甘々にユナイトして (サードニクス)
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season1 It’s over, isn’t it?
第一話


降蓮は多少の設定変更が入ってます。
…が、別に降蓮は主人公じゃありません。


うっすら曇った午後。暑くも寒くもないこの天気が私が好きだ。人間皆そうだろう。強いて言うとだが、私は寒い方が好きだったりする。

 

「…待たせましたね」

 

遺体の管理が楽だからである。

 

 

第一話 月桂葉紫という女

 

 

任務が午前で終わった今日。この午後を、私はこの研究施設で過ごすつもりだ。今はもうない反社会的研究組織の隠れ研究所跡である。ここを知る人間は、私だけ。

 

「…魔力のあと。やっぱり魔法使いでしたね」

 

巨大怪物ジェムストラの出現により、各国はかなりの打撃を受けた。人命ではなく、主に経済が、である。街を取り込み巨大化するバケモノが、人類に得であるはずもない。それ故、反社会的組織などの動きも変わってきている。目の前の「男性だったもの」が戸籍を確認できるものを何一つ持ち合わせていないのも、その証拠だ。

 

「財布には…聖徳太子がいっぱい。カタギじゃないですね。…渋沢栄一じゃないですか。なんだって古札まで」

 

まあ、正直金に興味なんかない。興味があるのはこの男の身体だ。それも、身体の中身、臓物の方。いや、むしろ血管か。魔力は血に乗る。そうして白衣に袖を通そうとした時、私の携帯に連絡が入った。業務外なのでGPSの入った通信機は持ってないが、それでもあんまり出ないと不自然である。

 

「…はい」

 

『月桂葉研究員、今どこですか』

 

冷たく感情のこもってない…言うなればロボットのような声。霧谷沙雪だ。

 

「C区画のエリア21です」

 

『地名の方が助かりますが』

 

「池袋です。旧鉄道駅前で落ち合いましょうか」

 

『…WIG。西口側でいいですね?』

 

「WIG。向かいます」

 

Witch Is Green。ウィグって呼んだりダブルアイジーって呼んだりは人によってまちまちだが、意味は「大丈夫です」「了解です」のようなものだと思えばいい。このクラックでずっと使われているものだ。

 

「…お待たせしました。乗ってください」

 

彼女の到着はかなり早かった。丸の内の日本本部から来たのか、移動用にクラックが用意した自動車に乗っている。彼女の指示通り私は助手席へ乗り込んだ。

 

「沙雪さんと私ということは…」

 

「でしょうね。ビターの準備はしておきましょう」

 

「ジェムストラはどこに?」

 

「板橋区、板橋駅周辺だそうです」

 

「避難は済んでますか?」

 

「ええ、後は倒すだけのようです」

 

ジェムストラ、それが怪物の名前。石のようなものでできた体は、明らかに普通の生物ではない。実際、研究成果には「ジェムストラは生物ではなく、ロボットやゴーレムと言った方が近い」というものもある。

 

「…レジストコードは」

 

「サンストーンです。相手をしたことは」

 

「あります」

 

「…分かりました」

 

板橋区に入ったあたりから、全体的に道路がスカスカになっていった。避難勧告が出ているからだ。避難の際に、あまり車は使われない。避難施設やシェルターに急ぐ際に事故が起きることは国的には最悪の事態だからだ。…私にとっては都合が良かったりもするが。

 

「到着です。そこの角を曲がれば居るはずです」

 

「ありがとう。…降ります?」

 

「いえ、このままビターでいきましょう」

 

アクセルを踏み込み、角を曲がる。おあつらえむきに、戦いやすいロータリーにサンストーンはいた。オレンジの石が固まったような、ウミユリのようなジェムストラである。4mはあるだろうか。

 

「…せーので行きます」

 

「WIG。タイミングは任せます!」

 

4mもある化け物に、普通では敵わない。国も兵器を用意はできるが、採算というものがある。幸い魔力を持つ人間は凄まじい回復力を持っており、戦闘中の死亡例は片手に入るほどだ。それが私としては惜しいのだが。

 

「「…せーの!」」

 

車内で、私と沙雪さんが呼吸を合わせる。同時に車と私達が光を放った。…普通なら敵わない敵に立ち向かう上で、クラックが実用化した魔法、それが…。

 

 

 

 

ユナイトである。二人の魔女が融合し、新たな存在になる。私は紫と沙雪の記憶があるから状況がわかるが、それでも唐突に戦うのも面倒というものだ。だが私のうちの両方が戦うことを仕事にしてもいる。面倒だがやらねば。

 

「……」

 

「ぐぎるるる…」

 

言葉を出して余計なカロリーを使うつもりはない。素早く飛び込み、私はサンストーンをぶん殴った。いったいどこからこの声を出してるのか。口はないのに。

 

「…フン」

 

車も装備品として扱われるのか、車が分解されてアーマーとなる。トランクに入れていた沙雪と紫の武器も、私はアーマーから取り出せる。

 

「…っ!!」

 

「ぐにゆっ…ぎるぎるぎるぎるっ!」

 

気持ちの悪い鳴き声だ。生き物ではないらしいが、この声は何のためのものなのか。だがバケモノと言っては私も同じだ。四本の足や240cmほどの身長。見た目は怪獣寄りだ。

 

「……!」

 

「まぎゅっ!」

 

紫の武器である鎌を茎のような部分に突き立てる。ぐぎんと曲がり、奴の体が折れた。上の花のような部分が地面に落ちるが、そこから石片を飛ばし始めた。私の靴はタイヤで走行出来るようになっており、避けにはぴったりだ。

 

「…」

 

「…?」

 

紫の鎌と沙雪のライフルを取り出す私を、サンストーンは不思議そうに眺めていた。目がどこにあるかは知らないが。魔女の武器の機能の一つ。ユナイト用の機能が…。

 

「……はっ!」

 

合体である。ボウガン型になった武器から、私は光の矢を放出した。外見こそボウガンだが、威力はそこら辺の銃と比べ物にはならない。

 

「むぎぎぎぎ…」

 

きりきり声を立てるサンストーン。体をぐっと動かしたかと思えば、茎のような部分から花のような部分を切り離し、急速接近してきたではないか。

 

「…!」

 

回転しながら花びらのようなブレードを向けてくるが、避けるのは容易い。飛び越えつつ、奴に矢を浴びせる。

 

「……たっ!」

 

「んびゅっ!?」

 

さらにグリップをひねって鎌へ。思いっきり奴へと振り下ろした。

 

 

「うぎゅぎゅぎゅ……んっ!」

 

ぼふんと煙を立て、サンストーンは爆散した。かと思えばぎゅっと破片が一か所に集まり、石のかけらに。この状態になったジェムストラはただの石だ。宝石としての、サンストーンである。

 

 

 

ビター・チョコレイト、私と沙雪のユナイト体の名前だ。しかしどうも彼女はすぐ消えたがるところがある。戦闘後ボーッとしたり、「存在」を満喫するユナイト体もそれなりに居るのにだ。一回三分間しか存在できないユナイト体だが、一分半ほどでビターは帰ってしまった。

 

「私は帰還しますが…月桂葉研究員はいかがなさいますか。必要であれば送りますが」

 

「いえ、電車で…でも一駅だし近くですね。歩いて行きますよ」

 

「…わかりました。お疲れ様です」

 

車で去っていく彼女へ、私は手を振る。我ながら白々しい。暑くもなく寒くもない天気の中、私は研究所へと向かった。

 

「月桂葉さんじゃないっすか」

 

最悪だ。ここで同僚に会うとは。研究所へと行きづらくなった。幸い目の前の天奈さんは智略タイプではない。バレる恐れは無いだろうが。

 

「天奈さんは何の用でここに?」

 

「アンティークの良い店があるんですよ」

 

「へぇー。好きですもんねぇ」

 

「そうですね。休みの時は探し回ったりしてますよ」

 

「今日とか?」

 

「ええ。…では」

 

彼女は人付き合いは好くタイプだが、自分の趣味に人を付き合わせるわけではない。アンティーク趣味は退屈に感じる人が多いのも分かっているらしい。

 

「…月桂葉さんは?」

 

「お洋服です。そこの百貨店に」

 

「なるほど。では…」

 

「天奈さんもお洋服買ったらいかがですか?美人さんですし似合いますよー」

 

演じるためにはこういう付き合いも必要だ。実際、世間的に見て彼女が美人であるのは間違いない。魔法使いは美男や美女が多いと言うし、クラックはそれを体現している気もする。

 

「…いや、遠慮しておきます」

 

「あら、そうですか。ではまた」

 

彼女が良いと言うなら、こちらも食い下がる理由はない。寂しそうな顔でも演じて、彼女を見送れば良いだけだ。

 

「…さて」

 

「あー!月桂葉さんじゃないですか!!」

 

