アライさんマンション・二次創作 (たつおか)
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【 縮小する階 】

 雷鳴のようなその音が「笑い声」であることに気付いたのは、嬉々としてこちらを見下ろしてくる彼女と目が合ってからだった。

 しかしながら観察するその笑いが本来の感情に根差したものではないことにもすぐに気づく。

 

 口角の両端を吊り上げた表情こそはなるほど「笑い」の形にはなっているが、朱の眼球の中へ目一杯に瞳孔を見開かせた表情にはおおよそ喜びというものは見られない。

 おそらくはオオカワウソの怪異と思しき彼女には、おおよそ感情というものは見られなかった。

 

 しかしながら今の状況における最大の理不尽は、彼女のその大きさにあった。

 遠目に確認した時にはさして違和感も感じなかったが、徐々に彼女が近づくにつれて俺はそれに気付く。

 巨大なのだ。しかもその差は数センチの差などではなく優に俺の10倍……否、山を見上げるほどの差があった。もはや生物の域を超えている。

 それに気付き逃げ出した俺を間近まで近づいていた彼女も気付き、さらには笑い声をあげては追いかけてきた。そして状況は今につながる。

 

 生涯最大の必死さで走りながらももはや逃げ切れないことは確信していた。

 これだけの体格差があるのだ。俺が全力で走る距離など、彼女には一歩と言わず追い付かれてしまう。

 どこか横道に逸れて逃げられないかとも周囲を見渡したが、場は俺の進行方向に伸びる無限の回廊とさらに数キロ先まで見渡せる左右には、件のオオカワウソにも劣らぬ巨大さでコンクリート製の壁が天に絶壁をそびえ立たせていた。

 こうなっては外壁から外へ飛んでパラシュートを使う緊急脱出すらも使えない。

 

 いったいどうしてこうなったものか……。

 最初この階に到達した時、エレベーター内から伺う階の様子に異変は見られなかったことから、不用意にも俺はその階を進んでしまった。

 

 そして怪異に気付いたのはしばし進んだ後であった。

 ふと身を寄せる傍らの壁面が、天も確認できぬほど巨大になっていることに気付く。

 降り立った時は他の階と変わらぬ2m程度だったはずの天井と通路は無限の広がりをそこに作り出していて、その時になって俺は初めて己の迂闊さを後悔したのだった。

 

 ここを訪れる前の階でネズミとカナリアを消費してしまった時点で引き返すべきだったのだ……それをつい今日の成果を稼ごうと焦るあまりに慎重さを失ってしまっていた。

 しかしながらこんな後悔も後の祭りだ。

 張り付くようなオオカワウソの地を駆ける足音がもう、背後のすくそばにまで迫っている。

 普段は聞き取ることなどできないしなやかな彼女の足音も、このサイズ差では接地した足裏が地からはがれる粘着音をこうまでも巨大に鳴り響かせている。

 

 そして追い付かれたと思った矢先──俺は背に激しい衝撃を受けて前方に飛んだ。

 想像するに、俺に追いついた彼女の爪先が俺の背を蹴ったのだろう。

 背の肋骨が砕けるくぐもった感触が全身を駆け抜け、地に頭から叩きつけられて二転三転するや、翻弄されていた体が止まると同時に激しく吐血した。

 

 呼吸が完全に止まる。体も動かせない。

 ただ意識だけが死ぬまでの光景を俺に見せ続ける。

 見上げる目の前にはあのオオカワウソが居た。

 屈みこみ、食いしばった牙の口角を下げては怪訝に見降ろしてくる視線を捉えると、ついに俺も死ぬことを確信する。

 

 おそらくはあと数秒も生きられないだろう。

 唯一の救いはこの死が怪異によるものではなかったということだけか。あの得体の知れない恐怖に駆られないで済むのは幸いだった。

 

 やがて意思とは別にまぶたが重く閉じ始めると、いよいよ以て俺は死を意識する。

 最後の瞬間、彼女が俺に対して手を伸ばしてきたことが確認できた──……

 

 

■   ■   ■   ■

 

 

『──オイ、起きろ。もう大丈夫なんだろ?』

 そう呼びかけられて俺は目を覚ます。

 どこか箱の中にでも入れられているのか両手足を畳みこまれたその空間の中で目覚め、俺は寝ぼけた視線を上げる。

 寝起きの意識は取り留めもなく散逸して、ただ現状を理解できずに混乱するばかりの俺は改めて声の人物を確認しては──一気に覚醒して自我を取り戻す。

 

 目の前にいたのはあのオオカワウソであった。

 見間違えようもない、俺が死ぬ瞬間に見つめていたあのオオカワウソだ。

 

 しかしながら今度はサイズが正常であった。

 見開かれた瞼と剥きだされた歯茎の面相は変わらぬが、その身の丈はむしろ俺よりも小さくすら見受けられる。

 やがて俺は上体を起こし、詰め込まれていた箱から頭を出して周囲を確認すると自分が何処にいるのかを確認した。

 場所は『複製機の部屋』であった──そして俺はそこにて再生を……否、「作り直された」ことを確認した。

 

「お前が……助けてくれたのか?」

 複製機の箱から這い出ると、俺は礼も忘れてそんな疑問をぶつけていた。

『助けたんじゃない。実験だ』

 一方でオオカワウソもそんな俺の無礼など気に掛ける様子もなく淡々と答える。

 そして俺はあの通路に置いて何があったのかを彼女から知らされることとなった。

 

 俺が怪異を経験したあの階は、ある一方の入り口から進むと侵入者の尺を縮めてしまう作用があるとのことだった。

 以前に彼女は仲間と一緒にそこを訪れたことがあり、その時はネズミボトルにて怪異のからくりを確認したのだそうな。

 

 ならばと俺は疑問に思う。

 進むほどに縮む通路であるというのなら、なぜに彼女は常時のままでいられたのか? ──と。

 

『階段からあの階に入ったのさ』

 にべにも無く彼女は応える。

『実験であった』とも言った。

 

 エレベーターからの侵入で縮小されるというのなら、階の中頃から入る事の出来る階段から侵入した時にどう変化が生じるのかを実験したのだという。

 その試みを聞かされて、俺は当然のような恐怖と疑問に駆られる。

 

「もしエレベーター側からの侵入と同様に縮小されてしまったらどうするつもりだったんだ?」

『その時は死ねばいい』

「はあ?」

『死ねばいい。死んでこの複製機で復活すればいい。そういうことだろ?』

 

 しばし、彼女の言葉を脳が理解できずに考えが空転した。

 そしてなるほど、なんとも理知的な彼女の狂気に感嘆せずにはいられなかった。

 

この部屋の『複製機』はある程度の肉体の欠損ならば、生前と変わらぬ状態で複製してくれるのだ。

オオカワウソの目論見とは、もし肉体が縮小したならばその時はわざと死亡して、ここで複製されれば良いということであった。

何とも狂っている。

そもそもこんなマンションの攻略に挑んでいる俺とて正常とは言えないが、このオオカワウソ達はさらにその上を行ってぶっ飛んでいた。

 

「ともあれ助かった……ありがとう。なにか欲しくないか?」

 改めて礼を述べ、見返りを差し出そうとする俺に対しオオカワウソは意外な行動に出る。

 

『要らない』

 ただ一言、そう断ったのだ。

 これには俺も面食らう。

 しかしすでに、俺は今回の報酬ともなるべき礼を既に彼女に渡していたことにも気づく。

 それこそは、

 

『アタシがやろうとしていた実験をアンタで行えた。その結果も知れたし、あの階を通路側からエレベーターに戻る分には体が縮まらないことも分かった』

 

 そうなのだ……俺はすでに、彼女が一番知りたかったことをこの身を挺して教えていたのだった。

 しばし俺の体を舐めまわすように観察すると、彼女は別れの挨拶も無く背を向けてエレベーターへと歩いて行った。

 むしろその後ろ姿に俺がなにか声を掛けたものかとも困惑したが、そんな俺の思惑などよそに彼女はエレベーターに入り、そして去っていった。

 

 エレベーターに乗り込む瞬間、どういう心境か彼女は『ハハハハ』と哂った。

 後には本当に俺一人だけが残される。

 

 そうして自分の手の平を改めて見降ろす。

 ついに複製機を使ってしまった──それこそは、ついに俺もこのマンションの怪異の一部になってしまったという事実だった。

 

「はぁ……仕方がない。命があっただけでも良しとしよう」

 呟き、俺もエレベーターを呼び寄せる。

 暫しして扉が開くと、何者か肉食獣の少女が一人その中に立っていた。

 背にはもう一人、血にまみれた小柄なフレンズを背負っている。

 

 おそらくはこの肉食獣もまた、このマンションの攻略中に仲間を死傷させてしまったのだろか?

 互いの存在など無いかのよう、視線すら合わせずに入れ違う俺は、すれ違う瞬間にふと肉食獣の横顔を見た。

 均整の取れた口元は鼻先まで血に濡れていた。そしてその顔にはこれ以上にも無い充実感が漲っているのを俺は確認する。

 

 エレベーターの扉が閉まるまでの間、俺はそんな肉食獣の行動を観察する。

 おおよその予想通り肉食獣は背のフレンズを箱に入れ、鼻歌まじりにパネルを操作していた。

 その様子からは仲間の死に対する焦りや悲しみなどは見られない。この部屋がある限り、もはやこの肉食獣や先のオオカワウソ達には死への感情は湧き上がらないのだろう。

 

 彼女達もまたこのマンションの怪異の一つなのだ。……俺と同じくに。

 

 なのだとしたら仲間とともにここを探索するのも悪くないような気もしてきた。

 考え出すと俺の頭はもう、新たな仲間をこのマンションに呼び込む思惑で一杯になっていた。

 

 

 

 

【 終 】

 

 



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【 花と死体の階 】

 何の変哲もない階だ。

 普段ならばすぐに調査を切り上げてしまうようなはずの場所は──今やどの場所よりも珍妙な怪異で満たされていた。

 

 エレベーターを降り最初に目についたのは、この降り口付近に塗りつけられた無数の足跡であった。

 靴底の判を押したような形ではなく、おそらくは何者かフレンズのものであろう踵の無い足跡は、つい数刻前までその集団がここに居たことを生々しく物語っている。

 しかし何もよりも俺を戦慄させたのは、その足跡を捺印たらしめている汚れが、全て血痕であるという事実であった。

 

 考えるに攻略勢の一団がここで何らかの怪異に襲われたのだろう。

 状態を変化させるギミック的な怪異に巻き込まれたか、あるいは単純に凶暴なモンスターの類と遭遇したのか……こういった変哲もない階ほど注意するべきものなのだと改めて俺は思う。

 

 以前に昇降のボタンを押し間違えた際、エレベーターが不思議な階に辿り着いたことがあった。

 奥行き5メートル程度の縦長な階で、エレベーター内から見渡すその階は視線の先に行き止まりの壁面が窺えていた。

 

 その階もまた別段、怪異の兆しは見られなかった。

 部屋も階段も無い個室のようなそこが何の為に存在しているのかと疑問に思い、ふと降りかけたその時──俺はソレを発見したのだった。

 

 そこにあったモノは何者か攻略者の死体であった。

 壁面に背を預け両足を投げ出した攻略者は微動だにしない。俯いて、長い前髪を柳のように垂らしたその姿を見るに、あるいは女であったのかもしれない。

 しかしながらその存在こそが俺をエレベーター内に踏みとどまらせてくれたのだ。

 

 覗き見る遺体に外傷は見られない。ということはこの場所で窒息、あるいは餓死したと推測された。

 ならば何故この攻略者は斯様な死を迎えねばならなかったのか? その思考を突き詰めた俺の答えは、この攻略者が『ここに閉じ込められた』という事実であった。

 

 おそらく先の俺と同じように、『何の変哲も無い』この階に疑問を感じて降り立ったのだろう。そうして歩いて数歩の突き当りを調べているうちにエレベーターの扉は閉じる……後は御覧の通りだ。

 思うにこの階は一方通行なのだろう。

 降りて、終わり。帰りは、無い。

 そうしてこの場所で朽ちるのだ。

 

 そのことを知っているだけに、いま目の前に広がる階下の様子に俺は降り立つことを躊躇わずにはいられない。

 しかしながら、得も言えぬ探究心を刺激されてもいた。

 この階には先の血糊の足跡以外にももう一つ、他の階では見られぬ怪異が満ちていた。

 

 それこそは、花だ──似つかわしくも無い美しい花々が、奥に続く通路の所々に咲き乱れていた。

 

 見たこともないような種類であり、そして光るかのごとくに発色の良い透き通った花弁の姿は、今まで見たどんな花よりも美しく俺の目には映った。

 改めて階の通路を見渡し、回廊の途中に階段がありそうな従来の造りや、さらにはすぐ脇の立ち上がり壁から外への緊急回避も可能なことも確かめると俺は意を決する。

 生唾を一つ飲み込んで階下に第一歩を踏み出した。

 

 通路を歩き進むと、足元は花と血痕とが入り混じった何とも猟奇的な様相を呈している。

 美と恐怖とが混在するという相反した状況は、俺如きの想像力ではどんな怪異の結果であるのか想像もつかなかった。

 

 そしてある花の密集点で俺はその答えの片鱗を発見する。

 

 最初にそれを見つけた時は意味が分からなかった。そしてそれを確認し、この階に下りたことを後悔した。

 足元の花々の一角に、何者か生物の顔が見えた。

 誰かフレンズの一人ではあるのだろうが、最初はこの花畑の中に埋もれていると思っていた。

 生存者かと思い、声を掛けようと屈みこみ──俺はそこにて、この花々の怪異の事実を知った。

 

 花は、かのフレンズの眼球から咲いていた。

 花は、フレンズの遺体を苗床としていたのだ。

 

 まさかと思い、道々に咲き誇る花場を調べて回る──俺の予想は間違ってはいなかった。

 花を掻き分けてその根元を調べるとたいていは生物の肉地が窺えた。

 完全に花と化しているものも、よくよくその全体を見下ろせばそれが『人の形』であることが窺える。

 

 しまったと思った。

 この階には、攻略者を花に変えてしまう何かが居る。

 単独で探索をする俺は、外敵に対しての抵抗や攻撃を加える手段など持ち合わせてはいない。襲われれば一巻の終わりだ。

 すぐにこの場所からの離脱を試みるべく立ち上がろうとした俺はしかし……それがすでに手遅れであることを悟った.

 

 目の前に──既にソレが居た。

 まだ片膝をついたまま立ち上がってすらいない俺の目の前に、全身を花に包まれた人型がゆらゆらと蠢いていたのだ。

 

 頼りない足つきで右に左にふらつく姿こそは緩慢であるが、こういう手合いは油断が出来ない。思わぬ瞬発力を見せる場合があるからだ。

 しかしながら、それ以前に今の俺の状況は完全に詰んでいる。

 

 防衛に関しては受けるにも攻めるにも俺には手段が無い。武器も防具も無いのだ。

 逃げるにしてもそれはこの怪異に背を見せることになる。狩ってくれと言ってるようなもんだ。

 

 そんな状況に置かれ、しばし怪異と対峙しながら『こんな時に仲間が居れば』などと意味も無いことを俺は考えてしまう。

 考えたところで詮無いことであることは分かっている。

 しかしもし背を預けられる仲間がいたならば、そいつの助けを手に逃げるも攻めるも出来たはずだ。こういう時にこそ仲間の存在は重要なのだと、今に至って俺は思い至るのだった。

 

 そうしてどのくらい見つめ合っていただろうか。

 その違和感に俺は疑問を持ち始める。

 

 目の前の人型は一向に襲い掛かってくる様子が無い。

 変わらずにあの光る花弁を左右させるばかりである。

 

 もしかしたら無害ではないかと俺は考える。否、願う。

 願いつつゆっくりと立ち上がり、俺は正面にそれを見据えたまま一歩後ずさった。

 それでもしかし花の怪異は動かない。

 もう数歩そうして下がり、それとの距離が数メートルは離れたところで俺は動きを止めた。

 

 また悪い癖が出た……俺は、目の前のそれに興味を持ってしまった。

 依然として警戒に見据えたまま、今度はそれへと歩を進める。

 一歩ずつ近づいて至近距離まで迫ると、俺はその人型を観察した。

 

「コイツ……生きてる!」

 

 そして戦慄した。

 呟く通り、その花は生きていた。植物としての定義ではなく、変質させられた元のフレンズの原型がまだその芯に残っていた。

 

「おい、聞こえるか? 俺が分かるか? おい!」

 

 耳元と思しき場所で大きく声を掛けるも、人型は依然として揺れ動くばかりだ。

 しかしながら、コアにまだ生命があるというのなら助かる可能性もあるような気がした。

 しばし考えた後──俺はかの人型の肩を担いだ。

 

 全身のほとんどが植物化しているせいか、俺の肩口までの上背がありながらそれは恐ろしく軽かった。

 そうしてエレベーターまでの距離を戻るすがら、俺の歩調に揺れ動かされた人型は得も言えぬ芳香を漂わせた。

 青く瑞々しい香りの中、ほのかに陽の匂い思わせる甘さが清々しく鼻腔をくすぐる。

 その香りを胸に吸い込むと、俺はこの異形に執着を持ち始めていることが自分でも分かった。

 

 ふと考える。

 コイツをこのまま自分の部屋に持ち帰ってしまおうか、と。

 

 先の邂逅からも分かる通り、これは素早く動くことはできない。一度囲ってしまえば逃げられる心配は無いのだ。

 植物というのならば管理も難しくは無いように思えた。

 

 そして想像する──攻略から疲れて帰ってきた俺が、この香りの満たされた部屋に迎え入れられることを。

 この香りに包まれたのならば一日の疲れがどれだけ癒されることであろうか、と。

 

 そんなことを考えているうちに俺はエレベーターへとたどり着く。

 依然として左肩にそれを担いだまま昇降パネルの操作をする。

 

 さて、どこに運ぼうものか──俺はもう一度、隣のそれを見た。

 

 

■   ■   ■   ■

 

 

「……──おい、どうだ? 起きたか?」

『…………』

 

 ゆっくりと覚醒したそれは、見上げる俺の顔を確認するや寝ぼけ眼をまぶしそうにしかめさせた。

 その視線を外ししばし胸元の宙空を見つめた後、緩やかにそれは覚醒した。

 

『……どこだ、ここ?』

 

 箱の中から起き上がってきたのは、オオカワウソのフレンズだった。

 どうやら『実験』は成功したようだ。

 

 あの後、俺は彼女をこの複製の階へと運んでいた。

 そこの機械を操作すること自体は初めてであったが、箱の上蓋に走り書きされた操作法をたどたどしく辿ると、彼女はいともたやすく複製されたのであった。

 まだ『芯』に元(フレンズ)の原型が残っていたことが功を奏したのだ。機械は正常な状態の彼女を複製してくれた。

 

 現状を説明するまでもなく、彼女は起き上がると自分のいる箱と、そしてかの花の怪異が収められた箱を交互に見やる。

 そして何事も無かったかのよう箱から出るや、オリジナルの収められた箱まで歩きその中にいた人型を引きずり出す。

 次の瞬間──オオカワウソは、かの怪異を……元は自分自身であったあの花を膂力に任せて引き裂いた。

 

 あまりの唐突さと躊躇の無さに、その瞬間マヌケにも俺は「あ!」と息を吐きだすことしか出来なかった。

 そうして見守り続けるその先では、

 

『ハハハハ! ハハハ! ハハハハ!』

 

笑いながら地に散らばしたその花を念入りに蹴り散らかすオオカワウソ──まだ芯が残っていた花は、たちどころに血にまみれて無残な残骸をそこに晒すばかりとなった。

 

 花が動かなくなるまで蹴りつけ踏み続けるとオオカワウソは笑いと虐殺の手を止める。

 しばし足元を感慨深げに眺めた後、やがては俺とその残骸に背を向けてエレベーターへと歩き出した。

 

 一方の俺はといえば、ただ見守るしかできない。

 この状況は、つい最近に別のオオカワウソに助けられた時と同じであった。

 彼女達はいつも俺の存在など歯牙にも掛けないのだ。

 

 と──今回はしかし、別の動きがあった。

 

 エレベーターの扉を前にオオカワウソは動きを止めた。

 そうしてその扉の前でしばし俯いていたかと思うと、立ち去った時と同じくらいの唐突さで振り返り、再びこちらへと戻ってきた。

 

「な、なんだ……?」

 

 俺のすぐ前──否、互いの胸元が触れ合うほどにまで迫ると、オオカワウソは噛みしめた歯牙をむき出しては威嚇するような、あるいは値踏みするような視線を俺に向けた。

 礼を言い出すような雰囲気ではない。

 争うとあれば、到底俺などは歯が立たない。何をされるものかとただ待ち続ける俺に、

 

『一緒に行こう。これからはお前と行く』

「はあ?」

 

 彼女はそう言った。

 そして訝しげであった口角が釣り上がり、両眼の見開かれた顔へいっぱいの凶悪な笑顔を見たした。

 

「は……はは」

 

 そんな提案と笑顔を前にどう答えたらよいものか、ただ笑うしかない俺の声に反応して、

 

『ハハハハ!』

 

 彼女は唐突に笑いだす。

 

 それにつられて俺も再び遠慮がちに笑う。

 さらにそれに反応して彼女は笑い声を大きくさせる。

 つられて俺の笑い声も大きくなっていく……暫しの間、俺達はそうして笑っていた。

 

 

 そうして笑っていると次第に、俺は全てがどうでもよくなってくるのだった。

 

 

 

 

【  終  】

 

 



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【 コレが住む階 】

 自己評価ほど当てにならないものは無い。現実はいつも、唐突にその事実を突きつけてきては俺をげんなりとさせる。

 

 相棒とマンション攻略を始めるようになって早一ヶ月が過ぎた。

 二人で行う調査は、俺が単独で潜っていた頃よりも遥かに効率的で、そして成果が良いものであった。

 そもそもが彼女オオカワウソの調査はそのどれもが徹底している。

 普段のいけぞんざいとした印象とは裏腹に、相棒の調査は緻密でかつ着眼点が鋭い。

 

 つい最近もとある階で死にかけた俺を救ってくれた。

 

 

 過去に幾度となく通行したことのある回廊が、その日は1メートル先も見通せないほどに暗かった。

 懐中電灯の心許ない照明で闇を切り裂く俺達はしばし通路をさまよった後、壁面の一角にレバーをひとつ発見した。

 

 武骨なレバーは上下によって何らかの操作が得られる造りらしく、エレベーターから降りて程ない場所にあった事とこの暗がりとを併せ見るに、このレバーこそが照明のスイッチと思って間違いはなさそうであった。

 

 別段疑問を持つこともなくレバーへ手を掛ける俺の右腕をしかし、突如として相棒はワシ掴む。

 加減を知らないその握り方たるや、食い込んだ爪が被服越しに肌を突き破っては血を滲ませるほどの力と唐突さだった。

 

「ツぅ! なにをッ?」

 

 突然のそれに身をこわばらせては振り返る俺にもしかし、相棒の目はレバーの先へと向けられていた。

 食いしばった口角を怪訝に下げたまま薄暗がりの闇一点を凝視したままやがて、

 

『お前、これが読めるか?』

 

 依然として視軸をそこへ留めたまま、相棒はぶっきらぼうに尋ねる。

 一方で解放された俺も、傷の具合を確認しながら相棒の視線の先を辿った。

 この闇もあり、初見では捉えることが出来なかった壁面の一角に俺は目を凝らす。あるものの存在をそこに確認したからだ。

 

 何やら文字と思わしきものがそこには走り書きされていた。

 そして右手に携えていた懐中電灯をそこに差し向け、ライトの先に晒したそこにあったものは──

 

      DON’T TURN OFF!

 

 OFFにするな──強い警告の一語であった。

 さらに観察するに、レバーが昇降する溝のすぐ傍らにも『ON』『OFF』の表示が殴り書きされていて、今現在レバーの位置は『ON』に設定されていることが窺える。

 

 そのことに気付くや俺は反射的にそのレバーから身を引く。

 これは何を警告するものであったのだろうか?

 暫し考え込む俺は、傍らの相棒が既に別な方向へ注意を向けていることに気付いた。

 

「どうした?」

 

 尋ねて振り返ると今度は、天井の一点を凝視している相棒をそこに確認する。

 同じように俺も視線を動かし、手にしていたライトの光を今度は天井へと向けた先に──それがいた。

 

 天井一面に何かがうごめいていた。

 艶なく細かくささくれ立った表面は土や苔のようにも見えれば、あるいは何か生物の背中のようにも思える。

 それが息をするよう小刻みに、そして隆起しては天井一面にへばりついていたのだ。

 

 この回廊の照明が落とされていた理由こそはこれであった。

 照明は灯っていたのだ。しかしながら天井にへばりつくコレがその光をさえぎっていた。

 ならばあの時、考えも無しに目の前のレバーを下げていたらどうなっていたであろうか?

 

 腹の下に隠していた照明が消えることで、天井のコレは何者かが目下を彷徨っていることを気づいたであろう。

 それこそがコレの狩りの方法だとしたら? ──天井から降り注いでくるコレに覆い被られ、あるいは前後を阻まれて進退窮まる状況に自分は陥ってただろう。

 

 想像するや、頭から尻に向かって水が流れ落ちるかの如き冷たい感覚が走った。次いで俺は改めて恐怖に身が竦む。

 もはや相棒につけられた腕のキズすら痛みを感じなくっていた。

 こういった見落としこそがこのマンションでは死へ──あるいは死ぬことよりももっと残酷な状況に身を堕とさせることとなる。

 

 そんな傍目からも分かるほどに震える俺を傍らに、

 

『ハハハハ!』

 

 相棒が笑った。

 こんなことにも気付けない俺に対する侮蔑か、あるいは今の滑稽さを哂っているものか、依然として皿のように見開かれた目に何らかの感情を探し出すことはできない。

 

 数多くの攻略勢が潜っているこのマンションにおいて、俺は自身を一端の攻略者であると自負していた。

 幾度となく攻略に失敗した他者の不幸を聞き、時には目の当たりにしながらもいつしか、俺はそれに憐憫やあるいは戒告を覚えるのではなく、甚だしくも生き残っている自分を『上級者』と誤想しては増長していたのだ。

 しかしそんなものは全てがまやかしであった。

 

 そして知らされる──ただ単に今日まで、俺は運が良かっただけなのだと。

 

『ハハハハ! ハハハハ!』

 

 なおも相棒は笑い続けては俺の傍に寄る。

 しかし同時に背をもまた愉快気に叩いてくる接し方に、俺は別な意味合いがこのコミュニケーションの中には含まれているのではないかとも思い始めていた。

 それこそは……

 

「……励まして、くれてるのか?」

『ハハハハ! 死にかけた! ハハハ!』

 

 ある種の仲間意識が互いの中に生じているのを覚えていた。

 しかしながら聞いたところで彼女はそれに応えないだろう。そもそも本当に哂われているのかもしれない。

 それでもこんな状況の時に、隣に誰かが居てくれて笑ってくれるということが俺には何にも増して心強かった。

 

「はあ……撤退だな」

『ハハハ! 撤退! 撤退! ハハ!』

 

 復唱するや身を翻し、コートの裾に風を孕ませては足早に歩いていく相棒。

 その後に続きながら俺はもう一度、天井のものを見上げる。

 

 食いそこなって残念だったな……今日は俺の運が良かったらしい。

 今まではこのやり方で上手くいってたんだろうが、もし今後もここを餌場にするのならもっとやり方を考えた方がいい。

 

「……例えば、頼れる相棒を持つとかな」

 

 いつしか恐怖は消えていた。

 それどころか、思いもかけず『相棒が存在しているということ』の尊さに気付かされて俺は、奇妙な幸福をさえ感じていたのだった。

 

 

 

 

【 終 】

 



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【 箱庭 】

 事の始まりはマップの整理からだった。

 

 俺と相棒はそれぞれにマンションのマッピングをしている。

 しかしながら互いのそれを交換し合った時に、相手の地図や記録が読めないということが多々あった。

 そもそもこの『マップの認識』というものが、俺達は根本からして違うのだ。

 

 相棒(オオカワウソ)にとってのマップとは、いわば『記憶の引き出し』である。

 主要となるマンションの展開図は常に脳内に広がっていて、細部の確認の為に記憶を引き出す把手こそがマップなのだ。

 ゆえに彼女を始めとするオオカワウソの地図や記録はひどく曖昧で大雑把なものとなる。

 そんな記憶を前提につけられた記録は支離滅裂に情報が書き殴られているようにしか捉えられず、結局俺は執筆者の真意をそこに見出すことが出来ない。

 

 一方で俺のような『人』のマップは、『記憶の迷路』なのだと彼女は言う。

 詳細に階の情報を書き出していく従来の記録法は、彼女達にとってはいたずらに記憶を混乱させるだけの、情報の羅列でしかない。

 

 例えるに『林檎』は誰しもが知っているが、俺の記録はわざわざその林檎の色や味、匂いといった周知の情報を書き込んでいるのだという。

 それらに別な事実があるのかと思って読み進めていくと、結局は自分の良く知る『林檎』の情報しか記録されておらず、そうした持って回った情報に翻弄されているうちに真意を見失うというのだ。

 

 そういった記録の共有と同期をさせるために俺達が考えた方法は、このマンションの立体模型を作り出すというものであった。

 

 模型とは言ってもそれは、段ボール内の空間を同じくボール紙で仕切る程度の簡単なものである。

 一日の探索を終えて帰ってくると、俺達はそこの模型に調査の終了した部屋を作り出してはメモや写真といった情報を付加していく。

 

 このやり方は実に上手くいった。

 先に述べた相棒の思考にも、そして俺のマッピング法にも合致した。

 また自分達の手で立体物を作るという行為は、マンション攻略の業余としてはこの上ない趣味とも言えた。

 意外なことは相棒がこの趣味に没頭し、暇さえあればボール紙を捩じってはその部屋部屋に家具や什器といった小物まで作成していることであった。

 

 階の攻略が進むごとに、模型も蕎麦の井桁のように積み上がっていく。

 そうして俺達の仮想マンションも4階層にまで達した頃──その異変は起きた。

 

 ある時、いつになく模型のディティールがリアルなことに俺は気付く。

 外回りの通路を形作る立ち上がり壁の外壁が、得も言えぬコンクリートの質感をそこに醸し出していたからであった。

 相棒の凝り性もエスカレートするばかりで、最近では塗装の為の道具も取り寄せてはこの仮想マンションの制作にあたっていた。

 

「それでもしかし……」

 

 その度を越えた完成度を俺は訝しがらずにはいられない。

 ふと一階層を外し改めてその中の回廊や室内の様子を観察する。

 

 いま俯瞰しているそこは俺と相棒の住む二階部分の模型である。

 勝手知ったる我が家の作り込みは、他の階とは比較にならないほどに緻密だ。見下ろす一室の様子は椅子の配置から、さらにはこの模型が置かれているテーブルに至るまで精密で、さながら自分が巨人にでもなった錯覚を覚えさえるほどであった。

 

『ハハハ、何見てるの?』

 

 しばし眺めていると背後から近づいてきた相棒もまた隣に並んではこの部屋を見下ろした。

 

「これ、お前が作ったのか?」

『うん。作った。ヒマ見つけては作ってる』

「こんなにリアルに?」

 

 言われて再び見下ろす相棒の顔に、見る間に不信が広がっていく。どうやら気付いたらしい。

 

『こんなに上手に作ってない。なんかおかしい。お前がやったのか?』

「いや、俺は何もしてないよ。なんか気味が悪いなコレ」

 

 そしてこの模型が異変であるということの決定的瞬間はその時に訪れた。

 ふと腰掛けようと傍らのイスを引き寄せたその時──同じくにイスが動いた。模型の中のイスがである。

 

「ッ………」

『ハハハ……』

 

 その瞬間を目の当たりにした俺達は、ただ言葉を失ってはその模型を見下ろすことしかできなかった。

 こともあうか俺達は、このマンションと連動する箱庭を作り出してしまっていたのだった。

 

 どのような力が影響しているのかは分からない。

 しかし日々の探索で細かにディティールを整理し、そして怪異の詳細を事細かに付加していくうちに──この仮想模型はもう一つの『マンション』として成長を始めていた。

 

『ハハ……ハハハハ! すごい! ハハハハ!』

 

 それが徐々に確信へと変わる中、突如として相棒が声を上げた。

 笑い声の調子からも彼女の興奮が如実にうかがえた。

 

『もっと作ろう! もっともっといっぱい調べて、このマンションを完成させよう!』

「お、おい……」

『ハハハハ! もしかしたら自分でも作れるんじゃないか? 今のマンションよりももっともっとたーのしー階とか……──』

「ダメだ!」

 

 調子よく吟じられていた相棒の長広舌は、一際強い俺の声に遮られて口噤まされた。

 興奮から両腕を振り上げていた姿勢のまま硬直しては怪訝な視線だけを俺に投げかけてくる。

 一方で俺もまたらしくもない感情の昂りに据わりの悪さを感じながら、

 

「こういうのは、良くないと思う」

 

 稚拙な言葉と想いで相棒を説得する。

 

「このままこれを作り続けたとして、いつかこのマンションにフレンズや攻略勢が現れたらどうするつもりだ?」

 

 恐れていたのはそれだった。

『場』が生れれば、いつかはそこに『住人』も生じるのは必然の理だ。その時に俺達は、この箱庭の『神』たる務めが執り行えるのか──その責任が持てるのか。

 そして何よりも──

 

「上手くは言えないが……もし俺達が訳も分からない誰かに作り出された存在だとしたら、嫌だろう?」

『……。嫌だ!』

 

 相棒もそのことに頷いてくれる。

 俺達は誰かの為や、誰かの責任の果てに生まれてきたわけではない。

 ただ自分の為にこそ存在しているのだ。それこそは、こんな頓狂なマンションの攻略に命をかけている俺達の存在理由それでもあった。

 

『おい、そっち持て。このマンションの端っこ』

 

 相棒も自分の中で何やら割り切ったのか、件の模型の端を持つように言って来る。

 訳も分からず言われる通りにその一端を両手で掴むや、相棒もまた同じくにその反対に手を掛ける。

 ついで次の瞬間──

 

『ハハ!』

 

 大きく息を吐き出すよう短く笑うと同時、一思いに模型を強く引いた。

 オオカワウソの膂力に晒されて、マンション模型は脆くも引きちぎられる。

 さらに相棒は残る階層の模型もまた両手に抱えて引きちぎるや、声高に笑いながら足蹴にし、存分に破壊してしまうのであった。

 

『ハハハハ! ゴミくず! ハハハハ!』

 

 5分と持たずに元のボール紙の残骸と化したそれを前に得意げに鼻を鳴らす相棒。やはり創作よりも破壊活動の方が性に合っているようである。

 

「これでいい……。じゃあ、片付けてメシにするか」

『メシ! メシ! ソーセージ食べよう!』

 

 ゴミ袋を取りに部屋を出ていく相棒の背を見送りながら、俺はもう一度足元の残骸に目を落とす。

 あの時はああも言ったが、今になっては少し惜しかったような気もしてくる。

 相棒の言う通り従来には無いこのマンションの、新たな部屋や機能も創り出せたのではないか──そんなことを考えた時に、俺はあることに気付く。

 

 それはこのマンションに凝縮された様々な現象や万象の理由──もしかしたらこのマンションや、そして俺達は何者かによって創られた存在ではないのか?

 

 それこそが統一性も無く散りばめられた怪異や仕掛けの理由なのだとしたら、そして理由もなくそこの攻略に挑む俺達なのだとしたら……──。

 

 しばしして、俺は考えることを止めた。

 詮無いことではあるし、第一そんなことは有り得ない。有ろうはずもない。

 

 それでもしかし……俺は背後の上方にこの一室を見下ろす目があるような気がして、

振り返る気にはなれなかった。

 

 

 

 

【 終 】

 



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【 願望が反映する階 】

 目の前にソーセージが落ちていた。

 赤いセロファンで密封し、その両端が金具のクリップで留められた典型的なソーセージである。

 

『ハハハ!』

「あ……おい!」

 

 そんな状況を分析するよりも先に相棒が動いた。

 突然の行動に俺の制止もままならず、相棒はソーセージを拾い上げると一切の躊躇もなく片端に歯を立てる。

 金具の内側を噛みしめて二度三度と本体を捩じると、セロファンが破けて凝縮された中身が弾け出る。

 

 後は果実の皮よろしくにセロファンを引きはがし、剥きだした薄紅色の身に歯を立てた瞬間──ソーセージは黒く気化しては儚く消えた。

 さらに握りしめていた側の本体もまた同じくに蒸発すると、相棒の手元には空洞の握り拳だけが残されるばかりであった。

 

『ハハハ……ハァー、消えちゃったあ』

「おい、大丈夫か? あの変なケムリって毒じゃないだろうな?」

 

 寄り添っては相棒の顔をのぞき込んだりして安否を確認しようとする俺をよそに、当の本人はといえばソーセージが消失してしまったことにすっかり消沈している。ともあれ、無事ではあるようだ。

 

 この階に降り立ってまだ5分と立たないうちの出来事であった。

 新しい昇降ボタンの組み合わせによる新階の開拓に挑んでいた時の出来事である。

 

 その階は壁面に居室のドアが見られない通路だけの回廊であった。

 長く続く回廊の果てには別なエレベーターのドアが遠く小さく確認できていて、相棒曰く『ゴミ階』である所のここからは何の収穫も無いと思っていた──その矢先に目の前に現れたのが先のソーセージだったのである。

 

『ソーセージが食べたいなーって思ってた時にあれが落ちてたんだ』

 

 再び歩き出しながら相棒はそう語った。

 

『食べたい時に食べたい奴が出てきたから嬉しかったのに、食べたら消えた……』

「何なんだろうな? 前にここを通った誰かが落としたソーセージってんじゃなかったのか?」

 

 相棒との取り留めも無い会話の中で俺も空腹であることに気付く。今日は朝から潜りっぱなしで昼食も摂っていない。

 それは相方も同じことでそんな時にタイミング良く現れたのがアレだ。

 もしあそこに現れたのがカツ丼であったならば俺も躊躇なくそれを拾ったのだろうか? ……などと、シュールなそのシチュエーションを想像しては俺も笑ってしまうのであった。

 しかし状況は笑えない展開となる。

 

 現れたのだ──目の前に、カツ丼が。

 

「………はあ?」

 俺達が行く通路の中央にそれはあった。

 青い釉薬で模様が飾られた陶器の丼には、卵でとじたカツが湯気を立てて鎮座していた。

 

 先のソーセージとは違い、誰かがそれを忘れていった可能性は考えられない。目の前のそれは、今まさに作られたばかりという様相である。

 

『ハハハ、なんだこれ? なんでこんなのがあるんだ?』

 

 訝しむ相棒をよそに今度は俺がそれを拾う。ご丁寧に丼の淵には割り箸まで添えられていた。

 

「今度は、俺が食いたいって思ってたやつだ……」

 

 呟くように言って周囲を見渡す俺に、相棒もまた事態の深刻さを理解したようであった。

 即座に俺と背を合わせると、上方に目を走らせては互いの死角をカバーしようとする。

 

『ハハハ……どうする、引き返すか?』

「いや、進もう。進行方向にエレベーターもあるし、もうこの地点からだと進んだ方が近い」

 

 先のカツ丼をラップで厳重に包んではバックパックに回収すると、俺達は改めて進むことを決意する。

 そうして慎重深く歩み出しながら俺はこの階の、さらには互いの目の前に出現した食料に対する仮説を語った。

 

「この階は、きっと行き来する奴らの願うものを与えてくれるんだ」

『願うもの?』

「いま欲しいって思っているものさ」

 

 あの時の俺達は空腹の元に食料を願った。そしてこの回廊はそれを叶えたのだ。

 

「もっとも、形だけしか作れないみたいだな。中身は無い」

『だから食べたら消えたのか』

 

 そんな仮説を展開しながら俺はふと嫌な予感に囚われていた。

 この回廊が往来者の願望を反映する場所なのだとしたら、今の俺には非常に危険な場所だ。なぜなら今の俺は、実に切実な悩みを抱えているからである。

 願わくばそんな俺の問題が顕現する前にここを抜けてしまおうと足を速めたが──マンションはそんな俺を逃がしてはくれなかった。

 

『ッ!? 前に誰かいるぞ!』

 

 相棒の声に俺達は足を止める。

 言う通り、目の前には何者かの気配がある。

 先のような『物』ではないそれは、明らかに生物の──『人型』の形を持っていた。

 

 それへと徐々に近づきながら相棒は背のバールを引き抜く。一方で俺はというと、臨戦態勢の相棒とはまた違った緊張に強いられていた。

 何故ならば前方にいるであろうそれの凡そを、すでに俺は予想していたからだ。そしてその後に訪れるであろう、最悪な状況をどう乗り越えようかとも頭を回転させていた。

 

 やがて俺達は、それへとたどり着く。

 そこにいたものは──

 

 全裸のオオカワウソであった。

 

 種族柄、流線形の体躯を持つ彼女からは肉体の隆起というものは見られない。

 肉付きは良くとも平坦な胸元には桜の蕾のような乳首が見られるだけで、くびれも無く腹回りと同化した小振りの尻と陰毛の見られない股間周りは、幼女のそれと言っても過言ではない肢体である。

 

『……ハハ?』

 

 自分の願望ではない者の出現に毒気を抜かれては、いぶかし気にそれの周囲を見て回る相棒──それをよそに俺は両手で顔を覆った。

 

 昨晩、俺は彼女に欲情した。

 恋愛感情ではない。ましてや一方的な性欲の捌け口として相棒のことを見ているわけでもない。彼女に対しては対等の攻略者として敬意を以て接している。

 それでもしかし、一つの部屋の中で男女が共同生活をするにあたり『何も感じずにいる』ことには無理があった。

 

 昨晩も彼女は風呂上りに全裸で部屋の中を闊歩していた。

 その行為を「だらしない」と注意した反面、それに刺激されている自分にも気づいていた。

 永らくこのマンションの攻略に挑んでいた俺は、異性間交遊もだいぶご無沙汰となっている。

 その矢先に鼻先に突き付けられた女体とあって、雄としての本能は否が応にも呼び覚まされてしまっていた。

 

 よりにもよってそんな時に訪れてしまったのがこの『願望が反映する階』である。……嫌な予感は的中してしまった。

 

 そしてこの後の相棒の反応を考える。

 人ではないフレンズであるところの彼女と、そして大らかなその性格から、相棒がこのことで一方的に俺を嫌悪することはないであろう。

 いや……この場合、むしろ非難された方がこちらとしてもありがたい。謝罪なり、場を繕う身の処し方というものが出来るからだ。

 

 しかしながら相棒の反応は……

 

『ハハハハ! ハハハハハ! おい、なんだ!? アタシか!? 別のオオカワウソか? ハハハハ!』

 

 からかい好きする性格の相棒は、予想通りに全裸の自分を前にして俺の羞恥心を弄び始めるのであった。

 それを受けて俺も開き直る。

 

「ハッキリ言っておくが、俺の願望は純粋な『性欲』だからな! お前に対して何か考えてるわけじゃない! たまたま相手の姿が、お前に反映されたってだけだからな!」

『ハハハハ! 照れてる! ハハハハ!』

 

 冷静に対応しているつもりがつい声が大きくなる。

 ついには恥辱に耐えきれず走るように歩き出す俺の後を、相棒は狩りの獲物を追い詰めるかのよう嬉々として追った。

 

 やがてはエレベーターに辿り着き、カゴを呼び出してそれに乗り込む俺は、そこからどうしたものかとボタン操作をためらう。

 

 どこへ向かおうかと思案に暮れたのである。

 空腹も抱えた状況だ。いつも通りならばまっすぐに自室へ戻って食事と休息を取るところではあるのだが、あんなことの後では素直に相棒と部屋に戻る気にはなれなかった。

 そんな固まり続けるばかりの脇から割り込んでくると、

 

『早く帰ろう! 早く!』

 

 相棒は躊躇することなく自室階へのボタン操作をする。

 

 動き出すエレベーターの、内臓が沈み込むような重力の中でしばし気まずい沈黙が流れる。……もっともそう感じているのは俺ばかりではあるのだろうが。

 やがてそんな空間の中、相棒は思い出したように口を開いた。

 

『なあ、いいこと教えてやろうか?』

「……ん、なんだ?」

『さっきのアタシのニセモノだけどな、本物(アタシ)の方がオッパイ大きいぞ?』

「…………」

『ハハハハ』

 

 見上げてくる相棒の上気した下瞼が上ずっている。

 もはや俺には言葉も無い。

 

 今後しばらくはこのことをからかわれ続けるのかと思うと、俺の心はこのエレベーターの重力よりも深く重く沈んでいくのであった。

 

 

 

 

【 終 】

 




後日談がこちらになります。(※ R-18注意!)

【 フレンズとヒト 】
https://syosetu.org/novel/219182/1.html



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【 象と蟻 】

 俺は相棒のことをどれくらい知っているのだろうか? ……一人、走り続けながら自問する。

 

 

 事は数分前にさかのぼる──

 探索中の回廊の一角でとあるフレンズと出会った。……否、それはフレンズであったモノだ。

 幼子のような上背を鈍色のコートに包みこんだ姿は『オオカワウソ』のものではあったが、その中身が全くの異質であることを俺達は瞬時に悟った。

 

 右手に錐の鉄柱を携え、そして左手には閃光の迸るバールらしきものを地に引きずりながらそれは近づいてきた。

 互いの間合いが数メートルにまで迫る頃になって俺は、その異質の左手にあるモノが異形の仇花を灯した鉄塊であることに気付き、奇しくも相棒との出会いのことを思い出していた。

 

 相棒は数週間前、異形の花々に寄生されてはこの回廊を彷徨い歩いていた。そして今、目の前に確認する異質の右手にある鉄塊には、それと全く同じ花々が発光するかの如き艶(あで)やかさで光の粉を舞わせている。

 

 そして斯様な仇花の杖が引き摺られたその後に、杖の軌道をなぞるよう同じ花々が轍を作る様を見て取り、俺は目の前の異質とそして相方との関係を悟る。

 

 あの日、相棒を花葬に屠った相手は間違いなくコイツであった。

 

 そのことを俺が確認するよりも前に、既に相棒は背のバールを抜き取っては臨戦態勢へと入っている。

 それを前に俺とて引き下がらずにはいられない。

 

「アレがお前の仇か? ……なら、一緒に戦うぞ」

 

 そう言って策もなく前に出ては並び立つ俺を、相棒は実に不思議そうな視線で見上げた。

 唇を半ばに開いては放心しているようにも見つめてくるその表情は、今日までの付き合いの中で初めて見るものであった。

 

「指示をくれ。抱き付いて囮くらいにはなってやる……」

 

 双方のどちらかが生き残れば、このマンションにおいては死すらもが回復可能な症状である。

それを知るからこそ身を挺そうと覚悟を決めた俺ではあったが、

 

『………お前じゃ勝てない。アイツとお前とじゃ、象と蟻だ』

 

 依然として俺の瞳に視軸を定めたまま、相棒はそう言い放った。

 言葉を交わしたのはそれきりで暫しそう見つめ合った後、相棒は俺から視線を振り切り一歩前に出る。

 俺を背に両肩へ力を漲らせ、前傾姿勢に戦闘体型へ移行すると──

 

『行け!』

 

 もはや振り返ることなく相棒はそう言った。

 そして改めて異質と対峙するや、相棒は名乗りを上げるかのよう笑い声をあげた。

 極度の興奮と狂気の入り混じったその声に中てられて俺も我に返ると、後は二人に背を向けて走り出すのであった。

 

 そうして走り続ける俺は、回廊の途中にある階段から道を反れてはただひたすらに、飛ぶかのごとくに階段を駆け下り続けた。

 

──俺は……アイツのことをどれくらい知っているんだろうか? アイツは、俺のことをどれくらい知っているんだろうか?

 

 駆け続け、いつまでも俺はそんなことを考えては、今の行動の意味を己自身に問いかけ続けるのであった。

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

 エレベーターから降り、オオカワウソは疲労に重くなった体を引きずっては歩き続ける。

 回廊で遭遇した異質と打ち合うこと数合──オオカワウソは為す術なく逃げ出しては辛うじてエレベーターに逃げ込んだ。

 

『ハァハァ……強い? ハハ、違う……全部、同んなじだ』

 

 繰り出す己の攻撃はその全てが打ち払われていた。

 突きを繰り出せば絡め取られ、薙ぎを払えば受け流され、両断しようと振り落とせばカウンターに跳ね上げられた杖が逆風の如くに前髪をかすめた。

 

 その反撃の全ては予定調和に打ち合わせたかの如くに的確で、いつしかオオカワウソは鏡の己に向かって打ち込んでいるかのような錯覚に陥っていた。

 

──なぜ、悟られる? なぜ、先回られる?

 

 戦いの最中に生じた疑惑は集中力を削ぎ、やがてそこから芽生えた疑問は闘争心を薄めた。

 最後にはそれが困惑に変わった時、オオカワウソの戦意は喪失した。

 

 もう戦えない──意欲の張りを維持できなくなるや、隙を見て逃げ出した。

 その後はしばし、異質からの追走に翻弄されることとなる。

 それでもどうにかエレベーターに逃げ込んでこの階まで逃げてきた。

 

 依然として乱れた呼吸を整えられないままこの階の回廊を辿り続けていたオオカワウソは、ふと背後に何者かの気配を感じる。

 振り返るそこには、

 

『ハ、ハハ……エレベータを使う音は、しなかったぞ?』

 

 異質が居た。

 両手に凶器を携えた前傾の立ち居で前方のオオカワウソを見据えていた。

 目尻に眼球を寄せては、肩越しに異質を捉えたまま逃げ続けるオオカワウソと──そして、もはや焦る様子もなくゆっくりとそれを負い続ける異質。

 

 しばししてついに力尽き、オオカワウソは前のめりにもんどりうつ。

 それでも両手を背後については上体を斜にし、尻を引きずってなおも後退しようとするオオカワウソにやがては異質も追いつく。

 

 感慨も無く、言葉すら掛けずに異質は両腕を振り上げると、逆手に握られた仇花の杖の切っ先をオオカワウソに定める。

 そして今まさにそれを振り落とそうとしたその刹那──

 

『ハ……ハハハ………ハハハハ!』

 

 オオカワウソが笑った。

 そして、

 

『アタシ達の勝ちだ……蟻んこ!』

 

 次の瞬間──遥か上空から飛来した強大な落下物が、無慈悲にも異質を圧し潰してしまうのだった。

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

 その一歩を大きく踏み出すと──俺は大きくため息をついた。

 踵の下には、いま踏み潰した物体が靴のゴム底越しに不快な存在感を残している。

 

 ゆっくりとその足を上げると、僅かな粘着感の後にその下で原型も無く圧死させられた異質の赤黒い残骸が窺えた。

 そうして足を引き、さらにその元に視線を辿らせれば──

 

『ハハハハ! 助かった! ハハハハ!』

 

 先の異質に劣らぬサイズに縮小した相棒がそこにいた。

 

 立ち上がってはしきりと何かを訴えてはいるが、このサイズ差となっては笑い声以外ほとんど聞き取れない。

 屈みこんで手を差し出すと、今までの疲労困憊だった様子が嘘のように飛び乗り、瞬く間の右腕をよじ登っては俺の耳の隣へと着ける。

 

 そして胸いっぱいに息を吸い込み、

 

『ハハハハ! ハハハハ!』

 

 俺の耳を抱きしめるや、さも嬉しそうに笑い続けるのであった。

 場所は『縮小する階』の回廊である。

 

 先刻、あの異質を前にした時の相棒の言葉──『象と蟻』のそれに、俺はこの回廊を使った撃退法を瞬時に理解した。

 

 この階の特質として、エレベーター側から回廊へ進む者はその進度に応じて身の丈が縮むが、一方で階の中頃から階段で入場しエレベーター側へ進む場合には、縮小の現象が生じない。

 ゆえに俺は階段からこの階へと至り、相棒はエレベーター側から入場しては異質と共にこの回廊を辿って我が身を縮小をさせた。

 後は御覧の通りである。

 

 等身大での対戦では歯が立たずとも、象と蟻ほどの体格差ともあれば話は別だ。ただ『踏む』だけで勝負は決する。

 これこそは俺と相棒の馴れ初めに由来する作戦でもあり、もはやあのやり取りからではこの戦略しか俺には思いつかなかった。

 

 とはいえしかし、全くの自信があったわけではない。

 むしろ成功した今だからこそ安堵もしているが、作戦実行中であった時には、果たして自分が相棒に忖度出来ているものか実に不安でもあったのだ。

 

 しかしながら無事にこの作戦を成功させた今、俺は初めて彼女を『相棒』として迎え入れられたような気がした。

 そしてそれは相棒もまた同じらしく、

 

『ハハハハ! よくやった! ハハハハ! 相棒‼』

 

 幾度となく笑い声をあげては、俺の耳を伸ばしたり縮めたりしては全身を使ってこの喜びを表現するのであった。

 

「とはいえ、お前どうやって戻るんだ? 複製階を使うんならその……死ぬしかない、のか?」

『たぶん平気。お前、仮眠室って知ってるか? そこでアタシを探せばたぶん大丈夫』

「仮眠室? じゃあそこに向かえばいいのか? 場所を教えてくれ」

『今夜はこのままでいい。やりたいこともある』

「やりたいこと?」

 

 ざわり、と俺の不整脈が鼓動する。

 嫌な予感がした。それこそはこの相棒のことを分かっているからこそに感じる悪寒でもある。

 そんな不安に駆られる俺へと何故かに相棒は声を潜め、

 

『……このサイズなら、特大のソーセージが食えるだろ?』

 

 そう耳打ちしてくるそのことを理解しかねて俺は首をひねる。そんな声をひそめて言うようなことであるのだろうか?

 しかし徐々に俺は、彼女の言わんとしていることを理解した。

 そして相棒の意図を完全に理解するや──引いた。

 

「……本気かお前?」

『ハハハハ! ごほーび! ハハハハ!』

 

 そう言っては甘噛みに俺の耳を噛む相棒。

『甘噛み』とはいえ、元より切っ先の鋭い彼女の牙とあってはそれでも鋭い痛みが耳介に走る。

 

 そんな痛みを来るべき今夜に想像して、俺は縮み上がる思いがした。

 

 

 

【 終 】

 

 



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【 バザール 】

 マンション攻略をする者、そしてそこに住む者達にとって『バザール』は格別の楽しみだ。

 そしてその『バザール』もまた、このマンションの怪異の一つである。

 

 

 件のバザールは年に数回ほど行われるが、それがいつ行われるのかは誰も知らない。

 その催しを知らせる情報はどこにも存在しないというのに、いざバザールが近づくと、俺達は当然の如くにそれを『思い出す』のだ。

 かくいう俺も一週間前に今回のバザールを思い出してからというもの、今日の日を指折り数えて待ち続けてきた。

 

 怪異はバザールが行われる『会場』にも表れる。

 毎回バザールは一階部分のエントランスにて行われるのだが、通常は入場口から内部階段に至る突き当りまでが見渡せる程度のエントランスが、その日は数百人が押し掛けてもなおパンクすることの無いキャパシティをそこに作り出す。

 

 このことについては一度でもバザールに参加したことのある者は、誰しもが疑問に持つことである。

 そして次回の参加の折には『その秘密を解明してやろう』と躍起になるのだが──いざバザールの場へ飛び込むと、途端にそんなことはどうでもよくなってしまう。

 

 会場に集まった物品や食料品を見て回る楽しさに心を囚われ、いつしかそんな怪異(バザール)の解明などはどうでもよくなってしまうのだ。

 

 斯様なバザールは、攻略勢や内外のフレンズ達によって執り行われる。

 それぞれがマンション内で発見した成果や食料、はたまた料理の腕に自信のある者はそれを提供する屋台などを展開させるなどして、それぞれに出店をするのだ。

 

 責任者や運営者などはいないが、不思議と問題は起こらない。多少の小競り合いなどは生じても、それが深刻な問題にまで発展することもまず無い。

 そもそも揉めていた当人達もが、最後はそれぞれに納得して場が収まってしまう。

 

 このマンションの攻略に挑むようになって、俺には3回目のバザールだった。

 今回も出店(でみせ)を持たない『一般勢』としての参加ではあるが、いつか『出品側』の参加もしてみたいと思っている。

 

 

 そんなバザールの朝──相方は今回の参加を決めかねては、いつまでも部屋の中を右往左往していた。

 

 断片的に聞き取った話からその理由を想像するに、どうやら会いたくない相手がバザールにはいるらしい。

 そしてその相手については俺にも凡その予想がついていた──

 

 オオカワウソ達である。

 

 そもそもが彼女達オオカワウソは3人一組を基本としたチームでマンション攻略に挑む。

 同じ顔つきが並ぶことからおそらくは複製階を利用し、『自分』を量産しては攻略に挑んでいるであろうことが窺えた。

 

 俺自身も相方と共にマンションへ潜る身としては、この『仲間』の存在は無くてはならぬものである。

 そしてそれが、攻略の指針がぶれない同じ志の仲間であったとしたらこれ以上に心強く、そして効率の良いものはないだろう。

 

 それだけに一度でもチームから外れてしまったオオカワウソは、自己喪失に苦しむこととなる。

 

 新たなチームは既に『自分』ではない──そもそもは三位一体という『個』から切り離された時点で、既に自分は従来の『オオカワウソ』ではなくなっているのだから。

 

 そうなってしまうと今の自分とは何者なのかと考え込むようになる。

 そんな状態の時に再び『自分』と向き合う事となるオオカワウソチームとの遭遇は、傍から見る俺が考えただけでも面倒な問題のように思えた。

 

「どうする? 行かないのか?」

『うぅ………』

「じゃあ、今回は留守番してろ。なんかお土産持ってきてやるから」

 

 眉元を複雑に盛り上がらせては苦悶に瞼を閉じる相棒をよそに俺は出掛ける準備をする。

 そうして玄関を出て数歩も歩かないうちに……

 

『行くよぉ! おいてくなぁ!』

 

 相棒は激しく玄関ドアを開け放っては走り寄ると、タックルよろしくに俺の腰へと飛びついてくるのであった。

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

 エレベーターの扉が開くなり──喧騒や人熟(ひといき)れといった、圧倒的な人数による空気の圧が俺達の体を叩いた。

 

 鼻孔に入り込んでくる空気には一嗅ぎしたならば不快ともととりかねない様々なヒトやフレンズの体臭とともに、これまた多種多様な料理の匂いが入り混じったものが充満しているのだが──それこそが『バザールに帰ってきた』という実感を呼び起こさせては、徐々に俺達を昂らせていく。

 

『ハハハ! ハハハハ! 行こう! 早く! ハハハ! バザール! バザール‼』

 

 事実、相棒などは先ほどまでの落ち込んだ様子が嘘のよう、興奮も露わに俺の手を引いては人混みの中へ入って行こうとする。

 

『なんだアレ!? ハハハ! 美味そう! アレ! たーのしー‼ ハハハハ!』

「分かった! 分かったからもうちょっと力を緩めてくれ」

 

 エレベーターを降りてからも、皮膚を突き破らんばかりに爪を立てては俺の手を引く相棒は、倒れんばかりに前のめりになって人混みに頭を突っ込んでいる。

 

 しばし俺達は時間を忘れてバザールを見て回った。

 今年は例年以上に出店が多く、実に多種多様でもあった。

 

 とあるフレンズの出店が興味深く、随分の時間を俺達はそこで費やした。

 曰く『精神汚染を回復させる苔』や『持ち主に加護を与える異形の抜け殻』が興味深く、それら商品について語る含蓄に富んだ彼女の説明は、純粋な怪異の解明と解釈という観点からも非常に参考となる話であった。

 

 しかしながらその効果が約束された商品はどれもが高額で、結局は冷かしに終わってしまったのが申し訳ない……。

 もっとも向こうとしてもそれに気分を害した様子はなさそうで、最後は引き攣るような甲高い笑い声で俺達を送ってくれた。

 

『クンクン! ハハハ! いい匂い! ハハハハ! あのラーメン‼』

 

 しばし歩いていると相棒は高く鼻を立てては何か食べ物の匂いをかぎ取る。

 見れば行き先の一角にラーメン屋の屋台が出ていて、俺自身もそこからの香りを一嗅ぎするや立ちどころに食欲を刺激されては胃が鳴った。

 

「ちょうどいいな。昼はあそこで済ませるか」

『ラーメン! ラーメン‼ ハハハハ!』

 

 匂いからも分かる通りに店は盛況で、注文からラーメンが到着するまでしばしの時間を要した。

 もっともその間にこれから回る出店のルートを確認したり、最低限は済ませておかなければならない買い物の打ち合わせなどをしていると、待ち時間などはすぐに過ぎ去った。

 

 到着したラーメンは期待を裏切らぬ濃厚な仕上がりで、各テーブルやカウンターに置いてある高菜で味に変化を持たせられるのが楽しい。

 相棒に至っては自分の席の前にある高菜を全て食べてしまったが、店主のフレンズはそれを笑顔で許してくれた。

 

『美味かった! あの草が美味かった!』

「高菜だろ? でも確かに美味かったな。このラーメン屋、今回だけじゃなくてこの近所にも来てくれたらいいのにな」

『いいのにな! ハハハハ! いい高菜‼ ハハハハ‼』

 

 その後はさらにエントランス内を数周し、その間に買い食いや数少ない知り合いと遭遇しては情報交換などすると──俺達のバザールも一区切りがついた。

 

 今回の戦利品はネズミボトル用に調教された適応ネズミを5匹と未開拓階の情報をまとめたガイドマップが数通、次シーズンの衣料を数着とさらには相棒用に新しいバールが一本──コレが今回の猟果であった。

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

 午前中に出かけたはずが、気付けばもう日がとっぷりと暮れている。バザールの時はいつもこんな感じだ。

 

 居住階に着き、部屋までの通路を歩きながら俺は隣の相棒を横目で見下ろす。相棒はいつの間にか買ったであろう赤い林檎を取り出してはその一口で半分以上食べた。

 さらに咀嚼しながらそれを俺に渡し、残りを食べるように勧める。

 

 礼を言って一口頬張る林檎はなんとも不思議な味がした。

 酸味・甘み・食感……そのどれもが知っているもののはずなのに、まるで初めて食べたような感覚が脳髄に突き抜ける。

 

 果たしてこれは俺の知る『林檎』であるのだろうか?

