IFもしも鬼化したのが炭治郎だったら (カボチャ自動販売機)
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1話 竈門禰豆子

柱出したかったので、原作六巻までスーパーダイジェストで飛びます。



長い黒髪を後ろで縛っているのは、今はいない兄の真似であり、それは自分がそうありたいという願いであり、そうならなくてはならないという覚悟だった。

 

竈門禰豆子は襟までピッチリとしまった飾り気のない真っ黒な隊服の上から、相対するような美しい淡い桃色の着物を羽織っている。腰には刀、その右耳には日輪が描かれた花札のような独特の耳飾り。

 

『禰豆子、これを繋ぐんだ。俺が全部終わらせるから、鬼舞辻無惨を殺すから、だから禰豆子は幸せに生きるんだ』

 

兄から託されたその耳飾りの意味を禰豆子は知らない。けど、兄が父から託された大切なもので、だからこれを禰豆子に託した兄の決意は計り知れなくて、それを止められなかった自分がどうしようもなく情けない。

 

『俺は人を食わない!』

 

鬼になって尚、自我を保っていた兄。自分を守ってくれた兄。自らを殺そうとする剣士にそう言い放った兄。

自分ならそんなに強くいられただろうか、家族を食ってしまってはいないか、そう考えると恐ろしく、それもまた情けない。その情けなさを振り払うように、ただ強さを求めている自分がどうしたって小さな存在に思えて仕方がなかった。

 

鬼舞辻無惨によって家族を殺され、『水柱』冨岡義勇によって育手である鱗滝左近次の元で修行をすることになった。心の傷の癒えぬ禰豆子は、兄が眠りもせず、食事もせず、ただ刀を振り、そして、岩をも斬り裂くのをただ見ていた。

鱗滝の元で修行を始めて二ヶ月で、兄は禰豆子を鱗滝に託し、出ていった。鬼舞辻無惨を追う。俺が終わらせる。そう言って、引き留める鱗滝にただ感謝の言葉だけを残して。

 

禰豆子が立ち上がり、刀を手に取ったのは、そんな兄の顔を見たからだった。孤独で寂しそうで怒りに満ちている。いつも優しく、誰かに囲まれ、怒りなど見せたことのない兄のそんな顔が許せなかった。そんな顔に今の今まで気がつけなかった自分が許せなかった。

 

だから禰豆子は鬼殺隊へと入った。兄を人間に戻す方法を探すため、自分の弱さと向き合うため、辛くても、痛くても、悲しくても、進んでいかなくてはならない、鬼殺の道へ。

 

禰豆子が修行を始めてから約二年。紆余曲折あったが、藤襲山で行われる最終選別を生き残り、無事に入隊。幾多の修羅場を乗り越えた禰豆子は今、鬼殺隊の本部へと来ていた。

 

周囲には禰豆子と同じような隊服を着た剣士が何人か集まっている。それを見て、自分の隊服を見て、禰豆子は何かを諦めるようにため息を吐いた。

 

背に『滅』の字を背負った黒い詰襟の隊服は、基本的に同じデザインなのだが、剣術という力を身に付けた故の個性なのか、それぞれが自分の好みに改造をしていることも多い。そんな明確なルールが定められているわけでもない隊服を、皆が何故、脱ぎ捨てずに改造までして着こなしているのかは単純明快。機能性が抜群だからだ。

特別な繊維でできており、濡れ難く燃え難い上に、通気性も良い。頑丈さも折り紙付きで、雑魚鬼の爪や牙ではこの隊服を裂く事すらできない程。

 

だからこそ禰豆子も、この隊服を身に付けていた。不本意ではあるが身に付けていた。

禰豆子の隊服は一見、スタンダードな隊服に見えるが、良く見ればおかしな点も多い。通常ズボンのはずの隊服は膝上のスカートになっており、その胸元は菱形に露出している。この菱形に意味などない。むしろ耐久力はその分だけ下がっている。

スカートも同様で、防御力を考えればズボンの方が良いはずなのだが、膝上スカートに、太股の半ばまである長い靴下。

可愛いとは思う。けど、禰豆子としては必要以上に肌を露出する趣味もないし、普通の隊服が良いと思っている。

それを妨げるのはこの隊服を作った『隠』と、自らの師の影響があって。

 

「禰豆子ちゃん!ああ、会いたかったよ!」

 

桃色から黄緑色へとグラデーションがかかったような不思議な髪色に、両目の下の黒子、ざっくりと空いた胸元から晒された豊満な胸。

常にふわふわとした表情を浮かべ、今も嬉しそうに顔を赤くしながら禰豆子の手を取ってブンブンと振っている彼女こそ、禰豆子の師であり、鬼殺隊の最上位隊士、柱の一人、『恋柱』甘露寺蜜璃である。

 

「わぁ!ちゃんとその隊服着てくれてるんだね!嬉しいなぁ!」

 

禰豆子は元々、水の呼吸の使い手であり、蜜璃は炎の呼吸の派生であるオリジナル呼吸、恋の呼吸の使い手だ。本来なら師弟となることもないのだが、禰豆子には蜜璃から学ぶことになった事情があった。

 

禰豆子が学んだ水の呼吸は、その名の通りどんな形にもなれる水のように変幻自在な歩法が特徴であり、それによって如何なる敵にも対応できる癖のない呼吸だ。それ故に、派生した流派も多く、初心者にも易しいため一番多くの剣士に使用されている呼吸であるが、それはつまり初心者を脱した時、さらに高みを目指すためには独自の技が必要となる呼吸とも言える。

 

禰豆子は今、その段階に踏み込んでいた。

太陽に一番近いため一年中陽が射す陽光山で採れる猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石から打たれた刀、日輪刀。

日光を浴びる事以外は基本的に不死身である鬼に対して、その頚を斬ることで、殺す事ができる唯一の武器である。

 

その日輪刀は『色変わりの刀』とも呼ばれ、剣士として一定以上の力量の持主の手に渡ると最初の一度だけ刃の色が変わるのだ。禰豆子が新たな日輪刀を手にした時、その刃は淡い薄紅色に染まったのだ。

この特徴は水の呼吸の派生、花の呼吸に適正があることを表しているものだったため、禰豆子は、元花の呼吸の使い手であり、現『蟲柱』胡蝶しのぶの元で修行をすることになったのだが、そこに待ったをかけたのが蜜璃であった。

 

「ずるい!ずるいわ!しのぶちゃんにはもう女の子の継子がいるじゃない!私も女の子の継子が欲しいわ!」

 

継子とは柱が直々に育てる隊士のことであり、つまりは柱の弟子を示す。特に選定基準などの決まりはなく、それぞれの柱が決定権を持ち、育てる人数に制限は無い。そのため、禰豆子の適正に合わせて、しのぶが禰豆子を継子にすることに何ら問題はないのだが、密璃はそれをずるいと言って喚いた。

しのぶには既に継子が、可愛らしい女の子の継子がいたからである。

蜜璃はそれを常々羨ましいと思っていたし、なのに、またも可愛らしい女の子の継子がしのぶの元へ行ってしまうことに我慢ならなかったのだ。

 

とはいえ、そんな我儘で、大切な戦力と成りうる将来有望な隊士の進路を決めさせるわけにはいかない。本来ならば蜜璃の我儘はそこで終わるはずだったのだが、元来あまり賢い方ではない蜜璃が頭を悩ませ、その我儘に理由を付けたのだ。

 

「禰豆子ちゃんの刀は桃色にも見えるもの!もしかしたら恋の呼吸の方が適正があるのかもしれないわ!」

 

水の呼吸は、技が基礎に沿ったものであるため水の呼吸を学んだ者が全く別の呼吸の適正に目覚めることも少なくない。それ故に、禰豆子が花の呼吸ではなく、恋の呼吸なのではないか、という蜜璃の苦し紛れの指摘も否定出来ない事実であった。

蜜璃にとっては幸運なことに、当時しのぶは多忙で、継子のいない蜜璃に預けるのも良いのではないか、ということになり、禰豆子は蜜璃の元で学ぶことになったのである。

 

しかし蜜璃には重大な弱点があった。それは。

 

『こう、ビュビューって感じよ!そうするとぐあああ~って力が出るから!』

 

指導力の欠如。彼女には論理的にものを教えるという能力が全く無かった。

そんなことは他の柱も、最終的に決定を下した、鬼殺隊をまとめあげる当主、産屋敷耀哉も承知している。それでも蜜璃の我儘を通したのは、それだけ恋の呼吸に有用性があるからだ。

 

蜜璃が使う恋の呼吸は、脚を止めての強力な斬撃が多く、変幻自在の脚運びを主とする水の呼吸とは対照的とされる呼吸、炎の呼吸を源流としている。

彼女は入隊当初、現『炎柱』煉獄杏寿郎に継子として弟子入りして炎の呼吸を学んでいたが、その類い稀な剛力と柔軟さを併せ持った身体を駆使して、まるで新体操のようにアクロバティックな動きから斬撃を繰り出す恋の呼吸を生み出した。

言うならば、彼女の特異な体質故に生まれた、炎の呼吸と水の呼吸の良いところを合わせたような無茶苦茶な呼吸なのだ。禰豆子が蜜璃の元へ向かわされたのは、この恋の呼吸を常人でも扱えるように落とし込むことが出来るのではないか、と期待されてのことだった。

 

彼女がここまで期待されたのは、彼女が現『水柱』冨岡義勇が編み出した独自の技、【拾壱ノ型 凪】を修得した実績によるものだ。

義勇もまた、指導力は決して高くない柱の一人。口下手で、言葉では技を上手く説明出来ず、それを自覚できないタイプ。

 

禰豆子は、目が良かった。

 

義勇の口下手から発せられる指導ではなく、義勇の技を見て、それを修得するためにどうしたらいいか、見極められた。

兄弟が多く、あまり裕福でもなかった禰豆子には、人を見て今何が必要とされているのか、何がしたいのか、理解する感性が養われていた。つまりは技を見れば、その人が何を考え、どう動きたいのか、読み取れる。後はそれを自分が出来るように実行すれば良い。

 

紛れもなく天賦の才。

ただの女の子だった禰豆子が僅か二年で、継子として選ばれる程のその才能を持ってして、蜜璃の技を見た禰豆子は結論付ける。

 

「蜜璃さん、恋の呼吸は私には無理です」

 

技を真似ることは出来るだろう。ただ、威力が圧倒的に足りない。恋の呼吸の無茶苦茶な動きで、鬼をバラバラに四散させる引く程の火力が出せるのは、蜜璃の怪力があってこそなのだ。

ショックを受ける蜜璃と、ですよね、というような反応で受け入れた柱達と当主によって、二人の師弟関係は僅か数ヶ月で終わりを告げた。

蜜璃は泣き喚き、禰豆子が死にそうになって他の柱達に救出されるまで抱き締めて離さないなど一騒動あったものの、結局、禰豆子はしのぶの継子となることになったのだ。

 

ただ、しのぶも忙しい身。そのため禰豆子は今日この日まで、水の呼吸の派生である蛇の呼吸の使い手『蛇柱』伊黒小芭内の元で修行をしていたのだ。

そのため、蜜璃に想いを寄せる伊黒には災難なことに、蜜璃から禰豆子を取られたと逆恨みされ、現在絶賛無視中でかつてないほどに凹んでいるわけだが、それは良いだろう。

 

「禰豆子ちゃん、お揃いだね!可愛いね!キュンキュンしちゃうっ!」

 

禰豆子の今着ている隊服は、蜜璃の元へいた頃に新調されたもので、届けられたそれに唖然とし、拒否しようと思ったのだが、蜜璃がお揃いが良い!と騒ぎ、喚き、禰豆子の周りでドッタンバッタンして、キラキラとした期待の目を禰豆子に向けてきたため、断りきれずにこの隊服を着ることになってしまったのだ。胸元が蜜璃程は露出していないとはいえ恥ずかしいことに代わりはない。

小芭内の元へ行くことになった時、やっとこの隊服を元に戻せると思ったものだが、小芭内が『甘露寺がそれを望んでいるのなら、俺はそれを守る』と意味不明なことを言い出し、禰豆子の隊服申請を握り潰しているため、禰豆子は今も、蜜璃と同型の隊服を着ることを余儀なくされてしまっているのだ。

隊服はその特殊性から、縫製にも相応の技術が必要であるため、勝手に修正することも出来ず、目下、解決策はない。

嬉しそうにする蜜璃とは裏腹に、禰豆子はまたもため息を吐きたくなった。

 

「禰豆子ちゃん、この後桜餅を食べに行きましょう!」

 

禰豆子と蜜璃では蜜璃の方が身長が高く、興奮した蜜璃に抱き締められた禰豆子は、その豊満な胸に押し付けられ、素肌から発せられる桜餅のような甘い香りと柔らかさに包まれ、やっぱり自分にはこの隊服はまだ早いと思ったものだが、そんなことよりも、遠くの木の上から、こちらを怨めしそうに見ている現師匠の視線が気になった。

ここはフォローしておいてあげないとめんどくさいと悟った禰豆子は、蜜璃に言う。

 

「小芭内さんも一緒にどうでしょうか?」

 

禰豆子のその言葉に蜜璃は頬を膨らませて、プイッと顔を背けた。遠くから何かが地面に落ちたような音が聞こえる。

 

「伊黒さん、禰豆子ちゃんを取っちゃったから暫く遊んであげないの」

 

うわー……と、完全に八つ当たりで無視されている小芭内が可哀想な気がした禰豆子だったが、意味不明な理論でこの隊服を着させられていることを思い出し、これ以上のフォローは諦めた。やれることはやった。

 

「お館方様のお成です!」

 

暫くの間、蜜璃との雑談に興じていると、そんな幼い声が聞こえた。直ぐ様切り替わる空気。

整列し、跪く柱達。禰豆子は現在の師である小芭内の横に並んだが、それにまた蜜璃が不満そうな顔をしている。蜜璃と小芭内の関係はもう暫くこの状態が続きそうであった。

 

「お早う皆。顔ぶれが変わらずに、柱合会議を迎えられたこと、嬉しく思うよ」

 

鬼殺隊の最高管理者『当主』産屋敷耀哉。

顔の上半分が焼けただれたように爛れ、その両目は殆んど何も映さない。聞く者に心地良さや癒しを与えるその優しい声は、直接頭に入り込むように聞き取りやすい。

 

「今日は皆に大切な話があるんだ」

 

耀哉のその言葉に皆が伏せていた顔を上げる。

 

「知っている者もいると思うけど――竈門炭治郎。今日来てもらった竈門禰豆子の兄は今、鬼を狩る鬼として活動している」

 

禰豆子の兄かどうかは別として、鬼を狩る鬼、の噂は誰の耳にも入っているだろう。それでも彼らが少なからず驚きを露にしたのは、鬼殺隊で都市伝説的に広まっているそれを耀哉が口にしたからだ。

耀哉が柱達の前で口にした以上、それは事実。驚くのも無理はない。

鬼を狩る鬼、そんなものが現実に現れることを予想していたものなどいないのだから。

 

「鬼になっても自我を失わず、鬼舞辻無惨に反乱する異端の個体だけれど、私が重要視しているのはそこじゃない」

 

柱達は知らぬことだが、耀哉は、鬼舞辻無惨に反乱する鬼の存在を、炭治郎の他にも知っている。だから、そういう個体が現れたこと自体は、重要ではないのだ。

――重要なのは、炭治郎の能力。

 

「炭治郎は、鬼となって強化された鼻で、鬼舞辻無惨を追い続けることが出来るんだ」

 

炭治郎は家族を殺された日、鬼舞辻無惨と遭遇している。鬼となって強化された彼の嗅覚は、その時に覚えた匂いのおかげで、無惨がどこに居ようともその匂いを嗅ぎ分けて、その位置を知ることが出来るのだ。

 

驚愕に目を見開き、騒がしくなる柱達。

 

それもそうだ。ここにいる歴戦の柱達でさえ、鬼舞辻無惨とは誰も接触したことがなく、その姿も、能力も知らないのだから。

それを追い続けることが出来るなど、鬼舞辻無惨打倒のためには喉から手が出る程欲しい力だった。

 

「実際、既に炭治郎は二度、鬼舞辻無惨と遭遇し、下弦の鬼を二匹殺し、上弦の弐と交戦し、生き延びた」

 

上弦の弐。

その言葉が出た瞬間、明らかに雰囲気の変わった者がいた。いや、変わったのではなく、溢れた(・・・)とでも言うべきか。そのあまりに深く濃い殺気に、思わず他の柱達は刀を構えた。

 

「しのぶ」

 

耀哉のその一言で『蟲柱』、胡蝶しのぶは表面上は(・・・・)怒りを鎮めた。

その様子を見て、耀哉はゆっくり頷いて間を作ると、続きを話し始める。

 

「どうやら炭治郎は鬼を喰らって力を得ているらしい」

 

炭治郎が鬼になってまだ二年と少し。それだけの期間で人を食わず、上弦の鬼とやり合っているのだ。それくらいのタネはあって然るべきだろう。それでも柱達は押し黙った。人を食わずに鬼だけを喰う。それを出来る者がどれだけいるだろうか。いや、そもそも鬼となって尚、人を食わぬことが難しいのだ。そんな状況で、人を我慢し、鬼だけを喰うのは強靭な精神などという生易しいものではなく、最早、狂人。静まり返った場を一気に沸騰させるように、耀哉はそれを言った。

 

「私は彼に鬼殺隊に入って貰いたいと思っているんだ」

 

反応は様々だった。それぞれが何を思っているのか、纏う雰囲気から耀哉には分かったことだろう。それでも彼は穏やかな声のまま、ゆっくりと話す。

 

「現状、鬼舞辻無惨を殺すには彼の力が必要だ」

 

遭遇したことのない彼らにとっては推測でしかないが、鬼舞辻無惨は上弦の鬼の力からして、完全生物と言って差し違えの無い力を有しているだろう。しかし、現状、鬼舞辻無惨を殺すのに最も不足しているのは、鬼舞辻無惨を殺すための戦力よりも、鬼舞辻無惨を発見する方法なのだ。

柱達でさえ、誰も接触したことがなく、その姿も、能力も知らないという程に、鬼舞辻無惨は周到に隠れている。どれだけ戦力を集めようとも、目標を発見できなくては殺すことなど出来はしないのだから。

 

「……私は賛成です。お館方様のおっしゃる通り、彼の力は必要不可欠なものになるでしょう」

 

『蟲柱』、胡蝶しのぶの心情は複雑だ。鬼の力など借りたくはないが、しかし、彼女の復讐のためには、炭治郎の力もまた必要なのだ。

上弦の弐。炭治郎が既に遭遇しているということは、いつでもその鬼を追跡できるということ。それはしのぶの復讐を遂げるのに大いに役立つ。

彼女は復讐のためならば、鬼とすら組んで良いと思えるほど精神に余裕はなかったが、だからこそ目の前にあるチャンスを逃したくもなかったのだ。

 

「禰豆子ちゃんのお兄ちゃんなら私も!」

 

『恋柱』甘露寺蜜璃は何かを考えて発言したわけではないだろう。先程まで珍しく怒ってるしのぶちゃん可愛いと、場の雰囲気など関係ないとばかりにキュンキュンしていたのだ。この発言も、禰豆子ちゃんのお兄ちゃんならきっと可愛いわ!という謎の理論が展開されて出た言葉でしかない。

 

賛成の声が上がったのはこの二人だけ。

賛成派の女性陣とは反対に大多数の男性陣の反応は厳しかった。

 

「嗚呼……何があろうと鬼は鬼。私は承知しかねる……」

 

『岩柱』悲鳴嶼行冥は涙を流し、ジャリジャリと数珠を鳴らしながらも、一切の躊躇なく応え。

 

「全力で反対する!!鬼に頼らずとも、

この煉獄の赫き炎刀が鬼舞辻無惨を討ち取りましょう!!」

 

『炎柱』煉獄杏寿郎は自らの力を誇示するように、大きな身ぶりで声高らかに叫び。

 

「俺も派手に反対だ。ド派手に信用できねぇ」

 

「その通り。信用しない信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」

 

『音柱』宇髄天元が冷静に言うと、それに呼応するように『蛇柱』伊黒小芭内が嫌悪感を隠そうともせずに言い放つ。

 

「鬼を滅殺してこその鬼殺隊。答えは初めから出ております」

 

『風柱』不死川実弥が力強く、そう反対意見をまとめた。

 

そうすると、黙ったままの『水柱』冨岡義勇と『霞柱』時透無一郎に皆の注目が集まる。先に口を開いたのは無一郎だった。

 

「僕はどちらでも……どうせすぐに忘れるので」

 

彼が口を閉ざしていたのは、考えていたのではなく何も考えていなかったかららしい。そうして無一郎が、ぼーっと空を眺める作業に戻ったために、いよいよ全員の視線が義勇に集中した。ここまであまりに強硬な反対意見が多かったため、禰豆子も不安げな視線を義勇に向けていた。

 

「……これは考える意味のあることなのか?」

 

真面目な顔をして出たその言葉に、場の空気が一気にヒリつく。捉えようによっては、バカにしているとも取れるその発言は、この場で放つには相当に相応しくないものであろう。

