闇物語-星のカービィ クロス・ダークネス- (であであ)
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幕開けの章 闇物語
Beginning of The Story: 闇の中で耳にした声


見渡す限り漆黒が続く。どんなに目を凝らしても、先に光は見えなくて、自身の足が地を踏み締めているのかさえ分からない。どんなに歩いても終わりは見えず、どんなに動いても自身を包み込む漆黒の闇の空間から抜け出すことは出来ない。そして、暫くして声が聞こえる。

 

「…貴様に、闇の力を与えよう…。」

 

視覚を奪う暗闇の中で、その声だけは明瞭に聞こえた。しかし、応答しようとしても声が出ない。どんなに声を張り上げても、自身の口から音が出ない。そして、声なき叫びを続ける少年を、更なる闇が包み込む。どんなにもがいてもそれを取り払うことは出来なくて、最後完全に呑み込まれたとろこで、

 

「はっ…!」

 

少年、宵榊宮アンクはとある病室のベッドで目を覚ましたのだった。

 


 

「翔お兄ちゃん、お見舞いにきたよ。」

 

「あぁ、雲母か…。」

 

病室に、甲高い少女の声が響く。窓から外の景色を眺めていたアンクがそれに反応して振り返ると、目の前にはフルーツの入った籠をもった彼の妹がベッドの隣に座っているのが見えた。如何にも『お見舞いに来ました。』という風な装いである。

 

「彼女の名前は茅ヶ雲母。俺の妹だ。」

 

「誰に言ってるの?お兄ちゃん。」

 

「いや、何でもない。…あぁそうだ、俺の名前の話なんだが…。」

 

「名前?宵榊宮翔でしょ?」

 

「実は、ずっと自分の名前を勘違いしていたようでな…。本当は翔じゃなくて、アンクって言う名前だ。」

 

「アンク…?変な名前。片仮名でアンク?」

 

「そーそー。…変な名前言うな。」

 

「分かった。じゃあ、これからはアンクお兄ちゃんって呼ぶね。」

 

「おう。」

 

彼らの家庭では、名前は自己申告制で全員苗字が異なっている。というのも、アンクと雲母は本当の兄妹でも、両親は本当の両親でもない。彼らが暮らしているのは、元々は身寄りのいない子供たちが集まる孤児院だった施設だ。そこに、まだ小さかった頃のアンクと、彼よりさらに小さかった雲母が入院してきた。最初は人数も多く良くも悪くも賑わっていたが、最近は里親が見つかったりだとかで退院していく子が多く、そして今では残っている子供はアンクと雲母の二人になった。その内、雲母はアンクのことを『お兄ちゃん』と呼ぶようになり、またアンクも雲母のことを本当の妹のように思っている。孤児院を経営している夫婦も、2人のことを大事に思ってくれている。本当の家族ではなくとも、皆本当の家族のように固いきずなで結ばれているのである。

 

「まぁ、少し心理的な距離を感じる時もなくはないが…。」

 

「なんか言った?アンクお兄ちゃん。」

 

「いや、何でもない。…そう、それが俺の名前。」

 

「退院はいつって言われたんだっけ?」

 

「明日だ。明日の午前。」

 

「そっか…。先生驚いてたよね、あんな怪我があっという間に治っちゃったんだから。」

 

「腕とか足とかバッキバキだもんな。ははは…!」

 

「笑い事じゃないよ。でも、無事でよかった…。」

 

アンクが大型トラックに轢かれて病院に搬送されたのは、今から約1週間前。入院してきた当時は、命に別状はなかったにしても、全身を包帯で巻かれる程の外傷を追っていた。しかし、それ程の大怪我が、わずか一週間足らずでほぼ完治してしまったのである。これには医者も、あり得ないと言わんばかりに言葉を失っていた。だが、アンクには心当たりがあった。それは、彼が病室で眠っている間に見た、漆黒の闇の世界にある。

 

「…ちょっと、屋上行って外の空気を吸ってくるよ。」

 

「じゃあ私、少しだけ退院の済ませておくね。」

 

「あぁ、頼む。」

 

一週間前まで真反対に折れ曲がっていた両足を軽々と地面に着くと、アンクの身辺整理を始めた雲母を少し見守ってから病室を後にする。病院臭い緑色に塗装された廊下を歩き、階段を2階分上がれば、そこに見えるのは屋上のスペースへと繋がる扉だ。生暖かい風をその身に受けながら「はぁ」と嘆息し、格子越しに外の景色を眺める。町の細かい造形、街行く人の数やその表情、全てを見ることができる。今誰が何処でどんなことを話しているのか、どんな感情で何を考えているのか、全てを認識できる。それに気づいたのはほんの最近のこと。2日前に病室で目を覚ましてから、アンクは自身の身に起きた異変に気付いていた。

 

「…。」

 

自身に吹く風を炎に変えることが出来る。瞬間移動で、瞬く間に街中に現れては、また瞬く間に病院の屋上に戻ってくることが出来る。空を飛んで、さらに太陽に近づくことも出来る。以前の自分に出来なかった不思議なことの数々が、今は当たり前のように、呼吸をするように出来る。そして、アンクはこの異能が何なのか、それさえも理解していた。

 

「…闇の力…。」

 

あの時、暗闇に包まれていたアンクにはっきりと聞こえてきたその言葉を、彼は頭の中で静かに反芻するのだった。





⚠︎この第一話は、改めて描き直した改訂版です⚠︎

はじめまして、ひ〜くん。と申します!闇物語を見てくれてありがとうございます!この物語は、闇の力を手に入れた主人公『宵榊宮アンク』が様々なアニメキャラクターと出会うことで、どのような運命を辿るのか、と言うようなお話です!アンクが様々な作品と関わることで、その原作は全く異なる運命をたどります。原作ぶっ壊し上等の二次創作寄せ集めストーリーです(笑)もし宜しければこれからも読んでください^_^


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Beginning of The Darkness: 再び耳にしたあの声

アンクが退院してから約2週間が経過した。事故による怪我は完治し、今は以前と同じ生活を送っている。因みに、アンクを轢き飛ばした運転手は、未だ逃亡を続けているらしく、捕まっていない。しかし、無免許及び飲酒運転であったことがテレビで報道された時は、流石の両親も怒りを隠しきれていなかった。だがもう、過ぎた話だ。

 

「いらっしゃいませ〜。」

 

街にある割と大きめの書店。某声優雑誌を手に取ったアンクが、レジへと持って行く。恐らく、このまま金を払わずに店を出たところで、誰にもアンクは捕まえられない。それどころか、店員の記憶を操作して、その犯罪を無かったことにさえ出来る。

 

「そんなことしないけどな…。」

 

支払いを終えたアンクは、誰にも聞こえないようにそう呟きながら書店をあとにした。以前と同じ生活を送れるようになったアンク。だが、たった1つ、以前とは異なることがあった。

 

「闇の力…。」

 

あの時、まだ病室で眠りについていた時に見た漆黒の世界の中で、アンクは異能を得た。闇の力と言われたそれは、アンクに様々なことを可能とさせた。この2週間、ありとあらゆることを試してきたが、本当に何でも出来る。ただ、分からないことは、

 

「何故俺に…。」

 

何故、アンクに闇の力を与えたのか。あの声の主は、何故力を与える対象を彼に選んだのか。力なら、まるで今まで当たり前に使っていたかのように、自然に使うことが出来る。しかし、何故自分がそれを与えられたのか、そしてあの声の主は一体誰なのか、アンクは知らず、そして知る術さえなかった。あの時、闇の中で聞こえてきた声は、今この日に至るまで一度も耳にしていない。聞こうにも聞けないのである。

 

「きゃあぁぁぁー!!!」

 

そんな時、思考するアンクの脳に突然女性の悲鳴が響いた。反応して見てみれば、その女性のすぐ近くに大型トラックが差し迫っていた。目の前に女性が、人が横断しようとしているのを、信号を無視して速度そのままに突っ込んでくる。既に、彼女がどう動こうとそれを回避するには手遅れの状態であった。

 

「…え?」

 

しかし、アンクは至って冷静であった。瞬間移動の闇術を用いて、女性をトラックから離れた場所に移動させたのだ。目の前に広がっていた死の景色が突然変わったことに言葉が出てこない女性。そして、そんな彼女を他所に何事も無かったかのように大型トラックは走り去って行く。しかし、アンクはそれを許さなかった。何故なら、そのトラックの運転手は、3週間前にアンクを轢き飛ばした張本人だったからだ。闇の力を得たことによって、通常時の視覚が覚醒した今の彼にはそれが分かった。まるで暴走しているかの如き速度で走り抜けるトラックを、アンクがそれを上回る速度で追跡する。そして、トラックの正面に回り込み人差し指で一突き。

 

「もう前の俺とは違う…。」

 

大きな反動を付けて、大型トラックは停止したのだった。

 


 

数十分後、アンクが呼んだ警察によってその男は逮捕された。心を読んだところ、今回は完全に殺意を持っての犯行だったらしい。

 

「実に哀れな男だ…。」

 

もちろん女性に怪我はなく、何が起こったか分からない彼女は少しその男の野次馬になった後、困惑の中にも安心した様子でその場をあとにした。一通り事件が解決したのを見たアンクも、今は帰路についていた。そして、少し遠くに小さく我が孤児院が見えたその瞬間、アンクは驚愕した。

 

「…随分と力を使いこなしているようだな…。」

 

「…!」

 

あの時、暗闇で聞こえたあの声が再びアンクの耳に聞こえてきた。反応して、周りを見渡しても姿は見えない。ただその声だけがアンクの脳に響いてくる。

 

「お前は何者だ…!何故俺に力を与えた…!」

 

「…あの時あの瞬間、貴様がこの世で最も死に近い人間だったからだ…。」

 

「死に、近い…?」

 

この奇妙な力を与えられたその理由、この2週間悩み続けていたものをその力を与えた張本人に問いかける。しかし、その答えはアンクの求めていたものとは違い、より困惑を深める。怪訝な表情をするアンクに、声の主はさらに言葉を紡ぐ。

 

「…力を使え…。…闇力を使え…。…そうすれば、いずれ真実は見えてくる…。」

 

「真実…?力を使い続けた先に何がある…!おい…!答えろ…!まだ話は終わってないぞ!」

 

だが、アンクのその叫びに声の主が反応することはなかった。結局、アンクの悩みは何も解消されていない。より疑念が深まるばかりである。

 

「力を…、使えばいいのか…?」

 

あの声の主は確かにそう言った。力を使い続ければ自ずと真実に辿り着くだろうと。

 

「人助けでもしてみるか…?」

 

何をすればいいか分からない。自分がこれからどうなるかも、力を使った先にどのような真実が待ち受けているのかも。しかし、このまま立ち止まっていては何も進まない。そしてアンクは小さな決意を言葉にし、遠くに見える我が家を目指して歩き始めたのだった。ここからアンクは、様々な者達との出会いを経て、様々な運命を辿って行くことになる。

 

「…新たな出会いが…始まる…。」

 

《了》




始まりの第1章完結!次回から第2章です!

 元々、第1章は第1話しかなかったのですが、改めて細かく物語を作り直すにあたって2話構成にしました!章タイトルやサブタイトル、内容自体を改めて書き直すことによって、前回よりはとても良いものに成ったと思います。
 これまでこの闇物語を読んでくださっている方で、書き直す前の第1章第1話しか読んでいない方は、改めてこの幕開けの章から見てくださればと思います(笑)より物語を理解しやすくなると思います。
 因みに、闇物語内で他のアニメとコラボしないオリジナルストーリーの場合は、章タイトルやサブタイトルをオリジナルのものにすることにしました!英語:日本語って感じの構成ですね(笑)まぁアニメとのコラボ章でも、サブタイトルや第〇話はオリジナルの原作やアニメで使われているものと似せるようにしています!
 何はともあれ、新しく生まれ変わった『闇物語』。初めて読んでくださった方も、今まで読んでくれてた方も、どうぞよろしくお願いします!


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第2章 闇物語-邪王真眼恋説-
EpisodeⅠ.中二病との邂逅


第2章は『中二病でも恋がしたい』のみんなと出会います!
詳しいことは後書きで…


「今日も夜出かけるのか?」

 

「もちろん。不可視境界線を探す…それが、邪王真眼の宿命…。」

 

「はいはい。」

 

夕方、下校途中の2人の高校生が団地に向かって歩いてくる。1人は女子高生。片目に眼帯を、もう片方の目を輝かせながら不可思議なことを喋り、もう1人の男子はそれを軽く受け流す。夕陽に照らされ、他愛もない会話を繰り返す2人。だがそれは、突然聞こえた轟音によって終わりを迎える。

 

「っ!なんだ…!」

 

眼帯をつけた1人は、あまりの驚きに腰を抜かしてしまったようで、それに気づいたもう1人が彼女を庇うように前に立った。それは、すぐ目の前の地面が粉々に砕け散っていたからというのもあるが、さらに目線を上げた先に、得体の知れない怪物が立っていたからだった。

 

「素晴らしい。自分の身ではなく、他人を守ることを優先するとは…。その勇気を称え、2人とも苦しまずに殺してあげよう…。さぁ…私の仲間になるのだ…。」

 

「何なんだよ…っ!おい六花、立て!逃げるぞ!」

 

「…ゆ、勇太ぁ…立てないよぉ〜…。」

 

「なんだとぉっ!」

 

「もう遅い…。2人まとめて…、…何っ!」

 

怪物が2人に飛びかかろうとしたのと、鋭い斬撃音が響いたのは同時だった。突如として現れた鋭い刃に斬られた怪物は後ろへ吹き飛び、そしてその斬撃を放ったと思われる少年が2人の前に立った。彼は黒い衣服を見に纏い、片腕の膝から先は剣に変形していた。

 

「…俺が来るまでよく死ななかったな。」

 

「こ、今度はなんだぁ?!」

 

宵榊宮アンクの出現に、1人は驚き、もう1人は目を輝かせながらこちらを見ている。それはこの刃に変形した腕が原因か…。ともあれ、今まで見たことのない生命体に、アンクは鋭い視線を向けた。

 

「…貴様、何者だ。」

 

「…邪魔が入ってしまってはしょうがない。ここは一旦引きましょうか。」

 

「…っ!待て!」

 

アンクが正体を問いただすと、怪物はそう言って姿を消してしまった。

 

「…何で俺の疑問にみんな答えてくれないんだ…。」

 

この前の闇の力を与えた張本人の時といい、何故かアンクの質問をみんな無視していってしまう。その事に少し理不尽さを感じながら、アンクは座り込んでいる2人に目を向けると、

 

「大丈夫か?」

 

「…あ、はい。ありがとうございました…。」

 

少し動揺してはいるものの、とくに問題はないのを確かめて、

 

「そこの女、お前も平気か?」

 

「……。」

 

「おい六花、聞かれてるぞ。」

 

「…コいい。」

 

「…何だって?」

 

「カッコいい!!」

 

この時初めて羨望の眼差しを向けられ、戸惑うアンクであった。




第2章のこの『中二病でも恋がしたい』はアニメを元に作っています。六花が極東魔術昼寝結社の夏というサークルを作り、勇太が入った少し後からの話です!


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Episode Ⅱ. 邪王真眼おとり大作戦! 前編

家が目の前の団地だということもあり、ひとまず3人は勇太の部屋へ行き、詳しい話をする事になった。因みに六花の家も勇太の1つ上の階なのだが、それでも勇太の部屋に行く事を強く望んだ六花に理由を尋ねると、またもやスルーされてしまった。年頃の女子というのは難しいのだろうか。長い間学校に行かず、クラスの女子と関わりのないアンクには知る由もなかった。

 

「さぁ、詳しい話をする前に、軽く自己紹介でもしておくか。」

 

「お、おぅ。俺は冨樫勇太。それで、こっちは小鳥遊六花。」

 

「違う…邪王真眼だ…。」

 

「ちょっと黙ってろ。」

 

「俺は宵榊宮アンク。さて、早速本題に入るが…。」

 

「ちょっと待って、よいざ…?…アンク。」

 

「諦めた…!」

 

「どうした?何か話すことがあるのか?」

 

「……。…さっきの刀の腕、どうやってやったの?!」

 

「…あ?」

 

「とてもカッコよかった!やり方、教えてほしい!」

 

本題に入るのを妨げて何を言い出すかと思えば、先の羨望の眼差しを再びアンクに向ける六花。そして、クラスの女子とまともに会話すらしたことないのに、そんな輝いた目を向けられた事に再び動揺したアンクによって、話題は本来の方向を大きく外れていく。

 

「何でこいつは、こんなに俺に興味津々なんだ…?」

 

「あ〜、こいつ中二病でさ…。そういうの大好きなんだよ。」

 

「なるほど。…かくいうお前も、過去に中二病だったようだな。」

 

「なっ!さ、さぁ、一体何のことやら…。」

 

「隠しても無駄だぞ。お前の過去を見た。」

 

「そう、勇太はダークフレイムマスター…。闇の炎に抱かれて…」

 

「やめろぉー!」

 

「なら、闇の力が使える俺は、お前らの憧れの対象ということだな。」

 

「や、闇の力ぁ!ど、どんなことができるの?!見せてほしい!」

 

『闇の力』というワードに反応し、興奮した六花が飛びついてくる。あまりにも顔が近い、そして不覚にも、可愛いと思ってしまった…。

 

「そ、そうだな。例えば、空を飛ぶこともできるぞ。こんな風に…。」

 

術式が展開。自ら描いた漆黒の魔法陣に、体の中に流れている闇を注ぎ込む。そしてそれは『闇術』となり、六花に変化を及ぼした。見れば六花は、宙に浮き部屋の中を飛んでいた。

 

「と、飛んでる!勇太ぁ、私飛んでる!」

 

「まさか、本当にこんなものが…!」

 

憧れて、いつも夢に描いてきた、でもこんなの現実じゃありえないと、思っていた現象が今、目の前で起きている事に、勇太は今までにない驚きを見せ、六花も興奮のあまり素が出始めていた。まさか自分の力で、こんなに喜んでくれる人がいるとは思いもしなかったアンクも、少しずつ心を開いていった。だが、いつまでも楽しい会話をしている訳にもいかない。「さて」とアンクは前置きし、

 

「そろそろ本題に入らせてもらう。もう妨害は認めないぞ。」

 

「そ、そうだったな。…忘れてた。」

 

「さっき現れた化け物のことだ。」

 

「っ!そ、そうだ。あいつ、急に俺らを襲ってきた…。一体何なんだ、あいつ…。アンクは何か知ってるのか?」

 

「…いや、俺もあんな奴、生まれてこの方見たことない…。だが、俺たちの脅威であることは、おそらく間違い無いだろう…。倒さなければいけない相手だ…。」

 

「ふん!そんなもの、この飛行能力を手に入れた邪王真眼にとっては造作もないこと…。」

 

「お前さっき腰抜かしてたろ!てか、いつまで飛んでんだ!」

 

「楽しい!!」

 

「だが、倒すと言っても、相手がまたここにくるとは限らない。…そこで、お前らに協力してほしい。」

 

「…どうすればいいんだ?」

 

「何、そんな難しいことではない。さっきと同じ状況を作ってほしいんだ。」

 

「さっきと同じ状況…?…ん?それってつまり…。」

 

「お前らには、おとりになってもらう!」

 




ここで能力解説〜

・トランス
腕や足、髪の毛など体のいろいろな部分を武器に変形させることができる。

・空中浮遊
空中を浮遊することができる。あまり高く飛ぶことが出来ないのと、あまり速度が出せないのが欠点。だが他にも飛行能力を兼ね備えた闇術はいくつか存在する。任意の相手を飛ばすこともできる。

・過去視
相手の過去の経歴などを大雑把に見ることが出来る。他にも相手の個人情報を見たり、相手の現在地の検索や生体反応の確認、未来視や運命を見ることも可能。だが現在地の検索や生体反応の確認などは、雨や雪が降ってたり、異世界で魔力が空気中に飛んでる場合はほとんど機能しないなど、環境の影響を受けやすい。


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Episode Ⅲ. 邪王真眼おとり大作戦! 後編

「…おとり。」

 

そう勇太は呟いた。ある程度予想はしていたものの、まさかの内容に呆然としている。そしてその中に、微かな恐怖を抱いているのが分かった。

 

「…それって、結構危なくないか?もし死んだりしたら…。」

 

「あの時、あいつはお前らを狙ってやってきた。お前らを襲える状態なら、きっとまたやってくるだろう。心配するな、お前には傷一つつけないと約束しよう。」

 

戦闘力0の勇太と六花に頼むのは少々危険を伴うが、仮に2人が襲われそうになったとしても、さっきみたいに間に割って入れば問題ないだろう。奇襲の斬撃に当たる程度の相手1体くらい敵ではない。

 

「それに、来なかったら来なかったで一向に構わない。流石の奴も罠だと警戒する可能性だってある。」

 

「それではつまらない。この邪王真眼の力が発揮できない…。」

 

「だからちょっと黙ってろ。ってか、いつまで飛んでるんだ!」

 

「止まり方分からない…。」

 

「あ〜待ってろ、今術を解く。」

 

勇太とアンクが大事な話をしている最中、1人ずっと部屋を浮遊していた六花。まだ少し物足りなさそうな顔をしながら、数十分ぶりに床に足をつく。

 

「ねぇねぇ!もっと他に何か…うっ!」

 

「…?どうした、大丈夫か?」

 

「こ、このくらい余裕…ゔおぇっ!」

 

「わぁっ!ど、どうしたんだ六花!」

 

「き、気持ち悪くなった…おぇ…。」

 

「飛びすぎて酔ったんだよ。ちょっと休んどけ…。」

 

「あぅぅ…。」

 

「とりあえず、作戦の決行は夜だ。」

 

はしゃぎすぎたのか、突然嘔吐物を床に撒き散らかす六花。だが、それに構ってる暇はない。作戦決行の時は、刻一刻と迫っている…。

 

 

そして、早くもその時は来た。2人が帰ってきた時とほぼ同じ状況を再現するため、勇太と六花は建物の前にスタンバイしている。そしてアンクは部屋に1人、標的の怪物が現れるのを待っていた。

 

「もう気分は平気なのか?」

 

「うぅ、まだちょっと気持ち悪い…。…はっ!まさかこれは、闇の力を酷使しすぎた代償…!」

 

「そんなわけないだろ。」

 

「あぅぅ…。」

 

六花の妄想に、ツッコミと同時にコツンと頭を叩く勇太。そんなお決まりのやりとりをする2人には、何処か少し余裕があるように見えた。というのも、アンクの先の言葉に厚い信頼を置いているらしい。

 

「いいか?もしものことがあっても、アンクが守ってくれるから、焦るんじゃないぞ?」

 

「焦っているのは勇太のように見えるが…。」

 

「うっ…。」

 

「それに私は大丈夫。いざとなればこの、"シュバルツゼクスプロトタイプマークツー"で応戦する!」

 

「はいはい。頼りにしてるよ。」

 

「…では一度この私と戦ってみようか、人間…。」

 

「…っ!」

 

六花の勢いの良い宣言に乗って出てきたのは、この作戦の目的である例の怪物だ。

 

「ふん!まんまと出てきやがった…。」

 

アンクもその姿を視認し、攻撃の準備に入る。

 

「それが君の武器という訳か。私に攻撃して見せろ。」

 

「ふ、ふふっ、お、面白い。こ、この邪王真眼の、ち、力、思い知らせてや、やろう。」

 

「おい六花、声が震えてるぞ…。ってか、余計なことするなよ…!」

 

「はぁーっ!"ダークマターブレイズ"!」

 

「やりやがったーーっ!」

 

再び目にした怪物に動揺し、傘を思いっきり振った六花。もちろん六花の妄想に過ぎず、それが相手に致命傷を与えるはずはなく…、

 

「ぐはぁっ!やられた〜…っ!」

 

「…え?効いた…?」

 

「…フハハハハ…まさか、そんなはずがないだろう…。」

 

「あいつ以外にノリ良い…!」

 

「言ってる場合か!」

 

「次は私の番だ…。共に世界を滅ぼそう…。」

 

少し怪物に興味を持った六花だが、そんなことしていては自分たちの命が危ういと、勇太が逃げ出そうとした時、奴の頭上に人影が見えた。

 

「…アンク!」

 

「滅ぶのは貴様だ!『暗黒奥義 地穿つ漆黒の一閃』」

 

アンクの腕が変形した刃に、莫大な量の闇が注がれる。その力の強大さは、常人である勇太と六花も感じるほどであり、怪物の体を2つに切り裂くには十分すぎる力だった。地面をも粉々に砕く斬撃を受けた怪物の体は地面に倒れ、爆散した。

 

「すごい!アンクすごい!すごいカッコいい!!」

 

「ありがとう。お前らの協力で、奴を倒すことが出来た。」

 

「いや、俺たちは何も…。あの時アンクが来てくれなかったら、俺たちはもっと早くに死んでた。…本当にありがとう。」

 

お互い感謝を伝え、これで一件落着。脅威は去り、勇太と六花には、また平和な日々が戻ってくる。だが、そこにアンクは含まれていない。少し名残惜しそうに、アンクがその場を後にしようとした時、六花が口を開いた。

 

「…君に、我々の結社に、入ってほしい…っ!」

 

「…はぁ?」

 

この瞬間察した。あぁ、これが、最初の出会いなんだなぁ、と。




能力解説〜

・闇術
闇の力を媒体に行使できる術の総称。描いた魔法陣に、体内の闇を注ぎ、そこで術として変質した闇が、周りに影響を及ぼす。無数の術があり、任意で使い分ける方が可能。また、魔法陣を介さない術も存在する。また、通常の人間が術を使用すると、代償や副作用が及ぶことがある。

・暗黒奥義 地穿つ漆黒の一閃
暗黒奥義とは、闇術の力をさらに増したものである。剣などの物体に高濃度の闇を集中させて放つ技や、暗黒奥義独自の技があり、それらも無数に存在する。『地穿つ漆黒の一閃』は前者であり、地面をも破壊するほどの力の闇を剣に集中させ、放つ技。

ここまでは序章、次回くらいからはアニメの話を元に、さらにみんなと関わりを深めていくっ!


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Episode Ⅳ. 極東魔術昼寝結社の夏Darkness expansion

一目見ただけでは、それが何なのか分からなかった。今アンクがいるのは、"銀杏学園"。勇太と六花が通う高校であり、"極東魔術昼寝結社の夏"がある場所。昨夜、例の怪物を倒した後、六花に結社に入るよう頼まれ、来てみたは良いものの、扉を開けたら目の前に魔法陣の絨毯。その上で六花は魔法の詠唱のようなものを唱えていた。"魔術"とあるくらいだから、魔法の研究でもしているのかと思えば、それらの類のものは一切目に入らない。

 

「別に無理してこんなとこ来なくてよかったんだぞ?」

 

「まぁ、せっかく誘ってもらったからな良い暇つぶしだ。ここにはお前ら2人しかいないのか?」

 

「いや、5人いる。あと2人はもうすぐ来るだろ。」

 

「ん?では、あと1人は何処にいる?」

 

「アンクの後ろで寝てるぞ?五月七日くみん先輩だ。」

 

「…っ!」

 

言われるまで全く気づかなかった。彼女は枕を抱きながら、気持ちよさそうな顔をして眠っている。まさかここまで気配を消せるとは、昨夜の怪物より厄介な相手なのではと、少し警戒心を持ったアンクの顔に、さらに気配を消して近づいてきた眼帯をつけた顔、六花だ。もはや、自分の"気配を感じとる能力"を本物かと疑った。

 

「アンクは、詠唱とかしたりしないの?」

 

「あ、あぁ、特に詠唱せずとも、名前を呟けば術は発動する。」

 

その言葉に、さらにワクワクがおさまらない様子の六花。その可愛い顔としばらく向かい合っていると、廊下の向こうから足音がした。よかった、今度は気配を感じ取ることが出来たと安堵するアンク。そして、

 

「邪王真眼のサーヴァント!凸守早苗、華麗に推参!」

 

「今日も来たわよ〜、来たくなかったけど…。って、冨樫君、その人誰?」

 

「あぁ、紹介するよ。宵榊宮アンク。昨夜俺たちを…」

 

「闇の力が使える本物の術者!」

 

勇太の言葉を遮り、六花がアンクの本質を暴露した。その言葉に、凸守は「なるほど」と前置きし、

 

「新たに術者が現れたデスね。我々の結社に早くも潜入するとは、なかなかのやり手のようデス!」

 

「勝手にあんたたちの妄想に巻き込まないの。困っちゃうでしょ?」

 

「いや、本当に使えるぞ。」

 

「っ!」

 

アンクのその言葉に、2人は驚きを隠せない様子。それもそのはず、何故ならその言葉は、彼女らの背後から聞こえたのだから。勢いよく振り返り、

 

「い、いつからそこにいたデス?!」

 

「いつも何も…、」

 

今度は魔法陣の絨毯の上へ。

 

「今、その瞬間瞬間に移動してるだけだ。」

 

再び勢いよく振り返る2人。脳の整理が追いついていないのが、その表情から見て取れる。そして、丹生谷は勇太に勢いよく飛びつき、

 

「こ、こんな人、何処で知り合ったの?!」

 

「いや、だから…。」

 

そう言って勇太は、昨夜起きたことを凸守と丹生谷に話し始めた。途中、六花が茶々を入れるのが面白く、それにツッコんだ勇太が六花の頭をコツンと叩く、お決まりのやり取りを何度か繰り返した。

 

「…まさか、この世に本物の術者が現存していたなんて…。」

 

「でも、本当に魔法が使えるなんて凄いねぇ〜。」

 

「わぁっ!くみん先輩、いつの間に起きたんですか。」

 

「ウフフっ、おはよぉ〜。」

 

「だが、私もアンクの術や強さに関しては、断片的にしか認識していない…。そこで、アンクは本当にこの結社に相応しいかどうか、試させてもらう。」

 

「おっ!良いデスねぇマスター!凸守も、この術者と戦ってみたいデス!」

 

「…お前から誘ったのに、試されるのか俺は…。」

 

「そこらへん適当だから…。」

 

と、苦笑いの丹生谷。…まぁこの様子だと、こんなのが日常茶飯事なのだろうと、アンクも謎の納得をした。そして、戦いの火蓋は、詠唱によって切って落とされる。

 

「爆ぜろリアル!」

 

「弾けろシナプス!」

 

「バニッシュメントディスワールド!」

 

その詠唱を終えた途端、六花と凸守の頭の中で思い描いた妄想、物凄く精巧に出来た設定、莫大な情報量が、アンクの頭に流れ込んできた。勇太と丹生谷は、六花たちのことを白い目で見ている。当然だ、これは彼女らの妄想でしかない、現実では何も起きていないのだから。だが、アンクには、彼女らの妄想の世界が、まるで現実のように、周りに映し出される。

 

「"ジャッジメントルシファー".!」

 

「"ミョルニル・トルネード"!」

 

ならば、この妄想に、とことん付き合ってやろうではないか。

 

「ふん…、そんなものは効かない…。」

 

アンクの周りにシールドが貼られた。これも、アンクの反応に対応して、彼女らが描いたものだろう。実際にシールドは貼っていない。実際にやってしまったら、彼女らの命に関わる。あくまでも彼女らの設定に任せる。

 

「必殺技がいともたやすく…っ!」

 

「任せて凸守、私が決める…!"ダークマターブレイズ"!そして、"ガン・ティンクル"!」

 

「効かん!そもそも貴様らは、俺のレベルまで到達していない…!」

 

「まさか…っ、最強である邪王真眼さえ上回ると言うのデスか?!」

 

「くそっ!何か手はないのか…っ!」

 

「これで終わりだ…。『暗黒奥義 剣刃飛襲』」

 

「うわぁーっ!!」

 

アンクの後ろから、無数の剣が2人に降り注ぐ。そして、2人が床に倒れ伏した時、妄想の世界が揺らぎ、霧散していった。如何やら、決着が付いたらしい。

 

「つ、強かったデス…。」

 

「これで、アンクは正式な我々結社の一員となった。」

 

「そりゃ良かった。」

 

勝負はアンクの勝利に終わり、中二病たちに、自らの強さを誇示することが出来たアンク。でも結局、彼女らがどう考えるかにかかっているわけで、勝負内容はお前らの匙加減だろうというツッコミを心の中だけで留めておいたところで、六花が再び話始める。

 

「というわけで、結社の名称を再び変更したいのだが、何か意見はあるか?」

 

「また名前変えるの?!」

 

「そうだな…、極東魔術昼寝結社の夏Darkness expansionってのはどうだ?闇が拡がるみたいな、そんな感じだ。」

 

「…カッコいい…!よし、今日から我々結社の名は、極東魔術昼寝結社の夏Darkness expansionだ!」

 

まさか、自分でこの名前をつけるとは。長かった結社名が、さらに長くなった瞬間であった。




能力解説〜

・瞬間移動
自分の体を粒子化、移動したい場所に自分の姿を投影、そこで実体化する事で瞬間移動を可能にする。移動できる範囲は200mまで。これらに類する術は他にも沢山ある。

・暗黒奥義 剣刃飛襲
自分の背後の暗黒空間から、剣を無数に召喚し、前方に光速で発射する技。

次回はアニメ第1期の夏休み編だ!


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Episode Ⅴ. お前だけで…

ある夏の日、アンクは勇太たちに誘われて、みんなで六花の祖母の家に行くことになった。ちょうど高校は夏休みに入ったらしい。長い間学校に行っていないアンクには、よもや関係のない話ではあるが。

 

「なぁなぁ!俺、一色誠!初めましてだよな?お前名前は?」

 

「宵榊宮アンクだ、よろしくな。」

 

祖母の家に向かう電車の中で、隣に座る一色がそう話しかけてきた。この前、あの結社名が変更された日、一色の姿はなかったが、いつもは勇太たちと仲が良くつるんでおり、今回も誘われたらしい。そしてどうやら、一色はくみんのことが気になっているらしく、さっきからくみんの胸元をチラチラと見ている。ここで一色の視界をシャットアウトしたら面白いことになると思ったが、それは想像するだけで留めておく。そして、アンクたち3人の塊の隣に、六花、勇太、電車酔いした凸守と、それに付き添っている丹生谷の4人が座っていた。

 

「六花?どうしたんだ?お〜い…。」

 

「…。」

 

六花の頬を人差し指で軽く突くが、六花は窓の外を眺めたまま、さっきからずっと無反応である。そんなうかない表情の六花に、勇太も怪訝な顔をしていた。暫くして祖母の家に着いた。六花の祖母と祖父の歓迎を受け、荷物を下ろしたら早速、近くにある海に向かった。

 

「くみん先輩!水着とっても似合ってますぅ〜!」

 

「あ、ありがとぉ〜…。」

 

「この海には、怪獣クラーケンが潜んでいるデス!今こそ、この海中専用魔道着の威力を試す時デス!刮目するがいいデス!」

 

「この魔道着を着れば、海中でも通常の3.88倍で動けるようになる…。」

 

「あっ!俺たちも泳ぎましょうよ、くみん先輩…って、寝てる!」

 

各々海で楽しみを見つけている中、凸守と行動している六花は、未だに少し暗い表情のままだ。すると、

 

「?あっ、おい!」

 

無言で海岸から離れていく六花。勇太の手には、そんな六花から手に握らされた1枚の紙切れ。そこには、バス停を指して、"ポイントC3へ"と書かれていた。恐らくここに来いと言うことだろう。

 

「…意味ないだろ。」

 

そう言って向かえば、そこには六花と一台の自転車。何を言われるかは分からないが、どうやら準備は整っているらしい。

 

「勇太。…急いで。」

 

「何だ?これは。」

 

「ラートツヴァインヘルブラウン…。」

 

「名前はどうでもいい。」

 

「今から共に、不可視境界線の探索に向かう…。」

 

「この格好でか?」

 

「はやくしなければ、プリーステスに見つかって…。」

 

六花はそう言いかけて、ゆっくりと左を向いた。それを見た勇太も、何事かと同じ方向を向くと、そこには1人の女性が立っていた。赤い服を見に纏った、赤い瞳の女性。髪色は六花よりも黒く、それでも姉妹だからか、同じようにアホ毛が立っていた。小鳥遊十花、六花の姉だ。

 

「何をしている。」

 

それを見た六花は、勇太が来た道を、逃げるように走り去っていった。

 

「あっ!おい!」

 

とっさに勇太も後を追おうとする。が、十花に呼び止められ、

 

「付き合え。」

 

「何処に…?」

 

「あいつの…。」

 


 

「うぅ…体中が痛いデス…。」

 

「沢山遊んだからねぇ〜。」

 

すっかり日も暮れ、これから夕食の時間。しっかり日焼けした自らの体を見て、涙声を出す凸守だが、その目はどこか誇らしげである。

 

「…ふっ、完璧な魔法陣を描くことが出来たデス…。」

 

「うわぁ…。」

 

「そういえば、勇太と六花ちゃんはどこだ?」

 

「帰ってきてるとは思うけど、海でも途中からいなくなっちゃったからね。」

 

「どうやら、六花の部屋にいるみたいだぞ。」

 

「おぉ、すごい!どうして分かったんだ?…もしかして透視か?透視が出来るのか?…それが出来れば、くみん先輩の…グフフフフ。」

 

良からぬことを考えていると、思考を読まずとも分かった。いっそ一色に透視能力を与えたらどうなるのか、実験してみたら面白そうな気もするが…。

 

「良いのか?不可視境界線を探しに行かなくて。」

 

六花の部屋、扉の前から勇太が話しかける。海から帰ってきてから、ずっと部屋に閉じこもりきりの六花だったが、勇太のその一言で、部屋の扉をゆっくりと開ける。

 

「…本当?」

 

「…嘘言ってどうする。」

 

「だ、だって…ママもお姉ちゃんも爺ちゃんも婆ちゃんも…。」

 

「だから、俺だったんだろ…。」

 

「お、おねえ…プリーステスは警戒している。抜け出すのは容易ではない…。」

 

「じゃあ、やめとくか?」

 

「…ううん…。」

 

「いつ行く?」

 

「い、今っ!」

 

勢いよく部屋から飛び出す六花。そして、2人だけの、不可視境界線の探索が始まる。

 


 

「ふっふっふっ、ついに暗黒龍が放たれる時が来たデス!」

 

「これ、面白いねぇ〜。」

 

「は、はい!」

 

夕食も終わり、再び海に来て、今度は花火の時間。先程出て行った勇太と六花はまだこの場にはおらず、くみんがそれについて疑問を口にする。

 

「それにしても、冨樫くんと六花ちゃん遅いねぇ〜。どこ行ったんだろぅ〜。」

 

「そりゃあんた、夏休みに海まで来てこっそり出かけるって言ったら…、」

 

「まさか、並行世界の戦士との邂逅…!」

 

くみんの疑問に、丹生谷が答えを示唆し、それに凸守が的外れの答えを出す。いや、この場合両者の考えていることはどちらも間違いであり、たった今、慌てた様子で姿を見せた勇太が、それを証明していた。

 

「六花は?!」

 

「まだ来てないよ〜。」

 

慌てる勇太はそれだけ聞いて、再び自転車をこごうとした瞬間、さっきまで砂浜に立っていたアンクが目の前に立っていた。

 

「ど、どうしたアンク…?」

 

「…思考を読んだ。さっき、お前らに何が起きてどうしてそんなに焦っているのか、俺は知っている。過去に六花に何があって、今日、何故六花の様子がおかしいのかも知っている。」

 

その言葉を聞いて、勇太は驚いた表情をした。ここに来るまでの電車で、六花が浮かない顔をしていたのも、ここについてから何度も部屋に閉じこもっていたのも、アンクは全て気付いていた。そして六花の思考を読めば、今考えていることも、過去に何があったのかも、全て知ることが出来た。でも、

 

「…これは、お前ら2人の問題だ。だから、お前だけで何とかしろ。」

 

「…。」

 

「…六花は今駅に向かっている。このままでは間に合わないぞ…。」

 

「…分かった。ありがとうな…。」

 

そう言って、勇太は六花のもとに向かって行った。その様子に、アンクは目を逸らし、再び砂浜へと戻って行った。




能力解説〜

・透視
物体を透過してその先を見ることができる。

六花の問題の核心にはやんわりとだけ触れて、ほとんど割愛します。完全に書いちゃうと闇物語じゃなくなっちゃう。アンクがどう物語に入っていって、それがどう影響するかを楽しんでもらえらばと。それに、1期の後半はアンクを入れる余地がほとんどない(泣


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Episode Ⅵ. 逃避行の先、2人の初恋

1人電車の中から、窓の外を眺める。暗い表情をしている自分が、窓に映る自分の顔と見つめ合う。先程、六花は勇太と不可視境界線の探索に出かけ、たどり着いたのは昔、今は亡き父親と…家族みんなで住んでいた家があった場所だった。しかし、そこにあるはずの家はなく、自暴自棄になり、後ろからついてきていた姉、十花と喧嘩。口論の末、勇太が間に割って入り、ひとまずその場は収束したかのように思えたが、六花はその場から逃げ出してしまい、そして今1人、帰りの電車に乗っている。…周りに迷惑をかけたいわけではない。でも、父親の死を受け入れてしまったら、全てが終わってしまう気がして…。

 

「ったく…、ギリギリだったぞ…!」

 

窓に映る人影。振り返ればそこに、息を切らした勇太の姿。海でアンクに六花の居場所を聞き、急いで駆けつけたのだ。

 

「…勇太、どうして…。」

 

「それはこっちのセリフだ…。どこに行く…?」

 

「…やはり、あの地は管理局の力が絶大、結界の力が強すぎる。よって、退避…。」

 

「…帰るってことか?」

 

勇太のその問いかけに、六花は窓の外を眺めたまま、何も言わなかった。そして勇太も、六花のこの行動を、否定することが出来なかった。だって、全てを知ってしまったから。海で、十花に付き合えと言われ、共に向かった場所は、今は亡き、六花の父親の墓だった。そこで昔、六花に何があったのか、今何を考えているのかを聞いた。だからこそ、六花と十花が喧嘩した時も、間に割って入ることが出来たし、今ここで六花に、やっぱり戻ろう、と言うことが出来なかった。

 

「勇太は、どうしてダークフレイムマスターの力を手に入れたの?」

 

突然の六花の問い。思い出したくもない忌々しい過去の記憶を想起し、言葉に詰まりそうになるが、勇太はそれに、ゆっくりと応答する。

 

「最初は、友達が話してたんだよ。でも、違和感というか、自分が世界から浮いているような気がして…。」

 

「闇の力が、別の世界の記憶を呼び起こしたと…?」

 

「そんな風にも感じたかな…。だから…、」

 

そう言って、今まで残してきた数々の中二病であった時の記憶を思い出す。そして咄嗟に、

 

「うぅ〜っ、忘れたい…!」

 

「どうした?管理局の妨害…?」

 

忌々しい記憶のフラッシュバックに、悶絶する勇太。それを心配する六花の言葉に、「いや、大丈夫。」と顔を上げて、

 

「…目があった…。」

 

鏡に映る、六花の顔が見える。先程、暗い表情をした自分と合った顔が、今は勇太を、黄金の瞳である邪王真眼で見つめている。そして、ゆっくりと2人だけの時間が流れる中、目的地は、すぐそこに迫っていた。

 


 

「あ、冨樫くんだ。」

 

「なんだって〜?」

 

「小鳥遊さんが家に帰るから、送っていくって。」

 

「帰っちゃったってこと?」

 

花火を終え、今は風呂上り。丹生谷はくみんに髪を乾かされながら、勇太からのメールに目を通していた。

 

「随分大胆よね〜。」

 

「大胆って…?」

 

「…まぁいいわ。それより、アンクとあいつ…えっと、そうだ、一色は?」

 

「一色君はもう寝ちゃってた。アンク君は何故か、屋根の上に1人で立ってたよ〜。」

 

「あいつも、さっきからな〜んか様子おかしいわよね〜…。ほら、花火やってた時も、冨樫君と何やら話をしてたし…。」

 

「そうかな〜。」

 

先の海でのアンクと勇太の会話、その全てを聞いたわけではないが、その後からアンクの様子が何となくおかしいことを、丹生谷は気づいていた。そして会話は、妄想話へと転じて行く。

 

「2人きりで帰っちゃったのが気に食わないのかしら…。もしかして、三角関係…!」

 

「どうだろうねぇ〜。」

 

会話に胸を弾ませる丹生谷と、あまり興味なさげにそれに応答するくみん。その2人の会話に、今も1人屋根の上に立ち、夜空を見つめるアンクは耳を傾けていた。

 


 

思えば今日、六花と勇太はずっと一緒にいた。十花と喧嘩したとき、六花を味方してくれた。六花が逃げ出したとき、必死で探してくれた。1人帰ろうとする六花を否定せず、一緒についてきてくれた。みんなより先に帰ってきたため家に入れなかった六花を、勇太は自分の家に招き入れた。一緒に外でご飯も食べた。六花を、1人にはしなかった。

 

「うぅ…、ドキドキする…。この気配…。」

 

だから、どうしてもこの事が、勇太のことが頭から離れなくて、何度も思い返してしまって、思うように寝付けない。何なのだろう、この気持ちは…。六花は1人苦悩する。そして、この気持ちは、未だ1人夜空を眺め黄昏る、アンクも同じだった。もちろん、勇太が忘れられないのではなく、その正体は六花だ。あの時、六花の全てを知った。それ故に、どうしても六花のことが放っておけなくって、大いなる愛嬌と、ほんの少しの哀愁を含んだその六花の顔を、つい目で追ってしまう。でも、それと同時に、面倒くさいと、そう思ってしまった自分がいた。だから、あの時勇太にあんなことを…。自分から突き放しておいて、こんな感情を抱くことは、自己中だろうか…。

 

「ったく、ほんと面倒くさいことになった…。」

 

アンクのその言葉は、誰に聞こえることもなく、夜空の暗闇に溶けていった。そして2人が、この気持ちが"恋"だと気づくのは、まだ僅かに、少し先の話だった。




能力解説〜

今回は特に目立った能力は出てきませんでしたね。そしてここから物語は、少しずつ動き出す。


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Episode Ⅶ. 俺じゃなくて…

夏休みも終わり、銀杏学園は文化祭の時期を迎える。たくさんの生徒がお祭りムードで準備を行う中、六花だけはそれどころではなかった。

 

「それは恋ね…!」

 

「…なっ!」

 

勇太との、2人だけの逃避行。その果てで芽生えた心情、心のモヤを六花は丹生谷に打ち明けた。そして、予想もしてなかった答えに、六花は顔を真っ赤にして、

 

「シュバルツシールド!これで如何なる精神攻撃も無効…!」

 

「六花…、俺、六花のこと見てると、ドキドキして…。」

 

丹生谷の勇太を真似た芝居に、さらに顔を赤くした六花は、防御のために開いていた傘を閉じてその場から駆け出す。

 

「逃げても解決しないわよーっ!」

 

丹生谷には何となく分かっていた。六花は中二病と現実の恋がない混ぜになり、そのせいで混乱しているのだ。そこで丹生谷は、しょんぼりとし、とぼとぼ歩きながらこちらに向かってくる六花に、ある1つの提案をした。

 

「文化祭準備の時、うまく2人きりにしてあげるから、そこでいい感じになんなさいよ!」

 

「…。」

 

こういう話になると生き生きしだす丹生谷に、六花は少し戸惑いながらも、2人だけの秘密の計画が今、静かに始まろうとしていた。

 


 

「良いのか?俺も参加してしまって。」

 

「良いの良いの!こっちだって手伝って貰ってる訳だし。ねぇ!くみん先輩!」

 

「バレなきゃ大丈夫だよ〜。」

 

丹生谷が指揮をとり、それぞれ割り当てられた準備に取り掛かる。そして、その中にはアンクも含まれていた。一色とくみんが同じ準備の班であり、本来想い人と2人きりを望むであろうはずの一色が、アンクが一緒にいることに妙に機嫌が良い。何か企んでいるのではないかと、一色を警戒するアンクだが、視界に入った勇太と六花の姿に、そんなことは頭から離れて、

 

「何が、六花の様子が変な気が…、ぎこちないと言うか…。」

 

「あ〜、何かねぇ、海から帰ってきてからずっと、六花ちゃん冨樫君のこと避けちゃってるみたいで…。」

 

「避けてる…?」

 

「そうなの…、あっほら、ああやってすぐ逃げちゃうらしいの…。」

 

2人で土台らしき物を組み立てる六花と勇太。しかし、一定距離近づいてしまい、思わず逃げ出す六花。その様子に勇太は困った表情をして、

 

「…悪いな2人とも、ちょっと抜ける。」

 

「お、おう…!2人で頑張りましょう、くみん先輩!」

 

「いってらっしゃ〜い。」

 

さらっと無視される一色を不憫に思いながらも、六花のことが気になったアンクは、後を追った。そして、暫く廊下を進んだすぐ曲がり角に、六花は蹲っていた。

 

「…どうしたんだ、六花。そんなところにいたら、蹴られてしまうぞ。」

 

アンクのその言葉に、ゆっくりと六花は振り向き、そして話始める。

 

「あ…、アンク…。」

 

「六花、勇太のことを避けてると聞いたが…。」

 

「さ、避けて、ない…。ただ、勇太の、顔が見れなくて…、頭から、離れなくて…、ドキドキ、する…。…よく分からない…。」

 

アンクが先程くみんから聞いたこと、それを六花に尋ねる。そしてその返答と、六花の様子から、アンクは1つの結論に辿り着いた。

 

「お前…、勇太に恋、してるのか?」

 

「なっ…!」

 

「丹生谷と同じことを!」と言おうとして声が詰まり、本日3度目の赤面。そんな六花の様子を見ながら、そう言えばと、アンクは思い出す。あの時自分に芽生えた、感情のことを。

 


 

段々と日も暮れ、下校時間が近づいてきた。そしてそれは、文化祭の準備がもうすぐ終わることも意味していて、最後の作業である、垂れ幕の設置に取り掛かっていた。担当は丹生谷の計らいで、六花と勇太の2人。その様子を、丹生谷は下から意味深な笑みを浮かべて眺めていた。

 

「やっぱり、王道の吊り橋効果よね〜。」

 

丹生谷のこの一言で、アンクは丹生谷が、六花の気持ちを知っていることが分かった。なるほど、丹生谷が作業の割り当てを指揮していたのはそう言う理由か、と。あの夏の日、ずっと一緒にいてくれた勇太。それに心惹かれてしまう六花の気持ちは、十分に理解することが出来た。あとはそれをいつ、どうやって伝えるかが問題だ。まぁその前に、勇太の気持ちがどうなのかは知らないが。

 

「きゃー!」「あ、危ない!」

 

アンクが様々な事柄に思考を巡らせていると、急に周りが騒がしくなった。見れば、周りの生徒たちの視線は校舎の最上階へ。六花たちの方だ。

 

「あいつ、何やって…。」

 

誤って足を滑らせ、屋根から落ちそうになる六花。すでに上半身と腕だけで、体を支えている状態だった。もしこの高さから転落すれば、重症は免れないどころか、最悪死が待っている。急いで助けに行こうとするアンク。そして、踏み込んだ足が、止まった…。

 

「俺が、助けに行って良いのか…?」

 

俺が助けに行くより、想いを寄せる勇太に助けて貰った方が良いのでは…?ほら、幸い、勇太は即座に六花の救出に向かった。下の階から足を支えてあげれば、問題はないだろう。と、そんな馬鹿馬鹿しい思考が、頭の中を駆け巡る。そんな場合でないことは分かっている。分かってはいるが、どうしても、そう思ってしまう。俺の出る幕では、ないと。

 

「…うっ…ぅ…。」

 

恐怖から、六花の啜り泣く声が聞こえる。そうだ、こんなこと、考えてる場合ではない。と、即座に切り替えて、力一杯地面を踏み込み、その勢いで六花の元に一直線に飛んでいく。

 

「…俺が…助ける…。」

 

その呟きは誰にも、ましてや六花にも聞こえることはなく、1つ下の階に両者の足がつく。

 

「…?」

 

あまりに一瞬の出来事に、思考の整理が追いついていない六花。ゆっくりと顔を上げ、その表情をした六花と、見つめ合う…。そして、

 

「六花っ!」

 

「っ!勇太!」

 

聞こえた声の主は、息を切らし、一足遅く到着した勇太だ。…その勇太に六花は、勢いよく抱きついた。

 

「ぇ…。」

 

思わず、掠れた声が漏れる。力強く抱きしめ合う2人。安堵に満ちた六花のその表情に、アンクを気にする様子は一切見受けられなかった。…心が痛む…。怒りとも、悲しみとも取れる感情が、アンクの心を支配した。助けたのは、俺だろう…。何故俺じゃなく、勇太に…。そんな、浅ましい考えを持つ自分に嫌気が差して、2人から目を背ける。

 

「…アンク…。」

 

校舎から、瞬間的に校庭へ。悲しみと、そして憎悪に満ちた表情のアンクに、丹生谷は同情の念を込めて、その名を呟く。だがその呟きは、アンクの足を止めることはできず、次に見たときには、もうそこに、アンクの姿はなかった。そして、アンクは気付いた。自分は、六花と同じ。あの夏の日に芽生えたこの感情が、六花への、"恋心"だったと言うことに…。




能力解説〜

・身体能力
元々の身体能力が高いため、術を使わずとも、超人的な動きが出来る。

一番書きたかったところらへん…。


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Episode Ⅷ. 闇術師でも告白がしたい…

「これが、恋…。」

 

夕方、自室のベットで1人呟く。あの夏の日、今まで一度たりとも抱いたことのなかった感情、モヤモヤの正体に昨日、答えを出したアンク。だが、その答えの出し方は、あまり良い方法とは言えなくて、今もあの2人を思い出すと心が痛む。負の感情が押し寄せてくる。

 

「…。」

 

窓から外を見れば、天気は生憎の雨で、それが今のアンクの心の中を表しているようにも思えた。

 

「そう言えば最近、結構出かけること多かったな…。」

 

今まで学校にも行かず、ほとんど引きこもり状態だったアンク。だが、最近は違った。勇太や六花、皆と出会ってから少し、生活が変わった。外に出るのが楽しいと、思うようになった。勇太や六花に早く会いたいと、思うようになった。もしかしたら今まで言ってなかった学校だって、行けば楽しいんじゃないか、行ってみようかと、そんな風に思えるようになった。皆と出会ってから、アンクは変わった。皆のおかげだ。

 

「…。」

 

でも今日は、勇太たちのもとには行かなかった。皆に、会いたくない。こんな気持ちのまま皆に会いに行ったら、溜まりにたまった負の感情が、溢れ出てしまいそうな…、そんな気がした。

 

「…あいつら、どうなったかな…。」

 

それがどうしても頭から離れなくて、1人項垂れる。勇太は、六花のことをどう思っているのか。お互い想いは伝えあったのか。決して答えの出ることのない問いが、頭の中を駆け巡る。そして、ふと、頭の中に浮かんだ。

 

「告白…、していいのか…?」

 

六花の過去の、全てを知ったあの日。"面倒くさい"と思ってしまった自分を悔い責める。自分には、何もできない。だから、勇太に任せて、六花を遠ざけようとした。そんな相手に、好意を抱いて、ましてや想いを伝えることが、果たして許されるのか…。それは、身勝手ではないのか…。

 

「…はぁ。」

 

無限に出てくる答えの出ない問いに、思わずため息が出る。そしてアンクは、考えるのをやめた…。

 


 

「…暇だ…。」

 

無為に時間を食い潰すというのは、こんなにも退屈なものだったろうか。つい最近までこんな感じだったというのに、何故か今は懐かしささえ感じる。

 

「…うぅ、ぅ…。」

 

そんな時、扉の向こうから足音、そして啜り泣くような声が聞こえた。この声は、妹の雲母だ。いや、厳密には妹ではない。小さい頃からずっと一緒に、この場所で育ってきたため、まるで本当の妹のようなものだとアンクは思ってはいるが。

 

「…お兄ちゃん…。」

 

ゆっくりと扉が開かれ、部屋に入ってきた雲母がそう呼ぶ。厳密には兄ではないが、雲母の泣き顔を見たアンクに、その一言を言うことは出来なかった。

 

「どうした?雲母、大丈夫か?」

 

「あのね…、」と前置きした雲母が、涙の原因をゆっくりと話し始める。どうやら話を聞けば、好きな子に告白して、それで振られてしまったらしい。小学生の恋愛だ、可愛らしいものである。しかし、今のアンクには、少しデリケートな話であった。そして、一通り話し終えた雲母が、先ほどより気持ち明るい表情をして、

 

「ありがと…。話して少し楽になった。振られちゃったのは残念だけど、気持ちが伝えられて良かった。好きになって良かった…。」

 

小学生なのに随分としっかりしている。それに、こんな自分を頼ってくれた。本当に、自慢の…妹だ。そして、雲母の出した結論から、アンクは1つの決意をした。

 

「告白、しよう…!」

 

例え、振られてしまってもいい。お前には六花を好きになる資格が無いと言われようが、そんな物関係ない。とにかく、自分の気持ちを知って欲しい。この初めて芽生えた感情を、六花に、伝えたい。その一心で、アンクは家を飛び出した。

 

「…六花。…六花…!…六花!」

 

雨は先程にまして強く降っている。そんな中、アンクは傘も持たずにただ、走り続ける。術を使うことも忘れ、ただ、六花の元へ。さっきまで沈んでいた心が、今はとても晴れやかだ。感情が昂り、今にも叫び出してしまいそう。こんな感覚、初めてだ。そして、段々と、六花の気配が近づいてくる。斜め前を見ると、六花らしき人影が、橋の下で立っているのが見えた。…でも、そこにはもう1つ、六花より少し背の高い人影があって…、

 

「…。」

 

アンクは、見てしまった。六花が、もう1人の人影を、後ろからそっと抱きしめているのが。

 

「勇太…、好き。」

 

「…俺も、六花のこと、好きだ…。」

 

アンクは、聞いてしまった。六花が、お互いの気持ちを、確かめ合っているのを。その光景に、掠れた声すら出すことが出来ず、雨の中、ただその場に立ち尽くす。2人が視線に気づき、振り返る刹那まで、アンクはその光景を、ただ呆然と眺めていた。眺めることしか出来なかった…。

 

「…あぁ。」

 

瞬間的に、家の屋根へ。天を仰ぎ、世界を滅ぼさんと掲げた拳から、ふっと力が抜ける。アンクの顔に、激しい雨が降り注ぐ。その感覚に、心臓が抉られる程の激しい痛みを感じた。

 

「運命は…、最初から、決まっていた…。」

 

そう呟いたアンクの頬をつたう物、それが、今尚激しく振り続ける雨なのか、それとも悲しみから来る涙なのか。今のアンクには、分からなかった…。




能力解説〜

能力ないね

本当だったらこの場面に挿入歌流したいけど、そんな機能ないもんね。


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Episode Ⅸ. 乱れ狂う…思いの丈(Length of Thought)

銀杏学園で、文化祭が始まった。沢山の出店が立ち並び、いつもとは違う活気が溢れていた。中には食べ物を売るのではなく、劇などの催し物を行う団体もあり、極東魔術昼寝結社の夏Darkness expansionも、それに含まれていた。

 

「お前らも、面白そうなものをやるようだな。」

 

「お、アンク。来たのか。」

 

彼らの描く中二病を具現化したような衣装に身を包む勇太が、アンクに気づきそう言った。今勇太は、催し物の準備のために、いつも結社が開かれている教室にいる。そしてそこには、くみんと丹生谷と凸守、そして六花もいた…。

 

「っ!アンク!ちょうどいいところに。…爾の真の闇の力を、我々結社に貸してはくれないだろうか…。」

 

いつもの調子で話しかけてくる六花。恐らく、劇に参加してくれと言っているのだろう。だがアンクは、少し間を置いて、

 

「…いや、今日はやめておく。また次の機会に誘ってくれ。」

 

「…そうか。残念…。」

 

今日、アンクがこの学園に訪れた目的は、両思いになった六花と勇太の様子を見に来た訳でも、ましてや文化祭に参加しに来た訳でもない。

 

「丹生谷、ちょっといいか…?」

 

「…?良いけど…。」

 

アンクが今日来た理由、その人に声をかける。そして丹生谷は怪訝な顔をしながら、アンクと2人で教室を後にした。

 


 

「はぁーっ!小鳥遊さんに告白したぁー!?」

 

「…告白はしてない。未遂だ…。」

 

昨日アンクに起きたこと、その全てを話して、あまりの事実に驚愕した丹生谷が声を張り上げる。

 

「こ、告白って…、いつから好きだったの?!」

 

「恐らく、六花の祖母の家に行った時からかな…。」

 

「…全然、予想もしてなかった。でも、何でそれを、私に?」

 

「お前、六花の恋愛相談にものってただろ?だから、良いかなって…。」

 

「あぁ…。」

 

アンクのその言葉に、誰にも気付かれていないの思っていた丹生谷が、少し悔しそうな顔をする。まぁ、バレちゃいけない訳ではなかったし、そもそも自分が一方的にグイグイ行っていたことを思い出して、丹生谷は苦笑した。そんな丹生谷のことは気にせず、アンクは言葉を続ける。

 

「…俺の、何がいけなかったのかな…。俺と勇太は、何が違ったんだ…?」

 

「…アンク…。」

 

段々と声が震えてくるアンクに、丹生谷は少し動揺する。そんなこと聞いても、丹生谷には分からない。答えなんて、出るはずないのに…。

 

「あの夏の日、六花と一緒にいなかったのがいけなかったのか…?六花の過去を知って、面倒くさいと思ってしまったのがいけなかったのか?あの時、何も考えず、すぐに助けに行けば良かったのか…?!それとも、助けたのがいけなかったのか?!」

 

自問しているうちに感情が昂り、どうしようも無い怒りが、自分に向けた怒りが込み上げてくる。そして、

 

「俺の…!何がいけなかったんだ!」

 

怒りが頂点に達し、その言葉と同時に、強く地面を踏み込んだ。地面は広範囲に渡り粉々に砕け散り、それを見た丹生谷は小さく悲鳴を上げていた。

 

「…悪かった、丹生谷。」

 

「う、ううん。大丈夫だけど…。」

 

六花が、勇太が、悪いわけでは断じて無い。自分が全て悪いのだ。今までの自分の行いが、今の結果を招いている。今更後悔しても、もう遅いのに…。

 

「クダラナイ、ハナシダナ」

 

アンクと丹生谷の間、数秒間生まれた静寂。その間に割って入るように、突如片言のような低い声が聞こえた。正面に目を向けるとそこには、得体の知れない怪物が立っていた。それは、アンクが初めて六花たちと会った時に葬った奴の類ではあるが、あの時とはまた別個体のようだ。

 

「ニンゲンノカンジョウ、クダラナイ…ニンゲンノシャクド、ツマラナイ…ジンルイ、ホロブベキ」

 

その場違いな存在から紡がれるのは、いづれも人類を、そして、アンクを侮辱するような発言ばかり。その侮蔑の言葉に、アンクの感情が、激しく乱れ狂う。

 

「…貴様の戯言に付き合ってる暇はない…!」

 

そう言って立ち上がったアンクの口元に、強大な闇の力が集まってくる。その力は、丹生谷の視界を震わせ、大地を揺らし、校舎さえも砕くに足る強大さで、まさに街1つ滅ぼしかねないほどの強さだった。そして、完全に集約された闇の力が、禍々しい色のレーザーのように放たれる。怪物の体を容易く貫通し、怪物は爆散。それでもその攻撃はおさまらず、攻撃の余韻で凄まじい火柱が天高く上がっていく。爆散した怪物の、その残骸さえも残さんとするように。

 

「はぁ、はぁ…、ふぅ…。」

 

攻撃が終わり、深呼吸で落ち着きを取り戻し、昂った感情を沈める。そして、

 

「色々ありがとうな、丹生谷。話して少し、楽になった…。」

 

そう言ってアンクはその場を後にした。丹生谷は、得体の知れない怪物を一撃で沈めたアンクの、強大な力を目の当たりにし驚愕、呆然と立ち尽くし、アンクが去っていくのを、ただ眺めることしか出来なかった。




能力解説〜

・口からのレーザー(名前は特にない)
莫大な量の闇の力を集約、そして一気に前方に放つ。そして、レーザーが当たった場所には、天高く昇る火柱が現れる。莫大な量の闇の力故に攻撃力も凄まじく、並の敵なら一瞬で殺せる。魔法陣を介さない術の1つ。

アンクの恋愛話は一旦終了。またすぐ始まるけどね


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Episode Ⅹ. 人工知能の裏側

白く、交差するように聳え立つ2対の建物。その高さはただの建物と言うより、塔を連想させるような見た目をしていて、周りの住宅や建物と比べても、異質であった。

 

「ここ、か…。」

 

"飛電インテリジェンス"。最近世に出回り始めた、人工知能搭載人型ロボ"ヒューマギア"の開発をしている大企業である。

 

「出来れば、六花たちの方に行きたかったんだが…。」

 

文化祭終了後、六花たちには色々あったらしい。本当に、色々と。その間、アンクは姿を見せなかったが、特に問題はなかったらしく、昨日六花から1通のメールが届いた。『不可視境界線、発見!』と。どうやら六花の悩みはひとまず解決したらしい。今日六花たちは、凸守の家でクリスマスパーティーをやっている。アンクも誘われたが、それを断ってまでこの大企業に足を運んだ理由は、手に握られている機械の破片だ。

 

「…。」

 

文化祭初日、アンクが丹生谷に恋愛相談をしている時襲ってきたあの怪物。最初アンクは、六花と勇太に初めて会ったときに出会したあの怪物と同じだと思っていたが、残骸を調べてみたら、どうやら違うらしい。ヒューマギアの両耳についてる部品と同じものが発見された。人の役に立つために生み出された人工知能が、人を襲うなどあってはならない。アンクは、それを今日社長に話しに来たのだ。

 

「ったく、広すぎるだろ…。」

 

中に入って、そのあまりの広さと綺麗さに苦笑する。と、1人の警備員が近づいてきた。否、これもヒューマギアである。

 

「人物を特定できないため、社内に入ることは出来ません。」

 

「いや、社長と話したいんだが。」

 

よくよく考えれば、社員でもないこんな1人の高校生が、こんな大企業にのこのこ足を踏み入れるなんてどうかしている。そりゃ、人工知能とて止めに入るだろう。しかし、アンクも目的があってきたのだ。ここまで来て、引き返すのも気が引ける。そうして、立ち往生してると、

 

「どうしたんだ?マモル。」

 

正面、階段の上から声が聞こえた。若い男性の声だ。この時はまだ、この男性が社長だと言うことに、アンクは気付いていなかった。

 


 

「俺の名前は飛電或人。一応この会社の社長をやってる。そしてこっちが、俺の秘書。」

 

「社長秘書のイズと申します。」

 

そう言ってデータ化された名刺を見せる或人。秘書のヒューマギアといい、さすが、未来を感じさせる企業である。そして早速、本題に切り込む。

 

「で、今日は何で会社に?」

 

「この前、ヒューマギアが俺を襲ってきた。この会社のものだろう?これ以上周りに危険が及ばないよう、話を聞きにきた。」

 

「そうだったのか…。実は…。」

 

そう言って或人は、現在ヒューマギアに起きていることを話し始めた。

その話によると、一時期"滅亡迅雷net"と呼ばれる、人類滅亡を目的としたヒューマギアの集団が存在していたらしい。シンギュラリティに達したヒューマギアをハッキングし、マギアと言う怪物に変え、人々を襲わせていたそうだ。しかし或人、もとい仮面ライダーゼロワンと"AIMS"の協力により、滅亡迅雷netは壊滅、今は"ZAIAエンタープライズ"と言う、これまた人工知能に携わる大企業を相手にしていると言う。

 

「なるほど、社長も大変なもんだな。」

 

「ですが、或人社長はこれまで、たくさんの困難を乗り越えてきました。ですので、これからもきっと…。」

 

「そんなに褒められると照れるなぁ〜。」

 

労いの言葉をかけるイズに、或人は嬉しそうに頭を撫でる。そしてアンクは、さっき或人が話したことから、「そうだ。」と前置きし、ある1つの提案をする。

 

「暴走したヒューマギアがもし襲ってきたら、そいつらを止めて、社長のところに部品を送ってやる。だから、そのゼロワンドライバーもう1つ作って俺にくれないか?」

 

アンクの提案に、予想もしていなかったと或人とイズが呆けた顔をする。実際アンクにとって、後半の提案が大本命であり、無理を承知で言ってみた。

 

「ゼロワンドライバーは、飛電インテリジェンスの社長でないと使えません。それに、高度なセキュリティ技術により、複製などは行えません。」

 

「さぁ、それはどうかな?」

 

提案を拒否するイズに、怪しい笑みを向けるアンク。その手がゼロワンドライバーにかざされると、ドライバーが禍々しい色の闇に包まれる。見慣れない光景に、怪訝な表情をする或人とイズ。だが暫くして、その表情は驚愕の表情に変わる。

 

「ゼロワンドライバーが…、2つ…?」

 

そこに見えるのは、或人が普段使うゼロワンドライバーと、アンクの力で複製された、もう1つのゼロワンドライバーのようなもの。形や色が少し違うため、全く同じと言う訳ではないが、2人を混乱に陥れるには足る能力だった。

 

「これが俺のゼロワンドライバーと言うことで、交渉成立だ。」

 

アンクのその言葉に、未だ思考の整理が出来ていない様子の2人。人工知能の驚いた表情は新鮮であると同時に、もはや既にシンギュラリティに達しているのではないかと疑うほどだった。そんなアンクのもとに、突然電話がかかってきた。

 

「アンク、大変なの!助けて!」

 

その声の主は六花だ。だが、いつもの中二病セリフを喋るときの六花の声音とは程遠く、ただならぬ事態が起きたことを悟ったアンクは、

 

「話が聞けてよかった。これからも頑張ってくれ、社長さん。」

 

そう言ってアンクは、光の速度で会社を後にした。或人とイズ、2人の思考が完全に整理されるまでは、まだもう少しかかりそうだった。




能力解説〜

・力の複製
仮面ライダーのベルトに限らず、相手の力を秘めたアイテムなどを闇で侵食することによって、その力を自分の物にすることが出来るできる。

これから仮面ライダーについても書いていきますが、今回みたいに能力を借りたり、ベルトをもらったりするためであって、あまり仮面ライダー本編との関わりは無いと思います。例えば、アニメキャラのライドウォッチとか、オリジナルプログライズキーやライダーガシャットなどを出したいと思っています。


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Episode Ⅺ. 混沌なる…聖夜(Chaotic holy night)

今回はアニメ1期のOVAがもとになってます!


