盾斧の騎士 (リールー)
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第一章 聖祥大付属高校編
第一話 チャックスへ愛をこめて


見切り発車。


「――いやいや、冗談だろ……」

 

 笹原 顕正(ささはら けんせい)は、私立聖祥大学付属高校の1年生である。

 3年前まで男女別だったが生徒数の減少に伴って統合、共学化され、県内でも人気の高校となっている。私立だけあって設備も充実しており、各教室にエアコン、大画面液晶テレビ完備な上、1年を通して使用可能な屋内温水プール、全学年を一斉に集められる大講堂、さらに学内に建てられた図書館は市立図書館を凌ぐ蔵書量となっている。そして何より、特待生にもなれば学費が免除され、支援金として毎月『お小遣い』も振り込まれる。当然、合格倍率も年々高くなってきているのだが、顕正は必死の勉強の末見事特待生としての合格を果たした。

 

 入学から三ヶ月、もうすぐ夏休みだなー、と呑気に考えながらの下校中のことであった。

 学生鞄を片手に歩いていると、顕正の10mほど前を進む二人の女生徒の姿が見える。

 輝く金髪と、深い紫髪の二人組。顕正はこの特徴的な組み合わせを見てすぐに、同じクラスのアリサ・バニングスと月村すずかだと判別出来た。

 どちらも類稀なる美貌と、特待生である顕正と勝負出来るほどの頭脳を持っていて、入学直後から彼女たちとお近付きになろうと躍起にやっている男子生徒が後を絶たない。

 顕正が二人と会話をしたのは5月のこと、一学期中間テストの結果が発表された日である。

 二人を抑えて学年トップの成績を修めた顕正に、

 

「次は負けないわよ!」

 

 と挑戦的に言ったのがアリサで、

 

「ごめんね、笹原君」

 

 と苦笑しながらアリサのフォローに入ったのがすずかだった。

 顕正にとって勝ち負け自体はそこまで気にならない。特待生の条件である学年10位以内に入れさえすればそれでいいからだ。

 ともあれ、そんなこんなで知り合い、夏休み前の期末テストでも張り合ってくるのだろうなー、と予感していた。実際、数日前のテスト結果でその予感は的中した。

 

 

 そんな二人が視線の先にいるのだが、ただ連れ立って歩いているのなら別にそこまで気にしない。わざわざ話しかけに行くほど仲良くはないし、また二人で一緒にいるな、程度にしか思わないだろう。

 顕正が冗談だろ……と口に出したのは、その二人が強面の男三人によって無理矢理車に押し込まれている場面を見てしまったからである。

 しかも一瞬ではあったが、アリサにスタンガンのような物を押し当てて気絶させていたのも見えた。

 その時頭を過ったのは、彼女たちがただの才色兼備の学生であるというだけでなく、どちらも生粋の大金持ちの『お嬢様』であるということだ。

 まごうことなき『誘拐』の現場であり、とりあえず警察に電話をしなければ、という思いと、警察を介入させて大事にしてしまうのか、とで迷う。そして警察に連絡してまともに取り合ってくれるか、今から動き出して警察が間に合うのか。

 普通であれば警察に助けを求める、で何の間違いでもないのだが、笹原 顕正は3年ほど前から『普通』ではなくなっている。

 あー、と数瞬考え、

 

「……これも『騎士』の務め、ってやつかね……?」

 

 と、首からぶら下がっている寡黙な『相棒』に声を掛けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月村すずかは、連れ込まれた海鳴市郊外にある廃ビルの中で思考していた。

 

(こ、このパターンは初めてだなぁ……)

 

 この少女、実は誘拐されることには慣れている。

 15年間で3回の誘拐事件に遭遇しているが、その内1回は姉の婚約者に救出され、残りの2回は自力で脱出していた。

 一度目の時は今回と同じくアリサ・バニングスと共に攫われ、助け出されるまで何もできず震えていた。

 その時から、自分の身は自分で守れるように、と『闘い方』を覚え、二度目三度目は知恵と勇気と生まれ持った能力をもって道を切り開いた。

 今回も、まだスタンガンで気絶しているアリサのことを守りつつであっても、どうにかできる自信があったのだが……。

 

「本当に、奴は来るんだろうな?」

 

「間違いない。この2人と奴が親しくしていることは確認済みだ。親友二人のためなら、あいつは必ずやって来るさ、呼び出しももう終わっている」

 

 犯人たちの会話を聞いて、ため息をつく。

 

 

 

「恨みを晴らす時が来たんだ!あの、――エースオブエースに!」

 

 

 

 これである。

 相手がただの犯罪者、普通の人間だったのであれば、たとえ拳銃を持っていても三人程度簡単にあしらえるだろう。

 しかし誘拐される時に言われたのだ。「恨むなら、エースオブエースを恨めよ。」と。

 エースオブエース、それはすずかとアリサの共通の友人、小学校時代からの親友に付けられた異名である。そしてその名は、限られた相手しか知らないはずであり、流石のすずかであっても軽率な行動を取れないような相手であることは間違いない。

 幸い、犯人たちがすずかとアリサに手荒なことをする気配はなさそうだ。あとは自分の身につけている発信機によって姉が気付き、解決策を見つけてくれることを待つばかりである。

 

 そんなことを考えていたすずかは、

 

 

「――ども、クラスメイト助けに参りましたー」

 

 

 ドアを蹴り破って突入してきたクラスメイトを見て、一体どういうことだろうと本気で思った。

 

「さ、笹原、くん?」

 

「よ、月村。助けに来た」

 

 笑顔の顕正に思わず呼びかけ、どうしてここに、と思うと同時に、まずい、と感じる。

 すずかから見た顕正は、学年でトップの成績を誇る秀才の特待生である。決して荒事に慣れた不良ではなく、基本的に物静かな印象しかない。アリサがテスト結果を見て挑戦的な態度をとっても、さらっと受け流すような人物だ。

 しかも相手が相手である。顕正が多少腕に覚えがあったとしても、相手が悪過ぎる。

 

「――っ、てめぇっ!!」

 

 突然のことに犯人たちも呆然としていたが、我に返って顕正に得物を向けた。

先端の 輝くその『杖』。そこから光の弾丸が発射される。

 

「笹原くん逃げて!」

 

 反射的にすずかは叫んだ。

 あれは、『魔力弾』だ。

 普通の人間が受ければ、ひとたまりもない代物である。

 すずかの声に反応した顕正は自身に迫る光の弾丸を確認して一瞬戸惑ったが、

 

 

「せいっ」

 

 

 右の拳で弾き飛ばした。

 

「……」

 

「……」

 

 いよいよわけがわからない。すずかも犯人たちも唖然とした。

 魔力弾を殴り飛ばした本人は右手をプラプラ振りながら、

 

「いきなり攻撃とは穏やかじゃないな」

 

 まぁ、誘拐の時点で穏やかじゃないのは分かり切っているが、と。

 

「さて、本音を言えばもっと簡単に事件解決、といけると思ってたんだが……」

 

 犯人たち三人を見回しながら首から下げた剣と盾のネックレスを掲げ、

 

「ただの誘拐犯じゃなくて、『魔導師』ってことでいいんだよな?――グランツ!」

 

『Anfang. (起動。)』

 

「騎士甲冑を!」

 

『Jawohl. (了解 。)』

 

 ネックレスから機械的な男性の声が響くとともに、顕正の足元に群青色の、頂点に円を持つ正三角形が展開された。

 

『Panzer. (装甲。)』

 

 三角形が顕正の足元から頭までを通り終わると、そこには騎士甲冑――バリアジャケットを着た顕正の姿。手には、銀と青で彩られた長剣と大盾を装備している。

 

「一応、今回が初『実戦』になるし、名乗っておこうか」

 

 右手に盾を、左手に剣を携え、心底楽しそうな笑みを浮かべながら犯人たちを見据える。

 

 

「『盾斧の騎士』笹原 顕正と、『光輝の巨星』グランツ・リーゼ。

 

 

 いざ。

 

「――推して参る!」

 

 

 

 

 

 

 





チャックスへの愛があふれた結果。






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第二話 騎士の道

従姉は仕様です。


 顕正が『光輝の巨星』グランツ・リーゼと名乗るネックレスと出会ったのは、中学1年生だった3年前のことである。

 小学2年生の時に両親が交通事故で亡くなり、海鳴市を離れて県外の祖父に引き取られたが、中学入学から数ヶ月でその祖父も亡くなった。

 そうして今度は父の弟である叔父の元に身を寄せることになったのだが、祖父の遺品整理の際に目に付いた剣と盾のネックレスを、なんとはなしに触ってしまったのが運命の分かれ道であった。

 いきなり脳内に響いた念話に仰天した顕正だったが、それ以上にグランツ・リーゼの語る『魔法』には、心躍るものがあった。

 

 

 遠い戦乱の時代、ベルカの騎士の長い戦争の中、時空の歪に呑まれて帰還不能となった一人の騎士が地球に辿り着き、そこで女性と恋に落ちた。その一族に代々継がれてきた家宝、という扱いだったグランツ・リーゼというアームドデバイスだが、いつの間にか魔力資質の失われた一族にはもはや忘れ去られた存在と化していたそうだ。

 そんな中、数百年ぶりに魔力を持つ顕正と出会い、顕正を『騎士』として育てようと画策したのである。

 

 

 しかし、魔法文明の存在しない地球において、顕正を『騎士』に鍛え上げるのは困難だった。

 地球は平和すぎたのだ。

 闘うべき敵の居ない世界で、グランツ・リーゼが絞り出した訓練方法。

 

 

 それは、自身が記録している戦乱の記憶を顕正に体験させるものだった。

 

 

 唯一であった祖父を亡くした顕正だったが、言ってしまえば普通の少年である。多少その人生が他の同年代より厳しいものであっても、少年が『魔法』や『騎士』といった非日常にのめり込むのは、当然と言えた。

 新しい家族である叔父夫婦と従姉と日常を送りながら、夜はグランツ・リーゼの指導の元、騎士としての訓練に明け暮れる。

 

 

 

 そんな中学校生活を送っていた顕正は進学先を決める際、生まれた町である海鳴市へと帰ることに決めた。

 理由としてはいくつかある。

 県内の進学校に入れる学力はあったが学費の問題があり、また、故郷に帰りたいと言う意思もあった。

 そして最大の理由は、従姉の存在である。

 二つ年上の従姉は美人で気だても良く、顕正にも実の弟のように接してくれていた、姉のような存在なのだが、少し前から顕正は従姉の自分を見る目が怪しいことに気がついていた。

 普段からスキンシップとして抱きついてくるのは当たり前で、たまに風呂に突入してくるし、朝になると横で従姉が寝ている時もある。

 ある日、夜中に山でグランツ・リーゼによる指導を受けて帰宅し、自室に向かう途中で自分の名を呼びながら艶っぽい声を出している従姉の声を聞いた時、顕正は思った。

 

 この従姉は、いつか一線を超えてくる、と。

 

 顕正は家を出る決意をした。

 

 

 

 そして進学先を調べている中、聖祥大付属高校の特待生が安全圏に入っていたのである。

 叔父夫婦と従姉は反対したが、海鳴には両親と過ごした家が手付かずのまま残っていたこともあり、顕正も積極的に家事手伝いをしていて一人暮らし出来るだけの技能は身につけていた。

 最終的に、聖祥大付属高校の特待生になれなければ、地元の進学校に通うことを条件に、叔父夫婦は顕正に受験の許可を出した。尚、従姉は終始反対を続けていた。

 

 

 それから顕正は必死に勉強をした。安全圏ではあるが、万に一つの可能性も残したくなかったのである。

 グランツ・リーゼとの訓練を並行しながら、勉強を続け、時に従姉の妨害を乗り越え、特待生合格の報せを受けた顕正はその日、祖父が亡くなった時も流さなかった涙を流した。歓喜の涙である。その横では従姉も涙していた。絶望の涙である。

 

 

 

 

 そんなこんなで顕正は海鳴市へと移り住み、現在に至る。従姉からは毎日のように電話とメールが来るが、それ以外は至って平和であり、勉強と騎士としての訓練に精を出している。

 

 そして今日。

 顕正は生まれて初めて『魔導師』と出会い、さらにその相手がクラスメイトを誘拐した犯罪者――敵であることを、諸手を挙げて喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 廃ビルの中、 顕正が剣をもって魔導師に接近すると同時に、別の魔導師が直射弾を放つ。

 右方からのそれに顕正は慌てることなく盾を構え、受け止める。

 

『Aufladen.(充填。)』

 

 グランツ・リーゼの声が響き、顕正はこれくらいなら問題はないか、と安心した。

 再度接近しながら左手の剣を肩まで引き、なんの動きもない魔導師に呆れながら解き放つ。

 

「『燕返し』」

 

 肩から剣を振り、自動で展開されていた防御を切り裂く。そして返す刀で切り上げ、魔導師を吹き飛ばす。

 

『Aufladen.(充填。)』

 

 グランツ・リーゼの発声の時には、顕正は盾を構えながら右の魔導師に突撃している。

 仲間が一瞬で斬り伏せられたことに動揺している魔導師を盾で殴りつけ、防御の空いた隙に剣で突く。戦闘不能を確認した。

 

「な、く、くそっ!」

 

 二人目がなす術もなくやられたことで、ようやく1人離れた場所にいた残りの魔導師が動き出し、杖を構えて砲撃を行ってきた。

 砲撃魔導師か、と少し驚いたが、チャージ時間の短い人一人分程度しか径のない『か細い』砲撃では、顕正の守りを貫けはしない。

 盾を構えて余裕を持って受け止めた。

 その隙を突いて魔導師の誘導弾が左、上、後ろの三方向から顕正に迫るが、左を剣で切り裂き、後ろを盾で防ぎ、剣を返して残る上の誘導弾を弾く。

 そして剣を肩まで引き、魔導師を見据えて小さく唱える。

 

「――『燕返し』」

 

 一瞬で振り抜かれた二度の斬撃は魔力を伴って目標まで『伸びる』。

 一人目と同じく一撃目が防御を切り裂き、二撃目が魔導師を行動不能にした。

 

『Aufladen.(充填。)』

 

「……状況終了」

 

『 Sieg. (勝利。) 』

 

 ふぅ、と息をついたことで、顕正の初実戦は完全勝利の形で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 一連の戦闘を蚊帳の外で眺めていた月村すずかは、未だに呆然としていた。

 クラスメイトの笹原 顕正が『魔導師』であることにも驚いたが、さらには魔導師三人を相手にしてなんの危うげもなく勝利したことにも驚愕していたのである。

 

「月村、怪我はないか?」

 

 装備を解除した顕正が思い出したかのようにすずかの身を案じてくるが、

 

「う、うん、大丈夫。笹原くん、魔導師だったんだね……?」

 

 と質問してしまった。

 それを受けて顕正は少し顔を顰め、「『魔導師』ってか『騎士』なんだが、まぁ、いいか……」と呟いた。

 

「っていうか、月村も魔導師とか知ってたんだな」

 

「うん、小学校の時に、少しね」

 

「へぇ、意外と近くにいるもんだな」

 

 人生の中で自分以外の魔法関係者に出会ったことのない顕正にとって、クラスメイトが魔法を知っているなど思いもしなかったことである。

 

「じゃあ、今回の誘拐もそれ関係か?」

 

「……かな?友達が管理局でも有名人らしくて、その逆恨みってところだと思う」

 

 そう、すずかがなんとはなしに言うと、顕正が疑問符を浮かべた。

 

「――管理局?」

 

「?えっと、時空管理局、だよ?」

 

「なんだそれ?」

 

「……え?」

 

 すずかにとって、魔導師とは大別すれば時空管理局に所属している者か、それに敵対している犯罪者の二つである。

 まさか管理局の存在を知らない魔導師がいるとは思っても見なかったのだ。

 逆に顕正にとっては、知り得る魔法知識は全てグランツ・リーゼから教わったもののみであり、そのグランツ・リーゼの知識は数百年前のベルカ戦乱時代で止まっている。時空管理局なる組織は、当時存在していなかった。

 両者が疑問符を浮かべている状況だったが、突然顕正の顔が険しくなった。

 未だ目を覚まさないアリサの方を確認し、

 

「月村、バニングスを担いで逃げられるか?」

 

「え?」

 

「今こっちに向かって、相当強力な魔力を持った奴が高速で近付いてる。お前らを守りながら戦える自信がない」

 

 グランツ・リーゼによると、推定魔力オーバーSの存在が二つは接近している。その上片方はグランツ・リーゼの長い戦闘経験の中でも、上位に入るようなバカ魔力の持ち主だ。

 

「さ、笹原くんはどうするの?」

 

「とりあえず足止めをする。……正直言って、勝てるかどうか分からない」

 

 だが、と。

 

 

「婦女子を守るのは、『騎士』の務めだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すずかとアリサを逃がしたあと、顕正は再度騎士甲冑とデバイスを展開した。

 

「勝てると思うか、グランツ?」

 

『Nein. (否 。)』

 

「だよなぁ……」

 

 顕正には、実戦経験が絶対的に不足している。

 グランツ・リーゼによる戦乱の記録を追体験し、その中で鍛え上げた戦闘能力で、並の魔導師相手であれば先ほどのように危うげもなく勝利できるであろう。

 しかし次の相手はそうもいかない。全力で戦って、何分足止め出来るか、というレベルだ。

 顕正の魔力量はAA+と、割と多い方らしいが、相手はオーバーSが二人。魔力量だけ多い戦下手であるという期待はしない方がいいだろう。

 それでも、

 

「――やるしかないけどな」

 

『 Ja. 』

 

 短く肯定を返す相棒に苦笑しながら、もしも生き残れたらすずかとアリサから何かしらの返礼があったら嬉しいなぁ、と騎士らしくないことを考える。それくらいは罰が当たらないだろう、と。

 

 

 そうして、『敵』の接近を感じとり、俺はここだと、ここにお前の相手がいるぞ、と改めて知らしめるために少し魔力を解放する。

 グランツ・リーゼに『貯められた』エネルギーは三本分。

 少し心許ないが、それでも戦うしかないのだ。

 

「さぁ、行くぞグランツ」

 

『Jawohl. (了解。)』

 

 剣と盾を携え、騎士は戦場に躍り出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃ビルを飛び出し、空中に佇む顕正は、敵が『封鎖領域』の結界を張ったことで、相手も自分と同じ『ベルカ式』の使い手だと知る。

 そして高速で飛翔してきた『騎士』を見て、大きく動揺すると同時に胸の高鳴りを感じた。

 

 桜色のポニーテール、意思の強さを感じさせる切れ長の青い瞳。手には実戦にのみ適した、直刃の西洋剣。

 

 騎士甲冑こそ記録と違う軽装甲だが、見間違えようがない。

 数百年前の記録の存在であるとばかり思っていたが、

 

「――まさか、『烈火の将』が相手とはな……!」

 

 ベルカ戦乱の時代に猛威を振るった歴戦の騎士である。

 どうやって数百年の時を超えて生存しているのか、何故犯罪者の片棒を担いでいるのか、そうした疑問はあったが、もはやそんなことは顕正にはどうでもよかった。

 グランツ・リーゼの記録の中で、先代盾斧の騎士と幾度となく争い、時に敵として、そして時に味方として、戦場を駆けた好敵手。

 そんな相手と、戦うことが出来るのだ。

 盾と剣を構え、騎士としての名乗りを上げる。

 

 

「『盾斧の騎士』笹原 顕正と、『光輝の巨星』グランツ・リーゼ。名高い『烈火の将』と戦えるなど、光栄の極み!」

 

 

 顕正の名乗りに、一瞬面食らったようだった相手だったが、流石は騎士。応じるように名乗り返した。

 

「――『剣の騎士』八神 シグナムと、『炎の魔剣』レヴァンティン。……なぜ貴公のような騎士がこのような行いをするかは分からんが、我が主の友人に対する狼藉は捨て置けん……!」

 

 

 

 

 名乗りを終え、両者はもはや言葉など不要と押し黙り、構えた。

 

 

 

 

 

 

 




ウルトラ☆勘違い。




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第三話 盾斧

勘違い継続中。


 『剣の騎士』八神 シグナムは憤っていた。

 憤りの対象は目の前の騎士――笹原 顕正に対してであり、また、この荒削りながら優秀な騎士を犯罪者へと堕としてしまった社会に対してである。

 

 その日、シグナムは久し振りに休暇で、主である八神 はやてとその融合機リィンフォースⅡと共に地球へ帰ってきていた。

 主と共に家の掃除をしたり、慣れないながらも料理の手伝いをしてみたりと、休暇を満喫していたのだが、共通の友人である高町なのはからの緊急回線で、まったり気分は吹き飛んだ。

 曰く、月村すずかとアリサ・バニングスが魔導師に誘拐された、と。

 なのはの元に犯人からの脅迫文が送られてきており、二人は海鳴市郊外の廃ビルに連れ去られているらしい。すずかにつけられている発信器によって所在は分かるが、なのは本人は現在ミッドチルダにいる。早急な解決のために、運良く地球にいたはやてとシグナムに助けを求めたのだった。

 そうして駆けつけてみれば、気絶している三人の魔導師の反応と、一人の騎士の姿。シグナムは、仲間割れでもしたのだろう、間抜けな相手だと考えた。

 

 

 

 

 

 切り結んでみると、この笹原 顕正という騎士は、非常に堅牢な相手だった。

 名乗りに『盾』と付くのも理解できる、硬い防御。大盾だけではなく、左手の長剣も頑強で、シグナムの剣戟を受け止めてビクともしない。

 何より厄介なのが、こちらの動きを知っているかのように予測して防御に回ってくることだった。

 斬りかかり、からの死角をついての攻撃であるはずが、その瞬間にはピンポイントで防御の手が伸びている。その上でカウンターの剣が襲ってくるのだ。

 人相を見ればまだ主はやてと同年代程度で、随所に戦闘の経験が浅いであろう『拙さ』が見えるにも関わらず、シグナムは攻めきれずにいた。

 自分が名乗る前に名を当てられていることを見ると、自分の戦闘を研究している相手だと考える。

 シグナムは闇の書の騎士、ヴォルケンリッターとして次元世界に名を知られている歴戦の騎士だ。犯罪者からも恐れられ、戦闘スタイルが知られていることも少なくない。

 しかし、顕正はどうもそれだけではないようだ。

 ともすれば、何度かシグナムとの交戦経験があるのではないかと思うほどに、こちらの攻撃を的確に受け止めてくるが、シグナムにはこの様な騎士と切り結んだ記憶はない。

 恐らく、元は様々な騎士の闘い方を見て学ぶような、向上心溢れる騎士だったのだろうと思うと、シグナムは残念であり、悲しくもあった。

 だが、いかに良き騎士であったとしても、犯罪者にかける情けはない。

 そろそろ終わりにさせてもらうとしよう、と。

 シグナムはレヴァンティンを強く握りしめた。幸いにして、彼我の距離は開いている。中距離ならば、こう攻めるのだ。

 

「――レヴァンティン!」

 

『Nachladen. (装填。) 』

 

 ガシャリ、と愛剣の鍔の辺りから開いた口に、弾丸――魔力カートリッジを挿入し、炸裂させた。

 

『Schlangeform. (シュランゲフォルム)』

 

 直剣であったレヴァンティンがその形態を変え、長大な刃の鞭と化す。

 連結刃。蛇腹剣。

 扱うには凄まじい技量が必要とされるそれを、シグナムは自在に使いこなす。

 

「はぁーっ!!」

 

 一息に顕正の元へと刃が殺到する。

 いかにシグナムの動きを学んでいようと、この連結刃の軌道を読み切るのは至難の技である。

 

「っ!」

 

 顕正は盾を構えて正面を、剣にてそれ以外を防いではいるが、無傷であったその体には少しずつ裂傷が刻まれて行く。

 決まったか、そう思ったシグナムだったが、顕正の動きを見て思い直した。

 瞳は未だ、闘志を失っておらず、連結刃の隙をついて防御に回していた剣を盾の上部に持っていき、盾の上から突き刺した。

 

「グランツ!」

 

『Axtform. (アクストゥフォルム)』

 

 声が響くとともに盾から伸縮式の鞘が伸び、大盾が回転しながら開いて鞘の先まで移動する。

 

 それは、斧だ。

 

 盾と剣が合体、変形し、身の丈を越す大斧となっていた。

 顕正はその斧を振り回し、自身に迫っていた連結刃を弾き飛ばすとともに、大きく振りかぶってシグナムへと肉迫する。

 連結刃は、剣士としての間合いを増大させるものではあるが、その代わりに懐に入り込まれると対応が一手遅れてしまうことが欠点である。

 その弱点を見逃さずに攻め込んだ顕正への評価を上げるのと同時に、若いな、とシグナムは苦笑した。

 シグナムにとってその反撃は、数多の相手が行なってきたものであり、予測の範囲内だ。当然、連結刃の懐に入られたときの対応もある。

 腰に下げたままであるレヴァンティンの鞘を手に、斬りかかってきた顕正の斧を受け止める。

 

 ――否。受け止め、ようとした。

 

 その瞬間、シグナムの脳裏にチリっと焼けるような『危険信号』が走った。

 言わば、戦士の勘。

 幾度とない戦乱の記憶の中の何かが、シグナムに危険を伝えたのだ。

 その『勘』に、シグナムは従った。

 受け止めるために掲げた鞘を、接触の瞬間に手放したのである。

 顕正の斧が振り下ろされ、レヴァンティンの鞘に接触した、その時。

 

『Freilassung. (解放)』

 

 グランツ・リーゼの機械音声が響き、

 

 ――炸裂した。

 

 轟音と、衝撃。

 直接当たっていないにも関わらず、その余波だけでシグナムの体は吹き飛ばされた。

 

「ぐぁっ!?」

 

 宙を舞いつつも、姿勢を制御し、顕正を見ると、その時には再度斧が迫っている。

 何が起きた、あの衝撃はなんだ、そんな思考がシグナムの動きを僅かながら阻害し、まずいと思いながらもシュヴェアトフォルム――直剣形態に引き戻したレヴァンティンで受け止める。

 今度は炸裂の音はしなかったが、大斧による重い斬撃を受けて体勢が崩れてしまう。

 その隙を顕正は見逃さない。

 

「せやぁぁぁ!!」

 

『Freilassung. (解放)』

 

 二度目の、轟音。

 大気を引き裂くようなそれは、二度目こそシグナムに直撃した。

 

「――っぁ!」

 

 凄まじい衝撃。ギリギリではあってもレヴァンティンで受け止めたというのに、防御の上からで全身に浸透する『重撃』だった。防御が間に合わなかったら、一撃受けただけで戦闘不能に陥ったかもしれない。

 シグナムは思う。

 あれは斬撃ではない。

 あれはまるで、

 

「砲撃、だ……っ!」

 

 先ほどまでの長剣と盾による防御重視の闘い方とはまるで違う。

 防御を無視した、斧による超攻撃的な戦闘スタイル。

 斬撃であるはずなのに、その瞬間火力は砲撃魔法のような威力。しかも砲撃にあるような『溜め』が存在しない。冗談のような攻撃である。

 この様な騎士が、在野に埋れていたとは。

 これは、気を引き締めなければ、とシグナムがそう考えていた時のことだ。

 主である八神 はやてからの焦ったような声音の念話が頭に響き、その内容を聞いて、

 

「……は?」

 

 と間抜けな声を上げてしまったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顕正は今、人生最高のひと時を過ごしていた。

 

(俺の、俺の三年間は、何も間違ってはいなかった!)

 

 記録の中にしかいなかった存在、本物の『騎士』と、切り結んでいる。

 その状況が、顕正の実力を最大限まで引き出していた。

 グランツ・リーゼと出会ってから三年間。戦う敵もなく、そして互いに高め合える仲間もいなかった。

 ひたすらに腕を磨き、記録を体験し、恐らく強さを得ただろうとは思っていたが、それを証明するものは何もない。記録の中の騎士を相手取れるようになったとはいえ、所詮は記録の存在。パターンはある程度定まっており、記録である以上相手側の進歩はない。幾度となく戦えば、『勝ち方』が分かってきてしまう。最近は記録の中でダメージを負うことも少なくなってきた。

 少し前にグランツ・リーゼから、正式に『騎士』を名乗ってもいい、と言われていたが、それでも何も変わらない。平和な毎日になってしまったのだ。

 そんな中の、今回の誘拐事件。

 初戦であった三人の魔導師は、正直拍子抜けするぐらい圧勝だったが、今戦っている相手――シグナムは違う。

 紛れもなく歴戦の騎士であり、格上の相手だ。

 比べてしまえば技量も、魔力量も、戦闘経験でも劣っている。

 しかし、その相手にこれ程まで戦えている。

 それは、この上ない喜びであった。

 こちらは相手の動き方がある程度分かっていて、どういうわけか相手はこちらの闘い方を――盾斧の騎士の闘い方を忘れてしまっているようだが、それでも善戦出来ている。

 顕正にとっての、紛れもなく至福の時だった。

 しかし、

 

(楽しい、楽しいのになぁっ!)

 

 そろそろそんな時間も終わってしまうだろう。

 『光輝の巨星』グランツ・リーゼに備わった機能、『撃力充填』。

 デーゲンフォルム――長剣形態の際、攻撃と防御の時に発生するエネルギーを内蔵された五本のカートリッジに貯蓄し、アクストゥフォルム――大斧形態の際にカートリッジを使って高威力の攻撃を放つ。

 それが『盾斧の騎士』の戦闘スタイルだ。

 魔導師三人との戦闘で三本分、シグナムとの戦いで二本分を貯めたが、先ほど二本分使ってしまった。

 しかも二本消費して決定打を与えられていないのだ。

 一本ずつ使って戦っても、勝利する可能性は低いと考えている。

 ならば、決する方法は一つ。

 

(カートリッジ三本分、一発消費の大解放しかないだろう……!)

 

 撃力カートリッジ三本を一気に消費しての、全力攻撃。

 本来、人間に対して放つ威力の技ではないし、放てばまだ技量不足の顕正の体は限界を迎えるだろう。

 しかしやるしかない。

 いや、『やりたい』。

 ここでやらねば、いつやるのだ。

 眼前の騎士は、こちらの動きを待っている。

 この騎士に、自分の技が通用するのか、試してみたい。

 こんな機会はまたとない。

 ならば、

 

「――グランツっ!!」

 

『Jawohl. (了解。)』

 

 相棒は答え、斧となっていた盾が回転して動き、一旦手元で止まる。

 

『Freilassung. (解放)』

 

『Freilassung. (解放)』

 

『Freilassung. (解放)』

 

 都合三度の連続解放。

 バチバチと撃力エネルギーが全身に浸透し、赤いオーラとなって顕正とグランツ・リーゼを包み込む。

 さぁ、ゆくぞ。

 受けて見るがいい、烈火の将よ。

 これが、笹原 顕正の全力全開、『盾斧の騎士』の本気の『砲撃』。

 

 

「――破邪、」

 

 

 その、顕正の正真正銘の死力の一撃は、

 

 

「――けん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――その勝負ちょっと待ったー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然上から降ってきた漆黒の羽を持つ『天使』によって不発となった。

 

「……え?」

 

 ぷしゅー、と放つはずであったエネルギーが霧散し、呆気にとられた顕正。

 直前までの殺伐とした空気はどこへやら、『天使』はシグナムへと駆け寄り、その手を掴んで共に顕正の元へとやって来ると、――頭を下げた。

 

「……は?」

 

「ほんっとうに、ごめんなさい!」

 

「あ、主はやて……」

 

「ほら、なにしてんねん!シグナムもちゃんと頭下げぇ!」

 

 『天使』――少女はシグナムの頭を鷲掴みにすると、自分と同じように頭を下げさせた。

 

「ごめんなさい!今回のことは、私らの勘違いなんです!」

 

「も、申し訳ない……」

 

 少女と共に、謝罪の形をとるシグナム。

 顕正は思う。

 

 

 

「……何が、どういうことだ……?」

 

 

 

 こうして、顕正の至福のひと時は呆気ない終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




はやてちゃんマジ天使!


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第四話 食い違い

短い…。


「この度は、誠に申し訳ありませんでしたっ!」

 

 八神はやては全力で頭を下げていた。

 その謝罪ははやての前で困惑している顕正に向けられている。

 

「いや、まぁ、お互いに勘違いだったわけだし……」

 

 シグナムの主であるという自分と同年代の少女の本気の謝罪に、顕正はどう対応すればいいのか分からなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 顕正の死力の一撃が不発となってから約1時間後、顕正とシグナム、そしてはやては、今回の誘拐事件の当事者である月村すずかの家の客室で顔を合わせていた。

 先程まで、古代ベルカ知識しか持たない顕正に対し、現在の魔法文明、そして時空管理局という組織の説明がなされており、顕正もようやく常識的な魔法文化を知ることができた。

 一通りの説明を受けて管理局というのは警察的な存在であり、ベルカ戦乱期から数百年も経っているのだから、そういった自治組織があってもおかしくないか、と理解したが、古代ベルカの騎士とは既に廃れてきてしまっているという事実に落ち込んだ。

 また、顕正がどのようにして魔導師として覚醒したのか、今までどうやって過ごしてきたのかも説明した。顕正のように魔法文化の無い世界で魔導師として覚醒する例は数が少なくとも過去にあるようで、はやてにはすんなり理解された。

 それから今回の『勘違い』がどうして発生したのか、という話になり、顕正は自分側とはやて達側の話を擦り合わせて、ようやく合点がいく。

 

 

 

 まず、高町なのはからの要請を受けたはやてとシグナムは、すずかの持っていた発信機の反応を元に廃ビルに近付いた。このとき既に、顕正によって犯人達は戦闘不能になっている。

 接近する二人を誘拐犯の増援だと勘違いした顕正はすずかとアリサを逃がし、増援を引き付けるために魔力を解放。

 発信機が魔力反応から遠ざかっていることを知ったはやては、すずかとアリサが自力で脱出したものと判断し、シグナムを魔力反応の元へと向かわせ、自身は二人の保護に駆けつけた。

 顕正とシグナムが勘違いしたまま激突している時、はやてはすずかに事情を聞き、既に誘拐犯を倒した魔導師がいることを知る。

 そしてその魔導師が、強力な魔力を持つ増援を引き付けるために廃ビルに残ったことを知ったはやては、ようやく勘違いに気付く。

 慌ててシグナムに念話をしつつ現場に急行し、必殺の一撃を放とうとしていた顕正を止めに入った。

 

 

 そんな流れである。

 

 

 

 

 

「せやから、今回の件はこちら側の不手際なんや」

 

 と、まだ謝罪の姿勢を解かないはやてに対し、顕正も引けない。

 

「不手際と言っても、敵対者と意思疎通が取れないなんて当然のことだろう?そしてそれを言うなら、俺の方にも落ち度がある。良く考えもしないで二人を敵だと決めつけてしまった」

 

「落ち度って、笹原くんは他の魔導師のことなんて知らんかったんやし、しかも直前に誘拐犯と戦っとるんやから、勘違いしてもしゃあないやろ……?」

 

 はやて達管理局員と違い、顕正には魔法知識が不足している。今まで他の魔導師と会ったこともなく、初めて遭遇した相手は誘拐犯。その直後に近付いてくる魔導師がいたら、敵の増援である敵性存在だと思っても仕方が無い。

 そう思ったのだが、顕正は首を振る。

 

「相手が違えば知識不足と言えただろうが、その相手が『烈火の将』だったのだから、もっとよく考えるべきだった」

 

 

 『烈火の将』が犯罪者の片棒を担ぐなど、ちゃんと考えたらあり得ないとすぐに分かるはずだ、と顕正は胸を張って答えた。

 

 

「……笹原くんの魔法知識って、ベルカ戦乱の時代だけなんよな?」

 

 はやてがそう質問したのは、単純におかしいと思ったからだ。

 『夜天の主』 八神はやての守護騎士たち――ヴォルケンリッターは、次元世界にその名を轟かせている有名人であるが、それは『悪名』としてである。

 はやてが彼らの主となるまでの長い時間、歴代の主によって『悪道』を歩まされてきたヴォルケンリッターの将、シグナムを、これほど『善』の意味で信じる言葉を聞いたことがなかった。

 何かまた、お互いの認識にズレが生じている気がした。

 

「?あぁ、グランツの中に記録された、600年くらい前の知識だが」

 

 顕正のその言葉に、はやては一瞬思考停止した。

 600年前の記録。

 古代ベルカ戦乱の時代の、記録。

 嫌な汗が額から落ちるのを感じた。

 

「さ、笹原くん、ちょっと、……ちょっと待っててな?」

 

 辛うじてそれだけ絞り出すと、はやてはシグナムの手を掴んで客室の外に飛び出した。

 そう、何故気付かなかったのか。

 顕正がシグナムを呼称する際、普段シグナムが名乗る『剣の騎士』、ではなく、かつて闇の書の管制人格であったリィンフォースのみが使っていた呼び名、『烈火の将』と呼んでいたのだ。

 管制人格とリンクしたことのあるはやてはたまにその呼び名を使ってしまうことがあるが、一般的に知られているシグナムの名乗りは『剣の騎士』だけだ。何故、闇の書の騎士、無慈悲なプログラム体として行動していた時しか知らないであろう顕正がその名を知っているのか。

 それは恐らくグランツ・リーゼの記録が、夜天の書が幾度とない『改造』を施されてしまう、前の時代の記録だからだろう。

 主と共に旅をして、各地の魔導師の技術を収集し、研究するために用いられていた、健全であった頃の夜天の書を知るアームドデバイス。

 夜天の主、八神はやてとしても非常に興味深い存在だが、それ以上にその存在を必要とする組織がある。

 月村邸の廊下を走りながらはやては次元通信を起動し、とある事件の際に知り合った『騎士』に、急いで連絡を取った。

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしたんだろうな?」

 

『Unbekannt.(不明。)』

 

 はやてとシグナムが飛び出し、客室に残された顕正は首を捻った。

 しかし自分の発言がどんな影響を与えたのか理解出来ていない顕正がいくら考えても答えは出てこない。きっと自分の常識の無さが何かを引き起こしたのだろう、とは思うが、その何かは皆目見当がつかない。

 どうしたものか、と待っていると、客室のドアがコンコンコン、とノックされた。

 

「どうぞー」

 

 一人待っていても暇だし、誰でもいいから相手をして欲しいと思っていた顕正は、即座に返事を返した。ちなみに相棒であるグランツ・リーゼは話し相手にはならない。寡黙な相棒は、ほとんど単語しか発しないからだ。

 

「――失礼します、……ってあれ?笹原くん一人?はやてちゃんとシグナムさんは?」

 

 入ってきたのはこの月村邸の住人であり、今回の誘拐事件の被害者の月村すずかと、

 

「……。」

 

 先程まで誘拐犯によって気絶させられ、はやてのデバイスであるリィンフォースⅡに介抱されていたアリサ・バニングスの二人だった。

 

「起きたか、バニングス。怪我はなかったか?」

 

「おかげさまでね。スタンガンも市販品で、改造とかはしてなかったみたいだし、それ以外は乱暴に扱われなかったし」

 

 ふん、と顔を背けるアリサだったが、少し虚空に視線を彷徨わせた後、意を決したように顕正を見据え、

 

 

「今日は、本当にありがとう」

 

 

 とはっきりと口にした。

 

「……。」

 

「な、なによ、あたしがお礼を言ってそんなに意外?」

 

「いや、まぁ……」

 

 言葉を濁した顕正にため息をつくアリサ。

 まぁ、今までの態度を見てればそう思うでしょうけど、と呟き、

 

「当然、わざわざ助けに来てくれて嬉しかったってのもあるけれど、あんたが誘拐犯を倒した後、勝てないって分かってたのにシグナムさんと戦って足止めしようとした、っていうのに、本当に感謝してるのよ」

 

 勘違いでの戦闘ではあったが、アリサもすずかもシグナムの強さを知っている。顕正が決死の覚悟で挑んでまで自分たちを逃がそうとしたことを聞いて素直に礼も言えないほど、アリサは子供でもない。

 

「私からも、お礼を言わせて。笹原くん、助けに来てくれて、ありがとう」

 

 ぺこりと頭を下げるすずか。

 誘拐犯に捕まっている時、冷静に状況を把握していたすずかだったが、それでも不安はあった。顕正が助けに来るまで、すずか自身には状況を打開する策が何もなかったからだ。助けを待つしかなかった時に、本当に助けが来てくれた。それがどれだけありがたかったか。

 

 二人から感謝され、うぅ、と顕正は唸る。

 顕正が二人を助け、また強敵に敵わなくとも足止めしよう、という気持ちで二人を逃がしたことは事実である。

 

 しかしその後、シグナムと戦っている時には、

 

(……戦うのに夢中になっていて、二人のこと完全に忘れてた、なんて言えない空気になってるんだが……)

 

 本物の騎士との闘争があまりにも楽しく、甘美であったために、逃がした二人のことは顕正の頭から吹き飛んでいたのである。

 今回ははやてとシグナムが敵ではなかったからいいようなものを、本当に敵の増援であったらすずかとアリサは再度捕まり、顕正は死力の一撃を放って行動不能に陥る、というどうしようもない展開が待っていた。

 増援が二人いることに気付いていたにも関わらず目の前の敵だけに注意を向け、もう一人のことは放置して闘争を楽しんでいた顕正。

 二人からの感謝に「いや、騎士として当然のことをしただけだ。」と返したが、

 

(……まだまだ未熟者だな、俺は)

 

(『Ja. 』)

 

 内心では二人に申し訳なくて、土下座したい気分であったという。

 

 

 

 

 




ベルカ時代の歴史考察は、正直参考資料が少なすぎて適当になっています。
ここらへんはオリ設定ということでご容赦いただきたい……。


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第五話 聖王教会

前話よりも短くなるという…。




 誘拐事件から約二週間後、顕正は一人、第一管理世界ミッドチルダの北部、ベルカ自治領を訪れていた。

 

「……都市部とはえらい違いだな」

 

 

 月村邸に設置された次元転送ポートによって二度目の次元移動を体験した顕正だったが、次元移動する瞬間の不可思議な感覚には慣れることができそうにない、と確信している。

 ミッドチルダに到着した顕正は、仕事で案内に来ることができなかったはやてから渡されたメモを頼りにタクシーに乗り、ミッド北部にあるベルカ自治領に辿り着く。

 近未来的なビルが立ち並んでいた首都クラナガンからタクシーで数時間かけて移動し、辺りの自然溢れる田舎町、といった風景は、どことなくグランツ・リーゼに記録されたベルカの世界に似た印象を受ける。もっとも、記録の大半は戦乱の時代であり、平穏とは程遠い記録であったが。

 顕正は旅行鞄を片手に景観を楽しみながら、舗装された道を歩き出した。

 目指すはベルカの民が9割方信仰すると言われている、『聖王教会』の本部である。

 

 

 

 

 

 

 

 二週間前の月村邸、すずかとアリサと雑談に花を咲かせていると、はやてとシグナムが客室に戻って来た。

 突然席を立った謝罪もそこそこに、はやては真剣な眼差しで顕正に提案した。

 

「笹原くん、夏休みの間に、ちょっとしたアルバイトするつもりはあらへん?」

 

 

 はやての話によると、グランツ・リーゼに残された古代ベルカ時代の歴史というのは、学術的価値のある記録であり、聖王教会という組織がその記録を求めているのだそうだ。

 はやて自身は時空管理局の局員という立場にあるが、夜天の書の主として聖王教会にも関わりがあり、以前事件に関係して知り合った教会の騎士に確認したところ、顕正とグランツ・リーゼには是非一度聖王教会まで来て欲しい、とのことだった。

 高校生である顕正は学業もあって、気軽に次元移動してミッドチルダに行くわけにもいかないが、高校ももうすぐ夏休みに入る。まとまった時間の取れるこの機に、聖王教会の歴史検証に付き合ってはもらえないだろうか、もちろん、相応の謝礼は出る、と。

 

 

 顕正はしばし思考し、そして了承の意を返した。

元々時間のある夏休みには、アルバイト先を探すつもりであったし、ベルカ人の信仰する聖王教会には興味があった。怪しいアルバイトならいざ知らず、グランツ・リーゼの記録の時代にも存在した聖王教会ならば、ある程度の信頼も出来る。

 何より、夏休みの間長期に渡る住み込みのバイトであることが魅力的であった。

 実はしばらく前から、従姉が夏休みの間に海鳴の笹原家に泊まりに来ようとしていることを顕正は叔父から知らされていた。それも夏休みの間ずっと。

 せっかく貞操の危機を逃れて海鳴市にやってきたというのに、叔父夫婦すら存在しない笹原家に従姉と二人っきりの一ヶ月半など、恐ろしくて眠れもしない。一服盛られてはいおしまい、の可能性すら考えた顕正は、はやての提案に乗ることにした。流石の従姉であっても、次元世界を飛び越えて顕正に会いに来ることは不可能のはずだ。

 

 

 そうして顕正の聖王教会訪問が決定した。尚、その旨を――もちろん魔法関係を伏せて友人の紹介で長期アルバイトに行く、と――叔父に連絡すると、冬休みには一度帰ってくるように、という叔父の心配そうな声と、従姉が「やだー!夏休みはけんちゃんと過ごすって決めてたのにー!!」と悲鳴を上げているのが聞こえた。顕正はガッツポーズを隠せない。

 

 

 

 

 

 運悪く、はやてもシグナムも仕事で同行出来なかったが、顕正は聖王教会に辿り着いた。

 受付の女性に八神はやての紹介で来ました、と伝えると、女性は「はい、少々お待ち下さい」と笑顔で伝えてから手元の書類を確認し、固まり、書類を見直し、顕正の顔を見て、また書類を確認し、「しょ、少々お待ち下さいっ!」と慌てて走り去った。

 

「……」

 

 残された顕正。受付の周りに居合わせた人たちが何事かと顕正を見てくるが、顕正にもどういうことか分からない。

 受付にて待つこと数分、受付の女性が一人の修道女を連れて戻って来た。

 受付の女性が走ったことにより肩で息をしているにもかかわらず、修道女の方は息一つ乱していない。また、その立ち居振る舞いからただの修道女ではないのだろう、と顕正は判断した。

 

「お待たせいたしました、騎士ケンセイ。案内を仰せつかりました、シャッハ・ヌエラです。本来であれば出迎えに行きますところを、御配慮していただき……」

 

 年上であることは間違いないそのシャッハと名乗る修道女の謙りように、顕正のほうが焦ってしまう。

 確かにこの訪問の計画を立てている際、聖王教会から案内役を向かわせる、と申し出があったのたが、自分に対してそこまで手を煩わせるのは偲びない、と顕正は辞退していた。

 顕正にとって今回の聖王教会訪問は、あくまでも歴史検証のアルバイト程度の認識しか持っておらず、聖王教会側から見れば非常に重大な歴史の生き証人であるアームドデバイスを持ち込んでくれた『来賓』であることが、きちんと認識出来ていなかったのだ。

 

 

 

 シャッハの態度に焦りつつも騎士としての名乗りを返し、顕正はシャッハに連れられ聖王教会本部の来賓室に通された。

 少々お待ち下さい、とシャッハは退室し、顕正はまた一人残されることとなる。

 部屋を見回せば、目利きの出来ない顕正にも分かるような、高価な調度品の数々。それを見てようやく、顕正も自分が思っている以上にVIP待遇を受けていることに気が付いた。

 なんだこれ、と一人頭を抱える。

 思えば二週間前の事件から、自分の想像を超えたことばかりである。

 顕正はこうなった原因である自分の相棒に非難の眼差しを向けるが、そんなことをしてもどうにもならないことは理解している。

 寡黙なアームドデバイスが原因とはいえ、魔法文明のことをよく考えもしないで今回の『アルバイト』を承諾したのは自分なのだ。

 従姉から逃れられるから、と反射のように返事をしてしまった自分が悪い。そもそも月村邸での話し合いの際、グランツ・リーゼの記録している年代を話した時のはやての焦り様から察することが出来たはずである。

 結局自分の思考不足か、とため息をついていると、来賓室のドアがノックされた。どうやら待ち人が来たらしい。

 はい、と返事を返せば、失礼します、とシャッハがドアを開け、続いて一人の女性が入室してきた。

 

 

 流れるような金髪に柔和な笑みを浮かべた、シャッハとはまた別の意匠の修道服を纏ったその女性は顕正に一礼し、

 

 

「本日は御足労いただき、誠に有難う御座います、騎士ケンセイ。聖王教会所属騎士、カリム・グラシアと申します」

 

 と、たおやかな身のこなしのまま名乗ったのだった。

 

 

 

 

 




戦闘が、書きたいです…



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第六話 風を起こす者

早くも少し期間が空いてしまいましたが、まだ生きています。

尚、ゲームだとできないけど、チャックスになら出来そう、という動き有り。



 それはまさに、人生で最高の日であった。

 

 参列する友人たちの拍手を受けて、自分たちが本当に祝福されていることを改めて思い知る。

 神聖なる教会、その中央で、彼は相手を待つ。

 父に手を引かれながらヴァージンロードを歩み、自分の元へやってくる最愛の花嫁。

 二人で決めた純白のウエディングドレスを着た姿は衣装合わせの時に一度見たはずなのに、その美しさに耳が赤くなるのを感じた。

 歩みを進めた花嫁は歩きながら、ヴェールの下から笑顔を向けてくる。

 祭壇の前で、正式に自分の義父となった花嫁の父とバトンタッチし、万感の思いを込めて握手を交わす。

 花嫁とともに歩き出し、自分たちの神聖なる誓いの証人となってくれる牧師の元へと進んだ。

 牧師の問いかけに、誓います、と静かに返せば、花嫁にも同じように問いかけ、花嫁もまた、誓います、と言葉を紡ぐ。

 そして、互いに愛を込めた指輪を交換する。牧師が祝福のために重ねた二人の手はどちらも緊張のためか少し冷たかった。

 では、誓いのキスを。

 牧師の言葉に、花嫁のヴェールを上げた。少し恥ずかしそうな、しかし幸せを噛み締めるかのような花嫁の顔を見て、自分の顔がにやけているのが分かる。

 

 近づいて行く二人の顔。

 

 その途中で、花嫁が小さく呟く。

 

 

「――一緒に、幸せな家庭を築こうね、けんちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝。

 直ぐに目に入った見慣れぬ天井を無視して、ガバッと身を起こした。

 周りを見渡し、――ここがベルカ自治領、聖王教会本部の客室であり、自分が歴史検証のためにこの地に滞在していることを思い出す。

 枕元に、鈍色に輝く相棒の姿を発見。

 

『Guten Morgen. 』

 

「……あぁ、おはようグランツ」

 

 ふぅ、と一つため息をつき、

 

 

「――夢で、よかったー!!」

 

 

 笹原 顕正は、心の底から安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 ベルカ滞在二日目、顕正は昨日のうちに聞いておいた、教会騎士の修練場まで足を運んでいた。

 

 昨日は簡単な顔合わせと自己紹介をし、本格的に歴史検証をするのはまた明日から、という形で話が終わった。

 それからシスター・シャッハによる教会本部内の案内が行われ、そうこうしている内に日が沈み、食事、入浴の後、就寝となった。

 

 朝の夢は忘れよう、所詮夢は夢である。

 まだ朝早く、他の誰の姿もない修練場で剣を振るいながら、顕正はひたすらにそれだけ考えていた。

 割とあり得そうな未来だから余計に恐ろしい。一つ選択肢を間違えただけであの未来に行き着いてしまいそうだ。

 アグレッシブな従姉の魔の手にいつの間にか絡め取られ、なし崩しに結婚までいってしまう可能性を考えると、その恐ろしさに身震いする。

 ちなみに一つ補足しておくと、別に顕正は従姉のことが嫌いなわけではない。むしろ普段の振る舞いには好感が持てるほうではある。しかし、垣間見える愛の重さが怖いのである。従姉の子供っぽさと同時に独占欲の強さを知る顕正は、アレを受け入れたら人生決まるだろうな……と思っている。

 

 そうして『悪夢』を忘れようと訓練用の木剣を振るう顕正に、声をかける人物がいた。

 

「――おはようございます。朝から精が出ますね、騎士ケンセイ。勤勉であることは良きことです」

 

「――おはようございます、シスター・シャッハ。未熟なこの身には、鍛錬が欠かせないだけですよ」

 

 素直に返した顕正に、それを勤勉と呼ぶのですよ、とシャッハは微笑んだ。

 

 本部内の案内を受けているときに、自分にそこまで気を使っていただかなくても結構です、と告げた顕正。それからシャッハは、顕正を来賓としてではなく、研鑽中の若き騎士として扱ってくれていた。

 

 修道服ではなく、動き安そうな運動着を着ていることから、シャッハもまた稽古のために修練場に来たことに気が付く。

 

「普段であればこの修練場も、教会の若い騎士見習いでいっぱいになっているのですが、教会もちょうど休暇のシーズンですから、このように人がいなくて寂しい限りでして……」

 

 騎士ケンセイの姿があって嬉しいです、と。

 微笑むシャッハに、少し恥ずかしさを覚えた顕正。顕正にとってこの時間に修練を行うのは、最早日課といっていいほどであり、称賛されるとは思っていなかったのだ。

 そして、せっかくベルカの地で、現役の教会騎士との朝稽古である。

 もしよろしければと、顕正はシャッハに一つ頼んでみることにした。

 

 

 

 広い修練場にて、顕正は相棒を起動させる。

 

「グランツ、騎士甲冑を」

 

『Jawohl. (了解。)』

 

 群青のベルカ式魔法陣が展開され、顕正は騎士甲冑を纏い、大盾と長剣を装備する。

 少し離れた場所でシャッハも騎士甲冑――ノースリーブで腕の自由度の高い、軽装甲を身につける。そして手には、二本一対の双剣型アームドデバイス、ヴィンデルシャフトを展開した。

 

 

 顕正の頼みとは、戦闘経験の浅い自分と模擬戦を行って欲しい、というものであった。

 それをシャッハは快諾。元より、歴戦の騎士であるシグナムと渡り合ったと伝え聞く顕正の腕を確認したかったのである。

 幸い、未だ修練場には二人の他に姿はなく、激しく戦闘を行っても迷惑にならない。

 すぐに始めよう、と互いに装備を整えた。

 

 

「――『盾斧の騎士』笹原 顕正と、『光輝の巨星』グランツ・リーゼ」

 

「――聖王教会所属、修道騎士シャッハ・ヌエラと、『風を起こす者』ヴィンデルシャフト」

 

 互いに名乗り、構える。

 顕正、二度目の騎士との戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 初手、攻め込んだのはシャッハである。

 双剣といいつつ、形状はトンファーであるヴィンデルシャフトを回転させ、正面から顕正に叩きつけた。

 当然顕正は大盾で防ぎ、左手の長剣でカウンターを狙う。

 シャッハにとってもそれは予測の範囲内で、剣撃を軽くスウェーで躱し、そのままバク宙の要領で蹴りを放つ。

 下からの強襲に、顕正は焦らず身を引き、すぐさま盾を使って殴りつけたが、その時にはシャッハは回転の勢いを使って攻撃範囲から逃れていた。

 今度はこちらから、と顕正が盾を構えて突進すれば、シャッハは残像が残りそうな速度で横に移動。大盾のカバーが効きにくい左側から、顕正に迫る。

 可動範囲上、盾での防御は諦め、左手の長剣を肩まで引く。僅かなタメの後、

 

「『燕返し』っ!」

 

 二連の斬撃が飛ぶ。

 魔力を伴って伸びたその斬撃がシャッハに直撃する、その瞬間である。

 ふっ、とシャッハの姿が掻き消えた。

 どこに消えた、と一瞬の思考、そして脳に走るゾクリとした悪寒。

 感覚に身を任せて盾を後ろに動かせば、ガキンっと金属音。

 視線をそちらに向ける前に背後の気配は消え、今度は上から感じる殺気。

 盾でも剣でも間に合わないと判断した顕正は、魔力による左足の強化を瞬間的に増大させ、サイドステップの形をとって大きく右にスライドすることで、ヴィンデルシャフトの振り下ろしを回避した。

 

「……」

「……」

 

 言葉はなく、お互いに見つめ合う。

 

 顕正はシャッハの高速移動に感覚でしか反応できず、攻め手が見えないでいた。

 そしてヒットアンドアウェーの高速戦闘では手数の少ない顕正に分が悪く、また小刻みな剣撃ではグランツ・リーゼに溜まる撃力エネルギーが少ないため、次に繋げにくい。まだカートリッジ一本分しか溜まっていないのだ。大斧に変形させるにはまだ早い。

 どう攻めるか、顕正は悩む。

 

 

 シャッハのほうも同じく、攻め悩んでいた。

 戦闘経験が浅いという話だが、顕正の状況判断能力は高い。シャッハの奇襲にも的確に対応し、まだ一撃もクリーンヒットが取れていない。

 また、大盾と長剣という重装備であるにもかかわらず、顕正のフットワークが軽いのも想定外だ。

 先ほどの上からの一撃は、確実に入ったと思ったのだが、蓋を開けば一瞬で離脱された。

 硬い防御に加えて、機動力もある。

 攻めるには難しい相手だった。

 

(騎士シグナムと渡り合ったというのは、やはり本当のようですね……)

 

 顕正の立ち居振る舞いを見て、優秀な騎士であることは見て取れたが、この若さでこれだけの技量。戦乱期のアームドデバイスにしか師事をしていないなど、とても信じられない。生まれ持ったセンスだけではなく、努力を積み重ねたのだろう。

 それならば、

 

(例え模擬戦であっても、全力でお相手するのが騎士の礼儀というものです!)

 

 シャッハ・ヌエラの攻撃は、速さと手数だけのものではない。

 速いだけでは、避けられる。手数だけでも防がれる。

 

 だというのなら、更に『重さ』を重ねよう。

 

「ヴィンデルシャフト!」

 

 ガシャリと、非人格型アームドデバイスはカートリッジを炸裂することで答えた。

 

 

 今までの、速さに重きを置いた連打ではなく、魔力カートリッジにより底上げされた、重連撃。

 

「ぐっ!――かはっ!?」

 

 顕正は盾で防ぐものの、重い連打に怯み、直後に後ろに回り込んだシャッハの鋭い打撃を受けてしまう。

 喰らいつつも剣で反撃するが、その時にはシャッハはもう攻撃範囲を離れていた。

 そこからシャッハの猛ラッシュが始まった。

 四方八方から強襲する打撃に、防御もカウンターも間に合わない。

 大部分は盾と剣での防御に成功しているが、その隙間を縫って蹴りも入る。

 形勢は少しずつ、シャッハに傾いていた。

 

 

 この分なら、削り切れる。

 そう感じたシャッハだったが、まだ油断はしていない。

 

(さぁ、いつ『出す』のですか、騎士ケンセイ?)

 

 シャッハはシグナムが危機感を抱いたという、グランツ・リーゼの『変形』を警戒していた。

 防御を抜いて浸透する炸裂打撃。

 歴戦の騎士であるシグナムをもってしても、直撃したら行動不能を覚悟するその一撃。

 もっとも、

 

(……この状況では変形する暇もないですかね!?)

 

 未だラッシュは続いている。非才の身であると自負しているシャッハは日々の鍛錬を欠かさず、継続戦闘に耐えうるスタミナを身につけている。

 顕正が息切れを待っているとしたら、それはしばらく先の話だ。

 動きのない顕正に襲いかかりながら、観察を続ける。

 そして、ようやく、顕正が動いた。

 

「グランツ!」

 

『Jawohl. (了解。)』

 

 まだラッシュ中である。そんな中の、防御を捨てた形態への変形か。

 無謀な賭けだ、とシャッハが判断したが、それは間違いである。

 グランツ・リーゼは変形を行ったわけではない。

 構えた盾はそのままに、顕正はシャッハに剣を向けただけだ。

 剣の切っ先には、群青色のベルカ式魔法陣が展開されている。

 

 まさか、と。

 

 思った瞬間には、放たれる。

 

 

「――『刹那無常』!」

 

 

 煌めく群青。

 まさしく、刹那限りの一撃。

 存在したのは一瞬だけで、その光はもう確認出来ない。

 

 その光が、『砲撃魔法』であることにシャッハは気がついていた。

 一瞬しか存在は保たれなかったが、その砲撃は本能で回避に移ったシャッハの髪を掠めている。

 そしてその隙をついて、顕正は愛機に呼びかけた。

 

「――グランツ!アックス!」

 

「Axtform. (アクストゥフォルム)」

 

 剣をそのままに、盾を動かす。

 盾の中心に内蔵された鞘に突き刺せば、回転移動した盾が開く。

 完成した大斧を手に、顕正は反撃を始めた。

 

 

 

(……変形の隙を作るまでは素晴らしいですね。しかし、この状況でそれは悪手ですよ!)

 

 大斧を振りかぶって迫る顕正だったが、シャッハはそれでも余裕があった。

 大斧の火力は驚異的である。

 しかし、それは当たればの話だ。

 盾と剣を一体化させた大斧は、顕正の鍛えた膂力と、豊富な魔力にものを言わせた身体強化を合わせても、まだ重いのである。

 重さがあるので振り下ろしの速さはあるが、それを避けられればリカバリーが効かない。

 機動力のある長剣形態のときでさえシャッハに速度で劣り、当てることが出来なかったのに、更に遅くなった大斧でシャッハを捉えることはできないだろう。

 しかも防御も捨てたこの形態、シャッハにとっては攻めやすくなっただけである。

 

 顕正の振り下ろしを余裕を持って躱し、回り込みつつ背後から勝負を決める一撃を放つために、右のヴィンデルシャフトを引いた、そのときである。

 

 

『Freilassung. (解放)』

 

 

 轟音。

 衝撃。

 それが辺りに響いた時には、グランツ・リーゼが横からシャッハに迫っていた。

 

(っ!?衝撃の反動で無理やり反転させたのですか!?)

 

 慌てて攻撃しかけていた右も合わせ、両方のヴィンデルシャフトで受け止めるが、それこそ顕正の狙い通りである。

 

「グランツ!」

 

『Freilassung. (解放)』

 

 再びの轟音。

 

「くっ!!」

 

 その衝撃のあまりの重さに、受け止めた双剣が手を離れて宙に放り出された。

 

(もらったっ!)