 

不思議そうに首を傾げる義勇に殺意すら抱きそうになったしのぶであったが、これを額面通りに受け取ってはいけないと察し、義勇と何度か言葉を交わす。

それを聞いていた柱達の表情は、怒りの表情から、徐々に呆れたような表情に変わっていき、最後には顔を引きつらせた。

 

しのぶが解読した結果、義勇の言葉は、そもそもここでどれだけ論じようとも、炭治郎自身の意志が分からなくては意味がないのではないか?という提案だったわけだが、彼の口下手が妙に言葉を省いた結果、喧嘩腰になっていたというのだ。

 

「そんなだからみんなに嫌われるんですよ」

 

「……俺は嫌われてない」

 

青筋を立てながらも、ニコニコとした笑顔のままで言い放つしのぶに、義勇はそう返したが、何故か柱達は義勇と目を合わせようとしない。禰豆子もまたこっそり顔を伏せる。

 

「皆の意見は分かった。禰豆子、君はどう思う?」

 

耀哉がこの場に禰豆子を呼んだのは、この質問のためだったのだろう。耀哉の言葉で柱達の視線は一気に禰豆子へと集まった。がんばって、と口をパクパクしている蜜璃の姿も、そんな威圧感の中にあっては認識できない。

 

禰豆子はビリビリとした空間の中で、自分の奥深くへと潜り、考える。甦るのはあの日の記憶。家族を失い、兄が鬼になった忌まわしき残酷な過去。

 

『逃げて!姉ちゃん逃げて!!』

 

『この程度の血の注入で死ぬとは。太陽を克服する鬼など、そうそう作れたものではないな』

 

必死で叫び、殺された母や兄弟。自分を庇って血を注入された兄。

至極なんでもないように、どうでも良いように、吐き捨てるように、そう言い放った鬼舞辻無惨。

 

鬼は恐ろしい。鬼舞辻無惨を直接目にし、目の前で家族を惨殺された禰豆子には、柱達の大半が兄を拒否する理由も意味も、十分に理解できた。理屈ではなく、鬼は恐怖だ。滅びるべき悪。信じることなど到底出来ないのは当然。

 

だが、兄は。

鬼は信じられないが、禰豆子にとって兄は何よりも信頼できる存在なのだ。他の誰が何と言おうと、無条件で信じられる。

禰豆子の答えは、刀を手にした時に既に決まっていた。

 

「兄は、竈門炭治郎は、必ず鬼舞辻無惨を討ちますっ。だから私は鬼殺隊に入りました!」

 

それは要領を得ない答えだっただろう。複雑に絡み合った禰豆子の心情、その根本の部分だけが弾け飛んだような言葉は、禰豆子の決意のようなものなのだから。しかし、その決意は、確かに一瞬だけ、歴戦の強者達である柱達を呑み込み、支配した。

 

耀哉は、そんな禰豆子に微笑むと、反論しようとする柱達を抑えるように口を開く。

 

「――暫くの間、柱には交代で、禰豆子と一緒に炭治郎の捜索をお願いするよ」

 

常に人手不足で大忙しの鬼殺隊で、一般隊士とは隔絶した強さを持っている重要な戦力である柱を、この任務にあてるということが、耀哉が炭治郎の存在をどれだけ重く見ているかの証明だった。

 

「何をどうするにも、まずは彼を見つけないとね。彼も含めて顔を突き合わせて、もう一度話し合おう」

 

炭治郎の処遇について、納得していない者もいたが、どうしようにも、確かに件の炭治郎を見つけないことには何も始まらないのは確かだった。

 

あの日、引き留められなかった兄を探す。今の禰豆子はあの頃の禰豆子とは違う。ただ見ているだけのか弱い女の子ではない。

そう自分を奮い立たせるように、刀の柄を強く握っていると――頭に、ふにょん!と柔らかいものが当てられている感触。鼻孔をくすぐるのは、ほんのりと甘い桜餅の香り。

 

「お館様!最初は私が禰豆子ちゃんと一緒に行きます!」

 

「うん、頼んだよ、蜜璃」

 

「はい!お任せください!」

 

 

ふんすっ、と気合い十分に自分を抱き締める蜜璃と、微笑ましそうにそれを眺めている耀哉に禰豆子は思った。

 

 

凄く不安だ。

 

 

前途多難な禰豆子の兄探しはこうして幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

――闇夜を月明かりだけが照す山中。

 

それは冷たく、ただ冷徹で、どこまでも深い赤の氷。

水晶のように透き通ったその赤に閉じ込められた鬼は、驚愕の表情のまま一切動くことはない。

 

その氷に寄り添うように、一人の男が立っていた。

 

灼熱のような赤銅色の長い髪を乱雑に後頭部で縛り、晒された額の左側には大きな傷。緑と黒の格子柄が描かれた着物はボロボロで胸元が大きく開いてしまっている。

男はその左耳に揺れている日輪が描かれた花札のような独特の耳飾りを触ると、真っ赤に染まった刀を鞘に納めた。

 

それと同時に砕ける赤い氷。真っ暗な闇夜でも、月明かりに照らされ美しく凄惨に舞う赤い結晶は、地に着く前に滲むようにして消えていく。それは不思議と優しく、寂しそうで、男は完全に氷が消えて無くなるまでそれを眺めていた。

 

「……俺もすぐにそっちへいくよ――」

 

男は呟きながら空色の襟巻きを巻き直し、炎のような模様の入った狐の面を顔に付け、歩き出す。その足取りはしっかりしていて、なのに消えてしまいそうで、炎のように熱い。

 

「――鬼舞辻無惨(・・・・・)を殺したその後で」

 

男、竈門炭治郎はそのまま闇へと消える。どこまでも暗く、深く、沈んでいく。

 

炭治郎は自らの何もかもを燃やして、やり遂げようとしていた。

 

殺された家族の復讐?それもあるだろう。しかしそれだけで心優しい少年だった彼が鬼とはいえ、命を無慈悲に狩り続けるなど出来はしなかっただろう。

人を食わず、鬼を喰らい、その力を飲み込み、剣を振るう。孤独で苦しく、熱くて冷たい。

 

そんな闇の中でそれでも進めるのはただ一人生き残った妹のため。

 

妹が、禰豆子が安心して暮らしていけるように。もう二度と何も失わずにいられるように。

 

綺麗な着物を着て、好きな人と一緒になって、子供をもうけて幸せになって欲しいから。

 

だから殺す。奪う者を。家族を殺し、自らを鬼へと変えた鬼舞辻無惨を。

 

鬼を殺す鬼。

人を食わず、人を助け。

鬼を喰って、鬼を狩る。

されど鬼殺隊に非ず、唯一人の狩人。

 

彼に助けられた人々か、彼と刃を交えた鬼殺隊か、彼を恐れた鬼共か。

誰が名付けたか彼の通り名は――『鬼滅』。

 

彼は鬼を殺し続ける。

鬼舞辻無惨を殺す、その日まで。




この後、禰豆子がそれぞれの柱と共に、炭治郎を探しながら、様々な事件に巻き込まれていく……というのがメインストーリーになる予定でした。
とりあえず思い付きと勢いだけで書いてしまったので短編にしました。
感想・評価の評判とぼくの気合い次第では続きを投稿したりするかもしれないので、その時はよろしくお願いします。


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2話 甘露寺蜜璃

1話しか書いてないのに、あまりの反響に驚いている作者です。感想・評価、とても嬉しいです。

後の展開をあまり考えていなかったのですが、やりたい展開をいくつかと、最終話の構想は何となく出来上がったので二話目を投稿します。

話数が増えそうだったら連載に切り替えようかと思っています。




鼻唄を歌いながら、ご機嫌で体を揺すっている蜜璃の対面で、禰豆子は呆れながら空っぽになった大皿を眺めた。

 

蜜璃と二人での炭治郎探し。

鬼殺隊が誰も向かっていないにも関わらず、鬼から助けられた、という証言が多数出ている村がある、という情報を聞き付け、まずはそこへ向かっている二人。村までは相当な距離があり、10日はかかる。村人達が助けられた、というのも随分前のことで、そこに炭治郎がいる可能性は低かったが、何かの手がかりはあるかもしれない。そんな程度の淡い期待なため、とりわけ急いでいるわけではなかった。

 

そんなわけで、蜜璃の和菓子を食べよう!という提案を禰豆子に断る理由などなく、吸い込まれるように和菓子屋へと入店した。

入ってすぐに蜜璃が注文したのは桜餅――を100個。禰豆子は思った。聞き間違いか、と。店員もそう思ったのだろう。何度も聞き返すが、蜜璃はその度に笑顔で100個!と嬉しそうに言うのだ。

100個もの桜餅はすぐには出てこない。まずはどーんと目の前に大皿で20個程の桜餅が配膳されたのだが、蜜璃はそれを、パクパクと一口で止まることなく口に放り込んでいく。禰豆子が自分の分である3つを完食するころには、蜜璃はもう食べ終わろうとしているところだった。

 

全体を覆うようにくるむ桜葉の隙間から、淡い桜色のお餅が顔を覗かせる桜餅は、禰豆子の手のひらに収まる程度の大きさで、大きくはないが、それでも小さくはない。実際、禰豆子は3つも食べればいっぱいだった。それなのに蜜璃は満足した様子もなく、まだかな~、まだかな~と、楽しそうに次の桜餅を待っていた。

 

「禰豆子ちゃん、もう食べないの?いっぱい食べて良いんだよ?」

 

桜葉の程よい塩加減と、なめらかなこし餡の優しい甘さを、ふわふわのもち米が包む桜餅は、文句なしに美味しいのだが、食事には限度というものがある。

曖昧に微笑む禰豆子に、蜜璃はちらちらと周囲の客を見渡して、禰豆子の耳に口を近づけ両手で隠すように覆うと小さな声で言う。

 

「……もしかして私って食べ過ぎ?」

 

もしかしなくても食べ過ぎなのだが、もう蜜璃ともそこそこの付き合いになる禰豆子には、これを肯定すると相当に面倒だ、ということはすぐに分かった。それに、もう既に桜餅が後80個運ばれてくることは決まっている。どうせくるのなら美味しく食べるのが良いだろうし、その方が蜜璃さんも幸せ、と何かと理由をつけて自分を納得させると禰豆子は口を開いた。

 

「蜜璃さんは頑張っていますから、それくらい普通ですよ」

 

蜜璃は特異体質の持ち主。

彼女を構成する筋繊維の密度は、先天的要因によって常人の八倍にまで達している。これが外見上は細腕の巨乳美人でありながら、成人男性を遥かに上回る怪力の正体だ。

そしてこれが彼女の大食いの理由でもある。

蜜璃の特異な体質は体の維持・活動に莫大なエネルギーが必要になってしまうのだ。

相撲取り三人分とも言われる蜜璃の食事量は凄まじく、大柄な者もいる柱の中でも一番の大食漢と言われるほどだ。

食事の量を控えると意識が朦朧とするなど、身体機能に影響が出てしまうのだから仕方のないことなのだが、細身の女性の体にそれだけの食事がみるみる吸い込まれていく様子に驚愕してしまうのもまた、仕方のないことであった。

周囲の客達は自分の菓子を食べることも忘れ、口をあんぐりと開けている者までいて、鈍感な蜜璃でも何やら自分がおかしいのだと感じてしまうくらいだ。

とはいえ、楽観的な性格の蜜璃は禰豆子の言葉にパァッと表情を明るくし、安心したのか、そうだよね!美味しいものね!うんうん!と再び体を揺らして鼻唄を歌い始める。

 

禰豆子は数ヵ月間、蜜璃と師弟関係にあり、それなり以上に親しい間柄であるし、蜜璃の体質のことも、常軌を逸した大食いも、知っている。

師弟の頃は、殆んど毎日食事を一緒にしていたのだから当然なのだが、何度見ても驚愕する光景であることには変わりない。この人は桜餅を食べ過ぎてこんな髪色になっちゃったんじゃ、と禰豆子は冗談気味に思ったものだが、幸いなことに禰豆子はその答えを聞くことはなかった。甘露寺蜜璃という不思議生物は、本当に桜餅の食べ過ぎでこの髪色になってしまったのだから。

 

「うわぁ!美味しそう!こんなにいっぱいあるなんて素敵!」

 

いよいよ運ばれてきた残りの桜餅80個。禰豆子から見て、対面の蜜璃の姿が隠れてしまう程の山になった桜餅は見ているだけでお腹が膨れそうな光景だったが、蜜璃は、先程20個食べたことなど忘れたように、目をキラキラさせて、頬を赤くして拍手している。

 

「んん~!美味しい!」

 

同じものをそれだけの数食べて尚幸せそうな顔をしている蜜璃の姿に、やはり柱は格が違う、とどこかズレたことを禰豆子は考えながら、何気なく蜜璃の食事を用意している様に見えた甘露寺邸の使用人達を思い出していた。

 

甘露寺邸の使用人はその全員が料理人である。

普段はそれぞれが別の仕事を持っているが、食事時には全員が厨房に入り、配膳し、蜜璃の速度に負けないよう片付けては作りを繰り返しているのだ。その速さは国内随一であり、甘露寺邸出身の料理人ともなれば料理人界では一つのステータスと成りうる程。

この蜜璃の様子を見ていれば、そうなる理由も分かるというもの。彼らは必要になったがためにそうした料理スキルを身に付けたのだ。

甘露寺邸の人事について蜜璃は特に要望を言ったりせず、運営も丸投げなため、使用人達が独自に人材教育、雇用を行った結果、このようなことになったのである。禰豆子が弟子になった当初、満漢全席のような大量の食事を出されて、いじめかなと思ったものだが、蜜璃のせいで使用人達の感性がぶっ壊れていただけである。尚、禰豆子が食べられなかった分の食事は蜜璃によって綺麗に無くなったわけだが。

 

「美味しかった~!んー、今日のお夕飯は何かなー」

 

体質とか関係なく、この人は元来の食いしん坊なのではないか。100個もの桜餅を食べ終わってすぐに出た言葉が夕飯の話だったことに、禰豆子はジトッとした目を蜜璃に向けた。禰豆子の視線に晒された蜜璃は首を傾げており、その意味には気がついていないのだろう。

蜜璃は、軽く村人の月収くらいのお支払をして、大満足で店を出た。桜餅を急いで作り過ぎて屍の様になっている職人達が見えた気がしたが、禰豆子は気のせいだと信じることにした。

 

「この先の村の近くで鬼の目撃情報があったらしいから、夜はお仕事だね!」

 

村を出て山道に入ろうと二人が並んで歩いていると、生えているのか、装飾しているのか、頭に何やらモサモサとした毛のようなものを載せた真っ黒な(カラス)が、蜜璃の近くにやってきて、モジモジとしながら任務の概要を伝えた。

 

このような鴉を鎹烏(かすがいがらす)と呼ぶ。

 

人語を使い隊士とコミュニケーションをとることもできるほど頭がいいため、隊士一人一人につけられており、隊士に本部からの通達を伝えるなど伝令としての役割を持つ鴉だ。性別や性格もバラバラで個性豊かで、蜜璃の鴉のようにおしゃれをしている鴉も多い。

 

最近、この周辺では女の子が行方不明になる事件が相次いでいて、先の村ではつい昨日、一人女の子がいなくなったというのだ。

情報にあった村は二人の足なら二時間とかからない。日が落ちる前には到着できるだろう。炭治郎を捜索しながら、こうして事件があれば仕事に向かう。常に人材不足の鬼殺隊には最高戦力である柱を遊ばせておく余裕はない。

 

お腹を満たした二人は、蜜璃の鴉に導かれるようにして、次の村へと向かった。

 

 

 

 

「うわぁあああん!!ごめぇええんねぇえええ!!」

 

「みみ蜜璃さぁあああん!?」

 

蜜璃は走っていた。ドバドバと涙を流しながら、溢れんばかりの胸を揺らして、その手で禰豆子の手を掴んで爆走している。

もはや地に足が付いておらず、蜜璃の怪力で宙に浮いたまま超スピードで引っ張られている禰豆子にはその謝罪に答える余裕はない。コントロール不能の暴走機関車に引っ張られながら、目の前スレスレを木やその幹が通り過ぎていくのは、絶叫恐怖体験だろう。

年頃の女の子二人は、絶叫しながら夜の山を転がるように駆け下りていく。

 

全ては蜜璃のうっかりから始まった。

 

血鬼術。

日光以外では死なない不老不死性と、超人的な身体能力や怪力を持つ鬼にはそれとは別に、一定以上の実力を備えた鬼に発現する異能の力がそれだ。

千差万別かつ非常に多岐に亘るため、鬼殺隊は常にあらゆる状況を想定する警戒心と、敵の能力を見極める観察眼が必要になってくる。柱ともなれば、その能力は極めて高い――恋柱以外は。

 

「女の肉は柔らかいから好きだぁ」

 

口から涎を垂らした巨漢の鬼。体の所々に穴が空いていて、ひび割れたような肌に、背中からはコブのように左右に二つ大きく肉が飛び出していた。

少女が二人、夜道でこのような化物に遭えば、泣き叫び、腰を抜かして震えるしかないだろうが、彼女達は違う。鬼を狩る者、鬼殺隊の一員だ。

 

「今日は私が禰豆子ちゃんに格好いいところを見せるわ!」

 

その鬼殺隊の中でも最強の一人である蜜璃は張り切っていた。

 

日が落ちる前に村へと到着し、情報収集をし日が落ちてから、目撃や被害があったという情報の多かった森へと入った二人は、すぐに鬼と遭遇した。蜜璃は率先して禰豆子の前に出る。

師弟関係にある時、ろくに技を教えられず、折角出来た初めての弟子を、伊黒小芭内に奪われ(逆恨み)、中々格好いいところを見せられていない。もしや、自分の格好いい所をみれば、恋の呼吸を学びたい!と弟子に戻ってくれるかも!という気持ちもあった。

 

「色鬼って知ってるかぁ?」

 

蜜璃は鬼の話に耳を傾けず、即座に自らの日輪刀を抜き、攻撃へと移った。

 

蜜璃の日輪刀は、鬼殺隊の日輪刀製作を一手に担っている刀匠の里、その長である鉄地河原鉄珍が打った特殊な刀、『変異刀』である。

その紙のように薄く、布のようにしなやかでありながら、達人が扱えば決して折れる事の無い薄鋼の刀身は正に傑作の一刀。

蜜璃はこの変異刀を高速克つ変幻自在に振るうことで、高威力、広範囲の攻撃を実現していた。

 

蜜璃は体勢を低くして踏み込み、グッと体を縮めて飛び出し、爆発的な加速と共に、そのしなる刀を連続で振るう。

 

――【恋の呼吸・壱の型 初恋のわななき】

 

目にも留まらない超高速の斬撃が蜜璃の怪力で繰り出されれば、その威力は計り知れない。そのあまりの斬撃の速さに、死ぬその時まで斬られたことに気づかない鬼もいる程だ。

 

お前の刀は桃色だなぁ(・・・・・・・・・・)女子(おなご)のベベの色だぁー、美味しそうだな、美味しいよなぁ」

 

斬撃の嵐の中を鬼は無傷で立っていた。相変わらず涎をべたべたと地面に滴ながら、目をぐるぐると動かして笑っている。

 

「嘘ぉ!?どうしてぇ!?」

 

その丸太のように太い腕で殴りつけてくる鬼の攻撃をかわしながら、蜜璃は再び刀を振るうが、やはり蜜璃の攻撃によるダメージは一切ない。

 

 

――【水の呼吸・参ノ型 流流舞い】

 

 

禰豆子は驚愕する蜜璃の横をすり抜け、流れるように鬼の攻撃を回避しつつ、斬りつけるが、鬼からは一滴の血も流れなかった。

 

「お前も桃色、可愛い桃色、食っちゃおう、桃色食っちゃおう」

 

禰豆子を捕まえようとその姿を追う鬼に、駆け出した蜜璃が飛び上がる。

 

――【恋の呼吸・参ノ型 恋猫しぐれ】

 

蜜璃は猫のように飛び跳ねながら、縦横無尽に斬りつけていく。予測不可能な斬撃を鬼はかわそうとせずにそのまま受け続けた。

 

「オッ、オッ?」

 

蜜璃の攻撃に、意味のない声を漏らしているものの、体に傷はなく、これ以上の攻撃は無意味と判断した蜜璃は、そのまま後方に大きく飛び、巻き込まれないように離れていた禰豆子と合流した。

 

「禰豆子ちゃん、まずいかも!」

 

「蜜璃さん、柱なんですからそんな情けない顔で私の方を見ないで下さいよ!」

 

「だって全然攻撃効かないんだもん!」

 

格好いい所を見せるどころが、最高に情けなかった。汗をダラダラ流しながら涙目で弟子にすがるような目を向けるのは、柱としても、師としても最悪である。

 

「くひっ、お、お前ら俺を斬ったな?桃色で斬ったな?そうだな?」

 

鬼のコブが水が沸騰するような音を鳴らしながら膨らみ、穴からは桃色の蒸気が出始めた。

 

明らかな異変。

 

