太一のアドベンチャー (はないちもんめ)
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0 違和感

書き途中の奴一杯あるのに書いちゃったよ…全部、LAST EVOLUTION 絆が良すぎたのが悪い


声が聞こえる。

 

そんな感覚を太一が最初に感じたのがどれくらい前だったのか本人すら忘れたが、少なくとも一月は経っているだろう。

 

最初はふとした瞬間に起こり、間隔もある程度はあったので、気のせいかと済ますこともできたのだが、最近は頻度が上がっており流石に気のせいで済ます訳にはいかなくなってきた。加えて、見られているような視線まで加わってきたのだから尚更だ。

 

そんな現状に太一はため息を吐く。全く授業に集中できない。これで自分の成績が落ちたら、どうしてくれるのだと一人頭の中で呟いていたが、お前最初からあんまり授業聞いてないだろというツッコミは言ってはいけないのだろう。

 

(姿や目的が分かればある程度対処する方針も立てられるんだが…両方分からねぇんだよなぁ…)

 

太一はがっくしと項垂れる。流石に声や視線だけ感じるという程度では方針など立てられるはずがない。ヤマトのようにファンクラブとかあるのなら、熱狂的なファンという可能性も僅かに存在するが太一にそんな熱狂的なファンなど存在しない。強いて言えば妹、ゴホン、ゴホン。兄弟愛って良いよね。

 

光子郎とかに相談しようとも思ったのだが、何を相談すれば良いのかすら分からない。と言うか、仮にこれが人なら相談するのは仲間ではなく警察だ。まあ、多分違うとは思うが。

 

しかも一番妙なのは、ここまで自分に接近している癖に悪意などが全く感じられない所だ。視線に関しても同様である。つまり、悪意などはないのだが自分の前に姿を見せることが出来ず、かと言って自分に気付いて欲しいことがあると言うことだ。何という面倒くささだろうか。

 

(あーーー!うっとうしい!俺に何の用があるんだよ!!!)

 

授業が終わったにも関わらず、太一は席から離れずに頭を思いっきり掻き回す。元々、考えるより先に行動するタイプなので考えるのは得意ではないのだ。まあ、最近は少しはマシになったが。

 

そんな感じで自分の考えに没頭していた太一は側に近づくオレンジ髪の少女に気が付かずに肩を叩かれることで漸く話しかけられていることを知った。

 

「ちょっと太一!聞いてるの?」

 

「おわ!って何だ空か…って何を?」

 

「やっぱり聞いてないんじゃない」

 

空は太一の答えにため息を吐く。全くこの幼馴染みときたら困ったものだ。

 

「進路希望調査の紙出したのかって聞いたの。まあ、あんたのことだからスポーツ推薦で行けるんでしょうけど忘れずにちゃんと出しなさいよ」

 

「あ、ああ。そうだな。分かった」

 

「それで?」

 

「それでって?」

 

「あんたは私に言うことないの?」

 

「は?何で?」

 

本当に太一からしたら、空に言うことはなかった。むしろ、何故そんな質問をしたのかと言う質問をしたいくらいである。

 

「…そう。分かった。じゃあね」

 

「おー、じゃあな」

 

え?お前それだけ言いに来たの?と太一は聞こうかと思ったのだが寸前で止めにした。この幼馴染みなら、それだけのために話しかけることなど日常茶飯事だからだ。空の日頃の苦労が忍ばれる。

 

そんな思考を追いやって再び太一は思考モードに没頭する。そんな太一を後ろからチラリと見ながら携帯を手にした空は誰かへとメールを打った。

 

『ヒカリちゃんの感覚の通りだと思う』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後のサッカーも終わった太一は口を大きく空けて欠伸をする。最近は色々と気になることが多くて少しだけ寝不足だ。しかも、幾ら考えても全く正解に辿り着く気がしないのが困った所だ。とは言っても、これは太一の問題ではない。元から解決を導き出すために必要なピースが全く足りていないのだ。この状況で解決策を導き出せと言う方が無理と言うものである。

 

(面倒なことにならなきゃ良いんだけどな)

 

そうなることを心底太一は願う。ヴァンデモンの事件が終わったばかりだというのに、また新たな事件が起きるなど真っ平だ。何処かの少年探偵じゃあるまいし。

 

「やっと来たか。遅ぇんだよ」

 

「ん?」

 

突然の聞き覚えのあり過ぎる声で現実へと戻った太一は声と同様に見覚えのあり過ぎる3人の顔に対して悪態をつく。

 

「誰が遅ぇんだよ。元々約束なんてしてねぇだろうがヤマト」

 

「部活はとっくに終わってるはずだろ」

 

ヤマトの言うように太一の部活自体はとっくに終わっている。だが、ボンヤリと考え事をしながら準備をしていたので帰るのが遅くなってしまったのだ。

 

なのでヤマトの言葉は的を得ていた。しかし、何となくそれを言いたくなかった太一は誤魔化すように頭を掻いた。

 

「俺にも色々あんだよ。部活が終わったからって直ぐに帰るとは限らねぇだろ」

 

「お前に学校で部活以外の用事なんてないだろ」

 

「あるだろ!例えば…ホラ…宿題とか」

 

「空の答え写してるだけだろ」

 

「うっせぇ!何なんだよ!イヤミでも言いに来たのかよ!」

 

「はいはい、うるさい二人とも。話が進まないでしょ」

 

仲は良いはずなのだが、何故か喧嘩が絶えないこの二人の仲を取り持つのは基本的に空と決まっているので手慣れた様子で二人の間に割って入り、喧嘩の仲裁に入る。

 

黙って見ていた光子郎は、その気を逃さずサッと話を本題へと変えた。

 

「それで太一さん。何を隠しているんですか?」

 

「何で俺が何かを隠してる前提で話が進んでんだよ。別に何も俺は隠してなんて」

 

そこまで言って3人の顔を見ると、3人が3人ともジト目で太一を見ていた。

 

その顔を翻訳すると『そんな建前は良いから早く話せや』ということになる。そして、その翻訳を太一はポケトークもビックリのレベルで正しく受け取っていた。

 

はぁ、と太一はため息を吐く。

 

これはアレだ。絶対に無理なやつだ。ある程度話をしないと絶対に納得してくれないやつだ。

 

まあ、ある程度も何も太一が今分かってることなどほとんど無いに等しいのだが。

 

更に太一はため息を吐く。

 

そしてお手上げという風に手を上げた。

 

「わーったよ。言うよ。言うからその顔を止めてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




多分、続きます


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1 仲間

期待してたアニメのできは…うん…まあ、今後に期待…


「声がする?」

 

「ああ。何か良くわかんねぇ声がな」

 

ヤマトの確認のような問いかけに太一は頭をかきながら返事をする。

 

ヤマトと空と光子郎に詰め寄られた太一は諦めたように公園へと場所を移してから、最近の異常の半分について話した。視線について言わなかった理由としては声と違って比較的最近の出来事であることから、確証が持てなかったというのもあるが何より余計な心配をさせたくないという理由が大きい。それが逆に皆を心配させることに繋がっているのだが。

 

「一体何時頃からですか?」

 

「正確には覚えてねぇけど…大体一ヶ月前くらいからって痛ぇな!何すんだよ!」

 

光子郎の質問に答える太一に無言で頭を殴ってきたヤマトに太一は怒鳴りつける。しかし、構わずに青筋を浮かべたヤマトは返答する。

 

「それはこっちのセリフだ!お前、一ヶ月も何で相談もせずに黙ってんだよ!」

 

「声が聞こえるってだけで何を相談すんだよ!!事実、何も起こってないだろ!」

 

「結果論だろうが!何かあったらどうするつもりだ!」

 

徐々にヒートアップしてきた二人の争いを静観していた空だったが、流石に仲介に入る。

 

「落ち着いてヤマト!ヤマトの気持ちは分かるけど、今更そんなこと言ってもしょうがないでしょ」

 

空の言葉にチッと舌打ちをしながら、ヤマトは太一から離れるが太一としては何とも気不味い。まだ話していないことがあるから特に。

 

そんな太一の心情など知る由もない空は太一と向き直り、太一を見つめるが同時に深くため息を吐いた。

 

「一応、ヤマトのことは止めたけどね…私の心情としてはヤマトと同意見。アンタのことだから、自分で何とかしようとか思ってるんでしょうけど…心配するのは私たちなのよ?」

 

「…分かってるよ」

 

思わず太一は空から視線を外す。ヤマトのように声を荒げて怒ってくるのはまだ良いが、この幼馴染みのように心からの心配を向けられると太一としても少々辛い。まあ、だからと言って今更「実は視線も感じます」などと言えるはずもないが。

 

「太一さんの身勝手さは置いておいて話を戻します…では、太一さんが妙な声を感じるようになったのは一ヶ月前くらいの話らしいですが…そこから継続して聞こえるとの認識で問題ありませんか?」

 

「ああ。間違いない」

 

「その声に聞き覚えは?」

 

「全くない」

 

「…ヴァンデモンとの関係はありそうですか?」

 

光子郎の質問は最もだと思う。ヴァンデモンを倒して一ヶ月。今まで三回倒して二回蘇ってきたデジモンだ。二度あることは三度あるという訳でもないが、三度目がないと考えるほどこの四人は甘くない。

 

「気持ちは分かるが…多分、ないと思う」

 

「その根拠は?」

 

「いやまあ、その…勘…だけど」

 

「…」

 

周囲の3人のシラーっとした視線が突き刺さる。しかし、これには太一としても反論がある。今のところ声しか聞こえてきていないのだ。その声の主の特定などできる方がどうかしている。

 

「仕方ねぇだろ!声しか聞こえねぇんだから!」

 

「まあ、良いです。それに太一さんが僕たちに話さなかった理由が少し分かりました。悪意など感じないから、放っておいても大丈夫だろうと考えたんですね」

 

「そう、そう!そうなんだよ!流石は光子郎!分かってるな!」

 

「だからと言って、別に何も話してくれない太一さんを庇う訳でもないですよ」

 

味方が現れたと感じて顔を輝かせた太一をバッサリと光子郎は切り捨てる。

 

声を詰まらせる太一を光子郎は無視して話を進める。

 

「情報が少な過ぎてどうすることもできませんが…とりあえずテントモン達にデジタルワールドを調べてもらいます。もう少し前から知っていればもっと早くに情報収集ができたのですが」

 

「まあ、しょうがないわよ。誰かさんがもっと早くに言ってくれれば助かるんだけどね」

 

「ああ。誰かが自分で言ってくれればこんな手間は省けたんだけどな」

 

3人からの次々と発せられる嫌味に最初は黙って聞いていた太一だが、徐々にその場にいるのが辛くなってきたのか耳を塞いで帰る準備をする。

 

「わーったよ。俺が悪かったよ!もういいだろ!?俺は帰るからな!」

 

「帰るのは良いけど、ちゃんとヒカリちゃんにも事情を話しなさいよ」

 

後ろから聞こえる空の言葉に太一は渋い顔をする。基本的に妹に甘い…というかただのシスコンな太一にとっては、ヒカリを心配させるようなことは伝えなくなかったのだ。

 

まあ、シスコンだということを考慮しても太一の意見は分からない訳ではない。

 

八神ヒカリには特別な力がある。それは選ばれし子供達に選ばれた仲間達の中にあっても特別な力だ。そしてその力の反動かどうかは知らないが、妙に危うい所がある。闇を引きつける力も備わっているからだ。

 

八神ヒカリは闇に対して強烈に反応する。そのことが分かっていながら兄の太一がその妹を危険なことに巻き込むことを許容したいはずがない。

 

そしてそのことを分かっている幼馴染みの空にとって太一の反応は想像の範囲内の物であったし、太一の妹を思う気持ちは十分に分かっているがそれでもなお、太一には伝えなくてはならなかった。

 

「隠そうとしたって無駄よ。言っとくけどね。アンタの様子が変なことに気付いたのはヒカリちゃんが最初なんだからね。そのヒカリちゃんから相談されて私たちはこの場に集まったの。そのヒカリちゃんに何も話さないなんて選択肢がある訳ないでしょ」

 

それに、と空は続けようとしたが寸前で止めにした。それ以上のことは言わずとも分かっているだろうと思ったからだ。

 

そして空が続けようとしたことを何となく悟った太一は天を見上げてため息を吐く。できれば心配させたくなかったんだが、どっちにしろ心配させてしまうならば同じか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…お帰りお兄ちゃん」

 

「お、おう」

 

何と切り出そうかと悩んでいる間に家に着いてしまった太一は、何とかなるかと思考を放棄して玄関のドアを開けた瞬間にジト目の妹から挨拶をされたことに驚いて吃ったような返事をしてしまう。

 

しかもその腕の中にはパートナーであるテイルモンも揃っており、ヒカリと同じようなジト目で太一を見てくるのだからたまらない。俺が何をした。いや、心当たりしかないけどさ。

 

「…」

 

「…」

 

「…そんなに見るなよ」

 

ポリポリと頬をかく。ここまで来たらヤマト達に話したことまでは喋ろうと決めていたが、そんな決意を決めなくとも喋らざるを得なかったろう。

 

「とりあえず、飯にしよう。話すのはそれからで良いだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまあ、こんな訳だ」

 

事情をある程度話し終えた太一は一息つくが心配そうな顔でコチラを見てくる妹に何とも言えない気持ちになる。こんな顔にさせるのが嫌だから言いたくなかったのだ。

 

とは言え、時は戻らない。話したのならこちらとしてもヒカリには聞きたいことがあった。

 

「ヒカリ。ここ最近で何か違和感とか変わったことはなかったか?どんな小さな事でもいいからさ」

 

先程も言ったが、ヒカリには特別な力がある。そのヒカリならば自身が感じない違和感でも感じ取れているのではないかと思ったのだが、その期待も虚しくヒカリは首を振った。

 

「ここ最近、変な感じとか怖い感じは特にしてない。お兄ちゃんは本当に怖い感じとかはしてないの?」

 

だめだったか。まあ、ある程度分かっていた事ではあったのでそれ程気にせずに太一はヒカリの質問に肯定した。

 

流石に悪意を感じるレベルであればヤマトや光子郎には相談している。ヒカリにはまあ…言わないかもしれないが。

 

それでも心配は無くならないのか繰り返し質問をしてくるが、太一としてはこれ以上答えられる事などない。なので心配するなと笑いながら答えて逃げるように風呂に入った。

 

とは言え、その程度のことでヒカリが諦めることもなく風呂を出てからも暫くは私とかヤマトさんとか空さんとかと行動を共にした方が良いのではないかと言ってくる。気持ちはありがたいが、それぞれの生活がある以上それは無理だろう。

 

太一がそう言うと、ショボンとした顔でヒカリは太一から少し離れるが去り際にテイルモンから言われた「あんまりヒカリを心配させるなよ」という言葉にはグサッときた。心配させないようにという気持ちで行動してきたのだが。

 

漸く解放?された太一は気分転換にベランダへと出た。まあ、出た所で敵が出てくるなどとはカケラも思っていないし、実際何も事態は進展などしなかったが結果として気分転換にはなった。

 

「光子郎の調査で何か分かると良いんだけどなぁ」

 

1人で呟いた言葉に1人で苦笑する。今まで相談もしなかったくせに、いざ相談した途端に頼りにするのだから我ながら都合が良い話だ。こんなことなら、最初から頼りにすれば良かったのか。と今更過ぎる真実に気付いて苦笑はより広がる。

 

何気なく携帯を見ると、もうある程度事情は伝わったのか丈からも『今後は報連相に気をつけること』などと言ったメールが来ていた。言う言葉は皆同じか。

 

そう言えばと今更気付いたのだが、ヤマト達と会った時くらいから妙な視線を感じなくなっていた。やはり、気のせいだったのか?と思うと同時にもしかしたら変な声も聞こえなくなったのではないかと思ったのだがどうやらそう甘くはないらしい。

 

『…イヨ…イチ』

 

全くこの声の主は自身に何を期待しているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




更新遅いですが、のんびり書いてきます。


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2 異常

コロナの影響でデジモンの新シリーズ止まっちゃいましたねー。まあ、今の状況ではしょうがないですが。早く再開される日が来ることを望みます。

ところで新シリーズの太一ですけど、旧シリーズの太一知ってるから違和感が凄い笑


「はあ…」

 

自身は本当に兄の側に居なくて良いのだろうか。

 

朝から自身に繰り返し尋ねていた質問を八神ヒカリは再び自問自答する。

 

本当であれば、学校などサボって兄の側に張り付いていたかったのだが、兄によってそれは止められた。まあ、当然と言えば当然だが。

 

一応、妥協案として空達には連絡しており、出来るだけ危ないことはしないように見張ることをお願いはしたのだがそれで不安が消えるのかと言うと決してそんなことはない。

 

そんな不安の思いを抱えたままの授業など当然頭に入る訳がない。テイルモンが心配してくれていることは知っているが、それを気遣う余裕すら今のヒカリにはなかった。

 

流石は最強のブラコ…ゴホンゴホン!美しい兄弟愛である。

 

そのヒカリの様子を見て気になったのか帽子を被った少年が側へと寄ってきた。

 

「ヒカリちゃん…どうしたの?大丈夫?」

 

「タケル君…うん、大丈夫」

 

弱々しく笑いながらヒカリは答えるが、その様子は『大丈夫ではありません』と答えているようなものである。 

 

長い付き合いでそれが十分過ぎるほど分かっている高石タケルは不安げな表情になる。ヒカリが何に対して不安を感じているのかについて良く分かっているから尚更だ。

 

何故知っているのかと言えば単純にヒカリから聞いたのだ。

 

ここ最近、ヒカリの様子がおかしいことに気付いていたタケルはヒカリにどうしたのかと問いただしたのだ。

 

その結果として、最近太一の様子がおかしいということがタケルにも伝わり空にも相談するようにヒカリに言ったのだ。

 

「ヒカリちゃん、無理しないで。昨日の事情は兄さんから聞いたよ。僕も太一さんが言う違和感の調査を手伝うからさ。ヒカリちゃんも元気だしてよ。太一さんのことを心配してるのはヒカリちゃんだけじゃないんだからさ」

 

「…ふふ。そうだね」

 

「うん、やっぱりヒカリちゃんには笑顔が似合うよ」

 

こんなやり取りしながら信じられるか?この二人付き合ってないんだぜ?

 

まあ、そんなことは置いといてやはり天然タラシのこの少年は息をするように少し恥ずかしいことを言うが、それがヒカリには少し支えになったのは確かだ。気を使える男というのはやはり小学生からそうなのだろう、

 

「ヒッカーリちゃーん!タケルなんかと話してないで俺と話そうぜー!放課後にさ!美味しいアイス売ってる店見つけたんだ!二人で行こうよ!」

 

全く気の使えないこの二人目の主人公と違って!

 

そんな空気の読めない発言をしたゴーグル少年、本宮大輔は自身がどれだけ場違いかに気付くこともなく、ニコニコ笑いながらヒカリの言葉を待っている。まあ、結果など聞くまでもないが。

 

「ご、ごめん、大輔君。今日はちょっと」

 

「そ、そっか。じゃあ、明日は?」

 

「あ、明日もちょっと」

 

「な、なら明々後日は!?それなら大丈夫でしょ?」

 

「明後日も…」

 

「…ならさ!逆にヒカリちゃん何時なら空いてる?俺、合わせるからさ」

 

「え…と…暫くは無理かな」

 

申し訳なさそうながらも好きな人の否定の言葉を聞いて、大輔の反応は予想通りのものである。まあ、つまりは

 

「…どうせ…俺なんて…」

 

激しく落ち込んだ。思わず体育座りになるレベルだ。見えないが間違いなく大輔の心の中では大輔の頭上から雷雨が降り注いでいることだろう。

 

別に大輔を嫌っているわけではない(かと言って別に異性として好きなわけではない)ヒカリは大輔の様子を見て慌ててフォローに入った。

 

「ごめんね大輔君。別に大輔君と出かけるのが嫌ってわけじゃないの。ただ、例のお兄ちゃんの件で不安になっちゃってできればなるべく一緒に居たいと思ってて」

 

そう。別にヒカリは大輔のことが嫌いでこんなことを言っている訳ではない。ただ、優先順位として八神太一の方が高いだけである。

 

酷いように聞こえるかもしれないが、八神ヒカリにとって八神太一よりも大切な存在などいない。まさにトップオブザトップ!ブラコンのゴホン、ゴホン!兄弟愛の鏡だ。

 

大輔はヒカリの言葉にパッと顔を輝かせたが、直ぐに疑問を感じているかのように首を傾げた。

 

「え?太一さんの件って何のこと?」

 

「え?」

 

「え?」

 

大輔の疑問にヒカリだけでなく、タケルも疑問で答える。そして、思わず顔を見合わせる。何で大輔君は知らないの?

 

その反応でタケルは事情を知っていると感じた大輔はギラリと目を輝かせながらタケルに詰め寄る。

 

人はこれを嫉妬と呼ぶ。

 

「タケルテメェ!何でお前だけ太一さんのこと知ってんだよ!!」

 

「いや…と言うか、何で大輔君は知らないの?」

 

「お前が言わねぇからだよ!ちょっとばかし、ヒカリちゃんと付き合いが長いからって俺たちだけ省きやがって!京と伊織だってこの話聞いたら傷つくぞ!」

 

 

そして放課後

 

 

「「知ってるけど(ますけど)」」

 

友だと思っていた者達の言葉を聞いて大輔は再び項垂れる。まあ、アレだ…ドンマイ!