呪われてるのだろうか。今度も同僚である。降蓮、クラック日本本部の中になぜかあるお寺の住職だ。190弱の長身に見下ろされるのは圧迫感があるというもの。

 

「降蓮さん。…またお人形ですか?」

 

「人形といえば人形ですが…プラモデルを」

 

「…ガンダムのですか?」

 

「ゲッターロボです。一世紀前のアニメですよ。ほら、四年前ぐらいにリメイクされてた…」

 

彼女は人形を作る趣味がある。休日はその作成と材料の購入に充てていると聞いたが、まさにその通りだ。プラモも人形といえば人形である。

 

「降蓮さん…速い」

 

「あっごめんなさい!重いですかね?持ちます?」

 

「…いいよ、ボクのモノだし」

 

彼女の後ろから、トコトコと少女が現れる。去年入ったばかりのエージェント舞浜だ。

 

「舞浜さんもご一緒でしたか」

 

「あ……月桂葉さん」

 

少し気怠げに答える彼女。降蓮さんが下の立場から来られるのが好きじゃないらしく、彼女に対してのみタメ口の人は多い。舞浜さんもその類だ。

 

「舞浜さんもプラモデルを?」

 

「魚のです。…泳ぐんですよ。水中で」

 

「耐水用の電池で泳ぐんですって。面白いですよね」

 

「…しかしまた何でこの二人で」

 

誰にでもニコニコして愛想がいいのが降蓮さんだが、特に舞浜さんと付き合いが深いわけではない。

 

「緊急の任務だったんです。舞浜さんって自宅が本部に近いじゃないですか。私も白水寺から拾いやすかったので」

 

「柴舟ですか」

 

「はい。……まあ、パパッと」

 

「あ、趣味の時間に捕まえちゃってごめんなさいね。月桂葉さんは確かお洋服がお好きでしたね!お騒がせしました!」

 

そうして立ち去っていく二人。本当に騒がせてくれる…。まあいい、今度こそ邪魔なく私は研究所へと戻っていくことができた。

 

「…!?」

 

するとどうだ、遺体が消えているではないか。最悪だ。目の前で入ってきたなら殺すなりなんなりできたというのに。まずい、探さなくては。私はここに設置していた監視カメラの映像を再生した。

 

『やぁ、月桂葉紫』

 

侵入者の一言目は、カメラ目線でのコレである。完全にバレている。だが、どこから?どうやって?

 

『私の名前はフェルドスパー。今後キミを利用したいんだ。今日はね、キミを脅せる立場にあることを見せつけに来ただけ』

 

男か女かわからない微妙な雰囲気の人が、こちらを見て言った。フェルドスパーは顔を完全に晒していたが、データを探っても該当はない。戸籍のない人間であろうか。

 

『じゃあね。記念品にもらっていくよ。この死体。墓でも作っちゃおうかな』

 

ざざっ。ノイズが走った瞬間に、フェルドスパーは消えていた。私の日々は、穏やかではなくなりそうである。




「……しないわよ、ユナイトなら。二人がかりなら十分でしょ」

次回、「切り裂いても闇」

今回は多少のキャラ紹介も兼ねているので、クッソ短いですね。今後はもっと長いです。たぶん!
次回ですが、優しめの作風のキャラたちの中でシリアスしてる珍しい人です。紫さんもめっちゃシリアスだけど。可哀想な人ってやっぱもっと可哀想な目に合わせたいですよね!(クズ)
というのもこの作品、よくある組織の闇とか負の面とかばっかりで胃もたれする作品にはしないつもりでスタートしたので、「犠牲者」とかには「普段は全然出ない犠牲者が出てしまった理由」が勝手に付くんです。まあそれがエグいことになりかねないのは想像通りです。
まあそんなこんなでよろしくお願いしまーす!


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第二話

スプリットさんはたぶん全体的に見たら主人公。
降蓮さん周りは追加設定多いですが気にせず。


「…任務完了」

 

『では帰還願います』

 

「WIG。すぐ向かうわ」

 

今回のジェムストラは、かなり小型だった。レジストコードはサードニクス。トンボ型でちょこまか動き回るタイプだが、私の敵ではない。

 

『…今回で何回目ですかね、ユナイト無しで勝つのは』

 

「4回目。ま、この個体はすっごく弱かったもの。誰でも行けるわ」

 

『私でも?』

 

「貴女なら余裕よ。私よりも動き軽いでしょうし」

 

ユナイト無しでの勝利は、基本的に普通ではない。自分で言うべきかは知らないが、私は魔女たちの中でもかなり強い方のようだ。

 

『そうですか……帰還後、白水寺へ来てください』

 

「オペレーターじゃないなと思えば…またカウンセリング?」

 

『ええ、そうです』

 

だが、やはりというか、私がユナイトをしたがらないことに関して皆思うことは多いらしい。スプリット・フェイト。ユナイトに思うところがある職員たちが私につけたあだ名というか、コードネームのようなものだ。

 

「…WIG」

 

バイクに乗り込み、道を行きながら考える。ユナイトについて。その魔法が実用化されたのは9年前のことだ。私はまだ10歳。…いや違う。まだ11歳。

 

「…ケーキでも買おうかしら」

 

仕事柄…ではないんだろう。この前エージェント万李が15歳になったとき、彼女もウキウキしていたし、周りもお祝いムードだった。単に私の性格上、こういうのに浮かれないだけだ。それは真面目と言えば聞こえがいいかもしれない。

 

「…いいですか、貴女には余裕が足りません。隙もなさすぎる」

 

そう、余裕がない。目の前で優しく語りかける降蓮が正しいのであれば、コレは人間として問題である。自分の世界がはっきりしすぎていて、他人を寄せ付けない。私は、あまりその自覚はないのだが。

 

「貴女、状況や作戦によっては命令違反になるかもなんですよ。場合によっては懲戒処分!」

 

かえって厳しい口調になる降蓮。今回、単独で敵を撃破した私に関して、戦闘の技術は認めているようだった。それでも、無駄な被害を出しかねなかったと彼女は続ける。

 

「責めるようには言いたくありませんが……人命が助かって街が吹っ飛ぶのと人命が助かって街も無事。どっちがいいかは聞きませんよ分かるでしょうし。意識や思想を変えろとは言いません。ですが勝てたからいいというわけでもないのはお分かりでしょう?もう少しやり方を見つけましょうか」

 

「…そう、ね。ごめんなさい」

 

「と、まあ本作戦計画者としての注意は以上。今から私は…カウンセラーになります。聞かせてください、貴女の心境」

 

 

第二話 切り裂いても闇

 

 

小一時間ほどで、彼女のカウンセリングは終わった。大学では心理学の研究をしていたという彼女。何大学かも教えてくれないのでよくわからないが、少なくとも人心に詳しいのは嘘ではなさそうだ。彼女の前に座ると、自然と吐露できることも多い。

 

「…スプリット」

 

「エージェント龍騎。その、今日は悪かったわ」

 

白水寺を出る私へかかる声、龍騎叡無(えいな)だ。戦闘も兼任する諜報エージェントだ。そして、今回の任務での相方である。私の顔を見ても、彼女の様子は変わらない。

 

「別にいい。オレだって正直あんたに心を許せるわけじゃねぇ。アンタもそうだろ?」

 

「……」

 

「何が引っかかってるか知らないけどさ、ユナイトは戦いのための手段だと割り切った方がいいぜ」

 

「だとしたら……だとしたら………!」

 

「だとしたらなんだってんだよ!殴り合いに情を持ち込む時点で…いや、アンタはそういうことじゃなさそうだけど。まあいい、次一緒に任務向かわされたら…その時は頼むぜ」

 

「…そうね」

 

後ろ手に手を振り、去っていく彼女。悪い子ではないが、他人と関わるのを嫌がる傾向がある。…皆まで言ってくれるな。私が言えたことじゃないのは知っている。

 

「おっと、我妻(あがつま)じゃないの」

 

「…斎藤さん」

 

そんな私へ声がかかる。幼女と言っていい体格だが、訳あって戻れないだけの32歳男性。それが斎藤凛音(りんね)氏だ。話し方も、アラサー男性そのままである。…我妻、それは私の本名の方の苗字だ。

 

「我妻、今日誕生日だったろ?」

 

「よく覚えてますね」

 

CJ(クラックジャパン)本部の戦闘エージェントと研究員の誕生日は全員覚えてるぜ」

 

自慢げにキャンディを舐める姿だけなら、小学生で十二分に通用する。しかも今着ている服は戦闘時用の『魔服』だ。彼の魔服のデザインは一言で言うとロリータである。

 

「で、誕生日パーティーでもすんのか?我妻は」

 

「…?いえ、しませんが」

 

「ならよ、今日一杯どうよ。酒飲めるようになった……のは2年前か」

 