禰豆子は観察に集中する。感覚を研ぎ澄まし、ただ分析することに力を注ぐ。

鬼の基礎能力はそれほど高くない。力は強いが動きは鈍く、単調な攻撃しかしてこない上に、こちらの攻撃を見切れもしない。攻撃が通りさえすれば、蜜璃どころが、禰豆子であっても苦もなく滅することができるだろう。

問題なのは柱である蜜璃の攻撃ですら無傷で乗り切るその異常な固さだ。斬った感触は確かにあるのに、ダメージが通らない、不思議な感覚。

 

外観としては最初同じくらいの大きさだった左右のコブが、左側だけ不自然に膨らみ、血管のような管が浮き上がり、脈打つように動いている。

 

桃色は(・・・)もう俺のもんだぁ」

 

嬉しそうに、楽しそうに言う鬼に、禰豆子は一つの推測へと辿り着く。それは義勇から凪を分析した超直感とも言うべき、一を聞いて十を知るようなそんな能力。

 

「――蜜璃さんっ!攻撃しちゃダメです!」

 

禰豆子のその才能が導き出した答え――それを口にする前に蜜璃は動き出してしまった。禰豆子の制止も聞かず、刀を振るう。

 

「桃色はっ!恋の色なんだからぁ!」

 

――【恋の呼吸・弐ノ型 懊悩巡る恋】

 

刀のしなりを利用し、敵を螺旋状に斬り裂く、紙のように薄く変幻自在の軌道を描く変異刀でなくては出来ない予測不可能の斬撃――

 

「へ?」

 

――それは実現せず、攻撃が鬼に触れた瞬間、蜜璃の日輪刀が消えた。

間抜けな顔で、刀を持っていたはずの手をにぎにぎしながら固まった蜜璃が、ダラダラと冷や汗を流し始める。

 

「また桃色が集まったぁ」

 

鬼の血鬼術、【色鬼】。その能力は複雑怪奇だ。

左右のコブにそれぞれ一色ずつ、その色の物を溜め込み、その物と同色の物では体に傷一つつかない。

さらには、そのルールに逆らい自らに触れ続けた同色のものを支配することができる。

今、左コブに保存されているのは桃色。女の子だけを食らい続け、その着物を蓄えていたからだ。

よって、桃色の日輪刀ではダメージを与えることは一切できず、それでも攻撃を繰り返した蜜璃の桃色の日輪刀は、支配されてしまい、鬼に吸収されてしまったのだ。

 

そんな詳細な能力までは分からなくとも、感覚的にどういうことが起きたのかを悟った蜜璃の行動は早かった。禰豆子の手をひっ掴むと、そのまま背を向けて山を駆けたのだ。こうして話は戦いの冒頭に戻るわけである。

 

「何あれ!?何あの鬼!?刀取られちゃった!?どうしよう!もう、どうしよう!ねぇ、禰豆子ちゃん!?禰豆子ちゃああん!!」

 

「蜜璃さん!ちょっと待って!本当に待って!きゃぁあああ!!」

 

頚を日輪刀で完全に切断しなければ鬼は殺せない。蜜璃にどれだけの怪力があろうとも、日輪刀が無くては、日光に晒す以外に鬼を殺す方法は無く、まだまだ夜明けまでは時間がある。

蜜璃の逃げる、という判断は正しいだろう。この時点で既に、蜜璃は敵の攻撃無効化の条件が色であることを察していた。蜜璃の奪われてしまった日輪刀も、禰豆子の日輪刀も、桃色の範疇に収まる色、鬼を殺す手段が無いのだ。深追いするよりも、逃げてこの情報を伝え、複数種類の呼吸の使い手でチームを組み、討伐するのが最善。

その蜜璃の逃走を止めたのは禰豆子だった。禰豆子の懇願で停止した蜜璃は、そこで始めて青白い顔で目をグルグルに回している禰豆子に気がついた。

 

「わわわ!?禰豆子ちゃんごめんねぇ!?」

 

やっと地に足が着いた禰豆子はそのまま、ふらふらと座り込む。まだ頭はグラグラしていて、逆流してきそうな桜餅を無理矢理に耐える。気分は最悪で、地面だろうとなんだろうと、このまま寝そべってしまいたかったが、今はそんな状況ではない。

禰豆子は覚束ない手先で、何とか腰に挿していた刀を鞘事、蜜璃に手渡した。

 

「ね、禰豆子ちゃんこれは!?」

 

鞘から抜けば、そこには美しい水色の刀身。最初に持った持ち主の適正によって刃の色が変わる日輪刀、水色は水の呼吸に適正を持つ者に出る色。

 

「予備で常に一本持ってるんです。これは元々私のではないので刀身は水色ですよ」

 

「禰豆子ちゃん大好き!!」

 

抱きつく蜜璃に、今は出そうだから勘弁して欲しいと思いつつ、最早口を開くのも難しい。

 

禰豆子は常に二本の日輪刀を帯刀している。普段使用している淡い薄紅色の日輪刀と、もう一本――鱗滝左近次の元で修行をしていた時に炭治郎が使っていた日輪刀だ。

 

ずっと見ていた。炭治郎が鬼になってから2ヶ月間、その刀が炭治郎によって振られるのを、ただ塞ぎ込んで見ていただけだった。

禰豆子は、炭治郎が去った後、始めてその刀の重さを知った。鋭さを知った。脆さを知った。

鬼になったからといって、ただ力が強くなったからといって、この刀で岩を斬るなど到底無理に思えた。

 

『その日輪刀は自害させるために渡したものだ。自我はあっても、すぐに人を喰いたくなる。自制できなくなったら死ねとその日輪刀を渡した』

 

それだけではない。育手である鱗滝左近次が自我を保っている炭治郎を前にしても、そう判断したように、鬼の血を、性質を、ただその精神を持って抑え込むなど無理なのだ。今までの誰にも出来なかったことなのだ。

 

炭治郎はただ岩を斬ったのではなく、鬼舞辻無惨の血にすらその強靭な精神力と、誰も傷つけたくないという優しさで、打ち勝ったのだ。

ただの一度も禰豆子を傷つけることはしなかった。禰豆子の前ではずっと兄でいてくれた。

 

兄は凄い。凄く強い。

どれだけ修行しても、どんな技を身に付けても、追い付ける気がしない。

 

それは鬼としての強さではなく、竈門炭治郎が持つ人間としての強さ。

大きな篭にいっぱいの炭を詰めて、手を振りながら山を下りていく、兄の強さには。

 

少しだけそんな力を貸して欲しかった。鬼と対峙する勇気が欲しかった。

 

家族を殺されたあの日の夜のことを、今でも夢に見る。泣き叫ぶ弟と妹、最期まで守ろうとしてくれた母、何の感情も感じられない鬼舞辻無惨。

震える夜も、涙が溢れそうな夜も、兄の姿を思い出せば耐えられた。

笑いかけ、頭を撫で、食べず、眠らず。ただ優しく、ただ剣を振り、ただ強い。

鬼になっても何も変わらず接してくれた、兄。

 

私はその妹なんだ。出来る、頑張れ、頑張れ禰豆子!そう自分を奮い立たせることで、禰豆子は初めて鬼と対峙できるのだ。炭治郎の日輪刀は、そのためのお守りだった。

 

「よーし、あの鬼、散々やってくれて、許さないんだから!」

 

気合い十分の蜜璃は、数十メートル先に、鬼の姿を捉えた。桃色の蒸気がその体から排出されており、夜の闇の中でもその居場所は分かりやすい。

 

「え、その構え……」

 

「ふふ、私の恋はね――」

 

蜜璃の元で修行をしていた禰豆子には分かる。構えた型は恋の呼吸ではない。抜刀した刀を構え、地が沈むほどに力を込めると、蜜璃は飛び出した。

 

――【炎の呼吸(・・・・)・壱ノ型 不知火】

 

禰豆子の目を持ってしても捉えきれない程の高速、炎の残像だけを残して蜜璃の姿が消える。

 

「――燃えるんだから!」

 

超高速の突撃は、鬼まで直線にただ真っ直ぐ、炎の渦を生み出し、邪魔をする木々を抉り取って、突っ込んでいく。

轟音と共に、鬼の懐に現れた蜜璃が放つのは、木々すら粉砕する超高速の突進、その全てが乗せられた熱く滾る恋の情熱。

防御しようと顔の前で閉じられた丸太のような太い腕も、その頚も、紙切れのように吹き飛ばし、蜜璃は消滅していく鬼のコブから吹き出した、着物や、髪飾りが降る中で、天より降ってきた、自らの愛刀を掴むと、遥か先の禰豆子に、どうだ!と言わんばかりにそれを掲げて、その豊満な胸を張った。

 

「私、蜜璃さんのこと初めて格好いいと思いました」

 

「えへへ……え!?」

 

木に体を預けて座り込むまだ本調子ではない、禰豆子の元へ、蜜璃がドヤ顔で帰ってくると、最初に言われたのがそれだった。

褒められた、と照れるのも数瞬、すぐにその言葉の意味を悟ってショックを受けたような顔をする蜜璃に、禰豆子は続ける。

 

「それにしてもあの鬼、桃色ばかり溜め込んで、蜜璃さんみたいでしたね」

 

「禰豆子ちゃん、もしかして怒ってるぅ!?ねぇ、怒ってるのかしら!?」

 

顔は笑顔なのに、明らかに怒っている。まるでしのぶちゃんみたい!と蜜璃はガクガク震えながら禰豆子にすがった。桜餅を食べていた時、普通だと言ってくれたじゃない、と情けない顔も追加だ。

 

「いえ、別にバカみたいな力で振り回されて怖かった、とか、柱のあんな情けない姿見たくなかった、とか思ってませんよ、本当ですよ、桜餅柱の蜜璃さん」

 

「禰豆子ちゃんが伊黒さんみたいになってる!?」

 

やっぱり禰豆子ちゃんも食べ過ぎだって思っていたのね、そうなのね、と涙目になる蜜璃。そのネチネチとした言い回しは、正しく小芭内のそれであり、またも本人の知らぬ所で勝手に好感度が下がっていく。

 

「止めてくださいよ、私が凄く性格ねじ曲がってるみたいじゃないですか」

 

「禰豆子ちゃん伊黒さんのことそんな風に思ってたのね!?伊黒さん可哀想!」

 

いや、私より蜜璃さんの方がずっと酷いことしてますからね?

そう思った禰豆子は、文通が返ってこなくなって久しい蜜璃からの手紙を、毎日一日千秋の想いで待っている姿を思い出して逸そ哀れにすらなった。蜜璃さんには後で小芭内さんに手紙の返事を出すように言っておこう。そう決めた禰豆子だったがその優先順位は相当に低かった様で。

 

「さあ、大分調子も良くなってきたので、宿に行きましょうか。早く湯浴みしたいです」

 

「そうね、一緒に洗いっこしましょうね!」

 

「あ、それは良いです」

 

「どうしてぇええ!?」

 

戦いを終えた二人は女子らしく賑やかに、涙目の蜜璃と、なんだか蜜璃の反応が楽しくなってきてしまった禰豆子とで、村へと帰る。宿について、湯浴みをする頃には、もう小芭内のことはなにもかも忘れていた。

 

次の日も、その次の日も、小芭内の元に手紙が届くことはなかったのである。




コンセプトとして、甘露寺邸の使用人の話とか想像も交えつつ、竈門兄妹以外も原作ではやらないであろうことをさせていきたいな、と思っています。

では、次話もよろしくお願いします。






大正コソコソおまけ話

――宿のお風呂にて――

(゜-゜)アレ? 禰豆子「そういえば、散々やってくれてって、向こうは何もしてませんよね?蜜璃さんが攻撃して、勝手に日輪刀奪われただけじゃ」

(;つД`)桜餅柱「禰豆子ちゃん、もういじめないで!?」

( ・∇・) 禰豆子「なんだかたのしくて、つい」

( ; ゜Д゜)アワワ 桜餅柱「禰豆子ちゃんが、新しい何かに目覚めてるぅ!?」


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3話 伊黒小芭内

「帰ったらすぐに甘露寺の元へ向かうんだぞ。いいな」

 

『蛇柱』伊黒小芭内は、飴細工職人が、ゴルフボール程に丸められた熱々の飴から、器用に鳥の形を作り出していくのを眺めつつ、竈門禰豆子に言った。

 

透明感は残しつつ、練られ、空気を含んだことで白くなった飴を、さらに空気を吹いて膨らませ、握りばさみでつまみ、伸ばし、切って鳥の形へと変化させていく様は面白く、美しいのだが、それを眺めているのが相棒である蛇こそ巻いていないものの、左目が青緑、右目が黄の特徴的な瞳に、口許をグルグルと巻いた包帯で隠した怪しさ満点の男なのだから何とも言えない。

心なしかキラキラとした目を向けていて、全く視線を逸らそうとせず、職人の一挙手一投足を見逃すまいと真剣だ。

 

その真剣な顔のまま出た言葉に、禰豆子は呆れてしまいそうになる。

 

「一緒に来ますか?」

 

「いや、それを甘露寺は望んではいないだろう」

 

なんだこいつ。思わず禰豆子は素でそう思ってしまったが、声に出すことはなかった。ネチネチどころがジメジメしてるな、とか、そんなことは勿論思いもしていないわけだが。

 

「でも文通、返ってきたんですよね?」

 

「ああ、楽しそうで何よりだった」

 

こんな調子で二人が一体どんな文通をしているのか気になった禰豆子だったが、人の手紙を盗み見る趣味はない。二人には二人にしか分からないやりとりがあるのだろう。

こんなにも蜜璃を意識しているというのに、積極性があまり無く、文通だけで満足している節すらある小芭内と、誰にでもキュンキュンしていて、チョロい様に思えて、鈍感で幼いところのある蜜璃では、一生進まなそうだな、と思いつつ、この二人にはそれくらいで丁度良いのかもしれないとも思う。

禰豆子は、年下なのに何故か見守るようなポジションで二人のことを考えていた。

 

「何か土産を買っていかなくてはな」

 

小芭内は出来上がった飴を禰豆子に渡すと、周囲の店を見渡して唸っている。蜜璃の好物は桜餅であるが、最近は西洋菓子にもハマっていることを小芭内は知っていた。西洋菓子はこうして都会にまで出向かなくては中々買えるものではない。とはいえ、甘露寺邸の料理人は並ではなく、西洋菓子もいくつか作れる程だ。

小芭内はそんな環境にある甘露寺が食べたことがないものを禰豆子に土産として持って行かせたい、と自らハードルを上げて、店を探していた。

 

「蜜璃さんは養蜂していますから、蜂蜜に合いそうなものが良いんじゃないですか?」

 

禰豆子と小芭内は発展した町を二人並んで歩く。

小芭内の格好は中々に目立っていたが、蛇を服の中へ隠しているだけマシだろう。禰豆子も街中では恥ずかしいので、いつも羽織っている桃色の着物をしっかり締めて胸元を隠していた。

禰豆子自身気がついていないが、かなり容姿や格好が派手な者が多い柱と並んで歩き過ぎたため、注目されることに馴れてしまっている。今も多少チラチラと注がれる視線はすっかり無視出来ていた。

 

禰豆子は蜜璃との捜索を終えた後、それぞれ二人の柱とも炭治郎探索を行った。

『風柱』不死川実弥と、『音柱』宇髄天元である。全身傷だらけな上に鬼より目付きが悪い男と、派手が服を着て躍り狂っているような男だ。その隣にいれば嫌でも注目に馴れるだろう。そもそも、禰豆子が良く行動を共にしている蜜璃が柱の中で最も奇抜で目立つわけだが。あの派手髪で大量の食事を食らっている姿は一度見たら忘れられないインパクトだろう。

 

「養蜂をしているからこそ、そういうものは食べ馴れているだろう。それなのに、差し入れしてみろ。俺は、甘露寺がその食べ物を知らないのではないか、と侮っていたと思われる」

 

怒濤の勢いでネガティブを垂れ流す小芭内に、ドン引いてしまいそうになった禰豆子だが、それだけ蜜璃のために真剣に選んでいるのだと解釈することにした。

小芭内は蜜璃とは違い、それなりに指導力のある柱だ。理不尽な面もあるが、蜜璃に嫌われたくない小芭内は、禰豆子を丁重に扱い、技を教えた。水の呼吸の使い手である禰豆子には、その派生である蛇の呼吸の技は相性が良い。禰豆子自身、小芭内の指導で自らの技が一段も二段も強くなったのを感じている。

師匠としては蜜璃よりも尊敬しているくらいなのだが、どうもそういう一面よりも、へたれな一面を見せられることが多い。

素直に尊敬させてくれる柱はいないのか、と禰豆子はため息を吐いた。何やら豊満なものを揺らしながら、桃色の塊が自らを指して騒いでいる姿を幻視したが、無視する。

 

「だが、養蜂をしていることを知っていながらそれを考慮しないのも配慮にかけているとは思われないだろうか」

 

「私、小芭内さんの中の蜜璃さん嫌いです」

 

ネチネチした人間が想定する人間もまた、ネチネチし出すらしい、とそんな発見をして、憂鬱な気持ちになった。とはいえ、禰豆子としてはこんな小芭内は許せる範囲だ。

『風柱』不死川実弥は捜索中ずっとイライラしていて気まずかったし、『音柱』宇髄天元は三人もいるという妻との惚気話を延々とされ辛かった。その点、小芭内は、無駄なことは話さないし、ある程度の常識もある。こうして、ネチネチうじうじと蜜璃のことをそれとなく相談してくるのが多少うざかったものの、年中横で舌打ちしたり、夫婦の情事まで話しだそうとするド派手セクハラよりはずっとマシだったからだ。

 

禰豆子と小芭内の二人は、炭治郎の目撃情報のあったこの街の付近を3日間探索し続けたものの、炭治郎どころがその手がかりになるようなものすら見つけられず、帰宅を決めた所だった。都会ということもあり、蜜璃も行きたがったのだが、本来、柱というのは忙しい立場。仕事が立て込んでおり泣く泣く諦めた。

そういう経緯があり、またも蜜璃から妬まれ気味の小芭内はお土産で気を引こうと必死なのである。

 

「……桜餅にしよう」

 

「うわ……」

 

悩みに悩んだ小芭内が選んだのは、結局『安全牌』だった。この男、今まで悩んでいた時間を一瞬にして無にした。もうすっかり日も落ちて暗くなるまで悩んだ末に出した答えが桜餅。蜜璃への土産としては誰もが最初に思い付くそれを悩みに悩んで選ぶとは、流石の禰豆子も呆れ果てていた。

田舎の菓子屋ならもうとっくに閉まっている時間だが、都会は夜でも明るく、まだまだ店々も賑わっている。その店々を見て、今度はどの店で桜餅を買うか、を悩み始めた。うんうん唸っている小芭内に、もう勝手にやってくれ、と禰豆子は座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雑踏の中、一組の男女が二人の様子を見ていた。

黒髪を後ろで纏めて、上品に着物を着こなした美人と、書生のような恰好をしたつり目の少年だ。

 

「これ以上近づけばいくら俺の術があっても悟られますね。隣の男、相当な手練れだ」

 

「ええ、今回は禰豆子さんの様子を見れたことで良しとしましょうか」

 

「よろしいのですか?それ(・・)を渡さなくて」

 

少年は女性が持っている木箱に視線を向けて首を傾げたが、女性は頷く。

 

「こればかりは直接渡さなくてはなりませんからね……また機会はあるでしょう。すぐに必要となるものでもありませんし……それに、もう一つの目的は果たしました」

 

妖艶に笑う女性に、少年はただ見入っていた。話の半分ももしかしたら理解していないかもしれない。彼にとって大切なのは、彼女と二人の時間で、彼は彼女がやりたいことに付き合っているだけでしかないのだから。

 

「珠世様……美しい」

 

少年の反応を気にすることなく、女性は禰豆子を見詰めた。

 

「彼女の力も何れ必要になるのかも知れませんね……出来ればそうあって欲しくないものですが」

 

憂いを帯びた表情で呟く女性に、少年は称賛の声を上げることも忘れ、浸った。染み渡るような美しさは、彼の語彙力では表現できない神秘。彼にとっては、やはりその表情に含まれる禰豆子への感傷や、ここにはいない一人の少年(・・・・・)への申し訳なさは、どうでも良いことであった。

 

「愈史郎、行きますよ」

 

「はい!」

 

二人は禰豆子と小芭内に背を向けて、人混みに呑まれるようにして消えていく。それと同時に、一人の男が禰豆子の元へと駆けていった。戸惑う禰豆子に男が押し付けているのは古びた書物。

 

その表紙は薄汚れ、文字も掠れていたが、辛うじて読めた最初の一文にはこう書かれていた。

 

――この呼吸は日の呼吸を越える呼吸である、と。

 

 

 

 

 

禰豆子と小芭内が蜜璃へのお土産選びで苦心していた、その日の夜。この時期には珍しく、冷えた寒い夜で、辺りにはうっすらと霧。そんな息をする度に喉まで冷えるような霧の中、『風柱』不死川実弥は目の前の男に問いかける。

 

「テメェが竈門炭治郎か」

 

