見えなくなると溜息(ためいき)を吐いた。

 

<司>「ダメ元でやってはみたが、余計に悪化しちゃったな……」

 

<秋蘭>「あれも彼女の性格なんだ、大目に見てやってくれ」

 

 すると背後から秋蘭が声を掛けてくる。

 

<司>「ああ、見てたのか」

 

<秋蘭>「偶々通りがかってな。あれはただ恐れているだけなのだ。お前に華琳さまや他の皆を、奪われてしまうのではないか、とな」

 

<司>「別にそんなことはしないけどな。役目を終えたらすぐに国に帰るつもりではいるけど」

 

<秋蘭>「自分の意思で帰れるのか? 確かお前は誰かに送られたと言っていたが」

 

 この世界で生きていくのもそれはそれで有りかもしれないが、帰れるかどうかは分からない。もしかしたら帰れないかもしれない。

 

<司>「帰る方法は分からないよ。でも、俺はその老人からこの世界を救ってほしいと頼まれて来たからな。実際のところは分からないが、立場上ここに長居できないのかもしれん」

 

<秋蘭>「そうか……」

 

<司>「ああ。だけど、奪われる、か。そんなことは考えてないんだけど……」

 

<秋蘭>「分かっているさ。だが受け取る側からすればそう行かないこともある」

 

 確かに立場にとってはそう考えられる。

 

<秋蘭>「栄華はこれまで、我ら曹一門のために心血を注いできた。さほど大きくはないかもしれんが、あれにとってはかけがえのない世界であることは事実。そこに天の御遣いなどという大仰な肩書きで入り込んできたお前は、紛れもない異物なのだろうよ」

 

<司>「それは分かっているさ。だからってずっとこのままというのもな」

 

<秋蘭>「ふふっ。その熱意が、彼女にとっては煩わしく思えるのだろうな。何せお前は男だ。大切な家族がどこの馬の骨とも知れない男に(かどわ)かされたら、と思うと心配にもなるだろう」

 

<司>「栄華にとってはそう見えているんだな」

 

 理解はできるが、こちらとしては苦労が絶えないと思う。

 

<秋蘭>「元々男嫌いでもある。私たち以上に、男に対して強い偏見を持っているのかもしれない」

 

<司>「男は皆ケダモノで、いつでも女を食い物にする性欲の塊……みたいな?」

 

<秋蘭>「ははっ、そうだな、あながち間違ってはいないと思うぞ」

 

 自分で言ってて悲しくなってきた。

 

<秋蘭>「少々極端かもしれんが、あれも一途ということだ。嫌わないでやってくれ」

 

<司>「大丈夫さ。嫌いにはならないが、とりあえず煙たがれない程度には交流してみるよ」

 

<秋蘭>「()の城は手強いぞ?」

 

<司>「地道にやってみるよ」

 

 最初は大失敗だったが、秋蘭のおかげで彼女の内心は少しは分かった。後は俺の努力次第ということだ。

 

<司>「それはそうと、栄華や華侖、柳琳(るーりん)には仮面ライダーのことは話してないのか?」

 

<秋蘭>「ああ。華琳さまはあの件のことはお前と怪人のことしか伝えていない」

 

<司>「せめて俺が来た目的のことだけでも話してくれないものかな。怪人と戦うときは変身するから、周りから驚かれるぞ」

 

<秋蘭>「我々では説明の付かないことだからな。それにいきなり世界を救いにやってきたと言われても信じてもらえない。こればかりはその時になってみないと」

 

 それもそうだな。この世界の住人じゃあ仮面ライダーの力を妖術と言われてもおかしくないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋蘭と話を終えた俺は外に出てみると、庭のど真ん中で大の字きなった(しゃん)(ふー)を見つけた。

 

<司>「何やってんだ?」

 

<香風>「……あ、お兄ちゃん。おはよう」

 

 香風はぱっちり目を開けて、ひらひらと手を振った。

 

<司>「おはよう、寝てたのか?」

 

<香風>「うん。ちょっと頭、使ったから。……シャンに何か、用?」

 

<司>「いや、用はないよ。こっちも仕事が終わったから外の空気を吸おうと思ってね」

 

 そういえば柳琳(るーりん)は香風は都にいたから仕事が早いとか言ってたな。

 

<司>「隣いいか?」

 

<香風>「いいよ」

 

 俺は香風の隣で柔らかい芝生の上に寝っ転がる。

 

<司>「どこの空も同じだと思ってたが、そうでもないんだな」

 

<香風>「……そう?」

 

<司>「ああ。ここと比べたら重い感じがしてたよ。そもそもこんな風にぽーっと空を見上げることもなかったんだけど」

 

<香風>「へぇ…… シャンも、前はこんなにのんびりできなかった」

 

 前というと都にいた頃か。

 

<司>「都は大変だったらしいな」

 

<香風>「大変……って言うか、ダメダメ。でもここは皆がすごい。華琳さまはもちろん、春蘭さまも秋蘭さまも。栄華さまや華侖さま、るーさまだって。みんな、能力がある。(こころざし)もある。それは、すっごく重要」

 

<司>「そうか……」

 

<香風>「それで、そういう人たちを引き寄せる力があるのが、華琳さまの一番すごいところだと思う」

 

 確かに華琳にはカリスマ性があるな。

 

<司>「俺にもそんな力があったらな」

 

<香風>「お兄ちゃんも凄いよ?」

 

<司>「ん? そうか?」

 

<香風>「うん。だって世界を救うためにきたんでしょ?」

 

<司>「まあな」

 

 そりゃあ自分の世界で倒した怪人が、別の世界で復活して暴れてると聞けば放っておくわけにはいかないからな。

 

<香風>「そういう人、今はあんまりいないから」

 

<司>「そうなのか?」

 

<香風>「何とかしたいって思ってる人は、みんなどっかに行っちゃった。昔はそういう人が集まってたから都だったけど……今は、ただ昔が都だったってだけの場所。あんなところにいたって、何にもならない」

 

<司>「だから、役人を辞めたのか?」

 

<香風>「……うん」

 

 意欲が無ければどうやってもたかが知れているからな。

 

<司>「でも、なんで旅に出たんだ? 都はそんなだとしても、外は安全じゃないだろ? どこかに仕官すればよかったのに」

 

<香風>「仕官は……あまり華琳さまに会うまでは、あんまり考えてなかった。しばらく、色んなところを回ってみたかったし……何より、都から早く出ていきたかったんだ」

 

 そんなに嫌だったようで、香風は空を見上げながら言葉を続ける。

 

<香風>「……都には毎日毎日手紙……上奏文が来てた」

 

<司>「上奏文って、身分の高い人が皇帝に向けて意見の手紙か?」

 

<香風>「うん。あの土地は俺のものだ、とか、先に攻めてきたのはアイツの方だ、とか」

 

 皇帝の権威が失墜(しっつい)している時代だもんな。諸侯の小競り合いなんて珍しくないのだろう。

 

<香風>「それで勝つのは決まって、賄賂の多かった方。本当の事情なんてどうでもよかった。その役人ですら、もっと上の役人に贈る賄賂の額で、出世が決まって」

 

<司>「……馬鹿な奴らだ。欲深いやつは身を滅ぼすだけなのに……」

 

 怪人たちもそんな奴が沢山いたからな。当然全員倒したけど。

 

<香風>「で、あの時も何だか疲れたなーって、空を見てたら、鳥が飛んでいったのが見えた。鳥は、自由に飛んでる。領地とか関係ない。行きたいところに行ける。……それを見てたら、何か、役人してるのがバカバカしくなった」

 

<司>「そりゃあそう思いたくなるな」

 

<香風>「それでたまたま、同じようなことを思ってた人と会って……みんなで、旅に出ることにしたの」

 

 趙雲(ちょううん)程立(ていりつ)戯志才(ぎしさい)たちか。

 

<香風>「四人で気ままに色んなところを回って……本当に、楽しかった」

 

<司>「そっか。でもそんな楽しい旅をやめてまで、華琳のところに仕えることにしたんだ?」

 

<香風>「華琳さま……ううん、(そう)孟徳(もうとく)の名前は、ちょっと前から聞いてた。本人も、その配下の者たちも優秀。あの若さで領地をよく統治し、帰順の意を示している近隣の(ゆう)も多い……ってね」

 

<司>「なるほど」

 

<香風>「……それ以上に、とても大きな野心を抱いているってもっぱらの噂だった。実際会ってみて、大きいどころじゃなかったけど」

 

 確かにそうだ。俺の知る歴史もそんな人物だが、その行く末は今のところ俺とこの世界のどこかにいる北郷(ほんごう)一刀(かずと)だけが知っている。

 

<香風>「どうせなら、そういう人の元で仕事をしたかった。凡庸(ぼんよう)な人の下よりも、ずっと面白そうだし」

 

<司>「気ままに旅してたらそうなるな」

 

<香風>「……でも、華琳さまやお金のことよりも大事なことがあった」

 

<司>「そんなものがあったのか?」

 

<香風>「……華琳さまは、お兄ちゃんを召し抱えるみたいだったから」

 

 ちょっとまて、大事なことって俺なの? そんな恥ずかしいことをさらっと真顔で言えるなんて……。

 

<香風>「お兄ちゃん、仮面らいだーになれるでしょ?」

 

<司>「ああ」

 

<香風>「それって姿を変えられるよね?」

 

<司>「まあ、仮面ライダーにも種類があるからな」

 

 ディケイドはクウガからキバまで変身できるからな。 "ネオディケイドライバー" ならジオウまで変身できるけど。

 

<香風>「シャン、空を飛んでみたい」

 

<司>「……はい?」

 

 香風は寝っ転がりながら、空を指差す。

 

<香風>「……飛びたい。鳥みたいに、自由に色んなところに行ってみたい」

 

<司>「つまり、仮面ライダーの力を使って空を飛んでみたいってこと?」

 

<香風>「うん」

 

 なるほど。確かに空を飛ぶことができるライダーがいるからな。

 

<司>「俺が乗ってきた "マシンディケイダー" は陸だけじゃなくて空にも海の上でも走れるぞ」

 

<香風>「それ、本当?」

 

<司>「ああ。今は整備中だから無理だけど、終わったら乗せてあげるよ」

 

<香風>「うん。約束だよ」

 

 それから俺たちは日が暮れるまでひなたぼっこをしていた。城庭に誰も通りがかる人がいなかったのは奇跡と言えるだろう。

 

 もし栄華が通っていれば間違いなくケダモノ扱いされていたかもな。

 




第一章拠点フェイズはこれで終了です。次回は第二章に突入します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章
第5話 沛国の相


今回から第二章へ突入します。あの男嫌いと大食い娘が出てくる内容ですね。


 陳留に来てから二週間が経とうとしていた。俺はいつも通り警備の仕事をしているが、今回は念入りにする必要があった。

 

<司>「ふん」

 

 俺は街のゴロツキたちに飛び蹴りをかます。

 

<ゴロツキA>「どわぁあぁあっ!?」

 

<ゴロツキB>「十二人の仲間が……こいつ、バケモノか!?」

 

<司>「誰が化け物だ。あいつらと一緒にするんじゃない……ったく」

 

 こんなもので怪人たちと一緒にはされたくない。最も仮面ライダーの強さは化け物並みの強さだがな。

 

<警備兵>「檜山(ひやま)さま! 西地区、異常ありません!」

 

 ゴロツキを倒した直後に警備兵が数人小走りで近づいてくる。

 

<司>「そうか。こいつらの身柄を拘束して牢にブチ込んどけ」

 

<警備兵>「はっ!」

 

 彼らに指示すると、倒れたゴロツキ共を縄で(しば)り始めた。

 

<司>「街の治安も少しは良くなったな」

 

 春蘭たちの手を借りているとはいえ、二週間も経ってから警備隊に入隊する人が増えたおかげでこちらへの負担は少し軽くなった。

 

<華侖>「あ、司っちー!」

 

 ゴロツキを連行する警備兵の背中を見送ると、今度は()(ろん)(しゃん)(ふー)がやって来る。

 

<司>「華侖、香風」

 

<華侖>「南地区の警備、終わったっす」

 

<香風>「東地区も終わったよ」

 

<司>「二人ともありがとう」

 

 どちらか一人が手伝ってくれるが、今日は二人に手伝ってもらっている。

 

<華侖>「そういえば今日ってなんで皆こんなにバタバタしてるんすか?」

 

<司>「朝儀で言ってただろ? (はい)(こく)(しょう)が華琳と話があるから来るんだって」

 

<華侖>「なるほど、そうだったんすね」

 

 この三国志の世界は漢王朝が支配する帝国。帝国とは、皇帝によって統制されてる国や州を収めている集合体のことをいうため、領地の中に国があってもおかしくはない。

 

 さらに相とは宰相で、国王の代理人ということだ。香風に聞けば王はいつも国にいるわけではないようで、こういった場合も相の役目のようだ。

 

 つまり沛国の相は陳留の近くにある街、(さい)(いん)に来ていてついでに話もあるから寄っていくねっということらしい。

 

 ちなみに沛国は豫州にある国で、最初に出会った三人組の賊がイマジンに追いかけられながら逃げ込んだ場所である。十中八九それと関係あるかもしれない。

 

<司>「確か賊はあっちで対処するって言ってたな……」

 

 こうして(えっ)(けん)を求めていることに何故かは分からないが、嫌な予感を覚える。

 

<華侖>「え? 何か言ったっすか?」

 

<司>「いや、なんでもない」

 

 俺は誤魔化して城の方へと振り向く。怪人関係なら黙ってはおけないが、面倒なことは持ち込むようなことはないだろうと心からそう願う。

 

<司>「こっちの(けい)()も終わらせたし、そろそろ戻るか」

 

<香風>「うん」

 

<華侖>「そうっすね」

 

 そう言って俺たちは華琳たちのいる城へと戻る。

 

 

 

 

 

<華琳>「秋蘭、(るー)(りん)。支度は?」

 

<柳琳>「もちろん、万全です」

 

<秋蘭>「滞りなく」

 

 城から戻って時間が経過した。他の皆も準備を終え、(はい)(こく)(しょう)を迎える時がきた。

 

<華琳>「結構。司、警備に抜けは無いわね?」

 

<司>「問題ない」

 

<華琳>「いいわ。あと、貴方と香風は会見に同行しなさい。警備の列の端に控えて、話を聞いていなさい」

 

 華琳も賊の件のことも考えていたようで、俺と香風が必要になると判断したのだろう。

 

<司>「了解」

 

<華琳>「とはいえ、謁見(えっけん)の間に来るのは後でいいわ。春蘭、廊下にも鎗輔が立てるところはありそう?」

 

<柳琳>「司さん、でしたらこちらへ」

 

<春蘭>「そうだな、柳琳のいる辺りなら良かろう。ただし、わたしたちの邪魔にならんようにな」

 

<司>「それはいいが、話を聞くだけなら、初めから謁見(えっけん)の間に並んでてもいいんじゃないか?」

 

<華琳>「立っていれば分かるわ。春蘭、客人が広間に入ったらこちらに司を連れてくるように」

 

 立っていれば分かる、か。何か考えがあるのだろう。

 

<春蘭>「承知致しました」

 

<司>「ならここか……ん?」

 

 俺は柳琳のいる列の端に並ぼうとするが、彼女の周りにいる兵士たちを見上げて硬直する。

 

<兵士>「…………」

 

 兵士たちの中でもムキムキの体格をした人たちばかりだ。しかも、立っているだけなのに妙な威圧感を放っている。

 

<柳琳>「どうかなさいましたか?」

 

<司>「いや、なんでもない。よろしくな」

 

<兵士>「…………」

 

 俺が挨拶をすると、兵士たちはこちらをちらっと見る。しかし俺からしたら睨んでいるように見える。

 

<文官>「沛国相・(ちん)(けい)殿、御到着!」

 

 文官の声を聞いて俺は列に加わる。そして長い城の廊下の向こうから、文官に先導されてきた侍女らしき女の子を連れた女性がその間を通り抜けながら進んできた。

 

<司>「…………」

 

 沛国の相も女性のようだ。もしかしたらこの世界の武将全員は女かもしれない。

 

 長い髪とドレスの裾を緩やかに流し、廊下を悠然と進む二人の女性。

 

 少しずつ近づいてくる陳珪に俺の向かいにいる兵士が生唾を呑み込む。

 

 俺自身は緊張していないが、彼女の(まと)う雰囲気が明らかに常人とは一線を画すものだと理解する。

 

<陳珪>「…………」

 

 そんな彼女は俺の服装と首から下げているカメラが珍しかったのか、俺の方へと視線を向ける。

 

<陳珪>「…………ふふっ」

 

<司>「っ!!?」

 

 微笑みかけられた俺の背筋に、ぞわりと薄ら寒いものが走った。今まで感じたこともない感覚だ。

 

 もっと深くて暗い……足元から絡みつき、粘り着くようなものを向けられたようで彼女に呑まれそうになる。

 

 恐らく華琳が立っているように言ったのはこういうことだと理解する。他国や他州の権力者はこういう奴らなのかもしれない。そして現在、都で権力を振り(かざ)す人はそれ以上なのだろう。

 

<陳珪>「…………」

 

 沛国の相は俺の前を通りかかって、ちらっと一瞬見てそのまま去って行く。その後を追うように兵士たちの威圧感に動揺した表情を浮かべていた侍女らしき女の子も付いていく。

 

 容姿が似ていることから、親子か姉妹かもそれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<華琳>「……()(しゅう)で賊が暴れているということは理解したわ。しかしそれは、既にそちらの問題ではなくて? (ちん)(けい)殿」

 

 俺が謁見の間に入った時には、華琳と(はい)(こく)(しょう)……陳珪の話は既に本題に入っていた。

 

 俺は(るー)(りん)の隣に立って二人のやり取りを聞く。

 

<華琳>「……そもそも私たちは、あの三人の賊を豫州との州境まで追い詰めていたのよ。それこそあと一歩のところで、そちらへと逃げられてしまった」

 

 その三人はイマジンに追いかけられていたが、今頃契約者にしているのかもしれない。

 

<華琳>「そして逃亡した賊の件はそちらに報告し、引き続き追跡の許可も求めたわ。……拒絶されたけれどね」

 

 華琳としては逃げられた事実は認めても、その非を認めるつもりはないらしい。まあそこで謝ったら、話は謝罪の方向へと行ってしまうだけだからな。

 

<陳珪>「重要な物を追っている情報を隠して?」

 

<華琳>「……どういう事?」

 

<陳珪>「(なん)()(ろう)(せん)の残した書物……太平要術の書、というそうね」

 

 どうやら陳珪は太平要術の書を知っているようだ。

 

<陳珪>「書物のことはこちらで調べさせてもらったけれど、それを追っていることを陳留から聞いていないと報告があったわ」

 

<華琳>「確かに盗まれた一番の品は、太平要術の書だったわ。けれどそれは、荘周の遺した貴重な古書というだけの話。盗品という点では、金の塊や錦の反物と変わらないわ。それとも豫州では、盗品の明細を作らなければ兵一つ動かせないと?」

 

<陳珪>「ふふっ。それはないわね」

 

<華琳>「それよりもこちらとしては、豫州の州境を越えて兵を動かせなかった事を問題にしたいのだけれど? 我が軍が領内で賊を捕まえられなかった非は……まぁ、認めざるを得ないわ」

 

 それについては俺にも責任がある。知らなかったとはいえ、あの三人を捕まえていれば太平要術も華琳たちの手元に戻っていたからだ。

 

<華琳>「しかしそちらで捕まえると言ったものを捕まえられなかったことに関しては、こちらに責任を転嫁される謂われはないのではなくて?」

 

<陳珪>「あら。ならば、同じことが逆の立場であったらどうするのかしら。豫州から逃げた賊を追うために、我々の兵が陳留へ踏み入る許可を求めたら?」

 

<華琳>「通す訳がないでしょう。その賊には、そちらでの罪の前に、我が領に足を踏み入れた報いを受けてもらう必要があるもの」

 

 二人にとっては挨拶なのだろう。しかし聞いているこちらとしては嫌な会話だ。

 

<陳珪>「ならば此度の件、(もう)(とく)殿は私たち豫州の兵があなたたち陳留の兵を通さなかった……そこが問題の全てだというのね」

 

<華琳>「ええ。我が領内から賊を逃がした報は、既にそちらには伝えたもの。更に言えば、責任を持って追跡するともね」

 

<陳珪>「なら……改めて、賊を逃がした責任を取ってもらう、と言ったら?」

 

 不敵な笑みを浮かべる陳珪に、華琳は訝しげな表情をする。

 

<華琳>「……責任? 報を伝え、こちらの申し出を断っておいて……先ほども言ったはずだけれど、既にそれはそちらの問題でしょう」

 

<陳珪>「身内の恥を晒すようで何だけれど……残念ながら、豫州には陳留ほどの精兵を持つ郡はわずかなの」

 

 話の方向が変わってきたようだ。

 

<陳珪>「今、その賊は豫州に散在していた他の賊を取り込んで、小さな廃城を根城にしているわ。規模は数百か、千に及ぼうとしている……といったところかしら」

 

<華琳>「……初めから我々に追わせておけば、指で数えられる程度で済んだものを。三人を追えというだけならまだしも、そうなる前に手を打たなかった事はこちらの責任ではないわよ。それを曲げて頼むというなら、相応の態度というものがあるのではなくて?」

 

<陳珪>「ふむ、まあ、どうしてもと言うなら、頭を下げても(ねや)で尽くしても構わないのだけれど……」

 

 嫌な空気になったのを俺は感じ取った。というかそんな話は耳が腐るからやめてほしい。

 

<陳珪>「私としては、正直、どちらでもいいの。あなたが動いても、動かなくても」

 

 陳珪は今でも廊下にいた時と同じ穏やかな笑みを浮かべている。

 

<陳珪>「ただ、一度逃がした賊を再び捕らえる機会をあげようと思っただけ。……孟徳殿が、こちらに賊が逃げた報を送ってくれたようにね」

 

<華琳>「…………」

 

<陳珪>「孟徳殿の助けが借りられないなら、我が豫州の東方、(じょ)(しゅう)にいらっしゃる(とう)(けん)殿に礼を尽くすという手もあるし……ここから更に北上して、(なん)()の……何と言ったかしら。今頭角を現しつつある、(じょ)(なん)(えん)氏筆頭の……」

 

 その時だった。さらりと口にした陳珪の一言に、華琳が思わず息を飲んだのは。

 

<華琳>「……まさか。(えん)(しょう)を頼るにしても、南皮から豫州に兵を入れるなど……どうするつもり」

 

<陳珪>「あの辺りの相や太守には色々貸しがあってね……済陰に寄る前にあちこち足を伸ばして、既に話は通してあるの。まだ袁紹殿ご自身には持ちかけていないけれど」

 

<華侖>「あちゃー。袁紹の名前が出てきたっすよ」

 

 すると華侖が呟いた。

 

<司>「どういうことだ?」

 

<柳琳>「袁紹さんとお姉様とは、旧知の仲なんです」

 

<栄華>「ただ、お姉様とはあまり仲が……」

 

<司>「なるほど……大体分かった」

 

 つまり陳珪さんは華琳が賊を対処しなければ、仲が良くない袁紹の軍を頼るわけだ。しかも今回の件もチクるというゲスいな事もするという脅しも掛けている。

 

<陳珪>「いずれにしても、太平要術の書は取り戻すつもりなのでしょう? 今なら、貴女たちに優先的にさせてあげると言っているの」

 

<華琳>「…………」

 

<陳珪>「…………」

 

 長い沈黙の中、それを破ったのは華琳だった。

 

<華琳>「……いいわ。同盟を組んでくれるのなら、引き受けてあげる」

 

<陳珪>「ふふっ。そう言ってくれて嬉しいわ」

 

<華琳>「それと、遠征に掛かる費用はそちらに出してもらうわ。賊を千人も余分に退治してあげるのだから、当然よね?」

 

<陳珪>「…………」

 

 陳珪は華琳の金額面まで入れた要求にさすがに面食らったようだ。やがて小さく息を吐いて承諾した。

 

<陳珪>「……ええ。その条件で結構よ」

 

<華琳>「半月保たせなさい。それで、その賊とやらは一人残らず駆逐(くちく)してあげるわ」

 

<陳珪>「準備に半年掛かると言われなくて助かったわ。こちらも州内の根回しをもう少ししておきたいから、その時点で改めて遣いを送るわ」

 

 どうやら終わったようで、華侖は息が詰まってたのかふぅーと息を吐く。

 

<陳珪>「さて、なら私は帰るわ。今日は実のある話が沢山出来て光栄だったわ、曹孟徳殿」

 

<華琳>「あら、会食の支度をしておいたのだけれど」

 

<陳珪>「申し訳ないのだけれど、辞退させていただくわ。……戻ってすべき事が、山のようにあるの」

 

<華琳>「そう……。そういえば、その子は?」

 

 華琳は陳珪の隣にいる侍女のことを聞いた。

 

<陳珪>「ああ、この子は私の娘よ。見聞を広めさせるために同行させたの。……喜雨(すぅ)、ご挨拶なさい」

 

<陳登>「……性は(ちん)、名は(とう)、字は(げん)(りょう)と申します」

 

 陳登と名乗った少女も二人のやり取りを前にして居心地が悪かったようだ。形式に沿ってはいたが、どこかぶっきらぼうな物言いでそう名乗り、ぺこりと小さく頭を下げてみせる。

 