 

 その隙を見逃さず、顕正は大斧を振りかぶる。

 ヴィンデルシャフトを弾き飛ばした以上、もうシャッハは防御を行えない。

 そんな衝動に身を任せた顕正は、

 

 

「――まだまだ、ですね」

 

 

 無手のまま足元に沈み込んだシャッハの動きに反応できず、足払いを受けて転倒させられた。

 ハッとするが、もう遅い。

 宙を舞っていた双剣はシャッハの手元に戻り、無防備な顕正の喉元に突きつけられていたのだった。

 

 

「……参りました」

 

『……Verloren.(敗北。)』

 

 

 

 




 シスター・シャッハのどこら辺が『非才の身』なのかと問いたい。

 あと、シスターの蹴り技が目立つのは当然トンファーキックから。
 


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第七話 行く末を見据えて

 時間をかけたのに、自分でも納得いかない出来になってしまった…。





「――色々考え中ですけど、今のところの一番は、教師ですかね」

 

 カリムからの質問に少し悩んだが、顕正はそう返した。

 

 

 シャッハとの模擬戦を終えた後、そのままシャッハに稽古をつけてもらい、気付けば昼近くまで時間が過ぎていた。

 午後からはカリムと、本来の目的である歴史検証の時間であるため、顕正は慌てて汗を流し、食堂で昼食をとった。

 そしてシャッハと合流してからカリムの執務室へ赴き、専門家によってまとめてあった現在確認の取れているベルカの歴史と、確証はないが恐らくこうであっただろうという空白の歴史を見て、グランツ・リーゼに記録と照合していく作業を始めた。

 

 ちょうど作業に区切りがつき、少し休憩時間にしましょう、というカリムの提案の元、ティータイムと洒落込んだ。

 カリムが、

 

「顕正さんは、将来の夢というものはありますか?」

 

 と質問したのは、そんな時のことである。

 

 

 

「教師、ですか?」

 

「えぇ、実は、亡くなった両親は生前教職についていまして。……まだ自分も幼くて、あんまり覚えているわけではないのですが」

 

 顕正の両親が事故で亡くなったのは、顕正が小学二年生の時だ。その後引き取ってくれた祖父から、よく両親の話を聞かされた。

 

「では、ご両親と同じ職に就きたい、と」

 

 シャッハの言葉に、照れ臭さが出て来て頬を掻きながら、

 

「正確に言うと、両親がどういう風に生きていたか、っていうのが気になるんですよね」

 

 二人の見ていた日常は、どんな景色だったのだろう、と。ふとした時に、顕正は思ったのだ。

 両親との記憶は確かにあるが、それは家族としての日常で、それ以外にも仕事の時の日常があっただろう。

 顕正は、両親がどんな風に仕事をしていたのかを知らない。祖父からの話は主に両親が若い頃の話ばかりであったし、両親の同僚と話したこともほとんどないからだ。

 

「なるほど……」

 

 顕正の言葉を聞いて、思案顔のカリム。その横ではシャッハが、目標のあることは良いことです、と頷いている。

 そしてカリムは少し迷いつつ、顕正に伝えた。

 

 

「このようなことをお聞きしたのは、顕正さんには将来、聖王教会の騎士として生きるという選択肢があることをお伝えしたかったからなのです」

 

 

「……自分が教会騎士に、ですか。」

 

 顕正の確認に、カリムははい、と頷いた。

 

「もちろん、今まで通り、地球で生活することも可能ですし、また、時空管理局で働くことも選択肢の一つです」

 

 顕正さんのようなケースだと、時空管理局に入るという選択肢が一般的ですね、と。

 

「偶然魔法文明に関わってしまった方は、その多くが管理局に入局しますし、何かしらの事情で生まれ育った世界を離れたくない方も管理局に魔導師登録をして、魔法を隠して生活されます」

 

 カリムの言葉を聞いて、顕正ははやてに連れられて一度だけ訪れた時空管理局本局を思い出す。

 街を一つ内包する巨大な次元艦である本局で、顕正が本格的に魔法文明に関わるきっかけとなった誘拐事件の事情聴取を受けたのだ。

 最初は事情聴取と聞いて、数日間に及ぶ長期戦を想像したのだが、実際に受けてみれば事情聴取自体は一時間も掛からない呆気ないものだった。しかしその後には、事情聴取を行った管理局員の熱烈な勧誘が待っていた。

 君も一緒に次元世界の平和を守らないか!?と、熱い正義感を瞳に宿しながらのそれに顕正は、考えておきます、とだけ返した。いきなり言われて困惑したこともあるが、そもそも顕正は特別正義感の強い人間ではない。目に見える範囲の悪事であり、それにより自分に害がなければ動かないだろう。誘拐事件は偶然目にし、尚且つ自分に解決の手段があったから動いたに過ぎない。次元世界の平和を守る意思など、持ち合わせていなかった。

 

「管理局に所属することが悪いことだ、などというつもりはありませんが……」

 

 私自身、教会と管理局どちらにも籍を置いていますし、と前置きをしたカリムに、そういえば自己紹介のときにそんなことを言っていた、と顕正は思い出す。

 

「顕正さんのような古代ベルカ式の使い手であり、また『騎士』の呼び名に相応しい技量をお持ちの方には、是非聖王教会に所属していただきたいのですよ」

 

 ミッドチルダ式魔導師の多い現代で、古代ベルカ式を扱う騎士は数少ない。ベルカ式の使い手はそれなりにいるが、それはベルカの技をミッド式によってエミュレートした近代ベルカ式のものばかりだ。改悪されているわけではないのだが、歴史と伝統を守る聖王教会には古代ベルカ式の騎士を確保したい、という考えがある。

 しかし当然のことながら、新しく見つかる古代ベルカ式の騎士という存在はそうそう居ない。古代ベルカはとうの昔に崩壊した文明だ。

 そんな時代の人物が生存していることなどありえないし、古代より代々受け継がれてきた数少ない名家の人間は、すでに管理局か教会に所属している。

 グランツ・リーゼのような古代ベルカ時代のデバイスと、その指導のもと鍛えた、無所属の顕正は、極めてレアな存在と言える。

 

「もちろん、すぐに返事をして頂く必要はありません。顕正さんはまだ学生ですし、魔法文明に関わって日が浅いこともあって判断のための情報も少ないでしょう。ただ……」

 

 将来の選択肢の一つとして、考えて見てくださいね、と。

 カリム・グラシアは微笑みとともに言うのだった。

 

 

 

 

 

 歴史検証を終え、顕正が執務室を出た後のこと。

 

「――些か、早急すぎたのではありませんか?」

 

 シャッハは仕事を終えて紅茶を飲みカリムに問いかけた。

 顕正を聖王教会に勧誘することは、その存在を知ってからすぐに決定した計画だ。なんとしても引き入れるように、と教会の上層部から指示もされており、少なくとも管理局に渡すな、と言われている。

 計画では一ヶ月以上の時間をかけて、じっくりと顕正の思考を誘導するはずであった。会話の合間に聖王教会に所属した際のメリットと、管理局に入局した際のデメリット、地球での生活を続けた時に発生する制限などを顕正に伝え、今回の来訪が終わる頃には次回の長期休暇の際にまた教会本部へ訪れるという約束を取り付ける、といった流れである。

 今日のカリムのような、教会が古代ベルカ式の騎士を欲しているので所属して頂きたい、という下手に出た交渉ではなく、顕正自身が進んで聖王教会に所属したい、と思わせる計画だったのだが、カリムはその計画を無視して勧誘を行ったのだ。

 

「そうね、確かに早すぎるかもしれないけれど……。シャッハ、貴方は顕正さんと模擬戦をしてみて、どう思った?」

 

 いきなりの話題転換にシャッハも不思議に思いつつ、午前中の模擬戦とその後の稽古を思い出す。

 

「……勝ちを急ぐ傾向があり、まだまだ若いと言わざるを得ません。しかし、とてもではありませんが、アレで魔法に関わってから三年間しか経っていないなんて、信じられません」

 

 古代ベルカの記録を元に鍛え続けたというが、顕正の対応力には目を見張るものがある。

 模擬戦中、シャッハの攻撃をほぼ防ぎ切っていたことが何よりの証だ。

 

 シャッハが得意とする高速戦闘は、ただ単にスピードがあるだけではない。

 普通の高速移動も得意な内に入るが、その真髄はシャッハの手持ちの魔法の中で最も多用される、『転移魔法』にある。

 シャッハの転移魔法適性は聖王教会でも随一で、本人の修練の成果もあり、戦闘中の『超短距離転移魔法』をデバイス無しで行えるほど。

 高速移動にあるような、方向性の見えてしまう『入り』や『抜き』もなく、瞬間的に相手の死角から攻撃を可能とするその戦闘スタイルは、分かっていても防ぎ切れるものではない。

 それを顕正は、感覚的な行動ではあるが防御出来る。

 莫大な時間を修練や戦争に注ぎ込んだ、シグナムたちヴォルケンリッターのような存在であれば納得出来るが、顕正は経験も浅い若手の騎士だ。

 一級品の戦闘感を持った、努力を怠らない有望な騎士。

 それがシャッハから見た顕正である。

 そう伝えると、カリムは頷く。

 

「そう、私も覗き見させてもらったけれど、あれだけの動きのできる騎士は、そういないでしょうね。そして事前のはやてから聞いた情報もあって、てっきり彼は、生粋の『騎士』なのだと思っていたのだけれど……」

 

 笹原 顕正という少年は、意外にも『普通の少年』だったわ。

 カリムのその言葉に、首を傾げたシャッハ。

 あれのどこが普通の少年なのか。

 戦闘能力は教会所属の騎士に引けを取らず、二人以外の教会の人間に対しても丁寧で、礼儀作法もしっかりしている。正直、今すぐ教会騎士として働き始めても問題ないぐらいの紛れもない『騎士』だ。シャッハにはそうとしか思えないが、

 

「いえ、言い方が悪かったわね。私が言いたいのは、彼は平常時の『ただの学生』と、戦闘時の『盾斧の騎士』とで、思考回路が完全に分かれている、ということなの」

 

「……思考が、分かれている……?」

 

「切り替えている、と言ってもいいわね。ベルカの誇り高き『盾斧の騎士』と、地球の日本という平和な世界の学生とで」

 

 それがはっきり分かったのは、顕正の将来の夢を聞いた時だ。

 カリムとしては、顕正の行く末は当然、戦場で活躍する騎士――聖王教会か、時空管理局かは不明だったが――を目指しているものだとばかり思っていた。

 それが蓋を開けてみれば、帰ってきた答えは『教師』である。

 教職者を目指すことが悪いとは言わないが、アレだけの戦闘能力を持っていて、教師になりたいなど、信じられない話だ。

 しかしそれは、カリムやシャッハのような、生まれた時からベルカの思想に触れていた者から見た話でしかない。

 力を持つ者ではあるが、顕正にとってそれは三年前から突然始まった、言わば『イレギュラー』な状態。

 争いのない平和な世界で、実際に力を振るう機会もなく、ただひたすら研鑽に努めていたが、あくまで日常の外での出来事だ。

 力があるからと、常日頃から騎士としての思考を保っていては、すぐに周囲から排斥されてしまう。平和な場所に、騎士の居場所はないのだ。

 

「――なるほど、騎士ケンセイの思考が分かれていることは分かりました。しかし、それと早期の勧誘と、どう繋がるのです?」

 

「ふふ、察しが悪いわねシャッハ。今回の顕正さんの訪問を、彼の側から考えて見なさい。そして彼が今、聖王教会に対してどんな考えでいるのかも」

 

 そう言われ、考えてみる。

 シャッハたち聖王教会側から見ると、彼は来賓だ。

 わざわざ管理外世界から、古代ベルカの記録を持つアームドデバイスを持ち込み、歴史検証をさせてくれる貴重な人物であり、また自身も高い技量を持つ騎士でもある。

 

 では、顕正の立場から見れば、どうだ。

 

 魔法知識が少なく、古代ベルカの記録の重要性を余り理解出来て居らず、比べる相手が居なかったために自身の技量がどれだけのものであるかも正確に把握出来ない顕正という少年。

 それを踏まえて考えれば……。

 

「……彼はすでに、聖王教会に対して恩義を、少なくとも好意的な印象を持っていると……?」

 

 その答えに、カリムは笑顔で正解と返した。

 

「彼が普通の少年の思考をしているとすれば、今回の歴史検証は『働かせてもらっている』という認識のはずよ。しかも、その合間に、現役の教会騎士に『稽古をつけてもらえる』」

 

 ありがたいことだ、と。

 そう思っているはずだ。

 

「そんな、いや、でも確かに……」

 

 思い返せば、昨日のこと。

 来賓として対応したシャッハに、そこまで気を使っていただかなくても、と顕正は言っている。

 その時は、謙虚な少年だな、としか思わなかったが、その発言が、普通の少年のものだと考えれば、どうか。

 『働きにきた場所』で、年上の相手が謙った対応ばかりしてくることに焦り、自分はそんな大層な人間ではありませんよ、そう考えたのではないかと。

 午前中の模擬戦と、その後の『訓練』もそうだ。

 確かにまだ経験不足ではあるが、技量自体は現役の騎士となんら遜色のない顕正。

 しかし模擬戦を始まる前、顕正はシャッハに頼む時に言ったのだ。

 

 自分に『稽古』をつけてくれないか、と。

 

 それらが、顕正が考える自分の立場を、こちらの扱いよりも低く見ていたからだと考えれば、なるほどしっくりくるものがある。

 

「そんな状態の時に、こちら側から下手に出て『教会に所属して頂きたい』と言われたら、普通の少年はこう思うんじゃないかしら?」

 

 恩義のある聖王教会に頼まれたら、断れないな、と。

 

「まぁ、憶測ばかりで穴は多いでしょうけど、でも彼の思考が一般人と同じ状態であるなら、仮に教会に所属しなくても思うはずよ。――聖王教会の『頼み』を断ってしまったのだから、別の形で恩義を返そう、って」

 

 そうなってしまえば、もう大丈夫だ。

 教会所属を断った『負い目』から、管理局に入ったとしても教会から何らかの要請があれば動いてくれる。地球に残ることになっても、同じくだ。

 

「だから、このタイミングで良かったのよ。きっとしばらくすれば、顕正さんも色々なことに気付いて、完全に自分の思考だけで判断してしまうわ。そうなる前に、植え付けておいたのよ」

 

 聖王教会との、楔を。

 

「……。」

 

「あら、何か言いたそうね?」

 

 ふふふ、と微笑むカリムに、シャッハはため息を一つ。

 

 

「――いえ、別に。……ただ、『大人気ない』とは思わなかったのですか?」

 

 

 

 

呆れたような眼差しを向けられて、カリムの微笑みはほんの少しだけ強張ったという。

 

 

 




カリムさん動かし辛い…。
腹黒さを出したかったのだけど、うまく表現的なかったなぁ。




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第八話 金の来訪

 また時間が空いた上に、また納得のできない内容…。
 空白期の動かし辛さは異常だと思う。




 顕正が聖王教会に滞在して、一ヶ月弱が過ぎた。

 

 本来の目的である歴史検証は、予定していたよりも早く終わったが、滞在期間はまだ残っている。

 この機会にとカリムから聖王教会の歴史や、魔法文明での一般知識、管理局の在り方などを、シャッハからは現代の『騎士』の戦い方として、近代ベルカ式魔法の応用法や、近接戦主体の騎士にとって厄介なミッド式の魔法対策を教わり、また、休暇シーズンを終えた教会所属の騎士達を交えた模擬戦を行うなど、顕正は非常に充実した夏休みを過ごしていた。

 本来であれば、地球で従姉の恐怖に怯えながらアルバイトに明け暮れる、という陰鬱な夏となっていたものを、自己研鑽に集中出来たし、そして骨董品レベルの記録しかなかった魔法知識を深められるなど、積み重なって改めて思う聖王教会からの高待遇に、聖王陛下様々だな、と一人呟くこともある。

 更に数日前には、多様な手続きを踏まねばならず、面倒だな、と思っていた時空管理局への『管理外世界在住魔導師』の登録も、聖王教会所属騎士の身分を、書類上だけ借り受けることで、聖王教会が身分を証明していることによって簡易な手続きで済んだこともあり、顕正の中で聖王教会への評価はうなぎ登りである。

 

 

 

 そんなある日のことだ。

 一人の少女が、聖王教会本部を訪れたのは。

 

 

 

 少女がミッド北部にあるベルカ自治領に入るのは、今回が初めてだ。

 高層ビルの立ち並ぶミッドチルダとは打って変わって、自然に溢れた光景は、少女の出身地であるアルトセイム地方を思い起こさせる。

 少し感傷に浸ってしまったが、今日は仕事に来ているのだ、と頭の中の『スイッチ』を切り替える。

 試験に合格し、執務官として勤務を始めてもう三年は経つが、たまにプライベートの時の自分と執務官の自分の切り替えが甘くなる。

 

「――まだまだ、だね」

 

『Yes,sir.』

 

 独り言のつもりで呟いたそれに反応した長年の愛機に、苦笑し、少女――フェイト・T・ハラオウンは聖王教会本部に足を向けた。

 

 

 

 

 受付にて、時空管理局のフェイト・T・ハラオウン執務官です、と名乗れば、少し予定していた時間よりは早い来訪となってしまったが、事前に連絡してあることもありスムーズに本部内に入ることが出来た。

 受付の女性から、この時間でしたらまだ修練場にいらっしゃると思います、と伝えられたため、案内図を頼りに教会騎士が鍛練に精を出すという修練場に向かう。

 歴史を感じさせる、趣のある本部内を見ながら進むと、微かに鈍い剣戟の音が耳に入ってきた。

 音のする方へ歩いて行けば、そこは訓練をするのに十分なスペースを確保された、修練場に辿り着く。

 

 

 

 数人のギャラリーに見守られながらそこで剣を交わしていたのは、トンファー状に加工された二本の木剣を持つショートカットの女性と、木剣と木盾を使用しているフェイトと同年代の少年。

 女性のラッシュに、少年は剣と盾を巧みに操ることで防ぎ、弾き、そして隙を見て盾で殴りつける。

 しかしそれは軽やかに躱され、カウンターで一撃を返される。

 当たる。

 フェイトはそう思ったが、予想に反して少年は後ろにステップし、攻撃範囲から離脱した。

 一瞬、両者共に睨み合ったまま動きが止まるが、すぐに模擬戦が再開される。

 攻め入ったのは少年で、木剣で切りつけつつ、返される打撃を盾で受け、女性の懐まで駆け抜けた。

 女性は両手のトンファーだけではなく、合間に蹴撃を浴びせて距離を保とうとするが、少年の盾に阻まれ、結局接近を許してしまう。

 しかし、せっかく近づいた少年が大きくバックステップした。その後、互いが得物を下げ、距離を取ったまま一礼したのを見て、フェイトは模擬戦が終了したことを理解した。

 

 

 

「――流石は、シスター・シャッハ。連撃の隙があっても、回避のための余力を残しているから反撃は喰らわないか」

 

「いやいや、そのシスターの連撃を堅実に防ぎ、カウンターすら素早い身のこなしで避ける騎士ケンセイも凄まじいだろう」

 

「確かに。魔法抜きの手合わせでシスター・シャッハの短距離転移がないとはいえ、あの年であの技量だからなぁ……。もう騎士ケンセイと全力で模擬戦出来るのは、教会騎士の中でもそうはいないぞ」

 

 手合わせを観戦していた若い騎士達が話し合うのを聞いて、フェイトは剣と盾を操っていた少年が、今日の来訪の目的の人物だと理解する。

 地球の日本人として一般的な黒髪に、ブラウンより少し明るい鳶色の瞳。試合を行っていた時には気迫に溢れていた顔付きは、今は日本人の学生と言われて納得する平凡なものになっている。

 

「彼が……」

 

 笹原 顕正。

 古代ベルカの技術をそのまま継承し、七月の中旬に第97管理外世界で発生した、魔導師による現地住民誘拐事件解決の立役者。ヴォルケンリッター 八神 シグナムと互角の勝負を繰り広げ、現在聖王教会にて修行を行っている若き騎士である。

 フェイトはそのパーソナルデータを思い出しながら、試合の感想を伝え合っている二人に声を掛けるために足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 このままでは失礼だと、身嗜みを整える二人を、聖王教会の来賓室で待つ事数十分。

 コンコンコン、という軽いノックが、聞こえ、どうぞ、と返す。

 入ってきたのは、シャッハと顕正だ。二人とも先ほどまでの運動着から、修道服と騎士服に着替えている。髪が少し湿っていることから、軽くシャワーを浴びてきたのだろう。

 

 

「申し訳ありません、少々訓練に熱が入り、約束の時間が近付いていることも忘れてしまいました……」

 

 お互いに軽く自己紹介を終えた後、開口一番にシャッハが頭を下げた。その横の顕正も同じようにしているのを見て、フェイトは微笑みながらやんわり返す。

 

「いえ、予定の時間より早く到着したのは私の方です。お気になさらず」

 

 その返答に、ほっとするシャッハと顕正。

 事前に面会があることを聞いていたにもかかわらず、客人の前で模擬戦に熱中していたのだ。完全に二人の落ち度であるが、フェイトの反応を見れば大事にはしないようだ。

 

「――それで、ハラオウン執務官。今日は自分に御用件との事ですが……?」

 

 顕正はカリムから、今日時空管理局の執務官が自分を訪ねてくることを聞かされていたが、その内容までは知ることができなかった。

 そしてどんな人物が来るのかも知らされていなかったため、顕正が管理局員の中で最も会話をした時間の長い、事情聴取を行った熱血管理局員を想定していた。

 しかし、目の前にいるのは暑苦しい男性局員ではなく、むしろその逆。

 黄金の如く煌めく金髪に、ルビーの様な美しい紅眼。少しだけ幼さの残る整った顔立ちは職務中であるからか真剣なもので、自分と同い年であるとは信じられない。これが学生と社会人の差か、と思ってしまう。

 しかも時空管理局の執務官といえば、顕正の少ない知識の中でも分かるほどの『エリート』だ。事件捜査や各種の調査などを取り仕切るという、難関である試験に合格者した者のみがなれる役職である。

 そんな相手が、わざわざ自分に会いに来るなど、理由が思いつかない。

 首を捻る顕正に、笑みを深めながら、

 

「今日私がここにきた目的は、大きく三つあるのですが、そのうち二つはもう済んでしまいました」

 

「……三つもあったんですか?」

 

「ええ、一つは笹原 顕正さん、貴方の人となりを確認することです。先日、聖王教会から『管理外世界在住魔導師』の登録データが届きましたが、正式に登録するには、管理局員三名以上の確認が必要になりますので」

 

 そのうち二人は、聖王教会に所属しているが管理局にも籍を置いているカリムと、カリムから要請があり、それを承認した八神 はやてのことだ。

 

「『管理外世界在住魔導師』は、基本的に魔法文明のない世界に生きる魔導師ということですから、その人の人となりを知り、魔法を不用意に使用しないか判断する必要があるんです」

 

 それを聞き、顕正もなるほどと思う。

 魔法のない世界――例えば地球で、魔法を使って犯罪行為をすれば、簡単に不可能犯罪が起こせる。しかも捕まってもすぐに脱獄出来るだろう。それを考えれば、管理局員複数名で判断するのは妥当といえた。

 

「二つ目は、まぁ、言ってしまえば勧誘です。優秀な古代ベルカの騎士である笹原さんを、可能であれば管理局に勧誘するように、とのことでしたが……」

 

 これはついでですね、と。

 

「管理局に来ていただければありがたいですが、それを決めるのは笹原さんですし、私はあくまで、聖王教会だけではなく、時空管理局も貴方を受け入れるつもりがあることを伝えるだけです」

 

 それについても、顕正は理解できる。聖王教会滞在二日目に、カリムに言われている。顕正の中でまだ確たる答えは出てないが、そのうち真剣に考えなければいけないと思っている。

 

「なるほど、二つの用件は分かりました。では、まだ済んでいない最後の一つとは?」

 

 顕正の問いに、フェイトは微笑む。

 

「最後の一つは、管理局の執務官としてではなく、フェイト・T・ハラオウン個人としての用件なので、敬語じゃなくても大丈夫ですよ」

 

 同い年ですし、というフェイトの笑顔に、顕正は自分の顔が少し赤くなっていることを自覚しながら、分かった、と返した。

 

「――それじゃ、改めて」

 

 顕正がフェイトに続きを促したところ、フェイトは椅子から立ち上がった。

 そして顕正に向かって、頭を下げる。

 

 

「一ヶ月前の事件、アリサとすずかを助けてくれて、本当にありがとう」

 

 

 ぽかん、と、どういうことか理解出来ていない顕正にまた笑みを浮かべ、

 

「私も、少し前まで地球の海鳴に住んでいてね。アリサとすずかは、小学校の頃からの親友なの」

 

 地球で起きた、魔導師による誘拐事件。そのときフェイト自身は仕事中で、別の次元世界にいた。後ではやてから事件の詳細を聞き、肝を冷やしたのは記憶に新しい。

 そして、その被害者である二人の親友を助け出してくれた『騎士』に感謝の意を伝えること。

 それこそが、フェイトがはるばる聖王教会本部を訪れた一番の理由だった。

 

 

 

 




 少し放置してたらランキング入っちゃうし、UA10000超えするし、お気に入り500件突破するしと、驚きの連続でした。
 いやほんと、こんな行き当たりばったりの始まったばっかりの小説を読んでいただき、感謝感激です。
 多くの人に読んでいただいていると思うと、こんな適当な内容で大丈夫なのかと練り直してもこのざまで、どうしてくれようかと思いますが、とにかくエタらないように頑張ります…。


 あ、バルさんが意味的にどうなの、ってタイミングで「yes.sir」って発言するのは仕様です。



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第九話 首都クラナガン

 日常が来るたびに、文字数が少なくなるのは、会話文が苦手だからに他ならない。





 顕正のミッドチルダ滞在も、残すところあと二日となった。

 充実した夏休みとすることができた今回の滞在の、ほぼ全てを聖王教会の中で過ごした顕正だったが、今日は違う。

 この一月でだいぶ着慣れた、最近では普段着のように感じていた聖王教会の騎士服ではなく、外出用の少し小洒落た私服を着た顕正は今日、ミッドチルダの首都、クラナガンを訪れていた。

 久々に都市部に来て、周囲の喧騒を少し鬱陶しく感じつつ、事前に待ち合わせ場所として決めていた駅前の広場に行けば、そこには約束の時間の20分も前だというのに、既に『相手』の姿がある。

 

 道ゆく人に注目されているその少女は、自身が目立っていることに気がついていないのか、手元の携帯端末を操作して時間を潰しているようだ。

 ともすれば、引っ切り無しに下心のある男から声をかけられてもおかしくないが、ナンパ男もおいそれと声をかけられないほどに少女は美しい。

 初対面の時の管理局の制服ではなく、首元に白いフリルをあしらった黒いワンピースは、少女の長い金髪と白い肌を際立たせている。

 10人に聞けば、10人が美少女と返すようなその少女が、今日の待ち合わせの相手である。

 時間より早めに到着したにもかかわらず、既に相手を待たせていたことに困りつつ、顕正は彼女に近付き声をかけた。

 

「悪い、ハラオウン。待たせたな」

 

 その言葉で顔を上げた少女、フェイト・T・ハラオウンは、

 

「大丈夫、顕正。私も今来たところだから」

 

 顕正の姿を確認して笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 ことの発端は、先日フェイトが聖王教会を訪れた日のことだ。

 最近まで海鳴に住んでいたというフェイトと、地元話に花を咲かせ、アリサとすずかの小学生時代の話を聞いたり、逆に顕正から今の2人のことを話したりとしているうちに意気投合した顕正とフェイト。

 連絡先を交換しようとなったとき、顕正が次元通信可能な連絡手段を持っていないことが分かったのである。

 通常、他次元間で連絡を取る時、デバイスに組み込まれている通信機能を使用するのだが、顕正の相棒たる『光輝の巨星』グランツ・リーゼにはそのような便利なものが搭載されていない。歴史ある古代ベルカ式デバイスとは、言ってしまえば骨董品でしかない。

 どうしたものかと考えた顕正に、フェイトがいいことを思いついた、と提案したのだ。

 

「顕正が地球に戻る前に、クラナガン案内してあげるよ!」

 

 アリサとすずかを助けたお礼、ということで、顕正の携帯端末を買いに、共に首都クラナガンに行こう、と。

 顕正も一度は観光に行きたい、と思っていたが、地理もわからない魔法都市を一人で散策する気になれず、またカリムやシャッハに案内を頼むのも心苦しかったので諦めていたのだが、同年代のフェイトになら頼みやすい。

 シャッハに聞けば、それくらい言ってくれれば対応する、とのことだったが、せっかくの機会だから行ってみるといい、と許可も下りた。

 今の所フェイトに急務もないので、一日有休をとって顕正の観光に付き合うという約束をしたのだった。

 

 

 

 

 平日であるにもかかわらず人通りの多い都市部を、二人並んで雑談しながら歩く。

 

「――でね、有休取ります、って言ったら、部隊長が、『ハラオウン執務官が有休だなんて、その日は槍でも降ってくるんじゃないか?』とか言うんだよ?失礼だよねー」

 

「いや、それはお前が休まなさ過ぎなんじゃないか?暗に『もっと有休使え』って言ってるんだよ……」

 

「あ、そういうことなんだ。確かに前からそんな感じで言われてる気が……」

 

 顕正が接していて、フェイトは少し真面目過ぎる印象がある。他の用事があったとはいえ、わざわざ聖王教会まで礼を言いに来るくらいだ。恐らく有休もたまり続けていて、上司も困っているのだろう。

 

「あ、でもね、部隊の人に、『平日に有休なんて、もしかしてデートですか?』って聞かれたから、はい、って答えたら、なんか皆大騒ぎしちゃって面白かったなー」

 

 笑いながらそう言ったフェイトに、顕正は固まった。

 

「……待て待て。え、これってデートって分類に入るのか?観光案内じゃねぇの?」

 

「え?違うの?」

 

 きょとん、とした顔のフェイト。

 そのしぐさは大変可愛らしいのだが、顕正の頭はそれどころではない。

 確かに、約束をした後に『これデートなんじゃ……』とは思ったが、善意から案内を買って出てくれたフェイトに失礼だと思い直したのだ。

 それを彼女はあっけらかんと『デート』扱いするので困る。

 それでいいのかと考えたが、ふと気がつく。

 

「……ちなみにハラオウン。お前にとって『デート』ってどういうものだ?」

 

「?仲のいい人と一緒に、街でお買い物したりご飯食べたりすること」

 

「あぁ、やっぱり」

 

 フェイトの認識は、これは友達同士で遊びに行くことと変わりがないのだろう。

 それを総称してデート、という言葉なのだと思っているのだ。

 きっと友達と何処かに行く時にその言葉を使っているのだろうな、と顕正は理解した。

 とはいえ。

 

「ハラオウン。これからは『デート』って言葉は使うな。誰かに聞かれたら、ちゃんと『遊びに行く』って言えよ……」

 

「う、うん、わかった」

 

 釈然としない顔をしているが、顕正には全てを説明する気力はない。この場で理解させれば、お互いに気まずい思いをすることだろう。

 願わくは、フェイトの純粋無垢さの犠牲となる人間がこれ以上出ませんように。

 フェイトの言動で騒ぎになったという部隊の人間に、御愁傷様と心の中で言葉を送る顕正だった。

 

 

 

 

 

 

 クラナガンの有名所を巡り、改めて魔法文明の発達具合を目の当たりにした顕正。未来都市、といっていいほどに洗練された魔法科学は、ベルカ自治領にいては味わえないものばかりだった。

 目的である顕正の携帯端末を購入したデパートには、小規模ながらもデバイスパーツのショップもあり、もしやグランツ・リーゼの強化も行えるのでは、と若干興奮しながら店内を見回ったのだが、古代ベルカ式デバイスに組み込めるようなパーツがそう簡単に見つかるはずもなく、落ち込む顕正の姿があった。

 また、女性向けのブティックが気になっているようだったフェイトとともに店に入れば、すぐさま店員に目をつけられ、あれこれと着せ替え人形のように服を進められるフェイト。様々なバリエーションに着飾ったフェイトを見ることができて非常に眼福といえたのだが、ふと手近な服の値札を見れば桁を間違えているんじゃないかと思える金額が提示されていた。一着ぐらいプレゼントと調子に乗っていた顕正はそれを見て肝を冷やし、店員の隙をついてフェイトとともに脱出した。

 

 ブティックで気疲れした二人はデパートを出て、一休みするために通りにあるカフェテリアに入ることにした。

 魔法文明の都市とはいえ、メニューには顕正にも親しみのあるコーヒーや紅茶などが書かれており、そういえば聖王教会でも普通に紅茶が出てくるな、と今更ながらに思う顕正。文明の発展の形が違えども、共通する点は多く、違和感なく過ごせている。

 顕正がブラックコーヒーを注文するのを見て、対抗意識を燃やして同じ物を頼んだフェイトは、顔を顰めながら黒い液体を啜っていた。

 それを見て笑い、備え付けのコーヒーフレッシュとスティックシュガーを渡しながら顕正は言った。

 

「今日はありがとうな、ハラオウン。俺一人じゃ、わからないことだらけだったから、案内があって助かったよ」

 

「ううん、こちらこそ。今日みたいなのだったら、いつでも誘って。いつもは女の子同士でしか遊びにいかないから、新鮮で楽しかった」

 

 フレッシュと砂糖によって、ようやく普通に飲めるようになり、顰めていた顔を綻ばせながら言うフェイト。

 

「男友達と、こうやって遊びに行くことってないのか?」

 

「んー、ない、かな。そもそも、男友達っていうのがあんまりいないし」

 

 ユーノは男友達っていうのかな、とつぶやくフェイト。顕正にはその人物が誰かはわからないが、男友達で連想されるに相手が一人ぐらいしかいないことに驚く。

 

「友達って言ったら、海鳴に住んでた頃からの友達ぐらいしかいないんだ。管理局で正式に働いてから知り合った人は、みんな仕事仲間って感じだし」

 

「それもそうか。俺とは違ってもう社会人だもんな」

 

 学生という身分の顕正に対し、フェイトはすでに管理局の執務官という職に就いている。『友達』が簡単に増える状況ではない。

 

「だから、今日顕正とデート出来て楽しかったよ?」

 

「……お、おう」

 

 純粋なその笑顔を見て、この笑顔はノックアウトされても仕方が無い、と思ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方。

 クラナガン観光を終えて、聖王教会に戻った顕正を、カリムが出迎えた。

 

「おかえりなさい、顕正さん。どうでしたか、今日のデートは?」

 

 ニコニコしながら問うカリムに、ただいま戻りました。と返し、少し悩んでから、

 

 

「――人を誤解させる言動ばかりなので、タイミングを見て注意しなければならないと思いました」

 

 

 顕正は真顔で言うのであった。

 

 

 

 

 




 甘さはちゃんと出ているのか…?
 こんなものしか書けないぞ。

※2014/3/16誤字修正
誤グラナガン
正クラナガン

ご報告ありがとうございました。


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第十話 遠い思い出

いやほんとに申し訳ない。
一か月も更新が止まってしまった…。
新生活でごたごたしていたんです。
三月末に引っ越して、まだ荷物整理もしてないんです。
……決して、エロゲーに熱中していたとか、ヴァンガード始めてアニメ追いかけてたとか、
そういうわけではないんです!

はい、ごめんなさい。




 9月の始まり。

 一ヶ月以上の修行を経て、もはや聖王教会においてはマトモに模擬戦が出来るものが少なくなるほどに技量を上げた顕正。

 最終日の模擬戦では、ついにシャッハを相手に初の白星を勝ち取り、『盾斧の騎士』笹原 顕正の名は聖王教会内で更に有名なものとなった。

 

 そんな顕正であるが、本業は当然高校生である。

 

「――はよーっす」

 

「おー、笹原久しぶりー」

 

「おっすー」

 

「おや?笹原くん焼けてるねー!」

 

 夏休みが終わり、顕正の通う聖祥大付属高校も新学期に入った。

 本来であれば夏休み中盤にある登校日に顔を合わせている級友たちだったが、顕正はミッド訪問のために事前に申請し、長期アルバイトのため登校日を免除されていた。彼らとは一ヶ月半連絡も取っていない。

 

「バイトどうだった?」

 

「あぁー、まぁ、いい経験が出来たよ。またお世話になると思う」

 

「美人のお姉さんとかいた?」

 

「居まくった。すごい美人とも知り合った」

 

「マジかよ……」

 

 そんな友人とのやり取りで、顕正は久々に『日常』に戻ってきたと感じる。

 闘争の技量や魔法文明の知識を学んだ一ヶ月半、充実した毎日だった。

 自身の向上に精を出す日々も嫌いではなく、むしろ好きな方だったのだが、未だ顕正にとっての日常とは、学校へ通い、友人たちと他愛ない話をするこちらの方だ。

 

 

 

 

 始業式と簡単な連絡だけの今日は、午前中だけで学校が終わる。

 とりあえずは帰り掛けにスーパーで夕飯の買い出しか、と席を立ち教室を出ようとした顕正は、鈴の鳴るような可憐な声に呼び止められた。

 

 

「――笹原君。このあと、時間ある?」

 

 

 紫紺の髪を揺らし、はにかみながら顕正の元へやってくる少女。

 美形率が高いと専らの評判であるこの聖祥大付属高校にあっても、トップクラスの容姿を持ち、噂ではファンクラブまで存在しているという彼女が唐突に顕正に声を掛けたとあって、周囲にいた級友たちがざわめいている。

 しかもその隣には、同じく容姿に優れ、よく一緒に行動している金髪の少女の姿もある。常であれば、二人に近付く下心の見え透いた男子を睨みつけるその緑の瞳も、柔らかい感情が見て取れた。

 試験結果で顕正に噛み付いている姿の印象が強い彼女が、顕正を認めたように振舞っているのだ。級友たちにはもう、桃色の想像しか見えていない。

 それを横目で確認して内心ため息をつき、顕正は答えを返す。

 

「――月村、バニングス。時間はあるが、もう少し自分たちの影響力っていうものを考えて行動してくれ」

 

 後で友人たちに上手いこと説明しなければ、と思うと、少し憂鬱になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 初めて本物のリムジンに乗っておっかなびっくりだった顕正。誘拐事件の日と、ミッドへ行く際の転送ポートを借りた日、そしてつい先日、地球に帰ってきた日とすずかの自宅――あれは家ではなく『館』というのだと顕正はずっと思っている――にお邪魔したときも思ったが、磨き上げられて黒光りするリムジンに平然と乗っているのを見て、この二人は本当に『お嬢様』なのだと実感した。

 長い車体にも関わらず器用に住宅街を抜けるバニングス家の執事、鮫島の運転で連れて来られたのは、喫茶店だ。

 

「……翠屋?」

 

 店名が記された看板を見て、どこかで聞いたことのある名前だったのだが、それを思い出すことが出来ない。しかし、何か大切な記憶と結びついているような気がした。

 

 中に入れば、そこは少し、男の顕正一人で入るのは躊躇われる様な、明るめの内装で統一されている。従業員も女性が多く、恐らく連れられて来たのでなければ、入ることはなかっただろう。

 すずかとアリサの話では、この店で待ち合わせをしているとのことだったが……。

 

「……まだ、来てないみたいね」

 

「うん、まぁ、まだ待ち合わせ時間まで時間あるし……先に注文頼んじゃおうか?」

 

 すずかの言葉で、三人でメニューを見る。二人は慣れているのか、すぐに決まったようだが、初めてこの店に来た顕正は、何にすべきか少し悩む。

 それを見て、アリサが微笑みながら、

 

「笹原、甘いもの苦手だったりする?」

 

「いや、特にそんなことはないけど……」

 

 むしろ甘いものは全般好きなほうだ。しかしそんなことをクラスメイトにいうのもなんだか気恥ずかしく、無難にごまかした。

 

「そう、じゃあ、シュークリームがオススメよ。ここのシュークリームは絶品なんだから!」

 

 そう言ったアリサの言葉を信じて、顕正はシュークリームとブレンドコーヒーを頼むことにした。

 従業員の金髪の女性に三人で注文を伝えたのだが、顕正はその女性に見覚えがある気がした。

 笑顔で厨房に注文を伝える女性の後ろ姿を見ながら、いやいや、まさか、と、突拍子もない発想が頭を走るが、そんなことがあるわけがない。――世界の歌姫が、こんな街中でウェイトレスをしているなんて、あり得ないだろう、と。

 

 

 

 

 

 しばらく、二人と雑談した。

 内容は当然、夏休みの間のことで、顕正はベルカ自治領、聖王教会で過ごした日々を語った。

 

「へぇ、じゃあ、アルバイトっていうより、武者修行みたいなものだったのね」

 

「そうだな。歴史検証はおまけみたいな扱いだったかもしれない。俺にとっては教会騎士の人たちに稽古をつけてもらえたことの方がデカかったし」

 

 カリムと話しながら行った歴史検証は、非常に有意義――美人とお茶しながらの作業ということを抜きにしても――であったが、それ以上に現役騎士と研鑽を積む日々は、顕正の技量向上に大きく貢献した。

 今までグランツ・リーゼの指導のもと、一人で訓練するしかなかった顕正に、様々な戦い方をする騎士との模擬戦を行うという、『経験』が追加されたのだ。

 生来の戦闘センス、孤独の中鍛え上げた基礎能力ばかりが伸び、実戦経験が不足していた顕正。そんな穴がついに埋められ、その戦闘力は現役騎士を凌駕するものとなっている。

 顕正の才能見て、鍛え上げれば非常に優秀な騎士になると判断していたシャッハ・ヌエラ、カリム・グラシアも、その成長速度には目を見張った。しかも、顕正にはまだまだ成長の余地がある。近接戦闘のみならず、中距離の魔法戦への適性も見えてきた。

 もっと強く、更なる高みへ目指せる。

 それが理解出来たことが、顕正にとって一番の収穫だった。

 

 

 顕正が聖王教会での生活に思いを馳せていると、従業員の女性が注文の品を運んで来た。

 二十代半ば、といったところに見えるその女性が、トレーの品をテーブルに置こうとした、その時である。

 顕正の顔を見て、はっ、とし、呟いた。

 

 

「――顕吾、くん……?」

 

 

 え?となったのは、テーブルについていた三人とも。

 その中でも、顕正の驚きは一際であった。

 

「ち、父を知っているんですか?」

 

 笹原 顕吾。それは幼い頃に交通事故で亡くなった、顕正の父の名前だ。

 顕正の言葉に目をしばたかせ、納得したような反応をする女性。

 

「お父さん……っていうことは、顕正くんなのね。ごめんなさい、そっくりだったから……」

 

 自分の名まで知られている。

 しかし顕正は女性に見覚えがない。

 こんな美人と知り合いになっていたら、すぐに思い出すだろう。

 

 そう、思ったのだが、女性の姿形だけではなく、その体から漂う甘い香りが鼻腔を擽ったことで、その他のことが一つ一つのキーワードとして頭を駆け巡る。

 

 

 両親、喫茶店、シュークリームの甘い香り。

 

 

 あ、と。

 顕正の脳裏に浮かび上がって来たのは、遠い過去の記憶。

 

 まだ両親が健在であったころ。

 両親の共通の友人がこの町に住んでいることが分かり、共にその友人がパティシエをしているという喫茶店を訪ねたことがあったのだ。

 関西の出身の両親の、中学時代の学友。

 

 今まで食べた中で、一番美味しいと、子供の無邪気な笑顔で伝えたら、花が開くような綻んだ笑顔を見せてくれた女性。

 

 その人の名は――。

 

 

 

「――桃子、さん…?」

 

 

 

 口から零れたその名を聞いて、彼女はあの時のような笑顔を見せた。

 

 

「久しぶりね、顕正くん。……覚えてくれてたのね」

 

 

 

 

 高町 桃子。

 

 その名と、姿から、顕正の頭に全てが思い出された。

 

 なぜ、こんなことを忘れていたのか。

 

 それは、幼き日の憧憬。

 小さな子供の、淡い想い。

 

 

 

 

 

 

 

――笹原 顕正、初恋の相手である。

 

 

 

 

 

 




短いのはいつものこと。
内容が妙なことになってるのもいつものこと!



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第十一話 Call my name.

 桃子さんと話をすると思ったか?
 残念!まだ早い!
 



「……笹原、あんた桃子さんと知り合いだったの?」

 

 仕事中である桃子が、また今度お話ししましょう、と厨房に戻った後、未だなんとも言えない表情になっていた顕正に、アリサが問う。隣のすずかも、同じことが聞きたかったようである。

 桃子との関係性は、普通に考えれば隠すようなものでもないし、顕正自身の幼い頃の恋心も、既にそんなこともあったな、程度のものになっているので、素直に伝えることにした。

 

「あぁ、両親の中学の同級生だったらしい。俺が小学校に入る前から、ここにも来てたんだ」

 

 母親に連れられて翠屋に行く。当時の顕正の、一番の楽しみだった記憶が蘇ってくる。

 確かその頃に、桃子の娘で、同い年くらいの少女とも頻繁に遊んでいたことも覚えている。

 学区は一緒だったのだが、公立の小学校に通った顕正とは違い、その少女は私立の小学校に入った。

 その上、小学2年生の時に両親が事故死し、顕正は祖父の暮らしていた京都に移り住んだため、それ以降は疎遠になっている。

 彼女は元気にしているだろうか、と少し逸れた思考をした時に、思い出した。

 

「……なのは、か」

 

「え!?」

 

 ポツリと口から零れたその名前に、二人が驚く。

 その顔を見て、苦笑する顕正。

 

「まさか、こんなところで縁が繋がってるなんてな」

 

 ちょうどそのとき、カラン、コロンと店のドアベルが音を立てた。

 三人揃って目をやれば、そこには、栗色の髪をサイドテールで纏めた少女。

 すぐにこちらに気付き、テーブルまでやってきた。

 

「ごめんね、ちょっと遅れちゃった」

 

 そして笑顔の少女は、顕正に向き直る。

 

「久しぶり、……顕正くん」

 

「……あぁ、久しぶりだな、なのは。」

 

 顕正の言葉に、少し驚く少女。

 

「覚えて、くれてたんだね。てっきり、忘れられたと思ってた」

 

「まぁ、正直なところ、ついさっきまで忘れてた。翠屋に来て、桃子さんに会って、思い出したよ」

 

 あ、やっぱりね、と微笑む。

 それを見て、懐かしく思う。

 

 時空管理局、本局武装隊のエースオブエース。

 多くの次元犯罪者に恐れられている最高クラスの空戦魔導師。

 そんな肩書きを持っていようと、顕正にとっては今のところ、幼い頃によく遊んだ、『高町なのは』であることに変わりがなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もともと今日の待ち合わせは、なのはの代わりに親友二人を助け出してくれた顕正に対して正式な感謝を伝えるためのものだった。

 本当にありがとう、と心から感謝の言葉を口にしたなのはに、

 

「いや、正直、そのセリフは聞き飽きたよ。関係者揃って何度も言うんだぞ」

 

 そこまで大したことをした訳ではなく、その上顕正が介入せずとも、はやてとシグナムがすぐ助けに入ったことは、結果的にではあるが分かっている。

 事件から発展して魔法文明との繋がりが強くなり、バイト先、引いては就職先になるかもしれない聖王教会とのラインが出来たこともあり、顕正にとってあの誘拐事件での労力以上のものを既に受け取っていると言ってもいい。

 あの日顕正が実際にやったことは、たかだか『チンピラ』の排除でしかないのだ。それが、幾人もの関係者から会う度に感謝されてしまって、いたたまれなくなってくる。

 その旨をなのはに伝えれば、あはは、と苦笑していた。

 しかしそれでも納得は仕切れないのか、

 

「だけど、私がそもそもの原因を作ったって言っていいと思う。私への恨みで、この前の事件が起きちゃった……」

 

 だから、と。

 

「私から、ちゃんとしたお礼として受けて欲しいの。私に出来ることなら、なんでも言って?」

 

「……」

 

 なのはの目は、真剣そのものだ。

 なんでもと言うからには身体で払ってもらおうか、うぇっへっへ、とか冗談でも言えるような空気ではない。それを言ってしまえば、顕正初恋の相手である桃子に合わせる顔がないし、恐らくアリサとすずかによって社会的に抹殺されるだろう。

 

 とはいえ、真面目に考えても、中々思いつかないものである。

 簡単に済んでしまうことを言っても、なのはの意気込みを見る限り「それでは気が済まない」などと言い出しかねない。

 何か、なのはの負担にならず、また顕正にとってもプラスになる『お願い』。

 そこでふと、思い出したことがあった。

 

「――そういえば、なのは。お前今管理局の武装隊で教官やってるんだったよな?」

 

「?うん。戦技教導官の資格も前に取って、皆に指導してるよ」

 

 突然の質問に困惑しつつも答えたなのは。それを聞いて、ちょうどいいと確信する。

 

「なら、今度暇な時でいいから、俺に中距離魔法戦を指南してくれないか?ミドルレンジの闘い方を身に付けたいんだが、聖王教会では、射砲撃が得意な騎士が出張中で教われなかったんだよ」

 

 顕正が現在まともに使える中距離用の魔法は、高速展開可能だが照射時間、射程、威力を犠牲にした『刹那無常』だけだ。

 他にも幾つかの射撃魔法を覚えてはいるが、実戦で使えるレベルのものはほとんどない。基本的に近距離での戦闘を想定して鍛えてきたのがいけなかった。仮想敵であったベルカの騎士が衰退していたなど、考えていなかったのだ。

 それを、中遠距離戦を得意とするミッド式の魔導師――それもエースと呼ばれるまでの実力者――から手解きを受けられるのだとしたら、顕正にとっても大きなプラスになる。

 顕正の頼みに、そんなことでいいのか、という反応ではあったが、本人の真剣そのものの顔を見て、本気でそれを望んでいると悟ったなのは。

 

「……うん、分かった。でも、しばらくはまた忙しくなりそうなんだ。纏まった時間が取れそうだったら、その前に連絡するから、待ってて貰える?」

 

「もちろん。あ、出来ればこっちが土日のときだとありがたい。さすがに学校サボってまでは行けないぞ」

 

 それくらいは言われなくても分かってるよ、と苦笑。

 その笑顔を見て、とりあえず今後に残るような蟠りはなさそうだな、と一安心する顕正だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なんか、久しぶりにあったにしては、距離感近いわよね、あんたたち」

 

「だよねぇ。なのはちゃんは分かるけど、笹原くんも気安い感じだね。学校の時と雰囲気が違う」

 

 顕正となのはの会話に口を挟めず、空気に徹していた二人。話がひと段落ついたところで、指摘してきた。

 

「そうか?……俺はいつも通りだと思うんだが」

 

 そんなはずはないと反論する顕正だったが、帰ってきたのはすずかの苦笑とアリサの溜息だ。

 

「あんた本気で言ってる?」

 

「そ、そんなに違うか?」

 

「うーん、大違い、ってほどではないんだけど、……やっぱり私たちとの時とは違うかな?」

 

「そうなの?私は、顕正くんと遊んでた昔の頃しか知らないんだけど、その頃と大して変わらないと思うよ」

 

 首を傾げるなのは。

 なのはにとって顕正は、幼い頃によく遊んだ幼馴染で、そこからだいぶ疎遠になってしまっていたが、今でも覚えている。

 少しぶっきら棒だが、なのはにいつも気を使ってくれて、困ったことがあればよく相談していた。

 同じ年頃の男の子が嫌がったおままごとや人形遊びに付き合って貰ったのは、いい思い出だ。

 

「なんていうか、普段の笹原は……格好付けてる?」

「おい」

 

 アリサからのあんまりな評価に、思わず突っ込む顕正。しかしそれに対し、すずかまでもが、あー、と納得しているからダメージが大きい。

 

「まぁ、格好付けてるってのは言い過ぎかもしれないけど、あながち外れてもいないと思うわよ。クールぶってるというか……」

 

 そうまで言われてしまっては、唸るしかない。

 おかしい、俺はなんで誘拐犯から助けた相手にこき下ろされなければならないのだろう、と真剣に考えてしまう。

 

「とにかく、笹原はなんか私たちに対して壁を張ってるみたいなのよ!」

 

 ふん、と鼻息荒く言うアリサ。

 

「壁、ねぇ……」

 

 そう言われても、顕正としてはそんな意識はないのだ。

 そもそもが、昔を知っているなのはと違い、アリサとすずかは高校入学からの半年に満たない付き合いなのだ。多少の壁があっても仕方がないのではないか、と思うのだが、三人の少女の反応を見る限り、それではいけないらしい。

 どうしたものか、首を捻る顕正。

 そうしていると、あっ、と声が上がった。

 声の主はすずかだ。

 

「今すぐに『壁』をなくすっていうのは、難しいと思うの。でも、少しずつでも段階を踏んで行けば、いつかそんな壁もなくなるんじゃないかな?」

 

「……それは分かるけど、じゃあどうするのよ?」

 

 そのアリサの言葉に、すずかは笑って、

 

「分からない?……ほら、なのはちゃん!」

 

「――あ、そっか」

 

「――あぁ、なるほどね」

 

 すずかの笑顔で、なのはとアリサには分かったようだ。

 

「……勿体ぶらないで、言ってくれ。俺はどうすりゃいいんだ?」

 

「簡単だよ。すごく、簡単」

 

 はにかみながら、なのはが伝えた。

 

 

 

 

「名前を、呼べばいいんだよ」

 

 

 

 

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 

「…………は?」

 

 遅れて理解して、こいつ本気で言ってるのか、と思ったが、三人とも本気らしい。

 なるほど確かに、顕正はアリサとすずかを名字で呼んでいる。

 それはなのはとの明確な違いになっているが、それは幼馴染で、いまさら『高町』と呼ぶのは可笑しいと思ったからだ。

 クラスメイトで、学校でもトップクラスの美少女二人を名前で呼ぶなど、『少しずつ段階を』と言ったくせに、いきなりハードルが高い。

 

「……バニングスも月村も、それでいいのか?」

 

 一応の確認をしたが、二人揃って首肯した。退路はない。

 なのはに会っただけで、なんでここまでの事態になってしまったのか不思議ではあるが、アリサとすずかという、聖祥大付属二大美少女と親交を深められるというのは、単純に喜ばしいことである。

 はぁ、と溜息をつきつつ、覚悟を決めた。

 

「――アリサ」

 

「顕正」

 

「――すずか」

 

「うん、顕正くん」

 

 これでいいか?と問えば、笑顔の二人。

 

「顕正くん、私は?」

 

「なのは……って、お前は今更だろうが!」

 

 なのはが便乗し、ツッコミを入れた顕正を見て、声をあげて笑うアリサとすずか。

 気恥ずかしさから少し顔が赤くなるのを感じていた顕正だが、笑う二人を見て、確かに名前で呼ぶだけで、僅かながら『壁』が薄くなっているのかもしれないと思ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお後日、なのはからこの日のことを伝えられたフェイトとはやてから、

 

『私のことは、名前で呼んでくれないの……?』

 

『皆のこと名前で呼ぶんなら、私だけ仲間はずれにするのは許さんで?』

 

 と次元通信があり、顕正が名前で呼ぶ相手が更に二人追加された。

 

 

 

 

 

 




 よし、初めて『リリカルなのは』らしい話ができた。
 そしてこれでようやく、三人娘全員登場(はやてさんの出番が少ないとか言っちゃいけない)

 あと一、二回日常回を入れて、そのあとようやくバトル回(っぽいもの)を書ける……。

 会話文が苦手とか、致命的な弱点。




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第十二話 来襲

 これから何話かは日常回。
 誰得なのかわからない話が続きますがご了承下さい。



 ある日の放課後、顕正は一人で喫茶『翠屋』を訪れた。

 ドアベルの音で来店に気づいたのは、少ない男性従業員の一人で、喫茶店のマスター高町士郎だ。

 

「やぁ、いらっしゃい、顕正くん。今日はコーヒー豆かな?」

 

「こんにちわ、士郎さん。それもあるんですが、それと一緒に、テイクアウトでショートケーキを二つ。あと、店内で翠屋ブレンドのホットとシュークリームを一つお願いします」

 

 お互いに笑顔。

 久々の来店から数週間、その間に顕正は度々翠屋を訪れている。

 甘いものが好きだが周りには伝えていない顕正が、知り合いがいて気軽に立ち寄れる店であると同時に、マスターである士郎オリジナルのブレンドコーヒーにも魅了されていたのだ。士郎の方も、幼い頃に良く来ていた顕正が自身のコーヒーを好んで来店していることを感じており、最初は妻の桃子と関わりがある少年、程度にしか考えていなかったが、今では桃子よりも士郎の方が顕正と話すことが多い。

 

 ちょうどティータイムのラッシュが終わり、店内に残る客が少なかったため、士郎が手ずからコーヒーとシュークリームを運んで行くと、顕正は少し浮かない表情で椅子に座っていた。

 

「おまたせしました。……なんだか、浮かない様子だけど、どうしたんだい?」

 

「あぁ、すみません。実はちょっと、今日の夜から親戚がウチに泊まりに来るんですけど……」

 

 士郎の問いかけに、思わずこぼしてしまった、といった様子の顕正だったが、相手は同性であり、顕正にとって頼れる大人、という立ち位置にいる士郎。この際だし、と今まで誰にも言っていなかった悩みを相談することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なるほど、ねぇ。従姉のお姉さんが……」

 

 なんとはなしに相談に乗った士郎だったが、これはまた難儀な問題だ、と思った。

 幼い頃から仲良くしている従姉が、自分に対して掛けてくる猛アタックにどう対処すべきか。

 士郎の長い人生経験の中でも、これに類似する相談を受けたことそれほど多くない。

 

「従姉のことが、嫌いっていうわけではないんです。でも、俺にとっては姉のような存在であって、恋愛対象じゃなくて……」

 

 なまじ近しい存在である分、対応し辛い。

 いっそのこと告白でもして来てくれれば、真っ正面からお断りすればいいだけなのだが、従姉も打ち明けてはこない。顕正も、薄々勘付いていたものの、確信したのは従姉の部屋から艶っぽい、自分の名前を呼ぶ声を聞いた時だ。

 

 頭を悩ませる顕正を見て、士郎は申し訳ないと思いつつも微笑ましく感じた。

 娘を通じて、顕正もまた『魔法』に関わる者だと士郎は知っている。

 魔法文明において成人とされる年齢が低いからか、魔法に携わる人物は精神が早熟している面が見受けられる。士郎の娘、なのはもそうであり、その友人のフェイトやはやてもそうだ。

 なのはから伝え聞いた人物像、そして士郎自身が接していて、顕正もそこに含まれている。

 立ち居振る舞いから見て取れる『武人』としての技量、悪行を見た際の行動力、普段の会話での聡明さ、それは皆、まだ高校生でしかない顕正には年不相応なものだ。

 魔法関係者としては相応しいかもしれないそれを垣間見るたび、士郎は若干不安を覚える。

 なのはは顕正と同じ年で既に社会に出てしまっているが、士郎からすればまだまだ『子供』と言っていい。娘の意思を尊重する、として管理局入りを許したものの、納得し切れていない部分もある。

 子供は子供らしくあるべきだ、と思い続けている士郎には、普段の超然とした(とは言い過ぎだと思うが)顕正にも、年相応の『青い』悩み事があるということが少し嬉しかった。

 

「そうだねぇ……顕正くんは、今のところ、お姉さんとの関係を変えるつもりはないんだろう?」

 

「えぇ、今まで通り、仲のいい『姉弟』でいたいと思ってます」

 

「じゃあ、それでいいんじゃないかな」

 

「え?」

 

 士郎のシンプルな言葉に、面食らう顕正。

 

「無理に対応を考える必要はないんだよ。焦って結論を急ぐよりも、自然な、ありのままの状態が一番いいのさ」

 

「……そういう、ものですかねぇ……」

 

「一概に、全てがそうであるとは限らないけどね。でも、たまにはゆっくりのんびり、っていうのも良いものだよ」

 

 微笑みながら、しかし心からの言葉を口にする士郎を見て顕正は、人生経験の厚さが、この人の柔和でありながら芯の通った雰囲気を作っているのだろうと思い、いつか自分もこんな『大人』になれる日がくるのだろうか、と未だ決め兼ねている自身の将来を夢想するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も少し士郎と世間話をしてから、顕正帰宅。

 従姉の到来の前に、自宅の最終確認を行う。

 ゴミ箱、よし。

 洗濯物、よし。

 パソコン、よし。

 ついでに携帯電話、よし。

 箪笥の隠しスペース、よし。

 

 

「……完璧だ」

 

『……Ja. 』

 

 

 健全なる男子高校生の一人暮らしともなれば、隠し事の一つや二つ当然持っている。

 自身の秘蔵コレクションであったり、緊急避難先として気楽な一人暮らしの顕正を頼ったクラスメイトの『お宝』であったり。

 普段は箪笥の隠しスペースに保管してあるそれらは、更に秘匿性の高い場所へ移動してある。

 それは、現在の顕正の全力を尽くした保管方法で、流石の従姉であろうと見つけることは不可能だ。

 

「――『盾斧』の堅牢さ、舐めてもらっては困る」

 

 ふはははは、と、謎の達成感から学校での顕正しか知らないクラスメイトであれば目を疑うようなテンションで高笑いまで始まった。

 この光景を誰かに(特に、交流の深まったアリサやすずからに)見られようものなら、憤死レベルの行動だったが、この場には顕正と相棒のグランツ・リーゼしかおらず、しかもグランツ・リーゼは基本的に、主の武器として稼働することしか考えていない。それ以外の僅かながらの知能は、主が楽しそうにしているなら問題なしと判断している。

 

 

 

 

 

 最終確認から30分ほど経ち、平常通りのテンションに戻った顕正は、ピンポーンと鳴り響いたインターホンの音で玄関へと向かった。

 そう、あくまで終わったのは準備である。本番は、これからだ。

 返事をしながら扉を開けると、そこには約半年振りに目にする、しかし見慣れた少女の姿。

 

 黒曜石のような艶をもつ長い黒髪に、顕正と同じ血が流れていることが分かる少し明るい鳶色の瞳。中学入学頃には追い抜いてしまった小柄な体格と、それに見合わぬ豊満な胸元は、白いセーターを大きく押し上げている。

 

「いらっしゃい、――ユリ姉さん」

 

 笹原 白百合(さゆり)。

 今日から三連休を利用して顕正宅へ泊りに来た従姉である。

 しかし、声を掛けても返事がない。

 サユリは小柄な身体を震わせ、手にしていた旅行鞄を取り落とす。

 

 その瞳は徐々に潤んでゆき、ついにはポロポロと、涙を流した。

 

「……は?」

 

 突然の涙に呆然とする顕正。

 なんだこの状況、理解が追いつかない。泣いている。しかも割とガチ泣きで。

 

「ユ、ユリ姉さん、どうした?け、怪我でもした?」

 

 戸惑いながらの問いかけは、首を横に降ることで返答された。

 どうすればいいのかと顕正が悩んでいると、サユリに動きがあった。

 ふら、ふらっと、体が揺れたかと思うとピタッと止まり、一瞬の後、駆けた。

 

 

 

「――けんちゃあああああぁぁん!!」

 

 

 

 涙を散らし、叫びながら顕正の胸に飛び込んだサユリ。

 正直な話、瞬間的に戦闘用の思考回路が回避と騎士甲冑、デバイスの展開から『燕返し』のモーションに入るまでをシミュレートしたが、慌ててキャンセルし、サユリを抱きとめることに成功した。

 

「あ、あいたかったよぅ、けんちゃあああん!!」

 

 泣きじゃくり、強烈なハグをし掛けてくるサユリ。見た目とは裏腹な強い腕力に、普通の人間なら悲鳴を上げるところだ。もはやハグというより鯖折りに近い。

 締め付けと、体に当たる柔らかさをぐっと堪え、状況を思考する。

 

 

 

(……は、半年会わなかっただけで感極まってガチ泣きするとか予想外だ……)

 

 

 

 とりあえず泣き続けるサユリを落ち着かせなければ、と対処法を考えるのだが、聖王教会でもその名を馳せる『盾斧の騎士』といえど、その戦闘力は現状なんの役にも立たないことを思い知るには、数分もかからなかった。

 

 

 

 

 




 従姉、襲来。
 なんて動かしやすいんだ……。もともと存在しなかったキャラだなんて思えないぜ……。

 前半は誰も得をしないであろう士郎さんとの雑談。
 エースオブエースのお父さんって、内心結構複雑に思ってるんじゃないかなぁ。

 あ、あと従姉の名前で「白百合」で「さゆり」とは読まないんじゃないかというのは、仕様です。




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第十三話 譲れぬ戦い

アタック!
ガード!
アタック!!


 

 

「――お邪魔しまーす」

 

 小声で一応の言葉を呟き、サユリは顕正の部屋に侵入した。

 久しぶりに愛する従弟に会ったせいで感極まって泣いてしまったあと、夕食の準備をするから待っていてくれ、とキッチンへ向かった顕正に、

 

「じゃあ、その間に荷物置いてくるね。整理もしてくるから、ゆっくり作ってていいよ!」

 

 と完璧な対応をして、客間に荷物を放り込んで顕正の私室へと直行したのだ。

 

(これはチェックよ。一人暮らしでけんちゃんの健全な成長に悪影響が出ていないかの、チェックなのよ!だからこっそり部屋を探っても大丈夫!)

