日の丸の軌跡 (ホームベースの踏み忘れ)
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第1話 異世界へのクロス

~???~

 

(ハァ…ハァ…体が重い…ここはどこだ?俺は…何をしていたんだっけ?そうだ!確か演習中だったんだ。それで…それで…駄目だ思い出せない)

 

迷彩服を着た男が暗い森の中をフラフラしながら歩いていた。

 

(そういえば、俺の名前…名前…ケイ…スケ…だったはず、あれ?名字が出てこない。どうなっているんだ。これが記憶喪失ってやつか?どうしよう、小隊長にどやされる)

 

疲労と自分の名前すらまともに思い出せないという焦りから的外れなことを考えてしまう。

 

(もう駄目だ…歩けない)

 

足が止まる。 その時。

 

「誰か!」

 

(誰何《すいか》された…対抗部隊の陣地に…助かっ…)

 

バタッ

 

「おい!大丈夫か!?」

 

倒れたケイスケを心配して黒い服の男が近付いてくる。

 

(あれ?誰だ?自衛官じゃ…)

 

ケイスケはそこで完全に意識を失った。

 

 

 

~クロスベル自治州 ノックスの樹海~

 

それは偶然だった。

演習の一環として予定になかった夜間の斥候訓練をしている最中に物音がした。魔獣が近くにいるのかと考え、辺りを警戒すると男がフラフラと歩いているのを発見した。

 

(何をしているんだ、あいつは!?うちの隊員か?)

 

この演習場は今、クロスベル警備隊タングラム門守備隊が使用している為、本来なら警備隊員しかいない。

 

(まさか、警察学校の人間か?いや、あれは迷彩服…。猟兵!?猟兵が何でこんなところに!?)

 

警備隊員は驚くがこのまま見過ごすことはできない。

 

(不味い。とにかく止めないと)

 

他に気配がないことを確認し、こっそり後ろに回り込む。そして…。

 

「誰か!」

 

バタッ

 

誰何した瞬間男が倒れた。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

倒れた男に駆けつけ容態を確認する。

 

(脈は…大丈夫。意識を失っただけか)

 

脈があることにほっとするが、この演習場も魔獣が出る。のんびりしてはいられない。

 

(それにしても変わった装備だ。この小銃…火薬式か?猟兵の中にはこういうのを扱う奴もいるというが。だがそれ以外は正規軍の兵士に見える。どうなっているんだ?)

 

男の意識がない以上その疑問は誰にも答えられない。

 

只、もしかしたら、女神だけは既にその答えを知っているのかも知れない。

 

 

 

~クロスベル自治州 クロスベル病院~

 

(あれ?此処は?)

 

ケイスケが目を醒ますと、まず白い天井が見えた。次に自分がベッドに寝ていることを認識。そして、左腕には点滴の管が付いている。

 

(此処は病院か。助かったんだ)

 

一先ず自分が助かったことに安堵する。

 

(どこの病院だろうか?あの演習場に近いところといえば…)

 

ガチャ

 

(えっ?て、手錠!?何で?脱柵と思われたのか?)

 

左腕の点滴に気をとられて、右手首の手錠に気づかなかった。

 

(嘘だろ!?あぁ…小隊長にどやされる。嫌だなぁ)

 

叱られる未来に憂鬱になっていると、先生と看護師さんが病室に入ってきた。そして見慣れない黒い制服の女性も。

 

「おっ。意識が戻ったようですね。お加減はいかがですか」

 

「はい。えーと、まだ少し頭がボーとします」

 

(なんだろう。何か違和感が。)

何かがおかしいと思うが、それが何か分からない。だが、黒い制服の女性の言葉でその違和感の正体に気づいた。

 

「私はクロスベル警備隊のソーニャ・ロウと申します。貴方に聞きたいことがあります。よろしいですか」

 

(クロスベル警備隊?何だそれは?それに名前も…そうか!彼らはどう見ても日本人じゃない!)

 

日本の自衛隊の演習場にいて海外の病院に送られるはずがない。それに聞いたこともない部隊名に日本人では考えられない名前。

 

(ここ日本じゃないのか…)

 

あまりのショックに耐えきれずケイスケはまた意識を失った。

 



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第2話 貴方は誰

「ここは日本じゃ…」

 

彼はそう呟いて気を失った。

 

(ニホン?地名か何かかしら?でも東方にそんな地名が?)

