憑依転生・怪力乱神の英雄譚 (陣禅 祀)
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第一話

思い付いて衝動的に書いたものになります。
TS?ふざけんな!とか、サラーサは本人が至高なんだ!という方はブラウザバック推奨。私もサラーサ推しとしては本人可愛い最高の人なんですがね…(じゃあなんで書いてんだよ)
繋げながら書いてるので読みづらいかもしれませんが、それでも構わないという方はどうぞ。
※現段階では他のグラブルキャラを登場させる予定はありません。

2020/3/11 一部修正。主人公とベルのやり取りの部分です。
2020/3/20 誤字修正。ジャック・オー・ランタン様ご報告ありがとうございます。


突然ですが問題です。

俺、更級 朔(さらしな さく)18歳高校三年生男子はつい先程死にました。車に()かれて。記憶は曖昧(あいまい)だけど、多分そう。

そんで、気が付いたら頭から倒れている最中で、地面と熱烈なキスをする直前だった。

受け身をとる猶予(ゆうよ)すら与えられず、そのままべしゃり。痛む顔を(さす)りながら起き上がって座り込む。

どうも壁の(くぼ)みから出てきたようだが、その窪みは見る間に(ふさ)がれて最早周りの壁となんら変わらなくなってしまった。昔学校行事で見学に行った廃坑の坑道みたいなとこだなここ。

あと、なんか下向いたらやけにデカいメロンがふたつついてました。重いです。あぁ、スカートって初めてはいたけどかなりスースーしますね。落ち着かない。元々落ち着いてないけど。

さて、ここはどこでしょう?そして俺はどうなったのでしょうか?

 

「正解はッ…!」

 

「わっかんねぇよチクショウめぇ!!」

 

いかん、取り乱して叫んでしまった。落ち着かなければ…失念してたけど、もしかしたら熊とかがいるかもしれない。熊って好奇心旺盛だから、もしいるならこっち来るかもしれないではないか。阿呆ねぇ俺。

 

まぁ、結論から言いますと、女の子になっておりました。髪長いな、腰より下まであるじゃん。

うーん、あれ?ちょっと待てよ…この服見覚えあるな、もしや?

顔が思わず引き攣るのを感じながら、ぺたぺたと()()()()()()()()()()()()()()()を触る。

あー…種族は確定しましたね、グラブル…グランブルーファンタジーに登場する、『人間』と総称される四大種族が一、ドラフ族だ。男性は筋骨隆々の大男、女性はおっぱいおばけの低身長、つまるところロリ巨乳でお馴染みだよなー。

ドラフの女性、いや少女か。それにこの独特の意匠の服装的に、九割九分九厘サラーサだ。鏡かなんかで見ないことには確定できないけど。あとは……そうだな、籠手(こて)やブーツといった豪奢(ごうしゃ)な装備品が無いな。サラーサが立ち絵や初期絵、三凸絵なんかで羽織ってたコートの代わりに襤褸切(ぼろき)れのような外套をつけている。見られる範囲でわかるのはこの程度か。

わぁい、(多分)推しそのものになれたよ、やったねー!

 

「………いや、なんでやねん…」

 

頬を思いっきりつねってみるが痛いだけで目が覚めるなんてこともない。

 

ため息をつき、ガシガシと頭を掻いていると、目の前の壁が(ひび)割れ始めた。すわ同類の登場かと淡い期待を抱き、少し距離をとって眺めていると───ぞわりと背筋が冷たくなった。

今目の前で現れようとしてるコレは、同類でもなければ友好的なモノでもない。確実に。

そう直感し、慣れない身体ではあるが身構える。

とにかく、サラーサの肉体なんだ。検証すらできてないけど、単身で巨大な魔獣さえ(ほふ)膂力(りょりょく)の持ち主の肉体なのだから、余程のことが無い限り遅れはとらないだろうし逃げられるはず。

よし!来るなら来やがれ、返り討ちにしてやる…!

 

こちらが覚悟を決めたのを見計らったかのように、壁面が崩れ、小さな影がいくつか飛び出してきた。

緑の皮膚、血走った目、耳まで裂けた口、設定通りであれば身長136cmのサラーサよりも小さい身体の亜人型の魔物…うーん、ゴブリンですね間違いない。

グラブルの世界で坑道といえばバルツだが、ここは全然暑くないから多分違う。それにこんな変な、魔物の発生のしかたは聞いたことがない。壁から出てくるとか初耳だ。魔力が淀んで発生するっていうが、壁から出てくるんじゃなくて淀んだ魔力が実体を持つ感じで生まれるんだと思うんだよなぁ。そもそも坑道自体がこんな自己修復能力を備えてる訳がないし、ここ、下手したら星晶獣の内部か?

っと、それよりゴブリンだ。とりあえず一撃入れてから逃げるかどうか考えよう、倒せるかどうかだけは要確認だ。

瞬時に肉薄し、相手がこちらを認識できていない間にまずは一体、胸部に拳を叩き込む。ドッ、という鈍い音に続いてパキンと澄んだ音がしたかと思うと、ゴブリンはザァァ…と足元から次第に灰と化して消えてしまった。

 

「───え?」

 

は?え?ゴブリン、仕留めたよな?今。え?なんで灰に…

次の瞬間。ぞわりと悪寒が走って背筋が凍り、身体が硬直して、ゴッ、と鈍い音と共に頭に衝撃を受けた。

視界が明滅し、一瞬平衡感覚を失う。飛び掛かられてアームハンマーで殴られた、と中空から自由落下するゴブリンの姿を視覚に捉え、理解した。

 

「──っのやろッ!!」

 

ふらついたのを耐えるために一歩踏み出し、そのままの勢いを乗せて頭を殴ってきたヤツの顔面に拳をご馳走すると、水風船か何かのようにパァンと破裂した。血、肉片、脳漿、骨片…色々なものを浴びた。臭い、気持ち悪い、吐きそう。

しかし後ろに回り込む気配を感じ、吐き気を(こら)えて回し蹴りで吹き飛ばす。破裂音に混じってパキンと何かが割れる音が聞こえた。よし、よくわからんが生きてるのはあと一体だけのはずだ。

 

「ギィィッ!!」

 

無事なヤツは雄叫びなのだろうか、大声をあげながら腕を振り回して突っ込んできた。

こちらも肉薄し、勢いそのまま手首に裏拳(うらけん)を当てて腕を弾き飛ばして、もう片方の手で顔面をひっ掴んで地面に叩き付ける。

ごしゃりと林檎のように頭蓋(ずがい)が砕ける感覚、だらんと力を失う肉体。

 

「はぁ、はぁ…(サラーサ)のカラダが凄いのか、ゴブリン共が弱すぎるのか…とりあえず、なんとかなりそう…ぐっ」

 

アドレナリン切れたか?痛む頭を押さえると、手にべっとりと血がつく感触。ヤバい、頭割れてたのかよ…。

頭に強い衝撃を受けた直後に激しく動いたのもあって、先程堪えた吐き気がまたせり上がってきた。立っていられなくなってうずくまり、堪え切れずに吐いてしまう。

 

「うっ!?おえぇぇぇ…」

 

吐いても出てくるのは透明な液体だけ。当然か、だって何にも食べてないもんな。他人事のようにそんなことを考えていたが、頭がぼうっとして、意識が遠のく。あー、やば…い…な…

 

『あっ!?キミ、大丈夫!?しっ───』

 

誰かの声が聞こえるのを最後に、俺は耐えきれず意識を手放した。

 

***

 

「……う」

 

知らない天井…ではないな。これさっきいた坑道の天井だ。

 

「あ、気が付いた?」

 

声の方を向くと、白髪にルベライトの瞳を持つ少年がいた。

 

「…あのときの声、お前か?」

 

頭に痛みは無い。吐き気もない。顔や肌が一部べたべたするし生臭いが。まぁ行動に支障はなさそうだし、とりあえずサラーサの口調くらいは真似ながら彼に話を聞いてみよう。

 

「あ、うん。怒鳴り声が聞こえたから、怖いもの見たさで…そしたら君がゴブリンと戦ってて。そのあと倒れたから驚いたよ。あ、ポーションで頭の傷は塞がってると思うけど、下級のやつだからはやく戻ってちゃんとした治療受けた方が良いと思う」

 

若干頬を染めて決まり悪そうに笑う少年。この少年は信用できる、なんとなくそう直感する。これ、サラーサの『野生の勘』ってヤツなのかな?

 

「ふーん、そっか。ありがとな!仲間でも知り合いでもないのに助けてくれて」

「い、いやぁ。困ってる人を助けるのは当たり前だから…」

「へえ…あ、そうだ。お前、名前はなんていうんだ?あたしはサラーサっていうんだ」

 

当たり前、か。純粋だなぁ…俺だってまだ18なのに、眩しいねぇ。

 

「えっと、僕はベル。ベル・クラネルっていうんだ。よろしくね、サラーサ」

「ベルっていうのか。こっちこそよろしくな!」

 

俺の知る限りグラブルにベル・クラネルなんてキャラクターはいなかった。となると、空の世界であるなら俺がまだクリアしてないストーリーの登場キャラか、偽名を使ってるか、ストーリーに取り上げられないその他大勢(モブ)か。それともここがまた別の世界なのか。このどれかになるんだろうか。でもこんな目立つ容姿でその他大勢(モブ)は無いだろう。どちらにせよ、できれば空の世界が良いなぁ…でも俺がガチでサラーサに憑依してるとかだったら空の世界は勘弁願いたいな、全空の脅威(世界のバランサー)でいられる気がしない。

 

「よっと。なぁベル、ここ何処だ?」

 

上体を起こし、にへら、と笑いながら聞いてみる。

 

「え、ここ?な、なんでそんなことを?」

 

明らかに困惑してるな、まぁ当然っちゃ当然か。

てかさっきから俺の胸をチラチラ見てんのわかってんだからな。ずっと真っ赤な顔しやがって。気持ちはわかるが!

 

「いやー、あたし気が付いたらここにいてさー。訳わかんなくてあわあわしてたらさっき壁からゴブリンが出てきたんだよ」

「えぇ~!?じゃ、じゃあ……ここで気が付くよりも前のこと、何か覚えてたりは…所属してるファミリアとか、ご両親の名前とか生まれたところとか」

 

素頓狂(すっとんきょう)な声をあげて、本気で心配してくれているらしいベル少年。まぁ記憶はあるけどさ、言ったところで意味無さそうだし。覚えてないで通そうかね。

 

「んー。わりぃ、わかんないや」

 

暫く考える素振りをしてから、苦笑してそう返す。

 

「うーん、そ、そっか…じゃあ、とりあえずここから出よう。案内するよ」

 

 「き、記憶喪失なのかな…エイナさんに相談しなきゃ」とかぶつぶつ言っていたが、「あ、こっちだよ。ついてきて」と歩き出したのでついていくことにする。

まぁこんな魔窟に居るべきではないのは自明の理だ。悠長にいたらまた複数に襲われて今度こそお陀仏になるかもしれないし。

 

「ゴメンな、ベルもやることあっただろうに」

「あはは、大丈夫だよ。本当は探索する予定だったんだけど。僕の担当をしてるエイナさんってギルド職員の人に『冒険者は冒険しちゃダメ!』って何度も言われてて、いつも一、二階層で探索してるんだけどね…実は今回はその言いつけを破ってこっそりこの五階層まで腕試しに来てたんだ」

「お前…」

 

とりあえずジト目を向けておく。いくらその無謀がなければ助けてもらうことは無かったとはいえ、そんなことしちゃいけないでしょうよベル少年。

 

「うっ…。だ、だからね?こうして君に会ったのも、『危ないから早く帰れ』っていうことなんじゃ、ないかなぁ…って。あはは…」

 

しょぼくれちゃって、まぁ。一応フォローと釘刺しくらいはしとくかな。

 

「…その無謀に助けられたんだし、別に良いけど。命あっての物種で、弱いやつも強いやつも、油断するとすぐに死ぬってこと、忘れんなよ。それはお前も、俺…じゃなかった。あたしも、もっともっと強いやつでも変わらないんだからな」

「き、肝に銘じます…」

「わかればいいぞ!じゃ、なんか嫌な予感するしさっさと帰ろうぜ!」

「うぅ……あ、うん。わかった、ちょっと急ごうか」

 

地図を片手に、ベル少年は先導してくれている。もう片方の手は得物なのだろう短刀に添えられており、いつ魔物…じゃなかった、モンスターと遭遇しても対処できるようにしているようだ。さっきはがっくし肩落としてて涙目だったけど。

こうして背中を見上げてると、ちょっとは頼れそうだと思うんだから不思議だ。よくよく見れば、線が細いとは言ってもきちんと筋肉はついている。ただのもやしじゃないぞ、というところか。

 

────ヴヴォオオオオオオオオオオッ!!

 

ぞわり、と肌が粟立(あわだ)つ感覚、雑魚(ゴブリン)に頭かち割られた時とは比にならない、背中に氷水を流し込まれたような強烈な悪寒がした。本能が警鐘を鳴らしてる、死ぬぞって。死ぬから逃げろって!同じくらいに『戦え!』とも言ってるけど、さっき『いのちだいじに』って説いたとこだからな!逃げるしかないし戦うのは追いつかれた時の最終手段だ。

 

「…え?今の声…いや、鳴き声?な…」

「HAHAHA、不味いぞベル。いくぞ、走れ!やべーのが来てる!階段はどっちだ!?」

「うえっ!?え、えっと…こっち!」

 

正しく脱兎だ。地図を一瞥して確かめると、俺を背負って走り始めた。…ん?

 

「うぇっ?ちょっべるなにしてなんでおれおぶわれて」

「逃げるんでしょ!?それに君はさっき頭を怪我して、気を失ってたんだか『ヴヴォォォォォォォォォッ!!』ひぃっ!?」

 

来やがった!…ゑ?なんだ?興奮し充血した双眸(そうぼう)、歯を剥き出しにした口からまき散らされる唾液、まぁこの辺は発狂してたりしたらわかる。問題はだな、御立派な一対の角と牛の頭に、人間の身体を持ってることなんだよなぁ!しかもめっちゃデケェ!説明不要?いいや説明を要求する!

 

「んだあいつ!?ミノタウロスぅ!?」

「は、はひいぃっ!?ミノタウロス!?」

 

ぶち飛ばしていくぜぇ!!な速度で迫って来る巨体。俺という重りを背負っていながらかなりの速度で疾走するベル少年。あ、でもこれわりとすぐ追いつかれそう。

 

「…ベル。もしやばくなったら、あたし置いてって良いぞ。お前の方がきっと足は速いだろうが、あたしの方が力は強い」

「…っ!できないよそんなこと」

「なんでだ?こういうのは必要なことだぜ。いざとなったら生き残る可能性の高い方を逃がして、低い方は時間稼ぎに徹するなんて常識だろ」

「だって!サラーサ…震えてるじゃないかっ」

 

…うるさい、お前だって一緒だろ。

 

***

 

あれから何度かベルが攻撃を敢行してみたり何か投げてみたり、と色々試みていたが、結局効果無し。というか結局俺はベルにずっと負ぶわれている状態。

嗚呼、万事休すってヤツなのかな…行き止まりだ。

勢いを殺して、何とか壁と激突する前に止まれたベルから降りて、反転する。

圧倒的優位に立つ強者(追う側)であるミノタウロスは、これから獲物を甚振(いたぶ)れる喜悦に顔を歪めて、ゆっくりと歩いて近付いて来ていた。

 

ちらりとベル君を見てみると、絶望一色の表情。凄いな、俺という荷物を背負ったままここまで走ってきたのに気力体力を使い果たしましたって感じじゃない。ギリギリだけどまだ走れた感じだこいつ。

 

「さ、ささサラーサ」

「なんだよ、ベル」

「ぼ、僕が…ミノタウロスの、ちゅ…注意を、引く、から…!逃げてっ」

 

へぇ。歯の根も上手く噛み合わないくらいに…生れたての子鹿みたいに恐怖で震えている癖に、ここで男を見せようってことか。

ははっ、良いね。これは何がなんでも二人で生きて帰りたい、な。可能か不可能かはこの際置いておく。でもいざとなれば…

 

「…ヤだね」

「サラーサ!」

 

不恰好ながらも覚悟を決めた表情で、ベル君が抗議の色を含んだ声をかけてくるのを横目に、一歩前へ出る。

 

あたし()は強者じゃないといけないんだ」

 

〈弱者は全てを奪われる。強者は弱者の全てを手に入れる。〉弱ければ全てを失う。命さえ。だから。

 

『ヴォッ』

 

(なぶ)る気満々の、恐らくミノタウロスにとっては軽いジャブのような一撃。しかしこちとらただの人間。サラーサ本人ならともかく、俺はまともに喰らえば確実に死ぬか、死なずとも動けなくなる程の重いダメージを負うだろう。でも不思議だよなぁ、全然怖くないし、何なら()()()()()()()()()()()()()()()

 

「サラーサッ!」

 

先と言葉は同じでも、そこに込められた感情は全く違う。悲鳴同然のベルの声を聞きながら、ミノタウロスの拳を少し前進しながら流す。そのまま動作を繋げ…丁度伸びきる寸前の肘がすぐ横に来た。その肘に関節の非可動方向から渾身の肘鉄を打ち込む。

 

『ヴォオォ!?』

 

 肘関節を痛めた様子は無いが、まさか紙一重で躱され、あまつさえ反撃されるとは思っていなかった怪物が、思わずといった様子で若干後ずさる。

 

「ふぅ───…」

 

息を整え、ファイティングポーズをとる。

 

ミノタウロスの表情が驚愕から憤怒へと変わった。そして奴は…すぅ、と軽く息を吸い込む動作をとる。

咆哮か?鼓膜をやられると不味い。

距離を一歩深く深く踏み込んで潰し、その反動をバネにして鳩尾(みぞおち)にアッパーを叩き込む。

 

『ヴォガッ!?』

 

今度は良い手ごたえだ。何かしようとした動きは潰せたし。もう一撃といきたいが、欲張るとぐしゃっと潰されかねないので軽いバックステップで距離をとる。逃げている最中に感じていた恐怖は全くと言って良い程に鳴りを潜め、業火の如く燃え盛る闘争心が頭をもたげてきていた。負ける気は全くしないが、一撃貰えばそれでおしまいだと頭の中の()()(ささや)いている。

 

「ベル」

「…っはい!」

「正直勝ち目が見えない。さっきのは殆ど不意討ちみたいなもんだ。隙を見て逃げて助けを呼んできてくれ」

 

笑えるよなぁ、強くなければならないだなんて宣ったヤツがたったの一、二合で諦めてんだから。しかしそれが現実である。正直まさかこんな、運動音痴のゲーヲタやってた奴がほんの数時間程度でここまで(おそ)れもなく冷静に戦えてることに自分でも驚きを禁じ得ない。サラーサって直感型バーサーカーだったはずだよな?なんでここまで自己分析までできてるんだ?これが天性の才能ってやつなんだろうか。

 

おっと、まだ数秒しか経ってないのにこの牛野郎もう立ち直りやがった。普通えずいて暫く動けないだろあれ。

 

「そら、来いよ牛野郎。テメェより弱いヤツに一杯喰わされて大人しくしてるようなタマじゃねーだろ」

 

くいくい、と人差し指を動かす。さぁ、来やがれ。

 

『ヴゥオオオオオオオッ!』

 

ミシミシと音がしそうな程引き絞られた強烈な右拳が、風すら纏って迫る。さっきも思ったが最早拳じゃねぇ、ちょっとした面攻撃だ。

だが、それがどうした。()()()は全空の脅威、十天衆サラーサだぞ。全身全霊、全力を込めて踏み込み、正面から迫る拳に渾身の右ストレートで応える。

踏み込みの衝撃に地面が陥没するが、そんなこと構うものか。ミシリミシリと腕が軋み、一瞬の拮抗を経て右腕の骨が指先から肩まで尽く粉砕され、至るところが裂けて血が吹き出す。

だがそれは(ミノタウロス)も同じこと。寧ろ俺よりひどいんじゃないだろうか、あれ拳が骨ごと挽肉になってる。

 

「はっ、ザマァみやが───『ヴヴォオオオオオオオッ‼』!?」

 

しまっ…身体が動かない!?さっき咆哮止めてなかったら既に終わっていたと!?

本能が屈したような、身体の奥から湧き出るような恐怖に呑まれる感覚。だが、だが!ここで終わって堪るかってんだよ!

 

呑まれたのはほんの一瞬だった。しかし、その一瞬の好機を見逃すミノタウロスではない。無事な左手が伸びてきてがっしりと身体を掴まれてしまった。

 

「がっ……」

 

握り締める力が強まり、みしりみしりと身体が悲鳴を上げる。肺腑(はいふ)の空気が押し出され、骨が、(きし)む。

霞む目でミノタウロスの方を見れば、憤怒と愉悦をないまぜにした感情が見えた。

 

「……う、うぉおおおおっ!その人を、離せぇっ!」

 

俺に完全に気を取られ、ベル君の存在を忘れていたであろうミノタウロスの目に、ショートソードが突き立てられる。

は、はは。イケメンじゃん、ベル君。

 

悲鳴を上げ、俺を投げ捨てて目を押さえるミノタウロス。ってさっきの圧迫で無事な左腕も折れたから上手く受け身とれねぇ!息も吸えてない!

案の定、背中から壁に激突。元々無かったなけなしの空気が肺から押し出され、意識が明滅する。

 

──最後に見たのは、目を押さえて暴れるミノタウロスと、その場に尻もちをついたベル君だった。

 




如何でしたでしょうか?勢いに任せて書いてる感半端ないので、もしかしたらいつか書き直すなんてこともあるかもなんですが……
誤字脱字等ありましたらどうかお教え願います。


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第二話

二話目、ベル君視点、なんだかんだ一万字超です。
話数のストックは殆どないので、毎日更新は五話あたりで途絶えるかと……
セルフ校閲しながら推敲してるのが一気に投稿できていない事情です…()。
会話文が多いと台本形式の方が読みやすいんじゃないかと思えてきますが、それをやると情緒もクソも無いんですよね……。

何かしら投稿済みの話に修正入れた場合は最新話の前書きと修正した話の前書きに報告を入れておくことにします。

あ、第一話に若干修正入れました。掛け合いの違和感無くすのってやっぱり何度読んで書き直しても難しいものですね…。

2020/3/20 誤字修正。ジャック・オー・ランタン様ご報告ありがとうございます。


 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?

……現在進行形で間違っていると言えるかもしれないし、言えないかもしれない。

何故って──……

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼』

「ほあぁあああああああああああああああああああああああああっ⁉」

「叫ぶのはっ結構だけどっ落ち着いてくれないかっ?」

「ぜっ、善処しますぅぅ‼」

 

 御覧の通り、先程出会ったサラーサという女の子を背負い、ミノタウロスという化物に追いかけられ、死にかけている状況。

ミノタウロスにはLv.1の僕ではまともにダメージを与えられない。ダメ元で何度か試してみたけれど、やはり無理だった。怯ませるどころかまともに傷つけることすら叶わなかった。

 

 何十もの通路を抜けて、背中に女の子がいるのだからこれ以上格好悪いところなんて見せられない!と必死に駆け続けてきたけれど。

 ついに、行き止まりだ。正方形の空間。壁との熱烈な抱擁(ほうよう)なんて冗談ではないので、急ブレーキでつんのめりそうになりながら止まって、ミノタウロスの方に振り返った。サラーサは気が付いたら既に僕の背から降りていて、ミノタウロスと向かい合っていた。

 自分より一回りも二回りも大きな筋骨隆々の巨体に、壊れたような不細工な笑みを浮かべた牛頭。

 震えてガチガチと歯の根がかみ合わないし、足にあまり力が入らない。

 もうダメかもしれない。でも、だったら今隣にいる女の子(サラーサ)だけでも生き残ってほしい。最後に格好いいところを見せられたら、少しは浅はかで卑猥(ひわい)な妄想に()りつかれた()れ者の僕でも、彼女にとっての英雄…とまではいかなくとも、きっと忘れないでいてくれるくらいの存在にはなれるんじゃないだろうか。

 

「さ、ささサラーサ」

 

 ごめんなさい神様、エイナさん。僕、ここで死んじゃうかもしれません。

 

「なんだよベル」

「ぼ、僕が…ミノタウロスの、ちゅ…注意を、引く、から…!逃げてっ」

 

 震える体を叱咤(しった)し、なんとかショートソードを構える。

 だけど。

 

「…ヤだね」

 

 彼女の口から出たのは拒絶。なんで。どうして。

 

「サラーサ!」

 

 思わず(とが)めるような声になってしまう。しかし彼女は一歩踏み出してしまった。

 

「あたしは強者じゃないといけないんだ」

 

 そう、言って。

 

『ヴォッ』

 

 (なぶ)る気満々の、ミノタウロスにとっては軽いジャブのような一撃。彼女が前に出てしまったから。止めたいのに、体が強張って動かない。動け、動けよ!

 

「サラーサッ!」

 

 なんとか動く口から、悲鳴のような声が出る。想像(妄想)の中ではこんなときに僕が颯爽(さっそう)と怪物を倒していたのに。理想と現実の落差に反吐(へど)が出る。

 その一撃で吹き飛ばされる彼女の姿が脳裏に浮かんだけれど、実際はそうならなかった。

 

 魔法か何かのようにミノタウロスの拳がサラーサの横を抜け、逆にサラーサの肘鉄がミノタウロスの肘関節に入った。

 

『ヴォオォ!?』

「ふぅ───……」

 

 嬲るだけだと思っていた獲物が、手加減していたとはいえ紙一重で己の攻撃を避け、その上反撃までしてきたことに驚愕したミノタウロスは、反射的に腕を引っ込めて一歩後ずさる。その間にサラーサは何やら構えをとった。

 ミノタウロスの表情は、さっきまでの笑みから驚きに変わり、ついには怒りに染まった。

 しかし、あいつが息を吸う動作をとった瞬間、気が付いたら彼女は既にそこ(ミノタウロスの懐)にいて───

 

『ヴォガッ!?』

 

 ドズン、とミノタウロスの体が一瞬浮いたかと錯覚する程の重い音が響いた。

 

「ベル」

 

 気が付いたら彼女はバックステップですぐ近くまで戻ってきていた。すごい。あのミノタウロスにダメージを…!

 

「…っはい!」

「正直全く勝ち目が見えない。さっきのは殆ど不意討ちみたいなもんだ。隙を見て逃げて助けを呼んできてくれ」

 

 え、と。予想外の言葉に思考が止まる。あのままいけば倒せるんじゃないか?と一瞬でも考えてしまった僕は馬鹿だ。Lvも聞いていないとはいえ、(かな)わないからこそ一緒に逃げていたはずなのに。

情けない、お前は男なのに女の子に庇われているのか、と心の中で誰か(もう一人の自分)嘲笑(あざわら)う。

 目の前でサラーサ(女の子)が戦っているのに、何もできないのか、僕は。

 

「そら、来いよ牛野郎。テメェより弱いヤツに一杯喰わされて大人しくしてるようなタマじゃねーだろ」

『ヴゥオオオオオオオッ!』

 

 迫る巨大な拳。無謀にもその小さな拳で真正面から応える少女。

 予想通り少女の右腕はズタズタになり、しかしミノタウロスの拳もまた、原型を留めない程にひしゃげていた。

 胸が苦しい。目が離せない。

 

「はっ、ザマァみやが───『ヴヴォオオオオオオオッ‼』!?」

 

 瞬間。

 思考が恐怖に染まった。怖い、恐い、こわい!

 また身体が動かない。

 目の前で、同じく動けなくなっていた少女(サラーサ)怪物(ミノタウロス)の左手に掴まれた。

 

「がっ……」

 

 ギリギリと徐々に締め上げられているらしく、段々と彼女の声が弱くなっている。

 助けなきゃ!助けなければ!

 

「…う、うぉおおおおっ!その人を、離せぇっ!」

 

 夢中で駆けだしていて、気が付けば、僕はショートソードを怪物(ミノタウロス)の眼球に突き立てていた。

 激痛でもがくミノタウロスに振り落とされ、ショートソードもミノタウロスに突き刺さったままで手から離れてしまった。

 しりもちをついて、悲鳴を上げ暴れるミノタウロスを呆然と見上げていると、その身体に一本の線が入った。

 

「え?」

『ヴぉ?』

 

 僕と怪物の、間の抜けた声が重なる。お前さっきまで痛みで暴れ狂っていたじゃないか、とズレたことを考えていると、更に幾筋もの線が連続で刻み込まれた。

 銀の光が最後だけ見えた。

 やがて、僕とサラーサが…いや、サラーサが死に物狂いで手傷を与えたモンスターが、ただの肉塊になり下がる。

 

『グブゥ⁉ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオオオオォォォオォ───⁉』

 

 断末魔が響き渡り、刻まれた線に沿ってミノタウロスの体のパーツがずれ落ちていく。

 最後に赤黒い液体…血飛沫(ちしぶき)を噴き出して一気に崩れ落ちた。

 大量の血のシャワーを全身に浴びて、僕は呆然と時を止める。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 牛の怪物に代わって現れたのは、女神様と見紛うような、少女だった。

 

中略(例の一幕)

 

(……ぁ)

 

 ──蒼い装備に身を包んだ、金眼金髪の女剣士。

Lv.1で駆け出しの冒険者である僕でも、目の前の人物が誰だかわかってしまった。

【ロキ・ファミリア】に所属する第一級冒険者にして、最強の一角と謳われるLv.5。

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

 

 大丈夫じゃない、全然大丈夫じゃない。

 今にも爆発して砕け散ってしまいそうなこの僕の心臓が、大丈夫なわけがない。

 ほんのりと染まる頬、相手の姿を映す潤んだ瞳、芽吹く淡い……いや、盛大な恋心。

 妄想は結実、配役は逆転、想いはド頂点。

 僕の心はこの時に奪われた。

 

 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?