緑と黒の格子柄が描かれた着物に、灼熱のような赤銅色の長い髪を乱雑に後頭部で縛り、顔を炎のような模様の入った狐の面で隠した男。

顔が隠れていたにもかかわらず、実弥がその男を炭治郎であると断定したのは、その左耳に日輪が描かれた花札のような独特の耳飾りが揺れていたからだ。

 

実弥の問いかけに面を外した男は、その髪と同色の赤みがかった瞳を向ける。その額には大きな火傷のような傷。禰豆子より通達されている兄の特徴と一致していた。

背丈が聞いていたよりもずっと高く、対峙している実弥より高いが、禰豆子が炭治郎と別れてから二年が経ち、また、鬼にとって肉体の改変はお手のもの。自らの体を大きくも小さくも自由自在なのだ。気にすることでもない。

 

面を外しただけで、特に何も言わない炭治郎に、実弥は舌打ちをして、気に入らねぇ、と呟いた。

 

「お館様はてめぇを仲間にしてェみたいだが、俺は違う。鬼は滅する、これが絶対だ。お館様でも、これは覆せねェ」

 

実弥の瞳に宿るのは憎悪、嫌悪、憤怒。炭治郎の鼻はそれらを嗅ぎ分ける。匂いからその人の感情まで読み取ってしまうのは、炭治郎が人間であった時からの能力だった。

実弥の感情から、炭治郎の話には聞く耳を持たないだろうと思ったが、対話を早々に諦めてしまっては理性なき鬼と同じ。炭治郎はあくまで対話をする姿勢を見せていた。

 

「だがな、鬼舞辻無惨の居場所は教えろ――俺が殺す」

 

攻撃的な笑みを浮かべて、実弥は告げる。それは戯れ言でも何でもなく、覚悟だった。彼から何もかもを奪い去った鬼舞辻無惨を殺し、ただ一つ残った大切なもの()だけは守るために。

奇しくもこの二人の行動原理は同じだった。

何もかもを奪われた復讐と、それを上回る大切な者を守りたいという愛。それを原動力に鬼を狩る。

 

「教えられない」

 

「あ?」

 

「貴方からは優しい匂いがする。だから教えられない――」

 

きっぱり断った炭治郎に、不機嫌そうな血走った瞳で睨みをきかせている実弥。炭治郎は、優しげな笑みを浮かべて、言う。

 

「――命を大切にして欲しい」

 

ブチブチと、何かが切れる音。

 

「てめぇ、俺を馬鹿にしてんなァ?ァア?」

 

命を大切にしろ、ということはつまり、鬼舞辻無惨を相手にすれば実弥は死ぬと、お前は弱いから教えないと、そう言っているようなものなのだから。

 

「馬鹿にはしてない。貴方は強い。強いけど命は一つしかない」

 

命は一つ。

当たり前のこと、しかしそれは鬼にとっては当たり前ではない。人間が死ぬような怪我でも、鬼は死なない。人間よりも高い身体能力と、特殊な能力を持つというのに、その体は不死なのだ。鬼殺隊はそんな理不尽な条件で、鬼の頚を日輪刀で斬るという、一つの勝利条件だけで、戦い、鬼を狩らなくてはならない。どんなに強くとも、一度でも大怪我をすれば、それで死ぬ。

 

「上弦の鬼ですら、その力は絶大なんだ」

 

十二鬼月。

鬼舞辻無惨が選別した直属の配下。『上弦』の六鬼と『下弦』の六鬼に分かれており、その中でも別格の強さを誇るのが『上弦』の鬼だ。その他大勢の鬼とは違う、天災のような脅威。

 

「鬼の言葉には耳を貸さねぇ。だからよォ――」

 

上弦の鬼と遭遇したことのない実弥には、どれだけ言われたところで臆することなどありはしない。人から伝え聞いた言葉で自分の価値観を変えたりはしない。

 

鬼なら殺し、人なら守る。

 

鬼が強かろうが、弱かろうが、やることはシンプルで、それが全て。

 

それでも阻むというのなら、お前では死ぬだけだというのなら――ただ斬って証明するだけ。

 

『風柱』不死川実弥の強さを。

 

 

「見せてくれよ!その上弦様とやり合ったっていうテメェの力をよォオオオ!!」

 

 

――【風の呼吸・壱ノ型 塵旋風・削ぎ】

 

刀を抜くのと、凄まじい勢いで飛び出したのは同時。

自らが風の刃となり、螺旋状に地面を抉りながら突進していく。

その攻撃を前にして炭治郎はただ左手を前に出す。――掌に、禍々しい緑の瞳。その瞳が瞬きをすると、一直線に炭治郎へ向かっていたはずの実弥が、不自然に方向を変える。それは自らの意思でなく、体が引っ張られるように、力が加わったためだった。

 

「小賢しいんだよォ!」

 

自らの攻撃が、何らかの血鬼術で邪魔されていることを悟った実弥の行動は早かった。

攻撃を邪魔する血鬼術は、相手の体を操作する類いのものではなく、力の方向性を制御する能力。一瞬にしてそれを読み取った実弥は、感覚から能力によって与えられている力の強制力を、それを上回る回転を持ってして巻き取りながら、台風のようになって、再び炭治郎に向かっていく。

むしろ威力を向上して再び迫る攻撃に、しかし炭治郎は焦った様子すら見せない。

 

左手の瞳が瞬きをすると、今度は炭治郎が不自然に飛び上がった。一切の予備動作無く、宙に逃げた炭治郎に、実弥は勢いをそのままに上体を反らし、刀を振りかぶる。

 

「逃がすかァ!」

 

――【風の呼吸・肆ノ型 昇上砂塵嵐】

 

舞い上がる砂塵のように、土砂を巻き込みながら斬撃は空を突かんばかりの勢いで飛んでいく。炭治郎は着物をはためかせながら空中で回転し、その斬撃をよけつつ、左手の能力で自らの方向を制御し、地上へ勢いよく降りる。既に攻撃態勢に入っている実弥を前に、炭治郎は膝を付いたまま動かない。

 

痛みで動けないのではない。鬼の身体能力と、力のベクトルをコントロールする血鬼術によって着地によるダメージはない。炭治郎がそこを動かなかったのは、その必要がなかったからだ。

トプンッと、水が滴るような音と共に地面へ現れたのは黒い沼。炭治郎の体がそこへ吸い込まれていく。

 

「ゴラァアアア!!」

 

 

――【風の呼吸・弐ノ型 爪々・科戸風】

 

一振りで四つの斬撃が飛び出し、地面を削りながら炭治郎へ向かう。沼に沈みながら炭治郎は左手を向け、斬撃のベクトルを変えるため、その掌の瞳が閉じられ――

 

「読んでんだよォ、クソ野郎がァ!」

 

――瞳は左手に一つだけ。発動の条件は瞬き。つまりは、その瞳が閉じられた瞬間、炭治郎はベクトル操作の血鬼術を使えない。それをこの短時間で看破していた実弥は、次の技を放つ。

 

――【風の呼吸・捌ノ型 初烈風斬り】

 

一迅の風を残して消えた実弥が、半身だけが沼から出たままの炭治郎の前に現れ、荒れ狂う風の斬撃を叩き込む。その余りの勢いに周囲の木々が斬り裂かれる中、実弥は舌打ちをしながら振り返った。

 

「直前で逸らしやがったかァ、そこそこ刀も使えやがるゥ」

 

実弥の視線の先に、右耳と左腕を失ったものの、しっかりと両足で立ち、鞘から放たれた刀を、右手で逆手に持っている炭治郎がいた。

頚を狙って放たれた【風の呼吸・捌ノ型 初烈風斬り】を、炭治郎は左腕で頚を守り、襲う斬撃をその刀で相殺したのだ。

 

「俺の強さが分かっただろうがァ」

 

「俺は治る」

 

挑発するように実弥が言えば、炭治郎は呟くように返すと、既に再生した左腕で、耳飾りを触る。その平然とした態度が、また実弥をイラつかせる。

 

「なら、分かるまで斬り刻んでやらァ!」

 

「――もう、止めた方が良い」

 

臨戦態勢のままの実弥を前にしながら、炭治郎は刀を納め、忠告した。

どこまでも舐めたやつだ、と沸騰しそうな怒りを全て刀に込め、実弥が技を繰り出そうと構え――

 

「――ガッ!?んだ……とッ」

 

――口から大量の血を吐き出して、膝を着く。刀は構えたまま、目線は炭治郎から逸らさず、それでも膝を着いてしまった。

 

「クソがァ……罠張ってやがったのかァ」

 

周囲を薄い霧が覆っていた。この霧は最初からあって、今日は冷える夜で、だから実弥は考慮していなかったが、この霧が全ての原因であることを察する。

 

――こいつを吸い込むと肺がやられるッ

 

実弥は、少しでも吸い込むのを止めようと、口許を押さえて炭治郎を睨む。

 

「暫く全集中の呼吸を使わなければ大丈夫。貴方ならそれでもう動けるようになるはずです」

 

技を使い、全集中の呼吸を使えば、それだけ空気を吸う。実弥は既に四度、技を放っていた。その肺には、炭治郎によって生み出された血の冷たい霧がたっぷり吸い込まれている。

 

「テメェ、何故手加減しやがるッッ!その気がありゃ、俺を殺せたはずだァア!」

 

実弥は無理矢理に立ち上がり叫んだ。それだけ多様な血鬼術と、実弥の剣撃ですら防いだ剣術があれば、こんな防戦一方の戦い方をする必要はなかったはずだ。それは明確な手加減、弱者を見下すようなその態度が気に食わなかった。

 

「俺は人間は殺さない」

 

その真っ赤な瞳に明確な意思。その覚悟は実弥を黙らせる。あの目は、何もかもを自分が背負うと、そう決めて突き進んでいる男の目だと、分かったからだ。

 

「鬼舞辻無惨は俺が殺します。必ず殺します――だけど一人じゃ全部は救えない」

 

覚悟が込められていた瞳を悲しみに染め、炭治郎はどこか遠くを見ていた。この二年間で炭治郎が何もかもを救えたわけじゃない。きっと今も、どこかで救えなかった命が失われているのだろう。鬼と人、元は同じなのに互いに殺し合う、それが酷く悲しくて、だから無惨を許せない。悲しみの分だけ、炭治郎の覚悟は堅く、鋭くなっていく。

 

「だから死なないで下さい。貴方ならもっと多くの人を救える」

 

炭治郎の鼻は、実弥の血が稀血であることを看破している。

鬼に幾度も狙われてきたのだろう。それでも立ち上がり、生き残ってきた。

酷く強い男で、寂しい男だと思った。大切なもの程遠ざけて、自分は傷ついて、誰かのためだけに刀を振るっている。

鬼殺隊の人はそういう人ばかりだと、炭治郎は思う。

 

何かを、誰か大切な人を失い、悲しみも辛さも知っていて、鬼の恐怖を理解していて、それでも立ち向かえる強い人達。

 

心からの尊敬と、心強さ。

 

「じゃあ、俺は行きます。体が冷えてますから、風邪をひかないように今夜は布団を被って寝てください」

 

炭治郎は、かなりズレたことを真剣な顔で言いながら、その場を走り去っていった。

呼吸もまともに使えないのでは、とても追い付けない速度だ。それが分かっていても、血反吐を吐いてでも追いかけるのが実弥だが、もう彼に戦う意思はなかったのだ。

 

その理由を彼は語らないだろう。次に会えば、また戦おうとするだろう。それでも今日は、この夜は、あの瞳が実弥の足を止めさせた。

実弥はらしくない、と感じながらも刀を鞘に納めて炭治郎が去っていった方向をただ眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――しかし、どういうことだァ?あいつの刀ァ、鬼狩りのくせに、日輪刀じゃねェ」

 

実弥の呟きは、誰の耳に入ることなく、夜の闇に溶けて消えた。




大正コソコソおまけ話


(ー_ー;)ンー 小芭内「本当にこの店の桜餅で良かったのか……他の店の方が甘露寺は旨いと思うかもしれない。やはり向こうも買って――」

(#`Д´)ノプンプン 禰豆子「小芭内さん、そろそろ私怒りますからね!?そうウジウジしてるから蜜璃さんに八つ当たりで無視されるんじゃないですかね!」


小芭内はまだ悩んでいた。そして弟子から怒られて、しょげていた。結構本気で傷ついていた。







(`Д´) 実弥「……チッ」


実弥は、しっかり布団を被って寝た。二枚重ねて寝た。


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4話 胡蝶しのぶ

今話はやりたいようにやった。反省はしていない。


初めて素直に尊敬できる柱かもしれない。

 

禰豆子は、自身が継子となる予定の柱、『蟲柱』胡蝶しのぶを前にして安心し、憧れすら抱いていた。

素早く惚れ惚れするような剣技。広く深い医療の知識を持つ研究熱心な才女。天女もかくやという常に微笑みを浮かべた美貌。

 

その全てが尊敬に値する目指すべき柱の姿に思えた。またも脳内で桃色の塊が胸を張って自己主張を繰り返しているが、それは放り捨てる。

 

「禰豆子さん。来て頂いて早々、申し訳ないのですが、暫く研究で籠りっきりになってしまうので」

 

「はい、分かりました。丁度、そろそろ蜜璃さんのところへ行かないとまずい時期だったので、そっちへ行ってきます」

 

最後に甘露寺邸を訪れたのは二週間以上前になる。小芭内との探索を終えた後に訪れたのが最後で、その後は一人での任務をこなしていた。柱とばかり旅をしていると、実践経験がどうしても足りなくなる。柱達も忙しく、常に誰かが炭治郎探索に出れるわけでもないため、禰豆子はその時間で、着実に実践経験を積んでいった。

 

そうして分かるのは、やはり自分では水の呼吸を極められはしないだろう、ということ。

 

【水の呼吸・拾壱ノ型 凪】。

冨岡義勇が編み出したその独自の技を修得し、恋の呼吸、蛇の呼吸、と独自性の強い呼吸を間近で体感したことで、その想いは日に日に強くなっていた。

 

見えそうで見えない、進むべき道。

 

迷いの中にあった禰豆子は、ついに自らの日輪刀が示したと思われる適正、花の呼吸の元使い手『蟲柱』胡蝶しのぶの元を訪れることになったのである。

次に炭治郎探索に出るまでの間は、ここでしのぶの継子にして、花の呼吸の使い手でもある栗花落カナヲと共に、修練に励むこととなったのだ。

 

とはいえ、やはり忙しいのが柱という職業。それに加えてしのぶは、藤の花から特殊な毒を精製したりと研究面でも大いに鬼殺隊に貢献しており、そちらも忙しい。禰豆子が来た初日である今日、技を見せてもらい、指導にあたってもらったものの、それもどうにか捻出した時間だった様でとても慌ただしかった。

禰豆子が正式な継子となれていないのも、最近のしのぶの多忙さ故であり、炭治郎捜索の任務を考えると、そうなれるのは随分と先のことのように思えた。

 

「全くあの人は。嫌なら嫌と突っぱねてしまって良いのですよ?」

 

呆れたように言うしのぶに、禰豆子は微笑んで返した。

禰豆子も蜜璃と文通を始めており、今朝届いた蜜璃からの手紙には、次はいつ来るのか、とそればかりで呆れるくらい露骨な催促の手紙だった。あまり放置しておくと、突撃してくるのが目に見えているので、その前に出向いた方が楽だ。それに――

 

「良いんです。蜜璃さんのそういうところ、実は私、嫌いじゃないですから」

 

普段は表にも出さないが、禰豆子だって蜜璃を慕っているのだ。会えれば嬉しいし、安心するし、一緒にいられれば幸せ。

尊敬とはまた違うが、姉のようにも、妹のようにも思っている。甘露寺邸へ行く度に、おかえり!と嬉しそうに迎えてくれる蜜璃が、禰豆子にとって大きな存在であることは間違いなかった。兄以外の全ての家族を失った禰豆子にとって、蜜璃はもう帰る場所になりつつあったのだ。――柱として尊敬されたい蜜璃としては、やや複雑かもしれないが。

 

 

 

 

「禰豆子ちゃん!待ってたのよ!」

 

甘露寺邸に到着すると、飛んで来た蜜璃が禰豆子を抱き締め、頭をヨシヨシして、手を引っ張って中へ連れていく。慌ただしくて、激しい歓迎は、師弟関係が終わり、甘露寺邸を離れてからというもの、何度訪れても収まる気配はない。それが少々煩わしくもあり、それ以上に嬉しい。禰豆子はもう、人懐っこく、蕩けた様に笑う蜜璃の笑顔に、帰ってきたんだ、と感じられるようになっていた。

 

「丁度取れたての蜂蜜が沢山あるの!巣蜜をねぇ、パンケーキにのっけて食べると超絶美味しいのよ~!バターもたっぷり塗って!紅茶も用意して!」

 

手をぶんぶん振りながら禰豆子を連れて歩く蜜璃。すれ違った使用人達は、皆一様に、禰豆子へ、おかえり、と声をかける。

 

昼食は蜜璃の宣言通り、パンケーキだった。何段にも積み重なったそれは、座った禰豆子の頭程の高さがある。巣蜜と共にたっぷりの蜂蜜とバター。その隣には付け合わせのように切って盛られたフルーツ。

ここでの食事に慣れている禰豆子は、洋食も食べ慣れているし、ナイフやフォークも使えるが、これはどう食べたら良いのか困惑してしまう程のサイズ感だ。

 

「しのぶちゃんのところはどう?やっぱり帰ってくる?帰ってきちゃう?」

 

「まだ一日しか行ってませんから」

 

ぐいぐい迫ってくる蜜璃に、禰豆子は苦笑い。小芭内のところへ行ったときも、こんな風に迫られたことがもう懐かしく感じる。蜜璃はまだ禰豆子を継子にすることを諦めてはいないようだが、禰豆子としては恋の呼吸を引き継ぐ、という意味での継子としては、自分では務まらないと理解していた。

禰豆子の様子に、蜜璃は今回は引くことにしたのか、話題をしのぶについてに変えてきた。

 

「指導は凄く分かりやすいですし。いつも笑ってて、優しくて。適切な医療技術を周知したりもしていますし、とても立派な方だと思いました」

 

蜜璃は、しのぶばかり褒められるのが気に入らないのか、むっと頬を膨らませていたが、はっとしてキラキラとした目を禰豆子へ向けた。

 

「禰豆子ちゃん、私もいつも笑ってるわよ?」

 

ニコニコ、キラキラ、と笑みを浮かべて自分を指す蜜璃に、禰豆子もまた、満面の笑みを浮かべた。

 

「しのぶさんの笑みは大人っぽいけど、蜜璃さんは……うん、私は素敵だと思いますよ」

 

「なんで濁すのぉ!?」

 

パンケーキ美味しいですね、と露骨に話を逸らす禰豆子。蜜璃の笑顔が素敵だと思っているのは本当ではあるが、どこか子供っぽいのも、また事実。

少しの間、拗ねていた蜜璃ではあるが、美味しいものを食べればコロッとご機嫌になる。パンケーキを半分ほど食べ終わる頃にはもうすっかり元通りだ。

 

「炭治郎君の探索、次は誰と一緒に行くの?」

 

柱には担当区域があるため、基本的に目撃情報などがあれば、その担当と共に探索をする。特に目撃情報などがなければ、比較的鬼の出現頻度が低くなってきた区域の柱が担当したり、他の柱が区域を広げてカバーし合い担当者を排出したりとしている。

 

「『霞柱』の時透無一郎さん、ですね」

 

「無一郎君!」

 

何故か嬉しそうな反応の蜜璃。他の柱と一緒に行く報告をした時も同じ反応であったため、恐らく誰でもこの反応なのだろう。

 

「無一郎君はね、凄いのよ!刀を握って二ヶ月で柱まで昇格しちゃったんだから!」

 

二ヶ月だなんて、禰豆子はまだ素振りしかしていなかった時期だ。その期間で剣士の頂点たる柱まで昇格するなど、どれだけの才能なのだろうか。戦慄する禰豆子に、蜜璃は大きく切ったパンケーキをフォークに刺しながら続ける。

 

「無一郎君の後は、また私と行きましょうね!炭治郎君、会ってみたいわぁ」

 

柱達は基本的に炭治郎へ良い感情を持っていない。炭治郎の鬼殺隊加入賛成派のしのぶでさえ、炭治郎の能力は評価していても、炭治郎自体への感情は良いものではないだろう。そんな中、禰豆子の兄というだけで、容認している蜜璃は、意外にも禰豆子の支えになっていた。兄を探して良いのだと、共に戦えるのだと、反対されようとも、そう思い続けていられるのは、この笑顔のおかげなのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甘露寺邸で5日程過ごし(本当は3日で帰る予定だった)、中々帰してくれそうにない蜜璃を何とか振り切って蝶屋敷へと帰還した禰豆子。

 

「あれ?」

 

帰って来たことを報告しようと、しのぶの部屋を訪ねたのだが、ノックをしても返事がない。蝶屋敷の誰に訊いても、しのぶはここにいる、というのだから、この部屋にいるのは間違いないのだが、人のいる気配さえない。まだまだ昼間のこの時間に寝ているとも考えにくいが、徹夜をすることも良くある、とも聞いていたこともあり、寝る時間がずれ込んでいる可能性も考えられた。起こすのも悪い、と禰豆子が立ち去ろうとすると、微かに、声のようなものが部屋から聞こえた。

