Phantasy Star Froger's (Father Bear)
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① "カエル"は動き出す

"私"は、誰?

 

「"○△●□◆"ァッ!!!」

 

"私"は、何?

 

「"○△●□◆"さんっ!!!!」

 

「しっかりしろよオイ!!!"○△●□◆"!!!!」

 

"私"は、どこ?

 

「"○△●□◆"!!!!お前が帰ってくる場所はここなんだ!!!!ソレ以外のどこでもない!!!!」

 

一人ではない。大勢の剣幕が"私"の脳内を駆け巡ってゆく。誰だ。…誰だ。………誰なんだ。

 

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「"○△●□◆"!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

私の頭で最初に思考したモノは、何故か私の名前だった。しかし何故だか、ソレが出てくる事は無かった。

 

「……………さん?次のポーズお願いします」

 

「あっ…はい、すいません。んっ………」

 

カメラマンに言葉を掛けられ、ハッと我に返る。そして私に声をかけたカメラマンである彼の、欲するイメージのポージングを取る。

 

「ふむ…これは中々…さすがだな……」

 

次々とカメラマンの音はシャッターを切っていく。もう10枚以上は撮っているかもしれない。静かなスタジオの中にシャッターの音が木霊していく。

 

(何か……夢でも見てたのかな……)

 

「……はーーい、OKでーす。お疲れ様でした"フェレーナ"さん。またお願いしますぅ」

 

「はいよろしくお願いします。では、お疲れ様でした~」

 

「「「「お疲れ様でした」」」」

 

撮影用の衣装の上にコートを羽織り、スタジオのブ厚い防音扉をゆっくりと押し開けてゆく。今はもう冬の真っ只中。こうでもしていなければ凍え死んでしまう。いや…大袈裟だったかな。

 

「はぁ………なんだったんだろさっきの……」

私の名前は"フェレーナ・ネクォール"。オラクル船団に数あるファッション雑誌の1つ、"M@star"という学生に人気な雑誌のモデルの仕事で生活している。

 

「お疲れ様でしたフェレーナさん。今回も上々でしたね」

 

隣を歩くマネージャーに愛想笑いと相槌を打ってゆく。今回の仕事の結果。次の仕事内容、会食の予定等を家路につく前までに隣で丁寧に喋る。途中から昔の自慢話や愚痴等を喋る様になり、そこからは全く聞いていない。それを私は愛想よく頷き、相槌を打つ。嫌われない様に。

 

「………それでは……明日はお休みですから、ごゆっくりお休みください」

 

「あっ、はい。ありがとうございます。マネージャーさんもお休みさない」

 

そう言って送り出され、私は事務所の外に出た。外はもう真っ暗だ。こういうのを地球では「日が落ちるのが早い」と言うのだったろうか。携帯の時計を見ると、まだ17時であった。

 

「はぁーーっ………今日も頑張ったね私。早く帰って、ご飯食べて、お風呂入って、ゲームして、寝ないとなぁ~……あ、今日更新のイベントクエストなんだっけ………」

 

車の行き交う大きな車道の横の歩道を私は進んだ。上を見ればそびえ立つビルの数々が夜の街を明るく照らしていた。この私の横を行き交う車達でさえ例外ではない。そして私の今歩いている歩道も、会社帰りのサラリーマン、学校帰りの学生達で溢れ返っていた。

こうなったのも地球の影響が大きい。今ではこんな賑やかであるが、前まではこの時間になるととても閑静な街だった、のだがある日地球もといトウキョウを見た7番艦ギョーフの当時の艦長は「これだ」と言わんばかりに真似をし始めた…らしい。

幸いにもトウキョウにあるようなビルは揃っていて、再開発する必要もなく。わずか一週間程でそっくりピカピカな街になった。

ちなみにコレで名を上げた艦長であったが、その後マスコミによって不倫が暴露され今では隠居生活を送っているらしい。

 

(もうすぐ着く………やっと落ち着ける……)

 

そんな事を思いながら私は自らの住むマンションの前に到達した。駅徒歩5分という立地の良さからここを選んだのだけれど、何故か人がガラガラなのである。

ちゃんとした理由等はちゃんとあるのだが、今は伏せておくことにする。

 

「ごっはん~♪おっふろ~♪ゲーム~♪」

 

鼻歌を歌いながら、私はエレベーターに向かった。

 

 

 

「もーーーぅ………何でエレベーター壊れちゃってるのよぉ………」

 

鼻歌を歌って調子こいていたのも束の間、いざボタンを押してみるとこう流れた。

 

『大変申し訳ありませんが、このエレベーターは故障中です。横の階段からお上がり下さい』

 

……と。このマンションにはエレベーターが3機あるのだが、どうやら全て壊れてしまったようだった。

 

「あぁもうっ……私が何したってのよ………」

 

なので今こうやって、階段で上に登っている。………7階まで……。今日の仕事は徒歩での移動が多かったので、脚に疲労が溜まって今にもつりそうだった。

そうこうしている間にやっと6階まで登ってこれた。もう限界だ。早くもう1階上がってベッドに飛び込みたい。そう思っている時だった。

 

「………ん?」

 

下を向いて上がっていたのだが、影で踊り場に誰かいるのが分かった。疲れながらも、『挨拶をしなければ失礼だ』と思い私は上を向いて「こんばんは~」と愛想良く挨拶した。

 

「……………………。」

 

「あ、あの~……?」

 

"彼"は私の方をジッと見つめたまま動かない。彼の印象はこうだった。黒い服を着ていて、男にしては少し長い茶髪で、片目が髪から覗いていた。顔立ちも整っていて、俗に言うイケメンというヤツであった。

しかしいくらイケメンと言えどジッと私を見つめたまま動かないのは怪しいし、何より怖い。もしかしたら不審者かも、と思い少し後ろずさりすると。

 

「…いや、すまない。今日からここに住む事になったんで、慣れなくて。そしたら下からアンタがいきなり挨拶してくるから、何て返せばいいか分からなくなったんだ。」

 

「あっ…そうですか…アハハッ…」

 

そう言い残すと彼は上に登っていった。さっきの発言から察するに、どうやら彼はこのマンションの新しい住人の様だった。

 

(でも珍しいなぁ…ここに新しい人なんて)

 

私は新しい住人を心の中で歓迎しつつ、晴れてようやく自室のベッドに飛び込む事が出来たのであった。

 

 

 

 

「ちょっとレーナ…いくらなんでも、外から帰ってきたそのままの格好で寝るなんて無しよ?」

 

「うぅ~…分かってるわよ、そのくらい……」

 

いきなり玄関のドアが思い切り開かれ、私の自室に『ドォォォォン』という轟音が響いたので、シェアハウスのルームメイト、"ノア・ダンフォード"が駆けつけてきた。

 

「よっと…何?今日はそんなに大変だったの?」

 

ノアは私のベッドの端に腰掛ける。余程私が疲れて見えるのだろう。普段あまりかけてくれない心配の声をかけてくれた。

 

「うん………だって見て?このスケジュール………」

 

私はノアにスケジュールのデータをメールでノアに送信した。ノアの腕についているアクセサリーが通知音を鳴らし、青くて小さな淡い光を発する。

 

「ん~?何々………ってアンタ、これ無理し過ぎなんじゃあない?いくら若くて人気のあるモデルだからって、アンタのマネージャーも酷い人ね。休みなんて2ヶ月ぶりじゃない。しかも明日だけ。」

 

「ホーント。お仕事は確かに楽しいけど、もっと休み欲しいなぁ」

 

私は数ある友人関係の中で唯一、ノアにだけは心を許している。何故だかは知らないが、彼女といるととても安心出来るし、何より何より心地がよい。あと彼女は何故か私の事を"レーナ"と呼ぶ。おおよそ、面倒くさいだけなのだろうが。

 

「ま、無理だけはしないこと。アンタに何かあったら、寂しいんだからね。こんな馬鹿デカイ部屋」

 

「ふふっ……時々ノアって、お母さんみたいな事言うよね」

 

「は~~~~???何言ってんの???ほら、さっさと着替えて来なさいよ。もうご飯できてるから」

 

はーーい、と私は彼女に返した。とりあえず着替えなければと思い、コートをハンガーにかけた。

 

「お母さん、かぁ」

 

母は私を産んだその日に死んでしまった…と、聞いている。実際に会ったこともないし、声も、名前すらもわからない。そもそも母に関するデータ全てが、何者かのによって抹消されているのだ。理由なんてわからない。ただ、1つだけ確信している事がある。

"母は何者かに殺された" 、ということだ。何の陰謀があってかは知らない。知ろうとしても、もうデータは無いのだから。ただ、産んでくれてありがとう、だの親孝行はしてみたかったと思う。

ちなみに父親は母親が死んだ直後に姿を眩ましているらしい。自分の妻が死んだというのに、何て薄情な男なのだろうとつくづく思う。娘である私に何の知らせもないという事はまだ生きてはいるようだった。まぁ、だからと言って今さら会いたいとも思わない。一説ではその父親が母を殺したという話もあるくらいだ。

 

「髪を結んで……これでよし。さ、ご飯ご飯!!!」

 

両親の事を思いつつ、私はノアが作ってくれた特製ハンバーグを堪能した。

とても美味しかった、という小学科並の感想をここに述べておく事にする。

 

 

 

「っん~~~!! 久しぶりの休みよ!!!さぁ~~てそれじゃ……………」

 

朝の支度を済ませ、私が向かったその先は……

 

「やっぱ休日と言えばゲームでしょ! うん! それ以外考えらんない!!!」

 

自室のテレビの前であった。昨日はお風呂に入ったあとそのまま寝てしまい出来なかったが、今日こそはゲーム三昧だ、と起きた時から私の心の中にゲーマー魂が火を吹いていた。

「スイッチ、オン…………」

 

………そして、電源がついてそのままゲーム開始……なのだが……

 

【Emergency Call】

 

スピーカーからけたたましいアラート音を響かせながら、赤い文字がテレビの画面中を占領する。

 

「……なぁぁぁぁあんでよぉぉぉぉぉぉおおおお!!!」

 

「レーナ!!!今の見た!?」

 

どうやらノアも、携帯端末か何かで今の表示を見たらしい。

 

「えぇ見たし聞いたわよ!!!!私の休日を破壊する音がねぇ!!!!」

 

そして私とノアの携帯端末からも、今までに数回しか聞いた事のないような音を鳴らし始めた。

この音は、確か………

 

『速報です!アークス船団7番艦に、大量のダーカーが……キャァァァァァアアアァァッッ!!!!』

 

ブシャァァァァァァァアァァァアアァァァァアア!!!!!!

 

テレビの奥で、中継をしていた若い女性ニュースが首をかっ斬られ殺された。カメラには大量の返り血がベッタリと付き『これは訓練ではない』と、事実上全市民に通達された様なものになった。

 

「うわぁぁぁぁぁあぁああぁあ!!!!!死にたくない!!!死にたくないぃぃぃぃい!!!!!」

 

「いやぁぁあぁぁぁああぁぁ!!!!誰か!!!誰かたすk」ブシャァァァァァァァアァァァアアァァァァアアァァアッ

 

ノアのブレスレットからは、『Code:D』と書かれた赤い文字が浮き出ていた。

 

「ノア」

 

「何??」

 

「"行くよ"」

 

「………了解。ほら、アンタの武器と防具一式」

 

「ありがとう」

 

このマンションは人がガラガラ、という話は昨日したろうか。あの時は、まだ理由までは話していなかった。そう、理由は他でもない。

 

「…シンクロシステム問題無し。ステルス化開始。装着、完了」

 

そう、このマンションは…

 

「フェレーナ・ネクォール。ダーカーを殲滅します。」

 

一般人は立入禁止の、

いわば"アークスの巣"なのだから。



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②ダーカー撃退戦(前編)

「フェレーナ・ネクォール。ダーカーを殲滅します。」

 

まだ朝日が建物のガラスに反射してキラキラと輝いていた朝方、突如ヤツ等はやってきた。

 

「よっ……!」

 

私は自室のベランダから飛び降りた。目の前で一般人が殺されているのだ。昨日、私の隣をすれ違ったかもしれない人々が。階段などと悠長な事を言っていられない。

 

「フェレーナ!!はぁ………面倒くさい………」

 

フェレーナに続いて、ノアも装備を装着し終える。

 

「ノア・ダンフォード…。出撃る!!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁあ!!!!」

 

ジャキィィィィィィィィィインッッ!!!!!!

 

着地に合わせ、私はデュアルブレードを市民を襲っていたダーカーに思い切り叩きつけた。あの高さからの攻撃だ。ひとたまりもない。

 

『『『ギィィィィィィィィィィィィィィィィィイイッッ!?!?』』』

 

仲間の一匹が殺され、動揺しているかの様な鳴き声が聞こえた。まぁ恐らく……彼らにはそんな意識は無いので、『新しいエサが来た!殺せ!』としか思っていないのであろう。

 

「あと二匹…!!!食らえフォイエ!!………あれ?」

 

テクニックが出ない、そんなハズがない。まさか行動制限?いや馬鹿な。船内がこんな事になっているというのに行動制限をかけられたままなんていうのはあり得ない。何かトラブルが起こっているハズ。

 

「レーナ!どうやら、大規模な通信障害のせいで私達の通信機器や行動制限解除コードが全部封じられているみたい。」

 

「そんな………。何で………」

 

「さっき言った2つは、旗艦の一番艦"フェオ"を介して私達に送られてくる。だけど、そのフェオがやられたのか…もしくはこのギョーフに致命的なダメージが加わったのかもしれない」

 

「そんな……じゃあ私達は……」

 

ハッキリ言って、状況は最悪だった。こんな状況では武器や防具もなんの役にも立たないガラクタだ。

「……って危ない!!よいしょ…………っと!!!!」

 

『ギギィッ!?』

 

『シャーー!?!?』

 

私は地面に突き刺さったデュアルブレードを引っこ抜き、残りの二匹に向かってブン投げた。いつもならテクニック等を使って遠距離攻撃を行うけれど、こう制限がかかっているのでは脳筋まがいの戦法しか取れない。

というか……何で制限がかかった状態で装備を装着出来たのだろう……。

 

「わからない……。ただ、さっきみたいに攻撃出来たり高所から飛び降りても無傷ってのは、武器や防具を使えてるって証拠。中途半端に制限が解除された状態なのかもね」

 

「確かに……言われてみれば……さっきのダーカー、倒した感触がいつもと同じだった。テクニックが使えないのは残念だけど…」

 

「……というか、アンタなんで"エトワールなのにテクニックが使える"の?反則じゃない?」

 

「それは…………まぁ、私が天才だからじゃない?」

 

「………チッ」

 

何か聞こえた気がするけど、聞かなかった事にしておこう。私は優しいからね。

 

 

 

 

「フォトンが使えないと……ハァッ……ハァッ……ここまで厳しいのね…ゲホッゲホッ……!」

 

戦闘開始から約2時間、私のノアの体力は限界に近かった。自分達がどれほどフォトンに依存していたか見に染みて伝わってくる。

そもそも相手をしているのはナベリウスの原生生物でもなくリリーパの機甲種でもなく、ダーカーなのだ。

普段はフォトンを使ってダーカー因子を中和する事で超最低限の汚染で済ませる事が出来ていた私達アークスだが、今はその能力を完全に絶ち切られている為、洗浄がまるで出来ていない。

 

「……とりあえず、私達に出来る事は全部やった。住民の避難誘導やその護衛。追撃。殲滅」

 

「そう……だね……ゲホッ……」

 

だがしかし、救えなかった命もあった。この状況下では仕方ない…と言えば不謹慎だろうか。私達には今どうする事もできない。キャパオーバーだ。

途中で避難シェルターが無いだの人数の限界だという声もあったが、心底くたばれと思ってしまった。

 

「……救護隊も全滅したんだっけ」

 

「えぇ…あそこはフォースやテクターとかの、フォトンに完全依存した天才達が集まった部隊よ。近接格闘戦じゃ勝ち目はないでしょうね」

 

「そっか…じゃあ私達は自力で帰るしかないんだ…」

 

そうなると困るのは、もう私達が戦闘不能という事実であった。武器も防具もフォトンを少量しか纏っていなかったせいかボロボロ。戦闘服だって所々焼け焦げたり、避難誘導している最中に浴びた返り血がついてしまっている。見てくれは完全に歴戦の勇者さながらの格好だった。

 

「でも悪い事だけじゃないよノア」

 

「………?」

 

私が突然すっとんきょうな事を言うので、ノアはそれに負けないくらいなすっとんきょうな反応を返す。

 

「見て、この顔や身体のケガ。これでもうしばらく休みが続くわ!」

 

「はぁ…………アンタ馬鹿?」

 

ノアが私におもむろに背を向けこう言う。

 

「休みが延びると何があるか、分かる?」

 

素直に分からない。なんだろう……

 

「…わかんない」

 

「知らないの?」

 

ノアがズッと顔を寄せてくる。

 

「アークス稼業が始まるのよ」

 

とたんに笑いが込み上げてくる。こんな状況で私達は何を言っているのだろうか。でもお陰で暗い空気が吹っ飛んだ。やはりノアといるととても安心出来る。

 

「とりあえずレーナ、移動するわよ」

 

「うん……ヤツらにバレない様に…」

 

ノアに肩を貸してもらい立ち上がった、その時だった。私は最悪な状況を目にする。

 

「おかあ"ぁぁぁぁぁぁあさぁぁあ"ん!!!!おとう"さぁぁぁぁぁぁぁああぁああ"ん!!!!」

 

頭は吹っ飛ばされ、内臓が抉り出され貪り尽くされ惨殺された母親と父親らしき亡骸に抱きつき号泣したまま動かない少年と、その背後に。

 

『ギシャァァァァァァァァアアアアァァァ!!!!!!』

 

ダーカー。最悪だ。

 

「………ッ!!!」

 

「フェレーナ……!?馬鹿、何を…!」

 

戦闘不能ながらも、何をすればいいかは分かっていた。私は肩を貸してくれたノアを振り払い、全力で少年に駆け寄った。

 

『ギギィッ!!!!ギィィィィィィィィィィィィィィィィィイイッッ!!!』

 

「間に合ってぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

『キシャァァァアッ!?』

間一髪だった。私は少年を抱き抱え、ダーカーから少し距離を取った所に着地した。髪の先端が若干刈り取られてしまったがそんな事を気にしている余裕などない。ある訳がない。

 

「ボク!?大丈夫!?」

 

「グスンッ……おねーちゃん誰??」

 

私はついカッとなって少年に問い詰めた。「大丈夫って聞いてるの!!!!」と。

 

「だ、大丈夫……」

 

私はどこか少年を連れて身を隠す所が無いかをすぐに調べた。すると…

 

「アレは……避難シェルター!?しかもあそこは……」

 

「フェレーナ!!こっちの相手は私がする!!アンタはその子連れて早くあのシェルターに!!!!!!」

 

「分かってる!!!!!!ボク、走れる!?!?」

 

「う、うん!」

 

「強い子ね、行くよ!!!」

 

私が目線を向けたその先には、"本来あったハズの避難シェルター"があった。

本来あそこは大勢の避難民を収用するための小型円柱系の移動式シェルター(トウキョウで言う地下鉄の様な物)だったのだが、大規模な通信障害の影響か、シグナル反応を私達が受け取れていなかったのだ。しかもこのシェルター、コンクリートの亀裂からすっぽりと出て来てしまっている。いわば剥き出し。しかし頑丈なシェルターである事は間違いない。

ここに避難すればまず間違いなく助かるだろう。だがしかし……………

 

「ッつぁぁぁあっ!!!」

 

「…!! ノア!!!」

 

「構うな!!!いいから行って!!!!」

 

私達を庇って一人傷付くノアを尻目に、私と少年は壊れたシェルター内に飛び込んだ。

 

 

 

「観測役、状況は?」

 

「現在、七番艦ギョーフはダーカー因子によって構成されたネット、通称ファンジによって艦そのものが拘束されています。そしてこちらからの通信を一切受信しません。こちらからも、恐らくあちらからも通信は完全に遮断されている模様です」

 

「避難民は?」

 

「脱出シェルターによって、民間人のおおよそ6割が脱出完了。残りの4割は死亡したものと思われます」

 

オペレーター達が淡々と状況を報告していく。人でありながら、まるで人の心がない様であった。

だがしかし、そうでもしなければこの果てしない航海などやっていけないのであろう。強い女達だ、と心から尊敬の意を評す。

 

「それで、隊長。どうしますか?」

 

「たかがファンジ…されどファンジ。艦全体を包み込む程の質量だ。破壊など…」

 

その時だった。

 

バリィィィィィィィィィン!!!!!!

 

"真空空間にすら響く"程の轟音を響かせ、超大型住居ポッドの隔離窓ごとぶち破って、何かがファンジを破壊したのだ。

その瞬間、脳が揺れる感覚を覚えた。

 

「ぐぅっ………!!!ああぁぁぁあっ……!!!!」

 

「なっ……!謎のエネルギー波が、隔離窓、及びファンジを貫通!!!」

 

バカな、あり得ない。行動制限下でどうしてそのような攻撃が出来ようか。

 

「本部が隠した新兵器か!?」

 

「そんな情報、どこにもありません!!船内の映像、出します!!!!」

 

そうオペレーターに言われ、"俺"はモニターに写し出された艦内の様子を見て唖然とした。

思わず声が出てしまった。何を見たか??

 

「「「「何も無い!?」」」」

 

拍子抜けする様な光景だった。

開けられた穴の直径はおよそ40m。放たれた攻撃から察するに、超巨大なラ・グランツの様な攻撃なのは容易に把握できた。なのにだ。それらしき痕跡が何一つとしてない。

兵器なら兵器で、置かれた跡だとか銃創の様なモノが残るハズ。

 

「本当に……これを……人が……?」

 

俺は、モニターに写し出された破壊の痕跡を見て思わず絶望した。

コレを、同じ人がやった。とは…認める事が出来なかった。

 

「化け物……か」

 

悪魔か天使か。その後艦内をくまなく捜索隊が確認したが、ダーカーどころか、赤子1人生存者は確認出来なかった。



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③ダーカー撃退戦(後半)

シェルター内の主電源は生きていた。ここは元々隔離されるのも前提として作られている。なので照明もつくし、温度調整も可能……だったのだが。

何故だかすぐに消えてしまった。コンクリートの亀裂からすっぽり出て剥き出し状態だったのだ。どこかに損傷があってもおかしくはない。

 

「暗いね……」

 

「うん……グスンッ……くらい……ねっ……」

 

隣の少年は両親が殺された悲しみに包まれたままであった。見た目5歳くらいの子供があんな残酷な光景を目にしたのだ。無理もない。

 

「その…お母さんとお父さん、残念だったね…」

 

「……ッ!しんでない!!おかあさんとおとうさんは……ねてるだけだもん!!!!きっと、いつもみたいに『おはよう』っていってくれるんだもん!!!!」

 

「あっ……ご、ごめんねっ。そんなつもりじゃなかったんだ……」

 

心無い事を言ってしまったと、後で思う。…こんな時、何て言えばいいかわからない。こんな事は初めてだった。

 

「…大丈夫?寒く、ない?」

 

気温自動調整システムが停止してからしばらく経つ。ちゃんと上着を着ている私でさえ少し寒気を感じる程、下がりきっていた。

 

「さむいよ……」

 

「じゃあその…はい、コレ。私の上着。貸してあげるから、しっかり暖まってね」

 

「いいの?おねえちゃん、さむくないの?」

 

白い吐息を吐き出しながら立ち上がり、私は自信たっぷりに少年の前に回り込んでこう言った

 

「お姉ちゃんはね、アークスなの。だからこんなのなんてへっちゃらよ!!それにね、外には仲間もい~~~っぱいいるの。大丈夫、きっと助かるよ」

 

嘘だ。仲間はノア1人しかいない。助けも来るかどうかだって怪しい。少年の心を落ち着かせるには、こうするしかなかった。もう、私の手には負えない事態なのだ。

 

「……ホント??」

 

「う、うん!!もちろん!!お姉ちゃん達に任せて!!」

 

 

 

 

「さて…どうしよっかな……」

 

任せて、とは言ったものの果たしてどうしたモノか。

この屈強そうなドアはコンクリートの亀裂から出た衝撃でなのか、内部パーツが変形してうんともスンとも言わなくなってしまっている。

 

(機械なんてテンで分からない……どうしよう……)

 

こんな時、冷静な同居人ノアならどうしたろうか。いつだって彼女の冷静な判断には何一つ間違いがなかった。こんな時になって気付く。私はいつも何かに依存して生きていた。自覚するタイミングが最悪だった。

そんな事を思いながらよくわからない機械を弄っていると突然、私のポケットが破れ、中から予備のモノメイトが4つ程出てきた。

 

「うわぁぁ………ポケット破けちゃった……また買い直しかな………………って、ん?待って……"予備"???」

 

予備。そうだ、こういう施設にはメインシステムから切り離された時に使う予備バッテリーがあるハズだ。私はそう思い、狭いシェルター内をくまなく探した。

 

「おねえちゃん…なにしてるの?」

 

「ん~?えっとね…食べ物を探してるの!ほら、お腹空いたでしょ??何か食べなきゃ」

 

テキトーに誤魔化し、必死に探した。もしかしたら、その可能性を殺さない為に。すると回路基盤の中に、見覚えのある物を見つけた。

 

(あっ………あったぁ~~!!!!予備バッテリー!!)

 

だけれど、このタイプは………。アークス士官学校で工学についてもある程度学んではいたが苦手科目だったので軽視していたのだが、まさかこんな所で役に立つとは。

どういうタイプなのか?これは……

 

「中型直流式バッテリーⅣ型………!」

 

またの名を、"フォトン袋"。

 

 

 

 

「フェレーナ!!こっちの相手は私がする!!アンタはその子連れて早くあのシェルターに!!!!!!」

 

久しぶりに声を張り上げて叫んだと思う。でも、あの子達を守る為なら何だってやってみせる。それが例え深手を負う事になったとしても。

 

『ギギィッ………??』

 

ダーカーがこっちを向いた。さて、どうする。私の体力や装備だって限界寸前。普通なら撤退するだろうが、今の状況でそれは有り得ない。やるしかない。

 

腰を落とし、"ファントム流"の構えでカタナを握る。

 

それ以外、有り得ない。

 

「やぁぁぁぁぁあっっ!!!!!」

 

ファントム特有の高速移動は使えない。ダーカーまでの距離はおよそ4m。近い、今までの技が使えればの話ではあるが。

 

「………ッ!遠いッ……!」

 

よくよく考えれば、あれだけのスピードで動けていた今までがどうかしていた。慣れという物が怖いものだ、とは経験で知っていたのだが…。油断した。

 

『ギシャァァァァァァァァアアアアァァァ!!!!!!』

 

ダーカーの爪が勢いよく、横から私に迫ってくる。これは余裕で回路…

 

「出来ない……ッつぁぁぁあっ!!!」

 

またしても、クセでギリギリまで引き付け敵の攻撃を亡霊の如くすり抜けて回避するファントムステップを行おうとしたのだが。意識しているハズなのに、本能のままに身体が動いてしまう。

 

「…!! ノア!!!」

 

先ほどの少年を連れて走りながら、こちらを心配そうに呼び掛けるフェレーナの声が聞こえた。

 

「構うな!!!いいから行って!!!!」

 

私は、負けない。

 

「アンタらなんかに、絶対負けないッ!!!!!!」

 

私は高らかにカタナを掲げ、勝利を誓った。

 

 

 

 

「これはこうで……えぇっと……ここはどうするんだっけ…」

 

「おねえちゃん…さむいよ……はやくおかあさんとおとうさんにあいたいよぅ……」

 

「大丈夫っ……!大丈夫だから!!お姉ちゃんに任せて!!必ず助けてあげる!!」

 

外で戦っているノアはどうなったろうか。このシェルターに入ってからというもの、外の音はまるで聞こえない。時々微弱な振動の様なモノを感じ取れるが、これがノアの生きている証明だと思いたい。

ノアとお揃いのブレスレットから写し出される画面を見た。気温-15度、酸素濃度危険域。非常に危険な状態であるのは言うまでもないだろう。金属で出来た壁や床は結露し、びちょびちょになっていた。

 

「……!!できた!"分解"!!!」

 

中型直流式バッテリーⅣ型。このバッテリーの特徴といえば何よりその見た目のインパクトである。

通常のバッテリーは四角い箱の様な見た目をしているのに対しコレは濃縮されたフォトン粒子を直径約20cmの袋の中に封じ込める事で強力な電気をウンタラ、という話を昔聞いた事がある。

私はそんなコレを何に使うか…私はソレを……

 

「うんしょ………っと!!!」

 

袋を破き、狭いシェルター内にぶちまけた。余程濃縮されていたのか。視認出来る程キラキラした粒子が二人の視界を舞う。

 

「わぁっ……キレイ………」

 

「よし………これなら……!」

 

私は心の中で、静かに"テクニックを唱えた"。

フォイエ、と。

 

シュボッ………

 

「やった……!!使えた!!テクニック!!」

 

成功した。中途半端に解除された行動制限で本当に良かったと思う。全制限がかかっていた状態なら、この手は使えなかった。

この超濃縮フォトンがぶちまけられた超密閉空間でならアレが使えると思った。

アークス士官学校で最初に行った身体テスト。濃縮フォトン粒子が舞う密閉された室内でテクニック等を無の心で発動し、フォトン適正を量る、あのテスト。

 

「これで…たすかるの?おねえちゃん…?」

 

「うん!助かるよ!!絶対!!!」

 

しかし、現実という物はそう甘くは行かない物だ。

発動したテクニックが炎属性なのがいけなかった。室内のスプリンクラーがフォイエの高熱に反応し、雨を降らせたのだった。それにより炎が消されてしまう。

 

「あっ……!!!」

 

だが何よりマズイのは、この雨が目に見えるサイズに浮遊しているフォトン粒子を"地面に叩き落としている事"だった。

 

(そ、そんな……せっかく、生き延びれるチャンスを掴んだと思ったのに……!!)