<華琳>「陳元龍……最近、沛の米や麦の生産が大幅に増えた話を聞いた時、その名が出てきたわね」

 

<陳珪>「あら、お耳が早い。この子は政事よりも、そちらの方が好きなようなのよ」

 

<陳登>「……土と水は、正面からちゃんと向き合った者には誠実に答えてくれるから。腹の探り合いも化かし合いもないし、その方がずっと気楽だよ」

 

 ズバッと言ってくる陳登。こういう性格のようで、空気を読んだ上でわざと言っているようだ。

 

<陳珪>「娘の非礼をお詫びするわ、曹孟徳殿」

 

<華琳>「構わなくてよ。それよりもその知識、いつか私の所でも役立てて欲しいものね」

 

<陳珪>「あら。それは人質ということかしら?」

 

<華琳>「まさか。同盟国を相手にそんな無粋な真似はしないわよ。正式な依頼よ。我が陳留にも、これから手を付けなければならない土地がそれこそ山のようにあるの」

 

 ここに来てから分かったことだが、優秀な人材がいるなら自分の配下にしたい傾向がある。

 

<華琳>「沛で振るった手腕を生かしてくれると光栄だわ」

 

<陳登>「……考えておくよ」

 

<陳珪>「そうそう、一つ言い忘れてたことがあったわ」

 

 すると陳珪さんは何かを思い出したような表情を浮かべて口を開いた。

 

<陳珪>「最近、各州で未確認生物が目撃されているのだけれど、例の賊が入ってきた時にも見かけたそうなの」

 

 やっぱりその話になったか。

 

<陳珪>「気を付けておいてね。その者たちは砂でできた異様な怪物のようだから」

 

<華琳>「ええ。頭の隅に入れておくわ」

 

 そして二人は改めて頭を下げ……静かに、謁見の間を出て行く。

 

 

 

 

 

<陳登>「……なるほど。本当に、手入れがいがありそう」

 

<陳珪>「あら。あれだけ含みのある言い方をしておいて、もうこちらに来る気になっているじゃない」

 

<陳登>「……ボクは母さんとは違うよ。考える必要があるから、考えるって言っただけ。含んだりなんかしてない」

 

<陳珪>「そう。……けれどあの(そう)(もう)(とく)という子、噂に聞くよりずっと自制の効く子だったわね。(えん)家の名を出せば、もう少し楽にこちらの誘いに乗ってきてくれるかと思ったのに……」

 

<陳登>「…………」

 

<陳珪>「おかげでこちらの仕込みが台無しだわ。もっとも、これなら……ふふっ」

 

<陳登>「……そういう所が嫌いなんだよ。政治家って」

 

<陳珪>「それはそうと……」

 

<陳登>「どうしたの?」

 

<陳珪>「廊下で見かけたあの子……」

 

<陳登>「あの子?」

 

<陳珪>「ええ。桃色の何かをぶら下げた男の子よ」

 

<陳登>「そういえば居たね。……その人がどうしたの?」

 

<陳珪>「あの子……何者かしら?」

 

<陳登>「どういうこと?」

 

<陳珪>「何故かは分からないけど、どうしても気になるのよ。私の勝手な推測だけど、さっき話した怪物の件と関わりがありそうと思うの」

 

<陳登>「え?」

 

<陳珪>「天の御使いという可能性は低いわね。管輅(かんろ)の予言が正しければ、(ゆう)(しゅう)に現れると聞いたのだけれど……」

 

<陳登>「天の御使い……そういう人は本当にいるの?」

 

<陳珪>「分からないわ。けれど、どこか只者では無さそうな雰囲気だったわ。彼のことも調べる必要があるわね」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 王佐の才

遅れて申し訳ございません。仕事が忙しくてなかなか投稿できませんでした。


 (はい)(こく)(しょう)(ちん)(けい)から()(しゅう)に逃げ込んだ賊の討伐の依頼を受けて半月が経っていた。

 

 それまで警備隊の仕事と並行して、賊の討伐の準備をするため()(りん)たちの手伝いをしていた。

 

 そしてその日がついにやってきて、俺は華琳から糧食の帳簿を取りに行くように言われたため、(えい)()の部下を探していた。

 

 栄華は街で大事な仕事をしているようで城にはいない。そのため補佐をしている監督官が馬具を確認している(きゅう)(しゃ)へと向かう。

 

 そういえば俺はその監督官の顔を知らなかった。誰かに聞けばいいだろうと思っていると荷馬車のあるところに猫耳フードを被った女の子を見つける。

 

<司>「あ、そこのお前」

 

<???>「…………」

 

 女の子に呼びかけるが返事がない。いや、これは無視してるのだろう。

 

<司>「おーい。お前のことだぞ?」

 

<???>「…………」

 

<司>「聴こえてないのか? おーい!」

 

 俺は近づいて声を張ると、女の子は目を吊り上げてこちらを向いた。

 

<???>「聞こえているわよ! さっきから何度も何度も何度も何度も……一体何のつもり!?」

 

<司>「じゃあ最初から返事くらいすればいいのに……」

 

<???>「アンタなんかに用はないもの。で、そんなに呼びつけて、何がしたかった訳?」

 

<司>「糧食の再点検の帳簿を受け取りに来たんだが……監督官って人が何処にいるのか知らないか?」

 

 俺は用件を伝えると、女の子は問いかけてきた。

 

<???>「なんでアンタなんかに、そんなことを教えてやらないといけないのよ」

 

<司>「……何でって。華琳から頼まれたからだよ」

 

<???>「な……っ!?」

 

 華琳の真名を口にすると、女の子は驚愕の声を上げる。

 

<???>「……ちょっと、何でアンタみたいなヤツが、(そう)(そう)さまの真名を呼んで……っ!?」

 

<司>「呼べって言われたんだよ。別に君には関係ないだろ?」

 

<???>「信じられない……なんで、こんな猿に……」

 

<司>「猿は失礼だろ……」

 

 この女の子栄華と同じことを言ってやがる。コイツも男嫌いなのか?

 

<???>「……思い出した。あんた、この間曹操さまに拾われた天界から来たとか言う奴でしょ? 猿の分際で曹操さまの真名を呼ぶなんて……ありえないわ……」

 

<司>「おいおい……」

 

 罵倒してくる辺り栄華以上の男嫌いかもしれない。

 

<???>「で、何? 私も暇じゃないんだけど?」

 

<司>「さっきも言っただろ? 華琳から糧食の帳簿を取りに行くように言われたんだ。栄華が外回りで忙しいから、補佐をしている監督官が持ってるから取りに来たんだよ」

 

<???>「……曹操さまに? それを早く言いなさいよ!」

 

 何度も言ったのに全然聞いてくれなかったのは君なのに。

 

<司>「それで、その監督官はどこにいるんだ?」

 

<???>「私よ」

 

 俺の問いに女の子は自分と答える。なるほど、だからこんなところにいたのか。

 

<司>「ん、そうか。なら、再点検の帳簿を貰えるか?」

 

<???>「その辺に置いてあるから、勝手に持っていきなさい。草色の表紙が当ててあるわ」

 

<司>「ん、ありがとう」

 

 監督官は荷馬車の上に積んである方を指差して教えてくれた。俺は礼を言って帳簿を取り、その場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<司>「いよいよか……」

 

 俺は城壁の上から景色を見ながら呟く。

 

 見下ろすと完全武装の兵士たちは最後の準備のため城壁の下を走り回っている。

 

 武器に糧食、補充の矢玉。薬に防具に調理の鍋まで、戦に必要な備品はその幅広さに事欠かない。

 

 傍から見れば映画の撮影の準備をしているように見えるかもしれない。しかしこれは現実で、彼らが用意しているのは小道具ではない。

 

<司>「……何度見ても、壮観だな」

 

<春蘭>「どうした、そんな間の抜けた顔をして」

 

 警備隊の何倍もいる兵士たちを見てそこそこ驚いていた俺に、後ろから(しゅん)(らん)がやって来た。

 

<司>「これだけの兵士が揃っているのを初めて見たからな」

 

 ぱっと見て約千人はいるのだらうと判断するが、これだけ多いと本当に俺は別の世界に来たんだと実感してしまう。

 

<春蘭>「……この程度でか?」

 

<司>「見慣れてる春蘭と一緒にしないでくれ。少なくとも俺の国では見られない光景だぞ」

 

 怪人でもこんなに集まっているところは見たことがない。

 

<春蘭>「やれやれ……。今からそのザマでは、いずれ華琳さまがもっと多くの軍を率いるようになった暁には、驚いて死んでしまうのではないか?」

 

<司>「流石にそこまではないだろ……」

 

<華琳>「……何を無駄話しているの、二人とも」

 

 そんな話をしていると今度は華琳と(しゅう)(らん)が現れた。

 

<春蘭>「か……っ、華琳さま……! これは、檜山(ひやま)が!」

 

<司>「いや、先に話しかけてきたのはお前だろ……!」

 

<華琳>「はぁ……春蘭。装備品と兵の確認の最終報告、受けていないわよ。数はちゃんとそろっているの?」

 

<春蘭>「は……はいっ。全て滞りなく済んでおります! 檜山に声を掛けられたため、報告が遅れました!」

 

 ここでも俺のせいにするようで、最後に見苦しい言い訳をしてくる。

 

<華琳>「……その司には、糧食の最終点検の帳簿を受け取ってくるよう、言っておいたはずよね?」

 

<司>「それならもう受け取ってるぞ。ほれ」

 

 俺は猫耳フードの女の子から受け取った帳簿を華琳に渡し、彼女は帳簿の内容を確認する。

 

<華琳>「…………」

 

 何故か華琳は帳簿から目を離そうとしない。何かおかしいところでもあるのだらうか。

 

<華琳>「…………秋蘭」

 

<秋蘭>「はっ」

 

<華琳>「この監督官というのは、一体何者なの?」

 

<秋蘭>「はい。栄華が使えると言っていた新人です。仕事の手際が良かったようで、今回は食料調達も任せてみたのですが……何か問題でも?」

 

<華琳>「ここに呼びなさい。大至急よ」

 

<秋蘭>「はっ!」

 

 そう言って秋蘭は監督官を呼びにその場を後にする。俺は彼女の後ろ姿を見送るが、何故華琳は彼女を急に呼び出すのか疑問も思った。

 

 しばらくして秋蘭は、糧食の帳簿を持っていた監督官を連れてきた。

 

<秋蘭>「華琳さま。連れて参りました」

 

<華琳>「お前が食料の調達を?」

 

<???>「はい。必要十分な量は調達したつもりですが……何か問題でもございましたか?」

 

 余裕のある表情を浮かべる監督官だが、華琳はこめかみにシワを寄せる。

 

<華琳>「必要十分とは……何を以てそう口にしたつもり? 指定してた量の半分しか準備できていないように見えるのだけれど?」

 

<司>「っ!?」

 

 あれだけ偉そうにしていたのだから、仕事はきっちりこなしていると思っていた。しかし半分しか用意していないのなら、華琳に呼び出されてもおかしくない。

 

 いや、まてよ……。もしこれがわざとだったら……。

 

<華琳>「このまま出撃したら、糧食不足で行き倒れになるところだったわ。そうなったら、あなたはどう責任を取るつもりだったのかしら?」

 

<???>「いえ、そうはならないはずです」

 

<華琳>「ほぅ」

 

<???>「理由は三つあります。お聞きいただけますか?」

 

<華琳>「……いいわ、説明なさい。私を納得させられたなら、今回の件は不問にしてあげる。ただし、納得させられなかった時は……」

 

 監督官は今も堂々としていることから、やはり何か目的があるのだと理解する。

 

<???>「……ご納得いただけなければ、それは私の不徳の致すところ。この場で我が首、刎ねていただいて結構にございます」

 

<華琳>「二言はないぞ?」

 

<???>「はっ。では、説明させていただきますが……」

 

 そう言って監督官は悠長に説明をする。

 

<???>「……まず一つ目。(そう)(そう)さまは慎重なお方ゆえ、必ず作戦の要たる糧食の最終確認をなさいます。そこで問題があれば、こうして責任者を呼ぶはず。行き倒れにはなりません」

 

<華琳>「……春蘭」

 

<春蘭>「はっ」

 

 ぽつりと呟く華琳に応じて、春蘭が華琳に手渡したのは、身ほどある大きな(かま)だった。

 

<華琳>「この刃を振り上げるか再び収まるかは、二つ目の説明次第よ。続けなさい」

 

<???>「次に二つ目。糧食が少なければ身柄になり、輸送部隊の行軍速度も上がります。よって、討伐全体にかかる時間は、大幅に短縮できるでしょう」

 

 食料を荷馬車に積んでいた。その数が減るなり軽くなるなりすれば確かに移動速度は上がる。しかし……。

 

<春蘭>「ん……? なあ、秋蘭」

 

<秋蘭>「どうした姉者。そんな難しい顔をして」

 

 春蘭も疑問に思ったのか、妹の秋蘭に小声で聞いた。

 

<春蘭>「行軍速度が速くなっても、移動する時間が短くなるだけではないのか? 討伐に掛かる時間までは短くならない……よな?」

 

<秋蘭>「ならないぞ」

 

<春蘭>「良かった。私の頭が悪くなったのかと思ったぞ」

 

<秋蘭>「そうか。良かったな、姉者」

 

 そう。春蘭の言う通り、遠征に掛かるのは移動の時間だけではない。戦闘や休息にも時間が掛かる。

 

 全体とは言えないが、監督官は討伐全体に掛かる時間が短縮できると言った。つまり彼女には賊を短い時間で討伐する策を思いついているということになる。

 

 もしそれが本当なら、監督官は自分を売り込むためにわざと糧食を半分にして、華琳の目が自分に向くように仕向けたと言うことだ。

 

<華琳>「…………」

 

 華琳は持っていた大鎌を、ゆっくりと構える。しかし彼女の表情が一瞬動いた。どうやら監督官の意図に気付いたらしい。

 

<華琳>「さあ、後がないわよ。最後の理由、言ってみなさい」

 

<???>「はっ。三つ目ですが……私の提案する作戦を採れば、戦闘に掛かる時間は移動時間以上に縮めることが出来ましょう。よって、この糧食の量で十分と判断致しました」

 

 やはり俺の推理通りだった。ということは、彼女は軍師の経験があると推測できる。

 

<???>「曹操さま! どうかこの(じゅん)(いく)めを、曹操さまを勝利に導く軍師として、()()にお加え下さいませ!」

 

<司>「荀彧……」

 

 監督官は自分を軍師にするように(こん)(がん)する。

 

 荀彧。確かその名前には聞き覚えがある。三国志のドラマに曹操の軍師として登場した王左の才と言われる程の知略家。

 

<秋蘭>「な……っ!?」

 

<春蘭>「何と……」

 

<華琳>「…………」

 

 春蘭と秋蘭は突然のことに驚きを隠せないようだ。華琳は予想していたのか、表情を崩さないで荀彧を見つめる。

 

<荀彧>「どうか! どうか、曹操さま!」

 

<華琳>「……荀彧。あなたの真名は」

 

<荀彧>「(けい)(ふぁ)と、そうお呼び捨て下さいませ」

 

<華琳>「桂花。あなた……この曹操を試したわね?」

 

<桂花>「はい」

 

 華琳相手にそんなことをするとは、ドラマの通りなかなかの切れ者のようだ。

 

<春蘭>「貴様、何をいけしゃあしゃあと……。華琳さま! このような無礼な輩、このまま首を刎ねてしまいましょう!」

 

 春蘭にとっては荀彧の取った行動が華琳に対して無礼だと思ったらしい。

 

<桂花>「貴女は黙っていなさい! 私の運命を決めていいのは、曹操さまだけよ!」

 

<春蘭>「く……っ。貴様ぁ……!」

 

 春蘭に対してこの発言。誰なのか知ってての言っているに違いない。

 

<華琳>「桂花。軍師としての経験は?」

 

<桂花>「はっ。ここに来るまでは、(なん)()で軍師をしておりました」

 

<華琳>「……そう」

 

 南皮といえば、華琳の腐れ縁の(えん)(しょう)が拠点を置いている場所。

 

<華琳>「……どうせあれのことだから、軍師の言葉など聞きはしなかったのでしょう。それに嫌気が差して、この辺りまで流れてきたのかしら?」

 

<桂花>「……まさか。聞かぬ相手に説くことは、軍師の腕の見せどころ。ましてや仕える主が天を取る器たれば、そのために己が知謀を説く労苦、何を惜しみ、ためらいましょうや」

 

<華琳>「……ならばその力、私のために振るうことは惜しまぬと?」

 

<桂花>「ひと目見た瞬間、私の全てを捧げるお方と確信致しました。もしご不要とあらば、この荀彧、生きてこの場を去る気はありませぬ」

 

 荀彧の目にはその覚悟があると見ただけで分かる。そこまでして華琳に仕えたいのだろう。

 

<桂花>「既に我が(さん)(こん)(しち)(はく)はお預け致しました。残る身体が不要とあれば、その振り上げた刃、遠慮なく振り下ろして下さいませ!」

 

<華琳>「…………」

 

<秋蘭>「華琳さま……っ!」

 

 秋蘭は華琳がそのまま荀彧の首を切り落とすと思っているだろう。しかし華琳にはそんな意思はない。大鎌を構えたままということは、彼女が自分を試したように荀彧にも試し返そうとしているのだろう。

 

<華琳>「桂花とやら。私がこの世で最も腹立たしく思うこと。それは、他人に試されるということ。……分かっているかしら?」

 

<桂花>「無論です」

 

<華琳>「そう……。ならば、こうすることもあなたの考えの内ということよね……!」

 

 そう言うなり、華琳は振り上げた刃を一気に振り下ろす。

 

<桂花>「…………」

 

<秋蘭>「…………」

 

<春蘭>「…………」

 

 荀彧はその場に立ったままで、そして血は一滴も飛び散っていない。華琳は振り下ろした鎌を寸止めにしたようだ。

 

 ほんの少しでも荀彧が動いていたら、そのまま真っ二つになっていただろう。

 

<華琳>「……桂花。もし私が本当に振り下ろしていたら、どうするつもりだった?」

 

<桂花>「先程の言葉が全てにございます。……お預けした我が全霊をもって、主をお護りするつもりでした」

 

<華琳>「……飾った言葉は嫌いよ。本当の事を言いなさい」

 

<桂花>「曹操さまのご気性からして、試されたなら、必ず試し返すに違いないと思いましたので。避ける気など毛頭ありませんでした」

 

 華琳が試し返してくることを予測していて、あえてまた華琳を試したということか。

 

<桂花>「……なにより私は軍師であって武官ではありませぬ。あの状態から曹操さまの一撃を防ぐ術は、そもそもありませんでした」

 

<華琳>「そう……」

 

 小さく呟いた華琳は、荀彧に突き付けたままだった大鎌をゆっくりと下ろして笑い出した。

 

<華琳>「……ふふっ。あはははははははっ!」

 

<春蘭>「か、華琳さま……っ!?」

 

<華琳>「最高よ、桂花。私を二度も試す度胸と知謀、気に入ったわ」

 

<桂花>「恐れ入りましてございます」

 

 そりゃあここまで予測できる子なら華琳も気にいるだろう。

 

<華琳>「ならばこれからは、あなたの残り半分も私に捧げなさい。我が覇道のため、その全身全霊を以て私に尽くすのよ。いいわね」

 

<桂花>「はっ!」

 

<華琳>「まずは、この討伐行を成功させてみせなさい。糧食の半分で良いと言ったのだから……もし不足したならその失態、身を持って償ってもらうわよ?」

 

<桂花>「御意!」

 

 

 

 

 

<華琳>「…………」

 

<秋蘭>「華琳さま、どうなさいましたか?」

 

<華琳>「ええ、司のことでね」

 

<秋蘭>「檜山(ひやま)が何か?」

 

<春蘭>「まさかあの男、華琳さまに無礼なことでも……っ!?」

 

<華琳>「そうではないわ」

 

<秋蘭>「では、どのようなことで?」

 

<華琳>「彼……桂花とのやり取りを見ていても、顔色を変えなかったのよ」

 

<春蘭>「それはどういうことで?」

 

<華琳>「まるでこの後のことを予想していたかのように……」

 

<秋蘭>「檜山がですか?」

 

<春蘭>「まさか、奴がそのようなこと……」

 

<華琳>「…………そうね。私の考えすぎかもね」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 許緒

()(しゅう)(じょ)(なん)

 

<司>「ついに来たか……」

 

 (ちん)(りゅう)を出立して数日が経ち、俺たちは豫州にいる賊のアジトへと向かっている。

 

<秋蘭>「うむ。前回あれほど苦労したのが嘘のようだな」

 

 (ちん)(けい)の根回しが本当に効いたらしく、豫州の州境は驚くくらいあっさりと越えることが出来た。

 

<秋蘭>「何度見ても不思議な乗り物だな」

 

 秋蘭は俺が乗っている "マシンディケイダー" に視線を向ける。

 

<司>「陳留を出る時に皆から言われたよ」

 

 兵士や()(ろん)たちにも物珍しいそうに見られ、さらに(しゃん)(ふう)には乗せて欲しいと頼まれた。勿論自分の馬があるだろうと言って断ったが。

 

<司>「しかし、こんなにゆっくりで大丈夫なのか?」

 

 予定期間の半分の遠征だというから、もっとペースを上げるのかと俺は思っていた。千人もの大群で移動するとなるとこれくらいの速度なのだろうか。

 

<秋蘭>「気にする必要はない。これだけの人数となるとそうなる」

 

<司>「そうか……。だが、なんか凄いことになったな」

 

<秋蘭>「うむ……」

 

 凄いたこととは出立前に起きた華琳と(じゅん)(いく)のやり取りだ。まあ、予想はしてたから驚きはしなかったけど。

 

<司>「噂をすれば……。おーい(けい)(ふぁ)

 

<桂花>「な……っ! アンタ、何で……っ!」

 

 俺が荀彧こと桂花の真名を呼ぶと彼女は驚愕の声を上げる。

 

<司>「華琳から俺も真名で呼べって言われたんだよ。そういやお前もそう聞いただろ?」

 

<桂花>「聞いたけど覚える気にもならなかったわ!」

 

<司>「あっそ」

 

 この調子で俺に対しては何故かこの態度だ。男嫌いなところがそっくりなため、栄華二号と名付けることにしよう。

 

<桂花>「それに、古参の()侯淵(こうえん)さまはともかくとして、何でアンタなんかに真名を呼ばれなきゃならないのよ! 訂正なさい!」

 

<司>「さっきも言っただろ? 華琳が真名で呼べって。文句を言うなら華琳に言ってくれ」

 

<桂花>「ぐぬぬ……」

 

 華琳の名を出すと珪花は黙った。まあ、華琳大好き人間だからこの場合は春蘭二号……いや、四号だな。秋蘭が二号で栄華が三号になる。

 

<司>「しかし大丈夫なのか? 糧食を予定の半分にするって話……」

 

<桂花>「別に無茶でも何でもないわよ。今の我が軍の実力なら、これくらい出来て当たり前なんだから」

 

<司>「そうなのか?」

 

 秋蘭に問いかけると彼女は少し意外そうな表情を浮かべて答えた。

 

<秋蘭>「華琳さまは知にも勇にも優れたお方だが、それを頼んで無茶な攻めを強いることはないからな。正直、こういう強行を実戦で試すのは初めてだ」

 

<桂花>「ここしばらくの訓練や討伐の報告書と、今回の兵数を把握した上での計算よ。これでも余裕を持たせてあるのだから、安心なさいな」

 

<司>「ふーん」

 

 まあ本人がそこまで考えているのなら信じるしかないな。

 

<桂花>「ふーんって、アンタから聞いたんでしょ! 何でどうでも良さそうなの!」

 

<司>「少し気にはなったけど、考えてのことなら仕方ないなと思っただけだ」

 

<秋蘭>「……しかしあのやり取りは肝が冷えたぞ」

 

<司>「軍師の経験があるなら、最初から志願すれば良かったのに」

 

<桂花>「軍師として志願出来たなら、していたわよ」

 

 彼女の言葉から、軍師の募集をしていなかったことと理由が分かる。

 

<司>「経歴を偽ってくる奴でもいたのか?」

 

<秋蘭>「うむ。香風のように既に名が知れているならまだしも、こればかりは大概の文官は使ってみんと判断がつかんのだ」

 

 今の時代ではあり得ることなんだろう。

 

<秋蘭>「後は……栄華につけるにはちょうど良さそうだったしな」

 

<司>「なるほど……」

 

 確かに幼女好きな彼女にはうってつけと理解する。

 

<桂花>「そんな訳で、一刻も早く曹操(そうそう)さまの目に留まる働きをして、召し上げていただこうと思ったのだけれど……思っていたよりもその機が早く来て、良かったわ」

 

<秋蘭>「それで、華琳さまはどうだったのだ?」

 

 秋蘭が聞くと、桂花は満面の笑みを浮かべて答えた。

 

<桂花>「思った通り、素晴らしいお方だったわ……。あのお方こそ、私が命を懸けてお仕えするに相応しいお方だわ!」

 

<司>「そんなに良かったんだ」

 

<桂花>「……ふっ。貴方のような木偶の坊なんかには分からないのでしょうね。かわいそうに」

 

<司>「それも興味無いからどうでもいい」

 

<桂花>「何ですって!」

 

 そう答える俺に再び怒りだす桂花。どんだけ華琳のことが好き過ぎるんだよ。

 