クリスマスの夜は、こんなにも冷えるものなのか。冷たく凍える手に、はぁと息を吹きかける。でもそんな悩み、隣にいる大好きな人と手を繋げば、星が輝く夜空の向こうへ消えて無くなる。凸守の家でのクリスマスパーティーを終えた勇太の提案で、勇太と六花は満点の星空の下、冬の海を船に乗ってゆっくりと渡っていた。星々が瞬くその下で、想いを寄せる相手と2人きりで、聖なる夜を過ごす。最高のシチュエーションであり、カップルにとってはこの上ない幸せであろう。仮にキスが失敗したとしても、後をつけてこっそり、こちらの様子を覗いている友達に気がついてしまったとしても、全て含めて笑い飛ばせる最高の思い出として、心に刻まれることだろう。…だがそれは、この事件が起きなければの話…。

 

「きゃーっ!」「なんだ?!揺れてるぞ!」

 

突如として鳴り響いたけたたましい轟音と、それに反応した周りの乗客の鋭い悲鳴と、混乱に陥った声音。

 

「六花!こっちに来い…!大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫…!」

 

激しい揺れに、海に投げ出されそうになっていた六花を慌てて抱き寄せる勇太。その勇太が、何かを言いたそうに震える六花の唇を見て、「どうした?」と問いかける。その問いかけに六花が反応して、

 

「船に…、穴が空いてた…。おっきい穴が…。」

 

「穴?!さっき見たのか?!」

 

「うん…、落ちそうになったとき、見えた…。」

 

六花の言う通り、今の船には無数の穴が空いていて、そこから黒煙が上がっているのが見えた。

 

「さっきの、でかい音がした時デスか?!」

 

船の至る所に存在する無数の穴。それは、船の故障などで発生した穴ではなく、明らかに何者かによる襲撃によって発生した物だった。

 

「六花!アンクに電話だ!」

 

「…う、うん!」

 

ただならぬ事態に陥ったことを察した勇太は、六花にそう告げた。だが、もう遅い。それを知らせるかのように、ある叫び声が聞こえた。

 

「このままじゃ陸に乗り上げて、建物に突っ込むぞー!」

 

何者かの襲撃により、ほぼ完全に破壊されてしまった船は、もう一切の操縦も受け付けない。このままでは大惨事は免れず、誰もが諦めかけた…。

 

「だがその時!って、俺が言ってやるよ。待たせたな六花、みんな。もう大丈夫だ。」

 

光の速度で船に乗り込んできたのは、聞き慣れた声、黒い衣服の少年。六花の電話に出て5秒もたたないうちにみんなのもとに辿り着いた、アンクだ。

 

『暗黒奥義 絶対零度』

 

アンクのかざしたその手から、強烈な冷気が大量に放出される。そしてその冷気は、海全体を完全に凍結し、そして船の動きを完全に停止させたのだった。

 


 

船は陸に乗り上げるあと一歩のところで完全停止。船に乗っていた乗客を全員おろして、ひとまず事態は収束した。

 

「良かった。アンクが来てくれなかったら、今頃どうなってたか…。」

 

「マスター見ましたか?!海を凍らせたデス!」

 

「私も負けてられない!」

 

事態の収束に安堵する者、アンクの能力に目を輝かせる者、それぞれ異なる反応を見せるみんなに、アンクは苦笑する。全く、賑やかな者たちだ。

 

「だが、まだ終わりじゃない。襲撃者が何処かにいるはずだ…。」

 

そう言ってアンクが振り返った先に、それはいた。

 

「わぁっ!また出てきた!」

 

両耳に特徴的なモジュールが取り付けられている。恐らく、滅亡迅雷netによってハッキングされ、マギアへと変わり果てたヒューマギアだ。

 

「貴様がこの船を襲撃したのか?」

 

「…人間は、皆殺しだ…。」

 

どうやら話は通じないらしい。それが分かるとアンクは、ドライバーを取り出し腰に巻き付けた。

 

「さっき飛電の社長に話を聞いてきたところだ。早速試させてもらう。」

 

そう言ってアンクは、自分専用のプログライズキーを取り出し、ボタンを押す。変身が、始まる…!

 

『Dominate…authorize!

 Progrize!Deeper and Deeper…Falling Darkness!

 This world will die in the darkness and

creation of new world will begin.』

 


 

天を埋め尽くすように広がった闇、それがアンクの体を包み込み、鎧になって具現化される。

 

「…変身した…。」

 

そこに立つのは、飛電製の素体に漆黒のアーマーを身につけた、まさしく仮面ライダーである。

 

「そうだな…、仮面ライダーアンクとでもしておこうか。」

 

「人類は、滅亡せよ!」

 

未だ話の通じないマギアが、そう言ってアンクの方へ突進してくる。アンクもそれに合わせて、力強く地面を踏み込む。今までにない強力な力で地面を蹴り飛ばし、一瞬でマギアの正面へ。足を振り抜き、強靭な蹴りがマギアの顔面を直撃した。

 

「素晴らしい力だ。面白い…。」

 

今まで感じたことのない高揚感に、仮面の中で凶悪に笑うアンク。走り出し、力を込めたパンチをマギアにぶつける。マギアはそれを避けきれずもろにくらい、大きく後ろに吹っ飛んでいく。

 

「さぁ、そろそろ終わりにしようか…。」

 

そう言ってアンクは、装填してあるプログライズキーをもう一度押し込む。

 

『Falling Impact!』

 

その音と同時に、マギアの意識がなくなり、吸い寄せられるようにアンクの方に向かってくる。それは、仮面ライダーアンクの能力であり、物体を支配して操る能力の前に、マギアはなすすべもなく、自ら必殺技に当たりに来る。そしてアンクは、その足に宿した莫大な闇を、蹴りと共に叩き込む。瞬間、マギアは爆散。その眩い炎と共に、聖なる夜は幕を閉じたのであった。




能力解説〜

・仮面ライダーアンク Falling Darkness
アンクが、ゼロワンドライバーを複製したものの力を使って変身した姿。容姿は、ライジングホッパーの黄色部分を黒色にした感じ。ヒューマギア含め、人間を除いたあらゆる物体を支配して操る能力を持つ。

これでアニメ1期は終了!次回からアニメ2期!そうして第2章も終了間近!


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Episode Ⅻ. 想いを告げたその先

凍える寒さの冬も終わり、暖かい春がやってきた。銀杏学園は先日新学期を迎え、勇太たちは2年生に、そしてくみんは3年生になった。結社の方も相変わらずの様子であり、1つ変わったことと言えば、丹生谷が新学期デビューをしたことだろうか。久しぶりに訪れたアンクは、そんな丹生谷に違和感を隠しきれなかったが、それも数日の話。丹生谷のイメチェンは、すぐに終わりを迎えた。そして、勇太と六花の恋愛状況も相変わらずのようで、

 

「あの2人付き合ってるのに、いつまで経っても進展がないのよねぇ〜。と言うことで、2人のデートプランを私が組んできてあげたわ!」

 

「へぇ〜、そうなんだ〜。」

 

この場にいない2人に関することで、いつも通り楽しそうに話す丹生谷。そして、相変わらず興味なさそうにそれに相槌を打つくみん。

 

「お前は気にしすぎなのデス。そもそもあの2人は、邪王真眼恋人契約なるもので結ばれているため、一般人の常識は通用しないデス!」

 

「そんなこと言って、本当は気になってるくせにぃ〜。」

 

「や、やめるデス!」

 

この2人も相変わらずのようだ。丹生谷と、彼女を偽モリサマーと呼ぶ凸守の弄り合いは、初めて出会った時から変わっていない。しかし、隣で話を聞いているアンクには、彼女らのいがみ合いよりも気になること、心につっかえることがあって…、

 

「デート、するのか…。」

 

「何?気になるの?」

 

アンクの消え入りそうな呟きを聞き逃さなかった丹生谷が、意地悪そうな笑みをアンクに向ける。その表情を見て、アンクは咄嗟に教室から出て行った。決して、丹生谷に腹を立てたわけではない。だが、思わず手に力が入り、大きな音を立てた扉が閉められる。自分でも、よく分からない。そして、アンクのその様子を見ていた丹生谷が、閉じた扉を開け、後を追ってくる。

 

「アンク…!…やっぱり、まだ小鳥遊さんのこと…。」

 

「…俺にはもう、関係ない。」

    

「嘘…!本当は、気になってるんでしょ…?」

 

当たり前だ。好きな人、それも初めて出来た。そう容易く忘れる事なんて出来ない。忘れてたまるか。今だって、勇太と六花のことが、気が狂いそうなほど気になっている。いや、アンクはすでに、どうにかなってしまっているのだろうか。だから、静かに振り返って、そして呟く。

 

「…出来れば、聞きたくなかった…。」

 

その表情に宿るのは、悲しみと、少しの憎悪。その表情を見て、先のデートのことを言っているんだと分かった丹生谷には、何も言い返すことが出来なかった。

 


 

「何で凸守もついて行かないといけないのデス!」

 

「あんたどうせ暇なんだからいいじゃない。」

 

「お魚楽しみだねぇ〜。」

 

勇太と六花のデート当日。。追跡計画を立てた丹生谷は、凸守とくみんを巻き込み、凸守のいかにも高そうな車で、目的地へ向かっていた。若干1名目的を理解してないくみんは気にせず、丹生谷は来るはずのないと思っていた4人目に目をやり、苦笑する。

 

「まさか、あんたまで来るとは思わなかったわ…。昨日あんなこと言ってたのに。」

 

「俺も、気になるからな…。」

 

丹生谷の言葉に、窓の外を眺めながら応答するのはアンクだ。丹生谷の追跡計画を察知して、誰よりも早く集合場所に到着していた。そして、アンクはこの時、ある決意を抱いていた。それは、

 

「六花に、告白しようと思う。」

 

「…は?」

 

真剣な眼差しで放ったその一言に、丹生谷の口から呆けた声が出る。

 

「なっ、何言ってんの?!ていうか、何で今日?!デートが滅茶苦茶になるわよ?!」

 

丹生谷のその意見は最もである。デート中のカップル、そのどちらかに告白でもしようものなら、その場の雰囲気は滅茶苦茶、その後の空気も最悪で、いい思い出になるはずのものが全て破壊されてしまう。だが、そんな知るかと言わんばかりに、アンクは笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。

 

「ふんっ!デートなんて、俺が破壊してやるわ!なんなら、デート場所である水族館ごと葬ってやる!」

 

「な、何ばかなこと言ってるデスか?!」

 

「大丈夫だ!周りの客の記憶は削除しておけば良い!」

 

「そう言う問題じゃないから!」

 

勢いよく言い放つアンクの姿は、どこか吹っ切れた…とも違うような様子で、アンクの言葉に周りのツッコミが炸裂する。そして、暫くして落ち着きを取り戻したアンクは、いつもの静かな声音に戻り、

 

「冗談だ。今のは我慢出来なくなったらの場合だ。」

 

「どうにか全力で我慢しなさい!」

 

「それに、俺が六花に告白したとしても、何も変わらない。あいつらはあいつらのまま…。」

 

アンクのその言葉、何処か哀愁を漂わせる声音に、丹生谷は心に突っかかりを覚えた。

 

「何で、そんな悲しいこと…。」

 

「未来を見た…。俺が六花に告白した未来を…。そしたら、見事に何も変わりわしなかった…。」

 

泣きそうに答えるアンクを見て、アンクは、自分が思ってる以上に追い込まれていることを察した丹生谷。その後の言葉は誰も紡ぐことが出来ないまま、目的地はすぐそこまで迫っていた。




能力解説〜

最近出せる能力あんまないな〜

次回で一応第2章最終話です!是非最後までよろしくお願いします!


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Last episode. 誰も知らない別れ

六花のことを思い続けて、どれくらい経っただろうか。いや、きっとそんなに長い時間は過ごしていない。だが、初めての初恋に浮かされたアンクには、とても長い日々を過ごしたような気がした。一度は自分から遠ざけようとした相手、その人が恋人と2人きりでいるのを、陰からこっそり眺めている。初恋が芽生えたあの日から、一度も想いを伝えられたことはない。だから、今日伝えようと決意を抱いた。だがその一方で、2人を見つめるアンクの心は、耐えがたい苦しみに侵されていく。そして、もう少しで限界を突破しそうなところで、2人のデートは幕を閉じた。

 


 

「いつまでこんなこと続けるデスか!」

 

「うるさいわね。ちょっと黙ってなさいよ!」

 

「あの2人、さっきからずっとあんな感じだね〜。」

 

「…。」

 

すっかり日も暮れ、デートを終えた勇太と六花は、川沿いの空き地にあるベンチに腰掛けていた。邪王真眼の反対、蒼い瞳に夕日を写す六花。その様子をアンクたちは、先と同じように陰から眺めていた。

 

「さぁ、もうすぐその時だ…。」

 

「…本当に、するの?」

 

「当たり前だ…。そう言う運命、だからな…。」

 

六花に告白する決意を抱いたアンク。その時が刻々と迫り、若干の興奮状態にあるのが表情から見て取れる。結果は分かり切っているというのに、告白というのは、こんなにも心にくるものなのか。初めての体験に、様々な感情が無い混ぜになる。

 

「…アンク!あれ!」  

 

そんな時、急に声を張り上げ指を刺したのは丹生谷だ。その両隣にいる凸守とくみんも、同じ反応をしている。そして、彼女が指し示す方向に目を向けると、

 

「…ヒューマギア、いや、マギアか…。」

 

丹生谷たちが反応したのは六花たちの方、そこにいる、まさに彼女たちに攻撃を放とうとしているマギアだった。だが、アンクは特に焦る様子もなく、何くわぬ表情を彼女たちに見せた。

 

「これも、運命だからな。そして、今こそがその時だ。」

 

既に未来視でマギアが現れることを知っていたアンク。そして、ついに訪れた運命の時に、興奮と緊張ではやる心を落ち着かせ、刹那に風が吹く。それは、アンクが瞬間的に六花たちの元に向かった証拠で、マギアが放った攻撃から2人を庇うように両手を広げたアンクが、勇太と六花の前に現れた。

 

「…!アンク!」

 

「あいつは俺が倒す。攻撃が消滅するまで耐えてくれ。」

 

攻撃の衝撃に目を伏せる2人。そして、今まさに、命を呈して彼女を守っているこのタイミングで…、

 

「六花!俺は、お前のことが…!」

 

「好きだ!」と声が出かかって、ふと思った。本当にこれで良いのかと。このまま運命通りに物事が進んで、一体誰が幸せになる。六花たちは気まずくなり、アンクだって、ただただ虚しいだけ。誰1人として、幸せになんてならない。

 

「…。」

 

あぁ、自分は何で馬鹿なんだろう。こんなこと、考えなくても分かったはずなのに。今、自分にできるのは、運命の言いなりになることでは無い。六花に、告白することでは無い。今この瞬間、否、これからずっと、この2人を…、みんなを…、

 

「守り抜くことだ!」

 

勢いよく言い放ち、それと同時にマギアの攻撃が鮮やかに弾け飛ぶ。そして、命を奪い足らしめる攻撃が消滅したことに気づいた勇太と六花が顔を上げる。

 

「悪かったな2人とも…。もう大丈夫だ。お前らは、俺が守る…!」

 

「な、なんかよく分かんないけど、取り敢えずよろしく!」

 

「アンク…、邪王真眼であるこの私が、力を貸そう…。」

 

アンクの、自分にしか分からない謝罪に勇太は不思議そうな顔。そして、調子が戻ったことを何となく察した六花が、自分の力を与えようと「はぁー…!」とアンクに向かって、何か特別な力のようなものを放出している。その様子に、こんな時でも変わらないなとアンクは苦笑し、ベルトを腰に巻き、そして、驚いた。

 

「これ、は…。」

 

取り出したプログライズキー、それが進化していたのだ。それが、今まさに与えられた六花の力によるものなのか、原因は不明だが、何故か満足そうな六花のドヤ顔を見て、そう言うことにしといてやるかと苦笑し、ボタンを押す。変身が、始まる。

 

『Chaos dominate…authorize!

Progrize!The chaos increases as you fall into despair

Chaos darkness!When I fall,the shine disappears.』

 


 

それは、『装着』ではなく完全なる『融合』。飛電の技術とアンクの闇、そしてアンク自身とが1つになり、変身は遂げられる。

 

「消えてもらうぞ…、マギア!」

 

『Chaostic Impact!』

 

装填されたプログライズキーを再び押し込む。それと同時に、マギアを掴む無数の手が現れる。未だ不完全であるヒューマギアの影が、地に引きずり込もうと、マギアを掴んで離さない。そして、身動きの取れない状態のマギアにアンクはゆっくりと近づき、渾身の蹴りを入れる。その力に耐えきれず、マギアは爆散。こうして、勇太と六花のデートは今度こそ、幕を閉じたのであった。

 


 

深夜、みんなが寝静まった頃。ベッドに寝そべり、プログライズキーを掲げて、1人呟く。

 

「これが、共同作業と、言うものなのか…?」

 

プログライズキーの進化。否、元のプログライズキーは手元にある故、新たなプログライズキーの出現と言った方が正しいか。それが六花の力で成されたものなのかは分からない。でも、もしそれが本当なら、六花と戦ったも同然と、アンクは優越感に浸り、1人でニヤつく。それと同時に、このままの気持ちでいてはいけないと、強く思った。そしてアンクは、輝く月夜の下、ある決意をする。

 


 

先日のマギア騒動が終わり、再びいつも通りの日常が訪れる。いつもの騒がしい面々が結社に集まり、もちろんその中にアンクもいる。

 

「ねぇねぇアンク。結局小鳥遊さんとはどうなったのよ。」

 

先日の一件を全て見ていた丹生谷が、ニヤニヤしながらアンクにその後を問うてくる。だが、その問いにアンクが見せたのは怪訝な表情で、

 

「どうなったとは、どう言うことだ?」

 

「いやだからね、告白するぞーって言ってたのに、結局しなかったからその後なんかあったんじゃ無いの?」

 

恋愛話好きな丹生谷が、アンクと六花の間に何かしらあったことを期待して、詰め寄ってくる。だが直後、その嬉しそうな顔は、驚きの表情に変わる。

 

「告白?俺が、六花に?何のことだ。」

 

「…えっ、だって…、小鳥遊さんのこと、好きだって…。」

 

「いつ俺がそんなことを。」

 

「私に言ったじゃない。」と言おうとして、声が詰まる。嘘を、付いているようには見えなかった。でも何故?つい先日のことを、こんなに綺麗に忘れることがあるだろうか。予想外の出来事に1人混乱する丹生谷。そして、あることを思い出した。それは、デートに向かう車の中でのアンクの一言。「記憶を消せば良い」という一言だ。それを思い出した瞬間、まさかと、そう思い、もう一度アンクに目を向ける。何食わぬ顔で会話を交わすアンク。いつも六花を追っていたその目は、今日はしっかり話している相手のことを捉えていて。

 

「…悲しすぎるわよ、そんなの…。」

 

悲嘆の感情を込めて呟く丹生谷。その呟きはアンクには届かず、自動販売機へと向かう勇太と共に教室を出て行く。事実、丹生谷の想像は正しく、対象の記憶を操作、又は削除する術を自らにかけたアンクに、六花を好きになってからの記憶はなく、それ以降の記憶は都合よく書き換えられている。これが、みんなを守ると決めたアンクの決断であり、最も望ましい道であった。

 

「新たな出会いが…始まる…。」

 

2人並んで歩くアンクの耳に、勇太とは違う声がした気がした。だが、その声はアンクの足を止めることが出来ず、気のせいだと思ったアンクは、そのまま歩き続けた。次の出会いが刻々と迫っているということを、気にすることもなく…。

 

《了》




能力解説〜

・記憶操作
対象の任意の記憶を操作、削除または全ての記憶を操作、削除することが出来る。操作したり削除したりした記憶を元に戻すこともできる。自分に術を適用することもできるが、その場合術を使った記憶も忘れるため元に戻すことはない。

第2章中二病でも恋がしたい編が終わりました!次からは第3章です!誰と出会うかは、出会ってからのお楽しみということで、これからもよろしくお願いします!


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第3章 闇物語-WE ARE・イン・ジ・エンド-
001.BROKEN THE DAY


一体何年ぶりだろうか。いや、そんな感慨にふけるほど、長い年月は経っていない。だが、あまりに久しぶりすぎて、アンクは動揺を隠せなかった。

 

「あいつじゃね?入学して早々不登校になったやつ。」「もう来ないかと思ってた…。」

 

久々、2年ぶりくらいに学校に訪れたアンクに、当たり前だが初めて見る顔ぶれのクラスメイトたちの影口が止まらない。

 

「…。」

 

六花たちに出会ってから、アンクは変わった。彼女らのお陰で、2年間不登校をかましていた学校に行こうと思えたし、実際行動に移すことが出来た。だが、教室に入った途端にこの状況。噂はクラス内に留まらず、今や学年を網羅している。不登校になるだけでこんなに人気者になれるものなのか、いづらいことこの上ない。そう思い、肩をすくめるアンクに、

 

「もう来ねぇかと思ってたけど、学校やめてなかったんだな。」

 

「別に、お前が来なくたって誰も気にしないけど。」

 

「つーか、お前なんて来なくて良いのに。」

 

そう言いながら歩いてくる、男子3人組。忘れもしないその顔、その声。彼らこそが、アンクを虐めていた者たちであり、不登校になった元凶だ。入学時から何も変わっていない彼らに、忘れていた憎しみがアンクの心を支配し、

 

「あ?何だその目…。」

 

目を細め、鋭く睨みつけたアンクに反応し、彼らのうちの1人がアンクに蹴りを入れた。だが、不思議と痛みは感じなかったり。今までだったら、痛みは勿論、明日は何をされるのだろうと、耐え難い恐怖と不安がアンクの全身を支配していたはずだ。なのに今は、痛みも恐怖も感じない。ただ、憎悪が膨れ上がるばかりで、暫く室内に静寂が満ち、そして気づいた。今や力を得たアンクは、この3人を瞬きする間に殺すことなど造作もなく、その余裕こそが、不安や恐怖を受け付けない最大の理由だった。

 

「な、何だよ…。」

 

殺そうと、殺してしまえばいいと思って伸ばされたアンクの手に、3人は怪訝な顔をする。もう少しで手が届く。もう少しで3人の体は粉々に砕け散る。もう少しで、今までの苦悩に対する復讐ができる。そう、思った刹那、

 

「きゃーっ!」 

 

鋭い音を立てて割れた窓ガラス、それに反応した女子の鋭い悲鳴が聞こえた。見事に粉々になったガラスは床にばら撒かれており、だが、それ以外の異変はないように思えた。

 

「何だ…、急に。」

 

嫌な予感がして、教室中を見回す。そして、気配を感じたのは、教卓の後ろ。咄嗟に目を向ければ、そこに何かがいた。

 

「まじかるー。」

 

それは、意味不明な言葉を発する、まるで小さな人形のようだった。全クラスメイトがその異形に気づき、混乱の視線を向ける。こいつが窓ガラスを割って中に入ってきたのかと、頭の中を整理していた、まさにその瞬間だった。

 

「まじかるー。」

 

再び聞こえる奇妙なフレーズ、それと同時に両手を広げた。異形の手から放たれたのは何だ。何かは分からない。でもそれは、高速で飛び、壁での反射を繰り返してそして、

 

「うわぁーっ!」

 

また1つ、悲鳴が聞こえた。その、悲鳴を上げた男子の前、目を向けるとそこには、胴が真っ二つに分かれ、どす黒い血を大量に流す女子の姿。何が起きた…。あいつは何だ…。分からない…。思考が整理が追いつかなくて…、

 

「みんな伏せろーっ!」

 

ある男子の怒鳴り声に、クラス中がそれに従った。それはアンクも例外ではなく、伏せながら、混乱した脳を必死に整理しようとしていた。だがその間にも、奴が放った何かは、高速で飛び交うのをやめず、その場に伏せた他の生徒たちの体を容易く切断、切り刻んでいく。段々と教室中が血溜まりになり、その時、奴の投げた何かが、止まったのが音で分かった。ゆっくりと、その場に立つアンク。周りを見渡せば、生徒たちそれぞれの体の部位が至る所に散らばり、生き残っているものは誰1人としていなかった。

 

「まじかるー。」

 

そんなアンクの姿を見て、獲物を見つけたと言わんばかりに再び構えるその異形。それを見て、アンクは混乱した思考で、これだけは気づくことが出来た。否、気づいてしまったのだ…。自分たちの日常が、壊されてしまったということに…。




能力解説〜

ないね〜

と言うことで第3章は『魔法少女・オブ・ジ・エンド』のみんなと出会います!時系列的には、全ての事情を知った主人公たちが、魔法少女に襲撃された日まで時間を遡って、計画を阻止しようとする場面らへんです!


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002.INFERNO

異形の攻撃を止めたのは、アンクが手から放った1本の剣。それが奴の胸に突き刺さり、血を流しているうちに、アンクは教室を、学校を脱出した。途中、他のクラスも視界に入ったが、どのクラスも血の海と化して、生存者の気配は感じられなかった。あるいはアンクと同じように、どうにか隙を見て逃げ出してくれていれば良いが…。そして、地獄絵図と化した学校を抜け出したアンクは街に出たが、そこでも、

 

「…一体、どうなったんだよ…!」

 

至る所に散らばる死体、死体、死体。赤黒く染まったまちの風景は、もはやこの世のものとは思えない有様だった。

 

「そうだ…!家はどうなってる…!」

 

家族のことが頭をよぎり、家に向かおうと身を翻す。その、振り返った先に…、

 

「まじかる〜、、」

 

先程の異形。否、先のものとは別個体だが、いずれにせよ異形が、道を塞ぐように立っていた。よく見れば、周りにはたくさんの異形が飛び交っている。ただ、今アンクを視認しているのが、目の前の奴1体と言うのが不幸中の幸いか。

 

「貴様にかまっている暇はない…!」

 

鋭く睨みつけ、瞬間的に異形の横を通り過ぎる。奴に構う暇があるなら、一刻も早く家に向かわなければと。疾風の如く、否、文字通り光の如き速さで街を駆け抜けるアンクに、誰が追いつけるものか。そう、思っていたが…、

 

「…っ!」

 

アンクが視認したのは、4本の光線。それが、アンクと同等、又はそれ以上の速度で飛来してくる。獲物を逃さんと放たれたそれは、先程の異形のものか、どこまでもアンクを追いかけてくる。このまま目的地に着いてしまえば、諸共破壊されてしまう。

 

『波動』

 

そう呟いたアンクの体、その中心から円状に広がる黒い波動。それがアンクに向かってくる光線の全てを弾き飛ばし、地面や他の建物に着弾した。

 

「…なるほど、中々使い勝手が良さそうだ…。」

 

アンクに向かってくる、全ての飛行物を無力化するその術の性能に思わず感心する中、目的地はすぐそこに迫っていた。

 


 

そこに広がっていたのは、まさに絶望だった。家はほぼ半壊状態であり、焼け焦げた匂いの中に、強く血の匂いがした。中に入れば、血塗れになりながら地に倒れ伏している家族の姿。その誰からも生命力は感じられなかった。

 

「…何で…。」

 

何処かで、まだ大丈夫だろうと、そう思っていた。みんながそんな、すぐ死ぬはずないって、思ってた。小さい頃から今まで、当たり前のように自分の側にいてくれた人は、これからも当たり前のように自分の側にいてくれるって。でも、そんな当たり前を失うのは、ほんの一瞬だって痛感して、誰もが思ってる当たり前は、こんな状況では通用しないことを、今更思い知らされた。

 

「…ふざけんな…。」

 

1人呟く。怒りが湧いてくる。こんな状況を作り出した奴らに、そして何より、愚かな考えを持っていた、自分に…。だから…、

 

「まじかるーー。!。」

 

『自ら命を経て』

 

瓦礫の積もったその陰から異形が顔を出す。それにアンクは言い放つ。異形を、全て殲滅することを誓って。そして、アンクの言葉による術にかかった異形は、自ら命を経ったのだった。

 


 

赤黒く染まった大空に、巨大な魔法陣が映し出されていることに気づいたのは、異形を葬り半壊した家を出た直後のことだった。

 

「あそこから、出てるのか…。」

 

あまりにも巨大な魔法陣、その果ては見えず、今なお数多の異形が地上に降り注いでくる。

 

「中心に行けば、何かあるか…?」

 

『検索』

 

魔法陣のちょうど中心にある場所、それが術により判明し、そこが大都市であることが分かった。だが、街の規模が大きければ大きいほど、被害の規模も拡大する訳で…、

 

「それでも、このまま何もしないよりはマシだ…!」

 

こうしてアンクは、魔法陣の中心"東京"を目指し、出立したのだった。




能力解説〜

・複製
剣など様々な物体を、99%精巧に作り上げることが出来る。ただし、生き物などの生命が宿っているものは50%の質になってしまう。

・命令
自分が言ったことを、対象に実行させることが出来る。相手は抵抗できず、ほぼ支配状態にあるが、あまり複雑な命令は使えない。

主人公たちのいる方へと向かっていく!


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003.NO ONE CAN ESCAPE.

「六花!六花!」

 

目の前に倒れている、最愛の人の名前を叫ぶ。しかし、どれだけ叫ぼうと彼女が反応することはなく、その瞳、"邪王真眼"からは命の光が消えていた。やっと、想いを伝えることが出来たのに、これからずっと、側にいようと思ったのに、愛した人の命は、こんなにも簡単に散ってしまうのか。

 

「ぁ…。」

 

絶望し、掠れた声が漏れる。見れば目の前には、突如地球に現れ、大量の殺戮を繰り返す異形の姿。もう、逃げる気力もない。そう、諦めた瞬間、勇太の体は粉々に砕け散った。

 


 

「アリス、こっちです…!」

 

地獄と化した街の中、血風にたなびく、美しい金髪の少女の手を引き駆け回る。

 

「一体、何が起こっているんですか…。」

 

いつも通り、学校に行って、みんなと喋って授業受けて…。今日もいつも通りの日常が流れていくと思っていた。だが、突如現れた異形によって、

 

「みんなあんなになって…、どうすれば…。」

 

絶望がこみ上げてきて、思わず立ち止まる。こんな所で、立ち止まってる暇なんてない。だからこうやって、アリスの手を引っ張ってきたのだから。でも、今にも泣き出しそうになって、足が、動かなくて。

 

「…シノ…。」

 

そんな忍に、何で言葉をかけるべきか分からないまま、アリスが覗き込もうとして、

 

「…っ!」

 

突然、自分の視界が一段下がったことに気がついた。いつもより忍が大きく見えて、ふと自分の足元を見て、驚愕した。

 

「…アリス!」

 

自分の両膝から下が、血を流してそこに転がっているのが見えた。姿勢を保っておられず、その場に倒れ込むアリスに気づき、忍が思わず叫ぶ。

 

「アリス!大丈夫ですか?!…あぁ、どうすれば…!」

 

恐怖と混乱の頂点に達した忍が、慌ててアリスの切断された両足をくっつけようとする。そんな忍の様子を見て、もはや穏やかともとれる表情をしたアリスは、静かに口を開いた。

 

「…シノ…、私を置いて…、逃げて…。」

 

「…!そんな事出来ません!アリスも、一緒に逃げるんです…!」

 

「このままじゃ、2人ともダメになっちゃう…。それより私は…、シノに…、生きててほしい…。」

 

「…っ!」

 

アリスの静かな決断を聞き、立ち上がる忍。何度も何度も、何度も何度も何度も、心の中でアリスに謝罪を繰り返し、走って…、そして…。

 

「ぁ…。」

 

忍の命が消えたのは、走り出してから数秒後のことだった。

 


 

「侑!侑!」

 

校舎のはずれ、並木道を抜けたその最奥にある生徒会室にも、殺戮者の魔の手は渡っていた。

 

「侑のお陰で私、やっと恋を知れたんだよ!?なのに…こんなに早くお別れなんて、やだよ…!」

 

つい先ほど、この高校一帯を襲撃した異形。今はその脅威こそないものの、校舎本棟は見るも無残な姿になり変わり、ここに至るまでの並木道には、並木を全て覆い尽くすほどの炎が燃え広がっていた。このままでは、自分は死んでしまう。そうと分かっていながら、燈子は想い人の側を離れることが出来なかった。そして、

 

「…侑!」

 

むくりと、死んだはずの想い人が起き上がった。そのことに一瞬喜んで、そして、即座に異変に気付いた。

 

「…侑?」

 

立ち上がったその人の表情は、とても生を感じられるものではなく、体は真っ黒に。まるで、先程ここを襲撃した異形のようになり変わっていて…、

 

「ぅっ…!」

 

その腕が燈子の心臓を貫いたのは、直後のことだった。

 


 

異形の襲撃により、多くの人が命を落とし、多くの人がそれを悲しんだ。そして、その人もまた命を落とす。そこにあるのは、決して終わることのない、血塗られた殺戮の繰り返しだった。そして、ここにも1人、命を落としたもの、生涯の忠誠を誓った相手の絶命を嘆く者がいた。その人は…、

 

「…我が、魔王…。」




能力解説〜

今回アンク出てこねーじゃん

今回出てきたキャラクターたちは、これから出会う"かも知れない"人たちです!そして、最後の人の正体は…?


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004.ENCOUNTER & TARGET

その光景は、逆に呆気に取られるものだった。原因を探るため東京、その吉祥寺に訪れたアンク。どれほどの惨劇かと胸を痛めていたが、結局地獄絵図は地獄絵図。何処に行こうと惨劇の悲惨さは変わらない。

 

「所々、生きてる奴の気配は感じられるんだがなぁ…。」

 

この惨劇の中でも、かろうじて生き延びている者たちはいるようで、救える命なら救いたいと、アンクが周りを見回していると、

 

「…何だ…?」

 

いつの間にか、自分が霧に包まれていることに気付いた。先程まで、血塗られた街の景色が見えていたはずなのに、今アンクの目がとらえるのは、広範囲に渡る濃霧、それだけだった。そして、

 

「ギャーっ!」「ゔわぁーー!」

 

「…っ!何だ!」

 

突如霧の中から大勢の悲鳴が聞こえてきた。それに反応したアンクは、その悲鳴の主を探すように濃霧の中を慎重に走り回る。見えない生存者を求めて辺りを見回し、そして気付いた。

 

「…っ!」

 

足元に、いや、至る所に人間の四肢が散らばっていた。その光景に思わず声を出しそうになり、抑える。

 

「切られて、いるのか…?」

 

この時、既に悲鳴を上げた者は絶命し、さらにこのままでは自分の命さえも危険だということを悟り、アンクは咄嗟に自分の腕を斜めに振り払った。そこから発せられたのは強烈な風魔法であり、自身を包んでいた濃霧を一瞬にして取り払った。

 

「…やはり…。」

 

完全に消え去った濃霧に安堵したのも束の間、存在を予想していた脅威に身構えるアンク。目の前にいたのは、大きな鎌を持ち、口内に3つ目の巨大な眼球がある、まさに不気味という言葉を体現したような異形だった。

 

「殺戮者は殲滅する…!」

 

家族同等の存在を殺された怒りがこみ上げ、3つ目の殺戮者に飛びかかろうとした、またにその時だった。

 

「…!」

 

轟音と共に異形を吹き飛ばし、アンクの目の前に止まったのは一台のバスだ。猛スピードによる突進の威力は凄まじく、吹き飛ばされた異形は、その先で血を流しながら動き出す気配はない。

 

「そこの君、早く乗って!」

 

バスから出てきたのは人間。そしてアンクは、その人に言われるままに乗車し、濃霧地帯を後にしたのだった。

 


 

「こいつらは、普通の生存者ではない。」

 

それが、バスに乗っている7人と1体に抱いた最初の印象である。理由は2つだ。1つ目、異形を撃退できたこと。アンクの知ってる生き残りは、泣き喚き逃げ回ることしか出来ない者たちだ。まぁそれが普通だとは思うが。そして、この生存者たちは、異形を連れていること。それが、2つ目にして最大の理由だ。

 

「まぁ、気持ちは分かるが、一先ず名乗っておこう。」

 

何食わぬ顔で生存者に紛れ込む異形を鋭く睨みつけるアンクに、隣に座る男が口を開いた。

 

「あぁ、俺は宵榊宮アンクだ。」

 

「そうか、俺の名前は児上貴衣。同じ生存者として、宜しくな。」

 

それから暫く、自己紹介の時間が続いた。最初に名を述べた男、貴衣は黒い衣服に身を包んだ、単髪の美男子だ。そして一通り、バスの中にいる者たち全員の情報を得て、そこである違和感を覚えた。

 

「…お前、この世界線の者ではないな…?貴衣だけじゃない、ここにいる奴ら全員、少なくともこの時代の人間じゃない…、どういうことだ…?」

 

「やっぱり分かったか。どうやら、君もただの生存者じゃないようだな。さっきだって、戦おうとしてただろ?」

 

「…教えてくれ、一体、何が起きてるんだ…。」

 

アンクのその問いかけに、貴衣はゆっくりと話始める。曰く、事の発端は未来。世界の再創生を狙う人物が、魔女の子供を拐うという事件が発生した。だが、最後の魔女の子はその時代には存在しなかった。何故なら、最後の魔女の子の親"福本つくね"は独身であり、子供を作ることが出来ていなかったのだ。このままでは世界の再創生が叶わないと悟った元凶は、過去を改変して、未来に子供が出来ている事実を作り上げることを思いついた。つまり、

 

「この惨劇は、この時代の福本つくねと、その想い人である児上貴衣を将来結婚させるために起こされたのも…?」

 

「そう言う事だ…。そして俺たちはそれを阻止するため、惨劇が起きた後の時間から遡って、この時間にやって来たんだ。そこにいる"魔法少女"、君の言う異形は、俺たちの仲間だ。」

 

今まで残酷な殺戮を繰り返して来た奴らの名が、そのイメージと正反対すぎて呆気に取られる。おまけに、ここにいるのはこいつらの仲間と来た。設定がぶっ飛びすぎてて、思わずため息が漏れた。そして、一先ず思考の整理が完了してから、アンクは最大の疑問を貴衣に投げかける。

 

「その、惨劇の黒幕とやらは、今どうしている?」

 

「奴はこの時代で、生徒として俺の高校に侵入して、この惨劇を引き起こした。だから、今もこの時代にいるはずだ。」

 

そう答えたのは、大人の貴衣ではなく、この時間に最も近い時間から来た高校生の貴衣だ。同じ空間に2人の同一人物がいるのは何とも変な感じだが、その違和感を無視し、アンクは続けて問う。

 

「そいつの名は…?」

 

「…姫路弥だ…。」

 

その名を口にした瞬間、バス内の空気が一気に張り詰めたことを、アンクは見過ごさなかった。




能力解説〜

もっと出さなければ…

ここらへんから原作から外れていく!


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005.THE END

姫路弥、彼は人間でありながら、物体の時間を操作する魔法を使うと、貴衣は言った。それに加えて、全ての魔法少女の力を使うことが出来る謎の人物"パペットマスター"を従えているらしく、その力は、この惨劇が起きなかったもう1つの世界線にて、ここにいる者たちを圧倒したほどだった。

 

「成る程。お前らはもう既に、この惨劇を1度経験していたんだな…。」

 

「そうよ。そして、もう1つの世界線で、姫路を止められれば良かったんだけど、私たちじゃ…。」

 

悔しそうにそう答える彼女は、楓と言ったか。髪を金色に染めた、いかにも現代のギャルっぽい容姿の少女だ。

 

「そして、この惨劇が起きなかったもう1つの世界線、その未来では、既に姫路が世界再創生の儀式を始めようとしている。だから、この世界線の姫路は、何としても止めなければいけない。」

 

「この世界線の姫路を殺せば、必然的にあっちの世界線の姫路も死ぬって魂胆か。」

 

「そうだ。そして、アンク、君にも協力してほしい。」

 

自分の家族や仲間を殺した元凶。そんな奴は到底、生かしておくべきではないし、世界を作りかえるなど、されてなるものか。アンクの答えは最初から決まっていた。

 

「もちろんだ。共に、この惨劇に終止符を打とう…!」

 

「あぁ…!ありがとう。」

 

貴衣と硬い握手を交わすアンク。その様子を車内の全員が見守り、いかにも結束力が高まった感じだ。そんな時、貴衣のスマホに電話がかかって来た。

 

「俺だ。どうした?…っ何?!姫路が!」

 

今までの落ち着いた表情が一気に崩れ、思わず声を荒げる貴衣。その彼の様子と、彼から聞こえた"姫路"と言う単語に反応し、車内の数人がバスの窓から外を眺める。そして、楓は見つけた。

 

「児上さん!あそこに姫路がっ!」

 

数多の魔法少女を踏み台に宙を飛び、空に描かれた魔法陣に向かう姫路の姿を…。

 


 

姫路が一体何を企んでいるのか、それが瞬時に判断できたのは、未来から来た貴衣だけだった。

 

「このままでは、ワームホールを使って、未来に逃げられてしまう!もし奴が未来に帰り、再度力を蓄えてしまったら、今度こそ打つ手がなくなってしまう。」

 

停車したバスから降り、血相を変えてそう叫ぶ貴衣。

 

「あれ、ワームホールだったのか…!」

 

空に描かれた日本列島を覆い隠すほどの巨大な魔法陣。その正体は、魔法少女を現代に送り込むために未来に繋げられたワームホールだ。このまま姫路を放っておけば、未来で再び万全な状態に戻り、今度こそ手がつけられなくなるだろう。

 

「俺が止める!『重力操…』」

 

そんなことはさせないと、アンクは術を発動しようとして、瞬間で思いとどまる。アンクが今まさに発動しようとした術。重力の掛かる向きを自由に操ったり、掛かる重力をさらに強くする、それが『重力操作』だ。だが、それを発動してしまえば、姫路だけでなく、ヘリに乗り貴衣たちと別行動している仲間たちまで地面に引きづり下ろされてしまう。危うく、自らが殺戮者になろうとしたところを、寸前で回避したのだ。

 

「…クソ…ッ!」

 

だが、例え正当な理由があろうと、アンクの心に現れるのは無力感だ。それを舌打ちで誤魔化し、生成される無数の剣で、姫路を狙い撃つ。他のみんなも、何とか足止めしようと、持っている武器で応戦する。

 

「あいつの体、どれだけ丈夫なんだ…!」

 

だが、姫路の動きは止まらない。当たってる、当たってはいるんだ。しかし、姫路の再生能力が、アンクたちの付けた傷を瞬時に直していく。さらに、周りで殺戮を繰り返していた魔法少女たちも、標的をこちらに向けて来たことで、姫路に狙いが定まらない。

 

「クソっ!このままではまずいぞ!」

 

周りの魔法少女の攻撃を防ぐのに手一杯で、姫路の足止めが出来ない。このままでは、本当に姫路に未来への帰還を許してしまう。そんな時、轟音を轟かせて、高速で飛行する一機のヘリコプターが見えた。貴衣たちと別行動している仲間、殿ヶ谷悠二が乗るそれは、さらにスピードを上げ、姫路に激突しようとする。だが…、

 

「ぁ…。」

 

あと一歩のところで、姫路に先を行かれ、空に描かれたワームホールはその姿を消したのだった。

 


 

「終わった…。」

 

呆然と絶望に打ち拉がれた貴衣は、そう呟いた。貴衣だけではない、皆口に出さないだけで、心の中ではそう思っている。このまま姫路が再び力を蓄えれば、この惨劇は姫路の思い通り。今度こそ、万事休すか…。

 

「…君たち、我が魔王を、助けてくれないか…?」

 

立ち尽くすアンクたちの背後、謎の男が、彼らに助けを請うて来たのだった。




能力解説〜

・重力操作
重力の掛かる向きを自由に変えて、例えば壁や天井を歩いたり出来る。また、その重力の掛かる強さを変更したり出来る。無重量や、特定の物体に重力を掛けることも出来る。

再び出て来た謎の人物。一体誰…!?


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006.時の王者と滅びゆく世界

「我が魔王って、一体誰のことだよ。」

 

芥倫太郎。周りからは変態ポリ公と呼ばれる彼だが、魔法少女の粒子を体内に取り込んだことで、魔法少女と同等の力を手に入れ今までいくつもの死戦を乗り越えて来た男だ。

 

「名は常盤ソウゴ。またの名を"仮面ライダージオウ"。今はその力を失ってはいるが、元時の王者だ。」

 

その芥の質問に、落ち着いた口調でそう答えたのは、"ウォズ"と名乗った謎の男。どうやら、あの惨劇の中で対抗手段を有している貴衣たちのことを、暫く追って様子を見ていたらしい。

 

「私にとっての王様は、"かみたま"だけだもんねぇ〜!」

 

「うるせぇ!BBAは近付いてくんな!」

 

そう言って芥に抱きつくのは、穴井美羽という女性だ。何でも、魔法少女の力で過去に飛ばされ、その時間軸での生活で大人になり、さらに力をつけて今の貴衣たちに合流したらしい。だが、それ即ち芥より長い時間を生きてしまい、現在は28歳。好意を抱いている芥からはババア呼ばわりで、何とも不憫なものだ。まぁ、これはいつもの光景らしく、それは気にせず大人の貴衣が次の質問を投げかけたことで証明された。

 

「その、魔王を助けるって言うのは、どう言うことなんだ?」

 

「常盤ソウゴ…、我が魔王は、この惨劇によって命を落とした。だが、もし君たちが彼の命を救ってくれると言うなら、この絶望的な状況を打開すると約束しよう。」

 

ウォズのその発言に、耳を傾けていた全員が目を見張る。貴衣たちに願ってもない提案を示したウォズは、そのまま言葉を続けて、

 

「もともとこの世界は、常盤ソウゴが時の王者"オーマジオウ"になる未来を作り替えた、歴史を改変させた世界なんだ。故に、今の彼は時の王者たる資質どころか、仮面ライダーの力さえ有してはいない…。」

 

「だったら、助けたって…。」

 

確かに、救える命があるなら出来るだけ救いたい。たが、力を有していないならば打開も何もない。当然の反応を示した楓に、周りの数人も頷く。

 

「だが、彼を助け、ライダーだった頃の記憶を取り戻させればこっちのもの。幸い、君たちの…、この惨劇のせいで、既に時空は正常な働きをしていない。ならば、一度消した時の王者の未来を、もう一度呼び戻すことも容易だと、私は思っている。」

 

「成る程、それで今、過去に向かっていると言う訳だ。」

 

常盤ソウゴの話をしている間も、時間遡行は続く。未来に帰った姫路を追うために未来に戻ろうとした貴衣たちだが、彼らの乗って来たタイムマシンは動作しない。そこでウォズは、自らの"タイムマジーン"を使うことを提案した。そして今は、ソウゴを助けるため、過去に遡っている最中だ。

 

「それにしても、お前さっきから落ち着きがないわよ。」

 

「いや、お前らは時を遡って来たかもしれんが、俺は当然時間遡行は初めてなんだよ!」

 

初めてした時を遡ると言う体験に、若干はしゃぎ気味のアンクをイレギュラー"パラサイト・マジカル"が指摘する。そして、暫くの時間遡行の果てに気の抜け気味のアンクの前に、再びあの惨劇がその姿を見せる。

 

「さぁ、降りるんだ。ここが、我が魔王が命を落とした、その時だ…。」

 


 

「そうだ…、俺は、仮面ライダーだ…!」

 

たった1つの命を救うことに、難しいことは要求されない。目の前の魔法少女を殺す、それだけでいい。そうして過去に遡った貴衣たちによって助けられたソウゴは、ウォズによって自分が仮面ライダーだったことを思い出し、その後の計画についても知らされる。

 

「魔法少女のことは君たちに任せる。」

 

「あぁ。…と、その前に…。」

 

ふと、何かを思いつき、小走りでウォズに近づくアンク。そこから差し出された手に、ウォズは怪訝な顔をし、

 

「…何だ…?」

 

「ジクウドライバー、貸してくれっ( ^ω^ )」

 

「…悪いが、それはできな…。」

 

ウォズの拒絶を無視し、手をかざされたジクウドライバーが、アンクの闇で包み込まれる。能力の侵食。それが果たされた時の見物者の表情はどれも驚きを隠し切れていなくて、今回に関しては出会ってから表情を崩さなかったウォズが目を見開いているのが新鮮で面白い。

 

「そして、お前の力も貸してくれ✌︎('ω'✌︎ )」

 

「何よ…?」

 

隠し持っていた"ブランクライドウォッチ"。それにかざされたパラサイト・マジカルが、ウォッチの中に取り込まれた。

 

「さぁ、お前らの力、試させてもらうぜ…!」

 

そう言ってアンクは、ジクウドライバーを腰に巻き、2つのライドウォッチのボタンを押す。変身が、始まる…。

 

『アンク…。パラサイト!

ライダータイム!仮面ライダーアンク…。

アーマータイム!まじかるー・・なんって。パラサイト!』

 


 

仮面ライダーと、魔法少女の融合。それは、本来あり得ない力の組み合わせであり、取り込まれたパラサイト・マジカル、通称"ハナちゃん"はこの状況に違和感を覚えた。それは、

 

「これ、混fusion…?」

 

混fusionとは、人間と魔法少女がある装置で融合することで、魔法少女と同等の力を得られると言うもの。形は違うが、今の芥はこれとほぼ同じ状態であり、変身したアンクにも同じことが言える。

 

「成る程、元の存在の力をさらに引き出すことの出来るアーマータイムなら、通常の混fusionよりさらに強力かも知れんな。」

 

「…1つ言っておくけど、魔法少女の力を使う代償は大きいわよ…?みうみうだって、人体実験でどれだけのダメージを負ったか…。」

 

「なら、その代償さえも取り込んでやる。全て俺の糧にしてやる。…だから、お前も何も考えずに力を出してくれ。」

 

「…どうなっても、知らないからね…。」

 

「望むところ…!」

 

そう言って、地面を力強く蹴り飛ばし、宙に舞うアンク。それを殺さんと周りに群がるオルタナティブ・マジカルたちを平手打ちで消した飛ばす。その力、その姿はまるで、本物のパラサイト・マジカル、否、それ以上の存在であり、彼女と長く行動を共にして来た美羽さえも、呆気に取られていた。

 

「さぁ、これで終わりだ。」

 

『フィニッシュタイム!パラサイト!』

 

「…っ!」

 

その瞬間、世界が大きく揺れ始めた。

 

「何だ、これ…!」

 

巨大な揺れにより、地盤は崩壊し、建物も崩れ、あろうことか、空がガラスのように砕けて、彼方に吸い込まれていく。そして、この状況に皆が最悪の可能性を想像し、貴衣がそれを口にした。

 

「儀式が…、始まった…!?」

 

そんな貴衣を肯定するかの如く、世界は音を立てて崩壊し、最後に残ったのは、延々と続く暗闇だけだった。

 

こうして世界は、終焉を迎えた…。




能力解説〜

・仮面ライダーアンク(ジオウVer)
見た目は体が濃紺で、顔の縁取りは金色、頭の上半分が斜面になっていてそこに円形の時計が埋め込まれてる。顔面のライダーの文字は黒。武器は両端に円形の時計が付いて、そこから剣が出てる槍みたいなやつ。ジオウやゲイツ同様にアーマータイム出来るが、アンクの持っているブランクライドウォッチは、ライダーの力だけでなく、他のキャラたちの力も取り込める。これによってオリジナルライドウォッチいっぱい作れちゃう。

短かったけどあと少しで第3章も終わり!


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007.お前は神の器じゃない

目が覚めると、そこには延々と続く暗闇が広がっていた。地に足はついておらず、それに気づいた瞬間、浮遊感が体を支配する。

 

「ここは…、何処だ…?」

 

ただ、それだけが分からない。魔法少女との戦闘中、世界が崩壊したことは覚えている。だが、思わず吸い込まれてしまいそうな漆黒の何処を見回しても、仲間の姿はない。それどころか、魔法少女も、崩壊した世界すら…。

 

「俺は、死んだのか…?」

 

死んだのなら、ここは天国か、地獄か。それすら分からないまま、ただ浮いている。

 

「貴衣くん…!」

 

と、ふいに自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。静寂の中突如聞こえたその声に、遅れながらも振り返る。

 

「…つくね…!」

 

貴衣のとなりで、彼と同じように浮遊しているのは、福本つくね。貴衣の幼馴染みであり、あの惨劇のターゲットでもある。その彼女が、不安そうな表情で話しかけてくる。

 

「これ、一体どうなって…。」

 

「分からない…。俺もさっき気がついて…。」

 

「やっと、目が覚めたようだね。」

 

状況の理解が出来ていない2人に、言葉が届いた。それは彼らの背後、白服で、緑髪、高身長の男から発せられたものだ。そして、この隣にはもう1人、見覚えのあるような顔の女性がいて、

 

「あんたたち…、誰だ…?」

 

「僕の名前は無六レイル。今は力を奪われているが、これでも元神だ。そして、隣の女性は…、福本つくね。君の、未来の姿だ。」

 

その事実に、つくね本人だけでなく、貴衣も驚愕した。まぁ、既にタイムマシンで過去にやって来た未来の自分と共闘した身ではあるが、ここで疑問が生まれる。何故、こんなところに、元神と未来のつくねがいるのか。ここは一体…、

 

「ここは一体、何なんだ…?」

 

「ここは"時空の狭間"だよ。」

 

「時空の狭間…?」

 

「そう、既に儀式により、世界は終焉を迎えた。それに伴い、過去、現代、未来、そして並行世界の、あらゆる次元の人類が消滅した。君たちが生きてるのは、僕たちがこの時空の狭間に連れ出したからだ。」

 

「姫路は…、儀式を既に終えてたのか…。」

 

「いや、姫路じゃない。あれを見てごらん。」

 

そう言われて、無六レイルの指差す方に目を向けると、常闇の中にポツンと、ある物が存在していた。それは、

 

「…地球…?」

 

「の、ように見えるだろ?でもあれは、君たちの知っている世界ではない。儀式を行なった人物"黒呂木零"が創世した世界。"人間を負の感情に導く全てが排除された人間のみで構成された世界"だ。君たちの世界ではないし、君たちの世界の人間は、もういない。」

 

あまりに衝撃的すぎる事実に、貴衣は何と言えばいいのか分からなくなる。そして、隣で聞いていたつくねが、涙を浮かべて問う。

 

「じゃあ、パパやママは…。」

 

「…そう存在しない…。」

 

つくねの問いにそう答えたのは、レイルの隣にいる未来のつくね。その答えに、高校生のつくねの見開いた目から、涙が零れ落ちる。そして、その様子に構わず、レイルが再び口を開く。

 

「もはや、何の手立ても術もない。黒呂木零…、奴が支配する世界を覆すことはできない。もし、僕たちがあの世界へ行ったとしても、気づかれるのは時間の問題。何故ならあの世界は、黒呂木零によって監視・支配されてるからね。」

 

「さっきから言ってる黒呂木ってやつは何者なんだ?儀式を起こしたのは姫路じゃ…。」

 

「黒呂木零は、姫路弥を生み出し、手のひらで転がしていた真の黒幕だ。」

 

「教えてあげる。貴方たちに起きた悲劇を…。」

 

そうして未来のつくねは、世界に何が起きていたのか、ゆっくりと語り出した。

 


 

惨劇のこと、未来で起きた事件のこと、黒呂木と、彼に作られた姫路のこと。その全てが、未来のつくねによって語られた。そして、全てを知った貴衣は、ある疑問を抱いた。

 

「無六レイル、あんたが"オブ・ジ・エンドカタストロフ"を作り儀

式をおこせる場を設けたなら、もう一度それを作ることも出来るんじゃないか?」

 

「…あぁ、可能だよ。」

 

そのレイルの反応に、未来のつくねが「だったら…っ!」と声を荒げる。その言葉の後を遮り、レイルは説明を始める。

 

「例え儀式の場を設けたとしても、肝心な魔法少女13子がいなければ儀式を始める事は出来ない。よって君が思い描いた戦略は机上の空論…。」

 

「そうか…、それなら出来るじゃないか。 」

 

この時の貴衣の声音が、前と異なっていたのを、レイルもつくねも聞き逃さなかった。その変化に、レイルは怪訝な表情をし、

 

「また俺たちで、地を繋いでいけばいい。」

 

「いや、馬鹿な。どれだけ時間がかかると思ってる。」

 

まさしくレイルの言う通り、この貴衣の提案はあまりに無謀で、あまりに馬鹿げている。だが、提案した本人たちの目は真剣で、ふざけているようには見えなかった。

 

「例え何年、何十年、何百年かかってもいい。俺たちで、この血を反映させて見せる。」

 

真剣な眼差し、貴衣とつくね、2人の覚悟に、未来のつくねは思わず涙を零し、そしてレイルは、

 

「はっはっはっはっはっ!笑わせてくれるな。」

 

思わず吹き出してしまうレイル。その反応に貴衣は「何だと…!?」と少し怒りをあらわにするが、そのレイルの笑いに2人を馬鹿にする感情は含まれていなくて、

 

「命をかける覚悟はあるか?」

 

「とっくの昔に出来てる…!」

 

「それでは向かおう。"零世界"に…!」

 

こうして、貴衣たちの、元の世界を取り戻すための挑戦が始まる。

 

「そんなこと、する必要ないよ。」

 

はずだった…。

 


 

突如聞こえたその声。それは彼らの背後、暗闇の向こうから発せられたものだ。目を凝らせば、向こうの人影がこちらに近づいてくる。得体の知れないそれらに貴衣は警戒し、そして驚いた。

 

「アンク!それに、ソウゴとウォズも…、生きてたのか!」

 

「あぁ。この2人は俺が時空の狭間に運んだんだ。随分と離れてしまってたみたいだが、合流できてよかった。」

 

安堵の表情でそう語るアンク。それを見た貴衣たちも、消滅したと思われた仲間の合流に、少し心に余裕が出来た。そして、アンクの隣、ソウゴがレイルの方を見て口を開く。

 

「さっきの話聞いてたよ。…でも、貴衣たちにそんな大変なこと、させられない…。だから、俺が何とかするよ。」

 

「…ただの人間1人に、何が出来る…?」

 

覚悟の決まった2人に代わり、自ら名乗り出たソウゴをレイルは嘲笑の念をこめて睨む。だがソウゴは、その鋭い目つきに怯むことなく、

 

「俺が、再び歴史を作り替える…!」

 

力強く言い放ったソウゴに、レイルは目を見開く。

 

「まさか…、そんな神の所業を…。」

 

ただの人間に出来るはずがない。ソウゴを知らないものは、誰しもがそう思うだろう。だが、怪訝な表情をするレイルに向かって、ウォズは従者の役目を果たすかの如く、

 

「出来るさ。この御方を誰と心得る。全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来しろしめす時の王者…!その名も常盤ソウゴ…!…さぁ我がン魔王、変身を…。」

 

「あぁ、でもその前に…。」

 

不協和音とと共に現れた黄金のベルトを腰に巻いたソウゴ。しかしすぐには変身せず、一歩進み目の前の零世界をその目に映す。そこには神に最低最悪の神に成り果てた黒呂木零の姿があって、

 

「お前、神の器じゃないよ。最高最前の魔王がそう言うんだから、間違いない!」

 

清々しい笑顔でそう言い切ったソウゴに、黒呂木は怒りを露わにし顔面を崩壊させる。それを見たソウゴは、みんなの方に振り返り、

 

「変身!」

 

これから滅びゆく零世界を背景に、時の王者への変身が始まる…!

 

『祝福の時!最高!最善!最大!最強王!オーマジオウ!』

 

「祝え!時空を超え、過去と未来をしろしめす究極の時の王者。歴史の最終章を超え、終焉を迎えた世界を、己の手で再び我がものとする。その名もオーマジオウ!一度は消え去った歴史の象徴が、再誕した瞬間である!」

 

その直後、世界は光に包まれ、全てを飲み込んでいった。

 

零世界に、終焉がもたらされたのだった…。




能力解説〜

今回1回しか喋ってない?!

次回、最終話!!!!!!!✌︎('ω'✌︎ )


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Fin. We'll never forget the end.

「六花、今日も出かけるのか?」

 

「もちろん…。"黒炎龍"を呼び覚まし、勇太を"ゲルゾニアンサス"へと進化させるのが、今の私の使命…。」

 

「だからやめろって。」

 

「時に勇太、最近私たちの出番が少なくなったような気がするのだが…。」

 

「まぁ、俺たちメインの話は一応終わってるからな〜。あ、でもそう言えば、まだ先になると思うけど、また俺たちメインの話が始まるかも知れないらしい。」

 

「成る程…、ならば次なる宴の時まで、暫しお別れと言う訳か…。…爆ぜろリアル!弾けろシナプス!バニッシュメントディスワ…」

 


 

「うぅ〜、シノと別のクラスなかなか慣れないよ〜。」

 

「大丈夫です、たった教室1個分離れてるだけ。休み時間に会えますし、帰りもこうして一緒に帰れます。」

 

「うぅ〜でも〜…。」

 

「アリスは本当にシノのこと好きねぇ〜。同じ家にも住んでるのに。」

 

「そうだ!じゃあちょっと寄り道して行かない?」

 

「いいデスね!私、この前新しく出来たカフェに行ってみたいデース!」

 

「そうですね、行きましょう!ね?アリス!」

 

「うんっ!皆んなで行こう!」

 


 

「七海先輩、紅茶で良いですか?」

 

「うん、ありがと。」

 

「どうぞ。」

 

「それにしても、侑が推薦責任者引き受けてくれて助かっちゃった。」

 

「本当…、七海先輩がこんな強引な人だとは思いませんでした。…私を選んだのって、本当にそう言う理由じゃないんですよね?」

 

「うん、違うから安心して?それで、これから色々決めたいこととかあるから、この後侑の家行っても良い?」

 

「…本当に、そう言う理由じゃないんですね…?」

 

「違うって〜。」

 

「…はぁ、分かりました。じゃあ、もう少ししたら行きましょう。」

 

「うん!」

 


 

時の王者の手により歴史は作り替えられ、再び平和な日々が訪れた。

 

「あんな惨劇があったのに、ほぼ全ての人間が、あの事を覚えてないんだもんな。」

 

あの惨劇の全容を知ったもの、また事件が計画された未来の者たちが一同会する中、アンクはそう呟き嘆息した。そう、アンクや貴衣たち以外の人間は誰も、あの惨劇の記憶を所持していない。そしてそれは、歴史を作り替えた本人もまた同じであった。

 

「なーんで僕たちには記憶が残ってんだろーなぁ。魔法少女も、魔力だって消えたってのに。」

 

「全くだ。お陰で、この前変身した時の代償として得た魔力も消えてしまった。どうしてくれる、ハナちゃん。」

 

「そんなこと私に言わないでよ。」

 

零世界の消滅と同時に、魔女や魔法少女、魔力などもこの世界から消滅した。だが、あの惨劇の時、ハナちゃんの様に味方についていた魔法少女の何人かは、魔力を失った今でも、人間として存在している。

 

「一体どんな意図があったのか、あんた分かんないの?」

 

そんなハナちゃんが問いかけたのは、ソウゴたちの中で唯一惨劇の記憶があるウォズだ。彼は一同から少し離れた場所で、ソウゴを憂うように見つめている。

 

「…我が魔王の記憶が残っていない以上、私には知る術がない…。」

 

「でもさ、何か分かる気がしない?」

 

目を伏せるウォズに代わり、そう言って皆を見回したのは貴衣だ。

 

「もしこれから、また同じようなことが起きても、記憶が残ってる俺たちは、また立ち向かうことが出来る。ソウゴは、それを期待してるんじゃないかな。」

 

その貴衣の言葉に、ウォズは顔を上げた。例え自分の記憶が残ってなくても、皆んなの事を信じて託す。とても短い間たったが、それは仲間と認めた証拠であり、仲間思いのソウゴだから出来たことだ。ウォズは誇らしかった。長い間共に過ごした、自らの忠誠を誓ったものの人間性を肯定されたような気がした。彼らの目にはソウゴが、最低最悪の王とは写っていなかったのだ。だからウォズは笑顔で、貴衣のことを見て呟く。

 

「あぁ、そうかもしれないね…。」

 

見上げれば、巨大な魔法陣なんてもう描かれていなくて。そこにあったのは、殺戮を繰り返す血塗られた魔法少女ではなく、青く澄んだ広大な空だ。

 

「新たな出会いが…始まる…。」

 

微かに聞こえたその声に、空を見上げていたアンクがふと周りを見回す。でも、今はそんなことどうだって良い、そう思いアンクは再び空を見る。だって今は、この瞬間だけは、再び訪れた平和を、噛み締めていたいから…。

 

《了》




能力解説〜

今回はしょうがないんだよ…

数年前に、原作の最終話を見終えて、誰も犠牲にならないエンディングはなかったんだろうかと、本気で悲しい気持ちになって、数日間調子の悪い日が続いてしまいました。なので今回、自分で貴衣の生存エンドを作ってみましたってのが、この作品です!
と言うことで第3章 魔法少女オブ・ジ・エンド編が終了しました!次回から第4章!誰と出会うかは出会ってからのお楽しみということで、これからもよろしくお願いします!