 

「え……え?おねえちゃん、このあめはなーに?」

 

混乱が隠せない少年に、私はこう言った。

大丈夫、と。

 

(どうしよう……どうしようどうしようどうしよう……!!!)

 

気温がドンドン下がっていく。酸素がドンドン供給されなくなっていく。中に入れば安全だと鷹をくくっていた私の判断ミスだ…。

 

その時だ。

 

ガァァァァァアアンッ!!!ガァァァァァアアンッ!!!!!!

 

「「!?!?」」

 

外から何か硬いモノが、このシェルターを叩いている事がわかる。最初はノアだと思ったが、音のサイズ的にその考えが間違っている事にはすぐ気が付いた。

 

「………まさか……ノア………ッ」

 

なんという事だろうか。"ヤツ"がここまで来ているという事はそれしか考えられない。

 

「~~~~ッッ」

 

堪えきれない胸の衝動に、思わず膝から崩れ落ちそうになる。

この少年だけでなく、私まで失ってしまうと言うの。

 

ガァァァンッ!!ガァァァンッ!!ガァァァァァアアンッ!!!!!!

 

ダーカーが扉をたたく音がドンドン大きくなる。このままでは扉をこじ開けられ、私と少年、二人とも食われてしまうだろう。

 

「お"っ!!!!!お"ねぇちゃぁぁぁぁぁぁぁああ"ぁぁぁあん!!!!!!!!!」

 

「わかってる……!!怖いよね……!怖いよね……!!」

 

私は扉に背を向け、少年を抱き締めて必死に悪意から守ろうとした。

 

ガギィィィィィィイインッッ!!!!!!

 

だがその願いが叶う事は、無かった。

 

【ロック、解除します】

 

プシュゥゥゥゥゥゥゥゥウウウッッッッ……………

 

シェルター内部に新鮮な空気が取り込まれる音がする。そして、その扉の向こうには……

 

『ギシャァァァァァァァァアアアアァァァ!!!!!!』

 

一匹の小型ダーカーがいた。あぁ、私は死ぬんだなと覚悟を決めたその時だった。

 

ふわぁっ、と"キラキラ"と光る砂の様なモノが宙を舞っているのに気付いた。

 

「………!!!コレは……!!」

 

そう、先ほど雨に叩き落とされ、床にこびりついた"濃縮フォトン粒子"だ。

一気にシェルター内に空気が吸い込まれ、その空気圧で床の粒子が浮上。結果宙を舞う様な形になった。

 

 

 

「ねぇ、ボク。いい事教えてあげる」

 

 

私は少年を離し、入り口で勝ち誇るダーカーに睨みを利かせながら喋り続ける。

少年は「あぶない!!!」と大声で言う訳でもなく、ただ私の話に耳を傾けていた。

二人の間に、奇妙な静寂が生まれる。

 

 

「この世のどんな出来事だって、どんなちっぽけな命だって……」

 

 

ダーカーは爪を私に突き立てようとする。

 

 

「いつかは………!!!」

 

 

掌に精一杯の力を込める。今まで出した事のない、全力を。

 

『ギシャァァァァァァァァアアアアァァァ!!!!!!』

 

「終わるって事!!!!!!!!!」

 

 

 

 

拳を一気に上に突き出し、一本の光の槍を精製。

断末魔を上げる暇もなく、目の前のダーカーは消し飛んだ。

 

 

「この世に、終わりの無いモノなんて、無い」

 

 

異常な程膨れ上がった、ラ・グランツの槍によって。

 

「レーナ!?アンタそれ…!?」

 

「ノア……!!生きて……!!」

 

「馬鹿!それどころじゃないわ。アンタがやった今の攻撃のせいで、隔離窓が破壊されて空気がドンドン外に漏れてるわ。なんとかしないと私達…」

 

ノアが生きていた。それだけでも十分過ぎるくらい嬉しかったのだが、どうやら少しやり過ぎてしまった様だ。自分でも思わずビックリしている。

 

「大丈夫、何の為のコレだと思ってるの?」

 

私はノアに、先ほどまで私達の首を絞めていたシェルターを指差す

 

「あぁ………そういう事ね……」

 

そして、私とノアのブレスレットに着信が入る。……お待ちかね、一番艦フェオからの行動制限解除コードの受理を知らせるモノだった。

 

「「………………………」」

 

その後私達は、壊されたドアを閉め、最小出力のナ・バータで補強。そのまま宇宙空間に放り出され、周囲を哨戒していたキャンプシップに救助された。

 

 

 

 

後から聞いた話ではあるが、その後七番艦ギョーフは再起不能と上層部が判断し、そのまま宇宙をさ迷うスペースデブリとして廃棄する事が決定した。

私達は救助されたあの後、意識を緩ませ過ぎて気絶してしまったらしい。

何はともあれ一件落着、である。

 

コツ………コツ……………

 

だが、ギョーフ沈没の裏に巨大な陰謀がある事を

 

ニタァァ……

 

この時の私は、知る由もない。



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④悲劇の重ね着

 

「レーナ………もう、やめて………あなたにこんな事させる為に私は………!レーナお願い……」

 

「レーナ………!頼む、戻ってこい…頼むから…」

 

誰かの声がする。聞いた事はないのに、どこか懐かしい男女の2つの声。何故かこちらに向けて、とても…悲しそうな声色と………まるで走ってきたペットを抱き抱えようとする時の様な。とても、優しい笑顔を。

阿呆でも分かる様な"矛盾"を、私に向けている。

 

私の意識は、ここで途切れた。

 

 

 

 

「ん………ぁぁあ……」

 

目が覚めるとそこはいつものマンションの天井…ではなく。見たことがない純白の世界がそこに広がっていた。

 

「さっきのまた…………なんなんだろ、あの夢……」

 

しかし私は周りの状況などさておき、自らが体験したあの奇妙な夢について思考を回した。

女性と男性が一人ずつ、こちらを見て笑っていた。そんな状況はまるで身に覚えがなく、夢の内容をもう一度思いだそうとしてもまるで霞みがかった場景が広がるばかりだった。

 

「あ……起きた」

 

「んぇ……?あなた、誰?」

 

誰かが私に声をかける。最初は反射的にノアだと思ったが一度も聞いた事がない、澄んだ大人しそうな声が聞こえたので、違うと判断した。

私は痛みを感じつつ胴を上げる。艶やかな黒髪が綺麗で、先端はフォトン適正がすこぶる良いせいか青く染色されている。外見はとてもスレンダー体型で、着ているナース服がソレを際立たせる。

そんな、話かけてきた人物と向き合った。

 

「…ルミエーラ・リュミエール。貴女の、担当医。日雇いのバイトみたいなモノだけど」

 

「担当医……?というか、バイトなんだしっかりナース服着てるのに…。ひょっとして、ここは……」

 

「貴女はシェルターから救出された後気絶した」

 

「えぇ……!?」

 

自分の担当医だと名乗った"ルミエーラ・リュミエール"は淡々と何故自分が今までずっとベッドで寝込んでいました、と言わんばかりの格好でいるのかを説明し出した。

 

「…あの後、貴女とお連れ様の身体を調べた結果…異常喚起された状態のダーカー因子が体内を…侵食していたわ」

 

わかりやすく言い直すのであれば、ダーカーに堕ちる一歩手前である。

 

「…すぐにコールドスリープポッドに収容。…1ヶ月の洗浄を終え、艦立アークス専門病院へと搬送された。…今はアークスだけじゃなくて、一般人も大勢いるみたおだけど」

 

「私は…何日寝てたの?」

 

「…3日」

 

「み、3日ぁ!?」

 

3日4日寝るなどマンガやドラマの様なフィクションの中だけだと思っていたが、まさか自分がそうなっていたとは思いもしなかった。

そして私は、ある事がふいに脳裏を巡る。

 

「そっ……そうだ!!ノアは!?あの男の子は!?どうなったの!?」

 

ルミエーラに顔を近付け、叫ぶ。しかしルミエーラは「???」という風に首を傾げる。相当ドタバタしていたのか、いちナースが担当以外の名前など教えて貰えないのであろう。

 

「…もしかして、貴女と一緒にシェルターに入ってた二人?」

 

私と同い年くらいのこの少女。中々察しがいいのか、すぐに理解してくれた。

 

「そう!その二人っ!!」

 

「…ノアさんは、ダーカー因子の洗浄が終わった後、別の所に連れていかれちゃった。…たぶん、手術室だと思う」

 

「手術!?だっ、大丈夫なのっ…!?」

 

今でも泣きそうな顔を、初対面の人間に晒してしまう。普段なら我慢して一人になった時に安堵して泣いてしまう所だが、この時の私にはそれを制御する精神力は残っていなかった。

それにそれほどの重症を、痛みなど知らない様な顔をして果敢に戦っていたノアは流石だと思う。

嫌だ…………嫌だ………。失いたく……ない………。

 

 

「………大丈夫、だと思う。新しい死亡届けを、印刷されられてないから」

 

「そっ、そうなんだ………よっ……良かったぁぁ………」

 

「…あの男の子も軽い洗浄を済ませた後、孤児院につれて行かれた…。可哀想にね。……あぁそう。あの子から、言付けを預かっているの」

 

「…………??」

 

何だろうか……。私は泣くまいと必死に堪える顔を隠したまま、ルミエーラの話に聞く耳を立てる。

 

「『ありがとう!お姉ちゃん!!』…だって」

 

「うぅぅぅうっ……!!あぁぁぁああぁぁ…………!!」

 

二人とも無事だった。命を、救えた。その事だけで、私は感極まってしまった。

 

 

 

 

外を見ると夜かと間違えそうになり引き込まれそうになる宇宙空間午後3時。ワンワンと子供の様に泣きじゃくり、落ち着いた頃だったか。『コンコン』と、個室の扉をノックする音が静かになった室内を木霊した。

 

「は、はーーい!!どうぞ!!」

 

外に聞こえる様に私はなるべく大きく声を出した。誰だろうか。体格的に女性ではない事は確かだった。

 

「…………。」

 

「あっ……あなたは……」

 

前にマンションの踊り場で会った、あの時の男性だった。

 

「ん、覚えててくれたのか。…良かった。しばらく見かけなかったもので、心配だったんです」

 

「あっ…わざわざありがとうございます。あの時挨拶しただけの私に…」

 

「あそこで数少ない住人の一人なんだ。心配にもなりますよ」

 

男性はベッドの隣の小さなお見舞い用の椅子に腰かける。

 

「あとコレ。意識が戻ったばかりで、色々大変な時だろうけど。ちゃんと食べて、ちゃんと寝るんd……」

 

突然彼の喋る口が止まった。舌でも噛んだのだろうか。

 

「………寝るといいですよ」

 

「は、はぁ………」

 

そういうと彼は、リンゴがたくさん入った紙袋をミニデスクの上に置いた。

…何故だろうか。この男性から何か、不思議な匂いがする。

 

「あ……そうだ、名前。私達、同じ所の住人…とはもう行きませんけど。せめてお名前を聞いてみたいです」

 

「な…名前…ですか」

 

名前を聞いただけなのに顔がひきつり始めた。馴れ馴れしくし過ぎてしまったのだろうか。途端に申し訳なさが募る。

 

「ギア…。俺の名前は、"ギア"」

 

ギア。カッコいい名前だと思う。何を顔をひきつらせる事があるのだろうか。

 

「ギアさん……うん、カッコいいですよ!!」

 

「そっ…そうですか…?」

 

「はい!じゃあ…私の番ですね!私の名前はフェr「キャァァァァァアァァァアァァァァァアアアアア!!!!!!!!!」

 

「「!?」」

 

名前を言おうとした瞬間、突然女性の甲高い悲鳴が廊下を通して個室内にも響き渡る。

 

「な…なんでしょうかギアさん……って、あれ?ギアさん??」

 

その時、既に彼の姿は無かった。まだ、名前もお礼も言えていない。

 

「どこ行っちゃったんだろう…もしかしてもう行ったのかな…」

今度はこちらから会いに行こう。そう思いながら松葉杖を着き、なるべく早く現場に向かった。

ここにはアークスだけではなく一般人も大勢いるという話だった。正義感に突き動かされた私は、悲鳴が聞こえた方向へと向かった。

 

「確か……こっちの方から……」

 

曲がり角を右へと回り道を見渡すと、奥の方で先ほどの悲鳴を発した女性らしき人影が震えているのが見えた。

 

「だっ、大丈夫ですか!?おケガは……」

 

「しっ、死体ぃぃぃぃぃいっ!!!」

 

彼女が"死体"だと言って指を差す方向には…

 

「えぇっ…!?」

 

私の担当医、ルミエーラがぐったりと横たわっていた。

 

「ルミエーラぁ!!そんな……っ!どうして……!!」

 

「ひぃっ……!わ、私知らないぃぃぃぃいいっ!!」

 

「あっ!ま、待ってください!!」

 

行ってしまった。この状況の説明を頼もうかとしたのだが、あまりの恐怖にどこかに耐えられなくなってしまったようだ。

 

「……ルミエーラ………ううん、まだ死んじゃってる訳じゃないかもしれない!こうなったら……」

 

私は横たわったルミエーラの横腹辺りに手をかざし、こう唱えた。

 

レスタ!!!!!!!…………ドクンッドクンッドクンッ

 

(……!!手応えはある…!やっぱり生きてるんだ!)

 

その後も私は心臓マッサージをする様にレスタをかけ続けた。起きて、起きて、起きてと心の中で念じながら。

その時だった。

 

「ん…………私は……何を??」

 

「よ、良かったぁ………」

 

「きゃっ」

 

私はルミエーラを起こす事が出来た嬉しさを隠せられず、思わず抱きついてしまった。

しかし何があったのだろう。こんな何もないような普通の廊下で気絶しているなんて。

 

 

 

私は担当のフェレーナ・ネクォールさんの医療観察を終え、資料をまとめる為自分の机に向かう。日雇いのバイトといえど机くらいは用意してくれるらしい。

 

そもそも何故バイトなのか。答えは簡単。七番艦ギョーフには独自の医療プラントを始め、大学付属病院、専門学校等々様々な医療技術が集結した艦でもあった。

今回の一件でそれに関わるスタッフ及び患者、生徒はおよそ半分が死亡または行方不明となっている。

なので今ここに来るハズの人間がいないので、こうやってバイトを集めているのだ。回復テクニック、レスタ及びアンティが使える事を条件に。

 

(…もう少しで、つく。早く終わらせて次の患者さんの所に行かなきゃ)

 

すると私は、ある光景を目にした。

 

(あれ…あの子は…)

 

フェレーナとノアという二人が救助したという少年だった。今、車に乗せられてどこかに連れて行かれようとしている。

 

(…聞いた話だと…あの子は孤児院に引き取られるって聞いてたんだけど…あの人達がそう?……それにしては…)

 

怪しかった。格好や動作がではない、雰囲気がだ。

何でそう思うかはわからない。女の勘、というモノだろうか。

 

「ヤな感じ」

 

その時だった。

 

パシュゥンッ パシュゥンッ ………バタバタッ

 

(………!?)

 

微かな音だったが、だが私は聞き逃さなかった。今の音は…恐らくサイレンサー着き拳銃の銃声だった。

銃声の後に何かが倒れた事から察するに………

 

(………殺っちゃったの………??)

 

つまりそういう事だろう。男の子を孤児院に連れて行くというのは真っ赤な嘘。この男達は男の子を連れてどこかに誘拐する気だ。

 

「させない」

 

久しぶりに、純粋な怒りが沸いた。だから大人は嫌いなんだ。こうやって何も知らない人を好き勝手利用するから。

その時だった。

 

「………????」

 

目の前にはあり得ない光景が展開していた。そんなハズはない。何故ならさっきまで……

 

「………"フェレーナ"さん??」

 

病室で寝込んでいたハズだから。



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⑤ドリームパレード

「フェレーナさん?」

 

「………………」

 

フェレーナさんの面影に酷似した謎の人物が突如として目の前に立ち塞がった。

前髪で顔が隠れているが、担当をしているだけあってそこにいるのがフェレーナ本人でない事はすぐに分かった。

 

「…誰?…ここは、関係者以外立ち入り禁止よ。…迷子なら、待合室まで送ります」

 

すると、顔を上げる事もなく。そこから動くでもなく。彼女はこう言った。

 

「私が…誰だったら何だと言うの?」

 

????

質問の意図がわからない。

私が誰だったら??

 

「…わからない。でも悪いけど、ここであなたに付き合ってる暇はないの」

 

「どうして??何故付き合ってくれないの??」

 

刹那、姿を消す。

 

「………ッ!?」

 

最悪だ。武器も防具も装備していない状態で。フェレーナに、"敵"に捕捉された。

どこ、敵はどこn「早く質問に答えてよ」

 

「~~~ッ……!!!」

 

一瞬だ。一瞬で敵は私の真後ろに、距離はほぼ0m。

 

「展………ッ開!!!!」

 

私はそう言いながらせめて服装をと、戦闘着を展開しながら身体をクルリと回転させ敵に肘打ちを

 

「………………??」

 

頭に喰らわせれた"ハズ"だった。腕は頭に"めり込んだまま"そのままスカッとすり抜けて奇妙な静寂を切る音を響かせた。ここで初めて彼女(?)の顔がクッキリと視認する事が出来た。

その顔は………紛れもなく、フェレーナのまんまの顔だった。

 

「……あなたは、人間?」

 

「私の存在には何の意味もない。よってその質問にはなんの意味もない」

 

まばたきすらせず、私の目をただ見つめる。目の輝きはまるで死んでおり、非常に不気味な雰囲気を醸し出していた。

それに先ほどから言っている事がちんぷんかんぷんである。これ以上話しても何の意味も………"意味"?

 

 

あれ……………私………"ここで何をしようとしたの"?

 

 

「私に接触した事で、あなたの"意味"も消失した」

 

視界が歪む。膝が砕ける。

 

「おやすみ」

 

解除される戦闘着の感触を最後に、私の意識はここで消えた。

 

 

 

 

 

「えぇ……!?私がそこに……??」

 

「…うん……確かに、いた……けどその後どうなったか覚えてないの………」

 

ルミエーラの話を聞いて思わず驚愕した。

彼女の話を聞く限りだと「廊下を歩いていると自分にそっくりな女性がいていきなり気絶させられた」、としか受け取れない。

断っておくがソレは私ではない。本人だからこそ言える真実である。

ルミエーラが部屋を出たのが午後2時。ルミエーラが発見されたのが午後3時過ぎ。簡単な話、事件はその間に起こった事になる。

私はその時間、ギアと名乗った青年がお見舞いに来てくれたので、それの応対をしていた。

 

「………幽霊……な訳ないよね………」

 

「………"わからない"」

 

そこにいるかどうかも分からなかった。と、ルミエーラは続ける。話だけ聞くととても奇妙な話だ。

 

「…でも、もう1つわからない事があるの」

 

「なに…?」

 

ルミエーラは立ち上がり、おもむろにこちらを向きこう言った。

顔は真剣そのものだ。

 

「…何で貴女は勝手に、出歩いているの??」

 

「………え?」

 

「…何で貴女はケガ人なのに、許可なく出歩いているのか、と聞いているんです。さぁ、早く戻りましょう」

 

深刻な話の最中にそんな事を言うものなので、思わずマンガの様にガックシしてしまった。

 

「えぇっ…??ちょ、そこはその事で不思議に思ったこと言うんじゃないのっ??」

 

ルミエーラは無言で私と肩を組み、そのまま強制的に自室に引きずろうとした。そういえば彼女は、私が発見者の悲鳴を聞いてここに来たという事を知らないのだ。

 

「ちょっ!勝手に出ちゃったのは謝るけど、それはちゃんと理由があるからで………」

 

「問答無用。上司にバレたら、私はクビになってしまう。お給料がもらえなくなってしまう」

 

ダメだ、話をまるで聞いていない。

 

「も~う…………………っ!?」

 

そんな急激なほんわかムードの最中、急に背筋に凍る様な、とても冷たい視線を感じた。

最初はルミエーラがこちらに視線を送っているのかと思って声をかけてみたが、

 

「逃げようと口実を作っているなら、無駄。さっさと戻るのよ」

 

と一点張りである。この反応の通りなら彼女はこの視線の正体ではない。周りを見渡しても人から虫一匹に至るまでそれっぽ影はなく、まるで"幽霊"の様な感じ………

 

「………まさか、ね」

 

 

 

 

ベッドに強引に寝かされ、晩御飯も食べて、就寝前の検査も終え、後は寝るだけという時間になったいつでも真っ暗闇の宇宙時間午後23時。

……と言ってもいつもなら同居人ノアとゲームをしていた時間だったのだが、この環境下ではそんな贅沢は出来なかった。

そして何より私の不安を煽るのは、ゲームが出来ない事でも、昼間聞いた幽霊モドキの話でもなく。いつも隣にいたノアが居ない事だった。

私が孤児院にいた時……まだ8つくらいの時だった。とても優しかった義母と義父は私は養子としてダンフォード家に招いた。大きな敷地に大きな家。初めて玄関をくぐった時、私はとても怖い思いをしたのを覚えている。格式を重んじる凝った装飾が付けられた家具の1つ1つが、幼い私の心を締め付けた為である。

私は怖くて怖くて。家に入ってから義母に抱っこされてベッドルーム(自室ともいう)に運ばれるまでの間目を開ける事が出来なかった。

義母は「大丈夫、怖かったよね」と私を抱き、あやしてくれた。その時、後から女の子がニッコリと、無邪気な笑顔で私の部屋に入って来たのを覚えている。当時まだ11のノア"お嬢様"である。

彼女は大人しかった私を庭に連れ出しては、お花を編んでアクセサリーや栞を作ったり。ある時は勝手に義父の書斎に入って本をくすみ、それを読んでいる間に寝てしまい、義母に見つかって怒られた事もあった。学校にも通い出し、毎日一緒に登校した。

彼女は初めて会った時から、両親を喪い沈みきった私を実の妹の様に扱ってくれた。私はそれがとても嬉しくて、毎日が楽しかった。

 

しかしそんな奇跡の様な日常は、突如として崩壊する。

「ダンフォード夫妻殺人事件」。後に"疫病神の贈り物"と言われる事件が発生する。私が13。ノアが15の時である。

犯人は裏口から侵入し、その時ゴミを片付けていた第一発見者である義母を、悲鳴が上げられる前にアークスが使う様な銃剣で射殺。死体はゴミ処理施設で四角く、ミンチにされた状態で発見された。その後銃声を聞き付けた義父が駆けつけ、またしてもあっけなく殺された。義父の死体は頭、胴体、手足がバラバラに切断された状態で冷凍庫に入れられていた。

ちなみに犯人は5年経った今でも捕まっていない。

その時私は学校の宿泊研修。ノアは修学旅行に行っており無事。その事件の事は、事件発生から2日経った時に聞いた。

世間は私達姉妹に深い同情の意を示してくれた。しかしその行為は私達に出来た深い傷に塩を振る結果でしかなかった。

後に何故か、マスコミは私の両親が"両方共死亡している"事から「あの子は疫病神だ」「あの旦那もあんな子どうして引き取ったんスかねぇ」と、まるで汚物でも見るかの様な目で私を見だした。

ある週刊誌が「悲劇の少女フェレーナ・ダンフォードは疫病神だった」等と書かれた記事を掲載した事で、そこからの私に対する世間の目は冷やかになった。

家にいれば石を投げつけられたり、複数人で私に大声で罵倒したりした。それに耐えられなくなり、私とノアは義父と義母、私達姉妹4人で住んでいた家を出る事になった。

しかし、だからといって何か変わる訳でも無かった。むしろ悪化の一途を辿るばかりである。すれ違う人も、私がフェレーナである事を知った瞬間大きく道を譲ったり、携帯端末で私の写真を撮りSNSに掲載する等。没落貴族と化した私達姉妹に同情を向ける者など居なかった。

しかし、それでもノアは私の手を取り、一緒に歩いてくれた。彼女自身もとても辛いだろうに。今にも泣き出しそうな顔で私を、無言で引っ張る。世間から私を護る為に。

 

「それでも……それでも………!!!」

 

たとえ帰る場所を失っても、両親を喪っても。涙を浮かべつつ決して泣く事はなく。ただただ引っ張る。

そして、二人のお小遣いと家に残された僅かなお金でやりくりし、私達はそれまでいた"二拾四番艦ダエン"から、先日沈没した"七番艦ギョーフ"へ渡航する便のチケットを購入し、一時的な避難を成功させる事が出来た。

事件発生から僅か三週間の出来事である。

その後二拾四番艦ダエグは私達がギョーフについた一週間後に沈没したらしい。任務に出ていたアークスを除き、乗員は全て死亡した。

 

「思えば懐かしいなぁ…あの後勢いでアークスになって、色々な事したよね……。私はアークスしながら何故かスカウトされて雑誌のモデルとかになっちゃうし」

 

疫病神、と罵られた私を。ギョーフの人々は優しく迎えてくれた。ここでは私達に対する認識は全くの逆だった。おかげで何も不安に思う事もなくモデルとしてデビューする事が出来た。

その証拠に、ギョーフではダエンの事をこう言うのが流行語大賞になっていたらしい。"ダ冤罪"、と。

 

 

 

 

そんな昔話を思い返していたら、いつの間にか午前0時になっていた。自分でも思わずビックリするくらい思い耽っていた。

 

「………じゃあ…今日はちょっと早寝しちゃおうかな……」

 

深く毛布を被り、襲いかかる眠気を受け入れそのまま眠る。

 

『………縺頑ッ阪&縺√=縺√=縺√≠縺ゅ≠縺ゅ=縺√=繧�

縺顔宛縺輔=縺√=縺√≠縺ゅ≠縺ゅ=縺ゅ≠縺√s

縺ゥ縺薙♂縺峨♀縺翫♀縺翫♀縺�…………』

 

 

ベチャンッ……ヌチャッ……ベチャンッ……ヌチャッ……ベチャンッ……

 

「んんん…………???」

 

始めは寝ぼけて点滴袋から液体が漏れているのかと思った。しかし点滴など受けていない事を思い出し我に返る。

 

ベチャンッ……ヌチャッ……ベチャンッ……ヌチャッ……ベチャンッ……

 

水音(?)のような音が一定のリズムで鳴る。

 

「…………なんなんだろう……」

 

私は自身にレスタをかけ、一時的に痛みを失くしベッドから降りた。

もうこんな時間だ。バイトの皆さんはお帰りになったろう。いても常駐のアークスでもない年増のナースばかりなので、今なら抜け出して万が一見つかっても捕まる事はないだろう。

 

「………こっちからかな………」

 

音を頼りに忍び足で廊下を歩く。もう既に消灯時刻を過ぎている為、非常灯が淡く発光して若干ではあるが先は見える様になっている。

 

「ルミエーラの言ってた幽霊かな………??怖いけど、ちょっと楽しみかも……」

 

怖い物見たさによる若干の期待を胸に、廊下を進んだ。

 

チャプンッ

 

何か、水溜まりのような所を踏んでしまったようだ。先ほどから鳴っている水音はコレが正体だろうか。

 

「ん………?でも、それにしては……」

 

上から水滴は落ちてこない。それどころかまだ音は止まない。

 

「…なんなんだろう……この水……」

 

私はこの間のシェルターの事を思い出し、ここにも火災報知器やスプリンクラーの類いがある可能性を考慮し、手のひらの上に光属性のフォトンを丸状に整形した。

そして、そこにあった水らしきものは……

 

「きっ……」

 

大量に溜まった"血液"だった。

 

「きゃぁぁぁあああぁぁぁぁぁあああああぁぁッッッ!!!!!!!!!!」

 

思わず悲鳴を上げてしまった。私は完全に腰が抜け、後ろの壁に思い切り肘を当ててしまう。そしてちょうどその壁に埋め込まれた警報装置を偶然押してしまった。

 

ジリリリリリリリリリリリリリリリィィィィィィィィィィイイイイッッッ!!!!!!!