 

放課後になったので別のクラスの選ばれは子供達の仲間である火田伊織と井ノ上京を呼び出した大輔は自分と同じく省かれた者達で慰め合おうとしたのだがまさかの自分以外は全て知っているという結果に終わった。流石に可哀想である。

 

「何でお前らも知ってんだよ!てか、俺は!?何で俺だけ知らねぇの!?」

 

「さっき思い出したんだけど、確かその日大輔君休んでたんだよ」

 

「そう言えばそうでしたね」

 

「次の日教えてくれれば良かっただろ!?」

 

「いや、教えようとしたんだけど次の日京さんと伊織君が話してるの見えたから教えたのかなって」

 

「教えようとしたんだけど、ヒカリちゃんの話を私たちが勝手に言うのも無いかなと思ってやめたのよ」

 

「その後はタケルさんとヒカリさんが同じクラスなので教えてくれたのかなと」

 

「私はタケル君が言ったとばかり…」

 

皆の話を聞いて思わず涙目になるレベルで大輔は更に落ち込む。要するに皆が皆して誰かが言うだろう精神でいたせいで誰も大輔に事情を伝えなかったのだ。

 

あまりの大輔の落ち込みようにタケルや伊織はフォローに入るが、京は面白そうにとどめを刺した。

 

「嫌われてるんじゃない?」

 

ピシッと大輔のガラスのハートにヒビが入ったのを皆が確かに感じた。

 

「うっせぇ!もう、こうなったら省かれ者の俺と賢は直接太一さんに聞いてやるさ!覚えてろよ薄情者ども!)

 

(((賢(一乗寺)君も事情を知ってるって言ったら、尚更落ち込むだろうなぁ)))

 

やられ役のような台詞を吐きながら、走り去る大輔の背中を見ながら皆がそのようなことを思ったが口には出さなかった。世の中には知らないで良いこともある。まあ、この後賢に会ってそのことを知り激昂するのだがここでは割愛する。

 

「京さん…」

 

「あはは。ごめん、ごめん。反応が面白かったからつい」

 

ため息を吐きながらのタケルのセリフに悪びれることもなく京は返事をするが、少し真面目な顔をして話を切り替える。

 

「話は変わるけど、タケル君から事情は聞いたわ。ヒカリちゃん大丈夫?」

 

「私は大丈夫。お兄ちゃんは…分からないけど」

 

困ったように笑うヒカリを見てタケルと伊織は何とも言えない表情になるが、京だけは違ったのかガシッとヒカリの肩を掴むと真面目な顔で告げた。

 

「ヒカリちゃん。無理しないで。早く太一さんの所に向かってよ。私たちも後で行くからさ」

 

「で、でも、私これを持っていくように先生に言われたから」

 

「僕たちがやっときますから、タケルさんと先に向かっててください。僕たちは他にもやることありますし」

 

ヒカリの言葉を受けて伊織はヒカリの手の中にあった資料を少し強引に奪うと、ニコリと笑いながらそう言った。

 

「そうそう。こんな時ぐらい頼ってよ。こんな時こそ仲間でしょ?」

 

「2人とも…」

 

「ヒカリちゃん、ここは甘えようよ。心配なんでしょ?太一さんのことが。僕も心配だからさ。先に向かってよう」

 

「タケル君まで…うん、分かった。ごめんね、2人とも。先に行ってるね」

 

そう言うや否やヒカリは小走りで下駄箱まで向かう。本当は直ぐにでも向かいたかったというヒカリの心情がそこに現れていた。

 

「ヒカリ!」

 

「テイルモン!何でここに?」

 

「心配だから来たんだ。太一の所にそのまま行くんだろ?」

 

先に出て校門でタケルを待っていようと思っていたヒカリの懐に家に居たはずのテイルモンが飛び込んできた。何故と問うと、流石はパートナーと言うべきかヒカリの行動パターンを完全に把握していたが故の行動だった。

 

これにはヒカリも笑うしかない。

 

「当たり」

 

「無茶するな。万が一のことがあったとしても私抜きでは戦えないだろう?」

 

「うん、そうだね」

 

自身を分かってくれているパートナーの心にヒカリも少し笑顔になる。

 

そんなヒカリの側に2人の人間が近寄ってきて話しかけてきた。若い男と女のようだ。

 

「ごめん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど良いかな?」

 

突然話しかけられたことにヒカリは驚き、慌ててテイルモンのことを誤魔化そうとするが2人の内、女の方は不要だと言わんばかりに手で止める。

 

「必要ないわ。貴方が選ばれし子供達だってことは知っているから。八神ヒカリさん」

 

本名どころか選ばれし子供だと言うことまで知っている女にヒカリの思考は停止するが、テイルモンはそうではなかったのか臨戦態勢に入る。

 

「何だお前らは。ヒカリに何の用事だ?」

 

「そんなに警戒しなくても良いわ。少し確認したいことがあるだけだから」

 

「確認?」

 

「ええ。最近、貴方の周りで変なことが起こっていないかを知りたいだけ。危害を加えるつもりは全くないから安心して良いわ」

 

「信用ならないな。お前らは一体何者だ?」

 

テイルモンの警戒心たっぷりの質問に女は少し思案したが、暫くしてから答えた。

 

「姫川 マキ…よ。よろしくね。選ばれし子供とそのパートナー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




また次の更新はダラダラ書いてきます。


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3 進展

ようやくデジモンのアニメの放送も再開しましたか。嬉しいですね!


「ヒカリちゃん、ごめん待たせちゃってって…誰なのこの人?」

 

「私も知らないわ…さっきいきなり話しかけてきて」

 

「悪いがタケル。説明している時間はない。姫川とか言ったな。お前は私たちの味方か?」

 

「その質問に意味ないでしょ?急いでるから、手早くいきましょう」

 

「なにぃ?」

 

「だって、そうでしょ?」

 

そう言うと姫川はフッと笑いながら続ける。

 

「ここで仮に私が貴方達の味方と言ったら…信用してくれるのかしら?」

 

その姫川の言葉にただでさえ鋭かったテイルモンの瞳がさらに鋭くなる。遅れてきて現状の把握ができていなかったタケルも、此処までの流れから大凡の状況は掴めたのか警戒しながら姫川という女性を見つめる。

 

それが分かっているはずなのだが、気にもせずに姫川は言葉続けた。

 

「とは言っても、本当に私は貴方達の敵じゃないわ。かと言って味方かと言われると微妙なところだけどね」

 

「どういう意味ですか?」

 

「そのままの意味よ、高石タケルくん。もう良いでしょ?私も時間がないから手早く質問させてもらうわ」

 

自分の名前を知っていたことにタケルは驚くが、それを無視して姫川はヒカリへと視線を向ける。

 

「八神ヒカリさん。最近、貴方の周りで奇妙なことが起こってないかしら?」

 

「答える義理はないぞ、ヒカリ。こちらの質問にまともに答えるつもりがない奴に何故私たちだけ答えねばならない」

 

「手厳しいわね。じゃあ、質問を変えるけど」

 

テイルモンの明確な拒絶に姫川は肩を竦めるが、内面は気にしていないのかそのまま別の質問を始めた。

 

「貴方のお兄さん…八神太一の周りではおかしなことが起こってるんじゃない?」

 

その質問にヒカリは目を丸くした。タケルも同様だ。テイルモンは流石に同様を表に出しはしなかったが内面では同様に驚愕していた。何故、この女は太一の今の状況を知っているのだ?

 

その反応だけで十分だったのか、姫川は表情を柔らかくして呟いた。

 

「正直な子ね」

 

そう言うと、そのまま背を向けて何処かへ歩き出す。

 

「おい、待て!お前は何なんだ!?一体何を知っている!何が起こっているんだ!」

 

「悪いけど、急いでるの。だけど、そうね。一つだけ答えてあげる」

 

テイルモンの質問に歩みを止めて、空を見上げながら噛み締めるように言葉を発する。

 

「今のところ、大したことは起こってないし、これからも起こらないわ。いいえ…違うわね。絶対に起こしてはならないの」

 

「余計に意味が分からないですよ!教えてください!太一さんに何が起きてるんですか!?」

 

「一つだけと言ったはずよ高石タケル君。それに貴方達が知ったところで何もできないわ」

 

「何だと!」

 

「テイルモン!そんなことしてる時間はないわ。急いでお兄ちゃんの所に行かないと。今、連絡したら学校の近くだって。待っててって言ってあるから早く合流しないと」

 

慌てて太一に連絡したところ、無事だと確認できたことでヒカリはほっと胸を撫で下ろすが思った以上に事態は悪化しているように感じられた今となってはゆっくりしている暇などなかった。

 

テイルモンもテイルモンとてあの女に言ってやりたいことは山ほどあったが、太一の安全を守ることが第一だと考えてヒカリに従うことにした。

 

しかし

 

「タケル君も急いで!早く!」

 

「悪いけど、太一さんの所にはヒカリちゃんとテイルモンで向かって。僕はあの女の人を追いかける」

 

タケルの発言にヒカリとテイルモンは絶句した。

 

パタモンが居るならともかく、タケルしかいない状態で今の発言は余りに無謀だ。

 

「無茶よ!相手がどんな人なのかも分からないのよ!?」

 

「だからこそだよ。僕らはあの人が誰なのかも分からない。この状態であの人を見失ったら、あの人から色々聞くのが難しくなる。僕らには圧倒的に情報が足りないんだ。多少、リスクを負っても情報を集めるしかない」

 

タケルの発言にテイルモンは歯を食いしばる。

 

タケルの言っていることは正論だ。仮にここにパタモンがいるならば、一も二もなく頷いてその役目をタケルに任せていただろう。

 

しかし、今、ここにパタモンは居ない。何かあったとしても対処は不可能だ。

 

とは言え、テイルモンがあの女の尾行に向かえば今度は太一を守る仲間が不足する。それ以前に、今の状態のヒカリに太一の所に向かわずに女の尾行をしろなどと言うことはできない。

 

「大丈夫だよ。距離をおいて尾行するし、人混みが少なくなったら諦めて太一さんの所に向かうよ。人が多ければ、向こうも手出しがし辛いだろうしね」

 

笑顔で言うタケルの言葉が嘘だとテイルモンは直ぐに気が付いた。

 

仲間想いのタケルが仲間のためになる情報が得られるとなれば、無茶をしない訳がない。

 

「…分かった。無理はするなよ」

 

「うん、当然だよ」

 

しかし、嘘だと分かっていてもその嘘にテイルモンは合わせるしかない。ここで揉めて時間を失うことが最も愚かな選択だと分かっているからだ。

 

当然、タケルの嘘に気が付いているヒカリも判断に迷っていたがタケルとテイルモンに後押しされて悩みながらもタケルを送り出した。

 

しかし、悩みながらもヒカリとテイルモンは決して振り返ることはしなかった。その選択が正解かどうかなど誰にも分からない。しかし、決めた以上、振り返らずに進むしかない。長いようで短いデジタルワールドでの冒険で身に染みて感じたことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なんだよ、ヒカリの奴。急に連絡してきたと思ったら動かずにじっとしててって。俺はガキかっつーの」

 

「それだけ信用がないんじゃないですか?」

 

「うるせーよ!」

 

自身の1人ごとに厳しいツッコミを返されたことに太一は反射的に声を荒げる。

 

そんなツッコミをした光子郎は大して気にもせずにそのまま話を進める。

 

「しかし、気になりますね」

 

「何が?」

 

「ヒカリさんがいきなりそんなことを言ってきたことがですよ。何かあったと考える方が自然じゃないですか?」

 

「何かってなんだよ」

 

「流石にそこまでは。ただ、何かなかったらそんなことわざわざ言わないと思っただけです」

 

言われてみればと太一も思う。何かがあったからこそ、ヒカリは自身に連絡をしてきたのではないだろうか。連絡をする余裕があるということは、ヒカリ自身には問題が起こってはいないようだが。

 

「まあ、こっちに向かってるらしいからその時に聞けば良いだろ。正直、こっちは打つ手がないしな。テントモンやゲンナイさんからも気になる連絡は来てないんだろ?」

 

「はい。それ以前にゲンナイさんからは一回も返信すら来ていませんが…」

 

「相変わらず肝心な時に頼りにならない爺さんだな…ああ、今は爺さんじゃなかったっけ」

 

太一の言葉に同意しかけた光子郎は咳払いで誤魔化した。

 

「とにかく、ヒカリさんにも言われましたし、ヤマトさんも空さんも用事があって集まれないと言ってましたから今日はリスクがある行動は控えるべきですね」

 

「リスクがある行動ってなんだよ。何が起きてるか分からない今の状態じゃ何もしないことがリスクの可能性だってあるだろ」

 

「それはまあ、そうですが…」

 

相変わらず突然確信をつく人だなと光子郎は感心する。自分で勝手に決めたり、無茶をすることは多いが流石はアレだけ個性の強いメンバーのリーダーだと改めて感じる。まあ、光子郎も立派にクセが強いと思うが。

 

「だろ?だからさ、今日こそはデジタルワールドに俺たちも言って何か異変が起きてないかこの目で確かめるべきだと思うんだが」

 

「ダメです」

 

内心で少し褒めたと思ったらこれである。やはり、自身か誰かが付いていなくてはダメだと気を引き締め直す。

 

「太一さーん!あれ、光子郎先輩も一緒っすか?」

 

「おお、大輔か。どうしたんだ?」

 

「どうも大輔君。こんにちは」

 

そんな話をしている所に全力で走ってきたのか息を乱している大輔が現れた。どうやら、ヒカリ達が一緒でない所から1人で走ってきたらしい。しかし、何故か焦っている大輔は息も絶え絶えになりながらも鬼気迫る表情で太一に迫る。

 

「どうしたもこうしたもないっすよ!太一さん!敵に狙われてるって聞きましたよ!大丈夫なんすか!?後は俺に任せてください!どんな敵からでも守ってみせますから!」

 

「…よし、とりあえず落ち着け。何を勘違いしてるか知らんが今は具体的な敵とかいねぇから」

 

(それ以前にチビモンも居ないのにどうやって戦うつもりだったんでしょうか…?)

 

何かを勘違いしている大輔に太一が事情を説明している最中に光子郎はそんなことを思った。

 

本人の名誉のために言っておくが、大輔は普段であればここまでアホな子ではない。皆から仲間外れにされたのと大好きな先輩である太一の危機に焦りを覚えた結果なのである。

 

…きっとそうなのだ。…そうだよね?

 

しかし、大輔の様子から見るとヒカリが慌てている理由をどうやら知らないらしい。学校では一緒だったようだから、大輔と離れた少しの間に何かがあったと考える方が妥当だろう。

 

とは言え、それ以上のことは分からない。

 

何となく余った自分にはできることなどないし、テントモン達からの情報などが来ていないかもう一度見てみるかと光子郎はパソコンを開いた。

 

「どうやら、違和感には気付いているようだな。選ばれし子供達よ」

 

突然、聞き覚えのない声が響いた。

 

3人とも瞬時に警戒態勢に入った。その3人の目の前には一体の獣型デジモン。成長期のように見えるが、誰もパートナーデジモンが近くに居ない現状では驚異以外の何物でもない。

 

「慌てるな。敵意はない」

 

3人の様子に気付いたのかそのデジモンはそんなことを口にした。言われてみれば、確かに敵意は感じない。怪しさは満点だが。

 

突然の展開に3人が言葉を発せない中、そのデジモンは言葉を続けた。

 

「我が名はハックモン。私は話をしに来ただけだ。勇気の紋章の子供よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次の更新は…何時になるかな


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4 突然

やっぱりこっちの投稿は遅くなりますね…すいません。


「あの…何であの車を追いかけてるの?」

 

「言えませんが事情があるんです!申し訳ないですけど黙ってあの車を追ってください!」

 

「は、はあ…」

 

タケルを乗せているタクシーの運転手は、鬼気迫るタケルの様子に一応は従ってはいるが当然納得などしていない。最悪、途中で降ろされる可能性も非常に高いがそんなことをされてしまえば目の前の車を見失ってしまうので何とかそれは回避しなければならない。

 

いざという時のために、母親の電話番号を携帯に打ち込んでいると、突然電話がなった。相手は学校に残ってくれた京だった。

 

『タケル君!今、どんな状況!?』

 

「どんな状況って…もしかしてヒカリちゃんから話は聞いてるの?」

 

『そうよ!さっき、慌てた感じでヒカリちゃんから電話があって事情は聞いたわ。私たちは大丈夫だから、タケル君を手伝ってあげてって。今、伊織は急いでデジタルワールドからホークモン達を呼んでるわ』

 

急な事態で焦っているのはあるだろうが、自分の周りの見えてなさにタケルは唇を噛む。

 

パタモンが居なくて戦力が足りないのであれば、太一の側に向かっていない仲間に即座に連絡をすべきだったのだ。本来であれば兄の危機に気が動転しているヒカリではなく、自分が冷静になるべきなのにむしろ助けられてしまうとは目も当てられない。

 

まあ、小5の子供にそれは難しい判断であるだろうし、何より連絡をするように伝えたのはテイルモンなので別にヒカリが冷静であるわけではないのだがタケルにそんなことは分かるはずもない。

 

『タケル君!!大丈夫!?』

 

京の声でタケルははっと我に帰る。

 

何をやっているのだ。今は反省などしている場合ではない。今は一刻も早く、京達と合流すべきだ。

 

そう考えたタケルは頭を振って気持ちをリセットする。

 

「うん、大丈夫だよ。ありがとう京さん。じゃあ、伊織君が来る間、空さん達に連絡しておいてくれるかな?僕は兄さんに連絡するから」

 

『分かったわ。それでタケル君は今何処にいるの?』

 

「タクシーの中だよ。都心の方に向かってるのは確かだけど、まだ何処に着くのか分からないから着いたら連絡する」

 

『本当に大丈夫?危なくなったら、直ぐに引き返してね!』

 

「ありがとう。じゃあ、よろしくね」

 

そう言うと、タケルは京の返事を聞かずに電話を切った。可能であれば、もちろん直ぐに引き返すつもりではあるが、ここで自分が追うのを諦めてしまえば自分達に唯一残っている細い糸が途切れてしまうという確信に近い危機感があったからだ。

 

(太一さん…)

 

脳裏に自身のもう一人の兄と言っても過言ではない太一の笑顔が浮かぶ。ヒカリのように血の繋がりはもちろんないし、恥ずかしい上に本当の兄のヤマトがヤキモチを焼くこともあるので大輔のように好意を前面に押し出すこともないが、過去の冒険の中で守る対象としてではなく、自分を一人の仲間として見てくれていた太一のことが好きでない筈はない。

 

無事でいてくれ。その切実な思いを胸に秘めてタケルは前を走る車を凝視していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然の展開に太一は一瞬パニックに陥りかけてしまったが、何とか冷静に努めようと努力して目の前のデジモンに質問する。

 

「ま、待てよ!いきなり過ぎて話が見えない。もしかして…お前が俺に話しかけてた奴なのか?」

 

「いや、それは私ではない。2、3日勇気の紋章の子供の様子を伺ってはいたがな。その声とやらが聞こえていたということは此方が当たりだったと言うわけか」

 

「イマイチ言っていることは分からないが…なるほどな。これでとりあえずは視線の正体は分かった訳だ。敵の感じがしなかったことにも納得がいったぜ」

 

言った後で自身の失言に気が付いた太一は目の端に映る光子郎の姿を捉えていた。そこで光子郎が物凄いジト目で睨みつけていることに気付いていたが、全力で無視を決め込んだ。後で誠心誠意謝ろう。

 

そんな太一の心情と秘事をほとんど正確に理解していた光子郎はため息を吐きながら、気を取り直してハックマンを見遣る。今、この場においてすべきことは太一を糾弾することではない。突然現れたハックモンの狙いを把握し、行動に移しがちな太一と大輔を宥めつつ冷静に情報を引き出すことだ。

 

そう考えた光子郎はハックモンに質問を投げ掛けようとするが、それよりも大輔の声の方が早かった。

 

「おい、お前!いきなり現れてなんのつもりだよ!お前は一体何者だ!」

 

いきなり現れて太一と話に来たと宣う謎のデジモンに対して大輔の質問はある程度的を得たものではあった。何者かという質問が漠然とし過ぎているので、答え方が曖昧になる可能性は高いがそれは後から詰めていけば良い。

 

大輔の質問から光子郎はそんな事を考えていた。今まで太一のことしか見ていなかったハックモンは大輔の方を向くとこう答えた。

 

「ハックモンだ」

 

空気が止まった気がした。

 

いやまあ確かに間違いではないのだが、大輔達は目の前のデジモンがハックモンだということは既に知っているし、どう考えても真剣に答えるべき場面でその質問は相手をおちょくっているようにしか見えない。

 

しかし、目の前のハックモンの態度からそんな様子は微塵も感じられない。

 

つまり、ハックモンは本気なのだ。本気で大輔の質問に答えた結果が今の回答なのだ。

 

それを感じた大輔は顔を引き攣らせるが、何とか言葉を紡ぎ出す。

 

「い、いや…あのよぉ…お前がハックモンなのは分かってんだよ。俺が言いたいのはお前が何者かってことで」

 

「ハックモンだ」

 

先程と同じように真剣な表情で見当違いな回答をするハックモン。何処となくドヤ顔に見えるのが、余計に相手の感情を微妙に煽る。

 

煽られ耐性が低い大輔は青筋を浮かべる。気持ちは非常に良く分かる。

 

「いや、だからよぉ!俺が言いたいのはそういうことじゃねぇんだよ!」

 

「少し落ち着け。勇気と友情のデジメンタルの少年。焦らなくても答えられる質問には答える」

 

「お前、喧嘩売ってんだろ!?なあ、そうなんだろ!?」

 

苛立ちが限界値を超えたのかハックモンに掴みかかろうと大輔が一歩踏み出したが、それを落ち着けと言いながら太一と光子郎が止める。

気持ちは分かるが、今はこんなことをしている場合ではない。

 

大輔を宥めるのを太一に任せた光子郎はハックモンの目を見ながら話を引き継ぐ。

 

「すいません、取り乱してしまいましたね。では、質問を変えさせてください。ハックモン。貴方は僕たちの味方…という認識でよろしいでしょうか?」

 

「今のところは間違っていないが、正確には違うな。私はデジタルワールドの味方だ」

 

「それは同じ意味ではないのですか?」

 

「今までは同じ意味だった。だからといって、未来もそうだとは限らない。今後もデジタルワールドの決定がお前達の決定と同じものになる保証はない」

 

「では…少なくとも今の所は敵ではないと?」

 

「ああ。それは保証する。先ほど言ったように敵意はない」

 

その言葉に光子郎は胸を撫で下ろす。これで少なくとも今この場でこのデジモンと敵対することは無さそうだ。パートナーデジモンも居ないこの場で戦闘になるという最悪のケースは取り敢えず免れた。

 

光子郎の話の区切りが着いたのを見計らって今度は太一がハックモンに質問する。知りたいことはまだ山のようにある。

 

「じゃあ、今度は俺からの質問だ。ハックモン…お前は何で俺のことを見張っていたんだ?」

 

「異変の原因が予想通りのものかを見極めるためだ。私が此方の世界に来た段階では異変の原因が予想通りのものだという確信が持てなかった。その確信を得るためにお前達を見張っていた」

 

お前達?その言葉に違和感を覚えたが、太一は取り敢えず質問を続けた。

 

「じゃあ、今はその異変とやらの原因が何かが分かった…っていうことで良いんだな」

 

「そうだ。そしてそれに対処する為に協力を仰ごうと思っている」

 

「なら、話は早い。俺たちだってことと次第にやっちゃ喜んで協力する。だが、俺たちにはまだ今何が起こっているのかすら分かってないんだ。協力して欲しいんなら俺たちにそこんところを教えてくれないか?」

 

「無論だ。だが、他の者に私から伝えるのは無理だ。私が伝えるのは勇気の紋章の少年だけだ」

 

その言葉に黙って聞いていた大輔は不満を吐き出すが、光子郎の静止によって何とか押し黙る。それを確認してから太一は静かに口を開いた。

 

「どうして俺だけにしか話せないんだ?」

 

「薄々感じているのではないか?」

 

太一の質問に対してハックモンは逆に質問する。その質問に対して太一は頭をかく。そんな事を言われても太一がこの件に関して気が付いていることなど無いに等しい。精々が声から敵意は感じないということだけだ。

 

その太一の様子が回答に見えたのかハックモンは太一の答えの前に口を開いた。

 

「自覚はないようだな。ならば答えを言おう。何故私がお前だけにしか言わないのか…それはこの問題がお前の問題でもあるからだ」

 

「俺の…問題…?」

 

「そうだ。この問題はデジタルワールドと人間界全体の問題であることは間違いない。だが、それと同時にこの問題は…お前の問題なんだ八神太一」

 

表情が全く変わらずに続けられるハックモンからの衝撃の告白に太一は戸惑いを隠せない。自分が何かをしたというのか?それとも俺が新たな使命を帯びた選ばれし子供達として再び選ばれたということなのか?