 あのバザールで売られてたと言うことはこのマンションで収穫された物であり、果たしてそれが正常な林檎であるのかどうかも実際のところ怪しい。

 

『美味いか? 『エリクサー』って言うんだぞソレ? ハハハ』

 

 交互に林檎を交換し合って食べ続けていると、自然と俺は彼女のことを考え始めていた。

 今日は偶々オオカワウソ達と会うことは無かったが、今後攻略を続けていけばいつか必ず俺達は彼女達と遭遇することになるだろう。

 

 その時の相棒のことを考えると胸が締め付けられた……今朝の、らしくもなく苦悩しては落ち込んでいた姿もまた重なって、なおさらに俺はやるせなくなる。

 そして俺は無意識のうちに、

 

「もうオオカワウソ達のことなんて考えるなよ」 

 

 そんなことを相棒に言った。

 前振りすらなかった突然の話題に、相棒は林檎に歯を立てたままキョトンと俺を見上げる。

 一方で勝手に溢れ出した俺の想いも止まらない。

 

「もうお前は俺の相棒なんだ。そのことに胸を張ってほしい。俺もお前と出会て良かったって思ってるし、お前のパートナーだってことも嬉しく思ってる」

『ハハ………?』

「お前がしょげてると俺だって辛いし、もし不安な時は俺を頼れ。お前よりもずっと弱い俺だけど、全力で守ってやる」

『…………』

「っていうか、俺にはお前が必要なんだ。もうお前無しじゃ生きられない。だからどこにも行かないでくれ。いつまでも俺の相棒でいてくれ」

 

 いつしか立ち止まり、互いに向き合いながら俺は今日までの感謝と、そしてこれからの願いを相棒に伝えた。

 口下手で語彙も貧相ならば、なんとも稚拙な伝え方ではあったが、それでも言いたいことは言えた。

 そんなことに自己満足してると、やがて相棒は思いもよらない言葉を返してきた。

 

『……それってさ、プロポーズ?』

 

 言われてその一瞬、俺は思わず放心する。

 相棒が何を言っているのかが分からなかった。

 俺はこれからも一緒にマンション攻略を頑張っていこうと言葉を掛けていたはずなのに、どうしてそんな返事が相棒から返ってくるのか?

 

 しかしいざ冷静になり、俺は今しがた自分が口走った台詞の数々を思い出す。

 

──お前と出会えてよかった

──お前のパートナーで嬉しい

──不安な時は俺を頼れ

──全力で守ってやる

──お前が必要だ

──どこにもいかないでくれ

 

 そして──

 

『もうお前無しじゃ生きられないー?』

 

 俺の心を読んだように見上げてくる相棒の目が──これ以上になく輝いては、イタズラ心を抑えきれない笑みをそこに満たす。

 

『アタシからはどんな質問が聞きたい? 毎朝みそ汁を作ろうか? 子供は何人欲しい? ご飯にする? お風呂にする? それとも、ア・タ・シ?』

 

 嬉しそうな……貌だ。

 そして俺は気付く。

 

 俺は──とんでもないことをしてしまった。

 言い訳ではないが、あの林檎を食べた時から何やら心身共に解放されたような気分になってしまったのだ。

 

 しかし冷静さを取り戻した今となっては、もはや相棒の顔をまともに見てはいられない。否、一秒でも一緒にいられない。

 斯様な羞恥心に顔はもとより、全身の内側から火が噴き上げるかのようですらある。

 

 そしてついに肉体と精神に限界を迎えた俺は──

 

「う………ッうわぁぁぁぁああああああああああああぁぁぁ‼」

 

 相棒を置き去りに走り出していた。

 

『あ、待てコイツ! ハハハハ!』

 

 同時に相棒もまたそんな俺の後を追って地を蹴った。

 

 あとはもう力尽きて相棒に捕らえられるまで──俺は夕闇のマンションをどこまでも走り続けるのであった。

 

 

 

【 終 】

 



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【 シアター 】

 その日は映画を観ようということになった。

 きっかけはとあるアニメの話題で盛り上がったことに始まる。

 

 

 少し前──かねてより登録していた動画配信サービスのとあるコンテンツに、俺と相棒は共にして嵌まり込んだ。

 

 荒廃した世界の中において死に場所を求め旅をする姉妹達のその物語は、一見して単純な筋書きの中にも様々な考察を捗らせる要素が断片的に散りばめられており、俺達は話数を追うごとに互いの解釈を物語に当てはめては語り合うことに熱中していった。

 

 やがては一連のシリーズを視聴し終える頃にはすっかり一端の評論家かぶれとして出来上がっており、その知的好奇心の矛先が新たなジャンル開拓の探求に向かうことは自然の成り行きと言えた。

 

 以降は古今の名作を始めとして手当たり次第に、それこそアクション・サスペンス・ドキュメンタリー、さらにはエログロホラーのB級とも取られかねない作品に至るまで、ジャンルの垣根も無しに俺達は貪るように視聴した。

 

 ついには巨大なスクリーンと整えられた音響の元で作品を愉しみたいという原初の欲求に帰結し、攻略勢の性か俺達はこのマンションの『シアター』へと至る運びになった訳である。

 

『ハハハ! なあ、何観る!? SFか? コメディか? アニメでもいいぞ!』

「ふふふ……今の俺達ならどんな作品も楽しめる自信があるな」

 

 自称『映画通』をこじらせた俺達の増上慢はこの時頂点に達しており、むしろ求めるものは巷間を席巻している話題作などではなく、一般人には理解できない・あるいは興味の持てない偏執的な映画を欲するようになっていた。

 

 そう言った意味では、このマンションのシアターほどふさわしい場所は無い。

 

 事実このシアターにおいては、世間一般的に流通されているような作品が上映されているのを見た事はなかった。

 とはいえ俺も足しげくにこの場所へ通っていたわけではなく、むしろ映画鑑賞という目的であれば、此処の利用は今回が初めてである。

 

 過去に数度、マンション探索の一環としてシアターのロビーまで足を踏み入れことはあったが、その時は上映中の作品を告知する壁掛けのパネルを確認する程度であった。

 一方で相棒はというとオオカワウソチーム時代に一度この場所を訪れたことがあるらしい。

 

『なんか面白かった。アクションだったと思う。怪獣とオオカワウソが戦うヤツ!』

 

 とはいえ、その説明からB級感は否めない。

 それゆえに俺達の『クソ映画に対する歪んだ期待』は否が応にも高まるのであった。

 

 エレベーターを呼び出し、いざ箱の中に乗り込もうとしたその時、俺は財布を忘れていることに気付く。

 

「いかん。これじゃポップコーンとドリンクが買えん。先に行っててくれ、後から追いつく」

『おう、早くしろよ!』

 

 先に乗り込んだ相棒に伝えると、俺達は一旦別れそれぞれにシアターへと向かうことにする。

 帰宅して財布を回収すると、再びエレベーターを呼び戻しては俺も劇場に急いだ。

 

 エレベーターのスライドドアが開くと、もう目の前がシアターのロビーだ。降りてすぐに、先に到着していた相棒が上映中を知らせる各劇場のポスターを見上げている姿が見えた。

 場には相棒一人しかいなかった。

 19時という時間帯ではあったが、平日の夜などはこんなものだろう。俺は相棒に声を掛けると、隣だってポスターを見上げる。

 

「どうだ? 面白そうなのはあるか?」

『うーん………』

 

 この日、壁に掛けられていた作品は4つ──

 

 

・『 裏切りの獣よ北へ飛べ 』 ──

 黒一色の背景の中、おそらくは駆け出しているだろう流線形の獣のシルエットが4つ。

 先頭の一匹は白く抜き取られており、残る3匹は赤く塗りつぶされては先の一匹の跡を追う構図となっている。

 印象としてはアクション映画を思わせた。

 

・『 肉を焼く水 』 ──

 こちらは赤い背景の中にショートカットの少女と思わしきシルエットが抜き取られており、頭に向かう上半分は目も醒めるような青であるのに対して、胸元から下に向かっては徐々に色彩が赤黒くグラデーションしては色を沈下させている。

 おそらくはホラー寄りのサスペンスやミステリーと言ったところか。

 

・『 北で君と逢う 』

 三枚目になると一転して色調が軽く明るくなった。

 並び立つ、ヒトとフレンズの後ろ姿を映した1枚で、男女と思しきその二人は青空の下で荒野に立っている。背負うバックパックや装備の類でヒト側の容姿は判別しにくいが、隣に立つフレンズは灰のコートに身を包んだオオカワウソのようだ。

 内容は悲哀の恋愛モノとも取れなくはないが、その後ろ姿があまりにも相棒に似ていて、俺はこの映画に興味を持った。

 

 

「どうだ、決まったか? 俺はこれが……──」

 

 ふと隣に視線を移し相棒を見やると、彼女は俺の声も聞こえないといった真剣な様子で前方を見上げている。

 どうやら4作目のポスターを見つめているらしい。

 いつにないその表情に『どのようなものか?』と俺も視線を向けると、そこにあったものはアニメ作品の映画であった。

 

 

・『人神間(トカザマ)』 ──

 薄紅色の暖色を背景に、楕円形に丸っぽい出足をつけた簡素なデザインの動物が二匹で抱き合っている。

 一匹はこちらに背を向けて、一方でもう一匹はこちらを見つめている構図なのだが……僅かに眉をひそめたその表情はどこか浮かない。

 一見したならば幼児向けのアニメ作品と思しきデザインであるにも関わらず、なぜがこの作品に俺は言いようのない不安を覚えていた。

 

 

 しかし相棒は、

 

『……これが観たい。これがいい!』

 

 呟くように応え我に返ったかと思うと、よじ登るように俺の胸にすがっては立てた人差し指の右手でその映画を指した。

 その様子には哀願してくるような、いつにないしおらしさが感じられ、そのギャップに戸惑っては思わず俺も頷いてしまう。

 

 とはいえ、今日の鑑賞は何でも良かったということもまた思い出して俺も自分を納得させる。

 ならば相棒の望む物を観せてやろうと、俺達はそれぞれにポップコーンとドリンクを購入し、ロビーからホワイエへと至ろうとしたその時──俺は左手の壁面に走り書きされたとある一文に目を止めた。

 

 

    [  DON‘T WATCH ALONE! (一人では観るな)  ]

 

 

 これは何かの演出であろうか?

 通常のマンション攻略においては攻略勢同士が警告を他者に促す為、こうした走り書きを壁や什器に施すことがある──それがこんな設備の整えられた場所に書き殴られた違和感に、その一瞬俺も攻略勢としての感覚を取り戻していた。

 しかしそれも一瞬のことで、

 

『おーい、早くしろー! 始まるぞー!』

 

 ホワイエの先から駆けられる相棒の声に俺も現実に戻される。

 さして意味はあるまいとこの時は片づけることにした。今は映画を楽しみたいという欲求の方が勝ってる。

 やがては俺も相棒の後に続いて入場するとシアター内の席に落ち着いた。

 

 劇場内の観客は俺達二人だけの様子で、しかも座るなりに照明が落とされては幕間の企業広告が始まる。このマンションの入居者を募集するものだった。

 次いで先付予告として、先ほど俺が候補に挙げていた『北で君と出会う』の映像が流される。

 

 その映像を目の当たりにしてその一瞬、俺は小さな驚きを覚えた。

 ヒロインと思しき少女が相棒にそっくりであったからだ。否、そのままに相棒と言っても過言ではない。

 断片的にそのヒロインが様々な場所を探索する姿がサブリミナル的に連続して表示されるのではあるが、その最後にヒロインとは違うもう一人の登場人物が数瞬だけカメラの端に写る。

 

 それこそは──紛れもない『俺』であった。

 

 この時になって俺は初めてホワイエの入り口にあった落書きと、突き詰めてはこの場所が『マンション』の一角であったことを思い出す。

 一階エントランスより上はどこに居ようとも常に怪異が付きまとう。それは居住階であるはずの二階ですら例外ではないのだ。

 ましてやそこよりもさらに上階となる此処が怪異の及ばぬ場所であろうなどと、どうして俺は思ってしまったのか。

 

 一切の装備も無しに普段着でこの場所に至ってしまった己の迂闊を悔やんでは立ち上がりかけた時──本編の上映が始まった。

 

『座って………!』

 

 その瞬間、制する相棒の声に合わせてまるで見えない手に両肩を押さえつけられたかのよう、俺は落ちるが如くに席へと座らされる。

 一方で隣の相棒はというと、まだタイトルすら表示されない序盤であるというのに既に尋常ならざる集中力でスクリーンを注視している。

 

 同時に俺もまた体の自由が上手く利かなくなっていることに気付く。

 しまった──と思った。すでに捕食者の口の中に入ってしまった。

 どうにかして体の自由を取り戻せないか躍起になっていると、目の前のスクリーンにはあのポスターに描かれていたキャラクターが登場する。

 

 色鉛筆を思わせる淡いタッチのもと、輪郭が太く描き出されたキャラクターは愛らしいの一言に尽きた。

 物語はオスと思しき一匹が、とあるメスに助けられるところから始まる。

 その後はオスもまたメスの窮地を救ったことから、二匹は意気投合して一緒に暮らし始めるのだ。

 

 共に山野を駆けて苦楽を共にするうちに二匹の距離はどんどんと縮まっていく。

 途中には二匹が性的関係を持ったかもしれないと匂わせるシーンもあり、その一見子供向けなデザインとのギャップも相成っては、いつしか俺もこの非常事態にも拘わらずに没頭していった。

 同時にある事にも気づく。

 

 この映画は──俺達の物語だ。

 

 否、この映画だけに留まらない。

 これ以外の三作もまた強く俺と相棒のことを意識した内容であったのではないだろうか?

 

「………いや、違う……この映画館は、『俺達』の物語じゃない……!」

 

 他の映画のポスターの内容を思い出すうちに、やがてはこれら映画の全てが隣にいる『相棒だけ』を題材にしていた作品群であったことに気付く。

 

 同時にこのシアターへ至る時にホワイエで見た『DON‘T WATCH ALONE!』の警告も思い出す。

 ここで言う『一人』とは、ロビーに至るところから既に始まっていたのだ。

 奇しくも今日、俺が財布を忘れたことにより相棒は『一人』でこのシアターへ入ってしまった。怪異(シアター)はそんな一人きりの得物を狩り取るべくに、相棒の深層心理に侵食する作品を胎内に作り出した。

 

 唯一の誤算は遅れてきた『俺』という、催眠が及ばない異物が混入してしまったことだが、しょせんはヒト一人程度ならば力技で抑え込もうと結論付けたようだ。

 

「くそッ……ヤバいぞ、目を覚ませ……!」

 

 辛うじてスクリーンから顔を背けては警告をするも、隣にて映画に没頭する相棒には既にそんな俺の声すら遠い。

 それでもさらにもがき続け、どうにか体の自由を取り戻そうと躍起になっていると、少しずつだが四肢の自由が戻っていく感覚が肉体に蘇ってくる。

 

 要は目の前の映像を観ないように、そして音声を聞かないようにすればこの拘束は緩むらしい。

 それが分かり、震える右腕を相棒の目の前にかざしては視聴の邪魔をしようとするも、それに合わせて相棒も視点を変えてしまい、一向に俺の思惑は上手くいかない。

 

 もはや目の前に立つくらいではないと相棒の視界を妨げられないと判断した俺は、持てる力を振り絞って最後の手段に出る。

 

 辛うじて立ち上がるや──倒れ込むようにして、座る相棒の上に全体で覆いかぶさった。

 

『ッ!? 見えない……見えない!』

 

 当然の如くにどうにか俺を振り切っては再びスクリーンへ瞳を戻そうとする相棒にさらに俺もしがみ付く。

 ここが正念場だ。俺は彼女の両耳を塞ぐように頭を掻い繰ると、スクリーンの代わりに俺の目に焦点が集中するよう顔を接着させた。

 

 鼻先同士が強く押し付け合ったがもはや気になど掛けてはいられない。もがく相棒を体格に任せて押さえつけては映画から守っているとやがて……

 

『……──ん? な、なんだ? 何してる!?』

 

 相棒の瞳にも理性の光が戻った。

 それを確認すると俺は僅かに鼻先を離し、

 

「わ、罠だ……このシアター自体が怪異だったんだよ! 早く逃げろ……肉体か精神かは分からんが、このままここに居ると俺達は何かを食われるぞ……!」

『ハハハ……て、撤退!』

 

 正気を取り戻した相棒もまた立ち上がろうとするが、そこは俺同様に体の自由が利かなくなっている様子で、結果俺達は這いずりながらシアターの出口へと進んだ。

 その最中、背後からは──

 

[ 逃げル、な……! ]

 

 映画の中のキャラクターが俺達に向かって言葉を投げかける。

 

[ 席、ニ、戻れ……! ]

 

 目が眩むほどに画面を明滅させ、音響の限りにくぐもった声を幾重にも重ねては俺達を引き戻そうとする。

 

 そんな爆音と閃光が入り混じる戦場さながらのシアターを匍匐前進で俺達は脱出する──痺れる体に鞭を打ち、遅々としながらもシアターを出ると、俺達は依然として這いつくばったままホワイエを抜け、ついにはロビーまで戻ってくる。

 

 そこに表示された上映中を知らせるポスターは一様に、

 

・逃げるな!

・戻れ!

・映画の続きを観ろ!

・シアターに沈め……!

 

 もはやこのシアターが一個の生物であるかのよう、それを使って俺達を引き留めようと躍起になっている。

 

 それすらも振り切ってエレベーターに辿り着くと、俺は壁面にしがみつくように体を起こしては上下の境も無くただ呼び出しのボタンを叩く。

 そうして開くエレベーターのハコに相棒を押し込むと、俺もまたその中になだれ込んでは扉を閉めた。

 

 閉じゆく扉の隙間越しに見るシアターは、床から天井に至るまで赤黒い瘴気に覆われていた。

 

「はぁはぁはぁ、はぁ………ッ」

『はぁはぁ……ハハ……ハハハ……はぁ~……』

 

 しばし箱の中で互いに寄り添っては支えったまま、俺達は優に五分はそうして喘ぎ続けていた。

 

 やがて……──

 

『ハハハ……映画に、負けないなコレ……』

「……続編は、カンベン願いたいけどな」

 

 掛けられる相棒の言葉に応えては、互いに力なく笑い合う。

 

 それでも俺は、これが映画なら最後に大オチが控えていると訝しんで、スタッフロールが終わるまでは観客は誰も立ち上がらないのだろうな──と、そんな穿ったことを考えては、さらに自嘲するのであった。

 

 

 

 

【 終 】

 

 



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【 食堂 】

 怪異における『攻略難度』なるものを、俺は独自に設定していた。

 

 最も危険を示す『D』から比較的安全な『A』までの4段階にランク分けすることでマンションの怪異を数値化し、攻略者が怪異に対し最善の対処やアプローチが行えないかどうかを試していたのだ。

 

 有り体に言うならば個人やチームの『レベル』を設定することで、攻略者は己のランクよりも上の怪異に対してはより慎重に振舞えるようになり、はたまた身の程を弁えるのであるならば己の無謀を窘められる。

 

 これによって、より安全に怪異の攻略と、そして当人のレベルアップとを補助できるのがこの『攻略難度』であると俺は常々主張していた。

 が……──

 

『ハハ、なんだそれ? くだらないの』

 

 しかしながらそんな俺の主張は、空しくも相棒には通じない。鼻で笑われた挙句に『くだらない』と一蹴されて終わった。

 

 これが他人の物差しであったのならば俺も一考に値するところはあったのだろうが、こと自分の定規とあってはこちらも引き下がる訳にはいかない。

 

「ならば証明してやる!」

 

 本来は己を客観視するために考案されたものであるにもかかわらず、こうにも感情的になってしまっているのだから、今となっては笑い話も甚だしい。

 しかしながらその時の俺は、『相棒に認められたい』──そうした強い想いに駆られては行動を開始したのであった。

 

 そんな俺が、自説の証明に選んだ怪異こそが──『食堂』である。

 

 ここは消失の怪異として知られる。他者の死角が『異界』と化し、入場者を消失させるのだ。

 例えるに二人でこの場所へ入場した場合、その二人が同じ方向・対象を目視している場合には怪異は起こらない。

 しかしどちらかの一方が同調させていた視軸を外した瞬間、二人の視覚の死角となったスペースが異界化する。

 

 異界化した空間はそこに近い入場者を飲み込み、その者は消失させられる。

 ここで言う『消失』が死を意味するのか、それとも別な場所へ飛ばされるものなのかは分からない……飲み込まれた者は二度と戻っては来ないからだ。

 

 予てよりこの怪異に対しては相棒でさえもが調査に難色を示していた。

 彼女曰く『分かり切ったこと』であるからだと言う。

 

 先の『死角に飲み込まれるルール』はもはや攻略勢には周知の事実であり、この場所から得られる情報は皆無だという。

 そんな場所への来訪は自殺と同義であり、斯様に意義の無い行為で命を危険に晒す行為は『バカのすること』だとも相棒は断言した。

 

 しかしだからこそ、俺は『食堂』を攻略対象に選んだのだ。

 

 相棒の否定を肯定へと書き換えるには、彼女の価値観そのものを壊してやる他にない。

 ならば相棒が忌避したこの場所の攻略ほど、それを証明するにふさわしい場所は無いだろう。

 

 意気揚々と俺は『食堂』へと至り、そして出入り口から室内の全貌を見渡した。

 

『食堂』はマンションの一室に作られた30㎡ほどの縦長の空間である。

 客は一室の中央部より入出し、向かって右手に向かい合わせのソファとテーブルが配置されたいわゆるボックス席が数組並び、左手側にブッフェ形式の料理が配膳されたスペースが設けられている。

 

 慎重に室内へと踏み入りながら入り口にほど近い席の一室に腰かける。

 意気込んで攻略に乗り込んではみたが、いざ怪異の中心にいると思うとそれまでの倨傲は途端に鳴りを潜め、臆病にもソファーの端へ浅く座る俺の姿は自分でも分かるくらいに滑稽であった。

 

 しかしながらと自分を鼓舞しては奮い立たせる。

 

 この場所の怪異についての攻略法は完璧だ。

 何も心配することはない。再び意気込んでは興奮を身の内に呼び覚ましながら、俺は記録用のデジカメを準備しては録画の支度をする。

しかしその矢先、

 

「……ん? なッ……──!?」

 

 いつの間にかテーブルの目の前にはコップに汲まれた水が置いてあった。

 

 そのことに驚いては立ち上がり、周囲を見回す。

 客の姿は俺以外には誰も居ない。店員の姿も然りだ。ならばこの水は誰がここへ運んできたというのだろう?

ただ『水』があったという怪異とも呼べぬようなそれにもしかし、俺は哀れなほど狼狽しては周囲を見渡す。心臓は早鐘を打つかのように乱れては再度俺のモチベーションを下げていった。

 

「もしかして……俺は本当にバカなことをしてるんじゃないんだろうか?」

 

 相方の呆れ顔が脳裏に浮かんだ。思わず呟くと、今度は席に深く座り直しては額を抑える。

 

 そもそもどうして俺はこんなにムキになっていたのだろう?

 自分の調査法を否定されるということは、そんなにも癪に障る事であったのか? 

 今さらながら冷静になってくると、途端に今の自分が滑稽に思えて──同時にこの状況が恐ろしくも思えるのであった。

 

 今回の『食堂攻略』は相棒にさえ知らせてはいない。こっそり攻略しては、後ほど盛大に成果を突き付けてはその鼻を明かしてやるつもりだったからだ。

 しかしその行為は一切の『保険』を排除した行為であることにも俺はいま気付いた。

 

「どうかしていた……帰ろう。いったい何を考えてたんだ俺は……」

 

 ようやく我に返り、俺は早々にこの場を立ち去ろうと席を立つ。

 その時であった。

 

 食堂の入り口に立つ何者かの存在に気付いた。

 そこに立っていた者は、何者かのフレンズであった。

 

 種別までは判断できない。

 色合いの落ち着いた深い藍のブラウスに黒のミニスカートと、胸元には同じく黒のリボンタイが大きなアクセントとなっている。

 

 どこか眠たげな、はたまた不安げにも見えるその表情から察するに、彼女はこの場所の怪異というよりは、俺と同じくに『食堂』を訪れた客の一人であるように見受けられた。

 しかしながらこの場合、重要なのはそんな彼女の登場などではない。

 

 彼女の出現により互いの視線を交わしてしまったことの弊害……他人の死角を俺が認識してしまったことにこそある。

 それこそはこの場所におけるタブーであり、怪異の引き金となるスイッチであるからだ。

途端──俺の周囲は異界と化した。

 

「な、なんだッ!? ……これはッ?」

 

 今まで何の変哲も無くスプリングの感触を伝えていたソファの尻元がジワリと液状化した。

 同時に斯様な液体は坐臥の下半身に沁み込んでは、溶かして同化するかのようズボン下を濡らしてくる。

 

 怪異が始まった──もはや俺は『食堂』のそれに完全に嵌まり込んでいる。

 そのことに周章しては狼狽しそうになる気持ちを必死に押さえつけ、俺はかねてよりの対処法を試そうとする。

 

 万が一を想定して、俺は自分なりの対処策を用意していた。

 この怪異が他者の『死角』に反応するというのならば、その死角を無くしてやればいい。バックパックから取り出した4つ折りのプラスチック板を開くと、四角形の環状に展開させたそれを俺は頭から被る。

 

 プラスチック板の内面は鏡であった。

 内面に張り巡らされた数枚の合わせ鏡の中央で、俺は自分の視線を幾重にも反射させては鏡の中の自分(他者)の視線を拡散、同一方向性の視野の獲得しようと目論んだ。

 しかし……

 

「だ、ダメだッ……何故、だ……ッ!?」

 

 飲み込まれ続ける俺への浸食が止むことは無かった。

 完全に当てが外れた……『攻略者』が聞いて呆れる。

 もはや鼻先まで怪異に沈み込み、このまま食堂に食われんとしたその時──

 

 

『捕まるのだ!』

 

 

 何者か第三者の声が響いた。

 次いで伸ばされた右手が力強く俺の頭髪をワシ掴む。

 

 その行動に最初は相棒が駆けつけてきてくれたものかとも考えたが、その声音は明らかに相棒のものとは違う。

 ともあれ助けには違いないと必死にしがみ付く彼女の腕も、相棒のものよりもずっと華奢で柔らかかった。

 

 もしかしてこれもこの『食堂』の怪異ではないかと訝しんでいると、彼女は瞬く間に俺を引きずり上げた。

 地上に出ると同時に、長らく呼吸も止めてたことに気付いて俺は強くむせ込んでは荒い呼吸をつく。

 

『慌てることは無いのだ。自分だけの足元を見ながらゆっくりと歩くのだ』

 

 完全に地上へ戻されて肩に担がれる時に、その一瞬だけ彼女の姿を見た。

 藍のブラウスに、肩にかかる程度のショートカットと立ち上がった耳の姿は、先ほど食堂の入り口で見かけたフレンズと同じものだった。

 

「なぜ……助けて、くれる……?」

『食堂の入り口であなたと目が合ってしまったのだ。あなたをこんな目に合わせてしまったのは私の責任でもあるのだ。だから助けるのだ』

 

 俺と同じくに足元を見つめながら歩いているであろうその言葉から察するに、彼女もまた攻略勢のフレンズなのだろうか?

 自信に満ちたその声と迷いの無い一挙手一投足は、共に行動する者には得も言えぬ安堵を与えてくれる。

 

『お兄さんはこんなところで何をしていたのだ? ここの食堂は危ないのだ』

「……攻略しようと、思ったんだ。でも失敗した……対応策も考えてきてたけど、まったく通じなかった」

『さっきの頭にかぶってた鏡なのだか?』

「四方に鏡を置けば視線が増えて死角が無くなるから、怪異を抑えられるはずだったんだが……」

『上と下は?』

 

 そう尋ねられ、俺は即座にこの対処法の穴に気付く。

 

『あなたの対処法は二次元しか見てないのだ。もし完全に死角を無くそうと考えるのなら、三次元にまで考えを至らせる必要があったのだ。そしてそんなものは……──』

「無い……よな」

 

 言われて俺は力なく自嘲した。

 言われる通り4面鏡の対処法は水平方向における視覚の対処しかできない。結局は足元や頭上といった『鉛直』からの死角に飲み込まれることとなる。

 

 ならば……と、この時の俺はとある疑問に気付く。

 

「なぜ、今は平気なんだ……?」

 

 考え得る限り、怪異が始まってからの対処法は皆無と思えるこの『食堂』に対し、救出以降の俺と彼女はそれに飲み込まれることなく少しずつ歩みを進められている。

 それを訪ねながら隣を見やろうとした時、

 

『視線を足元から外しちゃダメなのだ!』

 

 鋭いその声に抑えられ、反射的に俺は再び視線を歩く足元へと戻す。

 

『この『食堂』は二人以上でいる時、他人の死角が生み出した異界に飲み込まれる怪異なのだ。ならばお互いの死角を一定方向に固定すれば、問題は無いのだ』

 

 さも大したことではないように彼女は続ける。

 

『その際には視線は足元に固定して、出来るだけ視線が拡散しないように努めるのがいいのだ。さっきのお兄さんの鏡のやり方じゃ、結局は無数の視線が拡散して死角を徒に生み出すばかりなのだ』

「そ、そんな……単純な方法で良かったのか……」

『ふふふ……穿ち過ぎたるは理性の妨げなのだ』

 

 攻略の失敗、他者に尻拭いを任せるかのごとき救出、そして自己嫌悪……俺は完璧に打ちのめされては、今の倦怠感が怪異に飲まれたものからなのか、それとも精神的なショックによるものなのかが分からない。

 

 しばしして食堂を抜けると、俺達はエレベーターの中へと帰還した。

 

 ハコに入るなり、俺はつんのめるように倒れ込んでは、壁面に背を預けて立ち上がれなくなってしまった。

 倦怠感はさらに体を重くして、ぼやける視界と幾重にも音が反響する聴覚の異常からは如実に、先の怪異による肉体への影響が見て取れた。

 

『この食堂は罠にかかったヒトやフレンズを食べてしまう怪異なのだ。私が助けたとはいえ、一度頭まで飲み込まれたお兄さんは少なからずあの食堂に『食べられて』しまったのだ』

「た……食べら、れ、う? お、俺は……死ぬの、か……?」

 

 舌がもつれる。すでに呂律も回らなくなってきている。

 

『見た感じだと欠損は見られないから、少し安静にすれば体力はすぐに回復するのだ。私が送ってあげるのだ。お兄さんはこのマンションに住んでるのだ?』

 

 もはや目の前の彼女の姿すら確認できなくなっていた。意識も朦朧とする中、辛うじて自室の番号を伝えて鍵を渡すと、やがてはゆるりと五感を失う。

 

 そんな眠りに陥らんとする最後の意識の中で……──

 

『──…イさんにお任せなのだ』

 

 俺は彼女の名前を聞いたような気がした。

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

 

三日後──

 

 

『オラオラ、きびきび歩け!』

「な、なあ……本当にこれで行くのか?」

 

 マンション攻略に復帰した俺は、先立って歩きながら背後に続く相棒を振り返っては困惑に眉元をしかめた。

 

 俺の腰元にはコイル式による伸縮可能なハーネスが付けられており、そして背後に伸びるその末端は同じくに相棒の腰に装着されていた。

 謂わば紐で繋がった状態の自分達を顧み、俺は羞恥に耐えきれず幾度となく周囲を見渡した。……これでは犬の散歩だ。

 

『ハハハ、じごーじとく! 今後はアタシがお前の管理をするからな』

「それは分かったが……これはやり過ぎだろ?」

『これくらいしないと逃げられるからな。それにこれならもうネズミボトルも要らないな。ヒトボトル! ハハハハ!』

 

 楽し気な様子の相棒を背に俺はため息しかつけない。

 

 件の食堂における攻略失敗後、俺は自室へと運び込まれたとのことだった。

 その時にはもう完全に意識を失っており、体重も全体の1/4にも近い15kgが失われていた。

 相棒は玄関先で俺を引き取り、さらには部屋まで運んでくれたフレンズから事の詳細を聞いたとのことだった。

 

「それにしても、何のフレンズだったのか分からないのか?」

『覚えてない。それどことじゃなかった。お前すごい震えててアタシが温めたんだぞ!』

 

 俺が運び込まれた時には相棒もまた取り乱しており、俺自身も意識が無かったことから、 結局は誰が俺を助けてくれたのかは分からずじまいだった。

 そうして今後の攻略においてはその命の恩人も探すこともまた目的と決め、復帰第一日目の攻略に繰り出した──というのが、現状の俺達である。

 

「お前自身は特徴とか覚えてないのか? 『一緒に』居たんだろ?」

 

 相棒から発せられる『一緒に』のアクセントが妙に強調されているのが気にもなるが、しかし俺にはあの怪異中の記憶というものがほとんど残されてはいなかった。

 あの時『食堂』に食われたのは体重だけに留まらず、こうした記憶の一部にも及んでいたらしい。

 

「あの人に対するまともな記憶は声しか覚えてないんだ。せめて声が聞ければな……」

 

 そう話していた矢先だった。

 

『うわー! やってしまったのだー、フェネックー!』

 

 突如として響いてきたその声に、俺は思案にうなだれていた頭を機敏に上げる。

 その響きこそは間違いも無い、あの日俺を救ってくれたフレンズの物であった。

 

「この声だ! 間違いない!」

 

 ついに出会えたかと思いその方向へ視線を向けるがしかし──しばししてそれが勘違いであったことを悟る。

 

 そこには、

 

『食べていたジャーキーが犬用のおやつだったのだー! 全部食べ終わってから気付いたのだー!』

『ありゃ~。やってしまったねぇ、アライさん』

 

 アライグマとフェネックのフレンズが居た。

 攻略前に立ち寄る三階部のファミリーマート前である。

 

 確かにその声音と毛皮の雰囲気は似ているが、問題の中身がまるで違う。

 こういっては何だが……目の前にいるアライグマからは知性の欠片も見当たらない。

 

『ハハ、あいつなのか?』

「いや……違う。俺を救ってくれた人はもっと毅然としてるって言うか……賢そうな感じだった」

 

 結局は勘違いではあったが、再度の邂逅が叶わなかったことに安堵している自分もいた。

 もしもう一度会える機会があるのならば、それはやはり自分が窮地に立たされた時のような気がしていた。

 すなわち彼女と逢わない限りは俺も平穏でいられるというところだろうか?

 礼儀知らずにもそう考えては俺も自嘲するのだった。

 

 そんな俺のハーネスを突如として背後から相棒は引いた。

 突然の衝撃に驚いては振り向く俺に、

 

『ハハハ、ぐずぐずするな。早く買い物済ませて今日の探索に行くぞ!』

 

 相棒はそう言いながらハーネスを手にコンビニへと入って行こうとする。

 

「ま、待て! 店の中にまでこれ付けたまま行くのか!?」

『ハハハ、罰ゲーム! あとアタシの物だってみんなに教える』

「勘弁してくれよ……本当に」

『ハハハハ! 一緒に! ハハハハ!』

 

 もはや俺の嘆願などおかまいなしに店内へと入場していく相棒。

 仕方なく俺もその後に続きながら、ふと先のフレンズ達が居た場所を振り返る。

 

 

 もはやそこに二人の姿は無く──音も無く立ち去っていた様子に俺は、再びこのマンションに飲み込まれたかのような錯覚を思い出してしまうのだった。

 

 

 

【 終 】

 

 



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【 白痴の王 】

『本当に何も覚えてないのか?』

 

 

 彼女から発せられる数度目かの問いかけは、如実に困惑と不安とを感じさせる響きがあった。

 一方の俺はというと、

 

「いったい……何が何やら……」

 

 ただ頷くしかできないことに若干の申し訳なさを感じつつもしかし、当惑してもいた。

 俺には今この瞬間に至るまでの記憶が全く無かったからだ。

 

 見知らぬベットの上で起こされ、訳も分からぬままにエレベーターに乗せられた。

 目の前の彼女──おそらくはオオカワウソのフレンズと思しき少女は最初、愉快気に寝ぼけ眼の俺をからかい続けた。

 

 しかしながら目の前の彼女が何者であるのかも分からなければ、いま自分が何処にいるものやらも分からぬ俺は、思ったままにその疑問を投げかける。

 それを受け鋭い笑い声を上げた彼女ではあったが……やがてはその笑い声も鳴りを潜めていくこととなる。

 

 自分との会話が全くかみ合わぬことを訝しんでは、なおも彼女は質問を続けた。

 

 曰くそれは、共に『異形』と呼ばれるオオカワウソを殺した話や、はたまたバザールなる催しに一緒に出掛けた時のこと、さらには俺達が深い仲にあることを思わせるようなことも、『覚えてはいないのか』と尋ねられたが──そのどれ一つにも俺の心の琴線が震えることはなかった。

 

 そうしてしばしの問答の末、絞り出されるように発せられた言葉こそが──

 

『本当に何も覚えていないのか?』

 

 先の問いかけであった。

 

 その後俺は、『俺の部屋』であるのだというマンションの一室へと連れていかれた。

 入室し、おそらくは自分の部屋と思しき場所に通されると、なるほど確かにと俺も一応の納得はする。

 身に覚えのない空間とはいえ、家具や什器の並びや机上の資料と思しきノート類の整然とした雰囲気は確かに俺のものであると思わせる。

 

『なあ……お前、ナニモンなんだ?』

 

 部屋に落ち着くや、彼女の質問にも変化が生じた。

 このマンションにいた俺のことを尋ねていた質問から、もっと俺個人を掘り下げるものへと変わったのだ。

 

「俺は──『宙象学』を専攻している准教授だ。未熟ながら教鞭も振るっている」

『……ハハ? きゅうしょうがつ?』

 

 一聴では理解の及ばぬであろう彼女へと俺もかみ砕いて捕捉をしていく。

 

「『ちゅうしょうがく』、さ。『空象学』とも言うな。──自然界に存在するコードやパターンといった規則性のある現象から、様々な意味合いや発見を追求していくという学問だ」

 

 例に挙げるならば蜂が巣作りの際に組み上げる正六角形の集合体──『ハニカム構造』は、その立方体の強度を高める仕組み故に、俺達の世界においても航空機の主翼や人工衛星の装甲にその技術が運用されている。

 

 自然界にはこうした人間界に転用可能な『技術や知識』(コード)が数多くあり、そのパターンを研究することにより更なる技術の革新とそして発見を促す学問こそが『宙象学』である。

 

 そしてその学徒たる視点に立った時、確かにこの『怪異』なる現象が満ちる此処(マンション)は最高の研究対象のように思えた。

 おそらくは過去の俺も同じことを考えてはこのマンションに居を構えたのであろう。

 そしてその研究の途上で巡り会った協力者こそが、目の前に座るオオカワウソのフレンズであったという訳だ。

 

「俺からも聞いていいかい?」

『ハハ……?』

「なぜ俺は記憶を失ってしまったんだ?」

『…………』

「さっきも説明してくれたみたいだけど、あの時は俺自身も状況が分からなくて理解が出来なかった。もう一度、詳しく話してくれないか……」

 

 再度の俺からの問いかけに彼女は一瞥、恨めしそうな視線を上目に投げかける。やがてはそれも俯き加減に萎れると、もう一度彼女は今日の出来事を俺に語ってくれた。

 

『「はくちのおう」がいる階に着いたんだ……──』

 

 つい数時間前──マンションの探索をしていた俺達はとある階に辿り着いた。

 聞くだにそれは、巨大なフレンズの『なりそこない』なのだと彼女は語った。

 

 階には同一個体のフレンズも溢れており、エレベーターの扉が開くなり箱へなだれ込んできたフレンズ達に拘束されて、俺達は『はくちのおう』の元へと引きずり出されたのであった。

 

『あいつはあの階に迷い込んだ攻略者を食べてるようだった……アタシ達も食べられかけた時、お前があいつと「取り引き」をしたんだ』

 

 俺はこう言ったのだという──

 

 

[ このマンションにおける俺の全ての記憶を捧げる。だから、どうか見逃してほしい ]

 

 

『……──気が付いたら別の階にいた。でもお前は全てを忘れてた。大変だと思って「仮眠室」に運んでお前を探した』

 

 彼女の言う「仮眠室」とは、いわば自分自身のバックアップが置かれている場所だ。

 その部屋にて眠る自分自身を探し出して揺り起こせば今の自分は消えて、数時間──あるいは数日前の自分自身と入れ替わることが出来る。

 

 しかしながら、そこにて目覚めた俺にもこのマンションの記憶はすべてが消されていた。

 まるで端から存在していなかったかのように、俺の中にあるこのマンションの全てが消されていたのだ。

 

 聞き終えて暫しその情報を頭の中で整理する俺と、そしてすっかり意気消沈しては項垂れるばかりの彼女との間には、ただ気まずい沈黙が流れ続けるばかりであった。

 

 深く頭を落とすがあまり、垂れた前髪がカーテンよろしくに表情を隠してはいたが、そのことが一層に彼女の落胆を表現しているようで、俺も同情を覚えずにはいられない。

 

「あ、あの………」

 

 そして場を繕おうと、特に考えも無く声を掛けたその時であった。

 突如として俯いていた頭(こうべ)が跳ね上がったかと思うと──四つん這いに駆け寄る彼女は、瞬く間に俺との間合いを詰めた。

 

 その俊敏さと流水のような滑らかさはまさにオオカワウソのそれである。

 彼女は俺を押し倒すや、見上げる俺の左右に両手をついて組み敷く形となった。

 

 見下ろしてくる視線を絡ませればそこには──下唇を噛みしめては涙をこらえる、彼女の必死の形相があった。

 

『……認めない!』

 

 その表情のまま、彼女は強く発する。

 

『お前はどこにも行っちゃいない! 死んでなんかない! この場所の全ては、絶対にお前の中に残ってる!』

 

 発するうちに彼女の感情も徐々に昂っていく。

 垂涎や洟、そして涙といったあらゆる液体が俺の顔をしとどに濡らしたが──それを汚らわしいとは思わなかった。

 そこに感じる温もりがただただ申し訳なく……そして嬉しくも感じた。

 

『今度はアタシが助けるんだ! 助けて、みせるから……』

 

 絞り出されるよう発せられていた彼女の言葉が、最後まで明瞭さを保つことは出来なかった。

 やがては一息大きく洟をすすると、彼女は俺の胸板に顔を埋める。

 

 それから彼女は──長い時間をかけて『俺』を探し出す努力をしてくれた。

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

夜半──俺は浅い眠りから目覚めた。

 

 ふと懐に温もりを感じて見下ろせば、先のオオカワウソのフレンズが小さな寝息を立てている。

 思慮深げな眉の寝顔が悲し気で、それに切なさを覚えて指先を這わせると彼女は俺の温もりを求めるように額を押し付けてくるのだった。

 

 結局、彼女の努力もむなしく俺の記憶が戻ることは叶わなかった。

 俺達は数時間をかけ思いつくままに試行錯誤を重ねたが、やがては疲れ果てて眠りについた。

 

 彼女を起こさぬようベッドから抜けると、その縁に腰かけて俺は暗がりの虚空を見やる。

 頭の中には徐々に、俺がこのマンションに関する記憶を失ってしまったことの喪失感と恐怖とがこみ上げてきていた。

 

 周囲の人間にとって、親しき者の記憶の喪失──それまでの人間性の喪失は、すなわち個人の『死』と同義である。

 肉体の消失ばかりが死ではないのだ。

 むしろ良く知る顔が残り続ける今の状況の方が、よほど彼女にとっては辛いものであったあろう。

 

 そんな『死』を意識することは、同時に俺の精神にも変化を起こしていた。

 俺は、今さらになって恐ろしく思い始めている。

 

 今後、俺は何を拠り所に生きたらよいものか──このマンションを捨てて日常に戻ればという考えにも思い至ったが、それは出来ない事のように思えた。

 修行僧でもあるまいし、ここで過ごした数年間を白紙にして日常に戻れるほどの諦観になど俺の精神性は達していない。

 

 そもそもが俺はこの場所で何を見つけ、そして何を残していたのだろうか?

 

 ふと、そんな原初の疑問が湧いた。

 今まで『無くした事実』にばかり気を囚われて、肝心の『何を無くしたのか』に考えが及んではいなかった。

 

 ベッドから降り、とりあえずスラックスだけを履くと俺は部屋の周囲を見渡す。

 そうして部屋の隅に置かれたデスクに目を止めると、俺はそこへ進んでいくのであった。

 

 卓上ライトの角度を調整し、明かりがベッドに届かないようにすると俺は照明のスイッチを入れる。

 照らし出される机の上には数冊のノートが整然と並べられていた。

 どうやら昨日までに俺が書き残した、このマンションに関する記録の数々らしい。

 

 どこから手にしたものか迷った結果、俺は日誌を思しき一冊を手に取った。

 

 日付は3年ほど前の2月から始まる──。

 かねてよりこのマンションの『怪異』を聞きつけていた俺はこの日、ついに意を決してマンションへの居住を決めた。

 入居の手続きはあっけないほど簡単ものではあったが、以降そこで過ごす日々は恐怖と緊張の連続であった。

 

 ここに在る『怪異』とはおおよそ自然界の法則性とはかけ離れたものであり、果たしてこれの解明が宙象学、しいては人類社会の発展に貢献できるものであるのかどうかはいささか疑問ではあった。

 しかし反面、俺は此処の調査にのめり込んでいった。

 

 この場にはある種の捕食者が発する誘引物質のような魅力があり、それが徒労とは分かりつつもなお、此処における探求と研究とに俺を縛り付けていた。

 

 そうして数か月前になるあの日──とある重大な出来事が起きる。

 

 

[ 2月20日 ── オオカワウソのフレンズと遭遇する。 ]

 

 

 彼女こと──『相棒』との出会いであった。

 この日を境に俺の『日誌』は、『日記』へと変わっていく。

 

 今までの無味乾燥とした記録は途端に喜怒哀楽の彩を帯び、さらには書き手である『俺』の個性までもがそこには生れていた。

 相棒と過ごす日常がどれだけの輝きと喜びに満ちていたのかを『過去の俺』から知らされた時──それを読む俺の目には止めどもなく涙があふれていた。

 

 この部屋に戻ってきた時、相棒は『この場所の全ては絶対にお前の中に残っている』と言ってくれた。

 その言葉に間違いはない。

 なぜならば今、こんなにも感情を揺り動かされている俺こそがその証拠だ。

 

 途端に冷めていた脳や肉体に血が巡るのを感じた。

 今の日誌を始めここに残された記録の数々を読み進めると、そこに留められていた知識と記録とが再度俺の中に蓄積されていくのを感じた。

 

 ようやく俺は、生き返ったような気がした。

 

 同時に切なくなった。

 相棒の顔が観たくてたまらなくなる。

 ライトを消すと、俺は再びベッドへと戻った。

 

 抜け出した時と同様に相棒を起こさぬよう忍び込んだつもりであったが、相棒は俺の気配に気付いて僅かに瞼を開けた。

 まつ毛が被さる程度に薄目を開いては、まだ寝ぼけているのか無表情に俺を見つける。

 やがて、

 

『………思い出したか?』

 

 呟くようにそう尋ねてきた。

 そんな相棒のか細い声に俺は胸を締め付けられんばかりの切なさを覚える。

 そして相棒を懐に引き込むと、

 

「あぁ……思い出したよ。ごめんな、心配させて」

 

 俺はそう答えて深く抱きしめるのだった。

 

『ハハ……本当? ……良かったぁ………』

 

 それを受けて相棒もまた俺を抱き返すと、そのまま再び眠りへと落ちていくのだった。

 

「もう大丈夫だよ……ありがとう……もう、大丈夫だから」

 

 彼女を抱きしめたまま、いつしか俺も抗いがたい睡魔に襲われた。

 

『今日まで』の俺は確かに終わってしまったのかもしれない。それでもしかし、『これから』は続いていくのだ。

 失くし無くされは世の常であり、ちっとも不思議なことじゃない。ならば今日の『無くしてしまった自分』もまた、これからの人生の糧にしようと俺は決めた。

 

 その道は決して生半なものではないだろうが、きっと大丈夫だ。

 俺には相棒が居る。

 

 完全に眠りに落ちる直前、俺は無くしたはずの生前の記憶を観たような気がした。

 遠く過ぎゆく光のようなそれを、俺はあふれる涙も拭わずに見送った。

 

 

 

【 終 】

 

 

 

 

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

数時間前──

 

 

 エレベーターのドアが開くなり、群がるフレンズ達に拘束され俺達は白痴の王の御前へと差し出された。

 そうして相棒と二人、巨大な彼女に取り込まれようとしたその時──俺はかねてよりこの時の為に用意してきた『交渉』を試みることとした。

 

「白痴の王よ……取り引きを、したい」

 

 如実に俺の言葉に反応し、眼前のそれはもとより周囲のフレンズ達ですらもが動きを止める。

 その間隙を縫って俺は傍らの相棒へ向き直ると、前置きも無く彼女を強く抱きしめた。

 

『ハ、ハハ……なんだ、こんな時に?』

「………今日まで、ありがとう」

 

 当然の如くに困惑する彼女へと、俺も唐突とは分かりつつ半ば一方的に言葉と想いをかけていく。

 

「今日までお前と一緒に居られて楽しかった……嬉しかったよ。本当に、ありがとう……」

『ナニ言ってるんだ、お前?』

「……もしかしたら、もうお前の知ってる『俺』じゃなくなるかもしれないけど、それでもどうかこれからも傍にいて欲しい」

 

 語りかけながら、込み上がってくる涙と感情を抑えるがあまり俺の声は哀れなほど上ずっていた。

 

「どんなに変わっても俺は俺だ。どこに行かないし、『俺』は絶対に俺の中に残ってるから……どうかまたそれを思い出させてやって欲しい」

 

 感情的になっている俺とは対照的に、事態すら飲み込めていないといった相棒は困惑しきりにただ抱き返すばかりだ。

 創作だったのならこういう別れ際には、相手からも何か感動的な返しがあるものなのだろうが、どうにも現実は違うらしい。

 とはいえしかし、こんな状況もまた相棒らしくてなんだか俺はおかしく思えてしまうのだった。

 

 一頻り抱擁をすると俺は相棒から離れ、改めて白痴の王へと向き直る。

 

「白痴の王よ──このマンションにおける俺の全ての記憶を捧げる。だから、どうか見逃してほしい」

 

 巨躯なる虚無の器は、しばし俺を見つめた。

 やがてか細い鳴き声のような文言を謳うように奏でると、俺の体は眩く発光した。

 途端にそれまで身を縛っていた重力からも解放されたような心地になり、その不思議な感覚に思わず俺は我が身を振り返った。

 

 一歩後方には相棒と──そして俺が居た。

 正確にはもう『未来の俺』である。

 いま認識している自分は、すでに白痴の王へと奉げられた『過去の俺』であった。

 

[ 不思議な気分だな…… ]

 

 訳も分からないといった表情でこちらを見つめ続けている相棒と自分に、俺は場違いにもおかしくなっては微笑んだ。

 

[ 頼りない奴だからどうか支えてやってくれ。お前も、コイツのことを大事にするんだぞ…… ]

 

 白痴の王に引き寄せられているのか、はたまた自分から歩んでいるのか、俺と未来達との距離は徐々に遠くなっていった。

 それでもしかし、今の俺に後悔や恐怖などは微塵も無い。

 まるで長旅の果てにようやく家路へ着いたかのような安堵感すら感じていた。

 

 やがては振り返っていた視軸も完全に振り切ると、俺は前へと大きく一歩を踏み出す。

 

 背後からは数多の光の粒子達が俺を追い越しては、前方の更なる大きな光へと集結していく。

 まさに俺も今、これの一部になるのだ──そう実感した時、今日までに至る俺の生命はこの瞬間に行きつくために在ったのだと気付く。

 

 同時に肉体の器に囚われていた時には思いも至らなかった全ての謎が解け、俺の頭はこれ以上に無く明瞭になっていた。

 

 それは宇宙の真理であり、人が何処から生まれどこへ向かうのかということであり、空や海が青い理由であり、その中にはこのマンションの存在理由ですらもが含まれていた。

 

 何一つとして思い残すことのない幸福の中において、やがては俺を模る人としての輪郭もが曖昧になっていくのを感じた。

 

 ついには光となる。

 

 

 俺の旅は、今ここに終わりを迎えた。

 

 

 

 

【 完 】

 

 

 

 



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【 老化と退行の階・1 】

  

 最初の異変は倦怠感を伴った体の重さからだった。

 

 そのうちに息が切れ、自身の心音が外に漏れだしているのではないかと思えるほどに動悸を意識した時、ようやく俺は肉体の不調に気付いたのだ。

 

 視界は薄絹一枚を垂らしたかのよう白く霞み、遠景への焦点も震えるかの如くに定まらない。

 ついに眩暈を覚えては、目頭へ手甲を近づけるに至り……俺は自身の身に起きたことを知るのだった。

 

 そこにあったものは古木よろしくに痩せて乾いた皮膚──そしてその上に浮き上がる根の如きに浮き上がった血管を見やり、

 

「ろ……老化、している!?」

 

 俺も気付く。

 反射的に両頬を抑えるように手の平を這わせれば、頬には肉の削げた下顎骨の硬さとそして、湯葉でも摘み上げたかのような弛んだ皮膚の感触が感じられた。

 

 今現在、探索の為に歩を進めるこの階は、歩むほどに俺を老化させる怪異を孕んでいるように思えた。

 探索前のネズミボトルに変化が現れなかったのは、一見ではネズミの内面に起きている老化を観て取れなかったからである。

 そして当然の如くに俺の意識は、

 

「──お、おい! 大丈夫か!?」

 

 隣の相棒へと向かう。

 今日もまた、俺は彼女と共にマンションの探索へと挑んでいたのだ。

 ならば相棒もまた俺と同じ怪異に見舞われていることだろう。

 

 人とは寿命の異なる『フレンズ』とあっては、彼女の肉体にどれほどの老化が進んでしまっているものか見当もつかない。

 まずは目視にてそれを確認しようと振り向く俺ではあったが──その隣に相棒の姿を発見することは叶わなかった。

 

「ど、どういうことだ……!?」

 

 なおさらに混乱した。

 傍から見たならば、老齢の男が一人見知らぬ場所に取り残されては狼狽えるばかりの無様な光景であろう。

 しかし、ふと視線を下ろしたそこに相棒の姿を見つけた俺の狼狽はさらに哀れなものとなった。

 

 見下ろすそこにあったもの……そこに居た相棒は、

 

『ハハハ♪』

 

 縮んでいた。

 元は俺の胸元ぐらいまでしかなかった身の丈は、今や膝頭に届くかというほどにまでなってしまっている。

 

 それを目の当たりにし、最初は老いのあまりにそこまで縮小してしまったかと驚愕したが、観察するにつけ、それが俺とは真逆となる現象ゆえのものだと分かった。

 相棒は……──

 

「こ、子供……お前は、若返っているのか?」

『ハハ、ハハハハ♪』

 

 驚愕に目を剥く俺とは対称的に、相棒はその愛くるしい眼(まなこ)を目一杯に開いては星空のような煌きで俺を見上げていた。

 

 この怪異の厄介なところは、身に着けている装備品もまた対象の退化に合わせて縮小するところに在る。

 もし肉体の変化に追従できずに荷物なり衣服なりを落としていればもっと早い段階で気付けただろうに。

 

 しかしながら問題はこの後だ。

 とりあえずは立ち止まり、一体どうしたものか考えあぐねていると、

 

『ん! んー!』

 

 足元の相棒が声を上げた。なにやら訴えかけるような響きだ。

 それに気付いて見下ろせば、まっすぐにこちらを見た幼子の相棒が仰ぐかのように両腕を広げている。

 しばししてそれが抱き上げることを要求しているものだと気付き、俺も反射的に彼女を抱きかかえた。

 

 そうして俺と相棒の視線が同じ高さになる。

 改めて互いの顔を観察していると、相棒は何度も小首をかしげては俺の老いた顔を覗き込み、さらに直接手で触れてはと不思議そうに観察を続けるのであった。

 

 しばしそうして俺の顔を弄ぶと、仏頂面だった相棒に満面の笑顔が浮かぶ。

 それが何を意味するか尋ねるよりも先に、

 

『ハハハ……ちゅき♡』

 

 相棒は俺の顔を取り込むように抱きしめると何度もキスをするのだった。

 

「こらこら、悪ふざけをするんじゃあない。緊急事態なんだぞ?」

 

 言い諭しながら窘める俺ではあったが──あながち悪い気もしなかった。

 幼児化に伴って顔に丸みを帯びた相棒は、このまま彼女を養いたいと思えてしまうほどに愛らしい。

 きっと自分に子供……否、今の年齢差を考えるなら『孫』が出来たらこんな気分なのだろうかと考え、

 

──俺と相棒の子供? ……人とフレンズなんだぞ。

 

 そんなことにも気づいてその一時、心は重く沈む。

 

「──っと、そんなことを考えている場合ではないな」

 

 しばしして俺は我に返る。……というか敢えてその考えを頭から振り払った。

 

「いつまでもこうしてはいられないな。どうしたらいいと思う?」

『ハハハハ♪ いって、いって! あるいてー!』

 

 尋ねる相棒はといえば視線が高くなっていることに興奮して、さらに歩くことを俺へと要求する。

 幼児化の変化は肉体のみに留まらず、その精神性すらをも退行させているようだ。

 

 ともあれこのまま此処に留まり続けている訳にもいかず、はたまたしかしこれ以上進んでしまうのもまた危険と判断した俺は──来た道を戻る選択をした。

 

 果たして俺の肉体年齢は今、いくつほどのものであろうか?

 老化した肉体に加え、腕に相棒を抱かえているとあってはただ単純に歩くという行為でさえもが重労働だった。

 

「……幸いだったのは、二人が同時に若返りをしなかったことか」

『ハハハ?』

 

 二人が二人して幼児化し正常な判断力を失っていたら、と考えるとゾッとする思いだ。

 混乱のあまりに、あるいは幼き衝動に突き動かされるがまま前進し続けていたら、俺達はやがて赤ん坊に近い状態にまで退行をさせられただろう。

 この階に今の怪異以外の異常が無いとも言い切れない。そんな無防備な状態でいれば、いずれはこの階で人知れずに死んでいた。

 片側が生存していれば仮眠室や複製階といった蘇生の方法も望めるが、全滅とあっては全てが終わる。

 

 そんな不幸中の幸いを慰みに歩き続けていると、やがて気分が晴れやかになっていくのを俺は感じた。

 具体的には肉体の不調が改善されつつある。

 疲労感が薄まり、肉体には血行が隅々に行き渡るような充実感が蘇りつつあった。

 同時に、

 

「……んん? お前、デカくなってないか?」

『ハハ?』

 

 腕の中で抱える相棒は徐々に肥大化を始め、いつしかこの階へ到達した時と変わらぬまでに成長を遂げていた。

 抱えているのも辛くなり相棒を下ろすと、俺は肩口に手を被せては関節を回して肉体の回復を確認する。

 

 元の状態に近い年齢にまで成長した相棒と比例して、俺は若返りを果たしていた。

 年齢的にどの程度のものかは分からないが、どうやら従来のものに近い歳にまで戻った実感はある。

 

『ハハハ、じーさんじゃなくなった』

「やかましい。しかし……まだ問題はあるぞ」

 

 からかってくる相棒に鼻を鳴らすと、俺は改めてエレベーターまでの残りを窺う。

 エレベーターまではまだ10メートルほどの距離が残っている。問題はこの先も俺達の老化や退行が起きるのかということであった。

 

 現地点での俺は、ほぼ元の年齢にまで戻っているといっていい。一方でまだ少し幼い相棒は、おそらくはエレベーターに戻る頃に従来の年齢へと戻れるのだろう。

 しかしこの先も戻るほどに若返り続けるのだとしたら、俺はあとどれほど退行してしまうものなのだろうか?