 

けたたましいアラート音が鳴る。まずい、これでは職員どころか他の入院してる人まで来てしまう………事はなかった。

 

「………あれ……?何も騒ぎが起こらない……」

 

アラート音が止み、淡く光っていた非常灯が一斉に発光。そして、明るくなった事により血溜まりが"続いている事を知る"。

 

「んえぇぇぇええっ……???」

 

私はもう立てない。どうしよう、どうしよう、と脳内を駆け巡る。

そして、血溜まりの一番末端を明かりが照らし出す。そこには………

 

『………縺頑ッ阪&縺√=縺√=縺√≠縺ゅ≠縺ゅ=縺√=繧�

縺顔宛縺輔=縺√=縺√≠縺ゅ≠縺ゅ=縺ゅ≠縺√s

縺ゥ縺薙♂縺峨♀縺翫♀縺翫♀縺�…………』

 

ベチャンッ……ヌチャッ……ベチャンッ……ヌチャッ……ベチャンッ……

 

非常に巨大な肉の塊が"歩いていた"。人間の様に二本足で。ゆっくり、ゆっくりと。

 

「いっ……イヤァァぁぁぁぁあっ…………」

 

私は声を抑える事が出来なかった。私の目線の先に写る化け物は、声に反応する様にこちらを向いた。

そして、その化け物の全容が視界に入る。

 

「…え…??」

 

その化け物には顔が着いていた。人間の様な顔が。

私は、その"顔"を見て思考を止めてしまった。とんでもない奇形だったか?違う。アレは……………

 

「私が……助……けた………」

 

あの顔は、あの時の男の子の顔だった。

 



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⑥パレードの序章

私が助けた命は、結局"救"われる事は結局無かった。

 

『縺頑ッ阪&縺√=縺√=縺√≠縺ゅ≠縺ゅ=縺√=繧�

縺顔宛縺輔=縺√=縺√≠縺ゅ≠縺ゅ=縺ゅ≠縺√s

縺ゥ縺薙♂縺峨♀縺翫♀縺翫♀縺�』

 

「いっ……イヤァァぁぁぁぁあ……っ」

 

無機質な明かりが照らす一本道の廊下で、私の声に釣られた怪物を目に、私は戦慄する。

地球の映画に出てきたゾンビの様な巨大な肉の塊が人間の様に立って、私の方に向かって歩いてくるのだ。私でなくともそうなるだろう。

 

『……縺?≦縺?≧縺?≧窶ヲ窶ヲ窶ヲ

蟇ゅ@縺?h縺峨♂縺峨♂縺峨♀縺翫♀縺翫♂窶ヲ窶ヲ………』

 

そして、この怪物は何か奇妙な言葉を喋っている。何を言っているかは私には理解する事が出来なかったが、

 

「……なんだか……」

 

寂しそうな声に聞こえた。

何を思ってそう思えたかは私本人にすらわからない。ただの直感である。

 

「とにかく……ッ!逃げなきゃ……キャアッ!!」

 

不覚にも足元の血溜まりのヌメリに脚を滑らせてしまい、派手に転んでしまう。だが幸いにも転んだ先は血溜まりではなく普通の床だったので、全身が赤く染まる事は無かった。

しかしその間に意外な事が既に起こっていた。

 

ヌチャッ……ヌチャッ……ヌチャッ………………

 

(はっ……速い………!!)

 

怪物はすぐそこ、目測約5mの所まで来ていた。確かにパッと見、動きはスローかもしれないが、そもそも5mの天井に届きそうな巨躯だ。歩幅が違い過ぎる。

 

『………縺ゅ↑縺溘?窶ヲ窶ヲ窶ヲ窶ヲ窶ヲ縺頑ッ阪&繧凪?ヲ窶ヲ窶ヲ窶ヲ窶ヲ?滂シ』

 

怪物はゆっくりと……………私の顔に自身の顔を近付けた。何の為かはわからない。

 

(……待って……この…口の辺りに着いてる赤いのって………)

 

前言撤回。目的はすぐにわかった、補食である。生物学に精通しているわけではないが、全ての有機生命体には"基礎代謝"というモノがある。人間で言えば運動をすれば身体のエネルギーが汗というモノになって体外に排出されるアレである。

それは身体が大きくなれば大きくなる程活発になり、動く上で大量のエネルギーが必要になる。

しかもこの怪物の体調は約5m。これだけのサイズになると基礎代謝は計り知れない。

しかし何より恐ろしい事はこの口は私達人間を食らっているようだった。口の周りを見れば、パスタを食い散らかした子供の様にベットリと血液や肉片が着いており、グロテスク極まり無かった。

 

(い、イヤだ……私、死にたくないぃいっ………)

 

しかし、そのイヤな予感が的中する事は無かった。

 

『………………驕輔≧縲√♀豈阪&繧薙§繧?↑縺……』

 

そううめき声を上げ、ノッソリと上体を起こしどこかに行こうとした。

 

「………どうして……?」

 

わからない。今度こそ本当にわからない。

目的が補食でないのだとしたら、今の行動は一体………

その時だった。

 

「待ちやがれえぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!!!!」

 

威勢のいい少年の声が狭い廊下の中を木霊した。

 

ビュゥゥゥゥゥゥゥウンッ!!!!

 

「きゃぁぁあっ!!」

 

同時に何か刃物の様なモノが勢いよく目の前を素通りする。形状から察するに恐らくダブルセイバーだ。そしてソレは、謎の行動を起こした例の怪物の背中に

 

ザシュァァァァァァアアアァァッッ!!!!!

 

深々と突き刺さる。

アレはゾンビといえどかなり痛そうだ。背骨も絶ち伐られてもう立っている事もままならないハズ。

しかし、

 

『…………!!!!!!!』

 

倒れこむどころか立ち止まり、身体を180°反転させた。怪物の顔は怒りに満ちており、もう先ほどの様な行動は見せないだろう。

………ん??"先ほどの様な行動は見せない"………?

 

「………ダメっ…!走らないと……!!」

 

走ろうとして脚に力を入れるも……立てない。腰を抜かしきって、逆にこちら側が立つことが出来なくなっている。

 

『逞幢スァ?ァ?ァ?ァ?ァ?ァ?ァ?ァ?ァ?ア?ア?ア?ア?ア?ア縺!!!!!!!』

 

遂に"走って"きた。あんなバランスの悪そうな体型でよく走れるものだと思う。しかし感心なぞしてる場合ではない。なんとかしなければ………

 

「おいアンタ!!大丈夫か!!!」

 

先ほどの少年の声だ。私に言っているのだろうか。

 

「……っダメ……!脚に力が………」

 

「なら俺に掴まれ。大丈夫味方だ、アンタがなんもしなきゃな」

 

少年の身体に触ると、ドンドン身体が透けていくことに気が付いた。恐らくこれは惑星探査時に使用される、先住生物に捕捉されない様に身体を透明化させるあれに酷似したモノだろう。通称"ステルス迷彩"、だったか。

そして自身の事を"味方"だと言う少年の支えで、私は間一髪で怪物の魔の手から逃れる事に成功したのだ。

 

 

 

 

「……………全く……こんな夜中に何も起こりゃしねぇだろうよ……」

 

俺の名前はユウキ・フォーラル。とある警備会社で働いているしがない男である。ちなみに身長が低いだとか可愛いだとか言ったやつはブッ飛ばす。問答無用で、だ。あぁ後子供扱いするやつ。

現在この艦立病院の警備を、管理者でもある八番艦ウィンからの依頼で行っている。………と言っても始めてから今まで何かあった事など一度も無かった。正直、この仕事を舐めきっていると思う。

そんな頃だった。病院の監視カメラから送られてくる映像を身の丈に合わない大きな椅子に座り大きなモニターを眺めていると、同僚のルミエーラがその病院での潜入警備から帰ってきた。

すると帰ってきて早々、監視室に入ってきて妙な事を口に出し始めた。

 

「……ハァ??気絶させられただァ??毎日色んな意味で油断も隙もあったもんじゃねぇテメーがか???」

 

「……女の子に言っていい言葉選ぶっていう努力、知ってるかしら」

 

まぁこれは自分が悪いと思う。反省しよう。

 

「……悪かったよ……で?マジなのかよそれ」

 

「…マジの、マジ。…なんで気絶したかわからないけれど、間違いのない、事実」

 

「サボってて思い付いた作り話じゃねーだろうな?」

 

まぁそういう事は今までしなかった、誠実なルミエーラの事だ。そんな事はないだろう。

…カネが絡むと面倒くさいが。

 

「違う。バレたら怒られちゃう」

 

「……あぁそうかよ」

 

これ以上話を続けても返ってくる答えは「事実」だと一点張りだと悟り、俺は椅子の向きをモニターに向け"一応"監視は続行する。ルミエーラはそんな俺を見かねて部屋を出ていってしまった。

しかし、一応という言葉は"すぐに撤回される事になる"。

 

「……あぁん……?」

 

監視カメラの1つ、北棟3階裏口方面におかしなモノが映し出されていた。それは……

 

「血痕………か???」

 

裏口、救急車両やVIPなどが出入りする場所に。カメラに映るギリギリの大きさの血痕がそこにあった。

 

(重症患者を運ぶ時に漏れたのか……??いや…でも……それにしては……)

 

何か、イヤな予感がした。

俺はすぐに、先ほど部屋を出ていったルミエーラに通信をかける。

 

「おいルミエーラ、お前が倒れてた場所どこだ」

 

『……確か……"北棟3階裏口方面"』

 

………まさか、な

 

「じゃあ……この場所に見覚えは??」

 

俺はルミエーラのメールボックスに、監視カメラに映し出された光景を送信した。すると返ってきた答えはこうだった。

 

『…ある』

 

「この場所にこの血痕はあったか???」

 

『……無かった。ここは…昼間目を瞑りたくなるような真っ白な、地面。こんな場所に真っ赤なモノ残すなんてまるで、ミートスパゲティのソースを白いワンピースにつけちゃった、みたいな目立つ事だから……』

 

「……ずいぶん具体的だけどさ、ひょっとして経験d「何か言ったかしら」

 

つまり、先ほど話にあった『気絶させられた』という話と、この『血痕』。繋がってくる。

 

「なるほど……つまり午後2時から午後3時過ぎの間。ここで何かあった、と。なら監視カメラの時間遡りゃいけんだろ」

 

しかし

 

『無駄。私達みたいな民間企業に、内部状況を1から10まで保存させる程、病院側も甘くはない』

 

「なんだと???」

 

試しに遡ってみる。すると出てきたのは……

 

「ン~~と何々………『保存期間を終了しました』ァ……??」

 

まぁ確かに先ほどのルミエーラの説明にも納得はできる。もし病院内の闇の部分が外部に常時漏れる可能性を考慮するとコレは全うな処置なのかもしれない。

 

「……とりあえずそれはまた明日だ。明日に備えてやs

 

『縺頑ッ阪&縺√=縺√=縺√≠縺ゅ≠縺ゅ=縺√=繧�

縺顔宛縺輔=縺√=縺√≠縺ゅ≠縺ゅ=縺ゅ≠縺√s

縺ゥ縺薙♂縺峨♀縺翫♀縺翫♀縺�』

 

…………っうわぁビックリしたァ!!!!!!」

 

突然気味の悪い声が部屋中を飛び交う。

ハッキリ言って、これは怖い。

 

「なんだなんだ一体………………………なんだ………こりゃ………」

 

カメラに写った、"ソレ"は

 

『……縺?≦縺?≧縺?≧窶ヲ窶ヲ窶ヲ

蟇ゅ@縺?h縺峨♂縺峨♂縺峨♀縺翫♀縺翫♂窶ヲ窶ヲ………』

 

かろうじて人型と言えるような巨大な肉塊が歩いていた。

ネチョネチョと気色悪い音をたてながら歩く様はさながら映画に出てくるゾンビであった。

そしてここの職員俺含め"3"名に緊急召集をかけ、同時に出撃コード及び武装ロック解除コードを送る。

 

思えば俺達の奇妙な運命の絡まり合いは、ここから始まったのかもしれない。

 

 

 



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⑦鳥目線

「ん……んん…??」

 

目が覚めると、いつものマンションの天井……ではなく、どこか見覚えのある白い天井の部屋に寝かされている事に気付く。

かけられた時計を見ると、太陽がある星ならもう夕方の宇宙時間午後5時であった。

そして横を見ると"ノア・ダンフォード様"と書かれた白いネームプレートが置かれていた。

 

「…………………!!」

 

最後に覚えているのは、消えつつある意識の中で、眠りこけるフェレーナと男の子の寝顔だった。私はついホッとしてそのまま気絶した……という事だった。

そしてここにいるという事は、私達は無事救助されたと言うことだろう。

私の予想だとここは艦立病院だろう。昔アークスになりたての頃、ボコボコにされては寝かされをしょっちゅう繰り返していた。

 

「……という事は…フェレーナもここに?」

 

少し、安心した。少しというかかなり。

 

「……………とりあえず、トイレ行こうかしら。よいしょっと……」

 

私は湧いてきた尿意を解消すべく、ベッドを降りトイレに向かう。ベッドを降りた時にわざと大袈裟に動いてみたが、どこにも痛みはない。むしろ前より調子がいい。肩凝りや腰痛など、ストレッチ不足がたたって痛んでいた所もすっかり治っていた。ついでにやっておいてくれたんだろう。

スライドドアを開き、左前方のすぐ目の前にトイレがあるのに気が付いた。ラッキーだ。探す手間が省けた。

 

「良かった、近くd……キャッ……」

 

「うおっ………」

 

私の不注意だった。寝ぼけているのもあるが、左右の確認もせず飛び出して誰かとぶつかってしまった。これが自動車道なら私は轢かれて死んでいたろう。

 

「す、すみません。周りを見ずに私……」

 

「いや、いいんだ。気にしないでくれ。ずっと下を見ててしまってた。気付けなかった僕も悪い」

 

ぶつかった方向を見ると、スラッとして茶髪の男性そこにいた。フェレーナが彼を見たら恐らくこう言うだろう。「イケメンだね!」と。まぁ否定はしない。

パッと見ただけでも顔立ちが整っているのが容易に分かる。私でもイケメンだと思う。

 

「邪魔してすみません。どうぞ、お先に」

 

「は、はい…」

 

しかし、何故だろう。あの男が纏っていた雰囲気はどこか覚えがある。いつ、どこでまでは分からないが。

 

(いや…覚えてる覚えてないというか……)

 

謎の違和感が襲ってくる、宇宙時間午後5時過ぎ。

 

 

 

 

 

少年と肩を組みながら走って早5分。いつもなら余裕だが、今の今まで寝こんでいた私には少々苦であった。正直吐きそうだ。

すると途中で少年はそんな私を見かねてか。適当な部屋のドアを開け、その中に隠れさせた。

 

「オイ、あんた。大丈夫か??」

 

「はぁっ……はぁっ………えっ…う、うん!もっ、もう大丈bゴホゴホッ」

 

「ぜってぇ大丈夫じゃねぇだろソレ。今にも死にそうな奴のする咳だぞソレ」

 

「あっ……アハハーー……あっそうだお礼……えっと…」

 

そういえばこの自分を"味方"だと豪語したこの少年。まだ名前を知らなかった。とりあえず、自己紹介から始めてみようかと試みる。

 

「私はフェレーナ。フェレーナ・ネクォール。あなたの名前は?」

 

「……ハァ??ユ、ユウキ・フォーラルだ」

 

「ありがとうユウキくん!助かったよぉ。まだ"子供"なのに偉いんだねぇ」

 

するとどこかから『ブチッ』と何か破裂するような音が聞こえた。あの子が追って来たのだろうかと思い、私は立ち上がり身構える。

しかしそんな気配はなく、安堵して再びしゃがみ込むと

 

「テメェ次はねぇからなテメェおい」

 

と怒りの形相メーターMAXの如く憤怒の表情を剥き出しにし、こちらを見つめていた。

 

「???????」

 

何かわからないが、私が何か言ってしまった様だ。後で聞いた話だと彼はあの幼い子供の様な見た目からは想像できない"21"歳らしく、とても申し訳ないと思った。

知らない事は罪だとはよく言ったモノだと思う。

 

「…まぁいいや、とりあえずテメェは安全にここから脱出させる。それが俺達の仕事だ」

 

"達"??この少年1人ではない、という事だろうか。

 

「ほ、他にも仲間がいるのっ?」

 

「オイあんまり大声出すんじゃねぇよバレるだろが」

 

見た目の割にはかなり口が悪い。きっと周りの大人達に恵まれず生きてきたのだろう。まだこんな小さいのに、可哀想だ。

 

「……まぁ、いる"ハズ"だ」

 

「ハズ?それってどういう……??」

 

「知らねぇよ。この病院に入ってから通信の類いが全部使えねぇんだ。ったく装備の故障かぁ??」

 

通信不良………どこかで同じ現象があった様な……

 

ヌチャァッ……ヌチャァッ……ヌチャァッ…………

 

「「!!」」

 

外から音がする。どうやらここまで追ってきた様である。ゆっくりと、ゆっくりと。フォースやテクター達の回避動作の様に非常にゆっくりとしたリズムで足取りでこちらに近付く。

 

「……全く、どうやらヤッコさんから出むいてくれたみてぇだ。やってやんぜ!!!」

 

1人で戦うというのか、あんな化け物と。というか待て。

 

「待ってユウキくん!!行動制限が…!」

 

「おら俺ァここだぞ化け物!!!!」

 

刹那、ユウキの身体の周りに蒼い粒子の奔流が出現した。まさかアレは……

 

「食らえクソォォォォォォッ!!!」

 

 

|

トクエーサー

 

 

粒子の奔流もといフォトンを纏い、ダブルセイバーを構え突撃する。ユウキはあろうことかフォトンアーツを使用したのだ。制限がかかった状態で何故そんなに動ける。

そもそも解除コード制限下で動けるのは守護騎士の二人だけなのは業界内ではあまりにも有名な話。知らぬアークスなどいない。そんな常識すら打ち破りこのユウキはフォトンアーツを発動させた。…の、だったが

 

「………ありゃ?」

 

「………え??」

 

先ほど見たものは幻なのか、誠なのか。突然纏っていたフォトンが消え失せる。

 

「うっっっっそだろこんな時に時間切れかよぉぉぉお!?」

 

彼は今"時間切れ"と言った。この行動制限下で戦闘できる"何か"を彼は握っているのだろうか。

そんな事はどうでもいい。

 

ヌチャァッ……ヌチャァッ……ヌチャァッ…………

 

怪物がユウキにゆっくりと近付く。マズイ、このままでは彼が食われてしまう。

 

「ユウキくんっ!!!!!」

 

我慢できなくなり、思わず部屋から飛び出してしまった。

手を伸ばす。助けなければ。早く、助けなければ!!!!

………だがしかし、そんな最悪な予想は大きく外れる事になる。

 

ヌチャァッ……ヌチャァッ……ヌチャァッ…………

 

「「…………???」」

 

ユウキを股の間に通し素通りした。こちらやユウキの方向を見る訳でもなく、攻撃するでもなく。怪物は変わらずゆっくりと歩を進める。

 

「おっ………おぉ~~………な、なんだぁアイツ??」

 

「無視した……????」

 

一見するとこの状況は、"ユウキが攻撃しなかったから何もしなかった"という風に見えるかもしれない。確かにそれなら最初彼が攻撃した時追いかけてきたのに、今は何故かおとなしくなっている説明はある程度つく。

だがそうなると説明がつかない事象が1つある。それは……

 

「なんで………最初遭遇した時、私に近付いたんだろ…」

 

あの怪物は攻撃行動を取っていない私に近付いてきたのだ。

これが謎だ。一体何が違うというのだろう。

 

「オイオイあいつ、俺にビビったのか???逃げて行っちまったぜ?」

 

「そ、そうなの…かな??」

 

「違いないぜ、さぁこうなったら好都合だ。お前をさっさと外へ………」

 

「待って!!"あの子"を放って逃げろっていうの!?」

 

私は不思議と胸に、アークスとしての"正義感"とあの子の命を助けた者としての"責任感"が実感としてあるのを感じた。

だからこそ、私はここから離れる訳にはいかない。あの怪物……"名前も知らない"男の子を見届けなくてはならない。

 

「……ッアァン???」

 

ユウキは"何言ってんのこの女"と言わんばかりの表情で私を睨む。

 

「私もアークスなの。だから残って戦う。あの子は私が救った命だから!」

 

「何言ってんだバカか???テメェに何ができる???武器もない防具もないフォトンも使えねぇ。俺も同じだがよォ、俺らがアイツに出来る事なんてありゃしねぇんだよ!!!」

 

「でっ……でもっ!!!」

 

「なんだったら何か??自殺志望だったら付き合えねぇなぁ!?いいか、フォトンが使えねぇアークスなんてのは翼をもがれた鳥と同じなんだよ!!」

 

彼の言っている事は口の悪さはあれど正しい。

私達には、何も出来ない。

 

「それでも私はっ……!信じてるの!!」

 

ユウキの両腕を左右から掴み、私は彼にこう言った。

いつ教わったかも知らない。気付けば私の中にあったあの言葉を。

 

「どんな事も……いつか終わるって!!!」

 

どんな出来事も、どんな"命"にだって。

 

 

 

 

物陰に潜み、怪物…いや、あの子を観察する。

 

「オイオイ、そりゃぁマジかよオメェ」

 

「……たぶんだけど。でも今までの行動から察するに……」

 

結論から話そう。あの子は恐らくフォトンの流れを探知して、私達の位置を特定していたのだ。

光属性のフォトンを集めて灯りにしていたときも、ユウキがフォトンアーツを放った時も必ず"フォトンが流れていた"。

対して。光を消した時、フォトンアーツが不発に終わった時。この時"フォトンは流れていない"。

私が探していたのはこの差だった。

つまり彼が摂取しているのは人間の肉等ではなく、我々の中に循環するフォトンである。

 

「今から証明してみせる」

 

私は物陰からゆったりとした足取りで、怪物の目の前に立った。

 

「…………当たり」

 

どスルー。先ほどのユウキと同じ様に、気にも留めない様な感じで私の真横を素通りした。

フォトンを感知する。この能力はもう紛れもない事実となった。

 

「なるほど……しかし皮肉なモンだなオイ。俺達を守るフォトンが、まさかアイツを誘き寄せるエサになってとはなぁ」

 

「でもそのフォトンがなきゃ、私達は戦えないよ…」

 

そう。いくらあの子の特性を暴いても、こちらには戦う武器がない。職員などの非戦闘員用のアサルトライフルも、ユーザー認証をしないと使えないシステムになっているらしい。

止める手段がない…………その時だった。

 

 

ブトリック

 

 

あの子の先にある暗闇から颯爽と白い装甲に緑のライトカラーを纏った大型キャストがフォトンアーツを用いあの子に高速接近、肉薄し二連続で刺突した後大きく空中で後転。そのまま着地した。

 

「"マグナプライム"、目標捕捉。遅れてすまないユウキ」

 

「おっせぇんだよ!!!マグナの旦那!!!」

 

「すまない。通信が途絶えてから今まで、ずっとお前を捜索していたのだ」

 

「今の今までぇ!?」

 

マグナと呼ばれた大柄な男性キャストがソードを構え、戦闘体制をとる。会話の内容を察するに、どうやらユウキの仲間の様だった。

 

「………あら…おおきな、お肉の塊ですね」

 

「ル、ルミエーラ!?」

 

驚いた事に、何とルミエーラもそこにいた。

 

「……あ、また勝手に出歩いて。しかも、夜。夜這いでもかけるつもり、だったのかしら?」

 

「い、いや違うからね!!!……というか、そこにいたら危ないよ!!!」

 

そうだ、あの子はフォトンを探知する。

そしてそんな彼の前に、どういう訳かは知らないがフォトンを扱えている二人組。

 

『縺?◆縺√=縺√=縺√=縺√=縺√≠縺ゅ≠縺ゅ≠??シ?シ

縺頑ッ阪&縺√=縺√=縺√=縺√≠繧難シ?シ?シ

縺顔宛縺輔=縺ゅ=縺√=縺√=縺√=縺√≠縺ゅs??シ?シ?シ』

 

マグナとルミエーラの方に向かって走っていった。まるで獲物を見つけた肉食獣のように、新しいおもちゃに興奮する子供の様に。

 

「来たぞ、ルミエーラ!!」

 

「…わかって、る」

 

『縺顔宛縺輔=縺√=縺√=縺√=縺√≠縺ゅs』

 

あの子は右腕に付けられた、アークスが扱うソードの様な形の"何か"をマグナに向かい振り下ろす。

 

「ぐぅうっ……!!こ、このパワーは………!!!」

 

間一髪で受けきった。しかし改めてなんだ、あのパワーは。キャストが押されている。

 

「……隙、あり」

 

すかさずルミエーラがデュアルブレードで脇腹を削ぎ落とす。が、しかし。

 

「……再生、した。キャアッ!!!」

 

巨体から繰り出される蹴りにルミエーラがやられ、廊下の壁に叩きつけられる。かなり痛そうだ。

 

「「ルミエーラ!!!!」」

 

「ぐふっ………だ、大丈夫……ちょっと痛いだけ……」

 

見た所手すりが太ももに深々と突き刺さっている。フォトンを集め光とする事は可能だが、回復テクニックはおろか、この時メイトなどの回復アイテムすら持っていなかった。

傷ついた彼女を私は意識が飛ばない様に呼び止める事しか出来なかった。

 

「貴様ぁぁぁ!!!!!!」

 

マグナがソードを横に凪ぎ払い、あの子を仰け反らせる。

 

「オイ!!!お前達は隠れていろ!!コイツは私がなんとかする!!!」

 

「待てよ旦那!!!アンタ1人で殺ろうってのかその怪物!!!」

 

「あぁ、まだコード解除まで8分ある。それまでにはカタを付ける!!!!」

 

コード解除、というワードで思い出した。

訓練生時代聞いた事がある。行動制限を一定時間解除し、武力による犯罪根絶を行う特殊部隊がいるという噂話を。まさか実現する団体だったとは。

そして今まさに彼らは、それを実行しているのだろう。

 

「しかし……なんなのだこの怪物は……まるで、私のフォトンが喰われているような……」

 

「まさか……攻撃に使われたフォトンも、体表から吸収しているの……??」

 

それは予想外だった。なるほど、通りで攻撃があまり効いていない訳だ。

つまりこういう話になる。私達は武器を手に入れはしたものの、その武器は敵に全くの不向きであった。まるで空高く飛ぶ鳥に対して剣で戦う様に。

だが、8分持ちこたえてくれるのならば。こちらにも策がある。上手く行くかは分からない。が、やってみるしかない。フォトンを全く用いない、あの子の救い方を。

 

「……ッ!マグナさん!!」

 

「なんでッ……!しょう………かぁッ!!!」

 

剣の交りあう音の中で、私は大きな声で彼に叫んだ。

 

「8分、任せてもいいですか!?!?」

 

「あぁ、私に任せ………ろぉぉぉおおお!!!!」

 

「あぁもうクソ……任せたぜ旦那!!!」

 

「………おね……がい…………」

 

ありがとうございます。そう心の中で叫び私はルミエーラを担ぎ、戦うマグナを尻目にユウキと廊下を走った。

 

 

 

 

ルミエーラの太ももから慎重に手すりを抜き、大量出血しないうちに包帯で縛る。ここは病院という事もあり、幸いにも医療器具は揃っていたので大事には至らなかった。

 

「うんしょ………縛り方、これで合ってる??」

 

「…えぇ、合ってる。上手、ね」

 

「なんか端から聞いたら変な風に聞こえんだが……で?どーすんだよフェレーナさんよ」

 

「うん……じゃあまず…」

 

私は順を追って説明した。なるべくわかりやすく、簡潔に。

 

「…確かに、お前の言ってる事がマジで出来んなら野郎はブッ殺せる。だけどよ、残りあと3分しかねぇんだぜ???」

 

「………大丈夫。"ソレ"がある所なら、私が案内できる」

 

「………マジかよ」

 

「良かった……後は、マグナさんに協力を仰がないとだね。この作戦は、マグナさんの動きが重要になってくるから」

 

「だな。だけどよ俺の携帯ブッ壊れて使えねぇんだけど……」

 

「……私の携帯を、使って。たぶん、大丈夫」

 

ルミエーラは既に、番号を入力済みの携帯をユウキに渡す。この連携に慣れた感じ、この人達は長い間一緒に戦っているのだろう。

 

「あぁ悪ィ。…………あぁ旦那か、こっちは大丈夫だ。そんで折り入って相談があるんだけどよ。あぁ…内容はだな………」

 

待っててね、名前も知らない男の子。必ず救ってみせるから………

私、言ったよね……どんな事もいつか終わるって。

 

「OK。協力してくれるとさ」

 

「うん、ありがとうユウキくん。よぅし…じゃあ行くよ!!」

 

大丈夫だから。必ずまた、お姉ちゃんが助けに行くからね。

 

 



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⑧溶けたアイスクリーム

走る。走る。マグナさんの行動制限解除コード有効時間残り2分弱。いくら広いとはいえ走れば"アレ"にはたどり着くだろう。

私の脚の速さは50m走のタイムで言えば6.4秒。全体の平均タイムが4.8秒くらいなので、私はフォトンによって身体強化を受けている状態でも一般人の少し脚の速い人と同じくらいのスピードしか出ないのだ。

しかし今この状況に於いて、それは些細な問題だ。要は動ければそれで良かった。

 

「ルミちゃん!ここ真っ直ぐなのっ??」

 

"ルミちゃん"と呼ばれた、無線越しの"ルミ"エーラは私に向け同意の意を示してくれた。

いちいち"ルミエーラ"と呼んでいたら堅苦しい気がしてならなかったのだ。なので先ほど試しにルミちゃん呼びを試してみた所、明らか声色が変わった。

馴れ馴れしかったかと思っていたが存外そんな事もなく"ルミちゃん"は受け入れてくれた。

本人が硬い喋り口調なのを裏腹に、こういうのは好きなようだ。

 

『…そう、真っ直ぐ行ったら階段がある。今は3階だから、3階上がって6階まで、上がって』

 

なぜエスカレーターを使わないか?すでに午前0時という深夜帯だ。病院の電力は患者の生命維持装置等、必要最低限の装置の稼働以外は全てシャットダウンされている。なのでこうやって一段飛ばしを繰り返しながら、踏み外さない様に慎重かつスピーディに行かなければならなかった。

マグナさんの活動限界まで残り1分半。

急げ……急げ…………!!!!!