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第4章 闇物語-東方黒々録-
第1話 楽園は突然に…


「お前ら、一体何者だ?答えてくれたら、殺さないでやるよ。次会うまではな…。」

 

目の前に力なく座り込む怪物に、アンクは銃を突きつけながらそう問う。奴は、アンクが六花たちと初めて会った時に葬った怪物の類の者だ。先ほどアンクはその気配を捉え、家からいくつもの県を跨ぎその場所にやって来た。最初は意気揚々と破壊を行なっていた怪物だが、圧倒的な力の差になす術もなくひれ伏し、今はアンクの尋問を受けていると、まぁそんな感じだ。実に容易くやられてしまったことに、悔しさから唸り声を上げる怪物だが、アンクの提案に、少しでも自分が生き残れる可能性にかけ、そして口を開く。

 

「…我々は人を殺すことで同類を増やす…。例え貴様でも、我々の王には決して…!」

 

かなわないと、そう言いかけて言葉に詰まる。それは、自分の視界が、いや、全身が闇に包まれていることに気づいたからだ。

 

「…貴様…、何を…。」

 

狼狽る怪物。しかし、闇はもうその体のほぼ全てを飲み込んでおり、もはやまともに声も出ず、意識が遠くなる。その様子を見たアンクは、悪魔のような笑みを怪物に向けて、

 

「殺さないでやる。貴様は、俺の中で永遠に生き続けるんだ…。」

 

その言葉を最後に怪物は完全に闇に呑まれ、アンクに吸収、アンクの糧となったのであった。

 


 

無差別な破壊が終わり、脅威の去ったその地はとても穏やかで静かな場所だった。道沿いには田畑があり、川の流れる音や鳥のさえずりも聞こえる、実に自然に満ちた場所だ。

 

「これを、田舎と言うのだろうか…。」

 

ゆっくり歩きながら景色を眺めるアンクが、ふとそう呟いた。アンクの住む場所も、決して都会とは言えないが、生まれて来て数十年、初めて目にした"典型的な田舎"に、一種の感動を覚えた。それと同時に、先の戦闘で少し畑にダメージが入ってしまったことに申し訳なさを感じた。だが、それはさっきの怪物のせいであり、自分はこの田舎の平和を守ったのだから、そこは許してもらおう。

 

「こうしていると、世界を救った甲斐があるものだ…。」

 

落ち着いた雰囲気に身をまかせながら道を歩くアンクが、ふと数週間前のことを思い出す。突如上空に現れたワームホール、そこから降って来た魔法少女と、真の黒幕、黒呂木零によって世界が滅ぼされた時のことだ。最終的に世界を救ったのは時の王者であるソウゴと言うことになるが、そんなことに一々拘ったりはしない。この美しい景色を再び取り戻すことが出来ただけで十分だ。

 

「…何だ?」

 

そんなことを回想していると、ふと一本路地を見つけた。それは奥に見える大きな山に繋がる道で、何の変哲もないただの道で。

 

「…。」

 

だが、それを見てアンクは何かを感じ取った。何を感じ取ったのかは自分でも分からないが、道の最後、山への入り口。そこから妙な気配がして、アンクは吸い込まれるようにその一本路地を進んで行った。

 

「…っ!」

 

そして、丁度山の入り口に差し掛かった時、眩い光がアンクの目に飛び込んで来た。その眩しさに思わず目を瞑る。暫くして目へのダメージは消え去り、何があったとアンクは目を開いた。すると…、

 

「…は?」

 

目の前に広がっていたのは、木々が連なる山の内部…、ではなく、平坦な道を行き交う人の姿。道は奥にもう1本あり、その間には川が流れている。周りには現代ではあまり見られない、築年数の結構経ってそうな店の数々。よく見れば人々の服装も、昔風の物である。その予想もしていなかった事態に、思わず呆けた声を出すアンク。

 

「…おい、そこのお前。ここは、どこだ…。」

 

状況の飲み込めないアンクは、一先ず近くにいた人物に話しかけた。するとその男は、問われたことに怪訝な顔をアンクに向けて、

 

「どこってそんなの…、『幻想郷』に決まってるだろ?」

 

その男の答えに、アンクは辿り着きたくなかった1つの答えに辿り着いた。

 

自分は、どこか別の世界に飛ばされてしまったのだと…。




能力解説〜

ねぇ

と言うことで第4章は"東方project"のみんなと出逢います!章の読み方は「こくこくろく」です。時系列とかはないね。


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第2話 巫女と魔女と剣士と闇と…

何処を見ても、現代ではもうほとんど目にしない建物や衣服に溢れており、異世界に来たと言うよりは、過去の時代に遡ったような錯覚を覚えた。人間の多い人里を少し離れると、"人ならざる者"の姿もちらほら見えて来て、そのうちの1人に話を聞いたアンクは今、"博麗神社"と言う場所に向かって進んでいた。

 

「何にも無いんだが…、本当にこっちであってんのか…?」

 

木々が生茂る森の中、踏み心地の悪い地面を歩きながらアンクがそう呟く。人里を抜け、人ならざる者の多き地を抜ければ、そこにあったのは、まるで迷ってしまいそうな深い森で、そこから生き物の気配は感じられなかった。因みにさっき、いかにも襲って来そうな凶悪な表情でアンクのことを見つめていた人影を発見した気がするが、怖いので無視することにした。異国の地で得体の知れない者に自ら攻撃を仕掛けに行くほど、アンクも好戦的ではない。

 

「…ここ、か…。」

 

そんなことを考えながら暫く歩くと、その先に一社の神社があるのをアンクは目にした。恐らくこれが博麗神社だろう。

 

「おーい、誰かいないかー。」

 

話に聞いたところ、この博麗神社には巫女がいるらしい。こんな辺境の地にとは思うが、来た以上は話を聞いておきたい。

 

「…どうやら、ハズレのようだな。」

 

しかし、いくら呼んでも答えが返ってくることはない。たまたま今いないだけか、それとも話を聞いた奴に騙されたか。いずれにせよ、こんなところで足止めを食らっている訳にはいかない。一刻も早くこの世界から抜け出すために。そうしてアンクが来た道を引き返そうとしたその時、

 

「ようやく姿を現したわね…。」

 

背後から聞こえたのは、勇ましさを含んだ女性の声。それと同時に鋭い斬撃が放たれる。アンクの背中を穿つはずだったその斬撃は、しかし寸前で剣に塞がれ、振り返りアンクは声の主に蹴りを入れ距離を取った。

 

「いきなり背後から奇襲とは、随分恐ろしい女だ。貴様、何者だ…?」

 

「あなたが私のことを知らなくても、私はあなたのことをずっと追ってた…、今日ここで決着つけさせてもらうわよ!『霊符 夢想封印』」

 

少女がアンクに向ける視線は紛れもない怒りと憎しみの視線だ。もちろんアンクには何の心当たりもない。何せ、今ここに来たばかりだのだから。しかしアンクに敵意を向ける女の背後から、無数の光の玉がアンク目掛けて放出される。動揺したアンクは咄嗟に反応できず、光をもろに喰らい爆発した。

 

「この程度じゃ死なないはずよ。さぁ、色々と聞かせてもらおうかしら…。」

 

『模倣 夢想封印』

 

「…っ!」

 

勝ちを確信した少女が地に倒れ伏しているであろうアンクに近づいてくる。しかし、敗北したはずの体から発せられた言葉、いや、その少女はこれが技を発動する前兆だと気づき、再び戦闘態勢に入る。だが少女は動揺し、咄嗟の反応が出来ず攻撃をもろに喰らい後ろに吹き飛んだ。無理はない、何せ、今少女が受けた攻撃は、先ほど敵を葬ったであろう自分が放った攻撃と全く同じものだったのだから。

 

「…何で、あなたが、この、技を…。」

 

「悪いな、俺は相手を真似るのが得意でね…。」

 

攻撃を受けたにも関わらず傷一つ負っていないアンクはそう言いながら、力なく座り込む赤い巫女服の少女に近寄る。彼女は依然としてアンクに鋭い視線を向けており、誤解を解きたいも話し合いが出来るような状態には見えない。そして次の瞬間、アンクは話し合いで解決するのを諦めざるを得なかった。何故なら…、

 

『恋符 マスタースパーク』

 

上空から聞こえた叫び声、それと同時に人の気配、強大な魔力の気配が轟音と共にアンクの元へ一直線に向かってくる。

 

『波動』

 

しかしアンクの力により、魔力の塊で出来たビームは反射され思わぬ方向へ。さらにアンクの手から放たれた漆黒のビームが、ほうきに乗りながらこちらに飛んでくる魔女をかすめ、そのまま彼女は墜落。

 

「魔理沙ぁ!」

 

どうやら先程の魔女は巫女服の女の仲間のようで、彼女の墜落を見てそう名前を叫ぶ。それを見ていたこともあって、今度は後ろから迫ってくる殺気に反応が遅れる。

 

「…!塞がれた…!」

 

「ここには奇襲を仕掛けてくる奴しかいないのか…?」

 

アンクの背中を切り裂こうとした斬撃を、咄嗟に反応して剣で受け止める。白髪の少女はそれに驚きながらも、瞬時に次の攻撃を繰り出す。

 

「まさか…、妖夢の剣技を受け止めるなんて…!」

 

巫女服の少女がその様子を見て驚愕する。今アンクと戦っている少女の技量を見て、これが強力な剣士の類だとアンクも確信する。この世界でも頂点を争うレベルの剣技の持ち主に、アンクが対等に戦えていることに、巫女服の少女は唖然としているのだ。確かに白髪の少女の剣技は凄まじい者であり、今まで戦って来た怪物たちとは天と地ほどの差なんて言葉では足りないくらいの差である。しかし、

 

「俺の『適応力』を、舐めるなよっ!」

 

そう言ってアンクは少女の体ではなく剣目掛けて思い切り剣を振り抜く。思い通り剣と剣が火花を散らしてぶつかり合い、弾きあい、2人の間に距離が生まれる。

 

「ちょっと待ってくれ。一体何なんだ?さっきから急に攻撃を仕掛けて来たりして…。」

 

そのアンクの言葉に、さっきまで座り込んでいた巫女服の少女がゆっくり立ち上がり、鋭い目つきで再びアンクを睨みつける。

 

「惚けるんじゃないわよ…!あんたが異変の黒幕だってことは、もう分かってるんだから…!」

 

その少女の返答を聞いて、アンクが「異変?」と怪訝な顔をする。

 

「何のことだ…?俺は、今まさにこの世界に迷い込んだばかりなんだが…。」

 

「…え…?」

 

その瞬間、2人の少女から呆けた声が発せられ、暫く戦場に静寂が満ちたのだった。




能力解説〜

・模倣
自分が受けたことのある、又は認識したことのある誰かの必殺技を99%完璧に再現して放つことが出来る。今回は、自分が直前に受けた夢想封印を模倣したことになり、発動してはいないが、その後のマスタースパークも模倣出来ることになる。

・適応力
周りの環境や雰囲気、相手の攻撃手段などにいち早く適応し、瞬時に対応出来るようにするためのもの。これは術を発動して力を得る者ではなく、闇の力を得て闇術師になった時点で常時発動している能力のことで、これを『先天異術』と呼ぶ。因みにこれに該当するものは他にもある。

霊夢たち東方キャラの声については、読者様方で好きな声を当てはめてくださいぅ。因みに自分はゆっくりボイスですぅ。


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第3話 幻想郷に潜む影

「さて、じゃあ話を始めようかしら。」

 

場所は博麗神社の一室。その中で3人の少女に囲まれているのは、両手を拘束されたアンクだ。先程の戦闘後、アンクが黒幕であると言う疑いがほんの少し晴れかけたが、それでもまだ証拠不十分らしく、話し合いをすると言う程でこの部屋に連れてこられた。この手の拘束も、少しでも説得力が増すならと言うアンクからの提案だった。そして、その3人のうちの1人、博麗霊夢と名乗った少女が、腕を組みながら事情を話し始める。

 

「まず、事の発端は数ヶ月前。夜中、人里を歩いていた人間が、何者かに誘拐されて、それから今まで一切姿を見た者はいない…。」

 

「…誘拐…?」

 

「そう。誘拐された人たちの共通点はなくて、人間でも妖怪でも連れ去られる。そして、それは必ず夜中に起きる。今までずっとそうだった。」

 

「その犯人が、何故俺だと思ったんだ?」

 

「私、一度だけ奴を見たことがあってね。顔までは見えなかったんだけど、奴の体から放出されてる黒いモヤ、それがあなたのものと凄い気配が似てたのよ。」

 

「似てたってだけでいきなり必殺技パナして来たのかお前は…?」

 

「悪いな、霊夢はガサツなんだぜ。許してやってくれ。」

 

「うるさいわよ!」

 

実際先程の戦闘は霊夢の早とちりから始まったものであり、ほうきに乗っていた魔女、霧雨魔理沙にそれを指摘された霊夢が口を尖らせる。因みに、当の魔理沙についてだが、アンクの攻撃により不時着したものの大した怪我はしていなかった。それにも関わらず異常な程彼女を心配していた霊夢はもはや微笑ましかった。初っ端最悪だった印象が、少し塗り替えられた瞬間だったが、アンクを黒幕とみなした理由を聞いて、その印象もまた元に戻ろうとしている。そして、そんな霊夢と魔理沙のやり取りで脱線気味になった話の道筋は、暫く口を開かず話を聞いていた白髪の少女、魂魄妖夢がアンクに問いかけたことで修正される。

 

「アンクは、本当に心当たりないの?」

 

「全くない。それどころか、数時間前にこの世界に来たばっかりだ…。教えてくれ、幻想郷って、一体何なんだ…?」

 

先の戦闘で、アンクがこの世界に来てから既に数時間が経過していた。だがそれを経て、ようやくこの世界について情報が得られる機会が与えられたことに、アンクは少し安堵した。そして、アンクのその質問に、霊夢は真剣な表情でゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。曰く、幻想郷とはアンクの住む世界から隔絶されたもう1つの世界。代々受け継がれて来た"博麗の巫女"による"博麗大結界"によってその存在は確立されており、今目の前にいる博麗霊夢はその14代目に当たると言う。幻想郷には妖怪や妖精、神などのあらゆる種族が生息する他、アンクの世界からは無くなった者、又人々の記憶から消え去られたものが集まると言う特徴があるらしい。

 

「成る程、だから人里はあんな感じだったのか。確かに、現代ではあまり見かけないな…。」

 

アンクが幻想郷に来た瞬間に目にした光景。現代では殆ど見かけない昔風の街並みにも、幻想郷の特徴から考えれば合点がいく。

 

「後因みに、あくまで幻想郷はお前の世界と同じ空間にある訳だから、別に異世界とか別世界とかじゃないんだぜ。」

 

霊夢が一通り話し終えると、それを聞いていた魔理沙が説明を補足する。だがそれは、どうしても聞き逃せない情報であり、それを聞いたアンクに、ある1つの希望が生まれた。

 

「良かった…。なら、すぐに帰れるんだな?」

 

次元が違う、時空が、時間が異なっている訳ではない。ましてや零世界のように新たに生まれた世界と言う訳でもない。隔たりはあれど、2つの世界が地続きであると分かり、アンクは安堵した。だが、それを見た霊夢は…、

 

「無理よ。」

 

「…はぁ?」

 

霊夢のその短い、しかし絶大な衝撃を持つ一言は、アンクの心を大きく震わせ、希望を絶望へと変えたのであった。




能力解説〜

今回はずっと捕らえられたまんまだったわ簡単に逃げられるけどんね

今回の章もあまり長くはないかなと思お


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第4話 吸血鬼の少女は幼く、儚く…

神社の縁側で、1人空を眺める。この青空は、幻想郷でも外の世界でも変わらない、なんて考えながら、希望が絶望へと変わったあの日から約2日が経過した。いや、実際には100%元の世界に帰れないと言う訳ではなく、帰るのが難しいと霊夢から後で告げられた。そして今は、行く宛のないアンクを、霊夢が面倒を見てあげている形だ。とは言っても、霊夢は殆どだらけているだけで、庭の掃除などの雑用はアンク任せである。最悪だった初対面の印象が、本人を見るたび、こうもさらに悪化していくのはもはや珍しいことだ。

 

「あら、あなたが霊夢の言ってた迷い人ね…。」

 

そうしてアンクが黄昏ていると、ふと女性の声が聞こえた。厳密に言えば女性というよりは幼い少女の声音であり、それでもって口調は高貴さが意識されている。

 

「そう言えば、紅魔館とか言う城にいるお子様吸血鬼がどーのこーの…。名前は確か、エミリアか。」

 

「レミリア よ!レミリア ・スカーレット!ってか、お子様吸血鬼って、誰が言ってたのよ?!」

 

「霊夢だ。お前には気をつけるように言われた、面倒くさいんだとよ。」

 

「あいつ…!」

 

「まぁまぁお嬢様。」

 

散々な言われように、レミリアは怒りを露わにし地団駄を踏む。そんな彼女を、隣にいるメイド服の従者、"十六夜咲夜"がなだめる。

 

「お前も中々厄介らしいな。何でも、『時を操る程度の能力』を持ってるとか。まぁ、この世界の"能力"とか"スペルカード"とかはよく分かってないがな。」

 

「大したことではございません。それよりあなたの方こそ、あの博麗の巫女を圧倒したと聞きました。」

 

アンクの言葉に、目を瞑り静かに謙遜する咲夜。その彼女の言葉にレミリアは「そう、それよ!」と邪悪な笑みを浮かべ、

 

「あの霊夢を圧倒したあなたの力を試してみたいわ!私と勝負なさい!」

 

「ちょっと、人の家で騒がないでくれる?」

 

勢いのあるレミリアと比べ怠そうにこちらに近づいてくるのは、暫く姿を見せていなかった霊夢だ。

 

「人がせっかく気持ちよく寝てるのに、うるさいわねぇ。」

 

「と言う訳で、勝負は持ち越しだ。悪いな。」

 

「何昼間っから寝てるのよ…。ったく、しょうがないわね…、帰るわよ、咲夜。」

 

「いいのですか、お嬢様。まだ他に用件があったはずでは?」

 

その咲夜の問いに、しょんぼりとしていたレミリアはふと思い出したように立ち直る。霊夢とアンクはそんな様子に怪訝な表情をして、

 

「そう言えば、人里で暴れてる奴がいたわよ。」

 

「何、人喰い妖怪でも出たの?」

 

「いえ、暴れてるのは人間よ。無差別に人を襲って、既に何人かに被害が出てる。」

 

「何であんたが止めないのよ。」

 

「ここは、幾つもの異変を解決して来た博麗の巫女様に助けてもらおうと思って。まぁ、その力も全てに通用する訳ではないことが分かったけど。」

 

恐らく2日前の戦闘のことを言っているのだろう。そう言いながら笑みを浮かべるレミリアはどこか楽しんでいるように見えた。そんな彼女の様子に、不機嫌に顔をしかめる霊夢は「はぁー。」と嘆息して、今度はアンクの方を睨んだ。

 

「アンク、あんたが止めて来なさい。幻想郷見学も含めてね。」

 

「ったく、人使いの荒い巫女だ…。」

 

霊夢の命令で人里の事件を止めに行くことになったアンクが、怠そうに立ち上がり、縁側から外に出る。そして、いざその場に向かおうとしたその時、レミリアがアンクを呼び止めて、

 

「あなたからは幸運な未来が見える…。きっと元の世界に帰れるわよ。私が言うんだから間違いない。」

 

そう言葉にしたレミリアの表情は、先程の嘲笑ではなく、優しい、どこか儚さを含んだもので、こう言う一面があるからこそ、ただの少女で終わらない、気高き吸血鬼の王であれるのだと、ふと気づいた。そして、そんなことを想像し終わる頃には、既にアンクの体は事件の現場、人里へと瞬間移動していた。




能力解説〜

次回は頑張れる!

今までより投稿するのに時間がかかりますが、みてくだちゃい!


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第5話 同じ煌めきの世界

アンクの目に映ったのは、紛れもない惨劇であった。未来から来た魔法少女が招いたような、あの超大規模な惨劇では決してないが、それはこの状況を見捨てる理由にはならない。今も人々の悲鳴や鳴き声が聞こえるのだから。

 

「貴様…。」

 

この惨劇の元凶を目の前に捕らえ、アンクはそう呟く。猟奇的な表情を浮かべるその男は、体を真っ赤な血で染めている。しかし、彼の出で立ちは他の人里の者たちとは異なっており、それを見てアンクはあることを思い出した。

 

「貴様、守谷の巫女の者だな。こんなこと、とても奇跡を唱える者のすることではないぞ…!」

 

幻想郷には、博麗神社以外にもう1つ守谷神社と言うものがあると昨日霊夢が話していた。その巫女"守谷早苗"は奇跡の力を唱えて信者を集めているらしく、常にだらけている博麗の巫女とは全く持って正反対だとその時印象付けられた。アンクがその神社の使いである男を睨みつけると、一瞬怯むがまた即座に猟奇的な表情を作り直し、

 

「へへっ…、僕のことを拒絶した…、早苗さんが悪いんだ…!だから…、だか、ら…、みんな不幸に…、なればいい…!みんな…、死ねばいい…!」

 

男の様子からは理性など感じられず、またその言葉には、道理も理屈もあったものではなかった。つまるところこの男は、自分の守谷早苗への恋心が受け入れられなかったことに激情し、無差別に人を殺しまわっているのだ。そのあまりにも下らない理由に、アンクは呆気に取られて言葉が出ない。そして、それを理解した瞬間、急激に怒りが込み上げてきて、瞬間、アンクはその狂気人に飛びついていた。

 

「人里の者たちは、お前の下らない理由で殺されるために生きてるんじゃない…!貴様如きの下劣な人間に奪われる命なんて、あってたまるか…!」

 

込み上げる激しい怒りを何とか抑えながら、静かに、しかし憎しみを込めて男を睨みつける。すると男は、先程までの猟奇的な表情を大きく崩して、激しく怯えた様子で、

 

「ば…、化け物…!」

 

男の先程までとは違う様子に、アンクも疑問を抱き、化け物と罵られた自分の体を見る。そしてアンクは、自分にある変化が現れていることに気づいた。体は真っ黒に変色、硬く変質し、うなじからは4本の長い触手のようなものが生えている。顔には目や鼻や口などはなく、アンクの原型が、否、人間であると言うことが既に分からない状態だった。

 

「成る程。これが、あの怪物を吸収した代償と言うわけか…。」

 

幻想郷に来る前に戦ったあの怪物は、既にアンクに吸収され、アンクの糧となっている。つまりこの姿は、その怪物を吸収したことによって得た新たな力だ。

 

「このまま人目についていると厄介だな…。」

 

そう言い、アンクは今なお激しく怯え続ける惨劇の元凶を連れて、何処かへ飛び去っていった。

 


 

夜、夕飯と呼べるか分からないほどの貧しい食事を終えたアンクは、1人縁側に座り星空を見上げていた。

 

「どうだった?初めての事件解決は…。」

 

そう言いながらアンクの隣に座ったのは、まだ食べ足りないと言わんばかりに、ひもじそうに腹をすする霊夢だ。その彼女の問いに、アンクは一呼吸おき、静かに言葉を紡ぐ。

 

「最初さ、この世界に来て、この世界が幻想郷って知って、凄く綺麗で楽園のような場所なんだろうなって思ったんだ…。それと同時に、元の世界とはかけ離れた場所だと思ったら、妙に違和感を感じて、早く帰りたいなって思ったんだ…。」

 

「綺麗だなんて、そんなことないわよ…。」

 

「あぁ、そうだ。そんなことなかったんだ。どの世界にも、糞みたいな奴はいて、それに苦しめられてる人も沢山いるんだ。それに気づいたら、元の世界もこの幻想郷も、きっと根本的には変わらないんだなって思えたんだ…。」

 

「アンク…。」

 

「俺、手伝うよ。この世界で起きてる、誘拐事件の解決。みんなで力を合わせて、元の平和な幻想郷に戻そう。確かに、元の世界には守らなければいけない者達が沢山いるけど、幻想郷だって、見捨てることはできない…!」

 

静かに、しかし力強く思いの丈を語るアンクが、霊夢にはとても優しくて、勇ましく見えた。そして彼女は「ふふっ。」と微笑し、

 

「そうね!みんなで力を合わせましょう!…でも、解決しても平和にはならないかしら。この世界は、騒がしい奴らが沢山いて、退屈しないんだもの。」

 

「ははっ!そりゃ間違い無いな。」

 

月明かりの下、2人が笑い合う。暫く笑い続けて、間もなく訪れた静寂。ふと隣を見ると、霊夢は柔らかく微笑みながら、煌めく夜空を見上げていた。その月明かりに照らされた微笑みが、この時ばかりはとても美しく見えた。




能力解説〜

・アンク(怪人態)
怪物を侵食、吸収して得た新たな力。容姿は本文の通り。うなじから生えた触手や、剣で攻撃するほか、様々な感情を見に纏うことで自身を強化できる。

間あいてごめんにゃ
次回書きたかったところ〜核心に迫る!


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第6話 集え、幻想郷

幻想郷を平和に…、いや、元の騒がしい楽園に戻すことを誓った霊夢とアンク。そしてそこには、同じ思いを抱いた妖怪、魔女、妖精など、幻想郷に住む多くの者たちが集まった。 

 

「これも、博麗の巫女のお陰だな。」

 

「そんなんじゃないわよ…。」

 

これほどの数が集まるのは、霊夢が幻想郷を守るものとして多くの信頼を得ているからに他ならない。それを実感したアンクが、少し顔を赤らめる霊夢を見やる。

 

「おいおい、私だって結構異変の解決は手伝ってるんだぜ?」

 

神社の前に集まる大勢の中には、魔理沙やアリス、妖夢はもちろん、あまり関わりのなかった永遠亭や地霊殿の面々、チルノたち妖精や妖怪、この前顔を見せたレミリアたち紅魔館の面々などが集まっている。

 

「吸血鬼の王である私の世界に手を出すとは、良い度胸してるわね。」

 

「サイキョーのアタイがぶっ飛ばしてやるぞーっ!」

 

「そーなのかー。」

 

「皆さん、奇跡の力を信じましょう!」

 

若干名心配要素があるが、いずれも実力は備わっている心強いものたちだ。彼女たちのことを見ながら、そんなことを考えていると、背後からかけられた声に、アンクが振り向く。

 

「まだあなたが犯人だって疑いが消えたわけじゃない。もし今日人里の誘拐が起きなかったら、それこそ大きな証拠になり得ない。でも、もし無事にこの異変が解決したら、あなたを元の世界に戻せるよう、私も力を尽くすわ。」

 

八雲紫。スキマを操る程度の能力の持ち主であり、幻想郷の創造にも関わった最古の妖怪である。今日の異変の結果によって、運命が左右されることを知り、アンクは少し表情を固める。そして、その2人の様子を横目に、霊夢が集まった大勢に声をかける。

 

「皆んな、集まってくれてありがとう。この異変は、私1人の力では解決できない。皆んなで力を合わせて、この異変に今日、終止符を打ちましょう!」

 

力強く、声高らかに言い切った霊夢に、それを聞いた大勢の歓声が湧き上がる。こうして、幻想郷総出で挑む、未知の異変との対峙が始まった。

 


 

「あんな勢いよく啖呵切ってたけど、やることって言ったら待つことくらいしかないんだよなぁ…。」

 

三人寄れば文殊の知恵と言うが、さすがにさっきのは集まりすぎだ。結局、これと言った案は出ず、事件が起きるまで待機、またそれを追跡することとなった。人里全体をカバー出来るように、一人一人を分散配置して準備万端。日はすっかり落ち、霊夢の考えではもうすぐ誘拐が起きるはずだ。しかしアンクの頭の中は、先程八雲紫に言われたことが半分以上を占めていた。もし、霊夢の当てが外れて、誘拐が起きなければ、事件の元凶との類似点も相まって、アンクがこの異変の首謀者とされてしまうかもしれない。異変は起きてはいけないが、起きてくれなければ自分が困る。そんな二律背反に苦しめられているアンクの頭の中に、突如霊夢の声が響いた。

 

「ちょっと!今、黒いモヤらしきものがそっちに行ったと思うんだけど…。」

 

脳内に直接響き渡る声。対象と自分の神経をリンクさせ、それを通じて会話をする、テレパシーのような闇術だ。それにより聞こえた霊夢の言葉に反応し、アンクが辺りを見渡す。すると、

 

「っ!あれだ!皆、追いかけろ!迷いの森の方角に向かっているぞ!」

 

宙に浮く黒いモヤ、その中には確かに人間の姿があって、それを見たアンクが咄嗟に飛び出し追いかける。他の者もアンクに言われた通り、待機場所から異物に向かって走り出す。それは光の如き速さで幻想郷中を駆け回り、アンクの術を持ってしても距離を保つばかりで縮める事は出来ず、そして追いかけて…、追いかけて…、迷いの森の中心部。そこで黒いモヤの動きが止まり、そしてそれを追いかけていた全員がそこに集った。

 

「さぁ、とうとう追い詰めたわよ!正体を現しなさい!」

 

黒いモヤを指差し、霊夢が眉に皺をよせて言い放つ。その言葉が通じたかのように、一瞬間をおき、その黒いモヤが薄れ始める。その光景に全員が息を詰め、そしてその直後、全員がもれなく驚愕した。

 

「何で…、俺が…!」

 

黒いモヤが完全に晴れた、そこに現れたのは、もう1人の"アンク"だった。




能力解説〜

・脳内に直接声が聞こえるやつ(名前はまだない)
対象の相手と自分の神経の一部をつなぎ合わせる事で、遠く離れた場所でも会話したり、互いの感覚を共有したり出来る。

元凶がついに正体を現したねぇ〜
次回、その謎が明らかになる…!


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第7話 もう1人の闇

その場にいる全員の視線を集めるその男は、顔や服装、どこからどう見てももう1人の自分で、アンクはただ驚愕するしかなかった。

 

「お前、何者だ…?」

 

答えは分かっている、自分だ。分かってはいるが、あまりの衝撃に思わず問いを口にしたアンクのそれを受けて、今まで無口無表情を貫いていたもう1人の自分が、微かに笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「俺はお前だ…。並行世界のな…。」

 

この世界で起こりうるはずだったもの、その可能性の数だけ分岐する"もしもの世界"、それが並行世界だ。つまり、もう1人のアンクは、この世界のアンクとは別の道を辿ってきた訳で、

 

「まさか、本当に存在していたとは…。てっきり、六花たち中二病患者の生み出した産物かと…。」

 

「…何を言っている。六花とは誰だ?俺が闇の力を得てから出会ったのは、この幻想郷の住民たちだけだ。もちろん、俺の世界のな。」

 

「…?」

 

嘘を言っている様には見えず、少し理解に苦しむアンクだったが、考えてみれば簡単な事だ。つまり、もう1人のアンクの世界と言うのは、"アンクが六花や勇太と会わず、魔法少女による世界の崩壊も起きなかった世界線"、それがこの世界に対しての並行世界だ。

 

「お前が、この幻想郷で起きてた異変の首謀者で間違いないな。…一体、何のために人を攫っていた…?」

 

余りに予想外の事態に、呆気に取られたのは事実だ。だが、奴の出どころが何処なのかはどうでも良い。今知りたいのは、何故もう一人の自分が、幻想郷を脅かすような真似をしていたのかだ。

 

「そうだぜ!攫った人たちを何処にやったんだ?!」

 

「幻想郷で異変を起こして、ただで帰れると思ってるんじゃないわよ!」

 

アンクの糾弾に続き、霊夢と魔理沙がもう一人のアンクを言葉で追い詰める。しかし、それらの言葉を受けたアンクがその表情に浮かべたのは、不気味な笑みだった。

 

「…全て、みんなのためにやっているんだよ…?俺が、ずっとみんなと一緒にいられるように…。」

 

「…何を言っている?」

 

「安心しろ、殺してはいない…。殺して仕舞えば、それは俺の望み通りではなくなってしまうからな…。」

 

不敵な微笑を浮かべながら、そう続ける並行世界の闇。その中には、何処か物悲しさも感じられて、奴が何を考えているのか、益々分からなくなる。もう一人のアンクが語りながら手を向けたのは、今なお無限に湧き、周囲を覆いつくし続けている漆黒の黒。そこに向けてアンクは、風の魔法を発生させる。強靭な風の刃となったそれは、辺りを覆う闇を文字通り切り刻んで行く。刻まれた闇が弾け飛び、その向こう側が露わになった。

 

「何よ…あれ…。」

 

「こ、怖いよぉ…。」

 

「…貴様ぁ…!」

 

露わになったそれを見て、驚愕するもの、恐れ慄くもの、憤慨するもの、そして…

 

「ぐっ…!」

 

「咲夜!」

 

助け出そうとしたものがいた。今まで攫われてきた大勢の人、それらが漆黒の帯で森に縛り付けられている。紅魔館のメイド、十六夜咲夜は、時を止めた隙に彼らの救出に向かったが、気づいた時にはアンクの攻撃を受けて地面に倒れ伏していた。そんな彼女に、紅魔館の主が名前を叫ぶ。

 

「なん、で…時を止めた…のに…っ」

 

「…簡単な話だ。俺も時を止める事ができる。お前の能力を、俺のより強い能力で上書きしただけだ。」

 

地面に突っ伏す咲夜を見下ろし、淡々と語り続けるもう一人のアンク。

 

「俺は俺のやりたい事を必ず成し遂げる。誰にも邪魔はさせない…!」

 

「…あなた、一体何が目的なの…?」

 

力強く宣言するアンクに、落ち着いた声音の霊夢が静かにそう問いかける。企みを問いただした時、それを素直に受け入れ、そう易々と口を割る悪役がどこにいようか。しかし、アンクは違った。

 

「…面白い、霊夢。君には聞いてもらおう。」

 

そう言うと、不気味な笑みを浮かべたもう一人のアンクが、暗闇の中ゆっくりとその野望を語りだしたのだった。




能力解説

・能力の上書き
相手とアンクが同じ能力を持っていて、尚且つアンクの能力の方が強力だった場合、相手の能力を打ち消して、自分の能力を強制的に発動させる能力。これも「先天異術」の一つ。

超久しぶりの投稿!
このままモチベーションが保てれば、次回もあるかも?!
次回はもう一人のアンクの企みが明らかになる!


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第8話 楽園と邂逅

人生には、時折予想だにしない現象が起きることがある。死んだはずの自分が病室で目を覚まし、そしてその時、闇の力なるものを与えられた。それが、彼にとっての予想もしなかった出来事である。それだけなら良い。その力で人々を救ったり、はたまた大胆な犯罪行為を犯してみたり、与えられた力で好き勝手に生きようと思える。それだけなら、良かったのだが、彼にはもう一つ、夢にも思わなかった出来事が…災厄が降りかかったのだった。

 

「何だよ、ここ…。何がどうなってんだよ…!」

 

現代からは考えられない古風な街並み。人の流れに紛れて平然と歩く"人成らざるもの"の存在。宵榊宮アンクは、異質なそれらに苦悶の表情を浮かべながら、そうこぼした。これは、別の世界の話。もう一人のアンクが、楽園に紛れ込んだ時の話…。

 


 

劣化しボロボロになった木造の床や壁、隙間から日の光はさすものの、そこはやけに薄暗く感じた。

 

「はやくこの奇妙な世界から抜け出さなければな…。」

 

この奇妙な世界に迷い込んでから約3週間、アンクはたまたま見つけた無人の古びた小屋に結界を張り身を潜めていた。外界との連絡手段ははなから閉ざされており、この世界のものとの意思疎通さえも拒んだアンクには、今自分が何処にいてどう言う状況に置かれているのか皆目検討もつかない。ただ、この世界から抜け出す方法を模索するだけだ。どうすればいい、悩みに悩み続けて、この世界から感じる気配を頼りに、ついに一つの結論に至った。

 

「やはり、破壊するか…。」

 

それは余りにも短絡的で極端で最終手段的な結論に思えたが、決してこの世界自体を破壊すると言う意味合いではない。この世界は、外界と分断するために不可視の結界が張られている。今も微かに感じる、元の自分がいた世界の気配がその証拠だ。二つの世界を別つ結界を、一部でも破壊してしまえば、この異世界と現実世界は繋がり、アンクも外に出られるのではないか。そう思い立ち、アンクはある場所に向かった。

 


 

「よし、ここなら…。」

 

アンクが向かったのは、この世界を覆っている結界の気配が一番強い場所。他の場所は結界の気配が薄過ぎて視認こそ出来ないが、ここ、博麗神社の鳥居付近の結界はその存在感を強く放っており、触れてその感触を感じることが出来るほどである。

 

「上手くいくか分からないかが、取り敢えずやってみるしかないな…。」

 

これ程強く感じることの出来る結界、破壊するのは容易ではないだろうが、それでも元の世界に帰るためならばやむを得ない。破壊された部分は、この世界の誰かが何とかしてくれるだろうと、そんな他人任せの願いをよそに、アンクの拳に闇力が込められていく。

 

『暗黒奥義 闇の鉄槌』

 

闇力を極限まで込めた拳を振りかぶり、そして勢いよく結界に叩きつけようとした時、その声は聞こえた。

 

「やめなさい!」

 

女性の声だ。その静止に闇力は拳から抜け、水を刺され振り返ったアンクの目先に彼女はいた。博麗霊夢が、そこにいた。




お久しぶりです!前回からまたまた開いちゃいましたね!こんな感じで好きな時に更新していきます〜d( ̄◇ ̄)b グッ♪今回は能力紹介ないよ☆


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第9話 巫女と魔女と剣士、そして闇…

神社の縁側、1人ぽつんと座りながら昼下がりの空を見上げている。この世界、幻想郷も元の世界も、昼が明るいのは同じらしい。その事にアンクが気づいたのは割と最近の話だ。

 

「ここに来て、もう1ヶ月くらいか…。」

 

結界を破壊し、元の世界に帰ろうとしたアンクの目論見を邪魔したのは、ここ博麗神社の巫女、博麗霊夢だ。2週間前、彼女に自らの境遇を話したところ、彼女が神社に泊めてくれる事になった。それから2週間、彼女の怠惰さゆえ、しばしばこき使われることもあるが、こうして1人物思いに耽る時間の余裕くらいはある。

 

「一体、いつ帰れるのやら…。」

 

霊夢は言った。外の世界から幻想郷に迷い込んでしまう者は少なくないらしく、そしてその大半が無事元の世界に帰ることが出来ていると。しかしアンクの場合、彼自身の闇力が結界に干渉してしまい、ただの人間より容易に外の世界に出ることが出来ないらしい。今は、この幻想郷の創造者である大妖怪"八雲紫"に解決を頼んでいるところだが、それもどうなることやら。

 

「でも…。」

 

もちろん不安はある。元の世界に一生帰れないかもしれないのだから。だが、そんなアンクに対して、彼女は優しかった。その後会った魔法使いの"霧雨魔理沙"や、冥界に存在する白玉楼の剣士"魂魄妖夢"も、快くアンクを受け入れてくれた。こんなに奇妙な力を持っているにも関わらずだ。学校には居場所がなく友達もいない、義理の家族との心理的な距離は埋まらず、挙句突然死んで訳の分からないうちに訳の分からない能力を与えられて…。ふと、アンクの頭を、あってはならない考えがよぎる。

 

「…駄目だ駄目だ…!」

 

今の今まで考えもしなかった…いや、彼女たちの、幻想郷の住民たちからの予想外の歓迎を受けて、無意識のうちに芽生え始めていた考えを、頭を左右に振るって忘却しようとする。するとアンクの後方、神社の居間の方から女性の叫び声が聞こえた。いや、声の主は分かっている。

 

「霊夢と魔理沙と妖夢…。」

 

声の主はこの3人だ。今日は魔理沙と妖夢の2人が博麗神社に遊びに来ている。普段怠惰な霊夢は、二人が来るとさらに何もしなくなってしまう。おかげで今日もアンクは雑用を任されており、縁側に一人座っていたのはその雑務を終えてからのことだった。声の主は分かっている、ではその声の原因は?彼女たちに一体何があったのか、様々な疑念を抱きながら居間の方へ足早に向かうアンク。そして、その場所に着いた彼が目にしたのは…、

 

「…!貴様、何をやっている!」

 

5人組の武装した屈強な男たち。そのうちの3人は霊夢たちをそれぞれ拘束している。だが、ただの人間相手なら、霊夢たちは容易にその拘束から抜け出すことが出来るはず。理解の追い付かない眼前に広がる光景に、アンクは怪訝な表情を浮かべる。

 

「霊夢!なぜ逃げないんだ!」

 

「やられた…!奇襲を受けたのよ!」

 

「こいつら、能力封じの魔法を使ってるんだぜ…!」

 

「私も剣が触れないどころか、身体すら自由に動かせない…!」

 

「…何…?!」

 

どうやら彼らはただの人間ではなく、魔法使いの一族らしい。突如神社に押し入り彼女たちを拘束、身体の自由を奪ったようだ。何故博麗神社を襲ったのかまでは不明だが、アンクが彼らの思考を読んだところ、この神社ごとあたり一面を魔法で吹き飛ばそうとしている。

 

「アンク…あんただけでも逃げなさい…!」

 

身体の自由を奪われ、声さえまともに出せないほど衰弱した体で、霊夢はアンクにそう声かけた。今にも消えてしまいそうなか細い声、自分があんな状態に陥っているというのに、それでもなお霊夢はアンクを気にかけてくれている。だから、それを理解しているアンクに、彼女たちを置いてその場から逃げ出すという選択肢は決してなかった。

 

「…貴様らは、相手を間違えたようだ…。」

 

そうアンクが呟いた刹那、世界が止まった。そして、再び世界が動き出した時には、霊夢たち3人はアンクの背後にいた。数秒遅れてそれに気づいた男たち、当の霊夢たちの困惑をよそに、アンクは脳内で闇術の構築を行う。そして指先に溜まった闇力の小さな塊が瞬間、一人の男の眉間を貫いた。

 

「貴様らは、俺が殺る。」

 

瞬間で死体に成り果て、血も流さずに床に倒れ伏すそれを見て、男達は言葉を失い、そしてそのうちの1人が激昂し、持っていた斧を振り上げる。アンクに向かって一直線に、振り上げた斧そのままに走ってきて、そして目の前の敵を確実に仕留めようと、勢いよく斧を振るう。男には大量の返り血が飛び、そして切られた本人も大量の血を流しながら床に力なく倒れていく。男は敵をうてた優越感で心が満たされて、満面の笑みを浮かべている。

 

「殺めた相手が、自分の仲間だとも気付かずに、な…。」

 

アンクの目の前の歪に歪んだ空間は、向かってもアンクに続くものではない。男は捻じ曲げられた空間によって味方の背後に移動させられ、目の前にアンクがいると信じてやまない男はそのまま仲間の頭部を斧で切りつけたのだった。

 

「…はぁ…?」

 

数秒遅れで自らの行いに気づいたその男が、惚けた声を上げる。アンクは、まだ完全に自らの力を使いこなせる訳ではない。だが事実、少なくとも彼の闇力はここにいる男達の魔力を遥かに凌駕するものであり、それを悟った3人の男達は、味方の亡骸を放ったまま、居間を背にその場から逃げ出していく。そしてそのうちの1人が、数段高い神社の床から飛び降り地面に足をついた瞬間、

 

「おいっ!」

 

その光景を見ていた男が、恐怖と驚きの感情を込めて声を上げた。神社の床から地面に足をついた男は、あろうことかその地面に体を吸い込まれている。

 

「ぐっ…、あぁぁぁっ…!」

 

絞り出されるように苦痛な悲鳴をあげる男。彼の周りからは、白い蒸気と、"シュー"という音が響いてくる。気づけば彼が吸い込まれている半径1mの辺りは地面ではなく、緑色の液体のようになっている。男は底なしの沼にハマったようにどんどん吸い込まれて行き、そして頭まで完全に見えなくなったところで、今まで彼を取り込んでいた緑色の液体は消え、周りと同じ普通の地面に戻った。

 

「…!うわぁぁぁぁぁっ!」

 

緑色の液体が消え、地面に戻ったそこにあった人骨を見て、2人の男が恐怖に恐れ慄く。そして、思考を整理している暇もなく、2人の男の腹部に衝撃が走る。彼らの腹からは真っ黒い手が突き出しており、そこから地面に向かって大量の血が流れ落ちている。

 

「生まれ変わったら、もっとマシな人間になってこい。まぁ、そんな事二度とないけどな。」

 

地面に倒れ伏し、大量の血を流している2人の男に、アンクがそう語りかける。

 

「…アンク…。」

 

ふと、霊夢がそう呟く。見ると、困惑したような、哀しそうな、同情したような表情を浮かべた3人がそこにいた。そんな彼女達の表情に心を痛めたアンクは、瞬間その場から消えたのだった。




最近モチベが戻ってきました!ちょっと更新早くなるかもなので、良かったら呼んでってください〜

能力解説〜

・闇力と輪廻転生
アンクの闇力や闇術によって殺された人間は、その呪いによって輪廻転生の輪から外れ、漆黒が永遠に続く空間で無限の時を過ごすことになる。


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第10話 幻想郷を覆う闇

見渡す限りに沢山の木々が生い茂っており、その隙間からは微かに月明かりが差し込む。既に日は落ちており、生き物や人間の気配すら感じないほど、辺りは静まり返っていた。

 

「…。」

 

アンクが迷いの森に来てもうどのくらい経過しただろうか。何するわけでもなく、今にも途切れそうな細い月明かりに照らされながら、ただただ茫然とその場に立ち尽くしていた。あの時の霊夢の顔が、表情が今でも焼き付いて離れない。何故逃げた?逃げる必要なんて別になかった。でも、彼女のその表情を見ていられなかった。

 

「…もう、戻れない…。」

 

あの時の自分の行い、初めて人を殺した罪を否定する気はない。少なくとも、あの男たちは死んで当然の奴らだった。だがそれを、彼女たちの目の前で行ったとなれば話は別だ。彼女たちは、アンクのことを受け入れてくれた。いや、彼女たちだけではない。この世界の住人、幻想郷という世界そのものが、アンクを想定外に受け入れてくれた。

 

「この世界は優しい…、あの世界の何倍も…。」

 

だがアンクは、自分に優しくしてくれた、自分を受け入れてくれた人たちの前で、あんな残虐な光景を作り上げてしまった。自分を受け入れてくれた世界を、血で穢してしまったのだ。

 

「俺は、こんな残酷な…、呪われた力を…。」

 

感情が溢れ出し、微かに嗚咽をこぼす。汚れた手で自らの顔を覆う。そしてさらに穢れていく。アンクに宿ったのは、人を容易にあやめることの出来る、呪われた力。彼女たちは、自分に失望しただろう。もう彼女たちのもとに居ることはできない。この世界の、誰も知らない、誰の目にもつかないところにひっそりと身を隠していよう。元の世界に帰れるかどうかなんて、今はどうだっていい。迷いの森の奥の奥の、さらに奥へ。そして森を抜けた向こうの向こうの、はるか向こうへ。目的のない目的の地へ、歩みを進めようとしたその時、アンクの耳に聞こえたのは聞きなれたあの声。

 

「どこ行くのよ。」

 

聞きなれた、他者に無関心なようで、根は優しさと勇ましさの宿るその声。そして、その声に元に振り替えると、今度は見慣れた赤い巫女服と大きなリボン。霊夢だ。隣には魔理沙と、妖夢もいる。

 

「どこって…、そんなの分からない…。ただここから、遠く離れた場所に…。」

 

「アンクは、なんで離れようって思ったの?」

 

「何でって…!…皆俺に失望しただろ…。一緒にいたら、何しでかすか分からない…。」

 

「別に私たち、お前に失望何てしてないんだぜ?」

 

「…っ!あんな残酷な光景を見てい居て?!皆だって、もしかしたら巻き込まれてたかも…。」

 

「でも、私たちは無事よ。あなたが助けてくれたんだもの。」

 

「そんなの結果論だ!俺なんかといたら、どうなるか分からない!…俺の力は、呪われた力なんだよ…。」

 

「もしアンクがそんな風になったら、私たちが止めるよ、斬ってでも。」

 

「…怖いんだ…自分の力が…。一体何の力で、どうして俺に与えられたのか…、何もわからないんだ…。」

 

「でも、その力に私たちが助けられたのは事実だぜ!あのままだったら、もっとひどい目にあってたかもしれなかったんだぜ。」

 

「今は何も分からなくても、ずっとそのままなんてことはないんじゃないかな?のんびり気長に行こうよ。剣技もそうだけど、その道を極めるには、一朝一夕じゃ無理なんだよ。…ちょっと話違うかな…?」

 

「いいえ、魔理沙と妖夢の言うとおりだわ。それに、失望何てしないわよ。私たちのことを助けてくれてありがとう。」

 

3人はアンクにそうお礼を言って、微笑みかけた。その微笑みが、アンクにはとても優しいものに感じた。彼女たちは、心からアンクを受け入れてくれている。きっと、アンクだけが特別な訳ではない。この3人は、この世界は誰に対しても優しく、そして受け入れてくれる。でも、それでいいんだ。だからこそアンクは、この芽生え始めていた想いを肯定し、そして一つの結論にたどり着くことが出来た。

 

「俺、やっぱり元の世界には帰らない。ずっと…、この幻想郷で生きていたい。」

 

無意識のうちに生まれたその思いは、はっきりとした形を持って、彼女たちに伝えられた。そして、アンクのその言葉を受けて、霊夢はこう続けた。

 

「それはだめよ…。」

 

「…え…?」

 

希望と願いを込めて放たれたその言葉は、届いてほしいその人によって刹那に拒絶された。

 

「あなたは、この世界にいるべきじゃない。その力を必要としている人が、必ずいるはずよ。」

 

霊夢はなだめるようにそう言葉を続ける。隣で微笑み頷く2人も、霊夢と同意見なのだろう。アンクには、それが理解できなかった。

 

「俺はずっと…、お前らと一緒に…。」

 

掠れた、震えた声で、そう呟く。3人に届いたかどうかなんてわからない。受け入れてくれたんじゃなかったのか。あんなに優しくしてくれたのは、この3人が、この幻想郷が初めてだった。生まれてから、本物の愛情というものを知らないアンクには、ここで受けたそれが何より忘れがたい大切なものだった。

 

「俺は…、ずっとここに残る…。お前らと…、ずっと一緒にいるんだ…。」

 

アンクの中で、また一つある決心がついた。いや、決心と言えるほど綺麗なものでは決してない。もっと薄汚れた欲望に近い何か。もう、あの世界には戻らない、戻りたくない。3人が、この世界が、アンクを受け入れてくれないのなら、

 

「お前らが受け入れまいが関係ない!俺とこの世界は、永遠なんだ!」

 

そう言い放ったアンクの背から、漆黒の帯のようなものが無数に、いや無限に現れる。それはどこまでも伸び続け、無造作に物や人を襲う。霊夢たちや他の人間、妖怪には成す術もなかった。そして瞬く間に幻想郷の空を漆黒の闇で覆いつくした。

 

「これからはずっと一緒だぞ…?あははははははは!」

 

微かな月明かりさえもうささない迷いの森、物も人も妖怪も妖精も神さえも、何もかもが漆黒で包まれ、静寂に充ちた、闇に堕ちた幻想郷にアンクの高笑いが響く。

 

「お前らも、ずっと俺と一緒に居よう…。」

 

怪しい笑みを浮かべるアンクの目に映ったのは、もう一つの平和な幻想郷。こうしてアンクは、2つ目の幻想郷を支配するために、並行世界へと渡ったのだった。




並行世界のアンク編終わりました~。これで最初の異変へとつながるわけです。東方黒々録も終わりが近い!

ここで能力解説~

・背中から無数の漆黒の帯(特に名前はない)
アンクの背中から、闇力を帯びた無数の帯のようなものが現れる。それは、アンクの意思とは関係なく、無造作に人や物を襲う。触れた者は闇に堕ち、決して意識を取り戻すことはない。世界を支配することの出来る闇術のうちの一つ。


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最終話 想いは幻想を覆す

「幻想郷を、滅ぼした…?」

 

霊夢にだけは聞いてほしいと、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めたもう一人のアンク。そして、その物語が終幕を迎えたのと同時に、霊夢はそう呟いた。

 

「俺の目的は、この世界の幻想郷も滅ぼし、ずっと一緒にいることだ。そのために、何人たりとも邪魔はさせない。」

 

そう言葉にした彼の眼には光は宿っておらず、決心と言うよりは醜い野望であり、既に彼自身狂気に堕ちているようにも見えた。そして、霊夢と、幻想郷の住人と共に最後まで話を聞いていたアンクが「はぁ。」とため息をつき、そして言葉を紡ぎ出す。

 

「お前の野望とやらは、実に下らない。同一人物であるのが恥であるほどにな。」

 

「…何だと…?彼女たちに、この幻想郷に触れたお前なら、俺の気持ちは理解できるはずだ…!」

 

「あぁ、理解できるさ。この世界は実に捨てがたい。そう思ってお前を止めようとしたのも事実だ。だがな、この世界は、お前が思っているほど美しく優しい世界ではない。」

 

「…そんなはずはない…!この、こんな俺を受け入れてくれたんだぞ!?」

 

「お前には…並行世界のお前には分からないかもしれないけどなぁ、俺を受け入れてくれたのは、幻想郷だけじゃない。六花や勇太、世界規模の惨劇の中で共に戦った皆…、皆俺のことを受け入れてくれた、頼ってくれた。」

 

「…そんなやつら、俺は知らない!」

 

「そうだお前は知らない!だからこそ、こんな惨劇が起きてしまったんだ…。もっと早く、人の温かさ、優しさに触れていれば、お前は霊夢たちに、この幻想郷に醜く執着することなんてなかったんだ…。幻想郷の人々を闇に堕としたのと同時に、お前自身も狂気に堕ちたんだよ…。」

 

「…お前に…、お前に俺の何が分かる!」

 

「いや、分からないことだらけだ。同じ存在なのに不思議な話だよな…。…お前の言った通り、この幻想郷は素晴らしい、理想の地だ。だが、元の世界だって、幻想郷と同じくらい尊い存在なんだ!だから俺は、お前と同じ結末は辿らない…、必ず元の世界に帰る。勿論この幻想郷も、お前の手には渡さない…。」

 

それが、アンクの出した結論だった。並行世界のアンクを受け入れてくれたこの幻想郷は、間違いなく捨てがたい尊い世界だ。だが、元の世界にだって、アンクを受け入れてくれる存在はいて、だからこそその世界も同じくらい尊い。どちらが一番何て、決められるものではないし、決めて良いものでもない。そう思える存在に出会うことの出来なかった並行世界のアンクに、アンクは少し同情した。この異変での1番の被害者は、彼だったのではないだろうかと…。

 

「…言っただろう…、誰にも邪魔はさせないと…。この世界は、幻想郷は俺のものだ!」

 

激昂し、漆黒の波動が迷いの森を駆け抜ける。だが、そんな光景にもアンクは気圧されることなく言葉を続ける。

 

「ならば、俺はお前をここで殺すだけだ。」

 

「殺す…?どうやって。我々は不死身だ。」

 

「いや、出来るさ。今なら何でも出来る気がする…、幻想郷の皆んなと心が通じ合っている今なら!」

 

幻想郷を守ると言うアンクの結論を、否定するものはここには誰1人いなかった。そして、その思いが、幻想郷が、アンクに新たな力をもたらした。アンクの体が眩い光を発する。そのあまりの眩しさに、彼以外の全てが思わず目を伏せる。そして、暫くして光が止んだそこにいたのは、力によって変化した新たなアンク。

 

「これが、真に幻想郷に受け入れられた証だ。支配という、短絡的な行動に走ったお前は、俺には絶対に敵わない。」

 

半分怪人態、半分人間の見た目をしたアンクが、もう1人のアンクにそう言葉を投げる。その姿はまさに、人とそうでないものが共存する幻想郷を体現しており、彼が手をかざした方、もう1人のアンクのを囲うように黒い円形の何かが現れた。

 

「…!何だこれは…!」

 

「俺が幻想郷に与えられた能力は『概念を結界化する程度の能力』だ。今お前を、『死』という概念の結界に閉じ込めた。つまり、お前は死ぬということだ。」

 

幻想郷がアンクに与えた能力、『死』という概念に満ちた結界に閉じ込められたアンクの意識が薄れていく。

 

「俺はただ…、お前らと、一緒に…。」

 

ほとんど消えかけた意識の中で、今にも消え入りそうなか細い声で呟くアンク。死の概念は決してアンクを解放することはなく、頬に一筋の涙が流れたその刹那、彼は死んだ。

 


 

闇が晴れ、美しい青空が幻想郷の空に広がる。闇に攫われた者たちは解放されて、幻想郷を脅かした危機は完全に去った。

 

「じゃあな、霊夢、魔理沙、妖夢。俺は元の世界に帰るよ。」

 

博麗神社の鳥居前。もう1人の闇を葬ったアンクは、その場で解散した大勢の住人を除き、霊夢たち3人とともに神社に戻ってきていた。そんなアンクの言葉を受けて霊夢は、

 

「えぇ、本当にありがとう。あなたと出会えてよかったわ。」

 

「何だ、もう帰っちゃうのか?もっとゆっくりしていけば良いのに。いつでも出れるようになったんだから。」

 

アンクが幻想郷から授かった力は、『概念を結界化する程度の能力』だけではない。もう1つ『結界を自在に操る程度の能力』という、アンクにとって要の能力を授かっていた。

 

「まぁ確かにな。でも、何だかあの世界が恋しくなってしまってな…。」

 

「もう会えないんだよね…、ちょっと寂しいな…。」

 

ふと、妖夢が切なそうな笑みを浮かべてそう言葉をこぼす。そう、幻想郷からなら、博麗大結界を操って外の世界に出ることは可能だが、外の世界では博麗大結界を認識することが出来ない。したがって、一度出てしまったら戻れない、これが永遠の別れになるだろう。

 

「良いのよそれで。あなたにはあなたの世界があるんだから。」

 

「そうだぜ。この世界の異変は、私と霊夢で解決するんだぜ!アンクがいたら、私たちの仕事がなくなっちゃうんだぜ!」

 

「わ、私は?!」

 

魔理沙のからかいに、妖夢が反応する。思惑通りと、魔理沙が悪戯な笑顔を見せる。そんな彼女たちを宥める霊夢。全く彼女たちは、どこまで行っても平和なものだ。彼女たちを見てると、闇に塗れた自分の心が洗われるようだった。並行世界の自分がこの世界と離れたくないと思ってしまったのも、今なら少しわかる気がする。だが、そう言う訳にはいかない。アンクもまた、自分を受け入れてくれる人たちがいる世界に戻らなければいけない。だから彼は、彼女たちの方を見遣り、彼女たちと同じくらい優しい笑顔を浮かべて、

 

「じゃあな、元気で…。」

 

アンクが手をかざすと、博麗大結界の一部に、外の世界と繋がる空洞が現れた。そしてそれを通り抜けた刹那、振り返れば、幻想的な世界も、彼女たちの優しい笑顔も全てが消えていた。寂しいか…?自分の心に問いかける。

 

「…いや、寂しくない…。だって…。」

 

アンクの振り向いたその先に、幻想郷への道標が確かにあった。

 


 

幻想を、彼女たちの笑顔を背に、歩いて歩いて歩いた。そしてアンクは、異変に気づく。

 

「…誰も…、いない…?」

 

街には、アンク以外の人の気配が一切なかった。それどころか、青く美しいはずの空は、漆黒の闇で染まっていた。

 

「時は来た…。」

 

声が聞こえた。誰のかは分からない。でも、聞き覚えのある、決して忘れられない、忘れてはならない声だった。だからアンクは、その声に向かって、どこかも分からない目的地に向かって歩き始めたのだった。

 

《了》




1年かかってようやく描き終えました!これにて東方Projectの二次創作編"東方黒々録"簡潔です!次はオリジナルの新章です!あまり長くはしないつもりですが、良ければ読んでください!あと補足なんですけど、アンクが振り返ると、そこに幻想郷に繋がる入り口があったと言うことです。なのでいつでも幻想郷に出入りできると言うことになりました。幻想郷への入り口は、日本中に幾つか存在しています。

能力解説〜

・幻想郷の力を得たアンク(名前は特にない)
半分怪人、半分人間の、人と人ならざる者が共存する幻想郷を体現した姿をしている。和模様の何か良い感じのものを羽織っている。能力は『概念を結界化する程度の能力』と『結界を自在に操る程度の能力』の2つ。前者は、「時間」や「死」などと言った人の中に存在する概念を結界として用いる能力である。新たな概念が生まれるたび、アンクの使える結界も増える。後者は、他社が張った結界や、博麗大結界までをも思いのまま操る能力である。また、この能力は前者の能力を使える理由にもなっている。





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真実の章 闇王物語
The World Covered With: 闇の終焉


闇が広がる空の下、アンクはただ歩く。どこに向かっているのか、目的は分からない。ただ、この聞き覚えのある声に従って、まるで吸い込まれていくように歩みを進める。

 

「…時は来た…。」

 

繰り返されるその言葉に導かれ、アンクは闇空の中目的のない目的地へ向かう。そして、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて辿り着いたその場所に奴はいた。

 

「…時は来た…。」

 

「…何度言うつもりだ…。」

 

それは、明確な形を持たない、ただの大きな闇の塊だった。今にも何かを形作ろうと蠢き、そしてそれを成さない、誰がどこからどう見ても完全に異質な存在だった。そしてその異物から、今までアンクの脳内に響き渡っていた声が聞こえる。その声は、アンクが闇の中で目覚め、そして闇の力を得たときに聞こえたものと同じ。そして、

 

「貴様…、何故俺にこの力を与えた…?」

 

アンクは、彼に闇の力を与えた元凶を鋭く睨みつけそう問いたのだった。

 


 

空は、いや世界は以前漆黒の闇に包まれており、やはり誰一人の気配を感じ取ることも出来ない。

 

「貴様、街の人々はどうした?ここに来るまでに一人も見かけなかったが…。」

 

「…案ずるな、死んだわけではない。私がこの世界を一時的に支配していることが原因だ…。」

 

「支配だと…?貴様は、何故俺の前に姿を表した。いやそもそも、この俺に闇の力を与えた理由は何だ?」

 

「…貴様に闇の力を与えたのは、この世界の裏側…、闇世界を繁栄させるためである…。」

 

「この世界の裏側…、闇、世界…?」

 

「…本来、闇とは人々から生まれるのも…。…貴様に闇の力を託したのは、人々から生まれる闇を集めてもらうためだ…。」

 

「成る程…。確かに、様々な事件に巻き込まれた。そいつらからの闇を無意識に集めていたとしても不思議ではない。」

 

「…闇は、決して負の感情からのみ生まれるわけではない…。…喜びや狂気、日頃の不満や、その者の行動…、人々の営みの全てから、闇は生まれるのだ…。」

 

「…時は来たってのは、その闇が十分に集まったと…。」

 

「…正しくは、貴様を含めて…だ。…貴様の闇を私が取り込み、そして真に必要な闇は満たされる…。」

 

「じゃあ、俺はもう用済みということだな…、ふんっ、やっとこの奇妙な力ともおさらばできる訳だ。」

 

この力を得てから、様々な者達に出会い、また様々な出来事を経験してきた。辛いことばかりという訳ではないが、出来れば今度は、何の力も持っていない、ただの人間として皆と顔を合わせたいところである。ふと、アンクの脳裏に、闇を祓った彼を見て目の輝きを失う六花や凸守あたりが見えたがそれは気にしないでおこう。

 

「そう言えば、お前は闇世界とやらを繁栄させて、一体何をするつもりなんだ…?」

 

「…貴様が知る必要のあることではない…。」

 

「勝手に使っといてそれはねぇだろ…。…まぁいい、早く俺を闇力とおさらばさせてくれ。」

 

「…今までご苦労、貴様の成果で、闇世界は更なる発展を遂げるだろう…。」

 

目の前の異形がそう呟いた刹那、アンクは自らの体から闇が抜けていくのを感じた。ようやくこの訳の分からない力から解放される。ようやくいつもの日常が戻ってくる。彼を虐めていたクラスメイトに対する対抗策が不明であることだけが唯一不安要素であるが、それも自分で何とかしようと、今ならそう思える。体を流れる闇の力が一本の線となって、目の前の更なる闇に取り込まれていく。そして、気づいた。

 

「…っ!」

 

息が出来ない、体が動かない、何も見えない、意識がない。そして気づけば、アンクの闇は再び彼の中に戻っていた。

 

「…一体…、何が…、起きた…。」

 

呼吸が乱れ、心臓が激しく揺れる。今まで経験したことのないその感覚に、アンクは恐怖を感じた。そして、そんなアンクの様子を見た目の前の異形が「…言い忘れていたが…、」と前置きし言葉を紡ぐ。

 

「…貴様は、すでに死んでいる…。」

 

その言葉の意味が分からない。思考の整理が行えない。アンクはしばらく呆然と、その場に立ち尽くすのだった。




新章が始まりました!オリジナルです!あまり長くしないつもりですが、宜しかったら最後まで見てね!


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The Truth Is Told: アンク

呆けた声が出る。思考の整理が行えない。その言葉を飲み込み、自分の中で落とし込み、何度も何度も理解しようと試みる。しかし、目の前の異形が放ったその言葉に、アンクはただ打ちのめされることしか出来ないでいた。

 

「…俺が、死んでる…?」

 

いや、自分は生きている。現にこうして動いて喋っているではないか。ただ、だとしたらさっきのあの感じたことのない感覚は一体何だったのだろうか。

 

「…正しくは、貴様の支配している"体そのもの"だ…。」

 

「…俺が、支配している…?この、体を…。」

 

「…今この時、明確に意思を持って私と会話している貴様は、私が作り上げたもう一つの闇、言わば貴様は、私の一部であり、私と同じ存在なのだ…。」

 

「…訳が分からない…。」

 

「…貴様の本当の名はアンク…ただのアンクだ…。…貴様が自らの名の前に宵榊宮と姓を名乗るのも、真の家族がいないと言うのも、学校で虐めにあっていたなどと言うのも、全ては貴様が支配している体の本当の主…、宵榊宮翔の記憶である…。」

 

明かされた真実。彼は宵榊宮アンクではなく、体の本当の主、宵榊宮翔を殺し体を支配しただけのただの闇。アンクが今まで持っていた記憶は、実際は翔のものであり、アンクはただその記憶を受け継いだだけ。だからそもそも、

 

「…貴様の言う、"闇の力を得た"がそもそも間違っているのである…。…何故なら貴様自身が闇であり、闇力の集合体そのものなのだから…。」

 

誰が死のうが関係ない、自分さえ生きていればそれでいいと言う考えの持ち主であれば、この話はそこまで衝撃を与えるほどのものではない。しかし、自分が死んでいると言われたら話は別だ。同一の人物ではないと言えど、今まで自分だと思っていたものが死んでいると知った時、まるで自分が死んでいるかのように感じてしまう。目の前の異形は一切の表情を変えることなく、いや、それは表情という概念を持たず淡々と真実をアンクに伝え続ける。

 

「…その上でもう一度言おう…。…貴様はもう用済みである…。」

 

用済み…。このまま奴の言葉を受け入れたら、アンクがこの体の支配を解き、目の前の異形と一体になったら、この体は、アンクはどうなる?

さっきとは訳が違う。全ての真実を知ってしまった今、その「用済み」を受け入れることにアンクは恐怖を覚えた。

 

「…少しだけ、時間をくれないか…?」

 

目を合わせることが出来なかった。俯き、アンクは正面に広がる闇にそう呟く。

 

「…良いだろう…。…明日再び此処で、貴様の結論を聞こう…。」

 

目の前に広がる強大な闇。そこから発せられるその言葉を背に、アンクはおぼつかない足取りでその場を後にした。何も考えず、何も考えられずただ歩くだけだった。




アンクの真実が明らかになりました。もう少しで第5章は終わります。


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What Do You Wanna Do: 誰のものでもない全て

思いもしなかった真実を打ち明けられてから数時間後、アンクは1人ベッドの上で呆然としていた。深夜、世界が眠りについた静寂の中、アンクだけは夢の世界の住人になれずにいた。

 

「…俺は、俺じゃなかったのか…。」

 

明かされた真実、自分が自分でなかったと気付かされた衝撃は今尚アンクの心に焼き付いて消えてくれない。アンクがただ1人眠れないでいる、それが唯一の原因である。

 

「…消えるって…、どんな感じなんだろう…。」

 

今や闇力は満たされ、この世にアンクが存在する必要はなくなった。数時間前まで目の前に広がっていた圧倒的な闇、それが口にした「用済み」という言葉。ただ闇力を失って、今まで通りの平和な生活が送れるとそう思った。だがそれは、真実を知ったことで捻じ曲げられてしまった。そもそも自分は、奴から生み出された存在であり、最後には消える運命にある。だが、得体の知れない、想像も出来ないその感覚にアンクは恐怖を覚えてしまった。衝撃と恐怖、その2つのせいで結局、アンクは一睡も出来ぬまま朝日が登り始めたのであった。

 


 

自分は消えるべきなのか、それとも…。自らの運命が決まる当日、未だにアンクは、自分がどうすればいいのか結論を出せずにいた。考えながら歩いて、アンクはある場所に向かっていた。何故か無性に、彼らに会いたくなったのである。もしかしたら、結論を導くためのヒントを貰えることを期待しているのかも知れない。

 

「あ〜!アンクだぁ!」

 

目を輝かせ、嬉しそうな声を上げながらアンクの元に駆け寄ってくるのは、いつも通りその輝く瞳の片方を純白の眼帯で隠したオッドアイ擬きの少女、六花だ。この光景、アンクはとても懐かしく感じた。

 

「お〜久しぶりだなぁ、アンク。」

 

室内を見れば、いつもの面子がそこにいる。そしてその中の1人、勇太がアンクを目にしてそう言葉にした。

 

「おぉ!そこの闇術師!今すぐ私に力を貸すのデス!共にこの偽サマーを亡き者にするデス!」

 

「ほぉ〜やれるもんならやって見なさいよ!」

 

アンクが腰掛けたそのすぐ隣、複雑に絡み合いながら戯れあっている凸守と丹生谷の声がした。色々あって、しばらく彼らとは顔を合わせていなかったが、いつもと変わらぬその光景にアンクは安堵を覚えた。

 


 

少しばかり時が経ち、部室にはアンクと勇太と六花、そして今尚眠り続け一言も喋らないくみんがいる。凸守と丹生谷は戯れあいがヒートアップした挙句、校舎内で無限の追いかけあいをしている。時折こちらまでバタバタと足音が聞こえてくるほどだ。

 

「なぁ2人とも…、俺がいなくなったら、寂しがってくれるか?」

 

それは思わず、何の脈絡もないまま放ってしまった、だがアンクが一番聞きたい答えを唯一求めることが出来る言葉だった。先程とは少し様子の異なるアンクに気づいた勇太と六花は、彼のその言葉を聞いてから少しばかりの沈黙、そしてこう言葉を紡ぐ。

 

「何言ってんだ。当たり前だろ?」

 

「闇の使者が滅びれば、その対となる光との調和が乱れてしまう…。…って言うのは冗談で、アンクがいなくなったら私も寂しい。」

 

「…そう言うものなのか…。」

 

「海に行ったりクリスマスパーティやったり、沢山思い出作ったじゃないか。まぁ、アンクはあんまり居なかったかもだけど、それでも俺にとってはアンクは大切な仲間だよ。…もう襲われるのは勘弁だけど…。」

 

「勇太安心して。いざとなったら私の闇の力で勇太を守る…!」

 

「お前は闇の力じゃなくて邪王心眼だろぉ?」

 

「そうだった…。」

 

その時、アンクの心に微かにとある感情が走った。とても懐かしく、そして大切な感情。こうするべきだと、あの時封印したはずの六花に対する恋情。そして気づいた。例え自分が翔でなくても、自分が自分でなくても、今まで感じてきた楽しさ、悲しさ、怒り、嫉妬、決意、そして恋心は誰のものでもなく、ましてや翔のものでもない。何故なら、心に芽生えたそれらは間違いなくアンクのものなのであるから。

 

「…何で俺、こんな簡単なことに気づかなかったんだろう…。」

 

そして、それに気づいたアンクの心にもう一つ、新たな想いが芽生えた。いや、芽生えてしまったのだ。

 

「俺はまだ消えたくない…。翔の分まで…、まだ生きていきたい…!」

 

それは、とても身勝手な願いに思えた。何故なら彼は、既に翔という一人の人間を殺しているのだから。訳も分からないうちに、闇によって殺されてしまった彼の命はもう戻ってこない。しかし、アンクは生きたいと思ってしまった、願ってしまったのだ。その欲望は、もう決して誰にも止められない。誰のものでもない、正真正銘自分の心に芽生えた尊い感情と、自分を受け入れてくれる仲間たちと、生きていたいとアンクは願った。

 

「…!」

 

そして、世界は再び闇に閉ざされた。決断の日が、審判の時が訪れたのだ。それを悟ったアンクは、静かに立ち上がり、六花と勇太の気配なき気配を背に、ゆっくりと歩み始めたのだった。運命の場所へと。




最近題名考えるの苦手になってきた…。次回最終話!


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The Darkness Will Be Continued: 世界の行く末

世界は闇に包まれ、支配された。今この世界に生き物は何一つとして存在しない。だからだろうか、人間でも、ましてや生き物ですらない、目の前に広がる漆黒の存在感を強く感じてしまうのは。

 

「…結論は出たか…?」

 

「…あぁ。」

 

漆黒の闇、そのあまりに強すぎる気配に怯みそうになりながらも、それの言葉にアンクは低く唸った。そして、

 

「俺は、まだ生きていたい…!お前と一つにはならない…!」

 

先まで下げていた顔を、決意を込めて勢いよく上げ、そして、目の前に広がる漆黒に言い放つ。自分が誰であろうと関係ない。今まで積み重ねてきた日々は、紛れもなく自分のものであったのだと。

 

「…ハッハッハッハッハッ…。」

 

そして、そのアンクの決意を聞いた闇は、まるで彼を嘲笑うかのように声を上げた。表情はなく、今どのような感情で笑っているのか見当もつかず、アンクは少しばかり奇妙さを感じた。

 

「…いや、貴様には消えてもらわなければ困る…。」

 

「何だと…?」

 

「…そもそも、貴様に拒否権はない…。…私の目的の為に、貴様にはもう終わってもらう必要がある…。」

 

「お前、一体何をするつもりだ…?俺がお前と一つになれば、必要な闇力は満たされると言っていたな…。それが果たされた時、一体どうなる…?」

 

その瞬間、静寂が訪れ、空気が変わったのをアンクは刹那に感じ取った。そして、大いなる闇は「…そうだな」と呟き、そして言葉を続ける。

 

「…貴様は知っていても良いだろう…。…世界を滅ぼすという使命の為によく動いていたからな…。」

 

「…世界を、滅ぼす…?」

 

「…闇力が満たされた時、表の世界であるこの通常世界は、私の世界である裏世界、闇国と繋がりを見せる…。…いづれ、この世界は闇に呑み込まれることだろう…。…私の目的は、我が闇国を無限に広げていくことである…。」

 

「…俺は、そんなことの為に…。」

 

今まで何度か考えたことがあった。何のために闇の力は与えられたのだろうと。そして、その理由が明かされた時、しかし彼は理解出来なかった。それをしてどうなると。だが、心のどこかで、きっと良い背景があるのだろうとそう勝手に思い込んでいた。そのツケがこれだ。世界を滅ぼすという最上級の悪事に自らが利用されていたことを知り、アンクは絶望に近い感情をおぼえた。そして、目の前の闇は淡々と、さらなる絶望を彼に与え続ける。

 

「…あと、貴様が私と一つになれば、世界は繋がりを見せ始めるだろう…。…貴様の肉体を得た私は、その世界の支配者となるのだ…。」

 

「…させない…。」

 

「…この世界の後はどこに行こうか…。…並行世界、幻想郷も良いだろうな…。…電脳世界に、魔法少女の世界、数ある異世界を我が物にするというのも面白い…。」

 

「そんなことさせない!」

 

支配者の私利私欲に憤慨、力一杯地面を踏み締め、瞬間目の前に広がる大いなる闇に飛びかかる。

 

「…いや、お前に私は止められない…。」

 

微かな笑みを含んだその言葉とほぼ同時、突如としてアンクを襲った鋭い衝撃に、彼は後方に大きく吹き飛ばされる。地面を激しく転がり、その中でも彼はある違和感を覚えた。

 

「…!」

 

腕が、足が、全ての四肢がアンクの体から切り離されていたのだ。先程の衝撃に耐えることが出来なかったアンクの体、器は大きなダメージを負った。だが、いつまでもその場に止まってはいられない。容赦のない次の攻撃が、強大な闇力と共にアンク目掛けて放たれた。刹那、それを放った広大な闇の背後へ。瞬間移動でなんとか交わすことが出来たものの、このまま同じ状況が続けば、敗北するのは確実にアンクの方である。ダルマのような姿になりながらも必死に足掻く醜いアンクの姿を見て、大いなる闇は嘲笑の意を含めて言葉を紡ぐ。

 

「…醜い…。…諦めて、早く私の一部になって仕舞えば苦しまずに済むというのに…。」

 

「…ふざけるなっ…!お前に、世界は渡さない…!友人を、皆んなで救った世界を、俺を受け入れてくれた人たちを、お前如きに滅ぼされてなるものかっ…!」

 

醜い姿になりながらも、彼の瞳だけは目の前の闇、いや、もはや狂気に満ちた何かを真っ直ぐに見据えていた。そして、それに激昂するのと同時に、確かに彼に芽生えた強い想いを胸にアンクは言い放った。

 

「…愚かな…。」

 

小さくそう呟いた狂人…闇王から、アンク目掛けて巨大な光線が放たれる。手も足もない彼にそれを防ぐ術はなく、このままでは直撃してしまう。しかし、寸前のところでそれは弾かれ消滅した。

 

「…何…?…」

 

今度こそ仕留められると放った攻撃が無効化され、想定外に怪訝な声を出す闇王。そして、アンクの姿を見て、彼はその理由を理解した。アンクの体を黒い帯が覆っている。それは暫く彼の周りを不気味に纏った後、天高く登り拡散。空はさらに深い漆黒に飲み込まれた。そしてその帯の一部が闇王を捉え、瞬く間に覆っていく。

 

「『暗黒奥義 黒々帯』」

 

それは、かつて並行世界のアンクが幻想郷を我が物にしようと奮った、世界を支配するためだけに存在する悪しき闇術。その時の彼には、幻想郷から離れたくない、皆んなと一緒にいたいと言う強い思いがあり、それを媒体に術を発動していた。そして今のアンクも、自分が世界を守り抜くと言う強い決意のもと、この邪悪な闇術を行使している。本来であれば、世界を滅ぼすことが出来るほど強大で大規模な技を、闇王たった1人を封印するために行使しているのだ。アンクの生みの親である彼でも、流石にその力に抗う事は出来ず、徐々に闇力に侵食、封印されていく。

 

「…この私が…。…ふっ、まぁいいだろう…。…次こそは必ず、貴様を殺し、この世界を我が物に…。」

 

最後の言葉を言い切る事なく、しかし彼は封印されることを受け入れたかのように、跡形もなく消滅した。

 

「…終わった…。」

 

丁度再生の完了した体を地面に仰向けに寝かせながら、安堵の言葉を溢す。アンクは勝利したのだ。いや、今後、近い将来、闇王は再び世界を我が物にせんと封印を破り姿を見せるだろう。だが、その時はまたアンクが戦えば良い。何度現れようが、その度封印すれば良い。これから先何度繰り返す事になろうが、アンクに世界を守りたいという思いがある限り、この世界は決して闇王などの手に堕ちることはない。…だが今は、今だけは、死闘の、勝利の余韻に浸っていたいと思うアンクなのであった。

 

《了》




短かったですが、オリジナル第5章終わりました!これからはまた他のアニメのみんなとコラボしていくので、良かったら見てってください!

