MAJORで寿也の兄になる (灰猫ジジ)
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設定集
基礎能力と特殊能力


基礎能力と特殊能力のステータスの基準です。

少しずつ変えたりもするので、こんな感じなんだねー。くらいにフワッとした受け入れ方をしてくださると嬉しいです。

 

 

◇基礎能力の基準

 

S+:メジャーリーグでトップレベル

S:メジャーリーグで活躍するレベル

S-:メジャーリーグの中の上レベル

A+:3Aでトップレベル

A:3Aで活躍するレベル

A-:3Aで中の上レベル

B+:2A以下でトップレベル

B:2A以下で活躍するレベル

B-:2A以下の中の上レベル

C+:高校野球でトップレベル

C:甲子園で活躍するレベル

C-:高校野球の中の上レベル

D+:シニアリーグでトップレベル

D:シニアリーグで活躍するレベル

D-:シニアリーグの中の上レベル

E+:リトルリーグで全国トップレベル

E:強豪リトルリーグチームでレギュラーレベル

E-:強豪リトルリーグチームのベンチレベル

F+:弱小リトルリーグチームでトップレベル

F:弱小リトルリーグチームでレギュラーレベル

F-:弱小リトルリーグチームでそこそこレベル

G+:素人でトップレベル

G:素人レベル

G-:ど素人レベル

 

 

◇特殊能力の基準

・対象となる能力

共通:怪我しにくさ

投手:対ピンチ、対左打者、打たれ強さ、ノビ、クイック、回復

野手:チャンス、対左投手、キャッチャー、盗塁、走塁、送球

 

S:金特獲得条件達成レベル

A:かなり良い

B:良い

C:少し良い

D:平均的

E:少し悪い

F:悪い

G:かなり悪い

 

※何もない場合は「D」が基準となります。

※これに「+」と「-」が付くことで、多少プラスやマイナスされていると思っていてください。

 

 

◇コツと取得条件の緩和について

 

パワプロ には特殊能力を取得する際に()()というものを得ることによって取得するときの必要ポイントが下がります。

コツの基準は下記です。

 

Lv1:30%減

Lv2:50%減

Lv3:60%減

Lv4:70%減

Lv5:80%減

 

ただ、すぐにコツを掴むのは面白くないので、それまでに取得条件を緩和する必要があると決めました。

イメージでいうと「ん?コツを掴んできたかも?いや、でもまだまだわからないなー」といった状態のことです。

多分そんなに出すつもりないので、気にしないでください(笑)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

日本プロ野球は基準に入れないようにしました。

理由としては、「NPBはそんなに低くないだろ!」であったり、逆に「NPBのレベルはそこまでではないだろ!」といった意見がありそうだからです。

 

そして例えばG+からF-のように、アルファベットが変わる部分に関してはある程度の明確な実力差があると思ってください。

 

この基準はちょっとしたことで簡単に変わるので、あまり批判はせずに参考レベルで受け止めてくださると本当に嬉しいです。

この小説が終わった段階で書いてあった内容が正式な基準としての採用だと思ってください(笑)

 

設定集の公開って思っている以上に考えたりするんですよね。

私みたいに誤字が多い作者だと、設定に矛盾が出そうで(笑)

そのときは優しく教えてもらえると嬉しいです!

 

 

 



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序章 MAJORの世界にようこそ
プロローグ


不定期更新ですが、楽しんでもらえると嬉しいです。


『依田龍一さん、あなたにはこれから転生してもらうことになりました』

 

 龍一にはなにがなんだか分かっていなかった。

 

(転生?俺は死んでしまったのか? 一体どうやって? そもそも俺は何をしていたんだっけ?)

 

『混乱するのも無理はありません。あなたは先日148歳という寿命を全うされました。とても素敵なご家族だったのですね。

皆様に囲まれて見送られていましたよ。そんなあなたが転生するという機会を得たのです』

 

(そういうことか。全く覚えていなかったな。ところであなたはどなた様でしたでしょうか?)

 

『私はあなたの世界でいう神という存在です。今回あなたにはあなたの世界で昔流行っていた【MAJOR】という世界に転生していただきます』

 

(か、神様!? 大変失礼いたしました!! MAJORという漫画は私が読んだことがある、あのMAJORでしょうか?)

 

『大丈夫ですよ。むしろそうやって丁寧な話し方になるのは日本人の美徳ともいえる部分ですね。MAJORに関してはその通りです』

 

(しかし……私は転生して何かをしなければならないのでしょうか?)

 

『いいえ、あなたはあなたがしたいことに関して頑張ってもらえれば大丈夫ですよ』

 

(分かりました。それなら……)

 

 龍一にはどうしてもやりたいことがあった。野球をやっていた龍一は、MAJORが本当に好きな漫画であり、アニメまで観て覚えているのであった。

 そこで佐藤寿也の不遇さを感じ取ってなんとかしてやりたいと思っていた。

 

 俺があの世界にいたら……絶対に彼を助けるのに! と。

 

(私は準主人公である佐藤寿也を助けたい。彼の身内となってこれからを見守っていきたい)

 

『分かりました。では、転生先は佐藤寿也の双子の兄にしましょう。あといくつかあなたには特典を授けます』

 

(え……何個も頂いていいのでしょうか?)

 

『ええ、あなたは実況パワフルプロ野球というゲームはご存知でしょうか?』

 

 龍一は知っている。人気ゲームの実況パワフルプロ野球──通称パワプロ──はやり込んでいて、サクセスと栄冠ナインがすごい好きだった。

 

『その成長ステータスを特典の1つとして授けます。もちろん多少のアレンジはさせてもらいますけどね。これを使えば相当のアドバンテージになるでしょう』

 

(ありがとうございます。それはぜひ欲しいです)

 

『他に原作知識と前世の知識は残しておきますね。もちろん余計なものはこちらで省いておきますが』

 

 龍一は何が省かれているのかが気になったが、それを知ったとことで何も出来ないのは分かっているので聞かないでおいた。

 

『最後に、これだけは気付けば覚醒するような特典を渡しておきますね』

 

 神がそう言った途端、龍一は意識が薄れて何も考えられなくなっていた。

 頭の中にパワプロの成長に関しての内容が刷り込まれていく。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

・パワプロのステータス特典について

 

 従来のパワプロはステータスG〜Sとなっており、ポイントを割り振ることで成長できるようになっている。

 今回はG-から始まり、S+で終わるようになっている。

 

 

【ステータス基準】

S+:メジャーリーグでトップレベル

S:メジャーリーグで活躍するレベル

S-:メジャーリーグの中の上レベル

G+:素人でトップレベル

G:素人レベル

G-:ど素人レベル

 

 

 他にもパワプロで使う特殊能力──いわゆる特能──などもポイントを割り振ることで習得できる。

 能力の習得数やステータスの上昇具合によって習得ポイントは増えていく

 

 ピッチャーとしてのステータスも同じである。

 能力の習得に関しては野手と二刀流にする際に必要なポイントは別のため、ポイント数が増えていくことはない。 

 ただし、速球と肩力に関しては比例するものなので、どちらかに集中していた方が良い。

 

 変化球に関しては、種類数や曲がる精度に応じてポイントが増えていく。

 これはオールドスタイルにするか、そのときの流行に合わせるかで変わってくる。

 



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第一章 幼少期編
第一話


「MAJORで吾郎の兄になる」という作品も同時に出していますので、良かったらそちらもご覧くださいませ。



(しょう)ちゃん、寿(とし)ちゃん、入るわよ」

 

 ノックとともに部屋に母親が入ってくる。

 双子である佐藤翔と佐藤寿也は同じ部屋で、同じ勉強机を隣り合わせにして勉強していた。

 

「ちゃんと勉強してる?」

「うん」

「しっかりね、今頑張って慶林小(けいりんしょう)に入っておけば、将来ずっと楽になるんだから」

 

 そう言って持ってきたお菓子とコーヒーを置いて部屋から出て行った。

 

「翔……ドリルはどこまで進んだ?」

「んーとね、僕はもう終わるよ」

「え! 早くない!? 僕はまだ半分過ぎたあたりだよ……」

 

 翔が早いのは仕方がない。なぜなら転生者で、この程度の内容であれば前世で習い終わっていることだからだ。

 子供にとってはかなり量が多いが、元大人からするとそこまで多くないので余裕を持って出来る。

 

「ここ分からないから教えて」

「ああ、いいよ。これはね──」

 

 弟である寿也に勉強を教えつつ、課題のドリルが終わったのでコーヒーを飲みながらゆっくりしている。

 ちなみに翔がもっと幼い頃から視力に気を付けていたため、2人とも眼鏡を掛けずに裸眼で1.5以上ある。

 2人だと寿也の勉強も捗るのか、そこから1時間ちょっとで寿也の課題も終わる。

 

「寿也、僕らは今日も勉強頑張ったねぇ」

「そうだね。慶林小に頑張って入らないといけないから」

 

 両親は厳しい面もあるが、基本は優しい。

 だから課題を文句言わずにこなしていれば、特に何も言わないし、むしろ何かチャレンジするのも賛成してくれる。

 翔と寿也は課題もきちんと毎日終えて、成績も良いので「スポーツしたい」と言ったら、すぐにOKが出てスイミングスクールに通わせてもらっている。

 

「翔、外でキャッチボールしない?」

「お、いいね!」

 

 母親に無理を言って野球グローブを1年前に買ってもらってから、水泳以外のストレス発散としてキャッチボールをしていた。

 初めは「野球なんて……」と言っていた母親だが、2人の成績がぐんぐん伸びると喜んで買ってくれたのだ。

 

「いくよー!」

「はーい!」

 

 翔は寿也にボールを投げる。キャッチボールを始めた時は、おっかなびっくりやっていた寿也も今は問題なく捕れるし、投げる方もかなりのスピードを出すことができている。

 まだ身体が出来ていない状態で無理はしないようにしているが、それでもさすが佐藤寿也だと翔は思っていた。

 

「あれ? こんなところで野球やっている子が他にもいたんだ!」

 

 大きな声に翔が振り向くと、そこには野球のユニフォームを着た同い年くらいの男の子が立っていた。

 グローブとボールも持っていて、いかにも野球をしていますといった感じだ。

 

「うん、僕らはそこに住んでいて、気晴らしでキャッチボールをしているんだよ」

「え! そうなんだ! 良かったら一緒にやろうよ! あ、俺の名前は本田吾郎!」

 

(本田吾郎! こんなところで会うなんて! 確かに原作開始はこのくらいの年齢だったな)

 

 寿也はどうする? といった感じで翔を見るが、特に反対することもなかったのか吾郎と一緒に野球を始めることになった。

 

「いいよ! 野球はたくさんでやった方が面白いもんね! 僕の名前は佐藤翔!」

「ぼ、僕は佐藤寿也。双子で翔がお兄ちゃんなんだ」

「そうなんだ、よろしくね! 翔くんと寿くん!」

 

 

 

 

────それが吾郎、寿也、翔の初めての出会いだった────

 

 

 

 

「いくよーー!」

 

 吾郎は振りかぶって思いっきり投げてくる。

 翔はかなり速いと思ったが、問題なく捕球する。寿也も吾郎の球は問題なく捕球出来ていた。

 それも1年前からずっとキャッチボールをして慣れていたのもあるし、スイミングスクールで運動経験もあるので、少しスピードが速くても対応できていたのだ。

 

「2人ともすごいね! 俺のボールってそんなに簡単に捕れると思ってなかった!」

「キャッチボールくらいはね。僕と寿也も毎日やっていたから」

「えー! じゃあバッティングとか色々やろうよ!」

「バッティングはダメだね。遠くに飛んで行ったりしたら危ないし」

 

 打撃練習はさすがに難しいので、ゴロを転がして捕ってからファーストに投げるといった簡単な守備練習をすることにした。

 初めはあまり練習していなかった翔と寿也は苦戦したが、少し慣れると吾郎と似たような感じで捕球できるようになっていた。

 

「うまいなぁ。俺こんな感じで初めから上手く出来なかったよ!」

「吾郎君ほどじゃないよ。ね! 翔!」

「そうだね! 吾郎君はやっぱり上手だよ!」

 

 お互いに褒め合ってなんとなく照れている3人。

 その時、吾郎を呼ぶ声が聞こえた。

 

「あ、おとさん!」

「へえ、キャッチボールする相手ができたのか」

「佐藤翔って言います。こっちは双子の弟の寿也」

 

 翔も寿也も頭を下げて吾郎の父親である本田茂治に挨拶をする。

 思っていた以上の爽やかなイケメンに翔は少しびっくりしている。

 

(吾郎君のお父さんって実際に見るとこんなにイケメンなのか。そりゃあ吾郎君もイケメンってずっと言われるわけだよね)

 

「翔くん、寿くん! また明日ね!」

「「うん! じゃあね!」」

「翔くん、寿くん。良かったらまた吾郎と遊んでやってくれよ!」

「「は、はい!」」

 

 吾郎が去っていくのを、手を振って見送る2人。

 もう陽が落ちるところだったので、翔と寿也も家に帰ることにした。

 

 

 服を汚していたことは軽く怒られたが、きちんと課題のドリルを終えていたので、他に何かを言われることはなかった。

 この後もきちんと課題を終えてから遊ぶようにしていたので、両親は怒ることもなく優しく接してくれていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「でやっ!」

 

 寿也が投げたボールを吾郎が打ち、空き地を超えて飛んでいく。

 

「やりぃ! 場外ホームラン!」

「吾郎君! 上に打っちゃダメだって言ったじゃん! 今のが最後の紙ボールだったのに! また家に帰って新聞紙丸めて作らなきゃいけないじゃん!」

「ご……ごめん……」

 

 バッティング練習もしたいという吾郎と寿也に対して、翔が新聞紙を丸めて紙でボールを作ってやろうと提案して始まった。

 上に打っちゃダメというルールでやっているのに、吾郎は盛り上がるとすぐに思いっきり打ってしまう。

 いくら怒っても反省していないような態度なので、翔も寿也も呆れてしまっている。

 

「でもさ、紙ボール打ったりキャッチボールしているだけだとつまんないね」

「え?」

 

 寿也は翔と野球をゲームでもするようになっていたので、ルールはある程度分かっていた。

 9人1チームでやるのが野球なので、もっと広いところで友達集めてちゃんとした野球の試合がしたいと訴える寿也に、吾郎は無理だと言う。

 

「幼稚園の友達だって、サッカーやドッジボールはやるけど、野球は誰も知らないもん」

「そっか……」

 

 落ち込む吾郎と寿也。しかし、寿也が思い出したかのように「草野球チームに混ぜてもらおう」と提案する。

 翔と寿也は線路の向こうにグラウンドがあり、ユニフォームを着た子供達が野球をしているのを見たことがあった。

 吾郎と寿也は先ほどとは違って、明るくなりながら混ぜてもらおうと向かおうとする。

 

「ちょっと待って」

「え、翔どうしたの?」

「んー、一旦さ、吾郎君のお父さんに聞いてみてからにしない?」

 

 翔は線路の向こうでやっているのが硬球を使った本格的な野球チームだと知っている。

 だから怪我をしたら危ないということなどもあるし、まだ身体が完全に出来ていない状態で無理をすると良くないのだ。

 

「えー! 大丈夫だよ! 行こうよ!」

「向こうは硬球を使ってやっているんだよ。怪我とかしたら危ないし」

「そんなので怪我なんてしないよ!」

「うん、だからプロである吾郎君のお父さんの話を聞いてからにしようよ。お父さんは怪我にだって詳しいはずだし」

 

 今日は無理やり納得させて家に帰った。

 後日吾郎からやっぱり反対されたということと、おとさんは引退するから野球も全部嫌いになったんだと思っていたということ。

 でも幼稚園の担任である桃子先生に連れられてスタジアムに観に行ったときに、一軍に上がって代打逆転サヨナラホームランを打った姿を見て、すごい格好良かったということを話していた。

 

 その試合は翔と寿也もテレビで観ていたので、とても興奮したと3人ではしゃいでいた。

 そして、硬球を使うリトルリーグはまだ早いと全員が納得して、9歳になるまで待とうとなったのであった。

 




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第二話※

 それは突然のことだった。

 

『一定の年齢、一定の身体能力になったので、ステータスを開放します』

 

 翔の頭の中にアナウンスのようなものが流れて、ステータスが表示された。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

【佐藤 翔ステータス】

◇投手基礎能力一覧

球速:50km

コントロール:G

スタミナ:G-

変化球:なし

 

◇野手基礎能力一覧

弾道:1

ミート:G

パワー:G-

走力:G-

肩力:G-

守備力:G-

捕球:G

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

(うお! なんだこれ!? ……ってそういえば神様の特典としてパワプロの成長ステータスを貰っていたな。それにしても完全にど素人丸出しだ)

 

 翔はため息をついた。一生懸命に努力をしていたつもりだったのだが、ステータスでは完全にど素人だったからだ。

 ただ、吾郎の球が捕れるからか、捕球はGとなっていることに少しだけ安堵した。

 

『ステータスが解放されたため、習得のためのポイントも付与します』

 

 今度は筋力などの数値が現れ、各項目にポイントが割り振られている。

 翔はこれを使ってステータスを上げていくのだなと納得した。

 

(せっかくだし、少しだけ上げてみるか。とりあえずど素人からは抜け出さないといけない気がする)

 

 そう思い、バランス良くポイントを割り振っていく。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

【佐藤 翔ステータス】

◇投手基礎能力一覧

球速:50km

コントロール:G

スタミナ:G

変化球:なし

 

◇野手基礎能力一覧

弾道:1

ミート:G

パワー:G

走力:G

肩力:G

守備力:G

捕球:G

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 一旦、翔は全部をGになるように上げてみた。

 まだ少しだけポイントは余っているが、特殊能力も見てみたいと思っていたので、確認してみる。

 

(え、なんか表示されている特殊能力が少ないな。しかも習得ポイントも高いし)

 

 特殊能力はまだほとんど解放されておらず、何か解放条件が必要なのではと推測する。

 それはステータスが解放されたときも、〈一定の年齢〉と〈一定以上の身体能力〉が必要だったというところから予測していた。

 翔は自身の能力がどれくらい上がったのかを早く確かめたくて仕方ない様子だったが、それを見ていた寿也から可哀想な目をされていたのには気付いていなかった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「よし! いくよー!」

 

 吾郎がボールを転がし、翔が捕球して寿也に投げる。

 寿也も問題なくボールを受け取り、5歳の子供なりに立派な野球の形になっていた。

 

「翔くん、上手くなったね! 凄い!」

「え、そうかな? なんかそう言ってもらえると嬉しいな」

 

 ステータスを上げてから、翔の身体は前よりも動きやすくなっていた。

 初めはその動きに頭が付いていかず、ギャップを埋めるのに時間が掛かったが、さすが子供なのか適応してからの動きは以前よりもかなり良くなっていた。

 寿也は翔の動きを見て、羨ましい反面、自慢の兄のような誇らしさを持っていた。

 

「寿くんも上手くなっているし、俺も頑張らないとだよ!」

「え……僕も上手くなってるかな?」

「寿也もかなり上手くなっているよ。僕も必死だもん」

 

 置いていかれたような気持ちになっていた寿也だったが、実は翔がコツなどを教え込んだりしているうちに自然と上達していた。

 

(やばいな。これが本田吾郎と佐藤寿也の才能か。パワプロ特典が無かったら、置いていかれるのは俺だったかもしれない)

 

 吾郎と寿也は練習しているだけでどんどん上達していく。

 それが効率の良い練習なら尚更上達スピードが高まっているのである。

 翔は焦りを覚えつつも、自慢の弟と自慢の友人が2人で良かったと感じていた。

 

 

「じゃあねー! また明日野球やろうね!」

「あ、ごめん。明日はスイミングスクール行かないとなんだ」

「お母さんとの約束で、勉強と水泳はきちんとやるのが野球をやってもいい条件なんだよ」

 

 吾郎にそう伝えると残念そうな顔をしていたが、「明後日また野球しようね!」と翔がフォローすると、吾郎は笑顔で帰っていった。

 翔と寿也も家に帰り、お風呂に入ってご飯を食べる。

 2人には3歳下の妹である美穂がいるのだが、2人にすごい懐いていて、2人もとても可愛がっていた。

 

「おにいちゃ。あそんで!」

「いいよー! 何して遊ぶ?」

「んー、お馬さんごっこ!」

 

 翔と寿也は交代で美穂を背中に乗せてやり、はしゃぐ美穂を見て楽しんでいた。

 両親も兄弟が仲良くしているのを見て微笑んでいる。

 

(こんな日々が続くといいんだけどなぁ……でも長くは続かないよな)

 

 翔には分かっていた。転機は小学校6年生ごろに来るのだと。

 最悪は寿也も翔自身も置いていかれてしまい、それが寿也のトラウマになってしまうということを。

 

(まずはそのことを防ぐことから始めたい。最悪原作と同じく寿也が置いていかれた時は、俺が一緒に苦しんであげればいい)

 

 まだ子供の翔にはどうすれば良いかは分かっていない。

 でも苦しみを分かち合えるのは双子の兄である自分しかいないと理解しているので、今のうちから覚悟しているのだ。

 それでも野球からは絶対に離れてはいけないと思い、寿也に笑顔で教え続けるのであった。

 

 

 

 

 

 そして約10ヶ月の月日が流れ……ついに吾郎にとって最悪の日が来てしまうのであった。

 




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第三話※

吾郎編と寿也編だと、今のところ吾郎編の方が面白いと思ってくださっている方が多いみたいですね。
両方とも楽しんでいただけるように頑張ります。

『MAJORで吾郎の兄になる』という作品も掲載しておりますので、下記から併せてご覧いただけますと幸いです。
https://syosetu.org/novel/216811/



 翔と寿也は吾郎と野球をしながらも勉強に励み、2人揃って見事慶林小(けいりんしょう)に合格していた。

 両親はとても喜び、お祝いをしてくれて野球も継続してやっていいと許可も貰った。

 そして2人は勉強の傍ら、受験までの間も真剣に野球の練習をして、かなり上手くなっていた。

 

(んー、そろそろ何か能力上げた方がいいのかなぁ?)

 

 実は、慶林小(けいりんしょう)に合格したときと、卒園式のときにボーナスポイントを貰えたのだ。

 

慶林小(けいりんしょう)に合格したので、ボーナスポイントを付与します』

『卒園式を迎えたので、ボーナスポイントを付与します』

 

 きっと何かの課題を達成したり、何かの節目でボーナスポイントを貰えたりするのであろうと翔は予測した。

 だが、翔は何を上げるべきか悩んでいたのには理由がある。

 それは自分の適正ポジションに迷っていたからだ。

 

(ピッチャーは吾郎君でしょ。キャッチャーは寿也だから、俺は別のポジションがいいのかなぁ?)

 

 ポジションによって割り振るポイントが変わってくるので悩んでいたが、とりあえず平均的に上げることに翔は決めた。

 

(キャッチャーは寿也に任せるけど、別にピッチャーやっても問題は無いのか。それならどのポジションが出来てもいいように、平均的に上げていくのがいいかもね)

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

【佐藤 翔ステータス】

◇投手基礎能力一覧

球速:80km

コントロール:G+

スタミナ:G+

変化球:なし

 

◇野手基礎能力一覧

弾道:1

ミート:G+

パワー:G+

走力:G+

肩力:G+

守備力:G+

捕球:G+

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 全体的に基礎ステータスを上げることにした。特殊能力も欲しかったが、G+にして球速を80kmにした瞬間に身体が急に重くなり、数日間キャッチボールもまともに出来ないくらいになってしまった。

 急にステータスを上げすぎると、身体に負担が掛かりすぎてブレーキが掛かってしまうのだろうと翔は推測した。

 

(これからは何を上げるかを決めておいて、少しずつ上げて身体を慣らしていこう。寿也にも心配掛けてしまうからね)

 

 寿也は何も出来なくなっていた翔を見てすごい心配していた。

 病気になったのではないかと思ったが、本人が大丈夫と話していたことと、数日で元に戻ったことから安心した。

 その寿也はパワプロステータスでの成長がないのに、翔と同じくらい上手くなっていった。もちろん吾郎もである。

 

(さ、才能が怖い……才能が恐ろしい……)

 

 2人の才能に恐れ慄いて(おそれおののいて)いる翔は、負けじと練習を頑張るのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「寿也! そろそろ記者会見やるよ!」

「うん! ちょっと待って!」

 

 翔と寿也はメジャーリーグから日本にやってきたというジョー・ギブソンという選手の記者会見をテレビで見ていた。

 超大物が日本の東京シャイアンズに来るとあって、日本中の野球ファンは大興奮していた。

 

「えー、では質問のある方どうぞ」

「ミスターギブソン、あなたは現役大リーガーでトップクラスの選手です。あんなあなたがなぜ今日本でプレーをしようと思ったのですか?

あなたのような全盛期の超一流投手が日本に来たのは初めてといっていいのですが……」

 

 隣にいる通訳の日下部がギブソンに英語で伝える。

 ギブソンはその質問に表情を一切変えることなく、淡々と答える。

 

『金がいいから来たまでだ。700万ドルもくれりゃ、火星の草野球チームにだって行ってやるさ』

 

 日下部は少し困惑したが、ギブソンの言葉をかなり柔らかくして「FA(フリーエージェント)を行使したが、メジャーでは金額面で折り合わなかったので、一番評価してくれた東京シャイアンズに来た」と話した。

 

「日本のプロ野球について何か聞いていますか? その自信のほどを抱負を含めてお願いします」

『俺はメジャーリーガーだ。マイナーレベルと聞いているこの国のバッターに打たれる予定は入れていない』

 

 日下部は顔面が真っ青になりながら、「と、とにかくチームのために頑張りますと言っています!」と慌てて誤魔化した。

 そんな会見を見ていた翔と寿也は──特に寿也だが──不愉快な顔を隠さなかった。

 

「ギブソンのあの会見は何!? 日本のプロ野球を馬鹿にするにも程があるよね!」

「あれは最低だね。通訳の人が無理やり内容を変えていたけど、そのまま話していたら大変なことになっていただろうね」

 

 実は2人は翔の勧めでもっと小さい頃から英語を習っていたため、大体の内容であれば理解していた。

 母親は勉強に関しては積極的だったため、喜んでOKを出した。

 その勉強に母親と妹の美穂も巻き込んでいるので、実は父親以外は英語がある程度話せるのだ。

 

「吾郎君のお父さんに絶対に打ってもらおう! ギブソンなんて簡単に打っちゃうよ!」

「……! そう……だね」

 

 寿也は怒りで興奮していたので、翔の変化に気付かなかった。

 翔だけはこの世界で、茂治が今後どうなるのかを分かっていたため、複雑な気持ちでいたのだ。

 しかし、ふとあることが翔の頭をよぎる。

 

(……あ、もしかしてだけど、ギブソンに頭にボールをぶつけられた日に病院に無理やり行ってもらえば、吾郎君のお父さんって助かったのでは……?)

 

 茂治はギブソンにデッドボールを当てられたあと、病院に行かずにそのまま家で亡くなってしまっていた。

 それをなんとか覆す方法があるんじゃないかと考えていたのだ。

 翔は勉強と野球を両立しながら、何か出来ることはないかと真剣に考える。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

『皆さん、こんばんは。今日は今季初、横浜スタジアムから横浜対巨仁の試合をお送りします』

「お! 始まった!」

 

 翔と寿也はテレビの前に陣取って、試合を注目していた。

 なぜかというと、今日は巨仁がギブソンの先発で、茂治が野手としての公式戦初スタメンだからだ。

 オープン戦でギブソンの凄さが口だけではないことは分かっていたが、絶対に茂治なら打ってくれると信じていた。

 

 1回表、横浜の先発茂野が三者凡退で調子の良さを見せつける。

 そしてその裏の回。ギブソンが大きな身体でゆっくりと歩きながらマウンドに向かって行く。

 投球練習後、主審のプレイの声と共にギブソンがゆっくりと振りかぶる。

 右足を大きく上げる、その独特なフォームから凄まじいフォーシームがキャッチャーミットに投げ込まれる。

 

「ストライーーク!!」

 

 電光掲示板に表示されたスピード計には『158km/h』と書いてあった。

 その瞬間、横浜スタジアムがどよめき、大歓声が上がる。

 

『な、なんだ! なんだこれは! ギブソンいきなり158km/hーー! 来日してから公式戦1球目で井良部の持つ日本記録に並んだぁぁ!!』

 

 ギブソンはオープン戦に調整で何試合か出てはいたのだが、いつも150km前後のストレートを中心に投げ込んでいたので、この瞬間を目撃した人たちは同じチームメイト、横浜の選手、審判、解説者、観客やファン。そして翔や寿也も驚きで開いた口が塞がらなかった。

 しかし驚くのはこれだけではない。ギブソンの2球目──

 

『ぬ、抜いたーー!! 159km/h! なんと日本新記録を更新しました! 日本新記録です!!』

 

 このあとギブソンは三者三振で1回の裏を終えたのであった。

 150km後半のストレートを連発し、150kmのSFFを投げられると誰も手が出せなくなっていた。

 

 2回になっても両者譲らずだが、ギブソンは6者連続三振で余裕を見せていた。

 そして3回裏。横浜の攻撃。

 

「あ! 吾郎君のお父さんだ!」

「頑張れー!!」

 

 翔と寿也はテレビ越しに応援していた。今の横浜でギブソンから打てるのは茂治しかいないと解説も言っており、2人も友達の父親だからこそ打って欲しかった。

 ギブソンが振りかぶって第1球目──

 

『打ったーーー!! これは大きい! 入るか!?』

 

 茂治が打った球はライトのポールの右に逸れていき、ファールとなった。

 距離的にはホームランでもおかしくなかったが、初球であそこまで飛ばした茂治に会場全体で期待が高まる。

 第2球目、158kmのフォーシームを打つが、キャッチャー後方に飛んでいきファール。

 

 これでツーストライクと追い込まれ、球が絞れなくなった茂治。

 ギブソンの第3球目。低めにボールが投げ込まれ、茂治は手が出せずキャッチャーミットに収まる。

 

「ボール!」

「うわ!! 危なかったね!」

「うん! 今のはストライクでもおかしくなかったかも!」

 

 ギブソンは160kmのストレートと多彩な変化球だけでなく、コントロールも体格に似合わずに良かった。

 そしてワンボール、ツーストライクからの第4球。

 インコースに放たれたフォーシームを茂治がバットを振り切る。

 

『打ったーーーー!!!』

 

 打ったと思ったが、ボールはギブソンのグローブに収まり、ピッチャーフライとなる。

 茂治はバットを折られてしまい、悔しそうな顔をしている。

 観客は落胆の声を上げるが、これでギブソンの連続三振がなくなったことと、茂治なら次の打席で打ってくれるのではと期待を高める。

 

 6回裏、各チームともに0点の投手戦となっており、ギブソンに至っては現在ランナーをただの1人も出さないパーフェクトピッチングをしていた。

 その姿に翔と寿也は野球をやっているからこそ分かる、偉大な野球選手の背中を見ていた。

 しかし、この回の最初の打者は茂治だ。なんとしてもこの状況を変えて欲しいと祈る2人。

 

『7番、ファースト本田』

 

 第1球目。アウトコース低めのフォーシームを茂治が見逃し、ワンストライク。

 ここまで茂治にはストレートしか投げていない。

 2球目、3球目、4球目とファールになるが、茂治はボールに当てて食らいついていく。

 

 そして第5球目──

 ギブソンの渾身のフォーシームがインコースに投げ込まれるが、茂治の思いっきり振ったバットに当たる。

 しかし、ボールがどこに行ったのか分からず、誰もその行方を追うことができない。

 

 ゴン!と大きな音が鳴り、その音が鳴った電光掲示板に全員が注目したとき、全てを悟り、観客の大きな歓声が巻き起こった。

 電光掲示板のスピード計には『160km/h』と表示されていた。

 

『は、は、入ったーーーー!!!!! 音が鳴るまで誰も気付かなかった! 本田が! 本田茂治が160km/hの豪速球をバックスクリーン最上段にたたき込んだ!』

 

 茂治がゆっくりとベースを一周している中、ギブソンは後ろを一度も確認することなく、ただ立ち尽くしていた。

 その光景を翔と寿也は抱き付きながら喜び、はしゃいでいた。

 しかしギブソンはリズムを崩すことなく、後続の打者を三振で抑えて、6回の裏を終えた。

 

(よし、ここまでは良かった! ……でも問題は次の打席だ。このあと本田茂治を助けるために動くんだ!)

 

 このあと、ギブソンは日本の象徴ともいえるスモールベースボールに翻弄されてしまい、さらに2点取られてしまう。

 そして────

 

『7番、ファースト本田』

『さあ二死(ツーアウト)ランナー2塁の状況で、先ほどホームランを打っている本田です!!』

 

 観客は大歓声で本田コールが舞い上がる。大リーガーであるジョー・ギブソンに対して日本のプレーが通じると分かり、興奮が止まらないのだ。

 ギブソンは周りの声が聞こえているのか聞こえていないのか分からないが、明らかに動揺していた。

 そんな中、投げたギブソンの第1球目が────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────茂治の頭に直撃したのだった。

 




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第四話

『MAJORで吾郎の兄になる』という作品も掲載しておりますので、下記から併せてご覧いただけますと幸いです。
https://syosetu.org/novel/216811/



「お、おじさん!!!?」

「……」

 

『デ、デッドボール!! ギブソンの初球が本田の頭部を直撃しましたーー! これは大丈夫か!?』

 

 茂治はバッターボックスに倒れていて、動かない。

 ギブソンも日本人プレイヤーなら行うであろう帽子を取っての謝罪もせずに、ただ呆然と立ち尽くしている。

 そんな様子に茂野が何かを言いながら向かっていっているのが中継されている。

 しかし、他の選手に抑えられてそれ以上進むことはできていなかった。

 

「ギブソン退場!!」

 

 主審から危険球での退場を言い渡されたギブソン。

 158km/hのストレートを頭部に当ててしまったのだ。それは当たり前だと実況も話していた。

 しかし、本田はまだ起き上がる様子がない。

 

「翔! おじさんは大丈夫だよね!?」

「……分からないよ。でも無事であることを祈るしかないよ」

 

 興奮する寿也に対して、翔は冷たく答える。

 それも無理はない。翔は今この場でのことではなく、試合が終わってからのことをどうするか考えていたからだ。

 

『ああっと! ほ、本田が立ち上がりました! 大丈夫そうです! その顔には笑顔も見えます!』

 

 本田は問題なく立ち上がり、そのまま一塁へ向かう。

 翔と寿也はほっとして、試合の続きを観る。

 日本球界最速の160km/h、6連続三振を含む15奪三振を記録したジョー・ギブソンは、日本初公式戦で危険球退場という記録にも記憶にも残る鮮烈のデビューを果たし、マウンドを降りた。

 

 その後、さらに追加点を上げた横浜は、好調茂野の完封もあり、5対0で勝利した。

 寿也は大喜びではしゃぎだし、妹の美穂もよく分かっていないが、寿也が喜んでいる様子を見て一緒に楽しんでいた。

 その様子を見て、翔は出かける準備をする。

 

「翔! どこかに行くの!?」

「うん……ちょっとね」

「え……でもお母さんに見つかったら、怒られちゃうよ?」

「寿也……ごめん。本当に大事なことなんだ。お母さんには黙っていてくれないかな?」

 

 真剣な眼差しの翔。その顔を見て、何も言わずに頷く寿也。

 この2人は双子というのもあり、何も言わなくても互いの気持ちが通じ合うことがかなりの数あった。

 翔は母親にバレないように、こっそりと家を出る。

 

 

 ────茂治を救うために。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 古いアパートの裏にある駐車場に一台の車が停まる。

 そこから出てきたのは、本日のヒーローである茂治と吾郎だった。

 2人は歩いていると、ふと誰かが目の前にいるのに気付いて足を止める。

 

「あ、翔君……だよね?」

「うん、そうだよ。吾郎君」

 

 翔と寿也は一卵性双生児のため、どちらが翔なのか寿也なのかが親でも分からなくなるくらいに似ていた。

 吾郎も一瞬迷うが、彼の野生の勘で外したことがないのが凄い。

 本人曰く「なんとなく」だそうだ。

 

「おじさん、吾郎君。今日はおめでとうございます」

「うん、ありがとう。でもこんな時間に1人でどうしたんだい?」

 

 茂治はこんな時間に吾郎と同い年の翔がいることに疑問を投げかける。

 もし親の許可を得ていたら親を叱りに、許可を得ていないなら翔と親を叱るくらいの勢いがある男だ。

 翔も言葉を間違えないようにしないとと思い、一度深呼吸をする。

 

「おじさん、今日はお願いがあって来ました」

「お、お願い?」

「はい。本当に突然のことだとは思います。でもこのまま家に帰らずに病院に向かってください」

「……え?」

 

 茂治は戸惑った。恐らくギブソンに当てられた頭を心配してのことだと思うが、それでも子供がわざわざ夜中に来ることでもないと思っているからだ。

 しかも病院に関しては、明日茂野と一緒に行く約束をしているため、特に心配ないと思っていた。

 

「あー、今日のことを心配してくれているのかな? でも大丈夫だよ。病院は明日行くから。だからあんし──」

「明日じゃダメなんです!! 明日じゃ間に合わないんです!」

「ど、どうしたの、翔君?」

 

 突然のことに吾郎も不安になって翔に問い掛ける。

 子供とはいえ、ここまで真剣な顔をしている翔に何も言えなくなっている茂治。

 翔は続けて言葉を発する。

 

「急なことで戸惑っていらっしゃるのも分かります。こんな子供が急に言い出しておかしいと思っていると思います。それでも……それでもお願いします。

これはおじさんだけのことじゃないんです。千秋さん、桃子先生……そして吾郎君のためにお願いします」

 

 そう言って頭を下げる翔。千秋の名前が急に出て来たため、さらに混乱する茂治。

 しかも翔の口調は、子供のソレではなく、明らかに大人びた感じの話し方なのだ。

 それに凄い熱意で話してくる翔に対して茂治は──

 

「……翔君。君が言っていることは、おじさんにはよく分からない。今行くことがそこまで大切なのかと思ってもいる。

でも……それでも“今”じゃなきゃダメなんだね?」

「はい。“今“じゃなきゃダメなんです」

 

 茂治は目の前の子供に対して、1人の人間として問い掛けた。

 翔もそれを察して素直に答え、その返答を聞いた茂治が吾郎に車に乗るように伝える。

 吾郎は何が何だか分からないまま、車に乗ることになった。

 

「翔君、君も乗りなさい」

「……えっ!? いいのですか!?」

「ここまで来たんだ。親御さんには私からきちんと説明をして怒られるよ。だから最後まで見届けなさい」

「──はい! ありがとうございます!」

 

 そうして3人が乗った車は病院に向かって行くこととなった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 夜中にやっていた緊急病院に着いた茂治は検査後にすぐに手術、入院という流れになった。

 吾郎は医者に連れて行かれる茂治を見て泣きそうな顔をしていたが、翔が一緒についていたのもあり、安心して待合室で寝てしまっていた。

 手術が終わったのが、午前4時頃。手術室から出て来た茂治を見て、吾郎を起こす。

 

「吾郎君! 吾郎君! お父さんの手術終わったよ!」

「んー? ……えっ!? おとさんは大丈夫だったの!? 成功したの!?」

「それを今から聞きに行くよ!」

 

 翔はまだ眠そうな吾郎を連れて、医者のところへ行く。

 2人の子供を見た医者は少し驚いたが、茂治の子供だと分かり、結果を教えた。

 

「手術は成功だよ。お父さんは助かった」

「え! ……やったーー!! よかったぁぁ!」

 

(よ、よかったぁぁ! 彼が死なないようにするのはこれしか方法はなかったんだけど、間に合うかだけが不安だったから……)

 

「先生。本当にありがとうございました」

「ありがとうございました!」

「どういたしまして。君達は小さいのに礼儀正しいね。良いご両親をお持ちだったんだね」

 

 その言葉を聞いて嬉しそうな顔をする翔と吾郎。

 茂治はこのまま病室に連れて行かれるということだったので、今から色々なところに電話を掛けなければならないなとため息をつく翔であった。

 事前に茂治から連絡先を聞いていた翔は、病院の公衆電話を使って、桃子先生、茂野、自分の両親に電話をした。

 

 全員朝方というのもあり、まだ寝ていたが、翔が説明すると今から病院に来てくれることとなった。

 翔は両親にめちゃくちゃ怒られると心配していたが、普段からこういうことをしない翔がしたということは何か理由があったのではときちんと話を聞いてくれた。

 詳細は病院に着いてからということで電話を切った。

 

「よし! これでおしまいだ!」

「翔君……本当にありがとう。翔君がいなかったら、おとさんまで死んじゃう……ところ……だった」

 

 吾郎はようやく事態が飲み込めたのか、泣き出してしまった。

 翔は気持ちがわかるので頭を撫でながら慰めてあげて、一緒に茂治が寝ている病室で病院に向かっている大人達を待つことにしていた。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 ノックがしたので、返事をすると最初に来たのは桃子先生だった。

 挨拶もそこそこに佐藤家全員──翔はまさか全員が来るとは思っていなかった──と茂野も来た。

 吾郎は泣き疲れて寝てしまっていた。

 

「医者の先生に聞いたよ。もう少し遅かったら、本田はこの世にいなかっただろうって」

「本田さんが生きていてくれて本当によかった……翔君、本当にありがとう」

 

 茂野と桃子先生は医者から事情を聞いて、翔のファインプレーを褒めたり、お礼を言ったりしていた。

 翔の両親も初めは軽くでも叱ろうと思っていたのだが、そのことを聞いて何も言わずにいた。

 

 

 

 それから数時間が経ち、時刻は午前10時過ぎになった頃。

 茂治が目を覚ました。

 

「ん……あれ? ここは……?」

「本田!! 目を覚ましたか!」

「本田さん!」

 

 茂野と桃子先生は本田に駆け寄る。

 2人から事情を聞いた茂治は、翔を見て柔らかい笑顔を見せてくれた。

 

「翔君……本当にありがとう。君がいなかったら、俺は吾郎を初めとして色々な人を不幸にしてしまうところだった。

翔君のお父さん、お母さん。翔君を叱らないでやってください。夜中にご両親に黙って家を出たのは悪いことだと思いますが、それを咎めずにここまで連れて来てしまったのは私の責任ですので……」

「ええ。叱りませんとも。むしろ1人の人間の命を救ったことを心の底から褒めてやりたいくらいです」

 

 翔の父親は翔の頭を撫でて、照れながら話す。

 

「でもね、これは寿也のお陰でもあるんだ。もし寿也が僕を全力で引き留めていたら、こうはならなかったよ。

俺を褒めるなら、寿也のことも褒めてあげて欲しい。寿也……本当にありがとね」

「翔……」

「そうだったのか。寿也も本当なら引き留めなきゃいけないところをよく我慢したな。寿也も本当に偉いぞ」

「……へへっ」

 

 寿也は翔が撫でられているのを羨ましそうに見ていたが、自分も撫でられると嬉しそうな笑顔になった。

 翔は寿也をフォローしただけではなく、本当に思ったことを言っただけだったのだが、上手くいって良かったと心の底から思っていた。

 

 

 

 

 

 それから少し談笑をして、そろそろ帰ろうかという空気になったとき、ノック音とともに1人の男が現れた。

 その男は身長198cm、体重105kgの巨体で、160km/hの豪速球を投げるメジャーリーグでもトップクラスの男──

 

 

 

 

 

 

 

 

────そして昨日の試合で本田茂治を殺しかけた男。ジョー・ギブソン本人であった。

 




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第五話※

誤字報告ありがとうございます!
まさかの翔と大地を間違えるイージーミスをするとは…。

いつも感想ありがとうございます!
これからもよろしくお願いいたします!


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「ギ、ギブソン……!? て、てめーどんなツラ下げてこんなとこに来てやがんだ!」

「茂野!」

 

 茂野が病室に現れたギブソンに対し、胸ぐらを掴もうと向かっていったが、茂治に一喝されて止まる。

 ギブソンは英語で話し始める。

 

『何だ……生きていたのか。命の危険を伴う緊急手術だと聞いたから来てやったが、まるで俺が悪いみたいじゃねーか』

「あ、あの! ミスターギブソンがこの度は申し訳なかったと言っています。本田氏の手術が成功して本当に良かったと安心したと申しております」

 

 通訳の日下部の話を聞いて、佐藤家の父親以外の4人が反応した。妹の美穂だけは上手く聞き取れていなかったが、内容と違うことだけは分かったみたいだ。

 その他の人達は英語が分からないので、日下部の話を鵜呑みにしている。

 

「わざわざありがとうございます。お陰様で助かりました」

 

 茂治は頭を掻きながら、軽く笑って返事をする。

 日下部はボソボソとギブソンに伝える。

 

『ふん、あの程度避けられないなんて、やはり日本のレベルも大したことないな。俺はもう帰るぞ』

「え! ええっと、茂治氏の体調には気を付けてお過ごし下さいとのこ──」

『もう良いよ。下手に誤魔化す通訳なんてしないで』

 

 日下部の言葉を遮って、英語で話し出す翔。

 それを聞いて日下部は黙り、ギブソンは帰ろうとしていたが翔を見た。

 

『ミスターギブソン。あなたは人を1人殺しかけた自覚はあるのですか?』

『何だと……?』

『あなたのデッドボールのあと、もし一晩時間が空いていたら、茂治氏はこの世にいなかったと医師は言っていました』

『……』

 

 翔があまりにも流暢に英語を話していたことと、そこまで危険な状態だったと思っていなかったギブソンは思わず絶句する。

 

『ここにいる少年は吾郎といって、茂治氏の息子です。おそらくあなたの息子と同い年くらいでしょう』

『その少年が……!?』

『ええ、もし茂治氏が亡くなっていたとしたら、この年齢でこの世で唯一の肉親を失っているところだったのですよ』

『……母親もか』

『ええ、2年前に他界しています』

 

 ギブソンは吾郎を見て、自身の息子であるJr(ジュニア)を思い浮かべていた。

 そのJr(ジュニア)が同じ目にあったときのことを考えると、いたたまれない気持ちになっていたのだ。

 

『確かに野球は硬球を使うため、最悪の事故はあり得ます。今回もわざとではないのでしょう。ですが、この場でそういった発言をするのはおかしいことを自覚してもらいたいです』

『……』

『あなたは茂治氏に打たれました。そして、今茂治氏は死を免れてここにいます。ミスターギブソン、あなたがプロとして今やらなくてはいけないことは何でしょうか?』

『俺が……やらなきゃいけないこと……』

 

 ギブソンは顔を俯かせてしまった。

 英語が分からない人達は何がどうなっているかも理解出来ていないため困惑している。

 1分ほどの沈黙の後、ギブソンが吾郎のところに行き、立て膝になり吾郎と目線を合わせる。

 

『ボーイ。今いくつだ?』

「え? ……え?」

「吾郎君が今何歳か? だって」

 

 吾郎は意味を理解して、両手を使って「6歳です!」と伝える。

 通訳しなくてもギブソンには意味が通じたのか、軽く笑って吾郎の頭を撫でる。

 

『6歳か……確かにJr(ジュニア)と同い年だな……』

 

 そのまま茂治の元へ行き、日下部に今度はきちんと通訳をしろという。

 

『ミスター本田。本当にすまなかった。あなたの大切な息子を1人にさせてしまうところだった』

「あ、いえ……」

『昨日あなたに打たれたことはとても悔しかった。でも俺とあなたが生きている限り、また対戦出来る。次は絶対に負けないからそのつもりでいてくれ』

「……! ああ、俺も負けない!」

 

 そう言って2人は笑顔で握手を交わした。

 こうして本来であればあり得ないはずだった縁が結ばれることとなるのであった。

 

 

『本田茂治の命を救ったため、ボーナスポイントが付与されます』

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「翔、凄かったね! あんなに大きなギブソン相手に色々と言えるなんて!」

「本当ね。私も英語を勉強しておいて良かったわ。息子の格好良い姿を見れたんだもの」

「私だけ英語分からなかったのが悔しいな……今からでも英語の勉強を始めようかな」

 

 帰りの車で疲れて寝てしまった美穂以外の全員で翔を褒めていた。

 翔は嬉しかったが、茂治の命を救ってしまった以上、ギブソンにも何かフォローをしないと今のままメジャーに帰ってしまうと感じていたため、出来る限りのことはしたつもりでいる。

 これで何も変わらなければ茂治に負けっぱなしの日本滞在になるであろうと翔は予測する。

 

「何にせよ、吾郎君のお父さんが助かって良かったよ」

 

 翔は心の底から安心していた。

 本当に賭けだったのだ。これ以外に接触する方法が思い浮かばなかったのだ。

 横浜スタジアムに行っても良かったのだが、確実に会える保証がなく、そもそも観戦に行くだけでも黙って出ていくよりハードルが高い。

 

 翔はギリギリだったかもしれないが、これがベストなのだと思うことにした。

 車の中で談笑しながら、佐藤家は温かい気持ちのまま家に帰るのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

『小学校に入学したため、ボーナスポイントを付与します。また、基礎能力をFに上げるための必要ポイントが減少します』

 

 翔は小学校に入学した日、急に出てきたアナウンスに驚いた。

 入学時にポイントを付与されたのは予測していたが、まさかGからFに上げるための必要ポイントが減少するとは思っていなかったのだ。

 

(よくよく考えたら当たり前だよね。体が出来ていないのにS+とか1つの項目でも達成していたら、相当な化け物になってしまいそうだよ)

 

 早速翔はポイントを割り振ってみることにした。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

【佐藤 翔ステータス】

◇投手基礎能力一覧

球速:80km

コントロール:F-

スタミナ:F-

変化球:なし

 

◇野手基礎能力一覧

弾道:2

ミート:F-

パワー:F-

走力:F-

肩力:F-

守備力:F-

捕球:F-

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 全体的に1段階ずつ上げて体を慣らそうと決める。

 他にも特殊能力を取ろうと思ったが、前回無理に上げすぎて身体が動かなくなってしまったため、一旦保留にした。

 

(吾郎君のお父さんを助けたときのボーナスポイントがかなり多くて、まだまだ上げられそうなんだよね。でも今は我慢しよう)

 

 

 

 小学校に入っても特にそこまで変わることはなかった。

 学校が終われば吾郎と野球の練習をして、少しずつ身体を作っていく。

 寿也と一緒に吾郎が公園でやっている訓練にも付き合うようになり、身体能力も上がっていた。

 

「みんな、かなり上手くなってきたよね!」

「だね! 小学校4年生が待ち遠しいなー!」

「吾郎君はリトルリーグに入るの?」

 

 寿也の問い掛けに吾郎は「もちろん!」と答える。どこに入るかまではまだ決めていないが、茂治と一緒に決めていくとのことだ。

 これからがスポーツ選手になっていくための大切な期間(ゴールデンエイジ)に入ってくるため、翔は吾郎と寿也に怪我をさせないような練習を促していくのであった。

 

 

 

〜幼少期編 完〜

 




これで翔君の幼少期編が終わります。
最後駆け足になりましたが、早めにリトルリーグ編行きたかったので。
4年生までの話は時間がある時に間話などで作ってみたいと思います。


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第二章 リトルリーグ編
第六話※


本話から第二章が始まります。
これから徐々にパワプロステータスも活かされてくるはずなので、よろしくお願いします!

それと、テイルズオブデスティニーの二次創作も始めました。
私が好きなだけの完全な趣味になっていますが、良かったらご覧くださいませ。
『7人目のソーディアンマスター』
https://syosetu.org/novel/218961/



 ギブソンと茂治の出来事があってから、3年の月日が経っていた。ギブソンはその後、契約通り半年でメジャーに帰って行った。

 半年という短い間だったが、初戦以降1度も負けることはなく、その存在感を大きく示していた。

 茂治との対戦も一進一退の状態でほぼ結果が付かず、最大のライバルとまで言われていた。

 

 そして、翔と寿也は小学校四年生になり、勉強も運動もクラスでトップを争うようになっていた。

 顔も爽やかで、性格も明るいので学校でも”イケメン兄弟”として上級生からも告白されるくらいモテてもいた。

 

「翔、ここ分からないんだけど教えてもらえる?」

「ん? どれ?」

 

 今日出された宿題についての質問──ではなく、2人は独自にどんどん先の勉強を進めていた。

 今やっているのは中学3年生で習う数学の問題だった。

 勉強だけでなく野球もきちんと続けており、今週末からリトルリーグに参加することになっている。

 

「それにしても残念だねー。吾郎君と一緒のチームに入りたかったのに!」

「まぁそこは仕方ないよね。僕らは”横浜リトル”に入るように父さん達から言われているし」

 

 野球をするにあたって、一番良い環境を用意したいという両親の勧めもあり、近くで一番強豪である”横浜リトル”に行くことになっていた。

 これも両親が文武両道を心掛けているからであり、翔も寿也も不満はない。

 吾郎も一回誘ったのだが、「近くの”三船リトル”でいいよ」と言われてしまったので、残念に思っていた。

 

 そして、小学校四年生に上がったことで、翔のステータスはかなり向上していた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

【佐藤 翔ステータス】

◇投手基礎能力一覧

球速:112km

コントロール:E

スタミナ:E

変化球:

チェンジアップ:2

 

◇野手基礎能力一覧

弾道:2

ミート:E

パワー:E

走力:E

肩力:E

守備力:E

捕球:E

 

◇特殊能力

ノビD+

回復D+

送球D+

外野手○

 

◇◇◇◇◇◇

 

 基礎能力のEはリトルリーグで通用するかどうかのレベルである。

 Eだとレギュラークラス、E+になれば全国トップクラスの実力となる。

 翔は今まで貯めたポイントをほぼ全て使って今の能力にしていた。

 

(よし、これなら多分横浜リトルにいても上手くやっていけるかな。寿也がキャッチャーをするのであれば、僕はピッチャーをしつつ、外野手の二刀流を目指してやっていこう)

 

 リトルリーグに入るにあたって、自分がどのポジションがいいかを悩やんだ結果、ピッチャーと外野手の二刀流でやっていくことにした。

 よくある感じのポジションだが、寿也がキャッチャーをやりたいと言っていたことと、今後吾郎と同じチームになったときにポジションが被っても問題なく出場できるように外野手もやっておこうと思っていた。

 

 ピッチャーの能力は球速を優先して上げて、原作の吾郎よりも速く投げられるようにした。

 理由は”チェンジアップ”をより活かすためだ。

 翔のチェンジアップは35kmくらいの球速差があり、しかもそこそこ落ちるのでタイミングを外されると当てることすら難しいのだ。

 その代わり、基礎能力や特殊能力を限界まで上げる余裕(ポイント)がなくなってしまったが、小学校卒業までに限界まで上げられるようにするつもりだった。

 

 野手は平均的に上げて、リトルリーグではレギュラークラスの実力はある。

 特殊能力に関しては、ノビ、回復、送球をD+に上げた。これらは基礎能力と違って、Dが標準の状態である。

 

(それにしても……吾郎と寿也はすごいよな。僕が能力を上げるたびにすぐに追いついてくる。……才能は怖いなぁ)

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 週末。翔と寿也は横浜リトルが本拠地として使っているグラウンドに来ていた。

 おそらく新四年生と思われる子供達が20人以上いるので、さすが強豪だと2人は思っていた。

 

「よし! じゃあ新四年生は集合!」

「「「「「はいっ!」」」」」

 

 サングラスを掛けた監督らしき人に集まるように指示をされたので、全員走って向かう。

 翔たちも遅れないように走り、整列する。

 

「俺は横浜リトル監督の樫本(かしもと)だ! 早速だが、全員の自己紹介と希望するポジションを言ってくれ!」

 

 樫本が端から自己紹介をするように伝える。

 全員が大きな声で自己紹介と希望するポジションを言っていく。

 

「じゃあ次!」

「は、はい! 佐藤寿也です! 希望ポジションはキャッチャーです!」

「キャッチャーか。なかなか希望する人も少ないから、レギュラー取れるように頑張ってくれ! じゃあ次!」

「はい! 佐藤翔です! 希望ポジションはピッチャーと外野です!」

「…ん? お前ら似てるな?」

「僕らは双子なんです。兄弟でレギュラー取れるように頑張ります!」

 

 「双子でバッテリーか……それも面白いな」と話す樫本や周りの生徒。

 特に問題なく自己紹介は終わり、翔はこれから練習かと思っていたら、

 

「ではこれから各希望ポジションごとに入団テストを行う! まずはピッチャーからだ! 希望者はマウンドへ行け!」

「「「「はい!」」」」

 

 数人がマウンドに走っていくので、慌ててついていく。

 寿也がちょっと心配そうな様子で翔の背中を見ていた。

 

(そういえば入団テストがあるのを忘れてたよ。そのために能力を上げたのに……)

(翔……多分忘れてたな。今日家出るときにも伝えたのに。まったく……)

 

「では順番に投げてくれ。まずはお前からだ」

「はい!」

 

 上級生がキャッチャーをしてくれて、ピッチャー希望の新四年生は10球ずつ投げていく。

 速く投げる人でも80km中盤のストレートしか投げていないため、翔は少し心に余裕を持つことが出来ていた。

 そして翔の番が来た。

 

「よし! 次!」

「はい! お願いします!」

「まずはストレートからだ」

 

 翔はいつも通り、ワインドアップからオーバースローでストレートを全力で投げ込む。

 ボールはキャッチャーのミットを弾き、後ろ側へ飛んでいった。

 樫本含めて、見ていた全員──もちろん寿也は笑っていた──が黙ってしまった。

 

(な……今のは110kmは確実に出ていたぞ。四年生でこれだけの球を投げられるなんて……)

 

「おい、確か佐藤といったな?」

「はい!」

「変化球は投げられるのか?」

「チェンジアップだけですが……」

「よし、投げてみろ!」

 

 それを聞いて投げようとマウンドに行くが、キャッチャーをしていた上級生が捕れないと拒否する。

 

「たくっ、情けないやつだな。誰かキャッチャーいないか!?」

「……」

 

 誰も捕りたがらず、グラウンドが静まる中、寿也が手を上げて立候補する。

 

「あの〜、僕でよければ」

「お前は……よし、用意しろ!」

 

 寿也はすぐに防具をつけて定位置へ行く。

 そして樫本はチェンジアップを投げるように指示を出す。

 翔はさっきと同じように振りかぶってボールを投げる。腕の振りなどはほぼ同じなのに、翔の手から放たれたボールはものすごいスローボールで軽く落ちながらキャッチャーミットに収まった。

 

 それからストレートとチェンジアップを交互に投げるが、寿也は難なく捕球する。

 その姿を見ていた周りの生徒達はさらに驚いていた。

 

(まさかキャッチャーの佐藤もここまでいいとはな……この世代で黄金時代を築けるかもしれん……!)

 

「よし! もういいぞ! 佐藤兄弟、2人とも合格だ! 横浜リトルでこれから頑張りなさい」

「「は、はい! ありがとうございます!」」

 

 横浜リトル入団が決まった2人は目を合わせて微笑み、お互いに近付いてハイタッチをした。

 その後、入団テストは無事終わり、約半数の13人が入団テストに合格したのであった。

 

 家に帰り、両親に合格したことを告げると、とても喜びお祝いにと夕ご飯がとても豪華になった。

 妹の美穂も一緒に喜んでくれて、翔と寿也は満足した様子でその日を終えたのであった。

 

『横浜リトルの入団テストに合格したため、ボーナスポイントを付与します』

 




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第七話

 横浜リトルの入団テストに合格してからというもの、平日は学校が終わって家に帰ったら宿題をして吾郎と野球をする。

 家に帰ったら、夜ご飯を食べてお風呂に入り、中学生で習うレベルでの勉強をする。

 そして、土日は横浜リトルの練習に参加をして、家に帰ったら勉強をするの繰り返しである。

 

「翔くん、寿くん。横浜リトルの練習はどんな感じなの?」

「んー、やっぱり練習は厳しいよ。さすが神奈川の強豪チームだけはあるよ」

「だね。僕らも吾郎君と毎日野球やっていなかったら、ついていけていなかったと思うな」

 

 誘ったときは興味がないと言っていた吾郎でも、横浜リトルの練習がどんな様子なのかが気になるようで、キャッチボールしながらの雑談はリトルチームの話が多かった。

 吾郎の入った三船リトルの話を聞くと、すごい嫌そうな顔をして愚痴を言ってきた。

 人数が足りなくて潰れてしまいそうなこと。数少ない練習時間も、今のままでは少年サッカー団に取られてしまうことなどだ。

 

「でね、ひどいんだよ! せっかくいじめから助けてやったのに、お礼も言わずにいじめっ子について行っちゃうんだぜ!」

「あー、そうなんだ。まぁ……でも気持ちは分かるかもしれないなー」

「え、どういうことだよ?」

 

 吾郎の発言に対して、いじめられっ子の味方をするような発言をした翔に対して、少し怒りを滲ませて吾郎は尋ねる。

 寿也もまさかそんなことを言うとは思っていなかったのか、少し驚いた顔をしている。

 

「ああ、ごめんごめん。別に吾郎君が悪いなんて言っていないよ。お礼を言わなかったのは確実にその子が悪いんだよ」

「じゃあ何の気持ちが分かるの?」

「えっとね、そのあといじめっ子について行ったってところかな。その子からすると、吾郎君はまだ友達でも何でもないんだよ。

まだ関係性が出来ていない状態だからね。いじめっ子の方が今まで一緒にいたっていう関係もあるし、今後もしかしたら1人になってしまう不安とついていかなかった時の報復が怖かったっていうのもあったんじゃないかな?」

「じゃあ助けなければ良かったの?」

「そうじゃないよ」

 

 翔は吾郎に対して丁寧に説明をする。

 寿也も黙って聞いているので、翔は一旦キャッチボールをするのをやめて話すのに集中する。

 

「必要なのは”関係性”さ。信頼を積み重ねていくことで、相手と上手くいくことって多いんだよ。

吾郎君がいじめから助けたってことは本当にすごいことだよ。誰でも出来るわけではないからね。

だからこそ、その子は今揺れていると思う。吾郎君を信頼していいのか、それともまた新しいいじめっ子になってしまうんじゃないか? って」

「俺は小森をいじめたりなんてしないよ!」

「僕らは分かってるよ。吾郎君はそういう格好悪いことをする人じゃないって。でもその……小森君? はまだ吾郎君のことを知らないわけでしょ?

だから揺れているんだ。もし吾郎君が自己満足で助けるだけって思っていないのであれば、諦めなければその子にも伝わると思うよ」

 

 翔の言葉に吾郎は何かを考えている様子であった。

 吾郎の考えがまとまるまで翔は黙って待っていた。

 

「……実はさ、俺の前に小森を助けようとした女がい──」

「──()()()……でしょ?」

「う……お、女の子がいてさ。その子と言い合いになったってのがきっかけなんだよね」

「そっか。きっかけは何でもいいと思うよ。でもその女の子も優しいんだね。1番初めに声を上げるなんて勇気がいることだもん」

「……そうだな。そうだよな!」

「でも気を付けて。その女の子はきっとまた小森君がいじめられた現場を見たときに助けようとすると思う。そのときにいじめっ子から仕返しがあるかもしれないから。

吾郎君には言う必要ないと思うけど、そのときは必ず味方になってあげてね」

「分かった! 翔くんありがと!」

 

 吾郎はすっきりした顔になって改めてキャッチボールを再開した。

 翔としても原作知識を使って少しでも良い状況に持っていけるのであればと思ってアドバイスをしている。

 そんな()の姿を見て、尊敬をした目で見ている寿也()がいた。

 

(翔はすごいなぁ。たまに抜けているけど、僕なんかとは大違いな気がする。何でも出来るし、考え方も大人な気がするし。双子なのに何でこんなに違うのかなぁ……)

 

「寿也」

「え……? 何?」

「僕と寿也はちゃんと似ている双子だよ。寿也が思っている以上に僕は寿也に助けられているし、寿也のことを弟として尊敬しているからね」

「……悔しいなぁ。何でもお見通しなの?」

「ふふふ。なんとなくだよ。そこは兄の特権としておいてくれたまえ」

 

 寿也が卑屈になりそうなときに、いつも声を掛ける翔。なんとなく分かるだけだが、的中率が100%なのは双子だから出来ることなのであろう。

 吾郎は何回もこの光景を見ているため、慣れたものだが、兄弟がいることに対して羨ましいとも思っていた。

 その後、家に帰ってから茂治と桃子に弟をねだっていたが、その姿は2人が結婚してから何回も見られていたのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「よし! 全員集合!」

「「「「「「「はいっ!!!!」」」」」」」

 

 入団して少し経った頃、横浜リトルの練習グラウンドで監督の樫本に呼ばれて集まるメンバー。

 五・六年生は整列も綺麗でまるで軍隊のように並んでいる。

 四年生はまだ慣れていないため列がズレたりしているが、そこは半年もすれば直るので樫本は特に何も言わない。

 

「新四年生が入って慣れてきたと思うので、これから紅白戦を行う! まずはレギュラー対控えの五・六年生。次に控えの五・六年生対新四年生。最後にレギュラー対新四年生だ。

控えの五・六年生は、紅白戦の結果によってはレギュラーになるチャンスでもあるから、気を引き締めていくように!

それと新四年生は見て勉強するだけでなく、分からないことなどもどんどん聞いて吸収するように!」

「「「「「「「はいっ!」」」」」」」

 

(おお! 紅白戦か! レギュラーとも対戦できるのはすごい楽しみだね!)

 

 翔は入団して初めての紅白戦をすることにワクワクしていた。

 上級生からすると次の練習試合や大会に向けてレギュラーになるチャンスでもあるので張り切っている。

 四年生は余程のことがない限りレギュラーにはなれないので、試合の緊張感を味わうのと上級生に胸を借りることで良い経験になることから、この時期に紅白戦を行うのだ。

 

「それではまずはレギュラー対控えの五・六年生の試合だ! アップしたら、すぐに始めるぞ!」

 

 樫本がアップするように指示を出す。リトルリーグは1試合6回までで投球数などにも明確なルールがある。

 理由としては、これから成長する小学生を守るためであり、監督などの大人の事情で無理をさせないためでもあるのだ。

 

 アップが終わり、これからレギュラー対控えの五・六年生の試合は始まろうとしていた。

 樫本は中立を保つために審判をしており、各コーチが監督役をしていた。

 

「では始めるぞ。先行はレギュラーチームだ」

「「「よろしくお願いします!」」」

 

 1回の表。レギュラーチームの攻撃である。

 バッターはショートを守っている伊達。小学校六年生だ。

 対する控えチームのピッチャーは菊地。同じく六年生で、入団当初からレギュラーのピッチャーとエースの座を争っている選手である。

 

「プレイボール!」

 

 菊地が振りかぶり、1球目を投げる。

 ストレートがど真ん中を伊達が見逃し、ストライクとなる。

 2球目。今度は投げたボールが曲がり、伊達は空振りをする。

 

「ストライク! これでノーツーだ」

 

 3球目は菊地が外角高めに外してボール。

 そして4球目。

 

(よし! ここで俺の得意の速球で勝負してやる!)