禰豆子の超直感なのか、何となく嫌な予感がして、眠っていたらごめんなさい、と心の中で謝りながらドアをゆっくり開ける。

 

しのぶはやはり部屋にいた。ドアを開けてすぐの床に、ぶっ倒れていた。

 

「し、ししししのぶさん!?」

 

気をつけの姿勢のまま倒れてしまったかのように、顔面から床へピターンと倒れたしのぶがいたのだ。

慌ててひっくり返して、その頭を膝へのせると、苦しそうな表情をしたしのぶが、絞り出すように一言。

 

「んん……お腹が……空きました……」

 

ああ、この人もか。

 

禰豆子は涙目になりながら、しのぶを横抱きに抱えると、部屋から運び出す。異様に軽いしのぶのお腹がぐう~と鳴って、早く早くと催促しているようだった。

 

 

 

 

 

研究に没頭すると、空腹も疲労も寝不足も、全て感じなくなる。それが、ふと研究が一段落して我に返ると、ドッと押し寄せてくるのだ。いつものしのぶなら、自分の肉体のギリギリで作業を止められていたのだが、炭治郎のことで、上弦の弐の話が出てからというものの、研究に熱が入り過ぎていたのだろう。あと少し、あと少し、と時間が徐々に延びていって、それがここまで積み重なり、ついに倒れた。

そこを、たまたま禰豆子が発見し、救出したというわけだ。

 

柱って、誰も彼も人として必要な何かをどこかへ忘れている気がする。

それは犠牲にしたとかそんな格好いいものではなくて、たぶん元来の気質で、そういう人だから柱となれるのかもしれない。

 

禰豆子はそんなことを考えながら、調理場に立っていた。昼食はもうとっくに終わった時間だが、空腹のしのぶに、何か食べ物を与えなくてはならない。

 

慣れた様子で一通り料理の準備を済ませると、食材を見て少しだけ考えて、調理を開始する。

 

まず、一人用の小鍋にご飯と水を入れて1度沸騰させ、すぐに弱火にする。

梅干しの種を丁寧に取り除いて、その果肉を食べやすいように切って、鍋へ。隠し味は蜂蜜。

蜂蜜は体内に取り込まれてから素早くエネルギー源として働き始めて、胃腸に負担も掛からず栄養分となるため、病人食などとの相性は最高だ。

お米と梅の香りを楽しみながら、コトコトと煮ていき、ご飯が柔らかくなったところで火を止める。

そこへお米を煮ながら同時に作っていた昆布ダシを加え、かき混ぜれば完成。

 

「しのぶさん、出来ましたよ」

 

梅と蜂蜜の粥。

しのぶは疲労と寝不足と空腹という、三重苦で苦しんではいるものの、病人ではないが、体調不良であることには間違いなく、丁度、甘露寺邸でお土産として蜂蜜をもらったばかりだったこともあり、即席で考えたメニューだったが、その完成度は高い。

甘露寺邸で仕込まれた禰豆子の料理スキルはどこに嫁へ出しても恥ずかしくはない程に仕上がっており、禰豆子自身の超感覚もあり、新メニューの開発能力は甘露寺邸の料理人達も目を見張る程だ。

 

「お、美味しそう……」

 

仮眠を取っていたしのぶのお腹が可愛らしく鳴った。湯気を立ち上らせた熱々のお粥は、空腹のしのぶには輝いているようにすら見える。

 

「熱いので良く冷ましてから食べてくださいね」

 

禰豆子の忠告通り、ふぅふぅとレンゲで掬ったお粥に息を吹き掛けて、しっかり冷まして口に入れる。淡いお米の甘味と、それを引き立てる梅干しの酸味。昆布だしをベースにしたそれは薄味でありながらも、しっかり味を楽しめる絶妙な味付けで、隠し味の蜂蜜が最後に少しだけ顔を出し、また次を食べようと思わせるようなさっぱりとした甘さが喉を抜ける。

 

「……美味しい」

 

空っぽのお腹に、苦もなく吸い込まれていくお粥は優しく、次々と口に運んで綺麗さっぱり無くなった。見事なまでの完食である。

 

「栄養を取らないとですから、良かったらこれもどうぞ」

 

しのぶが食べ終わったのを見計らったかのように、調理場から出てきた禰豆子の盆の上にあったのは、冷たいグラスに注がれたレモネードと、涼しげな器に盛られたレモンの蜂蜜漬けだった。

 

レモンの蜂蜜漬けも、蜜璃からのお土産で、禰豆子が美味しいと言ったからか、大量に持たされたのだ。蜂蜜にもレモンにも疲労回復効果があるため、今の状況には丁度良い。飲み物として用意したレモネードは禰豆子のお手製だ。お手製、と言ってもレモンの蜂蜜漬けから作ったものである。

レモンの蜂蜜漬けを水に浸して混ぜ、味を整えたものだが、十分に甘く美味しい。

元は同じものなのだからレモンの蜂蜜漬けとレモネードの相性は抜群。

 

爽やかな甘さと酸味は、体に染み渡るようで、全て食べ終わるころには、しのぶはすっかり幸福感で満たされていた。どうにも抜け切らなかった倦怠感が無くなっているくらいだ。

 

すると、途端に睡魔が襲ってきた。このまま眠れば絶対に気持ちいい。甘い睡眠への誘惑。しかし、まだ眠るわけにはいかない。もう少し、あと少しだけ、研究を先に進めたい。常にまとまった時間が取れるわけではない。任務が入ればすぐにでもいかなくてはならないのが柱だ。こうして時間が空いているときに、進めておきたいと思ってしまうことも、倒れる大きな原因の一つなのだろう。

 

「申し訳ありませんでした、何から何まで。このお礼はまた後日しっかりと」

 

「えっ、しのぶさん、研究続ける気ですか?」

 

立ち上がろうとしたしのぶへの、禰豆子の問は笑顔だけで返す。ここまで介護されておいて研究を続けるというのは、罪悪感がないでもないが、やれるときにやっておかなくては、という精神がそれに勝る。

 

「また、倒れますよ?」

 

「大丈夫です、食べたら治りましたから」

 

笑顔のしのぶに、禰豆子はジトッとした目を向けた。常識的に考えて、倒れるほどの疲労と寝不足は、満腹になったからといって治ったりしない。しっかり休んで初めて回復するのだ。医学に詳しいしのぶでなくても、それこそ子供だって分かることだ。

 

「食べてすぐ治るわけないじゃないですか、何日寝ていないんですか」

 

しのぶは笑顔のまま答えない。自分でも何日寝ていないのか分からなくて、冷や汗が流れてきたくらいなのだから答えられるわけもない。

 

「で、では私はこれで――」

 

「――どうしてもじっとしていられないなら……こうですっ」

 

逃げるように立ち去ろうとしたしのぶの手を、掴んで引っ張る禰豆子。

普段のしのぶならいざ知らず、弱りきった今では避けることも出来ず、そのままふらっと倒れてしまう。

 

「はい、大人しく眠ってください」

 

優しく受け止められた先には禰豆子の膝。

そこへ頭を乗せられると、立ち上がる気持ちが無くなって、抗いがたい睡魔が襲ってきた。何かの血鬼術かと思ってしまうくらい、体がふやける。頭を撫でられている。優しくすくような、子供をあやすような……ダメだ、このままでは――

 

 

 

 

 

 

 

『しのぶは本当は甘えん坊さんなのよね~』

 

――風邪で弱っているとき、姉に言われた。その優しい声と、頭を撫でる手とが、どうにも心地よくて、ああ幸せだな、と実感できる一番の時間で。しのぶは何も言わずに、されるがまま、その心地よさに身を預ける。分かっている。これは夢だ。過去の記憶だ。姉はもういない。この手で看取った姉。鬼に殺された姉。

 

『もっと甘えないと駄目。疲れたら休んで、お腹が空いたら食べて、眠くなったら眠るのよ。姉さんは、しのぶの笑った顔が一番好きだなぁ』

 

――パチリッと、突然微睡みから目が覚めた。あらあら~と、姉の緊張感のない声が遠くで聞こえた気がした。

 

「あ、起きました?」

 

目の前にあったのは、当然、姉の顔ではなく、つい最近、しのぶの住む蝶屋敷にやって来た継子となるはずの禰豆子の顔で。

 

急速に顔が熱くなる。全て察した。不幸なことに記憶は全部ある。

自分は少女の膝の上でぐっすりと、それはもう心地よく、かつてないほど健やかに、眠っていたのだ。体を丸めて幼子のようになって、眠りこけていた。

 

しのぶを、かつてない羞恥が襲う。

これから何を指導したって、部屋でぶっ倒れて、手作りご飯を食べて、膝の上で爆睡した事実は変わらない。一体どんな顔をして指導すれば良いというのか。何を言っても滑稽なだけな気さえしてくる。

 

「良く眠れましたか?」

 

禰豆子の問いかけが辛い。当然ながらぐっすり快眠だった。だからと言って開き直って、素晴らしい太ももですね!なんてはっちゃけられる性格ではない。夢まで見て爆睡していたというのに、何を今さらカッコつけているんだと、自分でも思うのだが、しのぶとて、それ相応には柱としての自分を保っておきたいのだ。

と、そこでしのぶは気がつく。夢まで見て爆睡していた自分、その自分は夢の中で姉と会話をしていなかったか?、と。

しのぶは、恐る恐る口を開く。そうであって欲しくはないと、願いを込めながら。

 

「な、何か寝言を言ったりは……していなかった、ですよね……?」

 

「あー……えっと、その……姉さん大好き、とか、もっと撫でて、とか……」

 

死のう。一瞬それが過ってしまう程の失態。部屋にこもろう。研究をするんだ。何もかも忘れて没頭しよう。あは、ははは、と乾いた笑みを浮かべて意識をどこかへ飛ばしてしまったしのぶに、禰豆子は苦笑いを浮かべる。確かに、普段のしのぶとのギャップもあって、聞かされている方も恥ずかしいくらいだったのだが、でも、それも良いのかもしれない、とも思うのだ。

 

「――もっと甘えたら良いんじゃないですか?もっと他の人に。蜜璃さんはポンコツだし、小芭内さんはネチネチしているし、不死川さんはイライラしているし、宇髄さんは派手好きだし、柱だって皆、格好いいところばかりじゃないんです」

 

しのぶの最も尊敬する柱も――姉も、そうだったかもしれない。いつも、もっと柱としての威厳を持って欲しいと思っていたし、笑顔で、ふわふわしていて、時折適当で、それでも、カッコよかった。大好きだった。尊敬していた。

 

「私にはもう見られちゃったんですから、甘えたら良いと思いますよ」

 

少し悪戯っぽく、優しく微笑む禰豆子の顔が、どうしてか姉と重なって見えた。

 

「――では、もう少しだけこうさせてくれますか」

 

恥ずかしそうに頬を染め、下から控えめに小さな声で聞いてきたしのぶに、禰豆子はなにも言わず、ただゆっくり頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなったんだろ……」

 

「禰豆子さんが言ったのではないですか」

 

すっかり寛ぎモードで、禰豆子の膝に頭を預けて目を詰むっているしのぶが言う。ほら、手が止まっていますよ、と頭を撫でるように要求までしてくる始末だ。綺麗で、頭が良くて、格好良くて、憧れの柱だったのに、それが今や禰豆子の膝で気持ち良さそうに寝ていた。

当初は恥ずかしがっていたのに、何やら吹っ切れたらしく、やりたい放題だった。甘えたら良いとは言ったものの、ここまでは求めていない。

 

禰豆子さーん、禰豆子さーん、と呼ばれ、ニコニコのしのぶに膝枕をねだられるのが最近当たり前になってきている。指導の時は相変わらず格好いいのだが、研究が行き詰まったり、何か嫌なことがあったりすると、こうしてねだってくるようになったのであった。

無理をし過ぎて倒れることが無くなり、疲れたらこうしてきちんと休んでくれるのは良いのだが、もう少し威厳というものを持って欲しいとは思う。

 

「そろそろ私、カナヲと鍛練する時間なんですが」

 

「仲良くなれましたか?」

 

栗花落カナヲ。

しのぶの継子であり、妹のような存在。蝶屋敷に来て二週間程が経ったものの、禰豆子が彼女について知っていることは少ない。

 

「ん~、どうでしょうか。私は仲良くしているつもりではありますけど」

 

「ふふ、やはり分かりづらいですか」

 

カナヲは常に穏やかに微笑んでいるが、自ら喋ることは殆どなく、その胸の内を読み取りづらい。禰豆子の直感としては嫌われてはいないと思うのだが、それも言い切れない程だ。

しのぶにはなんだかそれが面白かった。昔の自分を見ているみたいで懐かしい。

 

「でも、禰豆子さんならカナヲの心を開ける、そんな気がします」

 

昔は、指示されないと何もできず、食事をするかどうかさえ自分で決められなかった。

今だって、指示されていないことは銅貨を投げて、その表裏で決めている。

それは凡そ人間の生き方ではない。

 

少しのきっかけなのだと思う。人が変わる瞬間は、何も劇的とは限らない。些細なことで人は変われるし、進める。

 

背を押してくれる人が必要なのだ。一度進めばその後は自分の足で歩いていける。

 

しのぶでは押してあげられないから。両手両足、自らの全てを一つのことに集約してしまったしのぶでは、後ろ向きに歩いているように過去へすがっているしのぶでは、ダメなのだ。

 

だからせめて、自分はカナヲの師であろう。姉であろう。

 

そのために、少しだけ休憩。

 

少しだけ休んだらまた元の『蟲柱』胡蝶しのぶに戻るから。

 

カナヲが憧れるような、心動かされるような、そんな姉に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――襖が開く音と、硬貨が落ちて何かに当たった甲高い音。

 

「し、師範?」

 

いつもの微笑みのまま、心なしかアワアワとしつつも、固まって首を傾げているカナヲの顔。姉であろう、と決意した直後に、カナヲの前に広がる景色には、年下の少女の膝枕でご満悦のしのぶ。

 

「……………………カナヲ、これは強くなるためなのです」

 

戸惑うようなカナヲの声に、しのぶはガシッと石のように固まって数秒。ゆっくりと体を反転させカナヲの方を向くと、膝枕されたまま、それはそれは素晴らしい笑顔で、真剣な声色で、嘘を吐いた。

 

 

――やっぱり柱は素直に尊敬できない!

 

禰豆子は叫びたくなるのを必死で堪え、何やらプルプルしながら、拾い上げた銅貨を投げ始めたカナヲの姿を涙目で見詰めていた。




大正コソコソおまけ話

(/≧◇≦\) 蜜璃(手紙)『禰豆子ちゃんがお家に来てくれました!パンケーキを一緒に食べて、蜂蜜も二人で取りにいって、鍛練もやりました。禰豆子ちゃん、もう柔軟はバッチリ!それから――』


(゜-゜)ジメッ 小芭内「延々お前の話が何枚も綴られているんだが」

( ・∇・)フム 禰豆子「まあ、たまの来客ですからね。私に届いた手紙だと、何が美味しかったとか、今度何々を一緒にやろう、みたいな感じですよ?」

(ーー;)ン? 小芭内「……俺も何度か甘露寺邸を訪ねているんだが」

(*°∀°)ニコッ 禰豆子「手紙に一文もなければ、会話にも出ませんでしたね!」

( ; ゜Д゜) 小芭内「……」

(*´ω`*)ゾクゾク 禰豆子「(楽しい)」







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笑顔付き様から素敵なイラストを頂きました!今回のシチュエーションにぴったりな良い膝枕ですね!
本当にありがとうございます!


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5話 我妻善逸

こっそり連載に切り替えました。これからも頑張ります。



真っ直ぐに切り揃えられた、輝くような珍しい金髪にそれと同色の眉は、眉尻が二股に割れた太い垂れ眉で、情けなく垂れ下がっている。

ただ、それらの特徴は、今の彼の様子を情報化するのなら些細な情報だろう。彼、我妻善逸は、顔をボッコボコに腫れ上がらせ、正座させられていた。白目を剥いて、意識はどこかに飛びかけ、ボロボロの着物が、肩からずり落ちている。

 

「会って早々、私の(・・)禰豆子さんに求婚するなどおかしいですよね?どうしましょうか。まずは、そうですね、正しく罰を受けて生まれ変わらなくてはなりませんねぇ」

 

さて、どんな罰にしましょうか、とニコニコ笑いながら、善逸の前に立つしのぶの威圧感たるや、鬼よりも怖い。善逸は震えながらも、黙っていては何をされるか分からない、と抗議に出た。

 

「俺は怪我人なのに!頑張って任務してこの仕打ちかよ!どうすんだよ、この顔!痛いよ!凄く痛いよ!治る!?ねぇ、これ元の顔に戻るの!?」

 

必死の形相で叫ぶ善逸の言葉をニコニコとした笑顔のままで受け止めると、しのぶは、左の掌に右の拳を打ち付けて、何やら思い付いたように口を開いた。

 

「決めました。まずはその手を斬り落としましょう!禰豆子さんの手を汚したそんな手は一度落とさないとですね。大丈夫です、治療はしますよ、きっと元通りになります」

 

「ウギャアアア!?誰かぁああ!!死んじゃう!俺死んじゃうよぉ!!」

 

ボロボロの体に鞭を打って、なんとか駆け出した善逸ではあるが、速さという一点において、柱の中でも随一のしのぶから逃げ切れるわけもない。

 

「へぶっ!?」

 

簡単に捕まって転がされ、体を押さえられてしまう。善逸の並外れた鋭い聴覚は、相手から聴こえてくる音で心理状態を読み解くことができる。しのぶの音は規則性がないものの、今は怒りが大きく出ていて、本気であることが分かってしまう。

 

「何をやっているんですか、しのぶさん」

 

緊急で運び込まれた怪我人の治療を手伝いに行っていた禰豆子が、修練場に足を踏み入れると、しのぶに上から押さえ込まれたボロボロの善逸がいたのだから、そう訊ねるのも無理はない。

 

善逸は任務から帰ってきたばかりで、大きな怪我はなかったが、多少の傷はあっただろう。そう、多少の傷、だったはずなのに、その顔は腫れ上がっている。

 

「禰豆子ちゃん!久し振りだね!結婚してくれる気になった!?俺が死ぬ前に結婚してよ!婿にしておくれよ!お願いだよ!毎日鰻重食べさせてあげるからさぁ!あっ、禰豆子ちゃんは金平糖好きだったよね!いつ会ってもあげられるように常に持っているんだ!待っててね!」

 

隠に背負われて蝶屋敷にやってきた善逸は、禰豆子の姿を捉えると――正確には禰豆子の音を捉えて――直ぐ様走り出して跪き、その両手を包むように取って、怒濤の勢いで話始めたのだ。

とはいえ、大規模な任務だったのか、善逸の他にも怪我人が続々と運ばれてきている。善逸よりも余程大怪我を負っているものばかりなので、まずはそちらが優先だ。そんなわけで禰豆子は、善逸を置いて、怪我人の治療に尽力をしていたわけなのだが、どうやらその場面をどこからか見ていたしのぶによって、善逸は修練場にまで連れてこられ、ボコボコにされたらしかった。

 

「禰豆子ちゃん助けて!この人が俺の手を斬りゅおっ!?」

 

余計なことを口にしようとした善逸の腕を、禰豆子の死角で捻り上げて黙らせるしのぶ。ガクガクと顔を青くした善逸は、目でひたすらに禰豆子へ助けを求めている。

 

「禰豆子さんのお知り合いの様でしたから、少しお話(・・)をしていたのですよ」

 

お話(物理)だったのだが、最早、善逸は声を発することが出来ない。お話どころが、突然、笑顔でボコボコにされたのだから、善逸にしてみれば恐怖でしかなかった。

 

「そうなんですか、じゃあその金髪の方のお名前は分かりますよね、お話したんですものね、まさか自己紹介もしていないなんてことはないでしょうから」

 

しのぶの脳が急ピッチで回転する。

話していた様子・雰囲気からして、恐らく禰豆子と、この金髪は同期。一人はカナヲなのだから、禰豆子を除き、この時点で三人にまで絞られる。自分の継子であるカナヲが参加した最終選別であったため、禰豆子含めて五人全員の名前を覚えていた。

 

我妻善逸。嘴平伊之助。不死川玄弥。

 

この時点で、確率は三分の一。そして、さらに絞り込める要素がある。

 

不死川玄弥は、その珍しい名字からしてまず間違いなく、『風柱』不死川実弥の血縁者。顔は全く似ておらず、こんな情けなさが全面に押し出されたような、常にびくびくしている弱々しい男が、そうだとはとても思えない。

 

つまり、不死川玄弥である可能性は消え、残る選択肢は二つ。

 

――我妻善逸か嘴平伊之助の二択だ。

 

これをさらに絞り込む術が今はない。推理する材料が足りない。一秒にも満たない時間の中、思考と同時に視界からの情報と記憶を精査していく。善逸の人相、持ち物、残った二択の名前。ありとあらゆる情報を、深いしのぶの知識が繋いでいく。