 

ハックモンの告白に太一だけでなく、光子郎や大輔も言葉を失う。と言うよりも、与えられた情報の処理に脳が追いついていないのだ。

 

「だからこそ、私はお前だけにしか事情を話せない。これはホメオスタシスの決定でもある」

 

更に予想外の名前が出てきたことに驚きは覚えるが、多少驚きにも慣れたのか大して表情を変化もさせずに太一は答えた。

 

「…分かった。場所を移そう。少し離れれば声も聞こえないと思うからそこで良いか?」

 

「ああ。それで構わない」

 

「太一さん、そんなのだめ「大輔君!待ってください!」」

 

二人で離れようとする太一とハックモンに大輔は声をかけようとするが、それを遮るように光子郎が声を荒げた。

 

全員の視線が集まる中、光子郎は深呼吸すると落ち着いて言葉を選びながら話しかけた。

 

「一つ確認させてください。ハックモン。貴方は先程、貴方は太一さんにしか話せない。確かにそう言いました。そうであるならば、貴方の話を聞いた太一さんが僕たちに話すのは構わない…そういう風に聞き取れるのですが間違いありませんか?」

 

「その認識で問題ない。私は勇気の紋章の少年にしか話せない。だが、私から事情を聞いた勇気の紋章の少年が誰かに話すのを止める気はない」

 

「良かったです。なら、大輔君。ここは二人に任せましょう。太一さん…分かってますよね?」

 

そう言うと光子郎は真剣な目で太一を見る。後で隠し事など許さない。そう訴えている目だ。

 

それを見て太一は苦笑しながら返事をした。

 

「分かってるよ。ちゃんと事情は話す。ちょっと待っててくれ」

 

それから太一とハックモンは特に喋ることもなく歩き出した。そしてある程度の距離ができたのを見計らって太一はハックモンに確認をした。

 

「さてと…こんだけ開けば大丈夫だと思うが問題ないか?」

 

「ああ。時間を取らせて申し訳ないな」

 

「別に良いさ。んで?俺の問題ってのは一体何なんだ?」

 

「今から話す。だが、その前に一言だけ言っておく。これは確かにお前の問題であり、対処できるのはお前しかいない。だが、お前がどんな選択をしたとしてもお前は決して悪くない。その責はデジタルワールドが負うべきものだ。お前に責任はない。ただ運が悪かっただけだ」

 

そのハックモンの言葉に何と返したら良いのか太一は悩むが、素直に思った事を言うことにした。

 

「…そんなこと言われても意味が分からねぇよ。何も俺は知らないんだからな。だから、取り敢えず早く事情って奴を『…た』ってまたか」

 

突然、再び聞こえた声に太一は周囲を見渡す。全く、こんな場面で聞こえてくるとは何を考えているのだか。少しくらい空気を読んで欲しい。

 

そんな無茶の極みのような事を考えながら太一は声を無視して話を続けようとした。

 

しかし

 

『…けた』

 

「え?」

 

いつもより何故か声が大きく聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何…だよこの声!?」

 

突然、信じられないくらい大きくなった声に太一を耳を塞ぐが声はそんなこと関係なしに太一の脳に響いてくる。流石に太一の様子を不審に思ったのかハックモンは警戒度を高めながら問いかけた。

 

「おい、どうした!?」

 

「聞こえないのか!?この声が!?」

 

その次の瞬間

 

「…え?」

 

太一の影から生じた黒いカタマリが太一の腹部を貫いた。

 

 

 

 

 




流石に急展開過ぎるだろうか…


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5 急襲

久しぶりの投稿ですが、あんまり進展がない…


「光子郎さん、大輔君、お兄ちゃんは!?」

 

太一がハックモンと話すために、少しばかり距離を取った直後に文字通り血相を変えたヒカリが到着するや否や息も絶え絶えに完全に言葉足らずの質問を発した。気持ちは分かる上に意味もわかった光子郎は特に質問を返すこともなく、淡々と状況を説明していく。

 

とは言え、光子郎が分かっていることもほとんどないため、曖昧にしか答えることはできないのだがそれでもヒカリが現状を把握するにはそれで十分だった。

 

「なるほどな…それであのハックモンとか言う奴は本当に信用できるのか?」

 

「できないでしょうね。ただ、敵意がないことだけは確かです。仮に敵意があれば、僕たちは三人とも既に無事では済んでいないでしょう」

 

至極、当然のテイルモンの質問にあっさりと返答する。

 

良く考えてみれば自分たちは相当危険な橋を渡っていた。無事で済んだのははっきり言って偶然だ。危機感が足りなかったなと光子郎は反省する。突然の出来事だったとはいえ、テントモンやアグモンを側に呼んでおくことくらいは簡単にできるはずの対処法だったからだ。

 

「何の話してんだよ…光子郎さん。やっぱり、俺たちも聞いた方が良くないっすか?」

 

心配そうな顔で太一とハックモンの様子を伺っているヒカリを見るに見かねた大輔は、俺たちも行くべきではないかという提案を光子郎にした。しかし、光子郎は無言で首を振った。

 

「止めておきましょう。ハックモンの言葉通りであれば、彼は決して僕たちには内容を打ち明けないでしょう。テイルモンが来た今となっては強引に迫ることも可能でしょうが、相手に話す気がなければ意味はありません。僕たちが近づいたことで太一さんにまで言わなくなってしまったら最悪ですし」

 

事前に太一から事態を聞くことの言質は取った。こうなってしまっては、この後に太一から事情を聞くことが最善の方法だ。

 

それは客観的に見ても間違ってはいない方法だ。しかし、最善であるということが必ずしも最良の結果をもたらすとは限らない。

 

例えば

 

「お兄ちゃん!」

「「太一さん!」」

「太一!」

 

この場の全員にとって完全に予想外の第三者が乱入した時がそれだ。

 

急に太一の様子がおかしくなった次の瞬間。太一の影から出てきた黒いナニカが太一の腹部を貫いた。

 

突然の事態に呆然とする中、最初に動いたのは大輔だった。

 

そのすぐ後に動き出したテイルモンの静止も聞かずに、太一の元へと走り出す。

 

ナニカに貫かれた太一はそのまま影の中へと引きずり込まれようとしている。ハックモンがそれを食い止めようと太一の身体を引っ張っているようだがほとんど意味を成していない。

 

最早、逃げる事は不可能と悟ったのか太一は近づく大輔に対して声を荒げる。

 

「来るな、大輔!お前まで持っていかれる!」

 

「何言ってんすか!この状況でそんなことできるわけないっす!」

 

言葉で大輔が止まらないのを悟った太一は顔を顰めると、まだ自らの腕を掴んで離さないハックモンに対して懇願するように言葉を発する。

 

「ハックモン!俺のことはいい!大輔を遠ざけてくれ!」

 

太一を救いあげることが無理だということを薄々感じ初めていたハックモンは聞くやいなや太一の腕を離し、近づく大輔とテイルモンに対して猛然と突進をして無理やり太一から距離を取らせた。

 

転がる大輔とテイルモンの間をヒカリと光子郎が駆け抜けるが時既に遅し。

 

太一の身体は完全にこの場から姿を消していたのだった。

 

太一が消えた事実を受け止めきれないヒカリは、先程まで太一がいた場所を見つめている。テイルモンはそんなヒカリを心配そうに見つめている。

 

何もできなかった事実に大輔は歯を食いしばる。そして、自らの邪魔をしたハックモンを睨みつける。

 

「ハックモン!お前…何で邪魔した!!」

 

純度100%の怒りを一身に浴びながらも、そんなことは知らぬと言わんばかりにハックモンは平然と言い放つ。

 

「あの場において最善の選択だと思ったからだ。こちらとしても完全に予想外の展開だったが、勇気の紋章の少年一人であれば何とでも修正できる。これ以上、予想外を増やして事態の悪化を生じさせたくはない」

 

「テメェ!」

 

遂にキレた大輔は光子郎が止める前にハックモンに掴み掛かろうとするが、ヒラリと躱されて逆に大輔の方が地面を転がる羽目になった。その様子を冷静に見ながらハックモンは言葉を続ける。

 

「冷静になって話を聞け。勇気の紋章の少年は九分九厘生きている。順序は多少入れ替わったが、結果として状況はあまり変わらない。我々の依頼を勇気の紋章の少年がこなせば直ぐにでも帰って来れるだろう」

 

「んだとぉ!じゃあ、テメェらが太一さんを連れ去ったんだろ!」

 

「先程の知識の紋章の少年の言葉を聞いていなかったのか?連れ去りたいのであれば私はお前たちが三人の時に誘拐することも可能だった。それをしなかったことが私の無実の証明だと思うが」

 

ハックモンの言葉は恐らく真実だろうと光子郎は推測した。ハックモンがわざわざこんなことをして太一を攫う理由がない。他にも方法は幾らでもあった。何より、太一が襲われてからのハックモンの行動は全力で太一を救おうとしているようにしか見えなかった。

 

「僕も貴方が犯人だとは思っていません。しかし、それは太一さんが無事に帰ることを保証しませんし、何より貴方が太一さんに依頼した内容も不透明です。信頼して欲しいなら教えてください。太一さんに貴方が依頼することは何ですか?こうなってしまっては、太一さんにしか言えないなどといった理由は聞けません。話してください」

 

有無を言わせない光子郎の言葉によって周囲に沈黙が流れる。テイルモンもヒカリを気にしながらではあるが、何時でも動けるように体勢を整えている。

 

永遠にも思えるような沈黙が過ぎ去った後、ハックモンに静かに。しかしハッキリと言葉を発した。

 

「申し訳ないが私からは話せない。しかし、その依頼の難易度は大したものではない。勇気の紋章の少年がそれをする気があるなら直ぐにでも完了する依頼だ。過去のお前たちの冒険のような危険はない。身の安全は私が保証しよう」

 

「であれば納得ができません。それなら太一さんがしなければいけない理由がない。貴方が自分でやれば良いでしょう」

 

「それはできない。それは勇気の紋章の少年、いや、八神太一だからこそ、可能な依頼だからだ。私も含めて他の誰でも代わりになることはできない」

 

太一さんにしか?その言葉に光子郎の脳内に疑問符が浮かぶ。太一の妹のヒカリならば話は分かる。八神ヒカリには不思議な力がある。他の選ばれし子供にはない不思議な力だ。しかし、太一にそんな力があることなど見たこともなければ聞いたこともない。では、太一にも隠された不思議な力があったということなのだろうか。

 

光子郎の疑問に答えるような形でハックモンは話を続ける。

 

「勘違いしているようだが、別に八神太一に特別な力があるわけではない。まあ、選ばれし子供に選ばれた段階で特別と言えなくもないがそれはお前たちも同じことだ。お前たちにとっては特別なものではない」

 

「じゃあ、なぜ太一さんにしかできないんですか?」

 

「悪いがそこまでは話せない」

 

会話を繰り広げていたところ、光子郎は徐々にハックモンの身体を通して見えないはずの景色が見えてきていることに気が付いた。最初は目の錯覚かとも思ったがどうやらそうではないらしい。それが意味するところは一つしかない。

 

「っ、ハックモン!」

 

「待ちやがれ!まだお前には聞きたいことがたくさんあんだよ!」

 

光子郎と同時に気が付いた大輔がハックマンを捕まえるべく、再度飛びかかる。しかし、それはハックモンを捉えることはできずただ空間を通過しただけだった。

 

体勢を整えて、再度見やればハックモンは完全に姿を消していた。その事実に大輔は拳を地面に叩きつける。

 

「ちくしょう…ちくしょーーーーーーー!!!!」

 

残された場所には大輔の叫び声だけが虚しく響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方そのころ、大輔たちの場所から首尾良く逃げ出したハックモンは一息つくこともなく、動き出した。

 

事情をほとんど説明しなかったハックモンだが、自らの言葉に背く気は全く無い。巻き込んだ以上、何があっても太一の身を守るべく行動に移るためだ。

 

しかし、そんなハックモンの背中に声をかける男がいた。その声には怒りが滲んでいた。

 

「ハックモン…何故、あんな嘘をついた!」

 

「ゲンナイか。デタラメを言うな。私の言葉に嘘は全く無い」

 

「ああ、確かに無かったろう!だがアレでは嘘を言っているのと一緒だ!確かに太一君にとってはこの任務の難易度は低いだろう!だが、それを実行できるかどうかは別の話だ!」

 

「では、他にどんな選択肢がある?これまで散々可能性を模索したはずだ。しかし、他に対処可能な選択肢がないまま期限を迎えた。ホメオスタシスも好き好んでこんな選択をしたわけでは無い」

 

「それは…分かっている!だからといって!」

 

「もうよせ。こんな議論は今更無意味だ。賽は投げられた。後は勇気の紋章の少年の決断次第だ」

 

そう言って歩き出すハックモンの足を止める言葉をゲンナイは持ち合わせていなかった。

 

その事実にゲンナイは握っていた拳を更に強く握りしめる。

 

「分かっている…この任務ができるのは太一君しかいない。それに太一君であれば達成することはこれまでのどんな冒険よりも遥かに簡単だ。だが…だが…あの子達にとってはこの依頼は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダークマスターズを倒すよりも…アポカリモンを倒すよりも…これまでのどんな冒険よりも苦しいものに決まっているじゃないか」

 

 

 




次回
希望


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6 希望

創作意欲が湧いたので久しぶりの投稿。しかし、話は進んでいない…


『空!サッカーしようぜ!』

 

表には出さないながらも、母親やチームメートとの軋轢を抱えて、内心参っていたオレンジ髪の少女にゴーグルをした少年は何でもないかのように話しかけた。

 

『別に女でもサッカー上手けりゃ良いじゃん!一緒にやろうぜ!』

 

少年は知らないだろう。いや、少女からすれば一生知らなくて良いのかもしれない。

 

あの時の少年の言葉に。行動に。その少女がどれだけ救われたか。どれだけ感謝したか。どれだけ嬉しかったか。

 

それからずっとかもしれない。

 

面倒を見てるように見えたかもしれないが、その少女ー竹之内空は少年ー八神太一に

 

 

 

 

 

 

ずっと甘えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「空?髪飾り落ちたわよ?」

 

「え?あ!ありがとう!」

 

テニスをしていた空はかけられた声で慌てて自身が落とした髪飾りを拾い直すが、それに少し傷がついたことに対して若干渋い顔をする。

 

そんな空の反応が珍しかったのか友人は意外そうな顔を浮かべる。

 

「珍しいわねぇ、空がそんな顔をするなんて…大切なものなの?」

 

「そんなんじゃないわよ。ただ、昔、太一から貰ったってだけ」

 

「ああ、八神から」

 

納得といった表情を浮かべた友人が何を思い浮かべているのかなど、聞かずとも空は分かっている。自分たちの関係が邪推されることなど最近では日常茶飯事だ。

 

「ねぇ、ねぇ。それって何時頃貰ったの?」

 

「…ごめん。ちょっとそれは思い出したくない」

 

「は?何で?」

 

意味が分からないという顔をしているが、空にだって言いたくないことはある。と言うか、自分だって忘れたい。できるならあの日の自分の行動を無かったことにして欲しい。私は一体世界崩壊の危機の最中に何をしていたのだろうか。

 

忘れたくても忘れられない思い出。人はそれを黒歴史と呼ぶ。

 

とは言え、客観的に見て別に空は悪くない。もちろん、太一だって悪くない。偶々偶然、それと世界崩壊の事件が重なっただけだ。

 

まあ、詰まるところ要するに青春って良いよね!という話だ。どういう話だ。

 

意味が分からない人は映画を見よう!個人的には人生でベスト3に入る映画だ!

 

…まあ、それは置いておこう。

 

空は何気なく自身の傷ついた髪飾りを見て嫌な感じが湧き上がる。気のせいであれば構わないのだが、太一の事情を聞いたばかりだということを加味すると気のせいだとは思えない。何の根拠もないとは言え、本人が気にするのであればそれはしょうがないのだ。

 

「ごめん。私、今日はもう帰るね」

 

「は!?いやいや、今日はまずいでしょ!?」

 

「適当に言い訳しておいて!お願い!」

 

手を合わせてお願いされると友人としても断りにくい。日頃、空には助けられているが故に。頭をかきむしってから深いため息を吐くと友人は諦めたように告げた。

 

「はぁ…もう、良いわよ。言い訳しといたげるからサッサと行きなさい」

 

「ありがと!今度何か奢るね」

 

「そんなの良いわよ。それより、その髪飾りのエピソード聞かせてよ」

 

空は一瞬顔を引き攣らせるが、流石に断るという選択肢はない。肯定も否定もせずそそくさと空は逃げ出したがこれは言わないという選択肢もないのだろう。

 

とりあえず、後で太一に文句を言おう。

 

八つ当たりのような気がしないでもないが、ともかくそれで空は自身の気持ちに区切りをつけて太一の元へと走り出す。

 

走りながら空は太一が言わなかったことについて思考する。

 

太一があの時全てを言っていなかったことなど、分かっていた。それなりに長い付き合いだ。自分にとっては家族を除けば一番長い付き合いになる。嘘を見抜くことなどできないはずがなかった。

 

それでも黙っていたのは証拠がなかったというのもあるが、本人が話す時を待っていようという気持ちが強かったからだ。流石に身の危険を感じるレベルであるにも関わらず自分一人で対処しようとするほど独りよがりな人ではないという信頼もそれを後押しした。

 

だが、今になって考えてみればそれには穴がある。本人である太一自身が、問題の大きさに気が付いていない場合と太一だけで解決できる問題の場合、空にそれを知る術がないということだ。

 

その事実に空は怒りを覚える。何故、そんな当たり前のことに気が付かなかったのだろうか。そして何故アイツは自分に問題を打ち明けなかったのだろうか。

 

理由など分かっている。アイツにとって私は守るべき対象なのだ。

 

その事実に空の胸はチクリと痛む。

 

仮に今回の問題について相談するとすれば、太一は最初に自分に相談するだろうか。

 

恐らく否だろう。

 

勿論、言う可能性もある。しかし、ヤマトや光子郎に連絡する可能性の方が高いだろうという確信があった。

 

確かに私はヤマトと違ってピヨモンを究極体に進化させられない。

 

確かに私は光子郎君と違って的確なアドバイスはできない。

 

だとすれば、太一の判断は間違っているものではない。

 

だが、理論的にそうだとしても感情としてそれは納得できない。

 

馬鹿げた考えだと自分でも思う。彼女でもないのに、これではただの嫉妬だ。

 

だが、それくらい竹之内空にとって八神太一は『特別』だった。

 

その『特別』な関係は周りから見ればただのカップルだとか、お熱い関係のように見えるのかもしれない。だが、空だけはそれに対して断じて否と答える。

 

愛?恋人?