 

 菊地は得意球であるストレートを投げる。

 しかし、伊達はそれを待っていたかのように、バットを叩きつけるように振り、ボールに当てる。

 ボールはワンバウンドしながら高く上がり、菊地が捕球するも、その間に一塁ベースを駆け抜けていた。

 

「お! 出たぞ! 伊達の得意技”叩きつけ打法”!!」

「あいつはいつもあれで出塁するからなー」

 

 レギュラーチームのベンチから声が上がる。

 菊地はそれを見て、すごい悔しそうな顔をする。

 自分の得意球(ストレート)を狙い打ちされたのだ。悔しくないはずがない。

 

 次は2番セカンドの村井。

 バントが得意なたらこ唇が特徴の選手である。

 菊地は打たせまいと投げるも、堅実に送りバントを決められて一死(ワンアウト)、二塁となる。

 

 次の3番打者をファーストゴロで抑えるも、ランナーが進塁してしまい、二死(ツーアウト)、三塁。

 4番はサードを守る真島。

 速球に強く、高い実力の持ち主でレギュラーになってから4番を誰にも譲ったことがない選手である。

 

(くそ。真島に回る前にこの回を終わらせたかったのに……)

 

 菊地は軽く汗を拭い、左打席に立つ真島を睨み付ける。

 キャッチャーがサインを出し、菊地がセットポジションからストレートを投げる。

 しかし、力み過ぎたのかキャッチャーの手前でショートバウンドになり、キャッチャーは慌てて身体で受け止める。

 三塁にいた伊達がホームを狙うが、菊地もカバーに入ろうとしたので慌てて三塁に戻る。

 

 キャッチャーは「落ち着いていこう!」と菊地に声を掛けながらボールを投げる。

 菊地は受け取りマウンドに戻った後、落ち着くように深呼吸をする。

 そして、キャッチャーのサインを見て、セットポジションから内角に得意のストレートを全力で投げる。

 

 

 

 

 

 しかし────

 

 

 

 

 

 

 

 真島が待っていましたとばかりにバットを振り抜き、ボールは右中間を突き破り更に飛んでいく。

 菊地は打たれた瞬間に後ろを振り返るが、ホームラン用に作られた柵を越えていくボールを見て項垂れた。

 

(うわぁ。あれは内角のストレートを狙っていたみたいだな。4番のあの先輩、相当できるぞ)

 

「翔、今ホームランを打った先輩……相当上手いよね?」

「だな。あの人を抑えるのは相当苦労しそうだな。寿也のリードに期待をしよう」

「え! 翔も頑張ってよ!」

 

 真島のホームランを見て、レギュラーチームに勝つのは相当困難だと確信する翔と寿也。

 結局、レギュラーチームは控えチームに8対0のコールドで勝利した。

 お昼休憩を一回挟み、次の試合になる。お昼ご飯の間、翔と寿也はレギュラーチームをどう抑えるか、そして控えチームに勝つにはどうすればいいかなどをずっと話し合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして……新四年生と控えチームの試合が始まる。

 




翔くんは吾郎が女性を「女」と言うことに対して矯正をしております。
当たり前ですね!

茂治と桃子は吾郎が小学校に入学してから数ヶ月後に入籍をしている設定です。

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『MAJORで吾郎の兄になる』という作品も掲載しておりますので、下記から併せてご覧いただけますと幸いです。
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第八話

テイルズオブデスティニーの二次創作も始めています。
私が好きなだけの完全な趣味になっていますが、良かったらご覧くださいませ。
『7人目のソーディアンマスター』
https://syosetu.org/novel/218961/



「じゃあ新四年生のスタメンを発表する」

 

 新四年生チームの監督担当のコーチがスタメンを発表する。

 寿也はキャッチャーで、翔はセンターとなった。

 翔はレギュラーチームとの対戦時に先発でいくとのことなので、今回は野手としての能力を見られている。

 

「初めての試合が翔のボールを捕れないのは残念だけど、精一杯頑張ろうね!」

「だな! レギュラーチームとの試合の時は俺も頑張って投げるよ!」

 

 先攻は控えチームでスタートする。

 

「プレイボール!」

 

 新四年生チームの先発である富岡は、少し自信が無さそうに振りかぶってから投げる。

 ボールは高すぎてしまい、審判の樫本の頭を越えて後ろにいってしまった。

 寿也は樫本から新しいボールを受け取り、富岡のところへ向かう。

 

「ご、ごめん。き、緊張しちゃって……」

「大丈夫だよ。誰だって初めは緊張するんだから! 打たれるとかも気にしなくていいから思いっきり投げていこう!」

「わ、分かった!」

 

 少し緊張がほぐれた富岡は、軽く深呼吸してから寿也を見る。

 寿也はど真ん中に構えて、思いっきり投げてこいと身体でアピールする。

 富岡は軽く頷くと、振りかぶって投げる。ボールはバットに当たるが、打ち上げてしまい、キャッチャーフライとなった。

 

「ナイスピッチャー! 一死(ワンアウト)だよ!」

「う、うん!」

 

 寿也はボールを富岡に返して、声を掛ける。

 アウトが取れたからか、富岡は嬉しそうな顔をして寿也に返事をする。

 結局1回表は特に動きがなく三者凡退でチェンジとなった。

 

 1回の裏。新四年生チームの攻撃が始まる。

 レギュラーチームの時は菊地がピッチャーだったが、今回は五年生のピッチャーであった。

 五年生でも四年生と1学年違うだけで球速も全く違うので、1番と2番は手も足も出ずに三振で終わった。

 

 二死(ツーアウト)、ランナーなし。3番で出てくるのは翔だった。

 コーチには翔と寿也のどちらが4番にするかを相談されていたのだが、今後のことを考えて寿也には4番としての意識を早いうちに持って欲しいと思っていた翔は、寿也を4番にして欲しいとお願いしていた。

 

「翔ー! 打ってねー!」

「翔! 頑張れー!」

 

 寿也だけでなく、チームメイトにも応援されながら打席に立つ。

 翔も新しい人生での初打席のため、それなりに緊張していた。

 

(前世でも野球経験はあったから緊張はしないと思ったけど、やっぱり緊張するな)

 

 翔は右打席に立ち、構える。

 ピッチャーは1、2番が簡単に三振に取れたので、四年生には打たれないと自信満々の顔をしている。

 そして振りかぶって、1球目を投げる。

 

「ストライク!」

 

 ストレートが内角に決まり、ストライクとなる。

 翔は様子を見るためにあえて見逃していた。

 そして一旦バッターボックスから出て、素振りをする。

 

(んー、多分85km前後かな。5年生の平均よりも少し速いくらいか)

 

 バッターボックスに戻り構えると、ピッチャーが第2球を投げる。

 今度は低めにボールが入り、ツーストライクと追い込まれる。

 

「バッター打つ気ないよー!」

「ボール見えてないよ! ナイスピッチ!」

 

 相手チームの選手から軽いヤジが飛ぶが、よくあることなので翔は気にしていない。

 第3球目は外角高めに外れてボール。第4球目は外角真ん中をカットしてファール。

 カウントはワンボール、ツーストライク。

 

(お前もこれで三振だ!! ……あ、しまった!)

 

 ピッチャーが三振を取ろうと力んでしまったため、ボールが真ん中高めに浮いてしまう。

 その甘い球を逃す翔ではなかった。

 甘く入った球を翔は振り切り、外野の頭を越えていく。そのまま柵も越えてホームランとなった。

 

「おおおおお!!! 新四年生がホームランを打ったぞ!」

「「「翔! ナイスバッティングだー!」」」

 

 見学していたレギュラーチームも驚き、チームメイトもホームランに喜んでいた。

 翔は少し照れ臭そうにベースを回る。

 そしてホームベースを踏み、待っていた寿也にハイタッチをする。

 

「翔、ナイスホームラン」

「へへ、ありがと。次は寿也の番だな! 頼むよ、4番!」

「ちょっと! プレッシャーかけないでよ」

 

 2人は笑いながら話し、ついでにピッチャーの特徴も寿也に教える。

 ストレートはそこまで速くないこと。変化球は何を持っているかは分からないが、ストレートを待って振り切れば強い当たりになり、最低でもヒットにはなるであろうということなどだ。

 寿也は頷き、そのまま打席に向かう。

 

(まいったなー。翔が初打席でホームラン打っちゃうなんて思っていなかったよ)

 

 苦笑いを浮かべながら打席で構える寿也。

 ピッチャーはホームランに対して呆然としていたが、寿也の苦笑いの顔が自分を馬鹿にしているように見えたのか少し腹を立てている。

 そして気持ちが落ち着かないまま第1球を投げる。

 

(え……! これ……!?)

 

 ハーフスピードで投げられたボールに対して、寿也は思わずフルスイングをする。

 バットは大きな音を立ててボールを弾き飛ばし、そのままレフトの頭上を越えてホームランとなる。

 

「「「「…………」」」」

 

 先ほどのホームランの熱が冷めないうちに、1球目でホームランを打った寿也に、今度は全員が黙ってレフトの柵を越えていったボールを追ってしまう。

 寿也は翔と同じ反応にならなかったことを不思議に思いながらベースを回り、ホームベースを踏んだところでチームメイトが歓声を上げる。

 

「「「「うおおおお! 2者連続ホームラン!!」」」」

 

 翔は寿也に駆け寄り、先ほどと同じくハイタッチをする。

 

「ナイスバッティング、寿也」

「ありがと」

「てか、俺より飛ばすなよな。みんな驚いて黙っちゃってたじゃんか」

「あはは。同じホームランなんだから気にしないでよ」

 

 2人は笑いながら、軽口を叩き合う。

 ピッチャーは項垂れてしまって、マウンドでキャッチャーに慰められていた。

 次の5番はなんとかセカンドゴロに打ち取り、嫌な流れを切った控えチームだった。

 

(佐藤兄弟。バッテリーとしてだけでなく、打者としても逸材か。これは次の大会でレギュラーとしても考えないといけないな)

 

 樫本は翔と寿也を早いうちから起用していこうと思っているのか、少し嬉しそうな顔をした。

 そして2回の表。ピッチャーの富岡は2点の援護を貰い、少し落ち着いて投げていたのだが、4番と5番に連続ヒットを打たれてしまい、ノーアウトでランナー1塁、3塁となる。

 

「と、寿也君。ごめんね。コントロールがあまり良くないから」

「大丈夫だよ! 点数はこっちが勝っているんだから、まずは得点を気にしないでワンアウトを取っていこう!」

 

 前進守備でスクイズを警戒する新四年生チーム。

 6番打者はバントをする素振りを見せず、バットを構える。

 富岡が1球目を高めに投げる。スクイズシフトのため、ボールを一旦外した。

 

 そして2球目。真ん中に甘く入ってしまったボールを打者は見逃さずに打つ。

 ボールは翔のいるセンターに飛んでいく。翔はキャッチをしてバックホーム体勢に入るが、直接投げずにショートに中継をした。

 ランナーはタッチアップが成功して控えチームが1点返すこととなった。

 

 この回は1失点で切り抜けたが、その後も毎回失点を重ねてしまい4回表までで5失点となり交代する富岡だった。

 新四年生チームは寿也以降、ヒットすらも打てず凡退を重ねて初回以降は無得点のままだった。

 

「まぁそうなるよなー」

「新四年生チームに控えチームが負けたら、それこそまずいだろ」

 

 レギュラーチームは冷静に分析をしているが、新四年生チームの奮闘には心から凄いと感じていた。

 なぜなら自身が新四年生チームだった頃は、初回で10点以上取られる最悪な試合だったからだ。

 だが、通常の新四年生はこれで奮起して練習にもっと身が入るようになるので、今回の紅白戦は毎年行われていたのであった。

 

 4回の裏。バッターは3番の翔から始まる。

 翔は打席に立ち、初回から奮闘している五年生ピッチャーを観察する。

 

(2回以降ランナーを1人も出さずにきているから、持ち直しちゃったか……じゃあまた崩れてもらおうかな)

 

 ピッチャーは先ほどホームランを打った翔を警戒して甘いボールを投げないようにしている。

 スリーボール、ノーストライクからの4球目。ストライクゾーンから外れているが、翔は構わずカットする。

 そこから翔はボールをカットし続ける。8割くらいの力で振っているので、疲れすぎず尚且つ”カット打法”で卑怯だと言われないようにしていた。

 

(俺は悪くないと思うんだけど、賛否両論の方法だからね。これに関してはなんとも言えないかな)

 

 何球もカットすることで疲れてしまったピッチャーは、ボールがすっぽ抜けてしまい結局四球となってしまう。

 翔としてもまともに打たせてもらえなさそうだったので、それならば次の寿也に少しでも残してあげられるようにしたかったのだ。

 現にピッチャーは翔に十何球も投げて、息を切らしている。

 

(翔……そんなことされたら打つしかないじゃないか)

 

 この場で翔の思惑に気付いていたのは、監督の樫本と寿也くらいであった

 残りのほぼ全員は翔が粘っているくらいにしか思っていなかったのである。

 寿也は翔の気持ちに気付きつつも、自分の打席に集中しようと深呼吸をしてバッターボックスに入る。

 

 ピッチャーはすごい汗をかき、息を切らしているが、そのまま投げるつもりなのか、セットポジションから構えて投げる。

 その瞬間、翔はセカンドベースに向かって走り、キャッチャーも翔に気付いてボールを投げるもセーフとなる。

 これでノーアウト、ランナー二塁である。

 

 ピッチャーは嫌そうな顔をするが、寿也に集中しようとキャッチャーミットだけを見るようにしていた。

 そして2球目。ピッチャーの全力のストレートを、寿也が思いっきりバットを振り抜く。

 今度は左中間にある柵を越えて、ツーランホームランとなるのであった。

 

(そゆこと。別に僕が打っても、寿也が打っても2点入るのは変わらないんだよね)

 

 翔と寿也はベースを回り、ベンチに帰るとチームメイトに歓声と共に迎えられた。

 コーチに「騒ぎすぎるなよ」と注意されるが、残り1点差まで追いついたことで逆転出来るのではないかと思ったりもしていたのである。

 だが、その勢いも5番以降が打ち取られて、チェンジとなることで収まってしまう。

 

 結局、塁に出て得点を上げたのは翔と寿也だけで試合も4対6で負けてしまった。

 新四年生チームは残念そうにしていたが、レギュラーチームや控えチーム、そして樫本とコーチ陣は翔と寿也──特に寿也──に対して評価を上げていた。

 寿也のリードがあったから6失点で済んでいたのだ。これが他のキャッチャーであったら、毎年同様に初回で10点取られることもあり得たからだ。

 

「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」

 

 新四年生チームと控えチームは礼をして、樫本の話を聞く。

 

「じゃあ1時間休憩をしたのちに、今度はレギュラーチームと新四年生チームの試合を始める。身体を冷やさないようにだけ気を付けておけ!」

「「「「「「「はい!」」」」」」」

 

 全員、グラウンドの端っこで休憩をする。

 翔と寿也は軽く休憩をした後、キャッチボールをしていた。

 

「寿也のリードはすごいね」

「そんなことないよ。富岡君とかピッチャーが頑張ってくれたからだよ」

「確かにそれもあるね。みんなすごい頑張ってたよね」

 

 次は翔が先発のため、肩を冷やさないようにキャッチボールをして身体を温めていた。

 お互いに次のレギュラーチーム戦が本番だと思っているので、気合は十分だった。

 そして雑談もそこそこに休憩が終わり、レギュラーチームと新四年生チームの紅白戦が始まるのであった。

 




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第九話

皆様のお陰でお気に入り数が1,000件を超えました。
本当にありがとうございます。

そしていつも誤字報告をしてくださり、本当にありがとうございます。
これからも皆様に楽しいと思ってもらえる作品を書いていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。



「じゃあこれからレギュラーチーム対新四年生チームの試合を始める。先行はレギュラーチームだ」

「「「「「「「お願いします!」」」」」」」

 

 試合開始となり、新四年生チームが守備につく。

 翔がマウンドに行き、キャッチャーである寿也に軽く投げ込みをする。

 

(こいつ、確か控えチームの試合の時にホームラン打っていたやつだな。ピッチャーもやっているのか。だがスピードは大したことなさそうだな)

 

 1番打者の伊達は翔を観察する。

 レギュラーチームは新四年生の入団テストを見ていないため、翔がどんな球を投げるのか知らないので、投球練習でしか判断をしていない。

 そして投球練習が終わったため、バッターボックスに入る。

 

「プレイボール!」

 

(よし! 初めてのマウンドだ! 寿也がキャッチャーで出来るなんて楽しみだな!)

(ふふふ。翔、楽しそうだな。相手も舐めてきているみたいだし……ここは一発びっくりさせてやろう!)

 

 寿也のサインはストレート。翔は笑顔で頷き、振りかぶってから思いっきり投げる。

 ど真ん中に投げられたボールは大きな音を立ててミットに収まる。

 

「ストライク!」

 

(は、はええ! 四年生でこんなスピードを出すやつなんて今まで聞いたことねーぞ。江角や菊地より速いんじゃねーか!?)

 

 翔は続いてもストレートを投げる。握りはフォーシームでノビもD+のため、通常のストレートよりも速く感じるようになっている。

 伊達はバットを懸命に振るが、一切当たらず三振となる。

 ベンチに帰った伊達に全員がどうだったか聞く。

 

「速いよ。四年生の球じゃねえ。それにあのキャッチャーの配球だと、なかなか打てないぞ」

「な、何言ってやがる! レギュラーチームが新四年生に負けてたまるか!」

 

 ピッチャーの江角はエースの座が危うくなっているのを感じて負けないと叫ぶ。

 レギュラーチームも負けず嫌いの集まりなので、それに鼓舞されてやる気を戻す。

 

 2番はセカンドの村井。

 バントが得意のため、様子を見ようとセーフティーバントの構えをしたりして、翔を揺さぶろうとする。

 しかしそれも寿也に読まれており、ボールを外されたりしてバットに当てることが出来ない。

 結局ツーストライクまで追い込まれた後、ストレートで三振となる。

 

 3番打者も翔のストレートに触ることが出来ずに三振で終わり、1回の表は三者三振という結果で終わる。

 ベンチに戻った翔に新四年生のメンバーが次々に褒め称える。

 翔は照れ臭そうにしながらお礼を言うが、ここからが大切だと気を引き締めて相手のピッチャーを見る。

 

 ピッチャーとしてマウンドに上がってきたのは、六年生の女の子であった。

 女の子は成長期が早いため、小学生時代は身長が高い子が多い。

 このピッチャーも同じであった。レギュラーチームの中でも身長が高かった。

 

(出たな。川瀬涼子! 確かムービングファストが得意だったよね。あれ、打ちづらいんだよなー)

 

 高い身長から繰り出される独特なフォーム。野球好きであれば全員が知っているあの足の上げ方からの投球方法は、ジョー・ギブソンのコピーといってもおかしくないレベルの完成度であった。

 投球練習が終わり、新四年生の攻撃が始まるが、1番、2番ともにかすることもなく三振となった。

 そして3番は翔の出番だった。

 

(……来たわね。3番と4番の佐藤兄弟は絶対に打たせないわ)

 

 川瀬は気合を入れ直して翔を見つめる。翔は川瀬のことを見ながら、どう打とうか悩んでいた。

 第1球。川瀬は振りかぶって大きく足を上げ、全力で投げてくる。

 翔はストレートを思いっきり振るが、空振りする。

 

「ストライク!」

 

 2球目。今度は外角低めにストレートが投げ込まれ、翔は見逃しツーストライクと追い込まれる。

 3球目を投げようとしたところで、川瀬が首を振る。

 

(ん? なんだ? もしかしてストレートで勝負したいってところもギブソン譲りなのか?)

 

 サインが決まり、川瀬が振りかぶる。

 翔はストレートだと確信して、投げてきた内角のボールを思いっきり引っ張る。

 ボールはサードベース上をライナーで通っていき、レフトも懸命に追いかけるが抜けてしまい、ツーベースヒットとなった。

 

(やっぱりストレートで勝負にきたか。これなら寿也も打てるかもな)

 

 川瀬は悔しそうな顔をして翔を睨んだあと、今度は寿也を睨む。

 

(な、なんで私の球が打たれるのよ! つ、次こそ抑えるわ!)

 

 川瀬は気持ちを落ち着けて寿也に第1球目を投げる。低めに外れてボールとなる。

 2球目。今度は外角高めに決まりストライク。

 そして3球目。内角に入ったボールを寿也も狙っていたのか、思いっきり振る。

 

 カキンと大きな音を鳴らしてボールは左中間を超えていき、タイムリーツーベースとなって新四年生チームが1点先制する。

 あまりの出来事に川瀬だけでなく、レギュラーチーム全員が呆然とする。

 

「やったぜー! ナイスバッティング翔! 寿也!」

 

 チームメンバーが喜ぶ中、翔はこれからいかに失点を少なくするかを考えていた。

 ずっと三振で抑え込めるはずはない。それであればバックの全員の助けが必要になる。

 ただ、レギュラーの打球が捕れるのかというと、正直に今はまだ難しいと言わざるを得ない。

 

(まぁそこら辺も込みで、みんなで協力して楽しんで行こうか!)

 

 結局この回は5番打者が三振となり、チェンジとなる。

 2回表。次の打者は4番の真島からである。

 真島は原作でも吾郎からホームランを打つほどの強打者のため、簡単には抑えられないと思っていた。

 

(翔、低めにコントロールをしていこう)

(ああ、分かった)

 

 寿也のサインで翔はストレートを低めに集めていく。

 コントロールもレギュラークラスではあるため、ある程度乱れることもなく制球出来ている。

 

(確かに速い。……だが悪いな、これくらいのスピードなら俺の敵じゃないぜ)

 

 真島はストレートの速さに慣れてきていたため、翔の球はもう打てる確信があった。

 そしてツーボール、ツーストライクからの第5球目。

 いつもと同じフォームから投げ込まれたボールを真島はストレートのタイミングでバットを振る。

 

(な、なんだとぉぉ!)

 

 バットを振り終わったタイミングでもまだボールはミットに届いていなかった。

 寿也はベストのタイミングで翔にチェンジアップを要求していたのだ。

 結果、真島はタイミングが合わずに三振となる。

 

 ベンチに戻りながら、真島は翔を睨み付けている。

 翔は苦笑いをしながら寿也からボールを受け取り、汗を拭う。

 

(今のは寿也のナイス配球だな。さすが名キャッチャーだよ)

 

 寿也は真島までの全ての打者でチェンジアップを使わずにいた。

 これは全てこの1球で空振り三振を取るためだけだったのだ。

 

「真島! い、今のはなんだ?」

「……俺にも分からねぇ。何か変化したようには見えたんだけど、スローボールだったようにも思えた」

「あれは恐らくチェンジアップだな。しかもそれなりに落ちるから、タイミングをズラされると打てる打者は少ないぞ」

 

 レギュラーチームのメンバーに聞かれた真島の代わりに、監督代理のコーチが答える。

 あの速球にチェンジアップがあると思っていなかったレギュラーチームは、さらに警戒心を強める。

 

(やはり佐藤兄弟はさすがだな。兄の速球とチェンジアップもだが、弟の配球も素晴らしい。対真島のために初めの3番までをストレートしか投げない大胆さもキャッチャーには必要な資質だ)

 

 樫本は翔と寿也の評価をさらに上げる。頭の中ではどのように使っていくかを具体的に考えていた。

 結局、翔は2回表も三者三振に抑えてしまう。川瀬も負けじと2回裏を三者三振で抑え、現状の両チームアウトは全て三振という結果になっている。

 3回表。寿也はマウンドに行き、翔に話しかける。

 

「翔。どうせならこの回も全員三振で終わらせてみる?」

「寿也……そんなこと出来るの?」

「多分ね。チェンジアップは真島さん以外には使わなくても大丈夫そうだし、挑戦してみようか」

 

 笑いながら寿也は戻って行き、翔も笑っている。

 その姿を見て、7番の関は絶対に当ててやろうと密かに心に決めるが、コーナーに面白いように決まる翔の速球にバットを当てることが出来なかった。

 8番打者も9番の川瀬も同じく当てることが出来ずに、レギュラーチームは新四年生の翔と寿也の前に打者一巡連続三振という屈辱を味わうことになった。

 

「翔! ナイスピッチ!」

「翔ってバッティングだけじゃなくて、やっぱりピッチングもすげーんだな!」

 

 チームメンバーに褒められて嬉しそうな翔と寿也。

 見学していた控えチームもあまりの光景に唖然としていた。

 

「佐藤兄弟って何者だよ……」

「これでレギュラーチームが負けたりしたら、少なくとも2人分のレギュラー枠が潰れることになるな」

「でも、今のままだと本当にあり得るぞ!」

 

 控えチームは驚きつつも面白おかしく話しているが、レギュラーチームからしたら笑える出来事ではない。

 彼らにも全国屈指の強豪チーム”横浜リトル”のレギュラーとしてのプライドがあるのだ。

 だからこそ新四年生チームには決して負けられないのである。

 

 3回裏、4回表とお互いに打者を出すことなく三振で仕留めてチェンジとなり、翔と寿也が回ってくる4回表が来た。

まずは3番の翔からである。翔は軽く素振りをして、今度は何を打とうかなと考えていた。

 川瀬は今度こそ打たれまいと気合いを入れてマウンドで翔が打席に入るのを待った。

 

 まず1球目。ストレートを外角に外してボール。

 そして2球目も外角低めに決めてストライク。どうやら先ほど内角を打たれていたことで、相当警戒されているようであった。

 

(ふむ。相当警戒されているな。これならアレやってみても面白いかも……)

 

 そう思い、翔は3球目を待つ。

 川瀬はいつものように足を大きく上げ、独特のフォームから先ほどと同じく外角低めにボールを投げる。

 その瞬間、翔はバントの構えに持ち替えて三塁方面に転がす。

 

 打ってくるとばかり思っていて強打を警戒していたサードの真島はスタートが遅れてしまい、捕球してからファーストにボールを投げるが翔の方が先に一塁ベースを踏んでいた。

 

「セーフ!」

 

(セ、セーフティーバントで来るなんて!)

(しまった……これは完全に警戒の外だった。くそ!)

 

 セーフティーバントをまさかしてくるとは誰も思っていなかったので、意表を突かれてしまい全員が驚いていた。

 樫本ですらここでセーフティーバントをすると思っていなかったくらいだ。

 

(ふふ、翔ならやると思ってたよ。毎回このあとだと打ちづらいんだけどなぁ)

 

 寿也だけは双子の感覚なのか、翔のやることがなんとなく分かっていたのでそこまで驚くことはなかった。

 それよりも毎回お膳立てしてくれる翔のプレッシャーに打ち勝つ方が大変だった。

 そして寿也が打席に立つ番である。

 

 川瀬は控えチームの菊地同様に翔の想像を超えてくるプレイに困惑していた。

 キャッチャーである後藤がタイムを取って声を掛けるが、全く落ち着かずプレイ続行となった。

 そして後藤も動揺していたのであろう。不用意に初球をストレートでストライクを取りにいってしまった。

 

(これだ!!!)

 

 寿也は外角に甘く入ったストレートを逃さずに思いっきり振り切る。

 ボールは右中間を越えていき、柵をも越えてツーランホームランとなった。

 

(んー、これはキャッチャーのリードが良くないね。多分今回で寿也にレギュラー取られちゃうかもなー)

 

 ベースを回りながら後藤の配球の悪さに気付く翔。

 控えチームの菊地もだが、川瀬もキャッチャーがしっかりしていたらここまで簡単に打てなかっただろうと思っている。

 そして、結果3対0で新四年生の勝利が決まる。

 

「翔! やったね! 完全試合だよ!!」

「だね! 寿也のリードのお陰だよ!」

 

 抱き合って喜ぶ翔と寿也のボールに唯一バットに当てたのが真島だが、ストレートとチェンジアップの速度の落差に対応しきれずキャッチャーフライとなった。

 しかし2打席目で翔のチェンジアップに合わせて当ててくる真島の実力に、今のままだと次は確実に打たれると確信する翔と寿也。

 お互いに味方で良かったと感じた紅白戦であった。

 

「よし! じゃあ今日の練習はここまでだ! 紅白戦の結果を踏まえて、次回以降のレギュラーを決めていくからそのつもりでいてくれ!」

「「「「「「「はい! ありがとうございました!!」」」」」」」

 

 家に帰って、紅白戦の結果を両親に伝えると、とても喜び、夕ご飯がご馳走になった。

 妹の美穂も少しずつ野球に興味を持ち始めたのか、一緒にキャッチボールをしたいと言って翔達を喜ばせていたのであった。

 

 

 

『初打席、初ホームラン達成によりボーナスポイントを付与します』

『初登板、初勝利、完全試合達成によりボーナスポイントを付与します』

 




涼子ちゃんの初登場です。
江角は控えチーム戦で投げているので、今回は投げませんでした。
真島との対戦ですが、今回はチェンジアップを隠し球としていた翔に軍配が上がりました。
でも次は確実に対応されて打たれますね…さてどうしましょうか。

最後のボーナスポイントは、2試合分をその日の最後にまとめて貰った設定です。
なので1個目は対控えチームとのときで、2個目は対レギュラーチームとのときの分です。

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第十話

皆様、新型コロナウイルスの影響は大丈夫でしょうか?
あまりご無理をなさらずにしてくださいね。



 レギュラーチームとの紅白戦で、今世初先発初勝利を飾った翔は、寿也と一緒に勉強に野球にと励んでいた。

 吾郎に紅白戦のことを伝えたら、とても羨ましそうな顔をしていただけでなく、実際に羨ましいと言っていた。

 だが、横浜リトルに誘っても一向に来てくれないのは吾郎らしいと思っていた。

 

「いいなー、翔くんと寿くんは。うちは大変だったんだよ」

 

 そう言って、今までのことを話してくれた。

 小森と沢村のいじめの件の結末。清水はやはり沢村から報復を受けたらしく、クラスメイトの前でスカートをめくられてしまっていたとのこと。

 翔は嫌な顔をしたが、吾郎が「翔くんのアドバイス通り、清水と小森の味方になったよ。アレは俺も許せなかったし」と照れながら話しているのを見て、嬉しそうな顔に変わっていた。

 そこから商店街チームとの試合の話に変わる。

 

「え? 三船の商店街チームって、去年大会で準優勝したところでしょ?勝てたの?」

「それがさ、負けちゃったんだよね。でも三船リトルは継続してグラウンドを使っていいって言ってもらえたんだ!」

 

 自分が投げた球が通用しなくて、全くダメだったと話す吾郎。

 打たれたことをチームメイトに当たってしまって、一時は試合が途中で終わるんじゃないかと思っていたが、桃子のおかげでみんなと仲直りできたこと。

 そしてチームワークの大切さ、1人では野球が出来ないということを改めて実感したと話していた。

 

「そっか。負けちゃったのは残念だけど、チームが残って良かったね! もしかしたら僕らのチームと対戦することもあるかもしれないし!」

「お! そうなったらうちのチーム(三船リトル)は負けないよ!」

 

 寿也と吾郎の話を嬉しそうに聞いていた翔は、三船リトルの実力を聞いてみる。

 吾郎は「まだまだヘタッピな人達ばっかだけど、これから練習して上手くなるさ」と意気込む。

 

「でもね……」

「ん? どうしたの?」

「実は三船リトルの監督のおじさんから、横浜リトルの練習を見てきなさいって言われちゃったんだよね」

 

 翔と寿也が理由を尋ねると、吾郎の実力では三船リトルには勿体ないという判断からだということだ。

 桃子にも話をされており、そのときは興味がないと言ったが、監督には交通費をあげるから見てこいと言われているとのことだった。

 

「あ、そうなんだ! それなら見にくればいいと思うよ!」

「だね! 入る入らないではなくて、一応神奈川の強豪チームだから練習方法とか見るだけでも参考になると思うし、強さがどれくらいかも分かると思うよ!」

 

 寿也と翔が来ること自体は反対しておらず、翔は冗談で「ま、吾郎君が来てくれたらそれはそれで嬉しいんだけどね!」と言ってその場が笑いに包まれた。

 茂治と桃子に話してから決めるとのことだったので、その日は日が暮れる前に練習を終了してお互いに家に帰った。

 家に帰ってからは勉強を再開し、翔と寿也で今年小学一年生になった美穂の勉強も見てあげていた。

 

 美穂は翔達と同じ慶林小(けいりんしょう)に入学しており、勉強は当時の寿也よりも出来ていた。

 理由は下の子特有のモノなのだろうか、兄のやっていることを幼い頃から見てきているので、吸収度合いも早かったのである。

 兄妹仲はとても良く、たまにキャッチボールをしたりして遊ぶようにもなっていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 次の週末。翔と寿也は、吾郎と一緒に横浜リトルのグラウンドに向かっていた。

 グラウンドに着くと、樫本が早くに来ていたので挨拶に向かう。

 

「「監督、おはようございます」」

「おお、佐藤兄弟か。……ん? その子は?」

「あ、はい。僕らの友達で、今日見学に来てくれたんですが……大丈夫でしょうか?」

「ああ、別に構わない。君、名前は?」

「……本田吾郎です」

「ああ、吾郎君は本田茂治選手の息子さんなんです」

 

 翔の言葉に樫本は驚いていた。

 現役プロ野球選手の息子なのだ。野球に携わっていれば、驚かないほうが不思議である。

 

「その格好を見ると、やはり野球をやっているようだな。得意なポジションはどこだ?」

「え……そうね。どこでも出来るけど……まぁ一応ピッチャーかな」

「そうか。うちは佐藤兄だけでなく、他にも上級生で良いピッチャーもいるから、盗めるところがもしあればどんどん盗んで行きなさい」

「うん、分かった!」

 

 それから練習を開始する横浜リトル。守備練習、打撃練習と行い、お昼休憩になった。

 吾郎は翔達と一緒にご飯を食べることになり、持ってきたお弁当を広げて食べる。

 

「横浜リトルの練習はどう?」

「ああ、やっぱり強豪なだけあって、みんな上手いね。でもあの偉そうな監督は苦手だけど……」

「あはは。……そうだ! 吾郎君も午後から練習に参加出来ないかな? 見ているだけだとつまらないでしょ?」

「え?」

「もし監督が良いって言ったらだけどね。きっと監督も興味あるだろうから、どうかな?」

「まぁただ見てるだけも暇だしね」

「よし! 決まり!」

 

 珍しく強引な寿也が急いでご飯を食べたあと、翔を引っ張り樫本のもとへ行く。

 初めは驚いていた樫本だったが、実力は翔と寿也に引けを取らないと聞いて、興味があったのか許可を出す。

 

「吾郎君! 監督、OKだって!」

「あ、そうなんだ。じゃあ参加しようかな」

 

 少しドライな返事をするが、顔は嬉しそうな野球少年(吾郎)だった。

 すぐに練習に参加出来るように、3人でアップをする。キャッチボールをして身体が温まった頃に練習再開が告げられる。

 

「よし! 全員集合!」

 

 全員が集まり、吾郎が練習に参加すると話す樫本。

 本田茂治の息子だと言うと、横浜リトルのメンバー全員が驚いていた。

 昨年も優秀な成績を残している茂治は、一軍に定着出来る様になっただけでなく、ファーストのスタメンも獲得していた。

 

「それと練習前に話すことがある。来週は練習試合がある。それで前回の紅白試合を鑑みて、佐藤翔と佐藤寿也をレギュラーチームに昇格させることとした。

他のメンバーも練習試合で結果を出せば、学年も関係なく使っていくからそのつもりで!」

「「「「「「「はい!」」」」」」」

 

 午後からは来週の練習試合に向けて実戦練習に入っていく。

 吾郎は翔と寿也と同じくらいの実力とのことなので、レギュラー陣の練習に参加する。

 まずはランナーがいる場合の想定練習からである。

 

「じゃあ一死(ワンアウト)、ランナー一塁、三塁でカウントはスリーワンだ」

 

 そう言ってピッチャーが投げる真似をして、樫本が打つ。

 ショートにボールが飛んで行き、ショートは捕球後にセカンドに投げるが間に合わずセーフ。

 セカンドがファーストに投げてアウトを取るが、三塁ランナーがホームインしてしまう。

 

「馬鹿野郎、ショート! スリーワンでゲッツー体制取るな!

エンドランの高い可能性を考えたら、前進守備に切り替えてバックホームだろ!」

「は、はい! すみません!」

 

 その後も想定したパターンでの守備練習をした後、逆に想定したパターンでの打撃練習も行っていく。

 全てがそのパターンに当てはまるとは限らないが、色々と考えたりすることで野球脳は鍛えられていくのだ。

 

 そして最後に、短い3イニングでの紅白戦が始まる。

 赤チームにセンターの翔、キャッチャーの寿也、そしてピッチャーの吾郎が入る。

 打者一巡は必ず出来るので、一打席をどれだけ大切に考えて打てるかを鍛えるものだ。

 

(へっ。横浜リトルの奴らがどれだけ凄いのか見てやろうじゃん)

 

 吾郎は意気込んでマウンドに上がる。

 商店街チームとの試合で序盤が上手く投げられなかったので、今回は投球練習を多めにして短いイニングでも実力を発揮できるようにしている。

 

「プレイボール!」

 

 吾郎が第一球を投げる。全力投球で翔よりも速い速球がキャッチャーミットに吸い込まれる。

 横浜リトルのメンバーもこの速さには流石に驚く。

 

(やっぱり吾郎君の球はすごいな。手元で伸びてくるから、さらに速く見えるよ。でも多分……)

 

 寿也は心の中で思っていたことを閉じ込めて、試合に集中することにした。

 結局初回は誰もバットにかすることも出来ずに三者三振となる。

 

 2回の表。吾郎の前に現れたのは横浜リトル4番の真島。

 彼の堂々とした姿に吾郎は自信満々でマウンドからボールを投げる。

 

「ストライク!」

 

(へっ。横浜リトルが強豪って言っても大したことなさそうだね。翔くんも寿くんも大袈裟に言い過ぎなんだよ。

どんなにすごい打者でも……待ってるだけじゃ、俺の球は打てないよ!)

 

 吾郎は再度全力でボールを投げる。真島は待っていましたとばかりにバットを振り、ボールは翔の頭を越えてホームランとなる。

 相手チームが喜ぶ中、吾郎は信じられない表情をしていた。

 

(え、嘘だろ……? 俺の球が小学生なんかに打てるはずないのに……)

 

 動揺したまま5番打者にも打たれ、ランナー一塁。

 続く6番打者にもヒットを許し、ランナー一塁、二塁になったところで寿也がタイムを取る。

 

「ご、吾郎君、大丈夫!?」

「お、俺の球が打たれるなんて……」

「…………」

 

 動揺している吾郎の前に、寿也は声を掛けることができなかった。

 どうしようか悩んでいるところに、吾郎の頭を何かが叩く音がした。

 

「いって! 何するん……って翔くん!?」

「吾郎君、何やってんのさ?」

「え…だって俺の球が通用しないから──」

「──そりゃそうでしょ。力んでるし、フォーム崩れてるし。何より寿也の要求したところに全然ボール行ってないよ」

「……」

「横浜リトルでも通用するって思ったんでしょ? ストレートだけじゃなかなか通用はしないよ。

……でもね、吾郎君の本気を出したボールならあのメンツでもなかなか打てないさ。寿也を信頼して、自信を持っていこ!」

 

 そう言ってセンターに帰っていく翔。外野から勝手にきたことで樫本に怒られるが、気にしていない様子の翔を見て吾郎は軽く笑い、寿也に謝った。

 寿也も「大丈夫だよ」と笑い、ホームに戻っていき試合再開となる。

 

(そうだ。俺は横浜リトルが相手だからって力んでいたのか。寿くんの構えたところも見えてないようじゃ、打たれるに決まってるよね)

 

 目を覚ました吾郎は初回以上の速球を投げていき、2回表の残りの打者を三振に仕留める。

 そして、3回表。延長なしの最終回なので、力むことなく全力で投げ続け、三者凡退で終わる。

 試合に関しても、真島に1点取られたが、2回裏に寿也、翔、吾郎の打順で2点獲得し勝利した。

 

 

 

 

 

「本田、もし横浜リトルに来るようなら合格にするが、どうする?」

「あ、ごめん。俺今回は見学に来ただけだから。三船リトルのみんなは裏切れないし」

「そうか。まぁそこまで言うなら強制はせん。だが、親父のいたチーム(横浜リトル)に入りたいと思っても不思議ではないから声を掛けてみたんだ」

「え……おとさんがここにいたの?」

「なんだ。親父から聞いてないのか? ここは結構プロの選手になっている人がいてな。俺も昔は千葉マリンズでやっていたんだ」

「え……?」

「俺はお前の親父ほど大した選手じゃなかったがな。本田(やつ)とは子供の頃、ここで一緒にプロの夢を見た仲間だったよ──」

 

 

 練習後、3人で一緒に帰っていたが、翔と寿也がいくら話しかけても吾郎は上の空だった。

 翔と寿也は心配したが、こればかりは本人が決めるしかないため、それ以上口にするのはやめていた。

 




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第十一話

少し短いのですが、キリが良いので投稿します。

そして…やらかしました…。
吾郎sideを確認で予約投稿をしていただけだったのに、まさかの全て投稿してしまうという大失敗。
せっかくなので、全て楽しんでください(笑)



 家に着き、翔と寿也は吾郎について話していた。

 

「吾郎君……どうするんだろ?」

「んー、今のままなら横浜リトルに行きたいって言うと思うけどね。でもおじさん達が反対するんじゃないかな?」

「反対するの?」

「うん、吾郎君には出来るだけのびのび育って欲しいって思っていそうなんだよね。だからこそ友達を巻き込んで作ったチームなのに、それを勝手にやめてうち(横浜リトル)に来るってことを賛成はしないと思う」

「そっかぁ……やっぱりそうだよねぇ。一緒のチームでプレイ出来たら楽しかっただろうになぁ……」

 

 寿也は吾郎に横浜リトルに来て欲しそうな様子であったが、翔はその可能性は低いと思っていた。

 茂治と桃子が承知するとは思っていないからだ。

 もし同じチームでプレイ出来たらいいなという寿也の言葉には、翔も大賛成だったが、吾郎の問題なのでこれ以上は首を突っ込まないようにしておこうと思っていたのであった。

 

 

 次の日からまた学校が始まり、いつもの一週間が始まる。

 翔と寿也は勉強や運動に励み、横浜リトルでスタメンを獲得すべく野球の練習も欠かさずに行っていた。

 吾郎はその間、一緒に練習をしてはいたが心ここにあらずといった状態であった。

 数日その状態が続いたことで、首を突っ込まないようにしようと思っていたが、寿也と翔は流石に心配になって話を聞くことにした。

 

「吾郎君、大丈夫?」

「え、あ、うん……」

「あれだよね? 横浜リトルの件でしょ? お父さん達に話したの?」

「うん、話したんだけどさ……反対されちゃったんだよ。自分が大変なときに助けてくれた友達を大切に出来ない奴にだけはなるなって」

 

(ああ……正論すぎて言い返せないやつだね。間違ってはないよなぁ)

 

「分かってはいるんだよ。小森も清水も沢村も……俺が誘って来てくれたんだ。それでもおとさんと同じ横浜リトルで翔くんや寿くんと野球をしたいって思ったりもしてるんだ」

「「…………」」

 

 吾郎の言葉に何も言えなくなる翔と寿也。

 その日の練習はそのまま終わり、家に帰ることにした。

 翔は家に着いて、横浜マリンスターズの試合スケジュールを確認したあとに一本の電話を掛ける。

 

「はい、本田ですけど」

「あ、僕は佐藤翔ですが、吾郎君のお父さんでしょうか?」

「おお、翔くんか! 急にどうしたの?」

「実はお願いがあるのですが……」

 

 翔のお願いに茂治は驚いたが、吾郎のことを話すと茂治も同じように心配しており、「なんとかやってみるよ」と快諾する。

 電話を切ったあと、翔は何事もなかったかのようにお風呂に入り、ご飯を食べて就寝する。

 

 

 

 

 そして1週間後、茂治から「OKが出た」という電話を貰い、喜ぶ翔であった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「え? アメリカへ行くんだ?」

「うん。なんか急遽行くことになってさ。3枚あるから、翔くんと寿くん誘って行ってきなさいって」

「………え!?」

「ア、アメリカに僕らも!?」

 

(えー! おじさんから電話貰ったときはそんなこと一言も言ってなかったのに!)

 

 吾郎に詳しく話を聞いていくと、今年のメジャーリーグオールスターゲームの招待状をギブソンが送ってきてくれたとのことだった。

 本田家は、あの事件の後からギブソン家と交流を持つようになっており、吾郎とジュニアも会って遊んだりもしていた。

 そんなギブソンが送ってきたので、吾郎としてもぜひ行きたいとのことだった。

 

「でもね。条件があるってさ」

「条件?」

「そう。三船リトルに残るか、横浜リトルに行くか……アメリカに行っている間に自分自身でどうしたいのかを決めなさいだって」

「……そっか」

「確かに良いきっかけになるかもしれないね。寿也、せっかくだから僕らも一緒に行こうよ」

「それならまずはお母さん達に許可を取らないとだね」

 

 吾郎はアメリカに行くまでは三船リトルで一生懸命頑張ってみるとのことだった。

 その顔は少し晴れやかになっており、アメリカに行くまでの間は問題ないと思わせるだけの様子であった。

 

 実は翔が茂治にお願いしていたのは、アメリカのオールスターゲームの招待状をギブソンから吾郎宛に貰えないかというものであった。

 今のままではどちらかを選んでも、精神的にも中途半端になってしまうので、当事者でも家族でもない第3者のギブソン家に委ねてみてはどうかというものだった。

 アメリカに行って本場のベースボールを見るのは、吾郎にとってとても良い経験になるはずだという言葉も茂治には納得できるものであったので了承してくれた。

 

 

 家に帰り、翔と寿也は両親にアメリカ行きについて話をしてみることにした。

 夕食が終わって、翔と寿也が目配せをしてから話し出す。

 

「お父さん、お母さん。ちょっと話があるんだけどいいかな?」

「ん? なんだ? 翔が改まって話すのも珍しいな」

「えっとね、実はアメリカに行きたいんだ」

「「ア、アメリカ!?」」

 

 翔は、アメリカのオールスターゲームの招待状をギブソンから貰ったのでぜひ行ってみたいと話す。

 両親は急にアメリカに行きたいと言い出した息子達(翔と寿也)にとても驚き、そして行くのは子供達3人だということにさらに驚いた。

 

「あ、でもギブソンの通訳やってくれていた日下部さんって人もついて来てくれるみたいだから、そこまで危険はないと思うよ」

「だ、だからといってだなぁ……学校はどうするんだ?」

「そもそもオールスターがあるのは夏休み中だし、勉強はきっちりやってるでしょ? 一応もうすぐ中学生の範囲までは終わる予定だよ」

「む……確かにそうだったな」

 

 学校を理由に反対をしようとしていた両親だったが、翔と寿也の成績が抜群に良く、かなり先の勉強までしてしまっていることも知っていたので反対する要素がなくなってしまっていた。

 「ふう……分かったよ。その代わり、毎日電話をしなさい」と言って折れてくれた父親に「ありがとう!」と感謝を伝えて喜びあう翔と寿也。

 母親も「それじゃあ本田さんの家にご挨拶の電話をしておかなきゃ」と言って、早々に席を立った。

 

 

 

 そしてアメリカへ行く日が来たのであった。

 




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第十二話

いつも誤字脱字のご報告、ありがとうございます。

皆様は自粛中ストレスは溜まっていませんか?
無意識でもモヤモヤしているときがあるかもしれないので、ご無理はなさらないようにしてくださいね!



「それじゃあよろしくお願いします」

「はい、息子さん達を確かにお預かりいたします」

 

 タクシーで迎えにきた日下部に連れられ、吾郎を途中で拾ってそのまま空港に向かう一行。

 空港に着き、人生初めての飛行機に乗る翔達は気持ちを高揚させながら出発時刻を待っていた。

 

「アメリカとか行くの初めてだからワクワクするね!」

「あ、そっか。寿くんも初めてなんだもんね」

「そうだよ! オールスターを目の前で観れるとか最高だよね、翔!」

「そうだね! これは吾郎君に感謝しないとだよ! ありがとうね!」

 

 この中では翔だけが事情を知っているが、それを言うつもりもないので吾郎に感謝を告げる翔。

 寿也にも感謝されて、吾郎も悪い気はしないので少し照れる。

 そして、野球の話をしていると搭乗時刻が近づいていた。

 

「ほらみんな。搭乗時刻になったから行くよ。はぐれないようについてきてね」

「おじさん、俺らもう小学四年生だよ? 迷子になったりなんてしないよ」

 

 日下部に子供扱いされたのが気に食わなかったのか、言い返す吾郎。

 それに対して、苦笑いで謝る日下部だが、飛行機の搭乗時間が過ぎてしまうとまずいので話を変えて乗ることを優先した。

 

(おお! 椅子がでかい! しかもフカフカだ!)

 

 ギブソンから貰ったのはスタジアムに入るチケットだけでなく、飛行機のファーストクラスのチケットも入っていた。

 飛行機代くらいは自分で出そうと思っていた茂治はとても驚いたが、ギブソンに感謝をして甘えさせてもらうことにしたのだ。

 翔は前世で飛行機に乗ったことはあるが、ファーストクラスどころかビジネスクラスにも乗ったことがなかったので、内心でとても興奮していた。

 

 吾郎と寿也は飛行機自体に乗るのが初めてなので、ファーストクラスがどれくらい凄いのかあまり分かっていなかった。

 むしろ吾郎に至っては、今後このクラスが飛行機の標準だと思ってしまうレベルである。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 サンフランシスコに着いた一行は、レンタカーを借りたので日下部の運転でドライブを満喫していた。

 翔が上手く誘導したので、全員飛行機内できちんと睡眠を取ることが出来て、時差ボケにも特になることもなく初めてのアメリカを楽しんでいた。

 

「日下部さん、今日はどんな感じの予定ですか?」

「えっとね、試合は明日だから、今日はシスコ市内を軽く観光しようか。案内するよ」

 

 翔の質問に日下部は優しく答えてくれる。

 雑談をしながら車を走らせていると、右手にスタジアムのような建物が見えてきた。

 

「おじさん、あの建物って何? 照明みたいなのが立ってるけど」

「え?ああ、あれはキャンドルスティックパーク・スタジアムだよ。ギブソンのいるサンフランシスコ・ガンズのホームスタジアムさ」

「「「へー! そうなんだ! ギブソンのホームスタジアム!」」」

「まぁ明日のオールスターはあそこじゃないけどね」

「じゃあギブソンの家もこの近くなの?」

「そうだよ。あれ? 本田選手から聞いてないの? 今日はそのギブソンの家でお世話になるんだよ」

「「「え……ええええええええええ!?」」」

 

 吾郎の質問から意外な事実が分かり、驚く3人。

 これはギブソンの好意を茂治がサプライズとして隠していたのであった。

 翔は原作通り高級ホテルに泊まるとばかり思っていたので、特に驚いていた。

 

 

 

 その後、サンフランシスコの市街を観光する一行。

 

「あれはアルカトラズ島っていって、昔に凶悪犯を収容していて、脱獄不可能と言われた刑務所だよ」

「まさに島流しだったんだ……」

「あそこから脱獄する映画かなんかを観たことあるよ、俺」

 

 美味しいものを食べたり、フェリーに乗ってみたりなど観光を堪能したあとは、車でギブソン邸まで向かう。

 ギブソン邸に到着して、呼び鈴を鳴らしたときに出てきたのはギブソンの妻のローラと娘のメリッサだった。

 

『あら、いらっしゃい。ようこそアメリカへ!』

『ありがとうございます、ミセスギブソン。吾郎君のことだけは知っていましたよね? この子達は双子で──』

『──ええ、もちろん知っていますわ。翔君と寿也君……ですよね?』

『はい、ミセスギブソン。僕は佐藤翔といいます』

『初めまして。佐藤寿也です』

『あらあら! その年で英語が上手ね! うちのメリッサとも仲良くしてね』

 

 翔と寿也は英語が問題なく話せるので、ローラに対して英語で挨拶していた。

 吾郎だけは英語が一切分からないので、ポカンとした表情で見ていた。

 

『じゃあ早速我が家へ上がってくださいな。おもてなしの準備も出来ていますから』

 

 メリッサの案内でギブソン邸に入った一行は、ギブソンと息子のジュニアが待つリビングに向かった。

 リビングに入った4人をギブソンは温かい言葉で迎えてくれた。

 

『日下部、良く来てくれた! 吾郎、翔、寿也もよく来てくれたね。ゆっくりしていってくれ』

『ありがとうございます。そしてお久しぶりです、ミスターギブソン。今回はお世話になります』

 

 ギブソンの言葉に代表して日下部が感謝の言葉で返す。

 吾郎は言葉が分からないので、翔が通訳してくれていた。

 ジュニアも吾郎と会うのは久しぶりなので、嬉しそうな顔をしていた。

 

『じゃあ私はちょっとこれから仕事があるので、この子達をお願いしてもいいですか?』

『ああ、もちろんだ。またスカウト業務かい?』

『ええ、こっちにいるスカウトと来年の新外国人選手に関する打ち合わせがありまして……大体20時頃には戻れると思います』

『分かった。あとは任せてくれたまえ』

 

 ギブソンに3人を託し、出かけてしまう日下部。

 夕食まで時間があるので、遊ぼうと言うジュニアに押されて全員が庭でキャッチボールをする。

 ギブソンとローラは微笑ましそうにその様子を眺めていた。

 

 夕食時、明日のオールスターに関しての話が中心になる。

 ギブソンは先発予定で、2回までは最低でも投げること、それが終わったら少し野球を見てもらえるなどの約束をしていた。

 ジュニアとメリッサは元々仲が良かった吾郎だけでなく、英語が話せてきちんと意思疎通が取れる翔と寿也とも仲良くなっていた。

 

『ははっ! メリッサは翔が気に入ったのかい?』

『え、それは嬉しいですけど、なんか恥ずかしいですね』

 

 やたらと懐いてくるメリッサとそれをからかうギブソン一家に少し照れながらも、嫌な気持ちにならずに受け入れる翔。

 

『翔と寿也とは本当に久しぶりだな。茂治の病室で翔に叱られたとき以来か』

『や、やめてください、ミスターギブソン……別に叱ったつもりは……』

『いや、でもあのお陰で今の私がいると言ってもおかしくないからね。今でも感謝しているよ……うちのメリッサはやらないけどね!』

『ちょ、ちょっと! からかうのはやめてくださいよ!』

 

 翔をからかうギブソンに、その場にいるメリッサ以外の全員が笑う。

 翔は照れ臭そうにしていて、メリッサは『翔のこと好きだよ?』というアピールが激しすぎて、余計にその場を盛り上げてしまう。

 楽しい時間が過ぎていき、話題は吾郎の現状についての相談になっていた。

 

『ふむ……吾郎としては茂治がいたチームと今の友人がいるチームのどちらにすれば良いか悩んでいるということだね』

『う、うん……正直にどうしようか悩んでいるんだ……』

『まぁそれは今日決めなくてもいいさ。とりあえず明日の俺の試合を楽しんでからまた話そう!』

 

 ギブソンは真剣に悩んでいるのを知っていて、あえて明るく吾郎と話していた。

 自分が出来ることは背中を押してあげることだけだということを分かっているのだ。

 そして、ギブソンから驚くべき提案がされる。

 

『もし全員がいいと言ってくれるならだが……少しの間だけこっち(アメリカ)で本場のベースボールを学んでみないか?』

 




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第十三話

ちょっと早めの更新です。

いつも感想ありがとうございます。
皆様の感想や評価がとても嬉しくて結構書くスピードが上がっています。
こんな状況下で大変だとは思いますが、これからもぜひよろしくお願いします。

それと話数の横に「※」が入っているときがあります。
翔のステータスを載せたときに入れてありますので、参考にしてくださいませ。



『もし全員がいいと言ってくれるならだが……少しの間だけこっち(アメリカ)で本場のベースボールを学んでみないか?』

 

 突然の申し出に固まる翔と寿也。吾郎は英語が分からないので翔達とギブソンの顔を行ったり来たりしている。

 

「えっと……翔くん。ギブソンはなんて言ってるの?」

「あのね、僕らに少しの間だけアメリカで本場のベースボールを学んでみないかと言っているんだよ」

「えーー!!!? そうなの!?」

 

 吾郎はあまりの衝撃で驚くが、顔はとても嬉しそうだった。

 野球好きなら断るのも勿体無いくらいの申し出だ。

 翔と寿也も内心では嬉しいのだが、その理由──翔はある程度勘付いているが──が知りたかった。

 

『ミ、ミスター。その話はとても嬉しいのですが、なぜ急に僕らにそのような話をされたのでしょうか?』

『急ではないのだよ。茂治からこの話を貰ったときから考えていてね。本人達の実力を見てから決めようと思っていたのだが、さっきジュニアと軽く練習をしているのを見て大丈夫だと判断した』

 

 吾郎に同じことを伝えると「やりたい!」と考えもせずに即答する。

 アメリカでベースボールを学ぶことはとても有意義になるということを理解しているのと、たとえアメリカだったとしても同年代の選手には絶対に負けないという自信があるのだ。

 

「翔……僕らはどうする? 一応お父さん達にも聞かないといけないよね」

「そうだな。期間を聞いてから、相談しようか。吾郎君も一旦おじさんに相談してからにしようね。おばさんは特に心配するだろうし」

 

 翔がすぐに決めないように促すも、「えー! 大丈夫だよー!」と言って勢いで決めようとする。

 まぁどちらにしても吾郎は英語を話せないことと、あとで茂治に電話させれば良いと考えてからギブソンに返事をする。

 

『一応両親に確認を取らないといけないのですが、期間はどれくらいになりそうでしょうか?』

『そちらが許す限りいてもらっても構わないよ。とても良い経験になるだろうし、その反面自信を無くすこともあるかもしれないがね。それに──』

『──え! 翔がずっといてくれるの!? やった!!』

『メリッサもこうやって喜んでくれているからね。ただ、男女の交際はまだ早いと思うが……』

 

 そう言いながら笑い出すギブソン一家と寿也。吾郎も寿也から聞いてから笑い出す。

 メリッサは嬉しそうな顔をしていたが、翔は苦笑いで返すしかなかった。

 

『なんにしても、明日のオールスターを観ながら考えてもらって大丈夫だよ。せっかくだからまずは本場のメジャーリーグを生で楽しんでくれたまえ』

『わ、分かりました』

 

 一旦保留にして考えることにしたが、魅力的な提案を断ることはしないだろうと全員思っている。

 しかも滞在中の費用は全てギブソン持ちだというのだから断る理由はない。

 

 夕食を食べて、お風呂に入った3人は明日に備えて寝ることにした。

 その際、メリッサが翔と一緒に寝たいと言い出したので、これにはさすがのギブソンや妻のローラも焦った。

 ギブソンは『ちょっとやりすぎたか……』と翔をからかったことを反省していた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 メジャーリーグオールスターゲーム当日。どのテレビ番組をかけても、話題は今夜行われるオールスターについてばかりであった。

 特に一番話題になっているのは、今日先発予定のギブソンについてだ。

 ギブソンは朝ご飯を一緒に食べたあとは、スタジアムで調整やアップを行うので早めに自宅を出ていた。

 

 翔達は試合開始まで家でのんびりしたり、ジュニアも含めてキャッチボールをしたりして時間を潰していた。

 メリッサはそこまでベースボールに興味がないので、その間はとても退屈そうにしていた。

 それでも練習が終わって、お昼ご飯中などはずっと翔に話しかけていた。

 

『でね! エミリーやエリザベスとお母さん役とか選んで、一緒にご飯作ったり食べたりして遊んだりしてるんだ!』

『そうなんだね。日本にもそういう遊びあるよ。日本語で()()()()()っていうんだ』

『オママゴト?』

『そう! メリッサは日本語も上手になりそうだね!』

『ほんと!? じゃあメリッサ、日本語も勉強する!』

 

 翔は前世の分の年齢も重ねているため、メリッサの扱いも慣れていた。

 ただ、メリッサの好きアピールには困っていたりもしているのだが。

 

(さすがに……メリッサは可愛いけど、まだ美穂と同じ一年生だもんな。まぁ大きくなればメリッサの気持ちも変わるか)

 

 一年生の女の子と付き合うとかそういったことはさすがに考えられないので、翔はメリッサを妹のように可愛がることにした。

 メリッサとしては翔が構ってくれるので、さらに好きになっていた。そして翔はそれに気付いていなかったのである。

 

 数時間経ち、そろそろスタジアムに行く時間となった。

 本当であればローラとメリッサは観に行かない予定だったのだが、メリッサが行きたいと駄々こねたため一緒に向かうことになった。

 場所は関係者席のため、ギブソンであればローラとメリッサの分の席を確保するくらい問題はない。

 

 スタジアムに向かう際にも翔と離れたくないとわがままを言うメリッサに、ローラは珍しいと思いつつ叱らずに翔に一緒にいてあげるようにお願いをし、同じ車で向かうことにした。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

『皆さん、こんばんは! こちらカリフォルニア州のオークランドスタジアム。

いよいよ世界中のベースボールファンが待ちに待った夢の球宴、メジャーリーグオールスターゲームが間もなく始まります』

 

「ふーん、人数すごいね。でも遠くてあんまり選手の表情まで見れないね」

「どうだい? メジャーリーグスタジアムに来た感想は?」

「……内野まである天然芝は綺麗だね。ここでメジャーのスター達が試合をするって思うとわくわくするね」

 

 日下部に感想を聞かれた吾郎は率直に答えた。

 翔も寿也も同じ感想であり、ファンであれば誰もが生で観たいと思う試合に本日の主役の招待で来ることが出来る幸せな日本人は自分達以外はいないであろうとも思っていた。

 国歌斉唱の後に始球式も終わり、これから試合が始まる。

 

『さあ、始球式も終わって、いよいよ試合が始まります!

マウンドにはア・リーグの奪三振王であるランディ・ジョンソンが上がります。迎え撃つは年棒5億、フィリップスのスーパースターであるダイカストラ』

 

 ギブソン率いるナ・リーグは先攻のため1番打者のダイカストラが打席に立つ。

 プレイボールがかかり、ランディがファストボールを内角に投げる。

 その初球を狙っていたのかダイカストラが打ち、センター方面へ強い打球が飛んでいく。

 

 このままヒットになるかと思ったが、ショートのリブキンがダイビングキャッチをし、膝をついたまま一塁へ送球をする。

 ダイカストラも全力で走るが、間一髪間に合わずアウトになってしまう。

 

『アウトーー!! いきなり素晴らしいプレーが出ました! 名手、鉄人リブキンのスーパープレー!!』

 

「……すっげぇ」

「さすがだね。なかなか日本人には真似できないプレーだ」

 

 驚く3人に対し、冷静に解説する日下部。

 2番のグインが三振となり、次はバリー・ボーンズの打順である。

 サンフランシスコ・ガンズの強打者で足も速いバリーも初球を打ち、ライトの横を抜ける。

 

 バリーは俊足を活かし一塁を蹴って二塁へ向かう。

 しかし、ライトのビケットがボールを捕ってそのまま二塁に向かってダイレクトで送球をする。

 矢のような送球がショートのリブキンに届き、バリーもヘッドスライディングをするも間に合わずにアウトになった。

 

『アウト! 刺した! 刺しました! これがメジャーだ! 打ちも打ったり、守りも守ったり!いきなり魅せますメジャーリーグベースボール!』

 

「どうだい、3人とも。これがメジャーリーグだよ」

「すごいね」

「ああ、めちゃくちゃ上手い」

「だな。ようやくアメリカに来たって気がしてきたよ」

 




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第十四話

ちょっとサプライズで今日も投稿してみました。
毎日投稿は難しいですけど、なるべく面白いお話をお届けできるように頑張ります。

そして、皆様お気付きの方もいらっしゃるとは思うのですが、ご質問があったのでここでお答えします。
私が感想のお返事をするときは次話の投稿予約をしたあとなのです。

つまり感想のお返事が来ていたら、当日か次の日には投稿される目安となります。
ご参考までによろしくお願いいたします。



『さあ1回の裏、ナ・リーグのマウンドに登るのは、現在11勝0敗。防御率0.61とナ・リーグの大スターであるサンフランシスコ・ガンズの弾丸(バレット)ジョーこと、ジョー・ギブソン! 果たしてどんなピッチングを見せてくれるのか!』

 

(よくアメリカまで来たなBOYS(少年達)よ。今から最高のおもてなしをしよう!)

 

 吾郎達を見ながら不敵に笑うギブソン。

 3人も見られているのが分かったのか、同じように笑い返す。

 そしてギブソンは1番打者であるロプトンを見る。

 

 審判によるプレイのコールのあと、ギブソンはいつもの変則フォームから外角真ん中へファストボールを投げ込む。

 94マイル(150km/h)がミットに入り、ワンストライクとなる。

 2球目も同じくファストボールだが、今度は154km/hとスピードが上がっていく。

 

(よし、次はスプリットフィンガーで1球目と同じコースだ)

 

 キャッチャーのマイクがサインを出すもギブソンは首を振る。

 カーブが良いのかと思い、サインを出すもギブソンはさらに首を振り、

 

『No! Hey, Mike(マイク)! In this game, (この試合、) I will pitch the fastball only(俺はファストボールしか投げない)!』

 

 ギブソンの言葉にロプトンもマイクも驚きの表情を見せる。

 

『な、何でしょうか? 今、ギブソンがキャッチャーに何か言ったようですが……』

 

(こ、この野郎! なめやがって! ナ・リーグの速球王とか言われて調子乗ってんじゃねーぞ!

ファストボールだけで抑えられるほど、ア・リーグのバッターは甘くねぇんだよ!!)

 

 ギブソンの言葉を聞いていたロプトンは、怒りで少し冷静さを欠いてしまい高めのボール球に手を出して三振になってしまう。

 まさか三振するとは思っていなかったロプトンだったが、ベンチに戻る前に2番打者のカルロスにギブソンが話していたことを伝える。

 

「ス、ストレートだ。ギブソンはさっき、ストレートだけで勝負するって言ったんだ」

「……うん! きっとそうだね」

『え? 今吾郎達は何を話しているの?』

『えっとね、ギブソンが今ファストボールだけで勝負をするって言ったんだと思うって予想していたんだよ。僕もそう思うし』

『え!? 父さん、そんなことして抑えられるの!?』

 

 ジュニアが吾郎と寿也の会話が気になって聞いてきたので、翔が通訳すると驚き、そんなことが出来るのか不安になっていた。

 しかし、その不安を払拭するかのように、2番のカルロス、3番のマルチネスも三振に仕留める。

 解説もファストボールだけで抑えられるほど甘くはないと言っていたのだが、三者三振に言葉を失っていた。

 

「本田選手の時と一緒だ!」

「え……!?」

「ギブソンは相手が一流の打者であればあるほど、直球勝負にこだわるんだよ。

そして君のお父さんは彼の160km/hの真っ直ぐをホームランにした。もしかしたらだが……ア・リーグのスーパースター達を直球だけで抑えることで、本田選手がどれだけ素晴らしい選手なのかを改めて君に伝えようとしているんじゃないかな」

 

『なんと初回のギブソン、強力ア・リーグ打線を三者連続三球三振! しかも全部予告したファストボールのみ!

驚きました! どよめく、オークランドアスリーツ・スタジアム!』

 

(おとさんは……アメリカのメジャーのスーパースター達よりも凄いのか……。ギブソン、嬉しいデモンストレーションをしてくれるね!)

 

 吾郎は嬉しそうな顔をして、ジュニアも吾郎の隣で父であるギブソンを誇らしげに見ていた。

 2回の表、ナ・リーグは三者凡退となり、ギブソンが再度マウンドに登ってくる。

 

『空振り三振ー! 2年連続MVPの主砲であるトマスも三振! これでギブソン、4連続奪三振! あと1つでメジャーリーグのタイ記録です!』

 

 続く5番のビルも三振に仕留め、メジャーリーグオールスターの連続奪三振タイ記録に並ぶ。

 三振にした際の最後のボールが160km/hを記録したため、会場の興奮もどんどん高まっていく。

 

『さあ、あと1つでオールスター新記録! 今日のギブソンは恐ろしく気合が入っています! 打席には鉄人リブキン!』

 

 ギブソンはいつものように大きく足を上げ、直球を全力で投げ込む。

 リブソンはかすることも出来ずに空振りする。

 2球目は外角低めに投げ、リブソンは見逃すもギリギリ入っており、ツーストライクとなる。

 

(吾郎、見ていてくれ。君の父である茂治がどれだけ素晴らしい選手なのかを証明するぞ。そして君の悩みの手助けに少しでもなればと願うよ)

 

 そして最後に160km/hのファストボールを投げて、空振り三振にしてオールスターの奪三振新記録を達成したのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

『ライトフライ! マンデシー捕って試合終了! 3対2、今年のメジャーリーグオールスターはナショナルリーグが勝ちました!