 

 自分に言い聞かせながら部屋を見渡す。

 何事も几帳面な顕正だ。話に聞くような男子高校生の部屋は脱ぎ散らかした服や乱雑に積み置かれた雑誌などで散らかっているらしいが、サユリは実家で、顕正が部屋を散らかしている光景を見たことがない。

 その性格は変わっていないようで、全体的に綺麗に整理されている。

 そもそもあまり物欲の多い人間ではない顕正は、嗜好品すらほとんど買うことがない。

 机には教科書類と参考書、本棚には申し訳程度の文庫本しか置かれていなかった。

 これくらいは想定内である。見回しただけで分かるようなボロなど出さないだろう。

 次はベッドだ。

 無いとは思うが、もしかしたら一人暮らしなのを良いことに、女性を連れ込んでいるかもしれない。

 もしそうだったら、ベッドに長い髪の毛が落ちている可能性がある。ちなみに長い髪の毛と限定されているのは、顕正の好みが髪の長い人だと知っているからだ。それくらいはお見通しなのである。

 ベッドは丹念に調べないといけない。

 もしもベッドに長い毛が落ちていたら、それは紛れもない『不純異性交遊』の証なのだ。

 だからしっかり調べる。

 そのためには顕正のベッドに寝て、転げ回り、布団に染み付いた顕正の匂いを嗅ぐのは必要なことだ。

 

 

「うにゅー!スーハー、スーハー、けんちゃんけんちゃんけんちゃん!」

 

 

 鼻腔から脳髄に、顕正の匂いが浸透する。半年もあっていなかったからか、その甘美な香りに酔いしれた。

 会えなかった間は、直前に拝借した下着類で我慢していたが、最近は匂いが薄れて来た。この滞在期間に新しい『物資』を補給しなければならない。

 顕正のベッドを本能の赴くまま堪能した後(時間にすれば約10分ほどだ)、今度のチェック対象は衣服の詰まった箪笥へと移った。

 一段目を開けるために手を掛けたその時、サユリの目に箪笥の上に飾られた三つの写真立てが入る。

 横一列に並べられたそれらの内、左と真ん中はいい。左はサユリと両親、顕正が写った写真で、これは顕正がサユリの家に来た日に記念に撮ったもの。真ん中は顕正の中学卒業の時のもので、クラスメイトに囲まれて笑っている顕正がいる。

 だが右の写真。これは知らない。

 顕正の様相を見るに、割と最近のものだと分かるそれは、歴史を感じさせる趣ある建物の前で撮られたもので、見慣れない格好をした顕正が写っている。

 いつもより凛とした佇まいの顕正に思わず口元が緩むが、重要なのはそこではない。

 

「誰なのこの女たちは……!?」

 

 写っていたのは顕正だけではない。彼の左右に、見たことのない『女』の姿があった。

 修道服らしきものを着たショートカットの女性は、まだいい。顕正の好みから外れた髪型であり、顔つきから見て取れるのは真面目そのものの性格。顕正は尊敬こそすれど、恋仲になるほどの距離感はないだろう。

 しかし、その反対側の方はダメだ。

 

「き、金髪……」

 

 まず髪はクリアしている。写真でも分かる美しいブロンドの髪は風に揺れていて、恐らく地毛だ。

 柔らかい笑みを作るその女性は見るからに日本人ではなく、想像に過ぎないが、サユリよりも年上だろう。

 つまり、『お姉さん』。

 これはマズイ。

 サユリによる綿密な調査から、顕正の好みはロングヘアーのお姉さんだということが判明している。

 今までの調査ではそこに『黒髪』が追加されていたが、離れていた半年の間に嗜好の変化があったのかもしれない。

 そして、顕正との距離がシスターの女性よりも近く、それでいて女性の表情に照れが見えない。彼女にとっては普通の距離なのだろうが、顕正は少しはにかんでいるようで、女性に対して悪い感情を抱いていることはないようだ。

 自分の知らない内に出来た、顕正の交友関係。

 しかし、サユリの危機感はそこまで大きなものにはならなかった。

 写真に過ぎず、尚且つ服の上からなので確証はないが、この女性よりもサユリが勝っている部分に気付いたからだ。

 

「――残念だけど、あなたじゃけんちゃんの好みのおっぱいとは言えないわね!」

 

 胸である。

 顕正は胸が大きく、髪の長い、『お姉さん』らしい女性が好きなのだ。

 その証拠に、あっさり見つかった箪笥の隠しスペースには、巨乳のお姉さん系のエロ本が多く入っていた。

 隠したつもりなのだろうが、顕正のことを知り尽くしたサユリには何の意味もない。

 もはや写真の女性は脅威ではない。

 そう判断して、サユリは隠してあった本たちの見聞に入る。

 お姉さん系の本が多めだが、それ以外のものも含まれている。

 

「むむむ、これは処分。これは、まぁ、いいかな?妹系は……処分」

 

 顕正の健全な成長のため、と称した『検閲』は、顕正から食事の準備が出来たことを知らせる声が聞こえるまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終え、リビングでテレビを見ながら一息つく顕正。

 サユリは、食事を手伝わなかったから、とキッチンでお茶を淹れているところだ。

 

(……ユリ姉さんはちゃんと箪笥のチェックまで終えただろうな)

 

 食事の準備をしている間、戻ってこなかったサユリの行動を、顕正は完全に把握していた。

 いくらなんでも、二日ほど過ごすだけな荷物しか持って来ていないサユリが、整理に数十分もかかるわけがない。

 顕正の部屋に侵入し、調査をするであろうことは読めていた。

 そのため、箪笥の隠しスペースには、あらかじめ用意しておいたダミーの本を詰めてある。

 比率も計算していて、姉が不機嫌にならないようにお姉さん系の本を多めにし、それ以外を少し混ぜてあるのだ。

 本命の本たちは、もっと安全な場所に避難させてある。友人からの預かり物もあるので、姉の検閲で処分されては堪らない。

 

(あとは、薬でも盛られないかの心配だけだが……)

 

 流石にそれはないだろう、と思っている。

 確かに、夏休みに泊まりにこようとした時は心配していたものの、いくら少々常識外れの動きをする従姉であってもそこまではしないだろう、と考え直していた。

 あくまで想像で、それくらいやるんじゃないか、というだけで、現実にそんなことまではするわけがない。

 何事もなく一日が終わりそうだ、と考えていると、サユリがティーカップを二つ持ってリビングにやって来た。

 

「おまたせー。ちょっと考え事してたら、お茶っぱ蒸らしすぎちゃったかもー」

 

 ごめんね、と言いながらカップを差し出して来た。

 

「あぁ、大丈夫だよ。そこまでこだわりがあるわけじゃないって、ユリ姉さんも知ってるだろ?」

 

 苦笑し、受け取る。もともと顕正はコーヒー派で、紅茶にはそれほどうるさくないし、少しくらい風味が崩れていても、淹れてもらったものを突き返すようなことはしない。

 それくらいは対した問題ではない、と口を付けようとしたその瞬間、

 

 

(――Gift.)

 

 

「……」

 

 胸元から相棒に伝えられた言葉で動きを止めた。

 ギフト。

 贈り物の意である。

 英語で言えば、ただ単純にそれだけなのだが、それがベルカ語、ドイツ語としての言葉であれば、綴りも発音も同じであっても意味がガラリと変わる。

 もともとは英語と同じく『贈り物』を意味する言葉だったが、それが変遷して意味が変わって使用されている単語。

 顕正の相棒、『光輝の巨星』グランツ・リーゼはこう言っているのだ。

 

 

 ――『Gift.(毒だ。)』と。

 

 

「……」

「どうしたの、けんちゃん?」

 

 笑顔で首を傾げる従姉の顔に、今すぐ手に持つティーカップを投げつけたいところだが、ぐっと堪える。

 

(ほ、本気で一服盛ってきやがったっ……!!)

 

 従姉妹が無邪気に見えるその笑顔の裏で、えげつない考えをしていたことに気付き戦慄した。

 あくまで自然にお茶を淹れる流れを作り、その上で蒸らす時間が長かったため、と多少味が変わっていても怪しまれず飲むような状況に持ち込んでいる。

 仮にグランツ・リーゼの警告がなければ、顕正は疑いなく紅茶を口にしていただろう。

 先ほど心の中での信頼を返して欲しい。

 切実にそう思うが、しかしこの場で指摘すれば、どうやって毒を感知したのか問われるかもしれない。

 この窮地を脱するために……。

 

「――そうだ、ユリ姉さんが来るから、ケーキを買ってあるんだよ。悪いけど、冷蔵庫からとってきてくれない?」

 

 一旦カップを置いて頼めば、サユリは目を輝かせながら、

 

「そうなの!?ありがとうけんちゃん!すぐ取って来るね!」

 

 とキッチンに向かった。

 その背を見ながら、顕正は胸元の相棒を握りしめ、正三角形の中で剣十字が回転するベルカ式魔法陣を展開。

 

(グランツ!)

 

(Entgiftung.(汚染除去。))

 

 僅かな群青色の魔力光と共に、カップ内の紅茶が除染された。古代ベルカ時代に使用されていた、古めかしい解毒魔法である。戦場でだけではなく、毒を用いる様な原生成物と戦う時に重宝したものだという。

 まさかこの魔法を日常生活で使うことになるとは、と。

 顕正は、もう油断などするものかと固く決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 住宅街が、ほぼ全て寝静まったであろう深夜。

 客間で布団に入っていたサユリは、静かに、しかし力強く掛け布団を押し上げた。

 そう、これから始まるのだ。本当の戦いが。

 そろそろと音を立てぬ様に部屋を出て、顕正の部屋へと向かいながら、心の中で両親に対しての報告をする。

 

(お父さん、お母さん、サユリは今日、ついにけんちゃんと結ばれます……!)

 

 言ってしまえば、夜這いである。

 そのために体は念入りに清めてあり、勇気を出して勝負下着まで着用した。

 あとは顕正が乗って来るかどうかだが、その点についてはあまり心配していない。

 食後のお茶に混ぜた、遅効性の『元気になるお薬』の効果を信用しているからだ。

 どんな紳士でも狼に変えるという触れ込みのそれが入ったお茶を、顕正が口にしたのはしっかり見ている。

 不安要素は何もない。

 顕正の部屋の前に辿り着き、バクバクと大きく高鳴る鼓動を抑えるために一度深呼吸。

 いざ、とドアに手をかけ、静かにそれを押す。

 月明かりだけが光源となる薄暗いその部屋に入り、顕正が寝ているだろうベッドに目を向けた。

 頭の中は、これからの目眩く官能の世界で埋め尽くされて――

 

 

 

 

 

 

 

 それが、その日のサユリの覚えている最後の記憶である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……本当に仕掛けてきた)

 

 えへへー、と幸せそうな顔で意識を失っているサユリを肩に担いで客室に運ぶ。

 お茶に一服盛ってきたときから可能性はあるだろうと思っていたため、グランツ・リーゼに警戒させていたのだ。サユリの反応が近づいていることを知らされて起きた顕正は、サユリが部屋に入ってきたときには扉の影に潜んでいた。あとは魔力を使った簡単な当て身技でサユリの意識を奪う。魔法抵抗力の低い一般人であれば、これで簡単に無力化させられるのだ。

 今日ほど魔法文明を知っていることに感謝した日はない。毒も夜這いも、顕正が『普通の人間』だったら回避することが出来なかっただろう。

 

「――グランツ、俺はお前との出会いに感謝するよ」

『Gut.』

 

 割と本気での言葉だったのだが、グランツ・リーゼからの返事は何処と無く素っ気ないものだった。

 

 

 

 





完全ガードだ!



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第十四話 あの夜の続きを

 なんとか、なんとか月二回更新!
 同期の人たち(勝手にこっちで思ってるだけですが)と比べて更新ペースが遅い…。
 同期の人の更新をまだかなーまだかなーとか待っているうちに、気付いたら倍の差がついてる現状をどうにかせねば!




 

 サユリ必死の猛攻を、なんとか捌き切った翌日の昼下がり。

 普通であれば、県外からやってきたサユリを観光案内でもするところなのだが、残念ながら顕正が居を構えるこの海鳴市には、わざわざ人を案内するほどの観光名所が存在しない。精々海の見える広大な自然公園くらいだが、顕正は知人と遭遇してサユリのことを説明するのが面倒であったし、サユリはサユリで、外に出るより顕正と二人きりの家で過ごすほうが良かったので、二人でのんびりとした空気を味わっていた。

 

 

 

 顕正が昼食に使った食器を洗っていると、ピンポーンと来客を告げる電子音が響く。

 連絡のない限り、基本的に新聞勧誘や、謎の宗教団体の啓蒙しか来客のいない笹原家である。

 一体誰が、と思うが、顕正は今皿洗いの最中である。中断するのも億劫で、なおかつ今日に限っては自分の代わりに対応に出せる人員がいるのだ。テレビを見つつ、皿洗いをしている顕正をチラチラ見てはだらしなく顔を歪めているサユリは、非常に鬱陶しく、そして一応は暇そうだ。

 

「ごめん、ユリ姉さん。悪いけどちょっとお願いしていい?新聞とか宗教とかの売り込みだったら、容赦無く断っていいから」

 

「う、うん!任せて!」

 

 えへへー新婚さん、新婚さんみたいだよ!と足取り軽く玄関に向かうサユリを見ながら、小さくため息をつく。

 どうやら昨夜の攻防については、深く考えていない様だ。大方、布団に入って待機していた時にそのまま寝てしまった、ということで納得しているのだろう。完全に死角をついての当て身をしたことが効果的だった。

 一応今夜も気をつけていた方がいいか。

 

 そんなことを考えながらそのまま皿洗いを続けていると、玄関から慌ただしく走ってくる足音が響き、顕正は少し不審に思った。

 普段の顕正に対する暴れっぷりから、常時暴走特急の様に見えるが、その実サユリは『外面』がいい。

 家族や本当に親しい友人以外には、嫋やかな大和撫子然とした対応を心がけているのだと、サユリから聞いたことがあるし、基本的に顕正が絡まなければサユリは完璧超人と言っていい。スペック自体は非常に高いので、大抵の問題は卒なくこなすのだ。

 そんなサユリが、家の中を慌てて走るような相手が来たのかもしれない。

 そう思うが、顕正には家を訪ねて来るような人物で、サユリが対応に焦る相手に心当たりがない。

 普段家を訪ねて来る一番の候補は高校の友人たちだが、彼らには親戚が来る、と伝えてある。その状況で来るとしたら、先に一報入れて来るだろう。

 次に候補になるのは、アリサとすずかだ。

 実はこの二人、何度か笹原家に遊びに来ている。が、それはテスト前の勉強会であったり、二人が旅行に行った後の土産を持ってきたときだったりと、頻度は然程多くない。そしてその二人が来たところで、サユリが騒ぎ立てるとは思えない。まず間違いなく、一目で胸のサイズを確認して優越感に浸っているだろう。そして前者以上に、来訪するならば必ず一報入れてくるだけの礼儀は持ち合わせている。

 それくらいしか候補がいないのだ。考えても分かることではない。

 そんな思考をして待っていると、サユリがキッチンに飛び込んできた。

 

「け、けんちゃんけんちゃんけんちゃん!大変!大変だよ!」

 

 あわあわと落ち着かない様子で名前を連呼しているあたり、相当混乱しているようだ。

 

「まあまあ、落ち着いて。何?誰が来たの?」

 

 努めて冷静に問うが、それでもサユリは混乱状態から抜け出せない。

 

「お、お……!」

 

「お?」

 

 

「――おっぱい」

 

 

「…………」

 

 気が狂ったようだ。

 昨日の当て身によるダメージが、遅れて脳に深刻な影響を与えたのかもしれない。

 

「ユリ姉さん、病院だ。病院に行こう?」

 

「頭おかしくなってないよ!ほんとだよ!?ほんとにおっぱいだよ!おっぱい魔人だよ!」

 

 どこのセクハラ親父の妄想だ、とツッコミを入れたいが、とりあえず話が進まないし来客の存在は間違いないので、皿洗いの手を止めて玄関に向かうことにした。その間もサユリはおっぱい魔人!おっぱい魔人!と連呼している。

 そうしてキッチンから玄関に続く廊下に出たが、玄関でなんとも言い難い表情で所在無さげに立つ人物を見て、サユリの発言に納得がいくと同時に、なぜ彼女が、と疑問も覚えた。さらに言えば、確かに彼女には連絡先を教えていなかった。来訪の連絡の入れようがなかったのだろう。

 彼女はどうやら先ほどからおっぱいおっぱい騒いでいるサユリの声が聞こえて居たようで、何処と無く普段の凛とした空気が消えている。

 憧れの人物のこんな妙な顔は見たくなかったが、しかしそんな理由で礼節は軽んじるわけにはいかない。まぁ、訪問して早々におっぱい魔人呼ばわりされて今更だとは思うが。

 

「――お久しぶりです、騎士シグナム。どうぞ上がって下さい」

 

「あ、あぁ。邪魔をする……」

 

 シグナムから返事はあったが、ひとまず顕正の後ろで騒ぎ続けるサユリを黙らせないといけないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 おっぱい混乱状態に陥ったサユリを再起動させ、シグナムをリビングへと通した。

 電気ケトルを使いコーヒーを淹れて、シグナムに手渡す。すまんな、と受け取り一口飲んで、よく見なければわからない程度に頬が緩んだので顕正は内心ガッツポーズした。顕正のコーヒーは、最近では喫茶店のマスターである士郎が合格点を与えられるものが出来るようになっていた。それは足繁く翠屋に足を運び、士郎から手解きを受けたお陰だろう。

 しかしその反面、紅茶に関しては何故かダメだ。以前豆を切らしたタイミングでやって来たアリサに、「茶園の人に謝れ!」と凄まじい剣幕で激怒されてから練習して、少しはマシになったが、ある程度飲み慣れていると違和感を覚える味がするらしい。なお、一番ダメージが大きかったのはアリサが激怒したのを見て、席を同じくしていたすずかがニコニコ笑ったままで、顕正の淹れた紅茶には一切手をつけていなかったことである。

 いつか二人を唸らせる紅茶を淹れてやる、と努力はしているが、まさか修行中の紅茶を、かの烈火の将に振る舞うわけにはいかない。自信のあるコーヒーを出して正解だったようだ。

 

「――それで、き……シグナムさん、今日はどうしてまたウチに?」

 

 玄関でもそうだったが、ついつい慣れた敬称をつけてしまいそうになる。しかし、この場にいるのは魔法関係者だけではない。

 ショックから立ち直ったシグナムは、いつもの空気を取り戻しており、『騎士』と呼んでも違和感はないだろうが、騒いでいたサユリには、夏のバイトで知り合った外人の女性、と説明している。

 

「あぁ、今日はコレを渡しに来た。聖王教会からだ」

 

 そう言ってシグナムがテーブルの上に置いたのは、一枚の紙だった。

 それほど大きなものではなく、ドイツ語で書かれているためサユリにはわからないようだったが、グランツ・リーゼの使う言語がドイツ語と似通っているベルカ語であるため、顕正に理解できた。

 

「……これ、小切手ですか?」

 

「そう、夏の歴史検証の賃金だそうだ。丁度休暇で海鳴に用事があったのでな。き……カリム殿から頼まれて、届けに来た」

 

「そういえば、カリムさんが言ってましたね。わざわざありがとうございます」

 

 顕正は、ミッドでの口座をまだ作っていなかったので、現地での観光に使う費用として幾らか前払いしてもらっていたが、残りの金額は専門家の意見を聞いてから算出するため、後で使いの者に届けさせる、と言われていた。丁度良いタイミングでシグナムが地球に行くことを知って頼んだのだろう。

 かの烈火の将に『おつかい』をさせるとは、と思いつつ、顕正も普段はただの高校生だ。渡された小切手の金額が気になって、チラッと確認した。

 

(一、十、百、千、万……まぁ、ちょっともらい過ぎ感はあるけど、ありがたいかな)

 

 顕正が聖王教会でした仕事と言えば、カリムとお茶しながらの気軽な歴史検証だ。バイトというには簡単な作業であり、賃金自体にはそれほど期待していなかったのだが、恐らく教会側が多少色をつけてくれたのだろう。

 金銭以上に貴重な、現役騎士たちとの修練という経験が得られた夏の旅、と考えていた顕正には、嬉しい臨時収入といえた。

 これは聖王教会にまた恩が出来てしまったかと、なんとなく教会との繋がりに思いを馳せながらコーヒーを飲み、

 

「……」

 

ふと重大な落とし穴の存在に気付き、顕正の背中に嫌な汗が出る。

 

「……あ、あの、騎士シグナム?」

 

「……なんだ?」

 

 震える声でシグナムに問いかければ、顕正の反応を予想していたように落ち着いた反応を見せた。ちなみにサユリは話に口を挟まず大人しくしているが、顕正が何に対してそんなに焦っているのか分からず、キョトンと首を傾げている。

 

「……この小切手、金額の頭に『¥』じゃない記号がついている気がするのですが……」

 

「……そうだな」

 

 やはりそこに気が付いてしまったか、とシグナムがため息をついているが、顕正はもはや気が気ではない。

 顕正が気付いたその記号。

 普段見慣れないそれは、ヨーロッパ市民の重みを象徴したギリシャ文字の『ε』、ヨーロッパの『E』に、安定性を示す交差した平行線を入れた、通貨記号の一つだ。

 ダラダラと冷や汗が背を伝う感覚と、今朝ニュース番組で見た為替相場が頭をよぎる。

 

「ユ、ユーロですよねこれ……!?」

 

 そう、顕正が少しもらい過ぎ、と判断したそれは、日本円に換算すれば学生に相応しくない金額に相当する。

 

「受け取れませんよこんな大金!」

 

 少し、どころではない。普通に考えて、大きくもらい過ぎ、にしか思えない。

 そう言ってつき返そうとしたが、シグナムに止められた。

 

「まぁ、落ち着つけ。……私は詳しくないが、これが歴史的な価値を考えた場合の相応の金額だそうだ。古代ベルカの、それもほぼ欠損のない確かな歴史記録なのだぞ?これだけの金額になるのは当然らしい」

 

「それはそうでしょうけど……」

 

 なるほど、そう言われればそうだ。地球でも、遺跡で発掘される歴史的な遺産は非常に高値がつく。それを考えたら、まだマシな金額に思える。

 

「し、しかし、これを丸々受け取ることは出来ません!……た、滞在費!自分が聖王教会に滞在していた時に掛かった費用を引いて下さい!」

 

 あまりに金額が大きい。そのための、少しでも額を減らそうという顕正の交渉は、正に悪あがきでしかなかった。

 

「それはもう差し引いてある。ついでに言えば、稀にある、一般人が現役騎士に稽古を付けてもらった際の『月謝』の分も引いてあるそうだ。こうでもしなければ、お前が受け取らないとシスター・シャッハが進言してな」

 

「な、なんという……」

 

 項垂れる顕正。顕正の性格を読んで、しっかり逃げ道を塞がれていたのだ。ここまでされてはぐうの音も出ない。

 

「確かに、学生の身分のお前には不相応な報酬かもしれないが、ミッドで考えればそれほど不思議なものではない。お前の年齢であれば、既に社会に出ていてもなにもおかしなことではないからな」

 

 ひとまず顕正が受け入れる態勢になったのを見て、シグナムが追撃を掛けた。

 シグナムの言う通り、ミッドは就業年齢が低い。日本でまだ学生の顕正だが、ミッドなら既に働いていてもおかしくない。一人前の『大人』として見てしまえば、金額は大きいがただの『正当な報酬』だ。

 結局、気にしているのは顕正だけで、しかもそれを気遣って天引きまでされている。

 受け取るしか道はないのだろう。

 仕方が無い、と一つため息をつく。

 

「それに、どうしても納得出来ないのであれば、教会に入ってからその恩を返せばいいだろう」

 

「っ……そう、ですね」

 

 現状で考えても埒が明かない、そう考えてのシグナムの発言だったが、顕正からの返答は歯切れが悪かった。

 その反応でもしやと、

 

 

「笹原、――迷って、いるのか?」

 

 

 鋭い眼光と共に、シグナムが問う。

 

「……」

 

 それに、顕正は答えられず俯くしかなかった。

 

「……そうか」

 

 シグナムは顕正の反応を見て、そしてチラリと、二人のやり取りについて行けていないサユリを見てから、決心したように言葉を紡いだ。

 

「笹原。……続きだ」

 

「え?」

 

 唐突な、その言葉で、俯いていた顕正が顔を上げる。

 

「あの夜の『続き』をするぞ」

 

 それは、確かに顕正の中で燻っていた思いに、決着を付けるためのものだ。

 シグナムは燃えるような熱を宿したその瞳で顕正を見つめ、宣言した。

 

 

「『剣の騎士』八神 シグナムと、『炎の魔剣』レヴァンティンが――」

 

 

 一息。

 

 

 

 

 

 

「――『盾斧の騎士』笹原 顕正と、『光輝の巨星』グランツ・リーゼに決闘を申し込む!」

 

 

 

 

 

 

 




 前半はユリ姉さんによるスーパーおっぱい祭り。書いててすごい楽しかった。
 オリキャラは動かしやすくていいです。余計な背景がないから、つじつま合わせる必要がないしね!

 一応、予定ではもう一人くらいヒロイン級のオリキャラが追加されます。

 ……そろそろ、あらすじとタグを更新しようかなぁ…。




 あ、あと、最近感想返ししてませんけど、全部読んでます。
 最初のころは全部返信してたんですけど、あまりに皆さんが核心をついてくるので返事書けないなこれ、っていうのが多くなって、完結するまでは感想返ししないことにしました。申し訳ありません。

その代わり、返せる質問はあとがきにてお答えしようと思います。


では質問返しのコーナーを。


Q:グランツもオーバーヒートするの?

A:します。作中で長期戦が出てないのでまだ判明していませんが、そのうち書きたいです。


Q:従姉もデバイス持ってたりする?

A:笹原家に伝えられていたデバイスは、グランツだけです。


Q:グランツのAI高度過ぎない?

A:なのは世界におけるアームドデバイスのAIの程度が分からないので明言はしていないのですが、グランツはインテリジェントデバイスよりは知能は低いですが、非人格型ではないのである程度受け答えや一定のアクションは可能です。騎士育成に関しては、そういうプログラムが前から仕込まれていました。


Q:顕正の騎士甲冑ってどんなの?

A:モンハンの「アロイ装備(頭無)」みたいな甲冑を装備します。なお、一度感想返しで触れましたが、グランツ・リーゼの外見は「近衛隊専用盾斧」を採用しています。銀と青で、お揃いです。



Q:お姉ちゃんヤバ過ぎ…。

A:ここまでヒかれるのは予想外。作者的には「ぶっ飛んだブラコンお姉ちゃん」はこれくらい当然のものと考えていました。


Q:どんなエロゲーやってんの?

A:普通です。普通のエロゲーです。しいて言うなら女装主人公ものが大好きです。



 では、また次回。……こんなにあとがき書いたの初めてだよ…。




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第十五話 烈火

ペースを上げるといった!
やれば、できる!



 季節は冬に向かっている。

 海鳴市も既に肌寒い時期に入っており、街を歩く人々は少し足早に家路につく。

 

 そんな夜の街の上空。

 限られた空間を世界から切り離す、ベルカ式の魔法、『封鎖領域』という結界魔法の中に、二人の騎士の姿があった。

 

 片方は、軽装のメタルプレートに、髪の色と同色の濃い桃色を基調とした、ファッション性の高いバリアジャケットを身に纏う女性――シグナム。

 

 そしてもう片方は、利便性、合理性に重きを置く、鋼色の甲冑を装備した少年、顕正だ。

 

 

 空に立ちながら鋭い瞳を向けてくるシグナムを見ると、顕正はどうしても『あの日の夜』を思い出す。

 夏休みの前、自身が本当の意味で騎士として戦った、初めての夜だ。

 チンピラを一蹴したあと、勘違いから始まった激闘。

 鍛え上げた年月が無駄ではなかったと、心の底から認識出来た日。

 あの日、確かに決着は着いていなかった。顕正が渾身の一撃を放つ直前で止めが入り、それでおしまいになってしまった。

 あのまま続けていれば、まず間違いなく顕正は倒れていただろう。強力過ぎる『必殺』は、自らの体に多大な負担を掛ける。実戦経験の少なかった顕正では、その負荷に耐えられなかった。

 

(――でも、それだけじゃない)

 

 レヴァンティンを抜くシグナムを見据える。

 もしあの夜、はやての制止が間に合っていなかったら。

 先ほどの想像の通り、顕正は倒れていた。

 

 しかし、それが直撃したシグナムが倒れないというイメージが湧かないのだ。

 

 『盾斧の騎士』必殺の一撃は、歴戦の騎士であるヴォルケンリッターのリーダー、烈火の将であろうと粉砕しうる。

 その自負が、心の奥底でずっと燻っていた。

 あの日の続きを、今から始められる。

 戦いへの高揚が、顕正の全身に熱い血液を巡らせる。

 あれから顕正は、更に強さを得た。今の自分が、烈火の将にどれだけ通用するのか。

 

「――さぁ、始めるぞ笹原」

 

「――はい!」

 

 共に準備は出来ている。

 あとは、

 

「ヴォルケンリッターが将、『剣の騎士』八神 シグナムと、『炎の魔剣』レヴァンティン!」

 

「『盾斧の騎士』笹原 顕正と、『光輝の巨星』グランツ・リーゼ!」

 

 いざ、

 

 

「「参る!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の空で激突する二人の『魔法使い』。その光景を、サユリは少し離れたビルの屋上から見ていた。目の前には、細部を見られるようにと、何もない空間に投影された半透明のディスプレイがある。

 

 

 昼に突然訪ねてきた、顕正の知り合いのシグナムという女性。

 話の途中から、自分には理解の出来ない内容になってきていた。

 そして彼女が発した、『決闘』という単語。

 この現代日本で、何を時代錯誤な、と思ったのは、あの場でサユリだけだった。

 その後、急な話だが担当者に申請を通してくる、とシグナムが一旦笹原家を去り、話の意図が掴めないサユリと、神妙な面持ちの顕正が残された。

 

 いつか話そうとは、思っていた。

 

 そう切り出した顕正の話は、到底信じられるようなものではなかった。

 魔導士、次元世界、時空管理局、そういった、フィクションにしか思えない『世界のこと』を話す顕正。

 それについては、未だに全て信じたわけではない。顕正がそんな嘘をつくとは思わないが、誰かにそう教え込まれて信じ切っているだけかもしれない。

 しかし、ではなぜ顕正がそんな世界に関わるようになったのか、と問うた時、彼は胸元から一つのネックレスを取り出した。

 何故、笹原家の人間の瞳が、普通の日本人のダークブラウンではなく、明るい鳶色なのか、その理由を語ったのは、顕正ではなくそのネックレスだった。

 祖父の遺品整理の時から、顕正と共にあるグランツ・リーゼと名乗った喋るネックレス、そしてサユリの目の前で『変身』して見せた顕正を目の当たりにしても全て嘘だと断じるほど、サユリの頭は硬くない。

 そして『そんなこと』よりも、サユリには理解出来ないことがある。

 

「……それで、なんでけんちゃんが戦うことになるの……?」

 

 何故顕正とシグナムが今戦っているのか、サユリが分からないのはそこだ。

 一応、夏に二人が戦ったことがあり、その決着が着いていなかったことは聞いた。しかしどうしてシグナムが唐突に再戦を申し込んだのか、その意味を、顕正は語らなかった。

 終わってから話すよ、そう言った彼の顔が、目に焼き付いて離れない。

 いつだって顕正は、サユリに大事なことを話してくれない。

 高校から海鳴市で一人暮らしをするつもりだったことも、サユリの両親に許可を得て、試験以外の問題がなくなってから聞かされた。

 魔法のこともそうだ。

 祖父が亡くなった後で、一緒に暮らしていた顕正だって悲しかっただろうに、そんな時期に唐突に『魔法』に関わって、秘密にして。

 言われたからといって、力にはなれなかっただろう。

 それでも、せめて一度でいいから。

 

「――悩みくらい、打ち明けてくれたっていいじゃない」

 

 顕正の『姉』でありながら、何の力にもなれない。

 今のサユリに出来るのは、二人の決闘が大きな怪我なく終わることを祈るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いが始まってしまえば、それだけに集中することができると思っていた。

 だが、長剣を振るいながらも、顕正の頭の中には昼間のシグナムの言葉が残り続けている。

 

『迷っているのか?』

 

(……っ!?)

 

 思考に気を取られ、シグナムの剣撃に若干反応が遅れた。

 

「どうした笹原!?聖王教会で揉まれて更に力を付けたのだろう!?」

 

 その通りだ。むしろ、以前よりも力を付けたからこそ、反応が遅れても咄嗟に盾を構えられた。

 決闘が始まってから、シグナムはほぼ攻め続けている。直剣を巧みに操り、顕正に攻撃するタイミングを与えていないのだ。

 魔力斬撃による撃力充填は魔力弾を受けた際よりも効率が悪いが、もうすぐカートリッジが満タンになる。

 

(ここで、一気に攻めに転じる!)

 

 顕正は長剣をシグナムに向け、群青色のベルカ式魔法陣を展開した。

 変形のタイミングを作るための、瞬間砲撃。

 

「『刹那無常』!」

 

 煌めく群青が、シグナムの顔を目掛けて発射される。

 威力はないが、速度があり、尚且つ近距離戦闘中での顔面への強襲だ。

 ある程度の技量を持つ魔導士、騎士であれば、一瞬で察知して回避行動をとる。

 その僅かな隙を使って大火力のアクストゥフォルムへの変形を――。

 

「甘い!」

 

「――なっ!?」

 

 しかしシグナムは、避ける事すらせずにそのまま斬りかかって来た。刹那無常の光に飛び込んでも、一切の怯みがない。

 運良く変形中の盾に当たったためダメージはないが、衝撃で変形が中断される。そしてその斬撃が魔力を伴っていたため、グランツ・リーゼが無情な通知を示す。

 

『Überschuss nachladen.(超過装填。)』

 

 マズイ。

 いつもと変わらぬ無機質な通知と共に、長剣に溜まり続けた撃力エネルギーがバチバチと『漏れ出す』。

 最大限までのチャージ。普通の武器ならばそれは攻撃のチャンスが来ただけなのだが、顕正が扱う盾斧にとってはそれだけではない。

 一刻も早い変形を、そう焦るが、シグナムの攻撃は止まらなかった。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 裂帛の気合いを込めた、大振りな一撃が繰り出される。

 横薙ぎのそれは、防御からのステップでは避けきれない範囲を攻めている。

 これを諸に受けるわけにはいかない。

 顕正は覚悟を決めて、赤い光が漏れ出す長剣で受け止めた。

 

 

『Überschuss nachladen.(超過装填。)』

 

 バチッ!

 受けた瞬間に、攻撃の衝撃だけではなく剣からの超過エネルギーが顕正を襲う。

 

「――がぁぁっ!!」

 

 身を刺す痛みに、獣の様な咆哮が漏れた。

 声を上げたのは、痛みを誤魔化すために。このダメージは、物理的なものではない。過剰圧縮され、グランツ・リーゼの制御を離れた魔力によるものだ。

 痛みはあるが、怪我をしたわけではない。気力で堪えなければならない。まだ勝負は終わっていない。

 容赦無く襲って来たシグナムの追撃をバックステップで回避し、攻撃後の隙をついて長剣を盾の上部から突き刺す。

 本来ならばこのまま大斧への変形に持っていきたいが、このタイミングで大きな隙は作れない。

 変形機構は起動せず、溜まっていた撃力エネルギーを空気中に放出し、超過装填状態を解除するに留まった。

 なんとか耐え凌いだ。

 しかしその後想定していたシグナムからの攻撃はなかった。

 空中で数メートルほどの距離にいるシグナムはレヴァンティンを構えてはいるが、その場から動く気配はない。

 

「……『盾斧』は、非常に扱いの難しい武器だ」

 

 そして攻撃の代わりに彼女から飛んで来たのは、『言葉』だ。

 だがそれには、顕正が唖然とさせる威力があった。

 何故、シグナムがそんなことを語るのか。それが分からなかった。

 

「き、騎士シグナム……?」

 

「長剣形態での『撃力充填』という機能は、衝撃により魔力を圧縮し、爆発的なエネルギーにすることが出来るが、過剰圧縮による自身へのダメージの危険性を伴う。防御していても自らにダメージが入る」

 

 顕正の呼び掛けにも反応せず、シグナムは言葉を紡ぎ続けた。

 

「撃力カートリッジを使用する大斧形態は、一撃当てるだけで防御の硬いベルカの騎士を行動不能に陥れる威力を持つものの、変形の隙は大きく、また、搭載されたAIは魔力制御能力が高いわけではないため、最大でも5発分しかエネルギーを貯められない」

 

 その通りだ。盾斧は、強力な武器であるものの、欠点が多い。

 そのため『盾斧の騎士』は、一般的な騎士道にはハマらない戦い方をする必要がある。威力と射程を犠牲にした『刹那無常』などで、相手の隙を作らなければならない。

 

「……お前がグランツ・リーゼを使いこなせていないと言っているわけではない。むしろお前の鍛錬の年数を考えれば、驚嘆に値するほど、お前は『盾斧の騎士』としての技量を持ち合わせている。不断の努力を続け、信念を持って鍛え上げてきた証拠だ」

 

 笹原、と。

 シグナムは燃える瞳で顕正を見つめた。

 

 

「――お前は何故、『騎士』であろうとする?」

 

 

 問いかけは鋭く、突き刺さる。

 

 魔法に関わり、ベルカの騎士としてあろうと努力し続けていた。

 目標としていたものはある。そのためにこそ、『盾斧の騎士』は存在する。

 しかしそれは、今までの平穏な生活を捨ててまで達成するべきものなのか。

 それこそが、顕正の迷い。

 地球での生活を続けるのか。

 騎士として『夢』を追い続けるのか。

 決めかねていたのだ。

 それを、シグナムは見抜いた。

 迷いに揺れる、鳶色の瞳を見て。

 

「お、俺は……」

 

 顕正が『騎士』を夢見た理由。

 今まで、誰にも話したことはない。

 聖王教会にも、なのはやフェイト、はやてにも、それどころか、ずっと共にあったグランツ・リーゼにすら口にしたことはなかった。

 それは、まさしく『夢物語』なのだ。

 口にして、笑われたくなかった。

 だがシグナムは、それを許さない。

 

「『言葉にしなければ、伝わらない』!」

 

「っ!?」

 

 烈火。

 シグナムの威勢は、まさにそれだ。

 

「夢も、想いも、自分の中に留めるだけでは、何も変わらないのだ」

 

 吐き捨てる様に言ったその言葉には、深い後悔の色がある。

 

「まだ、……まだお前は踏み出せる『道』があるだろう、ならば!」

 

 進め。

 求めろ。

 

 言葉が熱を持つ。

 そしてその熱は、伝播する。胸の内で燻っていた顕正の想いに火を付けた。

 

「俺が、『騎士』である理由は……」

 

 言葉を紡ぐ。それは、夢物語を本当の目標に変えるために。

 グランツ・リーゼと出会い、『彼』の姿に憧れたあの時の激情が心を揺さぶる。

 

「……『盾斧の騎士』の、本懐を遂げるために……」

 

 瞳が交差し、シグナムの持っていた燃える瞳も、顕正へと燃え移る。

 

 

 

 

「――『白き龍』をこの手で打ち倒し、人に希望をもたらすために!」

 

 

 

 

 高らかに、掲げた。

 口に出しても、まだ夢物語にしか思えない『目標』を。

 それを聞いて、シグナムは笑った。

 もちろん嘲笑ではなく、その夢を認めるための笑顔だ。

 

「それでこそ……『盾斧の騎士』だ」

 

 魔法にかかわらなければ目指すことのなかった、人生を変える一歩を踏み出す。

 顕正は、覚悟を決めた。

 瞳は、燃え盛っていた火が落ち着き、しかし確かな輝きを持っている。

 

(……あぁ、その『眼』だ)

 

 シグナムはようやく、今日の目的の一つが果たされたことを確信した。

 もちろん、あの夜の戦いに決着をつけるのも目的だったが、更にもう一つ、誰にも伝えていない――否、誰にも『伝えられない』目的を持っていた。

 

 

 プログラム体であるシグナムだが、夢を見ることがある。

 闇の書の守護騎士として活動していた際の、血塗られた過去を垣間見る悪夢。

 記憶の彼方に追いやった罪が、夢となってシグナムを責めるのだ。

 しかし、あの夜の戦いの後。

 顕正と戦ってから時折見る夢は、夢でありながら非常に鮮明であり、その上時期が違っていた。

 所有者に改悪され、災厄をもたらす闇の書として忌み嫌われていた時代よりも、遥かに昔。

 600年ほど前の、シグナムたちがまだ『夜天の書』の守護騎士として戦場を駆け抜けていた頃の夢だ。

 

 今の顕正の、確かな信念を持つ『騎士』の鳶色の瞳を見て、その頃の記憶が頭を巡る。

 体格も、年も、髪の色も顔付きも違うのというのに、瞳の色だけは変わらない。

 他者を敬い、礼節を重んじ、真面目そのものの顕正だが、盾斧の騎士として夢を追う信念を掲げたことで、軽薄で、だらしのなく、無作法な『あの男』と重なるように思えた。

 

 

 

 

(……お前の遺志は、きちんと受け継がれたぞ、――ヴェント・ジェッタ)

 

 

 

 

 それと同時に、シグナムの中で一つの『ケジメ』が付いたのだった。

 

 

 

 

 




 あとがきでまとめる、今回の内容↓

 おっぱい魔人が火照っている。

 以上。


 そして前回女装主人公物のエロゲーが好きですと言ったらみんなして反応してくるっていう。
 恋楯はやってないんですけど、初代のおとボク、るいとも、花と乙女に祝福を、はプレイ済みです。特に花と乙女、というか、ensembleの作品は大体好きです。安心して楽しめるので。

 あと、前話でサユリさんいるのに魔法関係の話し始めてね?っていう指摘もありましたが、仕様でございます。

 さぁ、次はおっぱいさんの過去話(捏造)だ!




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第十六話 dream chaser

 こんなのシグナムさんじゃねぇよ!
 って自分でも思ってる。


 初めて彼に出会った場所は、戦場だった。

 もはや全体の勝敗はこちら側に傾いていることは明白で、追撃戦の差中。

 敵軍を追っていたシグナムは、突如として味方が木っ端のように吹き飛ばされている光景を目の当たりにし、その現場に向かった。

 そしてその場で、無数の兵を相手取り、嵐のように暴れまわっていた男と剣を交え、――尋常な一騎打ちで敗北したのだ。

 

 

 

 次に会ったのは、当時の主が仕えていた国の、城下町でのこと。

 

『お前さん、夜天の守護騎士、烈火の将だろ?噂で聞いた通りの巨乳だったからすぐ分かったぜ』

 

 戦場での精悍さとは打って変わった軽薄さで、シグナムにボディタッチしてきたことを覚えている。握手のために差し出した手をスルーされ、いきなり胸に触られた。

 一通りボコボコにした後でハッとなり、そもそも敵国の騎士が何故ここにいるのかと問いただしたが、返ってきた言葉に大いに驚くことになる。

 

『――あぁ、俺はあの国の騎士じゃねぇんだよ。傭兵って奴でな、色んな戦場を巡ってるのさ』

 

 紅葉のついた頬を摩りながら彼は言う。

 『騎士』と名乗っているが、特定の主君は持たず、世界を放浪して腕を磨いているのだ、と。

 後で情報を集めてみれば、それだけではなかった。

 通常、『騎士』とは主君に忠誠を誓った優秀な兵士を指すのだが、彼の場合はそうではなく、『複数の国家から』認められて騎士と名乗っているのだった。

 

 例外中の例外、主を持たぬ騎士。

 『自由騎士』と称された男。

 

 金糸の如く光を返す金髪と、鳶色の瞳を持つ盾斧使い。

 

 『盾斧の騎士』ヴェント・ジェッタ。

 

 それは、現在から600年ほど前の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェントは、不思議な男だった。

 いつの間にか気安く触れ合える位置にいるのに、それが不快なものにならない。

 相手の心の中に、するっと入って行くのだ。

 傭兵として雇われ練兵場に加わったヴェントは、つい先日まで敵であったにも関わらず、すぐに兵たちと打ち解けていた。

 特に当時の夜天の主とは気が合ったようで、性別の差など感じさせない友人として親交を深めていた。

 そのためヴォルケンリッターの面々もヴェントと関わる機会が増え、警戒心の強いヴィータでさえ、ヴェントに対しては懐くほどのものになるという、シグナムからすれば考えられないほどの馴染み具合だ。

 しばらく、リーダーの務めとしてヴェントを警戒し続けたシグナムだったが、それもいつの間にか消え、時折ヴェントと共に酒場へ呑みに行った。その頃には警戒は消え、自身を破った歴戦の騎士である友人として扱って居た。

 普段の軽薄な言動からは微塵も思えないが、ヴェントは戦うことに関しては真面目な男で、一度戦闘になると他者の追随を許さぬ、無双の騎士と言えるほどの実力者だった。

 彼と幾度となく試合をし、互いに技術を高め合った。

 

 シグナムが彼を見る目が完全に変わったのは、ある日の夜、飲み屋でのことだ。

 ヴェントは酒に強く、そして酒量を弁えて飲むため、酒に酔った状態は非常に稀だったのだが、その日は事情が違っていた。

 酒場にいた酒豪との飲み比べをしたせいで、帰るころには完全に出来上がっていたのだ。

 ふらふらになったヴェントに肩を貸し、兵舎まで送る最中、ヴェントは静かに呟いていた。

 

『……倒すんだ……『白き龍』を、必ず……』

 

 声は悲痛な響きだったが強い意思もあり、その顔は普段の軽薄さも、戦闘時の精悍さもなく、まるで泣き出しそうな幼子に見えた。

 

 

 翌日、迷惑を掛けた、と謝罪に来たヴェントに、シグナムは意を決して聞いた。

 白き龍とはなんなのか。

 ヴェントはしばし迷った後、語り出した。

 

『……もう、十年以上前のことだ。俺の暮らしていた村に、突如として巨大な龍がやってきた』

 

 神々しく、まるで神の使いであるように思えたという。

 

『そいつはその不可思議な翼で大地を砕き、長い尾で家を薙ぎ倒し、黒い吐息で人を焼いた』

 

 もちろん、抵抗はした。

 しかし村にいた魔導師は年老いた老婆と、その弟子のヴェントだけで、彼女の補助を受けた村人たちが農具で斬りかかる程度。

 当時10歳だったヴェントも、幼くとも魔導師としてそこに加わっていたが、龍に傷一つつけられなかった。

 

『龍はしばらく暴れた後、現れた時と同じように突如として空に消えて行った。村は壊滅的な被害を受けていたものの、まだ人は残っていたんだ。復興のために尽力しようと、残された者たちで互いを支え合っていた』

 

 しかし、それは長く続かなかった。

 龍のばら撒いた未知のウィルスによる、村人の凶暴化が始まったのだ。

 赤く染まった瞳と、黒い瘴気を纏った人々は互いに殺し合った。

 

『俺も狂化しかけた。だが何故か俺だけがその影響を乗り越え、正気を取り戻すことが出来た』

 

 ヴェント以外の村人は、皆死んだ。殺し合いを生き抜いた者も、その後急激に衰弱し、この世を去った。

 残されたヴェントは、『白き龍』を打ち倒すために旅を始めた。

 

『あぁ、勘違いするなよ?別に龍が憎くて、復讐するためだけに生きてるんじゃない。――最初のうちはそうだったけどな』

 旅し、その途中、古代遺跡の奥に安置されていた相棒たるデバイス、『光輝の巨星』グランツ・リーゼと出会い、いつか龍に勝つために研鑽を続けた。

 そして世界を放浪する中、各地で様々な理不尽にあっている人々を、流されるままに救ってきたのだという。

 時に盗賊に、時に怪物に、生活を脅かされ、嘆く彼らの涙を見る度、ヴェントは心の中で、憎しみ以外の感情が大きくなっているのを感じていた。

 

『――虚しさと共に、怒りがあった。なんで人はこんなに無力なのか。運命に翻弄されて、絶望するしかないのか』

 

 それを覆したい。

 絶望だけでは終わらないのだと。

 人は理不尽に抗えるのだと。

 証明したい。

 

『復讐のためだけじゃない。人の可能性を示すための手段として、俺は『白き龍』を探す』

 

 そう語ったヴェントの鳶色の瞳には、燃えるような熱がこもっていた。

 

 シグナムはその目を、真正面から見た。見てしまった。

 その熱意は、シグナムの心にかつてない感情を植え付ける。

 

 プログラム体である自分が、こんな感情を持つなど間違っている。

 沸き立つはずのないその想いに蓋をしようとして――精神リンクを形成している主に気付かれた。

 主はニヤニヤ笑いながらではあるが、シグナムを応援してくれた。その感情は『心』を持つものなら当然のものだ、何も間違ってなどいない、と。

 

 主の後押しもあり、シグナムは自分なりに精一杯努力して、ヴェントとの仲を深めた。

 しかし、初めての感情を持て余し、なかなか想いを口に出せない。胸に秘めたそれを伝えられず、そしてそれを知らずにヴェントは己を高め続ける。

 そんな日々を送っていると、主とシグナム、そしてヴェントに、国からの任務が言い渡された。

 

 国境に位置するある村で、災害が起きている。

 詳細を確認するために現場に急行せよ。

 

 それは客兵として国に仕えていたヴェントへの、最後の指示だった。

 

『これが終わったら、また旅に出るつもりだ』

 

 もとよりヴェントは、自由騎士だ。争いの気配のなくなったこの国に、長く留まる理由はない。再び龍を探す放浪に戻る、と。

 

『ヴェント、この任務が終わったら、貴方にプレゼントがあるの』

 

 そう朗らかに言った主の目は、ヴェントではなくシグナムの方を見ていた。

 ヴェントへの餞別を、主が以前から用意していたことは知っている。

 そしてこのタイミングでこちらを見ているということは……。

 

『……私からも、お前に伝えたいことがある』

 

 内心を隠すための仏頂面でシグナムは言ったが、ヴェントはそれにも気付かず、

 

『おー、そうかそうか。じゃあ、気合い入れて最後の仕事に行きますかね!』

 

 爽やかな笑顔だった。

 旅に慣れ、別れにも慣れているヴェントには、特別なやり取りではないのだろう。今まで幾度となく通った道だ。

 任務が終わったら、必ず伝えよう。

 心で燃え上がるこの情熱を、彼に。

 

 

 

 

 

 そんなシグナムの決意は、脆くも崩れ去った。

 

 

 

 

 

 

『瘴気の影響はこの薬で鎮められる!――俺がこいつを食い止めてる内に早く行けシグナム!!』

 

 

 

 

 

 

 ひと気のない村に辿り着いた三人が出会ったのは、瘴気を撒き散らす『黒い龍』だった。

 

 油断からその爪を受けてしまった主。彼女の傷口からは、蠢く黒い瘴気が見えている。

 主を抱えて判断に迷っていたシグナムの背中を、ヴェントの叫びが押した。

 

 この場で主を危険に晒しながらヴェントに加勢するか。

 大局をみて、体制を立て直すために引くのか。

 

 

 

 夜天の守護騎士、烈火の将シグナムは、後者を選んだ。

 

 

『……死ぬな、ヴェント』

 

 絞り出すようにして口にした言葉は、自らがゾッとするほど冷たかった。

 

『……任せろって。悪虐非道の『理不尽』を打ち滅ぼすことこそが、『盾斧の騎士』ヴェント・ジェッタの使命だ!』

 

 龍滅を掲げ、黒龍の元へ向かうヴェントに背を向け、シグナムは駆け出した。

 

 主を安全な場所に、そして一刻も早く増援を呼び、ヴェントの元へ駆け付ける。

 

 

 自らがすべきことで思考を埋め尽くし、それ以外の考えを全て捨て去って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シグナムが増援と共に村に駆け付けた時、そこに残されていたのは大規模な攻撃による、凄まじいまでの大地の破壊痕と、その進行上で体の半分以上を失い、息絶えた黒龍だけ。

 

 

 

 

 ――ヴェントの姿は、どこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、『燕返し』!」

 

 伸びてくる二度の魔力斬撃を避け、シュランゲフォルムに姿を変えたレヴァンティンで応戦する。

 連結刃に対処し切れず、顕正は体に幾つもの傷を受けているが、その数は以前の戦闘よりも確実に少なくなっている。

 その上、

 

「はあぁぁぁ!!」

 

 体を回転させながら襲い来る刃に長剣を合わせ、その勢いのまま盾を前に向けることで攻撃の後の隙を最小限にし、強引にガードのタイミングを作る。

 そして盾に当たった連結刃の衝撃を殺さず、後方へと距離を取った。

 シグナムは顕正の移動に合わせてレヴァンティンを操るが、ワンテンポ遅い。

 

「――グランツ!」

 

『Axtform. (アクストゥフォルム)』

 

 大斧へ変形したグランツ・リーゼを振るい、飛来する刃を弾く。

 変形を許してしまったことに苦い顔をするシグナムは、レヴァンティンを直剣に引き戻した。

 二人の距離は更に開いたため、普通であれば連結刃による中距離攻撃で、顕正が一方的になぶられるしかないにも関わらず、だ。。

 普通であれば。

 『盾斧』でなければ。

 

「あああぁぁぁぁ!!」

 

『Freilassung. (解放)』

 

 大気を揺るがす炸裂音。

 5発しか貯められないカートリッジ消費の一発を自身の後方で解放することで、弾丸のような速度で相手に接近する。

 

 名付けて、『降魔成道』。

 

 音を置き去りにする高速移動中、軋む体に喝を入れて姿勢を制御。

 完璧に使いこなせているわけではないが、一日に数回ならば今の顕正でも可能だ。

 そのままシグナムへと突っ込む。

 だがシグナムはその動きを、『知っている』。

 飛び込んでくる顕正に剣の腹を向け、顕正の特攻を受け止めた。

 

「ぐっ……!」

 

 足元に展開した魔法陣によって自身の座標軸を固定し、姿勢を崩さぬようにしているが、そのせいで腕も剣も悲鳴をあげている。

 それでも、耐えられないレベルではない。

 体は痛むが、心はかつてないほど燃え盛っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 ヴェント・ジェッタが消えてから、シグナムの心は荒れ狂った。

 とはいえ、生活に支障をきたすことがなかったため、周りには悟られなかった。

 日常的な会話は勿論、戦闘行動すら可能。むしろ戦闘に関しては、以前よりキレのある動きが出来た。

 シグナムと関わりのある兵士はおろか、長きをともにしていたヴォルケンリッターの仲間ですら気付かなかった。

 悲しみ、苛立ち、その全てを心の内に押しとどめたのだ。

 胸に秘めることは得意だ。今までだってずっと隠してきた。

 だから、大丈夫。

 

 

 

 それでも、主だけには気付かれてしまった。

 

 

 

 精神リンクによるものだけではない。

 同じ『女』であり、シグナムの想いを知っていた唯一の人物であった主にしてみれば、シグナムの心境を感じ取るのは容易いことだった。

 主の部屋に呼び出され、大丈夫だ、私になら話してもいいんだ、と。

 その主の心遣いを受けた時、シグナムは決心した。

『――お願いです主。私の記憶を消して下さい』

 

 声はきっと、震えていなかった。

 こうするべきだと、シグナムの中の合理性が全力で後を押していた。

 もともと、間違いだったのだ。

 プログラムである自分には、偶然起きたエラーのようなもの。

 だから。

 

『……分かったわ、シグナム』

 

 苦虫を噛み潰したような顔で了承し、彼女は夜天の書を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 今になって分かるが、当時の主はシグナムの記憶を消していなかったのだろう。

 プロテクトを掛け、システムの奥深くに封じ込めていただけだったのだ。

 恐らく、解除の方法は『盾斧の騎士』との再会。

 生死不明のヴェントが、きっと生きていると信じての処置。

 

 ヴェントとの再会という奇跡は起きなかったが、その代わり、彼の血と意思を受け継いだ新たなる『盾斧の騎士』に出会う奇跡に巡り合った。

 その上、彼に騎士としての道を示してやれた。

 あの日命懸けで救ってもらった、せめてもの恩返しが出来たのだ。

 

 

 突撃のあと、炸裂打撃のタイミングを計っている顕正。

 これまでの戦いで、彼の技量はおおよそ把握した。

 何も知らなければ、恐らく10回に1回はシグナムに打ち勝てる。

 だが、『盾斧の騎士』の戦い方を思い出したシグナムは、まだまだ負ける気がしない。

 弱いというのではなく、やはり肉体的にも技術的にも進歩の余地がある顕正では、無双の騎士とまで噂されたヴェントと数々の試合をしたシグナムには届かないのだ。

 心躍る勝負ではあったが――。

 

「笹原。次で、決めるぞ」

 

 宣言した。

 

「っ!……はい!」

 

 互いに大きく距離をとった。

 顕正も分かっているのだ。今の技量では、万に一つも勝ち目はないと。

 尋常な決闘として始まったものの、以前の戦いとは違ってシグナムは顕正の動きに完全に対応して見せた。力量差から言って、これは決闘よりも稽古に近い。

 そしてシグナムはわざわざ、次で終わりにすると伝えてくれた。

 ならば、今はその胸を借りよう。

 自身の持つ最大威力のものを、撃ち込む。

 以前は不発で、しかも放てばその反動で数日は身動き出来ぬほどのダメージを受けていた技。

 シグナムも、顕正があの日撃とうとしていた技を使うと分かっているのだろう。

 レヴァンティンの刀身と鞘を合わせ、カートリッジを炸裂させた。

 

『Bogenform!(ボーゲンフォルム)』

 

 発声と変形。

 直剣、連結刃に続く、レヴァンティンの第三形態。――大弓だ。

 顕正はその形態と、それから放たれる技を知っている。

 本気で、来てくれている。

 それが分かった。

 

 

「行くぞ、グランツ」

 

『Jawohl. (了解。)』

 

 可能な限り心を落ち着かせ、静かに相棒へと声をかけた。

 

 

 

『Freilassung. (解放)』

 

『Freilassung. (解放)』

 

『Freilassung. (解放)』

 

 

 

 回転した盾刃の内部で、一挙に三度の連続解放。

 バチバチと撃力エネルギーが圧縮され本当の解放の瞬間を待っている。

 漏れ出た赤いオーラを纏い、顕正はシグナムを見据えた。彼女もカートリッジ二発を消費し、魔力矢の生成を終えている。

 

「……行くぞ」

 

「……はい」

 

 短いやり取りの後、一呼吸。

 

 先に動いたのは、シグナムだった。

 

「――駆けよ、隼!」

 

『Sturmfalken!(シュツルムファルケン)』

 

 発射の際に更に二発のカートリッジ。

 滅多に使うことのない、しかしシグナムにとって最大級の魔法だ。

 射撃といえども、合計でカートリッジを四発消費しての攻撃である。威力においては、一般的な砲撃魔法を大きく上回る。

 高速飛来し、直撃後は爆炎を撒き散らす大魔法。

 

 だが、長剣形態の大盾で全力の防御をしても容易く蹴散らされる矢が迫っているというのに、顕正は焦っていなかった。

 今こそ見せるのだ。

 自分の全力。

 矢を迎え撃つのは『盾斧の騎士』が誇る、『対龍砲撃魔法』。

 身を包む赤が盾斧に収束し、

 

 

 

 

「……『破邪』」

 

 

 

 振り抜く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『顕正』っ!!!」

 

 

 

 

 

 煌めく風が巻き起こる。

 

 三発の撃力カートリッジを圧縮し、行える最大限の魔力制御により指向性を持たせた砲撃。

 

 堅く分厚い龍の体皮を食い破る衝撃砲は飛来する矢を散らし、

 

 海鳴市に広がっていた『封鎖領域』の結界を突き抜け、

 

 空を覆う雲すら貫いた。

 

 

 

 

 

 

「……見事だ、『盾斧の騎士』」

 

「……はい。ありがとう、ございました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シグナムは『稽古』を終えると、その足でミッドチルダへ戻った。

 

『私の目的は、全て達成したからな。……また試合おう、――騎士ケンセイ』

 

 晴れやかな笑みを浮かべていたのは、次に戦うとき、顕正が今以上の力をつけていることを確信しているからだ。戦闘狂と揶揄されていることを否定しない彼女に、また一つ楽しみが増えた。

 

 そして結界が解け、喧騒を取り戻した街の中。

 顕正とサユリは帰路についていた。

 

 より正しく言えば、『顕正がサユリに背負われて』帰路についていた。

 

 

「もー、歩けなくなるくらいになるまで試合するって、どういうことなのー?」

 

「め、面目ないです……」

 

 まったくもう、と頬を膨らませるサユリ。小柄な体格にも関わらず、筋肉質でそれなりに身長のある顕正を背負っても安定して歩いている辺り、超人的と言える。

 

 現段階で最強の一撃、『破邪顕正』は、夏より精神的にも技術的にも成長した顕正であっても未だ制御仕切れないものだ。

 天を撃ち抜く風の暴威を放った顕正の体は限界を迎え、今は歩くことすらままならない。

 しばらくすれば肉体活性魔法で動けるようにはなるだろうが、家に帰るまではサユリに背負われ続けるしかない。

 羞恥と屈辱の極みだが、仕方がなかった。

 

「で?話してくれるの?」

 

「……あぁ、そうだった。話さなきゃ、だよな」

 

 離れて見ていたサユリに、全てが伝わるとは思えない。

 というか、戦いながら語ったことの大半は顕正とシグナムだから理解できるものだ。サユリどころか、なのはやフェイトが聞いて居ても理解出来たか怪しい。

 なんと説明すればいいか、と考え、そして慎重に言葉を探した。

 

「シグナムさんはさ、迷ってる俺の背中を押してくれたんだよ」

 

 それは間違いない。

 どうやら以前は覚えていなかった『盾斧の騎士』のことを、思い出したのだろう。

 先代であるヴェント・ジェッタのことを知る彼女からすれば、うじうじと悩み続ける自分に喝を入れたかったのではないか。

 

「……それでなんで、『決闘』するっていう発想になるのか、お姉ちゃんには理解不能だよ」

 

 普段のあんたの言動の方が理解不能だ、と言ってやりたかったが堪えた。

 まぁ、サユリが言わんとすることは顕正にも分かる。

 剣を交えねば分からないことは確かにある。

 しかし決闘ではなくとも、言葉で伝えられることだって多いだろう。

 それは、確かなことなのだが……。

「くっ……」

 

 戦っているときのシグナムの様子を思い出し、口から軽い音が漏れた。

 

「?どうしたの?」

 

「あぁ、ごめん、つい」

 

 一度思い返してしまえば、中々『笑い』が収まらない。尊敬する騎士を思ってこんなことになるのは失礼極まりないが、それでも堪えられないものがあるのだ。

 

 

「――あんなに饒舌なシグナムさんなんて、滅多に見られないだろうからなぁ」

 

 

 顕正は、シグナムが普段は『寡黙』な騎士なのをしっかり知っているのだから。

 親しい相手には割とフランクになることも同時に知っているのだが、あれほど情熱的に語るシグナムの姿はレアだろう。

 

(……『言葉にしなければ伝わらない』か)

 

 あの熱意に答えられなければ、何が『騎士』か。

 こんな態勢で伝えるのも妙な気はするが、それでも。

 

「……ユリ姉さん、俺の夢って覚えてる?」

 

「うん。学校の先生でしょ?」

 

 サユリにはというか、叔父夫婦にもであるが、顕正は将来の夢を話したことがある。

 今は亡き両親がどんな風景を見ていたのか知りたい。

 それが、『笹原 顕正』の夢だ。

 だがそれに加えて、騎士としての夢もある。

 

 先代の夢見た未来。

 人の可能性を証明し、運命に抗う勇気を人々に伝えていく。

 

 その遺志を継ぎたいとも思う。

 グランツ・リーゼに残された先代の想いを、顕正は受け取っている。

 

 どちらを選ぶか、悩んでいた。

 立ち止まって居た顕正の背を、シグナムは押したのだ。

 人の可能性。

 それを信じられないようでは、『盾斧の騎士』は名乗れない。

 

 龍を倒すことを諦めない。

 

 教師の夢も、諦めない。

 

「どっちも目指したって、いいじゃないか」

 

 不可能であるとは思わない。

 そして、そのどちらもを成立させるために、まずは力を付けなければならないのだ。

 教師になる夢は、このままでも追えるだろう。

 高校を出て、大学へ行き、教員資格を取る。

 だが龍滅の方は?