「ああ、17年前でしたっけ、未成年者飲酒禁止法が変わったのって」

 

「俺だってまだガキだったんだけどな。やっぱその頃の事の方が印象には残るってもんよ。酒は好きなのか?」

 

「少し嗜む程度です」

 

「オッケー。ならいいじゃねえか。お前が嫌じゃなければ付き合ってくれよ」

 

「……相手の誕生日に対して付き合ってくれよとは言いませんよ」

 

「うるせえな。俺の家は遠いし……」

 

「私の家もあまり近くないですからね…」

 

 

 

「だからってボクの家ってのもどうかと思います」

 

「だったら断りゃいいのに」

 

結果エージェント舞浜…舞浜那月の家に。文句は言いつつ特に嫌そうでもないのが彼女らしい。斎藤さんが渡されたスティックにんじんをおつまみにしようとするが、明らかにそういうことではない。私は彼の腕を止めた。

 

「…あの、斎藤さん。それ違います」

 

「え?あっウサギ用!?」

 

「そうに決まってるじゃないですか。……あぁ〜、もう寝ようかな」

 

「まだ夜8時だぞ?」

 

「別になんだっていいでしょう。泊まってもいいんで。布団はそっちです」

 

「流石に泊まりゃしねえよ」

 

「そうよ。まあでも…那月は飲めないものね」

 

「そうですねぇ…」

 

魚へと餌をやりながら、彼女は少し眠そうに言う。斎藤さんに渡したにんじんは、餌やりをしろということのようだ。素直にウサギを愛でながら、斎藤さんは食べさせていく。

 

「…我妻はさ、コレからどうしたいの?」

 

「どうって…別によく考えてる訳じゃ無いです」

 

「……そうか」

 

彼としては、たぶん私の人生について何かしらの心配をしているのだろう。付き合いは五年ほどになる。特別親しいわけでは無いが、思うところもあるのだろうか。

 

「……」

 

「悪い。変なこと聞いちまった」

 

距離感を掴みかねているようだ。私は自分のぼんやりした不安を言いたいような気分と、これ以上踏み込まれたく無いような気分。混ざり合って訳がわからず、言葉が出なかった。

 

「…ケーキ、さっきコンビニで買ったんですけど」

 

そんな私達の間を叩き割るように、プラスチックのパック机の上に置く那月。自宅で歳上の同僚二人が気まずくなるなど最悪極まる状況だろう。いや、別にそういうのを気にするタイプではなさそうだが。

 

「…さっきっていつだよ」

 

「Lメッセ送ってきた時」

 

「準備いいのね」

 

「ついでで買っただけですよ。ねぇマイケルー」

 

ウサギを抱きかかえながら言う那月。もう一匹の名前はジャネットだ。もちろんまとめて呼ぶ時は『ジャクソン』である。

 

「じゃ、いただきましょうか」

 

「おう、だな。歌うぞ舞浜」

 

「その前にロウソク…は無いからアロマキャンドルでいっか」

 

ガサゴソと小さなアロマキャンドルを出し、それを斎藤さんがライターで着火。タバコを吸えない体になってしまったというのにまだ持ってるのか。そして那智が電灯を落とす。

 

「スプリットがいい?名前がいい?」

 

「…スプリットで」

 

「よし名前で行くぞ」

 

「えっ」

 

「せーのっ」

 

「待って斎藤さん。本名知らない」

 

「そうなの。我妻、教えていいか?」

 

「ダメって言ったらどうするんですか」

 

「千歌って言うんだ。チカちゃん。かわいい名前だろ?」

 

「あはは、確かにそうですね」

 

「セクハラで訴えますよ」

 

「それこそハラスメントハラスメントだぜ」

 

ケラケラ笑う斎藤さん。この空間が楽しく感じる。私も賑やかなことは嫌いじゃない。それでも、ふとこちらを見る二人から、不安を感じてしまう。あんまり仲良くなっても、また…。

 

「「はっぴばーすでーとぅーゆー!はっぴばーすでーでぃあちかちゃーん!はっぴばーすでーとぅーゆー!」」

 

二人の絶妙に揃ってない歌で、私は現実へ引き戻された。ふうと消すアロマキャンドル。甘い香りが、今はひどく心を締め付ける。…本格的なカウンセリングが必要だろうか。

 

「…成人おめでとさん、我妻」

 

「でも20歳でやることってもう成人式だけですよね。酒もタバコもボクが生まれる前には18歳」

 

「俺の体は12歳。最悪だぜ」

 

「…うふふっ、ありがとう、二人とも」

 

そうしてケーキに手をつけようとした時、私の通信機に連絡が入った。仕事終わりでも持ってんのかよという視線が二人から送られる。この通信機は私のものなのだが、GPSが入っているためプライベート保護のため基地内のロッカーにしまうことができる。持ったまま帰るのはワーカホリックの証なのだ。

 

「…すぐ近くね。っていうか…60m?本当に目の前じゃないのよ…!」

 

魔服に着替えながら駆け出していく私。中世の貴族のようなデザインだ。それに続くかのように、彼らの携帯からビービーと警報が鳴る。避難勧告だ。水槽はどうしようもないが、那月はジャクソン二匹を抱えてシェルターへと向かった。

 

「…この子達を避難させる!私も後で向かう!」

 

「俺はすぐ向かう!…すぐそこなんだな!」

 

こうなればやはりプロである。一瞬で魔服を着ると、道路へと駆け出した。逃げ惑うサラリーマンをかき分け、丸の内仲通りに出る。…が、何もいない。

 

「…いないわね」

 

「いいえ居ます。下ですよ」

 

バイクに乗って私の横へ来たのは月桂葉研究員だ。軍服のような魔服がはためく。相当優秀な彼女の事だ。間違いはないのだろう。斎藤さんもあたりの状況をキョロキョロ見回し、私達の立つ位置を指示した。

 

「…きます!」

 

「げぎゅるるるる…!!!」

 

アスファルトを破壊し、丸ビルを取り込みながら、地面からジェムストラが飛び出る。腕の鎌、細い全身、巨大な羽。普通の生物の外見を模すことが多いジェムストラにしては異常だ。全高は12mはあるだろうか。

 

「…ジャスパー、サードニクス、オニキスが取り込みあってくっついたってとこか」

 

「レジストコードは…カルセドニー、だそうです」

 

「今は名前はどうでもいい。早速ビル一個ダメにされてんだ。行くぞ!」

 

斎藤さんが駆け出したのに合わせ、私も向かう。彼の合図に合わせて振り向き、バレーボールのようなポーズで腕を低く構える。

 

「せいっ!」

 

「シャオラ!」

 

私の腕の上に乗り、すぐさま腕を上げる。要はカタパルトだ。彼が12歳少女の体格だからこそできる荒技である。そして彼の魔法は『変貌』。自分の足をバネに変えての大ジャンプなど難しいことではない。

 

「ぜい!」

 

「めぎゅっ…ぎぐっ!」

 

彼の武器、「ふぉとんすてっき」をその頭部に叩き込んだ。使い方はメイスそのものだ。落ちてくる彼をキャッチしたのは月桂葉さん。しっかり着地させつつ、カルセドニーの後ろをとった。

 

「…はっ!」

 

月桂葉さんに惑わされているうちに、私が三日月型の大剣『クレセントエッジ』を奴の足へ叩き込む。怯むカルセドニー。いけるかと押そうとしたとき、いきなり空中へと飛び上がった。…まさか。

 

「ぎにゅん!」

 

やはり。急降下着地プレスだ。誰も食らわなかったものの、衝撃波が凄まじい。私は『固定』の魔法で踏みとどまり、月桂葉さんもどうにか水で衝撃を逃していた。

 

「うおおおおおお!」

 

だが変身が間に合わず、斎藤さんはそのままマンションへと叩きつけられてしまった。さらに、そこへカルセドニーが接近し、鎌を振り下ろした。

 

「っぶねぇ!」

 

鋭い鎌ではないし、引き裂かれても基本的に大丈夫なことが多いのが魔女だが、それでも痛いというもの。追撃をギリギリでかわし、斎藤さんは着地した。さらなる追撃を避け、どんどん遠ざかっていく斎藤さん。さっさと倒さねば。

 

「…我妻さん。ユナイトしましょう」

 

月桂葉さんからのこの提案は想定内であった。…しかし、私はそれにうなずくことができなかった。戸惑ううちに、月桂葉さんはカルセドニーへと攻撃を仕掛けていく。

 

「むぎゃっ!」

 

「我妻さん!」

 

「……しないわよ、ユナイトなら。二人がかりなら十分でしょ」

 

斎藤さんから対象を変え、月桂葉さんへと攻撃を仕掛けていく。巨大な一振りは避けるので手一杯だ。さらに羽を震わせ放つ風圧弾で、私へと攻撃を繰り出してきた。こうは言ったがユナイトしかないのか。…しかし。