登場人物紹介〜

・闇王
闇国を支配し、そこに巣食う強大な闇の塊が意志を持ったもの。なので、人物と言うよりは闇そのもの。実態はなく触れることは出来ないが、闇王自身は自らの姿を様々に変化させたり、無限の闇力で闇術を行使することが出来る。現実世界を支配するための必要な闇力を収集するために、自らの体の一部からアンクを生み出した。


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第6章 闇物語-天使の運命が舞い降りた-
第1話 幼女天生


「昨日の課題やった?」

 

「あ〜やってねぇわ…」

 

「昨日放課後隣のクラスの子がさぁ〜」

 

「マジか担任ヤバくね?!」

 

騒がしい、クラス中からの話し声が聞こえる。闇王が世界を支配してから、いや、闇王が封印されたあの日から一週間経ったとある日の平日、アンクはこれまた久しく顔を見せていなかった高校へと足を運んでいた。彼が宵榊宮翔でなく、ただのアンクであると分かった今、もうこの高校に通う理由はない。でもだからと言って、きっぱりと一切来なくなると言うのも寂しいものだ。

 

「今日はほんの気まぐれ…。」

 

いずれ来なくなるだろうと、例の如く一人ぼそっと呟きながら、次の授業が始まるのを待っているのだった。

 


 

「…授業、少しついていけなかったな…。」

 

全ての授業が終わり、迎えた放課後。一人帰路に着くアンクがそう呟く。まぁ最悪闇術でどうにでもなるし、第一もう高校に行くつもりもないから問題ないか、と自己完結するアンクの眼前を突如、ドス黒い赤が覆った。

 

「…!」

 

異様な光景に即座に目線を上げると、そこには真っ赤に血塗られた大きな鉄の塊。その下で、血を流した少女が下敷きになっていた。その横で呆然と立ち尽くすその子の母親。すぐ隣の、工事現場で使われていた何かが誤って落下したのだろう。惨すぎるその光景に、周りにいた数人は逃げ出し、アンクも頭を抱えていた。まさか目の前で…、余計なことを考えていなければ、助けられた命だったのではないか…。だが、アンクのそんな苦悩は次の瞬間綺麗に消え去る。

 

「…何だ…!」

 

下敷きになっていた少女が突如白銀に輝き出し、少女を押し潰していた鉄の塊は軽々と遠くに飛ばされる。次第に彼女は一人でに起き上がり、背中には真っ白な美しい翼が、さっきまで強大な圧力で押し潰されていたのが嘘だったかのように、軽々しく宙を舞うのだった。

 

「…一体、何が起こっている…。」

 

美しい白銀の少女にアンクは驚愕。その姿はまさに天使の様であった。だが、驚きと美しさの狭間でアンクが見惚れていると、その刹那アンクの右肩に鋭い衝撃が走る。

 

「ぐっ…!」

 

衝撃と、その直後に襲ってくる鋭い痛みに、苦悶の声を上げるアンク。見れば、アンクの肩を、一本の矢が貫通していた。それは、今ちょうどその構えをしている少女が放ったものか。だが、この程度の痛み、四肢の全てを一瞬にして失った経験のある彼にとっては造作もない。

 

「…悪いな…。恨んでもらっても構わないから…。」

 

飛翔する少女の隣で、今なお呆然と立ち尽くしている少女の母親。それが伝わったかどうか定かではないが、彼女に謝罪したアンクは、自身の肩を貫いていた矢を力技で勢いよく引き抜き、そしてそれを目の前の死した天使に向かって一直線に投げる。

 

「がぁ…っ!」

 

アンクの闇力に乗せられて勢いよく飛んで行ったその矢は、少女の真っ白な額を貫き真っ赤に染めた。人体を貫く生々しい音が周囲に響き、それと同時にその少女は地面に不時着、それから二度と動くことはなかった。

 

「悪かったな…、助けられなくて…。」

 

血を流し倒れる少女、その母親に語り掛けるアンク。まだ幼い娘の死に加え、その娘が今度は天使として生き返ったのだ。常人なら発狂したとしても無理はないだろう。そして、アンクの言葉に反応したのか、彼女は俯いていた顔を上げ、アンクの方に振り返り、

 

「…助ける…?あの、何のことですか…?」

 

その刹那、アンクの思考は停止した。目の前で娘が死んだのだ。何のことを言っているのか分からない、何てことはないはずだ。それとも、もうすでに気が狂ってしまったのだろうか。

 

「…違う…。」

 

そう、違ったのだ。彼女からは狂気に堕ちた、精神的に病んでしまったなどという気配は一切感じられなかった。つまり、目の前で起こった出来事に関する記憶が消えてしまっている、否、そもそも認識していないのだ。信じがたいその光景に、目を見開き動作停止するアンク。そして、そんな彼とは対照的に、怪訝な表情をしながら何事もなかったかのように、彼女は歩いて行ってしまった。

 

「…。」

 

思考の整理は出来ないままかけるべき言葉も出ず、アンクはただ彼女の後ろ姿を見つめていた。

 


 

「皆んな、今日のお菓子何が良い〜?」

 

「みゃー姉の作るものなら何でもいいぞー!」

 

「お姉さん、私プリンが食べたいです。」

 

「サイキョーに可愛い私が手伝ってあげるよ、みゃーさん♡」

 

他愛もない会話を繰り広げながら、3人の幼い少女と、それを引き連れる1人の女性が正面から歩いてくる。日常の、何の変哲もない光景だ。だから、思考の整理が追いつかず、未だ棒立ちのアンクには、態々目の前から歩いてくる彼女たちを気に留める必要も、何より余裕もなかった。そして、何事もなく2組はすれ違い、互いに背を向けその距離は離れていく。しかし、その時のアンクは、過ぎゆく彼女たちの背中を見つめていた。

 

「…何だ…、今の…。」

 

彼女たちとすれ違った瞬間、アンクは何かを感じ取った。それが何なのかは分からない。だが、決してそれを良いものだと、肯定して受け入れることは出来ないほどに悪い感覚。不幸の予兆を感じ取ったのだった。




新しいシリーズが始まりました!また新しいキャラたちと出逢います!誰と出会うのかは次回までの秘密ーまぁ分かる人には分かるけどね(笑)作者が今ハマってるアニメです!面白かったよねー!また見返してるんだ!


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第2話 『やはり、通報されてしまった…。』

どこにでもある、普通の2階建ての一軒家。いや、一般よりは少し広いだろうか。不幸の予兆を感じ取ったアンクは、彼女たちの後をつけ、そしてこの場所に辿り着いた。

 

「さて…、どうするか…。」

 

不幸が起きるかもしれないと言うこと、どのようにして彼女たちに伝えるべきか。直接言ったところで、彼女たちは受け入れるのだろうか。いや、見ず知らずの男に何を言われても、まずは警戒してしまうだろう。そもそも、あの時感じたのは本物なのだろうか。術ならまだしも、ただ単にアンクが感じたと言うだけなら説得力のかけらもない。

 

「最悪、通報されるかもな…。」

 

良くない考えばかりが浮かび、段々と自信をなくしていくアンク。必要があって家まで着いてきたのに、これでは赤の他人宅の前で独り言を呟いているただの不審者である。

 

「…!」

 

だがその時、アンクの目に突然何かが映った。

 


 

「ひなたちゃーん、帰るよ〜。」

 

「ひなたは…、ひなたウイルスが蔓延してる!」

 

「大丈夫、私のことは気にしないで良いから。」

 

「私の影になってくれませんか?♡」

 

「ひなた、そこダメ。」

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「ひなた、追いかけないで!危ない!」

 

「…え…、…がっ…。」

 

「…ひなたちゃん…?」

 

「ひなたぁーーー!!!」

 


 

「…何だ…今のは…。」

 

突如として広がった光景に、アンクは戸惑いを隠せずにいた。見えたのは、先程の少女たちがランドセルを背負って道を歩いている様子。その内の一人、ひなたがとある遊びを提案し、それを三人が行っていた。だが最後、ひょんなことから、発進したトラックの後を追った彼女は、それに巻き込まれて大量の血を流していた。それを見て驚愕し叫ぶ二人の少女。とても残酷な光景だった。だがそれは、アンクの目の前で現実に起こったことではなかった。そして彼は、自分が今見た光景が、未来予知の一種であることを即座に悟った。一瞬で、断片的だったが、間違いない。あの時感じた嫌な予感は、きっとこれを示していたのだろう。

 

「術の一種か…?どちらにせよ…!」

 

このままではいけないと、確信を得たアンクは勢いよく星野宅の扉を開ける。不審者だとか何だとか、そんな迷いはもう彼の頭にはない。

 

「えっ!だ、誰!?」

 

見知らぬ男が自宅の扉を唐突に開け放つ、そんな異常事態に、中にいた全ての者が振り向き驚く。

 

「聞いてくれ!このままじゃ…。」

 

「うぉー!お前誰だー!」

 

「みゃーさんの家に入ってきて、どう言うつもり!」

 

「と、とと、とりあえず花ちゃん!通報通報!」

 

「分かりました。」

 

「待ってくれ!俺の話を…」

 

「あの〜、ちょっとお話しよろしいですか?」

 

「え?」

 


 

「やはり、通報されてしまった…。」

 

無理もない。アンクは本当に彼女たちを助けようと思っていても、事情を知らない彼女たちに正面から突っ込んで行っては不審者扱いされる以外に道はない。玄関入り口で警察に声をかけられ、すぐさまその場を離れたアンク。瞬間移動を目の前で使ってしまったのはまずかったか、彼女たちの警戒心はより強いものになってしまった。

 

「と言うか、警察来るの早すぎだろ…。」

 

早すぎる、あまりにも。少女が通報を頼まれて「分かりました。」と言葉にした時には、もうアンクの背後に奴はいた。何だ、ここはギャグ漫画の世界か何かなのか?

 

「…だが、いづれにせよこのままではダメだ…。」

 

先程のミスは一先ず置いておいて、これから訪れるであろう残酷な未来に思考を切り替える。どうすれば少女、ひなたに訪れる死の未来を回避することが出来るだろうか。そもそも、それを回避するためには、まず彼女たちに近づかなくてはならない。だが、アンクの顔は既に割れており、先程ガチの不審者というレッテルを貼られてしまった後だ。

 

「どうするか…。」

 

星野宅から少しばかり離れた場所で、1人頭を悩ませるアンク。

 

「…あ、これなら…。」

 

そんな彼に唯一、名案が浮かんだのだった。




はい!と言うことで、第6章は『私に天使が舞い降りた!』のみんなと出逢います!時系列とかはあまり考えていませんが、アニメ各話の出来事をベースに書いていきます!あんまり言うとネタバレになっちゃうしね☆


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第3話 宵榊宮子

「は〜い、皆さん席についてくださ〜い。今日は皆んなに、新しいお友達を紹介しま〜す。」

 

いつもの朝、いつものホームルームが、担任の"新しいお友達"と言う一言で盛り上がる。即ち、転校生だ。無理もない、もはやそれは学校の一大イベントの一つ、そのクラスに所属している醍醐味と言っても過言ではない。ましてや、それが小学生となれば尚更のことである。

 

「おぉ!転校生か!」

 

「どんな子が来るんだろ〜。楽しみだね、花ちゃん!」

 

「うん。」

 

「それじゃあ、入ってきて〜。」

 

担任の呼び声に応えて、一人の少女がクラスの扉を開け、中に入ってくる。小さいながらも黒板に大きく名前を書き、そして皆の方に向き直り、

 

「宵榊宮子です!これからよろしくね♡」

 

時は少し遡る。

 


 

「…あ、これなら…。」

 

どうすれば、ひなたの死の未来を回避できるか、そのために、どうすれば彼女たちに近づくことが出来るか、頭を悩ませていたアンクに、とある考えが浮かんだ。

 

「俺も小学生になればいいんだ…!」

 

何を言っているんだと思うかもしれないが、どうか聞いてほしい。今のアンクの顔が彼女たちに知られてしまっている以上、真正面から突っ込んでいっても、再び通報されるのは目に見えている。それならば、アンク自らが小学生になって、彼女たちと仲良くなればいい。幸い、自らの姿を変える闇術は習得している。身長、見た目、ついでに性別、全て彼女たちと同じようにすれば、怪しまれることはまずないだろう。次に、近づき方だ。いくら相手が小さい女の子でも、見ず知らずの子がいきなり「友達になってください!」なんて言ったら逆に気味悪がられてしまう。そこでアンクは、またまた天才的な閃きをした。

 

「そうだ、転校生になろう!」

 

彼女たちが通っている小学校の転校生として自らが入ってしまえば、その後はクラスメイトとしてある程度の関係は気づけるだろう。手続きやら何やらの面倒くさいものは、全て闇術で何とかする。書類を偽造しようが、教員たちの記憶を操作しようが、一人の少女の命がかかっているこの状況では何の問題もない。こうしてアンクは、自らの思いついた計画の通りに事を進めたのだった。

 


 

「もうそろそろ、だな…。」

 

今日は5時間目の授業がないらしい。給食を食べ終わったアンク、いや、宵榊宮子は教室の扉近くでひなたたちのことを観察していた。それにしても、4時間目がなかったとは言え、小学校というものはこんなにも早く終わるものだっただろうか。高校とは授業時間も授業数も異なっていることは知っているが、まさかここまでとは。アンクは自らの小学生時代を思い出し、懐かしさに耽っていた。最も、この記憶はアンクのものではなく、この体の主、翔のものであるが。と、その時、ひなたと、彼女と一緒にいた二人がランドセルを背負い席を立ちあがった。もうそろそろ帰るようだ。あの時アンクが見た未来、ひなたが、追いかけたトラックに押しつぶされて死ぬ、という未来は彼女たちの下校中に起きることだ。だが、アンクは既にその未来を回避する手段を思いついていた。彼女たち三人を連れて瞬間移動で帰宅する?あのトラックをあらかじめ破壊しておく?それもいいが、もっと自然な方法をアンクは持っていた。それは…、

 

「ねぇねぇ、ひなたちゃん。私、ひなたちゃん家の近くに住んでて、一緒に帰ってもいい?まだ、学校からの道にも慣れてなくてさ…。」

 

「そうなのか?おう!いいぞー!」

 

「それじゃ皆んなで帰ろっか!」

 

「そうだね。」

 

ひなたが、あのようなゲームを提案するような状況を作らないようにすれば良い。即ち、転校生であるアンクが彼女らに干渉することで、話題を持ちきりにしようというのが彼の考えた案だった。

 

「さて、どうなるか…。」

 

表情では彼女たちに笑顔を見せていたアンクだが、心は若干の不安と責任感が入り混じっていた。




能力解説〜

・トランス
自身に闇力を纏わせ、その部分を武器など様々なものに変身させる能力。全身に闇力を纏わせることで、見た目や身長なども自由に変えることが出来る。

この話書くの楽しいわ


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第4話 『…これも、ほんの気まぐれだ…。』

「へぇ~、皆仲良しなんだね。」

 

小学校からの帰り道、小学生に扮したアンク、宵榊宮子がひなたと他2人の少女と談笑しながら歩いている。因みに、ひなたがトラックにひかれて死ぬという運命についてだが、先ほど無事に回避することが出来た。それもそのはず、アンクが彼女たちに「一緒に帰ろう。」と持ち掛けた時点で、その後の運命は大きく変わった。現に、ひなたが持ち掛けるはずであったゲームは行われておらず、ひなたを轢き殺すはずであったトラックは、今まさに彼女たちの横を走って行った。ひなたは、不幸の運命から救われたのだ。走り去るトラックを眺めながら、アンクは安堵のため息をこぼした。

 

「どーしたんだ?トラックなんて眺めて。」

 

「ん?あぁ、ううん。何でもないよ。」

 

「そう言えば、まだ自己紹介してなかったね。私、姫坂乃愛って言うの!よろしくね!」

 

「私は白咲花。よろしく。」

 

「うん!よろしくね、乃愛ちゃん、花ちゃん、ひなたちゃん!」

 

「そう言えば、何で私の名前だけ知ってたんだ?」

 

心臓が嫌に高鳴った。そこまで細かく考えていなかった自分の詰めの甘さを恨みながらも、動揺を表に出さないようにして必死に出た答えは、

 

「え、え〜と。教室行く前に、丁度ひなたちゃんの名前を2人が呼んでいるのを聞いたから、かな…?」

 

「へぇ〜そうだったのか。」

 

我ながら苦しすぎる受け答え。だが、「未来で死んだひなたちゃんの名前を2人が叫んでいたのを聞いたから。」何て口が裂けても言えないし、第一言ったところで彼女たちが理解出来るとは思えない。これが今この場における最善の選択である。

 

「そうだ。これから花と乃愛、私のうちに遊びに来るんだけど、宮子も来るかー?家近いんだろ?」

 

「それが良いよ!一緒に遊ぼ!」

 

正直、ひなたの死の未来を回避すると言う目的が果たされた以上、もう彼女たちと関わる必要なアンクにはない。現に彼は、もうすぐ彼女たちの記憶を消して自らも姿を晦ます予定だったのだ。

 

「…うん。良いよ。一緒に遊ぼ!」

 

だが、これも何かの縁か。このまま一切の関係を断ち切ってしまうのも寂しいものだと、アンクはひなたの誘いを受け入れた。

 

「…これも、ほんの気まぐれだ…。」

 

アンクのその呟きは他の3人には聞こえず、彼女たちはひなたの家を目指して歩みを進めるのだった。

 


 

目の前に広がる色鮮やかなお菓子たち。それを美味しそうに頬張る小学生3人組。特に花は、先程から一言も喋らずノンストップで食べ続けている。その小さい体のどこにそれだけの量が入るのか。だが、目を輝かせ、時々その美味しさに蕩けるような表情を見せる花、ここに来るまではあまり表情の変化が見られなかった分、そのギャップから愛らしさを感じる。

 

「何か、もにょっとした…。」

 

そして、そんな花をキッチンからニヤケ顔で眺める1人の女性。確か星野みやこと言ったか。最初に彼女たちを見かけた時、3人を引き連れて歩いていたのは彼女だ。この鮮やかなお菓子の数々も、彼女のお手製らしい。そんなことより、

 

「そう言えば、みゃー姉と宮子って同じ名前なんだな!今気づいたけど。」

 

「こんな偶然もあるんだね。ね、宮子ちゃん。」

 

先程までのニヤケ顔を、優しい笑顔に変えアンクのことを見るみやこ。そう、偶然も偶然。漢字と平仮名の表記の違いはあれど、まさか同じ名前を名乗ってしまうとは。

 

「あ、あ〜、私、自分の名前間違えちゃってたかも…。」

 

「え?」

 

「私、本当は杏子って名前なの。」

 

「…自分の名前間違えることってあるの?」

 

「も〜私ったらおっちょこちょいなんだから!てへっ☆」

 

自分でやってて恥ずかしい。だが、アンクの考える小学生のイメージはこうなのだ。おまけに、これまた苦しい言い訳と安直なネーミングセンス。アンクのクをコに変えて、漢字表記で杏子。第一苗字はどうする。そこまでアンクの頭は回っていない。だが、同じ名前が2人いるよりかは断然マシである。分かりにくいことこの上ない。

 

「あ、ちょっとおトイレ行ってもいいですか?」

 

「あ、うん。そこの扉開けたら目の前にあるよ。」

 

その受け答えに、アンクは席を立ち1人部屋を後にする。だが、トイレに行きたいと言うのは嘘である。もうそろそろ良い頃だろうと、そう思った。

 

「ひなたの死も回避出来た。もうこれ以上、俺が関わる必要はない。」

 

玄関前で1人アンクが呟く。部屋で談笑している彼女たちには、その呟きは届いていない。もう二度と、今回のようなことはないだろうと、彼女たちのアンクに対する記憶を消して、彼自身も彼女たちの元から去るつもりだ。

 

「試しに、彼女たちの未来を見てみようか。」

 

そう言ったアンクは、この前の感覚、術を思い出し発動する。

 

『運命視』

 


 

「お邪魔しました。」

 

「ひなたちゃーん、また明日ー!」

 

「おう!じゃあな、花、乃愛!」

 

「皆んなまたね〜。」

 


 

アンクが見たのは、ひなたとみやこが花と乃愛に手を振っている様子。交わしていた言葉から、もう帰るところだろう。そして、そこにアンクの姿は映っていなかった。恐らく、彼女たちの記憶を消してその場を去ったのだろう。何の変哲もない、平和そのものである。

 

「さて、帰るか。」

 

部屋に戻り、彼女たちに記憶操作の闇術をかけようと振り返るアンク。そして、部屋の扉に向かって一歩踏み出した時だった。

 

「…!」

 

アンクは感じた。初めて彼女たちとすれ違った時に感じた、死の未来が訪れる予兆を。




能力解説〜

・運命視(さだめし)
対象の未来を断片的に垣間見ることが出来る。アンク自身の未来や、アンク自身を含んだ対象の未来も見ることが出来るため、アンクの行動次第で運命は様々に変化を見せる。

めちゃ楽しい。因みに作者はみやこ推しです。甘えたい。


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第5話 天使の運命

アンクが感じたのは、あの時と同じ死の未来が訪れる予兆。

 

「まさか…。」

 

あり得ない。さっきひなたの死を回避したばかりだというのに、また誰か死ぬというのか。突如訪れた困惑に、アンクは小さい体をその場に硬直させる。そして、

 

「一先ず、彼女たちの運命をもう一度…。」

 

今度こそ、自分の勘違いであってくれと懇願しながら、アンクは再び闇術を発動する。

 

『運命視』

 


 

「あれ、杏子トイレに行ったんじゃなかったの?」

 

「あ、花ちゃん。」

 

「はやく戻って来ないと、お菓子なくな…。」

 

「花ちゃん危ない!」

 

「が…っ!あ…。」

 


 

アンクが見たのは、扉から花が出てくる場面。きっといつまでも戻って来ないアンクを不思議に思ったのだろう、彼自身もその未来に映っていた。だが、直後花は扉の角に足を引っかけて顔面から転倒。その時、手に握りしめていたフォークで自分自身の喉を貫いてしまった。大量の血を流しながら苦しそうに悶える花だが、それからすぐ動かなくなってしまった。

 

「嘘だろ…?」

 

また人が死ぬ。今度もアンクの気のせいではなかったのだ。小学生の可愛らしい顔をしかめるアンク。そして、あることに思い当たり、俯いていた顔を上げる。

 

「この未来は、いつ…」

 

「あれ、杏子トイレに…」

 

『動くな!』

 

危機一髪だった。今回、アンクの見た未来は、そのすぐ後に訪れるものだったのだ。寸前でそれに気づいたアンクは、扉から出てきた花の言葉を遮り彼女に術をかける。扉の前で声も出せず、身体も動かせない花は、突然のことに困惑の表情を見せる。アンクが術をかけたことがばれてないか、それだけが気がかりだが、今は花の命が救われたということの方が重要である。そして、一息ついたところで、花からフォークを取り上げたアンクは、彼女にかかっているそっと解き、共に元居た部屋に戻っていく。

 

「花ちゃんごめんね、急に大きい声出して…。トイレ行った後ちょっと考え事してたんだ。」

 

「そう、だったんだ…。…それにしても何だったんだろう…。急に体が動かなくなって…。」

 

「え、怖~い。きっと金縛りだよ。起きてる時にもかかっちゃったんだね。」

 

「そ、そうなのかな…。」

 

花の疑念に、相変わらずの苦しい言い訳で何とか対処し、そして何事もなかったかのように楽しい時間は流れていった。

 


 

「まさか、また死の運命が訪れるとは…。」

 

星野家からの帰宅後、アンクは自室のベッドに横たわりながら一人呟いた。前回はひなた、そして今回は花の、死の運命を何とか変えることが出来た。まさか、二人立て続けに起こるとは。いや、それよりも、

 

「何故、運命が書き換えられた…?」

 

アンクが見た彼女たちの未来は、いづれも同じ時点の未来である。なのに、一度目は別れ際で、二度目はまだ皆んな部屋でお菓子を食べていた。一度目に見た未来が、全く別の未来に書き換えられて上書きされていた。しかも、誰かが必ず死ぬと言う未来に。

 

「他人の未来を書き換えることが、本当に…?」

 

分からない。今はまだ、情報が不足しすぎている。答えの出ない問いにアンクが1人項垂れていると、部屋の外から足音が聞こえた。

 

「お兄ちゃん、ご飯できたから降りてきて。」

 

「あぁ、今行くよ。」

 

妹の、義理だが、雲母が扉を開けて顔を出す。それに応えたアンクはベッドから降り、雲母と共に一階へと向かうのだった。

 


 

義理の家族全員で食卓を囲む。何とも複雑な家庭環境だ。だがもう慣れた。そして、目の前にあるテレビのとある言葉が、アンクを驚愕させた。

 

「近頃、女児が死亡後、天使のような身なりで再び動き出すと言う事案が多発しています。」

 

「それって…!」

 

とあるアナウンサーの声に、アンクが1人反応する。画面を見ると、そこには翼を生やした純白の天使のような姿の女児の映像が映し出されていた。まさに、アンクがこの前遭遇した光景と同じものだ。

 

「多発している、だと…?」

 

あのようなことが、他の場所でも起きているというのか。そもそも、この現象が一体何なのか、どのように起こされているのか、アンクには全く理解出来ていないと言うのに。そして、その彼の頭をよぎったのは彼女たちの存在。

 

「ひなたも、花も、もしあのまま死の運命から逃れていなかったら、同じようなことに…?」

 

理解し難い現象の2つが、少し繋がりを見せたように感じた。

 

「別れ際に感じたあれも、きっとまた死の運命に書き換えられた証拠だ。」

 

星野家で彼女たちと別れた時、アンクは再び感じたのだ。死の未来が訪れる予兆を。花を助けたばかりだと言うのに。

 

「あいつらは…、せめて目の前にある命だけは必ず助ける…!」

 

一家団欒の中アンクは1人、そう静かに誓ったのだった。




☆ノ能力解説☆ノ

・命令
対象の相手を、アンクの言った通りに行動させることが出来る。この闇術の発動条件は、相手にアンクの言葉が聞こえていること。複雑な命令をすればするほど、術の効力は下がる。

ちょっと進みが遅いかな?


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第6話 華々死く散る夏の日

「夏祭りだー!!」

 

ひなたの張り上げた声が、星野家に響き渡る。そして、同じくそれに反応したみやこが、寝っ転がっていたソファーから体を起こしてひなたに問いかける。

 

「夏祭り?」

 

「そう!近所の神社でやるらしいよ!」

 

「みゃー姉も一緒に行こう!」

 

「行かないよ〜人混み苦手なの知ってるでしょ〜?」

 

「可愛い私の浴衣姿を見ても、そんなことが言えるー?」

 

「確かに可愛いね。あ、杏子ちゃんも一緒なんだね。」

 

「私たち、もう友達だもんなー!」

 

「うん!」

 

上機嫌な乃愛に視線を移したみやこが、同時に浴衣姿の杏子、もといアンクの存在に気づく。ひなたたちは今夏休みの真っ最中。アンクも、夏祭りに行くと言うそれなりの装いはしているが、彼女たちと共に楽しむつもりは毛頭ない。真の目的は、昨日別れ際に書き換えられた彼女たちの死の未来を回避することである。

 

『運命視』

 


 

「お姉さん、私全部食べたいです。」

 

「私、人の少ないところで待ってるから行ってきていいよ。」

 

「普段写真撮られることをよく思ってない花ちゃんが、外で撮らせてくれるとは思えない。」

 

「何、盗撮?」

 

「うえぇぇぇん!皆んな〜ほ、ホントに助かったよ〜!」

 

「でも、可愛い浴衣姿の私を撮り…」

 

「うわぁぁぁぁっ!」

 


 

舞台は夏祭り、3人で楽しんでいるひなた、花、乃愛の様子を写真に収めていたみやこが盗撮容疑をかけられ、そして何とか濡れ衣であったことを警察に説得した場面。乃愛が自らの可愛さをアピールしようと、みやこに話しかけた直後、祭りの会場に大きな爆発が起こった。巻き込まれたひなたたちだけではなく、その会場にいたほぼ全員が死亡し、あたりは血の海と化していた。

 

「…あまりに惨すぎる…。」

 

あくまでもアンクの目的は、ひなた、花、乃愛に訪れる死の運命を回避すること。だが、この残酷な光景を目の当たりにして、彼女たちだけを救うという選択肢は、彼の頭にはなかった。

 

「俺に救える命は、全部救ってやる…!」

 


 

とある神社の夏祭り。大規模とまでは言えないが、それないの出店数であり、中々に煌びやか、賑やかである。先程、神社前で合流した花と一緒に、一同は人混みの中を歩いていた。

 

「花、乃愛!まず何する?」

 

「ひなちゃんのやりたいやつでいいよー!」

 

「私、全部食べたい…!」

 

相変わらずの食い意地発揮宣言をする花をよそに、アンクは一人考える。彼女たちの死の未来、即ちこの夏祭り会場の大爆発が起こるのは、今すぐと言うわけではないにしても、十分な猶予は残されていない。つまり、どこかのタイミングで訪れる、みやこが女性警察官とのいざこざを解決する前には、爆発の原因を突き止めておく必要がある。

 

「ねぇねぇ!私、あれ気になるからちょっと言ってくるね!」

 

「皆んなで順番に回ろう。」

 

「私、皆んなと離れて人少ないところで休んでるから、皆んなは一緒に行動してて欲しいな、暗くて危ないしね。」

 

「うぅ…。」

 

ひなたたちと仲良く夏祭りを回りながら、爆発の元凶を探すわけにはいかない。どうにかして、アンク一人で行動出来るような流れにしなければ。

 

「あっ、じゃあ、トイレ行ってくるから、ちょっとだけ待っててもらえる?」

 

「おう!転ぶなよー。」

 

「よし。」と、彼女らに背を向け小走りながら呟くアンク。その姿は、小5の女児とは思えないほどの速度であったが、みやこたちの目には映らなかった。

 


 

「どこだ…、どこにあるんだ…!」

 

走り回り、空を飛び、これから起こる大爆発の元凶を探し回るのは、元の姿に戻ったアンク。女児の姿のまま飛び回っていたら、花たちに気づかれるかもしれない。

 

「とは言え、この姿で飛び回ってるのが、誰の目に止まってるかなんて知ったことではないが…。って、そんなこと言ってる場合じゃない!」

 

煌びやかで、賑やかな光景を眼下に飛び回るアンク。その彼の目が、もう一人のアンクと楽しむ乃愛たちの姿を捉えた。彼女たちの側にいるアンクは、先程トイレに行くと嘘をついた彼が『闇分身』の闇術で生み出したものだ。小5女児姿のアンク、名は杏子のいつもと変わらない立居振る舞いに、彼女たちは何の違和感も抱かずに過ごしている。そして、そんな彼女たちの視線の先には、女性警察官に尋問されているみやこの姿が。

 

「…!まずい、もう時間がない!」

 

みやこと警察の対面は、即ち死の未来がもうすぐ訪れることを意味している。その事実に、瞬間的に強い焦りがアンクを襲った。

 

「見つけろ…、感覚を研ぎ澄ますんだ…!」

 

上空で静止、瞳を瞑り全身の神経を研ぎ澄ませる。そして感じた、火薬の匂い、カウントダウン。

 

「そこか…!」

 

勢いよく手を伸ばす。その掌を向けた先はとある屋台。その下から感じる死の気配を、アンクは氷魔法で一瞬にして凍結する。

 

「これで…。」

 

星の輝く夜空の中一人、死の未来を回避した煌びやかな祭りの風景を眺めて、安堵のため息を溢す。誰も死んでない、何も壊れてない。ひなたたちの笑顔が彼の瞳いっぱいに映ったのだった。

 


 

「どうなってるの…、何で何も起きないの…。」

 

煌びやかさは終わりを迎え、すっかり静寂に満ちた夏祭りの後の神社。そこにある、未だ凍りついたままの死の未来の残骸を見て、一人の少女はそう言葉を溢すのだった。




能力解説〜

◯闇分身
集結させた闇力を、自らと同じ姿に変えることでもう一人の自分を作り上げることのできる闇術。一度に作れる分身は2体まで。

◯魔法
闇術とは別に、魔力を用いた属性魔法を行使することができる。火魔法、氷魔法、水魔法、風魔法、電気魔法、大地魔法、毒魔法、血液魔法、煤魔法が使える。

今回のお話は、アニメ本編のみやこたちが夏祭りに行く回を元に作りました!あの回のみやこ可愛い…♡




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第7話 『みゃー姉、歳かー?』

「お姉さん、今日はお菓子ないんですか?」

 

「え?作ってなかったっけ…。ごめん忘れてた、今から作るね。」

 

「珍しいね、みゃーさんがお菓子作り忘れるなんて。」

 

「何か最近こういうこと多いんだよね〜。やったと思ったことやってなかったり、たまに記憶も飛んだらして…。」

 

「みゃー姉、歳かー?」

 

「え〜、まだ早いと思うけどなぁ〜。」

 

学校終わり、星野家にいつもの面子が集まり、その中に杏子、もといアンクも混ざっている。彼がひなたたちの学校に転校してからだいぶ経ち、もう随分と馴染んだように感じる。今まで訪れた死の未来も全て回避し、この前の夏祭りから一週間と少し経った。お菓子を今すぐ食べること叶わず、少し不満げな表情をする花をよそに、みやこはひなたとの間に起きている、側から見たら可愛らしい問題について言及する。

 

「も〜、ひなたベタベタしすぎ。これじゃお菓子作れないよ〜。」

 

「んん〜。」

 

「確かに、最近ひなたちゃんのみゃーさんに対する愛が強くなってる気がする。」

 

「学校終わっても、家じゃなきゃ遊びたくないっていうし。」

 

「言われてみればそんな気がする。」

 

学校においてのひなたの様子を想像し、アンクにも思い当たる節はいくつかあった。

 

「ほらぁ〜、皆んなこう言ってるし、訳を話して?それによっては、私も協力するからさ。」

 

「今は…みゃー姉強化期間なんだ!」

 

「…なんて?」

 

ひなたの言い分を聞いたところ、この前みやこの誕生日があったのだが、それを忘れたひなた自らへの戒めらしい。そのため、少しでもそれを埋め合わせるために、日常的にみやこの行動に付き纏っていると。

 

「というか、みやこ姉誕生日だったんですね。」

 

「あ、うん。そういえば、杏子ちゃんはその時いなかったね。」

 

「おめでとうございます。はいこれ、プレゼントです。」

 

「わぁ〜ありがと〜。って、今の一瞬でどこから…?」

 

「気にしないでください。魔法みたいなものですよ。」

 

「…そうだ、こうすれば…!」

 

目を見開き何かを閃いたみやこは、直後ダッシュで階段を駆け上り自室へ、そして物凄い勢いでまたリビングへと戻ってきた。その彼女の手に握られていたのは、「何でやる券」と書かれた紙の束。それをひたなにの目の前に突きつけて、

 

「ひなたは今日から五日間、私と距離を置くように!」

 

ひなたにとっては死ともとれる宣告に、戦慄から言葉も出ない。ひなただけでなく、みやこの彼女に対する意外な対応に、花や乃愛も驚いた表情をしている。アンクもまた例外ではない。

 

「ま、待って!それ以外だったら何でも言うこと聞くから〜。」

 

「ダメ、良い機会だから、少しはお姉ちゃん離れして!」

 

「み、みゃー姉〜。」

 

少し気の毒であると感じたアンクであったが、これはみやことひなたの問題であり、彼が口出しすることではない。死の未来が訪れていないのならば尚のことである。こうして、ひなたの「みゃー姉強化期間」は幕を閉じたのだった。

 


 

「あぁ〜〜…。」

 

翌日、アンクが学校について初めて見たひなたの表情は酷く暗いものだった。

 

「…これからは、一緒にお風呂入ったり、一緒に寝たらダメだって…。」

 

「よかったですね、お姉さん。」

 

落ち込むひなたに、それぞれが思い思いの言葉をかける。そんな中、アンクはある一つのことを懸念していた。それは、この出来事がひなたの死の未来に繋がってしまうかもしれないということだ。今のところ、不幸の予兆を感じることはなかったが、アンクは一人教室を出て、

 

「念には念を、だ。」

 

『運命視』

 


 

「私、もうこれ以上ひなたちゃんのこと見てられない!」

 

「ちょっとひなたのこと甘やかしすぎじゃない?」

 

「ひなたちゃんは私にべったり〜。五時になっても私から離れないよ〜。」

 

「五時。」

 

「みゃー姉!みゃー姉!」

 

「何か、ひなたの甘え方酷くなってるんだけど…!乃愛ちゃん何してたのー?!」

 

「みゃー姉の代わりできたのは、みゃー姉と同じくらい好きな乃愛だからだぞ。」

 


 

みやことひなたとの間の距離は五日間しっかりと開けられたままで、そして五日目の五時、約束の時間が過ぎたことに喜びのあまり勢いよくみやこに飛びかかるひなた。途中、乃愛がみやこの格好を真似、その代わりを務めていることがあったが、そのことがひなたの気持ちを何とか持ち直させることに成功し、無事五日間の約束を果たすことができた。

 

「やはり、杞憂だったようだ…。」

 

何の問題もない、実に平和な終わり方だ。一切の手を出す必要がないことを確信したアンクは、教室に戻りひなたたちの会話に参加するのだった。

 


 

「今日の五時までで良いんですよね?」

 

「あ、うん。そうだね。」

 

みやこがひなたと距離を置いてから、今日が丁度五日目。断片的故に細かいところまでは分からないが、アンクが見た彼女たちの未来通りに事は進み、そしてもうすぐみやことひなたとの間の壁は取り払われようとしていた。

 

「ご、よん、さん、に、いち、五時。」

 

「みゃー姉!みゃー姉〜!」

 

約束の時間を迎えた瞬間、ひなたが物凄い勢いでみやこに飛びかかろうとする。初日の、まるで世界が終わりを迎えたかのような表情が嘘のような満面の笑みを浮かべて。

 

「ちょっと待って。」

 

「え?どうした、みゃー姉。」

 

「予定変更。あと1ヶ月追加ね。」

 

「…え?」

 

無表情に、冷酷に伝えられたそれに、ひなたは表情を失う。彼女だけではない、花や乃愛も驚きの表情を見せており、またアンクも例外ではない。

 

「未来が…、変わった…?」

 

皆んなとはまた異なる理由で驚愕し、ただみやこを見つめ立ち尽くすのであった。




今回は、アニメ第7話『みゃー姉が何いってるかわかんない』を元に作りました!丁度どっちも7話ですね(この後書き書いてる時に気づいたので完全に偶然です)今回は場面転換が多めなので頑張ってついてきてください(水平線は場面転換とアンクが見てる未来の内容を表してます)続きも楽しみに待っていてください!


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第8話 ココロガコワレチャウ

「…。」

 

「ひなたちゃん、最近全然喋んなくなっちゃったよね。」

 

「お姉さんと一緒にいれないのが、相当辛いんだと思う。」

 

みやこがひなたに、1ヶ月間追加で距離を置く宣言をしてから、丁度半月が経った。もはやひなたの目に光は宿っておらず、口数も減り何をやっても無気力であるように見える。あの時の、無表情で無感情な声音のみやこに若干の違和感を持ったアンクだが、今はそれ以上に考えなければいけないことがある。いや、何度も考えたが一向に答えは出てこない。

 

「何故、未来は変わった…。」

 

アンクが見た未来では、みやこによる1ヶ月の追加はなく、しっかり5日で彼女たちの壁は取り払われるはずだった。だが、みやこが運命と異なる行動を見せたことで、ひなたの、否、ひなたを取り巻く全ての人の運命が変わってしまった。今まで、運命が書き換えられることはあっても、直接運命を変えられるような行動を起こされたことはない。

 

「ただの偶然か…?」

 

アンクの術で見られる未来でさえも確定されたものではなく、ちょっとした感情や意思の変化で無限の運命に分岐するとしたら、今回のこの出来事は何の問題でもない。

 

「はぁ…、情報が無さすぎて結論が出ない。」

 

半月間、考えてはため息、考えてはため息の繰り返しである。アンクの言う通り、未来だの運命だの、そのような知識は彼は持ち合わせていない。故に、どれほど考えようが憶測の域を出ないのである。だが、幸いなのはこの半月間、彼女たちの運命が死の運命に書き換えられることは一度もなかったと言うことだ。それはもちろん、ひなたにも訪れていない。死の未来が訪れると言うのならば、アンクはどんな手を使ってでもその運命に干渉しそれを回避するが、それがなければただの星野姉妹の間の問題に過ぎない。アンクが手出しをする必要はないのだ。

 

「とは言ってもなぁ…。」

 

この半月間で、すっかり生気を失ってしまったひなたに、流石のアンクも哀れみの目を向けるのであった。

 


 

「今日でちょうど一か月だね。」

 

「もう私がみゃーさんの格好しても効果なくなっちゃたし…。」

 

さらに半月が経ち、今日でみやこの言った一か月が経過する。この間も、彼女たちに死の未来は訪れず、今までの頻度がまるで嘘だったかのようであった。だが、その瞳から光を失い、ついには登校さえせず部屋に引きこもるようになってしまったひなたは、以前の彼女の性格から考えれば、もはや死んでいるといっても過言ではなかった。

 

「ひなたちゃんは、今も自分の部屋?」

 

「うん、さっき少し覗いたら、ベッドに横になってた。」

 

「ひなたちゃんがずっとあんな感じだと、こっちまで調子来るっちゃうというか…、やっぱり楽しくないよね!」

 

「あぁ、そうだね。早く元気になってもらおう…!」

 

「今日も五時まででいいんですよね、お姉さん。」

 

「…うん、そうだね。」

 

「私、ひなたちゃんのこと呼んでくるね!もう少しで五時だし。」

 

「うん、待ってる。」

 

そう言った乃愛は、扉を開け、小走りでひなたの部屋に向かう。その様子は、今まで魂が抜けていたようなひなたがもとに戻ることに対する安堵と楽しみを隠し切れていないようであり、それはアンクの隣で落ち着かないようである花も同じであった。そんな彼女に微笑みを、無表情に雑誌を読んでいるみやこに違和感を抱きながら、ひなたと乃愛が戻ってくるのを待っているアンクだったが、その時は突然訪れた。

 

「…!」

 

この半月間、問題点はあったにしろ比較的平和に日常を過ごすことができていた。それも全て、これが…死の未来が訪れなかったからである。しかし、それは今まさに訪れた、訪れてしまった。平和な生活に半分浸ってしまっていた今のアンクには、久々に感じたそれを受け入れ難かった。

 

「…そんなこと、考えてる場合じゃないだろ…!」

 

『運命視』

 


 

「ひなたちゃーん、迎えに来たよー。」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 


 

「みやこ!今すぐに発言を取り消せ!」

 

酷く動揺し、物凄い形相でみやこに掴みかかるアンク。自分の襟をつかむ小さな手に視線を落とした後、再びアンクを見つめなおすみやこは今尚無表情である。

 

「お前…そんな奴じゃ…!」

 

いや、今はそんなことを考えている場合ではない。あまりに断片的で、あまりに一瞬だったが確かに見えた。ひなたがベッドの上で死んでいた光景を。そしてそれは、ほんのすぐ後に起きることであるということをアンクは理解した。みやこが聞く耳を持たないのであれば、彼女の記憶を消してでも。自分の正体がばれる恐れはあれど、ひなたが死んでしまっては元も子もない。そんな覚悟を持ってみやこに迫るアンク。だが、良いことか悪いことか、突如その無表情を崩したみやこの言葉によって、アンクの覚悟は打ち砕かれた。

 

「な、なんのことっ?!ひなたが私から離れるってのは、もう終わったことじゃ…!」

 

「…何?」

 

嘘をついているようには見えなかった。先ほどの冷静な態度とは打って変わって、表情も声音も崩しながら動揺する彼女の姿にアンクは一瞬思考が追い付かなかった。しかし、今はそれどころではない。

 

「…え?」

 

「もう終わったよ、ひなたちゃん!これからはみやこ姉と一緒に居られるよ!」

 

アンクの術でこの部屋に瞬間移動させられたひなた。さっきまでベッドで横になっていた自分が突然この部屋に身を置いていること、自分の目の前にみやこが現れたことに、さすがの彼女も驚いたような表情をしている。そんな彼女に、アンクは少し焦りながらも、慰めるように言葉をかける。

 

「み…、みゃー…、みゃー姉…、う…、うわぁぁぁぁぁぁん!!」

 

「ちょ、ひなた!?いきなり泣いてどうしたの!?」

 

よろよろとみやこに近づいて行ったと思えば、直後大粒の涙を流しながら彼女を強く抱きしめるひなた。今まで溜めに溜め込んだ様々な感情が、アンクの言葉をトリガーに爆発したのだろう。

 

「ねぇ、お部屋にひなたちゃん居なかったんだけど、どこに…、ってひなたちゃんいたー!」

 

ひなた不在の彼女の部屋に向かった乃愛が、皆の元に引き返してきたと同時に大泣きのひなたを目にして驚く。

 

「わ、私もよく分かんなかったんだけど、杏子がお姉さんに詰め寄って、そしたら急にひなたが現れて…。」

 

「あ、あれれ~?そうだったかな~よく覚えてないや~(笑)」

 

一刻を争う事態だったとはいえ、彼女たちの目の前で術を使ってしまったのはまずかっただろうか。いつもの小学生用の口調も忘れて、勢いに任せてみやこに詰め寄ったこと、言い訳にもならない適当な言葉と笑いでごまかすアンク。笑って、ごまかしながらも彼の目は、未だ泣き止まないひなたを慰めているみやこをとらえている。この一件で、彼女に対しての違和感は疑念に変わったのであった。

 


 

「そっか~あの子だったんだね、私の邪魔をしていたのは…。」

 

あれから時は経ち、静寂に充ちた深夜。夜の闇に溶け込みながら不敵な笑みを浮かべる彼女は、その手に持った針にゆっくりと糸を通すのだった。




さぁさぁ一体だれが彼女たちの運命を残酷なものに変えている犯人なのか。想像するのは勝手ですが、果たしてそれは正しいものなのか…?この章もう少し続きます。


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第9話 『…どうやら、標的が変わったようだ…。』

「映画のチケットもらったの!今度の休み一緒に行こ!」

 

星野家、リビングに入るや否や放たれた乃愛のその言葉に、アンクを含む他の面子が反応して彼女に視線を向ける。

 

「あ〜ごめん、私その日は大学の課題やらないと単位がやばくて〜。」

 

「私も、次の休みはおばあちゃんちに行くから。」

 

「みゃー姉が行かないなら私も行きたくなーい。」

 

ひなたの死の未来を回避してから2週間が経ち、その間アンクは2つのことに気づいた。まず1つは、ひなたのみやこに対する執着についてだ。ひなたがみやこに四六時中くっついて回るということは、あれ以来見かけなくなった。みやこの決断のお陰か、またはそのせいか、どちらにせよ効果はあったことが見受けられた。むしろ、最近のひなたのみやこに対する反応はどこかよそよそしく、そして以前より顔を赤らめることが多くなった気がする。ひなたにどんな心情の変化があったかは定かではないが、あくまでもそれは星野姉妹の問題、アンクが手出しすることではない。まぁ、その時のみやこの態度、言動には未だ拭えない違和感と疑念が有りはするが。そして2つ目は、この2週間死の未来が訪れていないことだ。再び訪れた比較的平穏にアンクは一時の安堵を覚える。

 

「だが、またいつ運命が書き換えられるか分かったもんじゃない…。」

 

「ねぇねぇ、杏子ちゃんはどう?」

 

「…え?あぁ、うん。」

 

「え、本当!?やったぁ!約束だよ!」

 

「あっ…、え…?あ、あぁ…、うん…?」

 

色々頭の中で思考するあまり、乃愛の問いかけに適当に返事をしてしまったアンクの責任だ。こうしてアンク、もとい杏子と乃愛の映画デートが決定したのであった。

 


 

「杏子ちゃん、何か見たいものある?」

 

「う~ん、私映画とかあまり見なくて…。だから、乃愛ちゃんに任せるね!」

 

「分かった!私に任せなさぁい!」

 

「ふふっ、小依ちゃんの真似?」

 

数日たって、映画デート当日。杏子と乃愛はとある映画館で何を見るかを話し合っていた。いや、話し合いと言うよりは、ほとんど乃愛に一任する形だろうか。友達はおらず引きこもりで気味であったアンクに、一人で映画館に行って映画を見るという経験は勿論ない上、異性と二人っきりで出かけるなど考えられないことである。いくら相手は自分より大きく年の離れた少女であり自らも少女になり切っているとはいえ、あまりの不慣れさに挙動不審を決め込んでしまっては怪しまれてしまう。何より、この日を楽しみにしていた乃愛をがっかりさせるようなことはしたくはない。だから、だからこそ、乃愛と話していた時に感じた死の未来の予兆に、彼女に見せていた笑顔も思わずぎこちないものになってしまう。

 

「乃愛は殺させない…。」

 

映画館の賑やかさを抜きにしても彼女に聞こえない程の小さな声でアンクが呟く。そして、乃愛が見たい映画を選ぶためによそ見をしているすきに、ご無沙汰であった闇術を発動する。

 

『運命視』

 


 

「あははは!みんな死んでしまえー!」

 

「あっ…!がはっ…!ぬあっ…!あがっ…!」

 

「きゃーっ!杏子ちゃーん!」

 


 

「…何…?」

 

映画館のアンクたちが立っている後方の入り口から、奇声を上げながら長い黒髪の女が勢いよく走ってくる。その手に握られた刃物で周りの人たちを無差別に刺し切り回り、そしてアンクの返り血を浴びながら奥へと走っていく。何度も何度も刺され、血を流し力なく倒れ伏すアンクを見て、乃愛の挙げた悲鳴は映画館中に響き渡った。

 

「…乃愛じゃ、ない…?」

 

間違いなく書き換えられた運命の中、その犠牲に選ばれたのは乃愛ではなくアンクだった。今までにない予想外の出来事に、可愛らしい表情を険しく歪めるアンク。だが、乃愛が狙われているわけでないのであれば、正直特に問題はない。アンクの力で簡単にこの運命を変えることが出来るだろう。書き換えられた運命がアンクのものであることに多少の違和感はあるものの、分からないことはどんなに考えても答えは出ない。単なる偶然なのか、もう少し様子を見る必要がある。と、そんなことを考えていると後方からある気配。先ほど見た黒髪ロングの狂人だろう。その手に持った凶器を大勢の血で染める前に、アンクが先手を打つ。

 

『やめろ』

 

低く言い放ったアンクのその一言で、女狂人の足は止まる。振り返れば、何事もなかったかのように映画館を後にする彼女の姿。アンクが死ぬ未来は回避された。

 

「ねぇ杏子ちゃんあれ、あれ見よう!」

 

当然この映画館が血に染まる未来が迫っていることを知らない乃愛は、明るい笑顔でアンクにそう伝えると、トテトテと軽い足取りで走りチケットを買いに行ったのであった。

 


 

「映画面白かったね〜。」

 

「うん!乃愛ちゃん最後泣いてたよね〜。」

 

「う、だって〜!」

 

映画で1人号泣し、赤みがかった顔を恥ずかしそうにこする乃愛。映画を見終わり、2人は近くの雑貨店に足を運んでいた。乃愛の満足した様子に、ひげろーグッズを揉みながら笑顔を見せるアンクだが、その笑顔が満面でない理由に1人呟く。

 

「…どうやら、標的が変わったようだ…。」

 

映画鑑賞中、何度も訪れた死の予兆。そしてその全てにおいて、命を失うのはアンクであった。もちろん、今彼がここにいるのはそれら全ての死の運命を回避したからに他ならないが、今までひなたたちの命を奪おうと書き換えられていた未来が、突如自らの命を奪うために変わったことに、むしろアンクは行動の起こしやすさを感じていた。何故、標的が彼に変わったのか。短時間に何度も訪れた死の予兆に、何としてでも彼を殺さなければいけないと言う強い意志を、執念をアンクは感じた。そして、その死の執念は今この時も彼を離しはしない。

 

「もう、態々見る必要もない…。」

 

自身の背後に、狂気じみた気配を感じる。アンク目掛けて勢いよく凶器を振り下ろす狂気。だが、突如振り返り容易に止められたその腕に、その相手がまだ小学生の幼い少女であるだけに驚いた表情を見せる。

 

「お前に俺は殺せない…。」

 

「あれ、松本さん?こんなところで何しているの?」

 

「え、あ、乃愛ちゃん…。えと…、私はここで何を…?」

 

アンクの背後にいた狂人、黒髪ロングの女に乃愛が反応し声をかける。

 

「杏子ちゃん、松本さんとは初めましてだよね?」

 

「え?あぁ、うん。」

 

「腕掴んでどうしたの?松本さんも、今日は一人?妹さんはいないんだね。」

 

「え、えぇ。…と言うか、なんで私ここにいるのか…。」

 

「もしかして、何買うか忘れちゃったの?松本さんも、案外おっちょこちょいさんなんだね。」

 

松本と言う女の戸惑いに、自らの解釈で笑う乃愛。だが、その解釈が間違っていることにアンクは気づいていた。どうやら、今日書き換えられた未来の中でアンクの命を奪おうとしていたのは全てこの松本である。故に、真の意味で彼の命を狙っている、運命を死の運命に書き換えている張本人は彼女であると短絡的な勘違いをしていた。この女の思考を覗いて、いや反応を見るだけでもそれが大きな間違いであるということは一目瞭然であるというのに。この女、松本は元凶ではない。アンクの命を奪うという書き換えられた運命のなかで、アンクの命を奪うためにその運命に操られてしまっただけなのである。

 

「この女を使って、俺を命を奪おうと…。」

 

今日書き換えられた運命の全容を理解し、一人呟くアンクの言葉には驚きと不安の念が込められていた。もはや運命は、アンクの想像の域を超えあらゆる手段で書き換えられている。これから先、どのような運命が待ち受けているのか想像するアンクに、乃愛と松本の会話は聞こえていなかった。



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第10話 ”私”の天使と邪魔者

「お姉さん、こここんな感じで大丈夫ですか~?」

 

「うん、ばっちりだよかのんちゃん。」

 

星野宅、アンクを含めたひなた、花、乃愛のいつもの面子に加え、彼女たちのクラスメイトである夏音と小依が集まっている。翌日、ひなたたちの学校ではふれあいフェスタがあるらしく、その中で彼女たちのクラスは演劇を行うという。その演劇で使う衣装の足りない分を自分たちで手作りすべく、今日はみやこの手も借りながら作業を行い、その後は皆でお泊り会だ。アンクは劇には参加しないが、今宵のお泊り会には招待された。いくら女児の姿になっているとはいえ、中身は普通に男、しかも大きく年が離れている故、女子会に交わるのは少し抵抗があったが、またいつ死の未来が訪れるとも限らない。誘われずとも自ら参加しに行くつもりのアンクであった。

 

「この子、筋がいいわ!ねぇ、みやこさん!」

 

「う、うん。そうだね。」

 

自分のテンションとは異なる勢いにたじろぐみやこ。その隣にいるのは、先日乃愛と映画を見に行った時、アンクの命を奪う運命のために利用された松本香子だ。どうやら、乃愛だけでなく、みやこを取り巻く全員に面識があるらしく、特にみやこにはあからさまに執着していると言う。あの日から暫く経ったが、その間も何度も死の運命は訪れ、その度にアンクはその運命を回避してきた。元凶が何をしたいのかまるで理解できない。アンクの命を狙っていると思いきや、最近はまた彼女たちの命を狙い始めている。名も顔も知らず、姿さえ見たことのない者に弄ばれているような感覚をアンクは感じていた。

 

「お~、杏子も裁縫得意なんだなぁ~。」

 

「…え、そ、そう?ひなたちゃんも上手だね☆」

 

「あなたもなかなかやるわね。」

 

「えへへ。あ、ちょっとお手洗い借りてもいいですか?」

 

「あ、うん、いいよ~。」

 

裁縫経験など一切ないアンクの手元に広がっていたのは、闇力で手先が器用になったおかげで作り上げられた数々の造花。それを放り出し、アンクは部屋を後にする。死の予兆を、感じたのだ。部屋を出たアンクはトイレには向かわず、その場で闇術を発動する。

 

『運命視』

 


 

「やっぱり私もやる!ひなた、それ私に貸して!」

 

「花ちゃん、ハサミ危ない!」

 

「お~花、じゃあこれを…ぐっ…!」

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!ひなたちゃぁん!」

 


 

「やっぱり私もやる!ひなた、それ私に貸して!」

 

「…!」

 

運命を覗いて聞いた言葉と同じものがアンクの耳に届く。勢いよく身をひるがえして扉をあけ放つアンクが見たのはひなたの方に向かって走る花の姿。その手には大きな裁ちばさみが握られている。

 

「花!」

 

彼女の名前を叫び静止を促すが、それでも止まらない花にアンクは飛びつく。二人は抱き合う形で少し遠くまでゴロゴロと転がり、その拍子に花の持っていた裁ちばさみがアンクの肩に突き刺さる。少量の血液を辺りにまき散らしながら回転し、窓に背中を打ち付けたところで二人は止まった。

 

「花ちゃん、大丈夫?」

 

「いてて、も~急にどうしたの…?」

 

自身の肩を貫く裁ちばさみを引き抜き、何事もなかったかのように花に心配の声をかける。アンクが死の運命を知っていただけで、周りのみんなや抱きつかれた本人である花からしたらただ無意味に抱きついただけに見えることは確実である。

 

「なんだ~、杏子は花のこと大好きなんだなぁ~。」

 

「えへへ、急にごめんね、花ちゃん。怪我とか大丈夫?」

 

「う、うん。大丈夫だけど…。」

 

だからと言って、真実を彼女たちに打ち明けたところで、ただ混乱させてしまうだけで終わるだろう。だからこそ、無理やりで苦しいごまかしでその場を収めるのが最善の選択なのである。

 

「みゃーさん、花ちゃんと小依ちゃんにもう一度チャンスを挙げて?一緒にやりたそうだから。」

 

「…うん…、そうだね…。」

 

衣装づくりに関して、戦力外通告を受け部屋の隅で蹲っていた花と小依。そんな二人の心情を察した乃愛がみやこにそう提案する。だが、その提案に反応したみやこの目はどこか遠くを見ているようで、本当に話を聞いているのかどうか怪しいと、乃愛だけでなくアンクも違和感を感じていた。その時にはもう、裁ちばさみに貫かれたアンクの肩の傷は完全に治癒しているのだった。

 


 

「…やっぱり綺麗…。」

 

立ち尽くし、うっとりとした表情を見せながら呟く。夕飯の買い物からの帰宅途中、自宅へと続く通り、目の前に舞う純白の翼を羽ばたかせる輝かしい幼女の姿を見て、みやこは一人そう呟いた。

 

「花ちゃんや乃愛ちゃんも、天使になったらきっと綺麗なんだろうなぁ…。」

 

今まで、彼女たちを天使にするため、その目的を果たすためにどれほど時間を費やし試行錯誤してきただろう。様々に運命を書き換え、確実に彼女たちの命を奪えるように行動してきた。だが、その子は突然現れた。ひなたがいて、花と乃愛に仲良くなって、夏音と小依も加わって、松本とも再開して彼女の周りは以前より断然に賑やかになった。後は、彼女たちを美しい天使にするだけだった。なのに、杏子は突然現れた。それだけではない、書き換えた運命通りに事が進まないのは、さっき衣装づくりしていた時のように彼女がその運命を回避するように行動しているから。ひなたと距離を置いていたあの時も、彼女は何に気づいたか必死にみやこに語り掛けていた。彼女は一体何者なのだろう。そして、彼女が頭を悩ませているそんな時も、また…

 

「早く逃げて!みやこ姉!」

 

「…え、うん…!」

 

背後からかけてきた杏子に反応し、みやこは宙を舞う純白に背を向けて帰路に着く。そして、その時分かった。振り返り、みやこは見たのだ。彼女の天使と戦う杏子の姿を。純白の天使、その美しい幼体から鮮血を流し地面に崩れ落ちるのを見ている杏子の姿を。

 

「あの子も、魔法少女だったんだ…。」




能力解説~

・自然治癒
傷を負っても瞬間的に治癒する。負った傷が重ければ重いほど治癒するのに時間は要するが、治らない傷はないので、結果的にアンクは不死身である。

みやこ…お前だったのか…!もう少し続くぞ~


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第11話 幼女、戯れの中に…

「夕飯美味しかったねぇ~。」

 

「な?みゃー姉の作るご飯は世界一だろ?」

 

「お風呂湧いたから入っていいよ~。」

 

「は~い!」

 

衣装作りを無事終えた彼女たちを待っているのは、楽しい楽しいお泊り会だ。みやこの作った夕飯に満足したひなたたちは、皆でお風呂場に向かう。

 

「杏子も一緒に入ろうぜ!」

 

「い、いや流石にやめとく。」

 

「やめとく?」

 

「あ、あとでゆっくり入るね☆」

 

「そっか~残念。」

 

どれほど限りなく女児に近づこうとも、やはり中身は高校男児。このままひなたの誘いを受け入れてしまっては最悪犯罪者になりかねない。だが、アンクが彼女の誘いを断った理由はそれだけではない。

 

「ねぇねぇ、お風呂出たらみんなで遊びましょ!」

 

「お~!ゲームでもしようぜ!」

 

「私が皆にひげろー布教してあげる。」

 

「一人でやってて?」

 

お風呂場に近づくにつれて、アンクに聞こえる彼女たちの声は段々と小さくなっていく。が、そんなことよりアンクの頭を支配しているのはもっと別のことだ。それは、みやこのこと。

 

「あの時、何をしていたんだ…?」

 

数時間前、夕飯の買い物に行くと出かけたみやこの帰りが異様に遅いことに、アンクのみならずひなたたちも違和感を感じていた。そして、アンクがみやこのもとへ向かうと、彼女は目の前にあの天使を据えて呆然と立ち尽くしていた。最近はあまり見かけなかったが、やはり幼い少女が死後天使のような風貌になって暴れ出すという事象は今尚起きている。アンクは、ひなたたちが死に天使になることを回避するために動いている。しかし、あの時見たみやこの後ろ姿に、同様の一切をアンクは感じなかった。未知のものを前にしたとき、それが自分にとって実害がないとしても少しは動揺したり、または恐怖に震えてもおかしくはないだろう。しかし、みやこからはそれが一切感じなかった。むしろ、彼女の横顔からはそれにうっとりと見惚れているようにさえ感じた。

 

「ここか~?ここが弱いのか~?」

 

「ちょ、どこ触ってんの乃愛…!」

 

お風呂場から戯れる幼女たちの声が聞こえてくるが、それを聴いているのは洗濯物をたたんでいるみやこだけだ。彼女たちの楽しそうな声に、みやこは微かに笑顔を浮かべている。思えば、みやこには違和感を感じる瞬間が多々あった。ひなたとの距離を頑なに戻そうとしなかったこともそうであるし、今日衣装作りをしていた時ひなたが死にそうになった時も、彼女は一切の動揺を見せなかった。自分の妹が死にそうになった時には、どんなものでも何かしら反応を見せるのが普通ではないのか。アンクが死の運命を回避した後ならまだしも、アンクが見た死の運命の中でも、みやこはひなたが血を流して死んでいるのを見ても泣きも喚きもしなかった。

 

「…。」

 

ソファに半分寝転がりながら、洗濯物をたたんでいるみやこに目を向ける。正直、一番元凶に近いのはみやこである。勿論、そうでないことを願ってはいる。実の妹とその友達を殺そうとする動機などありはしないはずだし、あって欲しくない。傍から見てもとても仲睦まじい姉妹、妹想いの姉に、姉大好きな妹。その中に、微かにでも殺意が存在する余地などあるのだろうか。

 

「憶測の域を出ないか…。」

 

「何が出ないの?」

 

「…ん-ん、何でもない。」

 

アンクの独り言が聞こえたのか、みやこがそれに反応して声をかける。やはり、普通に会話している分には何も怪しいところなどありはしない。心を覗いてみても、殺意のかけらも見当たらない。

 

「…分からないな…。」

 

今度はみやこに聞こえないくらいのボリュームで嘆息する。いつか答えは出るのだろうか。せめて明日だけでも、何事も起こらず平和に終わって欲しいものだ。そんなことを考えながら、アンクはソファーに横たわり目をつむるのだった。

 


 

「ふぅ~、サッパリしたな~。」

 

「ほんと気持ちよかった~。美味しいご飯作ってくれる優しいお姉さんもいて、ひなたちゃんち良いな~。」

 

「じゃあ、かのんもみゃー姉の妹になればいい!」

 

「私だって大人になったら、お姉さんくらい素敵な女の人になるんだから!」

 

入浴を終え、リビングに続く廊下を談笑しながら歩くひなたたち。お湯で火照った体を手で仰ぎながらも、この後のことを考えると心が躍る。初めての皆とのお泊り会、この後は何をしようか。愉快な考えは尽きることを知らない。そして、リビングの扉を勢いよく開け放つと、そこにはソファーに横になっている杏子とその彼女の顔を覗き込むみやこの姿があった。

 

「ん?何やってるんだー?みゃー姉。」

 

「え?あ、えっと…、う、ううん、何でもないよ。」

 

「変なみゃーさん。」

 

ひなたの問いかけに焦り笑いを浮かべてそそくさとその場から立ち去るみやこ。そんな彼女を見て、乃愛が軽く微笑む。その時のひなたには、みやこが何をしているのか分からなかったが、気にすることなくすぐに笑顔を浮かべ、杏子を連れて皆んなで2階へと向かったのだった。

 


 

「あの時は危なかったな。危うく気づかれるところだった…。」

 

夜も更け、暗闇と静寂が訪れる。楽しい女子会は終わりを告げ、皆んなが眠る中、みやこは小さい明かりに照らされる裁縫道具の前でそう呟いた。

 

「どうすれば、あの子を殺せるだろう…。」

 

天使と戦う杏子の姿を見て、彼女が普通の幼い少女でないことに気づいたみやこ。彼女の隙をつき、あわよくばこの場で殺してしまおうと、そう思っていた矢先にひなたたちの邪魔が入った。あのまま殺してしまっていたら、ひなたたちに一部始終を見られてしまっていた。

 

「でも、ついに明日…、私の可愛い天使ちゃんたち…。」

 

立ち上がり、不気味な笑みを浮かべたみやこの目に映ったのは、カレンダーに赤字で書いてある"ふれあいフェスタ"の文字だった。




次回はついにふれあいフェスタ編!アニメ第11話・第12話をもとに制作します!今回は結構オリジナルに近いです(笑)次で事の真相をすべて明らかにするつもりです。


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第12話 『やっぱり、あなたが邪魔をするんだね。』

ふれあいフェスタ当日、それぞれのクラスが各々の出店で学校を華やかに彩る。自身の学園祭には行かないにも関わらず、ふれあいフェスタには来たみやこと共にひとしきり遊んだ後はひなたたちの出番。彼女たちの行う演劇が間もなく行われる。劇自体には参加しないアンクは、舞台裏でひなたたち役者陣のセリフ合わせや衣装の着付けなどの手伝いを行っていた。

 

「うわ、結構人いる…。見なきゃよかった…。」

 

舞台袖、幕の隙間から客席を覗いた花が、不安交じりの声でそう呟く。壁を透視し、その向こう側を覗いたアンクの目にも、彼女の見た客席が映った。中々に人の集まりが良い。親兄弟は勿論、他のクラスの子も見に来ている。そしてその中には、花、乃愛の母親、そしてひなたの母親のその隣にみやこの姿があった。サングラスにガムを噛み、足を組んでいる、一見小学生が怯むような風貌をしている。

 

「そう言えば、花を目当てに来たんだったか…。」

 

以前にもひなたから聞いたことがあったが、みやこは花のことを強く慕っているらしい。恋心にも近い感情を抱いているということをアンクはつい最近知ったのだ。思い返してみれば、花に様々な衣装を着させて写真を連射しているみやこやなど、花関連でオーバーなリアクションを取る彼女の姿を何度も目にしてきた。そして今日も、クラス演劇で主役を張る花の雄姿を、いや美しい姿を目に焼き付けんと小学校に赴いたのだ。だとしたら、尚のこと彼女の命を奪うなど、みやこがするはずないのである。同時に、運命を書き換えている元凶の正体が、真実が闇に誘われる。

 

「今日は何もなければいいのだが…。」

 

疑問も疑念も多く残る。サングラスを外したみやこを見て呟くアンクだが、今だけは考えを祈りに変えて、間もなく始まるクラス演劇の準備に取り掛かるのだった。

 


 

静寂と暗闇に包まれたステージ。その前方、両客席の中央に伸びる一本の道に明かりが照らされる。そこには、純白の衣装に身を包み、その小さな背中に翼を生やした黒髪の少女が正面のステージに向かって一歩一歩ゆっくりと歩いてくる。この瞬間を待ちわびていたみやこが、いつものオーバーリアクションではなく、感動のあまりうっとりと見惚れながら目を輝かせている。そして、

 

「…やっぱり、花ちゃんは私の天使だ…。」

 

一言そう呟くと、ステージに差し掛かった花を後ろから強く抱きしめたのだ。予想してなかった後方からの衝撃によろける花をよそに、みやこの高笑いが体育館に響き渡る。勿論、このような展開は台本にない。周りがざわつき始め明かりもつき、先ほどまでの厳かで良い緊張感に包まれた会場が嘘のようである。

 

「ちょっとみやこ!あんた何やってんの!」

 

隣に座っていたみやこの母親が慌てて語気強めに囁く。舞台袖から一部始終を見ていたアンクも同じくみやこの行動に困惑する。花のあまりの美しさと雰囲気に耐えられなくなってしまったのだろうか。

 

「あははははは!やっぱり、みんな私の天使になっちゃえばいいんだ!」

 

直後はそう思っていた。だが、みやこのその一言で決してそうではないことを確信し、そして今までの出来事とこのみやこの発言がアンクの頭の中で結びついてしまった。

 

「今すぐ花から離れろ!」

 

舞台袖から飛び出しみやこの前に立ちはだかるアンクがそう叫ぶ。その言葉に反応したみやこは、案外素直に花を解放したが、彼女はアンクに向かって不気味に笑みを浮かべる。

 

「やっぱり、あなたが邪魔をするんだね。」

 

「…信じたくはなかったが、やっぱりお前だったのか…、みやこ…!」

 

「そう…、そうだよ…。私がみんなを、死に導いてあげてたんだよ…!」

 

ステージ中央、観客の視線を独り占めするみやこが、両手を広げて高らかに言い放つ。まるで、自らの存在を誇示するかのように。

 

「でも、全部あなたが邪魔をした…。」

 

「当然だ。何で、実の妹やその友人を手に掛けるような真似を…!」

 

「みんな、可愛いから…。」

 

「何…?」

 

「みんな可愛い子たちばかりでしょう?花ちゃんも乃愛ちゃんもひなたちゃんも…、もちろん杏子ちゃんもそうだよ…。だからね、みんな私の天使になって、ずっと眺めてたいって思ったの…!」

 

「…わけが分からない…。」

 

実に身勝手な欲望、アンクには到底理解できなかった。自分の欲を満たすためだけに、他人を死に貶めるようなことをするのか。しかも、実の妹やその友達相手に、だ。初めて彼女を見た時の、優しくて妹想いな印象は、今となっては見る影もない。

 

「みゃー姉、どういうことだ…?」

 

「大丈夫だよ、ひなたちゃん。これからみんな、もっともっと綺麗になって、ずっと一緒に居られるんだよ。」

 

「…みゃー姉が何言ってるのか、分からない…。」

 

不安そうな表情を浮かべるひなたに、みやこが優しい声音で語り掛ける。だがその声音とは対照的に、内容は到底受け入れがたい。それと同時に、アンクはとある違和感を覚えた。それは、同じくひなたも感じていたようで、

 

「みゃー姉、なんで私のこと”ちゃん付け”で呼んだんだろう…。」

 

俯き舞台袖にトボトボと歩くひなたが微かに呟く。その声はみやこはおろか、周りの友達にすら届かないものだったが、闇力で聴覚が覚醒しているアンクの耳には確かに届いた。違和感の正体はひなたの言った通り、みやこがひなたを”ちゃん付け”で呼んだことだ。実の妹を”ちゃん付け”で呼ぶ、珍しいことでは全くない。だが、みやこは違うはずだ。考えてみれば、普段は”ひなた”と呼ぶが、時折”ひなたちゃん”と呼ぶことがあった。そしてそれは、アンクが彼女に疑念を持ち始めた頃から頻繁に見られた。あの時、皆でお泊り会をした日にみやこが純白の天使の前で惚けていた時も、微かに”ひなたちゃんも…”と聞こえた。

 

「…お前、本当にみやこなのか…?」

 

アンクの中に生まれた可能性、あり得ないと、あって欲しくないと願いながら、ステージに堂々と立っている女に問いかける。すると、女はまた不気味な笑いを見せた後に「はぁ~」と一度嘆息し、言葉を紡ぐ。

 

「…まぁ、バレちゃってもいっか。私の目的は果たされるんだし…。」

 

そう言うと、彼女は天井に向かって手を掲げる。その手には、奇怪な形をした銀色の物体が握られており、それに気を取られていると、みやこの姿をした女が波打ちぼやけ始めた。

 

「みゃーさん、どうなってるの?!」

 

「お姉さん…!」

 

まるでそのまま弾けて消えてしまいそうなほど揺らぎ揺らめくその存在に、まだ彼女がみやこだと思い込んでいる者達の視線が集まる。そして次の瞬間、アンクの目に飛び込んできたのは、みやこではない、完全に別の女の姿だった。

 

「私、華飼魅區。そこにいるみやこって人の中に、ずっと入ってたんだ…。」




なんと黒幕はみやこではなかったと…!名前は華飼魅區(はなかいみく)です。自分の名前書くの大変そう。次回は事の真相が全て明らかになる!