 

 最終結論。

 僕は、間違えてなんかいなかった。

 

       ***

 

「エイナさぁああああああああああんっ!」

 

「ん?」

 

中略(いつもの)

 

 少年──ベル・クラネルの安否を確認して頬を緩ませ、眼鏡をかけ直して振り向くと、

 

「エイナさぁぁあああああああああああああああああああああああああんっ‼」

「おい止まれベル!あといい加減離せぇっ!」

 

 全身をドス黒い血色に染め切った少年の姿が、視界に飛び込んできた。

 

「うわあああああああああああああああああ⁉」

「アイズ・ヴァレンシュタインさんの情報を教えてくださあああああああああいっ!」

 

***

 

「ベル君、キミねぇ、返り血を浴びたならシャワーくらい浴びてきなさいよ……」

「すいません……」

 

 ややあってギルド本部のロビーに設けられた小さな一室。今、僕とサラーサ、エイナさんはそれぞれ椅子につき、テーブルを挟んで向かい合っている。

 体を洗ってさっぱりした僕たちの前で、エイナさんはこれみよがしに溜息をついた。

 

「あんな生臭くてぞっとしない格好のまま、女の子を背負ってダンジョンから街を突っ切って来た上、第一声がアイズ・ヴァレンシュタインさんの情報を教えてくださいだなんて、私ちょっと、いやだいぶ君の神経疑っちゃうなぁ…」

「そうだぞベル。アイズ…さんがあたしにクッソ高そうな薬使ってくれたお陰で完治したけど、まさか治った途端にお前に連れてかれるとは思わなかった。いやまぁちょっとだけ話せたから向こうが助けてくれた事情はわかったんだけどさ。お陰で礼も言えてない」

「そ、そうですよね……うぅ」

 

 見眼麗しい二人にそんなことを言われてしまうと、冗談抜きで心が抉られる。元々冷静になってサラーサのことそっちのけで言ってしまった罪悪感で落ち込んでいるのに。(まなじり)に涙が浮かび上がってしまいそうだった。

 エイナさんは苦笑して僕の鼻をちょんと指で押さえると、「まぁ、今回は色んな意味で仕方ないとは思うけど、次からは気を付けてね?」と微笑んでくれた。ぶんぶんぶんっ、と僕は大げさに首を振る。心境的には大げさでもなんでもないと思うけれど。

 

「それで……アイズ・ヴァレンシュタイン氏、の情報だったっけ?どうしてまた?」

「えっと、その……」

 赤くなりながら先程あった一部始終を語った。普段通っているダンジョンの2階層から一気に5階層まで下りてみたこと。5階層の通路で怒鳴り声が聞こえて来たので行ってみたらサラーサがゴブリンと戦っていたこと。その後サラーサに手当をして、意識を取り戻した彼女と話しながら地上に向かっていたらミノタウロスと遭遇(エンカウント)して追いかけ回され、袋小路で決死の戦闘を行い、あわやというところで【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインさんに救われたこと。お礼を言おうとしたけど頭が真っ白になったこと。治療を受けたサラーサが意識を取り戻すと同時に、膨れ上がった羞恥と緊張で混乱がピークに達してしまい──サラーサの手を掴んで全速力で逃げ出してしまったこと。

耳を傾けてくれていたエイナさんは、僕の話が進んでいく内に表情を険しくしていく。

 

「──もぉ、どうしてキミは私の言いつけを守らないの!ただでさえソロでダンジョンにもぐってるんだから、不用意に下層へ行っちゃあダメ!冒険なんかしちゃいけないっていつも口を酸っぱくして言ってるでしょう⁉」

「は、はいぃ……!」

「はぁ……それで、サラーサちゃん、だったかな?あなたはどこの【ファミリア】所属なのかな?」

「ん?あたしはどこにも所属してないぞ」

「…え?じゃあなんでダンジョンの、しかも5階層なんかに居たの⁉」

「知らない。気が付いたらあそこにいたんだ」

「……気が付いたら?もしかして誰かに連れ込まれた…?ねぇ、ちょっと詳しく聞かせて貰えるかな?」

 

 サラーサ、やっぱり何か良からぬことに巻き込まれたりしているのだろうか?もしそうなら助けてあげたいけど…

 

「無理。だって気が付く前の最後の記憶は車に()かれた、ってだけだし」

「ええと、車っていうのは馬車とか竜車で良いのかな?」

「大体合ってる。あぁ、死んだな。と思ったら洞穴で目が覚めてびっくりしたぜ。しかもゴブリンの群れまで湧いて出やがったし」

「よ、よく死ななかったわね…」

「サラーサ、ゴブリンの群れを一方的に倒してましたし、ミノタウロスとも渡り合ってましたから!」

 

 本当に、格好良かったなぁ、あの時のサラーサ。

 

「…どこの派閥にも属していないということは、当然『恩恵』だって無いか、無効よね?」

「無いぞ。ま、あたしはそんなのなくてもその辺の魔物に遅れなんかとらないけどな!」

「え、えええええぇぇぇ⁉」

 

 『神の恩恵(ファルナ)』無しであの強さ⁉てっきりLv.2くらいはあると思ってたのに!

 

「予想してはいたけれど、まさか本当に『恩恵』無しでミノタウロスと正面から打ち合っただなんて……」

「まぁあたしも死に物狂いだったからな!勝てっこないのはわかりきってたけど、生きたいなら最後まで足掻(あが)くべきだ。そうじゃないのか?」

 

 カラカラと何でも無い事のようにサラーサは笑いながら言うけれど、一体、幾人が最期の足掻きで圧倒的上位者に痛打(つうだ)を与える事ができるだろうか?少なくとも、今の僕にはできそうもない。

 

「……ともかく、サラーサちゃん。あなたならきっと、派閥に所属して『恩恵』を授かって、仲間を得ればダンジョンでも十二分にやっていけるわ。だから、入団させてもらえる【ファミリア】を探してみて」

「んー、ファミリアって言ってもなぁ…どっかしら縁のある神が居るわけでもないし。んー、そうだ。『シエテ』って剣士が団長勤めてる【ファミリア】ってあるか?あとは『グラン』とか『ジータ』とかって名前の冒険者とか」

「シエテ、グラン、ジータ……?うーん、オラリオにいないか、少なくとも有名ではないわね。どの名前も聞いたことないわ」

「そっか。なら適当に探してみる。注意しておいた方が良い派閥ってあるか?」

「そうね……ギルド職員としてはあまり口に出したくはないけれど。【ソーマ・ファミリア】、【アポロン・ファミリア】はあまり良い噂を聞かないわね。【ソーマ・ファミリア】は酒造系ファミリアだから、加入さえしなければ良いけれど……【アポロン・ファミリア】は主神に気に入られるとどんな手を使ってでも加入を迫って来ることで有名だわ。あとは……あなたは容姿も整っているし、特定の【ファミリア】という訳ではないけれど、歓楽街にも気を付けた方が良いかもしれない。近づかなければ問題ないけれど、連れ込まれることも十分有り得るから」

「……わかった。【ソーマ・ファミリア】に【アポロン・ファミリア】、あと歓楽街か。じゃあ逆にオススメの【ファミリア】は?」

「小規模な派閥だけれどベル君のところ……【ヘスティア・ファミリア】とか、【タケミカヅチ・ファミリア】とか。大派閥なら【ガネーシャ・ファミリア】ね」

「ふーん、わかった。考えてみる」

「えぇ、そうして。……あ、それで、ベル君はアイズ・ヴァレンシュタイン氏について知りたいんだっけ?」

「……!はい、そうです!」

「はぁ……う~ん。ギルドとしては冒険者の情報を漏らすのはご法度なんだけど……」

 

「教えられるのは公然となっていることくらいだよ?」と前置きして、エイナさんは語り始めた。何だかんだ言ってこの人は親切だ、僕が駆け出しだからって理由もあるのかもしれないけど。

 

~中略~

 

「え~と、あと他に何があったかなぁ。あの容姿であの強さだから、話題は尽きないんだよねぇ」

「あ、あの、冒険者としてじゃなくて……好きな食べ物とか、後は今言った最後みたいな情報を……」

 

 僕が顔を熱くしながらおずおず言うと、エイナさんは目を二、三度と瞬かせた。

 

「なぁに、ベル君もヴァレンシュタイン氏のこと好きになっちゃったの?」

「いや、その……ぇぇ、はい……」

 

 机に頬杖をつき、退屈そうにしているサラーサが、不意に口を開いた。

 

「はぁ……なぁなぁ、もうその辺にした方が良いぞベル。あんまエイナも仕事に関係ないこと言えねーだろ?」

「はっ!そ、そうね、これ以上は全然職務に関係無し!ダメよ!」

「そ、そんなぁ……そこをなんとか!」

「恋愛相談は受け付けてません!ほら、用が無いなら帰った帰った!」

「ああ、エイナさんのいけず……サラーサもなんで止めるの……」

「だってほら、見ろよ。ロビーにも人が少なくなってきたし、とりあえずお前の主神に会ってみたいし。あとちょっと腹減った」

「サラーサちゃんもこう言ってるし。何よりベル君、キミも冒険者になったんだから、もっと気にしなきゃいけないことが沢山あるんだよ?」

「うっ……」

 

 それは、わかってる。

 僕にはもう庇護(ひご)してくれる存在はいないし、この体一つで明日の糧を得ていかなくてはならない。それに、養わなければいけない人……いや、『神様』もいるのだ。ヴァレンシュタインさんのことを熱心に考え込む余裕は、実際僕には無いのだろう。

 

「それに、キミはもうロキ以外の神から『恩恵』を授かったんでしょう?【ロキ・ファミリア】で幹部も務めるヴァレンシュタイン氏にお近付きになるのは、私は難しいと思う」

「……はい」

「……想いを諦めろなんて言いたくないけど、現実だけはしっかり見据(みす)えておかなきゃ。じゃないと、ベル君のためにもならない」

「ま、そう落ち込むなよ。運命ってヤツが本当にあるなら、お前が想い続ける限り、きっと何かある筈だ。今はコツコツ頑張ろうぜ、ってな」

 

 サラーサにポンポンと叩かれていた僕の背中に、エイナさんは事務的な言葉を投げた。

 

「換金はしていくの?」

「……そうです、ね。一応、サラーサに会うまでモンスターは倒していたので」

「じゃあ、換金所まで行こう。私も付いてくから」

 

 二人に気を使わせているのが心苦しかった。ただでさえエイナさんには、まだ右も左もわからない今の僕に良くしてもらっているというのに。これじゃあいつまで経ってもエイナさんには頭が上がりそうにない。

 それから僕達はギルド本部内にある換金所に向かい、本日の収穫を受け取った。

ゴブリンやコボルトを中心に倒して手に入れた『魔石の欠片』。全て合わせて一三〇〇ヴァリスほど。いつもと比べ収入が低いけど、これはヴァレンシュタインさんから逃げ出したために、普段より短い時間しかダンジョンへもぐっていないからだ。まあサラーサを地上へ連れていくつもりだったから、例え逃げ出していなくたって今日の収入は変わらなかっただろうけど。

 うーん、武器の整備や神様と僕の分の食事を考えると、アイテムの補充はできないかな……。あ、それに内一〇〇ヴァリスはサラーサが倒したゴブリンのぶんだから、これはサラーサに渡さないと。

 

「サラーサ、君が倒してたゴブリンの分だよ。取っておいて」

 

 一〇〇ヴァリス。大体二食分くらいかな。魔石二個以外にもドロップアイテムもあるという彼女の実力と幸運の成したお金だ。無一文よりは全然マシだし、持っておいて損はないから。

 

「へ?あぁ、アレかー。良いよ、お前が持ってて。足りないかもしれないけど、ポーションの分だ」

「でも一ヴァリスも持ってないんでしょ?良いから持ってて」

 

 ポーション代だって言われるとちょっと困るけど、ここは強引にでも受け取ってもらった。最低ランクとはいえあれも一本五〇〇ヴァリスは下らないものだから確かに少しでも補填できた方が良いんだけど、そんなに必死になるほど(きゅう)してる訳じゃない。

 

「はー、わかったよ。確かにメシも食えないもんなぁ」

 

 納得してもらえたようで何よりです。

 

「……ベル君」

「あっ、はい。何ですか?」

 

 帰り際、出口まで見送りに来たエイナさんに引き留められる。

 彼女は逡巡(しゅんじゅん)する素振りを見せながら、思い切ったように口を開いた。

 

「あのね、女性はやっぱり強くて頼りがいのある男の人に魅力を感じるから……えっと、めげずに頑張っていれば、その、ね?」

「……」

「……ヴァレンシュタイン氏も、強くなったベル君に振り向いてくれるかもよ?」

 

 動きを止めて、その言葉をよく咀嚼(そしゃく)して、上目がちに(うかが)ってくるエイナさんを見つめて。

 ギルド職員ではなく、一人の知人として励ましてくれていることに気付いた僕は、みるみる内に笑みを咲かせた。

 勢いよくその場から駆け出した後、すぐに振り返り、エイナさんに向かって叫ぶ。

 

「エイナさん、大好きー‼」

「……えうっ⁉」

「ありがとぉー!」

 

 顔を真っ赤にさせたエイナさんを確認して、僕は笑いながら町の雑踏(ざっとう)に走っていこうとして。只ならぬ気配を背後に感じて固まった。

 

「ベ~ル~くぅぅぅん…誰か忘れてねぇか?んん~?」

 

 少し冷え込んだ声に、油の切れた機械のような動きで振り向くと、笑顔を張り付けたサラーサがいた。

 

「あたし置いてってどうするつもりだったんだ?おい」

 

 慌てて謝ったら「まあ良いけどさ」とため息をつきながら許してくれたけど……一喜一憂し過ぎて彼女のことがすっかり頭から抜け落ちていたことを深く反省しながら、改めて帰路についた。

 

「サラーサ、本当にうちに来るの?」

「まぁなー。入るかどうかは置いといて、エイナにも勧められたし神様だっけ?会うだけ会ってみよっかなって」

「そっか、もしサラーサが入ってくれたら心強いんだけどなぁ。【ヘスティア・ファミリア】って眷属が僕しかいない零細(れいさい)派閥なんだよね……」

 

 安全に探索するためにも、背中を預けられる仲間が欲しいのは事実だ。でも、彼女が入ってくれるかどうかは彼女次第。お願いはできても無理強いはしたくないし、きっとそもそもできない。

未だに信じ難いけど彼女は『神の恩恵(ファルナ)』無き身でLv.2のミノタウロスと真っ向から殴り合って痛み分けになる程の力を持っている。Lv.1の僕では下手すると足止めくらいにしかならないかも。

 

「うぇっ?それホントか?」

「うん、僕が神様の眷属になったのだってつい最近だし」

「……マジかよ、一周回ってかわいそうになってきた……」

「サラーサ?何か言った?」

「いーや、なんでもない。じゃあさ、お前はどうしてその零細【ファミリア】に入ったんだ?有名な【ファミリア】ってわけでもなさそうだし」

 

 う。『女の子との出会いを求めてやってきて、門前払いされまくった末に神様が拾ってくれたんです』だなんて正直に言ったら笑われそう……でもありのまま話すしかないかなぁ。

 

「僕、ここ(オラリオ)から少し離れた田舎の出身なんだ」

「ふーん、それで?」

「両親はいなくて、おじいちゃんが一人で育ててくれてたんだけど、一年前に亡くなっちゃって」

「ぉう、それは……」

「あ、別に気にしなくて良いよ?立ち入った話じゃないから。それでね、おじいちゃんは僕によく英雄譚(えいゆうたん)を聞かせてくれてたんだ」

「ふんふん……あ、なんとなく読めたぞ。お前、英雄譚の英雄に憧れてここに来たんだな?」

「あはは、その通りだよ。僕は英雄譚に──そんな冒険と出会いに憧れて、ここに来て……【ファミリア】に入れてもらおうとしたんだけど、大派閥どころか中小派閥でさえ、どこもみんな門前払いされちゃって」

「それ笑いごとじゃねえだろ……道半ばどころか始まる前に終わってんじゃねーか」

「これがそうでもないんだよ。門前払いされた後、とぼとぼ歩いてたら神様……あ、ヘスティア様がね、拾ってくれたんだ」

「『捨てる神あらば拾う神あり』ってか、成程なー。で、そのまま【ファミリア】に入ったワケね」

「そういうこと。一緒に探索する仲間も、頼れる先輩もいないけど、拾ってくれた神様のためにも、頑張ってお金を稼いでます、なんてね」

 

 人々がごった返す通りを抜け、気が付けばその喧噪(けんそう)も遠くなってきた。裏路地に入って細い裏道を通っていく。

 

「なぁベル、お前実はあたしを(だま)してどっか連れ込んでやろうとかそんなこと考えてないよな?」

「えっ?つ、連れこっ⁉そ、そそそんなわけないじゃないか!……確かにこの辺いかにも人目につかない場所ではあるけど……僕たちの拠点(ホーム)はこの奥なんだ」

 

 た、確かにサラーサはかわいいしきれいだけど……まず、襲ったとしたら僕は自分が生きて帰れるのかという大変なリスクを背負わなければならないのでは……?

 

「なんだよ、冗談に決まってるだろー?なに真っ赤になっ…おいなんで急に青くなってんだよ、忙しい奴だな」

「あ、あはは、はは……」

 

 笑うしかない、笑うしか……っと、ついた。

 

「ついたよ、ここが僕の…いや、【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)だよ」

 

 辿り着いたのは袋小路。人気(ひとけ)の無い裏道の奥深くに建つ、うらぶれた、二階建ての教会だ。

 サラーサがぽかんと口をあけて放心している。まぁ、そうなるよね。僕もかなり衝撃を受けたし。

 

「……ベル、ここがお前の家なのか…?嘘だろ、嘘だと言ってくれよ……」

「残念ながらここなんだよね。といっても住んでるのは上じゃなくて()なんだけど」

 

 扉の無い入口を抜け、足元に注意するように言いながら慣れた足取りで天井の大部分がごっそり抜け、暖かな日差しが差し込む屋内を突っ切って、祭壇に到達して振り返る。

 特に遅れることもなくついてきていたサラーサと目が合って、「どうした?」と言われた。「なんでもないよ」と返しながら祭壇の奥の空っぽの本棚が並ぶ小部屋、その一番奥の本棚の裏にある階段へ向かう。

 

「普段生活してるのはこっち。流石にあんな野宿同然の場所ではとてもじゃないけど暮らせないし」

 

 そう言いながらあまり深さのない階段を降りて、小窓からぼうっと光が漏れる扉を開け放った。

 

「神様、帰ってきましたー!ただいまー!」

 

 声を張り上げて、地下室という響きとはかけ離れた生活臭のする小部屋へと足を踏み入れる。人が暮らしていく分には、まぁそれなりと言える広さのここが、僕たちが暮らす居住スペースだ。

 僕が呼びかけた人は部屋に入ってすぐにある、紫のソファーの上に寝転がっていた。仰向けの姿勢で開いた本を見上げていた彼女は、ばっと起きて立ち上がる。

 外見だけ見れば幼女……と少女の間を揺れ動いているような感じ。僕より身長は低くて、他人には『歳の近い妹』で十分に通用する。そういえばサラーサも僕と同じような髪と目の色だし、実の妹って言っても神様以外にはバレなさそう。

 幼い顔に笑みを浮かべるその女の子は、トトトトと音を立てて僕の目の前までやってきた。

 

「やぁやぁお帰りー。今日はいつもより早かったね?」

「ちょっとダンジョンで死にかけちゃって……」

「おいおい大丈夫かい?君に死なれたらボクはかなりショックだよ。柄にもなく悲しんでしまうかもしれない。っと、後ろの子はどうしたんだんだい?」

 

「大丈夫です、神様を路頭に迷わせるなんてしませんから。えっと、今日ダンジョンで会った子なんですけど───」

言いながら横に寄って、サラーサに自己紹介を頼んだ。

 

やっぱベルは良いヤツだなぁ……ん?あぁわかった。えっと、初めまして。あたし……いや私はサラーサといいます、どうぞよしなに」

「……ああ、ボクはヘスティア、この通りベル君の主神さ。よろしくね、サラーサ君」

 

 神様はサラーサの自己紹介を聞いて一瞬変な顔をしたけれど、すぐにいつものように笑顔で返していた。何かおかしなことでもあったんだろうか?というかサラーサが敬語……意外というか、なんというか。それに「よしなに」だなんて、ちょっと古臭い言い回しだなぁ。

 

「さ、二人ともこっちに来て座りなよ」

 

 神様に(うなが)されるままに部屋の奥へ進み、正方形と長方形を繋げた、丁度「P」のような形の、正方形の部分にあたる出入口前で、置いてある二つのソファーに、片方に僕とサラーサ、もう片方に神様が座る。

 

「それで、どうしてベル君はサラーサ君を連れて来たんだい?」

「えっと……実はサラーサ、【ファミリア】に所属してないらしくって……」

「気が付いたらダンジョンにいたからな。で、まぁベルと一緒にギルドへ行って

、ベルの担当職員の方に『どこかの派閥に入るべきだ』って言われまして、薦められたうちのひとつがヘスティア神、あなたのところだった訳です」

「ふーん、なるほどねぇ……ああ、無理に丁寧な言葉を使わなくて良いよ。ボクはそんなことをイチイチ気にするような狭量な神じゃないからね」

 

 そういえばエイナさん、なんでサラーサにうちの派閥(【ヘスティア・ファミリア】)を薦めてくれたんだろう。やっぱり僕がパーティーも組まずにソロでダンジョンに潜り続けているからなんだろうか。

 

「あ、悪いんだけどベル君、ちょっとお水汲んできてもらえるかな?水瓶の水がそろそろなくなりそうなんだ」

 

 そういえば朝の時点で少し心許なかったんだっけ。

 

「わかりました、じゃあちょっと行ってきます」

 

 席を立って水瓶の中を覗き込むと、確かにそろそろ無くなりそうだ。僕は水瓶の横に置いてある桶を持って、地上にある井戸へ向かった。




如何でしたでしょうか?
微妙な切れ方なのは重々承知の上でやっておりますが、どうかご勘弁を。
短期間でこうして原作に沿って書くというのが何分初めてなものでして……
まぁ既に独自展開に入っていますけれども……

そういえば「この時点でミノに一撃いれてるベル君やべぇ」(意訳)との感想を戴いたのですが、確かにやべぇよ(真顔)と一瞬表情が消えました。
一応、Lv.2相当のミノタウロスに一矢報いるというのは打倒した訳ではないので恐らくは一度に『器の昇華』が行えるようになる程の『偉業』ではなく、『偉業』の……欠片とか証とか経験値とか呼べそうなものを手に入れたのではないかなと思われます、と一応補足しておきます。

感想・評価お待ちしております。それと、見つけた場合は誤字脱字報告もどうかお願い致します。


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第三話

今回はヘスティア様視点、また約一万字です。視点がコロコロ変わるのは多分読み辛いのですが、この話の後、暫くはサラーサ……サク……うーん、作者でも呼称が定まってないってそれ一番ダメな奴。
とりあえずサク君……サクちゃん……?もう主人公でいいや(おい)。主人公視点でいく予定ですので寛大な心でお読み頂けたらなと思います。

自分の作品の評価ゲージに色がついたの初めてで震えてます…。既にお気に入り60件越え…(ふるふる)

今回の内容は賛否両論が激しそう……。作者も書いてなお迷ってるレベルです……


3/12 ヘスティア様と主人公の【ステイタス】関連の会話を若干修正。
2020/3/20 誤字修正。ジャック・オー・ランタン様ご報告ありがとうございます。


「わかりました、じゃあちょっと行ってきます」

 

 ベル君に水汲みを頼むと、彼はすぐに立ち上がって水瓶の中を覗き込み、そう言って水瓶の傍に置いてあった桶を持って出て行った。ちょっと人払いの言い訳に水汲み頼んじゃったから少し申し訳ないなと思いつつも、その原因となった少女の様子を(うかが)う。

 

「気を付けてなーベル。……じゃあお言葉に甘えさせてもらうぞ。それで、他にも【タケミカヅチ・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】を薦められたんだが、世話になったベルの神様に挨拶くらいはすべきだと思ったから、こうしてベルについてきた。あなたの人となりを見て、眷属になるかどうか考えたかったのもあるけど」

 

 軽く手を振ってベル君を見送ったあと、サラーサと名乗るこの子はそう言った。今の話に嘘はない。それにベル君と話しているときにも、嘘は無かった。嘘をついたのはたった一回だ。

 

「律儀なんだね、キミは。それに正直だ。だから不思議なんだけど……キミ、『サラーサ』って名前、本名じゃないだろ」

 

 そう、自己紹介で名乗ったときだ。偽名なんて神の前では意味がないことなのに、ベル君やギルド職員の子だけでなく、彼女はボク()にもそれをつき通した。

 

「……っ⁉いや、そんなワケないだろ。これは、『あたし』の名前だ」

「……今のはちょっと微妙な感じだったけれど、うん。やっぱり嘘だろう?ボクたち神に、下界の子どもたちは嘘をつけない。だから、正直に話してくれないかな?」

 

 ほんの少しだけ、神に課せられた制約──地上で『神の力(アルカナム)』を振るってはならない──に抵触しない、まぁこのくらいなら暗黙の了解として、ウラノスにも目を(つむ)ってもらえる程度に『神の力(アルカナム)』を開放する。

 

「ぐっ⁉……お、おぉぉぉ……‼」

 

 彼女は冷や汗を垂らしながら、どうにかギリギリのところで平服しそうになっているのを堪えている。目を瞑ってもらえる限度ギリギリまでは開放していないとはいえ、なかなかどうして耐えるじゃあないか。

 

「さ、本当の名前と、偽名を名乗った訳を聞かせてもらえるかな、自称サラーサ君?」

「………………さらしな、さく」

「うん?」

「それが、おれの、なまえだ……」

「そうかい。今度は嘘じゃないね、じゃあサラシナ君。キミはどうしてサラーサと名乗ってたんだい」

「……それ、は……まだ、はなせない」

「ふぅん……ま、今のところはそれで許してあげよう」

 

 発していた『神の力(アルカナム)』を引っ込める。本名を聞けただけでも良しとしようかな。『まだ』ということは話してくれるつもりはあるようだし。

 

「……っ!はっ、はっ、はぁ……い、一応言っておくけどっ、更級(さらしな)が姓で(さく)が名前だからっ」

 

 おお、中々ガッツがあるじゃないか。少しだけとはいえ『神の力(アルカナム)』に中てられた直後にこうして言い返せるだなんてさ。『サラシナ・サク』ねぇ……極東風の名前だけど、タケは知ってるんだろうか。しかし、こうして初手で脅しをかけたんだ、きっとボクの眷属にはなってくれないだろうなぁ。少し残念。

 

「じゃあ、サク君。君、極東の出身かい?」

「……ここでの地理がわからないから断言はできないけど、恐らく『俺』は極東生まれだな。『あたし』は……いや、なんでもない」

「えー、なんだい?気になるじゃないかー。そうだな、ならタケミカヅチって神は知ってる?」

「タケミカヅチ……一応、名前くらいは。エイナに薦められた【ファミリア】の中にも名前あったし。確か雷神にして剣神だったか」

「ま、それで合ってるよ。よく知らないってことはタケのところの子じゃないのか」

「俺は『神の恩恵(ファルナ)』とかいうのは持ってないんだが……」

 

 タケが故郷で運営している孤児院の出身かどうかって話だったんだけど、この反応を(かんが)みるに違うみたい。彼の孤児院とこの子だったら連れて行ってあげようと思ったんだけど。

 

「あ、やっぱり?変な感じはするけど神の力は感じないからそうだろうとは思ってたんだ」

「まぁ、気が付いたらダンジョンに居て、湧いて出たゴブリン共と戦って全滅させたものの倒れたところをベルに助けられたからな。誰かからそんなものもらう暇は無かった」

「うぇっ?キミ、最弱のゴブリンとはいえよく『恩恵』なしでダンジョンのモンスターを倒せたね⁉」

「ん?一発殴ったら死ぬようなヤツ相手に負けるはず無いでしょうよ?」

「おかしいな、キミって『恩恵』無しなんだろう?どんな力してるのさ」

「……多分ゴブリンの頭をトマトみたいに握り潰せるくらい?」

「例えが物騒過ぎないかい⁉」

「はははっ!でもきちんと試してないからできるかどうかはわからないんだけれどもね?」

「そういう問題じゃないと思うんだけど……。あ、そういえばキミはボクの眷属になるかどうか決めるためにボクに会いに来たんだっけ。きっと嫌われてしまったとは思うけれど……ボクはキミの人となりはわかったし、キミが望むなら眷属にしてあげてもいいかな、って思っているよ」

 

 サク君はカラカラ笑っていたけれど、多分やったら実際にできるやつだよ、コレ。嘘や誇張の気配はしないし。だとしたら『恩恵』無しでLv.1でも高位、下手をすればLv.2に届くくらいの膂力(りょりょく)があることに……これ、もしかせずとも他の(娯楽に飢えた)神々(暇神ども)に知れたら格好のおもちゃ(暇潰し)にされるのでは……。流石にそれはかわいそうだし、予想の通りにボクの眷属になるのが嫌だったらガネーシャのところに連れていってあげよう。アレ(本拠)(ガネーシャ)も第一印象は別の意味で最悪かもしれないけど、彼は善神だし、ボクのとこみたいな零細派閥なんて比較にならない程の巨大派閥だ。彼は伊達に『群衆の神』と呼ばれていない。

 

「神様ー、水汲み終わりましたよー」

 

 おっ、ベル君が戻ってきた。ナイスタイミングだぜ、ベル君。

 

「お疲れ様、ベル君。帰ってきてすぐに頼んじゃって悪かったね」

「いえいえ、今日はそんなに疲れてませんし、どうってことないですよ!」

「ふふふ、そうかい?こっちも丁度サク……サラーサ君に、ボクの眷属になりたいか聞いてたところなんだ」

 

 名前で呼ぼうとしたら『やめてくれ』ってジェスチャーされたので言い直した。ベル君には教えてないらしいし、それは本人に任せよう。

 

「そうなんですか?ね、サラーサ、どうするの?」

「……え?あ、あぁ。そうだなー……なりたい、かな」

「あーやっぱりかい……って、えぇ⁉ほ、本当に良いのかい?自分で言っちゃなんだがうちは構成員たった1名の超がつくほどの零細派閥だぜ?」

 

 ベル君が「か、神様~」と情けない声を出しているが、事実は事実。それにサク君はかなり慎重に扱わなければならない気がするから、守りきれるか怪しい木っ端派閥(うち)よりも、【ガネーシャ・ファミリア】みたいな大派閥に行った方が良いと思うんだけど。何より驚きなのは、あんなこと(『神の力』を駆使した威圧)したのにボクの眷属になりたいだなんて言われたことさ……間違いなく嘘じゃない。嬉しいけどなんだか微妙な気分だ。

 