 

『おいフェレーナ!!! 着いたけどよォ、ホントにこれでいいんだよな!?なんかちっぽけ過ぎてよくわっかんねぇんだけどよ』

 

突然大声で通信が入る。ユウキだ。どうやら彼に頼んだ物を

 

「たぶんそれでいいよユウキくん!!あとはそれを溢さず例の場所に持って来て!!」

 

「あいよォ!!!」

 

私達の"救出作戦"は幕を上げた。

 

 

 

 

「はぁぁぁああああぁぁぁぁっっ!!!!!!」

 

私に残された時間は残り2分。

その間、私は彼女らの援護が来るまでこの怪物の猛攻ををしのぎ切らねばならない。

 

私の名前はマグナ。"マグナ・プライム"。

警備会社BabyWraith(ベイビーレイス)の第25番警備大隊隊長である。

元はユウキ、ルミエーラそして私マグナ3人の小規模なチームだったのだが、数年前の【巨躯】戦争の際に大多数の人間が消失し、治安維持の為に私らの様な小規模チームがかき集められた。

そしていつしか会社が成立し、最早アークスの垣根を越えてただの警備員となった。

 

『縺ゥ縺?※繧医♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺』

「これしきィッ!!!!」

 

怪物が突進を仕掛けてくる。それを私は大剣の腹で受け切る。改めて攻撃を受けてみて尋常ではないパワーだ。

戦闘開始から1分にして、10m程後退したろうか。

自分自身、かなり奮戦していると思っていたのだがそうでもないらしい。

正直、下手なダーカーや原生生物よりパワーはある。明らかにこちら側のパワー不足だ。

 

「……ッッ!ならばッ!!!」

 

 

グスラッシュ

 

 

剣を回転させつつカチ上げる。

 

「吸収するならばァッ!!!」

 

攻撃を吸収するのならば、吸収する許容範囲内を越える容量の攻撃を叩き込めばいい。

シンプルな。ひたすらな連撃を。

 

「これを飲みきれるか怪物!!!!!!」

 

天井の高さと自らの身長を考え、1m程の低高度ジャンプ。右から左へ。左から右へ。目にも止まらぬ速さで剣を奮い怪物を翻弄する。しかし…

 

「……余裕そうだな怪物よ……!!」

 

連撃の最中、動きを止めた怪物の顔は歪む事はなく、巨体での吸収を辞める事は無かった。むしろ加速している。

 

『驍ェ鬲斐□縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺√=縺√=縺√=縺√=縺√=縺ゑシ?シ?シ?シ?シ?シ』

 

「何だと??よく聞こえんぞ怪物ッッ!!!」

 

その時だった。

 

『……ナ……ん………グナ……ん!!!』

 

声音識別反応微弱。音の波長から女性の声だ。しかし誰だ。普段ルミエーラの声を聞く機会が多いせいか彼女の音声データはお気に入りマークを付けて保存しているが、これはあまり聞いた事のない波長だ。

 

(…あの状況でルミエーラ以外の女性……………彼女か…!)

 

状況を鑑みるに、現場にいた女性は二人。ルミエーラと"茶髪の少女"。つまりこの声は後者の方になる。

 

『マグナさん!!!聞こえますか、マグナさん!!!!!!』

 

「茶髪娘か、どうした。こっちは今怪物相手にスリリングな状況になっている」

 

『時間、大丈夫ですか!?』

 

行動制限解除コード有効時間残り20秒。これ以上長引くのはマズイ。

 

「残り20秒。余計にスリリングになったぞ茶髪娘」

 

『わかりました!なら、この場所までその子の誘導をお願いできますか!?』

 

地図データを受信。…………なるほど、どうやら手筈が整ったようだな。しかし2分弱でこんな事をよくも思うものだ。

最近の若者の考える事は時として恐ろしい。ルミエーラはたまにキャストである私でさえブルっとくる発言をする。

 

「さぁ、そのまま押せぇ!!!!」

 

反撃開始だ。

 

 

 

 

「ここ……?」

 

『…そう。お望みの品はそちら、ですよお客様』

 

「お客様って……とりあえずありがと!ルミちゃん!」

 

私がルミエーラに通信越しに案内を頼んだのは……

 

「ここが警備室……」

 

警備室だった。監視カメラが数百個もある、なんとも息苦しい空間である。

しかしなぜ警備室なのか?少し前にお世話になったある物を使う為だ。

…"スプリンクラー"。火災を検知して放水を開始する、こういう公の建築物にならどこの天井にもある装置だ。以前は逆境の中光を灯す為に放ったフォトンを叩き落としてくれた憎っきスプリンクラーだったが、今は非常に頼りになる最終兵器である。

この警備室では、そんな最終兵器を強制的に、場所を絞って発動させる事ができるスイッチがある。私の目的はそれだ。

 

『…でも、フェレーナさん。よくスプリンクラーをそんな使い方しますね』

 

「今この状況を打破するには、これしかないと思って………」

 

我ながら、中々にエグい作戦だと思う。これをもし人間にやったら私は確実に死刑囚だろう。

同じ……"人間"に………か………

 

あの怪物。もといあの男の子……。なぜあんな事になっているのだろうか…。

元の身長の約6倍のサイズに肥大した筋肉や脂肪、骨格。分かりきった事ではあるが普通ではない。そもそも勝手にあの子だと決めつけてもいいのだろうか……

 

「………………。」

 

いや違う…私の顔を覗き込んだ、"あの顔"と、

 

『さむいよ…』

 

あの時に見せた、寂しそうな"あの顔"は全くの同じ顔だった。

だからこそ…最期まで見届けなきゃならない。

 

『どうかしましたか?』

 

「ううん………"なんでもない"」

 

 

さて、本題に入るとしよう。まず、"彼ら"がどこにいるのかを確認しなければならない。

 

(ん~と……)

 

複数の液晶パネルに映し出された監視カメラの映像を流し見しながら探す。ザッと見30台くらいはあるだろうか。しかも椅子が1つしかない。つまりここに本来座っている人間は、よっぽど優秀なのだろうと思う。

 

「いた!結構後ろに行っちゃってる……!!」

 

先ほどの場所より10mほど後退していた。マグナの様なパワータイプらしきキャストでもパワー負けするとなるとゾッとする。

 

「マグナさん!マグナさん!!!」

 

とりあえず、彼にコールを寄越してみる事にする。映像を見る限りだとあまり余裕は無さそうではあるが。

 

「マグナさん!!!聞こえますか、マグナさん!!!!!!」

 

すると案外、余裕そうな声でマグナが応答する。

 

『茶髪娘か、どうした。こっちは今怪物相手にスリリングな状況になっている』

 

とりあえず良かった。これなら………

 

(………!!! しまった、そこは……!!)

 

彼らの頭上にスプリンクラーは"無かった"のだ。

マズイ、非常にマズイ事になった。このままではこちらの手筈が全て揃った状態でかつ、何も出来ないまま終わってしまう事になる。

あの子がフォトンの奔流を察知して攻撃しているという性質上、マグナに行動制限がかけられると何もかもご破算だ。

 

「時間、大丈夫ですか!?」

 

20秒、そう彼は答えた。

 

(ど、どうしようどうしよう………!!)

 

私はあの場所周辺の地図情報を、僅かな時間の中でくまなく目を通した。すると、ある文字が私の目の中に入った。

 

"シャワー室"

 

ここしかない。パワー負けしている以上押し返すのはほぼ不可能。ならば、マグナから見てちょうどよく真っ直ぐ後方にあるシャワー室に向かってわざと押される形を使う他無かったのだ。

そして私はもう1人のキーマンに通信をかける。

 

「ユウキくん!?ゴメン!!場所変k……」

 

『テッメェ早く通信取れやボケェ!!!!ずっと暗すぎて、タイミングわっかんねぇだろォが!!!』

 

通信機越しからまたしても激しく怒号が飛び交う。

ルミエーラ、マグナとずっと通信をしていたせいだろう。通信のタイミングが重なり合い彼の通信が遮断されていた様だった。この状態だ、着信履歴など見ている暇など無いので気付けなかった。

しかし、"ずっと真っ黒"という事はとっくの前にスタンバイを終えているという事だろうか。仕事のデキる少年だ。

 

「ごっ、ゴメン!!ユウキくん、そこから右に6m行った所に給水管が枝分かれしてる所があるの!そこに行けるかなっ?」

 

「おう任せろやァッ!!」

 

(あとは私もっ……!!)

 

シャワー室を使わなければならなくなった都合上、警備室にこれ以上居る意味は無くなった。結果的には完全なる無駄足だったが、ここにいたお陰で先ほどの様に全体指揮が出来たのだと考えればまだ気は楽だった。

 

『…フェレーナ、大丈夫。すぐこっちに、戻せるわ』

 

「ルミちゃん!? でも、そんなのどうやって……………うわっっ!?!?」

 

突然自らの身体が青い光を放ちながら半透明になって消えてゆく。これはまさか……!?

 

『短距離用テレバイブ。予め行きたい所に仕込んでおくと、任意のタイミングで瞬時に、一方通行出来る』

 

なお、これは仕事用に改良した物であり、所持者以外からの発動も出来るように改造してあるそうだ。

これは、相方が危なくなったら瞬時に引き返せるようにするいわゆるストッパーの様な役割を果たしているのだろう。と、私は勝手な想像をユウキとルミエーラとで重ねながらしてしまう。

 

『そしてあなたが行く先は…』

 

「……ッ!さっきの廊下!!」

 

左前方に乱暴に開かれた扉がある。恐らくあれがシャワー室だ。さて、ここからは直視でどの個室の給水管に"アレ"を仕込めばいいかを見極めなければならない。

私は全速力でシャワー室前に近付く。

 

「…マグナさん!!状況は!?」

 

「おぉ来たか茶髪娘!残り時間7秒だ!!なんとか出来たのだろう?」

 

「はいっ!!なんとか!!」

 

良かった、と思っている暇はない。

そんなのは後で言えばいい。今は急を要するのだ。

 

「マグナさん!!どこか近くの個室に!!」

 

「了解だ!!!そォらこっちに来い怪物ゥ!」

 

『縺ゥ縺?※繧医♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺』

 

すると勢いよく、1秒もかからない内に個室にすっぽりと、マグナさんとあの子はハマってしまった。

そして先ほどまで着けていたイヤホンマイクを外し"上にいるであろう彼"に向け大声で言った。

 

「ユウキくん!!!!左側、入り口から3番目の個室!!!」

 

「了解だぜこの野郎!!!!」

 

「マグナさん!!!その個室のシャワー開けれますか???」

 

「あぁ任せろ!!!」

 

これでッッ……!!!!待っててね…名前も知らない男の子っ…!!

 

 

 

 

話は数分前に遡る。ユウキとルミエーラ、そして私で固まっていた時だ。

私は"作戦"を、順を追って説明する。

まず、こういう病院に必ずあるハズの"とある薬品"を入手しなければならない事を説明する。

その薬品の名前は"水酸化ナトリウム"水溶液。無味無臭のアルカリ性の液体である。

分かりやすく言えば色んな物を溶かす超強力な液体で、なんでも地球ではこれを用いて死体の処理もしていたらしい。しかしここは病院、こんな事をする訳もなく。本来は薬の調合などで使われている。

それほど強力な液体をどうするか?答えは簡単。ぶちまけるのだ。ただぶちまけるのではない。

 

「「スプリンクラーで……??」」

 

そう。給水管に水酸化ナトリウムを混ぜ、スプリンクラーから噴射しそれを彼にかける。すると彼はフォトンを用いない謎の攻撃に戸惑いながら溶け死ぬ事になる。

しかし、先ほど移動した事によりスプリンクラーは使用不能。急遽シャワーを使う事になったが、水を噴射するという点に関しては同じなのでさほど問題はない。

これが、私の考えた"作戦"。

そして現在に話は戻る。

 

「そ………そんな…………」

 

効いていない。それどころか勢いに拍車を掛けるような結果になってしまった。

 

「ぐあぁぁああぁぁっっ!?!?」

 

「マグナさん!!!」

 

「旦那!!!!!」

 

バカな。そんなハズがない。

ドロドロに醜く溶けた肉を露出させながら、あの子はその豪腕を振りかざしてマグナさんを部屋から吹っ飛ばした。

あの液体をマトモに食らって動ける訳なんてない。掛け方が甘かったのだろうか。

 

「クッ……時間が………」

 

制限時間の7秒、残り時間あと2秒

もうこれ以上の策は練れない。全てマグナの活動猶予ありきだ。

 

「ッ……!!しまっt」

 

「「………!!!!」」

 

バキャッ

 

堅牢なキャストであるマグナの胴体が真っ二つにへし折れた。しかし幸いにも、キャストは頭部を全壊しない限りは生きていられる。

そもそもキャストというものは、そもそも本体となる"脳"はその鋼の体には乗せられていない。別の施設に保管されている"本体となる体"の脳波を送信して、もう1つの体を操っている。

 

「くっ………これではァッ………」

 

ネチャッ ネチャッ と溶けた肉を床に落としながら真っ二つになったマグナさんへ一気に距離を詰める。

制限時間が切れるまで強制的にフォトンを纏った状態にされる。つまり残りの1秒まで、あの子はマグナを追い詰める気なのだ。

先ほどとは逆の腕を、あの子は振り上げた。

 

「マグナさぁぁん!!!!」

 

その時だった。不思議と身体が前へと出ていた。

出会って数分の彼だったが、何故だか"絶対に"死なせてはならないと思った。

走れ、走れ、走れ。

 

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!?!?」

 

しかし、その豪腕がマグナに降りかかる事は無かった。

 

「「「………???」」」

 

止まった。拳が当たるまでわずか5cm程の所で。

 

「…………驕輔≧縲√♀辷カ縺輔s縺倥c縺ェ縺」

 

急に大人しくなった、それが指す意味。

行動制限解除コードの有効時間が切れたのだ。それにより、マグナの纏っていたフォトンが消え失せたのだ。

そしてゆっくりと、ギリギリで留めた腕を下ろしそっぽを向いて廊下を歩く。ヌチャヌチャと気色の悪い音を出しながら。

 

「……助かった……のか??」

 

「……ダメッ!!!行かせちゃダメッ!!!」

 

私はそのまま走った。例え猛行が止まったとはいえ、"私が止まる訳にはいかなかったのだ"。

先ほども言ったかもしれない。あの子は私が助けた命なのだ。だからせめて、私の手で終わらせなければならない。

 

「マグナさんッ!!!武器借ります!!」

 

「茶髪娘!!待て、無理だ戻れ!!!!」

 

無理……無理だ…………イヤ……イヤだ…………!!!

 

「茶髪娘えぇぇぇええ!!!!!」

 

マグナの持っていた、"本来装備すら出来ないハズ"であり、身の丈に合わないソードを手に持ち、構え、後ろから男の子に突撃する。

 

「うわぁあぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 

私は、あの子の背中に深々とソードを突き立てた。

 

『縺や?ヲ窶ヲ窶ヲ窶ヲ窶ヲ窶ヲ縺雁ァ峨■繧?s』

 

男の子は軽く腕を上げる。人間で言うところの、夏場で肌に停まった蚊を叩く程度の感じなのだろう。

フォトンに反応する、という性質に囚われ過ぎた。この子は一応"生物だという事に"。肉を持ち骨を持ち言葉を放ち、"顔"を持つ彼を。

生物の本能だ。身の危険が訪れれば排除しようとするのが当然の事。この子はまさに"ソレ"をしようとしている。

 

あぁ、死んだな………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那

 

 

 

「ダメじゃないですか」

 

ラディアント

スティング

 

 

 

暗闇から何者かが前方へ、大きく踏み込みながらあの子に連続攻撃し肉に"二本"の剣を突き立てた。

武器はデュアルブレード、そして攻撃のモーションから察するにあの人物のクラスはエトワール。

 

「ルール違反です。ユージくん。生人を殺すのは」

 

『縺?o縺√≠縺√=縺√=縺ゅ≠縺ゅ≠縺√=縺√=縺√≠縺√≠縺√=縺√=縺ゅ≠縺√=縺√=縺?シ?シ?シ?シ』

 

女性の声だ。聞き覚えがある。だが、"その声には聞き覚えがあるにしてはあまりにも異様かつ、日常的な声だった"。

 

「ごめんなさい。ユージがご迷惑をおかけしました」

 

剣を突き立てたままこちらを向き、被っていたフードが履けその顔が露になる。

その時私は昼間ルミエーラから聞いた話を思い出した。"私そっくりの人物に出会った"という話だ。あの時の私はルミエーラの見た何かしらの夢もしくは幻影であると勝手に思っていた。

 

""「………"わからない"」""

 

彼女の言っていたこの「わからない」という言葉。今だったら私も彼女を疑う事はなくすぐに理解出来たろう。

 

何故なら?それは、この顔が。

 

「大丈夫ですか??」

 

"ユージ"と呼ばれたあの男の子にぶっ刺した剣を支えにぶら下がったまま、窓からの月明かりが照らすその顔が。

 

「フェレーナさん」

 

私と同じ顔だったから。

 

 

 

 

 



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⑨ 真っ白

「フェレーナさん」

 

「は………え……!?」

 

一日の内見ない事などなかった。

髪型や髪色、肌の色、目の色、鼻や口の形、輪郭。全てにおいてその顔は他の追随を許さぬほど私自身の顔であり、端から見ればどちらが"私"であるかわからないだろう。

というか同じ顔とはいえ、何故私の名前を知っているのだろう。

 

『……逞帙>窶ヲ窶ヲ窶ヲ逞帙>繧医♂縺峨♂縺峨♀縺翫♀??シ?シ』

 

「危ないッ!!!」

 

"ユージ"。それがこの男の子の名前なのだろう。

ユージが右腕を背中に回してこのドッペルゲンガーを掴もうとしたその時だ。

 

「……そうですか、残念」

 

そう言うと彼女は彼の身体に突き立てた剣を、開かずの扉を強引にこじ開ける様に使って背中を引き裂いた。

筋肉繊維の断面が見え、中からは肥大化し最早機能しなくなった臓物達が止めどなく落ちてきた。胃袋"だったであろう"透明な臓器には、今まで食ってきた人間の残骸が微かに見えた。

 

「この肉体、都合よく無料で使い捨てできると聞いたからわざわざ出向いて使ってみたというのに。やはり天然モノは違いますね」

 

ドス黒く変色した返り血を浴びながら、何か独り言をブツブツと言っている。無料?使い捨て??天然モノ???

訳がわからない。

 

「さて、初めまして。フェレーナさん」

 

血まみれになった顔の上、明かりが消えた瞳でこちらを見つめる姿は単純な恐怖以外の何者でもなかった。

更には自分の顔だ。

 

「……………ぁ………ッ………」

 

声が出なかった。この時私を襲った恐怖は、私の身体を縛るには十分過ぎる威力であった。

 

「さて、きみに"質問"があります」

 

感情が乗っていない声で、淡々と喋り始める。

 

「きみは…ユージくんと接してみて、どう思いましたか?」

 

「……ど…………ッも………」

 

"どう、と言われても"。そう言おうとしたのだがその言葉がハッキリと私の口から出る事は無かった。

私の身体は今もなお金縛りの様な状態に陥っていた。

 

「黙っているのですか?何故?私は感想を求めているのです」

 

ギギギギギギ。という様に剣の先端部分を引き摺り火花を散らしながら近付いてくる。まるで死神のように。

 

「……あなたは………何………なんなの………」

 

「それは、先の質問の回答ですか?」

 

質問に対する回答ではなく不意に、目の前の対象に対する疑問が口から零れ出てしまった。

そしてその発言の後の彼女の言動、感情が無い分際立つその"無"の中に感じる何かが私の罪悪感を刺激した。

 

「ちっ……違ッ………!」

 

「違う??何故??何故わざわざ違う事を口に出したのですか??時間の無駄…いえ、命の無駄という事に」

 

右腕に持つ剣を振り下ろし、

 

「何故気付かないのです」

 

「~~~~ッッ!?」

 

直撃………する事はなく、私の身体の股の間に叩き落としただけの様だった。

本人的には脅して情報を吐かせるつもりの様だが、私は決してそんな事は思えなかった。殺す気満々、という風にしか思えない。

 

「もう一度、お願い致します。彼と接してみて、どうでしたか??大丈夫、何もするつもりはありません」

 

などと、左腕に持った剣を"振り上げながら"そう言った。

ダメだ。この人物、言動と行動が破綻してしまっている。話が通じる相手ではない事は容易に分かった。

 

「嘘つけゴラァァァァァァァァァアアアアア!!!!!」

 

突如ドッペルゲンガーの向こう側から、"少年"と思わしき声がした。と、いう事は…

 

「おっ、遅いよぉ!?」

 

「……………」

 

全速力で走ってきたのか、息を少し荒らし耳どころか頭を貫く様な大声を出した"ユウキ"に少し身構えてしまった。

 

「マグナの旦那がピンチだと思って急いで天井裏から降りてみりゃ……どうなってんだこれェ???」

 

スゥーーーハァーーー………と、深呼吸を終えたユウキは一旦呼吸を落ち着かせ再度こちらに走ってくる。

 

「旦那は真っ二つになってるわ、バケモンはさらにグロテスクになってるわ、しまいにゃ目の前にフェレーナが二人も居やがる!!」

 

偶然落ちていたパイプを手に掴み、勢いよく目の前の彼女に振った。

 

「ソイツから離れやがれェ!!!」

 

これには堪らず防御するしかないと彼女は思ったのか。左腕で構えを取っていた体勢から一変、その左半身は防御形態へと入っていた。

そして互いの武器は衝突。鼓膜を破けさせる様な激しい金属音を辺り一面に響かせた後木霊し、しばらくの静寂が続いた。

 

(………?? 音が止んだ…)

 

これからまさに戦闘が激化するであろう時の突然の静寂と不気味さに少し身構えた。

私は先ほどの爆音から耳を守る為耳を塞いでいたのだが、その時に勢いで目まで閉じてしまった。つまり目の前で今何が起こっているのか、知るよしもないのだ。

 

「ぅ………ぁ………」

 

「ユウキくん!…ってうわわわわっ!!」

 

派手にスッ転びながら私の方に転がってきた。

まさか、あの一瞬でやられたとでも言うのだろうか。

 

「ぎゃうんっっ!!!」

 

しかしその勢いのせいで思い切りお腹辺りに食らってしまった。かなり痛い。一体どんなスピードで走ればこんな勢いになるのだろうか。

 

「ちょちょちょ、大丈夫ユウキくん!?」

 

「……………」

 

気絶していた。

 

「い……一体何が………」

 

「父から教わったのです。知らない人から話かけられたら無視しろ、と」

 

無視など出来ていない。思い切り接触してしまっているではないか。あろうことか気絶まで追いやって。

しかし改めて思う、この人物は気が狂っている。話している事とやっている事の相違があまりにも激しすぎる。

 

「しかし困りました。あなたがこの質問に答えてくれなければ、"この子"が可哀想ですね」

 

そう言って彼女が顔を向けた方向は、先ほど自らの手で始末した怪物………"ユージ"の亡骸であった。

 

「……自分で殺しておいて……勝手な事言わないでよ!!!!!!!」

 

「わたしが殺した????違いますよ、フェレーナさん」

 

そう言われた時だった。

 

「うぐっ………あぁぁああぁぁっ……!?!?」

 

突如として視界にノイズが走り、脳が揺れ激しい頭痛がする。

そして、目を開けるとそこには鮮明な視界が写し出された。そこに写っていたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん………お父さん…………どこぉ………………」

 

頭がおかしくなりそうな程そこらじゅう真っ白な空間に一人、亡くした母親と父親を探すユージの姿がそこにあった。

 

「うぅぅっ………うわぁぁぁん…………」

 

座る事もなく、ただただ一人で。泣きじゃくりながら"歩く"。居ないハズの両親を見つける為に。

 

「待って!ユージ君!!!」

 

手を伸ばしながら、そのあまりにも悲しい背中を追いかける。しかし私がどれだけ走ってもその背中に追い付く事はなかった。

"親を探す為に一人歩いた距離は計り知れない"、という事を表した暗示だろうか。

小さな背中そのものの目測は変わらない様に見えるが実際は果てしなく遠い。ずっと一人でこんな場所を歩いてきたのだろうか。

 

「……ユージくん…………」

 

今の私には恐らく、どうする事もできないのだろう。

そしてしばらくしてまた目眩と頭痛が襲ってくる。

 

「お母さん……お父さん………」

 

「ごめん……ね……」

 

彼のそんな声を最後に、私の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ん…起きた?フェレーナ」

 

「んぁ…………」

 

私は一体……どれくらい眠っていたのだろうか。

気絶したルミエーラを見つけて……本読んで……ゲームして…………そのまま寝てしまったのだろうか。

そして聞き慣れた声が私の脳内を刺激した。

ノアだ。胴体や足先辺りに包帯がぐるぐる巻きにされているようで、一見重体そうに見えるがそうでもなく元気そうだった。しかし声を聞くのが久しぶりの様な気がするが、それだけ長く寝てしまったという事だろう。

 

「一緒の病院だったとか奇遇ね」

 

「そうだね……私達仲良しだもん。そう簡単に離れられないよ」

 

「…それ仲良し関係ない。そうだ聞いた?このニュース」

 

「……??」

 

ノアが見せてくれた今時珍しい紙媒体の新聞の見出しにはこう書かれていた。

『艦立病院で猟奇的殺人事件』と

 

「………艦立病院って………」

「ここ」

 

「えぇぇぇぇえええーーーーーーーーーーー!?!?」

 

さらに詳しく読むと、被害者は56名。全てアークスの様だった。それもダーカー因子を取り込み過ぎて重要監禁状態にあった者達ばかり。犯人は未だ見つかっていないらしい。

 

「超怖いじゃん……」

 

「そうね…」

 

ノアは深刻そうな顔をして俯いた。

 

「なんだか……母さんと父さんの時みたいだわ……」

 

「…言われてみればだけど……そんな訳ないよ、だって……」

 

「だって、なんて言える相手じゃない。アイツにやられた事、忘れた訳じゃないでしょ」

 

そう。ノアは今回病院で起きた惨劇と自らの家族に起きた悲劇を重ねていたのだ。

確かに言われてみれば、今回の事件と以前の事件。似ている点はいくつもあるがコレは確実に違うだろう。

記事によるとこうも書かれている。

『遺体の内臓が全て、"大きな口で"切り取られた様な痕跡を残し消えている』と。私達の悲劇の犯人の手法にしては明らかな差が浮かび上がる。

しかしノアはそれでも、この事件の事件の犯人が同一人物と疑って止まないらしい。

 

「それは……そうだけど……」

 

妹として、姉が早まる前に止めなければならない。

では何故すぐに否定しなかったか。

私も心のどこかで迷いがあったのだろう。その論を否定しきれる根拠がなかったのだ。

 

「……………ごめん、熱くなった」

 

「ううん……ノアの気持ちは分かるから……」

 

「とりあえず、退院した後の事を考えよう。まずは家探しからね」

 

「そっかぁ……また一からなんだね…」

 

七番艦ギョーフではそれなりにフェレーナも有名人であったが、ウィンでは違う。いわば私は地方アイドル。クーナの様な全艦を跨いでの有名人とは違い私はその船でしか輝けない。

例えるならば、今の私は電気の通っていない白熱灯の様なモノ、である。

 

「また這い上がればいいわ、フェレーナ」

 

そのノアの一言が、今の私には希望の一言に聞こえた。

 

「うん…そうだね、ノア」

 

その時だった。

 

「おーーっほっほっほっほ!!!!」

 

「「???」」

 

ずいぶんな高笑いだ。聞いてて気持ちいいくらいの。

しかしここは病院。殺人事件が起きた後の。空気は読んでもらいたいモノだ。

 

コンコン 「いらっしゃいますか?」

 

ノックの音だ。そしてその直後先ほどの高笑いの主であろう声がした。

 

「……え?今の聞き間違いかしら。今ここの扉ノックしなかったあの高笑い女」

 

「ふぇっ?い、いや、でもほら……お客さんかもだし……」

 

「そんなのいなかった、わかった???」

 

「聞こえてますわよ、全く……いるならいるとすぐ言いなさいな。ダンフォード家は一体どんなご教育をなされていたのでしょう…」

 

そして私の許可なく、勝手に扉を開けられる。

特徴的なカールが効いた茶髪に金色の瞳。そして何より古臭い貴族口調に対し見た目が若かった。私と同い年かそこらだろうか。

そして"彼女"は私の寝るベッドの目の前に立ち少し声を張ってこう言った。

 

「無礼な貴女方に代わって私が挨拶致しますわ」

 

右手に控える杖を私の顔に向けながら。

 

「ラスレニア家の一人娘!ラスレニア・アーリですわ!!!」

 

『無礼なのはお互い様だ』とノアと私、付き添いのSPらしき男2人は心の中でそう思った。

 



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⑩ 面倒臭さと気遣い

「ラスレニア家の一人娘!ラスレニア・アーリですわ!!!」

 

「「………はぁ???」」

 