 そんなやり取りをしていると隊の前方から春蘭がやって来た。

 

<春蘭>「おお、貴様ら、こんなところにいたか」

 

<秋蘭>「どうした姉者。急ぎか?」

 

<春蘭>「うむ。前方に何やら大人数の集団がいるらしい。華琳さまがお呼びだ。すぐに来い」

 

 大人数の集団。討伐対象の賊、もしくはグロンギやイマジンなどの怪人かもしれない。

 

<秋蘭>「うむ」

 

<桂花>「分かったわ!」

 

<司>「ああ」

 

 召集をかけられた俺たちは華琳のいる前方集団へと向かった。

 

 

 

 

 

<秋蘭>「……遅くなりました」

 

<華琳>「ちょうど偵察が帰ってきたところよ。報告を」

 

 華琳がそう言うと偵察に向かっていたであろう(るー)(りん)が状況を説明する。

 

<柳琳>「はい。行軍中の前方集団は、数十人ほど。旗がないため所属は分かりませんが、格好もまちまちですし、どこかの野盗か山賊かと思われます」

 

 怪人ではないと分かったが、荒野のど真ん中で賊が集団で行動しているということは人でも襲っているのかもしれない。

 

<華琳>「……そう。さて、どうするべきかしら? (けい)(ふぁ)

 

<桂花>「はっ! もう一度偵察隊を出し、状況次第で迅速に撃破すべきかと」

 

 柳琳の報告では何をしているのかは言っていなかったため、誰かを襲っていると断定はできないからの判断だろう。

 

<桂花>「将の選抜までお任せいただけるなら……()(こう)(とん)(じょ)(こう)檜山(ひやま)。この三名を中心に据えるのが良いでしょう」

 

<司>「ん? 俺も行くのか?」

 

<桂花>「……(そう)(そう)さまを偵察に行かせる気?」

 

<司>「俺じゃなくても他がいるだろ?」

 

 まあ、彼女が俺を選んだ理由は分かる。けど、面倒臭い。

 

<桂花>「(そう)(じゅん)さまはお戻りになったばかりだし、()(こう)(えん)さまと(そう)(こう)さまは本隊の指揮があるでしょう」

 

<華侖>「なら、あたしが行きたいっすー!」

 

 ()(ろん)は自分から志願するが、正直彼女は納得していないようだ。

 

<桂花>「……せめて夏侯惇さまの抑え役くらい、してちょうだい」

 

<司>「死んでも嫌だけど仕方ないか」

 

 そう、何が嫌だと言えば春蘭がやり過ぎないように抑えることだ。

 

<春蘭>「なんだとっ! 貴様、それはどういう意味だ!」

 

<司>「だって……華侖だと一緒にやり過ぎちゃうからな」

 

<春蘭>「それではまるで、わたしが敵と見ればすぐ突撃するようではないか!」

 

<桂花>「違うの?」

 

<司>「違うの?」

 

<華琳>「違わないでしょう?」

 

 俺や桂花だけでなく、主である華琳にもそう言われればしょうがない。

 

<春蘭>「うぅ、華琳さままで……」

 

<華琳>「冗談よ。ならその策で行きましょう。どう対処するかの判断は任せるわ。司、春蘭」

 

<春蘭>「はっ! 承知致しました!」

 

<司>「了解」

 

<香風>「なら華琳さま、行ってきまーす」

 

 春蘭の隊をそのまま偵察部隊に割り振って、俺たち三人は華琳の本隊から先行して移動を始めた。

 

<春蘭>「全く。先行部隊の指揮など、わたし一人で十分だというのに……。賊なら突っ込んで残らず蹴散らせば良いだけではないか」

 

<司>「いや、偵察だからな。無闇に突っ込むなよ」

 

<春蘭>「貴様なんぞに言われるまでもないわ。そこまでわたしも()(かつ)ではないぞ」

 

 それがあり得るから俺も一緒に行く羽目になったんだけど……。

 

<香風>「春蘭さま、あそこー」

 

<春蘭>「よし! と———」

 

<司>「突撃禁止だぞ?」

 

<春蘭>「わ、分かっている……! と、とりあえず、とりあえず……わたしは何を言おうとしたのだ、檜山!」

 

<司>「知るか。だが……あの連中、行軍している様子じゃないぞ?」

 

 俺は目の前にいる集団を観察するが、一ヶ所に留まって何か騒いでる様子だ。

 

<春蘭>「何かと戦っているようだな」

 

<香風>「あ。何か飛んだー」

 

 目を凝らしてよく見ると、一人の少女が大きな鈍器を振り回して賊らしき格好をした人を吹き飛ばしていた。

 

<司>「一人であの集団を相手にしてるようだな。しかも子供だ」

 

<春蘭>「なんだと!?」

 

 俺がそう言うと春蘭は瞬間に飛び出し、一気に加速していった。

 

<司>「行くぞ、香風!」

 

<香風>「うん!」

 

 俺たちは先に先行した春蘭を追って少女と賊らしき集団のところへと向かった。

 

 徐々に近づいてきて、少女は何人もの賊に手こずっていた。

 

<春蘭>「だらぁぁぁっ!」

 

<香風>「はぁぁぁぁぁっ!」

 

<野賊>「げふっ!!」

 

<野賊>「ぐはぁあっ!」

 

 春蘭と香風は鈍器を振り回す少女に加勢して、野賊を倒す。

 

<春蘭>「大丈夫か! 勇敢な少女よ!」

 

<???>「え……? あ…………はいっ!」

 

 少女は春蘭の問いかけに返事をする。

 

<司>「賊が逃げるかもしれんから尾行は任せた」

 

<兵士>「分かりました!」

 

 俺は討伐対象の賊の仲間と推測して、アジトを突き止めるために兵士数人に指示をする。

 

<春蘭>「貴様らぁっ! 子供一人によってたかって……卑怯というにも生温いわ! てやああああああっ!」

 

<野賊>「うわぁ……っ! 退却! 退却———っ!」

 

 俺の予想通り、敵は春蘭と香風の強さに怯えて退却して行った。そして尾行を指示した兵士も野賊の後を追う。

 

<春蘭>「逃がすか! 全員、叩き斬ってくれるわ! 香風、回り込め!」

 

<香風>「了解」

 

<司>「まて、二人とも!」

 

 そう言って香風は春蘭の指示で野賊を追おうとするが、俺が制止した。

 

<春蘭>「ばっ……! 檜山(ひやま)、何故止める!」

 

<司>「俺たちの仕事は偵察だぞ。その子を助けるのは良いが、敵を全滅させるのが目的じゃないだろ!」

 

<香風>「桂花、流れ次第で全滅させていいって……」

 

<春蘭>「そうだぞ。敵の戦力を削って何が悪い!」

 

<司>「さっきの賊には兵士何人かに尾行させている。敵の本拠地が分かるかもしれないからな」

 

<春蘭>「むぅぅ、貴様にしてはなかなかやるな」

 

 春蘭に褒められても嬉しくない。これが本当に華琳の右腕だもんな。桂花が俺でも良いから抑え役を任せた判断は見事だ。

 

<???>「あ、あの……」

 

<春蘭>「おお、怪我はないか? 少女よ」

 

<???>「はいっ。ありがとうございます! お陰で助かりました!」

 

<春蘭>「それは何よりだ。しかし、何故こんなところで一人で戦っていたのだ?」

 

<???>「それは……」

 

 少女がそんな話をしようとすると、後方から本隊がやって来た。

 

<司>「来たか……」

 

<???>「…………っ!」

 

<司>「?」

 

 少女も華琳たちに気付いて視線を向ける。しかし彼女は訝しげな表示山をしているが、何処か怒りが混じっているように感じる。

 

<華琳>「司。謎の集団とやらはどうしたの? 春蘭が殲滅に出たという報は受けたけれど……」

 

<司>「春蘭と香風の強さに驚いて無様に逃げて行った。尾行を付けたから、本拠地はすぐ見つかると思うぞ」

 

<華琳>「あら。なかなか気が利くわね」

 

<司>「そりゃどうも」

 

<???>「…………!」

 

 そんなやり取りをしていると彼女は何かを確信したように表情が強張る。

 

<華琳>「この子は?」

 

<???>「お姉さん、もしかして、国の軍隊……っ!?」

 

<春蘭>「まぁ、そうなるが……ぐっ!」

 

 春蘭が言い終わる前に少女は持っていた巨大な鉄球を当てた。勿論標的は春蘭で、彼女は咄嗟に剣で弾き返した。

 

<司>「……!」

 

 もし相手が春蘭でなければ確実にやられていたであろう。

 

<春蘭>「き、貴様、何をっ!?」

 

<???>「国の軍隊なんか信用できるもんか! ボクたちを守ってもくれないくせに、税金ばっかりどんどん重くして……ッ! てやあああああああっ!」

 

 そう言って彼女は再び巨大な鉄球を春蘭に向けて振り回す。春蘭は防御する形で少女の攻撃を防ぐ。

 

<春蘭>「……くぅっ!」

 

<司>「だから一人で戦ってたんだな……?」

 

<???>「そうだよ! ボクが村で一番強いから、ボクがみんなを守らなきゃいけないんだっ! 盗人からも、お前たち……役人からもっ!」

 

 俺の問いかけに答えながら少女は春蘭に攻撃を続ける。

 

<春蘭>「くっ! こ、こやつ……なかなか……っ!」

 

 いくら春蘭が攻撃をしていないとはいえ、ここまで押されるとは思わなかった。なかなかの手練れのようだ。

 

 しかし彼女がここまで敵意を向けるということは、そんなにひどい政治をやっているということになる。

 

 そりゃあ州さえ違う華琳に頼むくらいだから仕方ないと思うが、もしかしたらここよりもっとひどいところがあるかもしれない。

 

<華琳>「…………」

 

 鉄球を振り回している彼女はこの国の軍隊と勘違いしている。ここは誤解を解く必要がある。華琳は春蘭と少女の戦いをじっと見ているだけ。何か思うところがあるのだろう。

 

<司>「……っ!?」

 

 俺は二人の戦っている先に人影を目にする。あの姿、まさか……。

 

<???>「でえええええええええええええいっ!」

 

<春蘭>「ぐぅ……! 仕方ないか……いや、しかし……」

 

 春蘭は今でも反撃するか躊躇(ためら)っていた。

 

<華琳>「二人とも、そこまでよ!」

 

<???>「え……っ?」

 

 華琳は二人を制止する。

 

<華琳>「剣を引きなさい! そこの娘も、春蘭も!」

 

<???>「は……はいっ!」

 

 華琳の気迫に当てられて、少女は軽々と振り回していた鉄球を、その場に取り落とした。鉄球は相当な重さのようで地面が陥没した。これを振り回す彼女って一体……。

 

<華琳>「……春蘭。この子の名は?」

 

<春蘭>「え、あ……」

 

<許緒>「き……(きょ)(ちょ)と言います」

 

 そう名乗った少女は、華琳の威圧感によってすっかりと大人しくなっていた。

 

<華琳>「そう……許緒、ごめんなさい」

 

<許緒>「……え?」

 

 華琳は許緒に頭を下げて謝った。

 

<桂花>「曹操、さま……?」

 

<春蘭>「何と……」

 

<司>「……」

 

<許緒>「あ、あの……っ!」

 

 許緒は突然のことに驚いたままだ。

 

<華琳>「名乗るのが遅れたわね。私は曹操、山向こうの陳留の地で、太守をしている者よ」

 

<許緒>「山向こうの……? あ……それじゃっ!? こ、こちらこそごめんなさいっ!」

 

<春蘭>「な……?」

 

 許緒もこの国の軍隊と勘違いしていたと知って大きく頭を下げて謝罪した。

 

<許緒>「山向こうの噂は聞いてます! 向こうの太守さまはすごく立派な人で、悪いことはしないし、税金も安くなったし、盗賊もすごく少なくなったって! そんな人たちに、ボク……ボク……! 本当にごめんなさい!!」

 

 この頃から華琳の評判は違う州にも知れ渡っていたようだ。

 

<華琳>「……構わないわ。今の政事(まつりごと)が腐敗しているのは、太守の私が一番よく知っているもの。官と聞いて許緒が憤るのも、無理のない話だわ」

 

<許緒>「で、でも……」

 

<華琳>「だから許緒。あなたの勇気と憤り、この曹孟徳(そうもうとく)に貸してくれないかしら?」

 

<許緒>「え……? ボクの……?」

 

<華琳>「私はいずれこの大陸の王となるわ。けれど、今の私の力はあまりに小さすぎる。だから……村の皆を守るために振るったあなたの力と勇気。この私に貸してほしい」

 

<許緒>「曹操さまが、王に……?」

 

 許緒は華琳の言葉に心が響いたのだと理解する。

 

<許緒>「だ……だったら……曹操さまが王様になったら、ボクたちの村も、治めてくれますか? 盗賊も、やっつけてくれますか?」

 

<華琳>「約束するわ。陳留だけでなく、あなたたちの村だけでもなく……この大陸の皆がそうして暮らせるようになるために、私はこの大陸の王になるの」

 

<許緒>「この大陸の……皆が……」

 

<桂花>「ああ、曹操さま……」

 

 許緒は華琳の言葉に希望を抱き、珪花はそんな華琳の意思に感動していた。

 

<栄華>「お姉様、偵察の兵が戻りましたわ。盗賊団の本拠地は、すぐそこだそうです」

 

<華琳>「判ったわ。……ねぇ、許緒」

 

<許緒>「は、はいっ!」

 

<華琳>「これから、あなたの村を脅かす盗賊団を根絶やしにするわ。まずそこだけでいい、あなたの力を貸してくれるかしら?」

 

<許緒>「はい、それならいくらでも! じゃない、ボクの方こそお手伝いさせて下さい!!」

 

<華琳>「ふふっ、ありがとう……。春蘭、香風。許緒はひとまず、あなたたちの下につけるわ。分からないことは教えてあげなさい」

 

<香風>「はーい」

 

<春蘭>「了解です!」

 

<許緒>「あ、あの……ええっと……」

 

 誤解とはいえ、さっきまで戦っていた春蘭にどう対応すればいいか分からない許緒。しかし春蘭は水に流し、香風は都の役人だったことを明かし、当時何も出来なかったことを謝罪する。

 

 こうして許緒が仲間に加わり、盗賊の本拠地へと向かう。この調子で討伐が成功すれば良いと思っていたが、そういう訳にはいかないようだ。

 

 先ほどまでこちらを見ていた奴は、賊の本拠地と同じ方向へと向かって行くのが見えた。

 

 恐らくあれは……イマジンだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 桂花の策

 盗賊団の砦は、山の影に隠れるようにひっそりと建てられていた。

 

 許緒(きょちょ)と出会った所なら本当にすぐ近くだったけど……こんな分かりにくい所じゃ、よっぽど上手く探さないと見つからなかったに違いない。

 

 俺たちは盗賊団の砦が見える地点で行軍を停止させていた。

 

<司>「こんな所に……」

 

 勿論近付くとすぐに見つかるので、離れたところにいる。ここから見ると砦はまだ豆粒ほどの大きさでしかないけど……。

 

<司>「…………」

 

 先ほど俺たちのことを見ていた奴の気配は感じない。どうやら何処かに隠れたのか、あるいは……。

 

<華琳>「許緒、この辺りに他の盗賊団はいるの?」

 

<許緒>「いえ。この辺りにはあいつらしかいませんから、曹操(そうそう)さまが探してる盗賊団っていうのも、ここだと思います」

 

<華琳>「敵の数は把握できている?」

 

<秋蘭>「はい。およそ三千との報告がありました」

 

 秋蘭の報告を聞いて疑問に思った。何故なら陳珪(ちんけい)から聞いた話と違っていたからだ。

 

<栄華>「数百か、せいぜい千という話ではありませんでしたの? こちらは千ほどしかいませんわよ……?」

 

<春蘭>「おのれ。あの女狐(めぎつね)め……」

 

 春蘭の怒りは分かる。盗賊団や許緒の村のことを知ると俺も無性にイラッとする。

 

<華琳>「……三人から千まで膨れ上がった期間を考えるなら、三千でも少ないくらいよ」

 

<桂花>「とはいえ、連中は集まっているだけの烏合の衆。統率もなく、訓練もされておりませんゆえ……我々の敵ではありません」

 

<華侖>「じゃあ、このままとつげきー! って突っ込んで、わーって一気にやっつけるっすか?」

 

 華侖(かろん)の単純なやり方ではこちらに勝ち目はない。

 

<桂花>「まさか。それなら、()侯惇(こうとん)さまでも出来るでしょう。軍師のいる意味がありません」

 

<春蘭>「なんだと! わたしでも出来るとは、どういう事だ!」

 

<華琳>「……して、策は? 糧食の件も忘れてはいないわよ」

 

<春蘭>「か、華琳さまぁ……」

 

 桂花(けいふぁ)は俺たちに作戦を説明した。

 

<桂花>「はい。まず曹操(そうそう)さまは少数の兵を率い、砦の正面に展開していただきます。その間に夏侯惇さま、()侯淵(こうえん)さまのご両名は、残りの兵を率いて後方の崖に待機」

 

 華琳が砦の正面、春蘭と秋蘭の隊が崖で待機。ということは……。

 

<桂花>「本体が銅鑼を鳴らし、盛大に攻撃の準備を匂わせれば、その誘いに乗った敵はかならずや外に出てくる事でしょう」

 

 少数の隊を率いた華琳では三千の盗賊には分が悪い。しかし俺の思っていることが桂花の作戦と同じなら……。

 

<桂花>「その後は曹操さまは兵を退き、十分に砦から引き離したところで……」

 

<秋蘭>「私と姉者で敵を横合いから叩く訳か」

 

<桂花>「はい。お二人にさらに徐晃(じょこう)殿と許緒を加えれば、三千の敵とて羊の群れに等しくなりましょう」

 

 都で賊退治の英雄と名を轟かした(しゃん)(ふー)と、本気ではなかったとはいえ春蘭を苦戦させた許緒が二人の隊に入れば桂花の策は上手くいく。

 

<香風>「わかった」

 

<許緒>「うん! ボク、がんばるよ!」

 

<春蘭>「……おい待て」

 

 香風と許緒はやる気のようだが、春蘭は桂花の策に不満があるようだ。

 

<華琳>「何か問題がある? 春蘭は攻撃に回る方が良いでしょう?」

 

<春蘭>「そこは構わないのですが……その策は何か? 華琳さまに囮をしろと、そういう訳か!」

 

 そういうことだ。華琳が少数の部隊で砦の正面に現れれば賊は間違いなく数で倒そうとする。その真意を突いた作戦だが、囮役が華琳自身なのだから春蘭にとっては不満しかないだろう。

 

<華琳>「そうなるわね」

 

<桂花>「何か問題が?」

 

<春蘭>「大ありだ! 華琳さまにそんな危険なことをさせる訳にはいかん!」

 

 春蘭は声を荒げて桂花の作戦を反対するが、彼女は余裕の表情で皮肉を言う。

 

<桂花>「反対を口にするから、反論をもって述べていただけると助かるのですが? 夏侯元譲殿」

 

<春蘭>「ど、どういう意味だ?」

 

<司>「反対するなら、桂花が提案したものよりもっと良い作戦を提案しろって事だ」

 

<春蘭>「烏合の衆なら、正面から叩き潰せば良かろう」

 

 春蘭の言葉を聞いた俺たちは呆れた表情で彼女を見つめる。

 

<華琳>「…………」

 

<桂花>「…………」

 

 正直驚いた。華侖が最初に口にしたことを否定されたのに、まさかここで終わった筈の話を持ち出されるなんて……。

 

<司>「……春蘭。それ、説明の一番最初の所で否定されたばかりだぞ?」

 

 春蘭は俺の言葉を聞いてあっけらかんとした表情を浮かべる。

 

<華侖>「え、そうなんすか!?」

 

<柳琳>「姉さん……」

 

 まさか否定された張本人も気付いてなかったとは……。

 

<桂花>「……油断した所に伏兵が現れれば、相手は大きく混乱するわ。それに乗ずれば、烏合の衆はもはや衆ですらなくなります。貴重な我が軍の兵と、もっと貴重な曹操さまのお時間を無駄にしないためには、この案を凌ぐ策はありません」

 

<春蘭>「な、なら、その連中が誘いとやらに乗らなければ……?」

 

<桂花>「…………ふっ」

 

 春蘭は意地でも反対するが、桂花は彼女の反論を鼻で笑った。

 

<春蘭>「な、何だ……! その馬鹿にしたような……っ!」

 

<桂花>「曹操さま。相手は(こころざし)も持たず、武を役立てることもせず、そのちっぽけな力に溺れる程度の連中です。間違いなく、夏侯惇さまよりも容易く挑発に乗ってくるものかと」

 

<春蘭>「…………な、ななな……なんだとぉー!」

 

 気持ちは分からんでもないが、ここで怒れば自分も同類と言ってるようなものだぞ。

 

<華琳>「ふふっ、そうね。春蘭、あなたの負けよ」

 

<春蘭>「か、華琳さまぁ……」

 

<華琳>「……とはいえ、春蘭の心配ももっともよ。次善の策はあるのでしょうね」

 

<桂花>「この近辺で拠点になりそうな城の見取り図は、あれを含めて既に揃えてあります。万が一こちらの誘いに乗らなかった場合は……城を内から攻め落とします」

 

 そこまで考えていたとは。いや、まてよ。内側ということは……。

 

<華琳>「分かったわ。なら、まずはこの策で行きましょう」

 

<春蘭>「華琳さまっ!」

 

<華琳>「これだけ勝てる要素しかない戦いに、囮のひとつも出来ないようでは……許緒に語った覇道など、とても歩めないでしょう」

 

<桂花>「その通りです。他国から請われて遠征し、そこで公明正大な振る舞いをし、万全の成果を上げて凱旋(がいせん)したとなれば……曹孟徳(そうもうとく)の名は一気に天下に広まります」

 

 遠征を短期間に終わらせるだけでなく、仕える主の名を上げることまで考えての策を練ったに違いない。

 

<桂花>「曹洪(そうこう)さま、(そう)(じゅん)さま、曹仁(そうじん)さまのお三方は、本隊の曹操さまの援護をお願いいたします」

 

<柳琳>「承知しました」

 

<栄華>「ええ。……しかし、わたくしの下で働いていた貴女に指示を受けるというのも不思議な気分ですわね」

 

<桂花>「それは私も同じです。ですが、そこを伏せてお願い出来ますか?」

 

<栄華>「勿論。そこに私情を挟みはいたしませんわ」

 

 柳琳(るーりん)と栄華は桂花に同意するが、華侖だけは不満の声を上げた。

 

<華侖>「ぶー。あたしも春姉ぇたちと一緒に暴れたいっすー!」

 

<許緒>「なら、ボクが曹操さまの護衛に入るんじゃダメですか?」

 

<華琳>「そうね、華侖は許緒と交代なさい。最前線に立つ経験を積むのも、たまにはいいでしょう」

 

<華侖>「やったっす!」

 

 許緒と交代したことで華侖は喜んだ。

 

<華琳>「許緒。あなたは集団での戦がどういうものか、本陣でそれを見届けなさい。今までと同じように最前線で賊を倒すよりも、得るものは多いはずだわ。勿論こちらに賊は来るだろうから、それを追い返すのは任せるわよ」

 

<許緒>「は……はいっ。頑張ります」

 

<柳琳>「そう緊張しなくても大丈夫ですよ」

 

 こういう時に柳琳が声を掛けられれば緊張を和らげようと気配りが見える。

 

<栄華>「そうですわ。わたくし達もいるのですし、気持ちを楽になさいませ」

 

<司>「…………」

 

<栄華>「な……なんですの」

 

<司>「いや、なんでもない」

 

 しかし栄華が許緒みたいな子に声を掛けるとなると……なぁ。

 

<華琳>「司も許緒と一緒に私の側にいなさい」

 

<司>「分かった」

 

<桂花>「な……っ!」

 

<華琳>「それと……」

 

<司>「何だ?」

 

 華琳はいつもとは違って真剣な表情で俺を見つめる。

 

<華琳>「いざという時は、頼むわね」

 

<司>「…………了解」

 

 いざという時……イマジンのことだろう。この辺りに怪人がいつ現れてもおかしくない。もしかしたら春蘭と許緒の戦いの時に見かけたのかもしれない。

 

<春蘭>「檜山(ひやま)! 貴様、華琳さまに何かあったらその身を盾にしてでもお守りしろ。場合によっては貴様の "かめんらいだー" とやらの力を使ってでも守るのだぞ!」

 

<司>「分かってるよ」

 

<柳琳>「かめんらいだー?」

 

<華侖>「なんすかそれ?」

 

 華琳はまだ仮面ライダーのことを話してないようだ。春蘭や秋蘭、香風は分かっている様子だが、華侖たちは何のことか分かっていないようだ。

 

 まあここで知ることにはなる。そしてイマジンの居場所も検討は付いた。恐らくあの賊たちの誰かに憑依している筈。

 

 

 

 

 

 春蘭達の隊が離れていく。これで、こちらの手勢は本当に数えるほど。

 

 華琳と桂花(けいふぁ)は自信たっぷりだったが、イマジンが介入してくることを考えると不安でしかない。

 

<許緒>「あ、兄ちゃん。どうしたの?」

 

<司>「ん? ……ああ、許緒か」

 