 

 先の相棒を鑑みるに、肉体の退行と共に精神もまた幼児化を果たしてしまうのは明白だ。そうなるとエレベーターへ辿り着く頃には、俺も正常な判断力などは保っていられないことになる。

 この場合もっとも恐れるべき事態は……

 

「よく聞いてくれ。エレベーターに着いたら、そのまま仮眠室に行って俺を探してほしい。すぐにだ」

『何をそんなに急ぐ?』

「肉体の幼児化は、このマンションにとって『状態異常』とカウントしてもらえない惧れがある」

 

 そこにあった。

 子供に変わろうとも俺は『俺』であるという事実──それが『常態』とこのマンションに見なされた時、仮眠室にバックアップされている俺も『子供』の状態に戻されてしまう可能性がある。

 そうなると今の『大人』の俺は消滅することとなり、その状態になってしまってはもはや、複製階であっても元の自分は取り戻せまい。

 

 それを説明する俺を前に、相棒は理解しているのか否か、退屈気に首を左右に傾げ続けるばかり。

 

「ともあれ、この階を抜けたら仮眠室で俺を起こす。いいな?」

『ハハ、まあ任せろ』

「お前だけが頼りなんだから、本当に頼んだぞ……?」

 

 一抹の不安を覚えつつも覚悟を決め、

 

「……──じゃあ、いくか」

『おう! ハハハハ!』

 

俺達は再びエレベーターへの帰路を辿るのであった。

 

 

 

 

 

【 続 】

 




  
『老化と退行の階・2』https://syosetu.org/novel/216576/12.html
に続きます。


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【 老化と退行の階・2 】

 
『老化と退行の階・1』https://syosetu.org/novel/216576/11.html
の続きとなります。
 


 エレベーターまでの数歩を辿るごとに俺は手の様子を確認する。

 

 手の甲の変化は特に著しい。若返りの弊害から、節くれ立った拳骨のシワは徐々に浅くなって丸みが増していく。

 手の変化でさえそうなのだから、顔つきなどはもっと如実に変貌していることだろう。

 

 そんな心の焦りを読んだかの如く、

 

『ハハハ! 同じ背になった。ハハハハ!』

 

 突然の声に気付いて振り向けば、同じ目線になった相棒が好奇の視線を向けていた。

 さらには、

 

『止まれ! ちょっと止まれ!』

 

 歩みを止められてはしげしげと全身を観察される。

 以前は俺の胸元ほどだった相棒と同じ身長ということは、今の俺は十代も前半ぐらいというところだろうか? そんな容姿の俺が相棒には面白くて仕様がないようだ。

 やがて何を考えたのか、相棒は正面から俺を抱きしめた。

 

「な、何してんだよ!?」

『いいから……ちょっとじっとしてろ……』

 

 幾度となく抱きしめる腕の位置を変えては、俺の体のサイズを測るように相棒は抱き直し続ける。

 一方の俺はというと妙な感覚に囚われていた。

 

 体の芯がむず痒いというか……ありていに言うならば『欲情』していた。

 フレンズとはいえ、おおよそ同年代程度の体つきである相棒からの抱擁は、俺の青臭い情欲を刺激するには充分であった。

 

──くそ……いい匂いがする……!

 

 もはや抵抗も無く、僅かに鼻孔をくすぐってくる彼女の髪の残り香に忘我していると、突如として相棒の顔が目の前に現れた。

 それに驚く俺を、小首をかしげながら観察するうち、口角を大きく吊り上げて満面の笑みを浮かべる相棒。

 その笑顔の意味を問う間もなく身を寄せてきたかと思うと──相棒は俺の唇を奪うのだった。

 

「ん!? んッ!? んん~ッ!?」

『んーッ……ん♡ ん♡』

 

 突然のそれに慌てふためく俺とは対称的に、今のキスを味わうかのような相棒の仕草は何とも余裕に満ちている。

 

「な、なにすんだよ!」

 

 どうにか抱擁を振り切って声を大きくする俺を前に、

 

『ハハハ♪ 雰囲気違うな。新鮮だな。ハハハハ』

 

 上目に見つめて笑みを返す相棒からは、なおも貪り足りないといった様子が見て取れる。

 

「そういうことするのはよせよ!」

『あぁ! もうちょっと触らせろってー』

 

 照れ隠しに憤慨して歩き出す俺を追いながら、相棒はなおも尻や背中を触るコミュニケーションを続ける。

 

 でも、それの相手をするのにも限界が来た。

 なんだか頭が上手く回らなくなってきた。

 

「はぁはぁ……」

 

 手もどんどん小さくなってる。

 こわい……。このまま消えるんじゃ?

 

 すこし歩いたらこわくてもう歩けなくなった。

 

 あいぼうの顔がみたい。

 抱きつきたい。

 泣きたい。

 あいぼうはどこ?

 

『ありゃ? ずいぶん縮んだな?』

「あうう……ソワカ~」

 

 あいぼうをみつけて嬉しくなった。

 だきついたらだっこしてくれた。

 あんしんしてないた。

 

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

 

 エレベーターまでの残り数メートルを、アタシはトチを抱いて戻った。

 子どもになったのが不安なんだろうけど、子どものトチはすごく可愛い。

 

 エレベーターに乗ってからもしばらく顔を見たり頭の匂いを嗅いだ。

 

「ねえ、ソワカぁ。早くいこう? いこうよぉ……」

 

 トチがべそをかきながら言って来る。

 可愛い。食べてやりたい。

 あんまり可愛かったからキスしてやった。顔中を舐めてやる。

 

「いやあぁ……!」

 

 でもトチはそうされるのが嫌いなみたい。 

 

『ハハ、どこに行きたい?』

「あのね、えっと……ソワカ、しってるでしょ? さっきいったでしょ?」

 

 どこに行きたいのか尋ねるとトチは泣きそうになりながら言って来る。

 そういや大人だった時に『仮眠室』に連れて行けって言ってたっけ。

 仕方ない。連れて行こう。

 

 トチを抱きながらエレベーターを動かそうとすると、

 

「ぼくやる!」

 

 トチが手を伸ばした。

 

「ばんごうおしえて。ぼくがおす!」

 

 エレベーターのパネルが好きらしい。

 

『ハハハ! じゃあアタシはレバーとダイヤルな。お前はボタン押せ』

「いいよ! どこおすの?」

 

 二人でエレベーターを操作する。すごく楽しい♪

 エレベーターが動くと、体が重くなる感じにトチが声を上げた。

 

『トチ、エレベーター好き?』

「すき!」

『アタシとどっちが好き?』

 

 そう聞くと操作盤とアタシをキョロキョロ見た。

 それからアタシを見て、

 

「………ソワカぁ」

 

 言ってから照れた。

 

『おまえ──ッッ♡♡!!』

「あうぅ、いたいー!」

 

 可愛すぎて思いきり抱き締めた。

 痛がらせて可哀相だけど、このまま抱き潰したくなる。

 

 可愛い……本当に可愛い……このまま連れて帰りたい。

 明日も明後日も、一年後だってずっと一緒に居たい。

 このトチはアタシだけのモノだ。

 

 気が付くとエレベーターが止まってドアが開いた。

 

「あいたよ? ここなの? いこう?」

 

 仮眠室に着いた。ここでトチを起こせばいいはずだけど……でも、それだとこのトチが消える。

 

 ちょっと前に、なぜアタシがマンションに潜るのかを聞かれたことがあった。

 よく分からなかったから『楽しいから』って答えたけど、アタシは探し物をしていたのかもしれない。

 アタシが本当に欲しかったもの……

 

「ソワカ? いかないの?」

 

 この子を手に入れる為にアタシは今日まで生きてきたんじゃないか?

 そうだとしたら、今アタシは欲しいものを手に入れたんだ。

 

『……なあトチ。トチは、アタシのこと好きか?』

「すきだよ? どうして?」

『じゃあこれからずっとアタシと暮らす? アタシがトチのお母さんになるよ』

「いいよ。ぼくもソワカが好き」

『いいんだね? ……いつまでも一緒なんだよ?』

「いいよ。ずっといっしょ」

『…………』

「ソワカ?」

 

 

 アタシは、決断した。

 

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

 

 遠くからの声に揺り起こされて俺は目覚めた。

 

 目覚めてすぐ目の前には板張りの低い天井──否、これは多段ベットの底板を見上げているのだ。

 僅かに首を傾けて脇を見やると、そこには上段のベッドへと昇る梯子とそして──茫然自失とした相棒の姿があった。

 

「ん……? なんだ? どこだ此処は?」

 

 依然として頭の中から眠気の靄が晴れないことから、ついマヌケな質問をしてしまいながら俺も覚醒していく。

 

「そうか……『仮眠室』か。何かあったんだな、俺は」

 

 ようやくそのことに気付くと、俺は一気に脱力して起き上がる気力も沸かなかった。

 ともあれ起こしてくれたというのなら、事の始終は相棒が知っていることだろう。後ほど詳細を聞けばいい。

 

 しかしながら………相棒は依然として一言も発することは無かった。

 

 もう一度視線を向ければ、彼女は先ほどと全く変わらぬ姿勢と虚ろな表情で、ただベッドのシーツ一点を凝視している。

 それにつられて視線を巡らせれば、ちょうど腹の上にあたるそこには何かが置かれていたのか小さな窪みが窺えた。

 

 さらには僅かな温もりもまたそこに残っていることと併せるに、『何か』がこの上に乗っていたであろうことが予想できた。

 窪みの大きさから察するに小動物か、あるいは子供か……。そしてそれが今、消えてしまっていることこそが、俺がここで目覚めたことの理由であるのだろうか。

 

 それについて尋ねるよりも先に、

 

『ハハ…………消えちゃったぁ』

 

 相棒が口を開く。

 依然として表情の変わらぬ様子からは、俺へ話しかけたというよりは独り言ちたという風だ。

 

 すっかり意気消沈したその様子に、俺も何か慰めの言葉など掛けたものかと考えあぐねた次の瞬間──突如として相棒は、倒れ込むようにして仰臥する俺の上に覆いかぶさった。

 首に両腕を回し力強く抱きついてくるのだが、

 

「お、おい………?」

 

 すがりつくようなその仕草にはいつも明るさや軽率さなどは微塵も感じられない。

 密着するあまりに表情こそは伺えないが、それでも小刻みに体を震わせるその様子からは、おそらく啜り泣いているのではないかと思われた。

 やがて相棒は──おそらくは今日の出来事の本質であろう一言を呟いた。

 

 

『………………子供が欲しい』

 

 

 あまりの唐突な物言いに──終ぞ俺は今日の出来事を追求することが出来なくなって……ただ、相棒の背に手を添えた。

 

 仮眠室のベッドでしばしそうして相棒の髪の香りをかいでいると、脳裏には不思議な光景がよみがえる。

 

 それはマンションの中を相棒の腕に抱かれて探索する光景だった。

 

 腕の中から見上げる子供の俺に微笑みかけてくれる相棒は──

 

 

 どこまでも優しくて、そして暖かかった。

 

 

 

 

【 終 】

 

 



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※ 5月のバザール のお知らせ ※

 いつもご愛読のほど、誠にありがとうございます。

 この度募集していました企画は、参加人数が定数に達したため閉め切らせていただきました。

 ご応募していただきました皆さんを始め、参加を検討していてくださっていた皆様にはまことに申し訳ありません。


 また定期的にこうした参加企画は開催していきたいと思います。
 今回、参加を逃してしまわれた方々においては次回にまたご参加のほどよろしくお願いいたします。




   

 

 

 マンション住民の皆様へご案内です。

 

 来る5月〇日に、当マンションの有志によりますバザールが開催されます。

 

 一般でのご来場及び、出店のご参加も歓迎しております。

 

どうぞ皆さま、お誘い合わせの上ご来場いただきますようご案内申し上げます。

 

 

 

 

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

 

[ 参加にあたっての注意事項 ]

 

 

 

・ 今回の応募は 締め切らせていただきました 。

 

 

 

────────────────────

 

 

・キャラクターシートは必ず 『 ハーメルンのメッセージ機能 』 で送付してください。

 ツイッターや掲示板からの直接の書き込みによる応募は、見落としてしまう可能性が高いため、そうなった場合には保証が出来ませんのであしからずに。

 

・キャラクターの基本設定は『 初級から中級者 』程度の攻略勢&探索者となります。

 年齢設定は自由ですが、上級者のベテランではないのでご注意ください。 

 

 

・極端な設定やアイテムの使用はご遠慮ください。

 

 例えば『地上最強の生物』であるとか、

『マンションの法則を変えることのできる能力やアイテムを所持している』、

『超大金持ち。所持金一億円でバザール内の売り物を全て買い占める』

 

 ……などといった、極端すぎる設定はNGとします。

 あくまで『初球から中級』程度のキャラとして振舞っていただければ幸いです。

 

 

・応募は お一人、1キャラ まででお願いします。

 

 

・SS公開と同時に、参加者様からお預かりしたキャラクターシートも公開します。

 どのような行動がどうSSに反映されたのかを愉しんでいただければと思います。

 またその際に設定をした 自分(あなた)の名前 を明かすか否かも明記しておいてください。

 交流の場にも使っていただければ幸いです。

 

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

 

【 キャラクターシート 】 (※ 後述の作成手引きを参考に完成させてください )

 

 

【 名前 】

・正式名   : 

・名称    : 

・一人称   : 

・二人称   : 

 

【 種族選択 】  : 

 

【 年齢 】    :

 

【 口調 】    :

 

【 身長と体格 】 :

 

【 身体的特徴 】 :

 

【 スタイル 】  :

 

【 過去とマンション在中の理由 】 : (300文字程度)

 

 

【 行動選択 】  :

 

【 メイン 】(500文字程度)

 

 

【 サブ 】 (300文字程度)

 

 

【 プライベート 】 : (300文字程度)

 

 

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

[ キャラクター作成の手引き ]

 

 

 

 

 

【 正式名 】

 ・キャラクターの正式名称。フルネームでお願いします。

【 名称 】

 ・キャラクターのあだ名や、SS内で表記して欲しい名前となります。

  指定が無い場合にはファーストネーム(日本名ならば下の名前)での表記となります。

【 一人称 】

 ・キャラクターが自分のことをどう呼ぶのかを記入してください。

  (例: 俺、僕、私、アタシ、自分のことを名前で呼ぶ 等)

【 二人称 】

 ・相手のことをどう呼ぶのかを記入してください。

  (例: お前、あなた、「ちゃん」付け、「さん」付け、常に呼び捨て 等)

 

 

【 種族選択 】

 ・『 フレンズ 』か『 ヒト 』かを選択してください。

  『ヒト』を選択した場合には 性別 も表記してください。

 

 

【 年齢 】

 ・『ヒト』の場合には、年齢を表記してください

  『フレンズ』の場合には、見た目を表記してください。(例:少女、熟女、お姉さん 等)

 ・『フレンズ』選択は、同時に元ネタとなるフレンズの詳細が分かるリンクを教えていただけると幸いです。

 

 

【 口調 】

 ・口調を下記から選択してください。

 

01 ・ 一般的な男性口調  : 『〜だ、〜だろうか、〜か?』

02 ・ 一般的な女性口調  : 『〜よ、〜でしょう、〜なの?』

03 ・ ですます調     : 『〜です、〜ではないですか、〜ですか?』

04 ・ 丁寧な女性口調    : 『〜ですわ、〜ではありませんか、〜でしょうか?』

05 ・ 非常な丁寧な口調  : 『〜でございます、〜ではございません、〜でございましょうか?』

06 ・ 乱暴な口調     : 『〜だぜ、〜だろう、〜かよ?』

07 ・ 威勢のよい口調    : 『〜だい、〜じゃねぇか、〜かい?』

08 ・ 老人風の口調     : 『〜じゃ、〜じゃろ、〜かね?』

09 ・ 子供っぽい口調    : 『〜だよ、〜じゃないかな、〜なの?』

10 ・ 断定的な口調     : 『〜である、〜だろう、〜だろうか?』

11 ・ 関西弁の口調     : 『〜や、〜やろ、〜やったっけ?』

12 ・ のんびりな口調    : 『〜ですぅ、〜じゃないですかぁ、〜でしたっけぇ?』

13 ・ 古風な口調       : 『〜である、〜であろうか、〜か?』

14 ・ ござる口調      : 『〜でござる、〜でござらぬか、〜でござろうか?』

15 ・ 軽薄な口調       : 『〜じゃん、〜ってゆーか、〜みたいな?』

16 ・ 姉御な口調      : 『〜だね、〜だろ、〜かい?』

17 ・ だよもん口調     : 『〜だよ、〜もん、〜かな?』

18 ・ 田舎口調        : 『〜だっぺ、〜だべ、〜だべ?』

19 ・ カタコト口調      : 『~だ、~だろ、~か?』(カタカナ表記もあり)

20 ・ その他、特殊な語尾  : 具体例をご記入ください。

 

 

【 身長と体格 】

 ・大まかな身長と、見た目の体格を決定してください。

  (例; 170センチ・中肉中背、150センチ・幼児体型、160センチ・肥満 等)

 

 

【 身体的特徴 】

 ・髪型や服装、装備品などを記入してください。

  『フレンズ』の場合には元となった動物名を記入してください。

 

 

【 スタイル 】

 ・怪異攻略を主とする『 攻略勢 』か、

  マンション探索を愉しむ『 探索者 』か、を決めてください。

 

 

【 過去とマンション在中の理由 】

 ・あなたのキャラのバックボーンや、マンションに潜る理由などの設定を記入してください。

  300文字程度で出来る限り簡潔にお願いします。

 

 

【 行動選択 】

 ・後述の『 行動選択肢 』から、『 出店 』か『 一般参加 』かを決めてください。

 

 自ら物を売る「出店」と、出歩いて他の店で買い物や食事をする「一般参加」の両方を、『 メイン 』と『 サブ 』の行動に割り振ることが出来ます。

 

・また、どちらかだけの行動に絞りたい時は『サブ』は無記入でも構いません。

 その場合、メインの描写量が増えるのでより濃密なSSへの登場が期待出来ます。

(例:一般参加のみに絞りたいので、出店はしない。逆に出店に集中したいので、一般参加の方はしない。 等)

 

 

【 メインとサブ 】

・『メイン』に据えた行動が、SS内での描写が多くなります。

 一方で『サブ』に書いた行動は、おまけ程度の描写となります。

 

【 出店 と 一般参加 】

 ・『出店』  ― 商品や食べ物を、好きなスペースで売る買いすることが出来ます。

 

 ・『一般参加』― 会場をうろついて買い物をしたり、食事をしたり出来ます。

 

 

 

【 プライベート 】 

 ・『行動選択』以外の時に、キャラがどういう風にして過ごしているのかをご記入ください。

 (例:隣の出店のフレンズと会話をする。出品するアイテムを整理する。〇〇を探して出店をうろつく。他の攻略勢を見つけて情報交換をする。 等)

 

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

[ 行動選択肢 ]

 

 

 

 

 

【 出店 】

 

 2m四方程度のスペースに店を広げ、そこにて自分で持ち寄った商品を売る行為です。

 食べ物を提供する出店の場合には、この3倍程度までのスペースが提供されます。

 

 マンション内で拾得したアイテムはもとより、外から持ち込んだアイテムも売買可能。マンション内で拾ったアイテムに関しては、その効果や効能が不明でも売ってしまってかまいません。

 

 しかし食べ物を売る場合には出所や効果(毒の有無)がハッキリしたものを販売してください。

 食べられないもの(毒・汚物・無機物 等)を食品として販売する行為はNGです。

 

 また売るだけではなく、同好の士よりアイテムを買い取ることもできます。

その際には売ってほしいアイテムを表示していてください。(例: 『重力鳥のコアの欠片、買い取り〼』の看板設置 等)

 

 

【 一般参加 】

 

 一般人としてバザール内をぶらつきます。

 

 買い物をしたり、あるいはマンション内で手に入れたアイテムを出店に持ち込んで売ったりできます。

 気になるお店を見つけたらそこで食事をするのもOK。

 

 ほかには友人を探したり、あるいは気になるヒトやフレンズへこの機会に話しかけてみるのも有りでしょう(ナンパ)。その際には話しかけたい相手の詳細と話題を記入してください。

 

 行きたいお店や興味のあるアイテムのお店がある場合には、それを具体的に記入してください。

(例: こってりなラーメンを食べたくてうろつく。装備品の日本刀を探している。マンションで拾った黒い粉を買い取ってくれる店を探す。 等)

 

 

【 プライベート 】

 

 今回のバザール以前に何をしていたか(出店なら商品の仕入れや、飲食店なら仕込み 等)など、行動選択肢以外での行動を書きます。

 一般参加であるならば、バザール参加前の出掛ける準備をしている様子や、あるいは全ての祭りが終わった後の帰る様子や、家についてからの様子などを。

 

 はたまたバザール最中のちょっとした過ごし方などを説明してください。

 

 こちらは特に書く事がなければ無記入でも構いません。

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

 

 

【 キャラクターシート記入例 】 ( フレンズ )

 

 

【 名前 】

正式名   : オオカワウソ

名称    : ソワカ

一人称   : アタシ

二人称   : お前

 

【 種族選択 】 : オオカワウソ

https://ux.nu/HDQLV

 

【 年齢 】   :

少女っぽい見た目。

水着の上にロングコートを羽織っている。

 

【 口調 】   :

19 ・ カタコト口調      : 『~だ、~だろ、~か?』(カタカナ表記もあり)

 

【 身長と体格 】 :

150センチくらい、小柄、痩せてはいない

 

【 身体的特徴 】 :

元オオカワウソチームの一人で今はハグレ。元マスクだが、現在はマスクは所持していない。

武器や攻略アイテムとしてバール二本を所持している。

ショートカットに赤い瞳。牙が鋭い。

 

【 スタイル 】 : 攻略勢

 

【 過去とマンション在中の理由 】 : (300文字程度)

マンション攻略勢のオオカワウソの一匹であったが、事情によりチームから離脱。後はヒトである探索者をパートナーにして、以降のマンション攻略に挑んでいる。

パートナーと一緒にマンションに在住。

 

『ソワカ』の名はパートナーのヒトに付けてもらった名前。

『カワウソ』の一部アナグラムであると同時に、サンスクリット語における成就や祝福の意味合いも兼ねることから名付けられた。

 

 

【 行動選択 】 :

 

【 メイン 】(500文字程度)

一般参加 を選択。

 

ひたすらに食べ歩きたい。

持ち帰れる系の食べ物を多く探してうろつく。

他のオオカワウソには遭遇したくないので気を付けるが、やっぱり遭遇してしまう。

思いのほか心配されてて、しぶしぶ近状を報告する。

今度部屋まで遊びに来ると約束までされた。

 

【 サブ 】 (300文字程度)

出店 を選択。

 

パートナーが出店するスペースに戻り、食事交代をして店番をする。

商売する気はさらさらないので、客が買いに来ても『知らない』『その値段でいい』『ハハハハ』と適当に商売して、パートナーが帰ってきた時にガッカリさせる。

 

 

【 プライベート 】: (300文字程度)

今日のバザールを楽しみにし過ぎて朝の4時から目覚める。

バザール中は完全にトリップ状態で、終始笑い続ける。

終了間際に力尽きて爆睡。

パートナーに背負われて帰宅する。

パートナーは出店の荷物に加えて自分も背負うことになるが、知ったこっちゃない。

 

帰宅後にパートナーからペアのリストバンドを貰う。

嬉しさのあまり顔中にキスをしてやった。

夜も寝かせなかった。

 

 

────────────────

 

【 キャラクターシート記入例 】 ( ヒト )

 

【 名前 】

正式名   : ケビン・トシアキ・リンドストレム

名称    : トチ

一人称   : 俺

二人称   : お前(敬意の対象には『あなた』、『君』)

 

【 種族選択 】  : ヒト・男

 

【 年齢 】    : 32歳

 

【 口調 】    :

01 ・ 一般的な男性口調  : 『〜だ、〜だろうか、〜か?』

 

【 身長と体格 】 : 170センチ・62kg

 

【 身体的特徴 】 : 

中肉中背。瞳の色は青で、髪はウェーブがかったセミロングでライトブラウン。

日系スウェーデン人の為に目鼻の堀はやや深くアジア人らしからぬ容貌をしているが、中身は生粋の日本人で日本食を好む。

 

【 スタイル 】  : 探索者

 

【 過去とマンション在中の理由 】 : (300文字程度)

宙象学(ちゅうしょうがく)を専攻する准教授で、今は日本の大学に籍を置く。

大学からほど近い場所に件のマンションがあり、かねてより『怪異』についての噂を聞いていたトチは、学究の衝動に駆られてそこの調査に乗り出す。

当初は外に在る自宅からの通いであったが、3年ほど前より例のマンションへと居を移し、本格的な調査に乗り出した。

独身であり恋人もいないが、ゼミや研究室に身の回りの世話を進んでしてくれる教え子が居る。

 

【 行動選択 】  :

 

【 メイン 】(500文字程度)

出店 を選択。

 

3年間の調査と研究により集めた素材を出店スペースで売り出す。

金儲けというよりは、その品々を通じた好事家や他の探索者と意見交換をするのが目的。

主に昆虫の蛹や巣、怪異によって変容した物質など、運用次第では人間社会の生活に転用できるような素材や情報が欲しい。

しかしながらせっかくの品物と機会も、少しの間パートナーに店番を変わってもらったことから露と消える。

それまでのコレクションは全て二束三文で売り払われ、その日は空になったスペースの中で相棒が買ってきた屋台の食べ物を食べて過ごす

 

【 サブ 】 (300文字程度)

一般参加 を選択。

 

食事がてらにバザール内をぶらつきながら、興味ある店で商品の話を聞いたり、他の攻略勢や探索者と情報収集をする。

相棒と自分用に編み物のリストバンドを購入したが、ペアであることに気付き恥ずかしくて渡せなくなった。

 

 

【 プライベート 】 : (300文字程度)

朝4時より同居する相棒の目覚めに合わせて起こされる。

バザール後は疲れ立てて寝てしまった相棒と、出店の荷物を担いでマンション自室へと戻った。

帰宅後、相棒へ日中に買ったリストバンドを渡す。

思いのほか喜ばれる。

それもあってかその日は疲れているにも拘らず、夜明け近くまで寝かせてはもらえなかった。

 

 

 

 



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※ 5月バザール参加者 ※

 

前回の企画にご応募いただきました、5名のキャラクターとプレイヤーさんを公開いたします。

今後展開されますSSの主要当所キャラとなります。
SSの捕捉としてお楽しみください。



※  なおキャラクターの掲載順は、提出順となっております。


  


  

 

参加者名:  影響を受ける人/えいきょうをうけるひと/ID:126193

 

【 名前 】

・正式名   : 半怪異(はんかいい)オオカワウソ

・名称    : ハカウソ

・一人称   : うち

・二人称   : あぁなた(名前を知っていれば、さぁん・ちゃぁん・くぅん付け)

 

【 種族選択 】  : フレンズ

【 年齢 】    : 不明

【 口調 】    : 08 ・ 老人風の口調

【 身長と体格 】 : 165㎝ スレンダー(胸はCカップちょとある)

 

【 身体的特徴① 】 : 左半身の大部分が怪異化(左目が穴の開いた眼光に、赤い光が宿って見える。

怖いという評判のせいで眼帯を手放さない。怪異化しているが、手足は爪が無いだけでちゃんとした四肢に

なっている。尻尾は左側よりに三本ある。オオカワウソの尻尾とは違って、手足のように操作できる。)

 

【 身体的特徴② 】 : 右側は大人になった、オオカワウソ(フレンズ)

【 身体的特徴③ 】 : 髪型:ポニーテール(調理中は纏めている)

【 身体的特徴④ 】 : 元オオカワウソチームの一人で今はハグレ。元ボトルだが、現在は昼夕時間限定個人経営のラーメン屋。(5日間開店・2日間休日)

 

【 身体的特徴④ 】 : 牙が鋭い。

 

【 スタイル 】  : 探索勢?

 

【 過去とマンション在中の理由 】 :

マンション攻略勢のオオカワウソの一匹であったが、怪異に襲われチームはバラバラに逃走。結局怪異に襲われ絶体絶命になったが・・・運が良かったのか悪かったのか、怪異と一体化した。

何とか仲間達の元に合流しようとしたが、新たな自分と敵意をもたれて離脱。(現在は和解)

 

どうすればいいか彷徨っていたら、怪異の言葉がわかる事に気が付き、人間の言葉も苦も無くわかった。更に、怪異に

遭遇しても襲われない。(殺意が高い奴らは駄目。なぜか怪異カワウソには無視される)

 

管理人に相談した所、とある階層にある、空き店舗に住まわせてもらう事に。

 

そこは怪異がやっていたラーメン屋で、訪れる探索者がいなくなった事で怪異は撤退、無害になり無人になった。

 

引き継いだ彼女は週1回ラーメン店を経営する事で、只で住まわせてもらウ事に。

当初は苦労した。(材料は自分で揃えなければならないうえに。お金の工面に5日間、準備に1日、昼間のみ経営で乗り

切っていた。)

 

現在は料理に目覚めて、リピーターも(大人しい怪異も)増えて、ラーメン店経営だけで食っている。バザールにも

参加している常連。

 

お店を経営しているせいか、誰にでも割と真面目で、普通の対応をする。

 

『ハカウソ』の名は、常連客がつけた名前。

 

 

【 行動選択 】  :

【 メイン 】

出店を希望。

自分の料理を食べてもらいたくて、常に大車輪でうごく。(怪異化にともない、持久力・体力は無尽蔵)

比較的価格は安く、持ち帰りメニューもある。

他のオオカワウソに「只にしろ」と言われては、しっかり代金をとる強者。

 

【 サブ 】

新たなリピーター確保に、新たな食材の仕入れ、新たな出前先のメモ等など。

お店の経営に関する情報収集も兼ねている・・・が、切り盛りの方が忙しく無理。

客が好意でおいていく情報のメモを後で見る事が、唯一の情報源。

ついでにアルバイト募集。

 

【 プライベート 】 : 

マンション内で数少ない安全地帯を保有しているフレンズ?であり、怪異とも仲良くしているので知り合いはとても多い。

喜んで食べてくれるのは嬉しいし、料理は楽しい。

終了後は、食事系出店組が残り物を持ち寄っての宴会をする。

お酒も強いので「キシシシ!」と笑いながら、ウォッカを平然と飲む。

 

 

 

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参加者名:  ドルマン/どるまん/ID:39556

 

【 名前 】

・正式名   : ティラノ・ティラン

・名称    : テティ

・一人称   : 私

・二人称   : あなた(相手の名前を知れば「さん」付け)

 

【 種族選択 】  : ヒト・男

 

【 年齢 】    :29歳

 

【 口調 】    :03 ・ ですます調  

 

【 身長と体格 】 :274cm・220kg

 

【 身体的特徴 】 :

筋骨隆々のスキンヘッド。防弾対爆仕様のトレンチコートを着用し、指ぬきグローブや

金属製のブーツ、ウエストポーチを身に付けている。

 

【 スタイル 】  :探索者

 

【 過去とマンション在中の理由 】 : (300文字程度)

 異常に育った肉体のせいで周りの人達からは恐れられる挙句、職に就くことができず困り果てていた。

 しかし、風の便りで『稼げる』マンションの存在を知り、藁にも縋る思いでマンションに居を構えた。

 

【 行動選択 】  :

 

【 メイン 】(500文字程度)

 出店 を選択。

 主にマンション内で手に入れた某果実(エリクサー)の手料理を良心的な値段で販売している。

〇某果実ミニパイ…体力回復(中)

〇某果実ジャム…精神回復(中)

〇某果実のコンポート…怪異回復(中)

〇某果実ジュース…体力・精神回復(中)

〇某果実のアイス…体力・怪異回復(中)

〇『New』某黄金果実のタルト…体力・精神・怪異回復(特大)

 

【 プライベート 】 : (300文字程度)

〇バザール一週間前…仕入れ・仕込み。

〇バザール中…新たな某果実の仕入れ先の確保。

〇帰宅後…実家に仕送り準備。

 

 

 

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参加者名:  白ピンク/しろぴんく/ID:286600

 

【 名前 】

・正式名   : フィリア・ホワイト

・名称    : フィリア

・一人称   : 私

・二人称   : アナタ

 

【 種族選択 】  : ヒト・女

 

【 年齢 】    : 二十代半ば

 

【 口調 】    :02 ・ 一般的な女性口調

 

【 身長と体格 】 : 175センチ。スタイル抜群。目立たない様に鍛え込まれた身体

 

【 身体的特徴 】 : 

白人。金髪碧眼の美女で長い髪をシニヨンで纏めている。

パッと見では怜悧で油断できない女といった見た目だが、よく見れば結構童顔で好奇心に輝く目をした気さくな女性

 

【 スタイル 】  : 探索者兼諜報員

 

【 過去とマンション在中の理由 】 : (300文字程度)

マンションの魅力にハマった不良留学生。という建前で某国に情報と怪異品の収集の為に送り込まれた諜報員

マンションの危険性と魅力はよく理解しており、着任早々適度に仕事をこなしつつ怪異とフレンズを楽しむエンジョイ勢に

なったイイ性格をした女

 

主な仕事は探索済の階の精査。情報と怪異品の売買。対価を貰えるのなら軍正規品の販売も請け負うフィクサーでもある

彼女の正体は半ば公然の秘密であるが、自国への過度な不利益を齎す存在・自分と仲の良いフレンズへ手を出す存在を

人知れず「処理」する冷酷な面も持つ

 

 

【 行動選択 】 :

 

 

【 メイン 】(500文字程度)

 

出店

 

探索用の品を売っている。目新しい物は無いが、紹介された相手には普通手に入らない高性能な品を売ってくれる。

対価はアホみたいに高い料金か、有用か重要な情報

本人は商売よりフレンズにチョッカイをかける事の方が忙しい。反撃で痛い目に遭っているが、嫌われてはいない

 

 

【 サブ 】 (300文字程度)

 

探索と警護

 

バザールの怪異を調査しつつ、バザールの警護をしている

国のバックアップがあるのでお高い怪異産の精神防御品を使用しているが、本人は無理に深入りはせずバザールを

楽しんでいるようだ 

 

 

【 プライベート 】: (300文字程度)

早起き。旨い手料理でお隣のフレンズ達を餌付けして触り倒す

引っ掻かれた手の治療と家事を片付け、前日に予定したタスクをこなしつつお仕事。外部との接触・交渉。

集めた結果を本国に送る

夕ご飯はお気に入りのフレンズの一人が勤務するマンション隣のコンビニにお隣の二人を連れて買い物に行き、

二人の部屋でコンビニ飯。その後触りまくる

帰宅して噛まれた手を治療。襲来したあけて君で遊んだ後、早めに就寝

 

 

 

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参加者名:  ブレイクフリー/ぶれいくふりー/ID:276867

 

【名前】

正式名:ギンギツネ

名称:ギンコ

一人称:わたし

二人称:あなた

【種族選択】:フレンズ

【年齢】:

20代前半から半ばほどの見た目

【口調】:

02・一般的な女性口調

【身長と体格】:

170センチくらいで一見痩型に見えるが脱ぐと中々のモデル体型

【身体的特徴】:

ギンギツネのフレンズで、「おじぞうさま階」に登場したギンギツネとは別個体。

丸メガネに白衣を羽織ったエセ研究者のような風貌でお供にラッキービーストを一体連れている。

具体的には3のギンギツネをさらに成長させて大人化したイメージ。

【スタイル】: 攻略勢

【過去とマンション在中の理由】:

正体はかつてパークで極秘に行われた実験(じごくちほー参照)に巻き込まれた結果、アライさんマンションに迷い込んだ存在。

見た目が成長しているのはもう一人のギンギツネとの差別化兼実験目的で「老化と退行の階」を使用したため。

当然ながらこちらの世界に身寄りなど無いためなし崩し的にマンション在住となった。

 

現在は元いた世界に戻る方法を探してマンションを探索する傍らで自分がいた世界とはフレンズのあり方やそれを取り巻く環境が大きく異なるこちらの世界に興味を抱き、それらに対する調査研究も並行して進めている。

【行動選択】:

【メイン】

出店を選択

 

主に探索によって収集した素材や自らが開発したアイテムのほか、食品や小物まで広く取り扱う。

中でも一番人気なのはジャパリまんで、これは彼女のいた世界に存在したフレンズ用の食品をLBのデータベース情報を元に再現した物。

こちらの世界にはパークが存在しない事もあり、物珍しさとその栄養価及び持ち運びやすさから特に探索ガチ勢からの人気が高い(最も彼女としては自信作である発明品を差し置いて片手間に作ったこちらが人気なのは複雑らしい)

 

【サブ】

一般参加を選択

 

店番をLBに任せてバザール内を巡りながら他の探索者やフレンズ達との交流を行う。

特に探索勢であるこの世界のギンギツネからは同種のフレンズということもあって慕われており、彼女としても満更ではない。

途中かつてじごくちほーを彷徨っていた際助けてもらったフレンズによく似たフレンズを見かけたが言動から別人と判断しスルーした。

 

 

 

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参加者名: ぶわくち/ぶわくち/ID:312856

 

【 名前 】

正式名   : アーサー ロバート グッドウィン

名称    : アーサー

一人称   : 僕

二人称   : 君

 

【 種族選択 】  : ヒト・男

 

【 年齢 】    : 28歳

 

【 口調 】    : 09・子供っぽい口調を若干どもらせたもの

「ぼ、僕は〜だよ…」 「き、き君は〜じ、じゃないの?」

「ヒヒッ…」と引きつった笑い方。

 

【 身長と体格 】 : 165cmの痩せ 頬が痩せてる程度

 

【 身体的特徴 】 :

チェック柄のシャツにぼさぼさの髪、片側にヒビが入った眼鏡を着用し、目は見開かれ瞳孔が開いている。見られていると気分を害するような視線を向けてくる。背中にはあるコーヒーメーカーを背負っている。

 

【 スタイル 】  : 探索者

 

【 過去とマンション在中の理由 】 : (300文字程度)

 

恋人と共にマンションに越してきたが、ある怪異に遭遇し目の前で恋人を亡くす。アーサーがショックを受けると同時に、近くにあったコーヒーメーカーが作動しコーヒーが注がれた。コーヒーを飲んで以来アーサーはかつての人懐っこく律儀な人格はほとんど消滅し、マンション内でスリルを味わった後、コーヒーをキメるジャンキーになった。

コーヒーメーカー: 近くで精神的なストレス(SAN値の減少的な)を感知するとその失った分のストレスに応じたコーヒーを注ぐ。しかし、ストレスが大きいコーヒーほど依存物質を多量に含み、とても美味しくなる。

また、主人公コンビのようなお互いに信頼できる相棒を探しているが、それは過去の至上のコーヒーをもう一度味わいたいからである。

 

【 行動選択 】  :

 

【 メイン 】(500文字程度)

自分の相棒になってくれるような人を探している。

何人かに声をかけるが、アーサーのヤバい雰囲気を感じとり警戒されてしまう。

 

【 サブ 】 (300文字程度)

出店(ストレスコーヒー屋さん)

例のコーヒーを売っている。代金はお金か危険な階(本人にとっておもしろい)の情報。

コーヒーを含んだサプリメントも販売しており、激しく動揺した際の気付け薬のような効果がある。同じジャンキーになってくれそうな仲間も募集している。コーヒーについて聞かれるととても饒舌早口になる。

 

【 プライベート 】 : (300文字程度)

主に様々な階の探索

攻略勢が残した情報や案内をあえて無視する事がたまにある。

同じ階に居合わせた他の探索者によってストレスコーヒーが注がれた場合、その時はその人物に失った分のコーヒーを勧めに行く律儀な点もあるが大抵断られる。

 

 

 

  



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【 5月のバザール・プロローグ 】

  

参加企画にて集まりましたキャラクターを纏めてSSに仕立ててみました。

今回はタイトル通りのプロローグとなり、今後キャラ別のエピソードとエピローグを順次発表していく予定となっております。

ご参加いただきました皆様には本当にありがとうございました。
多少の設定変更はどうかご愛嬌としてお許しください。



  


  

 

 朝4時起床──フィリア・ホワイトは物音を立てぬよう玄関から外へ出、しばし左右に伸びる通路の彼方を交互に見やった。

 

 通路の立ち上がり壁から望む5月の明け方には、まだ空の極みが薄藍色に滲み始める程度の光量しかない。今も身の回りを照らす明かりと言えば、通路の天井に等間隔で配された蛍光灯のおぼろげな光だけである。

 

 しかしながら僅かに陽の気配が滲み始めたそんな空間も『夜』とは言い難い。さりとて『朝』にも程遠いその、『境界』ともいうべき瞬間をフィリアは心地良く感じた。

 

 このマンションを拠点にしてから、時折り自分がヒトかフレンズか分からなくなる瞬間がフィリアにはあった。

 あるいはそのどちらでも無いのかもしれない……もしかしたら自分はとうの昔にここの怪異に飲み込まれていて、既にいずれでもない存在にされてしまっているのではないか、と思うことがあるのだ。

 それこそがこの、朝とも夜ともつかない空間に安堵を感じる理由なのかもしれないとフィリアは明け方に思うのである。

 

 しかしそんな束の間の思索は突如として破られる。

 僅かに通路に響き渡ったか細い金属音にフィリアの思考は現実へと戻された。

 

 右から響いてきたそれへ視線を向ければ──三部屋先のドアがゆっくりと開いていく様子が伺えた。スチール製ドアの蝶番が鳴る音であったのだ。

 

 見守り続ける視界にはやがて、人型に凝り固まった闇が音も無く歩み出してくる様が窺えた。

 

 まさに『漆黒』としか形容の出来ぬその肉塊は、夜の残滓が漂うこの薄暗がりの中でさえ、闇に溶けることなく黒の輪郭をしっかりと保っている。

 怪異だ──しかしながらその漆黒の中、星の如くにきらめく粒子が浮きつ沈みつしている姿を見るたびにフィリアはそれを美しいと思った。

 

 いつか自分がこのマンションの怪異に取り込まれ、人ならざる存在に身を窶すのであるのだとしても……いま視線の先にいるあの美しさを手に入れられるのならば、それも一興であろうとさえフィリアは思う。

 

 しばしして、

 

『……んん? やあぁ……フィリアさぁん』

 

 見つめていた怪異が正面(こちら)を向いた。

 その全貌が目に入るなり、フィリアも我に返る。

 

 視線の先にて、緩慢に朝の挨拶をしてくる先の怪異──それこそは左半身のほとんどが怪異化した元フレンズの成れの果てであった。

 

『おはよう。あぁなたは、いつも朝が早いねぇ』

「──おはよう、ハカウソさん。アナタだって負けてないじゃない」

 

 玄関に鍵をかけ、それを袈裟懸けのポーチにしまいながら歩み寄ってくる先の半怪異──ハカウソの挨拶に、フィリアも打ち解けた様子で返事をした。

 

 彼女ハカウソは怪異化した元フレンズだ。

 

 フィリア自身がこのマンションに居を構えるようになって数年になるが、ハカウソはその時にはもうあの部屋にいた。

 半怪異ということもあり、当初は警戒して観察をしていたフィリアではあったが、しばししてその誤解も解けた。今では定期的に晩酌を酌み交わす飲み仲間ですらある。

 

 半怪異・ハカウソの身の上はそれなりに複雑なものである。

 とある呑みの席で、ハカウソは元オオカワウソの攻略勢であると自身を語った。ボトル役であったのだという。

 

 ある時、彼女の所属していたチームが全滅の憂き目に会い、その時に瀕死の重傷を負ったハカウソは折好くも──否、悪くもかもしれないが、ともあれその時の怪異と同化して今の肉体を手に入れた。

 

 その影響からか肉体は本来にはありえない成長を遂げて、彼女を成人の見た目に違わぬ姿へと変貌させた。

 左半身の怪異に生体部分はほとんど見られないが、それでも怪異そのものが人型の輪郭を保っていることから、全体的には元のフレンズに近いシルエットを保っている。

 

 しかし何よりも奇異であるのは彼女の顔だ。

 

 肉体同様、頭部においても怪異は元の容貌を模してくれてはいるが、その左目にだけは洞の如くに無機質な眼窩が穿たれていた。そこの奥底で眼球と思しき役目の何かが赤黒く光を発している姿は、フィリアでさえ身の毛がよだつほどである。

 

 そして斯様な瞳はフィリアに留まらず、見る者全てを畏怖させることから、平素のハカウソはそこを眼帯において覆い隠している次第であった。

 

「もうお店に行くの? 仕込みにしては少し早いんじゃない」

 

 尋ねてくるフィリアにハカウソも緩く満面の笑みを返す。

 こう見えてハカウソは一店一城の主だ。ここから数階上にある区画の一角でラーメン屋を営んでいる。

 

 昼と夕の食事時にのみ開店させる彼女の日課は、朝の8時に仕込みへ向かうのがルーティンではあるが、今日はそれより4時間も早いことになる。

 そんなフィリアからの疑問に対し、

 

『バザールさね。今日は出店するんだよ』

 

 小さく鼻を鳴らすハカウソの答えにフィリアも納得する。

 同時に自分もまた今日は出店を控えていることを思い出して、フィリアも小さくため息をついた。

 

「そう言えば私もそうだったわ。準備しなきゃいけないのは同じね」

『フィリアさぁんは、何を売るつもりなんだい?』

 

 共にエレベーターまでの距離を歩きだしながら二人は会話をする。フィリアはまだ居住階から降りるつもりは無いが、このハカウソを見送るがてら少し話などしたくなったのだ。

 

「そうね、また探索用のアイテム類になるかしら? 温度感知機能付きの赤外線スコープや、長距離通信と同時会話機能に加えて特定のチャンネルと秘話通知の切り替えが可能な小型インカムあたりが今回の目玉よ」

『キシシシ、怪異(うち)には何が何やらさっぱりだあ』

「ふふ……なんせ『仕入れ先』が優秀だからね」

 

 取り留めも無い会話を続けながら歩いていると──ふいに数部屋先のドアが僅かに平面から身を起こした。

 それを察知し、二人は同時に足を止める。

 

 2階の浅層で居住階とはいえ、此処に何の怪異も無いとは言い切れない。それこそはハカウソの存在こそがまさにだ。

 ゆえにこのマンションの住人たる二人は、いかなる些細な変化でさえも見逃さない。

 今までの和気藹々とした空気へ瞬時に緊張感を漲らせると、二人は徐々に開きつつあるドアの様子を見守った。

 

 やがて180度に開き切り、すっかり壁面と水平になったドアの先──玄関の間口から出てきたのは、

 

「ふあぁ~……あ、おはよーございますー」

 

 窮屈そうにそこから身を屈めて出てきた巨漢の大男が一人──否、その姿たるや『巨漢』などという人間の尺度などでは形容し難い。

 身長274cm・体重220kgの体躯は盛り上がった筋肉が角ばるほどに筋骨隆々で、前頭骨が高く盛り上がったスキンヘッドの容貌と併せるに、今の登場も巨大な岩が転がり出てきたような印象を思わせた。

 

 彼・ティラノ・ティランこと通称・テティは、歴とした『人間』である。──にも拘らず先に述べた規格外の体躯に加え、そんな肉体を縦縞の一般的なパジャマで包みこんだ装いが、逆にこの男の異様性を際立たせているのだった。

 

「なんだ、テティだったのね。おはよう、今お目覚めかしら?」

『キャハハぁ……相変わらず化け物だねぇ。おはよう♪』

 

 怪異(?)の正体を見極めて安堵するや、二人も打ち解けた様子で挨拶を返す。

 

「はい、おはようございます。お二人とも早いですねぇ? ハカウソさんも仕込みには早過ぎるんじゃないんですか?」

 

 直立してしまっては完全に頭が天井へ付いてしまうがゆえ身を屈めるテティの挨拶に、ハカウソとフィリアはその一時顔を見合わせ、やがては打ち合わせたように微笑んでみせた。

 

「みんな同じ挨拶をするのね」

『キャハハ、考えること同じぃ』

「何がですか、いったい?」

「それじゃテティ、アナタの早起きの理由を当てて見せましょうか? ──今日のバザールの為の仕込みね?」

「ッ、すごい! なぜ分かったのですか?」

 

 これまた想像通りのテティの返答に今度は二人、声を上げて笑った。

 

 この、ある程度の怪異ならば膂力で捻じ伏せてしまいそうな剛健の本職はその実──繊細な意匠を得意とするパティシエであったりする。

 怪異攻略を主とする攻略勢や、怪異の発見と体験を愉しもうという探求者が集まるこのマンションにおいて、斯様な経歴のテティはことさら奇異な存在と言えた。

 

 そんな彼の目的こそは、この場所における菓子店経営で一旗揚げようというものである。

 

 斯様な目的であるというのならば外の世界でも用は事足りると疑問に思うだろうが、ことテティに関してはその頑強すぎる肉体が世間から拒まれることとなった。

 

 根は優しく、礼儀正しければ人当りだって悪くはないテティであっても、やはり正方形に近い筋肉の巨塊が職を求めるには、あまりに世界は狭量すぎた。

 人間性やはたまた菓子作りにおける技術の全てはその見た目による差別と偏見よって否定され、彼は社会からは爪弾きとされたのである。

 ……とはいえ事実、こじんまりと内装を纏める傾向の菓子業界においては、そこの調理場にテティが収まらないという理由もあるのだが。

 

 斯様にして、おおよそ『一般的』ではないテティが導き出した結論は、己の巨体が苦にならぬ環境において経営をしようということに帰結した。

 その結果、彼が選び出した職場こそがこのマンションであり、そしてテティがここに存在する理由であった。

 

 実際のところ数多いコンテストでの受賞歴がある彼の腕前は折り紙付きで、一時期テティの作るスイーツに嵌るがあまり体重の増えたフィリアなどは、そんな自分の意志薄弱を怪異のせいにしたほどである。

 

 そして同時に、3メートルに届かんばかりの大巨漢が8センチ四方のタルトに一つまみのハーブを添える姿を想像すると、そのギャップにいつも吹き出してしまう。

 フィリアはこのテティの作り出す芸術的な菓子と、そして彼のギャップも含めた人間性を愛してやまなかった。

 

「それではハカウソさんも今回は出店なさるのですね?」

『今回だけじゃあないよ。ここ数年は毎回出てるよぉ。テティくぅんは初めてかい?』

「はい、もっと多くのお客さんに店の存在を知っていただければと思って」

 

 テティとハカウソの会話を傍で聞きながら、彼の店が周知の存在になってしまうことにフィリアは一抹の心惜しさを感じずにはいられない。

 今現在、彼の店へ足繁くに通うのは自分を含めて数名の客達だけである。いわば常連のみで回っている状態の店に新参の客がなだれ込むようなことになれば、今後自分がテティの菓子にありつけなくなる。

 

 ただでさえ彼の作る『果実(エリクサー)のミニパイ』は、今の状況であっても買えない時があるのだ。不特定多数との争奪戦を考えると、想像しただけでフィリアなどは落胆と脱力を覚えずにはいられなかった。

 

「せっかくだし私もハカウソさんの出勤を見送りますよ」

 

 いつの間にかにテティもまた一行に加わって歩き出す。

 

「居住階とはいえ、何があるか分かりませんからね」

『縁起でも無いことを言うんじゃないよぉ。これから出掛けようって人にさ』

「そうよ、テティ。そんなこと言ってると本当に何か出るわよ?」

 

 互いの軽口に揃って笑いを漏らしたその時であった。

 3人の行く先──床からほどない高さに何やら不定形な影が一つ。

 

「あ………」

『……ほぅら、言わんこっちゃない』

 

 まだ夜の明けきらぬ不明瞭な前方に確認できた影──それは子供が蹲っているとも思える大きさの物。そしてそのすぐ傍らにももう一体、地に広がる液状の物体が一つ窺えた。

 遠目に確認するそれは怪異以外の何物でもない。

 しかしながら、それを確認した三人の動きには一切の無駄も迷いも無かった。

 

 無言のうちにまずはテティが前衛に立つ。次いで右後方半歩の位置にハカウソが控え、そこからさらに数歩後ろの後方にフィリアが備えた。

 

 布陣の意図は、耐久力と突破力に優れるテティが最前列で敵の前に立つ。これには後方二人のガードを務めると同時に、我が身を呈して怪異を留める役割がある。

 初手にてテティが撃破出来るならば良し。反撃を受けても物理的な攻撃であればテティはまず沈まない。

 しかしそれが精神攻撃であった場合には、その後ろに控えるハカウソとフィリアの出番となる。

 

 怪異を一身に受けたテティをハカウソがもろともに討つ。フィリアはさらにそれを見守り、状況によっては『逃げる』のだ。

 

 複製階や仮眠室を使用した蘇生が望めるこのマンションにおいて、死は『消滅』ではない。

 死体の回収が望めれば復活は可能であり、それを考えた時に重要となるのは状況を見定めたうえで離脱する者の退路を確保することにある。

 

 今回の場合はほぼ丸腰の3人の中において、もっとも戦闘への貢献が望めないフィリアが殿(しんがり)を務めることになった。

 

 このマンションにおいてチームを組むことに、特出した能力は必要ない。

 互いがそれぞれの役割を瞬時に判断することこそが重要であり、数年の『探索者』としての経験を積んでいる3人は即席ながらもこの瞬間、まさに最高のチームとして機能していた。

 

──精神攻撃が無ければ良いのだけれど……

 

 ハカウソとテティの後ろ姿を見守りながら、フィリアは唯一の装備品であった精神防御効果のイヤリングを無意識に指先で弄ぶ。

 

 斯様に緊張の張り詰めた中で対峙していた3人と怪異ではあったが──しばしして、前衛のテティが構えを解く。

 フィリアは用心深くその様子を見守りながら依然として集中を途切らせない。

 やがてはハカウソもまた警戒を解くと、一歩前進してテティの隣に並んだ。どうやら先の物体を揃って見下ろしているらしい。

 

 そして、

 

「あぁ~……とんだ怪異ですよ、これ」

 

 テティはこちらへ首だけ振り返らせると、鼻を鳴らしてはフィリアへと伝えた。

 それを確認してようやくフィリアもまた二人の元に合流する。

 そこから見下ろす先には──なるほど、『とんだ怪異』が居たものだとフィリアもまた納得する。

 

 まずは蹲る影の正体それこそは──

 

『おはよう テティ ハカウソ フィリア』

 

 そこに居た物は、フィリアの膝頭に届くかどうかというほどの楕円形の物体。

 天を突くように立った大きな両耳と、先細りの太い尻尾──全身を毛皮に包みん込んだ一連の容姿からは何かの動物を連想もさせるが、実際のそれは『生物』とは最も程遠い存在である。

 

 その異様さゆえに、一部の攻略勢や探索者の間では名の知れた存在であり、かくいうこの場のメンバー達もまた『それ』のことは知っていた。

 それの名を──

 

「ボスですよ、フィリアさん」

 

 テティはそう呼んだ。

 かの『ボス』は動物型のロボットである。誰が何の目的で作ったのかは知れないが、このボスが居るということはもう一人の存在もまた忘れてはならない。

 

『ってぇことは……一緒に居るのは、ギンコかい?』

「えぇ。アーサーも一緒ですね」

  

 ボスの隣でうつ伏せに倒れている男女の姿──男はヒトで、女はフレンズである。

『ギンコ』と紹介された彼女はギンギツネのフレンズだ。足を揃えて伸ばし、同じくに指先を伸ばした両手を腿の両脇に付けては身を流線形にしてうつ伏せに倒れていた。

 

「二人に何があったのボス?」

 

 抱き起すテティの傍らに寄り添いながら、フィリアは眠るようなギンコの寝顔に一瞥くれる。

 従来のギンギツネにしては手足が長くその顔も大人びている。全体的に成長してる感がある印象は、フレンズであることも含めハカウソに雰囲気が似ていた。

 

 しかしながら彼女がフレンズらしからぬ印象を周囲に与えるのは、そんな見た目の大人びた様子だけではない。

 いつの時も白衣に身を包み、丸渕の眼鏡を耳に掛けたギンコは、オオカワウソ達と並び立って同業者の注目を集める攻略勢であった。

 

『ギンコと アーサーと一緒に マンションに 潜っていたよ。新しい開発の為の 材料を 取りに行ったんだ』

 

 右腕にギンコの背をもたらせて介抱するテティの傍らに歩み進んできたボスが、彼女達がここに倒れていた顛末を説明する。

 その正式名称を『ラッキービースト』という先のロボットはこのギンコのパートナーだ。

 マスコット然とした見た目の愛らしさとは裏腹に、独自の方法で電子設備にアクセスしてはエレベーターや各種照明の点灯をコントロールするなど、なかなかの性能である。

 

「それってアタシの注文品かしら?」

『そうだよ フィリア 君から発注された 温度感知機能付き赤外線スコープ の材料を取りに 重力鳥の 巣に行ったんだ』

『重力鳥とは豪気だねぇ。無事に戻ってこれただけでも儲けものさね』

 

 そうこう話しているとテティの腕の中で当のギンコがうめきを漏らした。

 取り囲む一同がそれぞれに呼び掛けて目覚めを促すと──やがてギンコはうっすらと瞼を開いては覚醒した。

 

『ここはぁ……わたし、戻ってこれたの?』

「そうよ、二階の居住階よ。私の注文品の材料を取りに行ってくれたんだって? なんか悪いわね……」

 

 気遣わし気に尋ねてくるフィリアに一瞥くれると、ギンコは己の白衣のポケットに手を入れて中身をまさぐる。

 やがてはそこから抜き出した拳を開き、色とりどりの原色を散りばめたガラスの如き破片を数片取り出すと、

 

『重力鳥のコアの欠片……これで望みの物を作ってあげられるわよ! フィリア!』

「あ、ありがとう……」

 

 いま一度それを握りしめては満足げにフィリアを見上げるギンコ。

 その心配になるほどの拘り様にフィリアは申し訳ないやら心配やらで何とも不安な気持ちにさせられる。

 

 このギンコは、己を『別世界から来た』と主張するフレンズである。

 彼女もまたある時、突如としてこのマンションに発生した。

 そんな彼女がここへ訪れて間もない頃に色々と世話をしたのがフィリアと、そして周囲の仲間達である。

 

 元より面倒見の良い性格でもあったフィリアはそれからの数か月間、ギンコを自分の部屋で寝起きさせ、さらには皆へ紹介してはマンション攻略や探索のイロハを教えたのであった。

 

 もっとも学究の徒を自称するギンコもまた吸収が早かった。

 数度の探索で怪異のいくつかを解明し、独自の攻略法を編み出すや、それに因んだ研究の実験と称し、『老化と退行の階』の特性を上手く利用しては幼かった自身の年齢を10歳前後成長させることにも成功した。

 

 これによりここを訪れた時には10代半ばと思しかった見た目のギンコは、今や20代の成長した肉体を手に入れたのである。

 一連の怪異を分析した知能の高さはもとより、それの利用に際し自らの体を実験台にしてしまう度胸は、本来臆病なはずのギンギツネには見られない特性であり、同時に彼女の才能でもあった。

 

『いま何時!?』

 

 誰ともなく唐突に尋ねてくるギンコに気圧されては場の一同が顔を会わせる中、ボスが4時半であることを告げる。

 

『4時半!? バザールまであと5時間くらいしかないじゃない!』

「あー……ギンコ? 別に無理しなくてもいいわよ。インコムの方は貰ってるから、今回はそれだけで……──」

『早く作らなきゃ! でもそれには頭をハッキリさせたいわ! アーサー、起きてちょうだい! あなたのコーヒーが必要よ!』

 

 天才ゆえの弊害ではあるのだろうが、一度自分の世界に入り込むと周囲が見えなくなるのはギンコの長所でもあり短所でもあった。

 今もそれは健在で、つい先ほどまでマンションに潜っていたであろう彼女の体調を案じるフィリアなどの声は微塵もギンコの耳には入っていかない。

 

 彼女の興味は今、依然足元で昏倒し続けるくせ毛の探索者へと向いている。

 チェックのシャツにスラックスという装いはなんら変哲も無いものではあったが、彼の持つ異様性はその背に背負われたコーヒーメーカーにこそある。

 

 コの字の構台の中央にガラス製のサーバーが設置された一般的なコーヒーメーカーではあるのだが──背負う当人がうつ伏せに寝ていることでサーバー内のコーヒーも注ぎ口に向かって水平になっているというのに、一向にそこから液体が漏れる出す様子が見られなかった。

 

『アーサー、起きなさい! コーヒーを飲ませるのよ! 早く!』

「ギンコ 優しくしなきゃ ダメだよ」

 

 ついには業を煮やし、彼の襟首に両手を掛けて引き起こすやその寝ぼけ眼の両頬へ往復ビンタをお見舞いするギンコ。一連のエキセントリックな言動とボスの制止を眺めていると、完成されたコントを目撃しているような感すらある。

 

「……ねぇボス? なんかギンコ、いつもよりテンション高くない?」

『疲労回復の気付け薬に アーサーからもらった コーヒーサプリを飲んだら こうなったんだ』

 

 やがてはギンコに襟元を吊るし上げられたまま──

 

「……んむ? んん……朝になったのかな? ヒヒッ」

 

 件のコーヒー青年であるアーサー・ロバート・グッドウィンは覚醒を果たした。

 引き攣るように笑いながらメガネのブリッジを人差し指で持ち上げるとズレを直す。右のレンズにひび割れが走っているが、これは先のギンコによる気付けによって生じたものではない。

 