 

ふざけるな。

 

私と太一の関係をそんな簡単な言葉に置き換えるな。私と太一の出会ってからの歴史を。出会ってからの思いを。そんな陳腐な言葉で済ませようとするな。

 

そうじゃない。そうじゃないのだ。竹之内空にとって八神太一という存在はそんな言葉では代用できない。

 

竹之内空と八神太一の関係は竹之内空と八神太一の関係以外の何物でもない。だからこそ、八神太一は竹之内空にとって『特別』なのだ。あの忘れられない冒険の日々を過ごした仲間達の中でも特別に。

 

だからこそ、太一が自分を守るべき対象として見たことが悲しかったのだ。

 

自分が隣に立っていないという事実を実感してしまうから。

 

「太一のばーか」

 

何も分かっていない奴だ。守るよりも頼って欲しかったのに。

 

若干不貞腐れた空は誰に言うともなく一人呟いた。

 

京から空へ連絡が入ったのはその直後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!あいつ結局何も言わずに消えやがった!」

 

大輔はハックモンが居なくなった地面に向かって拳を掘り落とす。

 

この場において、光子郎は年長者として何か言葉をかけなければならないと思うのだが、その言葉は口から外に出ていかない。

 

端的に言えば、光子郎も突然の展開の連続に混乱しているのだ。太一が居なくなったショックで呆然と座り込んでいるヒカリに言葉をかける余裕もない程に。

 

何せ、何も分かっていないのだ。頼みの綱のゲンナイも沈黙を保ったまま連絡を寄越さない。

 

「ヒカリちゃん…光子郎さん!俺、デジタルワールドに行って太一さんを探してくる!」

 

ヒカリのためにも太一を探さなければならないと光子郎の返事も聞かずに大輔は走り出した。…が

 

「大輔!待ちなさい!」

 

光子郎よりも先に大声を出した誰かの声で足を止める。

 

その声は自身が良く知る太一と同じく先輩だった人のものだ。

 

「そ、空さん!?何でここに!?」

 

「アンタ達を探して、ここに来たのよ。何かあった…みたいね。大丈夫?ヒカリちゃん」

 

「空さん…」

 

ヒカリの様子と太一がここに居ないという事実から何かがあったと空は確信した。光子郎は空の疑問に答えるかのように事情を説明したが、それは自分の頭を整理する意味も込められていた。

 

事情を聞いた空の顔が曇る。何せギリギリで間に合わなかったのだから。

 

ふーっと大きなため息を吐き、冷静さを保とうとする。慌てたところで何も生まれないことは分かっている。

 

「空さん!何で止めるんすか!早くしないと太一さんが!」

 

ここにいても何も始まらないと大輔は力説する。確かに、間違ってはいない。ここにいた所で何もできないだろう。

 

「行くってアンタ、デジタルワールドに行って何をするのよ」

 

「太一さんを探すに決まってるじゃないっすか!」

 

「何処に?」

 

空の質問に大輔は口を開きかけるが、言葉が続かない。そう。確かに大輔の言うことに間違いはない。だが、デジタルワールドに行った所で何かできることがあるのかと言えばない可能性が非常に高い。

 

もちろん、ないとは言わないが何かあるのならとっくにピヨモン達が異常を発見している。仮に太一がいなくなったことで何か問題が起きたのだとしてもそれを確かめるのはピヨモン達で事足りる。

 

「あ、あてはないっすけど、行ってみればなんとか!」

 

それは可能性ではない。ただの願望だ。それを言うのは容易かったが、空は言わなかった。

 

何故なら知っているからだ。自分の大切な人が目の前で消えたことの恐怖を。その恐怖を打ち消すために行動したい強迫観念を。

 

身をもって体験していた空には大輔の気持ちは非常に良く分かる。大輔は過去の自分なのだ。だから

 

「大輔。大丈夫よ」

 

空は大輔をぎゅっと抱きしめた。突然抱きしめられたことで、驚き半分、照れ半分で顔を赤くする大輔だが結果として心の中に空の言葉を聞く余裕が生まれた。

 

そして空は俯いていたヒカリにも声をかけて目を合わせるとにこりと笑った。

 

「太一の奴はしぶといから。前もダークホールみたいなものに巻き込まれてどっか行っちゃったことがあったけど、平然と帰って来たのよ。こっちの気持ちも知らないでさ」

 

当時の空は大輔だった。居なくなったから探して。それでも見つからないから探して。探して探して探し続けた。仲間を探すために、仲間と離れ離れになるという矛盾を抱えたまま。何処かにいるという根拠もなく。

 

空の単独行動ははっきり言って意味がないものだった。何故なら、別にヤマト達と一緒に居ても太一を探すことは可能だったのだ。行く道の先で太一のことを聞いて回れば良い。アテがない以上、単独行動をしてもしなくても意味などなかった。

 

そんなことに気付けない程に太一が居ない空には余裕がなかった。

 

(そりゃ、頼ってくれないわよね)

 

太一が自分を頼ってくれないことに寂しさを覚えたが、考えてみれば当たり前のことだった。自分に頼りきっている人間に頼ることは難しい。

 

竹之内空にとって八神太一の側というのは居心地が良すぎた。適度に世話がかかり、開けっ広げな太一の側では空はしっかり者のお姉さんでいられた。自分で作った仮面を守ることができた。自分に都合が悪い現実から目を背けることができた。

 

だが、デジモン達との冒険を通じて空はこのままではいけないと思った。居心地が良すぎる空間にいれば楽しいかもしれないが、人間はそれ以上成長しない。だからこそ、空は新しいことを始めてみようと思ったのではなかったか。

 

空は目の前にいる大輔を通して過去の自分を見る。太一の後ろに居続けた自分を。その自分と今こそ決別するために空は一歩前に進む。。太一の隣に立つために。

 

「だから、太一はきっと大丈夫よ。落ち着きなさい。慌てたところで良いことなんて何もないわ」

 

「い、いや、そうかもしれないっすけど、他に何もアテなんかないですし…」

 

大輔がある程度落ち着いたことが分かった空はスッと大輔から離れると人差し指をピンと立てる。

 

「アテなら一つあるじゃない。ほら。京ちゃんからの連絡が」

 

空の言葉に大輔だけでなく、光子郎も慌てて携帯を確認する。ヒカリもゆっくりとした動きで携帯を確認しているが、内容を確認するとその目に薄らと光が宿った。

 

「糸は切れてないわ。ヒカリちゃんは知ってると思うけど、タケル君の尾行は今も続いてる。既にホークモン達を連れて都ちゃん達もタケル君に合流できたみたいだし、私たちに出来ることはまだ残ってるわ」

 

だから、と空は続ける。

 

「ゲームセットじゃない。できることはまだある。ヒカリちゃんも座ってる場合じゃないわよ。あの馬鹿をサッサと迎えにいかないと」

 

視線を合わせて空は微笑んでいるがヒカリは知っている。空がかなり無理をしていることを。ヒカリだって空とは長い付き合いだ。空が無理をしているくらい分かる。空が兄を心配しない訳がないのだから。

 

自分も…強くならないと…

 

「はい。そうですね」

 

無理をしているのがありありと分かる表情だが、何とかヒカリは立ち上がった。それを見て大輔とテイルモンは無理はしないほうが良いと慌てて近づいているが精神的なことなのでそれはただの過保護だろう。

 

だが、何とか混乱した場は収まることができた。

 

それを確認して空はホッと息を吐くが、それを見て光子郎は情けない顔を浮かべて空に声をかける。

 

「すいません、空さん。本当は僕が何とかしなきゃいけない場面だったのに何もできませんでした…」

 

「仕方ないわよ。私だって、その場面を見てたら混乱して光子郎君みたいになってたと思うわ」

 

これは空の本心だった。空がある程度落ち着いていられたのは現場に居なかったからというのが大きい。

 

それに…と空は髪飾りを手に取ってふっと笑う。

 

「何時迄も太一が居ないと何もできないままじゃいられないからね」

 

太一の後を歩いていたオレンジ髪の少女はもう居ないのだ。

 

 

 

 

 

 

 




次回 対面

作者のイメージですが、空ってかなり太一に依存していたイメージです(最強のブラコンに隠れていただけで笑)


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7 対面

またしても何にも進んでない!

そして今回から原作捏造設定が本格的に始まります。


「あそこがさっき敵じゃないって言ってた人達の居場所なの?タケル?」

 

「向こうが言うには…だけどね」

 

京と伊織と一緒に合流したパタモンの問いにそう返答したタケルだが、言葉から伝わってくるように向こうの話を完全には信じていない。まあ、あんな怪しい雰囲気満載で近づく人間を信頼しろと言う方が無茶だと思うが。

 

ちなみに、事情を聞いた京も伊織も同意見である。

 

「と言うか、本当に人間なの?人間に変装したデジモンなんじゃないの?」

 

「僕もそう思いましたが…見てくださいよ京さん。入っていったのここですよ?」

 

京の意見に同意するも、目の前に立ち塞がる巨大な建物を指差す伊織。その先にあったのは一つの看板。問題は看板に記載されている文字だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『防衛庁』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

防衛庁である。誰がどう見てもご存知の防衛庁である。

 

こんな所に無関係の人間、もしくはデジモンが入り込めるのか?そんな訳がない。どう考えても彼女らはここの関係者だったのだろう。

 

隠れ家のアジト的な所に行くものだと思っていたタケル達は予想外の展開に呆然と防衛庁を見やる。こんなもの一体どうしろと言うのだ?

 

「でっかいビルだぎゃあ。伊織。俺がちょっと潜って潜入してみるのはどうだぎゃ?」

 

「ダメですよ、アルマジモン!!絶対にダメですからね!?」

 

デジモンであるアルマジモンにはピンと来ていないかもしれないが、これは力尽くでどうこうして良い場所ではない。無理やりしようものならほぼ間違いなく伊織達はテロリストの烙印を押されてしまうだろう。太一を助けられたとしても逮捕者が出ては意味がない。

 

「京さん。此処は一体なんなのですか?」

 

「うーん、簡単に言うと…私たちを守ってくれる人たちがいる場所ってことになるわね」

 

「なんと!それは素晴らしい!では、その人たちにご連絡して太一さんのことを聞いてきた姫川とかいう女性を呼んでもらっては?」

 

「…それができたら苦労しないわよ」

 

微妙な顔をして答える京に首を傾げるホークモンだが、デジモンにこの意味を理解して貰うというのが酷だろう。デジタルワールドに防衛庁のような組織がある訳がないのだから。

 

「何でなの?悪いことしてる訳じゃないんだから、普通に聞けば良いじゃない」

 

「普通の場所なら間違いなくそうなんだけどね…」

 

パタモンの純粋過ぎる疑問にタケルは苦笑いを浮かべる。こんな場所に用事など、人生でできたことがないタケルには当然のことながら防衛庁の方との連絡の取り方など分からない。もちろん、伊織も京も同様である。

 

今の三人の気持ちを簡単に言うとすれば

 

 

 

 

 

どうすれば良いんだろう?

 

 

 

 

 

 

ということになる。

 

 

 

 

 

まあ、無理もない。

 

デジモンというファンタジーを追いかけていたと思ったら待っていたのは国家権力という名のリアルだったのだから。

 

どうしようかと話し合う中、兄からの電話に気が付いたタケルが事情を説明すると絶対に無理はするな。とりあえず光子郎達と合流しろと至極最もなことを言われた。というか、今更ながらに気付いたがあれから光子郎達に連絡をしていない。

 

意識して携帯を見ると、光子郎達からの着信が恐ろしいことになっていた。先程連絡をしたばかりなのだが?と疑問に思いながら電話に出ると向こうでは更に予想外の事態になっていた。

 

「え!?太一さんが!?」

 

『はい。もう事態は太一さんの違和感等と言っていられる状況ではなくなりました。タケル君の周辺でも何か妙なことが発生していませんか?』

 

「いや、そんなことはないですが…少々困ったことが」

 

タケルは現在の状況を説明した。

 

『防衛庁…なるほど』

 

「あれ?あまり驚きませんね?」

 

『いえ、驚いていますよ。ただ、今まで起こったことが予想外過ぎてあまりその程度のことでは驚かなくなったと言いますか…』

 

感覚が麻痺っているのである。

 

加えて言えば、光子郎にとってその女性が防衛庁の関係者だったことは驚きであっても、防衛庁がデジモンのことを知っていることについては全く驚いていない。あれだけ現実世界にデジモンが暴れる事件が多発していて国家として何も対策を取っていないとすればその方が驚きの話だ。

 

「僕たちはどうしたら良いでしょうか?」

 

『離れた所で見張りに徹していてください。もう少しすればデジタルワールドにいたヤマトさんがそちらに合流します。本当はミミさんと一乗寺君もそちらに行くはずだったんですが』

 

「お兄ちゃんとミミさんと一乗寺君が?」

 

何というか統一感のないメンツである。

 

更に光子郎は驚きの事実を告げる。

 

『その三人は今デジタルワールドにいます…驚かないで聞いてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因果関係はわかりませんが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、デジタルワールドでアグモンの姿が確認できていません』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事は太一が闇に連れ去られた直前のデジタルワールドまで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大輔ならともかく…お前がいることは予想外だったよ一乗寺」

 

「いえ、あの…すいません…」

 

呆れ半分、怒り半分の顔でヤマトは一乗寺を見やる。一乗寺は申し訳なさからか気不味そうに頬を掻く。

 

 

 

 

 

太一が何か隠していることに感づいていたヤマトは嫌な予感からデジタルワールドの様子を探って見ることにしていた。ぶっちゃければこれがヤマトの外せない用事であった。

 

ガブモンと直ぐに合流してからデジタルワールドの様子を自分の目で確認していたヤマトだったが、先客が存在していた。それが一乗寺賢だった。

 

何故、此処に?と思ったが状況を考えれば賢が此処にいる理由など一つしかない。

 

「まさか、お前が大輔より無茶する奴だったとは…」

 

「賢ちゃんを馬鹿にしないでよ!」

 

「ワームモン…それは流石に本宮が気の毒だ」

 

さり気なく大輔を貶しているワームモンだが、とりあえず置いておこう。

 

「たく…太一への借りを返したかったんだろうが前から言ってるだろ?太一はもう気にしてねぇよ」

 

ここでは本筋ではないので省略するが、賢は太一に借りというか負い目がある。太一本人には気にすんなと笑って言われたのだが賢本人としてはそれで済ませられない。

 

何時か恩返しをしなければ!と考えていた賢にとって今回の件は渡に船の物であった。

 

それ自体は悪いことではない。悪いことではないのだが…

 

「ちなみに、この行動についてタケル達には連絡したのか?」

 

「…」

 

「してない訳だな?」

 

無言でサッと目を逸らした賢とワームモンを見てヤマトはため息を吐くが同時に少し喜ばしくも思う。壁を作りがちだった仲間が積極的に動くようになってくれたのだから。

 

「だが、太一の親友としてはありがたく思う。アイツのために動いてくれてありがとな」

 

「い、いえいえ!あの…ところでこのことは本宮達には…」

 

「それとこれとは話が別だ。当然連絡する」

 

ヤマトの言葉にガクリと肩を落とした賢をワームモンが慰めるが、ヤマトとしては黙っている気はない。コイツまで太一みたいな単独行動をするようになったら困るのだ。

 

「でも、ヤマトだって一人で来てるじゃない」

 

「俺はちゃんと光子郎と空には連絡してる」

 

なお、太一には余計な心配をさせないために伝えていない。空と光子郎からすれば、似た物同士なんだよなぁと思ったりしたが、本人はそのことを知る由もない。

 

「まあ、良い。それでお前から見て何か分かったか?」

 

「とりあえず、何も起きていないということがわかりました」

 

「だろうな」

 

ヤマトも賢と会う前に軽く見て回ったが、その感想は平和の一言に尽きる。何も知らなければガブモンとゆっくりと散歩しているようにしか見えなかったろう。

 

「手掛かりは太一が聞こえる声ってだけだからねぇ」

 

ガブモンの言葉に内包されているように手詰まりである。

 

「しょうがない。後はアグモンに会って太一の側にいてくれるように伝えとくか。確かこの辺にいるって話だが」

 

「それで合ってます。昨日もこの辺りで会いましたし」

 

「…お前、昨日もこっちに来てたのか?」

 

「…夜に少しだけですよ」

 

そういう問題ではないとヤマトは思ったが、ここで追及すると話が逸れそうだったので保留にしておいた。

 

「そうか。じゃあ、とりあえず「あれー、ヤマトさんと一乗寺君じゃない!こんな所でどうしたの?」ってミミ!何で此処に?」

 

だが、途中で割って入ってきた自信が良く知る声に話は中断される。

 

「何でって明日、明後日と学校が休みだからデジタルワールドに遊びに来たのよ。ヤマトさん達は?」

 

「僕たちは太一さんの件で少し調べてみようかと思って来たところです」

 

「太一さんの件?何それ?」

 

首を傾げるミミに驚き、ばっとヤマトを振り返る賢。その視線を受けてヤマトは自分たちの今までの行動を振り返るが…

 

(そう言えば連絡してなかったな…)

 

事件化していないこともあり、どうせ調査の段階では居ても居なくても大して変わらない、もとい!地理的な関係から協力する事が難しいと判断したヤマト達はミミに連絡をしていなかった。

 

その事実にヤマトは内心冷や汗をかく。感情表現が激しいミミである。無視されていたという事実が分かれば悲しみではなく、怒りを覚えるに決まっている。

 

これは予想ではない。あの旅を通して得た確信だ。嫌な確信である。

 

事実、事情を賢に聞いているミミの機嫌は急激に悪化していく。

 

「ちょっとヤマトさん!何で私に連絡しないのよ!!」

 

怒髪天をつくと言わんばかりに、怒りを露わにしたミミに詰め寄られたヤマトは一つの決断をくだした。

 

「さ、さあ。何でだろうな。光子郎なら知ってるんじゃないか?」

 

秘技、丸投げ!自身に投げられたボールを見るまでもなく光子郎へと放り投げた。友情の紋章は何処行った。

 

賢とワームモンとガブモンは何とも言えない顔で自分を見てくるが、ヤマトにだって言い分はある。

 

太一と違って相手の気持ちを読み取るのに長けたヤマトは本人も気付いていない光子郎のミミへの好意に気付いていた。

 

先輩としてヤマトはその気持ちを後押ししてあげようと二人で会話をする機会をプレゼントしたのだ。

 

決して、ミミの機嫌を取るのが面倒臭かった訳ではない!違うと言ったら違うのだ!

 

「じゃあ、アグモンを連れて行くか。行こうぜ皆」

 

怒りの矛先が自身から逸れたタイミングを見計らって話をすり替えるヤマト。見事なものである。

 

しかし、ヤマトの進む先を見て光子郎に怒りを向けていたミミは首を傾げる。

 

「ヤマトさん何でそっち行くの?」

 

「アグモンがこっちに居るって聞いたんだ…何でそんな事を聞く?」

 

ヤマトの説明で更に首を傾げるミミに違和感を覚えたヤマトはミミに発言の本意を尋ねる。

 

「いや、いないわよ。私、そっちから来たけどアグモンの姿なんて全く見てないわよ」

 

ヤマト達に太一が消えたと連絡が入ったのはその直後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、時は今に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなことが…」

 

光子郎との電話の後、合流したヤマトに事情を聞いたタケルの顔は益々曇る。立て続けに色々起こっているのに何も良い報告が上がらないのだ。

 

「あの後、暫く探したが見つからなかった。一応、まだ空と大輔も加えて四人で探してるが…これはアグモンにも何かあったのは間違いないだろうな」

 

舌打ちをしながらヤマトは吐き捨てるように話した。タケルはヤマトの気持ちが良くわかった。

 

「こうなったら、どうあってもあの女の人と会うしかないよね!皆で行こうよ!」

 

「いや、タケル達はもう家に帰れ」

 

信じられないヤマトの命令にタケルだけでなく伊織や京も納得がいかずに理由を尋ねるが、理由は簡単なものだった。

 

「もう、夜だからだ。小学生が出歩くには目立ち過ぎる」

 

時間は夕方6時過ぎ。小学生が外に居るには遅い時間だった。最悪、補導されかねない。ヤマトの言うことは最もである。

 

「でも、兄さんと一緒にいれば!」

 

「そうすれば皆残るって言い出したねないだろ?ワガママ言うな、タケル」

 

そう言われても不満しか感じないタケルは何とかして自身も残ろうとヤマトを説得にかかるが暖簾に腕押しだった。

 

諦めたタケル達小学生組は何かあったら絶対に連絡すること。自分たちに黙って勝手に行動しないことを約束させて帰って行った。

 

「さて…と」

 

タケル達が帰ったことを見届けたヤマトは自身の携帯に手を掛け、今日は遅くなると父親に連絡する。

 

しかし、

 

『ダメに決まってるだろ。お前も家に帰れ』

 

小学生だろうが中学生だろうがそんなに遅くまで外出して良い訳がない。これも当たり前の話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後11時。深夜に近い時間になりながらも、働き続けている大人達は存在する。

 

例えば

 

「石田さん、コーヒー買ってきましたよ」

 

「おお、ありがとな」

 

石田裕明はそう言って部下からコーヒーを受け取りながらも目だけは車の窓越しに防衛庁のビルの入り口を覗いていた。

 

マスコミ関係の仕事の人がそれだろう。

 

報道局に勤めるヤマトとタケル父親である石田裕明は慣れているのか大した疲れも見せずに平然としている。

 

「しかし、また突然でしたねぇ。いきなり、デジモン関係の仕事が始まるなんて」

 

「止めておけ。まだ調査の段階だ」

 

部下の言葉を裕明はしっかりと訂正する。

 

ヤマトの願いを却下した裕明だが、息子の親友である太一が行方不明になったとあっては無視するはずもなく代案として自身が防衛庁を見張ることを提案していた。

 

無論、裕明も時間がないこと。いざという時に戦力がいないことからヤマトは猛反発した。

 

しかし、裕明であれば仕事の一環として見張れること。また、そこそこ目立つ場所であることから向こうも荒事を起こすとは思えないと反論してヤマトを黙らせた。

 

勿論、万が一ということもあるのでいざとなれば全力で逃げ出す心算である。

 

なお、先ほどまでヤマトとタケルからしょっちゅう電話がかかってきていたがもう遅いから寝ろとだけ言い残して電話を切っている。遅くまで起きていることを心配しているが故の発言なのであろうが完全に言葉が足りていない。間違いなくヤマトの父親である。変な風に不器用なところが妙に似ている。

 

ちなみに仕事の一環として見張れるという発言は嘘ではない。本当に裕明はデジモン関係の特番を組む気でいたのだ。

 

だが、この問題は簡単に取り上げて良いことではないことも理解していた。

 

下手に取り上げてデジモンの危険性だけ伝われば間違いなく一部の人間によるデジモン排斥運動が起きる。

 

しかし、ぶっちゃけて言ってしまえばこれは無理なのだ。

 

聞いた話によると今なお、選ばれし子供達と呼ばれるパートナーデジモンがいる子供達は加速度的に増えているらしい。

 