<季衣>「季衣(きい)でいいよー。秋蘭さまや栄華さまたちも、真名で呼んで良いって言ってくれたし」

 

<司>「それなら良いか」

 

 本人が呼んで良いなら仕方ない。

 

<季衣>「でも、何だかすごいねぇ。こんなにたくさんの兵士の人たちがわーって動くの、ボク初めて見たよ」

 

<司>「俺も初めてだ」

 

<季衣>「そうなの?」

 

 人間同士の戦なんて見るのも初めてだからな。だが、戦いとなれば自分の命を掛ける覚悟は出来ている。

 

<司>「ああ、俺は事情があって華琳のところにやっかいになってるだけさ。この世界を救うためにね」

 

<季衣>「世界を救う?」

 

<司>「そう。天の道を往き、総てを司った人はこんなことを言っていた。 "戦いはへそでするものだ" とね」

 

<季衣>「ぷっ……何それ」

 

 かつてワームと共に戦ったある仲間の台詞を口にすると季衣は笑った。

 

<季衣>「でも大丈夫? 兄ちゃん、そんなに強くなさそうだもん」

 

<司>「それはちょっと傷付くが、一応これでも戦えるぞ?」

 

<季衣>「そうなの。よし、じゃあ兄ちゃんや曹操(そうそう)さまが危なくなったらボクが助けるね」

 

<司>「頼もしいな。その時は頼む。それじゃあそろそろ行こっか」

 

<季衣>「うんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 盗賊団の砦の正面に展開した華琳の本隊。戦いの野に、作戦開始を告げる激しい銅鑼の音が響き渡る。

 

<華琳>「…………」

 

<栄華>「…………」

 

<柳琳>「…………」

 

<司>「…………」

 

 響き渡る銅鑼の音は、こちらの軍のもの。しかし響き渡る咆哮は、城門を開けて飛び出してきた盗賊達のもの。

 

<司>「今の銅鑼を出撃の合図と勘違いしてるみたいだな」

 

<華琳>「そうね……」

 

 俺たちは城門から出て来る盗賊たちを見て呆れていた。

 

<栄華>「所詮、臭くて汚いオスの振る舞いですもの。お手どころか、待ても躾けられていないに決まってますわ」

 

 今回ばかりは栄華の意見に同意せざるを得ない。

 

<柳琳>「……挑発も名乗りも必要ありませんでしたね」

 

 この時代で戦を仕掛ける時には弁舌みたいなことをするとは聞いていたが、これでは調子が狂ってしまいそうだ。

 

<季衣>「曹操(そうそう)さま! 兄ちゃん! 敵の軍勢、突っ込んで来たよっ!」

 

 挑発に乗りすぎな連中は、少人数の俺たちに向かって来た。

 

<華琳>「……まあいいわ。多少のズレはあったけれど、こちらは予定通りにするまで」

 

<桂花>「総員、敵の突撃に恐れをなしたように、上手く後退なさい! 距離は程々に取りつつ、逃げ切れないように!」

 

 桂花の指示通り、本隊が相手の速度に合わせて下がり始める。盗賊たちはこちらの作戦通り、無防備に追いかけてくる。

 

 その間に俺は盗賊たちを観察する。あの三人組の姿は見えないし、イマジンが憑依しているであろう人間も見当たらない。

 

 イマジンは人間に憑依している際、その人が歩くたびに砂を落としていく。しかし盗賊たちを足元を見るがそれらしき物は見当たらない。恐らく後方にいるのだろうと推測する。

 

 俺たちに引き付けられた盗賊たちは崖の前を通り過ぎた瞬間、その上から春蘭と華侖(かろん)(しゃん)(ふー)の部隊が敵の横腹に向かって突撃して来た。

 

 秋蘭率いる弓隊はそのまま待機して敵前衛に向けて一斉射撃を開始した。

 

 彼女たちの攻撃で何十人もの盗賊がやられ、徐々に盗賊たちを圧倒していく春蘭たちを見て思い知る。

 

 これがこの世界の人間同士の戦。俺が目の当たりにしているのは武器を持った兵士たちが殺し合いをしている現場。

 

 これを見て俺のいた世界、特に日本に住んでいる人が見れば平和ボケをしていたと思うだろう。

 

 俺にとっても初めて見る光景だ。怪人と死闘を繰り広げてきても余り見たくない。

 

 しかしあの盗賊団の中にイマジンがいるのであれば、俺がこの世界に来た意味はある。

 

<華琳>「さて、この隙を突いて、一気に畳み掛けるわよ」

 

<桂花>「はっ!」

 

<華琳>「季衣(きい)。貴女の武勇、期待させてもらうわね」

 

<季衣>「分っかりましたーっ!」

 

<華琳>「司、貴方も行きなさい」

 

<司>「ああ、そうさせてもらうよ」

 

 人間相手にディケイドの力は使わないが、状況によっては必要になってくるからな。

 

<華琳>「総員反転! 衆ですらない烏合の者どもに、本物の戦が何たるか、骨の髄まで叩き込んでやりなさい! 総員、突撃っ!!」

 

 華琳の号令と共に、本隊は後退を止めて盗賊たちに向かっていく。俺は季衣や柳琳(るーりん)の部隊と共に前線に向かい、盗賊たちを倒しに行った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 通りすがりの仮面ライダーだ!

ニヶ月近く遅れて申し訳ございません。今回で第二章は終了です。


<盗賊>「テメェがこの軍の頭目か? まだガキの女じゃねぇか! 俺たちも舐められたもんだぜ!」

 

<華琳>「統率力は無し、人を見る目も無し。残念ね、今日が貴方の命日よ」

 

<盗賊>「その言葉そっくり返してやらぁ!」

 

 そう言って盗賊は華琳目掛けて突っ込んできた。

 

<季衣>「でええええいっ!」

 

<司>「ふん」

 

<盗賊>「ぐはっ!」

 

 ()()は巨大な鉄球を振り回し、俺は素手で向かってくる盗賊を叩き潰した。

 

<季衣>「兄ちゃん、素手なのに強いね!」

 

<司>「当然だ。鍛えてるからな!」

 

 そんな会話をしながら華琳を守る位置で盗賊たちを返り討ちにし、戦況は俺たちが優勢に立っている。

 

 敵が少なくなってきたことで、(しゅん)(らん)たちの戦う姿が見えるほど俺たちは圧倒していた。

 

 地面には血だらけで倒れた盗賊と自軍の兵士。(けい)(ふぁ)の策が上手くいったとはいえ、こちらにも被害は出ている。

 

 しかし今はそんなことに気を取られている場合ではない。目の前の盗賊を倒すことが先決だ。

 

<盗賊>「ぐはっ、バカな、なんて強さなんだ……」

 

<桂花>「(そう)(そう)さまの軍に私が手を貸しているのよ? 負けるわけが無いじゃない。身の程を知りなさい」

 

<春蘭>「うむ……これは認めざるを得ぬか。よし追撃だ! 賊どもを根絶やしにするぞ!」

 

 敗北を誘った盗賊たちは俺たちに背を向けて逃げていく。

 

<桂花>「逃げる者は逃げ道を無理に塞ぐな! 後方から(そう)(じゅん)さまの部隊で追撃を掛ける。大人しく力尽きるのを待って良い!」

 

 桂花はえげつないことを言う。まあ、正面からヘタに受け止めるよりはマシだがな。そんなことを思っていると(しゅう)(らん)(しゃん)(ふー)、その他の兵士が戻ってきた。

 

<秋蘭>「華琳さま。ご無事でしたか」

 

<華琳>「見事な働きだったわ、秋蘭」

 

 二人が戻って来たのは確認したが、あとの春蘭と()(ろん)がいないことに疑問を抱く。

 

<司>「春蘭と華侖はどうした?」

 

<桂花>「どうせ追撃したいだろうから、季衣に()(こう)(とん)さまたちと追撃に行くように指示しておいたわ」

 

<司>「……あ、なるほど」

 

 桂花は(るー)(りん)の隊が追撃すると言っていたが、柳琳 "だけ" とは一言も言ってなかった。

 

 柳琳が来るまでは逃げ切れると思った連中に向かって、春蘭たちが容赦なく襲わせるというわけか。

 

<華琳>「桂花も見事な作戦だったわ。負傷者もほとんどいないようだし、上出来よ」

 

<桂花>「あ……ありがとうございます! 曹操さま!」

 

 華琳に褒められた桂花は満面の笑みを浮かべる。

 

<華琳>「後は、(えい)()

 

<栄華>「はい。事後処理に関しては、お任せ下さいませ」

 

<華琳>「任せるわ」

 

 まるで戦いが終わったような雰囲気になっているが、華琳は真剣な眼差しで周りを気にしている様子だ。

 

 そう、ここまでイマジンが姿を現していないのだ。盗賊に憑依していると思っていたが、それらしき人物もいなかった。

 

<春蘭>「華琳さまー!」

 

 しばらくして、春蘭たちが戻ってきた。季衣と華侖、柳琳も一緒だ。

 

<華琳>「ご苦労だったわ、春蘭」

 

<春蘭>「はっ」

 

<華琳>「季衣も華侖も頑張ったわね」

 

<季衣>「ありがとうございます」

 

<華侖>「ありがとうっす」

 

<柳琳>「はい」

 

 皆無事で良かった。ここまでイマジンが出て来ないと不安になる。すると———。

 

<盗賊>「畜生!」

 

<司>「っ!?」

 

 すると砦のある方向から数人の盗賊がやって来た。彼らは俺たちに敵意を向けてくるが、何か違和感を感じた。

 

<春蘭>「まだ居たのか!」

 

<盗賊>「このまま……では、終わらんぞ……」

 

 盗賊はそう言って近づいて来る。そして彼らの体から砂が溢れ出るのを目にする。

 

<司>「まさか……」

 

 盗賊たちはその場で力尽きたように倒れるが、体からは砂が出続けている。そしてその砂は人の形となり、それぞれコウモリやカメレオン、モグラの姿へと変わった。

 

<華琳>「なっ!?」

 

<桂花>「こ、これは……」

 

 イマジン。電王の世界に現れる接触した人間のイメージや記憶により肉体を手に入れた怪人。

 

 俺の世界では契約者の願いを叶えた後で、無差別に暴れ回っていた。恐らくこいつらが戦になっても姿を現さなかったのは、まだ契約者の願いを叶えている途中だったのではないかと推測する。

 

<華侖>「な、なんすか!」

 

<柳琳>「これが情報にあった怪物……」

 

 華侖たちはイマジンの出現に驚いていた。当のイマジンたちはこちらに敵意を向けて来る。

 

<季衣>「なんかよく分からないけど、曹操さまたちはボクが守る!」

 

<司>「季衣! 待て!」

 

 イマジンたちに向かって突っ込む季衣を止めようとするが、彼女は巨大な鉄球を振り回してイマジンたちに攻撃する。

 

 イマジンたちは彼女の攻撃を軽々と躱し、季衣にカウンターを仕掛けた。

 

<季衣>「ぐあああっ!」

 

<春蘭>「季衣っ!」

 

 季衣はイマジンたちの攻撃を喰らって地面へと倒れる。

 

<春蘭>「大丈夫か?」

 

<季衣>「は、はい。なんとか……」

 

 なんとか立ち上がる季衣に春蘭が手を貸す。怪人が出て来たのなら使命を果たすまでだ。

 

<華琳>「司」

 

<司>「ああ、俺の出番だな!」

 

 そう言って俺はポケットから "ディケイドライバー" と "ライドブッカー" を取り出す。

 

<季衣>「兄ちゃん?」

 

<栄華>「檜山(ひやま)さん?」

 

<司>「皆、下がってろ。俺がやる!」

 

  "ディケイドライバー" を腰に巻き、 "ライドブッカー" からディケイドのカードを取り出すとイマジンたちに(かざ)した。

 

<司>「変身!」

 

 俺はカードをバックルへと挿入し、正位置に戻す。

 

KAMEN(カメン) RIDE(ライド) DECADE(ディケイド)

 

 その瞬間、周りには9つものカードの壁とシルエットが現れ、体を包んで姿を変える。そしてディケイドライバーの中心から7枚のライドプレートが出てきて、変身した司の頭部を貫く。

 

<一同>「なっ!?」

 

 仮面ライダーディケイドへと変身した俺に華琳と春蘭、秋蘭、香風以外は驚きの声を上げる。

 

<司>「変身するのは一ヶ月ぶりかな」

 

 ディケイドへと変身したのは華琳たちと出会った以来一度もしていない。鍛錬は欠かさずにやってきたが、この世界で仮面ライダーとして戦うのは二度目になる。

 

<華侖>「司っち……なんすかその姿?」

 

<司>「仮面ライダーディケイドだ」

 

<栄華>「かめんらいだーって、春蘭さんが言ってたあの……」

 

<司>「イマジンが三体……まあ、これぐらいが丁度良いか」

 

 俺はそう言ってイマジンたちへと近づいていく。イマジンたちは変身した姿を見ると驚いた様子で戦闘態勢へと変わる。

 

<バットイマジン>「貴様、まさか……」

 

<司>「そうだ。天の国でお前たちを倒した通りすがりの仮面ライダーだ! 覚えておけ!」

 

 そう言いながら俺は "ライドブッカー" から一枚のカードを取り出してバックルに差し込む。

 

ATTACK(アタック) RIDE(ライド) SLASH(スラッシュ)

 

  "ライドブッカー" をソードモードにしてバットイマジンに斬り付ける。

 

<バットイマジン>「ぐはっ!?」

 

<カメレオンイマジン>「この野郎!」

 

 カメレオンイマジンは斬り付けた俺を殴り掛かってきたがそれを躱す。その隙を狙ってモールイマジンもドリルハンドで突き刺そうとしてくるが、 "ライドブッカー" で受け止める。

 

<司>「ふん、この程度か」

 

 俺はそう言って "ライドブッカー" からカードを一枚取り出して、バックルに差し込んだ。

 

ATTACK(アタック) RIDE(ライド) BLAST(ブラスト)

 

  "ライドブッカー" をソードモードからガンモードに切り替えてイマジンたちに向けて発砲する。イマジンたちはエネルギー弾に直撃し、モールイマジンとカメレオンイマジンを倒した。

 

 二体は悲鳴を上げながら爆発し、その周辺は焼け野原と化した。

 

<季衣>「凄い……」

 

<バットイマジン>「くっ……ここまで強くなっていたとは」

 

<司>「どうした、もう終わりか?」

 

 俺は "ライドブッカー" を元に戻して、その中からカードをもう一枚取り出す。

 

<司>「後はお前だけだ。これで決めるか」

 

FINAL(ファイナル) ATTACK(アタック) RIDE(ライド) DE DE DE(ディ ディ ディ) DECADE(ディケイド)

 

 バックルへと挿入するとともに音声が流れ、俺の目の前に十枚の巨大なホログラム状のカードがずらりと並ぶ。

 

 俺は助走をつけてジャンプし、前にある大きなカードをすり抜けて加速しながら蹴りの態勢に入る。

 

<司>「はあっ!!」

 

 カードの中を通り過ぎながらバットイマジンにディメンションキックを叩き込んだ。

 

<バットイマジン>「ぐわぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 バットイマジンは後ろに吹っ飛び、地面に倒れたと同時に小規模の爆発が起こした。

 

 爆発はすぐに収まり、辺りは再び焼け野原の化す。

 

<華侖>「や、やったっすか?」

 

<司>「まあ、こんなものかな……」

 

 不完全燃焼ではあるが、誰も怪我しなかったことから気にしないようにした。こうして戦は終わり、俺は皆の元へと戻る。

 

<司>「終わったぞ、華琳」

 

<華琳>「ええ、よくやったわ」

 

 華琳は労ってくれるが、春蘭と秋蘭、香風以外は未だに驚きを隠せない様子だ。

 

 まあ無理もない。あの三人以外は仮面ライダーのことや、俺がこの世界に来た目的を知らされていないからな。

 

 とりあえず撤収する時にでも皆に教えておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<司>「……そっか。()()()(りん)の所に残るんだ」

 

<春蘭>「ああ。季衣には、今回の武功をもって華琳さまの親衛隊を任せることになった」

 

 砦を陥とした俺たちは(ちん)(りゅう)の近くまで戻って来た。

 

<季衣>「それにボクの村も、しばらく(そう)(そう)さまが治めてくれることになったんだ!」

 

 そう、今回の戦で功績を上げた季衣は曹操軍に入ることになった。

 

<季衣>「税もずっと安くなるし、警備の兵や曹操さまの信用して?役人も連れて来てくれるっていうし、それが一番嬉しいよ。だから今度はボクが、曹操さまをお守りするんだー!」

 

<司>「頼もしいな」

 

 季衣の村は()(しゅう)の側だが、華琳が(はい)(こく)(しょう)に申し出たのだ。

 

 一時的ではあるが、季衣にとっては嬉しいことではあるな。

 

 心残りがあるとすれば、華琳の元から盗まれた "太平要術の書" が見つからなかった事。あの三人組も見なかったことから、恐らく戦の最中に書物を持ってまた何処かへ逃げたのかもしれない。

 

  "太平要術の書" を取り戻せていない以上、怪人たちの手に渡る前にはなんとかしたい。

 

<華琳>「さて。後は、(けい)(ふぁ)のことだけれど……」

 

<桂花>「そ……曹操さま、ここでですか!?」

 

<華琳>「皆も揃っているし、ちょうど良いでしょう」

 

 桂花が華琳に持ち掛けた取引。遠征へ出発直前に約束した糧食半分で成功させること。

 

<華琳>「桂花。最初にした約束、覚えているわね?」

 

<桂花>「……はい」

 

<華琳>「城を目の前にして言うのも何だけれど、私……とてもお腹が空いているの。分かる?」

 

<桂花>「……はい」

 

 結論から言えば、桂花は華琳との賭に負けた。糧食は昨日の晩で尽きて、俺も含めてここにいる誰もが朝飯を食べてない。

 

 理由は二つある。一つはこちらの損害が少なすぎて、兵が予想以上に残ったこと。二つ目は……。

 

<桂花>「ですが、曹操さま。言い訳を承知で言わせていただければ、それはこの季衣が……」

 

<季衣>「ほえ?」

 

 二つ目の理由、それは季衣にあった。

 

<司>「流石にこうなるとは俺も思わなかったよ」

 

<華琳>「予測できない事態が起こるのが、戦場の常よ。それを言い訳にするのは、適切な予測が出来ない、無能者のすることだと思うのだけれど?」

 

<桂花>「そ、それはそうですが……」

 

 そう。季衣はあの小ささで、俺たちの十倍以上の糧食を平らげたのだ。まあ、あれだけのパワーの源になると考えれば、妥当な計算なのだろう。

 

 しかしこんなことになるとは誰も予想していなかった。

 

 一食あたりの小さな誤差も、回を重ねれば無視できない数字になってくるわけで、桂花の予想を超えたのが、不幸なことに城に帰り着く直前、昨夜の出来事だった。

 

<季衣>「え? えっと……ボク、何か悪いこと、した?」

 

<柳琳>「ううん、大丈夫よ。季衣さんは気にしなくて」

 

<華琳>「どんな約束であれ、()()にすることは私の信用に関わるわ。少なくとも、無かったことにする事だけは出来ないわね」

 

<秋蘭>「華琳さま……」

 

 華琳はそう言うが、彼女の表情を見る限り罰を下すつもりはないようだ。

 

<桂花>「……分かりました。最後まで糧食の管理が出来なかったのは、私の不始末。首を刎ねるなり、思うままにして下さいませ」

 

<春蘭>「ふむ……」

 

<桂花>「ですが、せめて……最後は、曹操さまご自身の手で……!」

 

<華琳>「とは言え、今回の遠征の功績を無視できないのもまた事実。……いいわ、減刑して、おしおきだけで許してあげる」

 

<桂花>「曹操さま……っ!」

 

 あれだけ用意周到な作戦を立てられる人材がいるのだから、当然首を刎ねるようなことはしない筈。

 

<華琳>「それから、季衣とともに、私を華琳と呼ぶことを許しましょう。今後はより一層、奮起して仕えるように」

 

<桂花>「あ……ありがとうございます! か、華琳さまっ!」

 

<華琳>「ふふっ。なら、桂花は城に戻ったら、私の部屋に来なさい。たっぷり……可愛がってあげる」

 

<桂花>「え? そ、それは……ま、ままま、まさか……!」

 

 華琳の一言に桂花は頬を添えて笑みを浮かべた。それ、お仕置きじゃなくてご褒美だぞ。

 

<華侖>「なんか楽しそうなんすけど。ね、(るー)(りん)。華琳姉ぇたち、いったい何の話をしてるんすか?」

 

<柳琳>「そ、それは……その……あぅぅ」

 

 公衆の面前でそんな話はやめてほしいものだ。俺からすればあまり関わりたくない。

 

<季衣>「それより兄ちゃん。ボク、お腹すいたよー。陳留って、美味しいものがたくさんあるんでしょ?」

 

<司>「そうだな。片付けが終わったら、皆で何か食べに行くか」

 

<季衣>「やったぁ! それじゃ、早く帰ろうよ!」

 

<司>「分かったから、とりあえずバイクを引っ張らないでくれ」

 

 季衣はそんなに楽しみしているのか "マシンディケイダー" を引っ張る。

 

<季衣>「ほら、(しゅん)(らん)さまも早く早くー!」

 

<春蘭>「ははは。分かったというに」

 

<華侖>「あ、季衣ー! あたしも置いてっちゃダメっすー! ほら、急ぐっすよ、司っち!」

 

 こうして俺たちは盗賊退治の大仕事を終え、城へと帰ってきた。これから先、俺が想像もしない出来事が巻き起こってくることは言うまでもない。

 




次回は第三章に入る前に拠点フェイズを入れます。お楽しみください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拠点フェイズ5

お久しぶりです。四ヶ月以上も遅れて申し訳ございません。
今年の投稿はこれが最後かもしれません。
二章最初の拠点フェイズは春蘭・秋蘭編でございます。お楽しみください。


<春蘭>「おい、(しゅう)(らん)。皿はこちらに置いておけばいいのか?」

 

<秋蘭>「ああ、姉者。その皿は菓子と一緒にこちらにまとめておいてくれ」

 

<春蘭>「承知した」

 

<秋蘭>「……ふむ。茶の支度としては、こんなものか」

 

<春蘭>「なに? ……おいおい秋蘭。この程度で、本当に()(りん)さまに喜んでいただけると思っているのか?」

 

<秋蘭>「どういう意味だ、姉者?」

 

<春蘭>「茶と茶菓子の準備をしただけで、華琳さまに喜んでいただけると思っているのか? と聞いたのだ」

 

<秋蘭>「祝いの席や酒宴なら、余興の一つでも考えるだろうが……この席はそういうものではあるまい? いつもの日課だぞ?」

 

<春蘭>「その考えが既にいかん。日々の穏やかな生活の中にもちょっとした驚きと楽しみを仕込んでこそ、日々に(うるお)いが生まれるのではないか?」

 

<秋蘭>「ふむ。……なら、菓子に季節の花でも添えた方が良いか?」

 

<春蘭>「その程度で喜んでいただけるものかっ! もっとこう、華琳さまが満面の笑みを浮かべて……『よくやったわね。偉いわ(しゅん)(らん)』と私の頭を撫で撫でしてくれるような、素晴らしい案をだなっ!」

 

<秋蘭>「ほほぅ。姉者には、とんでもない妙案があるとみえる。後学のためにも、ぜひ聞かせてもらいたいな」

 

<春蘭>「……戦ばかりのこの時代、何もない穏やかな日常をただ楽しむというのも、悪くないな」

 

<秋蘭>「だろう?」

 

<春蘭>「全くだ」

 

<秋蘭>「まあ、そうだな。強いて何か仕込むとすれば……」

 

<春蘭>「すれば?」

 

<秋蘭>「……檜山(ひやま)でも呼んでみるか」

 

<春蘭>「何故そいつの名前が出てくる!」

 

<秋蘭>「別に不思議では無かろう。檜山のこと、華琳さまは気に入っていらっしゃるようだし……姉者も(けい)(ふぁ)の嫌味を聞きながら茶を飲むよりは楽しかろう?」

 

<春蘭>「なっ!? 華琳さまはともかく、どうしてそこにわら……っ、わたしのままえも出てくるのだっ!」

 

<秋蘭>「……姉者。噛み噛みだぞ」

 

<春蘭>「……くぅぅ」

 

<秋蘭>「で、どうする? あ奴がいれば、華琳さまには少々新鮮な驚きを提供できると思うが?」

 

<春蘭>「ふむ……そうだな、わたしの好みは置いておくとして、華琳さまに喜んでいただけるならば、あいつを呼んでやるのも一興かもな」

 

<秋蘭>「なら檜山を呼びに行こう。確かこの時間は警邏(けいら)から帰ってくる頃だそうだ」

 

<華琳>「あら、今日はここでお茶にするつもり?」

 

<春蘭>「はいっ! 華琳さまっ! 既に準備は万端に整っておりますっ! ささ、早く早くっ!」

 

<秋蘭>「…………姉者」

 

 

 

 

 

<司>「ふう。貰ったのはいいが、多かったな」

 

 少なめに貰ってきたつもりだったが、いざ運んでみると結構な量だった。今更返しに行くわけにもいかないため、このまま運ぶことにした。

 

<司>「ん?」

 

 中庭の近くを通っていると、ふと(いおり)に留まる。

 

<司>「あれは……」

 

 庵をよく見ると、()(りん)(しゅん)(らん)(しゅう)(らん)の三人がお茶を飲んでいた。俺は荷物を持ったまま彼女たちへ向かう。

 

<司>「よう」

 

<華琳>「どうしたの、司。そんな大荷物で」

 

<司>「これか? 庭師たちが庭木の手入れをしてたから、花の咲いてる枝を貰ったんだ」

 

 庭師が言うには、花や実に養分が行き過ぎると木の生育が悪くなるようで、剪定したそうだ。

 

<華琳>「そう、一つ貰えるかしら?」

 

<司>「いっぱいあるからいいぞ」

 

 華琳は俺の抱えた枝から小振りな一本をひょいと取り上げ、それをゆっくり回して眺め始めた。

 

<華琳>「……なるほど。季節の花を愛でるというのも、悪くないわね」

 

 お茶会の最中に季節の花を観賞するのも悪くないな。そんな華琳とは裏腹に、何故か俺を睨んでくる春蘭に気付く。

 

<司>「なんだ? 春蘭も欲しいのか?」

 

<春蘭>「いるか馬鹿者っ!」

 

<司>「……どうしたんだ? そんなに怒って」

 

<春蘭>「怒ってなんかないっ!」

 

 いや、馬鹿者とまで言われて怒ってないなんてないだろ。俺は彼女が何故怒っているのか分からない。まあ、大体のことは分かっているけど。とりあえず俺は秋蘭に視線を向ける。

 

<司>「……なあ、秋蘭」

 

<春蘭>「…………っ!」

 

<秋蘭>「……だ、そうだ」

 

 なるほど。大方俺が華琳に褒められたことが気に食わなかったに違いない。

 

<司>「まあ、そんなことは置いといて……お茶会でもしてたなら俺も誘ってくれよ」

 

<華琳>「来たいなら、それなりの意思表示をしておくことね」

 

<司>「今度からそうする。良いか?」

 

<春蘭>「良い訳がなかろう、とっとと帰れ」

 

 今でも気に食わないのか、春蘭が邪険にしてくる。

 

<司>「ひでぇこと言うなよ」

 

<春蘭>「ひどいのは貴様だ!」

 

<司>「意味が分からん……」

 

 本当にどうしたんだ? 華琳に褒められただけで、ここまで邪険にされるようなことしたか?