 

「…っ!」

 

風圧弾と鎌のコンボをくらい、月桂葉さんも吹っ飛ばされてしまう。水を使って上手く受け身をとるが、それでも響いているようだ。彼女へ駆け寄る私に、カルセドニーが接近する。こんな状態では、すぐにユナイトはできない。…絶体絶命か、そう考え始めたとき。

 

「せいやっ!魔法少女!プディング・ア・ラ・モード!参上!」

 

4.4mほどのユナイト体がカルセドニーに蹴り込んだ。背中の翼が目立ち、桃色、水色、黄緑色の三色がグラデーションを描く派手なポニー。少なくとも、服装から斎藤さんが含まれたユナイトであるのは分かる。

 

「行くよ!ネコさん!カラスさん!」

 

巨大な杖を振り、ネコとカラスを出現させる。魔力で作り出したようだ。ならば…那月と斎藤さん、そして梅花…エージェント万李の三人ユナイトであろう。

 

「でえい!!」

 

そして炎を纏った二匹に体当たりをさせつつ、自分も杖でぶん殴った。そしてネコとカラスが杖に吸い込まれていく。

 

「合体!悪い虫さんを倒すよみんな!」

 

翼の生えたクロネコが杖から発射され、カルセドニーに激突。爆発し、相手の腕を破壊し。壮絶な戦いの隙に月桂葉さんが起き上がる。

 

「まさか見てるだけですか?プディングが頑張れるのも3分ですよ」

 

「…いえ、この際仕方がないです。ユナイトしましょう」

 

「…分かりました。あなたの傾向的に…こうですかね」

 

私の背中側から肩へと左手を回し、抱きしめるような姿勢に。そして右手を下げ、鎌を私の大剣へかちんとぶつける。

 

「行きますよ」

 

「ええ…!」

 

同時に武器を掲げると、私達は光の塊へと変わっていった。

 

 

 

 

初めての誕生だった。記憶から、私がユナイト体であることはすぐにわかる。スプリットは考えていなかったようだが、月桂葉は『ドクター・ペッパー』の名前を考えていたらしい。

 

「オーケイ、悪くないな。…レディースアンドジェントルマン!!始めるとしようか、破壊のショウタイム!」

 

「ぎぎぎ…!」

 

武器を合体させ、一つの武器へ。長い柄の先に、クレセントエッジが煌めく長刀だ。貴族風の服に羽織った軍服をはためかせ、私は駆け出す。

 

「HAHA!余裕がなさそうだな君ィ!でもそれじゃあ良くない!笑顔は愉悦の証だぞ?ドント・フォーゲット・トゥ・スマイル!」

 

私の華麗なる連続攻撃を浴び、カルセドニーが大きく怯んだ。さらに蹴り上げてやれば、ひっくり返ったではないか。

 

「よっこいせ…!」

 

「WOW!なかなか派手でパワフルなレディだ!そのまま叩きつけてやれ!」

 

ひっくり返ったカルセドニーを、1/3ほどの体格のプディングが持ち上げ、そのまま飛び上がりつつ地面へシュート!さらにカンガルーの能力を付与しながら蹴り込んだ。

 

「おっぼ!」

 

「さて、このまま……ありゃ、もう終わりだ。さよならー!」

 

そして構えたかと思えば、もう三分。ぼんと音を立てながら破裂し、三人が地面へ着地した。あとは任せたということか。ならそれもいい。華麗に決めてやるだけ。

 

「お待ちかねの虐殺ターイム!ま、ジェムストラちゃんに命はないがな!とにかくさよなら!」

 

上に飛び乗り、刃を下へと向けフィニッシュとして突き立ててやる。弾け飛んだのち、三つの石ころへと変わる。人間の手のひらサイズだ。

 

「HAHAHAHA!お楽しみ頂けたかな!ではまた!」

 

私は帽子を脱いで頭を下げて、消えることにした。戦いが終われば私の出番もない。

 

 

 

 

「……回収しました。サードニクス、オニキス、ジャスパーです」

 

「よし!任務完了ですね!うーん、またユナイトに頼っちゃったなぁ」

 

基地へ戻っていく月桂葉さんと梅花。梅花もユナイトしたがらないタイプだが、その心理は「一人で頑張りたい」という意地だ。私とは根本的に違う。そんなことを思ってる間にも、すっ転びそうなのを紫にキャッチされている。

 

「運がないわねぇあの子も」

 

「梅花さんお祓いして貰えばいいのに。降蓮さんとかに」

 

あんまり神やらを信じない私も、那月に思いっきり同意してしまう。その程度には彼女は運がない。

 

「さて…任務も終わりだ。続きでもするか?」

 

「ですね」

 

そう言われて、私は気づいた。先に那月の方が青ざめているのも当然である。

 

「ぼ…ボクの家ェー!」

 

マンションの一室を買って、兄と暮らす那月。その一部屋含めて、マンションがかなりぶっ飛んでいるからだ。奇跡的に水槽はちょっとした水漏れだけで済んでいるが、リビングは悲惨だ。ケーキは跡形もない。

 

「…」

 

「あー、ケーキぶっ飛んじまったなぁ」

 

「ケーキならまた買いますから…。んなことより家だよぉ……」

 

「半分俺のせいだ。めんどくせぇ寮の申請は出来る限り俺がやるよ…」

 

「いや別にそれはいいんですけど…。まあ補助金が出るかぁ。うーん……」

 

悩ましげに頭を抱える那月。だが、きっと私が一番暗い顔をしていただろう。…ケーキがないのは別にいい。買えばいい。「暖かい空間が続かなかったこと」が私にとって重要なのだ。

 

「…結局そうなのね」

 

「……?」

 

誰かと関われば、結局不幸にしてしまう。やはり一人の方が、私は似合っている。




「深呼吸………対話です、ユナイトは語り合うことなのです」

次回、「禅」

ごめんなさい驚きましたかね。敵がサードニクスで。実はこれ宝石の名前なんですよ。
しかしイレギュラーな融合体って第二話で出すべきだったのだろうか(今更)。本作は急展開でやってこうと思いますん。
那月のウサギは二匹いますがどっちもオスです。別に兄弟ではありません。マイケルジャクソンとジャネットジャクソンですけど。


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第三話

降蓮ですね。
彼女はすっごく美人でもすっごくかわいいわけでもないという公式設定があります。ちょっと芋っぽいのがかわいいは彼氏談。


魔女、沢城マコトの死亡からもう四年になる。戦闘中に魔女が死亡する件はそれが二件目だった。現在で全二件である。体を真っ二つにされても回復する魔法使いが、なぜ死亡したか。死因は分からない。唯一の目撃者、スプリット・フェイトはその後ジェムストラにトドメを刺すところごと記憶を失っていた。

 

「……。お久しぶりです、マコトさん」

 

魔法使いの体はかなり不定形であり、死亡時は完全に魔力の塊に変わる。魔力は一つに集まり、宝石のようになるのだ。研究施設のさらに奥が、簡素な墓になっている。その下に、彼女は宝石となって埋まっているのだ。

 

「スプリットさん、あまり元気じゃないんですよね。やっぱり私では彼女を助けてあげられないんでしょうか」

 

無論応えない。静かな空間に、ポツンと一つの墓。もう一人の墓はノースカロライナの本部にある。それの影響で、日本支部とアメリカ本部は立場が弱いところがある。本部にも関わらずだ。

それほど、魔女の死は異常事態なのだ。

 

「……あなたもスプリットさんも…反対していなかったと聞きます。バディを長く組まないようなシステムは最初からありましたから。私も察していました、()()()()()()()

 

…恋愛感情があるとユナイトはできない。それ故、かなりのスパンで魔女はカウンセリングを受ける。恋愛感情がある相手とは、組ませないように出動させるルールなのだ。だから不自然なのだ。あの日、スプリット・フェイト…その頃は我妻千歌だが…彼女と一緒に出動したこと。誰が指示したかは分からない。そもそもごく一部しかその問題点を知らない。だが大声で公表はできない。人のプライベートが絡んだとき、クリーンな組織は大きく動けない。致し方ないことだ。私もこの調査をしようとしているが、五年で進展がないあたり諦めが多いのも事実だ。

 

 

第三話 禅

 

 

「…凝ったお人形ですね!」

 

私の作る人形を眺め、梅花さんは楽しげであった。・万李(ワンリー)・オーミィ・梅花(メイフゥア)。日本人としては万李梅花。中国とアメリカのハーフの日本人、という不思議な素性の少女だ。話は単純で、日本オタクの夫婦が日本で籍を作ったという話。それでも親の影響もあってかトリリンガルである。

 

「ありがとうございます。あ、そこの目のパーツ取ってもらっていいですか?水色の」

 

「あ、はいはい」

 