 今の力量でどうにかなるとは思っていないし、このまま管理外世界で一人鍛え続けても、いずれ頭打ちがくる。

 本気で目指すなら、最高の環境を求めるべきだ。

 

「姉さん、俺さ」

 

 一歩踏み出すために、伝えよう。

 

「――来年、聖王教会騎士団に入ろうと思う」

 

 

「……急な話だね」

 

「あぁ、早い方がいいと思って」

 

「学校はどうするの?」

 

「……無理言って入学したのに申し訳ないけど、中退するよ」

 

「……」

 

 サユリは深くため息をついた。

 その顔は顕正からは見えないが、怒っていたり、理解出来ていないわけではないようだ。

 

「……止めないんだ?」

 

 去年、顕正が聖祥大付属を受験することを決めたときは、泣き叫んで暴れたものだが、サユリはため息一つで済ませた。それが顕正には意外だった。

 

「私だって本当はわかってるんだよ?けんちゃんの声が本気なときは、何言っても聞いてくれないって」

 

 そして顕正がサユリに重要な話をするときには、大体の障害は既にクリアしているということも。

 

「頭の中で計画も全部出来てるんてしょ?お父さんとお母さんの説得も含めて」

 

「まぁ、ね。元々、いつか話さなきゃいけないことでもあったし。それを予定より早めただけ。そんで、ちょっと俺のワガママを通させてもらう」

 

 叔父夫婦にはまた心配をかけることになるだろうが、二人の理解力を考えて、説得出来ないとは思えない。道筋立てて、自分の本気をしっかり伝えれば、分かってくれると信じている。

 話すタイミングは、冬休みで帰省したときだろう。夏休みに帰らなかった分、休みをほぼ使ってでも、語ろう。

 まずは叔父夫婦の説得。それが終われば、聖王教会への打診。管理局側にも手続きなどがあるだろうし……。

 

 やることは多いが、一番いいと信じる道だ。

 そのために出来ることは、なんでもしよう。

 

「――あんたの理想と俺の夢、どっちも叶えて見せるさ、ご先祖様」

 

 宣言は、彼を背負って歩くサユリにしか聞こえない程度の声だったが、そこに込められた熱量は確かに炎を超えていた。

 

 

 

 

 

 




 あと一、二話の閑話を入れて、盾斧の騎士の第一章、高校生編は終わりになります。
 次章は騎士団編。またオリキャラが増える…。
 いつまで空白期やってんだよと言われると思うのですが、騎士団編終わったらようやくStsに入ります。
 空白期はイベントが分からないせいで、自分で作って、そのうえで原作設定とのすり合わせもしなければいけないので非常に面倒くさいです。


 えー、そして謝罪を。
 すいません、深く考えないで書き始めたせいで、主人公の教会入りがすごい無理やり感あると思います。
 Stsで機動六課にがっちりからませるとなると、主人公が高校を卒業するのを待っていると教会入りが18歳。実務経験1年で六課にかかわるのはあまりに不自然だったので、高校中退の道を選びました。
 あと、誰にも突っ込まれなかったので黙っていましたが、原作設定だと八神家の面々は中学卒業と同時に地球の家を引き払ってミッドに住み始めているので、休暇であっても地球にくることはほぼないはずなんですよね……。
 wikiを見ていて気付いたのですが、それを修正すると話が始まらなくなるのでそのままにしています。


 そんな感じで、各所に杜撰さが表れているテキトーな小説ですが、これからも走り続けていくつもりです。
 もともと今までで書いていたのがコメディ色の強い、深い設定のない文章ばかりだったのでシリアス系統は不慣れですが、応援してくださる方のために精進していきますので、これからもどうぞよろしくお願いします。



 ……真面目な後書きとか人生初ですよ、えぇ。



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 閑話 桜と紅

 ちょっと間が空きましたが、生きてます。
 先に言っておきますが、作中の魔法に関する設定は大体勝手な想像に基づいているので深く考えないでください。


 その日、八神 ヴィータは不機嫌であった。

 暦においては1月末で、まだ冬と言っていい頃だが、日本と違い四季の移り変わりのほとんどないミッドチルダでは少し涼しい、ぐらいである。

 本局航空隊に所属しているヴィータが朝からやって来たのは、ミッド都市部にある自然公園の一つで、広い敷地の中に一般解放された魔法訓練用のフィールドだ。

 休日ということもあり、それなりの人が気ままに魔法の練習をしている。

 その大多数はジュニアスクールに通うくらいの子供たちだが、ヴィータの前にやって来た二人組は違かった。

 

「遅れてごめんね、ヴィータちゃん。顕正くんがちょっと道に迷っちゃってて…」

 

「……まぁ、まだ約束の時間になってねぇし。それくらい別にいいけどよ」

 

 二人のうち一人は、ヴィータと長い付き合いの高町なのは。同じ時空管理局で働く同僚であり、齢16歳でエースオブエースと呼ばれている才女である。

 そしてもう一人が……。

 

「……」

 

 ヴィータを見て、目を丸くしている男、笹原 顕正だ。

 その反応で、内心イラっとしたが顔に出すのは控えた。とはいえ、そもそもが不機嫌だったので表情が変わらなかっただけなのだが。

 

 今日この訓練フィールドに集まったのは、顕正に中距離魔法の指南をするためだ。

 元々は、以前の事件解決のお礼としてなのはが顕正に請われたために決まったものなのだが、顕正に教えるならば同じ古代ベルカ式の使い手にも協力を仰いだほうがいいと、教導隊魂の疼いたなのはが教官資格をもつヴィータに頼み込んだのだ。

 基本人見知りをするヴィータは、最初断った。

 しかし敬愛する主であるはやてと、同じヴォルケンリッターのシグナムからも頼まれてしまい、渋々了承したという経緯がある。

 

 ヴィータを見て、顕正は思ったのだろう。

 こんな『小さな子供』に教わるのか、と。

 

 夜天の書の守護騎士プログラムとして、数百年を生きるヴィータだが、その肉体は10歳にも満たない童女のそれである。

 初対面で侮られるのはいつものことで、ヴィータの部隊に新人が入った時、いの一番に教育されるのは、彼女に対してチビとかガキとか幼女とか言ったら鉄槌の染みになるという『実際の事例』のことだ。ちなみに、過去に彼女のことを合法ロリと呼んで熱烈なアタックをした勇者が居たが、彼は鉄槌による指導を受けてもなお諦めずに、未だにヴィータに特攻を繰り返している。

 

 外見は幼い彼女が、魔法の指南をするということで不審に思っているのだろう。

 なのはに小声で話しかけているのが、ヴィータの耳に入ってきた。

 

「――お、おい、なのは。まさか今日指南を手伝ってくれる知り合いって……」

 

「うん、ヴィータちゃんだよ。砲撃と誘導系は私の専門分野だけど、どうせならベルカ式の誘導を教えられる人がいたらいいかなって」

 

「マジか……」

 

 呟く顕正。

 仕方が無いか、とヴィータは怒りを超えて諦めが入った。

 自分が彼の立場だったらきっと似たような、否、これ以上の反応をしていただろう。

 実力の分からない『童女』が、自身の指南役であるなど、中々受け入れられることではない。教官資格を取って教導に携わるようになってから、幾度となく立ち向かった壁である。

 ため息をつきつつ、顕正に声をかけようとしたヴィータだったが……。

 

「……なのは、俺は今、心の底からお前と知り合いでよかったと思ってるよ」

 

「え?」

 

 何のことかわからないなのはは首を傾げているが、そんなこと気にも止めずに顕正は背筋をピンと伸ばしてヴィータに向き直った。

 

 

「――初めまして、騎士ヴィータ。『盾斧の騎士』笹原 顕正です。かの『紅の鉄騎』に射撃を教授していただけるとは、……光栄です!」

 

 

 先程までの何処と無く情けない、『普通の少年』といった空気はどこへ行ったのか、ヴィータに対して過剰なまでの敬意を示す『騎士』の姿に、ヴィータもなのはもたじろいだ。

 

「お、おう。『鉄槌の騎士』八神 ヴィータだ。……あたしのこと知ってんのか?」

 

「はい、もちろんです。……あの、失礼ですが、騎士シグナムは何も伝達されなかったのですか?」

 

 顕正は不思議そうな顔だ。

 しかしヴィータは、はやてとシグナムから、シグナムとこの少年が誤解から戦ったことと、先日その決着をつけたこと、簡単な人物像などは聞いているが、それ以外は特に何も言われていない。

 

「そうですか……。では、ご説明させていただきます」

 

 と前置きしてから、顕正は語った。

 自身が600年前にベルカで行方不明になった騎士の末裔であること、その騎士は夜天の書の主、ひいてはヴォルケンリッターの面々と交友があり、当時の歴史記録を追体験するという修行方法により、それらのことを知っていること。

 そして、

 

「騎士ヴィータは、先代『盾斧の騎士』の、そして私の知る限り、近中距離魔法戦でトップクラスの実力を持つことも存じております。特に誘導系の射撃魔法においてはベルカの騎士随一であるとも。」

 

 そんな貴女に直接指南していただけるなど、光栄の極みです、と。

 スラスラと口にした顕正。

 長い人生経験を持つヴィータから見ても、その言葉や態度がなんの嘘偽りの無い、心からのものであることが分かる。

 おう、そうか、とそっけなく返しておいて、顕正の横でそれは持ち上げ過ぎでは、と考えていたなのはに念話で話しかけた。

 

(……なのは、こいつ、いい奴だな!)

 

(……ヴィータちゃん、流石にそれはちょろ過ぎると思うよ……。)

 

 呆れたような思念を返された。

 

 

 

 

 

 

 

 上機嫌になったヴィータが顕正の態度に、そこまで固くならなくてもいいと伝えてから訓練を開始して、はや一時間。

 顕正のバトルスタイルなどを聞き、本人が苦手だと自己申告した誘導系の魔法を見ることにして、分かったことがある。

 

「――あれだな、お前誘導弾の才能がねぇな」

 

「……やっぱりそうですか……」

 

 ベルカの誘導弾の伝統的な、魔力で形作られた『ブーメラン』を制御する訓練をしていたのだが、ヴィータはもう、顕正が何度『ブーメランがっ!?』となったか覚えていない。

 もちろん、普通に制御するだけなら顕正も出来るのだが、戦闘時に使用することを想定して、同時に複数、また、空中機動中での誘導制御だ。身動きしない状態で発射した2つのブーメランが、どちらも手元に帰ってくる確率は大体4回に1回。飛行制御魔法との並行使用では1つだけでも10回に1回。とても戦闘で使えるレベルでは無い。なお、顕正の横ではなのはが一度に30個の誘導を制御して光のワルツを演じており、少し離れた場所で魔法の練習をしていた子供たちが、目を輝かせて見入っていた。

 

「まぁ、元々ベルカ式は魔力の誘導制御が得意とは言えないからなぁ……」

 

 ベルカの騎士としては極めて優秀な制御能力をもつヴィータであっても、戦闘中に誘導できるのは10発ほどが限界だ。この分野でミッド式に勝つのは無理と言っていい。

 

「んー、誘導は諦めよう。代わりに、直射系の魔力弾を使い物になるようにしたほうが早そうだ」

 

「直射、ですか。……確かに、それでも牽制には十分ですね」

 

「おう。それに、魔力弾そのものを使うよりも、こっちの方がお前向きかもな」

 

 そう言ってヴィータが発動したのは、物質形成の魔法だ。彼女が得意とする誘導弾魔法、シュワルべフリーゲンを使う時に、魔力から鉄球を形成するものである。

 

「こうやって一度物理状態に変換しておけば、玉の魔力を固定しておくって制御が必要ねぇ。誘導する分と、固定しておく分の制御が掛からないから、それだけ制御を前に進むことに集中出来るはずだ。……本当は誘導弾の制御能力を見て教えるつもりだったんだが、お前の誘導制御を見る分には、これに切り替えても制御はほんの少ししか変わらないと思う」

 

 制御能力を上げる方法ではなく、必要なリソースを削るためのものなのだ。焼け石に水ということである。

 

「……なるほど、とりあえずやってみます」

 

 ヴィータから物質形成の魔法を教えてもらい、早速試してみた。

 魔力を変換して、ヴィータの鉄球とは違い、投擲を意識した小型ナイフを形成する。

 顕正の目の前に生み出された鋼色の刃は、そのまま物体加速魔法を使用すればそこそこのスピードで真っ直ぐ進んで行った。

 

「確かに、この方が楽ですね。真っ直ぐにしか進まない分、当てるのは難しいでしょうが、中距離での手段の一つになりそうです」

 

「おし、発動は問題なさそうだな。あとは動きながら使えるようにするのと、……本数を増やすか、威力を上げるか、どっちにする?」

 

「数を増やしても、自分の制御では威嚇射撃にもならない速度しか出なさそうですし……一本で満足のいく威力が出せるようにしたいです」

 

「分かった。じゃあ、まずは加速制御を重点的に……」

 

 ヴィータの熱心な指導の元、顕正は半時間ほど経つ頃には、自分でも納得のいく『射撃魔法』を使えるようになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それじゃあ、次は私の番だね」

 

「あぁ、頼む」

 

 射撃の次は砲撃だ。

 これは完全になのはの専門になるため、ヴィータは口を出さないようにしている。

 

「顕正くんの『刹那無常』の使い方を見てると、せっかくの砲撃がもったいないと思うんだ。あれだけ制御された砲撃が出来るんだから、牽制どころか、決め技になるくらいの砲撃だって撃てるんじゃないかな?」

 

 なのはの言い分はもっともだ。

 魔法適性でいうなら、顕正の得意分野は上から順に『斬撃』、『砲撃』、『強化』となっている。普通のベルカの騎士は、砲撃の部分が『防御』であり、インファイターでありながら砲撃適性の高い顕正は異例と言える。

 現状ではその適性を、グランツ・リーゼ任せの『撃力解放』と牽制用の『刹那無常』にしか活かせていないのだ。

 

「魔力量も問題なくあるし、一回ちゃんとした『砲撃魔法』を使ってみてもいいと思うよ」

 

「……そうだな、魔力砲を使えるようになれば、また手札も増える。……なのは、俺に『砲撃』を教えてくれ」

 

 そうして始まった、砲撃のエキパート、エースオブエースの魔法指南。時空管理局の中でも直接指導を受けた者の少ない、貴重な授業である。

 

 

 

 なのはのデバイス、レイジングハートから術式をコピーし、ベルカ式へエミュレートした簡易砲撃魔法の術式を覚えた顕正。

 滅多にない、近代ベルカ式のやり方とは逆のエミュレートだ。

 起動確認のためにベルカ式の魔法陣を右手の前に展開させ、軽く魔力を通してみるが、問題はない。

 

「いくぞ」

 

 そう言って、ファイア、と小さく呟き、

 

 

 群青色が空を駆けた。

 

 

「……」

 

「……」

 

「うん、思ってたよりも負担はないな」

 

 自身の放った砲撃に満足がいったのか、魔法陣を展開していた右手をグーパーしている顕正。

 これなら実戦でも使えそうだ、と教官の二人を見てようやく、揃って唖然としていることに気がついた。

 

「……おいなのは、あれ、ただの簡易砲撃術式だよな?」

 

「うん、それ以外何も加えてない、ただの砲撃術式だよ……」

 

 ひどいものを見た、と言わんばかりの表情をしている。

 

「……え、なんかダメだったか?」

 

 自分としては、始めて使う術式にしては上手くいったと思っていたため、二人の反応に納得がいかない。

 ひょっとして本職の砲撃魔導師から見ればお粗末なものだったのか、と落ち込んでいると、なのはが首を横に振った。

 

「違うよ顕正くん。むしろその逆。加速も衝撃分散も、魔力収束もない簡易魔法であれだけの砲撃が撃てるのは、才能があるっていうこと。一発で成功させちゃうから、多分そんなに教えることはないと思うよ……」

 

 予定ではこの簡易術式を使って、砲撃制御を丁寧に教えるつもりだったのだが、そのあたりはほとんど必要がなさそうだ。

 

「そうなのか?……もしかして、なのはより才能があるってこと?」

 

「それはないかな」

 

「それはねぇな」

 

「……。」

 

 確かに、褒められてちょっと調子に乗ったとは思うが、二人からバッサリ否定されると悲しくなってくる。

 

「……顕正くん、もしかして普段加速とか衝撃分散とかの術式使ってない?」

 

「あぁ、『刹那無常』は威力もほとんどない、単なる『目くらまし』みたいなもんだし、発動速度を上げるために魔力放出以外の術式はほぼカットしてある」

 

「なるほど。放出だけで張りぼてとはいえ砲撃が使えるくらい、砲撃適性が高いから、簡易術式であんなしっかりとした砲撃になるのか……。こりゃ、攻撃用の砲撃を使えるようになれば化けるぞ」

 

 ヴィータが少々呆れつつ言っている。

 本来、砲撃魔法というのはただ魔力を放出するだけでは成立しない。

 放った魔力を収束、加速させることで威力を出し、その反動を殺すために衝撃分散、または術者の座標固定などの、様々な術式が複合された結果に、ミッド式魔導師の花形と言われる砲撃魔法がある。

 顕正は術式による補助のない、放出のみの簡易術式でしっかりとした砲撃を放てる。

 砲撃のエキスパートであるなのはも同じことを、そしてそれ以上のことが出来るのだが、近接主体のベルカの騎士としては破格の砲撃適性だ。

 

「うーん、これで誘導適性があったらバリエーションも増えるんだけど……」

 

「……出来ないものはしょうがないだろ」

 

「っていうか、それだと騎士じゃなくて魔導師そのものだな」

 

 ヴィータの言葉から想像してみると、確かにそれはもはや騎士ではない。

 

「まぁ、とりあえずは砲撃がしっかり出来ることが分かったし……次は『これ』を撃ってみよっか?」

 

 ニコニコしながらなのはがレイジングハートを通して渡してきたのは、一つの砲撃魔法術式だ。

 それは先ほどの簡易版とは違い、細やかな術式が複合された『本物』の砲撃魔法である。

 さらっと内容を読み取っただけで、自分にこんな複雑な魔法が使えるのかと不安になる顕正だったが、教導官資格のある教官が渡してきたのものだ。まさか扱い切れずに暴発、などという代物ではないだろう。

 大きく深呼吸し、頭の中で術式の内容を整理。

 そして魔力の増大、放出、加速、衝撃分散という四つの工程を通すために、4枚のベルカ式魔法陣を展開した。

 

「……よし。」

 

 覚悟を決めて虚空に手を突き出し、定められていたトリガーワードを叫ぶ。

 

 

 

 

 

「――『ディバイン・バスター』!!」

 

 

 

 

 轟、と。

 

 空に向かって伸びる群青色の柱は、先ほどの比ではない太さと速度。

 発生は若干遅いものの、それを補って余りある威力と射程を持つ、エースオブエースの御家芸である。

 

「なるほど。これくらいの負荷だったら、戦闘中にも使えそうだ。足は止まるが、この威力が出せるなら十分な『決め技』になれる」

 

「うんうん、いいね!やっぱり『砲撃』っていったらこれくらいは――痛いよヴィータちゃん。」

 

 満面の笑みで顕正のバスターを褒めるなのはだったが、横で再び唖然となり、我に返ったヴィータに頭を引っ叩かれた。

 

「おま、な、なんてものを……!?」

 

 アレを受けたことがある者ならば、皆戦慄するだろう。

 なのはが使うのであれば、近接戦に優れているわけではないため、どうしても誘導弾で相手を足止めして放たなければならない。それでも十分な脅威なのだ。

 それを、近接主体のベルカの騎士が放ってくる。

 特に顕正は、通常時長剣と大盾による防御を得意とする戦闘スタイルなのだ。相手の攻撃を受け止め、大斧への変形のための撃力充填を行うだけでなく、その態勢からロングレンジの魔力砲が飛んでくるなど、相手としてはたまったものではない。

 顕正の砲撃適性を見込んでのことなのだろうが、なのは直伝のディバイン・バスターを使える『騎士』という、とんでもない存在が生まれた瞬間である。

 

(幸いなのは、顕正の制御能力がそんなに高くないってことか……)

 

 砲撃適性は高いものの、顕正はなのはと違って、魔力自体の制御が得意ではない。そのため、ヴィータが食らったことのある超長距離精密砲撃という常識はずれの攻撃ができないのだ。

 これで制御すら得意になったら、一体どんな実力者になってしまうのか、想像が出来ない。

 

(……そういや、シグナムが言ってたな……)

 

 今日の指南が決まり、笹原 顕正とはどんな人物なのか、とヴィータが尋ねたとき。

 シグナムは少し悩み、一言だけヴィータに伝えたのだ。

 

 

 

 

「――『生まれてくる時代を間違えてしまった騎士』か」

 

 

 

 まず間違いなく起こり得ないことだが、完成した『盾斧の騎士』と命懸けで戦うことがないようにと、ヴィータは心の中で祈るのだった。

 

 

 

 

 

 




 顕正は『投げナイフ』と『ディバインバスター』を覚えた!

 補足しておきますと、ヴィータとシャマル、ザフィーラは、先代『盾斧の騎士』のことを覚えていません。夜天の書の改悪とともにデータが削られてしまったせいです。シグナムが思い出せたのは、記憶データがプロテクト付きで奥底に封印されていたので改悪による影響を受けなかったため。


 これで高校生編は終わり、次話から『聖王教会編』へ移ります。
 そんなに語ることが多いわけではないので、必要なイベントを3,4個こなして『機動六課編』へ行く予定になっています。
 空白期が続いて展開考えるのが面倒になりつつありますが、なんとか本編までたどり着きたいです…。

 あ、あと最後は別にフラグとかじゃありませんのであしからず。


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第二章 聖王教会騎士団編
第十七話 宝石の憧憬


 騎士団編、プロローグにあたる話になります。
 ウルトラ短いです。
 ……あ、オリキャラ出てきます。


 

 ――その日見た光景を、少女ははっきりと覚えている。

 

 

 夏のある日。

 脈々と受け継がれてきたベルカの血を持つ名家の当主として、教会の理事と話し合いをすると言う父に連れられて訪れた聖王教会本部でのことだ。

 幼い頃に何度か遊びに来て、複雑な構造の敷地で迷子になって泣いたこともあるそこは、14歳に成長した彼女にとってはこんなに窮屈な場所だったか、と思ってしまうほどだった。

 あれほど大きく思えた建物は改めて見ればそれほどでもなく、かつて目を輝かせた伝統的な装飾は野暮ったい骨董品にしか見えない。

 もちろん、名家の娘として教育を受けてきた彼女には、それらの歴史的な価値がわかる。

 だが、分かっていても退屈なものなのだ。

 

(お父様はどうせ理事の方と長話をされるのでしょうし、少し一人で見て歩いこうと思いましたが……)

 

 成長によって変わってしまった感性では、古臭い教会を楽しめそうにない。

 

 

 たとえ来年から自分もここに勤めるのだと分かっていても、だ。

 

 

 

 今年で魔法学校中等部を卒業する予定の彼女は、本来であれば必須とされている、騎士訓練校に数ヶ月通う義務を免除され、直接の騎士団入団が内定している。

 もちろん、そこには名家の娘である自分の身分と、父の知人の理事からの推薦があってのことだが、決して親の七光りだけではない自信がある。

 同級生相手の模擬戦で負け無しは当然で、指南役の退役騎士からのお墨付きまでもらっている。

 来年には教会騎士団入団とともに正式な騎士叙勲がほぼ確定している身だ。

 しかし、

 

(それと信仰心は別問題です)

 

 敬虔な聖王教信者の両親には悪いと思っているが、彼女自身には特に聖王教会に対する思い入れはない。

 騎士団入りも彼女の希望ではなく、両親が将来のために入ったほうがいいと決めた道である。

 同級生から羨望の眼差しで見られた未来は、彼女にとって明るくない。

 

(……きっと私はこのまま、流されて生きていくのでしょうね……)

 

 両親の決めたレールに沿って職に着き、淡々と仕事をこなし、そのうち親が連れてきた『相応な身分の』男性とお見合いでもして、結婚する。

 それが自身の宿命なのだと分かっているのだが、想像するとため息が出る。

 嫌だ、と逃げ出すつもりはない。

 両親が自分を愛してくれているのは分かっているし、きっとある意味では『幸せ』な未来なのだろう。

 

(……それでも)

 

 何か一つでいいから、自分が望んだ道が欲しい。

 

 そんな胸の中で燻る思いが、引き合わせたのだろうか。

 フラフラと歩いているうちに、いつの間にか教会内の修練場まで来てしまった。

 何人もの騎士が同時に訓練出来る、開けたそこに居たのは、二人だけ。

 

 片方は彼女も知っている。

 シスター・シャッハ。聖王教会でも指折りの転移魔法の使い手で、彼女が幼い頃に教会内で迷子になったとき、探しに来てくれた人物の一人だ。

 もう一人は見たことがない男――自分と歳が同じくらいの、少年と言っていい。

 顔立ちはそこそこ整っていて、ミッドチルダではあまり見かけない真っ黒な髪が特徴的だ。

 カンカンと乾いた音が響いているのは、二人が木剣で打ち合っているからだろう。

 そこまで観察して、彼女は違和感を覚えた。

 

 打ち合っている。

 

 騎士団でも上位に位置する実力者であるシスターと、まだ年若い少年が。

 それもシスターが手を抜いている様子はない。魔法は不使用だが、本気で剣を交えている。

 自分がもしシスターと本気で打ち合えば、数合ももたずに敗北するだろう。

 しかし少年は、剣と盾を存分に駆使してシスターの連撃を捌き、合間を縫って反撃まで入れている。

 

「…………」

 彼の剣を見て、呆然とした。

 剣から見えるのだ、打ち込む際の熱が。賭ける思いが。まるで本物の戦場で剣を振るっているかのように。

 少年の剣は、お世辞にも綺麗な剣筋と言えるものではない。

 彼女が今まで見てきた教会騎士の剣は、流派によって体系付られた、一定の型を応用した流麗なものがほとんどであり、自身が扱う槍の捌きも形式に沿った動きが多い。

 だが、彼の剣が描く軌道はまるで違う。

 剣先は安定しているのに、時折刃筋を立てずに剣の腹で殴りつけるし、盾での防御も受け流すことなく真正面から攻撃を受け止めている。

 流麗さは欠片もなく、普通に見れば、適当に剣と盾を振り回しているだけに思えるだろう。

 だが、彼女には伝わった。

 

 これは『生きるための剣術』だ。

 

 型や模擬戦のためではなく、人が生き死にする戦場で作られた技。

 形式として、『人に伝えるために』生み出された一般的な流派とは別物だ。

 荒いように見えて、本人が動きやすいように考えた剣の運び、盾の構え。

 次の動作が予想できない、そして真似出来ない戦い方だった。

 戦場を駆け抜け、敵を討つための剣。

 

 紛れもない、『騎士』の姿。

 

「っ……!」

 

 気付けば、拳を握りしめていた。

 自分は、なんて小さな存在なのか。

 彼を見て、心の何処かで聖王教会を、そこを守る『騎士』を、軽んじていたことに気が付いたのだ。

 学校の模擬戦では敵無しで、引退した騎士からお墨付きを貰って、天狗になっていた。

 思い出す。

 幼い頃、初めて騎士から指南を受けることになったとき、一番初めに伝えられた言葉。

 

『――騎士の重みを、忘れてはならない』

 

 騎士とは、誇り高き称号だ。

 昨今では、技量十分と認められたベルカ式の使い手に与えられる呼び名だが、かつては与えられるものだけのものではなかった。

 国家に仕える優れた使い手が名乗り、そして民衆から羨望の眼差しを持って呼ばれた、戦士の誉れ。

 戦乱により滅びたベルカの民にとっての、残された希望の光であり、魂の誇り。

 その身に流れる、戦乱期より受け継がれて来た騎士の血筋を持つ自分が、そんなことも忘れてしまっていた。

 流されて生きていくしかないと、溜息をついていた自分を怒鳴りつけたくなる。

 選べる道がないなんて嘘だ。

 見えていた道を見えないことにしていたのは、自分自身で。

 自分で選んだ道を後悔するのが怖かっただけなのだ。

 両親が決めたことだから、自分が望んだことではないから、そう言い訳する余地が欲しかったのだろう。

 その姿の、なんと無様なことか。

 目の前で剣を振るう少年と自分を比較すると、涙が出そうになった。

 今の自分では、彼の足元にも及ばない。

 技量でも、精神でも。

 高潔な『騎士』と、自分では何も決められない『子供』。

 歳はそう離れていないはずなのに、この差は一体何なのだろう。

 

「……いつか」

 

 未だ決着の見えない二人の騎士に背を向け、少女は歩きだした。

 

「――いつか必ず、貴方と同じ場所に立って見せますから」

 

 まずは、そろそろ会談を終えるだろう父に謝罪と感謝をすることから始めよう。

 不甲斐ない娘で申し訳無い、だが『これから』の自分はそうでは無くなってみせる。

 ただ示されただけの道を歩むのではなく、自分が歩みたいと思った道を歩みたい。

 教会騎士団入団の春まで、あと半年以上あるのだ。弛んだ性根を鍛え直すには十分時間がある。

 

 入団してからも自分を鍛え、少しでも自信がついたら、あの名も知らぬ『先輩騎士』の元へ行って伝えたいのだ。

 

 

『貴方に憧れて、『騎士』になりたいと思いました』

 

 

 と。

 胸の奥底で炎が上がる。

 今まで感じたことのない熱量を持ったその思いが、少女の足を動かしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ。

 

「――同期入団の、笹原 顕正だ。これからよろしくな」

 

 と微笑みながら手を差し出されたとき。

 

 バシッと、反射的にその手を振り払い、

 

 

 

「――あ、貴方に、決闘を申し込みますっ!!」

 

 

 

 などと口にしてしまったのは、きっと何かの間違いだと、少女――『撃槍の騎士』プリメラ・エーデルシュタインは本気で思った。

 

 

 

 新暦73年の春の出来事である。

 

 

 

 

 

 






 と、いう感じで始まりました聖王教会騎士団編。
 一発目でオリキャラ出てきた、というか、ほぼオリキャラの独白です。
 教会側のキャラクターがあまりに少ないので彼女には頑張ってもらいます。ずっとカリムさんとシスター・シャッハでは話が回らないです。




 なお、プリメラさんが顕正くんを見たのは夏の出来事なので、彼女が感じ取った顕正くんの印象は、一部箱入りお嬢様の過大評価が含まれます。




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第十八話 撃槍の騎士

 バトル回。
 やっぱりバトル書くのが一番楽しいね!


(――どうしてこうなった……)

 

 いつもであればおおよそどんな相手だろうと、共に技術を高め合える模擬戦となれば心躍らせる顕正だったが、流石に今回ばかりは勝手が違った。

 去年の夏から幾度となく訓練に精を出した、聖王教会本部内の修練場。

 今日から正式に貸与された、白黒をメインに使った騎士服を見に纏った顕正の前に立つのは、これから共に研鑽して行く同期入団の少女――プリメラ・エーデルシュタインだ。

 彼女のキッと睨みつけるようなエメラルドグリーンの瞳は、ぶれることなく顕正を見ている。

 

 再度思う。

 どうしてこうなった。

 

 

 

 ことの始まりは、騎士団入団式を終えて、荷物整理などのために今日の残り時間が自由になったため、たった一人の同期へ声を掛けたことである。

 すみれ色の長い髪をローツインテールに纏めた、恐らく年下であろう少女は何故か顕正の事を凝視して動かなかったため、自分から友好の意を示す握手をしようと右手を伸ばした。

 

「――同期入団の、笹原 顕正だ。これからよろしくな」

 

 と、年下相手なので威圧感を感じさせないように笑顔で口にしたのだが、バシッと、その手が振り払われ、

 

 

「貴方に決闘を申し込みますっ!!」

 

 

 という口上が、少女の口から飛びたしたのである。

 

 

 

 

 そこからの展開はあっという間だった。

 偶然近くを通りかかった騎士がカリムへと知らせ、呼び出されたカリムがニコニコしながら、

 

「いいでしょう。決闘――いえ、模擬戦を認めます。お互いに実力を知っておいた方が、今後のためになるでしょうし」

 

 などと言い始めたのだ。

 しかも続けて、負けた方は一週間朝から修練場の草むしりをしてもらいます、と言えば、騒ぎを聞きつけて集まった騎士達がわいわい盛り上がり出したのでもう収集がつかない。

 

 なぜいきなり少女――プリメラから決闘を申し込まれたのか、理由についてなんの心当たりがない。

 目鼻立ちのハッキリとした、街行く人に問えば、10人が10人美少女と形容するだろうこの少女とは面識がなく、出会ってから無礼を働いた覚えもない。

 そもそも生粋の魔法文明人であろう彼女と、この一年間で数回しかミッドを訪れたことのない顕正だ。接点が全く思いつかないのである。

 はぁ、と溜息をつき、これも経験の一つだと割り切ることにした。

 

「――グランツ、甲冑を」

 

『Jawohl. Panzer. (了解。装甲。)』

 

 ネックレスの形をとっていた相棒に声を掛ければ、足元に展開したベルカ式魔法陣が頭まで通過。頭を除く全身を保護する鈍色の騎士甲冑、そして右手に大盾、左手に長剣が装備された。

 前方を見れば、プリメラも準備を終えている。

 

(……短めの槍に、軽装甲のバリアジャケット。シスター・シャッハと同じような、高機動型か?)

 

 魔導師の身を守るフィールド型の汎用魔法、バリアジャケットは、見た目の設定がある程度自由なので個性が出やすい。

 基本的にはどのような見た目であっても特段防御力に影響があるわけではなく、極論を言えば、ブーメランパンツ一枚のバリアジャケットでも問題はない。

 しかしそれはノーマルの術式であり、実際には使用する魔導師の適性や、内包された術式が異なるため全てが同じではない。

 例にあげるならばなのはとフェイトで、なのはの術式はオーソドックスだが適性的に一般的な魔導師よりも硬い防御を持っており、フェイトの術式であれば、防御用のリソースの幾分かを空気抵抗軽減、加速術式補助に回しているため、所謂『紙装甲』になっている。

 そういったものは主にイメージから編まれるので、見た目にも反映されやすく、なのはは丈の長いスカートで足を隠す、白い制服の様な堅固な見た目になっているし、フェイトは風ではためくマントが印象的なバリアジャケットだ。

 顕正のバリアジャケットが正に騎士甲冑、といった見た目なのも、本人の『騎士とはこうあれかし』という思い故である。

 プリメラの甲冑は全体的に金属質な装甲の少ない、騎士服にアクセントとして装甲がついている程度の、カジュアルなバリアジャケットだ。

 どっしり構えるのではなく、スピードによって攻め立てる強襲戦を得意としている様だと顕正は判断し、

 

(……やっぱり、闘うことが嫌いじゃないんだよな、俺も)

 

 つい先ほどまで突然の模擬戦に頭を抱えていたはずが、もう相手のバトルスタイルの分析を始めていたことに気付く。

 なんだかんだ言っても、自分は闘いを楽しめる。

 それを思い出してしまえば後は簡単だ。

 相手は未知数とはいえ、騎士名を与えられた、自分と同じ『騎士』。相応の実力は持っていることだろう。

 ならばやることは、全力で闘うのみだ。

 

「『盾斧の騎士』笹原 顕正と、『光輝の巨星』グランツ・リーゼ!」

 

 名乗りを上げれば、相手もこちらを見据えて返してくる。

 

「……『撃槍の騎士』プリメラ・エーデルシュタインと、『貫き返るもの』ガングニール」

 

 互いの名乗りが終われば、残りは掛け声一つ。

 

(さぁ、始めようか騎士プリメラ!)

 

 いざ、尋常に、

 

 

 

 

「「――勝負っ!!」」

 

 

 

 

 剣戟の音が修練場に響き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――ど、どうしてこんなことに……)

 

 プリメラの脳内は半分それについての後悔ばかりが駆け巡っていた。

 顕正の振るう長剣を躱し、短槍による突きを繰り出しながらも、マルチタスクによって並列思考が行われているため、表情には出ていない。

 第一の失敗は顕正の手を振り払って、あろうことか決闘を申し込んだこと。

 どう考えても自分が悪い。

 いくらこの半年間目標としていた騎士が自分と同期入団の『新人』だったことにパニックになっていて、更にその相手から突然友好の握手を差し出されて思考回路がショートしていたからといって、拒絶して決闘騒ぎなど、思い返せば『顔から火が出る』を通り越して自害レベルの恥ずべき行動である。

 第二の失敗は、しばらく自分のパニックを治められず、顕正に頭を下げるタイミングを逃してしまったこと。

 あれよあれよと言う間に決闘騒ぎが正式な模擬戦として許可されてしまったが、原因を作ったプリメラが頭を下げて誤解を解けば、最低でもここまでの騒ぎにはなっていなかったはずだ。

 これも、明らかに自分が悪いだろう。

 結局今の状況は自業自得としか言いようがない。

 そして始まってしまったものはもう仕方が無いのだ。

 ならばせめて、今の自分がどれだけ出来るのかを測るチャンスを無駄にしないように。

 

(……というか、この人が同期入団だなんて、未だに信じられません)

 

 切り結びながら切実に思う。

 今のところお互いにクリーンヒットはしていないが、この時点でプリメラは顕正の技量に感嘆する。

 前に見た時よりも更に動きが洗練され、堅実な盾の防御とタイミングの良いパリィによって、こちらの攻め手は擦りもしない。逆に相手の攻撃は、軽いフットワークを活かしてポジションを常に動かしているプリメラを少しずつ捉え始めている。

 

(それでもまだ、本気になってはいないようですし……)

 

 顕正の攻めが激しくないのは、プリメラがどの程度の実力を持つのか測っているからだろう。

 相手の手札を観察し、自分にとっての脅威を読み取るそれは、魔法技術ばかりに傾倒して無防備に攻め始めることの多い若い魔導師とは違う、『戦人』の闘い方。

 だが、それはプリメラも同じだ。

 あの夏の日から、今まで以上の研鑽を積み、魔法戦闘能力だけではなく闘い方そのものを見直すことにしたプリメラは、幾人もの現役騎士やツテのある管理局魔導師から実戦的な戦闘用の思考を学んできた。

 出し惜しみするのは臆病なのではなく、長期的な目で見れば非常に理にかなった戦法なのだ。

 技や動きを知っていることは相手の隙や対処法を見つける助けになるし、逆にこちらの攻め手が相手にとって未知のものであれば、より効果的な状況を作り出せる。

 情報アドバンテージの重要性を知っているものは、自分の手札を晒さないということを、プリメラは知った。

 だからこそ、今対峙している顕正の技量を観察して驚愕する。

 一つの特殊技能も、大掛かりな魔法も使うことなく、魔法学校では傷一つ負うことのない完勝を多く勝ち取ってきたプリメラの攻撃を防ぎ切っているのだ。

 同年代の騎士で、これほどの使い手がいるなど、到底信じられるものではない。

 

(あの日見たときから力量には差があると思っていましたが、半年掛けて全く追いついた気がしません……!)

 

 だからといって、勝利を諦めるつもりはない。

 模擬戦であろうと、これは『闘い』だ。まだ手札の一つも切っていないこの状況で諦めるなど、『騎士』の考え方ではない。

 自分の手札を一つ、切ることを決めた。

 

「せっ!」

 

 顕正の繰り出してきたシールドバッシュを避けず、身体強化を増した足でタイミングを合わせて蹴り飛ばす。

 蹴りは盾を構える顕正に一つのダメージも与えないが、反動を使って壁蹴りの要領で距離を取ったのだ。

 

「む……」

 

 これまで接近戦を仕掛け続けたプリメラが離れたことを見て顕正は不審そうな顔をするが、追いすがっては来ない。プリメラの出方を待つつもりだ。

 ならば好都合、と。

 プリメラは手に持つ短槍型デバイス、ガングニールの回転弾倉に込められたカートリッジを一つ消費し、自身が得意とする魔法を発動させた。

 

「――アクセル!」

 

『Boost Up Acceleration.』

 

 ガシャリと機械的な動作音が響くと共に、プリメラの身体を髪と同色のすみれ色の魔力が包む。

 更に、もう一発。

 

「ダブル!」

 

『Boost Up W Acceleration.』

 

 二発のカートリッジを消費して行使されたその魔法は、通常のミッド式の支援魔導師が使う支援魔法を遥かに凌駕する倍率を誇る。

 

「はあぁぁぁぁっ!!」

 

 身体高速の二段掛け。

 それにより通常時でも身のこなしの素早いプリメラは、一般人の知覚を超えた速度で顕正に肉薄する。

 移動も攻撃動作もスピードを増したプリメラの槍に、顕正の顔が渋面を作った。

 ただ早いだけではなく、今までとの速度差、そして攻め手の中で速度に緩急を織り交ぜる槍捌きに対応しきれなくなった顕正の肩に、僅かではあるが攻撃が掠った。

 

(やはりこれだけ高速化すれば、防ぎきれないようですねっ)

 

 その上動きながら、カートリッジを使わない通常の支援魔法『ストライクパワー』を併用したため一撃の重さも増している。

 自らの支援魔法での、速度と威力の底上げ。

 これが、プリメラ・エーデルシュタインの基本戦法である。

 

 

 平均よりも高い魔力量と、卓越した魔法制御能力を併せ持って生まれてきたプリメラだったが、現在主流となった魔法戦に必須扱いされている、射砲撃への適性が著しく低かった。

 その上古くから続くベルカの家系であったエーデルシュタイン家も、長い時間と血の交わりによって真正ベルカ式の適性を失い、現在ではミッド式によってエミュレートされた近代ベルカ式を扱っている。

 遠中距離戦は実質不可能で、近接においても一線級になれるかどうかわからない。近代ベルカ式でも、牽制に射撃を使うことが多いのだ。鍛え上げた槍の腕だけでのし上がれるとは、到底思えなかった。

 そんなプリメラが目をつけたのが、ミッドのフルバック要員が使用する『支援魔法』である。

 身体強化や動作の高速化、防御力の向上などを他者に与えることでチーム全体の効率を上げるその魔法を、プリメラは戦闘中に自身に掛けることで近接戦闘能力を底上げするのである。

 他者よりも優れた魔法制御能力が、ここで活きた。

 一段階の能力向上が標準とされている支援魔法を、個人で多重展開することを可能にするだけの制御が、プリメラには出来たのだ。

 デバイスであるガングニールも、専用のチューンがなされた特注品である。

 鍛えた槍術を活かす短槍型アームドデバイスに、支援魔法を補助するためのブーストデバイスの機能を一部備え付けており、更に近年実用化され始めた、全体的な火力を上げるカートリッジ機構をも搭載した、アームドブースト混合型だ。

 魔法学校中等部入学祝いとして両親からプレゼントされたこのデバイスには、プリメラたっての願いで、奥の手となる特殊機能が追加されている。

 入団前の現役騎士との模擬戦で披露したその機能は、彼女の『撃槍』という騎士名の由来である。

 

 

 プリメラの怒涛の攻めを、顕正は受けるばかりだ。

 時折攻撃の隙を縫って剣を動かすが、攻めてくるわけでもなく盾の上部に突き刺すだけだ。

 その動きを見てプリメラは、この動作が彼の攻め手に繋がる準備であると推測した。

 

(剣の柄付近にあるのは、カートリッジ機構……?それを盾に刺すという動作は、剣に溜まったエネルギーを盾に譲渡しているということですか)

 

 試合が始まってそれなりに時間が経っている。未だ防御に専念している顕正だが、そろそろ動きがあるかもしれたい。

 プリメラが顕正の動きを一つ一つ細かく観察していると、ついに顕正が構えを変えた。

 左の長剣を肩近くまで引き、力を込めている。

 今まで見たことのない構えであったが、そこから繰り出される攻撃は想像がつく。

 魔力を付与した高威力斬撃だ。

 

(しかしそれだけでは、私の防御は越えられませんっ!)

 

 力をため切った顕正の剣が振り抜かれる。

 プリメラはその攻撃を受け止めた上で反撃するため、魔法障壁を展開。

 大型トラックの衝突すら防ぐとされる魔法障壁に守られ、斬撃を踏み倒して顕正の元へ、

 

 

「『燕返し』」

 

 

 ――駆けようとしたところで、脳裏を焼いた危険信号に従った。

 

 前方へ高速で踏み出していた足を無理矢理止めてバックステップしたため、両足から嫌な痛みが走るが、そんなことはどうでもいい。

 咄嗟の判断で下がったプリメラの魔法障壁が容易く食い破られ、返す刀で腹部のバリアジャケットを掠めた。

 

(っ!あと一歩、ステップが間に合わなかったら切り裂かれていました……!)

 

 避けられたのは本当に偶然だ。

 いつものプリメラならば、些細な違和感など気にも留めずに突き進んでいた。

 魔力を纏わせた神速の二連斬撃の餌食となっていただろう。

 

(一撃目で障壁を切り裂き、そのまま返して相手に当てる二撃目。そして……)

 

 距離を取ったプリメラ目掛けて、数本の刃が飛来する。

 誘導性はないが狙いは正確で、プリメラは襲い来るナイフたちを槍で弾き、身体を捻って躱す。

 相手は射撃も出来るが、それほど得意ではないようだ。

 

(これは、むしろ好都合です)

 

 顕正が近づいて来る様子はない。

 ガングニールの回転弾倉にはカートリッジが残り4発。ここで勝負にでる。

 ナイフを避けるために駆けていた足を止め、短槍を持ち替えた。

 これまで相手を突き刺すために順手に持っていた槍を、逆手にしたのだ。

 それを見た顕正が、ギョッとしたように表情を変える。

 

(……まぁ、初見では驚きますよね)

 

 その反応に慣れているプリメラは、そのまま油断していてくれと願いながらカートリッジを炸裂させた。

 

「――全てを貫け……」

 

 手に持つ短槍にありったけの思いを乗せて、叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

「『ガングニール』っ!!」

 

 

 

 

 

 

 『槍』を投げた。

 

 バスンっ、と大気を引き裂きながら顕正の元へ向かうのは、プリメラが今の今まで手にしていた短槍型デバイス、ガングニールである。

 

 自ら武器である槍を、それも魔導師としては無二の武装であるデバイスを投げつけるという攻撃方法に、顕正は大いに動揺した。

 まさかとは思っていても、本当に投げるとは。

 その所為で盾の防御が一瞬遅れたものの、まだ許容範囲だった。

 槍の穂先と大盾が、ギチギチと音を立てながらぶつかる。

 ガングニールは一部の装甲を展開して、小型のブースターから火を吹き続けている。魔力カートリッジを消費することで、使用者の手を離れても継続した推進力を得ているのだ。

 しかし所詮は制御を離れたデバイス。

 顕正は盾を斜めにすることで、ガングニールの軌道を変えた。

 盾の表面を滑るように動いた槍は、顕正の背後に抜けて行く。

 プリメラの乾坤一擲の攻撃を防ぎきった顕正はそのまま彼女の元へ駆けようと走り、

 

 

 その彼女の手から伸びる『鎖』を視認した。

 

 

 

 

 

(かかりましたね!)

 

 プリメラは手にした鎖を――その先に繋がるデバイスに指示を出す。

 

 顕正の後ろに進んでいたガングニールは持ち主の命を受け、急速に反転。

 ブースターを吹かし、再度顕正へと爆進する。

 

 プリメラがデバイスを投げたのは、この攻撃を含めた行動だ。

 

 彼女が苦手とするのは射砲撃。

 しかし適性の低さの理由は、弾丸形成が不得手であるからだ。

 つまり、『弾』が作れない。

 魔力の固定化や収束などが苦手な彼女は、優れた誘導適性があっても射撃が行えない。

 それを解消するための機能が、これである。

 

 弾が作れないのだから、元からあるものを使えばいい。

 

 戦いで常に手にするデバイスそのものを弾丸として放ち、そして投げた後は石突に内蔵された鎖を伝って指示を出す。

 これによりプリメラは、使い減りのしない弾丸を手にしたのだ。

 

(さぁ、背後からの奇襲を、どう躱しますかっ!?)

 

 こちらへ走る顕正の後ろから、ガングニールが追いすがる。

 このまま行けば、彼がプリメラの元へたどり着く前にガングニールが彼を貫くだろう。

 最も、プリメラは顕正ならばそれを対処するであろうことも考えている。そしてそこからどう動くのが自分の勝利に繋がるのかも。

 

 顕正は背後から迫る短槍を、自身に到達する直前で止めた。

 長剣を槍の後ろから伸びる鎖に絡ませ、固定したのだ。

 剣や盾で弾いても、同じことの繰り返し。だから、と、高速で飛来する槍を前にして、寸分の狂いもなく鎖を絡め取るという方法を取ったが、それすらも、

 

(想定内です!)

 

 今まで模擬戦をやったクラスメイトの中にも、顕正と同じような対処をしたものがいた。

 しかしその状況を、プリメラは打ち破ってきたのである。

 

「ガングニール!!」

 

 鎖を伝って与えられた指示を忠実にこなす短槍。

 突撃とは、完全に逆の方向へ、カートリッジを消費した爆発的なエネルギーを持ってブースターを作動させたのだ。

 

 鋼鉄を容易く貫く速度のそれは、重装備の相手を『引っ張る』。

 引かれた人間はそのまま宙を舞うか、鎖に絡まったデバイスを手放すかのどちらかしかない。

 そうやって生まれる隙を狙い、プリメラは攻撃の準備に移る。

 顕正の闘い方を見る限り、剣は貴重な攻撃手段だ。

 咄嗟の判断でも手放すことは考えづらく、宙を舞う可能性の方が高い。

 そのタイミングで――。

 

(……そ、そんな……!?)

 

 一瞬、顕正の様子が静止画に見えたのは、プリメラの所為ではない。

 

 拮抗しているのだ。

 

 剣を空に運ぼうとするガングニールと、顕正の腕力が。

 ありえない、単純にそう思った。

 カートリッジを消費したブースターに、人間が腕力で拮抗するなど、冗談にしか見えない。

 

(本当に人間なんですかこの人っ!?)

 

 いくら顕正が鍛えていて、魔力による強化を受けていたとしても、人間技ではない。人がトラックが衝突して、びくともしないようなものなのだ。

 座標固定などの特殊な魔法を使っている様子もない、純粋な怪力による拮抗。

 それを成している顕正が、鋭い瞳をプリメラに向けた。

 プリメラは今、デバイスを遠隔操作していて無防備だ。

 だが顕正も攻められる状況ではない。長剣を封じられた顕正には攻撃手段がなく、先程の投げナイフ程度であれば無手のプリメラにも対処可能だ。

 

 その、想定は。

 

 

 

「――『ディバイン』」

 

 

 

 残る大盾の前面に展開された、四枚のベルカ式魔法陣によって打ち砕かれる。

 

 

 

 

 

『Buster.』

 

 

 

 

 

 群青色の極太砲撃が、プリメラを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明けて、翌日。

 

 

「――それで、どうして貴方まで『草むしり』をしているんですか?」

 

 模擬戦の結果は、顕正の魔力砲によるダメージで、プリメラの敗北であった。

 魔力ダメージで気絶したプリメラが目を覚ましたのは夕方を過ぎていて、騎士寮の先輩女性騎士から勝敗を聞かされた。

 ついでに敗者の義務も。

 試合が始まる前にカリムが言っていたことは冗談でもなんでもなく、これから一週間、プリメラには早朝から修練場の草むしりが課せられたのだ。

 

 そのことについては何の文句もなく、むしろ要らぬ騒ぎを起こしてしまった自分への罰として素直に受け止めている。

 問題なのは、草むしりをしようとやってきた修練場に、昨日の模擬戦の勝者、顕正が先に来ていたことだ。

 敗者を嘲笑うといった意地の悪い行為のために来ているのではなく、そして朝から鍛錬のために来ているのでもなく、プリメラと同じような運動着姿で、軍手着用済みであった。

 唖然としたプリメラに一言、

 

「おはよう、さっさと始めようか」

 

 と言ったきり、無言で草むしりを始めてしまった。

 慌ててプリメラも開始したが、どうしても沈黙に耐え切れず、質問したのだ。

 

 

 

「……まぁ、なんというか、あれだ」

 

 修練場に生えた草を鎌で刈り取りながら、歯切れ悪く顕正が答える。

 

「――二人しかいない同期なんだ。これから一緒にやっていくんだし、罰とはいえ一人で草むしりなんてさせられないだろ」

 

 そっぽを向いての言葉だったが、僅かに恥ずかしそうな表情が見え、プリメラはその時初めて、顕正が同年代の少年であることを思い知った。

 

 確かに戦闘中は完全に『騎士』のそれだった。

 しかしそれだけではなく、彼も自分と同じ人間なのだという事実が、ストンと頭に入って来たのだ。

 少しぶっきらぼうだが、こちらを思いやってくれている、優しい人なのだと。

 その認識が正しく成された時、プリメラの口は動いていた。

 

 あの、と。

 

 

「――『撃槍の騎士』プリメラ・エーデルシュタインです。昨日は、ご迷惑をお掛けしました」

 

 

 頭を下げたプリメラを見て、顕正が数瞬キョトンとなる。

 ややあって、昨日の決闘騒ぎについてだと気付いて、笑った。

 

「いや、大丈夫だ。あれはあれで、いい経験だった。カリムさんが言っていたように、お互いのことを知ることが出来たしな」

 

 まさかデバイスをあんな風に使うとは、と。

 剣を交わし、また、こうして話すことで、顕正にもプリメラ・エーデルシュタインという少女のことが少し分かったのだ。

 表情があまり変わらないため読み取れる感情は少ないが、この真面目な少女が決闘を仕掛けてきたのだから、何かしらの理由があったのだろう。

 と、そこまで考えて、結局その『理由』を聞いていなかったことに気が付いた。

 

「……なぁ、昨日の決闘、そもそもの理由は何だったんだ?」

 

 思い当たることはないが、自分が失礼な振る舞いをしてしまったのかもしれない。

 これからこの少女と共に働いていく中で、同じようなことをしてしまわないためにも、聞いておきたかった。

 

「……それは……」

 

 言い淀むプリメラ。

 その反応で、聞かなかったほうが良かったか、と思う顕正。

 

 もともと、顕正は昨日のことをあまり気にしているわけではない。

 知識のベースになっているのが、未だグランツ・リーゼからの古代ベルカ時代のものなので、当時頻繁に起こって居た決闘騒ぎと同程度にしか考えていないのだ。

 大した理由などなく、相手の力量を知りたかった、とか、なんとなく暇だったから、とかで決闘していた時代である。

 顕正の中では、決闘と模擬戦の違いはあまりない。

 そのため、理由を聞いたのはただ気になったからなのだが……。

 

「……いつか」

 

「ん?」

 

 プリメラが口を開いたが、それは理由を告げるためのものではなかった。

 

「いつか、話します。決闘の理由」

 

 今は言えない。だがいずれは、と。

 顕正は、それで構わなかった。

 

「そうか、まぁ、いつか聞かせてもらうさ。――じゃあ、改めて、だ」

 

 話しながらも続けていた草むしりを中断して立ち上がり、軍手を外して右手をプリメラに差し出した。

 え?と困惑したプリメラに、

 

 

「笹原 顕正だ。これからよろしく、プリメラ」

 

 

 昨日は出来なかった、友好の証を。

 それに気付き、同じように軍手を外し立ち上がったプリメラ。

 もう一度、今度は謝罪ではなく、友好のために名乗る。

 

 

 

 

「プリメラ・エーデルシュタインです。こちらこそ、よろしくお願いします、――ケンセイ」

 

 

 

 

 

 その笑顔は、地球の日本で美しく咲き誇っているだろう、桜と同じ色をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 プリメラはすでにデレている。
 呼び捨て敬語は私のジャスティス!


 顕正君は幼馴染から教わった技を、さっそく使っているようです。中距離だとバスターあれば他は何もいらないんじゃないかとか思う。
 なお、チャックスの変形を使わなかったのは、単純に変形する隙がなかったため。変形しようと思ったら相手が槍投げてきたから割と本気でビビった顕正君。


 えー、では質問返しのコーナー。



Q:騎士がバスター覚えるとかいうチート

A:主人公が魔力砲撃覚える展開は前々から考えていました。や、だってせっかく『砲撃』っていう共通点があるんだから、使わないと、って。顕正君は『砲術王』持ちです。




Q:ヴィータが褒められてる!?

A:ヴォルケンズのなかで、一番好きなのはヴィータです。これからもヴィータさんは依怙贔屓します。ヒロインにはなりえないけどね!




Q:ガンランス!ガンランス!

A:ごめんなさい、完全に想定外でした。
  感想で言われてから、「……あっ!?」ってなりました。
  ミスリードとかそういうことではなく、自分の中で『撃槍』ときたら『ガングニール』です。

  予定では、これからもチャックス以外のモンハン武器が出てくるのは考えていません。
  他武器使いの方々申し訳ありません。この小説はチャックスへの愛でできております。



Q:素早い見習いシスターは出るの?

A:一応今作はSTSで完結の予定なのですが、もしかしたら番外編としてVividの一部やるかもしれません。これについてはなんとも…。




Q:モンスターはシャガルだけ?

A:本編にかかわらない場所で出てくる予定です。あんなことがあったなー、っていう地の文で、それらしいモンスターが。多分。





 はい、ではまた次回ー。


 あ、最近友人から勧められて、艦これを始めました。
 響ちゃんかわいいよ響ちゃん…。



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第十九話 狐につままれる


 危ない…。月2更新は何とかキープ。
 すべてはちょっとした時間があると艦これやってしまうことがいけないのです。
 響ちゃんもかわいいけど、最近のお気に入りは金剛デース!