 

<秋蘭>「だが、初めは姉者も檜山(ひやま)を呼ぼうかと言っていたのだぞ?」

 

<司>「ん? そうなのか?」

 

 秋蘭から以外なことを言われた。まさか俺を誘うつもりだったようだ。恐らくここまで怒るのは素直になれないからだと理解した。しかし———。

 

<春蘭>「…………何?」

 

 当の本人は拍子抜けた表情を浮かべて秋蘭を見る。

 

<秋蘭>「忘れたのか、姉者。華琳さまに喜んでいただけるならば、檜山を呼ぶのもまた一興、などと言っていたではないか」

 

<春蘭>「…………?」

 

<司>「おいおい……忘れたのか?」

 

<春蘭>「何を言う! 忘れてなどおらぬ!」

 

 いや、妹に言われても思い出せないなんて重傷だぞ。

 

<司>「だったら呼んでくれれば良いのに」

 

<春蘭>「そもそもそんな事、考えるはずなかろう!」

 

<秋蘭>「やれやれ……」

 

 言い切りやがったぞコイツ……。

 

<華琳>「そんなことを考えていたの? なら、もう少し遅めに来た方が良かったかしら」

 

<春蘭>「そんなことはありません華琳さま! 我々は華琳さまのために茶の支度をしていたのです! そこに華琳さまが都合を合わせるなどっ……!」

 

<司>「大体秋蘭も覚えてたなら、言ってくれれば良かったのに」

 

<秋蘭>「姉者がどこで思い出すか見てみたくてな」

 

<司>「……お茶会が終わっても絶対思い出さないと思うけど?」

 

<秋蘭>「まあ、そうだろうな」

 

 たまに思うが、秋蘭もひどいな。春蘭とは別の意味で。

 

<秋蘭>「華琳さま。お茶のお茶のお代わりは如何ですか?」

 

<華琳>「そうね。もらおうかしら」

 

 華琳はコップに注がれたお茶を一口飲んでから口を開いた。

 

<華琳>「ただ、この件…… 忘れた春蘭にも問題はあるけれど……忘れられた鎗輔にも、ある意味問題はあるわよ?」

 

<春蘭>「だそうだぞ、檜山!」

 

<司>「お前も褒められてないぞ?」

 

<春蘭>「……な、なんだとっ!」

 

 春蘭は驚愕の声を上げる。まさか気付いてなかったとは……。

 

<華琳>「ええ。別に春蘭を褒めている訳ではないのよ?」

 

<秋蘭>「うむ。本来なら姉者が忘れなければ済んだ話だしな」

 

 いや、その件は秋蘭にも原因があるんだけど……。

 

<春蘭>「そ、そうなのか……」

 

<華琳>「実際、司が春蘭に忘れられるような人物だったことが問題なのよ。春蘭が絶対忘れないほどの人物になれば、全ては丸く収まるでしょう?」

 

 仮面ライダーというこの世界には無い力を持っているのに、それでも忘れられるなんて悲しいぞ。

 

<司>「普通忘れるか? 自分で言うのもなんだが、個性的ではあると思うが……」

 

<華琳>「それ以上に凄くなるように努力することね」

 

<秋蘭>「どうしたんだ、姉者。そんな真剣な顔をして」

 

<春蘭>「うむ。どうすれば、こういうことを忘れずに済むだろうか……と考えてな」

 

 どうやら本人も気にしているようだ。

 

<秋蘭>「ふむ……。私はそうそう忘れたことがないから、何とも言えんが……」

 

<春蘭>「華琳さまは如何ですか?」

 

<華琳>「私も忘れたことがないから、その辺りの助言は出来ないわね。ただ、今回の件は司のことだったから問題はないけれど……大事な報告や任務を忘れないようにする工夫は、考えておいても良いかもしれないわね」

 

 まあ、忘れないようにする方法は一つある。

 

<司>「まあ、メモでも取るしかないな」

 

<春蘭>「……めも?」

 

<司>「小さな紙片とか、手の平とかに、忘れそうなことや大事なことを書き残すんだ。それを後から確認すれば忘れずに済むだろ?」

 

<春蘭>「なるほど、貴様にしては悪くない案かもしれん」

 

 俺にしてはって言葉がムカつくが、これなら誰でも出来る。

 

<秋蘭>「そういえば姉者、この後街へ新しい装備の品定めに行く予定だったよな」

 

<春蘭>「おお、忘れるところだった。ならば早速、そのめもとやらを試してみるか…… ()()! 季衣はおらんか!」

 

 春蘭の呼びかけに季衣が飛んでやってきた。

 

<季衣>「はいっ! ってあー! みんなでお菓子食べててずるいですっ! ボクも食べたいー!」

 

<春蘭>「やれやれ。後でちゃんと分けてやるから」

 

<季衣>「約束ですよ? で、何ですか?」

 

<春蘭>「うむ。筆と(すずり)を持てい!」

 

<季衣>「はいっ! で、書くのは紙ですか? それとも竹簡でいいですか?」

 

<春蘭>「いらん! 手に書く!」

 

 …………は?

 

<華琳>「…………」

 

<秋蘭>「…………」

 

 春蘭の言葉を聞いた華琳と秋蘭は呆れた表情を浮かべる。

 

<季衣>「…………はい?」

 

<春蘭>「めもというやつだ! 紙はいらんから、筆と硯だけ持って来い!」

 

<季衣>「はぁ。それでいいんなら……」

 

 そう言って季衣は春蘭の指示に従って筆と硯を取りに向かう。

 

<司>「おい、春蘭……」

 

<春蘭>「声を掛けるな! めもをする用件を忘れてしまうではないか!」

 

<華琳>「…………」

 

<秋蘭>「…………」

 

 しばらくすると、季衣が筆と硯を持って戻ってきた。

 

<季衣>「春蘭さまー! 持ってきました!」

 

<春蘭>「うむ、良くやった!」

 

 書道用の筆と硯を受け取った春蘭は筆にどっぷりと墨を含ませて、己の手の平に押し当てる。

 

<春蘭>「ええっと、街へ新装…………」

 

<華琳>「…………」

 

<秋蘭>「…………」

 

<季衣>「…………」

 

 まさか本当に手の平に書くなんて……。

 

<春蘭>「檜山!」

 

<司>「……何だ?」

 

<春蘭>「用件が全部書けんではないか! 街へ新装では意味が分からんぞ! 新装開店か!」

 

 春蘭はこっちに(てのひら)を見せて滅茶苦茶怒り出した。もちろん掌には、春蘭の性格そのままの極太文字が……って。

 

<司>「おい、掌から墨垂れてるぞ」

 

<春蘭>「うおっ! これでは手の平が真っ黒になっただけではないか!」

 

<司>「いや、普通紙に書くだろ……」

 

 百歩譲って手に書くとしたら細い筆でもう少し小さな字で書くのが普通だ。

 

<秋蘭>「……檜山。あれは正しいめもとやらの使い方なのか?」

 

<司>「いや、絶対違う」

 

 この時代にはボールペンがないからこちらの感覚で言った俺も悪いが、墨を使うなら普通は紙だろう。

 

<華琳>「そもそも、筆と一緒に紙も持って来させれば済む話じゃないの」

 

<春蘭>「……むぅぅ。確かに」

 

 春蘭は華琳の言葉に納得した後、俺の方へと向き直る。

 

<春蘭>「檜山。貴様の案、全く役に立っておらんぞ……」

 

<司>「たった一度失敗しただけだろ? 今度は紙に書いておけばいいよ」

 

<春蘭>「そうか……」

 

<季衣>「あの、春蘭さま? 難しいお話しをしてるところすみませんが……ボクのお菓子……」

 

<春蘭>「ああ、季衣はよくやってくれた。わたしの分で良ければ、好きに食べて良いぞ」

 

<季衣>「やったぁ。じゃ、いっただっきまーす!」

 

 満面の笑みを浮かべて春蘭の皿のお菓子を口に運ぶ季衣。空気を読んでないけど、今はこの空気の読まなさ加減が逆に(いや)される。

 

<季衣>「あ、これ美味しいですね! どこのお菓子なんですか?」

 

<秋蘭>「この間、南の市に新しい菓子屋が出来ただろう。そこで買ってきてみた」

 

<季衣>「ああ、あの端っこに出来たお店ですか? あそこ、まだ行ったことないんですよねー。今度行ってみようかな……。あ、これも美味しいっ!」

 

<華琳>「それは私も聞きたいわね。どこで買ってきたの?」

 

<秋蘭>「は。そちらも同じ菓子屋で、一番人気の饅頭だそうで」

 

 春蘭は季衣が菓子を美味しそうに頬張る様子を見て、羨ましいそうな表情で見つめていた。

 

<春蘭>「……なぁ、季衣」

 

<季衣>「何ですか? 春蘭さま」

 

<春蘭>「わたしも一つ、もらっていいか?」

 

<季衣>「はい。もちろんですよ!」

 

 季衣は最後の菓子を、ひょいと春蘭に差し出した。

 

<司>「……って、おいっ!?」

 

<秋蘭>「姉者……!」

 

 春蘭は季衣の手にした菓子を受け取ろうとする。しかし、その手は先ほど墨で汚れていた。

 

<春蘭>「……なっ!?」

 

 やっと気付いた。春蘭が掴んだ菓子は墨で真っ黒になった。

 

<春蘭>「檜山ぁぁぁっ!」

 

<司>「……何だ?」

 

<春蘭>「大事な菓子が墨で真っ黒になってしまったぞ! どうしてくれる!」

 

<司>「いや、お前の不注意だろ……」

 

 流石に今のは彼女が悪い。

 

<秋蘭>「……姉者、手拭きだ」

 

 秋蘭から差し出された手拭きを受け取った春蘭は、墨で汚れた手を拭きながら言葉を続ける。

 

<春蘭>「役に立たんばかりか、今度はこうしてわたしが菓子を食うのまで邪魔するとは……! めも、何と恐ろしい罠……!」

 

<司>「…………」

 

 口調は真剣だが、やってることは格好よくない。

 

<華琳>「本当はどうやって使うものなの?」

 

<司>「細い筆で小さな紙や手の隅にちょっとした用件を簡単に書き留めるだけさ。忘れそうになったらそれを見て確認するんだ」

 

<華琳>「なるほど」

 

 納得した華琳は春蘭の方へと向く。

 

<華琳>「……方法に致命的な間違いがあったようね」

 

<春蘭>「なんですとっ!」

 

<華琳>「秋蘭。貴女は理解した?」

 

<秋蘭>「は。概ね」

 

<華琳>「なら後で、正しいめもの使い方を春蘭に教えておくように。使いようによっては、仕事が捗るようになるでしょうよ」

 

<秋蘭>「御意」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<司>「ふう、陳留に現れたか……」

 

 数日後、俺は警邏(けいら)を終わらせ、大事な資料を運んでいた。街の警備をしていると、ワームが一体現れたため、ディケイドに変身してやっつけたのだ。

 

<司>「被害はなかったからよかった……あ」

 

 その途中、俺は廊下で春蘭と出くわした。

 

<春蘭>「おう、檜山(ひやま)

 

<司>「どうしたんだ、(しゅん)(らん)……ん?」

 

 春蘭は両脇に大量に巻いた竹簡を抱えていた。

 

<司>「大荷物だな、それ」

 

<春蘭>「うむ、めもだ」

 

<司>「……は?」

 

 その巨大な竹簡がメモとは思えなかった。

 

<司>「いや、そうには見えないけど……」

 

<春蘭>「必要なことを端からめもにしていたら、こんなになってしまってな……。紙はもったいないから、竹簡にしたら、このザマだ」

 

<司>「どのくらい長いんだ?」

 

<春蘭>「広げればあの曲がり角くらいなら届くと思うぞ?」

 

 春蘭はそう言って十数メートル先にある曲がり角を指差した。

 

<春蘭>「やってみせようか?」

 

<司>「いや、しなくていい」

 

<春蘭>「…… それは助かる。これをちゃんと巻き取るのも、ひと苦労でな」

 

 そういえばあのお茶会の後、(しゅう)(らん)から正しいメモの使い方を教えてもらった筈。

 

<司>「どうしてこうなったんだ?」

 

<春蘭>「うむ。秋蘭から聞いた使い方に、わたしなりに改良してみたのだが」

 

 十中八九そんなことだと思っていた。

 

<春蘭>「これだけあっては、どこに何を書いたか分からんと来た。……めもというものは、本当に便利なのか?」

 

<司>「人には向き不向きがあるからな。春蘭は忘れたら困ることは、秋蘭や季衣(きい)に覚えてもらったほうがいいのかもしれんな」

 

<春蘭>「……うむ。わたしもそう思うんだ」

 

<司>「そっか……」

 

 メモは誰でも出来ることだと思っていた。しかし春蘭だけは例外だと思い知る。春蘭が物忘れしないようにするには秋蘭たちに頼るしかないだろう。

 




次回は華侖・柳琳編です。お楽しみください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拠点フェイズ6

予告通り、華侖・柳琳編です。


<司>「あちい〜……なんて暑さだ……」

 

 朝食を済ませた俺は、食後の運動がてら城内を散歩していた。午後から街の警邏(けいら)のため、時間を持て余していたからだ。

 

 しかし、さわやかな朝の空気はどこにもない。むわっとした熱気が辺りに充満している。

 

<司>「喉が渇いた……」

 

 朝食の時、あまり水を飲まなかった俺は喉の渇きを感じていた。そのため近くにある井戸を探している。

 

<司>「確かこの辺りだったな……」

 

 渡り廊下を抜けて庭園に出てみると、林の向こうから水を撒くような大きな音が聞こえた。

 

<司>「あそこか」

 

 俺は音がした方向へと向かい、林の中を進むとそこに井戸があった。しかしその近くで妙な光景を目にして硬直する。

 

<司>「…………はっ?」

 

<華侖>「はー、気持ちいいっす♪」

 

 そこには井戸の水で水浴びをする()(ろん)の姿があった。しかも全裸で……。

 

<司>「うあっ!?」

 

<華侖>「おおおっ、司っち!? どうしたっすか! そんなにおっきい声出して……」

 

 俺が驚いて大きな声を上げると、華侖は俺に気付いて視線を向けた。

 

<司>「い、いや……こっちの台詞だ。な、なんで裸なんだ!」

 

<華侖>「え? 水浴びしてるからに決まってるっす。司っちは服を着て、水浴びをするっすか?」

 

 華侖は不思議そうな表情で質問を返してくる。

 

<司>「そういうことじゃない!」

 

 真っ昼間の庭園で、一糸まとわぬ裸体を堂々とさらしながら、水浴びをしている最中だった。

 

 俺は見ないように視界を手で覆う。女の子の裸は目に毒だ。

 

<華侖>「あははっ、司っち。なんだかおかしいっすよ?」

 

<司>「いや、これが普通の反応だから……」

 

 井戸があってもこんなところで裸になるのは絶対に有り得ない。

 

<司>「大体なんで素っ裸なんだ!」

 

<華侖>「はいっす、水浴びしてるっすから」

 

<司>「いやそれは分かってる。なんで水浴びしてるんだってことも含めて……」

 

 華侖は堂々と答えるが、俺が言っていることを理解していない様子だ。

 

<華侖>「今日は暑いからっす」

 

<司>「い、いや……水浴びがしたいなら、風呂とか部屋でしろよ」

 

<華侖>「この時間、お風呂は掃除してるっすよ? それに部屋だと……」

 

 そう言ってる途中で再び水捌きの音がする。恐らく井戸にある桶で頭から水を被っているのだろう。

 

<華侖>「ひゃー、気持ちいいっす♪ ほら、部屋だったら、こんな風に頭からザバーンと水を被れないっす」

 

<司>「いや、手拭いで濡らして体を拭けばいいだろ。とにかく早く服を着ろ! こんなところ誰かに見られたら———」

 

<華侖>「……?」

 

 俺は必死に華侖に服を着るように促すが、彼女は分かってもらえない。

 

<華侖>「司っち、もしかして自分が水浴びしたいっすか?」

 

<司>「え?」

 

<華侖>「あははっ、代わってほしかったっすね? いいすよー、だったら司っちも一緒に水浴びするっす♪」

 

<司>「なんでそうなる!?」

 

 華侖はとんでもない勘違いをし、全裸で俺に駆け寄ってきた。

 

<華侖>「ほら、脱がせてあげるっす」

 

<司>「お、おい!?」

 

 濡れた体で飛び付いてきて、俺の上着を脱がそうとする。

 

<司>「ま、待ってくれ華侖……!」

 

<華侖>「いいから裸になるっす!」

 

<司>「だから待ってくれって!!」

 

 俺は必死に抵抗していると、背後から低い声が聞こえた。

 

<???>「姉さん……」

 

<司>「……!」

 

<華侖>「ふぇ?」

 

 この声には聞き覚えがある。華侖もピタリと動きを止め、俺と共に恐る恐る振り向く。

 

<柳琳>「ふふふふ……司さんも……何をされているのでしょうか……?」

 

<華侖>「あっ、柳琳(るーりん)

 

 そこには気迫のある笑顔で俺たちを見つめている柳琳が立っていた。

 

<柳琳>「ふふふふふ……うふふふふ、ふふふふ……」

 

<司>「ま、待ってくれ柳琳! これは誤解だ!」

 

 全裸の姉と脱がされている俺を見れば誤解されてもしょうがない。俺は誤解を解こうとする。

 

<柳琳>「はい、もちろん誤解でしょうね……ふふふふふ、うふふ、ふふふふふ……」

 

<司>「絶対分かってないだろっ!!」

 

 

 

 

 

<司>「……本当に誤解だからな?」

 

<柳琳>「大丈夫です。そもそも誤解をしていませんので」

 

 俺は何度も柳琳(るーりん)にそう言う。

 

<柳琳>「姉さんが水浴びしているところに偶然通りがかったら……無理矢理、姉さんが司さんも誘って脱がせようとしてたんでしょう?」

 

<司>「ああ、そういうことだ……」

 

 説明するまでもなく、柳琳はすぐに状況を理解してくれた。その割にあの笑顔は、ものすごく怖かった。

 

 とりあえず俺たちは衣服を正して、庭園にある(いおり)へと移動していた。

 

<華侖>「はー、さっぱりしたっす♪」

 

 騒ぎの本人は反省していない様子で服を着て戻ってきた。

 

<柳琳>「姉さん、何度も言ってるでしょう? いくら暑いからって、あんな場所で水浴びしちゃ駄目。部屋ですればいいじゃないの」

 

<華侖>「部屋でやると、びちゃびちゃになるっすよ?」

 

 柳琳は姉である()(ろん)に注意する。

 

<柳琳>「手拭いを濡らして身体を拭くとか、やり方はあるでしょう?」

 

<華侖>「そんなの水浴びじゃないっす。やっぱり頭からザッパーンと、桶で水を浴びないとっ」

 

<柳琳>「それでも———」

 

<華侖>「もー、何が駄目っすかー?」

 

 華侖は柳琳の言っていることを全く聞き入れようとしない。

 

<柳琳>「何度も何度も言ってるでしょ? 姉さんは曹家の一員なの。その姉さんが真っ昼間にお城の庭で裸になって……もしもそんな姿を兵たちに見られたらどうするの?」

 

 柳琳は負けじと穏やかな口調でこんこんと説教をする。

 

<柳琳>「姉さんの恥は一族の恥、曹家の恥でもあるのよ? 華琳さまのお名前にまで傷がついてしまうわ」

 

<華侖>「……?」

 

 しかし華侖はまるでピンときていない。まあ、本人が脱ぎたがりな性格だから分かってもらうのは難しい。

 

<華侖>「そうだ、司っち!」

 

<司>「ん?」

 

<華侖>「天の世界では、水浴びはどうしてるっすか?」

 

 柳琳の説教に飽きたのか、俺に話を振ってきた。

 

<司>「水浴びか? まあ、俺の住んでた世界とそんに変わらないぞ」

 

<華侖>「ご飯はどうっすか?」

 

<司>「え……? ご飯?」

 

 話があっちこっちに飛ぶ。水浴びでサッパリしたから、今度はお腹が空いたのだろう。

 

<柳琳>「それは私も興味ありますね。天の世界では、どのような食事をされていたのですか?」

 

 柳琳も興味を持ったようで華侖に続いて俺に聞いてきた。

 

<司>「んー、そうだな……」

 

 元いた世界ではほとんど洋食を食べていたからな。話すとややこしくなるから違うのを話すか。

 

<司>「俺が食べてたのは和食かな。魚や野菜が中心のあっさりした料理だ」

 

 和食は子供の頃はよく食べていたが、高校生になって以降はほとんど食べていない。けれど偶に母さんが作ってくれた味噌汁は美味かったな。

 

<華侖>「あたしも魚は大好きっす」

 

<柳琳>「どんな味付けなのでしょう?」

 

<司>「主食は米で、汁物は味噌汁かな。おかずは醤油を使って……あ、味噌は知ってる?」

 

 味噌は確かこの時代に無かったような……。

 

<華侖>「みそ? しょーゆ?」

 

<柳琳>「い、いえ、存じません」

 

<司>「味噌はまだこの世界にないかな。いや……ここでは(チァン)のことか。醤油も確か似たようなものかな」

 

<柳琳>「なるほど……」

 

 醤は俺がこの世界で生活してから何度か聞いた言葉だった。

 

<司>「魚は普通に塩焼きで、後は野菜の煮物だな」

 

<柳琳>「はー……」

 

<華侖>「司っちは物知りっすねー」

 

 柳琳と華侖はそれぞれに感心した表情を浮かべる。

 

<司>「いやいや、俺のいた世界じゃ誰でも知ってる常識を喋ってるだけさ」

 

<柳琳>「いえ、勉強になります。やはり司さんも故郷の味が懐かしくなったりするものでしょうか?」

 

<司>「時々かな」

 

 中華はこの世界に来る前から何度も食べ慣れているから、偶に恋しくなる時はある。

 

<柳琳>「そうですか……あの、もしよろしければ、天の世界の食事について、もっと詳しく教えていただけないでしょうか?」

 

<司>「ああ、いいぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中は曹姉妹と話し込んで、昼食も三人で食べた。

 

 (るー)(りん)も珍しく時間に余裕があったようだ。昼食後はさすがに仕事へ戻っていったが。

 

 ()(ろん)は例によって、気が(おもむ)くままにどこかへ行ってしまった。

 

<司>「ふぅー……こればかりは仕方ないか」

 

 俺は桶の水で手拭いを濡らして体の汗を拭ってる。

 

 昼食後は街の警邏(けいら)へと向かい、暑い中仕事をしていた。今回は得に問題が無く、怪人も現れなかった。

 

 夕方になるまで警備隊の仕事をし、現在に至る。

 

<司>「今日は暑かった……俺の世界がどれだけ恵まれていたのか実感するよ」

 

 風呂まで我慢出来なくて、部屋の中で水浴びだ。華侖の気持ちも分かる。

 

 チマチマ拭いてないで、井戸でザバーンと頭から水を被りたくなる。

 

<司>「そうだ、現像した写真をよく見てなかったな」

 

 俺は水浴びを終わらせ、今日まで撮った写真を確かめる。

 

 この世界に来てから一度も現像しなかったので、昨日はこの世界で撮ったものを全て写真に収めていた。

 