「ありがとうございます。…そういえば梅花さん、恋人なんかは?」

 

「えっ!?居ませんけど!」

 

「それは知ってます。いいお相手は居ないのかなと。学校で」

 

今日は日曜日。エージェントの仕事のために特別なコースではあるが、彼女には普段学業がある。むしろそこで出会いを探せるというものだ。

 

「うーん、いい感じの男の子は居ないですねぇ」

 

そう言って上を向く彼女。そうして見えた首回りの擦り傷だが、特に言うことはない。いや、凛音さんとかなら聞くが。そもそも梅花さんは現時点で服もボロボロである。また野犬に襲われたりでもしたのだろうか。いや、彼女の強さなら熊かも知れない。もしくは狼。お祓いをしようかと問おうにも彼女は結構ですと即答する。自分でどうにかしたがる上意地っ張りなのだ。

 

「しかしまたなんで急に…私の恋愛事情が?」

 

「仮に同僚を恋愛感情を抱いたら…です」

 

「ああ、ユナイト出来ませんね」

 

時代はマイノリティに対して、かなり優しくなった。同性愛も、昔の時代に比べてかなり増えているそうだ。だが実際は違う。同性愛の公言に抵抗がなくなった、が正しい。…それがいい方向に働かなかったのが、ユナイトである。

 

「どれだけいいコンビでも、どれだけ強い二人でも…恋愛感情があっては一緒に出動できませんから」

 

「そうですねぇ…。そもそも私恋らしい恋したことないんで異性愛かすらもよくわからないですし」

 

「そうでしたか。いい人が見つかるといいですね!」

 

「それなんですけど…降蓮さんの麗美さんとの馴れ初めってどんな感じなんですか」

 

「秘密です」

 

「えぇー」

 

橋木麗美。かわいい名前だが男性である。実際にかわいいがコレは彼女の単なる色ボケでしかないのも知っている。21歳、大学生の恋人だ。

 

「ヒントにしようと思ったんですけどねー」

 

「一つ言えるのは…生きていればよい出会いがあるということです」

 

私は机の上に人形を立たせながら言った。我ながらいい出来だ。興味深そうに梅花さんは眺めていた。

 

「…うーん、他の人にも聞いてみようかなぁー。ありがとうございました。人形も面白かったです!」

 

そう言って去っていく梅花さん。素直でいい子である。…が、やはり心配だ。気になって見てみれば、やはり白水寺からかかる小さな階段で転んでいた。

 

「…ファイト」

 

「…?」

 

一発と答えて欲しかったが伝わらなかったようだ。数十年続く伝統あるTVCMなのだが、どうも彼女はあまりTVを見ないらしい。

 

「気をつけてくださいよー!」

 

ゆっくり歩いて去っていく彼女を見送り、寺へ。人形もちょうど完成したところで、趣味の時間も一区切りついた。時間は12:26。お腹も空いたので社員食堂へ行く事にした。

 

「降蓮。…食堂か?」

 

中庭でぼんやりとベンチに座る凛音さん。白水からのショートカットルートの中で中庭は通るのだ。

 

「ええ、ご一緒します?」

 

「いや、今はいい…」

 

「そのお洋服…任務終わりですね?」

 

ファンシーな魔服は私のデザインだ。彼は缶コーヒー片手に恨みがましく私を見る。

 

「おうよ、不本意ながらな。…ったく」

 

「あのですね、心理学専攻なめないでください。あなたの心理状況を見た上で描いたデザインなんですからね」

 

「だったらわかるだろ。俺のこの服に関しての想い!」

 

「ええ、実は気に入ってるんでしょう」

 

「んだとぉ?」

 

不平そうにコーヒーを飲み干し、自販機横のゴミ箱へ。少し暗悩ましげな表情で彼は去っていった。こんな会話をしているが、普段の様子から考えれば原因は魔服ではない。心配だがあまり任務終わりに問い詰めるべきではない。スプリットさんのような深刻な人ならともかく。

 

「あ、降蓮さん」

 

「へっ?ああ、那月さん!この前はどうも。機械のお魚さんは……。…あっ」

 

「一緒に粉々。新しいのを買うよ」

 

「巳月さんも寮でしたっけ。大変ですね…」

 

舞浜巳月は彼女の兄だ。二日前のジェムストラとの戦いで、兄妹の暮らす家はぶっ飛んでしまっている。現在は国からの援助のもと修理を始め、二人は寮生活のようだ。

 

「混んでるなぁ」

 

「そうですね…」

 

食堂の人混みの中、私は那月さんと一緒に列に並んだ。私が買ったのはわかめうどんの食券。ちなみに那月さんは唐揚げ定食だ。いっぱしの少女なのだしダイエット的なものを食べると思っていたが、そうでもなさそうだ。

 

「席全然ないね」

 

「そうですね…あっ、そこ空いてますよ」

 

「ほんとだ」

 

二人ちょうど並んで空いていた。ラッキーである。食券と交換したうどんと定食を持ち、私達は席についた。

 

「…那月と降蓮じゃんか」

 

向かい側に座っていたのは叡無さんだった。机の上のミルクレープはまだ食べ始めの模様。

 

「叡無さん。……聞くまでも無いですけど、それはデザートです?」

 

「昼食だよ」

 

「ですよねー。健康には気をつけてくださいよ?」

 

「糖尿病なっちゃいますねぇ……」

 

「なんだっていーだろ!任務後には補給が要んの!今日はちょっと暴れたりなかったけどよ」

 

そう言って食べ進める叡無さん。…少しやけ食い感がある。いや、ソワソワしているとでも言うか。

 

「…凛音さんとの任務でした?」

 

「そうだけど。任務の記録でも見たのか?結構場所も遠くて…あっ、カウンセリング?」

 

「いえ、彼も様子が変でしたから」

 

「そうなの?」

 

那月さんへうなずきを返すと、叡無さんの方も思い当たるフシがあったらしく、少し考え込んでいる様子だった。

 

「ふーん……」

 

「…ユナイトしたいんでしょう?凛音さんとまた」

 

「…は?」

 

いきなりの発言に、戸惑う叡無さん。それもそうだ。きっと自覚はないはず。だが原因が分かった以上どうにかしてやらねば。

 

「えっ…そうなの?」

 

「そうなのか?…いやでもよォ!」

 

「食べ終わったら白水寺に来てくださいね。ご馳走さま」

 

「えっ、降蓮さん早いね」

 

「そうですかね?本当ならあなた方の食べ終わりを待ちたいのですが…少し準備をします。先に失礼しますね」

 

私は食堂を後にし、研究室で女性同僚にいじられていた凛音さんを捕まえた。急だったようで、やはり戸惑う。そのまま白水寺へ。

 

「…はい?俺が龍騎とユナイトしたがってる?」

 

「そう思われます」

 

「いったいなんだって…」

 

「今回の任務は叡無さんとの初ユナイトでしたね?」

 

「ああ…そうだけど。ウイスキー・ボンボンだったかな」

 

「だからです。暴れたりなかった。彼女はそう言ってました」

 

「…!…俺も…それはちょっと思ってるかもしれない。俺らしくはないが…」

 

そんなことを言ううちに、白水寺に到着。数分して叡無さんが現れた。那月さんは寮へ向かったとのこと。

 

「…それでよ、オレは」

 

「待って。…あ、やっぱり。クリーム付いてます」

 

「あ?おっとホントだ。急いで食ったからな…」

 

そう言って、座禅を組んだ私の前に、膝を立てて座った。私の手振りを見て、凛音さんもあぐらの姿勢に。

 

「…なんのつもりだ?」

 

「深呼吸………対話です、ユナイトは語り合うことなのです」

 

「…は?」

 

「深呼吸!目もつぶって」

 

「あっはい…。すぅぅぅぅ…」

「すー…」

 

「「ふぅぅぅ……」」

 

私の言う通りに目をつぶって呼吸をする二人。ゆっくり目を開けば、そこに広がるのは真っ青な空間。私の魔法はホログラム生成だ。この程度の術が簡単なのは分かってるであろうが、それでもいきなりで二人は少し驚いた。

 

「…で」

 

「次は相手のことを考えるのです。ゆっくり息をしながら…」

 

「…俺は龍騎についてか?」

 

「じゃあオレはコイツ?」

 

「コイツってお前…」

 

「別に顔を思いうかべるだけでも構いませんよ」

 

「…」

 

そうして数秒ののち、二人は驚愕したように目を見開いた。そしてお互いの顔と私の顔を交互に見る。

 

「…やっぱり」

 

「ああ、なんか…ユナイトがしたい!」

 

「でもよ…それってどう言う事だァ?オレは別に…コイツに対してそんな……」

 

「当然です。恋愛などの感情の延長線でユナイトがしたくなることはありません、普通は。好きな相手とはユナイトするより一緒に居たくなりますよ」

 