そのインパクトは凄まじく、私の我慢ゲージをフルスロットルで突き抜けてしまう程であった。

普段なら苦笑いで済ませるのだが、今回ばかりは完全にダメだ、無理だろう。

 

「……………(ドヤァ)」

 

なんだこの娘は。なんでそんな無言でドヤ顔しているんだ。何でそんなやりきった感を出しているんだ。

 

「いや………そんなの言われてもアンタなんか知らないし」

 

「うん…同じく……」

 

「まぁ~~~!!私を知らないなんて何て世間知らずな方なのかしら!!」

 

なんとなしにノアに同調してしまったがコレで良かったろう。本当に知らないのだから。

しかし、豪勢な服装とその喋り方から察するに彼女は昔のノアと同じ。どこかのお金持ちのご令嬢なのだろう。

ノアが何事もなく、すくすく育っていると今ごろこうなっていたのだろうかと思うと少し笑いそうになってしまった。出来ない訳ではない。ただただ彼女があの喋り方が嫌いなだけなのだ。

最後に聞いたのは例の事件が起きる少し前。姉妹喧嘩をしていると熱くなったノアが貴族口調で私を責め立てた時だ。それがツボに入って笑い過ぎてしまい過呼吸になったのはイイ思い出だ。

話を戻そう。とにかくこの"アーリ"は私達に用でもあるのだろうか。それを確認しなければならなかった。

 

「あの~…ところで私達に何かご用でも………」

 

「あぁ、そうでしたわね。婚約候補の殿方その1のお見舞いに参った帰りに、面白いモノを見付けまして……」

 

そう言うと近くにあった折り畳みの椅子に座り目線を私達に合わし、続けて話した。

 

「………"ダンフォード"。この名字にピンとくる物がありましてね…」

 

「………どういう事?」

 

堪らずノアが反応した。

 

「いえいえ……ただ、ラスレニア家の"天敵"にそんな名があったような気がしまして」

 

「…………………はぁ??」

 

思い当たる節目は無いわけではない。昔、義父さんがとても焦った顔や怒った顔をしていたのを覚えている。普段は"笑顔は彼の代名詞"と言われる様な人だったので余計にだ。

もしかして義父さんは天敵であるラスレニア家に一人抵抗していたのだろうか。今となっては知るよしもない。

 

「あぁ、思い出した。よく初等部で給食の残りを取り合いしてたわね」

 

「そう、そうですわ…………って違いますわ!!!いや間違ってはいませんけど…」

 

「合ってるんだ………」

 

景気のいいノリツッコミを決めてバツの悪そうな顔をするアーリ。余程悔しいのだろうか。

コホン、と咳をし空気を整え再び喋り始めた。

 

「しかしそんな天敵と言えど…"あの事件"については流石の私達も同情の意を示させて頂きますわ。とても苦労をされたでしょう。可哀想に」

 

「……………どうも。というか、何でアンタがここにいるの?豪勢なお家で暖かい飲み物片手にふんぞり返ってなさいよ」

 

「貴女………ッ!!人がせっかく………」

 

おもむろにノアが立ち上がりアーリを見下す形でこう言った。

 

「私達は同情なんかいらない。特にさっきみたいな上っ面だけの言葉なんかね。それに何??まるで私達を哀れみに来たみたいに…」

 

顔を近付け胸ぐらを掴む。

 

「………舐めてんの?」

 

「オイ貴様ッ!!お嬢に何を……」

 

「お待ちなさい!!!!」

 

先ほどまでとは違う凛とした声でノアを抑えようとしたSP二人を止めた。

 

「フッ………確かにその通りですわ。"私達"ラスレニア家は、ダンフォード家滅亡に深く感謝しています。同情の意など嘘ッぱち、むしろどうでもよい程ですわ。」

 

胸ぐらを掴まれたままよくハッキリとあんな事言えるモノだ。余程度胸があるのだろう。

 

「ハァ……せっかく懐かしい名を見て昔を懐かしもうと思いましたのに…残念ですわ」

 

「そんなのこっちから願い下げ。……レーナ、私行くわ」

 

「えっ、あぁうん…。またね」

 

アーリをゆっくりと離した後、ノアはふてくされて外に出て行ってしまった。

………気まずい。とても気まずい。どうしてくれようこの空気。とりあえず謝っておこう。

 

「あの…ごめんなさい。ノアも悪気があった訳じゃなくてその……」

 

「それ以上は結構。養子である貴女をこの抗争に巻き込みたくないのです」

 

"暗黙のルール"。貴族社会に限らず暗黙のルールというものは存在する。今から言うのはその1つ。

『貴族抗争は純粋な血族同士の闘争。異血の者はいかなる場合も決して巻き込んではならない』。義母から聞いた話だ。

彼女もソレをくんで気を遣ってくれたのだろう。

 

「ごめんなさい…」

 

「………まぁいいですわ。申し訳なくってよ、フェレーナさん。お詫びにと言えばなんですが、退院後私の家に遊びに来ていただけませんか?」

 

「えっ……いやでもその…」

 

「来て、頂けますよね??」(ニッコリ)

 

顔をグイッと近付けられて、半ば強制的に家に誘われた。

頷くしかない。このめんどくさい状況を流すにはこれしかない。

それにこの子。真に悪人という訳では無さそうである。さっきの発言もノアが天敵だったからこそ出た発言であり、"無関係"の私には先ほどの様に気を遣ってくれた。

 

「わっ…わかりました。」

 

「ふふっ…お話がわかる方で助かりましたわ。……退院は2日後。ならば、その次の日に来てくださいまし」

 

「は、はい」

 

「ではでは……ごきげんよう」

 

SPを連れて部屋から出ていくアーリ。

まるで嵐の様な女の子だった。余程私が家に行く約束をしたのが嬉しかったのか、廊下から「おほほほほほ!」と特徴的な笑い声が聞こえた。

 

「せっかく来たノアは怒って帰っちゃうし…流されて約束ごとしちゃうし……起きてから退屈しないなぁ…」

 

………しかし、起きてから何か、違和感を感じるのだ。まるで全力で運動したあとの様な疲れ、痛み、倦怠感が私の身体を襲っていた。

昨日激しい運動をしたかと問われればもちろん答えはNOである。そもそも動いたといってもルミエーラの元へ駆けつけた時に動いたくらいで、ここまで疲労が溜まる訳もないのだ。

もしかすると、気絶してしばらく硬直していた身体をいきなり起こしてしまったからではないかと考察してみる。これならば事の説明がつくが、ここでもまた一つ問題が出てきた。

そんな症状昨日出ていないのである。硬直した身体をいきなり叩き起こした反動とも取れるがそれならば動いた直後に出ているハズ。なぜ今になってこんな痛みがするのだろうか。

 

「ダーメだ……なんにも覚えてないや……」

 

すると、またしてもスライドドアのノックされる音を耳にした。「はーい!どうぞ!」と返事をし招き入れる。今度は誰だろうか。

 

「……今の、フェレーナの、知り合い?」

 

「ちっ…違うよぉ!!…ルミエーラ、おはよう」

 

「……ふーん。じゃ、朝の診察済ませ、ちゃうわね」

 

若干の誤解を持たれたまま、担当医ルミエーラに身体を任せ、診察をしてもらった。

すると、あるものが目に入る。

 

「あれ?太ももに包帯…ケガしちゃったの?」

 

「……ッ!……そう、なの。暗い所で作業してた、から。取替用のメスを、落として、ね」

 

しかしよくよく見ると、メスで切ったにしてはかなりの広範囲に包帯が巻かれている事がわかる。それにこの包帯の巻き方。非常に大雑把だ。切ってしまい慌てて巻いたからこうなっているのだろうか。

しかし顔に"冷静"の二文字が叩きつけられている様な彼女だ。少し過ごしただけでも凍りそうな程わかる。そんな事になるだろうか??

 

「へぇ~~…大丈夫なの?」

 

「……えぇ、大丈夫。……"そっちは"?」

 

「………え??」

 

「……なんでも、ないわ」

 

「そっ、そう??ほら!私なら大丈夫だから、ねっ?」

 

突然ルミエーラが奇妙な事を言い出した。"そっちは?"と。まるで何か同じ脅威にでも対面した仲間を心配するような口調だ。

 

「………そこまで、しなくていい。……検診終わり。容態に変化、なし。これなら予定通り、2日後には、退院できそう…」

 

「……2日後、かぁ」

 

どこか釈然としない胸中のまま、私は2日を病院のベッドの上で過ごした。

光も届かぬ無慈悲な暗闇を漂う宇宙時間午前11時。

 

 

 

 

 



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⑪ 切り替えは大事

「ねぇ、○△□☆◇」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼い子は問いかける。ーなにー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぼくたちって、いつでも、いつまでも。家族だよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼い子の質問の解。ーそうだねー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだよね…ぼくらは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼い子に同調。ーわたしたちはー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー"かぞく"だからー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…"かぞく"なんかじゃない」

 

 

 

 

 

 

病院で同じマンションの住民である人々に見舞いを済ませた後、コンビニに寄って晩飯を買い、それを食ってホテルに入り、そのまま就寝。

宇宙時間午前7時に"俺"は悪夢とも言える何かで目を覚ました。

 

 

「……………ッ!!」

 

 

見知った天井で目を覚ます。が、それと同時に吐き気が俺を襲ってくる。

ここ最近、悪夢をよく見る。前まではこんな事は無かったのに。あれはいつだったか…。

 

 

「ゴホッ………ゴホッ………」

 

 

吐き気を抑えられなくなって急いでトイレへ向かい、便器の中に昨日食べたコンビニ弁当の具を吐き出す。

気が済むまで、ただ吐き続ける。

 

 

「ハァッ………ハァッ………ウッ………」

 

 

胃の中身を全て出しきった後、顔を便器から離して顔を洗う為に立ち上がる。

ホテルによくあるユニットバスなので、立ち上がればすぐそこに鏡があった。

しかし、寝起きという事もあって、いきなり嘔吐して大量のエネルギーを消費してしまった様だ。

なのでゆっくりと腰を上げ、鏡に写った自らの顔を凝視する。

 

 

「……おはよう、"フェレーナ"」

 

 

俺の名前は"ギア"。物事を潤滑に"廻す"ギアでなければならない。

俺の名前はギア。それ以上でも、それ以下でもない。

 

 

 

 

「はぁ……それで?どうすればアイツの家に招待されるなんて事になる訳??」

 

 

「私だって断ろうと思ったよ…。でも…その……」

 

 

「………勢いに負けた、ってとこ?」

 

 

「申し訳ない……」

 

 

最終検査が終わり、無事退院したノアと私はその足でアーリの豪邸の前へと足を運んでいた。その大きな門と大きな建物に若干、私達は後ずさった。

そのインパクトは、私が初めてダンフォード家の前に立った昔を思い出すほどである。

 

 

「あとレーナ、アンタ時間とか聞いてるの?」

 

 

「ううん…それがね」

 

 

あのひと悶着の後、「約束の日にちであれば何時に来てもよい」と書かれた手紙が送られてきた。

一流の貴族としての余裕を見せつけているのだろうか。

そしてそこには、"良ければノア先輩と一緒にどうぞ"とも書かれていた。正直コレの理由はよくわからない。

 

 

「ふーん……しっかし、アイツここに住んでたんだ」

 

 

「えっ?知らなかったの?」

 

 

「えぇ、よく遊んでた仲だったんだけどね。…親が互いを敵対視してるって知るまでは」

 

 

問題のあの日、ノアと夕食を一緒に食べている時にアーリについて色々聞かせてもらった。

 

初等部の頃、給食を取りに並んでいて(バイキング形式)、残った唐揚げ1つを巡って大喧嘩をしたことが出会いの始まりだという。当時のノアは6年生。アーリは3年生だった。彼女は昔から度胸はあるのだろう。

…というか私の1つ下なのが驚きだ。

ちなみに私はその時風邪を引いて寝込んでいたので、その話は知らなかった。と、言っても。思春期真っ盛りの彼女が私に素直に話してくれるとも思えなかった。

 

…とりあえず、アーリに私達が来たことを伝えなければ。

 

「えぇっと……インターホンってあるかなぁ?」

 

 

「さぁ?このデカイ門のどこかに着いてんじゃない?」

 

 

ノアはあからさまに興味が無さそうだ。

それも無理はないだろう。ダンフォード家が滅んだとはいえ、元は互いに滅ぼし合いたいと願っていた敵対貴族なのだから。

 

というか、それを分かっていながら何故彼女はノアを誘ったのだろうか。先ほども言ったが意味がわからない。

すると。

 

 

『オォ~~~ホッホッホッ!! 来ましたわね!!』

 

 

「……またずいぶんとやかましいチャイムね。レーナ、

もっとゆっくりボタン押しなさいよ」

 

 

『違いますわ!!!チャイムじゃありませんアーリですっ!!!』

 

 

独特な高笑いが外部スピーカーから出力され、辺り一帯に響き渡る。いい子だとは思うのだが、彼女には近所迷惑という概念はないのだろうか。

…いや、反射的にツッコミを入れたせいでつい大声になっただけかもしれない。

 

「こっ、こんにちはアーリちゃん!」

 

 

『あっ………コホンッ……ごきげんよう、フェレーナさん。今日は来てくださってありがとうございますわ。…ノア先輩も』

 

 

ノアは一瞬だけ、アーリに真剣な眼差しを見せつけた。

 

 

「しょうもない用事だったらすぐ帰るわよ」

 

 

『まぁまぁ……ひとまず、上がってくださいな。それなりのおもてなしをさせて頂きますわ』

 

 

そうアーリが言うと、ゴゴゴゴゴと鈍い音を立てながら門が開いていく。

「入れ」という事だろう。

 

 

「はぁ……行くよ、レーナ」

 

 

と、ノアは私の袖を引っ張り、門の奥に引きずり込む。まるでいつかの私達の様に。

 

「……………いつかの……」

 

 

「レーナ?」

 

 

「あっ、ううん。何でもない。行こっ?」

 

 

そうして、私達はラスレニア家の門をくぐるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん??アイツらは………?」

 

 

 

 

 

「え?辞める??」

 

 

「……えぇ、お願いします」

 

 

「一応、理由を聞かせてもらってもいいかな?」

 

 

「………その、お母さんが戻って、きなさいと」

 

 

「あぁそう……確かに今大変だもんねぇ。出身はどこなの??」

 

 

「……34番艦です」

 

 

「結構遠いんだねぇ…よし分かった。旅費は僕が出す。気をつけなよ?」

 

 

「……え?いいのです、か?」

 

 

「いいんだよ。若い子が苦労するこの世の中、大人がそれをサポートしてやれなくてどうするんだってね」

 

 

「………今日まで、お世話に、なりました」

 

 

「うん、気をつけて帰るんだよ」

 

 

私、ルミエーラ・リュミエーラは今日を持って看護のバイトを辞める事になった。

 

理由は母親に戻る様に言われたから……ではなく、本当は"本来の仕事"の上司であるマグナに強制召集を受けたからである。

 

嘘の理由を聞かされて辞められ、旅費まで渡してくれた現場監督には非常に申し訳ないと思う。

他意はない。むしろこの監督の優しさに危うく涙する所だった。

 

「………さて、とりあえず、報告」

 

 

私は駆け足で病院から出ようとした。別に急ぐ理由はない。ただ何故か、昔からの癖なのだ。

 

階段を降りきり、1階へと着いた。そして今まで一応世話になった職場に礼をして、私は外へと出た。

明るい内に病院の外に出るのはいつぶりだろうか。

 

 

「……出るかしら……」

 

 

通信を投げてみたが、果たして出るかどうか……

 

 

『こちらマグナ。今日までご苦労だったな、ルミエーラ』

 

 

「………えぇ。それで、なんで私達が強制召集なんて、受けるの?」

 

 

強制召集を受けたのは私だけではない。同部隊のユウキを始めとする全ての工作員が対象である。

 

 

『お前も聞いたろう。あの病院で起きた事件の事だ』

 

 

事件………あぁ、アレか

 

 

「………あの猟奇殺人、事件?」

 

 

『そうだ。そしてあの病院の警備担当はどこの会社だ?』

 

 

「…………私達」

 

 

まさか……

 

 

『そうだ。今それに関しての責任追及を受けていてな。責任を取って、お前達を離れさせる事になってしまった。勝手にすまない』

 

 

「…………いいえ。悪いのはマグナじゃ、ないわ。ちゃんと仕事出来なかった、私達の、責任」

 

 

しかし私達が離れたという事は、今度はどこかの会社があの病院を見なければならないという事だ。

一体どこだろう。

 

 

 

「…………あの、私達の後釜、は?」

 

 

『それが、"墨付き部隊"が警備業務を交代してくれる様だ。現在、その引き継ぎ作業をしている』

 

 

"墨付き部隊"。私達の様な小さい警備会社や傭兵会社などで通る通称だ。

 

正式名称は"特殊テロ対策支援部第1機動大隊"。無論こんな長ったらしい名前が定着する訳もなく。その部隊がエリート隊員だけで構成されている事から、"お墨付き"という言葉から取って、墨付き部隊と呼ばれている。

 

 

「………そう」

 

 

しかし特に表だった悪い話が出る雰囲気でもなく、むしろ「やってくれるなら譲る」と言わせてしまう程だった。

この場合でも例外ではない。

 

 

『そこでだ、そんなお前達に仕事をやろうと思う』

 

「…………????」

 

 

『今度は病院ではなく、名のあるお屋敷の警備に就いてもらう。専属の警備員がいるらしいが、最近の騒動で相当の人材が消えてしまったらしい』

 

 

「………そんな所に、私達みたいな会社が、就けるの?」

 

 

『就ける』

 

 

直後、そのお屋敷についての情報が送られてくる。

その情報を見て私はすぐに、マグナがここに"就ける"と言った意味を納得してしまった。

 

 

「………了解、すぐに向かうわ。ここから、近い、し」

 

 

『ありがとう。既にユウキをあちらに送っている。行き方等の詳細は彼から聞いてくれ。通信終わり。健闘を祈る』

 

 

私は"駆け足"でお屋敷へ…………

"ラスレニア"邸へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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⑫ 私の気持ち

「おっ、お邪魔しまーーす!!」

 

先ほどまで静寂が保たれていたであろう空間に私の声が木霊し、急に恥ずかしくなった。

 

ラスレニア邸の門をくぐり目の前に広がった光景…それはそれは大層な作りのエントランスだった。

 

目の前には大きな階段があり、暗めの赤を基調とした花柄の壁紙に、これ見よがしに高価そうな家具達が並んでいた。

 

 

「やっぱりすごいね。貴族の家って」

 

 

「まぁアイツだって貴族だし、これくらいはね」

 

 

だが、この家具達の中でも特に目を引いたのは絨毯だった。これがまた珍妙な見た目をしているのだ。

 

 

「……ッ!? キャアッ!!!」

 

 

「なに!?」

 

 

「だっ、大丈夫っ!じゅ…じゅうたん?にビックリしちゃって……」

 

 

「じゅうたん………あぁ、これね」

 

 

茶色く艶やかな毛並み、全長は10mくらいあるであろう巨大な絨毯は、人一人驚かせるには十分な破壊力を持っていた。

しかし驚いたのはソコではない。本来絨毯に着いているハズのない"あるモノ"が着いていた。

 

 

「まさか………"動物の顔"が着いてるなんて思わなくって……さすが貴族……」

 

 

「趣味悪いったらありゃしない……確かコレ、地球のやつよね?似たような敵を向こうで見た」

 

 

「たしか、名前は……」

 

 

少し前に、地球に生息する動物の資料を暇潰しに読んだ事がある。この顔の動物についても当然記述があった。

"ヒグマ"。大きな個体となると体重400kgともなるようだ。しかもこのヒグマ、人里を襲って大勢の死者を出すという事件を起こすほど狂暴であり大変危険なのだとか。

 

 

「お話は、済みまして??」

 

 

「あっ……アーリちゃん!」

 

 

「……どうも」

 

 

「ようこそ、おいでくださいました。お怪我の具合も良好そうで何より、ですわ」

 

 

突然階段の上から声がした。この家の主、ラスレニア・アーリだ。

 

 

「ううん!こちらこそ誘ってくれt…ほら、ノアも…」

 

 

「……………………」

 

 

気にくわない表情でアーリを無言で見つめるノア。

仲の良かった彼女達にこう思わせる"何か"が、この二人にはあるのだろう。

 

「ふっ……まぁ、いいですわ。どうぞ、お上がりになってくださいまし」

 

 

「ほらっ、ノア。行こ?」

 

 

「……わかってる」

 

 

私達は階段を上がり、2階へと上がった。

そして彼女は、その奥へと続く書斎へと私達を招くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人工太陽がオレンジ色に淡く輝く空の下、リムジンから降り、重い門が開けられると私の背中には"重責"と"不安"の両方がのしかかった。

 

病院から帰り、そのまま書斎で仕事をしようとも思っていたが、気分がノリ気でもなく、むしろこのまま自室でふて寝すらしたい気分でもあった。

 

 

「お嬢。失礼ながら、あれで良かったのか?」

 

 

帰ってきたタイミングを見計らっていたのか。門の陰には私のボディーガード筆頭候補である"セツナ"がいた。

 

外観は、高身長。顔立ちも整っており、暗く青掛かった黒髪に黒い眼帯を巻いた隻眼。武器は大型のカタナ……もはやソードとも取れる様な全長の武器をいつも背中に帯刀した青年だ。

 

彼はラスレニア家の縁とかいうモノで"もう1人の少女"と共に幼いながら才能が買われ、私が小さな頃からずっと鍛練を積み重ね。いつしかボディーガード筆頭候補に昇り積めていた。

 

 

「もうお嬢ではありませんわ、セツナ筆頭候補生。これからのラスレニア家は、私が引っ張らなければならないのです。なのでどうしようと私の勝手……貴方の出る幕ではなくってよ」

 

 

「ハッ……出過ぎた真似をしました。ご容赦を」

 

 

「まぁ…いいですわ。確かにその通りです。ダンフォード家は滅んだといえ敵です。生き残りが居たのであればここで踏み潰すのみ」

 

 

「了解…それが、頭主の望みであれば。では、ごゆっくり」

 

 

「えぇ、出迎えご苦労ですわ。あの子にもこの旨を伝えておくんなまし」

 

 

「……意味があるとも思えないが、承知した」

 

 

私がセツナの方向へ視線を向けると、既にそこに彼の姿は無かった。まるで地球のコミックで見た"ニンジャ"のような身のこなしだ。

 

 

「……貴方達も、早く持ち場に戻りなさい。送り迎えご苦労ですわ」

 

 

「「「了解」」」

 

 

私は帰って早々、大きな顔をして自らの部下に説教や指示を飛ばしていた。緊張するったらありゃしない。

 

本当ならこんな事はしたくない。だが"しなければならない"となれば非常に面倒だ。個人に義務づけられた責務なのだから。

 

 

「結局………書斎には行かず自室に……ですか」

 

 

無駄に大きなエントランス。横に長い階段。貴族のお屋敷にしては若干寂しい廊下を伝って、たどり着いたのは結局自室だった。

 

頭では仕事の事でいっぱいなのだが身体だけは正直で、"今すぐ寝る様に"と警告を鳴らしていた。

 

自分で言うのもアレだが無理もない。2週間ほど前からここの警備員兼アークス達の殉職届を寝ずに書いているのだから。

 

 

「……あの人達の殉職届を書いている最中に私が死亡…。あの世でも笑い話にもなりませんわね…」

 

 

 

…………そうだ、せめてアレだけは書かねば。

 

 

 

「フェレーナさんへの……正式な招待状を書かねば…」

 

 

フェレーナ・ダンフォード……いや、今はネクォールと言うべきか。ノア先輩の妹……らしいが、その実彼女は養子である。

 

幼い頃に見た事はあるが、その時に感じた第一印象は「似てないな」という子供染みた正直な感想である。

 

実際に養子と知ったのはダンフォード夫妻殺人事件の際、"死に別れた姉妹"というような見出しで新聞にデカデカと載っていた時だ。

 

そこに何と書かれていたかは………胸糞が悪いので思い出さない事にする。

 

 

「しかし……成長なさったお姿……似ていなさがより強調されていますわね」

 

 

とりあえず私は、フェレーナへの招待状にこう書いた。

 

"改めて、先日はお騒がせして大変申し訳ありませんでした。久方ぶりに会った友人に少しばかり興奮してしまいました。

さて、本題に入らせて頂きます。集合する日にちは伝えましたが、時間を伝えるのを忘れておりました。約束の日であれば何時に来て頂いても構いません。説明不足で申し訳ありません。

あと、良ければノア先輩もどうぞ"……と。

 

 

 

「これで良いでしょう…後はコレを送るだけ……」

 

 

すると突然、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。

ボディーガードだろうか……

 

 

「お嬢さm…あぁ……ご頭主!ご頭主のご友人と名乗る女性が、お話がしたいとの事ですが」

 

 

 

………はて、私のご友人と名乗る女性…。

 

 

 

 

「……あぁ、思い出しましたわ。ここへ通しなさい」

 

 

もしかしたら忘れているだけか、初等部や中等部の同級生が通りかかったついでの気まぐれで寄ったかだろう。

 

しかし……こう昔を思い出してみると、嫌な事ばかりフラッシュバックして嫌いなのだ。

一体誰だろう。

 

 

「ご頭主!お連れしました!!」

 

 

「分かりましたわ。どうぞ、お入り下さいまし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここから、私の意識は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれだけ歩いたろうか。先頭を歩くアーリの後ろに続く私達だったが、ある違和感がどうしても引っ掛かってしまう。

 

こういうお屋敷の廊下は長い物と相場が決まっているが、それにしたって長すぎる。携帯電話の時計を見ると、歩き始めてもう30分は経過している。

 

 

ボソッ…(ねぇノア……何か変じゃない?)

 

 

ボソッ…(アンタも気付いてた?いくらなんでも長すぎるわ、この廊下)

 

 

良かった。この違和感を感じ取っていたのが私だけでないと知っただけでとても安堵できる。

 

 

ボソッ…(アーリちゃんどうしたんだろう……迷っちゃったのかな?)