「あぁ、構わないさ。何せベルに助けられた恩がある。まぁ恩なら【ロキ・ファミリア】だっけ?あのアイズっていう金髪の子がいたとこにもあるけどさ、そもそもあたしらが死にかけた原因ってあそこがあの怪物を上層に逃がしちまったのが原因だって助けた本人が言ってたし」

「……え゛」

「どうした神様」

「ちょっとロキの本拠(黄昏の館)乗り込んで(行って)くる」

 

 あいつのとこの子のせいでボクのかわいいベル君が死にかけただとう⁉文句言ってやる、死んじゃってたらどうしてくれたんだぁ‼

 

「は、離してくれベル君、サラーサ君‼」

「離しません!こうやって生きていられるのもその【ロキ・ファミリア】の方々が自分たちの不始末を自ら片付けてくれたからなんですよ⁉『冒険者は何があろうと自己責任』な職業なんですから、原因がどうであれ助けられたことに僕たちは感謝するべきなんです!」

「とりあえず落ち着こうぜ神様。クールダウンだクールダウン。なんでそのツインテがヒュンヒュンしてるのかわかんねーけどべちべち当たって痛い!」

「うがぁぁぁぁぁ‼は・な・せ~っ‼」

 

***

 

「……すまない、取り乱してしまった。みっともないところを見せてしまったね」

 

 しばらく振りほどこうともがいていたけれど、結局ただの人の子と同程度の力しかない(遊戯中)ボク()が、自分の眷属とはいえ『神の恩恵(ファルナ)』を与えられた子と、それに勝るとも劣らない力を持つ子に押さえられて振りほどける訳がないのだ。

 

「はははっ、構いやしないぜ。我が子と呼ぶだけはあるな、下手したら本当の親より怒ってたんじゃねぇかなアレ。なぁ、ベル」

「ははは……そうだね……」

「め、面目ない……」

 

「そ、それで、さ、サラーサ君はボクの眷属になってくれるって話だったね。本当の本当にいいのかい?」

「あぁ、そうだぞ。なるって言ったし、二言はない」

「……わかった。じゃ、あっちに行こう。『神の恩恵(ファルナ)』を与えるから。あ、ベル君は終わるまでむこう向いててね。サラーサ君は女の子なんだから」

「……認めたくねーけどそーなんだよなー……」

「ん?何か言ったかい?」

「いや、ただの独り言だよ」

 

 そっか、と返して奥のベッドに向かう。

 

「じゃ、上脱いで(うつぶ)せになってくれるかな?」

「上脱いで俯せって……まさかとは思うが、アレなことするわけではないよな……?」

「アレっていうと、アレ(エッチ)なことかい?ははは、そんなことしないよ。いやまぁ自分の眷属(子たち)とそういう関係を持っている(ヤツ)もいるけれど、このボクにそんな趣味があるように見えるかい?」

「……いや、だってあなたベル大好きだろ、多分。子どもに対する親愛じゃなくて、恋愛対象として」

「なっ⁉なななななんのことかなぁぁぁ!ぼ、ボクにはさっぱりわからないなぁ‼」

 

 耳元でそっと囁かれたことにギクリとして、慌てて誤魔化そうとしたけど顔が熱い。見ればサク君はジト目を向けているし、もう確信されちゃってるよぉ……。

 

「ま、あたし……いや俺には関係ないことだし、少なくともベルには黙っておくとあなたに誓うけど。じゃ、脱ぎますね」

 

 そう言って、彼女はずっと羽織っていた外套を雑に畳んで、うなじや背中、脇の下にある留め具をいくつか外して腕を抜くと、背中と腰より上が露出した状態になった。正確には、そこを覆っていた布が、まだ留め具がある腰上あたりから垂れ下がっている状態だ。え、何その服。ボクが降りてきたのは最近だとはいえ、そんな構造の服は初めて見たよ……。

 

「じゃ、何するのかわからないけどお願いします」

「あ、あぁ、すまない。今からやるけど、くすぐったくてもあんまり動いちゃダメだからね」

「あんまり動くな……?了解、善処します」

 

 服に気を取られていたらもうサク君は俯せになっていた。慌てて針を取り出して指先に刺すと、サク君の、ベル君に似た色素の薄い背中に、神血(イコル)を一滴垂らした。その滴が背中に波紋を広げていくのに合わせて、雰囲気作りのための演出として『神の力(アルカナム)』を使って神々しい光を出す。

 

「……うわぁ、きれいですね」

「率直な感想をありがとう。ま、雰囲気作りのためにやってるだけで、この光に意味は無いんだけどね。この一瞬を覚えていてほしいっていう願いを込めた、ちょっとした演出さ」

「……さいですか。えぇと、ありがとうございます」

 

 俯せになっているから表情は窺えないけれど、なんとなくサク君が笑ったような気がした。

 

「それで、なんでキミはボクの眷属になりたいと思ったんだい?最初から『神の力(アルカナム)』で威圧したのに」

「んー、なんというか。勘、かな?あのとき、あなたから感じたのは害意や敵意じゃなくて、家族を守ろうっていう警戒心だけだったので」

「……驚いた。キミ、ボクたち神の心がわかるのかい?」

「いいえ、人と同じくらいしかわかんないですよ。表情とか仕草に出るような、あからさまな感情くらいしか。あと、『あたし』はこう言われたことがあるんです。『お前はバカだけど最強だから、怪しいと思った奴はぶっ飛ばせ』って。そんな訳で、あなたは怪しいと思わなかったし、寧ろ惹かれた訳だ」

「……そう、なのかい。それにしてもキミがバカ……?ボクには全然そんな風に見えないんだけど」

「ははは、人間って変わるもんですよ、神様」

 

それから暫くして、『恩恵』の刻印は問題なく完了した。

 

「これでよし、っと。これでキミも晴れてボクの眷属(子ども)、【ヘスティア・ファミリア】の一員さ。さて、【ステイタス】を転写するからもう少し我慢してくれよー」

「……すていたす」

「あれ?知らないのかい?『神の恩恵(ファルナ)』のことだよ。キミの経験をボクが取り出して、かたちを整えて、キミの力に変えたものさ」

「なる、ほど……?」

「はは、ピンとこないみたいだね。そんなに深く考えなくて良いけど、ある意味キミたちの人生そのものさ……っと、終わったよ。はい、これがキミの【ステイタス】」

 

 「ありがとうございます」と【ステイタス】を共通語(コイネー)で書き写した羊皮紙を受け取ったサク君だが、内容を見るや眉を(ひそ)めて、視線がボクと羊皮紙との間をいったりきたりしている。

 

「……どうしたんだい?」

「あの、えっと、その……すっげぇ申し訳ないんですけど、これなんて書いてあるんです?」

「……」

「……」

 

ボクたちの間に気まずい沈黙が流れた。

 

「えっと、もしかして、共通語(コイネー)が読めないの?」

「こいねー。初耳です。この文字のこと、ですよね?言葉が通じるからてっきり文字も読めるもんだと思ってたのに……」

「そ、そうかい。この世界で一般的に使われている言語が共通語(コイネー)さ。まぁ時々キミみたいに会話はできても読み書きができない子はいるから、そう気にすることでもないよ。じゃ、ボクが読んであげよう」

 

 サラシナ・サク

 Lv.1

 力:I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力:I0

 《魔法》

 【偽典器(プセヴデピグラフィア)天星(イストロン)三寅(トリートス)

 ・装備魔法-詠唱派生型

 ・時間経過で効果終了。

 ・追加詠唱にて効果発揮。

 ・基本詠唱『(ほし)()() (けもの)()して (てん)()ず (かげ)(つか)みて ()(しろ)()す』

 ・追加詠唱『()ちるとも (おの)()(しめ)せ ()(しろ)よ』

 

 

 【】

 

 《スキル》

 【禁束(バウンド)臥獣(ビースト)

 ・斧/剣装備時全アビリティ補正。

 ・自然治癒力向上。

 

 

 【憑着者(ひょうちゃくしゃ)

 ・早熟する。

 ・同化率が上昇するほど効果低下。

 ・同化率が一定値に達する毎に『拘束』解除。

 ・同化率が1に達するまで効果持続。

 ・同化率 0.05。

 

 

「……ははは、意味が分からねぇ。でもそうか、やっぱり……うん。じゃあきっと、魔法はアレだろうな。そんで字面が不穏(ふおん)な【禁束(バウンド)臥獣(ビースト)】、でも一番の問題はそれこそ不穏なことしか書いてない【憑着者(ひょうちゃくしゃ)】か」

「……ねぇサク君」

「ん?どうかしたのか神様」

「ここここれ、どういうことなんだい⁉最初から魔法とスキル二つが発現、片方はデメリットみたいなことしか書いてないとはいえ確実にレアスキル、魔法だって稀少な装備魔法!キミ、どんな人生を送ってきたんだい⁉」

 

 ベル君にあまり聞こえないよう、声のトーンを下げてひそひそと話しかける。

 

「あー、それはまた後で話すから……ちょっと落ち着け神様。というか刻んだのも書き写したのあなただろ?なんで内容把握してないのさ」

 

 これ、彼に全て教えても良いのはサク君の言う通りなんだか不穏なスキル名だけれど【禁束(バウンド)臥獣(ビースト)】くらいだろう……。魔法の方はあることだけは言っても良いかな?でも少なくとも【憑着者(ひょうちゃくしゃ)】は絶対に伏せておくべきだ。相応に精神が成熟している様子のサク君はともかく、まだまだ発展途上のベル君は知らない方が良い。おかしなことしか書いていない、あまりにも異常(イレギュラー)なスキルだから。

 

「い、いやぁ、話す方に意識がいっててね……こほん。わかったよ、じゃあさっきの話と併せてちゃんと話してくれよ。いいね?」

「ああ、勿論。ってなワケで服着るからちょっと手伝ってくれ神様」

「えっ。一人でできない系の服なのかい?」

「いや、単に時間短縮……ベル待たせてるし」

「そ、それもそうだね。背中の方やればいいかい?」

「それでオナシャス」

 

 さっき脱いだのとは逆に、腕を通して、留め具をつけるのを手伝って……やっぱりボクが手伝わなくたってすぐ終わってたんじゃ……?

 

「あ、【ステイタス】は他人、特に神には見られないようにするんだよ。【ステイタス】は読み解ける者が見ればその子の人生だってわかってしまうから……」

「あー、人生そのものってそういう意味か。この装束背中開いてるし、基本外套脱げないかな……。さっき使ってた『神の力(アルカナム)』を応用したら隠せたりとかしないんです?」

「そ、それは……わからないな……今度神友たちに聞いてみるよ」

 

 備え付けてある姿見で、背中を見て少し眉を顰めるサク君。確かにあの外套は脱げそうにないね。ファ、『神の恩恵(ファルナ)』を隠すか……そういえば子どもたちの中にはアマゾネスのような露出の多い服を好んで着る種族の子もいる。きっとどうにかして隠すか、読めなくする手段があるんだろう。

 

「できれば早めに頼むぜ、神様。これはあたしの一張羅だからな!」

「ああ、わかったぜサク君」

「それと。名前、二人きり以外ではサラーサで頼むよ?渾名(あだな)ってことで」

「えぇ~……逆に長くなってるじゃないか」

「しっくりこないんだよ、この見た目でサクって呼ばれるのがさ」

「でも、キミの名前さ。どんな理由があろうと、それを見失っちゃいけないぜ?」

「……わかったよ、神様。んじゃそろそろベル呼んでやろーぜ。結構待たせちゃってるしさ」

「ははは、そうだね。おーいベルくぅん!もう良いぜ。キミも【ステイタス】の更新するだろ?」

 

 名前を呼ぶと、「ぅえっ⁉あ、はい!お願いします‼」と飛んできた。

 

「じゃ、今度はサラーサ君が向こうにいってようか。ベル君もあんまり見られちゃ恥ずかしいだろうし」

「へいへーい。あの牛野郎と命がけの追いかけっこしたんだし、結構【ステイタス】上がってるんじゃないか?」

「そ、そうかな?そうだと良いなぁ……じゃ、じゃあ神様お願いします」

 

 サク君が出て行って、代わりにベル君が入ってくる。すでに装備を外しており、インナーを脱いだらすぐ更新できる状態。脱いで横になるよう促して、その背中の【神聖文字(ヒエログリフ)】をなぞる。

 

「死にかけた、とか【ロキ・ファミリア】がどう、とか、さっきサラーサ君が牛野郎と追いかけっことか言っていたけど、何があったんだい?」

「ちょっと長くなるんですけど──」

 

 ベル君の話を聞きながら、さっきつけた傷からは血が止まっていたから、置いた針を再び手にとってもう一度刺す。そして血をベル君の背中に垂らす。波紋を広げる様子を見やりつつ、今回得た【経験値(エクセリア)】を見て有望そうなものを見繕っていく。

 

「それにしても出会いを求めて下層へ、ねぇ……キミもほとほとダンジョンに夢見てるよなぁ。あんな物騒なところに、キミが思っているような真っ白サラサラな生娘みたいな娘、いるわけないじゃないか。」

「き、生娘……!い、いえでもっ、別に決まりきってるってわけでもないでしょう⁉エルフなんて自分が認めた人じゃないと手も触れないなんて聞きますよ!」

「怒鳴るな怒鳴るな。まぁエルフみたいな種族もいれば、アマゾネスみたいに強い子孫を残すためだけに屈強な男へ体を許す種族もいるんだ、キミの過度な期待は身を滅ぼすだけだとボクは思うなー。まぁ?今回はキミが望むように女の子を助けられたみたいだけど?」

「……ううっ、でもサラーサにそんなこと考えてないですし……友達、ですし……」

 

 釘刺しと、ちょっとした悪戯心から言ったんだけど、(こと)(ほか)効いたみたいだね。

 ま、まぁサク君はボクのこと応援してくれるって言ってくれたし、いつか必ずボクに振り向かせてやるんだ!

 見繕(みつくろ)った【経験値(エクセリア)】を取り出して、切り取って、形を整えて、【神聖文字(ヒエログリフ)】を塗り替え付け足し、【ステイタス】に反映させていく。

 

「それに、アイズ・ヴァレンシュタイン、だっけ?そんなに美しくてべらぼうに強いんだったら他の男どもがほっとかないよ。その娘だって、お気に入りの男の一人や二人囲っているに決まっているさ」

「そ、そんなぁ……」

「ふんっ。いいかい、ベル君?そんな一時の気の迷いなんて捨てて、もっと身の周りを注意してよく確かめてみるんだ。君を優しく包み込んでくれる、包容力に富んだ相手が一〇〇%確実にいる筈だよ」

 

 誰とは言わないけどさ!具体的には今キミの背中の【ステイタス】を更新してる女の子なんだけど!

 

「ま、ロキの【ファミリア】に入っている時点で、ヴァレン何某(なにがし)とかいう女とは婚約なんてできっこないんだけどね」

「……」

 

 ちょっと言い過ぎたかな?でもこのボクを放っておいて別の女に現を抜かすベル君にはこのくらい言って当然さ!

 

「はいっ、終わり!まぁそんな女のことなんて忘れて、すぐ近くに転がっている出会いってやつを探してみなよ」

「……酷いよ神様」

 

 まぁぁったく、キミってヤツは……ってこのスキル。あ、これは不味いぞ、よくわからないヤツだ。くっ、ちょっと書いてしまったじゃないか!け、消して……よ、よし。これであとはちょっと言い訳して誤魔化せばなんとかなるだろう。サク君とは後で相談だなぁ……。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:I77→I92

 耐久:I13

 器用:I93→I96

 敏捷:H148→H182

 魔力:I0

 《魔法》

 【】

 《スキル》

 【】

 

「ほら、キミの新しい【ステイタス】」

 

 上昇幅がトンでもないよね、トータル上昇値52。力もさることながら、特に元々伸びが良かった敏捷も、ここまで上がるのを見るのは初めてだ。きっと、ミノタウロスとの戦闘で得るものが多かったんだろう。

 差し出した紙をどうも、と受け取ったベル君はまじまじと【ステイタス】を見て心底驚いたりした後、いつものように魔法について聞いてきた。

 

「……神様。僕、いつになったら魔法を使えるようになると思いますか?」

「それはボクにもわからないなぁ。主に知識に関わる【経験値(エクセリア)】が反映されるみたいだけど……ベル君、本とか読まないでしょ?」

 

 苦笑しつつ再び【ステイタス】に目を戻したベル君が、少し首を傾げた。む、これは気付いちゃったな。

 

「神様、このスキルスロットはどうしたんですか?何か消した跡があるような……」

「……ん、ああ、ちょっと手元が狂ってね。いつも通り空欄だから、安心して」

「ですよねー……」

 

 そう口では言いながらも期待はしていたようで、少し落胆させてしまったようだ。す、すまない、ベル君。

 

「じゃあ、神様。もう夕飯の支度しましょうか?」

「あっ、そうそう!サラーサ君のことがあってすっかり忘れていたよ!今日は露店の売り上げに貢献したということで、大量のジャガ丸くんを頂戴したんだ!夕飯はサラーサ君の歓迎会も兼ねたパーティーにしようじゃないか」

「神様すごい!でも流石にジャガ丸くんだけじゃあもの足りないですよね?何か作りましょうか」

「そうだね、ベル君に任せるよ」

「はーい」

 

 戦場に向かう気概でキッチンに入るベル君と、「夕飯の用意か?あたしも手伝うぞ!」とついていくサク君を見送って、静かに溜息をつく。

 子どもたちは本当に変わりやすいんだな……不変のボクたちとは全然違う。些細なことでもすぐさま影響が肉体に、精神に伝播(でんぱ)する。

 欲望でも文化でもなく、『変質』こそ彼ら下界の住人の本質なのかもしれないね。

 とはいえ。

 ……あー、やだやだ。他人の手で、彼が変わってしまったという事実が堪らなく嫌だ。認めたくないっ。うがーっ!と髪をグシャグシャかき乱して、ちくしょー!と頭を抱えて唸ってみる。

 そして、こんな嫌な思いにさせてくれたベル君の背中、正確にはそこに刻まれた【ステイタス】の欄を見た。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:I77→I92

 耐久:I13

 器用:I93→I96

 敏捷:H148→H182

 魔力:I0

 《魔法》

 【】

 

 《スキル》

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

 ・早熟する。

 ・懸想(おもい)が続く限り効果持続。

 ・懸想(おもい)の丈により効果向上。

 

 

 有望そうな【経験値(エクセリア)】を取り出し、スキルを刻んでみればこの結果。くそう、こんなことならやるんじゃなかった!

 「準備できましたよー」とベル君たちに声をかけられるまで、ボクはひたすら悶々と頭を抱えていた。

 




ベル君の【ステイタス】を見て内心悶えているヘスティア様を書きたかったからヘスティア様視点になったわけではないです、こっちの方が書きやすそうだったから軽い気持ちでヘスティア様視点で書いちゃったんです……。あと、サラーサの服の構造については詳細な資料が見つからなかった(画集とか設定資料集も持ってない)ので、適当に想像して書いてます。


それはともかく主人公の【ステイタス】についてほんの少しだけ。
偽典器(プセヴデピグラフィア)天星(イストロン)三寅(トリートス)
『天星』に『三寅』。ある程度やり込んだ騎空士なら往々にして聞き覚えがある単語ですよね。詳細は次話ですが、多分おおよそは皆様と主人公の思っている通りのものかと。基本詠唱を短歌、追加詠唱は川柳の形になんとか落とし込めましたが、下手ですし詠唱文で凡そ予想されそうで苦笑いしてます。
それにしても名称が難産でした。

禁束(バウンド)臥獣(ビースト)
スキル名が何やら物々しいものの、内容自体は比較的平凡なもの。しかし名称的に別のナニカがありそうな気もしないでもない。そのまま二つ名になるととてもイタそう。

憑着者(ひょうちゃくしゃ)
何かと何かの同化率を表しているらしい奇妙なスキル(すっとぼけ)。そうでなくとも「『拘束』解除」とか「早熟」だとか出てきている時点で存在が不穏。
皆様お分かりかとは存じますが、憑依と漂着者、この二語を捩った造語です。次話で少し主人公本人による考察が入りますのでこのくらいで。
どうでもいいですがこの先の流れを考えると、魂の状態次第で某美の女神がとても怖いですね!()


ベル君の一部基礎アビリティが原作より多く上がっているのは主人公背負ったままミノタウロスに追いかけ回されたり、何より一矢報いたからですね。『器の昇華』が起きていないことから、前話後書きの通りベルはレベルアップに満たない程度の『偉業』を成したのではないかという結論に。原作では『偉業の証(?)』の存在が明示されていたかどうか見つからないのでわかりませんけれど。
Lv.2相当という格上に一矢報いているというのになんで『偉業』判定じゃないのか。倒してないからかぁ(自問自答)
そういえば人一人分の重し背負って原作通りの動きをしていたというのに、改めてよく追いつかれなかったねベル君……。

感想・評価、それと発見してくださった場合は誤字脱字報告、お待ちしております。


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第四話

元々第五話と合わせて一話だったんですけど、流石に一万五千字近い量は不味いよなって分割して加筆修正しました。今回も約一万字です。

ヘスティア様の言動が前話で苛烈だったのは主にベル君が見ず知らずの何処の馬の骨とも知れない女の子(主人公)を連れ込んできて気が立っていたのが原因だと釈明しておきます。
あとこの話のヘスティア様かなり切れ者になってる気がする。

冒頭に若干微妙にデリケートな表現あったり、調理描写あったりするので、その辺まだるっこしく感じる方やNGな方は何とかそこだけ読み飛ばして下さい。お手数おかけしますが…。
冒頭の微妙な表現については消すかどうか脳内審議中です。判決は明日にでも出すかと。


 歓迎会と称された、少しばかり、いやかなりファストフード(ジャガ丸くん)(まみ)れだった夕飯を終えて、その後も(主にヘスティア様が酒飲んで)どんちゃん騒ぎ続けた結果、絡まれ続けていたベル少年も、絡んでいたヘスティア様も力尽きて寝てしまった。

 風呂入ってから騒げと言ったら二人ともちゃんと風呂(といってもシャワーだったけど)は入ってくれたので、寝落ちしたのをベッドに運ぶだけで済んだ。

 もちろん俺も入った(ギルドで髪やら肌やら装備やらの血を落とすときもそうだったけど、自分の身体という認識しか湧かなくってTSものあるあるの自分のとはいえ異性の身体に興味津々、とか恥ずかしい、なんてことは全くなかったな。推しの身体なんでヤらしいことなんてする訳無いし非常に好都合。にしても体洗った時二つの意味で全身柔らかかった。でもちゃんと筋肉あるんだよ、皮下脂肪の下ガッチガチの筋肉の鎧だぜ?それでいてこの柔軟性、どうなってんのマジで)のであとは寝るだけなんだが、なんだ。改めて思うが、俺とヘスティア様って殆ど体型変わんなくね?なんでロリ巨乳なんていう特殊体型が二人も同じ屋根の下に集まってんだよ。

ちなみに今は地上に出て星空を眺めてる。前世では久しく見なかった、澄んだ空だ。

 

 なんだか不思議な感じ。ほんの半日くらい前は男子高校生……しかも受験生だったのに、気が付いたら異世界で、推しキャラの姿になってるんだもんな。あ、車に()かれた記憶も朧気(おぼろげ)ながらあるし、ベッタベタな異世界転生……だったりするんだろうか。それにしたっていきなり女として生きていけ、だなんて狂ってるよな。今現在どちらかというと男だったということさえなんか夢みたいな気がしてくるあたり、あの【憑着者(ひょうちゃくしゃ)】とかいうのが絡んできているのだろうか?それに、『(更級 朔)』。『あたし(サラーサ)』。確かに若干混ざった気はするが、まだ明確に『()』だ。ヘスティア様は『名前だけは見失うな』って言ってたし、なんとか『俺』のまま、生きていきたいところだな。

 それはそうと、ギルドから本拠に来る途中で通った大通りで見かけた人にドラフ族の特徴を持ったヤツはいなかったな。白髪が混じり始めている割に子供くらいの人を見かけたんでハーヴィン族かと思ったが、何やら耳が違うしハーヴィン族程ふくふくとした体型ではなかったかつ身長が今の俺と同じくらいあった。ハーヴィンは高い方でも身長100cmを少し超えるくらいしかないはずなのでアレは違う。それとエルーン族っぽい人はかなりいたけど、皆一様に背中を露出するあの独特の衣装じゃなかった。やっぱここはグランブルーファンタジー(空の世界)じゃないんだなぁと認識したね。落胆半分、『十天衆(抑止力)』としての役目に縛られずに済むことに喜び半分。

 しかし問題はスキルと魔法、だよなぁ。【禁束(バウンド)臥獣(ビースト)】はもうなんか中二感がキツイけど内容的にはセーフ。【憑着者(ひょうちゃくしゃ)】はなんか嫌な予感しかしねーけど。『拘束』解除ってことはもしかして【禁束(バウンド)臥獣(ビースト)】が変化するとか?もしくは身体能力に文字通り制限がなされてて、それが『拘束』と表現されている、とか。……その時になってみないとわからないのかなぁ。

 魔法は……神様に聞いてみたところ、名称に含まれた意味を共通語(コイネー)に訳すと偽典の器、天の星、三番……そんな感じになるらしい。偽典って聖書関連の言葉じゃなかったっけ?教典とされている聖書を正典と呼び、その中に含まれない聖書を偽典と呼ぶとか、何かで読んだ気がする。その通りなら、真化に至っていない天星器ともとれるし、空の世界の物語から外れ、語られないこの肉体(うつわ)を指すともとれる。単語にしても器、天の星、三番は『()()()』『()寅斧』『()()()()()の欠片』……と思い当たる節はある。つまるところまんま『天星器』、特に『三寅斧』を指してるんじゃないかなこれ。

 

「んー、まぁこの考察が正しいなら……基本詠唱だっけ?一回やってみるかー……」

 

 どうせアレだろ。『星無き夜』とか『影を掴みて 依り代と成す』っていう単語からして『朽ち果てた武器』かなんかが出てくるやつだろ。……この予想通り武器が出てくる魔法なら、多分手元に出てくるだろうし、とりあえずそれっぽく右手を突き出してと。

 

「……『(ほし)()() (けもの)()して (てん)()ず (かげ)(つか)みて ()(しろ)()す』」

 

 冷静に考えたら5,7,5,7,7って短歌かよ、等と思っているとフッと力が抜けて、一瞬眩暈(めまい)がした。突き出した右の掌がじんわりと熱い。見れば淡い光の粒が無数に集まり、見覚えのある両刃斧の形状になっていった。

 そして光が消えると、やはり見覚えのある、騎空士ならばわりと馴染みの深い……なんだかんだ数本は確実に集めるであろう光沢を失った金属塊を握っていた。

 

「……朽ち果てた斧、か?」

 

 いや、それにしてはちょいと形と色味がおかしい。あの全体を覆う赤黒い錆は無いし、若干金属光沢もある気がするし、なんか黄味がかっているような……あぁ。

 

「色と状態的に『黄の依り代の斧』か。なんつーか、まんまだな……」

 

 『影を掴みて』とかいうからてっきり朽ち武器だと思ってたが、依り代の斧か。まぁ悪い意味で目立つ金ピカの『三寅斧』や錆だらけの『朽ち果てた斧』よりは良いか。それに武器スキルは無いとはいえ、天星器の属性変更に使う『依り代の武器』っていうのは『朽ち果てた武器』と違って相応の攻撃力がある。つまるところ、使えないことはなさそうだ。

 

「で、追加詠唱とやらだが……文言的に奥義な気がする。依り代の斧(こいつ)を形作ってる魔力を全消費して攻撃する……的な」

 

 依り代の斧の奥義『オーラアクス』ならともかく、三寅斧の奥義『絶冴羅爪三鉾環(ぜっこらそうさんぽうかん)』(ぱっと見で読み方がわからない系奥義筆頭)とか、サラーサの奥義である『アストロ・スプレション』とか『メテオ・スラスト』、絶対使えないだろうけど最終解放後の『アストロ・デストラクション』や『アニヒレイション・ノヴァ』……特に『メテオ・スラスト』や最終後奥義なんざ放ってみろ、ダンジョンの中でも多分何階層も貫く大穴空けて崩落させるわ‼壁直ってたしその内もとに戻るんだろうけど!