メジャーの素晴らしいプレーが随所に見られました。しかし、今日のMVPはやはり圧巻の6連続奪三振を取ったこの人、ジョー・ギブソン投手に贈られるようです。

ちょうど今、現地のインタビューを受けています』

 

「すごい試合だったね」

「うん。すごかった」

「すごいって言葉しか出てこないよね」

 

 吾郎達は口々にすごいと話すも、それ以上の言葉が出てこないくらい感動していた。

 ジュニアも父の偉大な姿を尊敬の眼差しで見ていた。

 

(父さん、すごい選手だ。俺も父さんみたいなすごい選手になりたい!)

 

 ジュニアの中でベースボールに対しての火がさらに強くなっていた。

 それは吾郎、翔、寿也も同じである。

 そして、メリッサは翔の隣で眠ってしまっていた。

 

『ほら、メリッサ起きて。もう試合終わったわよ』

『う〜ん』

『まったく……仕方ないわね』

 

 そう言ってメリッサを抱っこするローラ。

 まだ余韻に浸っていたいが、メリッサのために全員は早めに帰ることにした。

 

 

 家に着いてからはジュニアを含めて4人で今日のオールスターについて熱く語っていた。

 翔と寿也が通訳をしているので、吾郎とジュニアのコミュニケーションに問題はなかった。

 ローラにお風呂に入るように言われ入ったは良いが、4人で湯船の中でずっと話していてのぼせてしまい、ローラに怒られたのは次の日の笑い話だ。

 

 

「……俺さ、アメリカで野球やっていくよ」

「うん、僕も同じ気持ち。寿也は?」

「僕もだよ。あれだけのプレイを見せられて残らないって選択肢を選ぶ方が難しいよね」

 

 ジュニアに『何話しているの?』と聞かれて、両親がOKを出せばアメリカに残って一緒にベースボールをしたいということを話していたと伝えると、とても喜んでいた。

 せっかく仲良くなれたのに、このまま帰ってしまうのはジュニアとしても寂しい気持ちがあったので翔達が残る選択をしてくれたのが嬉しいようであった。

 

「じゃあ早速お互いの両親に聞いてみようか」

「だね」

「うちは僕が代表して聞いてみるよ。寿也、それでいい?」

「うん、翔に任せるよ!」

 

 そしてお互いの両親に国際電話を使って確認したところ、やはり驚いていた。

 本田家はギブソンの提案であれば何か考えがあるのだろうと茂治は思い、比較的早めに賛成をもらえた。

 翔達に関しては、母親が渋っていたのだ。勉強もそうだが、やはり心配なのと息子達に会えないのが寂しいようであった。

 

「父さん、母さんに代わってくれる?」

「あ、ああ。母さん、翔だ」

「もしもし」

「母さん?翔だけど……」

「……本当にアメリカで野球をしたいの? それは寿也も同じ気持ちなの?」

「うん、ベースボールの本場で野球をしたいんだ。寿也も同じ気持ちだよ」

「勉強や学校はどうするの?」

「勉強に関しては前も言った通りだし、こっちでもきちんと勉強するよ。学校は……ごめん。夏休み最終日には帰るかもしれないけど……もし帰れなかったら休ませてほしい」

「……今までほとんどわがまま言わずに、お母さん達の言うことをきちんと聞いてきたんだものね。

分かったわ。その代わり、毎日電話すること。それとギブソンさんに挨拶をしたいから、代わってもらえる?」

「分かった! ありがとう、母さん!」

 

 正直に話すことで熱意が伝わったのか、最終的に賛成してくれた翔達の母親。

 ローラに電話を代わり、挨拶をしているようであった。

 翔達の母親は、茂治の事件以降も翔達と英語を一緒に学んでいるためほとんど違和感なく話すことができていた。

 

「翔くん達の親もOKだって?」

「うん! 大丈夫だってさ!」

「翔! やったね!」

 

 まだ期間は決まってないが、これから始まるベースボールの本場アメリカでの野球生活。

 決して簡単なものではないだろうと翔達も思っているが、それ以上にどんな選手と野球が出来るのかを考えるだけでわくわくしていた。

 




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第十五話※

本日も投稿します。
今日から5月ですね。緊急事態宣言も1ヶ月くらい延びそうと話題になっていましたが、私たちも負けないように頑張っていきましょう!

少しでもストレス軽減に繋がればと思っております。



 オールスターゲームが終わった次の日。ギブソンも休みのため、朝食を一緒に取っていた。

 話題はやはり昨日のオールスターのことだった。

 

『昨日は本当に凄かったですね。前人未到の新記録を出すなんて』

『ありがとう。でもまだまだこれからだよ。私に出来ることはファンのためにどれだけ貢献出来るかだからね』

 

 翔達だけでなく、ジュニアも父の勇姿に興奮しており、昨夜から4人でずっと話しているにも関わらず同じ話を繰り返していた。

 

『そういえばあなた。昨日は遅かったので言えませんでしたけど、吾郎と翔と寿也はこっちでベースボールをやっていくそうよ』

『おお! そうか! せっかく来たんだからね、ぜひ良い経験にしていってくれ!』

『え! 翔はまだこっちに残るの!? やったぁ!』

 

 ローラの発言にギブソンとメリッサは喜んでいた。

 メリッサに関しては、翔が残ることだけに対してだったが。

 

 朝食後、翔は1人で考えたいことがあるからと自室に戻っていた。

 吾郎達は庭で野球をしているが、今のうちにステータスを開いて能力アップをしようとしていた。

 

(さて、そろそろステータスも上げていかないとだね。これからこっち(アメリカ)の同世代の選手と練習するんだから、バカにされないようにしないとだしね)

 

◇◇◇◇◇◇

 

【佐藤 翔ステータス】

◇投手基礎能力一覧

球速:118km

コントロール:E+

スタミナ:E

変化球:

チェンジアップ:2

 

◇野手基礎能力一覧

弾道:2

ミート:E+

パワー:E

走力:E+

肩力:E+

守備力:E+

捕球:E

 

◇特殊能力

ノビD+

回復D+

送球D+

外野手○

 

◇◇◇◇◇◇

 

 翔は球速を118kmまで上げた。その段階で肩力がE+に上がる。

 他にコントロール、ミート、走力、守備力をE+に上げたところでポイントがほぼなくなった。

 変化球のポイントは余っているので他の球種も覚えられるが、今は肩や肘に負担を与えない方が良いと思い、チェンジアップのみでやっていくことにした。

 

 そして、翔はFからEに上げるときも思ってたことだが、E+からD-に上げるまでの必要ポイントが明らかに多いと感じていた。

 おそらく中学に進級すれば必要ポイントが下がるとは思うので、Dに上げるのは一旦保留にするつもりだが、こっち(アメリカ)の同世代の選手がDレベルのステータスを持っていたらどうしようかと不安にも思っていた。

 

 午前中いっぱいをステータスの割り振りに費やした翔は、午後から能力の変化に対応するべく野球の練習に打ち込んだ。

 ギブソン邸の庭はとても広く──といってもアメリカは基本そういう家は多いが──運動するにも適していた。

 明日からジュニアが入っている「サンフランシスコ・ブリッジ」というリトルリーグチームに参加させてもらうことになっているので、なるべく早めに能力の変化に対応しておこうと思っていたのである。

 

 夜は懐いてくるメリッサと遊びつつ、学校の勉強をしていた。

 意外だったのが、ジュニアがそこまで勉強が得意で無かったことだ。

 ギブソン自身も勉強をしろとあまり言わなかったのもあるが、「良かったら勉強を見てやって欲しい」とお願いされたので、寿也と一緒に吾郎とジュニアの勉強を見てあげることになった。

 

 吾郎とジュニアは言葉が通じないにも関わらず、勉強嫌い・野球好き・父親が偉大な野球選手という共通点があるため、一致団結して勉強をいかに回避するかを模索していた。

 このことがきっかけでお互いの言語を少しずつ覚えていくようになったのだが、それはまだ先の話である。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

『じゃあ、今日は日本からわざわざ来てくれた子達を紹介するぞ!』

『え、わざわざそんな遠いところから来たの?』

『というか日本ってどこだよ?』

『確かアジアだろ? ベースボール文化も大したことなさそうな国だよな』

 

 サンフランシスコ・ブリッジの監督が翔たちを紹介してくれたが、メンバーの子供達は東洋人というだけで舐めてかかっていた。

 そもそも日本という国がどこにあるかも分からない子達が多く、分からないイコール大したことないという判断になっていたのである。

 吾郎は何も分かっていなかったが、ジュニアはその言葉を聞いて怒りを滲ませていた。

 

『おい! お前ら! 吾郎達をバカにするなよ! こいつらは上手いぞ!』

『ふん、何言ってんだか。こんな大した体格もしていない東洋人(イエロー)なんかに負けるわけないだろ』

 

 ジュニアの言葉にた対し、メンバーは全員大したことはないと言って吐き捨てる。

 さすがに翔も寿也も我慢の限界がきていた。

 

『じゃあこうしましょうよ。僕らと君らで勝負する。それでどっちが上かを決めましょう』

『……具体的に何をするのさ?』

『僕らは今何をしにどこにいるんだい? ここにいるからにはベースボールの試合で決着をつけようって言ってるのが分からないのかい?』

『そっちは3人しかいないじゃないか。そんなんで試合になるのかよ』

『3人で十分だって言ってるんだよ。さっさと準備して試合をやろうじゃんか』

 

 翔と寿也はチームの子供達を挑発して、3人対9人での試合を提案した。

 吾郎にもその話をしたら、遅れて怒り出し、「3人で十分だよ!やってやろうじゃん!」と闘志を燃やしていた。

 

『お、おい! 勝手に話を進めるな! ……だがまぁお互いの実力を知る意味でもいいかもしれないな。

ジュニア! お前はこの子達のチームに入れ! こっちも4人用意するから、4人対4人の変則試合をやろうじゃないか!』

 

 初めは困惑していた監督だったが、こういうときは野球の試合で発散した方が良いと思い、代表者4名ずつの試合をすることになった。

 ジュニアも翔達を馬鹿にされて怒っていたので、翔達のチームに入ることに何の反対もなく、むしろ相手をコテンパンにしてやろうと思っていた。

 

(挑発されたから思わず喧嘩を売っちゃったけど、まぁこれもいいか……今回の試合は特に面白そうだし!)

 

 翔は海外に来たせいか、いつもよりも気持ちが大きくなっていた。

 それは吾郎も寿也も同じであり、せっかく野球ができるならこういった形式での試合も面白そうだというのが全員の共通だった。

 

 

そして、翔達の実力を認めさせるべく、4人対4人の変則試合が始まるのであった。

 




肩力がE+になるための球速の設定が吾郎sideと違うのですが、これはバグではありません。
「MAJORで寿也の兄になる」本来の仕様です。

そして日本人を差別するような発言も見られますが、私は一切そんな気持ちはないので、変な風に受け取らないでもらえると助かります。
気付いていない人もいるかも知れませんが、私も日本人ですし(え

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第十六話

緊急事態宣言の延長がほぼ決定しそうですね。
どんな時でもみんなで楽しく過ごせるようにしていきましょう!

少しでもお役に立てればと思い、今日も投稿します。



 ほとんど打ち合わせも出来ないまま始まった変則試合。

 後攻の日本チームはポジションをどうするか悩んでいた。

 基本は日本語で話し、ジュニアには翔か寿也が通訳していた。

 

「そうだな。じゃあ吾郎君がピッチャーで寿也がキャッチャーでいいよね。あとは僕とジュニアか」

『俺は元々サードを守っていたから、二塁と三塁の間を守ろう』

「じゃあ僕が二塁寄りで一塁と二塁の間を守ればいいかな。基本ファーストのカバーには吾郎君に入ってもらおっか」

「へっ! そんなまどろっこしいことしなくても、俺が全部抑えてやるって!」

「うん、でも一応低めを中心に投げて欲しいかな。もう外野は一切捨てることにしてるからね」

「オッケー!」

 

 各自守備位置に付き、監督の『プレイボール』の合図でスタートする。

 1番バッターはアーサー。アメリカチームは全体的に翔達より大きいが、その中でも比較的小柄な方だ。

 

(ふん、東洋人のボールなんて目を瞑っていたって打てるぜ!)

 

 油断をしているアーサーに対し、吾郎が振りかぶってボールを投げる。

 真ん中低めに大きな音を立てて入っていったボールに、監督だけでなく選手全員が驚く。

 

(な……なんて球を投げるんだ、この子は。まだジュニアと同い年と言っていたな。今のは70マイル(112km/h)は出ていたぞ)

 

 監督も日本人に対してある程度大したことはないという気持ちは持っていたのだが、吾郎の球を見て考えを改めた。

 吾郎のファストボールにバットを掠らせることが出来ず、アーサーは三振してしまう。

 

 続く2番のビクター。見た目はチームの平均くらいの身長である。

 吾郎のボールを見て、驚いていたがこれくらいの球なら打てるはずだとバッターボックスに入る。

 1球目を見逃してストライクにしたあと、吾郎は2球目を投げる。

 

(よし! これだ!)

 

 内角低めに入った球を、ビクターはバットを思い切り振りバットの芯で当てる。

 手応えもあったので確実に外野に飛んだと思ったのだが、ボールは翔のグラブの中に入る。

 

『な、なんだと……!? 今完璧に芯で捉えたはずなのに……。まさかあの東洋人の球威に押されたとでもいうのか……?』

「へっ、やっぱりアメリカはすごいな。俺の球をすぐに当てるなんて」

 

 吾郎は強気な発言をしていたが、油断は一切していなかった。

 茂治が練習で口を酸っぱくして話していたのもあるが、一緒に練習しているときに翔もそれとなく誘導をしていたのであった。

 3番のネルソンも勢いのまま三振に仕留めて、1回の表が終わった。

 

 1回の裏、日本チームの攻撃である。

 打順は翔、寿也、吾郎、ジュニアの順番である。

 翔からすれば誰が何番打っても関係ないと思っているのだが、様子を見たいのであえて最初に打ちたいと立候補した。

 

「翔―! 頑張って!」

「打てるぞー!」

『ボールをよく見ていけ!』

 

 ピッチャーはこの試合で4番を打っているサミール。体格もよく、チームでも5番ピッチャーをやっている。

 バッターボックスに入った翔は、油断しないように構える。

 

(けっ、東洋人みたいな貧弱な身体をしている奴が俺の球を打てるわけねーだろうが!)

(……って思っていそうだねぇ。まぁどうなるかはこれから楽しみだね)

 

 サミールが振りかぶり、ボールを投げる。

 翔は内角に入ったファストボールを反射的に振ってしまう。

 カァンと大きな音とともにレフトのフェンスを越えてボールは消えていった。

 

(あ、様子見たいって言ったのに、つい打っちゃった。……ま、いっか)

 

 ベースを一周した翔はベンチに戻ると3人にハイタッチをした。

 やはり「様子を見たいって言ってたじゃんか」と突っ込まれたが、苦笑いで謝っていた。

 続く2番の寿也。

 

(上級生との試合の時もなんだけど、翔の後って打ちづらいんだよね)

 

 そう言いながら打席に入るも、2球目のボールを外野に飛ばしてランニングホームランとなった。

 3番の吾郎、4番のジュニアもバッティングセンスは翔や寿也に勝るとも劣らないので、完璧に捉えて外野に飛ばしていき、ランニングホームランにする。

 

『くそ! なんなんだあいつらは!』

『お、落ち着けよ』

『落ち着いてられるか! くそ!』

 

 サミールはキャッチャーのネルソンに落ち着くように言われるが、日本人に打たれたという現実を受け入れられないようであった。

 

『あの、すみません』

『ん? なんだね?』

『多分このまま続けても僕らをアウトにすることはできないと思うので、チェンジでいいですよ』

 

 翔は監督にチェンジするように提案する。

 監督は一瞬考えたが、翔達のバッティング練習になってしまうと悟り、チェンジを受け入れた。

 

 2回の表。今回は変則野球なので、この回が最終回となる。

 つまり、これで4点返さないとアメリカチームの負けになってしまうのであった。

 

『おっしゃーー! 絶対に打ってやる!』

 

 サミールの打席になり、気合を入れていく。

 吾郎はそんなサミールを見て絶対に打たせないようにすると気合いを入れる。

 第1球。吾郎のファストボールが外角真ん中に入り、ワンストライク。

 2球目は内角に甘く入ったボールを打たれてしまうが、大きく左に外れてファールとなる。

 

(あ、あぶねー! 油断しちゃダメだ! 甘い球を投げないように丁寧に投げていこう)

(吾郎君、大丈夫だよ。相手は打ち気になっているからね。でもどうせならここに全力で投げていこう!)

 

 寿也の指示に一瞬びっくりした吾郎だったが、軽く笑うと思い切り振りかぶり、全力で投げる。

 サミールは投げ込まれたボールを思い切り振るが、バットに当たることなく寿也のミットに入っていった。

 

(ど、ど真ん中にファストボール……だと……!?)

 

『ストライク!  バッターアウト!』

 

 1死(ワンアウト)になり、バッターは1番に戻ってアーサー。

 だが、アーサーもそのあとのビクターも一切かすることが出来ずに三振となり、試合終了した。

 

 

 

 

『お前らこれで分かっただろ。吾郎達は凄い選手なんだよ!』

『ああ、確かにそうだな。お前達も東洋人だから大したことないとか思っていたと思うが、ベースボールに人種は関係ないってことだ! よく覚えておきなさい』

 

 ジュニアの言葉に監督も同意する。

 初めに翔達を馬鹿にしていた筆頭のアーサーは自分から負けたと言いたくないのか、悔しそうに俯いている。

 そんなアーサーを見て翔がおもむろに近づいていく。

 

『試合、楽しかったね! アーサーの球、重くて手が痺れちゃったよ! また勝負しよう!』

『お、お前……』

『さっき監督も言ってたでしょ? ベースボールに人種や国境はないんだよ。だから楽しくみんなで上手くなろうよ!』

『……あぁ! そうだな! 最初、馬鹿にしたような言い方をしてごめん……』

『もういいって! じゃあみんなで仲直りの握手でもしようよ!』

 

 そう全体に話すと、選手全員が嬉しそうな顔をして翔達に近付き、握手を交わしていった。

 監督もそんな様子を見て、嬉しそうな顔をするのであった。

 

 

 

(初めはどうなるかと思ったが、吾郎達……上手くチームに馴染めそうだな。アメリカに残るように言って正解だった)

 

 近くで誰にもバレないように見ていたギブソンは、微かに笑いながらその場を去っていったのであった。

 

 

 

 

『アメリカチームとの変則野球に勝利したので、ボーナスポイントを付与します』

 




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第十七話

いつの間にか評価が8.00超えてました!
もう少ししたらお気に入りも2,000超えそうですし!

すごい嬉しいです!もっともっと楽しんでもらえるように頑張ります!
いつも誤字報告もありがとうございます!



 サンフランシスコ・ブリッジの選抜選手との変則試合に勝ってからというもの、メンバーに実力を認められて上手くチームに馴染んでいった。

 休日の合間にはギブソンに直接教えてもらうことになっていた。

 

『吾郎、ボールを投げるときは()()を重要視した方がいい』

「え? ……()()?」

『そうだ。ボールの回転数が増えれば、それだけノビるようになるんだ』

「キレ……ノビ……かぁ」

 

 吾郎は自身のボールの回転数をより増やすためにどうすればいいのかを試行錯誤していた。

 翔はそんな吾郎を見て、自分が練習している投げ方を教えることにした。

 原作知識を知っている翔は、()()()が吾郎に合っているのは分かっていたからだ。

 

「そういえば変化球って覚えた方がいいの?」

『変化球? 吾郎は今変化球を投げられないのか?』

「うん、ストレートだけなんだ」

『確かに変化球はいずれ必要だとは思うが、今の君には必要ないと思うぞ。君は自分のファストボールをもっと磨くべきだ』

「そうなのかぁ……」

『君達の身体はまだまだこれからが成長期だからね。無理をして変化球に頼ってしまうと肩や肘を壊してしまうんだ。

それであれば自信のあるファストボールを磨き、それを中心に負担がない球種を選ぶと良いと思うぞ』

 

 吾郎はギブソンに変化球についても質問をしていた。

 ギブソンはいくつも変化球を覚えているので、吾郎も同じように覚えるのが普通なのかと思って聞いたのだが、今はファストボールにこだわれとアドバイスをもらう。

 無理をして肩や肘を壊してしまった選手をたくさん見てきたギブソンにとっては、吾郎達にその1人にはなって欲しくないようであった。

 

 翔にも同じように投手としての指導をするギブソン。小学生としてはかなり完成されているのでは?と思ったが、それでも指摘ができる部分に関して話をしていく。

 

『ほう…… 翔はチェンジアップを投げるのか』

『ええ、僕のファストボールを活かすためにどうすれば良いのかを考えた結果です』

『それはいいぞ。肩や肘への負担も少ない球種だし、アメリカでも最初に覚えることを勧めている変化球でもあるんだ』

『え、そうなんですね。吾郎に教えてあげないんですか?』

『そこは悩んでいるんだ。彼は今ボールの()()を出すための練習をしている。そこで他のことを教えてしまうと全部中途半端になってしまうのではないかと思ってな』

 

 ギブソンなりに色々と考えているのであった。

 寿也に関しては、ギブソンはキャッチャーが専門外のため、ジュニアと同じく基本的なこととバッティングなどについて指導している。

 キャッチャーの指導はリトルリーグで教わることにしていた。

 

『みんな、ランチの時間よ!』

『おお、もうそんな時間か。じゃあ行こうか』

 

 ギブソンとしても未来が楽しみな才能ある4人を指導するのは楽しいようで、かなり真剣に教えてくれていた。

 4人ともそれを真剣に聞いて、真面目に取り組むので時間が経つのが早いのである。

 

『天気もいいし、今日は外でバーベキューをしましょうか!』

「え! 肉が食えるの!?や ったぁぁ!!」

「ちょっと吾郎君……」

 

 身体を目一杯使って、喜びを表現する吾郎に寿也は苦笑いをしていたが、他の全員は笑っていた。

 アメリカでよく見かける庭でのバーベキューだったが、さすがギブソン家なのか使っている食材は良いものばかりであった。

 

(このお肉めっちゃ美味しいぞ! 野菜も甘みがあるし……何よりもお肉が美味しい!)

 

 翔はお肉よりも魚派だったのだが、ここまで美味しい肉は初めてだったのでどんどん食べていく。

 吾郎や寿也、ジュニアも負けじと食べている様子を見て、ギブソンとローラは微笑んでいた。

 

『翔は肉が好きなのか?』

『えっと……普段は魚派のはずなんですけど、このお肉がとても美味しくて……つい手が止まらなくなっていました』

『ハハハッ! 遠慮することはない! どんどん食べなさい! このお肉は日本から取り寄せている美味しいお肉だから、より美味しく感じるのかもね』

『日本のお肉なんですか?』

『そうだよ。こっちが飛騨牛、こっちが松阪牛だな』

 

(ええええええ!? 高級肉ばっかりじゃないか!)

 

 ギブソンは日本にいた頃、日本の美味しいお店へ日下部によく連れて行ってもらっていた。

 そして牛肉の美味しさにハマり、アメリカに戻ってからもわざわざ日本から取り寄せるほど好きになったのだ。

 

『本当にこの人ったら困ったものだったのよ。こっち戻った直後は日本食が食べたいってずっと言っていたんだから』

『日本食は最高だからね! しゃぶしゃぶやお寿司はとても美味しかった!』

『私は日本食に馴染めなくて……でもお肉はとても美味しいから戻ってきてからもこっち(アメリカ)の味付けなんだけど、食べているわ』

 

 原作でもローラは日本の生活に馴染んでいない様子であった。

 それがきっかけで離婚してしまうのだが、すぐにアメリカに帰れたので夫婦仲も問題なさそうである。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「え! 夏休み終わったら帰るの!?」

「うん、僕と寿也は帰ろうと思ってるよ。学校もあるし、秋大会もあるからさ」

「そっかぁ……そういえば俺って三船リトルか横浜リトルのどっちにするか決めないといけないんだよなぁ……」

「吾郎君、もしかして忘れてたの……?」

「いや、そんなことはないんだけど……」

「どうせならさ、ギブソンに相談してみるっていうのはどうかな?」

 

 アメリカに来てからもうすぐ1ヶ月が経とうとしていた。

 夏休みいっぱいで帰ると決めた翔と寿也は親にも報告しており、これからギブソン達にも言おうと思っていた。

 吾郎はまだ残るかどうかを決めていないだけでなく、本来の目的である三船リトルか横浜リトルのどっちにするか問題も先送りにしたままだった。

 それほどまでにアメリカでのベースボール生活は充実していたのであった。

 

 ギブソンに相談するとなったので、夕食後に時間を取ってもらい相談をすることにした。

 話を詳しく聞いたギブソンは初め黙っていたが、少し考えると自分の考えを口に出した。

 

『長くベースボール生活を続けているとね、どうしてもチームを移籍しないといけないことは出てくるものなんだ』

「え……そうなの!?」

『ああ、プロだとより強いチームに、より年俸の良いチームに行くのは当たり前だからね』

「……ということはギブソンとしては横浜リトルに行った方がいいってこと?」

『ああ。本当にプロになってやっていくならば、確率が高い方が良いに決まっている。

だが……その前に必ず自分が元々いたチームにきちんと恩返しが出来たのかを考えた方が良い』

「恩返し……」

『そうだ。吾郎の場合は自分で仲間を誘ってチームを作ったのだろう? そんな彼らに対して、きちんと最後まで真摯に向き合ってみたのかね?』

「お。俺、は……」

『自分の行きたい道を行くのはとても良いことだ。だがね()()には()()が伴うものだと思っている。

そこを一度考えてみた方が良いとは思うがね』

 

 吾郎はギブソンの話を聞いて考え込んでしまった。

 自分が三船リトルのメンバーに対してきちんと向き合ったのか、それとも何もしていないのではないか。

 吾郎の中で答えはもう出ているが、まだその答えに行き着いていないのであった。

 

 今回の話のついでに、翔と寿也は夏休みいっぱいで日本に帰ることにしたとギブソンに伝えた。

 ギブソンやローラ、ジュニアはとても残念そうにしていたが、「またいつでも来なさい」と言って送り出してくれていた。

 

 しかし、メリッサだけはそうはいかなかったのである。

 翔が帰ると分かった途端に泣き喚き、『帰っちゃ嫌だ』から『私も翔と一緒に日本に行く』とまで言い出したのである。

 それには流石のギブソンも反対をして『まだ親から離れるのは早すぎる』とよく分からないことを言っていた。

 

『メリッサ』

『ぐすっ、ぐすっ』

『僕は日本に帰るけど、一生会えないというわけじゃないだろ? 手紙も書くし、またアメリカに遊びに行くよ』

『……ほ、本当?』

『ああ、本当さ。だからメリッサも大きくなったら日本にまた遊びにおいでよ。その時は僕がちゃんと迎えに行くからさ』

『……約束?』

『ああ、約束だ』

 

 メリッサの頭を撫でながら、優しく説得をする翔。

 徐々に泣き止んでいき、納得した様子ではあった。

 ギブソンとローラもこれにはホッとして翔に感謝をしたのであった。

 




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第十八話※

寿也sideの高評価、とても嬉しいです。
両方読んで違いを楽しんでくださっている方も多いみたいで、両方書いて良かったなと思っています。

誤字が多いですが、なるべく減らしていきますのでこれからもよろしくお願いします。



 夏休み最終日に日本に戻ってきた翔と寿也は、日下部が手配してくれたタクシーで自宅に戻っていく。

 翔と寿也の両親は、別れの際に日下部にお礼を言っていた。

 そして翔と寿也もきちんと挨拶をする。

 

「日下部さん、本当にありがとうございました」

「大丈夫だよ。こっちこそ先に日本に戻っちゃってごめんね」

「いえ、むしろあれは吾郎君がわがまま言ったのが悪いんですからね」

 

 軽く雑談をして日下部と別れる。

 「なにかあったらいつでも連絡して」と連絡先を教えてもらえたのも、ある程度信頼してもらえたのだろうと翔は思う。

 

 驚いたのは吾郎のことであった。

 ギブソンと話をした次の日、吾郎が急に日本に帰ると言い出したのだ。

 夏休みが始まってすぐにアメリカに来たので、まだ2週間弱残っていたのだがすぐに帰ると言い、実際にその次の日の便で帰ってしまった。

 

 吾郎なりに考えた末の結論ではあったが、急なことだったので日下部も翔達を残してはいけないし、吾郎を1人で帰すわけにもいかなかった。

 ギブソンはある程度予想していたのか、『翔と寿也は責任を持ってこちらで預かって、きちんと日本行きの飛行機に乗せるから大丈夫だ』と言って、吾郎と一緒に帰るように伝えて、日下部も了承したのであった。

 そして吾郎が帰国する日の見送りに行ったときのことだ。

 

「びっくりしたよ。急に帰るって言い出すんだもん」

「本当だよ」

「ああ、ごめんね。俺もこっち(アメリカ)で本当ならもっと学びたかったんだけどさ。まだあっち(日本)()()()()()()が残っていたことに気付いたんだ。

それを終えるまでは、俺は他のことをしている場合じゃないって」

 

 少し名残惜しそうな顔をしていたが、そう言って日本に帰って行った。

 

「吾郎君、結局何も教えてくれなかったけど、どうするか決めたのかな?」

「そうだろうね。次あったときにでも聞いてみようか」

 

 心配する寿也に翔は明るく答える。

 そのまま家の中に入った2人は少し休憩した後、久しぶりにあった妹の美穂と遊んだのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 新学期が始まり、最初の横浜リトルの練習の日。

 全体的に雰囲気が暗かったのに翔と寿也は不思議に思っていた。

 

「佐藤兄弟、ちょっといいか」

「はい。どうしたんですか?」

 

 横浜リトル監督の樫本に呼ばれて、ベンチについていく2人。

 そして樫本がベンチの椅子に座り話し出す。

 

「この夏休み、本田吾郎と一緒にアメリカに行くと言っていたよな?」

「ええ、行ってきましたよ」

「実はな……夏休み最後に行った夏合宿、そこに本田がいたんだ」

「「え!? 吾郎君が!?」」

「ああ、前に軽く話したことがあったと思うが、その合宿は全国のリトルリーグの強豪が集まる合宿になっていてな。

毎日のように練習試合をして、いつも以上に厳しい練習をすることが出来るんだ。

そこに今年三船リトルが来ていてな……そこにいたチーム全てに勝ちやがったんだ……うちも含めてな」

「「……!?」」

 

 翔と寿也は驚きのあまり声を出すことができなかった。

 やり残したことがあると言って先に帰った吾郎が夏合宿に参加していただけでなく、そこにいた強豪と戦って全勝をしたというのである。

 横浜リトルが昨年の全国1位、そして2位以下のチームにも勝っていたということは、全国制覇をしたと言っても過言ではない。

 

「なんなんだ……あの怪物(本田)は……。アメリカで何を習ったらあそこまで進化出来るんだ?」

「えっと、僕らも確かに上手くなったとは思いますけど、吾郎君も僕らと同じくらいなはずですよ?」

「……なに? あいつと同じくらいの実力がお前らにもあるというのか?」

「多分、そのはずです」

「……分かった。じゃあアメリカ帰りのその実力を見せてもらおう。……ちなみにうち相手に本田はノーヒットノーランをかましたがな」

 

 翔と寿也は、吾郎が横浜リトル相手にノーヒットノーランをしたと聞いて、さらに驚いた。

 横浜リトル全体の雰囲気が暗くなっているのも仕方がない。

 そのことを知らなかったとはいえ、吾郎と同じ実力を持っていると言えば樫本も気になるのは当たり前であろう。

 

 

「それでは突然だが、レギュラーチーム対控えチームで紅白戦をする。ただし、佐藤兄弟は今回控えチームでバッテリーを組んでもらう」

 

 急遽始まった紅白戦。

 翔と寿也は吾郎と比べられているのを感じていたが、嫌とは思わず、むしろ横浜リトルのメンバーとの実力差がどれくらいになったのかを知る良い機会だと捉えることにした。

 

 翔と寿也の実力を知っていた彼ら(レギュラーチーム)は、夏休みの間だけではそこまで変わっていないだろうと思っていた。

 だが、それは自分たちの間違いだとすぐに知ることになる。

 

(な……だ、誰1人として前に飛ばすことすら出来ないだと……!?)

 

 樫本は驚愕していた。この夏休みで一軍メンバーはかなり上手くなった自負はある。

 現に毎年、夏休みと合宿で意識を含めて大きく成長する。

 それが秋大会での全国制覇に繋がるのだと感じているのだ。

 

 その一軍メンバー相手に、翔と寿也は完全試合(パーフェクトゲーム)をしたのである。

 アメリカで教わるだけでここまでの差が出るのかと樫本はある意味恐怖していた。

 

「ナイスピッチ、翔!」

「寿也もナイスリード!」

 

 そしてピッチングだけではなかった。

 バッティングに関しても、翔が3打数3安打2本塁打、寿也は3打数3安打3本塁打という完璧な成績を残していたのである。

 ちなみに吾郎も合宿時、横浜リトルを相手に全打席ホームランを打っていた。

 

(本田と翔の実力差はほぼない……おそらくキャッチャーの実力差が出たのだろうな)

 

 樫本は動揺しつつも冷静に分析していた。

 寿也と小森の実力差が、完全試合とノーヒットノーランの差を生んでいたのだと。

 逆に寿也がいることで横浜リトルの優勢は揺るがないであろうとも思っていた。

 

「よし、全員集合!」

「「「「「はい!!」」」」」

「今日の紅白戦で、佐藤兄弟の実力は分かったと思う。合宿時に対戦した三船リトルの本田とほぼ変わらない。

ということはだ……弟でキャッチャーの寿也がいる分、総合的な実力はうちの方が上だ! 今年の秋大会は三船リトルにリベンジするぞ!」

「「「「「はい!!!」」」」」

 

 樫本の話を聞いて、秋大会で三船リトルに負けると思って落ちていた士気が再び戻った。

 翔と寿也はその様子を見て良かったと思いつつも、自分達と横浜リトルの実力差がかなり開いていることに少しだけ驚いていたのであった。

 

 

 

(吾郎君……うち相手にノーヒットノーランをしたと聞いたときはすごいなと思ったんだけど、僕らもかなり上手くなっていたんだな)

 

 家に戻り、お風呂で考え事をしていた翔は自身のステータスを開いてみた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

【佐藤 翔ステータス】

◇投手基礎能力一覧

球速:119km

コントロール:E+

スタミナ:E+

変化球:

チェンジアップ:3

 

◇野手基礎能力一覧

弾道:3

ミート:E+

パワー:E

走力:E+

肩力:E+

守備力:E+

捕球:E

 

◇特殊能力

ノビC-

回復D+

送球C-

外野手○

 

◇コツ

ジャイロボールLV1

 

◇◇◇◇◇◇

 

 確かに今回のアメリカ遠征でポイントを消費していないにも関わらず能力値がアップしていた。

 投手では球速が1km上がり、スタミナがE+となった。チェンジアップも1つ上がっていた。

 野手としては弾道が3に上がっただけだったが、特殊能力がノビと送球がC-に上がり、吾郎に教えたせいもあったのかジャイロボールのコツを掴んでいた。

 

(C-へ上げるポイントはかなり高かったはずなんだけど……この1ヶ月程度でここまで成長出来るとか、本場(アメリカ)の野球はどれだけレベルが高いんだって話だよね)

 

 翔は自分の能力を確かめつつ、すぐ始まるであろう秋大会に向けて気を引き締めるのであった。

 




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第十九話

今日も投稿します。
毎日投稿は出来るのですが、ちょっと質が落ちている気がするのでいつまで続けようか悩んでいます。

皆さんの高評価やお気に入り登録の期待に、少しでも面白い話を書きたいなと思ったりしてます。



「それでは秋大会に向けて背番号を配るぞ。1番、江角!」

「はい!」

「2番、後藤!」

「はい!」

 

 どんどん背番号が配られていく。

 

「10番、佐藤翔!」

「はい!」

「11番、佐藤寿也!」

「はい!」

 

 翔と寿也はレギュラーの背番号ではなかった。

 理由はいくつかあるが、まず夏休みの練習に参加をしていなかったことが大きい。

 実力があってもチームとしての連携に関しては、江角と後藤の方が経験豊富なので、そこを考慮されていた。

 

 他にも江角と後藤は今年でリトルを卒業なので、その配慮もなされていた。

 これは樫本から翔と寿也に直接伝えられていたことであり、本人達も納得していた。

だが、リトルリーグの規定では2試合連続で投げることは推奨されていないこと、そして同じ日に2試合あった場合はその日は1試合のみしか投げてはいけないとなっているので、翔と寿也にも出番があると伝えられていた。

 

 

 

 そして、翔達にとって初めての公式戦が始まったのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「あれ?  三船リトルはこっちじゃないんだ?」

「うん、別ブロックだから、もう1つのグラウンドみたいだよ」

 

 開会式の日、吾郎に久しぶりに会えると思っていた2人は残念がっていた。

 アメリカで別れてから吾郎とは連絡が取れなくなっていた。

 電話をしても留守番電話になっており、茂治や桃子にも繋がることはなかった。

 

 しかし、茂治は横浜の試合に出ているので、そこまでは心配していなかったのだが。

 

「宣誓! 我々選手一同はスポーツマンシップに則り、正々堂々フェアプレーで頑張ることを誓います!」

 

 横浜リトル真島の選手代表の挨拶で始まった秋大会。

 全員が気合いを入れて優勝するつもりでいたのであった。

 

 横浜リトルはシードのため、2回戦からの戦いになる。

 先発は背番号通り江角である。翔と寿也の出番はなさそうなので、応援を頑張ることにした。

 結果は、15対0でコールド勝ちだった。

 

 2回戦を突破した横浜リトルは、次の3回戦のために準備を始めていた。

 

「よし! じゃあ次はバッティング練習を始める!」

「「「「「はい!」」」」」

「翔、投げてくれ」

「はい!」

 

 翔がバッティングピッチャーをしているのには理由がある。

 今の横浜リトルには他のチームとの対戦にさほど興味を持っていなかった。

 今どうしても勝たないといけないのは、次に当たる予定の本田吾郎率いる三船リトルである。

 

 1回戦、2回戦と全く苦戦することもなく、ノーヒットノーランと完全試合(パーフェクトゲーム)で終わらせた吾郎は、試合中も全く油断することなく投げていたと偵察に行った樫本の言葉である。

 翔と同じ、もしくはそれ以上のスピードで活きた球を投げてくる吾郎には、バッティングマシンではもはや対応しきれないので、同じ実力を持つ翔の球と寿也のリードを打ち破ることで吾郎対策を練っていた。

 

「う、打てねぇ……」

 

 翔は肩や肘を壊さないように調整しつつ投げているが、それでも真島を含めて横浜リトルのメンバーは全く打つことが出来なかった。

 これには理由もある。まだ完璧に習得できてはいないのだが、翔にはジャイロボールのコツを習得していた。

 コツだけとはいえ、通常のストレートと若干違う軌道に全員が対応出来ていなかったのであった。

 しかも寿也のリードのお陰もあり、バットに当てるだけで精一杯だった。

 

「なんだお前ら! 誰も翔の球を打てないじゃないか!」

「「「……」」」

「寿也! お前なら打てるのか?」

「え? ……分からないですけど、挑戦はしてみたいです」

 

 全く打てないメンバーに樫本は怒鳴り、全員が何も言えずに俯く。

 そこで翔の球を日頃から捕っている寿也であればどうなのか気になり、対戦をしてみることとなった。

 代わりのキャッチャーは後藤である。

 

「おいおい……佐藤兄弟の対決だぜ」

「初めて見るな」

 

 全員が注目する中、翔と寿也の対戦が始まった。

 

「翔はストレートとチェンジアップを投げられるんだったよな」

「はい」

「分かった。とりあえずサインを決めておこう」

 

 サインと決めながらも翔の顔は笑っていた。

 弟である寿也と全力で戦えるチャンスがまさかくるとは思っていなかったのである。

 そして寿也も同じ気持ちなのか、笑っていた。

 

(寿也と初対戦か……こりゃあ負けられないな!)

 

 寿也が打席に入り、バットを構える。

 翔は後藤のサインに頷き、振りかぶって全力のストレートを投げる。

 ボールはど真ん中に入り、ワンストライク。

 

(しょ、初球ど真ん中とはやるね……しかし、翔の球は何百球、何千球と捕ってきたけど、打席に入るとこんなにも違うのか)

 

 2球目。翔は外角低めに投げ、寿也がそれをカットする。

 次はチェンジアップを投げるが、見送ってボール。

 

(次はどっちだ……? ストレートか? それともチェンジアップか?)

 

 寿也は狙い球を絞れずにいたが、翔の性格を考えて判断することにした。

 

(うん、ストレートだな。翔なら絶対にストレートでくるはずだ!)

(……って思っているんだろうなぁ。正解だよ、寿也!)

 

 翔は今日イチの豪速球をど真ん中に投げる。

 寿也は待っていた球がど真ん中に来たことで不意を突かれるが、そのままバットを振り抜く。

 大きな音が鳴り、ボールはセンターのフェンスを越えて場外ホームランとなった。

 

「おおおおおお!!! 兄弟対決は寿也が勝った!」

「あいつもやっぱりすげえな!」

 

(……マジか。今まで投げたことないくらいの本気で投げたんだけどなぁ。……才能は怖い)

 

 翔は自身の全力を打たれたことを悔しいと思っていたが、それを打ったのが寿也だったので嬉しくもあったのだ。

 寿也は打てたことに驚いていたが、確かに何かしらの手応えを感じていた。

 

「寿也! ナイスバッティング!」

「えへへ、打てちゃった」

「このやろ! 僕だって悔しいんだぞ!」

 

 じゃれ合う佐藤兄弟を見て、全員が笑う。

 樫本もこの光景を見て、三船リトルには絶対に負けないと感じるのであった。

 

 

 そして次の日曜日。三船リトルとの対戦が横浜マリンスタジアムで行われるのであった。

 




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第二十話

本日も投稿します!一旦GWが明けるので、毎日投稿はここまでにしておきます。
明日からは不定期で!

そして宣伝です。
私が好きなだけの完全な趣味になっていますが、良かったらご覧くださいませ。
『7人目のソーディアンマスター』
https://syosetu.org/novel/218961/



『準々決勝第一試合は、8対4で江ノ島リトルが勝ちました。

このあと第二試合、横浜リトル対三船リトルの試合を行います』

 

「よし! 守備練習に行くぞ!」

「「「「はい!!!」」」」

 

 スタメンの選手が全員グラウンドに行き、各ポジションに立つ。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

◇スターティングメンバー

1番:ショート 伊達

2番:セカンド 村井

3番:ピッチャー 佐藤翔

4番:キャッチャー 佐藤寿也

5番:サード 真島

6番:ファースト 羽生

7番:センター 関

8番:レフト 坂上

9番:ライト 松原

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 樫本のノックに全員が緊張することなくボールをグラブで上手に捌き、送球も正確であった。

 観客席でもその上手さにどよめきが出る。

 ノックを終えて、ベンチに戻り今度は三船リトルの守備練習の時間となる。

 

「ついに吾郎君との対戦だね」

「だね。僕らも油断出来ないもんね」

「翔君と寿也君は、いつから吾郎君と知り合いだったの?」

「えっと……5歳だったかな。って、涼子さん吾郎君と知り合いだったの?」

「うん、合宿所でちょっとね……卓球で負けちゃって」

「え? 卓球!?」

 

 翔が寿也と話していると川瀬が話に入って来た。

 吾郎とは合宿所で知り合って、夜に卓球をして少し仲良くなったということだった。

 ただ、それ以降は連絡先も渡してないし話すこともなかったのだが、吾郎のピッチングを見て川瀬は気になっているようであった。

 

「よし、じゃあ全員集まれ!」

「「「「はい!」」」」

「今日は合宿所でのリベンジに来たんだ。お前らであればあいつの球は絶対に打てるはずだ! ボールを見つつ、きちんと振っていけ!」

「「「「はい!」」」」

 

 そして審判の「プレイボール」の言葉とともに横浜リトルのリベンジ戦が始まる。

 先攻は横浜リトル。1番の伊達からだ。

 

(あれから翔の球を何回も見てきたんだ! 俺らだって絶対に打てるはずだ!)

 

 吾郎は振りかぶってボールを投げる。大きな音を立ててキャッチャーである小森のミットに入る。

 

「……くっ。やっぱりはえーな」

「ストレートだけなのになんであんなに打てないんだ?」

 

 横浜リトルのメンバーもスピードが速いだけであれば見慣れれば打てるはずだという自負はあった。

 それでも吾郎の球はどうしても打てなかった。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 伊達は三球三振で1死(ワンアウト)となる。

 続く2番の村井も三振に仕留められ、そしてネクストバッターズサークルから翔がやってくる。

 翔と寿也、吾郎が会うのはアメリカで別れて以来であった。

 

 そんなことを気にもせずに翔と吾郎は目が合うとお互いに笑っていた。

 負けたくないという気持ちももちろんあるが、実力者と対戦できることに喜びがあるのである。

 そして翔がバッターボックスに入った。

 

 吾郎は今までと同じように振りかぶってボールを投げる。

 ど真ん中に投げられたボールを翔は振るが、ボールに当たらずワンストライクとなる。

 

(おいおい、これやばいでしょ。俺が教えたジャイロボールをこの短期間でここまで仕上げてこれるものなのか?)

 

 吾郎はまだ完璧とまではいかないが、ジャイロボールを翔よりも高い精度で()()にしていた。

 才能(吾郎)環境(アメリカ)が揃うと、ここまで人間は化けられるものなのかと驚愕する翔。

 

 それでも翔もジャイロボールを会得するために日々練習を積んでいるため、吾郎の球の軌道は分かっていた。

 2球目のボールもど真ん中に投げられたが、翔はボールに当て、バックネットに飛ばしてファールとなる。

 

「あ、当てたよ……」

「やっぱり当てられるんだ!ちゃんと打てるんだ!」

「翔! 打てよー!」

 

 翔がボールに当てたことに士気が上がった横浜リトルは、翔のことを応援し出した。

 寿也もネクストバッターズサークルで翔が打つように祈る。

 この後も吾郎の球に対してなんとか食らいついていき、徐々に芯に近付いていく。

 

(ちっ……やっぱり翔くん相手だと()()も使わないとダメか)

 

 吾郎は小森にサインを送り、小森も一瞬驚いた顔をするがすぐに気合を入れて構える。

 そして吾郎が7球目のボールを投げる。

 翔は同じ軌道で見慣れてきたため、打てると確信して思い切りバットを振る。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし────打ったと思ったはずのボールは、小森のキャッチーミットに収められていた。

 




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第二十一話

不定期投稿と言っても…今日投稿しないとは誰も言ってないのである!
不定期ってことにした方が気持ちが楽なので、数日に一回は投稿するようにしますね!

それとお気に入り2,000件突破しました!
いつも本当に皆様に助けられてばかりです。
これからもよろしくお願いします!



「ストライク! バッターアウト!!」

 

 翔が完璧に捉えたと思ったボールは、小森のキャッチャーミットの中に収められていた。

 球の回転も確実にジャイロボールの()()だった。

 

(い、今のはなんだったんだ……? あれは確実にジャイロだったのに。完璧に捉えたはずだったのに……)

 

 吾郎は落ちた帽子を拾い上げ、頭に被りながら不敵に笑う。

 翔はその様をみて悔しそうな顔をしながらベンチに戻った。

 ベンチに戻った時に寿也が話しかけてくる。

 

「今のは……何の球だったの?」

「確実にジャイロボール──僕が投げている球と同じだったはずなんだ。

でも、完璧に捉えたと思ったら、ボールは……ミットの中にあった」

「翔でも見極められなかったってこと?」

「ああ……油断するなよ、寿也。吾郎君は僕達を倒すために確実にレベルアップしている」

 

(へへっ! やっぱり翔くんでも打てなかったか! やっぱり()()()を教えてもらって正解だったな)

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

『ツー……シーム?』

『ああ、今吾郎が投げているボールの握りはフォーシームといって、ノビのある直球を投げるのに向いている握り方なんだ。

だがな、ツーシームという握りはこうやるのだが、これだけでフォーシームと比べて空気抵抗が出やすいんだ。

もし今のストレートを投げるのであれば、ボールの握りを変えるだけでストレートが変化するかもしれない』

 

 アメリカから帰ってきた吾郎のピッチングを見て、茂治がボールの別の握り方を教えていた。

 ジャイロボールを投げるからこそ、空気抵抗がより少なくノビのあるストレートを投げられている吾郎。

 それであればもし握りを変えたとしたら、より空気抵抗が増すことでストレートを投げているのにも関わらず、変化球のようになるのではないかという推測から教えたのである。

 

 これが実際に大当たりした。

 同じ投げ方でノビのあるストレートになるフォーシームと、空気抵抗が増えたおかげでボールの終速が遅くなり、結果通常よりも()()()()()()()()()()()()ツーシーム。

 この2つを使い分けることで、打者にとっては驚異の球になっていた。

 

 それでも吾郎はジャイロボールそのものを会得したわけではないため、やはりまだまだ紛い物と言わざるを得ない。

 だがこれからの野球人生で無理な変化球を覚える必要が無くなったことは、彼の肩や肘への負担が大きく減ったことに繋がるのである。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 寿也は、吾郎が何か変化球を覚えたのではないかと推測した。

 翔が単純なジャイロボールで見極められないということはないと思っているからだ。

 

(次の回の僕の打席……見極めてみせる!)

 

 

 1回の裏、三船リトルの攻撃である。

 1番バッターの長谷川が打席に入る。そこには2試合とはいえ、1番打者として出場してきたことに対しての自信が見えていた。

 翔は油断せずに丁寧に攻めていこうと思う。

 

 その考え方が良かったのか、この回は誰もボールにかすることなく三者三振で終えることが出来た。

 翔は前の打席で三振したことを引きずらないか心配していたので、少しホッとした表情でベンチに戻る。

 

 そして2回の表、4番である寿也の打席。

 寿也はなぜか嬉しそうな顔をしていたので、翔が理由を聞いてみたところ、

 

「だっていつも翔が僕の打席の前にホームランとかたくさん打つんだもん。それ、結構プレッシャーだったんだよ?

今日はそのプレッシャーがないから、のびのび打席に入れると思うとなんか妙に笑えてきちゃってさ」

 

 そう言いながら笑う寿也に、苦笑いで返す翔。

 だがすぐに真剣な顔をして「ちゃんと見極めてくるから安心して」と言ってバッターボックスに向かう寿也。

 翔はそんな寿也を頼もしく思うのであった。

 

(次は寿くんかぁ……翔くんもだけど、この打順は油断出来なくて困るね)

 

 吾郎は困っていたような考えをしていたが、顔は笑っていた。

 翔や寿也のような強打者(バッター)と対戦するのがすごい嬉しいからだ。

 寿也も油断しないようにバットを構える。

 

 第1球、フォーシームジャイロを低めに投げて、寿也が見逃しワンストライク。

 次に外角高めに外しボールとなる。

 そして3球目、吾郎が内角真ん中に投げたフォーシームジャイロを寿也は見逃さず振り抜く。

 ボールはレフト後方に設置されたホームラン判定用のフェンスを左に切れていき、ファールとなる。

 

 観客と横浜リトルのベンチから「惜しい!」などの声が生まれていた。

 翔のボールをホームランにしていた寿也にとって、吾郎のフォーシームジャイロも打てない理由はなかった。

 ただ吾郎の方がジャイロの完成度が高いため、微調整は必要であったが。

 

(やっぱり寿くんもすごいや! まだあれはあまり連投したくないんだけど……仕方ないか……)

 

 吾郎は小森に翔の打席と同じくサインを送る。

 小森は頷きキャッチャーミットを構える。

 そして吾郎が振りかぶって投げたツーシームジャイロを、寿也は見逃して三振となった。

 寿也は初め、少し残念そうな顔をしていたが、ベンチに戻るときに微かに笑ったのを吾郎は見逃していなかった。

 

(え……まさかこの1球でバレたのか……?)

 

 寿也はこの1球でツーシームジャイロが投げられるのを予測していたのだ。

 後々のことを考えて球の軌道をきちんと観察することにし、それは成功した。

 

「寿也、最後の球って……」

「うん、翔が空振りしたボールだったよ」

「ちゃんと見えたのか?」

「まぁね。回転はやっぱりジャイロのものだった。でも翔や吾郎君が投げている()()()()()()()とは違っていたんだよ」

「……え?」

「えっとね、まだ1球だけしか見てないから確実とはいえないんだけど、明らかにボールにはジャイロ以上の空気抵抗によるブレーキングが掛かっていたんだ。

それがまるで変化したように見えていたんだけど、通常のストレートと同じ減速だからジャイロボールだと思って振ると三振してしまうようだね。

あとは……これ自信ないんだけど、多分若干の変化はしているよ。縦のスライダーのような感じだった。

多分ボールの握りと投げ方からそのような変化になったんじゃないかなぁ?」

 

(と……寿也……どこまで分析出来ているのさ!?お兄ちゃん、驚きで口が開きっぱなしになっちゃったよ!)

 

「翔……大丈夫?」

「え、あ、うん。でもさ、これって打てるのか?」

「いや、今の僕らには無理だと思う。握りが違うだけで投げ方が同じって考えると、それを狙うなら通常のジャイロを打った方が確実だね」

「だよなぁ……でもさ──」

「──その球を打ってこそ完全な勝利でしょ?」

「……! そうそう、それだよ!」

 

 寿也に考えていることを当てられて驚く翔だったが、野球好きとしては吾郎のツーシームを打ってこそ完全な勝利になると思っているので、そこは譲りたくないようであった。

 もちろん寿也もそれは否定しない。なぜなら同じ考えを持つ双子だからだ。

 

「でも……最終的には」

「チームの勝利が1番かな。だって僕は寿也達と全国大会行きたいもん」

「だね! じゃあ対策を練っていこうか!」

 

 こうして吾郎が6連続三振を達成している時に対ツーシームについて話し合うのであった。

 そんな様子を観察していた樫本は、翔と寿也のポテンシャルの高さに驚きを隠せていなかった。

 




ここで解説です。そして、これは独自設定なのでよろしくお願いします。

フォーシームジャイロ:原作で吾郎が投げているジャイロボールのこと。ストレートのような軌道をせずに、若干ホップするような感じで伸びていきます。
ツーシームジャイロ:握りを変えることで空気抵抗を増し、軽く縦のスライダーのような変化をするストレートのこと。通常のストレートからすると、変化量的にはカットボールでもいいのかもしれない。
でもジャイロボールからの変化量からするとスライダーと言ってもおかしくないので、上記のような表現を使いました。

これはあくまで独自設定なのですが、実際に握りを変えることでストレートでも若干の変化はしますし、ジャイロボールのような投げ方をするのであれば尚更変化してもおかしくないとの判断です。
翔が三振した理由は、フォーシームジャイロの軌道だと思って通常のストレートの軌道よりも若干上の部分を振ったら、空振りしてしまったということです。
今の吾郎の習得レベルだと、通常のストレートの軌道で振ったら、ボールに当たるが当たり損ないのような感じになります。


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第二十二話

 2回裏。打順は4番の吾郎からである。

 翔は吾郎との、吾郎は翔との対決を楽しみにしていた。

 それはどちらもピッチャーであり、バッターだからである。

 

(吾郎君。次はこちらの番だよ)

 

 笑顔で吾郎が打席に入るのを待つ。

 吾郎は数度素振りをすると、バッターボックスに入り構える。

 

 初球。翔のストレートが内角低めに入り、吾郎は空振りをしてストライクとなる。

 2球目は内角高めに外し、ワンボール、ワンストライク。

 

(翔君のボール、教えてもらったジャイロボールなんだろうけど……多分俺の方が完成度は上のはずだ。それなら絶対に打てる!)

 

 吾郎は翔の球を打てると確信し、球を待つが外角低めいっぱいに決まりツーストライクと追い込まれる。

 ここで寿也はチェンジアップを要求する。

 可能性としてチェンジアップが来ると分かっていても、変化量が上がった状態で吾郎に見せたことがないため抑えられる自信があった。

 

 4球目。勝負と思い、チェンジアップを投げる翔。

 吾郎はチェンジアップが来ると読んでおり、ボールが来るのを待っていた。

 

(よし! 読み通り! あとは溜めて……溜めて………ま、まだ来ない!?)

 

 翔の球が予想以上に遅くなっていたため、吾郎は待ちきれずに振ってしまう。

 そして、読んでいた以上にボールが落ち、吾郎は膝をついて三振となる。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 翔は寿也からボールを受け取り、笑顔で吾郎を見る。

 吾郎は初めショックそうであったが、翔の顔を見て、負けじと笑顔で返す。

 

(まさか翔くんもここまでチェンジアップを磨いてきていたとはね……。次は必ず打つ!)

(これでさっきの借りは返したよ、吾郎君! 勝負はこれからだ!)

 

 

 ここからは完全な投手戦となっていた。

 吾郎が先に打者一巡を三振で仕留めると、翔も同じく打者一巡を三振で仕留めていた。

 そして、4回の表。2死(ツーアウト)ランナーなしの状況で、翔の2打席目が回ってきた。

 

『3番、ピッチャー佐藤翔くん』

 

 ウグイス嬢のアナウンスに呼ばれて翔が打席に入る。

 翔はどうしてもツーシームジャイロも打ちたかった。

 だが、試合に勝つことにこだわることも大切だと思っていた。

 

(もし僕が打たなくても、寿也が絶対に打ってくれるはずだ。僕に出来るのは寿也にきちんと繋ぐこと!)

 

 翔は自分の気持ちを押し殺すことにした。

 そして吾郎が投げる初球。低めに入ったフォーシームジャイロをセンター返しにしてヒットにする。

 

「おおおおお!!! 両チーム初めてのヒットだ!」

「さすが横浜リトル! これからが勝負だ!」

 

 翔は前の打席で慣れてきていたフォーシームジャイロを狙い、コンパクトに振って確実にヒットを狙った。

 自身と寿也の打席じゃないと、今の吾郎の球を打つのは難しいと感じたためだ。

 

(ちぇ。フォーシームジャイロを狙われたか。やっぱりまだまだ完成度が低いから仕方ないよね)

 

 吾郎も悔しそうな顔をしていたが、気持ちを切り替えて寿也に集中することにした。

 寿也は翔以上に油断できないバッターだと思っていたためである。

 

(翔……また僕のプレッシャーになる打ち方して。僕に()()1()()()()()()()を打てってことなんだろうね)

 

 寿也は苦笑いをしながら打席に入る。

 しかし全体の様子を見ながら、寿也はあるサインを出してみることにした。

 そのサインは監督に受け入れられ、寿也はバットを構える。

 

 吾郎と小森は気付いておらず、寿也をいかに抑えるかしか考えていない。

 初球を外角低めに投げた瞬間、翔が走り出し、寿也がバントの構えをした。

 

「な!? バントエンドラン!?」

 

 すぐに吾郎とファーストの田辺とサードの夏目が前進してきたが、ギリギリのところで寿也がバットを引き、小森が二塁にボールを投げられないようにした。

 盗塁は成功し、2死(ツーアウト)ランナー2塁となる。

 

(上手くいって良かったけど……寿也、めちゃくちゃ大胆な攻めをしてくるな)

(ふふふ……周りを見ていると浮き足立っているのが分かったからね。これで一打勝ち越しの可能性も出てきた)

 

 距離は二塁ベースとバッターボックスなのに、まるでお互いに会話しているかのように視線を合わせる2人。

 そこには双子だからこそ分かる何か見えないものがあったのかもしれない。

 

(くっそー! 翔くん、寿くんやるじゃん。でも……)

 

「俺の球を打てなきゃ意味がないんだよ!」

 

 吾郎はフォーシームジャイロを全力でど真ん中に投げる。

 寿也はバットを振るが、バットの上に当たり、ファールボールとなる。

 しかし3球目、4球目、5球目とフォーシームジャイロを投げるが、全てカットされてファールとされてしまう。

 

(どうしてもこれ(ツーシームジャイロ)が打ちたいみたいだね)

 

 吾郎は寿也がツーシームジャイロを誘っているのを理解して、小森にサインを出す。

 小森もさすがに誘われているのがわかり、それをあえて投げる意味がないと思うがそのサインを受け入れる。

 

「打てるもんなら……打ってみやがれ!!!」

 

 吾郎がツーシームジャイロ投げる。ボールはジャイロ回転のまま進むが、急激にブレーキが掛かりスピードと共にボール自体も落ちていく。

 

(来た! 前の打席で見た感じだと、フォーシームジャイロの軌道から……下にボール2個……右に半個分だ!!)

 

 寿也がバットを振り抜き、大きな音と共にボールが飛んでいく。

 しかし、ボールはライトの右に行きファールとなった。

 

(う、打たれた……だと……!? い、いや、まぐれに決まってる!)

(本田君! 一旦落ち着いて!)

 

 小森がタイムを取ろうとするが、その前に吾郎がワインドアップで投げ出したので、翔はチャンスと思いスタートする。

 翔のスタートに小森は気付くが何も出来ないため、おそらく吾郎が投げてくるであろうツーシームジャイロを捕る準備をする。

 

(さっきは少しズレてたな……より正確に……下に2個半、右に2/3個分!)

 

 寿也は思いっきり振り抜き、ボールは右中間を真っ二つにして飛んでいく。

 翔はスタート切っていたので、そのままホームに到達し、勝ち越すことに成功する。

 寿也は二塁ベースで止まり、タイムリーツーベースを打ったのであった。

 

 

 

 そして吾郎は寿也に打たれたのが信じられないのか、その場に立ち尽くしていた。

 




こもりんのタイムのタイミングがもう少し早ければ!

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第二十三話

予約投稿時間間違えて投稿していました。
こちらが正しい内容です。



(俺のツーシームが……おとさんと一緒に作り上げた切り札が……打たれた……!?)

 

 マウンドに立ち尽くした吾郎に小森が近付いていく。

 

「ほ、本田君。大丈夫?」

「……あ、ああ」

「とりあえずツーアウトだから、あと1人バッター集中で抑えていこ!」

 

 吾郎にボールを手渡し、ホームに戻っていく小森。

 動揺し続けている吾郎には小森の声は届いていなく、寿也に打たれたという事実だけが頭の中を駆け巡っていた。

 

 バッターは5番真島。前の回、吾郎の球を打つことが出来ず真島も焦っていた。

 下級生に4番を譲るだけでなく、翔と吾郎だけが打っていることに自身のプライドは傷付けられていた。

 今度こそ打ってみせると意気込むが、

 

「ボール! フォアボール!」

 

 吾郎の球がストライクに入らず、4連続ボールでフォアボールとなった。

 舌打ちをしながら吾郎を睨みつける真島。

 吾郎はそれすらにも気付かず、ランナー一、二塁となる。

 

「タ、タイム!」

 

 小森がたまらずタイムを取ってマウンドに行く。

 内野手も全員集まるが、空気は重かった。

 

「ど、どうする? 二死(ツーアウト)だし、ある意味開き直ってバッター勝負も悪くないんじゃないか?」

「そうだな! フォアボールが怖いなら打たせても大丈夫だから」

「本田君、どうする?」

「あ、ああ……」

 

 歯切れの悪い吾郎の返事に全員の空気もさらに悪くなる。

 特に案もないまま、全員が自分の守備位置に戻ろうとしたとき、

 

「み、みんなごめん……」

 

 突然の吾郎の謝罪に全員が振り向く。

 

「お、俺さ……みんなに勝手なことを言って、ここまで無理してついてきてもらったのに……こんなことで崩れちゃってさ。

これじゃあ本当にただのわがままだよ……」

「ほ、本田君……」

「俺には、全員(みんな)を全国に連れていくって……全国トップの横浜リトルを倒して、三船リトルを全国に連れていく使命があったんだ。

それが俺に出来る唯一の誠意だって。()()()()()()()()()()()()()()()()()()俺の贖罪だって」

 

 全員が吾郎の話を聞いて黙る。

 小森は俯いていたが、何かを決心したかのように急に顔を上げて吾郎に向かって叫ぶ。

 

「そんなことないよ!!」

「小森……」

「そりゃあ本田君がチームからいなくなるのは寂しいよ! でも、僕たちはみんなで決めたんだ!

いなくなってしまう本田君のために、()()()()()()()()()って!」

「そうだ!」

「本田が自分勝手な行動するなんて初めからだっただろ!」

「これは俺達全員の問題なんだ! 勝手に自分だけの問題にするなよな!」

「……みんな」

 

 吾郎は内野にいる全員だけでなく、外野にいた沢村や清水、鶴田も見た。

 話の内容は分かっていないが、全員同じ気持ちであろうことは伝わったのである。

 そして再び小森が近付いてくる。

 

「みんな、今は1球でも多く本田君と野球をしていたいんだ。

だから贖罪なんて気持ちで試合をしないで欲しいんだよ。今は、この大会だけは僕のミットを目掛けて最高の球(本田君のベストピッチ)を投げ込んできて欲しいんだ」

 

 吾郎は全員の言葉を聞いて涙を浮かべていた。

 目を瞑り、一筋の涙が流れるが、それを袖で拭い取りすぐに笑顔を浮かべる。

 

「よし! じゃあピンチだけど、気にせずにバッター重視でいくよ! 全員これ以上は絶対に点をやらないからね!」

「「「「おおっ!!」」」」

 

 小森の声に全員が改めて気合を入れ直す。

 マウンドに立った吾郎の顔は吹っ切れたかのようにスッキリした顔となり、先ほど寿也に打たれたことなど一切気にしていなかった。

 

「プレイ!」

 

 プレイが再開し、吾郎はワインドアップからど真ん中にフォーシームジャイロを投げ込む。

 6番の羽生は手を出せず見送る。

 

(小森……みんな。ありがとう! 俺は──)

 

「──絶対にこれ以上打たせねえ!!」

 

(あ……そこだ!!)

 

 吾郎が投げた2球目、ど真ん中に投げるも、羽生はバットを振ることすらできず見逃す。

 そこですかさず小森は一塁にボールを投げる。真島が不用意に一塁ベースから離れていたためだ。

 すぐに戻ろうとするも、小森の投げたボールの方が早く、真島はファーストでアウトとなる。

 

「ア、アウトー!!!」

「く、くそっ!」

「「「「「こ、小森ーーーーっ!!」」」」」

 

 全員が小森のナイス判断を称え、笑顔でベンチに戻っていく。

 横浜リトルはツーアウト一、二塁のチャンスを生かすことが出来ずに1点止まりでチェンジとなってしまった。

 翔と寿也は崩れてしまった吾郎が復活したのを見て、喜びを隠せずに笑っていた。

 

(一時は心配したけど、さすが吾郎君だ。それでこそ僕らの強敵(ともだち)だよ!)

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 4回裏、5回表と、翔と吾郎はバットにかすらせないピッチングで相手打線を抑える。

 そして5回裏。最初のバッターである吾郎が打席に入った。

 

(正直、今の吾郎君は怖い……こうなったときの彼は止められないからね。)

(でも……だからこそ勝負したいんでしょ?)

(さすが寿也! 分かってるじゃん!)

 

 翔と寿也の間には何も言葉は交わされていなかった。

 彼らはただお互いの目を見て笑っただけ。それだけで全ての気持ちを理解したのである。

 

(これで吾郎君が敬遠されたらこの試合は終わるな……。というか定石として絶対に敬遠するはずだ……これが吾郎君の三船リトルとしての最後の試合になるのか……)

 

 安藤はため息をついてマウンドとバッターボックスを交互に見た。

 今確実に翔のボールを打てるのは吾郎だけであり、まぐれ当たりも寿也のリードであれば期待できない状況なのである。

 ここで吾郎が敬遠されてしまうことを恐れていたのだった。

 

(来る! 翔くんと寿くんは敬遠なんて絶対にしない! それなら俺は全力で打つだけだ!)