 

 

ボソッ…(バカ。いくらあんなでも自分の家の構造くらい分かってるでしょ)

 

 

ボソボソッ…((…………………))

 

 

ここは、声をかけてみるしかないだろう。そう決心した私は、ずっとノアと繋いでいた手を振り払い、前方を歩くアーリの肩に触れた。

 

 

「アーリちゃん、大丈夫?気分が悪いn…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『縺ェ縺√=縺√=縺ゅs縺ァ縺吶?縺峨♂縺峨♂縺峨♂縺翫♀縺』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこに、彼女の面影は無かった。



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⑬ 静けさの中で

俺の名前は「セツナ」。

 

名字は無い。既に棄てている。今の立場において家名など邪魔以外の何物でもない。

今の俺に必要なのは主人を"護"る力。それさえあれば何もいらない。

 

 

「そうだ……俺は………」

 

 

いかんいかん。余計な事を考えて仕事に支障をきたす訳にはいかない。

 

とりあえず俺は主人の「ラスレニア・アーリ」の命令に添い、近頃来る来客の応対について同僚の少女に相談をしに行かなければならない。

 

しかし意外なモノだ、彼女が"嘘"を付くとはな。

以前の主人であれば、敵と見なした者は即刻排除する姿勢を見せていた。が、今回はそれが見受けられなかった。

ノアと言ったろうか。彼女の濃青色の瞳には、何か強い意志の様な物を感じた。

 

 

何故知っているか?…………聞くな。

 

 

「……………む?」

 

 

カチャカチャカチャカチャカチャカチャ……

 

 

「あーっ!もうっ!!」

 

 

次の行動を起こそうと階段を上がったその先から、軽快な電子音と抑える気のない少女の声が聞こえてくる。

 

階段を上がって2階の手前に彼女の自室兼、この施設全ての監視カメラやセンサーの情報が集中する中央管理室がある。

 

女性1人だけというのもあるのか。そこはあまりにも広く、複数の同時展開されたモニターに囲まれ圧迫された空間となっている。照明も着いていない。この方がモニターを見やすいのだろう。

 

窓すらついておらず、数日換気扇を動かし忘れると簡単に完全密室殺人事件完成である。

 

そしてそんな管理室から、"苛立つ少女の声"と"キーボードか何かのボタンを叩く音"。考えられる事はただ1つ。

 

 

「………シルヴァ、また仕事をサボってゲームか」

 

 

「げッ…………ってなぁんだ、セツナじゃん。どうしたの??」

 

 

堂々とサボりを決めていた彼女の名は"シルヴィ"。現代では珍しい、ヒューマンとキャストのハーフである。

 

頭や胴体は普通の人間通り生身であるが、手足は完全にキャストパーツのソレに置き換わっている。

 

髪の色は銀髪。瞳は紫。体格は非常に小柄だ。服装は基本的にパーカーと短パンのみだ。

 

本人は皮肉混じりに自らの身体の事をこう言う。"ダルマ人形"と。

 

ちなみに彼女には家名がない。あえて付けるならばラスレニア・シルヴィという所だろうか。

 

そんな彼女の屋敷内の表向きの役職は監視員。しかし傍ら、その裏では金融機関や財政に関わる機密事項を盗み見するブラックハッカーとして暗躍している。ちなみにこの事は主人さえも知らない。知っているのは俺とシルヴァのみだ。

 

 

「なんだ、ではない。職務怠慢だ。すぐにそのゲームを閉じろ」

 

 

「えー…せっかく良いところまで行ってんだから邪魔しないでよー。ちゃんと見てるからさー」

 

 

「そういう訳にもいかんのだ、早くしろ。さもなくば……………斬る」

 

 

するとシルヴァは焦りに焦った表情でゲーム機の電源を落とし、最終的には泣きそうな顔でこちらを見てきた。

 

そんな表情をされるといざ斬ろうにも斬りづらい。元より、斬るつもりは毛頭ないが。

 

 

「わぁーーー!!!わかった!!わかったってばっ!!それだけはヤメテ!!!」

 

 

「……本当だろうな」

 

 

「本当本当!!ほっ、ホラ!電源も抜いたしこれでもう………いいから刀しまってよぉ!!!」

 

 

そう言われ刀を鞘に納める。全く………腕はよいのだがどうしてこう残念なのだろうか。

そして、座っていた

 

「はぁ………んで?? セツナが用事も無しに私の部屋に来る訳もないし、何か用事があったんじゃないの?」

 

 

「あぁ…実は………」

 

 

俺は事の経緯を全て話した。

主人がかつての天敵を屋敷へ招待したこと。そして、彼女らへの対応の事を。

 

シルヴィは、先ほどのすっとんきょうな表情がまるで嘘であるかの様な真剣な顔で俺の話を聞いてくれた。

 

 

「なぁるほどねぇ……でもソレって本当に言ってんの?? 滅亡した敵なんて相手するだけ無駄でしょ。権限だって最早無いんだし」

 

 

「だがそれが頭領の意志だ」

 

 

「……頭領の意志、ね」

 

 

シルヴィは少し悲しそうな表情でこちらを見つめた。

 

 

「一族の長って難しいね。自分を殺して、部下達の士気を伺わなきゃならないんだから」

 

 

回転イスをモニターの方に向け、話を続ける。

 

 

「久しぶりに再開した友達だよ?? そんな物騒なするわけ無いじゃん」

 

 

………わかっている。わかっているとも

 

 

「………話はこれで終いだ。サボるんじゃないぞ」

 

 

「わかってるって~」

 

 

俺はシルヴィの部屋を出て、館内の見回りへと向かった。最初は頭領の自室へと続く道でも見て回ろうか。

 

 

「それにしても……」

 

 

"頭領としての立場"を生かし"自らの幼き立場"を殺す。あの若さでソレを背負ってしまうにはあまりにも酷の様な気もする。歳で言うと俺よりも下なのだ。

 

 

「……臨機応変に対応するしかない、のだろうか」

 

 

そう心に留め、主人の自室へと歩いた。

 

 

 

 

 

 

「………変」

 

 

目がどうにかなりそうな程暗いこの部屋で、沢山のモニターを見つめる私"シルヴィ"は、モニターに写った異変に頭を使わされていた。

 

それは先ほど、セツナが来て話をしたあの一瞬で起こったのだ。

 

カメラが動かない。それどころか映像すらも止まった。まるで時間でも止められたみたいに。

 

 

「施設内のコンピューターをハッキングしての妨害は…………無し。それだったらゲーム中でも気付いてる。なら、カメラ本体に直接ジャミングしてるのかも。でも………これ………」

 

 

これを裏付ける証拠もない上に、決定的な疑問が私の脳内を混乱させた。

 

それは、この妨害はほぼ同タイミング行われたという事だ。

 

複数人での同時攻撃とも考えたが、それは考えられない。屋敷内の監視カメラはそれぞれがそれぞれの死角をカバーできる様な位置に設置してある。さらにサーモグラフィー付きの。故に複数人は考えられない。

 

ならば単独行動と思ったが、1人で全てのカメラをハッキングするのはほぼ不可能である。有線接続システムであるが故に、カメラ1つ1つに仕掛けを施し、それを実行せねばならない。そんな事をしていればすぐに見つかってしまうだろう。

 

なら一体、何が起きた。

 

 

「屋敷内のシステムは生きてる………チッ……目を潰しに来たって事?」

 

 

とりあえず先にセツナに連絡を繋がねばならないと直感的に感じた私は、携帯電話を開きセツナへとコールした。

 

 

(出て………お願い…………)

 

 

しかし、その願いが届く事はなかった。

ある程度予想はしていたが、無線も妨害されている。こうなればやむを得ないだろう。

 

私はキーボードを操作して、屋敷外にも聞こえそうな程大きなアラームを鳴らした。

 

それを聞いてか、階段下辺りから騒ぎ声が大きくなった。おそらく下の警備員も気付いていなかったのだろう。無理もない、屋敷の目が潰されたのだから。

 

 

「カメラと無線が使えない以上、私も動いて探すしかないよね」

 

 

私は机下に隠していた銃とナイフを手に、廊下へと掛け出た。

その時だった。

 

 

『鬆ュ鬆倥r螳医l縺?∞縺?∴縺』

 

 

「ぎっ、ぎゃああぁぁぁぁあ!?ぞ、ゾンビッ!?」

 

 

扉を出てすぐ目の前に、ゲーム画面で何度も見たであろう。ゾンビらしき影が立っていた。

 

 

『萓オ蜈・閠?匱隕九s繧薙s繧』

 

 

そのゾンビは私を見つけるや否や、奇声を上げながら私へと走ってきた。私の考えが正しければこれは……

 

 

「あっぶない!!!」

 

 

これは攻撃だ。

私は自身の小柄な体格を生かし、走った勢いで飛び付いてきたゾンビをかわす。

そして、そのまま"ゾンビを天井へ蹴りあげた"。

 

 

『縺?$縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺!!』

 

 

私は冷静に、ホルスターから拳銃を抜き、スライドを引いて薬室へ弾を装填する。そのまま……

 

 

「死ねぇッ!!」

 

 

トリガーを引き、激しい発砲音が廊下に木霊する。ゾンビの頭部に3発叩き込んでやった。

 

 

「……死んだ?いや、ゾンビに死んだってのはおかしいのかな……まぁいいか」

 

 

天井へ叩きつけたゾンビが落下してくる。顔は見るに堪えないほど破壊されていて、我ながら吐き気がした。

体長は寝そべった状態で約4m。青緑色の体表もドロドロに溶けていて気味が悪い。

 

そして、体表に埋もれてしまってよく見えないが"警備員が着用していた服"らしき破片が見えた。この瞬間、私は全てを察した。

 

 

「めんどくさいなぁ……アーリちゃんとセツナへの説明どうしよっかな……」

 

 

私はおもむろに、ゾンビの頭部にヒールを突き刺しこう言った。

 

 

「…どう?人生の救済が美幼女の生足蹴り上げ&銃弾ってのは」

 

 

私はこのキャストの脚全体を生足に見立て問いたてた。質問が帰ってくる事はないだろうが。せめてもの救済になった事を祈る。

 

 

「………どういたしまして」

 

 

私はそのまま階段を飛び降り、大量のゾンビが蔓延るエントランスへと向かった。

 

 

 

 



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⑭ 苦汁

前回から読み直すことを推奨


『縺ェ縺√=縺√=縺ゅs縺ァ縺吶?縺峨♂縺峨♂縺峨♂縺翫♀縺』

 

 

「「…………は?」」

 

 

まだ昼間の太陽光が差し込み、館内を明るく照らす廊下に佇む"アーリ"だった肉塊は、まだ声の面影を残しつつ低音な声で私たちに語りかけた。

 

 

私、フェレーナ・ネクォールは入院中突然表れた貴族(?)の女の子、ラスレニア・アーリの館に招待され、後日行く事になる。

 

しかし、館内でアーリが謎の"変異"を遂げて怪物へと変貌。今へと至る。"アーリ"の原型は保てているものの、表面的に見ればもはや別人であった。

 

 

 

「嘘……でしょ…」

 

 

 

もう外は夕方頃だろうか。橙色の光が窓"だった"モノの隙間から差し込み、私の顔を照らした。

 

ふと周りを見てみると、現役貴族の住まう館としてはあまりにも破滅が進んでいるのを見て、私は唖然とした。

 

豪華に色や装飾があしらわれていた絨毯や、ソレと同等価値だったと見えるカーテンなど。それはもはや見る影も無くなるほどに腐食が進んでいた。

 

 

 

「縺ゥ縺?@縺ヲ窶ヲ窶ヲ縺ァ縺吶?窶ヲ窶ヲ窶ヲ?」

 

 

 

「チッ……!!! レーナ!!!」

 

 

 

「キャアァッ!?!?!?」

 

 

 

私はノアから強引に突き飛ばされ、床へ倒れた。そしてノアは壁に飾ってあった短剣を手に取り、Phのカタナの要領で攻撃を仕掛ける。

 

 

 

「アァァァァアアリィィィィイイイィィ!!!!」

 

 

 

鞘から抜かれた銀色の刃は、水平にアーリの右腕を捉えた。

 

 

 

「驕輔≧窶ヲ窶ヲ?√d繧√※窶ヲ窶ヲ繧?a縺ヲ繧亥?霈ゥ窶ヲ??シ?シ?シ」

 

 

 

しかし、刃がアーリの右腕を斬り飛ばす事は無かった。そのグロテスクな見た目の反面、硬質化した皮膚がノアの一撃を受け止めた。

 

それと同時に、金属がかち合ったかの様な鈍い衝突音が長い廊下に響き渡る。

 

 

 

「……硬い……ッ!!! まるで、ガウォンダの盾みたいな……ッ……」

 

 

 

「ノア!!! まだ来るよ!!!」

 

 

 

アーリの左腕が攻撃体勢へと入った事を察した私は、ノアにその事を伝える。

 

それを聞いたノアは瞬時に、鞘で右半身を防御する。しかし若干遅かったのか、少し頭にかすってしまう。

 

 

 

「ッッカ"ァ……!?」

 

 

 

「ノ、ノアァァッ!!!」

 

 

 

ノアは立つこともままならず膝から崩れ落ちる。恐らく激しく脳を揺らされた事による"脳震盪"だろう。

 

そして、そのままアーリだった物は再び左腕を大きく上に挙げて、ノアを叩き潰そうとする。

 

コレが当たればノアは間違いなくミンチにされるだろう。

 

 

 

しかし、その攻撃がノアに届くことはなかった。何故か?それは私にも分からない。だが現に、アーリの左腕はノアの頭まで約5㎝の所でその動きを止めたのだ。

 

それと同時にノアも脳震盪から回復する。もはや奇跡のタイミングと言えるだろう。

 

 

 

「ッ…!?」

 

 

 

ノアは自らが気を失っていることに気付いたのか、目の前の現状に困惑していた。

 

それはそうだ。目を覚ませば目前に殺意の塊が差し向けられているのだから。

 

 

 

「何…?? ふざけてんのォ??? このアバズレェ!!!」

 

 

 

ノアは攻撃を目の前で止められている事に気が付くと、自分が馬鹿にされていると勘違いしたのか激昂した。

 

恐らく、生物としての尊厳すら危うい存在にそうされたからではない。“アーリだった物にそうされた”からである。

 

 

 

「舐めてくれてさ…殺るならかかってこい!!! アタシがぶっ殺す手本を見せてやる!!!」

 

 

 

「ノアッ!!! 落ち着いて!!!」

 

 

 

ノアがもはや噴火した火山の様であった。よほどアーリにこういう事をされるのが嫌いだったのだろう。バックステップで、ある程度の距離を置き再び短剣を構える。

 

すると、私たち2人はある異変に気が付く。アーリがそれっきり動かなくなったのだ。

 

 

 

「「…??」」

 

 

 

ただただ困惑するしかなかった。見たこともない現象に襲われるや、直ぐにそれが収束の色を見せ始めたのだから。

 

すると、アーリだった肉塊から唸り声が聞こえる。聞いていると、とても苦しそうな物に聞こえる。それどころか、先ほどまで攻撃しながらではあったが意味不明なことを喋っていたのに対し。今はところどころ聞き取れる言葉になっている。

 

 

 

『縺ェ縺√=縺√=…“先輩”…縺ァ縺吶?縺峨♂縺峨…“フェレーナ”…峨♂縺翫♀縺』

 

 

 

「「 !!!!! 」」

 

 

 

聞こえた。小さく、か細くではあるものの。聞こえた。自分たちの名前を呼ぶ声を。

 

 

 

「なぁに…?? アーリちゃん…私を、呼んでいるの???」

 

 

 

「待て、レーナ!!! まだそいつに近づいたらダメだ!!!」

 

 

 

そうは言うものの、アーリはそこから動き出すことはなかった。まるで観光地に展示してある偉人像のごとく、ジッとしている。

 

そして私はいつの間にか、ノアよりも前に歩き出てきていた。理由は分からない。だけれども、身体が何かを成そうとしたのは感じることができた。

 

 

 

「ねぇ…お願い、応えて!!! もう一度、私達の名前を…呼んで…アーリちゃん!!!」

 

 

 

その時だった、私の瞳が芯から熱くなっていくのを感じた。ソレは痛いほど私の眼球を熱し、脳に痛みが行き渡るほど私を犯していく。

 

 

 

「ッア…!?」

 

 

 

「レーナ!? チィッ!!!」

 

 

 

私の異変に気が付いたノアが無理矢理抱き抱え、アーリから引き剝がす。

 

熱い。目の奥が沸騰しているみたいに。

痛い。眼球に電撃が走ったみたいに。

苦しい。まるで肺にフタがかかったみたいに。

焼ける。脳の神経が溶けるみたいに。

 

しかし何故だろう。いつだったか忘れたが"どこか"で味わった様な気がする。

 

「うグッ……!!! ッアぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

 

「レーナ!! フェレーナ!!!! 」

 

近くに居るハズのノアの声が遠く感じる。しかしそれどころか

 

「痛いッ……!!あぁぁああぁぁっ……!!!」

 

ノアの声が頭の中をつんざく。

 

「チッ………どうすれば……!」

 

すると、アーリの脚が前に出る。ミシミシと床を粉砕する力強くゆったりとした足取りで、私たちに近付く。

 

『繝輔ぉ繝ャ繝シ繝翫&繧薙?∝、ァ荳亥、ォ縺ァ縺吶°?』

刹那、アーリの肥大化していない方の腕がノアの首根っこを掴む。その衝撃からか、ノアは抱えていた私を離してしまう。

 

「ガッ……!このッ……はな……せぇぇえっ!!」

 

『蜈郁シゥ窶ヲ窶ヲ?√#繧√s縺ェ縺輔>??シ∽ス薙′蜍晄焔縺ォ窶ヲ??シ』

 

ノアの耳には、自らの背骨が軋む音が聞こえているのだろう。アーリはその手を離すことはなく、ノアを空中に持ち上げる。

しかし、ノアは片手に握り締めた短剣を反撃のために振りかざすでもなく。ただただ、その手に握り締めていた。まるで攻撃することを躊躇しているかの様に。

 

「ノア……!イヤだ……ノア、ノアぁぁぁぁあっ!!!」

 

放り出された私は、自らを襲う苦痛に耐えながら声を上げる。私に残された唯一の家族を救う為。必死に這いずり、涙を流しながらアーリの脚へしがみつく。

 

「もう……!もう止めて!!!アーリちゃん!!大丈夫……大丈夫だから!!!私たちが助けてあげるからぁ!!!!」

 

しかし、悲痛なその叫びはアーリの耳に届くことなく。ボールを蹴飛ばすかの様に蹴り払われ、背中から壁に衝突した。

 

「ッがぁっ…………」

 

「フェ…レ……ナァ…………!!!」

 

『豁「縺セ縺」縺ヲ窶ヲ窶ヲ??シ√♀鬘倥>縺?縺九i窶ヲ??シ?シ』

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

「豁「縺セ繧」

 

己の意思とは関係なく、強制的に声帯が鳴らされた。しかも、明らかにヒト語とは思えない様な言葉を喋らされた。この音は、先ほどから暴徒と化したアーリが喋っている言葉とそっくりであった。

 

(な、何…!? なんでッ……!)

 

『縺銀?ヲ霄ォ菴薙′蜍輔°縺帙∪縺帙s繧鞘?ヲ?』

 

すると、どういうことか。アーリの動きが今度こそピタリと止まった。先ほど私が言った(?)謎の言葉のせいだろうか。

 

「ガハっ……!……ゴホッ、ゴホッ!!」

 

そして力が緩まった事により、アーリの手からノアが放り出される。

 

「ノアっ!大丈夫?ノア!!」

 

「はーーっ……はーーっ………な、なんとか……レーナは、もう平気?」

 

「え…?わ、私は………」

 

そういえば、私を襲っていたあの苦痛がいつの間にか無くなっていた。

顔や頭、身体の様々な所を触ってみたが特に異常は無い。健康体そのものだった。

 

「私は大丈夫…!それより今は!!」

 

今は、アーリから離れなくては。

 

「ノアっ!立てる!?」

 

「もう大丈夫…!逃げるよフェレーナ!!!」

 

私たちはこうして、この地獄とも思える空間をさ迷うことになった。

そしていつの間にか、窓から覗く日射しは橙色ではなく、紫色に変わった異常空間では、情景以外にも異常な事が起きている事を。この時の私たちは知るよしも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァァッ!!!!」

 

『縺弱c縺√=縺√=縺√=縺ゅ≠縺ゅ≠??シ?シ?シ』

 

グロテスクな見た目へと変貌した警備員の股下から胸にかけて大太刀を浴びせ、身体に収められていた臓物が傷口から全て流れ出た。そんな光景を、俺は返り血を浴びながら見ていた。命絶えるその瞬間まで気を抜かない様に。

暴徒と化した屋敷の警備員たちは、俺『セツナ』と相棒の「シルヴァ」を見るなりいきなり襲いかかって来たが、それを俺達は難なく斬り捨てた。元々雇っていた警備員はかなり居たので、数こそ多かったものの。大したことは無かった。今斬ったので最後だろう。エントランスは、ゾンビ達の死体(?)で埋め尽くされていた。

 

俺の背中を守ってくれていたシルヴァがドッと疲れた様に床に座り込む。そして達人とも言えるスピードで片手に持った拳銃を太もものホルダーにしまい、もう片方のナイフも太もものホルダーにしまい込んだ。

俺もそれに習い、ずっと握っていた大太刀を鞘へ収めた。

 

「ハァーーーッ…疲れたぁ~……絶対明日筋肉痛だよぉ……」

 

「ならマッサージを忘れるな。少しはマシになる。……というよりお前、その手足は人工筋肉…義手義足の様な物だろう。筋肉痛の心配をする必要があったのか?」

 

「手足じゃなくって背中だよ背中ぁ。胴部分はまだ生だからさぁ」

 

「なるほどな………さて、ハーフキャストの痛覚がどういうものか少し理解出来たところで。状況の確認といこうか」

 

 

良く晴れた昼間の頃だ。俺は庭で不審者が入ってこないか警らしていたところ、突如邸内から発砲音がした。それを俺は"非常事態が起きている"と思い窓をぶち割り、邸内へ強引に侵入。

しかし、"何も起きていなかった"。いつも通り静かな邸内だった。状況を確認するためにシルヴァがいる監視部屋へと向かった。だがそこにシルヴァはおらず、テーブル下の拳銃とナイフが無くなった状態でもぬけの殻になっていた。俺はそこで監視カメラの映像を見てみる事にした。そうすればシルヴァに聞くまでもなく屋敷全体を見渡す事など容易だったからだ。しかし、全ての画面に映し出されたのは砂嵐だけだった。俺は訳がわからなかった。

こうなったら肉眼で書くにするしかないと思った俺は、監視部屋から出た。するとそこには、変わり果てた屋敷の内装と、ゾンビの様な外見へと変貌しエントランスを占領した警備員たちだ。

 

 

「…………まぁ、大体わかったよ。話の最初に出てきた発砲音ってのは十中八九わたしので間違いないよ。でも……私の部屋……」

 

「監視部屋だ」

 

「か……監視部屋の外に出たら屋敷の風景が変わってたり、ゾンビが居たってのはヤバ過ぎでしょ……まるでゲームとかマンガの話みたい」

 

「俺も同感だ。コレは明らかな異常事態と言わざるを得ないだろう」

 

「ってか………私たち自分の身を守るので頭いっぱいだったけど……よく考えたらアーリちゃんマズくない??あの子戦闘力はほぼ皆無なんだからさ」

 

「そうだな……うっかりしていた。この屋敷の警備員はこのエントランスにいる全員だけではない。他にもいるハズだ。探しに行くぞ」

 

もう手遅れかもしれんが……悪い事を考えるのは止めておこう。縁起でもない。

 

「無事かなぁ、アーリちゃん……」

 

「無事だろうさ。あの方は口だけは達者に思われがちだが、どんな事があってもどんな時も生き延びてきた。俺たちはその背中に牽かれて、足場と背中を護っていくと決めた」

 

それはお前も同じだろう、という風にシルヴァの顔をチラりと見た。

 

「まぁ……そうなんだケドさ……ゴメン、変な事言った」

 

 

そうして、俺と相棒は屋敷のさらに深部へと脚を踏み入れた。

その時だった。

 

 

「うるさいッッ!!!!!!」

 

 

アーリお嬢ではない。聞きなれない女の声が上の階から響いた。

 

 

 

 

 

 

「ふーーーーっ……ふーーーーっ……」

 

「はーーーっ……はーーーっ………」

 

あれからどれだけ走ったろうか。私とノアは長い間走り続け、ようやく階段へと続く廊下の曲がり角に着いた。

 

「ったく……長すぎるったりゃありゃしない……立てる?レーナ」

 

「も、もうちょっと待って…!し、深呼吸しないと……し、死んじゃうからぁっ……」

 

スーーー………ハァ………という風に深い呼吸を繰り返す。

 

「それにしても…あのアーリの姿といい、この屋敷といい…一体どうなってるの…?まるでこの世の物じゃないような……」

 

「わかんない……屋敷に入った時はアーリちゃんもお屋敷も普通だったのに…」

「とりあえず、降りて外に出よう。逃げなきゃ」

 

先に少し降りたノアが、私に手を差し出す。何故だろうか。こういう時のノアの手のひらは、とても優しく…とても頼もしく感じる。

 

「そうだねノア…………けど、アーリちゃんはどうなるの?」

 

だが、そんな頼もしい家族はさておき。やはり気になるのはアーリのことだった。

 

「……知らないよ。あんなの」

 

「知らないって………そんなのって……そんなの無いよ!!だってあの子は、ノアのこと"先輩"って呼んで慕ってたんだよ!少ししか話してない私でも分かる。確かに上から目線で高圧的かもしれない。けど、そんな物怖じしないあの子が敬意を持ってノアに接して………」

 

「うるさいッッ!!!!!!」

 

ノアは私の目を見つめながら、そう大声で言った。彼女が口を悪くすることはあっても、大声を出す事は今まで片手で数えても指が余るくらいだ。

 

 

「アンタに何が分かるの!!! アイツとロクに話したことも無いクセに!!!!」

 

「分かんないよ!でも……でも!」

 

私は、ノアに向かってとある違和感を打ち明けた。

 

「なんで…なんでノアは、首を締められた時に反撃しなかったの?」

 

ノアが首を締められていた時、確かにノアの両手は空いていた。一瞬だけ抵抗したが、力の差で諦めたあの両手。片手には短剣が握られていた。あの状態からならアーリの胴体を斬りつけられたハズなのだ。確実に。だがしかし、ノアはそれをしなかった。

「そ…ソレは……攻撃しても、刃が通らないんじゃどうしようも……」

 

「違う…ノアは"アーリを攻撃したくなかった"んだよ。いつもの力押しで正面から突っ走るゴリラみたいなノアなら、お構い無しにアーリを傷つけたと思うよ。でもさっきはそれをしなかった…なんで?」

 

「ッッ…!言わせとけばフェレーナ…!!」

 

その時だった。

 

「お~っと。お二人さん、お取り込み中申し訳ないんだけどさ~~」

 

「現在、本館は俺達が異常事態宣言を発令している。要は危ないんだ。俺達の言葉が分かるようならそこを動くな。動けば………」

 

「斬る」「撃つ」

 

階段の下から、私たちと同年代くらいの女の子と男の子が姿を見せた。女の子の方は銀髪をツインテールでまとめていて、ちっちゃくて可愛らしかった。男の子の方は口元を隠す大きなマスクと右目を隠す眼帯のせいで顔はよく見えない。が、さながらサムライといった雰囲気は少し怖かった。

 

そしてその二人は私達にこう告げた。"動くな"と。どういうことだろうか…

 

「…誰?アンタら」

 

「ちょいちょい、アタシら別に喋べんなとは言ってないけどさぁ。あんまり舐めてると頭ブチ抜くよ??」

 

「ヒィッ……」

 

「待てシルヴァ。そう易々と敵を作るものじゃない。オイ貴様ら、先ほども言ったと思うが、本館は異常事態宣言発令中だ。そして、貴様らはこの屋敷の関係者でもない。何か説得力のある発言をしなければ、貴様らを今回の主犯と見なし拘束する。何か、本館に用事が?」

 

「セツナさぁ……それアタシより脅しキツくない???敵作ってんのアンタじゃない大丈夫???」

 

と。言った彼らの発言から、私とノアは互いに目を見合せ、こう確信した。"この屋敷の関係者"であると。

私は、私たち二人の身の潔白を証明するため、なるべく大きな声で誠意を持って話してみることにした。

 

「ま、ままま待ってください!私たち決して怪しい者じゃ……」

 

それをノアが私の口を抑え静止させる。そして小声でこう言った。『それ怪しいヤツが言うセリフ』と。少しムカっと来たが、何となくその意味が理解できてしまったので、敢えて反論はしなかった。

ぜひ後で覚えていて欲しいものだ。

 

「……私たち、アーリに呼ばれてここに来たの。それで、中に入ったらこの有り様だったって訳。……納得してくれた??」

 

「ハァ~~~~~???信用できないわよ、そんなの。端から見たらアンタたち盗人よ盗人。それか、ここの警備員全員の仇だよ!!!」

 

私の代わりにノアが弁明したが、興奮気味な銀髪ツインテの子の耳には届いていないようだった。しかしそれを聞いた黒髪のサムライっぽい人が目を見開き、少し焦った様な素振りを見せたが、すぐにノアに向かってこう言った。

 

「………失礼、名前は伺っておりましたが、お顔までは存じ上げませんでした。非常事態故、ご無礼をお許し下さい、ノア・ダンフォート様。フェレーナ・ダンフォート様」

 

「………ヘッ!?アンタ、"ダンフォート"ってアンタまさか!!!」

 

すると、今度はその発言を聞いたツインテのちっちゃい子が、顔を真っ青にした。

 

 

「いやお客サマかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」

 

「あれぇ……私、ダンフォート名義なんだ……」

 

 

 

 

 

 

「ホンッッッッッットゴメンなさい悪気は無かったんです許してくださいクビにはなりたくないんですお願いしますぅぅぅぅぅぅうう!!」

 

どうやら"ダンフォートご一行"という肩書きで当日の私たちは通っていたらしく、その単語を聞いた瞬間銀髪ツインテの子…シルヴァは血相を変えて足元に飛び付いて土下座で謝り始めた。床がミシミシ言っているようだが大丈夫だろうか。アーリの一歩一歩並みの力を首で再現しているのはそれは人間としてどうなのだろうかと心配になるくらい大丈夫だろうか。

ちなみに、この黒髪のサムライっぽい人はセツナというらしい。

 

「う、ううん!大丈夫だよ。知らなかったら無理ないよ!」

 

「いやそうも行かないんスよ……自分ここじゃヒキニートみたいな扱い受けてて印象も悪いから…こんなのバレたらマジでクビなんスよ!!!」

 

「ソレ、あんたが悪いんじゃない?」

 

「お前が悪い」

 

「ウグッッ…!」

 

今度は土下座の上から腰を押さえつけられた様に倒れ込む。なんだか、見ていて楽しい子だ。

 

「まぁ、そんなシルヴァの懺悔大会はさておき…」

 

勝手に大会にすんな!!!……というシルヴァの目線がセツナに向いている。

 

「あなた方は何故こんなところに?お嬢の案内があったはずです。ここは関係者以外立ち入り禁止の区域なのですが……」

 

「そっ、そうッスよ!お嬢の部屋は2階。あの人がついてたらこんな所には来ないはずッスよ??」

 

「え……!?」

 

思いもよらぬ情報に、思わず声が出てしまった。確かに長い階段だとは思っていたが、そんなハズはない。その証拠に、階段の途中にある踊り場を悪くは見ていない。踊り場が最悪無くとも、折り返した記憶はあるハズだ。しかしそれがない。

 

「私たち、そのアーリお嬢様に着いてきたのだけど」

 

「では………そのお嬢様は何処へ?」

 

「そっ………それは…………」

 

言うべきか、言わないべきか。

そしてその躊躇を取っ払ったのは、隣にいるノアだった。

 

「死んだよ…………たぶん」

 

「なっ……!お、お客サマとはいえ、その発言は見過ごせn……」

 

「待てシルヴァ……"たぶん"?今あなたは"たぶん"と仰いましたね。お嬢が死亡したのを確認した上で"たぶん"と仰ったのですか?」

 

「……よく…分からない……」

 

ノアはうつむき、言葉を紡いでいく。

 

「アイツ……この先の廊下に案内してその後…その、ゲームとか映画に出てくる"ゾンビ"みたいになって襲ってきたの」

 

「「!!!」」

 

 

アーリが"ゾンビ"になった、という話を聞いた直後。二人の顔色が明らかに変わったのが分かった。

 

「お、お客サマ?今、アーリって言いました?アーリが、ゾンビみたいに…って…………」

 

「えぇ…言ったケド…」

 

「………分かった。ありがとう………」

 

今のやり取りで全て察した。この二人は、アーリの側近もしくは、それに近しく親しい仲なのだろう。でなければ、二人してこんな"悲しい"顔は見せない。

 

「ならば……俺達がやるべきことはただ1つだ」

 

「……そうだねセツナ」

 

「え、えぇっと……??」

 

私が訳が分からなそうな顔をすると、セツナとシルヴァは例の"4階"へと脚を踏み入れた。

 

「ちょっ……そっちは危ないよっ!」

 

「分かっているッ!!!」

 

セツナが叫ぶ。まるで怒りと悲しみに身を任せるように。

 

「私たち……いや、俺たちに課せられた任務はただ1つ。主を護り、この屋敷を守ること……俺たちは、今から任務を遂行する」

 

「任務って、あなた達の主…アーリちゃんはもう…!」

 

「二度言わせるな……分かっている…………ッッ!!!貴様たちの話が確かなら、お嬢は死んだのだろう。だがしかし、誇り高きラスレニア家の家紋に泥を着ける訳にはいかん。だからせめて、俺たち二人でゾンビ化したお嬢を葬る。最後まで立派に戦った悲劇の女君主、という風な逸話を残すためにもな」

 

「けど………だけど!!!」

 

彼女は、まだ生きているかもしれない。私は大声でそう言いたかった。だけど言い出せなかった。

私はアーリを助けたい。助けたいのは山々だ。だけど、彼ら二人を止められるほどの効力があるとは思えなかった。彼らの心はもう、アーリを"殺す"こと以外考えていなさそうだから。

 

「…行くぞ、シルヴァ」

 

「うん……早く、楽にさせてあげなきゃね…きっとあの子は今も苦しんでる」

 

待って……待ってよ………!