 もう随分と前に出来たキズではあるが、それでもアーサーはこの眼鏡を変えようとはしなかった。

 斯様な無頓着さは容姿にも表れており、皮脂や埃にまみれ頭髪同士が癒着しては膨張した扇さながらの荒れた頭髪などは、最後に彼がいつ風呂に入ったものやら想像することもできない。

 

「コーヒーが飲みたいのかなァ!? しかしインスタントや缶コーヒーなんて絶対にいけないよぉ? あんなの、コーヒーの名をかたった泥水だからね! そもそもコーヒーの定義とは──」

『いいから早く出して!』

 

 覚醒直後、フレンズに襟首をつかまれてコーヒーの強要を受けているというにも拘らず、まるでそんな状況は意に介さずコーヒーの講義を始めようとする振る舞いは、身内の贔屓目を差し引いても『狂人』以外の何物でもない。

 

 痩せぎすの浮浪者然とした容貌に加えてこの言動とあっては、まず初見の人間は警戒をしそして極力、彼と関係を持つことを拒絶しようとする。

 しかしながら今二人を取り囲む一同は、

 

『あぁ、いいねぇ……ずいぶん苦労したようだから、さぞ美味いぞぉ』

「えぇ、私も寝起きなのでちょうどいい。アーサーさん、私達の分もありますか?」

 

 ハカウソとテティなどは拒否するどころか、身を乗り出してはギンコの相伴にあやかろうとアーサーに尋ねる。

 

「もちろんだよ! そして何よりもコーヒーをいかに美味く味わうかにはカップもまた重要だよね! 一日の始まりともなる朝には目の覚めるような青が相応しい! ならば今この瞬間の珠玉の一杯を彩るカップは『セーブル』! これしかなぁい‼」

 

 一方のアーサーは叫ぶようにカップの講釈も始めながら、一同にチラリと視線を走らせると場にいる人数分のカップを5セット、手持ちの紙袋の中から取り出して並べた。

 

 どう見ても紙袋の大きさに対してこれだけのカップが収納されていたようには思えないが、それでもアーサーは毎度、コーヒーに関する道具の類をここから取り出した。

 おそらくはマンションで拾得したであろう怪異を含んだアイテムの一つではあるが、何故かその紙袋はアーサーにとてもマッチしているように思えた。

 

 待機する人数全員のカップと受け皿を渡すと、アーサーはそこへ背負うコーヒーメーカーから取り外したサーバーのコーヒーを注いで回る。

 平素日頃から落ち着きなく頭を振り乱し焦点も定まらないアーサーだが、このコーヒーを継ぐ瞬間にだけは、厳粛とすら思えるほど慎重な振る舞いを見せた。

 

「早くちょうだい! ………──もうちょっと! 口きりいっぱいまで!」

「ヒヒッ、欲しけりゃおかわりあげるよ! まずは全員に注いでからね! ヒヒ!」

 

 ギンコの催促を受け流しながら時計回りに注いで回り、最後にはフィリアのカップに豊潤な琥珀色の液体を並々と満たした。

 

 目下のコーヒーを見下ろし、味わう前にまずはカップを鼻先へ寄せて香りを楽しむ。

 焙煎された苦みの香りの中に僅かながら柑橘系の残り香が感じられる。一本、芯の通った輪郭の強いその香りは確かに、朝の覚醒を促す一杯にはうってつけの様に思える。

 

 存分に鼻腔へその香りを充満させると、一同は最初の一口目をすすった。

 

 香りの深さに負けないコクと苦みは深煎りにローストされた豆の成させる技だ。

しかしながらその味わいが単純に豆を焦がした程度の小手先ではないことは、コーヒーが舌先から徐々に舌全体を流れていくにつれてハッキリとしていく。

 

 ファーストインパクトとなる深い苦みが舌先に感じられると同時に、口中にはほのかな酸味もまた広がる。それらが喉を通り抜ける過程で舌の根元で収束されると、全ての味わいは混然となって深いコクの後味を残す。

 

 苦みのコクと淡い酸味の味わいはまさに『目覚めの一杯』として申し分の無いそれと言えた。

 

「あ~……今日のは特別に美味いなあ。ってことは、さぞ苦労なされたんじゃないんですか、お二人とも?」

 

 その巨大な手の中とあってはまさに豆粒ほどとなった小さなカップを大事そうに抱えながら、テティは改めてギンコとアーサーの二人を見た。

 視線の先ではまだその問いかけに気付いていないアーサーの実に満足げで穏やかな表情が、彼の一杯を堪能する一同を見守っている。

 

 その表情と雰囲気こそは在りし日のアーサーだ。

 彼とて端から狂人であったわけではない。そうなるに至る理由が、このマンションにあった……そしてその一部始終を知るテティは、つい居た堪れなくなってはアーサーに向けていた視線を再びコーヒーカップへと戻した。

 

 一方で、

 

『大変なんてもんじゃなかったわ。もう少しで重力鳥のエサになるところだったんだから』

 

 珠玉の一杯を飲み終えてすっかり平常心に戻ったギンコがそれに応える。

 

『巣からこっそりコアの破片だけを取っていくつもりが見つかっちゃって……危うく食べられかけたの』

「でも、今ここに居るってことはあの鳥から逃げ切れたってことでしょう? 一体どうやって……」

『まあ、アーサーのおかげかしら? あの鳥にね、コーヒーをご馳走してくれたのよ。アーサーが』

 

 思わぬ怪鳥の攻略法に一同の目がアーサーに集中する。

 

「ヒヒッ♪ このマンションの怪異も捨てたもんじゃないよね。僕のコーヒーが分かるんだからさ! ヒヒッ!」

 

 このマンションには攻略が絶対に不可能とされるものがいくつかあり、今しがた二人の話題に上がった『重力鳥』などはまさにそれの一例であった。

 そもそもの重力鳥には、物理的な干渉を受け付けないという特性がある。

 すなわちはどのような武器で攻撃しようとも、全ては肉体を透化してすり抜けてしまうのだ。

 

『そうか……『食べ物』はカウントされないのか』

 

 ハカウソの呟きに、一同も目から鱗が落ちる思いで嘆息した。

 

『とはいってもそれに気付いたのは最後の最後だったけれどね。一晩中追いかけられて、エレベータ前で追いつかれた時にアーサーがコーヒーを一杯、鳥にかけたの。そしたら動きが止まって重力すら戻っちゃって』

 

 その隙をつきエレベーターに戻った二人は這う這うの体で帰還──やがてはこの居住階に辿り着くなり倒れては、そのまま朝を迎えたという訳であった。

 

「それにしてもアイツ、味わってる様子だったよ!? こりゃいつか、改めてご馳走しに行かきゃね、ギンコ!」

『あなた一人で行ってちょうだい……』

 

 しばしして全員がコーヒーを飲み終えるのを確認すると、アーサーはカップとソーサを回収しては雑に紙袋に回収していく。──にも拘らず、紙袋は一切の膨らみを孕むことも無ければ、陶器が接触する物音も一つとして起こらなかった。

 

『ごちそう様。朝からアーサーさんのコーヒー飲めるとはツイてたよ。──それじゃあ、後でまたバザールで会おうよ。みんなもぜひ食べに来ておくれ』

 

 ほどなくしてハカウソはエレベーターの前に立つと、箱を呼び寄せては一同に振り返った。

 

「ありがとうございます。よろしかったらみんなも僕の店まで来てくださいよ。今日は新作も発表予定です。こちらもみんなの分を取り置きしておきますよ」

 テティが応え、

 

「あら、二人ともご馳走してくれるのかしら? 悪いわねぇ」

『キャハハぁ、なに言ってんのさ? もちろん金は貰うよ~?』

「身内だからこそ、取るものは取りませんと」

 

 フィリアの軽口に笑うと、ハカウソは到着したエレベーターに乗り込み扉を閉めた。

 彼女を見送り通路を戻ると、その途中でテティもまたバザールでの再会を約束して自室へと戻る。

 

「さて、わたしはもうひと頑張りかな? 完成したらあなたのスペースまで届けるわね、フィリア」

『ギンコ その前に お風呂に入って 何か食べて 少し寝ないと ダメだよ』

 

 ギンコもボスも道すがらにある自室のドア前に立つと別れを告げる。

 

「さて! 僕も準備しなきゃね! 今日は新作のコーヒーサプリも売るよ! ──じゃあフィリア、バザールで会おうね! 来てくれればコーヒー売るよ!」

「やっぱり奢ってはくれないのね……」

「ヒヒ! 身内だからこそ取るもの取るのさ! ヒヒッ!」

 

 ついにはアーサーも自室に戻ると──最後にはフィリア一人が残された。

 

 ただ一人で帰路を辿るとらしくも無く寂しさを覚えた。

 しかしそんな束の間のセンチメンタルを慰めるよう──

 

「あ………」

 

 通路から望む空には夜明けの陽光が眩く通路へと差し込んだ。

 美しいと思った。同時にそんな『朝』の認識は、フィリアに今日が始まることを何よりも明確に伝える。

 アーサーのコーヒーの作用か、不思議と肉体と心に活力が充実するのを感じた。

 

「はぁ……──さて、私も準備しようかな」

 

 暫しその光景を眺めた後、両手を掲げて一伸びしフィリアもまた自室へと戻っていく。

 

 

 今日は待ちに待ったバザール──それぞれのイベントが始まろうとしていた。

 

 

 

 

【 続 】

 

 



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【 5月のバザール・ハカウソ 】

  

参加型企画による個人別のSSとなります。

本SSは『影響を受ける人(ID:126193)』さんのキャラクターである、
『 半怪異(はんかいい)オオカワウソ 』の設定を元に執筆させて戴きました。

『5月バザール参加者』https://syosetu.org/novel/216576/14.html
と併せてお読みになると、より楽しめると思います。

  


  

 

 幸福とは、いかなる状態の時を言い表したことなのだろう──オオカワウソでなくなったあの日以来、考えるようになったことである。

 

 午前10時にバザールが開催されて以降、ハカウソが用意した屋台のカウンター3席と4人掛けのテーブル席のふたつは瞬く間に客で埋まった。

 それだけにとどまらず、ラーメンだけを受け取っては地にしゃがみこんで喫食する者や壁に背を預けて立ち食いする者と、彼女の店の周囲は瞬く間にヒトやフレンズ達で埋め尽くされる。

 

 この状況はさして珍しいものでもない。

 

 バザールの開催と同時に、『まずは腹ごしらえを済ませてから回ろう』と思う第一陣がハカウソのスペースに殺到する。

 その波が去ると次は、従来通りに『昼時に飯を食おう』と思う第二陣が押しかけ、さらには午後4時の終了間際に再び、『せっかくバザールに来たのだから』と少し早い夕食がてらに訪れる第三陣に見舞われると、彼女は開始から終了間際までの数時間を息つく間もなく忙殺されるのだ。

 

「──ラーメン一つ、麺硬めで」

「チャーシューメン大盛りね」

『ラーメンふたつ。一つはチャーシュー抜いてください』

「味噌ラーメンと塩と、醤油ふたつ。一万円で大丈夫ですか?」

『ハハハハ、元ボトル! 只にしろ! ハハハ!』

 

『──はい、ラーメン一つ硬メありがとございます! チャーシューメン大盛り、毎度! ラーメンふたつチャーシュー抜き、合計で900円になります! 味噌1、塩1、醤油2、一万円大丈夫です、2千円になります! ──金払え~! チャーシュー一枚おまけしてやるから!』

 

 調理場を兼ねた屋台カウンターの湯気の向こうで、舞うかのごとくに麺の湯切りをし、タレを盛ってスープで割り、チャーシューメンのトッピングを添えて客に渡すと同時に勘定も済ませる──ハカウソは八面六臂の鬼神の如くに店を回していく。

 

 席数やスペースのキャパシティに対し客は常に15人前後が1ローテーションとなって押しかけるも、それにハカウソが遅れを取ることは無い。

 この日の為の仕込みに充分な段取りを以て挑んでいることは然ることながら、これだけの客を同時に回せるカラクリにはハカウソの怪異化した肉体も大きな役割を果たしていた。

 

 怪異化した左半身背面には、3本の尻尾が伸びている。それらが触手の如くに立ちまわってはそれぞれに役割を果たすのだ。

 ある尻尾は湯切りをし、ある一本はスープを割り、さらにもう一本はどんぶりにまとわりついて伸縮しては完成したラーメンを客の元に届ける。……提供の際に尻尾の先端がスープに浸かってしまうのはご愛嬌だ。

 

 それでもしかしハカウソのバザールは終始、接客と調理に忙殺されることとなる。

 怪異に憑りつかれて以降、成長を伴った肉体の変化と同時に体力もまた増強された。それにより日々の商売はもとより、今日のようなバザールの鉄火場においてもハカウソが疲労に倒れてしまうことは無い。

 

 それでもしかし、接客と調理のキャパシティを越えた16人目が現れると僅かに提供のタイミングが遅れることにハカウソは歯噛みした。

 

──体力は持つけど……やっぱりバイト欲しいなあ。

 

 ふとそんなことを考える。

 しかしそんな思考も一瞬のことで、すぐに次なる注文が耳に入ると、脳は労働以外の雑念を押し流していく。

 

 思いついては忘れ、ふいにまた考えてはそして忘れる──脳細胞はフルに回転しながらも意識から雑念は削がれ、思考は限り無くクリアになっていく。

 そんな時に決まって思い起こされる問いこそが──

 

──幸せってなんなんだろう……?

 

 その問いであった。

 

 オオカワウソであった頃はそんなことは微塵も考えなかった。

 あの頃はただひたすら『楽しく』はあったが、それは『幸福』とはベクトルが違うように思えた。

 元より深く考え込むような性質ではなかったが、それでも今のような無我の境地に立てることなどは一度として無なかったように思う。

 

『醤油ラーメンを一つお願いしたいのだ! それから塩ラーメンをお土産なのだ!』

『はい、醤油1まいどー! お土産に塩1、ありがとうございまーす! 900円になりまーす!』

 

 それまでの自分(オオカワウソ)という根幹を変えてしまった理由は、やはりこの身に巣食う怪異の影響に他ならないように思う。

 そもそも我が身に抱えるコレがどのような怪異(モノ)なのか見当もつかない。しかし、ハカウソの意識の表層に現れては来ないものの、複数の意思や思考がこの怪異を通じて己の中に渦巻いているのは感じていた。

 

 今の接客を鑑みればそれが窺える。

 複数の注文や勘定、喫食している客数の把握や、はたまた別個の生き物の如くに働く3本の尻尾たちの動きなどは、明らかに自分以外の意思が肉体と記憶のカバーをしてくれているからに他ならない。

 

「こんにちは、忙しそうね。大丈夫かしら?」

『キャハハ、フィリアさぁん、いらっしゃぁい! 問題無いよ。何食べたい?』

「じゃあ、チャーシューメンを一ついただこうかしら。それにしてもすごい混みようね!」

『ホントだよ~、バイトが欲しいね。勘定と運ぶのだけでもさあ』

「こういう時、一人って大変よね……」

 

 自分と、そして自分の中の他人とを根こそぎ使っての労働は得も言えぬ充実感を与えてくれる。多忙の極みとあっては、本来なら苦痛であるはずの疲労が全て『喜び』となって脳内に変換された。

 今この瞬間は『苦しみ』こそが『喜び』なのだ──そう考えた時に『幸福とは何か?』とハカウソは思わずにいられない。

 

『はいよ! チャーシューメンおまちぃ! テティさぁんも忙しいのかねぇ?』

「ありがとう♪ あっちもあっちで大変そうよ? 私も今日は諦めたわ」

 

 楽であること、満腹であることがオオカワウソ時代の『幸福』に対する価値観であった。しかし今は食事も休憩も取らずに働き続けることが『楽しい』というのだから、もう何が何やら分からない。

 

 それでも今この瞬間この場所で、好きな人たちを相手に好きなことをしているハカウソは誰よりも幸福であった。

 

──これでいいじゃないか……上等さあ!

 

 そう思った時、怪異である半身が大きく脈打った。

 まるで今のハカウソに呼応してくれるが如くに、そして励ましてくれるが如くに。

 

──ありがとうね、お前達も。これからもうちを支えておくれな……!

 

「──……ふぅ、ご馳走様。それじゃ頑張ってね。今夜また会いましょう?」

 

 スープの最後の一滴までを飲み干すと、フィリアは席を立った。

 

『はぁいよ♡』

 

 彼女から手渡しで代金を受け取り、釣り銭を渡すとフィリアの励ましにハカウソも大きく頷く。

 

 過去の自分(オオカワウソ)達、そして今の自分を支えてくれている内なる怪異達、そして自分を受け入れてくれた客と友人達──そんな今日の幸福を支えてくれる全てに万感の想いを込め、

 

 

『ありがとうございましたー!』

 

 

 ハカウソは今日までの人生で一番の笑顔を咲かせるのであった。

 

 

 

 

【 続 】

  



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【 5月のバザール・テティ 】

参加型企画による個人別のSSとなります。

本SSは『ドルマン(ID:39556)』さんのキャラクターである、
『 ティラノ・ティラン 』の設定を元に執筆させて戴きました。

『5月バザール参加者』https://syosetu.org/novel/216576/14.html
と併せてお読みになると、より楽しめると思います。




  

 

 飲食の販売ということで2スペースを借り受けることが出来た。

 さらに店から冷蔵機能付きのショーケースも二台持ち込むと、ティラノ・ティランはそこへ珠玉の作品たちを並べていく。

 

 かくして彩鮮やかな自作スイーツが並べられた宝石店さながらのショーケースを見やり、

 

「やれることはやった……あとは仕上げを御覧じろ、だな」

 

 小さく鼻を鳴らし、テティはバザールの開催を待つ。

 

 初参加となる今回、テティは自店の宣伝も目論んだ出店を果たしていた。

 マンションの一角において営業しているテティのスイーツ店は、それなりの常連はついたものの盛況というにはまだ物足りなさを感じるところがあった。

 

 テティにとっての経営とは、新規ベンチャーの夢物語などではない。

 家族の住むマンション外の実家へ仕送りもまたしなければならないテティにとっては、退路無き戦いなのである。

 

 そうした切迫した理由からも、新規の顧客獲得を画策した今日のバザールは、今後のテティの進退を見極める重要な一戦とも言えた。

 

「ここでダメだったら、私にもう行く場所は無い……踏ん張りどころだな」

 

 感慨深げにショーケースを見つめていると、突如として会場に起こった拍手の轟音にテティは両肩を跳ね上がらせる。

 波となったそれが出店者達に伝播して押し寄せてくる様に、これがバザール開催の合図であることをテティも悟る。

 

 自身も合わせて大きく手の平を打ち鳴らすと、やがてはショーケースの反対側へと回り込んだ。

 

 しばししてケース越しに覗き込む通路の先に、まばらに一般参加の客達が現れ始める。

 先頭に居たのは何の種類かウサギを思わせるフレンズの二人組だった。

 

──肉食じゃないな……ならば、果実のスイーツは有効なはずだ!

 

 客層を見定め、彼女達がスペースの前へ通りがかるのを待つ。

 そし自分のテリトリーへ足を踏み入れた瞬間、

 

「──いらっしゃいませぇ! 美味しいスイーツなどはいかがですかぁ?」

 

 可能な限りの笑顔と、そして声の明るさを保ちながらテティは彼女達へと語り掛けた。

 その声掛けに気付き、何気なく振り向いた彼女達ではあったが──眼前にテティを見上げると、その顔は見る間に蒼ざめていった。

 

『き、きゃあー!』

『た、食べないでー!』

「あ、いや、違っ、そんなつもりは……!」

 

 過剰なほどの反応は、なにも彼女達が草食のフレンズだからというだけではない。それにはこのテティの見た目の方こそが大きく起因している。

 身長270センチ超の怪異とも見紛わん筋肉の塊に突如として呼び止められれば、臆病なフレンズなどはたちどころに射竦められてしまうことだろう。

 

 初手からしくじった──テティ自身には落ち度が無いこととは言え、出鼻をくじかれたスタートに暗澹たる思いとなったその時、

 

『あ………お、お菓子屋さん?』

 

 フレンズの一人が、ショーケースに並ぶスイーツの存在に気付いた。

 

『ほ、本当だ……すごくキレイ……』

 

 釣られてその友人と思しきフレンズもまた視線を下げると、ほどなくして二人は先の恐怖も忘れてショーケースに並ぶ商品にくぎ付けとなった。

 

『あの……これ、売り物なんですか?』

「え──……あ、はいはい! そうです! よろしかったらおひとついかがですか? マンション内に実る奇跡の果実・エリクサーを材料に仕上げましたスイーツの数々です!」

『えっと……じゃあ、この『果実のミニパイ』を二つください』

「あ……ありがとうございます! お持ち帰りですか? それとも歩きながら食べますかッ? 店の脇のスペースに濡れティッシュとゴミ箱も用意しているので、どうぞそこで食べていってください!」

 

 恙なく料金を受け取り、かくしてバザール最初の商売が成立した。

 

──やった……売れた! どうにか二つ売れたぞ!

 

 穏やかな笑顔で見送るその内面で、声を大きくしては達成感に浸るテティ。……もはや『新規顧客の確保』や『売上重視』といった当初の目的は、大幅に下降修正されてしまっている。

 しかしながら、これは始まりに過ぎなかったのだ。

 

 この後、テティにとって人生の──否、運命の転機ともいえる数時間が始まる。

 

『ん? んんッ!? なにこれ!? 美味しい! こんなの食べたことない!』

『すごい! すごいよ、コレ―!』

 

 今しがた購入したフレンズ達は、店舗脇の喫食スペースにおいてミニパイを頬張るなり感嘆の声を上げた。

 以降は二人、おしゃべりも忘れて瞬く間にパイを平らげると、手に付いたクリームやシロップの類まで名残惜し気に舐め取る。

 

『ねぇ、他のも見てみようよッ?』

『うん! もっと美味しそうなのもあったよ!』

 

 鼻息も荒く頷き合うと、二人は再びショーケースの前へと戻ってくる。

 

「あ、いらっしゃいま……──」

『ねぇ見てコレ! このコンポートって言うのもすごく美味しそう!』

『黄金果実のタルトもすごいよ? でも一人じゃ食べきれないかも……』

『それじゃあ、二人で食べればいいよ! これ買ってすぐに帰ろう?』

 

 もはやショーケースの商品に夢中になるがあまり接客するテティすら目に入らない様子で、二人は菓子の見定めに躍起になっている。先刻までのテティに怯えていた様が嘘のようだ。

 

 やがてケースの中にある全ての商品を買い求めると、二人は足早に去っていった。

 さながら嵐が過ぎ去ったかのような心持で茫然とそれを見送るテティにしかし、

 

「あの、すいません。私にも果実のミニパイと、そこにアイスも付けてください」

 

 次なる掛け声に気付いて振り向けば、今度はヒトの客の姿──そしていつの間にかテティのショーケースの前には、溢れんばかりの客達が押し合いへし合いしながら、菓子の品定めをしているのだった。

 

 それからの数時間をテティはまるで記憶に無い。

 

 ただひたすらに商売をした。

 食べ歩きの客にはミニパイをパラフィン紙で包んで渡し、アイスをコーンやカップに盛りつけ、ついには客側のリクエストから5号サイズで売っていたはずのタルトでさえ7等分に切り分けて販売した。

 

「ミニパイ6個、お持ち帰りのお客様―! お待たせしました! 続いてアイスのお客様はどちらですか!?」

「その前にタルト頼んでるんだけどまだー?」

『ここって本店とかって無いんですか?』

「あ、すいません! タルト、出来てます! 5月〇日までの賞味期限となっております! シールを貼っておきますのでご確認ください! ──はい、本店はマンション4階でも営業しております! ご案内のパンフレットも用意してあるのでそちらもどうぞ!」

 

 かくして数時間後、我に返った時──

 

「はぁはぁ………………──ゆ、夢?」

 

 全てを売りつくし、ようやく客の波が引いたカウンターで息を切らせながら、その一瞬であり永遠であった時間を茫然とテティは振り返るのであった。

 

「出店って、こういうものなのか……賑わっているとは思ってたけど」

 

 ようやく疲労の一つも感じると、それに伴う体の重さにテティは心地良い労働の実感を得ていた。

 しばしして、あとは店を畳んでバザールを見て回ろうと立ち上がりかけたその時──

 

「──すいません。ここの商品についてお話を伺いたいのですが」

 

 突然の声に視線を上げれば、そこにはヒトの男性と小柄のフレンズが一匹。

 ヒトは中肉中背の30代に見えた。緩く波立ったライトブラウンの髪と青い瞳からは欧米人の印象を思わせる。眉間にやや険を籠らせた硬い表情ではあるが、そこに冷酷さや他人を見下す底意地の悪さなどは伺えない。

 きっと真面目なのだろう──と思うとむしろ、その不器用さにテティは好感すら覚えるようだった。

 

 一方でフレンズはというと、

 

『ハハハ! いー匂い! 菓子か? もう無いの?』

 

 こちらはオオカワウソのようだ。このマンションに居を構えてからというもの、むしろ彼女を見かけない日は無い。

 複製機なる機械で自身を増殖させるオオカワウソ達は常に3人で1つのチームを組み、恐ろしいほど能動的に動く。それこそ己の命もいとわぬ勇敢さ──時には無謀さで。

 

 しかしながら目の前にいる個体に、そんな危うさは見受けられなかった。

 感情の強弱を笑い声に乗せるエキセントリックさはオオカワウソのものではあるのだが、彼女の方はだいぶ情緒が落ち着いているように思えた。

 

「ハハーッ!?」

 

 と思ってた矢先、盛大に彼女はゴミ箱に頭をつっこんで大回転する。甘い香りに誘われてそこを漁るうちにつんのめって転んだのだ。

 

「気のせいだったかな……?」

「よろしいでしょうか?」

 

 男が居たことに気付いてテティは振り返る。

 

「ケビンといいます。あー……」

「ティラノ・ティランです。テティと呼んでください。それで、ご用件というのは?」

「そう、テティさん。あなたが作っていたというお菓子なのですが、それにはあの『エリクサー』が使われているとこのパンフレットに……」

「えぇ、正真正銘の本物ですよ。まさか、偽造をお疑いですか?」

 

 言ってテティは微笑んだ。

 そのことは誰でもない当の調理人であるテティが一番よく知っている。

 しかしそう聞かされてもケビンの表情から疑念の色は拭われなかった。

 やがて、

 

「テティさん、あの果実は……直接食べる以外の加工が出来ないんですよ」

 

 意を決したよう単刀直入にケビンは告げた。

 

「なんですって?」

 

 その言葉に誰よりも驚いたのは当のテティだ。

 自分があの果実の皮をむき身を切り分け、砂糖と酒で煮詰めてはクリームの盛られた生地の上に並べたのだから。

 

「少なくとも俺には無理でした。俺以外にはあそこにいるオオカワウソやその他数名にも頼んでみましたが、それでもあの果実を加工することは出来ませんでしたよ。出来るのは直に齧るだけ……皮を剥くことすら、出来なかったんです」

 

 言いながらケビンは携えていたバックから深紅の果実を一つ取り出す──言わずもがなのエリクサーである。

 

「もしあなたの取り扱うお菓子がエリクサーを使っているのだとしたら、いったいどのように加工を施しているのかと興味が湧いたんです」

 

 次いでポケットナイフも一振り取り出すと、語りながらケビンはエリクサーに刃を立てる。しかし──どんなに角度を変えても、はたまた終いには切っ先をそこに突き立てようとしても、ナイフはひたすらにその表面で滑るばかりで一向にエリクサーを傷付けることは叶わなかった。

 

「……見せてはいただけないでしょうか?」

 

 しばしの奮闘の末、ケビンはため息と共にエリクサーを手渡す。

 それを受け取り、テティもまた手の中の果実とナイフとを交互に見た。

 

──加工できない、だって?

 

 考えたことも無かった。

 ここで商売をするにあたり、このマンションで獲れる果物を材料にすることは当然の発想であったし、事実それを加工することは苦も無く出来たのだ。

 

──ならば、なぜ私にはそれが出来る? それとも、私が『エリクサー』だと思い込んでいたものは、全く別の果実だったのだろうか?

 

 もはやテティには何が真実か分からない……しかし体は、果実を手にした瞬間にはもう反射的に動いていた。

 左手で果実をしかと握りしめ、ナイフのわき腹に親指を押し付けては歯の角度を調整すると、テティは引き剥がすかのよう縦方向に果実の皮をむいた。

 

 濡れたように輝く赤い果皮は──そう成ることが当然のようにするりと剥けた。

 

「ッ──なんと……!」

『ハハハ……中身出た!』

 

 目の前の光景に見入るケビンと、そして頭にミニパイの敷き紙を張り付けたオオカワウソは揃って息を飲んだ。

 

 その後もテティは何に窮することもなくエリクサーを剥き上げては、さらに掌の中で二つに割り、それぞれをケビンとオオカワウソに渡した。

 

 受け取ったエリクサーを嬉々として食べるオオカワウソとは対照的に、ケビンは未だに驚愕のまま手の中のそれを見つめた。

 そして再び顔を上げたそこには、

 

「ッ……素晴らしい! あなたもまた、このマンションに『選ばれて』導かれた人だ!」

 

 興奮もしきりに目を輝かせたケビンはそう伝えてくるのだった。

 

「私が、『選ばれた』のですか?」

「はい。まだ俺自身も確証は持てていませんが、このマンションには何らかの役割というか──もっと大げさに言うなら、『使命』を受けて来訪された方々が何人かいます」

 

 そう言われたところで、テティにはどう応えることも出来ない。

 ここを再起の場所に選んだのは自分自身であるし、そもそもがこのマンションの存在すらそれまでは知らなかったのだ。

 

 もし外の世界で、成功とまでは言わずとも従来通りに就職できていたのならばおそらくは一生涯、このマンションを訪れることは無かったであろう。

 

 そう思いつくままに返すテティにもしかし、ケビンは緩やかに首を振った。

 

「あなたが外での就職に恵まれなかったこと……いえ、そもそもはあなたがこの世界に生を受けたこと自体が、既にこのマンションへと組み込まれる事象(こと)の一部だったとしたら?」

 

 そんなケビンのジョークとも本気ともつかない言葉に、ついにはテティも何も言えなくなってしまった。

 それこそは一連のケビンの言動に呆れているからではない。

 

 超規格外の肉体を持つ自分、外世界の枠に嵌れなかった自分、そして今は加工不可能と言われた果実を苦も無く変形させた自分──むしろ、ケビンの発言を受け入れるに値する心当たりは、今日までのテティ自身が幾度となく感じていたことだった。

 

 しばしの沈黙の後、

 

「──ならば私は、どうしたら良いのでしょう?」

 

 テティは尋ねる。

 

「深く考える必要は無いかと思います。……こう言っては無責任ですが、もしかしたら俺の言う『選ばれた』の仮説も的外れである可能性はあります。ただそれでも──」『ハハハ、食わないんならくれ』

「それでも?」

「それでも、このマンションに自分が必要とされ呼ばれた──と信じるのならば、胸を張っていいと思います」

 

 張り詰めていた緊張の糸がほつれ、この日ケビンは初めて笑顔をテティに見せた。

 

「あなたのその能力──エリクサーの加工にのみ留まらず、これだけの素晴らしいお菓子を作れる才能は万人に誇れるものだと思います。少なくとも俺は、あなたに敬意を表しますよ」

 

 言いながらケビンは立ち上がる。

 

「もしよろしければ、あなたのお店の場所を教えてはいただけないでしょうか?」

『行くのか?』

「今日の無礼を詫びる代わりと、そして今後もあなたとマンションの関係性を調査させてもらう見返りに──これからは定期的に、この果実をあなたの元へ届けることを約束します」

「なんですって……ッ?」

 

 ケビンからの申し出は願っても無いものであった。

『探索者』を自称する身とはいえ、本職はパティシエであるところのテティにとっては、かの『祭壇』』へ果実を取りに行くことは実にリスクの高い行為であったからだ。

 そんな思わぬ仕入れ先の確保に、テティは万感の想いを込めてケビンの手を取った。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

「えぇ。今度は、お店の方にお伺いしますよ」

『ハハハ、甘いの買いに行くぞ。ハハ』

 

 やがてはケビン達も立ち去り、スペースには本当にテティだけが残される。

 頭の中では、先のケビンの話が反復していた。

 

「私は『選ばれた』……か」

 

 成功の内に終了したバザールの高揚感も手伝ってか、呟くとその実感はなおさらに不思議な感動として体を駆け巡った。

同時に思い出すのは、今日ここに至るまでに味わった辛酸の数々……しかしながらそれも、『ティラノ・ティラン』という生を彩る為のスパイスなのだとしたら、この人生は何と素晴らしいものなのかと思えた。

 

「いや、ここで終わりじゃない……まだ私の人生は完成してないんだ。ならば、より良く生きなければ」

 

 想いは言葉となって漏れては自分自身を励まし、そして祝福した。

 

 バザールが終わったら今夜はハカウソのラーメン屋へ行こう──

おそらくは他の仲間達も集まっていることだろう。ならばぜひ今日の出来事と、新たに気付けた自分の人生について語らいたい。

 

 立ち上がり大きく背伸びをするテティ。

 人生で初めて、強く大きく自分を広げられたような気がした。

 

 

 

 

【 続 】

 

 

 



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【 5月のバザール・ギンコ 】

 
参加型企画による個人別のSSとなります。

本SSは『ブレイクフリー(ID:276867)』さんのキャラクターである、
『 ギンコ 』の設定を元に執筆させて戴きました。

『5月バザール参加者』https://syosetu.org/novel/216576/14.html
と併せてお読みになると、より楽しめると思います。

 


  

 

 その時の詳細は、意識して思い出すことは叶わない──

 しかし日常のふとした瞬間に、白昼夢の如くに脳裏へそれが回想される瞬間がギンコにはあった。

 

 何の前置きも無く、それは始まる──

 

 場所は何処か研究所だ。

 薄暗がりの中、様々な計器やモニターの青白い光に照らされた男女達──一様に白衣へ袖を通した姿から、その光景はさながら幽霊達の集会のようにも見えた。

 

 しかしながらそこに垣間見える研究員達の表情はそのどれもが鬼気迫る──あるいは焦燥に駆られていて、その光景にギンコは此処こそが地獄なのではないかとさえ思った。

 

 各々が互いに怒号を交わし合っていた。

 ある者は尋常ならざる手の動きでキーボードを叩き、またある者は通信機や携帯電話の類を肩と頬の間に挟んではこれまた独立型の端末機を忙しなく操作して、部屋と外部との入退室を繰り返している。

 

 通常ではあり得ないほどの時間と情報とを凝縮したその空間はやがて、深淵なる時空の牢へと化しては件の罪深き男女達を永遠の名のもとに閉じ込めることとなる。

 

 その瞬間、全てが光の中に消えた。やがて目覚めると──ギンコは今バザールの只中に居た。

 

 

『──やはり、記憶は完全ではないのね』

 

 思わぬフラッシュバックに呟いては後ろ頭を掻く。

 

 超大型サンドスター加速器のエネルギー暴発による事故──それこそがこの世界に自分を飛ばしてしまった原因であった。

 

 事故の理由はひどく簡単なものである。

 加速器の中、超電導加速においてサンドスタービームを加速する際に発生する原子エネルギーが、制御の予想を上回り臨界を引き起こしたのであった。

 

 従来の純ニオブを用いた低速イオンや亜元子粒子によるエネルギーの暴発であれば、被害は3㎞四方の敷地を消失させる極めて小規模なビックバンの再現か、はたまたマイクロブラックホールの出現『程度』で済むはずだった。

 

 しかしながらこの時、加速器内にて超電導加速をされていたものはサンドスターであり──結果としてそれの暴発は、極めて深刻な『時空』の破壊を果たしたのである。

 

 とはいえ、それら済んでしまったことへの追想はもはや詮無いことである。

 嘆いたからと言ってあの悲劇が無かったことにはならないし、後悔に苛まれるほどの役割を自分が担っていたとも思えない。

 

 そもそもこれが自分の記憶であるのかも定かではないのだ。

 

 フレンズである自分があの研究所において何らかの役割を果たしていたとは考えづらい。ならば『自分』とは何者かと掘り下げた時──ギンコは己のことを何ひとつ思い出せなかった。

 

 そしてそれはこの世界において、ギンコが何一つ持っていないということも意味した。

 

 類まれなる知識と知能などは、彼女の価値観に照らし合わせるのならば何の用も、そして意味も成さない。

 それらはたとえ失ってしまったとしても、この世界において再び学び得られる類のものであったからだ。

 

 そんな空手の自分だからこそ、執念や意思といったメンタル的な部分は日を増すごとに強くなった。

 そして斯様なギンコがこの世界における目標──さらには生きるための活力としたものこそが元の世界への帰還と、そして恩人達への恩返しであった。

 

 ここで言う恩人とは二種類ある。

 

 一つは言わずもがな、このマンションの住人達だ。

当時の右も左もわからなかったギンコへ住居の提供を始め、この世界の生き方や常識を教えてくれた仲間達には感謝をしてもし尽せない。

 いつか元世界への帰還方法が分かっても、そんな仲間達への恩返しに納得がいくまでは帰るまいと決めていた。 

 

 そしてもう一人──ギンコにはどうしても礼を言わねばならない相手が居る。

 

 それはヒトではなくフレンズであった。

 しかしどの動物のフレンズであったかは分からない。

 

 この世界へと顕現するひとつ前、ギンコは『じごくちほー』なる別次元へと放り込まれた。

 転生させられたばかりでまだ前後不覚であったギンコを、そのフレンズは実に親身になって救ってくれた。

 最後にもそのフレンズは己の半身を代償にそこからの生還を果たすわけだが、その際においても彼女は自分を見捨てずに連れ帰ってくれた。

 

 あの救済が無ければ自分は生きて今日の陽を拝むことは叶わなかったであろうし、あるいは無限とも思えるあの次元の中を今もなおさ迷い歩いていたのやもしれぬ。

 まさに恩人だ。

 

しかし困ったことに、ギンコにはその時のフレンズを探し出す手段を何一つとして持ってはいなかった。

 先に述べた酩酊に近い状態の邂逅であったが故、彼女の見た目も、「そしてどのような会話を交わしたのかすらもギンコは覚えていない。

 

 ただ一つ、そのフレンズの声だけは憶えていた。

 それは今も脳裏に焼き付いている。否、忘れてしまわうことが無いよう、あの時の記憶は常に思い出せる限り脳内で繰り返している。

 

 共にじごくちほーを抜けたことを考えるに、彼女もまたこの世界に居るはずなのだ。そしてその可能性が一番高い場所こそが、このマンションであると当たりも付けていた。

 

 エスキモーの格言に、『狼を待つには、居そうな場所に行くのではなく、居た場所に行け』という言葉がある。

 それはギンコの人探しにおいても通じることだ。

 

 おそらくは彼の人もギンコ同様に、帰還してすぐはこのマンションに辿り着いたはずである。ならば、この場所に留まり続けながら彼女を探すことこそがもっとも合理的な行動であるとギンコは心得た。

 

 そして今日のバザールこそは、まさにその恩人を探し出すのに絶好の場であるのだ。

 

──マンションの住人はもとより、このイベントには内外から人が集まる。だとしたら、あのフレンズがここに居る可能性は格段に高まる。

 

 今日こそは──と、決意を固める。

 しばしししてギンコは、

 

『ボス、店番をお願い。この新アイテムをフィリアに届けてくるわ』

 

 回想がてら手の中でいじり続けていた『温度感知機能付き赤外線スコープ』の調整を終えると、やおらギンコは自身のスペースから立ち上がった。

 

『わかったよ ギンコ いつ 戻ってくるんだい?』

「戻る……か」

 

 ボスの何気ない問いかけに、つい先ほどまで過去の自分顧みていたギンコはそれに皮肉を感じたような気がして思わず口元に笑みを漏らした。

 

「戻れる時になったら、いつでも──よ」

 

 そしてそう言い残しては歩き出し、バザールの人混みへギンコは身を投じる。

 

 濁流のようなうねりに晒される感触を、何故かギンコは懐かしく感じた。

 

 

 

【 続 】

 

 

 



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【 5月のバザール・アーサー 】

参加型企画による個人別のSSとなります。

本SSは『ぶわくち(312856)』さんのキャラクターである、
『 アーサー・ロバート・グッドウィン 』の設定を元に執筆させて戴きました。

『5月バザール参加者』https://syosetu.org/novel/216576/14.html
と併せてお読みになると、より楽しめると思います。

 


  

 

「さぁ、コーヒー! コーヒーだよぉ、ヒヒ! コーヒー飲んでいかないかぁい!」

 

 アーサー・ロバート・グッドウィンはバザールが好きだ。

 もっともマンションの住人ならば皆一様にそうではあるのだろうが、ことアーサーがこのイベントを好む理由は他にある。

 

 バザールにおいては、皆がアーサーを狂人として見ないからだ。

 

 そもそも多種多様なヒトやフレンズが集まるこのバザール自体、多少の変わり者などはその混沌と化した雰囲気に飲まれて常人とみなされてしまう。

 かといってアーサーなどは、その『多少』の中に収まりきれる狂人ではないのだが、それでもバザールや参加者達はアーサーを受け入れるのだ。

 

 祭り独特の空気に浮かされた参加者達は、平素日頃では触れることを危ぶんでしまうような物をどさくさ紛れの好奇心から触れようとし、そしてその好奇が向かう先はヒトもまた然りなのである。

 

 バザール開催中においてはむしろ、アーサーが奇行に走れば走るほどに周囲はそれに興味を持ち、そして接触を図ろうとするのだ。

 

 そう言った経緯から、今もアーサーの出店する『ストレスコーヒー屋さん』は大盛況を博していた。

 

 背負うコーヒーサーバーから提供されるアーサーのコーヒーは、常にそのクオリティが保たれている訳ではない。

 そのつどで豆の種類も変われば、味わいですらもが一定ではなかった。

 どんな通でも唸らせる極上の一杯の時もあれば、可もなく不可もないインスタントと一口で分かるようなものに至るまで、アーサーのコーヒーは千変万化、常に変わり続ける。

 

 その理由こそは背のコーヒーサーバーに他ならない。

 

 無限に供給されることに加え、条件によっては味すらも変えるこのサーバーは、言うまでも無くこのマンションの『怪異』の一部である。

 否──これこそは、アーサーも含めての『怪異』だ。

 

『こんにちはアーサー。問題なくやってる?』

「おおお~、ギンコぉ! よく来たね! コーヒー飲んでって! コーヒー! ヒヒ!」

 

 たまたま通りかかったスペースにアーサーを見つけたギンギツネのフレンズ・ギンコは、いつにも増してハイテンションに給仕する彼へ声を掛けた。

 アーサーもまたそんなギンコからの声掛けが嬉しかったようで、もはや返答を待つまでも無くカップとソーサを手渡してはコーヒーを注ぐ。

 

『さて、今のあなたはどんな感じかしら……』

 

 一口すすり、舌先で転がした後に吟味して嚥下するとギンコは小さくため息をつく。

 悪くはない。それなりではある。──ということは、今のこの状況はさしてストレスでは無いということもまた分かり、ギンコもそのことにも安堵のため息をついた。

 

 かくいうアーサーのコーヒーとは、それを淹れるアーサー個人のストレスがその味に大きく影響をする仕組みであった。

 

 アーサーが感じるストレスが強いほどに、サーバーから提供されるコーヒーはその深みと味わいを増す。

 具体例だと今朝方、探索から帰還した直後に飲んだコーヒーが特別に美味だったことがそうだ。

 重力鳥と一晩中をかけて繰り広げた追いかけっこはさぞ肉体的・精神的にも負担であったことだろう。

 それを知るからこそ、アーサーの帰還を聞いた朝の仲間達は彼のコーヒーを所望したのだ。

 

 しかしながら、

 

──その楽し気な顔の下で、あなたは今も戦っているのね……。

 

 アーサーを見守るギンコなどは時折りそのことが、どうしようもなく哀れに思えてしまうことがある。

 

 ギンコは彼がこうなってしまう前の、『アーサー・ロバート・グッドウィン』を知る者の一人である。

 マンションを訪れた当時の彼は攻略勢でもなければ探索者でもなかった。

 恋人と一緒に、純粋にこのマンションへ住居を構えようと越してきた一般人であったのだ。

 

 礼儀正しく、それでもどこかイタズラっぽい性格の部分もあり、生来の彼が持つ人懐こさも手伝って、そんなアーサーの人間性は誰からも愛された。

 ギンコに至っては、自分の転生後すぐに彼が越して来たということもあってか、このアーサーを後輩の様に思い面倒を見たものであった。

 

 しかしそんな蜜月も長くは続かなかった。

 

 ある時アーサーは恋人とともにマンションの怪異に巻き込まれた。

 数日間の捜索の末、正気を失ったアーサと、そして複製階での復活すら望めないほどに変わり果てた姿となった恋人を発見したのは、皮肉にもギンコその人である。

 

 以来、アーサーはご存じの通りである。

 それからというもの、アーサーは自ら進んでマンションの探索に乗り出すようになった。

 その姿は狂人特有の不合理な行動のようにも見えたが、在りし日の彼を知る仲間達は、そんな彼の行為があの日無くしたものの全てを取り戻そうと躍起になっているように見えて心を痛ませずにはいられなかった。

 

 しかし運命というものは皮肉なもので、狂人と化してからのアーサーは徐々に探索者としての才能を開花させていくこととなる。

 動物的な直感により行われる探索と危機回避能力は、どんな装置やフレンズの勘にも負けなかった。

 

 事実、その安否を案じて同行した仲間達が逆に彼に助けられたり、はたまた長年探して止まなかったアイテムや階の発見をすんなりアーサーが嗅ぎつけてしまったなどということも一度や二度ではない。

 いつしか彼は庇護の対象でなく、頼るべきパートナーとして求められるようになった。

 

 そしてそんな彼と誰よりも多くマンションに潜っているのがギンコである。

 

「バザールは楽しんでる!? ギンコ! ヒヒッ!」

『まあそれなりにね。これからフィリアのところに商品を渡しに行くところよ』

「ヒッヒヒヒ、そいつはいい! ついでにもしどこかでアイツも見つけたら、戻ってくるように言っておいてよ! なかなか帰ってこないんだ」

 

 何気ないアーサーの言葉にギンコも息を飲む。──今しがた彼が口走ったその人こそが、このマンションで死んだ恋人のものであった。

 あの日を境に大きく変わってしまったアーサー……しかしその中身は何も変わらないアーサー。彼の時間はすべてあの時で止まっている。

 

 その昔ギンコはこの世界へ顕現する直前に『じごくちほー』なる世界を彷徨い歩いたことがある。

 その時、そんな世界においてギンコを導いてくれたのは『じごくボス』なる怪異へと変わり果てたラッキービーストであった。

 

 その見た目も異様であるのならば、意味不明の言動を繰り返す成れ果ての姿ではあったが、それでも彼は『迷い人を案内する』といった使命を忘れることはなった。

 日々、精神(AI)を侵食しつつある怪異と戦いながらも己の指名を果たし、そしてついにはギンコをじごくちほーより生還させてくれた。

 

 今のアーサーはまさにじごくボスと同じだ。変わり果てた姿と心の内では、今もあの日と変わらないまま恋人とそして失った平穏な生活を探し続けている。

 だからこそアーサーは救い出す価値があるのだと思った。そしてそれはけっして不可能なことではないとギンコも確信している。

 

 なぜならば、あの日じごくちほーで自分を助けてくれたラッキービーストこそが、今日の自分の相棒である『ボス』であるからだ。

 

 ともにあの次元を抜けてこの世界へ辿り着いた時、ボスは本来の姿を取り戻した。

 ならばアーサーもまたそうなれる可能性が十分にある。あわよくば失った恋人ですら再生できるのかもしれない。

 そしてギンコはそれに協力してやろうと思っていた。

 それこそはじごくちほーから自分を救いだしてくれたボスと、そしてあの『恩人』と同じように。

 

 

 しばしアーサーと会話を交わし、貰ったコーヒーも飲み終わろうかとしたその時だった。

 

『あー、ギンコだ』

 

 ふいに声を掛けられて一同は振り返る。

 視線の先には、

 

『ギンコもバザールに来てたんだね』」

 

 小走りに走り寄ってくるギンギツネのフレンズが見えた。

 彼女もまたこのマンションで知り合った友人の一人だ。

 

 ギンコにおいては共に『ギンギツネ』ということからも話が合い仲良くなった。

 加えてギンコは、『老化と退行の階』で見た目の年齢を10歳ほど進めた大人の容姿とあって、なおさらにギンギツネは羨望のまなざしを注いでいるようである。

 時にその感情は暑苦しいほどの親しみとなって抱きつく等の強気なボディランゲージにも現れるが、頼られ好きな姉御肌であるところのギンコはまんざら悪い気もしない。

 

 しかしながら今日は間が悪かった……二人のこの場にアーサーまで居たのである。

  

『今日は一人なの、ギンギツネ?』

『ううん。キタキツネと一緒に回ってたんだけど人混みではぐれちゃって……。ずいぶん歩いたんだけど見つからないんだ。もう疲れたよぉ』

「なんだいお姉ちゃん!? 疲れてるのかい!?」

 

 自己紹介も無しにアーサーは二人の会話に割って入る。

 そして有無も言わさずに、

 

「だったらこれを飲むといい! この僕特性のコーヒーサプリだよ! 元気になるよ! ヒヒ!」

『わあ、ありがとー』

 

 何やら怪しげなカプセル錠剤を渡すアーサーと、なんの疑いも持たずにそれを口に含んでしまうギンギツネ。

 

「ち、ちょっとアーサー! それって昨日の晩にわたしが飲んだ──……」

 

 思わぬ展開にギンコもそれを止めようとするがしかし──時すでに遅し。ギンギツネは受け取ったそれを嚥下してしまった。

 次の瞬間、

 

『……ん? あれ? なんか体が熱い……あれ? あれれ? なにこれッ? ワクワクする! 元気が湧いてくる!』

 

 ギンギツネの表情が一変する。

 声高に吠え猛るや、傍らにいたギンコの腕を取った。

 

『ねえ、ギンコさん! 一緒に回ろッ? お店回ろ! もうどこでもいいよ! 二人で行こう! ね!』

『ちょ、ちょっと……ねぇ、アーサー! どうにかしてよ!』

「ヒヒ! 5時間は元気だよ! 頑張ってね! ヒヒヒ!」

 

 すっかり熱しあがったギンギツネと、困惑するギンコと、そして笑うアーサー──三者三様に感情の温度差が違うその様は信号機の点灯を見つめているような感がある。

 

 そして半ば強引に手を引かれ、ギンコがスペースを離れんとしたその間際、

 

 

「好きな人が居る時はね、出来るだけ一緒にいた方がいいよ」

 

 

 瞬間、掛けられたアーサーの言葉にギンコは息を飲む。

 

 今まさに人混みに飲まれんとするその隙間に垣間見えたアーサーは──笑っていた。

遥か昔に見た平穏であった頃と変わらない穏やかな笑顔で。

 

「アーサー! あなた──……」

 

 しかし次の瞬間には流れる人混みに飲み込まれ、アーサーとギンコの視界は遮られる。

 

 時折りギンコは考えるのだ。

 本当にアーサーは狂っているのだろうか、と。

 

 もしあの日の怪異に対する癒えぬ傷と、そして彼女を守ることの出来なかった自分とに強い怒りを抱くがあまり、あえて修羅の道を歩んでいるのだとしたら……。

 

「ならば、みんなで突破しましょう。けっして一人なんかにしないから」

 

 

 感慨深げに語り掛けるギンコは、それでもアーサーの消えた人波から目を離すことが出来なかった。

 

 

 今日もバザールは様々な人々の混沌を飲み込んで回る。

数多の喜びと、そして僅かの悲しみを苦みにした人種の坩堝は──アーサーの淹れるコーヒーの様に思えた。

 

 

 

【 続 】

 

 

  



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【 5月のバザール・フィリア 】

  

参加型企画による個人別のSSとなります。

本SSは『白ピンク(ID:286600)』さんのキャラクターである、
『 フィリア・ホワイト 』の設定を元に執筆させて戴きました。

『5月バザール参加者』https://syosetu.org/novel/216576/14.html
と併せてお読みになると、より楽しめると思います。

  


  

 

『好き』と『上手い』は似て非なるものだ──その点でフィリア・ホワイトは昔から『上手い』女であった。

 

 幼少の砌に受けた習い事は皆、卒なくこなしたし、学業においても常に成績は上位をキープした。

 長じてからもその器用さが買われ、さらに目鼻立ち良く機転が利くとあってフィリアは、国の誉れも高き諜報機関のエージェントとして大成するに至る。

 

 その後も彼女が成した任務は数知れず、それにより多大な貢献をフィリアは国に齎せた。

 やがてその名は内外に知れ渡るほどとなり、ついにはその集大成ともいうべき任務にフィリアは遣わされる。

 

 それこそは日本における某マンションの調査及び探索──

 

『怪異』なるその超常現象は、歴としてそこに存在していた。

 噂や、自然現象の多角的な解釈などという眉唾なものではなく、そこに存在しうる『第三者の精神を蝕む無意識』や『一つ目の大海獣』、『蘇生した死者を複製する装置』などは、紛うかたなき現実のものとしてそこに存在していた。

 

 しかしそれを聞かされても、その時のフィリアの心が動くことは無かった。

 

 創作めいたそれら事象を侮蔑したわけでもなければ、額面通りに受け取って慄いたわけでもない。

 フィリアには、どんな任務にも大差がないのだ。

 

 相手が仮想敵国の参謀長官であろうと、日本のマンションの地下駐車場に巣食う一つ目の大烏賊であろうとも、命ぜられれば任務をこなす──フィリアにとってはそれだけのことである。

 

すなわちそれは機械だ。

任務に対し感情が生じない。それもそのはずで、彼女は『失敗』をしない。ただ『上手く』あろうとし、事実成功する。

 遊び飽きたゲームのような任務と人生に、いつしかフィリアの感情は死んでいった。

 

 心底フィリアは、何事かを『好き』になったことは無かった。

 

 

そんな彼女の人生初の挫折──否、人生の転機はこのマンションにおける一番最初の任務で起きた。

 

失敗した。命からがら逃げ伸びた。

 

その事実を目の当たりにしフィリアは考えた。客観的に原因を分析するうちに恐ろしくなり、ついで慚愧の念に駆られた。

再度の挑戦を決意しては準備を整え、そして再戦の果て──フィリアの任務は成功した。

 

今まで失敗知らずであったフィリアのこの成功体験は得も言えぬ充実感と快感を齎し、そして同時に恐怖も含めたこのマンションでの任務を心から『楽しい』と気付けた時──フィリアはハマった。

以来フィリアは生活の場もまたこのマンションに移し、日々の任務に明け暮れる充実した毎日を送っている。

 

今回のバザールなどはその最たるものだった。

 

 フィリアには今現在、任務とは別に個人的な興味から解明を目指している怪異がある。

 それこそがこのバザールである。

 

 そもそもこのイベントは1階のエントランスホールで行われているはずだが、日頃のそこはといえば数メートル四方が精々の面積である。

 それが今はどうであろう──現在、自分が居るスペースから望む会場の遠景の中に行き止まりの端が見えない。その規模たるや毎年大きさを増しているように思えてならなかった。

 

「少し歩いてこようかしら? ギンコも来そうにないしね」

 

 やがては出店の為に借りた自分のスペースに留まっていられなくなりフィリアはバザールへと繰り出す。

 

 まず最初に向かおうと決めていたのはテティのスイーツ店だ。

 時間は午前11時半──朝食を抜いていることから空腹を覚えていたフィリアはまず、彼のスイーツ店でミニパイでもつまもうかと軽い気持ちで訪れた。

 が、しかし──

 

「ミニパイ6個、お持ち帰りのお客様―! お待たせしました! 続いてアイスのお客様はどちらですか!? ──あ、すいません! タルト、出来てます! 5月〇日までの賞味期限となっております! シールを貼っておきますのでご確認ください!」

 

 テティのスペースは既に詰めかける客達で飽和状態となっていた。

 その中央で、おそらくは人生で初になるであろう客入りを体験しているテティにはこちらの来訪に気付く様子すらない。

 

「あ~……! ついにこの店も知られたかぁ。……これからは買いづらくなるわねぇ」

 

 友人の盛況ぶりを素直に喜べないのは今後、彼の作るスイーツを気軽に楽しめなくなるが故だ。

 おそらく今日の客達は、今後もテティのスイーツが忘れらず足繁くに彼の店へ通うこととなるだろう。そうなると、テティ一人が作る数の限られた菓子などは今後自分に回らなくなってくる可能性が出てくる。

 

「いえ、間違いなくそうなるわね。──しょうがない。ラーメンでも行こうかしら」

 

 去り際、心の中でテティにエールを一つ送りフィリアは次なる目的地──ハカウソのスペースへと足を向ける。

 

 歩きながら、もしかしたら彼女のスペースにおいてもラーメンにありつけないのではないかと一抹の不安を抱くフィリアの目に、件のハカウソのスペースが入った。

 調理場を兼ねた屋台カウンターと、さらには4人掛けのテーブルがふたつのスペース──想像通りにそこもまた盛況した様子で、席からあぶれた客達が周辺の壁に背を預けたり、はたまたしゃがみこんではハカウソのラーメンを愉しんでいる。

 

──あら~……立ち食いはつらいわね……

 

 その様子に暗澹とするも、まさにフィリアを待ち受けていたが如くに屋台カウンターの客が席を立つ。

 それを見定めるや、らしくも無く駆け出しては入れ替わりに座り込むフィリア。

 普段には無い自分の、あまりのその大人げなさに我ながら笑いがこみ上げるが──コレもまたバザールの面白い所だ。普段では気付けない自分の発見がある。

 

「こんにちは、忙しそうね。大丈夫かしら?」

『キャハハ、フィリアさぁん、いらっしゃぁい! 問題無いよ。何食べたい?』

 

 席に着くと同時に、テーブルから空のどんぶりを下げるハカウソと目が合い、二人は示し合わせたかのよう微笑み合う。

 

「じゃあ、チャーシューメンを一ついただこうかしら。それにしてもすごい混みようね!」

『ホントだよ~、バイトが欲しいね。勘定と運ぶのだけでもさあ』

「こういう時、一人って大変よね……」

 

 肩越しに背後を窺えば、此処のラーメンを目的とした客達がさらに集まりつつあった。このタイミングで席に滑り込めたのは本当に幸運だったようだ。

 

 料理を待つ最中、フィリアは働くハカウソを見て過ごす。

 一瞬として立ち止まることなく、流れるよう作業をこなしていくハカウソの姿には、まるで野生動物を観察するような面白さがある。

 両手を使い調理をする従来の動きに加え、怪異と化した半身も尻から伸びる三本の尻尾を駆使させて実に滑らかにハカウソの動きをサポートしている。

 

 ハカウソに憑りついた怪異は彼女を食らうどころか、むしろいかにして彼女をサポートするかに苦心しているように見えた。

 

 こうなると『怪異』というものが分からなくなる。

 ハカウソに纏わりついている『憑依』系の怪異は、生者の肉体に憑りついて侵食し、やがてはそれを自分の一部にしようとする。

 しかしハカウソの怪異は獲り込んだまでは良かったものの、結局は宿主を助けるためにハカウソへ隷属する関係となってしまった。

 

 全てが全てそういう訳ではないのだろうが、そう考えた時、怪異もまたこのマンションの『か弱き存在』であるのかもしれないとフィリアは思い、ふと切なくなってしまうのだった。

 

 と、そんなセンチメンタルを打ち破るように──

 

『はいよ! チャーシューメンおまちぃ!』

 

 目の前に美味の湯気をこれ以上に無く立ち上がらせた珠玉のチャーシューメンが重量感と共に置かれる。

 それに我へ返ると、今しがたまで頭の中を巡っていた様々な考えは微塵も無く振り払われてしまった。

 

「ありがとう♪」

 

 結局のところどんな不幸も幸福も、空腹には勝てない──ならば、いかなる時も食を忘れずにいることこそが、自分らしさを維持する秘訣なのだ。

 自分にとってのそれは『摂取』することであり、ハカウソには『創作と供給』なのであった──と、フィリアは強引に話を纏めて割り箸を割る。

 

『テティさぁんも忙しいのかねぇ?』

 

 ラーメンを差し出した手を下げる傍らにハカウソもふと尋ねる。

 

「あっちもあっちで大変そうよ? 私も今日は諦めたわ」

 

一方でフィリアもまた食べ始めながらに応える。

 しかし会話らしい会話を交わしたのはそれが最後であった。

 魚介出汁をメインにしたスープながら、海産系特有の生臭さなどは微塵も感じられない。むしろ味付けは耳の下が収縮して痺れるほどに濃厚だというのに、後味は何処までも爽やかで一向に食べる者を飽きさせない。

 

 そこに漬されるちぢれ麺──絡まる出汁の旨味、そして噛みしめるほどに感じる玉子と小麦の豊潤な香りと歯ごたえの混然一体に、食する者は忘我の域へと導かれる。

 

 気付けば今日もまた──フィリアはスープの一滴まで残すことなく、ハカウソのラーメンを完食した。

 

──毎回、おつゆは残そうって思うんだけどな……

 

 食後の些細な罪悪感はしかし、すぐに満腹の充実感に取って代わられて消えた。

 

「──……ふぅ、ご馳走様。それじゃ頑張ってね。今夜また会いましょう?」

 

 あまり長居をしては迷惑だろうと思いつつも、夜にまた会えることを約束してフィリアは勘定を済ませる。

 

『はぁいよ♡ ありがとうございましたー!』

 

 一方で釣銭を返すハカウソもまた満面の笑顔でそれを返す。

 そうしてフィリアが席を立つと、つい先ほど自分がそうしたように空席はすぐに何者かが座って埋まる。

 数歩歩いて首だけ振り返らせると、依然として踊るように働くハカウソの姿が遠くに伺えた。

 

 満足感の中に僅かに混じる不思議な罪悪感と寂寥感に後ろ髪を引かれながらも、やがてはそれも振り切り再び前を向くフィリアの視界に、

 

『ギンコさ~ん♡ ギンコさん♡ ギンコさんッ♡ ギンコさぁ~ん♡♡ どこか遊びに行こうよ~』

「だからバザールにいるじゃない! って白衣の下に手を入れない!」

 

 前方から歩いてくるギンコと、そしてその片腕を体全体で抱きしめては股座に挟み込むギンギツネのフレンズの姿が目に入った。

 今にもギンコの頬へ触れんばかりに鼻先を近づけているギンギツネの表情たるや、すっかり上気しては半閉じの瞼も重く蕩けた様子……有り体に言えば『発情』しているであろう様子が如実にうかがえた。

 

「何やってるのあなた達?」

 

 そんな彼女からのアプローチへ必死の抵抗を続けているギンコへとフィリアは呆れた様子で声を掛ける。

 

『わたしはまともよ! おかしくなっちゃってるのはこの子だけ!』

 

 それに対して必死の形相で答えてくるギンコ。

 

『アーサーが変なサプリ飲ませたせいでこんな風になっちゃってるのよ! ──って耳を噛まないの!』

『へへへ~……たーのしー♡』

「それはご愁傷様。それでどうするつもりなの? やっぱりお持ち帰り?」

『バカ言わないで! キタキツネを見つけて彼女に返すわよ。面倒見切れないったらありゃしない……』

『え~? わたし、ギンコでもい~よ~♡』

『わたしが良くないの! ……じゃあそういう訳だから行くわ。もしキタキツネ見つけたら連絡ちょうだい』

 

 ギンコが引き摺っているのか、それともギンギツネに手繰り寄せられているものか、会話もそこそこに二人は人混みの中に消えていく。

 彼女も大変な子守りを押し付けられたものだ──と思いつつ、結局は頼んでいた『温度感知機能付き赤外線スコープ』も受け取れなかったことを思い出してフィリアは鼻を鳴らす。

 

「まあ、今夜『あら家(アラヤ)』に来るでしょうし、その時に色々聞こうかしら。……それにしても」

 

 と、フィリアは思いにふける。

 アーサーの名前が出たことでふと、彼のスペースを訪れてみようかと思い立った。……というよりは単に、食後にコーヒーが飲みたくなっただけではあるのだが。

 

「ともあれ、訪ねてみましょ。まだスペースに居ててくれればいいんだけど……」

 

 先ほどギンコ達が歩いてきた方向へと歩を進めるとやがて、

 

「さぁーさぁー、お立合い! バザール名物の美味しいコーヒーだ! 責任は取れないけど、とにかく元気になれるサプリもあるよぉー! ヒヒッ!」

 

 まだ人垣も開けないその向こうから、アーサーの常軌を逸した声が響いてくる。

 一際、人ごみが過密になっている中を押し分け進んだその先に──取り囲む一般参加勢へ手当たり次第に紙コップを渡してはコーヒーを注いで回るアーサーの姿が見えた。

 

 ようやく前面へと抜けだしたフィリアに対してもアーサーは気付くことなく紙コップを握らせる。そしてその中へ傾けたサーバーからコーヒーを注ごうとした瞬間、

 

「ん? んん~? こりゃ、フィリアじゃないかあ!」

 

 アーサーも気付く。

 

「こんにちは。あなたの店も盛況してるようじゃない」

 

 一方でフィリアも微笑む。

 

「ヒヒヒ! 儲かってなんかいるもんかい! み~んなタダ飲みだよ!」

「お金貰ってるんじゃないの、これ?」

「ボランティア、ボランティア! ヒヒ! しょうがない人達だよ!」

 

 言いながらフィリアのカップにもコーヒーを注いでくれるアーサーもしかし、その充実した様子からはまんざらでもなさそうだ。

 そもそもが自分のコーヒーを誰かに飲ませたいと欲求しているアーサーにとっては、狂人扱いされることなく、純粋に自分のコーヒーを求められる今の瞬間はそれなりに幸せなのかもしれない。

 

「そういえばフレンズの子に変な薬飲ませたんですって? ギンコがぼやいてたわよ」

「薬ぃ? ──あぁ、僕の特性コーヒーサプリ『キリマンジャロ』のことだね! ヒトやフレンズを『自由』にしてくれる素晴らしいサプリだよアレは!」

「自由になれればいいってもんじゃないでしょ。あの二人に本当に何かあったらどうするのよ?」

「いいんじゃないの?」

 

 コーヒーをすすりながら訪ねてくるフィリアに、アーサーもさもあっけらかんとした様子で応える。

 

「あのギンギツネのフレンズはギンコのことが好きなのに素直になれていなかったからね。僕のサプリはその背中を『少し』だけ押してあげるだけだよ。あとはあの子次第だね。ヒヒ!」

 

『少し』の部分を強調してくるアーサーにしかし、フィリアは先のギンギツネを思い出す。

 興奮のあまりに開き切った瞳孔を眼球の中で痙攣させながら『そのこと』にしか考えられなくなっていた様子からは、『少し背を押す』どころか『スペースシャトルに括り付けて宇宙に打ち出す』くらいの認識の違いがあるように思えた。

 

「フィリアも正直に生きた方がいいよ!? それがこのマンションで楽しく過ごすコツさー!」

「そこらへんは釈迦に説法よ、アーサー。言われるまでも無く楽しんでるわ……今日はあなたのコーヒーもあるから、なお最高よ?」

「ヒヒ、ヒヒヒ! 嬉しいこと言ってくれるね、ヒヒ!」

 

 しばしそうして会話を楽しんでいると、客の一人からコーヒーを求められてアーサーも向かう。

 そして再びアーサーは、求める客達に取り囲まれながら給仕に没頭した。

 留まり続けて彼の行為を妨げるのは不粋と察し、フィリアも一歩アーサーのスペースから退く。

 

「今夜ハカウソの店で会いましょう、アーサー」

 

 去り際、聞こえているはものかそれでもフィリアは給仕に勤しむアーサーに一声かけるとスぺースから抜け出すのであった。

 

 しばし歩いて、緩衝帯ともいうべき人混みの途切れた空間を見つけると、フィリアはそこの壁面の一角に背を預け、改めてバザーの様子を見渡した。

 とはいえ、そこからうかがえるものは左右に行き交う人の流ればかりで、各店の営みなどはほとんど伺えない。

 

 それでもそんなバザールの様子を伺いながらコーヒーを飲むこの瞬間に、フィリアはこれ以上にない癒しもまた覚えていた。

 同時にまた、今回のバザールが終わることもまた実感する。

 

──あと、何回楽しめるのかしらね……

 

 ふとそんなことを思った。

 それこそは、いつしか自分がこの場所を去る時のことを考えたものだった。

 それが怪異による身の破滅か、あるいは時期的にここを退かざるを得ない瞬間を迎えてしまうか──それはフィリアにも分からない。

 

 それでもしかし、望むならば前者であっても良いかとフィリアは思う。

 

 このマンションの一部となって未来永劫、ここを訪れるヒトやフレンズ達を見守るという妄想──それを思う時フィリアは自分が既に、このマンションの怪異になってしまったのではないかと思うことがある。

 

 その時にも今のように、意識とも概念ともつかない薄まり切った自我で、ヒトやフレンズの激流の如き営みを傍観しながら幸せを、あるいは憐憫を感じているものなのだろうか?