<司>「……こんなものか」

 

 現像した写真には、華琳と(しゅん)(らん)(しゅう)(らん)が和気藹々としている姿や、華侖が柳琳に怒られている姿など沢山ある。

 

 この世界に来てから仕事ばかりで写真を撮る時間が少なかった。腕は落ちていないが、可もなく不可もない出来前だった。

 

 すると部屋の扉からノックをする音が聞こえた。

 

<司>「ん、はい」

 

<柳琳>「私です」

 

<司>「柳琳?」

 

<柳琳>「入ってもよろしいですか?」

 

<司>「いいぞ」

 

 水浴び中だったら少し待たせるが、現像した写真を確認しているだけだから俺は返事をする。

 

<柳琳>「失礼します……」

 

 入室してきた柳琳は、両手にお盆を持っていた。それに目を向けると、俺は驚いた。

 

<司>「柳琳、それ……」

 

<柳琳>「はい。司さん、夕食はまだですよね?」

 

 お盆には料理の器が並んでいて、とても懐かしい匂いが漂ってくる。

 

<司>「あ、ああ……そろそろ行こうかと思ってたけど、もしかして……」

 

<柳琳>「はい。ちょうど良かったです。もし……よろしければ、召し上がっていただきたくて……」

 

 白米にワカメの味噌汁、根菜の煮に焼き魚……間違いない、和食だ。

 

<司>「もしかして、作ったのか?」

 

<柳琳>「ふふ、上手に出来たか自信はありませんけど、司さんのお話を聞いて、私なりに作ってみました」

 

 そう言って柳琳は机に料理の器を並べる。

 

<司>「おお……」

 

 俺は並べられた料理を覗き込むと無意識に感激の声を上げた。見るだけで美味しそうだ。

 

<柳琳>「……いかがでしょう?」

 

<司>「食べていいか?」

 

<柳琳>「は、はい、もちろん……!」

 

<司>「い、いただきます……!」

 

 俺はすぐに席へ着いて、箸を手に取る。それからは夢中で柳琳の作ってくれた料理を口に運んでいく。

 

<司>「美味い! 味も完璧……いや、究極だ!」

 

<柳琳>「良かった……」

 

<司>「あの話だけで作るなんて……」

 

<柳琳>「はい。司さんがお話ししてくれたしょーゆやみそは(ちぁん)に近いものだというので、お話を参考に調理してみました」

 

<司>「そっか……」

 

 味噌汁を口にすると懐かしくなる……。味噌汁のしょっぱさ、焼き魚の器にある大根おろしの苦味、煮物の甘辛さ……間違いなく和食だ。

 

<司>「もぐ、もぐ……美味い……」

 

 美味いのは確かだが、俺は心の底から温かくなるのを感じる。

 

<司>「柳琳。ありがとう、俺のために…………ごちそうさま」

 

<柳琳>「ふふふ、そこまで喜んでいただけるなんて、私の方が光栄です」

 

 器にあるものを残さず平らげ、箸を置いて柳琳に向かって手を合わせる。

 

<司>「でも、どうしてなんだ? 俺のためにこんなことまでしてくれて……」

 

<柳琳>「司さんはお客様です。私も曹家の一員として、おもてなしをするのは当然のことですから」

 

<司>「そっか……ありがとな、柳琳」

 

<柳琳>「いえ……」

 

 俺は重ねてお礼を言うと、柳琳は照れ臭そうに頬を染めた。

 

<司>「それにしても、あの話だけで作れるなんて……柳琳はよく料理をするのか?」

 

<柳琳>「そうですね。料理人はいますけれど、私自身もよく作ります」

 

 まあ、ここまで和食を再現出来るならそりゃしてるか。

 

<司>「そうか。お姫様だから料理なんてしない印象だった」

 

<柳琳>「いいえ、やはり曹家の人間として、私も料理くらい出来なければ」

 

<司>「そんなものなのか? 華侖や(えい)()が料理してるところは想像できないな……」

 

<柳琳>「あはは……まあ、人それぞれですから」

 

 なるほど、あの二人はしないんだな。

 

 それは置いといて、柳琳はいつも自分が『曹家の人間』という部分を意識しているみたいだ。

 

 しかもそれに、ものすごく高いハードルを設定している傾向がある。

 

 立派とは思うが、そのことに気を張り過ぎているかもしれない。少し心配に感じた。

 

<華侖>「司っちー!」

 

 柳琳のことを心配していると、部屋の扉が強烈な勢いで開いて華侖が入ってきた。

 

<司>「っ!?」

 

<柳琳>「ね、姉さん。もっと静かに扉を開けて。それに誰かの部屋を訪ねる時は、まずは廊下で声を掛けてからじゃないと……」

 

<華侖>「あっ、柳琳もいたっすか」

 

<柳琳>「姉さん、聞いてる?」

 

<華侖>「うん、聞いてるっす。鎗輔っち、晩御飯、持ってきてあげたっすよー!」

 

 華侖は両手にお盆を持っていた。そしてそのお盆から、何やら得体の知らない匂いが漂ってくる。

 

<柳琳>「それ……どうしたの?」

 

<華侖>「これは司っちの故郷の味っす! あたしが自分で作ったっす!」

 

<柳琳>「ええええ? 姉さんが料理を?」

 

<柳琳>「そうっすよ? あれ? 鎗輔っち、もしかして晩御飯、もう食べた後っすか?」

 

 華侖が机の食器に気付いた。というか、華侖は料理しなかったと聞いていたが……。

 

<柳琳>「まさか姉さんも作ってくるなんて……」

 

<華侖>「え?」

 

<柳琳>「私も作ったの。お部屋にお持ちして、今さっき、食べていただいたばかりなのよ」

 

<華侖>「あっ、そうだったっすか」

 

 華侖が料理をする姿は想像できないが、せっかく作ってくれたのなら有り難くいただくとしよう。

 

<司>「ありがとな、華侖。いただくよ」

 

<華侖>「はい! どうぞっす!」

 

 俺は感謝しながら華侖の料理を受け取った。

 

<柳琳>「ふふふ、姉さんも私と同じことを考えていたのね……」

 

 柳琳も嬉しそうだ。似てないと思っていたがやっぱり姉妹なんだな。

 

<華侖>「同じこと?」

 

<柳琳>「だって、和食を作ってみたんでしょう?」

 

<華侖>「そうっすよ。司っちが喜ぶと思ったっす」

 

<司>「ああ、すごく嬉しいよ」

 

<華侖>「へへー」

 

 姉妹で同じおもてなしをしてくれるなんて、胸がいっぱいだ。

 

<柳琳>「作り方、難しくなかった?」

 

<華侖>「そんなの簡単っす。醤に似てるのを使うって聞いたっすから、醤と厨房にあるのを片っ端から放り込んでみたっす!」

 

<司>「へ?」

 

 華侖の言葉を聞いた俺は恐る恐るお盆の容器を覗き込んだ。俺はその中身を見て思わず驚いた。

 

<柳琳>「片っ端から? ……っっっ!?」

 

 柳琳も料理を覗き込んで顔を強張らせる。

 

<司>「なあ、確認するが……華侖って、今まで料理したことってあるのか?」

 

<柳琳>「多分一度も……」

 

<華侖>「初めてにしては上手くできたっすねー」

 

 華侖は自信満々のようだが、ご飯や味噌汁、焼き魚はとにかく黒い。恐らく全部に醤を使ったに違いない。

 

<柳琳>「司さん、お腹いっぱいなんじゃ……?」

 

 柳琳は姉が傷付かないように、俺を止めようとする。

 

<司>「…………」

 

 正直食べる気が失せてきた。しかし、せっかくの好意を無駄にはできない。

 

<司>「ま、まあ……とりあえず食べてみようかな」

 

 俺は覚悟を決めて、真っ黒なペーストを箸で摘んで口に運ぶ。

 

<司>「むぐ…………ッッッ!!!!!?」

 

<柳琳>「司さん!?」

 

<司>(か、辛ぃぃぃ!! しょっぱい!! 辛い! しょっぱいっ!!)

 

 予想通りの味だった。とにかく辛い、しょっぱいのみで食材の味がまるでしない。

 

 それでもどうにか耐えながら、完食を目指して箸を進める。

 

<司>「む……ぐ……むぐ……」

 

<華侖>「ふふー、美味しいっすか? 司っち」

 

<司>「あ、ああ……お、美味しいぞ」

 

<華侖>「あー、司っち! 懐かしくて、涙が溢れてるっす!」

 

 この涙は別の意味で流れているけどな。

 

 翌日、俺は盛大に腹を下して寝台で横になって一日を過ごしていた。

 




次回は香風編です。お楽しみください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拠点フェイズ7

予告通り、香風編です。


 この日は非番だった。カメラのメンテナンスをしている途中、部屋の扉がトントンと叩かれる音がする。

 

<栄華>「檜山(ひやま)さん! いらっしゃる!? ……のっくというのは面倒な風習ですわねぇ」

 

 (えい)()から訪ねてくるとは珍しい。

 

<司>「ん? 栄華か? 今開けるぞ……」

 

<栄華>「戸は開けなくて結構ですわ。わたくし、ちょっと急いでおりますの」

 

<司>「分かった。それで用件は?」

 

<栄華>「今日は貴方、非番でしたわね? わたくし、ちょっと手が離せない仕事が出来てしまいましたの。わたくしの代わりに、店に物を取りに行って下さらない?」

 

 今はカメラをいじっているがもうすぐ終わるから問題ないだろう。

 

<司>「……いいぞ。それでどの店に行けばいいんだ?」

 

<栄華>「それでしたらここに店の名前と駄賃を置いていきますから。一応お礼もしますわ。よろしくお願いしますわね」

 

 そう言って栄華は早足で立ち去っていく。まさか栄華がお礼をしてくれるなんて……。

 

<司>「よし、終わった……」

 

 カメラのメンテナンスを終わらせた俺は、部屋を出て店の名前が書かれた紙と金を手にする。そこでふと思い出す。

 

<司>「しまった……いつ持っていけばいいか聞くのを忘れたな」

 

 けれど買い終わったら栄華の部屋の前に置いておけばいいと思い、俺は街へと向かう。

 

<兵士>「檜山さまー!」

 

 すると前から警備隊の兵士が慌ててやって来た。

 

<司>「どうした? そんなに急いで?」

 

<兵士>「大変です……南地区に怪人が現れました!」

 

<司>「なにっ!?」

 

 まさか非番の日に現れるとは思わなかった。まあ、彼らに休みなんてあるはずないか。

 

<司>「分かった。すぐに向かう」

 

<兵士>「はっ」

 

 俺は報告に来た兵士と共に街の南地区へと向かった。

 

 

 

 

 

<司>「ふぅ……」

 

 俺は街に現れた怪人を倒した後、栄華から頼まれたお使いを終わらせた。

 

<司>「先週はワームで、今日はグロンギか……」

 

 今回現れた怪人はグロンギ。人類に近い戦闘部族で、他の怪人と違って統率が取れている化け物。

 

 今日は誰も被害は出ておらず、()(りん)に報告するだけだ。ゲゲルについてはまだ分からないが、恐らくこの先何らかの行動を取るだろう。

 

<司>「さてと、(しゃん)(ふー)のところに行くか」

 

 何故香風の部屋に行くかというと、栄華から貰った駄賃の残りを饅頭を買った。

美味しそうな匂いがしたため、香風と一緒に食べようと思ったからだ。

 

<司>「部屋にいるかな?」

 

 香風の行動パターンからして、城壁のあたりで寝転がってても不思議じゃない。部屋にはいないかもしれないと思ったが、念のために尋ねることにした。

 

<司>「香風、いるかー?」

 

<香風>「いるよー?」

 

 香風の部屋に着いて呼びかけると、香風の声がした。

 

<司>「街で饅頭買ってきたけど、一緒に食うか?」

 

<香風>「饅頭……! うん、食べる。入っていーよー」

 

<司>「分かった」

 

 正直女の子の部屋に男が入るのはどうかと思うが、本人がそう言うならいいのだろう。

 

<香風>「お皿、用意した方がいい?」

 

<司>「いや、包みを広げればお皿代わりになるから大丈夫だ。それじゃ、邪魔する」

 

 俺はゆっくりと戸の取っ手に手をかけ、押し開いていった。けれど俺は部屋に入った瞬間、床にある何かに蹴躓いた。

 

<司>「いたっ!」

 

<香風>「あ、ごめん。足下気を付けてっていうの、忘れてた……」

 

<司>「悪い、俺もよく見てなかったから———っ!?」

 

 足をさすりながら俺はゆっくりと顔を上げる。すると俺は部屋の光景を見て硬直する。

 

<司>「な、なんだこれ……」

 

<香風>「え?」

 

<司>「え、じゃねえよ!」

 

 香風の部屋はまるで泥棒に入られたかのように上から下まで散らかっていた。しかもゴミまで床に転がっている。俺は踏まないように気を付けようした時、足の裏に何かべちゃっとしたものが当たった。

 

<司>「ん? なんだこの白いのは?」

 

<香風>「あ、それシャンのお昼の残り……」

 

<司>「おいおいおいおい……!」

 

 なんで食べ物を床に置きっぱなしにしてるんだ。

 

<香風>「まだ残ってた……」

 

<司>「いや、それよりこれはどうしたんだ。この城で泥棒が入る訳でもないし……」

 

 流石にそこまではないと思う。しかしこの散らかりようを見るとそう思われても仕方ない。

 

<香風>「この部屋はいつも通り」

 

<司>「何?」

 

<香風>「シャンの部屋は、いつもこんな感じ」

 

 まさか私生活ではだらしないとは思わなかった。

 

<司>「物がどこにあるか分からないだろ?」

 

<香風>「物覚えはいい方……多分」

 

 いや、多分と言ってる時点でダメだぞ。第一こんな部屋で四六時中暮らしてたら変な病気にでもなりそうだ。

 

<司>「掃除はしてるのか?」

 

<香風>「掃除は…………」

 

 この反応からするとしばらくやってないと推測する。

 

<香風>「したことない。ここに来てから、一回も」

 

<司>「…………」

 

 俺ですら少しは部屋の掃除をするのに、まさかここまでだらしない生活をしていたとは……。

 

 俺とは比べものにならないくらい仕事が出来るのに、こういう所はズボラだと改めて知る。

 

<香風>「……不自由はしてない」

 

<司>「そりゃ香風はしてないだろうけど、とりあえず饅頭食べる前に片付けをしとくか」

 

<香風>「必要?」

 

<司>「当たり前だ」

 

 流石に俺もこの状態で一緒に食べるのは抵抗がある。せめて綺麗にしてからでないと気になってしまう。

 

<香風>「……大丈夫なのに……」

 

 渋る香風の声は聞こえないふりをして、俺はどこから手を付けるか部屋の中を見回す。

 

<司>「山積みの書が崩れてる……俺と香風だけで何とかなるかな?」

 

 そう思っていると、香風の部屋の扉から声が聞こえた。

 

<栄華>「香風さーん!」

 

<柳琳>「お邪魔してもよろしいですか〜?」

 

 声の主は(えい)()(るー)(りん)だ。

 

<香風>「そういえば、約束してた。……どーぞー」

 

 香風が返事をして、二人が扉を開けて俺の顔と対面する。

 

<栄華>「あら、檜山(ひやま)さんもいらしてましたの」

 

<柳琳>「ご機嫌よう、司さん。奇遇ですね」

 

<司>「そうだな……」

 

 そういえば栄華は急ぎの用意があるとか言っていたが、この様子だと終わったのだろう。もしくは———。

 

<司>「そうだ。栄華、お使いは済ましてきたぞ」

 

<栄華>「あら、ありがとうございます」

 

 俺が荷物を手渡すと、栄華は珍しくニッコリ笑った。

 

 それから、部屋の戸の側に荷物を置いて、部屋を(ため)(いき)と共に見渡した。

 

<司>「そういえば栄華、急な用があるって言ってたな。もしかして……」

 

<栄華>「はい、今日の分を早く終わらせてきました。ここが最後の仕事場ですわ」

 

 なるほど。香風が約束してたと言っていたからプライベートな時間を潰してきたのか。

 

<香風>「シャンはいいって言ったのに……」

 

<栄華>「いけません!!!」

 

<柳琳>「そうですよ、香風。流石に……これはいくらなんでも……」

 

 栄華は大きな声で否定し、柳琳は若干引いた表情で言う。

 

<香風>「シャンは困ってないのにぃ……」

 

<柳琳>「香風、兵の皆さんに(じょ)(こう)将軍は整理整頓も出来ない……などという噂が広まったら、士気に関わることもあるかもしれないんですよ?」

 

<香風>「むう……」

 

<栄華>「むくれていないで、支度を始めてくださいませ! 今日は大仕事ですわよ!」

 

 栄華は手をポキポキと鳴らす。

 

<香風>「むむぅ……」

 

<柳琳>「香風、こうなったら栄華ちゃんは止まりませんよ?」

 

<香風>「……わかった」

 

 香風はちょっとしょんぼりしながらも、頷いた。こうして俺も手伝うかたちとなって香風の部屋の掃除を始める。

 

<栄華>「まぁまぁまぁ、書簡を開けっぱなしにして……」

 

<香風>「いちいちしまうの、めんどくさい」

 

<柳琳>「言わんとすることはわからなくもないですけど……ひゃんっ!?」

 

 柳琳がそう言いながら掃除をしていると、突然驚いた。

 

<司>「どうした柳琳?」

 

<柳琳>「な、何か湿ったものが……」

 

 柳琳が手にしたのは水筒だった。しかも湿っていると言うことは、どこか割れているのかもしれない。

 

<香風>「あ、そんな所にあったんだ」

 

<司>「結局忘れてるじゃないか」

 

<香風>「それは予備……あ、違う、底が割れちゃったやつ……」

 

<柳琳>「確かに……ぱっくり割れていますね……」

 

 手に取った水筒の底を見ながら(ため)(いき)を吐く柳琳。そこに栄華が手を伸ばして柳琳から水筒を取る。

 

<栄華>「はい、壊れているものは処分! 処分ですわ!」

 

 水筒をゴミ袋に入れ、再び掃除を始めた。

 

<栄華>「もう……お菓子の包みもこんなにほったらかしにして……」

 

<司>「虫が湧いてないのが奇跡だな……いや、虫すらも避けて通るような部屋だったりして……」

 

<香風>「たまに出る……けど、やっつけるから問題ない」

 

 まあ、ここまで汚かったら出るか。

 

<柳琳>「出るんですかぁ!?」

 

<司>「大丈夫だ。今のところはいないみたいだから……」

 

<柳琳>「い、今のところはって……」

 

<香風>「最近は、あまり見てない」

 

 女の子にとっては知りたくないことだな。

 

<栄華>「きゃあああああああっ!?」

 

 今度は栄華の悲鳴が聞こえた。言った側から虫が出てきたのだろうか。

 

<司>「虫でもいたのか?」

 

<栄華>「い、いえ、今足がべちょって……」

 

 栄華の足を見ると、潰れたご飯の粒がこびりつていた。

 

<司>「俺に次いで二人目の犠牲者か……」

 

<栄華>「香風さんっ!!」

 

<香風>「本当にお掃除に来るなんて思わなかったし……」

 

<栄華>「そういうことを言っているのではありませんの! ご飯は机の上で食べる! 当たり前のことです!」

 

<香風>「部屋の中は全部机みたいなものだし……」

 

 いや、人が通るところだから汚いだろ……。

 

<栄華>「いいえ、ここは床です!」

 

<香風>「書を読んだりもするし……」

 

<栄華>「これからは机で読んでくださいませ!」

 

<香風>「机も床もあんまり変わらない……」

 

<栄華>「い・い・え! 香風さん! いいですか、あっちは机! これは床、ですわ! いいですわね!?」

 

 説教を聞いている限り、母親が子供に説教しているような感じだ。

 

<香風>「うん……床……」

 

<栄華>「床では、飲食禁止! 約束ですわよ!?」

 

<香風>「……分かった」

 

 有無を言わせない勢いで栄華は香風を納得させる。

 

<司>「香風、終わったら一緒に饅頭食べような?」

 

<香風>「うん……ありがとう、お兄ちゃん」

 

<柳琳>「おまんじゅうですか?」

 

<司>「ああ。新製品だっていうから、栄華から貰った駄賃で……」

 

<栄華>「あらあら、そんな無駄遣いをしたんですの? 仕方のない人ですわねぇ。でも、なかなか気も利いていますわね。お片付けが終わったら、皆でいただきましょう。机の上で」

 

 典型的な死亡フラグのような台詞を聞いたぞ。それから作業を再開してからしばらく時間が経った。

 

 魔境と化していた部屋の様子も少しはマシになってきている。

 

<司>「やっと床の色が見えてきた……」

 

<柳琳>「そうですね、相当な前進ではないでしょうか」

 

<司>「それにしても、書物だけでこんなにあるとは……」

 

 床にはお菓子の包みや書物のほとんどが散らかっていた。片付けた書物を机に置いて俺は呟く。

 

<香風>「こういうのも、仕事のうち」

 

<司>「こんな量を読むのにどれくらいかかるんだ……って、寝台の下にもあるぞ」

 

<香風>「読み終わった書物、そこにあったんだ」

 

<司>「は? これを全部読んだのか……?」

 

 寝台の下には結構な量の書物がある。ここに来てから今日まで読み終えるなんて……。

 

<香風>「そんなに大したことないよ。お兄ちゃんも、読めるものだよ」

 

 読めるが、短期間で全部読むのは無理だぞ。

 

<栄華>「ちょっと、香風さん!?」

 

<香風>「今度はどうしたの?」

 

<栄華>「服が書の下から発掘されましたわよ! これはいつ着たものですのっ!?」

 

<香風>「あ、洗濯に出すの忘れてた。うーんと……いつだったかな……忘れた」

 

<栄華>「忘れないでくださいませ!!」

 

 栄華は持ってきた(かご)に次々と発掘品を放り込む。

 

<栄華>「全く、綺麗な布地が台無しですわ……。あぁ! これなんかとっても色合いが素敵なのに」

 

<柳琳>「栄華ちゃん、服はその中でいいの?」

 

<栄華>「ええ。多少綺麗に見えても(ほこり)を被っているでしょうし、総洗濯ですわ。檜山(ひやま)さん! 服は丁寧に扱ってくださいね!」

 

<司>「分かった」

 

 今度はいつ着たか分からないような服があちこちから出土し始め、俺は栄華に言われた通り丁寧に衣服を扱う。

 

 その中にはスウェット風の服も転がっていた。その中には下着らしき衣類も見つけた。

 

<司>「…………」

 

 俺はそれを見なかったフリをして、他の所にある服を畳む。三人は気付いていないようだ。

 

 栄華に見られれば男はやっぱりケダモノとか言われる光景が思い浮かぶからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれだけ悲惨だった汚部屋は見違えるように綺麗になった。テレビでビブォーアフターのBGMが頭の中に流れてくる。

 

 (えい)()が持ってきたゴミ袋はすっかりパンパンになっている。それも一つや二つではない。

 

<栄華>「ふ〜……」

 

<柳琳>「はあ……くたびれました……」

 

<司>「やっと終わったな……」

 

 今日は長い一日だった。非番ではあるが、街で栄華のお使いをして、グロンギを倒して、香風の部屋を掃除。労働は疲れる。

 

<司>「どうだ、すっきりしたか?」

 

<香風>「ん〜……まぁ、確かに」

 

<栄華>「気分もすっきりしたのではありませんこと?」

 

<香風>「それは……よくわかんないけど」

 

 香風にとってはいつもの光景とは違うから分からないのは仕方ないか。

 

<柳琳>「ま、まぁともかく、後はこのゴミを出して、お洗濯をして……ひとまずはお掃除終了ですね」

 

<香風>「……ありがとう、るー様、栄華様、お兄ちゃん」

 

<栄華>「お礼には及びませんわ。わたくし達はお友達なのですから」

 

<柳琳>「ええ。これからも時々様子を見に来ますからね?」

 

 人間そう簡単には変わらないからな。けれど、柳琳や栄華が偶に様子を見に来るのなら香風が掃除をする習慣を身に付くかもしれない。

 

<司>「それじゃあ、仕事が終わったところで饅頭でも食うか」

 

<香風>「……食べる!」

 

 俺たちは饅頭と柳琳が用意したお茶を口にしながら雑談する。そこで俺はあるものを見てしまった。

 

 香風がごく自然な動作で、饅頭の包み紙を床に捨てるところを———。

 




次回は栄華編です。もしかしたら桂花編と組み合わせるかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拠点フェイズ8

前半は桂花編で、後半が栄華編となっております。


 俺が廊下を歩いていると、向こうの方から喧噪(けんそう) ———いや怒声が聞こえてきた。

 

<司>「騒がしいな……誰か喧嘩してるのか?」

 

 向かった先には(しゅん)(らん)(しゅう)(らん)、そして軍師の(けい)(ふぁ)がいた。

 

<春蘭>「うぬぬ、言わせておけば……」

 

<桂花>「全く、これだけ言っても分からないの?」

 

 この状況から考えると、春蘭と桂花が(かん)(がく)々の言い争いをしているようだ。

 

<司>「何かあったのか?」

 

<秋蘭>「おお、檜山(ひやま)。こんなところでどうした?」

 

<司>「警備の仕事が早く終わったから、事務処理をしようと思ってな……」

 