 

二人の姿は、廊下の奥に行くにつれ見えなくなっていった

 

 

 

 

 

 

「でェ???今日からバイトするお屋敷ってぇのはココでいいんだよな、ルミエーラ?」

 

「うん……合っている、と…思うわ、ユウキ」

 

病院のバイトを辞め、私とユウキはマグナ司令に頂いたメモ紙を頼りに、新しいバイト先であるラスレニア邸に到着した…のだが、ここである1つの問題が発生した。

 

「合っている…って言われてもよぉ。誰もいねぇじゃねぇか。電気の1つも点いてやがらねぇ。まぁ、さすがに豪邸ってだけあって内装は豪華だな……高そうな絵に高そうなシャンデリア。さらには高そうな熊のじゅうt…………クマァッ!?」

 

「大きな声、出さない…で」

 

ユウキが大声で説明した通り、私たち以外誰もいない。こういう豪邸なら、メイドや執事が出て来て中まで案内するというのが定説なのだが。あれは本の中だけなのだろうか。もしくは、インターホンでもあったろうか。それは失礼なことをしてしまった。

 

「ねぇ、ユウキ…一旦、戻って…みない?」

 

「ハァ?なんでだよ。ココなんだろ新しい所って」

 

「そう…なんだけど……何か、イヤな予感がする…わ」

 

「オッ、オイオイ…ビビらそうとすんなよ……」

 

だがしかし、本当に誰もいない。私たち二人で割りと大きな声で話しているつもりなのだが、誰も出てこない………というより最初から誰もいないのではないかというくらい人の気配がない。

 

「ん?オイ、ルミエーラ。これ見てみろよ」

 

「??」

 

そこにあったのは、『足跡』だった。サイズや靴底の形から考えるに恐らく成人男性。しかも2人。床に落ちているホコリを堂々と踏みつけて進んでいる。

 

「まさか……誰もいねぇ隙にドロボーでも入ったんじゃ…?」

 

「他の可能性、も…考慮すべきだと思うけど…今はそれしか思い浮かばないわ、ね…」

 

「とりあえず、マグマグに連絡してみようぜ。あと警察な」

 

「そうn「それは困るな」

 

刹那……屋敷のどこからかは分からないが、声が邸内に響いた。若い、男の声が

 

「「!?!?」」

 

「今、騒ぎになられちゃ困る。取り込み中でね」

 

今度はハッキリした。エントランス中央の大きな階段から声が……というより、あちら側から姿を見せてくれた。

 

「誰……ッ!?」

 

「テメェ!!!さてはドロボーだろ!!!怪し過ぎんぜ!!!」

 

ユウキが背中からダブルセイバーを取り出し、構える。

 

「一応、この屋敷にゃ"警備"で来たんでね!お前をとっちめてやるぜ!!!」

 

「待って、ユウキ…!」

 

しかし、もう静止の声は届かなかった。

 

「オラァァァァァァァアアア!!!!!」

 

階段へ走り出し、そのまま青年の方に斬りかかる。しかし。

 

「見えている」

 

「なァッ!?コイツ、手で受けやがったぁ…!?」

 

「このまま降参して帰ってくれると、嬉しいんだが」

 

「ンな訳ねぇだろ…………ッッ!!!」

 

(なっ……えっ…!?!?こ、コイツの手から武器が離れねぇ!?どんな握力してんだコノぉっ…!!!)

 

「チィッ…!!!」

 

ユウキは身の危険を察知したのか、武器を青年に掴ませて、その武器を足場にして後ろに大ジャンプした。

 

「ユウキ…!大丈夫…?」

 

「正直…ヤベーよ。なんだアイツ…!!」

 

「フンッ…………」

 

青年は武器を放り捨て、その場を去ろうとする。そして、その時こんな事を口にした。

 

「僕は…世界という"マシン"を動かす"ギア"でなければならない……そうじゃなきゃ……僕は……僕が…………」

 

 

その言葉が、後に大いなる意味を持つことになるとは…私ルミエーラとユウキは知るよしもなかった。



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⑮ 味覚の価値観

ノア・ダンフォートとフェレーナ・ダンフォートと別れた俺とシルヴァは"4階"の廊下をひたすら無言進んでいた。

 

異常なまでに遠く感じるこの廊下は、アーリお嬢の心の傷の深さでも物語っているのだろうか。そんな詩人じみた言葉が出るくらいこの廊下は長かった。

 

 

「ねぇ……セツナ?」

 

 

20分は歩いたろうか。そんな中俺たちの静寂を打ち破ったのはシルヴァだった。

 

 

「なんだ……」

 

 

「アーリちゃんをさ…倒したあと……どうするつもり?」

 

 

倒したあと……か。別に後のことなど考えていない。今起きている事に頭を整理することで精一杯だ。

 

 

「さぁな?」

 

 

「"さぁな"って……生活とかどうすんのさ。アタシら一応ココに居候なんだよ?それに…その…"主"さまをこの手にかけちゃう訳だからさ……」

 

 

「その時に、考えればいい俺たちに残された任務はこの館を守ることただ1つ。それを遂行するのみ」

 

 

そうだ………それでいい………

 

 

「じゃあさ……罪悪感、とかは?無い訳じゃないでしょ?」

 

 

「………その通り、無い訳じゃない。だがやらなければ、やられるのは俺たちだけでは終わらない。今やらなければならない」

 

 

「…それもそっか。いいよ、付き合うよ。あ、一緒の部屋はヤだかんね?あとパソコンとゲーム機も」

 

 

「それこそあとでいいだろう………ッ!?シルヴァ、避けろォッ!!!」

 

 

「うぇっ!?…ってあっぶない!!!!」

 

 

それは一瞬だった。果てしなく続く廊下の遥か前方から何かが飛んできた。丸っぽい何かに見えたが、一体なんだ。

 

 

「コレは…生首、か?」

 

 

歩く俺たち二人に飛んできたモノ。それは“人間の生首”だった。髪の長さから察するに女の頭だろうか。

 

生首にゾンビ化した形跡は無く、目を見開かせた状態で…つまり生きたまま頭を切り飛ばされたことになる。肌ツヤから見るにさっき殺されたのだろう。切り口も綺麗だ。

 

 

しかしこの生首、不自然なことがある。血が一滴も垂れていないのだ。頭に血液が残ってなかったのか。それもおかしい。ならばこの肌ツヤに説明がつかない。

 

 

「えぇぇぇぇ!!うちにそんな乱暴な警備システムはついてないよぉ!!そんな生首飛ばしてご歓迎とか!!!」

 

 

先ほど殺されたとすれば血を完全に抜かれたというのはおかしい。血液を完全に抜くのは時間がかかる。

 

 

「待て、だとしたら誰の首だ?」

 

 

「えぇ…?んー…け、警備員とかメイドとかの首…じゃない?」

 

 

だとしても違和感がある…それを具体的なモノとして挙げろというのは難しいが、何かを感じる。

 

 

その時だった。

 

 

『繧サ繝?リ??シ√◎繧後↓繧キ繝ォ繝エ繧。??シ???£縺ヲ縺?∞縺医▲??シ?シ?シ』

 

 

声…といえるのだろうか。それとも獣の鳴き声か。そんな音が廊下の奥から響いた。

 

 

「なっ、何今のっ!!!」

 

 

「構えろシルヴァ!!奥から何か来るぞ!!」

 

 

廊下の奥から只者ではない気配がする。なんだ、なんだのだこれは。だが、グロテスクな気配の中に、どこか“いつも”感じている気配がする。

 

ミシッ、ミシッと。床から音が伝わってくる。それは俺たちに恐怖を植え付けるのに充分な材料だった。

 

そして、その“恐怖”が廊下の奥に掛かった闇から姿を現す。

 

 

「ッ!!こ、コレは!!」

 

 

「せ、セツナ…アレって…!!!」

 

 

忘れる訳がない。どれだけ形が変わろうとも。どれだけ臭いを変えようとも。アレは…

 

 

『騾?£縺ヲ窶ヲ??シ?シ』

 

 

左腕を異様に肥大化させた、アーリお嬢が。そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノア…私たち、どうしよっか」

 

 

「とりあえず、ここから出る。この階段からアイツらは上がってきた。なら、この階段を下れば一階に出て玄関から堂々と出る」

 

 

私はこの時少し、ノアに失望してしまった。

 

 

「そ、そうじゃないよ!アーリちゃんはどうするの?」

 

 

「…さっきも言った。私にはもう何も関係ない。アイツは私らをハメて餌にしようとしたんだ。つまりアイツは、人間じゃなかった。アーリは…私のことを餌としてしか思っていなかった」

 

 

「そんなことない!アーリちゃんはノアのこと、そんなこと思ってないよ!だって、もしそうだとすれば…ノアはもう食べられてるよ」

 

 

「うるさい…うるさいうるさいうるさい…!!!」

 

 

ノアが激しく首を横に振る。

 

 

「今日だってきっと…久しぶりに会ったノアと、話がしたくって…」

 

 

「黙れ!!!!」

 

 

背を向けたまま、ノアは私に叫んだ。その顔は怒りや悲しみに呑まれ、瞳は涙で濡れていた。ノアだって無慈悲にそんなことを言いたい訳ではないだろう。何が起こっているか分からず、自らの頭の中でアーリのことを“そう”思うことでしか自分を制御できないのだ。

 

 

「私だってわかってる…アイツはムカつく奴だけど、こんなことするなんて思えない…だけど現実は?アイツは、私たちを襲ってきた。アイツは…変わった」

 

 

「そんな…!!!」

 

 

ダメだ。ノアは意固地になっているようだ。昔からそうだ。自分に都合が悪くなったり訳が分からなくなったらノアは意固地になって閉じこもる。

 

 

「私たちにはアーリは殺せない。…そう、殺せない」

 

 

「ノア…」

 

 

「行くよ、レーナ」

 

 

私は、静かに階段を降りていくノアを放っておくことが出来ず。私は一緒に降りることにした。

 

 

「…あれ?」

 

 

その時、私の目に不思議なものが映った。砂嵐というかノイズというか、視界に妙なものが挟まった。

 

 

「あれ…おかしいな。貧血…な訳でもないし…」

 

 

ダメだ、ふらつく。上手く立てないし歩けない。何で…いき、な…r

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは…?」

 

 

気が付くと、私は外にいた。その風景は、以前私とノアが住んでいたマンションの下にあった“商店街”と同じだった。もう日が落ち、いつもは賑やかな商店街は真っ暗であった。

 

…が、一か所だけ。灯りを点けている店があった。普段モデルの仕事をして、帰り道によく通る道であるが故に。その一連の光景は私にとって異様な光景だった。

 

 

「うぅ…今日は厄日だよぉ……と、とりあえずそこのお店に入っろっかな…って、そういえばノアは…?」

 

 

さっきまで一緒にいたはずのノアの姿がない。目の前にいたのに。

 

 

 

 

その時だった。商店街の中で唯一灯りが点いていた店のドアが開いた。まるで『こっちに来い』とでも言っているかのように。

 

 

「は、入って…みよっと……」

 

 

正直、めちゃくちゃ怖かった。

 

私は恐る恐る、お店のドアをくぐり店内を覗く。そこには…

 

 

「いらっしゃいませ、お客様。ご自由な席へ」

 

 

客が一人も入ってないが、雰囲気は何だか一歩大人になれた様な気がする“バー”だった。そしてそこのカウンターには、灰色の髪色で髭。そしてメガネをした高身長の男性が立っていた。察するにこのバーのマスターだろうか。

 

 

「え、いやあの…私、友達とはぐれちゃって…それに私、まだ未成年です」

 

 

「構わない。どれ、その友達とやらが来るまで休憩でもしていったらどうだ?未成年でも構わん。ジュースを奢ろう」

 

 

「えっ…あっ…はい…」

 

 

私は上手く言葉を返すことができないまま、カウンターへと腰を下ろした。というか入店したときの挨拶と全然口調が違う。接客モード、ということなのだろうか。

 

 

「それにしても、うちにお前のような若いやつが来たのは久しぶりだ。前は反抗期の真っ只中なクソガキが酒を求めて入ってきたが、お前の様な酒に真面目そうなやつが入ってくることはないからな」

 

 

「は、はぁ…」

 

渋い見た目に寄らず、少しおしゃべりなマスターのようだ。沈黙は苦手なので、こうやって一方的に話しかけてくれるだけでもだいぶ助かる。

 

 

「まぁそんな昔話はいい。お前、名前は何だ」

 

 

「フェレーナ…フェレーナ・ネクォール、です」

 

 

「そうか、フェレーナ…か。…そうか、いい名前だ。お前の両親はさぞかしお前のことを愛していたのだろう」

 

 

「はは…そうです…ね」

 

 

分からない。私にはもう両親はいない。幼いころの記憶は無くなっていて、今は親の名前も顔も声も。分からない。分かっているのは“いた”という事実だけ。

 

 

「…さてフェレーナ、コレを受け取れ」

 

 

「…あ、さっき言ってたジュース、ですか?あ、コレ。オレンジジュース…?」

 

 

「いいや、少し違う。それはミカンのジュースだ」

 

 

「ミカン…ですか?それ確か…冬に地球へ行った時にいっぱい食べたような…」

 

 

「良かったな。まぁそのミカンのジュースだ。お前のために作った」

 

 

「は、はぁ…」

 

 

嗅いでみると、確か甘い風味が鼻の奥に届いた。とてもいい匂いだ。

 

 

「飲んでみるといい」

 

 

「じ、じゃあ…頂きます。んくっ…んっ、んっ…」

 

 

美味しい。この世のものとは思えないほど美味しいジュースだ。思わず『もう一杯ください』と言ってしまうところだった。そして思わず一気飲みしてしまった。勿体無い。

 

 

「美味しい…!!!」

 

 

思わずのテンションが上がってしまった。

 

 

「ふっ…そうか。なら良かった」

 

 

マスターが軽くドヤ顔を決めている。このドヤ顔はもう許してしまう。私の顔もきっと、幸せに満ちた顔になっているだろうから。

 

 

「もう一杯、あるぞ」

 

 

何だと。

 

 

「い、いいんですか…??」

 

 

「構わん。言ったろう、コレはお前のために作ったと」

 

 

「じゃあ…うへへ…頂きまぁす…」

 

 

今度は一気に飲み干すのではなく、ゆっくり…ゆっくり口の中に幸せを注ぎ込んでいく。ダメだ、クセになってしまいそうだ。ちょっとずつ口に運んでいく度、口角が上がっていく気がする。私の顔は半分とろけていた。

 

 

「そんな顔をされると、作った甲斐があるというものだ」

 

 

「…ハッ!?す、すみません!はしたない真似を…」

 

 

「構わない。だが強いて言うなら、そんな顔は心から許した奴にしか見せない事を推奨する」

 

 

「う、うぐぅ…」

 

 

ぐぅの音も出ない。

 

 

「だが、ジュースだけでは少し寂しいだろう。これも奢りだ、食え」

 

 

カウンターテーブルに置かれたのは長方形の皿だった。その皿の上には、“何かの肉が串に刺されてそれが焼かれたモノ”が置かれていた。

 

 

「あの…マスターさん。コレは…???」

 

 

「“ヤキトリ”だ。美味いぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

大変美味でした。

 

 




ミカンの花言葉「愛らしさ」



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⑯ 火蓋

 

「あぁ??お前がギアだぁ???変なことぬかしやがって…」

 

 

 

私とユウキは、ラスレニア邸に警備員のバイトとして赴いたが。そこは警備員、ましてや使用人の姿もないもぬけの殻状態だった。

 

そこに突如として現れた謎の青年と、現在交戦状態になっている。

 

 

 

「おかしなこと?おかしくない。コレは変わらない、ギアであることに変わりない」

 

 

 

「…言葉通じてンのかよアイツ」

 

 

 

「わから…ない。でも下手に、手を…出せない」

 

 

 

先ほどの光景、ユウキのダブルセイバーでの一撃を素手で受け止めてしまうような身体能力だ。迂闊にこちらから手を出して返り討ちに遭う可能性が高い。

 

ならば…

 

 

 

「ユウキ、ガンスラッシュに切り替え…て。私…は、テクニックで応戦…する」

 

 

 

「ヘッ、遠距離攻撃なら近づかなくても済むもんなァ!行くぜオラァ!!!」

 

 

 

むやみやたらに近づくよりかは、反撃されても回避する時間が少しでもある遠距離攻撃の方がこういう場合は得策だ。

 

 

 

「無駄だよ。ギアは固定された」

 

 

 

「意味わっかんねぇことばっか言うなゴラァ!!!これでも食らっとけ!!!」

 

 

 

ユウキが青年に向かって発砲する。普段ダーカーや原生生物などに向かって放たれる弾丸を人間に向けるのは些かな部分はあった。が、今はそんなことは言っていられないだろう。

 

階段を盾にして銃口を手すりの隙間から覗かせ発射された弾丸は真っ直ぐ青年に向かう。私は自慢ではないが目がいい。普通は捉えられない弾丸の軌道も一目で分かる。あのコースは頭だ。当たれば即死は間違いない。

 

 

 

 

 

…はずだった。

 

 

 

「なぁッ…!?」

 

 

 

「うそ…!!」

 

 

 

「ギアが廻る方向は、決して揺るがない」

 

 

 

何と弾丸は、青年の手の中で握り潰されていた。高速回転する弾丸を握り潰すだと???そんなの人間にできることではない…まるで…

 

 

 

「化け…物」

 

 

 

そう表現する他なかった。

 

 

「オイオイ、お前からそんな言葉が出てくるたぁ思わなかったぜ。マンガでも読んだか??」

 

 

 

「私は…前から漫画。好き、よ?」

 

 

 

 

「意外だなオイ。あとやめてくれよそんな純粋に好きそうな瞳を俺に向けるんじゃねぇ。なんか悪いことした気分だぜ」

 

 

 

そんな馬鹿話はさておき。弾丸が握り潰された、これは何よりの衝撃だ。だが、これならどうだろう。

 

 

 

「じゃあ…コレは、どう??」

 

 

 

私は脚に装着したジェットブーツにフォトンを溜めこみ、ソレを…

 

 

 

「バータ!!!!!」

 

 

 

フォトンを媒介して、大気を冷却し 射線上に氷柱を走らせる。氷属性初級技、“バータ”。

 

 

いくら弾丸が握り潰された事が信じられないと言っても、そこにはある1つの要因があった。弾丸が“手のひらより小さな実体”を持っていたということ。

 

しかしテクニックは実体があるようでそうではない。所詮はフォトンが集積して形となっているに過ぎない。

 

 

 

「これなら…?」

 

 

 

「……」

 

 

 

やった。氷に形作られた槍が胴体を貫いた。確かな手応えがある。やはりそういう事だったか。

 

 

 

 

 

「なァ…?」

 

 

しかし、安堵の感情をつく暇もなくユウキが不穏な声を挙げる。…まさか、そんなハズはない。手応えはあった。確かに氷の槍が青年の胴体を

 

 

 

「ギアは、止まらない」

 

 

 

貫いている。

 

 

 

「……!?」

 

 

 

有り得ない。胴体に図太い氷の槍が突き刺さっているのにも関わらず青年は平然としていた。わからない、わからない。

 

 

 

「アイツ…ほんとに人間かよォ!?」

 

 

 

「ッ…!!ユウキ、逃げ…よう!」

 

 

 

「あぁ、どうやらそれが良さそうだぜ…」

 

 

 

あちらから攻撃されることは無く、こちらからのわずか二発の攻撃を退けられただけであったが私たちは確信した。今はコイツに勝てない。逃げなければ殺されるのはこちらだと、本能で理解した。何かとてつもなく嫌な予感がする。

 

そして私たちは背中の方にある大きな玄関を開けて脱出を試みた。が、そんな逃亡の念虚しく。

 

 

 

「…!? 開か、ない…!?」

 

 

 

「嘘だろオイィ…!」

 

 

 

「だけど君たち二人の侵入は予想外だった。いわばギアの凹凸に紛れこんだ

 

ゴミのようなものだ」

 

 

 

「おい、アイツさりげなく俺らの事ディスってねぇか?ゴミって言われた気がすンだけど」

 

 

 

「お、お、お、落ち着い…て。あの人が、私たちの事…を、おディスり遊んだととところで…なななな何にもならない…わ」

 

 

 

「いや落ち着くのはお前だよ。ってかなんで若干お嬢様混じってンだよ」

 

 

 

だが、ゴミとディスられた以上。向こうにとって私たちは邪魔な存在であることに変わりはないのだろう。

 

口では混乱を装っておいて、脳内は至って平然であった。

 

 

 

「こう…なったら」

 

 

 

「おおい待てよルミエーラ。まさか行くってンじゃねぇだろな。あの奥に」

 

 

 

行くしかない。そう強気で言いたくはあったが、目の前の青年がいる以上何が潜んでいるか分からない。

 

だから、私は珍しくユウキの目を見ながら少しだけ強気でこう言った。

 

 

 

「行くしか…ない」

 

 

 

「…あぁもう。分かったよ行くよ。てめぇに珍しくそんな顔されちゃ、断れねぇよ」

 

 

 

「…そっちから、来てくれるなら問題はないか。いいよ、おいで」

 

 

 

そう言い残し、青年は二階の奥へと姿を消した。

 

そして同時に私たちも彼の跡をできるだけ避けるため、“一階”へと脚を踏み込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッ…!!!」

 

 

 

「セツナ!大丈夫??」

 

 

 

俺とシルヴァは、四階の廊下で化け物と化した我らが主人。アーリお嬢と交戦状態にあった。

 

さすがはお嬢様。というべきなのだろうか。交戦に入って早10分と経つが一向にダメージを負わせてる様には見えない。あの肥大化した左腕が異常に硬いだけならまだしも、意外に素早いのだ。

 

胴体部分はまだ特に異常が見られなかったことから察するに、アーリお嬢の身体的

 

変化は二つ。左腕とそもそもの運動能力が強化されているようだった。元々の運動能力の低さなど感じさせない動きだ。

 

 

 

「あぁ、平気だ。あの左腕でしか攻撃してこないお陰か、軌道を見切り易いからな」

 

 

 

…などと虚勢を張ったは良いが、どうにも身体が追い付かなくなっている。普段であればこの程度で疲弊したりはしないのだが。

 

…やはり、今目の前にいる相手が主だからだろう。余計な力を入れまいと踏ん張っていたのが余計に体力を消耗してしまったようだ。

 

 

 

「良かった…なら、もう一踏ん張り頑張るよ!!ハァァァ!!!」

 

 

 

シルヴァが両手にナイフを持って飛びかかる。アークスが使う技に似たような技があったな。確か名前は……

 

 

 

「食らえぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

“ファセットフォリア”。跳躍し目標に初撃を当てた後、目にも留らぬ速さで切り刻む、とかいうツインダガーの技だったか。

 

 

 

「コレで…フィニッシュ!!!」

 

 

 

フォトンを纏った目にも止まらぬ早業でアーリお嬢の左腕を切り刻んでいき、トドメの攻撃が腕の根元を切った。

 

 

 

『逞帙¥窶ヲ縺ゅj縺セ縺帙s繧上=縺√?繝シ繝シ繝シ繝シ??シ?シ?シ』

 

 

 

左腕を丸ごと切断…というわけにも行かなかったが、左腕の硬質化した体表を削り、そこから大量の血液を噴射させた。軟質化に成功したのだろうか。

 

 

 

「セツナぁッ!!!今だよ!!!」

 

 

 

「分かっている!!!!」

 

 

 

俺はここぞとばかりに走り込み、アーリお嬢の内側へと潜りこんだ。そして俺はお嬢の顔を見ることなく、左腕の根元に向かい大太刀を上に向かって全力で振りかぶった。刃にフォトンを纏わせ、肉と骨を上手く斬られる様に。

 

アークスの技に、こんな名前の物があったろうか。確かソードの…

 

 

 

「ライジング、エッジッ!!!」

 

 

 

だったか。

 

フォトンを溜めこみ、解放しながら身体を捻り大太刀を上に向かって振り上げる。

 

 

 

『縺?≦縺」窶ヲ縺ゅ=縺√=縺√=縺?シ?シ?シ?シ』

 

 

 

アーリお嬢から悲鳴とも取れる絶叫が聞こえる。そして、先ほどの切り傷からの出血とは比べ物にならない、おびただしい量の血液が“斬り離された胴体と左腕”から噴射していた。

 

 

よし、これでアーリお嬢から脅威はほぼ去ったと言っていいだろう。脅威の中の7割はこの左腕だ。これを胴体から斬り離すことができたのは大きい。あとは…

 

 

 

「本体をどうするか、か」

 

 

 

「セツナは、どう?あの子にトドメ刺せる?アタシは、無理だよ…うん、無理」

 

 

 

シルヴァがナイフを持った両手を降ろし、これ以上戦闘の意志が無いことを分かりやすく俺に伝える。

 

俺だってそうしたい。主に自らの刃を立てるなど、本来ならばしたくはない。だが今はそれをしなければならない。誰かが手を汚さなくてはならないのだ。

 

 

 

「その気持ちは俺にも分からなくもない。だが…これ以上お嬢が苦しんでいるところを見るのも、俺は……望まない」

 

 

 

俺は再び大太刀を構え、丸腰になったアーリお嬢にトドメを刺そうと走り出した。

 

勝った。俺はそう確信した。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、そこからが本番だとは俺もシルヴァも思いもしなかった。

 

 

 

『縺?$縺??ヲ繧ゅ≧縲√d繧√※縺?▲窶ヲ窶ヲ』

 

 

 

「「!?!?」」

 

 

 

一瞬だった。満身創痍と言ってもいいほどダメージを受けたアーリお嬢が目の前から消えた。俺もシルヴァも予想外だった。

 

 

 

「バカな……お嬢、どこへ!?」

 

 

 

一瞬。その一瞬で場が凍り付いた。

 

 

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」

 

 

 

「シルヴァアァァ!!!!!」

 

 

 

シルヴァの細い左腕が食いちぎられている光景が、目の前に広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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⑰ 空っぽ

 

しばらくしてのことだった。

 

 

 

「それで?お前はどうするんだ?」

 

 

 

いつの間にか馴染みの商店街にいた私は、一店だけ灯りが点いていたバーに転がり込みジュースとヤキトリをご馳走になっていた。

 

店の内装は如何にも“バー”というふうであり、クラシカルで大人な雰囲気だ。自分も成人したら改めてこういう店に入り、お酒を嗜んでみたいものだ。

 

 

 

「どうする…ですか?」

 

 

 

「お前は、友達を救おうとしていたんだろう?」

 

 

 

「友達を…助ける…???」

 

 

 

友達…?誰の事だろう。ノア、は家族だし。

 

 

 

「あの…すみません、心当たりが…」

 

 

 

「ふむ……そうか。……ボソッ(まだ早かったか。我ながら多少強引だったようだ)」

 

 

 

でも何故か、マスターさんの言った“友達を助ける”という発言。どこか無視できない内容に思えるのは何故だろう。

 

……そもそも、今思い返せば何で私は商店街に?この商店街は、前のダーカー襲撃事件でアークスシップごと無くなってしまったハズだ。それに私は、その後アーリに招待されて……

 

 

“アーリ”?誰だ、なんで今自然とその言葉が出たのだろう。

 

 

 

「アー……リ」

 

 

 

「…そうだ。それがお前の救うべき対象」

 

 

 