 

 吾郎は未だかつてないほど集中していた。

 その闘志は翔達にも伝わってくるほどである。

 樫本は一度立ち上がって敬遠の指示をしようとしたが、途中でまた座り直した。

 

いい試合だ(ナイス・ゲーム)

 

 子供とはいえ、男と男の真剣勝負を邪魔するような無粋な人間でいたくなかった樫本は、誰にも聞こえない声でそう言った。

 あとは子供達で決着を付けるだけだった。

 

 

 

 

 第1球。翔のストレートが外角低めに入りストライク。

 次の球は内角に入ったボールを吾郎がカットしてツーストライクと追い込む。

 

(ここで1球外して、チェンジアップで三振にするのが確実なんだけど。翔の顔はそんなことしたくないって顔なんだよなぁ)

(分かってるなら、こんなところで水を差すようなサインを出すなよー!)

(大丈夫だよ。でも勝負するなら、絶対に抑えなよ!)

(それは分からないがな!)

 

 2人はただ笑っているだけ。頷きもしなければ、首を横に振ったりもしない。

 そこには2人だけがわかる空間が出来ていたのであった。

 

 翔がワインドアップから振りかぶり、ボールを投げる。

 その球は、この試合で翔自身でも最高の()()()()()()()()()()()といっても良いほどの球だった。

 

(よし! この球なら打たれ──)

 

 寿也が三振を確信して捕球体勢に入ったとき、吾郎がバットを思い切り振り抜くのが見えた。

 それはまるで、翔がこの1球でベストピッチングをしてくると初めから分かっていたかのような反応だった。

 

 

 ボールがバットに当たったのがわかる大きな音とともに、ボールがセンター方向に飛んでいく。

 センターの関が、ボールを追いかけるために後ろに走っていくが、途中で走るのをやめてしまう。

 

 

 

 

 

 

 ボールは、リトルリーグ用に設置されたホームランのフェンスではなく、その先のバックスクリーンに入っていった。

 そして翔は振り向きもせずに、帽子を深く被りながら静かに微笑むのであった。

 




翔くんの微笑みは、何かを企んだ笑いではなく、「打たれちゃったかぁー!」といった吾郎を凄いと思ったときの微笑みだと思ってくださいませ!

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第二十四話

昨日は更新できず申し訳ございませんでした。
オリジナルストーリーになると表現方法って結構悩むんですよね。
もし更新されていなかったら、表現方法で悩んでいるか投稿予約忘れのどちらかなので、温かく見守っていてくださると嬉しいです。

そしてこのタイミングで新作を書こうと思っています。
ヒカルの碁って最近面白い話が多いので私も参加してみたいなっていうのと、ドラクエ系で書いてみたいなって思ってるんです。
もし今みたいなペースで書けるとしたら、何か読んでみたい作品ありますか?
こちらにコメントください!
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=238195&uid=302379



(打たれちゃったかぁ……さすが吾郎君だね)

 

 悔しそうな顔をしつつも、簡単に試合が決まらなかったことへの嬉しさも感じていた。

 寿也は一瞬心配したが、嬉しそうな顔をする翔を見て、心配ないと安心したのであった。

 

 その後、全員を抑えた翔は最終回である6回表の攻撃に移るのであった。

 

「いいか。これを最終回にするぞ! 全員で1点取ってこい!」

「「「「はいっ!」」」」

 

 樫本の声に全員が大きな声で応える。

 翔だけに仕事をさせていて、自分達が何も出来ていない状況を心苦しく思っていた。

 

(誰か1人出れば、翔に回る!)

 

 自分たちが出来ることは少ないが、せめてこの回で1人でも出ることを信じてまず9番松原が打席に立つ。

 しかし、立ち直った吾郎のボールを当てることは至難の技であり、三球三振となる。

 

「くそーーっ!!」

 

 悔しがる松原に1番の伊達が肩に手を置き、「俺に任せろ」と言う。

 しかし、伊達も三振になり、続く村井も三振となり、チェンジになってしまう。

 翔に対し、みんなが気まずそうな顔をするが笑いながら翔は全員に言う。

 

「絶対に()()()で三船リトルに勝ちましょうね!」

「「「「……!」」」」

 

 疲れが見え始めてはいるが、まだまだ投げる余力は残っている翔なので負けたくない気持ちを全員に伝える。

 翔だけに気を遣わせるわけにはいかないと守備の時にいつもより声を出して、チームを盛り上げるレギュラー陣。

 そしてその声が届いたのか、翔は3人を三振に仕留めてチェンジとなった。

 

 延長戦である7回の表。

 吾郎はマウンドに行き、翔との対決のために気合を入れ直す。

 この回を抑えれば、チャンスは必ず来ると分かっているからだ。

 

(吾郎君、こっちでは負けないよ!)

 

 翔は前の打席で試合に勝つためにツーシームジャイロを打たない選択肢を取ったが、この打席では絶対に打ってみせると思っていた。

 毎回寿也にいいところを譲っているので、ここだけは決して譲りたくなかった。

 そして翔が打席に立ちバットを構える。

 

 吾郎がワインドアップから初球を投げる。

 高めに入ったフォーシームジャイロを翔が思い切り振るが、空振りとなる。

 2球目。内角真ん中に投げられたフォーシームジャイロを打ち、サードの左側をライナーで飛んでいきファール。

 

 このときの打球の速さにスタジアムの観客席からどよめきが起こった。

 まさにここが両チームにとっての正念場であった。

 

(うん、()()()()()()()()()()。吾郎君にも疲れが見えているみたいだし、最悪このまま試合が進んだら他のメンバーでも打てるようになるかもね)

 

 翔はそう思っていたが、そんな勝ち方はしたくなかった。

 吾郎からツーシームジャイロを打って勝つ。それしか頭に無かったのだ。

 

(本田君……こっち(フォーシームジャイロ)はもうまずい。ツーシームジャイロならまだ可能性はあるはず……!)

 

 この日、初めて小森から()()()()()()()()()()()()()を出した。

 吾郎は額から汗を流して息も切らしている。

 出来ればフォーシームジャイロで抑えたかったのだが、体力が残り少ない現状ではツーシームジャイロに頼らざるを得なかった。

 

 覚悟を決めて吾郎はツーシームジャイロを投げる。

 翔は真ん中やや低めに投げられたボールを見て、ツーシームジャイロだと確信する。

 なぜならそれは翔が最初の打席で空振り三振したときと同じコースだったからだ。

 翔は腰の回転を使ってバットを思いっきり振り切った。

 

 ボールがバットに当たる音が大きく鳴ったあと、打球はサードの顔の右真横をライナーで飛んでいき、ライナーのままレフトに設置してあるフェンスを越えていった。

 その様子を見て、会場が静まり返る。

 しかし翔が右手を大きく掲げたところで、観客やベンチから割れんばかりの歓声や拍手が巻き起こった。

 

(……やっぱり気持ちいいなぁ! 野球はこれだから楽しいんだよ!)

 

 翔がベースを一周してベンチに戻ると全員が温かく出迎えてくれた。

 寿也は次の打席があるので、ネクストバッターズサークルのところでハイタッチしただけであった。

 

「本田君……ごめん……。僕がツーシームジャイロのサインを出しちゃったから……」

 

 小森は吾郎のところへ行き、気まずそうに謝った。

 それもそのはずだ。最悪これが決勝点となってもおかしくない。

 絶対に打たれてはいけなかったのに、小森のサインで打たれてしまったのだから。

 

「何言ってんだよ、小森。お前は全然悪くないよ」

「え……?」

「だって翔くんと寿くんを敬遠すれば俺達は負けなかったんだぜ? それを俺が嫌がった結果なんだから、小森が悪いわけじゃない。

しかも俺達はまだ負けてない。勝負はここからだ! ……だろ?」

「う、うん!」

 

 小森を励ます吾郎。その言葉が嬉しくて泣きそうになった小森だが、すぐに笑顔になってホームに戻っていく。

 

(小森……ありがとな。俺はお前らに本当に支えられてるんだってようやく分かったよ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだな……)

 

 吾郎は思わず笑ってしまう。自分自身の三船リトルでの最後の試合になるかもしれないのに、それでもいいと思ってしまっている吾郎がそこにはいた。

 

(最後の試合でもいい。……でもな、1球でも多く、俺はこいつら(三船リトルのみんな)と一緒に野球をしていたいんだ!)

(……え!? こ、この球は!?)

 

 寿也は打席に入り、吾郎が投げた球に驚きを隠せなかった。

 スタミナもほとんど切れて、かなり疲れているであろう吾郎が今までにないくらいのスピードと球威のボールを投げてきたからだ。

 寿也は打席に入る前はダメ押しの得点を入れられるチャンスくらいに軽く考えていたが、その考えは打ち崩され三振してしまう。

 

(吾郎君……君は本当にすごい選手だね。でも試合には絶対に負けないよ!)

 

 7回表は残りの選手も抑えられ、今のところ2対1で横浜リトルが勝ち越す結果となった。

 そして運命の7回裏が始まる。

 

 翔に対して、2番の前原と3番の小森はなんとか塁に出ようとバントなどを使ったが、その成果も挙げられず三振してしまう。

 そしてツーアウトランナー無しの状況で4番本田吾郎が打席に立った。

 




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第二十五話

活動報告に色々と書いてくださってありがとうございます!
読んでみたい二次小説は思いついたものをどんどん書いていただいて構いませんので、ぜひお願いします!

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「これが最後の対決になるね。……敬遠する?」

「寿也、本気で言ってるの?」

「いや、言ってないよ。じゃあ全力で抑えに行こうか!」

 

 7回裏、ツーアウトで吾郎に打順が回ってくる。

 敬遠すれば確実に勝てる状況で、翔と寿也は勝負を選択する。

 1度負けているのだが、樫本も何も言わないことと野手全員も勝負するのが分かっている様子だったので逃げることはしなかった。

 

(佐藤兄弟。ここで逃げるようならそれまでの選手だったと思うところだが、やはりお前達にはプロになる素質もあるのだな)

 

 樫本はここで敬遠をするか見ていた。だが2人の頭の中には最後まできちんと勝負するといった熱意があることが分かり、嬉しく思っていた。

 このまま行けば確実に横浜リトルは勝つ。だが名門として、このまま終わらせるわけにはいかなかった。

 

 プレイがかかり、翔が振りかぶる。

 翔がど真ん中にストレートを投げ、吾郎は空振りした。

 

(マジか……ここに来てこのスピードで投げてくるのか。やっぱり翔くんは凄いな)

 

 吾郎は疲労でバットもいつもよりも重く感じており、動くのも相当億劫になっていたが気力でバットを振っていた。

 2球目のインハイに外したストレートを見送る。ここで寿也が動く。

 

(チェンジアップだ。これで打ち取れればそれでもいい!)

 

 寿也のサインに翔は頷き、真ん中低めに制球されたチェンジアップを投げる。

 空振りかと思ったのだが、吾郎は体勢を崩されながらもバットに当ててファールとしてきた。

 

(このタイミングで投げたコレ(チェンジアップ)を当ててくるとはね。寿也、次はどうする?)

(1球外すよ。外角高めだ)

 

 寿也のサイン通り、外角高めに外したストレートを投げたのだが、吾郎はそれすらも打ちライト方向に大きく飛ばしていった。

 明らかに外されているボールを、選球眼は悪くない吾郎が打ったことに対して翔と寿也は驚いた。

 

(もしかして吾郎君……)

(ああ、相当疲れてしまっていて、来た球をそのまま打っているだけなんだろう)

 

 それはある意味怖い状況でもあった。

 どの球にも感覚で打つことが出来ている吾郎に対して、抑えるために投げる最適なコースが見つからないのだ。

 翔はその後も色んなところにボールを投げ続けるが、全てカットされる。

 甘い球を投げたら確実に打たれてしまうのがわかるので、緊張感で疲労も増していく。

 

(翔、投げるコースが見つからないなら、もう()()で終わらせよう)

(え……いや、まぁ投げろと言うなら頑張ってみるけど……打たれたら責任取ってね)

(もちろん! ……翔がね!)

 

 寿也は翔に対してど真ん中にストレートを要求した。

 それはただのストレートではなく、前の打席で翔が偶然投げることが出来たジャイロボールの完成形をだ。

 翔としても投げられるものなら投げたいが、投げられる自信がないのと、前の打席で打たれてしまっていることを思い出して少し躊躇していた。

 

(確かに打たれるのは怖い。……けど、今の僕に出来るのは、寿也を信じて全力で投げるだけだ!)

 

 翔は寿也を信じて全力で投げ込むことに決めた。

 ロージンバッグに触り、ボールの握りを確かめて深呼吸をする。

 すると、周りの声が一切聞こえなくなった。誰よりも集中している感覚、見えているのは寿也のミットだけだった。

 

(イケる。今の僕ならさっきの球(ジャイロボール)を投げられるはずだ……)

 

 ゆっくりと振りかぶり、左足を上げ、指先に神経を集中させてボールを放つ。

 フォロースルーも含めて、完璧の球を投げることが出来た。翔はそう思った。

 しかし、吾郎はそのボールを待っていたかのように思い切りバットを振り切った。

 

 ボールは大きな音を立てて飛んでいき、センターの頭を越えていく。

 翔は集中された空間の中で「また打たれたか…僕のベストピッチだったんだけどな……」と、うつむきながら呟く。

 そして、集中が切れた途端に周りのすべての音が戻ってくる。

 

「センター! 捕れるぞ! 走れ!!!」

 

 真島の声に翔が気付いて後ろを振り向くと、ホームランになるフェンスギリギリのところでセンターがジャンプをしていた。

 翔の球はたしかに打たれたが、球威で勝ったため前の打席ほどボールが飛んでいなかったのだ。

 

「関、絶対捕れ! 翔ばかりにすべて押し付けんなよ!!」

 

 センターの関がフェンスにぶつかり、倒れる。

 ライトの松原とレフトの坂上が、落としたときの事を考えてフォローしようと近付く。

 

「関! 大丈夫か!」

 

 松原が声を掛けると、倒れていた関がゆっくりと上半身を起こす。

 そしてグラブの中にあるボールを確かめて、ゆっくりと手を上げるのであった。

 

「アウト! スリーアウト!」

 

 審判が関のグラブにボールがあるのを確かめたあとに試合終了の宣言をする。

 その瞬間、スタジアムの歓声が最高潮になり、まるでプロ野球の試合でも見ていたかのような盛り上がりとなった。

 野手は全員翔のところに走っていき、ねぎらいの言葉をかける。

 翔も笑顔で応えるが、内心では複雑な様子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 吾郎はマウンドで喜んでいる翔達を見て、バットを持ちながらバッターボックスで立ち尽くしていたのであった。

 




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第二十六話

誤字報告いつもありがとうございます!



「2対1で横浜リトルの勝ちです!」

「「「「「ありがとうございました!」」」」」

 

 横浜リトルと三船リトルの選手が互いに握手を交わす。

 そして次の試合もすぐに始まるので、挨拶もそこそこに全員がベンチを出るのであった。

 

 横浜スタジアム内にある三船リトルの控室で、吾郎はうなだれていた。

 負けたショックもあるが、三船リトルのメンバーを全国に連れて行くことが出来なかったということが彼の中で後悔となっていた。

 

「本田君……」

 

 小森が心配して吾郎に声を掛ける。

 他の選手たちも心配した様子で吾郎を見ていた。

 

「み、みんな。本当にごめん。最後、打てなかった……」

「本田……」

「お、俺……このままこのチーム(三船リトル)を抜けるなんて出来ないよ! みんなを全国に連れて行くことが出来なかったのに……自分勝手にチーム(三船リトル)を抜けるなんて──」

「──それは違うぞ」

「……え?」

 

 沢村が吾郎の話を遮り、吾郎の前にやってくる。

 

 

「俺らは自分達で選んだんだ! お前とこの秋大会で全国を目指すって! それが三船リトルを抜ける本田への俺達からの恩返しだったんだよ!

俺は……お前がいなかったらずっと小森をいじめて、ヘラヘラして……中途半端なままだった。俺はお前に恩返しがしたかったんだ!」

 

「僕もだよ。本田君がいなかったら、ずっと自分の言いたいことややりたいことを我慢して、沢村君とも本当の友達になることが出来なかったんだ」

 

「俺達5年生もだよ。本田がみんなを引っ張っていってくれたから、野球を真剣にやろうって思えたんだ」

 

「……私も。お前がいたから野球を始めようと思えたし、本田がいなかったらここまで野球が面白いものだとは思わなかった」

 

 

 沢村、小森、5年生、清水が自分達の気持ちを伝えていく。

 吾郎は、自分を責めて辛くなっていた心が軽くなっていくのを感じる。

 

「そうだね。私もだよ。吾郎君が来てくれなかったら、おそらく三船リトルは無くなっていただろうね。

昔の気持ちを取り戻すこともなく、サッカー人気を言い訳にしたままだったよ。

そんな私達に夢を見せてくれたんだ。次は吾郎君自身のやりたいことをやってもいいんじゃないかな」

 

 吾郎は全員の言葉を聞いて、目に涙を浮かべる。

 

「みんな……ありがとう。本当にありがとう……」

 

 椅子に座りながら泣き続ける吾郎を見て、全員一緒に涙を浮かべるのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「よし! 準備できたな! それでは帰るぞ!」

 

 樫本の合図で横浜リトルのメンバーが帰ろうとしていた。

 控室を出て、バスに乗り込もうとしたとき、吾郎が走って向かってくるのが見えた。

 

「か、監督!」

「ん? ああ、本田が来ているのか。いいぞ、行ってこい」

「「ありがとうございます!」」

 

 翔と寿也はバスには乗らずに、吾郎の方へ行く。

 吾郎は翔達を見ると笑顔になる。

 

「翔くん! 寿くん! ……今日は負けたよ。完敗だった」

「ううん、こっちこそ危なかったよ」

「全国、絶対に行ってね!」

「うん、全国で一番になって帰ってくるよ」

「だね! 楽しみにしてるよ。それとね、俺────」

「「え………?」」

 

 吾郎が話した言葉を聞いて、翔と寿也は驚きのあまり叫んでしまうのであった。

 

 

 

 

 

 吾郎との話の後、翔達はバスに乗り込む。

 

「もういいのか?」

「はい! お待たせしました!」

 

 全員がバスに乗ったことを確認した樫本はバスを発進させる。

 翔は吾郎が話したことを思い出して、窓を見ながら笑っていた。

 

「翔、何笑ってるの?」

「ん? ああ。さっきの吾郎君のこと」

「ああ、()()ね。僕、驚いちゃったよ!」

「だよねぇ……でもさ──」

「「吾郎君らしいよね!」」

 

 2人で声を揃えて同じことを言い、笑い合う。

 その様子を見ていた周りの選手が「こんな会話でもハモれるのか……さすが双子!」と軽く驚いていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 その後、横浜リトルは全国に駒を進めることが出来た。

 横浜リトルの選手層は厚く、ピッチャーを江角、菊地、涼子、翔と状況に応じて使い分け、翔はピッチャーとして試合に出てないときは外野手を固定で守るようになっていた。

 寿也もキャッチャーを後藤と一緒に状況に応じて出場しており、全国大会では真島を抜いてホームラン王となっていた。

 

 

 そしてこの年、横浜リトルは全国大会優勝を果たすのであった。

 

 

 

 

「吾郎。横浜リトル、全国大会優勝したって!」

「そうなんだ! 翔くん達優勝できたんだ!」

「あんたも急なんだから……せめて秋大会が終わるまで待てなかったの?」

「ごめん、母さん。俺は少しでも早くここに来たかったんだ。ここで三船リトルのみんなのためにも、もっと上手くなりたいんだよ」

「分かったわよ……これからもちゃんと連絡しなさいよ」

「分かったって! そっちもおとさんと仲良くね! あと今妊娠してるんだから、体調には気を付けてよ!」

 

 吾郎は電話を切って、ため息をつく。

 もう小学四年生なのだ。いい加減子供扱いはやめてほしい──実際はまだまだ子供なのだが──と吾郎は思っていた。

 

『吾郎! 練習に行くぞ!』

「ん? た、たぶん練習に行くって言ったんだよな? 今行く!」

 

 声を掛けられ、グローブを持って走り出す吾郎。

 

『吾郎……ジュニアも気を付けてな』

『分かってるよ! じゃあ行ってくる!』

「行ってきます!」

 

 

 

 

 ギブソンに見送られ、吾郎とジュニアは練習に向かうのであった。

 

 

 

『本田吾郎率いる三船リトルに勝利したのでボーナスポイントを付与します』

『全国大会に出場したのでボーナスポイントを付与します』

『全国大会を優勝したのでボーナスポイントを付与します』

『ジャイロボールのコツLV3を習得しました』

 




はい。実は吾郎君が選んだのはアメリカ行きでした。
これは当初から考えられていたもので、三船リトルと横浜リトルで揺れていた吾郎に対し、ギブソンが第3の選択肢を与えたということです。
アメリカ行きを選んで、そこから茂治や桃子を説得(確実に反対されていたので)し、三船リトルのみんなに話して納得してもらう、ギブソンにも伝えなくてはいけない。
かなり大変だったと思います。でもそれがあったから横浜リトルとここまで接戦になれたのかなとも思うので、彼の選択肢も良かったかなと。


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第二十七話 人生の分岐①※

本日2話分出します。

両方とも時系列はほぼ同じですが、内容が違います。
どちらの話で続きが見たいのかを是非お聞かせください。
2話目は12:00頃に掲載予定です。

※誤解が無いようにもう一度伝えておきますね。【第二十七話①】と【第二十七話②】は繋がった話ではありません。
どちらかの話の流れで中学生編へ進むということです※

そのために初めてアンケート機能を使ってみました。
両方読んでからアンケート回答くださいませ!
これからの話が変わってくるので、ぜひアンケート記入をお願いします!



 吾郎がアメリカに旅立ってから2年半の月日が流れた。

 翔と寿也は小学校6年生になっていた。

 

「「行ってきます!」」

「気を付けて行ってらっしゃい! 私達も後から行くからね!」

「あ、お兄ちゃん達待ってよ〜!」

 

 この2年半の間、翔は野球に勉強にと大忙しだった。

 1番大変だったのが、父親の事業についてだった。

 小学校5年生の途中に、父親が新規事業をやりたいと言い出したことがきっかけだった。

 

(あのときはすっかり忘れていたからなぁ……。父さんが相談してくれてよかったよ)

 

 翔以外の家族が賛成する中、猛然と反対をしたのが翔だった。

 前世で事業の立ち上げにも参加したことがある翔は、父親のやろうとしている事業が絶対に上手くいかないと分かっていたのであった。

 もちろん原作知識も込みである。

 

 初めは手伝って事業を成功させればいいと思っていたのだが、本当に内容が酷かったので絶句した。

 内容の詳細を聞いて翔が細かいところをどんどん詰めていくと、父親も反論が出来なくなり、母親も顔を青くさせていたレベルであった。

 

 結果、父親は新しい事業をすることを断念。

 代わりに今までの事業で業績を上げることに成功していた。

 後々翔が父親から聞いた話なのだが、少し前に知り合って意気投合した人から持ちかけられた事業だったということだ。

 

 その人は小学校6年生に上がる直前に逮捕されたというニュースがやっていて、父親も驚きで真っ青になっていた。

 罪状は()()だった。小さめの企業の社長に新しい事業の話を持ちかけ、借金をさせてそれを持ち逃げするという手口だった。

 このニュースを見て、父親は翔に感謝をし、家族のために働くようになった。

 

 家族のために働くようになったことにはもう1つの理由がある。

 それは翔が小学校6年に上がったばかりのときに、翔に不倫の証拠を掴まれたことだった。

 頭を下げて黙っていてほしいと言う父親に、「これから家族のためだけに働ける?」と半ば脅しのような口調で迫り、無理やり了承させたのであった。

 お陰で家族の仲は良好であり、妹の美穂を含めて楽しく過ごしている。

 実は母親には不倫を気付かれていたのだが、不倫相手と関係を切って、ちゃんと戻ってきたのだからと不倫の件に関して見逃されていたことには翔も父親も気付いていなかった。

 

 

 野球に関しては、小学校5年生で全国大会準優勝、小学校6年生では全国大会優勝を果たしていた。

 小学校5年生の準優勝は、前日に翔が38.5度の熱を出し、次の日に寿也に移すというハプニングのためだった。

 翔と寿也が不在の中、横浜リトルメンバーも奮闘したが、最終回の裏にサヨナラになってしまい準優勝になったのだった。

 

 それでも最後の大会で優勝できたことを喜び、中学ではシニアに進もうか中学校の野球部に所属しようか悩んでいるが、「たぶん横浜シニアだろうね」と寿也にも言われているので、そうなるのであろうと本人も思っている。

 

 

 メリッサとの関係も手紙のやり取りを続けていた。

 吾郎がアメリカに行った直後は、『なんで翔が来ないの!』と散々ゴネていた。

 毎回早く会いに来いと言う内容を手紙の最後に書いてくるので、翔は苦笑いをしていた。

 

 吾郎に関しての情報は、メリッサの手紙と桃子から得ていた。

 メリッサの手紙に吾郎に関しての内容を載せてもらっているので、それを茂治と桃子に見せに行くということもしている。

 そのきっかけで、茂治から野球のアドバイスを貰えることになったのは、翔や寿也としても喜ばしいことだった。

 

 

 その茂治と桃子だが、翔が小学校5年生に上がる前後で子供を出産していた。

 「亜美」という名前の女の子である。

 翔達がアメリカに行った直後に出来た子供で、吾郎も「おとさん、やるじゃん!」とからかっていた。

 これからは4人家族になるのだが、いまだに帰ってこない吾郎を茂治と桃子はとても心配していた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「今日で小学校も卒業かぁ……なんか早かったねぇ」

「そうだね。色んな事あったけど、一番の思い出はオールスターゲームを観にアメリカに行ったことだなぁ」

「ああ、メリッサちゃんとも仲良くなれたもんね!」

「そんなんじゃないってば!」

「あはは! だって僕には手紙来ないのに、翔にだけ来るのはそういうことじゃん!」

 

 寿也は少しからかうように笑って、翔とメリッサのことをからかう。

 翔自体が前世の記憶も持っているので、小学生に恋愛感情を抱けないというのもあるが、美穂と同い年のため妹として見ていたのも理由だった。

 

(メリッサちゃん、可哀想に……。翔と仲良くなるのは大変そうだなぁ)

 

 そして卒業式も終わり、その数日後、横浜リトルのグラウンドに全員が集まっていた。

 

「6年生のみんな、卒業おめでとう! 君たちはこれからシニアに行く人がほとんどだと思うが、ここで培ったものを忘れないでほしい」

「「「「はい!ありがとうございました!」」」」

 

 樫本の卒業のお祝いを聞いたあと、卒業生全員で焼き肉を食べに行くことになった。

 横浜リトルでは樫本が監督を始めてから、卒業生に焼き肉を奢るというのが恒例行事になっていたのだ。

 そこでは全員が今までの思い出を話していく。

 

 翔も今までのことを思い出しながら焼き肉を頬張っていく。

 身長も少しずつ伸びており、顔つきも少しずつだが大人に近付いている。

 中学校に上がってから、どれだけ楽しいことが待っているのかを思うとワクワクが止まらないのであった。

 

 

 

 

〜リトルリーグ編 完〜

 

 

 

【佐藤 翔ステータス】

◇投手基礎能力一覧

球速:120km

コントロール:E+

スタミナ:E+

変化球:

チェンジアップ:3

 

◇野手基礎能力一覧

弾道:3

ミート:E+

パワー:E+

走力:E+

肩力:E+

守備力:E+

捕球:E+

 

◇特殊能力

ノビC-

回復D+

送球C-

外野手○

チャンスメーカー

 

 

◇コツ

ジャイロボールLV3

パワーヒッターLV2

レーザービームLV2




これでリトルリーグ編が終わります。
最後は卒業まで話を一気に飛ばしていますが、このままリトルリーグ編を続けていても同じ感じになるし、吾郎は戻ってこないとテンポ悪いので。

また吾郎sideが追いつく頃に続きの話を書きますので、12:00投稿の話も読んでからぜひアンケートの記入をお願いします!
基本、①か②のどっちかなので!笑

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第二十七話 人生の分岐②※

本日2話分出しています。

両方とも時系列はほぼ同じですが、内容が違います。
どちらの話で続きが見たいのかを是非お聞かせください。
1話目は8:00に掲載済みです。

※誤解が無いようにもう一度伝えておきますね。【第二十七話①】と【第二十七話②】は繋がった話ではありません。
どちらかの話の流れで中学生編へ進むということです※

そのために初めてアンケート機能を使ってみました。
両方読んでからアンケート回答くださいませ!
これからの話が変わってくるので、ぜひアンケート記入をお願いします!



 吾郎がアメリカに旅立ってから2年の月日が流れていた。

 そしてその日は翔と寿也にとって、生まれてから最悪の日となったのだった。

 

「「ただいまー!」」

 

 翔と寿也が家に入ると、いつもは迎えてくれるはずの母親がいなかった。

 妹の美穂も今日は休んでいたので、一緒に病院に行ったのかなと思い、リビングに行く。

 そして驚きのあまり、背中から下ろして手に持っていたランドセルを落としてしまった。

 リビングへのドアを開けると、そこには何も無かったのだ。

 

「翔、そんなところに立ってないで早く中に入ってよ……って…………え?」

 

 寿也が翔の顔の横からリビングを除き、何もない光景に驚きのあまり絶句していた。

 

「こ、これってどういうこと?」

「……寿也、一旦落ち着こうか。ちょっと考えさせてもらってもいい……?」

「う、うん」

 

 リビングに入ってソファーもなにも無いので、床に座る2人。

 翔は冷静な素振りをしていたが、そこで頭を抱えていた。

 それはそのはずである。平和に暮らしていて愛情を持っていた家族が急にいなくなれば動揺するのが当たり前なのである。

 

(し、しまった……! そうだよ。小学6年生って、寿也が親に捨てられた年じゃんか……! ()()って、そういうことだよな……)

 

 不安そうな顔をする寿也を見て、翔は決心した。

 現時点で嘘をついてもいいから、寿也が精神を病まないように支えようと。

 

「寿也、今考えたことを言ってもいいか?」

「う、うん……」

「多分だが、お父さん達は夜逃げしたんだと思う」

「え……! な、なんで!?」

「落ち着けって。続きを話すぞ?」

「う、うん」

「本当に憶測だから、変に動揺しなくてもいいからな。一応僕もこの後の対策も考えているから。

多分だけど、お父さんの事業が失敗したんじゃないかなと思っている」

「お父さんが……!」

「ああ、僕達は今日学校行っていただろ?だから、僕らを連れて行く時間的余裕がなくて、たまたま家にいたお母さんと美穂を連れて行ったんだと思う」

 

 翔は努めて冷静に話そうとしていた。

 心の中は動揺しっぱなしである。捨てられたことが分かっているからだ。

 今日、美穂が急に病欠で学校を休むとなったときもおかしいと思っていた。

 

 

 

 

 なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

 

 そこで不審に思うべきだったのだ。よくよく思い返せばおかしいことはたくさんあった。

 母親がたまに伏し目がちに思い悩んでいたり、父親が帰ってこない日が続いていたり。

 それでも一緒にいるときは仲良くしていたから、そこまで不思議に思っていなかったのだ。

 

 完全に翔の落ち度である。だが、これを悔やんだところで何も始まらない。

 むしろこれからをどう過ごしていくかを考えていくかが大事だと、翔は前世の経験で分かっていた。

 

「本当なら僕らも学校を休んで、一緒に行くことになっていたのかも。……お母さんはそれを助けてくれたんだと思うよ」

「え……お母さんは僕らを見捨てたんじゃないの?」

 

 寿也は泣きそうな目をしながら、翔に聞く。

 不安で仕方がないのだ。だが、目の前に翔がいるからまだ堪えられていた。

 

「ああ。そうだと思う。おそらく今日僕らが一緒に行っていたら、お父さんに対して失望して、最悪手を上げられていたかもしれないし」

「な、なんで……!? お父さん、そんなことしたことないのに……」

「いや……寿也はお母さんがたまに何かを隠そうとしていたのに気付いてたか?」

「うん、なんだろうな? って思っていたけど、もしかしてお母さん……!」

「そうだね。きっとお父さんに手を上げられていたんだと思う」

「じゃあ美穂は!? それなら危ないじゃないか!」

「分かってる……だから本当なら学校に行かせようとしていたんだけど、体調悪くなっちゃったから仕方なく連れて行ったんだよ」

「お母さん。僕らのことを助けてくれたんだ……」

「ああ。だから僕らは、僕らを助けてくれたお母さんにまた会えるときまで2人で支え合っていかないといけないんだ。

()()()1()()()()()()()2()()()()()()()

 

 寿也はその言葉を聞いて、泣きそうだった顔を袖で拭うと「このあとどうすればいい?」と真面目な顔になって翔に質問する。

 

「まずは吾郎君の家に行こう。おじさんとおばさんに事情を話して、今日泊めてもらうんだ。

そこからおじいちゃんの家に連絡取って助けてもらえるかを聞いてみよう」

「分かった!」

 

 翔と寿也はすぐに茂治の家に向かった。

 元自宅の玄関のドアを開けたときに、不意に寿也が翔を呼び止めた。

 

「翔」

「ん? どうした?」

「本当にありがとう」

「………何言ってんだよ! 兄貴として当たり前だろ!」

 

 急にお礼を言われて戸惑った翔だったが、すぐに笑顔になって寿也に返事をする。

 寿也も釣られて笑顔になり、2人で玄関を出た。

 

 

 

 

 

 

 今日という日は翔と寿也にとって人生最悪の日だったが、これからの未来が絶望ではないことを教えてくれた日でもあったのだった。

 

 

 

 

〜リトルリーグ編 完〜

 

 

 

 

【佐藤 翔ステータス】

◇投手基礎能力一覧

球速:120km

コントロール:E+

スタミナ:E+

変化球:

チェンジアップ:3

 

◇野手基礎能力一覧

弾道:3

ミート:E+

パワー:E+

走力:E+

肩力:E+

守備力:E+

捕球:E+

 

◇特殊能力

ノビC-

回復D+

送球C-

外野手○

チャンスメーカー

 

 

◇コツ

ジャイロボールLV3

パワーヒッターLV2

レーザービームLV2

 




これでリトルリーグ編が終わります。
最後は卒業まで話を一気に飛ばしていますが、このままリトルリーグ編を続けていても同じ感じになるし、吾郎は戻ってこないとテンポ悪いので。

また吾郎sideが追いつく頃に続きの話を書きますので、8:00に投稿した話も読んでからぜひアンケートの記入をお願いします!
基本、①か②のどっちかなので!笑

面白い!また続きが見たいと思ったら、ぜひ高評価、お気に入り登録、感想をお願いします!

『MAJORで吾郎の兄になる』という作品も掲載しておりますので、下記から併せてご覧いただけますと幸いです。
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間話 メリッサ・ギブソンの憂鬱

寿也sideでも閑話を書いてほしいと要望があったので、書いてみました。

それと新作を始めました!
こちらもよろしければご覧くださいませ!

ドラゴンクエストΩ 〜アルテマこそ至高だ!〜
https://syosetu.org/novel/226246/



 メリッサはため息をついていた。

 あれだけの楽しい日々が終わってしまい、またいつもの生活に戻ってしまったからである。

 

(パパもママもひどいわ! あーあ、どうしてこうなったのかしら……)

 

 本人も気付いている。

 それは小学校1年生に上がる夏のことだった。彼女はその日、誰かがやってくるということまでは知っていた。

 ただ、当時の彼女は良く分からない人と会うのだけはどうしても好きになれなかった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

『あら、いらっしゃい。ようこそアメリカへ! 私はジョーの妻のローラよ! こっちは娘のメリッサ、よろしくね!』

 

 メリッサは突然現れた男4人に対して、どうして良いかわからなかった。

 3人は兄であるジュニアと同い年くらいで、もう1人は大人の男性だった。

 日常が崩れる。そう思うと、なんとも言いようがない恐怖に襲われて泣きそうになってしまっていた。

 しかし────

 

『メリッサちゃん……だよね? 僕は翔っていうんだ。よろしくね』

 

 頭に置かれた優しい手と少年の温かな雰囲気に、先程まで抱いていた気持ちは全て吹っ飛んでしまった。

 顔を赤くしながら、『う、うん……』とだけ答えたメリッサ。

 普段であればその後も近付くこともなかったのだが、目だけは翔を追いかけていく。

 

 それからジュニアを含めて4人が庭でキャッチボールをしている様子を見ていたメリッサ。

 ずっと翔のことばかり目で追っていたら、不意にローラに話しかけられる。

 

『メリッサ、翔のことが気になっているの?』

『え……わ、わかんない』

『ふふふ。どうせなら仲良くなれたらいいわね。彼、優しそうだからメリッサとも仲良くしてくれるわよ』

『え……! 本当!?』

『ええ、本当よ。ほら見てごらんなさい』

 

 ローラがそう言って指をさすと、そこには翔がローラとメリッサのところにやってくるのが見えた。

 メリッサは顔を赤くしてローラの服を掴みながら俯く。

 その様子を見て、ローラはくすくすと笑うのであった。

 

『メリッサちゃん。ずっと見ていると暇でしょ? 一緒に遊ぶ?』

『……』

『メリッサは野球やったことがないのよ』

 

 メリッサは俯いたまま何も答えない。

 代わりにローラが答えるが、その様子を見た翔はかすかに笑い、メリッサの隣に座り込む。

 

『そうだったんだね。じゃあ良かったら僕と話そ!』

 

 そのままジュニア達とキャッチボールに戻ると思っていたメリッサは、驚いて翔の顔を見る。

 翔の温かな雰囲気に、どんどん吸い込まれていきそうになった。

 その後は翔の前世で培われたコミュニケーション力のおかげで、最初はぎこちなかったメリッサも徐々に笑顔を見せ始める。

 

『……驚いたわ。あのメリッサがここまで私達以外に懐くなんて』

 

 1時間もすると、メリッサが常に話して翔が聞き役に回るというパターンに変わっていた。

 翔の聞き上手な特徴もあり、メリッサは話すのが楽しくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな夢のような数週間だったからこそ、別れは辛かったのである。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 あれから3年の月日が流れた。

 翔は中学生になったと手紙で知り、お祝いしに日本に行きたいと両親にお願いしたところ、反対されたのだ。

 そして部屋に閉じこもっていたのである。

 

(私だってもう一人前のレディーな(子供じゃない)のに……)

 

 再度ため息をついたメリッサは、のんきに庭で野球をしているジュニア()と吾郎を見てイライラが止まらなかった。

 

(私がこんなに悩んでいるのに、なんであの2人(兄と吾郎)は野球なんてやっているの!

……翔も翔よ! あれから3年も経つのに手紙ばっかりで全然会いに来てくれないじゃない!)

 

 翔に対しての文句を心の中で言ったとき、なぜか翔とおままごとをした時のことを思い出す。

 いつもは友達としかしていなかったのに、翔もずっと付き合ってくれていた。

 そのとき、ふと思い出したのである。

 

 

 

 

『でね! エミリーやエリザベスとお母さん役とか選んで、一緒にご飯作ったり食べたりして遊んだりしてるんだ!』

『そうなんだね。日本にもそういう遊びあるよ。日本語で()()()()()っていうんだ』

『オママゴト?』

『そう! メリッサは日本語も上手になりそうだね!』

『ほんと!? じゃあメリッサ、日本語も勉強する!』

 

 

 

 

(……そういえば私、全然日本語の勉強してなかった。翔が英語で話してくれるから、いつもそれに甘えていた気がする)

 

 翔に気に入られようと話したことではあるのだが、翔はいつもメリッサに気を遣ってくれていた。

 会話のレベルに関してもだが、目線の位置や歩くスピードなど常にメリッサに合わせてくれていたことに気付いた。

 そして今まで貰った手紙を読み返す。

 

(やっぱりだわ! いつも私の話に対して色々と気を遣ってくれていたんだ……)

 

 翔の優しさに気付くと、今まで文句を言っていた自分が恥ずかしくなってくるメリッサ。

 それでも翔に会いたい気持ちを抑えるのは難しく、のんきに野球をやっているジュニア()と吾郎に腹が立つのも抑えられない。

 

(あの2人も翔くらい気を遣えるようになりなさいよね! ……はぁ。本当に日本語を勉強しようかしら)

 

 再度ため息をつくメリッサ。

 これから成長期に入るメリッサの憂鬱は当分続くのであった。

 




ジュニアと吾郎が気を遣えないダメンズになってしまってました笑

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第三章 中学生編
第二十八話※


今日から「第三章 中学生編」に入ります。
中学生編は吾郎sideも寿也sideもそこまで長くないので、気軽に見ていってください。



 翔と寿也は六年生のある事件の後、祖父母に引き取られていた。

 両親に捨てられ、妹の美穂とも生き別れになり、数日間は本田家に泊まらせてもらっていたが、ずっとこのままではいけないと血縁関係のある祖父母にお願いをして一緒に住むことになっていた。

 

 祖父母は心が傷付いているであろう翔と寿也のことを思いやり、なんとか暮らしていけるようにするため再び仕事にも就いていた。

 お弁当屋での販売だが、それでも貧乏なりに2人を養っていくには十分であった。

 翔は寿也が落ち込んでいるのが分かっており、適度に声を掛け続けていく。

 結果2人で立ち上がって祖父母に恩返しをしようと決意する。

 

(絶対にプロ野球選手になっておじいちゃんとおばあちゃんに恩返しをするんだ!)

 

 そして、それを決めてからの2人は毎日をトレーニングと勉強に費やした。

 近くのバッティングセンターにお願いをして、ボール磨きや掃除をする代わりにメダルを貰う。

 寿也は翔の勧めで()()()使()()()()()()()()()()()()()()()ということも始めていた。

 

 最初は軍手が突き指だけでなく、血染めになったりするくらいのこともあったが、数ヶ月もすれば慣れるようになり、メダルの半分をキャッチングで半分をバッティングに使っていた。

 翔はバッティングだけに力を入れて、誰よりも上手くなろうと努力を重ねていた。

 

 

 

 

 

 しかし……それは自分達を追い込みすぎていたが故の過ちだったのかもしれない。

 お互いに真剣になりすぎるが余り、身体を休めることなくトレーニングで自身をいじめ続けていった結果。

 

「翔君は膝を、寿也君は腰を痛めてしまっていますね」

「「そ、それで……野球は……!? 野球は出来るんですか!?」」

「いえ、もう無理です。プロ野球選手? むりむり、自分の身体も管理できない人がなれるわけないでしょ。

一生無理だよ。はい残念だね!」

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「「うわああああああ!!!!」」

 

 翔と寿也は同時に目を覚ます。

 2人とも大量の汗をかいて、息を切らしていた。

 

「と……寿也」

「も、もしかして翔も……?」

 

 お互いに見た夢が同じであり、あまりにもリアルに感じられていたため最初は焦っていたが、徐々に夢だと分かり目を合わせて笑っていた。

 両親に捨てられる夢を見るとは思っていなかったため、完全に目が覚めてしまっていた。

 

「もう今日は寝れそうにないね」

「だね。ちょうど朝のトレーニングの時間だし、起きようか」

「あ、もうそんな時間なんだ!」

 

 2人はタオルで汗を拭うと、練習着に着替えて外にランニングをしに行くのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「「行ってきまーす!」」

「行ってらっしゃい! 気を付けてね!」

 

 慶林小(けいりんしょう)から慶林中(けいりんちゅう)にそのまま進学した翔と寿也は、入学式のため母に見送られ家を出る。

 クラスメイトはほぼ変わらずなので、単純に制服が変わった程度であった。

 付属の中学校のため、小学校時代に既に中学校で習う分野にも入っているくらいで、本当に変わりはなかった。

 

「そういえば横浜シニアって周りのリトルの子達が集まっているみたいなんだけどさ、中には本当に上手な子とかもいるらしいよ」

「えー!そうなんだ!? 僕、キャッチャー大丈夫かな?」

「んー、大丈夫じゃない? 僕らも身長少しずつ伸びてきてるし。これからもっと上手くなるだろうからね!」

 

 翔と寿也は身長と体重も全く同じという、双子でもそこそこ珍しい部類の成長の仕方をしていた。

 そして入学式を終えてHRも終わった翔達は家に帰る。

 

 

慶林中(けいりんちゅう)に入学しましたので、EからDに上げる際の必要ポイントが減少しました』

慶林中(けいりんちゅう)に入学しましたので、特殊能力を上げる際の必要ポイントが減少しました』

 

 

 突然アナウンスが鳴って驚く翔だったが、待っていましたとばかりに部屋に入ってステータス画面を開く。

 パワプロのステータスを上げるにはポイントが必要であり、基礎能力をEからE+に上げるのと、E+からD-に上げるのでは必要ポイントがかなり違っている。

 小学校時代、E+までステータスを上げるのはある程度ポイントを貯めれば簡単に上げることが出来ていた。

 しかし、E+からD-に上げる際の必要ポイントが、EからE+に上げたときの10倍から15倍ほどになっており、無理に上げると身体にとっても良くないんだろうなと判断して、E+のままにしていたのであった。

 

(でも、いきなり能力を上げると……身体にすごい負担が来るから、徐々に慣らしていかないとだよね)

 

 ステータスを上げるにもいきなりE+からD+まで上げてしまうと、身体がついていかず負担が大きくなって体調不良になってしまう。

 過去に高熱を出した経験があった翔は、焦る必要はないので無理をせずに徐々に上げていこうと決めていた。

 能力値を上げたり下げたりして色々と調整しつつ、ポイントを消費していく。

 

(うん! こんなもんかな?)

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

【佐藤 翔ステータス】

◇投手基礎能力一覧

球速:125km

コントロール:D-

スタミナ:D-

変化球:

チェンジアップ:3

 

◇野手基礎能力一覧

弾道:3

ミート:D-

パワー:D-

走力:D-

肩力:D-

守備力:D-

捕球:D-

 

◇特殊能力

ノビC

回復C-

送球C

外野手○

チャンスメーカー

ジャイロボール

 

◇コツ

パワーヒッターLV2

レーザービームLV2

 

◇◇◇◇◇◇

 

 球速を125kmまで上げて、全体をD-にし、ノビ、回復、送球を一段階上げる。

 そしてジャイロボールを取得することにしたのであった。

 ポイントはまだまだ余っていたのだが、無理をせずに少しずつ身体に馴染ませることが大事なので、一旦終わりにしていた。

 

「翔ー! ここ分からないんだけど、教えてもらっても良いー?」

 

 不意に寿也に呼ばれてビクッと身体を震わせる翔だが、ステータス画面を閉じたあとすぐに返事をして寿也のところに向かうのであった。

 




最初の部分は夢オチです。
どっちの結果になっても、夢オチにしようと思っていました。
というわけで、今回は原作と違う【佐藤家が助かったver.】で行きます!

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第二十九話※

 中学生になってから、1年と少しの月日が経っていた。

 翔と寿也は中学二年生になっており、夏の大会に向けて精力的に練習をこなしていた。

 1年の間に能力もかなり上げていて、翔自身としてもある程度納得できる能力配分になっていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

【佐藤 翔ステータス】

◇投手基礎能力一覧

球速:136km

コントロール:D

スタミナ:D

変化球:

チェンジアップ:4

スラーブ:2

 

◇野手基礎能力一覧

弾道:3

ミート:D

パワー:D

走力:D

肩力:D

守備力:D

捕球:D

 

◇特殊能力

【共通】

ケガしにくさC-

 

【野手】

送球C

チャンスメーカー

外野手○

パワーヒッター

レーザービーム

 

【投手】

ノビC+

回復C

対ピンチC

緩急○

ジャイロボール

 

◇コツ

 

◇◇◇◇◇◇

 

 球速を136kmまで上げ、基礎能力をD-からDに一段階上げていた。

 変化球もチェンジアップを一段階上げたあとは、新しい変化球としてスラーブを習得していた。

 そして、諸々の能力を上げつつ、スラーブをより活かすために緩急○を習得していたのであった。

 

 バッターのかなり手前で曲がるようになったため、容易に打つことが出来なくなっていた。

 緩急○はチェンジアップでも効果を発揮するため、思っていた以上の拾い物であったことに翔は歓喜していた。

 

(無理してジャイロボールも覚えておいてよかったな……。まだ覚えたい能力とかもあるけど、これ以上は慣れるまでは厳しいよね。

怪我したくないから、ケガしにくさの能力値もどんどん上げていかないと……)

 

 いつ怪我や故障をしてもおかしくないため、次の能力上げるときには優先で上げていこうと心にメモを取る翔。

 そして、能力を上がったことに喜んでもいたが、改めて才能の凄さに驚愕するようにもなっていた。

 

 寿也が翔の能力アップに合わせて、実力をかなり伸ばしていたのである。

 初めは急に実力が上がった翔に対して驚いていただけだったのだが、翔が能力アップに身体を慣れさせている間になぜか寿也の実力がどんどん上がっていき、一部分では寿也の能力が上になっているものもあった。

 翔が寝言で「才能怖い……才能怖い……」とうめき声のように言っていた時期があったのは仕方がないと言えよう。

 

 そして寿也は何を思ったのか、原作と同じくバッティングセンターでのキャッチングを始めた。

 さすがに自身のお小遣いからお金を出して行っていたのだが、それでも最初のうちは軍手を血染めにしてきて両親を心配させていた。

 翔の説得により継続を許可されていたが、笑いながらこなそうとしている寿也を見て、翔は心の底から引いていたのであった。

 

 

 

 

 

 中学二年の夏の大会は、翔と寿也がレギュラーで出場することとなり、全国大会で準優勝になった。

 決勝の交錯プレーで寿也が怪我をしてしまい、控えのキャッチャーのリードでは相手の打線を抑えるまではいかず、逆転負けになってしまった。

 寿也は泣きながら謝っていたが、誰も悪いわけではないので全員で寿也を慰めていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 そしてここ数年で一番変わったことがあった。

 それはスマートフォンの普及である。小学校時代から携帯電話が普及していたのは翔も知っていたが、明らかにスマートフォンまでの移行が早く、翔は原作とかなり変わってきていることに驚いていた。

 

 茂治の死や佐藤家の崩壊を回避している時点で原作とかなり変わっているのは分かっていたが、ここまで変わるものなのかと思っていた翔であった。

 そして時代の流行に流されつつ、翔と寿也も「dPhone」というスマートフォンを買ってもらい、「Mine」というコミュニケーションツールアプリで色んな人と連絡が気軽に取れるようになっていた。

 初めは前世と微妙に名前が違うことに違和感を覚えていた翔だが、それもすぐに受け入れるようになった。

 

 メリッサとのやり取りも、翔がスマートフォンを持つようになったことに気付かれてからは「Mine」に変わっていた。

 なぜかメリッサに気付かれたかは分かっていないのだが、やり取りが「Mine」になってからはいつ寝ているのか分からないくらいの既読までのスピードと返信速度に、翔はメリッサを心配していた。

 アメリカとの時差もあるから、夜中にやり取りするのはメリッサのこれからの成長にもよくない。

 翔は上手く時間調整をして、アメリカ時間で夜の時間帯には返信をしないようにする優しさを見せていたが、メリッサは一切気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして更に1年が経ち、中学三年生を迎えた翔達に取って、この年は驚愕すべき出来事が起こるのであった。

 




どんどん進んでいきます!

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第三十話

大変お待たせしました。
活動報告には詳しく書かせていただいたのですが、今後も少しの間だけ更新が遅れますのでよろしくお願いいたします。

あと、中学生編はあくまで高校編への繋ぎで考えていますので、試合の描写はないと思ってください!



 中学三年生になった翔と寿也。

 身長も170cmを越え、少しずつ大人の男性になり始めていた。

 

 中学二年時、横浜シニアは佐藤兄弟のバッテリーを中心に準優勝をしており、決勝で負けた悔しさから猛練習に励んでいた。

 翔はピッチャーとセンターの二刀流が板につき、投打で活躍を見せるくらいの成長を見せている。

 寿也はバッティングに更に磨きが掛かっただけでなく、キャッチャーとしてのテクニックも更に向上していた。

 

 寿也に関しては昨年の決勝での怪我に責任を感じており、二度と同じ過ちを犯さないように身体を鍛えつつ、交錯プレーでも怪我をしないようにするにはどうするかを調べたりしていた。

 翔は寿也が無茶をしないように練習量を調整するのに苦労していた。

 

「寿也、今日はもう上がろうか」

「いや、僕はもうちょっとやっていくよ」

「寿也、今日はもう上がろうか」

「え、だからもうちょっと……」

「寿也、今日はもう上がろうか」

「……分かったよ」

 

 笑顔で同じことを繰り返す翔に対して、寿也はついに諦めた顔をして練習道具を持って帰りの支度を始める。

 翔は一息ついて同じように帰り支度を始めるのであった。

 

「翔、そういえば今度の夏大会って初めの相手はどこだったっけ?」

「えっと……たしか横須賀シニアだったと思うよ」

「ああ、泉くんがいるところだったよね」

「そうそう。彼は強敵だから油断出来ないよね」

 

 帰りの電車で来週から始まる夏大会について雑談をしていると、不意に寿也が何かを考えるような仕草のまま、黙り始めた。

 

「……やっぱり心配なの?」

「え? ……まぁね。去年の大会は僕のせいで負けたようなもんだから」

 

 1年も引きずっている寿也に対して、心の中で苦笑いをしつつ、フォローをする翔。

 

「……んー、それならさ、今年は絶対優勝しよう。それも()()で活躍してね」

「翔……」

「1人で背負うのはずるいよ。僕らは兄弟で双子なんだから、楽しいことも嬉しいことも悲しいことも辛いことも一緒だよ」

「……」

 

 寿也は翔の話を聞いて何も言えなくなっていた。

 そして自分自身のことしか考えていなかったことに対して、恥ずかしさのあまり顔を手で隠していた。

 

「……え? 寿也、急にどうしたの?」

「なんか……自分が恥ずかしくなってきちゃって……。

翔はいつも僕のことを考えてくれているのに、なんで僕は自分のことばっかり……って」

「ああ、そういうこと? そんなこと気にしなくて良いんだよ」

「……そうなの?」

「ああ、そうだよ。だって僕らは兄弟なんだからね。それに今回は寿也だっただけで、今後僕は助けられることだってたくさんあるだろうし」

「そっか……そうだよね。僕らは兄弟だもんね! ……ありがとう、翔」

 

 薄く笑いながらも、ここ1年ずっと沈んだ顔をしていた寿也の顔が徐々に晴れていく。

 翔はタイミングを見てはさり気なく声を掛けていたが、()()()()()がベストタイミングであったようだった。

 

(ありがとう、翔……。思えばこの1年はずっと迷惑掛けてばっかりだったよね。もう中学三年生なんだから、もっとしっかりしないといけないよな)

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 横須賀シニアとの対戦は横浜シニアの圧勝であった。

 寿也が今までの鬱憤を晴らすかのように、5打数5安打4本塁打8打点の活躍を見せていた。

 そこには昨年の逆転負けを引きずっているような姿はどこにもなかった。

 

「寿也、ナイスバッティング」

「ああ、ありがとう」

 

 静かに会話を交わす翔と寿也は、ハイタッチをしてお互いの健闘を称える。

 そして帰りの準備をして家に帰ろうとしていたとき、翔と寿也は後ろから声を掛けられるのであった。

 

「佐藤君、ちょっといいかい?」

「「え……?」」

 

 佐藤君と呼ばれたので、2人とも声を揃えて振り向く。

 そこには無精髭を生やした小太りの男性と、肩までの長さの髪をした20代そこそこの女性が立っていた。

 

「えっと……どちらの佐藤でしょうか?」

「ああ、すまないね。君ら2人ともに用があるんだ。申し遅れたが、私はこういうものだ」

 

 名刺を女性から2名分渡され、そこには”大貫”と”名倉”と書かれた名前があった。

 そして、大貫は()()()()()()() ()()()()()() ()()()()()()()()()()という肩書が書いてあった。

 

「「か、海堂高校!?」」

「ああ、そうだ。ぜひ翔君と寿也君にはうち(海堂)に来てほしいと思っていてね。他の選手の誰よりも先に声を掛けさせてもらったんだ」

「我々海堂高校野球部は、あなた方を第25期特待生として正式にスカウトさせていただきます。

条件等はご両親とも話し合ってからだとは思いますが、先に翔君と寿也君のご意思をお聞きしたく声を掛けさせていただきました」

 

 翔と寿也はまさかこのタイミングで海堂高校から接触があると思っていなかったので、かなり驚いていた。

 2人は顔を見合わせたあと、翔が代表して答える。

 

「えっと、ありがとうございます。ちょっとまだどうしようか悩んでいるので、一度持ち帰ってもいいですか?」

「……ああ、構わないよ。それにしても君は社会人みたいな言い方をするんだね」

 

 翔の話し方を聞いて、少し意外そうな顔をする大貫。

 慌てて「そんなことないですよ、あはは!」と笑って誤魔化して事なきを得る。

 

(危ない……(前世)の働いていたときの癖がいまだに出るんだな。気を付けないと……)

 

 また連絡をすると言って、2人と別れたあと帰りの電車で興奮している寿也の話を聞く。

 

「まさかもう海堂高校のスカウトが来るなんてね! しかもどの選手よりも先に来たって言ってたよ!」

「まぁ……それが本当かはともかく、良いところから特待生のスカウトが来てよかったね」

「良いところって! 海堂だよ!? 甲子園の常連で、いつもベスト4以上に残っているところじゃないか! 野球やっている中学生なら誰だって入りたい場所だよ!」

 

 興奮する寿也を横目に、翔は浮かない顔をしていた。

 翔は海堂高校がマニュアルを重視しているのと、例の()()()()()()()()がいるのであまり寿也とは関わらせたくないと思っていた。

 もちろん寿也はそんなことを知らないので、家に帰るまで興奮しっぱなしであった。

 

(さて、どうするべきか……)

 

 翔も中学三年生なので、そろそろ進学先を本格的に考えなくてはならないのだ。

 大学や社会人を視野に入れて進むべきか、プロを目指してより環境の良いところに行くべきか。

 悩みつつ、家の玄関に入ると、知らない靴があった。

 

(ん? 誰か来てるのかな?)

 

「「ただいまー」」

 

 翔と寿也の声を聞いて母親が走って翔達を出迎える。

 普段そこまで急いでいることはないことなので、何かあったのだろうかと不思議そうな顔をする。

 

「おかえりなさい、翔、寿也。今ね、E()L()()()()()()()()()()がいらっしゃっているわよ!」

 

 興奮気味に話す母親の顔を見て、翔と寿也は再度驚くのであった。

 




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第三十一話

大変遅くなりました。
詳細は活動報告に載せましたので、今後ともよろしくお願いいたします。

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 海堂高校のスカウトと話した日に、家に帰ると今度はEL学園からのスカウトの人が来ていた。

 会って話をしたあとに、海堂高校からもスカウトが来たことを両親に話すと、驚きつつも喜んでくれていた。

 

「それで、2人はどっちに行きたいんだい?」

「……僕は海堂高校に行きたいかな。EL学園も名門だし良いとは思うんだけど、父さんや母さん、美穂と簡単に会えなくなるのは寂しいから」

「寿也……」

 

 家族思いの寿也の言葉に母親が感動しているが、翔は黙ったままだった。

 父親が翔に再度問いかける。

 

「翔はどうしたいとか考えているのか?」

「えっとね、まだ悩んでるよ。そもそもEL学園や海堂に行ったら、プロ野球選手にはなりやすくなると思う。

でも、母さんにせっかく進学校に入れてもらっているんだし、大学を視野に入れて勉強する環境も良いのかなって」

 

 翔の言葉に母親も納得しつつも、ゆっくりと話し始める。

 

「翔……確かに勉強も大切よ。良い大学に行って、大手の会社に就職するのも選択肢の1つだわ。

でもね、これだけ頑張って野球選手になる道が開けているのであれば、あとは翔が好きな方を選んでいいのよ」

「母さん、ありがとう。じゃあそれも含めてもう少し悩んでみてもいいかな?僕には今すぐにどうしようとかは決められないからさ」

 

 結局、翔はその場で自分の意見を言うことなく就寝する。

 中学三年になっても同じ部屋の寿也に、一晩中説得され続けたが、それでもYESともNOとも答えなかったのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 それから横浜シニアが全国大会出場を決めるまでに、多くの高校からスカウトが来た。

 北は北海道から、南は沖縄まで。あとで見てみたら全ての都道府県から来ていたことに驚く2人であった。

 

 

 

「佐藤! お前達、色んな所からスカウト来てるのにまだ決めてないのか?」

 

 横浜シニアの練習が終わったあとに、堂本がやってきて翔と寿也に話しかける。

 後ろには長渕と天野もいるので、全員が気になっているようであった。

 

「ああ、そのことか。僕は大体決まってるんだけど、翔がまだ答えを出してないんだよね」

「そうなのか……俺達は海堂からの推薦でほぼ決まりだからな。もし海堂行くなら、また一緒に野球ができると思ったんだよ」

 

 堂本、長渕、天野は翔と寿也を敵に回したくないと思っているため、海堂に行くように仕向けたいと考えていた。

 寿也も海堂に行こうと考えているが、翔が答えを出していないため、正式に回答するのは控えていた。

 

「ああ、まだ決まってないよ。もうちょっと考えたいかなぁ」

「横浜シニアの俺達全員で海堂の全国制覇を達成してやろうぜ!」

 

 堂本に肩を組まれて翔は苦笑いをするが、そろそろ候補を絞らないといけない時期にはなってきたと思っていた。

 翔は「もう少し考えてみるよ」と3人を躱して、家に帰っていくのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「フン、全体的に小粒だな。頭数もまだまだ足りん」

 

 海堂高校の一室で編成担当部長の北川とチーフスカウトの大貫が今年の中学三年生のスカウト状況について話し合っていた。

 入学内定していた選手の資料をテーブルに置き、北川は大貫に現状に対しての不満を漏らす。

 

「困るね。チーフの君がこの程度の報告では。もう8月だというのに、もっとイキの良さそうなのを内定取れるんだろうな?」

「はぁ……色々当たってはいるんですが……」

「とにかく急ぎたまえ。他校(よそ)に持っていかれる前になんとかしろ!」

「分かりました……失礼します」

 

 人の苦労も知らないでと大貫は思いつつも部屋を出ていこうとすると、ちょうどシニアではなく、中学校の県大会の組み合わせがFAXにて届く。

 北川は大貫を呼び止めて、コピーを持っていくように指示する。

 

(まぁ県大会で再度スカウトをしていくしかないか……。それにしても佐藤兄弟が獲れれば、アイツ(北川)にぐちぐちと言われずに済むのだがな)

 

 どこの高校に対しても正式に回答をしていない佐藤兄弟の進学先は、高校野球の強豪校から注目されていた。

 大貫としてもなんとか獲得したいが、無理に攻めても引かれるだけだと分かっているため対策を練る必要があったのである。

 廊下を歩いていると、大貫を呼ぶ声が聞こえ振り返る。

 

「大貫さん、ここにいらっしゃいましたか」

「ああ、江頭さん」

 

 大貫を呼び止めたのは、海堂の野球部部長であり、一軍のチーフマネージャーでもある江頭。

 スカウトをやっている関係でたまに話すことはあっても、そこまでの関係性があるわけではなかった。

 

「聞きましたよ。スカウトの状況が思わしくないって」

「はあ……」

「佐藤兄弟は獲得出来そうなのですか?」

「まだなんとも……本人達はどこの高校に対しても返事を保留にしているようです」

「ふむ…それでは他校に取られてしまう可能性ありますね」

 

(江頭(コイツ)……何が言いたいんだ?)

 

 大貫は江頭の真意が分からず、返事をせずに考えていると江頭が笑みを浮かべて話し出す。

 

「佐藤兄弟を獲得できるなら、少し強引な方法を使ってもいいので確実に獲得してください。

弱みを調べるなりすれば、可能性も出てくるでしょう。……例えば父親の会社の不正を調べて脅すとかね」

「あ、あんた……何を……」

「それくらいの脅しを遠回しに使ってでも獲得してください。あの2人は次世代の海堂には必要ですからね」

 

 笑いながら去っていく江頭に対して、大貫は寒気がして、両腕には寒イボが出てしまっていた。

 そして、それは海堂高校の門を出るまで収まることはなかったのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 全国大会を明日に控え、外を軽くランニングしている翔を大貫が呼び止めた。

 

「あなたは海堂の……」

「ああ、明日から全国大会があるのに悪いね。ちょっとだけ付き合ってもらえるかな?」

 

 翔は大貫について行き、あまり人がいないカフェに入っていく。

 水を飲んで一息ついた翔に対して、大貫はA4サイズの紙が入る封筒を渡した。

 中を開けると、そこには15枚ほどの束の紙が入っており、怪しみながらも取り出して読み出す。

 

「こ……これは……!?」

「……やはり君なら読むだけで分かるようだね。それは事実だよ」

 

 そこに書いてあったのは、翔の父親の会社での経費の水増しの資料であった。

 明らかに経費を架空で増やしており、利益を減らすことで法人税の支払い金額を下げていたのであった。

 

(あの()()()()……なんてことしてやがる……!)

 

「この情報は……どこから得たのですか?」

「……匿名希望者からだよ」

「もう誰かに話したのですか?」

「いや、俺としてもこれを世に出すのは良くないと思っているんだよ……()()()()()()()()()()()

 

 その一言で大貫の言いたいことが分かった翔。

 大貫も翔が察したことに気付いて、煙草に火を付けて薄く笑う。

 

「少し……考えさせてもらえますか……?」

「ああ、いいとも。()()()()()()()

 

 大貫は「今日はこれで失礼するよ」と言い、資料を持ってそのまま店を出ていった。

 翔は顔を若干青くしながらも、難しい顔をして俯いていたのであった。

 




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第三十二話

 大貫と会ったあと、何事もなかったかのようにグラウンドに戻って練習を再開する翔。

 動揺を誰にも気付かれることなく、練習を終えて家に帰っていった。

 そして、お風呂に戻り部屋に入ると、寿也が話しかけてきた。

 

「翔……何かあったの?」

「……え? なんで?」

「ランニングから帰ってきて様子がおかしかったからさ。何かあったのかなって」

 

 誰にも気付かれていないと思っていた翔だが、実は双子である寿也にだけは動揺していたことを見抜かれていた。

 やはり双子はすごいなと思い、どうやって誤魔化そうかと考えてから答える。

 

「ああ、実は寿也と()()()()()()()()って決めたんだけど、言い出すタイミングを逃しちゃっててさ。

いつ言おうか、いつ言おうかって悩んでたからそう見えたのかも?」

 

 軽く笑いながら寿也に話す翔。寿也はそれを聞いて「そっかぁ! 翔も海堂に行くのか!」と喜んでくれたが、

 

「で、()()()()で様子がおかしいんだけど、何があったの?」

「……やっぱり分かる?」

「うん、分かる。それくらい分からなくて翔の双子の弟なんて言えないさ」

 

 翔の顔を見て微笑む寿也。

 その顔を見て、誤魔化すのは無理だと判断した翔は、大貫と会った時のことを正直に話すことにした。

 

「な……!? それって立派な脅しじゃないか!」

「まぁ明確には何も言ってないからね。こっちがどう受け取るかは自由だってことだよ」

「だからといってその脅しに屈してもいいの!?」

「まぁ……ね。でもこのままだと僕らはどこの高校にも行けなくなるんだよ。

父親が脱税で捕まるなんてことがあったら、そんな人の子供を欲しがる野球部なんてどこにもないからね」

「でも……」

「それに例えば他の高校の野球部に運良く入れたとしよう。でもこの情報以外に父さんの会社が不正をしていたらどうする?