 

 

「……我妻善逸さん、ですよね。良いお名前だと思いますよ」

 

 

しのぶが笑顔で答えると、善逸が驚愕の表情を浮かべた。それだけで、しのぶは自らの答えが正解であったことを悟る。

 

決め手は善逸の瞳だった。

嘴平という姓はある地域に多い姓。以前、上弦の弐の調査で訪れた地の近辺では良くみられる姓だった。しのぶの記憶では、その地域の人間は殆どの場合――緑色の瞳をしている。善逸の瞳は茶色。

決め手としては弱く、賭けに近かったが、しのぶは勝ったのだ。

 

「流石ですね、しのぶさん。推理だけで答えを導き出しましたか」

 

「何のことでしょうか?」

 

しのぶとて、禰豆子を誤魔化せたとは思っていない。それでもここでシラを切り通すことができれば、禰豆子はもう何も言わないだろう。これはそういう勝負なのだ。

 

「自己紹介をしたんですよね?お互いに。善逸もしのぶさんに名乗ったのですよね?」

 

「ええ、勿論です」

 

余裕たっぷりにしのぶは答える。勝ちを確信したしのぶに躊躇う必要はなかった。

 

――次の禰豆子の一言までは。

 

「それはおかしいですね。だって善逸は自己紹介をするとき――竈門善逸と名乗りますから」

 

「へ?」

 

「ああ、いや、勿論、結婚なんてしてませんよ?迷惑極まりないので、私は止めるように何度も言っていますし。それでも頑なに善逸は初対面の人に最初の一回はそう自己紹介するんですよ」

 

煩わしそうに言いながらも、禰豆子の顔は笑っていた。それは、先程までしのぶが浮かべていた勝者の笑み。しのぶを地獄へと突き落とす、閻魔の顔だった。

 

「しのぶさん、嘘を吐きましたね」

 

嵌められた。最初からしのぶには答えられるわけのない質問だったのだ。

 

 

「というわけで、しばらく、あれ(・・)はやってあげません」

 

「え゛」

 

あれ、とはつまり、間違いなく膝枕のことだろう。しばらくとはどれくらいの期間なのか、7日?10日?感覚は人によって違うだろうが、しばらく、というくらいなのだから2、3日ということは無さそうだった。それは非常に困る。嫌だ、耐えられない。

禰豆子や自分が任務だったりで離れているのなら耐えられもするが、目の前にいるのに、すぐ側にいるのに、それを取り上げられては堪らない。しのぶは、慌てて、頬を膨らませている禰豆子を追いかける。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、禰豆子さん。謝ります、謝りますから、ねぇ、禰豆子さん」

 

「きちんと善逸にも謝れるんですか」

 

うぐっ、としのぶは動きを止めた。

禰豆子にならともかく、あの男に頭を下げるなど絶対に嫌だ。そう思うものの、そうしなくては禰豆子は許してくれそうになく。

葛藤の末に、しのぶが出した答えが正しかったのか、そうでなかったのか、それは禰豆子の反応を見れば簡単に分かる。

 

「そ、それは……そうだ、なんでも好きなものを買ってあげます!」

 

「……しのぶさん、疲れたらちゃんと寝てくださいね――一人(・・)で」

 

「そんなぁ!」

 

言葉の一部を強調して、ニコッと笑った禰豆子は、もう話すことは何もないとばかりに背を向けて、善逸を連れて、去ってしまう。崩れ落ちたしのぶを慰めるように、どこからか飛んで来たしのぶの鎹烏がそれをつついていた。

 

 

 

昼食を食べて、ある程度、怪我人の世話などの仕事も落ち着いてきた時間帯。

 

久しぶりの再会とあって、任務の話やら近況でも話そうと、禰豆子が善逸と、お茶菓子なんかを用意していると、そこにしのぶはやってきた。その後ろにはニコニコしたカナヲも着いてきている。

二人は当たり前のように用意されていたお茶菓子と同じものを用意して、座った。

 

禰豆子の隣にいた善逸は、明らかに怒気を孕んだ佇まいのしのぶにすっかり怯えて、禰豆子にすり寄ると、小声のようなトーンの大声で禰豆子の耳元へと必死で訴える。

 

「禰豆子ちゃん、あの柱の人が凄い顔でこっちを睨んでくるよ!?」

 

我妻君(・・・)我妻君(・・・)、禰豆子さんに近づき過ぎですね?死にますか?我妻君っ(・・・・)?」

 

「ひぃい!?」

 

にっこり笑顔なのに、過激な発言と、隠しきれていない威圧感に、善逸は禰豆子の後ろへと引っ込んだ。この男、自分の想い人を盾にすることに一切の躊躇がない。彼が禰豆子を嫁に、ではなく婿になる、と言っているのも禰豆子に守ってもらおうという、男としてド底辺な考えによるものだ。彼は、最終選別で禰豆子の強さを目の当たりにし、それ以来婿にしてくれと喚き、勝手に竈門善逸を名乗っている。

 

禰豆子はそんな善逸が嫌いではないが、煩わしいとも思っている。彼の持つ優しさも、強さも、信念も、分かっていて、だから尊敬するし、友達だと思うのだけど、もっと自分の良いところを出して欲しいと思うし、何より勝手に竈門姓を名乗るのは本当に止めて欲しい。情けなくてネガティブなのに、そういう妙に積極的で後先考えないのは、どういうことなのか。禰豆子が頭を抱えたのも一度や二度ではない。

 

最終選別が終わってからというものの、しばらくの間は殆んどペアで活動していたこともあり、禰豆子の苦労の大きさは相当だったのだろう。

 

「禰豆子ちゃんは、俺が守る」

 

善逸は極限の緊張と恐怖によって、失神するように眠ってしまう。その鬼滅隊としてはやっていけなそうな体質であるが、しかし、善逸は眠ってこそ本来の力を発揮する。

眠ることで、恐怖で強張った体も、怯えた精神も、フラットになり、本来の身体能力を発揮できるようになるのだ。

 

彼の唯一にして、絶技とも言うべき剣撃【雷の呼吸・壱ノ型 霹靂一閃】。

電光の如き一閃による最速の抜刀術は、鋼のように硬い、屈強な鬼の身体も、頚も、一瞬のうちに斬り飛ばす。その疾さは刀を抜く手はおろか納刀の動作すら目に映す事は敵わない程だ。

 

そんな技で鬼を屠り、俺が守る、なんて言われて一瞬ときめいたりもした禰豆子だったが、善逸が目覚めれば、号泣して、怖かっただの、痛いだの、弱音と泣き言のオンパレード、気の迷いかと捨て置いたのも無理はない。

 

そのため、禰豆子の善逸に対する認識は、鬼殺隊の同期で、友人で、総評すると、手のかかる弟みたいな奴、というものだった。

善逸の方が年上なのだが、兄とはとても思えないため、弟に落ち着いたのだろう。

今もガクガク震えながら禰豆子の後ろにいるような男が兄となれる程、禰豆子の兄に対するハードルは低くはない。

 

「しのぶさん、反省してないんですか?」

 

「やはり私は悪くありません」

 

頬を膨らませてそっぽを向くしのぶ。

禰豆子が、自分ではなくあの金髪を優先しているように感じられるこの構図、金髪を庇うようなことをして、自分は罰を与えられている、この状況がとても気に入らない。二人が親しそうなのが、二人だけの冒険が見てとれるのが、無性に腹立たしい。

竈門善逸だなんて、天地が引っくり返ってもありえない名前を名乗らせないため、頑なに名字で呼んだり、威圧したりと、物理的でこそなくなったものの、攻撃を続けていた。

謝る気もなければ、反省なんて一ミリもしていなかった。

 

「そうですか。どうやら反省が足りないようですね――カナヲ、ちょっと来てもらってもいい?」

 

微笑みながら首を傾げて近づいてきたカナヲを、すっと、自らの膝に倒れさせた。ポフッと、柔らかい音をたててのせられた頭を、禰豆子はゆっくりと撫でる。何が起きているのか分かっていないカナヲとは対照的に、しのぶの反応は劇的だった。

 

「なっ!」

 

禰豆子は、兄が仕事、母親が家事をしている時、四人もの弟妹の面倒を見ていた生粋の姉気質。そのテクニックは正に柱級。

髪を撫でるように滑らせ、時折優しくポンポンと触れる。事態が飲み込めておらず困惑気味のカナヲの思考もふわふわとしてきた。

食事が終わって満腹であることもあって、カナヲはすぐに、微睡みの世界へと誘われる。自分を包む安心感と心地よい眠りへの誘惑に逆らうことなく沈んでいこうと目を瞑ろうとして、カナヲの目が一気に冴える。

 

「し、師範が……っ!」

 

しのぶが、何かを堪えるように、こちらを凝視していた。うぅっ!と睨んでいるのに、目尻には涙さえ浮かんでいて、尋常ではない様子なのが分かる。

 

慌てて立ち上がろうとするカナヲを元に戻し、禰豆子は言う。

 

「カナヲ、これは修行なの。こうすることで、しのぶさんの修行になっているのよ」

 

「しゅ、修行……」

 

カナヲは、しのぶとの鍛練が好きだ。しのぶと同じ時間を共有している事実が、しのぶが自分を見てくれているのだという実感が、褒めてくれるしのぶが、好きだ。

これにどういう意味があるのかは分からなかったが、これがその一環だというのなら断る理由はない。実際、しのぶは辛そうであるし、何らかの負荷になっているのだろう。自分の働きでしのぶが強くなるのなら、それもまた嬉しいことだった。

 

「そうだ、これから毎日こうしましょうか。しのぶさんの前で」

 

禰豆子にカナヲが膝枕されているというのは、しのぶにとって何よりも辛かった。想像しただけで何もない暗闇に突き落とされるような絶望感だ。

 

自分以外の誰かが膝枕されていることも、自分がしてもらえないことも、そして、カナヲという妹のように想っている存在が、自分以外の誰かに甘えているのも、何もかも妬ましく、羨ましく、恨めしい。

 

「――もう、冗談ですよ。からかい過ぎましたね」

 

涙目を通り越して半泣きになりそうなしのぶに、禰豆子は笑いかけた。

 

「ね、禰豆子さんっ!……では?」

 

期待の眼差しを向けるしのぶに、禰豆子はさらに笑みを深めた。パアッとしのぶの表情が明るくなると、禰豆子は口を開く。

 

「ああ、こういう意地悪をしないだけで、しばらくしてあげないのは続行ですよ?反省してないんですから」

 

「へ?」

 

笑顔のまま固まるしのぶ。禰豆子の言葉が理解できない。だって、つまりそれは、結局、自分はしてもらえないということで。

 

「ゆ、許してくれたのでは!?」

 

「許すわけないじゃないですか。常識的に考えて怪我人をボコボコにするなんておかしいですよね?」

 

大した怪我ではなかったものの、任務をこなして疲れていたところを、引っ張り出してボコボコにするのはやり過ぎだ。相手が善逸でなくても怒っていたし、かといって、善逸でなければこのような事態にならなかったのだろう。

 

禰豆子がここまで強硬な姿勢を見せているのには訳がある。

 

しのぶに、かなり苛烈な一面があることは察していたし、精神的に実は一番不安定な人、という印象だった。

 

なんでも自分で抱えるし、独りでやろうとするし、そして独りで出来てしまう人だ。

 

鬼の頚を斬れない、と分かって、鬼殺隊を辞めるでも、支援に回るでもなく、別の方法、つまりは鬼を殺せる毒を作って、独自の呼吸を生み出し、柱にまでなってしまう。できてしまう。

 

ブレーキの壊れた機関車のように、何もかも燃やして、燃え尽きるまで、走り続けようとしている。

 

だから時折甘えさせて、やり過ぎなことは止めて、そうやって、しのぶには自分を見つめ直して欲しかった。

自分にどれだけ良いところがあるのかを、独りで何もかもやる必要はないのだと。仲間も弟子も、貴女を慕っているのだと。

 

そんなことも分からない人は、反省が必要だ。

 

実際のところ、善逸がボコボコにされたとて、こんなに怒ったりはしない。実際、会って早々いきなり求婚から入る男は、端から見れば不審人物であるし、なんだかんだ鍛えている善逸はもうピンピンしているのだから。

 

ただ単に、良いタイミングだから懲らしめてやろうと、思ったのだ。

 

『私を独りにしないで……』

 

そんな、しのぶの寝言を実は禰豆子は聞いていた。

小さな子供のような、弱々しくて、儚い、消えてしまいそうな言葉。

 

何となく、彼女の姉が鬼に殺されたのだと、禰豆子は察している。

復讐のため、ただそのために、蟲柱にまで至ったしのぶの原動力が、その小さな体躯に押し込められた、怒りであることも。

 

家族を殺された禰豆子にはその気持ちが痛い程分かった。無惨をこの手で殺せるのなら何を差し出したって構わないと思うし、目の前に現れたのなら、命を捨ててでも立ち向かっていくだろう。

 

けど、知って欲しい。独りで立ち向かう必要などないのだと。

 

禰豆子は沢山の人に支えられ、今、鬼と戦っている。兄や鱗滝がいなければ、今もきっと自分は、踞って夜に怯えているだけで、善逸の存在はいつも心強くて、義勇や小芭内がいなければ技はもっと拙いままで、蜜璃に出会わなければもうとっくに気持ちが潰れていたかもしれなくて――他にも沢山の人に支えられて今がある。そして、その中には勿論、しのぶの存在も。

 

独りで人間は生きてはいけない。支え合って、繋いで、そうしてやっと生きている。

 

しのぶにも、そうあって欲しい。自分やカナヲや蝶屋敷の皆、鬼殺隊の皆、伸ばせば届く手がこんなにも沢山あるのだから。

 

(禰豆子)に姉を重ね、カナヲに自分(しのぶ)を重ね、自分(しのぶ)に姉を演じさせている、矛盾だらけで、歪で、悲しいくらいに寂しがり屋なのに、それを怒りで押し込めて、笑顔で隠して。

 

そんなしのぶは凄く嫌だった。笑うなら心から笑って、怒っているならぶちまけて、寂しいならいくらでも膝を貸してあげる。

 

「ゆっくり、反省してください」

 

甘えるのに、頼らない。そんな人にはもう膝枕なんてしてあげないんだと、結局のところ、禰豆子が拗ねているだけだった。

 

涙目のしのぶと、それを慰めようとオロオロしているカナヲ。

 

 

 

あの強い柱が禰豆子に泣かされている。

その光景を見て、やっぱり禰豆子の婿になって、守ってもらうんだと、情けない決意を固めた男がいたことを、幸いなことに当人である禰豆子が気が付くことはなかった。




大正コソコソおまけ話


( ☆∀☆)蜜璃「私も膝枕してー!」


( *・ω・)ナデナデ 禰豆子「もうのってるじゃないですか」

(*´∇`*)蜜璃「えへへ、なんだかいいわぁ、とっても素敵」


(o ̄▽ ̄o)ニヤッ 禰豆子「小芭内さんにやってあげたら喜びますよ」


(/≧◇≦\)キャー 蜜璃「禰豆子ちゃんが言うなら今度やってみちゃおうかしら!」

 


この後、小芭内は無事、死亡(一片の悔い無し)した。

そして、何故か禰豆子の元に小芭内から高級菓子が届いたという。





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笑顔付き様から素敵なイラストを頂きましたので前話に引き続き貼っておきます!膝枕柱さんの表情が素晴らしいですね!
本当にありがとうございます!


さて、次話から大きくお話が動き出す予定ですので、これからもよろしくお願いします!


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6話 栗花落カナヲ

そろそろこのサブタイトルの付け方がつらくなってきた今日この頃。


「那田蜘蛛山でも戦って!また戦って!俺、頑張り過ぎだよね!?もういいよね!?」

 

「善逸は怪我も殆ど無かったし、また呼ばれるんじゃない?」

 

「うわぁあ!!死ぬよ!だって下弦の伍の縄張りだよ!?俺もう二回も行ったしいいじゃん!」

 

那田蜘蛛山を縄張りとし、家族と称する群れを作っていた鬼。通常、鬼は群れで活動することがないため、特異な鬼である。

その鬼が十二鬼月、下弦の伍であることが判明し大規模な討伐が行われたのは、丁度、禰豆子が柱合会議に呼ばれた少し前のことだ。

数多くの剣士が殺され、『水柱』冨岡義勇と、『蟲柱』胡蝶しのぶの二人が派遣されたが、二人が到着した頃には、既に下弦の伍は逃げた後だったという。

どうやら、下弦の伍は、自らの家族があっという間に討伐されていくのを察知して、柱の脅威から逃れた様なのだ。

 

そして先日。

善逸達は、ただの任務として鬼討伐へと赴き、そこで下弦の伍と遭遇した。

あれから数ヶ月の時が経ち、下弦の伍が再び縄張りを作り活動を再開したことが、善逸達が持ち帰った情報から発覚したのだ。

 

前回の戦いで、家族を失った下弦の伍は、群れで活動をするという特異性を無くして尚、その脅威度は高い。

家族を失った恨みからか、下弦の伍は執拗に鬼殺隊を狙って殺している。まるで待ち構えるように縄張りを形成し、鬼殺隊を呼び寄せては殺しているのだ。

 

善逸は前回の那田蜘蛛山の戦いにも参加し、今回の戦いにも参加した。

実際に下弦の伍とも交戦しており、二回目の戦いにおいて、鬼が下弦の伍であること、その能力・行動パターンなど、貴重な情報を持ち帰ったのも善逸だった。

 

二度あることは三度ある。経験者が多い方が良いのは当然であるため、情報を持ち帰り、交戦経験がある善逸がまた参戦することになる可能性は極めて高い。

 

「俺は絶対行かないぞ!あいつ、滅茶苦茶硬い糸をすげー飛ばしてくるんだよ!刀へし折れるんだぞ!どうなってんだよ!おかしいよ!やっぱり、しがみついてでも行かないんだっ!」

 

そう意気込んでいた善逸が、泣きながら蝶屋敷を出たのは、数日後のことだった。

 

 

 

 

「冨岡さん、そんなだからみんなに嫌われるんですよ」

 

 「……俺は嫌われてない」

 

怒りに顔をひきつらせたしのぶが暴言をぶつけるも、義勇は表情を変えることなく反論した。

 

下弦の伍討伐任務。集められたのはたったの5人。

禰豆子、しのぶ、カナヲ、善逸の蝶屋敷組に、『水柱』冨岡義勇が加わった形だ。

下弦の伍は、糸で人を操る術を持っていることが分かっているが故の、少数精鋭でのチームだ。これまでの情報から下弦の伍の実力は柱一人で十分討伐可能な程度と推測されており、柱二人に、継子として認められる程の実力者二人、二度も下弦の伍討伐からほぼ無傷で帰還し、下弦の伍の能力を体感している善逸、と少数精鋭を可能にする顔触れが揃っている。

 

義勇は指揮官としては壊滅的なため、しのぶをリーダーとしたわけだが、このチーム、個性が事故を起こしている。特に義勇とカナヲの二人が酷かった。

 

義勇が何やらカナヲに指示を出して、カナヲが首を傾げる。再び義勇が説明するが、カナヲがまた首を傾げる。そうすると、義勇が拗ねて、コミュニケーションを諦め、しのぶが間に入って、やっと指示が通るを繰り返している。しのぶがキレるのも無理はない。

 

義勇は言葉が足らず、カナヲは分からないことを問い返さないため、二人だけでは永遠に指示が通らないのだ。技を教えてもらっただけあって、義勇の言いたいことを何となく察することが出来る禰豆子は、そちらをフォローしたいのだが、問題児は二人だけではないのだ。

 

「善逸、袖持つの止めて」

 

「禰豆子ちゃん俺を守ってくれるよね!?お願いだよぉぉお!!」

 

いっそ気絶させてしまおうか、と思うほどにしつこく、小声で騒ぐという器用なことをしながら、禰豆子の後ろにピタッとくっつくようにして歩いている善逸。

 

「禰豆子さん、やっぱり我妻君は斬ってしまいましょう。そうしましょう」

 

頑なに苗字で呼び続けていることからも分かる通り、善逸に敵意剥き出しのしのぶが、自分を差し置いて禰豆子に近づくような行動を許すわけもない。

未だ、膝枕はしてもらえず、その原因となった善逸への当たりは一際強い。

 

「ひぃ!?」

 

「こんなでもちゃんと戦えますから。本当に説得力ないですけど、私も信じたくないですけど」

 

善逸は、到底、禰豆子では真似できない程の鋭く、速い斬撃を放つ。その事実がどうしても納得できないが、この情けない男が目にも止まらぬ速度で鬼を討つところを禰豆子は目撃しているのだ。

 

「禰豆子ちゃん、なんだかお腹が痛くなってきた気がする!?俺もう死ぬかも!?」

 

目撃したはずだ。

頑なに禰豆子から離れようとしない善逸に、しのぶは詰め寄りたかったが、新たに発生した問題がしのぶを止めさせた。

 

「……もう少し左だ」

 

「…………?」

 