 もしそうであるのだとしたら、このマンションの一部になることもまた悪くは無いと思えた。

 

「私は、怪異……私は、このマンション………私のお腹の中で、今日もみんなはバザールを愉しんでくれてる」

 

 冗談紛れに呟いてみると、まんざらでもない気分になった。

 

 その後もフィリアは飽くことなく、壁の一角からこのバザールを──愛すべきマンションの住人達を見守り続けるのだった。

 

 

 

【 続 】

  



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【 ハードとソフト 】

 
前企画(5月のバザール)完了前に新しいエピソードを投入してしまうご無礼をお許しください。
 
 


 

 

 降りた時の印象は、何も無いという感想に尽きた。

 新規階そこは十数メートル先に伺える別のエレベーターまでを一本道に結ぶ回廊で、ぱっと見の印象は以前に訪れた『たまに暗い廊下』とまったく同じ造りの様に思えた。

 

 しかしながらこういう階こそ危ない。ましてや一度、そこで死にかけたかもしれない俺である。

 ネズミボトルによる数メートル先の無事も確認し、天井のチェックも入念に済ませると俺達は、なおも注意深くそこへと踏み出した。

 

 とはいえ廻廊の半ばにまで至っても、場には何の変化も現れなかった。

 もはや行先(ゴール)であるエレベーターのドアも間近まで迫り、

 

『ハハハ、何もない。ハズレ!』

「気を抜くな。前の子供に戻る階のこともある……少しでも異変を感じたら引き返すぞ」

 

 つつがなくこの階の探索を終えようかと思われたその時であった。

 

『………──』

 

 異変が現れた。

 

「ん? おい、どうした?」

 

 相棒にである。

 突如として黙りこくるやその場に立ち止まる。遠くを見つめるかのよう宙空の一点を凝視したまま無表情を保つその様子は尋常ではない。

 

「クソ……やはり何かあったか!?」

 

 その異変に気付くや、俺は相棒を抱きよせてはチェックをする。

 確認できる限りに相棒の体を前に背にと確認しては、肉体的な変化が起こり始めてないかを見る。

 肉付きは良くても平坦な前面に、閉じていても股座に隙間の空く小柄な両脚の容姿は変わることの無いいつもの相棒だった。

 

「ということは、精神系か……」

 

 視線を上方に投げ出し、依然として放心したまま鼻先を引くつかせる相棒の姿に、俺も怪異の系統を把握する。

 不幸中の幸いは、行動を共にする俺には一切の異変は起きていないということ。加えてゴールとなるエレベーターまでは残り数メートル。

 このままエレベーター内に駆け込んでしまえば逃げ切れる。あとは相棒の経過を見守りながら、最悪は仮眠室へ向かえば全ての変異はリセットできる。

 

「少しの間ガマンしてくれよ」

 

 すっかり脱力しては弛緩してしまった相棒を肩に担ぎ、撤退の一歩を踏み出したその時であった。

 

『……ハ、ハハ………ハハッ、ハハハ!』

 

 突如として相棒が反応した。

 天に向けていた視線を正面へ落とし、落ち着きなく鼻先を引くつかせては小刻みに周囲の様子を探り始める。

 両肩をいからせて前傾に背を丸めるや、左右の手の平を唇の間でこすり合わせる。

 

「お、おい……どうした?」

 

 言うまでもなくその異様な行動を訝しむ俺に反応し、相棒は体ごとその視線を俺に向けた。

 先ほどとは違い、明らかに俺一点を標的として捉える強い視線──何の感情も感じられないただ見開かれたばかりの瞳には、静かな狂気がそこに湛えられていた。

 

──確実にいつものアイツじゃない……何かに憑依されてるのだとしたら、このまま襲われる可能性も……!

 

 俺の不安を後ろ押しするかのようじりじりとにじり寄っては迫りくる相棒に、俺も最悪の事態を覚悟する。

 

──肉体的にも、俺じゃこいつには敵わない。飛び掛かられたら一巻の終わりだ……

 

 そしておおよその予想通りに、

 

『──ハハッ!』

 

相棒は瞬発的に地を蹴っては俺に襲い掛かった。

 もはや人間の動体視力を凌駕したそのスピードに、俺は避けることはおろか反応することすらできずに相棒を胸に受け止める。

 

 あとは開かれた相棒の前歯が俺の喉笛を噛み切るかと覚悟するも……その衝撃は来なかった。

 

「ッッ………ん?」

 

 我に返れば相棒は、しきりに俺の右ポケットに鼻先を押し付けてその中にある物を探ろうと必死に前歯を立てている。

 それに気付いて俺もポケットの中身を探れば……そこから出てきたものは携帯食に買ったドライフルーツの小袋。

 こんなものを欲していたのかと訝しんで相棒に渡すと、彼女は必死になって手の平にぶちまけたそれを貪るのであった。

 

 前傾に屈みながら、前歯で咀嚼した食料を限界一杯まで頬の中に詰め込んでいこうとするその姿にはどこか見覚えがあった。

 そしてそれがとある動物の習性であることに気付いた俺は、

 

「──! まさか……!?」

 

即座に相棒の傍らに屈みこんでは彼女のネズミボトルを手に取った。

 そして眉をひそめて覗き込むそこには──

 

『チュ……? チュヂュ!』

 

 俺の視線に気付いて片手を上げるネズミ……俺の予想は見事に的中することとなった。

 それこそは、

 

「精神が……入れ替わってる?」

 

 相棒とネズミ──この二つの精神が怪異によって交換されてしまったという事実だった。

 いま相棒の中に入っている精神はネズミボトルの中で飼われていた『ネズミ』であり、そして一方のボトルの中のネズミには『相棒』の精神が入っている。

 

「怪異の見極めは出来た……なのだとしたら、これ以上ここに留まり続けるのも危険だな」

 

 まずは撤退をして体勢を立て直そうと、俺は引き摺るように相棒を連れ出してはエレベーターまでの帰路を急ぐ。

 しかしながら今後は一体どう対処したものか──歩みながら頭を抱えた。

 これは仮眠室で元に戻るものであるのかどうか、その思案に暮れたのだ。

 

 肉体的な変化に関しては物質である以上、ある程度の修復は利く。しなしながら『心』はどうなのであろう?

 あの仮眠室の機能が『肉体』に限定されたものだとしたら、そこでの再生を経ても相棒は元には戻らないことになる。

 

「もしかしたら……今までの探索で一番ヤバい状況なのかもしれないな」

 

 今後のあらゆる展開を思い浮かべては深くため息をつく俺ではあったが、その変化は存外として突如に現れた。

 

『…………』

 

 忙しなく行動していた相棒の動きが、帰路を辿るうちに沈静し始めた。

 俺に引きずられていた歩行も自立して行えるようになり、茫然と前方を見つめる視線は変わらないが、その眼の色には知的生物の持つ穏やかさが戻っている。

 しばしして、

 

『……ハハ? どこ、ここ?』

 

 言葉を発した。

 その回復に驚いては俺も歩みを止める。

 

「戻ったのか……? お、おい。大丈夫か?」

『大丈夫ぅ? アタシ、なんかあった?』

 

 互いの受け答えこそちぐはぐではあるが、会話と意思疎通が行えている点を考えるならばこれは喜ばしいことだ。

 同時にボトルの中のネズミが気になって確認をすれば、そこには忙しく首を振って透壁を前足で掻く『従来通りのネズミ』が居て、俺は全てが元に戻ったのだと安堵した。

 

「とはいえ、長居は出来ないな。──とりあえず撤退するぞ」

『んあー……クラクラする。ゆっくり行って……』

 

 足早にエレベーターまでの残りを急ぐと、俺達は火事場から逃げ出すかのような忙しなさで箱に飛び込みドアを閉じた。

 そうして自宅である居住階へのボタン操作をしながら、ふと俺はある『仮説』に至る。

 それこそは──

 

──相棒は、本当に『元に戻った』んだろうか……?

 

 チラリと傍らを見下ろせば、依然として彼女はダルそうな様子で首を回している。

 

 あの瞬間に入れ替わったのは『精神』だけであって、物理的な『脳』ではない。

 脳(データ)が肉体に留まっている以上、他所から潜入した精神などはいずれ、『元の脳』に准じたものに修正されるのではないだろうか?

 

 なのだとしたら精神とは──『心』とは何だろう? 

 

 もはや禅問答に近いにその考えにやがては思考も堂々めぐりとなり……俺は考えることを止めた。

 同時に俺は相棒の腰元からボトルを取り外すと、その中に閉じ込められていたネズミを摘み上げて手の平に乗せる。

 

『どうした? ネズミなんか出して?』

「コイツだけど……このネズミはボトルに使わずに家で飼おう」

『ハハ? なぜ?』

「何故って……もしかしたら、お前だったのかもしれないし」

『お前? アタシのこと? なぜネズミが?』

「う~ん……はは、なぜだろうなぁ?」

 

 当然の如くに尋ねてくる相棒に、俺もどう応えたらいいものやら考えあぐね笑ってしまった。

 

 そうして掌の上の小さな生き物を俺達は見つめる。

 何も分からないといった体のネズミの仕草はしかし、この世の全てを悟っているかのようにも見えた。

 

 

 

 

【 終 】

 




企画のエピソードも早く上げられるように努力します。
今しばらくお待ちください。
 


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【 繁殖場 】


某所のメリーあきさんより、挿絵をいただきました。
作中の【挿絵表示】 をクリックして表示されます。

本当にありがとございましたー♪





 エレベーターのドアが開くと──眼前に広がったものは水の光景だった。

 その眺めはさながら『水中』といってもいい。水族館の水槽さながらにドアとの境界で水が分断され、その透明な断面を俺達の目の前に晒しているのだ。

 

 このマンション特有の場というか力の影響により、水がエレベーター内へ侵入してくる様子は無い。

 俺達はここから、エレベーターの先の青き世界を眺望した。

 

 見渡すその世界は何処までも広く、そして眩くも澄み渡っていた。

 その中を泳ぐ数匹の魚影を確認するにまさに水族館だ。初夏の蒸し暑さも手伝ってか、そこのもたらす清涼感にしばし俺達は時を忘れて見入る。

 しばしして、

 

『なぁ、入れるんじゃないかココ?』

 

 突如として相棒がそんなことを言う。

 語り掛けながらもその視線は水中廻廊の中一点に注がれており、その眼は素早く動き続ける魚の動きを目で追っていた。

 フレンズとしての狩猟本能がそうさせるのか、彼女は先ほどから魚の存在が気になって仕様がないようである。

 

 しかしながらと俺は再び目の前の回廊に目を戻す。

 目の前のそれは見た通りの状況である。

 怪異以前に水中へなど入ってはいけない。呼吸が続かないからだ。

 そう、思った通りに伝える俺に対し──

 

『ハハハ、行ってみる。ヤバかったらすぐに引いてくれ』

 

 いつの間にやら腰元へロープを巻き付けると、その一端を同じくに俺の体へと巻き付ける相棒。

 当然ながら俺も制止するが、もはや完全に興奮状態へ陥っているオオカワウソにその言葉は遠い。

 やがては飛び込むようにして──彼女は目の前の水面へと身を投じた。

 

 まるでそこだけ重力が反転しているのかのよう、彼女の潜水に合わせ、水平方向直角に水しぶきが上がる。

 しかしながら見守る水中廻廊の中、相棒はエレベーター内の重力と同じように直立した。

 最初の頃は未踏破の階に警戒をしている風でもあったが、周囲に危険となる仕掛けや怪異が無いと判断するや、徐々に彼女の動きは活発さを増していった。

 

 地を蹴り飛翔するかのようにして水中へと舞い上がる。

 身を細く流線形に保ち、大きく背を反らせては水中で弧を描く相棒の姿には、野生動物が持ち得る生物としての美しさがあった。

 

 ──と、その姿に見惚れていた俺ではあったが、相棒がここに潜ってから既に数分が立っていることにも気付く。

 元より水棲のフレンズゆえに潜水時間には自信があるのだろうが、いかんせん興奮状態の時の相棒は我を見失いがちだ。

 一度戻ってくるよう手元のロープを手繰ると、一・二度引いてやっては帰還を促す。

 

 それを受け、水中を泳ぎ続けていた相棒もあからさまに不満の表情をこちらに向けるや、しぶしぶといった体で戻ってくる。

 再び大きく水しぶきを上げてエレベーター内に戻って来るや、相棒はその中で大きく身をふるっては髪の飛沫を散らした。

 

「大丈夫か? 苦しくは無いのか? ずいぶん潜ってたぞ」

『んー……大丈夫。っていうか、たぶんお前も平気だ』

 

 声を掛ける俺を横目にペットボトルの飲料を一息に煽るや、大きく息をついてから相棒は俺の手を取った。

 そして、

 

『今度は一緒に行こう!』

 

 思わぬ提案をする。

 当然のことながら困惑した。

 

 今の水中廻廊は確かに興味深い場所ではある。

 知的好奇心はもとより、純粋にこの澄んだ水に入ってみたいという気持ちも確かにはあるが……それにしたって現実問題の方が俺には大きい。

 所詮はヒトであるところの俺にとって、この中での滞在時間など一分にも満たないものであろう。その一時の為に装備を濡らすデメリットに俺は入水を躊躇したのだ。

 

 しかしながら相棒は強気だった。

 

『いーから来いって! ぜったいにたのしーから♪』

 

 ついには両手を引かれ水面へ引き摺り込まれそうになり俺も覚悟を決める。

 何事も経験か──と割り切り、背にしていた荷物を下ろしエレベータードアの隙間にくさびを挟み込んでは、コレが動き出してしまわないように固定する。

 

「最初に言っておくけど、俺はお前ほど息が持たないからな? ヤバくなったらすぐに戻してくれよ」

『ハハハ、大丈夫だいじょうぶ! きゆー、きゆー♪』

 

 どこで覚えたものか「杞憂」などと言いながら、俺の手を取った相棒は水面へと歩み進んでいく。

 やがては彼女が完全に水の壁の中へと沈んでいき、俺の手もその中へと入る。

 水の冷たさにその一瞬体がこわばったが、徐々に水中へ進んでいくと──やがては俺も全身を水中廻廊の中へと投じた。

 

 頬を膨らませ、これ以上になく腹筋を固くしては水中で身をこわばらせる。

 やがてその息は三〇秒も持たずに限界へと達し、息継ぎに来た道を戻ろうとしたその時だった。

 

 相棒が──強く俺の手を引いた。

 

 その行動に俺自身も目を丸くする。

 呼吸が続かないことはあちらとて分かっているはずだ。

 このままでは窒息してしまうことを身振り手振りで伝えるも、俺とは対称的に落ち着き払った相棒は、口角を大きく吊り上げてはニヤニヤと俺の慌てふためく様を見守るばかり。

 

【挿絵表示】

 

 やがては限界に達し、いよいよ以て俺の肉体は本能的に息継ぎをしようと肺を痙攣させる。

 

──なにを考えてる!? このままでは本当に死ぬぞ……もしや、すでに怪異が相棒の精神を侵食してしまっていたか……!?

 

 取り留めなく考えながらもがいていると、やがては耐え切れず肺の中の空気を吐き出してしまう。そして次なる反射として、肺は呼吸器から水を吸い上げた。

 体液とは浸透圧の違う水による鼻腔の鋭い痛みと、喉や肺を圧迫される苦しみを覚悟した次の瞬間──

 

『ハハハハ、大丈夫だってば♪』

 

 水中に、澄んだ相棒の声が響いた。

 同時に……吸い込んだ水は、まるで地上の酸素と同じように抵抗もなく肺へ充満しては正常な呼吸を俺にさせた。

 

「……? あ、あれ……?」

『な、大丈夫だろ? ここ、息できるんだ』

 

 再びの相棒の声に、俺も彼女の方を向く。

 さぞ間の抜けた顔をしてたことだろう。それを見てさらに相棒は得意げに続けた。

 

『この水、息が出来るみたい。さっき潜った時に二秒で気付いた。普通の水と違うからな』

「そういうものなのか……俺には違いが分からないよ」

 

 改めて自分を取り巻く水の感触を確かめる。

 言われる通り呼吸は出来ているようだがそれ以外はやはり、自分のよく知る水と変わらないように感じられた。

 この中における軽減された重力や、一方で体にかかる抵抗や負荷も、プールや風呂に浸かった時のものと似ているように思える。

 しかしながら──

 

「……たしかに悪くないなコレ」

『だろぉー? ハハハハ!』

 

 何にも増して、この澄んだ美しい世界の中を満喫できるという充実感は何物にも代えがたい体験だった。

 

 それからのしばしを、俺達は水中廻廊の探索に費やした。

 とはいえ今の無重力の中を相棒と一緒に泳いだり、はたまた潜水法を教えてもらうなどといった時間の過ごし方はもはや、探索というよりは余暇に近い。

 事実俺達はこの一時を満喫していた。

 

 同時にこの空間に俺たち以外の生物もまたいることを確認する。

 それこそがここへの入水前、エレベーター内からも確認できていた魚達だ。

 

『ハハ、「ぼっこ」だなコレ』

 

 ここで言う『ぼっこ』とは、このマンションに生息する特有の魚である。

 淡水魚のそれはニジマスに似た斑模様を背負った魚で、癖のない肉質は鮭に似た味わいを持っている。

 マンションにおいては地下駐車場の一角にある水たまりで釣れることから入手がたやすく、釣り上げたこれを販(ひさ)いでは生計を立てている者すらいる。

 

「だとするとこの場所はあの地下駐車場に繋がってるんだろうか?」

『かもな。ハハ、ここに来ればもうぼっこには困らないぞ。儲けた!』

 

 眼前を横切るぼっこを捕まえてはポケットに詰める相棒をよそに、俺の思考は何故にこの「ぼっこ」がここへ集結しているのかをつい考えてしまう。

『生息域なのだから』といわれればそれまでだろうが、餌らしい植物も見当たらないこの一か所にこうまで魚たちが集まっていることには何か理由があるような気もしたのだ。

 とはいえしかし、それが解明されるにはまだ少しの時間を要しそうだ。

 これに関しては今後の研究案件とし、水中散策へ復帰しようとしたその時であった。

 

 ふと胸元に苦しさを覚えた。

 

 しかしながらそれは、臓器不全による内面的なものではない。もっと表面的な窮屈さだ。

 さながらサイズの合っていないシャツを着こんでいる時のような違和感にふと胸元を見下ろした俺は──我が身へ起きているその変化に戦慄を覚えた。

 

 首筋から下の胸元は胸部周辺の肉がむくみ上がり、シャツの襟元から膨張した肌を溢れ出させていた。

 その初見に戸惑うも暫ししてそれが、自身の乳房が凝縮されているのだと気付く。

 慌てふためくあまり詰襟のボタンを解き、その下の肌着を下からまくり上げて全面を解放するとそこには──たわわに実った両乳房が水中に浮き上がった。

 

「なッ……なんだぁ!?」

 

 驚愕のあまり思わず叫ぶ。

 その声に反応して相棒も振り向くや、

 

『おぉ! オッパイ!』

 

 一方で相棒は大きく目を輝かせた。

 すぐさま俺のそばにつけるや、その乳房を両掌ですくい上げては揉みしだく相棒。

 

『ハハハ! いーなぁ、ボインボインだ! どうしたコレ!?』

「どうもこうも分からんよ……気付いたらこんなのが付いてて……」

『……ん? お前、顔の形も少し変わってるぞ。ヒゲ取れてる』

 

 会話するべくに目を合わせた相棒はそう告げては小首をかしげた。

 その報告にさらに俺の不整脈は強くなる。

 

 腰元のバックパックを探ると、そこに収納していた折り畳みの手鏡を取り出す。

 本来は通路の死角を確認したり、はたまた救助を求める際にはこれへ光を反射させる目的で持ち歩いていたものだが、まさか自身の容貌を確認するために使用するとは思いもしなかった。

 

 恐る恐る覗き込むそこには──『女』がいた。

 セミロングの緩くウェーブがかった金髪と青い瞳の面相はどことなく母に似ている……そしてそれこそは、今の変質した自分の顔であることもまた自覚できた。

 突如として膨張した乳房と無精ひげが抜け落ちて唇の厚くなった面相……おそらくは生殖器にもこの変化は現れていることだろう。

 

 以上を踏まえるに今の俺は──性転換が成されていることが分かった。

 

 となると更なる疑問が生まれる。

 それを確認すべく、未だに俺の乳房を揉み続けていた相棒を引き剥がし自分の前に立たせた。

 

『な、なんだ?』

 

 訝しがる相棒を頭からつま先まで観察する。

 元より中性的な見た目の相棒には、傍目から確認できるような肉体の変化は見られなかった。

 がしかし──数刻前の相棒とは確実に違う『決定的なその変異』を見つけ、俺は深くため息をつくのだった。

 

 相棒の下半身、前面の股間一点が盛り上がっている──言わずもがな、勃起していた。

 

 さすがに服を脱がしてまで確認することは気が引けて、装備越しにその先端をさすったり握ったりで確認する。

 

『あ、あぁッ!? なにコレぇ? むず痒い……ッ!』

 

 薄布一枚越しに形を確認するそこには、触り慣れた男性生殖器の特徴がありありと見て取れた。

 以上を踏まえるに俺達は、この階において『性転換』──いわゆる『トランス・セクシャル』の変化を果たしていたのだ。

 

 そうなると思考は、当然の如くにこの変化が起きた理由へと向かう。

 俺はこの怪異に、他所の階層では見られない違和感を覚えていた。

 

 それこそは、この怪異には他の場所で観られるような作為や悪意が全く感じられなかったことだ。

 たしかに特異な変化ではあるが、むしろ怪異というよりはこれは、仮眠室や複製階のような単なる『装置』の様な印象を覚えた。

 

「ならば……どういう目的がここにはあるって言うんだ?」

『はぁはぁ……もっとさわって……もっとさわれってー♡』

 

 すがりついては体を押し付けてくる相棒を抱いたまま視線を巡らせた俺の視界に、ふと『ぼっこ』の姿が目に移った。

 同時に俺の脳裏には、ある仮説が閃く。

 おそらくは正解と思しき仮説……それこそは、

 

「そうか。ここは、ぼっこ達の『繁殖場』だったんだ」

 

 ある種の魚には、繁殖期に性転換をする種がいる。

 それは様々な環境を生き抜いてきた魚達が、最後の繁殖において雌雄の比率を調整する為に行われる変化であり、そのメカニズムについては解明されていない部分もまだ多く残されている。

 さしずめこのマンションにおいては、この階こそが雌雄の調整をする場であるのだ。

 

「おい、急いで帰るぞ。ここに留まってたら危険だ」

『ふえ……? なにがぁ? それよりもっと触ってぇ………』

 

 相棒に声掛けするも、すっかり腑抜けてしまっている様子からはまともなコミュニケーションが取れるような状態ではなくなっている。

 気が付けば相棒の下一点を握りっぱなしだったことにも気づいた。

 

「後にしろ! もしかしたら、もう取り返しがつかなくなってる可能性だってあるんだ」

『ハハ……くらくらする……』

 

 俺を背負うや、相棒は矢の如きに水中を泳ぎ進んだ。さすがはオオカワウソの面目躍如といったところか。

 瞬く間にエレベーターまで辿り着くと俺達は飛び込むように箱の中へと戻り、再び元に戻った重力にしばし潰されながら大きく息をついた。

 

 支えるよう背後に両腕をついては、斜にした自分の体を見下ろす。

 依然として肌着のTシャツを角ばらせるように凝縮された乳房は元に戻っていない。

 加えてパンツの中においても尻周りの窮屈さは拘束衣さながらだ。

 

「……元に戻れるんだろうか?」

 

 結局はまだ、なんの問題も解決していないことに俺はため息をつく。

 

「帰りに仮眠室に寄っていこう。まずは長く廻廊に居たお前からだな」

 

 そうして帰路に就こうと立ち上がったその時であった。

 突如とし、正面から相棒に抱きつかれた。

 身長差から、相棒は俺の乳房を頭に乗せるような姿勢となる。

 そして俺がその行動の意味を問い質すよりも先に、

 

『帰ろう! 早く帰ろう‼』

 

 顔を上げた相棒は興奮も露わに鼻息を荒くしながらそう告げてくるのだった。

 

「いや……体とかこのままじゃマズいだろ。まずは治してから……」

『ダメ! このまま帰る! はやく帰る! はやく‼』

 

 激しく興奮しているであろう様子は傍からも痛いくらいに伝わってくる。

 最初はなぜにこうなってしまっているのか理解できなかった。……がしかし、相棒がこれに似たテンションになる瞬間を思い出して俺も困惑を覚えずにはいられない。

 

 忘れもしないその瞬間とは、二人の閨事──ということは今、牡の体となった相棒は発情してしまっているということになる。

 ……そしてその相手はよりにもよって俺に、であるのだ。

 

「お前……マジか?」

『ハハハ! マジ! だから早くしろ! オッパイ吸わせろ! ハハハハ!』

 

 よもやこんな結末になるとは思いもしなかった。

 あの『繁殖場』は牡を元気づける効果もあるのかもしれない……そんなことを考えながら、俺自身も困惑と混乱の極みにある自分をどうにか落ち着かせようとする。

 

 やがてはエレベーターのドアを閉じて俺達は帰路につく。

 3日後に体は元に戻ったが──俺達は一足早い夏バテに見舞われて、しばし寝込む羽目となった。

 

 

 

 

【 終 】

 

 

 



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【 ゾンビ階・1 】


前後編の前編となります。




 

 

 しくじった──というよりは、不意を突かれたというべきか。

 袖の下から沸き上がる出血の生暖かさを感じながら俺は思っていた。

 

『──ん? なんだ、お前ケガしたのか? 見せろ!』

 

 瞬く間に右腕の袖を血染めにしてしまった様子に気付くや、傍らの相棒は無遠慮に俺の腕を引き寄せた。

 そこからどうにか俺の袖をめくって傷口を確かめようと躍起になる相棒を、俺も荒い呼吸のまま呆然と見下ろす。

 

 相棒もまた満身創痍だ。

 既に出血は止まっているようだが、彼女の額や横顔には流血の乾いた筋が幾重も残っていた。

 見れば左耳も半分以上が欠けて無くなって、泥のような血塊をどす黒くこびり付かせている。

 さらには先ほどから俺の手当てに手間取る理由は、彼女自身もまた左腕が全く用をなさなくなっているからに他ならない。

 

 長袖(コート)ゆえにケガの全貌は伺えないが、袖口から覗く手の甲はこれまた黒く鬱血しては、水風船の如くに垂れてしまっている。

 おそらくは重度の骨折……一部粉砕もしているかもしれないそのケガの度合いは、彼女の華奢な見た目とも相成って何とも痛々しく俺の目に映るのであった。

 

 何処で如何してこうなったものか──……。

 

 そうだ。始まりはこの階の探索だった。

 朝から潜り始めたそこは、過去に一度探索を済ませている階であった。

 廻廊に怪異らしい怪異はなく、事後処理ともいうべくにそこへ設けられた居室の捜索を二人でしていた時に──俺達は『IT(それ)』と遭遇した。

 

 探索していたのは居住空間と思しき一室。

 玄関をくぐり左の側面に6畳の洋室と和室がひとつずつ、右手には浴室を中心とした洗面スペースにトイレ。突当りまで行くとキッチンを兼ね備えたリビングダイニングが広がるという、俺が借り受けている部屋とまったく同じ造りだった。

 

 他所の空間とはいえ勝手知ったる間取りに警戒を緩めてしまったことは否めない。

 別段注意を払うでもなく、突当りのリビングまで進んだ時にITと遭遇した。

 

 それはワーム状の怪異だった。

 巨大なミミズのバケモノと言えばニュアンスは近いのかもしれない。ただ一点、従来のミミズとの相違点を上げるとすれば、それには骨をも噛み砕くほどの強靭な顎と牙が備わっていたということ。

 

 身の丈も、とぐろを巻いて蹲った状態でもなお直立する俺と変わらないことから、優に全長4~5メートルはくだらないと思われる。

 ヒトの胴回り以上もある節くれだった体躯をなめらかに隆起させながらそれは、俺が自身のテリトリーに入ってくるのを待ち構えていた。

 

 俺達がここを訪れるより前から潜んでいたITは、玄関からの物音に侵入者の存在を確認していたのだろう。一方でそんなものがこの一般的な室内に潜んでいるとは露とも知らず、俺達は一切の警戒もなくそこへ足を踏み入れてしまった。

 

 それでもしかし、不意を突いて襲い掛かったITの攻撃に致命傷を受けなかったのは、奴の地の利をしのぐ天運が俺にあったからに他ならない。

 

 居室の捜索に際し俺は、初見の場所においてはその室内のいちいちを写真に収めて回る。その時もITがいるリビングへと進みながら、なかば惰性でシャッターを切ったのであった。

 その瞬間に生じたフラッシュが目くらましとなり、ITの攻撃が正確さを欠いた。

 本来なら俺の首筋に定めていた狙いは外れ、その強靭な牙は左の前腕に食らいついた。

 

 あまりの唐突さに最初、体を突き抜けたものは痛みではなく衝撃だった。

 瞬間的に体を激しく引かれ、反射的に踏みとどまって前面を見やれば、そこには俺の左腕に食いついているITが居た。

 

「やられた」──と思うのも束の間、即座に俺も反応する。

 腰元に常備している催涙スプレーを取り出すや、ITの鼻先にめがけて吹きつけた。

 

 生物状の怪異に対しては、この反撃こそが最も効果的だ。

 所詮はヒトの細腕で繰り出す攻撃など、怪異にはどんな武器を以てしてもまともなダメージなど通らない。しかし、相手の粘膜を刺激する薬剤などは一切の膂力に頼ることなく、しかも威力は絶大だ。

 

 案の定、粘膜から侵入してくる薬剤に反応してITは咥えていた俺の腕を吐き出す。

 しかしながらスプレーに怯んだのも一瞬のこと、即座にそれは頭部をしならせると、牙ではない前頭を武器にして再度の攻撃を試みた。

 

 振り子よろしくに自重を乗せてスイングされたそれをまともに胸へ受け、俺はリビングの入り口から廊下まで弾き飛ばされる。

 フローリングの床へ激しくもんどりうつ衝撃に気付き、洋室を調べていた相棒もITの存在に気付いた。

 

『ハハハハ! エンカウントか!』

 

 俺とは違い即座に背のバールを引き抜いては臨戦態勢に移行する相棒ではあったが……それでもいかんせん場所が悪い。

 オオカワウソの持つ俊敏なフットワークが生かせない狭所においては、手足を持たぬITの方にこそ地の利がある。

 

 相棒のバールは振りかぶるたびに壁や戸枠に当たっては勢いが殺される。結果、腰の入らぬ相棒の攻撃などは、ただでさえ頑強なITの表皮に弾かれては傷をつけることすらも叶わない。

 形勢は逆転し、ついには防戦一方となる相棒の体は瞬く間にITの牙や、鈍器の如くにしなる尻尾に晒されて血まみれとなっていく。

 

 しかしその一方で俺も動いていた。

 逃げようと思えば逃げられる相棒が簡単にこの場を離脱しないのにはそれなりの理由がある。

 このマンションの一室から出るには正面入り口の扉を開かなければならない。

 しかしながらそこを開錠しようとする時こそが最も無防備になる瞬間であり、目の前のITもそれを狙っていた。

 

 姿形は違えども捕食者であるところの相棒とITは本能でその状況を理解している。

 しかしそれは被食者の俺も然りだ。

 

 彼女が相手の攻撃の矢面に立った瞬間にそれを察し、俺は玄関へとダメージを負った体を引きずる。

 そうしてそこのドアを大きく開け放つや、

 

「撤退だ!」

 

 声の限りに叫んだ。

 

『ハ、ハハハ! 撤退! アタシを受け止めろぉ!』

 

 それを背後から受けた相棒は、依然として正面を見据えたまま俺にそう呼び掛ける。

 そして次の瞬間──ITの尻尾がしなり、一際強く相棒を打ち据えるのに合わせて彼女は僅かに飛び退った。

 左を前に両腕を交差して防御の姿勢を取るや、かのITの強撃を宙空で受け止める。

 

 尻尾の先が相棒の体を捉えた瞬間、なにやら押し潰すような水音の鈍い音がした。そしてその衝撃に捉えられ、相棒は俺のいる玄関まで地と水平になりながら弾き飛ばされてくるのだった。

 

 その様と相棒の判断を、こんな場面でありながら俺は感心せずにはいられない。

 

 撤退においては、殿(しんがり)の生存などはほぼ見込みが無いとされる。

 そもそも己の身を挺して大隊を逃がすことが後備えの本質であり、それを担う者は犠牲になることこそが役割であるのだ。

 この状況においては退路が確保されたからと言って、すんなりと逃げ果(おお)せられるべくもない。

 

 そこで相棒は相手の力を利用することにした。

 矮躯の自分に対し、巨躯で並外れた膂力を持つIT──その攻撃力の衝撃を利用して、相棒は後退した。

 加えてITの体勢も攻撃に移行しているとあっては追撃までに時間を要する。

 

 相手の攻撃を逃走に使うことで一手、さらには追撃までの時間稼ぎにおいても一手──相棒はこの瞬時の逃走において、ITの二手先を行った。

 

 後は俺の踏ん張りである。

 玄関を出た通路で相棒を抱き留めると、一目散にエレベーターまでの退路を駆けた。

 

 先に俺がITの初手を躱せたことも含めて、この日の俺達には運が味方をした。

 

 この階における最初の部屋の調査であったことから、エレベーターは居室を出てから目と鼻の先にあった。

 加えて乗降のボタンを押すやすぐに扉も開く。この時、別階でエレベーターを使う者が居なかったことで幸いにも箱はこの階に残り続けてくれていたのだ。

 

 中へとなだれ込み、なかば殴りつけるようにコントロールパネルを叩いて閉扉させるや、閉じゆく視界の先には今いた居室から雪崩れ出てくるITの姿が見えた。

 そしてこちらに気付いては、放たれる矢の如くに身を翻して突進を試みるも──寸ででドアが閉じ切った。

 僅かに間をおいてドア越しにエレベーターを揺らす衝撃音…………俺達は奇跡に近い生還を果たし、そして今に至っていた。

 

 未だ生還の緊張感から脱し切れずに呆然としていた俺は、突如として左腕に現れた痛みに我へと返った。

 

 我が身を見下ろせば、袖から剥きだされた前腕に相棒が口を付けている。

 見れば俺の腕そこには半円を描くように、等間隔の傷口が出来ていてそれぞれに出血をしていた。言わずもがな、歯跡である。

 その中でも一際傷の深い一つに相棒は唇を吸いつけてくれていた。

 

 口中で篤(とく)と舌を動かしては俺の傷口を洗い消毒を行ってくれる相棒の治療法は、今に始まったことではない。

 大小にかかわらず常日頃から彼女はこうして俺の傷を癒してくれる。

 一方で俺も背のバックパックを下ろすと大ぶりのタオルとガムテープを取り出しては後に備える。

 

 暫し血を吸いだして相棒が口を放すと、即座に俺もそこを覆うようにタオルで覆い、後はガムテープで緊縛した。

 傷の面が大きく、また負傷箇所も多数点在することからこうした治療しか行えないが、それでも止血くらいにはなるだろう。

 ようやく自分の治療が終える。今度は相棒の番だ。

 

「見せてみろ」

 

 エレベーター内の不思議な重力の中、俺も相棒の体を改めて確認した。

 顔を始めとした表皮のあちこちに切り傷が見受けられる。

 中には食いちぎられたような箇所もいくつか見られ、そこからは俺に負けない失血の跡が見て取れた。

 とはいえ運動音痴(マヌケ)の俺と違い、あのギリギリの攻防においても致命傷は避け続けた彼女の傷はそのどれもが浅く、既に出血も止まっているように見えた。

 

 しかしながらただ一点……大きく噛み千切られた左耳からは、今も緩やかに出血が続いていた。

 

 その様に胸が締め付けられる。

 自分よりも遥かに体躯の劣る少女がこうまで身を挺して自分を守ってくれた事実に不甲斐なさや申し訳なさを覚えると同時に──俺は強く感謝と愛しさもまた覚えていた。

 そんな気持ちの表れは無意識に相棒を抱き寄せ、彼女がしてくれたようにかの欠けた耳の傷を包み込むよう口に含んだ。

 

『あ痛ッ! イタタぁ~………ハハハ』

 

 それを受けて相棒も俺に体を預けると、残る右腕で強く抱き返してくれる。

 しばしそうして抱き合いながら、俺は相棒の傷を癒した。ようやく二人、一息つけたような気がした。

 

 しばしそうして過ごしていた俺達ではあったが……

 

『──なあ、これどこに向かってるんだ?』

 

 ふとそのことに気付いて相棒は尋ねてくる。

 一方で尋ねられた俺もまた、所在なげに視線を泳がせてはその先を操作盤へと定めた。

 

 そもそもが特定の階へ向かうように操作した記憶はない。

 ここに転がり込んだ瞬間はといえば、命からがら這う這うの体で逃げ込んだのだ。

 あの時はただエレベーターの扉を閉めることだけで頭がいっぱいだったが、しかしながらエレベーターは閉扉にのみならず稼動してもいた。

 

 行き先不明のエレベーターの重力は、生還の安堵をたちどころに次なる不安へと変える。

 やがては一際重い負荷を俺達へ預けた後、エレベーターは止まった。

 

 そして開かれる新階への扉──その光景を、俺達はおそらく生涯忘れないだろう。

 

 開け放たれるや突風の如くに箱の中へと突き出される無数の掌の光景──紙の如くに青白く脱色された痩せぎすの前腕達──

 それら死者達の掌は、無情にも俺と相棒とを絡め取り……次なる煉獄へ導こうと、己の懐へ掻き抱いてくるのであった。

 

 

 

 

 

【 続 】

 





後編【 ゾンビ階・2 】へ続きます

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【 ゾンビ階・2 】

長らく放置してしまい申し訳ありませんでした。
公言していた『ギャグ』内容にはならなかったので、いつも感じで緩く読んでいただけると嬉しいです。




 

 

 その光景は今までに遭遇したことも無いような……否、ブラウン管越しにおいては幾度となく目撃し、そして体験しているものではあった。

 

 

 エレベーターの扉が開け放たれるや箱の中に雪崩れ混んでくる無数の掌──しかもどれもがひどく欠損していて、所々に尺骨が露出、あるいは穿たれた傷口から肉の断面を覗かせたそれらは、明らかに『死者』のものであった。

 

 そう……この光景こそはまさに、

 

『は、ハハハー!? ゾンビ!? ゾンビだこれ‼』

 

 期せずして俺と相棒の思考が重なった。

 

 しかしながら衝撃の理由は、そんなゾンビの襲来だけではない。

よりにもよってこの箱に詰め掛けてきている者達というのがまた……

 

『は~は~は~……お~きゃ~くぅ~……』

『に~く~……!』

 

 華奢な小柄の体躯に、黒の毛皮を持つフレンズ達──目の前に迫るゾンビ達は皆、『オオカワウソ』達の成れの果てであった。

 

 何故に大量のゾンビがこの階に集中しているのかは元より、何故にそれが皆オオカワウソであるのかを脳が処理しきれずに、俺達は迫りくる脅威に対してもただ立ち尽くすばかりであった。

 

 そして瞬く間に伸びてきた手の平に胸元をワシ掴まれるや我に返る。

 瞬間的に相棒を背後に隠し、庇うように俺は間に立つと全てのゾンビ達の掌握を一手に引き受ける形となった。

 

 この逆境に対しどうしたのかと思考を巡らせたのも束の間、脛に鋭い痛みが走った。

 見下ろせば地を這ってきていたオオカワゾンビの一匹が俺の足にかじりついている。

 

 すぐに足を引きそれを振り払う。見る間にスラックスの裾へ放射状に血が滲んでいく光景に俺は蒼ざめた。

 傷自体は深くは無い。その表皮の数ミリ下を例の牙が僅かに穿いただけだ。しかしながら俺の脳裏には、そんな傷の大小ではないとある深刻な懸念が生れていた。

 

 さらには矢継ぎ早に俺へと群がるオオカワゾンビ達……

 

「ッ!?  ぐうぅ……ッ‼」

 

 ついには後方から押し掛けるゾンビ達でエレベーターの内部は飽和状態となり、密接していた数人の牙が俺の肩口や胸元に突き立てられた。

 こうなってしまってはもはや振り払うことも叶わず、俺はゾンビ達のエサとなるべく、生きたままに齧られ続ける。

 

『は、離れろぉ! 離れろコイツら‼』

 

 そんな俺の背後では相棒がいつになく深刻な様子で前面のゾンビ達に向かい声を張り上げる。

 どうやらまだ相棒にはゾンビ達の手は及んでいないようだ。

 

 一方で俺は自分が既にあらゆる面でもう救いがないことを悟り、後は自分の最後の仕事を果たすべくに全身へ力をみなぎらせる。

 

「お、おい! 俺の背中にしっかりくっついてろよ! ここから出るぞ‼」

『ハ、ハハ!? わ、分かった!』

 

 もはや齧られることも意に介さず両腕を前方へ伸ばすと、俺は渾身の力を足元に掛けては、その両手にゾンビ達を抱え前進を始めた。

 

 元より四肢に踏ん張りの利かないゾンビ達は、数こそ揃ってはいても押し戻される力の流れに対し抗すること叶わず、反動からバランスを崩してはバタバタと背後に雪崩れ倒れた。

 俺も最後の力を振り絞り、さらにそのまま前進する。

 倒したゾンビ達を踏み越え、泳ぐように伸ばした両手で人垣をかき分け進むと──俺達は飛び出すようにエレベーターの外へと出た。

 

 後は逃げの一手である。

 

「走るぞ!」

『ハハハ、了解!』

 

 俺達は飛び出した廻廊の周囲確認もそこそこに、ただやみくもに走り続けた。

 

 

 それからどれくらい走ったことだろう──突如として腿に痙攣を起こすや、俺はつんのめるよう派手に転ぶ。

 すぐさま追いついた相棒が俺の肩を担ぎ上げては抱き起し、近くの壁面へと背をもたらせた。

 

『大丈夫か? ……なあ、なんか言え!』

 

 心配のあまり大きくなる相棒の声もしかし、ひどく遠くに聞こえた。

 視界にも赤い霧のような膜が眼球を覆い始めていて、いくら目頭をこすってもそれが鮮明になることは無い。

 意識もまた眠りに落ちる直前の時のように途切れ途切れとなっていた。

 

 おおよその予想通りというか……やはり最悪の事態に陥ってしまったらしい。

 

「はぁはぁ……き、聞け……」

 

 もはや呂律すら怪しくなってきている声の震えを御しながら、俺は意識のあるうちに自分の考えと今後とを相棒に伝えようとする。

 

「ゾンビ映画……知ってるよな? さっきのゾンビ達に、嚙まれて……俺も、そうなりつつあるらしい」

『ハァ? ゾンビぃ? マジか!?』

「このままじゃ……じきに、俺もゾンビだ……お前だけは、逃げろ……」

 

 言いながらポケットを探ると、俺は財布とスマホ、さらには攻略の際に持ち歩くメモ帳とを押し付けるよう相棒に渡す。

 

『おまえはどうすんだ?』

 

 手持無沙汰に俺の遺品となるであろうそれらを胸に抱いたまま、相棒はそんなことを尋ねてくる。

 

「………ここで、ゾンビに、なるんだろう、な」

 

 そしてそれに応えながら俺達は、これが今生の別れとなるであろうことも察していた。

 

『仮眠室』も『複製階』も、その使用には復活あるいは再生させるべき『媒体』が存在しなくては機能しない。

 今ゾンビに成り逝くある俺とあっては、そのどちらに運んでもらうことも到底不可能だ。

 

 ならば相棒だけが今は逃げて、後日俺を迎えにくる方法も取れなくはないが、それもまた成功の可能性は0に近いように思える。

 

まずはそもそものこの階の番号が分からない。

 加えて今も数分以上を走り続けた此処は、俺達が想像する以上に広大なようだ。

 

 救出の準備をしている間にゾンビと化した俺がそんな場所を徘徊すれば、再びエンカウントできる確率などは不可能に近い。そうでなくともこの階には俺以外のゾンビが複数いる。

 

『…………』

 

 いつしか俺を見下ろす相棒の顔からは一切の表情が消えていた。

 どんな状況においても不安な顔を見せないところは何とも相棒らしい。そのことに場違いにもおかしくなって、俺は少し笑った。

 

「げ……げんき、でな………」

 

 そうして別れの挨拶をし、再度相棒に脱出を促そうとしたその時であった。

 

 相棒は胸に抱かえていた俺の小物の全てを落として立ち上がる。

 そのまま走り去るのかと思いきや、相棒は身を前屈(ぜんくつ)させて俺の顔前に鼻先を突き付ける。

 

『……なあ。ゾンビ映画、知ってるよな?』

 

 冒頭に俺が語り掛けたものと同じ問い──その思いもよらぬその問いかけに、戸惑うばかりの俺ははただ相棒を見つめ返す。

 

『ゾンビに感染するのってな、噛まれるだけじゃないんだぞ? ゾンビの汁とか飲んじゃっても感染(うつ)るんだ』

 

 思わぬ発言の意図を問うよりも先に、相棒は俺の腹の上へ互いの体を直交させるよう横向きに座り込む。

 そしてそこから両手を広げ俺の首根を抱き寄せるや──

 

「んッ……んん!?」

『…………』

 

 深く口づけを交わした。

 

 ほとんど体温と感覚が無くなりつつある俺の口中に、侵入してくる舌先の粘膜と暖かさがジワリと広がる。

 

──な、なにをしてる……!? こんなことしたら、お前も……!

 

 キス前に相棒が語り掛けたことの意図を察し慌てふためくも、既にゾンビ化が進んで力の入らなくなった肉体では、そんな相棒を振り払うこともできない。

 

 俺の口中を泳ぐ舌先は、頬の粘膜から唾液をかき集めては自分のものと混ぜ合わせ撹拌し、そうして互いの口中を行き来した体液を相棒は喉を鳴らして飲み下す。

こんな状況だというのに相棒からなされるその行為はまるで、一日の終わりに互いを求め合う『あの行為』を模しているようですらある。

 

 斯様にして、為されるがまま俺は相棒に貪られた。

 滑稽にもゾンビが生者に貪られているのだ。

 

 しばしそうして俺の唇を堪能するや、ようやくに相棒は身を離し再び俺と視線を交わした。

 その顔は先の無表情とは一変し──

 

『ハハハ……これで、いっしょ。もう死んでも離れられない』

 

 嗤っていた。

 いつものあの、下瞼を持ち上げた不敵でイタズラっぽい笑みだ。

 

 そして再び俺の胸板に身を預けては抱きつくとそれ以降、相棒が何かを発することは無かった。

 思惑通りに相棒もまた感染し、俺達は緩やかに生ける屍として再生を果たしていくことだろう。

 

 そんな相棒を胸に抱いたまま、俺は想像する。

 

 永遠に満たされぬ空腹を抱えることとなった二個の肉塊──そんな怪異としていつまでもこの場所の徘徊し続ける自分達の姿を想像しては、

 

──なんて素晴らしいのだろう

 

 まんざらでも無く思えては、俺も相棒を抱き返して眠りにつくのであった。

 

 

 

【 続 】

 

 



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【 ゾンビ階・3[完結] 】

 

 かつて『人間』であったその男は今、緩慢に頭を揺らしながら足元を見ていた。

 

 腐敗から眼筋の緩んだ眼では一点を集中して見つめることが難しく、幾度となく頭の角度を変えては眼球を求めるものへ向くように調整しなければならない。

 

 男は生きる屍であった。

 

 精神的支柱の喪失といった比喩ではなく、鼓動も脳波も、男のあらゆる生体反応は全て停止している。

 それにもかかわらず、この男が生者同然とは言わずともこうして自立歩行し、なおかつ嗜好品を愛でるだけの精神力を残しているのは、この階の怪異によるところが大きかった。

 

 いま男のいる階は、そんな怪異がまかり通る場所だ。

ここで死亡した者、あるいは特定の経路を得て感染した者は、いわゆる『ゾンビ』といった存在に変貌しこの階を徘徊することとなる。

 

 かくいうこの男は生前、『攻略勢』としてマンションを探索していた者だった。

 ゆえにゾンビと成り果てた今もそんな生前の嗜好から、物珍しい物体や現象を発見すると観察せずにはいられなかった。

 

 しばし足元の錆びた機械部品を観察していた男は難儀してしゃがみこむとそれを拾い上げる。

 そうして顔のすぐ前にそれをかざし、さらに入念に観察する男へと、

 

『ハ~ハ~ハ~……な~に~……み~て~る~……?』

 

 何者か第三者の声が掛けられた。

 それに反応し緩慢に振り返れば、傍らには同じくにゾンビ化したフレンズの雌が一匹立っていた。

 

 こちらも男同様にゾンビ化して久しい様子で、右肩に傾いた座りの悪いた首が、喋ったり動いたりするたびに大きく旋回した。

 男もその雌の存在を見止めると改めて向き直り、雌の頭を両手で包んで持ち上げると環椎に嵌め直し、元の首の位置に戻してやる。

 

『ハ~ハ~……も~と~に、もどっ……たぁ~』

 

 首の座りが良くなるや、視界が正常に戻ったことへ笑いを上げるその雌──彼女は元・オオカワウソのフレンズであった存在だ。そして男にとっては、生前にコンビを組んでマンション攻略に当たっていた、謂わば『相棒』である。

 

 図らずもパートナー共々この階でゾンビ化を果たしてしまった訳であるが、生前の良好な関係はゾンビ化した今となっても解消されることはなく、依然として二人は行動を共にしていた。

 

「こ~れ~……なんの~、ぶ~ひ~ん~、だぁ?」

 

 一方で男は先ほど拾った鉄塊を相棒の前にかざす。

 相棒もそれを受け取り視軸の定まらぬ眼球の前で二転三転させては眺めるも、やがてはまったく理解できずに男へと押し返す。

 

『し~ら~な~い~。……そ~れ~よ~り~、も~すぐ~、メ~シ~だぁ~……』

 

 言いながら男の手を取ると、相棒は引きずるように先だって歩き出す。

 

 今ふたりがいる場所は、ゾンビ達の間でも『食堂』として認知される場所であった。

 

 屋内野球場を思わせる広大な敷地内にはすでに何十ものゾンビ達が集まっている。

 そのほとんどはオオカワウソではあるのだが、時折りその中には男のような元・人間やはたまた……

 

『ん~あ~……フェ~ネ~ックぅ~……て~が~と~れ~た~、の~だあ~』

『ありゃ~。またやってしまったねぇ、アライさ~ん』

 

 オオカワウソとは別のフレンズも幾人か見受けられた。

 

 そんなこの階のほとんどのゾンビ達が集う理由は、『食堂』の呼び方からも分かる通り此処が、定期的な『食事』の提供が為される場所であるからに他ならない。

 部屋の天井に近い上部には幾本もの巨大なダクト菅が垂れ下がっており、しばしして部屋全体が重低音を伴い振動し始めたかと思うと次の瞬間──件のダクトからは、大量の土砂を思わせる何かが吐き出され始めた。

 

 床に落ちて飛沫を散らせるそれらは、ミンチ状にされた何者かの血肉であった。

 

 たちどころに鮮血と肉片に満たされる一室はこれ以上になく猟奇的な光景ではあろうが、ことゾンビ達にとっては新鮮な食料を堪能できる極上の『食堂』この上ない。

 男と相棒も肉片の山の一角に陣取ると、今日の食事をありつくのであった。

 

 この場にて定期的に提供される肉片は、そのほとんどがフレンズのものと思われた。

 肉片の中に衣類を思わせる毛皮が混入しているのだが、何故か『オオカワウソ』と思しきものが多く見受けられる。

 

 そしてそれを決定づける事象もまた、すぐ目の前で発生する。

 

 突如として肉塊の一部が蠢いたかと思うと、

 

『……ッう、うぅぅ……ハハ~……?』

 

 今しがた吐き出された血肉の中から新たなオオカワウソのゾンビが起き上がってきた。

 察するに、ほとんどの者がミンチにされる中において、原形を留めたオオカワウソに限ってはこの場にてゾンビに転生を成すというのがこの階の怪異であり役割でもあった。

 

 そうして今また、新たに生まれたオオカワゾンビを眺めながら、

 

──このオオカワ達はどこから送られてくるのだろう……?

 

 漫然と食事を続けながら男は考える。

 すでに腐敗が進んでしまっている脳細胞であっても、斯様な疑問と探究の芽は依然として男の中には芽生え続けていた。

 

──あのダクトはどこに繋がっているんだろう? 大量のオオカワウソが処分……あるいは『製造』される場所なんてどこにあるだろうか?