それと同時にこの流れが止められるようなものではないということも。

 

そうであれば好むと好まざると人間とデジモンは共存していくしか道がない。

 

勿論、どんなに頑張っても排斥する人間はいるだろうが、自分たちの報道によってはその人数を減らせるかもしれない。そのためには正確な理解が必要だ。

 

知る権利を振りかざし、あたかも正しく聞こえる聴き心地が良い情報を垂れ流すのではなく、例え不快な思いを味わったとしても出来るだけ正確で中立な意見を述べるのが報道の役割である。裕明はそう考えていた。

 

今回の太一失踪の件もデジモン関係であれば警察に言ったところで無駄であろうがだからといって子供達に全部任せておいて良いことではない。

 

これが今回限りのことではなく、頻発するようであれば大人として然るべき対応を取らなければならないのだ。

 

だからこそ、裕明は今回の事件の背景で何が起こっているのか正確に知るために調査に乗り出したのだ。

 

こう言ってしまうと、太一のことがついでに聞こえてしまうかもしれないが太一のことは太一のことで裕明は心配している。

 

だが、警察でもない裕明が仕事として太一探しに協力するにはそれなりの理由が必要なのだ。

 

大人も色々めんどくさいのである。

 

そんな理由から裕明達は事件の鍵を握ると見られる防衛庁を見張っていた。

 

一晩中でも見張っているつもりであったがそんな必要は無いようだった。

 

「石田さん…」

 

「ああ、わかっている」

 

自身の車から一メートルほど離れた所から男性がじっとこちらを見ている。しかも、その男性はタケルから聞いた女性と一緒にいた男と特徴が一致していた。

 

向こうから近づいて来るとは手間が省けたと思いながら裕明はすっと車を降りる。

 

それを待っていたのか男も裕明にすっと近づき、口を開いた。

 

「石田裕明さんですね。はじめまして。私は西島 大吾と申します」

 

「俺の自己紹介は不要のようだな」

 

「すいません、仕事柄貴方のことも調査させていただいておりました」

 

タケルのことを言う前に知っていた上に、相手が国家公務員となれば自分のことを知っていたことに対して驚きはないが不愉快な気持ちが消えるわけでは無い。

 

若干不機嫌になった裕明の感情を悟ったのか西島は即座に謝罪する。

 

「そんなことは良い。わざわざ会ってくれるということは事情を話してくれるんだろうな」

 

「ええ。このままではずっと張り込みをされてしまいますので」

 

「子供が一人消えているんだ。当然の対応だ」

 

「そう言える大人は少ないですよ」

 

子供のために本気で動ける大人は少ない。しかも、それが自分の子供でなければ尚のこと。

 

「世辞は良い。とにかく話してくれ」

 

「ええ。ですが、貴方だけでない方が良いでしょう。子供達にも教えるとなれば明日の16時に此処ではいかがでしょうか?」

 

「そっちが逃げないという保証は?」

 

「私がここにいる事が証明になりませんか?」

 

話さないのであれば此処に来る訳もない。

 

裕明にも納得できたので、こくりと頷いた。

 

「良いだろう。承知した。じゃあ、明日の16時に此処で」

 

「ええ。お待ちしております」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




西島さんが防衛庁にいることと防衛庁がデジモンのことに関わっていることは捏造設定です。

try軸だと国立情報処理局情報通信戦略課情報管理科二級管理担当官らしいですが3年後の話ですので、とりあえず本作では防衛庁にいるってことにしていてください!



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8 再開

久しぶりの投稿です。

ここからは捏造設定のオンパレードの始まりです!

それが嫌な人は読むのを辞めた方が無難です。
別に構わないぜ!という方だけ読んでやってください。



どのくらいの時間が経ったのだろうか。

 

前後左右の感覚が無い中で漂う太一は最早、自分が落ちているのか浮かんでいるのかすら分からなくなっていた。

 

そんな時に遠くから見えた僅かな光。自身の意思で進めるのかどうか不明だが、太一は何とかそちらに辿り着こうともがいた。

 

太一の行動の結果かどうかは不明だが、その光は徐々に近づいていき、暗闇の空間から投げ出された太一が最初にした行動は一つ

 

「え?」

 

海への落下だった。

 

叫び声を上げる暇もなく海へと落ちた太一は持ち前の運動神経で何とか泳ぎきり海に浮かんでいた丸太のような物へとしがみつくことに成功した。

 

「な…何なんだ一体?と言うかここは何処なんだ!?俺に何が起きた!?」

 

声を上げても答えてくれる人がいないことなど分かっているが、それでも声を上げずにはいられなかった。

 

太一に残った最後の記憶はナニカに引きずり込まれた所で止まっている。てっきり、そのままその声の主の所にでも連れていかれるものだと考えていたのだがどうやらそうではなかったらしい。

 

「俺一人で会って何かあっても困ってたが…これはこれで…困るよなぁ…」

 

丸太に捕まりながら太一はため息を吐く。場所が移動しただけでどうすれば良いのかは分からないままだったからだ。

 

とりあえず岸まで泳ぐかと太一がバタ足を始めてからすぐに頭上に薄らと光が放たれているのを発見した。

 

今度は何だと思いながらその光景を見つめているとその中から見覚えのあり過ぎるデジモンが飛び出して来た。

 

「太一ぃぃぃぃぃぃぃぃ」

 

「ア、アグモン!?って、馬鹿!ここに落ちてくんな!」

 

ザーンっと音を立てながら落下したアグモンは太一が捕まる丸太に直撃した。当然、太一も衝撃に巻き込まれて再び溺れることになり一人と一匹は何とかもがきながら岸へと向かうことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…やはり、とりあえず俺だけが行くほうが良いと思うんだが」

 

「まだ言うのかよ親父」

 

「言っとくけど、連れて行かなかったら無理矢理にでも行くからね」

 

自身の言葉を完全否定する息子達の言葉と他の子供達の顔に説得を諦めた裕明はため息を吐きながらハンドルを握り直す。

 

タケル以外の小学生組と中学生組に分かれて車に乗り込んだヤマト達は全員で防衛庁の方へと向かっていた。

 

昨夜、相手方と対面した直後、やはりああ言ったものの先に自分たち大人だけで話を通しておいたほうが良いのではないかと考えた裕明はその旨をヤマトに伝えたが、ヤマトは激昂。盛大な親子喧嘩が勃発した。

 

ヤマトと一緒に裕明からの電話を待っていた光子郎と丈はヤマトを宥めながらも、自分達が行かないという選択肢は持っておらず裕明を説得にかかった。

 

ヤマトは感情的に。

 

光子郎は論理的に。

 

丈は人情的に。

 

それぞれがそれぞれの理論武装で自分達も行くという気持ちを裕明に伝えると裕明は渋々折れた次第だった。

 

なお、太一の両親は着いてきていない。

 

余りに大勢だと話が進まないことと、自分がしっかりと話を聞いてくるということを裕明が伝えたことが理由だった。

 

「しかし、気になりますね」

 

「何がですか?コウシロウハン」

 

「防衛庁の人ですよ。何故彼等が僕らも知らない情報を握っているんでしょうか…」

 

「俺たちに知られたくないからじゃないのか?」

 

「それはそうですが、それ以前にどうやってデジモン側とコンタクトを取ったんでしょうか?」

 

「まあ、確かに大人はデジタルワールドに行けないから連絡の取りようがないわよね」

 

言われてみればと空は疑問に思う。

 

「ゲンナイさん達から連絡を取ったんじゃないの?」

 

「はい、僕も消去法的にそうだと思います。ですが、そうなると疑問が一つ」

 

光子郎は指を一つ立てる。

 

「どうやってゲンナイさん達はコンタクトを取る人を決めたんでしょうか?幾らゲンナイさん達と言えども、防衛庁のような組織構成を理解しているものなんでしょうか」

 

「そりゃまあ、不思議ですけど…現実にそうならそうなんでっしゃろ?」

 

疑問はあっても、現実にそうなんだから仕方ねぇ!というある意味、身も蓋もない意見がテントモンから出るがあながち間違いではない。

 

「そうよ!と言うか、それが太一さんが居なくなった件と何か関係があるの?」

 

「いやまあ、多分ないとは思いますが」

 

「じゃあ、今考えてもしょうがないじゃない」

 

「そうよ。今考える問題じゃないわ」

 

「光子郎ってば何時もそうやって違うことで頭を使うんだから」

 

ミミやデジモン達による批判によって光子郎の疑問は封殺される。全く考えなくて良い話ではない気もするが、確かに今考えなくてはならない話題ではない。

 

丈はポンと肩に手を置き、軽く同情するような目を向けてくるが光子郎側に立つ言葉を発することはない。どう庇った所で丈と光子郎ではミミに口で勝てるわけがないからだ。悲しい現実がそこにはあった。

 

「おい、どうやら着いたみたいだぜ」

 

話に集中していた面々がヤマトの言葉で前を向くと防衛庁のビルが目の前に立っていた。自然と全員の顔が引き締められる。

 

裕明も説得を諦めたようで無言のまま昨日指定された場所へと車を停める。すると、待っていたかのようにビルから出てきた男が裕明車の窓を叩く。

 

「石田裕明様ですね。お待ちしておりました」

 

「ああ、待たせて悪いな。アンタも関係者なのか?」

 

「いえ、私はただの案内係です。詳しいことは別の者がお話しさせていただきます」

 

なるほどと言うと、大輔たちも合流して案内されるがままに窓のない如何にも厳重そうな部屋に辿り着いた。

 

「うわー、殺風景な部屋」

 

「窓がないから換気が悪いわ」

 

「それくらいは勘弁してくれないかしら?盗聴とかを警戒すると、どうしてもこんな部屋になっちゃうのよ」

 

パタモンやパルモンが思うがままに感想を言っていると、別の扉から三人の大人が入ってきたが、その中の一人はヒカリやテイルモンには見覚えのある美人だった。

 

「お前は!」

 

「久し振りね。それと大部分の人にははじめましてかしら。姫川マキよ」

 

テイルモンの睨みつけるような眼差しを無視して姫川は淡々と挨拶をする。それを見てテイルモンの言葉は益々棘を帯びる。

 

「やはりお前もこの組織の一員だったんだな!何故、あの時そう言わなかった!」

 

「仕方ないでしょ。私たちだって八神太一君があんなことになるなんて予想外だったんだから」

 

「でも、僕たちだって太一さんと同じ選ばれし子供なんですよ?別に隠し事をしなくたって」

 

「そういう訳にもいかないのよ。こういう仕事をしているとどうしても秘密保持とかが大事になってくるから」

 

何処か拒絶じみた言動が滲み出る姫川を見て、隣に立っている明らかに目上の男性が咳払いをする。

 

「姫川君。挑発めいた言葉は控えなさい」

 

「い、いや、別にそんなことは」

 

「ごめんね、皆。マキちゃん少し人見知りのせいで攻撃的になることがあるんだ。怒らせる意図がある訳じゃないから許してあげてくれないか?」

 

「は、はい。それは大丈夫ですが…」

 

姫川とは対照的に随分とフレンドリーな男性に光子郎は戸惑ってしまう。と言うか、後ろから姫川さんが睨みつけていることに気付いているのだろうか。

 

「挨拶が遅れちゃったね。僕は西島 大吾。よろしくね」

 

「私は望月という。こんな所にいるが元々は研究畑の人間だ。堅苦しくなく接してくれるとありがたい」

 

他二人の自己紹介も終わり、少し間が生まれたことで大人である裕明が代表して話しかける。

 

「ご丁寧にどうも。こちらの自己紹介は不要ですよね?」

 

どうせ既に調べてるんだろ?という言葉を暗に含んでの確認だったが、案の定と言うべきか無言で肯定されたので裕明は話を続ける。

 

「それなら話は早い。では、単刀直入に聞かせてもらう。八神太一君は今何処にいる?」

 

「それは「そこから先の質問には私が答えよう」、ハックモンか!?」

 

「テメェは!」

 

口を出さずに見ていた大輔だったが自身が良く知る存在が突然現れたことで頭に血が上り駆け寄ろうとするが、賢とタケルによって阻止される。

 

「離せよ!コイツが何をしたか知ってるだろ!」

 

「落ち着け本宮!」

 

「そうだよ!今は喧嘩をしてる場合じゃない!」

 

怒り狂っている大輔をとりあえず放置して、裕明はハックモンに話しかける。

 

「君はハックモン…で良いのか?君が質問に答えてくれると?」

 

「そうだ。元々はコチラの問題なのだ。コチラが答えることが筋だろう」

 

じゃあ、あの時話せば良かっただろ!と怒鳴っている大輔がヤマトに静かにしろ!とキレられている中で話は進む。

 

「勇気の紋章の少年は今、デジタルワールドでも人間の世界でもない場所にいる。アグモンと一緒にな」

 

「デジタルワールドでも人間の世界でもない所だと?」

 

突然言われた良くわからない説明に裕明は疑問符を浮かべるが、そんなことを言われて黙っていられないのが光子郎だ。年長者である裕明に交渉は譲っていたが黙っていられず話に割って入った。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!デジタルワールドでも人間の世界でもない所!?何処なんですかそれは!?」

 

「お前達は知っているはずだが?何人かは行ったこともあるはずだ」

 

そう言われて全員が今までの冒険を振り返り、答えを探すが数少ない行ったことのある人間のヒカリは一足先に正解へと辿り着いた。

 

「暗黒の…海」

 

ポツリと呟かれた小さな一言は何故か皆の耳に良く届いた。

 

「暗黒の海って…太一さんあんな所にいるの!?」

 

「直ぐに助けに行かないと!」

 

「慌てずとも勇気の紋章の少年であれば問題ない。相性的にあの世界に飲み込まれたりはしない」

 

行ったことはなくとも、その場所の危険性を垣間見ている京と伊織は慌てるがハックモンは何故か落ち着き払っている。その姿を見たところ本気で心配はしていないようだ。理由は不明だが。

 

「相性?それは一体どういうことですか?」

 

「待て、光子郎。今はそんな話をしている場合じゃないだろ。ハックモン。何で太一の奴はそんな所に行ってるんだ。太一の奴はナニカの声が聞こえるって言っていた。つまり、そのナニカが暗黒の海にいてそいつが太一を暗黒の海に巻き込んだってことか」

 

「その認識で問題ない。今回の事件をまとめるとそういうことになる」

 

「待て。確かお前はあの時結果として問題ないと言っていたな。つまり、ホメオスタシスの依頼も太一が暗黒の海に行かなければ対処できないことだったというわけか?」

 

「そうだ。どちらにせよ、勇気の紋章の少年にはあの世界に行ってもらう必要があった」

 

此方の疑問にスラスラと答えてくれるハックモンに光子郎と丈と賢は何故か嫌な予感が止まらなかった。今の内容的にホメオスタシスが自分達に情報を制限する理由が一切ない。ただそれだけの理由であるならば、最初から自分達全員に情報を渡して暗黒の海に行って貰えば良い話だ。

 

つまり、ホメオスタシス側にはそれができない理由があったということになる。

 

「じゃあ、さっさと俺たちも暗黒の海に連れて行けよ!別にできないわけじゃねぇんだろ?」

 

多少は落ち着いたが、まだ怒りが潜んでいる大輔が喧嘩腰で言うがハックモンは怒るわけでもなく無言で首を振った。

 

「それはできない。我々が事情を話したのも予想外の事態に陥ったからだ。そうでなければ我々から事情を話すことはしなかった」

 

「何でだよ!お前らの都合に太一さんを巻き込んでんじゃねぇ!」

 

「その結果、世界が滅んだとしてもか?」

 

突然の深刻すぎる話に大輔も次の言葉が告げられずに押し黙る。他の選ばれし子供達や裕明も同様だった。

 

その言葉が嘘ではないことはマキや大吾の顔が刻々と深刻な表情に変わっていることから窺えた。

 

それを認識しているのかは不明だが表情を変えないハックモンはそのまま話を続ける。

 

「全ての始まりは6年前の光ヶ丘での出来事だ。あれが全ての始まりだった」

 

そうして子供達は知ることになる。

 

最も短く、最も簡単で、最も救いのないアドベンチャーが始まっていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次話 真実


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9 真実

設定的に違うよ!とか思ってもご勘弁を…捏造設定のオンパレードなので。


「光ヶ丘の事件って…何でその話が今回の事件に関係してるのよ?」

 

誰もが抱いた疑問を代表してミミが尋ねる。あの事件であれば選ばれし子供達と裕明は全て認識している。体験した旧選ばれし子供達組はもちろんのこと直接見ていなかった組も既に聞いているからだ。

 

今更新しい真実があるというのか?

 

そんな疑問を胸に抱きながらハックモンの言葉を待つ。

 

「その話をするには先にお前達が暗黒の海と呼ぶ世界について話をしなければなるまい。そもそも、お前達はあの世界をどのように認識している?」

 

「どのようにと言われてもな…」

 

聞かれた所で答えを持っていないヤマトは頭をかく。どのようにと言われても「何かヤベェ世界」という認識しかヤマトは持っていない。光子郎や賢にしてもそうだ。暗黒の力が溢れている異世界という認識しか精々抱いていない。

 

ハックモンにしても、正解を期待しての質問ではなかったのでそのまま話し続ける。

 

「輪廻から外れし存在が行き着く世界。あの世界を定義するとすればそれが一番適した呼称だろう」

 

急に意味が分からない話になってきた。デジモン達や大輔やミミに至ってはそもそも「輪廻」の意味が分かっていない。ハックモンの言葉の意図を光子郎達が読み取っている間にまどろっこしい言い方をするハックモンにミミが怒りの声を上げる。

 

「もう!何を急に言い出すのよ!意味が全然分からないじゃない!輪廻から外れし存在って何のことよ!」

 

「デジモンは死んでも始まりの街で再度生まれてくるでしょ?そのことよ。私たちの世界で言えば輪廻転生ってことになるかしらね。つまり、その輪廻転生から除外された存在ってことよ」

 

「えーと、じゃあ、あの世界は天国とか地獄とかってことになるの?」

 

「考え方は近いけど正確には違うね。天国とか地獄っていうのは本当にあるかどうか確認の仕様がないけどあの世界は確実に存在する。それに、良いことをすればあの世界に行けるとか行けないとかそんな話はない。輪廻から外れた存在は否応なくあの世界に流れ着くことになる。善も悪も関係なくね」

 

マキや大吾の説明に少しずつ子供達にも意味が浸透してくる。してくると同時に一つの疑問が浮かぶ。

 

「じゃあ、その輪廻から外れた存在はその後どうなるの?時間が経ってから始まりの街に帰ってくるの?」

 

「いや、そんなことはない」

 

「え、じゃあ、どうなるの?」

 

「どうもしない。そこで終わりだ」

 

意味が分からず疑問符を浮かべるメンバーも多々いるが、意味が分かったメンバーは全員顔を引き締めた。

 

「輪廻転生もせず、ただそこに留まり続ける…そういうことか?」

 

「そういうことだ」

 

「それじゃあ…あんな世界でずっとそのまま…」

 

あの世界の恐ろしさを最も知っているヒカリと賢は顔を青褪めさせる。あの世界で永遠に生き続けなければいけないなど拷問以外の何者でもない。

 

しかし、そんな二人はハックモンは無言で首を振った。

 

「お前達二人は特別だ。光の紋章と優しさの紋章は特に闇に対する耐性が低い。いや、闇を引き寄せやすいと言った方が適切か。耐性が高いものほどではないとしても他の者はお前達ほど影響は受けない」

 

「そうなの?」

 

「そうだ。逆に勇気の紋章は耐性が高い」

 

だから太一のことは問題ないと言ったのか。つまり、先程言っていた相性の話はここに繋がるのかと光子郎は一人得心がいった。

同時に自分達があの世界に行くことを止めていた理由にも推測がついた。

 

「だから僕たちが暗黒の海に行くことを止めた訳ですか?僕たちが行けば闇に囚われる可能性がある。だから耐性が高い太一さんに行かせた」

 

「本筋ではないがその理由もある。耐性が高くない者があの世界に行けばあまり良い結果にならんだろうからな」

 

「待てよ。ヒカリちゃんと一乗寺が行けないのは分かる。だが、俺たちが暗黒の海に行ったって大した問題にはならないんじゃなかったのか」

 

「飽くまでも光と優しさの紋章に比べての話だ。友情の紋章の闇に耐性はどちらかと言えば低い。以前の冒険で闇に囚われた経験が一度くらいはあるんじゃないのか?」

 

思い当たる節があり過ぎるヤマトとついでに空はバツが悪い顔をする。以前の冒険での記憶が嫌でも蘇る。

 

「面倒臭いことするなぁ。折角なら全部の紋章の耐性を高くしてくれれば良いのに」

 

「耐性が高くて良いことばかりではない。耐性が高いと言うのは言い換えれば鈍いということだ。異常を見つけたり感じたりする感覚が鈍いやつだけでは問題があるだろう?バランスの問題だ」

 

「だとすれば耐性が高い者がもう一人いないとおかしくないか?」

 

「勿論いる。希望の紋章だ。希望の紋章も闇に対する耐性が高い」

 

「え!?僕!?」

 

「やったね、タケル!」

 

突然、名前を呼ばれてタケルは素っ頓狂な声を上げる。パタモンはそれを聞いて喜んでいるが別にこれは喜ぶ類の話ではないと思うのだが本人が嬉しいのなら別に止めることでもなかった。

 

「話がそれてしまったな。話を戻そう。色々と言ったがデジタルワールドにおいて死んだ者が輪廻の輪から外れたことなど唯一の例外を除いて今まで一度もない。だからデジタルワールドに居る限りは輪廻の輪から外れる可能性は殆どないと言って過言ではない」

 

「何それ?だったら、暗黒の海に行くことになるデジモンが殆どいないことになるじゃない?」

 

京の純粋な疑問は、殆ど全てに共通する疑問だったが光子郎だけは一つの仮説を得ていた。

 

「いえ、例外はあります」

 

「どんな例外なんでっか?」

 

「…人間の世界でデジモンが死んだ場合です」

 

光子郎の言葉に他の選ばれし子供達、特に旧選ばれし子供達組は弾かれたようにハックモンの反応を窺うが否定する様子は無かった。

 

その事実にヤマトとテイルモンは感情を荒げて詰め寄る。

 

「おい、じゃあ、ここで死んだデジモンはデジタマに戻ることはないってことか!?パンプモンやゴツモンも!」

 

「ウィザーモンもか!?」

 

「そうだ。人間界で死んだデジモンは例外なく輪廻の輪から外れることになる」

 

「何で…何で俺たちにそれを言わなかった!」

 

「言って何が変わる?」

 

イッテナニガカワルダト?