「左だ」

 

ニコニコ顔で首を傾げるカナヲに、何故分からないんだとばかりに同じ指示を繰り返す義勇。

先程繰り広げられたばかりの、二人のやりとりに笑顔のまま、しかし、ヒクヒクと動く眉間がその感情を如実に表しているしのぶ。

 

「冨岡さん、冨岡さん、またですか?どうして貴方はそんなに言葉が足りないんですか?お馬鹿さんなんですか?」

 

「…………?」

 

「なんで貴方が馬鹿にしたように首を傾げているんですかねっ?」

 

「胡蝶、お前は何を言っているか分からないな」

 

 

静かになったしのぶ。理由は明白だった。

 

「……殺します」

 

カナヲと全く同じ反応なのに、義勇がやると殺意しか湧かないのが不思議だ。ただでさえうざいそれに、追い打ちをかけるようなことを真顔で言えば、しのぶでなくてもキレる。

 

とはいえ、喧嘩している場合ではない。

 

ついに刀を抜いて、本当に斬り掛かりそうな勢いだったので、怒りが頂点に達したしのぶをなんとか止めに入る禰豆子。だってあの人がぁ!と義勇を指差すしのぶを何とか宥める。

 

「うぅ、禰豆子さん!慰めてください!可哀想な私を!」

 

「はいはい、頑張って下さい。しのぶさんしかこの面々は率いられませんから」

 

義勇とカナヲの二人はコミュニケーション能力皆無。善逸は泣き喚き、禰豆子はその相手で手一杯。戦力としては十分であるものの、しのぶが手を回してやっと集団行動が可能になるという酷いチームだった。しのぶの表情が常時ひきつった笑顔になり、泣き言を漏らすのも無理はない。

しのぶをヨシヨシと撫でながら、これは流石にしのぶが可哀想であるため、帰ったら膝枕を解禁してあげようと、考える禰豆子。

 

何とか気持ちを持ち直したしのぶは、それぞれに詳細な指示を与え、無理矢理にチームワークを作り出す。何通りかの状況に応じて、それぞれの動きが予め決まっていれば咄嗟のチームワークも円滑だ。苦肉の策ではあるが、今は仕方がない。

 

「いますね」

 

チームとしては残念でも、個々の力は並外れた実力者達。即座に鬼の接近を察した五人はそれぞれが戦闘態勢に移行する。

しのぶは刀を抜かずに目線だけを気配へと向け、カナヲはしのぶに付き添うように側で刀を構える。禰豆子と義勇は刀を抜いてただ自然体で構え、善逸は気絶した。

 

「来ますっ!」

 

気絶した善逸を掴んだしのぶとカナヲが、それぞれ後方に下がって左右に分かれ、その三人を守るように飛び出したのは義勇と禰豆子の二人。

 

向かってくる幾千もの糸は、人体を容易く切り裂き、刀さえ分断する強靭な刃。

それを前にして、二人は脱力する。それは刀と体が溶け合うように、静かで穏やかな構えだった。

 

――【水の呼吸・拾壱ノ型 凪】

 

強靭な糸は、まるでそこで切れることが決まっていたかのように、二人の手前でその全てがハラハラと落ちていく。

 

禰豆子に、義勇程の筋力はない。背の高さも、手足の長さも、技の技量も、経験も、何もかもが違う。【水の呼吸・拾壱ノ型 凪】は義勇が義勇のために生み出した技。故に禰豆子はそれを自身に合わせて変質させている。禰豆子の剣士としての才能は、技を自身に最適化させることができる柔軟性と並外れた観察眼にあるのだ。

 

――故に、それに気が付いたのも禰豆子が最初だった。

 

地面から、吹き出すように木々が突き出し、花が舞う。地形を変えるほどの量の植物は、ありえない成長速度で巨大化していき、溢れ、満ち、彼らを分断する。咄嗟に善逸を掴んだしのぶが生い茂る木々に呑み込まれながら、叫ぶ。

 

「禰豆子さん!」

 

しのぶに呼ばれるまでもなく、禰豆子は動いていた。

絡まる蔦を斬り裂き、木々の隙間を縫って、なんとか掴んだのはカナヲの手。初動が速かった禰豆子だからこそ間に合ったギリギリのタイミングであった。

そのまま二人は木に埋もれ、上へ上へと伸びていく木から振り落とされるように、枝を掴んだまま縦横無尽にうねって育つ木に身を任せた。

 

決断力が大きく欠如しており臨機応変な対応が出来ないカナヲは不意の展開に弱い。最善はしのぶとカナヲのペアだったが、カナヲを一人にするよりはずっとマシだ。

 

実際、禰豆子が来るまでの間、カナヲはどうしたら良いのか分からなくなっていた。予め、しのぶが行動を逐一決めてしまっていたことで、カナヲの中で選択肢がパンクし、どれも選べず停止してしまっていたのだ。

剣技だけならしのぶをも凌ぐかもしれない天才剣士の、大きな弱点だった。

 

それをカバーするために、禰豆子の存在は大きい。カナヲの行動選択を禰豆子に合わさせることで、カナヲの思考停止を防ぎ、二人でのコンビネーションが可能となる。

カナヲの弱点を一時的にでも補完するために、しのぶによって前々から二人で行動する場合のコンビネーションを叩き込まれているのだ。

つまりは禰豆子を軸に、カナヲがサポートする戦闘スタイル。

 

「カナヲ、来るよ!」

 

植物の成長が止まるや否や、鋭い風切り音と共に糸が襲いかかる。二人は木々を盾にして飛び回り、加工された丸太のように綺麗な断面で斬られていく木に冷や汗を流した。斜めや真横に生えたり、ぐねぐねとうねっていたりと滅茶苦茶な形状の木や、目がチカチカするような色とりどり、極彩色の植物などによって展開された森。生い茂る葉や木々は、刀を振るには大いに邪魔だ。

 

この森によってバラバラに分断された上、月明かりは遮られ視界は悪く、生い茂る木々によって刀を思うように振るえず、行動範囲を狭められる。地の利は完全に鬼にあり、状況は悪い。

 

奇しくも敵の攻撃によって開けた場所に降り立つと、二人は刀を構え、背中合わせに敵を探る。

この月明かりさえ乏しい夜の闇の中で、細い糸による攻撃を見極めなくてはならない。

 

先に動き始めたのはカナヲだった。クルリと禰豆子と入れ替わると、まるでそこへ攻撃が来ることが分かっているように、型を構えた。

 

――洞察力に優れた『目』を持つ禰豆子と同じく、カナヲも相当な『目』を持っている。

卓越した静止・動体視力。カナヲの目に備わった天性の才能。

 

それを持つカナヲは見えている世界が違う。

 

暗い闇の中から襲いくる糸の一本一本、その軌道がカナヲにはしっかり見えていた。

 

――【花の呼吸・弐ノ型 御影梅】

 

自分と禰豆子を守るように、周囲に向けて無数の連撃を放つ。闇雲に放っているわけではなく、ただの一本も通さぬよう計算された技は、花のような美しささえ感じられ、舞いを踊っているように華やかだ。

まるで、そんなカナヲを称賛するように、散り散りに裂かれた糸が煌めきながら落ちていく。

 

「やるね」

 

落ち着いた平坦な声。

 

声の先には少年がいた。

左目を隠すように流され、うねるように広がった白髪。異常に白い肌に、顔には化粧のような赤い斑点模様。着物をはためかせ、裸足。

 

鬼だ。その明らかにひ弱そうな少年を前にして二人は確信していた。

 

それはこんな夜更けに裸足の少年が一人でいるとか、明らかに異常な肌・赤く染まった結膜とか、そういうことからの判断であるが、そもそも彼は――宙に浮かんでいたのだから。

 

カナヲの目に映るのは、木と木の間に通った一本の糸。彼はその上に立っている。

良く見れば、糸は其処ら中に張り巡らせており、まるでクモの巣ように、綿密に組まれていた。

 

「今夜は随分と少ないじゃないか」

 

相変わらずの平坦さで、しかし、隠し切れない興味を含んだ声色は、友達に語りかけるような気軽さ。

返事を期待した言葉ではないのだろう。声を発することすらせず、ただ少年を睨む二人を前にしても特に機嫌を損ねた様子はない。

 

一陣の風が吹く。一際大きなそれは、彼の髪を捲り上がらせ、その左目を露にさせた。

 

――下伍。

 

十二鬼月に選ばれた鬼は、その目に証となる席位を刻まれる。

縦書きで左目に印されたそれは正しく十二鬼月・下弦の伍を示す証。この少年こそが、下弦の伍、名を累。

 

「それにしても零余子の作った森は趣味が悪い。いや、十二鬼月(・・・・)は皆そうか――あいつらは家族の良さが何も分からない連中なんだから」

 

――十二鬼月がもう一匹いる。

糸を使う下弦の伍以外に、植物を操る十二鬼月が。

 

累の話からそう確信し、戦慄する禰豆子とカナヲ。

糸を操る下弦の伍が、この森を出現させたとは考えにくい。以前のような家族なのか、協力関係にある鬼なのか、何らかの形で複数体の鬼が絡んでいるはず。そう予想することは容易かったが、それが十二鬼月だとは。

 

待ち構えるように縄張りを形成し、鬼殺隊を呼び寄せては殺していた下弦の伍の目的は家族の復讐だと思われていた。勿論、そういう側面はあるだろう。

しかしその本質は――

 

「僕が柱を殺したかったけど、そういう役割なら仕方ないね。君達で遊ぼう」

 

――柱の殺害。

これは罠だった。初めから柱を誘き寄せ、分断して殺すために、累は縄張りを作って鬼殺隊を殺し続けていたのだ。

本来、徒党を組むことのない鬼が協力していることから間違いなく、無惨が関与している。鬼達に命令を与えることが出来る人間は、この世界に一人しかいないのだから。

 

柱二人が簡単に殺されるとは微塵も考えていないが、森に呑み込まれ分断された時、冨岡は一人、しのぶと善逸、に分かれていたはず。

十二鬼月が複数存在する上、どんな罠が仕掛けられているのかも分からない現状、一刻も早い合流が理想。

 

とはいえ、目の前の敵もまた、十二鬼月が一人。

 

 

「そうだ。君達のどちらかを僕の妹にしよう」

 

 

あやとりのように両手で糸を弄びながら累が楽しそうに笑う。禰豆子とカナヲの二人を歯牙にもかけない様子は自信の表れ。

 

初めて対面する十二鬼月。状況は不利。救援にも期待できない。

 

それでも信じる。信じられる。カナヲと、これまでの自分を。

 

禰豆子は刀を強く握って言う。

 

「カナヲ、勝つよ」

 

「威勢がいいなぁ、できるならやってごらん。十二鬼月であり、『順応』によってさらに力を得た僕に……勝てるならね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

禰豆子とカナヲが累と交戦している場所から北東。

 

 

「殺さないと殺さないと殺さないと殺さないと……私は『順応』したんだ!柱を、柱を殺すんだ!」

 

「お嬢さん、そんなに怯えてどうしたのですか?」

 

白髪に、額からは二本の角が飛び出し、その左目に下肆の文字。

赤い着物に、動物の毛が使われたフサフサの襟巻きをしたその鬼は、怯えるように目を血走らせ、しのぶと地面に打ち捨てられた善逸を睨む。

 

 

 

 

 

累が新たな縄張りとしていた山、その麓。

 

 

「はははは、一人か!お前一人か!確かに一人が似合いそうな陰気な顔をしているっ!お前みたいな奴は嫌われるからなっ!ははは!」

 

「……俺は嫌われてない」

 

身体中に太い血管が浮かび、どくどくとはち切れんばかりに脈打ち、瞳からは涙のように血が流れ続け、左目に下陸の文字。

 

狂ったように笑い続けている鬼を前に、律儀に返事を返した義勇は、刀を構える。

 

 

 

 

――それぞれの戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 




大正こそこそオマケ話


(´д`、)ヤダァ しのぶ「だってあの人がぁ!」

丶(・ω・`) ヨシヨシ 禰豆子「はいはい、頑張って下さい。しのぶさんしかこの面々は率いられませんから」


(。・_・。)ジーッ カナヲ「……」

(* ̄▽ ̄)ノ”ナデナデ 禰豆子「ほら、カナヲもおいで」

(*´ω`*)テレテレ カナヲ「……」




(゜-゜)フム 義勇「(胡蝶はあれが好きなのか……後でやってやろう)」

( ;∀;)スバラシイ 善逸「(尊い……)」


後日、実行した義勇はガチ目に死にかけた。




ここから数話はこの戦いが続く予定ですが、下弦達の能力は累以外完全オリジナルです。何なら性格や言動もオリジナルに近いので温かく見守ってください。

感想はちゃんと読んで大いに喜んでいますが、返信追い付けなかったらごめんなさい!


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7話 胡蝶カナエ

オリジナル要素が盛り盛りです。



普通の隊士なら肉片も同然だが、柱と戦えば殺される。

 

下弦の肆・零余子は自身の実力をそう把握していた。鬼の討伐ペースから考えて、近年の柱は特に強いことも分かっている。

 

十二鬼月なんて持て囃されていても所詮は下弦。頻繁に入れ替わる、他の鬼より少しマシ程度の立場でしかない。卓越した強さを持つ上弦とは雲泥の差があるのだ。

 

そんな下弦が集められ、自らを鬼にした親にして、忠誠を誓うべき主人にして、圧倒的力と支配権を持つ恐怖である無惨はただ無慈悲に、当たり前のように言った。

 

柱を殺せ。殺せぬのなら死ね。

 

出来るのなら疾うの昔にやっている。

それが出来ないから柱との交戦を避け、こそこそと人を喰らい、やっと下弦となれたのだ。柱を葬れる鬼など上弦の鬼だけ。不死の体であろうと命は一つ、首を斬られれば死んでしまう。

 

「もはや十二鬼月は上弦のみで良いと思っている。下弦の鬼は解体する……が、試したいことが出来た」

 

無惨はこれまで無闇に鬼へ血を与えてこなかった。それは血を与えた鬼が自分を害する可能性を考慮してものであり、また、自身のものを分け与えるという行為そのものが嫌いであるという傲慢さ故でもあった。

 

しかしここに来て、自らの血を与えられながら反逆する少年が現れたことで無惨は新たな考えに至る。

 

――鬼は心的要因によって覚醒する。

 

無惨が少年を鬼にした直後は、雑魚の鬼でしかなかった。それが、人を食わないという決意と同時に変質し、格段に強くなった。

強い願い、希望、欲望、人間の根元ともいえる部分が鬼の強さとなる。

 

無惨は目の前でひれ伏した下弦の鬼、全員に自らの腕から生やした触手を問答無用で刺し、血を与えた。

 

「血の量に耐え切らなければ死に、順応すればさらなる力を得るだろう」

 

無惨は己の血を分け与えた者の思考を読み取ることができる。姿が見える距離なら全ての思考を読み取ることさえ可能だ。下弦の鬼の多くは柱に対して恐怖心を持っている。それを利用する。

死への恐怖でひたすらに追い込むことで、無惨は鬼の覚醒を実験しようとしていた。

 

「私の役に立て。鬼狩りの柱を殺せ。出来なければ――私がお前らを殺すだけだ」

 

 

 

 

 

『順応』した零余子の力は数十倍に膨れ上がり――その能力は上弦に匹敵する。

 

「強い!私は強い!」

 

零余子の能力は植物の操作。今のように山の中ならば、存分にその力を振るえる。零余子の手によって操作され改造された植物には本来備わっていない力すら宿る。

 

――【血鬼術・葉龍牙】

 

牙のように鋭いトゲを生やし、龍のような形状でうねりながらしのぶと善逸を襲う食人植物もまた、本来そんな特性はない普通の植物だ。零余子の意思のままに岩をも粉砕する強靭な顎で獲物を狙い噛み砕かんとする。

 

無差別に地面を抉りながら迫る葉龍牙を、しのぶは縦横無尽に木々を飛び回り、回避する。気絶していた善逸も、刀の柄を握ったまま、しのぶに匹敵する程の速さで葉龍牙の攻撃を避け続けていた。

 

――【血鬼術・爆葉銃】

 

零余子の正面に整列して生えた四つの植物。零余子を凌ぐ程の高さがあるそれは、先端が丸く膨らんでおり、徐々に大きくなっていく。

 

「風穴開けろぉ!」

 

ギチギチ音をたてながら膨らんだ丸みが、限界を迎えたように破裂すると、飛び出したのは高熱の種子。目にも止まらぬ速度で放たれたそれは容易く木々を貫きながら、しのぶと善逸に迫る。

 

姿勢を低くして走りながら無数の種子から逃れるしのぶの横を閃光が横切る。

 

 

――【雷の呼吸・壱ノ型 霹靂一閃】

 

一瞬にして爆葉銃を斬り裂いた善逸がそのまま零余子に向けて飛べば、地面から壁のように太い幹がせり上がり阻むが、体を捻り、勢いをそのまま、足から壁に着地し、壁を走り登っていく。

 

「葉龍牙ぁあ!!」

 

目前にまで迫った善逸に、零余子が跳ねるように飛び、地に手を着くと、地面を割るようにして現れた葉龍牙が善逸を食らう。

 

「我妻君!?」

 

善逸を食らった後も止まること無く地面を食うように抉り、岩を砕き、木々を薙ぎ倒して進む葉龍牙は、体を捻りながら空へと登っていく。

 

「あはははぁ!!まずは一人ぃ!」

 

両手を広げて笑い声を上げる零余子が葉龍牙を見上げると、葉龍牙は苦しむように回り震えていた。

 

――【雷の呼吸・壱ノ型 霹靂一閃 六連(・・)

 

それは落雷のように、天から降る稲妻。

葉龍牙の内部から突き破って出てきた善逸が地上に向けて葉龍牙をジグザグに砕きながら降ってくる。

 

地上へと降り立った善逸に降り注ぐ木片と化した葉龍牙。

額から血を流しながらも、しっかりと着地した善逸は刀を鞘に戻す。

 

「禰豆子ちゃんを助けにいく」

 

善逸の奮闘に唖然としていたしのぶも、善逸の隣に一瞬で現れてため息を吐く。

 

「本当に、本当に嫌ですが、不本意ですが――今回は善逸君(・・・)に同意です」

 

善逸が暴れ回ったことで零余子の行動パターンをある程度分析出来た。

 

零余子は自分では動かず、改造した植物による遠距離攻撃を基本とし、近づかれた場合は即退避して、まずは自分から距離を取らせるように動く。そこから導き出される結論は、臆病で慎重、狡猾で懐疑的な性格。

 

そんな鬼が、善逸が目前に迫った時、退避しながら放った【血鬼術・葉龍牙】。それは態々地に手をついて発動された。今までそんな動作はなく、血鬼術を発動させていたというのに、突然の無駄な動作。

 

違和感。それを突き詰めることが戦闘においての洞察力。

 

葉龍牙も、爆葉銃も、壁のような植物も、それが植物である以上、その起点は地面にある。

善逸に目前まで迫られた零余子は後方に飛び、両足が地面から離れていた。だから態々、手をつく必要があったのではないだろうか。

 

つまり――零余子は、体の一部が地に接していなければ血鬼術が使えない。

 

「善逸君、血鬼術の対処はお任せして良いですか?本体の方は私が殺りますので」

 

弱点が分かったところで戦況が良くなったわけではない。それでもしのぶは言い切った。私が殺ると。

 

覚悟というよりも執着。

剥き出しになったしのぶの本性。

 

零余子の力は下弦の領域には収まらない。それは未だ退治したことのない領域、つまりは――上弦の領域に踏み込んでいる。しかし、だからこそ意味がある。

 

 

――姉さん

 

 

姉を殺した上弦の弐。それを殺すためだけにしのぶは全てを捧げてきた。

沸々と、怒りが、憎しみが、恨みが、蓋をしていた心の内から這い出てくる。

握りしめたしのぶの刀からする独特の音が、異常に優れた聴覚を持つ善逸の耳に届く。

 

刃の部分が大きく削ぎ落とされ、剣先にしか刃がない独特の刀は、鞘に収めることで仕込む毒を調合できる仕掛けが施されている。

 

しのぶが調合するのは、現状最も強力な毒。いつか上弦の弐を殺すために、執念と、呪いと、殺意を込めて、作り出したしのぶの全て。

 

復讐心に支配され、心の内から湧き出した怒りに身を任せようとしていたしのぶの頭に過る二人の顔。

 

禰豆子。

努力家でどこまでも優しい、自分をこれでもかと甘やかしてダメにしてしまって、なのにたまに厳しくて。

本当は寂しがり屋で、だから余計に一緒にいてあげたくて甘えてしまって。

最近、弟子になったばかりなのに、もう随分と自分の深いところまで踏み込んできた。

 

カナヲ。

妹で、家族で、弟子で、しのぶにとってずっと一番大切な存在で。

勝手に鬼殺隊に入ったりして、少しだけ前に進もうとして、自分を慕ってくれていて。

自分なんかよりずっと才能があって、きっとすぐに追い抜かれてしまうし、喜ぶべきことなのに、でもそれは何だか嫌で、そもそも戦ってほしくなんてなくて。

 