僕らは部活だけでなく、学校にも行けなくなる可能性だって出てくるんだよ。……美穂もね」

 

 寿也は翔の言葉で、自分に考えが足りなかったことに気付く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ。僕らも、僕らの家族も」

「……くそっ!!」

 

 寿也は勉強机を叩いて、悔しそうな顔をする。

 そして大切な全国大会初戦の前夜は更けていくのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 全国大会初戦は大阪の浪速シニアであった。

 サードに名手の三宅がいたが、翔が完全試合(パーフェクト)で抑えきる。

 

 続く2回戦の中京シニア、3回戦の葛西シニアともに完勝をする。

 中京シニアの草野の粘りには苦戦したものの、きちんと抑え、葛西シニアのエース寺門からは寿也がサイクルヒットは放つ大活躍を見せた。

 翔と寿也は心にモヤモヤを残しながらも、順調に勝ち進めていくのであった。

 

 

 

そして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ストライク、バッターアウト! ゲームセット!」

「「「「「「うおおおおお! やったぁぁぁ!!!!」」」」」」

 

 

 その年、横浜シニアは念願の全国制覇を達成した。

 このときばかりは翔も寿也も海堂のことを忘れ、全員で喜びあった。

 特に寿也は昨年のことがあったので、泣きながらも喜んでいた。

 

 

 

 

 

「よし、表彰式終わったから帰るぞ。準備しろよ」

「「「「「はいっ!」」」」」

 

 表彰式が終わり、監督の指示で帰り支度をする選手たち。

 MVPに翔が選ばれ、ベストナインには翔だけでなく、寿也も選ばれていた。

 

 

 控室で着替えて、全員で球場の廊下を歩いていると、大貫が立っていた。

 横浜シニアには海堂の推薦を貰った選手が多くいるため、大貫が優勝のお祝いに来たと思い挨拶をする。

 一番後ろでは、翔と寿也が大貫を睨んでいたのであった。

 

「おっと、ごめんね。今日は佐藤君たちにも用があったんだ。君らも来年の海堂入学楽しみにしているからな」

「「「「はいっ! 失礼します!」」」」

 

 選手たちが全員いなくなったところで、大貫が翔達に話しかける。

 

「とりあえず優勝おめでとうと言っておこうか」

「あ、ありがとうございます」

「それで……気持ちは固まったかい?」

「…………」

「ふむ、出来れば9月末までに返事をしてくれよ。こっちも忙しいんでな」

 

 笑いながら去っていく大貫に寿也が飛び掛かろうとしたが、翔が慌てて抑える。

 

「寿也! 今ここで何かしても、僕らの不利にしかならないよ!」

「……くそっ!」

 

 翔と寿也は優勝した嬉しさが一気に吹き飛び、複雑な顔をして帰っていくのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 その日の夜。佐藤家に1本の電話が来る。

 

「翔ー! 本田君から電話よー!」

「はーい! ……って吾郎君から?」

 

 吾郎からの突然の電話に驚く翔。

 寿也と目を合わせて一緒に1階に降りていく。

 

「吾郎君?」

『お、翔君? 久しぶり?』

『…って英語? 随分上手くなったね』

 

 吾郎が相手なので日本語で電話に出たのだが、電話口が英語だったので、思わず英語で話してしまった翔。

 「ごめんごめん」とすぐに日本語に戻した吾郎に用件を聞く。

 

「どうしたの?」

「ああ、実はさ、俺高校から日本に戻ることになってね」

「あ! そうなの!? メリッサは何も聞いてなかったよ!」

「ああ、それは俺が言わないでくれって頼んでたんだよ。まぁともかくさ、その関係で一旦来週に日本帰るから、良かったら会わない?」

「え、それは構わないけど……」

「良かった! じゃあ日本着いたら連絡するから!」

「え! ちょっと!」

 

 話すだけ話して電話を切ってしまった吾郎。

 何が何だか分からない翔に更に分からない寿也。

 とりあえず吾郎が戻ってくる来週に詳しい話を聞こうと思い、部屋に戻っていったのであった。

 




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第三十三話

ごめんなさい。
昨日の夜に間違って修正前の内容を投稿してしまいました。
こちらが正しいやつです。

次回の投稿は3〜4日後の予定です。



 吾郎が戻ってくると電話で話した次の週。

 横浜シニアの練習を終えて、家でシャワーを浴びた翔と寿也は吾郎に会うために本田家に向かっていた。

 

「吾郎君と会うの久しぶりだね!」

「だねぇ。小学校四年生以来だから……5年くらい会ってないのかな?」

「お互いに成長してるから、気付かないかもね」

 

 久しぶりに吾郎に会うことを楽しみにしている翔達は、本田家に到着して呼び鈴を鳴らす。

 茂治はまだ現役を続けており、一軍で活躍していたのもあったので前のアパートから引っ越しをして豪邸に住んでいた。

 

「はーい!」

「こんにちは! 佐藤です!」

「あら、翔くんと寿くんじゃない! 吾郎も帰ってきてるわよ! さぁ入って!」

 

 桃子に歓迎されて家の中に入る翔達。

 2階に吾郎の部屋があるとのことだったので、案内されて部屋に入ると、そこには小学生の頃から比べて、かなり成長をした本田吾郎の姿があった。

 

「おう、翔と寿也! 久しぶり!」

「吾郎君! 久しぶり!」

「久しぶりだね! かなりでかくなったね!」

「それはお互い様だよ」

 

 5年ぶりの再会のため、3人はその時間を埋めるように今までのお互いの話をしていく。

 1時間ほど話したところで、翔は吾郎に用件を聞くことにした。

 

「そういえばさ、吾郎君が急に会いたいって言ってたのはどうしたの?」

「ん? ああ、そのことか。翔と寿也ってもう行く高校は決まってんのか?」

「「え……?」」

 

 急に思ってもいなかった話題を振られて動揺する2人。

 しかも今まさに1番の悩みの材料になっていたので、その動揺を隠すことが出来ずに顔に出してしまう。

 

「どうした? 何かあったのか?」

 

 吾郎は2人の明らかな顔の変化に気付き、心配したような声で話しかけてくる。

 翔と寿也は顔を見合わせて、「実は……」と吾郎に正直に話すことにした。

 

「なんだよ、その高校!? お前らを脅してまで入れようとしてんのかよ!?」

「……そうなんだよね。でもさ、もし父さんのことが明るみに出ちゃったら僕らだけじゃなくて、美穂にも影響あるかと思うと……」

「…………」

 

 吾郎は翔の話を聞き、目を瞑って腕を組んだまま黙ってしまった。

 沈黙が続く。翔と寿也も吾郎が本気で怒ってくれているのが分かっていたため、嬉しい反面、迷惑を掛けてしまわないかと心配もしていた。

吾郎が目を開けると、「この話は他の誰かに話したのか?」を質問をしてくる。

 

「ううん、まだ誰にも……」

「そうか。実はな、これはまだ内緒にしてほしいんだが、来年から東京に新しく高校が出来るんだ。

そこに俺も行くから、翔達も来てくれねぇかなと思って今日呼んだんだよ」

「……え!? 新しい高校!?」

「ああ、そうだ。ギブソンが中心となって海外の学生を集めて()()()()()()ってのを作ろうとしていてな。

ジュニアを初めとして、海外のメジャー予備軍が集まってくるってわけだ」

 

 まさかの話に翔も寿也も驚く。

 翔は名前を知っているだけに、特に驚いていた。

 

(ワールド高校って……パワプロの世界であった高校じゃん!)

 

 吾郎は、ギブソンや他の理事の人達から日本の選手で誰か有望な人はいないかと聞かれており、真っ先に翔と寿也の名前を出した。

 その名前を聞いたギブソンはすぐに賛成をし、他の理事達も翔達の実績を調べ、反対する人はいなかった。

 

 その話を聞いて、心が揺らぐ翔と寿也。

 それもそのはずだ。吾郎やジュニアと一緒に野球ができるだけではなく、世界の同世代の名選手と一緒に切磋琢磨が出来るのだ。

 これで心が揺るがない中学生がいたら見てみたいと思っていた。

 

「「でも……」」

「今のままじゃ難しそうだな。海堂高校か……卑怯な真似をしやがって」

 

 悔しがる吾郎を見て、申し訳ない気持ちになっている翔と寿也。

 少し暗い雰囲気になっていたところで、ドアを叩く音がして桃子が入ってきた。

 

「翔くん、寿くん。今日良かったらご飯食べていかない?」

「「え? ……いいんですか?」」

「ええ! 今日はおとさんも試合が無くてオフだから、みんなで食べましょうよ!」

 

 桃子の誘いをありがたく受けて、夕食を一緒に食べることになる。

 そこで吾郎が翔達のことを茂治に相談したところ、「……もしかしたらなんとかなるかもしれないぞ」と明るい声で返事をした。

 翔と寿也には「期待はしないように」とは言いつつも、名選手の頼もしさに2人は嬉しい気持ちになっていたのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「失礼します」

「……ああ、大貫さんですか。佐藤兄弟はどうなっていますか?」

「一応江頭さんのご指示通りに動いて、9月中には良い返事が貰えるかと思います」

「ふふふ、そうですか。……まぁあくまで私達は()()()()()()()()()()()()ですからね。良い返事が貰えることを祈りましょうか」

「……はい」

 

(……くそ。なんで俺がこんなことを!)

 

 江頭と大貫は、翔と寿也を入れる話し合いをしていた。

 しかし、大貫として今回の件に関しては、明らかに度が過ぎたやり方だと感じていた。

 スカウト業に誇りを持っているので、ある程度の駆け引きをしたとしても、学生を脅すといったことは心の奥底から嫌悪感を覚えていた。

 

「ああ、先に言っておきますが、君も関わっている以上、今さら何かをしても無駄ですよ。

もし佐藤兄弟が獲得出来なかったときは、()()()()()()()も終わると思っていてくださいね」

「……は、はい。……失礼いたします」

 

(くそ! くそ! くそ! 俺には逃げ道がないのか……)

 

 大貫は心の中で悪態を付きながら部屋を出ていくのであった。

 




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第三十四話

も、もうすぐお気に入りが3,000人を超えます!
日頃からご愛読くださっている皆様には感謝の言葉しかございません。
今後ともよろしくお願いいたします。



 吾郎と再会した翌週、茂治に呼ばれた翔と寿也は本田家のリビングにいた。

 そこには茂治、桃子、吾郎、亜美と高齢の男性がいた。

 

(なんか……吾郎君のお父さんに似ている感じだな。……吾郎君のおじいさんかな?)

 

 翔の予測は正解であり、茂治が解決する方法として相談した相手が茂治の父であったのだ。

 

「翔君、寿也君。今日はわざわざ来てもらって悪いね」

「い、いえ。こちらこそありがとうございます」

「ああ、それでな。今日は俺の父にも来てもらっていたんだ。実は税理士をしていてな」

 

 茂治から茂治父に相談をしたところ、修正申告して税金を納めればまだ間に合うということだったので具体的な話をしに来てくれていた。

 脱税はやってはいけないことだという点はきちんと伝えた上で、次から絶対にしないことと、すぐに修正することなど色々とアドバイスを受けていた。

 

「……というところかな。あとは君達のお父さんがどう判断するかだけだと思うが、ここで修正申告をしないようではいずれどこかのタイミングで税務調査が入って大変なことになることを伝えれば良いよ」

「どうしても話を聞いてくれないようであれば、俺と父も行くから安心してくれ」

「「は……はい! ありがとうございます!!」」

 

 翔と寿也は今まで抱えていた重荷が軽くなっていく感覚になり、自然と涙がこぼれていた。

 

「翔、寿也……」

「あ、あれ…?」

「ご、ごめんなさい…」

 

 2人の泣いている姿を見て、茂治はしっかりしていてもまだ中学三年生の子供なのだと自覚した。

 その子供に負担を負わせた2人の父親と海堂高校のスカウトに対して激しい怒りを覚えていた。

 もし吾郎や亜美がそういう状況になった場合、誰よりも先に乗り込んでいくはずだと分かっているが、翔と寿也が自身の子供ではないことが茂治の胸の中をモヤモヤさせていたのだった。

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございました」

「いやいや、気にすることないよ」

 

 翔と寿也はひとしきり泣いて落ち着いたあと、本田家から出ていった。

 自宅に帰る途中、2人は公園のブランコに座りながらしばらく黙っていた。

 そして20分ほど座っていて、どちらかともなく話し始めた。

 

「僕さ、ワールド高校に行きたい」

「……僕も」

「でもさ、そのためには父さんを説得しなきゃいけないし、海堂とも敵対するかもしれない」

「うん……」

「たぶん、僕らが1人だったら……きっとダメだった」

「でも……僕らは2()()だもんね」

「うん、だから何としてもやり遂げよう! 父さん、母さん、僕らや美穂の今後のためにも!」

 

 翔と寿也はブランコを思い切り漕いで、そのまま飛び降りた。

 目を合わせたお互いの笑顔は、夕焼けに照らされ真っ赤に染まっていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「あなた……一体これはどういうこと?」

「いや、その……だな」

 

 夕食後、小六になった美穂を加えて佐藤家の全員で話し合っていた。

 翔と寿也が「大事な話がある」と伝え、海堂高校に脅されていることを伝える。

 初めは両親ともに驚いていたが、原因が父親の不正に関わることだと分かると、顔を真っ青にした父親がいた。

 

 母親にどういうことなのか詰められている様子が、子供達にとってはとても気まずかったが、その場を離れることを許されず、ただただその場で空気に徹していた3人(翔、寿也、美穂)であった。

 1時間ほど問い詰められ、ついに不正を認めた父親。その時の母親の顔はまるで鬼のようであったと後日美穂は語っていた。

 大分絞られたところで、翔が助け船を出す。

 

「とりあえずさ、このままだと僕らは海堂に行かないとといけないんだ。

吾郎君のお祖父さんが税理士をやっているんだけど、相談したら今ならまだ修正申告をすれば間に合うってさ」

「そ、そうか!」

「だからさ、そこら辺の対応をお願いしてもいい? 今のままだと、世間にバラされたら税務署から調査が入って、更に不利になるし、世間的にもかなり良くないんだ。

あとさ……僕らだけじゃなくて、美穂が可哀想だよ」

「……お兄ちゃん」

 

 美穂を心配そうに見た翔は、再度父親に修正申告するようにお願いをする。

 父親も家族の顔を見て、決心したのか「分かった」と頷いたあと、全員に頭を下げて謝った。

 

「本当に申し訳ない……。つい出来心だったんだ。もうこれからはしないようにするから……」

「そうだね。母さんもそれで大丈夫?」

「ええ……ただ、これからは税理士を本田さんにお願いしたほうがいいんじゃないかしら?」

 

 税理士を変えるのは手間がかかり面倒な作業ではあるのだが、この状況をきちんと把握していて、今後も不正がないように見てもらえる信頼できる人が誰かと考えると、選択の余地はなかった。

 父親は、その提案に対してすぐに頷き、次の日から経理処理作業に忙殺されていた。

 結果、2週間で税理士事務所を変えたり、すべての修正申告をするなどの作業が終わった。

 

 会社としては法人税を追加で払わなくてはいけなくなり、涙目になっていた父親ではあったが、後ろめたいことが無くなったことである意味良かったと、後に語ることになる。

 そして、陰でまた翔からお叱りを受け、改めて今後は家族のために誠心誠意働くことを約束させられたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、もう……本当にごめんなさい」

 




亜美は茂治と桃子の間に生まれた女の子です。
茂治の父の職業はオリジナル設定となります。

そして今回はかなりシンプルな修正申告という解決方法にしました。
先に言っておくと、脱税は犯罪です。でも中小企業や個人事業主レベルだと、運も絡みますがやろうと思えばバレずに出来てしまうのが今の日本でもあります。
今回は調査が入っていないことから、きちんと修正申告をして、税金を支払ったということで世間的には「脱税ではなく、財務処理上のミス」という名目にしています。
それでも犯罪は犯罪なので、本来なら絶対にダメ。節税と脱税はまったく違います。脱税ダメ!擁護もしないです!
ただ……今回のお父さんの処罰はこれで勘弁してあげてくださいませ。
脱税や滞納などはせずに、税金はきちんと支払いましょう。

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第三十五話

「い……今なんと?」

「ですから、僕達は海堂高校には行きません」

「……それでは()()がどうなっても良いと? お父さんの不正を世間に公表されても何も構わないということかな?」

「ええ。ご自由になさってください。ちなみに、ここまでのやり取りは全て録音させてもらっていますから」

「……なっ!?」

「それでは僕達はこれで」

 

 翔達は席を立ち、カフェから出ていく。

 席には、大貫が悔しそうな顔をしてただ1人座っていたのであった。

 

 

 

「ふぅ。ようやく終わったね!」

「だね! でもまだ油断はできないよ。万が一世間に公表されたら、少なからずダメージはあると思うし」

「そっか……」

「でもワールド高校は受け入れてくれるってギブソンも言ってくれていたし、頑張っていこうよ!」

 

 2人は改めてワールド高校で頑張っていくことを決意し、自宅へと帰っていく。

 周りに助けられながらも少しずつ前に進んでいく翔と寿也。

 絶望が見えながらも、なんとかやっていくことが出来ているのは自分達のお陰ではないと分かっていた。

 だからこそもし周りが困っていたら、自分たちの出来る限りのことをして恩返しをしようと胸に秘めていたのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 海堂高校のある一室にて。

 

「……もう一度言ってもらえますか?」

「……佐藤兄弟の獲得に失敗しました。彼らは別の高校に行くとのことです」

「私が用意した()()はちゃんと使ったんですよね?」

「はい……。父親の不正を公表されても構わないと言っていました」

 

 気まずそうに返事をする大貫に対して、江頭は怒りを抑えるのに必死だった。

 誰から見ても怒りが頂点に達しており、様子がおかしかったのである。

 

「ふふふ……そうですか。じゃあ遠慮なく公表させてもらいましょうかね。

私達をコケにした代償は彼らにきちんと払ってもらわなくてはいけませんからね!」

 

 その時、1本の電話が鳴る。江頭が不機嫌そうな口調で電話を取るが、大きな声で「なんだと!?」と叫んだあと、少し話を聞き乱暴に電話を切った。

 

「ど、どうされたのですか?」

「やられましたね。佐藤兄弟の父親が修正申告をして、きちんと追加分の税金も支払ったそうですよ」

「な……!?」

「これでは公表したところで精々心象が悪くなる程度です。修正申告前であれば、申告を間違えていたのかわざとやっていたのかなんて関係なく()()()()()()()()()()()ものを……」

「……だから彼らはあれだけ強気だったのですね。私とのやり取りもボイスレコーダーで録音していたと言われました」

「……ちっ。これでは少しでもダメージを与えるつもりで公表しても、我々が脅したことが世間にバレて、海堂のイメージが最悪になりかねないですね……。

ふふふ……ふはははははっ!!!」

 

 急に笑い出す江頭。大貫はいきなりだったため、身体を震わせて驚く。

 しばらく江頭が笑ったあとに俯いたかと思うと急に静かになり、顔を上げて大貫を見る。

 

「こうなったら仕方ありませんね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……え?」

「大貫さん、もう彼らのことは忘れなさい。今は海堂の戦力補強を進めていきましょう」

「は、はい」

 

 江頭が気にするなといいつつも目が血走っており、明らかに()()()いた。

 大貫は江頭の顔を見て恐怖を覚え、予定があると言ってすぐに部屋を退室した。

 そして、海堂に残ることへの危険性を感じつつ、今後の身の振り方を考えるのであった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 これは吾郎が翔達と久しぶりに会った数日後の話である。

 

「おう、清水!」

「ほ……本田!? いつこっちに帰ってたんだよ!?」

「つい……1週間前か?」

 

 三船東中の学校の帰りに久しぶりに吾郎と会った清水は、ファストフード店に入りお互いの近況を話していた。

 

「本田は高校からこっちに戻ってくるのか!?」

「ああ、そうだな。もう少ししたら、一旦アメリカに帰るけど数ヶ月したらこっちに戻ってくる予定だ」

「高校は……どうするんだ?」

「ああ、実はな……」

 

 清水にもワールド高校が出来ることを話すと、清水はその話を聞いていなかったのもあり、とても驚いていた。

 そして吾郎の本題はここから始まる。

 

「それでな……お前()()()()()()()()()?」

「えっと、聖秀高校にしようと思っていたんだけど……」

「そうか……良かったらワールド高校に来ないか? お前がソフトをやっているんなら、良い環境になるはずだぞ」

「え……?」

 

 清水は吾郎と久しぶりに会っても、変わらず全力で野球をし続けているところに心惹かれていた。

 ソフトに変わったとはいえ、中学に入ってもきちんと続けていたのは吾郎との繋がりを断ちたくなかったからだ。

 

「で、でも私だとついていけるか分からないし……レギュラーになれるかも……」

「お前なら出来るさ。三船リトルであれだけ一生懸命にやっていたお前なら、絶対に出来る。……なんなら練習にも付き合ってやるしな」

「ほ、本当か!?」

「ああ、もちろん!」

「……な、なら考えてみようかな」

 

 清水は少し照れて髪の毛をいじりながら、もじもじしていた。

 吾郎はそれに気付かずに、「おお、そうか! じゃあパンフレット渡しとくから、来年また会おうな!」と言って、ハンバーガー口に放り込んだあとすぐに帰っていってしまった。

 清水は吾郎の切り替えの早さに呆然としていた。

 

 

 

 

 

「……いやさ、もうちょっとこう、なんていうか色々とあるじゃんか……。まぁ本田に期待した私がバカだったか……」

 

 

 

 

〜中学生編 完〜

 

 

 

【佐藤 翔ステータス】

◇投手基礎能力一覧

球速:148km

コントロール:D+

スタミナ:D+

変化球:

チェンジアップ:5

スラーブ:4

 

◇野手基礎能力一覧

弾道:3

ミート:D+

パワー:D+

走力:D+

肩力:D+

守備力:D+

捕球:D+

 

◇特殊能力

【共通】

ケガしにくさC+

 

【野手】

送球C+

チャンスメーカー

外野手○

パワーヒッター

レーザービーム

 

【投手】

ノビC+

回復C+

対ピンチC+

緩急○

ジャイロボール

尻上がり

リリース○

 

◇コツ

重い球LV3

キレ○LV3

威圧感LV4

 




これで中学生編が終了です。
いつもどおり吾郎sideと合わせるので、一旦更新をストップします。
間話は載せるかもしれません。

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間話 メリッサ・ギブソンの憂鬱②※

新章に入るまでの間のお話です。



「ジュニア、日本に行く準備ができたか?」

「ああ。親父も大丈夫なのか?」

「まぁな。とはいえ、俺はすぐに戻ってくるから、そこまで大荷物にはならないんだがな」

 

 ギブソンとジュニアは、日本へ行くための準備をしていた。

 “ワールド高校”──ギブソンの提案で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()として創設される予定の高校である。

 日本の高校と少し違うのは、海外からの留学生が何人いても高校野球連盟などの公式の大会に出場できることや、海外の留学生に限り、()()()()()を設けていることである。

 

 実は、日本人の学生にもその制度を適用しようと試みたのだが、許可が下りずに断念した経緯がある。

 ただ、それ以外に関して許可が下りたのには、将来のスポーツ選手やその他の分野でも世界で活躍する日本人の育成に貢献出来るという判断からだった。

 それもそのはずだ。世界のレベルの高い学生や指導者が集まれば、今まで以上にその分野が発展するのは当たり前である。

 

 今までは各国ごとの取り組みでしかやっていなかったため、切磋琢磨するにも限定的になっていたのだが、それが1つの場所に集まって出来るとなると反対意見もほとんど出なかった。

 野球(ベースボール)という分野においては翔や寿也、吾郎やジュニアは、その1期生として選ばれたのであった。

 

「あなた、私は日本に行かなくてもいいの?」

「ああ。ジュニアももう高校生だ。そこまで心配しなくてもいいだろう」

「……そうね。ジュニア、向こうで困ったらいつでも連絡するのよ」

「分かったよ。母さん、ありがとう」

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 メリッサはため息をついていた。

 彼女はスマートフォンの画面をずっと見ていたのだった。

 

(はあ……早く来ないかしら? 本当に待ち遠しいわ)

 

 メリッサは翔と会えなかった数年間で大きく成長していた。

 数年前のメリッサの見た目は美少女だったのだが、より大人の女性に近づき──まだ幼さは残っているが──言葉も英語以外に日本語も流暢に話せるようになっていた。

 そして、誰よりも勉強熱心だったため、その様子を見ていた男子生徒からの人気は絶大であった。

 要は、可愛くて勉強も出来て、親も超がつく人気者というのもあって、非常にモテるのである。

 

(あ、時間だわ!)

 

 メリッサは待ち遠しい恋人を待っていたかのように、笑顔でスマートフォンを操作する。

 そしてその笑顔の相手は翔ではなかった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「パパ!」

「メリッサか。……どうしたんだい?」

 

 ソファーに座っていたギブソンは、後ろからメリッサに呼ばれて振り返る。

 そこには嬉しそうな顔をした彼女がいた。

 

「私と約束したこと、覚えてる?」

「……約束?」

「誤魔化さないで! ほら!」

 

 メリッサはギブソンの前に先程見ていたスマートフォンを突きつける。

 そこには英語で詳細な情報が載っていた。

 

「こ、これはなんだい?」

「もう! 前に言ったよね!? もし今年のPSATで上位5%以内に入れたら、()()()()()()()()()()()!」

 

 PSATとは、Preliminary Scholastic Aptitude Testの略で、大学に入る学生のための模擬テストのことである。

 まだ小学校を卒業したばかりのメリッサだったが、ワールド高校が出来るということと翔が入学するということを聞き、自身も行きたいと言いだしたのである。

 それに対してギブソンとローラはもちろん、ジュニアまで反対をしていた。

 

 ジュニアのように高校生になる年齢まで成長しているのであればまだしも、まだ小学生を卒業したばかりの女の子である。

 せめて高校を卒業するまで待つように言われていたのだが、今回のメリッサは(かたく)なであった。

 それであればとギブソンが出した条件──それがPSATで上位5%以内に入るということだった。

 そして、メリッサが見せたスマートフォンの画面には、()()3()%()()()()()()()を獲得したという文言が書いてあった。

 

(ま……まさか本当に取ってくるとは……)

 

 ギブソンからすると、かなり無茶な条件を出したつもりであった。

 ローラもその条件がどれだけ難しいことか分かっていたため、絶対出来ないと思って了承していた。

 しかし、メリッサは違ったのである。彼女には勝算があったのだ。()()()()()()()()()()()という勝算が。

 

「し、しかしだな……やはり何があるか分からないし──」

「──天下のメジャーリーガー、ジョー・ギブソンが約束を破るの? パパはそんなこと……しないよね?」

「う、うむ」

「やった! パパありがとう! 大好き!」

 

 メリッサはギブソンに抱きつき、まんざらでもない顔をするギブソン。

 「じゃあ私も入学出来るように手続きお願いね!」と言い残し、自室へと戻るメリッサ。

 “弾丸(バレット)ジョー”と呼ばれた彼も最愛の娘には弱いのであった。

 

 

 

 部屋に戻ったメリッサはガッツポーズをして喜ぶ。

 しかし、まだ油断はしていなかった。

 

(まだよ。ここまできてもパパは最後の最後に意見を変えてきたりもするわ。私が日本に行くために、きちんと出来ることをやっておかないと……)

 

 メリッサはそのまま庭へと向かっていった。

 

 

「お兄ちゃん!」

「……メリッサ。どうした?」

 

 庭ではジョー・ギブソンJr.が、バットを持って素振りをしていた。

 メリッサに呼ばれると、素振りを中断して振り向く。

 

「実はね、私も日本に行けることになったの!」

「え!? もしかして親父のあの条件をクリアしたのか!?」

「うん! ほら!」

 

 嬉しそうにスマートフォンを見せるメリッサ。

 ジュニアはその画面を見て口を開けたまま驚いていた。

 

「まさか……本当にやるとはな。俺には難しすぎて、どれだけ凄いテストなのかも理解したくないけど、メリッサが凄いということだけは分かるよ」

「ありがとう! それでね、お兄ちゃんにお願いがあるんだけど……」

「む、なんだい?」

「もしお父さんやお母さんが反対しても、お兄ちゃんだけは賛成してほしいの。私、これでも一生懸命頑張ったんだよ?」

「それは…………いや、なんでもない。分かった。俺は最後までメリッサの味方だよ」

「本当!?」

「でも親父や母さんはちゃんと説得してから日本に行くようにしろよ。それが出来ないなら諦めたほうがいい」

「うん、そうだね。分かった! ちゃんと説得する!」

「ああ、頑張れ。俺も一緒に行けるのを楽しみにしているよ」

 

 ジュニアの言葉を聞いたメリッサは、機嫌が良さそうに家の中に戻っていく。

 その様子を見たジュニアは苦笑いをしていたのであった。

 

 

 結局、メリッサはローラの説得にも成功し──最後まで心配されていたが──無事、日本行きの権利を手に入れたのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 日本への出発日当日。

 空港ではギブソン一家が話をしていた。

 

「じゃあ行ってくるよ」

「ジュニア、しっかりやってこいよ」

「ああ。寮で食事もしっかり出るし、大丈夫だと思うよ」

「メリッサも寂しくなったらすぐに帰ってくるのよ!」

「ママ……私ももうそんなに子供じゃないんだから大丈夫よ」

 

 泣きそうな顔のローラはメリッサに抱きつき、なかなか離そうとしない。

 メリッサもローラのことを抱きしめながら、子供をあやすようにローラの背中を撫でていた。

 

 

 

 飛行機に乗り込み、出発していくジュニアとメリッサ。

 日本へ向けて飛んでいくそれを、ギブソンとローラは地上から見送っていた。

 

「あの子達……大丈夫かしら?」

「まぁジュニアも高校生になるし、メリッサは思っている以上にしっかりしているからな。

俺達も久しぶりに夫婦だけの生活を楽しもうじゃないか」

「まあ! あなたったら」

 

 ギブソンの言葉に頬を緩ませるローラ。

 しかしふと思い出したように、ギブソンが呟く。

 

「あ……」

「どうしたの?」

「いや、その……メリッサの住む寮なんだが……」

「メリッサの?」

「急だったので、手続きするのを忘れていた……」

「え!? 大丈夫なの!?」

「と、とりあえず茂治に連絡して、なんとかしてもらおう」

 

 ギブソンはスマートフォンを手にして、茂治へと連絡するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう! パパのばかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 




というわけで、皆様が待ちわびていた?メリッサがついに合流します!
高校野球編をお楽しみにしていてくださいませ!


【吾郎・寿也の高校入学時点のステータス】

■本田 吾郎 ステータス
◇投手基礎能力一覧
球速:153km
コントロール:C+
スタミナ:C+
変化球:
チェンジアップ:4
ツーシームジャイロ:4

◇野手基礎能力一覧
弾道:3
ミート:D+
パワー:C
走力:C
肩力:C+
守備力:C-
捕球:C+

◇特殊能力
【共通】
ケガしにくさD+ 回復C+

【野手】
チャンスD+ 対左投手D 盗塁D
走塁D 送球C+

【投手】
対ピンチB- 対左打者D 打たれ強さD+
ノビC+ クイックD

ジャイロボール 対強打者○ 尻上がり
闘志 重い球



■佐藤 寿也ステータス
◇野手基礎能力一覧
弾道:3
ミート:C-
パワー:C-
走力:D+
肩力:C-
守備力:D+
捕球:C-

◇特殊能力
【共通】
ケガしにくさC 回復C- 選球眼

【野手】
チャンスC- 対左投手D キャッチャーC+
盗塁D 走塁D+ 送球C+

パワーヒッター 初球○ 対エース◯
ブロック 守備職人


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第四章 高校野球編
第三十六話


大変お待たせしました!
本日から高校野球編スタートです!

今後の更新の話などは活動報告に書いてありますので、ご覧くださいませ。
活動報告にも書いていますが、これからはなるべく縦書きで読む方が読みやすいかもしれません。
◆活動報告
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=249621&uid=302379



「それじゃあ行ってきます!」

「はい、行ってらっしゃい」

 

 翔と寿也は母親に見送られながら家を出る。今日はワールド高校の入学式──と翔達は思っていたのだが、ワールド高校では日本で行われるような入学式はない。

 日本の風習に則ったところもあるが、海外では入学式がないところも多いため、ワールド高校では行われないのであった。

 駅に着いた翔達は電車に乗り込み、高校へと向かう。

 

「……これから毎日この電車で通うのか。結構辛そうだね」

「そうだよね。通学・通勤ラッシュのど真ん中だもんね」

 

 混雑する電車の中、高校生活初日にも関わらず、翔達は嫌な気持ちになっていた。ワールド高校は東京にあるため、神奈川から電車に乗って一時間ほど掛かる。

 上り電車は朝がかなり混むため、うんざりしつつも翔は前世を思い出していた。

 

(前のときもこうやって職場に向かっていたなぁ……懐かしいけど、もう味わいたくなかった……)

 

 満員電車は酷い時は乗車率百パーセントを超えることも多く、駅員が入り口で扉が閉まるように乗客を無理やり押し込んだりしている。

 そのため、電車内は更に窮屈となるのであった。

 

「や……やばかったね……」

「これに毎日乗るのは……厳しいかも……」

 

 目的の駅に着いた翔達。しかし、電車から降りるだけでも一苦労で、通学する前に疲労困憊となってしまっていた。

 

「と、とりあえず高校に行こうか……って吾郎君だ!」

 

 寿也が駅の改札で待っていた吾郎を見つける。吾郎はアメリカにいたときから朝早く起きてランニングする習慣があったため、遅刻という遅刻はそこまでしたことがない。

 今日も、翔達より一本早い電車で着いていたくらいだった。

 

「おう! 翔と寿也!」

「吾郎君、おはよう」

 

 お互いに挨拶を交わし、電車内がとても大変だったことを話しながら高校へと向かう。

 

「これさ、ランニングとか自転車で通ったほうが楽じゃない? 朝の運動にもなるし」

「たしかにだな……」

「そうだね。ちょっと考えようか」

 

 翔の提案に対し、寿也と吾郎はポジティブな反応を示し、通学までの方法を真剣に考えることとなった。このことからも今まで通学・通勤ラッシュを経験したことがない吾郎と寿也にとってもかなり苦痛であったことが分かる。

 通学に関しての話をしているとワールド高校の校門が見えてくる。ワールド高校には世界中の多種多様な人種の生徒が通っており、入学条件は〝優秀であること〟であった。

 

 それは野球などのスポーツだけではない。勉強や芸術などの一芸に秀でているだけで歓迎され、世界中の専門的な知識や技術に触れつつも、その才能をさらに伸ばすことが出来る。

 基本的には英語が共通言語となるので、話せない者は早急に学ぶ必要がある。翔達は幼い頃から英語を学んでおり、吾郎もアメリカ生活が長かったため、英語を話すことは出来ていた。

 校門に到着すると、見たことがある人が二人立っていた。

 

「翔! 寿也! 久しぶりだな!」

 

 いきなり英語で話し掛けられて困惑するが、話し方に覚えがあったので翔も寿也もすぐに思い出す。

 

「…………え? もしかしてジュニア? ジョー・ギブソン・Jr.なの?」

「そうだ! 小学校以来だから……五年ってところか?」

 

 翔の質問に柔らかい口調で答えるジュニア。吾郎はつい先日まで一緒に暮らしていたため、何か思うことはないが、翔達にとっては本当に久しぶりだったため会話が弾んでいた。

 

「とりあえず色々と大変だったみたいだけど、これからよろしくな! 俺達なら日本の高校野球でトップ取るなんてらくしょ……」

 

 ジュニアが話している途中で言葉を切り、何かを思い出したかのようにダラダラと汗を掻き出す。

 

「ん? ジュニア、どうしたの?」

「え、いや……その……」

 

 ジュニアは恐る恐る後ろを振り返ると、そこには金髪の美少女が両手を腰に置き、口を膨らませていた。

 

「お・に・い・ちゃ・ん? 私を忘れるなんて、いい度胸じゃない」

「いや……その、忘れたわけでは……」

 

 その女の子は髪を腰まで伸ばし、百六十五センチほどの身長で、日本であれば身長が高い部類であろう。まだ幼さを残してはいるが、誰もがはっと息を呑むくらいの美しさと可愛さを兼ね備えた子であった。

 

「翔もひどいよ! せっかく久しぶりに会えたのに、私のこと無視するなんて!」

 

 その女の子は翔のことも知っているようで、ジュニアだけでなく、翔にも怒っていた。

 

「え……? ()()()()()ってもしかして……メ、メリッサなの!?」

 

 翔は女の子の正体に気付き驚きの声を上げる。

 

「そうよ! 私にすぐに気付かないなんて失礼だわ!」

「いや、だって気付かないよ……すごい成長したし……綺麗になっているんだもん……」

「えっ……?」

 

 翔の突然の言葉に、メリッサは目を見開く。

 

(い、今! 翔に綺麗になったって言われたの……!?)

 

 メリッサは、翔の言葉の意味を理解すると顔を真っ赤にする。ジュニアは苦笑いをすると、メリッサに謝罪をする。

 

「メリッサ、悪かったな。別に忘れていたわけじゃないんだよ。翔を驚かそうと思ってな。実際に翔も驚いているみたいだし」

「そりゃあ驚くよ……メリッサって確かまだ十二歳とかだったよね? なんでワールド高校にいるの?」

 

 メリッサがこの場にいることも驚きだが、ワールド高校の制服を着ていることにも驚きを隠せない翔。そんな翔にメリッサは飛び級制度を使って、ワールド高校へと来たことを伝える。

 

「へぇ。ワールド高校ってそんな制度があったんだ?」

「そうなのよ。私これでも結構頑張ったんだから!」

 

 ドヤ顔満載の満面の笑みで翔に頑張ったんだとアピールするその姿は、やはりまだ幼い部分があった。そして、その褒めて欲しそうな顔を見て、翔は苦笑いをする。

 

「メリッサも頑張ったんだね。てかMineでやり取りしていたんだから、教えてくれても良かったのに」

「えへへ、サプライズだよ!」

 

 怒った表情から、ドヤ顔満載の満面の笑み、そしていたずらが成功した子供のような笑顔と、コロコロ表情を変えるメリッサに翔も嬉しそうな笑顔を見せるのであった。

 

「なんか……僕だけ忘れられてない……?」

 

 寿也も久しぶりに会ったのに、まったく会話に加われていなかったことに対して、寂しそうに呟くのであった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「へぇ。じゃあジュニアは学生寮に泊まるんだ?」

「そうだな。親父が手配してくれてたから……な」

 

 クラス発表後、今後の学校生活のガイダンスが行われ、初日の高校生活は終了した。放課後となったので、翔達はジュニアとメリッサも交えて教室内で雑談をしていた。

 

「ん? ……何かあったの?」

 

 翔がジュニアの歯切れの悪そうな発言を気になり、何かあったのかと問いかける。

 

「実は──」

「そうだ! 翔、聞いてよ!」

 

 ジュニアの話を遮って、メリッサが話に割って入ってくる。

 

「パパってば酷いのよ! お兄ちゃんの寮の手続きはしていたのに、私のは忘れてたの! そのせいで今もホテル住まいなのよ!」

「え? そうなの?」

 

 ギブソンに対しての不満を翔にぶつけるメリッサ。ジュニアに聞くと、頷いたため真実であったことが分かる。

 

「一応何かあったらまずいから、俺も一緒の部屋にいるんだけどな。でもいつまでもこのままってわけにも行かなくてさ……」

「まぁ……ホテルも高いからねぇ」

 

 良い手が思い浮かばないジュニアに寿也が質問する。

 

「学生寮は空いてないの?」

「確かめてもらったんだが……もう部屋は埋まってしまっているみたいなんだ。だからどこかに部屋を借りるかするしかないんだが、ここらへんはワールド高校(うち)の生徒が借りているらしく、良い部屋が空いてないんだよな……」

 

 ジュニアとしても出来る限りのことをやっていたのだが、これ以上の方法が思いつかず悩んでいた。そのとき翔を見ていたメリッサが、何かを思いついたかのように声を上げる。

 

「そうだ! ()()()()()()()()()()()()!?」

「…………え?」

 

 全員がメリッサを見て固まる。当のメリッサは、名案を思いついたとばかりにドヤ顔をしていた。

 

「い、いやいや。女の子が男のいる家に泊まり込むのはまずいでしょ」

「そうだ! まず親父が許さないと思うぞ!」

 

 翔とジュニアが反対の意見を出す。

 

「で、でも! 元々はパパが悪いんじゃない! だから許してくれるよ! 吾郎もそう思わない!?」

「いやぁ……ギブソン(あのおっさん)は、メリッサのことになると思っている以上に頭固くなるからな。難しいんじゃね?」

「というか、まずうちの両親がOK……するかもしれないけど、僕もいるしなぁ」

 

 メリッサは吾郎に助けを求めるが、即座に否定される。寿也も(自分)がいるので、あまり良くないのではと否定的な意見だった。

 

「で、でもまだ聞いてみないと分からないでしょ! 私はパパとママに聞いてみるから、翔と寿也もご両親に聞いてみてよー!!」

 

 全員に否定されたメリッサは、少し泣きそうな顔で聞いてみないと分からないと言う。翔とジュニアは目を合わせるとため息をつく。

 

「翔……すまない」

「まぁ仕方ないよね。ダメ元で聞いてみるよ」

 

 そう言うと、スマートフォンを取り出して自宅へとコールするのであった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

『別にいいわよ。うちには美穂もいるし、同い年なら仲良くなれるんじゃないかしら?』

 

 翔が母親から言われた言葉である。寿也が予想していた通りだったが、迷いもなくOKされたことには翔は驚いていた。

 

「…………」

「翔、どうだったんだ?」

 

 電話を切った翔がスマートフォンを見つめていると、ジュニアがどうだったのかと聞いてくる。この回答次第で、このあとメリッサが両親に聞くことになるので、妹想いのジュニアとしても気になっていた。

 

「良いって」

「……え?」

「うちの母さんは良いってさ……(美穂)もいるから仲良くなれそうだしって……」

 

 再び固まる翔達の横で、メリッサは喜んでいた。

 

「じゃあ後はパパ達を説得するだけね!」

 

 今の時間はアメリカではまだ夜中のため、今日はホテルに泊まってそこで説得をするということだった。ここまで来ると、本当にメリッサが佐藤家に居候するのではないかという話が現実味を帯びてくる。

 

「翔、言わなくても分かっていると思ってるが……」

「……はい」

「……メリッサに手を出したら、ただじゃ置かないからな」

「……はい、分かってます」

 

 ジュニアは居候するのが確定したかのように、今度は翔を睨みながら脅しをかける。それに返事をする翔の目は、感情を失ってどこか遠くを見ているようであった。

 




え?朝の7時に投稿されていたって?
ソ、ソンナコトナイヨ!キノセイダヨ!

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第三十七話

いつも感想ありがとうございます!
感想って見るのすごい楽しみなので、書いてくださるととても嬉しいんですよね。
これからも頑張ります!



「行ってきまーす!」

 

 ワールド高校のガイダンスが終わり、数日が経っていた。

 

「メリッサちゃん、行ってらっしゃい。翔も気を付けてね」

「うん、行ってきます」

 

 メリッサの思惑通り、彼女は佐藤家に居候することが出来ていた。ギブソンも自身の失敗のせいでメリッサが困っていたこともあり、強く反対できずに押し切られてしまっていた。

 

「ほら、早く行こ!」

 

 少し強引に翔の腕を引っ張るメリッサ。今日は佐藤家から初めての通学のため、メリッサはわくわくした気持ちで駅までの道を歩いていた。

 寿也と吾郎は、トレーニングがてら走って行くということだったので、二人きりで学校まで向かえるというのもメリッサの機嫌が良くなる理由の一つでもあった。

 

「それにしても……佐藤家(うち)に来るってなってからのメリッサは早かったよね」

「当たり前でしょ! もう行くって決めてたんだからね! 荷物は全部詰めておいたし!」

 

 苦笑いしながら翔が佐藤家に来た時のメリッサのことを話すと、それは当然だと言わんばかりの返事が返ってくる。

 

「あと、よくギブソンさんもOKしたよね」

 

 翔の言葉に、先に横にいたメリッサが満面の笑みを見せて「パパは私の味方だからね」と伝える。そういうもんかと翔は思っていたが、もちろん説得にはそれなりに苦労があったのだった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 翔の両親から許可が出た日の夜、メリッサは早速ギブソンへ許可を求める電話をしていた。

 

「……ダメだ! 男がいるところに住むのは良くない!」

「なんで!? 翔なら大丈夫よ!」

 

 ギブソンは、開口一番メリッサにNGと伝える。しかし、メリッサもそれくらいでは諦めない。

 

「翔の両親からも許可貰ってるんだよ? 親公認なら大丈夫じゃないの?」

 

 メリッサが翔の親からはOKが出ているということを伝える。

 

「む、むうう……しかしだな……」

「じゃあ、ずっとホテルに一人で暮らせっていうの? そっちの方が心配じゃない?」

 

 ギブソンが言いよどんだところに、メリッサは畳み掛けるようにギブソンへ自分の考えを伝える。

 

「だからといって……男の家に居候して……何かあったら……」

 

 娘を持つ親として、その心配は当然であろう。何かあってからでは遅いのだ。しかし、メリッサはそれくらいで諦めるような子ではなかった。

 

「パパは数年前に翔と一緒にいて、そういうことをしそうな人に見えたんだ……?」

 

 少し悲しそうな声でメリッサがギブソンに話すと、彼は慌てたように否定する。

 

「い、いやいや! そんなことはないぞ! 彼はとても誠実な男だと思うぞ!」

「でもそういうことを話すってことは、翔は変なことをする人だって言ってるようなものじゃないの……? 私、悲しいよ……」

 

 メリッサはより悲しく聞こえるように話し、ギブソンは電話越しにメリッサが泣いているのだと気付く。

 

「いや、私は一般的なことを話しているだけであってだな……」

「じゃあ……パパは、翔がそういうことをするような人ではないのを分かっているってこと?」

 

 少し元気な声に戻ったのが分かったギブソンは、必死にメリッサの言葉を肯定する。

 

「も、もちろんさ! 彼は大丈夫!」

「……じゃあ翔の家で暮らしても問題ないわよね?」

「え……」

 

 急に明るくなったメリッサの声に戸惑うギブソン。

 

「だって、変なことはしない誠実な男性である翔の家なら、ホテルで一人暮らしするよりも安全でしょ?」

「む……むうう。それは……そうなんだが……」

「第一、パパがちゃんと寮の手続きをしていてくれていたら、こんなことにならなかったのになぁ……」

「うぐっ……!」

 

 決定的な一言を言われていしまい、ギブソンはもう何も言えなくなってしまった。今回の根本の原因はギブソンにあったからだ。そして、彼が黙ってしまった横で苦笑いをしていたのは、母親のローラだった。

 電話をスピーカーにして一緒に聞いていた彼女は、苦笑いをしながらギブソンの代わりに話す。

 

「メリッサ、あんまりパパを困らせないの」

「ママ!」

「……まあ今回は特別よ。その代わり条件があるからね」

 

 メリッサは毎日必ず電話するなど、いくつかの条件を飲むことで佐藤家に住むことを許されたのであった。

 

「よし! これでもう大丈夫ね!」

 

 電話が終わった後、先程までの演技から素に戻るメリッサ。

 

(お、女って……こええ……)

 

 中学一年生の年齢で、ここまで泣き真似の演技や声色が出来るようになる女性(メリッサ)という存在に恐怖を覚えるのであった。

 ちなみに、ローラを見て育ったからというのは余談である。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「ほら、あんまりくっつくと危ないよ」

「えー! これくらい大丈夫だよ!」

 

 メリッサは、翔から離れようとせずに腕を組んで歩く。彼としても嫌ではないというよりも──妹と同じ年齢の女の子なので──少し気恥ずかしさが勝ってしまっている。

 彼女はそのことに気付いているのかは分からないが、テンション高くはしゃいでいた。

 不意、翔は空いていたもう片方の腕を使って、メリッサを抱き寄せた。

 

「え……?」

 

 いきなり抱きしめられたような格好になったことで、メリッサは驚く。翔がまさか人前で抱きしめてくるとは思っていなかったからだ。

 しかし、その理由はすぐに分かる。彼らの横を、車が通っていったのである。車が過ぎ去ると、翔はメリッサを離して、彼女の顔を見つめる。

 

「……翔?」

 

 メリッサはその目を見て、胸が高鳴り、心臓の鼓動が大きくなっていくのが分かった。そして彼女の頭に翔の手が置かれる。

 

「ほら、この通りは車がたまに来て危ないから、あんまりはしゃいだらダメだよ」

 

 子供をあやすような仕草でメリッサの目を見て笑う翔に、女性として見られていないと気付いたメリッサの頬が膨れる。

 

「むう……子供扱いしないでよね! 私だってもうレディーなんだから!」

「あははっ。レディーならもう少し落ち着いて行動できないとね」

 

 からかうように笑って前を歩いていく翔に、スクールバッグを振り回しながら追いかけるメリッサであった。

 そしてそんな彼女が唯一、佐藤家に来て後悔した出来事が起こってしまう。

 

「な、なにこれ……!」

 

 メリッサは駅で大勢の人に押しつぶされそうになり、電車の中でも息が出来ないくらいの人に囲まれてしまった。

 

「あれだね。こ、これは朝の通勤ラッシュってやつだよ」

 

 翔も前世から通勤ラッシュは体験しているのだが、それでもまだ慣れない──というよりも好きにはなれなかった。

 電車が駅に停車する度に人の出入りが起こるため、メリッサは文字通り、人の波に流されてしまっていた。

 

(い、息が出来ないよぉ〜! く、くるし……)

 

 人が詰まっているせいで呼吸が出来なくなっているため、彼女が思わず上を向くと、そこには翔の顔があった。翔はメリッサが潰されないようにスペースを確保しており、メリッサが見上げているのに気付いていないようであった。

 その必死な顔に、思わず見惚れてしまうメリッサ。サラサラとした黒髪。優しそうで、少し幼く見える童顔。でも身体はスポーツマンというのもあり、しっかりと筋肉が付いている。

 

 その全てがメリッサにとって、どストライクであった。元々は彼の性格を好きになっていたのだが、久しぶりに会った翔に対して、少年から青年に変わったギャップにドキドキしたのは彼女だけの秘密である。

 そして、電車内での翔の行動からも見て分かる通り、彼の優しさは全く変わっていないのであった。

 

「メ、メリッサ……!?」

 

 電車内でいきなり抱きしめられた翔。周りに人が大勢いるので、さすがの彼も顔を赤くして固まっていた。

 

「えへへっ、さっきの仕返しだよ!」

 

 そう言いながら、最寄りの駅に到着するまで翔に抱きついて離そうとしないメリッサであった。

 




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第三十八話※

▼前回までのあらすじ
ワールド高校へ入学をした翔、寿也、吾郎、ギブソンJr.の四人。
ギブソンJr.の妹であるメリッサも飛び級で入学をしたが、父親のギブソンのせいで寮の空きがなくホテル住まいとなる。
しかし、メリッサはそれをチャンスと思ったのか強引な説得をし、佐藤家への居候に成功する。
色々と不安もある翔だが、これからワールド高校での野球生活は上手くいくのであろうか。



「さて……と、今日から部活かぁ!」

 

 翔は今日から始まるワールド高校野球部に気持ちの高鳴りを抑えられなかった。

 それは吾郎や寿也、ジュニアも変わらない。そして、翔や寿也からすると、吾郎と初めて同じチームで野球が出来るということがとても嬉しかったのだ。

 

「場所は……ああ! ここ広すぎて覚えられねーよ!」

「えっと、今ここだから……グラウンドはあっちだね」

 

 吾郎は広すぎるワールド高校の敷地にうんざりしていたが、そこは寿也が地図を見て案内するという気遣いを見せる。

 

「あれ? そういえばメリッサちゃんはいないの?」

「……なんで僕に聞くのさ?」

「いやぁ、だって……ねぇ?」

 

 寿也はいつも一緒にいるメリッサが翔のそばにいないことを不思議に思い、翔に尋ねる。

 すぐそばに兄であるジュニアがいるにも関わらず、真っ先に翔に尋ねたことに対して苦笑いを浮かべる翔。

 

「まぁ……今朝、兄である俺の前で腕を組んでイチャイチャ登校してくる姿を見たときは、さすがに殺意を覚えたけどな」

「それはメリッサが勝手に……ゴ、ゴホン。今日は僕達が終わるまで校内にいるって言ってたよ」

 

 やっぱり知ってるんじゃんという寿也のからかいの言葉を無視して、先に進んでいく翔。

 吾郎とジュニアもからかいすぎではと思ったが、翔をイジれるのはこれくらいだとも思っているため、特に何も言わない。

 そして寿也は翔をどこまでからかったら怒るかをほぼ正確に把握しているため、そこを越えないようにからかおうと決めていたのであった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「す、すげえな……」

 

 野球部のグラウンドに着いたとき、吾郎はあまりの凄さに感嘆の声を上げる。

 グラウンドは三面あり、室内練習場も完備。ジムなどの設備も完璧に揃っており、野球をするのにこれ以上の環境は無いのではないかと思わせるものであった。

 ワールド高校自体は新設校のため、まだ一年生しかいないが、二年後には三学年全員揃うため、人数が増えても問題なく学業や部活に集中できる環境が整えられていたのだ。

 

「あ、野球部入部希望はこっちだって!」

 

 寿也が看板を発見し、翔達を呼ぶ。看板には、更衣室で着替えた後に第一グラウンドへ集合といった内容が更衣室と第一グラウンドへの地図とともに書いてあった。

 ユニフォームはまだ配られていないため、更衣室では自前で用意したものに着替える翔達。

 翔を含め、全員の身体は引き締められており、高校一年生の中ではかなり仕上がっている肉体となっていた。

 

 着替えた後、第一グラウンドへ向かうと、そこにはすでに複数名の選手が着替えて待っていた。

 国籍はそれぞれ違っており、人種に関わらず実力があるであろうと予測できる者が集められたようであった。

 

「この人達も……?」

「ああ、俺達と同じくワールド高校に集められた実力者達だろう」

「何人かアメリカ(向こう)で見た顔もいるしな」

 

 寿也の問いにジュニアと吾郎が答える。実際に話したことはないが、試合をしたことがある選手などもいたため、顔見知り程度ではあるが吾郎とジュニアも集められた生徒の何人かは知っていた。

 翔達が四人で固まって話していると、少し離れたところから翔達を見て話している外国の生徒が三人いた。

 

「おいおい! こんなところに日本人(ジャップ)がいるなんて聞いてねぇぞ!」

「だなぁ。日本人(サル)どもに実力の違いを見せつけるためって聞いたから、わざわざこんな日本人(サル)しかいない島国に来てやったのによ!」

「話が違えじゃねえか! 黄色人種(イエロー)どもと混じって()()()をするなんて、ただの恥だぜ!」

 

 翔達が英語を理解出来ていないと思っているのか、かなり大きい声で話す三人。

 そこに話を聞いていたジュニアが止めに入る。

 

「おい、お前ら──」

「──大丈夫、ジュニア」

 

 しかし、翔が途中でジュニアの言葉を遮る。遮られたジュニアは翔の方を見るが、その迫力に思わず後ろに下がる。

 それは翔だけではなかった。さすがの寿也も吾郎も我慢の限界がきていた。

 

「じゃあこうしましょうよ。僕らと君らで勝負する。それでどっちが上かを決めましょう」

「……はぁ? なんで俺達がお前達なんかと──」

「怖いのか?」

「……なんだと?」

 

 翔が三人を挑発する。それに対して、長い金髪を後ろで括っている生徒が食って掛かる。

 それ以上は何も言わずににこやかな表情で静かに怒る翔。その様子に金髪の生徒が怒りの表情で答える。

 

「……上等だ。日本人(ジャップ)程度に俺達が負けるわけがねえだろうが」

「じゃあマウンドに──」

「何をしている?」

 

 一触触発の雰囲気の場に現れたのは、三十代半ばの男性であった。スーツを着て、片手にA4のバインダーを持っており、野球部のグラウンド(この場)には相応しいとは言えない格好であった。

 だが、この場に自分達とは年齢が違う人が現れたということは、この男性が何者であるかは誰の目にも明らかであった。

 ただ一人を除いて。

 

「あぁん? 誰だこのおっさ──」

「吾郎君、どう見ても監督でしょ。ちょっと黙ってて」

 

 翔は、先程まで怒りのままに挑発をしていた彼には見えないほど冷静に吾郎を(たしな)める。

 ようやく監督だと理解した吾郎はすぐに黙るが、途中まで話していた言葉は聞こえてしまっていた。

 

「悪かったな、おっさんで……これでもまだ三十三歳だ」

 

 十分おっさんじゃねえかと吾郎は思ったが、これ以上何か言うとまた翔達に睨まれてしまうため、黙って男性を見ていた。

 誰も何も言わないのを確認した男性は、軽くため息を付いたあと、全員を集め自己紹介をする。

 

「よし、集まったか。じゃあまずは俺の自己紹介からだな。俺はケビン・スコフィールド。見て分かる通り、野球部の監督だ。

ワールド高校一期生のお前らをこの島国でNo,1にするために来てやった。よろしくな」

 

 上から目線で自己紹介を行ったケビンは、続いて全員の自己紹介をするように促す。

 

「名前と……希望のポジションだけでいい。じゃあお前からだ」

「は、はい! 自分はギャネンドラ・バッタライ。ポジションはセカンドとショートです!」

「よし、次」

「俺はヴィクター・コールドバーグ。ポジションは外野だ」

「よし、次」

 

 順番に全員が自己紹介をする。翔、ジュニア、寿也、吾郎も自己紹介をし、最後は翔達と揉めていた金髪の生徒であった。

 

「アルヴィン・ロックハート、ピッチャーだ。監督(ボス)、一つ聞きたいことがある」

「……なんだ?」

ワールド高校(ここ)は、世界中で選ばれた者達だけが集まるところだと聞いた。そこになぜ日本人(ジャップ)がいるんだ?」

 

 あからさまな敵意をぶつけられる翔達。正直にアルヴィンにここまで毛嫌いされる理由など一切無いのだが、だからこそ理由のない敵意には無性に腹が立つのであった。

 ケビンはため息を付くと、口を開く。

 

「はぁ……もう少し仲良く出来ないもんかね? これから同じチームメイトとしてやっていく仲じゃないか」

「少なくとも俺達は日本人(こいつら)をチームメイトだと認めてはないんでね」

「……お前らがさっき揉めていたのはこれが理由か?」

 

 ケビンはようやく翔達とアルヴィン達が揉めている理由が分かり、再度ため息をつく。

 それで少し考えると、アルヴィンに向かって質問をする。

 

「じゃあ翔達(こいつら)がお前も認めるだけの実力があればいいってことだな?」

「……ええ。まぁ万が一にでもそんなことはあり得ないがな」

「それじゃあせっかくだし、今日はお前達で勝負をしてもらおうか。親睦も深まるし、お互いの実力も分かるしで問題ないだろ?」

 

 監督のケビンは翔の方を向き、提案を受けるかどうかを聞く。

 翔は吾郎や寿也に聞くこともなく、了承をした。正確には()()()()()()()ではあるが、それは全員の顔に書いてあった。

 お互いに頷いたところで、翔と寿也、吾郎対アルヴィンと取り巻き二人──アインスとツヴァイ──で勝負をすることとなった。

 

(まさか野球部の活動初日に喧嘩売られると思ってなかったけど、ちゃんとステータスを上げておいてよかった……)

 

 四月一日になった直後、いつものようにアナウンスが流れ、D+からC-への成長に必要なポイントが極端に落ちたのであった。

 これは高校生になったと判断されたからだろうと思った翔は、春休みというのもあり、ひと晩かけてポイントを割り振っていった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

【佐藤 翔ステータス】

◇投手基礎能力一覧

 球速:150km

 コントロール:C

 スタミナ:C

 変化球:

  チェンジアップ:5

  スラーブ:4

 

◇野手基礎能力一覧

 弾道:3

 ミート:C+

 パワー:C

 走力:C

 肩力:C

 守備力:C-

 捕球:C

 

◇特殊能力

【共通】

 ケガしにくさC+ 回復C+

 

【野手】

 チャンスC- 対左投手C- 盗塁C-

 走塁C 送球C+

 

 チャンスメーカー パワーヒッター レーザービーム

 外野手○

 

【投手】

 対ピンチC+ 対左打者C- 打たれ強さC-

 ノビC+ クイックC-

 

 ジャイロボール 緩急○ 尻上がり

 リリース○

 

◇コツ

 重い球LV3 キレ○LV3 威圧感LV4

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 今あるポイントを全て割り振ってもカンスト──全てをC+──にすることは出来なかった。

 しかし、いきなりステータスを上げてしまうと身体に大きな負担があると分かっているので、ある意味良かったと思っていた翔。

 高校生活は三年間あるため、それまでにカンストを目指し、高校卒業後に振ることが出来るポイントもじっくり貯めていこうと考えていた。

 

「おーい、翔! そろそろ始めるって!」

「OK! 分かった!」

 

 ステータスを簡単にチェックした翔は、寿也に呼ばれて走っていく。

 ここで負けることは野球部にいられなくなるのと同義であると感じているため、是が非でも勝たなくてはならない。

 気合を入れた翔は、アルヴィン達との勝負に臨むのであった。

 




遅くなりまして、大変申し訳ございません。
吾郎sideでもお話しましたが、昨年の投稿再開のすぐ後にPCのデータが全て消えてしまい、ずっとヘコんでいました。
ストックも消えてしまったので、今後の投稿はストックを作りながらゆるゆると行っていきます。
きちんと完結まで書いていきます。


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第三十九話

「ではこれからアルヴィンチーム対佐藤チームの対決を始める」

 

 監督のケビンがアルヴィンを納得させるために三対三の対決を提案し、お互いに了承した。

 ルールはお互い一回ずつ打席に立ち、ヒット性の当たりが出れば四点、ツーベースで五点、スリーベースで六点、ホームランで八点という得点対決となった。

 フォアボールの場合はノーカウントでもう一打席打つことができ、最終的に得点が高いほうが勝ちとなる。

 

「これなら明確だろう。当たりの判定と審判は公平にするために俺がやる」

 

 ボールの飛んだ先がヒットかどうかを判断し、主審も一緒にやると言うケビンに対し、アルヴィンも不満はないのか何も言わない。

 順番も公平にじゃんけんで決めることとなり、翔が代表で出た。

 

「……佐藤の勝ちだな。先攻と後攻はどちらにする?」

「じゃあ後攻で」

 

 先にアルヴィンチームが打つこととなり、各々が準備を始める。

 守備側のチームはピッチャーとキャッチャーだけなので、ここは順当に吾郎と寿也に任せることとなった。

 翔の出番はまだ先のため、他の見学者と一緒に吾郎のピッチング練習を見ているとジュニアが近付いてきた。

 

「翔、吾郎達は大丈夫なのか?」

「んー、多分問題ないと思うけど……ジュニアは心配なの?」

「アルヴィンはアメリカでも結構知られている選手だからな。問題ないと思っているが、それでも万が一負けちまうとワールド高校(ここ)にいれなくなるぜ?」

 

 ジュニアの心配が翔に伝わり、少し嬉しそうな顔をする翔。

 その顔を見て、ジュニアは少し照れくさそうな顔をしてそっぽを向く。

 

「ジュニア、ありがとう。……でも僕達は負けないよ」

「そうか。アドバイスは──」

「──それは大丈夫。僕達はあくまで平等に戦いたいからね。こっちだけ有利な状況で戦うのは不公平でしょ?」

「……ふっ、そうだな。じゃあ俺は向こうで見ているよ」

 

 そう言いながら、ジュニアは翔から離れていく。翔もジュニアの優しさに嬉しくなったが、あくまで今回は公平に戦いたいと思っているのでアドバイスはいらないと伝えたのであった。

 

(……まぁそれでもアルヴィン()がどんな球種を持っているかは覚えているんだけどね)

 

 〝ワールド高校〟という名前を聞いたときから、翔はどんな人達が来るのかをある程度予想していた。

 もちろん知らない人もいたが、それも想定の範囲内であった。

 

「じゃあもう始めて良いな? 一番打者から入ってくれ」

 

 ケビンの言葉に一番打者として来たのはアインスであった。少し細身ではあるが、高校一年生で180cmを超える身長には吾郎達も警戒していた。

 

「よし、始めるぞ。プレイボール」

 

 吾郎はワインドアップからボールを投げる。螺旋状に回転するジャイロボールは、左打者であるアインスの真ん中低めに決まる。

 そのボールのスピードにアインスは固まる。

 

「ストラーイク!!」

「…………え?」

 

 寿也がナイスボールと言いながら吾郎に返すのを見て、アインスは冷や汗をかく。

 周りの見学者も騒然としていた。

 

「……へっ! 俺の球がそう簡単に打てる……かよっ!」

 

 今度は外角低めに決まり、ツーストライクとなる。

 これを見て、さすがのアルヴィンも動揺を隠せなかった。

 

(な……なんてスピードだ……アイツはたしか自己紹介でゴロー・ホンダと言っていたな………!)

 

「ゴ、ゴロー・ホンダだと!?」

 

 アルヴィンは吾郎の名前をようやく思い出す。全米大会を優勝したジョー・ギブソンJr.のチームに東洋人のピッチャーがおり、吾郎の名前は中学生にも関わらず150km/hを超えるファストボールを投げることで知られていた。

 ただ、アルヴィン自身は直接対決したことがなかったため、顔は知らず、吾郎が日本人だということも知らなかった。

 先程の自己紹介のときも吾郎達の名前を聞いてはいたが、日本人には興味がなかったためそのまま流してしまっていたのであった。

 

「ストライク! バッターアウト!」

「しゃああああ!」

 

 アルヴィンが考えている間にアインスが三振になってしまう。

 アインスと入れ替わりに入ったツヴァイも顔を青ざめながらバッターボックスに入っていった。

 

「アルヴィン……すまない」

「……もういい。あのレベルならツヴァイも打てないだろう。こうなったら俺が打って、アイツらを抑えれば良いだけの話だ」

 

 アインスはバツが悪そうな顔をしてアルヴィンに謝罪をしたため、気にするなと言う。

 よくある──本当はあってはならないのだが──人種差別をしていたとしても、アルヴィン自身の性格が歪んでいるわけではないため、身内(アインス)に気を遣うだけの優しさはあるのであった。

 

(くそ、どうするか……俺がヒットを打って、全員を抑えることができればいいのだが……)

 

 ネクストバッターズサークルで順番を待つアルヴィン。

 吾郎はすでにツヴァイを追い込んでいた。無駄球を一切投げずに、ストライクゾーンにのみ投げていく。

 そして三球目を真ん中高めに投げ、ツヴァイも三振となってしまう。

 

「ストライク! バッターアウト!」

「くそ!」

 

 ツヴァイは悔しそうにバットを地面に叩きつける。

 そして、バッターボックスに入るために歩いているアルヴィンと目が合った。

 

「アルヴィン……その……」

「大丈夫だ。俺が必ず打つ」

 

 アルヴィンは冷静にツヴァイへ返し、バッターボックスへと入る。

 寿也は一旦吾郎のところへ向かう。

 

「吾郎君……アルヴィン()、結構やりそうだけどなにか知ってる?」

「あ? 知らねぇな。アメリカ(向こう)でも俺は対戦したことねーから」

 

 吾郎はボールを上に軽く投げてグラブで捕るといった遊びを繰り返していた。

 彼としても悪気はないのだが、明らかに格下だと決めつけて舐めていた。

 

「……そうか。でも初めの二人みたいに真っ直ぐ(ファストボール)だけだと難しいと思うから、変化球も混ぜていこう」

「へーへー」

 

 吾郎の余裕そうな様子を少し心配していた寿也だったが、それ以上は何も言わずに黙ってホームへと戻っていった。

 逆に吾郎はそこまで心配している寿也に疑問を持っており、それが彼特有の()()()だということに気付いていなかった。

 

(へっ! 寿也も心配し過ぎなんだよ。アイツ程度なら簡単に抑えられるってーの)

 

 寿也が座り、アルヴィンが構えたところで対決が再開される。

 最初に寿也が指示したのは外角低めのフォーシームジャイロであった。吾郎は頷き、ワインドアップからジャイロボールを投げ込む。

 それをアルヴィンは手が出せずに見送る。

 

「ストラーイク!」

「……くっ」

 

 ギリギリストライクゾーンに入ったボールにアルヴィンは悔しそうな声を出す。

 

(な、なんて速さだ……外から見るよりも速く感じるぞ……!)