 

 オオカワウソの大量消費あるいは製造──と思いつき、自分の思考にふとひらめきを感じる男。

 確かに自分は知っている……それを可能とする場所があったことを。

 

しかしながら、

 

「……ん~? お、し~ん~ぞ~……おまえ~、す~き~だ~ろ~?」

『ハハ~……♪ す~き~……♡』

 

 ふと食事の中に「心臓」をみつけ、男はその部位を相棒に与えることで頭がいっぱいになってはすぐに前の思考を忘れてしまう。

 もはや先の疑問を再び思い出せるかどうかも怪しい……尽きぬ探究心とは裏腹に、脳細胞の腐敗と損傷は、男の思惟をとりとめなくさせてしまうのだった。

 

 

 しばし各々が食事を続けるとあれだけ広間に溢れていた肉塊は綺麗に無くなってしまい、場に介していたゾンビ達も三々五々に散っていった。

 

 後は男と相棒だけが残されるばかりとなり、自分達もそこを立ち去ろうとしたその時──男はある者の存在に気付く。

 

 最初それを『ヒト』……あるいは『フレンズ』と認識することが男には出来なかった。

 暗がりの彼方で前傾姿勢に身を屈め、両手を所在なげに垂らしたその姿──頭部に灯る二点の赤い光と相成っては、その者に対しどこか『虫』のイメージを抱いたからだ。

 

 しかしながらよくよく観察するにそれは人型であり、紛れもない何か『フレンズ』であると判明した。

 そこまで分かると更なる興味が男の中に生まれる。

 食事以外の目的でこんな場所にいるそれが何者であるのかと、その正体を探るべくに男は彼の人物へ歩み出していた。

 

『ん~……? ど~こ~い~く~?』

「あ~れ~……だれだ~?」

 

 後について尋ねてくる相棒に男も目指す先の人影を指差す。

 しかしながら男同様の滞在期間しかない相棒がその存在を知るはずもなく、結局は直接確かめる以外に方法はない。

 

 しばし歩き、ついに互いの姿形が鮮明に確認できる距離まで近づいたその時──

 

『……んん、オバケちゃん? 近づいてきた? うん、そう。私に興味持ってるみたい』

 

 そのフレンズもまた、男と相棒の存在に気付いては視線を向けた。

 

 暗黄緑地のパーカー然とした毛皮に濃緑の横縞が幾重にも並んだ毛皮のフレンズは、どこか間延びした声で語り掛けてきた。

 緩慢とした言動ではあるものの、見たところゾンビではないらしい。

 俵型の巨大なデイパックを腰に負い、両の前足はその先端が焼き焦げたかのよう黒く染め上げられている。

 

「あ~……あんた~、だ~れ~だ~?」

 

 多少不安定な印象を受けるものの、意思の疎通が図られそうなその様子に男も話しかける。……が、その半面では言いようもない違和感もまた感じていた。

 それこそは、目の前のフレンズに一切の『食欲』が刺激されないことにあった。

 

 ゾンビに身を窶してからというもの、ここを訪れる生者は種の差別も無く皆『肉』であった。

 事実、生者から感じる生命力には抑えようもない食欲を感じてはいたが、目の前のこのフレンズに限ってはそれが全く起こらないのである。

 そしてそれは相棒も同じらしく、

 

『ハハ~……コイツ~……なんか~、へ~ん~だ~……』

 

 その違和感と、伴って生じる不信感とを隠しもせずに男へと伝えた。

 

「私が変? おかしいの? ふふ、変だって。でも話しかけてくるなんて珍しいオバケちゃんだねぇ」

 

 相棒の言葉に応えたものではあるのだろうが、どうにもこのフレンズとの会話は要領を得ない。

 彼女の話しぶりはそのことごとくが自己完結していて、例えるに存在していない『もう一人の誰か』を想定してそれと会話しているような印象を抱かせた。

 

 とはいえそれをゾンビである自分がとやかく言えた立場ではない。実際のところ、そんな違和感も最初だけで、すぐに男は原初の疑問をかのフレンズへとぶつけていく。

 

「あんた~……な~に~も~の~……だ?」

「私? そういや私ってなんなんだろうね? 分かる? 知らないか~。そうだよね、私が知らないんだから知らないよね」

 

 またしても自分一人で笑いだしているフレンズを前にただ男は納得のいく返答を待つばかり。

 やがて、

 

「私はね、宝さがしとかしてるの。でもこの場所は違くて、ここに集めてあげた可哀相なオバケちゃん達の様子を見に来てるんだ」

 

 以降は、男達の理解も待たずにフレンズは語り出した。

 

「そこのオバケちゃんがね、赤い扉を使っちゃうんだ。それで何人も死ぬ。そうなんだよ、死んじゃうんだ。死ぬのが……殺されるのが分かってて増やすんだから、何を考えてるのか分からない。だからね、せめてこの場所で生まれ変われるように私がダクトを繋げてあげたんだ」

 

 フレンズから語り出されるそれはおそらくこの場所の、しいてはこの階の存在そのものの真相を明かす内容であろうはずだが──いかんせんゾンビと化した男の脳細胞では全てを理解することは叶わない。

 

「オバケちゃんとは友達になれなかった……。当然だ、あんなことを考える存在は危険だ。でも悪気があってやってるんじゃないってことも、なんか分かるんだよ。でももう関わり合いたくない……そもそも『同じ』存在なんて在ってはいけないんだ。それも分かってる、でも放っておけないでしょ?」

 

 語り掛けているのか独り言ちているのか判断に困る話しぶりではあるが、いつしかそんなフレンズの視線は男の背後に控える相棒へと向けられていた。

 

「だからね、同じ存在はこの場所に集めてあげれば少しは救われるんじゃないかなって思ったんだ。でも結局は何の助けにもなっていないかもしれない……この先もこいつらは永遠に増え続けるんだ……同じ年齢のまま、同じ精神状態のまま増え続けるってことは、この状態が永遠に続くってことだ。そうだね怖いよね……でも生み出されちゃったオバケちゃん達に罪はないでしょ? …………」

 

 やがてはフレンズから近づいてきたかと思うと、彼女は相棒と鼻先を触れ合わさん距離にまで顔を近づけた。

 

「現にこの子はもう違うよ? ………。もうあんな怖いことを考えるような子じゃないよ? ……そういう存在なら友達にもなれる、と? そうだよ、もしかしたらこの子みたいな子が赤い扉を使うことを止めてくれるかもしれない」

 

 しばし相棒の顔を覗き込んでいたフレンズは背を反らせて顔を離し、やがては男と相棒に道を譲るよう半身を開いた。

 

「もし、新しいオバケちゃんになってくれるならここから出ていくといいよ」

 

 見渡す闇の彼方に一点、灯るように光が溢れた。

 それがエレベーターから差し込む室内灯の昼光ランプのものであると理解するや、男と相棒は引き寄せられるようにそこへと歩み出す。

 

 そんな二人を見送りながら、件のフレンズは小さく微笑んでは鼻を鳴らす。

 

「ふふ、転ばないように気を付けてね」

 

 やがては辿り着き、エレベーターの中に二人が入るや背後の扉は音も無く閉じた。久しく感じていなかった上昇の重力を二人の両肩に乗せて箱は動き出す。

 

『ハ~ハ~ハ~……ど~こ~い~く~?』

「わからん~……た~ぶ~ん……帰る~……」

 

 もはやあの場所で会ったフレンズはもとより、ゾンビ階の存在すら今の二人には記憶に薄い。

 おそらくは生涯思い出すことも無いだろう。

 ふとそう考えた時、男は一抹の寂しさを覚えたような気がした。

 

 忘れ忘れられは世の常だ。生きている以上、歩き続ける以上は常に何かを追い越しそして置いていかなければならない。

 それでもしかし……願わくばこの次も彼女と共に在られることを、男は見えない何かに深く願う。

 

 そしてエレベーターが止まり、静かに開き始める目の前の扉……男は相棒の手をしかと握りしめるのだった。

 

 

 

 

 

※       ※       ※

 

 

 

 

 

 酷い匂いで目が覚めた。

 

 何事かと思い目を開けると、視界には見慣れたものが飛び込んでくる。

 なんてことは無い板張りの低い天井……二段ベットの底板だ。ということは、俺はまた『仮眠室』で目覚めたということになる。

 

 今回はいったいどんなヘマをやらかしたものか?

 覗き込んできているだろう相棒の顔を探すもしかし、仰臥した状態から見渡すそこに彼女の姿が見当たらない。

 

 この部屋に保存された『自分』は、自分自身に起こされない限り目覚めないはずだ。

 だとしたら何らかの変異をきたした自分には、その傍に必ず相棒が付き添ってくれているはずなのに……あいにくと目の前には誰も居ない。

 

 覚醒を果たしても、しばらくは状況を理解できずに困惑し続ける俺は、ふと懐に何かあることに気付く。

 

 暖をもたらせてくれる柔らかく小さな物体……ふと胸元にかけられていたシーツをめくれば、そこには俺の胸板に横顔を付けて眠りこける相棒の姿があった。

 

「どういうことだ……コイツまで一緒なんて? お、おい、起きろ……」

 

 ますます混乱した。

 ともあれ二人で情報を整理すれば何か思い出せるかもしれないと、俺は相棒を起こす。

 数度の呼びかけと共に体を揺すっていると、やがては相棒もまた緩やかに覚醒を果たした。

 

『ん~……んあ~ぁ。ハァ~……なんか、長く寝たぁ……』

「起きたか。ここが何処だか分かるか?」

 

 尋ねられ、依然寝ぼけ眼のまま俺と周囲とを交互に見渡す相棒も、やがては再びの大あくびと共に頭を振った。

 

『知らな~い。ここ、仮眠室か? なんで二人で寝てる?』

「それを聞きたかったんだがな。……どうやら、二人そろって怪異に巻き込まれたらしいな。そして二人一緒にここを訪れたってところか」

 

 自分なりに状況を把握しようと身を起こした俺であったが──すぐに胸元を掴まれたかと思うと、再び背からベッドに引き戻された。

 言うまでもなく相棒による振る舞いなのではあるが、それを尋ねるよりも先に……

 

『もう少し……もう少し寝てくう~……動きたくな~い……』

 

 訝しげな表情の俺を上目遣いに一瞥すると、相棒は再び俺の胸板に顔を押し付けては寝息を籠らせた。

 すっかり脱力したその様子からはいつもの拙速とした気配は微塵も感じられない。まるでゾンビだ。

 

 とはいえしかし、それは俺もまた同様であることにも気づく。

 言われてみれば、何故だか酷く体が重かった。

 

「害のある場所でもないし……もう少しゆっくりしていくか」

 

 やがては二度寝を決め込み、俺もまた深く細く息をついた。

 そうして再び眠りに落ちようとしたその時、ふとシーツの上に何か小さな物体が落ちていることに気付く。

 

 摘み上げ見てみれば、それは何かの部品を思わせる金属片であった。

 茶褐色にサビの浮いた円型のそれは、ゼンマイにも見えれば歯車の様にも見える。

 次いで鼻先に近づけて匂いを嗅ぐと、生臭い腐敗臭がほのかに感じられ俺は顔をしかめた。

 

「これが、俺達がここに居ることの原因なんだろうか?」

 

 暫し手の中で弄んで観察したが、次第にそれも怠くなってきた。

 あとは目覚めてからもう一度考えようとそれを胸ポケットに押し込み、再び俺も目を閉じる。

 

 手持無沙汰に相棒の頭をかいぐると彼女も強く抱きついた。

 そうして夢現の俺は、眠りに落ちる直前に不思議な光景を思い出す。

 

 それは相棒と二人で、不思議な双子のフレンズと会話をするこれまた不可思議な光景──頭の固い姉は楽天家な妹の言動に振り回されるばかりで、そんな二人のやり取りを俺達は不思議そうに見守っているのだ。

 

 

 そんな夢とも妄想ともつかない光景を、何故かに俺は落ちゆく脳裏へ思い描くのだった。

 

 

 

 

 

【終】

 



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【 人懐こい娘・1 】

[ 2021・3/8 追記 ]

某所のメリーあきさんよりバサラと相棒のイラストを頂きました♪
イメージの助けにどうぞ
可愛い……♡


【挿絵表示】





 

 攻略から帰宅すると、見知らぬ娘が玄関ドアに背を預け眠っていた。

 

「知り合いか?」と尋ねる俺に、相棒は依然として娘を凝視したまま首を左右に振る。

 初見で相棒の交友関係を疑ったのは、この娘の容姿というか雰囲気にそこはかとない「フレンズ感」……さらに具体的には「オオカワウソ感」を覚えたからであった。

 

 髪色は金髪のセミロング──襟足に緩やかな縮毛が見られるが、肩口あたりまでの髪型を見るならば、その形は相棒……オオカワウソの髪型(それ)と酷似していた。

 しかしながら仔細を観察するに、フレンズ最大の特徴である側頭部からの耳介が伸びておらず、また服装もひざ下あたりまでのカーゴパンツにブーツとベストといったいで立ちから、人間の攻略勢であることが確認できた。

 

 とはいえ、そんな容姿からの憶測をたくましくしたところで何の解決にもならない。

 見た目こそはヒトでもこの娘が新たな怪異の一部である可能性だってある。故にどう対処したらいいものか考えあぐねる俺をよそに……

 

『……ハハハ。おい、起きろ』

「あ、おい……!」

 

 娘を観察していた相棒がやおら、何の警戒感も無しに娘へと触れてしまった。

 

 屈みこみ、両肩に手を置いて娘の首が揺れて後頭部をスチールドアにぶつける勢いでその体を揺する相棒はどこか嬉しそうだ。

 しばししてそんな激しい呼び覚ましに……

 

「んう…………ん? あれ?」

 

 娘が覚醒した。

 寝ぼけ眼に周囲を見渡すその緩やかな反応とは裏腹に、俺は緊張を張り巡らせる。しかし娘は相も変わらずに寝ぼけ続け、やがては大きなあくびを一つしたかと思うと、

 

「ん? あなた達……だれ?」

 

 そんなことを聞いてきた。それこそはこっちの台詞だ。

 

 目が開くと娘への印象はまた変わったものとなる。

 二重瞼に加え、全体のアイラインが丸みを帯びた大きな瞳は初見の時よりもずっと幼い印象を抱かせる。事実、歳の頃もまだ10代ではないかと思われた。

 

 唐突な展開に戸惑いを覚えつつも先名乗りに自己紹介をする俺達ではあったが、そんな俺と相棒の名を聞いた瞬間──娘の眼が見開かれた。

 

 まさに目を皿にするとばかりに俺達を凝視するその表情には、まるで初めて世界を確認する赤子のような大仰さがある。

 無表情にも近いそんな驚きのそれを湛えていた娘の表情はしかし、やがては感情と思考が追い付いてくるにつれて弛緩し徐々に解け始める。

 やがて新たにそこへ満ちてきた表情は……

 

「……あ………アハ……アハハハ! アハハハハハ! 嘘、そんなのって! アハハハハハ!」

 

 気がふれたかと疑いたくなるばかりの、爆発するかのごとき笑いであった。

 

「お、おい……」

 

 体を折り曲げ、文字通りに腹を抱えて笑うその尋常ならざる様子に声を掛ける俺を再び確認するや、

 

「噓でしょお? あなた、ケビン? 毛がある! アハハハハハ!」

 

 しまいにはブレイクダンスよろしくに笑い転げるに至ってはもう、俺もただ見守る他ない。

 しかしその中においても、

 

『ハハハ! おかしいか? ハハハハ!』

 

 同じくに見守る相棒だけは動じない。むしろそんな娘の奇行を楽しんでいるような向きすらある。

 しばしそうして笑い転げていた娘ではあったが、ようやくに呼吸を整えると大きくため息をついては再び俺達の前に立った。

 

「取り乱しちゃってごめんなさい。あなた達がその……知り合いにすごく似てたものだから、つい思い出しちゃって」

「知り合い……か。それはともかく君は何者だ? この家の前に居たってことは、俺達に用があるのかい?」

 

 落ち着いたことを見計らい、俺はようやくそのことを尋ねることが出来た。

 一方の娘もまた、今度は友好的に落ち着いた笑みを口元へほころばせると、

 

「ごめんなさい、自己紹介が遅れちゃったね。アタシはバサラ、あなた達と同じこのマンションの攻略勢よ」

 

 その娘・バサラはそう名乗りを上げ、俺の前に右手を差し出すのであった。

 それを前に握手に応えようとする俺を押し分けて前に出たのは、

 

『バサラ? いい名前だな。かっこいい!』

 

 誰でもない相棒だった。

 バサラの右手を両手で包み込むと、後は大きく前後させて彼女の手を裏表から擦ってやる。

 

「うん、アタシもこの名前好き♪ ママの名前に由来してるんだ」

 

 かたやバサラもそんな相棒の振る舞いに動じることも無い。

 一方の俺はそんな二人の、厳密にいうなら相棒の行動に驚きを禁じ得ずにはいられなかった。

 相棒が……フレンズが「握手に応じる」という行動についてだ。

 

 基本的に、相棒に「握手」という挨拶の習慣は無い。

 それこそは野生動物特有の自己防衛と警戒心の顕れであり、右手の一部分とはいえ見ず知らずの他者に身を預けることへの危うさを警戒するからであるのだが──こと今のバサラに対しては、その態度があまりに寛容だった。

 今の行動も「握手」というよりは、バサラに触れたいがゆえ、本能的に差し出される右手に飛びついた感がある。

 

──むしろこの娘は警戒すべきなんじゃないか? こちらの警戒心を解いて侵食してくる部類の怪異なのかもしれない……

 

 そんな思案に暮れていた俺ではあったが、ふと顔を上げるとそこにもう相棒とバサラの姿は無かった。

 どこに消えたものかと視線を巡らせると……

 

『上がれ、上がれ♪』

「おじゃましまーす」

 

 すでに玄関ドアを開け放ち、相棒がバサラを我が家に招き入れているところであった。

 

「お、おい……!」

 

 そのあまりに相棒らしからぬ不用心に呆れる……というよりは強く驚いて俺も後に続く。

 怪異を疑ったその矢先であるというのに、すでに家の中に招き入れてしまうとは。

 

 急ぎ二人の後を追うと、俺はリビングの中央で見上げるように部屋全体を見渡しているバサラに追いついた。

 

「へぇー……二人で暮らしてた時はこんな感じだったんだ……」

 

 まぶしいものでも見つめるような笑みを湛えては部屋部屋を見て回るバサラの表情には、得も言えぬ懐旧然とした色が浮かんでいる。

 慈愛に満ちた眼差しで、両手をついたリビングテーブルを撫でる彼女の姿に、ついには俺も何か言うことが出来なくなっていた。

 

 不思議なことにこの時なぜか俺は……彼女バサラがこの場所に帰ってきてくれたような感覚に囚われていた。

 もはや相棒用同様にこの娘を心から受け入れてしまっている自分に驚きを禁じ得なかったが、同時それは久しく忘れていた心の安寧もまたもたらせてくれているのだった。

 

「まあ……ゆっくりしていくといい。いま、お茶を入れるよ」

「ありがとうパ……ケビン。アタシも手伝うわ」

 

 二人並んで台所に立つ。水道を捻りケトルに水を溜める俺の傍らで、バサラは人数分のティーカップを慣れた手つきで準備する。

 

「バサラはこのマンションに住んでいるのか?」

 

 その手慣れた様子にふとそんな疑問を口にする。

 

「そうよ、生まれた時からね。もう17年になるわ」

「そんなに? じゃあ俺達なんかよりもずっと先輩だな。ご両親もここにいるのかい?」

「……パパはもう、居ないわ。……ママも」

 

 急須に茶葉を入れていたバサラの手が止まった。

 視線をそこに注いだままの表情はどこか固く険しい。

 やがてやおら俺に向き直ったかと思うと、

 

「ケビン、約束して」

 

 突如としてそう言いバサラは俺の手を取った。

 

「この先、独立したエレベーターのコントロールパネルに触れる機会があるかもしれない。だけど、それには触れないで。特に……ソワカは絶対に近づけさせちゃダメ」

 

 言いながらまっすぐに見つめてくる険しい視線には、ともすれば威嚇とすら思わせる迫力があった。

 しかしながらその瞳を介してこちらに注がれているものはけっして敵意などではなく、それはむしろ俺達を心から気遣う愛情であることもまた察することが出来た。

 

「バサラ……君は、何者なんだ?」

 

 そんなすがるようなバサラの視線を受け止めながら、俺は尋ねる。

 そしてそれに対し、彼女もまた思い詰めたように唇を開きかけたその時──

 

『ハハハ! 風呂沸いた! 入ろうバサラ!』

 

 突如として掛けられる相棒の声に俺達は揃って背を伸ばし離れる。

 振り向けば小走りに走ってきた相棒が飛び掛かるようにしてバサラを抱きしめる。

 

『一緒に入ろう! な?』

「お風呂入るの? いいよ♪ それじゃ洗ってあげるね」

 

 一方でバサラの顔からもあの思い詰めた影は消えていた。

 元の天真爛漫な笑顔を咲き綻ばせては彼女もまた相棒に抱きついてくるくると回っている。

 

 そんな二人を前にしかし、俺は思案に暮れる。

 

──バサラは何を伝えようとしてたんだ……? エレベーターのコントロールパネルだって?

 

 そしてその一瞬、俺の脳裏にとある映像が思い出される。

 それこそは過去に『異形』として知られた一匹のフレンズ──はぐれのオオカワウソの姿であった。

 

 かの存在はオオカワウソを専門に付け回す殺し屋で、俺と相棒は苦戦の末にそれの駆逐に成功していた。そんな異形が背に背負っていた物こそが、まさにバサラの話にあった『独立コントロールパネル』それであったのではないか。

 

──それならばもう心配はない。アレはあの時、異形もろともに破壊したからな……ならばもう杞憂なんじゃないか?

 

 そう考えても、なぜか気持ちは晴れなかった。

 俗にいう『嫌な予感』を強く感じてはその一時、気分を暗澹とさせた俺であったがそんな思いもすぐに忘れてしまうこととなる。

 

 ふと腕組みしていた両腕の左右に、何者かの手が掛けられた。

 見れば左に相棒、そして右にバサラである。

 何事かと思い顔を上げれば……──

 

『いっしょに入ろう♡』

 

 二人はそう言って、そっくりの笑顔を向けてくるのだった。

 

「……は、はあ? まさか風呂のこと言ってるのか?」

「そのまさかだよ、ケビン。ほら、早く♪」

『脱げ脱げ! もう脱いじゃえ! ハハハハ♡』

 

 強く左右それぞれの両手を引いてくる二人に引きずられながら俺は風呂場へと誘導される。

 冗談ではないと当然の抗議をする俺にもしかし、二人は有無を言わさずに俺の衣服を剥ぎ取ってしまった。

 

 それに慌て、辛うじて股間をタオルで覆うと、戸惑っている俺をよそにバサラと相棒の二人もまたそれぞれに服と毛皮とを脱ぎ去ってしまうのだった。

 

『いくぞー!』

「おおー!」

 

 かくして三人で風呂に入るも、

 

『もっと! もっと詰めろぉ!』

「い、いたた! どうして全員で入る必要があるッ? このバスタブに3人は無理だ!」

「ソワカ、もうちょっと身を寄せて! ここの隙間に足が入ればギリいける!」

 

 もともと正方形に近い大きさのバランス釜とあっては、俺とソワカの二人であっても狭い……にも拘らず、そこへ3人で無理矢理に入り込もうとする光景は滑稽の一語に尽きた。

 

 その後は交代でバスタブに浸かりながら互いの体を流し合い、そして最後にはもう一度、

 

『詰めろぉー!』

「だから無理だって言ってるだろ!」

「さっきと同じ形になれれば行けるよケビン!」

 

 再度3人同時の入浴にチャレンジして、俺達の壮絶な入浴は終わる。

 ともあれしかし、笑いの絶えない何とも楽しい瞬間でもあった。

 

 その後は簡単な食事を摂り、食後に団らんしているとバサラはそのまま眠ってしまった。

 ソファー上に隣だって座っていた相棒の膝の上に頭を預ける形となったバサラの髪を、相棒は幾度となく撫でては毛づくろいした。

 やがて、

 

『……なあ、こいつも群れに入れよう。3人で暮らそう』

 

 依然としてバサラに視線を落としたまま相棒は唐突にそう言った。

 それを受け俺も表面上は戸惑った風を装うが、その本心では彼女がここに留まってくれることを願っていた。

 

 ついさっき知り合ったばかりの娘だというのに、すでに俺達にはバサラを迎え入れることに対しての違和感や戸惑いというものがまったく無くなっていた。

 それどころか、長らく離れていた誰かがようやく帰ってきてくれたかのような安堵すら覚えているほどだ。

 

「決めるのは彼女本人だが、俺も構わないよ。でも……もしOKされたら、今以上に騒がしくなるな」

『ハハ、ハハハハ! そしてもっと楽しくなる!』

 

 期せずして視線が合うと、俺達は揃って笑っていた。

 いつまでも、この瞬間が続くことを願った。

 

 

 

 

【 続 】

 

 





【 人懐こい娘・2 】https://syosetu.org/novel/216576/27.html
に続きます。




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【 人懐こい娘・2 】

【 人懐こい娘・1 】https://syosetu.org/novel/216576/26.html
からの続きとなります。

そして某所のメリーあきさんによる表紙もどうぞ。
バサラ可愛い!



【挿絵表示】



 

 翌日──バサラは此処を去ると言った。

 今後のことを話し合おうと思った矢先のことである。

 

『やっぱ行くなあ! もうずっとここに居ろ!』

 

 一方で納得できない様子だったのは相棒だった。

 一度は話し合い、今後も定期的に会うことで納得したかのように見えたが……エレベーター前で見送ろうとしたその時、相棒は強くバサラを抱きしめては引き留めようとした。

 それを受け、バサラもまた相棒を抱擁し深くため息をつく。

 

「アタシだってずっとここに居たい……でもね、やらなきゃいけないことがあるの。すごく大切な仕事があるの……それが終わらないと、何も始まらないの……」

 

 別れを惜しんでいたのはバサラとて同じであった。本心では彼女もまたここに残りたいのだ。

 

「でもさ本当に……本当に『もうすぐ』会えるよ。少し形は違っちゃうかもしれないけど、本当にすぐ会えるから。だから安心して、ソワカ」

 

 そんな慰めに相棒が大きく洟をすすると、小さなチャイムと共に背後のエレベータードアが開いた。

 同時に、

 

『こんにちは。何階をご利用ですか?』

 

 解放される箱の中に『エレベーターガール』を見つけ俺は鼻を鳴らした。なんとも珍しい光景だ。

 彼女とは時折りエレベーター利用時に遭遇する。

 見たところフレンズのようではあるが、それがどの種類の動物であるか、あるいは固有名詞があるのかは知れない。

 

『エレベーターガール』の呼び名の通り、利用者の希望する階にエレベーターを操作してくれるのだが最初期はなんともミスが多かった。

 それでも最近はその知識と精度を上げ、利用者の希望する場所へほぼ間違うことなく運んでくれる。

 

『お乗りになられますか?』

 

 依然として相棒と抱き合っているバサラを見てはそう声掛けしてくれるエレベーターガールに、彼女ももう少し待って欲しいと答える。

 やがては相棒とも離れ、ようやく箱の中に乗り込もうとしたその時であった。

 

「…………」

 

 バサラは俺達に背を向けたまま暫し立ち止まった。

 小さくうつむき何か考えているようではあったが、やがて何か決心したのか小さく頷いては再び振り返る。

 

「ケビン、聞いて」

 

 そして俺に対しイタズラっぽい視線を結ぶと、

 

「えっとぉ……『あなた達に子供が生まれてさ、その子が8つになってちょっとしたイタズラで居間の絨毯を燃やしちゃうことがあっても、あまり叱らないで』──じゃあね!」

「ッ? あ、おい──……!」

 

 どこか芝居がかった様子でそんなことを俺に告げると、最後に大輪の笑顔を見せバサラはエレベーターに飛び込んだ。

 

「いってきまーすッ!」

 

 そしてついにドアは閉じ──俺達は本当の別れを果たしたのであった。

 

『……………』

 

 バサラが去ってもなお、俺達はしばしそこを立ち去れずにいた。

 相棒は時折りエレベーターを呼び出しては、すでにエレベーターガールすら居なくなった空の箱を何度も確認してはため息を重ねた。

 

 一日にも満たなかった間の出来事であったはずなのに、俺達の胸に去来した喪失感はそれは大きいものとなった。

 しかしその一方で俺は別れ際のバサラの台詞を思い出していた。

 

 あの台詞は、とある映画のネタバレとなるものであった。

 そしてその映画の内容を改めて心に思い出した時──俺はバサラの正体をようやくに悟るのであった。

 そしてそれを知ることは同時に、大きな希望もまた俺の中に生み出す。

 

「……なあ、ソワカ」

 

 俺はふと相棒を呼ぶ。

 

『んー……?』

 

 それに対し依然としてエレベーターに向き合ったままの相棒は、僅かに尻尾の先を揺らしては気の抜けた返事を返す。

 そんな相棒の背に向かい、

 

「結婚……しないか?」

 

 俺は、そう告げた。

 その言葉に今度は相棒の耳先がピクリと跳ね上がる。

 

「フレンズと人間だ、色々と問題はあるのかもしれない。だけど……だけど俺達、思ってる以上に幸せになれるような気がするんだ」

『…………』

「もちろんそうなれるように俺も精いっぱいの努力をするよ。だから……だからこれからも、ずっと一緒にいて欲しい」

 

 語り掛ける相棒の背中は完全に止まっていた。尻尾はおろか耳に至るまで何の反応もない。

 しかし次の瞬間、突如として尻尾の先の毛並みが総毛立った。

 まるで春草の綿毛のよう膨らんだかと思うと、それは尻尾を駆け上がり尻へ移り、やがては背を駆け抜けては最後に頭から突き抜けて髪型を爆発させた。

 

 やがて舞い上がっていた髪が再びうなじを覆い、元に戻ったかと思われた次の瞬間──やおら振り返るや、相棒は俺の腹に顔を埋めるように抱きついた。

 そして、

 

『ふおぉぉぉおおおおおおぉぉぉ────ッ!』

 

 依然として鼻先を埋めたまま、相棒は声の限りに咆えた。

 呼吸が止まるまで咆えると再び息を吸い込みそしてまた、

 

『ふおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉ──────ッッ‼』

 

 相棒は力の限りに咆えるのであった。

 

 最初その奇行の意味を俺は理解できなかった。

 しかし暫ししてそれが、強い『喜び』を表現するものであることを察し……俺は相棒がこのプロポーズを受けてくれたことを知った。

 

 相棒に応えるよう抱き返してやると、さらにその咆哮と抱きしめてくる圧は力強さを増す。

 それは俺の知らない相棒であった。

 

 これからも俺は色々な相棒の面を知っていくことになるだろう。そしてそれは彼女もまた然りだ。

 互いの中に喜びや失望を見つけながら歳を重ねていくことは、けっして楽ではないだろうが楽しそうに思えた。

 

 願わくば、死が二人を分かつまで共にいられるようにと見えない何かに俺は祈る。

 この上なく幸せな瞬間を今、俺は相棒と共にしていた。

 

 

 

【 終 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エレベーターに乗り込み、完全にドアが閉じて視界が閉ざされるや……バサラは両手で顔を覆い嗚咽を漏らした。

 ふたりに泣く姿だけは見せまいと、この瞬間まで必死に堪えてきたのだ。

 

『あ、あのぉ……』

 

 そんな姿を見かねて、エレベーターガールがおずおずと声を掛ける。

 

『昨日もご利用してくださった方ですよね? もしかして私、間違った階に停めちゃいましたか?』

 

 そんなエレベーターガールからの声にバサラは一息洟をすすると、大きく息をついて気持ちを切り替える。

 

「──ううん、そんなこと無いよ。合ってた。……ただ、ちょっと『時間』が違ってたみたい」

 

 そう答えては苦笑い気にもう一度鼻を鳴らした。

 

「でも、ありがとう。本当に……本当に、素敵な時間を過ごさせてもらっちゃった」

 

 続けてそう笑っては礼を述べるバサラに、エレベーターガールにも安堵の笑顔が咲く。

 

 やがて静かな重力を二人の肩にかけてエレベーターは止まる。

 ドアが開き、箱の中から見通す先は──午前中だというのに暗く淀んだ空気をそこに満たしていた。

 

 しかしながらそんな不穏な中においても、まるで玄関に飛び降りる感覚で身軽に降り立つバサラ。

 そんなバサラの背に向かい、

 

『あの……帰りもまた、お迎えに上がりましょうか?』

 

 エレベーターガールはそう声掛けをする。

 それを受け、足を止めたバサラは依然として背を向けたまま小さく小首をかしげて考えてみせる。

 しかし、

 

「あー……うん、大丈夫。帰りはいいや」

 

 振り返ると、バサラは再度微笑む。

 

「たぶんもう、エレベーター使うことも無いだろうし。きっとここが……アタシの終着点だろうから」

『分かりました。それじゃお気をつけて』

「ありがとう。あなたも元気でね」

 

 別れの挨拶を果たし、スライドしたドアが閉じてエレベーターからの照明が完全に消え失せると──場にはバサラと静寂だけが残された。

 

 バサラもまた小さく鼻を鳴らせて気持ちを切り替えると、身を翻し降り立った階の回廊を進んでいく。

 胸元までの高さの立ち上がり壁と、そこから望める鈍色の淀んだ空の風景──察するにここは居住階の通路と思われた。

 その中を突き進みながら、バサラはふと取り出したスマホに電源を灯す。

 

 手早くアルバムのアプリを立ち上げると指先を繰(く)り、求める画像を表示させようとする。

 人差し指をタクトのように降り続けること数回、やがては望みの一枚を表示させて手を止めた。

 

 そこにあったものは昨晩ケビンとソワカとで撮った三人の写真であった。

 向かってケビンが左、ソワカが右に位置しており、その中央にバサラを挟み込むような構図となっている。

 

「ふふ……♪」

 

 昨晩、食後に撮ろうとバサラが提案したものであった。

 左右の二人が身を寄せ合い、中央のバサラを抱き込むその構図はまるで家族写真のような趣きすらある。

 しばしそれを眺めた後、バサラはもう一度画面をスライドさせる。

 続いて表示された画像も似たような構図であった。

 

 同じくに男女3人による画像であるが、左に禿頭の中年男性が一人、右にはオオカワウソのフレンズが一人、そしてその中央には年端も行かない少女が映っている。

 それら二枚の写真をバサラは幾度となく往復させては見比べた。

 

「ふふ……ふふふふ。本当、変わらないなあ」

 

 呟き、しばしその動きを続けていたバサラではあったが、やがてはスマホの電源を切ると、それをカーゴパンツの尻ポケットへとねじ込む。

 同時に歩みを止め、俯き加減であった視線を上げる。

 

 右手側に居住用のドアが等間隔に並べられた廻廊のその一角──とあるドアの前に、それは居た。

 

 前屈みに背を丸めた小柄の人影……近づくほどに鮮明となるその姿は、頭にガスマスクを装着し、そして単独したエレベーターのコントロールパネルとを背負いこんだ『異形』の姿であった。

 

「ごめんね……今日まで待たせちゃって」

 

 まるで遅刻を詫びるかのよう緩やかに語り掛けるバサラではあるがしかし、同時に肩に背負っていた大バールもまた抜き取っていた。

 そんな前方のバサラを確認し微動だにしない異形にもまた変化が生じる。左手に携えていた杖とも槍ともつかぬ先細りの鉄塊に、焼けるような光が灯る。

 

 夜光虫が飛び交うかの如き淡い光の粉をまき散らすそれがどれだけ恐ろしい武器かをバサラは知っている。そしてそれが残酷なものであればあるほどに、目の前の異形と対峙するバサラの眼には止めどもない涙があふれてくるのだった。

 

「今、終わりにしてあげるからね」

 

 一際強く瞼を閉じて涙を払うとバサラは今、地を蹴り異形へと駆け出す。

 

 

 ここにひとつの物語が終焉した。

 

 

 

 

 

【 完 】

 



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【 Г-1-13-A階 】

(7月18日・●●新聞朝刊2面──)

 

 

■ 都内女子大生が行方不明 ■

 

17日、都内●●大学に通う大学生・平坂冥子さん(ひらさか めいこ・20歳)が行方不明になったとして、家族より港区●●●署へ届け出があった。

冥子さんは行方不明になる直前まで大学にいたことが確認されており、同月の14日から16日未明にかけて消息を絶ったものとみられる。

付近の防犯カメラには大学の周辺を散策する冥子さんの姿が収められており、都内某所のマンションへ入るのを最後に連絡が取れなくなった。

●●●署は、冥子さんが所属するゼミの准教授もまた同じマンションに住んでいることから、重要参考人として起訴する方針を明らかにしている。

 

 

────────────────────────

 

 

 恩師のプライベートに干渉しよう決意したのは、彼の豹変ぶりへ衝撃を受けたに他ならない。

 

 数か月ぶりに会う恩師に対し、冥子は得も言えぬ違和感を覚えてはたじろいだ。

 とはいえそれも、見た目や性格の変化といった話ではない。一見しただけならば、その話しぶりも内面も依然と何ら変わりないように思えた。

 

 しかしながら冥子には、彼がまるで別人のように思えてならなかったのだ。

 

 その感覚を上手く説明することは出来ない。

 しいて言うのならば、まるでカラーコピーされた写真を見つめるかのような違和感。さながらに恩師のガワを被った何者かが恩師を演じているが如き気配に冥子は戦慄したのであった。

 

 加えて彼からは耐え難い異臭もまた感じていた。

 こちらは魚介を思わせる生臭さを伴った獣臭だ。そんな異臭にあってもそれが、何者か雌によって臭い付けされたものであることを冥子は本能で悟り、なおさらに嫌悪した。

 

 そんな偽物であっても、久方ぶりに接してくれる彼の気遣いや態度は最後に別れた時と変わらぬものであった。

 その変わらぬ様子がなおさらに冥子の胸を締め付ける。

 

 かの准教授に対し冥子は恋心を抱いていた。

 それは密やかな想いなどではなく、周囲に対しても自称『准教授のパートナー』を標榜していた冥子であったから、なおさらに彼の変わりようは衝撃であったのだ。

 

 ゆくゆくは押しかけてでも彼の伴侶となり、残りの人生を彼とその研究に捧げる決意をもしていた冥子──そして同時に思い出されるのは今より数か月前、『とあるマンション』のフィールドワークに彼が熱中していたことであった。

 

 かのマンションの何に彼が惹きつけられていたのかは、今となっては分からない。

 

 彼がまだあのマンションに住居を移す前──そこでの研究成果を尋ねる冥子に対し、彼は何とも複雑に表情を曇らせては口噤んだ。

 単にそれは研究を口外したくないというよりは、彼自身があの場所での体験をどう説明したものが考えあぐねているかのように感じられた。

 

 それでも何とか聞き出せた話の断片といえばそれは、いわく『生物を複製する機械』や『他の生物の精神や肉体に干渉してくる集合意識』、さらには『オオカワウソの調査団』といった一向に要領を得ないものであった。

 

 あの時は話半分で聞いていたが、今となっては何故に詳細を問い詰めておかなかったのかと後悔してやまない。

 そして新たな後悔を生み出さない為にも冥子は今、恩師の跡を尾行している。

 

 思えば彼があのマンションに越してからというもの、メールや電話といった一切の通信手段が断たれていた。

 元来マメな性格の彼が意図的に冥子を無視するはずはない……なのだとしたらその真相は、何者かによってそれらが遮断されているということだ。

 

 そうなのだとすると『本物』の恩師はあのマンションに囚われているということにはならないか? あるいは百歩譲って今の恩師が本物だとした場合、彼をそうまで変えてしまった『理由』があのマンションにはあるはずであった。

 

 大学からほどなく歩いた場所にあるそのマンション──彼は冥子に尾行されていることなどは露ほども知らぬ様子でエントランスに入っていく。

 

 すでに夕刻の薄暗がりの中、冥子は素早くマンション入り口にまで走り寄ると、壁の一角に身を沿わせたままそっと内部を見遣る。

 盗み見る視界の先では、ちょうど彼がエレベーターの上昇ボタンを押して箱を呼び戻しているところであった。

 

 ほどなくしてエレベーターが到着し扉が開くと、彼はその中に歩み入り、やがては視界から消えた。

 そのタイミングを見計らい冥子も即座にマンションへ駆け込むがその瞬間──

 

「うッ!?」

 

 屋内へと足を踏み入れた瞬間──得も言えぬ重力を背に感じた気がして冥子は動きを止めた。

 本当に一瞬の出来事であったそれ……おそらくは気のせいであろうがあの瞬間、冥子はエレベーターの中で感じるかのような重力の浮き沈みをその身に覚えていた。

 

「何よコレ……気持ち悪い!」

 

 僅かに生じた恐怖を払拭するよう、ことさらわざとらしく憤慨してみせては冥子もエントランスの中を進んでいく。

 既に扉の閉ざされたエレベーターの前に立つと、冥子の視線は依然として動き続けるエレベーターの階数表示のランプを追った。

 

 見守る中、恩師を乗せたエレベーターは3階で止まったようであった。

 おそらくはそこが住居階であるのだろう。

 あとは同じく3階まで行き、表札を見て回ろうと冥子もまたエレベーターを呼び出した。

 

 ほどなくして到着したエレベーターに入り込み、いざ階数を打ち込もうとコントロールパネルへ指先を伸ばし──冥子は固まった。

 

「な……何なの、コレ?」

 

 指先を宙空に留めたまま操作を躊躇う冥子の前にあったものは、おおよそ従来のエレベーターとはかけ離れた複雑怪奇なコントロールパネルの異様であった。

 

 まずは階数を指定する為であろう番号ボタンの多さに圧倒される。

 9段3列からなる数字だけのそれは『4』だけが存在しない1から19までの2列が設置されており、残る右端の1列はロシア語の綴りに使用されるキリル文字と思しき記号が表示されていた。

 

 そしてそれの特異性は数字ボタンだけに留まらない。

 

 パネルの右上部にはダイヤル式のツマミが3つと、そのすぐ下には16段階の目盛りが刻まれたスライド式のレバーが設置されている。

 さながら航空機のコクピットともつかないその難解なパネルを前に、冥子はすっかり当惑しては苛立ちに人差し指の節を噛む。

 

「先生が乗った直後に戻ってきたんだから、きっと階数ボタン以外はそのままよね?」

 

 しばし考えた末に冥子は左端に並ぶ『3』のボタンを押してエレベーターを閉じた。

 がしかし──

 

「あ、間違えちゃった」

 

 指先が離れると、冥子は『3』ではなく、その隣にある『13』を押してしまっていたことに気付く。

 それに気付き、再度『3』を押し直すもコントロールパネルはそれに反応することも無く──エレベーターは音も無く扉を閉じ、後は『13』の操作に従い上昇を開始した。

 

「あー……まあいっか。次でまた下に降りれば」

 

 ため息まじりに鼻を鳴らし、冥子はエレベーター特有の重力に胃の底を落ち着かせなくさせながら今居る箱の中を見渡す。

 先ほどのコントロールパネルを始め、壁のそこかしこに様々な言語の落書きが見て取れた。

 

 最初はこのマンションの治安の悪さを疑い身構えた冥子ではあったが、それらを読み進むうちにかの落書きがけっして無意味な単語の羅列ではないことを知る。

 そのうちのひとつがコントロールパネルの操作例と併せて『ENTRANCE』と表示されていたことから、それが一階エントランスホールへの帰り方を示したものであることに気付いたのだ。

 

 そしてその複雑な操作の組み合わせに冥子は、安易に自分が『3』のボタンで3階に行けると勘違いしていたことに気付かされる。

 そもそもがこのマンション自体、外から見上げた時の印象では10階も無いだろうだと感じていた。それにも係わらず最大で『19』の階数表示があることの矛盾に今気づいたのであった。

 

「うそ……『3』って3階のことじゃないの? じゃあ『13』ってどこに行くのよ……」

 

 ついには不安を感じ、どこの階でもいいから一度エレベーターを止めようと再度コントロールパネルに向き直ったその時である。

 

 エレベーターが、止まった。

 

 閉じた時と同じように音も無く扉が開くその先には──もはや夕暮れをとうに越えた宵闇がエレベーターからの室内灯に四角く切り取られていた。

 箱の中で知覚していた経過時間を鑑みるに、そこは確実に恩師の降りた3階ではない。違うとは分かりつつも……冥子の足はまるで、見えない何かに手繰られるようその階へと踏み出していた。

 

 冥子が降りると同時に背後ではエレベーターの扉が閉じる。

 その気配に我に返り、不用意にも未知の場所へ足を踏み入れてしまった迂闊さを嘆く冥子をよそに、エレベーターは下降していってしまった。

 

「うそでしょ……どこなの、ここ?」

 

 再び振り返っては、降ろされた階の通路を望む冥子。

 彼女の視界へ一番に飛び込んできたものは居住部屋と思われる出入り口のスチールドアとその右隣に設置された小窓。

 

 昼光色の明かりが漏れる窓には井型の鉄格子がはめ込まれており、型ガラスの不明瞭に曇らされた表面からは部屋の内部を覗き見ることは叶わない。

 それでもしかしその光の向こうからは何とも楽し気な家族の会話の声が漏れ聞こえていた。

 聞くに子供が夕餉の献立を母親に尋ねているらしい。

 

「ハンバーグ」だと伝える母親に子供特有の甲高い声で笑うその雰囲気にようやく冥子は安堵して嘆息した。

 ここが居住階であることは間違いないように思えた。ならば意中の人物もまたこの階にいるのではないかと思い立ち、冥子は通路を進み始める。

 

 ドアと小窓という、似たような造りの部屋が等間隔に並ぶ廊下を往きつつ、その道すがらに部屋々々から漏れてくる家の声を冥子は聞きながら歩く。

 どこも最初の部屋と同じく、夕餉前の団欒を思わせる和やかなものではあるのだがしかし……冥子は気付く。

 

『おかえりなさい。今日はハンバーグよ』────

 

 ふと聞き取った母親と思しきその声に冥子は違和感を覚えた。

 それこそはこの階へ降り立った時に聞いた家のものとまったく同じ内容であったからだ。

 さらに振り返って思い出すと、どの家も漏れ聞こえてくる会話の内容といえば夕飯のメニューを尋ねる子供に対して母親が『ハンバーグ』であることを伝えるというものであった。

 そして、

 

『ただいま~。お、いい匂いだね』

 

 何件目かの部屋の前を通り過ぎようとした時、件の会話に新たな声が加わる。

 中年男性を思わせる野太い声──それを迎え入れる母と子は口々に「お父さん」とその人物を呼び彼を迎え入れる。

 

 以降はその繰り返しであった。

 どこの家も判で押したかのよう同じタイミングで父親が帰宅を果たし妻と子がそれを迎える。

 どこまでも同じ展開の繰り返し……もはや冥子はその異常性に気付いていた。

 それでもしかし歩み続ける足を止めることができない。

 

「偶然……偶然よ、こんなの………」

 

 胸の内に湧き上がる不安と疑問を冥子は必死に誤魔化そうと呟く。

 こんなものはどこの家庭にもある風景だ。こうまで同じ展開が続くのだって偶然に決まっている……そう冥子は信じ続けて歩き続けた。

 

 やがては繰り返される親子の会話がリフレインを始める。

 幾重にも父を呼ぶ息子の声が重なり、それを見て笑う母の笑い声が虫の羽音のように重なっては空間を振動させる。

 もはやそれは表からのものなのか、それとも現実感を失調させた自分の頭のなかで反響しているものなのかすら冥子に分からない。

 

 そしてそんな家庭風景の残響は突如として終わりを迎える。

 

 ふと、今までに無い光景が目に飛び込んでは冥子を現実世界へと引き戻した。

 目の前に黒く焼け焦げた壁の開口が突如現れたのだ。

 

 最初それが何を現すものなのか冥子には分からなかったが、立ち止まってその異様を観察するにやがて、目の前の光景は火事の後始末が為されたものであることを理解する。

 ドアの取り外された開口から、茨の蔓が伸びたかの如き煤が放射状に広がっていることから、この部屋を焼いた火災がいかに激しかったのかを物語っている。

 

 この段に至り、ようやくに冥子はこの階の仕組みと真相を理解しつつあった。

 それこそは……──

 

「居住階なんかじゃない……ここは、ひとつの部屋の時間を辿っているんだ」

 

 ひとつの時間軸を過去から未来へと辿る階──さながら映画のフィルムを一コマずつ辿るように、この階はとある家族が辿った悲劇を過去から遡っているのであった。

 

 ふとその瞬間、視界の端に何かを捉え冥子は部屋の中へと振り向く。

 生前の現況など微塵も残さぬ煤だらけの世界の中に影が一つあった。

 それこそは子供だ。

 子供の影が──

 

「………違う」

 

 影と思われたそれは……焼き爛れた子供の姿。

 衣類も頭髪も焼け落ちた人型のシルエットがこちらを凝視していた。

 そんな中ふと、声が聞こえた。

 

 

オカーサン

 

 

 笛のような音だった。

 炭化した呼吸口を通って鳴らされるその声は、ひどく乾いては甲高い響きを以てそんな一言を発する。

 

 

オカーサンオカーサン オカーサンオカーサンオカーサン オカーサン オカーサンオカーサンオカーサンオカーサン

 

 

 じわりと影が揺らいだ。

 もはや気のせいなどではないその声は明らかに母の名を呼びながらこちらへと近づいてきて来る。

 やがてその声に、

 

 

オ ト ウ サ ン

 

 

 今度は湯の湧くかの如き粘着質な変化が生じるや声は父の名を呼び出す。

 そんな変化に冥子は、捕食者に見据えられていた草食獣が我に返るよう身を翻すや脱兎の如きに来た道を駆け出した。

 

 感じたのだ──目の前のそれが冥子を求めていることを。

 そして刹那にそれを悟った冥子の本能は、考えるよりも先に足を動かせてはこの場からの逃走を図らせた。

 

 時間にすれば瞬きにも満たない瞬間を追って、あの影もまた動いた。

 人型であった足元が放射状に地へ広がるや、そこからは水が流れるかの如くに肉体を滑らせて冥子の後を追う。

 辛うじて維持した子供の上半身は必死に両腕を伸ばし、前方を行く冥子へ追いつこうと身を捩じらせる。

 

 斯様な追跡者の気配を背に感じる冥子もまた、逃げ出そうと躍起になるも頭と体は一向にリンクをしてくれない。

 頭の中ではこれ以上になく俊敏に行動しているつもりが、足元はもつれ腿は重く膨張しては膝の上げ下げを阻害する。

 もはやフォームもおかまいなしにただ両足を前後させては進み続ける冥子の傍ら、逃走する道すがらの窓々からはあの家族の狂笑がこだましていた。

 

 母親と子供の甲高い叫び、父親と思しき男の下卑た笑い──今、その中を必死の体で駆け抜ける冥子にとってのここは疑いようもない地獄そのものであった。

 

 次の瞬間──背に重い衝撃を受け、冥子は前のめりにもんどりうつ。

 激しく膝を打ち据えた衝撃で足の感覚が消えた。

 それでも立ち上がり走り続けようとする冥子ではあったが……もはやそれは、彼女の一存ではどうにもならない状況となっていた。

 

 振り返ればそこには……

 

 

オカーサン

 

 

 闇があった。

 焼き焦げた人間の、目や口腔の窪みだけをそこに穿っただけの簡素な顔が表情も無く冥子を覗く。

 

 濡れた真綿のよう重く背にのしかかり、そして冥子の全体を飲み込みつつある件の闇に蹂躙され、もはや冥子は自力で逃げることが出来ない。

 

 それでもどうにかしてこの状況の打開策を混乱する頭に巡らせていると……刹那、身に覚えのない記憶が脳裏をかすめた。

 発情期のヤギのよう乾いた笑い声を上げながら右腕を振り上げる男の光景──一目でそれが父親であることを悟る。

 そしてそれが右腕を振り落とすと脳に衝撃が走る。

 

 激しい恐怖と疑問の中で暴力に晒される自分の光景は明らかに冥子の記憶ではない。

 それこそは、いま冥子の背にのしかかる怪異の物だ。

 

 同時に冥子はなぜ自分がこのマンションに訪れたのかを思い出せなくなっていた。

 それどころか自分の中にある『平坂冥子』の記憶や情報そのものが曖昧となって思い出すことも叶わない。

 

 幼き日の父母に愛された記憶と、そして地獄の責め苦の中にいる状況とが交互に入り混じる感覚の中、再度背にのしかかっていた人型の怪異は冥子の顔を覗き込んだ。

 穴の穿たれただけの顔面の輪郭が歪み、やがてはそこに自分自身の顔が──冥子の顔が変容しては浮き上がった。

 

 取り込まれている──刹那、本能的に冥子は悟る。

 この怪異は冥子の中に侵食しては、自分を別物に変えようとさせている。

 この怪異の生前の記憶とそして現在の冥子の記憶とが今、脳の中で撹拌されさらには塗り替えられようとしているのだった。

 

「あ……あ、あぁぁぁあ……やめてぇ……返してぇ……!」

 

 覆われた背を丸々と飲み込まれ、もはや指先すら動かせなくなったその状況で冥子は懇願する。

 

「やめてぇ……わたしの、なかに……はいってこないでぇ………ッやめてぇぇぇぇえええ………!」

 

 冥子の声に、異形の冥子の面が嗤った。

 そしてそんな冥子の頭も呑みこもうと、再び影が蠢いたその時であった。

 

 一陣の風が吹いた。

 

 突風が鼻先を煽るや、その衝撃に晒されて背の異形もまた吹き飛ばされる。

 さらに風は二陣三陣と吹き荒れ、宙空に浮いたそれを粉微塵に切り刻んでは消滅させた。

 

 背にのしかかっていた異形が引き剥がされることで冥子はどっと脱力し、地に頭(こうべ)を伏せてはその場に俯せる。

 理由は分からぬが、とりあえずの脅威は去ったように思えた。しかしながらなおも冥子は立ち上がることが出来ない。

 同じ姿勢のままただうめきを漏らし続ける冥子は、明らかに先ほどまでの彼女とは様子が違っていた。

 

 そんな冥子に、

 

『ちょっと、あなた大丈夫?』

 

 何者かの声が掛けられる。

 辛うじて顎を上げて視線巡らせればそこには──一人の女性の姿。

 しかしそれは人間ではない。

 側頭部から伸びる先細りの毛並み豊かな耳介とふくよかな尻尾──襟足に向かって黒くグラデーションを沈着させた銀髪は、先の突風と併せるにさながら、雪原の如き美しさがある。

 

 おそらくギンギツネと思しきフレンズではあるが、成熟した痩躯のその姿は従来の『少女』然としたフレンズの印象からはかけ離れている。

 そんなギンギツネのフレンズが、

 

『ねぇ、本当に大丈夫? わたしのこと分かる?』

 

 再度冥子に語り掛ける。

 語り掛けるが、冥子はそれに応じることができない。

 件のギンギツネを見上げては返事と思しきうめきも漏らすが、それは外部刺激に対する反射であり、おおよそ知能や感情を持った人間の反応とは言い難い。

 

「おーおー、だいぶイッてるなあ? 受け答えが出来なくなってるじゃあないか」

 

 屈みこんでは冥子の介抱をしていたギンギツネへと新たな声が掛けられる。

 今度のそれは男の物だ。

 そんな声の登場と同時に、ふわりと場違いな珈琲の香りが鼻先をくすぐる。

 

『うん……急いで助けたんだけど、もうだいぶ食べられちゃったみたい』

 

 完全に尻を地に着けて座り込むと、ギンギツネは膝の上に冥子の頭を抱き込んではそっとを前髪を撫でる。

 

「だったらどうする? 複製階にでも連れてくか? ひひッ」

『あそこはあんまり使いたくないわ……罪もない六人のこの子が犠牲になるもの』

「ひひひッ、お優しいこって。だったら仮眠室に行くか? とはいえ昨日今日訪れたばかりのこの子のバックアップが取られてるとは思えないよ? ひひッ」

『その時は……仕方ないかもしれないけど』

 

 漂う珈琲の柔らかい香りの中で冥子は訳も分からずに男とギンギツネの会話を聞いていた。

 しかしその内容を冥子が理解できることはもう無い。

 このマンション特有の不可解な状況と常識を判じ兼ねているというのではなく、この時すでに冥子の自我はほぼ失われていた。

 

 先の異形に脳と精神への浸食を受け、存分に他の意識と自我とを撹拌された冥子はもう、以前の彼女とは違う別の存在へと変貌させられてしまっていた。

 それは性格の変化といった表面的なものではなく、今の冥子は意思の疎通はおろか会話すらままならぬという、動物や赤子のごとき存在へと変貌を果たしてしまっていた。

 

『だけどこのままにもしておけないわ。とりあえず仮眠室で彼女を探してみるからあなたも手伝ってちょうだい。アーサー』

「ひひッ、あいよ。ならばその前にコーヒーでも飲もう。砂糖は三つか? 四つか? ──君は?」

『そういえばまだこの子の名前も聞いてなかったわね……』

 

 改めてそのことに気付いたギンギツネの視線は再び冥子の瞳を覗き込んだ。

 深みのある琥珀の瞳は、先の黒く穿たれた異形の物とは違いどこまで優しくて美しかった。

 その柔らかい雰囲気にようやく冥子は心が落ち着く思いがした。

 とはいえしかし依然として自分が何者か分からないという酩酊状態は解けていないのだが、それでも辛うじて──

 

「め……めい、こ……」

 

 唯一、空の頭の中に残された己の名を冥子は伝えることが出来た。

 それを受け冥子の名を反芻するギンギツネはしばし黙想した末、

 

『メイコ……いい名前じゃない。わたしはギンコ、よろしくね』

 

 小さく頷いてはこの大人びた容姿には似つかわしくもない無邪気な笑顔をほころばせる。

 

 そうしてギンギツネのフレンズは──ギンコはメイコの前髪へ挨拶(キス)をした。

 

 

 

 

 

【 終 】

 



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※ 大討伐隊募集 のお知らせ ※




定員に達したため、この度の募集は締め切りました。
ご参加表明、ありがとうございましたー♪

 


■ 開催のスケジュール ■


3/26~4/02 キャラクターシート受付期間
5/09     結果SS 公開予定




 

 

 

 

この度の募集は締め切りました。

 

 

 

 

 

----------------------------------

 

   

 

 

 マンション住民の皆様へご案内です。

 

 

 

 かねてよりお騒がせいたしておりました怪異16号を駆除するためのボランティアを募集したいと思います。

 

 

 来る5月〇日に、当マンションの下水区画にて駆除を行います。

 駆除にご協力いただきました皆さんには、駆除後の16号の素材とさらには有志の出店によります屋台村においてのお食事をご提供いたします。

 

 労災や保険等の保証はありませんので、ケガや死亡・あらゆる変貌に関しましては自己責任の上よろしくお願いいたします。

 また討伐隊参加以外にも、拠点基地での食事や道具の提供を行っていただける出店も歓迎しております。

 

 

 

どうぞ皆さま、お誘い合わせの上ご参加いただきますようご案内申し上げます。

 

 

 

 

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

[ 経緯と概要 ]

 

 

 

 居住区の一角に突如として出現した巨大な線虫の怪異『IT』──当初ITと遭遇した攻略勢は奇襲に近いエンカウントから不覚を取り、退治できないままの撤退を余儀なくされた。(※『ゾンビ階・1』参照)

 

 以降もITは同居住区において潜伏を続けたことから、噂を聞き付けたオオカワウソの攻略勢により駆除が試みられる。

 3人の連携により一度はITを追い詰めるもしかし、不意を突かれチームの一人が捕食されてしまう。

 

 食後、即座に成長を始めるITはその肉体を肥大化──たちどころにそれまでの負傷を回復させ、さらには残りの二人も捕食して成長を続ける。

 その後もオオカワウソ達はチームを編成し直してはITの攻略に挑むも、もはや巨大化により膂力を増したITには力及ばず、都合16人の捕食を許してしまう。

 

 これにより全長にして6メートル・胴回りの直径3メートル・体重に至っては300㎏を越える大怪に変貌し、以降このITは『16号』と呼称された。

 

 もはや天災然として物質的な暴力を振りまく16号の存在はマンション管理側としても見逃すことは出来ない脅威にまで成長──以上の経緯を経て、マンションには16号駆除の為の『大討伐隊』の編成が募集される。

 

 

 ある者は腕試しに、ある者は純粋な知的好奇心から、そしてある者達は復讐の願いを胸に──今、大討伐隊への参加を決意するのであった。

 

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

【 16号 及び 現場データ 】

 

・胴回り直径3メートル

・全長6メートル(鎌首を持ち上げた常態で4メートル)

・体重300キロ

・最大移動時速 10km

 

・蛇腹の胴回りは巨大な下水ホースを連想させる形状。

・知能は低いが人並みの感情があり、性情は『 粗暴で怒りやすい 』

・食事は基本丸呑み。飲み込んだ得物は数分で消化し、消化した瞬間にその養分で成長する。

・これまでに16人のオオカワウソを飲み込んだことでこの大きさにまで成長した。

・攻撃の基本は尻尾の鞭打ちによる打撃、胴による締め付け、飲み込む行為。

・耳鼻眼球が存在しないことから温度によって生物の形・大きさ・距離を測る。

・火や極端な温度変化に弱い。

・同時に泳げないので水中での行動も極端に嫌い、恐れる。

 

 

・当日の人員は、現場討伐隊30~40名・拠点基地60~70名(出展業者・個人も含む)の計100名程度。

・拠点基地は下水区画入口の雨水貯留施設(https://pbs.twimg.com/media/FOIRMQHaMAMiWX7?format=jpg&name=small)