――しのぶは鬼殺隊を辞めなさい。

普通の女の子の幸せを手に入れて、お婆さんになるまで生きてほしいのよ。

 

死に際の姉の言葉の気持ちが分かる。大切な人が鬼と戦うだなんて自分が戦うよりもずっと怖い。

二人の弟子を強くするために指導しているのに、戦って欲しくはないという矛盾。自分がもっと強ければ、賢ければという傲慢な無念。

 

分かっている。

自分がこうして姉の言葉を、その死に際の言葉でさえ無視をして戦い続けているように、二人の意思を止めることなんて出来はしない。

 

ならば自分は見守ろう。出来る限りの技を教え、知識を与え、過保護なほどに手を出すのだ。

 

失うのはもう嫌だった。

守りたい存在、守らなくてはならない存在。過去にすがる自分が、唯一未来に繋ぐと決めた存在。

 

体の力を抜く。自分の未熟さを反省するのは後で良い。復讐も怒りも、持ち出すべきは今じゃない。今は少しでも早く、弟子達の元へ行かなくてはならないから。

 

守ると決めたものを、守るために。

 

 

「さっさと片付けて禰豆子さんとカナヲの所へ行きますよ」

 

 

相性最悪の二人はこの日初めて並び立ち、下弦の肆・零余子に刀を向けた。

 

 

 

 

 

禰豆子とカナヲのコンビネーションは意外な程に良い。これはひとえに、それぞれの役割がはっきりしているためだ。禰豆子が行動し、カナヲが続く。

 

「カナヲ、お願い!」

 

不規則に動き回っていた禰豆子とカナヲが縦に並んで走り出した。これは累の糸による攻撃を一ヶ所に集めた方が、分散され不規則になる攻撃よりも捌きやすいという判断であり、二人の役割をより明確にするためでもあった。

 

 

――【花の呼吸・肆ノ型 紅花衣】

 

つまりはカナヲによる防御と、禰豆子による攻撃。

楕円を描くように振られた刀は糸を斬り裂き、それと同時に、背後にいた禰豆子が駆け出し、累へと迫る。

 

累はその場から少し下がると、目の前に糸の壁が出現する。密集した糸の強度は攻撃に用いられていた糸とは比較にならない。直感的にこれを斬ることは出来ないと判断した禰豆子は目前で回転するように回避し、後方へ飛んだ。

糸にかすっていたのか着物の袖の先がスッパリと斬り落とされている。

 

「こういうのも面白いだろ」

 

累が編むように両手を動かしていくと、糸が絡み合い、捻れ、太くなっていく。作り出した糸を四方に飛ばすと、糸は花開くように解け、それぞれが木や岩に絡み付いた。

 

「カナヲ!役割交換!」

 

累の意図を察した禰豆子はカナヲを下げて刀を構えた。

 

直後、糸によって引っこ抜かれ、降り注ぐように投げられた太い木や岩。全集中の呼吸の使い手であれば決して斬れない硬度ではないが、禰豆子もカナヲも、一流の剣士ではあっても、その肉体は女性。一部例外(桃色不思議生物)を除いて、男性に比べ力が弱いのは女性剣士の宿命だ。木や岩を連続して斬り続けるのは難しい。

 

故に禰豆子は斬らないことを選択する。使う力を最小限に、流れをそっと逸らすように受け流す。

 

――【水の呼吸・拾壱ノ型 凪】

 

直感と視覚を頼りに、木を、岩を、逸らし、流し、落とす。5秒にも満たない時間に降り注いだ木や岩をそうして防ぎ続けた。

 

「禰豆子ちゃん!」

 

無傷のカナヲを守るように目の前に立っていた禰豆子が膝を突いた。地に落ちる刀の金属音。禰豆子の日輪刀はその半ばから折れてしまっていた。あまりに繊細で緻密な作業、少しの狂いが刀に大きな負担となる。守り切ったものの、刀は負担に耐えられず破損し、禰豆子は立っていられない程に消耗していた。

 

禰豆子とて、全ての攻撃を逸らせたわけではない。直感に従い、致命的な攻撃のみを逸らすのがやっとであった。左足の太ももには枝が突き刺さり、岩がぶつかったのか額からは血が流れている。服で隠れているが防ぎきれなかった岩や木が全身に降り注いでおり、禰豆子の体はボロボロであった。

 

筋肉を酷使した影響か、震えが止まらない腕で何とか腰からもう一本の刀を抜く。月明かりに照らされた青い刀身が、禰豆子に立ち上がれと叫んでいる。

 

「カナヲ、距離を詰めないと。もう一度あれをやられたら今度は防げない。二人で一気に突っ込もう」

 

「その体じゃ」

 

「大丈夫、私、長女だから」

 

強がるのが長女の仕事。

心配そうなカナヲに笑顔を向ける。苦しい。痛い。辛い。全部飲み込んで立ち上がる。

累は攻撃をしてこない。累にとって、脅威ではなく遊びの範疇なのだ。

 

油断している、慢心している、弄んでいる。

 

大いに結構。それを感謝こそすれ、バカにするなと息巻くほど禰豆子は自分を過信していない。

 

禰豆子は自分を繕うことをしなかった。強く見せることがこの場合、有効ではないと判断したからだ。心配するカナヲには申し訳なかったが、禰豆子は必要以上に消耗した姿を晒した。

 

実際、余裕はない。全力で技を振るうためには、残された余力を全て、次の技に込めるしかなかった。

 

 

「禰豆子ちゃん……」

 

心臓がうるさい。体が熱い。

ボロボロになって自分を守った禰豆子を前にして、カナヲに大きな変化が訪れる。

 

 

カナヲにとって禰豆子という存在は不思議だった。

全部どうでもよくて、何もかもが並列で平坦で同率のカナヲの世界に、大きな波をたてる存在。表や裏では計れない、選べない、想いや信念というものを教えてくれる人。

しのぶがカナヲを導く蝶であるのなら、禰豆子は暖かくカナヲを照らしてくれる光だった。その光に照されてカナヲは世界がより見えるようになって、大切なものや、自分の心の内にある想いや、そういうものが何となく分かるようになっていた。

 

それはずっと昔、何もなかった自分を救い、一枚の銅貨でカナヲが歩いていけるように指し示してくれた、しのぶの姉、胡蝶カナエのように。

 

カナヲの中に芽生えていた何かが膨れ上がって溢れる。

それは心。人間の原動力たるそれが、爆発する。

いつかの記憶。曖昧で朧気で、なのに心の奥底でいつまでも苛む悪夢。胡蝶カナエの死。

 

あの時感じたものにカナヲは名前を付けられない。ただそれはとてつもなく不快で、寂しくて、痛くて。

 

もう二度とそんな思いはしたくない。

 

 

「……禰豆子ちゃん、帰ったら頭撫でて」

 

「へっ?う、うん、良いけど」

 

戸惑う禰豆子も関係ない。分かってきた。これが心。これが想い。これが感情。

 

蝶屋敷で家事や怪我人の治療は上手く出来ないし、見様見真似で覚えた剣術が役に立てばと、無断で最終選別に挑み、突破して鬼殺隊に入った。

 

何となくだと思っていた。自分に出来そうだったからやっているのだと。

 

でも違った。

 

自分やしのぶや禰豆子や、普通に生きているだけの人から何もかもを奪おうとする鬼が許せなくて。

 

大切なものを二度と失いたくなくて。

 

だから自分は、鬼殺隊に入ったのだ。

 

カナエの形見である蝶の髪飾りを触る。禰豆子の後頭部にも同じような髪飾りがあった。

 

『お揃いだね』

 

蜜璃さんみたいな色だしカナヲとお揃いっぽくしたよ、と笑う禰豆子に、カナヲは何も返せなかったけど、本当は胸がいっぱいで、嬉しかったのだ。あの時は伝えられなかったことも今なら伝えられる。

 

嬉しいって伝えたい。

ありがとうって伝えたい。

友達だよって伝えたい。

 

しのぶにだって伝えたいことが沢山ある。他の蝶屋敷の皆にも。

 

 

カナヲの覚醒。

それは戦況を大きく変えた。

 

――【花の呼吸・伍ノ型 徒の芍薬】

 

 

「はっ?」

 

それは累が思わず呆けてしまう程の神速。いや、正確には累の瞬きの間に視界から外れ、死角を移動することで瞬時に移動したように見せた体術。

カナヲの並外れた視力は、累の瞬きの瞬間と、視点を察知し、作り出されている死角を見抜いた。

誰に習ったわけでもなく、本能的にカナヲは累の隙を突いたのだ。

 

無防備な累に放たれる【花の呼吸・伍ノ型 徒の芍薬】。

 

花開くように四方八方から放つ連撃は、累が咄嗟に生み出した糸を斬り裂いて突き進み――

 

 

「私が!皆を守るっ!」

 

 

――その頚を天高く斬り飛ばした。

 




大正こそこそオマケ話

( ̄□ ̄;)!! 密璃「禰豆子ちゃん、それは!?」

(。・_・。)ドヤッ 禰豆子「ああ、蝶屋敷では皆つけてますし、私も作ってみたんですよ」

(|| ゜Д゜)アウアウ 密璃「そ、そんなのつけちゃったら本当にしのぶちゃんの弟子みたいじゃない!可愛いけど!」

( ̄д ̄)エー 禰豆子「本当にしのぶさんの弟子なんですけど」





(*´ー`*)テレッ 禰豆子「でもほら、この色、密璃さんみたいだなって選んだんですよ」

(>w<*)カワイスギ 密璃「禰豆子ちゃん好きー!」


一瞬で機嫌直った。




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8話 冨岡義勇

気がつけば久しぶりに……。
やっぱり戦闘描写が苦手過ぎる。

感想・評価ありがとうございます。
原作は無事完結しましたが、また違う結末を目指して頑張ります。




零余子の血鬼術の原型となるのは植物。植物とは人間が到底知り得ない程の種類が存在し、その性質は様々。

強度は大したことはなくとも、多様性と汎用性、近距離から遠距離までこなすその攻撃手段の多さこそが、零余子の血鬼術の厄介さであった。

しかし、しのぶは既にこれを攻略する戦法を発見していた。それは善逸の奮闘によって判明した事実であり、考えてみれば当然のこと。

 

結局のところ、操っているのは零余子である、ということだ。

 

――【雷の呼吸・壱ノ型 霹靂一閃 六連】

 

――【蟲の呼吸・蜈蚣の舞 百足蛇腹】

 

落雷の如き音と共に姿を消した善逸が残像すら残さずに一瞬の内に移動しては、植物による攻撃を砕き、しのぶは、地を割るほどの踏み込みで、四方八方にうねるように飛び回り攻撃をする隙すら与えずに接近する。

 

操る零余子に捉えられない以上、攻撃が定まらない。善逸やしのぶが避けるまでもなく、植物による攻撃は空を切っていく。零余子はそれでも攻撃を繰り返しながら後退し、二人との距離を一定に保つことは徹底していた。順応によって力を手に入れ、万能感から攻撃的な性格になって尚、零余子の攻撃は自身の安全の確保を確実にした上での選択であることは変わりなかった。

 

 

しかし、だからこそしのぶにとっては読みやすい。誘導しやすい。

 

 

「いい加減死ねよぉおおお」

 

 

――【血鬼術・斬葉雨(ざんはう)

 

捉えられない敵に対して、零余子が放ったのは葉の雨。血鬼術により硬度を増した葉が刃となって降り注いだ。一つ一つの威力は小さくとも、善逸としのぶの機動力を削ぐには十分な役割だろう。

 

「想定通りです」

 

葉の雨が降り注げば、無作為に高速移動することが出来なくなるため、確かに二人の機動力を削ぐには十分な働きではあるが、それがしのぶの狙いでもあった。

 

「善逸君、敵の鬼を指定の位置に誘導してください」

 

善逸の聴力は人の心音を聞き取れる程の精度を誇る。しのぶがすぐ隣にいても聞こえないほどの小声で指示をしてもそれを聞き取ることができる。これによって敵を気にすることなく、指示が出来るため、即席であっても抜群のコンビネーションを可能にしていた。

 

しのぶは頑なに認めることはないだろうが、しのぶと善逸の戦闘スタイルは似ている。

 

それはつまり、速攻。速さで敵を翻弄し、必殺の一撃を放つ。

 

零余子は状況に応じて術を使い分ける程に頭が良くその多彩な攻撃は厄介だ。しかし、今の状況はその利点を削いでいる。多彩であるはずの選択肢をしのぶによってコントロールされているのだ。

 

【血鬼術・斬葉雨(ざんはう)】は確かに機動力を削ぐことが出来る。しかし、だからこそ、零余子は無意識に安全だと思い込んでしまった。

 

安全は、慢心と油断を生み出す、甘い蜜()となる。

 

「そろそろ、ですね」

 

僅かな安心による毒。

零余子が徹底して保っていたはずの互いの距離は、いつの間にか僅かに縮んでいた。その僅かに縮んだ距離こそが、致命的。この距離はしのぶにとって一足一刀の間合いなのだから。

 

――【雷の呼吸・壱ノ型 霹靂一閃 六連】

 

零余子の血鬼術を稲妻の如く走る善逸が砕き、裂き、蹴散らす。空中に散布されていた【血鬼術・斬葉雨(ざんはう)】によって切り傷を受けながら、善逸は最高の役割を果たした。

 

「上出来です、善逸君」

 

善逸の奮闘により、零余子としのぶを遮るものはもう何もない。雷の如き閃光の横を、蜂のように鋭く横切る。

 

 

――【蟲の呼吸・蜂牙ノ舞 真靡き】

 

神速。

鬼の頸を斬れない胡蝶しのぶの特化した必殺の突きが、認識する間もなく零余子の目前にまで迫り――――

 

「しのぶさんっ!」

 

――閃光と轟音。

それがしのぶに直撃する寸前、動いたのは善逸だった。

誰よりも早く、彼の耳はそれが飛来する音を捉えていたのだ。

 

善逸は臆病だ。情けなく、卑しく、女々しい。ただそれは彼という人間性の上澄み、にがりのようなもの。

 

彼の本質は、優しさと一途さ。

気絶しながら戦う善逸が、刹那の時の中で考えていたのは、しのぶが傷付けば禰豆子が悲しむという、ただその一心。

 

飛び出した善逸は、その察知能力の高さで、音速すら越える光速の一撃を――ほんの指先一つ分、超越した。

 

「なっ!?」

 

僅かにしのぶに触れる指先。

その指先でしのぶの羽織を摘まみ、回転。宙で足場もなく、体重も軽いしのぶは、善逸と入れ替わるように、弾き飛ばされた。

 

しのぶの視界に写るのは、閃光に呑まれる善逸。

 

「愉快、愉快!楽しいのぅ、虫のように這っておる」

 

突然の状況に、混乱しながらも、自分が善逸に庇われたのだ、と瞬時に理解したしのぶが、地に伏した善逸を庇うように移動すると、目の前には二匹の鬼。

 

 

「腹立たしい。下弦の弱さも、蝿共の煩わしさも」

 

 

黒い長髪、額には二本の太い角、左手には錫杖――瞳には、上弦と肆の文字。

 

 

「積怒よ、久方振りに離れたのだ。楽しもうではないか」

 

「可楽、お前と混ざっていたことも腹立たしい」

 

もう一匹、全く同じ容姿をした、右手にヤツデの葉の様な団扇を持った鬼。こちらも瞳には上弦と肆の文字が刻まれている。

 

 

「ならば、この娘は儂がもらうぞ。柱を殺すのは格別だ」

 

「さっさとしろ、儂はさらにイライラしてきた」

 

詳細は分からないが、上弦が二匹。まだ息はあるものの、ダメージの大きい善逸を背に、しのぶは自らの不利に冷や汗を流す。

 

しのぶは柱とはいえ、複数対一を得意とする剣士ではない。

しのぶの剣術は『刺す』ことに特化しており、刺す、とはつまり刀が一本である以上、その対象を一つに絞る必要があるからだ。

 

そして、鬼狩りのセオリーとして、同形の鬼が複数体同時に出現した場合、それは同時に殺すか、全て殺さなくては滅することができない。

 

しのぶの剣術とも、毒という唯一無二の武器とも、極端に相性が悪い。

 

状況は最悪だった。

 

「は、半天狗様ぁ!?何故、ここに!?」

 

零余子の素っ頓狂な叫びは、この鬼の参戦を零余子もまた知らなかったことを意味する。

 

「無惨様はお前達下弦に何の期待もしていない。虫一匹殺せぬ下等なお前達には」

 

「カカカッ、積怒は厳しいの。弱いのが面白いのではないか」

 

しのぶ一人であれば、僅かな勝機であっても、鬼を、況してや上弦を前にして、逃げるなどありえなかったが、背後には善逸が、そして、この山のどこかでは、まだ戦っているかもしれない弟子達がいる。

ここに上弦が現れた以上、そちらにもまた、相応の鬼が加勢している可能性は否めない。

 

善逸や弟子達のことを考えればここは逃走しかない。

しのぶは、自らの復讐心を必死に抑え、善逸の襟を掴む――が、すぐにそれを離した。

 

自らの体重よりも重い善逸を持ったままでは、いかにしのぶが神速の持ち主であっても逃走は難しい。況して、敵には植物を操ることができる零余子がいるのだ。逃走経路は(ことごと)く潰され、邪魔をしてくることは間違いない。

 

しのぶの導き出した結論――逃走は不可能。

 

 

「し、のぶ、さん?」

 

善逸が目を覚ましたのは、その、あまりに穏やかな心音のせいか。

不穏な気配を感じ取ってのことか。

 

「善逸君、足は折れてませんね。直ぐに立ち上がって出来る限り遠くに逃げてください。既に私の鎹鴉が増援を呼んでいますので、そこまで全力で駆けなさい」

 

痛む体を無理矢理起こし、立ち上がった善逸にしのぶが微笑む。あまりに美しく――朽ちるように儚げな顔で。

 

「私がなんとしてでも食い止めますので」

 

「そ、そんなぁ!逃げましょうよ!勝てっこない!」

 

善逸とて分かる、対峙している鬼の強さ。

何百、何千という人を喰ってきた、死の気配。かつてない圧倒的、悪。

しのぶが柱であり、自分よりもずっと強い剣士だと分かっていても、上弦二匹と零余子が相手では、勝てるとは到底思えない。

 

「カナヲには、復讐は考えないように、と。禰豆子さんには、カナヲを頼みます、とお伝えください」

 

「嫌だよぉ!一緒に逃げようよ!」

 

しのぶの言葉はつまり、この場で自身が死ぬことを確定した未来とした上でのものであり、遺言だ。それを聞いて、やはり勝てぬ戦いなのだと理解して、しのぶが死んでしまうと確信して、それでも逃げるという選択肢を善逸はその性格上、取れずにいた。

 

「カカカッ、話は終わったか?小僧は逃がしても構わぬぞ?――いや、こういうのはどうじゃ、小娘が生きてる間は儂らは小僧を追わん。積怒、良いだろ?」

 

「好きにしろ。儂は知らん」

 

 

鬼は遊び感覚。しのぶにとっては都合が良い話だった。自分が耐えれば耐えるだけ、善逸が生き延びる確率は上がり、ここで敵を釘付けにすればするほど、カナヲや禰豆子へ向く戦力を減らすことができる。

 

しのぶは覚悟を決めて刀を鞘から抜いた。

 

しのぶの刀は鞘に収めることで仕込む毒の変更、調節をすることが出来る仕組み。鞘から抜けば、もうこの毒での一発勝負だ。場合によっては、しのぶの稼げる時間は一瞬。

 

「――善逸君、行きなさい!!」

 

命を賭けたしのぶの戦い。

ここで自分が逃げなければ、それが無駄になってしまう。なのに、足は動かない。逃げることも、加勢をすることも、出来ぬまま石のように固まっている。

そんな善逸を待つことなく戦局は動く。

 

動き出した可楽に、しのぶはいよいよ特攻を仕掛けようと構えた――その刹那。

 

 

――地を踏み締める爆撃のような音と同時に、木々を粉砕し、暗闇から飛び出す、紅蓮の影。

 

 

「カカカッ、これは、これは。お前を殺せば無惨様が大層お喜びになられるぞ――」

 

 

唖然とするしのぶを守るように現れたのは、赤銅色の長髪を揺らし、狐の面を着けた男。緑と黒の市松模様が鮮やかな着物を羽織り、右手には長い刀。

 

「――竈門炭治郎」

 

その男、竈門炭治郎は静かに面を外し、燃えるような瞳で半天狗を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。

 

 

「カカカッ、金剛石をも砕く俺の爪を防ぐとは!お前、柱か!」

 

「……俺は柱じゃない」

 

 

二匹の鬼を前にして、傷付いた禰豆子と、カナヲを庇うように立ち、冨岡義勇は至って冷静に、冷たく、その刃先を向けた。

 

 

「――だが、お前は殺す。俺は頭にきている」

 

 

役者は揃い、戦いは新たな局面へと移行しようとしていた。

 




シリアス過ぎておまけが思い付かなかった……。おまけスランプです。そんなわけでアンケートをさせてください。


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