アーリという名を口に出してからというもの、何か頭の中がかき乱される。そして時間が経つ度、映像の様な物が頭の中に再生される。

 

ここは…お屋敷だろうか。とても高そうな家具や家の構造から見てそれが現代貴族だというのは分かった。そうだ思い出した…私はアーリの招待を受けて彼女の家へノアと一緒に行ったんだった。

 

なら何故今私はここにいる?余計にそれが疑問となった。それともさっきの映像はたまたま見た夢みたいなものなのだろうか。それにしては身体が“実感”として覚えているのは何故だろう。

 

 

 

「救うべき…そうだった、確か…」

 

 

 

そうだ…お屋敷に入ったあと…アーリは何故かゾンビ映画のゾンビみたいになって、それで…どうしたんだったか。脳内に再生される映像も、そこまでは流してくれなかった。

 

 

そして、そこまで思い出したと思うと突如として、“あの苦痛”が蘇ってくる。

 

 

 

「なっ…っつぁぁぁぁぁぁあ“ぁぁああ”あ“ぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあ”ああ“ああ”ぁぁあぁぁぁぁあぁぁああぁぁぁああぁぁッッッ!!!!!!」

 

 

 

私は激痛のあまり、座っていた椅子から転げ落ちる。

 

なんだ、なんなのだこの痛みは…目が、目が焼け落ちてしまいそうだ。

 

 

 

「そうだ、お前はこの痛みに耐えなければならない。この痛みに耐えて、初めてお前はこの世界に生きている意味を満たす」

 

 

何を…言っているのだろう…まるで、この痛みが私に“必須”なものとして取り上げられているかのような口振りだ。

 

 

 

「“それ”はお前に選択と行動の権利を与えてくれるだろう。友を守り世界を照らし、自分も守れる“ちから”だ。だがしかし、その力の行使は時にお前の身を滅ぼすトリガーにもなりうる。それにお前の“器”はまだ未完成だ。今回の騒動を解決するくらいのリミッターは外してやるが、まず間違いなく。お前の身体は耐えられるが耐えられない。“ちから”に振り回されるだろう。だがこうするしかない。お前の手が届く範囲のモノを救うには、この方法しかない」

 

 

 

 

な…なんだ……私の内側から……何かが出てくる……

 

 

イヤ……イヤだ……苦しい…痛い………耐えられ……ない

 

 

 

「許せ、フェレーナ…………制限の一部をマスター権限で一時的に解除。“器”にA‐17からD‐4までのプログラムを挿入。…挿入後の再起動カウントダウンは無視だ、即刻起動シーケンスに入る」

 

 

 

その瞬間だった。マスターが意味の分からないことを口にした途端、急に身体から力が抜けていくのを感じた。そしてまるでぽっかりと空いた身体の中に何かが入ってくるのを感じた。

 

 

 

「うっ……!!!イヤぁぁぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあああああぁぁあぁぁぁぁあぁぁああぁぁぁああぁぁ……!!!!!!」

 

 

 

今度は目だけじゃない。身体まで熱い。内側から熱せられる、熱い何かが私を犯していく。

 

 

 

「エラーコード002…なるほど、欠如した部分が先ほど挿入したプログラムに混ざっていたか。ならば欠如した部分をAA‐1からAA‐4までで代入。結果…成功」

 

 

 

マスターは何か言っているようだが、激痛のせいで上手く聞き取れない。

 

私は痛みにこらえるため床で頭を抱えながら転がり回った。

 

 

 

「まぁ致し方あるまい。例えるならば、ギリギリまで中身を詰め込んだ箱のようだ。中身は外に出たくて反発しているが、それをフェレーナというフタで押しつぶしているのだ」

 

 

 

そして私は転がった拍子に、壁にかけてあった縦長の鏡まで転がってしまった。そこで私は、驚くべき事態に直面する。

 

 

 

「う…そ…!?」

 

 

 

瞳の、私の場合本来藤色であるべき場所が“白く”なっていた。

 

 

 

「どう…なってぇえっ…!!」

 

 

 

「大丈夫だ、それは初期症状に過ぎない。後遺症になるかもしれんが、気にすることはない」

 

 

 

身体の中で欠けたピースが埋まっていくような、そんな感覚が私の身体を駆け巡る。まるで本来がそうであったように。

 

 

 

「完成率は…98%。もう少しか。これが100%になれば、意識は回復する。つまり外に戻れる」

 

 

 

「そ…と…??」

 

 

 

「そうだ、外だ。お前が過ごしていた“世界”」

 

 

 

“世界”………そうだ、私は………!!!!!!!

 

 

 

「さぁ行ってこい。“どんなことも、いつか終わりが来る”さ」

 

 

 

「その………台詞………」

 

 

 

「“そこに道が無いのならば、切り拓け”。フェレーナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、私の意識は白い光と共にそこで消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…………」

 

 

 

目を覚ますと、私はバーではなくあのお屋敷にいた。階段の上が最後の記憶になっていた私にとって、今いる場所は不自然だった。私は、客間のソファーの上に寝かされていた。

 

毛布らしきものが掛けられているが、これは何だろうか。

 

 

 

「これ……ノアの上着…?でも何で??」

 

 

 

その時だった。

 

 

 

「うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

ノアだ、ノアの声だった。

 

 

 

「ノア…?ッ…ノアァ!!」

 

 

 

私がソファーから身を下ろしドアを開け外に出ようとすると、ドアが“飛んできたノアごと”吹っ飛ばされて、私を巻き込みつつ部屋に引き戻された。

 

 

 

「きゃぁぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁああぁぁぁ!?!?!?!?」

 

 

 

「チッ…あの女…って、レーナ。起きてたんだ。おはよ」

 

 

 

「いや“おはよ”じゃないよ!!今ドアに潰されて死ぬとこだったんだけどぉ!!」

 

 

 

「はいはい、そーいうの後でいいから。とりあえず…そっから逃げてレーナ」

 

 

 

ノアを吹っ飛ばした張本人であろうアーリが、狭い部屋の中へ入ってくる。

 

依然としてあの肥大化した左腕は健在であり、相変わらず何を言っているのか分からない。

 

 

 

「アーリちゃん…!!」

 

 

 

『繝輔ぉ繝ャ繝シ繝翫&繧馴??£縺ヲ縺?シ?シ?シ?シ?シ?シ』

 

 

 

肥大化した左腕を振りかざし、何度も何度も私に向かって殴りかかってくる。

 

私は避けようと思い、後ろに向かって飛んでいると、ついに壁に追い詰められてしまった。

 

 

 

「ヤバい…!!」

 

 

 

「フェレーナ!!!」

 

 

 

目の前にアーリの左腕が飛んでくる。コレは………ダメだ。完全に避けられない。真っ正面から貰ってしまう。あの拳の威力だ、当たればまず上半身は吹っ飛ぶだろう。

 

 

 

(あ…ヤバい…私これ死んだ…)

 

 

 

拳が私の鼻先5cmに迫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから、私の記憶はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、目を閉じてしばらくしても痛みは来なかった。

 

 

不自然に思った私は、恐る恐る目を開ける。すると、どうだろうか。私の目の前は真っ白い何かで視界いっぱいが支配されていた。恐らく天井だろう。…となると、私は今寝ているのだろうか。

 

それに、身体が思うように動かない。全く動かないわけではないが、まるで何かに抑えられているかのように動きが鈍い。

 

 

 

「う…あ……」

 

 

 

私は困惑し、助けを呼ぶために声を出してみようとすると…声が、声が出ない。少し前に長時間カラオケにいたことはあったが、こんなに声が出なかったなんてことはなかった。

 

少しして、私は口周りに何か着けられていることに気付いた。これは…マスクだろうか。ずいぶんと大きなサイズのマスクだ。とても重くて着け心地は最悪だ。なんのためにこんなものが?

 

私はそれが邪魔だと思い、思い切って口元から外してみることにした。すると…

 

 

 

「……⁉ガッ…ハ……ッ…」

 

 

 

マスクのようなものを外した瞬間、呼吸が出来なくなった。私は身体に酸素を送り込むために必死に息をしたが、何故か上手く呼吸することができなかった。

 

 

 

「フェレーナさんっ!?何をして…大丈夫ですか!?」

 

 

 

見回りに来た看護婦が、呼吸困難に陥っている私を見て青ざめていた。なんだ、それほど私に命の危機が押し迫っていたのだろうか?

 

看護婦は私のそばに寄るや否や、素早く私にマスクを着けてくれた。

 

それにしてもこの看護婦。私のマスクに劣る劣らず、凄い重装備だ。背中には武器も見える。

 

 

 

「初めて起きたと思ったら全く…勝手にマスク外したらダメですからね!?」

 

 

 

「ハァッ…ハァッ……ご、ごめんなさい…っていうか、初めて起きた…?一体何を言って…」

 

 

 

こればかりは素直に謝る他なかった。

 

 

 

「そうですね、いきなり起きたらこんなことになってるんですもの。混乱するのも仕方ないわ。いいでしょう、私に話せる範囲で説明します」

 

 

 

すると看護婦はベッドの横にある小さな椅子に腰掛け、一息ついて私にこう説明した。

 

 

 

「約1か月前、あなたは“崩壊”したラスレニア邸のガレキの中から、気絶した状態で発見されました。奇跡的に外傷や内傷などはありませんでした……が、あなたは一時的にとは言え、“ダーカーと完全に一体化”と言っていいほど浸食されていたんです。なので規定に従い、最低一か月間のコールドスリープを経て、この厳重隔離棟にて二週間、あなたは一度も目を覚ますことなく眠っていました。

 

 

……質問ですが、あなたは気を失う前の記憶はありますか?」

 

 

 

「……え?」

 

 

 

私は、耳を疑った。とんでもない話が連続して脳内でパニックを起こしている。

 

 

 

「え…………え…………???」

 

 

 

言葉が出てこない。何か話さなければ、私は私に押し潰されてしまう。

 

 

 

「覚えて…ないです…」

 

 

 

嘘だ。覚えている。私は変異したアーリの拳を受ける直前で意識を失ったのだ。そう言おうと思ったが、見たままそのままを言って誰が信じてくれようか。大まか、寝ている間に見た夢と思われるだろう。

 

 

 

「そう…わかったわ。じゃあ、あなたは何であんな所にいたのかしら…?」

 

 

 

「…分かりません」

 

 

 

 

 

 

本当に私は…………どうなったのだろうか。真相は、私も知ることはなかった。

 

 

 

 



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⑱ イタズラボックス

 

「目が覚めたらしいな、フェレーナ。おめでとう」

 

 

 

「んっ…… ここって…あの時のバー? …アレ?私、なんで…」

 

 

 

さっきまで病室で寝転がっていたハズだったのだが、気が付けば“あの時”にお世話になったバーではないか。しかも既にカウンター席に座っている。

 

外も相変わらず暗いようで、店の灯りはともかく街灯までもが灯されていなかった。

 

 

 

「混乱するのも無理はないだろう。とりあえず、コレでも飲んで落ち着け」

 

 

 

そう言って差し出されたのは、あの時のオレンジジュースだった。鮮やかなオレンジ色がグラスの反射のせいで余計に綺麗に見える。

 

机から私の鼻までそれなりに離れているハズなのだが、柑橘類特有の匂いが私の飲欲を増長させる。

 

 

だがしかし

 

 

 

「…結構です。ハッキリと覚えていないのでなんとも言えませんけど、以前マスターさんから何かイヤな事をされた様な気がして…」

 

 

 

「ほう、案外覚えているものだな。だが安心してほしい。今回はその様なことはしないと約束しよう」

 

 

 

「“今回は”ってことは、したんですね…   でもまぁ、そういうことなら、このジュースいただきますね」

 

 

 

そう言って私はマスターから渡されたオレンジジュースを手に取り口に運ぶ。前回ここに来た時の記憶が曖昧ではあるが、この味はハッキリと覚えている。

 

酸っぱさと甘さの調和が素晴らしい一品だ。

 

 

 

「さて。今回俺がお前をここに呼んだのはお前にジュースを馳走するためではない。 …お前、覚えているか?病室で目を覚ます前のことだ」

 

 

 

そう言われ、グラスをカウンターに置き思考を巡らせる。私が目を覚ます前の記憶……

 

 

 

「えぇっと…ノアと軽い喧嘩をしてそのまま気を失ってそれで…どうなったんだっけ……??」

 

 

 

私が覚えている記憶はここまでだ。ということは、私はあそこで気を失ったまま目を覚まさず、病院まで搬送されたということだろうか。

 

私は分かりやすく、頭を横に傾ける。

 

 

 

「その様子を見て察しが付いた。記憶の欠損…なるほど。これも副作用の1つと見た」

 

 

 

「へ? 副作用…?」

 

 

 

すると、マスターはカウンターの奥から客側の方に出てきて私の横に座る。その顔は何故だか真剣そのものに見える。

 

 

 

「お前は、解離性同一性障害という病気を知っているか?簡単に言えば、“1つ”の肉体に“複数”の魂が宿る、という精神の病気だ」

 

 

 

唐突に医者の様な事を言い出した。でもその病気は知っている。以前に夕食時にやっていたテレビ番組で見たことがあった。

 

自分とは違うもう1つの心との対話に20年を掛けた心優しき男性のお話だったろうか。対話を行う中で和解し、“自分と友達になる”という感動のラストには心打たれた。

 

……って、今はそんな事を思い出してる場合ではないか。

 

 

 

「はい、症状なら聞いたことありますけど…それが何か?」

 

 

 

「独り立ちした“精神”はやがては“カタチ”を持ち、それが後に“真の自分”だと信じ生き続ける。そして最後に、“この世に祝福されず、正しい産まれ方”をしなかった者は世界から排除されるべき“異物”だと認識され排除される」

 

 

 

「え……?な、何の話ですか?」

 

 

 

また唐突に何を言い出すのだろうか。話が急に飛躍し過ぎではないだろうか。

 

 

 

「“世界”は上手くできている。どう足掻こうとも“種”としての運命には逆らえない」

 

 

 

その時だ。視界がゆっくりと、白い何かに覆われて行くのに気付いた。私は驚きの余り椅子から転げ落ちてしまった。

 

 

 

「なっ……コレぇっ……何がぁ……!!!」

 

 

 

「……そろそろ、時間のようだ。また会おう、フェレーナ」

 

 

 

「あ……待って!!“ベスター”!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベスター?

 

 

 

 

 

 

無意識にマスターへと投げたその名前は、どこか懐かしい響きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、フェレーナが目を覚まして5時間が経過しようとしていたとある日暮れのこと。不思議な夢を見た昼寝から起きたその時、何者かの声が私の耳を通過する。

 

 

 

「それで43番の患者さんが大変なんですよ~ …隙あらばセクハラしようとしてくるしずっとワガママ言ってくるしで…」

 

 

 

「あぁ、あのおっさんかぁ。もう90超えてる死に損ないなんだからいっそのこと私達でとっちめてやらない?ほら、献血液に高濃度の塩酸でも混ぜて…」

 

 

 

「先輩ソレだめっす。色んな意味でOUTっす」

 

 

 

女性の声が2つ。恐らくあの武装した看護婦たちの雑談だろう。

 

テレビも新聞も届かず、外の情報がシャットアウトされたこの病室では看護婦からの情報が唯一の情報源っぽそうなので、聞き逃さないようにしなければ。

 

 

…………それにしても、おっかない話だなぁ

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ先輩、今朝のニュース見ました?」

 

 

 

「見た見た。新たなダークファルスが誕生した、っていうレギアスさんの放送でしょ?船が2隻も沈められたとか」

 

 

 

………………は? 今、何と言った?

 

 

 

「怖いですねぇ…こっちの船には来なければいいけど…そういえば、そのダークファルスの名前って何でしたっけ。ほら、【巨躯】とか【敗者】そういうやつです」

 

 

 

「確か…【天使】(エンジェルズ)だったっけ? 皮肉な名前よねぇ?」

 

 

 

【天使】。先輩看護師の言った様に、随分と皮肉な名前だと思う。天は私達オラクル船団を見放したとでもいうのだろうか。

 

……しばらく、モデル活動ほったらかしでアークスとして活動することになりそうだ。

 

というか私元々はモデルがメインで活動していたハズなのだが、最近はアークスとしてでしか活動していない様な気がする。マネージャーさんからの連絡もないし、そもそも事務所からの連絡もない。船が沈没したせいで倒産でもしたのだろうか。今となっては何も分からない。

 

 

 

「はぁ……最近何か、変なことばっかり起こるなぁ~」

 

 

 

少し憂鬱な気分になり、布団を少し深く被ろうとしたその時だった。

 

 

 

 

 

「お~~~~~~っほっほっほ!!!! フェレーナさん、お邪魔しますわよ!!!!」

 

 

 

「うわぁぁぁあっ!?!?!? あ、アーリちゃん!?」

 

 

 

勢いよく病室の扉が開かれそこに表れたのは、生きる屍の様な姿へと変貌を遂げたハズの“アーリ”が元気そうな様子で腕を腰にやり、仁王立ちをしていた。

 

しかし、服は以前の様な豪華な服ではなく、私が着てる物と同じしっかりと入院患者用の服へと着替えさせられていた。何というか…凄く似合っていない。

 

 

 

「えぇ、アーリですわよ! 目を覚まされたと小耳に挟んだので、急いで私の病室から飛び出してきましたの。元気そうで、何よりですわ」

 

 

 

「…わ、わざわざありがとう、アーリちゃん。そっちこそ、初対面の時みたいに元気いっぱいだね」

 

 

 

しかし何故だろう。肥大化していた左腕はすっかり元に戻っており、見た限りだとすっかり健康体といった感じだ。

 

…一体、彼女に何があったというのだろう。

 

 

 

「そして…フェレーナさん。この場をお借りして1つ、申し上げなければならない事がありますの」

 

 

 

そして、アーリは私の隣からベッドの足元の方に移動し、こう言った。

 

 

 

「この度は、危ないところを助けて頂き…………誠にありがとうございました。セツナとシルヴァから、“フェレーナという女性が助けた”とお聞きしまして、こうしてここに参上仕りました。加えて同時に、私の部下たちも助けて下さったそうですわね。改めて、感謝いたしますわ」

 

 

 

そう言い終えると、アーリは私に向かって深々と頭を下げた。“人の命を救った”という行動に感謝されるのは、人生で2回目になるだろうか。単純に悪い気はしない。

 

だがそれと同時に、私の中では気持ち悪さが増幅しつつあった。

 

記憶の無い人救いに感謝されたところで、どうしたらいいか分からない。

 

しかし、あの後セツナとシルヴァは無事だったようだ。“あの廊下”で別れたっきりで記憶には無いが、どうやら無くした記憶の中の私が助けた様だった。良かった良かった。

 

…………というか待て。今の今まで自分のことしか考えていなかったが、ノアはどこに行った?倒壊した同じ建物の中にいたのならば、私のそばから発見されているはず。彼女は今どうしているのだろう。

 

 

私に残された、唯一の家族は。今、どこにいるのだろう。

 

 

 

「…………あの、フェレーナさん?どうかなさいましたの?物凄くポケーッとした顔をしていらっしゃいましたが…」

 

 

 

今私はそんな顔になっていたのか。恥ずかしい恥ずかしい。

 

そして私は気を取り直し、アーリにその時の記憶について打ち明けてみることにした。

 

 

 

「え、えーっとね…アーリちゃん。その……ゴメンね。私、あのお屋敷にいたのは覚えてるんだけど、途中からの記憶がなくって… セツナさんとシルヴァさん、それにアーリちゃんを助けた記憶が無いの。だからさっきその、ポケーッとしちゃってたみたいで…」

 

 

 

「あら、あらあらあらあら。そうなのですの?それは困りましたわね… 私も、お教えしたく思うのですが。実は私も記憶がないのです。最後に記憶があるのは、自室で一休みを入れていた時。もうあれから何日が経ったのでしょうか。気付けば私も、この病院の屋根を見つめていましたわ」

 

 

 

どうやら、アーリも同じような境遇にあったらしい。これではお互いの身に何があったか分からないままだ。

 

 

 

…待てよ?先ほどアーリは何と言った?“セツナとシルヴァから聞いた”と言ったろうか。ということは、少なくとも私とアーリに何があったか知っている人間は2人いるということになる。あの2人に聞けば、何か分かるかもしれない。

 

 

 

「じゃあ、アーリちゃん。セツナさんとシルヴァさんに何があったか聞いてみようよ。何か分かるかも! この病院にいるのかな?」

 

 

 

「いいえ。あの二人なら軽症でしたので、先に退院なされました」

 

 

 

「あぁ…そっかぁ… なら仕方ないかぁ」

 

 

 

「しかしフェレーナさんご心配なさらず。私こう見えて、部下全員とメル友ですのよ!連絡をとって約束をとることくらいお茶の子さいさい、ですわ!!!」

 

 

 

アーリはそう言うと、速足で廊下の方へと向かう。

 

 

 

「少々お待ちになってくださいます?さっそくセツナに電話してきますので!日程が決まり次第また参上致します!それでは!

 

お~~~~~~~~っほっほっほ!!!!!!!!」

 

 

 

如何にもお嬢様らしい高笑いを決めた後、アーリは廊下へと姿を消した。

 

 

 

「ふぅ……何か分かるといいケド…」

 

 

 

何か嵐が去った様な気がし、私は独り言を言って布団を深く被ろうとした。その時だった。

 

 

 

 

むにゅ

 

 

 

 

え?

 

 

私しか入っていないハズの布団の中から、明らかに人肌のような感触が伝わってきた。バカな、ありえない。私が起きてベッドから転げ落ちた時には何も…いや、誰もいなかった。入ったとして私が昼寝をしている時だろうか。だがしかし、私にはこうやって接近されるほどの理由に身に覚えが無かった。完全に不審者だ。変態だ。

 

今叫べば、あの武装した看護婦たちが駆けつけてきてくれるだろう。

 

しかし、万が一にも私の勘違いの可能性もある。人肌に触り心地が似た何かしらの機材だってもしかしたら…そう思い、私は布団をベッドから落として、その正体を見極めようとした。

 

 

…………が、それは出来なかった。

 

単純に、恐怖で行動力が失われてしまいビビッていた。それはもうマジでビビッていた。だってそうだろう。寝ている間に誰かが布団の中に潜り込んでいるのだ。怖いに決まっている。

 

 

 

(あぁ~~~~~………!!! 怖い怖い怖い怖い………!!!)

 

 

 

私は声を上げる勇気も無くし、ついに動けなくなった。

 

 

 

(覚悟を…決めるしか…!!!)

 

 

 

ゆっくりと布団を端っこから持ち上げていく。本当なら一気に持ち上げたかったが、体勢的にも少しキツかったのでこうするしかなかった。

 

 

 

そして、恐る恐る布団を持ち上げ、私が見たものは…………

 

 

 

「………………………………」

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

予想通り、人だった。人だったのだが…私はこの“人”を見た瞬間、思わず絶句してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“私”?」

 

 

 

布団の中には、推定4才くらいの“私”そっくりの女の子がいた。

 

 

 

 



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⑲ ノア・ダンフォート

~ノアの記憶~

 

 

 

 

 

 

 

 

あれは今から8年前の出来事だった。私、ノア・ダンフォートは11才になり、“妹”のフェレーナ・ネクォール…当時の苗字はダンフォートだったろうか。そんな妹が9才になった年のことだ。

 

その日の朝も私はいつも通り、小学校に行く前に母からの見送りを頂戴していた。

 

 

 

「じゃあ、行ってくるね。おかあさん」

 

 

 

しかし、その日は少し違った。

 

 

 

「えぇ、行ってらっしゃい。ノア、レーナ。楽しんで行ってらっしゃい」

 

 

 

「うん、わかってるよ。…ほら、レーナ。わたしにだきついてるままじゃダメだよ。お母さんに手ぇ振って?」

 

 

 

「うん……」

 

 

 

そう言って、私に抱きつき涙目になったフェレーナが玄関から笑顔で見送る母に小さく手を振って返事をする。

 

何を隠そう。今日はフェレーナの初登校日なのである。入学式は残念ながら当日に熱を出して欠席してしまったので、学校へは歩いていない。というか、フェレーナが敷地の外に出て歩くところを、私は見たことがないかもしれない。姉として、妹のそういうところが見られるのは、少し嬉しく思う。

 

そして彼女は今、不安でいっぱいなのだろう。彼女は元々ダンフォート家の人間ではない。養子だ。だから元は“外から来た”ハズなのだが、彼女は異様にこの屋敷の外へ出る気を見せなかった。恐らく外の世界にトラウマでもあるのだろう。

 

彼女は当時、定期的に検査を受けなければならない身体だった。なので病院に行こうとしたら全力で拒否られるので、毎回毎回病院から医者を呼び出して診てもらっている。

 

 

しかし、そんな彼女もこのオラクル船団の法律には逆らえない。男女問わず満9才を超えれば、小中学校に必ず席を置き、教育を受ける義務が発生してしまう。

 

フェレーナは今年で9才。つまりそういうことである。

 

 

 

「ほら、レーナ。行くよ?ちゃんと歩ける?」

 

 

 

「…………うん」

 

 

 

そのように当人は肯定するが、全く説得力がない。今だって痛いくらいにお腹を抱きしめている。おまけに物凄く歩き辛い。脚を上げて歩けない。

 

もう家を出てから20分は経過しただろうか。

 

フェレーナが駄々をこねる事を予想し、母と私で協力していつも家を出る1時間前にフェレーナを連れ出したが、このままではそんなことお構いなしに遅刻しそうである。

 

まだ皆勤賞は諦めてられない。絶対に間に合わせてみせる。そう意気込んだ時だった。

 

 

私はそこで初めて、“因縁の相手”に出会うことになる。

 

 

 

 

「なにをしていますの?あなたがた」

 

 

 

 

その出会いを、私はいずれ後悔することになるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

                   ※

 

 

 

 

 

 

 

 

揺れる黒塗りのリムジンの中で共に揺れる私と腕にしがみついて離れないフェレーナ。

 

通学途中でフェレーナがぐずって遅刻しそうな所を見かねて、学校まで送って貰えるそうだ。こちらとしては願ったりかなったりな状況だ。

 

しかし、今この場で一番偉いであろう人物に若干の不安感はある。

 

 

 

「えっとその…ありがとうございます。お名前はわからないけど助かりました」

 

 

 

「ふふっ♪“しゅくじょ”たる者、このていどできて余裕ですわ!!おほほ!!!」

 

 

 

おほほ、と高笑いする目の前の少女は何とも嬉しそうな顔をしている。ちなみにまだ名前も知らない。それと同時にこの少女も私たちの名前も知らない。一体何のメリットがあって私たちを学校へと送るのだろうか。

 

…それかもしくは、敵対貴族か何かだろうか。ダンフォート家は小さいながらも、父の献身によって数多くのプロジェクトを大成功へと導いた天才起業家だ。その力量ゆえに周りから疎まれることも少なくなく、今までポストに入った嫌がらせの手紙の数は計り知れない。一回パンクしたことがある。

 

 

 

「ねぇ、あなたの名前は何?」

 

 

 

「わたくしですの?わたくしの名前は、“ラスレニア・アーリ”ですわ!!誇り高きラスレニア家の長女にして、次期頭領ですの!!!」

 

 

 

「“ラスレニア”・アーリ…」

 

 

 

ラスレニア家。父から聞いたことがある。確かに昔から伝統のある警備会社「リーブン」を代表とした大手各企業を経営する名門中の名門、だったか。

 

そして、私たちダンフォート家とは敵対する貴族なのだとか。

 

お互い知らないながらも、まさかそんな貴族のご令嬢に助けて貰えるとは。

 

……というか、彼女は知っているのだろうか。私が敵対貴族の令嬢であることを…………いや、知る由もないか。さっきそこで会ったばかりだし、自己紹介だってまだだ。ということは、下手に名乗るのはマズイか。だがしかし、名前の話題をこちらから出してしまった以上、あちらから名前を問われるのは避けられない。どうしたものか。

 

 

 

「では、あなたがたのお名前を聞かせていただきましょうか?何というお名前ですの?」

 

 

 

「あっ…えっとぉ…」

 

 

 

さすがに敵対貴族に堂々と名乗り出るのは自殺行為だろうか…と、頭を悩ませていたその時だった。まさかの方向からの助け舟に思わず驚いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フェレーナ」

 

 

 

 

 

 

腕にずっとくっついてだんまりを決め込んでいたフェレーナが、車に乗って初めて口を開いた。

 

 

 

「フェレーナ……」

 

 

 

「あら、おりこうな子ですこと。えらいですわね♪」

 

 

いやいや

 

 

「…アーリちゃんと、そんなに変わんないような…」

 

 

 

「なっ! “おとな”のレディーに向かってそん…に“ゃ!? う~…ベロ噛んじゃったぁ…」

 

 

 

「やっぱり…」

 

 

 

見た目は私より下っぽい…というかもしかしたらフェレーナより下の可能性があるくらいに幼く見える。

 

だがしかし、フェレーナが“名前しか名乗らなかった”のは非常に大きい。上手くやればこの状況を切り抜けられるだろう。

 

 

 

「ごっほん…では、あなたの名前は何と言うのです?」

 

 

 

私は、半分“嘘”で半分“本当”の名前を口に出した。

 

 

 

「ノア、ノア・“ネクォール”」

 

 

 

それは、フェレーナに着けられていた本来の苗字だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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