 

「そういやこれ、どうやってしまうんだ?」

 

 地面に突き刺して手を放してみても消えないし、消えろ、とかしまう、とか念じても消える気配はない。もう一度基本詠唱をしてみたがウンともスンとも言わないし。じゃあ離れてみたら?と思って道が思い出せる範囲で少し離れてみたものの、戻ってみるとやはり地面に突き刺さったままだった。どうも消す手段は【ステイタス】の内容通り時間経過しかないようだ。少なくともこの10分程度では消えないようだが、時間経過ってのがどんなもんなのかがわからないな。

 

「とりあえず消えるまでは待ってみるかぁ……」

 

 適当に振り回して感触を確かめながら時間を潰していたが、結局消えたのは大体体感で5~10分後くらいだった。つまり約15~20分経つと、なんとなく存在感が薄れていって、最終的に消えてしまう。よし!もう寝る!ツノが邪魔だから他人と一緒に寝たくないし、そもそも一人で寝たいからソファーで寝させてもらうがなぁ‼

 

***

 

「……う」

 

 目を開けると見覚えのない天井。うすぼんやりとした光源しかない、仄暗い部屋だ。

 瞼をこすりながらかけていたシーツを剥ぎ、畳んで寝床にしていたソファーに置く。

 

「ん、んん~……はぁ。って、ここどこだっけ」

 

 伸びをひとつして、間の抜けた呟きが出たが、口に出した瞬間思い出すあたり自分はバカなんじゃないかと苦笑した。

 なんてことはない、右も左もわからない俺を温かく受け入れてくれた【ヘスティア・ファミリア】の本拠だ。まぁ唐突に偽名だと看破された上に平伏して崇めたくなるような謎の重圧を与えられたりしたが、まぁ彼女は善い人、いや善き神だった。

 何にせよ、俺は昨日からこの【ファミリア】の一員であり、一応先輩のベル少年には今日ギルドで冒険者手続きするのでそばについて貰う約束をしていた。字、読めないし。約束自体は夕飯中にしたが、悪酔いした神様に絡まれ続けていたので下手をすると忘れられているかもしれない。

 さて。頭もハッキリしてきたことだし、顔洗って朝飯作るか。ベル少年曰く節約しなきゃ!だそうなので、昨日のあまりものをメインにして何か作るとしよう。……ん?あれ?あれれ?ベル少年、もういないじゃん⁉

 ヘスティア様はまだ寝てらっしゃるけれども。とりあえず顔洗おう、確か昨日ベル少年が水汲みしてたし、昨晩井戸らしきものも見たから行ってみるか。

 寝ているヘスティア様を起こすのも申し訳ないので、なるべく音を立てないよう気を付けながら地下室を後にする。

 

「やっぱ井戸だな。そういやなんで昨日ヘスティア様お酒持ってたんだ?嗜好品に金使える程余裕なんてないだろうに」

 

 時代劇とかで見た記憶あるけど、確かこの縄付きの桶を中に落として、滑車伝いにもう一方の縄を引っ張って上げるんだったよな。でもなんで釣瓶式?魔石技術だってあるし、自動とは言わずとも手押しポンプ式でもおかしくないと思うんだけど……まぁ古いし金無いし、しょうがないか。とりあえず汲み上げ汲み上げーっと。

 桶を井戸の中に縄を使って降ろし(そのまま落とすのは壊れちゃヤだなということでやめた)、ちゃぷんと水についた感触があったのでもう少し縄を降ろしてから引き上げる。

 

「おお、軽い軽い。前ならこんな重労働ひいひい言いながらやってただろうなぁ」

 

 背に刻まれた【ステイタス】……『神の恩恵(ファルナ)』の加護なのか、『サラーサの身体』のスペックなのかは不明だが、まぁ強いて言うなら両方なんじゃないだろうか。夕飯中に話を聞いた限りだと、『恩恵』を得た一般人は訓練を受けた兵士相手に圧勝できるとのことだったし。もちろんその兵士が『恩恵』を得たら得る前と同じように一般人は手も足も出ないそうだが。

 まぁそもそもの話、本来のサラーサのスペックならこんな水汲みでも少し気を付けなければ縄を引き千切ったりしそうだし、【憑着者(ひょうちゃくしゃ)】の『拘束』が絡んで本来の性能を発揮できていないんだろうとは思う。

 汲んだ水に手を浸けると澄んだ冷たさが染み渡る。シャワーの方が良かったかねぇと少し後悔しながらバシャバシャと顔を洗い、ついでに口も漱ぐ。

 

「……ふぅ。あー冷てぇ、お陰でばっちり目は醒めたな」

 

 持ってきたタオル……いや、手触り的には手ぬぐいか?で水気を拭き取り、地下室に戻る。

 次は朝飯だ。あるのはジャガ丸君の残りと、肉少量と、なんかくっそ固いパンに、レタスっぽい葉野菜に、根菜類に……卵と……ふむ。調味料は油に塩、これは酢か。そんでこいつは……驚いた、胡椒じゃないか。歴史に詳しくはないが、近代に入るまで胡椒みたいな香辛料は入手困難だったというし、見た限りの文化レベルじゃ安定供給は厳しそうだし、これかなり高いのでは?あー、だから昨日料理してるときこれには触れてなかったのか。もしかしたら単に使わなかっただけかもしらんが。

 とりあえず水を張った鍋を火にかけといて、卵黄と酢をボウルに入れて油を少量……さて、頑張って混ぜようかねー。ちなみに卵白はそのまま飲んだ。使い道が思い浮かばなかったんだよ、悪いか。

 

 カシャカシャとボウルの中身を掻き混ぜ、混ざってきたと思ったらまた油を加えて混ぜるを繰り返す。そうこうしている間に鍋の水も沸騰し始めたので火から降ろし、新しく出した器にジャガ丸君を放り込む。これは今やってるモノが出来てからだな。

 もう暫くボウルの中身に油を加えて掻き混ぜていたが、味見をしてこんなもんだろうということでやめる。察しの良い人ならわかるだろうが、作っていたのはマヨネーズだ。これ作るの結構な手間なんだが、なんだか全く苦ではなかった。すげぇ、昔試しに作ってみた時なんて、ハンドミキサー無しで作り始めて軽く後悔するくらいにはつらい作業だったのに。

 マヨづくりが終わったので、放置していたボウルのジャガ丸君に沸かしておいた湯をいくらか注ぎ、木べらで軽く潰して混ぜる。昨日食べた感じだとコロッケとかそういうものに近かったので、多分さっき作ったマヨネーズと混ぜたら普通にポテサラにできるのではないかと思いましてねー。潰したジャガ丸君にマヨネーズを作った分の半分ぶちこみ、また混ぜる。とりあえず満遍なく混ざったので一先ず完成ということにしておく。残ったマヨネーズはとりあえず椀に移して蓋をした。冷暗所への保存推奨だぁ……どこだ冷暗所。

 そういえばと火から降ろしていた鍋に水を足して火にかけ直し、卵二個をその中に投入する。

 面倒だ、作るのはこの程度で良いだろう。さっき地上に出た時ベル少年の気配は感じなかったし、朝飯は適当に済ませたか、食わずに出て行ったんだろう。もし朝練でもしているんなら悪いし、朝食分は持っていこう。会えたら渡す。会えなかったら俺の昼飯代わりにする。

 レタスっぽい葉野菜から何枚か葉を剥ぎ、水で洗って皿に載せ、さらにその上にジャガ丸君ポテサラもどきを盛り付ける。

 暫くぼんやりしていたが、そろそろ頃合いかと鍋を火から降ろし、湯を捨てて茹で上がった卵を水に浸ける。こうして粗熱をとると殻が剥きやすくなるっておかんかばっちゃがいつだか言ってた。

 匂いがするもの作ってなかったなと思い、クッソ固いパンをスライスして、火にかけたフライパンに置いて焼く。多分これでヘスティア様起きるんじゃね?気がするだけだけど。

 パンの焼ける香ばしい匂いがし出したが、ひっくり返してもまだ焼き目があまりついていなかったので戻す。

 

「ふわぁ……おはようサクくん。あれ?ベルくんは……?」

 

 第一声からそれですか、さいですか。

 

「おはよ、神様。さぁ?わかんないんでとりあえず朝飯作ってるとこ。もうパンに焼き目ついたら出来上がりなんで、顔洗ってきたらどうです?」

「……うみゅう……わかったよ……」

 

 寝ぼけまなこで外へ出ていくヘスティア様を見送りつつ、パンをひっくり返す。ありゃ、焦げてるとまでは言わないがちょっと焼けすぎちまったか。

 ヘスティア様が戻ってくる頃には、程よく焼き目がついているパンと、殻をむいて縦半分に切ったゆで卵を、それぞれのポテサラもどきを載せた皿に盛り付け終わっていた。

 

「じゃ、食べますか。ベル、戻って来ませんし……残ってる分持って行ってやることにしますかね」

「そうだねー、そうしてあげて」

 

「はむ……ん?サク君、これなんだいっ?」

 

 見るとポテサラもどきを指している。

 

「ジャガ丸君を潰してマヨネーズ……えっと、卵黄と酢と油を混ぜて作った調味料と和えたものです」

「えっ、これジャガ丸君なのかい?うーん、言われてみれば確かにジャガ丸君の味もするね……じゃあこのクリーミーな味がそのまよねーず?の味なのか」

「あー……何気なく作ってみたんですが、こっちじゃ馴染みのない調味料か。美味しくないなら今後使うの控えますけど」

「いや、おいしいよサク君!とてもおいしい!ちなみにどうやって作るんだい?」

 

 ……マヨネーズ嫌いな人間なんてそういないわな。まぁヘスティア様は神様だけど。

 

「卵黄と酢をボウルに入れて、油を少量ずつ加えながら、油が分離しなくなるまで混ぜる。作り方といえばそれだけです」

「えっ?そんなに簡単なのかい?」

「いや簡単に聞こえますけど、油が分離しなくなるまで混ぜるのってまあまあ大変なんですよ」

「なるほどねぇ」

 

 そうか、一般的な調味料でないのなら、もしかしたらこれでボロ儲けできたり……いや、やめとこ。最初は良かったとしてもその後が怖い。

 

「でもまぁ、これは秘密ってことで。新しい調味料とそのレシピだなんて、利権が絡むと面倒臭そうだ」

「確かに。上手くやれるなら良さそうだけど、リスクがリターンに見合わないならやるべきじゃないか。サク君は慎重派だね」

「勝手がわからないのにそんなアホなことできるわけ……とりあえず昨日話すと言ったことも話しておきたいんで、ちゃちゃっと食べちゃいませんか?」

「ん、わかったよ」

 

 この町(オラリオ)のこと、世界のこと、ギルドのことなど、ざっくりとした常識を教えてもらいながら朝飯を終え、食器や調理器具の始末をしてから本題に入った。

 

「まず第一に。俺は別の世界で死んだはずの人間です」

「……続けてくれ」

「第二に、この肉体は……少なくともこの肉体の容姿は、俺の前世のゲームに登場する架空の人物、サラーサのものです」

「……だから、キミが『あたしの名前だ』と言った時、嘘の気配が微妙だった、そういうことだね?」

「恐らくは。そして、【憑着者(ひょうちゃくしゃ)】というスキルについての俺の見解ですが、文字通りこの世界に漂着した俺の魂が、来歴不明ですがダンジョンにあったこの肉体に入った……つまり憑依したことから発現したものと思われます」

「……まぁキミの身体的特徴は見ただけでも牛人(カウズ)小人族(パルゥム)妖精族(エルフ)の三種族くらい混じっているからね。そんな子がこのオラリオにいたら噂になってないとおかしいし、なっていない時点でどこから来たのかわからないものね」

 

 成程、牛人(カウズ)。牛の獣人がいるのか。てっきり牛の獣人はいないと思っていたが、昨日見かけなかったか、いてもオラリオにはあまり暮らしていなかったりするんだろう。

 俺のこのカラダはサラーサのもので、覚えている限りだとどうも壁から出てきた気がする。起き上がってから出てきた壁の中を見たけど、異空間って感じもしない、ただのダンジョンの壁だったし。

 

「そういえば俺、ここで気が付いた直後の記憶が正しければダンジョンの壁から出てきたことになるんですけど、実はモンスターでしたー、なんてこと、ない……ですかね?」

「……もし肉体がモンスターだったとしたら、ボクたち神にはわかるはずさ。それにモンスターは理性を持たない。彼らがもつのはダンジョンの、神と人間への悪意と憎悪だけだよ」

 

 理性を持たない、か。確かに外れている。それに神が人間であると認識したのであれば、きっと人間なのだろう。曰く彼ら彼女らは人間の遥か上位に君臨する『超越存在(デウスデア)』であるのだから。でも一抹の不安が拭えない。自己同一性(アイデンティティ)の確立ってやつの問題なのかな。

 

「そう、ですか……なら良かったです、ね」

「……安心できないのなら、このボクが保障してあげよう。キミは人だって」

 

 そう言ってヘスティア様は立ち上がり、俺の頭を優しく抱きしめてくれた。

 不思議なもんだ。何故、その一挙動だけでこうも安心するのだろう。さっきまでの不安がなぜそのたった一言で霞のように消え去ってしまったのだろう。自己同一性(アイデンティティ)の確立が、場合によっては他者からの肯定によって確かなものになるとかそんな話があったようななかったような。そういうことなのか?まぁ、些細なことか。大事なのは結果だよな結果。

 

「……ははは。ありがとう神様。おかしな話だけど、その言葉で安心した。多分、今からは自信をもって自分は人だって言えると思います」

「ふふふ、そうかい?」

 

 ゆっくりと抱擁を解いた神様は、そう言って笑った。つられて俺も笑う。あぁ、本当に──選んだのがこの(ひと)で良かった。

 

「あ、そういえば昨日二人が寝落ちしてから上で魔法試したんだった」

「うぇっ⁉な、何か壊しただとか怪我したとかなかったかい⁉魔力暴発(イグニス・ファトゥス)とか⁉」

「はははっ。そんなに心配するこたぁないです。なんとなく予感はしてたんですが、武器が出てくるだけの魔法でした」

「あぁ、追加詠唱は試してません。こんなところで使ったら大惨事になる気がしたんで」

 

「賢明な判断だったと思うよ……ちなみに今出せるかい?」

「一応は。昨晩は寝る前だし良いか、と思って試したんですが、一回試しただけで一瞬立ち眩みしたんであまりやりたくはないですね」

「そっか、なら出さなくて良いよ。今度マジックポーションを買ってから試してみるといい。アビリティ熟練度っていうのは使えば使うほど鍛えられて伸びていくものだから、何回も使っていく内に全然苦じゃなくなっていくはずさ」

「なるほど……わかりました、じゃあ探索である程度稼げるようになってから鍛錬するってことで。追加詠唱の方も試すのはそのときまで保留にしときましょう」

 

「それが無難だね。そういえば武器が出るって、ずっと使えるくらい頑丈だったり、持続時間が長かったりするのかい?」

「いえ、強度は試してませんし、効果時間も大体15分から20分くらい……時間の単位って小さいほうから秒・分・時であってます?」

「ああ、あってるよ。そうか……15分から20分。モンスターとの一回の戦闘時間にしては長いし、かと言って主武装として長時間使い続けられる訳でもないか。武器を失った時や無手の時の護身用に考えておくのが妥当だろうね」

 

「はい、俺も同意見です。まぁ上層のモンスターくらいなら素手でも全然大丈夫だろうとは思うんですが」

「や、流石に剣か何かくらいは持っておいた方が良いんじゃないかな?スキルの補正受けられるみたいだし、無手格闘の心得とかもないんだろう?駆け出しがただのパンチ一発でモンスターを殴り倒してるとこを一回二回ならともかく何回も見られたら悪目立ちしそうだ」

「確かにそれは一理ありますね。じゃあギルド支給の武器から取り回しやすそうなのを借り受けて稼いで、少しずつ装備を整えていくのが良いのかな」

「そうだね、暫くの活動方針はそんな感じで良いんじゃないかな。とにかく駆け出しも駆け出しの時点であんまり目立ち過ぎるのはよくないから、人前でスキルや魔法の話は厳禁。魔法を使っているのを見られるのもなるべく避けるようにすべきだよ。変なのに絡まれたくないだろう?」

 

 「この街には娯楽に飢えた暇神(ひまじん)どもがうじゃうじゃいるんだからね」とのこと。えぇ、鬱陶しいなそれ。はーやだやだ、ヘスティア様曰く俺の持っている魔法とスキルも、珍しい形式だったり、簡単な条件を満たせば全アビリティに補正が入ったり、意味不明で類を見ない効果や特異な不利効果(デバフ)を持っていたりと、かなり稀少なものらしい。そんなもの持っているとバレたらどんな目に遭うか……とも言わ(クギをささ)れた。

 

「あぁ、それと。ボクからもちょっと相談しておきたいことがあるんだ。ベル君のことなんだけど……」

 

 はい、はいはい。【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】?はいはい。効果が……早熟する?懸想(おもい)が続く限り効果持続?それだったら俺の【憑着者(ひょうちゃくしゃ)】の早熟関連部分と大して変わら……え、懸想(おもい)の丈により効果向上?よくわからんけどヤバそう。念の為ベルには伏せてある、と。成程、大体わかった。

 

「つまり効果はよくわからないし、嫉妬に駆られて衝動的にその場では誤魔化しただけだけれど、俺と負けず劣らずバレたら玩具にされそうなスキルを発現させてしまったのでどうしようってことですね」

し、嫉妬……否定はしないけど面と向かって本神(ほんにん)に言うかい普通……う、うん。そんなところさ」

「はぁーーーーー……効果向上ってところが怖いんですよね、ベルのは。俺の『早熟』は効果低下なのでこれ以上良くなることが有り得ないのに対し、あっちは逆に向上していく。俺のだって、『早熟』効果が低くなっていくと同時に『拘束』とやらが外れていくようなので一概には言えませんが」

 

 ……そういえば【ステイタス】の数値ってアビリティ()()()っていうんだっけ。こんな時に頭(よぎ)ってほしくなかったなぁ……。なんとなく予想ついちまったじゃねぇか。確証持てないので今は保留にして、とりあえず一言。厄介なヤツだよ、君も!俺も!……元ネタ知らんけど、今の心境マジでこれ。

 

「だから困っているんだよ……それに、懸想(おもい)が続く限りっていうところがボクにとっては一番の問題さぁ!」

「あーうん。まぁそれはベルが変わるか神様自身がどうにかするしか無いんで……ともかく状況を鑑みるに懸想(おもい)の向いている先は十中八九昨日助けてくれたアイズ・ヴァレンシュタインで。これが憧れが続く限りっていうのであれば神様も安心して見ていられたんでしょうけどねー、やっぱどうしようもないかと」

「……やっぱりかい?はぁ……ボクのかわいいベル君がぁ……」

 

 机に突っ伏してシクシクと。まぁ年頃の少女として見れば微笑ましいのだが、自分の主神様の痴態なのだ、情けないにも程があろう。昨日も酒に酔ってベルに絡むという痴態を見たのでもう良いやと思い始めているが。

 

「まぁ、いつか変化することを祈りましょうってことで。今は保留案件じゃないかなと俺は思います」

「うぅ、ベル君……わかったよ、とりあえず保留だね……。でも、ボクは諦めないぞう!絶対にベル君を振り向かせてやるんだ!」

「おう、その意気だ!頑張れよ神様!あたしも応援してるからな!」

 

 ……もう口調サラーサモードで良いんじゃないかと俺は思うんだ。神様も「ああ!もちろんさ!」って気にした様子もなかったし。さて、そろそろ俺もギルドとやらに行って冒険者登録とやらをしたいんだが……。

 

「なぁ、そういえば神様、今日はバイト無いのか?」

「え?あぁ、今日は昼からだね。どうかしたのかい?」

「いや、今日な、ほんとはベルとギルドまで行って冒険者登録する予定だったんだ。なのにベルのヤツいねーし……何よりあたしこの街の地理わかんないからさ、暇だったらギルドまで連れて行ってもらえないかなーって」

「なんだ、そのくらいお安い御用さ!かわいい眷属の頼みなんだ、いくらでも案内してあげるとも!」

 

 テンションの上がり方よ……。今すぐ!ハリーハリーハリー!とは言わなかったけど、神様もバイトの準備あるだろうから急ぐか…とベルの分の朝飯を適当にサンドして包み、すぐに街へ繰り出した。些事だけど、本拠から大通りまでの道順は簡単に頭に入った。あんな曲がりまくる道筋よく二回で覚えられたな、自分でもびっくりだよ。

 




如何でしたでしょうか。

魔法に関しては、現状持続時間が微妙なようです。これじゃ耐えられる武器がなさそう問題は少なくとも暫くの間根本解決できそうにありませんねぇ……。
てかこんなもんどこで使うんだ。出番どこだよ、怪物祭(モンスターフィリア)か⁉そうなのか⁉……果たして追加詠唱が陽の目を見る機会は来るのであろうか。一番の心配ですね。

前話からそうでしたけど、主人公の自称サラーサことサクは時と場合と相手によって口調がころころ変わります。基本はサラーサのロールプレイをしている(つもりな)のですが。
それと、朔はそこそこ料理できます。趣味とは言いませんが一時期ハマっていたようで。しかし現代知識ありの転生でよくあるマヨネーズで一攫千金は怖くてやめた模様。英断ですね、やっていたら商業系ファミリアに潰されるコースでした(震え声)

というかこのヘスティア様、さてはベル君が絡まない限りは基本そこそこ有能だな?(名推理)

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第五話

さて、五話目となります今回で……ストックが切れました。はい。一話投稿した3/10から今日まで、ほぼほぼ推敲作業に明け暮れていた結果、書き溜められずこんな事態に。
…拙作のお気に入り件数が昨日100超えて、今朝確認したら140件超えてて戦慄を覚えました。が、やっぱりそれ以上にめちゃくちゃ嬉しくて、頑張って筆を進めておりまする。

あ、前話の修正/削除候補(風呂入ったに続く()の中の部分)ですが、現状は削除の方が内心優勢です。
結局今日昼までに決めきれなかったという……。


要らん前書きが長くなりましたが。第五話、今回も約一万字になります。ではどうぞ!


 さて、とりあえず大通りまで出てきたワケだが。あの塔(バベル)、石造りとは思えないくらいバカでけぇな。あの下にダンジョンがあるらしい。文明の進捗度合い的に完全にオーパーツだー!って思ったので神様に聞いたら、こんな話を聞かせてくれた。

 元々古代の人間たちがなんとか怪物を押し込めてダンジョンに蓋をしたけど、最初に下界に降臨した神々が「あそこに派手に降臨したらカッコいんじゃね?」とノリで降臨して破壊して、周りの人間は大激怒したらしい。死ぬか生きるかの瀬戸際でなんとか成し遂げたものを破壊されたらそらぶちギレるって……。そんで神々は(お詫びも兼ねてだが)ダンジョンから溢れるモンスターを押し込め、ダンジョンを封じたその偉業を讃え、『神の力(アルカナム)』使って瞬く間に、元々あった蓋よりも数段巨大で立派な塔を建てた……それが今も悠然と聳えるあの巨塔、バベルなのだそうだ。その神様方、マジで頭パリピじゃん。ノリは良すぎると良くないぞ。

 話を戻そう。朝故に昨日通った時よりは人の少ない(とはいえ十分に多いとは思うんだが)大通りを、神様の案内や説明を受けながら抜けて、目的地であったギルドの建物にたどり着いた。

 ふむ、大通りにさえ出てしまえばあとは一本道か。非常にわかりやすくて良いな。「ついていてあげようか?」と言われたので、「バイトまでにすることがあるだろうから別に良いぞ」と返したら「何も無いから安心していいよ!」と謎に胸を張られた。いやそれで良いのか。

 

「あ、昨日頼んだ『恩恵』を隠す方法聞けそうな神様とか、この辺に心当たりないのか?」

「むっ、確かに今ならバベルにいることはいると思うけど……キミは何が何でもボクについていてほしくないのかい……?」

「別についていてほしくない訳じゃないぞ?だってあなたはあたしの主神だ、よく知らない場所だし、できれば一緒がいい。でもさ……然程重要でないあたしの冒険者登録よりも、眷属の『恩恵』、特にスキルや魔法を読まれないようにする方がよっぽど大事じゃないか?」

「うっ……ま、まあそうだけど……」

「頼むよ神様~」

「……はあ。わかったよサク……じゃなかったサラーサ君。冒険者登録が終わったらバベルの四階に来るんだよ、ボクの神友であるヘファイストスの【ファミリア】がフロアを借りて武具店をやっているからね」

 

 なるほど、あれの上階ね。ってかそんな一流の気配がする派閥の主神と親友ならぬ神友とは。でもヘスティアとヘファイストスは同じギリシャ神話の神様だし、親交があってもおかしくはないか。多種多様な神々が降臨したというこの世界において、神話というものは恐らくほぼ形骸化していたり、全く残っていないだろうから、俺の故郷だった世界と一概には同じと言えないだろうけど。

 

「わかった。そんじゃ神様、また後でなー!」

「あぁ、また後でね」

 

 さてさて。受付窓口は、っと。あれエイナさんじゃないか?昨日は世話になったし丁度良い。

 

「おーい、エイナー!」

「うん?あら、サラーサちゃんじゃない。どうしたの?」

「昨日あれからベルの本拠に行ってな、ヘスティア様の眷属にしてもらったんだ。それで、今日は冒険者登録しにきた」

「そっか、神ヘスティアの派閥に入ったのね。でも君、まだまだ子どもでしょう?私はあんまり冒険者にはなってほしくないなぁ」

「失敬な。あたしこれでも18だぞ。数えとかじゃないぞ?18歳だ。主神に誓ったって良い」

「うぇっ⁉わ、私の1つ下⁉ぱ、小人族(パルゥム)とかじゃ、ないのよね……?」

 

 うるせぇ、余計なお世話だ。ドラフの成人女性は130cm台が一般的な身長なんだよ!

 

「パルゥム……もしかしたら混ざってるかもな。この通り色んな亜人(デミ・ヒューマン)、だったっけ?の特徴あるっぽいし。角は牛人(カウズ)だろ、多分身長は小人族(パルゥム)だし、耳は……ほれ、エルフかね?エイナとおんなじようにちょっと尖ってる」

 

 ぽかん、と呆気にとられるエイナさん。かわいい。19歳。ほぼほぼ同世代かー。まぁかわいいに年齢性別は些事だ些事。気にしたら負けってやつー。

 

「え、えぇぇぇ~~~~っ⁉」

 

 ごめんなさい流石に心中でもふざけるのはやめようと思います耳ふさぐの遅れてキンキンする。

 

「ちなみに質問は受け付けておりません、というかあたし自身もわかんないから答えようがないっていうか」

「そ、そうなの……それは、なんというか……ごめんなさいね」

「ああ、気にすんな。あたしも気にしてねーからさ。ま、これでガキじゃないってわかっただろ?」

 

 とりあえずさっさと手続き済ませたい……

 

「なんだか納得がいかないけれど……わかったわ。じゃあ必要事項の記入もあるし、あっちの個室に行きましょう」

「あー……あたし共通語(コイネー)の読み書きできねぇんだ。代筆って頼めたりするか?」

「あら、そうなの?ええ、もちろんできるわ。じゃあ記入する事項を言うから、答えていってもらえる?」

「あぁ、ありがとな、頼む!」

 

 よかった、代筆頼めた。これで勝つる!……何にかって?俺も知らん。

 

「じゃあまずは……名前と性別、所属派閥ね」

「サラシナ・サク、女、【ヘスティア・ファミリア】所属だ」

「……サラシナ・サク、女、【ヘスティア・ファミリア】、と。名前、サラーサじゃないのね?」

「ん?あぁ、サラーサは愛称なんだよ。ずっと呼ばれてたからつい、な。サクでもいいし、好きなように呼んでくれていいぞ」

「ああ、そういうこと。愛称だったのならこのままサラーサちゃんって呼ばせてもらうわ」

「そっか、わかったぜ。んじゃ次は何を答えたら良いんだ?」

「話が逸れちゃったわね。次は────」

 

 まぁなんやかんやで登録が終わり、支給品として剥ぎ取り用のナイフ、刃渡り60cm……いや、60C(セルチ)程度の両刃剣、ポーションがいくつか入ったポーションホルダー、荷物入れとして小さめの背嚢、魔石やドロップ品を入れるためのポーチ、あとは武器を背負うためのベルトに、皮の籠手と膝当て、ダンジョン上層の地図を貰った。まぁこれらは格安で支給されているだけで、代金はきっちりと俺が登録と同時に開設した口座に借金として記載されているらしい。利子はつかないし、上層で一か月もやってりゃ十分に返済できる金額だそう。それにしてもメインウェポンがただの両刃剣とは。しっくりこなさ過ぎる、なんてったってサラーサだしなぁ……はやく大型武器を調達したいもんだ。願わくば斧と剣でモードチェンジできるヤツ。でもあれって変形機構のせいで強度落ちそうだし、仮に再現できたとしても俺はすぐおしゃかにしてしまいそうだな、容易に想像できてとても悲しい。

 そんで簡単にダンジョンと生息するモンスターに関する説明と注意すべきモンスター……『新米殺し』と呼ばれるモンスター二種についての注意……というより警告を受けて、文字と数字の簡単な読み書きを少し教えてもらって解散となった。また明日も教えてくれるそうで、俺としてもとてもありがたい。金ができたら児童向けの絵本も買って読む練習してみたら良いってさ。こっちの童話ってどんなんだろ?日本昔話みたいな感じのもあるんだろうか。どちらかというと英雄譚が多そう。

 

「あ、そういやベル見てないか?」

「え?ベル君?ベル君なら朝早くにダンジョンに向かったけれど……どうかしたの?」

「あーいや、あたしの冒険者登録に付き合ってくれるって約束したんだけど、朝起きたらいなくてさぁ。朝飯食い終わっても戻ってこないんでどうしたのかなって。ダンジョンに行ってるんならいいや、昨日の今日だしそう無茶はしないだろ」

「あらら、それは帰ってきたらお小言ね。女の子との約束をすっぽかすだなんて」

「ははは、あんまりきつく言ってやんないでくれよ?昨日アイズ・ヴァレンシュタインについて神様……あいや、ヘスティア様にボコボコに言われてたみたいだから」

 

 冗談めかして言うエイナさんに、こちらも冗談めかして笑う。あー、ダンジョンに潜ってたかー。ベルのヤツ傷心したままだなんてことはないだろうけど、少しでもアイズさんに近づきたい!とか考えて無茶してないかちょっと心配になってきた。

 

「あ、いっけね。バベルに行かないと……確か四階、神ヘファイストスの武具店、だったか」

「何か装備を見繕いに行くの?それだったら新米鍛冶師が習作を出してるもうひとつ上の階に行った方が良いと思うけど……」

「いやいや、ヘスティア様が神ヘファイストスに会いに行ったんだよ。そんで、登録が終わったら来なさいって言ってたから」

「なぁんだ、そういうこと。じゃあ、今日はここまでにしておきましょうか。またわからないことがあったら遠慮なく聞いてね」

「おう、ありがとな。そんじゃまたなー!」

 

 エイナさんがギルドの入り口まで見送りに来てくれた。やっぱ良い人だねエイナさん。

 さてさて。バベルとやらに向かうとしますか。空を見上げると、太陽の位置的に恐らく11時過ぎ……昼前くらいの時間かな。本拠を出たのが9時過ぎだから、ギルドについたのは大体9時半頃だと思う。それからだとすると随分神様を待たせているかもしれない、ちょっと急ごう。目の前にそびえる巨大な塔を目指して、人混みをすり抜けるように走る。

 お、ようやく根本の入り口が見えた。

 

「はー、やっぱでっけぇなぁ」

 

 見上げる首が痛くなる、それでも頂点が見えないその威容。ダンジョンの蓋、らしいが、これはまた随分と巨大な重しだな。えっと、確か入り口の横に昇降機(エレベーター)が……っと、あれか。乗り込み、操作盤を確認し……なんだ、前世と大差ないじゃんと操作して上に上がる。

 チーン、と音がして止まり、扉が開いたので外へ出る。そこは、まぁ、なんというか。高級そうな武具が陳列された(実際添えられている値札の桁がかなり多かった)ショーウィンドウが内外の壁に沿ってずらーっと並んでいる様は、ある種博物館のようだった。