 

 顕正とプリメラが聖王教会騎士団へ入団し、数ヶ月が経った。

 騎士団の平常業務は主に次元世界に散らばった古代ベルカ時代の遺物を探索することで、度々発見の知らせを受けた騎士たちが次元世界を飛び回っている。

もちろん、そればかりではなく、教会に所縁のあるVIPの護衛であったり、ロストロギアの輸送であったりと、任務自体は多岐に渡る。

 団員全員が確かな戦闘能力を持つ聖王教会騎士団は、在籍人数こそ管理局に大きく劣るものの、フットワークの軽さ、依頼に掛かる費用の少なさから、多くの世界から頼りにされているのだ。

 

 

 そんな組織に入団した期待の新人2人は、数ヶ月の間で既に多数の実績を上げている。

 遺跡探索における遺物回収任務は今のところ達成率100%、輸送任務においては襲撃してきたテロリスト達を一人残らず撃滅し、管理外世界で遭難した要救助者も迅速に発見、保護。

 戦闘能力、判断力の優れた顕正と、直接戦闘では及ばないものの、索敵、支援などの補助に高い適性を持つプリメラの新人コンビは、おおよそどんな任務にでも対応出来、コンビネーションにも磨きがかかっている。その成果は聖王教会のみならず、管理局からも注目を集め始めていた。

 

 ある日彼らが呼び出された場所は、聖王教会本部の中でもトップクラスの地位を持つ才媛である、カリム・グラシアの執務室。

 騎士団における二人の直属の上司であるカリムに呼び出されるのは初めてのことではない。基本的に次の任務を彼女から受けるからだ。

 常に微笑みを絶やさない金髪の美女で、その美貌を見る度心が弾む顕正だが、最近この女性がどういった人物なのか、徐々にではあるが理解していた。

 特に今回は非常に楽しそうな笑顔を浮かべているため、気分が重い。

 

「……それで、今回は護衛任務とのことですが……」

 

 顕正の隣に立つプリメラも同じ気持ちのようで、声のトーンが少し低い。

 この護衛任務というのも、二人が懐疑的になる理由の一つでもある。

 

「――まさか、今度は前の護衛任務のようなことはありませんよね?」

 

 エメラルドグリーンの瞳にあるのは、以前の護衛任務を思い出しての不信感。

 

「初任務では騎士カリムの護衛として管理局へ同行すれば、面会相手が伝説の三提督。帰り道で襲撃を受けたかと思えば、テロリストに変装した先輩騎士……」

 

「――そして前回の管理外世界へ業務調整に行く司祭の護衛では、司祭がトイレへ行ったらそのまま失踪。慌てて探せば現地のカジノで遊んでいるなど、流石に焦りましたよ……」

 

 ちなみに前者においては襲いかかってきた騎士が先輩だと気づかなかった顕正が全力で相手した結果、5名中3名が重傷。後者においては司祭を発見したプリメラがブチ切れて、司祭に『グングニール』を放つという事態が発生している。

 どちらも、新人騎士への通過儀礼的な『お試し護衛任務』だったのだが、先輩騎士からは「だから言ったじゃないですか!この二人を新人の括りで考えるのは間違ってるって!!」とカリムへ苦情が出ており、グングニールを受けた司祭は元からギャンブル好きで、二人から逃げろと事前に指示されていたものの流石にカジノへ逃げ込むのは不味かったらしく、その後一週間謹慎を喰らった。

 

 今まで受けた護衛任務、二つが二つがとも教会からの『ドッキリ』だったので、どうしても護衛と聞くと懐疑的な目を向けてしまうのだ。

 二人からの視線を受けて、聖王教会の女狐と影で囁かれるカリムも少したじろいだ。

 

「ま、まぁまぁお二人とも、今回は正真正銘、正式な護衛任務ですよ。今までの護衛任務は、本依頼を受けるために必要な通過儀礼でしたし、それを乗り越えたからこその、護衛任務です」

 

 特に二人は、本来必要とされている入団前にある数ヶ月の騎士訓練校をスキップしている。戦闘能力や礼儀作法などを学ぶ場である訓練校に通う必要性がなかった、ということでの免除であったが、そこで培われるべき騎士団の担う任務への対応知識を持っていなかった。

 通常の新入団騎士には、護衛任務を付与するまでに一年以上の勤務経験を経て、監督騎士からのゴーサインが出たのち、護衛中の襲撃対応と失踪対応の通過儀礼を行う。

 顕正とプリメラの場合は、二人の監督騎士であるカリムが双方の技量、対応力が水準を超えていると判断したため、初任務で襲撃対応、その後の失踪対応の訓練を実施した。

 その結果を理事会から認められた故、今回の正式な護衛任務である。

 

「この任務は、管理局と合同の、ロストロギア輸送に伴う研究家の方の護衛です。ロストロギアの輸送中を狙った強奪が近隣世界で頻発しているため、輸送する研究家の方も戦闘経験のある方なのだそうですが、万が一の場合もありますし、管理局から教会への協力依頼が来ました」

 

 そう言ってカリムが空間投影ディスプレイに表示したのは、任務の概要だ。

 

「……『ジュエルシード』。次元干渉型のロストロギアですか……。封印処理は当然されているものとして、魔力による強制励起の可能性はありますね。私はほとんど純粋魔力攻撃をしないので大丈夫ですが、ケンセイの魔力砲は極力使用を避けたほうが良さそうです」

 

「なるほど、確かに。となると、襲撃を受けたら攻撃手段が少し制限されるか……」

 

 次元干渉を起こす高エネルギー結晶体が輸送対象であることを考えれば、大規模な魔法は暴走の引き金となりかねない。

 それを思っての発言だったのだが……。

 

「あぁ、それについては問題ありません」

 

 とカリムがきっぱり否定した。

 

「今回の任務、表向きは先ほど話した通りですが、実際は違います」

 

「……は?」

 

 カリムが何を言っているのか分からず、間抜けな声を出してしまう顕正。

 それとは対照的にプリメラは事情を理解したのか、なるほど、と頷いた。

 

「つまり、私たちは『囮』と言うことですね?」

 

 その問いかけに、カリムは笑顔を作った。

 

「その通りです。あなた方二人と、研究家の方がジュエルシードを模した偽物を運んでいる間に、別な手段で本物のジュエルシードを研究所へ輸送します。そちらはベテランの管理局員による単独任務ですが、教会騎士二名と、名の知れた有名研究家の方が運んでいる方が襲撃者の目を引けるはずです。当然、ジュエルシードは偽物なので、戦闘になったら全力で戦っていただいても問題ありません。……最も、本物を運んでいるという形ですので、魔力砲は多用しない方がいいのですけれど。」

 

 説明を受けて、ようやく顕正も状況を把握した。

 

「分かりました。では我々は、運んでいるジュエルシードが本物であるという想定で輸送を護衛し、襲撃者がいた場合は研究家の方に怪我がないようにお守りすればいいと言うことですね?」

 

「はい。ただ、研究家の方はあまり護衛の必要がないかもしれませんね」

 

 護衛対象が、守る必要がないという。

 顕正とプリメラが首を傾げていると、

 

 

「その方、総合Aランクの結界魔導師で、顕正さんでも彼の守りを抜くのは苦労するような防御力を持っていますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 護衛任務当日。

 顕正とプリメラ、そして『偽物』のジュエルシードが納められたアタッシュケースを持つ護衛対象は、管理局に属するロストロギア研究所の前で集合した。

 

「初めまして、時空管理局、無限書庫の司書長をしている、ユーノ・スクライアです。今日はよろしくお願いします」

 

 にこやかに握手の手を差し出して来たのは、護衛任務の対象であるユーノだ。スーツ姿にメガネを掛けており、非常に理知的な印象を受ける。

 

「聖王教会騎士団所属、笹原 顕正です。こちらこそよろしくお願いします」

 

「同じく、プリメラ・エーデルシュタインです。全力でお守りしますので、道中はご安心下さい」

 

 移動は管理局の派遣したドライバーがハンドルを握る、魔法装甲の為された護送車で行う。転送魔法で直接送るのは対象が次元干渉型ロストロギアであるため安易に行えず、数時間掛けて別の研究所へ輸送することになる。

 

 顕正が護衛対象であるユーノについて簡単に調べた結果分かったのは、本来ならば自分たちのような新人騎士が護衛を担当することのないようなVIPであること、そして幼くして大きな功績を残した、非常に優秀な魔導師であることだ。

 若くして無限書庫の司書長を務める傍ら、考古学者としても学界に名の知れた人物でもある。

 防御の堅い結界魔導師が対象であっても、怪我をさせるような事態は起こさせない。

 初の本格的な護衛任務のであることもあり、顕正の気合は十分であった。

 

「それでは、早速ですが移動しましょう。輸送に掛かる時間は、少ない方がいいですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 万年人手不足で、過労率の極めて高い無限書庫の司書長が今回の任務に駆り出されたのは、周りが指摘しなければ休みを取ろうとしないユーノに少しでも激務から離れた安息を与えよう、という職員からの細やかな配慮と、輸送対象であるロストロギアが、ユーノと深い関わりのある品であったという二つの理由からだ。

 幼い頃のユーノが自ら発掘し、ある存在の手によって管理外世界へ散らばってしまった過去があるロストロギア、ジュエルシード。

 時が経ち、立場が変わって、直接発掘の現場へ赴くことの少なくなったユーノにとって、思い出深い一品である。

 

 

 会話もそこそこに、すぐさま移動を提案する顕正と、真面目に周囲を警戒するプリメラを見て、

 

(……輸送の間の数時間、任務に集中する『お固い』騎士と一緒に過ごすことになるのかぁ……)

 

 と内心ため息をついていたユーノだったが、車に乗り込んで移動が始まれば、思っていた状況にはならなかった。

 

 

 

「――本当に士郎さんのコーヒーはいいですよね。あのすっきりとした風味と後味……」

 

「えぇ、そして桃子さんの作るスイーツと合わせることで醸し出される更なる味わい……。あれは正に至高の味わいです」

 

「うわぁ……。思い出したら久しぶりに翠屋のケーキセットが食べたくなりましたよ!今度なのはに頼もうかなぁ」

 

「うーん、コーヒー豆自体は、ある程度ストックがあるんですけどね……。自分で淹れると、士郎さんの淹れる完璧なものと比べてどうしても完成度が落ちますし、ケーキについてはナマモノですから中々難しいですよね……」

 

 年若い男二人が、コーヒーはともかくケーキについてあーだこーだと盛り上がっている現状を見て、警戒用の探査魔法を使いながら、今度ケーキの作り方を覚えよう、と密かに決意するプリメラ。マルチタスクで、手作りケーキを美味しそうに食べる顕正と、それを笑顔で見つめる自分の姿までは妄そ――想像した。

 

 

 近接戦闘を得意とする、肉体派の騎士である顕正と、攻撃手段のほとんどない、後方支援型に位置する控えめなユーノ。

 一見すると会話の弾むことの無さそうな二人だったが、話し始めてしまうと非常に話が合った。

 最初は顕正の名前から、もしや地球の出身ではないかと考えたユーノの問いかけから始まり、自身が幼い頃に地球で暮らしていた時期があること、当時世話になった地球人のことを話した辺りで、顕正もユーノが語る内容が海鳴市のことではないかと思い当たった。

 共通の知人がおり、しかもそれが高町家の面々であること、更に時期は違うものの、お互いが高町なのはの幼馴染に当たることも追加で知った。

 そう言った、共有出来る話題だけではなく、二人とも性格や傾向が似通っていることも話が合う理由だろう。

 普段は理知的な思考に基づく行動を多く取るにも関わらず、こうと決めたら周りのことを考えず一直線に動く辺りである。

 騎士の理念を追うために高校を中退し、住み慣れた世界を飛び出して魔法世界に身を置くことを決めた顕正。

 自ら発掘し、ある事件により管理外世界に散らばってしまったロストロギアを回収するため、単身地球に乗り込んだユーノ。

 まだ出会って時間が経っていないにも関わらず、二人は十数年来の友人のように意気投合していた。

 今は職務中であるため互いに敬語で話しているものの、後日ミッドの喫茶店へ行く約束まで取り付けていたほどである。

 

 

 

 

 出発からしばらく経ち、車が山岳部を通っているタイミングで、襲撃は来た。

 気付いたのは二人の会話を聞きつつ探査魔法を展開し続けていたプリメラだ。

 

「――ケンセイ、進行方向から来ました」

 

 ユーノと古代ベルカ史について話していた顕正だったが、その知らせを受けて表情は一変した。

 

「そうか、……車を止めて、迎撃する。プリメラはユーノ司書長の側で防衛をしてくれ。俺が前に出る」

 

 談笑していた時の朗らかな顔から、戦場へ赴く『騎士』の顔付きへ。この切り替えの瞬間のギャップが、プリメラの中での『顕正カッコいいタイミング』のトップである。

 ドライバーに指示を出して車を止め、車外に出るとともに二人は騎士甲冑を展開。戦闘態勢を整えた。

 

「接近する機械反応が四つ。三つが直進、一つが東側から回り込むように近づいています。……東の一つは私が対応するので、ケンセイは前方の三体に集中して下さい」

 

「了解。後ろは任せた」

 

 長剣と大盾を装備した顕正が前に出ると同時に、近づいてくる丸型の機械兵器が見えた。

 タイヤの様な形をした、青を主体とするその兵器を目にしたユーノから、警告が飛んでくる。

 

「っ!?騎士ケンセイ!その機械兵器は、『ガジェットドローン』と呼ばれる自律兵器です!アンチマギリンクフィールド……魔法無力化領域を張っているため、純粋魔力を使った射撃攻撃が通りにくいので気をつけて下さい!」

 

 ユーノからの情報で、目の前の兵器が最近様々な次元世界で出没している、『対魔法自律兵器』であることを知った顕正。

 忠告を受け、頷いた後に、しかし、とユーノへ向けて声を出す。

 

 

「ご安心を。お恥ずかしい話ですが、我々二人とも……射撃魔法は苦手なんです」

 

 

 先行する一体を長剣で真っ二つにし、攻撃の後にすぐさま変形。

 大盾の上部に長剣を突き刺して一瞬で変形を終えた大斧をそのまま振り下ろす。地面に当たる直前に、一発だけ溜まっていた撃力カートリッジを炸裂させ、衝撃によって前方への推進力を得て急速接近。

 ガジェットの放つ細いビームを空中で身を捩って回避したのち、大斧の一撃で更に一体粉砕した。

 残る一体は距離を取ったまま、ケーブルの様なマニピュレーターを伸ばし、顕正の左腕に絡みついて動きを封じようと試みるが、顕正はそれすら意に介さない。

 

「ふっ!」

 

 逆にマニピュレーターを引っ張ることでガジェットを浮かし、身動きの取れないガジェットを地面に叩きつけた。

 常識外の膂力で大地に接触したガジェットは装甲が砕け、機能を停止する。

 

「……す、凄い……」

 

 鋼鉄製の、かなり重量のあるガジェットを一息で放り投げるという行為は、プリメラに守られて戦いを見守っていたユーノに衝撃を与えた。

 これが、教会騎士。ミッド式の魔導師であれば魔法を無力化されて相当手こずるガジェットドローンを、瞬く間に撃滅してしまう。

 近接戦に無類の強さを誇るベルカの騎士は、AMFを搭載したガジェットとの戦闘において相性抜群なのだ。

 

 

 顕正が三機を一瞬で撃墜し、更に回り込んで来た一機も、プリメラが『撃槍』によって撃破。

 一切の被害を出すことなく、戦闘は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お勤めご苦労様です。ロストロギア『ジュエルシード』、確かに受領しました」

 

 襲撃があったのはガジェット四体の一度だけで、それから輸送は滞りなく進行した。

 数時間の道のりを越えて到着した研究所の職員に、ユーノがジュエルシードが納められたアタッシュケースを手渡すことで、輸送は終了。

 顕正とプリメラの護衛任務は、襲撃を撃退して成功を収めたのだ。

 

「今日はありがとうございました。お陰様で、安全にジュエルシードを運ぶことができましたよ」

 

「いえ、襲撃も一度だけでしたし、我々ベルカの騎士はガジェットとは相性が良かった、という面もあります。それに、やはり『囮』であるということが大きかったですね。ある程度気持ちに余裕を持てましたから」

 

 任務終了後、研究所の前の輸送車に乗り込むユーノからの言葉に、なんとはなしに返した顕正。

 これから無限書庫へ戻るユーノを見送る際の出来事だったのだが、顕正の言葉の中のある単語に、ユーノが首を傾げた。

 

「?囮、ですか?」

 

「……え?」

 

「……」

 

 聞き返した顕正と、何と無く事態を把握するプリメラ。

 

「……今回の護衛任務は、我々三名を『囮』として襲撃者の目を引きつけている間に、管理局のベテランが本物のジュエルシードを輸送するのだと上司から聞いているのですが……?」

 

 言葉を紡ぎながら、まさか、という考えが顕正の頭を過る。

 思い出すのは、執務室で非常に楽しそうな笑顔を浮かべていたカリムの姿だ。

 

「……いえ、僕はむしろ、ベテラン局員の単独輸送を囮にした輸送であると聞いています。研究所に渡したジュエルシードは間違いなく本物でしたし、新人ながら戦闘能力の高い教会騎士を護衛につける、ということでしたが……」

 

 話が食い違う。

 そしてこの場合どちらが疑わしいのかと考えると、判断はすぐに決まった。

 呆然とする顕正の肩に、慰める様なプリメラの手が置かれた。

 プリメラの顔は、諦めろ、と言っている。

 わなわなと震える顕正。

 心配そうに見つめる二人の視線を受けながら、ポツリと口から呟きが漏れた。

 

 

 

「……ま、また担がれた……」

 

 

 

 

 

 





 カリムさんてば本当に女狐。これくらいはやるって信じてる。

 えー、本日、感想にてご指摘のあった「」文の文末の句読点について、修正作業終わりました。
 一応調べた結果、「」内の句読点の取り扱いについては作者の裁量による、ということでしたが、せっかくご指摘があったので一般的な書き方に変更することに決め、これからはこの書体で書いていきます。


 さて、空白期でだらだらやっている間に書きたくなった、ISの二次作があっという間にプロローグと一話ができてしまったので、ちょこちょこ書いてチャックスの騎士団編が終わったあたりで投稿する予定です。
 ……予定なので、本当にやるかどうかはわかりませんからねー。

 ではまた次回。


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第二十話 戦士の休日 前編

日常回が来るたび、平均文字数が下がっていく。



 

 

 日頃忙しなく動いている教会騎士団にも、当然休日というものがある。

 基本的には任務と鍛錬、そして夜警などの当番勤務をシフトで回して行くのが騎士団の勤務状況だ。

 

 前日の夜警当番を終え、朝方から仮眠を取った顕正は昼前に起き、教会本部内の食堂で昼食を取っていた。

 今日と明日はオフシフトなので任務もなく、これから病院へ検診に行くくらいしか予定がない。

 明日は一日のんびり、鍛錬と勉強でもしようと考えていると、彼に声をかけてきた人物がいた。

 

「あぁ、ここにいましたか」

 

「ん、プリメラか。おはよう」

 

「おはようございます。……といっても、もうお昼ですけどね」

 

 前日共に夜警をしたプリメラだ。夜警当番後の騎士は大半が夕方まで寝ているらしいが、二人は毎回こうして昼には起動して、食堂で落ち合うことが常となっている。

 

「悪いな、今日は……」

 

「いえ、検診なのですから仕方ありません。もともと、私の鍛錬に付き合ってもらっているだけですし」

 

 いつもは昼食の後、共に修練場で模擬戦や魔法訓練などを行っているのだが、先ほども言った通り顕正が病院へ検診に行く予定が入っているため、プリメラは一人で鍛錬をすることになる。

 顕正が何か土産でも買ってこよう、と考えているとプリメラが、

 

「と、ところでケンセイ。明日は何か予定は入っていますか?」

 

 と、少々固い口調で言ってきた。

 

「そうだな……今の所は、鍛錬と勉強ぐらいだ。ちょうどユーノが、良いテキストを教えてくれたからな」

 

 以前の任務で知り合ったユーノ・スクライアと、顕正はプライベートで良好な友人関係を続けている。

 顕正がミッドで通用する教員資格を取得しようとしていることを知ったユーノが、資格試験勉強用に有用なテキストを度々紹介していた。お陰で基礎理解力の高い顕正の学力は、かなりの速度でミッド基準に近付いている。このまま行けば、数年で教員試験の合格水準に達するだろう。

 

「そうですか……。で、では、もし良かったらなのですが、明日――」

 

 これは攻めるべき時だと判断したプリメラが、一気呵成に攻め込もうとしたその時、顕正の通信端末が通話のコール音を響かせた。

 

「悪い、通信だ」

 

 あまりのタイミングの悪さにプリメラは心の中で呪詛を紡ぐ。

 そんなこととは露知らず、食事の手を止めて通信用ホロウィンドウを開いた。

 

「どうしたフェイ……」

 

 

『――ケンセイ助けて!!』

 

 

 ウィンドウ一杯に表示されたのは、金髪紅眼の美人執務官、フェイト・T・ハラオウンだったがその目には薄っすら涙が浮かんでいた。

 食堂に突然響いたうら若い乙女の声に、周囲で食事を取っていた者たちがギョッとする。

 周りからの視線を感じながら、顕正はひとまずフェイトの状況を聞くことにした。フェイト側の通信ウィンドウの背景は管理局のオフィスの様で、急迫した事態ではないと判断していたが、フェイトの剣幕から彼女にとっては緊急の用件なのだろう。

 

「とりあえず、落ち着け。深呼吸して、頭を冷静にするんだ」

 

 顕正の言葉に素直に従ったフェイトは二度ほど大きく深呼吸した後に話し始めた。目も既に普通に戻っている。

 

『あ、あのね、明日予定は空いてる?』

 

「明日?あぁ、今のところ特に予定はないが……」

 

『よかった……その、出来ればなんだけど、明日一緒に遊園地に行って欲しくて……』

 

「……」

 

「……」

 

 フェイトの若干上目遣いの『お願い』に、隣で食事をとりながら聞いていたプリメラの目が釣り上がる。

 周りで密かに聞き耳を立てていた男性騎士達も、視線で人が殺せたら、と言わんばかりの眼光を発していた。

 突然の『デート』の誘いに一瞬頭がフリーズしていた顕正はそれに気付かなかったが、フェイトの言葉を脳内で吟味しているうちに一つの結論に行き着いた。

 

「よし、まずは、詳しく事情を話してくれ。いきなりそんなことを言うのには、何か理由があるんだろう?」

 

 相手が他の人物ならともかく、フェイトの発言である。

 以前のミッド観光、そして度々通信で近況報告をしている経験から顕正が推察したのは、今回も特にピンク色の発想に基づく発言ではないということだ。

 そしてそれは大正解だった。

 

『えっと、実は私、ある事情で身寄りのいない女の子の保護責任者もやってるんだけど、先週会った時に、その子がテレビを見て遊園地に行きたそうな顔をしてたから、今度遊園地へ連れて行ってあげるって約束したの』

 

 執務官として次元世界を飛び回っているフェイトは、正直なところその少女と一緒にいられる時間が少ない。

 まだ十歳にも満たない少女が寂しい思いをしないように、出来るだけ彼女の願いを叶えてやりたいと思っていたフェイト。我儘なんてほとんど言わない少女の、ささやかな願いだ。

 少女と遊園地へ行くためにと、溜まっていた仕事を全力で片付け、明日と明後日の有給取得手続きを終えたのが、今日の午前中のこと。

 

『さぁ、お昼食べて午後を頑張れば二日間は休みだ、明日はのんびりして、明後日の遊園地のために元気を貯めよう、って思ったときに、気付いたの』

 

 沈痛な面持ちで、フェイトは言う。

 

 

 

『――そういえば私、遊園地行ったことない、って……』

 

 

 

 顕正、プリメラ、更に周りで聞き耳を立てているもの全員の心が一つになった。

 天然にも程がある、と。

 

『それに気付いて、もうどうしていいか分からなくなっちゃって、せっかくキャロが楽しみにしてるのに、一度も遊園地に行ったことない私じゃあ、楽しみ方とかも分からなくて、案内も出来ないしがっかりさせちゃう……。それで、明日下見に行こうと思ったんだけど、私一人だと心細くて……』

 

「で、俺に一緒に行って欲しい、と。……なのはとかはやてとか、他のやつに言えば良かったんじゃないか?……って休みが合わないのか」

 

 異性である自分より、付き合いの長い二人の親友に頼めばいいと思ったのだが、フェイトも含め皆普段は多忙だ。急に明日遊園地へ、とはいかないのだろう。

 

『ううん、なのはは明日お休みだよ。元々は一緒にのんびりしようと思ってたんだもん』

 

「……いや、ならなのはに言えよ」

 

『だ、だめ!なのはにそんなこと言ったら絶対ニマニマした顔で「もー、しょうがないなーフェイトちゃんはー」とか言ってくるよ!』

 

 そしてしばらくそのネタではやてと一緒にからかってくるの!と熱弁するフェイト。

 意外となのはのモノマネ上手いな、と思うと同時に、確かにそんな感じの反応をするかもしれないと考える。

 いくらフェイトが天然で純粋だからと言って、からかわれるのが分かっていてなのはには頼めないのだろう。

 

『流石に一人で行く勇気はないし、そもそも一人だと結局何も分からないまま明後日になりそうだし……それで、私のこと笑わないで一緒に遊園地に行ってくれそうな人を探そうと思って、最初に頭に浮かんだのがケンセイだったの……』

 

 突然の連絡の理由が、これでようやく理解出来た。

 全体像が見えたこの『デート』の誘い。

 フェイトの事情と自身の予定を考えてみれば、顕正の答えは決まっていた。

 

「分かった。今のところ特に決まった用事もなかったところだ。遊園地、一緒に行こうか」

 

 その言葉を聞いて、フェイトはパァっと顔を輝かせた。

 

『ありがとうケンセイ!じゃあ、明日はよろしくね!待ち合わせの場所と時間は、また夕方くらいに連絡するよ』

 

「あぁ、じゃあまたな」

 

 ほんとにありがとうねー、という言葉を最後に、通信が終わった。

 ふぅ、と一息つく顕正を、プリメラのジト目が見つめていた。

 

「……」

 

「……な、なんだ?」

 

 若干気圧された顕正。それにプリメラが、平坦な声で返す。

 

「いえ、別に。ただ、少し鼻の下が伸びていたのが気になっただけです。ええ、それだけです」

 

 むすっと(よく見なければ分からない程度だが)して言ってくるプリメラに、なんとなく自分が悪いことをしているような気分になってくる。

 

「鼻の下伸ばして、って、そんなことはないだろ。フェイトから信頼されているってことで、まぁ、ありがたいって気持ちはあるが……そもそも相手があの天然娘だからな。そんな浮ついた考えにはならないさ」

 

 本心である。

 顕正ならば笑わずにいてくれる、というフェイトの信頼は、友人として素直に嬉しいものだ。

 そして明日一緒に遊園地へ行くことだって、なんら恋愛に関係するものではない。フェイトが求めているのは一緒に行く恋人ではなく、遊園地のことを一般的に知っている案内役だ。その辺りを勘違いするようなこともない。

 

「そうですか、それならいいんですけどね。……では、私は失礼します。――明日の『デート』、楽しんできてください」

 

 手早く食事を終えて、そのまま席を後にした。その足取りはいつも通りのように綺麗な姿勢のものなのだが、振りまく不機嫌オーラによって周りの人間が道を譲っている。

 食堂で一連の流れを聞いていた者たちが、お前のせいだぞ、と顕正を責めるような視線を向けてきている。

 

「……え、今の、俺が悪いのか?」

 

 視線に気付いたが、自分の対応の何がいけないのか分からない顕正に、

 

『Natürlich.(当然だ。)』

 

 という相棒からの呆れたような声が返された。

 

 

 

 

 




顕正君は別に鈍感系というわけではなく、プリメラさんが奥手で気付かれないっていうだけであって…勇気出したタイミングが悪かっただけでして…。

次はデート回(二回目)。しかも相手はまたフェイト。
……現状、出番偏ってますけど、ちゃんとなのはもはやても出番ありますので、ファンの方は今しばらくお待ちください。



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第二一話 戦士の休日 後編

 主な執筆場所はキッチンの換気扇の近く。
 自室だとゲームし始めるので執筆が進まないっていう……


 朝の聖王教会本部修練場は、長期休暇でもない限り幾人もの教会騎士たちが技量向上のために鍛練を行っている。

 世間一般が休日であるこの日も、オフシフトの者も含めて10名ほどが朝から精を出していた。

 

「はよーっす」

 

「おう、おせぇぞ。弛んでるんじゃないか?」

 

「お前こなかったから、相方先に始めてるぞ」

 

「いやいや、むしろ最近は俺にしては頑張ってるほうだと思うぜ?」

 

「……まぁ、確かに去年までのお前だったら、オフの日に朝練なんてしてなかったか」

 

「だろ?いやー、これでも先輩としてさ、新人にボコボコにされたままじゃいられねぇ、って思ってなー」

 

「……そうだな。5対1で秒殺されてたもんな……」

 

「あれは、ひどかったな……」

 

「やめろよ。克明に思い出させんじゃねぇよ……」

 

 当然、教会騎士の中にも志高く騎士になったわけではない者たちもいる。と、いうか半数ぐらいがそうだ。

 幼い頃から『騎士』を夢見て、という人物は少なく、家が管理局よりも聖王教会寄りだったから、適性がベルカ式であったから、などなどの、様々な理由で教会に所属している。

 そのため、一部の騎士は向上心からの鍛練を殆どせず、勤務で行われる練成訓練でだけ技量を磨く状態であった。

 しかし今年になって入団した期待の新人二人――特に顕正が見せる騎士への情熱と卓越した戦闘能力を間近で見たものは、その傾向が改善されてきている。

 

「あぁー、ケンセイが少しでも生意気な性格してたらなー。こんな気にもならなかったんだろうけど……」

 

 遅れてきた騎士も、その一人だ。

 以前は然程真面目に鍛練などしていなかったのだが、顕正とプリメラの初任務に『襲撃者役』で参加した辺りから、少しずつオフシフトであっても朝練に参加するようになった。

 ただなんとなく聖王教会騎士団へ入団した彼は去年の夏、顕正が教会へアルバイトに来て居たときに長期の出張に出ていたため、顕正のことを知らず、今年の新人はとんでもない、と聞いては居たものの高が知れていると思っていたのだ。

 しかし実際に切り結んでみると、その腕力と技量によって瞬殺され、目が覚めると土下座する顕正の姿があった。

 もしも顕正が、自分の能力の高さに天狗になり、先輩騎士達を蔑ろにしていたとしたら、彼も『改心』などしなかっただろう。

 だが戦闘中で無い限り、普段は謙虚そのものであり、礼儀正しい。そして基本的に先輩や上司などの目上の人間を敬う、『よく出来た』人物である。

 先輩であると気付かずに全力で攻撃してしまったことを平謝りする顕正を見ていると、自分が情けなく思えた。

 それからは後輩に負けていられない、と真面目に鍛練に勤しむようになったのだ。

 

「……ん、そういやぁ、ケンセイは?あいつ今日はオフだろ?」

 

 木剣で素振りをしながら、ふと思ったことを聞く。

 いつもなら、休みだろうがなんだろうが御構い無しに、相方であるプリメラとハードな鍛練をしているルーキーの姿が見えなかった。

 珍しいこともあるもんだ、という思いからの発言だったのだが、それを聞いた同僚が二人揃って顔を顰めた。

 

「デートだ」

 

「は?」

 

「ヤツは今日、ハラオウン執務官と遊園地デートに行ってる……」

 

「…………はぁ!?」

 

 一瞬何を言われたのかよく分からなかったが、理解が追い付くと一際大きな声が出た。

 

「ハラオウンって、あのハラオウン執務官だよな?フェイトたんだろ?『金色妖精』のフェイトたんだよな!?」

 

 嘘だと言ってくれ、と叫ぶ。それだけフェイト・T・ハラオウンは有名であり、また人気なのだ。

 10才の頃から優秀な魔導師として様々な事件解決に関わり、その後難関とされる執務官試験に合格。可憐な容姿と、穢れを知らない無垢な性格から、ミッドの魔導師雑誌で特集が組まれることも度々ある、エースオブエースと並び立つ、管理局のアイドル的存在だ。

 

「どういうこと……?なんでケンセイがフェイトたんとデートしてんの?プリメラは何してたの?」

 

 騎士団内では、最早プリメラが顕正に惚れ込んでいることは公然の秘密である。

 ほとんど表情の動かないプリメラであっても、第三者から見ればよく分かることだ。気付いていないのは恋愛に疎いものか顕正本人くらいで、一部の騎士達はいつくっつくのかとトトカルチョを始めている。

 

「いや、俺も聞いた話だからそんなに詳しくないんだが、どうもプリメラがデートに誘おうとした瞬間にハラオウン執務官から通信が入って、『遊園地行こう?』『あぁ、分かった』みたいな感じであっという間に決まったらしい」

 

「マジかよ、なんでそこで、『私とあの子どっちを取るの!?』くらい言わねぇんだ。ヘタレか!」

 

 フェイトのファンであると公言している彼の怒りは、一向に収まらない。

 同僚が慌てて止めようとするが、間に合わなかった。

 

「お、おい声がデカい……」

 

「だいたい、ケンセイにも気付かれないアピールってどうなの?あいつ別に鈍感ってわけじゃないんだから、普通に攻めれば気付かれるだろ。デートに誘うのだって、なんか理由つけて誤魔化して誘うから気付かれないんだよ。そういうところがヘタレ……」

 

 

 バスンっ!!

 

 

 高らかに語る騎士の耳横数センチを、鎖付きの短槍が高速で駆け抜けた。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 どう見ても、当たればそのまま耳が消し飛ぶ勢いだった。

 怒りの撃槍を発射された騎士はどういう事態に陥ったのか理解して顔を青くし、同僚二人は、やっちまったなこいつ……と天を仰ぐ。

 

「――元気があり余っているようですね、先輩」

 

 鎖を引いて撃槍を手に戻した、怒れる菫色の魔人がそこにいた。

 いつものように声の抑揚はなく、顔も無表情だったが、そのエメラルドグリーンの瞳に宿す激情は簡単に見て取れた。

 

「プ、プリメラさん、お、落ち着こうぜ……?今のはお前にもっと頑張ってほしいなぁー、っていう俺なりの激励であってだね?決してお前のことを貶めようという意図はなく……」

 

 ほとんどいつも通りであることが、余計に彼の恐怖を煽る。

 目の前にいるのは、ただの小柄な少女ではない。支援魔法によって爆発的な身体能力を誇り、その手の槍で分厚い鉄板すら貫く、『撃槍の騎士』プリメラ・エーデルシュタインである。

 化け物染みた強さを持つ顕正の影になって隠れ気味であるが、そもそも顕正が数々の任務を成功させてきたのは、プリメラによる功績が大きい。

 支援、索敵、回復、封印、最近ではシスター・シャッハの手解きを受けて次元転移魔法すら習得した、補助なら何でもござれのプリメラとタッグを組んでいなければ、顕正は戦闘能力が極めて高いだけの騎士である。

 射撃以外の戦闘用技能に適性を極振りしたかのような顕正と、支援能力の高いプリメラが組むことによって、遺跡探索などの任務を達成出来るのだ。

 その上、自身の戦闘能力も高いため自衛もこなし、驕ることなく研鑽を続ける努力家だ。教会騎士たちに、顕正とプリメラ、どちらとタッグを組みたいかと聞けば、大半がプリメラと答えるだろう。

 

「そうですか。それは、ご心配ありがとうございます」

 

 声は平坦なものであったが、顔はニッコリと笑顔を作っている。

 助かった、と胸を撫で下ろしたが、一拍遅れて気付く。

 プリメラが、ニッコリ笑っている。

 その事実は彼の呼吸を停止させた。

 そしてそんな彼に、笑顔のままでプリメラが告げる。

 

「では、激励ついでに―― 一戦、手合わせお願い出来ますか?」

 

 彼に退路は存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(全く……。失礼な話です)

 

 むぅ、と頬を膨らませ(あくまでプリメラの基準であって、周りから見れば変わらぬ無表情なのだが)、修練場を歩くプリメラ。背後では模擬戦の最後に撃槍を受けて気絶した騎士と、彼を介抱する同僚二人の姿がある。

 模擬戦の途中、破れかぶれになった先輩騎士の、

 

「そ、そんなに気になるんだったらストーキングでもしてろよヘタレー!!」

 

 という暴言が、現在のプリメラの不機嫌の理由である。

 勿論、顕正とフェイトのデートが気にならないと言えば嘘になる。

 去年から顕正に対して憧れを抱いていたプリメラ。再会して恋心を自覚し、共に仕事をしていてその想いは強まる一方だ。

 自分と一つしか変わらない年齢、しかも魔法文明のない管理外世界出身で、魔法に関わってからまだ四年。他の騎士を圧倒する戦闘技術は、未だ成長途中だというから恐れいる。

 それでいて戦闘以外でも『騎士』としての良識を意識して動いており、教会本部を歩いているときに、修道女が荷物を運んでいたりすると自然に手伝いに入ったりしていて、シスター達からの評判も良い。

 おおよそ、人間的な欠点がない。強いて言うならば、少々バトルジャンキーな気質があるくらいだが、平時と戦闘時のギャップもまた、魅力の一つである。

 そんな彼が、どういう繋がりか管理局の有名美人執務官とデートすると知り、一瞬、変装でもして跡をつけようか、などという考えが頭をよぎったことは間違いない。

 しかしそんな行いは、誇り高きベルカの騎士を名乗る人物がすべき行動ではないと自分に言い聞かせ、すっぱり諦めたのだ。

 そもそも、普段の顕正であってもその戦闘感覚が下がっているわけではない。跡をつけて出歯亀しようものなら、すぐさま視線に気付かれてしまうだろう。

 

(……いえ、気付かれる、気付かれないという問題ではなく。そう、これは騎士の誇りに関わるのです。その様な恥ずべき行動をとっては、胸を張ってベルカの騎士だ、とは言えないからです)

 

 決して私がヘタレであるからではなく。

 心の中で理論武装をして、プリメラは平静を保った。

 

(……私だって本気を出せばデートに誘うくらい難なくこなせますとも。えぇ、まだその時ではないというだけであって……おや?)

 

 更なる『鎧』を展開しているプリメラの目に、修練場の外から鍛錬する騎士達を眺める、一人の女性の姿が映った。

 黒曜石のような、長く美しい黒髪が特徴的。その手には大きめの旅行カバンが見え、視線が揺れているため誰かを探しているようだ。

 

(見覚えはありませんが、教会見学の方でしょうか?会ったことがあれば忘れないでしょうし)

 

 視線が動いているため、ともすれば落ち着きが無い様に見えるが、むしろその女性の所作は遠目に見ても整っていて、見苦しさが微塵も感じられない。

 一度会えば忘れないであろう美しい女性を見て、プリメラはその女性の場所まで歩み寄った。

 目の前で誰かが困っている。

 それだけでプリメラが声を掛けるには十分な理由である。

 

「――こんにちは。どなたかをお探しですか?」

 

 意識して表情を動かし、笑顔を作る。

 声を掛けられた女性はプリメラに向き直り、

 

「あ、申し訳ありません。訓練のお邪魔でしたでしょうか?」

 

 穏やかな、包容力のある雰囲気はそのままに、頭を下げる女性。

 その際に、女性の非常に豊かな胸部が揺れているのが見えて、プリメラの内心にヒビが入る。

 身長は自分より少し高い程度だが、バストサイズが圧倒的であった。

 

「い、いえ、そのようなことは……。ただ、お困りのご様子でしたので、何か力になれれば、と」

 

「まぁ……ありがとうございます。実は、聖王教会に所属している弟を探しているのですが、どこにも見当たらなくて……。受付の方に尋ねたら、今日は休みだから、この時間なら修練場にいるだろうと仰っていたのですが……」

 

 頬に手を当て、溜息をつく女性。

 その仕草一つとっても、同性のプリメラが胸をドキリとさせる可憐さがあった。

 

「弟さんですか。……騎士の方でしたら、私も知っている方かもしれません。弟さんのお名前を伺っても?」

 

「はい、弟は――」

 

 女性の口が音を紡ごうとした、その時だ。

 

 

「危ない!!」

 

 

 修練場から声が響き、反射的にプリメラは振り返った。

 動体視力の優れたプリメラの目には、回転しながらこちらに向かってくる大きなタワーシールドが見える。

 

(――っ!?)

 

 突然の事態に、一瞬体が硬直する。

 恐らく、模擬戦中に攻撃を受け止めきれなかった盾が、弾かれて飛んだのだろう。

 その軌道は、プリメラの横に立つ女性に直撃するコースだ。

 

(この、タイミングでは……!)

 

 プリメラがデバイスを展開して『撃槍』を放つには、盾が近くに来すぎている。

 支援魔法で身体強化も時間がかかる。

 魔法が行使出来なければ、プリメラは槍術に覚えがあるだけの非力な少女でしかない。

 

 それでも、手を伸ばさずにはいられなかった。

 

 自分があの日憧れた『騎士』なら、迷わず目の前の女性を助けるはずだ。

 その憧れを、穢すわけにはいかない。

 身体強化も行なっていない生身の体で、宙を駆ける盾から女性を守るため、女性と盾の間に入る。

 間違いなく、大怪我をするだろう。

 だが後悔はしないはずだ。

 自分の行動を、誰にも恥じることは無い。

 なぜなら、

 

(――私は、『騎士』ですから!)

 

 力無き民を守るために、日々鍛錬して過ごしているのだ。ここで覚悟せずに、いつ覚悟するのか。

 そんな、彼女の心の叫び。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、盾になり守ろうとした相手である、背後の女性によって無用のものとなった。

 

 

「――はっ!」

 

 

 一瞬でプリメラの背から躍り出た女性は、飛来する大盾の正面部分に横から掌底を叩き込む。

 十分な助走も、力の溜めもない。

 増してや、魔力による身体強化も行なっていない。

 

 それにも関わらず女性の掌を受けた大盾は、それまでの運動エネルギーの方向を変え、二人から大きく離れた場所へと弾き飛ばされて行った。

 

 目を疑うような光景とはこのことを言うのだろう。

 小柄な女性が一切の魔力補助を受けずに、自身の体重を超える重量を持つ鋼鉄の盾を殴り飛ばす。技術はもちろんのこと、女性に相当の腕力がなければ出来ない行動だ。

 

「――大丈夫!?怪我しなかった!?」

 

 先程までの嫋やかな雰囲気はどこへやら。

 

 一転して砕けた口調になった女性の瞳を間近で見た時、プリメラはこの女性の正体を理解した。

 

(……もしかして、『地球』というのは人外魔境のような場所なのでしょうか……?)

 

 

 女性の瞳は、プリメラがよく知る騎士と同じ、明るい鳶色だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「……おい、大丈夫か?」

 

「うぅ、まだちょっと頭痛い……」

 

 聖王教会本部でプリメラが黒髪の女性と出会った時間帯、顕正はクラナガン郊外にある大型遊園地、グラナガンワンダーランドに居た。

 

「ほら、これ飲め」

 

「あ、ありがとうケンセイ」

 

 ベンチでぐったりしているフェイトに、遊園地価格のジュースを手渡す。

 今日のフェイトはいつもと違って眼鏡を掛けており、髪型もシグナムの様なポニーテールにしている。

 珍しい装いに戸惑ったが理由を聞けば、

 

「ほら、明日もキャロと来るから、スタッフの人に『この人二日連続で来てるよ』とか思われたくなくて……」

 

 とのことらしい。

 しかしその変装をしても、フェイト自身が持つ魅力が完全に消えているわけではなく、むしろ普段の『金色妖精』と称される、おいそれと声を掛けられない美貌が親しみやすい美人に落ち着いていて、待ち合わせ場所である首都の駅で幾度となくナンパにあっていた。

 

「――しかし、まさかジェットコースター一つでここまでになるとはな……」

 

「……むしろ私は、なんでみんなが大丈夫なのか不思議だよ」

 

 ジュースを飲んで少し落ち着いたのか、フェイトの顔色も良くなって来た。

 二人の視線の先には、先程乗ったコースターがある。勢いよくレールの上を通るコースターの乗客から悲鳴が上がっているが、それはジェットコースターを楽しむ声だ。

 

「お前、空戦魔導師だろ?高速で空を飛ぶのに、ジェットコースターはダメって」

 

「うーん、自分で進む方向とかを決められないし、体も固定されてるから、空を飛ぶよりも怖いと思うんだけど……」

 

「……なるほど、そういうことか」

 

 空を自由自在に駆け回る妖精の、意外な弱点を知った顕正。

 フェイトはほとんどのカーブや急降下で、隣に乗った顕正の耳を突き刺すような悲鳴を上げていた。

 もしかしたらなのはもジェットコースターは苦手なのか、と少しだけ考えたが、これは今までジェットコースターに乗ったことのないフェイトだからこそなのかもしれない。

 

「うー、よし!もう大丈夫だよ。次に行こう!」

 

 ベンチから立ち上がり、大きく伸びをするフェイト。体調不良は治まったらしい。

 

「了解、次は何に乗る?」

 

「えっと、次は……あ、これ行ってみようよ」

 

 フェイトが遊園地のパンフレットを指差し、次なるアトラクションを選ぶ。パンフレットには園内アトラクションの案内があり、人気のある場所が記されている。

 

「これは……『お化け屋敷』か?」

 

 日本にあるようなものとは少し雰囲気が違うが、大体のコンセプトは同じなようだ。

 若干だが、渋るような反応をした顕正を見ておや、とフェイトが意地悪く笑う。

 

「あれ?もしかしてケンセイ、お化け苦手なの?」

 

「苦手というか、なんというか……。」

 

 ついさっき自分が弱みを見せたので、顕正も同じく苦手な分野があると思うと、少しだけ溜飲が下がるフェイト。

 しかし今日の目的は、明日に控える『本番』のための予行演習だ。苦手だからと言って、行かないという選択肢はない。

 

「いやー、でもきっと、キャロは行って見たいって言うと思うし、やっぱり一回入って見ないと中身は分からないからね!これは行かなきゃダメだよ!」

 

 さあさあ、と顕正を急かす。

 ほんの少し前までグロッキーだったとは思えない勢いに、元気になって良かったと安心すると同時に、多分勘違いしてるんだろうな、とも思う。

 

(……とりあえず、急に何かが飛び出して来ても殴り飛ばさないように気をつけよう)

 

 お化けが苦手、という話ではなく、体に染み付いた戦闘思考でスタッフに怪我をさせてしまう心配をしているとは露ほども考えていないフェイト。

 デートを楽しみつつ、純粋過ぎるフェイトの『世話』を焼く顕正だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尚、結局お化け屋敷ではフェイトの方が怖がっており、驚かしに来たお化け役のスタッフに過剰に反応して、悲鳴を上げながら隣の顕正に抱きつくフェイトの姿があった。

 そして顕正は顕正で、全身に感じる柔らかい質感と鼻腔をくすぐる金髪の匂いによって、なんだかんだ心拍数的にはフェイトといい勝負をしていたのである。

 

 

 

 

 




デート回です(胸を張って

前半部分に文章使い過ぎた気がしないでもない…。

皆様期待されておりましたが、残念ながらプリメラやなのは、はやてによるストーキングはございません。
プリメラは作中で語った通りヘタr――騎士の誇りに反するので。
なのはは、フェイトがキャロと遊園地へ行く予定を知っているので、二日連続で遊園地に行くと言えば何かに気付くと判断したフェイトが「ちょっと用事が出来て……」としか言っていないため、顕正と遊んでいることを知りません。はやてはきっと仕事してます。基本はみんな忙しいはずです。


うん、みなさんフェイトさん大好きですね。私も好きです。
あと、プリメラちゃんも人気が出てくれて作者として嬉しい限りです。

次回は当然、あの人が暴れます。
デートの甘い空気はこれで終わり。
フェイトさんとのイチャイチャを期待されている方々には申し訳ありませんが、これが私の限界です。

……女の子と二人っきりで遊園地に遊びに行くとか、経験ないから書くことあんまり思い浮かばないんだよ!!


えー、ではまた次回。



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第二二話 異文化交流


 お姉ちゃんはいつも変わりません。


 

 フェイトとの遊園地デートを終えた顕正が聖王教会本部のあるミッドチルダ北部、ベルカ自治領に帰ってきたのは、夜になってからだ。

 一通り遊園地を楽しんだ後、共にファミレスで夕食を取ったために想定より遅い時間になってしまった。

 

(この時間じゃあ、流石に鍛錬は厳しいな。大人しく勉強してるか)

 

 学生時代は夜中に古代ベルカ時代の追体験、近くの山で動作のトレース訓練をしていたが、曲がりなりにも社会人として生活していると、そういった『無茶』を控えるようになった。

 そもそも地球に住んでいた時とは状況が違う。人目を忍んで鍛錬する必要がなく、一人で鍛えるよりも経験豊富な先輩騎士と模擬戦を行った方が有意義であり、その点だけでもミッドに移住した甲斐があると言える。

 明日は特別任務があるわけではない平常勤務だが、仕事であることに変わりはない。

 日も暮れた時間から体に負荷のかかる鍛錬をするよりも、ユーノ推薦のテキストをこなすことを選んだ顕正。

 聖王教会騎士寮の自室に辿り着き、ドアに手を掛けようとして、気付いた。

 ――微かにだが、部屋から話し声が聞こえる。

 おかしい。

 もともとは顕正の他に先輩騎士も共に生活していた二人部屋だったのだが、その騎士は一月ほど前に転勤になり、別の管理世界へ引っ越している。そのため今は顕正だけの一人部屋であり、部屋の主である顕正は現在ドアの前だ。部屋には誰もいるはずがない。

 

(部屋を訪ねてくる相手は心当たりがあるが、勝手に入るヤツに心当たりはないぞ……?)

 

 よく部屋に来る筆頭はプリメラであり、その目的は主に顕正の勉強の手助けである。魔法学校でも優秀な成績を修めたプリメラは、理解力があっても基礎知識の乏しい顕正のサポートにうってつけであるため、時折顕正の部屋を訪れている。

 それ以外だと、交友のある先輩騎士たちが一人部屋であることを理由に遊びに来る程度だ。

 しかしどちらにせよ、部屋には鍵を掛けたはずである。合鍵を渡してある相手はいないので、勝手に入れるのはマスターキーを持つ寮の管理人ぐらいしかいないはずだ。

 とはいえ、ここは聖王教会の敷地内であり、『敵』が進入したという想像は難しい。少なくとも、何かしらの事情を持つ教会関係者だろうと当たりをつけ、顕正はドアを開けた。

 

 

 

「――んー、相変わらず実用性重視のパンツばっかりだねー」

 

「サ、サユリさんっ!それは流石に……!」

 

 

 

 

 ドアを閉めた。

 

「……」

 

 どうにも、あり得ない光景を見た気がする。

 慣れない遊園地デートのせいで疲れが出たのかと、しばし目頭を抑えた。

 一瞬見えた先程の光景がただの幻覚であることを期待して、もう一度ドアを開く。

 

「どどどどど、どうしよう!?」

 

「は、早くしまって下さい!」

 

「そ、そうだね!早くしまっちゃおう!」

 

「なんで自分のポケットに入れたんですか!?箪笥に戻して下さい!」

 

「はっ!つい癖で……」

 

 部屋の中、慌ただしく動き回る二人。

 一人は、まぁ、まだ良い。いや良いわけではないのだが。

 少なくともミッドチルダに、聖王教会の騎士寮にいることは不思議ではない。

 だが二人目。

 

「――なんでここにいるんだユリ姉さん……」

 

 テメェはダメだ、と言わんばかりの鋭い視線で睨みつける。

 それにも動じることなく、ミッドにいるはずのない顕正の従姉、笹原 白百合はにこっと笑った。

 

「おかえり、けんちゃん!」

 

「いいからまずポケットからはみ出てる俺のパンツを返せ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「も、申し訳ありません……『家族の部屋を見るのは、地球では常識的な行動』と言われては止めようもなく……」

 

 シュンとなり頭を下げるプリメラ。先ほどまでの慌て様からは立ち直っているが、醜態を晒したこと自体は忘れられるものではない。

 

「大丈夫だ。お前が止めようとした声は聞こえてたからな」

 

 いくら管理外世界の常識と言われても、パンツを見物するサユリをたしなめようとしていたことは分かっている。そして最初にドアを開けた時、しげしげとパンツを広げるサユリと、羞恥から両手で顔を覆って見ないようにしていたプリメラの姿も見えていた。

 年は下だが、任務においても日常生活においてもしっかり者であるプリメラへの信頼度は、顕正の今まで出会った人物の中でもトップクラスのものだ。彼女を超えるのは顕正が強い憧れを抱く夜天の守護騎士、ヴォルケンリッターの面々と、尊敬する大人代表の高町 士郎。そして育ての親とも言える亡き祖父と叔父夫婦ぐらいだ。

 

「すまん、俺がいない間、姉さんの相手をしてくれてたんだろう?」

 

 家族や親しい友人の前以外では、お淑やかな大和撫子を装っているサユリが、プリメラの前では自然体になっている。それはつまり、顕正が今まで経験したサユリの暴走が、一部とはいえプリメラに降りかかったということに他ならない。サユリがプリメラを信用したということなのだが、素直に喜べることではなかった。

 

「いえ、私としても、管理外世界の話を聞く事が出来ましたし、ケンセイのお姉様と親しくなれたことは喜ばしいことです」

 

 平静を装って返したプリメラだが、若干顔が赤い。

 脳裏には、指の隙間からしっかりじっくり観察した顕正の下着が焼きついているからだ。

 

「……それで、なんで姉さんがミッドにいるんだ?どうやって来た?何しに来た?」

 

「えっとね、話す前にそろそろ足崩してもいいかな?」

 

「ダメ。反省して正座してなさい」

 

 顕正の機嫌は珍しく悪い。

 身内の恥を晒すことは、ある程度慣れているのだが、純粋なプリメラを騙くらかして共犯にさせたことは見過ごせない。……その『純粋な』プリメラは、無表情の仮面の下で顕正の今身につけている下着を想像しているところだが。

 

「――で、どうやって来たの?」

 

「すずかちゃんちの転送ポートで」

 

「……どうして?」

 

「けんちゃんの上司だっていうカリムさんに、遊びに来ませんか?って呼ばれて」

 

「あの人最近ロクなことしねぇな!」

 

 聞けば、顕正の従姉ということですずかとアリサとは懇意にしており、月村家を経由してサユリに連絡があったらしい。

 尚、今年から大学生となったサユリが進学したのは、海鳴市内の聖祥大学である。住人の居なくなった笹原家に住み、翠屋でもウェイトレスとしてアルバイトをしているので、高町家とも交流が深い。

 

「『一度聖王教会に遊びにいらしてはいかがですか?ケンセイさんには内緒で』って言われたら、私としては来ないわけには……」

 

「……騎士カリムの誤算は、今日ケンセイが出掛けていたことですね。サユリさんと一緒に執務室へ顔を出したら、なんとも言えない顔をしていました」

 

 いつもであれば、休日でも朝から鍛錬をしている顕正が今日に限ってデートに出かけるとは、さすがのカリムでも予測できなかったのである。

 

「で、けんちゃんがいなくてムカッとしたので、プリメラちゃんと一緒にけんちゃんの部屋を家探ししてました!」

 

「してました、じゃねぇよ反省しろって言ってんだ正座延長」

 

 しかしサユリは、もう無理ー!と足を崩して顕正のベッドに飛び込んだ。

 

「はぁ……。もう、ミッドに来たことはしょうがないからいいとして、いつまで居るの?俺も仕事があるから、あんまり構ってやれないよ」

 

「んー、明日の夕方には地球に帰るよ。観光とかはあんまり興味ないし、けんちゃんの様子を見に来ただけだからねー。……あ、忘れてた」

 

 旅行鞄の中をガサゴソと探り、顕正に一枚の手紙を渡してきた。

 

「……これは?」

 

「お父さんとお母さんから。たまにでいいから連絡しなよ?二人とも心配してるんだから」

 

 封を開けた中身には叔父夫婦からの、長期休暇で時間が出来たら顔を見せて欲しい、体に気をつけて、サユリが周りに迷惑を掛けないように見張っておいて欲しい、という旨のメッセージが書かれていて、顕正は目頭を押さえた。残念ながらサユリに関しては既に手遅れである。

 

「……叔父さんたちに、冬の休暇の時に一回帰るって伝えておいて。あと、元気にやってるから心配しないでって」

 

「うん、分かった」

 

 頷くサユリ。

 そして二人の会話を聞いていたプリメラが、ふとサユリと遭遇した時のことを思い出し、顕正に問いかけた。

 

「そういえば、サユリさんもケンセイと同じように力強いようですが、地球の方は皆そうなのですか?」

 

「ん?あぁ、いや、そういうわけじゃない。ウチの家系が特殊なんだ」

 

「そうそう。笹原家の人はみんな力持ちだし、体も頑丈なんだよ。まぁ、けんちゃんはその中でも規格外だけど」

 

 なんでかはよくわからないけど、とサユリは言うが、顕正はその理由について察しが付いている。しかしそれについてはまだ推測の域を出ず、現在調査中だ。今の所悪影響は見られないが、悪戯に不安を煽る必要はないと口を噤む。

 

「……安心しました。てっきり地球というのは、ケンセイのような方が溢れているとんでもない世界なのかと」

 

「……まぁ、確かにとんでもない人は沢山いるからあながち間違いとも言えないんだけどな」

 

 特に高町家の大黒柱は、本当に人類なのかと疑う動きをすることがある。転移魔法も加速魔法もなしで顕正の背後を取る一般人が居る時点で、普通ではない。

 

「私が『地球』の文化を覚えるのは、苦労しそうです。サユリさんに聞いただけでも、世界が違うとここまで文化が違うのかと思う点がいくつもありましたし」

 

「そうだな……。俺もまだ、ミッドの常識には不慣れな点が多い。まぁ、同じ世界でも国が違えば常識も違うからな。仕方ないといえば仕方ない」

 

「えぇ、特にケンセイの故郷の『日本』の文化は不思議ですね。基本的に家は土足厳禁であることや、『ソバ』や『ウドン』、『ラーメン』の麺類を、音を立てて啜るというのは、私には考えられません」

 

 プリメラの言葉に、ケンセイとサユリも納得する。地球でも他国には驚きの文化だが、日本では至極普通のことだ。

 

 

 

 

「あぁ、あとはアレですね。兄弟姉妹は、必ず一緒のベッドで寝る、とかも驚きました」

 

 

 

 

 顕正はそれを聞いた瞬間、逃げようとしたサユリの頭を鷲掴みにした。

 

「何ふざけたことを吹き込んでやがる……!」

 

「ごめんなさい!プリメラちゃんがなんでも信じてくれるからつい出来心で!!」

 

 頭割れるー!と悲鳴をあげているが、もう容赦するつもりはない。

 出来心でと言っているが、恐らく確信犯である。カリムの用意したであろう部屋は既に断っているだろう。もしもバレずにいた場合、適当に理由をでっち上げて顕正の部屋に泊まろうとしたのだと考えている。空いているベッドがあるので顕正も強くは言わず、部屋は同じでも別のベッドだから、と妥協したかもしれない。そこまで考えての狡猾な罠だった。

 二人の態度で自分が間違った常識を教えられたと悟ったプリメラが、顔を赤くしている。日本の文化に疎いとはいえ、簡単に騙された自分が恥ずかしい。

 

「プリメラ、悪いが姉さんの泊まる部屋を探すのを手伝ってくれるか?女子寮の空き部屋とかがあればいいんだが」

 

 時間帯的に、これから本部内の部屋を用意してもらうのは難しいが、女子寮ならば部屋があるかもしれない。

 そう考えたのだが、

 

「……それでしたら、私の部屋でもいいですか?ちょうど同室の先輩が出張中ですので、次元通信でベッドをお借りする旨を伝えれば大丈夫だと思います」

 

「……すまん、助かる」

 

 サユリをプリメラと同じ部屋に泊まらせるのはとても不安なのだが、現状で手っ取り早い方法はそれだ。

 

「姉さん、これ以上プリメラに迷惑をかけないでくれよ?」

 

「大丈夫!まかせてよ!」

 

「……もしプリメラに何かしたら、俺はもう地球に帰らないからな」

 

「だ、大丈夫だよ!?」

 

 けんちゃんが帰ってこないのはヤダー!と喚いているのを見る限り、恐らく問題ないだろう。もちろん本気ではないが、サユリが約束を破ったならしばらくは本当に帰らないつもりである。それがサユリには一番効くのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜も遅くなってきたのでサユリとプリメラは女子寮に向かい、顕正はようやく平穏を得ることができた。

 

「なんか、休みなのにどっと疲れた……」

 

 フェイトとのデートは予定として決まっていたことであり、その上美少女と遊園地という状況は役得といえた。しかし完全に想定外のサユリの来襲は、体力的にも精神的にも消耗が大きい。

 

『Streng dich an!』

 

「……お前、珍しく元気な声出したと思ったらそれかよ……」

 

 基本的に無口で、しゃべったとしても淡々と単語をいうだけのグランツ・リーゼによる、非常に珍しい激励の言葉を受けて、ため息をつく。

 

 そう、今日はもう終わってしまったが、明日もサユリは聖王教会本部にいるのだ。

 仕事もあるため相手出来ないが、どうか姉が妙な真似をしませんように、と祈りながら就寝前にシャワーを浴びるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局その翌日もプリメラと共に、エンジン全開のサユリの面倒を見ることになり、その上悪乗りしてきたカリムや先輩騎士たちのせいで、想定していたよりもはるかに疲れる1日となったのだが、その時の顕正は知る由もなかった。

 

 

 

 




 動かしやすいけど、魔法関係者じゃないからお姉ちゃんの登場機会はもうしばらくありませんよー。Sts入ったらちょっとだけ出番がありますが。
 カリムさんがお姉ちゃんを召還したのは悪意があるわけではなく、顕正の家族に聖王教会への理解を深めてもらおうという意図によるものです。サプライズにしてたのはちょっとしたお茶目。


 そしてひとつご連絡を。
 10月11日から、おそらくですが更新ペースが下がります。
 理由については、言わなくてもわかるな…?

 次回は久々の出番、タヌキのターンです。そしてもうすぐ、新キャラ(オリジナル)追加します。



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第二三話 ベルカの系譜

楽しい!チャックス楽しいよ!!



 首都クラナガンのとある施設にて、顕正は無精髭を生やした壮年の男性と向かい合っていた。

 

 

「……さて、結論から言わせてもらうけれど、一応の検証結果は出たよ」

 

「本当ですか!?」

 

「あぁ、……と、言っても、前にも話した通りシミュレーターの中でだけだけれどね。そもそもが、変異前の状態がどの管理外世界を探しても見つけられなかったから、シミュレーター以外での検証のしようがなかった」

 

 君の言葉を疑っているわけではないから安心してくれ、と壮年の男性が続けてフォローをいれるが、顕正もそこまで心配してはいない。

 

「いえ、自分の依頼が非常識なものである自覚はありますから。……600年前の現象を、今更調べて欲しいなんて」

 

「そんなことはないさ。お伽話の中にしかないようなものならともかく、今回の場合は君という、『実物』が存在するのだからね。少なくともかつてその現象があり、人に影響を与えたことは疑うまでもない。……身体機能を調べていて、助手と一緒に仰天したよ。君の身体は、人類の物理的限界を超えている……」

 

「えぇ、しかもミッドチルダに移住してから、さらに出力が上がっているようです。この前試しにやってみたら、大型バイクを魔力補助無しで持ち上げられましたよ」

 

 しかも片手で、と苦笑しながら伝える。自分でもここまで来たか、と驚いていたのだが、隣で見ていたプリメラは呆れていた。顕正のことを常識で測るのは諦めているのだろう。

 

「人の体のままで人の限界を超える……まぁ、レアスキルとでもしておけば問題はないだろうが、あまり吹聴して回ることは避けた方がいい。下手をすれば、『不慮の事故』に会って違法研究のモルモットだぞ」

 

「分かってますよ。もしもの時のために、信頼できる人に遺言を託しています」

 

「……」

 

「冗談ですよ?」

 

「君の冗談は分かりにくいなぁ……」

 

 はぁ、と疲れたため息をつく男性。普段が真面目そのもので、騎士とはこうあるべき、という理想に近い顕正だ。遺言などと言われたら、それくらいはやっているかも、と思ってしまう。

 

「――とにかく、詳細なデータはここにまとめてある。概ね、君のご先祖様が残した検証結果と同じ成果が出たよ。……600年も前の人だというのに、あれ程綿密な調査を行っていたとは、脱帽ものだ」

 

「ありがとうございます。ご先祖様自体は、結構ずぼらだったらしいんですけどね。一緒に研究してた人の功績が大きいですよ」

 

 先代の残した資料は割と綺麗に纏められていて、しかも地球に落ち延びてからだろうが、後々のことを考えて日本語に翻訳されていた。古代ベルカ語で記されているよりはマシだが、600年も前だと日本語とはいえ解読しなければならなかった。その解読作業がもっとも時間が掛かったのは言うまでもない。

 

「……話を戻そう。何度も言っているが、用心に越したことはない。出来るだけ単独任務は避けなさい」

 

「もちろんです。上司もその辺りは分かってくれているので、基本は相棒と一緒の任務ですよ。……まぁ、そもそも単独任務が出来るほど、戦闘以外の能力がないってのも確かですけどね」

 

 そういう点でも、補助に長けたプリメラとコンビであることは僥倖と言える。戦うしか能のない顕正が支障無く遺跡探索などを行えるのは、プリメラが一緒だからこそだ。

 とはいえ、

 

 

 

「――仮に襲撃を受けたとしても、そんじょそこらの相手に負けるつもりはありませんけど」

 

 

 

 先日誕生日を迎え、17歳になったばかりの少年の言葉であり、ともすれば自信過剰に思えるセリフだが、男性はそれを慢心とは思わなかった。

 『盾斧の騎士』笹原 顕正の名は、じわじわと世間に知られていっている。まだ新米と言っていい状態にも関わらず、その卓越した戦闘技能と気高い騎士道精神から、聖王教会内外でも高い評価を受けているのだ。

 

 

 

 それじゃあ、失礼します。と資料を受け取り、一礼して部屋を去る顕正の背中を見つめ、男性は呟く。

 

「……『狂竜因子』に打ち勝った者の系譜、か……」

 

 脳裏に蘇るのは、先程の言葉を放った時の顕正の瞳。

 鳶色の瞳は一瞬だけ、赤みが増していたように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『研究室』を出た顕正は、少しばかり緊張で硬くなった身体を解す為に大きく伸びをした。

 

(……ひとまず、一歩前進ってところか)

 

 首をコキコキ鳴らしつつ周りを見れば、清潔感のある白を基調とした廊下が続いている。窓ガラスには機密保護のための細工が施されていて、外からの視線を通さない仕様だ。

 

 顕正が今居るのは、首都クラナガンにある『先端技術医療センター』の研究棟である。

 定期検診、という名目で騎士団入団前から幾度か通っているここは、魔法だけではなく、科学技術も地球より数段進んでいるミッドチルダの中でも、一際進んだ技術を研究、実用する場だ。

 細胞クローニングによる臓器や四肢欠損の治療や、機械義肢の運用、管理外世界で発見された未知の病原体などの解明も行われている、非常に機密性の高い施設で、研究の情報に関する保護は幾重にも重ねられている。

 先程話していた男性は遺伝子研究者の一人であり、顕正の担当医でもある人物だ。

 彼は以前聖王教会系列の医療研究所に勤めていて、カリムの紹介で顕正の依頼を受けてくれた。

 依頼に必要なデータのほとんどは、先代の『盾斧の騎士』がグランツ・リーゼの中に残しており、その裏付けが必要だっただけなので、顕正も担当医もそこそこ気楽にやっていたのだが、裏付けと共に顕正の身体を調べていく内に、顕正の診断結果を公にするべきではないという結論に達したのだ。

 『不慮の事故に会う』というのも、この施設では度々交わされる冗句の一環なのだが、顕正はこれが冗句では済まないものになってしまった。

 

 

(……まぁ、そもそも、ここの研究棟にいるのなんて、なんかの『事情』を持ってる人ばっかりだろうけど)

 

 そんなことを考えていた顕正に声を掛けた人物も、下手に公にすべきではない『事情』を抱えた一人で、顕正もその詳細には踏み込んでいない。

 

「――ケンセイさん!こんにちは!」

 

 廊下を歩く顕正を見かけ、笑顔で駆け寄ってきた。

 

「スバルか。そっちも今終わりか?」

 

 青いショートカットの、元気いっぱいの少女――スバル・ナカジマとの付き合いは、顕正が初めてこの先端技術医療センターを訪れた春の頃から続いている。

 

 

 

 まだミッドに不慣れで、土地勘もない顕正がセンターの周りで道に迷っているときに声を掛けてきたのが、目的地を同じくしていたスバルだった。

 時空管理局員を夢見て、今は陸士訓練校に通っているスバルは、困っている人を放って置けず、道案内を買って出た。

 聖王教会騎士と、陸士訓練生。

 基本的に普段の交流は無く、連絡先の交換すら行っていない。

 しかし、二人の『定期検診』の周期が同じなのか、毎回毎回こうしてセンター内で合流するのだ。

 スバルには姉がいるが兄がいないため、偶然知り合った年の近い異性である顕正との会話が新鮮で懐いており、顕正は優しく元気な、しかしどこか危なっかしいスバルを温かく見守る、という感じで、なかなか二人の相性はいい。

 

 

 

「――それで、昨日寝ぼけて、起こしてくれたティアナさんのおっぱいを鷲掴みにしちゃうという事件があってですね?これがまた手にすっぽり収まる丁度良い大きさで……」

 

「うん、とりあえずそのティアナちゃんとやらが苦労してることはわかったから、女の子が公共の場でおっぱいとか言うのはやめようか」

 

 二人が合流すると毎回、センター1階にあるカフェでお茶していくことが常である。

 基本的にはスバルが日常の他愛ない話を楽しそうに話し、顕正がそれに対応する形だ。

 訓練校が始まってからは、スバルの話は同室になった少女についてが大半を占めている。

 

「それからティアナさんの機嫌が悪くって……ケンセイさん、どうすればいいと思います?」

 

 声から察しられるスバルのテンションは、いつもよりも僅かに低い。

 同室の少女とは仲良くしたいと思っているので、彼女の機嫌を損ねている現状は好ましくないのだ。

 

「そうだな……俺も良く同僚を怒らせるんだが、自分が悪いことをしたなら素直に謝るのが一番だと思うぞ。それはもうしたんだろ?」

 

「はい、もちろんです。……まぁ、その後についつい、『それにしても良いおっぱいですね!』とか言っちゃったんですけど」

 

「なんでそんなこと言っちゃうかな……」

 

 はぁ、と二人でため息。

 当然ながら、顕正には女の子の胸を鷲掴みにして、『良いおっぱいですね!』と言って相手を怒らせるという経験はない。

 どうすればいいのかと問われると、気持ちの伝わるまで謝るしかない、と答えるところなのだが……。

 丁度その時顕正の目に、カフェに併設された売店が映った。

 

「……スバル、あったぞ。打開策」

 

「え?本当ですか!?」

 

 嬉しそうに顔を上げるスバルに、顕正は告げる。

 

 

 

「――物で釣る、ってのは聞こえが悪いけどな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顕正の提案により、先端技術医療センターの売店にて人気のお菓子『チョコポット』をお詫びの品として購入したスバルは、満面の笑みで帰っていき、顕正も帰路に着いた。

 この『お土産作戦』は顕正が普段から実践していることであり、効果のほどはお墨付きである。――主にプリメラのご機嫌取りで。

 スバルと同室という少女はさぞ苦労しているだろうと思うが、スバルにはその天然ぶりを補って余りある魅力が沢山ある。まだ打ち解けてはいないようだが、話を聞く限り真面目な少女がスバルの良さを受け入れた時には、きっといいコンビが出来上がるだろう。

 

 なんだかんだ、妹のように思えるスバルのこれからについて考えながら聖王教会本部に帰り着いた顕正を出迎えたのは、しばらく会っていなかった尊敬する騎士の一人だ。

 

「よお、久しぶりだな顕正。やっと帰ってきたか」

 

 待ちくたびれたと肩を竦める、白を基調とした管理局航空隊の制服を着た小柄な少女ーー『鉄槌の騎士』八神 ヴィータだった。

 

「お久しぶりです、ヴィータさん。……今日は教会に御用で?」

 

 一礼して尋ねる。傍から見たら、子供に頭を下げる青年の図だが、歴戦の騎士であるヴィータを敬うことは顕正にとって当然のこと。それが先代『盾斧の騎士』と共に戦場を駆け抜けたヴォルケンリッターの一員であれば尚更である。

 

「まぁ、教会に、っていうよりお前になんだけどな。とりあえず、騎士カリムのとこに行くぞ」

 

「自分に?……そして騎士カリム絡みですか……」

 

「そんなあからさまに嫌そうな顔すんなよ。お前が騎士カリムに遊ばれてんのは何回か聞いてるけど、今回は大丈夫だから。うん、大丈夫、大丈夫」

 

 カリムの執務室へ向かうと聞いた時点で嫌な予感がしたのだが、尊敬するヴィータの言葉でホッとする。

 そもそも制服姿のヴィータがいるということは、時空管理局が関わっているということだ。

 管理局と合同での任務は、カリムの『お茶目』がそれほど酷いものにはならないと経験則で知っている。

 

 ヴィータと近況を報告し合いながら歩き、顕正が以前の任務で管理外世界の竜種と戦ったことを話している辺りで、カリムの執務室に到着した。

 

「失礼します。笹原 顕正、定期検診を終えて帰隊いたしました」

 

 ノックの後に声を掛ければ、中から入室を促す声が聞こえる。

 カリムからは、そんなに肩肘張らなくとも、と何度か言われているのだが、顕正は仕事とプライベートはきっちり分ける人間だ。上司の執務室に入るのに、礼を失することは許されないと考えている。

 室内には爽やかな紅茶の香りが漂っていて、二名が向かい合ってソファーに座っていた。

 

「おかえりなさい、顕正さん。帰ってきて早々に申し訳ないのだけど、次の任務に関わる話があるの」

 

 さ、座って、とにこやかに伝えたカリムの正面向いのソファーには、一人の少女。

 顕正はカリムの横に腰掛け、共に入室したヴィータは少女の横に座る。

 ヴィータがいた時点でもしかしたら、と思っていたが、実際に目の前にするとなんと声を掛けるべきか少し迷う。

 そして考えた末に、

 

 

「――通信以外で顔を合わせるのは、久しぶりになりますね、八神一尉」

 

 

 という『仕事対応』になり、二名からため息をつかれた。

 

 

 

「まぁ、顕正くんやったらそうなるかなぁって思っとったけど、別にいつも通りでええよ?仕事の話やけど、敬語だとやり辛いやろうし」

 

 呆れたような顔をしているのは、時空管理局特別捜査官の肩書きを持つ顕正の友人、八神 はやて。

 そんな顔をされても、顕正としては仕事であればはやての方が立場が上なので、間違った対応だとは思えない。

 顕正は戦闘能力が高くとも、聖王教会の新人騎士。対するはやては管理局のエリート捜査官で、階級でいえば一等陸尉である。教会には明確な階級区分がないため正確に比較することは出来ないが、どう考えてもはやての方が上だろう。

 しかし直属の上司であるカリムははやての意見に賛成らしく、顕正に向かってニコッと笑った。

 

「……分かった、いつも通りでいいんだな。じゃあ、改めて。……久しぶりだな、はやて」

 

「うん、久しぶりやな顕正くん。元気そうで何よりや」

 

 はやても笑顔を見せ、ようやく話が本題に入る。

 

 

「――今日来たんは、来週に予定されてる違法研究所捜査の協力依頼と、情報共有なんよ」

 

 

「……違法研究所?それはまた……」

 

 教会に協力依頼が来るのはそれほど驚くべきことではないが、この場に自分がいることに疑問が湧く。

 顕正に研究所の捜査経験はなく、自身にそのスキルがあるとは思っていない。捜査の手法も知らない自分に何故この話が来ているのか、理由が全く分からない。

 予想していなかった任務内容に、ちらりと隣のカリムを見るが、疑問の答えは向かい側に座るヴィータから出てきた。

 

「捜査協力って言っても、違法研究についての捜査はほぼ終わってんだよ。問題は、捜査中に発見された『隠し通路』なんだ」

 

 ヴィータによればその研究所は管理外世界の古代遺跡を改装して作られたものであり、逮捕された研究者に問いただしたものの、返ってきた答えは『そんな通路を作った覚えはない』とのこと。

 研究者が持っていた施設の設計図にも記載はなく、建造前の調査資料にも存在していなかった。恐らく遺跡の一部が地盤の歪みから競り上がってきたものではないか、というのが管理局捜査部の見解だ。

 

「そんで、その通路を調査しようと思ったんやけど、ここでまた問題が出てな?」

 

 

 隠し通路に入ろうとした管理局員が、軒並み『結界』に阻まれて立ち入る事が出来なかったのだ。

 

 

「しかも通路の壁に古代ベルカ語で、『ベルカの系譜以外の立ち入りを禁ずる』って意味の警告文が出てきたって言うんで、私にお鉢が回ってきたんよ」

 

 捜査部に所属するベルカ式の使い手と言えば、夜天の主のはやてである。別件の捜査中だったはやてが呼ばれ、隠し通路への進入を試みたところ、あっさり入ることができたらしい。

 

「私かて血筋がベルカってわけやないから行けるかどうか不安やったんやけど、入ったら警告文が『今代夜天の主を歓迎します』になってな?どうも昔の『夜天の主』が作った遺跡っぽいねん」

 

 それにより本格的にはやてに捜査権が移ったが、更なる問題が発生した。

 

「いつも通りあたしとシグナムがはやてに付いてったんだけど、二人とも結界に弾かれちまったんだ……」

 

 夜天の主は入れても、ヴォルケンリッターは入れない。その妙な遺跡システムから推測されたのが、守護騎士にも秘密にしていた、重要な研究成果を扱う場所だったのではないか、というものだ。

 

「調査するにしてもどんなトラップがあるか分からへんから私一人で入るわけにもいかんし、管理局にも古代ベルカ式使いの人は居るけど、遺跡探索の経験なんてほぼおらんねん」

 

 そこで遺跡探索経験のあるベルカ式使いを多く有する聖王教会に協力を仰ぐ話が持ち上がり、その中でもヴォルケンリッター二人に『主の護衛を任せられる人物』として指名されたのが、顕正だった。

 

「顕正だったら気心も知れてるし、戦闘能力もシグナムのお墨付きだ。はやてのこと安心して任せられる」

 

「教会側としても顕正さんの実力ならば問題ないと、理事会の承認を得られました。……どうでしょう、この任務、お任せしても大丈夫ですか?」

 

 尊敬する歴戦の騎士が胸を張って言い切り、上司からも信頼を受けている。

 この状況で、『盾斧の騎士』が出す答えなど決まっている。

 

 

 

「――もちろんです。お任せください」

 

 

 

 何があろうと、はやてを守りきってみせることを誓う。

 相手は夜天の主、八神 はやてである。ヴォルケンリッターが請け負うべき夜天の主の護衛を、一時とは言え任されるということは、それだけ彼等からの信頼を受けているということ。

 

 その信頼に、応えるべく。

 

 

 顕正とはやての共同任務がここに決定した。

 

 

 

 

 




4Gのチャックス最高です。
種類もモーション増えてるし、全体的に機動力上がって火力も向上してる気が!
もう残念武器とは言わせない!今までチャックスを馬鹿にしていた人たちを見返してやるのだ!