「じゃあこの気分はなんなんだよ!」

 

「それはあなたの気持ちではありません」

 

「はァ?」

 

「ウイスキーの気持ちなんですよそれ。ウイスキー・ボンボンの『存在したい』が、お互いの心の状況が近づいたおかげで浮上しただけです」

 

「じゃあどうすればいい?」

 

話は単純だ。存在させてやればいいだけのこと。それを言えば、二人は納得したようでゆっくり立ち上がった。同じ相手との再ユナイトのインターバルは2時間。おそらくもう経っている。

 

「じゃあ行くぞ…おりゃっ!」

 

「でやっ!!」

 

二人のハイキックがぶつかる。身長的に逆に叡無さんが辛そうだ。低く合わせねばならない。だがその姿勢も一瞬。光の塊は2mちょうどぐらいの、かなり小さめのユナイト体へと変わった。紫の髪に入るピンクの差し色が目立つ。

 

「…へぇ、確かに気分がいいぜ。俺様再誕だ!」

 

「あなたがウイスキー・ボンボンですか」

 

「おうよ、にしても暴れたりねぇなァ…」

 

ギザギザの歯を不機嫌そうに覗かせたかと思えば、私を少しだけ見下ろし今度はニヤっと笑う。全体的に悪そうで、魔法少女の敵幹部と形容するのがちょうどいい見た目をしている。

 

「ちょうどいい。付き合ってくれよ降蓮!」

 

「…危ないですね!」

 

YesかNoか聞く気はないらしい。私の答えを待たず彼女はメリケンサックを装備して殴りかかってきた。さらにふぉとんすてっきと合体させ、ハンマーへ。乱暴に振りかかる。

 

「避けてばっかりじゃ面白くねぇぞ!」

 

「…事後報告の模擬戦の申請は面倒なので…あなたの責任にしてあげようと思って」

 

相手の戦意を削ぐべく、イヤな言葉をふっかけてみる。だがどうも効果はなさそうだ。さらにハンマーを振り下ろしてくる。

 

「…仕方ありませんねッ!」

 

私は左手の腕輪と右手の数珠を変形させ、ガントレットへ。戦闘は予想外だった。まさか暴れ足りないがこのレベルだとは。かなり不安定なようだ。

 

「へぇ、早着替えってわけ?」

 

寺から出ながら、私は魔服へ。さっきまで着てた袈裟と似ているが、色は赤と青だしかなり脱ぎ着がしやすい。

 

「オラァ!」

 

「うぐっ!」

 

彼女の蹴りを貰い、さらにハンマーでの振り上げを喰らう。そのまま砂利の上に叩き出され、さらに彼女が迫る。まだ38秒経過。三分逃げ回るのは難しいだろうか。

 

「降蓮さん!」

 

そんな私へ、那月さんが駆け寄ってきた。ウイスキーさんと私を交互に見たかと思えば、状況を把握した模様。ゆっくり息を吸った。

 

「無茶だよユナイト体相手は。………仏説摩訶般若波羅蜜多心経」

 

まさかそれで来るとは。私と彼女がユナイトする条件は一緒に歌うこと。正確には一定のリズムで声が合うこと。しかしそのセレクトかぁ…。私に合わせてくれたのだろうか。

 

「「観自在菩薩行深般若波羅蜜多…」」

 

まあありがたい事によーく覚えてる。合わせるのは一瞬であった。私と彼女は一つへ。服は融合して天女のように変わり、その上半身は透ける。服が完成したと同時に、体も完全に人型へ。

 

 

 

さて、この状況になったからには相手を止めねばならない。私は四本の手で二つの合掌を作り、薄く開けた目でウイスキー・ボンボンを見据えた。

 

「融合体顕現、魔女、柴舟(さいしゅう)………参ります」

 

「来やがったか!」

 

彼女の鎚を右上手で止め、そのまま右下手で掌底を叩き込んだ。少しだけ後ずさるウイスキー。続いて鎚から光線を放つ。

 

「…効きませんよ」

 

「んだとぉ!」

 

「雑然、適当、強引、暴走、あまりにも力任せ」

 

「…テメェ!」

 

私の言葉へ露骨に怒りをあらわしながら彼女は跳び上がる。振り下ろした鎚をかわすのは楽だ。私の水色の髪を掴むウイスキーだが、魔力で生成した小魚をぶつけてやれば簡単に怯んでしまう。

 

「んのっ!」

 

「おっと…逃しはしませんよ?」

 

再び後ずさるウイスキーの腕を掴み、私は左上手に籠手を作り軽く殴りつけた。那月の装備品である魔力保存用の宝石と、降蓮の籠手を合体させたものだ。

 

「ぶちのめしてやる!」

 

「やらせはしません」

 

さらに鎚を振り回して投げてくる彼女。そこに土のホログラムを出現させ、壁にした。ただのホログラムしか生み出せない降蓮の魔法だが、私はそれに質量を持たせることができる。出現時間は縮まるが。

 

「…おりゃぁ!」

 

「雑ですね」

 

殴りかかる彼女へ足を引っ掛けて転ばせてやり、そして私は四つの腕全てに籠手を出現させた。その手でぱんと今一度合掌を作る。溜めた魔力を解放させる時だ。

 

「それでは、お仕舞いにいたしましょう………」

 

「…くそっ」

 

凛音とは共に戦ったことがある。だから知っている。私が()()()()()のがどう言うことか。

 

「ハァ!!!」

 

「うぐぉっ!?」

 

彼女の腹へ右両手の拳を叩き込んでやれば、背中側から衝撃波が出るほどの威力だ。このままユナイト解除まで殴り込むのみ。彼女の残り時間は1分。私は2分。…20秒で十分だ。

 

「はい!せい!ぜやっ!叩き潰してくれましょう!」

 

「おぐぇっ…!!」

 

女の子がしてはいけない表情と涙を浮かべながら、ウイスキーは怯む。コレならば必殺の攻撃を出すまでもない。四本の腕全てでの拳に吹っ飛ぶウイスキー。だが休む暇をあげるつもりはない。

 

「破ァ!!」

 

「いぐぇっ!」

 

上両手を固く握り合わせ、そのまま叩きつける。それが決め手になったようで、ウイスキーはそのままバラバラに戻った。

 

「…っとぉ…いってぇ」「あいててて…」

 

「全く……」

 

「あ、細目に戻った」

 

「…あー、もうウイスキーはこりごりだ」

 

「制御できるようになっておくべきですね。あなたがたの負の面が大きく出て……乱暴になってしまうのでしょう。不安定ですが、うまく慣らせば十二分に強くなれるはずです。……それでは失礼します」

 

言うだけのことは言った。ひとまず私の仕事は終わりだ。

 

 

 

「あー疲れた」

 

「ありがとうございます那月さん」

 

「べつにいいよ」

 

「悪いな降蓮に舞浜。お騒がせしちまって」

 

「…ああ、悪かった」

 

頭を下げる二人。そこまでされては申し訳ない。別に謝る必要はないと言うのに。

 

「いいですか?先ほど私が言った…というか」

 

「ボクも言ったからね。ボクと降蓮さんが…というか柴舟が言ったこと、忘れないでくださいね」

 

「次は暴れねぇよ。ちょっと練習でもするか?」

 

「…別にいいけどよ」

 

そう言って去っていく二人。ひとまず解決だ。

 

「そういえば那月さんはなんでここに」

 

「コレ兄さんが買ってくれたんだ」

 

「あっ、モーターフィッシュ!」

 

「降蓮さんが用事終わらせたら一緒に作ろうかなって。器用そうな人って言ったら降蓮さんだから」

 

「フフフ…そういう意味では大正解ですよ那月さん。早速作りましょうか!私も作りたい人形があるんです!」

 

彼女を連れて寺へ。かなり疲れたが、趣味で気晴らしでもしてやろう。私は人形の構想を固めながら戸を開けた。




「ありえないなんて聞き飽きた…目の前で起きたんだ。私から全てを奪った…魔力の暴走は!」

次回、「世界が奪ったもの」

以上、ジェムストラが出ない回でした。次回は…セリフで察せるかな?
It’s over, isn’t it?ですが、コレは「もう終わった事、そうなのよね?」という意味です。だからスティーブンユニバースを見ろ(意味不明)。
さて、コレにてシーズン1が1/4です。ちょっと短めかもですが人数が少ないので。1話投稿前のキャラ9人でエピソード組んだわけですが…そんぐらいの人数がちょうどいいわな!ユナイトはいつでもいくらでも出せるし。1話投稿後のキャラはシーズン2かなーと思います。プロットの関係なんでお許しを。
登場キャラが微妙に偏ってるのはたまたまです。