 ざーっと見た感じ、なんとなくだが機能性よりも華美性を重視しているような気がするので、これらの役目はほぼ『陳列用』……つまりちょっとした客引きのようなものなのだろう。ショーウィンドウの中の様々な武器防具を流し見ながら歩いていると、半開きのドアから神様の声がした。ここかね。とりあえず三回ノックすると、「どうぞ」と声がしたので中に入る。

 

「すまねぇ、失礼するぞ。うちの主神が邪魔してないか?」

「ああ、いるよ……ってこれはまた個性的な……」

「なんだいヘファイストス。うちのサラーサ君がヘンテコだとでも言いたいのかい?」

 

 顔の右半分を覆う覆面……いや眼帯か?をつけた、背の高い、赤髪の神物……成程ヘファイストス神。神話の通りであれば、あの眼帯の下にはヘラ神が捨てた原因という醜い貌が隠されているってことかな。まぁんなもん見る気も無けりゃ見たところでどうってことないが、まさか女神とはねぇ。「そこまでは言ってないでしょ」とかちょっとじゃれあっている二人に声をかける。

 

「初めましてだな、神ヘファイストス。あたしはそこのヘスティア様の眷属で、サラシナ・サクっていうんだ。こんな口調で申し訳ないが、なんとか大目にみてほしい」

 

 とりあえず、会釈する。挨拶ってのは大事だぜ、第一印象に直結する。

 

「あぁ、丁度あんたの話聞いてたのよ、サラシナ・サク。女神並みの美貌に、一人目の眷属の子に似た色素の抜けた髪と赤い眼、それとヘスティアと同じような体型で、巨大な双角とハーフエルフのような耳を持つって……いやほんと本人見ても意味が分からないわね」

「ふっふーん、あたしもわかってないからな、仕方ないと思うぞ!」

「なんで当の本人がそんなことを胸を張って自慢げに話すのよ……はぁ、とりあえずヘスティア?聞かれたことには答えたし、お迎えも来たようだからさっさとお引き取り願えるかしら」

「そうだぞ神様、もうそろそろ昼だ。急がねーとバイトに間に合わなくなるんじゃねぇのか」

「うっ……そうだった。教えてくれて助かったよヘファイストス」

「レアスキルや稀少な魔法を発現させた眷属がいるのに【ステイタス】を(ロック)もせずそのままにしておくだなんてバカな真似、その子たちがかわいそうだから仕方なくよ?簡単なことだから今回は特別に教えてあげたけど……もし仮に面倒事抱えてきたとしら助けてあげないからね」

「あ、あぁ……わかったよ。それじゃあまたね」

「邪魔したな!そんじゃ失礼するぞ!」

 

ヘスティア様が出てから軽く頭を下げて退出し、扉を閉める。

 

「とりあえず『恩恵』の隠し方は教えて貰えたんだよな、神様」

「あぁ、バッチリだぜ。今すぐにでもできるけど、どうするんだい?」

「んー……今日戻ったらにする。今から飯食ってダンジョン一層に潜ってみようと思うんだ」

「そうかい。わかったよ、じゃあ折角だし一緒にご飯食べようぜ?その後ダンジョンの入り口まで送るよ」

 

 そんな訳で、簡単に昼飯をとり(ここでベルがくれたあの一〇〇ヴァリスが役に立った。二人とも然程空腹じゃなかったし、良心的価格の食堂で軽く済ませた。ベルはダンジョンらしいと伝えると特大のため息ついてらっしゃった)、神様と別れて現在ダンジョン第一階層。とりあえず貰った地図を()めつ(すが)めつ眺めながら適当に歩いてみている。一応エイナさんからは一回潜ってみて、問題なかった場合単独でも三階層までなら一気に降りても大丈夫だろう、とは言われてるので今日はこの一階層でぼちぼちモンスターを狩っていきたいと思う。ベルと一緒なら五階層まで行ってみても良いんだって。ベル聞いたら結構喜びそう。

 そういえば上層……特に一、二階層ってそう広くない上に人が多いからあんまりモンスターとの遭遇率は高くないらしいんだよなぁ。

 まぁとりあえずモンスター探しますかねー。交戦するときは……魔石を壊さないためにも心臓は狙わないようにしないとな。魔石がとれないと、稀にとれるらしいドロップアイテムとかいう魔石取り出しても残るモンスターの体の一部以外殆ど収入にならないらしいし。

 

*小一時間経過*

 

「……いねぇ。マジでいねぇ。いや、うっそ、マジでぇ……?」

 

 地図を見るに一階層は殆ど回り尽くした。それでエンカしないとかどうなってんだよ。あーでも交戦している冒険者は見かけたし、俺の運が悪いだけか。仕方ない、もう少しぶらつk「うおぉぉおぉぉ!!」あらま。この声はベル少年じゃあないか。交戦中?よしよし、加勢するとしようかな!(半ギレ)

 もしかして戦闘音聞こえて避けたところ、いくつかベル少年だったんだろうか。通路の角のところは覗かなかったし、何よりあまり声が聞こえてこなかったんでわからなかった。ふむ、この角だな。

 背中をこちらに向け、コボルトだったか。犬の頭を持った人型のモンスターの群れと戦っているベル少年の姿が目に入る。まぁまぁ疲れてないかあれ。もしかして朝っぱらからずっとか?

 

「ようベル。助太刀は必要か?」

「っ⁉さ、サラーサ⁉」

「ああ、あたしだ。で、助太刀は必要か?」

「う、うん、お願い!ちょっと数がっ!多くてっ!」

 

 確かに一人で五匹相手は厳しかろうな、とか思ってたらこうして話している間に一匹殺ってんぞ。すげぇなー。

 

「よっしゃまかせろ!左の二匹は貰うぞ、良いか⁉」

「うん!やっちゃって!」

 

 そーいうことなら話は早い。通路の広さに余裕があるってのは良いなぁ、思いっきり振り回せる。

 

「おらぁっ!ぶっ飛べ!」

 

 背中の鞘から直剣を抜きながら、素手でコボルトその1の頬を気持ち軽めにぶん殴る。パァン、と空気が炸裂するような音がして、錐揉み回転しながらコボルトその1が吹き飛んで壁にぶち当たって動かなくなった。わぁ、やっぱ一撃だー。……あれ?確かに頭が破裂するなんてことにはならなかったけどさ、昨日より明らかに威力上がってない?これが『恩恵』とスキルの力ってやつか?あれ、そういえば俺剣なんて使ったことねぇぞ。きちんと刃を立てて切らないとすぐ歪んでイカれちまうんじゃなかったか。それは日本刀だったっけ?

 

「うーん、わかんねぇけどとりあえずとりゃあぁっ!」

 

 腕の長さと刃渡り、しめて大体1m強……こっちの単位だと1M(メドル)だっけ。その圏内に入ってきたコボルトその2の首を刎ねる。抵抗らしき抵抗もなく胴と泣き別れて宙を舞う犬の首、血飛沫を上げる断面。うわきったね!咄嗟に外套をかざして返り血を避ける。うーん、後で洗濯確定……。

ベルの方も終わってた。なんでも数が多すぎて中々隙を突けず手こずっていたそう。

 

「とりあえず、ちょっと頭出せ」

 

 「頭?」と言って素直に頭を俺の目の前まで下げてきたベルに鉄の爪(アイアンクロー)を食らわせる。俺との約束すっぽかしやがった野郎にはこうだ!こう!

 

「いたっ⁉いたたたた‼痛い!痛いよサラーサぁ⁉」

「なんで黙って書置きもせずに出ていきやがったこの野郎!約束すっぽかしやがってよぉぉー!」

「ちょっ、そのことは謝るよ!謝るから!離して!頭割れちゃう⁉」

 

 ぐぎぎ。まぁ良いか、許す。離してやったら涙目で言外に「ここまでする……?」と訴えてきていたが、知らん。お前の事情なんて知ったこっちゃねぇんだよーーーーッ!(憤慨)

 

「ほい、お前の朝飯だったもの。戻って来るかと思ったら戻ってきやがらねぇのー。しゃーねーから持ってきたぞ、食え。えーと、確か壁ぶっ壊したらモンスターは湧かないんだよな?ドロップアイテムと魔石回収もしといてやるから安心して食べて良いぞ」

 

 小さな籠をベルに押し付ける。中身?少し油を塗ったあの固いパン二枚で、今朝作ったジャガ丸君のなんちゃってポテサラに賽の目状にしたゆで卵和えたヤツを挟んだ即席ポテサラタマゴサンドだよ。一応レタスっぽい葉野菜も挟んでるぞ。今度柔らかいパン買えたらタマゴサンド作ろうかなって思う。

 「ぅえっ?これどうしたの?」とかほざきやがるから水筒も押し付けながら「あたしが作った。なんか文句あんのか」って言ったら意外そうな顔された。昨日夕飯手伝ってやっただろうが、失礼な。もっかい鉄の爪(アイアンクロー)いっとくか?おお?

 この怒りはとりあえず壁にぶつけた。鞘に納めた剣で壁の表面をこう、抉るようにガスガスと。ほんとは殴る蹴るの方が早い気はするが。

 そうして壁を壊し、剥ぎ取りが終わるころにベルが食べ終わった。「おいしかったよ、ごちそうさま」ってすっげぇ嬉しそうにニコニコ笑いながら水筒と籠を返してきた姿に白兎を幻視した。かわいい。幻視したのも相俟って、なんだかウサギに餌付けしてる気分になりながら、受け取った籠と水筒を背嚢に仕舞う。

 

「んで、これからどーする?もう少しいっとく?」

「そうだね、せっかくだし二人でもう少し探索しよう」

「わかったぞ。後ろは任せとけ!」

「うん、任せた!」

 

 なんて言って笑い合いながら、それから暫くの間モンスターを狩り続けた。

 

***

 

 さて。今日の成果であるが……ベル少年のバックパックやポーチは元より、俺の背嚢とポーチもパンパンになった。ベル少年曰く今日はやけにドロップアイテムも遭遇(エンカウント)率も高かったそうな。

 換金したらなんと六二〇〇ヴァリス。昨日の約五倍だ、すっげぇの。ギルドに顔出したらエイナさんは宣言通りベル少年にお小言言ってました、ちょっと困ったような微笑みを浮かべながらね。

 

「実は今朝、シルさんって人から朝ごはん貰っちゃって、今晩はその人が働いているお店で食べる約束してるんだ。サラーサも一緒にどう?」

「……お前……お前さぁ……あーもう。行くよ、その上手いけど強引な客引きしたヤツの顔も見てみたいし」

 

 ベル少年、君がどこで誰と宜しくやってようが構わないとは思う。思うけどさぁ、俺は神様のこと応援するって宣言しちゃってるんだよ。君は知らないけど昨日発現させたスキルで神様結構荒れてたのにさ、ここで更に女の子追加かよ。あーもう。あーもう!何なのこのやるせない感情。

 

    @

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:I92→H130

 耐久:I13→I47

 器用:I96→H139

 敏捷:H182→G235

 魔力:I0

 《魔法》

 【】

 《スキル》

 【】

 

「……えっ」

「んお?どうしたベル。そんな間の抜けた声出して」

 

 受け取った【ステイタス】の写しの内容に驚愕し打ち震えているらしいベル。数字はエイナさんから習って覚えたし、ちょっと気になって覗いてみたら……なんか値が劇的ビフォーアフターしてた。昨日聞いた時トータル52上昇してたんだーって嬉しそうに話していた記憶があるんだが、いや実際何があったんですかね???

 

「か、神様、これ、書き写すの間違ったりしていませんか……?」

「……キミはボクが簡単な読み書きもできないなんて、そう思っているのかい?」

「い、いえっ!そういうことじゃなくて……ただ……」

「まー確かにこの上がり方だったら真っ先にヒューマンエラー……いや神様だからゴッドエラー?疑いたくなるよな。昨日のトータル52でもすげー方なんだろ?なのに今回は……」

「そ、そうですよ!やっぱりこれおかしいですよ神様⁉ここっ、ほら、『耐久』の項目!僕、今日は敵の攻撃を一回だけしかもらってないのに!」

「……」

 

 あら。神様からしっとオーラがビシバシ伝わってきてますね。ちょっと話題逸らさないと俺、もしかして初めての【ステイタス】更新も儘ならないんじゃ……。

 

「だからやっぱり何かがっ……あ、あの、神様?」

「……」

 

 お、ベル少年も神様のご機嫌がすこぶる悪いことに気が付いたぞ。よし、【ステイタス】更新狙うなら今!ここだぁ!俺の勘がそう言ってる!

 

「神様ー、ベルが終わったんだしあたしもやってくれよー。ほれ、ベルはあっち行ったあっち行った」

「……むぅ。そうだね、おいでサラーサ君。ベル君なんかあっちいっちゃえ!しっしっ!」

 

 ……かみさまぁ……。

 

 ***(なうろーでぃんぐ)

 

 という訳で更新終わり!神様ずっとぶつぶつベルへの恨み言か何か言いながら更新してんだぜ?「……終わったよ」とか「はい写し」とかしか言ってくれなかったんだぜ⁉フォローしたかったけどフォローのしようがねぇよ!誰か助けてくれよ!服着させてくれよ!受け取ってから服着たわ!すこぶる機嫌悪いけど同じくらい仕事はえーな⁉

 俺数字と自分の名前くらいしか読めないけどとりあえず【ステイタス】の写しがこちら!

 

 サラシナ・サク

 Lv.1

 力:I0→I33

 耐久:I0→I4

 器用:I0→I9

 敏捷:I0→I13

 魔力:I0→I12

 《魔法》

 【偽典器(プセヴデピグラフィア)天星(イストロン)三寅(トリートス)

 ・装備魔法-詠唱派生型

 ・時間経過で効果終了。

 ・追加詠唱にて効果発揮。

 ・基本詠唱『(ほし)()() (けもの)()して (てん)()ず (かげ)(つか)みて ()(しろ)()す』

 ・追加詠唱『()ちるとも (おの)()(しめ)せ ()(しろ)よ』

 

 【】

 

 《スキル》

 【禁束(バウンド)臥獣(ビースト)

 ・斧/剣装備時全アビリティ補正。

 ・自然治癒力向上。

 

 【憑着者(ひょうちゃくしゃ)

 ・早熟する。

 ・同化率が上昇するほど効果低下。

 ・同化率が一定値に達する毎に『拘束』解除。

 ・同化率が1に達するまで効果持続。

 ・同化率 0.05。

 

 熟練度トータル上昇値なんと71!バッッッッカじゃねぇの⁉幸い同化率は上昇してないけども!てか俺も俺で耐久上がるような攻撃受けた覚え……あ。一回ゴブリンの拳素手で受け止めて、そのまま握り潰したけど……もしかしてそれか⁉いやダメージどころか衝撃すら感じなかったぞ⁉いやでもそれ以外にないし……いや、えぇ……(大困惑)

 これ、やっぱり俺のもベル少年のも『早熟する』の影響な気がするな。予想的中ってとこかな……当たってほしくなかったが。

 ちなみに速攻で確認して【憑着者(ひょうちゃくしゃ)】の項目は破り取った。ベル少年にはこれ見せられないんだよな……!

そしてベル少年に俺の【ステイタス】伝えたらこっちもこっちで驚愕してr「か、神様……?えっと、サラーサのもそうですけど、何で急に僕、こんなに成長したのかなー、って……」神様に声かけちゃうしぃぃ‼

 

「……知るもんかっ」

 

 ぷいっ、と頬を膨らませた神様はそっぽを向いて、部屋の奥のクローゼットに向かった。昨日の神ロキの本拠襲撃未遂と同じようにツインテールがうねうね動いてる。しかもベルがちょっと声かけようとしたらあの髪フシャーッ!って感じで威嚇してるし。どうなってんだ。わけがわからん。

 あ、背伸びしてプルプルしながらギリギリのところにあるコートとってる。かわいいなぁ。へーあのコート特注かね?神様の身体すっぽり覆ってるけど丈は普通なんだよなぁ(現実逃避)

 

「ふんっ!ボクはバイトの打ち上げがあるから、それに行ってくる。たまにはベル君も羽を伸ばして、キミたち()()()()()豪華な食事でもしてくればいいさっ」

 

 ……そこ強調しちゃいます……?まるで俺に嫉妬してるみたいな構図ですけど大丈夫なんすかねアレ。

 あ、また現実逃避してたらバタンッ!って扉閉めて出て行っちまったよ神様。目がね、神様の目がね……うん……。俺、ちょっと泣きたくなってきた。なんで神様あんな据わった目してたの?ベル少年もなんか落ち込んでるし。

 

「……はぁ。ベル、メシどうする?作る?帰りに言ってたとこへ食いに行く?」

 

 もう本格的に泣きたい、気が滅入る。

 




はい、という訳でコメディ色が多めの第五話でした。
ところで主人公、有象無象の雑魚とはいえゴブリンやコボルトをぶん殴るだけでスプラッタを演出可能ってどういうことなんでしょうね…。サラーサなのだから当然だろうと思う一方、書いている本人が一番「どうすんだこのオーバースペック」ってなってますよ、ええ…。
現時点でミノタウロスも一方的にぶち殺す気がしてならないんですが(戦慄)
あ、今回は同化率に変化なし…と。

ベル君の耐久の伸びが原作より上なのは確実に主人公のアイアンクローのせいだと思うの。

次回は原作通りだとベートさんがはっちゃける回になると思うんですけど、拙作だとどうなるんでしょうね。
原作通りひとしきり嗤ってベルがいなくなった後に何か起こるのか、そもそも何にも言わず黙って酒を呷っているのか。
この辺はベートさん次第、私の頭の中のベートさんがどう動いたかで決めようと思って現在執筆中です。

確か二話の前書きでもお伝えしたと思うのですが、今話前書きの通りこれにてストックが切れたため、明日から毎日更新ができません。
多分週1,2くらいの不定期更新になると思いますが、書き溜めながら更新していこうと思っております。


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第六話

第一話投稿から今日で一週間ということで記念更新。
推敲が足らなかったりして構成や話の繋ぎが不自然だったりしても多少は目を瞑っていただきたく……。
あと、多分この話も結構賛否両論は別れそうですかね?ベートさんの命運や如何に。

次話からのクオリティは頑張って上げていきますのでどうかユルシテ…。

さて、今回は一万二千字超えました。二割増しです。
では、どうぞ!


 神様が本当にあるのかもわからない(恐らくは嘘であろう)『バイトの打ち上げ』に行ってしまった後、俺たち二人は結局ベルが言っていた店で夕飯をとることにした。

そんで現在は本拠を出て、夕闇が夜闇へと変わり、無数の笑い声が響く大通り(メインストリート)を歩いていた。夜なのに、いやむしろ夜だからこそか?人通りが多い、多すぎる……。

 

「ね、ねぇサラーサ。なんで神様あんなに怒ってたのかな?僕、何かしたっけ……?」

「……あたしが聞きたいよ。お前が何やったかっていやぁそりゃ何かしたのかもしれねーけどさぁ……」

「う……そうだよね、ごめん。と、とにかく、確かシルさんと会ったのはこの辺りだったと思うから、ご飯食べて気持ちを切り替えよう?」

「そうかー……あぁ、わかった。じゃあこの話はここまでだな。で?その店はどれなんだ」

 

 俺と話しつつもベル少年はきょろきょろと周りを忙しなく見ていた。もしかしなくてもわかっていないのでは……。

 

「あ!あった!あそこのカフェテラスがある酒場だった気がする!」

 

 見つけたらしい。ベル少年に手を引かれ、彼が指差す建物に目を向ける。

 

「はえー……でっけえな」

「そうだね、もしかしなくてもこの辺りの酒場の中じゃ一番大きいかも……」

 

 妙に奥行きのある、他の商店と同じく石造りで二階建ての建物。掲げられた看板は『豊穣(ほうじょう)女主人(おんなしゅじん)』。ふーむ、大盛況だな。

 カウンターの中で料理や酒を振舞う恰幅の良いでかい女の人……えっと、あれドワーフかね?全体仕切ってるっぽいから多分あの人が看板の『女主人』、まぁ女将さんなんだろうな。店の奥じゃ猫耳の女の子たちが調理に忙殺されている。ありゃすげぇや、よく捌けるよ……。そういや給仕も全員ウェイトレスだな。えっ、この店スタッフ全員女性じゃん⁉

 そういえばコイツそういうのに免疫なさそうだよな、と少年(ベル)の顔をチラッとみると、案の定顔を赤くしてキョドってやがる。内心溜息をつきながら、今度は俺がコイツ(ベル)を引っ張っていく番か……と思って手を引こうとしたそのとき。ベルの横にウェイトレス姿の女性がいつの間にか立っていた。……いや本当にいつの間に?

 

「ベルさんっ」

「……」

「えっと、お前がシルか?朝ベルに朝飯恵んでくれたっていう」

 

 なんとか笑みを浮かべようと頑張っているベルの代わりに、とりあえず声をかける。

 

「あら?ベルさんの妹さん……ですか?はい、私がシル・フローヴァです」

「あー、いや……妹じゃないぞ。てかベルと初めて会ったの昨日だし。同じ派閥に所属してる、サラシナ・サクだ。サラーサって呼んでくれ」

「わかりました。よろしくお願いします、サラーサさんっ」

「……えっ」

「ん?」

「どうかしたんですか?ベルさん」

「えっ……と、その……サラーサって、名前じゃなかったの……?」

 

あっ。

 

「名前は名前だぞ。あたしの愛称みてーなもんだ。いつもサラーサって呼ばれてたからな、癖でサラーサって名乗っちまうんだ。そんでお前に本名教えるの今の今まですっかり忘れてた。すまん」

 

 いやほんと申し訳ない。ヘスティア様には速攻でバレた、エイナさんには今朝冒険者登録の時に改めて名乗った。でもベル少年には名乗る機会無かったな……。自分から名乗ろうと神様に本名で呼ぶのヤメテって頼んだツケだなこれ。

 

「そ、そう、なんだ……い、いいよ僕だってサラーサとの約束すっぽかしたりしてたしっ!ぜ、全然気にしてないからっ」

修羅場ですか?

違うと信じたいけどな!いや、その、ほんとごめんなベル……」

 

 小声で耳打ちしてくるシルさんに小声で返すが、まさかの事態。これはうっかり八兵衛よりうっかりしてるわ。……うっかり八兵衛って誰だっけ?漫画のキャラ?時代劇の役?

 

「と、とりあえず店入ろうぜ!シルも仕事サボっちゃマズいだろ?なっ」

「そ、そうですね。では、お客様二名はいりまーす!」

 

 若干放心してるベル少年を引っ張りつつ、シルさんの後ろをついていく。

 

「では、こちらへどうぞ」

 

 通されたのはカウンター席、その角。とりあえず俺は角側に座り、ベル少年をその横に座らせる。ふーむ、かなり融通してくれてる感じかな。わざわざ横に誰か座ってきそうな位置でもないし。

 

「アンタがシルのお客さんかい? ……おや、もう一人いるじゃないか!ははっ、二人とも冒険者のくせに可愛い顔してるねえ!」

 

 カウンターから乗り出してきた女将さん。ビクッとして身を引いたベルと、その横にいる俺の顔を見て豪快に笑った。俺はともかくベルは気にしてそうだなー。おぉ、女将さんに暗い視線向けてる。

 

「で?何でもあんた、あたし達に悲鳴を上げさせるほど大食漢なんだそうじゃないか!じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよぉ!」

「⁉」

 

 告げられた言葉に度肝を抜かれたらしいベル少年、ばっ!っと後ろを振り返る。傍に控えていたシルさん、目ぇ逸らしてーら。ハメられましたね間違いない。HAHAHA、ドンマイベル。

 

「ちょっと、僕いつから大食漢になったんですか⁉僕自身初耳ですよ⁉」

「……えへへ」

「えへへ、じゃねー⁉」

 

 やべ、ちょっと笑いが堪えられなさそう。

 

「その、ミアお母さんに知り合った方をお呼びしたいから、たっくさん振る舞ってあげて、と伝えたら……尾鰭がついてあんな話になってしまって」

「絶対に故意じゃないですか⁉」

「私、応援してますからっ」

「……ぷっ、あは、あははは!もうダメだ、我慢できねえ!ははははっ!」

「まずは誤解を解いてよ⁉ちょっ、サラーサも笑いごとじゃないってば⁉」

「僕絶対大食いなんてしませんよ⁉ただでさえうちの【ファミリア】貧乏なんですから!」

「……お腹が空いて力が出ないー……朝ご飯を食べられなかったせいだー」

「止めてくださいよ棒読み⁉ていうか、汚いですよ⁉」

 

 いやー、マジでこのやりとり傑作すぎる!笑いが止まんねぇ!あははは!

 

「もう!笑いごとじゃないってば!」

「ご、ゴメンなベル……ひひひ、腹いてぇ……」

「ふふ、冗談です。ちょっと奮発してくれるだけでいいんで、お二人ともごゆっくりしていってください」

「……ちょっと、ね」

「ああ、わかった」

 

 うん、商魂逞しいね。俺は好きだぜ、そういうの。かと言って俺も支給品の借金あっからなぁ……あんまり高いのは無理だな。残念。

 とりあえずベル少年がメニューをとったので一緒に覗き込む。

 ……ひぇっ。丁寧にもメニュー表が用意されていることにも驚いたが、額も凄まじい。ナニコレしゅごい。ベル少年がパスタを頼んだので俺も同じので、と乗っかったんだが。これで合計六〇〇ヴァリスですってよ奥さん。ポーション買ってもお釣りが来るぜ……。

 

「すげぇな、色々と……」

「そうだね……」

 

 二人して溜息をつき、苦笑する。メニューも小洒落てるし、手間かけてそうだし……だから高いのかね。

 「酒は?」と女将さんに尋ねられ、「いや、今日はいいや」「遠慮しておきます」と口々に答えたのだが、次の瞬間ドンッ!っと醸造酒(エール)のジョッキが置かれていた。聞いた意味あったのかこれ。拒否権無いとか何も知らずに手をつけたお通しか何かですかね……。

 二人して苦笑いしながら仕方なしに供された醸造酒(エール)をちびちびやっていると、注文したパスタがやってきた。どちらもミートソースのようだ。

 

「はむっ、んむ……美味い。量もある。良いな、もうちょっと懐事情良くなってから来たかったけど」

「そうだね。うん……僕らみたいな駆け出しにはちょっと敷居が高かったね……」

「違いない。後で神様へのお土産に何かお持ち帰り(テイクアウト)できるメニューあるか聞いてみるか?」

「ちょっと財布は苦しいけど、なんだか神様怒ってたみたいだし……そうしようか」

 

もぐもぐ。いや、ほんと美味いな。前世のミートソースパスタと比べても美味い。最近の冷食とかってレストランのシェフが監修してたりで美味かったんだが、それより美味いって素直にすごい。

 

「楽しんでいますか?」

「……圧倒されてます」

「右、じゃないな。左に同じくー」

 

ベルが大体半分くらい、俺は三分の二くらい食べた頃にシルさんが声をかけてきた。

 おう?しれっとエプロン外して椅子持って陣取ってきたぞ。仕事は良いのか?