と、いうわけでモンハン4Gが発売されて有頂天の作者は、ハンター生活に精を出しています。
……いやいや、チャックスを出す小説を書いているので、その参考にするためには必要不可欠なことです。遊んでるんじゃないんです。執筆の糧として、ね?



久しぶりにはやてちゃん書きましたけど、あの関西弁マジ無理。なんとなくで書いてるので、突っ込みどころいっぱいあると思います。
内容的にも、また独自の要素いっぱい詰め込んでるのでわかりにくい。
あと、今回は場面転換多めで書きづらかった…。もっと精進します。

4Gの新要素も、可能な限り取り入れていきたいですね。
ゴア過渡期とか出したいですけど、出すタイミングあるかな…。

ではまた次回。

10/13 誤改行修正



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第二四話 夜を蝕むもの


 遅くなりました。




 

「――なんか、拍子抜けやなぁ」

 

 はやてがそう呟いたのは、遺跡の隠し通路に進入してから30分ほど経った頃である。

 

「何言ってるんですかはやてちゃん。安全に進めてるのはいいことですよ?」

 

「んー、そうなんやけどな……」

 

 魔法知識のない者が見たら銀の妖精だと判断するような、約30㎝の身長ではやての肩付近に浮遊しているユニゾンデバイス――リインフォースⅡが主人を嗜めた。

 融合することにより、保有魔力が莫大で細かい魔法操作が不得手なはやてを補助することが出来る特殊なデバイスなのだが、素の状態でも独立した行動、魔法行使が可能であり、今回は近接特化の顕正と範囲攻撃メインのはやてをアシストする役目を負っている。

 

「リィンの言う通りだ。危険がないなら、それに越したことはないさ」

 

 グランツ・リーゼを構えながら二人に先行して歩く顕正も、リインフォースに同調した。はやての護衛として、遺跡探索に付き物の危険は少ない方がいいに決まっている。

 

「ほら、顕正さんも言ってます。ここは何があるか分からない古代遺跡の中なんですから、問題なく進めてるならいいじゃないですか」

 

「そう言われてもなぁ……」

 

 探索を始めてから今のところ、なんの障害もない。はやてが思っていたような、驚きと冒険に満ちた遺跡探索ではなく、ただただ通路を歩いているだけである。時折分かれ道には遭遇するものの、ご丁寧に間違った方へ進もうとすると壁に警告が表示される。

 仕事でやっているため楽しもうと思っていたわけではないのだが、それでも想定していたような探索ではないため、気が緩む。

 

「せめてトラップの一つでもあったら緊張感出るんやけど……」

 

 はやてがぼやいているのが聞こえた顕正。そのつまらなさそうな声の期待に応えるため、顕正ははやてに通路の壁の一部を指差した。

 

「トラップなら、そこにあるぞ」

 

「……へ?」

 

 はやてが示された壁を見るが、そこには何もない。

 一体なんのことかと思ったが、注意深く見ると、

 

「なんや、ちっちゃい穴があんな」

 

 石材で構成された壁に、直径にして僅か数ミリといった穴が空いていた。小指も入らないような大きさであり、トラップと言われてもどんな効果をもたらすのか全く分からない。

 

「それ、センサーな。迂闊に前を通り過ぎると別方向から毒矢が飛んでくる」

 

「へぇ~、そりゃまた物騒……物騒やな!?」

 

 バッ、と穴から離れるが、そもそも『生きている』トラップだったら先行している顕正が通った時点で作動している。

 

「お前は気付いてなかったと思うが、トラップ自体はもう何個か見つけてるぞ。……今のところ全部動いてないが」

 

 今までに発見されたトラップは、その全てが機能していなかった。今回のセンサー連動トラップも、作動したなら矢を斬り払うつもりだったのだが杞憂に終わり、はやてが反応しなければ説明せずにスルーする予定だった。

 

「そんな危ないのが……って、毒矢ぐらいでトラップになるん?よく考えたら、バリアジャケットで弾かれるだけやん」

 

「いい質問だ、はやて。それはこの遺跡の年代に関係する話になる」

 

 歩きながら壁やトラップを観察し、自身の知識と経験から導き出された、この遺跡が作り出された年代は、およそ600年から500年前。

 

「先代の『盾斧の騎士』がベルカにいた頃よりも少し後の時代だが、その頃はベルカが滅びた時期でな。次元世界の崩壊と共に、魔導師の数が著しく減少した頃らしい。この時代の遺跡は、対魔導師よりも普通の探索者を想定したトラップが多いのが特徴だ。さっきの毒矢もそうだが、落とし穴や天井落下といった古典的な罠を仕掛けることで、一般人に対する侵入阻止と共に、魔法頼りに成りがちな魔導師へ警告する意味合いが大きいというのが、近年の考古学上の考えで……って、なんだその眼差しは?」

 

 通路を進みながら遺跡探索任務での経験と、考古学に詳しいユーノに教わった知識を語る顕正を、二人がキョトンとした目で見つめていた。

 

「……顕正さん、なんだか学校の先生みたいです」

 

「せやな。前に教員資格取りたいって言ってたの聞いて、脳筋の騎士が何を言っとるのかとか思っとったけど、割と顕正くんにあっとるかも」

 

「お前そんなこと思ってたのか……」

 

 はやてから『脳筋』扱いされて項垂れる。

 確かに魔法文明に本格的に関わってからは戦闘方面での活躍ばかりになってしまっているが、元々顕正は聖祥大付属高校でもトップの成績を修めており、脳筋どころか座学も得意である。

 しかし聖王教会騎士団の勤務でそれが披露される機会があるかと言われると、基本的にない。学力よりも腕力のほうが役に立つのが実情だ。

 

「まぁ、それはそれとして……顕正くんの話の通りなら、この遺跡で障害になりそうなものはほとんどない、ってことでええの?」

 

「あぁ、概ねそれで間違いはない。ただ……」

 

 顕正が言葉を続けようとした時、前方を見ていたリィンが気付く。

 

「二人とも!研究室に着いたみたいですよ!」

 

 小さな体を目一杯に動かしてアピールするリィンが指差す先には、石材製の壁とは全く違う金属質の扉。

 

「おぉ!やっと到着やな」

 

 歩き続けて辿り着いたその扉に、はやてが近付こうとするのを、顕正が制した。

 

「待てはやて。この遺跡の構造だと恐らく……」

 

 警戒した顕正が得物を構えると同時に、扉にベルカ式の魔法陣が展開される。

 それを確認したはやては瞬時に後方へ下がり、十字魔法杖――シュベルトクロイツを構えた。

 魔法陣は白色の光を放ち、そこから白銀の大鎧が姿を現わす。手には長剣が握られており、見るからに戦闘用の存在だ。

 

 

『ここから先へ進むのであれば、証を示してください。ここから先へ進むのであれば、証を示してください』

 

 

 2メートルほどの大鎧から、無機質な音声が流れた。

 

「――魔導鎧兵だ。遺跡の最深部はこういう自立型のゴーレムが最後の守りについていることが多い」

 

「なるほど、普通のトラップを魔法で突破しても、最後のこれを乗り越えなきゃあかんってことやな。……やっとダンジョンっぽいのが出てきたやない」

 

 鎧は扉の側から動かず、警告を繰り返している。いきなり襲いかかってくることはなく、一定の範囲に近付いた時に戦闘行動を開始するのだ。

 通路はある程度の幅があるため盾斧を振り回しても大丈夫だが、石で出来た壁に炸裂打撃が直撃すればすぐに崩壊するだろう。

 

「……あまり派手な魔法は使えないな。俺がゴーレムに切り込む。はやてとリィンは、タイミングを見て支援を頼む」

 

「りょーかい。危なそうやったらすぐに引いてな?」

 

「支援魔法はリィンにお任せください!」

 

 二人へ簡単な指示を出し、顕正はゴーレムの元へ向かう。

 

『ここから先へ進むのであれば、証を示してください』

 

 音声を繰り返しながら、ゴーレムは長剣を構えた。

 古代ベルカ時代から遺跡の守護を務める大鎧である。製作者がかつての夜天の主というからには、それなりの戦闘能力を持っていることは間違いがない。

 相手に取って不足なし、と。

 

「それじゃあ、『証』を示してやろうじゃないか!」

 

 顕正はゴーレムに斬りかかる。

 ゴーレムも呼応するように長剣を振り上げた。

 遺跡をひたすら歩かされ、鬱憤が溜まっていたのははやてだけではない。

 待ちに待った戦闘に心を躍らせた顕正の斬撃が、防御に回ったゴーレムの長剣と火花を散らしてかち合った。

 顕正の手に伝わる感触は、悪いものではない。

 ゴーレムの長剣と顕正の長剣は込められたエネルギーによって拮抗している。

 それはつまり、ゴーレムは顕正にとって十分に『戦える』相手であるということであり、それを理解して更に心が高鳴る。

 常識外の膂力を持つ顕正と打ち合えるだけで、ゴーレムの性能は非常に高いのだ。

 これは心して掛からなければ、と顕正が思った、その時。

 切り結ぶゴーレムから、警告ではない音声が発せられた。

 

 

『――古種討伐用制式盾斧、グランツ・リーゼの周波数を確認しました』

 

 

 キンッ、と剣が払われ、ゴーレムは長剣を納める。

 一瞬の出来事に理解の追いつかない顕正に頭を下げ、

 

 

 

『夜天の研究室へようこそ、『盾斧の騎士』。貴殿の来訪を、心より歓迎致します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓迎の意を表したきり、動かなくなったゴーレム。

 そしてその代わりに閉ざされていた扉が解放されたので、三人は幾つもの疑問を抱えつつも『夜天の研究室』へと足を踏み入れた。

 

「……これ、研究室なん?」

 

 研究室へ入って最初に声を出したのははやてだ。

 内部はそれ程広くなく、また、物も少なかった。

 魔法研究用の機材や資料で溢れているという想像を裏切り、部屋の中央に大きな机が鎮座しているだけ。

 その机も何が乗っているわけでもなく、はやての言うように、研究室だとは思えない。

 

「と、とりあえず探査魔法使ってみましょう。何か隠されてるのかもしれません!」

 

 そう言ってリィンが魔法を使おうとした瞬間、

 

 

『――ようこそ、夜天の研究室へ。』

 

 

 部屋に三人以外の声が響き、それと同時に大机の向こうに黒いローブを纏った人物が現れた。

 声のトーンから男性だと判断出来るが、目深に被ったフードによって顔を見ることも出来ない。

 突然のことに、顕正は思わず長剣で斬りかかろうとしたが、リィンの声に制止された。

 

「待ってください!これは、立体映像です!」

 

「なに?……確かに、そうみたいだな」

 

 良く観察すれば男の姿は若干ながらノイズが走っており、また大凡の視線の向きも三人を捉えていない。そして何より、完全に人の気配が存在していなかった。

 

『さて、必要かどうかは分からないけれど、とりあえず自己紹介をしておこう。僕は7代目の夜天の主……名前は、事情により伏せさせて貰うけどね』

 

 男――7代目と名乗った人物の立体映像は、部屋を見回す仕草を見せた。

 

『この映像が流れているということは僕が、そして師匠が想定していた、最良の状況が揃っているのだろうね。僕たちの後継者である人物と、かの天下無双、『盾斧の騎士』ヴェント・ジェッタの後継者が揃ってこの場所を訪れる……本当にそんな奇跡が起きるのかは分からないのだけど、師匠の遺言に背く訳にはいかないし』

 

 立体映像は、展開についていけない三人を置いてけぼりにして話をし続ける。

 

『この研究室へヴォルケンリッターが入れないことを不思議に思っているかもしれないから説明するけど、ここは師匠の研究成果を保管するために選んだ場所で、尚且つそれを彼らにも秘密にしていたんだ。……あの卵を見たら、シグナムが予期せぬタイミングで記憶を取り戻してしまうかもしれない、という配慮だよ。君たちが一緒にいるならもう思い出しているだろうけど、僕が結界を張った時点ではまだだったからね』

 

 やれやれ、と肩を竦める。

 

『師匠が死んで、その遺言を叶えるために、僕はこの研究室を放棄した。だから、もし僕の研究成果を求めてここに来たなら、残念だけど別の場所にあるよ。……っていっても、一応僕もこの研究室の存在は弟子に語り継いでいくつもりだから、そんな心配はしなくてもいいんだろうけど。まぁ、もしもの話だね。僕の弟子がその弟子にちゃんと伝えるか分からないし』

 

 そこまで語って7代目は首をかしげた。

 

『えーっと、あとは何か言っておくことあったかな……あ、そうそう、卵の説明をしておかなきゃだった』

 

 7代目の夜天の主は映像の中で背後の場所をごそごそと探り、その掌にビー玉程度の大きさの、黒い球体を取り出す。

 

『この映像が全て流れ終わったタイミングでこれを出現させるよ。今はまだ、この中で眠っているけれど、『盾斧の騎士』が触れることで『彼女』が目を覚ますように設定してある。師匠が作り上げ、そして今際の際まで大切に保管していた代物だ』

 

 僕も少しだけ改良を手伝ったんだ、と少し胸を張り、

 

『さて、そろそろ起動の準備時間は十分だし、僕からのメッセージはここまでだ。……最後に師匠の遺言を『盾斧の騎士』に伝えよう』

 

 ザザッというノイズが走り、最後まで顔を晒すことのなかった7代目の映像が切り替わる。

 新たに姿を現したのは、妙齢の女性。

 その金髪の女性を、顕正はグランツ・リーゼの映像記録の中で見た覚えがあった。

「……シャラン・パサート」

 

「この人が……」

 

 顕正の先祖であるヴェント・ジェッタと、性別を越えた友情を育み、そして600年前の廃村にて『黒き竜』の瘴気をその身に受けてしまった、当時の夜天の主。

 立体映像の姿はその時よりも年齢を重ねているが、間違いない。

 三人が固唾を飲んで見守る中、彼女はその口を開く。

 

『――きっと、初めまして、になるのでしょうね』

 

 微笑んでいるが、その顔には力がない。

 

『私は6代目夜天の主、シャラン・パサートです。……もっとも、既に夜天の書の所有権は弟子に与えているのですが』

 

 グランツ・リーゼの映像記録では、嫋やかながら芯の通った人物だった。魔導の探求へ心血を注ぎながらも、己が信じる正道を忘れることのない金髪の女傑。

 しかし、かつての覇気は消え、髪も心なしか輝きが薄れている。

 

 

『あの、黒き竜と出会った日。私は、ヴェントによって生かされました。瘴気を受け、倒れた私を、彼が救ってくれたのです』

 

 

 瞳から、涙が溢れていた。

 顕正は理解する。

 これは遺言であり、『懺悔』なのだ。

 

『私が目を覚ました頃には、彼は既に行方が分からず、現場の激しい戦闘痕から見て生存は絶望的であると、捜索が打ち切られた後でした……。……ごめんなさい、ヴェント。私達は貴方に救われたのに、私達は貴方を助けてあげられなかった……!』

 

 ヴェント・ジェッタが消えた後、残されたものたちは悲しみに暮れた。

 誠実にして豪快。天下無双とまで称された彼の死が与えた影響は、小さなものではない。

 最後の最後に命を救われたシャランは、特に。

 

 

『もしかしたら、という一縷の希望に賭けて、私はこの映像を残しています。もしも彼が生きていて、そして彼の血を、誇りを、志を受け継ぐ方がこの場所へ訪れる……何時になるかも分からない、それこそ何百年先になるかも分からない『奇跡』を願って』

 

 

 涙を流し続けるシャランの瞳が、前を見据えた。

 それは数百年前に録画された立体映像で、現在研究室にいる三人のことなどまるで分からない状況だったはずだ。

 偶然なのだろう、と理性が冷静な判断をするがそれでも。

 シャランの正面に立つ顕正に、焦点が合っているように見えた。

 

『天下無双の自由騎士、ヴェント・ジェッタの子孫である『盾斧の騎士』へ、夜天の主シャラン・パサートが授けます』

 

 神へ祈りを捧げるように胸の前で手を組み、

 

 

 

 

『あの時渡せなかった『餞別』を。私達からの感謝と友好の証を。……どうか、受け取ってください』

 

 

 

 

 

 映像記録は、そこで終わりを迎えた。

 そしてシャランの姿が消えると同時に、研究室中央の机の上に黒い球体が出現する。

 

「……これが、『餞別』……」

 

 顕正がその球体に手を伸ばす。

 ビー玉程度の大きさしかないそれに込められた想いの重さを、顕正は知っている。

 600年という長い年月を掛けて、ようやく『盾斧の騎士』の手へと渡った球体。

 それは顕正の手が触れると同時に、輝き出した。

 

「――なっ!?」

 

 ただ単に光り輝くだけであれば、顕正もここまで大きな反応はしなかっただろう。魔法文明に触れていれば、魔法発動時の魔力光には慣れている。

 しかしその輝きは、光でありながら周りを塗りつぶすかのような『黒』であった。

 顕正はこの色を知っているが故に最大限の警戒を働かせたが、その光は直ぐに収まる。

 一瞬だけ部屋の中に広がった、まるで夜が降りてきた様な黒が収束し、顕正の目の前で形を作った。

 

 深い、深すぎて黒に見える濃紫色の髪は、薄明かりを反射して不思議な色合いがよく分かる。長く美しいそれを、ポニーテールで纏めていた。

 女性にしては高い身長は顕正よりも少し低い程度で、シンプルながら気品のある、黒のAラインドレスに包まれたその身は、漆黒の花嫁と形容するに相応しい。

 幻想的な光景を目の当たりにし、息を飲む三人。

 

 

「ようやく、お会いすることが出来ましたね……ミ、ロード」

 

 

 黒い球体から現れた女性は顕正へとその瞳を向けると、右手を胸に当ててその場に片膝をついた。

 

 

「貴方と共に、歩みます」

 

 

 目を伏せ、言葉を紡ぐ。

 

 

「貴方と共に、歌います」

 

 

 それは誓いの言葉。

 

 

「貴方と共に生きることこそが、私の役目」

 

 

 女性が顔を上げ、顕正を見つめる。

 

 

 

 

 

 

「私は夜天の主により生み出された融合騎――『夜を蝕むもの』ナハティガルです」

 

 

 

 

 

 

 その瞳は、血のような紅の輝きを宿していた。

 

 

 

 

 

 

 




新オリキャラ、『夜を蝕むもの』ナハティガル。
こいつに関して詳しい仕様はまた次回。
正直、ユニゾンデバイスはあまりにテンプレなので出すか迷いましたが、こいついないと困る事態が発生するので出します。主人公強化フラグ回収や!

6代目と7代目は、再登場は予定していません。特に7代目。
二人の最大の誤算は、そもそもの夜天の書が後に改悪されてデータがパッパラパーになって自動転生するようになってしまったこと。





ちょっと現実世界がごちゃごちゃしていて、更新ペースが不明です。

モンハンやってるから更新が遅いのではなく。はい、これはマジです。


あと個人的な意見ですが、シュヴァルツスクード最強説を唱えたい。


ではまた次回。

5/11 表記揺れを修正
 誤)リィンフォース
 正)リインフォース
 なお、愛称としての『リィン』はそのままです。


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第二五話 守護者

 遅くなりました。
 今回、キャラ崩壊とも言える描写があります。
 自分の中ではこんな感じかな、と思っているのですが……


 時空管理局本局。それは都市を一つ丸ごと内包した巨大な次元艦であり、多くの次元世界を管理、保護する時空管理局の中枢部だ。

 管理局発祥の地、ミッドチルダが都市部以外は自然に囲まれた長閑な世界であることと比べると、やはり人工の艦であるため自然は多くない。

 それでも、そこに住む多くの人の精神衛生を考えて随所に緑を取り入れているので、初めて本局を訪れると本当に次元艦の中なのかと戸惑う者が多数だ。

 

 

 そんな本局の内部で、顕正は荒野の真ん中に立っていた。

 

 

「――始めるぞ、ナハト」

 

「はい、ミロード」

 

 一人ではない。鈍色の騎士甲冑と相棒たる盾斧、グランツ・リーゼを展開した完全武装の顕正の隣に、漆黒のドレス姿の女性がいる。

 周囲の荒野と相成って、一見すると貴族の令嬢とその護衛騎士に思える二人だったが、実際の主従関係は逆だ。

 女性が瞳を閉じ、祈りを捧げるように両手を胸の前で組むと、黒い輝きが生まれる。

 それを確認した顕正は、一度大きく息を吸い込んだ後、女性と共に高らかに宣言した。

 

 

 

「「ユニゾン、イン!」」

 

 

 

 黒い光が一瞬だけその輝きを増し、弾ける。

 それと共に女性の体が闇色の粒子に変換され、顕正の全身を包みこんだ。

 

 『盾斧の騎士』笹原 顕正と、融合騎『夜を蝕むもの』ナハティガルとのユニゾン。

 その姿は――

 

 

 

「……あまり外見は変わらないのですね」

 

 

 少し離れた場所で観察していたプリメラが指摘した通り、見た目に大きな変化はなかった。

 

「まぁ、元々の髪の色とかが似てるからな。ナハトの機能をフル稼働させたらバリアジャケットごと切り替わるらしいぞ」

 

 黒だった髪がナハティガルと同じ深紫色になったのだが、そもそもナハティガルの髪はよく見なければ分からないほど闇色だ。

 ユニゾン状態だとユニゾンデバイスの外見の一部が使用者の外見に反映されることが多いが、顕正とナハティガルの場合は色合いがよく似ている。そのため、変化はほとんど無いと言っていい。

 

「ふむ……ナハト、どうだ?」

 

『融合率、安定しています。これでしたら外部調整はほぼ必要ありません』

 

 自身の内部でバイタルチェックをするナハティガルからの念話に、ならばよしと頷き、力を込める。

 身体の奥底から湧き上がってくるような高揚感。

 それはユニゾンによる魔力の底上げと、増加分を含めた顕正の魔力管理をナハティガルが肩代わりしていることによるものだ。

 それなりに魔力保有量の多い顕正だが、そのくせ制御が甘い。

 持て余し気味だった魔力が更に増えるので大丈夫なのかと心配していたが、ナハティガルの管制機能は優秀だった。

 体を巡る身体強化魔法には一切の淀みがなく、今なら片手で乗用車くらい持ち上げられそうである。

 

『顕正くん、聞こえてるー?』

 

「はい、大丈夫です」

 

『オッケー、こっちのモニタリングでも問題はないから、早速だけどテスト始めちゃおう』

 

「了解です、いつでもどうぞ」

 

 空間全体に聞こえるスピーカーからの声に返答し、戦闘態勢を整える。

 少し待つと、荒野の中に無数の球体が現れた。訓練用のターゲットバルーンである。

 

『時間は気にしなくていいから、身体の調子を見ながら撃破して。その後で、プリメラさんとの模擬戦ね』

 

「はい!」

 

 このユニゾン状態で、何処までの挙動が出来るのか。

 更なる高みに挑戦できることへの期待で、ついつい頬が緩む。

 騎士甲冑の隙間から、闇色の粒子を散らしてターゲットバルーンの元へ駆け出す顕正の横顔はプリメラ曰く、

 

「……新しい玩具を貰った子供みたいですね」

 

 瞳を輝かせて走る顕正に少し呆れつつ、プリメラはすぐに来るだろう自分の出番のためにウォーミングアップを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー、やっぱりすごいですね、ナハトちゃん。600年前の夜天の主が、『盾斧の騎士』のためだけに作った、っていうのは伊達じゃないです」

 

 荒野を走り、飛び、自由きままに盾斧を振るう顕正の姿を、モニタールームの一つで女性二人が見ていた。

 

「そんなに?私には、いつも通りに顕正さんが暴れまわっているのと変わらなく見えるのだけど…」

 

 その一人である顕正の上司、聖王教会と管理局のどちらにも籍を置くカリムに言葉を返すのは、時空管理局本局第四技術部の主任を務める眼鏡の女性、マリエル・アテンザだ。

 

「確かに、目に見える変化はほとんどありません。顕正くんなら、ユニゾン状態じゃなくても同じような動きができますし、はやてちゃんと違って大規模魔法を使わないので分かりにくいと思います」

 

 しかし、と計測されたデータを指差す。

 

「顕正くんとグランツ・リーゼは、どちらも細かい魔力制御が不得意で、粗い筋力増強魔法で無理をしていた面があります。……これは凄まじいまでの頑丈な肉体があってこそ出来ることで、普通の人が真似したら直ぐに筋断裂を起こしても不思議ではないくらいのものでした」

 

 マリエルは今回の計測を行う前に、何度か顕正の魔法を見ている。

 全力で魔法を使ってくれ、と言ったら、涼しい顔で馬鹿げた筋力増強魔法を使われて大いに焦った。本人曰く、普段はここまで無理はしない、とのことだったが、それを気軽に使う顕正へと説教が行われた。

 

「ナハトちゃんは幾つか特殊効果を持っていますが、それは後付けの物が多くて、メインの機能はロードの演算処理代行ですね。最新式のインテリジェントに匹敵する規模の高速演算が行えます。強化魔法はもちろん、顕正くんお得意の砲撃魔法も自由度が段違いに上がりますよ」

 

「……それでも全力のユニゾンではない、というのは確かに驚異的ね」

 

 カリムの視線の先では、ターゲットを殲滅し終えた顕正がプリメラとの模擬戦を始めている。

 元より顕正が優位な力関係だが、ユニゾンにより能力の上がった顕正とプリメラでは、すぐに決着がついてもおかしくない。

 それでも剣戟が打ち鳴らされ続けているのは、偏にプリメラの不断の努力の成果だろう。

 魔力量、身体能力、戦闘センス、そしてユニゾン状態では制御能力でさえ劣るというのに、たゆまぬ研鑽と不屈の精神、過去の模擬戦経験から食らいついている。

 更なる戦闘能力を得た顕正は勿論だが、そのバディとして彼を支えていけるプリメラもまた、聖王教会の次世代を担う欠かせない騎士と言える。

 

 

「――んー、とりあえず最低限のデータは取れそうですけど、まだ何度か計測が必要ですね」

 

 ため息混じりに呟くマリエルに、カリムは頭を下げた。

 

「ごめんなさい、やっぱり急な依頼だったわよね?」

 

「いえいえ!カリム少将が謝ることではありませんよ!こっちでも、まさかこんなに早く結論が出るなんて思ってませんでしたから!」

 

 大慌てのマリエルの言い分も、最もだ。

 

 現在、管理局本局のシミュレータールームで行われているのは、『古代ベルカ式ユニゾンデバイス・ナハティガル性能計測実験』である。

 企画と準備、データの分析は時空管理局。

 管理責任と技術員以外の人員差し出しは、聖王教会の担当だ。

 

 

 

 顕正とはやてが遺跡からナハティガルを連れ帰ってきた日から、三週間が経過している。

 この期間を長いと取るか短いと取るかは人によるだろうが、管理局と聖王教会との関係性をよく理解しているカリムとマリエルにとっては、異例の短さであると感じるほどだ。

 

 管理局から聖王教会へ、遺跡探索の支援要員の差し出し依頼は今までにも何度か例があった。

 しかし今回の様な事態は、前例のないケースだ。

 

 遺跡で発見された古代ベルカ式のユニゾンデバイス。

 

 その所有権についての争いが勃発したのだ。

 

 遺跡は元違法研究所の一部という位置付けであり、管理権限は時空管理局が持っている。内部での捜査権も同じくし、遺跡探索による物品の『押収』は当然のことであると、本局側は主張。

 

 対する聖王教会側は6代目夜天の主による、『盾斧の騎士』個人への贈品である。そしてその血を継ぐ『笹原 顕正』にしか使用することが出来ないことから、所有権は顕正に、引いては彼の所属する聖王教会にあると言うものだ。

 

 非常に貴重な――歴史的価値、技術的価値のどちらでも――デバイスの所有権ということもあり、意見は真っ向から対立。

 お互いに主張を引き下げず、二週間が経過した。

 

 

 埒があかないと、あれやこれや裏で真っ黒なやり取りを始めようとカリムが準備した頃、手を出す前に事態は一気に傾くことになる。

 

 

 

「――こんな無駄な会議に時間を割くよりも先に、他に決めねばならない案件がいくらでもあるはずだ!!」

 

 

 

 バンッと会議室の机を殴りつけ、怒声を放った人物がいる。

 

「実働させられないデバイスを管理局で取り扱う必要があるのか!?使えるのはその教会騎士だけなのだろう?データが取りたいならば、その騎士に使わせればいいだけではないか!」

 

 その場にいた管理局、聖王教会、どちらの者も唖然とした。

 『管理局側』に立つ彼が、しかも聖王教会を快く思っていないと知れ渡っている彼が、曲がりなりにも所有権が教会騎士あるという旨の発言をしたからだ。

 二週間の間にあった数度の会議、その全てに『諸用により欠席』を貫いていた人物が、突然参加表明したと思ったら、この主張である。

 彼の怒号は続く。

 

「組織の利権を主張し合うのは結構だが、それによって正当な理由もなく個人の権利を取り上げるための会議など、時間の無駄だ!所有権は『盾斧の騎士』個人に、そのデータは定期的に管理局、聖王教会で共有する、それでどうだ!?」

 

 会議室に響く大声での主張に皆の理解が追いついた頃、何処からか小さな、

 

「……異議なし」

 

 との声が聞こえると、うむ、そうだな、それが一番か、それでいいだろう、と両サイドからの賛同の声。

 

 決を取れば賛成多数により、彼の提案を採用することが決まった。

 

 聖王教会側として参加していたカリムは、その結果に目を丸くしたものである。

 もちろん、聖王教会としては落とし所として申し分無い結果だのだが、カリムとその他数人の理事にとっては、少々顔を顰める結末と言える。

 

 所有権は顕正個人の物となったが、実際にその力が振るわれるのは聖王教会の任務でのことで、データの共有も元より想定していた。

 しかしそこに持って行くまでに、各方面に少なくない『借り』を作ってしまうであろうことは容易に想像出来る。

 それだけ手を尽くす価値が、顕正とナハティガルにはあると聖王教会は考えている。

 

 現状、顕正と聖王教会には確たる繋がりが薄い。

 当然、雇用者と被雇用者という関係性はあるのだが、顕正には強い信仰心も、高い忠誠心もない。

 自身の技量を高める環境を欲した顕正と、貴重な古代ベルカ式の有力な騎士を求めた聖王教会の利害が一致しているため、そして先んじて手を打ったために、現在の関係が成り立っているに過ぎないのだ。

 顕正が優先しているのが、技量向上のための環境であることは教会の者であれば皆知っている。

 縁や恩義も大切だと思っていることは間違いないが、それでも『夢』への情熱には及ばないだろう。

 もしも何かの拍子に『聖王教会よりも管理局にいた方が強さを得られるのではないか』と顕正が考えた時、今のままであれば直ぐに行動に移されても止めようがないのだ。

 

 その憂いを断つ、という意味も含めて、カリムは『教会はリスクを負ってでも顕正の後押しをする』ということを顕正の頭に刻みたかった。

 

 今回の管理局との対立は、そのための丁度いい案件だったのだ。

 落とし所が分かりやすく、教会側の負担が少なく、管理局との軋轢も残さない。

 

 

(――チャンス、と思ったのですけどね)

 

 表情は笑顔のまま、シミュレータールームで模擬戦を終え、肩で息をするプリメラに涼しい顔で手を貸す顕正を見る。

 マリエルにターゲットバルーンを要求したため、今から個人鍛錬を続けるつもりだ。

 この様子を別のモニタールームから見ているはずの、件の管理局員のことを思うとため息が出る。

 

(……まさかこんな形で思惑を潰されるなんて)

 

 今回の会議で結論の決め手となったのは、管理局側の譲歩だ。聖王教会は何もしていないことになる。

 顕正が恩義を感じるだろう人物は、管理局側の重鎮だ。

 それも普段は聖王教会を毛嫌いしているという男が、自分を後押ししてくれたと、知った顕正の内心は想像に難くない。

 顕正の人となりは管理局でもそれなりに知れていることではあるが、そこまで考えての今回の行動だったのか、その判断は未だつかないままだ。向こうの思惑が分からない現状は、カリムに不安を抱かせるには十分だった。

 

 

 

(教会嫌いで有名な貴方のこの行動には、どんな意味があったのですか……レジアス・ゲイズ中将)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カリムとマリエルが居るのとは、別のモニタールームから、管理局の制服に身を包む二人の人物が顕正の動きを見ていた。

 

「……ふん、この程度か」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らして悪態を吐く、恰幅の良い壮年の男性をチラリと見て、彼女は笑みを顔に出さないようにするのが大変だった。

 

「そうでしょうか?私には十分な、いえ、十分過ぎる戦闘能力だと見えますが……」

 

 勤めて冷静に分析し、私見を述べる。実際彼女、オーリス・ゲイズの目から見て、ターゲットバルーンを相手に絶え間なく動き続ける聖王教会騎士の技量は、管理局で実力者と呼ばれる者と比べても遜色無い様に見えた。

 彼女自身は大した魔法戦闘が出来る技量があるわけではないが、管理局員として上官に着いて様々な部隊の視察や戦闘記録を見た結果の審美眼には自信がある。

 しかし父であり、また職務上の上官でもあるレジアスの目には、また別の見解があるのだろう。

 

「動きに無駄な部分が多く、デバイスの機能を十全に活かしきれていない。個人としては十分だろうが、部隊を指揮するレベルには至っていないな。……まだまだだ」

 

 そう毒付く基準が『誰』なのかを考えると、痛ましくもあり、そしていけないと分かっていても微笑ましく思ってしまった。

 

 

 

 

 一週間前の会議の際、レジアスが教会騎士の後押しをする様な発言をしたと聞いたオーリスは驚くと共に、納得する部分もあったのが事実だ。

 その会議の内容が管理局と聖王教会の利権争いであることはオーリスも知っており、聖王教会嫌いの父が参加しないことが不思議だったのだが、焦点となっている教会騎士に関する概要資料を確認した時、父の行動理由が分かった。

 

 

 

 

 聖王教会騎士団所属、『盾斧の騎士』笹原 顕正。

 第97管理外世界『地球』の出身であり、600年前に該当世界に流れ着いた古代ベルカの騎士の子孫。

 魔法技術に触れたのは五年前からだが、二年前の夏までそれが明らかになることはなく、地球で起きた魔導師による民間人誘拐事件がきっかけで、魔法文明と関わりを持つようになる。

 その際、勘違いから管理局員との交戦状態となるが、格上と判断した管理局員との戦闘を継続し、人質を逃がすための時間を稼ごうとするという行動を取るほどの清廉な騎士であり、また、彼が魔法技術を得てから管理局と接触するまでの三年間、ストッパーとなるものが存在しなかったにも関わらず、一度として魔法を悪用しなかった点も評価されている。

 教会騎士となってからはその戦闘能力を存分に発揮し、危険魔法生物の駆除、遺跡探索、要人警護、遭難者の救助と様々な任務で活躍し、入団から一年未満であるといのに、既に聖王教会のエース的ポジションに立っている。

 

 

 それが、管理局が有する笹原 顕正のデータの概要だ。

 若くして有望な、騎士道に殉ずる覚悟を持った『騎士』。

 

 父レジアスは、彼を自分の親友と重ねて見ているのだろう。

 

 自分と同じ夢を見た、しかし道を違えることになってしまった親友であり、レジアスにとっても不本意な形で殉職することとなった、管理局の騎士。

 その人となりを知るオーリスには、父の心情を推し量るのは容易い事だった。

 

 シミュレータールームを縦横無尽に駆け回る若き騎士の姿を、小言を言いつつも見守り続ける父はきっと、僅かでもいいから手助けしたかったのだろう。

 彼が管理局に属していたなら、とオーリスは僅かに考えたが、かぶりを振って思い直した。

 もはや考えても栓のないことだ。

 現実として彼は聖王教会の騎士として活躍しているし、義理堅い性格からして、今更管理局に鞍替えするようなことはないだろう。

 そういった点は、確かに父の親友と似ている。

 そして何より、

 

(……彼が私達の『悪行』を知れば、どんな行動を起こすのかも分かりやすいわ)

 

 地上の平和を守る為、という大義名分があったとしても、自分たちの行いが正当なものではないと、オーリスも、そしてレジアスも理解している。

 それでも尚、歩みを止めないことを決めている自分たちと、悪を許さぬ騎士道を行く彼との道は、決して交わることはない。

 こちら側に引き入れるようなことは、一切ないだろう。

 父が出来る手助けは、きっと今回限りのものだ。

 

「……このまま、真っ直ぐに育って欲しいものですね」

 

 ポツリと口から漏れた呟きを聞いたレジアスが、

 

「……全くだ」

 

 と彼を見ながら小さく返す。

 その言葉にどれ程の思いが込められているのか。

 斜め後ろから見える父の背中に、オーリスは見えないと分かっていても微笑みを返した。

 

 

 

 




 レジアス閣下マジツンデレ☆
 彼の原作での行動は、彼なりの信念によるものでした。
 違法研究に手を伸ばした罪は確かに処罰されるものでしょうが、あの最期は…。

 で、融合騎ナハティガルについてですが……申し訳ない。
 詳しい仕様についてはまた今度になってしまいます。お披露目にはふさわしい舞台をセッティングせねば。

 と、いうことで、次話から二章最後を飾るエピソードが、予定では3話か4話使って始まります。短い、さすが聖王教会編短い。
 一章でのVSシグナム戦のように、バトルもりもりで行くので書くのを非常に楽しみにしていた話でもあり、二章は全てこのためにあるといってもいいです。
 ご期待ください。



 それではおたよりのコーナーへ。


Q:主人公がザフィーラの役割食ってない?

A:むしろザフィーラさんのような、味方の護衛に主人公は向いていません。
基本的に敵の殲滅で対象を守るようなスタイルなので、味方を直接守れるザフィーラさんを尊敬しているのがうちの主人公です。


Q:ナハトヴァール・ティガレックス・イヤンガルルガの連続狩猟

A:完全に想定外でした。上手いこと言われた。作者はナハトヴァールが出てきた時点でリタイアします。尚、『ナハティガル』は『ナイチンゲール』のドイツ語版で、夜を連想させる鳥ということで名付けました。……名前だけで何日も悩んだっていうのは内緒。


Q:チャックスかっこいい!チャックス強い!チャックスロマン!

A:この小説によってチャックス愛好家の方が増えてくれて、本当にうれしいです。
  ちなみに、作者は『師匠からの試練』がクリアできなくて困っています。極限化三匹とか無茶言いやがって…。



 それではまた次回。



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第二六話 誘い、燃えゆく

 はじまれ。





 

 それは冬が過ぎ、春の気配が近付いてきた頃のこと。

 ナハティガルと出会ってからしばらく、時空管理局本局でのデータ収集や、聖王教会の理事達との会食、管理局高官との顔合わせと言った、顕正にとって『面倒なイベント』が続き、顔には出さずともストレスを溜め続けていた。

 大事な時期に怪我で動けなくなると困る、ということで任務もほぼ危険性の無い、ミッド近郊での護衛や美術品警護、教会の夜警勤務ばかり。

 フラストレーションの限界が来るのではないか、と教会騎士達が戦々恐々していたが顕正はそれを無事に耐え抜き、忙しい時期は既に過去のものである。

 

 久方ぶりの、管理世界での危険生物駆除任務を終えた顕正は、満足気な笑顔を浮かべて聖王教会本部へ帰ってきた。

 

「あー、やっぱり全力で戦えるとスッキリするな」

 

 珍しくニコニコしており、その横のナハティガルも同様だ。

 

「はい、ミロード。私も良い実戦経験が出来ました」

 

 しかしナハティガルの反対側にいるプリメラは、ため息を吐いていた。パッと見てもぐったりしているのが分かる。

 

「……今回ばかりは、流石に疲れました」

 

 怪我をしているわけではないのだが、主に心労が体を重くしている。それだけ大変な任務だったのだ。

 

「竜種の討伐なのは分かっていましたが、まさか『番い』だったとは……」

 

「まぁ、確かに二匹同時で相手をするとは思っていなかったが、それでも三人で問題なく戦えただろう?」

 

「……えぇ、思いの外連携が決まって、終始ペースを乱さなかったのは事実です」

 

「?プリメラさんのスタン特化チェーンバインドや強化支援で、ミロードと私は何の憂いも無く戦闘に専念できましたし、何も問題はなかったと思いますが」

 

 ナハティガルが闇色のポニーテールを揺らして首を傾げた。

 そう、戦闘に関しては、聖王教会単騎最強と噂されつつある顕正とナハティガル、そしてサポート役として十分な技量を持つプリメラの三人がいるため、大したアクシデントは起きていない。

 問題なのは、竜種を倒した後だ。

 

「いいですか?普通の人間は、大型飛龍種を運ぶのには苦労するものです。二頭同時に運んでいるケンセイを見た現地管理局員に、理解してもらうためにどれ程の言葉を費やしたことか……」

 

 プリメラが言った時のことを思い出してみる。

 確かに管理局員がポカンと口を開けて見ていたことは覚えているが、その後直ぐに飛竜の解体へ借り出されてしまったため、対応は全てプリメラに任せてしまっていた。

 顕正とナハティガルにとっては、大した労力ではない飛竜の運搬であっても、一般人はおろか、魔導師にとっても容易に真似できるものではない。一流の魔導師であれば二頭同時に運ぶことも可能ではあるが、それは浮力制御や重力緩和など、複雑な魔法を行使した結果のもの。顕正たちの様に、筋力強化と飛行魔法のみで数トンを超える飛竜を運べる訳ではない。

 

「そう、か……。悪いな、面倒な役目を任せてばかりで。俺はどうも、そういう気配りが苦手なままだ」

 

「いいえ、ケンセイがこういった面までこなせるようになっては、私がやることがなくなってしまいます。パ……コンビですから」

 

 ほんのり頬を染めて言い切ったプリメラに、顕正は改めて感謝の意を示したかった。

 戦うことはこの一年でまた進歩しているが、それ以外の面ではプリメラの世話になりっぱなしである。

 ミッドでの教員資格を得るための勉強や、日常的な任務のサポート、更に最近では、ナハティガルに関することでも助けてもらっているのだ。

 フルフレームのユニゾンデバイスであるナハティガルは、成人女性の形態が基本形だ。

 顕正に所有権があると管理局から認められてからは聖王教会本部に籍を置くことになったが、その面でも様々な懸案事項が発生した。

 その中でも最も問題とされたのが、ナハティガルの居住面である。

 分類上では一個の『デバイス』であるナハティガルなのだが、はっきりとした自我があり、またロードとなった顕正と性別が異なる。

 いくらデバイスであるとはいえ、見た目は見目麗しい女性のナハティガルが、顕正と同じ部屋で暮らすのは許容出来ることではないと聖王教会女性陣からの主張があり、男性陣も異論はなかった。

 そこで白羽の矢が立ったのが、顕正と同期であり、コンビを組んでいるプリメラだ。

 各種勤務の割り振りも顕正とほとんど同じであるプリメラと同室にするという案が出され、プリメラもそれを快諾した。

 二人は部屋を同じするものとして非常に親密になっており、休日に共に買い物に行くことも少なくない。

 また、顕正にとって完全な専門外である服飾関係でもプリメラがナハティガルの世話を焼いているため、ナハティガルの私服のほとんどはプリメラがチョイスしたものだ。

 二人と一騎のチームとして上手くやっていけているのも、プリメラの存在があってこそ。

 それを思うと、何かしてやりたいという気にもなる。

 

「なぁ、プリメラ。何か俺に、してほしいことってないか?」

 

「……えっ!?」

 

「いや、普段から助けてもらいっぱなしだからさ、俺に出来ることがあれば言ってほしい」

 

 これに一瞬で脳内がオーバーフローしたプリメラ。

 

 してほしいことなど、山ほどある。

 この一年、コンビとしての仲はかなり深まったと自負しているが、恋愛方面では何一つ進歩していない。

 それを一歩でも進められるかもしれないのだ。

 このチャンスを不意にするなど、以ての外。

 顕正の背後でナハティガルがこちらを見つめているのも見えた。

 

 

 

 初めて彼女を紹介された時、なんて強力なライバルが現れたのだろう、とネガティヴな考えが浮かんできたものだが、同室となって公私を共にするようになってからは掛け替えのない友人と言っていい。

 彼女は自分の顕正への思慕を容易く見抜き、すぐにその不安を払拭した。

 

「私はあくまで、ただの融合騎です。ミロードと共に戦場を駆けることが私の幸せであり、ミロードに女性として見てほしいと思うことは御座いません」

 

 曇りのないナハティガルの笑顔は、プリメラの心に残っている。

 

 

 日夜を共にし、顕正への想いを相談し、時折さり気なくプリメラのサポートをしてくれる友人の目は、こう言っている。

 

 攻めろ。

 

 プリメラはその紅い瞳に勇気をもらった。

 

「で、では、その……あ、明日私と一緒に……」

 

 踏み込むために、進むために。

 どもりつつも、万感の思いを込めて、『デート』の誘いを掛けようとしたその時。

 

 

 

 

 リンリンリンリン、と。

 

 

 

 

「あ、悪い。通信だ」

 

 顕正の通信端末が無情な音を響かせた。

 端末の画面には、カリム・グラシアの表示。

 話の途中であるが、上司からの連絡を無視するような事が顕正に出来る訳もない。

 

「はい、笹原です。どうされました?」

 

『討伐任務から帰ってきたばかりの所で申し訳ないのですけれど、急ぎの案件でお話ししたいことがありまして……。私の執務室まで来ていただけますか?』

 

「分かりました。……ナハトも一緒の方がいいですか?」

 

『あぁ、いえ、ケンセイさんだけで大丈夫です。ナハトさんとプリメラさんは、ゆっくり体を休めてください』

 

 最近のカリムからの連絡は、ナハティガル絡みのものが多かったため少し不思議に思ったが、直ぐに向かいます、と伝えて通信を終え、二人に向き直った。

 

「すまん、ちょっと行ってくる」

 

「……はい、お疲れ様でした」

 

「……行ってらっしゃいませ、ミロード」

 

 急ぎの案件とのことなので早足で執務室に向かう顕正は、その背後でプリメラがナハティガルに慰められている場面に目を向けることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します、笹原 顕正、任務を終えて帰隊いたしました」

 

 ノックに返事があったのを確認してから、執務室に入る。

 室内にはカリム一人だけであり、何処と無く疲れた顔で机に向かっていた。

 

「お疲れのところ御免なさい、さ、座って」

 

 勧められるままソファーに腰掛けた顕正の向かいに、カリムが座る。

 その顔付きに、訝しむ顕正。

 カリムは大抵の場合微笑みを絶やすことがなく、特に顕正に無理難題を吹っかける時は生き生きしている。

 そのカリムの顔を曇らせるほどの案件というものが、想像出来ない。

 

「さて、早速なのですがケンセイさん。――『戦技披露会』というものをご存知ですか?」

 

「……は?」

 

 真剣な顔で突然の単語を口にするカリムに、思わず間の抜けた声を出してしまった。

 

「一応、知ってはいますが……時空管理局の武装隊が行っている、主に航空戦技を披露するイベントですよね?」

 

 一般市民へ管理局員の技量を伝えるための、一種のお祭り騒ぎの事だ。

 個人的な意見としては、確かに空戦技能の参考になるものが多いが、あくまでも見栄えを重視した技がメインプログラムとなっているため、そこまで興味がある訳ではない。

 しかもこれは管理局主催の、管理局による市民へのアピールであるため、聖王教会はノータッチのイベントである。

 

「はい、その通りです。実は、ですね……」

 

 歯切れ悪く、カリムは数枚の書類を顕正に手渡した。

 題は『戦技披露会 エキシビジョンマッチ案』とある。

 

「最近、聖王教会と管理局の融和を図るための政策が幾つも進められていることは、ケンセイさんもご存知かと思いますが……その一環として、これまで管理局員に限定されていた戦技披露会への参加範囲を拡大し、友好関係にある聖王教会の騎士も参加出来る様にしよう、という動きがあるんです」

 

 その言葉になるほど、と納得する。

 現時点でも管理局と聖王教会の仲は悪い訳ではないのだが、少々『壁』があるというのは事実だ。

 その関係性を変えていくために、管理局との更なる融和を図っていこうという考えが聖王教会内に広がっている。その動きの中心部にいるのがカリムの実家であるグラシア家であり、カリムは勿論、顕正もその考えに賛成している。

 

「そして、そのテストケースとして次の戦技披露会でエキシビジョンマッチの、管理局員対教会騎士の試合案が上がっているのですが……理事会の決議の結果、満場一致でケンセイさんが第一候補になったのです」

 

「……はい?じ、自分ですか!?」

 

「えぇ、やはり融和政策の一環ですから、新しい世代の象徴となる若い騎士を、ということになりまして」

 

 顕正ならば若手でトップどころか、歴戦の騎士とすら渡り合えるだけの技量がある。

 また、陸戦型が多い教会騎士の中で空戦にも対応出来、管理局の空戦魔導師とも対等以上に戦えるだろうことも選出の理由だ。

 

「……御免なさい、ケンセイさんがこういった、『見世物』扱いされることが嫌いなのは分かっているのですが……私の権限では理事会の決定を覆すことは難しいのです」

 

 頭を下げるカリムに、なんとも言えない顔になる顕正。

 

 確かにカリムの言った通り、『見世物』になるのは勘弁してほしい。

 顕正はバトルジャンキー扱いされることが多い――自分でも自覚している――が、それは『決闘』好きということであり、衆人環視の中での戦闘はあまり好きではない。

 基本的には感性が一般人に近い顕正としては、進んで目立つような行動は取りたくないのが本音だ。

 

 しかし、

 

「……あの、どうしても出たくないというのでしたら、私から改めて理事会に話を通しますからご心配なく。まだ少し先の話ですし、第一候補というだけで決定ではありませんから」

 

 微笑みながら言ってくるカリムのことを考えると、ここで出すべき答えは決まっていた。

 教会騎士として働き始めて一年、可能な限り聖王教会への『恩』を返そうと心の中で思っていた顕正だったが、まだまだ恩を返しきれたとは思えない。むしろ度々迷惑を掛けているといっていい。

 その中でも、カリムに対しては恩を幾つも感じていた。

 時折、お茶目な無理難題をサラッと振ってくる困った上司ではあるが、彼女が自分に対して様々な便宜を図ってくれていることは分かっている。

 彼女は顕正の体に眠っている、恐るべき因子のことを知る数少ない一人であり、そのことが露見しないように、また、信頼出来るバディのプリメラとのコンビを維持し、不測の事態を考慮して単独任務が回ってこないように手配しているのだ。

 今回の案件でも、最終決定に顕正の意思を必要とするため、幾つかリスクを負っていることは想像出来る。

 顕正が支障無く行動出来る背景には、カリムの力添えがあるからだ。

 その彼女への感謝の意味を含めて、顕正は答えを出した。

 

 

「……分かりました。戦技披露会、自分でよければ参加いたします」

 

 

 その返答に、カリムの顔が明るくなった。

 

「本当ですか!?ありがとうございます!……あの、必ず勝って、とは言いません。ケンセイさんの全力で、悔いの無い試合をして下さい」

 

「えぇ、勿論です」

 

「細かい試合規定はその起案書に書いてあるので、何か規定に疑問があったら言って下さい」

 

 ホッとした様子のカリムが理事会への連絡をしている間に、顕正は起案書の確認を始めた。

 

 

 試合時間は最大30分。

 通常の戦技披露とは違い、空戦技能の披露を意識した動きは必要としない。

 デバイス使用制限無し、カートリッジ制限無し。

 バトルフィールドは未定だが、陸対空戦、陸対陸も想定して有地フィールドであることは確定。

 スタート地点は騎士の必殺間合い、魔導師の有利間合いを鑑みて有視界距離200メートルを検討中。

 

 

 その他、細かな規定を確認した顕正は、起案書の全体を見るために始めから読み直す。

 

 そして、管理局側参加候補者の欄に目をやり、動きを止めた。

 

「……騎士、カリム。ちょっといいですか?」

 

「はい?なんでしょうか?」

 

 理事会へ本人承諾の連絡を終えたカリムの笑顔が、顕正の次の言葉で引きつった。

 

「騎士に二言はない、……つもりでしたが、前言撤回させてください」

 

「はい!?」

 

 一気に慌てた声が返ってきた。

 まさか、やっぱり嫌だ、というのかとカリムは恐れたが、顕正の顔を見てその考えは即座に消え失せる。

 

「『自分でよければ』と言いましたが、訂正します」

 

 その鳶色の瞳はカリムにではなく起案書に向いており、それも爛々と輝きを放っている。

 口元はまるで戦闘状態の獰猛な笑みを作っていて、体から昇る闘気が抑えられないようだ。

 

 

 

 

「――是非とも、自分にやらせてください」

 

 

 

 

 瞳が捉えて離さないのは、対戦候補者の名前だ。

 

 いつかは戦ってみたいと思っていた。

 しかしその機会が、こんなに早く回ってくるとは思ってもみなかった。

 戦技披露会への参加は正直あまり気が進まなかったというのに、今ではこのチャンスを逃すものかと心が叫んでいる。

 

「……楽しみだよ、お前と戦えるなんてな」

 

 口調だけは静かに、しかし胸の内の闘志の滾りは誤魔化せない。

 

 

 起案書の文面を、指でなぞる。

 そこには、こう記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――管理局員第一候補者、『高町なのは』

 

 

 

 

 

 





 ナハトのお披露目にはふさわしい舞台をといったな?
 ――これだ。

 と、いうことで次話は待ちに待った戦闘回。
 全力で、頑張ってまいりましょう!


 あ、皆様の御指南のおかげで、無事に『師匠からの試練』クリアいたしました。
 チャックスで。
 チャックスで!

 少しだけ大剣で滅殺してやろうかという考えもあったのですが、最後までチャックスを貫きました。
 当然、シュバルツスクードです。
 ずっと支えてくれた相棒を、報酬で極限化してあげました。やったねたえちゃん!火力が増えるよ!