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第13話 最後の魔法、最後の天使

「みゃーさんから、別の女の人が出てきた!」

 

「うおぉぉぉぉ!誰だお前?!」

 

揺らぎ揺らめき、その姿形が明確に認識出来なくなったその果てに現れたのは、みやこではなく"華飼魅區"と名乗る別の少女だった。予想だにしないその出来事に、アンクはその可愛らしい顔を硬直させ、逆にひなたや乃愛は驚きのあまりテンションが上がっていた。

 

「え?あ、え…、あ、あなた…、誰…!?」

 

その女の側で尻餅をついているのは本物のみやこだろう。そんな彼女の反応を見て、楽しそうな笑みを浮かべた魅區が言葉を紡ぐ。

 

「ずっと、あなたの中に入ってたんだ。この魔法のステッキを使ってね…。」

 

そう言って、彼女は手に持っている銀色の物体を示す。一見すると蚊取り線香のような形をしており、一般的に思い浮かべる魔法のステッキとは造形があまりにもかけ離れている。

 

「普段の生活はこの子に任せてたけど、たまに私が表に出てきて行動してたの。そこの小さい子も気付いてる通り、運命を書き換えてたのは私。見て、このステッキを使えば、どんな運命にだって書き換えられるんだよ。」

 

「…あ、だから、偶に記憶が曖昧だった時があったのか…。」

 

不気味なほど楽しそうに話す彼女が、今度は別のボールペンのような造形をした物体を取り出す。心当たりを口にしたみやこに続けてアンクが魅區に問いかける。

 

「一体、何のためにこんな事…!」

 

「だから言ったじゃ〜ん。可愛い天使になってもらうためだって。こっちのステッキを使うとね、私の想像したことが現実になるんだよ。すごいでしょ。」

 

そう言うと、今度は銀色の本の造形をした物体を取り出す。彼女が先程から魔法のステッキと呼んでいるもの、一体幾つ持っているのやら、そしてその何れも一般的に思い浮かべる魔法のステッキと造形が似ても似つかない。

 

「どうしてみやこに…、どうして彼女を標的にしたんだ…!」

 

「う〜ん、最初の方は色んな子で試してたんだけどあんまり綺麗じゃなくて…。でもね、花ちゃんを見つけた時、この子だ!ってそう思ったの。乃愛ちゃんも金髪が綺麗で可愛いし、ひなたちゃんも元気いっぱいで可愛いでしょ?」

 

「…ふ、ふっふ〜ん!やっぱりアタシが世界で一番可愛いんだから!」

 

敵であるはずの存在からの賞賛にも、躊躇い気味にも反射的に反応してしまう乃愛。そんな乃愛の自信に満ち溢れた様子に、魅區は優しい笑顔を向けている。側から見れば何処にでもいる可愛らしい少女だが、忘れてはいけない。自らの欲望のために、未来ある少女達を簡単に殺そうとする残虐さ、狂気さを持った魔法少女であるということを。

 

「今まで俺が見てきた天使も、こいつが…。」

 

「ねぇ、あなた私と同じ匂いがする…。一緒に天使を増やさない?」

 

「…俺が貴様と同じだと…?ふざけるな、俺はここでお前を止める!」

 

「な〜んだ、残念。一緒に出来たらもっと効率が良くなったのに。…仕方ない、私だけで頑張ろう!」

 

答えの分かりきっている提案をアンクに断られた魅區は、先程まで床に散らばっていた、彼女の言う魔法のステッキを手に持ち、張り切って掲げる。

 

「させるか!」

 

再び、少女達に死の未来が訪れる。それを瞬時に察したアンクは、闇力を実体化した斬撃で魔法のステッキを彼女の手首から切り落とす。

 

「あぁぁぁ!!!何で!何でこんな事…!痛い…!痛いよぉ!」

 

手首の切断面から大量に血を流す魅區が、その痛みにこれを荒げる。一目見れば小学生はトラウマになってしまうのではないかと考えるほど、彼女に正気は感じられない。

 

「あなた、魔法少女でしょ…!私たちが争う必要なんてないのよ!」

 

「…魔法少女?何を言っている。」

 

恐らく、先日のお泊まり会で天使と戦っていたところを、後方からみやこに成り代わり見ていたのだろう。先程から興奮で口調が戻っていたが、今のアンクの容姿は小学生の少女。奇妙な能力を使う少女で、自分と同じ魔法少女だと勘違いしたのだろう。魅區の言及に否定を口にしたアンクが、不安げな表情を浮かべているみやこやひなたたちを見て、

 

「ごめんな、みんな…。今まで騙して…。」

 

静かに謝罪を口にして、自らの姿を小学女児に変えている闇術を解く。杏子の体を闇が覆い、背丈が、腕が、足が、服が、髪が、顔が、小学五年生の女の子から、いつものアンクそのものに戻る。

 

「あなた…、魔法少女じゃ…?」

 

「あぁぁぁ!お前!」

 

「あの時急にみゃーさんの家に来た人だ!」

 

「私が通報しようとした人…!」

 

杏子からアンクに戻った彼の姿を見て、そしてその姿に心当たりを見つけて各々が異なった反応を示す。

 

「ふふふ…、あははははっ!ちょっと驚いちゃったけど、もう誰も死の運命からは逃れられない!」

 

「何だと…?」

 

「私の最大の魔力を使って、最高の魔法を放った…!過去も今も未来も、全ての時間軸に生きるみーんな死んじゃえばいいんだ…!」

 

「貴様…!どれ程の人を巻き込めば気が済むんだ!」

 

「あははははっ!この魔法は誰にも止められない!みんなみんな死ん…、うっ…!」

 

狂気的な笑いを見せながら言い放っていた魅區の言葉が突然途切れ、そして膝から崩れ落ち強く苦しみ始める。

 

「おい…!どうした!何が起きている!」

 

そんな彼女の姿を見てアンクが強く問いただすが、それにさえ返答する余裕すらないぐらい苦しみ、手首から上がない腕で首元を抑えながら悶え痙攣している。そして、暫く悶えたのち段々と動きが鈍くなり、その内動かなくなってしまった。皆の視線が集まる中で、彼女は死んだのだった。

 


 

「すまなかった…、お前たちのこと騙してしまって…。」

 

ステージ下の客席、集まったみやこやひなたたちに頭を下げ、謝罪の言葉を言う。先ほどの騒ぎは、魅區の死によりいったん終息し、演劇自体は数時間後に改めて執り行われることとなった。先ほどまでいた観客は他の出し物を見学するために会場の外へ出ていったため、今この体育館にいるのはこの一連の騒ぎに関係のある者達だけだ。

 

「でも、私たちを守るために一緒に居てくれたんだろ?」

 

「あの時家に来たのもそう理由だったんですよね?通報しそうになりましたけど…。」

 

「確かに杏子ちゃんが本当はいなかったのは寂しいけど、その代わり、このお兄さんと友達になればいいよね!」

 

「うん、そうだね!」

 

「今度は、私たちがお兄さんを守ってあげるわ!」

 

「ほんとに、ひなたたちを守ってくれてありがとう…!」

 

正直、正体を明かすことに不安を感じていた。今まで仲良くしていた友達を、幻想のものにしてしまう。しかもその正体が赤の他人で、一度は危ない人間だと突き放した人物だ。だが、彼女たちはアンクのことを受け入れてくれた。救ってくれてありがとうと、そう言われた。

 

「あぁ、生きてて良かった…。救えてよかった…。」

 

暫く彼女たちと過ごしているうちに、自然とアンクも彼女たちに心を開いていった。きっかけは彼女たちを救うことだったけど、それ以上に彼女たちと過ごす賑やかな日々は楽しかった。何の前触れもなく近づいてきた転校生を受け入れてくれた。それはきっと、彼女たちの器の広さ、人当たりの良さが可能にさせたことだろう。だから、彼女たちのお礼の言葉が、アンクはとても嬉しかった。

 

「それで、あの女の人どうするの…?」

 

小依が指し示すのは、ステージ上で今なお横たわったままでいる魅區の体。処理方法を考えておらず、放置されたままの彼女の死体の横でアンクは彼女から感謝を受けたのだ。ホラーが苦手な花は死体にも耐性がないのか、先ほどから一向にそちらに目を向けようとはしない。

 

「まぁ、それが普通だよな…。小学生の前に放置された死体があるとか…。」

 

「ねぇねぇアンクお兄さん、それよりもやばい状況なんじゃなかったっけ?」

 

「あ、あぁ…、そうなんだ…。」

 

若干怯え気味の花に微笑みを、そして急な”お兄ちゃん呼び”に身震いしたアンクが、乃愛の疑問に首を縦に振る。彼女の言う通り、今は皆からのお礼にほっこりしながら雑談している場合ではない。理由は、そこに転がったままの魅區が放った最後の魔法にある。

 

「全ての時間軸に生きる全ての人間を死の未来に導く魔法…。」

 

「それって、今までの私たちみたいにこれから死んじゃうってことかー?」

 

「あぁ…。しかも、死ぬのは今のここにいる皆だけじゃない…。過去の時代に存在していたまだ幼かった頃の皆も、これからの未来に存在するであろう大人になった皆も、あいつは殺そうとしている…。」

 

「そんなの、人類が滅んじゃうのと一緒じゃん!」

 

「まだ死の未来が訪れてないことだけが不幸中の幸いだ…。過去の皆が死んだら今ここにいる皆も必然的に存在しないことになるからな…。」

 

だが、その幸いもいづれすぐに崩れ去る。死の未来は、確実にこの世界に存在している全ての人間に刻一刻と迫っている。だがどうすればいい。全ての人間にかかった彼女の魔法を解除する方法など持ち合わせていない。それどころか、過去に、未来に、時間遡行することなどアンクには不可能である。過去に一度、魔法少女たちによる惨劇を回避するために過去に戻ったことはあったが、その時に使用したタイムマジーンはもうない。時の王者が歴史を作り替えたからである。もはや何の手立てもない。今まで懸命に救ってきた命が、こうも容易く奪われようとは。アンクが悔しさのあまり歯を食いしばったその時、彼の目の前を光が覆った。

 

「え、えぇ!な、何これ…!どうなってるの!?」

 

声の主はみやこ。自らの体から突然あふれ出した光に頭の整理が追い付かない。そして、強く眩く光が止んだその時、アンクは彼女に見惚れた。

 

「うぉー!みゃー姉が変身した!」

 

「みゃーさん、すっごく綺麗…!」

 

「…お、お姉さん、どうなってるんですか…?」

 

「はぁぁぁぁぁ!みやこさんがっ…!みやこさんがぁっ…!」

 

純白の衣装に身を包み、輝く白い翼をはためかす麗しいみやこの姿が、アンクの暗く沈んだ闇の瞳をその光で浄化したのだった。




みやこが天使になっちゃいました!次回からは過去・未来編で、最後にあの魔法少女がかけた魔法を天使になったみやこが解いていくぞ~!バッドエンドにはしない!ハッピーエンドで終わらせるんや!そして、もう少しでこの章も終わります('Д')


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第14話 消えゆく命に、天使は舞い降りた

純白の衣装に身を包み、輝く翼をはためかせるみやこの姿は、まさにアンクに、この場にいる全員に天使が舞い降りたようだった。

 

「なぁ…!こ、今度は私どうなってるのー!?」

 

「お姉さんどうやってなったの!?ねぇ、どうやってなったの!?私も変身したい!」

 

「わ、私も分からないよぉ〜!」

 

突然その身を変えたみやこに対し、自らもそうなりたいと物凄い勢いで言いよる小依。体を揺さぶられ羽を揉まれ、その勢いにたじろぐみやこをよそに、ひなたが指をさして疑問を投げかける。

 

「なぁなぁみゃー姉!手に持ってるこれ何だ?」

 

「え…、何だろ…。弓矢、かな…?」

 

首を傾げるみやこの手に握られているのは、真っ白な弓矢。矢の先端がハートになっており、一見ひなたたちの演劇で使う小道具のような形をしている。

 

「引いてみようよ!みゃーさん!」

 

「えぇ!なんか、危なそう…。」

 

「いいからいいから!えいっ!」

 

「あっ!ちょ、勝手に!」

 

みやこの背後に周り、勢い任せにその弓を引く乃愛。すると、その先端から矢が飛ぶことはなく、代わりに数え切れないほど無数の光の帯が伸びて、アンクやこの場にいる全員に当たった。不思議と衝撃や痛みはなく、それはむしろ吸収された感覚に近いものだった。

 

「何?今の…。」

 

「何か、優しい感じだったね。」

 

「ねぇ!みんな、空を見て!」

 

1人、ステージ横の体育館出入り口に立つ香音が驚いた様子で皆を呼びつける。

 

「…!何だ、あれ…!」

 

そして、空を見上げたアンクの目に映ったのは空一面を覆い尽くす光の帯だった。先程みやこのもつ弓矢から放たれたものと同じだろう。太陽の光を遮りながら隙間なく空を埋め尽くし、なのに何故か明るい街に垂直に落ちていく。だが、やはりそれは攻撃的なものでも被害を与えるものでもなく、柔らかい光を放ちながら街に、いや、街の人々に吸収されていく。そして、その光景を見ていたアンクが、あることに気付いた。

 

「魔力の気配が、消えていく…!」

 

アンクは闇術の他に、魔力を用いた属性魔法を使うことが出来る。故に魔力を帯びたものや、魔力自体の気配を感じ取ることが出来る。未だステージ上にその死体が放置されている魔法少女が最後に掛けた魔法、その魔力、世界中に充満する魔力の気配を、先ほどまでアンクは感じ取っていた。だが、今はその魔力の気配が消えていくのを感じる。そして、そこから導かれる結論は、ただ一つ。

 

「魔法が解かれてるってこと?!」

 

「あぁ…!きっと、弓矢から放たれた光に触れると、魔法が解けるんだ…!」

 

「本当か!?みゃー姉すげぇ!」

 

「え…?そ、そうなの?よく分かんないけど…。」

 

「確かに、どういう原理か分からないけどすごいね!」

 

「これで私たち、助かるんだ…!」

 

「…いや、まだだ…!」

 

皆が助かる方法を目の当たりにし、希望を見出した彼女たちが嬉しそうに声をあげる中、アンクだけは俯きその悔しさに拳を強く握る。

 

「魔法が解けたのはこの時代だけだ…。過去の俺たちが死ねば、今の俺たちも消滅する…!」

 

そう、過去に存在する自分たちが死ねば、必然的に今を生きる自分たちもいないことになってしまう。それに加え、未来の自分たちにかけられた術を解かない限り、結局近い将来人類は全員死ぬ。アンクのその言葉で、現状を理解した皆の表情が暗く沈んでいく。

 

「ねぇ、アンクくん。過去に行けそうだよ…!原理話分からないけど…。」

 

その中で1人宙に浮く天使みやこの表情は力強く希望に満ちているようだった。そんな彼女の表情と、彼女の言葉を理解したアンクが「ハハッ…!」と少し力の抜けた笑みをこぼす。

 

「ご都合主義結構だ!みやこ…、お前の力を貸してくれ…。」

 

「まだよく分からないけど、皆んなを助けられるんだったら私、何だってやるよ…!」

 

力強く見つめ合う2人。そして、その様子を見ていた皆の表情もいつの間にか決意の表情へと変わっていた。天使のみやこが放つ光に、周りの皆が優しく包まれる。

 

「会いに行こう…!過去の私たちに…!」

 


 

「ほあぁぁぁぁ!みやこさん…!小さいみやこさん…!か、かわいい…!」

 

「ちょっと松本さん!あんまり騒がないで!」

 

8年前の星野家。小学5年生のみやこが窓際にちょこんと座っているのを見て、松本が窓に張り付く勢いで息を荒げている。それを必死で止めようとしている乃愛と、その2人の様子を窓越しに不思議そうに眺める小学5年生のみやこを見て、アンクは少し吹いてしまった。

 

「ご、ごめんなさい。もう落ち着いたわ。」

 

「ここが、過去の世界…。」

 

「元の時代とあんまり変わんないね。」

 

「小さい頃のみゃー姉は写真で見たことあるけど、ほんとにあんな感じなんだなぁー。」

 

「な、何か恥ずかしい…。」

 

当然初めて訪れた過去の世界に、各々が異なった反応を示す。子供時代の自分を皆に見られ、純白のみやこが少し赤面する。

 

「さぁ、お喋りしてる暇はないぞ。みやこ、頼む。」

 

「うん、それじゃ、やるよ…!」

 

アンクに促され、手に持つ輝く弓矢を空に向けるみやこが、それを勢いよく引き放つ。射出された無数の光の帯が空一面を埋め尽くし、そして街へと、人へと向かって落ちていく。優しい光に包まれた街から、狂気な魔力の気配が消えていくのを、アンクだけが感じ取る。

 

「これで、過去の私たちも助かったのかー?」

 

「あぁ。魔力の気配が消えるのを感じた。間違いなく、この時代での術は解除されただろう。」

 

「良かった…。」

 

「ええ、本当に良かったわ…。私の親友がまだあんな子供のうちに死んじゃうなんて、許せないもの!」

 

いつもの発作か、それとも命が救われた安堵からか、そう言った松本は再び窓に張り付き、舐め回すように小さなみやこを視覚で貪る。その様子に、光の帯を受けて困惑していた小さなみやこは、さらに疑問を深める。

 

「おい、あまり騒ぎすぎるな。それと、あまり別の時代の者たちに、俺たちの姿は見せたくない。」

 

「えー、私たちは人類を救うヒーローだよ?もっと盛大にアピールしなきゃ!」

 

「やめておけ。元の時代に影響してしまうかもしれない。証拠に、みやこ、お前小学5年生の時に、目の前の窓に張り付く不審者を見ただろう?」

 

「…そう言えば、長い黒髪の女の人だった気が…。って、それってこのことだよね?!」

 

「あぁ、その通りだ。松本が過去のみやこに接触したことで、元の時代のみやこの記憶に影響が出たんだ。」

 

「ん〜、なんかよく分かんないけど、とにかくやめとけってことだよね!」

 

「そうだ、余計なことはせず、無難に行こう。」

 

「アンクお兄さんって、面倒くさがり?」

 

「…あぁ、そうかもしれないな…。」

 

時間を遡行することが、何にどれほど影響するかなど、アンクは分からなければ、もちろん小学生になど分かるはずもない。一先ず命が救われた僅かな安堵と僅かな余裕から生まれた会話が終わったことを察したみやこが、次にすべきことをアンクに問う。

 

「アンクくん、次は…。」

 

「あぁ、次は未来に行くぞ。」

 

「未来か〜。街の風景どんな感じになってるんだろう。」

 

「空飛ぶ車とかあるのかしらね!」

 

「過去のことは、一度経験したことだから知識がある。だが、今お前らが言ったことも含めて、俺たちがどうなっているのか知る術は一切ない。」

 

「…そうだね。何が起きるか分からないから、皆んな慎重にね…!」

 

「おう!みゃー姉とアンク兄がいれば百人力だ!」

 

ひなたの威勢の良い一言に、アンクとみやこが同時に苦笑する。そして、光に包まれた皆が宙に浮く。時を超える準備段階のようなものだ。

 

「会いに行こう…!未来の私たちに…!」




今回で現代と過去のみんなを助けました。次回は未来のみんなを助けにいきます!そして次回が最終話の予定!(多分)


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最終話 私たちは新たな運命を辿る

「久しぶり。ひなた、かのん。」

 

「お、花来た!」

 

「花ちゃん久しぶり〜。」

 

近所の喫茶店、結われた長い黒髪を揺らしながら小走りでこちらに向かってくる花を、それに気づいたひなたと香音が快く迎える。涼しい店内を優しく駆け抜けて、爽やかな雰囲気の外の席に着けば始まるのは久々の女子会だ。

 

「お仕事はどう?順調?」

 

「うん、やりがいはあるよ。余ったケーキ貰えるしね。」

 

花は高校卒業後、地元のとあるケーキ屋で働き始めた。色とりどり、様々な形のケーキが並ぶ雰囲気の良い店。お菓子付きがこうじて、卒業後は大学には行かずに、すぐ様そう言った職種に就くと決めていた。そんな話をしている最中も、彼女は特大サイズのパフェを注文している。

 

「そう言う2人はどうなの?やっばり、大学の課題って大変なの?」

 

「う〜ん、確かに大変だけど、これも将来のためだからね。それに、もうすぐ実習も始まるんだ〜。」

 

「保育士さんだっけ?」

 

「うん!早く子供達に会いたいな〜。」

 

「私はレポートとかやっぱ苦手だな〜…。体を動かすのが一番!」

 

「ひなたは将来何になりたいの?」

 

「う〜ん…、分かんない!」

 

「ひなたらしいね。」

 

高校卒業後、ひなたと香音は同じ大学に進学した。ひなたは体育学部、香音は教育学部と、互いに進路も将来の夢も違うが、それでも互いに疎遠になどなりはしなかった。

 

「そう言えば、今日乃愛来ないの?」

 

「あ〜、乃愛ちゃんお仕事入ったみたいで、急遽来れなくなっちゃったの。」

 

「そうなんだ。久しぶりに会えると思ってたから、ちょっと残念。」

 

「でも、乃愛ならよくテレビで見かけるからな。凄いよな〜モデルなんて。」

 

乃愛は高校在学中モデルのスカウトを受け、卒業後は進学せずに芸能界へと入った。そこまで爆発的人気者という訳ではないが、それなりにお仕事は貰っているようで、今はモデル業の他に、女優としての活躍も見られ始めている。

 

「それで、小依は…。」

 

「あいつはいつも通り来れないだろ。ってか、今日本にいるのか?」

 

「よりちゃん、今グリーンランドにいるんだって。昨日、『夜なのに暗くならない?!何で?!』って写真が送られてきた。」

 

「逞しすぎるな…。」

 

小依は高校卒業後、将来凄い職業に就くために、今の内に色々経験したいと言い、1人世界へと旅立っていった。自分探しの旅も兼ねているようだ。昔から周りに持て囃されたいと言っていた小依、今も根本的な性格は変わっていないようである。だが、周りの皆はそんな小依にむしろ安心感を覚え、同時に尊敬している。

 

「いつか、皆んなでまた会いたいな!小学生の時みたいに、きっと楽しいぞ〜!」

 

「うん!そうだね。」

 

「うん。」

 

今は皆バラバラだけど、それでも心は通じてる、あの時の友情が消えることなど決してありましない。ひなたの言葉は、永遠のそれを約束しているようにも感じられて、香音と花の2人もそれに笑顔で応える。だが、ふと何かに気付いたように、ひなたの笑顔が少し薄くなるのを2人は見ていた。

 

「みゃー姉も一緒だったら、もっと楽しいのにな…。」

 

「…そうだね…。」

 

「お姉さんの誕生日、もうすぐだったよね?お線香あげにみんなでひなたちゃんち行って良いかな?その後は、みんなでお姉さんのお祝いしよう!」

 

「…おう、そうだな!よーし!これから忙しくなるぞ~!」

 

「まだ早いよ、ひなた。」

 

元気よく声を張り上げるひなたを見て、いつもの調子に戻ったと微笑み声をかける花。しかし、その張り上げた声は響くことなく、虚空に消えていく。彼女の笑顔も、どこか切なげなものに見えた。だがその時、彼女ら3人に向かって響く、ある少女の声がした。

 

「あー!あれってもしかして、未来のひなたちゃんじゃない!?」

 

「ほんとだ!確かに、成長したひなたちゃんって感じがする!」

 

「その隣にいるの、成長した花じゃないかー?」

 

「じゃあ最後の一人は、未来のかのん?」

 

「それでそれで、成長した私は?大人の女性になって、宇宙一可愛くなっちゃった私はどこ!?」

 

「みんなに注目されて、ちやほやされてる大人の私はどこ!?」

 

「ちょっとみんな!慎重に行動してって言ったでしょ~!」

 

自身の落ち込んだ気分とは対極にある少女たちの陽気な声が聞こえて、姿が近づいてきて戸惑うひなた。だが、最後のその声に反応し顔を上げると、その光景にひなたは自身の目を疑った。そして、今にも消えてしまいそうな、か細く震える声でその名を呼ぶ。

 

「…みゃー姉…?」

 

「う、うん…。そうだよ…、おっきくなったね…、って言えばいいのかな?」

 

成長した自分の妹の姿に、みやこもどう接すればよいのか言葉が詰まり気味になってしまう。少し照れ臭くなってしまい、俯きかけたみやこに、大きくなったひなたが勢いよく抱き着いてくる。そして、その瞳から流れる大粒の涙に気づいたみやこが、心配そうな声音で泣きじゃくるひなたに語り掛ける。

 

「ど、どうしたのひなた…!そんなに泣いて…。」

 

「みゃー姉…、みゃー姉…!また…、また会えた…!」

 

「また…?またって、どういう事…?私はずっと、ひなたと一緒に…。」

 

泣きじゃくるひなたの心理も、言葉も理解できないみやこが怪訝な表情をしてひなたに問いかける。そして、その問いかけを遮って出てきたひなたの言葉に、みやこは呆然とするのだった。

 

「…みゃー姉、死んじゃったんだよ…?2年前に…、事故で…。」

 

嗚咽交じりに絞り出されるひなたのその言葉に、意味を理解した過去の面々が言葉を失う。2年前、突如不慮の事故で命を落としたみやこ。大学での講義中に連絡を受け、すぐさま駆け付けたひなただったが、その時見たのはすでに顔面に白い布をかけられたみやこの姿、その隣で彼女に縋りつくように泣きわめく母親の姿だった。自分が生まれた瞬間からあたりまえのように側にいてくれた存在が、今日を境に自分の隣から永遠に消えてしまうなんて。ひなたはその喪失感と激しい絶望から、暫くの間引きこもる生活が続いた。ひなただけではない、彼女の友達、彼女を取り巻く周りの人々も、ひなたと同様深い悲しみに襲われた。そして、みやこの死から2年、今は少し落ち着いたように見えるが、それでも心に刻まれた傷は完全に癒えたわけではない。それを話している間にも、ひなたの涙は瞳からこぼれたまま。だが、全て聞き終えた後の天使みやこの表情は、不思議と落ち着いているように見えた。そして彼女は、まさに天使のまなざしともいえる優しい瞳でひなたを見つめると、

 

「…ひなた、私は死んだりなんかしないよ…。ずっと、ひなたの側にいるから…。」

 

「…嘘だ…!みゃー姉は死んじゃうんだ…、私を残して…!」

 

「…ひなた…、私天使になったんだよ…。私の、私たちの運命は変わったんだよ…!」

 

「え…?それって…。」

 

「そうだな、俺たちが辿っている運命は、この時代が辿ってきたものとは既に大きく変わっている。」

 

「そうだぞ!それに、今後みゃー姉に危険なことがあるってわかったんだ。だからその時は、私が全力で守る!」

 

「そうだね!私たちもみゃーさんが死なないように助ける!」

 

「お姉さんがいなくなっちゃったら、お菓子食べられなくなっちゃうし…。」

 

「は、花ちゃん、そこなの…?」

 

「みんな…、ありがとう…!」

 

2年間、決して癒えることのない深い絶望に苦しんでいたひなた。その暗かった表情が、過去から訪れた希望の天使たちによって、明るい笑顔に変わる。この笑顔は、大人になっても変わらないものだとその様子を見ていたアンクは「よし!」っと両手を叩いて高い音を響かせる。

 

「そろそろ、この時代に掛けられた呪いを解いてあげよう!」

 

「うん!いくよ…!」

 

純白の天使が掲げた輝く弓矢から放たれる光の帯。それがこの時代の人々を、ひなたたちを包み込み、その絶望さえも優しく浄化していく。そして、それと同時に世界に白い亀裂が巡る。それは空にも地面にも宙にも巡り、見れば先程まで優しく微笑んでいた未来のひなたと花と香音は姿を消していた。そしてその瞬間、世界が割れて淡いピンクの空間に包まれる。足がつくはずのないそこに地面はなく、フワフワとその空間を漂っている。

 

「な、なんだー!?どうなってるんだ、みゃー姉!?」

 

突然の浮遊感に動揺するひなたがみやこに問いかけるが、みやこからの反応はない。手足を動かさず力なく漂うみやこには殆ど意識がなく、また天使の装いや翼も光の粒子となり消え始めていた。

 

「大丈夫だ、きっと天使としての役目を終えたのだろう…。俺たちも間もなく、元の時代に戻る。」

 

「な、ならみやこさんは私がお姫様抱っこで元の時代に…!」

 

「松本さん、平泳ぎでみゃーさんに近づかないで!」

 

「力の代償で、暫く寝込むと思うが、みやこのことしっかり面倒見てやるんだぞ。」

 

「おう、任せて!」

 

「しばらくお姉さんのお菓子食べられないなぁ…。」

 

「安心して花ちゃん!私が作ってあげるわ!」

 

「よりちゃん、危ないから平泳ぎで移動しないで~。」

 

「そして、俺も皆んなとはお別れだ。本来であれば、俺と皆んなは出会うはずではなかった。事実、その運命をたどって行きつくのが先ほどの未来だ。」

 

「そっか。だから未来の私たちは、この人誰ー?みたいな顔してたのか。」

 

「だが、皆んなと過ごした時間は本当に楽しかった…!これから未来がどう変化するのか、楽しみだ…!」

 

戻る時代は同じだが、互いの居場所はそれぞれ異なる。この空間はそれを言葉なく示しているようで、アンクとみやこたちの間に抗えない距離が生まれる。それに抗おうと、再び平泳ぎをし始めた松本と小依の姿が少し面白いが。

 

「アンクお兄さん!私たちのこと守ってくれてありがとー!」

 

「あぁ!もうトラックの後ろを走ったり、裁縫ばさみ持って飛びついたり、爆発に巻き込まれたりしたら駄目だからなぁー!」

 

「爆発は私たちにはどうしようもなーい!」

 

普通に喋ってはもう声の届かない距離、互いに声を張り上げて言葉を交わし合う。そして最後、いつもの姿に戻ってフワフワと漂うみやこを優しい瞳で見つめるアンクが静かに言葉を紡ぐ。

 

「俺たちを…、世界を救ってくれてありがとう…。みやこ、君こそが本物の天使…、本物の主人公だ…。」

 

フワフワと力なく漂う。不思議ととても心地が良い。世界はどうなったのだろう、これから私はどうなるのだろう。何も考えられない。とても眠い。誰かが私に語り掛けている。何て言っているのか分からない。でも、何故だろう、悪くない気分だ…。

 


 

柔らかい布団の感触、暖かい日の光に包まれて、緩やかに意識が覚醒する。だが、まだ朧げで、まるで今まで夢を見ていたかのように感じる。そうだ、自分は夢を見ていたんだ。天使になった自分が時を超えて、世界を救うと言う壮大な夢を。そんなことを考えていると、小さな足が床を叩く馴染みのある音、そして勢いよく自室の扉が開け放たれる音が、みやこのまだ微睡み気味の聴覚に刺激を与える。

 

「うおぉぉぉ!みゃー姉起きたのかー!」

 

「あ…、おはようひなた…。」

 

「おはようみゃー姉!ええと…、4日振りだな!」

 

「4日…?!…ね、ねぇ、ひなた…、私、長い間夢を…」

 

「夢じゃないぞ、みゃー姉!」

 

「え…?それって…」

 

「じゃあなみゃー姉!学校行ってくるー!」

 

「あぁ…!う、うん…、いってらっしゃい…。」

 

再びドタドタと足音を立てて、家から飛び出して行くひなた。そんな彼女を、自室から半分体を出して見送る。ドアが閉まり、次第に足音も小さく、ドア越しに見える彼女の影も段々と薄くなっていく。

 

「あれって、夢じゃなかったのかな…。」

 

1人静かに呟いて、あの時のことを思い出す。今となっては、まるで昨日見た夢を思い出すかのように、記憶は朧げで現実味がない。そして、そんなことを考えながら、再び眠りにつこうとベッドの方を振り返ると、

 

「あ…。」

 

そこには、陽の光に優しく照らされ、輝く天使の弓矢があった。

 

《了》




*補足1
みやこが天使になって世界を救ったのは勿論夢などではなく現実です。あの時使っていた弓矢は、みやこが天使の力を失った今でも残り、僅かではありますが彼女たちにささやかな恩恵を与えるでしょう。あの時の記憶は少しずつ薄れていき、またいつも通りの日常を過ごすことが出来ます。

*補足2
アンクたちが向かった未来は、死の運命になど書き換えられず、魅區もアンクもみやこたちに出会わなかった未来です。彼女たちの運命が書き換えられたのは意図せず突然起きた事象なので、未来には反映されず、未来から見た過去ではこのような出来事は起きていません。従って、未来のひなたたちはアンクのことを知らないのです。(こう言うのドラえもんにあったはず…)

という訳でついに第6章ついに完結しました!パチパチ(゚∀゚)今までで一番長い章になったんじゃないですかね。『私に天使が舞い降りた!』を見ていた当時から、ずっとあの世界に入りたいと思っていたので、疑似的にですが夢は叶いましたかね(笑)次は第7章に行きます!是非これからも『闇物語』をよろしくお願いします(^人^)


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第7章 闇物語-うちのメイドは時を超えて-
一戦目! 消えた魔法少女と現れたメイド


「相変わらず、小学生は賑やかだな…。」

 

今の時間は小学生は昼休みあたりだろうか、アンクは校庭から聞こえる活気あふれる声に耳を傾けていた。そしてそれは、誰もいない静かな体育館にも高く反響する。

 

「さてさて、忘れてた死体を処理しないとな~。」

 

数日前のふれあいフェスタにて、全人類を滅ぼそうとまだ無垢な小学生たちの前である意味盛大に暴れた魔法少女、華飼魅區の放置されていた死体を回収するべく、ひなたたちの通う小学校、その体育館へと赴いたアンク。まさか、一件落着からこれほど短いスパンで再びこの場所を訪れることになろうとは。過去へ未来へと、天使となったみやこの力の人類を死から救う旅に出ていたせいで、すっかり彼女の死体の存在を忘れてしまっていた。もちろん死体が放置されている間も学校はあり、体育館を使うこともあったらしいが、それはあの事件を知っている者たちの計らいでどうにかなったという。しっかりした子たちだ。

 

「この感じ、懐かしいな…。」

 

ひなたたちが死の運命に見舞われていた中、アンクはそれを回避させるため暫くの間この小学校の生徒として、久しぶりの小学生生活を送っていた。その時の記憶が、アンクの心に懐かしさと僅かな切なさを感じさせる。だが、それももう終わったこと。むしろ、この時間は彼女たちが救われたこと、平和が訪れたことの証拠である。感慨深さに嘆息し、懐かし気に辺りを見回したところで、アンクは本題の魔法少女の死体に目を向ける。

 

「…!死体が、ない…!」

 

だが、アンクの目線の先に彼女の死体はなく、その場所にはどす黒いモヤが渦巻いて消えているだけだった。驚き、急いでステージに駆け寄る。ほんの少し前までステージ上に力なく横たわっていたそれは、裏や倉庫などを探しても見つかりはしなかった。

 

「一体どういうことだ…。それに、何なんだ、これは…。」

 

先ほどから死体のあった場所に黒いモヤが渦巻いて、そして間もなく消えた。死体から上がったものか、この黒いモヤによって死体は消されたのか、それとも何者かの力か。考えても結論は出なかった。そしてアンクは、その場所に無造作に転がった銀色の物体を見つけた。

 

「魔法のステッキ、か…。こんなもの何処で手に入れるんだ…?」

 

魔法少女が数々の魔法を行使するために使用していた魔法のステッキ、先ほど死体があった箇所近くに撒かれていたのをアンクが拾い上げる。やはり、いつ見ても不気味な造形をしている。彼女の手作りかどうか知らないが、こんなものを持ち歩いているのは実に趣味が悪い。

 

「と言うか、あいつも間抜けな奴だ。もっとうまいやり方があっただろうに…。」

 

ステッキの持ち主の顔を思い浮かべて、そう言葉をこぼす。事実、彼女の行動には計画性が感じられなかった。ひなたたちを狙っているかと思いきや急にアンクを標的にしたり、そもそもみやこの体の表面に出ていた時、妙な態度や言動でアンクに疑念を抱かせていたところ詰めが甘い。そして最終的に、大勢の前で我欲に負け暴走し自身の正体を自ら進んで晒す。今思えば、彼女がより狡猾で冷酷な人間であれば全人類は死んでいただろうとと言うあたり、そこは彼女の馬鹿さに救われたと言ってもいいだろう。結局、彼女は自身の目的を何も果たせず、そして未来のひなたたちを幸せにしただけだったのだ。

 

「はぁ、考えても仕方ないな…。帰るか…。」

 

最終的に、彼女の死体は消えたままだった。諦めたアンクは大きくため息をつき、帰ろうと体育館の出口に身をひるがえしたところで、

 

「失礼致します…!」

 

体育館に響いたのは、優しくも凛々しい女性の声だった。それに反応して、体育館に複数設置されている出入口、その声のする方に視線を向けたアンクの目に映ったのは、一人の女性だった。

 

「私のお嬢様を…、ミーシャ様を、救っていただけないでしょうか…!」

 

青いメイド服を着た女性が、アンクに向かって深々と頭を下げていた。




さて始まりました第7章!一応新章だけど前回の続きから始まる感じの構成好き(笑)
魔法少女の死体はどこに消えてしまったんでしょう?そもそも、この世に魔法少女は沢山の種類が存在していますが、彼女は度の魔法少女だったんですかね~。その内回収しますよ、死体も伏線も(*^▽^*)今回は何のアニメキャラと関わるのかは、次回のお楽しみということで、第7章よろしくお願いします!


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二戦目! うちのメイドのカミングアウト

アンクに向かって深々と頭を下げるメイド服姿の女性。突如自身に向けられたそれらに、アンクは思考の整理が出来ない。しかし、頭を上げた女性、その真剣な表情、眼差しを見たアンクは彼女にこう言ったのだった。

 

「一先ず、話を聞かせてくれ…。」

 


 

元孤児院、今はアンク達家族の家にメイド服の女性、名は"鴨居つばめ"を招き、リビングルームのテーブルに対面で腰掛ける。

 

「まず、貴方の素性から教えてもらおう。」

 

「はい。改めまして、鴨居つばめと申します。元自衛官で、今は高梨家にて家政婦をしております。」

 

「成る程、だからメイド服姿なのか。」

 

家政婦として働いているだけあり、いやそれ以上に彼女の言葉使いや立ち居振る舞いはとても丁寧で礼儀正しいものであった。とても人格人で、頼れる家政婦であろうことが窺える。

 

「よし、じゃあ本題だ。私のお嬢様を助けてとはどういうことだ?たしか、ミーシャと言っていたな…。」

 

「はい、ミーシャ様は私が家政婦を勤めさせて頂いているご家族の一人娘で、私は彼女のことをお嬢様とお呼びしております。」

 

「その服装、そんなに畏まらなければいけないような場所なのか?」

 

「あ、いえ。高梨家は何処にでもあるごく普通の温かい家庭です。この服は、私の勝負服とでも申しましょうか…。」

 

少し俯き自身のメイド服のフリルを指でなぞる。その彼女の表情が、先程までの凛々しいものと変わり優しく、そして切なげに見えた。

 

「で、そのお嬢様に何かあったのか?」

 

アンクのその言葉をきっかけに、俯いていた顔をあげてアンクを見据えた。その表情には、温かさなどない、今にも泣きそうなただ悲しみだけが宿っていた。そして、つばめは震える声で言葉を紡ぐ。

 

「…お嬢様は…、死んで、しまったんです…。」

 

「…死んだ…?」

 

突然の告白に、アンクは目を見開き少し前のめりになる。そして、彼のその問いかけに続くように、つばめは少し震える声で詳細を説明し始めた。

 

「…約2週間前のことです。お嬢様は父親である旦那様と、とある温泉旅館に行ったのです。私もその日は中居のバイトとして、現地で合流する形になりました。事件が起きたのは夕方のことです。お嬢様は、野生のパンダを見に旅館裏にある山に1人で入って行ってしまったのです。お嬢様がいなくなったことに気づいたのは、それから約2時間後のことでした。元自衛官だった私は、お嬢様の救助のため1人で山の中へ赴きました。しかし…、」

 

その途端、今まで淡々と話していた声が途切れ、苦しそうに嗚咽をこぼす。その時の状況を思い出してしまったのか、見れば彼女の頬を涙がつたっていた。

 

「…し、かし、その時にはお嬢様は…、もう…。」

 

「死んでいたのか…。」

 

「…夜中の山は、気温が急激に下がります。間違いなくお嬢様は遭難されていたのですが、それとは別に、遺体には大きな爪痕や噛みちぎられたあとが多く残っていたのです…。」

 

「…熊か…?」

 

「…恐らく…、遭難している途中で、野生の熊に襲われたのでしょう…。…私が、私がもっと…、早くお嬢様を見つけていれば…!」

 

激しく嗚咽を、涙をこぼしつばめは自身に責任を押し付ける。アンクも、今まで何人かの死人を見てきたが、今回ばかりはつばめの様子に心が苦しくなった。

 

「…あまり思い詰めるな…、誰のせいでもない…。」

 

アンクの言葉に、さらに悲しみを深めるつばめ。暫くリビングには、つばめの鳴き声が響いたのであった。

 


 

「何故つばめは、俺に声をかけたんだ…?」

 

つばめが少し落ち着きを取り戻し、リビングに静寂が満ち始めた頃、アンクはもう一つの主題とも言える質問を彼女に投げかけた。つばめがアンクに声をかけた、助けを請うたその理由を。

 

「…実は、光の帯のようなものが空を覆い尽くすのを見たんです…。気になって元を辿ってみたら、ある小学校の体育館にいる貴方の姿を見かけて…。」

 

「あの時、つばめは近くにいたのか…。」

 

「えぇ…、偶々近くをお散歩していたんです。でも、不思議なことに後で友人や旦那様に聞いても、そんなもの見てないって仰るんです。」

 

「…成る程、あれが見えてたのは俺たちだけだったのか…。」

 

死の運命に書き換える魔法という名の呪い。それを解くために天使となったみやこが放った光の帯は、人類を救おうとしているもの達にのみ目にすることが許された光だったのだ。では、何故つばめにもそれが見えたのか。因果関係を脳内で巡らせるアンクをよそに、つばめが言葉を続ける。

 

「…実は私、お嬢様がお亡くなりになられてからお暇を頂いておりまして…。元々、お嬢様の子守を、ということで募集していたお仕事だったので。…でも、私はまだあの家族の家政婦でありたい…。お嬢様のメイドでありたい…!」

 

「それ程、愛しているんだな…。」

 

「はい…。お嬢様は、私が今まで失い、得てきた全てを天秤にかけたとしても、尚重く光り輝くものなのです…。」

 

「…その言葉、ミーシャにこそ伝えてあげたいな…。」

 

つばめは片方の目に涙を浮かべながら、もう片方の薔薇の造形をした眼帯に優しく触れる。きっと彼女にとってミーシャは、この眼帯をしていても届く光なのだろう。そして、彼女のその決意とも取れる言葉を聞いたアンクは、一つの解決策を切り出す。

 

「…助ける方法、一つだけある…。」

 

「本当ですか…!」

 

「あぁ、つばめのお嬢様が死ぬ少し前の過去に遡って、死が訪れる前に見つけ出して助ける…。あの時お前が見た俺たちは、何度か時を超えた…。」

 

「成る程…、過去のお嬢様を助ければ、今も生きていることになる、ということですね。」

 

「そうだ。出来れば、この方法はあまり使いたくなかったんだがな…。歴史を改変することは望ましくない行為だ。」

 

「お嬢様があの光の帯を受けていれば、今頃…。」

 

「いいや、それはないだろう…。あの光は、運命を死の運命に書き換えられた者たちを救うものだった。だが、最初から死の運命を背負っているものは、例え書き換えられた死の運命が消えようと、元の運命による死が待つだけだ…。」

 

「…じゃあ、いずれにしてもお嬢様は…。」

 

存在しなかった可能性にさえもミーシャが生き残る道はなかったことを知り、落胆するつばめ。その彼女の様子を見たアンクは「落ち込む必要はない…。」と一言置き、

 

「これから助けに行くんだろう?お前の力も貸してくれ、つばめ…!」

 

「…!はい!」

 

アンクのその一言に、新たな希望を見出したつばめの表情が明るくなる。そして、一先ず何があったのか、これからどうするかを話し終えたアンクが、雑談程度に話しを切り出す。

 

「そう言えば、よく俺のいる場所が分かったな。小学校の体育館何て、普通目に入らないだろう。」

 

「あぁ、それはですね、日課の”近所の小学校巡り”をしていたら偶々お見掛けしまして…。」

 

「…はぁ…?」

 

至極当然のように語るつばめに、アンクは目を丸くして惚けた声を出す。小学校を日常的に巡るなど、普通に生きていれば行わない行為であろう。

 

「普段お買い物の帰り道など、ついでに幾つかの小学校を見て回っているんです。いいですよねぇ〜、幼女が戯れる姿…。」

 

先程までの凛々しい表情、悲しみの表情が嘘であったかのように、だらしなく表情を緩めるつばめ。そんな彼女が言っていること、アンクは全て理解出来ていなかった。

 

「…お前、もしかして…。」

 

「はい!初潮を迎える前の幼女、いや妖精!愛しています!」

 

勢いよく言い放つつばめに、アンクは若干引きを覚える。先程までの彼女に対する印象とはまるで結びつけることの出来ない彼女の趣向。これがギャップと言うものなのだろうか。そして同時に、何故彼女が、何処にいるかも分からないアンクを見つけ出し、声を掛けることが出来たのかを理解した。いや、全てが繋がったと言った方が正しいか。

 

「…いつも通り小学校を巡って、体育館近くを通りかかったところ偶々俺を見つけて声をかけたと…。」

 

「御名答!」

 

だが、つばめがアンクに向けて深々とお辞儀をしていたのは、体育館の入り口、つまり既に敷地内にいたのである。どうやって中に入ったのか、と突っ込もうとして彼女に目をやると、既に彼女はアンクの目を真っ直ぐに見つめていた。薔薇の眼帯の分、表情が完全に読めないことに、今となっては若干の恐怖を感じる。

 

「これからお嬢様をお助けするまで、宜しくお願いします!」

 

そう言葉にし、つばめは再び深々と頭を下げる。ミーシャ自身を愛しているからか、それとも彼女が幼女であるが故の想いなのか、今となってはどちらか疑う余地がある。だが、いづれにせよ近しいものの命が奪われて悲しみを抱いている人間が目の前にいるのだ。

 

「あぁ…!宜しくな…!」

 

先程までの気持ちを切り替え、静かに、それでもって力強く彼女に言葉をかけるのだった。




と言うことで、第7章は"うちのメイドがウザすぎる!"の作品のみんなと出逢います!うp主はこのアニメのおかげで、アニメにおける変態キャラが大好きになりました(笑)良識のある変態最高(´∀`=)特につばめはお気に入り!(^з^)-☆


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三戦目! うちのメイドと紅魔館のメイド

「…ここだ。」

 

「これは、随分と立派なお城ですね〜。」

 

目の前に聳え立つ紅色の洋館を見上げ、その壮観さにつばめが感心して声を出す。爆睡中の門番の横を通り、庭の丸い大きな噴水を過ぎれば洋館の扉はすぐ目の前だ。

 

「お邪魔するぞ〜。」

 

そう一言声にするアンクが、大きな扉をゆっくりと開け放つ。するとその瞬間、刹那だけ世界が止まった感覚。そして、それを感じたのとほぼ同時に、無数のナイフがアンクとその後ろにつくつばめを奇襲する。刃の轟音と激しい衝撃が館内に響き渡り、その光景を階段から1人のメイドが傍観している。

 

「…あら、無傷なのですね。まぁ、そうだろうとは思っていましたが…。」

 

「相変わらず容赦ないなぁ。これが幻想郷を救った者に対してのもてなしか…?」

 

アンクのシールドに弾かれたナイフが床に散らばり、それを踏み締め館に入るアンクがその傍観者、十六夜咲夜に話しかける。そして、突然の奇襲に即座に戦闘態勢に入った無謀なつばめに振り返り、

 

「つばめ、紹介するよ。あいつは咲夜、お前と同じでこの館の主人に仕えているメイド。そして、今日俺たちがここに赴いた目的だ。」

 

アンクのその言葉を受け戦闘態勢を解除したつばめは、背筋を整えもう見慣れたお辞儀を咲夜に向けるのだった。

 


 

「私の”時間を操る程度の能力”が欲しい、ですか…?」

 

「あぁ。」

 

広いエントランスから、これまた広々とした応接室に案内されたアンクとつばめ。真っ赤な絨毯の上に置かれた真っ赤なソファーに豪快に腰掛けるアンクが明かした、今日彼らが紅魔館に赴いた理由を聞いて、ソファーの後ろで姿勢を正した立ち姿の咲夜が少し戸惑いを見せる。

 

「実は、とある事情で過去に遡らなければいけなくなってな…。そのために、咲夜の力を少し借りようと思って…。」

 

ミーシャの命を救うために、過去の時間に戻って彼女を遭難から助け出すという結論に至ったアンクとつばめ。しかし、当のアンクには時間を遡るなどという力は存在しない。今まで何度か時間を移動するという体験をしたことはあるが、それはタイムマジーンや天使となったみやこの力によるものであり、アンク自身の力のみでそれを可能とすることは現時点では不可能である。

 

「でも、うちの咲夜だって時間を遡ることはできないわよ?時間を止めることは出来てもね…。」

 

アンクと咲夜のやり取りを部屋越しに聞いていたのか、今しがた応接室の扉を開け入ってきたレミリアが自身の従者の能力について補足する。

 

「レミリアお嬢様の言う通りですわ。私では力不足化と…。」

 

「いや、問題ない。俺は、他者の力を侵食して自分のものに出来るんだが、その時侵食に用いた闇力によって、元の力に拡張や強化が生じるんだ。きっと、”時間を操る程度の能力”のも拡張が起きることで、出来ることが増えるはずだ…。」

 

「そ、そうなんですね…。原理は分かりませんが、そういう事なら何なりと私の力をお使いくださいませ。」

 

どうやら、理解は出来ないが納得はしてくれたようだ。咲夜から直々に許可を得たアンクは、「ありがとう。」と一言お礼を言うと、闇力の纏った手を咲夜の顔面にかざす。闇力による侵食に、何も難しいこともなければ痛みや苦痛を伴う事さえない。暫く咲夜を包み込んでいた闇が晴れれば、それで侵食の闇術は完了だ。

 

「もう終わったのですか…?」

 

「あぁ、少し試してみよう。」

 

想像以上のあっけなさに闇から晴れた咲夜の顔は少し動揺気味だ。そして、そんな彼女をよそに新たに奪い得た力を試そうとアンクが術を発動する。刹那、世界が止まり、そしてまた動き出す。

 

「問題ない、能力の拡張も後で試しておこう。感謝するぞ、咲夜。」

 

「良かったわね、私にはよく分からないけど…。それにしても、こんなに早くまたあなたに会えるとは思ってなかったわ。幻想郷を救った英雄さん…。」

 

「あぁ、そうだな…。何か最近、かなり短いスパンで以前行ったところにまた訪れることが多い気がする…。」

 

並行世界の自分が滅ぼそうとした幻想郷然り、魔法少女が暴れた小学校の体育館然り、偶然かそれともそう言った運命のもとに彼がいるだけなのかは分からない。

 

「この世界をお救いになったとは…。やはり、あなたに頼んで正解でした、アンクさん。」

 

アンクの話を聞いていた咲夜の代わりに、少しの間紅魔館の雑務を行っていたつばめが、持ってきた紅茶をレミリアのいる仕事机にそっと置く。

 

「あら、これはまた気の利いたメイドさんじゃない。」

 

「光栄です、レミリアお嬢様。」

 

レミリアからの誉め言葉に、上品に返すつばめからは得も言われぬカリスマ性を感じる。しかし、レミリアが紅茶を飲み始めると、それを見ていたつばめの呼吸が荒くなっていくのを、応接室にいる全員が気づいた。

 

「はぁ…!お嬢様がっ、可愛いコウモリ幼女が…!私の入れた紅茶をぉ…!はぁぁぁぁ…!」

 

「え…?何、急にどうしたの…?」

 

「…発作だ…。」

 

呼吸、心拍は乱れ、顔を若干火照らせながらその場で震えワナワナし、今にも飛び掛かりそうである。先ほどまでの、レミリアよりカリスマ溢れるメイドの姿が嘘の様である。彼女の発作をアンクが見たのは今回が初めてだが、これを毎日見せられていたであろうミーシャのことを考えると、助けないほうが彼女のためなのではないだろうかと発作1回目にして思わされる。

 

「咲夜、そこの変態メイドを何とかしてくれ。ナイフ使っていいから…。」

 

ソファーの上とその後方で、発作を起こすつばめの姿を共に見ていた咲夜にアンクが助けを求める。すると、咲夜がつばめの方に向かってゆっくりと歩きだす。正直何もする必要はないが、何かしら行動を起こしてくれるのかとアンクが期待していると、

 

「お嬢様は私のものよ!!!!!!」

 

応接室に響いたのは間違いなく咲夜の声だった。だがそれは、いつもの優しく落ち着きのある声ではなく、目の前のレミリアへの欲望が抑えきれなくなった暴発の証であり、事実彼女は応接室の天井に届くほどの跳躍力でレミリアに飛びつく。アンクは唖然とした。以前幻想郷に迷い込んだ時もそうだったが、アンクが見る咲夜はいつでもカリスマ吸血鬼に使える完全で瀟洒な従者だった。しかし、彼女の裏の顔は、つばめと同じ完全で瀟洒なロリコンであったのだ。本当の恐怖を感じ涙を流しながら逃げ回るレミリア、鼻血を流しながらミニスカメイド服姿でその細く長い四肢を光速で動かし全力で追いかける咲夜、露出の少ないロングスカートメイド服の上からでも視認できるほどに浮き出た超筋肉を駆使して人ならざる者たちを同等の速度で追いかけるつばめ。いづれ紅魔館全体にまで及ぶこととなったその地獄絵図を、アンクはただ傍観することしか出来なかった。




メイドつながりでずっと前から、何なら7章始まる前から考えていたお話だったので今回実現できて良かったです(笑)次回はいよいよ過去に遡る!


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四戦目! うちのメイドは時を超えて

「僕も、一緒に行かせてください…!」

 

高梨家リビング、L字ソファーの一辺に腰掛け食い気味にそう言葉にするのは、ミーシャの父親、"高梨康弘だ"。アンクとつばめは紅魔館から帰った後、旦那様にも報告したいと言うつばめの申し出により、高梨家に赴いた。アンクが異能を使えること、そのおかげでミーシャを助けることが出来るかもしれないこと、そして過去に遡ること。一連の説明を康弘は食い入るように聞いていた。無理もない、一度は死んだ自分の愛娘が生き返るかもしれないと聞いた時には、誰だって今の康弘と同じ表情をするだろう。

 

「いや、康弘にはここにいてもらいたい。」

 

「な、何で…?!」

 

一通りの流れを聞いた康弘が出した結論に、L字ソファーのもう一辺に腰掛けるアンクが待ったをかける。

 

「仮に歴史を変え、ミーシャを救えることが出来たら、今のこの時間はどうなると思う?つばめ。」

 

「…見当もつきません…。」

 

全ての計画が成功した後の歴史について問われたつばめが、アンクの隣に腰掛けながら疑問の表情さえ浮かべない。

 

「ミーシャが救われれば、その後は今この歴史とは違い、ミーシャが生きている、生き続けている歴史になる。当然そうなれば、今皆が持っているミーシャが死んだと言う記憶は消える、と言うよりなかったことになる。」

 

「…難しい話ですね…。」

 

「だが、過去に遡って実際にミーシャを助けた者は違う。ミーシャが死んで、過去に遡って彼女を助けて、それで今の世界が、歴史があるんだと言う記憶を持ったまま生きていくことになる。」

 

「…つまり、康弘が過去に戻らなければ、ミーシャが死んだことなんてなかったかのように、今まで通りの日常を送れると言うことだな?」

 

「あぁそうだ。ミーシャを混乱させないためにも、父親にはこの家に、この時間にいて欲しい。歴史改変に干渉されてもらいたい。」

 

アンクの周りくどい説明に補足を入れるのは、彼の腰掛けるソファーの後ろに腕を組んで立つもう1人のメイド、名は"鵜飼みどり"だ。銀髪をツインテールにしたゴスロリ風の衣装を見に纏う、これまた筋肉質の女性だ。つばめが自衛官だった頃の上官でもあったと言う。

 

「…分かりました、まだちょっとよく分からないけど、この時代に残ることにします。」

 

「あぁ、ミーシャのためにもその方が良いだろう。」

 

「それにしても、闇の力とらやの異能を使えるとは…。まさかこの世界にそんな人間がいたなんて驚きだな。」

 

「流石にないとは思いますが、妙なこと考えないでくださいね、二尉。」

 

「あ、あぁ…。だが、その得体の知れない力で痛めつけられるのを想像しただけで…!あぁ…!♡」

 

「生身の人間に攻撃などしない…。」

 

みどりは、自分が恵まれない環境や不幸な状況に陥ると興奮してしまう、所謂ドMであるという。発作を起こすみどりに対して、流石のアンクも戸惑い気味である。

 

「高梨家を取り巻くメイドは変な奴しかいないのか…?」

 

「私は至って真面目ですよ。」

 

先の紅魔館での一件で説得力のカケラもない言葉がつばめの口から出る。アンクのことを真っ直ぐに見つめる凛々しい表情が、本当に自分は真面目であると心から言っているようであり、アンクは少しだけ恐怖を感じた。

 

「さぁ、そろそろ行こうか。ミーシャを早く助けてあげないとな。」

 

「どうか娘を、ミーシャをお願いします…!」

 

「あぁ、任せろ。」

 

「二尉はお父様と一緒にこの時代に残ってください。」

 

「あぁ、元よりそのつもりだ。」

 

「では、行って参ります…!」

 

力強く決意を込めて言葉にするつばめ。見慣れたお辞儀をし、アンクと共に高梨家を後にするのだった。

 


 

「過去に飛ぶと言うのは、具体的にどうするのですか?」

 

「…これを使う。」

 

時間旅行の下準備として、アンクとつばめは一先ずアンクの住む孤児院へと向かった。そして、時間遡行の方法について問われた彼は、あるものを軽く叩き示し、それを問いに対する答えとする。

 

「…これは…?」

 

「タイムマシンだ。これに乗って時間を遡行する。」

 

「こんなものいつの間に…。」

 

「さっきパパッと作った。咲夜から譲り受けた術を使ってな。」

 

「べ、便利ですね…。」

 

闇力に侵食された咲夜の能力は拡張を起こし、アンクには時を止める能力の他に、時間遡行をする能力が備わった。その能力を応用して作られたアンク専用のタイムマシンを、つばめが物珍しそうな表情で見やる。

 

「さぁ、後ろに乗り込め。」

 

2人乗りのタイムマシン、その後方につばめが座り、前方に跨ぎ座るアンクがシステムを起動する。すると、周りの世界は揺らぎ始め、タイムマシンは宙に浮く。急な浮遊感に驚いたつばめがあたりを見回すと、先程までの自然に囲まれた孤児院の景色は、奇妙に揺らめく青みがかった空間に変わっていた。

 

「これが、時間軸…!」

 

「…つばめ、本当にお前も過去に遡るのか?この時代に残れば、歴史改変の影響で何もなかったかのように、今まで通りの当たり前の日常を送れるというのに…。何なら、今からでも俺一人で…。」

 

「…いえ、これでいいんです…。」

 

つばめの心を思う微かな不安と疑念から生まれたアンクの問いに、彼女は優しく返す。

 

「…私の至らなかったばかりにお嬢様は亡くなってしまった。その責任を、その罪滅ぼしをしたいんです…。」

 

「…お前のせいではないと言ったところで、どの道お前は着いてくるのだろうな…。」

 

「もちろんです!それに、歴史が改変されてその影響を受けてしまえば、あなたのことも忘れてしまう…、それも嫌ですから…。」

 

「…そうか…。」

 

ミーシャを助け歴史を変えた先に、つばめとアンクが出会う未来など存在しない。ミーシャが生きていれば、つばめがアンクに声をかけ、私のお嬢様を救ってほしいなどと頼み込むことなど勿論ないからである。つばめはそこまで考えていた。ミーシャだけでなく、アンクのことも気にかけてくれていた。そのことに密かに気付いたアンクが、つばめに見せないように少し微笑む。

 

「行くぞ…!過去の世界に…!」

 

「はい!お嬢様を助けに…!」

 

2人の声が時間軸内に響くのと同時に、タイムマシーンは光のごとき速さで時間軸内を過去へと駆け巡るのだった。




能力紹介?

〇タイムマシーン
十六夜咲夜の”時間を操る程度の能力”を闇力によって拡張して得た”時間を遡行する程度の能力”の応用によって作り上げた。乗り込むことによって、時間軸を認識、干渉することができ、過去や未来への移動を可能とする。ドラえもんのタイムホールのようなものだが、アンクが認識、移動できるのは彼独自の時間軸であり、タイムホールとはことなるもの。しかし、その他時間遡行物の時間軸などと互いに干渉し合い、別の時間軸に乗って移動することも出来る。(別の時間軸と言ったが、辿り着く過去や未来、辿ってきた歴史辿るであろう歴史は他のものと共通であり、別の世界に行くとかそういう事ではない)

パパっとタイムマシン作っちゃいました(笑)次回はミーシャを助けるぞー!


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五戦目! うちのメイドといつもの日常

ゆらゆらと揺らめく奇妙な青色の空間。そこにはいつも暮らしている世界にある概念は存在せず、タイムマシーンから放り出されれば地に足をつけることは出来ず、永遠とその空間を漂うことになると言う。自分が過去か未来かどこにいるかも分からず、ただ時間という概念に取り残される。

 

「さぁ、着いたぞ…。2週間前の、ミーシャが死ぬ少し前の時間に。」

 

時間遡行中、アンクが話したこの時間軸について頭の中で反芻していたつばめが、彼の言葉で現実に帰る。彼は過去に着いたと言ったが、辺りを見渡せどこの空間にそれを判断する要素がなく、つばめは返答に困る。しかし、アンクがシステムを操作すると、先程まで揺らめいていた空間は徐々に消え、見れば辺りには草木と土が広がっていた。

 

「…ここ、お嬢様が遭難されたあの山…。」

 

「そうだ、過去においての出現座標をここに設定しておいた。」

 

「…よく分かりませんが、これでお嬢様を救える第一歩を踏み終えたと言うことですね。」

 

「あぁ、そして次がその第二歩目だ。」

 

そう言うと、アンクはその場にしゃがみ地面に強く掌を打ち付ける。彼の急な動作に怪訝な表情をしたつばめだったが、彼女の目に映ったのは、アンクの打ち付けた掌を中心に地面に広がる細い線だった。それは無数に、無造作に地面を駆け巡りどこまでも際限なく進んでいく。そして、木々が生い茂る山の内部、その一点から天に向かって一直線に伸びる黒い光の線が上がった。

 

「あそこだ、あの上がった線の位置に、ミーシャがいる…。」

 

「…行きましょう、お嬢様は私がお助けします…!」

 

かつては居場所が分からず助けることが叶わなかったミーシャ。だがアンクの闇術のおかげで希望を見出したつばめが勢いよく走りだす。アンクも彼女の後を追うように着いて行き、しばらく走ると、山内を流れる一本の川にたどり着いた。その少し後ろの草むらにアンクとつばめが隠れたのは、目の前にミーシャと、今にも彼女に飛び掛かりそうな野生の熊二頭を視認したからだ。

 

「あの熊が…。私がお嬢様の前に出て熊を引き付けますので、その隙にアンクさんはお嬢様を連れて遠くに…。」

 

「いや、そんなことしなくてもここからで十分だ。」

 

「え…?」

 

元自衛官であり、山で遭難した時の行動、野生の動物に出くわした場合の対処法などの知識はあらかた得ているつばめ。野生の熊二頭を目の前にし、その上でミーシャを救出する作戦をアンクに伝えるつばめだが、当のアンクはいたって冷静である。その態度に少し怪訝な表情でアンクを見ていると、彼は人差し指を一本、二頭の熊に向ける。するとその瞬間、ミーシャと対峙していた熊たちは大きな水しぶきを上げて川に力なく倒れた。今にも襲われると、殺されることを覚悟していたミーシャは、予想外の事態に驚き言葉も出ない。

 

「睡眠の闇術だ。まだ何もしていないのに、殺すのはどうかと思ってな。」

 

「…私はてっきり、壮絶な死闘を繰り広げるものとばかり…。まさか、こんな簡単に済んでしまうとは…。」

 

「過去にいるミーシャに姿を見られたくなかったんだ。歴史改変の影響が複雑になってしまうからな…。」

 

倒れ伏す熊たちとその様子に恐る恐る近づくミーシャを見ていたアンクが、「それに」と言葉を続けて今度はつばめを見やる。

 

「お前、おとりになると言っていたな?だが、それではつばめが危険だろう。ミーシャが助かっても、今度はお前が死んだら意味がないんだ。せっかく過去に戻ってまで人を救いに来たんだ、何の犠牲も出しはしないさ。これが、最善の選択だ…。」

 

「アンクさん…。」

 

「さぁ、ミーシャは無事救えた。戻ろう、俺たちの時代に…。」

 

少ししんみりしたその空気を一発の拍手で飛ばし、そう言葉にしたアンクとつばめの背後にタイムマシーンが現れる。「お嬢様!ご無事でしたか…!」と登山装備のもう1人のつばめが現れたのは、彼らが時間軸に乗った直後のことだった。

 


 

「もう少しで、お嬢様がご帰宅なさる時間です…。」

 

「そうか…。楽しみだな…。」

 

過去から現代へ。無事ミーシャを救うことが出来たアンクとつばめは、高梨家で彼女の帰りを待っていた。歴史は変わった。見れば分かるが、その証拠に過去に遡る前は家で待機していた康弘とみどりが、現代に戻ってくるといなくなっていた。もちろん、ミーシャが生きていれば、ミーシャを救う計画を、態々家に集めて彼らに伝えるなどと言うことはない。その出来事が丸々なかったことになっていると言う訳だ。だが、玄関の扉でミーシャの帰りを待っているつばめは、どこか落ち着きのない様子であった。

 

「落ち着け、ミーシャは助けた、何も心配することなどない…。」

 

「わ、分かってはいるのですが、それでも…。」

 

その瞬間、つばめの言葉を遮るようにドアを開ける音と「ただいまー。」という少女の声がする。つばめの呼吸がハッとなり、息を飲み込むのがアンクには聞こえた。そして、声のした方にゆっくり振り向くと、

 

「どうしたの?何かあった?」

 

「お嬢様…。」

 

そこにいたのは、紛れもないミーシャ本人だ。翡翠の瞳に色白の肌、長く艶やかな金髪が美しいつばめの愛する人。ランドセルを背負いながら、言葉にならない感動を見せるつばめに、ミーシャは少し戸惑い気味だ。そして、そんな彼女の様子をじっと見ていたつばめが、瞬間我に帰る。

 

「お、お帰りなさいませお嬢様…!おやつの準備が出来ているので後で持っていきますね。」

 

「うん。…と言うか、その人誰?」

 

「お気になさらず、私のお客様です。」

 

「ふ~ん…。」

 

靴を脱ぎ玄関に上がると、アンクは控えめな会釈を受ける。物珍しそうに彼を横目に死ながら、ミーシャはランドセルの音を鳴らせて階段を駆け上る。ゆっくりと振り返り、その後ろ姿につばめは安堵のため息をこぼす。

 

「…よかった…、またお嬢様一緒に、日々を過ごすことが出来るのですね。」

 

もうミーシャの姿は見えない階段を見つめそう言葉にするつばめの瞳は涙で輝いていた。一度は己の責任で失ってしまった大切な人を、今度は自分の手で再び救うことが出来た。もう一度愛する人と過ごすことが出来る喜びを考えたら、きっとアンクも同じ表情、同じ感情を抱くだろう。彼がつばめの言葉に「あぁ…。」と静かに返すと、つばめはいつもの見慣れたお辞儀をして、

 

「おかえりなさいませ、お嬢様…!」

 

その力強く優しい言葉は、ミーシャを救う物語、つばめの悲しみに終止符を打ったのだった。そして、暫く玄関に静寂が満ちた後、つばめは「さぁ!」と両手を鳴らし、

 

「お嬢様のおやつの用意をしなくてはいけませんね!」

 

「俺にも少し手伝わせてくれ。」

 

「えぇ、助かります…!」

 

そして二人は、キッチンに向かうリビングの扉へと一歩踏み出したところで、インターホンの音が鳴り響く。水を差されたつばめが「はいはい。」と足早に玄関の扉を開けると、警察服のような制服を身に着けた二人の男が険しい顔をして立っていた。

 

「タイムパトロールだ。歴史改変の容疑で逮捕する…!」

 

突然彼らから放たれたその言葉に、アンクとつばめの二人は呆けた顔を見合わせたのだった。




能力解説~

〇地面を駆け巡る無数の線(名前は特にない)
対象が何処にいるのかを確かめるための闇術。アンクがこの術を発動し地面に掌を打ち付けると、そこを中心に無数の黒い光の線が不規則な形で地面を駆け巡る。それは対象を見つけるまでどこまでも広がり続け、どんなに高い山でも、離れた大陸や島でも海底を伝ってどこまでにも及ぶ。対象がその黒い光の線に触れると、その瞬間その地点を示すように光の線は上へと刺す。その長さは宇宙を超えて無限に高さを持つが、他の何物が触れても特に影響はない。示された対象が移動すると、その光の線も同じように移動し続け、対象の現在地を示し続ける。

〇睡眠
術を発動した対象を眠らせる闇術。どのくらい深い眠りにつくのか、どのくらいの間眠りにつくのかは、その術に費やした闇力の量によって異なり、それによっては実質永遠の眠りにつかせることも可能。

ミーシャ助かりましたー!でもタイムパトロールって誰!?今回の章はあまり長くしない予定です!(前回長かったからね~)何なら次回で最終回と考えてます!最後までお付き合い下さい!