 

「お仕事、いいんですか?」

「キッチンは忙しいですけど、給仕の方は十分間に合ってますので。今は余裕もありますし」

 

 シルさんが目線で女将さんに確認とってる。お、女将さんニヤッと笑いながらくいっと顎上げた。これはOKってことなんだろうな。わあ、女将さん男前ー……。

 

「えっと、とりあえず、今朝はありがとうございます。パン、美味しかったです」

「いえいえ、頑張って渡した甲斐がありました」

「……頑張って売り込んだっていう方が正しいんじゃないですか?」

「おいベル、流石にそれは言い過ぎじゃないか?」

 

 「いえ、すみません」と苦笑するシルさん。正直ここまで高額だとは思わなかったが、まぁ本人謝ってるし良いんじゃないかねぇ。

 それからシルさんがこの店について少し話すのを聞いていた。何でもあの女将さん……ミアさんが一代で建てた店らしい。しかもあのひと昔は冒険者で、主神からの許可もとって半脱退状態でここやってるんだと。素直に脱帽です、おみそれしました。脱ぐ帽子無いけど。

 まぁその後は……二人が話してるのに耳を傾けながら、俺は再び醸造酒(エール)をちびちび飲んでいた。前世で酒なんてほんのちょっと親父(おとん)爺さん(じっちゃ)に舐めさせてもらったりしたくらいだからまず舌が慣れていないのだ。あー、ちっとばかしにがいなぁ。あと、あんまり身体も歓迎していない感じもする……サラーサは酒飲まなかったのかな?でもドラフって酒に強い種族らしいんだよね。どこぞの酔いどれ修道女(ラムレッダ)は常日頃酔ってるけどさ、あれ尋常じゃない量の酒をカパカパ呑んでるんだよ。あのアル中こわい。

 

「沢山の人がいると、沢山の発見があって……私、目を輝かせちゃうんです」

 

 人間観察が趣味なのか。ふうん……なんかベルに惹かれるものがあって声かけたのかな?だとしたら罪作りなのはベル少年か、シルさんか、どっちなんだろ。

 

「とにかく、そういうことなんです。知らない人と触れ合うのが、ちょっと趣味になってきているというか……その、心が疼いてしまうんです」

「……結構すごいこと言うんですね」

 

 実際、聞く人が聞いたら勘違いされてしまいそうな発言であることに違いない。違いないが、俺もその気持ちはわかる。こことは全く違う、文字通り異なる世界であろう前世で生きていた俺にとって、ここ(オラリオ)は何もかもが新鮮で、また何もかもが違う。未知ってのは恐ろしいのと同時に、ひどく魅力的なものだな。前世(かつて)なら絶対にやろうとすら思わなかったであろう命のやり取りすら平然と行える今、俺は何がしたいんだろうか。選択肢はきっと、無数にある。推しの身体なのでやりたくもないことも多々あるが。

 ……っと。少し酔ったのかね、ちょっと感傷ぎみになってたようだ。あと若干ではあるが眠い。流石に酔って寝落ちは洒落にならないと(かぶり)を振って眠気を追い払うと、来店を告げるウェイトレスの猫人(キャットピープル)の声が聞こえた。お?団体客か。統一感とは無縁の多種多様な種族の集団が、ぞろぞろと入ってきて丁度俺たちの対角線上の、不自然にぽっかりと空いていた一角の席についた。あぁ、あそこ予約席だったのね。へぇー……ってアイズ・ヴァレンシュタイン⁉ってことはアレ【ロキ・ファミリア】⁉吃驚し過ぎて僅かに感じていた酔いも、まだ残っていた僅かな眠気も吹っ飛んだ。思わず横の少年(ベル)を見ると真っ赤になって放心している。シルさんが声をかけてくれているがずっと【ロキ・ファミリア】の方ガン見してやがる。

 

「あのー、ベルさん……?」

「……シル、ちょっと待て。【ロキ・ファミリア】にゃこいつの憧れの人がいるんでな、多分お前に反応してる余裕無いんだ」

「……あぁ、なるほど」

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん!今日は宴や!飲めぇ‼」

 

 【ロキ・ファミリア】と思われる集団の一人が立って音頭をとった。……顔が見えないが、恐らくあれが神ロキだろう。団長や幹事の線もあるが、昨日の夕飯後、酒飲んで騒いでたヘスティア様が愚痴った中に、ロキの赤髪まな板糸目ーとかあった気がする。繰り返しになるが顔は見えんし糸目かはわからんが、赤髪でスレンダーな体型だからアレなんじゃないかと思う次第。

 音頭からは一気に宴会一色の雰囲気に染まり、ガヤガヤと楽しそうに飲んで食らって笑い合っている。アイズさんはあまり食べる方じゃないみたいだな。あとマイペース。絡まれてもロクに反応してねぇ。

 

「【ロキ・ファミリア】さんはうちのお得意さんなんです。彼等の主神であるロキ様に、私達のお店がいたく気に入られてしまって」

 

 くすりと笑って、手で壁を作りながらベルにそんなことを耳打ちするシルさん。あーあ、これでベルがちょっと無理してでもここに通う可能性が浮上してしまった。ギンギンに目ェ見開いてアイズさんの方凝視しやがって。お前現在進行形で傍から見たら両手に花の羨まけしからんヤツっていう自覚ある?シルさんがこっちいること気付いた幾人かから軽く殺気の籠った視線送られてんぞ。

 

「そうだ、アイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!」

「あの話……?」

 

 アイズさんから見て、席が二つくらい離れた斜向かいに座っている灰色の髪の獣人の青年が、彼女に何かの話をせがんだ。頬の入れ墨が印象的な、灰色の髪の青年。精神的にはまだ男であると思っている俺から見ても、十二分に美男子だな。美形だけど男らしさもちゃんとある顔立ちだ。いいなー、うらやましいなー、俺なんて……俺なんて……彼女もついぞできたことなかったもんなぁ……言ってて悲しくなってきた。

 

「あれだって、帰る途中で逃がしたミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ⁉そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

 

 ──……へぇ。のほほんとしていた思考が一気に冷える。

 思い出したぞお前……あのときの。アイズさんが俺を治療してた最中、影からこっち見てた野郎だな?なんとなく、気配に覚えがあるぞ。

 

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していった?」

「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に上がっていきやがってよっ、俺たちが泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ~」

 

 ……ああ、帰らなきゃならないんだな。俺たちは上層のほんの浅いところでしか活動していないが、上位の冒険者は下へ下へ、より深く潜っていく。そして目的を達成したならば、来た道を引き返して帰らなければならないんだって、エイナさんも言ってた、『帰るまでが探索』だって。

 そしてアイズさんから聞いたから知っているとも、あのミノタウロスがそうやって上層へ来たことは。でだ、なんで今、その話。しかもトマト野郎だと?チリチリと、頭の中で火花が散るような感覚。今、この、予感が的中、したならば。少々、自制できる気がしない。

 

「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせぇ冒険者(ガキ)が、女背負って!」

 

 ……。

 

「抱腹もんだったぜ、兎みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ!震えながら、おぶってた女に庇われてよ!」

「ふむぅ?それで、その二人どうしたん?助かったん?」

「アイズが間一髪ってところで細切れにしてやったんだよ、なっ?」

「……」

 

 強引に俺の理性を引き千切ろうとしていた獣の(あぎと)が、不意にその力を抜いた。何故だ?

 

「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹痛えぇ……!」

「うわぁ……」

「アイズ、あれ狙ってやったんだよな?そうだよな?頼むからそう言ってくれ……!」

「……そんなこと、ないです」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインはそんな下らない事を狙ってやるような人間じゃない。

 現に彼女はほんの少しだけ眉をひそめている。嫌がってんなアレ。あの野郎は目元に涙を溜めながら笑いを堪え、他のメンバーは失笑。別のテーブルについてる部外者どもも、話を聞いて、釣られて出る笑いを必死に噛み殺している。

 

「それにだぜ?そのトマト野郎、庇った女をアイズが治療し終わるまでボケーッとしててよ、女が治って立ち上がった途端急に動き出して、女抱えて叫びながらどっか行っちまったんだよ!」

「えぇ……」

「……うわ、なんやそれ。その女の子、かわいそうになってきたわ……」

「そうね……」

「……」

 

 そういやそんな感じだった。事実だから擁護はしてやれねーけど、まぁベルも気が動転してたんだよな。感情と情報を処理しきれなくなって暴走したらしいんだよ、アレ。本人今俯いて真っ赤になってっけど。

 

「ああぁん、ほら、そんな怖い目しないの!可愛い顔が台無しだぞー?」

 

話したネタのオチが酷かったために固まった酒場の空気を戻そうと、誰かが、獣人の青年に物凄く不機嫌そうな目を向けているアイズさんにそう声をかけていた。

 俺は……正直怒りが不思議なくらい静かになって。安心しきって……この時、ベルに一言、「お前はあのとき、間違いなくあたしの英雄だったよ」と、伝えることを……失念していたんだ。

 

「……チッ。しかしまぁ、久々にあんな情けねぇヤツを目にしちまって、胸糞悪くなったな。野郎のくせに女に庇われてよぉ。ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるっていうかよー」

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年と少女に謝罪することこそあれ、酒の肴にする権利はなどない。恥を知れ」

「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねぇヤツを擁護して何になるってんだ?それはてめぇの失敗を誤魔化すための、ただの自己満足だろ?ゴミをゴミと言って何が悪い」

「これ、やめえ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ」

「アイズはどう思うよ?自分の目の前で震えるだけの情けねえ野郎を。あれが俺達と同じ冒険者名乗ってるんだぜ?」

「……あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います」

「なんだよ、いい子ちゃんぶっちまって。……じゃあ、質問を変えるぜ?あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

「……ベート、君、酔ってるの?」

「うるせえ。ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」

「……私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」

「無様だな」

「黙れババアッ。……じゃあ何か、お前はあのガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」

「……っ」

「はっ、そんな筈ねえよなぁ。自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしてる雑魚に、お前の隣に立つ資格なんてありはしねえ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

 横で、椅子を吹っ飛ばしてベルが立ち上がって、そのままどこかへ走り去っていった。

 

「ベルさん⁉」

 

 ただただ安堵していた俺は、それを止めることができなかった。──ただ。『俺』が収まったと思っていた激情は、上限突破して逆に静まりかえっていただけだった。『俺』の理性など役に立たず、『あたし(憤怒)』はふらりと立ち上がり、獣人の青年にふらふらとした足取りで近付いていく。ああ、()()()()()()()()()()

 

「……ああん?なんだてめえ」

……お前、何様のつもりだ

「は?」

「何様のつもりだって聞いてんだよ!」

 

 怒りに任せるまま、クソ野郎を表通りへ力任せに投げ飛ばす。

 

「いっつ……何すんだてめ……ッ⁉」

 

 青年が起き上がろうとする頃には、既にその上でマウントをとって、胸倉を掴んでいた。

 

「……質問に答えろ。あたしはベル・クラネルに助けられた。ベル・クラネル(あいつ)がいなかったら死んでいた。アイズ・ヴァレンシュタインも間に合わずに死んでいた。ベル・クラネル(あいつ)がミノタウロスに一矢報いたからこそあたしは今生きてる」

「ぐっ、くそっ……何が言いてえんだよッ⁉」

「お前はなんだ。どの口がそんなことをほざくんだ」

 

 子犬が牙を、爪を立てたとて、押さえ付ける獅子の前肢を退けられる筈がない。『()()()』の、指一本でも動かせると思うな。殴られる。まともに力が入っていない。蹴られる。大した痛みは無い。急所を狙った爪。空いている手で掴んで力を籠める。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインはあいつとあたしを救った。あいつはあたしを助けた。あたしはあいつを守った。何かが欠けていれば今頃あたしもあいつもきっと生きちゃいない。遅れてきたんだろうお前はアイズ・ヴァレンシュタインの後ろでただ見ていただけだったな。お前、そんなことを上からほざけるほどあたしたちに何かしてくれたか?おい。言ってみろよ。何が『ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がる』だ?ふざけるな。あたしからしてみれば『お前なんぞと一緒にするな』だよ。ずっと聞いてたよ、お前の声を、お前の話を。あたしは勘が良いんだ。酒に酔ったお前がベルのことを話してる時、お前が考えてたコトを当ててやろうか?惚れた女を振り向かせたい、ただそれだけだろ。くっだらねぇにも程があんだろうが。あたしはともかくあいつを、ベルを、女の気を引くダシにしやがって。その行いの代償は、何が良い?眼か?耳か?鼻か?歯か?爪か?指か?腕か?脚か?それとも────────命か?」

 

 握った腕を潰そうとして、はたと気付く。全身を【ロキ・ファミリア】の団員に抑えられていた。ドワーフ、パルゥムに、色黒の……アマゾネスか。子ども程度の人間一人に随分と大人数で引き剥がしにかかったもんだな。ほんの一挙動すら止められていないし、無意味だと思うんだが。

 

「そこまでにしてもらえるかな?ここまでなら『派閥の失敗』と『団員の失礼』で穏便に済ませられる。だけど、流石にどちらかが大怪我をしてしまえばただじゃあ済ませられなくなってしまうからね」

「……ああ、言いたいことは言った。大人しく従ってやるよ【ロキ・ファミリア】の」

 

 掴んでいた青年の胸倉と、鬱血し変色した腕を離し、【ロキ・ファミリア】による拘束が解けたので青年の上から退く。ふと天を見上げれば───不自然に、それでいて燦然と。ひどく蒼褪めた夜空に、()()()()が輝いていた。

 

「……本当に、世界ってのは力だけじゃ儘ならねぇな。けど……星がキレイだな────()()

 

 言い終えると、『あたし』は糸が切れた操り人形の如く意識を失った。

 ……後から聞いた話になるが、一部始終を見ていた【ロキ・ファミリア】の冒険者曰く。

はためいた外套の下、一瞬見えた『あたし』の背中にあったのは────【ステイタス】の刻印を覆い隠して燐光を放つ、()()()()()()()()()()であり……彼らは皆一様に『下層の怪物よりも恐ろしい化物』を、その背に幻視したそうな。

 

 

***

 

 

「う、あ……?」

 

 ……カラダが重い。頭が痛い。背中の『恩恵』がじんわりと熱を持っている気がする。

 

「あ、気が付きました?」

「……この、声は……シル、か?」

「はい、先程までお二人とお話していたシル・フローヴァです」

 

 焦点の定まらない目を彷徨わせ、声のした方へ向くと、ぼんやりと薄鈍色の髪の人影が見えた。視界はまだ判然としないが、思考は徐々に明瞭になってくる。

 

「……ここ、どこだ?今何時だ……」

「お店の二階、倉庫兼従業員の休憩スペースのようなところです。えっと、時間は……夜の八時を回ったくらいでしょうか」

「なんで、あたしはこんなとこに?」

「うーん、覚えていませんか?【ロキ・ファミリア】の団員さんがベルさんをバカにして、ベルさんがお店を飛び出してからサラーサさんがその団員さんに掴みかかったんですけど……」

 

 ようやく視界が安定し、シルさんの顔に焦点があった。ベル少年が飛び出していったのは記憶にあるが……おいおい、俺そんな馬鹿な真似したっけか……?あと、八時過ぎって俺らが飯食いに出たのが夕方の五時半過ぎだろ、そんで『豊穣の女主人』についたのは多分六時ちょっと前くらいだと思うから……【ロキ・ファミリア】が来た時間とか考えると一時間くらい寝ていたことになる。掴みかかった団員に殴り飛ばされて気を失ったとかそんなオチ?

 

「……思い出せませんか?」

「ああ。わりーな、思い出せねえ」

 

 シルさんが困り顔で少し考える素振りを見せていたところへ、バタンと大きな音を立てて扉が開き、女将さんが入って来た。

 

「お目覚めかい。気分はどうだい?」

「……ま、悪くは無いけど良くもないな」

「そうかい、軽口叩けるなら上等さね。んじゃ……あんたと、あんたの連れが飲み食いした分、それにあんたがウチにかけた迷惑料。しっかり体で払ってもらおうか」

 

 ……はい?

 

「いや、せめてお代くらいは払え……あー、ベルが財布持ってたわ……わかったよ、皿洗いでもなんでもする……」

「んじゃ、これ着てしっかり働きな」

 

 にぃ、とあくどい笑みを浮かべた女将さんが、シルさんと同じような服……つまるところ『豊穣の女主人』の給仕服を渡してきやがった。……待って、代金+迷惑料分働くわけだから百歩譲って制服着るのはわかる。まぁ元男なので着るのに抵抗が無いとは言わんが、普段着てる装束のこともあるからそれは今更か。でもさ、それ以前にさ……

 

「……この服、その、あたしの体型でも、着れるのか……?」

 

 ぽかん、と呆気にとられた表情の二人。しかしその表情は一拍の後、一気に笑いに変わる。

 

「く、くく……」

「……ぷっ」

「……な、なんか変なこと言ったか?」

「はっはっは、安心しな。ちゃんと仕立て直してあるよ」

「ふふふ……すみません、気を失ってる間に採寸させてもらったんです」

 

 え、えぇ……?準備が周到過ぎるんだが……⁉

 

***(おきがえちゅう)

 

「お似合いですよ、サラーサさんっ」

「ああ、似合うじゃないか」

「……」

 

 口角を吊り上げ、腕組みをして満足そうにしている女将さんと、本心から褒めているらしいシルさん。普段の装束の方が余程露出もあるし確かにこれよりはアレかもしんないけど……けど!慣れねぇ!落ち着かねぇ!恥ずかしい‼

 

「とりあえず、今から店が終わるまで皿洗いでもやってもらおうかね。ああ、それと……ここでそれ着て働く以上、あたしのことは『ミア母さん』と呼びな」

「……ミア母さん、ね。わかった、よろしくたの……宜しくお願いします」

 

 そういえばシルさんも『ミアお母さん』って呼んでたし、雇い主であるミアさんにとって、従業員は己の庇護下にある子どもって立ち位置なんだろうか。はあ……皿洗いか。マヨネーズの作り方教えたら釈放されたりは……しなさそうねえ。とりあえず、皿洗い頑張ろう。

 

 

 

 うーん、あれから本当にずっと店が終わるまで皿洗いしてた。正直料理する方が好きだけど、メニュー通りに注文されたものを片っ端から作るのはなんだか性に合わなさそう。給仕はほら、俺が何かやらかしちゃったらしいから任せられないんだって。接客って注文とるのと給仕でしょ?そのくらい普通にこなせると思うんだけどなぁ、でも今俺出ていくとめんどくさそうだからダメだってさ。

 まだどんちゃん騒ぎながら飲んでた【ロキ・ファミリア】の面々に出てきたのが察知されて、色んな視線注がれて本当に居心地悪かった。あぁ、ベル少年(けな)した野郎は()巻きにされて転がされていた。ざまぁ。でもなんか知らんけどずっと、本当にずぅぅぅっと凝視されてたんだよな。おーこわ、帰ったら戸締りはしっかりしとこう。聞いた話じゃLv.5(第一級冒険者)らしいから戸締りなんて意味なさそうだけど。

 【ロキ・ファミリア】の主神らしいと思った赤髪のひと、糸目だったし「ロキ」って呼ばれてたからやっぱり神ロキだったんだな。北欧神話のトリックスターが眷属と酒飲んで騒いでるの、なんだか不思議だな。

 でもま、如何に神が不変不朽不滅の【超越存在(デウスデア)】であろうと、この世界で人と関わってれば、考え方とまでは言わずとも気が変わることくらいはあるのかもな。実際ウチの主神はベルに()()()()だし。真意は聞いてみなきゃわからんが、どうせ木っ端派閥所属の俺なんぞが関わりをもつことは無かr……あれ?よくわからないけど、もう手遅れな予感がする。なんでだ?マジで何やったの俺⁉

 

「ふう、これで最後……っと。皿拭くのやってくれてありがとな!えっと……」

「リュー。リュー・リオン」

「ああ、助かったぜリュー。やっぱ作業の分担って大事だな!」

「いえ、礼には及びません。ただ私がやりたかったからやっただけです」

「ふーん……お前、いい奴だな。でも感謝くらい素直に受け取った方がいいと、あたしは思うぞ」

「……そうですか。では、どういたしまして」

「へへへ。改めて、ありがとな!」

 

 途中からエルフのウェイトレスさんが手伝ってくれていたのだが……そうか、リューさんっていうんだなこのひと。本当に助かった。身長足りないから台借りてその上でずっと皿洗ってたんだが、やっぱり一人だと食器は溜まっていく一方でな……。ちなみに皿割るなんてアホなことはやらかしてないぞ。それにしてもあんなワシャワシャ漫画のように泡が立つとは思わなかった、あれは結構楽しかったな。量はちょっとした拷問だったけど……どんだけ洗っても終わりが見えなかったぜ、ははっ……。

 営業終了後店舗の清掃まで手伝って、晴れて開放された訳なんだが。

 女将さんことミア母さんに「また来な」っていつもの笑顔で言われて、なんかクッキーの小さな包みを貰った。それって客として?従業員として?とは聞けなかった。多分どっちもだわあれ。

 その後やや癖のある茶髪の猫人(キャットピープル)のウェイトレスに話しかけられて、言ってることがイマイチわからなかったのでキョトンとしてたらもう一人の、黒髪の猫人(キャットピープル)まで混じってきてその二人で口喧嘩し始めた。少し離れたところで溜息ついてるヒューマンの人がちょっと疲れた顔してたな。俺?もちろんこっそり離れたさ。

 「まぁなんというか随分愉快な職場だな」ってシルさんに言ったら苦笑して、「でも楽しいですよ?」だってさ。そりゃ確かに楽しそうですけれども。何はともあれ、世話になったと頭を下げて退散する。

 

 さて、遅くなった。ベルがどこ行ったのかわかんねぇから探さないとだが、それよりも先に一旦本拠に戻って、神様に事情伝えておかないと。心配かけちゃっただろうし。もう日が変わって午前一時過ぎだ、急ごう。




さて、如何だったでしょうか。
今回はちょっと意味がわからないものと不自然な展開と繋ぎが多いですね、本当にすみません。
主人公、今の今まで(と言っても知り合って一日半程度の付き合いだけど)ベル君に本名名乗るの忘れていたとかいうポンコツ。

『あたし』
お前は誰だ。サラーサにしてはお頭のお出来が良すぎるぞ。でも繰り返し似たようなこと言っているので実はそんなにお頭がおよろしくない……?何にしても最後の一言的に妙な疑問が残る。なんで自分の名前呼んだんだいキミ。

『黒銀に輝く竜翼の紋様』
【ステイタス】を覆うように発現していたナニカ。詳細不明。
果たしてなんなのでしょうね?

『不自然に燦然と輝く三つの星』
主人公(?)が気を失った後に空を見上げた誰かが言うには、そんな星はなかったという。


結局『豊穣の女主人』に捕まって働かされている辺り女主人公の宿命を感じる。にしてもあんな特殊体型用の服よくそんな短時間で仕立てられたな。手直ししたにしても早すぎない…?
誰か裁縫に関するスキル発現させてる子でもいたのだろうか……。


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幕間の一~三寅の残滓~

いつの間にかUAが13000超になってたり、お気に入り件数が12時時点で360件以上になっておりましたので感謝投稿。とはいえストーリーが一切進行しないのでタイトルの通り幕間扱いにしたのですが。
今回は5000字ちょっと。前半ベートさん、後半ベル君視点でお送りいたしますが、ベル君部分少な目。
前回クオリティを上げる自助努力をすると言ったな。すまない、守れなかったよ(悲)

等と散々ではありますが、幕間の一です。どうぞ。


「……質問に答えろ。あたしはベル・クラネルに助けられた。ベル・クラネル(あいつ)がいなかったら死んでいた。アイズ・ヴァレンシュタインも間に合わずに死んでいた。ベル・クラネル(あいつ)がミノタウロスに一矢報いたからこそあたしは今生きてる」

 

 オラリオ最大派閥【ロキ・ファミリア】が幹部、『凶狼(ヴァナルガンド)』の二つ名を戴くLv.5(第一級冒険者)であるベート・ローガは、戦慄していた。

 酔っていたとはいえLv.5である己を投げ飛ばし、反撃すら歯牙にもかけず憤怒を浴びせる『角持つ少女の姿をした化物』。その言葉と行動、何よりも己を睥睨する紅い双眸に込められた赫怒と殺気に中てられてとっくに泥酔状態からは醒めていたものの、何故こんなことになっているのかが理解できない。

 引き剥がそうと足掻いても、拳を振るっても、なんとか蹴りを放っても、文字通り片手間で対処されてしまうし、そもそも手応えが薄い。挙句の果てには苦し紛れに喉を狙った腕を掴まれる始末だ。

 

「ぐっ、くそっ……何が言いてえんだよッ⁉」

「お前はなんだ。どの口がそんなことをほざくんだ」

 

 マウントポジションで抑えつけられているとはいえ、この身は迷宮都市(オラリオ)で、いや世界でも最強格であるLv.5。本来ならば例えこの少女と同じくらいの体格である【ロキ・ファミリア】団長、Lv.6の『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナが同じように抑えつけてきたとしても、奥の手を使ってこない限りここまで微動だにしないことはない。なんなんだこいつは。何なんだこいつは⁉

 

「アイズ・ヴァレンシュタインはあいつとあたしを救った。あいつはあたしを助けた。あたしはあいつを守った。何かが欠けていれば今頃あたしもあいつもきっと生きちゃいない。遅れてきたんだろうお前はアイズ・ヴァレンシュタインの後ろでただ見ていただけだったな。お前、そんなことを上からほざけるほどあたしたちに何かしてくれたか?おい。言ってみろよ。何が『ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がる』だ?ふざけるな。あたしからしてみれば『お前なんぞと一緒にするな』だよ。ずっと聞いてたよ、お前の声を、お前の話を。あたしは勘が良いんだ。酒に酔ったお前がベルのことを話してる時、お前が考えてたコトを当ててやろうか?惚れた女を振り向かせたい、ただそれだけだろ。くっだらねぇにも程があんだろうが。あたしはともかくあいつを、ベルを、女の気を引くダシにしやがって。その行いの代償は、何が良い?眼か?耳か?鼻か?歯か?爪か?指か?腕か?脚か?それとも────────命か?」

 

 言い終わると同時。殺気が膨れ上がり、掴まれた腕がみしりと悲鳴を上げる。殺気に反応したフィン、ガレス、ティオネにティオナの四人がこの『化物』を己から引き剥がそうとしているが、全くと言って良いほど不動。その事実に、ついに戦慄を超えて純粋な恐怖を覚えた。

 

「そこまでにしてもらえるかな?ここまでなら『派閥の失敗』と『団員の失礼』で穏便に済ませられる。だけど、流石にどちらかが大怪我をしてしまえばただじゃあ済ませられなくなってしまうからね」

「……ああ、言いたいことは言った。大人しく従ってやるよ【ロキ・ファミリア】の」

 

 声を掛けられる寸前でようやくフィンたちに気付いたらしい『化物』は、先程まで己に向けていた怒りと殺気を霧散させ、あっさりと己の上から退く。

 掴まれていた腕を見れば鬱血して変色し、赤黒い手の形の痣がくっきりとついていた。もう少しで握り潰されていたはずだ。器の昇華(ランクアップ)を繰り返し常人よりも遥かに強靭となった筈の己の肉体を、これほど頼りなく感じたのはいつ以来であろうか。まだ心にわだかまる恐怖を振り払い、『化物』を見上げると────────

 

 

 

────────『化物』もまた、遥か空に輝く、見覚えのない三つ連なった星を見上げていた。不意に一陣の風が吹き、彼女が纏う外套がはためく。煽られた外套の下、その背中にあったのは。

【ステイタス】の刻印を覆い、淡い光を放つ『()()()()()()()()()()』、だった。

 

「……本当に、世界ってのは力だけじゃ儘ならねぇな。けど……星がキレイだな────サク」

 

 そう呟いて、『化物』は意識を失ってふらりと倒れ……いつの間にかいたミアに受け止められた。

 

「はあ……まったく、あたしの店で随分と好き勝手やってくれたじゃないか小娘。ツレも食い逃げたぁいい度胸だ」

 

「あんたもだよ凶狼(ヴァナルガンド)。次こんなことやったら出禁だからね、覚えときな」

「……あ?お、おう……」

 

 そのまま『化物』……『角の少女』はミアの小脇に抱えられ、店の奥へと姿を消した。

 

「……ベート。折角の宴の席でよおやってくれたなあ。なんか言い訳はあるか?んん~?」

 

 『角の少女』が消えていった店の奥をぼんやり見つめていると、怒気を孕んだ声が聞こえてそちらへ向き直る。……主神であるロキが青筋を浮かべて仁王立ちしていた。

 やらかしたことについてもう弁解の余地はなく、当事者であるトマト野郎……あの白髪頭の少年は夜の街に消え、もう一方の角の少女もミアに連れていかれた後。どうしようもないことを悟り、きまり悪く舌打ちをしてそっぽを向いた。

……罰として効能の低い、駆け出しが使うような低級の回復薬(ポーション)で雑に腕を治療された後、容赦なく簀巻きにされて床に転がされることとなり。酒は飲んでも呑まれるな、という格言の意味を噛み締めることと相成った。

 

 

 

 そもそもあの騒ぎの時点で酔いはすっかり醒めており、ぐるぐると己の弱さを責めていると。

 

「……ベートさん」

 

 目の前にアイズがしゃがんで声をかけてきた。

 

「……んだよアイズ。俺の事なんざほっとけよ」

 

 己が恥を晒してしまった意中の相手が話しかけてきたことで吹き荒れる羞恥を押し殺して、なんとかいつものように粗雑な口調で突き放す。

 当然目を合わせるなんてできる訳もなく、顔を背ける。というか背けないと見えてしまいそうだった。何がとは言わないが。

 

「……あのとき、あの二人が何をしてたのか……知りたくない、ですか……?」

 

 ばっ、っと思わずアイズを見る。困ったように下がった眉と、躊躇いがちな表情。意中の相手にそんな顔をさせていることに罪悪感が湧き出すが、『化物』が言っていたことの仔細を知れるかもしれないという好奇心がそれを凌駕する。

 

「……何があったんだよ、あんとき」

「わたしが追いつく前のことなので、細かいことはわかりませんが……わたしが倒す直前のミノタウロスの右腕と、あの女の子の右腕がぐちゃぐちゃだったので、多分……ミノタウロスと正面から殴り合って、互いに……打ち合った拳や腕が、ぐちゃぐちゃになったんだと、思います……」

「なっ……⁉」

 

 ミノタウロス(Lv.2相当)と、相討ち……?(Lv.5)を一方的に抑えつけ、Lv.6、Lv.5各二人(フィン、ガレス、ティオネ、ティオナの四人)がかりでもびくともしなかった化物が……?意味がわからない。

 

「おいアイズ。さっき俺を片手間に捻じ伏せたような女がミノタウロスと相討ちだと?おちょくってんのか?」

「……嘘じゃないです。さっきの、あれは……うまく言えませんけど……存在が、違うような……とにかく、あのときのあの子は……あんなじゃ、なかったです」

 

 自分でもよくわかっていないらしい少女の言葉に、調子が狂うなと思いつつも、アイズが嘘をつくような性格ではない……いや嘘をつけない性格であることはそこそこ長い付き合いから知っている訳で。続けろよと先を促す。

 

「そのあと、ミノタウロスの咆哮で二人とも、強制停止(リストレイト)に陥って、あの子は……ミノタウロスに捕まりました。わたしはそれを見て、焦って速度を上げたんですけど」

 

 その時の記憶を思い出して噛み締めるように、アイズは一旦瞼を閉じたあと、ゆっくりと目を開いて、こう言った。

 

「……あの、男の子……ベルが、ミノタウロスの眼に、得物を突き刺して、女の子を助けたんです」

 

 ……嘘、だろ?あのトマト野郎が?情けなくしりもちついて、呆然としていたあのガキがか?アイズの瞳は真剣そのもので、そこに嘘や誇張が一切無いことは明白だった。

 

「……それだけ、です」

 

 言うだけ言って満足したらしいアイズは、立ち上がって席に戻り、またマイペースに食事を始めた。

 おかしい。そういえばあの少女は、少年に背負われていたはずだ。己を悠々と抑えつけるような化物が、明らかに格下である少年におぶわれて逃げるだろうか?しかもミノタウロスの強制停止(リストレイト)にかかったというならほぼ確実にLv.1である。そもそもあの少年だって、人一人背負って逃げ回っていた。

 ……不自然だとは思うものの、それが真実だとするならば……己が雑魚と嘲笑い、貶めた少年は、最後の最後まで抗っていたことになる。「雑魚はどこまでいっても雑魚だ」と言って憚らない己だが、あれは己なりの激励である。

 だが、先の醜態はどうだ。上層で活動する程度の弱者ながらも、中層より出でた格上(ミノタウロス)相手に人一人を背負って逃げ回り、最後に一矢報いた少年へ浴びせるには、随分なものであった。話を聞く前とは違った意味で、己の浅慮を戒め呪い、自嘲する。それと同時にあの『化物』、あの『少女』に余計に興味が湧く。

 アレは、一体何なのだろうか?