 

ヤマトは一瞬何を言われたのか理解が出来なかった。しかし、理解した直後に脳裏からヴァンデモンに殺されたパンプモンとゴツモンの姿が蘇る。彼等はお調子者ではあったが決して殺されるべき存在では無かった。彼等は少しの間とはいえ、ヤマトの友達だったのだ。

 

コイツがあの二人の何を知っている?コイツがあの二人を殺された時の自分や、タケルや、ガブモンの気持ちの何を知っている?

 

怒りのままにヤマトは自身の拳を振り上げる。だが、その拳が振り下ろされる前に裕明がヤマトの腕を掴んだことでその拳は振り下ろされることなく停止した。

 

「親父!何すんだよ!」

 

「感情のまま暴力を振るうな!感情のまま行振るわれた暴力は碌な結果にならん」

 

「冷静になってくださいヤマトさん。納得はできないかもしれませんが…ハックモンの言うことは正論です」

 

光子郎から言われた言葉にグッとヤマトは唇を噛む。

 

そう、確かに聞いたところで当時のヤマト達にはどうしようもなかった。

 

今のようにデジタルワールドへのゲートは簡単に開けられるようなものではなかった。

 

今のように大勢の仲間がいるわけではなかった。

 

今のように何かに操られて戦っているデジモン達ばかりではなかった。

 

殺さなければ殺される。そんな戦いの中で手加減などできるわけがなかった。

 

その状況のヤマト達に真実を伝えることは負担になりこそすれ、助けになることなどない。

 

その上、その負担の結果、世界が滅んでしまう可能性も十分に考えられた。

 

真実とは毒であり、薬であり、希望であり、絶望である。そんな不安定なものを無分別に子供達に与えることがどれだけ危険なことか情報を扱う仕事をしている裕明には理解できた。

 

「お兄ちゃん…」

 

「ヤマト…」

 

パンプモンとゴツモンを知っているタケルとガブモンはそっとヤマトの肩に手を置く。二人ともヤマトの気持ちは十分に分かる。だが、ホメオスタシス側にも言えない理由があり、それは納得は出来ずとも理解はできるものだった。

 

何より、今の状況でそれを揉めた所で「何が変わる」ものでもない。

 

「…悪かったな」

 

「気にするな。続けるぞ。あの世界については理解できたな?では、私が光ヶ丘の話を持ち出した理由も分かるだろう」

 

「光ヶ丘の事件でも暗黒の海に送られたデジモンがいるから…だよね」

 

「そうだ」

 

「確かパロットモンだったな。それが今回太一に依頼した内容になってくるわけか?」

 

「違う。あの時死んだのはパロットモンだけだったか?」

 

そう言われても子供達に思い当たるデジモンなどいない。それ以前に、あの事件に関わっていた主体は太一とヒカリであり他の子供達は見ていただけだ。そのヒカリにしても幼過ぎた。当時、他にデジモンがいたとしても覚えているとは限らないだろう。

 

そう伝えるとハックモンは無言で首を振った。

 

「前提が間違っている。あの時、他のデジモンなど存在しなかった。お前達は正しく認識している」

 

「じゃあ、誰が死んだって言うんだ?丈達は誰も死んでないって言ってるぜ?」

 

「だから言っている。前提が間違っていると。何故、あの時いたもう一匹のデジモンの名前が出てこないんだ?」

 

その言葉に子供達は文字通り息を呑む。全員の頭にある可能性が頭をよぎったからだ。

 

「馬鹿な!あり得ない!だって、コロモンは太一を見た時に懐かしい感じがするって!」

 

「都合の悪い事実を隠蔽するな。同時にこうも言ったはずだ。それは違うコロモンだと」

 

子供達は声が出てこない。いや、正確に言うと信じたくはない。質問をすることで真実を知ってしまう戸惑いから子供達は全員押し黙る。

 

しかし、ヤマトはそれを確かめないと前に進まないと感じた。同時に太一であれば絶対に逃げないと。

 

「あの時死んだのは…あの時のコロモンも…ってことか…?」

 

「そうであれば、まだ良かったのだがな…」

 

「何だと…!?じゃあ…生きてるってのか!?お前、さっき死んだって!」

 

「誰もそうは言っていない。あの世界に送られたデジモンがいるのかと聞かれたから肯定しただけだ」

 

「じゃあ…コロモンは…生きたまま暗黒の海でずっと暮らしてるってこと!?」

 

「すぐに助けに行かないと!」

 

「無理だ」

 

突然沸いた希望に子供達はワッと騒ぎ出すがハックモンは即座に否定した。真剣な顔は子供達の希望を折るには十分すぎる説得力を帯びていた。

 

「生きているとは言っても反応が微弱すぎる。アレは殆ど死んでいると言っても差し支えない。デジタルワールドや人間の世界に動かすこともできないだろう」

 

「じゃあ、どうしろって言うの!?太一さんを連れていったのはコロモンを助けるためじゃないの!?」

 

「逆だ」

 

「逆!?どういうことだよ!」

 

要領を得ないハックモンの言葉に大輔は怒りをぶつけるが、その先の真実を知っているのか大吾と望月は目を瞑りながらハックモンの言葉を待つ。

 

そして、子供達はハックモンの口から信じらない言葉を聞くことになる。

 

「ホメオスタシスからの勇気の紋章の少年への依頼は…あの世界にいるあの時のコロモンを殺すことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次話 絶望


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10 絶望

久しぶりの投稿


 

「げほっ、げほっ!…本当に、死ぬかと思った…」

 

「危なかったねぇ、太一」

 

「お前があんな所から落ちてこなかったら、全然危なくなかったんだよ!」

 

呑気なことを言うアグモンに太一は怒りをぶつける。その怒りは確かに正当性がある。アグモンがわざわざ太一の頭上に落ちてこなければ、必至の思いで岸まで泳ぐ羽目になることはなかったのだ。

 

とは言え、アグモンにも言い分はある。

 

「しょうがないよ。僕だってまさかあんな所から落ちるなんて思ってなかったんだから」

 

「そりゃ、そうかもしれないけど…って、そういやアグモン。お前なんで此処に?」

 

「ゲンナイさんに連れてこられたんだ。太一のために着いてきてくれって言われて。それで言われた通り、穴に飛び込んできたらここに」

 

「あのジジイ!」

 

諸悪の根源を見つけたかのように太一は声を荒げる。ゲンナイにしても、太一を思うが故の行動だったのだがそんなこと太一には何の関係もない。

 

暫くして太一の元にやって来たゲンナイは最初に太一からの恨みつらみを聞かされる羽目になるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何言ってんのよ。止めてよ、嫌な冗談は」

 

はははと笑う京をハックモンは無言で見つめる。その反応にこの場の子供達は全員息を呑む。

 

分かった、いや、分かってしまった。先ほどの言葉が冗談でも何でもなく、紛れもない本気だということを。

 

「…訳を…言え」

 

歯を食いしばりながら、極めて理性的であろうとしながらヤマトは言葉を発する。

 

そうでなければ感情のまま、ふざけるなと声を荒げてしまいそうだった。

 

「八神太一とあの時のコロモンのリンクを切るためだ」

 

「何だよそのリンクってのは」

 

「お前達選ばれし子供達とそのパートナーデジモンを結びつけるものだ。現実にそんなものは無いが、お前達の関係はタグと紋章の関係に近い。放っておいても引かれ合う性質がある。その性質をリンクと呼称している」

 

「テメェふざけてんのか!?何でそんなことをわざわざする必要があんだよ!」

 

「そうしなければ全ての世界が崩壊を迎える可能性があるからだ」

 

「どういうことよ。ちゃんと説明してくれるんでしょうね」

 

大輔の怒り混じりの言葉に返答したハックモンの言葉は説明を省略しすぎて誰も納得できない内容だった。そんな突飛なことを聞かされて納得できる人間がどれほどいるだろうか。事実、それを受けての空の言葉も普段では考えられないほど冷たいものだった。

 

「そのリンクが原因で極僅かだが、確実に少しずつ暗黒の海と現実世界の境界がなくなってきている」

 

「そんな馬鹿な」

 

光子郎が真っ先に否定する。確かに異なる世界の接近は危険だ。しかし、その太一とあの時のコロモンのリンクとやらのせいでそんなことが起こるはずがない。そうだとしたらデジタルワールドと人間界など既に接近していないとおかしいではないか。

 

「あの世界だけは特別だ。本来、どんなことがあっても生者が行ける所ではない。言ってしまえば、光の紋章の少女があの世界に呼ばれたり、ましてや優しさの紋章の少年の力でゲートをこじ開けるなどあり得ないことなのだ」

 

「でも、現実にあり得てるじゃない」

 

「ああ、そうだ。ナニカの影響で暗黒の海が今まで無いほどに人間界とデジタルワールドに近付いてしまっているからな」

 

「え…じゃあ、もしかしてそれも!」

 

「そうだ。そもそも今回の問題はお前達がデーモンを暗黒の海に送ったことから異常に気付いた。まあ、あの時はそのお陰で助かったとも言えるがな」

 

「じゃあ、もしかして暗黒の海が近づけば!」

 

「デーモンもこちらの世界に戻ってくるだろうな。とは言え、別にそれは大した問題ではない。世界が崩壊すればどの道デーモンも生きてはいない」

 

「あの、すみません。何処も安心できる要素がない気がするのですが…」

 

ある意味身も蓋もない発言をするハックモンに発言をした伊織だけでなく、全員が顔を引き攣らせる。今の話の何処にも安心などという単語が這い出る隙間などなかった。

 

「ま、今のは極論よ。とにかく、今はデーモンのことは気にしないで良いってことを考えていればいいわ。八神太一君と同じ場所にいることは間違いないけどあの広い世界で出会う可能性なんて殆どないし、万が一に備えて八神くんのことは見張ってるから」

 

「え、つまり、お兄ちゃんの場所は分かってるって事ですか!?」

 

「当然だよ。八神くんの身の安全は保証するって言っただろ?八神君のあの世界への耐性が強いからって流石に放置ってことはしないさ」

 

マキ達の言葉にヒカリと空は、ほっと一安心するが、その言葉には気になるところがあった。

 

「待て。じゃあ、お前達は太一が何処にいるか知っていて、尚且つその場に行ける手段を持ち合わせているということか?」

 

「そうなるわね」

 

「じゃあ、俺たちを連れて行くことなんて簡単じゃねぇか!」

 

「可能かどうかで言えば可能だ。だが、それをするかどうかで言われれば拒否する」

 

「何でだ!」

 

「必要ないからだ」

 

先程から繰り返しているが、あの世界に耐性が低い者が行って良いことは無い。その危険を犯して大輔達をあの世界に連れて行くことのメリットがホメオスタシス側としては全く無かった。太一に依頼した内容は太一であれば簡単に成し遂げられるものだからだ。

 

「何が簡単だ!じゃあ、お前らがすれば良いだろうが」

 

「生憎と場所が分からない。生体反応が薄すぎて、広大なダークエリアの何処にいるのかも不明だ。分かるのはリンクがある八神太一だけだ」

 

「そのリンクがあれば場所が分かるって言うの?」

 

「飽くまでも何となくというところだろうがな。子供達とパートナーデジモンの関係はタグと紋章の関係に近い。放っておいても引かれ合う性質があるのだ」

 

「不思議だとは思わない?あれだけ長く旅をして、子供達がバラバラになったことはあったでしょうけど、パートナーと離れ離れになったことって一体何回あった?」

 

「そりゃ、ほとんど無かったろうけど、俺たちは基本的にパートナーなんだから側にいるからじゃないの?」

 

「勿論、大部分はそうでしょうけどそれだけじゃないのよ。理屈じゃない因果の所でも貴方達とパートナーは惹かれあってるの」

 

そう言われればそうかもしれないと思ってしまうが、証明のしようもない。だが、向こうがこれほどまでにそのリンクで場所が分かるというからにはそうなのだろう。しかし、だとすればこれはどんな運命なのだろうか。

 

普通であれば考慮しない奇跡的な偶然が続いた結果だ。

 

奇跡的に、コロモンは生きたまま暗黒の海に送られた。

 

奇跡的に、その状態で生存し続けた。

 

奇跡的に、太一とのリンクが切れなかった。

 

本来であれば美談の物語だ。

 

生きてて良かったと抱きしめる物語だ。

 

しかし、この物語はそうではない。他でもない八神太一本人が美談を悲劇に変えなければならない。

 

これが運命なのだとしたら、余りにも悲しすぎるではないか。

 

感情的なミミや京などは薄らと涙を浮かべている。

 

「何で…何で太一さんがそんなことを…」

 

「勿論、止めを刺すのは私達が行っても構わない。勇気の紋章の少年がそれを許せばだがな」

 

そんなことはしないだろう。それだけは全員が断言できた。

 

この場の全員が知っている彼はそうなんだ。苦しみの結果を誰かに渡すような人ではない。

 

例え、その結果として自分が傷ついたとしても、自分が選択することからは逃げないのが彼なのだから。

 

そんな彼だから自分たちのリーダーだったのだから。

 

「他に…何か…何か方法はないんですか!?」

 

藁に縋るような伊織の言葉にハックモンは首を振る。

 

「無い。自体が判明してから散々可能性を模索した。ホメオスタシスとて、好き好んでこんな選択をしたわけでは無い」

 

「ふざけるな!世界かパートナーかを選択しろって言うのか!」

 

「そうだ」

 

年長組として何とか自分を抑えようと努力していたヤマトだが、もう我慢できそうになかった。震える拳でハックモンを殴りつけようとしたのだが、それより先に大輔が動いた。

 

「んな選択認められっかよ!いいから、俺たちを太一さんの所に連れて行け!」

 

「同じことを言わせるな。メリットがない」

 

「そんなこと知るかよ!嫌だってんなら無理やりにでも行ってやる!」

 

「…そうか。では、話し合いはこれで終わりということだな」

 

大輔の言葉にハックモンの雰囲気が変わった。そして、それはマキ達にも伝わった。

 

「待ちなさい、ハックモン!」

 

「確かにお前達にとっては重大な問題だ。その問題に理屈で納得しろと言っても無理な話だろう」

 

世界が変わる。殺風景な会議室は緑豊かな草原へと変遷しており、気付けば裕明達大人組は姫川と西島を除いて居なくなっていた。

 

「理屈で納得できなければ、力で納得してもらう他ないな。悪いが、無理やり納得してもらう」

 

ハックモン進化、ジエスモン!

 

「折角だ見せて貰おうか!デジタルワールドを救ってきた選ばれし子供達の力を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次話 激突


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11 激突

例によって捏造設定のオンパレードの気しかしないですが、ご容赦ください。


「ふっっっっざけんな!」

 

「わわわ、太一!駄目だってば!」

 

ゲンナイから事の次第と依頼内容を聞いた太一は、ゲンナイの胸倉を掴み上げる。

 

それを見ていたアグモンは慌てて太一を止めようとするが、被害者であるゲンナイの方は申し訳ないという態度を崩していない。

 

「すまない…私は殴られてやることしかできない…」

 

「…そんなこと言われたら…逆に殴れねぇよ」

 

そんなゲンナイの態度に冷静になった太一はすっと掌から力を抜く。

 

そのまま掌を自らの顔に当てて俯く太一は、唇から漏れ出すように弱々しい声で呟く。

 

「それ以外に選択肢は…ないのか?」

 

「…ない。残念ながらな。勿論、私のことを信じてくれたらの話だが」

 

「信じないなんて選択肢があるかよ」

 

信じないには、ゲンナイのことを知りすぎていた。3年前の冒険では仲間の選ばれし子供達以外には数少ない信じられる対象だった。

 

「太一ぃ。どうするの?」

 

「わかんねぇよ」

 

分かるわけがない。急に以前の仲間を殺せと言われて殺せるはずがない。だからと言って、世界の危機を放っておくこともできない。

 

「わかんねぇから…会ってみる」

 

「場所分かるの?」

 

「分かるってわけじゃねぇけど、確かに何となく惹かれる方向はある」

 

何の情報も与えられてなければ、無意識的にその方向へ歩いていただろう。

 

「とりあえず…謝らなきゃな。待たせてごめんってさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジ、ジエスモン!?って何!?聞いたことないデジモンよ!?」

 

「ジエスモン!究極体デジモンです!」

 

「き、究極体!?」

 

光子郎からの回答に丈は悲鳴のような反応を返す。

 

今の子供達はジョグレス進化もできず、完全体以上への超進化もできない。何人居ようが成熟期では究極体に勝てる訳がなかったからだ。

 

「ち、ちょっと待ってジエスモン!こんなこと私たちも聞いてないわよ!」

 

割と子供達側に冷たい反応をしている姫川も珍しくハックモンを責めている。ハックモンの行動が全く合理的でないことが原因だ。

 

しかし、そんな姫川も無視してジエスモンは身体から謎の発行体を生み出し、それをブイモンとワームモンに投げつける。

 

子供達は攻撃をされたと考えて慌てたが、投げつけられたブイモンとワームモンは平然としている。それどころか力が溢れているようだ。

 

「違うよ大輔!これは攻撃じゃない。力が漲ってくる」

 

「賢ちゃん!今ならインペリアルドラモンに進化できるかも!」

 

「当然だ。倒すためでなく、諦めさせるためにやっている。オメガモンに成れない以上、インペリアルドラモンがお前たちの最強の力だろう。それでも無理なら諦めろ」

 

「待ってジエスモン!私たちは別に戦いたいわけじゃ」

 

「問答は無用だ。力無き主張は無意味だ。お前たち選ばれし子供達なら、そんなこと身に染みて感じているだろう」

 

言葉でなく、力で語れ。

 

ジエスモンはそう言っているのだ。

 

こうなってしまっては言葉で語った所で止めるのは無理だ。

 

「やるしかねえってか…ブイモン!」

 

「そうだな…ワームモン!」

 

超進化…インペリアルドラモン!

 

大輔と賢の掛け声に応えたパートナーデジモン達は自らの能力を発揮し、究極へと姿を変え、相手にぶつかり合う。

 

究極体と究極体の激突。これは一種の災害と大差ない。

 

周りの人間やデジモン達は巻き込まれないように避難を開始した。

 

「な、何でこうなるのよ!?ホメオスタシスって脳筋なの!?」

 

「ホメオスタシスというより、ジエスモンの性格の気もしますけど」

 

「どっちでも良いわよ!ていうか、そんな簡単に究極体になれるなら私達選ばれし子供達なんて必要ないじゃない!何であのデジモンがダークマスターズとかと戦わないのよ!」

 

「必要あるのよ。彼等の力はデジタルワールドが安定しているからこそのものだから」

 

「どういうことですか?」

 

京の怒りが込められた独り言に返答した姫川の言葉に光子郎が反応した。今の言葉には無視できないものがあった。

 

「進化にはエネルギーが必要なのよ。貴方達のようなパートナーがいないハックモンはそのエネルギーをデジタルワールドから借りている。その貸し手がボロボロであれば貸せるだけのエネルギーを生み出せないわ」

 

「なるほど、逆に言えばデジタルワールドが安定している今だからこそジエスモンは強さを発揮できるということですか」

 

「そういうこと。デジタルワールドを人間に例えたら彼等は白血球のようなものよ。人体が健康であればこそ、ウイルスを排除できる」

 

その例で言えば、選ばれし子供達は外科手術のようなものなのだろう。デジタルワールドの自浄作用では、どうしようもない事態に陥った時に必要とされる存在なのだ。

 

「アポカリモンやベリアルヴァンデモンがいるような時ってことですね?」

 

「半分正解ね。アポカリモンの時は正にそう。デジタルワールドが完全に弱っていて、選ばれし子供達に頼るしかなかった。でも、ベリアルヴァンデモンの時は違う。彼等は動こうと思えば動けていたわ」

 

「え?なら、どうして?」

 

「それは」

 

「「インペリアルドラモン!」」

 

姫川の声を大輔と賢の声が遮る。話に夢中になっていた姫川と光子郎が戦いの場に目を向けると、膝をつくインペリアルドラモンの姿があった。

 

「くそっ、あんにゃろう!メチャクチャつええ…」

 

「経験値の違いだ。お前達が戦い慣れていないとは言わんが、究極体同士の戦いの経験値が少なすぎる」

 

「究極体と戦う機会なんて殆どねーんだよ!」

 

ダークマスターズのような例外中の例外を除けば、究極体と連続して戦うことなど殆どないと言って良い。というか、あってたまるか。

 

「メガデス!」

 

反撃の一手をとインペリアルドラモンは必殺技を放つが、その攻撃もアッサリと躱される。当たらない。その事実に大輔と賢は冷や汗をかいた。

 

「くっ、ダメか!小回りのスピードじゃ分が悪すぎる!」

 

「まずは隙を見つけないと…」

 

翻弄されているインペリアルドラモンの姿に、側から見ているヤマト達も気が気でない。別に恨みなどないが、彼を倒さなければ太一のところには行けないのだ。

 

「強い…」

 

「あいつ、一体どれだけの敵と戦ってきたんだ…」

 

「彼等はデジタルワールドを守ることが使命。貴方達と同様、いえ、それ以上に戦いか宿命づけられている存在よ。経験値で勝てるわけがないわ」

 

「それもある。だが、お前達の場合はそれ以前の問題だ」

 

「え?」

 

ヤマト達の疑問の声に戦っているジエスモンが応える。戦っている最中でも返事ができる程度の余裕すらあるのだ。

 

「甘いんだ。何故、敵である私を殺す気で攻撃しない?」

 