 勘のいい方はずっと前からわかっていたと思いますが、プリメラさんは呪われているのでこんな扱いばっかりです。
 それと、ナハティガルの立ち位置について色んな方が『他のヒロインがどう思っているのか』と気にされていましたが、基本的な扱いは『デバイス』です。ヒロイン争いに参加しないので、特別嫉妬される立ち位置に就くことはありません。

 それではまた。


―――次回、『魔王降臨』




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第二七話 魔王降臨

なんというネタバレ。
タイトルで内容が分かってしまうじゃないかー。



 待ちに待った、という表現がこれほど的確なことはないと、顕正は正面の少女を見ながら思う。

 胸の奥底から立ち昇る昂揚感は、二年前の夏、初めての実戦で誇り高きベルカの騎士と相対した時と比べても遜色ないほどだ。

 

 舞台は、昼間の荒野。

 時空管理局が大規模訓練で使用する空間シミュレーターによって設定された、たった二人の為の戦場。

 地平線が見えるほどの広大な場所に見えるが、オーバーSランク魔導師と、それに匹敵する騎士の試合をするための結界魔法が強度を保てる範囲なので、実際のバトルフィールドはそれほど広くない。

 

 鈍色の騎士甲冑、長剣と大盾。そして既に自らの内に入っている融合騎が齎す闇色の粒子。

 武装は完全。

 体調もすこぶる良好。

 この上なく最高のコンディションだ。

 

 

 しかしそれでも。

 規定により200m離れた地点に立つ、トリコロールのバリアジャケットを展開している栗毛の少女にどこまで通用するのかは、未知数といえる。

 

 エースオブエース、高町なのは。

 

 誰もが認める、超一級のミッドチルダ式魔導師だ。

 

『……顕正くん、顔、顔』

 

 フィールドが広く、あまり近いと危険であるとして、観客席は別のエリアに設けられている。

 そちらでは『解説役』の人物が二人の紹介を行なっており、それを聞き流して試合開始の合図を待っていると、なのはからの念話が入った。

 

『なんだよ、事前に言われてる通り、ちゃんと笑顔だろ?』

 

『いや、まぁ、確かに笑顔ではあるんだけど……』

 

 戦技披露会は一般市民も観戦するものなので、最低でも試合が始まるまでは愛想のいい笑顔でいてほしい、と管理局から伝えられている。

 顕正もそれに異議はなく、現在も念話をしつつ笑顔を保っているのだが……。

 

『その笑顔は、お世辞にも『愛想がいい』とは言えないよ』

 

 側から見れば、獲物を前にした野獣の笑みだ。

 口角は上がっているが目は真剣そのものであり、そこに愛想などというものは存在しない。

 幼い子供が目の前で見たら、泣き出してもおかしくはないだろう。

 

『……仕方ないだろ。俺がこの日を、どれだけ楽しみにしてたと思ってる?』

 

『……それは、私もそうだよ。顕正くんと本気でぶつかれる機会なんて、そうそうないし』

 

 なのはが演技ではない、満面の笑みを向けてくる。

 属する組織が違う二人は、模擬戦をする様な機会もない。砲撃魔法のレクチャーはあっても、戦うのは今回が初めてだ。

 

『一応言っておくけど、手加減なんてするつもりはないし、されるつもりもないからね?』

 

『それはこっちの台詞だ』

 

 互いの笑みが交差する。

正真正銘、本気の勝負。

 その意思を確かめ合った頃、空間に直接声を届ける音響装置から進行役の声が戦場に響いた。

 

 

『――大変長らくお待たせいたしました!本年度戦技披露会のトリを飾るのは、奇跡のエキシビジョンマッチ!改めてその両者を紹介しましょう!』

 

 

 ハイテンションな司会進行に、観客が湧く。

 

『時空管理局、本局武装隊所属!若干17歳にしてエースオブエースの称号を冠する、空戦のエキスパート、高町なのは2等空尉!』

 

 紹介に応じ、バトルフィールドに設置されたサーチャーに手を振るなのは。

 

『対するは、聖王教会本部騎士団所属!鍛え抜かれた肉体と、受け継がれてきた古の魔法を操る、『盾斧の騎士』笹原 顕正!』

 

 両手が塞がっているので手は振れない。そのため、慇懃な礼をすることで応じる。

 

 

『さぁ、お互いの準備はよろしいですか?』

 

 司会の確認に、両者が頷く。どちらも万全の状態だ。

 あとは全力で、ぶつかるだけ。

 

『それでは、カウントダウンを開始します!フライングの無いよう、お気をつけ下さい!』

 

 騒がしかった観客席の音声がカットされ、司会のカウントと戦場を駆け抜ける風の音だけが耳に入るようになる。

 

『5!……4!』

 

 左手の長剣を握る拳に、一層の力を込め、

 

『3!……2!……1!』

 

 敵を見据える。

 

 

 

『Ready…………fight!!』

 

 

 

 試合開始のゴングが打ち鳴らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにかく近寄る。

 それが顕正の初手だ。

 中距離でミッド式、それも射砲撃のエキスパートに敵うとは思っていない。

 魔力強化の施された脚で大地を踏み砕き、駆ける。

 

 対するなのはは周囲に桜色の魔力球体を展開。

 高い誘導性を発揮する、一般魔導師が主に牽制に使用する誘導弾だ。

 一発の威力は高くなく、重装甲の顕正ならば数発直撃したとしてもよろけすらしない。

 しかし、

 

『……これが、ミッドのエース』

 

 体内からナハティガルの感心した声聞こえる。

 それもそのはず、展開された光球の数が尋常なものではない。

 

 一瞬で、32発。

 

 それも、一つ一つが空間を踊るように飛び回っている。

 いくら演算処理に優れたインテリジェントデバイスが補助しているからといって、常人が真似出来る芸当ではない。

「アクセルシューター……シュート!」

 

 トリガーワードと共に、32の弾丸が接近する顕正へ殺到した。

 それはさながら、光の濁流。

 弧を描きながら向かってくる誘導弾は、見惚れてしまいそうなほど美しい。

 

 その弾幕の中に、

 

「――らあぁぁぁぁぁっ!」

 

 顕正は速度を上げて飛び込んだ。

 シューターが制圧している空間を、盾で防ぎ、剣で斬り裂き、的確に処理していく。

 この状況は、両手に武装があると動きやすい。

 様々な角度から緩急をつけて襲いかかってくる誘導弾を捌き、着実に距離を詰めていく。

 

 

 その最中、死角となっている後方から、防具の付いていない頭部を狙ったシューターが5つ。

 弾幕の中からひっそり離れ、巧みに背後を取った一団である。

 

 

 なのはは、顕正ならば怯まず直進してくると読んでいた。

 未だ一発も被弾していないのは驚きだが、後頭部への不意打ちは最低でも一瞬は足が止まる。

 その後の隙を突くために思考誘導しているシューターの準備をし、

 

「なっ!?」

 

 思わず声を上げた。

 

 完全に、死角をついた5発の誘導弾。

 それに一切目を向けることなく、顕正は左方の空間に陣取っていた光球を剣で切り裂き、空いた隙間に身を滑り込ませて回避した。

 

 一瞬の驚愕から立ち直って再度誘導弾を向かわせるが、それらも全て躱される。

 そうこうしている内に200メートルあった彼我の距離は詰められてしまった。

 

「――『燕返し』!」

 

 神速の二太刀が迫る。

 魔力によって伸びる斬撃は、少々の距離であれば無視して相手を切り裂く。

 が、それはなのはにも見えていた。

 冷静に飛距離と威力を考え、両足に桜色の小さな翼を広げる。

 

『Axel Fin.』

 

 瞬発反応速度の高い飛行魔法により、空に逃げた。

 そのままフラッシュムーブの魔法も連鎖的に使い、距離を空ける。

 

 攻撃を空振りした顕正はその隙を使って長剣を大盾に突き刺して過剰撃力を放出。その後なのはの後を追う形で空へ躍り出した。

 

 

 

 

 

 

 

(……そう簡単に喰らってはくれないか)

 

『仕方がありません。平常時の移動速度は、あちらの方が数段上です』

 

(これで空戦魔導師の中では平均より少し上くらいの機動力ってのは、どうかしてるだろ)

 

 空を舞台にした、シューターとの演舞を繰り広げながら、しみじみそう思う。

 高町なのはは強力な魔導師だが、速度という点においてはそれほど上位にいるわけではない。

 それでも基本が陸戦の顕正にとっては十分な回避力があるのだ。現状で攻撃を当てるには、どうにかして動きを封じなければならない。

 前後左右、さらに上下からも襲い掛かる誘導弾を避けながらなのはを見る。

 相手の攻撃は避けられている。

 お互いにそんな状況なので、一撃入れた時に戦況は傾くだろう。

 

 

 顕正が誘導弾を確実に回避しているタネは、ナハティガルにあった。

 ユニゾン中に常時バリアジャケットの隙間から振りまいている闇色の粒子は、ナハティガルのモデルとなった生命体の感覚器官を模した物なのだ。

 周囲の粒子に触れただけでその信号がナハティガルへ、そして顕正へと伝わる。

 ただでさえ感覚の鋭い顕正がこの粒子を纏っている限り、死角はない。

 

(……そろそろ、仕掛けてみるか)

 

『はい、ミロード』

 

 シューターの間隙を見計らい、長剣を盾に突き刺した。

 

「――グランツ!」

 

『Axtform. (アクストゥフォルム)』

 

 瞬く間に、グランツ・リーゼの合体変形が完了。

 堅実な防御を捨てた、攻めのスタイルだ。

 大斧を振り回し、周囲のシューターを排除する。直線上に誘導弾がないことを確認してから後ろに振りかぶり、

 

『Freilassung. (解放)』

 

 炸裂打撃を自身の後方で放ち、その衝撃を使って突進する。

 『降魔成道』と名付けられたこの高速移動法も、ナハティガルとのユニゾンによって体への負荷が軽減され、更に空気抵抗を散らす補助術式も併用しているため、速度そのものも上がっている。

 轟音が辺りに響ききる頃には、既に顕正はなのはへの接近を終えていた。

 

「先制、もらった!」

 

 振り下ろされた盾斧を、なのはは慌てて張ったシールドで受け止める。

 その瞬間、

 

 

『Freilassung. (解放)』

 

 

 再びの機械音声と、轟音。

 接触の際に追加でカートリッジを消費し、防御態勢に入ったなのはをガードの上から吹き飛ばす。

 

「きゃっ!?」

 

 小さな声を上げて飛ばされていくなのは。

 しかし顕正は、彼女の足元を見逃さなかった。

 吹き飛ぶ瞬間に、アクセルフィンが僅かに発光していたのである。

 多少ダメージは入ったはずだが、衝撃の勢いを利用して後方に下がったのだ。

 

(また距離が開いたか……それならばもう一度、詰めるだけのこと!)

 

『Freilassung. (解放)』

 

 三度目の炸裂。

 体勢を崩したなのはを追撃せんと、再度の突撃だ。

 風切り音を耳に入れながら、盾斧に力を込め、

 

『!いけません、ミロード!』

 

「――っがあ!?」

 

 ナハティガルの警告も虚しく、空中で『つんのめる』。

 一体何が、と自分の体を見れば、胴体に桜色の光輪が絡みついていた。

 

「バインドっ!?」

 

 空間設置型の拘束魔法。

 『降魔成道』が直線軌道しかなぞれないことを見抜いたなのはが、移動しながら設置していたのである。

 とはいえ、それほど魔力が込められているバインドではない。顕正ならば数秒で突破出来る程度だ。

 しかし、

 

 

「『ディバイン』」

 

 

 声が聞こえる。

 

 吹き飛ばされて崩れた姿勢を整え終わったなのはが、斜め上の空からレイジングハートを向けていた。

 そして顕正は、その魔法を知っている。

 直撃すれば、防御の堅い顕正でも大ダメージは必至。エースオブエース、高町なのはの御家芸。

 

「っ、ナハト!!」

 

 顕正が叫ぶと同時に、

 

 

 

 

 

 

「――『バスター』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 桜色の極太砲撃が一瞬で着弾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砲撃を受けた顕正が大地に叩きつけられるのを見届けたなのはだったが、警戒は解いていなかった。

 まだ試合終了の宣言はされていないし、そもそも顕正が一撃で沈むとは思っていない。

 荒野に叩き落としたせいで土煙が舞い上がっている現状は、相手の動きが見えなくなってしまっている。

 再び炸裂打撃での突撃を掛けてくるか、魔力砲の一つでも飛んでくるかもしれない、と数発の誘導弾を展開し、顕正の落下地点を油断無く見つめていた。

 

 もうもうと立ち込める砂埃。

 そこから群青色の光が見えないかと目を凝らし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゾクリと、悪寒が背筋を走った。

 

 

 

 

 

 

 

 自身の第六感が、危険信号を発している。

 土煙が晴れ、その中心に見えたのは……。

 

「……骸骨の、盾……?」

 

 闇色の盾だった。

 ついさっきまで顕正が手にしていた、無骨な鈍色ではない。

 中央に大きな骸骨が据えられていて、その眼窩は怪しげな光を放っている。

 そしてその盾の影から現れた顕正を見て、ギョッとした。

 

 周囲に今まで以上の粒子を撒き散らす、漆黒の鎧。

 随所に走る赤いラインは血管を思わせる不気味さで、ついさっきまでの『騎士』を意識した実用重視のデザインとは大違いである。

 風に靡く闇色のマントが風格を示し、禍々しい角が二本生えたヘルムは完全に頭部を覆っているため表情は一つも分からない。

 

 威風堂々としたその佇まいは、正義を貫く騎士のものではない。

 あまりの変貌振りに、なのはは思わず呟いた。

 

「……私、陰で色々言われてるけど、今の顕正くんよりはマシだと思うよ」

 

 ヘルムから唯一覗く瞳が、なのはから視線を外さない。

 血のような赤い瞳はどうしようもなく不吉なイメージを湧き上がらせた。

 

 

 

 

 この姿こそが、夜天の主が作り出した融合騎、『夜を蝕むもの』ナハティガルの全力状態。

 

 

 

 口元も見えないヘルム越しにも、顕正が笑んでいるのがなのはには分かった。

 

 

 

 

 

 

「――さぁ、第二ラウンドを始めよう」

 

 

 

 

 

 不敵に響くその宣言は、御伽噺の『魔王』を思わせた。

 

 

 

 

 




誰が『魔王』かなんて、明言した覚えはない(キリッ

はい、なのはさんはむしろ勇者ポジです。
ゴア装備カッコいい!デザイン的にはゴアSのほうが好み。なので顕正君にはゴア装備になってもらいました。ふんたー、とか、ゆうた、とは言わせない。
チャックスも、ゴア系列でシャガルに派生だったらよかったのに…。いや、ザのシリーズも好きなんですけど。


バトルはやっぱり、書いていて楽しい!
特にこの場面は、ずっと頭の中で描いていた部分なので楽しかったです。




以下、ちょっと趣向を変えて、今回のNGシーンを。



――――――――――――――――――――



 なのはは、周囲に桜色の魔力球体を展開。


『……彼女は、本当に人間なのですか……?』


 それを見たナハティガルが、顕正の内で愕然とした呟きを漏らす。
 それもそのはず、展開された光球の数が尋常なものではない。


 一瞬で、凡そ200発。


 その一つ一つがサッカーボールほどの大きさで、周囲の空間を余すことなく埋め尽くしている。
 いくら演算処理に優れたインテリジェントデバイスが補助しているからといって、人類に可能な芸当ではない。こいつはやっぱりどうかしてる。


「最初っから、クライマックスなの!」


 トリガーワードと共に200の弾丸が、接近する顕正へ殺到した。
 それはさながら、光で作られた大津波。

 四方八方から押し寄せてくる誘導弾を見て、顕正は思わず口にする。



「――いや、これはさすがに無理ゲーだわ」



 超弾幕の中に、一人の青年が呑み込まれた。


――――――――――――――――――――


 なのはさんのシューター最大同時操作数が32個だって、書いてる途中で知りました。

 それではまた次回。
 次で一応、戦技披露会終了の予定です。




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第二八話 神与の聖剣

 全力、全開!




 

 高町なのはにとって笹原 顕正という青年は、関係性の表現に困る相手だ。

 幼少期に共に遊んだ人物であるが、幼馴染と素直に言えるほど付き合いが長かった訳でもない。

 小学生になってからは通う学校が違い、住む家も子供にとってはそれなりに離れていたため、それ以降に遊ぶこともなかった。お互いに学校で新しい友達が出来たことも理由としてあげられる。

 そして二人が小学2年生の頃、両親を事故で亡くした顕正は、県外に引っ越した。

 以来、ずっと顔をあわせる事のなかった相手だ。

 

 

 再会したのは二年前。

 すずかとアリサが、自分に恨みを持つ魔導師達に誘拐されたあの事件を解決したのが顕正だと知った時は大いに驚いた。

 海鳴に戻ってきていたとは知らなかったし、彼が魔導師に――『騎士』になっているなんて、想像もしていなかった。

 

 顕正に関する記憶は、正直言って朧げである。

 よく『おままごと』に付き合ってくれたこと。

 転んで泣いているときに手を貸してくれたこと。

 なのはの母、桃子の作るシュークリームが好きだったこと。

 それくらいは覚えていた。

 逆に言えば、それくらいしか覚えていなかった。

 

 

 とはいえ、それはお互い様なのだろう。

 なのはにとっての顕正も、顕正にとってのなのはも、決して『特別な相手』ではなかった。

 幼い頃の、ただの友達。

 

 それでは、今の関係はというと、その頃から大して変わっていない。

 特に用件がない限り連絡を取ることもなく、お互いそれなりに忙しいので遊びに出掛けることもなかった。

 知り合いというほど遠くなく、親友というほど近くない。

 ただの、友達だ。

 

 

 その認識がこの日、変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ああぁぁぁっ!」

 

 

 咆哮と共に、黒鎧を纏った顕正が跳躍する。

 更に鎧の肩を後ろから掴むような形を取っていた竜爪を展開し、マントと一体化。翼竜の様な、腕翼が羽ばたく。

 物質として翼が追加されたことにより、飛行スピードが上昇している。

 それなりの距離があったというのに、驚くべき速さでなのはに迫った。

 

「っ、アクセルシューター!」

 

 もちろんなのはも、惚けて見ているだけではない。

 誘導弾を放ち牽制した。

 しかし、先ほどまでの状態でも当たらなかったシューターである。

 機動力を増した顕正に、触れられる筈もない。

 襲い来る誘導弾を、余裕を持って躱し、タイミングを見て黒く染まった長剣で引き裂いて撃力エネルギーを溜めていく。

 そして長剣に十分な撃力を溜め終わると、

 

「グランツ、アックス!」

 

『Axtform. (アクストゥフォルム)』

 

 移動をし続けながらの変形合体。

 その全貌は、禍々しいの一言に尽きる。

 大きな骸骨が紫の布で押さえつけられた、巨大な斧。まるで呪われた装備品だ。

 顕正は外には見えないヘルムの内側で苦笑。自分でも、この形態があまりに『騎士』とはかけ離れていると理解しているのだ。

 しかし、その性能は折り紙付き。

 複数回管理外世界での実戦投入を行い、自身のバトルスタイルに組み込めるか試している。

 

 

 

 先代『盾斧の騎士』ヴェント・ジェッタが600年前に死力を尽くして葬った、悪しき黒竜。

 『黒蝕竜』ゴア・マガラ。

 

 ベルカの地に残されたその死骸は、ヴェントへの選別として製作されていた融合騎へと追加で組み込まれ、いつの日か『盾斧の騎士』の手に渡ることを望まれていた。

 

 そしてその機能を今こそ、発揮する。

 

「グランツ!」

 

『Freilassung. (解放)』

 

 顕正の声に無機質に、しかし全力で答え、『光輝の巨星』グランツ・リーゼが撃力カートリッジを炸裂させる。

 轟音と衝撃。

 爆発を使った高速移動を再度行い、なのはの元へと駆ける。

 

「っ、それはもう通じないよ!」

 

 直線起動しか行えないという弱点が既に分かっているのだ。

 なのはは慌てることなく、最小限のチャージで魔力砲を放った。

 真っ直ぐ来るなら、真っ直ぐ迎え撃てばいい。

 高速で向かってくるということは、威力を抑えた砲撃でも大きなダメージを与えられるということだ。

 

 飛来する漆黒の騎士へ、桜色の奔流が直撃する――その瞬間。

 

「――ナハト!」

 

『シュンデン!』

 

 天空に広げられた闇翼の下、鎧の肩の部分から、群青の光が走る。

 左右同時に放たれたその光は、どちらも別の方向を指していた。

 

 

 大気を裂く二本の群青が噴き出したことにより、一直線になのはに向かう弾丸と化していた顕正の軌道を『曲げる』。

 

 

「スラスト・ベクタリング!?」

 

 砲撃中のなのはが、驚愕の声を上げた。

 顕正が行ったそれは、『空中機動』の一つ。

 

 スラスト・ベクタリング。あるいはベクタード・スラストと呼ばれる動きに近い。

 前方への推力を発生させる噴出口の角度を変えることで、推進力を殺さずに進行方向を変更する、機動と言うより機能と言える。

 固定翼の戦闘機等で、ジェットエンジンの噴流をノズル偏向によって行うその機動を、顕正は肩から『砲撃魔法』を放つことによって実現させた。

 反動の大きく、術式による衝撃分散や術者の空間固定を用いて撃つことを推奨される魔力砲。

 それは逆に、大きな反動を推力として運用出来るということだ。

 本来ならば、優れたマルチタスクを持つミッド式魔導師であってもその術式制御に思考の大部分を割かなければならない砲撃魔法を、内側にいるナハティガルが制御しているため、顕正本人は全ての思考を攻撃に向けることが可能になった。

 更には、顕正が纏っている『黒蝕の鎧』にもタネがある。

 この鎧は強固なバリアジャケットであると同時に、全身がナハティガルという『デバイス』に覆われているということでもある。

 それはつまり、全身のあらゆる場所を基点にして魔法が行使できるということ。

 

 顕正はそれらを活用することで、『降魔成道』による高速移動中における弱点を打ち消したのだ。

 

 グランツ・リーゼの炸裂打撃を初加速に、砲撃魔法を通常推力と進路変更に使うことで、陸戦型である顕正でも、空戦魔導師に引けを取らない空戦機動が行える。

 

 可変式ジェットノズル扱いの砲撃による反作用で、空中を自在に移動する顕正。

 バレルロール、インサイドループ、様々な空中機動を駆使して飛び交う誘導弾や魔力砲を回避し、ついになのはの元へとたどり着いた。

 

「どうだ?中々様になってるだろ?」

 

 接触の前に再度グランツ・リーゼを変形させ、長剣形態で斬りかかる。

 至近距離まで迫られたなのはは長剣をレイジングハートの柄で受け止めるが、その一撃は簡単に止められるほど軽くない。

 

「っ、重っ!」

 

 驚異的な膂力を元にした斬撃で体勢が崩れ、更に盾を持ち替えた顕正による盾突きが入る。

 ガシャン、と音を立てた盾が接触の際に稼働し、ガードの空いた腹部へ連撃。

 堪らずなのはは後方へ吹き飛ばされた。

 多段攻撃によって一瞬止まった呼吸を、大きく息を吸って回復させる。スピードで上回られたということは、この後も追撃が来る可能性が高い。

 それに備えて杖を構えたなのはだったが、視界に入った顕正は動きを止めていた。

 顕正の腕翼の右側が、なのはに向かって何かを放る。

 それが群青色の球体であることを認識したなのはは魔力弾であると判断。相殺するべく誘導弾を展開し、

 

『Master!Please overlook!』

 

 長年の愛機レイジングハートの警告に、即座に従って目を瞑った。

カッ!

 

 という乾いた破裂音。

閉じた瞼を貫いて、網膜を白く染める。

 

(っ、ここで閃光弾!?一瞬遅れてたら喰らってたっ!)

 

 咄嗟に目を閉じ、その上で簡易的ながら対閃光用シールドを張ったため数秒で視界は元に戻るだろう。

 しかしその数秒は、接近戦では命取りとなる。

 ホワイトアウトした視界のまま、風切り音を頼りに顕正の斬撃を回避したが、そう何度も出来るわけではない。

 とにかく離れなければ、そう考えて、姿勢制御もそこそこに後方へフラッシュムーブ。

 一瞬で顕正との距離を取ったなのはの体は――

 

 

「っ!?」

 

 

 空中に、縫いとめられた。

 四肢に力が入らない。

 全身を、バチバチと音を立てる電気状の魔力が絡め取っているのだ。

 

「せっ、ち……バイン、ド……!?」

 

 電気によって筋収縮が起こり、口が上手く回らない。

 いつの間に仕掛けられたのかは分からないが、閃光弾を受けたなのはが後方に下がると読んでの、空間設置型のプラズマバインドトラップである。

 

(っ、でも、これくらいならまだっ……!)

 

 バインドに込められた魔力はかなりのものだが、なのはとレイジングハートの演算処理能力ならば閃光弾よりも対処しやすい。

 白に染まった視界が元に戻る頃には、このバインドも抜け出すことが出来る。

 熱くなった思考回路を務めて冷静に稼働させ、バインドを術式ごと解体する。

 

「これでっ……!」

 

 極限状態であっても衰えない演算処理により、バインドが解けた。

 まだ体に痺れは残っているが、最低限の動きは行えるはず。

 

 思考に余裕を取り戻したなのはの瞳もまた、薄っすらと元に戻り始め、

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 その視界の中に、合体した盾斧を構えた顕正の姿。

盾斧は巨大な刃を柄元まで移動させ闇色の粒子を、そして黒い雷撃のような迸りを振りまいていた。

 

 血色の瞳が、真っ直ぐになのはを捉えている。

 

 

 

 

「……『破邪』」

 

 

 

 キン、と弾けるような音を立て、黒鎧の左腕が紅に輝く。

 

 ミシミシと音を立てる全身に構わず、振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

「――『顕正』!!」

 

 

 

 

 

 

 煌めく。

 

 

 その色は本来の魔力光である群青と、ナハティガルの深紫が混ざり合って、正に夜色。

 

 今までの炸裂打撃をはるかに凌駕する爆音が大気を引き裂き、衝撃砲が着弾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はぁ、はぁ……流石に、連打しすぎたか?」

 

 砲撃の直撃したなのはが荒野に落ちて砂塵が上がるのを確認し、荒い呼吸を整える。

 

『残魔力はまだ半分を少し下回った程度ですが、度重なる炸裂打撃と先程の『破邪顕正』によって、肉体的なダメージがかなりのものになっています』

 

 大威力砲撃の反動で、体は既に悲鳴を上げている。だが、かつてシグナムと試合ったときと比べれば雲泥の差だ。

 ナハティガルの制御補助があるだけではなく、顕正自身の技量が上がっていて、放てば戦闘不能となっていたあの頃とは違う。

 身体能力や武装の機能だけに頼るのではなく、様々な要素を駆使した戦い方も覚えた。

 閃光弾、設置バインドからの『破邪顕正』という、顕正渾身の連撃はその最たるもので、この日のために閃光弾をヴィータから、バインドをプリメラから、術式だけでなくより効果的な使用法を教わったのだ。

 空戦で後れを取らないように、管理局教導隊の戦闘映像を研究し、その中で自身が可能だと判断した空中機動も習得するなど、手段を選ばず全力を尽くした。

 そうして、対なのは用に用意してきた全てを使い切り、完全な状態で『破邪顕正』をヒットさせている。

 

 これを食らえばさすがのなのはも……。

 

 

 

 

「……おいおい、嘘だろ……?」

 

 

 

 

 砂塵の中から、白い魔導師が現れた。

 

 

「本当に、間一髪って感じだったよ……」

 

 あはは、と笑う。

 その姿は決して万全とは言えず、バリアジャケットは大部分の装甲が粉砕され、純白だった布地は土埃に塗れていた。

 両サイドで括っていたツインテールも片方のリボンが千切れてしまっていて、髪が風に靡いている。

 今日のために、バリアジャケットの装甲を厚めに設定していたことが幸いした。

 機動力を落としていたため直撃してしまった、という見方もあるが、それでも今回の判断が間違っているとは思わない。

 防御力に定評のあるなのはが、この状態なのだ。普段の装甲では意識まで持っていかれただろう。

 

 

 バリアジャケットはボロボロ。

 魔力も誘導弾や防御でかなり使わされていて、正に満身創痍。

 それでも、瞳は光を失っていない。

 

 

 

 

「……はっ」

 

 白き魔導師の悠然たる姿と眼光に思わず、顕正の喉が震える。

 

 

 まだ、終わっていなかった。

 本来ならば、ネガティヴな思考になってもおかしくない状況にも関わらず、顕正の脳裏に浮かぶのは歓喜だった。

 

 

「上、等っ!」

 

 

 渾身の一撃である『破邪顕正』を受けて、まだ立っているなど信じられないタフネスだが、心の何処かでこの展開も予想していたのだ。

 

 

 これこそが。

 いや、これでこそ。

 

 

 

 『エースオブエース』高町なのは。

 

 

 

「――グランツ!!」

 

 ガシャリと音を立てて変形。

 残りのカートリッジは一本のみ。

 これを決め技にするなら、『降魔成道』は使えない。

 大斧形態に変形したが、炸裂させずに肩から群青色の魔力砲を噴出させ、反作用によって大地に立つなのはに向かって突進した。

 

「アクセル、シュート!」

 

 なのはが誘導弾を放ってくるが、それはスラスト・ベクタリングによって最小限の動きで回避。一部が装甲を掠るが気にしない。

 最早防御は不要。

 お互いに満身創痍で、そんな余裕はない。

 大きな一撃で片がつく。

 

 

 

 その移動の最中に、顕正の第六感が働いた。

 

「っ、オラァァァァ!!」

 

 軌道上でほんの僅かに光った桜色を、盾斧で叩き割る。

 設置バインドだ。

 そしてすぐさまその場をバレルロールで横に移動。

 

 

 

 一瞬遅れて極太の砲撃が、顕正のいた場所を撃ち抜いた。

 

 

 

 この砲撃を回避したのは、大きい。

 

 バスターを放ったなのはは足が止まっている。

 多少距離はあるが、ここが勝負の決め所だ。

 

「グランツ!」

『Freilassung. (解放)』

 

 轟音。

 衝撃による加速突進は、再度バスターが放たれる前になのはの元へ辿り着ける。

 

 

 これで。

 

 

「――終わりだぁぁぁ!!」

 

 

 

 一気に迫る顕正。

 

 耳に入るのは風を裂く轟々と鳴る音。

 

 

 その、咆哮に。

 

 

 

 

「――これで、終わりだよっ!」

 

 

 凛と返す。

 

 

『Divine』

 

 

 ガシャンガシャンガシャン。

 カートリッジをロードする音が響いた。

 

 

「受けてみて、ディバイン・バスターの、新しいバリエーション……!」

 

 

 なのはが放つ砲撃は継続している。

 

 一直線に、空を撃ち抜く桜色。

 

 それが――動く。

 

 

「っ!?なぎ払っ!?」

 

 

 回避したはずのバスターが、その軌道を変えて顕正に迫る。

 

 

 

 

 

 それはさながら、極光の剣。

 

 直線上を攻撃範囲とする砲撃魔法の、新しい極地。

 

 

 

 

 

「――『ディバイン』」

 

 

 

 

 

 眼前に迫る光。

 

 

 

 

「『ブレイバー』ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、と思う。

 

 

 

 

 悔しい。

 

 次は必ず。

 

 ついつい、言葉が溢れる。

 

 

 

 

「……届かなかったか……」

 

 

 

 

 

 それでも、暗い感情は湧いてこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合時間、10分42秒。

 

 空戦魔導師対陸戦型騎士という稀な対戦カードで互いに高度な技量を披露し、一進一退を繰り広げたその試合は、高い評価を得、後にミッドチルダの人気魔導師雑誌にて特集が組まれるほどになる。

 

 

 そしてその雑誌の記事には、試合後に行われた両者へのインタビューが掲載された。

 

 

 試合中の判断や、使用した技術。

 日々の訓練法などに関する質問が大半を占めていたのだが、最後に少し趣向の違う質問があった。

 記者が、どんなつもりで聞いたのかは分からない。

 純粋な好奇心か、悪戯心か。

 もしかしたらなんらかのスキャンダルを求めていたのかもしれない。

 その回答が、面白いということで採用されることになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――騎士ケンセイにとって、高町2尉はどんな相手ですか?

 

 

 

「……難しい質問ですね。ある意味での憧れを抱いている部分もありますし、いつかリベンジしたいとも思っています。……そうですね、強いて言うなら――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――高町2尉にとって、騎士ケンセイはどんな相手ですか?

 

 

 

「……実はそれについて、自分で考えたことがあるんです。地球出身の同年代では、唯一の異性ですし、正直言って、距離感を図りかねていた部分もあります。……でも、あえて答えるなら――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「――『ライバル』、ですかね」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の回答は、綺麗に揃っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 なのはさんに新しい派生モーション、薙ぎ払い砲撃が追加されました。

 なのはさんの『管理局の白い魔王』伝説に否定的な方が多かったのはうれしい限りですが、やはり10年近い実戦経験は大きいです。
 なのはさんへの、閃光拘束から後方シビレ罠の流れがどこぞのモンスター対策なのは気のせいではありません。



 さて、これにて第二章、聖王教会騎士団編終了です。
 一話ほど閑話を入れて、ついに原作時軸である『機動六課編』へ。

 皆様の応援で、ようやくSTS。
 とりあえず年内には閑話を上げます。……上げる予定です。



 以下、現時点での主人公の戦績まとめ。

一章
 VSチンピラ魔導師×3  〇
 VSシグナム 一戦目   △(中断)
 VSシャッハ 一戦目   ×
 VSシャッハ 二戦目   〇(地の文のみ)
 VSシグナム 二戦目   ×
二章
 VSプリメラ       〇
 VSガジェット      〇
 VS夫婦竜        〇(会話文中のみ)
 VSなのは        ×


 9戦5勝。その中でも原作キャラ相手に勝ち星を拾ったのはシャッハさん二戦目のみ。
 ……主人公の負けが多いのは、きっとヴァンガードの影響。

 それではまた次回。

 


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 閑話2 幸福の形

大変長らくお待たせいたしました。
言い訳はあとがきにて。


 ある日の夜のこと。

 顕正は自室で次元通信を行っていた。

 

『――ふーん、なるほどねぇ。あんたが珍しく自分から連絡してきたと思ったら、そういう話か』

 

「……どうすればいいと思う?」

 

『っていうか、なんであたしに?他にもそういうの得意そうなのいるでしょうに。ほら、フェイトとか』

 

「あいつにも聞いてみたんだが、『自然に仲良くなったよ』ぐらいしか聞けなかった」

 

『じゃあ、はやては?はやての所は大所帯だから……って、あそこもフェイトと同じような感じか』

 

「いや、あいつはそれ以前の問題だった。……それで、他に相談出来そうな相手を考えたら、ふとお前の顔が浮かんだんだ」

 

『……それはありがたい話だけど……。相手はデバイスなんでしょ?』

 

「そう、なんだが……どっちかと言うと『使い魔』みたいなもんなんだよ、ナハトは」

 

『ふーん……そうねぇ……だったらやっぱり、スキンシップが一番じゃないかしら?』

 

「スキンシップ?そういうものなのか?」

 

『まぁ、あたしは大体そういうことから始めるわよ。実際に触れ合うことって、言葉を尽くすよりも信頼関係が生まれると思ってるの』

 

「……なるほど。参考にさせてもらうよ。悪いな、わざわざ時間取らせて」

 

『べ、別にいいわよ、これくらい。……たまにはこっちにも顔見せなさいよね』

 

「あぁ、今度の休暇に帰るつもりだ」

 

『そう、それならいいわ。……じゃあ、またね』

 

「あぁ、また」

 

 

 

 通信を終え、ふむ、と顎に手を当てる。

 受けた助言は、理にかなっていると思えた。

 それならば、即断即行である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう、少しですね」

 

 聖王教会騎士団女子寮のキッチンで、プリメラはオーブンの中を見ながら呟いた。

 オーブンの中には、表面に焼き色の出始めたクッキー。

 最近趣味で始めたお菓子作りの作業中である。

 入浴の前に生地を寝かせ、先ほどオーブンに入れたクッキーは、もう少し時間がかかりそうだ。前回焼いた時は焼き過ぎて黒焦げになってしまったため、ここが一番注意を払うべきところだと用心している。

 まだ少し湿っている菫色の髪を、タオルでポンポン叩いて水分を取りながらオーブンの中を見つめていると、キッチンに入ってくる気配があった。

 

「――いい香りが出てきていますね、プリメラさん」

 

「……ナハト。もう少しで焼き上がりそうです」

 

 オーブンのガラスに反射して見えたのは、同じく風呂上がりのナハティガルだ。普段のポニーテールを解いている。

 

「今回は上手くいきそうですか?」

 

「えぇ、あとは焼き加減さえ気を付ければ……」

 

 水分を含んでいつもより更に艶のある、ナハトの闇色の髪。

 そして風呂上がりでほんのり染まった肌は非常に魅力的で、同性のプリメラでもどきりとする色香があった。

 このユニゾンデバイスがライバルとならなくて本当に良かったと、何度目か分からない安堵の息を内心で吐く。

 スラリとした長身はモデルもかくやという優美さで、そのくせたわわに実った果実すら併せ持っている。

 正直、『敵』になれば肉体的なもので叶う部分が見つからない。

 ただでさえ、管理局の美人執務官というかなりの強敵がいるというのに、彼女まで敵に回ったら手の施しようがない。

 幸いにしてナハティガルは、女性としての幸せよりもデバイスとしての幸せを求め、ひいてはロードである顕正の幸せを願っている。

 その願う幸せは『騎士』としてだけではなく、一人の人間としての物もだ。顕正に近しい異性であり、その人間性も高く評価できるプリメラが、顕正の人生の伴侶となることに何の異議もないため、ナハティガルは専らプリメラの恋のサポートをしていた。

 今まで料理をした事のない、生粋の『お嬢様』だったプリメラに料理指南をしたのも、ナハティガルである。

 

 

 本来は600年前のベルカ戦乱期において、世界各地を旅して回る『盾斧の騎士』のサポートをするために作られたナハティガルには、日常的な家事の手法もインプットされている。特に先代であるヴェント・ジェッタは料理が不得手であったため、シャランは彼のために、ナハティガルへ様々な料理レシピを仕込んでいたのだ。

 

 しかし普段の食事は教会の食堂で取るし、ロードに食事を作ろうにも先代とは違い、顕正は地球で一人暮らし出来る程度には家事に慣れていて、料理も出来る。わざわざ作る必要がない。

 それならばと、自身の腕を活用出来るプリメラへの指南役を了承し、顕正へのアピールを手伝っていた。

 今作っているクッキーも勉強中の顕正への差し入れで、密かに甘いもの好きの彼に合わせた味に調整している。

 あとは焼き上がりを待つばかり……という時に。

 

『――ナハト、今大丈夫か?』

 

「?」

 

 ナハティガルに念話が入った。

 

『はい、何か御用でしょうかミロード』

 

『手が空いてるなら、ちょっと部屋まで来て欲しいんだが』

 

 相手はロードである顕正だ。

 この時点で、なかなか珍しい出来事である。

 ロードと融合騎という関係性の二人だが、日常的な関わりは正直言ってほとんどない。

 本来であればロードの世話をするのがナハティガルの役目なのだが、現代社会においてその必要性もなく、仕事や訓練の時間以外は顕正よりもプリメラと過ごす時間の方が多い。

 仕事に関する連絡で念話が使われることはあるが、今回のような夜の呼び出しというのは非常にレアだ。

 いつもであればこの時間帯の顕正は教員資格のための勉強中で、ナハティガルを呼び出すことはない。

 とはいえ、敬愛するロードの呼び出しに応じないという選択肢はありえなかった。

 

『分かりました、すぐに向かいます』

 クッキー作りは焼き上がりを待つだけなので、もう大丈夫だろう。

 ナハティガルはプリメラに顕正から呼び出しがあったと伝え、彼の部屋がある男子寮へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……なかなか、上手くできました)

 

 ナハティガルが去った後、それほど時間を置かずにプリメラも男子寮にやってきた。

 手には出来立てのクッキーが並べられた皿がある。油断せずに味見し、出来映えの確認をしてあるので万が一のこともない。

 このクッキーを差し入れに行く、という口実で顕正の部屋にお邪魔するので、内心ウキウキしている。

 以前はミッドの一般教養を教える、という名目があったのだが、最近ではプリメラが教えられる範囲を超えてしまったため、教師役はお役ご免となっていた。

 その失われたアピールタイムを取り戻すために、こうして差し入れを作ることを考えたのだ。

 経験はほとんどなく、失敗続きだったが、頼れるサポーター、ナハティガルの指南によりやっと満足のいく出来に仕上がった。

 あとはこれを、勉強中の顕正に渡すだけである。

 ウキウキとドキドキがない交ぜになった感情を無表情の裏に込めながら、顕正の部屋のドアをノックしようとして……。

 

 

「――み、ミロード……あっ……!」

 

 

 中から聞こえてきた艶っぽい声に動きを止めた。

 

(…………は?)

 

 一瞬にして頭が真っ白になる。

 ここは間違いなく顕正の部屋の前で、尚且つ先ほどの声はナハティガルのものに違いない。というか、現在聖王教会内で『ロード』と呼ばれるのは顕正だけで、呼ぶのもナハティガルだけである。

 唐突な事態に固まったままのプリメラの耳に、さらなる声が入ってきた。

 

 

「どうだ?痛かったりしたらすぐ言ってくれよ」

 

「は、はい、大丈夫です。むしろ気持ち良いくらいで……その、なんと言いますか、手馴れていますね、ミロード……」

 

「まぁ、姉さんを相手にして、何度かやったことがあるからな。なかなか高評価だったぞ」

 

「んっ……では、意外と経験豊富なのですね……あっ……」

 

「ナハト……お前ちょっと敏感すぎないか?」

 

「それは、その、そういう『仕様』なのもありますが、……ミロードに触れられていると考えると、心の奥から溢れる感情がありまして……」

 

「……感情っていうか、もう見て分かるくらいに『溢れ』てるけどな」

 

「し、仕方がないではありませんか……私だって出したくて出してるわけではないのですよ?」

 

「まぁ、俺は嫌いじゃないけどな、これ」

 

「う……あ、ありがとうございます……」

 

 

 なんだこれは。

 一体全体、この部屋の中で『ナニ』が起きているというのか。

 プリメラ・エーデルシュタインは、思春期真っ只中の恋する乙女である。

 当然ながら『そういったこと』に関する知識も持ち合わせていた。

 聞こえてくるナハティガルの声の艶っぽさ、顕正の言葉、それらが彼女の脳内をピンク色に染め上げる。

 

(どどどどどういうことですかまさかケンセイとナハトがっ!?騎士と融合騎でそんな、うらやまっ、ふ、ふしだらな!?)

 

 若干本音が漏れつつ、二人の関係性に対する文句。

 顕正もナハティガルも、お互いロードとデバイスというスタンスを取り続けていた。

 それは普段の態度にありありと現れていたし、その関係に危機感を持ったプリメラは幾度となく確認している。

 しかし現実に起こっているこれは、どう考えてもロードとデバイスの関係ではない。

 

(……そ、そう、ですよね。如何に清廉を重んじるケンセイといえど、一人の男性です。ナハトのような美人に傅かれれば、『そういう気持ち』になってしまうのは時間の問題だったのかもしれません……)

 

 プリメラが思春期の恋する乙女であるのと同様に、顕正もまた旺盛な年頃の青年なのだ。

 その上、顕正はあれで中々自身の欲望に忠実である。

 今までその欲は、ほぼ全力で『強さ』に向いていたのだが、ナハティガルという魅力的な女性の出現が、それを変えてしまったのだろう。

 

 裏切られた、という思いは、当然ある。

 しかしそれでも、怒りや悲しみには繋がらなかった。

 

(失恋、なのでしょうけど……それよりも少し、ホッとした気もします)

 

 プリメラ・エーデルシュタインは二年という期間、笹原 顕正のことを直ぐ横で見ていた。

 顕正は非常にストイックで、何よりも『強さ』を求めて全力だった。

 その一途な背中が、どうしても生き急いでいるように見えてしまったプリメラは、顕正本人に『何故そこまで強さを求めるのか』と聞いたことがある。

 

 語られたのは600年の歴史。

 『盾斧の騎士』の悲願。

 笹原 顕正の、『夢』。

 

『――人間が持つ可能性を示し、それをもって人々に希望を与える』

 

 大きいな、と思った。

 そんな所を見つめていたのか、とも。

 

 だからこそ、プリメラは少し心配もしていたのだ。

 笹原 顕正は、果たして『人としての幸せ』を求めているのだろうか、と。

 それは社会的地位であったり、財産であったり、そして『家族』や『恋人』といった存在であったり。

 

 彼はもしかしたら、強さしか求めていないのではないか。

 

 そう思っていたが、この様子なら要らぬ心配だったらしい。

 

(その『相手』が私ではなかったことは残念でなりませんが、ケンセイが幸せなら、それでもいいのかもしれません)

 

 恋して、求めて、思い破れて。

 自分も少しは大人になったのだろうか。

 想像していたよりも胸の内の泥は少なく、ただただ不思議な感覚があった。

 

(……二人とも――どうかお幸せに)

 

 心の中、その一言だけを送る。

 彼女は想いを込めて作ったクッキーを渡すことなく、そっと扉を離れて歩き出した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――のだが、

 

 

「……あ、ミロード。どうやら扉の前にプリメラさんがいるようです」

 

「ん?さっき言ってた差し入れか。プリメラー、入ってきていいぞー」

 

「ぅえ!?」

 

 突然部屋の中から声を掛けられて、動揺してクッキーを乗せた皿が宙を舞う。

 はっ、として身体が動き、皿を確保。空中に飛び出しかけたクッキーもひとつ残らず皿に回収するという超機動を披露した。

 せっかく作ったクッキーが無駄になることを避けられたことにホッとして、そして次の瞬間には現実を思い出した。

 

「そ、その!盗み聞きするつもりはなかったのです!」

 

「?いや、別にそんなことは気にしていないが……まぁ、とにかく入っていいぞ?」

 

「いいいいい、いいんですか!?私も入っていいんですか!?」

 

「あぁ、そう言ってるだろ……?」

 

 なんということだろう。

 失恋したと思ったら、まさかの逆転ホームランである。いや、これを勝利と取るのかどうかは人によるが。

 この状況で自分も『参加』するとは、中々どうしてハードルが高い。

 

(は、初めてが『3人』だなんて……い、いえ、この際文句は言えません。これはチャンスなのです。この好機を逃すなど、できるはずもありません!)

 

 片割れがナハティガルだというのなら、まぁ、まだなんとか折り合いをつけられる。色々思うところはあるが、妥協可能だ。

 それにしても突然こんな提案が出てくるとは、これも地球の文化なのかもしれない。地球、恐るべし。

 

「そ、それでは、御言葉に甘えて……し、失礼します!」

 

 覚悟はとうに出来ている。

 ならばあとは、突き進むだけだ。

 その先に、どんな肌色が広がっていようとも……!

 

 そうしてプリメラは勇んでドアを開け、そのエメラルドグリーンの瞳で、捉えた。

 

 

 二人はベッドの上にその身を置いており、ナハティガルは頰に朱を滲ませて熱い吐息を零し、顕正は優しい手付きで彼女を愛撫していた。

 

 

(――あ、あれ……?)

 

 そう表現するしかない光景なのだが、どうにもプリメラの想像していたような状況では、ない。

 

「あぁ、わざわざありがとな。せっかくだし、みんなで食べよう」

 

「え、えぇ、それは、もちろんですが……その、これは、どういう状況なのですか?」

 

 至って普通の対応をする顕正の手の動きに合わせ、ナハティガルは小さな声を漏らしている。頬は上気し、目は酩酊しているかのようにとろんとしていた。

 

「どういうって……『ブラッシング』してやってるんだが」

 

 顕正の手には、一本の櫛が握られている。

 その櫛が優しくナハティガルの黒髪に触れて梳くと、

 

「んっ!」

 

 ナハティガルの喉から艶を含んだ声。

 よく見れば、その髪からは戦闘中に様々な情報を伝達するための感覚器官である『黒い粒子』が溢れていた。

 

「……は?」

 

 想像していた桃色空間とのギャップに、プリメラの脳が止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことの始まりは、なんてことはないただの思い付きだ。

 教員試験のための勉強に勤しんでいた顕正が、休憩中にふと思ったのである。

 

(……俺とナハトって、やっぱり少し『距離』があるよな……)

 

 頭に浮かんだのは自分以外にユニゾンデバイスと共に過ごしている人物、八神 はやての姿だ。

 ナハティガルを発見した任務で共に遺跡探索を行った時に感じたのだが、彼女のリインフォースⅡへの接し方は、単なるデバイスではなく、まるで『妹』と接しているように見受けられた。

 夜天の書を核とする魔法生命体、ヴォルケンリッター達と幼い頃から『家族』として過ごしてきたはやてだからこそのものなのだろうが、その関係性はある種の理想形なのではないかと、顕正は考えたのだ。

 

 それを踏まえて、今の自分とナハティガルはどうだろう。

 お互いがお互いを尊重し合っている、と言えば聞こえはいいが、遠慮し合っているだけでもある。

理想の関係だとは、口が裂けても言えないだろう。

 まだ出会ってから1年も経っていないということもあるが、所詮は言い訳だ。

 現在の関係は、顕正がナハティガルと仲を深めることを怠っていた結果であり、それがそのままで良いとは思わない。

 

 そうして顕正はナハティガルと『仲良く』なるべく行動しようとしたのだが、すぐに問題に直面した。

 

 現状以外の接し方が、よく分からなかったのである。

 

 当然と言えば当然だ。

 普通は仲良くなろうとしてなるのではなく、共に過ごしていく中でそう『なっている』のだから。

 

 しかし、先日の戦技披露会で、あと一歩がなのはに届かなかった顕正は、ナハティガルとの連携がもっとうまく取れていれば結果は違ったのかもしれない、という発想になり、若干の焦燥感を抱いていた。

 

 この問題は早急に解決しなければならない、という思いに突き動かされていたとも言える。

 

 そうと決まればと、頼れる友人達に次元通信を行ったのは、思考が終わってすぐのことだった。

 

 

 

 一人目、無限書庫司書長 ユーノ・スクライア。

 

「……えっと、つまり、女の子と仲良くなる方法ってこと?え?これって恋愛相談?」

 

 違う。そしてもしそうなら、なのはにずっと想いを寄せながら全く進展のないお前に相談することはない。

 ……とは、流石に口に出さなかった。

 

「僕じゃ力になれそうにないなぁ。はやてとか、そういうの得意そうじゃない?」

 

 

 二人目、時空管理局捜査官、八神 はやて。

 

「――押し倒す、ってのはどうやろか?」

 

 冗談だと分かっていたが切った。

 

 

 

 三人目、時空管理局本局執務官、フェイト・T・ハラオウン。

 

「うーん、私の場合は、アルフとはずっと昔から一緒だから、あんまり参考になるようなアドバイスは出来ない、かな……。自然と仲良くなってたし。――あ、キャロとエリオの時は、出来るだけ怖がらせないように、って目線の高さを合わせるのを意識してたよ」

 

 前の二人と比べると雲泥の差ではあるものの、ナハティガルに適応出来るアドバイスではなかった。

 

 この辺りで顕正は、魔法文明に生きる友人達は当てにならないと判断。

 

 地球に住む友人で、魔法的な話をしても問題ない人物を思い浮かべ――

 

 

 アリサ・バニングスという、非常に頼りになる人物に助けを求めたのである。

 

 

 

 突然の次元通信に驚いたアリサだったが、基本的に自分一人で問題解決を図る顕正が真剣な様子を見て、真摯に考え、思い付いた有効なアドバイスを伝えた。

 

 ……アリサの誤算は、顕正が新たに手にしたユニゾンデバイスが成人女性を象ったフルフレームタイプだったことだろう。

 ナハティガルの姿を知らなかったアリサが想像したユニゾンデバイスは、当然ながら友人であるはやてのユニゾンデバイス、リインフォースⅡのような妖精サイズのものであり、更には顕正の話ぶりから、『使い魔の様な存在』=フェイトの使い魔である橙狼、アルフの様な獣形態と判断した。

 

 それ故にアリサは、

 

『(犬とかと仲良くなるなら)スキンシップが重要である』

 

 というアドバイスを行ったのである。

 ……アリサが真実を知ったとしたら、

 

「どう考えてもセクハラでしょうが!」

 

 と叫んで頭を抱えるに違いないが、結果的に上手くいった辺りは幸いだった。

 

 顕正は相談の結果である『スキンシップをしよう』を桃色的な意味ではなく、『ブラッシング』と判断し、実行した。

 かつて叔父夫婦の家で暮らしていた時、サユリにせがまれて風呂上がりの髪を梳かしてやったことがあったので、『家族』ならそれくらいは問題ないだろうと思ったのだ。

 

 実際、ナハティガルを呼び出して単刀直入に、

 

「ナハト、髪を梳かしてやろう」

 

 と少々緊張しつつ言ってみたところ、ナハティガルは僅かにキョトンとしたが顕正の性格と思考を正確に把握していたため、

 

「それでは、よろしくお願いします」

 

 至極当然のような顔をして返したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……まぁ、確かに部屋の外から声だけ聞いていれば、プリメラさんのような勘違いが起きても仕方がなかったでしょうね)

 

 未だに火照りの余韻が残る赤い頰のまま、ナハティガルは苦笑した。

 先ほどまで顕正による、『ブラッシング』に至るまでの経緯の説明がなされていた。

 顕正は特に気にしていないようだったが、プリメラの心情は――というか、この二人どちらもなのだが――ナハティガルには手に取るように分かる。

 顕正によるブラッシングは本人が自信があると言っていた通り非常に心地良く、その上ナハティガルの闇色の髪は情報伝達を可能とする『粒子』の集合体でもあるため、皮膚以上に感度が高い。

 そのため、多少『はしたない』声を上げてしまった自覚がナハティガルにはある。

顕正に思慕の念を向けるプリメラは、聞いてしまって気が気ではなかっただろう。

 

(そのお詫び、ということもありますが、お気に召したようで何よりです、プリメラさん)

 

 ナハティガルの視線の先では、顕正がプリメラの髪を梳いている。

 いつもの無表情がだらしなく崩れて、とても幸せそうな顔をしているが、後ろから櫛を手にしている顕正には見えていないのは、幸か不幸か。

『――ミロード、プリメラさんにもして差し上げる、というのはどうでしょうか?』

 と軽く提案すれば顕正はプリメラが望むのならと言ったし、プリメラはナハティガルに感謝の篭った眼差しを向けてきた。

 これくらいの『手助け』はお安い御用である。

 ただでさえ、公私ともに主を支えて貰っているのだ。

 聖王教会随一の騎士、とすら噂されるほどになった顕正の活躍は、バディであるプリメラの助力があってこそ。

 戦闘力では申し分なく、礼儀と騎士道を重んじ、他人を慮る度量を持ち、勉学ですら手を抜くことがない、……と客観的な事実を並べ上げれば、正に理想の騎士である顕正だが、その生い立ちと環境から、少なからず『歪み』があることは間違いない。

 常識人に見えて所々抜けていて、プリメラを始めとする、聖王教会に属する様々な者たちのサポートがなければ、これ程までに活躍することは出来なかったはずだ。

 

(……もっとも、この程度の歪みで『済んでいる』のは非常に幸いなことなんですけどね)

 

 と、思いながらナハティガルは、顕正の机の上に目を向ける。

 そこには、鋼色の剣と盾を象った一機のデバイスが置かれていた。

 

(『――何か言いたいことがありそうだな』)

 

 その視線に、武骨な声が返ってくる。

 顕正やプリメラに聞こえないように思念によるものだが、そこに不満気な感情が乗っていることが分かった。

 

(『いえ、……羨ましいのであれば、自分からミロードに言えばいいではないですか。【自分にも手入れをしてくれ】、と』)

 

(『――不要である。主は我の手入れを欠いたことはない』)

 

 毅然とした対応だが、同じデバイスであるナハティガルにはその心の内が伝わる。

 ちょうど顕正も、プリメラの髪を梳かし終わったようなので、すかさず声を掛けた。幸せそうに蕩けた顔をして余韻に浸るプリメラには悪いが、これはチャンスだ。

 

「ミロード、この際ですから、グランツ・リーゼも、というのは如何でしょうか?」

 

(『!?ナハティガル、貴様一体何を!』)

 

 抗議の声は無視する。どうせ主に対しては『無口な武人』を気取ってほとんど何も伝えないのだ。その上彼にとっては利となる展開なのだから、文句など聞く耳持つ必要はないだろう。

 

「ん?そう、だな。確かにグランツだけ仲間外れってのは良くない」

 

 幸い、顕正も乗り気なようだ。

 机の中から普段手入れに使っている道具を一式取り出すと、グランツ・リーゼを手に取り、

 

「お前にも、ずっと世話になってるからな……」

 

『……Danke.』

 

(『――ナハティガル、貴様覚えておけよ……!』)

 

(『はいはい、今はミロードのメンテナンスを楽しんで下さい』)

 

 まだ尚、グランツ・リーゼの罵声が小さく飛んでくるが、こちらは悪いことをしたつもりはない。

 主である顕正が、複雑な生い立ちや環境に置かれ続けてもこの程度の歪みで済んでいるのは紛れもなく、彼をずっと導き、大切に育んできたグランツ・リーゼの功績が大きいのだと、ナハティガルは理解している。

 ともすれば、力に溺れる人格破綻者になっていてもおかしくない顕正を支えてきたこの武骨な友人も、たまには良い思いをしていいだろう。

 

(……ここは、優しい世界ですからね)

 

 ナハティガルが生み出された戦乱の世、血と硝煙の香りと灰色の空が広がるベルカの世界とは、まるで違う。

 大小様々な事件こそ起こるものの、ミッドチルダは戦のない平和な場所だ。

 騎士と共に戦場を駆けることを目的として作られた自分が、この安寧を享受し続けてもいいのかと、ふとした時に思うことはある。

 しかしそれを今の主の前で零してしまった時に、彼は呆れたように、こう返した。

 

『――平和なのは、いいことに決まってるだろ。それとも、お前を作った夜天の主と俺のご先祖様は、そんなことも許してくれないほど器の小さい人たちだったのか?』

 

 あぁ、としみじみ思った。

 優しく、気高く、自らの騎士道を追う主。

 主を慕う、純粋な心の友人。

 その他にも、自分を一つのデバイスとしてだけでなく、人格を持つ『人』であると認めてくれている聖王教会の面々。

 そんな様々な人物に恵まれ、自分はこうして『生きて』いる。

 

(――私は、いえ、私達は本当に、幸せなデバイスですね)

 

 主の手によって綺麗に磨かれている最中の、武骨ながら、からかうと思いの外愉快な反応を返す同僚の姿。

 憮然とした態度をとってはいるが、どことなく嬉しげでもある。

 

 素直じゃない同僚に苦笑しつつ、ナハティガルは自分を囲む環境を思うのだ。

 

 

(――本当に、私は『幸せ』ですよ、マイスター・シャラン)

 

 

 

 今は亡き金糸の製作者へ、どうかこの思いが伝わりますように、と。

 

 

 

 

 

 




年末に上げると言っておきながらこのありさま。

まことに申し訳ありませんでした。


……長期間更新できなかった理由としては、年明けから仕事が想定以上に忙しくなった、ということもあるのですが、それ以上にどうしようもない理由がありまして…。





――すみません、艦これに熱中していました…。


順を追って説明しますと、



年末年始休暇で余裕が出来る

ビスマルクチャレンジを始める

二回目でビス子さんお迎え

「……これはちょっと、本格的に頑張ろう」

冬イベント(イベント初参加)でゆーちゃんは手に入れるものの、戦力不足を実感

全力で艦これに集中し始める

作者を艦これに誘った友人を司令官レベル的にも戦力的にも追い抜く

春イベントをなんとかクリア(しかし丙作戦)

GWで余裕があり、艦これも掘る前に資材回復中

「……そろそろ書かねば」


とまぁ、そんな感じで現在に至ります。
ご心配お掛けしてしまいましたが、きわめて元気です。

しかしながら仕事の忙しさ自体は変わりがなく、これからも安定して更新することは難しいと思われます。
月に一度更新できればいいなぁ、ぐらいなので、ご期待いただいて本当にありがたいのですが不定期更新に拍車がかかります。ご了承ください。


で、今回の閑話なんですが……。
更新停止期間でSts編のプロットが(脳内で)出来上がり、それに合わせる形でこれまでの設定がぶれているところが多々出てくると思われます。
「あの時言ってた設定と違うじゃん!」
と思う方もいらっしゃるでしょうが、ひとえに作者の見通しの甘さと技量不足です。申し訳ありません。

 期間は空きましたがこれにて第二章は完、ということで、次回からようやくStsが始まります。
 これまでちょこちょこ張っていた伏線を回収できる限り回収していくので、どうぞ温かい目で見守ってください。

 ……章が終わるたびに長文で言い訳している気がする。


5/11 表記揺れを修正
 誤)リィンフォース
 正)リインフォース
 なお、愛称としての『リィン』はそのままです。


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第三章 機動六課編
第二九話 前夜


生きてます。




 新暦75年、4月。

 雨の降る中、ミッドチルダ中央部を走る路線バスに、1人の少女が乗車した。

 

(――全くもう、ちゃんと天気予報見とくべきだったわ……)

 

 少女、ティアナ・ランスターは溜息をつく。

 バスに乗るまでに、少し雨に濡れてしまったのだ。

 ツインテールに結った髪がしんなりしていて、このまま放置したら少なからず傷んでしまう。

 

(そういえば兄さん、よく言ってたな……)

 

『せっかく綺麗な髪なんだから、ちゃんと手入れしないとダメじゃないか』

 まだ幼かった頃の思い出だ。

 今は亡き兄が少し怒ったように言っていた。

 そんなことを思い出すのも、つい先ほど兄の墓参りに行ってきたばかりだからだろう。

 

 管理局員として働いていた兄、ティーダ・ランスターは数年前、職務中にその命を落とした。

 

 ティーダの死後、マスコミの報道で彼の上司が語ったのは、凶悪な犯罪者を追っていたティーダへの労いではなく、局員でありながら犯罪者相手に遅れをとった無能者、という罵倒。

 ティアナはその報道が悔しくて仕方がなかった。

 亡き両親に代わって、忙しい管理局の仕事をしながら自分を育ててくれた兄が、どれほど苦労していたのか知っている。

 執務官になることを夢見ていた兄は、いつの頃からか試験を受けなくなった。試験の勉強は続けていたのに、だ。

 幼いティアナがどうして試験を受けないのかと問えば、ティーダは微笑みながら彼女の頭を撫でて誤魔化した。

 

 あの頃よりも成長した、今なら分かる。

 執務官はエリートだが、その分非常に多忙な役職だ。

 次元犯罪者を追って長期間世界を飛び回ることも多々あり、ティーダがそれになるということは、幼いティアナを一人にしてしまうということでもある。

 兄は自分のために、夢を真っ直ぐに追うことを止めたのだ。

 勉強を続けていたのだから、恐らくティアナが独り立ち出来るようになってから試験に臨むことを考えていたのだろうが、それも今となっては叶わぬこと。

 死者は何も語らず、残された者はその想いを想像することしか出来ない。

 

(――だからこそ、私が証明するんだ)

 

 ランスターの弾丸は、全てを撃ち抜く。

 

 兄から教わったシャープシュートの技術は、ティアナの魔導師としてのメインウェポンだ。

 彼が無能ではなかったと示すために、自らを凡人と評するティアナが磨き抜いた武器。

 

 管理局員として働き始めて二年。

 兄が果たせなかった夢、執務官になるという目標のために邁進してきたティアナに、活躍の機会が与えられた。

 

 バスに揺られながら、ティアナは自分の通信端末でニュースサイトを立ち上げる。

 そこにあるのは、とある部隊の新設に関する記事。

 

 『時空管理局 古代遺失物管理部 機動六課が設立』

 

 ティアナと、そしてコンビを組むパートナーが揃ってスカウトされた新設部隊は、控え目に言ってもエリート集団だ。

 陸海空、あらゆる場所から招聘された優秀な人材が揃い、部隊の隊長陣は軒並みオーバーSランクの一級魔導師ばかり。

 そんな中で凡人である自分がどこまでやれるのか。

 不安はある。

 しかしこれは、願っても無いチャンスなのだ。

 教導隊でも屈指のエースと呼ばれた空戦魔導師。

 莫大な魔力に高い指揮能力で、戦場を支配する魔導騎士。

 そして様々な難事件の解決に立ち会ってきた、世界を飛び回る現役の執務官。

 そういった面々をこの目で見て、後々の糧にすることができる。

 一年という限られた時間で、どこまで自分を高めていけるのか。

 

 そんな部隊が、明日から始まるのだ。

 

 今日はその報告のための墓参りで、兄の墓前に立つことで改めて自分の目標を確認してきた。

 

(……もっともっと、頑張るから)

 

 だから見守っていてほしい。

 兄のために、自分のために。

 その想いは、きっとどんな困難でも撃ち抜けると信じている。

 

 

 

 

 ぐっと手に力を入れた拍子に、ニュースサイトが別の記事に飛んだ。

 あ、という気の抜けた声が出るが、すでに新しいページが開かれている。

 

(……へぇ、今日だったんだ)

 

 開かれたニュースは、とある聖王教会騎士の勲章授与に関するものだった。

 

 

『聖王教会騎士団 『盾斧の騎士』ササハラ ケンセイ氏へ、【竜滅勲章】を授与』

 

 

 という見出しが目につく。

 

 

 

 ここしばらく、広い範囲の管理世界で現地魔法生物の凶暴化が頻発して起きていた。

 原因は未だ不明で、気性の穏やかな生物から危険度の高い生物まで様々な魔法生物が暴れており、その影響で多くの負傷者が出ている。

 

 管理局でも当然その対応をしたものの、いかんせん範囲が広すぎた。

 その足りない人手を補うために、友好組織である聖王教会へ支援を要請したのだが、その中でも一人の騎士の活躍が甚大であるとして、管理局から勲章を授与することが決まったのである。

 

 ニュースは画像付きでその騎士のことを紹介しており、聖王教会の騎士服に身を包んだ青年が勲章を受け取っている写真が載せられていた。

 

(……この人のどの辺りが『優しいお兄さん』なのよ、バカスバル)

 

 写真に映っている青年は、画像でも伝わってくるかのような清廉な覇気を纏っており、まさしく『騎士の中の騎士』と言ってもいいだろう。

 近年目覚ましい活躍を見せるこの青年のことを、実際に会ったことこそないものの、ティアナは少しだけ知っていた。

 きっかけは、コンビを組む少女が以前にテレビ中継を見ながら言った言葉だ。

 

『――あ、ケンセイさんだ』

 

 ポロっと零した少女の目は驚きに包まれており、何故ここに、と言わんばかりであったが、ティアナはそれ以上に驚いて、少女を張り倒した。

 テレビ中継されていたのは、その年の航空戦技競技会のエキシビジョンマッチであり、少女の憧れの人が出るから、と言われて一緒に見ていたのだ。

 まさかその対戦相手までも少女の知り合いだとは思わなかった。自分とコンビを組む少女の交友関係が理解出来ない。

 聞けば普段『定期検診』に行く病院でよく顔をあわせる仲であり、

 

『えっと、ケンセイさんは、優しいお兄さん、って感じかな?』

 

 と能天気に言っていたが、その戦いぶりを見てそんな印象は持てなかった。

 試合そのものは負けてしまったが、教導隊のエースを相手に空戦で互角に渡り合い、途中はむしろ押していたほど。実力伯仲で、どちらが勝ってもおかしくないように見えた。あれで陸戦が本領だというのはどうかしている。

 戦う前から獰猛な笑みを浮かべていたが、戦っている時の彼はそれ以上だった。あまりにも猛々しく、苛烈で、その上あの『黒鎧』と武器の禍々しさである。とてもではないが、『優しいお兄さん』なんて冗談にしか思えない。

 少女はそんなことで嘘を付く人物ではないため本当のことなのだろうが、それでもその印象を100%信じることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ティアナが乗るバスは都市部を突っ切って、機動六課の隊舎がある港付近に向かっている。

 それなりに綺麗な隊舎ではあるのだが交通の便が悪く、都市部へ行くにはバスを利用するか、自前の車かバイクを用意しなければならない。

 陸海空の試験的な合同部隊で様々な制約があることは分かっているが、もう少し考えて欲しくもある。

 そんなことを思っていると、バスが停車した。目的地に着いたわけではなく、まだ途中のバス停だ。

 転送用ポートが設置されている施設の目の前のバス停だけあって乗り込んでくる人物はそれなりに多く、ガラガラだった車内はほぼ埋まってしまった。

 これは相席になるかもしれない、とティアナが隣の席に置いていた荷物を足元に移動させたところで、声を掛けられた。

 

「――すみません、相席よろしいですか?」

 

 見上げればメガネを掛けたスーツ姿の男。特徴らしい特徴は、ミッドチルダではあまり見かけない真っ黒な髪と少し明るい茶色の瞳ぐらい……なのだが、

 

「……」

 

「……あの、自分の顔に何か付いてます?」

 

 首を傾げる男性の声でハッとする。

 初対面の相手の顔をジロジロ見続けるのは、あまり行儀のいいことではない。

 

「す、すみません。何だか、何処かでお会いしたことがあるような気がして……」

 

 咄嗟に言ってから後悔した。

 どこか見覚えのある顔だというのは確かなことだが、これでは一昔前のナンパの誘い文句だ。

 男も呆れるだろう、と恐々反応を見る。

 

「――君は……」

 

 少し驚いたように何かを言いかけ、しかし最後までは口にしなかった。

 

「あぁ、いや、なんでもない。気にしないでくれ。……所で、結局相席しても良いのかな?」

 

「あ、はい!どうぞ……」

 

 お互いに微妙な雰囲気にはなったが、それほど気にする必要もないだろう。

 男性は苦笑しつつも言葉遣いが柔らかくなっており、少なくとも不愉快には思っていないようだった。

 

 失礼、と断ってからティアナの隣に腰を下ろし、スーツの内ポケットから通信端末を操作し始める男性。

 その横顔を、自身も端末を操作しながら横目で観察する。

 

(……ほんと、何処かで見たことがあるような気はするんだけど……)

 

 美形、というほどではないがそれなりに整った顔立ちで、あまり見ない黒髪。少し吊り気味の目。

 メガネのせいか理知的な雰囲気があり、最初の声の掛け方も非常に丁寧な言葉遣いだったが、卑屈さは欠片もなかった。

 自分に自信があるのか、常日頃から礼節を重んじているのかのどちらかだろう。

 更に、よく見ればスーツは既製品ではなく体型に合わせたオーダーメイドであり、革靴も良く手入れされている。

 今は亡きティアナの兄は基本的に管理局の制服が仕事着だったが、時折スーツで仕事に行くこともあった。

 民間企業との業務調整などの際は威圧感を出さないように、とのことで、着こなしやスーツのブランド等もそれなりに気を使うのだと話を聞いた覚えがある。

 今隣に座っている男性は物も着こなしもしっかりしていて、なるほどこういうことかと理解する。

 服装だけでも品位が伝わり、誠実さを測ることが出来る。

 大手企業のサラリーマンか、はたまた若い実業家かもしれないと考えたのだが、それなら自分が見覚えがある、というのもよく分からない。

 その上、男性が使っている通信端末もまた不思議だった。

 

(……あれって確か、何年か前に発売された型落ちの端末よね……?使いやすい、って話も特には聞かないし、なんでスーツとかにはお金掛けてて端末は旧式なのかしら……)

 

 非常に発達した科学技術を誇るミッドチルダにおいて、通信端末という商品は市場の入れ替わりが激しく、割と直ぐに買い換えるのが一般的だ。

 魔導師の生命線とも呼べるデバイス開発の副産物として、優れた情報処理能力のある通信端末であってもそれなりに安価で、むしろ手作業で生産されるオーダーメイドのスーツの方が数倍の金額がかかるだろう。

 ビジネスマンなら通信端末にもお金を掛けていて当然だと思うが、もしかしたら何か思い入れのある端末なのかもしれない。

 

(……ま、私だって兄さんから貰ったおもちゃの銃を未だに持ってるし、人それぞれよね)

 

 結論に達し、不躾な観察を続けてしまったことを恥じる。

 視線に気付かれて不愉快な思いをさせてしまったかもしれないと、もう一度男性の横顔をチラ見しようとした、その瞬間だ。

 

 

キキーッ!