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最終戦! 時を超えてもあなたと一緒に

「何で私も牢屋に入れられなきゃいけないんだ!?しかも、お前と一緒にっ!!!」

 

「うぅ…、申し訳ありませんお嬢様、国家権力には逆らえず~…。」

 

牢獄の中、指を突きつけつばめを糾弾するミーシャの大声が静寂に充ちた刑務所の廊下を響き渡る。時は22世紀、タイムパトロールと名乗る男たちに手錠をかけられたアンクとつばめはタイムマシンに乗ったかと思えば、未来の時代にて牢獄にぶち込まれたのはもう2時間前の話。

 

「どうやら未来の警察機構だったようですね…。しかも、時間遡行専門の…。」

 

「お前が捕まるのは全然いいんだけど、なんで私まで捕まってるわけ!?」

 

歴史の改変を起こしたアンクとつばめが容疑をかけられるのは、不可抗力にしても分からなくはない。だが、事実この牢獄にはミーシャも入れられており、突然の出来事に困惑と怒り交じりの彼女とつばめのやり取りは先ほどからずっとこのような感じである。

 

「まだいいよ!何か未来の牢屋すっごい綺麗だし!」

 

「確かに、元の時代で見るものとは比べ物にならないですね…。」

 

自分が腰を下ろしている場所の質感を確かめるように、ミーシャは自身の小さな手で床をペチペチと叩く。未来の牢獄は現代の石畳、鉄格子、薄暗い、というものとはかけ離れており、如何にもメタリックでメカニックな内装をしている。それが、ミーシャの怒りがまだ限界を突破しない理由であり、つばめも感心するように辺りを見回す。

 

「もぉ~、早く家に帰って『ウニが如く』の続きやりたいのに~。」

 

大きなため息をつき、怒りをあらわに項垂れるミーシャ。そんな彼女の姿を隣で見ているつばめが「ふふっ」と笑みをこぼす。

 

「何がおかしい!」

 

「ふふっ、いえ…。何か、とても懐かしい気がしてしまい…。」

 

「はぁ?意味わかんない。」

 

「いつも通りにしてなくてはいけないのですが、それでもこうしてお嬢様ともう一度お話しすることが出来る喜びを嚙み締めているんです…。」

 

ミーシャが死んでからつばめが過ごした時間というものは、傍から見たら決して長い時間とは言えないものだ。しかし、ミーシャを失ったことに対して抱いた絶望、自責の念が、その時間をつばめにとって永遠とも呼べるものにした。しかし、今はこうして隣にいることが出来る、もう一度その愛おしい声を聴くことが出来る。そう思うと、つばめの瞳には自然と涙が湧いてきて、しかしそれを振り払うように真っすぐにミーシャを見つめると、

 

「…私が今まで失い、得てきた全てを天秤にかけたとしても、尚重く光り輝くもの…、それが、お嬢様なのです…。」

 

悲しみに打ちひしがれ、絶望に飲み込まれていた時に、彼女のことを想って発した言葉。あの時は、自分の中に生きるミーシャにしか伝えることが出来なかった。それを今、最愛の人に真の意味で伝えることが出来た。そして、あまりに突然の情熱的な言葉に、顔を赤くしたミーシャがそっぽを向いていつも通りの悪態をつく。

 

「な、なな、何を言ってるんだお前は…!そんなこと言ってる暇があるなら、その筋肉をフル活用してこの牢屋をこじ開けろ!!!」

 

「え~!私はお嬢様となら、どんな所でも楽しいですけど~(⋈◍>◡<◍)。✧♡」

 

「キモイ!私が嫌なの!!!」

 

クネクネとすり寄るつばめにミーシャが罵倒を浴びせる。しかし、ミーシャが帰ってきても、どんなに情熱的な言葉を伝えても、今の身動き出来ない状況が改善するわけではない。このままずっとここに居る訳にはいかないと、つばめが真剣に悩み始めた時、

 

「おい、大丈夫か、ミーシャ、つばめ?ここから出るぞ。」

 

格子を叩く音と共に声が聞こえた。それに反応して眉をひそめた顔を上げると、そこには腕を組みこちらを見下げるアンクとみどりが立っていた。

 

「ふふふっ、口調が同じだから字だけではどちらが喋っているか分からなかっただろう…?」

 

「あぁ、どうにか差別化を図ろうとも考えたが、一人称ぐらいしか思いつかんな…。」

 

「お二人が何をおっしゃっているのか分かり兼ねます…。というか、何故二尉も捕まっているんですか?あなたは正真正銘何もやっていないでしょう?」

 

「私も何もやってない!」

 

「いや、実はな、私もお前たちに着いて行って過去に遡ったんだ。まぁ、別行動だったがな…。」

 

「でも、タイムマシーンに乗り込んでいたのは私とアンクさんの二人だけのはず…。」

 

「エンジン部分にしがみ付いていたんだ。あぁ…、未知の機械の発動機から発せられる熱に晒されながら、このまま落ちたら一生帰っては来れないだろうという恐怖…、最高だった…!♡♡♡」

 

「…お前たちが何の話をしてるのか全っ然分からない…!」

 

「あぁ、俺もみどりの言ってることは一生理解出来ない…。」

 

「…よくもまぁ、未知の時代未知の場所で自由気ままに行動出来ますね…。」

 

「まぁ、元自衛官だからな。」

 

「関係ないでしょう。」

 

「さぁ、お喋りはそのくらいにして、そろそろここから出よう。いくら見た目がハイテクでも、流石に犯罪者呼ばわりは気が滅入る…。」

 

そう言うと、アンクは手に持っているカード型のキーをモニターに認証させる。目の前の格子が解除され、つばめとミーシャは数時間ぶりに牢獄外の範囲を歩けるようになった。

 

「よし、皆タイムマシーンに乗り込んでくれ。」

 

「ふむ、しかし乗り込める人数には限りがあるようだ…。もし良ければ、また私はエンジン部分に掴まるが?」

 

「良くない。サブマシンがあるからそれに乗れ。」

 

「ふむ、そうしよう。」

 

乗れる人数に限りがあるが故の遠慮というよりは、自ら望んで発動機付近に滞在しようとするみどりにアンクが冷静に反論する。その間にも、つばめとミーシャはサブマシンに乗り込み、タイムパトロールからの逃亡、もとい現代への帰還の準備は整った。

 

「さぁ、戻ろう…、俺たちの時代に…!」

 

時空間に乗り出したタイムマシーンが現代に向かって高速で飛ぶ。しかし、最高速度に達したその刹那、アンクは後ろを少し振り返り「くそっ!」と舌打ちをする。

 

「もう追いかけてきましたよ…!」

 

「私がエンジン付近で応戦しても良いが、流石に未来のマシン相手に素手はドMでもキツイ…。」

 

アンクの乗るメインマシンを自動追尾する3台のサブマシン。それを後方から追跡してくる3台のタイムマシンは、彼らの脱獄に早くも気づいたタイムパトロールの者達だ。一つの時空間にこれだけのタイムマシンが一度に並べば、傍から見ればさぞ圧巻であろう。しかし、ここでまた掴まってしまえば、再び未来の牢獄に逆戻りだ。それだけはさせないと、時間が間もなく現代であることを確認したアンクは後方の3人に語り掛ける。

 

「お前らのサブマシンを離脱させるから、お前らだけ現代に帰れ!」

 

「でも、アンクさんが…!」

 

「俺はこの時空間であいつらを撒いてから帰る!だから心配するな!」

 

自らを犠牲にしようとする発言に反論しようとしたつばめだが、言葉が出る前に大きな振動を感じる。彼女たちの乗るサブマシンは分離され、猛スピードで逃走劇を繰り広げるアンクを見守る暇もなく時空間は閉じられ、気づけば3人はいつもの見慣れたリビングに飛ばされた。

 

「…アンクさん、ありがとう…。どうか、お気をつけて…。」

 

天を仰ぎそう零したつばめの声は、誰にも、ましてアンク本人に届くことはなく静かに薄れ消えゆくのだった。

 

《了》




能力解説?

〇サブマシン
メインマシンがバイクのような形をしているものであれば、サブマシンは球体の一人専用の小型タイムマシンである。メインマシンと一定距離を保ちながら自動追尾して時を超えることが出来る。しかし、サブマシン単体では時を超えることは出来ず、あくまでメインマシンに着いて行くことしか出来ない。メインマシンに乗れない人数に応じて、その場で自動で無限に生成される。

と言うことで第7章完結です!早いですね(笑)まぁ第6章が長かったですからね(笑)この章の『うちのメイドがうざすぎる!』は前回の『私に天使が舞い降りた!』の幼女つながりで思いついたものでした。どちらも大好きな作品なので書くことが出来てとても嬉しかったです!また、短かったなりに上手くまとまった気もしてます('◇')ゞ次回はオリジナル章になります!一人時空間を逃走し続けるアンクの運命やいかに…!これからも読んでくださると嬉しいです(^_-)-☆


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零の章 己への贖罪
Found Myself: 翔の生まれた日


「…くっ…!」

 

無意識の暗闇から徐々に意識は覚醒し、ゆっくりと目を開けば満天の青空に太陽の光が眩しい。重い体をゆっくりと起こすと自分が今の今まで地面に倒れていたことに気づき、一体何があったのか、朧げな記憶をまるで過去に遡るかのように巻き戻す。そして、彼の口から小さく「あっ…。」と声が出たのはほんのすぐのことだった。

 

「…俺としたことが、まさか不時着するとは…。」

 

つばめ、ミーシャとみどりの乗るサブマシンを離脱させた後、アンクは暫くの間時空間にてタイムパトロールとの逃走劇を繰り広げていた。元々差が開いていたのもあり、このまま行けば無事に撒いて現代に帰れるだろうと思っていたアンク。しかし、奴らはアンクより一枚上手だった。タイムパトロールの乗るタイムマシンから突如の攻撃を受けたアンクのタイムマシンは故障、制御不能になり偶々通りかかっていた過去の時代へと不時着した。

 

「まぁ…、時空間を破壊したり、永遠と時空間を彷徨う羽目にならなかっただけマシだったと言うべきか…。」

 

近くに転がるタイムマシンの残骸。触れても動作はせず、先のことを思うと少し苛立ちを覚える。

 

「クソっ…!次作る時は武器やら何やら仕込んでやるか。」

 

だが、タイムマシンが壊れたからと言って現代に帰れなくなった訳ではない。元々、タイムマシンは時間遡行をする程度の能力の応用で作られたものであり、その元となった能力は今尚アンクに宿っている。故にそれを使えば今すぐにでも現代に戻ることは出来る。

 

「あいつらも追っては来てないみたいだし、そろそろ帰るか…。…タイムマシンの後処理なんて分かんないしな…。」

 

この時代の人間がタイムマシンの残骸を見たらどんな反応をするだろうか。きっとニュースなんかにでもなってしまうのではないか。彼自身にはどうしようも無いそんなことを考えながら後ろを振り向くと、アンクの目に映ったのは一つの大きな建物。

 

「病院か…?敷地内に不時着したのは不味かったな〜。」

 

白く大きな建物、広い敷地、医者や看護師の歩く姿、間違いなく病院である。辺りを見渡せば、そこは病院の中庭のような場所であり、アンクはちょうどその場所に不時着したのである。ただ、騒ぎになっていないところを見ると、誰にも気づかれてはいないようではあるが。

 

「こんなところさっさと出て、早くも元の時代に…、」

 

帰ろうと独り言を言いかけて、言葉が詰まる。帰路につこうと踏み出した足が止まる。それは、アンクの中にある他人の記憶から蘇った違和感、得も言われぬ懐かしさを感じたからである。

 

「…。」

 

暫くその場に静止するアンク。しかし、その違和感の正体を確かめたくなった彼の足は、自然とその病院へと歩み始めていたのだった。

 


 

病院特有の香り、まるで自分自身も病気にかかってしまったかのような気分になってしまうそれに鼻腔を刺激されながら、アンクは広い受付を抜けてある場所を目指す。何人もの患者とすれ違いながら暫く院内を歩いて見つけたのは一つの病室。そこには『宵榊宮』の字が。これが、アンクが感じた違和感の正体であり、この病院を探索した目的である。

 

「よしよ~し、私の可愛い子…。」

 

入り口から少し顔を出して中を覗くと、そこには生まれたての赤ん坊と、我が子を優しく抱き包み愛おしそうに見つめる女性の姿。

 

「あぁ…、間違いない…、やはりここが…。」

 

その姿を見て、アンクは確信した。翔から譲り受けた記憶の中でも、もっと昔の頃の記憶を思い出した。。ここはかつて、宵榊宮翔が生まれた病院。彼がこの世に生を受けたその日、その時代である。




と言うことで、第8章始まりました!今まで明かさなかった、翔がアンクに乗っ取られる前までのお話を書いて行こうと思います!ちょうど前回の章でタイムマシンを使っていたので、とても良い流れ、自然な形で物語を始められたと思っています(笑)オリジナル章は話数少なめなので、例に漏れずこの章も少し短めになるかもですが、是非読んでいただけると嬉しいです!


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Despair Revived:日常が終わった日

とある病院で生まれた男の子、宵榊宮の姓に翔と名付けられた彼は、その後両親から沢山の愛情を注がれ、何不自由なく暮らしていた。幸せな家庭に囲まれた翔は成長し、既に小学生も高学年へと進級した。そして、彼が成長する様子、彼が今まで歩んできた道を、アンクは時を超えることで断片的に見ていた。自分の中にない遥か昔の記憶、そもそも小学生頃の記憶など一般的には殆ど残ってなどいないものではあるが、翔が生まれた瞬間を目の当たりにして、アンクの中である種の好奇心が芽生えた。自身の器がどのような過去を歩んできたのか、アンクは知りたくなってしまった。翔の通う学校、友達とはしゃぐ彼の姿を横目に、アンクはまた時を超える。

 


 

小学生の頃の翔は、どこにでもいる普通の男の子だった。成績はそこまで良いわけではなく、友達もそこまで多かったわけではないが、ごく一般的な小学生生活を送れていたように思う。ただ一つ突出した点を挙げると、学校一足が速かったことだ。と言うのも、翔は周りより少し成長速度が速く、背が高かったことや、周りの皆より一足早く声変わりしたことを暫しからかわれたりしていた。だが、本人は特に気にすることもなく、幼心なりに恋をするなどの青春も交え、穏やかな小学生生活を送っていた。しかし、彼の人生を左右する出来事は、突如として起きた。

 

「遅いなぁ~。」

 

とある平日。学校から帰宅した翔がインターホンを鳴らすが、それに応答はなく誰も出てこないことに少し苛立ちを覚えていた。もう一度押してみるが、やはり出てこない。しびれを切らした翔が鍵のかかっているはずの扉を引くと、どういう訳か鍵はかかっておらず翔の手によって大きく開け放たれる。玄関を抜け、オレンジ色の夕陽が不気味に照らす薄暗いリビングに足を踏み入れた翔は、目の前に広がる光景に絶句した。

 

「…おや?見られてしまいましたね…。」

 

「…逃げ…、て…。」

 

血飛沫、血溜まりに塗れたリビングに這いつくばる翔の母親から、今にも消えてしまいそうなか細い声が聞こえる。父親は壁に寄りかかったまま座り、もう動かない。だが、翔をさらに絶句させたのは、両親の返り血に染まりながらこちらを見やる怪人の姿だった。奴はゆっくりと翔に向かって歩み寄る。幼心に死の恐怖が芽生える。殺されると、耐えられず歯を食いしばり目を瞑る。

 

「両親を失って可哀想に…。今は、見逃してあげましょう…。」

 

しかし、その怪人は震える翔の横を通り過ぎ、気付いた時には奴の姿はもうなかった。血液に塗れた我が家、動かない両親の姿、これから1人で生きて行けばいいのか。受け入れ難い現実を目の当たりにして限界を迎えた翔はその場で気を失った。

 


 

その数日後、翔は後の我が家となる孤児院に入院することになった。意識を取り戻した翔は、未だ目の前に広がる絶望的な光景に、家を飛び出し1人外を彷徨っていた。そんな彼の姿を見かけたのが、後に両親の様な存在となる孤児院を経営している2人だった。未だ動揺おさまらず、恐怖から時折嗚咽をこぼして涙を流す翔の話すことを全て信じることは出来なかったが、他に身寄りがいない彼を孤児として受け入れることになったのだ。

 

「本当の両親は…、もう…。」

 

そして、その全てをアンクは見ていた。本当の両親がどうなったのか、その全容をアンクは目の当たりにした。その上でアンクが彼らを助けなかったのは、歴史を大きく改変してしまうことになりかねないからである。アンクには、孤児院を経営している両親の前の、本当の両親の記憶は存在しなかった。それは、成長するにつれて辛い記憶に蓋をしようと、翔の頃に自然に働いた自己防衛反応が原因だろう。そしてこれから、翔の孤児院での生活が始まる。




〇サブタイトルについての小話
今回の章はオリジナル章で、そういった章でのサブタイトルは”英語:日本語”という構成にしています。それに加え今回の章では、英語はアンク目線、日本語は翔目線と言う風に書いています。第一話を例に挙げると、英語部分は”Found Myself”で”アンクが自分自身である翔を見つけた、という意味合いになります。そして日本語部分は”翔が生まれた日”でこれは翔自身が生まれたという自分自身のことですね。と言う風に、サブタイトルにも結構神経使っているので、是非そこにも注目してみてください!因みに、簡単ですがもう一つ工夫していることがあるんですが分かりますかね?(笑)まぁいつか答え合わせしますね(笑)


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I See All of Me: "いつも"が少し変わった日

僕が孤児院に入院してから数年が経ち、中学2年生になった。何故僕が孤児院に入ることになったのか、もうあまり覚えていない。前の両親のことも、顔とかはぼんやり覚えて入るが、今どうなっているのかは何も分からない。でも、僕が虐められるようになったのは、きっとその日が境だったと思う。

 

「…。」

 

「うわ〜かわいそ〜www」

 

「おら、食えよ。」

 

周りからの笑い声に耳を傾けながら漠然と立ち尽くす僕の目の前には、落書きだらけの机、荒らされた荷物、そして床に散らばりぐちゃぐちゃになった僕の弁当。クラス総出で、いや学年全体で僕を虐めて来る。そして、その主犯は散らばった僕のおかずを見て「あ〜あwww」と溢す男子3人だ。

 

「おら食えよ!お前の弁当だろ!」

 

「てめぇの弁当で汚れたんだから掃除しろよ!」

 

そいつらに押さえつけられて、僕の顔面が汚れた教室の床に擦り付けられる。埃や消しカス、米粒などが僕の顔面にこびり付く。教室に罵声が響くその光景を見て、周りの者はただ笑うだけ。教師も見て見ぬ振りで役には立たない。こんなことが毎日続く。しかし、こんなことは孤児院の皆には相談できない。

 

「みんなご飯出来たよ〜。」

 

「なぁ翔、今日学校どうだった?」

 

「え?…あ、あぁ、普通…、かな。」

 

19時頃、皆でテーブルを囲み夕食が始まる。孤児院の皆は優しく気さくに僕に接してくれて、だから僕も皆に心配をかけるようなことは言い出せなかった。でも、ここで皆と話して遊んで、そうすれば少しでも学校での嫌な思いを消すことが出来る。ここが心の拠り所、ここが僕の居場所なんだと改めて実感出来る。

 

「今日俺50m走でクラスで一番早かったんだぜ!」

 

「私今日授業でたくさん発表したよー!」

 

現時点で孤児院にいる子供達は8人。僕より年下が5人で、年上が2人。全員基礎的な学力や一般常識を身につけるためそれぞれの学校に通っている。ただ、僕と同い年の子がいないのだけが少し寂しい。

 

「みんな、勉強分かんなくなったら教えてやるからなー。」

 

「麗雅は人の成績心配してる暇ないでしょ〜?」

 

僕より年上、高校生の2人はよく皆の勉強を見てくれたりする。それぞれお兄ちゃんお姉ちゃんのような存在であり、そして二人も互いにとても仲が良い。もしかしたら付き合ったりしてるのかなとも思う。まぁ、学校で皆からある意味では相手にされていない僕には縁のない話だ。僕がこの孤児院に入ってからも、別に入院してきた子や、また里親が見つかり退院していく子を何度か見てきた。今僕の隣に座っている子も、僕とほぼ同時期に入院してきた年下の女の子、雲母だ。入っては出てが繰り返される孤児院、それでも皆賑やかに過ごしており、僕はこの場所に来てよかったと、そう思っている。

 


 

「西鎌輝織です!宜しくお願いします!」

 

元気で可愛らしい声が孤児院に響いたのは、それから数日後のことだった。最近は比較的少なかった児童の入れ代わり、久しぶりに見た新たな入院者に皆、特に年下の子達は興味津々だった。だが、彼女の奇行、いやお天馬が始まったのはまたそれから数日後のことだった。

 

「何してるんだ、輝織?」

 

「ん〜?お家の周りお花畑にしようと思って!」

 

そう言う彼女の手には大きなシャベル。見れば、孤児院のあたり一面が穴だらけになっており、その一つ一つ全てに植物の種のようなものが添えれていた。結局それらは撤去され、孤児院の周りはいつも通りに戻った。しかしその数日後、翔が下校し家の扉を開けると、今度は色とりどりの折り紙が床や壁、さらには天井にまでしっかりと糊付けされていた。

 

「お家が明るくなったら、楽しい気分になるでしょ?」

 

呆然とする僕を見かけた輝織が純粋な笑顔でそう言葉にする。勿論夜までには全て剥がされ、輝織は説教を喰らっていた。暫くして孤児院内でも、彼女の純粋さ故の奇行が問題視され始めた。一方で、どういう訳か僕は輝織が悪事を働いている瞬間に出くわすことが多く、寧ろ彼女と仲良くなっていった。時には共に悪事を働くことを持ちかけられたりもした。勿論彼女は何の悪気があるわけでもなく、その時は丁重にお断りさせてもらった。そして、孤児院の皆に監視されながらも、その後も何度か珍妙な出来事が繰り返される中、その事件は突然起こった。

 


 

「輝織ちゃんがいなくなっちゃった!」

 

僕たちが輝織の捜索に向かったのは、孤児院にその声が響いたすぐ後だった。今日は日曜日で学校は休みだ。だから、朝から姿が見えないなんてことはあり得ないはずなのに、朝食の時間になっても姿を表さない輝織に母が気づいたのだ。朝食も忘れ、孤児総動員であたりを探索に回る。皆動揺し、いかにも不安そうなのは特に年下たちだ。しかし、僕だけはそうではなかった。何故なら、僕だけは輝織が今どうしているのかを知っているからだ。と言うのも、僕は昨夜急に僕の部屋に入ってきた輝織にあることを持ちかけられた。

 

「ねぇねぇ!一緒にこの孤児院脱獄しようよ!」

 

何を言っているんだと、心に思うだけでなく口にもした。脱獄と言うほど強制的にここにいさせられている訳ではない。親や身寄りのいない僕たちを良く面倒見てくれているのだ。

 

「僕はここが好きなんだ。出て行きたいなら、1人で出てけよ…。」

 

「冷たいなぁ…。私はね、もっと自由になりたいの!」

 

「今もう既に十分自由だろ…。」

 

「もし私がいなくなったことがバレても、誰にも言わないでね!」

 

「はいはい…。」

 

そう言うと、何故か輝織は律儀に僕に行き先等の説明をした後、ドタドタと部屋から出て行った。口だけだと疑っていた訳ではないが、いざこうして本当に事が起こると、随分な決断力だと感心する。だが、適当に探している風を装っている僕とは違い、母は涙を流しながら必死に探している。その姿に、僕は心を痛めた。彼女がいなくなるだけで、たった1人孤児がいなくなるだけで、あれ程の反応が出来るのか。

 

「…僕、輝織の場所、知ってる…。」

 

彼女は間違っている。脱獄など言っていたが、僕たちは本当に大切に思われている。血が繋がっている繋がっていないに関係なく、本当の家族のように思ってくれている。輝織が何を考えて、今までどう暮らしてきたかは分からないけど、少なくとも僕はそう思う。だから僕は、心の底から悲しそうな母に、全てを打ち明けた。暫くして、輝織は無事に見つかった。裏山に滞在して自給自足をするとは、何とも穴だらけで無茶苦茶な、それでもって実に輝織らしい計画だ。孤児院に戻った後、母は輝織を叱った。しかしそれ以上に、いてくれて良かったと安堵し涙していた。自分が大切に思われている、自分に涙してくれる人がいることに輝織自身もハッと気付かされたような表情をしていた。それからまた数日後、輝織は孤児院を出ていくことになった。

 

「変なことしすぎて追い出されるの?」

 

「違うよ、里親が見つかったの。じゃあね、翔。」

 

「うん、元気で…、またいつか。」

 

当日、玄関先でありきたりで当たり障りのない別れの言葉を交わし、輝織は僕に背を向け歩き出した。良かった、彼女にも家族が見つかって。母親も父親も優しそうな人たちで、輝織も幸せそうな笑顔を浮かべていた。

 

「…ちょっと、寂しいな…。」

 

思わず漏れた心の声、誰にも聞かれてなくて良かった。こうして、少し奇妙な僕の孤児院での生活は幕を閉じ、今日からまたいつもの日常が始まるのだった。




やっと書き終わりました〜(疲)ちょっと長くなってしまいましたね(笑)翔が孤児院にいる時に経験した少し変わった日常のお話でした!実は最近、Youtubeで2ちゃんねるの掲示板に書かれた面白い話を見るのにハマってまして、その中にありそうなお話し、と言うのを意識して書いてみました!あと、今回初めて地の文を翔の一人称目線で書いてみたんですけど、それも2ちゃんねるのやつ意識です!結果的に少しダラダラ〜な感じになってしまいましたが、まぁ番外編程度に思ってください(笑)さぁ、続きもどんどん書いていきますよ!もしかしたら次回が過去の章最終話かも?!


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Atonement to Myself: 翔が翔である最後の日

それからも、僕の虐めの日々は続いた。決して終わることのない卑怯で卑しい行為の数々。それらは日ごとにエスカレートしていき、僕の精神を確実に蝕んでいく。しかし、孤児院の皆には心配かけたくないから、誰にも相談できない。。教師でさえも見て見ぬふりを続けるまま、結局虐めは中学校を卒業するまで続いた。高校生になって、僕は近くの公立高校に進学した。酷い虐めを受けながらも、僕は高校受験を乗り越えたんだ。合格が決まった日は、孤児院の皆が盛大に祝ってくれて、僕の今までの苦労が報われたような気がした。中学で僕を虐めていた奴らは、皆別の高校に進学した。これでようやく虐めから解放され、普通の高校生活が送れると、そう思っていた。

 

「はははははっ!きったねー!」

 

「…も、もう…、や、やめ…、て…。」

 

通りかかった男子トイレから、下品な笑い声と苦しそうなうめき声が聞こえた。ふと気になり覗いてみると、目の前に広がっていた光景は、紛れもない虐めであった。

 

「おい、やめてやれよ…。」

 

今思えば、言わなければよかった。何故無視しなかったんだろうと。だが、僕はその光景を見て声を出さずにはいられなかった。今までの自分を見ているみたいで、とても見過ごすことなんて出来なかった。それからは、もう説明しなくても分かるだろう。虐めの標的は僕になり、あの時助けた男子も味方になってはくれなかった。僕は、高校入学後数日で不登校になった。そしてそれから、どれくらいの年月が経っただろう。いや、きっと感慨にふけるほど長くはない、精々1年ぐらいだ。高校2年生の年、僕は未だ不登校生活を続けていた。部屋に引きこもる生活、何もやる気が起きず、今日は偶々外に出ているだけだ。何をする訳でもなく、ただ外をトボトボと歩いていると、僕を呼びかけるある声が聞こえた。聞き覚えのあるその声に反応し振り向くと、目の前にいたのはもう一人の僕だった。

 


 

俺は翔の全てを見た。時を超え、様々な時代に生きる翔を見てきた。翔が生まれた日、両親が死んだ日、変わった少女が訪れた日、そして繰り返される学校での虐め。何も覚えていないものから、今も明瞭に記憶にあるものまでありとあらゆるものを見てきた。そして俺は、傍観者でありながらそれらの過去に起きた事象を変えようとはしなかった。また時間犯罪者だと咎められるのが嫌だと言うのもそうだが、これが自分の生きてきた道なのだと、変えてはいけないのだと言う一種の使命感に駆られていたからだ。もう少しで、あの時が来る。翔の運命を変え、そして俺の運命をも変えるあの事件が。もちろんそれに干渉するつもりはない。だが、いやだからこそ、すまないと声をかけたくて、俺はもう1人の自分を呼びかけた。

 


 

アンクは翔に全てを話した。これから大型のトラックに轢かれ事故を起こすこと、病院に運ばれて、そこで眠っている間に闇の力を手にすること、そして様々な者たちとの出会い時には世界をも救っていくこと。これからの彼に起こる全ての未来を話した。そして、その運命を変えるつもりはないと、すまないとそう一言彼に伝えた。しかし、翔はそれを笑顔で受け入れた。

 

「自分に謝られるのは変な感じだな…。でも、良いよ…。今よりは楽しくなりそうだから…。」

 

悲しそうであり、それでいて希望を見出したような複雑な表情を浮かべる翔。その少し後、彼はトラックに轢かれ病院に運ばれて行った。翔はこれからアンクが歩んできた道と同じものを歩む。翔は、アンクなのだから。

 

《了》




あらためて記そう

◯闇
世界に満ちる、生きとし生ける者全ての悪意や不満から生まれる存在であり、この世に人や生き物が存在する限り闇が完全に消え去ることはない。心に闇を抱えた者、尚且つその瞬間一番死に近い者に闇は取り憑く。心に抱える闇は膨大である必要はない。どんなに小さな悪意や不満でも闇はそれに確実に取り憑く。故に闇に取り憑かれたのは翔だけではないかもしれない。

と言うことで零の章終わりました〜!やはりオリジナル章は短くなりますね(笑)今回は翔がアンクになる前、つまり第一話以前のお話を書いていきました。翔がどのような人生を歩んできたのか等、心情も含めて割と上手く纏められたんじゃないかなと思います!因みに、日本語部分のタイトルの最後を「〜の日」と統一するように工夫したんですけど気づきましたか?(笑)と言うことで次回は第9章!どんな人と出会うかな〜???これからも良ければ読んでくださいね!!!


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第9章 闇物語-きんいろの片思い-
第1話 楽しい?学祭


「次の授業の教室どこだっけ?」

 

「いや単位やばくて流石に今日は来たよ~。」

 

「マジで昨日とか飲みしてそのままオールだから!マジ余裕!」

 

「あ~ヤニ吸いてぇ~。」

 

”学校”と言う場所は、規模が大きくなればなるほど様々な者たちが一堂に会し入り乱れ、またそこから様々な会話が聞こえてくる。そんな、何の脈絡もなくそれぞれ個として聞こえてくるそれらにアンクが慣れてきたのは最近のこと。アンクが過去の己と対話してから約3年の月日が流れ、アンクは今大学2年生になった。過去を見たからと言って、アンクに何か心変わりが起きる訳でもない。運命を変える行動を起こした訳でないからそれは当然のことであり、結局高校の卒業式にさえ出席しなかったことが大いにそれを証明している。しかし、大学に行きたいという気持ちは少なからず持っていた。心の何処かで、今までの挽回をしたいと思っていたのだろう。彼は個人で大学受験に挑み、そして合格を勝ち取った。まだ、過去と決着がついた訳ではない。アンクを虐めていた者たちが何処に行ったのかすら分からない。しかし、今まで不に満ちていた学生生活を、ここからやり直すとアンクはそう誓ったのだ。

 

「ここってテント張るのー?」

 

「明日はここでスタンバイしてから皆の前にワァーッ!と出よう…。」

 

しかしやはり、アンクは人付き合いが苦手だ。明日に控える学祭の準備をする生徒たちを、1人遠くから見下ろすアンクなのであった。

 


 

翌日、学祭当日。キャンパス内は大勢の人と出店やらイベントやらで大いに賑わっていた。人々の会話、キャンパス内を流れるBGM、軽音部や吹奏楽部の演奏など、様々な情報が1人辺りを見回し歩くアンクの耳に入ってくる。

 

「やはり、二校分来てるだけあって人が多いな…。」

 

本来アンクの通う大学だけではここまでの盛況ぶりは実現できない。と言うのも、ここ神楽宮学院大学にはきらら女学院大学という姉妹校が存在しており、年に2度ある学祭はその大学と合同で開催している。幾らか規模の小さな前期に行われる学祭とは違い、後期に行われる学祭、つまり今アンクが赴いているものは相当な大規模で行われており、それが今の賑わいの理由である。ただでさえ多い人数が、必然的に女子が占めていることで甲高い声がアンクの耳に響いてくる。しかし、それらをかき消して一際響く黄色い声が、アンクの前から迫ってくる。

 

「たいへんデース!誰か、この中にお医者さんはいないデスかー!?」

 

「カレン!医者を探しても仕方ないだろー!」

 

「二人とも危ないから走り回らないで!」

 

声を張り上げ走り回るカレンと呼ばれるその少女は、長く垂れる金髪を揺さぶりながら慌てているようだ。そして、その後ろに赤髪のショートボブと青髪のツインテールの少女二人が彼女を追いかけている。ふざけ戯れあっている様には見えず、窺える必死さからアンクが声をかけようとしたその時、金髪の少女の前に1人の男か立ち塞がる。急な出来事に反応できず、彼女は衝突の勢いで地面に尻餅をつく。

 

「ご、ごめんなさいデース…!」

 

「ちょ、カレン…!だから走るなって言ったのに…!」

 

「ほ、ほんとにごめんなさい…!」

 

見向きもしない雑踏の中突然立ち塞がったその男に青髪ツインテールの少女が頭を下げて謝罪をする。しかし、耳に入っているはずのその謝罪に男は一切の反応を示さず、代わりにこう口を開く。

 

「何でお前らばっかり…。俺が大学生の頃は、こんな楽しいこと出来なかったのに…!」

 

予想外の反応、語気を強める男の言葉に一瞬恐怖を覚える彼女たち。そして、そんな彼女たちをよそに男は懐から何かを取り出しそれを天に向ける。彼の手には複雑な形をしたハンコの様なものが握られてる。

 

「こんなもの、俺がぶっ壊してやる!」

 

そう言うと、彼は手に持ったハンコを勢いよく自身の胸に押し当てる。波紋が広がり衝撃が走り、見えたのは何やら契約書と書かれた一枚の大きな紙。それが瞬く間に折り畳まれ、一体の怪物が生まれた。

 

「きゃーーーー!!!」

 

「逃げろーーーー!!!」

 

「ア、アヤヤ…!何デスかあれハ…!?」

 

「知らないわよ!とにかく逃げるわよ!」

 

「…ま、待って…、腰が…、腰が抜けた…。」

 

「何やってるのよ陽子ー!」

 

怪物の正体に気づいた周りの大勢が一斉に逃げ惑い、しかしその人数の多さから思うように行動出来ない人々の混乱は増す一方である。恐らく彼は、あえてこの混雑した状況を狙ったのだろう。自分勝手に過去の因縁を晴らすため、混乱に陥った人々を確実に仕留めるため。しかし、先手を打ったのは全てを背後から眺めていたアンクだった。

 

『暗黒奥義 黒鎌』

 

今にも光線を放たんと力を貯める狼型の化け物の体を、アンクの放った漆黒の斬撃が切り裂く。真っ二つにされた胴体が爆散する間もなく、黒い塵となり消滅して行く。

 

「…な、何なんだよ、お前…!こんなはずじゃ…!」

 

「鬱陶しい…、お前も消えろ。」

 

文字通り悪魔に魂を売ってまで企てた己の計画が、一瞬で無に帰したことへの絶望と怒りを込めてアンクを睨みつけるその男。しかし、アンクはそれを物ともせず、刹那その男はこの場から姿を消したのだった。

 

「大丈夫か?怪我はないか?」

 

三人の少女に手を差し伸べるアンク。しかし、彼女らは小刻みに体を震わしながら言葉なく彼を見つめるばかり。無理もない。得体の知れない化け物に襲われたと思ったら、今度は人の見た目をした人ならざる者が目の前にいるのだ。先程までここに居た大勢に正体を知られる程面倒なことにはなりはしないが、それでも恐怖は与えてしまったに違いない。

 

「…あの…!」

 

しかし、背を向け歩き始めた彼を呼び止めたのはその少女たちのうちの一人。咄嗟のことに即座に反応出来兼ねたアンクがゆっくりと振り返ると、青髪ツインテールの少女が立ち上がり真っすぐにアンクを見つめる。

 

「私たち、きらら女学院大学の者です…。あの…、力を、貸してもらえますか…?」

 

その言葉に、アンクも表情を変え真っすぐに彼女を見つめる。静寂に充ちたキャンパスに、少女の声が静かに反響しそして消えるのだった。




第9章始まりました!と言うことで、この章は漫画・アニメ「きんいろモザイク」の皆と出会います!映画良かったですよね~上映開始から暫く経ってから見に行ったんですけどマジで良かった!それで熱が入ってこの章速攻で構成練りました(笑)時系列的には原作や劇場版後のお話です。なので大学生になった忍たちと出会うことになりますね。内容も原作のなぞり様がないのでオリジナルです!どのくらい長くなるかとか未定ですが、是非第9章もよろしくお願いしまーす!


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第2話 あなたの力を借りたくて

広いキャンパスの敷地、高く聳え立つ美しい建物の数々からは気品を感じる。神楽宮学院大学と同等の存在感だと、そんなことを考えながら、そしてキャンパス内に色鮮やかに響く女子たちの声に耳を傾けながら、アンクがここ、きらら女学院大学のキャンパス内に足を踏み入れてから数十分が経った。

 

「アー!アンクさんいたデース!」

 

探し人を求めて辺りを見渡すアンクの鼓膜を、元気な金色の声がダイレクトに揺さぶる。それに反応し振り返ると、長い金髪を揺らし手を振りながら向こうから走ってくる"九条カレン"の姿が。そして、その後ろでは青髪ツインテールの少女"小路綾"と、赤髪ショートボブの少女"猪熊陽子"が、カレンとアンクの交流を眺めている。

 

「ありがとうございます。本当に来てくれて。」

 

「いや、問題ない。」

 

「それにしてもカレン、よくその人がアンクさんだって分かったな。」

 

「ふっふ~ん、髪の色で判断したデス!」

 

きらら女学院大学に生徒のふりをして訪れるためには、勿論いつもの姿ではいけない。今彼女たちの目に映っているのは、闇術でトランスしたどこからどうみても女学生のアンクである。以前も女子小学生に変身したことはあったが、今回はかなり成長して女学生。再び性別の壁を超える日が来ようとは、過去の経験が役に立った瞬間であった。そして、そんなアンクをアンクだと判別する要素は、もはや彼の紫交じりの黒髪しかない。カレンはそれに瞬時に反応し、彼を見つけ出したのだ。

 

「それで、話と言うのは…?」

 

「あまり大きな声では…。ここではなんなので、ついてきてもらえますか…?」

 

「あぁ、行こうか。」

 

「その見た目でその口調は違和感が凄いデス。」

 

事の発端は昨日の学祭にて。綾のアンクを真っすぐに見つめる真剣で、不安そうでもあるその瞳にアンクは疑念を覚えた。助けを求めるように人ごみや出店の中を走り回っていたカレン達、その異様な光景と何か関係があるに違いないと思ったからである。そして今日アンクは、その答えを聞きに来た。周りとは隔絶されたかのように神妙な空気が流れる中、アンクは彼女たちの足取りを追っていったのである。

 


 

木漏れ日の暖かいキャンバスの裏庭で、綾は神妙な面持ちでゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

 

「実は、前まで同じ高校で、今も仲良くしてる2人の友達がいるんです…。」

 

綾は彼女らの名を"大宮忍"と"アリス・カータレット"と言った。幼い頃自身の家にホームステイしに来た忍を追いかけるように、今度はアリスが日本にやって来たことが彼女たちの交流のきっかけだと言う。忍とアリスの相思相愛振りが、国を超えて彼女たちを結んだのである。現在忍は日本を離れ、イギリスのアリスの家に再びホームステイする形で現地の大学に通っていると言う。彼女たちの絆の前には国境など些細な問題であること、そして綾たちもまた彼女たちを慕っていることが、その優しい表情から見て伺える。しかし、彼女たちの穏やかな思い出話も、次のカレンの言葉によって空気が一変する。

 

「シノとアリスが、誘拐されちゃったのデス!」

 

「誘拐だと…?」

 

「シノからメールが来たんだ、『皆さん助けてください!掴まってしまいました!』って…。それに、こんな写真も添付されてた…。」

 

そう言った陽子が、アンクに自身のスマホの画面を見せる。そこには、陽子宛てにイギリスから送られてきたメールの文章と、とある一枚の画像があった。何者かの手の上に置かれた、大きなハンコのようなものの画像。送信された意図は不明であるが、このハンコにアンクは眉をしかめた。

 

「これって…。」

 

自身の内ポケットにしまわれていた、画像と同じ形状のハンコを取り出す。これは、昨日の学祭にて恨みを持った男が怪物を生み出すのに使用されたものだ。それが何故、忍から送られてきた画像に映っているのだろうか。

 

「忍の両親に、このことは…?」

 

「話してません…。言って良いものかどうか…。」

 

「きっと物凄く心配する…。特にイサ姉とか…。」

 

「…。」

 

「別に、言う必要ないデス。」

 

家族のことを考えるととても言い出すことなど出来ないと、顔を俯かせる綾と陽子。しかし、そんな彼女らとは対照的に、カレンは勢いよく立ち上がり言葉を紡ぐ。

 

「どーせ心配かけちゃうなら言う必要ないデス!勇やシノ母にバレちゃう前に、私たちで助けに行けばいいデス!」

 

「そうだな…!そのために私たち、アンクさんに声かけたんだもんな!」

 

希望を見出したように綾と陽子を見つめるカレンに、2人の表情も自然と明るいものに変わる。きっと今までも、カレンのこの底抜けの明るさと行動力で、皆を希望の光がさす道へと導いて来たのだろうと、アンクの表情には自然と微笑みが溢れる。

 

「ただ一つ、忍とアリスを攫ったのは恐らくただの人間ではない。昨日の学祭に現れた怪物…、きっとあの類だ。」

 

「大丈夫デス!その為にアンクさんを呼んだデス!きっと昨日みたいに、スタイリッシュに倒してくれるはずデス!」

 

「確かに!昨日の超スゴかった!」

 

「何か見せて欲しいデス!魔法とか使えマスか?!」

 

「え…?あ、あぁ…。」

 

予想外のテンションの上がりようと無茶振りに、アンクは自身の腕を剣に変形させて応える。

 

「おぉー!凄いデス!剣に、腕が剣になりマシた!どうやったデスか?!ワァー!カッコいいデース!」

 

本物の魔法を目の当たりにし興奮が最高潮に達したカレンが、羨望の眼差しで一気に距離を縮めてくる。そして不覚にも、可愛いと思ってしまった。…おや?こんなこと、前にもどこかで…。

 

「あぁ、六花か…。」

 

「誰デス…?」

 

「いや、こっちの話だ。」

 

「…なんか、内なる中二病がまた再発しそうデス…!」

 

「そんなことより、お前らの友達をさっさと助けに行くぞ。準備は出来てるか…?」

 

「おぉ!準備バッチリ!」

 

「行きましょう…!」

 

「シノとアリス奪還作戦、開始デース!」

 

木漏れ日の暖かいキャンパスの裏庭で、4人の心が一つとなり、カレンの鳴らす始まりの声音が大学全体に響き渡る。周りを行く生徒の注目の的になっていることに気づくのは、そのすぐ後だった。




またアンクが女になるとは…、結構良い展開持ってこれたんじゃないかな(笑)因みに、アンクの通う神楽宮学院大学(かぐらみやがくいんだいがく)は語感だけでつけました(笑)結構かっこいいでしょ?綾たちの通うきらら女学院大学は、きらら系の作品に出て来そうな名前を考えてつけました!次回は忍とアリスを助ける為にアンクたち動き出す!


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第3話 旅立ちの日

「も〜飛行機なんて飽きたデース!!!」

 

場所は羽田空港。忍とアリスの住むイギリス・コッツウォルズに飛び立つ為に空港にやって来たアンク一同だが、カレンは何やら乗り気ではなく項垂れている。

 

「ちょっとカレン!大声出しちゃダメでしょ?!」

 

「いや〜よく響くな〜。」

 

「だって!日本に来る時もイギリスに帰る時も飛行機に乗ったデス!皆で行った卒業旅行だって飛行機だったデス!」

 

「そりゃ海外に行くんだから当たり前だろ?」

 

「そうじゃないデス!」

 

色白の頬を膨らませながら勢いよく指さした先にはアンクの姿。

 

「せっかくアンクさんがいるんだから、魔法使って行けばいいデス!」

 

「あ〜成る程、それが目当てか…。」

 

「瞬間移動とか使えないデスか?!そうすれば、瞬きする間にイギリスに着いちゃうデス!飛行機なんて乗る必要ないデス!」

 

先程から顔を顰めていたカレンの心が露わになった。つまるところ、飛行機に乗らずにアンクの瞬間移動でイギリスに行きたい、魔法を経験してみたいと言う好奇心に駆られているようだ。

 

「瞬間移動は、俺が一度認識した範囲内のみ有効なんだ。海外なんて行ったことないから、そこには瞬間移動は出来ない…。」 

 

「oh…そうでシタか…。」

 

期待が裏切られ、一気にテンションが下落するカレン。出会った当初から、騒がしいくらい明るく元気な彼女でもこんな表情をするのか。闇術を使えないのは仕方のない事だが、少し心が痛んだアンクが一言謝罪を伝えようと口を開いた瞬間、

 

「カレンちゃーん!!!」

 

向こうからカレンの名を叫び向かってくる茶髪ロングの少女の姿が。そして、その声に反応したカレンが、「アーッ!ほのかとかなデース!」と先までの落ち込みようが嘘であったかのような声音と表情で応える。

 

「…お前に申し訳なく思った時間を返せ…。」

 

「あはは…。」

 

「カレンちゃんたち、イギリスに行くんだよね?忍ちゃんとアリスちゃんのこと頼んだよ!」

 

「何だ、てっきり『私も一緒に行く!』とか言い出すかと思ったが…。」

 

「いやごめん、私たち部活あるから…。」

 

「…友人が、命の危機なんだぞ…?」

 

「あはは…。」

 

その後少し言葉を交わした後、穂乃花と香奈は手を振って空港を後にした。一体何のために、本当にただ見送りに来ただけだったのか、何の悪びれる様子もなく当たり前のような態度であるからまた恐ろしい。そして、風のように訪れ去って行った彼女たちを見送ると、綾たちの飛行機搭乗の時刻が訪れたのだった。

 


 

飛行機と言うものは、案外静かなものだ。巨大なエンジンを2つ積んだ大きな鉄の塊だが、一度空を舞えばまるで己の身一つのような静寂に美しい景色、快適な空の旅が訪れる。座り心地の良い座席に腰かけながら最高級の食事に舌鼓する。全ては九条家の財力のおかげだ。彼女はこんな贅沢が出来ると言うのに、態々アンクの闇術を使おうとしていたのか、理解に苦しむ。だが、その快適な静寂も数分前に打ち破られた。

 

「これで…、ワタシの勝ちデース!!!」

 

「うわぁー!!!カレン強いなぁー!」

 

「ふっふ~ん、当然デス!」

 

寛いでいたアンクもそうであるが、彼女たちから緊張感や危機感を微塵も感じない。今から誘拐された友人2人を助けに行くというのに。加えて、カレンが騒がしいことは元より周知の事実であるが、猪熊陽子、彼女も中々騒がしい。と言うか普通にうるさい。

 

「そう言えば、ワタシアンクさんに会ってから思い出したことあるデス。」

 

「思い出したことデスか?」

 

「いや口調。」

 

先程まで騒がしくゲームをしていたカレンが、突然何かを思い出したかのように会話の対象をアンクに変える。アンクの細やかなボケにツッコミが入った所で、カレンはその内容を語り出す。

 

「あれデス。高校の時にシノが言ったやつデス。」

 

「あぁ、あれね。」

 

「何だ何だ?早く話してくれよ。」

 

「それじゃここから回想に入るデス!」

 

「おい、言うな。」

 


 

1年前の春。暖かな日の光が窓から差し込む心地の良いお昼時。少し慌てた様子で階段を駆け降りるアリスに、忍は笑顔で手を振る。

 

「シノ!私職員室寄ってくから、先行っててね!」

 

「分かりました。気をつけてくださいね。」

 

ツインテールの金髪を揺らしながらトテトテと階段を駆け降りていくアリス。その様子が日の光に照らされて、まるで本物の天使のように眩しく美しい。そして、その美しさに見惚れたのと、時柄の僅かな眠気に足を取られ、忍は階段から大きく足を踏み外す。最上段から曲線を描き、飛び跳ねるように顔面から落ちていく。

 

「…!」

 

思わず強く目を瞑り、どうなるか分からない我が身に恐怖する。しかし、感じる筈の痛みが、受ける筈の衝撃がいつまで経っても忍に伝わってこない。

 

「…!これは…?」

 

恐る恐るゆっくりと目を開くと、目の前には緑色の廊下が全面に広がっており、自身の体がそこから少し浮いた所で止まっていることに気づく。

 

「これからは気をつけてね。」

 

優しく響くその声のする方に顔を向けると、眩い光がゆっくりと薄くなり、そして消えていく。それを、忍はまるで夢を見ているような感覚に包まれながらただ眺めていた。

 


 

「回想終了デス!」

 

「って言うのを、一時よく話してたわよね。」

 

「確かに、シノが怪我しなくてよかったけど、そんなこと本当にあるのかぁー?」

 

「ワタシ、それアンクさんのことだと思ったデス!」

 

「確かに、今考えればアンクさんみたいに何か特殊な力を使ったのかしら…。」

 

「いや、それは俺ではない。お前らには覚えはないし、何より俺は光ったりしない。」

 

「なーんだ、結局また迷宮入りかー。」

 

明かされかかった事実が再びベールに包まれ、期待外れの反応をする3人をよそに、アンクは1人思案を続ける。先に言った通り、アンクには高校生時代の忍に覚えはない。加えて、アンクが使えるのは闇術である故、光り輝く異能を使うことはない。だがしかし、当時の忍が言っていた話を聞くに、それが異能の一種であることは明白である。アンクでないとしたら、一体誰が。幻想郷の住人の誰かか、はたまた何か特殊な能力を持った者の仕業か。もっと言えば、闇を行使するアンクのように、光を行使する何者かが存在しているのか。何れにせよ、今は情報の少なさ故に同じ考えが頭の中を巡るだけであり、そんな無駄な循環をカレンの声が打ち消してくれる。

 

「皆さん!イギリス着きマシた!」

 

「いよいよだな…。」

 

「えぇ、絶対にシノとアリスを助け出しましょう…!」

 

雲一つない青空に包まれる4人。窓から見える、日本とはまるで色彩の異なるその景色に、彼らの決意は一つになったのであった。




☆能力解説

〇瞬間移動
一般的に知られているもの同様に、任意の場所に瞬間的に移動することが出来る。但し、移動可能範囲は自身の知っている場所に限られるため、行ったことのない土地や知らない場所には移動できない。逆に、知っている範囲内であればどんなに遠い場所でも遅くて0.5秒で移動できる。また、瞬間移動した際の出現場所に人間や動物、何かしらの物体があった場合、それは消滅する。加えて、瞬間移動して出現するのと同時に何かしらの攻撃を行うことで、威力が3倍に上がる。

ってことで第3話でした~。今回の章もちょっと短くなるかな?でも結構考えて作りこんでいるので良かったら最後まで見てってください!


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第4話 マムの気持ち、みんなの想い

「みなサ~ン!お土産何にしマス~?」

 

「あ、これとか良いじゃん!」

 

「お~、烏丸先生と久世橋先生のところに持っていきまショウ~!」

 

国が違っても、カレンの声は良く響くものだ。イギリスに着き飛行機を降りたアンク一同だったが、彼女たちが真っ先に向かったのは空港内にある雑貨売り場。本当に、イギリスに来た目的を感じさせない彼女たちのそのテンションと表情に、時折アンクでさえ目的を見失いそうになることがある。

 

「だが、こんな時に頼りになるのが彼女だ。な、綾…、って、あれ…?」

 

先ほどまでアンクの後ろに立っていた綾に振り向いたが、そこに彼女の姿はなく、見ればどういう訳か彼女もカレンと陽子と共に雑貨売り場で戯れている。いや、彼女の場合は恐らく緊張で空回ってるのだろう。小刻みに震える彼女の手足、上擦る声がその証拠だ。分かりやすいとは言え、まぁこれから化け物を相手にするかもしれないというのだから無理もない。そして、両手に荷物を抱え満足げな表情の二人と、顔面蒼白で冷や汗をかいた一人がアンクの元に戻ってきた。

 

「綾、あまり思いつめるなよ。何があっても、お前らを傷つけはしないさ。」

 

「ア、アンクさん…♡」

 

「アヤヤがときめいてマス。」

 

「追い込まれすぎだろ…。」

 

「そう言えば、最近私のセリフから始まること多いデスね、ネタ切れデスか~?」

 

「カレンを特攻させて囮にするか…。」

 

物語の第4の壁を越えようとする者には制裁を。覇気を放つアンクの脅しを本気と捉え、恐怖から今にも叫び出しそうにカタカタと震えるカレン。

 

「…カレン!」

 

しかし、空港中に響いたのはカレンの悲鳴ではなく、彼女の名を呼ぶ優しく透き通った声。それに反応し振り返ると、そこには不安げな表情に震える手を握り合わせる金髪の女性の姿があった。

 


 

騒音と光に満ちた街中とは対照的な、長閑な自然の広がる道を歩いていけば見えるのは広い庭が印象的な一軒家。イギリスにて、忍とアリスが生活を共にしている場所であり、アリスの母親がアンクたちを導いた先でもあった。

 

「アリスと忍が、もう暫く帰って来てないの…。連絡も繋がらないし…、カレンたち、何か知らない…?」

 

用意した紅茶には手を付けず、不安そうな面持ちでそう切り出したアリスの母。無理もない、自分の娘とその友達が数日家に帰ってこないのだから心配するのは当然のこと。何も知らず、今は何をしているだろう、元気にしているだろうかと見当違いに想いを馳せることが出来る方が、まだ幾分かマシである。しかし、そんな不安を吹き飛ばすかのようにカレンはバンと机に手を突いて立ち上がる。

 

「大丈夫デス!マムは心配しなくて良いデス!私たちが絶対になんとかして見せマス!」

 

「カレン…。」

 

「そ、そうだよ!そのために私たち、イギリスにやって来たんだから!」

 

「えぇ!何も心配なさらないで下さい!アンクさんが、きっとどうにかしてくれます!」

 

「…おいおい丸投げか…?」

 

大事な友達は自分たちで必ず助ける、と言う4人の心は一つになり、そしてそれは今尚変わることなくあり続けている。会話の流れから、その全責任がアンクに向かっている可能性を感じることに、少し疑問を抱かずにはいられないが。

 

「あなたも、アリスのお友達…?」

 

「…ん〜…、とも、だち…、なのか…?」

 

「そうデス!大学入ってからの友達デス!」

 

「アンクさんは色んな魔法が使えて凄いんだよぉ!」

 

「ま、魔法が使えるの…?!」

 

「まぁ…、色々あってな…。」

 

「凄い…、それなら安心だわ…!」

 

「凄いと言えばあんたもだ。随分と日本語が流暢ではないか。」

 

「あぁ、実は大学生の時に日本に留学していたの。」

 

「そこで、シノのお母さんと仲良くなったんだって。」

 

「成る程、そう言うことか。」

 

世界とは実に狭いものだ。いや、奇跡的な運命の巡り合わせと呼ぶべきものに思わず頷くアンク。そして、その後暫く続いた雑談も終わり、4人はある場所に向かうために歩を進めていた。その目的地とは、先程の雑談の末に何故かカレンが閃き突然叫んだ場所。

 

「でも、間違ってないと思うデス!きっと、シノとアリスの情報が沢山あるデス!」

 

両手を広げながらクルクルと回転するカレンが、自身ありげなドヤ顔で大きな門を通る。そう、イギリスに住む忍とアリスの学び舎、その大学に足を踏み入れたのであった。




展開があまり進まないと書きにくくなると言うことに最近気が付きました(笑)でも、派手なシーンじゃなくても、キャラ同士が面と向かって話し合うことも時には必要だよね???


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第5話 あなたを知る者たち

「アリース!シノー!どこにいるデース!?」

 

「ちょっとカレン!そんなに大声出さないで!」

 

「外国でもやっぱり響くんだな〜。」

 

忍とアリスの情報を、あわよくば彼女ら本人探し求めて、アンクたちが大学に侵入して数十分が経過した。痺れを切らしたのか、いきなり大声で叫び出したカレンを叱り、そそくさと人目の付かない場所に駆け込む一行。

 

「全然見つかんないデス!」 

 

「何の手がかりも無いわね…。」

 

「そもそも全員英語だから、手がかりがあったとしても分かんないよ〜。よくシノは、こんなところにいられるな〜。」

 

「シノも頑張ってるのよ。」

 

「一応周りの会話にも耳は傾けてマシタが、それっぽい情報はなかったデ〜ス…。」

 

「そうだな。俺も聞いていたが、めぼしい話はしていなかった。」

 

「え、アンクさん英語分かるの?」

 

「ん?まぁ、一応な。」

 

周りの以外そうな反応に、アンクも若干の怪訝さを覚える。大学で国際系の学問を専攻していたことが功を奏したが、それをこのような状況で活用するのは少し不本意である。それにしても、彼女たちのアンクに対する印象は一体どういうものだったのだろうか。不思議と尊敬の眼差しとは感じることの出来ない彼女たちの視線に、アンクもそれをじっと見つめ返していると、背後から聞こえてきたのは当然の異国語。

 

「…誰だ…。」

 

「Sorry for speaking to suddenly…. I'm William. (突然ごめんなさい…。僕ははウィリアムと言います。)」

 

突然聞こえた英語に反応し、皆が視線を向けた先に立っていたのは、1人の金髪の男子大学生。周りより少し小柄であることから、少年のようにも見える彼は、またもや若干の幼さを含んだその顔を少ししかめ、

 

「I heard you calling the name of "Alice." Do you have to do with her?(あなたたちがアリスの名を呼んでいるのを聞きました。彼女のこと知ってるんですか?)」

 

「…少し、話をしようか…。」

 

アリスの名に反応したウィリアムと名乗るこの青年。ようやく得た手掛かりを逃すまいと、アンクは皆を連れて大学内のカフェへと足を運ぶのだった。

 


 

「アリスの名に反応したと聞いたが、ウィリアムはアリスとどんな関係なんだ?」

 

大学内にこんなお洒落なカフェがあるのか。席に案内されたアンクはウィリアムと対面で座り早速話を切り出した。カレンたちも席に座り2人の話を聞いている形だが、綾はもの見慣れなさからソワソワしており、陽子に至っては既に注文を済ませ食べ始めていた。

 

「アヤヤたちはブレないデ〜ス。」

 

「僕たちはただの友人です。ある時、彼女に話しかけられたのがきっかけで、その後はそれなりに仲の良い関係になっていました。」

 

「あれ、何で英語じゃないデス?」

 

「めんどくさくなったんだよ〜。」

 

カレンの何気ない疑問に、口いっぱいに頬張った陽子が鋭い返答をする。そう、度々翻訳サイトを訪れるのも中々に骨が折れるものなのである。

 

「ですが、最近はめっきり姿を見なくなって、少し心配していたんです…。あなたたちは、アリスのお友達なんですよね?何か知っているんですか?」

 

かくかくしかじか、この話を聞いた者たちの反応は、正直見飽きてしまうほどに同じものである。「でも、私たちが助けるデス!」と、いつもの締め言葉に入ろうとカレンが立ち上がった瞬間、しかし彼は今までの者たちとは一線を画すような発言をした。

 

「丁度、アリスを見かけなくなった頃から、夜の帰り道や自室にいる時、視線を感じるようになったんです…。」

 

「視線…?姿は見たか…?」

 

「それが本当にその視線の正体かは分かりませんが…。視線を感じた方に一度振り向いてみたら、化け物が見えたんです…。」

 

アリスと忍が誘拐されてから、彼に起きた異変。恐怖心が蘇ってきたのか、言葉を紡ぐウィリアムは小刻みに震えている。

 

「その化け物の容姿を覚えてるか…?この…、蜂のような造形をしていなかったか…?」

 

心当たりを見つけたアンクが、ウィリアムに一枚の写真を見せる。忍から送られてきた、ハンコの写真である。そのハンコには、表面に蜂を思わせる模様があった。今アンクが持っているハンコには、狼を思わせる模様が付いており、実際に学祭で顕現した化け物は狼を思わせる造形をしていた。もし、ウィリアムが見たと言う化け物の姿が蜂のようなものであれば、ウィリアムが暫く視線を感じることと、忍とアリスが誘拐されたことは無関係とは言えなくなる。しかし、彼はそんなアンクの期待を裏切るように首を横に振る。

 

「ごめんなさい、姿はハッキリとは…。でも、明らかに人ではなかったことだけは確かなんです…。」

 

「そうか…。いや、大丈夫だ。ありがとう、話してくれて。」

 

問題は解決していない。だが、不安の種を少しでも口に出来たことに、ウィリアムの表情は先程より晴れやかに見える。同時に、これ以上彼から手掛かりを得ることは出来ないと考えたアンクは、再び忍とアリスの情報収集を始めようとその場で席を立った瞬間、何かを感じた。

 

「…何だ…?」

 

一つの視線。アンクがそれに振り向くと、その先にはこちらを見つめる1人の女性店員の姿。声を出さず、体を顔を動かすことなく、じっとこちらを見つめる彼女。そんな異様な姿を見たカレンは、ここにいるはずのない少女の名前を叫ぶ。

 

「シノ!シノデス!シノがいマス!」

 

「シノ!無事だったのか?!」

 

「待て…!あの姿で俺たちに何も言わずここにいるのは怪しいだろ…。」

 

「確かにそうですね…。」

 

忍はアリスと共に捕まっているはずであり、ここに店員としているなど本来あり得ない。偽りの存在としか思えない彼女に警戒を見せるアンクたちだったが、その瞬間彼女はゆっくりと背を向けるように振り返り、静かに言葉を溢した。

 

「着いてきてください…。私が導きます…。」

 

そう言うと、偽りの忍はカフェの入り口を背にゆっくりと歩き始めた。何が起こっているか分からない。ただ一つ、あの偽りの彼女が導いた先に、本当の忍とアリスがいるのであれば。顔を見合わせ頷き合ったアンクたちの心は一つ。一縷の望みに賭けて、偽りの忍の足取りを追うのであった。




随分と久しぶりの投稿になりました〜!実はハーメルンとは関係ない別の作品を作ってまして…今後も少し間は開くと思いますが、必ず更新しますのでご安心くださいandよろしくお願いします!次回はついに、忍とアリスとご対面…!?


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第6話 Girls meet Girls.

それは、まるで踊っているかのように、舞っているかのように儚く軽やかな足取りだった。決して追いつくことなく、常にアンクたちの少し先を導くような偽りの忍の歩みを、彼らは夢中で追いかけた。この広いキャンパス内で辿り着くべき場所を知っているのは彼女だけ。彼女は一体何者なのだろうか。本物の大宮忍でないのであれば、何故彼女はアンクたちを見つめ、そして今こうして導いているのだろうか。敷地内を、棟内を何度も行き来している間、アンクの脳には常にそのことが浮かんでいた。そして、不自然に存在している地下に続く階段を見つけた時でさえ、彼女はアンクたちの少し先を行っていた。彼女の足取りは、軽やかであるが故に素早い。見失っては不味いと、アンクたちは薄暗い地下廊下に降りていくのだった。

 


 

「随分と長い階段ね…」

 

階段を降り続けてどのくらい経過しただろうか。少なくともたかが数分では済んではいないだろう。入り口の外の明るさももはや彼女らには届かず、永遠に続くとも思える眼前を埋め尽くす漆黒に綾は不安げに一言呟く。

 

「でも、なんだかワクワクするデス…!」

 

「確かに、誰も知らない秘密の地下に続く階段…、冒険してる感満載だな…!」

 

「本当にこの先に、シノとアリスがいるのかしら…?」

 

「分からない…。だが、今はこれに賭けるしかない…」

 

もはや偽りの忍の姿はアンクたちの前にはなく、しかしそれに縋るように彼らは今尚階段を降り続けている。ここでも発揮されるカレンと陽子の明るさと好奇心がこの暗闇を照らしてくれる訳でもなく、ただ囚われの忍とアリスを求めて歩を進める。そして、さらにどのくらい歩いただろうか。

 

「見て、あれ」

 

「またまたお出ましか?足が速いことだ」

 

「やっと階段終わったデ~ス」

 

永遠の如く長い階段も終わりを迎え、ついに辿り着いた地下部にいたのは偽りの忍。彼女はその儚げな歩みを止め、ただこちらに微笑んでいる。

 

「シ、シノ、だよね…?ハロー…」

 

その微笑みに同じく微笑と歩く手を振って返す陽子。しかしその瞬間、偽りの忍は光輝き、そしてほどけるように宙に舞い消えてしまった。

 

「消えたー!シノが消えたー!」

 

「きっと陽子に手を振り返されたのが気に食わなかったのよ!」

 

「何でー!?」

 

光がとけるように柔らかくその姿を消した偽りの忍に、陽子たちが大いに戸惑っている。しかし、アンクは見つけた。

 

「おい…、あれ…」

 

偽りの忍が消える光の余韻の先にある、二つの人影を。そして、アンクのその呟きに反応した三人が同じく先に目を向けて同じ二つの人影を認識する。そして、その人影が誰のものなのか完全に理解する前に、静寂に充ちた地下室に響いたのはその二つの人影からだ。

 

「綾ちゃん!陽子ちゃん!カレン!」

 

「みんな!来てくれたの!?」

 

よく見ればその二つの人影は抱き合った二人の少女のもので、一人は黒髪のおかっぱ、もう一人は綺麗な金髪を後ろでまとめている。そして、その二人の少女を認識し二人から発せられた声を聴いて、名前を呼ばれた三人の少女も大きく反応を見せる。

 

「シノ…。あ、あれ、シノとアリスよ!」

 

「オァー!やっと見つけたデース!」

 

「二人とも大丈夫か!?怪我とかしていない!?」

 

「私たちは大丈夫です!」

 

少女五人のようやくの再開であるが、そのうちの二人に手錠のようなものがかかっているとなるとまだ素直に喜ぶことは出来ない。忍とアリスの拘束を取ってあげようと二人に近づくカレン達。その刹那、自身たちに迫りくる何かの気配を感じ取り、アンクは咄嗟に声を荒げる。

 

「伏せろ!」

 

見事アンクのその声に反応した全員が地面にしゃがみこみ、そしてその僅か上を巨大な赤い斬撃が空気を切り裂きながら突き進む。その斬撃が地下室の壁に轟音を響かせるが、アンクたちの意識をとらえていたのはその斬撃を放ってであろう張本人の姿である。

 

「やはり、人間ではなかったか…」

 

「うわぁ!化け物!化け物デス!」

 

「カッケ~!ちょその鎌見せてー!」

 

「何考えてるの馬鹿陽子!」

 

「あいつだよ!私たちのこと捕まえたの!」

 

「私たちはあの方に捉えられて、ここまで連れてこられたんです…」

 

ついに姿を現した黒幕、忍とアリスを連れ去った張本人。アンクの予期していた通り人間ではなく、その姿に恐れおののく四人と興味津々の一人を背に、アンクはその怪物と対峙する。

 

「全ては、大宮忍の願いを叶えるため…。お前ごときに邪魔はさせない…」

 

「え…?私の、願い…?」

 

「忍の願い…?何の話だ」

 

一触即発の雰囲気かと思いきや、その怪物の予想外の発言に怪訝な反応をするアンク。忍の願い、一体何の話をしているのだろうか。忍とアリスを連れ去ったと言う子の行為が、忍の願いを叶えることとどう関係しているのか。怪物に名指しされた忍本人でさえ、不思議そうに眉をひそめている。

 

「何も分からないのか…?大宮忍、貴様が俺を生み出したと言うのに…」

 

「シノが、あなたを生み出した…?」

 

「シノ、あんな化け物作れるデスカ!?」

 

「な、何の話をしているのですか!?私にはさっぱり…」

 

「いいだろう…。ならば、全てを話してやる…。全ての元凶は大宮忍、貴様なのだよ…」

 

理解できず、脳の整理が追い付かない少女たちに追い打ちをかけるように、怪物は自身の知り得る全てを紡ぎ出す。誰の声も届かない薄暗い地下深くで、衝撃の事実がその姿を現すのだった。




ついに、カレン・綾・陽子・アンクの四人が囚われの忍・アリスと再会を果たしました!あの怪物が言う忍の願いを叶えるとは一体何なのか!?忍が怪物を生み出したと言うのは本当なのか!?次回、事件の真相が明らかになります!ぜひ楽しみにしていてください!と言うかもうそろ最終話です(笑)


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第7話 あなたの幸せは私の幸せ…?