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第四話

この作品はやけに敬語キャラと男口調キャラが多い。女口調でスプリットさん目立つ。


幼馴染の誕生日パーティー。はっきり言ってしまうと、私はその子のことが好きだった。少し気弱だけど優しくて、私は彼の手を引っ張って走るのが好きだった。

 

「…久しぶりだな」

 

三年前?…嘘だ。私にとって、あの事故は昨日のことのよう。燃え上がる家の中、動けたのは私だけだった。…思考の強化。その魔法が、自分がどう逃げればいいかを教えてくれた。

 

「ごめん…できるのなら助けたかった。君は…君だけじゃないマナや愛、誠一も生きてた。それに…ママも…パパも……!!それなのに…」

 

彼の墓石の前で、私はただ泣くことしかできない。今日で彼、水国洋介は18歳。…生きていればだ。

 

「何故…私だけ……」

 

さらに跪き、花を置く。彼がくれた腕時計を見つめ、想いを馳せる。だからこそ、私は信じたくなかった。

 

「…本当に君なら救われないよな」

 

魔法使いだった彼の…魔法の暴走が原因であったこと。それでも、私の目にはしっかりと残っていた。泣きながら真っ赤に燃える彼が。私のパパについた火を消そうとする間に、部屋が燃えがって行ったのが。いくら消火器を使っても、燃え続ける彼の姿が。

 

 

第四話 世界が奪ったもの

 

 

「…斎藤研究員」

 

「お?霧谷か」

 

意外な遭遇だ。霊園で彼と会うとは。少女らしい見た目はいつも通りだが、その服装はコートを着たかなり地味でシンプルなものだ。…私もそうだが。

 

「…帰か?」

 

「そうですが」

 

「俺もだ。家?本部?」

 

「東京本部です」

 

「…俺もだ。何で来たんだ?」

 

言っているうちに駐車場に到着した。黒のコンパクトカーを指差してやると、彼は納得したようだった。行き先も同じなので乗せることに。

 

「……」

 

「…」

 

私はあまり人と話すのは得意ではないし好きでもない。だから必要がなければ、私から話すことはあまりない。それにお互い墓参りを終えたところ。不用意に何かを言い出す気にならないのも当然だ。

 

「そういやよ、今日はお前は行くのか。自衛隊」

 

「…ええ」

 

「俺行ったことねーのよ。聞かせてくれよどんな様子だったか」

 

やはり仕事の話が振りやすいのだろう。自衛隊への訪問の任務についてだ。彼らがいなければ私達は戦えない。何せ、住民の避難は自衛隊の任務だからだ。

 

「…なんか渋滞してんな」

 

「そうですね」

 

助手席でキョロキョロとする斎藤研究員。何を思ったか、外へ出ながらコートを脱ぎ去った。その下には派手な魔服。スカートの下に履いていたジーンズを脱ぐと、完全に戦闘時のスタイルだ。

 

「…やっぱり来やがった」

 

ほぼ同時に、ジェムストラの出現の通達が。彼はすぐに腕を翼に変えて飛び去っていった。一気に携帯電話への警報が入ったようで、一般市民は車を置いて逃げ出す。駆けつけた自衛隊員達が、その誘導を行う。

 

「クラックの…戦闘エージェントの方ですね」

 

「そうですが」

 

「向かわれないのですか?」

 

一人の男性隊員がそう言うが、しかし車が混雑してまま置かれる中で歩いて行くのはかなりの無茶だ。その様子を察したらしく、彼は通信機に何かの要請を出した。

 

「…!」

 

「お待たせしました!」

 

ヘリコプターである。柄にもなく驚いてしまった。降りてきたハシゴに捕まって登っていき、乗り込むと同時に発進した。

 

「目的地に到着!」

 

たった数分だ。その現場では誰かがユナイトしている瞬間のようであり、斎藤研究員が援護を行なっていた。敵はレジストコード「ビクスバイト」、トラ型だ。

 

「…ありがとうございます」

 

「いえ…健闘をお祈りします!」

 

敬礼する隊員へうなずきを返し、私は吊るされたロープを降りた。斎藤研究員はこちらを一瞥。ほぼ同時に誰かのユナイトが完了した。

 

「へぇーい皆様!このPPPが現れたからにはもう安心!一瞬で救命アンド殲滅しちゃいまショウタイム!!」

 

「相変わらずやかましいなお前…」

 

PPP(パチパチパニック)、エージェント万李とエージェント龍騎ユナイト体だ。単に近くにいた斎藤研究員と私とは違い、二人は任務として向かわされたのだろう。

 

「ぎゅりりり!」

 

「泣き虫は良くないですよぉん!あたいが泣き止ませちゃいます!いないない…ばあ!!」

 

出現させた巨大なハンマーでビクスバイトのアゴをかち上げ、さらに蹴りつける。だが若干ビクスバイトの方が大きいのもあり、のしかかる形で、攻撃。PPPは膝を曲げて姿勢を崩しつつある。

 

「オォウ…ねえねえそこのカワイコちゃん?」

 

「わかっている」

 

ほんの少し申し訳なさげな視線を私へ向けるPPP。私はすぐに放置されていたバイクに乗り、円を描くようにビクスバイトとPPPの周りを動きながら銃撃を飛ばした。

 

「ヘェイ!よそ見はだめでございますよ!虎さん、いや…子猫ちゃん!!」

 

「みゅげっ!」

 

困惑するビクスバイトへ、PPPはパンチを叩き込む。さらにハンマーを分解し、パーツの一部になっていたナックルダスターを装備、さらに殴りつけた。

 

「どりゃ!!」

 

「ぐにゅえっ」

 

「ナイス凛音さァん!」

 

斎藤研究員のステッキの振り下ろしをくらい、ビクスバイトは怯む。そしてPPPがスパイクで踏みつけ、私の援護射撃の中ハンマーを組み直した。

 

「オゥケイそのまま撃ってて沙雪さん!。グッバイキティ!」

 

トドメとばかりに一気に振り下ろす。ぼんっという音とともにビクスバイトは消え、赤い宝石が残った。

 

「ミッションコンプリート!ご視聴ありがとうございました〜!!」

 

そして最後にPPPが一礼し、そのままエージェント万李とエージェント龍騎へと分離。そそくさと帰っていった。

 

 

 

 

「本当ですか?」

 

「本当です。シュミレーターを使ってみますか?」

 

時間は間に合い、一時帰還ののち私は自衛隊への訪問に向かった。そして新規入隊者の面々に、クラックジャパンについての説明。それを終えて懇親会をする中で、私はあることに誘われたのだった。

 

「…こちらです。マニュアルはこの通り」

 

「ありがとうございます」

 

ヘリコプターの操縦訓練。基本的に運転手をしている私に、長く勤めている島田隊員がその誘いをくれたのだ。

 

「やっぱりお上手ですね」

 

「ありがとうございます」

 

「免許の取得やその試験も我々が用意できます。通ってくだされば…」

 

先ほど、交通の面でかなり面倒なことになってしまった。足止めを食らっては、戦闘以前の問題だ。私はすぐにうなずいた。

 

「ありがとうございます」

 

「それはよかった。先ほど運転手と言っていましたし…」

 

「はい」

 

「では、戻りましょうか」

 

一通りの操作訓練を終え、私は懇親会へと戻った。大きな会場で、立ちながら適当なテーブルで食事をする。至ってシンプルなものだ。

 

「…沙雪」

 

「エージェントスプリット。何かご用ですか?」

 

「いえ、見かけたから声をかけただけよ。知ってる人があまりいないもの」

 

軽く辺りを見回して言う彼女。ほとんど反対側のテーブルで、エージェント降蓮が数名と真面目そうに話をしているのが見えた。対し、我々には必要最低限の会話しかない。

 

「……」

 

「……」

 

「CJの…エージェントのお二人ですね?」

 

自分で言うのもなんだが、私とエージェントSF(スプリットフェイト)が無言でテーブルに向かう空間に、よく声をかけられるものだ。礼儀の正しそうな、これまた真面目な雰囲気の青年だ。

 

「あちらの方から聞きましたよ。運転スキルと戦闘スキルでは、お二人は素晴らしい腕をお持ちと」

 

「お褒めに預かるほどじゃありませんよ。私の場合はただ運と相性が良かっただけ」

 

静かに答えるエージェントSF。あまり感情のこもらない一言だが、彼はあまりそれを気にしてはいないようだった。青年はメモを取り出し、個人的に私達の戦場での話を聞きたいようだ。

 

「この際二つ名でお呼びしましょうか」

 

「どっちでもいいですけど…まあ、スプリットの方が好きです」

 

「それはよかった。貴女が倒されたジェムストラについて……」

 

話は数分で終わった。私に対しての質問は、様々なケースでの交通状態や、それに合わせた移動手段などについて出会った。

 

「ありがとうございました。お二人ともすみません。貴重なお時間を」

 