 

 大きなブレーキ音を立てて、バスが急停車した。

 数人の乗客が対応出来ず、進行方向につんのめる。それは完全に油断していたティアナも同じことで、慣性に従って目の前の座席に突撃するところだった。

 それが現実にならなかったのは、横から伸びてきた腕に支えられたからに他ならない。

 

「大丈夫か?」

 

「あ、はい、ありがとうございます」

 

 一瞬の出来事だというのに、男性は慌てることなくティアナの体を腕一本で留めている。 体に触れた腕は見た目以上に力強く、ティアナをしっかり確保していた。

 しかし、バスが急停車とは一体何事なのか。

 そう思っていたティアナの耳に、腹の底に響くような発砲音が飛び込んできた。

 ギョッとする乗客一同。

 そして停止したバスの前方ドアを蹴破って、ギラついた目をした男が侵入する。

 男は荒い息を吐きながら周りを見回し――近くにいた10歳前後の少女を引き寄せた。

 

「――てめぇら、大人しくしろ!!」

 

 怒声と共に少女に光沢のある黒い物体――拳銃を突きつける。

 

 それに驚いた乗客が数名、パニックになって動こうとした瞬間に男は拳銃をバスの天井に向け、

 

 

 バンッ!

 

 

 撃った。

 

「大人しくしてろって言っただろ!!」

 

 唾を飛ばしながらの、再びの怒声。

 間違いなく本物の、時空管理局によって所持や使用が厳しく制限されているはずの火薬式銃、質量兵器。

 それを手にした男が、自分たちの乗っているバスを占拠したのだ。

 

「おい!バスを出せ!」

 

 少女に拳銃を突きつけた男が、運転手に叫ぶ。

 目の前に人を容易に殺傷出来る兵器があり、少女が人質に取られている。

 バスの運転手に、その命令を拒むことなど出来るわけがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

(……状況が、悪過ぎる)

 

 それがティアナの感想だ。

 相手は一人だが本物の質量兵器を所持していて、年端もいかない少女が人質になっている。

 バスは男の要求通りに走り出し、外からの救援を待つのも時間がかかりそうだ。

 

 ティアナは、バスジャック犯の顔を見たことがある。

 それは管理局内で定期的に回覧される指名手配の人相書きで、記憶に違いがなければ、この男は既に二人の民間人を撃ち殺している。

 入手経路不明の拳銃を使って宝石店に強盗に入り、警備の人間と通り掛かった一般人をあっさり射殺したのだ。

 そのまま行方を眩ました男は今日に至るまで発見されなかったのだが、数日前管理局に目撃情報が入り、捜査が進んでいたはずだ。

 隠れ家付近まで捜査の手が伸びてきたことに焦り、バスジャックという行動に出たのだろう。

 

 正直な話、拳銃はティアナにとって大した脅威ではない。

 魔導師の基本装備であるバリアジャケットは物理的な衝撃に対してかなりの強度を持っている。魔力を纏わせた斬撃や打撃など、もしくは許容値を上回る衝撃であれば貫けるが、単純な物理作用しか引き起こさない、そして物理エネルギー量もそれほどない拳銃程度であれば、真正面から食らっても余裕で弾くことが出来る。

 

 しかしそれは、『ティアナ』にとっては、というだけでしかない。

 

 バスジャック犯が人質にしている少女を始めとした、このバスに乗り合わせた大半の人間にとっては、 拳銃とは自分を殺傷しうる『兵器』なのだ。

 その上、場所も悪い。

 路線バスという閉所空間では大きな動きは制限され、少しでも不審な動きをすれば犯人に見咎められるだろう。

 既に二人を殺している犯人だ。そうなった場合、容赦なくティアナを撃つ可能性が高い。

 弾丸はバリアジャケットに弾かれる。

 

 

 ――その弾丸が跳弾して乗客に当たらないと、誰が保証できるというのか。

 

 

 

(……迂闊に動けないし、犯人が念話を傍受出来ないとも限らない。むしろ質量兵器を手に入れて人を殺しておいて、未だに捕まっていない犯人なら傍受機くらい持ってる可能性が高い)

 

 魔導師が使う念話は便利であるが、傍受しようと思えば割と簡単に傍受出来る。

 助けを呼ぶことも、出来そうにない。

 

 ここは様子を見るしかないか、と。

 ティアナが静観の姿勢を取ろうとした時だ。

 

「――タイミングは任せる」

 

 小声で。

 隣の男性がティアナに向けて囁く。

 え?と声を上げる暇もなく、男性は立ち上がった。

 当然、犯人には見えている。

 一瞬で男性に銃口を向け、叫んだ。

 

「おい!勝手に動くんじゃねぇ!」

 

 その様は普通の少女の恐怖を煽るには十分で、人質に取られている少女は目に涙を浮かべている。

 

「すまない、しかしこれだけは提案させてほしい。――私が代わりに人質になるから、その子を放してあげてくれないか?」

 

「は?」

 

 両手を上にあげ、無抵抗を示しながら。

 この状況にあって冷静な、笑みすら浮かべていそうなほどの声だった。

 ティアナには男性の顔も、犯人の表情も見えない。

 

(……あれ?『見えない』?)

 

 気付く。

 男性は不審に思われない程度の位置で、犯人とティアナの間に入るように立ち上がっており、ティアナには犯人が見えない。

 

 それはつまり、犯人からもティアナが見えないということだ。

 

 バスの座席と男性の姿でティアナは完全に隠されていて、この状況ならば、

 

(――デバイスを起動させることも、魔法を準備することも、出来る!)

 

 先ほど立ち上がる直前に言った『タイミング』とは、そういうことだろう。

 男性は犯人を刺激しすぎない程度に話を続けており、少女がこのまま泣き出してしまったら犯人としても面倒臭いだろう、そちらには武器があり、走り続けるバスの中で管理局も手を出してこないだろう、誰が人質でも問題ないはずだ、と語っている。

 

(……なんで私が魔導師だって知ってるのかは分からないけど、このチャンスを無駄には出来ない)

 

 男性が犯人の注意を引いている間に、素早くデバイスを展開した。

 自作の銃型デバイスは処理能力こそ低いものの、魔力の少ないティアナが最大限の力を発揮できるようにカートリッジシステムを搭載し、射撃系魔法の狙いを付けやすくするなどの、細かいチューニングされている。

 欲を言えば、誘導弾制御に高い能力を発揮するインテリジェントデバイスがほしいところだが、あんな高級品を役職もない平管理局員が買えるはずもない。身寄りもなく、入局からそれほど年数の経っていないティアナには、手製のこれが精いっぱいだ。

 そのデバイスで使用する魔法は、ティアナが最も得意とする直射射撃魔法の応用技。魔力で空気を圧縮して打ち出すエアバレット。

 誘導弾の方がより正確に犯人を狙えるが、移動し続けるバスの中は常に座標が変わり続けている。自分の能力では、制御にミスが出るかもしれない。

 魔導師相手では心もとない威力しか出ない空気の弾でも、質量兵器に頼るしかできない魔力の乏しい犯罪者相手であれば十分で、なにより、射角上犯人に見えてしまう単純直射弾よりも隠密性が高い。意識しなければ目では負えない不可視の弾丸という、堅実な選択肢を選んだのだ。

 

 チャンスは一発限り。

 

 その上時間も多くはない。

 

(……大丈夫)

 

 体には緊張から力が入り、呼吸も安定しているとは言い難い。

 それでもティアナは、撃つと決めた。

 この程度の危機を乗り越えられないようでは、なんのために管理局員になったというのか。

 

(――ランスターの弾丸は……)

 全てを撃ち抜く。

 

 その言葉を思い浮かべ、

 

(――エアバレット、ファイアっ!)

 

 トリガーワードは脳内で。

 引き鉄を引く動作と思考領域を連動させ、放った。

 

 魔力によって圧縮された空気の弾丸が、バスの座席の隙間から解き放たれる。

 素早く、そして正確に。

 ティアナが得意とする、シャープシュートの名に相応しい一撃だ。

 軌道は完璧で、純魔力弾ほどの威力はないが無色透明で不可視。その上ほぼ無音と言っていいほどの隠密性。

 やはり犯人はそれに一切気付くことはなく――

 

 

 

 

 

ガタン!

 

 

 と、バスが揺れた瞬間から、ティアナの思考は自分でも信じられないほどに引き延ばされた。

 

 走行中に石でも踏み越えたのか、僅かに揺れた車内。

 犯人の頭に向かって一直線に駆ける弾丸。

 

 揺れた車内で、――合わせて動いた犯人。

 

 完璧だったはずの軌道から、ほんの少し。数センチだけ、犯人の頭が動く。

 たったそれだけだ。

 

 

 それだけで弾丸は、犯人の後ろの支柱へ吸い込まれた。

 

 バンッという空気の弾ける音が響き、犯人が支柱を見、気付いた。何者かによって攻撃されたのだと。

 そして一瞬でその何者かを断定する。

 

「っ、てめぇか!?」

 

 視線と銃口が両手を上げて立っている男性へ戻る。

 その激情のまま、犯人は指先を動かした。

 

(っ!!)

 

 そういった全てがティアナの視界の中、スローモーションで流れる。

 撃ったのは自分だ。

 その人はやっていない。

 それなのに弾丸は、無慈悲にティアナの前に立つ男性へ向かう。

 

 人を容易く死に至らしめる鉛の弾。

 

 

 その脅威は、

 

 

 

 バシッ!

 

 

 

 乾いた音を立てて役目を終えた。

 

 

 それに続いて、え?と間の抜けた声を出したのはティアナの口だ。

 目の前で起きた光景が信じられなかった。

 撃った犯人も唖然としているが、それも仕方がないだろう。

 

 

 

 音速を超える弾丸を掴みとられるなんて、想像もしていなかったのだから。

 

 

 

 

「――ふっ!」

 

 

 掴んだ弾を地に落とし、一息、大きく息を吐きながら男性が駆けた。

 犯人は呆然としていて、その動きに対応出来ない。

 瞬く間に接近し手刀で拳銃を持つ手を打ち払い、脅威を取り除くと同時に、もう片方の手で人質になっていた少女を引き離す。

 その衝撃で犯人も我に返ったが、もう遅い。

 男性は右足で犯人の足を払い、体勢を崩して組み付いた。

 

「んがっ!?」

 

 顔面から床に押し付けられた犯人が、哀れな悲鳴をあげる。

 

 流れる様な一連の動作に、ティアナも他の乗客も、人質になっていた少女ですら唖然としていた。

 そんな中で男性はふぅ、と息を吐くと、

 

「運転手さん、バスを道路脇に寄せて止まってください。すぐに管理局員がくるはずです」

 

 

 犯人の腕を極めながら冷静に、そう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男性に言われるままにバスが止まってから数分後、管理局の地上部隊が到着した。

 バスジャックの始まりを見ていた民間人からの通報を受けて出動したのだが、現場に着いた時には既に事件が解決していたというのだから遣る瀬無い。

 男性から要請されて、犯人をバインドで縛っていたティアナが身柄を引き渡し、事件は終わった。

 のだが、

 

「――すまない、後日改めて事件の詳細を聞きたいんだが、日程を決めるために部隊の上司に連絡を取ってもらえないか?」

 

 と丁寧に言われてしまった。

 既にティアナが身分を提示しているため、明日から始まる新設部隊の所属なのは相手も知っている。

 しかし、まだ始動していない機動六課の所属だからこそ、この状況で誰に連絡を取ればいいのか、ティアナも地上局員も分からなかった。

 普通の部隊なら、当直勤務の者が通信に出られるのだろうが、機動六課の正式稼動は明日からだ。

 確実に連絡の取れる相手が見つからない。

 明日から直属の上司となる高町なのはに連絡しようかと思ったのだが、今日は休日である上にもう夜も遅い。

 かのエースオブエースへこんな時間に連絡を入れていいのかどうかと、ティアナと地上局員が揃って頭を悩ませていた時である。

 

「――それ、自分でも構いませんか?」

 

 声を掛けてきたのは、別の局員に事情を聞かれていた、犯人を確保した男性だ。

 見れば彼に事情聴取していた局員が、ガチガチに固まって敬礼をしている。

 

「あ、局員の方でしたか。……すみません、身分証を提示してもらっても?」

 

 話の流れ的に、男性も管理局員なのだと理解した地上局員の言葉に、

 

「えぇ、……と言っても、所属は今日からなんですけどね」

 

 朗らかに返す。

 今日から?と首を傾げた地上局員に、スーツの内ポケットから取り出した端末の空間投影で、身分証を提示した。

 

 

「…………は?」

 

 

 それを暫し見つめた後、あんぐりと口を開けて、間抜け面を晒す局員。

 

「……え?えぇ?」

 

 身分証と男性の顔を交互に見て、そしてハッと我に返って敬礼する。

 

「し、失礼いたしました!」

 

 その対応の変わり様に首をかしげるティアナと、苦笑する男性。

 

「その、御活躍は常々耳にしているのですが……」

 

「まぁ、気付かれない様に変装している訳ですから。それに、自分が今日から管理局にも籍を置くということは、まだ公開されていませんし」

 

 だから仕方がない、と笑う男性。

 

「……しかし、メガネと服装だけでここまで印象が変わるというのも、その、凄いですね」

 

「それほど特徴のある人間ではありませんし、公の場に出る時は必ず騎士服でしたからね。今の所名乗らないで気付いたのは、友人を含めて数人しかいません。……まぁ、そのうちの一人は君なんだが」

 

 最後の言葉は、地上局員ではなくティアナに向けられていた。

 

「え!?えっと、その、すみません……確かに何処かでお会いしたような気はするんですが……」

 

 男性の言う『気付いた』とまではいかない。何処かで会った、若しくは見たことがあるのは確実なのだが、どうにも正体が浮かんでこない。

 

「そうなのか?てっきりバレてると思ってたんだが……」

 

 バスに乗ってすぐ、顔を合わせた時の反応で気付いていると考えていたらしい。

 では改めて、と。

 男性がメガネを外し、名乗った。

 

 

 

 

「―― 一年間だが、聖王教会騎士と時空管理局員を兼務することになった、ササハラ ケンセイ3等陸尉相当官だ。明日から機動六課に、教導出向扱いで配属される」

 

 

 

 顔を見て、名前を反芻し、今日何度目のことか分からない驚きを顔に浮かべてしまった。

 見覚えがあるはずだ。

 出会う直前に、彼の写真をニュースサイトで見たばかりなのだから。

 

「……平たく言えば、君達新人フォワード陣の教官だな。まぁ、俺も教官としては新人だから、高町1尉とヴィータ2尉がメインでの指導になるとは思うが」

 

 ニュースの写真での毅然とした顔付き、とまではいかないが、仕事用に意識を切り替えた顔は、先ほどまでとは印象が大違いだ。

 しかし顕正はその顔付きを崩し、悪戯っぽく笑う。

 

「ともあれ、それが始まるのも明日からだ。そのためには、まず先に片付けなくちゃならない問題がある。……ティアナ・ランスター2等陸士、それが何か、分かるかな?」

 

 突然そう問われて、しばし考え、そして顕正が出したヒントに気付く。

 顕正は苦笑しながら右腕の腕時計をトントンと叩いていた。

 もう夜も遅い。

 もともと兄の墓参りを終えた時間が遅かったのもあるが、バスジャックに遭遇したせいで更に遅くなってしまっている。

 ティアナは問われた問題に、正しい答えを返した。

 

「……寮の門限が、時間ギリギリです」

 

 突発的に起きたバスジャック事件を解決したばかりとは思えない問題ではあるが、顕正は頷いた。

 

「そう、そういうことだ。配属前日に門限破りなんて、部隊長にどんな嫌みを言われるか分からん。可及的速やかに帰隊しなければならない……」

 

 もっともらしく神妙な顔付きだが、もちろん本気で言っているわけではない。

 場を和ませるジョークの類なのだろう。

 運が悪かったとはいえ、バスジャック犯への攻撃を外して、周りには見せないように落ち込んでいたティアナへの配慮だ。

 会ったばかりではあるが、ティアナにも顕正の人柄が見えてきた。

 

(……うん、確かに、あんたの言ったとおりだったわ)

 

 寮で自分の帰りを待っているだろうコンビを組む少女の、にへら、と笑う顔が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、結論から言うと、運良くタクシーを拾う事ができたので門限には間に合った。

 しかし門限ギリギリになって心配していた寮母のアイナ・トライトンから、

 

「……そういう事情があったのなら、連絡してくれれば大丈夫ですし、ササハラ3尉相当官と一緒なら、尉官権限でティアナさんの門限を一時的に引き延ばす事も出来るのですけど……」

 

 という指摘を受ける事になるのであった。

 

 

 




はい、やっとSts編が始まりました。
ここからは原作があるので少しは展開が楽になるかなー、と思っています。

そしてごめんなさい。
また二か月以上も期間が空いてしまいました。もうそのうち四半期に一話とかになるんじゃないか……。

ちょっと仕事で忙しいのが続き、最近は家に帰ったら艦これのデイリーを消化して寝るだけの毎日です。綾波かわいいよ綾波。


出来るだけ早く次の話を上げたいところですが、もはや迂闊に月一更新すら言えない状況です。
超不定期更新が続いておりますが、皆様の御期待に添えるように頑張っていきます。

あ、あと、読者の方に提督がいっぱいいてビビりました。

それではまた次回。



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第三十話 茶飲み話


お久しぶりです。




 

 機動六課の稼働初日。

 新人フォワード陣の四人がなのはによる『基礎訓練』で汗を流している頃。

 彼らへの教導を行うために招聘された教会騎士兼管理局員である顕正は、それに参加することなく部隊長室で書類と格闘していた。

 

「……配属直前、本局からの帰り道でバスジャックに会うとか、顕正くんトラブルメイカーすぎるやろ」

 

 呆れた顔で言っているのは、機動六課の指揮を執る部隊長、八神はやてである。

 

「……別に自分がトラブルを起こしているわけではなく、トラブルが勝手に近づいて来るだけなんですが」

 

「まぁ、それは分かっとるけど……今朝のニュースで結構騒がれとったで?盾斧の騎士、管理局所属から数時間で事件を解決、って」

 

 事実である。

 昨日あった顕正への勲章授与のニュースと同時に、バスジャック犯を取り押さえた功績が世間に報道されていた。

 多くの民間人が命の危機に晒され、その上人質も取られている中で怪我人ゼロでの華麗な事件解決はかなりセンセーショナルで、しかもその立役者はその日に勲章を授与された話題の人物である。ニュースの話題にならないわけがなかった。

 

「制定されてから一度も授与対象者が出なかった、『危険生物対処への甚大な貢献を讃えるための【竜滅勲章】』を授与された教会騎士ってだけでも話題性抜群やけど、それに加えてやからなー。そのうち、また雑誌の取材依頼がくるんやない?」

 

「……教会騎士と機動六課教導員の兼任業務で多忙のため、とでも理由を付けて断ってもらえますか」

 

「せやなー、……その口調やめたら考えたるわ」

 

 はやての言葉に、顔を顰める顕正。

 

「……今は職務時間中です。以前とは違い、自分にも仮とはいえ階級が与えられていますし、部隊長相手に砕けた口調では、部隊の他のものに示しがつきません」

 

「またそれや……。顕正くんはそういうとこ真面目なんは変わらんよなぁ」

 

 はぁ、と呆れたようなため息をつかれるが、顕正としては自分が間違ったことをいっているとは思っていない。

 ただでさえ聖王教会からの出向、臨時管理局員身分の3尉相当官という、微妙な立ち居場にいるのだ。階級差を考慮するのは当然と言えた。

 しかし、それで納得するはやてではない。

 

「よし、せやったら部隊長命令や。少なくとも二人だけのときとか、周りに気を使わんでええ時は敬語禁止な」

 

 ニッコリと、とても楽しそうな笑顔である。

 顕正も、はやてならいずれはツッコミを入れてくると思っていたが、まさか初日に言ってくるとは考えていなかった。それも役職を使って命令までしてくるとは。

 もちろん、その命令には絶対の強制力があるわけではないのだが……。

 

「……分かった。他に気を使わない場面ならな。……しかし、そこまで気にすることか?なのはやフェイトも、場面をわきまえて敬語ぐらい使うだろうに」

 

「あの二人はそれでも親しみがこもってるのが分かるからええんよ。……顕正くんのは、割りかし本気やん」

 

「いや、当たり前だろ。言葉使いだけ敬いの姿勢をとったところで意味なんてないし、むしろ相手に失礼だ」

 

 教会騎士というのは、聖王教会の後援を担うベルカ系貴族との関わりも深く、管理局員以上に礼節に関しては厳しく指導される。

 その中でも顕正は、特に礼儀正しさに気をつけている人物の一人だ。

 それは両親や祖父が、礼儀の重要性を彼に言い聞かせていたということもあるが、一番影響を与えたのは思春期の顕正への『指導』を行ってきたグランツ・リーゼである。

 先代の主人が、とてもではないが品行方正とは言えなかったということもあり、礼儀作法についてはかなり厳しく教育していた。

 その結果はグランツ・リーゼも納得のいくものになっていたが、同僚としてだけではなく、友人としても付き合いのある人物からは多少不満の声が上がる。

 特にはやては、部隊を一つの『家族』としても見ているため、他人行儀な対応には不服なのだ。

 

「……まぁ、とりあえず敬語やなければそれでええか」

 

「なんでこっちが妥協したのに『仕方ない奴だ』、みたいな空気にしてるんだよ……っと、よし。これでどうだ?」

 

 話をしながらも、書類への記入は並行して行っていた。そもそも顕正が訓練に参加せずに部隊長室にいるのも、昨夜の事件に関する報告書を書きあげるためである。

 

「んー、これなら大丈夫やろ。聖王教会とは結構書式違うはずやけど、そんなに苦戦しとらんね」

 

 顕正から渡された書類――と言っても、データ上のものだが――を大まかに確認し、致命的な間違いをざっと探してみるが特に見当たらない。

 3等陸尉相当官の地位を持っていても、管理局では新顔の顕正がここまでしっかり仕上げたことには驚いた。

 

「ん、まぁ、教導資格とるために地上部隊の研修に行ったとき、書類の形式は大体覚えたからな。それに、この階級を貰っておいて書類仕事が出来ません、なんて話にならないだろう」

 

 基本的に予習復習はきっちり行う。学生の頃からの癖だが、やはりこうして社会に出ても役に立つものだと、しみじみ思う。

 戦闘能力の突出から、聖王教会でも『脳筋』扱いされることが多い顕正の事務作業を見たことのあるものは、揃って目をむくものである。

 もともと作業の速い顕正だったが、その手際に目をつけたカリムによってたまに書類整理の事務を任されるほどで、それにより更に事務仕事の技術が上がった。

 

 一仕事終えて、僅かだが疲れを感じた顕正は、はやてに断りを入れてから部隊長室に備え付けられているコーヒーサーバーに向かった。

 しばらくして、完成したコーヒーの一つを、書類と格闘するはやてに渡す。

 

「お、ありがとう。……天下の『盾斧の騎士』にお茶汲みさせられるなんて、これだけでも部隊長になった価値あったわ……ってうまっ!?」

 

 おちゃらけていたはやてが思わず上げた声に、顕正は笑みを作った。

 設置されているのは簡単なドリップサーバーだが、使われている豆は専用にブレンドされた、翠屋の特選品である。

 高町 士郎に薫陶を受けた顕正は、その扱いにも習熟していた。ちょっとした手間を掛けるだけで、普通に入れるのとはまた違った味わいがでるのだ。

 

「ほんと、なんだかんだ多芸やな。……銃弾素手で掴む脳筋のくせに」

 

 コーヒーを飲みながら零すが、それには流石に反論した。

 

「いや、ちゃんと掌に防護膜張っといたからな?幾ら何でも、素手でそのまま掴むわけないだろ」

 

「まぁ、そらそうか」

 

「素手では流石に痛い」

 

 痛いで済むのがどうかしてる、と思ったが、はやてはスルーした。

 はやても、顕正の身体に根付く『因子』のことは話に聞いている。

 機動六課に所属するにあたって、顕正とカリムから説明を受けたのだ。

 600年間受け継がれてきた恐るべきその力は、味方にいると思うと非常に頼もしい。

 

(……顕正くんとあの日に縁が出来たのも、とんでもない幸運やったな)

 

 あの夏の日。

 はやて達の友人、アリサ・バニングスと月村すずかが、犯罪魔導師によって誘拐された事件の日だ。

 あれがなければ、顕正と知り合う機会はなかっただろう。

 顕正は魔法を悪戯に悪用するようなこともないし、地球も10年間平和そのもの。何らかの事件が起きない限り、顕正が表舞台に立つことはなかったはずだ。

 

 

 

 機動六課の設立に当たって、はやてはかなりの無理と無茶を通してきた。

 数年前の空港火災から、初動対処の素早い部隊の必要性を感じたはやてだったが、その設立は困難を極めたと言っていい。

 様々な助力や裏技が加わって、どうにか漕ぎ着けた設立だったが、それでもどうにも出来なかった部分がある。

 

 魔導師戦力の保有制限だ。

 

 機動六課には、はっきりいって有り得ないほどの戦力が集結している。

 エースオブエースの称号を持つ高町なのはに、広域の次元犯罪を数多く対処してきたフェイト・T・ハラオウン。夜天の守護騎士、ヴォルケンリッターと、その主であるはやて自身。

 それだけでも通常の部隊であれば過剰戦力もいいところだが、その他にも各所から有望な魔導師を引っ張ってきている。

 当然ながら管理局に定められている保有戦力上限は大幅に上回っており、その対策として魔力リミッターをかけるという、本末転倒気味な裏技を使うことになってしまった。

 もちろん、魔導師の戦闘能力を決めるのは魔力量だけではない。培ってきた経験によって、そのままでも大抵の自体には対処出来るだろう。

 

(……でも、それだと本当の緊急時に対処出来るとは言えへん)

 

 魔力リミッターを解除するには特定の人物の承認が必要であり、最悪のケースを想定するならばそれは大きな枷になる。

 機動六課設立の、もう一つの目的を考えれば尚更だ。

 誰か一人でも、万全の状態で対処出来るだろうオーバーS級の魔導師が欲しかった。最低でも、他の者達に掛けられたリミッター解除の承認のために時間が稼げる者がいれば、と。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、現在はやての前でのんびりコーヒーを飲んでいる青年である。

 

 この男、魔導師ランクを持っていないのだ。

 

 通常の管理局魔導師、いや、聖王教会騎士であっても、普通は魔導師ランク試験を受けておく。

 分かりやすいランクで自らの強さを図るためでもあり、高ランクを持っておいたほうが就職のためにも役立つ。持っていない者でも、管理局や教会に入る際に一度は受けておくものだ。

 そのため、ほぼ全ての魔導師は取得試験を受けるのだが、顕正はその例外だった。

 地球で生まれ育ち、研鑽によって積み上げられた戦闘能力は、入団時点で教会騎士の基準をはるかに超えていた。一度彼の実力を見て仕舞えば、疑問を持つ者は居ない。

 管理局員であれば、安全管理のために実力に見合った魔導師ランクの取得を推奨されているが、聖王教会にはその制度はなく、周りから取得を勧められたことはなかった上に、本人が魔導師ランクによる格付けに興味がなかった。

 その結果生まれたのが、オーバーSの実力を持ったノーランクの騎士、笹原 顕正である。

 

 

 聖王教会――正確に言えば騎士カリム――に都合の付く人員がいないものかと打診したはやてにとってもこれは想定外のことで、緊急時に人員の差し出しをしてくれれば御の字程度にしか考えていなかったのだが、結果的に聖王教会から出向の臨時管理局員として『盾斧の騎士』というジョーカーを得ることが出来た。

 教員免許を取るという、知らない者が聞けば耳を疑う目標を持っている顕正は、魔法戦教官への関心もあり、要請を快く承諾。3等陸尉相当官の立場で機動六課に加わることになった。

 

(……まぁ、流石に完全状態、とはいかんかったけど、それもほんの少しの辛抱や)

 

 コーヒーを飲みながら更に思考を深める。

 

 

 『盾斧の騎士』笹原 顕正は、単体では完成していない。

 平常時でもかなりの強さではあるのだが、はやてと同じく、専用であるユニゾンデバイス、ナハティガルとの融合によって真価を発揮し、『龍滅勲章』を授与されるほどの極めて強力な戦闘者となる。

 

 しかし、流石にそれは待ってほしい、と聖王教会の上層部からストップをかけられてしまった。

 

 発見されてからしばらく、管理局と聖王教会の共有研究対象として分類されていたナハティガルだったが、少し前から正式に聖王教会の人員の一人としての立場にある。

 本人的には顕正の個人的所有物という立場を主張したのだがロードの意向もあり、しぶしぶながらそれを受け入れた。

 基本的には顕正に付き従って任務に就いているが、単純に魔導師としても優秀なナハティガルは、顕正のバディであるプリメラ・エーデルシュタインと共に支援や護衛の任を受けることもあった。

 そして顕正が管理局兼務となることで教会側の戦力も低下してしまうため、彼が機動六課に所属する一年の間だけ、他世界に出張している教会騎士を呼び戻すことになったのだが、全員が全員直ぐに戻れるわけではない。

 補充人員が教会に戻るまでは、ということで、ナハティガルとプリメラは教会に残っているのだ。

 

(……決まった時は二人とも猛反発だったって聞いとるけど、私恨まれてへんよな……?)

 

 特にプリメラは上層部に掴みかからんばかりの勢いだったらしく、顕正が説得するまで極寒の眼差しをしていたと聞く。

 しばらくすれば二人とも機動六課にやってくるので、顕正を引き抜くことになったはやてとしては戦々恐々だ。

 何度か会ったことのある『撃槍の騎士』は、はたから見てわかるほどに顕正に好意を寄せていて、それを放置している目の前の男はのほほんとしている。

 ……とはいえ、今から不安がっても仕方がない。結局出たとこ勝負なのは変わらないのだ。

 今は足場を固めることに集中するべき、と顕正に話題を振ることにした。

 

 

「――ところで顕正君、昨日の事件の報告書、さっきさらっと見たらティアナのことえらい高評価やったけど、そこまで気に入ったん?」

 

 なんとはなしの言葉だった。

 報告書には、ティアナ・ランスターの的確な支援があってこそ負傷者ゼロで犯人を確保出来た、とまで書いてあり、管理局に気を使った謙遜だと判断したからだ。

 しかしそれを聞いた瞬間、

 

 

「――今すぐ欲しいくらいだ」

 

 

 のんびりコーヒーを飲んでいた青年は消え、そこには眼光鋭い『騎士』がいた。

 

「……そんなにか」

 

「スバルとBランク試験を受けた映像記録を見たときから『イイ』とは思っていたが、昨日の件でもっと欲しくなったよ。……執務官志望だと知ってなかったら、勧誘を掛けるところだ」

 

 あれは直ぐに頭角を表すぞ、と断言した。

 その目は真剣そのもので、お世辞でも冗談でもない。

 

「経験不足、技量不足は否めないかもしれないが、あの子の判断力と応用力は確かなものだ。昨日の一件、どこを取っても間違いはなかった」

 

 犯人がバスジャックを行ったとき、普通の管理局魔導師だったら直ぐに行動を起こしたかもしれない。

 それ自体は褒めるべき行動ではあるのだが、あの状況では最善とは言えない。攻撃にしろ念話にしろ、犯人に察知されたら人質に被害が出た。

 高々質量兵器と軽んじて、バリアジャケットの防御で真っ直ぐに向かっていた場合は跳弾は防げず、更に犯人は念話傍受装置を持っていたため、念話で助けを求めれば直ぐにバレていた。

 

 ティアナはそれらを瞬時に判断し、沈黙を保ったのだ。

 

「俺が気をそらしている間の対応も良かったな。一言だけで俺の指示を理解して、背中に隠れて制圧の準備を始め、ここだ、というタイミングで撃った」

 

 その結果は、バスの振動によって外れてしまっている。

 

 だがしかし、

 

「――運が悪かった。そうとしか言いようがない。それ以外は、あの時点であの子が取れる最善の行動だ。自分の力量を正確に把握しているが故に誘導弾に頼らなかったことも、その上で確実に犯人を捕らえるために無色透明で察知され辛いエアバレットを選んだことも」

 

 あの瞬間にバスが揺れさえしなければ、ティアナの弾丸は確かに犯人を捉えていた。

 

「……もちろん、その『運が悪かった』で済まされない状況はいくらでもある。だが、自分の技量をしっかり把握している、そして向上心溢れるあの子なら、それも分かっているだろう。六課でなのはの指導を受ければ、あの判断力に確かな技術が組み合わさる。そうすれば頼もしい『指揮官』の完成だ」

 

 顕正は自分に指揮官としての能力はないと判断している。

 単純な戦働きでの自信はあるが、他者に指示を与えて戦況を動かすのは得意ではない。自分が敵陣に切り込んだ方が早いとしか思えないのだ。

 だからこそ、顕正はティアナを評価する。

 以前見た記録によれば彼女は、魔力量の少なさから士官学校の受験に落ちていた。

 魔力至上主義とも言えるミッドの風潮の悪い部分であり、顕正には理解出来ない結果だ。

 魔力が多いに越したことはないが、それは前線で戦う兵士にとってだ。指揮官に魔力は必須ではない。

 ミッドの文化上、魔力量の多い方が何かと優遇されるが、士官学校の合否にまで影響するのはどうかと思っている。士官は指揮能力で成果を出すというのに、優れた指揮者になる才能がある少女を魔力量で落とすなど、頭が悪いとしか思えなかった。

 

「執務官になる、っていうあの子の夢を尊重して、今のところ動くつもりはない。……が、魔力量が少ないから、なんて理由で上に上がれないようなら、俺は容赦なくティアナを教会に引き抜くぞ」

 

 目を爛々とさせて熱弁する顕正に、はやては頷く。

 

「……私も、ティアナはこのまま一管理局員にしておくのはもったいないって分かっとるよ。フォワード陣四人のリーダーにはティアナを置いて、指揮を取ってもらうつもりや。指揮になれて貰って、六課が終わったらそれを活かせる道を改めて提案しようと思っとる」

 

 返しながら彼の観察眼の鋭さに舌を捲くと同時に、浮かびそうになる笑みをかみ殺す。

 

 

 顕正が語っていた内容は、はやてが六課のフォワード陣を探していたときに『ある人物』がティアナを推挙した際の物とほとんど変わりがなかったのだ。

 判断力、応用力、指揮官適性。そして魔力量の低さは関係ない、という点まで。

 

 

『――あの子は、間違いなく伸びるよ。このままでいさせるなんて、もったいない』

 

 

 自身の恩師とも言える陸佐の娘をメンバー候補として考え、その少女の任務記録データを見ている時に一緒に映っていたティアナに目をつけたのが、彼女だ。

 映像を見る限り、そこまで特徴のない、有り体に言えば、パッとしない少女であったために、はやても始めは微妙な顔をした。

 

『――ほら、この位置取りと放水のタイミング。これって壁向こうのスバルの状況を、しっかり分かってないと出来ない動きだよ。スバルの派手さに隠れちゃうけど、判断力があって、応用も利く、信頼出来る指揮者がいるからスバルが好きに動けるんだ』

 

『――まだまだ技量的に足りないところは多いけど、それは訓練で補える。でも、この子みたいな適性は後から作れるものじゃない。魔力量が少ないからって見逃すには、惜しいよ』

 

『――はやてちゃん、私、この子育てたい!』

 

 

 顕正と同じように、目を輝かせながらの言葉だった。

 それを思い出して、はやてはしみじみ思うのだ。

 

(……よくよく見てるとすっごい似とるんよなぁ……)

 

 本人たちに言ったら渋い顔をするのは間違いないのだが、はたから見ていると本当に良く似ている。

 

 

 

 ―― 顕正と、ティアナを推挙した本局武装隊のエース様は。

 

 

 

 

 

 





やっと本編が始まると思った?残念、ほとんど説明回だよ!

お久しぶりでございます。まだなんとか生きてます。

夏イベが終わって備蓄&レべリングしてたら秋刀魚集めとか言われて漁師してました。
執務室に大漁旗が飾ってあります。早い段階で磯風ちゃんも釣れました。

さて、今回の内容ですが、完全に説明回です。
次からようやく機動六課らしく訓練し始める……と思いますよ!



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第三一話 高貴なる紅 前編


超!お久しぶりですね!




 

 機動六課が始動して、四日が過ぎた。

 新設部隊であり、陸海共同部隊という極めて特異な部隊である六課の滑り出しは、まずまずと言ったところだ。

 組織として如何なものかという声が他部署から囁かれていた、親交の深い人物で固められている上層部が軒並み優秀な人物で、親しいが故に風通しも良い。

 縁故部隊と揶揄されることもあるが、組織的な腐敗が起きていないのであれば、機動六課の人員配置はある種の理想的な形でもある。

 

 そんな中、

 

「――皆、午前中はゆっくりできたかな?」

 

 機動六課が誇る、訓練用の空間シミュレーターによって再現された市街地フィールドの一角で、航空隊の白制服姿のなのははにこやかに問いかけた。

 その視線の先には、訓練着を着込んで準備万端の四人の新人フォワードの姿がある。

 この四日間、彼女たちはなのはによる『基礎トレーニング』を続け、全身の筋肉痛に悩まされていたのだが、今日は午前中の訓練はなく、機動六課内のオリエンテーションを受けていた。

 僅かばかりとはいえ、しっかり体を休めることが出来、これから始まる本訓練への気合いもバッチリである。

 

「これから第一段階に入っていくわけだけど、まだしばらく個人スキルはやりません。コンビネーションとチームワークが中心ね。四人ともそれぞれの得意分野をしっかり活かして協力し合うこと!」

 

『はい!』

 

 うん、いい返事だね、と笑みを深める。

 

「――それじゃあ、早速始めていこう。今日の目的は、『今の自分達に何が出来るのか』だね」

 

 その言葉を聞いて、四人は更に気合いを入れた。

 この四日の間に、目の前の教導官がどれだけ『鬼教官』なのかは嫌という程理解している。特に今のようなにこやかな時が、一番無茶振りがくるのだ。

 警戒心を滲ませる新人達のその予想は、残念なことに外れていなかった。

 

 

「皆にはこれから、笹原3尉相当官と4対1の模擬戦をしてもらいます」

 

 

『……』

 

 四人の心境を一言で表すならば、

 本物の無茶振りが来てしまった、だ。

 

 

 

 

 

 顕正は後程合流予定のプリメラとナハティガルと共に分隊編成されるため、今はロングアーチに仮所属しているのだが、執務官として動き回らなければならないフェイトが分隊長、フォワードの交替部隊の隊長を兼務するシグナムが副隊長のライトニング分隊の指揮も頼まれている。

 今のところ現場への出動は掛かっていないので現在の主な職務は、なのは、ヴィータによる新人達の訓練を補助することだ。教導資格は取得したものの、経験が浅い顕正は熟練であるなのはの指示通りに動いているが……。

 

「――それじゃ、方針を決める前に状況を整理しましょう。それぞれ知ってることを言って、ケンセイさんの情報を共有するわよ」

 

 四人の纏め役となっているティアナを主体にして、『作戦会議』が始まった。作戦を決めるのに与えられたのは10分という短い時間だったが、四人の認識を一つにするためには必要な問答だ。

 

「まず私から。皆知ってる基本中の基本だとは思うけど、古代ベルカ式の使い手で、『盾斧の騎士』の騎士名を持ってる。防御が硬くて火力も高い、騎士のお手本のような戦闘スタイルね」

 

 円になって集まる四人の中心に置かれた端末に、『ベルカ式』『騎士』『高防御、高火力』の文字を入力する。

 次は、スバルの番だ。

 

「えっと、接近戦だけじゃなくて、中距離遠距離で砲撃戦も出来るよね。騎士としては異例なほどに砲撃魔法の適性が高い、って雑誌で読んだことあるよ。……今回は気にしなくてもいいんだけど」

 

 エースオブエースVS盾斧の騎士の、ミッド全域で中継された2年前の戦技披露会は今でも語り草になっているが、スバルが自分で付け加えたように今回はその点を無視してしまって構わないだろう。

 端末に『砲撃魔法←なし』と入れて、ついでに『飛行魔法←なし』と追加する。

 

 まだまだ個人技能も発展途上で、チームワークに至っては言わずもがなの四人と、すでに聖王教会最強候補の一角に数えられている顕正とでは、人数では埋められない歴然とした差がある。

 そのため、今日の模擬戦では大幅なハンデを付けると笑顔の教官から通達があった。

 模擬戦の内容としては、4対1で、顕正に有効打と認められる攻撃を一度でも入れられれば、フォワード陣の勝利。また、模擬戦終了の30分後まで一人でもリタイアしていない場合でも、勝利である。

 顕正にはハンデとして、『飛行魔法禁止』、『砲撃魔法禁止』が課せられた。

 そしてもう一つ。これはなのはからではなく、顕正自身からの申し出だったのだが……。

 

 

「――高町一尉。その二つではハンデとしては不十分かと思いますので、管理局の開発課に依頼されていた、試作デバイスの性能評価も併せて行いたいのですが、よろしいですか?」

 

 

 顕正は、相棒であるグランツ・リーゼを使用しない。

 古代ベルカの戦乱期から現代まで、『盾斧の騎士』の由来となったロストロギア認定寸前のデバイスであるグランツ・リーゼは、笹原 顕正にとって唯一無二とも呼べる重要な武装だ。

 取り回しの良い長剣形態でエネルギーを溜め、一撃必殺の威力を持つ大斧の炸裂砲撃で数多の敵を屠ってきたデバイスが、今回使用されないというのは、かなり大きなハンデだろうと、ティアナ含め4人は確信していた。

 

「……まぁ、正直な話、このメンバーでグランツ・リーゼの炸裂攻撃を受けても持ちこたえられるのはスバルくらいだし、助かるわよね」

 

「わ、私でもアレは直撃を一発貰っただけで行動不能だよ……?防御が成功しても、なんとか動けるくらいだと思う」

 

 四人の脳裏にはこの四日間、そして昨日の訓練の終り際、オフシフトのシグナムと試合をしていた顕正の姿が浮かんだ。

 飛び交う蛇腹剣を潜り抜け、引き戻された直剣と斬り結び、果ては爆炎を撒き散らす一矢を大斧の炸裂技で粉砕し、火の粉踊る中獰猛な笑みを滲ませる。

 ……確かに、これまでの訓練で彼の厳しさは良くわかっていた。

 なのはが監修した『基礎トレーニング』は魔法技能基礎とフィジカルトレーニングに分かれていて、比率としては3:7程度。

 そのフィジカルトレーニングをメインで担当したのは、教官陣の中でも最も屈強な肉体を持つ顕正であり、その訓練は過酷を極めた。

 端から見ていると拷問かと疑うような肉体的負荷を掛けてくるもので、初日の午後から始まったそれは、訓練校と実戦部隊を経験しているティアナとスバルであっても、今までに体験したことのないレベルの激しいトレーニングだった。

 ともすれば鬼教官No.1に数えられそうなものだが、顕正は四人に殺人的トレーニングを施す側で自身も必ず同じだけのトレーニングを行い、この様に動けばより効率的だ、という見本をそれとなく提示してくれる。

 しかも顕正が厳しさを見せるのは勤務時間においてだけだ。課業時間外では元来の誠実さと気遣いで、元々病院で親交のあったスバル、フェイトを通じて顔を合わせ、タイミングの合った時には小旅行も共にしたことのあるエリオ、キャロだけではなく、六課稼働前日からしか付き合いのないティアナも気負うことなく話が出来るほどになっている。

 他の二人が、優しいということは知っているが管理局と言う組織において雲の上の存在である高町なのはと、小さい体に鉄血の意思を凝縮し、訓練中は当然、それ以外でも厳しいヴィータということもあって、教官陣の中では顕正が最も接しやすいのだ。

 だからこそ、昨日の顕正の闘いを目にしたギャップが響く。

 

「……あの人、実は二重人格だったりしないかしら」

 

 ポツリと漏らしたティアナの声に残りの三人は反射的に否定しようとしたが、今までの顕正の言動を鑑みた結果、否定の言葉を紡ぐことは出来なかった。

 

「そ、それはそれとして!作戦会議を続けましょう!」

 

 キャロの意見で、ティアナも我に帰る。確かに今は、それよりも作戦を立てる方が先決だ。

 

「そうね。じゃあ、次はエリオの番だけど……あんた六課に来る前に、何回か指導して貰ったことがあるって前に言ってたわよね。ケンセイさんの弱点とか、知ってたりしない?」

 

「じゃ、弱点ですか?」

 

 そう言われても、とエリオが頭を悩ませる。

 確かに何度か指導してもらった事はあるが、実戦形式の模擬戦をしたのは一度だけしかない。しかもその時は、顕正は『バリアジャケット以外使用禁止』という条件で、ストラーダを使うエリオは傷一つ付けられなかった。

 火力、防御力、機動力と三拍子揃っており、教会騎士として前線で力を振るってきた豊富な経験もある。

 顕正の弱点らしい弱点と言ったら……。

 

「――そういえば」

 

 ふと、思い出したことがある。

 

「ケンセイさん、索敵系の魔法は得意じゃない、って言ってましたね」

 

 普段の教会騎士の任務について聞いた時だ。

 警護任務や遺跡探索において重要視される魔法だが、顕正はその適性が低く、その辺りはコンビを組んでいる教会騎士に頼ってしまっている、と。

 

「……そう、確かにベルカ系の使い手って、補助系魔法が苦手な人が多いわよね。その辺りも典型的な『騎士』ってことか」

 

 作戦会議を始めてから、ようやく光が見えてきた気がする。

 そして少し表情を緩めたティアナへ、更なる朗報が。

 

「あ、そういうのでしたら、私もケンセイさんに聞いたことがあります。砲撃適性は高いけど射撃適性は低くて、特に誘導弾はほとんど使えない、って言ってました」

 

 キャロの言葉に、スバルとティアナは目を丸くする。

 

「え?そうなの?砲撃が使えるから、てっきり射撃系も使えるんだと思ってた」

 

「……そういえば、戦技披露会の時も昨日のシグナムさんとの模擬戦の時も、射撃してるところって見てない気がする」

 

「射撃自体は出来るって言ってましたけど、それもナイフ型の実弾系で、物体加速の直射弾だけらしいです」

 

 キャロがそれを聞いたのは、以前顕正、フェイト、アルフと共に管理世界の温泉宿に旅行に行った時のこと。

 顕正一人が男湯なので、寂しいだろうと一緒に温泉に入っていた際に雑談として言っていたのだが、彼はベルカの技術に誇りを持っているが、それだけでは飽き足らず、ミッドの長所も積極的に学んでいるらしい。自身に適性がないため射撃を扱う事は出来ないが、相対した時のために、また、別の部分で応用するために、だそうだ。

 

「……直射だけとはいえ、あの人の戦い方だと何か『仕込んで』きそうね。でも、これで……大体の目標は見えてきたわ」

 

 各人の話から、作戦の骨子は固まった。

 これが実戦で、顕正が万全の状態であったのなら、勝ち筋もへったくれもなかったのだろうが……。

 

(――これは訓練で、ケンセイさんも大幅に手加減してくれてる。それならやり方によっては、あの『盾斧の騎士』相手にだって勝ち目は、ある……!)

 

 訓練校からずっとコンビを組んでいるスバルはともかく、エリオとキャロとはまだまだ上手い連携は取れないだろう。しかし、ここ数日である程度は力量と性格も把握出来ている。ならばそれを活かすも殺すも、チームの司令塔次第だ。

 

「……もう時間も少ないし、簡単に作戦を決めるわよ。あくまでも私の意見だし、他に良いアイデアがあるんなら、いつでも言ってちょうだい」

 

 やるからには、勝ちを目指す。

 それは負けん気の強いティアナに限ったものではない。

 新人たち四人は、それぞれ目的を持ってこの機動六課に入ってきた。

 訓練だから、相手が歴戦の騎士だから、と言い訳をして『流す』なんてことは、断じてあり得ない。

 

 決意を胸に、ティアナたちは勝ちを求めた作戦を固めた。

 

 

 

 

 

 

「――良い感じに気合い入ってきたな。これもケンセイのトレーニングの成果か?」

 

「まぁ、この四日間のフィジカルトレーニングの結果もあるけど、元々が事情を抱えた子達ばっかりだからね。顕正くんの『教育』で、前から持ってた熱意にさらに火が着いたって感じかな」

 

 訓練地域から少し離れた地点で、新人フォワードの指導官二人が話していた。

 各所に展開したサーチャーで散会した四人の姿を見守りつつ、デバイスを変えて佇む顕正にも目を向ける。

 

 顕正の装いは、今まで使っていた鎧姿のものではなかった。

 白が基調の新しいバリアジャケットは騎士服をモチーフにしたものであり、以前の堅実さよりも清廉さが前面に出されている。管理局所属になることを受けて、よりクリーンなイメージになるように新規作成したのだ。

 鎧姿よりも防御力は下がっているものの、最近の戦闘傾向から機動力を重視している。狙ったわけではないのだが、ちょうどなのはとフェイトの中間の様な仕上がりになった。

 

「……あれから『アレ』になるのか。もはや詐欺だな」

 

「……うん、仕方ないよ。ナハティガルさんの仕様だから」

 

 今はまだ聖王教会にいるユニゾンデバイスのことを思う。風の噂に聞いたが、ナハティガルとの完全融合状態は評判がよろしくないらしい。清廉なイメージを保ちたい聖王教会と管理局から揃って、使用を控える様にと通達があったとまで言われている。

 

「んで、デバイスも変更か。手ェ抜きすぎじゃねえか?」

 

「んー、そう、かな?これでちょうど良いくらいだと思うよ。結局のところ、ちょっとスタイルが変わって火力が落ちたくらいだし」

 

 二人の視線の先で、顕正がデバイスを構えた。

 首から下げた鋼色ではなく、手にした赤色のものを。

 

 

 

 

 

「――『ノブレス』、セットアップ」

『All right,set up.』

 

 女性型の音声が流れ、デバイスを展開する。

 その形状はほとんどグランツ・リーゼと変わらず、違いといえばカラーリングと細かい意匠程度。

 

 管理局の開発課がテストを依頼してきたその『盾斧型デバイス』は、そもそもの思想段階から顕正も参加しているものだ。

 

「……」

 

 起動試験や初期設定の際に握って感じていた違和感は、調整によってかなり小さくなっている。

 それでも若干不安に思ってしまうのは、普段手にしている『相棒』ではないからか。

 顕正の視線を受けて、何か?と剣の柄に埋め込まれた黄色のデバイスコアが明滅した。

 なんでもない、そう小さく伝え、これから始まる模擬戦に向けて意識を集中する。

 まだまだひよっことはいえ、それぞれポテンシャルは十分な新人たちだ。この四日間の訓練を指導していて、よくもまぁこれだけ才気溢れる人間を集めたものだと感心した。管理局の人手不足とは一体何だったのかと思うが、聖王教会とは管轄する規模が違うのだから当然ではある。

 彼らを教え導くことこそが、ここでの顕正の仕事。

 故にこの模擬戦で行うべきことは……。

 

『――全員、配置に着いたね。それじゃあ、カウントで始めるよ』

 

 訓練場全域に、なのはからの念話が響く。

 5、4、と数える声を受けて手にした長剣を握り締め、

 

『3、2、1、……スタート!』

 

 開始の合図を聞き届けた。

 

 

 

 

 

 

 顕正のスタート位置から離れた場所で、ティアナとキャロはサーチャーによる偵察を行い、前に出たスバルとエリオに情報を送っていた。

 

『……グランツ・リーゼじゃないけど、盾斧型デバイス?』

 

『えぇ、カラーリングが違うけど、形はほとんど一緒。さすがに炸裂打撃も一緒とは思えないから、何か別の機能があるんじゃないかしら』

 

『……炸裂打撃は普通のデバイス強度だと、撃った瞬間デバイスが砕け散るって聞いた覚えがありますし、多分ティアナさんの言う通りですね』

 

 訓練場を駆けながら、エリオが補足する。

 スバルはそれを聞きながら、自身が作ったウイングロードを走る。飛行魔法を禁止された顕正にとって、上から強襲するこの魔法はかなり有効なはず、と満場一致で突撃役を任された。

 

(まずは私が強襲して戦線を作る……あとの流れは、作戦通りで!)

 

 スタート地点からぐいぐい迫り、偵察していたキャロからの通信が入った。

 

『スバルさん、そろそろケンセイさんとコンタクトします!』

 

『……うん、こっちでも見えた。このまま突撃するよ!』

 

 顕正はデバイスを展開して歩いている。ちょうど背後に回る形で道を作ったため、まだ気付かれてはいないようだ。

 

『作戦通りで頼むわよ。あんたが崩されたらその後も全部吹き飛ぶんだから』

 

「了解!」

 

 やり取りをしつつ、顕正の様子伺う。やはり索敵は得意ではないという情報は正しかったらしく、まだこちらを振り向かない。

 先手を取るなら、今しかない。

 母の形見のリボルバーナックルを握り締め、意識を集中した、その時だ。

 

「……っ!気付かれた!」

 

 死角を取って回り込んでもなお、視線を感じたのか、顕正がくるっとスバルに向き直る。その表情は完全に抜け落ちていて、考えは一切読めなかった。

 とはいえ、スバルがやることは変わらない。気付かれていようがいまいが、突撃する。

 

「――うおおぉぉ!!」

 

 気付かれているのだからと、自身を奮い起こすために吠えながら、スバルは顕正に突っ込んだ。

 それはウイングロードを駆け抜けて加速した突撃で、破壊力はかなりのもの。ビルの壁くらいは余裕で貫通するような拳だ。

 それでも、

 

「……初手はスバルか。セオリー通りだが、当然だな」

 

 赤い盾が拳をいなし、衝撃を逃す。

 スバルもこんな見え見えの一撃で顕正にヒットするとは思っていない。反撃を食らわぬように無理せず流れに身を任せ、いなされた勢いそのままに地面に着地し、顕正から距離を取った。

 

「さて、こっちも行くぞ」

 

 顕正は長剣を構え、後ろに引いた。

 この構えはスバルも知っている。戦技会でも、昨日の模擬戦でも使われた、顕正の十八番。

 

「――『燕返し』」

 

 魔力を伴った伸びる斬撃二連。

 しかし事前にくると分かっているなら、その範囲から抜けることも容易いことだ。

 スバルは構えを見た瞬間には、前に駆け出していた。

 二度の斬撃は距離があっても相手に届くように、前方に伸びる。

 故に、『横』への範囲はそれほど広くない。

 ローラーブーツの推力によって前に、より正確に言うならば、『右斜め前に』飛び出したスバルは、燕返しの範囲から既に逃れている。

 

「リボルバーぁぁ!」

 

 ガシャリ、とシリンダーが回転。カートリッジをロードする。

 近接格闘が主体のスバルだが、射撃が使えないわけではない。ショートレンジで離れた位置からよく使う魔法を放った。

 

「シュート!!」

 

 ナックルスピナーの回転による衝撃波を、前に飛ばす。

 威力は拳に劣るが衝撃波の有効範囲は広く、近距離なら威力減衰も気にならない。

 対して、顕正は慌てることなく斬撃を飛ばした長剣を戻し、逆の手に持つ大盾によって正面から受け止めた。

 そしてその隙にスバルは更に接近し、防御を固める顕正を盾の上から追撃する。

 

「……甘い。そんな攻撃じゃ俺の防御は抜けないぞ」

 

 叩きつけられる拳を、飛んでくる蹴りを、顕正は両手のデバイスを駆使して受けきる。

 長剣形態の盾斧は極めて防御力が高く、生半可な攻撃ではダメージを与えられない。

 

「っ、それくらい!分かってます!」

 

 返答するスバルは、それでも攻撃の手を緩めない。

 その様子に疑念を抱いた顕正は、自分の背後に出現した気配に気が付いた。

 

 スバルの攻撃を受ける方向とは逆方向から、槍を構えたエリオの姿。

 

 それはいくら顕正がスバルを見ていたからと、この距離に近付くまで気付かない訳がないほどに近い。

 

 一瞬目を見開く顕正に向かって、エリオの突撃が迫る。

 前方からはスバルの打撃。

 後方からはエリオの突進。

 長剣形態の盾斧は防御的だが、実のところ顕正は『防御魔法』が得意ではない。

 本人のタフネスが高いため、普段はほとんど影響がないが、一発有効打を受けたらおしまいのこの模擬戦では、多方向から攻められれば防御が難しい。

 当然、顕正もそうならないようにスバルと競り合いながら周りを観察していたが、間違いなく数瞬前までエリオの姿はなかった。

 

(……なるほど、ティアナの幻術をキャロがブーストしたのか)

 

 複合光学スクリーンによって対象を透明化する『オプティックハイド』は、かけられた対象が激しく動くか、魔力を大量に行使するとスクリーンの寿命が縮み、姿を現わす。

 データでその幻術が使えることは知っていたが、それでもティアナの技量であれば自分は見抜けると判断していた。

 だがその技量不足を、プリメラと同じく支援魔法を使うキャロが補ったのだ。

 スバルが正面から突撃し、その隙にステルスになったエリオが背後から強襲する。

 短い時間でよくここまで考えた、と素直に顕正は感心する。

 アタッカーの配置も良い。エリオの突撃が、途中で横範囲の斬撃に切り替えられることは知っている。顕正が長剣形態で回避に使うサイドステップでは、横のなぎ払いを避けきれない。

 

「――だが、惜しいな」

 

 ガチャン、という音が響いた。

 

 

 

 

『Sonic move.』

 

 

 

 

 瞬間、雷光が走り、二人の攻撃は空を切った。

 

 

「……は?」

 

「……え?」

 

 空振りの拳と槍を放った二人は、目を疑う。

 

 顕正の姿がない。

 ほんの一瞬前まで二人の間にいた筈なのに。

 

 その思考の隙を、顕正は突く。

 

『っ!?スバル、上!!』

 

「っ!?」

 

 戦況を見ていたティアナの声に、反射的に上に向けてプロテクションを張ったが、間に合わない。

 

『Blitz action.』

 

 魔法によって高速化された長剣の振り下ろしは、スバルの体を弾き飛ばす。

 

「――づあっ!!」

 

 飛ばされる……が、致命打ではない。スバル自身の頑強さで持ち堪えた。

 態勢を戻し、相手を見る。

 顕正は長剣を振り下ろした後に、突撃を回避されて棒立ちになっていたエリオに向けて、すぐさま盾で殴りつけていた。

 エリオはその一撃を受け、スバルのいる地点まで同じように飛ばされる。

 咄嗟に受け止め、

 

「エリオ、まだ動ける?」

 

「……ま、まだ大丈夫です。インパクトの瞬間に身体強化を上げました」

 

 ダメージはあるが、二人ともまだ戦闘は継続出来る。戦意も喪失していない。

 しかし、

 

「さっきの連携はかなり良かった。だが、相手の情報が確定していない段階で踏み切るべきじゃなかったな」

 

 会敵したときの無表情とは打って変わって、口角を上げて賞賛とダメだしをしてきた。ようやくいつも通りの雰囲気になっている。……それが余計に二人の不安を煽った。

 その手にある赤いデバイスに、自然と二人の視線が向く。

 

「……あの、ケンセイさん、そのデバイスって……」

 

 思わず疑問を口にしたエリオに、顕正は笑顔を見せた。

 

「あぁ、管理局製の試作品でな。グランツの機能を再現するのはまだ技術的に難しいと言う話で、これは別なアプローチを試している」

 

 

 カチャっと長剣を構え直し、

 

 

 

 

「名は『ノブレスオブリージュ』。――エミュレートミッド式の盾斧型デバイスだ」

 

 

 

 不敵に笑って、瞳に僅かながらも火を灯した。

 

 

 

 






お久しぶりです、まだ生きてます。
もはや言い訳はいつも通りなので割愛しますね!アイオワ可愛い!

さぁ、久しぶりなくせに前後編です。ぶっちゃけ次がいつになるのか分かりません!

本編中でエリオとキャロとの関係もちょっと出てきましたが、二人は原作通り六課に来るまで顔を合わせたことはありません。ちょっと書き方がややこしいと思いましたが、顕正とエリオ、顕正とキャロはそれなりに交流しています。


そして久しぶりに質問返しのコーナーへ。


Q 顕正のイケメン度が上がってる?

A ちょっと大人になりました。聖王教会でも注目株で、これからは指導する立場になるし、ということで気を張ってます。


Q 魔力至上主義は言い過ぎでは?クロノとかレジアスとかゲンヤとかいるし。

A クロノさんはメインの三人娘と比べると魔力少ない扱いされてますけど、十分エリートレベルの魔力あるんですよ…。
  レジアスさん、ゲンヤさんは現場からの叩き上げで来てて結構な年齢ですし、ゲンヤさんは三佐で止まってる間に一尉だったはやてに階級抜かれてますし…。まぁ、そこらへんはエリートコース行った人間と現場からのし上がってきた人間ってことで分かるんですが、やっぱり魔力量でそのエリートコースに行けるかどうか分かれてるのは、ミッドの魔法文化が見えるものだと思っています。



はい、ではまた次回。



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