 

 冷や汗を拭ったアルヴィンは再度構えて、ボールを待つ。

 

「俺のボールが……そう簡単に打てるかよ!!」

 

 吾郎がワインドアップからど真ん中にフォーシームジャイロを投げ込む。

 アルヴィンはバットを振るが、ホップするように浮き上がるフォーシームジャイロのボールの下を振ってしまい、当てることすら出来ない。

 

(やっぱりファストボールだけで十分なんだよ。寿也も心配性なんだよな……)

 

 吾郎はボールを受け取りながら、笑みを見せる。そして、その様子を横で見ていた翔は心配していた。

 原作でも吾郎が失敗するときは大抵相手を見下したりして油断しているときだった。

 一旦タイムを取ろうか悩んだが、そのまま見守ることにした。

 

(吾郎君が油断して打たれるのであれば、そのときに言ってあげればいい。アルヴィンに打たれたとしても、僕達が彼から打てるようにすればいいし)

 

 吾郎は今すぐに注意しても受け入れる人間ではないと分かっている翔は、彼のフォローを寿也と二人でしようと決めて何も言わないようにした。

 そして案の定、吾郎と寿也でミスコミュニケーションが発生していたのであった。

 ボール球を投げて様子を見たい寿也に対し、吾郎は三球勝負をしたいと要求していたのであった。

 

(吾郎君、ダメだ! ここは一球外すんだ!)

(なんでだよ! ここはどう見ても三球勝負だろうが!)

 

 寿也は何回も外すように指示をするが、吾郎は首を横に振り言うことを聞かない。

 そのやり取りが一分ほど続いたあと、しびれを切らした吾郎が腕を振り上げて投げるモーションに入る。

 

(ご、吾郎君……!?)

 

 まだサインが決まっていない状態で吾郎がモーションに入ったため、寿也は動揺する。

 だが、すぐに気持ちを切り替え、どんな球でも捕ってみせるとグラブを構える。

 

(これ以上何を言ったところで無駄だからな。ここは三球勝負に決まってるだ────あっ!)

 

 吾郎がボールから手を離した瞬間、ボールが滑る感覚になる。

 寿也とのやり取りのせいで、腕から汗が垂れているのに気が付いていなかったのであった。

 きちんと指を掛けることが出来ずに投げられたボールは、ハーフスピードのままホームへと向かっていく。

 

(……失投か!? だがこれしかチャンスはない!!)

 

 アルヴィンはボールを思い切り振り抜く。彼によって打たれたボールは左中間へと飛んでいく。

 吾郎は後ろを振り返り、寿也もマスクを外してボールの行方を追った。

 左中間を突き破ったボールはそのまま転がっていき、途中で止まる。それを見たケビンは今の当たり判定を行うため、マスクを外して大声で告げる。

 

「今のは……スリーベースヒットとする!」

「えっ!?」

 

 周りのチームメイトやアルヴィン本人ですらスリーベースヒットではないと思っていたため、驚きの声を上げる。

 そして、一番納得出来ていないのは打たれた本人(吾郎)であった。

 

「おいおい、おっさん! あれのどこを見たらスリーベースになるんだよ! てめー、本当に野球知ってんのか!?」

「ご、吾郎君……!」

 

 ケビンに詰め寄る吾郎。寿也は吾郎を止めようと間に入るが、吾郎はそれくらいでは止まらなかった。

 その様子を冷めた目で見ているケビン。

 

「おい、いい加減にしろ──」

「──何だお前は? いつから審判に意見が言えるようなくらい偉くなったんだ?」

「……あ?」

 

 ケビンが先程までとは打って変わって冷たい口調になっていたため、周りの空気も変わる。

 

「あれは()()()()()()だ」

「なんだと……?」

「あれくらいの打球をスリーベースに出来ないようなやつはワールド高校(ここ)には必要ないんだよ。いい加減理解しろ。こっちは遊びでやっているんじゃねぇぞ」

「てめぇ──」

 

 ケビンの挑発に我慢の限界に達した吾郎は、胸ぐらを掴んで殴ろうとした。

 しかし、その拳は翔によって止められることとなったのだった。

 




次回投稿は少し空くと思います。


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第四十話

いつも感想ありがとうございます!
毎回皆様の感想を読むのがとても楽しみです。
これからもよろしくお願いします!



「……翔、なんで止めんだ?」

「吾郎君、監督(ボス)を殴ったら退学になるよ? それでもいいの?」

 

 翔が吾郎の右腕を止めたことに対し、吾郎は翔にまで威圧的な態度を取る。

 吾郎の態度に翔は冷静に返事をしていた。しかし、吾郎はそれで納得するような男ではない。

 

「……退学上等だ。飛んだ打球の位置でどれくらいの当たりになっているかも分かんねーやつの下でやってられるか!」

 

 吾郎はケビンの胸ぐらを掴んだまま翔に対して感情をぶつける。

 ケビンはされるがままの状態になっていた。そして翔はそんな吾郎の行動にため息をつく。

 

「はぁ……。野球のことになったらいつも全力なのは変わらないよね」

「そんなこと当たり前だろ! 馬鹿にしてんのか!?」

「ううん、そう……でもあるか。とりあえず監督(ボス)、吾郎君や周りも納得できるように今の内容を()()()()()()()()()()()()()()?」

「馬鹿にしてんのかよ!?」

 

 吾郎が翔の言葉にツッコミを入れるが、あえて無視をしてケビンの言葉を待つ。

 ケビンは半目で翔を見た後、笑いながら話し出した。

 

「くくくっ……今の説明で理解出来たやつがこの中にいるとはな。ちったあ頭が使える奴もいるじゃねえか」

「あ、そういうのいいので、早く説明してください。今にも監督(ボス)を殴りそうな吾郎君を止めるの大変なので」

 

 ケビンの挑発をさらりと流して説明を求める翔。ケビンも観念したように両手を上げて説明を始めるのであった。

 

「分かったよ。いいか、よく聞いておけ。そもそもお前達はワールド高校(ここ)が創られた理由を知っているか? それはな、才能がある奴が環境や指導者のせいで夢半ばのまま散るのを無くすためなんだよ」

 

 ワールド高校とは、世界中の才能のある人間を集め、最高の環境と最高の指導者を揃えることで次世代の大事な才能()が潰されないようにする目的で創設されていた。

 それは〝ベースボール〟だけに特化した話ではない。スポーツ、学問、芸術など全ての分野において、子供達の才能が埋もれないようにしたいという気持ちが含まれていた。

 

「才能ある奴が集まれば、そこから切磋琢磨してその才能を更に伸ばすことが出来る。つまり、お前達は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を身に付けることが出来る可能性を秘めているんだ。

レギュラー争いをする必要はもちろんあるが、ここならその争いをするにしてもより高度な実力が要求される。〝才能〟を持った者が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだよ」

 

 もちろんケビンはここにいる生徒達が努力をしていないとは思っていない。だが、それは環境と指導者、そして周りのレベルが()()()()()だったのかと聞かれたら、誰もがNOと答えるだろう。

 回りくどい言い方だが、その環境がここに整えられていると話していた。

 

「それでさっきの打球の話に戻ってくるわけだ。ワールド高校(ここ)の野球部員になった以上、あれくらいの打球はスリーベースにしてもらわなきゃ困るんだよ。もちろんそれは現時点で不可能だ。だがここでやっている以上、俺が指導すれば全員がそのレベルに達するはずだ」

「…………っ!」

 

 ケビンの言葉に吾郎を含む理解していなかった生徒が何も言えずに黙る。

 確かにここにいるメンバーはエースで四番を狙おうと思えば、全員が狙えるだけの才能はあるのだろう。

 しかしそれは他の高校のチームにいた場合の話だ。同じ才能を持つ者達が揃っている以上、それはあり得ない。だが、だからこそ全員の実力を伸ばすことが出来ると信じての発言であった。

 

「はっきり言おう。今のお前達の実力はルーキーリーグの連中に勝てるやつがいるかどうか程度だ。だがな、お前達は次世代のメジャーリーガーになるだけの才能を持っているし、そのために必要な実力をワールド高校(ここ)で身に付けられるんだ。

だからこんなところで日本人がどうとか、肌の色や言葉、文化の違い程度のレベルで仲違いしてんじゃねぇ!」

 

 ()()()()()()()──ケビンのそう言わんばかりの言葉に、吾郎もケビンを掴んでいた左手の力が抜けていく。

 同時に翔もケビンの回答に満足したのか、抑えていた吾郎の右腕から自らの手を話す。

 

(まあ……言っていることは〝海堂〟と似ているような気もするんだけどね)

 

 翔と寿也が蹴った海堂高校も()()から特待生や推薦組と称して、スカウトが才能のある生徒を集めていた。

 そしてその才能を海堂マニュアルに沿った最高の環境と指導者を用意して育てる。そうして切磋琢磨した才能はより育ち、常勝海堂としてのブランドを高めていく九人──ベンチ入りを含めると二十人──に絞られていくのだ。

 

 ワールド高校も似たような位置付けには見える。しかし、海堂高校と異なる点はいくつもあった。

 まず単純に集める選手の〝質〟が違う。世界レベルでの才能の持ち主を育てるため、更に才能が伸ばされていくのである。

 そしてワールド高校は全員を()()()()()()()()()()()()()()()()にしようとしている点も異なっている。

 

 海堂は選手をあくまで商品として甲子園で活躍させ、プロ野球に()()()()ところまでを一つのプロセスとして考えているが、ワールド高校は才能を伸ばし、メジャーで活躍する選手にすることまで考えている。

 そのため甲子園はあくまで通過点に過ぎず、そこで満足してもらっては逆に困るのだった。

 こうして次世代の才能ある者達を伸ばすことで、ベースボール全体のレベルを何段階も上げることに貢献することまでを目的としていたのであった。

 

(選手同士でやり合いたいのであれば、実力をどんどんつけてメジャーの舞台でやれってことなのかな?)

 

 翔はケビンの考えを聞いて更に深く考察していた。原作で仮に吾郎が海堂に三年間残り続けていたとしても、正直に才能が一つ二つ抜きん出ているため、彼が燃え上がるような舞台は決して整うことはなかったであろう。

 今の環境でもいずれワールド高校と戦いたいと言って辞める可能性はゼロではないが、そういったことを無くすために先を見せてあげることが必要なのかもしれないとまで考えていた。

 

「……だってさ、吾郎君」

「……ちっ。わーったよ。監督(ボス)、俺が悪かった」

 

 吾郎がケビンを監督(ボス)と呼び、素直に頭を下げる。まだ納得出来ていないこともあるであろうが、彼なりに理解はしたのかもしれない。

 

「ああ、気にすんな。若造はそれくらいの気概がないといけないからな」

「へっ! じゃあ次は俺達の番だな!」

 

 ケビンはあっさりと吾郎の暴挙を許し、吾郎と笑っていた。

 そして次は翔のチームの攻撃に入ろうとしたところで、ケビンがまた驚くべきことを言い出す。

 

「ああ、吾郎。お前は退場だ」

「…………え? な、なんでだよ!?」

 

 突然退場と言われた吾郎は、慌ててケビンに詰め寄る。

 

「審判の胸ぐらを掴んで殴ろうとしたんだぞ? 通常の試合なら退場でもおかしくないだろうが」

「ふ、ふざけんなっ! じゃあこのあとの打席は翔と寿の二人でやれってことかよ!」

「ああ、そうなるな」

 

 ケビンは冷静に吾郎の言葉に頷く。これには翔も寿也も吾郎の味方は出来なかった。

 

「吾郎君、これはさすがに監督(ボス)の言う通りだよ」

「そうだね。むしろこの程度で済んで良かったくらいだよ」

「お、おめーら、裏切るのかよっ!!」

 

 味方がいなくなった吾郎は泣きそうな顔をしてジュニアを見るが、彼も肩をすくめるだけで吾郎の味方をすることはなかった。

 

「ま、感情的になると損になることが多いってことだ。一つ良いことを学べたじゃないか」

 

 ケビンは少し小馬鹿にするような言い方で吾郎に話すが、吾郎は悔しそうな顔をして「くそっ!」と地面を蹴り飛ばして、ジュニアのところに歩いて行ってしまう。

 

「お前達もそれでいいな?」

「まぁ……それは仕方ないですよね」

「ええ、僕もそれでいいです」

 

 反論は許さないという様子を一切感じさせないような緩い口調で翔達に問いかけるケビン。それでも翔と寿也も苦笑いで受け入れるしかなかった。

 

(佐藤兄弟だったか……吾郎を除いた日本人枠としてここに来ていたが、物事を見極める能力は高そうだな)

 

 ケビンは翔達を観察していた。いや、それは()()()()()()()()()()。この場に来たときから吾郎にジュニア、アルヴィン達全員のことを観察していたのだ。

 誰が何の才能があるのか、性格はどういうものなのか。そして()()()()()()()()()()()。彼は観察をしつつ、一人一人の今後を考えていたのだった。

 

「じゃあ再開するか。どっちの打席からにするんだ?」

 

 翔と寿也のどちらが先に打席に立つのかを確認するケビン。二人はお互いに目を合わせると笑って頷く。

 

「えっと、じゃあ僕が行きます」

 

 ここで先に打つと声を上げたのは寿也であった。

 



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第四十一話

大変お待たせしました!



 アルヴィンチームとの対戦で先に打席に立つのは寿也。アルヴィンがピッチング練習をしている間に寿也は素振りを繰り返す。

 

「寿也、打てそう?」

「翔が先に行けって言ったんじゃないか」

 

 実際に言葉に出したわけではないのだが、翔と寿也はアイコンタクトでどちらが先に打つかを決めていたのであった。

 吾郎はまだその横でふてくされた顔をしていた。

 

アルヴィン()の球種は恐らくなんだけど──」

「あ、ごめん。それは言わないで」

 

 翔がアルヴィンの使えるであろう球種を伝えようとしたところ、寿也はそれを止める。

 寿也としては翔の手助けなしにアルヴィンと勝負をしたかったのだ。

 

「一打席勝負だと打者に不利なのは分かっているんだけどね……僕が打ってみせるよ」

 

 吾郎の退場のせいもあり、寿也と翔の二人しか打席に立てない。

 それでも寿也の顔は自信に満ち溢れていた。決して負けるつもりはなかったのだ。

 

(これから初見の相手はいくらでも出てくる。今この場で打てないようであれば……僕はワールド高校(ここ)には必要ない)

 

 初めはアルヴィンの言葉に怒っていただけだった。しかし、ケビンの言葉を聞いて、怒りよりも今の自分がどこまで出来るのかを知りたいという気持ちにもなっていた。

 そして、自分に()()()()()()()()()()()()()()()()()()という試金石として、アルヴィンの対決を望んでいたのであった。

 

「じゃあ準備はいいか? 始めるぞ!」

 

 ケビンの号令で寿也がバッターボックスに入る。本人にしか分かっていないが、彼にとってワールド高校で最後になるかもしれない打席。

 通常であれば緊張しても不思議ではないのだが、その様子は一切なかった。

 

(あの日本人(ジャップ)……この俺から本当に打つつもりなのか……!)

 

 寿也のその自信に溢れた様子が、アルヴィンにプレッシャーを与えていた。

 アルヴィン自身も今まで積み重ねてきた努力と実績がある。だからこそワールド高校の一期生として選ばれている。

 それは東洋の小さな島国で〝野球〟というベースボールではない──とアルヴィンは思っている──スポーツをしている者に負けるわけがないと思っていた。

 

 しかし吾郎のピッチングを見て、彼が日本人だと思い出したアルヴィン。

 吾郎と同じく日本人枠でワールド高校に呼ばれている翔と寿也も、もしかしたら吾郎と同じ実力の持ち主なのではないかと思うようになっていた。

 

(……だが俺は負けるわけにはいかない!)

 

 アルヴィンは振りかぶり、オーバースローからファストボールを投げ込む。

 

「ストライク!」

 

 ボールは真ん中低めに決まり、ワンストライクとなる。

 続いての二球目は変化球が少し外れ、ボールになった。

 

(今の変化球、もしかして……)

 

 寿也はアルヴィンが投げた変化球に覚えがあった。それは一番身近である()が投げて初めて知った球種(スラーブ)であった。

 だが、変化量は()には到底及ばない。

 

(……ワールド高校(ここ)に来る以上、変化球はこれだけじゃないはずだ。必ずウイニングショットがあるはず!)

 

 アルヴィンの三球目をカットしてカウントはワンボール、ツーストライク。これで寿也が追い詰められることとなった。

 ここで寿也は一度バッターボックスから出て、素振りをする。

 

(これでツーストライクだ。最後は俺の決め球で終わりだ!)

 

 寿也が打席に戻ったのを確認したアルヴィンは、自身の得意球を投げるためにボールを握る。

 それは他の誰にも投げることが出来ない、自分だけのオリジナル変化球。

 

「これで…………フィニッシュだッ!!」

 

 アルヴィンの手から放たれたボールは、寿也から見て揺れ動いていた。

 今まで見たことがない球の動きに戸惑った寿也であったが、なんとかバットの先に当てることが出来てファールボールとなる。

 

(な……! 今のは……!)

 

 寿也だけでなく、周りで見ていた選手達も驚きを隠せない。それは現代の魔球と呼ばれている〝ナックルボール〟であった。

 ナックルボール──ほぼ無回転で放たれたボールは左右へ揺れるように不規則に変化しながら落下する。右へ曲がったボールが左に曲がって戻って来るなど、常識的には考えにくい不規則な変化をするため、魔球と呼ばれていた。

 

(俺の〝ミラージュナックル〟を当てる……だと……!)

 

 アルヴィンは自身のウイニングショットを当てられた悔しさから心の中で舌打ちをする。

 今まで初見で彼の決め球を当てることが出来た人はいなかったため、思わず寿也を睨んでしまう。

 しかし睨まれているとは気付かずに、寿也は今の球の分析をしていた。

 

(今のはナックルボールだ……だが、思っているよりも球速があるのは彼独自の投げ方を編み出したのだろう。これをどうやって打つかが勝負の分かれ目になるはず!)

 

 寿也は素振りをして、アルヴィンの〝ミラージュナックル〟へタイミングを合わせていた。

 それがアルヴィンに伝わったのか、彼は怒りでボールを強く握りしめていた。

 

(〝ミラージュナックル〟を打とうっていうのか……! 上等だ! 打てるもんなら、打ってみやがれ!)

 

 アルヴィンは再度〝ミラージュナックル〟を投げる。寿也は先程と同じくなんとか食らいついてファールにする。

 そして打席を離れると、素振りをしてまた打席に立つ。

 その動作がアルヴィンにとって気に食わなく、彼の神経を逆撫でていく。

 

「ファール!」

「い、一体何球目だ……?」

 

 アルヴィンは意地になって〝ミラージュナックル〟を投げ続けていた。自分だけの決め球が見下していた寿也に打たれるのだけはどうしても許されなかったのだ。

 ここで別の球種を投げて逃げることも出来たが、それも彼のプライドからしてその選択肢はあり得なかった。

 しかし、勝負は唐突に終わりを告げる。

 

「いい加減に…………しやがれっ!!」

 

 アルヴィンが投げたボールは、先程までと同じように不規則に揺れ動く。

 その不規則な動きとボールスピードに目が慣れた寿也は、しっかりとボールが来るのを待ち、変化する直前を思い切り振り切った。

 硬球を打つ大きな音が鳴る。そのボールは左中間を突き破り、大きく飛んでいった。そして広いグラウンドを転がっていくのであった。

 

「う、うおおおおおお!!! 寿也が打ちやがった!!」

 

 吾郎が驚きのあまり大声で叫ぶ。それは誰の目にも結果が明らかなほどの打球の伸びであり、寿也のこの打席で翔チームの勝利が決まった瞬間であった。

 寿也はボールの行方を確認した後、ケビンに振り返って判断を促す。

 ケビンはその自信に溢れた顔を見て軽くため息をついたあと、結果を伝えるのであった。

 

「……ホームランだ。よって今回は翔チームの勝利とする」

 

 ケビンの勝利宣言を聞いた寿也は、そのまま翔が立っていたネクストバッターズサークルへ歩いていく。

 

「どうだった?」

「どうもなにも完璧だったよ……ナイスバッティング」

 

 翔と寿也は微笑みながらハイタッチを交わすのであった。

 

「さっすが寿くんーーっ! 俺はやるって信じていたぜっ!」

「まぁどっかの誰かが退場食らっちゃったからね。なんとかして打たないとダメだって思ってさ」

「う……寿也、それは面目ない……」

 

 飛びついてきた吾郎に皮肉をぶつける寿也。その漫才のようなやり取りを翔とジュニアは笑って見ていた。

 

「しかしアルヴィンの〝ミラージュナックル〟を初見で打つとはな。俺だって打てなかったんだぜ?」

「まぁそれだけ僕らも練習してきたってことだよ。ジュニアもうかうかしていると寿也に四番取られちゃうからね?」

 

 ジュニアは寿也のことを認めてはいたが、それは小学生時代のセンスの良さを鑑みてのことであった。

 実際に今の寿也の実力を見たのは今回が初めてだったため、改めてその実力を認めて称賛するのであった。

 

「……お、俺の〝ミラージュナックル〟が打たれた……だと……?」

 

 アルヴィンは打たれたことが信じられないのか、呆然とした表情でマウンドを見ていた。

 その様子を見たケビンがアルヴィンに近付く。

 

「ああ、そうだ。お前が見下していた日本人に打たれたんだよ」

「…………」

「お前は何のために日本(ここ)まで来たんだ? 日本人に格の違いを見せつけて見下すためか? ……それは違うだろう。

ここに来たのは()()()()()()()()()()じゃないのか?」

「俺の……夢……」

 

 ケビンに言われ、なぜワールド高校への進学を決めたのかを改めて思い出すアルヴィン。

 彼の夢は偉大なるメジャーリーガーになること。それはジョー・ギブソンですらも超える選手になってみせるという強い意志からだった。

 

「そうだ。もう一度何のために来たのかを考えろ。そのために人種差別なんてくだらないことをしている暇があるのかってこともな」

 

 そう言ったあと、「おら! 次の試合を始めるぞ!」とケビンは他の選手のところへと歩いていった。

 アルヴィンはケビンの言葉を頭の中で反芻するのであった。

 




本日で『MAJORで兄になる』シリーズが一周年になります。
最近はなかなか更新頻度を上げられずに本当に申し訳ございません。

皆様のお陰でエタらずにここまで来ることが出来たと思っています。

一周年記念としまして、少しの間だけ毎日投稿をします!
そしてその間は非ログインの方も感想が書けるように設定を変更しておりますので、たくさん書いてくださいますと嬉しいです!
力尽きた時点でまた不定期に戻ると思いますが、なるべく頑張ります!

これからも『MAJORで兄になる』シリーズを何卒よろしくお願いいたします!


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第四十二話

毎日投稿2日目です。



「よし! じゃあ今日はこれで終わりだ! 明日は身体能力測定をする予定だから、同じ時間に集合だ!」

 

 翔チームとアルヴィンチームの対決のあと、ワールド高校野球部は他のメンバーも同じく少人数で試合をしていた。

 前の試合で特に何もしていなかった翔も再び参加することになり、全員の実力を確かめつつも良い交流の時間になっていた。

 吾郎も本人の希望により参加し、ジュニアと対決するなどもしていた。

 

「おっしゃあ! 翔、寿也、ジュニア! 帰りにバッティングセンター寄って行こうぜ!」

「うん、いいよ」

「僕も大丈夫」

「ああ、俺も良いぞ」

 

 まだまだ体力が余っている吾郎の誘いでバッティングセンターに行くことに決まった。

 更衣室で着替えて正門から帰ろうとしたとき、後ろから声が掛かる。

 

「ちょっとーー! 私を置いていくのは酷くない!?」

「あ……メ、メリッサ……!」

 

 声を聞いて全員がすぐに振り返ったら、そこには両手を腰に当てて頬を膨らませているメリッサがいた。

 制服を来て、長い金髪をツーアップにしていた少女は本気で怒っていたようだったが、それすらも翔達からするととても可愛らしく見えていた。

 それは翔達だけでなく、周りの男子生徒も同じ印象を持ったようで、彼女のことを二度見したりしていた。

 

「吾郎と寿也はともかく、翔とお兄ちゃんは最低だよ!!」

「いや、その……ごめんって」

「ほんとにごめん……完全に忘れてた……」

 

 ポカポカとメリッサによって叩かれているジュニアと翔は、言い訳をせずに素直に謝る。

 結局次の休みの時に翔がご飯を奢るという約束をして、ようやく許してもらうまでに一時間ほど掛かっていた。

 吾郎と寿也は「俺ら空気だな」と苦笑いをしており、結局この日はバッティングセンターに行く空気にならずに帰宅することとなった。

 

 佐藤家で二人きりになったとき、メリッサに「次忘れたら許さないんだからね」と言われた翔は、お風呂上がりのアイスを献上することで機嫌を取るのであった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 次の日からワールド高校野球部の本格的な練習が始まる。

 まず、投手陣と野手陣のそれぞれにサポートするための専属スタッフが付き、野球部専用のジムや室内練習場、分析ルーム、ミーティングルームなどまるで先進国のオリンピック選抜合宿で使うような設備の紹介をされたときは、さすがの翔も驚きを隠せなかった。

 

「じゃあまずは全員の身体能力を測定する」

 

 ケビンの指示で室内練習場とジムを使って、身体能力検査をすることになった。

 基本的な筋力、柔軟性、体力、瞬発力などを専用の機械を使って検査していく。

 最後の体力検査だけはグラウンドで行われ、一定のスピードでひたすら走り続けるというものだったが、「も、もう走れないでヤンス〜〜!!」という声が後ろの方で聞こえた翔はまさかの矢部明雄がいるのかと振り返る出来事もあった。

 

(矢部君がいるのかと思ってたら……ヤーベンがいたのか!)

 

 ヤーベン・ディヤンス──白人、金髪、そばかすがあることを除けば、見た目はほとんどパワプロの矢部君なアメリカ人。

 違いは生まれた国くらいで、オタクなところや語尾の「〜でヤンス」というところまでほぼそっくりであった。

 

 実は翔が思っている以上に彼が知っているメンバーはいた。

 パワプロからはアルヴィンやヤーベンだけでなく、マキシマム、ナヌーク、ギャネンドラ、ヴィクターがおり、MAJOR原作でもロイとケロッグもいた。

 他にも世界各国から実力者と思われる選手もおり、身体能力検査でも上位の成績を出す人もいた。

 

「はあ……はあ……」

「よし、じゃあ今日のデータはスタッフ陣で分析して、これからの練習メニューに取り入れていくからな」

 

 グラウンドで呼吸を荒くして倒れているメンバー。グラウンドを何十周も走らされたため、流石の翔や寿也、吾郎、ジュニアも立てない状態であった。

 体力が尽きたメンバーから抜けていく方針だったのだが、アルヴィンが負けず嫌いを出したのか粘り、それに吾郎も負けずに対抗したため、いつまでも終わらないということが発生していた。

 

「じゃあ今日はこれで終わりにするが、今週末に練習試合を組んでいるから各自用意しておけよ」

「……練習試合!?」

 

 ほぼ全員が身体を起き上がらせる。国は違っても、試合が好きなのは変わらない。

 ケビンはタフな選手を見て、「まだまだ元気じゃねぇか」と苦笑いをする。

 そこで上半身を起き上がらせていた寿也が質問をする。

 

監督(ボス)、練習試合の相手はどこですか?」

「ああ、たしか……EL学園と金城高校といったかな?」

 

 EL学園は関西の名門であり、甲子園常連校である。翔達も中学時代にスカウトされていた高校のため、ある程度知っていた。

 しかし金城高校というのは聞いたことがなかった。

 

「EL学園は関西の名門ですね。金城高校というのは……?」

「いやな、実は俺もよく知らねぇんだ。とりあえず練習試合の申請があったところを順にやっていく予定だ」

「申請が合った順に……?」

 

 ワールド高校のような実力者が集まっているのあれば、対戦する相手は吟味しても問題ないはずなのだが、ケビンは申請して来た順に試合を受けると言う。

 それには全員が疑問を抱いても不思議ではなかった。

 

監督(ボス)。正直に寿也達が聞いたことがないような弱小校を相手にする必要があるのか?」

 

 ジュニアが当然の質問をする。ようやく息を整えた他の選手もジュニアと同じような顔をしていた。

 

「ああ。一応お前達には課題を課しておこうと思ってな」

「課題……ですか?」

「ああ。お前達には夏の予選までに練習試合を最低でも五十試合はして貰う。それで全勝出来なければ、ワールド高校は()()()()()()退()()()

「…………!?」

 

 ケビンの課題に対し、またもや疑問が増える。今は四月。七月の夏の予選までに五十試合をするというのはかなりハードである。

 だが、このことは今のワールド高校野球部にとって大切な出来事となるのであった。

 

「あ、そうそう。最後に紹介する人がいる。ちょっと待ってろ」

 

 一度校舎へ向かい、戻ってきたケビンは一人の女子生徒を連れてきていた。

 その子を見て、目を見開く翔とジュニア。

 

「今日から野球部のマネージャーとして入部してもらうことになった」

「皆さん、はじめまして。メリッサ・ギブソンといいます」

 

 そこには昨日帰りに置いていかれそうになったメリッサがいるのであった。

 



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第四十三話

連続投稿3日目です。
ちょっと早めに投稿しますね。
「 」を英語、『 』を日本語の表記としています。



 土曜日。朝から翔達はワールド高校にいた。今日はEL学園と金城高校との練習試合があるためである。

 ワールド高校設立の一週目から試合をやるということに、差はあれど全員が緊張をしていた。

 

「試合には全員を出すと言っていたけど、スターティングメンバーは誰になるんだろうね?」

「俺と寿也がバッテリーで、翔とジュニアも確定だろうな!」

 

 吾郎と寿也がキャッチボールをしながら誰が出るか話をしており、吾郎は自分達がスタートから出ることを疑っていなかった。

 

「まぁ順当に行けばそうなるのかな……?」

「吾郎は初日に退場食らってるから、分からんぞ?」

 

 隣でキャッチボールしていた翔とジュニアも話に混ざる。ジュニアが冗談を言うと、吾郎は「……ちぇっ」と少しだけ拗ねるような顔をするが、冗談だと分かっているので特に引きずることはない。

 他のメンバーもウォーミングアップをしている中、野球部のスタッフが練習試合のための準備をする。

 メリッサも慣れないながらも必死についていこうと頑張っていた。

 

『おはようございます! よろしくお願いします!』

「……おおっ!? なんだ!?」

 

 グラウンドの端でいきなり大声がしたため、吾郎が驚いて声がしたほうを見ると、そこにはEL学園野球部の生徒がグラウンドに入る前に整列して挨拶をしていたのであった。

 監督であるケビンがEL学園のところへ近付いていき、一言二言交わしていたのだがどこか様子がおかしかった。

 数分ほどやり取りしたあと、グラウンドの方を見たケビン。

 

「翔! ちょっと来てくれ!」

「僕……? イエッサー!」

 

 ケビンに呼ばれたため走って行くと、少し気まずそうな顔をしているケビンと困った顔をしたEL学園の監督がいた。

 

「どうしたんですか?」

「いやな……英語が通じないから通訳をしてくれ」

 

 英語が通じなかったため、翔に通訳するようにお願いをするケビン。

 翔達と普段から英語で話していたため、他の日本人も英語が同レベルで話せると勘違いしていたケビン。

 そのことが分かった翔は通訳を了承し、EL学園の監督の方へ向く。

 

『あっと……おはようございます。僕はワールド高校野球部一年の佐藤翔といいます。監督(ボス)との通訳をさせていただきますね』

『おお、助かるよ。佐藤君のことは知っているよ。去年、シニア全国大会優勝チームの君と弟の寿也君をスカウトしたのだけれど、断られてしまったからね』

 

 翔が来て通訳をしてくれることに嬉しそうな顔をするEL学園の監督。

 監督の皮肉に苦笑いをするしか出来ない翔であったが、『過ぎたことだから、もう気にしなくて大丈夫だよ』と朗らかに笑う監督を見て安心する。

 

『それでは皆さんはあちらの更衣室に荷物を置いて着替えてください。試合開始は予定通り九時からで大丈夫ですか?』

『ああ、大丈夫だ。よし! お前ら、さっさと着替えてウォームアップを始めろ!』

『はいっ!!』

 

 統率の取れたやり取りと、近くで大声を出されたことに目を丸くする翔。

 リトルやシニア時代に自身も似たようなことをしていたのだが、久しぶりというのもあってまだ慣れていなかった。

 EL学園の生徒達が更衣室へ向かったあと、ケビンにお礼を言われる翔。

 

「翔、助かった」

「あ、いえ」

「日本人は英語を話せる人が少ないんだったな。お前達を見ていたから、忘れてたよ」

「まぁ……それは仕方ないですよ」

「これからもやり取りはすべて任せるわ」

 

 笑いながらも、結構な仕事をさらっと押し付けたケビン。

 翔が何か言う前に行ってしまったケビンの後ろ姿を見て、ため息をつく翔。

 

「翔、なんだったんだ?」

「んー、EL学園の人達との通訳を任されたんだけど……」

「もしかして今後のやり取りも全てやらされることになったの?」

「……そうなんだよねぇ」

 

 吾郎の質問に答え、その歯切れの悪い回答に寿也が察して続きを話す。

 寿也の予想は当たっていたため、苦笑いで答える翔。「僕も手伝うよ」と寿也が言ってくれたため、翔は少しだけ気が楽になったが、ケビンにも日本語を覚えさせようと少しだけ考えるのであった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「それではこれからワールド高校とEL学園の練習試合を始めます!」

「よろしくお願いします!」

『よろしくお願いします!!』

 

 午前九時。ワールド高校とEL学園の練習試合が始まる。先攻はEL学園。

 

◇スターティングメンバー

 1番:センター 佐藤翔 

 2番:セカンド  ケロッグ

 3番:サード ジョー・ギブソン・Jr. 

 4番:キャッチャー 佐藤寿也  

 5番:ピッチャー 本田吾郎

 6番:ファースト マキシマム・池田・クリスティン

 7番:レフト ヴィクター・コールドバーグ 

 8番:ショート ロイ

 9番:ライト ヤーベン・ディヤンス

 

 

「プレイ!」

 

 一番バッターが打席に立ち、構える。吾郎は腕を上げ、ワインドアップからジャイロボールを投げ込む。

 

「ストライク!」

「ナイスピッチング!」

『……は、速え! あんなやつ日本人でいたか!?』

 

 吾郎のファストボールを見て、その球速に驚くEL学園側のベンチ。

 〝本田吾郎〟という名前を聞いたことがなく、150km/hを超える球を投げる日本人高校生(吾郎)が知られていなかったことにも驚いていた。

 

 小学校時代にアメリカに渡っていたため、吾郎の名前は知られていなかった。

 そのため、彼が日本で知られていないのは無理もない。ただ、アメリカでゴロー・ホンダといえばその年代屈指の実力を持つピッチャーとして知られているため、調べようと思えば簡単に分かることでもあった。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 一番バッターはボールを振ることなく三振してしまう。ベンチに戻った時にEL学園の監督が怒鳴っている声が聞こえたが、ワールド高校側はほとんどが日本語を理解していないため、何を話しているのかは分からない。

 

(まぁ……体育会系だもんね……)

 

 寿也はEL学園側ベンチをちらりと見る。EL学園は昔から名門のため、よくある体育会系という印象を寿也は持っていた。

 日本の高校の部活動は体育会系のところも多いため、仕方ない部分はある。

 場所によっては体罰が酷いところもあると噂には聞いていたので、EL学園がそうではないことを祈っていた。

 

(とりあえず今日は勝つのは大前提だけれど、全員の連携を鍛えるためでもあるからね)

(……分かってるさ)

 

 寿也と吾郎はただ勝つだけでなく、なるべく打たせるように指示を受けていた。

 今の吾郎にとっては苦痛でしか無いのだが、ケビンとしては吾郎だけでなく全員の成長を求めなくてはならない。

 そのときに三振三振ばかりでは連携を確かめることもできなくなる。それは高校野球だけしかやらないのであればまだ良いのだが、メジャーを目指す選手達にとっては今のうちに何をどうやるかなど、色々と考える癖をつけてもらう必要があった。

 

 だからこそ吾郎には我慢をしてもらう必要があるのであった。

 

「ストライク! バッターアウト!」

「…………あ」

 

 

 

 

 

 

 吾郎には我慢をしてもらう必要が────あるのであった。

 



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第四十四話

毎日投稿4日目です。



『おっしゃー! いけいけ!!』

『もう一点だっ!』

 

 四回表。ノーアウトランナー二塁。点差は0-4でEL学園が勝っていた。

 

「おいおい……何がどうなってるんだよ?」

 

 ヴィクターはボソッと呟く。

 アメリカで一線級の選手だったメンバーが、現在の数字だけを見るとEL学園に点差を広げられていた。

 

(おいおい……これでもまだ()()()()()()って言うのかよ)

 

 吾郎は監督であるケビンを見るが、ケビンからの指示は最初と変わらずであった。

 一回表はなんとか抑えた吾郎。しかしここからワールド高校のよくない部分が浮き彫りとなる。

 

 それは打線が繋がらないということだった。

 翔がヒットで出塁するも、二番のケロッグが初球の難しい球を打ちにいきゲッツーを取られてしまう。

 三番のジュニアは前にランナーが溜まっていないせいで気持ちが落ちたのか、センターフライとなってしまう。

 

 二回裏の寿也から始まった攻撃も、寿也と吾郎がヒットを打ち、ランナーを一、三塁とするが、六番のマキシマムが外角攻めに合い三振。

 続くヴィクターがピッチャー正面にライナーを打ってしまい、飛び出していたランナーもアウトでゲッツーとなった。

 三回裏も八番ロイ、九番ヤーベンが凡退となり、翔がツーベースを放つもケロッグが先程の打席を反省していないのか、初球の同じ球を打ち凡退となる。

 

 守備も問題だった。ただでさえ打たせるように言われていたことでストレスを溜めていた吾郎なのだが、更にイライラを募らせる出来事が()()()()()()であった。

 攻撃でリズムが狂っていたワールド高校ナインは、打たせたところはほぼすべての守備位置でエラーをしていた。

 バッテリー以外だと、翔だけは唯一エラーをしなかったが、ジュニアですら素人と思われるようなお手玉をしていたのであった。

 

 これに対し吾郎が指示を無視しようとしていたが、どっちつかずのままでボールに気持ちが乗り切れていなかったのも良くなかった。

 吾郎が投げたボールは高校球児には打ちごろのスピードとなり、エラーで溜まったランナーが帰ってしまうということに繋がってしまう。

 このせいで完全に流れはEL学園側になっていたのである。

 

『よっしゃ! ワールド高校なんて大したことないぞ!』

『この調子で打ち込んでやれ!』

 

 日本語が分かる吾郎、寿也、翔はヤジを聞いてなんとも言えない顔をしていた。だが、このことを他の選手に伝えたところで、変に力が入ってしまい更に打てなくなるであろうことは分かりきっていた。

 

「おい、ゴロー」

「ああ? なんだよ?」

 

 タイムが取られ、内野がマウンドに集まったところにファーストのマキシマムが吾郎に話し掛ける。

 その話し方が明らかに不機嫌そうだったため、吾郎も同じように返してしまう。

 

「お前、なにバカスカ打たれてんだよ。やる気無いんならさっさと別のやつに代われよ」

「あ!? なんだと!?」

「ちょっと吾郎君やめなよ……」

「マキシマムも抑えろ」

 

 二人は寿也とケロッグに抑えられたが、それでも納得ができなかった吾郎は周りにも当たり散らす。

 

「俺が悪いってのかよ。お前達が簡単にゲッツーになるわ、エラーするわで足を引っ張るからだろ! 文句あるなら結果を出してから言え!」

「なんだと〜?」

「てめえ……」

 

 吾郎の言葉にマキシマムだけでなく、抑えようとしていたケロッグやロイまでも吾郎へ突っかかろうとする。

 

「ジュニア、お前もだぞ。あんなド素人みたいなお手玉しやがって。やる気無いなら帰れ!」

「ああ!?」

 

 ジュニアにまで喧嘩腰に話す吾郎。寿也はその様子をきちんと止められずに慌てるしかなかった。

 

『なんだなんだ?』

『マウンドでなにか揉めてるぞ?』

 

 マウンドの様子を見て、揉めているのが分かったEL学園側もざわざわとしだす。

 そして味方同士で乱闘騒ぎになりそうになったとき、後ろから低く冷めたような声がするのだった。

 

「ねえ……何してるの?」

「ああ!?」

「なんだ!?」

「関係ねーやつは引っ込ん……」

 

 そこには笑顔の翔がいた。笑顔なのに目が笑っておらず、その迫力に思わず黙ってしまう内野陣。

 

「君らさ、今が試合中だって分かってる?」

「…………だってよ──」

「だって? だってなに?」

「うっ……」

 

 吾郎が言い訳をしようとしたが、翔の威圧に再度黙ってしまう。

 そしてため息をついた翔は吾郎に向かって手にはめているグラブを差し出す。

 

「……なんだよ」

「やり取りは全部聞こえてたよ。結果を出していれば文句を言っても良いんでしょ? だったら僕と吾郎君は交代。吾郎君はセンターへ行って」

「な……! 勝手に決めるな──」

「別にいいぞ」

 

 ボールを寄越せと言う翔に対し、吾郎は反発する。マウンドを簡単に譲りたくないためだ。

 しかしいつの間にかマウンドに来ていたケビンによって許可が出る。

 

「ボ、監督(ボス)!」

「このままだと試合にならんし、翔がやるって言ってるなら任せてもいいだろう。その代わり、()()()()()()()()()だからな?」

「はい。大丈夫です」

「じゃあ……審判! 吾郎と翔のポジションを交代!」

 

 話をどんどん進めていく翔とケビン。あれよあれよという間に吾郎はセンターに立っているのであった。

 

(ちっ……なんだよ。俺が全部悪いっていうのかよ……)

 

 吾郎としては一生懸命にやっているつもりだった。全員が打線を繋ぐ努力をして、各自でエラーもしないようにしていれば、点差は逆であったと思っていた。

 エラーをしたことが悪いのではない。それが続いているにも関わらず、誰も注意しようとしないのに腹を立てていた。

 凡退になったことが悪いのではない。様子を見ようともせずに簡単に打ち取られたことを、不運(アンラッキー)だと思っていることに腹を立てていた。

 

 吾郎なりに一生懸命やっていたつもりなのだが、先程のやり取りは全て吾郎が悪いと言わんばかりの結果となっていたことに腹が立っていた。

 他の内野陣は交代無しで、吾郎だけがマウンドから下ろされているので、そう思っても不思議ではない。

 ピッチング練習をし終えた翔がマウンドで寿也と話しているのを、吾郎は不機嫌そうに見ていた。

 

「ランナー二塁だけど、どうするの?」

「ここは三者三振を狙っていくよ」

「え、それって監督(ボス)の指示と違うんじゃ……?」

 

 寿也は先程翔が吾郎と同じ条件で投げるように言われているにも関わらず、三振で終わらせるといったことに疑問を持っていた。

 それを聞いた翔は軽く笑う。

 

「何言ってるんだよ。監督(ボス)()()()()()()()()としか言ってないよ。この状況で打たせるピッチングをしてもいいけど、追加点を取られる可能性があるのであれば、ここは全力で抑えに行くのが正しいよ」

 

 吾郎と寿也はケビンの言葉を誤解していた。なるべく打たせろという言葉から、三振を取ってはいけないと思ってしまっていたのだ。

 そのせいでランナーが溜まっている状態でも打たせて取るという戦法を取ったせいで、ヒットやエラーを誘発してしまい点を取られてしまっていたのだった。

 

「大丈夫。監督(ボス)は何も言わないから。僕に任せて」

「…………分かった。この回は全力で抑えていこう」

 

 そう言って元の守備位置に戻っていく寿也。翔は一度深呼吸をすると、内野の守備についている全員の顔を笑顔で見る。

 目が合った選手達は、先程の翔の笑顔の威圧と違っていたことに少し驚いた顔をするが、全員が他の選手に分からないように深呼吸をして腰を落とす。

 頭に血が上っていた内野手が冷静になったのを確認した後、翔はワインドアップから全力でボールを投げるのであった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「ストラーーイク! バッターアウト!」

 

(おいおい……三振は取っちゃダメだろ……)

 

 翔が三振を取っているのを見て、やり方が違うだろうと思っていた。

 しかし吾郎のその気持ちは届くことなく、結局三者三振で四回表を終えるのであった。

 ベンチに戻ってきた吾郎は翔に文句を言おうと詰め寄る。

 

「おいおい、監督(ボス)から三振は取っちゃダメだって言われていただろ。俺だって三振取って良いんなら、こんなに点を取られてなかったぞ!」

 

 吾郎の言葉に翔はポカンとしたあと、笑いながら先程寿也に伝えたことと同じことを言う。

 

「吾郎君。何を勘違いしているのか分からないけど、監督(ボス)()()()()()()()()としか言ってないよ。そうですよね、監督(ボス)?」

「……ああ。その通りだ。なるべく打たせろとは言ったが、三振を取るなとは言っていない」

「だからって三者三振ってやりすぎだろ……」

「あの場面で点を取られない最善手を取っただけだよ。ランナーを埋めて打たせて取るっていうことも考えたけどね。今は守備のリズムが崩れているから、万が一を考えると、その行動はあまり良くないと思って」

 

 翔の言葉をケビンが認めたため、吾郎は徐々に何も言えなくなる。

 ついにはふてくされて「なんだよ、俺が悪いのかよ……」とベンチに座ってしまう。

 その吾郎を見た翔は、苦笑いをしつつも自分が思っていることを話す。

 

「吾郎君言ったよね? 文句があるなら結果を出してから言えって。あれはある意味正しいんだよ」

「…………」

 

 吾郎は返事をしないが、翔は言葉を続ける。

 

「正しいけど、それだけではチームはやっていけないんだ。誰だって失敗はする。仲良しこよしも良くないけど、ずっと反発し合っていても意味がないんだよ。

ワールド高校野球部(僕達)は出来たてだから、まだまだ付き合いが浅いのは当然だ。だから僕達はこれからの五十試合で、誰もが認める()()()を作っていく必要があるんだ」

 

 これから仲間としてやっていくときに正論だけを振りかざすだけでは意味がない。時に反目し、時に支え合う。こうして流した汗の分だけチームは出来ていくものだと説明する。

 この言葉を聞いたとき、吾郎の中で三船リトル時代のメンバーの記憶が蘇っていく。彼らはどんなときでも諦めず、一生懸命努力して一つのチームを作り上げていた。

 吾郎もその素晴らしいチームを作った立役者の一人だったのだが、その大切なことを忘れていたようであった。

 

(これ以上は言う必要もないかな……)

 

 翔が言った言葉は吾郎だけに向けて言った言葉ではない。今ベンチにいるワールド高校野球部の選手全員に向けての言葉だった。

 今出ている選手たちは翔の言葉を聞いて、全員が今日のこの試合で自分達がやってきたことを思い返していた。

 自分達がやってきたことは、本当にチームのことを考えてやってきたことだったのかと。口には出さないが、全員の答えは〝否〟であった。

 そしてそのことに気付いた彼らの目の色は自然と変わっていた。

 

(翔には……相変わらず敵わないなぁ……)

 

 寿也は笑みを浮かべながら、ヘルメットを被る。そして、ネクストバッターズサークルに向かおうとしたところで、次の打順であるジュニアが寿也に隣を歩く。

 

「寿也……絶対に逆転するぞ」

「そうだね。()()()()()()()

「ああ。()()()()()()()だ」

 




吾郎は伝え方が良くないんですかね?


【小話:試合中のメリッサ】

メリッサ
「(はぁぁ……翔、めっちゃかっこいい!)」


「──誰もが認める()()()を作っていく必要があるんだ」

メリッサ
「(はぁぁ……もう周りが翔の凄さに気付いているのね。本当に格好良い……)」

ジュニア
「寿也……絶対に逆転するぞ」

寿也
「そうだね。()()()()()()()

ジュニア
「ああ。()()()()()()()だ」

メリッサ
「(もう! 二人とも翔のために頑張ってよね!)」


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第四十五話

連続投稿5日目です。



 翔の言葉で意識が変わったワールド高校ナイン。

 今までは打席に誰かが立っていても声を掛けるといったことは誰もしなかった。

 しかし今は違う。

 

「おら、ジュニア! 絶対出ろよ!」

「俺まで回せ! この回で逆転すんぞ!」

「皆、頑張るでヤンス〜!!」

 

 チームの雰囲気が変わると流れも変わる。

 ジュニアがシングルヒットで出塁すると、寿也がツーベースを放ち、ランナーは二、三塁。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 しかし、ここで吾郎はバットを振ることもなく三振する。

 吾郎は原作時から良い意味でも悪い意味でも感情に左右されることが多い。

 調子が良いときはそれが周りを巻き込んで何倍にもなるが、一度悪くなると元に戻るまでのきっかけが無いと極端に何もできなくなる。

 

 吾郎に全員がドンマイと声を掛けるが、彼は上の空といった状態であった。

 翔としては言うべきことは言ったので、あとは背中で見せて吾郎が立ち直るのを待つつもりだった。

 

「マキシマムー! バットを振り回すんじゃねーぞ!」

「おうよ!」

 

 バットを振り回すなと言われているにも関わらず、初球からバットを振り回すマキシマム。

 今回はそれが良い方向に転び、走者一掃のツーベースヒットとなる。

 

「よっしゃ! これで2-4だ! 追いつけるぞ!」

 

 そしてこの回、ヴィクターの同点ホームラン、翔の勝ち越しホームランで5-4とすることに成功するのであった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「吾郎君、僕のピッチングを見ていて」

 

 チェンジになった時に、翔は一言だけ吾郎に伝えるとマウンドに向かっていく。

 

(…………こんなに空気を悪くして、俺ってここにいらないんじゃないのか?)

 

 吾郎は自分がマウンドを下りた途端に逆転したことで、自分の必要性を感じなくなっていた。

 今までは結果を出せば皆がついてきた。褒めてくれたし、認めてくれた。それが更に自分の調子を上げていた。

 しかし、ここではそれが通用しない。ワールド高校(ここ)で自分のやりたいことが本当に出来るのか疑問に思っていたのだ。

 

「ショート!」

「おっしゃ、任せろ!」

 

 ショートに打たれたゴロを、ロイが華麗に捌きファーストに投げてアウトにする。

 これも先程までならボールを逸らしてしまい、セーフになってしまっていた。

 

(翔と俺では何が違うんだ……)

 

「サード! お手玉しないでね!」

「そんなん当たり前……だっ!」

 

 ジュニアも先程と似たようなゴロをお手玉せずに丁寧に処理する。

 グラブでハイタッチをする翔とジュニアを見て、その位置は俺ではないのかと吾郎は思う。

 

(ピッチャーは……俺でなくても……いいのか?)

 

 吾郎はようやくひとつの答えに辿り着く。

 ピッチャーは一人である必要はない。調子が悪いときもあれば良いときもある。

 周りに良い空気を出せるときもあれば、同じ発言でも空気を悪くしてしまうときもある。

 

(…………そうか。そういうことか!)

 

「センター!! 吾郎君!」

「────ッ!」

 

 吾郎が気付いたとき、タイミング良くセンターへボールが飛んでいく。

 それは誰でも処理が出来るような簡単なフライであった。

 しかしそれを吾郎がキャッチすると、全員で吾郎を称えるように声を出していく。

 

(俺一人で全部を抱え込む必要はないんだな……)

 

 自分でダメなときは周りを頼ればいい。自分の言動が悪い空気にしてしまうのであれば、周りで良い雰囲気にしてくれる人にお願いすればいい。

 それは馴れ合いではなく、純粋な()()。チームメイトを信頼するのは当然のことである。

 

((アイツ)……かっけぇな……)

 

 吾郎は本当の意味で翔を認め始めていた。

 その翔がベンチに戻る時に近付いてくる。

 

「ナイスキャッチ……吾郎君」

「……ああ!」

 

 二人でハイタッチを交わし、ベンチに戻るのであった。

 次の回からは翔の進言で吾郎が再度マウンドに戻る。他の選手は心配していたが、翔の「大丈夫」という言葉を信じて守備につく。

 そして翔の言葉通り、吾郎は前半とは変わって翔と同じ以上の結果を残すこととなった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 結果、EL学園との試合は12-4という結果で終わる。前半は課題を残すこととなったが、翔の言葉を聞いた後は全員の力を出し切れたと言っても良い内容である。

 これにはケビンも少し驚いていた。

 

(もう少し揉めると思っていたが……良い意味で予想を裏切られたな)

 

 二試合目もメンバーを交代したワールド高校は初回から大量点を取り、ピッチャーではアルヴィンがノーヒットで抑える好投でコールド勝ちとなった。

 一試合目に出場した選手は誰も出ていなかったが、選手間の実力差は全く無いと言っていい試合内容であった。

 

 この調子は四月が終わり、五月、六月になっても変わらなかった。

 日程的にはダブルヘッダー、トリプルヘッダーは当たり前の試合数で、体力的には厳しかった。

 それでも余計なことを考える暇もなく、一試合ごとに全員の気持ちが一つになっていくのが分かっていた。

 

 練習も科学的な根拠に基づいた効率の良い練習方法を取ることにより、怪我のリスクを下げつつ最大限の効果を出すことが出来ていた。

 気合と根性で練習量を増やせばよいということではないと練習に参加した選手は誰もが実感できていた。

 それは翔や寿也も同じである。設備や専門トレーナーがいるだけでここまで効率良い成長が出来るとは思っていなかった。

 

ワールド高校(うち)はすごいね。まさか三ヶ月でここまで伸びるとは思わなかったよ」

「それは身長? それとも野球の実力?」

「……両方とも」

 

 成長期の翔達が適度な運動と最適な食事を取ることで、身体の成長を促すのは当たり前である。

 そのお陰で身長もどんどん伸び、180cmに迫るくらいまで伸びていた。

 

(寿也ってたしか175cmくらいで止まっていたはずなんだけどなぁ……まぁいっか)

 

 双子である自分もそのくらいで止まると思っていたのだが、そんなことはなくいまだに成長痛という嬉しい痛みに悩まされていた。

 これは翔自身としても本当に嬉しいことであった。

 

「翔はもっと大きくなっていいからね! 私ももっと()()()ならないかなぁ……?」

 

 メリッサは翔の腕にしがみつきながら嬉しそうに話していた。

 ()()()()()()()()()()()。翔に関しても、メリッサに関しても。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「五十連勝…………達成したぁぁぁ!!!」

「うぉぉおおお!!!」

 

 七月の頭。ついにワールド高校は練習試合で五十連勝を達成することに成功した。

 このことは後日ニュースでも大きく取り上げられることとなる。〝野球界の黒船〟という異名とともに。

 

「……よくやった。とりあえずの目標は達成したな」

 

 ミーティングルームでケビンは選手達を褒めるように話す。

 

「これでようやく今月から行われる夏の大会への準備が整った。これからお前達にレギュラーの発表をする」

 

 突然のレギュラー発表の言葉に、全員の雰囲気が変わる。

 

「まず、ピッチャー……ゴロー!」

「お、おっす!!」

 

 吾郎が名前を呼ばれ、元気よく返事をする。その言葉を聞いたアルヴィンは誰の目にも見えて悔しそうな顔をしていた。

 キャッチャーに寿也、サードにジュニア、センターに翔とEL学園のスターティングメンバーがそのままレギュラーになっているようであった。

 

「これで()()()()()()()の発表を終了とする。次に()()()()()()()だが──」

「ちょ、ちょっと待ってください! 第一レギュラーと第二レギュラーって……?」

 

 誰もが思ったことをアルヴィンが口に出して質問する。

 

「ああ、別にレギュラーなんぞいくつあってもいいだろう? 俺はそのときの対戦相手との相性やチーム内の調子で出す方を決めるだけだ。だから〝第一〟と〝第二〟で差は無いと思っておけ」

 

 ケビンはそのまま第二レギュラーの発表を始め、ピッチャーにはアルヴィンが呼ばれていた。

 アルヴィンとしては好敵手(ライバル)と思っていた吾郎と同じ立場に立てたことに喜びを隠せなかった。

 

「アルヴィン、嬉しそうだね」

「本当だ」

「……うるさい。翔も寿也も黙れ」

 

 喜んでいるところを翔と寿也にからかわれ、二人を軽く睨むアルヴィン。

 この数ヶ月、一緒に過ごしてきたこともあり、彼らは和解していた。

 アルヴィンから翔達に頭を下げてきたことで翔達も素直に許していたのであった。

 

「あーっと、最後にこのチームのキャプテンを決めておこうと思う」

「キャプテン?」

 

 今までキャプテン不在でやってこれていたため、必要ないのではないかと全員が思っていた。

 

「一応名目上でも必要みたいなんでな……翔、お前がキャプテンだ」

「…………………………え」

 

 それだけを言って、文句を言われる前にミーティングルームから出ていくケビン。

 今まで練習試合のときのやり取りなどを全て翔に任せていた。それは彼にとって申し訳ないという気持ちも少なからずあった。

 スタッフからキャプテンを決める必要があると言われ、真っ先に浮かんだのが翔の顔であった。

 

(キャプテンにしてしまえば、色々任せても問題ないだろ……)

 

 徹底的に面倒なことを翔に押し付けようと考えていたケビンであった。

 

 

 

 

 

 

 そして、ワールド高校にとって初めての夏の大会が始まる。

 




【小話:何をとは言いません】

メリッサ
「(……やっぱり翔はもっと大きいほうがいいのかな?) ねぇ、翔?」


「ん? 何?」

メリッサ
「翔は私が大きいと嬉しい?」


「んー、どっちでもいいんじゃないかな?」

メリッサ
「え、でも男の人は大きいほうが好きって聞くよ?」


「え、そうなの?」

メリッサ
「うん。翔はどっちが好きなの?」


「うーん、正直言うとどちらでもいいかも。無理なく自然体が一番だと思うよ」

メリッサ
「(つまり……自然に成長した私であれば問題ないってことね!) 分かった! 私、頑張るね!」


「え、あ、うん……頑張って」

メリッサ
「〜〜〜♪」


お互いが何について話しているのかは……分かりません(笑)
とりあえず違う話題ということだけは確かです。


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間話 大会前日

毎日投稿6日目です。

▼昨日の夜
寿也side:総合日間ランキング1位
吾郎side:総合日間ランキング8位

▼今日の朝
寿也side:総合日間ランキング3位
吾郎side:総合日間ランキング1位

驚きすぎて、思わずスクショ撮ってしまいました(笑)
もうありがとうございます!としか言えません!
これからも面白いと思っていただける話を書いていこうと思いますので、よろしくお願いいいたします!



 全国高等学校野球選手権東東京大会。参加校は141校。

 ワールド高校は初参加でシードではないため、七回勝利することで甲子園への出場が決定する。

 

「トーナメント表が届いたぞ」

 

 ケビンが更衣室で着替えている選手達に届いたばかりのトーナメント表を持ってくる。

 やはり試合相手は気になるようで、全員が集まってくる。

 

「初戦はどこだ?」

「翔! 読めないぞ! どこにあるんだ!?」

「えっと……僕らはBブロックだね。初戦は〝戸川高校〟ってところだね」

「聞いたことないな? 強いのか?」

「いや、マキシマムはどこの高校だって知らんだろうがよ」

 

 初戦の相手は〝戸川高校〟。昨年の夏の大会で初戦敗退した都立高校。

 ケビン含めて全員が日本語を読めないため、キャプテンの翔に読んでもらおうとする。

 しかし、マキシマム含めて誰も対戦した高校以外の名前を知らない。実はケビンが五十試合も練習試合をさせたのには、日本の高校を少しでも知ってもらおうとしていたという意図もあった。

 

「昨年に初戦敗退して……いるね」

 

 翔はスマートフォンを取り出して、昨年の夏大会のデータを確認する。

 そこまで強くないと分かった段階で、全員の空気が緩くなる。

 その緩んだ空気を感じたケビンは、全員を引き締めるように話す。

 

「とりあえずこの初戦で負けないことが大切だ! 〝野球界の黒船〟などと呼ばれていても初戦で負けたら大叩きされるからな!」

「おおっ!!」

「よし! 練習だ!」

 

 ケビンの言葉に全員が頷き、グラウンドに練習しに行く。

 大会前だとしても練習内容を変えることはしない。

 いつもの練習に自信があるし、慣れない特別な練習をして怪我をさせたくないというのもあるからだった。

 

(みんな、最後まで頑張ってね!)

 

 メリッサはボールが入ったケースを運びながら、全員を応援するのであった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 大会前日。今日もいつも通りの練習を終え、着替えて全員がそれぞれの家に帰っていく。

 大体の野球部のメンバーは寮かワールド高校周辺に住んでおり、自宅から来ているのは吾郎、寿也、翔、そして佐藤家に居候しているメリッサ。

 吾郎と寿也は自転車で通学しているため、帰りに電車で帰るのは翔とメリッサの二人だけ。

 

「今日も混んでるね〜」

「うん、大変だね」

 

 登校も下校もラッシュで毎日混んでいるため、数ヶ月もすればメリッサも慣れてしまっていた。

 しかし翔からすると、妹の美穂と同い年のメリッサと逸れてしまうわけにはいけないので、電車内では手を繋ぐようになっていた。

 

(翔って……電車内だと積極的なんだよね……)

 

 メリッサは電車内だと積極的になっている翔のギャップには、まだ慣れていないようであった。

 くり返すが、電車内の翔は妹と同い年のメリッサが迷子にならないように手を繋いでいるだけである。

 

「明日、試合だね」

「うん、そうだね」

「が……頑張ってね!」

「まぁ出られるとは限らないけどね」

 

 ワールド高校は〝第一レギュラー〟と〝第二レギュラー〟と分かれているため、初日にどちらが試合に出るかは当日まで分からない。

 それはキャプテンの翔にも決定事項を伝えられることはなかった。

 

「あのさ……」

「ん?」

「このあと、少しだけ時間取れたりする?」

 

 練習で疲れていて、大会前日の翔に本当であればわがままは言いたくなかった。

 だが、メリッサはどうしても二人きりになりたかった。

 

「うん、いいよ」

 

 翔は考える素振りも見せずにすぐにOKを出し、最寄り駅に到着すると自宅近くの公園に行く。

 公園内に入ったメリッサはブランコへ走っていく。

 

「ほら、翔もおいでよ!」

 

 ブランコに座ったメリッサは翔を呼び、彼はメリッサの隣のブランコに座る。

 それから少しの間、沈黙の時間が続いた。しかし、それが決して気まずい雰囲気になることはない。

 数ヶ月も一緒に暮らしているので、もう沈黙に慣れたというのが正しいのかもしれない。

 

「あのさ、翔?」

 

 突然メリッサが翔を呼ぶ。

 

「私達が初めて会ったときのこと、覚えてる?」

 

 翔とメリッサが初めて会ったのは、彼がまだ小学校四年生の夏。ジョー・ギブソンの家に行ったときに玄関で会ったのが初めての出会いだった。

 そのときのメリッサは大勢の男性が来たことに加え、人見知りもしていたのもあり、最初は黙っていた。

 しかし、翔が彼女に優しく話し掛け続けたことで心を開き、それからは翔と常に一緒にいることを望んでいた。

 

「うん、覚えているよ」

 

 二人はお互いに初めて会ったときのことを思い出していた。

 翔は妹の美穂を可愛がるように接し、メリッサからするとそれが初恋であった。

 

「あれから手紙のやり取りも何回もしたよね」

 

 吾郎だけがアメリカで野球をすると言ったとき、なぜ翔は来ないのかと憤慨もしていた。

 翔が中学生となったとき、お祝いに日本へ行きたいと言ったが、両親に反対されてふてくされもしていた。

 

「あれからもう六年が経つんだね……懐かしいなぁ」

 

 翔がなかなか会いに来てくれないことに我慢が出来なくなったメリッサは勉学に励み、日本語も覚え、家族に反対させないだけの結果を残して日本へと来ることが出来た。

 全ては目の前の愛する人()へと会いに来るためだった。

 

(まぁ……きっと気付かれていないか、美穂ちゃんと同じように妹扱いされているんだろうなぁ)

 

 メリッサは気付いていた。まだ翔が自身に恋愛感情を抱いていないということを。

 翔は寿也と同じく女性人気が高い。可愛らしい童顔のルックスだけでなく、スポーツも出来て頭も良い。

 佐藤兄弟はまさに〝瓜二つ〟という言葉が本当に正しいくらい似ているのであった。

 

 それでもメリッサが寿也ではなく、翔の方に惹かれたのには理由がある。

 そのことを彼女が口にするのは当分先になるかもしれないが、心の奥底にはいつも秘めていた。

 

「明日からの大会、絶対に勝ってね!」

「え、だから明日は出られるか分からないって──」

「──そうじゃなくて」

 

 メリッサはブランコから飛び降りると、翔の前に立つ。

 新月の空には天の川が流れ、その満点の星々に負けないほど彼女は美しかった。

 そんなメリッサの笑顔に、翔は目を奪われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私を絶対に甲子園に連れて行ってね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 翔の頬に唇が触れ、彼女は一人公園を出ていく。

 ブランコで頬を押さえていた翔はただ呆然とするのであった。

 




【小話:その後……】

メリッサ
「(わわわっ! しょ、翔にキスしちゃったぁ! 勢いでなんてことしちゃったんだろう……)」


「…………」

メリッサ
「(恥ずかしくて公園を飛び出してきちゃったけど……一人で帰るのはちょっと怖いなぁ……)」


「…………」

メリッサ
「(あ、翔! まだブランコで固まってる! は、早く来てくれないかなぁ……でも一緒に帰るの恥ずかしいし……)」

寿也
「あれ? メリッサちゃん?」

メリッサ
「わっ、わああっ! って寿也か〜! 脅かさないでよ!」

寿也
「別に脅かしてないけど……って翔は?」

メリッサ
「あの……えっと……その……」

寿也
「(あー、そういうことね……) とりあえず翔はあのままで大丈夫だから、先に家に帰ろう。このまま一緒に帰っても気まずいでしょ?」

メリッサ
「(う、うぅ……気付かれてる……) う、うん。ごめん、お願いしてもいい?」

寿也
「分かったよ (……ようやく二人の仲が進展しそうかな?)」


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第四十六話

毎日投稿7日目です。



「おっしゃ! 回れ回れ!」

「まだまだ点取れるぞ!」

 

 全国高等学校野球選手権東東京大会の一回戦。戸川高校との対戦はワールド高校が終始圧倒していた。

 現在三回で21-0。出場したのは〝第二レギュラー〟のメンバーでアルヴィンが先発であった。

 相手は大体が二回戦止まりの都立高校のため、世界トップクラスの選手が集まるワールド高校の相手になるわけはなかった。

 

 それでも彼らが油断することはなかった。それは練習試合の初戦であるEL学園戦で〝第一レギュラー〟が苦戦していたのを見ていたからである。

 彼らにとって負けることはありえない。あとは()()()()()()()()()()()()()ということになる。

 それが今の点差となっていた。

 

 アルヴィンは翔や吾郎と一緒に鍛えたファストボールや変化球を駆使して、戸川打線をノーヒットに抑える。

 二人ほどスピードは出ていないし、変化球のキレも勝っているわけではない。

 そして、彼独自の変化球〝ミラージュナックル〟は入学当時よりもキレが増しながらも多投することはなかった。

 

 基本はファストボールを中心に、カットボールやスラーブでタイミングやスウィートスポットを外すことで打ち取るピッチングを心掛けていた。

 野手を信頼しているからこそ出来るピッチングであり、それは野手にも伝わり、逆に信頼を貰うようにもなっていた。

 

(これで……終わりだ!)