 

事前に東方の文字が書かれた服を着用していたと聞いていたので、共和国方面の人間と考えうろ覚えの東方の地名を思いだそうとするも出てこない。

 

「ソーニャさん、申し訳ないが聞き取りは明日にしていただきませんか。ご覧の通り患者の体力はまだ戻っていません」

 

先生が患者の容態を確かめながら言う。

 

「ええ、分かりました。では彼の意識が戻りましたらご連絡下さい」

 

その後、病室の警備をしている警備隊員に声をかけてから病院の駐車場に待機させていた装甲車に向かう。

 

「お疲れさまです、ベルツ二尉。例の彼は意識を取り戻しましたか?」

 

装甲車のそばで待機していた隊員が敬礼をしながら話しかける。

 

「ええ、でもすぐに寝てしまったわ。後、私は今はベルツではなくロウです。シーカー曹長」

 

「おっと、失礼しました。ロウ二尉」

 

優秀だがどこか抜けているシーカー曹長に呆れながら、装甲車の助手席に座る。

 

「そういえばシーカー曹長が最初に彼を発見したのよね?詳しい話は門に戻ってから聴くけど、どういう印象を受けた?」

 

シーカー曹長は運転席に座ってエンジンを掛けながら答える。

 

「そうですね、最初は迷彩服を見て猟兵だと思いました。ですが、彼の装備品はどちらかというと正規軍のものに見えましたし、雰囲気も若手の兵士という感じでした」

 

「確か、服には名前らしき東方の文字が書かれていたそうね」

 

「はい、ただ東方の文字で何と読むのかさっぱりで」

 

「そう、分かったわ。さっき言った通り後で詳しい話を聴くからよろしくね」

 

「了解。…ハァ、2日後には家に帰れるはずだったのに…」

 

(確かシーカー曹長は娘さんが2人いたわね)

 

ソーニャは曹長に同情しつつも容赦なく命じた。

 

「彼が誰で、何の目的で、どうやってクロスベルに入ってきたのか、そして仲間が他にもいるのか。これらが判るまで帰ることはできません」

 

「了解…」

 

シーカー曹長は完全にショボくれてしまった。それでも安全運転に努めているのはさすがである。

 

(私もしばらくあの人に会えないのよ)

 

どうやら若干私怨の混じった命令だったようだ。

 

 

~翌日~

 

(何も分からない…)

 

ソーニャ二尉は完全にお手上げ状態であった。

 

昨日タングラム門に戻ってから病院で拘束中の彼について散々調べるも何も分からない。当初、東方の文字から共和国方面から来た可能性があるとみて、門の検問をしていた部下を聴取したが、彼の顔写真を見せても皆知らないと首を横にふった。そもそも門を通過したのか、したとしていつ通過したのかも分からない。列車で来たのであれば確認のしようがない。

 

(ここはクロスベルよ。どこからでも入れるわ!)

 

普段は考えないようにしていたクロスベル自治州の重大な欠陥に目を覆いたくなる。ここは帝国と共和国の狭間、工作員や猟兵など簡単に入れる。

 

(念のためベルガード門や警察に問い合わせてみましょう)

 

正直無駄と思うが仕方がない。

 

(そもそも彼が東方あるいは共和国の人間かも怪しいのよね…)

 

東方の文字が書かれていたという理由で共和国方面の者だろうという至極当然の推理は途中で瓦解した。なぜなら、東方の言葉が多少分かる部下にその文字を見てもらうと。

 

「名前と思われる文字に関しては読み方が分かりません」

 

「所属部隊の第1中隊は分かりますが、第○○普連については連は連隊のことだと思います。只、普の意味は分かりません」

 

「この…陸上自衛隊というのは…それぞれ陸上はground、自衛はself-defence、隊はforceを意味します。しかし、陸上自衛隊という組織は聞いたこともありません」

 

(どういうことよ…本当)

 

言葉のほとんどは読めないか意味不明という有り様だった。

 

(しかも…)

 

「身元不明者の武器・装備品を調べましたが、武器は小銃と銃剣1本のみ、火薬式の銃で所持していた小銃弾は全て空砲です」

 

最早、理解不能である。

 

(東方の文字を除けば、国境を接している国の若い兵士が、演習中誤って国境を越えてしまったように見えるけれど…)

 

ソーニャ二尉の知る限り帝国・共和国ついでにリベール王国いずれの軍隊も彼の所持していた武器・装備品と類似するものは配備していない。国境を接してない他の国や自治州も同様だろう。

 

(ハァ…もう全部あの人に丸投げしたい。こういう捜査は警察の本分でしょ)

 

優秀なクロスベル警備隊幹部にあるまじき発想に陥っていた時、電話が鳴った。

 

「はい、ソーニャ・ロウ二尉です。ええ、病院から…彼が目を醒ましたのね。分かったわ、病院には1時に伺うと伝えて。よろしくね」

 

(もう後は本人に聞くしかないか)

 

電話を切ると伸びをして頬を叩く。

 

(それにしてもself-defenceforceか。もしかしたらうちと似た組織なのかもね)

 



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