 

 

 

 一時間ほど経った頃。Lv.5冒険者の鋭敏な感覚が店の奥にあの少女の気配を察知し、そちらを向こうとするも生憎転がされている向きが悪い。簀巻きにされていて動きづらいことこの上ないが、とりあえず頑張って向き直ろうと足掻く。第一級冒険者の身体能力をしょうもないことに使っているなと我が事ながら呆れかえるが、団員たちは己のことなど殆ど無視して呑んでいるし、この状態に甘んじていること自体が己への制裁である故に解くこともできないのだから仕方ない。何人かが急に動き出した己を見て驚愕しているが、己に委縮する雑魚など知ったことか。……ちぃっ、フィンやガレス、リヴェリアにアイズはともかく、ロキやティオナはいつまでも弄ってきそうだ。

 見れば『豊穣(ほうじょう)女主人(おんなしゅじん)』の給仕服に身を包み、心なしか顔が赤い少女が、薄鈍色の髪のウェイトレスの陰に隠れるようにして洗い場に出てきたところであった。

 確かにあの化物の気配はしない。アイズの言う通りあの怒り狂った化物と角の少女とでは、根本は同じでも本質的な何かが違うように感じる。

 拍子抜けしたものの、店仕舞いとなりガレスに担がれて店を出るまで不思議と角の少女から視線を外すことができなかった。

 

「……てめえは、なんなんだ……?」

 

 己どころか己よりもLv.の高いフィンやガレスすら歯牙にもかけぬ化物であるかと思えば、アイズ曰くミノタウロス(Lv.2相当の雑魚)相手に瀕死どころか本当に殺される一歩手前だったという。考えても考えても答えは出ず、ぽつりと漏れた呟きは、誰の耳にも届くことなく夜の闇へと消えていった。

ふと夜空を見上げれば星は無く。あのとき『化物』越しに、確かに見たはずの三連星は幻であったかのように何処にも見えず……蒼白に輝く上弦の三日月が、嘲笑うように浮かんでいた。

 

  |_|_|_|()

 

 畜生、畜生、畜生っ!

 走る、走る、走る。眦に浮かぶ涙もそのままに、何度も頭を過る先の光景を必死に振り払いながら疾走する。

 色々な感情が自分の中を掻き乱し、先の光景が過るたびに自己嫌悪が増していく。

 自らの無様を笑い種にされ、侮辱され、失笑され、庇われて、サラーサが本当の名前を自分に教えてくれていなかったという事実も同様に引きずり出されて。

 あまりにも惨めだ。こんな自分等消し去ってしまいたい。初めてそう思った、思ってしまった。

 馬鹿かよ、僕は、馬鹿かよっ‼

 青年の放った全ての言葉が胸を抉る、心を蝕む。

 惰弱、貧弱、虚弱、軟弱、怯弱、暗弱、柔弱、劣弱、脆弱。

 彼女と親密になるために『何をすればいいのかわからない』ではない。

 『何もかもしなければ』、自分は一人の少女の前に現れることさえ許されない。

 殺意を覚えるのはあの青年でも周囲で馬鹿にしていた他人でも、隣で何も言わず黙っていた少女でもない。

 何も……そう、何もしていないくせに無償で何かを期待していた、愚かな自分に対してだ。

 悔しい、悔しい、悔しいっっ‼

 青年の言葉を肯定してしまう弱い自分が悔しい。

 何も言い返すことのできない無力な自分が悔しい。

 彼女にとって路傍の石に過ぎない自分が悔しい。

 彼女の隣に立つ資格を、欠片も所持していない自分が、堪らなく悔しい。

 

「……ッッ!」

 

 深紅(ルベライト)の双眸が遥か前方を睨みつける。

 迷宮の上に築き上げられた摩天楼施設が、地下に口を開けてベルを待っていた。

 目指すはダンジョン、目指すは高み。

 吊り上げた瞳に涙を溜め、ベルは闇に屹立する塔に向かってひた走る。

 

 ……夢中で走る少年の、その遥か頭上。少年の姿が迷宮へと完全に消えて見えなくなるまで、応援するように、鼓舞するように、三連星が力強く輝いていた。

 




ということで幕間の物語。
ベートさんとベル君視点でお送りしました。

正直ソードオラトリアの方の読み込みが甘かったので不出来だなーと思いつつ書いていたのですが、推敲してたらこのように。
『これおかしくね?』等ありましたら感想か、作者へメールをください。考察して修正も考えます。

さて、ベートさんが抱いたのはどうやら興味。個人的にベートさんは好きなキャラなんですがね、原作二章部分って二次だと大抵噛ませ化するんですよね。あのシーンムカつくから仕方無いか(南無)
そういえばベートさん何が見えそうだったのか知らないけど、バッとアイズさんの顔見た時仮に本当になにか見えてたとしても認識してない。思考の方にキャパの大半割いてましたのでね。
ベル君は原作どおりダンジョンへGo。再構成しようがなかったけどとにかく無事に帰ってきてね頼むから。

『三連星』
題の通りこれは三寅斧の刀身にあしらわれている装飾と同じ配置。もちろん前話にもあった『三つの星』と同じものです。連星と言って良いのかわかりませんでしたが、他にどうやって言うのか、星座は星座と認識されなければ星座ではありませんし……。
いずれにせよ私の語彙の不足からこのようなジェットストリームアタックを仕掛けそうな呼び方に落ち着きました。なんでガンダムよく知らないのに言うたびに黒い三連星という語が頭を過るのか。

感想・評価、あとはありましたら誤字報告、お待ちしております。


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第七話

3/21には二次日間5位(まぁ翌日には表から消えてたんですけど)に入っていたり、3/22~23は二次週間40位に入ってたり……お気に入り件数700越えてたりUAも2万突破してたり……
多くの方に読んで頂けて嬉しい半面、畏れ多いという気持ちもありますね……。
拙作を読んで下さった方々には感謝しかないです!

これからも更新頑張っていきます。

今回は一万字強、ベル君探して三千里といったところですかね。では第七話です、どうぞ!


3/24 誤字修正。刀祢梨子様報告ありがとうございます。


 はいどーも……こちらさっきようやく『豊穣の女主人』の弁償労働から解放されて廃教会の隠し部屋こと我らが【ヘスティア・ファミリア】の本拠に帰って来た更科(サラシナ) (サク)です。

 先程帰ったよって入ったら今にも泣きそうな神様がお出迎えしてくれた。両目に涙溜めながら突貫してきたけど……まぁサラーサの胸部装甲は十二分だからね、普通に受け止められるに決まってるよね。身長大差ないしダイブしてきたら大体胸くらいに頭が来る。

 えぐえぐ泣いてる神様を落ち着かせ、とりあえずミア母さんがくれたクッキーの包みを差し上げて、やっとの思いで本題に入る。

 

「……ってなわけで、酔っ払いの侮辱に耐えられなくなったベルが財布持ち逃げしちゃって代金払えなかったもんだから弁償に勤しんでて遅くなりました」

「ぐすっ……そうだったのかい……ベル君、どこ行ったんだろう……」

 

 まぁあいつのことだし、こっちに帰ってきてないとするなら行先なんざひとつしか無いわな……妙な確信がある。

 

「はぁ……ちょっと準備して迷宮行ってきます。あいつ多分自棄(やけ)になって潜ってると思うから」

「ちーん……待つんだ!夜のダンジョンは出現(ポップ)したモンスターを討伐する冒険者がいないから、モンスターが溢れかえっててものすごく危険なんだよ⁉キミ一人では行かせられないよっ」

「そりゃそうかもしれないですけど、こんな夜更けに手を借りるアテでもあるんです?」

 

 半目で指摘すれば「うぐっ」と言葉に詰まる神様。そんな心配しないでくれよ、すーぐ連れ帰って来るからさ。

 

「ともかく、無茶はしないから安心してくださいよ神様。一昨日死んで二日足らずでまた死ぬとか冗談じゃねぇし。そもそもあなたの目の前にいる眷属は『恩恵』無しでミノタウロスと正面から張り合えたんだし、『恩恵』をもらって更に強くなったんだ。上層に限ればまず死ぬなんてありえない、そうでしょう?」

「……わかったよ。絶対にベル君と一緒に無事に帰ってきてね。絶対だよ?」

「ああ、言われるまでもないですよ、それは」

 

置いていっていた装備一式を手早く身に着け、本拠を飛び出しバベルを目指して駆ける。

さぁ、頼むからなるべく浅い階層で見つかってくれよ……!

 

    @

 

 はい、という訳でダンジョンでございます。正直装備の消耗なんてこんなことでしてられないから、出現したモンスターは片っ端から拳で汚い花火にしていってる。魔石の欠片にドロップアイテム?回収する余裕なんてないよ……。エイナさん曰く魔石を回収せずに放置してると、その魔石を喰って共喰いを覚え、異常な強さを得た強化種なるモンスターが生まれることがある……らしいので魔石は全部粉砕している。

 現在3階層。確か『ダンジョン・リザード』とか言ったっけ?でかいトカゲが湧いて出たり、『フロッグ・シューター』なるこれまたでかい一つ目の蛙が出たり。全部蹴り飛ばすなり殴り飛ばすなりすれば一撃なんだが、トカゲは壁や天井に張り付いて奇襲かけてくるわ、蛙は舌伸ばして遠距離攻撃してくるわなので地味に鬱陶しい。腹が立ったので蛙の方は壁砕いた破片を常備して発見し次第投げつけてる。当たれば一撃なのは投石も変わらんし。はぁ……俺以外の戦闘音も聞こえねぇし、どこに行ったよベル少年。

 地図を片手に探索しているが、もう4階層への階段前なんだが。急いでざっとここまで大体一時間半。現在時刻は午前三時を回ったくらいか?あー、これ以上下となると軽くトラウマな5階層が待ち構えているんだが……?ええい、ままよ!さっさと見つけて帰るぞぉ!

 

 

   @@@@@@(いいかげんみつかってくれ)

 

 

 現在5階層。軽くトラウマとなっているミノタウロスとの不幸な遭遇戦のあった階層にして、ベル少年に拾われた階層にして、俺がこの世界に生を受けた(?)階層だな。こんなしみったれた穴ぐらの壁の中が今生の故郷とか控えめに言ってアアアアアアアアゴミカスゥゥゥ!4ネェェェェェ!!と奇声をあげたくなるんだが。なんだっけ、こないだ友達が言ってたヤツだ。V界隈がどうのこうの……あいついちいちアレを連呼しやがるからイライラしたわほんと……っと、これは。

 前後左右あと上から襲いかかって来る有象無象の怪物どもを粉砕し、連続湧出(wave)も切れたので一息つこうかと思った矢先。目に留まったのは血の染みの無い地面に転がる光るもの。

 

「魔石の欠片、だよなぁ……これ」

 

 拾い上げてみれば、紫紺の輝きを放つ欠片。うん、魔石だな。その先には魔石とドロップアイテムらしきものが点々と続いている

俺はこの道来たばっかだし、血の染みがないということは間違いなく俺が飛ばしたものではない(モンスターは尽く天井/壁/床の染みにしてるから当然と言えば当然)し、これはもしかしなくてもベル少年の白い石かパンくずでは……⁉(それ童話ヘンゼルとグレーテルのやつ) ま、冗談だが。目印にするにはモノが物騒すぎるので多分回収もせずにどんどん奥へ行ってるだけだろう。

 神様とエイナさんのお説教がキミを待っているぞ、ベル少年!

 ……あのさ、すんげえ今更なんだけどもね?俺冒険者歴一日なんだけど。なんでこんなことしてんの?言い出したのも実行したのも俺だけど、明らかにおかしいよね?いくら強くてニューゲーム的な感じとはいえ無茶苦茶過ぎんかね???

 

「……まぁ、それが可能なほど高スペックなのもおかしいんだが」

 

 ベル少年が放置していったのであろう魔石やドロップアイテムを辿り、走る、走る、走る。モンスター?もうなりふり構わず殴り飛ばして蹴り飛ばしてるよ。お陰で全身真っ赤。この外套もう使えないかもしらんね……。

 おっと。ああやっぱり……案の定6階層への階段へ続いてやがる。え?トレイン行為は御法度?馬鹿言え、そんな数居るわけn……見なかったことにしても良いだろうか。後ろにいっぱい光るものが見えるよ!やったね!(自棄)

 もう良いよ、一掃してやらぁ!素手じゃ効率悪い、剣じゃもっと効率悪い。ならばとれる手はひとつだけ、やりたかねぇけど仕方ない。制動をかけながら右手に意識を集める。

 

「『(ほし)()() (けもの)()して (てん)()ず (かげ)(つか)みて ()(しろ)()す』……来やがれ、依り代!」

 

 身体から何かが抜けていくような喪失感。二回目でやっとわかった、これが魔力が消費される感覚なのね。昨晩みたいにくらっとすることもなし、なるほど若干魔力が上がっただけで多少は楽になるもんだな。出すだけでここまで来るより疲れたけど。

 光は急速に収束し、『黄の依り代の斧』を形作った。右手で握った柄の感触を確かめ、口元を獰猛に歪めてみる。

 

「さぁて、覚悟を決めろ!殲滅戦だッ‼

 

 突っ込んでくる怪物どもをまとめて薙ぎ払い、叩き潰し、研ぎ澄まされた感覚を頼りに敵を片っ端から平らげる。最初の数手でそれなりの数を潰したというのにまだ底が見えないな。まぁ良い、どんだけいようがさっさと終わらせてやる!

 

 ***

 

 ……魔法を行使してからの交戦時間はものの五分にも満たなかった。しっかし量だけは一丁前だったな……くそ、痛ぇ。全身切り傷擦り傷打撲だらけだ。元々襤褸切れのようだった外套(だったもの)は本格的に襤褸切れにクラスチェンジしてしまったし、もう本当に捨てるしかないな。

 仕方なしにポーションホルダーに手を伸ばし、一息に煽る。傷にかけるもよし、飲んでもよしってほんとこれ万能だな。味は……気にしたら負け、メ〇シャキとかあんなのと同様にイッキするしかないわ。

 ふぅ……よし、痛みはマシになった。いざ鎌倉、噂の新米殺しその1ことウォーシャドウが出現する6階層へ!

 

  @

 

 ……戦闘音が聞こえる。激しく打ち合う音と、咆哮。あとはモンスターの断末魔。

 

『あああぁああぁぁぁぁ‼』

 

 ああ、ベル少年の声がする。急げ急げ急げ!この調子だと洒落にならんかもしれん!

 

 

 

 

 怪物どもが雪崩れ込む部屋を見つけ、入り口をこじ開けるために突進する。本当なら追加詠唱やりたかったんだが、中にいるであろうベル少年に怪我をさせてしまっては堪らない。

 モンスターどもは飛び込んできた俺に意識を向け、ベル少年がいるであろう小部屋に雪崩れ込む数が明確に減る。ゴブリン、コボルト、ダンジョン・リザード、フロッグ・シューター。今まで出てきた怪物のオンパレードだ。幸い依り代の斧は切れ味が鈍る気配もないため、損耗も気にせず振り回す。

 

「ベルっ!」

 

『ッ⁉サラーサ⁉』

 

 怪物どもの声や戦闘音の中に、確かにベル少年の声が聞こえた。ビンゴだ!

 

「ああっ、あたしだ!無事か⁉」

『なんとかっ、ぐあっ⁉う、おおぉぉおぉっ‼』

 

 ……っ、四の五の言ってる暇はなさそうだ。無事に連れて帰るって、神様に約束しちゃったもんなぁ……仕方ない。

 

「今からでかいのぶっ放す!こっち側から離れてなるべく壁に寄れっ!」

『シッ!わ、わかった!』

 

『離れたよっ!』

 

「よしわかった!いくぜ……『()ちるとも (おの)()(しめ)せ ()(しろ)よ』!」

 

 詠唱が終わった瞬間、依り代の斧の刀身が光と還り、代わりに紫電の魔力が刃を形成し、結晶化する。その形は、まるで。

 

「……っ」

 

 サラーサの、戦斧ではないか。

 しかし今発現できるものはその形状とは無関係であることを直感的に理解する。依り代の斧だし当然コレになるわな……規模はわからんがそこまで威力は出ないだろうし丁度良い。遠慮なくぶっ放すとしよう。

 

「消し飛べっ、『オーラアクス』!

 

 渾身の振り降ろしと共に依り代の斧を構成していた魔力が解放され、壁と床の一部ごと、跡形もなくモンスターの群れを消し飛ばした。

 

 

 

 奥義で魔力を解放したことによって維持できなくなった依り代の斧はすぐに消え失せ、こちらを見て呆けていたベル少年……いや、もう少年と呼ぶ必要はないか。ベルと、ルーム内の数体のモンスター……ベル程度の小柄な漆黒の体躯に鋭利な三本の長い爪、十字の頭部、その中心に収まった真円状の鏡のようなものをもつそいつら『ウォーシャドウ』は、ベルの方が先に正気に戻ってあっというまに片付けられた。

 

 

 

「……ったく。探したぞ、ベル」

「……っはぁ、はぁ……ごめん、サラーサ……」

 

 二人してその場にへたり込み、どちらからともなく笑い合う。

 

「……ねぇ、さっき壁ごとモンスターを消し飛ばしたのって何だったの?やっぱり昨日発現したって言ってた魔法?」

「ああ。魔力で武器を生成する魔法なんだが、追加詠唱したら生成した武器の魔力を解放してさっきみたいなことができるみたいだな。ま、使ったら消えちまったけど」

「そうなんだ……でもすごいよ、魔剣みたい!」

「やめろやめろ、そんなキラキラした目で見るな。魔剣、魔剣……ああ、確か使い捨てで魔法使える武器か。確かに似てるなー」

 

想定以上にキツイ強行軍だった。さっき消し飛んだ壁ももうちょっとしたら直っちまうし、そろそろ地上目指して帰らないと。

 

「よしっ、そろそろ戻るぞベル。神様も心配してる」

「う、うん……ごめんね、僕がこんな無茶なことしたばっかりに」

「ははっ、気にするな。冒険者としてはお前より後輩だけど、人生では先輩だからな。これでもあたし18だぞ?」

「うえぇぇっ⁉じゅ、18⁉て、てっきり僕と同じくらいだと思ってた……じゃ、じゃあサラーサさんって呼んだ方が良い、ですか……?」

 

「ぷっ、はは、はははは!やめろやめろ!今更敬語もさん付けもいらないって。今まで通りで良いよ」

「そ、そう?じゃ……じゃあ今まで通りで」

「おう、そーしてくれ。んじゃ改めて自己紹介させてもらうぞ団長」

「ぅえっ?ぼ、僕が団長っ⁉」

「そこでびっくりするなよな、お前はヘスティア様の最初の眷属なんだから団長に決まってるだろ」

「そ、そっか……?」

「いやなんでそこで疑問形……まぁ良いか。あたしは更級……いや、サラシナ・サク。サラーサって呼んでくれても構わない。見ての通り種族不明、来歴不明の18歳だ。これから【ファミリア】の一員として、お前を支えよう。よろしくな!」

 

 にっ、と笑って握手を求めると。

 

「僕はベル・クラネル、見ての通りヒューマンの14歳。頼りない団長だけど、こちらこそよろしくね、サラーサ」

 

 へにゃりと笑って、応じてくれた。

 

 

     ***

 

 

「あぁ~、帰って来たぞ我らが本拠……」

「そうだね……もうヘトヘトだよ……」

 

 もう日の出前だ。帰りはドロップアイテムと魔石も可能な限り回収してきたし、今日はもうダンジョン潜らなくても良いんじゃないかな……というか潜るだけの体力がもう無い。

 

「ただいまもどりました……」

「戻ったぞ、神様……」

 

 もう俺達ボロボロでな……俺の装束は何故か外套以外ほぼ傷んでない謎。シャワーも浴びてないけれど、マジで今すぐ寝たい。寝たいんだが……神様も一睡もせずに待ってくれたみたいでさ……泣きながら「二人とも無事でよかったよおぉぉぉ‼」からの短いお説教タイム。

 なんでこんな無茶したのかってのは俺が話した内容からある程度察してたみたいで、叱ってるときは「キミはそういうところは頑固だからね、深くは聞かないでおくよ」だなんて呆れ半分で言っていたんだけれども……お説教の後にベルがシャワー浴びてる最中俺にぶーぶー愚痴ってきたよ。内容は神様の名誉の為に伏せておくがね。

 

 全く……あーあ、疲れた。皿洗いも地味に重労働だったし、それからの強行軍も相当のものだった。最初のうちは伸びも良いらしいし今回の【ステイタス】更新は中々期待できそうだなぁと思いつつ、角が危なくて俺は一人でしか寝られないことを理由に二人をベッドに押し込めてソファーに横になる。神様はめっちゃ嬉しそうだったし、ベルはもう重度の疲労で頭が働いていないのか「うん……神様も疲れてますよね……一緒に寝ましょう……」とか言って横になってすぅぐ寝てたし。

 もしかしたらみんな中々起きられないかもなぁ……まぁ今はゆっくり休もう。おやすみ。

 

 

   @@

 

 

「ん、んん~……っはぁ……あー、よく寝た」

 

 ベッドの方を窺ってみるが、二人とも起きた様子は無い。時計を確認すれば3時過ぎ。多分昼だろうと思って外出るじゃん?暗いんだなぁこれが。寝たのは朝5時とかなんだ、これおかしくなぁい?寝すぎでは~???

 

「は、はは……あの時計がズレてないなら、ほぼほぼ丸一日寝てた計算になるのか……」

 

 ま、まぁ代わりと言ってはなんだが!疲労は完全に抜けてもう本調子に戻っているし!スキルのお陰だろうか、負っていた負傷も瘡蓋(かさぶた)すら剥げて新しい皮膚が顔を出しているほど。全快と言って良い。我が事ながらポーション服用無しでこれは人間離れしてますね、えぇ……。

 思考はあさっての方向に飛んでいってたが水の汲み上げからの洗顔も終わったし、どうしよう。装備の点検?えっと、昨日のベル捜索時にゃ剣使ってないから手入れは終わってる、(理解不能案件の一つだが)外套が御役御免した以外は装備の傷みは殆どない、朝飯の準備にゃ早すぎる……。あ、もう背中隠せるものないじゃん、絶対神様に【ステイタス】の隠蔽頼もう。昨日、いや一昨日の晩はそんなもん頼む余裕(神様のご機嫌的な問題で)なかったし。

 

「……することが、ないね……?」

 

 そういえば依り代の斧、昨晩は結局15分くらい維持しても奥義解放まで消える気配無かったよな。一昨日神様起きたら【ステイタス】更新してもらうけど、今の状態で何分もつか試してみようかね?持続時間がどのくらい伸びているとかわかれば、特性の推測も可能だろうし。

 ……あれ、でも待てよ?神様曰く『魔力は睡眠等で精神を休めて十分な休息をとるか魔力回復薬(マジックポーション)で回復を促進させるかしないと回復しない』とか言ってなかったっけ?今からマジックポーションなしで使って後に響いたりしないか?……うむむ、やめとこ。どうせベルが起きたらまずはあいつがやらかした食い逃げを『豊穣の女主人』へ詫びに行くだろうし。

シルさんがめちゃくちゃ心配してたんだよね、しかも俺が居らずシルさんが弁護してくれなかったらベル、前世で言う『東京湾の底に沈める』的なことをされる可能性あったらしい。……まぁ代わりに俺があいつの分まで弁償労働に勤しんだ訳なんだが、変に負い目感じてもらっても困るし既に俺が弁償済みであることは『豊穣の女主人』の皆さんには黙っといてもらう約束だ。

 たかが二日三日の付き合いのくせに随分甘いって?うるせぇ、これも年長者の務めなんですぅ!傷心した奴に配慮できないほど人間できてない訳じゃないぞ!

 

「……ま、他に俺ができることってあいつと背中を合わせて戦うくらいしかないしなぁ」

 

 結局やることを見出せなかったので適当にうろ覚えのラジオ体操第一をやって体をほぐしてから隠し部屋へ戻る。

 

「……サラーサ……?」

 

 扉の開閉は静かにやったつもりだったんだがな、起こしてしまったか。

 

「ああ。おはようベル」

「うん、おはよう……ってうえええぇぇぇぇ⁉」

「……うるっさ。神様と一緒に寝たの忘れたのか?」

「いっ、いや僕全然覚えてないよっ⁉え、えっ⁉」

 

 咄嗟に塞いだのにキンキンするぅ……閉所で絶叫は効くぜぇ……。てかこないだからこんなことばっか言ってる気がしないでもない。ベル君よぉ、わたわたしてるけどさぁ……役得だし大人しく堪能しとけよなー、まったくぅ。

 

「なんだいベルくん……あさからそうぞうしいね……」

「おっはー神様。ベルが真っ赤なんでそろそろ抱き枕にするのやめたげて」

「うー、もうちょっとくらい良いじゃないかサク君……」

「だっ、ダメですよ神様ぁ⁉お、起きてください!」

 

 そう言ってベルに強く抱き着く神様。ベルはもう顔から蒸気が噴き出しそうなくらい真っ赤。はぁ、世話の焼ける……。

 

「はいはい、丸一日中抱き着いて寝てたんだからもう勘弁してやってねー」

 

 しがみついて離れない神様を引き剥がし、ベッドの端に座らせる。神様の抵抗なんて可愛いもんだよねぇー(白目)

 

「た、助かった……」

「むうー……」

「仮にもあたしら二人の主神なんだから、もうちょっと威厳出してもらえませんかね……」

 

 口をとんがらせてぶー垂れる神様の姿には溜息しか出ない。なんで朝っぱらからこんなことせにゃならんのだ、ベルが絡まなければ有能なのになぁ。

 

「もう朝です。意味、わかります?」

「えっ?」

「えぇっ?」

 

 言葉の意味が呑み込めていないらしい二人に、事実を提示する。

 

「さっきも言ったけど、あたしらは丸一日寝てました。今は早朝、日の出前です。ご理解戴けましたかねお二人さん」

「……そんなに寝てたの、僕たち……?」

「おう、あたしも一時間くらい前に起きたとこだぞ」

「ま、まあ仕方ないよ!みんなヘトヘトだったしね!」

「うんうん、そういうことでこの話は終いにしような。日の出すらまだだから多少はゆっくりできるだろうし、【ステイタス】更新お願いできますか、神様」

「あ、ああ……構わないけど……」

 

 ぐぅ、と誰かの腹の虫が鳴った。誰かというか全員だわコレ。

 

「……簡単に朝飯作るので先にベルの更新お願いしても?」

「す、すまないね。わかったよ」

「あ、ありがとう……」

 

 ひらひらと手を振ってキッチンに入る。あれから確保した食材は……換金後にちょっと買い物して帰った分があるから……卵、ブロックベーコン、野菜、黒パンか。んー、オーソドックスにベーコンエッグとサラダとパンでいーだろ。

 レタスに似たヤツの葉を剥いで、大根みたいなのと一緒に水洗い。仮称大根は皮剥いて細いスティック状に切り、ちょっと齧ってみる。うん、大根。仮称レタスの葉も食べやすいように千切って、それらを三人分の皿に盛り付ける。

ドレッシングなんてものはないし、昨日のマヨネーズの残りで我慢してもらおうかな。

 次はベーコンエッグか。竈(魔力式)に火を入れてー、フライパンに薄くスライスしたベーコン投入ー、良い感じに焼けてきたら卵を割り入れて蓋をするー。

 

『ぶっ⁉あ、あふぉーッ‼防具もつけないまま到達階層を増やしてるんじゃない!』

『ご、ごめんなさい⁉』

 

 ……おうおう騒がしいねぇ。まぁそうなるだろうとは思っていたけれども。やっぱ説教されるよねー。俺もなんか言われそうだけど。

 

 む、そろそろ良いかな?……うん、黄味が薄ピンクになってる、火は通ったね。俺は半熟が好きだけど二人は半熟と固焼きどっちが好きなんだろねー、っと。

 皿を取り出して盛り付けて、スライスした黒パンを籠に入れて、と。これで良いだろう。ああ、水差しとコップも出しとかないとな。

 

「神様ー、ベルー、朝飯の用意できたぞー」

 

 神様の説教もひと段落してたみたい。めいめい席について食べ始める。

 

「でー?なんで神様は怒ってたのさ」

「どうしたもこうしたも、ベル君が無茶したからだよ!……ってそういえばもしかして、サク……じゃなかったサラーサ君も6階層まで行ったのかい……?」

「ああ、もうベルには話したからサクで良いぞ神様。それはこいつが全然見つかんなかったから下に降りてくしかなかったせいだ、あたしは悪くないぞ」

「……はぁ……どうしてこうもボクの眷属たちは揃いも揃って無茶なんだ……」

「あ、あははは……ごめんなさい……」

「謝るくらいならやるなよな……とりあえずベル、もう独りで行くんじゃないぞ?あたしがいるんだから」

「う、うん。わかってるよ」

 

 食べ終えた後も暫くとりとめのない話をして、後始末した後俺の【ステイタス】更新となった。

 

  @

 

 今回は口頭での【ステイタス】内容を伝えてもらうことになった。ベルもだったらしい。なんかあったんだろうか?

 

 

 サラシナ・サク

 Lv.1

 力:I33→H121

 耐久:I4→I73

 器用:I9→I41

 敏捷:I13→I57

 魔力:I12→I34

 《魔法》

 【偽典器(プセヴデピグラフィア)天星(イストロン)三寅(トリートス)

 ・装備魔法-詠唱派生型

 ・時間経過で効果終了。

 ・追加詠唱にて効果発揮。

 ・基本詠唱『(ほし)()() (けもの)()して (てん)()ず (かげ)(つか)みて ()(しろ)()す』

 ・追加詠唱『()ちるとも (おの)()(しめ)せ ()(しろ)よ』

 

 【】

 

 《スキル》

 【禁束(バウンド)臥獣(ビースト)

 ・斧/剣装備時全アビリティ補正。

 ・自然治癒力向上。

 

 【憑着者(ひょうちゃくしゃ)

 ・早熟する。

 ・同化率が上昇するほど効果低下。

 ・同化率が一定値に達する毎に『拘束』解除。

 ・同化率が1に達するまで効果持続。

 ・同化率 0.15。

 

 

……は?

 

「おう神様。なんか数字間違ってない?」

「……マチガッテナイヨ」

「いや、おかしくないか?力なんて88上がってんじゃん⁉」

ここだけの話だよ?ベル君も同じようにおかしな上がり方してたからね、これが早熟とやらの効能なんだろう。ベル君は嘘をつけるような子じゃないし、やっぱりあのスキルのことは絶対に伏せておくべきだよね?不味いよこれぇ……

「いや、まぁ……当然、かな?……なんかすみません」

 

 推測通り。当たってしまいましたねぇ……。それにしても、トータル上昇255ってどういうこと?意味がわからないんですけど。最初の方は上がりやすい→早熟補正→この上昇値……ってことか?うーん俺もベルもチート……。ベルは確かトータル上昇350くらいって言ってたけども、俺は同化率が上がって効果下がってるはずなのにこれだぞ。どうあれ意味不明すぎるのでは?