 

『ストライク! バッターアウト! ゲームセット!』

 

 ワールド高校〝第二レギュラー〟。戸川高校を相手に31-0の五回コールドであった。

 アルヴィンは参考記録ながらノーヒットでその日の仕事を終えた。

 

「ナイスピッチング」

「……ふん、当然だ」

 

 翔がベンチでアルヴィンを出迎える。クールに返事をしたアルヴィンだったが、翔から差し出された手にハイタッチをして応える。

 先に荷物をまとめてベンチ裏に入っていったアルヴィンの口元はどこか嬉しそうであった。

 

 

 

 

 二回戦の相手は大林学園。昨年の夏の大会ではベスト八にまで進んだ相手である。

 この相手をするのは翔率いる〝第一レギュラー〟のメンバー。

 打順はEL学園戦とまったく同じであった。

 

◇スターティングメンバー

 1番:センター 佐藤翔 

 2番:セカンド  ケロッグ

 3番:サード ジョー・ギブソン・Jr. 

 4番:キャッチャー 佐藤寿也  

 5番:ピッチャー 本田吾郎

 6番:ファースト マキシマム・池田・クリスティン

 7番:レフト ヴィクター・コールドバーグ 

 8番:ショート ロイ

 9番:ライト ヤーベン・ディヤンス

 

 

 練習試合を五十試合して、監督のケビンが色々とメンバーを入れ替えたりして試した結果、元々のメンバーにするのが一番良いという判断になった。

 

(やはり全ては俺の名采配……!)

 

 ケビンは調子に乗っていたが、実際にその采配は大当たりしていたので、誰も文句は言うことはなかった。

 〝第一レギュラー〟は〝第二レギュラー〟と違い、吾郎のピッチングでねじ伏せていく戦い方をしていた。

 吾郎がジャイロボールで三振の山を築き、攻撃では翔の先頭打者ホームランを皮切りに、小技をほぼ使わず豪打で得点を重ねていく。

 

 二回戦は昨年のベスト八相手に28-0の五回コールド。

 三回戦、四回戦、五回戦と順調にコールドゲームで勝ち進み、新設校の初参加でベスト四に残るという偉業を成し遂げた。

 それは新聞の記事にも大きく取り上げられることになり、〈黒船には〝剛のチーム〟と〝柔のチーム〟の二つのレギュラーチームがおり、状況に応じて臨機応変に立ち回れる非常に優秀なチーム〉と話題となっていた。

 

「はっはっは!」

 

 新聞を見てケビンが笑っていた。

 

監督(ボス)……新聞読めないのになんで見てるんですか?」

「こんなの雰囲気で分かるだろうが! ……って翔か! 丁度良いところに来た! この新聞の記事を読んでくれ!」

 

 待っていましたとばかりに翔に新聞の記事を読ませるケビン。

 もはやキャプテンの仕事ではないだろうと翔は思っていたが、苦笑いしつつもきちんと読んであげる辺りは彼の優しさが出ていた。

 レギュラーが二つあるということは、インタビューでケビンが語っており──通訳はもちろん翔──試合内容を見れば、剛と柔がどちらのレギュラーチームを指していることは一目瞭然だった。

 

「あ! 監督(ボス)、また翔に新聞を読ませてるの!? いい加減自分で日本語覚えなさいよ!」

「メリッサか……翔、お前の女房は嫉妬で監督(ボス)の俺に絡んでくるようになったんだぞー!」

「ち、ちがっ!」

 

 女房と言われたメリッサはすぐに否定するが、翔は苦笑いするだけであった。

 大会前日の出来事以降、特に二人がよそよそしくなるということはなかったが、メリッサの態度が分かりやすく変わったため、周りからは何かがあったのだろうと勘ぐられていた。

 ジュニアには直接問い詰められ、アルヴィンには「相手はまだ子供なんだから、ちゃんと待てよ」と余計なアドバイスをされていた。

 

「それで残りの高校はどこが残っているんだ?」

「えっと……小川台、関東第二、青道の三つですね……青道!?」

「うおっ! 急に大きな声を出すな! そこの高校がどうしたんだ?」

「い、いえ……」

 

 翔は()()()()()()あるはずがない名前を何度も見ていた。

 

(いや、でもパワプロの世界の高校もあるってことは……あってもおかしくはないのか?)

 

 もし仮にあの私立青道高校が本当に実在していたとしても、地区は西東京のはずなので東東京大会に出てくるはずがなかった。

 このことが気になるとそれ以外考えられなくなってしまった翔は、早急に青道高校の情報を調べようと動き出すのであった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 その日、部活を早めに終えた翔はすぐに青道高校を調べ、ネットに書いてある住所へと向かった。

 時間としてはまだ早いため、野球部は練習しているはずだった。

 

「ここが青道高校? でも当たるとしても決勝だよね?」

「そうだけど気になることがあって……ってなんでメリッサがいるのさ!?」

 

 スマホの地図アプリを見ていたところを、後ろからメリッサに話し掛けられて驚く翔。

 しかしそこにいたのはメリッサだけでなく、吾郎、寿也、ジュニアもいるのであった。

 

「偵察に行くのに黙っていくのはずりぃぞ!」

「そうだよ。ちゃんと僕らにも声掛けてくれなきゃ」

「俺はメリッサとお前が変なことしないか見張りに来ただけだ」

 

 ジュニアだけが少しズレたことを言っているが、決勝戦の相手を見たいと思うのが皆同じなようで、翔に内緒で後ろをつけていた。

 

「んー、まぁ偵察というか、確かめたいことがあっただけなんだけど……」

「まぁそれでもいいじゃんか! さっさと行こうぜ!」

「ちょっ! 吾郎君、勝手に入るのはまずいって!」

 

 吾郎が許可無く勝手に青道高校へと侵入していく。

 それを止められず、なし崩し的に全員が校門をくぐるのであった。

 

 

 

 

 

(うわ……やっぱり()()()()()()だよ……)

 

 野球部のグラウンドへ向かうと、そこにいたのは翔が見覚えのある選手達であった。

 一番初めに目が行ったのは、大声で叫びながらタイヤを引いて走る少年。

 それは沢村栄純本人に間違いなかった。

 

「なんだあいつ? 大声出してタイヤ引いてるやつがいんぞ?」

 

 さすがの吾郎でも沢村の奇行は不思議に思ったのか、おかしな人を見る目で眺めていた。

 翔の知る青道高校という確認が出来たので、バレる前に帰ろうとしたのだが──

 

『おい、誰だお前達は?』

 

 そこにいたのはスキンヘッドの長身の選手であった。

 



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第四十七話

毎日投稿8日目です。
本話と次話だけ日本語が「 」、英語が『 』となります。



「誰だお前達は?」

 

 ユニフォームに身を包んだスキンヘッドの生徒に話し掛けられる翔達。

 

「あ、あはは! 僕らは道に迷っただけなのですぐにかえ──」

「俺達はワールド高校の野球部だ。お前はここの野球部の選手なのか?」

 

 翔が話を誤魔化して退散しようとしたとき、吾郎が翔の前に出て話を遮る

 

「ワールド高校って……あの……?」

 

 スキンヘッドの生徒はワールド高校の名前を知っているのか、一瞬だけ驚いた顔をする。

 しかしすぐに真顔に戻り、「事前に連絡はしているのか?」と質問をする。

 

「いや、してねーよ。ちょっと見に来ただけだかんな」

「吾郎君! まずいって!」

『あいつら何話してるんだ?』

『えっとね、吾郎が無許可でここに入ったって正直に話しているところだよ』

 

 吾郎を止める寿也。メリッサから事情を聞いたジュニアも吾郎の言動に頭を押さえていた。

 無断で偵察に来たということが分かったスキンヘッドの生徒は、警戒しながら眉間にシワを寄せる。

 

青道(うち)は無許可で入ることは認めていない。問題になる前に帰れ」

「いや、ちょっとくらいいーじゃ──もごもごー!」

「あ、はい! そうですよね! お邪魔しました!」

 

 目だけを合わせて頷いた翔と寿也は、吾郎の口と身体を押さえてそのまま帰ろうとする。

 しかし、それはもう遅かった。

 

「……丹波、何をしている」

「監督!」

 

 丹波と呼ばれたスキンヘッドの生徒は、オールバックにサングラスを掛けて威圧的に歩いてくる男性の方を向く。

 

(……やっぱり怖いな。監督だって知らなかったら、どこかの危ない人だって言われても信じちゃうよ)

 

 青道高校野球部監督である片岡鉄心。表面上は非常に厳格で冷酷に見えるため、周りから誤解を受けることもあるが、野球部の生徒からの信頼は厚い監督である。

 

「実は……ワールド高校の生徒が無断で偵察に来たようで……」

 

 丹波から話を聞いた片岡は、吾郎を取り押さえている翔達を睨みつける。

 

青道(うち)が無断で入ってはいけないと分かっていて来たのか?」

「いえ、その……」

 

 いくら翔達でも片岡の迫力に押され、何も言えなくなる。

 しかし吾郎だけは違った。

 

「なんだよ、おっさん! 固いこと言わないでちょっとだけ練習を見せてくれよ」

「お、お前、監督に!」

 

 翔達を振りほどいた吾郎の物怖じしない態度に丹波が切れそうになるが、片岡に「丹波!」と一言だけ言われすぐに大人しくなる。

 

「お前は本田吾郎だな?」

「え? ああ、そうだけど」

「……帰れ。無礼者に見せるものはない」

 

 片岡は吾郎に対し、冷たく帰れとだけ伝えて丹波とともにグラウンドへと帰ろうとする。

 しかし吾郎は諦めようとしない。

 

「別にいいじゃねーか! 減るもんじゃねーし!」

 

 片岡の肩を掴み、練習を見せるように要求する。ここまで来たらもう翔達でも止めることは難しかった。

 翔はどうにでもなれと思い、片岡に提案をする。

 

「それではこれではどうでしょうか? こちら側でピッチャーを一人出します。その球をそちらの選手が打つという対戦方式では? それならお互いにとって損にはならないはずです」

「…………」

 

 正直に分の悪い提案であった。青道側がわざわざ練習を中断してまでそれをやる必要はない。

 しかし甲子園出場を目標しているのであれば、決勝戦になるかもしれない相手の実力を間近で見ることは考え方によってはプラスにもなり得るためこの提案をした。

 片岡は少し考え、翔の提案を受け入れる。

 

「……分かった。だが今回だけだ。もし次があれば正式に抗議させてもらうぞ」

「はい。ありがとうございます」

 

 翔は素直に頭を下げる。寿也に促されて吾郎も頭を下げ、メリッサに通訳してもらっていたジュニアも同じタイミングで頭を下げた。

 丹波だけは納得していない顔だったが、片岡が決めたことなのでそれ以上は何も言わなかった。

 

「グラウンドへ案内する。そこでウォームアップを済ませておけ」

 

 片岡はそう言うと、翔達をグラウンド内へと連れて行くのであった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「結城、クリス、小湊!」

 

 片岡はグラウンドに入るとすぐに結城達を呼ぶ。

 小湊は二人おり、弟の春市は最初自身が呼ばれたかと思ったのだが、残りのメンバーの名前を聞いて兄の亮介であることを理解し、その場から動かない。

 呼ばれた三人は片岡の元へ走っていき、事情を聞いていた。

 

「一体何だぁ!?」

「誰だ、あいつら?」

「俺知ってます! あいつらは横浜シニアにいた──」

 

 口々に翔達のことを話す青道の選手。

 翔達は気にせずグラウンドの端でアップを始める。

 

(へぇ……あれが今年から出来たっていうワールド高校の……なんか面白そうじゃん!)

 

 スポーツサングラスを掛けた青少年は、長身で細めのピッチャーの球を取っていたのだが、騒ぎを聞いて投球練習場であるブルペンから覗いていた。

 

「御幸……先輩……何してるんですか?」

「降谷、なんかおもしれぇことが起きてんぞ!」

 

 はっはっはと笑いながら覗いている御幸に、降谷はどうでもいいから早く球を捕ってほしいと思っていた。

 それを察した御幸が降谷に続けて話す。

 

「少なくともアイツは見ておく価値はあると思うがな。あそこにいる本田吾郎は、お前以上の速球を投げるピッチャーだぞ?」

「…………!」

 

 御幸から自分以上のストレートを投げるピッチャーだと聞き、目つきが変わる降谷。

 面白そうに覗いている御幸の後ろで、降谷は密かに闘志を燃やしていたのであった。

 

「あいつら何なんスか!? スパイですか!? そうなんでしょ!?」

「うっせーぞ沢村!」

 

 沢村は外野で叫ぶが、三年生の先輩に叱られ「うぐっ!」と怯む。しかしどうしても気になるのか、タイヤ引きの練習に戻らずに立ったままだった。

 翔はそんな沢村の表情を見て面白そうに笑っていた。

 

「そろそろ始めるぞ! 準備はいいか!?」

 

 身体が温まったところで片岡がそれぞれの選手を呼ぶ。

 全員が集まったところで、今回の趣旨の説明をする。

 

「今回はワールド高校さんの()()で球を打たせてもらうことになった。勝負は一打席ずつ。お互いに有意義な時間にするぞ」

 

 片岡は()()という言葉を敢えて強調した。これは周りで聞いている選手達に余計な動揺を与えないためである。

 結城達には事情を説明してあるが、それは周りに言わないように口止めしていた。

 

「それで……そちらは誰が投げるんだ?」

「もちろん俺が──」

「僕が投げます」

 

 吾郎が投げると言おうとしたとき、吾郎の前に出て自分が投げると言う翔。

 

「おい、翔! ここはどう考えても俺だろ!?」

「いいから吾郎君。僕が投げても問題ないですよね?」

「……ああ。では始めるぞ!」

 

 片岡は少しだけ考えた後、翔が投げることを了承する。

 横浜シニアの佐藤翔。今はセンターを守っているが、元々はピッチャーをしており、その実力は折り紙付きである。

 しかし、結城達はそう考えていなかった。

 

「へぇ。エースが投げないなんて、舐められたもんだね?」

 

 小湊亮介が少し不機嫌そうな表情を見せる。

 ワールド高校で名前が知られているのはアルヴィンと吾郎のため、横浜シニアにいた選手であっても納得できるものではなかった。

 それは結城やクリスも同じだった。

 

「おい! 翔!」

「今回だけは僕に譲ってよ。……お願い」

 

 まだ突っかかってくる吾郎に、翔は人目もはばからず頭を下げる。

 その姿に吾郎だけでなく、寿也やジュニア、メリッサも驚いていた。吾郎はそこまでされてもやりたいとは言えず、「いや、まあ……わかったよ」と渋々受け入れる。

 

(こんなチャンス二度と来ないかもしれないじゃん……! 絶対に譲れないよ……!)

 

 翔はワクワクした気持ちを抑えきれないまま、マウンドへと上がるのであった。

 




む……難しいですね……。
登場人物の口調をなるべく原作に近付けているつもりなのですが、上手く言葉が作れず手こずってしまいました。
もっと頑張ります。


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第四十八話

毎日投稿9日目です。
早めに出来たので、投稿します。

本話まで日本語が「 」、英語が『 』となります。



最初に打席に入るのは小湊亮介。

 

(佐藤翔ね……俺も神奈川から東京に来てるから顔も知ってるけど、一年のくせに生意気じゃん。このまま何事もなく帰してあげたいけど……ごめんね、ちょっといじめるから)

 

 亮介は不敵な笑みを浮かべて左打席に入り、構える。

 身長がそこまで高くないのだが、青道打線一の技巧派で、選球眼が非常に良く、粘り打ちが得意な打者である。

 

(まずは小湊兄からか……! 粘られるのだけは勘弁したいな)

 

 翔は亮介の特徴を知っている。だからこそ一打席勝負なら負けない自信があった。

 

「プレイ!」

 

 審判の片岡の声で翔は振りかぶる。

 そして、初球を外角低めに投げ込む。

 

「ストライク!」

「こ、小湊先輩が……空振り!?」

 

 亮介は翔のジャイロボールを初球から当てようするが、通常のストレートとは違い手元で浮き上がって来るためボールに当てることが出来なかった。

 

「……ふぅん。やるね」

 

 亮介は笑みを浮かべたまま、次のボールを待つ。

 寿也のサインのあと、翔は頷くとワインドアップから二球目を投げ込む。

 

「ファール!」

 

(まだボールの下を打っているのかな……?)

 

 亮介は翔のジャイロボールの軌道をアジャストして確実に当てることが出来たと思っていたのだが、思っている以上に浮き上がってきており、調整し切ることが出来ていなかった。

 そして三球目。亮介は次こそ調整は完了したとばかりに構える。

 

(あとは何球粘れるかだけど……)

 

 亮介はここから何球も粘り、このあとに控える結城やクリスのために球数を増やしたいと思っていた。

 翔のストレートであれば、調整できたため粘れるという確信があったのだが──

 

「ストライク! バッターアウト!」

「チェ……チェンジアップ……!」

 

 翔のチェンジアップに全くタイミングが合わず、亮介は三振となってしまった。

 ストレートしか来ないと思っていた亮介の完敗であった。

 

(まったく……参ったね。これで春市()と同い年か……)

 

「ごめん哲。もうちょっと粘れると思ったんだけど……」

「ああ。大丈夫だ」

 

 球数を投げさせられなかったことに謝罪する亮介。

 しかし結城は問題ないとばかりに、亮介と交代で打席に向かう。

 

「つ、次は哲さんだ……」

主将(キャプテン)なら絶対に打ってくれる!」

 

 結城に期待の視線を注ぐ青道野球部の選手。

 本人もやる気に満ちていた。元々は身体も小さく、守備も下手だったためそこまで目立った選手ではなかった。

 周囲からは「不作の年」と呼ばれ、期待の薄かった今の三年生の世代。

 

 結城はそんな中、一年生時には一日五百スイングを自らの課題とし、黙々と練習を重ねていた。

 努力を重ねる彼の姿は同世代のチームメイト達を鼓舞し、そしてプレーでチームを牽引するリーダーシップを認められ、片岡や同級生の総意を持って主将に指名されることとなっていた。

 その姿は下級生にも認められており、結城ならなんとかしてくれるという気持ちを抱かせてくれる特別な存在であった。

 

(さて……と)

 

 翔は気持ちを引き締め直す。亮介はチェンジアップを使って三振にすることは出来たが、一度見せている以上、結城なら必ず合わせてくると感じていた。

 打席に入った結城の威圧感は物凄く、横で見学しているジュニアからしても強打者であることが伝わっていた。

 

『吾郎、アイツ……相当やるぞ』

『ああ。だから俺が投げたかったのに、翔の野郎!』

 

 ジュニアと話し、悔しそうにしている吾郎。強豪校の打者と対戦出来る機会をせっかく貰えたのに、翔に譲ってしまったのをまだ後悔しているようであった。

 その会話が聞こえていない翔は構えて、寿也のサインを待つ。

 

(まずはストレートからか……)

 

 寿也のサインに頷いた翔は、外角真ん中にジャイロボールを投げる。

 結城はそのボールに反応し、ライト方向へファールを打つ。

 

「おおおお! 打てる、打てるぞ!」

 

 周りは結城が初球から打ったことに喜び、絶対に打てるという雰囲気になる。

 二球目、同じくジャイロボールを同じコースに投げ込む。

 

「ファール!」

 

 今度はキャッチャーの真右方向へ飛んでいき、ファールとなった。

 結城は少し驚いた顔をして翔を見ていた。

 

(えっと、次は……)

 

 寿也のサインに頷き、翔はワインドアップからボールを投げる。

 ボールは先程までとは違い、ゆっくりとした速度でキャッチャーミットへ向かっていく。

 

「チェンジアップだ!」

「…………くっ!」

 

 結城はなんとか堪えて、ぎりぎりバットにボールを当てる。

 亮介との勝負を見ていなかったら、確実に三振していたほどの球速差だった。

 しかも翔のチェンジアップはボール自体が落ちるため、そこも空振りを誘う理由の一つであった。

 

「あ、あぶねぇー!!」

「さすが哲さんだ!」

 

 周囲も結城が三振をギリギリ免れたことに安堵の声を漏らす。

 結城自身も当てることができ、ホッと息をつく。

 そして四球目。翔はワインドアップから真ん中へジャイロボールを投げ込み──

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 結城を三振に仕留めるのだった。

 少し俯き、悔しそうな顔をする結城。しかしすぐに表情をもとに戻し、クリス達がいる方へと戻っていく。

 

「今の球は……?」

()()()()()だ。それも一球目や二球目とは比べ物にならないくらい速いぞ」

 

 クリスに三振したボールの球種を問われ、ストレートだと答える結城。

 翔は亮介のときと、結城に投げるときのストレートの球速をあえて140km/h前後に抑えていた。

 亮介はチェンジアップで仕留めるため。結城はその後の球速を上げたジャイロボールで三振を取るためだった。

 

(初めに見せた球速を抑えたストレート。その後にチェンジアップで動揺を誘い、最後に全力で投げることで数値以上の速度を体感させて三振を取ったということか……)

 

 クリスは亮介、結城との対戦を分析して、翔への警戒度を増す。

 もはや〝まだ中学から上がったばかりで、ワールド高校ではエースではなくなった選手〟という認識を変えていた。

 しかし結城が抑えられて動揺している周囲のためにも、必ず打たなければならなかった。

 

 滝川・クリス・優──かつて都内ナンバーワン大型捕手と呼ばれていたが、高校に入ってからは怪我に苦しんでいた。一時期は故障を隠して試合に出続けていたが、周囲に恵まれたお陰で重症になることはなく、この夏の大会も出場することが出来ていた。だが、片岡はクリスが無理をしないように、御幸と交互に出場させるといった対処を取っていた。

 

 バッターボックスに入ったクリス。堂々としたフォームで構える彼からは、結城と同じ以上の威圧感があった。

 ジュニアも『アイツもすごいバッターだな』と話しており、吾郎も「アイツとも俺が勝負したかった」と悔しそうに話す。

 そんな中、クリスとの勝負に翔は寿也のサインを伺う。

 

(クリスにはどうやって攻めるつもりだ?)

(ここはもう()()()しかないでしょ)

 

 翔と寿也はまるで会話しているかのように目配せをする。

 亮介と結城に使った戦法は一度見せているため、恐らくクリスには通用しない。

 それであれば真っ向勝負をして、ねじ伏せようということであった。

 

 翔は笑顔で頷き、振りかぶる。

 そしてど真ん中目掛けて()()()()()()()()()()を投げ込んだ。

 

「ストライク!」

 

 クリスは見送ったのだが、その顔は先程までとは違う表情をしていた。

 

(あ、あれが全力ではなかったというのか……?)

 

 先程最後に結城に投げたジャイロボール。あれは全力ではなく、大体145km/hくらいに抑えたボールであった。

 しかし初めの140km/hのスピードで目を慣れさせて、チャンジアップで緩急を付けたあとに投げたため、それが全力だと思ってしまうくらいの速度に見えていた。

 

 今、翔が投げたのは正真正銘全力のジャイロボール。

 その回転や浮き上がり方などは先程とは比べ物にならなかった。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 結局、クリスはボールにかすることも出来ずに三振となる。

 いくら名門・強豪校といえども、吾郎や翔の全力投球を一打席で当てることは出来ない。

 彼らのウイニングショットは、それほどまでに磨き上げられたものに昇華していたのだった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「ありがとうございました。そして、勝手に入ってしまい本当に申し訳ございませんでした」

 

 翔達は片岡に頭を下げて謝罪する。

 

「ああ、それはもういい。こちらとしても有意義な時間を貰えたと思っている。しかもその後の練習にも付き合ってもらい、感謝している」

 

 亮介、結城、クリスとの対決のあと沢村が騒ぎ出し、吾郎がその挑発に乗ったことでレギュラー陣全体を巻き込んで対決することとなった。

 翔が他の青道レギュラー陣に引き続き投げ、そのあとに沢村、丹波、降谷、川上が翔達に投げて対決を行った。

 吾郎は俺も投げたいとごねていたのだが、勝手に青道に侵入した罰としてメリッサを加えた四人からNGを貰い、泣きそうな顔になっていた。

 

「もし当たるとしたら……決勝ですね」

「ああ。こちらは必ず勝ち上がる。そちらと試合が出来るのを楽しみにしているぞ」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 翔は片岡と握手をして、青道高校をあとにした。

 帰りの電車でメリッサが翔の活躍に興奮しっぱなしだったのだが、その横では座席に正座した吾郎が寿也とジュニアから説教を受けていた。

 

『今回はたまたま助かったけど、あれは不法侵入で訴えられていてもおかしくなかったんだよ!?』

『本当だ! もしこれが問題になってワールド高校が出場停止になっていたらどうする!?』

『で、でもなんとかなったんだからいーじゃねーか……』

『良くない!!』

 

 腕を組まれて困っている翔の横で、説教されている吾郎。

 周りから見るとなんともシュールな光景となっているのであった。

 




本日で一周年記念の毎日投稿を終わりにしたいと思います。
理由は名前間違いや回数表記のミスなどのご指摘が多くなり、私としてもクオリティが保てないと判断したためです。

今後は不定期投稿に戻ります。
これで最新話を出したときにご指摘が減らなかったらごめんなさい!


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第四十九話

毎日投稿10日目です。
本話から英語が「 」となります。



「お前ら……俺達はとうとうここまで来た」

 

 ケビンはミーティングルームでワールド高校野球部員達の前で話をしていた。

 部員達は真剣な表情で話を聞く。

 

ワールド高校(うち)が出来てからまだ数ヶ月。優秀者を集めたうちは、どの分野でもまだこれといった結果を残していない。だからこそ……明日の試合に勝って、()()()()()()()()()()()()()()!」

「おおおおおお!!!」

 

 ケビンの言葉に選手全員が大声で応える。

 今までにない異様な光景に、メリッサもビクッと驚く。

 だが、すぐに彼女も笑みを浮かべる。

 

(盛り上がる(こうなる)のも仕方ないよね……だって明日は甲子園を賭けた()()なんだもん!)

 

 準決勝。ワールド高校は小川台高校に勝利し、決勝戦に駒を進めていた。

 そして明日は関東第二高校に勝利した青道高校との対決である。

 片岡との約束をきちんと果たすことが出来て、翔もホッとしていた。

 

「じゃあ最後に、キャプテンの翔からスピーチでもしてもらうか!」

「…………え?」

 

 明日の対戦のことを考えていると、ケビンが翔にスピーチをするように言い出す。

 いきなり話を振られた翔はポカンとしていたが、周りも盛り上がってしまって断れる雰囲気ではなくなったため、仕方なく前に出る。

 

「えー……っと、いきなりスピーチをしろと言われて戸惑ってるんですけど……監督(ボス)よりは短く話しますね」

 

 翔のジョークに周りから笑い声が出る。

 

「僕達は最初、何の纏まりもないチームだと思っていました。監督(ボス)の指示の下、五十試合も練習試合を組まされて嫌気を差していた人もいるでしょ?」

 

 再度周りから笑いが出てくる。ケビンは苦笑いを浮かべていた。

 周りの様子を見て、少しだけ場が温まったと感じた翔は真剣な顔をして話し出す。

 

「だけど、その五十試合を積み重ねていくうちに()()()()()()()()()()()()を実感した人も少なくないはずです。今では、僕達の中に国籍、人種、民族、言語、肌の色などで差別する人はいないはずです」

 

 最初、アルヴィン含めて何人かが何かしらの理由で差別的な言動を繰り返していた。

 それが原因で練習中、試合中、それ以外でも衝突を繰り返すことが多かったワールド高校野球部員達。

 

「これも()()()()()()というスポーツを通じて気付くことが出来たのだと思っています。だからこそ僕達は、僕達を成長させてくれたベースボールに感謝をし、その成長した姿を日本中に届ける必要があります」

 

 そこで言葉を区切り、間を置く翔。

 

「…………だからこそ明日勝って、その後もずっと勝ち続けて、ワールド高校の名前を日本中……いや、世界中に(とどろ)かせてやろうっ!」

「おおおおおおーーーっ!!!」

 

 翔のスピーチに部員全員が立ち上がって大声で返事をする。

 そのあまりの声の大きさと振動で、僅かだがミーティングルームが揺れてしまう。

 翔は盛り上がった場にホッとしつつ、寿也と目が合う。二人は笑い、頷き合うのであった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

『それではこれより全国高等学校野球選手権東東京大会の決勝戦を始めます』

『よろしくお願いします!』

 

 七月もそろそろ終わりを迎える暑い夏の日。神宮球場という舞台で全国高等学校野球選手権東東京大会の決勝戦が始まろうとしていた。

 〝黒船〟の異名を持つワールド高校の注目度はとても高く、各局がまさかの同時でテレビ中継をするという異例の事態になっていた。

 

〈とうとう決勝戦が始まりました! 本日は解説として、元横浜マリンスターズの茂野英毅投手にお越しいただいております! 茂野さん、よろしくお願いします!〉

〈はい、よろしくお願いします〉

〈いやぁ……〝黒船〟ワールド高校がまさかここまで勝ち上がってくるとは! この試合はどうなると思いますか!?〉

〈私はワールド高校が決勝まで来るのは順当だと思っていました。世界各国から有望な選手を集め、ジョー・ギブソンの息子や昨年のシニア全国大会で優勝した横浜シニアの佐藤兄弟までいるのですから。

ただ、相手の青道高校も課題であった投手の質において、少しずつ改善されているという話を聞いています。それに青道高校は三年生までいるというのはでかいです。高校時代の二年の差は大きいですからね。

状況によるとは思いますが、この試合は乱打戦になる可能性も投手戦になる可能性も両方ありますね〉

 

 茂野は冷静に解説をする。昨年引退をした茂野は今年から解説などの依頼が増えており──ゆくゆくはコーチも考えているが──このまま解説の仕事を増やして生計を立てても良いのではと考えていた。

 いずれにせよ野球とは関わっていきたいとは考えていた。

 

〈そういえばワールド高校のピッチャーである本田吾郎君の父親である本田茂治選手とは、高校時代からのライバルだったとか?〉

〈…………ええ。高校では彼にエースの座を獲られていましたね〉

〈本田茂治選手といえば、あの痛ましい事故が思い出されますが、息子の吾郎君が野球を続けていることにはどう感じますか?〉

〈…………私としては嬉しいですね。このまま怪我なく、成長していって欲しいと思っています〉

 

 茂野は予想していたが、出されたくない話題を実況が悪びれもなく出したことに内心穏やかではなかった。

 これがテレビ中継で全国に生放送されていなかったとしたら、実況者を怒鳴りつけていただろう。

 しかし実況者はそのことに気付かず、話を続けていく。

 

〈それでは各チームのスターティングメンバーを紹介していきましょう!〉

 

◇青道高校スターティングメンバー

 

 1番:ショート 倉持

 2番:セカンド 小湊亮介

 3番:センター 伊佐敷

 4番:ファースト 結城

 5番:キャッチャー クリス

 6番:サード 増子

 7番:レフト 坂井

 8番:ピッチャー 降谷

 9番:ライト 白洲

 

 

◇ワールド高校スターティングメンバー

 

 1番:センター 佐藤翔 

 2番:セカンド  ケロッグ

 3番:サード ジュニア 

 4番:キャッチャー 佐藤寿也  

 5番:ピッチャー 本田

 6番:ファースト マキシマム

 7番:レフト ヴィクター 

 8番:ショート ロイ

 9番:ライト ヤーベン

 

 

〈両チームともに今までと大きく変わったところはないといったところでしょうか?〉

〈はい。決勝(ここ)まで来た以上、下手に変えずに試合に臨んだほうが選手もリズムを崩さなくて良いですし、それはお互いの監督も分かっているのでしょう〉

〈ありがとうございます! それではCMのあと、ワールド高校対青道高校の決勝戦をお送りしますので、皆さんチャンネルはそのままで! 先攻は青道高校からです!〉

 




3/20(土)、5:35 早起きしてこっそり追加しました。

【小話:CM中】

スタッフ
「……はいっ! CM入りまーす!」

実況
「いや〜、茂野さんこのあとも頼みますね!」

茂野
「…………」

実況
「あれ……? 茂野さん?」

茂野
「……あんたなぁ! 全国放送で本田の事件の話をしなくていいだろうが!」

実況
「え……え……?」

茂野
「あそこには当事者の息子達がいるんだぞ!? ギブソンの息子もいるってあんたが自分で言っていたじゃないか!」

実況
「で、ですが……私には真実を伝える義務が……」

茂野
「……そうかい。分かったよ。それならあんたとは一生仕事は出来ないな。受けた以上、この仕事は真剣にやらせてもらうがあんたがその考えを直さない限り、俺とその関係者は仕事をしないと伝えておく」

実況
「え……いや……その……」

茂野
「本田は生きていたし、ギブソンも謝罪をしてあの事故は終わったんだ。これ以上は()()()()()()()()()()()()ようなことはするな!」

実況
「…………す、すみませんでした」

茂野
「……ふん」

スタッフ
「し、CM明けます!」


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第五十話

皆様、たくさんのメッセージありがとうございます。
色々と考えてパス付きにしたのですが、一旦解除しますね。

ワールド高校対青道の試合は、「 」が日本語で『 』が英語の表記となります。



「それでは青道高校が先攻、ワールド高校が後攻でよろしいですね」

「はい」

「決勝戦にふさわしい素晴らしいゲームを期待しています」

 

 試合開始の直前、神宮球場のベンチの裏では各高校のキャプテンである翔と結城が主審達と試合についての話をしていた。

 主審の言葉に返事をして、お互いに握手を交わす。

 お互いに睨み合っているが、それは試合の前だからであり、決して憎しみを持っているというわけではないのはその場にいる誰もが理解していた。

 

 それぞれの更衣室へと戻り、そして荷物を持つと結城は入り口からグラウンドへと向かいながら全員に気合を入れる。

 

「いくぞぉ!」

「おおぉ!」

 

 結城の言葉に返事をした青道メンバーはワールド高校よりも先にグラウンドへ出ると、そこには満員となった神宮球場の歓声が待っていた。

 

「来たぞ!」

「青道ナインだ!!」

「今年こそ甲子園へ行けよ!」

 

 ここは日本であり、名門である青道が来ているということもあり、応援の声は青道一色であった。

 しかし、それはワールド高校がグラウンドへ来たことによって掻き消される。

 

「あ……あれが〝黒船〟」

「本当に一年生だけなのかよ」

「てか、同じ高校生にすら見えねえよ……」

 

 ワールド高校のメンバーの威圧感によって、球場内は静まり返っていた。

 青道メンバーと比べても明らかに体の大きさが違い、鍛え上げられた肉体の質も明らかに違うようであった。

 

「…………本当に勝てるのかよ……」

 

 誰かがポツリと漏らした声ですら神宮球場内に響き渡っているように聞こえた。

 そしてそれに答える者は観客には誰もいなかった。

 そう、()()には──。

 

「俺達が勝ぁ〜〜〜つ!!!」

 

 突然大声がしたので、全員がその声の主を探すと、そこには青道高校一年生の沢村がいた。

 すぐに先輩の倉持によって「耳元で大きな声出すんじゃねぇ!」と顔を掴まれたり、他の三年生にも叩かれたりしていたが、沢村の声によって萎縮(いしゅく)していた青道ナインにも活気が戻ってきていた。

 

「哲、()()やるか」

「……そうだな」

 

 結城の音頭で青道メンバーはベンチの前に集まり、円陣を組んで全員が胸に手を当てていた。

 そして、結城がゆっくりと息を吸う。

 

 「俺達は誰だ──!?」

 「王者青道!」

 

 「誰よりも汗を流したのは──」

 「青道!」

 

 「誰よりも涙を流したのは──」

 「青道!」

 

 「誰よりも野球を愛しているのは──」

 「青道!」

 

 「戦う準備は出来ているか!?」

 「おおおお!!」

 

 「我が校の誇りを胸に! 狙うは全国制覇のみ! 行くぞぉぉ!!!」

 「おおおおおおお!!!!」

 

 

 最後の掛け声とともに全員が空へと手を掲げる。

 この声はベンチ入りしたメンバーからだけでなく、スタンドからも大きな声が聞こえ、ワールド高校が出てきたことによって出てきた()()()()()()()()()という空気を払拭させるものであった。

 

『ヒュー! やるねぇ』

『日本ではああいうのが流行っているのか?』

『……まぁそんな感じかな』

 

 ワールド高校側は青道高校を見ていたが、すぐに興味を失ったかのように集合が掛かるのを待つ。

 そして、試合開始の挨拶のため、ホームベースに全員集まるのだった。

 

『それではこれより全国高等学校野球選手権東東京大会の決勝戦を始めます』

『よろしくお願いします!』

 

 

 

     ◇

 

 

 

 一回表、守備はワールド高校。

 マウンドでは吾郎が不敵な顔をしつつ、寿也とピッチング練習をしていた。

 そして、青道ベンチの前では監督の片岡をの前に全員が集まっていた。

 

「いいか、相手は〝黒船〟なんぞと呼ばれているが、同じ高校生だ。この暑さには必ず参ってくるはずだ。

追い込まれるまでは甘い球以外は絶対に手を出すな。三振を恐れずに狙い球を絞っていけ!」

「しゃああああ!!」

 

 青道高校対ワールド高校。各校とも相手ピッチャーをどう攻略していくかが鍵となると事前に報道されていた。

 青道高校にはMAX151km/hの降谷、140km/h台のストレートにキレのあるカーブを持つ丹波、サイドスローでリリーフの川上、球速自体はそこまで速くないがブレ球を使う沢村と多彩な投手が揃っている。

 ただ、安定感では不安があるため、各投手のその時の出来に左右されてしまうのが不安材料であった。

 

 ワールド高校はMAX153km/hの吾郎が先発。チェンジアップとツーシームジャイロを武器に過去の試合でも三振の山を築いていた。

 そして、一試合丸々投げきるだけのスタミナもあるため、いかに無駄球を投げさせつつ体力を削っていくかが攻めの課題となる。

 吾郎達〝第一レギュラー〟が出るときは、〝第二レギュラー〟のアルヴィンには基本出番はないため、本日の試合も吾郎が投げ切るであろうというのが周囲の予想であった。

 

〈一回表、青道高校の攻撃。一番ショート、倉持君〉

 

 吾郎を攻略するために出てきたのが、青道高校一番打者である倉持だった。

 スイッチヒッターである倉持は、()()()へと入っていく。

 右投げの吾郎のボールを見極めやすくしつつも、少しでも一塁に近い方を選んだということだったが、吾郎は特に左打者が苦手というわけでもないため、反応はあまり見せていなかった。

 

(一番打者が出来ることは……)

 

 倉持は吾郎の投げた球に対し、バントの構えを見せる。

 サードとファーストが前進してきたところで、バットを引く。

 

「ストライク!」

「……え?」

 

 倉持は審判の方を一瞬見たが、すぐに吾郎の方を向く。

 

(あの低さでストライクかよ……いや、今明らかに浮き上がっていたな)

 

 ボールの軌道は、翔に投げてもらった時と同じであると思い出す。

 それでも試合本番のボールになると、ここまで低い位置から上がってくるのかと戦慄した。

 吾郎の投げるボールの方が、質が上なのかとも思ったが、本番の試合のほうが本気で投げるのは当たり前だと思い、すぐに頭の中でジャイロボールの軌道を修正する。

 

 二球目、三球目とバントの構えからバットを引くというのを繰り返し、吾郎のリズムを崩しつつボール球を誘っていた。

 しかし、吾郎の表情は全くといっていいほど変わらなかった。

 

「ボール! フォアボール!」

「しゃあああぁ!!」

 

 フォアボールで出塁した倉持。

 寿也は無表情だが、少し強めに吾郎へとボールを投げる。

 ボールを受け取った吾郎は苦笑いを浮かべるが、すぐに次の打者へと意識を集中させた。

 

〈二番セカンド、小湊君〉

 

 次の打者は青道に侵入したときに翔が対戦した小湊亮介。

 なかなか嫌らしいことをしてくるというのは事前情報であり、倉持を一塁に置いた状況だとさらに嫌なバッターである。

 

(さて……と)

 

 亮介は打席に入るなり、バントの構えをする。送りバントをするつもりのようであった。

 

「セーフ!」

 

 倉持が明らかにでかいリードを取っており、吾郎は寿也の指示で一旦牽制をする。

 しかし、それでもリードは依然大きいままだったため、吾郎は無視することに決めてセットからボールを投げる。

 それと同時に倉持が二塁へと走り出す。

 

『スチール!』

「は、速いぞ!!」

 

 ファーストのマキシマムが叫ぶが、その頃には倉持はもう半分近くまで走っていた。

 誰もが倉持の盗塁は成功したと思ったのだが────。

 

「アウト!」

「なっ──!?」

 

 倉持がスライディングした時には、ショートのロイのグラブには寿也からのボールが入っていた。

 

「あ……あのキャッチャー、なんて肩してやがんだよ……」

「あの倉持が完璧のタイミングで走って刺されるなんて……」

 

 観客もどよめきが収まらなかった。

 吾郎のボールの速さもアウトを取れた一因だが、寿也の送球までの流れるような動き、そして肩の強さとストライク送球できる正確性があってのことだった。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 結局、倉持がアウトになったという動揺を抑えられなかった亮介と伊佐敷は、吾郎に三振を取られてしまい、一回表の青道高校の攻撃は三者凡退で終わるのだった。

 




倉持が考えていることは分かるため、それなら今後のことも考えて寿くんの活躍の場を持たせればいいと吾郎は思ったのですね。
その思惑に気付いた寿也は、それでも敢えてフォアボールを出した吾郎に釘を刺すために強めに返球しました。


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第五十一話

前話をまだご覧になられていない方はお気を付けくださいませ。



 一回裏、守備につく青道ナイン。マウンドに入るのは一年生投手である降谷。

 一年生ながら決勝の舞台で先発を任されるほどには信頼されていた。

 青道のベンチからは沢村のヤジに似たような声援が聞こえてくるが、降谷はいつになく緊張をしているようであった。

 

「緊張してる?」

 

 そんな降谷の様子に気付いたのは亮介。「いつも通り投げればいいから」と落ち着くように話しかけ、伊佐敷もセンターに向かうついでに同じように声を掛ける。

 降谷はそんな先輩たちを見て反応がなく、様子がおかしいなと思われたとき、守備についた先輩達に向かって頭を下げる。

 

「打球が飛んだときはよろしくお願いします……」

 

 あまりの光景に青道ナインの空気が凍る。降谷がそのようなことをするはずがないと思われていたからだ。

 それには結城ですら微かに動揺していた。

 だが、降谷のその姿に成長を見た者たちもおり、嬉しそうな笑みを浮かべているのであった。

 

(この人達(先輩)が後ろにいてくれるだけで、十分、心強い。今日は……自分のピッチングに専念しよう──!)

 

 沢村がベンチから何かを叫んでいるが、それを無視してルーティンとなっている右手の指に息を吹きかける降谷。

 マスクを被っているクリスと、ベンチにいる御幸は決勝の舞台だというのに落ち着いている素振りを見せる降谷を心強く思っていた。

 

(ブルペンでの降谷は悪くなかった。あとはそれがそこまでワールド高校(この打線)に通用するかというだけだな)

 

 クリスはマスクを被り、座る。そこに現れたのは──。

 

〈一番センター、佐藤翔君〉

 

 〝黒船〟ワールド高校の一番打者は翔。出塁率の高さ、嫌らしい攻め方、バッティングセンス、足の速さ。

 どれを取っても高校一年生だと思えないほどの実力の持ち主で、青道高校の偵察部隊でも要注意人物の一人として見られていた。

 

(何をしてくるか一切読めないのがこのバッターだ。長打を打たせないように低めに攻めていくぞ)

 

 クリスの指示(サイン)を頷く降谷。息が合ったようなやり取りを見て「ぐぬぬ……」と嫉妬心を(あらわ)にしている沢村と横で苦笑いしている春市。

 そんなやり取りを知らない降谷は、ワインドアップから全力でストレートを投げ込む。

 

「なっ!?」

「バントだっ!」

 

 初球の高めに浮いた降谷の球に対し、翔はセーフティーバントの構えをする。

 まさかそんなことをしてくるとは思っていなかったファーストの結城とサードの増子、投げ終えた降谷は急いで前へと詰め寄る。

 三塁線へボールを転がした翔は全速力で一塁へ駆け出す。

 

「サード、急げ! 間に合うぞ!」

「ぬううがぁぁぁーー!」

 

 増子が三塁線上に絶妙に転がされたボールを利き手で拾い上げ、そのままファーストに投げる。

 しかし、増子が投げたときには、既に翔は一塁ベースを踏むところであった。

 

「セーフ!」

 

 塁審によりセーフが告げられ、無死(ノーアウト)一塁となった。

 まさかの光景に会場からもどよめきが上がる。

 

「お、おいおい! ワールド高校が初球セーフティーなんてやったことあったか?」

「いや……聞いたことないぞ!」

 

 対してセーフティーバントを決められた降谷は少しむくれた表情をしていた。

 クリスは苦笑いしながら落ち着くように指示を出すが、気持ちは分からないでもなかった。

 

(佐藤兄が初回にセーフティーバントをしたことはデータ上なかったはずだ。これは完全にやられたな……)

 

 とりあえず気持ちを引き締め直そうとマスクを被り直し座るクリス。

 

〈二番セカンド、ケロッグ君〉

 

 〝第一レギュラー〟で二番打者のケロッグ。小技が得意で、翔ほどではないが相手の嫌がることをやってくることが多い。

 ワールド高校は様々な人種がいるのだが、特に差別されやすい黒人や黄色人に対してもそういった様子は見られず、ニュースではワールド高校の人格の高さを褒め称える内容が多くあった。

 実際はそんなことをしている余裕があるならもっと実力をつけろという考えのもとにそうなっているのだが、結果的に少なくとも野球部内で差別をしようとする者もおらず、そもそもそういう気持ちを持っている者もいなくなっていた。

 

 ケロッグが打席に入ったとき、またも会場がざわめく。

 そのざわめきの理由は〝佐藤翔〟であったのだ。

 

 

「おいおい、あんなにリード大きくして大丈夫かよ?」

「青道の一番バッターよりも大きいじゃねえか!」

 

 翔はリードを大きく取り、走る素振りを見せていた。もちろん走るかどうかは分からないのだが、そこまであからさまな行動を取られると、投手側からしたら鬱陶しいことこの上ない。

 降谷はクリスの指示で牽制をするが、降谷の牽制技術では翔なら楽に戻れる距離だった。

 そして──

 

「おいおい……」

「さっきよりもでけえじゃねえか!」

 

 先程よりもリードを大きくした翔。明らかに降谷を馬鹿にしたようなリードの取り方で、動揺を誘っているのは丸わかりであった。

 降谷も気にする素振りを見せ出したので、クリスはまずいと思い、大きく構える。

 

(ランナーは気にするな。バッター集中で行くぞ)

 

 クリスの意図を感じ取った降谷は頷き、バッターに意識を集中させる。

 そして、セットポジションから降谷が投げたとき、同時に翔も走り出す。

 

「走った!」

 

 降谷は真ん中高めにストレートを投げ込み、ケロッグがバットを振るが、クリスはそれを気にもせずにボールをキャッチした後に二塁へとボールを投げ込む。

 しかし、翔はスライディングすることもなく二塁へと到達してしまう。

 

「うおおおお! 盗塁成功したぞ!」

「スライディングしないってどれだけ足速えんだよ!?」

 

 観客は盛り上がり、同時中継しているそれぞれの実況も今のプレーに驚いていた。

 何よりも驚くべきことは、一回表に()()()()()()()()()()()()()()()だったということだ。

 その時は寿也によってアウトになったが、今回は余裕を持っての盗塁成功。これに関しては倉持とクリスの二人が歯噛みし、ワールド高校のベンチでは寿也が苦笑いをしていた。

 

 その後、ケロッグは送りバントを難なく決め、一死(ワンアウト)三塁。

 

〈三番サード、ジョー・ギブソン・Jr.君〉

 

 更にざわめく球場内。ジョー・ギブソン・Jr.──メジャーリーガーの大投手であるジョー・ギブソンの長男。

 本人は投手ではないが、バッターとしてのセンスは超一流。このチャンスに出てくる者として、ここまで怖い打者は考えられないとも言えるであろう。

 それでも彼は()()()()なのだが。

 

(……敬遠するか? いや、しかし今敬遠したところで続くバッターも怖い連中ばかりだ)

 

 少し考えたクリスは、青道ベンチから視線を感じて目を向ける。

 そこには片岡がベンチから乗り出す形でクリスを見ていた。

 

(クリス、ここで逃げても仕方がない。……勝負だ!)

 

 片岡の意図を理解し、頷くとクリスは座る。

 そしてジュニアと真っ向勝負を選択するのだった。

 

(……ストレートだ。お前の全力を投げ込んでこい!)

 

 頷く降谷。彼の後ろには信頼できる頼もしい先輩がいる。自分の出来ることは全力で投げ込むだけだ。

 そう言わんばかりにランナーがいるにも関わらず、ワインドアップから全力でストレートを投げ込んだ。

 

「ストライク!」

 

 ジュニアは低めに決まったストレートを見送り、ワンストライクとなる。

 二球目を外して、三球目を振りかぶって投げたとき──

 

「打ったぞ!」

「坂井! 伊佐敷!」

「任せろぉぉぉぉ!!!」

 

 左中間に飛んだボールに向かって伊佐敷と坂井が走っていく。間に合うかはギリギリだった。

 

「俺が……捕るっ!!」

 

 伊佐敷が飛び込み、二回転ほどした。そしてグラブを掲げると、そこにはボールが収まっているのだった。

 

「と、捕りやがった! さすが伊佐敷だぁ!」

「青道も負けてねぇ!!」

 

 観客が盛り上がる中、翔はゆっくりとホームベースへと帰ってきており、寿也とハイタッチを交わすのであった。

 




今回は翔くんが弟を自慢するためにわざわざ倉持と同じような行動をしています。



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第五十二話

新作の投稿はじめました。
よろしければご覧くださいませ。短編なので十話にもならない程度だと思いますが、なるべく中身が詰まった話に出来るようにしたいと思います。

ドラゴンボール 新たなHOPE! -もうひとりの戦士-
https://syosetu.org/?mode=ss_detail&nid=257236



 ジュニアの犠牲フライで先制点を取ったワールド高校。

 二死(ツーアウト)ランナー無しで、打席に入ったのは寿也だった。

 

〈四番キャッチャー、佐藤寿也君〉

 

 寿也が打席に入ると、先程とは逆に会場内が静まり返る。

 〝黒船〟の中でジョー・ギブソン・Jr.よりも上位の打順にいる彼は、今までの試合でもその実力を示すように結果を出し続けていた。

 

(降谷、()()()は佐藤兄よりも要注意だ。最悪歩かせてもいいぞ)

 

 クリスは寿也を最重要警戒人物として自身のリストに入れていた。

 一振りで全てを変える男。それが出来る化物(スラッガー)であるというのが佐藤寿也への評価であった。

 事前の片岡とのミーティングでも「気軽にゾーンへボールを投げ入れるな」と指示を受けていた。

 

 降谷はクリスの指示に納得出来ないような表情をしていたが、渋々頷く。

 プライドが高いピッチャーは勝負をしていない状態で逃げるなど出来はしないのである。

 しかし、降谷はまだ一年生。先輩の指示には従うしかない。

 

(まずは()()からだ──)

 

 クリスが出したサインは内角高めのボール球。顔に近い辺りである。

 振りかぶって指示通り投げようとするが、「あっ」という降谷の声とともに投げられたのは、真ん中高めであった。

 

「ボール!」

 

 寿也はボールを見逃し、再度構える。

 クリスは降谷はたまに大きく外れるが、球は走っているからこのまま投げさせようと判断し、再度ストレートのサインを出す。

 

「ファール!」

 

 内角低めに投げられたボールを寿也がカットしてワンボール、ワンストライクのカウントとなった。

 そこから一球外したあと、降谷は丁寧にゾーンの内外と際どいところに投げ分けるが、寿也によってカットされ続ける。

 そして十八球目──。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 寿也がボールを見逃して、三振となる。

 バッターボックスからベンチに戻る際、寿也の口元が微かに笑っていたのをクリスは見逃さなかった。

 

(まさか……! わざと投げさせたのか……)

 

 降谷を見ると、息を切らしながらユニフォームで汗を拭いながらベンチに戻るところだった。

 まさか初回でここまで球数を投げさせられるとは思っていなかったため、内心で焦りを感じるクリス。

 しかし時は止まってはくれないし、戻りもしない。

 

 幸いなのは、ここでチェンジとなったことだけであった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

〈二回表、青道高校の攻撃は四番ファースト、結城君〉

 

 青道高校の四番である結城哲。彼は誰から見ても強打者(スラッガー)という言葉が似合う男であり、今までの試合でもきちんと結果を出していた。

 吾郎もその威圧をきちんと感じ取っていた。

 

(先制点を取られたのなら、俺達のバットで取り返すまでだ)

 

 結城は先制点を取られたことと、球数を投げさせられてしまった降谷を援護するためにいつも以上の気合を入れていた。

 そんな彼に吾郎がワインドアップからフォーシームジャイロを投げ込む。

 

「ストライク!」

 

 初球、ド真ん中に投げられたボールを結城は空振りする。

 四番打者に対して真っ向から勝負を挑んだ吾郎に対し、観客や実況も盛り上がっていく。

 

〈茂野さん……こ、ここは真っ向勝負をしても大丈夫なのですか?〉

〈ええ、ここで攻めの姿勢で勝負が出来ない投手は甲子園でも活躍出来ませんよ。ランナーがいないのであれば、ピッチャーのエゴを出しても良いと思いますし、キャッチャーもその気持ちを汲んであげられる選手であって欲しいですね〉

 

 茂野は「あくまでいち投手側としての話ですけど」と後置きし、それが全てではないとは話したが、それでも見ている側としては嬉しい内容であることは間違いなかった。

 

「ボール!」

 

 内角高めと外角低めにボールを外し、カウントはツーボール、ワンストライク。

 ここまでは全てフォーシームジャイロで投げ込まれていた。

 

(次は……変化球が来るか……!?)

 

 カウント的にもそろそろ変化球が来てもおかしくないタイミング。

 吾郎は振りかぶってボールを投げる。

 

「ファール!」

 

 フォーシームジャイロをかろうじて当てた結城。

 まさか一打席目で当てられると思っていなかったため、吾郎は驚いた顔をするが、すぐに嬉しそうな表情になる。

 生粋のピッチャーである吾郎は、熱く燃えるような勝負が大好きなのだ。

 

 追い込まれた結城。ここで予想外のことが起こる。

 吾郎が寿也のサインに対して、何度も首を振っていたのだ。

 そしてしびれを切らしたかのように、吾郎がボールを寿也に見せつける。

 

『No! Hey, Toshiya(寿也)! To this Batter, (この打者には、) I will pitch the fastball only(俺はファストボールしか投げないぞ)!』

 

 突然の吾郎の叫びに、神宮球場内が静かになる。

 

「い、今なんて言ったんだ?」

「ストレートしか投げないって言っていたような……」

「ほ、本気かよ、あのピッチャー!?」

 

 吾郎の言葉の意図を理解した観客は、ざわめきが止まらなくなっていた。

 主審に注意された吾郎は「へーへー」と日本語で雑に謝っていたが、先程の内容は結城にもしっかりと伝わっていた。

 

(ファストボール……ストレートしか投げないと言ったのか……? ──面白い!)

 

 結城は勝負をしてくれるのであればこれ幸いとばかりに深呼吸をして気合を入れ直す。

 青道ベンチでは御幸が「ワールド高校にも面白いピッチャーがいた」と笑い転げていた。

 吾郎達が青道に侵入した時は、グラウンドで吾郎はある程度大人しくしていたため気付かれなかったが、遂に気付かれてしまったようであった。

 

 寿也はため息をつくと、それ以上は何も言わずド真ん中にキャッチャーミットを構える。

 観客からは「ほ、本当に勝負する気かよ……!」と声が出ていたが、寿也は完全に無視することに決めていた。

 吾郎はニヤリと笑いながら振りかぶると、全力でボールを投げ込む。

 

(よし! 先ほどと同じタイミング──……)

 

 完璧に捉えた。そう結城は思ったのだが、バットはボールの下を振り切っており、掠ることすらなかったのだった。

 

「ストライク! バッターアウト!」

「て、哲が……」

「ストレートだと予告されていたのに……」

 

 まさか四番の結城が予告ストレートを空振りするとは思っていなかったため、青道メンバーは全員口を開けて驚いた表情をしていた。

 これには監督の片岡も渋い顔をせずにはいられない。

 その後、五番クリス、六番増子も同じく三振となり、青道高校は三者凡退でこの回も終えるのであった。

 




【小話:本田家族】

茂治
「吾郎のやつ……ギブソンと同じこと言ってやがるぜ」

桃子
「あら、ずっとアメリカ(向こう)で野球をやっていたから影響されちゃったのかしら?」

茂治
「かもな。ったく、わがままに育ちやがって、誰に似たんだか」

桃子
「それはもちろん……貴方だと思うけれど……?」

茂治
「な……!?」

桃子
「だってそうじゃない。何の相談もなしに今年いきなり引退を決めて、次は何やるか決めてないんでしょ? 亜美ももうすぐ小学校なのに、どうするのかしら?」

茂治
「うう……そ、それを言われると……」

桃子
「ふふ、冗談よ。あなたが一生懸命野球をしてくれたから、蓄えもまだあるし、次の人生はこれからゆっくり決めればいいのよ。私も精一杯サポートするから」

茂治
「も、桃子……」

桃子
「だから今は吾郎の甲子園が掛かった試合を一生懸命応援しましょ! 親子揃って甲子園でマウンドに立ったなんてことになったら素敵じゃない♪」

茂治
「そうだな! せっかく神宮まで応援に来たんだからな! 吾郎、頑張れ!」

亜美
「お母さん、神宮球場(ここ)、暑いよ……」


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第五十三話

新作の投稿はじめています。よろしければご覧くださいませ。

ドラゴンボール 新たなHOPE! -もうひとりの戦士-
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〈さて、ようやく序盤が終わったところですが、今のところまでで感想はいかがですか、茂野さん?〉

〈そうですね。ワールド高校はさすがといったところでしょうか。一番の佐藤翔君は降谷君から連続ヒットを打っていますし、何よりも初回の攻撃は実力の高さを見せつけられたといったところでしょう〉

〈なるほど! それでは青道高校についてはどうでしょうか?〉

〈攻撃に関しては、本田君に完璧に抑えられてしまっていますね。ただ、降谷君のピッチングは素晴らしいですね。これでまだ一年生ということは、先が本当に楽しみです〉

〈その通りですね! これから四回表の青道の攻撃に入りますが、序盤の投手戦から変わってくるのでしょうか!? この後も引き続きお楽しみください!〉

 

 

 三回が終わった段階でスコアは1-0。初回にワールド高校が先制してからは投手戦となっており、あまり動かない状況となっていた。

 二回裏、三回裏と降谷は翔以外を三振に抑え、吾郎は初回に倉持を出塁させた以外はボールを前に飛ばさせることはなかった。

 

「球数は?」

「……六十五球ですね。佐藤弟に粘られたせいで、球数が思った以上に増えてしまっています」

 

 片岡とクリス、御幸はベンチで降谷の状態を確認していた。

 降谷は沢村の手厚い介護──降谷からはウザいと言われていたが──のお陰もあり、水分を摂り過ぎずにアンダーシャツを着替えたりして少しでも体力を温存できるようにしていた。

 

「後輩がここまで頑張ってんだ」

「それなら先輩として意地をみせてやらなきゃね」

 

 ベンチから出ていくのは、一番の倉持と二番の小湊亮介。

 降谷におんぶに抱っこの状態で試合が運ばれているのは流石に良くないという思いもあり、上位打線から始まるこの四回表の攻撃に勝負を仕掛けようとしていた。

 

〈四回表、青道高校の攻撃。一番ショート、倉持君〉

 

 倉持は初回と同じく左打席に入る。今の彼に出来ることは、少しでも一塁ベースに近い場所からスタートをすることだけである。

 しかし、倉持の足の速さはワールド高校側には既に警戒されていた。

 

「な、なんだあの布陣は!?」

 

 ワールド高校の守備位置を見て、観客だけでなく倉持本人も驚いていた。

 

(ちっ。これは舐められているのか、それとも警戒してくれているのか分からねぇな)

 

 ワールド高校の守備位置はファースト、サードがバント警戒の前進守備。

 ショートとセカンドが少し深く守り、レフトとライトが三塁と一塁の少し後ろに守る。そしてセンターも二塁ベースのやや後ろといったところに立っていた。

 これは吾郎のピッチングを中心として組み立てられた、()()()()()であった。

 

 バントはファースト、サードで処理をする。強い打球が飛んできてもセカンド、ショートと外野陣で処理をする。

 そしてポテンヒットすら許さないようにセカンド、ショートがやや深く守り、センターも二塁ベースのやや後ろを守るようにする。

 ライトとレフトはファーストとサードのカバーをしつつ、各塁を空けないように守っていた。

 

「な、なんであんな守備の仕方してんだぁ!? 外野に飛ばせばランニングホームランじゃねえか!」

「……()()()()()()()()()()()ということなのだろう」

 

 伊佐敷があまりに露骨なシフトに対し、怒りを(あらわ)にするが、クリスが冷静に分析をする。

 吾郎のジャイロボールを外野まで運べる選手など限られてくる。そして、倉持にはそれが出来ないという判断を寿也は下したのだった。

 

(俺が打てないと思ったら、大間違いだっ──)

 

 倉持は吾郎が投げた初球を振るが、それは適度なスピードでコントロールされた外角へのボール球だった。

 しまったと思ったときにはもう遅く、倉持はボールを引っ掛けてしまい、ショートゴロとなってしまった。

 

「くそっ!」

 

 倉持は悔しそうにベンチに戻っていったが、片岡が無表情で待ち構えていた。

 

「……倉持、完全に今のは()()()()()()

「──ッ」

「あのシフトの本当の意味は、お前を少しだけ力ませることと冷静さを失わせることだ」

「……あ…………」

 

 片岡の言葉に倉持は何を言いたいのか気付く。

 

「あのシフトを取らされれば、何が何でも外野まで運んでやると力が入る。そうすることで余計な力が入り、冷静さを失うことで、球数が少なくアウトを一つ取れるということだ」

「あのキャッチャー、相当の策士ですね」

 

 片岡の話に、クリスも同調する。

 

「投手戦になっているこの場面。一番打者としてやらなくてはいけないことはなんだ? 打ち気に(はや)って相手の球数を減らすことか?」

「い、いえ、違います」

「今やらなくてはいけないことは、必死に投げ抜いている降谷のためにお前達先輩がフォローすることだろう! あんな中途半端なスイングでワールド高校に勝てると思っているのか! お前たちもだ! 今まで振ってきたのはそんな中途半端なスイングなのか!?」

 

 片岡がベンチで吠える。それを結城含め全員が俯きながら聞いていた。

 

()()()()! お前達がやってきたのはそういう野球だろう!!」

「はいっ!!」

 

 片岡の怒号に全員が立ち上がり、揃って返事をする。

 そう。寿也としても、実は倉持の打席にその対応をされるのが一番嫌であった。

 今まで全力でバットを振り続けた選手達が、()()()()()()()()()()()()()。それが先程では一番怖かったのだ。

 

 思い切り振り切られたときの打球スピードと打球の伸びは、中途半端に振ったときに比べて格段に違う。

 倉持シフトではそうされた場合、万が一にも吾郎のボールに当たったときは内野を抜けていく可能性や選手がグラブで弾き、その間に倉持が出塁してしまう可能性が高かった。

 だからこそ寿也はそうさせないために倉持が()()()()冷静さを失い、力が入るように仕向けていたのだった。

 

〈二番セカンド、小湊君〉

 

 亮介の打順になったとき、ワールド高校側は通常の守備位置に戻っていく。

 彼に対して先程のシフトで守ってもデメリットのほうが多いという判断からである。

 

(まったく……ワールド高校野球部(こいつら)、全員一年なんだろ? 嫌になっちゃうね)

 

 亮介は打席に入ると、どうやって攻めていこうかと悩む。

 自分が出れば結城に打順が回る。そうすれば同点、もしくは逆転のチャンスが出てくるのだ。

 吾郎は不敵に笑いながら、ワインドアップからジャイロボールを投げ込む。

 

「ボール!」

 

 内角低めに投げられたボール球を亮介は見送る。

 寿也が自分の表情や動きなどを観察しているように感じるが、それを気付かない振りをしてなるべく表情を見せないようにしていた。

 

「ファール!」

 

 吾郎のジャイロボールを二球続けてカットし、カウントはワンボール、ツーストライクとなる。

 

(このままだとまた打てないかもしれないな……意表を突くなら──)

 

 亮介は何かを思い付くが、寿也に観察されているのが分かっているため表には出さない。

 そして四球目。吾郎が投げた瞬間に亮介はバントの構えをするが──。

 

『セーフティーバントだ!』

「あれ……? チェ、チェンジアップだ!」

 

 亮介がスリーバントでセーフティーを狙った球で、吾郎はチェンジアップを投げてきたのだった。

 バントを処理するためにファーストとサードが前に出る。

 

(このままバントをしても処理されてしまう──)

 

 そう思ったとき、打席に入る前に片岡が言っていた言葉を思い出す。

 そして亮介はバットを引くと、チェンジアップのタイミングに合わせて()()()()()()()()()()()()

 

『バ、バスターだ!』

『く、クソっ!』

 

 亮介が打ったボールは突っ込んできていた一塁手のマキシマムの顔を横切り、一塁線上を強い打球で転がっていく。

 

「おっしゃぁぁぁあ! ナイスだ!」

「回れ回れ!」

 

 亮介は一塁を蹴って、二塁へ、そして三塁へと走り込んでいく。

 

『そこまではいかせないでヤンスよ!』

 

ライトのヤーベンは転がっていったボールを捕ると、セカンドを中継し、三塁へ投げ込む。

 

「セーフ!」

「やった! 三塁打だ!」

 

 亮介の機転のおかげで、一死(ワンアウト)三塁と同点のチャンスとなる。

 

 

 

 そして、次の打順の伊佐敷がスクイズをきっちりと決めて、1-1の同点とした。

 ベンチに戻ってきた亮介と倉持の目が合う。

 

「亮さん、ナイスバッティングです」

「ああ、どっかの誰かさんが簡単に打ち取られちゃうからね。こっちも必死だったよ」

「うぐっ!」

「……冗談だよ。むしろそのお陰であの場面で()()()()って選択肢が出来たからね。この得点は俺達で掴み取った点だ」

「亮さん……」

 

 亮介は右手を掲げて倉持に手を合わせるように合図する。

 それを理解した倉持は、笑顔で自分の右手を亮介の手に合わせてハイタッチをしたのだった。

 

 

 

 そして、これからワールド高校のエースと青道高校の主砲の二度目の対決が始まろうとしていた。

 




【小話:青道一年生トリオ】

沢村
「……ナイスピッチ! これを飲め!」

降谷
「ん!」

沢村
「あー、待て! 飲み過ぎはよくない!! 半分にしとけ、半分に! その分風を送ってやる! ほれほれ!」

春市
「ちょ、栄純くん、それはやりすぎじゃ……」

沢村
「ん? 何!? アンダーシャツを替えたい? よし、俺が手伝って──」

降谷
「いや、やめて……」

沢村
「春っち! タオルで降谷の身体の汗を拭いてやってくれ! それも丁寧にねっとりと!」

春市
「え……」

降谷
「いや、やめて……」

沢村
「春っち! 早く!」

降谷
「ほんと……ウザイ……」


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第五十四話

少し短いのですが、投稿します。



〈四番ファースト、結城君〉

 

 四回表、二死(ツーアウト)ランナー無し。ここでワールド高校〝第一レギュラー〟のエースである本田吾郎と青道高校のキャプテンであり主砲でもある結城哲との二回目の直接対決となった。

 ワールド高校はタイムを取り、内野陣が全員マウンドへ集まり、対策を立てているようであった。

 結城は気にせず素振りを繰り返す。

 

『ふざけんな! そんなこと出来るか!』

『吾郎君!』

 

 結城が集中力を高めていると、突然マウンドから大声で怒鳴る吾郎の声が聞こえてきた。

 キャッチャーの寿也は少し困惑しているようだ。

 色々とやり取りがなされているようだったが、全て英語で話されており、結城には全てを聞き取ることが出来なかった。

 

(何か……揉めているのか?)