「アリス〜、準備出来ましたか〜?」

 

「お待たせ〜。じゃ、行こっか!」

 

私の声に反応して、リビングからこちらにパタパタと走ってくる金髪の愛らしい少女。もう大学生なので少女と言うと少し子供扱いしているように聞こえてしまいますが、アリスの見た目は初めて会った時からあまり変わりません。って、こんなことアリスに言ったら怒られてしまいますね。私たちが初めて出会ったのは中学生の頃、私がアリスの家にホームステイした時です。その後、今度はアリスが私の家にホームステイしにきて、一緒に高校生活を送りました。そして今、イギリスの大学に入学してから数ヶ月、やっと見慣れてきたいつものキャンパスにアリスと共に向かいます。今度はホームステイじゃない。ずっとアリスと一緒にいられる、何で幸せな毎日なんでしょう。世界が美しく輝いて見えます。そして、アリスの金髪もより一層美しく輝いて…

 

「き…、金髪…!はぁ、はぁ…、金髪!」

 

「シノ?!お顔が凄いことになってるよ?!」

 

「あ、すみません…!私としたことが…」

 

「じゃ、お昼になったらいつものとこ集合ね!」

 

「分かりました。授業頑張ってください、アリス!」

 

「うん!シノもね!」

 

こちらに振り向き手を振りながら講義棟へとかけて行くアリス。その姿もまた何と可愛らしいことでしょう。残念ながら今日とっている授業はアリスとは別のもので、暫くの間アリスはお預けです。でも、お昼の時間になればまた会える。お昼ご飯は必ず一緒に食べようってアリスと約束しているんです

 

「そろそろ時間ですね」

 

講義を終え、友達と別れてアリスの待ついつもの場所に向かいます。そう、私にもイギリスのお友達が出来たんですよ。まだ英語は流暢に喋れないけれど、それでも沢山勉強して練習して、会話出来るくらいには上達したんです。これも、練習に付き合ってくれたアリスのお陰です。と、とある二つの講義棟の間にある中庭で、周りより一際美しい金髪の少女を見つけました。ですがその金髪の天使は、今日は何だかいつもと違う様子だったのです。

 

「どうしたんですか?アリス、さっきからソワソワしてます」

 

私がおにぎりを口に運びながら放ったその言葉に、アリスは大袈裟に驚きます。よく見れば少し顔を赤くして、何やら恥ずかしがっているように見えました。

 

「昔みたいにソワソワ〜♪ソワソワ〜♪って踊りますか?」

 

「いや、一気に注目浴びるだろうからそれはやめとく」

 

「でも、本当にどうしたんですか?」

 

「う〜っ…!」

 

私の問いかけに頭を抱えて唸るアリス。そしてその可愛い唸り声が数秒続いた後、「…シノならいっか…」と呟いたアリスが、一つ大きなため息をついて私をまっすぐ見据えたのです。

 

「笑わないでね?」

 

「はい、アリスを笑ったりしません」

 

「…私、好きな人が、できたかも…」

 

「…え?」

 

「私、恋してるかもしれない…!」

 

こんな表情のアリスは今まで見たことがない。その色白の小さなお顔を真っ赤に染め、照れを全面に表した表情で、アリスは私にそう強く言ったのでした。

 


 

「アリスが恋してる人って、どんな人なんですか?」

 

「えぇ?!ちょ、ハッキリ言わないでよ!恥ずかしいじゃん〜!」

 

夕飯を食べ終え、今日という1日がもう終わろうとしている頃、私の隣で布団にくるまるアリスがお昼と同じような表情で私の方にグイッと寄ってくる。そのアリスは、口では拒絶していても、何処かとても楽しそうでした。

 

「えっとね…、名前はウィリアムくんって言うの」

 

「お〜、ウィリアム!」

 

「同じ授業を取っててね、週に何回か会うんだ…。いつも私の斜め前に座ってて…」

 

「かっこいいんですか?」

 

「そう!すっごくかっこいいんだよ!」

 

「ウフフ。アリスはウィリアムくんとお話ししたことはあるんですか?」

 

「うん、授業でやるプレゼンテーションで何回か同じ班になったことがあるんだ。気さくで面白くて優しくて…、気づいたら目で追ってるんだ…」

 

「本当に好きなんですね」

 

正直、こんなこと夢にも思っていませんでした。でも、私たちはもう年頃の女性。恋の一つや二つしても何もおかしくはないのです。楽しそうに彼のことを語るアリスを見て、心の底から好きなんだと思いました。

 

「分かりました!私、アリスの恋を応援します!」

 

「ほんと?」

 

「はい!私に出来ることがあったら、何でも言ってくださいね!」

 

「うん、ありがとう!シノも大好き〜!」

 

アリスの白く細い腕が私の体を包み込む。アリスの笑顔のためなら、私は何だって頑張れちゃうんです。それからのアリスは、とても積極的でした。

 

「今度一緒にご飯食べ行くことになったんだ…」

 

「ほんとですか?!それはもう、デートと言うやつじゃないですか!」

 

「うぅ〜、どうしよう!どんな顔すればいいんだろう?!どんなこと話せばいいんだろう?!分からないよぉ〜!」

 

「大丈夫、自然体のアリスでいいんですよ」

 

「シノ…」

 

「当日は、しっかりおめかししないといけませんね。今からお洋服買いに行きましょう!」

 

「うん!」

 

まずはお友達から、勇気を出したアリスは以前よりずっとウィリアムくんと仲良くなって、早々とデートの予定まで立てたのです。何か私に出来ることを、と思っていましたが、その必要はなさそう。アリスは自分の力で恋愛を成就させようと頑張っているのです。ですが、それと同時に私の心にとある変化が現れ始めたのです。

 

「今日もウィリアムくんがね〜」

 

大学に向かっている時も、お昼休みの間も、お家に帰ってから寝る時も、アリスはずっとウィリアムくんの話を、彼の話だけをするようになったのです。

 

「ごめん!今日ウィリアムくんたちと遊ぶから先帰ってて!」

 

こんなことも増え、私とアリスの二人だけの時間は以前より極端に少なくなってしまったのです。アリスが笑顔ならそれでいい。アリスの幸せが私の幸せ。ずっと思ってた、ずっと自分を言い聞かせていたその言葉も、いつしか私の心には響かなくなりました。何で私たちの時間を奪うんですか?私からアリスを取らないでください。アリスは私だけの…。いつしかこんなことだけが私の心を支配して、そしてその日言葉にしてしまったんです。

 

「…ウィリアムくんなんて、いなければいいのに…」

 

いや、そんなこと考えちゃ絶対にダメです。そしたら、アリスの幸せが無くなってしまいます。それはあまりに自分勝手な願いです。でも、そうしたら私の幸せは?なぜ私だけが、こんな思いを。

 

「随分と、心に闇を抱えているようですね…、お嬢さん」

 

「え…?」

 

俯いた顔をあげた目の前にいたのは、赤い装飾品が散りばめられた緑色の服、うっすらとチャイナドレスを思わせるようなイギリスで見るにはあまりに奇抜な装いの男性でした。どこかシンパシーを感じてしまいましたが、オルテカと名乗った彼はゆっくりと私に近づき、その手に持っているスタンプのようなものを私の掌に置いたのです。

 

「それを使えば、仲良しなあなたの友達を奪い返すことが出来る…」

 

そう言うと、彼はたちまち私の目の前から消えてしまいました。彼曰く、このスタンプを押すと私の中にいる悪魔が暴れ出してしまうそう。そんなことしたら、アリスだけでなく周りの大勢を傷つけてしまいかねない。そう分かってはいるのですが、どうしても使わないと言う選択肢が私の中から消えてくれませんでした。そして、踏ん切りがつかないまま翌日、私はスタンプをこっそり鞄に忍ばせて、アリスと一緒に大学に行きました。

 

「じゃあシノ、またいつもの場所集合ね!」

 

「…分かりました…」

 

「どうしたの…?シノ、少し様子が変だよ…?」

 

「…私、少し体調がすぐれないので、やっぱり今日はお家に帰りますね…」

 

「シノ大丈夫?私送ってくよ…」

 

「そんなことしたら、アリスが授業に遅れてしまいます…。私は大丈夫ですから…」

 

「でも、シノ…」

 

「本当に、大丈夫ですから…!」

 

もう自分でもどうしたらいいのか分からない。弱い自分が嫌で心がぐちゃぐちゃで、今にも泣きだしてしまいそうです。ずっと仲良しで大好きなアリスも、今になってはどっちか分かりません。鞄の中のスタンプを手に取りじっと見つめる。強く握りしめ、印面を自分に向けて、ついに押してしまおうと覚悟し手を振り上げた瞬間、

 

「…え?」

 

自分の体が宙に浮いたのです。どうなっているのか分からず慌てましたが、そこから見える景色から、私の体が誰かに持ち上げられたのだと分かりました。ですが、私の体を支えているその腕、ここから見える背中は明らかに人ではありませんでした。

 

「な、なんですか!?一体どうなって…!」

 

必死に声を荒げていると、その瞬間視界から光が失われ、乱暴に下ろされた私の体は固く冷たい地面に強く打ち付けられました。

 

「いたた…。一体どうなっているんですか…?ここは…」

 

「シノ!」

 

自分の境遇も理解できないまま、すぐ隣から発せられた言葉に振り向きました。暗くて見えない、自分が何処にいるか分からない、でもその声の主がアリスであることはすぐに分かりました。

 

「アリス!?アリスなんですね!?」

 

「うん、そうだよシノ!大丈夫!?怪我とかしてない!?」

 

「えぇ、私は大丈夫です!それより、ここは…」

 

「分からない…」

 

「貴様らにはここに居てもらおう…」

 

何も見えない暗闇から響いてきたその声に怯えるアリスと身を寄せ合う。そして何も分からないまま、私たちは真っ暗な地下室に監禁されることになったのです。




きらら系作品では僕の中でタブーとされている、登場人物が純粋に恋愛をすると言うお話でした!アリスに好きな人がいるって思うだけで心が苦しくなります…(泣)でもこれ思いついたとき自分のこと天才かって思いました(笑)あと、今回は地の文を忍の一人称で書いてみました!セリフ書いてんのか地の文書いてんのかどっちか分かんなくなる時ありました(笑)オルテカも出てきましたね~。ここで忍はバイスタンプを手に入れて、そしてカレンたちに送った写真にそれが映っていたと。まさかのきらら系に仮面ライダーキャラ出演(笑)でもやっぱりこういうのが書いてて楽しいんですよね~。と言うことで、これが忍とアリスが誘拐された経緯になります!結構長くなっちゃったけど、こんなにサラサラ書けたの久しぶりだなぁ~(*´з`)と言うことで、最終話はちかーい!!!


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最終話 永遠の友達

「俺は、大宮忍、貴様から生まれた。貴様の、アリスとの時間をもう一度取り戻したいと言う強い願い、いや憎しみが俺を生んだんだ」

 

怪物は全てを明かした。そして、事の真相を聞いた全ての者がもれなく驚愕した。当人である忍も例外ではない。彼女は、自身が怪物を生み出したという記憶がない、それを認識しないままこの地下室に閉じ込められていたのだ。

 

「ウィリアムの言ってた視線の正体もお前だな…?」

 

「そうだ…。奴がアリス・カータレットとどういった接触をしているのか、全て監視していた…。これも、大宮忍の望みを叶えるためだ…」

 

あの時ウィリアムが言及した謎の視線は、この怪物がアリスと関わる彼を監視していたからだった。だがそれ以前に、アリスが彼に恋心を抱いていたことを、ここにいる忍以外誰も夢にも思っていなかった。そして、この誘拐事件の原因が自分にあることを理解したアリスが、俯きゆっくりと言葉をこぼす。

 

「シノ、ごめんね…。私、シノの気持ち何も考えてなかった…」

 

「アリス…」

 

「私だけ気持ちが舞い上がっちゃって…、シノのことほったらかしにしてた…」

 

「そうだ…。俺を生み出すほど、大宮忍の憎しみは溜まりに溜まっていた…。アリス・カータレット、貴様は大宮忍の友達失格だな…」

 

その言葉を聞いたアリスが、俯いたままヒュッと息をのむ。忍を突き放してしまったのもこのような状況になってしまったのも、全ての責任は自分にあり、しかもその相手は世界一大事な友人である忍だ。友達失格、その言葉はアリスが涙を流し始めるには十分すぎるほど彼女に強い衝撃と、自分が犯した罪への自覚をもたらした。しかし、そんなアリスの様子を見た忍は、彼女にそっと寄り添い優しく包み込む。

 

「泣かないでください、アリス。友達失格何て、そんなこと絶対にありません」

 

「な、何で…?私は…、シノに、ひどいことを…!」

 

「それでも、アリスはそれに気づいてこうして涙を流して謝ってくれた。きっと、アリスが本当に酷い人だったら、もう既に私からずっと離れてしまっているでしょう…」

 

「そ、そんなこと絶対にしない…!私はシノも…、シノが大好きだから…!」

 

「私も、アリスのこと大好きです!私たちは、永遠の友達です!」

 

嗚咽をこぼして泣くアリスを、忍が優しく抱きしめる。それが、アリスの今までの行いをも全て受け入れているように思えて、アンクは少し羨ましさを感じた。そして、忍は彼女自身の頬にもつたう一筋の涙を振り払うと、力強く目の前の怪物を見据えた。

 

「ありがとうございます、あなたのおかげで私たちはまた強い絆で結ばれることが出来ました…。私たちは、もう大丈夫です…!」

 

全てを肯定して永遠に仲良くいられるだけが友達ではない。時にはぶつかりすれ違い、しかしそれを乗り越えて前より強固な絆で結ばれる。それが本当の友達の図であり、今までの、そしてこれからの彼女たちなのである。しかし、それを受け入れられない怪物の唸り声は、静かに地下室に響き渡る。

 

「許さん…、許さんぞ…!貴様ら二人をここに閉じ込め、永遠に二人だけの世界にしてやる…!」

 

目的が達成されたにも関わらず、既に奴は自らの存在意義を見失った醜い怪物へとなり果てていた。奴の咆哮が地下室全体を揺らし、その地響きに先ほどまで泣き喚いていたカレン達が狼狽える。

 

「まずいわ!この状況…!」

 

「い、今すぐ階段上って逃げるデス!」

 

「無理…!泣きすぎて体に力はいらない…!」

 

「シノ…!」

 

「大丈夫です、きっと何とかなります…!」

 

忍がそう言い放ったのと、彼女の目の前が突如眩い光を放ったのは同時だった。誰もがその眩しさに目を伏せ、それは怪物もまた例外ではなかった。そして、眩い光がおさまった見慣れた薄暗い地下室に、未だ一点だけ強く光る箇所に忍がそっと手を差し伸べる。

 

「これは…」

 

その光から生まれたものが忍の掌に一つ落ちた。その形状から-以前アンクが手にしたものとは大きく形は異なるが-彼はそれがライドウォッチの一つであることを瞬時に悟った。忍の友達を想う気持ち、彼女の想像する力が新たなライドウォッチをこの世にまた一つ生み出したのだ。

 

「押してみろ…。そして、自らの存在意義を失ったあいつを終わらせてやれ…」

 

「…はい…!」

 

「シノ、私も…!」

 

忍が握るライドウォッチに、アリスも優しく手を差し伸べる。忍とアリス、二人が犯したと言える過ちを、今度は二人で終わらせるのだ。

 

『光るパレード タイムブレイク』

 

忍とアリスがライドウォッチの音声を押し込んだ瞬間、薄暗い地下室を再び眩い光が包み込んだ。それは黄金に輝くライドウォッチから放たれたもので、そのあまりの輝かしさに怪物はなす術もなく光に飲み込まれ、そして静かに浄化した。そして、アンクたちをここまで導いた偽りの忍もまた、その光の中でこちらに微笑んでいるようにアンクも感じたのだった。

 


 

「アヤヤー、これ美味しいデスよ!?食べマスか?」

 

忍とアリスを地下室から救出して数時間が経過し、アンクたちは日本に帰国するための飛行機に乗っていた。彼女たちを家まで送り届け、ついでに少し彼女たちの家でゆっくりしてから今に至る。彼女たちはもう大丈夫だろう。同じ過ちは繰り返さない。何か大きな壁にぶつかっても、危険な手段に頼らずお互いを尊重して乗り越えていくことが出来るだろう。もちろんそこには、綾、陽子、カレンの存在も含まれている。皆、実に良い友達であると、思わずアンクはまた羨ましさを感じた。因みに、忍の持っていたバイスタンプだが、彼女はこれを一度も使用していない。にも関わらずあのような怪物が生まれてしまったのは、きっとこのバイスタンプと彼女の想いが共鳴した故だろう。いずれにせよ、このバイスタンプの出どころと、イギリスに居る忍に態々伝わった経路を早く特定したいものだ。だがきっと、それを果たすのにはまた大きな試練と、何か大きなものが関わってくるのだろうと、飛行機の翼の前に散る雲を眺めて一人思うアンクであった。

 

「みんな、見えてきたわよ!」

 

「いや~、ほんと大変な旅だったよ~」

 

「でも、またみんなとイギリスに行けて楽しかったデ~ス!」

 

「今度は普通に行きたいけどな」

 

客室窓から見える見慣れた日本の風景に、各々が旅の感想をこぼす。飛行機は無事着陸し、これでアンク史上初の国を超えた旅は終わり。カレン、陽子、綾とも別れ、それぞれまたいつもの日常に戻って行く。出会いは穏やかなものではなかったが、それでもこうして幕が下りようとすると寂しいものだ。

 

「ありがとう、三人とも。短く大変な旅だったが、皆といれて楽しかった。もし今度イギリスに行ったときは、忍とアリスにもよろ…」

 

そこで、振り向いたアンクの言葉は詰まった。何故なら、振り向いた先の彼の目には、いるはずの陽子、カレン、綾の姿がなかったからである。いや、それどころか空港内の全ての人間がアンクの目には映っていなかった。

 

「何だ…?」

 

周りを見渡しても人の気配は一切感じられない。そして同時に、不気味な光景をアンクは見た。窓から覗いた外の景色が、漆黒の闇に染まっている光景を。

 

「…嫌な予感がする…」

 

夜景と言うには不気味すぎるその闇が広がる光景を見て、アンクは直様走り出した。世界が闇に包まれ、そこには誰一人として生き物は存在しない。かつての光景を脳裏に思い浮かべ、死闘が頭をよぎり、アンクは一人小さく呟くのだった。

 

《了》




*補足

◯きんいろモザイクグランドライドウォッチについて
・忍のアリスを思う気持ち、友達を思う気持ちと彼女の想像力が共鳴して生まれた新たなライドウォッチ。天面のボタンを押すと『光るパレード タイムブレイク』を発動することが出来る。因みにこの光るパレードとは、アニメ『きんいろモザイク』第二期のop『夢色パレード』の歌詞の一部から抜粋したもの。また、グランドライドウォッチを元にしたのは、ジオウのグランドライドウォッチが金色であることに掛けて。

◯偽りの忍について
・怪物が、忍のアリスを取り戻したいと言う憎しみと想像力から生まれたものであれば、彼女は無意識のうちに抱いていたアリスを思う自責の念と想像力が共鳴して生まれた存在である。

◯アリスとウィリアムについて
・アリスがウィリアムに恋心を抱いていたのは事実だが、実はウィリアムには既に彼女がいて、アリスのことを意識していないことは彼の言葉からも分かる。アリスがそのことに気づくのはもう少し後のお話。

と言うことで、第9章終わりました〜!いや嘘です、実は番外編を1話書く予定なので後ちょっとだけ続きます!いずれにしても、きんいろモザイクのみんなのお話をかけたのはとても楽しくて嬉しかったです!ついに次は第10章!一体誰と出会うのでしょうか!?アンクが日本にいないうちに、この国はどうなってしまったのか!?番外編も含めて是非読んでくださると嬉しいです!


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Alice side:きんいろのこの気持ち

「アリス〜、準備出来ましたか〜?」

 

「お待たせ〜。じゃ、行こっか!」

 

シノの声が聞こえて来て、急いで身支度を済ませ玄関まで走る。毎朝お寝坊さんなシノを起こして、一緒に朝ごはんを食べて家を出る。高校生の時、私がシノのお家にホームステイした時からずっと一緒で、大学生になった今もそれは変わらない。面倒だなんて思ったことは一度もない。だって大好きなシノとずっと一緒にいられるんだから。世界が、毎日が輝いて見える。加えてシノには私の金髪も特別輝いてるように見えてるみたいで、

 

「き…、金髪…!はぁ、はぁ…、金髪!」

 

「シノ?!お顔が凄いことになってるよ?!」

 

「あ、すみません…!私としたことが…」

 

「じゃ、お昼になったらいつものとこ集合ね!」

 

「分かりました。授業頑張ってください、アリス!」

 

「うん!シノもね!」

 

今日はシノとはここでお別れ。あまりシノと同じ授業を取れなくてちょっと寂しい。でも、お昼は毎日2人で食べる約束をしてるから、どんな授業でもシノのためなら頑張れちゃう。あと、それとは別に最近大学が楽しくなった気がする。それは、まだ誰にも言ってない、シノにさえ言ってないこの小さな胸に秘めたある想いが関係してるんだと思う。

 

「おはよう、アリス」

 

「あ…!ウィ、ウィリアムくん…!おはよ…」

 

「今日の授業の課題、やってきた?」

 

「う…、うん…。やってきたよ…」

 

「さすがアリス!ちょっとさ、後で見せてくれないかな?」

 

「う、うん…!いいよ…!」

 

背後から颯爽と現れた彼への想いが、彼が走り去った今でも溢れて止まらない。走る彼の背中を見ながら、自分でも驚くほどに心臓が鼓動している。いつからだろう、彼を見るとこうなってしまうようになったのは。きっと、それ程遠い昔のことじゃない。私がいるここから見えなくなるまで、私は彼のことを目で追い続けた。これ程短い期間で、私は彼のことをこれ程までに思うようになってしまっていた。こんな気持ちは今まで経験したことがない。自分でも、どうしたら良いか分からない。だから、答えが出てて名前を知ってるこの気持ちを、誰かに打ち明けてしまいたいと思った。そしてその相手は、すでに私の中で決まっている。

 

「笑わないでね?」

 

「はい、アリスを笑ったりしません」

 

「…私、好きな人が、できたかも…」

 

「…え?」

 

「私、恋してるかもしれない…!」

 

その言葉を聞いたシノは、驚いたのか一瞬真顔になった後、優しく私に微笑み掛けた。その微笑みが、どこか寂しそうに見えたのは気のせいだったのかな。

 


 

「今度一緒にご飯食べ行くことになったんだ…」

 

「ほんとですか?!それはもう、デートと言うやつじゃないですか!」

 

「うぅ〜、どうしよう!どんな顔すればいいんだろう?!どんなこと話せばいいんだろう?!分からないよぉ〜!」

 

「大丈夫、自然体のアリスでいいんですよ」

 

「シノ…」

 

「当日は、しっかりおめかししないといけませんね。今からお洋服買いに行きましょう!」

 

「うん!」

 

それからの私は、以前より一層ウィリアムくんにのめり込むようになった。頑張ってたくさん話しかけて仲良くなって、ようやく約束出来た2人きりでのお出かけ。当日のことを想像するだけで、心臓が爆発してしまうくらいドキドキする。でも、シノは自然体の私で良いと、そして私の恋を応援すると言ってくれた。どんな時でも私の味方でいてくれるシノのその言葉が嬉しくて、何より私に勇気をくれた。でも、ある意味で私は、そんなシノに甘えてしまってたのかもしれない。いつしか、シノと過ごす時間は減り、そしてウィリアムくんとその友達たちと過ごす時間が増えていった。でも、その事に気づけないほど、私は今とても充実している。シノも、私がウィリアムくんの話をすると笑顔で聞いてくれる。シノは私の幸せを祈ってくれている。私の幸せがシノの幸せ、きっとシノならそう言ってくれる。

 

「じゃあシノ、またいつもの場所集合ね!」

 

「…分かりました…」

 

「どうしたの…?シノ、少し様子が変だよ…?」

 

「…私、少し体調がすぐれないので、やっぱり今日はお家に帰りますね…」

 

「シノ大丈夫?私送ってくよ…」

 

「そんなことしたら、アリスが授業に遅れてしまいます…。私は大丈夫ですから…」

 

「でも、シノ…」

 

「本当に、大丈夫ですから…!」

 

でも、今日のシノはどこか様子がおかしかった。ううん、最近シノから笑顔が減ったような気がする。シノと一緒にいる時間が短くなったからそう感じるだけかもしれないけど。ゆっくりと重そうな足取りで進むシノを、曲がり角を曲がって見え中なるまで見送り、それから私は講義に向かおうと棟に入ろうとした。そして、扉を差し掛かった瞬間、私の体が軽々と持ち上げられた。

 

「え…?ちょっと、何これ…!」

 

手が足がどこにもつかず身動きが出来ない。ジタバタと暴れても、私の体をしっかりと支える、明らかに人間者ではない腕が私の体を離してくれない。そして、状況を飲見込めないまま、一瞬にして目の前が真っ暗になった。

 

「きゃっ!」

 

乱暴に降ろされ、その硬い地面に体を強く打ち付ける。ここはどこなんだろう。さっきまで外にいたはずなのに。見渡してもその暗さが私の視覚を奪って何も見せてくれない。少しすると、もう1人少女の声が聞こえた。

 

「いたた…。一体どうなっているんですか…?ここは…」

 

「シノ!」

 

声を聞いた瞬間すぐに分かった。私がシノの名前を呼び声のした方に寄ると、シノと思われる人影も私の方に寄ってきて体を寄せ合った。

 

「アリス!?アリスなんですね!?」

 

「うん、そうだよシノ!大丈夫!?怪我とかしてない!?」

 

「えぇ、私は大丈夫です!それより、ここは…」

 

「分からない…」

 

「貴様らにはここに居てもらおう…」

 

何も見えない暗闇から響いてきたその声に怯えるシノと身を寄せ合う。そして何も分からないまま、私たちは真っ暗な地下室に監禁されることになった。

 


 

「シノ〜、どっか遊びに行こうよ〜」

 

「良いですよ、どこに行きましょう?」

 

今日の授業を終えた2人の声が聞こえる。まるで、数日前までのいざこざなどなかったかのように、2人の顔には笑顔がともっている。

 

「そう言えば最近、ウィリアムくんたちの所行ってませんが、良いんですか?」

 

「…うん、いいの」

 

「私に気を遣わなくて良いんですよ…?アリスが私のことを想ってくれてること、私は知っていますから」

 

「…いいのっ!私の一番はずぅーっとシノだけなの!」

 

「もう、アリスったら」

 

跳ねるように忍に抱きつくアリス。その白い頬を伝う一筋の涙を忍に気づかれないよう拭い、2人はきんいろに輝く思い出を作りに今日も歩き出すのだった。

 

《了》




ここまで読んでいただきありがとうございます!今回は第7話の対となるお話で、アリスの心情や状況を描いてみました!地の文もアリス視点になってます!アリスの恋愛描写描くの辛かった(泣)最終話が終わった後に番外編でプラスにお話を作ったりするのは初めてで、結構良い章構成になったのではないかと一人で興奮してます(笑)アリスと忍が仲直りできて良かった、これからも彼女たちがどのような人生を歩んでいくのか楽しみで仕方ありません!(あわよくば続編を〜作者様〜!)本当にきんいろモザイク大好き(*^◯^*)改めて、最後までご覧くださった方ありがとうございました!無事番外編も終わり、これにて第9章は本当に終わりまーす!次回はついに第10章…、誰と出会うのかは始まってからのお楽しみに!因みにちょっとヒントを言うと、とあるゲームキャラクターです…( ͡° ͜ʖ ͡°)


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第10章 闇物語-星のカービィ クロス・ダークネス-
この来訪者にはるかぜ吹かず


闇に包まれた暗い世界に存在するのはアンク唯一人。かつての記憶が脳裏をよぎり、アンクは眉を顰めた。それは、闇王によって世界が暗黒に支配され、そして奴との死闘を繰り広げたその記憶。しかし、闇王はその後アンクの暗黒奥義によって封印された。

 

「まさか、封印が解かれたのか……?」

 

この光景を見てしまえば、そんな最悪の想像をしてしまうのも無理はない。再び死闘を繰り広げる覚悟と、あわや今度は自分が封印されてしまうのではないかと言う不安がアンクに芽生えかけようとしたその時、彼は後方から勢いよく迫ってくるとある気配に気づいた。今この世界にアンク以外の人間は存在しない。つまり、この気配は人間のものではない。

 

「……っ!」

 

寸前で身をひるがえしたアンクの直ぐ隣を何かが物凄い勢いで通過した。それは、漆黒の球体の真ん中にギロリと覗く一つ目を携えた何とも不気味な姿をしていた。じっとこちらを凝視するそれに、アンクも思わず身構える。このような生き物は見たことがない。もしや魔法少女の類か。様々な憶測がアンクの脳を支配する最中、暫く不言不語を貫いていたそれが、唐突にアンクに向けて黒い光線を放った。

 

「くっ……!いきなり何だ!」

 

どうやらアンクに明確な敵意を持っているようだ。次々に放たれる光線をアンクも同じ数避けていく。地割れを起こす程の威力を持つ黒い光線に驚くアンクを、今度は奴の周りに付いている複数のオレンジ色の球体が襲う。刹那召喚した暗黒剣でそれらを切り刻み退けたら、今度はアンクの反撃の番だ。剣を構え、目に見えぬ速さでそれに詰め寄り瞳を狙って斬りつける。

 

「逃すか……!」

 

アンクを脅威と感じたのか、今度は物凄い速さでその場から飛び去っていく。逃すまいと、同じく浮遊して追いかけるアンクを襲う黒い光線が、黒く染まった街を段々と破壊していく。見れば、辺りの建物にも同じように破壊を試みたような痕跡が見られる。きっと、この惨劇を作り上げたのは目の前を浮遊している一つ目の奴だ。アンクには分かる、奴の内から感じる闇の気配を。同じ闇を内包する者同士、しかし自身のものとはどこか異なるその気配を。そしてそれは、今世界を包み込んでいるそれと同じものだ。つまり、奴を倒せばこの世界は元通りになると言う結論にアンクは至った。

 

「暗黒奥義……」

 

体を回転させ、自身の足を奴に向ける。そして、世界を揺るがすほどの闇を収束したアンクの右足が、光の如き速さで奴の体を蹴り刺す。膝まで奴の体にめり込んだまま、勢いそのままにどこまでも飛び続ける。もう少しだ、もう少しで、世界から闇が晴れアンクの知るいつもの景色に戻る。しかし、直後にアンクの周りに広がった景色は、アンクのみならずこの世に生きる全ての者が未だ目にしたことのないようなものであった。

 

「何だ……!どうなっている!?」

 

光を放つ白黄色の空間に吸い込まれて行く。それは、この空間にいる一人と一体の闇を浄化してしまうのではないかと思うほど強烈なもので、奴にめり込んだ足を抜いても身動きできずただ落ちていくことしか出来なかった。

 


 

目を覚ますと、自分の体が草原に倒れ伏していることはその感触から分かった。相変わらず世界は暗い。自分は一体どのくらい気を失っていたのだろう、あの一つ目の奴はどうなったのだろう、あの謎の空間は一体何だったのだろう。そんなことを考えながら、ゆっくりと体を起こすアンク。そして、気づいた。

 

「何だ……、これ……!」

 

彼を囲む大勢の一頭身のモンスターたちの存在、そして、自分の体もまた同じように一頭身になっていることに。




と言うことで始まりました第十章は、『星のカービィ』シリーズのキャラクターたちと出会っちゃいます!(まだカービィ出てきてないけど章タイトルから分かりますね笑)最近カービィ熱がヤバくてずっと書きたいと思ってた作品だったんです!(ディスカバリーはよ!)本編カービィ作品一個作るくらいの内容で考えているので結構ボリューミーになると思いますが、どうぞ最後までご覧になってください!改めて、第十章もよろしくお願いします(^o^)丿


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始まりの地 グレイヴグラス編
未知の世を行く <グレイヴグラス北部>


「何だ……、この姿……」

 

自分の体を理解していくたび、元とはかけ離れたその姿に驚愕する。腕は自身の視界に入るか怪しいほど短く、手を握ったり開いたりすることが出来ない。そもそも、十本あるはずの指の存在を感じることが出来ない。膝も同じ。いや、膝と呼べるものはなく、言うなれば足が体に直接取り付けられているように見え、それ故に地面との距離が極端に近い。丸く柔らかい皮膚、一頭身になってしまったことを理解したころには、アンクはその受け入れ難さから震えを止めることが出来ずにいた。しかし、そんな予想だにしない事態に動けずに居るアンクの周りを、大勢のモンスターが今にも飛び掛かろうとにじり寄ってくる。

 

「くそ……っ!」

 

そのうちの一体がアンク目掛けて体当たりしてきたのを、彼は空中に飛びすんでのところでかわす。体当たりの勢いそのままに反対側に激突するモンスターを横目に、アンクはある違和感を覚えた。それは、自身が想定していた以上に飛ぶ高さが足りないと言うことだ。いつものアンクならば、空高く飛んでいるはずが、一頭身のモンスター共は未だこんなにも近くにいるではないか。

 

「どうなっている……」

 

答えの出ない疑問を呟くアンク。彼を見上げるモンスターたちを睨みつけるが、一先ず一旦思考を整理しようと空中に足場を生成する。

 

「……!」

 

だがその闇力は、足場としての形状を形成することなく、一気に霧散してしまった。幻の足場から足を踏み外したアンクは、その丸い体勢を崩しながら地面へと落下する。同時に食らったモンスターの突撃に、アンクは大きく吹き飛ばされてしまった。何度も弾むことを繰り返すアンクの体。丸さと柔らかさが衝撃を吸収してくれているのが不幸中の幸いと言ったところか。

 

「くそ……、闇術が使えないんじゃ、この数は……」

 

じりじりとこちらに詰め寄ってくるモンスターたちの集団に目をやりながら、ゆっくりと身を起こすアンク。このまま引き下がって逃げることも考えたが、アンクは自身の後方に広がる別のモンスターの集団の気配を感じ取っていた。反対側に走って行ったところで、打開策がなければ状況は今と変わらなくなる。どうにかこいつらを蹴散らして、前に進むしかないのである。そんなことを考えていると、集団の内の一体が火球をアンクに向かって放ってきた。そしてその瞬間、アンクの手から出現した魔法陣がその火球を取り込み、彼の炎の力の一部となったのだ。アンクの丸い体から、天高く上る業火。それを見て怯んだモンスターたちを、アンクは先ほど見た火球の何倍もの火力と大きさを誇るもので一蹴した。

 

「……闇術、これだけでも使えたんだな……」

 

使えない闇術が分かるのであれば、逆に何が使えるのかを認識することも容易い。アンクが行使した闇術は、闇力の本質そのものであった。相手の力を闇で侵食し取り込み、それを自身の力として取り込む能力。この闇術のおかげで、炎の力を吸収し迫る危機を退けることが出来た。

 

「これは……、さっき俺が蹴り殺した……」

 

少し先に地面から突き出た丸いものを見つけたアンクがそれに駆け寄る。見ると、まだアンクが人の形をしていた時に戦った一つ目だった。背部に大きく空いた穴は、アンクが暗黒奥義をくらわした証拠であり、奴が既に絶命している証拠でもあった。あの時謎の空間に吸い寄せられ、共にこの世界に紛れ込んでしまったのだろう。今更だが、やはりこの世界はアンクが元居た世界とは大きく異なっている。暗い空に浮かぶ渦巻く雲、アーチ型の地面にチーズのような見た目をしたオブジェクトがいくつも散見される。どう考えても、先ほどまでアンクがいた世界とは似ても似つかないのである。

 

「この先を行けば、何か分かるのだろうか……」

 

広大な草原だが、アンクが目を向けた先に何やら強大な闇の気配を感じる。アンクはその気配を目指して、この未知の世界を走り出したのだった。慣れない一頭身の体と見知らぬ世界で、アンクの新たな冒険が今、始まる。




☆Pose

〇闇力の本質

瞬間移動をしたり、身体を武器に変化したり、エネルギー弾を放ったりと言うのはあくまで付随的なもので、闇力にはその核となる性質が存在する。それが”相手の能力を侵食し、自身のものとする”と言うものである。黒々録で見せた『模倣』の闇術はこれ性質が反映されたもので、その他すべての闇術はこの性質から派生、進化したものである。ようするに、やろうと思えば何でもできる。

☆あとがき

と言うことで、本格的にアンクの冒険が始まりました!どの世界を冒険しているのかは、もうお分かりですよね……?(笑)今回の章では、今までのような「第~話」を廃止し、「題名 <ワールド名>」と言う風にしました!「1-1 題名」とか「1-2 題名」とすることも考えたんですけど、今回はオープンワールド形式のゲームシステムを考えており、以前冒険したワールドに再び戻ってくる、何て展開もあるかもしれないので、分かりやすいように「題名 <ワールド名>」に加えて、各話でアンクたちの位置を東西南北でざっくりと示すようにしました。また、最近進撃の巨人にハマりだしたのもあって、その第一期のタイトル形式を取り入れているのもあります(笑)因みにワールド名は、ちょっとダークな感じをイメージして語感でつけてます('Д')さぁさぁ!カービィちゃんはいつ出てくるのかな?楽しみにしていてください!


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隻眼の人面樹 <グレイヴグラス中部>

夜のような闇に包まれた草原を歩き続けてどのくらいが経っただろう。いや、一人ではない。道中、様々なモンスターたちに襲われた。牙をむき、鋭い眼光をした凶暴な奴らが、アンク目掛けて一目散に襲ってくる。この世界は、元々このように凶悪な世界なのだろうか。いや、きっと違う。この世界も、アンクが元居た世界と同じ闇で包み込まれている。つまり、この世界を包み込む膨大な闇が、この世界を凶悪化させてしまったのだろう。どちらの世界も、同じ運命を辿ってしまったのだ。

 

「本来であれば、この世界も美しかったのだろうか……」

 

しかし、それを嘆くばかりではアンクもない。道中、アンクはあることを発見した。それは、アンクの侵食能力を使える範囲についてだ。ある特定のモンスターたちは、侵食することによってその力をアンクが受け継ぐことが出来る。今彼が携えている一本の剣も、先ほどアンクがその能力を行使したからである。安直だが、「ダークソード」と言ったところか。全員を甲冑で覆った剣士が、アンク目掛けて突撃してきたのだ。逆に、アンクの能力が及ばない敵も存在する。及ばないと言うのは、物ともしないと言う意味ではなく、侵食しても何の力も得られないと言うことだ。炎を吐いたり剣を操ったりするものとは違い、奴らにはこれと言って特徴がない。羽の付いた丸い体で飛んでいる奴や、眼光は鋭くもヨチヨチとした足取りでこちらに突撃してくる奴らは、能力を得られる奴らとは違い、そもそも何の能力も持っていない雑魚モンスターなのだろう。いずれにせよ、両者とも一頭身やそれぐらいの大きさしかないモンスターたちで助かった。人型やそれより大きなモンスターだったら、今の慣れない一頭身でアンクが戦うのは少し骨が折れるだろう。その点についてはこの世界に感謝し、アンクが草原を駆け抜けていると、その視界に大きな一本の大木が立ちはだかった。

 

「こんな大きな木が、何故ここに……」

 

見渡す限り草原の中に一本だけたたずむそれは、傍から見たら不自然であるとしか言えなかった。しかし、アンクにはそれを無視して先に進むことは出来なかった。何故なら、アンクが先ほどから感じていた大きな闇の気配、アンクをここまで導いたとも言えるそれは、この一本の大木から発せられているものだからだ。

 

「ん……?りんご……?」

 

アンクの足元に広がる、いや、辺り一面に広がる沢山のりんご。この世界にも、この果実は存在するのか。そう思ったアンクが手に取ろうとりんごに手を伸ばすと、

 

「何……っ!」

 

その爆発音にアンクは即座に反応し大きく退く。見ればその地面が抉られた跡は、今まさに爆発したりんごが作ったものだ。そして刹那、静寂に充ちる。ここら一体にあるもの、全てが爆発するよう品種改良でも施された謎のりんご……、いや、もはやりんごと呼べるかも怪しい果物なのだろうか。だとしたら、連鎖的に爆発しなかったのがまだ幸いだった。そしてこれらは、きっと同じ見た目の果実をその葉に沢山蓄えた大木のだろう。

 

「何者だ……!姿を現せ……!」

 

ただの大木でないことを悟ったアンクが、目の前のでくの坊に声を上げる。そしてそれは、やはりただの草原にたたずむ一本の大木ではなかったらしく、大きな一つ目と口をその幹に現しす。けたたましい咆哮を上げ、鋭い牙を、否、鋭い根をアンクに向けるのであった。

 


 

地面に無数の爆弾を仕掛け着地点を奪ったところで、さらに無数の鋭い根で獲物を突きささんと狙い撃ちしてくる。もはや一本の大木であることが悔やまれる……、いや、一本の大木であるからこその戦闘スタイルだ。自分と言う存在をこれでもかと熟知している。しかし、だからと言ってアンクも何もしないでいる訳ではない。

 

「その樹皮剥ぎ取ってやる……!」

 

偶々所持していた一本の剣で、牙むく大木を切りつける。どうやら有効であるらしく、先ほどからアンクが一斬りするたびに幹が顔をしかめているのが分かる。逃げると言う選択肢も考えたが、その選択肢は大木によってないものとされた。先手を取られ、辺り一帯をぐるりと覆い囲うように根の格子を張り巡らせている。一体奴はどのような構造をしているのか。はたまた、この世界の樹木は皆、樹木とは呼び難い化け物じみた構造をしているのか、一周回って興味深くなってくる。

 

「にしても、こいつのりんごの供給量はどうなっている……?!」

 

地面に散らばるりんごという名の爆弾は、奴の生い茂った樹冠から無尽蔵に落とされる。暫くダメージを与えると、奴は地面に散らばったりんごを全て吸い込み一つの大きなりんごにして、アンク目掛けて吐き出してくるのだが、それを避けると再び樹冠から無数のりんごを振り撒く。いつまで経っても奴のりんごが底を尽きることはなく、まさに需要と供給が釣り合っていない状態である。

 

「成る程……、お前の根っこは伸縮自在か……」

 

おまけに、再度咆哮したかと思えば、今度は根が埋まってるはずの地面を飛び出し、辺りを大きく飛び跳ね始めるではないか。その時の奴は、今までの攻撃はアンクの見ていた幻だったのではないかと思うほど短い根を持っており、にも関わらずアンクをこの場に閉じ込める根の格子が消えることはない。もはや伸縮自在などではなく、取り外し可能な根と言う生まれて初めて聞くような言葉がアンクの脳裏に焼き付き、彼はもう考えるのを止め、ただ無心で剣を振り続けるのだった。

 


 

「やったか……?!」

 

無心で剣を振り続けた甲斐あり、やつは最後に断末魔のような咆哮をあげた。どうやら勝負はついたようだ。

 

「たかが一本の木に、中々手こずってしまった……」

 

とは言え、りんごと根に気をつければ、あとは大木を伐採するように剣を振り続ける単純な作業であった。大きな一つ目から涙を流す奴の体にそっと触れる。すると、まるでそれに反応したかのように、大木から何かが飛び出してきた。

 

「お前、あの時の……?!」

 

その姿は、黒くて丸い体の中心に一つ目を携えた、あの時アンクが闇に包まれた世界で一線交えた奴と全く同じだった。しかし、奴の死骸はここまでの道中で目にした。故に奴は別個体だろう。

 

「待て……!」

 

先に戦ったものとは異なり、今回は宙を飛び一目散に逃げていく。アンクもその後を追おうとしたが、慣れない一頭身でいきなり激しい戦闘をしたからか、思うように体が動いてくれない。それになにより、アンクをこの場に留めたのは、闇が晴れていく光景だった。

 

「闇が晴れて、明るくなっていく……」

 

空を覆う闇の隙間から光が差し、草木を眩しく照らす。そしてついに、満点の青空がアンクの視界に広がった。

 

「……中々、綺麗だな……」

 

青い空に浮かぶ渦巻き雲、輝く太陽に照らされる眩しい草原、アンクを撫でるように吹く心地よい風。今まで見てきた闇に閉ざされた光景が嘘だったかのように、美しい世界がアンクの眼前に広がっていた。

 

「それにしても、何故闇が晴れたんだ……?」

 

そう言いながらアンクが視線を移した大木には、先ほどまでの一つ目はなく、大きな二つの目に変わっていた。いや、これは本来の姿に戻ったと言うのが正しいか。モンスターたちも、闇に覆われていた時とは比べ物にならない程穏やかである。今思えば、ここら一体を闇で覆い尽くしていたのは、この一本の大木だった。奴は戦闘中、攻撃のたびに辺りに闇を放出していた。それをアンクが倒したことによって-当の大木は穏やかな表情をしているが-闇が晴れたのだ。そして、その元凶は先程逃げていった一つ目だろう。奴が原因で、この大木は闇を放出させられていたのだ。

 

「お前も散々な目にあったんだな……」

 

埴輪のような顔をしたその大木に語り掛けると、どこか微笑むような表情をアンクにして見せた。しかし、これで終わりではない。この大木を操っていた元凶を倒さないことには終われない。アンクは今度こそ奴の後を追おうと一歩足を踏み出したところで、何者かに頭を強く踏みつけられた。

 

「ぐぼっ!」

 

今のアンクの体は柔らかく、踏まれたところが強くへこむ。思わず変な声を出してしまい、へこんだところが元に戻る勢いで前に少し飛び跳ねる。

 

「何だ……、一体……?」

 

顔面をこするように地面を滑ったアンクがようやく体を起こす。そこには、アンクと同じ一頭身でピンク色の生き物が、その頬を大きく膨らませて立ち塞がっていたのだった。




☆Pose

〇ダーク・ウィスピー・マター

おなじみプププランドの人面樹が、闇を取り込んで超パワーアップ!奴らと同じ一つ目を携えた彼は、りんごを爆発させたり鋭い根っこで突き刺してきたりと大暴れ!?いつもの穏やかな表情はどこへやら、ポップスターを闇で支配するその片棒を担ぎ、カービィや来訪者に牙をむいて襲い掛かる!

〇ダークファイア

メラメラ燃える熱き炎の力がアンクに宿った!少しだけ火力の増した漆黒の炎が、辺り一面を焼き尽くす!

〇ダークソード

勇者の剣をアンクが握れば、もうそれは邪悪な剣。漆黒の斬撃で数多の敵を切り刻め!(ただし切れ味はあまり変わっていない模様……)

☆あとがき

ウィスピーウッズがダークマターに乗っ取られちゃいました!最初のボスとしてはちょうど良いかもしれませんね(笑)あと、これからあとがき欄には、その話で出てきたボスやコピー能力の紹介文を書いていきます!カービィ本編のポーズ画面で見れるようなものを意識して書いているので、是非それもお楽しみください!


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アライズ・オン・ザ・スター

グレイブグラス中部では、既に一頭身同士の戦いが始まっていた。大きく頬を膨らませたピンク色のその生物は、状況がいまいち飲み込めてないアンクに向けて、突如星型の弾をその口から射出したのだ。

 

「ぬおっ!」

 

すんでのところで身を翻し避けるアンク。奴は先程からブロックだのモンスターだの様々なものを口一杯に含んでは、それを星型弾としてアンクに飛ばしてくる。やはり、この世界の生き物の生態は謎だらけである。おまけに、このピンクの丸い奴は、特定のモンスターを飲み込むことで、その力を自分のものにできるらしい。その証拠に、奴が今手にしている剣は、先程奴に吸い込まれ飲み込まれたとあるモンスターのものである。その様子に、アンクは親近感を覚えずにはいられなかった。

 

「お前も、俺と同じことが出来るみたいだな!」

 

剣同士がぶつかり合い、火花が散る。そのピンク玉は軽い身のこなしで様々な剣技を使いアンクを翻弄してくる。しかし、アンクも負けてはいない。この体になってから数時間が経過し、ようやく馴染んできた。アンクも、負けず劣らずの剣技で奴と剣を交える。

 

「中々やるな……!」

 

連続斬りや回転斬り、空中からの突きに、時には剣から放たれて飛ぶ斬撃がアンクを襲う。今までこんなに苦戦したことはなかったと思うくらい、一撃一撃の重さがアンクの身体と心に響く。アンクも、今までの戦闘経験を活かして奴の剣技をかわし、そして斬撃を叩き込む。両者の剣がぶつかり鍔迫り合い、そして一時的に大きく距離が空く。

 

「はぁはぁ……、中々しぶといな……」

 

もはや何処にあるか分からない肩で息をするアンク。しかし、彼に休息の時間など一瞬たりとも存在しない。突如剣を手放したピンク玉が、再びアンクに向けて星型弾を飛ばす。咄嗟に剣で受け流したアンクだったが、奴はその隙に爆弾りんごを頬張り飲み込む。

 

「……おいおい、それ使えるのかよ……!」

 

今ピンク玉が手にしている爆弾は、りんごの爆発する力をコピーしたものだろう。お洒落なとんがり帽まで被った奴は、アンクに向けて無数の爆弾を投げつけてくる。今までのように受け流すことは出来ず、斬ろうが防ごうが爆風がアンクにダメージを蓄積させていく。

 

「避けるしかないのか……!?」

 

こんなに便利な攻撃方法があるのであれば、予め教えておいて欲しいものだ。そうすれば、態々あの大木に近づいて少しずつ剣で切り刻むという面倒な工程を踏まずにすんだのに。そしてある時、ついに奴の爆弾がアンクの剣を弾き飛ばした。

 

「ま、待て……!」

 

剣をなくし丸腰になったアンクに、爆弾を掲げたピンク玉がにじり寄ってくる。短い手を伸ばし、奴に静止を促す。何か助かる方法はないのか。奴の気を引く方法はないのか。

 

「……よし!」

 

決意を静かに呟き、相手を刺激しないようにゆっくりと立ち上がる。そして、アンクはその丸い体に似合う踊りを踊ったのだった。

 


 

どうやら、このピンク玉の名前は"カービィ"と言うらしい。言うらしい、というのは、アンクがそう聞こえたと言うだけで、奴が実際にそう言ったのかは定かではないということだ。と言うのも、カービィは一切の言語は離さず"はぁ〜い"や"ぽよ"などの意味のない声しか発さないのである。そんな中、辛うじて聞こえたものがカービィだったため、アンクはそう呼ぶことにした。しかし、だからこそカービィとの和解に言語を用いなかったことは、アンクの良い判断と言えるだろう。カービィは、笑顔でアンクの踊りを真似たのだ。それも、とても踊り慣れているようで、その後アンクを襲ってくることはなかった。

 

「きっと、何か嬉しいことがあった時によく踊ってんだな……」

 

そんなことを呟いたアンクに、カービィは首を、いや体を傾げる。やはり理解していないのだろうか。筆談や絵でのコミュニケーションも試みたが、カービィはどちらも酷くとても見れたものではない。しかし、その過程でアンクは一つの情報を得ることができた。

 

「これは……、星か……?」

 

アンクの「ここは何処なんだ?」と言う問いかけに、カービィは絵を描いて応じたのだ。そこには、大きな星が描かれていた。もしかしたらこの世界は、大きな星形なのかもしれないとアンクは推測した。

 

「どうやったら元の世界に帰れるか、分かるか……?」

 

しかし、その問いかけにカービィは体を傾げるだけだった。やはり、言語は理解できないのか、それとも答えの分からない問いかけに対してはこのような反応をするのか。

 

「やはり、まだまだ分からないことばかりだ……」

 

惚けた顔のカービィを見やり、アンクが大きく嘆息すると、遠くの方から地響きのような音がした。その音に反応したのは、アンクだけでなくカービィもだ。カービィは一目散にその轟音のした方へと走っていった。

 

「ちょ、待て……!」

 

慌てて静止しようとしたアンクだったが、その時彼の脳裏にある考えが浮かんだ。このまま一人でこの世界を旅したところで、何か分かるわけではない。むしろ、無知の状態で一人放置されれば、最悪アンクはこの世界で一生を終えることになりかねない。それならば、この世界の住人であるカービィについて行けば、色々なことを知れるかもしれない。幸い、彼の目的もきっと一つ目を討伐することにある。

 

「行くしかないか……!」

 

ポテポテと走るカービィの後を同じように追うアンク。こうして、二人の一頭身は共に冒険することとなったのだった。



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星の英雄 <グレイヴグラス南部>

青空が広がり、そよ風が吹き抜ける草原を究極の短足で駆け抜けるカービィとアンク。身体構造の違い故か、人型だった時とはまた違った心地よさを覚える。

 

「長閑な世界だな……」

 

空を見上げ、一人静かに呟くアンク。加えて、隣を並走するこのピンク玉は実に万能である。軽やかな身のこなしにどんなものでも吸い込んで飲み込む無限の胃袋、おまけにカービィは"ホバリング"というほぼ無限に空中浮遊する技を持っている。アンクも、点在するモンスターたちの能力を侵食しては、自身の歩みを妨げようとする者共を蹴散らしてはいるが、正直カービィ一体で事足りるのではないかと思い始めていた。

 

「カービィ……、お前は今まで、何度この世界を救ってきたんだ……?」

 

思わず、そんな言葉がアンクの口から発される。それは、無意識にカービィの実力を確かめようとした故なのかもしれない。そんな彼の言葉に、カービィは足を止めとある方角を指さす。

 

「あれは……、何だ……?」

 

アンクの目に映ったのは、巨大な植物だった。天を貫かんばかりに高く伸びるそれは、その頂点に一凛の花を携えていた。遠目からではあったが、その美しさにアンクは暫し見惚れた。すると突然、カービィが声を出し動き始めた。何やらジェスチャーをしているように見え、表情をコロコロ変えて一生懸命アンクに何かを伝えようとしてくる。短い手足でのジェスチャーは伝わりづらさもあった。そんな中でもカービィは、今までの冒険の壮絶さをアンクに伝えようとしていることを、彼は何となく察した。あの天を貫く植物も、ここまでの道中僅かだが散見された人工物も、この世界が今まで幾度となく危機に直面した証であり、同時にカービィがその危機を幾度となく退けてきた証である。

 

「分かった分かった!……少し嫉妬してただけなんだ。すまんな……」

 

アンクも、元の世界では降りかかる脅威を何度も退けてきた。己の大人げなさに嫌気がさしながらも、カービィの今までの活躍は十分に理解できた。

 

「まぁ、元の世界に変える方法が分かってない以上、そんな暢気なこと言ってられないけどな……」

 

一人嘆息するアンクを見つめるカービィ。その表情から、どうやら今の言葉は理解できていないようだ。取り合えず仕切りなおし、アンクが元の目的のために歩を進めようとすると、

 

「何だ……!?」

 

目の前の空間が、突如強烈に光り出した。その様子に、カービィもアンクと戦った時以来の険しい表情を見せる。そしてその光の中から、大きな甲冑が出てきた。その甲冑には手足が付いており、アンクとカービィと同じ様相をしている。そして二人を視認した奴は、頭に携えた大きな刃をアンクたちに向けて投げつけた。

 

「なるほど、中ボス戦ってわけか……!」

 

短い手足で側転をし回避したカービィが、我先にと爆弾をザンキブルと言う名の甲冑に投げつける。遠距離からの攻撃が可能なカービィに対して、アンクが持っているのは未だ近接戦闘用のソードだ。一見不利に感じたアンクだったが、奴は図体のでかさか体である甲冑の重さが影響して、一度刃を投げた後はしばらく動けない。その隙にアンクも接近して、ザンキブルに斬撃を叩きこむ。

 

「これでとどめだ……!」

 

ザンキブルを打ち負かすのにそれほどの時間は要さなかった。二人の怒涛の攻撃に敗れた奴は、その場に倒れこみ二度と動くことはなかった。

 

「こいつは俺にくれ。もうソードは飽きた」

 

力なく寝そべる甲冑を闇力で侵食し、アンクは奴から「カッター」の能力を手に入れた。これもアンクが使えば、「ダークカッター」と言ったところか。そんなアンクに近づいてきたカービィが、短い手を伸ばしてハイタッチをしてきた。初めての共闘が成功して嬉しかったのだろうか。可愛い奴め。

 

「これは……、さっきの地鳴り……!?」

 

そんな和んだ雰囲気を、突如発生した地鳴りが無残にも打ち消す。この音を聞いて、アンクたちはここまで足を運んできたのだ。

 

「今度は何が起きるってんだ……?」

 

止まぬ地鳴りに警戒し、辺りを見渡すアンクとカービィ。すると突然、地面を突き破って何かが勢いよく飛び出してきた。ゆっくりとアンクたちに近づき見下ろすその一つ目を、彼は決して忘れてはいなかった。

 

「お前は、あの時の……!」

 

大木を乗っ取り、草原一帯を闇で覆いつくしていたその元凶が、アンクとカービィのことをその隻眼で静かに睨みつけるのだった。



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勝利の愉悦 <グレイヴグラス南部>

その一つ目は、"ハイパーゾーン"と呼ばれる特殊空間にアンクとカービィを誘い、既に戦いの火蓋は切って下されていた。

 

「くそっ……!戦いづらい!」

 

ハイパーゾーンに地面はなく、二人は空中浮遊を強いられていた。常に空中浮遊状態である一つ目を考えると、実にフェアでない。しかし、そんな中でも奴の猛攻は止まらない。隻眼から放たれる光線を何とか避け、手に持ったカッターを奴の眼球目掛けて投げつける。カービィも、抱えた爆弾を何度も奴に投げつけているが、その安定感にアンクは思わず感心した。

 

「よくあんなに動けるな……」

 

いくらホバリングで空中を移動できるからといって、彼も基本は地に足をつけて生活しているはず。であるにも関わらず、カービィは一つ目の突進を難なく避け、空中を自由に動いては奴の隙にしっかりと攻撃を叩き込む。何故これほど小慣れた様子なのだろうか。カービィの身体能力の異常な高さ故か、それともカービィはかつて奴と戦ったことがあるのだろうか。そう仮定すると、再びこの星を侵略しに来たこいつらは一体何者なのだろうか。

 

「……!囲まれた……!」

 

戦闘には無用の考えがアンクの頭を支配している隙に、奴は自身が携える黄色の球体でアンクを囲った。カッターを両手に持ち、連続でその球体を切り刻む。何とか窮地は脱したが、どうやら考え事をしている暇はなさそうだ。

 

「色々考える前に、まずはこいつを倒す……!」

 

持っているカッターに力を込め、その溜まった力を全て放ち投げつける。威力、速度、攻撃範囲共に増した強力なカッターが奴に大きな切り込みを入れる。

 

「段々慣れてきたぞ……!」

 

空中での身体制御の感覚を段々と掴んできたアンク。それ以上に、奴の攻撃は単調で多くのパターンはない。故に見切って仕舞えば避けるのは簡単なのである。

 

「これでとどめだ……!いくぞ、カービィ!」

 

アンクのその声かけに、カービィはしっかりと頷いた。手に持った二つのカッターをクロスし、残像が生まれる程の速度で投げつける。奴の体は、二重の刃に切り裂かれたのち、カービィの投げた最後の爆弾を受け爆散。アンクとカービィの勝利だ。

 

「空間が……!」

 

ハイパーゾーンは、その空間の創造主が死んだ事で原型を失い、大きく揺らぎ始める。そして、ハイパーゾーンが完全に消滅した時、アンク達は元の美しい緑色の大地を踏み締めていた。

 

「倒したか……」

 

戦いが終わったことに安堵したアンクの隣で、片手片足を上げ笑顔のカービィ。そんな彼を訝しげに見ていたアンクだったが、その瞬間、カービィは飛び跳ね回転し踊り出した。満面の笑顔で楽しそうに踊るカービィ。そして隣でそれを見ていたアンクも、いつの間にか踊り出していたのだった。

 


 

自分でも、まさか踊り出すなどとは思っていなかったのだ。カービィが踊っているのを見ていたら、気分が高揚し気づいたら体が動いていた。それは、アンクがカービィと和解するために咄嗟の思いつきで踊っていたものと同じで、やはりカービィはこのダンスを初めから知っていたのだ。

 

「また踊るかもしれないし、カービィダンスとでも呼んでおくか……」

 

一踊り終えて満足そうなカービィが、アンクにその丸い体を擦り付けてくる。可愛いやつめ。しかしその瞬間、再び大きな地鳴りが起きた。

 

「何だ、また戦うのか……!?」

 

地鳴りと共に地面を突き破ってきたのは一本の塔。そして、天の方を向いて聳え立つそれをアンク達が見上げていると、その先端から突如光の光線が空に向かって放たれた。突然の事態に理解の追いつかないアンクとカービィ。しかし、二人は確かに見たのだった。その光線が指す先にある、青空を不自然に抉ったような黒く大きな穴を。




☆Pose

◯ダークカッター

カッターの力がアンクに宿った!飛翔する漆黒の刃が全てを切り刻む!二刀流にすれば敵なしだ!

◯あとがき

ついにグレイヴグラスのボスを倒して次のステージへ……!と思いきや、現れたのは聳え立つ謎の塔……次回はこの塔を攻略していきます(^_−)−☆


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星の塔

アンクとカービィが見上げた青空には、その一部をくり抜いたように不自然な黒い穴が空いていた。

 

「何だ……、あれは……?」

 

ポカンと見上げるカービィの様子から、彼もまたあの穴の存在を今の今まで知らなかったようだ。そして、その黒い穴を狙い打つかのように照射された一筋の光。それは、アンクたちの目の前に聳え立つ白銀の塔の頂点から放たれたものだった。この世界は、いつまでもアンクを悩ませ続ける。

 

「カービィ、行くぞ」

 

アンクの声かけに、力強く頷き反応するカービィ。二人は、謎多き白銀の塔に足を踏み入れたのだった。

 


 

塔の内部は実に簡素なものであった。外観の華やかさから、さぞかし内部も豪華なものだろうと思っていたら、とんだ肩透かしを食らった。高く突き抜ける天井は、今の一頭身でなかったとしても随分と高く感じられ、興味本位からかカービィはホバリングで飛んで行ってしまった。しかし、この塔の本当の秘密は、カービィのいる上ではなく、アンクの足元にあったのだ。

 

「何だ……?文字か……?」

 

足元に広がる記号の羅列に驚き、アンクが少し退く。見たことのない文字だったが、今やこの世界の住人であるアンクには、不思議なことにこれらの文字を読み意味を理解することができた。曰く、

 

ポップスターの地深くに眠るは『星の塔』

星が危機に瀕した時白銀の塔はその姿を表す

ポップスターの天を照らすは『星の光』

旅人たちの道標となる

星の光が照らし出すは『星の記憶』

六つの光が星の記憶をよびさます

 

「ここが星の塔で、あれが星の光……?」

 

いずれも耳にしたことない単語ばかりであったが、恐らくそれは今アンクたちが目にしているものを指しているのだろう。そして、最も印象に残ったのは、

 

「星の記憶……、ポップスターの記憶……?」

 

六つの光が空を指した時、星の記憶が呼び覚まされるとあった。そしてそのうちの一つが、今まさに空に向かって放たれている。アンクが迷い込んだこの世界がポップスターというのであれば、全ての星の光が集まった時、このポップスターの記憶が映し出されることになる。

 

「だが、それをしてどうなる……?」

 

今アンクの目の前に広がる光景については粗方理解出来たが、その先に何が待ち受けるのか、これから先の情報が全くなく、ここに書かれているのも実に断片的な情報だ。この世界はどこで一体何が起きているのか、自分の世界が闇に覆われていたのはなぜか、どうすれば元の世界に帰れるのか。アンクの望む情報は、いよいよこの白銀の棟内には存在しなかった。微かな期待を寄せていたアンクが肩を落としていると、

 

「どうした?何か見つけたのか?」

 

塔の高くまで飛んで行っていたカービィが、こちらを見下ろしアンクを呼んでいる。

 

「悪いが降りてきてくれー!」

 

もどかしいことに、アンクはカービィのような肺活量お化けではない。故に、一度降りてきたカービィの足に掴まって再び塔を登る。そこには大きな窓があり、周辺の風景を一望できた。そして、カービィがアンクを呼んだであろう原因を、アンクもまた目にした。

 

「行くぞ、カービィ!目先の目標は、一先ずこの塔を復活させることだ!」

 

アンクの声掛けに強く頷くカービィ。こうして二人は塔を降り、再び歩み始めた。漆黒の闇が広がる、広大な砂漠が、二人の来訪者を待ち構えるのだった。




と言うことで、今回でグレイヴグラス編は終了し、また新たなワールドに進んでいきます!(ワールド名はまだ秘密)ここまでは序章、これから話が展開しどんどん面白くなっていくと思うので、是非読んで行ってくださいな!(^o^)丿


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試練の砂漠 デッドリーデザート編
深淵の潜む砂の地 <デッドリーデザート西部>


足と、おまけに体力も奪う砂の大地に、アンクは早くも嫌気がさしてきた。

 

「あ~、草原に戻りたい……」

 

闇に覆われた大地を発見し、意気揚々とその場を訪れたアンクたちだったが、闇以上に視界一面に広がる砂がアンクのやる気を躊躇うことなく削いでいく。風が強く吹いており、舞った砂煙がアンクの大きな一つ目を直撃する。しかし、それでも果敢に進み続けるカービィの姿を見れば、アンクも弱音を吐いている場合ではないのだ。

 

「それにしても、この砂漠には何もないのか……?」

 

アンクとカービィが草原から砂漠に足を踏み入れてもう暫く歩き続けた。しかしその間、一匹のモンスターも目にはせず、唯一の脅威と言えばやはりアンクの体力と気力を奪っていくこの砂だろう。草原には、一人で捌くには多すぎるほどいたと言うのに。そんなことを考えていると、どこからか響く地鳴りが、再び二人の耳をうった。

 

「またこれか……!今度は何が出てくるって言うんだ……!?」

 

音だけでなく、音に合わせて地面も激しく揺れ動く。今度は一体何が出てくるのかと、警戒し辺りを見回す。その地鳴りは中々止まず、砂の大地を大きく横に揺れ動かす。

 

「まるで、地割れでも起きそうだ……!」

 

アンクのその言葉は現実のものとなった。直後、今までにないくらい激しい轟音と揺れを伴い、地面が大きく陥没し始めた。それは、まさに二人の一歩先で起こったことであり、気づけば先ほどまでの砂に覆われた地面はなく、そこには深淵があるだけだった。

 

「嘘だろ……」

 

余りの衝撃に言葉を失うアンクとカービィ。地面の陥没が起きた範囲は凄まじく、二人がいる地面から反対側は視認できない状態であった。覗き込めば、そこには本物の闇が広がっており、まるで飲み込まれてしまいそうだ。もはやカービィのホバリングでも反対側に渡ることは不可能なほど向こう側とは距離があり、無理を承知で決行すれば、途中で力尽きて奈落の底だ。二人に一片の奇跡が起きることさえ思わせないその深淵は、落ちれば間違いなく死が待っている。こんな状態で、アンクに与えられた選択肢は一つしかなかった。

 

「引き返すぞ、カービィ。他の道を探ってみよう」

 

また一つ目を砂煙で汚されても構わない、見知らぬ土地で何故どうやってここに来たのかも知らないで一生を終えるよりかは遥かにましだ。寧ろ、あと一歩のところで命を救ってくれたことに感謝したい。しかし、砂漠に潜んでいたモンスターたちは、そのアンクのあと一歩さえも踏み躙ろうとしてくる。

 

「こいつら、どこに潜んでやがった……!」

 

先ほどの静けさがまるで嘘だったかのように、二人の前に数えきれないほどのモンスターが集結した。しかも、アンクが最初に草原で囲まれた時よりもはるかに多い。

 

「カービィ、戦うぞ!何でも良いからコピーしろ!」

 

しかし、背中に深淵を背負ってる状態で引き返すわけにはいかない。切り抜けなければ死が待っている状態で、アンクはカービィに声をかける。アンクは「ダークウィング」、もとい「ウィング」の力をとあるモンスターから侵食し、無数の羽の斬撃で応戦する。だが、数匹倒したところで解決する話ではない。それ以上に数が多く、段々とこちらに詰め寄ってくる奴らは、まとめて倒さねば敗北するのは背に深淵を背負っているアンクたちだ。カービィも、にじり寄ってくる奴らに臆せずモンスターを吸い込んだ。

 

「どうした!?カービィ!」

 

しかし、カービィは能力をコピーすることなく頬張った直後、すぐさまモンスターを吐き出してしまった。おまけに、苦しそうな表情のカービィはピンク色の体が若干黒ずんでおり、明らかに様子がおかしい。そして、そんなカービィの様子に気を取られていたアンクに、数体のモンスターが飛びついてくる。

 

「……!カービィ!」

 

飛行中であったためまともな防御姿勢も取れなかったアンクだったが、突如凄まじい風がアンクの体を包み込んだ。カービィが、アンクを襲おうとしていたモンスターを間一髪のところで吸い込んでくれたのだ。自身の不調は二の次に、カービィはアンクの危機を助けてくれたのだ。

 

「カ、カービィ……?ちょ、もういいって……」

 

危機は過ぎ去った。しかし、カービィは吸い込みをやめない。このままではアンクも、今までカービィに吸い込まれてきたモンスターたちの一員になりかねない。吸い込み範囲外に逃れようと羽ばたくが、凄まじい吸引力がアンクを逃さない。

 

「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

こうして、アンクはカービィの口の中に綺麗に吸い込まれて行き、無事屍となったモンスターたちの一員となったのだった。

 


 

暖かく、温もりに包まれているような感覚を覚え、アンクは目を覚ました。アンクがカービィに吸い込まれて、飲み込まれて何が起きた。目の前には、変わらずモンスターの大群がこちらを睨みつけている。そのうちの一体がこちらに飛びついてくる。その時、勝手に動いた片手がモンスターを跳ね除けたのと同時に、強烈な風の斬撃が後ろでこちらを睨みつけてくる大勢を吹き飛ばし倒した。

 

「これならいけるぞ……!」

 

幾万の羽が奴らを突き刺し、翼から起こる強烈な風の斬撃が奴らを切り裂き、超高度からの突撃が奴らを彼方へ吹き飛ばす。先程までとは比べものにならないほどの力により、モンスターの大群を一瞬にして蹴散らしたのだった。

 

「素晴らしい力だ!やったな、カービィ!」

 

地面に着地したアンクが辺りを見渡すが、アンクが声をかけた相手は見当たらない。怪訝に眉を顰めるアンクだったが、その顰めた眉は笑顔に変わり、突如口が動き出す。

 

「うん!君のおかげだよ!」

 

自然と笑顔を作り、手を上げ足を上げる。そこにアンクの意志はなく、放たれた声は、紛れもなくカービィのものであった。




☆Pose

◯ダークウィング

翼の力を手に入れたアンクが、プププランドの空を舞う!飛ばす羽根の数も速度もパワーアップ!残像が残るほどの速さで空を舞い、敵の目を欺け!

◯ランペイジウィング

「ダークウィング」の力を手に入れたアンクをカービィが吸い込むことで得た新たな力。物凄い速さで空を舞うその姿はまさに暴走!巨大な羽から繰り出される突風と無数の羽の前に、モンスターたちは塵と化す…。

☆あとがき

と言うことで、新たなワールドにやってきました!でも、着いて早々二人を襲う試練の数々…。果たしてアンクとカービィの身に何が起こったのか!?


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明けぬ宵闇のポップスター

「カービィ……、カービィなのか……?」

 

「うん!こうして話すのは初めてだね」

 

アンクの意志とカービィの意志が、一つの口を介して交互に言葉になって放たれる。そしてアンクは、自身の体がピンク色であることに気づいた。

 

「なぁ……、これ、どうなってるんだ……?」

 

「分かんないけど……。もしかしたら、君を飲み込んだことで僕と一体化しちゃったのかも」

 

理解出来るか出来ないかの瀬戸際を行っているが、間違いなくここにいるのはカービィのみで、側から見たらカービィが一人で喋っているのだ。

 

「でも、そのおかげでこうして崖を越えられてるんだよ!」

 

「あ、あぁ、そうだな……。ってか、これもよくわからない……。何でいきなり強くなったんだ……?」

 

「ん〜、僕もよく分からないけど、能力を持った君を僕が吸い込めば、僕の体でパワーアップ出来る、のかも……?」

 

確かに、今の状況を鑑みるにそう考えるのが無難だろう。事実、アンクのみの能力では捌ききれなかったモンスターの大群を、カービィと合体した後は難なく蹴散らすことが出来た。加えて、その進化した飛行能力で崖を越えることを提案したのはカービィだ。彼と同じ景色を見て、何より同じ言語でしっかりと意思疎通出来ているのは実に新鮮なことだ。そこで、この機を利用してアンクは核心に迫る質問をする。

 

「なぁ……、今更だが、ここは一体どこなんだ……?この世界は一体……?」

 

「やっぱり君、この世界の人じゃないよね。ここはポップスターっていう星の、プププランドっていう国だよ」

 

「やはり、あの時飛ばされていたか……」

 

今まで一度も耳にしたことのない世界の名前。分かり切ってはいたことだが、改めて自分が別世界に飛ばされてしまっていたことにショックを受けるアンク。

 

「でも、これは僕が知ってるプププランドじゃない……」

 

「この闇のことか?」

 

「うん……。お昼寝から目が覚めたら、いつの間にか世界が真っ暗になってた……」

 

「同じだ……。俺の世界も、いつの間にか闇に包まれていた……。それであの一つ目の奴と戦ってる最中に、どう言うわけかこの世界に来ちまったんだ……」

 

「そうだったんだ。僕はてっきり、君の仕業かと……」

 

「だから、あの時襲ってきたのか?」

 

「うん。草原を走ってたら急に闇が晴れて、何だろうって思ってたら君がいたんだよ」

 

「だからって、奇襲してくるとは恐ろしい奴だな……」

 

「だって君、ダークマターそっくりなんだもん」

 

「ん?ダークマターって何だ?」

 

「さっき草原で戦った、一つ目で黒くてフワフワしてる奴だよ」

 

「え……、今の俺あいつに似てるの……?」

 

「うん!黒いし一つ目だし……、ぱっと見じゃ分かんない!」

 

衝撃の事実を聞かされ、再び衝撃を受けるアンク。まさか今の自分の姿が、今まで敵だと認識し事実元の世界を闇で支配したものと瓜二つだったとは。側から見たらただの仲間割れである。

 

「僕、前もあいつらと戦ったことあるんだ……。親玉も倒したはずなのに、どうしてまた……」

 

「性懲りもなくまた襲ってきたわけだ。おまけに今度は俺の世界もとは、随分と欲張りな奴らだ……」

 

再度襲撃を試みた奴らの目的は一体何なのだろうか。カービィは親玉を倒したと言っていたが、だとすると奴らのボスに当たる存在が再び復活し、ポップスターと地球を支配した元凶か。何れにせよ、カービィもまだこの状況を完全に飲み込めていないようで、全ては憶測の域を出ない。

 

「そう言えば、さっきモンスターを頬張った時苦しそうにしてたが、どうしたんだ?」

 

「あぁ、食べた途端何か、物凄く気分が悪くなって……。とても飲み込めたものじゃなかったよ……」

 

「もしかしたら、闇で凶暴化した奴らは食えないのか……?」

 

「そう考えた方が良いかも……。闇の世界では、君が頼りになるね!」

 

そんなことを話していると、ようやく対岸が見えてきた。もうすぐ、カービィとの楽しい空中散歩も終わりを迎える。しかし、その時だった。

 

「わぁ!」

 

「何だ!?大丈夫か!?」

 

真下の深淵から飛び出してきた何かにバランスを崩され、空中で大きくよろけるカービィ。左右の翼を必死に羽ばたかせ、何とか対岸に着くことができた。しかし、それは凶悪なほど鋭い眼光で二人を睨み、そして大地を揺るがすほど咆哮した。

 

「何だ……、こいつ……!」

 

深淵からその巨大な顔を覗かせた一体のドラゴンが、アンクとカービィの視界を一杯に埋め尽くしたのであった。




☆あとがき

∑(゚Д゚)カービィガシャベッター((((;゚Д゚)))))))ということで、カービィが普通の言語を話すようになりました(笑)スマブラでもファイターをコピーしたらちょっと喋るのでそれもイメージしてありかな〜と(゚∀゚)今までずっとアンクの独り言だったけど、おかげで会話シーンが増えて執筆しやすくなりました(笑)と言うことで、次回は超巨大ドラゴンを討伐していきます!