「お前らは別に敵ってわけじゃねぇだろ!」

 

「お前達の勇気の紋章の少年の所に行きたいという覚悟はその程度のものなのか?」

 

ジエスモンの問いに大輔達は答えられない。口を開こうとはするが、そこから言葉が漏れていかない。

 

「優しさも思いやりも結構だ。だが、それをすることができるのは圧倒的な実力者のみだ。格下のお前達が格上の私を殺す気で攻撃しないで、どうやって勝つつもりだ?」

 

「お前だって俺たちを殺す気で攻撃してねぇじゃねぇか」

 

「当たり前だ。お前達を殺すことはデジタルワールドに何の利益ももたらさない。私の代わりはいるが、お前達の代わりなどそうそういないのだ」

 

「だから…俺たちがお前達を殺すのは構わないってのか?」

 

「当然だ。私はシステムの一部だ。私の代わりなどいくらでもいる」

 

「ふざけんな!」

 

思わず大輔は叫んだ。自分に関係ないとしても、今の発言は看過できない。

 

「代わりがある命なんかあるかよ!ブイモンも!お前も!太一さんの昔のアグモンも!皆、同じ大切な命じゃねぇか!」

 

代わりなんていない。大輔の言葉にヤマト達世代の選ばれし子供達は過去の戦いで自分たちのために死んでいったデジモン達を思い出した。始まりの街で生まれ変われる。そう言って死んでいったデジモン達もいた。しかし、その悲しみは本物だった。生まれ変われるからといって、誰かが死ぬということを軽く扱っていいはずがない。

 

「志は立派だな…だが、それに実力が伴うのか?」

 

大輔の言葉に薄く目を閉じたジエスモンは身体に力を溜め始めた。

 

マズイ…この場にいる全員がそれを感じた。ジエスモンはこれで終わらせる気だ。

 

相殺するしかない。インペリアルドラモンは攻撃の準備を始めた。

 

「メガデス!」

 

「シュベルトガイスト!」

 

究極体同士の必殺技が激突する。離れた所にいるヤマト達ですら吹き飛ばされないように堪えるので精一杯だ。

 

だが、僅かにジエスモンの攻撃が優っている。このままでは勝てない…そう考えたインペリアルドラモンは残された力を全てメガデスに込めた。相手への配慮など込めている場合ではない。

 

それにより力のバランスは崩れ始め少しずつ、しかし確実に天秤はインペリアルドラモンに傾きつつあった。

 

だが…

 

「インペリアルドラモン!」

 

何処か心配したような大輔の声にインペリアルドラモンは一瞬注意がそちらに向いてしまった。

 

「だから」

 

その隙を見逃してくれる相手では無かった。

 

「それが甘いと」

 

力のバランスは一瞬で崩れ、立て直そうとした時にはもう遅かった。

 

「言っている!」

 

ジエスモンの必殺技がインペリアルドラモンを覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煙が晴れた先には傷だらけのチビモンとミノモンが転がっていた。

 

声を上げながら近寄る大輔達を尻目にジエスモンは呟いた。

 

「これが結果だ。勇気の紋章の少年の所に行くのは諦めろ。だが、心配するな。目的さえ達成すれば身の安全は保証する」

 

そう言うとジエスモンはその場から去っていた。

 

その背中にかけられる声は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回 模索


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12 模索

珍しく早めに更新できましたわ


「そうか…それは残念だったね」

 

あの戦いの後、デジタルワールドから人間界に戻されたヤマト達は、今起こった事をデジタルワールドに来られなかった望月と裕明に説明した。

 

「なあ、望月さん!もう一度、ハックモンと話をさせてくれよ!」

 

「それは難しい。基本的にこちらからアクションを取れないんだ」

 

「そんな…」

 

ヒカリの顔がサッと曇る。その事実に即座に気付いたテイルモンや空はフォローを入れているが、あまり効果があるようには見られない。

 

京もそんなヒカリを心配そうに見ていたが、顔を怒りの表情へと変えて大輔に詰め寄る。

 

「大体ねぇ!アンタが力づくとか言い出すから、戦闘することになったんでしょ!ちょっとは冷静に話し合いとかできないわけ!?」

 

「だ、だってよぉ」

 

「だっても何もない!」

 

そうなのだ。そもそも戦闘になった原因は大輔の不用意な一言が原因だ。流石にハックモンの反応も極端に過ぎたが、大輔があのような発言をしていなければ戦闘になることは無かっただろう。

 

「まあまあ、京君。その辺で。今はこれからどうするかを考えようよ」

 

京の気持ちは分かるが、ここで大輔を責めても何の解決にもならないと考えた丈はやんわりと嗜める。

 

「決まってるだろ。こっちからアクションを取れないなら探すしかない。もう一度デジタルワールドに行こう」

 

「落ち着け、ヤマト。俺には良くわからんがデジタルワールドってのは広いんだろう?闇雲に探して見つかるものなのか?」

 

「ヤマトさんのお父さんの言う通りです。闇雲に探しても時間を無駄にするだけです」

 

だが、どうすれば良いのか?そのための方法は誰にも浮かんで来ない。気まずい沈黙の中、思い出したようにテントモンは叫ぶ。

 

「そうや、コウシロウハン!ゲンナイハンから連絡は来てないんでっか?」

 

「ダメです、来てません。そもそもゲンナイさんもホメオスタシスの配下のような立場です。勝手に動くことは難しいのでしょう」

 

光二郎の言葉に一同の空気は更に悪くなる。他にどうしようもないのか?全員に焦る気持ちが湧き上がる中、テイルモンや空に心配されていたヒカリがボソッと呟く、

 

「チンロンモン…」

 

「え?」

 

「なんて言ったんだ?ヒカリ?」

 

「チンロンモンに聞いてみるって言うのはどうかな…?」

 

ヒカリの言葉にざわめきが広がる。チンロンモンはデジタルワールドを支える四聖獣だ。確かに、ホメオスタシスに対しても一定の発言権はあるように思われる。

 

「でも、チンロンモンだってホメオスタシス側でしょ?私たちに協力なんてしてくれるの?」

 

「確かに微妙ね。私たちに協力してくれる保証なんてないわ」

 

「しかし、他に打つ手もないんだ。探してみるのも良いんじゃないか?」

 

話し合う中で一同の中から希望のようなものが芽生えてくる。しかし、ここに関しても同じ壁が立ち塞がる。

 

「でも、チンロンモンも何処にいるんでしょうか?」

 

「結局、そこなのよね…」

 

どうしても話は振り出しに戻ってしまう。どちらの方法を取ろうとしても、どの道、場所が分からない。

 

子供達が頭を悩ませていると、それまで沈黙を守っていた姫川が淡々と告げる。

 

「分かったでしょ?今、出来ることなんて何もないわ。大人しく八神太一君のことを待ってた方が無難ね」

 

「仲間がパートナーだったデジモンを殺すまで待つなんて出来るわけないだろう!」

 

「出来ないことを理解するのが大人への第一歩よ。理解しなさい」

 

「何が大人よ!」

 

「ちょ、ちょっとミミ君、冷静に!」

 

「大人だったら、仲間を思い遣ったらいけないの!?大人だったら、世界のためにパートナーを殺さないといけないの!?」

 

ミミには全てが理不尽にしか映らなかった。どう考えても許容など出来るはずがない。少なくとも、ミミには到底無理だった。

 

「いけないことは無いわ。ただ、出来ないことは出来ないのよ」

 

「どうして、どうして、そんなこと言うのよ…姫川さんは…大切な何かを失ったことは無いんですか!?」

 

ミミの嗚咽の混じった言葉に、今まで詰まることなく返答していた姫川の言葉が止まる。何事かを思い出しているかのように目を閉じていたが、暫くすると、自嘲気味に笑った。

 

「そうかもね」

 

「姫川…さん?」

 

姫川の予想外の反応と雰囲気に泣くほど感情が昂っていたミミも少し冷静になる。

 

しかしその反応も一瞬のことであり、直ぐにいつも通りの澄ました表情を浮かべる。

 

「そんなことはどうでも良いわ。今、分かることは貴方達に出来ることはないってこと。志だけは認めるけど」

 

そこまで言うと、一呼吸置いて姫川は続ける。

 

「そんな志が貫けるほど…世界は優しくないんだから」

 

その言葉は姫川が自身に呟いているように聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないね、話を脱線させた」

 

「いえ、こちらの方こそ…」

 

姫川は発言後、直ぐに用事を思い出したと言って部屋から出て行ったがそれに追いかけるように西島も部屋を出て行ったため、部屋には子供達と望月、裕明だけが残された。

 

「あの姫川という女性…どんな人なんですか?」

 

「突然、何だよ親父」

 

「いや、何となく気になってな。突き放しているように見えて突き放していないというか…言葉と態度がマッチしてない違和感がある」

 

「流石、記者さんですね」

 

記者の勘といでもいう奴なのか、姫川の態度に引っ掛かりを覚えた裕明からの質問に望月は苦笑する。

 

「その違和感を解決させたいなら、あの2人と会話されると良い。何か得るものがあるはずです」

 

「あ、いや、今はそんな時間はねぇんす!早くチンロンモンを探さねぇと!」

 

「だったら、尚のことあの2人と会話すると良い。少なくとも私と話しているよりは得るものがあるはずだ」

 

「何でです?望月さんの方が上司なんですよね?では、望月さんの方が事情については詳しいはずでは?」

 

「役職としてはね。ただ、デジタルワールドの知識自体で言えば、彼等の方が遥かに詳しいだろう。彼等は君たちと同じだからね」

 

そう言うと、望月は子供達を見る。とは言え、見られている子供達は何故見られているのか分からず首を傾げる。

 

「あの2人も君たち同様、選ばれし子供達なんだ」

 

衝撃の事実にヤマト達は驚きの余り、言葉を失う。最も早く言葉を告げられる状態になったヤマトが真っ先に疑問をぶつける。

 

「そんな馬鹿な。大人は選ばれし子供になれないはずだ」

 

「いえ、ヤマトさん。彼等が選ばれし子供達だとしたら僕たちと一緒にデジタルワールドに来れたことに説明がつきます。本当の話なのでしょう」

 

そもそも光四郎は、望月が来られないのに姫川達だけがデジタルワールドに来られた事実に疑問を持っていた。あの時はそんな事を問いただしている時間はなかったので聞くことはできなかったが、意外な展開から理由を知ることができた。

 

「恐らくですが、あの2人が選ばれし子供になったのは3年前…僕たちがアポカリモンと戦ったすぐ後なのでしょう。3年前でしたら、あの2人も子供と言える範疇にいると思います」

 

「残念ながらその推理は外れだ。彼等が選ばれし子供達になったのはそれ以前だ」

 

「そんなわけ無いだろう。そうだとすれば、ヒカリ達よりも前に選ばれし子供になったことになる。そんなこと…が…」

 

話している途中でテイルモンにある仮説が浮かんだ。

 

あり得ないとは思ったが、しかし、それを否定する材料など全く無い。むしろ、それ以外に望月の話を肯定できる余地が無い。

 

「まさか…あの2人は…」

 

「あの2人は石田ヤマト君達以前にデジタルワールドから選ばれた子供達…私達が補足している範囲ではという話にはなるが…」

 

望月は一瞬間を置くと落ち着いて続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始まりの子供達。初代選ばれし子供達だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫ちゃん!」

 

「ここではその呼び方はしないでちょうだい」

 

「そんなことはどうだって良い!」

 

西島の呼び名に不快感を露わにした姫川の態度を気にするでもなく、西島は姫川の肩を掴んだ。

 

「何であんなこと言った!」

 

「本当のことでしょ?志が立派でも現実はそんなに優しくないわ」

 

「違う!そうじゃない!姫ちゃんは誰よりも…八神太一君の気持ちがわかるはずだ!なのに何故、あんなことを言った!」

 

西島は知っている。姫川が何よりも大切な存在を失っていることを。そのことを誰よりも悲しんでいることを。

 

「私の気持ちを貴方が決めないで!」

 

明確な拒絶を示すかのように、肩に置かれた西島の手を姫川は振り払う。

 

「見捨てても平然と生きていける。私の気持ちなんてそんなものなのよ」

 

「嘘をつくなよ!」

 

「うるさい!貴方に私の気持ちなんて…絶対に分からないわ!」

 

姫川の言葉に西島は返す言葉を失った。自分は失ってはいないから。その事実は絶対に覆らない。理解しようとしたところで理解など絶対にできない。それを西島は知っていた。

 

追いかける気力も、返す言葉も失った西島は去っていく姫川の背中を黙って見送った。見送るしか無かった。

 

「くそ…」

 

西島の悪態が誰もいない廊下で静かに響いていた。

 

 

 

 




次話 過去


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13 過去

映画を観て衝動で投稿


「あの人たちが最初の…」

 

「選ばれし子供達…」

 

「嘘…」

 

子供達は予想だにしていなかった衝撃の展開に絶句する。

 

「じゃ、じゃあ、あの人たちのパートナーは!?一体何処に!?」

 

「さて…ね。それ以上のことは彼女達に聞くのが筋だろう。チンロンモン達に会いたいのであれば尚更、無駄にはならないはずだ」

 

「そうですか…もしかして望月さんも」

 

「生憎と私は違うよ。ただのしがない研究者さ」

 

何かの間違いでこんな所にいるがねと苦笑する望月を見て裕明は少し考えると、子供達に告げた。

 

「では、俺は望月さんに話があるから後はヤマト達で彼女らと話して来てくれ。後で合流しよう」

 

「親父は良いのかよ?」

 

「同じ選ばれし子供達同士でなければわからないこともあるだろう。俺は俺で確認したいことがあるしな」

 

「あ、ああ。分かった」

 

ヤマトはそう言うと即座に部屋を出ていく。他の子供達も後に続くように追いかけたことで部屋には裕明と望月だけが残された。

 

「さて…と。それで裕明さんが私に聞きたいこととは何でしょうか?」

 

「何故教えてくれたんでしょうか?」

 

「何故…とは?」

 

「姫川さん達のことですよ。何故そんな重要な情報を子供達に?話通りだとすれば、ホメオスタシス側の行動は貴方達にとっても都合が良いはずだ。それなのに、何故それを邪魔しうる可能性をわざわざ?」

 

「何故でしょうねぇ」

 

「望月さん」

 

「本当にわからないんですよ。確かに貴方の言う通りだ。先程の情報は国家として秘めておいた方が良い情報だ。まあ、合理的な理由としてあげるならあの子達の心情を良くしておいた方が後々良い結果を生みやすいというのもあるかもしれませんがね」

 

ただ建前無しであれば単純な理由だ。

 

「あんなに泣きそうな顔の子供達を…見ていられなかったのかもしれませんね」

 

一人の子を持つ親としての非合理的な感情である。

 

「なるほど…」

 

その言葉を聞いて裕明の表情も柔らかくなる。

 

「貴方は役人に向いていないようだ」

 

「自分でもそう思いますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「西島さん!」

 

「あ、ああ、君たちか。申し訳ないけど今ちょっと立て込んでてね。話だったら望月さんに聞いてくれないか?」

 

何故か急いでいるように見える西島の腕をヒカリは慌てて掴む。驚いたような顔を浮かべているが、生憎と気遣っている場合ではない。兄と元パートナーの危機なのだ。それ以外のことは後回しだ。

 

「西島さんと姫川さんじゃないとダメなんです!お願いです!協力してください!」

 

「その通りです!西島さん、いえ、西島先輩!協力してください!」

 

賢の言葉に西島は驚きから目を広げる。だが、理解するとその顔に苦笑を浮かべる。

 

「望月さんから聞いたのか。まあ、隠すつもりもなかったけど」

 

本来であればあの様子の姫川を一人にはさせたくなかったのだが、この子供達の真剣の様子を見て西島は無視できないと感じた。

 

なにより、「元」選ばれし子供たちとしてはこの子達に返しきれない恩がある。

 

「分かったよ、話を聞こう。とりあえず協力云々はその話次第で良いかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何…ここ…」

 

「山ですね」

 

「んなもん見れば分かるわよ!!何なのこの高さ!」

 

伊織の見たままの感想に京は思わず声を荒げる。

 

ヒカリを除く先代の選ばれし子供達はムゲンマウンテンを思い出していた。あの時も登るの大変だったなぁという苦労の思い出が頭に浮かぶ。

 

何故なら今からこの山を登らないと行けないからである。

 

理由は簡単。チンロンモンがこの頂上にいる可能性が高いからだ、

 

「なんで、またこんな高い山に登らないといけないのよー!チンロンモンのバカー!」

 

「ミ、ミミ君静かに!」

 

流石にそんなに小さい理由で機嫌を損ねたりはしないと思うが、今から頼み事をする相手の悪口を言うのはまずいだろうと考えた丈は止める。気持ちはわからなくもないが、他の大部分のメンバーの心配はそれよりも別のところにあった。

 

「この山の上にチンロンモンがいるんですか?西島先輩」

 

「恐らくとしか言えないけどねぇ。ところで、その先輩って言うのはやめてくれないかい?」

 

何というか少しこそばゆい感じがして、西島はどうにも苦手だったのだが空は気にせずに笑顔で述べる。

 

「何言ってるんですか。先輩は先輩じゃないですか」

 

「そうっすよ!俺らの大先輩なんですから先輩は当然っす!」

 

大輔もそれに乗じるように意見を述べる。どうやら、先輩呼びは避けられそうもないらしい。

 

ヒカリ達から事情を聞いた西島は『会えると断言できるわけではないけど、チンロンモンがいる可能性が高い場所に案内することはできる』と告げた。

 

それを聞いたヒカリや大輔を筆頭にすぐにでも行動に移そうとした積極派グループは、そのままデジタルワールドに行こうと言ったのだが、西島と丈を中心とした落ち着いて準備を進めて明日の朝に出発した方が良いと主張する慎重派グループと真っ向から対立した。

 

特にヒカリは自分一人だけでも行くという構えだったので、中々に話し合いは難航したが、その場所を知っている西島が安全とは言い難い所であると言ったことに加えて、既に暗黒の海との間には時間のズレが生まれているので太一から見るとそこまで時間が経っていないという事実が慎重派を後押しして翌日の早朝に出発することとなった。なお、今のヒカリを一人にしておくことは危ないという判断から京やミミと一緒に空の家に泊まっていた。

 

「しかし既に時間のズレが起きているとは…もう手遅れなどということはないのでしょうか?」

 

「今の所は大丈夫。現段階ではこれ以上悪化することはないしね」

 

「どういうことでしょうか?」

 

山を登りながら光四郎は気になっていたことを西島に尋ねた。事態は割と深刻な様相だと思われるのだが、何故か西島が余裕そうに見えるのが気に掛かったからだ。

 

「前にも言ったけど、今回のことは八神太一君と暗黒の海のコロモンのリンクが繋がっていたことが原因だ。リンクの片割れである八神太一君が暗黒の海にいる今は異なる世界が引き寄せ合うことはないよ」

 

その言葉にヒカリは表情を暗くする。逆に言えば、太一はコロモンを殺さない限り元の世界に戻れないということだ。戻れば世界の消滅のトリガーとなり得る可能性が高い。

 

「ごめんね」

 

「え?」

 

そんなヒカリの様子を見て西島は謝罪をする。

 

「お兄さんを巻き込んでしまってすまない。本当なら、僕達だけで対処しなくてはならなかったことだ。僕にもっと力があれば…」

 

西島はグッと拳を強く握る。後悔の念が有り有りと伺える。

 

「そんな謝らないでください!西島さんのせいじゃ…あの時だってハックモンはお兄ちゃんを守ろうとしてくれましたし、姫川さんも」

 

そこまで言ってヒカリは何となく違和感を感じた。今まで大して疑問に思わなかったが、考えてみれば妙な話だ。

 

「そう言えば何で姫川さんは私の所に来たんですか?最初からお兄ちゃんの所に向かえば良かったのに」

 

「そう言えばそうだな。何で姫川はヒカリに会いに来たんだ?」

 

今まで怒涛の展開が進んで忘れていたが、姫川はヒカリに会いに来ていた。何故、ヒカリに会う必要があったのか聞いていなかった。

 

「ああ、それはね。あの時はまだ太一君とヒカリさんのどちらとコロモンのリンクが結ばれているのか分からなかったんだ。だから一応ヒカリさんの様子も見てたのさ。まあ、恐らく太一君の方だという予測はできてたけどね」

 

「どうしてなんですか?」

 

「ヒカリさんの様子に違和感がなかったからさ。ヒカリさんくらい敏感な子が、暗黒の海とのリンクがあったら太一君みたいな反応じゃ済まないよ」

 

「要するに、アイツが鈍いせいで事態の深刻さに気が付かなかったってことか」

 

「ま、まあ、そうと言えないこともないね」

 

余りにもあんまりなヤマトからの意見だが、強ち間違いでもないので西島としても否定はしきれない。実際、太一かタケル以外でリンクが結ばれたら、声以外の違和感を感じただろう。

 

「そう考えると、確かに耐性が強いっていうのは良いことばかりじゃないわね」

 

「気づいた時には手遅れなどということになりかねませんからな」

 

京とホークモンの会話が全てを物語っていた。実際、太一を放っておけば恐らく影響が出始める段階でなければ気づかなかっただろう。

 

「まあ、そういうことも含めてバランスなんだろうね。僕らの時も姫ちゃんが耐性あったしね」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。昔は僕らのリーダーって感じで皆の中心だったんだ」

 

「あの様子からじゃ想像できないなぁ」

 

「コラ、ゴマモン!失礼だろ!」

 

「はは、良いんだよ。でもね、ああ見えて僕らのことを考えてくれてるんだ。パッと見は想像できないけどね」

 

西島は昔を食べ懐かしむような顔を浮かべる。

 

「危険があると分かると率先して自分から飛び込んでいくタイプでね。見てるこっちとしては、気が気じゃなかったよ」

 

「何か他人の話を聞いている気がしないわね…」

 

「僕もです…」

 

誰とは言わないが、何処かのバカにそっくりである。

 