 というか俺【ステイタス】更新前でも恐らくLv.2以上のスペックだったろうと思うんだけど、この数値だとどんな感じになるんだ?下手したらLv.3やLv.4にも食い下がれるクラスだったりするの?

 ん?しれっと流しちゃったけど同化率0.15ってことは0.1上がった?なんで?奥義使ったから?え、だとするとおいそれと使えないじゃないかよ!俺の中で何か変わった感覚は無いし、本当になんなんだよこれ……。

 

「い、いや、キミが謝ることじゃないよ。それと、【禁束(バウンド)臥獣(ビースト)】についてなんだけど……」

「へ?アレがどうかしたんですか?」

「スキルとしては何も変化はないんだけど……ボクが刻んだときとは少し、構成する『神聖文字(ヒエログリフ)』が違っていたんだ」

 

「……つまり、どういうことです?」

「うんとね、変化した部分の経験値(エクセリア)を読み取ったら……このスキル、見えない部分でも常にアビリティを強化・補正しているみたいなんだ。しかも【ステイタス】の数値じゃなくて最終的な出力に倍率をかけている感じ」

「……見えない部分でも、常に……?【ステイタス】じゃなくて最終的な出力に倍率をかける……?」

「そうさ。だから補正された実数値はボクも確認できないし、倍率だってわからない。たぶん、このスキルはキミが『恩恵』なしでダンジョンのモンスターと普通に戦えていたことや、その力と関係しているんだろう」

 

 それは、つまり。この身体の戦闘力自体をスキル化したもの、ということか。

 

「要は俺の力の根源をスキル化したものってことですか?」

「そういうことになるだろうね。【ステイタス】を刻んだ時はそれほど深くキミ自身とリンクしている気配は感じなかったんだけど……もうひとつの方の同化率が上昇したからかな?」

 

「……おそらくは。『拘束』が外れるような変化はしていないにせよ、()()()くらいはしたんでしょう」

「なるほど。ゆるむ、か……その可能性はあるね。あぁそうだ、(ロック)をかけなきゃ」

(ロック)……ああ、【ステイタス】の隠蔽方法ですか?」

「うん、昨日……いや、一昨日か。あのときはボクがイライラしていて忘れていたからね……申し訳ないけどもう一回背中を見せてくれないかい?」

「あ、ああ……そうでしたね。じゃ、お願いします」

 

 途中までつけていた留め具を外し、背中を神様に向ける。

 

「ええと……こうやって、こう……」

 

 何やら背をつつつ、と神様の指が走っている。そして最後に、首筋の根元あたりにちょんと触れた。

 

「……よしっ、うまくいったよ!鏡を見てごらん!」

「おぉ……消えてる……」

 

 鏡に映るのは、色の薄い白い肌。先程まで刻まれていたはずの赤い『神聖文字(ヒエログリフ)』は嘘のように消えている。

 

「ま、隠しているだけなんだけどね。(ロック)って呼び名の通り鍵をかけたようなものさ」

「へぇ……んじゃあ、これで人目を気にして外套を着る必要は無いってことですか」

「ああ、その通りさ。でも他の神にも開錠されてしまうから完全ってワケでもないぜー?」

「神に開けられるのは仕方ない、ですね……」

「うん、神の血(イコル)を媒体にしているからね。逆に言えば神の血(イコル)を使うだけあってそう簡単には開けられないから、余程のことが無い限りは大丈夫なハズさ」

「了解、それじゃあそこまで深刻に思うことでもないですね」

 

 得意げにドヤ顔かましてくる神様にお礼を言って、服を着直してダンジョンに向かう準備をしにいく。ベルはもう済んでるみたいだし、ちゃっちゃと済ませてしまおう。

 

 




いかがでしたでしょうか?
主人公無双回。完全に無双ゲーのそれですね…。

メタ的に見れば、同化率上がった原因はどう見ても第六話にて顔を出した『あたし』なんですけど、それを知らないサクにはわかりっこないですからねぇ。もしかしたらサクの言う通りなのかもしれませんけど。

さて、今話にてついに使用された追加詠唱。案の定奥義コマンドでありましたな。
特に語ることはないですが、詠唱後の刃の概形は加入時のサラーサの斧とほぼ同じです。(変形機構?そんなものはない)


感想・評価、あとはありましたら誤字報告、お待ちしております。


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第八話

だいぶ間が空いてしまい申し訳ありません。
モチベーションが若干落ちてて筆が進まなかったのと、ブレグラってヤツが重なったせいです。申し訳ありません。ところでバイデントばっかり落ちてクラリオンが落ちないのは今回のドロップ報酬からクラリオン消されてるってことで良いんでしょうかね。まぁ元々一本持ってますし、三凸回収できたので良いんですけど…

さぁ、今日から古戦場ですよ古戦場。…えっ?古戦場?ちょっ、更新する暇ァ!?


今回は九千字強。クオリティにかなり不安が残りますけれど。そういえば三月中旬に書き始めて三月中に一巻分終わらせたいとか言った馬鹿がいるらしい。私だ。間違いなくあと少しで一巻終われるけれどその少しが遠い件について!…こほん。ではどうぞ!


「これでよし、っと。待たせたなベル」

 

 先程【ステイタス】更新を済ませ、たった今ダンジョンに潜るための準備を整え終えたところである。今日も懲りずにダンジョンへ行くというベルについていくためだ。昨日(正確には一昨日だが)の今日でまた行くって逆にすげーよな。

 

「じゃあ神様、行ってきますね」

「行ってきまーす」

 

「あっ、ちょっと待つんだ二人とも」

 

 何か言い忘れたことでもあったのかね?

 

「今夜……いや、数日間ボクはここを留守にするよ。構わないかな?」

「えっ?構わないですけど……バイトですか?」

「いや、行く気はなかったんだけど、友人の開くパーティーに顔を出そうかと思ってね。久しぶりにみんなの顔を見たくなったんだ」

「わかりました。楽しんできてください神様」

「うんうん、今回は迷惑かけたからな……神様も羽を伸ばしたいよな!」

「ふふ、まぁそんなところさ。さ、二人ともいってらっしゃい」

「はい、行ってきます」

「ああ、神様も気をつけてな」

 

 神様、何か心に決めたって顔をしている。多分俺達のために何かしら骨を折ってくれるつもりなんだろう……多分。

 ベルが先に出たところで「そうだ」と振り返る。

 

「一応言っておくぞ。あたしの分は要らないからな」

「へっ?な、何がいらないんだいサク君」

()()()()()だよ。あたしはいらない」

「……そっか、わかったよサク君。今度何か欲しいものがあれば教えてくれよ?」

「ああ、考えとく……言いたかったのはそれだけですんで、行ってきますね

 

部屋を出るとベルにどうかしたのかと聞かれたが、神様にあんまり羽目を外さないようにしろよって言っただけだと誤魔化した。例え聞かれていたとしても差し障りの無い会話でしかないので、誤魔化す必要はなかったと言えばなかった。まぁ咄嗟に口から出ちゃったから仕方ないね。

神様がサプライズでなにかしら用意する、たとえば装備でも用立てようとしてくれていたとしたら。ちょっとしたものなら良いよ?例えば襤褸切れにクラスチェンジしてしまった俺の外套の新しいのとか。でもなんだろうな……とんでもないものを用意しようとしているような、そんな気がするんだよなぁ。

 

「さて、このままバベル一直線か?」

「うん……あ、ごめん。やっぱり先に寄りたいところがあるんだけど、良いかな?」

「おう、良いぞ。まだ朝早いしな」

 

 何せ只今の時刻は朝の五時を回ったところ。時間に余裕はあるからな、ダンジョンは逃げないし。

 

「で、行先は?」

「えっと……」

 

 決まり悪そうに頬をかくベル。多分行先は十中八九あそこだろ?早く言えよ。

 

「……『豊穣(ほうじょう)女主人(おんなしゅじん)』……」

「ははっ、だろーと思った。そんならさっさと行こうぜ」

 

   @

 

 ついた。流石に酒場が朝から開いている訳もなく、『Closed』の看板がドアにぶら下がっている。

 

「ほら、さっさと謝りにいこうぜ。あたしも一緒に行ってやるからさ」

「う、うん……」

 

 ベルの背中を押して無理やりドアをくぐらせる。カランカランと頭上で入店を知らせる鐘が鳴るが……はて、一昨日こんなのあったっけ?……あー、あったな。ガヤガヤしてたからあんまり気にならなかっただけだわ。

 

「申し訳ありません、お客様。当店はまだ準備中です。時間を改めてお越しになっていただけないでしょうか?」

「まだミャー達のお店はやってニャいのニャ!」

 

 あ、リューさんと……なんか「ミャーのことは先輩と呼ぶニャ!」とかなんとか言ってきたキャットピープルだ。名前も言わないでそんなこと言われたって笑うしかないんだよなぁ。

 

「すいません、僕達お客じゃなくて……その、シルさん……シル・フローヴァさんはいらっしゃいますか?あと女将さんも……」

 

「ああぁ!あん時の食い逃げニャ!シルに貢がせるだけ貢がせといて役に立たニャくニャったらポイしていった、あん時のクソ白髪野郎ニャ‼」

貴方(あなた)は黙っていてください」

「ぶニャ⁉」

「失礼しました。すぐにシルとミア母さんを連れてきます」

「は、はい……」

 

 リューさんはキャットピープルの子の襟を掴み、ずるずると引きずっていった。

 ……すげーな。さっきの一撃、ほとんど残像しか見えなかったぞ……?

 

「なんだか、一昨日来た時と雰囲気が違うね?」

「そーだな。んー……昼に飲みに来るヤツは少ないだろうし、冒険者も殆ど来ないだろうから……昼は喫茶店でもやってるんじゃない?お前がこないだ目印にしてたカフェテラスもあるし」

「そ、そっか。なるほど……」

 

 昼の客層と夜の客層、それぞれに合わせて顔を変える。ふむ、前世でもちょくちょくあったような気がする。昼行ったら喫茶だったけど夜覗いたら居酒屋だった、って話は時々聞いた。ここの料理は美味かったし、給仕も可愛い(その上どうも基本的に住み込みの専業らしい)のだから、酒が無くともメシ食いに来るヤツはいるだろうな。前世の俺も、一回行けば常連になりそう。頻繁に外食行けるような金はなかったけどな!

 

「ベルさん⁉それにサラーサさんも!」

 

 階段を急ぎ足で降りる音の後、シルさんが店の奥から出てきた。その節はどうもと軽く頭を下げておく。

 

「一昨日は本当にすいませんでした。お金も払わずに……」

「……いえ、大丈夫ですから。こうして戻ってきてもらえて、私は嬉しいです」

 

 深く頭を下げて謝罪するベルに、優しく微笑むシルさん。あーこれ脈アリってヤツですかね?罪作りな白兎さんですこと。

 その白兎さんは涙を拭ってお金を差し出した。もうちょっと砂糖足して甘くなってくれた方が俺的には見てて面白いんだけどな、なんて思うのは野暮だろうか。もちろん砂糖吐くくらいドロドロになられると神様に申し訳が立たないんですがね‼

 

 

 

 暫くベルが事情を説明したりしてたら、シルさんが何か思い立ったように両手を打ち鳴らして「少し待っていてください」とキッチンの方へ行った。そしたら今度はベルが思い出したように俺に声を掛けてきた。

 

「あれ、そういえば僕がお金持ってたからサラーサも払えなかった、よね……?」

「ん?あー、うん。皿洗いして返した」

「えぇっ⁉ご、ごめん……」

「別に良いよ、謝んなって。でも次が無いようにしろよー?」

「は、はい、気を付けます……」

 

 本当に最後にしてくれよ?仲間の食い逃げの後始末とか悲しすぎるからさ。っと、シルさんが何か大きめのバスケットを抱えて戻ってきた。

 

「ダンジョンへ行かれるんですよね?お二人がよろしかったらこれ、もらっていただけませんか?」

「「えっ?」」

「今日は私達のシェフが作った賄いですから、味は折り紙付きです。その、私が手をつけたものも少々あるんですけど……」

「いえ、でも、何で……」

「差し上げたくなったから、では駄目でしょうか?」

 

 シルさんは少し首を傾げ、照れ臭そうに苦笑する。……励ましで済むのかこれ?一応俺が居るってもなあ、遠慮しようにも今日は弁当作ってきてないし……。

 

「……すいません。じゃあ、いただきます。良いかな、サラーサ」

「受け取ってから聞くなよ……ありがとなシル、コイツが全部食うから安心しろ」

「えぇっ⁉いや、僕ら二人にくれたんだよ⁉」

「お前を気遣ってくれたんだからお前が食え。あたしは適当に買ってくから」

「お、お二人で!食べてくださいっ」

「いやいや、そう言ったってなぁ……」

 

「坊主とサクが来てるって?」

 

 からかい半分面白半分、俺も食べる食べないで二人と押し問答をしていると、ミア母さんがぬぅとカウンターバーの内側の扉から出てきた。ちなみになんで俺が名前で呼ばれてるかというと『制服着て働いたから』だそうで。サラーサでも良いって言ったら鼻で笑われたよ、ちくせう。

 

「ああ、なるほど、金を返しに来たのかい。感心じゃないか」

「ど、どうも……」

「おはようミア母さん!一昨日ぶりだな!」

「ああ、おはよう。……シル、アンタはもう引っ込んでな。仕事ほっぽり出して来たんだろう?」

「あ、はい。わかりました……サラーサさんも食べてくださいねっ!」

 

 そう念押しすると、シルさんはお辞儀して店の奥に戻っていった。

 ベルはミア母さんに指でドつかれ、「こっちから()()()をつけに行くところだった」とか「あと一日遅れてたら久しぶりにアタシの得物(スコップ)が轟き叫ぶところだった」などと脅されていたが。ミア母さんいつもの豪快な笑みを浮かべながら言ってるけどさ、アレひとかけらも冗談混じってないんだぜ?こえーよ。

 ん、何やら厨房の方が騒がしい。

 

『シル、あれを渡しては貴方の分の昼食が無くなってしまいますが……』

『あ、うん。お昼くらいは我慢できるよ?』

『ニャんで我慢してまであいつらに渡すニャ?冒険者ニャら昼飯くらい買える筈ニャ』

『いや、それは……』

 

 あらまやっぱり。

 

『おーおー、不躾なこと聞くもんじゃニャいぜ。お二人ニャン。つまりあの少年はシルにとっての……これニャ?』

『違いますっ‼』

 

 えっ、違うの?コレじゃないんですか?(親指を立てながら)……俺が居るのは厨房じゃないし、聞き耳立てながら心の中で親指立てただけなんだけど。

 

「……坊主。あとついでにサクも」

「何ですか?」

「んへぁっ⁉な、なんだ?」

 

 厨房の方のドタバタに気を取られていたらミア母さんに呼ばれてびっくりした、ベルと話してたからこっちには関係ないと思って油断していた。

 

「冒険者なんてカッコつけるだけ無駄な職業さ。最初の内は生きることだけに必死になってればいい。背伸びしてみたって碌なことは起きないんだからね」

 

「最後まで二本の足で立ってたヤツが一番なのさ。みじめだろうが何だろうがね。すりゃあ、帰ってきたソイツにアタシが盛大に酒を振舞ってやる。ほら、勝ち組だろ?」

 

 ……乗せるの上手いなぁこのひと。それに立ち直らせかたってのを心得てる。これが人生経験の差ってヤツなのかねぇ?

 

「気持ち悪い顔してんじゃないよ坊主。……サク、アンタもなんだいその顔は。今日一日ウチで働くかい?」

「えっいや、ちょ、ちょっと今日は勘弁してほしいぞ……なんて」

「くく、冗談だよ。そら、アンタ達はもう店の準備の邪魔だ、行った行った」

 

 二人揃ってくるりと反転させられ、ドンッと力強く背中を押された。ミア母さん絶対軽く押しただけだよな⁉ミノタウロスに壁に叩き付けられた時に近い衝撃だったんですがァ⁉

 

「アンタ達……特に坊主。アタシにここまで言わせたんだ、くたばったら許さないからねえ」

「大丈夫です、ありがとうございます!」

「ああ、何が何でも生きて帰るさ」

「はん、当然だよ」

 

 吹っ切れた顔をしたベルが何故か「いってきます!」と叫んで走りだすという珍行動をとって行ってしまい、ミア母さんに「ありがとな」と言ってベルを追いかけようとしたところ、呼び止められた。

 

「ああサク、アンタ明日店手伝いに来な。アタシは慈善家じゃないからねえ」

「ま、まぁ明日なら……。行くのは良いけど流石にタダ働きじゃない、よな……?」

「はっはっは、どうだかねえ?アンタの働き次第だよ」

 

 つまり出来高制ですか、さいですか。当然と言えば当然だけど、皿割ったりトラブル起こしたりをやっちゃうと給与マイナスの可能性もあるんですね……ま、まぁ小遣い稼ぎと思いましょう……。

 今度こそ礼を言ってミア母さんと別れて、俺がついてきていないことに気が付いて足踏みして待っているベルのもとへ走る。ベルのヤツ自分の言ったことを理解したのか赤面してらぁ。

 

 

「にしてもベル、お前いつから『豊穣(ほうじょう)女主人(おんなしゅじん)』が家になったんだぁ?」

「ちょっ⁉お、お願いだからそれは言わないでっ

「いやー、あんまり面白かったもんだから。……はぁ、わかった。もう言わないからそんな顔でこっち見るな」

 

 火を噴きそうなくらい真っ赤な顔で懇願してくるベルに、揶揄(からか)ったことを少し申し訳なく思う。別に悪いとは言ってないが……やっぱり恥ずかしいよな、俺だって同じことしたらメチャクチャ恥ずかしいし。気分は担任の先生をお母さんと呼んでしまった小学生だな、覚えがある。嫌な思い出だがな!

 

 

 ***

 

 

 二人でギルドへ行ってからダンジョンに潜ることにしたんだが、ギルドでは二人揃ってエイナさんに絞られた。

ベルは「どうしてそんな無茶したの!」、俺は「なんでギルドの判断を仰がずに一人で突貫したの⁉」ってね。「そうは言ってもアレ、下手したらベルはお陀仏になっててもおかしくなかっただろうし、情状酌量の余地はあるんじゃないか?」って言ったら俺だけ更に絞られた。雉も鳴かずばなんとやらだ……。

 

お説教の後に、『夜のダンジョンにて6階層まで其々が単独で到達し、かつ二人揃って生還した』ことは「幸運だった」の一言ではどうやっても片付けられないらしく、ベルの負傷が治癒して本調子に戻ったら、二人組(ツーマンセル)以上のパーティーを組んでいる場合に限り6階層までの探索を許可できるかもしれない、と言われたな。

今回の件でベルと俺の実力は一般的な駆け出しのそれを大きく逸脱していると判断したから、探索許可の判断材料にしたいので【ステイタス】の基礎アビリティの数値だけでも教えてくれないかと打診された。勿論口外は絶対にしないし、俺たちが不利益を被るようなことはしないからと補足して。

 ベルと相談して「数日留守にすると言われて暫く不在だけど、神様と相談して決めたいので暫く待ってもらえないか」という旨を伝えたら了承を貰えたのでこの話はまた今度ということになり、暫くは4階層までの探索で様子を見る方向で満場一致。

 ダンジョンへ行く前に先日の無茶な探索の帰りに得た戦利品を換金したところ、結果は四一〇〇ヴァリス。

なんか出会った日の如くほぼ半分にあたる二〇〇〇ヴァリスを強引に渡されたので、一五〇〇ヴァリスを借金返済に充てたらベルが引き攣った笑みを浮かべていた。金が入ったら生活に窮しない程度に返済に充てる、じゃないといつまで経っても借金って減らない気がするんですよね。前世も含めて公的機関(?)に借金したのこれが初めてだけど。

 

 

 ***

 

 

 本日の稼ぎは三二〇〇ヴァリス。一般的なLv.1冒険者パーティーの一日の稼ぎが二〇〇〇ヴァリスほどらしいので、随分と高収入らしい。まぁそのうち五〇〇ヴァリスは俺の借金返済に充てられ、食費と装備の整備代を差し引くとあまり残らなかった。換金直後にベルにひとつくらいポーション買っておかないかと打診したら「うーん、そんなに余裕はないかな……」と言われて断念。

 人でごった返す通りの店で明日の探索のために必要なものや食材なんかを補充して本拠へ帰った。安い店なんかもありそうだけど、ベルが知らないんじゃ今はどうしようもないんだよなぁ……。

 

 

 @@

 

 

 神様が出かけて二日目。今日も今日とてダンジョンである……と言いたいのだが、昨日ミア母さんに手伝いに来いと言われているのでダンジョンへ向かうのはベルだけだ。

 詫びにこないだ作ってみようと思っていたタマゴサンドを昼飯に持たせたらめっちゃ喜んでたんだけど、大して手間のかからない軽食程度でそんなに喜ぶのはどうなんだ?昨日シルさんがくれたヤツのほうが余程上等だったろうに。

 で、今さっき『豊穣(ほうじょう)女主人(おんなしゅじん)』の前でベルを見送ったところだったりする。

 

「おはよう!言われた通り来たぞー」

「ニャ?後輩ニャ!さっさと着替えてくるニャ!」

「おはようございます、サラーサ」

 

 茶髪のキャットピープルが真っ先にこちらに気付き、次いでリューさんが挨拶を返してくれる。

 

「わかったぞセンパイ。リュー、ミア母さんは奥か?」

「はやくするニャ!後輩ニャらミャーの分まで働くニャ!」

貴方(あなた)の仕事は貴方(あなた)がやりなさい」

「ぶニャっ⁉」

 

 昨日の再演とばかりに仮称センパイはリューさんにぶっ叩かれた。心なしか昨日よりも強く叩かれていた気がする。

 

「ええ、ミア母さんは奥にいます。着替える前に挨拶するといいでしょう」

「わかった!ありがとな!」

 

 頭を押さえて悶絶する仮称センパイを裏へ連行するリューさんに続いて入り、開店準備で奔走する従業員の中、彼女らを監督しているのだろうか、ミア母さんの大きな背中がすぐに目に入った。

 

「おはようミア母さん。来たぞ!」

「んん?おはようサク。今日はキリキリ働いてもらうからねえ、覚悟しな」

「お、おぉぉおう!お手柔らかに頼むぞ!」

 

 にいと笑うミア母さんに気圧され、思わず声がうわずる。

 

「ああ、一昨日アンタを寝かしていた部屋はわかるね?あそこに全部置いてあるからさっさと着替えてきな」

 

 そう言って、厨房の方に呼ばれたミア母さんはそちらへ行ってしまった。仕事内容は……?き、着替えてから改めて聞くか。

 

***

 

「あん?何をすれば良いのか、だって?そんなことはシルに聞きな。あそこにいるだろう」

 

 ……さいですか。先輩に聞けってことかな?顎で示された方を見れば、シルさんが他のウェイトレスと一緒にテーブルや椅子を移動させたり、それを布巾で拭いたりしていた。

 わかった、と礼を言ってミア母さんから離れ、シルさんに声をかける。

 

「おはようシル」

「あら?おはようございます、サラーサさん。今日はうちを手伝ってくださるんですね」

「まあ、ミア母さんに昨日来いって言われたからな……さっきミア母さんに何したらいいか聞いたらそんなことはシルに聞きなって言われたんだけど、あたしは何したらいいんだ?」

「あはは……そうでしたか。うーん、では今やっているお店の掃除とテーブルと椅子の移動、手伝っていただけますか?」

「ああ、そのくらいお安い御用だ」

 

 

 @

 

 

 客が食べ終えた皿を下げ、やらかして皿洗いの刑に処されている阿呆どものところに持っていく。なんかわりと日常茶飯事らしい。ちなみにこの阿呆ども、シルさんにセクハラかまそうとした結果リューさんにボコられたんで顔ボコボコである。

 そんでカウンターの扉を通って店内に戻ろうとしたとき、ミア母さんから唐突に声が掛かった。

 

「ああ、サク。アンタもう上がって良いよ。お疲れさん」

「……へ?」

「今日のアンタの仕事はもう終わりだ、って言ってるんだ。ほれ、給金」

「えっ、おわっ⁉っととと」

 

「初めてにしては上出来だ、また頼むよ」

 

 そう言ってミア母さんはにいっと口元を吊り上げて笑った。

 

「……!ありがとう、ございます……」

 

 放心しているところに投げられて、取り落としそうになりながら受け止めた袋には、しっかりとした重さがあった。なんだろうな、こう……達成感がすごいね。バイトもしたこと無かったから今日が初めてのまともな労働で、これが初めての給金である。思わずちょっと素が出てしまった。

 それはさておき。つ、疲れた……昼前から昼下がりまでの営業時間はまぁ良かったよ?でも酒場として改めて夕方に開店した後が凄まじかった……!なんだよあの客足の絶えなさ!常に途切れない注文!殊の外楽しかったけどそれ以上にキツイっ……!

 おっと、そういやここ厨房と店内を繋ぐ動線だ。さっさと奥に引っ込んで着替えて帰ろう。

 

 

 

「お疲れ様です、サラーサさん」

 

 帰り際、シルさんに声をかけられた。

 

「ああ、お疲れ様。ってまだシルは仕事あるよな。わりーけどお先に失礼するぜ……ん?シル、店の方は大丈夫なのか?」

「ええ、まあ。サラーサさんが頑張ってくれたのと、客足が落ち着いてきたので、厨房はともかく給仕の方は入れ替わりで少し休憩をとるところなんです」

「あー、だからあたしはもう上がって良いって言われたのか」

「ふふ、そういうことですね。あ!そういえば……明日は怪物祭(モンスター・フィリア)ですよ!」

「もんすたーふぃりあ?」

 

 もんすたー、モンスター。ふぃりあ……フィリア?えっと、某国民的狩猟ゲーの防具名しか出てこないんだけど……。あのよく土下座したり変な粉(実は生殖細胞らしい)をばらまく白いヤツの防具な。

 

「あら、知りませんでしたか。そういえばサラーサさんがオラリオに来たのはつい先日なんでしたっけ。怪物祭(モンスター・フィリア)というのは、簡単に言うと【ガネーシャ・ファミリア】主催で開かれる、年に一度のお祭りです。闘技場を一日中貸し切って、ダンジョンから捕まえてきたモンスターを大衆の前で調教するんですよっ」

 

 モ、モンスターを調教……⁉そんなことできるのか。すげぇな【ガネーシャ・ファミリア】。そういえばエイナさんや神様が勧めてくれたりそっちの方が良いと思うと言ってくれた派閥の中にもあったな。単純な構成人数では最大規模で、警察や警備隊みたいなこともしている派閥だとは聞いていたが、まさか祭りまで催しているとは。

 

「すごいな、それ!あたしも見られるのかな?」

「一日中何度も行われていますから、きっと見られると思いますよ。私も明日はお休みを戴いて屋台巡りをする予定なんです」

「屋台まで出るのか!りんご飴とかあるかな……あれ?ミア母さんが今日給金くれたのってもしかして……」

「さあ、どうでしょう?もしかしたらサラーサさんの思っている通りかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」

 

 そう言って悪戯っぽく笑うシルさん。ミア母さんに直接聞いたってどうせ教えてくれやしないだろうし、自分の都合のいいように解釈させてもらうとするか。

 

「ま、本人に聞いても教えちゃくれないだろうしなぁ。今日は世話になったな!というか最近世話になりっぱなしだけどな」

「あら。私の方こそ今日は助かりましたよ。昨日は揶揄われてしまいましたけれど」

「おいおい、それは休憩のときに悪かったって謝っただろ」

「ふふふ、ではまたベルさんと一緒にご飯食べに来てくださいね?待ってますから」

「ああ、それなら多分言うまでもなく来るぞ」

「えっ」

「ほら、先一昨日シルがベルに耳打ちしてたろ?うちは【ロキ・ファミリア】の行きつけなんだーって」

「そういえばそうでしたね、忘れてました」

 

 てへっ、と舌を出して笑うシルさん。アイズさんに会えるかもしれないってだけで通い詰めるくらいしかねないと思うんだ。なんせ【憧憬一途】(あんなスキル)を発現させるくらいだし……。

 

「そんじゃそろそろ帰るよ。またな、シル!」

「はい、また来てくださいねーっ!」

 

 店の前で手を振るシルに手を振り返して、ピーク時よりは多少人通りの減ったメインストリートを本拠へ向けて歩いていく。そっかぁ、明日は祭りかぁ……。じゃあ探索は休みにして遊びに行きたいなぁ。

 そういえば神様はいつ帰って来るんだろうか。祭りだというなら三人で回ってみたいもんだが、あの二人でデートさせるというのもまぁ悪くはないか。俺は好きに見て回れるし……あれ?でも俺この街の地理なんて本拠から摩天楼施設(バベル)やギルドへの道くらいしかまともに知らねぇぞ、一人歩きなんてできないのでは……うごごごご。

 

 

 

 ここ数日で最早慣れた裏路地を抜け、本拠である教会の地下室の扉を開ける。

 

「ただいまー」

「あ、おかえりサラーサ。ご飯もうすぐできるよ」

「そっか、今日はベルの当番だっけ。じゃあ荷物置いて手洗ってくる」

「わかった、それじゃすぐ用意するね」

 

 今日は遅かったと思うし帰る時間も未定だって言ったはずんだけど、何故にベルは示し合わせたかのように俺が帰る時間にドンピシャで飯の支度できてんだ。超能力か何かか?

 夕飯食いながら冗談半分でそう聞いたら「たまたまだよ」とのこと。そりゃそうか。

 その後は風呂入って、ベルの今日あった話とかを聞いて、今日あったことを話して、「今日も神様いないし、たまにはベッドで寝てみたら?」と勧められたのでベッドで寝ることにした。ふかふかで気持ち良い。なんか忘れてる気がするけどまぁ良いか。そこまで致命的なことではないだろう。

 




はい、如何でしたでしょうか。
モチベーションが途切れかけてて中々書き上げるのにてこずりましたが…楽しんで頂けていたらいいな、と思います。

今回は特に突貫工事にも等しいレベルですので、誤字等ありましたら報告してくださるとうれしいです。

例の如く感想・評価もお待ちしております。

あ、今回「文章量はどのくらいが良い?」でアンケートをとろうと思います。
私自身は大体一万字~と思って書いているのですが、グダグダどうでもいい心情描写が入り込んでいる節も否めないような気がするので、今後私がどうするかは置いておいて、読者の皆様の読みやすい文章量をお聞きできたらな、と思います。


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