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至大な脅威 <デッドリーデザート東部>

深淵から上半身を覗かせるそのドラゴンのあまりの巨大さに、アンクとカービィは言葉を失っていた。一頭身では、あまりに体格差がありすぎるのだ。しかし、二人が呆け終わるまで待ってくれるほど、そのドラゴンは親切ではなかった。

 

「熱っち!」

 

唐突に放たれたドラゴンのファイアブレスをすんでのところで回避するカービィ。見れば、炎に焼かれた場所は塵と化しており、その脅威すぎる火力にアンクは息を呑んだ。

 

「つか、何で俺まで熱さを感じるんだ!?」

 

「僕と一体化してるからだよ!今の僕の体は二人のものだ!一緒に協力して倒そう!」

 

「あぁ!そうじゃなきゃ、砂漠がただの塵になっちまう!」

 

一先ずこの巨大すぎる脅威を退ける、互いの意思を確認したカービィが自慢を強く踏み込み空を舞う。ドラゴンの爪が彼を薙ぎ払おうと迫ってくるが、空中で華麗に回避したカービィが無数の羽の斬撃でドラゴンの皮膚を切り裂く。

 

「硬そうだが、ダメージは入ってるみたいだな!」

 

「うん!この世界のモンスターは、大体体を攻撃すれば倒せるよ!」

 

「成る程!分かりやすくていい!」

 

そんなことを話している間も、ドラゴンの豪快な攻撃は止まらない。しかし、その巨体ゆえかやはり全ての攻撃は大振りで隙が多い。そこに着実に攻撃を叩き込んでいけば、このドラゴンもいずれは力尽きるだろう。

 

「コピー能力変えるか!?」

 

「そうだね!ウィングだと少し戦い辛い」

 

「なら、一度俺を吐き出せ!能力を変更する!」

 

アンクとカービィが融合している状態でコピー能力を変えるには、カービィがアンクを吐き出して一度融合を解かなければならない。数分ぶりにカービィの体から出てきたアンクが、ドラゴンの口から吐き出された数匹のモンスターを見定る。

 

「あいつの口から出てきて早々気の毒だが、今度は俺と一緒にカービィに吸い込まれてもらうぞ!」

 

そう言いながら、アンクはとあるモンスターに向けて魔法陣を展開する。しかし、それだけに気を取られていたアンクは失態をおかした。自信を食おうと近づいてくるドラゴンに気づかず、気づいた時にはアンクはドラゴンの口の中にいたのだ。驚くカービィだったが、世界が闇に包まれている状態ではモンスターを飲み込むことはできない。手足をバタつかせて慌てふためいていると、突然ドラゴンが大きく飛び跳ねてその全容を露わにした。その巨体で地面に体当たりし、避け損ねたカービィが大きく跳ね飛ばされる。ドラゴンはそのまま、深淵の奥深くまで飛んでいってしまった。見下ろすが、もはやドラゴンはカービィからは見えず、仮にカービィが助けに行こうと飛び降りたところで二人とも御陀仏になる可能性の方が遥かに高い。成す術のないカービィが悲しそうに深淵を覗き込んでいると、突如その奥深くから大きな音がした。耳を澄ましてよく聞くと、それは先のドラゴンの咆哮だ。しかし、それ以外にも砲弾を放つような、ビームを発射しているような音が深淵の奥底から響いてきた。疑問符を浮かべるカービィだったが、その答えはすぐに深淵から姿を現した。

 

「あいつの口の中なんて、もう一生御免だ……」

 

巨大な戦艦が、轟音と共にその姿を現した。その一端には、ドラゴンの唾液にまみれたアンクの姿もあり、安堵したカービィが飛び跳ねてを振る。その戦艦は、カービィの目の前に着陸し、一つ目を不機嫌そうに歪めたアンクがゆっくりと降りてきた。

 

「さてさて、一体これは何なんだ?」

 

辺り一面砂の大地の中不自然に佇むことにより強烈な存在感を放つその戦艦「ハルバード」を目の前に、アンクは思わずそう呟いたのだった。 



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潜入、ハルバード <デッドリーデザート上空>

砂しかないと言っても過言ではない程の砂の地に、巨大な戦艦が一艘その翼を下ろしているという不自然な状況には、誰しもが違和感を覚えるだろう。轟音と大量の砂煙を上げて着陸したそれは、中から誰かが出てくるわけでもなければ、再び動き出すわけでもない。

 

「ちょ、カービィ!どこに行く!」

 

しかし、コックピットから僅かに見えた何者かの影に反応し、動き出したのはカービィだ。静止は聞かないと判断したアンクがその後を追う。こうして二人は、真っ新な砂の地に佇む巨大戦艦の謎に向き合うこととなった。

 


 

「いきなり走り出してどうしたんだ?可愛かったけど」

 

戦艦内部を探索し始めたアンクがカービィに語り掛ける。厳密には、カービィの中から語り掛けているわけだが。というのも、未知の場所に丸腰で乗り込むのは危険だと言うアンクに判断で、砂漠に残っていたボムの能力を侵食したアンクをカービィが吸い込み融合した「アトミックボム」となっている。

 

「操縦室から僕の仲間が見えたんだ!この戦艦も彼のものだよ!」

 

「ほぉ、お前にも仲間がいるんだな」

 

「名前はメタナイト!この戦艦はハルバードって言うんだよ!」

 

「成る程。じゃあ俺は、お前の仲間のメタナイトに助けられたってわけだ……」

 

「やっぱりあの音、ハルバードだったんだ」

 

「あぁ。ドラゴンの口の中でもがいていたら、急に奴が叫び出して運よく口から出れたんだ。そうしたら、このハルバードがドラゴンを攻撃してたみたいで、そのまま奴は奈落の底に落ちてったよ」

 

「良かった、無事で。ごめんね、何も出来なくて……」

 

「いや、あの状況では仕方ない。だが、これからは出来るだけ融合した状態で進もう」

 

「うん!その方が安全だし、何より強いもんね!」

 

「……何だ、この揺れ……」

 

「もしかして、飛び出したのかな?」

 

薄暗いハルバード船内に突如響く大きな揺れ。アンクとカービィがこの戦艦に踏み込んでから暫く経ち、ようやくハルバードも離陸したようだ。この戦艦は、いやメタナイトはどこに向かっていると言うのだろうか。

 

「と言うか、まだ砂漠の散策も終わってないがいいのか?」

 

「うん。一先ずはこのままハルバードの奥を目指そう。メタナイトに聞けば何かわかるかもしれない」

 

「そうだな。それに、あんな砂の中歩かなくていいならそれに越したことはない……」

 

カービィの仲間であるメタナイトなら、また別の何かを知っているのかもしれない。今までいろいろな奴を見てきたから、アンクの中でメタナイトの姿は明確にイメージできていないが、カービィの様子から信頼に足る人物であることを感じたアンクは、闇の中を一筋の希望の光が差し込んだ気分になった。そして二人は、とうとう操縦席の扉に辿り着いたのだった。

 

「念のため警戒しておけ」

 

「うん。じゃあ、開けるよ……」

 

一呼吸置いたカービィが扉を開くと、そこは真っ暗な空間だった。何もない、何も見えないその空間に、カービィは怪訝そうな顔をした。

 

「おかしいな、こんなんじゃなかったはず……」

 

「やはり、裏があったか……」

 

カービィのその一言にアンクも嫌な予感を感じる。嫌な静けさと緊張感が、二人の体を包み込む。すると刹那、その暗闇のほんの一点が微かに光ったのをアンクは見逃さなかった。

 

「伏せろ!カービィ!」

 

突然のアンクの叫びに反応したカービィが、自身の体を細く縮める。壁に何かが突き刺さった音が聞こえ、自分たちに何かが飛んできたことを察するアンク。そして、その元凶は暗闇からゆっくりと姿を現す。

 

「何だ、こいつら……?」

 

「メタナイツだ!メタナイトの部下だよ!」

 

「お前の仲間は随分と御立派な組織を築いてるようで。ってか、いつの間に囲まれたか……」

 

「うん、それに様子もおかしい……。一つ目だ……」

 

今アンクたちを囲んでいるメタナイツのメンバーは総勢四人。それぞれが思い思いの造形をしており、誰が誰なのかを初対面のアンクが判別する術はないが、それでもその四人に共通した大きな一つ目を見れば、彼らが正気でないことぐらいはアンクにも分かる。彼らは再び闇に溶け込み、その中から無数の武器をカービィたちに投げつけてくる。彼らが何処にいて、何処から武器が飛んでくるか分からないカービィたちにとっては、その攻撃を避けることで手いっぱいである。しかし、カービィにはある考えがあった。

 

「アンクくん、この爆弾使ってみない?」

 

「だ、だが、どれ程の威力があるのか分からないんだぞ?この戦艦も破壊してしまうかもしれない……」

 

「大丈夫!この戦艦、大体いつも墜落してるけど、暫く経つと元に戻ってるから!」

 

「な、なら、俺はお前の言葉を信じるぞ……!」

 

核爆弾の名を冠するその能力の威力に若干恐れを抱くアンクだったが、カービィは物ともせず握り合わせた彼の手から小さな光がゆっくりと飛び上がる。それはある程度の高さまで至った刹那、凄まじい光・熱・衝撃をもってして、ダークマターに操られたメタナイツたちを影さえ残さず消し去ったのだった。

 

「大丈夫だったよ、アンクくん!」

 

「あ、あぁ……。にしても凄まじい威力だ……、下手すれば俺たちまで粉みじんだな……」

 

同時にハルバードの耐久力にも心の中で賞賛を送ったところで、操縦室内の闇が引くように晴れていった。露になった操縦室の全容を見渡していると、背後からマントのはためく音。

 

「メタナイト!」

 

「あれが……」

 

振り向いたカービィがそう声に出すと、黄金の剣を携えた仮面の剣士もこちらをゆっくりと振り向く。その光る仮面越しにギョロリと覗く不気味な一つ目で、呆気にとられた表情のカービィを鋭く睨みつけたのであった。




☆Pose

◯アトミックボム

ボムの能力を得たアンクがカービィと融合し進化した姿。その閃光の後には何も残らない……。

☆あとがき

ついにハルバードが出てきました!と言うことはメタナイトも……?因みに、アンクがカービィと融合することで進化するコピー能力をいくつか考えてあるんですけど、一先ずそれを全て考え終えた翌日の夜に『星のカービィディスカバリー』のPVでコピー能力が進化することが判明して、めっちゃタイムリー!ってビビりました(笑)幸いなことに一つも被ってなかったのでそのまま使えそうです(笑)結構才能あるかも……?(゚∀゚)


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騎士、堕ちて死闘 <デッドリーデザート上空>

仮面の中にギロリと覗く不気味な一つ目の剣士、仲間の変わり果てた姿を見て、カービィは言葉を失っていた。そんな様子のカービィにも容赦はせず、メタナイトに成り代わった隻眼の剣士は彼に刃を向ける。

 

「ヒサシブリダナ、ホシノカービィ……」

 

「メタナイト!僕だよ!目を覚まして!」

 

「ムダダ、コイツノイシキハワタシガノットッタ……」

 

「ダークマター……、何でまたこんなことを……!」

 

「ホウ、オボエテイタカ……。ダガ、モウオソイ……。スデニコノホシハワレワレノモノダ……」

 

「そんなことさせない!また親玉を倒してやる!」

 

「コンカイハゼンカイノヨウニハイカナイ……。マァ、セイゼイミニククアガケ……!」

 

その言葉が終わると同時に強く剣を振るメタナイト。飛翔する斬撃がカービィの体を掠める。

 

「一先ず、あいつを倒すぞ!」

 

「……うん!メタナイトを元に戻してあげなきゃ!」

 

「ナニヲヒトリデシャベッテイル!」

 

今まで旅をしてきた仲間を元の状態に戻す決意をしたカービィに、メタナイトが斬りかかる。宝剣『ギャラクシア』の重い斬撃がハルバードの内装に亀裂を入れる。

 

「どうする!アトミックボムはもう暫く使えないが、それまで待っているにしても部が悪い!」

 

「一度融合を解除するよ!」

 

そう言ったカービィがアンクを吐き出し、メタナイトとの三対一の盤面を作り上げた。

 

「ヤハリオモシロイナ、ホシノカービィ……。ダガ、ヒトリフエタトコロデオナジコト……!」

 

「アンク!その斬撃に魔法陣を!」

 

「あぁ!」

 

メタナイトが二人に向けて放った斬撃波、それをアンクが魔法陣で侵食するのと同時に、カービィがアンクのことを吸い込む。上手いこと攻撃を交わしカービィの口に入ったアンクは無事カービィとの融合を果たし、コピー能力「ソード」が覚醒、「エクスソード」となったのだった。

 


 

ハルバードを探索している中、カービィはメタナイトのことを頼れる仲間だと自慢げに話していた。その理由は、この凄まじい程の剣技にあるのだと、アンクは妙に納得した。これ程の技量を持つものが仲間に入れば、これ以上に頼もしいことはない。そしてその剣技は、ダークマターという悪の存在に乗っ取られたとて変わるものではない。

 

「だからこそ厄介なんだけどな……!」

 

「オナジカラダカラフタツノコエガスル……。ヤハリカービィ、キサマハオモシロイ……!ソシテドウジニ、ワガイチゾクサイダイノキョウイダ……」

 

「ポップスターだけでなく俺の世界もお前らに支配されてたんだが、そりゃ一体どういう了見だ?」

 

「キサマハアノセカイノモノダッタカ……。ワレラガオウガグウゼンミツケタホシダ……」

 

「要するに、お前らの親玉は偶然見つけた星を気まぐれで侵略したと……」

 

「ソウダ…。ソシテキサマラハ、ソノドチラモスクウコトナクココデクタバル……!」

 

支配したのはただ目の前にあったから。理不尽極まりない奴らの行為にアンクの怒りが湧いてくる。エクスソードは、奴の剣技をも凌ぐほどの力を持っていた。黄金の剣同士の戦いは段々と熱を帯び、そしてついに奴の一つ目が隠れている仮面が真っ二つに割れたのだ。

 

「でも、僕の見たかった顔じゃないよ……」

 

「だろうな……。あれじゃ、ダークマターそのものだ……」

 

いくら腕の立つ剣士の体を乗っ取っていても、カービィとアンクとの戦いを無傷で凌ぐことは出来ない。戦いのダメージが蓄積し、真っ二つに割れた仮面の下から大きな一つ目が現れた。だが、奴との本当の戦いはこれからだった。

 

「ジャマナカメンガハズレタ……。ヨウヤクホントウノチカラヲツカエル……!」

 

そう言うと、奴はその隻眼から漆黒の光線を放ってきた。それは先に戦ったダークマターが放つものと同じであったが、それでもメタナイトの機動力が合わされば全く別の脅威となる。光線が飛び散る中、ギャラクシアの重い斬撃がカービィたちを襲う。しかし、それに怖気ることなく同じく剣をふるうアンク。自分の世界を悪戯に支配された憎しみが剣に宿り、その一つ目を貫かんと激しくぶつかり合う。

 

「チッ!この光線が厄介だ……!」

 

激しい剣技がぶつかり合う中でも、奴は常にこちらを狙って光線を放ってくる。それに加え、ギャラクシアに光線の力を集約させ、それを高威力で巨大な斬撃波として飛ばしてくる。

 

「それはもう見切った……!」

 

「イカイノモノヨ……。キサマカラハワレワレトオナジケハイヲカンジル……。トモニセカイヲヤミデミタサナイカ……?」

 

「折角の誘いだが、丁重にお断りさせてもらおう……!」

 

「……ザンネンダ……。ワレワレイチゾクニクワワレバ、モウキサマヲジャマスルモノナドアラワレヌトイウノニ……」 

 

「俺は、俺を頼りにしてくれた、受け入れてくれた者たちを決して裏切ったりなどしない!そしてそのために、お前ら一族を滅ぼして世界を救う!」

 

同じ闇を宿す同士、世界を互いのものとしようと言う誘惑を、その丸い体と一つ目を斬り付けることで否定する。強い決意の篭った斬撃がメタナイトを一太刀、彼は力付きその場に倒れたのだった。

 

「やったか……?」

 

「ううん、まだ終わりじゃないよ……!」

 

そのアンクの言葉を否定するかのように、メタナイトの体からダークマターが現れる。奴は操縦室の窓を突き破って外へと飛び出す。

 

「追うぞ、カービィ!」

 

「いや、態々追わなくて大丈夫!」

 

元凶を仕留めるという言葉に首を横に振られて疑問符を浮かべるアンク。すると、カービィは操縦席のとあるレバーを握った。

 

「ここからなら、二連主砲を使った方が早い」

 

そう言ったカービィがとあるボタンを押すと、ハルバードの上部から轟音が響く。ハルバードの甲板付近にある巨大な大砲の放つ光線が、上空を逃げ回るダークマターを貫き滅したのだった。

 

「剣の腕前まで完璧に操るとは、中々手強い奴だったな……」

 

「そうだ!メタナイトは!?」

 

ダークマターの爆散を見届けたカービィが、未だ倒れ伏すメタナイトを心配して駆け寄る。刹那目を覚ましたメタナイトの瞳はしっかり二つあり、ゆっくりとその丸い体を起こした彼を見てカービィは安堵するのだった。

 

「私は……、一体何を……?」




☆Pose

◯ダーク・メタナイト・マター

孤高の騎士が闇に堕ちた時、その仮面の下には不気味な隻眼が現れる。漆黒に染まった宝剣で大地を穿つその姿に、もはや元の彼の面影はない。只ひたすらに強さを求めていた彼は闇の力を手にしたことで、ある意味でその悲願を果たしたのだった。

◯エクスソード

アンクとカービィが融合を果たし、ソードの能力が覚醒した姿。黄金に輝くその剣に貫けない悪はない。ポップスターの救済という決意をその刀身に込め剣を振るうその姿は正しく勇者である。

☆あとがき

ついにメタナイトが元に戻ったぞー!因みに、名前がダークメタナイトに似てますが全くの別物です(笑)さぁ、もう少しでデッドリーデザート編も幕を閉じ、新たな冒険が始まるぞ!


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代償と疑心 <デッドリーデザート上空>

「カービィ……、なのか……?」

 

「うん、そうだよ!元に戻って良かった〜!」

 

ゆっくりと立ち上がる仮面の騎士メタナイト。カービィの安堵した様子から、どうやらいつものカービィが知るメタナイトに無事戻ったようだ。しかし、当のメタナイトはそんなカービィに向けて疑問を口にする。

 

「カービィ、何だその格好は……。それに喋って……」

 

「僕もなんて言ったら良いか分かんないんだけど……。また、新しい能力を身につけた、みたいな……?」

 

「まぁ、そういう言い方が最も近しいだろうな」

 

「何だ、この声……!?」

 

「あはは。実は、僕の中にもう一人いて、今は彼と融合してる状態なんだ」

 

「ならば今ここには、私たち二人の他にもう一人顔の知らない者がいると言うことか……」

 

「そう言うことだね!」

 

「にしても、やはりこの融合した状態は凄まじいな。出来ることなら、これからずっとこのまま旅をしたいものだ。少し窮屈ではあるが…」

 

「そうだね!この状態だとコピー能力も強くなるし、それに……」

 

言葉を続けようとして突如詰まるカービィに、アンクが疑問符を浮かべる。その瞬間、カービィは勢いよく口からアンクを吐き出したのだった。苦しそうに悶えるカービィ。そして、彼のピンク色の体が再び薄黒く変色しているのをアンクは目にした。

 

「これ……、凶暴化したモンスターを吸い込んだ時と同じ……」

 

「カービィ、大丈夫か……!?」

 

「長時間融合したままだと、同じように負担がかかるのか……。あわよくばずっとあのままと思っていたが、やはりそう簡単にことは進まないか……」

 

カービィは凶暴化したモンスターは飲み込むことが出来ず、すぐに吐き出してしまう。同時に、彼の体はピンクが濁ったように変色し、苦しそうに顔を歪めたり咳き込んだりする。それは、以前アンクが実際に見た光景だったが、その現象がアンクと融合した後でも見られてしまった。同じ闇を内包している存在同士すぐに気付くべきだったが、長時間の融合はカービィにとっては自殺行為だと言うことが、本人にもよく分かっただろう。しかし、先まで操られており事情を知らないメタナイトは、一時的に自身の体の主導権を握った存在と酷似しているアンクに、その黄金の剣を向けたのだ。

 

「貴様、ダークマターだな……。カービィに何をした……?私の体を操り、ポップスターを再び支配したのも貴様か……!」

 

メタナイトのアンクに向ける疑いの目は実に正当なものである。目の前に、敵組織と酷似した姿の者がいて、しかもそれがカービィの口から出てきたのだから。しかし、当然アンクはメタナイトが疑いをかけるような存在ではない。カービィも同じ気持ちであるようで、慌てた様子でメタナイトの前に出る。

 

「驚かせてしまってすまない。しかし、俺は騎士様が思っているような悪い奴ではない……」

 

「貴様は、それを証明できるのか……?」

 

「勘弁してくれよ。俺も突然この世界に来たと思ったら、この姿になってたんだ。ってか、まだ自分がどんな姿なのか見たことないからはっきり分かってないんだよ」

 

「貴様の姿は、ダークマターそのものだ……」

 

「ここに来るまで、カービィと一緒に冒険してきた。草原の闇も払って、お前の中にいたダークマターも駆除した。それだけじゃ駄目か?」

 

仮面から覗くその黄色い瞳でアンクをじっと見つめるメタナイト。そんな彼をなだめようと、カービィはアンクの言葉の全てに頷く。

 

「カービィがそう言うなら、間違いないな……」

 

「話の分かる騎士様で良かったよ」

 

考えてみれば、この世界に来て素の状態で会話が通じるのはメタナイトが初めてだ。彼の放つ強烈な殺気が消えたことにアンクは一先ず安堵する。

 

「それで、お前は何で操られてたんだ?」

 

「私がハルバードで、闇を放出する宙に空いた穴の視察を行っている時だった……」

 

アンクの問いかけに対して、メタナイトはその時を思い出すかの如くゆっくりと話し始めるのだった。彼がダークマターに支配され、操られるまでの記憶を。



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集う、三人の英雄

プププランドが、ポップスターが瞬く間にダークマター一族の支配下に置かれたとき、ハルバードはその上空を飛んでいた。青空が漆黒に染まったのを見て、メタナイトは新たな冒険が始まる予感を感じていた。

 

「あれは、一体何だ……?」

 

仮面越しにプププランドの地上を見下ろし、そしてもう一度上空を見上げた時、メタナイトは奇妙な物体を見つけた。いや、遠目であった故に認識できなかっただけで、それは物体ではなく空の中心に開いた一つの穴だった。漆黒に染まった空より真っ黒なその穴は、まるで空の一部を抉ったようであり、よく見ればそこから黒い霧上のものが地上に向かって溢れ出ていた。

 

「一体、何が起きていると言うのだ……」

 

ただ事ならぬ状況に、メタナイトは思わず彼の宝剣を片手に握る。その手が震えているのは、未知の状況への恐怖か、それとも新たな強者と相まみえることへの期待か。何れにせよ、再び冒険が始まることを察したメタナイトは、待機しているメタナイツたちに声をかける。

 

「どうした、お前ら……?」

 

しかし、彼らはメタナイトの声かけに反応を示さず、ただこちらを向いて立ち尽くしている。その様子に怪訝さを示すメタナイトだったが、彼はメタナイツたちのとある変化にすぐに気づいた。既にダークマターに操られていた彼らは、一斉にメタナイトに飛びかかり彼を押さえ込む。その見覚えのある一つ目に、メタナイトはかつてポップスターを侵略してきた一族の存在を脳裏に思い浮かべる。

 

「お前ら!目を覚ませ!」

 

しかし、それだけで彼らが正気に戻るはずもなく、無表情にメタナイトを捉えて離さない。そして、いつの間にかハルバード内に侵入していたダークマターがついに操縦室に辿り着く。

 

「貴様ら……、カービィに一度は滅ぼされたというのに、性懲りも無く……」

 

仮面の中の黄色い瞳で、目の前の一つ目を強く睨みつける。この状況ではなす術なく、投げつけたギャラクシアに最後の望みを託す。しかし、その期待虚しく、あっさりとギャラクシアを避けたダークマターがメタナイトの体に入り込んだ。痛みはないが、体全体が重く苦しく、目の前が徐々に黒く染まり、意識が朦朧として逆らえない。

 

「ホシノ……、カービィ……」

 

そして、次に目を覚ました時、そこにメタナイトの意識はなかった。かつて一族を滅ぼした憎しみだけを胸に、ハルバードはこの国のどこかにいるカービィを探して飛び始めたのだった。

 


 

「空に開いたあの穴から、闇が放出されてる……?」

 

メタナイトの全ての話を聞いたアンクは、彼の話の中で最も気に溜まった点に言及する。頷くカービィも、どうやら同じことを思っていたらしい。

 

「そうだ。あの穴からプププランドに……、いや、ポップスター全土に闇が放出されている」

 

「間違いなく、ダークマターたちが開けた穴だろうな……。そっから奴らも出てきたのか……」

 

「そして、その穴にさす光……。あれは一体何だ?」

 

「そうだ、メタナイト。お前は星の塔って知ってるか?俺は勿論だが、カービィも知らない様子だったから……」

 

「聞いたことある。成る程、あれが星の光だったのか……。星の塔がさす星の光が六つ集まった時、星の記憶『スターレコード』が映し出される……。私も、見たのは今日が初めてだ」

 

「その、星の記憶ってのは、一体何なんだ?」

 

「ポップスターの記憶そのものだ。この星が今まで経験してきた様々な事象の全てを垣間見ることが出来ると言われている」

 

カービィがそのことを知らなかった以上、メタナイトが何処から情報を仕入れたかは定かではない。そして、大した反応を示さないところを見ると、やはりカービィもそれらについては無知だったのだろう。そこで、アンクはとある一つの可能性に言及する。

 

「その星の記憶……、弄ったりできないか……?」

 

「何……?」

 

「もし、星の記憶を映し出した者がそれを自由に扱えるとしたら、このダークマターに侵略されたっていう現象を、記憶から抹消したり……」

 

「記憶から消して仕舞えば、実際に起きてる現象も無かったことになる、と……」

 

「そうだ、やってみる価値はあるだろ?」

 

僅かに見出した希望を口にするアンク。勿論確証はないが、何の目的地もない旅を続けるよりかはマシだ。カービィも「ハ〜イ」とアンクに向かって片手を上げている。それが肯定か否定かは定かではないが、その勇ましい表情から少なくとも悪い印象でないことは見て取れる。そして、暫く思案していたメタナイトが二人に向かって、

 

「ならば私たちの目的は、残り四つの星の塔を地上に出現させることだ」

 

「そうだな。必ずダークマターを滅ぼすぞ!」

 

三人の一頭身が、いや、三人の勇者が手を重ね心を一つにダークマター族の討伐を誓ったのだった。この世界で新たにできた二人の仲間を見て、心強さを感じるアンク。しかしその直後、三人の耳に轟音が響いた。

 

「何だ!この音は!」

 

轟音と共に艦内が大きく揺れ動き、丸い体がコロコロと転がる。辛うじて操縦桿を握ったのはメタナイトだったが、彼は震えた声でこう溢した。

 

「ハルバードが……、故障した……」

 

その言葉と共にハルバードは制御不能になり、プププランドの地表へ真っ逆さまに落ちていったのだった。




☆あとがき

デッドリーデザート編終わりましたー!メタナイトが仲間に加わったので、次回からはメタナイトとも一緒に冒険します(๑˃̵ᴗ˂̵)まぁ、ハルバード墜落してるんですけどね(笑)これからの展開もどうぞお楽しみください!


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永遠なる湖 レクイエムレイク編
湖底の大王 <レクイエムレイク中部>


「やっぱり、艦内で核爆弾は使わないほうがよかったな……」

 

「いや、私も先の戦いで暴れていたようだから、無理もない……」

 

炎と煙をあげ轟音と共に墜落したハルバード。辛くも脱出に成功したカービィ、アンク、メタナイトだったが、制御を失い自重のまま落ちゆくその戦艦を、彼らがどうにかする術など存在しない。今しがた湖の深くまで沈んで行ったハルバードを見て、彼らは己の反省を口にするのだった。

 

「だが、ここも闇に覆われている……」

 

「あぁ。もしかしたら、星の塔が出てくるかもしれないな」

 

「一先ず、沈んで行った私の戦艦を目指そう……」

 

そのメタナイトの言葉に頷きカービィに声をかけようとしたアンクだったが、当のカービィは何やら湖をじっと見つめて動かない。疑問に思い、カービィと同じ方に目を向けると、そこには一匹の魚がこちらに水面から顔を覗かせていた。

 

「プププランドにも、魚っているんだな」

 

「だが、こいつは……」

 

「あぁ、一つ目だ……」

 

水面からこちらを見やる一匹の魚。その一つ目は、即ちダークマターがその魚を今まさに操っている状態であると言う確固たる証拠である。しかし、奴はこちらに明確な敵意を示さず、暫く互いに見つめあった後、奴は湖の深くへと泳いで行ったのだった。

 

「追うぞ」

 

「そうだな。奴を倒せば、星の塔が現れる」

 

アンクがカービィに発破をかけ、三人同時に目の前の湖へダイブする。目を開けば、あまりの深さに最奥が霞んで見えない。思わず身震いするアンクだったが、他二人が当たり前のように潜っていくのを見て、アンクもその場に留まっている訳にはいかなかった。そして、あの重い一撃を放つギャラクシアを持ちながらも軽やかに泳ぎ進むメタナイトもそうだが、水中にいるにも関わらず呼吸が出来ている自分に驚く。闇術を使えば出来ないこともないが、それを制限されている中でも息苦しさを感じることなく泳げているこの体は何とも不思議なものである。

 

「止まれ……!何か来ている……」

 

水中でも当たり前のように言葉を発し、宝剣を振るって静止を促すメタナイト。彼の言う通り、水の揺れる音を伝って何かが近づいてきているのが分かる。それも、一体ではない。

 

「来るぞ!陸に戻れ!」

 

メタナイトのその声と同時に見えたのは、ブリッパーの大群。牙をむき、水中を切るように物凄い勢いで泳ぐ奴らの集団が、アンクたち目掛けて一直線に迫ってくる。アンクの爪先がブリッパーの牙に触れかかったところで何とか陸に上がれたが、激しい水飛沫を立て今にもこちらに飛び出してきそうな奴らの大群を見たら、もう一度潜ろうなどと思う者はいないだろう。

 

「このままでは、ハルバードまで辿り着けない……」

 

「なぁ、あいつ使えねぇかな」

 

しかし、アンクだけは違った。視線を移した先にいた、明らかに水を力を司っていそうなモンスターを見て打開策を思いついた彼だけは、一筋の希望を見出していたのだった。

 


 

凶暴化したモンスターの大群を蹴散らすことはもちろん、それが例え水中であってもその脅威的な機動力で牙剥くブリッパーを難なく捌いていく、それがコピー能力「ウォーター」の覚醒した姿、「フルードウォーター」である。まるで人魚のような軽い身のこなしで、湖の最奥目指して泳ぎ進む。

 

「これぞ、カービィとアンクの融合が成せる力か……」

 

「凄い凄い!水中をこんなに早く進めるのは初めてだよ!」

 

「そう言ってもらうとやった甲斐があるな。このままハルバードまで突き進むぞ!」

 

「うん!」

 

カービィの進行方向とは逆方向に水を噴射することで、水中でも自由自在な動きを可能にする。そして、ようやく湖底に辿り着いたところで、同時に懐かしきハルバードの姿を目にとらえた。まるで、海底に沈んだ古代の遺物のような風貌のハルバードに、メタナイトがゆっくりと近づく。

 

「このくらいなら、間欠泉で地上まで上げられると思うよ!」

 

「元通り治せるかどうか分からないが、お願いしよう……」

 

「間欠泉なんてどうやって作るんだ?」

 

「分かんない!でも、適当にやってみよう!」

 

そう言ったカービィが、間欠泉を形作ろうと両手を上げる。その時、カービィとアンクの目にもう一つ、大きな何かが映った。

 

「これ、何だ……?」

 

「これ、デデデ城だ!」

 

「何故大王の城が湖底に……?」

 

湖底に沈み横倒しになっているそれを見て、二人はデデデ城と言う共通の単語を口にする。何故城が湖底に沈んでいるのか、そもそもデデデ城とは一体何なのか、いまいち全容が把握できていないアンクは、その城の入り口と思われる扉の前で何かが力なく漂っているのを発見した。

 

「なぁ、あれは誰だ……?」

 

「デデデ大王だ!」

 

巨大なハンマーと共に漂う青い体の謎の生物を見て、カービィはそう言葉にしたのだった。




☆Pose

◯フルードウォーター

アンクとカービィが融合を果たし、ウォーターの能力が覚醒した姿。水中を優雅に舞う姿は、まさにポップスターの人魚。どんな水でも自在に操り間欠泉から武器まで様々に形作れる。走れば起こる大洪水はプププランド全土を飲み込んでしまう。

☆あとがき

と言うことでレクイエムレイク編始まりましたー!毎回母音を合わせるのが大変です(笑)さぁ、デデデ城は何故湖底で発見されたのか!?デデデ大王は果たして無事なのか!?カービィたちの新たな冒険が始まりますー!


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それぞれの道を行く

「おい、大王。目を覚ませ」

 

水で膨れ上がった青い体を、メタナイトがポンプのように押しながら声をかける。湖底に沈んだデデデ城と言う城、その入り口に漂っていたのは、プププランドの自称大王、デデデ大王だ。アンクにとってはまたこの世界での新たな出会いだが、丸々とした青い体のペンギンが洋服と冠をつけている、一度見たら二度と忘れない程印象的である。加えて、メタナイトが彼の腹を押すことで出る水がそれこそ間欠泉のようでこれまた面白い。

 

「な、何だ!?ここはどこだ!?」

 

そして、ようやく目を覚ましたデデデ大王。その体で跳ね起き辺りを確認し、自信を囲んでいるいつもの仲間と例外一人を視認する。

 

「お、お前ら一体何を……!?ワシは今まで……」

 

「落ち着け。私たちは、湖底に沈んでいたお前を助けたんだ」

 

「沈んで……。そうだ……、ワシはあの時……」

 

「一体、何があったんだ……?」

 

「ワ、ワシはいつも通り城の警備をしてたんだ!そしたら、急に大きな地鳴りがなって、城の地盤が崩れたんだ……」

 

「今まで何度か地鳴りは耳にしたが、それ程規模の大きいものいつ起きたんだ?」

 

「きっと、私たちが戦っている時だ……。ハルバードで上空を飛行していた私たちは到底気付くことなどできない……」

 

「と言うか、お前は一体誰だ!?」

 

少し言及するのに遅れたが、丸い手をアンクに向けて問う。現在のアンクの見てくれからしても当然の疑問である。

 

「お目にかかれて光栄だ、大王。そうだな……、今回の冒険における、カービィのパートナーと言ったところか?」

 

「お前のような奴、この国にいた覚えなんてないぞ!」

 

「実は、何やかんやあって、別の世界からこのポップスターに飛ばされちまったんだ」

 

「つまり、知らぬ間にこの国に来てしまった、と……?」

 

「あぁ、そう言うことだ。全ては、この状況を作り出したダークマター一族のせいでな」

 

アンクが空を見上げ、またもや湖一帯を覆っている漆黒のベールに向かって吐き捨てるように言う。当然であるが、ダークマター一族が地球を侵略などしなければ、アンクは今こうしてプププランドを冒険などしていない。そして、改めて自国の状況を理解した大王が、声を荒げて問う。

 

「そ、そうだ!この国は一体どうなってる!いきなり国中が真っ暗になった!」

 

「ダークマター一族のこと、覚えているか……?」

 

「ダークマター……。あ、昔ポップスターを侵略しに来た奴らか!あと、名前は忘れたが確かハート型の惑星も……!」

 

「そうだ。そして今回、再び蘇った奴らが再度ポップスターを侵略した……」

 

「つまり、この国は既に、奴らの手に堕ちたのか……!?」

 

「そういう事だ……」

 

まさか、自国がまたもや敵の支配下に置かれるとは。そんな状況の中、自分は湖底をただ漂っていただけとは。受け入れがたい程の衝撃と無力感に、デデデ大王は思わず頭を抱える。しかし、既に一筋の希望である対抗策を見つけている他の三人は、決して俯くことなく大王を見据えて、

 

「狼狽えるな、私たちもただこの状況を静観していただけではない……」

 

「な、何か方法があるのか……?」

 

「星の記憶『スターレコード』を顕現させて、ポップスターの記憶からこの事象そのものをなかったことにする」

 

「そのためには、六つの星の塔から星の光を灯さなければならない」

 

「星の塔……、星の光……、聞いたことあるぞ」

 

「俺たちは今、それぞれの土地を回って星の塔を地表に出現させているんだ」

 

「それなら一つは、ワシが在り処を知っているぞ!確か、『夢の泉』にあると……」

 

「そうか……。なら話は早い、さっそくそこに向かうとしよう……」

 

「だが待て、ここにもきっと星の塔がある。この湖も後回しには出来ない……」

 

「じゃあ、二手に分かれるっていうのはどうだ?」

 

星の塔があると思われる場所が一度に二か所判明し、どちらに行くべきか迷っている三人に、立ち上がったデデデ大王がとある提案をする。確かに、何も四人で態々冒険する必要はない。時には数人に分かれて行動するのも効率が良い、世界を救うのに早すぎると言うことはないのだ。そして大王は、今まで幾度も共に冒険を重ね心を許し合ったであろう仲のカービィとメタナイトは無視し、どういう訳かアンクの丸い頭を掴む。

 

「ワシはこいつと夢の泉に向かおう!お前たちは引き続き湖の探索をしてくれ!」

 

「ん、良いのか?いっつも一緒に冒険してる奴の方が気が楽だろう」

 

「いやいや!何たってお前は、最近ポップスターに来たばかりの言わば素人だからな!大王であるこのワシが、この国について色々教えてやるついでに、二人の仲をもっと縮めようではないか!」

 

「そ、そうか……?」

 

「そうだ、夢の泉はちと遠いからなぁ……。カービィ、お前のワープスターを貸してはくれないか?」

 

妙に距離を縮めてきた大王にたじろぐアンクだったが、彼の勢いに流されて了承。何処からか飛来してきた大きな星型の乗り物『ワープスター』に乗った二人は、プププランドのはずれを目指して颯爽と飛び立っていったのだった。

 

「我々も行こう、カービィ」

 

その声かけに手を上げて反応するカービィ。デデデ大王とアンクの飛び立ちを見届けた二人は、最奥のさらに奥を探索するため、闇の晴れた青空を映す湖に再び飛び込んで行ったのだった。



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燦々と輝く <レクイエムレイク中部>

「さぁ、私たちは先程逃げたダークマターを追うぞ……」

 

水面からは霞むほど深い湖のその最奥、同時に沈んだデデデ城の正面まで再び泳いできたメタナイトがカービィにそう声をかける。三人がデデデ大王を見つける前目にした、水面から顔を出していた青い魚に取り憑いたダークマターを見つけて討伐すること、それがこのレクイエムレイクに残されたカービィとメタナイトの使命だ。

 

「しかし、水中ではそう自由に探し回ることもままならない……」 

 

今までの冒険で何度も水中は経験してきたが、探索し回るとなるとまた話は別だ。縦にも横にも広いこの湖を泳ぎ回ることはかなりの苦労を用するとメタナイトが吐露した時、カービィは不思議そうに辺りを見渡していた。

 

「どうした、カービィ……」

 

その様子に声をかけるメタナイトだったが、刹那、水が振動しているのを感じ辺りを警戒する。先程と同じ、水の振動を伝って何かが近づいてきているのをメタナイトは感じた。

 

「先程と同じだ、ブリッパーの大群が襲ってくるぞ!」

 

凶暴化したモンスターをカービィは吸い込むことはできない、己の剣だけが頼りだと、カービィを自身の背後に隠すメタナイト。しかし、先程も彼らは逃げるだけで精一杯だった。この剣一本で全てを捌き切れるのか、思わず鞘を強く握る。しかし、その振動を最も強く感じ、懸念の元凶がメタナイトの視界に映った時、彼は思わず言葉を失った。

 

「お、襲ってこない、だと……?」

 

彼が目にしたのは、その場をただゆっくりと泳いでいる普通のブリッパーだった。メタナイトの思った通りであれば、奴らは群れを成して一目散に獲物に襲いかかる、まさにピラニアのようであったが、彼が今目にしているそれらは違った。群れを成さず、牙を剥かず、恐ろしい形相と恐ろしい速度でこちらに飛びかかってくることもない。無駄な覚悟に、思わずメタナイトの体から力が抜け、カービィもその後ろから不思議そうに見ている。

 

「一体どうなっている……?何故凶暴化が解けた……?」

 

一先ず安堵したメタナイトは、その理由を思考する。何故、ブリッパーたちの凶暴化が解けたのだろうか。彼らはまだ、ダークマターを倒してこの湖の闇をはらっていないどころか、正にこれからダークマターを見つけようとしていたと言うのに。そんな思考をするメタナイトの頭を、カービィがポンポンと叩く。反応し、カービィの手の指す方に視線を移すと、そこには一匹の魚がこちらに向かって泳いでいた。

 

「あれは、ダークマターが取り憑いていたはずの……!」

 

その魚、『カイン』は携えた一つ目で先程水面からアンクたちを見ていたものだ。しかし、今のカインには一つ目がない。間違いなく、ダークマターに体を乗っ取られていたはずなのに。元の姿に戻った友を、カービィが嬉しそうに撫でる。

 

「ブリッパーの凶暴化が解けて……、ダークマターがカインから離れた……」

 

想定外の事態ばかり起きる現状に、流石のメタナイトも少し動揺する。ダークマターは宿主を捨てどこに行ったのか。予定外の現象を何とか整理しようとメタナイトが今まで起きた出来事を脳内で再生していると、ふと水面から自分をさす光を感じた。それ自体に心を動かされた訳ではないが、無意識に、当たり前のようにそちら顔を向けると、メタナイトはもう一つの予想外の現象を目の当たりにする。

 

「闇が、晴れている……!」

 

湖の闇が晴れ、姿を現した太陽が大きな湖の水面を美しく照らし輝かせていたのだった。



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闇の一族は狡猾に

闇が晴れ、燦々と輝く太陽が湖の水面を眩しく照らす。しかし、メタナイトにとっては、その現象こそもっとも奇妙に感じるものであった。

 

「何故、闇が晴れた……?」

 

湖底から陸に戻ったメタナイトの脳を支配するのは常にそのことだ。彼らは、まだこの湖に潜んでいるはずのダークマターを倒していない。寧ろ、これから倒しに行こうと意気込んでいたところなのである。

 

「デデデ城に怪しい箇所もなかった……」

 

ダークマターに操られていたはずのカインは、湖底でカービィたちと遭遇。彼らはカインの水中機動力を活かしてデデデ城の探索を行ったが、何か手がかりになるものが見つかったわけではない。それどころか、地盤が崩れ水中に沈んだデデデ城は内部が殆ど崩壊しており、とても探索どころではなかった。

 

「そして、海岸から現れたこれが、星の塔か……」

 

湖を覆っていた闇が晴れたことによって、海岸の地中に隠れていた星の塔がその姿を現した。既に星の塔は、空に開いた黒い穴に向かって星の光を照射しており、メタナイトたちはその時に起きた地鳴りに反応して、湖底から陸に戻ってきたのだ。

 

「カービィと、アンクの言った通りか……」

 

カービィに指し示され、星の塔の地面に彫刻された文字を見てメタナイトが呟く。それらはメタナイトが、アンクとカービィから聞いたものと同じもので、ポップスターからダークマター一族を退ける唯一の希望であると分かってはいるが、この奇妙な現状にメタナイトはより頭を悩ませる。

 

「突然闇が晴れ、ブリッパーの凶暴化が収まり、そして星の塔も出現した……」

 

イレギュラーな現状を口に出して整理する。カービィも、悩んでいるメタナイトを見て一緒に考えてくれているようだ。そして暫く思案した結果、二人は顔を見合わせ一つの結論に辿り着く。

 

「ダークマターが、この湖から逃走した……!?」

 

カービィたちの面々にカインの能力では敵わないと悟ったダークマターが宿主を捨てこの湖から逃走した。知能を有した生物が行う――実に戦略的な行動だ。では、奴はどこに逃げた。

 

「水中から陸までは一本道で目の前のこの一か所しかない……。だが、私たちは奴が逃げていくところを見ていない……」

 

宿主を捨てたあの真っ黒い単眼の状態のダークマターが逃げた所を、メタナイトたちは一度も目にしていない。最も、その状態の奴が近くを通って逃げたとしたら、メタナイトはその気配を感じることが出来るはずだ。では、逃げるのに別の宿主を使っていたとしたらどうだろうか。

 

「私たちがカインを追いかけて湖底に潜った先にいたのは大王……。そして、その後見たカインは既にダークマターの支配からは解放されていた……」

 

途中でブリッパーの猛攻にあったとしても、その後のアンクの機転のおかげでダークマターはそう遠くに入っていなかったはず。そして、その先には沈んだデデデ城と、意識をなくして漂う大王の姿。

 

「この湖の闇が晴れたのは、大王とアンクが夢の泉に飛び立った直後……」

 

今にもショートしそうなカービィとは違い、冷静にその時の状況を時系列順に分析するメタナイト。そして、最終的に彼がたどり着いた結論――限りなく現実に近しい結論に、メタナイトは絶句する。

 

「カービィ、夢の泉に向かうぞ!アンクが危ない……!」

 

束の間の静寂の後、突如声を荒げたメタナイトに、カービィも只ならぬ状況になっていることを察知する。カービィがもう一つのワープスターを呼び、それに二人で乗り込む。

 

「無事でいてくれ……、アンク……!」

 

メタナイトのその呟きを置き去りにして、ワープスターは夢の泉目掛けて颯爽と飛び立つのだった。




☆あとがき

と言うことで、レクイエムレイク編終了しました!ちょっと短いですね~(*´з`)でも、次のワールドと合わせて一つの物語みたいな感じなので、今までとボリューム的にはそんなに変わらないかなと思います。寧ろ、少し凝っている分面白いかも……?(笑)因みに、ワープスター二個出しはディスカバリーを参考にしました('◇')ゞさて、次回のお話もお楽しみに!


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夢と希望の源 夢の泉編
大王の英雄譚


メタナイトがダークマターの策略に気づき、レクイエムレイクを出発する少し前、アンクとデデデ大王は夢の泉への道を飛んでいた。

 

「なぁ、夢の泉って何なんだ?」

 

「夢の泉ってのは、夢と希望の源が集まった泉だ。夢の泉があるおかげで、プププランドの住人は夢を見ることが出来るんだ」

 

「ほ〜。理屈は分からんが、中々凄いところなんだな」

 

「でもな、昔はその夢の泉がナイトメアって言う悪い奴に支配されて、悪夢しか見れなくなる、なんてことがあったんだ」

 

「成る程、ダークマター以外にも、悪事を働こうとする奴はいるんだな……」

 

「だが、そこはやはりプププランドの大王!ワシの力のおかげで、夢の泉はものに戻ったんだ!」

 

「ん?カービィはいなかったのか?」

 

「……ちょ、ちょっとだけ活躍したぞ!殆どはワシの活躍のおかげだけどな!」

 

恐らくそのナイトメアを倒したのはカービィだろうが、それでも自分の功績を誇示したいデデデ大王の様子に、少しだけ笑みがこぼれるアンク。そして話は、このポップスターで起きた出来事とカービィたち英雄の活躍にシフトする。

 

「他にはどんなことがあったんだ?」

 

「そうだな……。突然現れた異空間から飛んできた巨大な船がポップスターに墜落して、散らばったパーツを集めてくれ、なんてのがあったな」

 

「異空を翔ける船か……、実に興味深いな。それで、パーツは全部集まったのか?」

 

「あぁ。だが、その船の持ち主の『マホロア』ってのがまたひどい奴でな。ポップスターを支配するために、ワシらを利用していたんだ」

 

「裏切り者か……。虚言の魔術師……、いや、イカサマたまごだな」

 

「無数の真っ黒なハートが空から降ってきたこともあったな」

 

「これまた可愛らしい事件だな」

 

「可愛らしいなんてことあるか!後から聞いた話によると、国中の食べ物を集めまくってたらしい。挙句の果てには、ムキムキになって柱を掴んでグルグル回っていたとか」

 

「後半のインパクトが絶大だな……。それ今できるか?見て見たい」

 

「ワープスターごと墜落するぞ……」

 

「是非ともやめてくれ」

 

「一番最近で言うと、謎の渦に吸い込まれて、『新世界』とやらに飛ばされたな」

 

「お、今度はポップスターではないんだな」

 

「大きな建物や遊園地、工場などと言う今まで見たことのないようなものばっかりだったわい」

 

「建築物、遊園地に工場……?まるで、俺が元いた世界みたいだ……」

 

「そう言えば、お前の住んでいるのは『地球』だったか?」

 

「あぁ……。その新世界、他にはどんな感じだった?」

 

「どこもかしこも、草木で覆われていて、植物が生え散らかっていたわい」

 

「草木で覆われてって……、建物がそんな風になるまで放置することはないだろ。何か、町や建物を整備している奴らはいなかったか?」

 

「生え散らかっているのをどうにかしている奴はいなかったな……。そこら中動物だらけでそれどころじゃなかったわい」

 

「動物……?人間はいなかったのか……?」

 

「いなかったなぁ。じゃあ、お前の住んでいた世界とは違うのか?」

 

「あぁ、多分違うな。俺の世界は、草木はあるがだらしなく生え散らかっているなんてことはないし、動物が街を徘徊している程混沌としてはいない。そもそも、俺が住んでいた世界には人間ってのがいる」

 

「知ってるぞ。恐らくこのポップスターの住人の中で、ワシが最も近しい容姿をしているだろう!」

 

「まぁ、そんな青くないし太ってもないがな……」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「いや、何も。まぁ、どの道今の地球に人間はいない。ダークマターが侵略したせいで、世界は闇に閉ざされ、人々も消えてしまった……」

 

「そうだな……。残りあと三つ、早く星の塔を地表に呼び出さないと、この星も永遠に闇に閉ざされたままだわい……」

 

「そのうちの一つがあるってのが、あれか?」

 

「あぁそうだ。ようやく着いたぞ、夢の泉に」

 

ワープスターの飛ぶ後を追いかけるように迫る漆黒の闇にも臆せず飛び続け、ついに視界にとらえた夢の泉。四つ目の星の塔を呼び出し星の光を灯すため、アンクとデデデ大王は神々しく光り輝く泉の、その地表に降り立つのだった。




☆あとがき

今回はほぼ全編会話ですね(笑)と言うことで、夢の泉編始まります!


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スターロッドに灯る闇

「中々に綺麗なところだろぅ?」

 

「あぁ……。荒れた砂漠があれば、こんなに美しい泉もある……、つくづくポップスターは神秘的な世界だな……」

 

ワープスターを降りれば、足元に広がっているのは泉だ。ゆらゆらと揺れる水面が、泉の中央にある『スターロッド』から放たれる光を反射し輝いている様がまた美しく、思わずアンクも見入ってしまう。同時に、この泉を覆っている闇が晴れればもっと美しいのに——今はまだ叶わぬ願いを心の中で思う。しかしそれも、この夢の泉に潜むダークマターを倒し、星の塔を出現させれば良いだけの話。

 

「さぁ、とっとと終わらせててしまおう、大王。ダークマターは何処にいる?」

 

「探す必要はないぞ。ワシは既にありかを知っている」

 

「ほう、ならば話は早いな。それで、何処だ?」

 

「それは——」

 

アンクに背を向けゆっくり歩くデデデ大王の脚は、泉の中央であるスターロッドに向かっている。まるで、それが放つ光に誘われている様な足取りが、水面を踏み締め優しい音を反芻させる。そして、泉の中央にたどり着いたデデデ大王が、台座の頂点に添えられたスターロッドにゆっくりと手を伸ばす。だがその瞬間、彼がスターロッドを手にするより先に、それは台座から抜かれた。そして、それを手にした仮面の騎士が蝙蝠の彷彿とさせる翼を羽ばたかせ、泉に舞い降りた。

 

「メタナイト、カービィ……!何でここに?」

 

「それは大王の……、いや、ダークマターの企みを阻止するためだ……!」

 

そう言ったメタナイトが剣先を向けるのはデデデ大王。自らをダークマターと呼称したメタナイトに、当然デデデ大王は納得できない様子であり、彼と今まで行動を共にしていたアンクも同じく、メタナイトに怪訝な反応を示す。

 

「ワシがダークマター?何を言っているんだ、メタナイト。カービィ打倒を目指したかつてのバディに、冗談でもそんなことを言うもんじゃないわい」

 

「惚けても無駄だ。あの湖で、お前はまずカインに取り憑いたが、それでは敵わないと悟り湖の奥底へと逃げた……」

 

「湖の奥底……、それが大王のいた場所か……?」

 

「そうだ。貴様にとって、湖底で意識のない大王を操るなど、造作もなかっただろうな……。そして、そんな事とは知らずに大王を引き上げた私たちに、貴様は上手く話を合わせた訳だ……」

 

「何を言うか、メタナイト。それでは、ワシがダークマターだって証拠としては足らんだろう?ワシを無視して、何処かに逃げたんだ」

 

「アンク、その地を覆っている闇が晴れる条件を知っているか……?」

 

「え?あぁ、そこにいるダークマターを倒せばいい、んだろ……?」

 

「そうだ……。厳密に言えば、その場からダークマターが居なくなれば、その地の闇は晴れる。それが、"倒されて"いなくなっても、"逃げて"いなくなっても同じ事なんだ……」

 

「……あの湖の闇が晴れたのか……?」

 

「あぁ、晴れた。ブリッパーの凶暴化もおさまっていた。全ては、アンクと大王が夢の泉に向かった直後に起きた事だ……!」

 

「そう言えば、夢の泉に向かってる時、ずっと闇が着いてきてたのって……」

 

「闇は、ダークマターの後を追う様に迫ってくる……。この泉が闇に覆われたのも、貴様がここに来たからではないか……?」

 

メタナイトの一方的な推理と糾弾がデデデ大王を打撃する。それらは実に最もらしいものであったが、それでもまだ彼の想像の域を超えないと、アンクは耳を傾けながら考えていた。しかし、それらを全て聞き終えたデデデ大王は、あろうことか邪悪に笑いだしたのだ。

 

「サスガハ、ポップスターイチノケンシ。キサマニハ、スベテオミトオシカ……」

 

「お、おい……、大王……?」

 

口調が、態度が、目付きが変わり、そこからは最早今までの大王の気配は一切感じられない。正体を表したデデデ大王——否、デデデ大王に寄生したダークマターに、思わずアンクも混乱する。

 

「ソウダ……。アノサカナデハカナワナイトサトッタワタシハ、イシキノナイコイツノカラダヲノットッタ……」

 

「……成る程、お前は宿主の様に振る舞うことができる分、他の奴らより少し器用だったってことか……。騙しやがって」

 

「ダガ、ナカヨクナリタイトイッタノハホンシンダゾ……?オナジヤミヲナイホウスルモノドウシ、ナ……」

 

「多少器用でも、思考は他の奴らと大差ない訳だ」

 

「貴様が夢の泉までやって来た目的は何だ……?」

 

「ポップスターゼンドヲカンゼンニシハイスルノニ、コノスターロッドノチカラガジャマダッタ……。ダガ、コノカラダハムカシ、スターロッドヲクダイテチリヂリニシタコトガアルソウデハナイカ……」

 

「夢の泉をも支配するために、大王を利用したのか……」

 

「俺を連れて来た理由は何だ?俺である必要はなかっただろ?」

 

「イッタダロウ……?ナカヨクシタカッタト……。キサマガベツノホシカラキタトイッタノヲキイタトキ、アノカタガシハイシタホシノモノダトスグニワカッタ……。ドウダ、オナジヤミヲナイホウスルモノドウシ、トモニアマタノホシヲシンリャクシナイカ……?」

 

「同じことを何度も聞くな。お前のお頭が侵略した星の生き残りに、一族根絶やしにされる屈辱を味わせてやる」

 

「ソウカ、ソレハザンネンダ……。ナラバ、キサマモトモニ、ヤミニノマレキエルガヨイ……!」

 

闇で模られた大きなハンマーが大地を打ち、泉が揺れる。闇に堕ちた大王の咆哮が、煌めく夢の泉に鈍く響くのだった。



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その隻眼に秘めたる力

大王に取り憑いたダークマターとアンクたちの戦闘の火蓋は、人々の夢と希望の源である夢の泉にて、既に切って落とされていた。

 

「体当たり来るぞ!」

 

メタナイトのその警告通り、大王はこちら目掛けてその巨体で頭から飛び込んでくる。衝撃と共に飛び散る水滴が、スターロッドの光を反射してキラキラと輝く。そして、闇で模られた大王の巨大なハンマーが、夢の泉に轟音を響かせる。

 

「確か大王は、以前にも一度乗っ取られたことが……」

 

「ソウダ……。カツテドウホウニイチドノットラレタコノカラダ、テニトルヨウニワカルゾ……!」

 

目の前の奴は、大王にして大王にあらず。しかし、ダークマターが操る大王の体は、まるでいつもの彼と戦闘を交えているかの様な感覚を与える。それが、彼のことをよく知っているカービィとメタナイトなら尚のことである。

 

「あぶねっ!」

 

突然、豪快に振り回された巨大なハンマーがアンクの頭上ギリギリを薙ぎ払う。当たらずともその衝撃と、空気を問答無用に切り裂く感覚がアンクの頭部に伝わる。しかし、決して防戦一方という訳ではない。大王のことをよく知っている二人なら分かる、彼の大振りな攻撃後に発生する隙に的確に攻撃を叩き込んでいる。繰り出される斬撃が、放たれる星形弾が、着実に大王の体力を奪っていく。

 

「くそ、何か出来ることはないのか……?」

 

しかし、アンクだけは例外であった。戦場である夢の泉には、能力を持ったモンスターが一匹たりとも見当たらない。能力を奪えなければ、大王が落とす星をカービィの様に吸い込んで吐き出すなどの芸当もできない故、今のアンクに戦う術はなかった。

 

「問題ない、大王とは戦い慣れている。この場は私とカービィに任せろ……!」

 

顔を歪めるアンクに、メタナイトがそう声をかける。何も出来ない無力感と、それでも二人を見ていると強く感じる心強さが、アンクの身を震わせる。

 

「クッ……!コノカラダヲモッテシテモ、コイツラヲシリゾケルノハムズカシイカ……」

 

大王は巨体故に攻撃が大振りである。そこに発生する決して小さくない隙を逃すことなく、カービィとメタナイトは猛攻を仕掛ける。対象の体をそのまま操るダークマターであるからこそ、運動能力は宿主の体の影響をもろに受ける。着実に蓄積されていくダメージに、ダークマターは苦言を呈す。そして、悪い流れを強制的に断ち切るかの如く、突如咆哮を響かせる。

 

「来たか……」

 

その光景にメタナイトは一人小さく呟く。今までは前座、ここからが戦いの本番であることを告げるかの様に、大王の裂けた腹部から大きな一つ目がこちらを睨みつける。

 

「また突進来るぞ!」

 

先程と同じ動作に察したアンクが二人に声をかける。しかし、彼らはそれを避けることができなかった。大王が血を揺らすと同時に巨大な衝撃波が周囲に広がる。突然避けろと言われても無理のあるその攻撃に、アンクもまた巻き込まれて吹き飛ばされる。

 

「タダデスムトオモウナ……。キサマラハココデケス……!」

 

裂けた腹部から除く目が宙を浮遊する様は、まさにダークマターそのもの。隻眼から放たれる無数の光線と、その着弾点から広がる衝撃波が三人の行手を阻む。

 

「くそっ!腹が裂けるだけでこうも変わるとは……!」

 

「ニジュウヨネンマエ……、イチゾクヲホロボサレタウラミ、ココデハラサセテモラウ……!」

 

攻撃手段を持たない上、激しさを増した大王の攻撃に防戦一方になっている現状に、アンクは悔しさと怒りで思わず取り乱しそうになる。しかし、そんな彼を嘲るかの様に、闇で模られた大王のハンマー――その中央から隻眼が覗く。

 

「何か来るぞ!皆、奴から離れろ!」

 

だが、時すでに遅し。一度瞬きしたその隻眼から、周囲全体を丸く覆う様な波動が発生する。そして直後、三人は絶句する。波動に触れたのほんの僅か一瞬、今すぐ奴から距離を取らねばならないのに、どんなに力を入れても己の体は一ミリ足りとも動かないのだ。

 

「何だ……、これ……!」

 

「いつも手強い大王だが……、もはや誰と戦っているのか分からなくなる……」

 

動きの止まった三人に、大王のハンマーがフルスイングで打ちつけられる。なす術なくモロに喰らった三人が大きく吹き飛ばされる。

 

「こんなに……、苦戦するなんて……っ!」

 

今までのダークマターに操られてきた者たちとは比べ物にならないほどの技量とパワー。一度操られた過去があるデデデ大王だからこそ引き出されるその力に三人は苦悩する。丸く柔らかい体が衝撃を吸収してはくれたが、それでもハンマーに強打された痛みはすぐに消えるはずもなく、立ちあがろうにもそれが出来ない。しかし、そこでアンクはとあることを思いつく。

 

「スターロッド……、使えるか……!?」

 

体を起こすとすぐ目の前にあるのは、泉の源となっている水が溢れ出す台座。そしてその頂点には輝くスターロッドが携えられている。今現在、戦う手段のないアンクだからこそ、この星の杖を持って応戦すれば、現状を打開することが出来るのではないか。――アンクに、それを手に取らないという選択肢は微塵もなかった。迷うことなく短い腕を輝く台座の頂点に伸ばす。そして――

 

「がはっ……!」

 

自らの光を穢さんとする闇の者を弾くかの如く、スターロッドはその星から強烈な閃光を放ったのだった。




☆Pose

〇ダーク・デデデ・マター

おなじみカービィのライバル!あのデデデ大王が、まさか二度目の操られ!?真ん丸お腹から一つ目がのぞけば、以前とは一味も二味も違う凶悪パワーで大暴れ!かつて自ら悪役を演じ悪夢を退けたこの場を、漆黒に模られたハンマーで撃ち穿つ!


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丸い二人を照らす月

夢の泉の源であるスターロッドは、アンクの手を――闇を拒絶するかの様に強い閃光を放った。恐らく、自らの放つ光が闇によって穢されると判断したのだろう。大きく吹き飛ばされたアンクは、理解の追いつかないまま地面に這いつくばっていた。

 

「どうなってる……!何で弾かれたんだ……!」

 

形成逆転を担う一手になる筈が、逆に自らを更なる危機へと追い込んでしまった。その事実に、アンクは苦言を呈す。

 

「オナジヤミヲナイホウスルモノドウシ、ヤハリスターロッドニハフレラレナイカ……」

 

地面を這いつくばる丸い体に嘲笑するデデデ大王。その裂けた腹部からはダークマターが取り付いている証拠の隻眼が覗いており、その瞳さえアンクを見て嘲り笑っているように見える。そして今も、豹変した大王の激しい攻撃は止まない。

 

「やられたままでいられるか……!」

 

痛めた体を起こし果敢に攻撃を仕掛けるメタナイト。しかし、腹が裂ける前からは格段に減った攻撃の隙が、彼の斬撃を悉く打ち消してくる。カービィも然り、彼の放つ星形弾をダークマターが細やかなハンマー捌きで打ち返してくる。

 

「まずい……、このままでは全滅だ……!」

 

もはや、アンク一人戦えないことが問題な訳ではなく、圧倒的な形成逆転を喰らい、このまま全員夢の泉で散りゆく未来さえ見え始めた。このままではだめだ、何とかスターロッドを使う手段を――戦う手段を得なければとアンクは思考する。そして、とあることがアンクの脳に引っかかる。

 

「大王は過去、スターロッドを砕いてばら撒いたことがあると……。ダークマターが彼に目を付けた理由はそれ……?奴も一度スターロッドに弾かれたことがある……。だから大王の体を乗っ取って改めて夢の泉を支配しに来た、と……」

 

ダークマターがデデデ大王の体を支配したその理由を思考する。夢の泉の支配をも企んでいたダークマター、しかし素の彼らではそれを果たすことが出来なかった。闇を内包し、光を穢すとスターロッドに弾かれたためである。そして今、デデデ大王の体を――肉体を以ってその企みを果たそうとしている。つまり――

 

「闇を内包していても、宿主の肉体が別物であればスターロッドを欺けると言う事……!」

 

急速に一つの結論へと至り、そして心当たりも明確である。ダークマターだけが宿主の体に寄生できるわけではない。アンクも、宿主と一体化することでその体を操ることが出来る。

 

「カービィ!俺を飲み込めぇ!」

 

アンクのその叫びに反応したカービィが、体を横たえたままアンクを吸い込み、そして飲み込む。何も、能力を得たアンクと融合して能力を覚醒させることだけが目的ではない。制約はあれど通常時のアンクとカービィも融合することが出来ると判明した瞬間であり、ついにそのピンクの手には輝くスターロッドが――否、今まで拒んでいた闇と共鳴することで変化した『ムーンロッド』が握られたのであった。

 

「ここからは、僕たちの番だよ!」



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四人の英雄、ここに集う

ムーンロッド——スターロッドがアンクの闇と共鳴しその姿と特性を変えたもの。夢の泉の源として不変の存在であったそれの常識を超えた姿に、元のそれを知っているものたちが言葉を失っている。

 

「ヤミノモノ……、キサマハワレワレハオロカ、コノセカイソノモノニヘンカヲモタラスソンザイカ……、キケンダナ……」

 

「行けるか?カービィ」

 

「う、うん!よく分からないけど、とにかくやるしかない!」

 

その啖呵を合図に、カービィと大王の両者がその場から勢いよく踏み出す。闇で模られた大王のハンマーがカービィを叩き潰そうと襲うが、ムーンロッドによりそれは容易くに止められる。重い一撃を弾き飛ばし、まるで剣の様に扱われるムーンロッドが大王の身体に斬撃を叩き込んでいく。

 

「グッ……!モハヤ、スターロッドトハベツモノトイウワケカ……」

 

元のスターロッドとはかけ離れたその性能に、ダークマターは苦言を呈す。剣の様に鮮やかな斬撃を繰り出すムーンロッドに、同じく剣を使うメタナイトも見入っている。そして、裂けた腹から一つ目の覗く大王は、再び宙を舞い始める。その眼球から無数の光線が放たれ、そしてそれが波紋の如く広がりを見せる。

 

「このままじゃ、足の踏み場がなくなるぞ!」

 

「大丈夫!元がスターロッドなら、この技が使えるはず」

 

そう言ったカービィが空中で身を翻し、手に持つムーンロッドをダークマターに向けて勢いよく振るう。杖は月の如き輝きを放ち、同時に杖の先端から無数の月型の斬撃がダークマター目掛けて飛んでいく。

 

「ナニ……!?」

 

「スターロッドも、星型弾が飛ばせるからね!」

 

カービィたちを嘲るように俯瞰するダークマターに斬撃が当たり、バランスを崩した奴が地上に落ちてくる。夢の泉に重い音が響き渡り、ゆっくりと立ち上がった奴がこちらを睨んでいる。今までカービィたちを一方的に追い詰めていた分、この形勢逆転は奴にとって圧倒的に予想外で、最高に気分を害すものなのだろう。

 

「次で決めるよ、アンク!」

 

「あぁ!」

 

そう言ったカービィが、ムーンロッドを天に掲げる。月の如き輝きと共に、強大な力が溜められていく。それはまるで、夜空に輝く星々の光を力に変え吸収している様に見えた。そしてダークマターもそれに抗うべく、闇で模られたハンマーの中央に隻眼を覗かせる。先程、カービィたちを一蹴した凶悪な技が再び繰り出される。だが——

 

「もう遅い。俺たちの勝ちだ」

 

嘲笑するかのように呟いたアンクを皮切りに、力の溜まったムーンロッドをダークマター目掛けて勢いよく振り下ろし突きつける。強大なビームが大王の体を覆い貫き、同時に彼に潜むダークマターも月の力で浄化していく。

 

「ワガドウシガ……、カナラズキサマラヲコロシニ……」

 

その言葉は最後まで言い切られることは無く、ダークマター共々塵となり虚空に消えていくのであった。

 


 

死闘の末、ダークマターの支配から解放されたデデデ大王。水面に俯せながら目を覚さない彼に、カービィがその背中の上でピョンピョンと飛び跳ねる。すると——

 

「わぁぁ!何ゾイ!?何が起こってるゾイ!?」

 

「あ、起きた」

 

「カービィにメタナイト……、ってお前は誰ゾイ!?」

 

「まぁまぁ、詳しい話は後々な」

 

「ここは……、夢の泉か……?何でワシがこんなとこにいるゾイ!誰か説明するゾイ!」

 

「どうやら、操られていた時の記憶はないようだな……」

 

「操られた……?誰にゾイ」

 

「大王、お前はダークマターに体を支配され、今まさに私たちと戦っていたのだ」

 

「ダークマターだとぉ?ワシは、城がいきなり崩れ出して、そのまま知らん泉に……、あれ、この後はどうなったゾイ……?」

 

「やはり、お前の推測は正しかったな」

 

「ダークマターって、昔ポップスターと妖精の星を襲ってきた奴らゾイ?だったら、こいつも奴らの一味じゃないのかゾイ!?ダークマターそっくりゾイ!」

 

彼の反応は当然のものである。なにせ、今自国を侵略している存在と瓜二つの者が目の前にいるのだから。そして、かつてのメタナイトと同じような反応を見せるデデデ大王に、アンクは「そんな似てるのか〜?」と苦笑しながら軽口を叩く。彼はこの世界に来てからの自分の姿を未だ見たことがない故に、瓜二つだと糾弾されても実感がないのだ。そして、興味本位で下を向いた先に水面に映った、この世界での自身の姿を見て、アンクは開いた口が塞がらなかった。

 

「確かに、アンクの姿はダークマターと瓜二つだが、彼は敵ではない。むしろ、彼がいなければ今頃ダークマターに操られたままの私とお前は、カービィを亡き者にしていただろう……」

 

「まぁ、俺だけでも無理だったがな。カービィの持つ無限の力とやらに感謝だ」

 

「そんなことになっていたのかゾイ……」

 

「大王、今後お前の力も必ず必要になるだろう。私たちに、力を貸してはくれないか……?」

 

最悪の状況を想像して、思わず俯く大王。そんな彼に、メタナイトはその手を伸ばす。この最悪な状況を共に打開すべく、その手を取り返してくれることを期待して。そして、プププランドの自称大王は、そんな彼の期待を決して裏切ったりなどしない。

 

「もちろんゾイ!あんな奴ら、また滅してやるゾイ!」

 

力強く手を取り合うデデデ大王とメタナイト。その二人の様子に、笑顔溢れるカービィが今にも踊り出しそうな勢いで飛びつく。こうして、ポップスターを救うべく真の意味でデデデ大王が仲間に加わった。彼らを見守るような夢の泉の輝きに包まれて、四人の英雄は手を合わせたのだった。



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