「しかも、自分の気持ちを相手に伝えるのが下手でね…本当は優しいのに…敵を作りがちな所は昔から進歩しないんだよね」

 

「苦労したんですね」

 

今は暗黒の海に行っている何処かのバカのことを空は思い出す。ヤマトを筆頭に誰かと揉め事を起こした数は数えきれない。その度に止めたのは大部分が自分であった。

 

「はは。でも僕としては下手くそでも話してくれたら嬉しいんだけど…なかなか上手くいかないね」

 

困ったように大吾が笑っていると地の底から響くような声が響く。

 

「自分では動かず、他者が動くのを待つ…その消極的な姿勢は変わらないな大吾」

 

子供達の背中にゾクリと寒気が走る。声しか聞こえないにも関わらず、存在感だけで只者では無いと瞬時に察した。そして、その存在の敵意が自分たちに向けられていることを。

 

「皆、気を付けろ!何か来るぞ!!」

 

「ヤマト!上だよ!」

 

誰よりも早く戦闘準備を整えたヤマトは、全員に警戒の声をかけると同じく戦闘準備を終えていたガブモンは頭上を見上げる。

 

そこには大きな鳥型デジモンの姿があった。

 

「何あれ!?火の鳥!?」

 

「キレイ…」

 

荘厳な姿を見せたその鳥型デジモンに、子供達の多くは無意識的に畏怖を抱いた。だが、西島だけは違う反応を浮かべた。驚愕を全面に出しながら溢れるような言葉を漏らす。

 

「スーツェーモン…!?」

 

「今更、どの面を下げて元パートナーデジモンに会いに行くつもりだ?この臆病者めが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




例によって続きの投稿は未定です。


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14 罪状

展開が急すぎるのが問題…


「スーツェーモン…って西島先輩あのデジモンのこと知ってるんですか!?」

 

「ちょっと待って!それよりも今…元パートナーデジモンって…」

 

急に現れた謎のデジモンに疑問が湧き上がるが、何よりもその言葉に全員の意識が集中した。

 

「西島先輩が…チンロンモンの元パートナーってこと…!?」

 

ミミのそんな疑問に西島はスーツェーモンを見つめたまま、何も答えない。

 

「ずっと…疑問に思ってはいたんです」

 

そんな中、ポツリと呟かれた光四郎の独白のような言葉が響く。

 

「何故、僕たちの紋章の力で四聖獣の力が戻ったのか…」

 

レオモンのように、進化の力を得たデジモンもいるが基本的にはパートナー以外のデジモン達は退化などしない。疲れてもその形態を保っており、休めば体力も回復する。

 

もちろん例外もいるだろうし、四聖獣が休んだくらいでは回復しないレベルのダメージを負ってしまったのだと無理矢理納得していた。

 

「ですが、四聖獣が選ばれし子供のパートナーデジモンなら…紋章の力で回復することはむしろ自然」

 

「確かに…」

 

「チンロンモンが西島先輩のパートナー…ってことは他の四聖獣も」

 

「ほぼ間違いなく西島さんや姫川さん達、初代選ばれし子供達のパートナーデジモンなのでしょう。そして、そんなことを知っているスーツェーモンももちろん」

 

「四聖獣の一角ってことか」

 

光四郎のデジモンアナライザーで検索しても、スーツェーモンの情報は『UNKNOWN 』。しかし、スーツェーモンが四聖獣であるのならば驚きに値しない。

 

「ほう…貴様、後輩達に自分たちのことを教えてなかったのか」

 

「そんなことどうでも良いだろう。何をしに来た?スーツェーモン」

 

「しれたこと。貴様らの行動を止めに来た」

 

しかし、そんな関係であると推測されるにも関わらず二人の間の空気は酷く緊迫している。とても、仲間の関係には思えない。

 

「僕のことを快く思わないのはわかる…だけど、この子達には関係がないはずだ」

 

「戯け。そんなことで立場を決めるか。今回のホメオスタシスの決定に異議は無い。それを邪魔しようというのなら、容赦はせぬ」

 

バサリと翼をはためかせる。攻撃でもなんでもないその動きだけで、子供達と成長期のデジモン達は飛ばされないように必死に縋り付く。

 

「止めろ、スーツェーモン!この子達は別にホメオスタシスの考えに逆らおうとしてるんじゃない!ただ、話がしたいだけだ!」

 

「話だと?話ならハックモンとの会話で既に終わっているはずだ」

 

「そんな簡単に納得できるわけがないだろう。仲間との関係というのは。スーツェーモン、お前になら分かるはずだ」

 

「それよりも大切なことがある。世界の安定…それは何よりも優先する。大吾、お前なら分かるはずだ」

 

議論は平行線だった。両方の言い分それぞれに筋は通っているのだが、大切にするものが違いすぎる。妥協点を見出すことは難しいだろう。

 

「それが大切なことは否定しない。だが、世界を安定させながら仲間のことを大切にすることもできるはずだ。それは両立させることが不可能な訳じゃない」

 

「お前がそれを言うのか?それが如何に理想論かお前が、お前たちが1番知っていることだろう」

 

それを聞いた大吾が口を閉ざす。何を考えているのかは知らないが、スーツェーモンの言葉に思うことがあるようだ。

 

だが、スーツェーモンの言葉に思うことがあるのは大吾だけではない。他の子供達やデジモン達は大吾が口を閉ざしている合間に、即座に反論する。

 

「難しいからって諦める理由にはならないわ!」

 

「そうさ!おいら達は何時も難しい状況を乗り越えてきたんだ!」

 

「そうだ!太一さんやコロモンを見捨てるなんて絶対にしねぇよ!」

 

「随分と幸せ者だなお前達は…教えてやったらどうだ大吾。世界はそんなに優しくできていないということをな」

 

「んだと!どういう意味だ!?」

 

「言葉通りの意味だ。そうだろう大吾」

 

スーツェーモンの言葉を受けて、今まで黙っていた大吾は静かに口を開いた。

 

「確かにそうだ。世界は優しくなんかない。そんなことはあの時から分かってる」

 

だが、と大吾は目を見開いて続ける。

 

「あの時も今も!僕に力が無かったからあんなことになった!自分の無力さが嫌いにならなかった日なんてない!でも、この子達は違う!この子達は僕たちができなかったことを成し遂げた!今回も僕たちとは違う答えを見せてくれるはずだ!」

 

大吾は感情のままに叫んでいた。子供達には言っている内容の半分もわからなかったが、スーツェーモンは違うのだろう。舌打ちのような音を鳴らすと地鳴りのような言葉を発する。

 

「本当に変わらないな、大吾」

 

何処か苛立ちを隠せないまま、スーツェーモンは続ける。

 

「お前のその…自分だけが悪いとでもいう偽悪的な態度が」

 

スーツェーモンの口に炎が蓄積していく。それを見たタケルはいち早く、デジヴァイスを構えた。

 

「ずっと不愉快だった!」

 

スーツェーモンの口から弾き出された炎は真っ直ぐに大吾へと向かっていく。必殺技どころか、本人からしてみればお遊び程度の技だろうが人を一人殺すには充分すぎる熱量だ。

 

それが着弾する様を見た時、ミミや京は悲鳴をあげたが大吾は間一髪で進化が間に合ったタケルとペガスモンの助けで何とか頭上へと逃れていた。

 

逆に言えばペガスモンが間に合わなければ、大吾は死んでいたことになる。

 

「何やってるんだスーツェーモン!殺す気か!?」

 

「邪魔をするな、希望の紋章の子供!貴様らには関係のない話だ!」

 

「関係あるに決まっているだろ!西島さんは僕らの先輩で、仲間だぞ!!」

 

「では、聞こう。こいつが貴様らに少しでも何か自分のことを話したか?」

 

「そ、それは」

 

確かに何も聞いていない。それどころか、先代の選ばれし子供達であるということを聞いたのも望月の口からだ。

 

「それで仲間とは笑わせる。大吾自身がお前達を仲間だと思っていないのではないか」

 

「仮にそうだとしても、お前は大吾さんの仲間だったのだろう!何故、そのお前が大吾さんを攻撃する!」

 

「先程も言ったはずだ。世界の安定のためには元仲間の命など瑣末に過ぎん」

 

「て、テメエ黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!」

 

今まで黙って話を聞いていたが、この中でも沸点が最も低い大輔は黙っていられないとばかりに言い放つ。

 

「お前も俺たち選ばれし子供も皆、デジタルワールドを助けるために戦った仲間だろうが!その仲間に何でそんな言い方するんだよ!」

 

「勘違いをするな、デジメンタルの選ばれし子供。大吾達や紋章持ちの選ばれし子供達ならば、いざ知らず、貴様らに助けられた覚えなどないわ!」

 

「ん、んだとぉ!?」

 

「大輔さん止めてください!また、戦いになっちゃいますよ!?」

 

「いや、これは黙っていられない!おい、スーツェーモン!どういう意味だ!?」

 

伊織に抑えられた大輔に代わって、ヤマトが声をあげる。

 

「そのままの意味よ。確かに此奴らはデジモンカイザーを止めた。だが、アポカリモンやダークマスターズならばともかく、あの時のダークタワーで操作できたのは大体が成熟期まで。良くても完全体。そいつらが束になった所で私やハックモンに勝てると思うか?」

 

「…それは」

 

勝てないだろう。戦うまでもなくヤマトには断言できた。究極体とそれ以外の力の差は、そこまで大きいのだ。

 

しかし、それだとすると別の疑問が生じる。

 

「じゃあ、何でお前らが止めなかったんだよ!」

 

「ホメオスタシスの意思だ!人間達との関係のバランスを取るために、我々を止めたのだ。我々が動くと、どうしても過激にならざるを得んからな」

 

デジモンカイザーの話題になった時から青ざめていた賢の手を京は咄嗟に握る。スーツェーモンのいう「過激」がどのレベルかは不明だったが、恐らくそのままの意味だろう。

 

「だからこそ、ホメオスタシスは人間の問題は人間に解決させようと考えて、お前達デジメンタルの子供達を選んだに過ぎん!デジタルワールドのために?笑わせるな!そもそも、お前達人間が発端の事件だろう!」

 

その意見を完全に否定はできない。ヴァンデモンの暗躍が有ったとはいえ、あの事件を起こしたのは賢自身であったことには変わらない。

 

「お前達…じゃない…僕のせいだ!」

 

「け、賢君!やめて!刺激しちゃダメ!」

 

「アレは僕の罪だ!人間が悪いわけじゃない!責めるなら僕だけを責めろ!」

 

賢にとってデジモンカイザーとは自らの罪の象徴である。だが、その事実から逃げることはしない。自分は罪を侵した。その事実は変わらない。しかし、その事実から逃げないと誓ったのだ。

 

だからこそ、スーツェーモンの発言は許容できなかった。そうであれば、自らだけを責めるべきだ。

 

だが、その言葉を聞いてスーツェーモンの苛立ちは更に上昇する。

 

「お前といい大吾といい…自分のせい、自分のせいと図々しい奴等だ」

 

空気が明らかに変わった。先ほどまでの脅しではない。本気で攻撃に出るのだろうことを察したデジモン達は前に出る。

 

「そんなに自分のせいだと言うならもう良い…」

 

子供達もそれに気付き、進化させようと行動する。だが全ては遅すぎた。

 

「死んで詫びろ!」

 

明らかに成長期のデジモンと人間を殺すのに十分な火力がスーツェーモンから放たれる。思わず子供達は目を瞑る。

 

しかし

 

「蒼雷!」

 

空から蒼き雷が舞い降りて、スーツェーモンの攻撃を掻き消した。子供達とパートナーデジモンは呆然としていたが、スーツェーモンは苛立ちを込めて言葉を発する。

 

「やはり邪魔をしに来たか…チンロンモン!」

 

「相変わらず過激だなお前は」

 

四聖獣同士が静かに対面した。

 

 

 




15 聖獣


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15 聖獣

2体の聖獣が向き合った瞬間、沈黙が周囲を支配する。

 

勿論、穏やかな沈黙などではない。究極体の中でも上位に位置する2体は直ぐにでも戦闘を初めてもおかしくないほどの殺気を放っていた。

 

顔を青ざめさせながら緊張した面持ちでその痛い沈黙をヤマト達は見守っていた。

 

「邪魔だチンロンモン。そこを退け」

 

「そう言って退くと思うか?その前にお前の矛を納めろスーツェーモン」

 

沈黙は破られたが、交わす言葉の物騒さはナイフのようだ。周囲の子供達やパートナーデジモンは気が気でない。

 

「矛など何時でも納めてやる。他の子供達が勇気の紋章の子供を邪魔しないことが確認できたらな」

 

「邪魔?仲間のことを思いやる気持ちをお前が邪魔だと言うのか?」

 

「当たり前だ。コイツらの行動は世界を滅ぼすかもしれん。それを止めるのが我の役割だ」

 

「この子供達の行動が世界を救ったことを忘れたか?我々ができなかったダークマスターズやアポカリモンの打倒を成し遂げてくれたのがこの子達だぞ」

 

「その行動の結果、ヴァンデモンの暗躍を許したのもまた事実だろう」

 

「都合の良い部分だけを切り取るな。デジタルワールドにも人間界にも居なかったヴァンデモンを倒してくれたのもまたこの子達だろう。我々には奴を滅することはできなかった」

 

確かに人間達の行動がヴァンデモンを助けて世界を危険に晒したのは間違いない。

 

だがそんな世界を救い、ヴァンデモンを倒したのも大輔達のような人間だった。

 

「相変わらず甘いな貴様は」

 

「お前も相変わらず心が狭いな」

 

唾を飲み込むことさえ躊躇する緊張感。究極体どころか完全体に進化することすら難しい今の子供達は、ただその存在感に圧倒されていた。

 

「な、なあ、これ止めた方が良いんじゃ…」

 

「どうやって!?二匹とも究極体よ!?」

 

大輔の当たり前の言葉を京が当たり前の言葉で返す。

 

止めた方が良いことなど分かっている。問題は止めるための方法がないことだ。

 

「蒼雷!」

 

「紅焔!」

 

子供達の言葉が聞こえていないのか、聞こえて無視しているのか定かではないが二匹の緊張が最大限に高まった時に時は動き出した。

 

二匹は自身の誇る最強の技を相手に放つ。最早、殺す気でやっているのか疑うほどだ。同格の二匹の技は中央でぶつかり合い、互いにダメージを負うことはなかったが周囲の子供達はそうではない。

 

「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

ミミと京の悲鳴が周囲にこだまする。当然だろう、四聖獣の必殺技の激突は凄まじい規模の爆風を周囲にもたらした。これで悲鳴をあげないでいる方が難しい。

 

その爆風によって、周囲にいた子供達が無事に済むはずもなく全員が吹き飛ばされないように岩陰に隠れて必死に耐えていた。

 

だが、事はそれだけでは収まらない。その衝撃から発生した光は分裂を繰り返し、子供達の元へと到達する。

 

「な、何だ!?何か光ってるぞ!?」

 

「何かって何!?」

 

「分かりません!」

 

「早く逃げないと危ない!」

 

「落ち着け、選ばれし子供達よ。ただの共鳴だ。害のあるものじゃない」

 

「え?もしかしてこの声って…」

 

ヒカリが聞き覚えのある声に振り返るとそこには今まで何度も助けられた仲間と呼ぶべき存在が立っていた。

 

「「「ゲンナイさん!!!」」」

 

「待たせたね、遅くなってすまない」

 

「待てゲンナイ。アンタこんな所にいて良いのか?ホメオスタシスの意思に背くんじゃ」

 

「心配ない。今は四聖獣同士の戦いを止めることが先決だ。あの二匹を放置しておくことは世界の崩壊へと繋がりかねん」

 

「え?何言ってるの?ホメオスタシスの命令なら止まるんじゃないの?」

 

「無理だ。私たちとは違い、四聖獣はホメオスタシスの命令を聞く義務は全くない。元々は選ばれし子供達のパートナーデジモン。完全に独立した存在だ。デジタルワールドを守るという目的が合致しているだけだよ」

 

「な、何か複雑なのねそっちの世界も」

 

京は頬を引き攣らせる。話を聞くだけでも、あまり穏やかな関係では無さそうである。

 

「ていうかそんなことよりも、この光は何なのよ!!」

 

「あの二匹の必殺技の影響による共鳴現象だ。四聖獣が対面するなど数100年振りだからね。デジタルワールドそのものが影響を受けているんだ」

 

「見て!光が消えていくわ!」

 

空が指差す方向を見ると確かに光が消えていっている。だが、違和感は増していくばかりだ。明らかに光が消えていく先に見えるものは自分たちが先程までいた場所ではない。

 

「ど、何処なんでしょうかここは」

 

「こんな場所知らんがや」

 

「というか明らかに荒廃してない…?というよりも何というか…生命力が無いって感じ?」

 

伊織や京のような第三世代の選ばれし子供達は自分たちが今いる場所に違和感しか抱かなかったが、大吾やヤマトといった前世代の選ばれし子供達は異なり、違和感よりも疑問の方が先に立った。

 

「嘘だろ…!?ここは…まさか…!?」

 

「ダークマスターズがいた時のデジタルワールドに似てる…?そんなことが…」

 

「そのまさかだ。今、私たちは過去の記憶を見ている」

 

光四郎達の発言をゲンナイが肯定する。今、自分たちは過去の映像を見ていると。

 

「ってことはまさか、さっきの共鳴現象の続きってこと…?」

 

「そうだ。あの二匹の過去の記憶を見ている」

 

「じゃあ、昔の大吾さん達が近くにいるってことですよね?一体何処に…大吾さん?」

 

子供達も全員驚いているが、大吾だけは妙に反応が異なることに伊織は気が付いた。驚愕だけではない。顔色も悪くなり、何か体調に異変をきたしていることは明らかだった。

 

他の子供達もそれに気がつき、大吾の側に寄ろうとするがそれをゲンナイが止めた。

 

「放っておくしかない。これは彼にとって…いや、彼等にとってトラウマに近いことだ」

 

「?一体ここで何が…お前らあっちを見ろ!」

 

事態を把握するには視覚情報しか無いことをわかったヤマトは周辺を見渡していたが、遠く離れた空にある光の塊が目に入った。

 

その光は何か暗い塊に押し出され、地面に叩きつけられた。

 

音は聞こえないヤマト達にも察せられるほど凄まじい衝撃である。

 

「アレは…もしかして大吾ハン?」

 

「姫川みたいな子もいるよ。でも、変だなぁ。5人いるよ」

 

「それの何処が変なんだよゴマモン」

 

「だって四聖獣って言うからには四匹なんだろ?一人足りないじゃないか」

 

「言われてみればそうね」

 

どう言うことだ?と言いたげに大吾を見ると顔を青くしたままの大吾は項垂れたまま口を開かない。

 

「見ていればわかるよ…」

 

ゲンナイはそう言うと寂しそうな目のまま、戦場を見つめた。

 

それに釣られてそちらに目を向けると闇の塊のようなものが空から姿を現す。その姿にヤマト達二代目選ばれし子供達は息を呑む。

 

「ダーク…マスターズ」

 

「ダークマスターズ…!?」

 

「アレが…!?」

 

大輔達3代目選ばれし子供達もその名前は知っていたが、対面したのは初めてだ。過去の映像からだけでもその危険性と強さは感じ取れる。

 

ダークマスターズは倒れている子供達にとどめを刺そうと、どどめの攻撃を仕掛けている。

 

思わず飛び出したヤマトと大輔だが、これは過去の映像だ。見えているだけで介入などできるはずもない。

 

ヤマト達を素通りしたダークマスターズの攻撃は一直線に倒れている大吾達へと向かっている。

 

ヤマト達が目を瞑ろうとした瞬間、姫川の手から離れたパートナーデジモンであるバクモンはダークマスターズの攻撃の盾となった。

 

姫川達が別れの言葉を告げる間もないまま、消えたバクモンは粒子と化した。

 

だが、奇跡が起きた。

 

粒子は始まりの街へと帰ることもなくその場に留まり、あろうことか他のパートナーデジモンの体を包んだ。

 

それにより、他のパートナーデジモンの傷は治り、更なる進化を遂げー四聖獣へと姿を変えた。

 

だが、すぐに戦うことはできなかった。現状が理解できていなかったからだ。死を悲しむ暇もなく、危機も去っていない。感情がその場に停滞していた。

 

「何してるの…戦って!」

 

どうしたら良いのか戸惑っている他の子供達を姫川は叱責する。

 

ーその瞳に涙を浮かべたまま。

 

「アンタ達が戦わなきゃ…バクモンの死が無駄になる!」

 

姫川のその言葉に大吾達、初代選ばれし子供達とそのパートナーは戦う決意を固め、ダークマスターズと向かい合う。

 

バクモンの影響かどうかは定かではないが、子供達とパートナーデジモンとのリンクは四聖獣へと進化をした時に切れておりダークマスターズの隙をついて子供達は現実世界へと逃がされた。

 

その結末は今更語るまでもないだろう。長きに渡る戦いの末、ダークマスターズに敗れた四聖獣は封印され、太一達二代目選ばれし子供達がダークマスターズを倒すことによって解放された。

 

人間界に戻った姫川はその後もデジタルワールドに関わり続けようとした。ありとあらゆる手段でデジタルワールドとコンタクトを取り、デジタルワールドを救おうとした。太一達がダークマスターズを倒したと言った後もその行動は続いていた。その結果が今であり、姫川は今でも人間界とデジタルワールドを助けようとしている。何を犠牲にしたとしても。

 

世界を救う。正に英雄の所業だ。

 

だが、姫川には英雄になる以外選択肢がなかった。そのためにパートナーは命を賭けたのだから。残されたパートナーにはー姫川にはその思いを受け継ぐことしかできない。少なくとも姫川はそう考えた。

 

「カッコ良いよね本当に。皆、そう言うよ。でも僕はね…姫ちゃんには…」

 

無理に作ったような笑顔を貼り付けたまま大吾は顔に手のひらを当てる。

 

その姿は泣いているようにも、怒っているようにも、苦しんでいるようにも見えた。

 

「英雄になんて…なってほしくなかったんだ」

 

 

 

 




次話 後悔


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