 街の警邏(けいら)を終わらせた俺は、報告書と警備の予算を(まと)めるため自分の部屋に戻ろうとしていた。

 

 今週は問題も起こらず、先週ワームが現れてから怪人は姿を見せていない。

 

 まあ何もないのが一番良いが、奴らが何もしていないとは限らない。警戒は怠ってないがな。

 

<司>「それで、この二人は何やってんるだ?」

 

<秋蘭>「ああ、それがな……」

 

 俺が秋蘭と話している間にも、春蘭と桂花は言い争っている。

 

<桂花>「だから貴女は馬鹿だって言うの」

 

<春蘭>「何っ! もう一度言ってみろ!」

 

 話の流れからすると、桂花が春蘭に喧嘩を売っていると推理できる。しかし何故そんなことになったのだろう。

 

<桂花>「何度だって言ってあげる。盗賊や小部隊と戦う時なら、貴女の突出は勇敢な突撃となるわ」

 

 なるほど。春蘭のやり方に意見しているようだ。

 

<桂花>「だけど、大部隊が相手のときに無駄な突撃なんてされると、兵が消耗するし、下手をすれば戦線が瓦解するのよ」

 

 確かに春蘭なら大勢の賊でも正面から突っ込むだろう。しかし桂花が恋敵相手にここまで丁寧に意見するとはな。

 

<桂花>「だからやめなさい、猪みたいな突進は、と。そう言ったの。理解してもらえたかしら?」

 

<春蘭>「ぐっ……! 貴様ぁ!」

 

<司>「…………」

 

 言い方に問題はあるし、挑発もしているが言っていることは間違ってないな。

 

<秋蘭>「落ち着け姉者。ここで声を荒げて何になる。それに桂花の言っていることも一理あるぞ」

 

<春蘭>「秋蘭……」

 

 秋蘭の言葉で春蘭は今にも死にそうなほど青ざめた表情で見つめる。

 

<秋蘭>「そんな顔をするな。別に姉者の意見が全て間違いと言っている訳でもない。……なぁ、檜山?」

 

 秋蘭はそう言って俺に話を振ってきた。

 

<司>「そうだな。状況にもよるが、策を弄して確実に勝つのが一番良いかもしれんが、春蘭の突撃なら相手にとっては脅威になるな……」

 

 俺は戦士だが武将でも軍師でもない。兵を率いたことなど一度もないし、指揮したことすらない。とりあえず()(しゅう)での戦を思い出しながら意見を言う。

 

<桂花>「そんなのはただの賭けじゃないの。戦いに賭けを持ち込んでしまえば、勝ち負けは限りなく運になるわ」

 

 確かにそうだが、今まで戦ってきた俺はこれでやってきたからな。この世界での戦では余り好まれないやり方だろう。

 

<春蘭>「では、どういうものが貴様の考える戦いだと言うのだ!」

 

<桂花>「心理と思考の読み合い。そこから紡ぎ出される完璧な策こそが、予定調和としての勝利を()(りん)さまに捧げることが出来るのよ」

 

<春蘭>「……はんっ」

 

<桂花>「何よ、その笑い方は!」

 

 桂花の持論に春蘭は鼻で笑った。どうやら春蘭なりの考えがあるようだ。

 

<春蘭>「予定調和としての勝利など無い。戦場は千変万化の生き物なのだからな」

 

 これも間違ってないが、そんなやり方をしてくるのは盗賊か怪人くらいなものだ。

 

<司>「さっきから口出ししてないがいいのか?」

 

 俺は秋蘭の方へと振り向く。このまま時間が無駄に流れるだけで話し合いは平行線のままだ。

 

<秋蘭>「この二人は犬猿の仲だからな。私が口出ししたところでどうにかなるものではない」

 

<司>「それじゃあ収拾がつかんだろ?」

 

<秋蘭>「実際のところ、二人には二人なりの持論があり、必ずしも間違っているとは言えないからな。どちらか片方を悪者にすることは私には出来んさ」

 

 秋蘭の言ってることも最もだ。この状況を収拾できるのは華琳だけだが、この場にはいないからか。

 

<司>「こんなことのためにお前らの主を呼ぶわけにもいかないもんな……。どうすればいいんだ?」

 

<秋蘭>「ふむ。まぁ今は見守るしかあるまい」

 

<司>「その内終わればいいけどな」

 

 はっきり言ってこのまま夜になっても喧嘩は続くと俺は考えている。互いの考えを認め合うのが一番だが、この二人は絶対そんなことはしない。

 

<春蘭>「とにかく! 貴様のような甘い考え方では、華琳さまに勝利など捧げられん」

 

<桂花>「ふん。それこそ視野の狭い脳味噌筋肉の言いそうな台詞ね」

 

<春蘭>「だ、誰が脳筋だと!」

 

 桂花の挑発に乗った春蘭は、腰の剣に手をかけた。まあ、いくら味方でも剣を抜くような真似はしない筈…………よな?

 

<司>「はぁ、仕方ない……」

 

 危ない雰囲気が漂ってきたのを感じた俺は、この状況をなんとかするために新たな標的が必要だと考える。

 

<司>「こんなところで剣を抜くなよ」

 

 俺は春蘭を抑えるため手にかけている剣の柄を握りしめる。

 

<春蘭>「離せ、檜山! こやつに分からせてやらねばならん!」

 

 俺は春蘭を抑えるため手にかけている剣の柄を握りしめる。それでも必死に俺を振り解こうとする春蘭。この状況を抑えるには俺が悪者を買って出るしかない。

 

<司>「落ち着けよ馬鹿! ここで怒れば自分が馬鹿だって言ってるようなもんだぞ、馬鹿!

 

<春蘭>「なん……だと?」

 

 俺は馬鹿という言葉をわざと(・・・)強調しながら止める。そして案の定、春蘭は反応して標的を俺に変えた。

 

<春蘭>「誰が……三代前まで受け継がれたバカだとぉーっ!」

 

<司>「そこまで言ってねぇよ! てか本当に抜きやがったなコイツ……」

 

 春蘭は手にかけた剣を抜き、俺に振り下ろした。俺は(ふところ)から "ライドブッカー" を取り出す。

 

 ディケイドに変身してなくても武器に変えることができるため、ソードモードにして春蘭の攻撃を防ぐ。

 

<司>「ふん!」

 

<春蘭>「はぁっ!」

 

 流石は三国志の世界で "魏武の大剣" と言われた武将だ。攻撃を防ぐもなかなかの威力だ。

 

<春蘭>「やるな……。貴様とは一度やり合ってみたかったところだ。覚悟しろ!」

 

<司>「場所を考えろ! こんなところでやったら迷惑だろ!」

 

<春蘭>「うるさい!」

 

 春蘭は全然聞く耳を持たず、再び剣を振り下ろした。

 

 彼女の目は(らん)(らん)と輝き、怒りと興奮を漂わせながら俺との間合いを計る。

 

<司>「上手くいったか……」

 

<春蘭>「何か言ったか?」

 

<司>「別に……」

 

 この状況を解決するにはこれしかなかったからな。最も春蘭がここまで短気なおかげでさっきまでの喧嘩は終わった。

 

 桂花も何処かに行ったのか、見渡すとどこにもいない。後はコイツをなんとかするだけだが……。

 

<春蘭>「檜山(ひやま)、そこになおれ! 私を猪バカ扱いしたことを後悔させてやる!」

 

<司>「そこまで言ってねぇよ!」

 

<春蘭>「知らん!」

 

 ここまで理不尽に攻撃されるのは初めてだ。とりあえず適当に相手して気が済むまでやってやっておくか。

 

<春蘭>「ふははははっ! 待て檜山! 刀の(さび)にしてくれるわーっ!」

 

 そういえば自分の世界にこんな言葉があったな。 "君子危うきに近寄らず" 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<司>「アイツ、手加減ってものを知らんのか……」

 

 (しゅん)(らん)と一悶着あってから時間が経った。あれから廊下で何度も剣を交え、新作の饅頭の話を出して状況を回避した。

 

 この前、(しゃん)(ふー)の部屋を掃除した後に食べた饅頭がこんなところで役に立つとは思わなかった。

 

 事態をなんとか収拾し、部屋で報告書を(まと)めた俺は警備隊の予算計画書を手に(えい)()の部屋へと向かっていた。

 

<司>「大丈夫かな。前みたいにやってもまた聞き入れてもらえないんだろうなぁ……」

 

 (ちん)(りゅう)に来てから数日後、俺は栄華とコミュニケーションを測ってみたが、邪険に扱われるという結果に終わった。

 

 だからといって、あの男嫌いな彼女に突っぱねられたくらいで引き下がるつもりはない。

 

 俺がこの世界で目的を果たし終えるまでにはまだまだ時間が掛かる。それまで仲良くなるように努力していくしかないな。

 

 そうしている内に、栄華の部屋の扉の前にたどり着いた。

 

<司>「さてと……ん?」

 

 俺は部屋の扉を開けようとするが、中から話し声が聞こえてきた。恐らく文官たちと仕事をしているのだろう。

 

 このまま入っても邪魔になるだけだと思い、俺は終わるまで待つことにした。それまで暇だったため、扉の隙間を見て中を覗き込む。

 

<栄華>「先の決算報告書はどちらですの?」

 

<文官A>「こちらでございます」

 

<栄華>「ふむ……うーん、やはり……先月、先々月のものもいただけますか、推移を確認します」

 

 栄華は執務室の中心で、他の文官にテキパキと指示を与えながら、開いた(ちく)(かん)を難しそうな表情で見つめている。

 

<栄華>「はぁ……やはり食費が当初の予定よりも、かなり多くなってきていますわね……兵の数が増えていますし、当然と言えば当然なのですが……」

 

 警備隊の方にも入隊してくる人が増えてきたから、これから先も経費が掛かるだろう。

 

<栄華>「先日得た戦利品の一覧は?」

 

<文官B>「でしたらあちらの棚に……今お持ちします!」

 

<栄華>「いえ、自分で取りますので、手を止めず作業を続けて下さい」

 

 立ち上がろうとした文官を制して、栄華は自分で棚に仕舞われた竹簡を取り出した。

 

<栄華>「ふむ……ちょっとよろしいですか? 今戦利品の管理をしているのはどなたです?」

 

<文官B>「わ、私ですが……」

 

<栄華>「こちらの報告書にあるものを、全て換金して下さい。上手く交渉すれば、追加した兵の分はまかなえるはずです」

 

<文官B>「か、かしこまりました」

 

 そう言って先程開いた竹簡を、戦利品の管理をしている文官に渡す。

 

<栄華>「とはいえ、これはただの応急処置……根本的な解決にはならない。今後のことを考えれば、やはり安定した税収がなければ、いずれは破綻してしまう……」

 

 先のことを見据えているのだろう。

 

<栄華>「各地の税収報告は(まと)まりましたか?」

 

<文官C>「はい、こちらになります」

 

<栄華>「やっぱり……どこも芳しいとは言い難いですわね……。源となる税の徴収方法から見直すべきか…… 各所から要請書の見積もりはどうなりましたか?」

 

<文官C>「こちらにご用意しております」

 

<栄華>「いただきます。こちらへ」

 

 指示に従い、文官の一人がたくさんの竹簡を栄華の机に運んできた。見積書の山が机の上に置かれるのを見て、栄華は渋面になる。

 

<栄華>「はぁ……必要なこととはいえ、これだけの予算申請があると思うと、頭が痛くなってきますわね……。まずは緊急性の高いものから当たります。次いで街道整備に賊対策と、用途と重要度を分けて下さい。今日中にこの山を片づけてしまいますわよ」

 

 栄華の言葉に、文官たちは真剣な表情で返事をする。熱を上げるあの空気はまるで戦場へ向かう兵士たちのようだ。

 

<司>「この世界でも大変なんだな……」

 

 政治家も国会でこんな仕事をしているのだろうと俺は思う。

 

 汚職事件や不倫など不祥事を起こす人もいるが、この世界で国や州に仕える役人は比較的真面目なのだろう。

 

<司>「入りにくいな……」

 

 あの雰囲気で警備隊の予算書を出すのに、相当な覚悟が必要だ。特に急ぎではないため、明日にでも回しておくか。

 

<栄華>「……さっきから何をしていますの」

 

<司>「ん? ああ、栄華……」

 

 急に背後から声がして振り向くと、そこには扉を少し開いて中から栄華が顔を出していた。

 

<司>「よく俺がいることが分かったな?」

 

<栄華>「あんなにも気持ちの悪い妖気を漂わせていれば、誰だって気がつきますわ」

 

<司>「おいおい……仮面ライダーの力でもそんなものないぞ?」

 

<栄華>「何を言っていますの! 扉の隙間からねっとりと嫌らしい視線を向けていたくせに! これだから男という生き物は……どうせわたくしの首筋や胸元にばかり視線を向けていたのでしょう!」

 

 言い掛かりにも程がある。どんだけ男嫌いなんだよ。

 

<司>「自意識過剰だな……鏡見た方がいいぞ?」

 

<栄華>「な、何ですってっ!?」

 

<司>「冗談だ、本気にするなよ」

 

 まあ半分は本気だ。栄華は男をケダモノだと思っているが、俺はそういうのに興味はない。

 

 というより、今まで普通に生きていくことに意識してきたから考えたことすらない。

 

<栄華>「……ところで、その手に持っている竹簡は何ですの?」

 

<司>「ああ、警備隊の予算について纏めたものだ」

 

 栄華は俺が手にしている(ちく)(かん)に視線を向ける。

 

<司>「こっちは急ぎじゃないから、忙しいなら日を改めるよ」

 

<栄華>「いえ、構いませんわ。先程の件も急な仕事ではありませんので、預かりますわ」

 

<司>「そっか……なら、ほい」

 

 そう言って俺は手に持った予算書を栄華に渡す。

 

<栄華>「言っておきますが、もし一つでも不備があれば何度でも書き直しさせますので、そのおつもりで」

 

<司>「手厳しいな。まあ、それは仕方ないか」

 

<栄華>「当たり前です。曹家の金庫番を舐めないでいただけるかしら?」

 

<司>「別に舐めてないさ。それじゃあ頼む」

 

 そう言って俺はその場を後にする。

 

<司>「今回も成果が何も無かったな」

 

 いつになったら彼女が心を開いてくれるのだろう。けど、前よりは良くなったと感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<栄華>「…………何を考えているのかは分かりませんが、仕事はできますわね」

 

 

 




最後は季衣編です。お楽しみください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拠点フェイズ9

第二章拠点フェイズ最後は季衣編です。お楽しみください。


<司>「じゃあ、後はよろしく」

 

<警備兵>「はっ!」

 

 街の警備を終わらせた俺は午後の会議に出席するため、警備兵たちに引き継ぎを頼んで城へと向かう。

 

 今回は(けい)(しゅう)付近に現れた盗賊についてだ。最近活動し始めたらしく、集団で村の畑を荒らしていると聞いている。

 

 (ちん)(りゅう)には被害は出ていないが、その盗賊たちは少しずつこちらに拠点を移しているという情報が入った。

 

 その件で、(はい)(こく)(しょう)(ちん)(けい)がまた討伐をしてくれないかと頼んできたらしい。

 

 同盟を組んでいる相手のところに起きた事件に首を突っ込むのはどうかと思うが、荊州の太守とも繋がりがあるようだ。

 

 今回の件ではその太守も()(りん)に対処させたがっているみたいだ。

 

 (けい)(ふぁ)(えい)()は反対していたが、華琳本人はやる気満々のようだが。

 

<司>「久しぶりの戦になるな……」

 

 ()(しゅう)で盗賊と戦ってから一ヶ月が経とうとしていた。

 

 その間は街で問題を起こすゴロツキや怪人たちの対処をするだけだった。出発は早くて半月後になるだろう。

 

 この戦いで怪人が関わっているかもしれないから気を抜かない。

 

<司>「早すぎたかな」

 

 そうこうしている内に(えっ)(けん)の間へと着いた。しかし早く来過ぎたため誰もいない。

 

<司>「そういえば昼飯がまだだったな」

 

 この時間は食堂で食事している。

 

<司>「今日はラーメンでも食うか……」

 

 そう思いながら俺は謁見の間を後にして食堂へと向かう。

 

<司>「ん?」

 

 その途中、廊下を歩いているとどこからか漂ってくる甘い匂いがした。腹が空いているし、美味そうな匂いに身体が敏感になっているのだろう。

 

 匂いに釣られて辿り着いたのは、城の中庭だった。

 

<司>「あれは……」

 

 中庭の真ん中で座り込んでいる人影を見つける。近づくとそこには見知った人が食事をしていた。

 

<司>「よぅ、()()

 

<季衣>「ん? 兄ちゃん。どしたの?」

 

 季衣は芝生の上に座り込んで、脇に山盛りになっている大量の串団子を頬張っていた。甘い匂いはその串団子だったと理解する。

 

<司>「美味そうだな。食後のおやつか?」

 

 人の十倍もの量を平らげる季衣にとっては、大量につまれた団子はおやつといっても過言ではない。

 

<季衣>「ん? ごはんはまだだよー」

 

<司>「は? いや、こんなにある団子はどう見ても……」

 

 意外な答えが返ってきて俺は戸惑う。昼飯の時間に団子を食べているのなら、食後のおやつだと誰もが思うだろう。

 

<司>「まさか、これが昼飯か?」

 

<季衣>「そんなわけないじゃん。お団子はお団子だよー。兄ちゃんも食べる?」

 

<司>「いや、飯はまだだからいい」

 

 季衣の言ってることが理解できない。これがおやつでも昼飯でもないと言うのならこの串団子はなんなのだろうと疑問に思う。

 

<季衣>「遠慮しなくていいのに」

 

<司>「そうじゃないが……おやつでも昼飯でもないなら、その団子はなんなんだ?」

 

<季衣>「今日は(しゅん)(らん)さまと(しゅう)(らん)さまの三人で、お昼食べに行くことになってるからさー」

 

 食事の約束はしているのか。しかし中庭を見回しても二人の姿は何処にもいない。

 

<司>「そうか、でも二人はどうしたんだ?」

 

<季衣>「二人はまだ仕事だよ。おなかが空きすぎてももたないから、こうやってちょっとねー」

 

<司>「そっか……」

 

 待ってる間暇だったらしく、先に団子を食べて腹を少し満たしていたのか。誰が見てもちょっとのレベルを越えているが、そこはあえて気にしないようにする。

 

<司>「そんなに食べてると、昼飯が入らなくなるんじゃないか?」

 

<季衣>「これぐらい平気だよ。それによく言うでしょ、ごはんと甘いものは別腹だって」

 

<司>「普通は飯食った後の台詞だぞ……」

 

<季衣>「みゅ?」

 

 季衣は俺の言葉に不思議そうな表情を浮かべる。そうしている間にも新しい団子を手に取って口に運ぶ。

 

<司>「そんなことはいいとして、食べ過ぎて腹こわすなよ?」

 

<季衣>「あはは。やだなぁ、こんなの食べた内に入らないよー」

 

<司>「…………」

 

 季衣の食欲には驚きを超えて呆れてしまう。まあ、体のことは本人が一番分かっているからこれ以上のことは言わないことにしよう。

 

<司>「それにしても、美味そうな団子だな」

 

<季衣>「春蘭さまに教えてもらったお店で買ってきたんだ。華琳さまもこのお菓子、大好きなんだって」

 

 そういえば街の警邏(けいら)をしてるとよく、団子を売ってる店に行列が出来ているのを何度も目にした。

 

<司>「あの店か。限定のお菓子がすぐ売り切れるからいつも人が並んでる所の……」

 

 春蘭がちょくちょく行ってる店には心当たりがある。俺も休憩時間では何度も彼女に引きずられて並ばされたことがある。

 

<季衣>「たぶんそこだよ。このお団子も、並んで買ってきたから」

 

<司>「そうなんだ……並んでる間は平気だったか?」

 

<季衣>「……兄ちゃん。ボクのこと、すぐおなかが空くみたいに思ってない?」

 

<司>「違うのか?」

 

<季衣>「あ、ひどーい!」

 

<司>「冗談だ」

 

 本当は冗談じゃないけど。

 

<季衣>「それにしてもこれ、おいしー。しあわせー」

 

 普段は身の丈より大きな武器を振り回し、人の十倍も食事するこの子もニコニコ顔で団子を食べる様子を見れば、普通の子供と変わらない。

 

 昼飯前にこの量の団子をちょこっと食べたり、戦で春蘭に匹敵する力を持っていると言えば、知らない人には想像できない。

 

<司>「って、口元が汚れてるぞ。こっち向いて」

 

<季衣>「ん?」

 

 口の周りに団子のたれがついていることに気付いた俺は、ポケットの中からハンカチを取り出してぐしぐしとぬぐってやる。

 

<季衣>「んぅーー」

 

<司>「よし、綺麗になったぞ」

 

<季衣>「へへっ。ありがとー! はむっ」

 

 再び季衣は団子を口の中に運ぶが、またたれが付いた。

 

<司>「全く……それにしても、よく食うよなぁ」

 

<季衣>「こんなの普通だよー。これからお昼ご飯食べないといけないし、ちょっと控えめくらいかなぁ……むぐむぐ」

 

 季衣にとってはこれが普通なのか。

 

<司>「程々にしとけよ」

 

 これだけの量で太らないのは、訓練や戦で巨大な鉄球を扱うパワーのおかげだろう。

 

<司>「そういえば、昼飯の後に会議があるよな」

 

<季衣>「そうそう、苑州の近くで悪さを始めた賊だよね」

 

 季衣も今回の会議に出席するため、事前に内容は聞いている。

 

<司>「こうしてる間にも数が増えているからな。()(しゅう)での戦か、もしかしたらそれ以上の規模になるかもな」

 

<季衣>「そうなの?」

 

<司>「俺の予想だがな」

 

 根拠はないがこの世界に来た日からあの三人の盗賊が短期間で三千人も増やしたのだ。そうなってもおかしくないだろう。

 

<季衣>「前に兄ちゃんが言ってた怪人も現れるのかな?」

 

<司>「絶対とは言えないが、その可能性は高いと思うぞ」

 

<季衣>「 "いまじん" だったっけ? あの時現れたの……」

 

<司>「ああ。だが、怪人はイマジンだけじゃないからな」

 

 最初の戦が終わった直後に盗賊に憑依していたイマジンが現れた光景を思い出す。

 

 怪人の中には人間に化ける奴もいるため、イマジンみたいに憑依しているとは考えられない。

 

<季衣>「兄ちゃんってその "かめんらいだーでぃけいど" ってので戦うんだよね?」

 

<司>「まあな。それがどうしたんだ?」

 

<季衣>「いや、 "かめんらいだー" っていろんなのがあるって言ってたけど、どんなのがあるの?」

 

<司>「そうだな、肉弾戦が得意なクウガやキバ、色んな武器を使う電王、火を使う龍騎や響鬼とかあるぞ」

 

<季衣>「へぇー」

 

 ディケイドはカードを使うことで他のライダーの力が使える。世間ではディケイドを悪魔や世界の破壊者と言われているが、実際はどうしてなのかは俺にも分からない。

 

 まあ、ノストラダムスの予言に振り回されたおかげでそう呼ばれているのだが。

 

<司>「そろそろ腹もいっぱいになるんじゃないか? 春蘭も秋蘭も、そろそろ来る頃だと思うぞ?」

 

<季衣>「そうだね。そろそろやめとこうかな」

 

 そう言って季衣は残りの串団子を袋に直す。

 

<季衣>「今日は春蘭さまたち、何が食べたい気分かなぁ……? あっさりのほうがいいかな、それともがっつり食べられる方がいいかなぁ……?」

 

<司>「そういうの、気にするんだ」

 

<季衣>「そりゃそうだよ。兄ちゃんだって、そういう時ってあるでしょ?」

 

<司>「確かに気を遣うことはあるな」

 

 人によって好みも量もその日の気分も違うから、誰かと外食する時は聞いてから食べに行くことにしている。

 

<司>「仕事で疲れてるならあっさりしたのがいいな。昼からしっかり働かないといけないならがっつりしたのもな」

 

<季衣>「そうそう、そんな感じ!」

 

<司>「ちなみに季衣は、今日はどんな気分なんだ?」

 

<季衣>「んー。がっつり食べたい感じかなぁ……」

 

 予想していた答えが返ってきた。こんなに団子を食べておいて昼飯はがっつりしたものとか、薄々は気付いていた。

 

<司>「あ、また団子のたれがついてるぞ。こっち向いて」

 

 口の周りがまた汚れていたので、再びハンカチを取り出して拭った。

 

<季衣>「んぅーーー」

 

<司>「よし、終わったぞ」

 

<季衣>「ありがと、兄ちゃん!」

 

<???>「きさまぁぁぁっ! 何をやっておるかぁぁぁっ!」

 

 突如として怒声が響き渡った。俺は何事かと思って振り向くとそこには(しゅう)(らん)(しゅう)(らん)がいた。

 

 しかも何故か春蘭が怒った表情で俺を睨んでいる。

 

<司>「え? どうしたんだ? 春蘭……」

 

<春蘭>「季衣に何をしているのだと聞いているっ!」

 

<司>「何って、口の周りを拭いただけ……」

 

<春蘭>「何をそんなくだらぬ誤魔化しを……っ!」

 

 俺は別に誤魔化してないんだが。

 

<司>「どうしたんだよ。そんなに怒って……」

 

<春蘭>「き……っ! ききき、貴様……季衣にい、い、いいいい……いやらしいことをしていたのだろうっ!」

 