を拠点基地とし、そこにて準備を整え次第下水へと降りていく。

・討伐現場の様子は常に撮影されて拠点基地に配信される。

・決戦場所は以下の場所となります。

 

下水区画・1

https://pbs.twimg.com/media/FJdxq-1aAAQmYzc?format=jpg&name=4096x4096

下水区画・2

https://pbs.twimg.com/media/FJjDXdSaMAY9xFV?format=jpg&name=4096x4096

 

 

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

[ 参加にあたっての注意事項 ]

 

 

 

 

・キャラクターシートは必ず 『 ハーメルンのメッセージ機能 』 で送付してください。

 ツイッターや掲示板からの直接の書き込みによる応募は、見落としてしまう可能性が高いため、そうなった場合には保証が出来ませんのであしからずに。

 

・キャラクターの基本設定は『 初級から中級者 』程度の攻略勢&探索者となります。

 年齢設定は自由ですが、上級者のベテランではないのでご注意ください。 

 

・極端な設定やアイテムの使用はご遠慮ください。

 

 例えば『地上最強の生物』であるとか、

『マンションの法則を変えることのできる能力やアイテムを所持している』、

『超大金持ち。所持金一億円で戦車や戦闘機を買い付けてマンションに押しかける』

 

 ……などといった、極端すぎる設定はNGとします。

 あくまで『初球から中級』程度のキャラとして振舞っていただければ幸いです。

 

 

・応募は お一人、1キャラ まででお願いします。

 

 

・SS公開と同時に、参加者様からお預かりしたキャラクターシートも公開します。

 どのような行動がどうSSに反映されたのかを愉しんでいただければと思います。

 またその際に設定をした 自分(あなた)の名前 を明かすか否かも明記しておいてください。

 交流の場にも使っていただければ幸いです。

 

 

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

 

【 キャラクターシート 】 (※ 後述の作成手引きを参考に完成させてください )

 

 

【 名前 】

・正式名   : 

・名称    : 

・一人称   : 

・二人称   : 

 

【 種族選択 】  : 

 

【 年齢 】    :

 

【 口調 】    :

 

【 身長と体格 】 :

 

【 身体的特徴 】 :

 

【 スタイル 】  :

 

【 過去とマンション在中の理由 】 : (300文字程度)

 

 

 

【 能力 】

[共通スキル]

 

[種族スキル・  ( ヒト ・ フレンズ かを選択)  ]

 

 

【 行動選択 】  :

 

【 メイン 】(500文字程度)

 

 

 

【 プライベート 】 : (300文字程度)

 

 

 

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

[ キャラクター作成の手引き ]

 

 

 

 

 

【 正式名 】

 ・キャラクターの正式名称。フルネームでお願いします。

【 名称 】

 ・キャラクターのあだ名や、SS内で表記して欲しい名前となります。

  指定が無い場合にはファーストネーム(日本名ならば下の名前)での表記となります。

【 一人称 】

 ・キャラクターが自分のことをどう呼ぶのかを記入してください。

  (例: 俺、僕、私、アタシ、自分のことを名前で呼ぶ 等)

【 二人称 】

 ・相手のことをどう呼ぶのかを記入してください。

  (例: お前、あなた、「ちゃん」付け、「さん」付け、常に呼び捨て 等)

 

 

【 種族選択 】

 ・『 フレンズ 』か『 ヒト 』かを選択してください。

  『ヒト』を選択した場合には 性別 も表記してください。

 

 

【 年齢 】

 ・『ヒト』の場合には、年齢を表記してください

  『フレンズ』の場合には、見た目を表記してください。(例:少女、熟女、お姉さん 等)

 ・『フレンズ』選択は、同時に元ネタとなるフレンズの詳細が分かるリンクを教えていただけると幸いです。

 

 

【 口調 】

 ・口調を下記から選択してください。

 

01 ・ 一般的な男性口調  : 『〜だ、〜だろうか、〜か?』

02 ・ 一般的な女性口調  : 『〜よ、〜でしょう、〜なの?』

03 ・ ですます調     : 『〜です、〜ではないですか、〜ですか?』

04 ・ 丁寧な女性口調    : 『〜ですわ、〜ではありませんか、〜でしょうか?』

05 ・ 非常な丁寧な口調  : 『〜でございます、〜ではございません、〜でございましょうか?』

06 ・ 乱暴な口調     : 『〜だぜ、〜だろう、〜かよ?』

07 ・ 威勢のよい口調    : 『〜だい、〜じゃねぇか、〜かい?』

08 ・ 老人風の口調     : 『〜じゃ、〜じゃろ、〜かね?』

09 ・ 子供っぽい口調    : 『〜だよ、〜じゃないかな、〜なの?』

10 ・ 断定的な口調     : 『〜である、〜だろう、〜だろうか?』

11 ・ 関西弁の口調     : 『〜や、〜やろ、〜やったっけ?』

12 ・ のんびりな口調    : 『〜ですぅ、〜じゃないですかぁ、〜でしたっけぇ?』

13 ・ 古風な口調       : 『〜である、〜であろうか、〜か?』

14 ・ ござる口調      : 『〜でござる、〜でござらぬか、〜でござろうか?』

15 ・ 軽薄な口調       : 『〜じゃん、〜ってゆーか、〜みたいな?』

16 ・ 姉御な口調      : 『〜だね、〜だろ、〜かい?』

17 ・ だよもん口調     : 『〜だよ、〜もん、〜かな?』

18 ・ 田舎口調        : 『〜だっぺ、〜だべ、〜だべ?』

19 ・ カタコト口調      : 『~だ、~だろ、~か?』(カタカナ表記もあり)

20 ・ その他、特殊な語尾  : 具体例をご記入ください。

 

 

【 身長と体格 】

 ・大まかな身長と、見た目の体格を決定してください。

  (例; 170センチ・中肉中背、150センチ・幼児体型、160センチ・肥満 等)

 

 

【 身体的特徴 】

 ・髪型や服装、装備品などを記入してください。

  『フレンズ』の場合には元となった動物名を記入してください。

 

 

【 スタイル 】

 ・怪異攻略を主とする『 攻略勢 』か、

  マンション探索を愉しむ『 探索者 』か、を決めてください。

 

 

【 過去とマンション在中の理由 】

 ・あなたのキャラのバックボーンや、マンションに潜る理由などの設定を記入してください。

  300文字程度で出来る限り簡潔にお願いします。

 

 

【 能力 】

 ・あなたのキャラが戦闘に際して使用・身体強化をする為の能力を下記から選択してください。

  同じ能力は重複して取得すると、その威力や性質が向上します。(最大レベル3まで)

 ・能力にはヒトとフレンズ両人が取得できる [共通スキル] と、ヒトかフレンズのいずれかしか取得することの出来ない [種族スキル] とがあります。

 

 

 

[ 共通スキル ]下のスキルから3つを選択してください。

 

 

01 ・ 近接攻撃 

 

  ヒトならば武器あるいは徒手空拳、フレンズならば爪やキック等、至近距離からの肉弾戦を行います。

  重複して取るほどに威力が増します(最大3個まで)

  マスク組アクションにおいて効果を発揮する能力です。

(※ 16号への近接攻撃は最低1つ持っていないと行えません)

 

  レベル1→相手を強打し身動きを封じる

  レベル2→ヒット時には打撃箇所を破壊する(骨折・臓器負傷)。命中率もアップ。

  レベル3→効果的にヒットすれば確実に相手を仕留める。命中率もアップ

 

 

 

02 ・ 射撃 

 

  ヒトならば銃火器あるいは投擲武器、フレンズならば羽根撃ちや投石等、中遠距離からの射撃を行います。

  重複して取るほどに威力と狙撃距離が伸びます(最大3個まで)

  ボトル組アクションにおいて効果を発揮する能力です

(※ 16号への射撃は最低1つ持っていないと行えません)

 

  レベル1→ヒトならば拳銃および猟銃装備、フレンズは投石および砂礫を浴びせます。

  レベル2→ヒトならばライフル銃およびショットガン装備、フレンズは大落石および雪雲を呼び寄せ雹を浴びせます。命中率もアップ。

  レベル3→ヒトならばロケットランチャー装備、フレンズは暗雲を呼び寄せ落雷を浴びせます。命中率もアップ。

 

 

 

03 ・ 観察眼 

 

  16号の弱点や、優位な戦況を見極める能力です。

  マスク組・ボトル組では効果的な攻撃、マップ組では作戦成功率の向上、重複して取るほどに効果が上がります(最大3個まで)

 

レベル1→作戦成功率及び弱点の見極めの成功率が20パーセントアップ

レベル2→作戦成功率及び弱点の見極めの成功率が30パーセントアップ

レベル3→作戦成功率及び弱点の見極めの成功率が50パーセントアップ

 

 

 

04 ・ 頑強 

 

  ヒトならば肉体強化、フレンズならば毛皮や皮膚の硬化により、防御力を増やします。

  重複するほどに効果が増します。(最大3個まで)

 

レベル1→16号による尻尾打ち、噛みつきに堪えます。

レベル2→16号による圧し掛かり、締付けに堪えます。

レベル3→16号により捕食されても、耐えて生還できます。

 

 

 

05 ・ 速力 

 

  ヒトならば脚力、フレンズならば脚力および両翼によりスピードを得ます。

  重複するほどに効果が増します。(最大3個まで)

 

レベル1→フットワークを活かして16号を翻弄します。

レベル2→16号の視界から瞬間的に消えて、ターゲッティングを外します。

レベル3→16号からの攻撃を一切回避します。

 

 

 

06 ・ 料理

 

 マップ組が設営した拠点において手料理を振舞います。

 食事をした前線組の能力を向上させる効果があります。

 我々は賢いので。

 (重複しても能力の効果は変わりません)

 

 

 

07 ・ かばう

 

敵の攻撃に対し、仲間へのダメージを無効にします。

しかしながら対象のダメージを肩代わりする以上、あなたへの負担も計り知れないものとなります。キャラの体力や強度によっては、それで死亡してしまう場合もありますので使用の際には注意が必要です。

使用は本シナリオで一度のみです。(重複しても能力の効果は変わりません)

 

 

 

---------------------------------

 

[ 種族スキル – ヒト ]

 

下のスキルから3つを選択してください。このスキルはフレンズは取得できません。

(※ この能力は重複しても威力は上がりません)

 

 

 

01 ・ 火起こし 

 

   瞬時にして大火を発生させます。

 

 

 

02 ・ 医療行為 

 

  怪我の治療により、戦闘不能になっている仲間および自分自身を瞬時に戦闘へ復帰させます。

 

 

 

03 ・ 機械操作 

 

  重機や車両、パソコン等の専門的な操作を行います。

  取得していることでボート・バイク・軽車両等の乗り物を準備することができます。

 

 

 

04 ・ 脱力

 

  薬物・恫喝・寒いギャグ……あらゆる手段を用いて筋力を弛緩させ、16号の耐久力を落とします。

  使用は本シナリオで一度のみです。(重複しても能力の効果は変わりません)

 

 

 

---------------------------------

 

[ 種族スキル – フレンズ ]

 

下のスキルから3つを選択してください。このスキルはヒトは取得できません。

(※ この能力は重複しても威力は上がりません)

 

 

 

01 ・ 怪力 

 

  16号を瞬間的に持ち上げる、尻尾を以て引きずる程度の膂力を持ちます。

  共通スキル『近接攻撃』の威力をさらに増します。

  (※ この能力は重複しても威力は上がりません)

 

 

 

02 ・ 飛行 

 

  鳥類型フレンズの専用能力です。(※翼を持たない動物が取得した場合無効とされます)

  急加速・急制動・急停止といった凡そ重力やGを無視したアクロバティックな飛行が可能となります。

  共通スキル『射撃』の威力をさらに増します。

 

 

 

03 ・ 予知 

 

  16号の攻撃を一度だけ完璧に予測します。

  マップ組においては16号の行動を一度だけ完璧に確定させます。(ただしこの能力によってトドメを刺すことは出来ません。攻撃や行動の予知のみです)

 

  この能力に関しては取得している数だけ使用できます。

 

 

 

04 ・ 雄たけび

 

  咆哮を響かせて16号の注意を反らせたり、あるいは怯ませたりします。

  マップ・ボトル組において使用すれば16号を瞬間的に怯ませ、マップ組で使用すれば16行の注意を惹きつけ隙を作り出すことができます。

 

 

 

05 ・ 水中行動

 

 水中での活動における適応を得ることが出来ます。

 水の抵抗や息継ぎを必要としなくなり、地上で活動するのと変わらない行動力で攻撃が可能となります。

 

 

 

06 ・ 穴掘り

 

 文字通り足元に穴を掘ります。この能力を得ることにより、コンクリートの床に対しても楽々と穴を穿つことが可能になります。

 スキルの重複で穴の範囲と負荷さが変化します。

 

レベル1→ヒト一人程度の範囲と深さを瞬時に掘ります。

レベル2→16号の体半分が沈み込むほどの落とし穴を瞬時に掘り出すことができます。

 

 

 

07 ・ 野生解放

 

 『怪力』『速力』『頑強』『近接攻撃』『射撃』『雄たけび』のスキルを全て1レベル得ます。

(※ 上記スキルが既にレベル3に達している場合、レベルの上昇はありません)

 ただしこのスキルを取得すると他の種族スキルは一切取得できません。

 

 

 

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

【 行動選択 】

 ・後述の『 行動選択肢 』から、『 マスク組 』か『 ボトル組 』か『 マップ組 』の中からいずれかを決めてください。

 

 

【 プライベート 】 

 ・『行動選択』以外の時に、キャラがどういう風にして過ごしているのかをご記入ください。

 (例:拠点にて食事や装備品の購入をする。出店して大討伐隊の参加者を相手に商売をする。いつも通り部屋で過ごす。他の参加者と情報交換をする。 等)

 

 

 

[ 行動選択肢 ]

 

 

1 ・ 【 マスクと共闘! 正面より16号を叩き潰せ‼ 】

 

 オオカワウソの『マスク』と共に真正面から16号へ挑め!

 直接攻撃が最も効果的に発揮され、なおかつ16号を仕留める可能性が一番高いアクションです。

 殴る・切る・撃つ、思いつく限りの肉弾戦で真正面から当たってください。

 しかしながら前線に立つ性質上、死亡率も高いことから作戦成功率は低めともなります。

 効果的にダメージを与えられる方法(ボトル組やマップ組との連携やボスの弱点や地形を活かした戦法)等を考えた行動を反映させてみましょう。

 

 

 

2 ・ 【 ボトルと後方支援! マスクを補助してより16号の隙を付け‼ 】

 

 オオカワウソの『ボトル』と共に後方より16号を出し抜け!

 援護攻撃や狙撃・銃撃戦が最も効果的に発揮されますが、反面16号を直接仕留めるには困難となるアクションです。

 反面、16号の足止め工作や火起こし、重火器による狙撃や銃撃戦が行いやすいアクションゆえ死亡率は低く、立ち回りによっては直接攻撃以上に効果的なダメージを与えることの出来ます。

 直接攻撃のマスク組を支援することで効果的にアクションを仕掛けられますが、立ち回りによってはマスク組を出し抜いて16号を仕留めるかもしれないアクションです。

 

 

 

3 ・ 【 マップと拠点構築! 前線を完璧に支援しろ‼ 】

 

 オオカワウソの『マップ』と共に、前線部隊を支援!

 負傷して下がってきたマスク組の治療や、ボトル組の弾薬調達、さらには作戦拠点を設けることにより食事や休憩の場を提供するアクションで、戦闘には一切関与しません。

 直接に16号を討ち取ることはまず出来ないアクションではありますが、拠点確保という性質故に、前線部隊へ作戦を提案することもできます。

 軍師タイプのマップ組は行き当たりばったりの要素が強い前線のマスク組やボトル組と違い、戦況を見極めながら柔軟に作戦を練って指示も出来ます。

 明確な討伐作戦を持っていたり、あるいは拠点設営に魅力を感じるプレイヤーに向いたアクションです。

 

 

 

----------------------------------

 

【 プライベート 】

 

 今回の大討伐隊に参加する直前に何をしていたのか(・装備の準備 ・情報交換 ・出店 等)など、行動選択肢以外での行動を書きます。

 意外とメインのアクションよりもこちらを考えることの方が楽しかったという声も前回ではありました。

 

 アナタのキャラの個性を決めるのは、こうした日常の過ごし方にこそあるのかもしれません。

 こうしたバックボーンを想像することで、自分でも気づかない我が子の魅力に気付けるかもしれませんよ。

 

 特に書く事がなければこちらは無記入でも構いません。

 

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

【 キャラクターシート記入例 】 ( フレンズ )

 

 

 

【 名前 】

正式名   : ソワカ・リンドストレム

名称    : ソワカ

一人称   : アタシ

二人称   : お前

 

【 種族選択 】 : オオカワウソ

 

【 年齢 】   :

少女っぽい見た目。

水着の上にロングコートを羽織っている。

 

【 口調 】   :

19 ・ カタコト口調      : 『~だ、~だろ、~か?』(カタカナ表記もあり)

 

【 身長と体格 】 :

150センチくらい、小柄、痩せてはいない

 

【 身体的特徴 】 :

元オオカワウソチームの一人だったが、今はハグレで人妻。

武器や攻略アイテムとしてバール二本を所持している。

ショートカットに赤い瞳。牙が鋭い。

 

【 スタイル 】 : 攻略勢

 

【 過去とマンション在中の理由 】 : (300文字程度)

マンション攻略勢のオオカワウソの一匹であったが、事情によりチームから離脱。

その後はコンビを組んでいた探索者(ヒト)と結婚し、人妻になった。

以降はマンション攻略に勤しむと傍ら、パートナーと子供を作る方法を模索している。

その解決法を求めて今日も夫婦で探索と攻略を続ける。

 

 

【 能力 】

 

[ 共通スキル ](3つまで)

・近接攻撃

・近接攻撃

・頑強

 

[ 種族スキル・フレンズ ](3つまで)

・怪力

・予知

・水中行動

 

 

【 行動選択 】 :

 

【 メイン 】(500文字程度)

 

1 ・ 【 マスクと共闘! 正面より16号を叩き潰せ‼ 】 を選択。

 

前線に立ち、ひたすら戦闘に打ち込む。

とはいえあくまでマスクや援護勢との連携を重視して、単独では行動しない。

隙あらば予知で16号の隙をつき、怪力のスキルで尻尾を引きずって苦手な水場(下水)へと誘導し16号の動揺を誘う。

 

 

 

【 プライベート 】: (300文字程度)

 

今回の目的は16号討伐以外にも、オオカワウソ達の攻略勢に会うこと。

3人に自分のパートナーを紹介し、もはや自分が新しい生き方を始めたことを報告したい。

同時にヒトとの間に子供を作る方法を探していることから、今回の16号から採れる素材にそのヒントになるものが無いかどうかを調べたい。

 

 

 

 

────────────────

 

【 キャラクターシート記入例 】 ( ヒト )

 

 

【 名前 】

正式名   : ケビン・トシアキ・リンドストレム

名称    : トチ

一人称   : 俺

二人称   : お前(敬意の対象には『あなた』、『君』)

 

【 種族選択 】  : ヒト・男

 

【 年齢 】    : 32歳

 

【 口調 】    :

01 ・ 一般的な男性口調  : 『〜だ、〜だろうか、〜か?』

 

【 身長と体格 】 : 170センチ・62kg

 

【 身体的特徴 】 : 

中肉中背。瞳の色は青で、髪はウェーブがかったセミロングでライトブラウン。

日系スウェーデン人の為に目鼻の堀はやや深くアジア人らしからぬ容貌をしているが、中身は生粋の日本人で日本食を好む。

 

【 スタイル 】  : 探索者

 

【 過去とマンション在中の理由 】 : (300文字程度)

マンションの怪異を探求する探索者で、大学では宙象学(ちゅうしょうがく)を専攻し教鞭を振るう。この度、研究の成果が一部認められ『教授』に昇進した。

怪異マンションに移り住み、そこにて現在のパートナーであるソワカと知り合い結婚する。

彼女の意思を尊重しながら(一方的に振り回されるとも言う)生活する傍ら、『子どもが欲しい』というソワカの願いをかなえるべきに昼はマンション攻略、夜はソワカの攻略に明け暮れる。(ケビンの意思は尊重されない)

 

 

【 能力 】

 

[ 共通スキル ](3つまで)

・観察眼

・観察眼

・観察眼

 

[ 種族スキル・ヒト ](3つまで)

・医療行為

・機械操作

・機械操作

 

 

【 行動選択 】  :

 

【 メイン 】(500文字程度)

3 ・ 【 マップと拠点構築! 前線を完璧に支援しろ‼ 】を選択。

 

拠点基地において前線のサポートに従事する。

同時に作戦を提案。16号の弱点が水にあることを前線に伝え、下水の中へ引きずり込むことを提案する。

また長丁場によって負傷者が表れた場合には『機械操作』のスキルによりボートやバイク等で戦線に駆け付けて回収。後に治療を行う。

 

 

【 プライベート 】 : (300文字程度)

 

パートナーの古巣であるオオカワウソ達にあいさつに出向く。

同時に彼女と結婚したことを報告し、改めて今後の協力を仰ぐ。

同時にパートナーとの間に子を儲けたいことを相談し、それを可能とする情報を聞くと同時に今後もそういった話を聞きつけた際には教えてもらえるように頼む。

 

 

 

 



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※ 大討伐隊 参加者 ※ 

今回の企画にご応募いただきました、2名のキャラクターシートとプレイヤーさんを公開いたします。

SSの捕捉としてお楽しみください。

なお結果SSの公開は、
本日(5月9日)・20時~21時 の間に公開いたします。



※  なおキャラクターの掲載順は、提出順となっております。




参加者名:  ドルマン / ID:39556

 

【 名前 】

・正式名   : 阿久間 狂介(アクマ キョウスケ)

・名称    : デビィ

・一人称   : 僕

・二人称   : あなた(相手の名前を知れば「さん」付け)

 

【 種族選択 】  : ヒト・男性

【 年齢 】    :32歳

【 口調 】    :05 ・ 非常な丁寧な口調

【 身長と体格 】 :255cm・170kg・スレンダー

 

【 身体的特徴 】 :

筋肉質のオールバック。超伸縮、超軽量された真っ黒なスーツと真っ赤なシャツを着用し、耐切仕様の手袋や運動性を考慮した革靴スニーカーを履いている。

笑顔が恐ろしく怖い。

 

【 スタイル 】  :探索者

【 過去とマンション在中の理由 】 : (300文字程度)

 悪魔の如く凶悪で恐ろしい顔のためか危険人物と誤解されており、警察組織などからマークされている。そんな日々に嫌気がさし、警察組織でも簡単に手が出せないであろう『マンション』に移り住むことに決めた。

 

【 能力 】

[ 共通スキル ](3つまで)

・近接攻撃

・近接攻撃

・近接攻撃

 

[ 種族スキル・ヒト ](3つまで)

・火起こし

・医療行為

・脱力

 

【 行動選択 】  :

【 メイン 】(500文字程度)

 1 ・ 【 マスクと共闘! 正面より16号を叩き潰せ‼ 】を選択。

 前線に立ち――

〇基本的に近接攻撃(レベル3)のヒットアンドアウェイ戦法。

〇火起こしと医療用アルコールで作成した火炎瓶で16号の口の中に放り込み体内の粘液を燃焼させ、16号自身が持つ強力な消化液でダメージを与える及び体内の消火のために、水中に入らざるをえない状況にする。

〇16号の牙を狙い斧で叩き食い込ませ、テコの原理を利用し折り、相手の武器を減らす及び火炎瓶を投げ入れやすくする。

 

【 プライベート 】 : (300文字程度)

〇拠点にて装備品(斧・大鉈)や火炎瓶の材料などを購入、作成。

〇大討伐隊の参加者達にあいさつに出向く。

〇大討伐隊の参加者達におにぎりと豚汁を振る舞う(どうやって大量に持ち込んだかは秘密)

〇オオカワウソ達の餌付け。

 

 

 

─────────────────────────────────

参加者名:  フリーメン / ID:276867

【 名前 】

・正式名   : アフリカオニネズミ

・名称    : グンソー

・一人称   : アタシ

・二人称   : キミ

 

【 種族選択 】  :フレンズ

【 年齢 】    :一般的なアフリカオニネズミのフレンズより若干大人びた印象

【 口調 】    :16 ・ 姉御な口調      : 『〜だね、〜だろ、〜かい?』

【 身長と体格 】 :155センチ 小柄だが鍛え抜かれて引き締まった身体

 

 

【 身体的特徴 】 :

右頬から額にかけて大きな火傷痕があり片耳が欠けている。

また左肘から先を過去の戦闘で失っており代わりにフックショットや仕込み銃など様々なギミックを搭載した改造義手を装着している。 

 

【 スタイル 】  :攻略勢

 

【 過去とマンション在中の理由 】 : (300文字程度)

かつては某国の紛争地帯で爆発物探知を目的に使役されていた軍用ラット。

ある時地雷の爆発に巻き込まれ瀕死の重傷を負うが、偶然にもフレンズ化したことで九死に一生を得る。

その後飼い主である軍人達から”軍曹”という愛称を貰い、隊のマスコット的存在として共に長く戦地を駆け回り戦ったが紛争の終結に伴う部隊の解散によって自身もお役御免となり引退。

争いのない日常に物足りなさを感じ退屈した日々を過ごしていたところかつての仲間の一人からマンションの噂を聞き、まだ見ぬ新たなスリルを求めてはるばる海を越えやってきた。

 

【 能力 】

[ 共通スキル ]

・近接攻撃

・速力

・速力

 

 

[ 種族スキル・フレンズ ]

・怪力

・予知

・穴掘り

 

【 行動選択 】 :

【 メイン 】(500文字程度)

1 ・ 【 マスクと共闘! 正面より16号を叩き潰せ‼ 】 を選択。

身軽さがウリなネズミのフレンズであることを生かしたスピードと義手に仕込んだフックショットを組み合わせたワイヤーアクションじみた動きで下水道内を縦横無尽に駆け巡りながら攻撃を行う。

軍隊仕込みの格闘術にフレンズの怪力を合わせたヒット&アウェイスタイルが基本だが、隙があれば予知で16号の行動予測を行い穴掘りスキルとボトル組の協力を用いて進路上に地雷トラップを設置する。

 

【 プライベート 】 : (300文字程度)

日課のトレーニングによるウォーミングアップと義手の整備点検を行う。

フレンズとしては珍しく喫煙者であり、故郷の国の銘柄をよく嗜みながら物思いに耽っている。

討伐後は出店にてボトル用ネズミの販売を行う。

このネズミは彼女が動物時代に産んだ子どもの子孫であり、マンション来訪に合わせて持ち込んだ一部を繁殖させたもの。

曰く「アタシの血を引いてるから実力は折り紙付きだよ!」との事で実際かなり優秀な個体が多いのだが客にその旨を伝えると何故か毎回ドン引きされるため不思議に思っている。

 

 

 

 

 



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【 大討伐隊・1 】



読者様参加企画のSSとなります。

参加キャラクターのプロフィールをご確認いただけると、より一層楽しめるかと思います。https://syosetu.org/novel/216576/30.html

今回お付き合いいただきましたお二人には、この場をお借りしてお礼申し上げます。






 

【 1 】

 

 

 通称『怪異マンション』などという場所に住んでいるのだから、ある程度のことには驚かない自信があった。

 それでも今、目の前に現れたそれに阿久間 狂介(アクマ・キョウスケ)は身を乗り出して見入るばかりである。

 

 炊き出し用に設置した長テーブルのカウンター越し……見降ろすそこに居た者は8匹からなる鼠達のグループであった。

 

 とはいえその特徴は狂介の良く知る日本の鼠とは明らかに違う。

 何よりもまずはその大きさだ。猫ほどはあろうかと思うその体躯の頑強さは、後ろ足の筋肉が陰影を浮かせるほどに発達しており、一目でそれが一方的な被食者などではないことを教えてくれる。

 加えて頭頂部から鼻先に至る頭蓋の輪郭もシャープで、それゆえに丸みを帯びた耳介がなおさらに大きく見えて、どこか愛嬌もまた感じさせていた。

 

 そんな見慣れない鼠が数匹、いま狂介が炊き出しを行っている列の先頭にいた。

 しかしそれは野生のネズミがエサの匂いをかぎつけて集っているという風情ではない。

 彼の鼠達は食料を受け取るべく、容器の類を神輿よろしくに肩へかついていたのである。

 

 未だ我に返れずにいる狂介をよそに数匹がカウンターの上まで駆け上ると、そこから階下の仲間から容器二つを受け取り狂介の前に置いた。

 

 その段に至り、ようやく狂介もまた自覚する。

 この鼠達は確固たる意志を以て、狂介の炊き出しに集ってきたのだ。

 

「あ……わ、わかりました。しばしお待ちを」

 

 驚きからしどろもどろに対応してしまう自分を滑稽に思いながら、狂介は用意した容器それぞれにトン汁とおにぎりを二つ盛りつける。

 差し出されたそれをどうするものか興味深く見守っていると、鼠達は実に起用に前足を駆使し、あるいは肩車に鼠梯子などを作ってはトン汁の注がれた容器をリレー式にカウンターから降ろし階下の仲間へと渡す。

 さらにおにぎりのそれも同じようにおろしたかと思うと、彼らは来た時と同じよう数匹の肩にそれらを担いでこの場を後にした。

 

 トン汁をこぼさぬよう慎重深く店を後にするその様子に、ついには狂介の好奇心が限界を迎えた。

 

「申し訳ありません、少しお店を頼めないでしょうか? 適当に配ってもらってかまいませんので」

『ハァ? ──あ、おい!』

 

 依然として視線を去り行く鼠達に結んだまま前掛けを取ると、狂介は次の客であったオオカワウソの一人にそれを放った。

 そうして後を追いだして小走りになる狂介へ背後から幾人かの声が掛けられたが、もはやそれらも狂介の耳には遠い。

 この時の彼の興味は、完全に目の前の鼠達へと注がれていた。

 

 炊き出しを行っていた雨水貯留施設から派生する下水道の一本へと進んでいく鼠達──2m四方ほどの半円の開口部ゆえ、長身の狂介では身を屈めなければいけないがそれでも進めないわけではない。

 

 前屈みに腰を折って僅かに伸ばした両手で暗がりの中を掻く様に進む狂介を背後に、鼠達は数度の曲がり角を折っていく。

 やがて数メートル先の突き当りの奥から、淡い光が漏れている気配を狂介は前方に見て取る。鼠達はその突き当りを曲がり、光の中へと消えていった。

 

 その跡を見失わんと同じくに突当りを曲がった狂介の眼に入ってきた世界は──下水道の一角とは思いもつかない何者かの住居であった。

 

 吊るされたカンテラから降り注ぐ明かりは、壁に反射して間接的に空間全体を程よい光量に満たしている。

 

 暖色の柔らかな光が満ちるその世界は見渡す壁面のこと如くに数段の棚が設置されており、そこには磨かれた細長のガラスボトルやペットボトル、さらにはワイヤーやフックといった金属部品の類が几帳面に並べられている。

 

 その光景に狂介が瞬時連想したものは、昔噺に出てくる魔女の工房だった。

 そしてイメージする世界そのままに、

 

『──おや? お客さん?』

 

 来訪者を向けられる声がひとつ。

 その声に我へ返り改めて正面の声の元に視線を向ければ……

 

『アタシのネズミ達を追ってきたのかな?』

 

 そこには何者かが一人、片膝に座しては前屈みの狂介を見上げていた。

 

 視線が合ったその人物は、側頭部からふくよかな耳を放射状に広げたフレンズであった。

 栗毛のボブカットは前髪の毛先に色素が沈着しており、その毛並みや色合いは今しがた追ってきた鼠達のそれとよく似ていた。

 しかしながら彼女のもっとも身体的な特徴それは、肉体の損傷に他ならない。

 

 改めて正面から観察する彼女の顔面そこには、右頬から額に渡り大きな傷跡が見て取れる。

 傷の淵が鋭角ではなく、どこか痣のように輪郭がぼやけている様子を見るに、それは創傷というよりは火傷と思しかった。

 そしてその傷の衝撃は斯様に彼女の半面を横断した後に右耳へと至り、耳介を溶けたように大きく欠損させているのであった。

 

『ふふ……珍しいのはアフリカオニネズミのフレンズかい? それともアタシの美人顔かな?』

 

 見入っては言葉を無くしている狂介に対し、その『アフリカオニネズミ』のフレンズは僅かに笑いを含んでは鼻を鳴らした。

 その段に至り狂介は再び我に返ると同時、ひどく自分が無礼な振る舞いをしていたことにも気付く。

 

「も、申し訳ありませんッ。つい、その……」

 

 視線を振り切ると狂介は右の棚の一角を見つめたままそう詫びた。

 そんな狂介の不器用にもしかし、善良な人間性を見抜いてかアフリカオニネズミは今度は笑い声を上げた。

 

『いいさ、気にしてないよ。それよか、キミのたっぱじゃその姿勢はつらいだろ? 良かったら座りなよ』

 

 席を勧められ、狂介もまた正座に腰を落ち着ける。

 そうして改めて見遣る目の前では、件のフレンズが鼠達に運ばせてきた食料を受け取っていた。

 

 そんな彼女の手元にまたしても狂介は視線を奪われる。

 伸ばされる彼女の左手もまた欠損しており、そこには掌の代わりに鉤爪のフックが見受けられたからだ。

 よくよく観察するにどうやら左手の欠損は肘あたりから始まっているようだった。

 

──ひどく傷跡を残した顔とこの左腕……いったいこの人は何を経験して今に至るんだろうか?

 

 自然と発生したそんな考えに狂介がため息をつくと、

 

『アタシはね、フレンズになる前身は爆発物探知の軍用ラットだったのさ』

 

 まるでその心中を読んだかのごとくにアフリカオニネズミはおにぎりのひとつを咀嚼しながらに応えた。

 もはや読心術にも近い洞察の鋭さに驚く狂介ではあったが同時に、彼女の話す前歴にはおおいに興味を惹かれた。

 

「ということは『軍人』だったんですか?」

『なったつもりはないけど、まあ部隊に所属して仕事をしてたっていうのならそうかもね。向こうじゃ『軍曹』なんて呼ばれて可愛がってもらってたよ』

 

 そこから語られる彼女の半生それは、少女然としたフレンズの見た目からは予想も出来ぬ過酷なものであった。

 元は一匹のアフリカオニネズミであった彼女は、前述の通りに爆発物処理のために訓練された動物であり、ある時に地雷の爆破に巻き込まれ瀕死の重傷を負った。

 その頃は小柄な鼠であったから本来ならばそのまま死んでしまっても不思議ではなかった彼女であったが、どういう運命の悪戯か……

 

『フレンズ化したのさ、その時に』

 

 彼女は今の姿に転生を果たし、九死に一生を得た。

 しかしながらそれが幸運であったのかは分からないと彼女は笑う。

 フレンズ化しても、あの爆発の際に失った左腕と耳の一部は戻ることも無かったし、その後も彼女は新たに軍籍を得て部隊に残り続けたのだから。

 

 そうして数多の戦場を駆け巡り、やがては紛争の終結とともに部隊が解体されると、彼女もまたお役御免となり引退を余儀なくされた。

 しかしながらそれはけっして気楽な自由の獲得などではなく、むしろ彼女にとっては居場所を奪われることの宣告に他ならなかった。

 

『基本的にアタシは野生動物じゃないからね……解放されたところで帰る場所なんて無いのさ』

 

 会話の合間合間で器用に握り飯を頬張りトン汁で流し込みをしながら語る彼女はそう結んでは快活に笑った。

 

『街に降りて「普通の暮らし」なんてのを楽しんだこともあったけど、結局はアタシにとっての「普通」はそこじゃ無いんだ。すぐに疲れちゃったよ』

 

 いよいよ以て退屈を持て余し始めたそんな折に聞きつけたのがこのマンションの存在であった。

 そうしてその居をここへ移すわけではあるのだが、それでも移り始めの頃は半信半疑であった。

 死と隣り合わせだったあの日常以上のスリルなど戦場以外にあるものかと訝る彼女ではあったがしかし──それも杞憂に終わる。

 

 それからはこの場所が彼女の第二の故郷となった。

 以降ここでの暮らしを楽しむ彼女は今回、そんな生活の中でも一際刺激の強そうなこの『大討伐隊』に志願し、そして此処にてその始まりを待ちわびているのだった。

 

 話し終えると共に食事もまた終わった。

 トン汁の器を傾けて残りの全てを平らげると──

 

『さあ、次は君のことを聞かせてもらおうか?』

 

 彼女は差し出した器を狂介に向けては大きく鼻を鳴らした。

 

 さあと促されて狂介も面食らう。

 どう話をしたらいいものか……上手い自己紹介というものはいかに自分を俯瞰できるかに依る。

 そういう意味では、まるで他人事のように話していた今の彼女のそれは実によく出来ていた。

 

 いかに客観的に、すなわちは自分語りに酔うことなく自己を説明する手順を考えるうちに思いついたものは、

 

「そうですね……今しがたあなたが召し上がられたその食事は僕が用意したものです」

 

 そこから切り込むことにした。

 そんな狂介の語り出しに彼女もまた意外であった様子で僅かに瞼の淵を上げる。

 

「今回の大討伐隊に参加為される皆さん……といいますか、主にオオカワウソ達へ施す目的で食事の仕出しなどをしてみたのです」

『へぇ、大したもんだ。しかしオオカワウソ以外の連中も並ぶだろうに、これだけ大量の料理なんてどうやって準備したんだい?』

「それは……秘密です。むしろ聞かない方がいいかもしれませんよ」

 

 アフリカオニネズミとのやり取りをしながら不意に狂介が笑みを浮かべた。

 おそらくは場を繕う為の愛想笑いではあるのだろうが、その笑顔の凶悪さに思わず息を飲んだ。

 同時に、自分がいま得体のしれない者をこの逃げ場のない場所へ引き入れてしまったのかもしれないことにも思い至る。

 

 自惚れではなく一対一の状況であるのならば、勝つにも逃げるにも対処できる自信があった。

 今までにも幾度となく多種多様の窮地を潜り抜けてきた彼女には、どんな状況にも適切に対応できるという自負があったし、その為には我が身の一部を犠牲にしてもいとわない覚悟もあった。

 しかしながらいま目の前に対峙する狂介に対しては、いったい自分がどのような対処をしたらいいものなのかの予想がまったく思いつかない。

 

 その感覚はさながら、深さの分からぬ大穴を覗き込んだ時に感じる不安に似た。

 そして同時にこの狂介が途轍もない大巨漢であったことに今さらながら気付く。

 

 天井高2m程度のこの場所において首を折り前のめりにして座る狂介の状態は天井に両肩を着け、さながら影が回り込むようにしてほぼ真上から彼女を見下ろしていた。

 その身長に比肩して体躯も広く厚みを帯びており、膝の上に両手を置く狂介の体はこの通路を扉の如くに塞いでは大きく影を彼女まで伸ばしているのだった。

 

──コイツ……元からこんなに大きかったっけ……?

 

 斯様な巨躯にも拘らず、初見にてそれを感じさせぬ物腰の柔らかさ……しかしながらいま見せたその笑顔の凶悪さは、これまでの戦場で会ったどんな兵士の強面にも及びつかぬ恐ろしさがあった。

 否、その恐ろしさはもはや『人』の括りに当てはまるものではなく──例えるに古の挿話にて散見される悪魔や鬼のそれを連想させるものであった。

 

「──どうしました?」

 

 不意な狂介の声に我に返り、アフリカオニネズミは顔を上げた。

 正面から対話していたと思いきやいつの間にか、彼女は狂介から伸びた影と対峙をしていたことに気付く。

 

 この人間への対応には今日までの経験則がどれも当てはまらないような気がした──否、果たして自分は今、本当に『人』と対峙しているのであろうかも怪しい。

 灯が揺れ動くカンテラの昼光色に彩られた世界で巨躯の影と相対するこの状況は、まるで熱に浮かされた時に見る夢のよう彼女の心も不安に揺れ動かしていた。

 そんな世界に、

 

「……僕の顔、怖いでしょう?」

 

 深くも柔らかい声──意識せず気を強く持とうと眉間にしわを寄せるアフリカオニネズミに気付いてか、ふと狂介はそう声をかけた。

 

 その言葉に瞬間、噓のように今までの不穏な世界が晴れた。

 改めて見渡せばそこは良く知る自分のねぐらであり、いかに巨漢とはいえ目の前の狂介もまた悪魔ではない等身大の『人』として目の前に鎮座している。

 

『はぁ~……なんか、怖いねキミ』

 

 悪気はなくとも思わずそんな言葉がため息とともに漏れた。

 それを受けて狂介もまた別段ショックを受けた様子もなく、ただ己の強面を持て余しては当惑した笑みを浮かべた。

 

「どういうわけか……僕の顔は人を怖がらせてしまうようでして」

 

 手持無沙汰に額をかいた右手をオールバックの前髪の中に埋めながら、狂介もこのマンションへ至るまでの半生を語って聞かせる。

 堀深い眼窩の窪みに影を溜めては、薄い唇を吊り上げ口角の隙間から白い歯の嚙み合わせを見せる狂介の顔を──とりわけその笑顔を評する時、人は皆それを悪魔と評した。

 

 それを前にした時、誰もが凍り付いたのだという。

 狂介の見せる笑顔の恐さとは、けっして暴力を背景にした強面などではなかった。

 肉体的な痛みを予見させる恐怖などではなくもっと根源的な、心を削るかのような恐怖──例えるに避けられぬ事故や災害に対峙した時に感じるような『途方のなさ』を観る者へ想起させるのが狂介のそれであった。

 

 故に人は離れた。

 加えて他者を脅かす狂介の存在は監視の対象とされ、彼は言われも無い容疑の元で警察組織からのマークを受けるまでになった。

 そんな人間関係、如いては取り巻く世界の全てに疲れを覚えた時、彼の足は自然とこの場所へと向かった……このマンションへと。

 

「──以来ここに住んでいます。ありがたいことに、ここでの生活はだいぶ穏やかなものになりましたよ」

 

 自嘲気味に話す狂介は、結びの言葉が僅かに自己憐憫を思わせるような響きを帯びてしまったような気がして苦笑いにはぐらかした。

 

「今回の大討伐隊に参加したのはこんな僕を受け入れてくれた恩返しというか……いや、違うな。この場所を脅かす存在を排除したい、という気持ちになったからかもしれません」

『キミにとっても大切な場所なんだねここは』

「『も』ということは、それはあなた……えっと」

 

 改めて目の前のアフリカオニネズミを呼びあぐねて狂介は言葉を詰まらせた。

 

『グンソーでいいよ。昔いたところじゃそう呼ばれてた』

「あぁ、ありがとうございますグンソーさん。僕は阿久間 狂介と申します、お好きなように……──」

『じゃあ「デビィ」だ』

 

 狂介が言い終わるよりも先にアフリカオニネズミことグンソーはそう狂介を呼んだ。

 

『やっぱキミは悪魔にしか見えないからね。でも気にしないで。こういうニックネームって縁起が悪いほどいいもんなんだ』

「はは、どういう理屈なんですそれ?」

『怖い名前にしておけば本物の悪魔や鬼が逃げるから死に難(にく)くなるんだよ。こういうジンクスだってバカにできないもんさ。……特に生死を分けるような場所じゃさ』

 

 悪魔や鬼──永らく狂介を苛んできた劣等感であったはずのその言葉はしかし、今はなぜか耳に心地よかった。

 それこそは目の前のグンソーが、今日までの人生において初めて好意を込めてそれを自分に名付けてくれたからに他ならない。

 

「じゃあ、そういうことにしましょう。改めてよろしくお願いしますよ、グンソー」

『あぁ、これでもう友達だねデビィ』

 

 差し出されるグンソーからの握り拳に狂介もまた差し出した拳骨の先を触れわせる。

 カンテラの淡い暖色が映し出すそんな二人の影絵はさながら、悪魔と少女が契約の握手を交わすが如き姿に似ていた。

 

 

 

 

 

『大討伐隊・2』へ続く……

 



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【 大討伐隊・2 】

 

 

【 2 】

 

 

5月〇日 19:30──────

 

 

 地上より地下25メートル──敷地面積:東西約22メートル×南北約45メートル、天井高は約7メートル、最大貯留量は約4000トン。

 もしかしたら地上から見上げるこのマンション以上にこの空間は広いのではないのだろうか? ──ふとそんなことをグンソーは考えたりもするが、そこはマンションの七不思議だ。

 

 そんなことよりも今考えるべきことは今日のこの大討伐のことである。

 

 今さらではあるが始まりは数か月前に発生した無脊椎型巨大ワームの登場に端を発する。

 発生当初こそはその体長も4~5メートルほどであったそれも、駆除にあたったオオカワウソ達を捕食するにつれ、現段階で胴回り直径3メートル、全長は6メートル、体重300キロ超の大怪へと変貌してしまっていた。

 

 この大きさに成長するまでに都合16人のオオカワウソを食べたことから件の怪異は『16号』と呼称され、以降は監視と陽動の末この地下下水道の一角まで追いやられていたのであった。

 

 そして今日、ついにそれの完全なる駆除を目的として編成されたのがこの大討伐隊であり、前線における実働隊32名がこの雨水貯留施設へと集められたのであった。

 

「あー、あー……それでは、今回の大討伐隊における作戦会議を開きたいと思います」

 

 参加者の全員が場に集まるのを見計らい攻略勢と思しきヒトの男が一人、拡声器で一堂に語り掛けた。

 

 歳の頃は30~40代と思しき顎髭の男。

 人数を前にしてもまったく臆することなく声を出しているところを見るに、常日頃から人前でこうした語り掛けをする仕事を生業にしているのかもしれない。

 以前に所属していた部隊の隊長はたかだかが20名程度の前であっても声を緊張させていたことを思い出し、ふとグンソーは思い出し笑いなどをした。

 

 聞くにあの男は件の16号が発生した際に初めてそれとコンタクトを果たした人物であるらしかった。

 16号と遭遇した者はそのこと如くが捕食、あるいはマンションの設備であっても再生出来ないほどに肉体を破壊されており、生き残りであるところの男の意見は今回の16号をその場所まで追い詰めることに大いに寄与したのであったという。

 

 そしてそんな彼の提唱する作戦は、狭所にて16号を駆除するというものであった。

 その作戦が提案されるや、

 

「どうしてわざわざ狭い場所でやる必要があるのでしょう? ここまで引きずり出して戦った方が動きやすいとは思うのですが」

 

 参加の一人がそんな疑問を尋ねる。

 その質問者の顔を確認してグンソーは思わず表情を明るくさせた。

 それを問うた人物は誰でもない知った顔であったからだ。

 250cm超の身長はこの密集地帯においてもだいぶ目立つが、それでも今までその存在を気にも留めさせずにいた彼の周囲に溶け込む擬態たるやフレンズのグンソーが感心するほどだ。……もっとも本人にはまったくその気は無いのであろうが。

 一方で、

 

「この場所では16号に有利です」

 

 その質問に対し男もまた応えていく。

 かの16号は尻尾打ちや体当たりといった巨躯を駆使した攻撃を主とする。その際に広大な場所で戦えばそれは、16号のポテンシャルを最大限に発揮させてしまうこととなってしまうからだ。

 出来得る限り16号の攻撃手段を封じるとなるとすればそれは、身動きのとれぬ場所にそれを閉じ込めることに他ならない。

 

 しかしこの時のグンソーは、男の提唱するそれとは全くの別物となる作戦を思い描いていた。

 そしてその作戦の大まかな絵図を思い描くや、

 

『……よし、決まった。なら相棒はアイツで決まりだ』

 

 グンソーは人混みを縫って動き出していた。

 いずれにせよあれだけの大物を相手にするにあたり単独行動は愚行だ。信頼のおけるチームメイトがいる。

 そう考えた時、グンソーがパートナーに選ぶべき相手は独りしかいなかった。

 

 そしてその人物はこの大衆の中においても探すには苦労をしない特徴を持っている。

 それこそは今しがた作戦提案の男に対して質問を投げかけた人物だ──その彼に交渉するため進んでいると、目視で確認できる前方の相手もまた右往左往に頭を巡らせ誰かを探すような仕草をとっていた。

 やがてその足元に辿り着くや、

 

『アタシと組もう! 上手く立ち回れれば大金星取れるよ──デビィ』

 

 グンソーはその人物──狂介へと共闘を持ちかけていた。

 一方でそんなグンソーの登場と提案に狂介もまた、

 

「僕もあなたを探していました」

 

 提案に応えるよりも先に身を屈めては改めて狂介もグンソーへ向き直る。

 

「僕にも考えがあります。そのためにはあなたの助けが必要なのです。……こちらこそよろしいですか、グンソー」

 

 差し出される狂介の掌へ、大きく音を鳴らせてはグンソーもまた自分の掌を打ち付ける。

 機動力と怪力──即席ではあるが現状で考え得る限り最強のタッグが成立した。

 そしてそんな二人へと近づく人影がもうひとつ……

 

『ハハハ、アタシも混ぜてくれ』

 

 突如として掛けられる声に二人振りむけば──そこにはオオカワウソが一人。

 

『オオカワウソ? 見たところ……キミは「マスク」かい?』

 

 改めて目の前のオオカワウソに向き直るグンソー。

 コートと背に担いだバールの装いこそ、よく知るオオカワウソチームの斬り込み隊・マスクを思わせたが、その雰囲気はどこか違った印象を覚えさせた。

 斯様な突然の申し出に当惑を隠せない二人を前に一方のオオカワウソはといえばマイペースに続ける。

 

『アタシはあの16号とやった奴の生き残りだ。名前がある。ソワカって言うんだ。アタシもお前達の中に入れてくれ』

 

 自称16号との生き残りにして、呼称持ち(ネームド)のフレンズ・ソワカは──そう自己紹介をすると両の口角を上げ歯牙を剥きだした。

 狂介に負けず劣らずの凶悪な笑顔であった。

 

 

 

 

【 3 】

 

 

 幾度か握り直すと、柄は指の付け根に吸い付くようにして落ち着いた。

 そのまま縦横に払ってなどをしてみると、握りしめた斧はさながら右手と一体化したかの如き感触で心地良い重みを伝えてくれる。

 

「素晴らしい……こんなしっくりくるなんて初めてですよ」

 

 呟く様に感嘆の声を漏らしながら、今度は刃を水平にしてそこへ目を凝らす。

 鏡面の如くに磨き上げられた刃先は均一に研がれたことで表裏の境界が分からぬほどに鋭く仕上がっている。もはや斧とは言わず、日本刀の如き様相を帯びた得物の再生に改めて狂介はため息を漏らす。

 

『そんなに褒めたって負けないよ? 刃の研ぎと柄の巻き直し代は作戦後に払ってもらうからね』

 

 一方で今はソワカのバールの柄にバンテージを巻き付けるグンソーもまんざらでない様子で鼻を鳴らす。

 今回の討伐にあたり新たな得物の購入を検討していた狂介であったが、今日に至るまで納得のいく武器に出会うことは叶わなかった。

 結局は今日までに使い古した馴染みの斧で挑もうとしていたところ、グンソーがそれを見止めて手入れを申し出てくれたのだ。

 

 狂介自身せいぜいが研ぎ直し程度のメンテナンスと高をくくっていたものの、数種類の砥石とクレンザーを用いた研磨に加え、さらには狂介には未知の化学繊維によるバンテージを柄に巻き直すことで、今日まで使い古した斧は新たな得物として復活を──否、より強力な武器へと再誕を果たしていた。

 

『──よし、こっちも完成だ。ほら、ソワカ』

『ハハハ、カッコいい! ん~……ハハ、軽い! 同じバールなのに!』

 

 狂介の時同様、手にしたバールの馴染み具合に喜んではソワカもまた舞うようにバールを振りましてその感触を満喫した。

 

『さて、アタシも準備するかな』

 

 ソワカと狂介のメンテナンスが終わると、グンソーもまた己の義手を取り外し、そこへ新たなアタッチメントを取り付け始める。

 見たところ先の義手と色違い程度の差異しか狂介には分からなかったが、わざわざ付け替えるのだから、今回の大討伐に対応したギミックが仕込まれているのだろう。

 いちいち聞いていてはグンソーの邪魔になると察した狂介もまた、己のもう一つの武器である火炎瓶の作成に取り掛かった。

 

『ハハ、何してんだキョースケ?』

「火炎瓶を作っています。今回の作戦に使えるかと思って」

『火炎瓶? そんなの使うんだっけ?』

『大丈夫かいソワカ? さっき説明したろうに』

 

 狂介とソワカのやり取りにグンソーもまた依然として義手の換装を続けながら会話に加わる。

 

『作戦ってあれだろ? ここで待ち伏せてアイツがきたら3人でブチのめすんだろ?』

『やれやれ……本質しか伝わってない』

 

 嘆息まじりに再びグンソーは今回の作戦について反復をする。実際のところ、口には出さぬがこれは狂介にとっても有り難かった。

 

 今3人がいる場所は下水区画の中でも比較的広い空間を有する下水道の一角であった。

 件の16号が潜伏している場所からは2ブロック程離れたところに位置した区画であり、今回討伐隊本体の作戦からは距離を置いた場所となる。

 

 討伐隊の作戦では狭所にて16号を対処する事となっていたから、ある程度の広さを持ったこの区画はそんな思惑からは外れた場所となる。

 しかし、

 

『だからこその『大穴』でもあるんだ。文字通りにね』

 

 グンソーは此処にチームの拠点を置いた。

 

『今現在16号が潜む場所から一番近くてそして広い通路がここだ。もしアイツが討伐隊の包囲網を抜けたのだとしたら必ずここに逃げ込む』

「でも、どうしてそんなことが分かるのですか?」

『作戦会議の時にも言われてたけど16号は狭い場所を嫌う。ならばその本能として必ず広い場所へ出ようとするはずだ。……もっともこれは勘だけどね』

『ハハ、でもその勘が当たればアタシらだけでアイツを倒せるチャンスだ』

「そういう考え方も出来ますが、そんなにうまく行きますでしょうか……」

『どうだろうねぇ……やっぱり今回はダメかな?』

 

 義手に落としていた視線を上げて二人を見遣るとグンソーもそう言って笑った。

 笑ってはいたがしかし、そんな自身の『勘』には絶対の自信と信頼を置いていた。

 隊に身を置いていた頃、こんな自分の直感は数々の窮地や選択その悉くで常に戦況を正しい道へと導いてきた。

 

 理屈ではなく本能がそれを告げるのだ。ならばグンソーはそれに従うまで。

 一方でそんなグンソーのことなど知らぬ狂介とソワカが互いの顔を困惑に見合わせるばかり。

 そんな時に──場に変化が現れた。

 

『────ッ?』

 

 つま先立ちに屈んでいたソワカがつと鼻先を上げ耳をそばだてた。

 首をひねって背後の通路その先に視軸を定めると、瞳孔を丸く肥大化させては突当りの闇を凝視する。

 

「どうしましたソワカさん?」

 

 尋ねる狂介にもソワカは応えない。先の姿勢のまま微動だにせぬその様子に、狂介もまた事態の急変を察したようであった。

 

『ふふ……人間さんにはまだ遠いかな?』

「ま、まさか本当にッ!?」

 

 両膝に手を置いて立ち上がるグンソーの傍らで、狂介もまた片膝に身を起こし通路の先へと傾注する。

 最初の変化は石が地を跳ねる長く乾いた音ひとつであった。

 それに続き、さながら防風を思わせるようなくぐもった摩擦音が場にこだまし始める。

 やがては徐々に大きくなりつつあるそれが砂利を磨り潰す不快な音を、突き当りのすぐ向こうに響き渡らせるや否や──

 

 

[ Arghhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!!!!!! ]

 

 

 見守る突き当りから鎌首を這いださせた16号が一同の前にその半身をさらけ出した。

 そして彼方から狂介達一行を見止めるや、蛇腹の体躯を蠕動させては怒りと痛みを滲ませた咆哮を上げる16号──グンソーが予想した通りに、その時は突如として訪れてしまった。

 

『ハハハァ、来た来たァッ!』

『さぁ、当たったんなら働いてもらうよ。──狂介、準備は?』

 

 立ち上がりバールを右手に掲げては両腕を広げるソワカと、義手を前方に差し出すよう構えては中腰に体位を落として両足に力を漲らせるグンソー。

 斯様にして臨戦態勢の二人を前にした狂介もまた──

 

「愚問ですよ……覚悟なんて、とうに完了してます!」

 

 さらに二人の前に進み出るや、右手にした斧の刃先を16号へ向け、その斧頭に左手を沿えた。

 

 一瞬にして最前線と化したこの場に狩人と凶獣とが集った。

 全てが思惑通りに進んだ状況に安堵するもしかし、この戦いの行く末だけは……

 

──さて……どうなることか!