そう言って頭を下げ、去っていく青年。他の隊員達の元へ行き、貰った情報について共有しているらしい。それを見て、エージェントSFは、少し表情を暗くした。

 

「仕事に熱心ね…。私とは違う、かも」

 

「貴女は十二分に熱心では」

 

「…どうなのかしらね。ユナイトに対する、この感覚……。そもそも魔女に向いてないのかも」

 

「…一人で戦えているなら問題はないはずです」

 

「これから起き得るじゃないの。沙雪は…ユナイトどう捉えてるの?」

 

「戦闘のための手段です」

 

「そう、やっぱり」

 

「……が、どう捉えるのも自由なものでもあります。実用化されてまだ9年。概念としてはっきりしないのも致し方のないことです。だから貴女のように抵抗を持つことは不自然ではありません」

 

「…そうかしら」

 

「ええ、私は…ユナイトは自由であるものと、思います」

 

正直私は驚いていた。当たり障りなく話を進めるためだけのつもりの発言だったが、そこに私の「感情」が存在していた。

 

「へぇ。…貴女、そうですかぐらいしか言わないと思ったけど」

 

「そう、ですか」

 

「フフフ、それはジョークのつもり?」

 

「…」

 

「……とにかく、やっぱり人によって違うものなのね…」

 

そう言ったかと思うと、深呼吸。ありがとうと一言私に言ったかと思えば、彼女はエージェント降蓮の元へと向かった。

 

「……ユナイト、か」

 

私はあまり深く考えたことはなかった。たった今、「自由であるべき」と言う考えが自分から掘り起こされた。どう言う意図なのか、私自身もよくわからない。どう言う自由なのかも、だ。

 

「……」

 

ぼんやりと思案していたとき、突如サイレンが鳴り響いた。通信機に連絡はなし。曰く、ジェムストラではなく単なる火事のようだ。自衛隊基地で起きるのは不自然だ。しかしそれを気にしているような時間はないようである。

 

「こちらです!!」

 

避難経路に従い、移動して行く。数十人が同じ道を通ると動きづらいので、6つほどのルートに分かれてだ。

 

「…!!」

 

そんな時、部分的に抜けた床に私は足を取られてしまった。腕をぶつけ、その勢いで腕時計が炎の中へ。…まずい。彼からのプレゼントだというのに!!

 

「……何をしてるんですか!?」

 

駆け出す私を止めようとする男性隊員。だが私は止まるわけにはいかない…!!

 

「……どこだっ!!」

 

私を追おうとするも止められる隊員。消火器を使う音を背に、私はさらに腕時計の捜索を続けた。

 

「何っ!?」

 

そんな瞬間、爆発が巻き起こり壁と床が部分的に崩れる。腕時計は無事だろうか。汗を拭いながら見渡す私の元へ、足音が近づいた。

 

「あれれ、バカがいたよ。炎の中に飛び込んでくるとかさ」

 

「バカだな。そうじゃなけりゃこれを探してるやつだね」

 

二人だ。炎の中を平然と歩く二人。男とも女ともつかない者と、女っぽい者である。

 

「君はこれの持ち主?」

 

「…!」

 

女っぽい方が投げ渡してきたのは、まさに私の腕時計であった。

 

「何故これを…」

 

「落とし物だからさ。僕は優しいの」

 

「感謝する」

 

そうして去ろうとするが、瓦礫に塞がれて行けない。壁を壊してやろうと思った時、女っぽい方が私の前へと近づいてきた。

 

「ベリル、なんのつもり?」

 

「分かるだろ?こいつ魔力持ちだよ。しかも僕らの部下を壊して回ってる組織の…!」

 

女のような方は『ベリル』という名前らしい。私へさらに近づいたかと思えば、グリップのようなものを取り出した。

 

「無駄足だよ。私達の目的は…」「いいからさ、燃料ならフェルドスパーが探して」

 

「…はいはい」

 

中性的な方は『フェルドスパー』。そいつは炎の奥に消え、私の目の前にグリップを握ったベリルが残った。

 

「お前、部下と言っていたな。ジェムストラを…」

 

「ジェ…はいぃ?あんたらはそう呼んでるの?」

 

「……無機物の体。動植物を模した形状、機能」

 

「で、倒せば石に戻るでかいヤツ?ああ、じゃあそいつだねえ」

 

そう言いながら、グリップの先端を左の掌へ。そしてグリップを引っ張ると、左手からずるりと鎖が現れた。鎖でできたムチとでもいうか。

 

「…私を倒すのか」

 

「そうだよ。あんたらにうろうろされちゃ…僕らには邪魔で仕方がない!」

 

駆け出してムチを叩きつけるベリル。すんででかわし、至近距離で銃撃を叩き込んだ。だが怯む様子は見せない。

 

「大したことないね!」

 

「…っぐ!!」

 

今度は思いっきりくらってしまった。さらに迫ってくるベリルへ、今一度銃を向ける。

 

「…!?……すっごいねぇキミ」

 

奴が打ってくるムチを、後ろへステップで下がりながら狙撃。当たらないギリギリまでおしのけ、そのままベリルに数発当てた。思考を強化すれば容易い。

 

「面白い!」

 

しかしそれでも怯む程度。決定打にはならず、さらに攻撃を避け続けるのは苦痛極まる。

 

「さて…ちょっとばかりぶっ倒れてもらおうかな!」

 

「!!」

 

ベリルが床へと鎖を叩きつけ、足元が揺れた。その瞬間、私へと急接近。バランスを崩しつつある私へ膝蹴りとムチでの連続攻撃をたたき込んだ。

 

「…っ」

 

「おりゃっ!!」

 

さらにかかと落としの追撃。立てないというわけではないが、私は苦痛に耐えかねていた。

 

「いつまでやってるんだよベリル」

 

「お、フェルドスパー。僕が戦ってる間に…」

 

「回収したさ」

 

そう言ったのちフェルドスパーが私を見て、思案を始めた。身構える私を蹴り上げたかと思うと、手からライフルを奪われる。そして上へと銃口を向け、

 

「グッバイ魔力持ちさん」

 

ぱぁん。私の最後の視界は迫りくるコンクリートの天井だった。

 

 

 

 

 

真っ白な天井と真っ白なベッド。病室だ。

 

「………覚めたか」

 

「エージェント天奈」

 

「体調はどうだ。怪我は治ったようだが」

 

「何日が経った?」

 

「半日。まだ深夜1時だ」

 

我ながら回復力に驚く。魔女はそういうものなのだ。彼女曰く、私は救助された時には全身が複雑に骨折し、見てられない状態だったらしい。

 

「…飲むか?」

 

「いや、いい」

 

綺麗な模様のカップから紅茶を飲みながら、彼女は私を見た。アンティークは日常使いしないだろう。ただ単に食器のセンスがいいだけだろう。まあ、よく分からないが。

 

「……何があったんだ?」

 

「敵がいた。口ぶりは…ジェムストラを司る者のようだった。ベリルと、フェルドスパーという名前らしい」

 

「興味深い」

 

「それと…それと……」

 

思い出しているうちに、コンクリートの塊に叩き潰された瞬間が思い起こされた。さらに焼かれる体。その瞬間の炎とあの日の炎が、重なる。

 

「……っ!」

 

「どうしたんだ?」

 

「いや、悪い記憶が。大したことではない」

 

「…そう、か。不幸だった、な。その、3年前は」

 

「ああ」

 

彼女なりに気遣おうとしているのだろうか。それでの思い出すものは思い出す。ぎりぎりと悲しみが胸をつく音がする。

 

「だが原因不明、なんだろう?魔力の暴走…本当なのだろうか」

 

「本当か?だと…。ありえないなんて聞き飽きた…目の前で起きたんだ。私から全てを奪った…魔力の暴走は!」

 

「…。そうか。すまないな」

 

彼女の視線が下がる。珍しく大声を出した私に、彼女は申し訳無さそうだった。戦っていれば原因が分かるかもしれないという彼女の気遣い、励ましなのだろうか。

 

「…いや、私こそ悪かった」

 

「……。早く、治ってくれ。私達は心配してるんだ」

 

立ち上がって去っていく彼女。誰もいない病室で、私はあの日の恐怖を反芻し続けていた。




「私が見つけたんです。だから私がやるんです!!」

次回、「来訪者」

えー、待たせた上ぐだぐだしましたごめんなさい。テンポ悪くてビミョーながら、重要なキャラが出る回です。今のところ面白そうなのが第十二話だけなクソプロットな。 イベントというかエピソードの案あればくださいな。
ちなみに。クラックの職員は公務員です。国連から発足した組織ですが、運営は各国に任せられているので。無論技術や方針は常に共有されながら。
さて、シーズン1はこれで1/3です。短い。
あと、一旦幻想仮面少女に戻ろうと思ってたり。思ってるだけでなんとも。それではまた〜。


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