<司>「はぁ?」

 

 俺は彼女の言ってることか理解できない。何故春蘭はそう思ったのだろう。

 

 この状況を見てみよう。春蘭と秋蘭は俺の背後からやってきた。座っている季衣に俺は腰を下ろして彼女と同じ高さにしている。

 

 そこに俺は季衣の顔を手を伸ばして…………そういうことか。

 

<司>「待て春蘭。勘違いをしてるぞ? 俺は季衣の口についた団子の汚れを拭いただけで……」

 

<春蘭>「どこに団子などあるっ!」

 

<司>「いや、ここにあるだ……って、あれ?」

 

 振り返るとあれだけあった団子の串が一本もない。それどころか残りが入った袋すら見当たらない。

 

<季衣>「だって、ゴミ捨てとくの、悪いと思って……残りも部屋で食べようと思って向こうに置いてきたし……」

 

 こういうところはしっかりしているが、今回に限っては最悪のタイミングだ。

 

<秋蘭>檜山(ひやま)。悪いことは言わん。素直に謝れば、姉者とて鬼ではないのだ。きっと許してくれるだろうさ」

 

<司>「おい、またか? あの時もあったよな?」

 

 秋蘭はまたしても口の端を震わせながら言う。

 

<季衣>「春蘭さまぁ。兄ちゃんの言うこと……」

 

<春蘭>「季衣は黙っていろ!」

 

 季衣が弁解しようとするが、春蘭は聞き入れてくれない。

 

<司>「いや春蘭、季衣は当事者で……」

 

<春蘭>「あと貴様に発言権はないっ!」

 

 何故か俺にはもっと強く言ってくる春蘭。まあ、それだけ季衣のことを可愛がっているのだと分かるが、せめて話ぐらいは聞き入れてほしい。

 

<春蘭>「季衣に手を出そうとしたこと、素直に謝れば、まぁ勘弁してやらんこともない……。だが、団子だか何だか知らんが、ごまかそうとするなど言語道断! そもそも食事の約束をしていたというのに、その前に団子を食う奴がどこにいるかっ!」

 

<司>「最後に関しては俺もそう思うが、実際にここにいるぞ」

 

<春蘭>「うるさい黙れ!」

 

<司>「大体俺が季衣みたいな子供に手を出すわけないだろ」

 

 俺がそう言うと、今度は予想もしていない子が怒り出した。

 

<季衣>「ちょっと兄ちゃんっ! ボク、もう子供じゃないよっ!」

 

<司>「え?」

 

 子供という言葉に反応した季衣は気にしていたようで俺ににじみ寄ってきた。

 

<季衣>「春蘭さま!」

 

<春蘭>「うむ! 任せておけ!」

 

<司>「お、おい……し、秋蘭……」

 

 この状況なら秋蘭も助けてくれると信じる。しかし———。

 

<秋蘭>「姉者。判決はどうするのだ?」

 

<司>「まだそのノリかよ!?」

 

<春蘭>「決まっているだろう! 死刑!」

 

 そんなことで死刑になる世界なんて…………あった、ここだ。

 

<司>「……仕方ない」

 

 俺はこの状況を打破する方法として、 "ディケイドライバー" と "ライドブッカー" を取り出す。

 

<司>「変身!」

 

 俺は "ライドブッカー" からディケイドのカードを取り出して、バックルに差し込んだ。

 

KAMEN(カメン) RIDE(ライド) DECADE(ディケイド)

 

 ディケイドに変身した俺を見て、春蘭は剣を取り出した。

 

<春蘭>「ほう、でぃけいどに変身するとは……。前は変身せずに戦ったからな。今度はその姿で()りたいと思ってたところだ」

 

<司>「そっか、それなら残念だ」

 

 そう言って俺は一枚のカードを取り出す。

 

ATTACK(アタック) RIDE(ライド)  INVISIBLE(インビジブル)

 

 俺は逃げるため、自分の姿をバラけさせて姿を消す。それと同時に急いでその場を後にする。

 

<季衣>「き、消えた!?」

 

<春蘭>「何処へ行った! 卑怯者!?」

 

 こうして会議が始まるまで俺は春蘭と長い鬼ごっこをする羽目になった。

 




次回は第三章に突入します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章
第10話 増えていく役割


今回は特に戦闘シーンは最初だけだと思います。もしかしたらオリジナル展開を入れるかもしれません。お楽しみください。


 (えん)(しゅう)(さん)(よう)

 

<春蘭>「でやあああああっ!」

 

<盗賊>「ぐはっ!」

 

<香風>「はあっ!」

 

<盗賊>「ぐわあっ!」

 

 (はい)(こく)(しょう) (ちん)(けい)から盗賊団の討伐を依頼されてから半月後、俺と(しゅん)(らん)(しゃん)(ふー)の三人で(ちん)(りゅう)からいくつもの郡を隔てた先にある山陽郡へ遠征していた。

 

 盗賊団は二千人の規模で、数としては()(しゅう)の戦より少なかった。

 

 ()(りん)は三千の兵士を準備してくれたため、数ではこちらが有利となった。更に俺が考えた策のお陰で最小限の被害で鎮圧に向かっていた。

 

 深夜に盗賊団の拠点を奇襲する。春蘭の部隊を正面から突入させ、逃げ道に香風の部隊で待ち伏せして倒す、それが俺の考えた作戦。

 

 それが上手い具合に進み、現在に至る。

 

<香風>「春蘭さま。こっちは終わったよ」

 

<春蘭>「そうか、こちらもだ」

 

 香風と春蘭は盗賊全員を倒したようだ。

 

<香風>「お兄ちゃんの作戦が上手くいったね」

 

<春蘭>「ああ、あいつにしてはなかなかだ」

 

<香風>「あれ? お兄ちゃんは?」

 

<司>「俺ならここだ!」

 

 そう言って俺は二人の前に姿を現す。もちろん俺も交戦中のため、彼女たちの視界に敵の姿も入っている。

 

<春蘭>「手伝おうか?」

 

<司>「ああ、頼む」

 

 先程まで盗賊と戦っていたが今は違う。そう、俺が予想していた通り現れたのだ。

 

<???>「ぐわあああっ!」

 

<???>「はあああああっ!」

 

 奇襲している最中に襲ってきたのは人類に極めて近い戦闘部族———グロンギ。しかも三体同時に襲い掛かってきたのだ。しかも奴らは盗賊がさらってきた村の少女を一人殺していたため、ゲゲル(ゲーム)のために来たのだろう。

 

 俺はディケイドへ変身すると、彼らはこちらへと敵意を向けてきた。

 

<司>「今回はどんなゲゲルなんだ?」

 

<ヤドカリグロンギ>「()ガラ()()()()ジヅ()ジョグ()()()()

 

<司>「そりゃそうか……」

 

<コンドルグロンギ>「()()()っ!」

 

<バッファローグロンギ>「()()っ!」

 

<司>「グギグギうるせぇな」

 

 素直に答えてくれそうにないようだ。最も奴らが今やってるゲゲルは大体分かっている。

 

<春蘭>「はあああっ!」

 

<ヤドカリグロンギ>「がはっ!」

 

<香風>「崩す……!」

 

<コンドルグロンギ>「ぐはっ!」

 

 春蘭と香風は二体のグロンギを倒した。残りは牛の姿をしたイマジンのみ。

 

 俺は "ライドブッカー" から一枚のカードを取り出してバックルに差し込んだ。

 

FINAL(ファイナル) ATTACK(アタック) RIDE(ライド) DE(ディ) DE(ディ) DE(ディ) DECADE(ディケイド)

 

 目の前にカードの形をした九枚のホログラムが出現し、俺はジャンプして最後のグロンギに飛び蹴りを喰らわす。

 

<司>「はあっ!」

 

<バッファローグロンギ>「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 牛の姿をしたグロンギは悲鳴を上げながら爆発し、跡形も無く消滅した。

 

 俺は辺りを見回して敵が居ないことを確認してから変身を解く。

 

<司>「ふぅ……ありがと、二人とも」

 

<春蘭>「大したことではない。それにしてもなかなか歯応えのある奴だな、グロンギというのは……」

 

 春蘭はグロンギが消滅したところを見ながら呟く。

 

<春蘭>「何度切っても倒れないとは、頑丈な奴らだ」

 

<司>「グロンギだけじゃない。前に戦ったイマジンも厄介だからな」

 

<香風>「でも、シャンたちでも倒せた」

 

<司>「そうだな。けど、こいつらは雑魚中の雑魚だ。本当に強い怪人はいくらでもいる」

 

<春蘭>「これよりもっと強いのがいるのか?」

 

<司>「ああ。人間を相手してた方がまだマシだからな」

 

 実際、グロンギの王が相手なら先程戦った三体を本気を出さずに倒せるからな。下っ端が出てきてるということは、復活させるために活動しているということだろう。

 

<香風>「お兄ちゃんが言ってたゲゲルって、何か分かった?」

 

<司>「大体分かった。だが、まだ確信は持てないからもう少し調べるしかない」

 

 グロンギによる被害は今回が初めてだからこれからも奴らが行動を起こすのは間違いない。

 

<春蘭>「お前たち、そろそろ行くぞ。これ以上華琳さまを待たせる訳にはいかんからな」

 

<司>「ああ、分かってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<華琳>「……そう。(さん)(よう)の平定は上手くいったのね」

 

 数日後、(ちん)(りゅう)へ帰還した俺たちは、(えっ)(けん)の間で()(りん)たちに報告している。

 

<春蘭>「はっ。ひとまず暴れていた賊は下しましたので、しばらくはあの辺りも平和になるかと」

 

<華琳>「分かったわ。それで、司。あそこにも怪人が現れたと聞いたのだけれど?」

 

<司>「ああ。グロンギが三体襲ってきてな。全員倒したが、賊に攫われた女の子がグロンギの犠牲になった」

 

<華琳>「そう……確かグロンギはゲゲルをしているのだったわよね?」

 

 怪人については皆にはある程度説明しているため、ゲゲルが何なのかは知っている。

 

<司>「ああ。今回はグロンギが起こした最初の被害だからどんな設定かはまだ分からないが、ある程度次に狙う相手がどんな奴かは予想できる」

 

<華琳>「そう……」

 

 そうは言ってもゲゲルを失敗させる方法は一つ思い付いてるけどね。

 

<香風>「それで、山陽の太守が……これからも、守ってって」

 

<栄華>「……またですの?」

 

<春蘭>「うむ。またなのだ」

 

 ちなみにその案件は、山陽郡が初めてじゃない。

 

 あれから陳留の近くの郡から救助要請をしてきたのだ。苑州のほぼ全域が行動範囲になるわけで、華琳曰くこれからも救助要請に応じるつもりらしい。

 

<司>「郡を越えて兵を動かすのは大問題だったよな? それがどうして……」

 

<香風>「そうだけど……太守が何も言わなければ、問題にならない」

 

<桂花>「我が軍には行軍中の略奪を禁じているし、通る郡も前に賊退治をした郡だもの。守ってもらってる上に大人しく通るだけなら、太守だって何も言わないわよ」

 

 信頼しているからそこということか。

 

<春蘭>「うむ。今は(しゅう)(らん)(るー)(りん)が山陽の先の(たい)(ざん)まで足を伸ばしているが……恐らく同じことになるだろうな」

 

<桂花>「泰山は、多分もっと面倒が増えるわよ」

 

<華侖>「もっと面倒って、何すか?」

 

<桂花>「あそこは役人の不正が他のところ以上に横行しているのよ。だから、秋蘭にその証拠の資料をいくつかね……」

 

 他所の郡の役人の不正まで取り締まるつもりらしい。

 

<司>「そこまでしていいのか?」

 

<華琳>「(こう)()(しゅく)(せい)を言い渡すだけよ。それを聞く気がないなら、大人しく軍を退くだけだわ」

 

 後で恨まれるかもしれんが、既に苑州は華琳が守ってると言っても過言ではない。それぐらいのことで守ってもらえるのだから役人も黙って従ってくれるだろう。

 

<司>「今じゃ華琳は苑州に名を轟かしているから、こっちに協力しない姿勢を見せたら民の不満が高まるからな」

 

<桂花>「そういうことよ」

 

<司>「そうなると(けい)(ふぁ)(えい)()は大変だな。今までの仕事に加えて他郡の調査や情報収集、遠征の費用も考えないといかんからな」

 

 俺がそう言うと桂花は苦にも思ってない表情で答える。

 

<桂花>「それこそ望むところよ。華琳さまの覇道が着々と進んでいるということだもの。軍師冥利に尽きるというものね」

 

<司>「それならいいが、苑州の州牧は何も言ってこないのが不可解なんだよな……」

 

 州牧は太守より上の立場だから、本来は担当している地域の賊退治や不正役人の取り締まりもそいつの仕事のはずだ。

 

 華琳はその州牧の仕事を片っ端から横取りしているようなものだから、州牧本人からすれば絶対良く思っていないと考える。

 

<華琳>「何も」

 

<司>「そっか……」

 

<華琳>「ああ、前に感謝状が一枚届いた気がするわね。一層の奮起を期待するって。……もう倉に片づけてしまったけれど」

 

<司>「一応感謝くらいはしてるんだな……」

 

 州牧本人じゃないから本当のところは分からない。建前かもしくは裏で不正役人と同じで何かを企んでるのかもしれない。

 

 それは置いといて、その人に対しての扱いも雑な華琳。最も彼女の振る舞いで奮起するなら苑州に賊が現れることはないからな。

 

<華琳>「……さて。なら、後の報告は(しゃん)(ふー)に任せるわ。いつものように報告書にまとめておいて頂戴」

 

<香風>「はーい」

 

<栄華>「お姉様。午後からは……」

 

<華琳>「ええ。(ちん)(とう)のところに視察に行ってくるわ。司、()()、午後の予定は空けてあるわね?」

 

<季衣>「大丈夫です!」

 

<司>「ああ、俺のところも遠征に行く前に終わらせてる」

 

 警備隊の仕事の他に、新兵の訓練を指揮することも俺の役割になっている。遠征の際は華侖に任せていたため、明日からまた新兵を訓練しなければならない。

 

<華琳>「結構。そちらの報告は、移動しながら聞くわ」

 

 

 

 

 

<華琳>「……そう。城下も大きな問題はなさそうね」

 

<司>「ああ」

 

 (ちん)(りゅう)の都から街道を少し進めば、景色はすぐに田畑の並ぶ田舎道へと変わっていく。

 

<司>「けどいいのか? 新兵の訓練を指揮するだけじゃなくて、俺が城下周りも全部引き受けることになってるけど……」

 

 ここ最近、皆が遠征や新しい任務で忙しくなっていき、俺のところにその仕事が入ってくるようになっていた。

 

 街の警備は最初から俺の仕事だが、いつの間にか新兵の育成や都市計画の割り振りなど、その他もろもろの細かいものまで回ってきている。

 

<華琳>「問題がないから皆が貴方に任せているのでしょう?」

 

<司>「そりゃそうだが……」

 

<華琳>「それとも賊の件も片付いたのだし、城を出て行く?」

 

<季衣>「え!? 兄ちゃん、お城を出て行くの? 何で?」

 

<司>「いや、出て行かないよ。行くアテもないし、ここにいた方が怪人たちの情報も入ってくるからな」

 

 最初は出て行こうかと考えていたが、()(しゅう)の賊退治まで怪人の目撃情報が何度も入ってきたため、残ったほうが把握できる。

 

<華琳>「ならばくだらない事を考えるのはよしなさい。それこそ時間の無駄だわ」

 

<季衣>「そうだよ。(しゅん)(らん)さまも、兄ちゃんが仕事を引き受けてくれて助かったーってよく言ってるよ」

 

<司>「何だ、アイツそんなこと言ってたのか?」

 

 嫌ってる相手に感謝するなんて珍しい。新兵訓練の仕事が俺に回ってくれたから楽になったのかもしれない。

 

<季衣>「えっとね、報告書を書かなくて良くなったから助かった! って」

 

<司>「そんなことだと思ったよ」

 

 正直アイツがそんなことで感謝してくれるなんて大方は予想していた。

 

<華琳>「ああ。そういえば、(えい)()も褒めていたわよ」

 

<司>「それも初耳だな」

 

 あの男嫌いの栄華が褒めるなんて、どう考えても俺にとってはどうでもいいことだと予想できる。

 

<華琳>「春蘭の何て書いてあるか分からない陳情書を読む回数が随分減ったって」

 

 褒められているというより、春蘭をディスってるだろ。

 

<司>「まあ、役に立ててるならそれでいいか」

 

<華琳>「ええ。より一層奮起してもらうわよ」

 

 そんな話をしていると、やがてあせ道の向こうに農家の人達と話す少女の姿が見えてきた。

 

<陳登>「ゆくゆくはこっちにも田畑を広げていくから、水路は大きめに作りたいんだ」

 

 (ちん)(けい)の娘、(ちん)(とう)だ。

 

<司>「取り込み中のようだな」

 

<華琳>「そのようね。先に他の所を見て回りましょうか」

 

<農民A>「あ、太守さまだ!」

 

 農民の一人がこちらに気付いて、近くにいた人たちもこちらに視線を向ける。

 

<陳登>「(そう)(そう)さま、いらっしゃい」

 

<華琳>「ええ。陳登、調子はどう?」

 

<陳登>「陳留にはまだ来たばかりだから、何とも言い難いところだよ」

 

 前々から()(りん)の要請に応えて、(はい)(こく)の陳登が陳留に来てくれた。今は実験段階とかで陳留の近くの村で農業指導のための研究や調査をしているらしい。

 

<陳登>「ひとまず土地の質を確かめるための試験所の準備を始めてるよ。水路はすぐに効果が出るから、そっちはもう取り掛かってるけど……形になるのはこれからだね」

 

<華琳>「そう。順調なようで何よりだわ」

 

<陳登>「……それでいいの? 多分、今年は期待してるほど収穫量は上がらないよ?」

 

<華琳>「田畑の開発が一年や二年で成果が出るとは思っていないわよ。沛国では何年掛かったの?」

 

<陳登>「土は沛よりも元気そうだから、向こうほどは掛からないと思うけどね。ただ……もう少し人が欲しいな。村人も欲しいけど、水路だけでも早く出来れば大分変わってくるから」

 

 どこへ行っても人手不足なのは変わらないのか。

 

<華琳>「そこは都合するわ。……土木の作業なら、新兵や工兵の訓練にも使えそうね。司」

 

<司>「ああ。帰ったら調整する」

 

<華琳>「ええ、任せるわ」

 

<司>「だが、こっちの監督までは難しいからその辺は陳登に任せても良いか?」

 

<陳登>「うん。ボクが指揮する方が早いから、ちゃんと言うことを聞いてくれる人を回してくれれば十分だよ」

 

<司>「それは大丈夫だ」

 

 本当は指揮出来る人まで一緒き回せれば理想だが、こっちも人手が足りないから仕方ないか。

 

<季衣>「あ、水路ならボク、近くの村でたくさん掘ってたよ!」

 

<華琳>「あら。季衣は私の護衛をしてほしいのだけれど?」

 

<季衣>「あ……。じ、じゃあ、今からちょっとお手伝いするだけでもダメですか?」

 

<陳登>「何? 陳留では将軍が水路を掘るの?」

 

<司>「いや、この子は元々農村の出だ。武に優れてたから華琳が召し抱えたんだ」

 

 そう、彼女の村は沛国にあるため、()(しゅう)の戦の時に華琳の元へと下ったのだ。

 

<陳登>「ふぅん……。こうやってボクを招くくらいだから、変わった人たちだとは思ってたけど……本当に変わってるね」

 

<華琳>「能力があるのなら、出など些細な問題でしょう。家柄などにこだわるほど懐は狭くないつもりよ」

 

<司>「でも、そんなに掘りたいのか?」

 

<季衣>「掘りたいっていうか……田んぼも畑も、水が一番大事なんだよ。だから、水路があるのとないのじゃ、全然違うんだ」

 

<陳登>「へぇ……」

 

 ()()の言葉に陳登は感心した声を上げる。

 

<華琳>「ふふっ。なら、私たちが話をしているだけなら構わないわよ。陳登、場所の指示をしてあげて」

 

<陳登>「分かったよ。だったら、まずはここから……」

 

 そう言って陳登は季衣にどこまで掘るのか指示を出した。

 

<季衣>「向こうの所までだね。あそこから別れてああだから……ふむふむ……よし、だいたい分かったよ。いっくぞー!」

 

 季衣は掘る場所を理解したようで、作業場から借りた(くわ)を持って大きく振り上げる。

 

<季衣>「でりゃああああああああああああああああ!」

 

<陳登>「…………」

 

<華琳>「…………」

 

<司>「…………」

 

 なんということでしょう。人間離れした速度で水路を掘っていき、すぐに端へと到着していた。

 

<華琳>「……これは、流石に驚いたわね」

 

<司>「……そうだな」

 

 一緒に作業していた農家の人たちも呆然と季衣を眺めている。

 

<陳登>「……どうしてこんな優秀な人材がいて、あの子の村は重税に喘いでたの? 相場の倍の税率でも、普通にやるだけで十分余裕のある生活が出来るはずだよ?」

 

<華琳>「水路を掘れる工夫がいても、それを活用する指導者がいなかったということでしょう」

 

<陳登>「この子達を生かすも殺すもボク次第ってことか……。責任重大だね」

 

 陳登は自らの役目がどれだけ重要なのか改めて思い知ると、何かを思い出した表情を浮かべる。

 

<陳登>「あ、そうだ。それと……今日明日の話じゃないんだけど」

 

<華琳>「……そうね」

 

 華琳は陳登が何を言いたいのか分かった様子だ。この世界の農家にとって田畑の収穫が上がればどうなるか……そういうことか。

 

<司>「賊でも出るのか?」

 

<華琳>「ええ。甘い蜜のある花には、蝶だけではない。毒虫も寄ってくるものよ」

 

<陳登>「ちゃんと仕事をしてるみんなからただ奪い取るだけの、最低の連中だよ。自分じゃ何も作らないくせに」

 

 この時代じゃそういうのが起きてもおかしくないのだろう。

 

<華琳>「上前をハネるだけの私たちの次に性質が悪い?」

 

<陳登>「ハネた上前でちゃんと水路を作ってくれるなら、そういう人たちには文句は言わないよ」

 

 前に謁見(えっけん)の間でも陳登は華琳相手でも臆することなくハッキリ言う。元々こういう性格なのだろう。

 

 それと俺は疑問に思うことが一つある。陳登の話からすると要するに投資ということだ。

 

<司>「税を必要な所に使って生産量を増やして上げれば、次からもっとお金が入ってくるのに」

 

<陳登>「それを理解してないクズみたいな役人って、この大陸にはたくさんいるんだよ。……知っててもわざとやってない、もっと酷い連中も多いけど」

 

 分かってない奴らは無能だと理解できるが、分かっててやってないとなると馬鹿としか言い様がない。

 

<陳登>「ちゃんと分かってるのなんて、せいぜい曹操さまと……」

 

<華琳>「……陳珪(ちんけい)?」

 

<陳登>「母さんは……ちょっと違うと思う」

 

 陳登はどこか寂しそうな物言いだ。家庭内で何かあるのだろうか。

 

<陳登>「投資と考えてるのは同じだろうけど……本当に投資としか見てないんじゃないかな」

 

 話を聞く限りでは、陳珪は一度も視察に来ていないらしい。娘を信頼しているのか、あるいは……。

 

<陳登>「曹操さまは、これから母さんとどうしていくつもりですか?

 

<華琳>「……どうもしないわ」

 

 華琳ははっきりと答える。

 

<陳登>「どうもしない……」

 

<華琳>「私の利となる内は、それなりの対応をさせてもらうわ。……それがいつまで続くかは分からないけれど。もちろんあなたとは、陳珪とは関係なく今の関係を続けさせてもらいたいけれどね」

 

 華琳も陳登と同じで遠慮なく言うよな。

 

<華琳>「いずれにしても、そろそろ何かしらの動きはある頃でしょうね。司も覚悟を決めておきなさい」

 

<司>「ああ、分かってる」

 

 胡散臭い陳珪が何をしてくるのか分からない。用心するしかないが、俺はそれ以上に気掛かりなことがある。

 

 グロンギがゲーム(ゲゲル)を動き出したこと。それが一体何を条件として活動しているのか。

 

 もし奴らがゲゲルを達成すれば、必ず良くないことが起こる。

 

 華琳たちには言ってないが、俺は奴らが何が目的でゲゲルをしているのかはグロンギから聞き出したため知っている。

 

 究極の闇と呼ばれるグロンギの王を復活……。

 

 

 

 

 

<陳登>「曹操さま」

 

<華琳>「何かしら?」

 

<陳登>「あの人って一体……」

 

<華琳>「司のこと?」

 

<陳登>「うん。母さんがね、司さんのことが気になってるの」

 

<華琳>「陳珪が?」

 

<陳登>「うん。只者じゃないって」

 

<華琳>「そう……」

 

<陳登>「華琳さまは知ってるの?」

 

<華琳>「そうね。うちの将たちと引きを取らないわ。けど……」

 

<陳登>「けど?」

 

<華琳>「私にも司のことはよく分からないわ」

 

<陳登>「どういうこと?」

 

<華琳>「言葉の通りよ。それに……」

 

<陳登>「?」

 

<華琳>「彼は、どこか自分の居場所を探してるかもしれないわね」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。