 

 グンソーの勘を以てしてもまだ分からなかった。

 

 

 

 

 

【 4 】

 

 

 此処、7メートル四方の通路において16号は腹ばいに尾を引きずりながら鎌首を持ち上げた。

 その状態であるならば16号の頭頂はまだ天井部まで1メートルほどの余裕がある。

 つまりは──

 

[ Arghhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!!! ]

 

 この場所であるならば、16号は存分に戦えるのだ。

 此処へ追いやられるまでさんざんに狭所で他の討伐隊に虐げられたストレスから、16号の凶暴性はいつにも増して猛々しかった。

 

 そんな16号を前にした狂介もしかし微動だにせず退こうとはしなかった。

 斧を握りしめた右腕を掲げると、両腕を開いて真っ向から16号を受け入れる姿勢を示す。

 

 そんな狂介の態度が16号の癇に障った。

 2m55cmの体躯はなるほどヒトとしては大柄ではあろうが、今の自分にしてみればまだ見下ろすほどの小人だ。

 ならば蹂躙してやろうと、なおさらに鎌首を高く持ち上げて体位を伸ばすと──16号は高高度から飛び込むかのごとくに狂介へと躍りかかった。

 

 牙の並んだ顎を目一杯に開き、このまま飲み込んでは噛み砕いてやろうと体当たりを敢行したその時である。

 その身が狂介へ触れたその瞬間、思いもかけぬことが起こった。

 

 激しい衝撃と共に突進が止められる。

 その感触をはじめ16号は地に突き出た不動の障害物に当たってしまったのかと錯覚した。

 しかしそれが間違いであることをすぐに悟る……なぜなら押し止められているその先には、狂介がいたからだ。

 

 広げた両腕の体全体を以て、狂介は真っ向から16号の喉輪を抱き留める形で突進を受け止めていた。

 しかも驚愕はそれだけにとどまらない。

 身動きが取れないのだ──けっして知能指数は高くない16号であっても、現状を判断するだけの能はある。ならば今自分が身動きを封じられている理由が、目の前の狂介に重機のごとく怪力で首根を締め上げられていることにも気付いていた。

 

 その瞬間、背筋が凍る思いがした。

 生物が危機の予感に対し感じる悪寒というものは、人も無脊椎動物も共通だ。

 刹那16号の頭をよぎった次なる判断は『逃げろ』の一手──しかし即時にそれは『無理』へと変わる。

 

 考えている間に16号の首は力強く捩じられ、そして激しく地へと叩きつけられたからである。

 そのあまりの衝撃に地表は椀状に陥没し、衝撃に砕けたコンクリの砕片が舞うその光景の中で見る次なる狂介の行動は、ひどく緩慢なものとして16号の目には映っていた。

 

 叩きつけ、両手が解放された両腕には一振りの斧が握られている。

 それが高々と振り上げられ、己の喉笛へと振り落とされ──……そこまでで、16号の意識は暗転した。

 

 狂介の斧が仰向けになる16号の喉笛を打ち付けるや、場には地響きと同時に鈍く乾いた音もまたひとつ鳴った。

 規格外のサイズと筋繊維に覆われた体躯ゆえ、切断するまでは叶わないにも、狂介の一撃が強打箇所の骨組織、あるいは外殻の類を完全に破壊したことだけはその鈍い音だけでも容易に想像できた。

 

 仰向けの状態で喉を打ち据えられた16号の体は、その衝撃が波となって帯状の巨躯を波打たせる。

 やがてはその衝撃も完全に駆け抜け、尻尾の先を数度激しく左右にぶらせたかと思うと──やがてはそれも地に落ちて微動だにしなくなった。

 

 そんな一連の攻撃を終え、

 

「……ふう」

 

 背を正して足元の16号を見下ろした狂介は、ため息ひとつをついてスーツの襟元を直した。

 

『ハハ……終わり?』

『ありゃ……出番、なかったかな?』

 

 見守っていたソワカとグンソーも依然として狂介に視線を留めたまま独り言ちる。

 やがては二人も狂介の元へと駆け寄り改めて16号を見下ろす。

 半ばに開いた口角の端から脱力しきった舌根を吐きだして微動だにしないその姿は色青く、血の気の失せた様相と相成ってもはや、死亡と判断してしまっても良さそうである。

 

『なんだお前強いな! 見た目の通りだな! ハハ!』

「いや……真正面から当たっていけたのが良かったんです。この獣の突進力も利用できましたし」

 

 もはや討伐終了に沸くソワカと狂介をすぐに隣にしながらもしかし……グンソーだけは依然として16号の亡骸から目が離せずにいた。

 

 腑に落ちぬのだ。

 

 今日に至るまで、オオカワウソチームと数多の死闘を繰り広げ、さらにはつい先ほどまでは別動隊の猛攻に晒されていたにしては、いま横たわる16号の表皮があまりにも綺麗過ぎる。

 目立つ傷などは目を凝らしても見当たらぬその理由をグンソーが考えたその時であった。

 

 突如として、16号が再動した。

 

 横たえていた体躯を痙攣に一打ちさせるや、地に背をこすりつけるかの如くその場で身を捩じらせ始めた。

 

『やはりまだ死んでない! デビィ! ソワカ!』

「了解です!」

『ハハー、往生際が悪い奴だ‼』

 

 グンソーが声を掛けるまでもなく、ソワカと狂介の攻撃は再びそれぞれの得物を16号へ撃ち落としていた。

 しかしそれらがヒットするや──16号の体は粉々に砕け散る。

 その光景に全員が目を見張った。そして同時にグンソーだけが即座に視線を走らせては自分達の背後へと振り向き視線を走らせる。

 そして新たに通路の暗がりを凝視したまま……

 

『なんてこった………』

 

 毒づく──なぜならば視線の先には、再び地に這いずりゆっくりと鎌首を持ち上げ始めた16号の姿が見えていたからだ。今しがた狂介とソワカが破壊したものは、すでに脱皮が為された後の空蝉であった。

 

 しかもその動きは起き上がるだけに留まらない。

 僅かに頭を垂れ、背をいからせるや──粘着質な破裂音と共に皮膚を突き破り、16号の背からは羽虫のそれを思わせる黒い翅が花弁の如くに弾け出ては宙空に広がった。

 そして再戦の狼煙とばかりに──

 

[ Arghhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!!!!!! ]

 

 怒りに滲んだ咆哮を上げる16号。

 大討伐は新たな局面を迎えた。

 

 

 

 

 

 

『大討伐隊・3』へ続く……

 



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【 大討伐隊・3 】

 

 

【 5 】

 

 

『どうした!? 仕留めたんじゃなかったのか!?』

 

 改めて16号を見遣るやソワカが声を上げた。

 

『確かにダメージは通ってたさ……でも奴さん、即座にそれを再生させたんだ』

 

 依然として16号を見据えたまま、グンソーは応え嘆息する。

 今日に至るまであの16号がこうまで凶悪な成長を──否、爆発的な肥大化と身体機能の増幅を果たしたというのならばそれはもはや『進化』に近い変化を果たせた理由こそは……

 

『蓄積したダメージに応じてその耐性を得てきたからだ』

 

 グンソーはそう判断する。

 一連の進化はオオカワウソ達を捕食しただけに留まらなかったのだ。

 成長の過程において、ある時激しく打ち据えられた16号はその衝撃と痛みとを記憶し、次はそれに耐えられるだけの耐久力を得て成長をする。

 ある時に激しく殴打されれば次の成長ではそれをものともせぬ筋組織の発達を果たし、またある時に刃で身を引き裂かれれば次の成長においては刃をはじく弾力と硬性を宿した外皮を身にまとわせた。

 斯様な課題の習得と再生を繰り返すことで16号は今日ここまでの凶獣へとなり上がることが出来たのである。

 

 そして今16号はここへ至るまでに受けた別動隊の多種多様な攻撃のダメージと、さらには今しがたの狂介の攻撃を受けることでさらなる高みの生物へと進化を果たしてしまっていた。

 

 今回狂介をはじめとする討伐隊との戦闘で得た課題は、臨機応変かつ縦横無尽に場を駆け巡ることの出来る機動力の確保、である。

 そしてそれを叶えるべくに肉体が選んだ進化こそがこの『翅の獲得』に他ならなかった。

 狭所であっても動きを限定されぬよう、新たに翅を獲得することで宙空という3次元のステージまでも含めた機動力を手に入れたのであった。

 

[ Arghhhhhh!!! ]

 

 一喝し無数の翅を振動させると、不協和音のさざめきが場に満ちる。

 見守り続ける中16号の体が僅かに浮遊し次の瞬間には、爆音と共にグンソー達への突進を敢行した。

 

「危ない!」

 

 寸でで狂介が前衛に立ち、一同の壁となるべくに防守に勤めるも──その衝撃に弾かれては狂介も激しくにもんどりうつ。

 

『デビィ! 大丈夫かい!?』

「気を付けて、グンソーさん! アイツ……確実にパワーアップしてます」

 

 駆け寄り傷を確認するグンソーに起こされながら狂介も止めていた息を吐き出す。

 ファーストコンタクトの際には完全にその突進を受け止めては打ち負かした狂介ではあったが、今の体当たりにおいては16号が狂介の膂力を上回った。

 

 そして斯様にして狂介を弾いてもしかし16号が止まることは無かった。

 新たに獲得した翅を足掛かりに、今となっては縦横無尽にこの下水内の空間を16号は飛び回る。

 その速さたるや、巨躯にも限らずようやく残像の尾を目で追えるほどの速力である。

 

『ぎゃッ!? くっそぉー……ッ!』

 

 その中で不意に攻撃に転じた16号の牙がソワカの右肩を割いて飛び去る。

 メンバーの中においては一番の機動力を誇るソワカでさえもがこの有り様だ。

 もはや一同に打つ手など残されていないと絶望したその時である──グンソーが一歩前に出た。

 

「ぐ、グンソーさん……なにを?」

『二人とも聞いて』

 

 依然として16号の飛び交う戦況に晒されながらグンソーは狂介とソワカに言う。

 

『なんとかしてアイツの動きを止めてみせるから、その時は作戦通りにお願い』

 

 何か案があるのかそれとも捨て身か、見守るグンソーの背からはその意図が図れない。

 今回の討伐において3人が練った作戦とは、16号の口中に火炎瓶を放り内部から焼き払おうとしたものであった。

 当初はどうにか16号を捻じ伏せてそれを強行するつもりではあったが、今のよう制止させることすら出来ない状況となってしまってはそれも難しい。

 

 しかしそれでもなお、グンソーは諦めていなかった。

 依然として猛攻に晒されながらも、前方一点を凝視するグンソーの横顔からは不安や迷いは一切感じられない。

 

 腹をくくるしかないのだ。

 もし本当に一瞬のスキが──勝利へのチャンスが微塵でも到来した時には欠かさずそれに乗り込む。そこへ全力を注ぎ込むことの覚悟を一同が胸に刻む。

 

 そしてその覚悟の中、さらに前へとグンソーが歩み出た。

 一人先んじてくるグンソーを見止め、16号の標的もそこへと定められる。

 空の一角で身を翻すや、16号はグンソーへの突進を敢行した。

 

 一直線に迫ってくる16号を正面に捉えたグンソーもまた、鋭利なフックショットの内蔵された義手をそこへ向ける。

 目に追えなかった16号が直線状に捉えられている今この瞬間はグンソーにとって最大最後のチャンスだ。

 これでどうにか出来なければ後は無い──ギリギリまで16号を惹きつけて標準を定めると、

 

『いい気になるのも……これまでだ!』

 

 爆音と共に射出されたフックがワイヤーを引きながら16号へと迫る。

 直撃でなくても構わない──要はワイヤーが16号を捉え、その身の自由を一瞬でも奪えればそれでいいのだ。

 そして撃ち放たれたフックの軌道は完全に16号を正面からとらえていた。こうまで引き寄せられては突進の勢いも相成り、もはや16号にも回避の手段は無い。

 そう誰もが確信したその刹那──16号が哂った。

 

 目も無ければ、筒状の開口に牙が並んだだけというシンプルな作りの面構えには本来表情など宿るべくもない。

 それもしかし、グンソーはそこに16号のほくそ笑む様を間違いなく感じていた。

 

 直後、迫りくるフックに対し16号は身をよじりそれを交わした。

 のみならず、まるで目に見えぬ筒に対して身を沿わせるよう直進するワイヤーの周囲を取り巻きながら突進を続けた。

 

 鳥類の持つ二枚羽根とは違い、無数の重なりを持つ16号の翅は一度飛び立った宙空においてでさえ急停止・急制動・急発進といった実に様々なアクションを可能としていた。

 その16号においては今さら正面に迫った攻撃の一点だけを避けることなどは造作もないことであるし、さらにグンソーの絶望を煽るべくにワイヤーへ触れぬようその周囲を取り巻くなどといった無意味な挙動まで見せて16号はグンソーを煽った。

 

 そして遊びは終わりとばかりに突進をさらに加速させる16号。

 最大の武器であったフックも射出されてしまったとあっては、反撃は疎か防御に移行することすら危ういこの状況──もはや全ての望みが断たれたと、誰の目からも明らかなに思えたその瞬間、

 

『莫迦はお前だよ………丸出しだ』

 

 グンソーが、哂った。

 刹那、16号の動きが瞬時にして制止した。 

 本人が意図して停止したわけではない。

 見えざる何かに絡めとられ、16号の自由は今完全に封じられているのだった。

 

[ !!!???  !  Graffff……!!??! ]

『キミにも目があれば気付けたんだろうけどね……』

 

 ようやく16号は今自分がワイヤーによって雁字搦めに宙へ貼り付けられていることに気付いた。

 しかしそうなると新たな疑問が浮かぶ。

 コレを施したのがグンソーなのだとするのならば、彼女は何時これらのワイヤーを張り巡らせたのか?

 

 ほんの数秒前までは自分こそが縦横無尽にこの空間を飛び交っていたのだ。

 もし準備されたワイヤーなどが設置されていたならば否応なしにも気付いたはずだ。

 それが何故?

 

 その時になって16号の耳は僅かな空気の振動と音を感知した。

 それこそは小動物が壁を天井を問わずに駆け巡る気配である。そしてその正体と思惑に気付いた時には全てが遅かった。

 

 この場には既にグンソーの調教した鼠達が配置されていた。

 一連の戦闘の合間、鼠達はグンソーのフックワイヤーが中継するべきカラビナや金具の設置を工作していたのである。

 

 先のフック射出からしてが既にグンソーの戦略のひとつであった。

 

 フックを交わした16号はそれにてグンソーの攻撃が全て終了したと勘違いをしたが、その裏で撃ち放たれたフックは中継ポイントの一角において方向を変え次なるポイントの経由を繰り返しては、蜘蛛の巣さながらの包囲網を編みながら16号へと迫っていたのだった。

 さらには、

 

『まさか……これで終わりだなんて思ってないだろ?』

 

 さらなるグンソーからの語りかけに16号は周囲に警戒を発する。

 目の見えぬ16号が察知したものそれは、宙に揺れる小さな金属物の気配だった。

 しかもそれらは単体ではなく、気付けば今自分を緊縛するワイヤーのそこかしこにぶら下げられているらしかった。

 

 円盤状の物から、楕円に無数の溝を刻んだものに至るまで、ワイヤーから垂れる多種多様のそれらが16号の動きに合わせて揺れ動く様はまるでクリスマスツリーのオーナメントのような有り様である。

 

 それを見定めながらグンソーはフックのアタッチメントを外すと大きく背後へと飛び退った。

 大きく弧を描いて飛び退るその中で、グンソーは落ち着いた動きで腰に刺していたハンドガンの一丁を手に構える。

 そして動脈へ針を立てるかのような精密さと冷静さを以て──撃ち放つ。

 

 原子生物ゆえの研ぎ澄まされた感性ゆえか、あるいは死を悟ったからなのか、16号には打ち放たれたその弾丸がひどく緩慢なものに感じられた。

 

 螺旋に空気を削りながら近づいてくる弾丸はやがて、ワイヤーのオーナメントのひとつに炸裂する。

 その瞬間、それが爆ぜた。

 マリーゴールドが咲くかの如くに幾重にも爆炎を重ねてそれが弾けると、その衝撃に連鎖しては次々と他のオーナメントもまた同様に爆華を散らせた。

 釣り下げられていたものは多種多様の地雷や擲弾の類である。

 それらが今、最初の爆発を契機に一斉に破裂したのであった。

 

[ Arghhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!!!!!! ]

 

 16号の断末魔が響き渡る。

 その爆風を背に、もはや着地したグンソーが背後を顧みることは無い──更なる16号の絶叫も、また更なる爆音に飲み込まれては消えていくのだった。

 

 

 

 

【 6 】

 

 

 不幸中の幸いであったことは、即死に至らなかったということ──

 

 無数の爆発物の連爆はダメージではあったが、その爆発物いずれもが地雷や手榴弾といった小型の爆弾であったことから、それらの衝撃は生命維持に必要な臓器へのダメージとなるほどの威力は有していなかったのだ。

 

 とはいえ表皮の大半に重度の火傷を負い、骨肉の爆ぜた肉体の各所から大量に出血している状態とあっては生存の確立も五分へ届くかというところ……。

 何にせよ、今16号が何よりも優先して取るべき行動はこの場所からの逃避であった。

 

 備(つぶさ)に周囲の状況を確認するに、今居る下水道のすぐ脇には排水路となる側溝が設けてあり、そこには水の流れも生じていることが確認できた。

 そこへ逃げ込むことが出来ればこの場所から離れることが出来るかもしれない──その最後の可能性に賭けた16号は、死に体の偽装を解き、全身の稼働できる筋肉を総動員するや弾けるかの如く勢いで地を蹴った。

 

 原始生物の瞬発力たるや、もはや瞬間移動にも匹敵する速度である。

 前方にて背を向けていたグンソーがそれに気付いて振り返ったその時にはもう、16号は排水溝の中へと潜水していた。

 

 汚水が傷口を洗う感触に鋭い痛みを覚えるも、それを上回る安堵が16号の大きくない脳を満たす。

 元来、水を嫌う自分の性質などこの捕食者達は熟知しているはずだ。それゆえに16号がこの窮地において自ら水中に身を投じるという行動は察知されないはずであった。

 

 あとは下水の急流に身を任せ、この場からの脱出を試みようとした瞬間──想いもかけぬ声が16号の耳に届いた。

 

『ハハハ……コイツ本当に水に飛び込んだぞ。お前の「予想通り」だなキョースケ』

 

 身を進める流れの下流から聞こえてきたその声──それこそは今までに幾度となく戦い、そして捕食してきたオオカワウソのものと酷似していた。

 そして水流の先に明らかな障害物が立ちはだかっている水の感触と気配、その先に居た者は……──

 

「身を焦がされているとなれば、それを消そうと水に飛び込むのは道理ですよ……ソワカさん」

 

 阿久間 狂介──この戦いの始まりに、人間離れした膂力を以て自分を捻じ伏せた男その者であった。

 全ての行動が読まれていた。そのことに対し絶望よりも恐怖や焦りの感情が強く16号の心を占めた。

 どうにか身をよじり前方の狂介達から逃れようと試みるも、もはやダメージと疲労の蓄積され過ぎた肉体では今の下水の急流に抗う力すら残されていなかった。

 

「フィナーレだ!」

 

 この戦いの終わりを告げるべくに狂介は流れ落ちてくる16号を受け止める。

 そうして歯牙の食いしばられた16号の口中に得物を打ち落としてエナメル層の防壁を粉砕すると、食い込ませた斧の柄尻を担ぎ上げテコの原理よろしくに16号の口腔部を解放させる。

 

 そして開け放たれたその胎内目掛け、狂介の肩に位置していたソワカはありたけの火炎瓶を放り込む。

 それを見届け狂介が斧による突っ張りを外し再び16号の口蓋が閉じられた次の瞬間──狂介の斧と、さらにはソワカのバールとが同時に16号の頭部を強撃した。

 

 その衝撃で本来は真円であるはずの16号の口角が笑みの如くに大きくひしゃげて破壊されるや、胎内に残されていた火炎瓶のことごとくが破裂して激しい劫火の火柱を砕けた歯牙の隙間から吹き上がらせた。

 

 もはや16号は呻く余力すなら無くして力尽きる。

 規格外の質量から大きく水しぶきを上げて巨体を横たわらせるや、完全に沈黙した。

 

 しばし一同は息荒く横たわる16号を言葉もなく見守った。

 そして斯様な最後を見届け、改めて16号討伐の実感を心中に満たすや──狂介とグンソー、そしてソワカの3人は期せずして咆哮の如き勝鬨を上げる。

 

 ヒトとフレンズの叫びが今、響き渡る。

 

 その声は下水道を通じ、別の区画にて捜索をしていた本隊にも届くと3人の勝利と、そして今回の大討伐の終わりとを全ての参加者に伝えるのであった。

 

 

 

 

 

 

『大討伐隊・4』へ続く……

 



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【 大討伐隊・4 】

 

【 7 】

 

 

『いらっしゃい、出来てるよ』

 

 場所は某所下水道の一角・グンソーの工房──そこにて狂介はかねてよりグンソーへ依頼していた品々を受け取った。

 それらはかの16号の素材を用いて制作した皮手袋や新たな斧といった武具の数々であった。

 

「軽い……それに今まで以上に手に馴染むようです」

 

 僅かに湾曲の見られる斧の柄を幾度となく握りしめながら狂介は感嘆の声を上げた。

 

『あの16号の骨から削り出した柄だからね。従来の金属や樫木のものなんかより遥かにしなやかで強度がある。しかもその骨ってのが未だに生きてるんだよ』

「生きている?」

『言葉通りの意味さ。その骨が単体で代謝を続けていて、多少のキズや損壊なら自分で再生して直すんだ』

 

 説明を受けてもまだ信じきれずに狂介は手の中の斧を見下ろす。まさに怪異が満ちるこのマンションならではの武器だ。

 

「グンソーさんも報酬は受け取られたのですか?」

 

 貰い受けた斧の刃にカバーをかぶせてしまいこむと、狂介もまたグンソーの近況を尋ねる。

 あの嵐のようであった大討伐から一週間が過ぎようとしていた。

 

 そんな狂介の質問にグンソーも取り出したタバコに火を灯しては大きく吸い込み、そしてさも旨そうに紫煙を吐き出した。

 

『あぁ。各部位の皮と肉、それから無傷の牙からこんなものまで作ったさ』

 

 言いながら取り出された流線形のナイフは真珠の如き光沢と純白さをランプの光に反射(かえ)しており、その様は息を呑むほどの美しさであった。

 切れ味もまた鋭く、狂介の斧の柄同様に刃こぼれや刃の丸みも自動で再生修復することから研ぎ要らずだとグンソーは笑った。

 

 あの一件を契機に狂介とグンソーの名はマンションへ広く知れ渡ることとなった。

 それを信頼され二人の元には様々は仕事の依頼が舞い込むようにはなったが、

 

「何故か僕の場合は、弁当や炊き出しの依頼が多くて……どうやら大討伐の時に振舞った炊き出しをオオカワウソ達が喧伝してくれたようです。それに今回の討伐成功も重なって、むしろそっちの方が有名になってしまったようで」

 

 加えて狂介の悪魔然とした見た目とも相成り、いつしか彼の店は悪魔の力を授かれる炊き出しというジョークのような付加価値まで付随されるようになっていた。

 しかし同時にそれは自分の居場所が此処に持てたような気がして、狂介自身悪くはない気分だった。

 

 その悪魔の如きな見た目の凶悪さから、差別然とした扱いの果てに辿り着いたマンション──この場所に置いて今は、この見た目がマンション攻略に挑む攻略勢達の活力と加護になっているのだから皮肉な話ではある。

 

『アタシの一番の収穫は16号の肉だったかな。それをこいつらに食わせてみたんだけど、思いもよらない効果があってね……』

 

 言いながらグンソーが指笛を中出ると一匹の鼠が狂介用ののコーヒーなどを運んできた。

 しかも驚くべきことに彼の鼠は、前足でカップの乗ったソーサーを持ち、さらには後ろ足で直立してはヒトの如きにコーヒーを運ぶという振る舞いを見せた。

 驚愕のあまりあっけに取られてそれを受け取る狂介に、鼠は一礼してその場を去っていく。

 

『あれを食わせたらハンパじゃなく筋力の強化に繋がったんだよ。おまけに頭の良い個体も発生した。今後の交配でその特徴が引き継がれるかは分からないけど、もしそれが可能になったら大変なことだよ』

 

 故郷にいた時同様、この場所で自分の隊が持てるかもしれないと言ってグンソーは笑った。

 笑いながらもしかし、去りし故郷の銘柄(タバコ)を燻らせるグンソーの表情はどこまでも穏やかで、そして一抹の寂しさのようなものも感じられた。

 

『今回の討伐じゃアンタにも世話になったね。改めて礼を言うよ』

「そんな……! 正直、今回は僕だけじゃどうにもなりませんでしたよ。……きっと、皆さんがいてくれたから成し遂げられたんです」

『みなさん、か……』

 

 根元近くまで灰になったタバコを地に擦り付けてもみ消すと、グンソーは意味ありげに狂介の言葉を反復して鼻を鳴らした。

 

『そういやデビィは、あれからソワカに会ったかい?』

「いえ……実は、僕もそれが少し気になっていて」

 

 あの日、共に討伐を果たした日のことを二人は思い出していた。

 

 討ち果たした16号の死骸を前に、一同は戦利品の品定めを始めた。

 マンション主体で募集が掛けられる討伐隊などの報酬は、基本的には公平に分配されるのが決まりではあるのだが、直接のトドメを刺したものが優先的に獲物の希少部位獲得にあやかれるのはこのマンションでの慣例でもあった。

 

 それに倣い一足先に16号の解体を始めた時、その胎の中から不思議なものを一同は発見していた。

 大きさにして幅30cm・長さにして1mほどはあろうかという、金属製の箱が16号の腹から堀り起こされたのである。

 取り出し改めて観察するそこには複数のダイヤルやボタンといったパーツがびっしりと配置されており、その様相はこのマンションに住む者ならば誰もが良く知る物であった。

 

 それこそはエレベーターのコントロールパネル……それが単独の箱として16号の体内に埋められていたのだ。

 

 それを一目見るなり、

 

『アタシ、これでいい。──いいだろ?』

 

 ソワカは強く興味を惹かれた様子でそれを抱き上げた。

 狂介やグンソーにしても必要性のないものであったから異論はなかったが、それを所望した時のあの、ソワカの瞳に爛とした光が宿る様子がどうにも気になって仕方が無かったのだった。

 

「意識して探したわけではないですが、僕も個人的に探してみようと思います。今回の件について改めてお礼や、ソワカさん自身のことも聞いてみたいですからね」

『あぁ、ならば任せるよ。──それじゃこいつを連れて行ってほしい』

 

 言いながらグンソーが再び指笛を鳴らすと一匹の鼠が走り寄ってきて、示し合わせたかのよう狂介の肩に登った。

 

『伝言用にそいつを預けておくよ。そいつは人の言葉も分かるから何か用がある時や私が探せない時にはそいつにことづけをするといい』

「分かりました。それじゃソワカさんのことについて何か分かった時には彼に頼みますよ」

『彼じゃない、そいつはメスだ。さらに言うならアタシの子供だよ』

 

 思わぬグンソーの言葉に狂介もまた怪訝な表情を浮かべた。

 それを受けグンソーもまた僅かに当惑したような顔を見せ、

 

『みんなこれ言うとそういう顔するんだよね。──アタシのところで扱ってる鼠達は、アタシがフレンズ化する前に生んだ子供達なんだ』

 

 それを繁殖して使役していると結ぶグンソー。

 

「それは……僕も含めて皆さんの反応が正しいと思いますよ?」

 

 改めてヒトとフレンズの考え方の違い、あるいはグンソーの特殊な感性に狂介は苦笑いを禁じ得なかった。

 

 

 

「それではまた」

『あぁ、また会おう』

 

 暇を告げた狂介はグンソーの工房を後にして帰路についた。

 途中左肩の上に件の鼠がいたことを思い出して人差し指を突き付けると、鼠は数度鼻を引くつかせた後にそんな指先に頬を擦り付けた。

 

 自分の血族鼠を使っていると言ったグンソーにあの時は気まずく感じたりもしたが、もっとも生まれた時から『軍隊』という組織の中で生きてきたグンソーにとっては、姿形は違えども血の繋がりのある者達とともに生きるということ──家族と生きるということが何よりも重要なことなのかもしれないと思った。

 けっして褒められた倫理観ではないがその根底にあるものは誰よりも純粋な家族愛であるのだ。

 

 そう思い至った狂介の顔に、思いもせずに微笑みが満ちた。

 

 何と素晴らしいことか──改めてそう思った。

 そしてそんな考え方や生き方はなんだかとてもグンソーらしいと思い、狂介は肩の鼠を撫ぜる。

 いつかは自分も家族など持てるのだろうか──そんなことを自問すると同時に、それを得た未来もまた脳裏には鮮明に浮かんだ。

 

 自分の家族の手を引き、そして引かれながら歩む世界──そんな妄想になんだかひどく気恥ずかしくなってしまい、狂介はさらに笑うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                            『 大討伐隊 』・完

 

 







──以上を持ちまして、『大討伐隊』は終了となります。
お付き合いいただきました参加者様を始め、この物語を読んでくださった皆さんへ感謝を申し上げます!

また次回、このような企画がありました時にはご参加していただけると幸いです。


ありがとうございました‼




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【 夢の続き 】

 

 

 いつからか──夢の中には女が現れるようになった。

 

 遠くに確認できるその女はいつもうつむいて物憂げな視線を足元へ向けている。

 ひとえに『女』といえど、彼女はヒトではなかった。『フレンズ』だ。

 詳しくはない男に彼女が何の動物かまでは分からなかったが、ともあれ夢に現れるようなったその女に対し、当初は特別に何かを感じることも無かった。

 

 二度目に表れた時もそうだ。三度目も特には何も考えなかった。

 しかしながら四度(よたび)それと遭遇するにあたり、男の胸中には懸念が沸き上がる。

 そして五度目となる今回──睡眠の度に例外なく表れてくるその事実を認識し、男はようやくに女が怪異の一端であり、そして自分がそれに憑りつかれてしまったことへ気付いた。

 

 一体どこで貰ったものか?

 マンションの怪異の恐ろしい所は、目に見える物質的な被害だけではないというところにもある。

 この女のように一切の知覚を刺激することなく、気付けば精神を蝕まれているといったものだって珍しくはない。

 

 問題はこの後だ。どう対処するかに依る。

 肉体そのものを丸ごと再生させる手段はマンションに存在していた。それを活用することで大概の問題は解決する訳だが、こと精神汚染に関してそれは有効なものなのだろうか?

 

 ふとそんな好奇心が芽生えると、男は夢の女を観察することに決めた。

 もとより男は外界に絶望することでこのマンションへ逃げ込んだ手合いである。捨て鉢の心に恐怖などは元より薄い。

 そんな男にとってはむしろ、この女の正体と目的とを突き止める探求心の方が恐怖を上回っていた。

 

 見つめる女は初めて夢に出た時と同じ姿勢のまま微動だにしなかった。

 俯き、所在なげに腰の前で両手を重ねた姿勢のままいつまでも動かない。

 もはや写真や絵画のような二次元的な存在かとも疑ったが、時折り僅かに身じろぎをする様子からも、女は確かな実態を以てそこに存在しているようであった。

 

 当初は精神汚染などの線も疑った男ではあったが、目の前の女からはそういった類の恐怖や圧などはまったく感じられない。

 むしろどこか悲しげで儚いその様子からは、こちらの言動こそを警戒しているかのようにすら思える。

 そんな彼女を見守り続ける男にはいつしか心境の変化が訪れていた。

 

 一日の終わりに眠りにつき、そして夢の中で彼女を確認する時……男は大きな安らぎを覚えていることに気付いたのだ。

 そして小さな変化は女の方にも表れた。

 時折りこちらの様子を窺うように彼女も視線を巡らせるのだが、そんな女と視線が合うことが多くなった。

 最初の頃は、視線が絡むと恐怖あるいは気まずさを感じてはそれを振り切っていた二人ではあったが──ある時、女が微笑んだ。

 

 とはいえそれも親愛を伝えるようなものではなく、まだ挨拶の会釈めいたよそよそしい物ではあったが、それを機に二人の精神的な距離がぐっと縮まったのを互いは感じていた。

 やがてそんな言葉の無い交流は常態化していく。

 以降夢の中で会うと、互いは最初に会釈しては無言の挨拶を交わすようになった。その後もちらちらと目が合うたびに互い微笑み合い、いつしか女は満面の笑顔を見せてくれるようにすらなった。

 

 もはや互いに敵意や害意が無いことは分かっていた。

 そうなると次のステップとして、直接に声が聞きたくなるのは当然の流れであろう。

 ある時、男は意を決して女へと近づいていった。

 

 ついに物質的な距離を縮めてきた男に女も緊張した様子ではあったが、それでも逃げることはしなかった。その瞬間こそは女もまた望んでいたものであったからだ。

 そしてついに男は女へと至り──声を掛ける。

 

『あ……初め、まして』

 

 ぎこちない挨拶を返した女の声は、男が夢想していた通りの穏やかで澄んだものであった。

 そんな初めての会話の内容を皮切りに、実に男は様々なことを聞いていく。

 

 一番の関心事は女の正体と、そしてなぜ彼女が男の夢の中に表れるのかということ──女曰く、やはりというか彼女はこのマンションの怪異であった。

 

 とある階で一定の時間留まっていると、彼女は対象の夢の中に醸成されるのだという。以降は知っての通りだ。 

 特に対象を疲弊させるでもなく、女はその相手の夢の中で共に過ごし続けるのだという。

 

 興味深かったのは彼女もまた受け身の存在であり、自分の意思で相手の夢に現れるわけではなかった。

 ある時急に彼女は生み出され、しかも以降は相手の為されるがままだという。

 抵抗するだけの腕力がある訳でもなければ、相手を屈服させられるだけの特殊な能力がある訳でもない……もし相手が暴力に訴えくるようなことがあれば、彼女は永劫に逃げ続けるしか術がないのだ。

 だからこそそんな運命の相手の出現は期待と同時に、大きな恐怖もまた孕んでいたといって女は笑った。

 

 自分の相手がこの男であって、本当に良かったと微笑んだ。

 

 男にとっても女の存在は掛け替えの無いものとなった。

 一日の終わりに女の待つ夢の中へ帰ることこそが男の喜びと、そして現実になった。

 女もまた男の帰還を待ち望み、そうして二人は一日のことを互いに報告し合いながら至福の一時を共にする。

 そんな二人の間に愛情が芽生えることはごく自然なことであった。

 

 しかしながらそれゆえの弊害もまた生じていた。

 夢から覚める時、男は薄暗く体の重い現実に帰ることへ絶望した。

 もはや男にとっては現世こそが悪夢であり、そんな世界を生き続けることに疲弊していた。

 

 ならば、より長く女のいる世界に留まれないものかと男も試行錯誤するが、あの世界にはまた独特のルールが存在するようで、男の願いが通ることは叶わなかった。

 

 まず条件の一つとして、睡眠薬や薬物に依る昏睡は無効であるということ──あくまでも眠りは自然なものでなければない。薬によって睡眠時間を延ばすことは不可能であり、そもそもがあの空間に辿り着くことが叶わなかった。

 

 ならば死んで一緒になろうと覚悟を打ち明けた男に対し、女は恐怖の表情に顔を歪めては青ざめた。

 そして男の胸にすがり、それだけはやめてくれと懇願した。

 

 死に依る永遠の眠りを得ることでこの夢に留まる、という考えは間違えではなかった。

 しかしそれは寿命や已むを得ぬ事態に見舞われた場合の自然死のみが対象であり、自殺あるいはあからさまに死ぬことが分かっている状況でそれを受け入れた場合などは無効であるということだった。

 

 現世においては精一杯に生きてほしい──そう女は諭してくれたが、それ以降の男の生は無限の苦楚を蒙(こうむ)ることとなる。

 

 男の注意は食生活から始まった。

 健康的でなおかつバランスの良い食事を追求するあまり、無添加無農薬といった食材の吟味はもとより、食べる量や時間帯も考慮するなどその精密さは常軌を逸したものとなった。

 

 そもそもがこのマンションに留まること自体にリスクがあると考えたことから、マンションを出て外の世界へ戻ったりもしたが……このマンションを出てしまうと、夢の中に女は現れなくなってしまった。

 怪異であるところの彼女はマンションの一部であり其処とは切っても切り離せない関係であるのだ

 

 ならば生活の基準は外に置き、そこから就寝の時にだけ通うという生活も試みてみたが──やはりそのパターンにおいても彼女が夢に現れることは無かった。

 

 恐ろしいのは外にいる間に女がマンションから消えてしまうという懸念もある。それでは本末転倒も甚だしい。

 やはり万全を期すためにもマンションに留まり続けることが望ましいのだろう。

 その結論に至り、男はオオカワウソ達に毎月一定の金額を支払うことで、万が一の時には自身の捜索と救出をしてもらえるように話もつけた。

 

 斯様にストイックな生活は肉体と精神の両面から強いストレスで男を苛み、いつしかそれは不眠という形になって男を悩ますようになった。

 そんな時は、健康を害さぬ量に注意をしながら薬物などを服用して睡眠を得たが、それだと女に合うことは叶わない。その段においては二人が夢の中で顔を合わせられるのは、年に数回程度となっていた。

 

 しかしながら、その数少ない触れ合いになおさら二人の絆は強固となっていく。

 いつしか永久に共に在られるよう二人は望み誓いあうのだった。

 そしてその時は、突如して訪れた。

 

 ある時、男は見慣れぬ階で降りた。

 単純なコントロールパネルの操作ミスにより辿り着いた階ではあったが、エレベーターの箱の中から窺うそこに危険性などは何も感じられなかったから、つい不用意に男は足を踏み込ませてしまったのだった。

 

 その階──否、もはや個室と言っても差し支えの無い空間は、エレベーターから降りて5メートルも歩くとすぐにモルタルの壁に突き当たった。

 天井の高さも2メートルほどで部屋幅も同程度だ。窓も無ければ家具や什器の類も備え付けられていない、本当にただモルタル10m平米の空間である。

 

 壁に仕掛けの類も見つけられなかったことから、『こういう部屋もあるのだろう』と男も判断し、この部屋から出ようと振り返ったその時であった。

 目の前の光景に愕然として男は息を止める。

 

 エレベーターの扉があるべき目の前には、つい先ほどまで調べていた壁と寸分違わぬモルタルの壁があったからだ。

 すぐさま半身を翻すと男は再度、部屋の中をぐるりと見渡す。

 四方は全てがモルタルの壁に囲まれていた──出口も無ければ入り口すらも存在しないその空間内に男は閉じ込められていた。

 

 その状況を前にすぐさま男はエレベーターのドアがあった壁面へ取りつくと、細部に至るまでそこの表面を調べて回る。

 拳で打ち、四隅の隙間へ爪を差し入れ、幾度となくその表面を両手でなぞった。

 それでもしかし、モルタルの壁はまるで最初からそうであったかのよう重く冷たい質感を男の触覚へ伝えるのみである。

 

 背にしていたバックパックを下ろすと、さらに男は本腰を入れて室内の調査を始めた。

 今、目の前の壁にしたことと同じ観察を残る三面へ対しても行う。

 やがては全ての壁が同じくにモルタルの凝縮された壁であることを確認すると、男は自分が完全にこの空間へ閉じ込められたことを悟った。

 

 以降はこの場所からの脱出を図るべくに男は行動していく。

 まずは外部との連絡を試みた。

 携帯電話やトランシーバーの類を使用するも電波はその一切が遮断されていて通信が出来ない。

 ならばインターネット回線から文章等の発信ができないかとも試みたが……メール、モバイルメッセンジャーアプリ、さらには各SNSでのメッセージへの書き込みも此処においてはその試みの全てが徒労に終わった。

 

 通信を諦めると、次は壁の破壊が行えないかと思索する。

 手元の荷物には携帯式の小型スコップがあり、それにて壁の一部を穿いてみる。

 甲高い金属音と共に僅かに表面へ傷がついたが、同時にスコップの切っ先もまた丸く凹んだ。

 この程度の道具では数か月かかっても脱出路など掘削することは叶うまい。

 

 思いつく限りにこの空間からの脱出法を試み、そしてそのこと如くが潰されていく……しかしながらそれを行う男の貌は──笑っていた。

 

 可能性がひとつ潰れるごとに男の笑顔は輝きを増す。

 それこそはけっして絶望などではない待ち望んだ状況であり、失敗するごとに男の希望は強く輝きを増すのだった。

 

 数日後──精魂尽き果てた男は壁面の一角に背を預けたまま微動だにしていなかった。

 項垂れ、両足を投げ出して座り込む男の周囲には開け放たれたバックパックと、そして様々な道具の類が散乱している。

 食料も無く、通信機の電池はことごとくが尽きて、もはや立ち上がることすら叶わぬほどにまで消耗した現状……後は朦朧と、夢とも現実ともつかぬ意識で微睡を繰り返しながら、男は幾度も今日までの行動を確認していた。

 

 この状況に対し、自分は全力を尽くせたであろうか?

 傍から見た時……否、このマンションは今の自分の死を『已むを得ぬもの』と判断してくれるだろうか?

 幾度となく自分の行動を省みてはミスが無かったかと繰り返す思考は学生時代、テストの終盤に答案を確認する自分を思い起こさせた。

 

 思わぬ記憶の再生を可笑しく思っていると、それら記憶はどんどんと遡っては幼少期の体験を男に見せていく。

 これこそが走馬灯なのだと気付くといよいよ以て最後の瞬間が近いことを男も悟る。

 今、男が最も望むことはあの女のいる場所へ帰ること……そして共にいられることそれだけだ。

 

 記憶の旅のその果てに男の視界が白く開けた。

 眩いばかりのその世界の果てにはただ一つ人影が見える。

 男はいつしか駆け出し、その誰かへと向かっていった。

 

 

 薄暗いモルタルの個室の中でついに男は事切れる。

 その最後の瞬間、男は最後の力を振り絞り両肘を抱いた。

 

 

 

 

 

 

※      ※      ※

 

 

 

 

 

 小型のメモ帳に記された男の手記から顔を上げ、俺は改めて足元を見た。

 

 見つめる先にはこの手記の持ち主であった人物の死体がある。

 壁に背を預け、足を投げ出しては両肘を抱いた姿勢の男……その姿は何かを抱きしめているのかのようにも目に映る。

 

 偶然に辿り着いたこの階にて男と手記を発見し、そこに記された一連の顛末を知るに至り俺は深くため息をついた。

 

 この男のことは知っていた。

 直接の知り合いなどではなく、彼の行方を捜すビラやオオカワウソ達の聞き込みを一時期はいたる所で目にしたからだ。

 

 当時、こうまで念入りに己へ保険を掛けていた彼を『心配性な奴だ』と苦笑い気に思ったこともあったが……この真相を知るに至り、その認識がとんだ勘違いであったことを俺は知るに至った。

 

『ハハ、コイツ知ってる。死体、持って帰ろう! 金もらえるぞ』

 

 立ち尽くす俺の横から、同じくにこの男を見下ろしていた相棒が声を上げる。

 このマンションには死者を蘇生──厳密には違うのだが、生前の通りに再生させられる手段がいくつかある。

 攻略勢のなかには自分で自分の懸賞金を積み立てて、万が一の際には死体を回収してもらいそれを支払うといったビジネスも存在する。

 かくいうこの男もまた同様の保険を用意しており、彼の死体を持ち帰ればその積み立てられた礼金を受け取ることが出来た。

 しかし俺は、

 

「いや……この人はもう、いいんだ」

 

 呟く様に応えては再び男へと視線を落とした。

 

 痩せこけて、もはやミイラの様相すら見せ始めている男の遺体は──その口元がほころんでいた。

 俺は二人の男女のことに想いを馳せた。

 

 この男は、女の元へ還れたのだろうか?

 

 その刹那、自分の妄想とは思えぬほどクリアな情景が脳内に広がった。

 それは重たげな装備に身を包んではマンションの中を往くこの男の姿だった。

 男は無事に帰路へ着き、歩き疲れた声で感慨深く『ただいま』と告げる──そんな彼をマンションの一室で待ち続けていた女は優しく迎え入れるのだ。

 やがて二人は深く抱き合って、霧の中に消えていく……そうしてこのマンションの中に溶けあい、もう離れ離れにされることも無い。

 

 

 あぁ……良かったじゃないか。ちゃんと出会うことが出来て。

 女の元へ還ることの出来た男を見送ると、俺は恥ずかしくなるくらいに泣いてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

【 終 】

 



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【 49階 】

 

 

 

 最初に異変を感知したのは相棒だった。

 

 呼び止められ振り返れば、相棒は珍しく慌てた様子で右に左に忙しく視線を往復させていた。

 さては周囲に何か現れたのかと俺も視線を巡らすが、回廊然としたこの階には俺と相棒と、そしてもう一人の俺以外には何も怪しい気配は無い。

 それでも警戒を続けているとついに、

 

『お前! なんでお前、二人いるんだ!?』

 

 相棒は大きな声を上げた。

 その声にようやく彼女の注意が俺達に向いていたことに気付いて、俺は改めて自分の体を見下ろす。

 

 見下ろす胸から下には別段異変は見られない。目の前で手も広げて両手の確認をし、さらにはもう一人の俺にも声がけをして互いの変化を確認し合うも、そこに異変の類は見られなかった。

 

「どうしたんだ? 特に変わった変化は見られないけど……」

『ハハッ!? じゃあ隣のヤツ誰だ!? っていうかお前がニセモノか!』

 

 ついには背のバールも抜き取り、警戒心もあらわにこちらを威嚇してくる相棒へ俺達もどう対応したらいいものか思案に暮れる。

 

『隣のヤツ』『ニセモノ』……相棒の言い方から察するに、俺たち以外の第三者を彼女が察知していることは明らかだが、俺にはその誰かがまったく見えない。

 情けなくも右往左往するばかりの俺を前にしながら、興奮していた相棒も徐々に沈静化しては落ち着きを取り戻す。

 

『んん? ……二人とも『お前』なのか?』

 

 依然として手にはバールを携えていたが、それでも相棒は俺達に近づくと左右の俺の腹をそれぞれに嗅いでは何かの確認をする。

 

「本当に意味が分からないよ。お前には何が見えてるんだ?」

『……マジか? お前が二人いるんだぞ?』

「ふたり……ねえ」

 

 本当に相棒の言っていることが分からなかった。その言動はむしろ、相棒こそが何らかの怪異で正気を失っているかのよう思えるほどだ。

 彼女は俺が『二人いる』ということに疑問を感じているようだが、そんな当たり前のこと言われても困惑するばかりである。

 例えるに、手も足も眼も俺には左右それぞれが存在している。もう一人の俺だって同じことだろう。その存在を問われたところでこちらは何と答えたらいいものか応えあぐねるばかりだ。

 

 しばしそんなやりとりをしていると、相棒もまた交互に俺達に触れては彼女なりの検査を開始する。

 

『おい。お前は前からアタシを抱きしめろ。お前は後ろから』

「なんだ? それはどういう……」

『いいからはやくしろー!』

 

 言われるがまま前後から相棒を挟み込む。

 もとより小さい体とあって二人で抱き込むと相棒は完全に俺達の中に埋もれてしまう。

 その中心で、

 

『ハハ……ハハハー♪ 潰されるー』

「本当にどういう意味があるんだよコレ?」

『じゃあ次! 次は二人でアタシを撫でろ! お前はほっぺたを手で包んで、お前は頭をなでなでしろ!』

「いや、だからこれ……」

『はやくしろ! ………うわー♡ ハハハ~♡♡』

 

 もはや検査ではなく、単に二人がかりの愛撫を受けたいだけだということに気付いてげんなりとする俺。なんだこれは?

 抗議のタイミングも逸し、言われるがままに背から相棒の頭を撫でていた俺ではあったがふとその異変に気付く。

 後頭部を撫でていたはずが、いつの間にか目下には目を細めた相棒の顔があった。

 

 気付いたその瞬間は彼女が振り返ったものだと思っていたがふと視線を巡らせれば、そんな相棒の背後にはもう一人、何者かの後頭部が見えた。

 背丈のほどは相棒とまったく同じその第三者…‥・突如として現れたその存在に俺の不整脈は大きく高鳴る。

 

──誰かいる……俺たち以外の誰かだ! いつの間に……!?

 

 正面の相棒を撫でていた手を止めると、俺はそこにある何者かの後頭部へと手を伸ばす。

 そしてその指先が髪の中に潜り、その感触に件の第三者が振り返った瞬間──

 

「ふ、二人ッ? 二人いる!?」

『ハハ?』

 

 目の前には、相棒が二人いた。

 顔を揃えてつぶらな瞳で見上げてくる二人の表情──まったく同じであることの違和感が恐怖として俺の目には映っていた。

 弾かれるよう俺達は後ずさると、改めて二人の相棒がその場には立ち尽くしていた。

 

「お前……いや、お前ら……いや、やっぱりお前なのか? だ、誰なんだ?」

『ハハ?』

 

 依然として並び立つ相棒達を前に、声を掛けるべき対象を決めあぐねては不明瞭に俺も口ごもる。

 

「どっちが……どっちが本物なんだ?」

 

 そうして半ば懇願するよう尋ねる俺に返された答えは──

 

『ハハ、どっち?』

『ふたりともアタシだろ?』

 

 さも不思議そうに応える怪訝な表情の相棒達にようやく俺は気付きつつあった。

 もしかしてつい先ほどに相棒が取り乱していた理由はコレなのではないか?

 自分にとってはさも当然のことのように思える事例──今回においては分裂する自分こそが、この階における怪異ではないのか。

 

 ならばその目的は何なのだろう? 

 複製階のような機能も考えたが、それにしてはやり方が遠回り過ぎる。

 もっと別な思惑……何か悪意を孕んだものが隠されていやしないだろうか?

 

 答えなど分かりようもない思索にふけっていた俺は、突如をして発せられた相棒の声に顔を上げる。

 そうして目に入ってきた光景に唖然とした。

 

 目の前には──視界一杯に相棒が溢れていた。

 まるでサッカー場の客席よろしくに見渡す限り、辿ってきた通路の奥先まで場にはいつの間にか分裂したであろう相棒達でひしめき合っていた。

 

「んなッ……な、なんだぁ!?」

 

 もはや悲鳴然として声を上げる俺に対し、

 

『お前らなんなんだ!? いつ増えた‼』

 

 一方では、その大量の相棒達が一様に驚きの表情を浮かべている。

 その反応に俺もまた冷静さを取り戻す。

 なるほど……まったく実感はないがどうやら俺もまた、この光景と同じよう大量に分裂しているようだ。

 

 大量の俺と相棒とで埋め尽くされた通路にすし詰めとされながら、俺は傍らにいた相棒の手を取る。

 

「と、とにかくこの階から出るぞ!」

『わ、分かった! ──ってお前、ホンモノなのか!?』

 

 相棒の疑問ももっとだ。しかしそれは俺にとっても同じこと。

 それでもしかし、俺には確信があった。

 

「この階にいる奴らは、お前も俺も含めて全員が『本物』だ」

『なんで分かるッ?』

「行動が一緒だからさ」

 

 俺の答えに大量の相棒は、皆が一様に怪訝な表情を浮かべた……この反応こそが答えだ。

 どんなに増えようと意志は一つ──この階の怪異は『ただ増えること』であり、それは第三者が現れることではない。

 いかに無限に増えようとも、この階において一人は『一人』なのだ。

 

「とはいえ、留まり続けていては何が起こるか分からない。とにかく一刻も早くこの階から出るぞ」

『おぉー!』

 

 無数の相棒から一斉に返される声はまるでライブ会場のコール&レスポンスだ。

 

 既に辿ってきた道には無数の俺達がひしめき合っていて、戻る選択にはリスクがあるように思えた。

 ならばこのまま進行して新たなエレベータなり非常階段なりの脱出方法を探る方が効率的であろう。

 俺達は一斉に走り出していた。

 

『うわ、うわわ! すごいなコレ! ここから出るはいいけど、誰が出ればいいんだ!?』

 

 流れる大量の俺の雑踏に揉まれながら相棒の一人が声を上げる。

 

「この場合は誰でもいい! 俺たちそれぞれの、誰か一人ずつが出られればいいはずだ!」

 

 俺もまた相棒の手を取って引き寄せると、混雑の騒音にかき消されぬよう声の限りに応える。

 同時に、いつしか階そのものの様相が一変していることにも気付く。

 モルタル一辺倒であった壁面は、今や生物の内臓を思わせるような赤暗色に充血した肉壁に姿を変えていた。

 いよいよ以てキナ臭くなってきたその様子に俺達はさらに足を速めた。

 

「ゴールするのは誰でもいい! 後ろの俺達は一番先頭の二人を押し上げろー‼」

 

 やがては目指す先に、周囲の生物めいた壁から浮き上がったエレベーターの無機質なドアが見えた。

 それでもドアはその周囲が肉に埋もれて飲み込まれつつある。

 

 その前に取り付くと、俺達は数人がかりでまずは肉の蕾を四方から拡張しにかかる。

 それによりエレベーターのドアが露になると、ついで相棒達数人がそこに駆け付けてはドアをこじ開けた。

 そうして辛うじて人間一人が通れるであろう隙間を作り出すと──

 

『いけェー! 誰か、入れェー‼』

「誰でもいい! 続いてくれー!」

 

 相棒と俺の声──さらには背後からの力に押し出されて、俺達はエレベーターの中へと押し込まれた。

 中へと入り込みドアが閉じるその瞬間まで、背後からは見送る俺達へ掛けられる俺達の激励が波のようにエレベーターの中へと流れ込んでいた。

 

 そして直後、拡張の限界を迎えたドアが閉じると……箱の中は今までの喧騒が噓のような静寂に包まれた。

 取り急ぎ居住階へ向かう操作を行うと──動き出した箱の中でようやく俺は深いため息をついた。

 

「はぁー………不思議な気分だ」

 

 いつものエレベーターの重力の中でつい俺も呟く。

 九死に一生を得たのかもしれないが、この時の俺にはあの階を脱したことによる恐怖や生還の安堵というものが一切無かったからだ。

 不思議な話ではあるが、胸の内はこれ以上に無い充実感で満ちていた。

 おそらくは俺自身がゴールできなかったとしても、他の代表を押し上げたことが出来たならきっと同じような充実感を残された俺も味わっていたことだろう。

 

 そんな不思議な感覚を相棒もまた感じているのかと思うと、興奮も冷めやらぬことから俺は傍らの彼女へと声を掛ける。

 掛けるが………

 

『………………』

 

 一方の相棒はというと──片手を腹部に当てた姿勢のまま、硬い表情で己の体を見下ろしていた。

 いつにないその神妙な様子に俺も我へ返り、慌てて寄り添っては相棒の肩に手を掛ける。

 

「どうした? 怪我でもしたのか? 腹か?」

『…………』

 

 しかしながら相棒は依然、茫然自失といった体で微動だにもしなかった。

 見たところ相棒の体には目立った外傷も出血の様子も見られない。ならば精神汚染の可能性もまた考慮して仮眠室への訪問も考える俺へと、

 

『………こども、出来た』

 

 語り掛けたのか独り言ちたのか、相棒は呟くように言った。

 それを受けて俺もまたオウム返しに聞き返す。

 一方でようやく相棒もまた顔を上げたかと思うと、今度は一変して不安げな表情を見せてくるのであった。

 

 その様子からはジョークを言っているようには見えない。

 タイミングを考えるに、先ほど駆け抜けた階の影響であることは間違いなさそうだった。

 ならばどのような仕掛けがあそこにはあったのだろうか?

 

 通路の中を駆け抜けただけのあの瞬間に性行為などあったはずがない。

 ただ大量の俺達で出口を目指して走り続けたあの瞬間に……──

 

「大量の俺達、コピー……そうか、それらが遺伝子の擬人化なのだとしたら……」

 

 とある仮説に辿り着き、俺はすべてを悟った気がした。

 

 あの階は──相棒の子宮だったのだ。

 その中を俺達は互い無数の遺伝子となって辿り、そしてこの深部ともいうべきエレベーターへと辿り着いた。

 俺と相棒の遺伝子が共にここへとたどり着き、そして今──彼女は受精を果たしていた。

 

 考えを巡らせる俺の胸に、相棒は飛び込むよう額を押し付けてきた。

 いつもの悪ふざけかと思いきや、密着する体が小刻みに震えているのが分かった。

 

 どう対応してやればいいものか考えあぐね、包むように背へ両手を回してやると相棒は途端に抱き着いては強く両腕に力を込めた。

 深く顔を埋めた相棒の表情をうかがい知ることは出来ない。そうして互いの体温が感じられるくらいになると、もはや俺の腕の中で跳ねるほど勢いで相棒は震え出していた。

 やがて、

 

『……こわい…………』

 

 絞り出すように相棒は言った。

 その段にいたり、ようやく俺も事の深刻さに気付く。

 

 はたして今、相棒の胎内にいる者は何者なのだろうか?

 

 怪異であることに違いはなく、もしこれが相棒に害をなす者だとした場合──俺達はその生命を駆除することが出来るのか?

 死をも厭わぬ俺達が、新たに授かった生に怯えている……しばしそこはかとない不安にさらされながら、俺達を乗せたエレベーターは上昇していくのだった。

 

 

 後日、相棒の妊娠が確定した──一ヶ月目であった。

 

 

 

 

 

 

 

【 終 】

 

 



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【 肉屋 】

 

 

 

 妊娠5か月目を迎えソワカの腹もだいぶ大きくなった。

 母子共に無防備となるこの頃は心身ともに不安定な時期ではあるのだがしかし──そんな時に限って相棒がロストした。

 

 状況の詳細としてはこうだ。

 ある時のマンション攻略中──ふと辿り着いた階はエレベーターのドアから先が断崖絶壁であった。

 薄暗く視界も定まらなかったことも災いして、知らずに一歩を踏み出した相棒──この場合、ソワカの配偶者でもある人間・ケビンはそのまま落下し、帰らぬ人となった。

 

 ロストとは言っても、この場合はほぼ死亡が確定しているといっていい。

 ソワカもまたどうにか彼を助けられないかとケビンの落ちた断崖を覗き込んだが、渓谷の如き眺めは底すらも窺えないほどの深さで、ここに落下していったケビンの生存が絶望的なことはフレンズの楽天的な性格を以てしても認めざるを得なかった。

 

 そもそもがこのマンションにおいては死亡や消失は日常的なことである。

 それを回復、あるいは復元する手段は攻略勢も確立しており、かくいうソワカ自身も幾度このマンションで命を落としたか知れない。

 しかしながらそんな何でもありの不条理さを伴った世界であっても、明確なルールが存在する。

 

 今回の死者蘇生においては、死亡した者の肉体が残されているということが必要最低条件であった。

 

 ゆえにソワカは頭を抱えた。

 今回のケビンの死亡は罠にかかって頭や内臓が欠損しただとか、あるいはクリーチャーの類に食い荒らされたなどというものではない。

 文字通りの消失であり、必要不可欠な肉体は丸ごと谷底へと落ちていってしまったのだ。

 

 前者のパターンであるならばどうにか死体を、あるいは肉片をかき集めれば複製を作り出すことも不可能ではないが、今回に限っては指の一本として手元には残されていない。回収する手段すらも無い。

 

 復元方法のひとつに複製階というものがあり、その場所の装置に複製したい者の肉体あるいはまとまった量のDNAを投入すれば、生前の姿で生きた対象をアウトプットしてくれる訳ではあるのだが、前述の通りにケビンの肉体は手元にないのだ。

 

 どうにかして彼を複製できないかと、居住スペースを隅まで掃除して彼の毛髪と思しきものをかき集めて装置に仕込んではみたものの……そこから生み出されるものは、コピー元と同じ一塊の毛髪類と綿埃のみという惨憺な結果であった。

 

 さすがの楽天家であるソワカもこれには頭を抱えた。

 もはやケビンをこの世界に復活させる手段は皆無に等しかった。

 手持無沙汰に大きくなった腹を撫でる。

 初産に加えてこんな場所だ……果たして自分ひとりの力で無事に出産を終えられるかどうかを考える時、ソワカは言いようのない不安と恐怖に駆られては背筋を震わせた。

 

 そうしてあてもなく歩いていた彼女はとある場所へとたどり着く。

 ふと地に落としていた視界に光が差し込んだのに気付いて顔を上げると──進行方向の左手には『肉屋』のショーウィンドウが輝いていた。

 

 居住階に近いここに居を構える肉屋は、このマンションにおいても数少ない安全な場所(みせ)のひとつである。

 いつでも、それこそ24時間体制で望む肉を望む量で買えるこの場所は、ソワカ自身も幾度となく利用したことがあった。

 近い例ではつい数週間前に、母子に滋養をつけようと理屈をこねてはここで少し値の張る牛肉をケビンに買わせていた。

 

 そんな思い出が本当に遠い昔のことのように思え、柄にもなく鼻をすするソワカではあったがそんな折──彼女はあることに気付く。

 それは啓示の如き閃きであった。

 はたしてその考えが合っているのかは分からない。それでもしかし、試す価値はあると判断するやソワカの足は自然、走るように肉屋へと向かった。

 

 そして番台兼のショーウィンドウへ身を上がらせると──

 

『肉を売ってくれ! 人間の肉だ! トチっていう奴の肉をいっぱい! 一人分くれ‼』

 

 挨拶も無しに、ソワカはカウンターの向こうへと声を掛けた。

 そんなソワカの声に反応してか蛍光灯の青白い光の下、薄汚れた白衣の作業着に身を包んだ店の店主がのそりと身を乗り出す。

 大柄の肥満体で頭髪の類は眉毛に至るまで一切見られない。

 そんな特徴的な外見であってもしかし、彼の印象が一切記憶に残らないのはこのマンションの七不思議のひとつだ。

 

 ともあれそんな店主はしばしショーウィンドウの先のソワカへ視線を向けていたかと思うと、ある時急に視線を振り切っては店の奥へと下がってしまった。

 店そのものが巨大な冷蔵庫でもある店内には、牛とも豚ともつかない巨大な肉のブロックが幾層にも吊り下げられている。

 そんな肉の林の中へと消えてしまったまま店主は戻ってこなかった。

 

 やはり上手くはいかなかったかとソワカも思い、なかば諦めては身を乗り出していたショーウィンドウから地に降りたその時であった。

 視線を落としていた足元に何か見慣れぬものが入った。

 

 青いゴム製の台車だ。

 その上にはビニールに包まれた巨大な何かが乗せられている。

 はたしてこんな物が此処にあっただろうかと視線を上げると──目の前には肉屋の店主がいた。

 

『ッ‼? ハハ──ッ!?』

 

 そのあまりの唐突さに心底驚かされてはソワカも尻もちをつく。

 しかしそんな彼女の驚愕も、次なる衝撃でさらに塗り重ねられることとなる。

 地に尻をつき、視線が下がったことでソワカは改めて目の前の台車に積まれたそれを凝視した。

 

 ビニール袋に包まれた巨大な何か──豚肉を思わせる白い皮膚の肉塊を目でなぞると、その中に人間の首が紛れていることに気付く。

 光の消えた濁った水晶体の視線をどこに定めるでもなく投げかけてくるその顔こそは……探し求めていたケビンその人の首であった。

 

 あまりにあっけないその邂逅に瞬時ソワカは呆けた。

 しかし徐々にケビンの肉体を取り戻したのだという実感が胸の内に沸き起こり、そしてそれが頭を駆け巡るや──やおら立ち上がり、ソワカは台車のハンドルに両手を掛けては一目散にそこを脱しようとした。

 

 その刹那──突如として何かがソワカの右腕を締めつける。

 何事かと思い視線を落とせば、そこにはソワカの細腕を握りしめる店主の右手があった。

 さながら油の詰められたゴム風船ともいうべき節くれの一切見られない丸い拳……それでもしかし万力の如き力で締め付けつつ、店主は身を屈めてはソワカの腹を覗き込む。

 

『な、なんだ? ……あ、そうか。金か』

 

 不審にそれを見返すソワカも店主の意図を察したのか、残る左手で上着のポケットをまさぐる。

 しかしこの時の店主の思惑は……そんなこととはまったく別のところにあった。

 

 一方でソワカはようやくポケットの一角から目当ての物を探し出す。

 

『ホラ、これ! 前もこれで買っただろ?』

 

 差し出される左手に摘ままれていたものは多種多様なカードの束であった。

 おそらくはクレジットカードによる支払いをしようとしているのだろう。訳も分からずに部屋中からかき集めてきたカード類は他店のポイントカードやケビンの身分証明書の類ではあったが、幸いにもその中にまだ利用可能なクレジットカードも含まれていた。

 一方で店主もまたソワカを開放すると、前屈みに丸めていた身を起こしてはそれを受け取る。

 そうして売買が成立したことを見届けるや、

 

『ツリはいらん!』

 

 ソワカはケビンの死体が乗った台車を押しては飛ぶかのごとくに通路を駆け抜けていくのであった。

 台車のキャスターが奏でるけたたましい音が遠くなっていくのを、店主は依然として立ち尽くしたままに見送った。

 やがて──

 

 

[ 肉……ヒトが、半分……フレンズが、少し………残りは……………… ]

 

 

 誰に言うでもなく呟く。あるいは肥満体から漏れる呼吸音がそのように聞こえただけか……。

 

 やがては再び店に戻り、店主は店内に並ぶ肉塊の隙間に身をひそめる。

 肉屋はいつもの静寂に包まれては、次なる客の来訪を待つばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

【 終 】

 

 

 



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