 

 結城はそう感じていたが、すぐに自分の打席に集中せねばと思い直し、乱れかけた集中を研ぎ澄ませていく。

 彼がやるべきことは吾郎のジャイロボールを打つというただ一点のみであった。

 

 ようやく話し合いが終わったのか、ワールド高校の内野手が各自のポジションに戻っていく。

 それに合わせて、結城もバッターボックスへと入る。

 結城が吾郎の様子を伺うと、まだ何かに怒っているようであった。

 

「プレイ!」

 

 主審の合図で試合が再開される。

 不貞腐れたような顔をしながら、吾郎はワインドアップからボールを投げ込む。

 

「ボール!」

 

 ボールは内角低めに外れる。

 結城は再度構えようとしたのだが、何か様子がおかしいことに気付き、一回バッターボックスから外へと出る。

 そしてふとベンチの方をを見ると、片岡からサインが出ていた。

 

(〝一球待て〟……? どういうことだ?)

 

 結城は疑問に思っていたが、片岡の指示に従おうと次の一球を見逃すことに決める。

 そして、二球目──。

 

「ボール!」

 

 今度は真ん中高めに外れるボール球であった。

 ここで片岡よりタイムが掛かる。結城は片岡に呼ばれたため、ベンチ近くまで走っていく。

 

「どうしたんですか?」

「結城……あのピッチャー、何か様子がおかしいと思わなかったか?」

 

 片岡が結城の質問に質問で返す。

 しかしそのことに気にすることもなく、彼は感じたことをそのまま口にする。

 

「ええ、先程タイム中に何か揉めている様子でした。そこから不機嫌そうな表情をしていたと思ったのですが……」

「ああ、そうだな。実はあのピッチャー、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「──!?」

 

 さすがの結城もそのことには驚いていた。

 自分のチームを見ていても分かるが、ピッチャーは基本我が強い人間が多い。

 もちろん揉めることもあるし、それ以上の喧嘩になることもある。

 

 だが、試合中に揉めてキャッチャーのサインと真逆にボールを投げるなどありえない。

 それも甲子園出場が掛かった大事な試合で、しかも同点の状況ならなおさらだ。

 コントロールが悪いピッチャーなら偶然そうなることもあり得るかもれないが、吾郎のコントロールは悪くなく、二球とも真逆に投げている時点で意図的であろうことは誰の目から見ても明白であった。

 

 そして、片岡は結城にボソボソと指示を出すとベンチへと戻っていった。

 

「プレイ!」

 

 バッターボックスへと戻った結城は再度構える。

 さり気なく吾郎の様子を伺うと、当たり前だが今も不機嫌さは直っていないようであった。

 

「ボール! フォアボール!」

 

 結局二回目の対決はフォアボールでお預けになった。

 そして、ここからワールド高校──もとい吾郎──は崩れていくのだった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

〈ま、まさかこんな展開になるとは……〉

〈ええ……その通りですね〉

〈四回表、二死(ツーアウト)ランナー無しの状況だったのですが、現在そこから青道高校が三点追加し、4-1となりました。依然として、二死(ツーアウト)満塁となっています〉

 

 

 結城がフォアボールとなってから、青道高校はヒットを一本も打っていない。

 それどころか()()()()()()()()()()()のだった。

 

「おいおい……あのピッチャー、こんなところで試合をぶち壊しちまったよ……」

「何考えてんだよ、勝手に自滅してるし」

 

 観客はそれぞれに不満を漏らしていく。

 吾郎は結城含め六連続四球をしてしまい、青道高校が有利な状況となってしまっていた。

 片岡は選手全員に〝ストライクが入るまでバットを振るな〟と指示を出し、それが見事的中したお陰で今の状況となっているのであった。

 

〈一番ショート、倉持君〉

 

 倉持は打席に入るが、今までと同じくフォアボールとなってしまい、押し出しで更に追加点が入ってしまう。

 だが、この状況でもワールド高校の監督であるケビンは動くことはなかった。

 

(こんなんで甲子園に行っても……いや、先輩達と一緒にプレイできる大会はこの夏が最後だ。贅沢は言ってられねぇ……)

 

 倉持は一塁に向かいながら変なことを考えそうになっていた自身を戒める。

 この状況を一番望んでいないのは、最上級生である三年生達である。

 それを自身のエゴで駄目にしてしまうなんてことは絶対に許されざることなのだ。

 

 

 

 その後、フォアボールを出しつつもなんとかチェンジとなったワールド高校だったが、6-1とかなり不利な状況で中盤戦の攻撃に入るのであった。

 




【小話:本田家族②】

茂治
「あちゃあ〜、吾郎のやつ何やってんだ?」

桃子
「どうしちゃったのかしらね?」

亜美
「お兄ちゃん、どうしたの?」

桃子
「ん? ちょっと今大変なだけよ」

観客
「おい、何だあのヘボピッチャー?」

観客
「本当だよ。せっかく決勝を観に来たってのに、ぶち壊しやがって」

観客
「やる気無いなら帰れってんだ! ヘボが!」

観客
「そうだそうだ! ヘボピッチャーが!」

桃子
「…………じゃありません」

観客
「……ん? なんだって?」

桃子
「吾郎は……うちの息子はヘボピッチャーなんかじゃありません! ちょっと苦戦しているだけです! 勝手なこと言わないでください!」

茂治
「おいおい……桃子……」

観客
「え……あ……もしかして、あんた本田茂治選手か!?」

観客
「あ! 本当だ!」

茂治
「あ…………は、はい。すみません、騒がしくしてしまって……。ただ、うちの吾郎はヘボピッチャーではないです! ……それだけは訂正してください」

観客
「え、あ……す、すみません」

観客
「ご……ごめんなさい……」

茂治
「……分かっていただけたのであれば、それでいいです。失礼します」

桃子
「あなた……」

亜美
「(おとさん、格好良い……!)」


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第五十五話

何人かからご質問のメッセージを頂いていたので、ご回答いたします。

【質問】
ワールド高校側の描写がないのはなぜですか?

【答え】
敢えてです。色々と察していただけると幸いです。
もしくは推測していただけると嬉しいです。



 四回裏。降谷はきっちりと三人で仕留める。しかし、ここまで全力投球を続けていた彼にとってはほぼ限界と言ってもよかった。

 

「降谷はここまで……ですね」

「ああ。丹波に伝えろ。次の回から行くぞ!」

 

 片岡は降谷に五回までは投げてほしかったのだが、佐藤兄弟が執拗に降谷の球数を投げさせるように動いたこともあって、目標の回に到達することなく降板する。

 この試合は総力戦となることを覚悟した片岡は、川上と沢村にも肩を作っておくように指示をした。

 そして五回表の青道高校の攻撃。青道ナインはベンチの前に集まっていた。

 

「どうだ、本田のボールは?」

 

 片岡の問い掛けに口々に答える。

 

「やはりストレートは速いですね」

()()()()()()()()()()()()()()というのが、唯一の救いですね」

「────!?」

 

 増子の言葉に対し、片岡は何かに気付く。

 

「マネージャー! 今日の本田は変化球を何球投げた?」

「は、はい……えっと、今日投げたのはチェンジアップの()()だけです!」

 

 今大会に記録員としてベンチ入りしているマネージャーの藤原貴子の言葉を聞いて、片岡は推測を立てた。

 

「もしかしたらだが……何かの事情で()()()()()()()()()()()()()()()()()()のではないか?」

 

 その言葉に投手陣を初め、選手達の脳裏に浮かんだのは〝故障〟の二文字であった。

 

「ですが、もし故障だとしたらここまで投げて来ないのではないでしょうか?」

「ふむ、では別の理由があるのかもしれない。なんにせよ本田がストレートしか投げてこないのであれば、お前達にもまだまだチャンスは有る。

相手から貰った点数ではなく、自分達のバットで奪った点で勝利を掴んでこい!!」

「しゃあぁらあああ!!」

 

 片岡の(げき)にメンバーは気合を入れて答える。

 だが、ここからは楽勝だと思われていた青道がじわじわと追い詰められていくことに、まだ誰も気付いていないのであった。

 

 

 

 

「ストライク! バッターアウト! チェンジ!」

「ぐっ……!」

「なんだよ、変化球投げてこないんじゃなかったのかよ……」

 

 この回の吾郎は何かを吹っ切ったかのような顔をして投げ込んでいた。

 フォーシームジャイロ、チェンジアップだけではなく、ツーシームジャイロを混ぜ込み、四番結城から始まる青道の強力打線に掠らせることすらさせなかった。

 そして五回裏の攻撃が始まる。

 

〈青道高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャー降谷君に代わりまして、丹波君。降谷君は坂井くんと代わり、そのままレフトに入ります。〉

 

 丹波がピッチング練習をしているとき、その横を降谷が通り過ぎる。

 

「後は、お願いします……」

 

 通り過ぎざまに小さな声で呟いた降谷の声に、丹波は微かに笑みを浮かべる。

 丹波は真剣な表情で打席に入る六番打者のマキシマムを睨みつけるのだった。

 

 

 

「ショート!」

「アウト! スリーアウト、チェンジ!」

 

 丹波は降谷から引き継いだマウンドをきっちり三人で抑える。

 

「ストライク! バッターアウト! チェンジ!」

 

 しかし、吾郎も前の回から六者連続三振を出し、青道にこれ以上調子に乗せないように抑えていく。

 そして試合が動いたのは、六回裏のワールド高校の攻撃であった。

 

〈一番センター、佐藤翔君〉

 

 丹波は九番のヤーベンを抑え、一死(ワンアウト)で上位打線が回ってくる。

 彼としてもここを抑えることが非常に重要になってくる。

 

「丹波ぁぁぁ! 打たせていけよ!」

 

 センターの伊佐敷から大きな声がマウンドまで届く。

 その声に小さく頷いた丹波は、振りかぶって第一球を投げた。

 

「ボール!」

 

 球はわずかに外に外れる。二球目も外れてツーボール。

 三、四球目をゾーンに入れるも、翔がバットに当ててファールとする。

 

(こ、こいつ、もしかして……)

 

 ここでクリスの脳裏に降谷のことが思い浮かんだ。寿也と翔は徹底的に降谷の球数を増やし、疲労を蓄積させることを考えていた。

 それを丹波相手にも行おうとしているのではないかと。

 その予想は()()()()()()()()()()

 

「おおおおお! センター前ヒットだ!」

 

 翔はセンター返しをして、塁に出る。この対決で丹波に投げさせた球数は十五球。

 クリスは何回も敬遠しようとボールを外したのだが、きちんと外しきれずに翔にファールとされてしまっていた。

 そして二番のケロッグが進塁打を放ち、二死(ツーアウト)ランナー二塁という場面で、回ってきてほしくない打者が続くこととなった。

 

〈三番サード、ジョー・ギブソン・Jr.君〉

 

 ジュニアを出塁させれば、寿也まで回ってくる。なんとかここで抑えておきたかったのだが──

 

「ギブソンJr.がタイムリーヒットで一点返して、またランナー二塁になったぞ!」

「ここでワールド高校の主砲の登場だ!」

 

 ここは無理するところではない。四番の寿也に打たれる可能性を考えるのであれば、敬遠することも一つの手だった。

 だが、()()()()()()()()()()()ということが、彼らの冷静さを少しだけ奪ってしまっていた。

 

「丹波」

「……ここは勝負か?」

 

 クリスはマウンドへ行き、丹波の様子を伺う。

 そして彼の顔を見て、まだ気持ちは折れていないと確信したクリスは丹波の問いに頷く。

 

「そうだな。まだ点数はリードしている。ここは思い切って勝負してもいいかもしれない」

「分かった」

 

 ホームへと戻っていくクリスを頼もしそうに見る丹波。

 お互いに怪我に苦しめられた経験もあり、お互いの気持ちも分かり合っているようだった。

 

 打席に入り、構える寿也。

 セットポジションから丹波がストレートを投げる。

 

「ストライク!」

「おお! 初球インコースに投げるとは強気なリードだねぇ」

 

 内角に投げられたストレートを寿也は見送り、ワンストライクとなる。

 

(佐藤兄と同じく、何球も粘ってくるに違いない。ストライク先行で仕留めるぞ)

 

 クリスのサインに丹波は頷く。

 これが()()()()()()だということに気付きもせずに、外角にストレートを投げ込んだところ──

 

「右中間、行ったぞ! 追え!」

 

 寿也はストライクが来るのを待っていたかのように外角のボールを流し打ち、右中間へと飛ばした。

 クリスはマスクを脱ぎ、ホームでタッチアウトにするべく右中間へ飛んだボールの行方を追っていた。

 

「くそがあぁぁぁぁ!!」

 

 ボールを捕球した伊佐敷がバックホームするも、すでにジュニアはホームインしており、寿也は二塁まで悠々と到着する。

 伊佐敷からのボールを受け取ったクリスは悔しそうに歯噛みしていた。

 

(くそ、やられた……)

 

 降谷が投げていたときの翔と寿也の粘り。これは降谷の体力を消耗させるためというのは当たっていたのだが、別の目的もあった。

 それは次の投手が出てきた時に、同じくスタミナ消費をさせると()()()()()ためであった。

 翔が粘れば、同じ方法を取ってきたと思ってしまうのも無理はない。

 

 そのあと寿也に対し無駄球を投げさせずにストライク先行になってくれれば、それを打つ。

 もし敬遠を選択するようであれば、同じくスタミナを削る作戦に戻す。

 ここは全くの偶然だが、四点という点差も彼らの冷静さを奪ってしまう一因にもなっていた。

 

 この回は次の打者の吾郎を抑えることが出来たが、これで6-3。

 少しずつ追い付かれ始めているという感覚に、青道高校は恐怖を感じ始めていたのだった。

 




いつも本当にありがとうございます。
感想、全て拝見しております。きちんとご返信したいのですが、なかなか返す時間が取れずに申し訳ございません。
質問やご指摘に関してはなるべく先に返すようにはします。
ですが、温かい皆様のお言葉の方が私としては嬉しいです。

評価をお願いする際に一言コメントをお願いしていますが、そこも素敵な言葉ばかりでこれからも頑張ろうという気持ちになれます。
これからもぜひよろしくお願いいいたします。


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第五十六話

大変遅くなりました。
ちょっとだけ新規業務が落ち着いてきたような気がするので、続きを書きました。
なるべく週一ペースで書けるようにはしていきたいです。

感想のご返信は出来ていないのですが、いつも拝見させていただいております!
いつも本当にありがとうございます!



「おいおい、このままだと……追いつかれちまうじゃねえか?」

 

 ぼそっと呟く観客の言葉に、周りも息を呑んで試合を見つめていた。

 六回裏に三点差まで追いついたワールド高校は、七回、八回と一点ずつ返し、6-5までその差を縮めていた。

 逆に青道高校は四回表に六点を取って以降、吾郎から追加点を得ることが出来ていなかった。

 

「アウト! チェンジ!」

 

 九回表、九番の白洲がショートゴロでアウトになり、チェンジとなる。

 そして九回裏のワールド高校の攻撃が始まる。

 

「最終回も川上でいくのか……」

「降谷も体力が戻っていないだろうしな。やはり青道はピッチャー不足が深刻だな……」

 

 八回裏から青道高校のピッチャーは川上へと代わっており、そのまま九回もマウンドへ向かっていた。

 そして九回裏、最初の打席にはこの試合を1人で投げ抜いていた吾郎が立つこととなった。

 

〈五番ピッチャー、本田吾郎君〉

 

 吾郎は打席に立ち、構える。川上は息を切らしながらもキャッチャーであるクリスのサインを見ていた。

 まだ八回を投げただけなのに、彼は大量の汗を流して、呼吸が荒くなっていたのだ。

 

(くっ……このプレッシャーに飲み込まれているな)

 

 クリスは川上の様子を見て、まずいと思っていた。しかし、それでも今この回を任せられるだけの経験を積んでいる者は川上以外にはいなかった。

 重圧に飲み込まれているものの、そんな中でも必死にもがいている川上。

 そんな彼が投げた初球を吾郎が振り抜く。

 

〈おっとぉぉ! センター前に綺麗に返された! ワールド高校、同点のランナーが出ました!〉

 

 センターに転がっていったボールを伊佐敷が捕球し、セカンドの亮介に渡す。

 無死(ノーアウト)、一塁。ホームランが出ればサヨナラという場面。

 クリスはタイムを取り、川上のところへ向かう。

 

「……大丈夫か?」

「は、はい……!」

 

 川上は半ば条件反射のように返事をするが、その様子はどう見ても大丈夫ではなかった。

 クリスは軽く息を吐くと、川上に語りかける。

 

「怖いよな?」

「は、はい……って、いえ! そ、そんなことは!」

「……無理はしなくていい。怖いのは俺も同じだ」

 

 優しく語り掛けるクリスの表情を見て、川上は(ほう)けてしまっていた。

 まさかこの場面でクリスがこのような表情を見せるとは思っていなかったためだ。

 

「甲子園が懸かった大事な試合だ。負けたらどうしようと考えるのも仕方がない」

「……クリス……先、輩……」

 

 川上は息を荒くしていたのだが、少しずつ胸が軽くなっていくのを感じていた。

 

「お前には青道(うち)で積み重ねてきた力がある。一年の二人(降谷と沢村)にはまだない力がな。その力を信じろ。お前なら絶対にやれるはずだ」

 

 少しずつ。そう、少しずつだが荒れていた息が落ち着いていき、先程までこわばっていた表情も和らいでいく。

 そして、プレッシャーで震えていた手にも力が戻っていくのを感じた。

 

「……もう大丈夫だな?」

「……はい。ありがとうございます!」

 

 クリスは川上の表情を見て、安心したようにホームへと戻っていく。

 マウンドにはいつもの川上の姿が残されていたのだった。

 

〈六番ファースト、マキシマム君〉

 

 一発が出ると負ける可能性がある場面で、一発が出そうな打者が出てくるのが世の常なのか、パワーヒッターの権化と言ってもおかしくないマキシマムが打席に立つ。

 川上は一瞬怯むが、先程のクリスの言葉を思い出すと目を瞑って深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

 そして、恐怖心が戻ってこないうちに振りかぶって初球を投げ込む。

 

「ストライク!」

 

 外角低めへ丁寧に投げられたボールに、マキシマムは空振りをする。

 そのバットを振る轟音に、ボールをスタンドまで持っていかれたと思った川上は、一瞬後ろを向いてボールの行方を探してしまっていた。

 主審の声で我に返り、空振りだと気付いた彼はすぐに前を向きクリスからボールを受け取る。

 

 そこからはインコースが得意なマキシマムに外角攻めで投げていく。

 二球目、三球目、四球目と外角に緩急を駆使して投げ込み、カウントはツーボール、ツーストライクとなっていた。

 そして五球目。

 

〈五球目を──マキシマム君が打ったァァ! ピッチャー強襲で抜けるかと思いきや、とっさに川上君が手を出したお陰でなんとかピンチを免れました青道です!〉

 

 五球目の真ん中低めのボールをマキシマムが打ち、ライナーで川上へと飛んでいく。

 このまま再びセンターへと抜けていくかと思ったら、川上が右手を出してボールに当てる。

 バチッ! という音とともに後方へ弾かれて小フライとなったところを倉持がキャッチし、そのままファーストへ投げてゲッツーとなった。

 

 吾郎も戻ろうとしたのだが、一瞬の出来事で反応が遅れてしまい、倉持の投げた球がファーストミットに届く方が一瞬早かった。

 ワールド高校はこれで二死(ツーアウト)ランナー無しでヴィクターを迎えることとなった。

 もしヴィクターがアウトになってしまえば、そこで試合が終了してしまい、青道高校の甲子園出場が決まる。

 

「よっしゃぁぁぁぁ! 二死(ツーアウト)だ! 川上ィィ! 次のバッターで終わらせるぞ!」

 

 伊佐敷は大きな声で川上を鼓舞する。

 それに苦笑いをしながら応える川上。全員が伊佐敷の大声に対してその表情をしているのだと思っていた。

 これで甲子園は青道だ。黒船ワールド高校など大仰に言っていたが、実際は大したことはなかった。そう誰もが思ったに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、現実はそう甘くはなかった。

 

 

 

 

〈七番ヴィクター君、打ったぁぁぁぁ! 入るか!? 入るか!? 入った! 同点! 同点ホームランです! 最終回についに試合がふりだしに戻ってしまいました!〉

 

 初球。川上の投げたハーフスピードの絶好球を、ヴィクターは見逃さずにライトスタンドへと叩き込む。

 これで6-6の同点となってしまった。

 

「か、川上!!」

 

 突然の出来事に全員が(ほう)けてしまったのだが、倉持だけはマウンドで右手を押さえて(うずくま)っている川上に気付いて声を出す。

 その声にハッとしたかのように全員が正気に戻り、川上のもとへと走っていく。

 

「う……うう……」

 

 川上は右手を押さえたまま、立ち上がることが出来ない。

 クリスが川上の右手を持ち上げてみたが、人差し指と中指の爪が剥がれて血に染まっていた。

 

「こ、これは……! まさかさっきの……!?」

 

 マキシマムが打ったピッチャライナー。それを利き手で弾いてしまったため、ボールの勢いで爪が剥がれてしまい、もはやボールを投げられる状態ではなかったのだった。

 その光景はあまりにも悲惨で、誰もが息を呑んで見ているしか出来なかった。

 

「……す、すみません……。俺、どうしても、先輩達と甲子園に、行きたくて……」

 

 川上が泣きながら独白のように語るが、誰もそれに対して返事をすることが出来ない。

 黙って見つめているしか出来なかった状況で、片岡がベンチからマウンドへとやってきた。

 

「監督……すみません……すみません……」

 

 川上の右手を慎重に観察している片岡。川上はずっと謝罪を口にし続けていた。

 片岡は立ち上がると、ブルペンで様子を見ていた沢村に向かって話し掛ける。

 

「沢村! 行けるか!?」

「は、はい! いつでもいけます監督(ボス)!」

 

 沢村にピッチャーの交代を話し、同じくマウンドに様子を見に来ていた主審にもピッチャー交代を告げると、川上に肩を貸してベンチへと下がっていく。

 その間も川上は泣き続けていた。

 

「川上」

 

 マウンドからベンチへ戻るちょうど真ん中ほどで片岡が俯きながら泣いている川上に話し掛ける。

 

「よく我慢した。この状態になってもまだ投げるという意思を持ち続けたお前を、私は誇りに思う」

 

 その言葉を聞き、川上は俯いたまま大声で泣き始めてしまう。

 責められる。これで負けたら俺のせいだ。どうしても先輩と一緒に行きたかった甲子園を目の前にして、エゴを出した自分はもうチームに必要ない。

 それくらいのことを言われる覚悟だった川上にとって、片岡の言葉は思ってもいなかったことであり、嬉しい気持ちと悔しい気持ちが入り乱れてしまったのだった。

 

 ベンチに戻るとすぐに病院へ向かうためにタクシーを呼び、そのまま神宮球場を後にする川上。

 その頃には泣き止んでいたのだが、後方に聞こえる歓声に再度涙が溢れてきてしまっていた。

 

(俺は……俺は、どうして……)

 

 あと一人で甲子園。この場面はずっと夢に見続けるであろうと、無意識に思いながら川上は病院へと向かっていくのだった。

 




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第五十七話

書き上がったものから投稿していきます!



〈ピッチャーの交代をお知らせします。ピッチャー川上君に代わりまして、沢村君〉

 

 九回裏、二死(ツーアウト)の状況で負傷した川上に代わってマウンドに登ったのは一年の沢村。

 彼は初回からアピールを兼ねてずっとブルペンで肩を作っていたのだが、そのチャンスは一向にやってこなかった。

 相手は〝黒船〟ワールド高校。まだ一年生で経験も技術足りていない彼では、力不足となるのは目に見えていた。

 

 しかし、今彼以外にピッチャー出来る者は他にいなかった。

 降谷がレフトにいるためマウンドに戻すことも考えられたが、スタミナも消耗しており、そもそも降谷の速球に慣れてしまっているワールド高校ナインには打たれてしまう可能性のほうが高かった。

 それであれば初見の沢村を出したほうが、()()()()可能性がありそうと片岡は判断したのだった。

 

「沢村」

 

 投球練習を終えた沢村の周りにはキャッチャーのクリスや、他の内野手が集まる。

 

「クリス先輩!」

「……いけるか?」

 

 クリスは色々な意味を込めてその発言をした。

 周りを見ると、全員が疲れた顔をしていたが、まだ諦めた表情はしていなかった。

 

「一つでいい。ここで丁寧に一つだけアウトを取るんだ」

「そうすれば俺達が絶対逆転してやるからよ」

 

 追い詰められた状況でも決して諦めない姿勢に沢村は感極まってしまい、なぜか笑っていた。

 

(まだ試合を諦めていないんだ──それは絶対に青道(俺達)が甲子園に行くんだって、青道(俺達)の方が強いんだっていう強い意志──)

 

 その笑顔に全員が心配そうな表情に変わるが、クリスだけは薄く笑い、キャッチャーミットで沢村の胸を軽く叩く。

 

「今必要なのは、お前のその強気な意思だ。俺を信じて、気持ち(ここ)で投げてこい」

「……はい! それしか取り柄が無いんで! やってやります!」

 

 クリスに頼られているというのが嬉しかったのか、笑みを更に深めて大きな声で返事をする沢村。

 そして、各守備位置に内野手が戻っていったのを確認した沢村は、後ろを向いて左手を掲げる。

 

「皆さん! あとアウト一つです! ガンガン打たせていくんで、よろしくお願いします!!」

 

 この大声は彼にとって気合を入れるためのものなのか、緊張を紛らわすためのものなのかは分からない。

 しかし、どうしても彼には必要なものなのであろうことは誰の目にも明らかだった。

 

〈八番ショート、ロイ君〉

 

 ロイが打席に立つ。沢村は軽く息を吐くと、クリスのサインを確認する。

 といっても、彼には真っ直ぐ(ストレート)しかないため、どこに投げるのかというだけなのだが。

 

(川上の怪我に気付いてやれなかったのは、俺の責任だ。あの打球を手に受けて、まともに投げられるはずがない……それを甲子園が目の前まで来ているということだけで冷静さを失ってしまっていた。

だが、俺は……俺達は簡単に諦めるわけにはいかないんだ。沢村、まだ俺達に野球を続けさせてくれ……)

 

 クリスは後悔していた。川上の怪我に気付いてやれなかったことに。

 いつもの彼なら──いや、彼でなくても誰だって気付いてもおかしくはなかったのだ。

 甲子園まであとワンアウト。この魔力と会場の熱気がクリスだけでなく、名将片岡の冷静さをも奪ってしまっていた。

 

「ストライク!」

『おいおい……なんだよ、コイツのフォーム……』

 

 沢村も彼らの気持ちに気付いていた。だからこそ、落ち込んでいるであろう先輩達を慰めることも視野に入れつつマウンドに入ったのだが、そんな心配は杞憂だった。

 彼らは戦線離脱してしまった川上のため、そして自分達のためにも必ず甲子園に行くのだという強い気持ちを忘れずに持っていたのだ。

 それを見た沢村は笑うしかなかった。

 

「ストライクツー!」

「しゃああ! ナイスボール!」

「いいぞ、沢村ァ!!」

 

 それならば自分に出来ることはただ一つである。

 先輩のためなんて建前はいらない。今自分に出来る精一杯の気持ち(ボール)を、クリスのミットへと投げ込むだけだった。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 ロイを三球三振でアウトにした沢村は、ガッツポーズをする。

 まだ試合は終わっていない──この事実に青道ナインだけでなく、観客全員が歓喜の声を上げる。

 大声を出しながらベンチに戻る沢村を、倉持と亮介が調子に乗るなと言わんばかりにツッコミを入れるが、それはいつものお約束なので誰も止めに入ることはなかった。

 

〈なんと! 一年生の沢村君! インコースに三連続ストレートでロイ君を三振に仕留めました! 今のはどうでしたか、茂野さん!〉

〈強気な気持ちがいいですね。川上君が怪我で戦線離脱してしまい、追いつかれてしまったこの状況では慎重になってしまうことも多いのですが、それはこの状況では弱気になってしまい、一気に勝負が付いてしまうこともありえますからね〉

〈なるほど! ピッチャーならではの視点ですね! 西東京大会決勝は延長戦へともつれ込みました!〉

 

 

 

 まだ終わっていない。試合はこれからだ。

 絶対に逆転をして、甲子園に行くのだという気持ちを一つにして、青道高校は十回表の一番打者からという好打順でスタートするのだった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「ストライク! バッターアウト! チェンジ!!」

「おいおい……」

「な……なんだよ、それ……」

 

 十回表、一番の倉持から始まる攻撃。ピッチャーを何人も交代している青道と違い、ワールド高校は本田吾郎ただ一人で投げ続けている。

 まだ高校一年生の彼は体力もきっと尽きてくるに違いない。これが逆転のチャンスだと思っていた。

 しかし、それは無情にも打ち砕かれた。

 

 吾郎は多少の疲れは見えるものの、球威の衰えはほとんど見せず、倉持、亮介、伊佐敷を三者三振に仕留める。

 倉持や亮介はバントを使ったりして、なんとか塁に出ようと画策したのだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「こ、これが……ワールド高校だってのかよ……」

「あのピッチャー、化け物かよ……」

 

 青道ファンの観客達は涼し気な表情でベンチに戻っていく吾郎を見て静まり返り、絶望の表情を浮かべていた。

 まだ負けていない。これから逆転するのだ。そういった気持ちを一切吹き飛ばすような無慈悲な投球を見せつけられたのだった。

 しかし、そんな中でもまだ諦めていない者もいた。

 

「まだ終わっていない! この回を抑えれば、我らが主砲! 我らが主将(リーダー)が必ずや打ってくれますとも!」

 

 それは先程の回でロイを三振に仕留めた沢村であった。

 十回裏を抑えれば、結城、クリスに打順が回ってくる。これがダメでも、こちらが抑え続ける限り負けることはないのだと気持ちを切らすことはなかったのだ。

 実際にそれは投球にも現れていた。

 

「ストライク! バッターアウト!」

「おいおい、青道の一年が連続三振かよ」

「こりゃあ、まだいけるんじゃないか!?」

 

 沢村の気持ちは良い意味で周りに伝染する。それが勢いとなり、追い風となり、チームにとって良い原動力となっていた。

 気持ちだけではない。彼がどれだけ練習を重ね、努力をしていたのかを数ヶ月ではあるが全員が見ていた。

 だからこそ、彼が背番号を貰ったことに青道メンバーで不満を持つ者は誰もいなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 そんな沢村でも負けたくない人物がいた。

 それは青道高校に偵察を兼ねて乗り込んできた人物。

 そして、先輩達を完膚なきまでに叩き伏せ、バッターとしても優秀さを見せつけていた人物。

 

 沢村が待っていた彼は、ゆっくりとネクストバッターズサークルからバッターボックスへと歩いていく。

 この試合でも活躍を見せており、同じ一年生の彼にだけは絶対に打たれたくないと沢村は思っていた。

 その人物とは──。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈一番センター、佐藤翔君〉

 




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第五十八話

〈一番センター、佐藤翔君〉

 

(……ッ!)

 

 翔がバッターボックスへと入っていく。

 十回裏、最初の打者であるヤーベンを三振に仕留めた沢村の目には、すでに彼しか映っていなかった。

 

「打たせてこい! 沢村!」

「全員で守り抜くぞ!」

 

 結城や増子だけではない。青道ナインは全員が声を出してこの回を乗り切ろうと奮起する。

 ワールド高校をここまで追い詰めたチームは、四月からの何十という練習試合、この夏の大会を見てみても、ただの一チームもなかった。

 

「決めようぜ!」

「気合だッ!!」

 

 一年の沢村にこの大切な場面を任せてしまうことを丹波は不甲斐ないと思っていた。

 いや、上級生は全員思っていたに違いない。

 自分がもっとしっかりしていれば。もっと野球が上手ければ。あの場面で打つことが出来ていたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────この試合に出ることができていれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベンチメンバーは片岡がいる手前、必死に堪えていたが、アルプススタンドで応援している上級生──特に三年生──は、涙を流しながら応援をしていた。

 それは試合を諦めたからではない。沢村を頼りないと思っていたからでもない。

 この大事な場面で、一年生(沢村)をフォローできない自分達が不甲斐ないと思ってしまっていたからだ。

 

「さわむらぁぁぁぁ!!!」

「頼むぞぉぉぉぉ!!!」

「お前なら絶対に出来るぞぉぉぉ!」

 

 彼らは声を枯らしながら、必死に応援し続けていた。

 近くで彼を助けられないのであれば、自分達に出来ることなど限られている。

 

(これで喉がぶっ壊れてもいい! もう声が出せなくなってもいい! 沢村の力になってやりたいんだっ!!)

 

 そして、その声は確かに届いていた。

 沢村はアルプススタンドの方を向くと、左手に持っていたボールを掲げた。

 その行動は、更に青道の応援を大きくさせることになる。

 

(ここまで来たら、あとは気持ち。どこまで強い気持ちを持って投げられるか──)

 

 片岡は眉間にシワを寄せてその行方を見守っていた。

 翔が構えたところで、主審からプレイが掛かる。

 

(まずは……ここだ)

 

 内角へのストレートをクリスは要求する。

 沢村は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに頷くとワインドアップからボールを投げ込む。

 

「ストライク!」

「おおっ!! 初球から内角とは……あのキャッチャー強気だねぇ」

 

 クリスは沢村にボールを返すと、座って次はどの球を投げるかを考える。

 

「…………っ!」

 

(もう一球だ。気持ちで負けるな、腕を振り切れ!)

 

 二球目にクリスが要求したボールも内角へのストレート。

 沢村はまたも一瞬だけ驚くが、クリスの気持ちを理解すると頷き、ボールを投げる。

 

 彼のボールは同じストレートでも微妙に動く《ムービングボール》という球種である。

 どう変化するのかは現時点の沢村自身にも分かっていない。

 しかも腕が非常に柔らかく、投げるときのタイミングが非常に取りづらかった。

 

「ファール!」

 

 それでも翔は二球目でボールに当ててくる。

 沢村のボールが非常に打ちにくいというのは、翔より前の打者が抑えられたということから想像に難くはない。

 実際に今のワールド高校でも初見でヒットを打つことが出来る者の方が少ないであろう。

 

「ファール!」

 

 それでも翔はどう変化するか分からないムービングボールにきちんとアジャストしてくるのだ。

 

「ファール!」

 

 三球連続でファール。これにはクリスもまさかという気持ちを抱かざるを得なくなっていた。

 

(まさか……沢村の体力も削ってくる気なのか……? いや、しかし……)

 

 今までの佐藤兄弟の行動から疑心暗鬼になってしまっているクリス。

 そのせいで次の球をどこに投げさせればよいか分からなくなり、止まってしまう。

 

「クリス……先輩……?」

 

 沢村は指示を出さないクリスに戸惑いの表情を見せる。

 その雰囲気に気付いたのか、観客も次第にざわめき始める。

 

(クリス……ここは一旦タイムを──)

 

 様子がおかしいクリスのためにタイムを取ろうとベンチから出ようとした片岡。

 しかしそこで先に動いたのは翔だった。

 

「すみません。タイムお願いします」

「……あ、ああ。タイム!」

 

 翔はタイムを主審に告げると、バッターボックスから出てクリスの方を向く。

 

「クリス先輩」

 

 声がした方をクリスが向くと、そこには満面の笑みを浮かべている翔がいた。

 

「せっかくの決勝戦なんだから、もっと野球を楽しみましょうよ!」

「────!」

 

 サムズ・アップしてきた翔に対し、何も返答ができないクリス。

 

「こら、君。そのためにタイムを取ったのかい? プレイ中は私語を──」

「余計なこと考えないで全力で来てください。僕も絶対に負けないんで!」

 

 主審に注意されているのを無視してクリスに話し続ける翔。

 その行動にポカンとしていたクリスも、急に笑い始める。

 

「ク、クリス先輩……?」

「クリスが……」

「あんなに大声で笑ったことなんかあったか……?」

 

 沢村をはじめ、青道ナイン全員が今まで見たことがないクリスに驚いていた。

 主審も急に笑い始めるクリスに戸惑っていた。

 

「……そうだな。こちらも全力で相手をしよう。だが、うちの沢村(一年)は手強いぞ?」

「ええ! 望むところですよ!」

 

 翔とクリスはお互いに微笑み合う。

 片岡はそっとベンチに戻ると、腕を組んで試合を見守っていた。

 

「……ったく。これでは私が余計なことを言っているみたいではないか。試合を続けるが、もういいね?」

「ええ! ありがとうございます!」

「ありがとうございます」

 

 主審は二人の姿を見て注意する気がなくなったようで、試合を再開すると告げる。

 翔とクリスは気持ちを分かってくれた主審にお礼を言うと、それぞれの位置に戻るのだった。

 

「プレイ!」

 

 試合が再開される。沢村はクリスの指示に従って、全力で投球を続ける。

 〝一球入魂〟──その言葉のとおり、全てに魂を込めて投げ続けていた。

 

(こんな試合は滅多にすることなんて出来ない。きっと甲子園に行っても無いだろう)

 

 クリスは翔を抑えるべく、頭をフル回転させてリードを続けていた。

 

(だからこそ勝ちたい。俺は……俺達はこの青道(チーム)で甲子園に行きたいんだ!)

 

 

 

 

「ボール!!」

「おおおおお! よく見たな!」

「今のは入っていたんじゃねえのか?」

 

 内角低めに投げられたボールはわずかに外れていたのか、審判からボール判定をされていた。

 

「はぁ……はぁ……」

「…………」

 

 十六球も全力で投げ続けた沢村は、息が上がっていた。翔も同じなのだが、顔には出さないように真剣な表情をしていた。

 一死(ワンアウト)ランナー無し。カウントはスリーボール、ツーストライク。

 お互いにそろそろ限界が来ていたのは分かっていた。

 

(…………これで)

 

 沢村は息を整えると、腕を振り上げる。

 

(これで──)

 

 右足を思い切り上げ、内角へ全力のストレートを投げ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カキィィィーーン! という大きな金属音が神宮球場全体に広がる。

 その音のあと、一瞬──いや、もっと長かったかもしれない──全ての音がかき消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈…………は……は…………入ったぁーーーーっ!!! レフトスタンドに! 佐藤翔君の打ったボールが消えていきました! サヨナラ、サヨナラホームランです!〉

 

 

 

 神宮球場のグラウンド内で唯一動いていたのは、静かに右腕を上げながらグラウンドを回っていた佐藤翔だけだった。

 




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英雄伝説 青薔薇の軌跡
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第五十九話

「それでは7-6でワールド高校の勝利です。互いに礼!」

「ありがとうございました!!!」

 

 ワールド高校と青道高校のメンバーがお互いに礼をする。

 その後、何人かは握手を交わしていたが、すぐにお互いのベンチに戻り、そのまま閉会式が始まるのだった。

 

 夏の甲子園出場を決めたのは創立一年目で初参加である〝黒船〟ワールド高校。

 その現実に未だ信じられない青道ファンの観客。テレビやラジオで聞いていた者たちも信じられない人が多かったであろう。

 6-1の状態からコツコツと点を奪い続け、最終的にサヨナラホームランで勝負を決められたあの瞬間は、誰もが夢だと思ったに違いない。それほど劇的なシーンだった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 閉会式が終わり、場所は神宮球場のベンチ裏。

 そこでは各チームが記者から取材を受けていた。ワールド高校のケビン・スコフィールドはキャプテンである翔の通訳でインタビューに答え、翔も一緒にインタビューを受けていた。

 そして青道高校側にも少ないながらも記者が監督の片岡に対して数名インタビューをしていた。

 

「あの〝黒船〟ワールド高校をあと一歩というところまで追い詰めたわけですが……」

「選手達はそれぞれよく戦ってくれましたし、強い気持ちを持ってプレーしてくれたと思います。あの子達を甲子園の舞台に立たせてやれなかった。今はそれが……一番悔しいです」

 

 毅然とした態度で片岡は自身の責任だと記者の質問に答える。

 その姿に対し、インタビューをした記者たちは生徒達から信頼されるであろう彼の内面を見たような、そんな気がしていたのだった。

 

 

 

 それぞれの取材も終わり、選手達が帰ろうと神宮球場から外に出ると、そこには大勢の観客が待ち構えていた。

 

「ナイスゲーム!」

「来年またがんばろーぜ!」

「本当に惜しかった!」

 

 青道高校を惜しむ拍手がそこかしこから起き、その言葉に対して胸が締め付けられる思いを感じながらも青道ナインは整列をする。

 そしてキャプテンである結城哲也が代表して挨拶をする。

 

「期待に応えられなくてすみませんでした!! 応援ありがとうございました!!」

「したぁ!!」

 

 結城に続いて他のメンバーも頭を下げる。

 観客も彼らを責めることをせず、良い試合だったと本音で彼らに言葉をぶつけていた。

 その言葉が本当に嬉しく、そして苦しく。だが、この場で涙を見せる者は誰もいなかった。

 

 単純な実力だけで見れば、ワールド高校の方が上だったかもしれない。

 しかし最終的な試合結果を見て分かる通り、ワールド高校はあわや敗戦するところまで追い詰められてしまっていた。

 それでも青道高校とワールド高校のチームの決定的な差が何だったのかを挙げるのだとすれば、それは()()()()()()()()()()()()という部分であろう。

 

 ワールド高校野球部は()()()()()()()()()()()()()()()()を育成するところである。

 そこまでの道のりは過酷であり、誰もが通れる道ではないのだ。

 そんな彼らにとって、『甲子園への出場』、『甲子園の優勝』は通過点に過ぎず、そこで躓くわけにはいかない。

 

 今日の試合のように苦しい展開もあるだろう。

 それは試合だけではなく、今後の練習やレギュラー争い、高校を卒業したあとも今回以上に苦しいこともあるに違いない。

 そのことを覚悟している彼らには、これくらいの苦しみはクリアしていかなければいけないのだ。

 

 だからこそ逆境でも慌てず冷静に一つずつ対処していく。

 それを乗り越えた先に彼らの夢が待っているのだから。

 

 

 

     ◇

 

 

 

(な、なんで……あとアウト一つだったのに……そこから勝ち越せば、勝っていたのはこっちだったのに……)

 

 帰りのバスの中。落ち込み、何も話すこと無く項垂(うなだ)れている青道ナインの中で、沢村は最後のシーンを思い出していた。

 

(これで……終わり? これで……)

 

 帽子を床に落とした沢村はゆっくりと拾い上げ、ふと左に視線を向ける。

 そこには声一つ上げず、ただただ涙を流し続ける結城がいた。

 その光景を見た瞬間、沢村の目からも涙が溢れ、こぼれ落ちていた。

 

(……っ。先輩達、みんなすげぇ人ばっかだし……尊敬できるし、カッコいいし。なんていうか俺、このチームでずっと戦っていたいんだなって……)

 

 今日の試合は決して沢村だけのせいではない。

 青道野球部で誰一人そういうことを言う人間はいないだろう。

 それでも本人は違った。

 

(負けた……このチームが負けたんだ……俺の、俺のせいで……!)

 

 佐藤翔を敬遠していれば変わったのか、それは決して分からない。

 だが、沢村は初めからそんなことは頭になかった。もし少しでもそのことが頭をよぎり、彼を敬遠して二番のケロッグを抑えていれば、次の回で勝ち越しのチャンスもあったに違いないと思っている。

 

 ああしていれば、こうしていれば──そんなことを考えても意味がないのは分かっている。

 それでも沢村の頭の中で()()という二文字がある限り、何度でも頭を()ぎるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして青道高校野球部の夏が、結城達にとっては高校野球最後の夏が今日終わったのだった。

 




遅くなり申し訳ございませんでした。


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第六十話

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!



「翔! 甲子園出場おめでとう!」

「うん、ありがとう」

 

 メリッサと翔は甲子園出場が決まり、二人で帰っていた。

 吾郎と寿也、ジュニアが学校に置き去りになっているのはメリッサが強引に二人きりになろうと画策した賜物である。

 

「こんなに早く約束守ってくれるなんて、嬉しいな……」

「……ん? メリッサ、なにか言った?」

「ううん! 何でもないよ!」

 

 メリッサがぼそっと話したこともあり、翔には彼女の喜びの声は届いていない。

 だがメリッサが喜んでいる風なのは翔も気付いているため、悪いことではないのだと判断していた。

 

「そういえばさ」

「ん?」

「甲子園出場してこれだけ注目されてるんでしょ? もし優勝なんてしたら、翔とかどうなっちゃうのかな?」

「まぁこういうときは大抵ピッチャーとか四番とかが注目されることが多いから、吾郎君とか寿也が中心になるんじゃないかな? あとはギブソンの息子ってことでジュニアもあり得るよね」

「……はぁ。翔ってこういうところあるからなぁ」

 

 メリッサはあからさまにため息をつく。

 

「え、僕何か変なこと言った!?」

「……ううん、別にいい。とりあえず他の女の子が言い寄ってきても相手しちゃダメだからね!」

「他の女の子って……」

 

 メリッサは翔がこれ以上周りに注目を浴びるということに対して懸念があるわけではない。

 その副次的効果として、翔の女性ファンが増えてしまうことを恐れていた。

 まぁ彼女自身が()()()()()()()()()()()として、今後全国区になるというのはまた別の話であるが。

 

 実はメリッサの心配はワールド高校野球部のメンバーのおかげで、そこまで大きくなることはない。

 なぜなら、メンバーにはジュニアやヴィクター、アルヴィンといった海外勢のイケメンもいるし、日本勢でも吾郎や寿也がいるため、翔が一人だけ群を抜いて顔が良いというわけでもないからだ。

 それでも恋心というものは人間を不安にさせることも多い。

 

「僕にはそんなに寄ってきたりしないし、大丈夫だよ。それよりもジュニア達のことを心配してあげたほうがいいんじゃないかな? 今でも校門にファンの女の子達がたくさん来てるし」

「むーっ! お兄ちゃんは別にいいの! ……なんで分かってくれないかなぁ?」

 

 翔はメリッサのアプローチになかなか気付かない。

 メリッサのことを妹のように扱うことも多いため、一緒に住んでからも彼女はむくれることが多かった。

 今もその状況である。

 

「ま、よく分からないけど、お腹空いたね! メリッサ、何か食べたいものとかある?」

「…………はぁ。焼肉でも食べに行く?」

「え、メリッサどうして僕の食べたいものが分かったの!?」

「翔がそう言うときはいつも焼肉じゃない」

「え、そうだっけ?」

「そうよ……ってもういいわ。行くなら早く行きましょ。いつものところでいい?」

「うん、早く行こう! みんなは──」

「──呼ばなくていいの! うるさくなるし!」

「はいはい。分かりました、お嬢様」

 

 翔はメリッサを宥めようと、彼女の頭を撫でる。

 子供扱いされているのは分かっているのだが、それでも好きな人に頭を撫でられること──好きな人にというところが大事──に悪い気分になるわけもなく、少しだけ顔を赤らめて大人しくなる。

 そして、すぐに手を離されたメリッサは「あっ」と名残惜しそうな声を出すのだが、

 

「ほら、早く行こ!」

 

 そう言って差し出された翔の手を微笑みながら握りしめて、行きつけの焼肉屋へと向かうのだった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「青春しているねぇ」

「ちょっと、吾郎君! 覗きとか趣味悪いよ!」

うちの妹(メリッサ)の頭を撫でて、手を繋ぐとか……許せん!」

「ジュニアも! 今飛び出していったら二人の邪魔になるでしょ!」

「寿也! 離せ!」

 

 置いていかれたと思われていた吾郎、寿也、ジュニアは翔達の後ろをコソコソとついて回っていた。

 吾郎はただの野次馬として、ジュニアは大事な妹を傷物にされないか心配になって、寿也は二人のお目付け役として。

 最初、寿也は吾郎達を放っておいて、一人で家に帰ろうと思っていたのだが、今となってはついてきて正解だと思っていた。

 

「なんだあいつら、付き合ってるのか?」

「いやいや、あの感じはまだまだこれからってところじゃないのか?」

「メリッサちゃん、いいなって思っていたのに……」

「ふん、なんで俺まで……」

 

 翔達のことを付け回していたのは吾郎達だけではなかった。

 家や寮に帰ったと思われたワールド高校野球部のメンバー全員がコソコソとついてきていたのである。

 

「アルヴィン! そんなこと言うならついてこなきゃよかっただろ!」

「こいつらに無理やり連れて来られたんだろうが!」

「アルヴィン黙れ。翔達を見失ってしまうじゃないか」

「……監督(ボス)!? いつの間に!? というか、なんで監督(ボス)まで来てるんですか!」

「『不純異性交遊』というのが日本ではいけないんだろ? 野球部顧問として、確かめに来ただけだ……面白そうだし」

「思いっきり面白そうって言ってるじゃないですか! ……くそ、なんで俺がこんなところに」

「ほら、あそこの焼肉屋に入っていったぞ! 俺達も中に入るぞ!」

「うっす! ゴチになります!」

「…………自分で食った分は自分で出せよ」

 

 こうして焼肉屋に突撃していったワールド高校野球部メンバー。

 この人数と全員の体格でバレないわけはなく、せっかくの二人きりの食事を邪魔されたメリッサは終始不機嫌であったが、このままの流れで甲子園出場を祝した打ち上げが開かれるのだった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「俺らの初戦は三日目か」

「ああ、相手は大したことなさそうだが、油断はするなよ」

 

 甲子園の抽選日。翔はワールド高校の代表として抽選に参加し、三日目の第二試合のくじを引いていた。

 

(海堂高校とやるのは……いつになるかね)

 

 翔は組合せ表を確認して、海堂高校と戦うには何回勝たないといけないかを考える。

 現時点ではまだいつになるかが分からないので、少しだけ気を引き締めたところで、隣には寿也と吾郎がいた。

 

「海堂とはいつ対戦するかな?」

「あんなやつらにはぜってぇ負けてらんねぇな」

「……うん、そうだね。でもそのために一つ一つを確実に勝ち上がっていこう!」

 

 海堂とは因縁があるため、チームとして優勝を目指すために負けられないのはもちろんだが、個人としても絶対に負けたくないという気持ちの翔と寿也。

 そこでふと思い付いたかのように吾郎が口を開く。

 

「……なぁ。海堂(あいつら)、以前も卑怯な真似をしてきたんだから、今回も似たようなことをやってきてもおかしくないよな?」

「確かに……翔、どうする?」

 

 海堂──中心人物は江頭──は翔達が中学時代に人道的にやってはいけない妨害行為をしていた。

 そのとき周りの力を借りたとはいえ、彼らに一泡吹かせた佐藤兄弟に対して負の感情を抱いていてもおかしくはない。

 だからこそ更なる妨害工作を試合外、もしくは試合中に行ってくる可能性を吾郎は示唆する。

 

(確かに……吾郎君も実際にやられているわけだしね……)

 

 原作でも江頭に一泡吹かせた吾郎に対して、彼は試合中にわざと接触するように指示をして吾郎を怪我させるということをしていた。

 その時は練習試合だからよりやりやすかったというのはあったかもしれない。

 しかし、本番でもやってこない保証はない。もちろん全国中継している以上、下手なことをしたら大問題になるが、江頭は今の地位に就けるだけの頭の良さを持っているのを翔は理解している。

 

「しょ、翔? 大丈夫?」

「ん? ああ、考えごとをしてたよ。いくつか考えられることはあるけど、それも僕らが油断しなければ大丈夫なことも多いから、まずは確実に一回戦を突破することに集中しよう」

 

 不安そうな顔をする寿也や吾郎に翔は笑顔で問題ないと伝え、今は目の前の試合に集中するように再度伝える。

 翔がそう言うのであれば彼らもこれ以上は何も言えずに引き下がるしかなかった。

 

(寿也も吾郎君も絶対に怪我させないからね……!)

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

『ゲームセット! ワールド高校、甲子園一回戦を突破しました!!』

 

 アルヴィン率いる第二レギュラーチームが先発して、一回戦を12対1という圧倒的な差で快勝した。

 勝って当たり前のようなすました顔をしているアルヴィンだが、全国大会での勝利にわずかに嬉しそうな表情を見せていた。

 

 

 続く二回戦、三回戦も吾郎とアルヴィンがそれぞれ投げることで、勝ち進んでいた。

 そして準々決勝に残った八チームのみで再度抽選を行う。

 

「……海堂とは準決勝か!」

「あと一回勝てば戦えるね」

「ああ、でも……」

 

 翔達は第一レギュラーチーム。順番でいけば海堂高校と対戦するのはアルヴィンの第二レギュラーチームであった。

 

「これって交代してもらえねぇのかな?」

「いや、無理でしょ。完全に私事なのに監督(ボス)がOKするわけがないよ」

 

 吾郎が思い付いたまま発言するが、寿也にあり得ないと一蹴される。

 

「……んー、そうだね。まぁよくよく考えるとさ、必ず僕らで倒さないといけないというほどのことでも無い気がしてきたのは僕の気のせい?」

「まぁ、そうだけどよ」

「そうだね。海堂はアルヴィン達に任せて、僕らは準々決勝に集中しようか」

 

 

 

 

 

 

『最後は本田君のボールがキャッチャーミットに収まり、三振! ワールド高校が準決勝進出を決めました!』

 

 順当にワールド高校は準決勝へ進出を決め、同じ日に海堂高校も勝利する。

 甲子園球場を出る際に、たまたま海堂高校とすれ違ったのだが、江頭は目を合わせることも無く去っていってしまう。

 それが逆に翔達への不安を煽ることになっていた。

 

「海堂との試合……本当に大丈夫かよ?」

「うん、僕も心配になってきた……」

「ま、まぁここまで何もないと逆に不安になるよね」

 

 準決勝当日の朝、いつでもアルヴィン達のフォローが出来るように準備をしていた翔達だったが────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『し、試合終了! ま、まさか海堂高校までワールド高校に破れてしまいました! 《黒船》を止められる高校はもう無いのか!? 決勝がより注目されます!』

 

 

 

 

 

 

 

 ────特に何も起こることなく、アルヴィンが二安打完封で海堂高校を抑えるのであった。

 もし翔達が準決勝に出場していたらどうなっていたかは誰にも分からないのだが、江頭がベンチに座ったまま何も行動を起こしていなかったのがより不気味に見えていた翔達だった。

 




遅くなり申し訳ございません。
昨年は途中から全く書けなかったです。
思い付いたものを文章にするのってここまで難しかったのかと思いました。

出来る限り頑張って書いていこうと思いますので、何卒応援をよろしくお願いします!


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第六十一話

更新が遅くなり、本当に申し訳ございませんでした!
できる限り更新頻度を上げていこうと思います。

8時に吾郎兄も更新済みなので、よければご覧ください。
また、お詫びになるかはわかりませんが、本話のあとがきに間話を追加しております。
合わせてご覧ください。



「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!」

〈あ、あ……圧倒的!! もはやこの言葉以外他に思い付く言葉が出てきません! ワールド高校が! あの〝黒船〟ワールド高校が創立一年目にして夏の甲子園を制しました!!〉

 

 海堂高校を準決勝で破ったワールド高校に決勝で波乱が起きるわけもなく、佐藤翔率いる第一レギュラーチームが15-0という圧倒的な差での勝利を手にする。

 全国大会での優勝。これは翔や寿也、吾郎だけでなく、ワールド高校に所属しているほとんどの人が経験していることであり、もはや慣れているような様子を見せるかと思いきや、

 

「よっしゃぁぁぁあああ! 甲子園優勝だ!」

「吾郎君、やったね!」

「なんだ、このくらいでそんなに喜ぶのか?」

「とか言いつつ、ジュニアも顔がニヤついてんじゃねーか」

 

 ベンチにいる第二レギュラーチームも含め、全員がマウンドに集まって喜びを分かち合っていた。

 優勝経験が何度あったとしても、勝利を素直に喜べない者はこの場にはいなかった。

 

「おい、お前ら。最後の挨拶があるだろ。さっさと並んでこい」

 

 監督のケビンがいつまでも喜んでいる選手達をなだめるようにベンチから出てきて、ホームへ整列するように促す。

 相手チームは圧倒的な差に泣き崩れるどころか、ようやく終わったというホッとした気持ちでいる者がほとんどであり、さっさとこの場から逃げ出したいとすでに整列済みである。

 

「よし! みんな整列だよ!」

「おうっ!!」

 

 全員が翔の声に反応しつつ、()()()()()()()を事前に相談していたため、ニヤニヤしながらケビンを見ていた。

 ケビンは「まだ浮かれてんのか?」と頭を掻いていたが、このあと起こる悲劇──あくまで彼にとってだが──を知る由もなかった。

 

『15-0でワールド高校の勝ちです。互いに礼!』

「ありがとうございました!」

『ありがとう……ございました……』

 

 これでようやく帰れる。相手チームは観客席への挨拶もそこそこにベンチから引き上げていく。

 甲子園の砂を持ち帰る気力すらなかった彼らを、誰も責めることなど出来ない。

 実際に試合中や試合後のネットの反応は、彼らに対しての同情の声が大半を占めており、ワールド高校に勝てなかったことを責めようものなら、逆に叩き潰されるといった徹底ぶりであった。

 

 そしてその場に残されたワールド高校のメンバーは表彰式がすぐに始まるというのに、ケビンをベンチから引きずり出すと全員で彼を拘束する。

 

「なななな! 何しやがる! おい、翔! こいつらを俺に近付けるな!」

「いやぁ、それは出来ませんね。これは僕の指示なので……」

「おまっ!? いつもとキャラが違うじゃねーか!」

 

 悪どい顔を見せる翔を見て、首謀者が彼だと分かり絶望的な顔をするケビン。

 しかし、その程度で彼が許されるわけもなく、ワールド高校野球部メンバーたちによって両手、両足、身体を持ち上げられる。

 

「や、やめろ……お前ら……! な、何をするんだ……!?」

 

 まさに恐怖である。筋肉ムキムキな高校球児が二十人弱で襲いかかってくる──ケビン目線──のだ。

 まさか全国中継されているこの場で暴行を受けるなどとは思いたくはないが、拘束されている以上、もはや抗うことは出来ない。

 

「よし、みんな! 準備は大丈夫だね?」

「おうっ!!」

「じゃあ行くよ!」

 

 翔の合図とともに、ケビンが宙へと舞い上げられる。

 

「う、うわわわーーっ! や、やめろ! 落ちるっ!!」

「ほらもう一回だ!」

 

 胴上げ。メジャーでは習慣になっていないため、ケビンは知らない。

 そして甲子園で優勝したら全員でケビンに胴上げをしようと、翔の発案で秘密裏に動いていたメンバーは全員が張り切っていた。

 解説者も「微笑ましい光景ですね」とケビンが本気で怖がっているとも知らずに、微笑んでいる。

 

「よーし! 次でラストだ! 行くよーっ!!」

「おっしゃぁ!」

 

 ようやく解放されたケビンの表情は青白くなっており、翔を睨みつける余裕すらないようであった。

 胴上げはされた本人は分かるのだが、()()()()()

 これは胴上げで舞い上がる高さが実際よりも高く感じるというのもあるが、胴上げしている側が受けそこねると事故にもなりかねない。

 今回に関しては体格の良いスポーツマンが行っているのもあり、観客やテレビで観ている人達からしてもかなり高く上がっているように見えていた。

 

〈それにしてもまさか高校創立一年目にして、夏の甲子園を制覇する高校が現れるとは驚きですね〉

〈ええ。もちろん前代未聞ですし、彼らのニックネームの通り《黒船襲来》という言葉がまさに当てはまりますね〉

 

 解説者達も驚きを隠せず、各ニュースではすぐにこの情報が取り上げられていた。

 新聞も各社一面で《黒船襲来》で埋め尽くされるというのは簡単に予想出来ることであろう。

 ワールド高校野球部は、観光したいというメンバーの要望を高校側が受け入れ、決勝戦の日を含めて三泊してから東京へと凱旋した。

 

 この三日間で翔とメリッサの距離が少しだけ縮まるのだが、それはまた別の話。

 

 

     ◇

 

 

 東京に帰ってから彼らに心休まる日は皆無であったと先に伝えておく。

 練習試合の申込み、毎日何十校という偵察、大勢のファンに囲まれるなど、一般の人達であれば心に動揺が生まれても仕方がない。

 しかし、それでも彼らの言動が変わることはなかった。なぜなら彼らにとっての甲子園優勝というのは()()()()()()に過ぎないのだから。

 

 メジャーリーガーになればこのようなことは日常茶飯事であるし、この程度に心を乱していてはこの先は望めないというのを理解していた。

 もちろん監督であるケビンや高校側も選手のメンタルケアに努めていたというのも大きな理由の一つである。

 東京に戻ってからの練習では、しばらくメンタルトレーニングが中心となり、少しでも変化が見られそうな場合はすぐに専門家によるケアがなされていた。

 

 これはワールド高校経営陣の考えであり、そのための資金は惜しむことはなかった。

 余談だが、こういったこともあり実は野球部以外の部活でも結果が出るようになっており、夏以降も部活動のみならず勉学関係などでも有名になっていくのだった。

 

 

     ◇

 

 

 九月下旬。ワールド高校野球部メンバーはそれぞれの出身国に帰っていた。

 理由は十八歳以下の高校生を対象にしたベースボールワールドカップが開催されるためだ。

 参加国数は二十ヶ国。日本代表としてワールド高校からは吾郎、寿也、翔の三人が選ばれており、甲子園出場校からだけではなく、実力が伴えば一回戦敗退の高校からも選出されていた。

 青道高校からは結城とクリスが選ばれ、吾郎達と同じチームで戦える喜びを噛み締めていた。

 

 しかし結果から言うと日本は準決勝で破れ、三位という結果だった。

 理由は球数制限と周囲からの批判防止、一部の選手による吾郎達への妨害があったためである。

 

 投手は投球数によって、休養日を与えることが義務化されている。

吾郎と翔もピッチャーとして──翔はピッチャーをやらないときはセンターを守っていた──投げていたのだが、二人が投げていたときに限って()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして初登板時、思うように投げられない吾郎は熱くなってしまい、自滅する直前まで陥ってしまっていた。

 

 そして、例えエラーが無かったとしても、二人が登板できる機会はそこまで多くはなかったであろう。

 現時点ではあるが、単純に二人の投手としての能力はずば抜けており、二人を中心に全体を調整していけばもしかしたら優勝も見えていたかもしれない。

 しかし、世間の反応はそうはいかないのである。一部の選手を贔屓しているように見えてしまう状況は批判の的になりかねず、日本選抜チームのトップ層としても避けなくてはいけない。

 

(まぁ……仕方ないよね)

 

 吾郎はそういった理由を聞いて憤慨していたが、翔と寿也は意外にも冷静だった。

 一部の選手による妨害行為に関しては二人も怒りを覚えていたが、球数制限や世間の反応というのは理解も出来るし負けた理由にしてはいけないとも思っていた。

 単純に実力をもっと上げればいい。それに尽きるのである。

 

(とはいえ、彼らの妨害行為に関してはしっかりと覚えておこう。こっちも怪我しかねない状況だったわけだしね)

 

 妨害行為の中には守備時の選手同士の接触によるものもあった。

 たった一度ずつではあるが、下手したら吾郎達は怪我をしてもおかしくない状況だった。

 しかし、証拠はない。もちろん分かる人には分かることではあるが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

(こんな重要な大会で仕掛けてくるとはね。一度の接触で怪我したとかなら、偶然で済ますつもりだったのかもしれないけれど……)

 

 翔は可能性の一つとしてあり得ることだったので、事前に吾郎と寿也には特定の選手と接触しそうなときは気を付けるように話をしていたため避けられたと言ってもよいのかもしれない。

 首謀者(相手)からすれば、これで上手くいけば御の字。上手くいかなくても、まだまだチャンスはいくらでもあると思っているであろう。

 

「……どうするの? ワールド高校を通じて抗議してもらうようにお願いする?」

「いや、やめておこう」

「なんでだよ? 証拠がなくても、エラーの数といい明らかにおかしいのは誰でも分かるだろうが」

 

 寿也と吾郎は抗議することに賛成であったが、翔だけは反対だった。

 

()()だよ。証拠がないのであれば、いくらでも言い逃れできてしまうからね。抗議するだけなら出来るが、それだとほとんどダメージを与えられないと思うよ」

「じゃあどうするってんだよ」

「……まずは証拠集めから始めよう。前回、僕らの父さんのときもボイスレコーダー(確たる証拠)があったから事なきを得たんだからね」

 

 今はまだ手が出せない。()()()()

 だが、翔はいつ同じことが起こっても対応できる準備を整えないと、安心した高校生活を過ごしていくのは難しいのではと考え始めていた。

 

 高校選抜ワールドカップベースボールはアメリカが優勝を決め、戻ってきたドヤ顔のジュニア達に対して吾郎達ではなく、妹のメリッサが予想以上に怒るというハプニングはあったものの、日常が戻りつつあった。

 その後、ワールド高校は秋大会を優勝。春の甲子園選抜出場を決めた彼らは、その勢いのまま選抜も優勝し、創立一年目にして《夏春連覇》という偉業を成し遂げる。

 他の高校とは比べ物にならないくらい偵察と研究されているワールド高校の二年目が始まるのだった。

 




間話 高校初めてのクリスマスデートでの服選び

(えへへ、明日は翔とデートだ)

 アメリカでのクリスマスは家族で過ごすのが一般的である。しかし、日本の風習はそうではない。
 日本ではクリスマスイブやクリスマス当日にパートナーと過ごすことが多い。
 そのことを知ったメリッサは、アメリカに帰る予定だったのだが急遽帰国をキャンセル。
 ギブソンやジュニア達家族に最初は猛反対されたのだが、翔の家族と一緒に過ごしたいという()()()()()()()()()()をされてしまったので、佐藤家に確認をすることで、渋々の許可が出た。

 しかし翔の家族と過ごすのはクリスマス当日で良い。彼女からしてみれば、二十四日は予定が空くことになるのだ。
 それを逃す手はないメリッサは、こっそりと翔に二十四日の予定を空けておくように伝え、ジュニアが帰国したタイミングで一緒に出かけようと誘って了承をもらっている。
 今はどんな服で出掛けようかを考えているところだった。

 メリッサは美少女なので、どんな服を着ても似合ってしまう。
 だが、出掛ける相手が翔なので、少しでも可愛いと思ってもらえる服にしたいと思うのは、まだ中学校一年生という年齢だったとしても関係なく思ってしまうものだ。

「メリッサちゃん、この服似合いそう! お兄ちゃんも可愛いって思ってくれるよ!」
「……うん、そうね! 美穂の選んだ服にしようかな!」

 美穂に着ていく服を一緒に選んでもらい、彼女がおすすめした服を見てそれを着ていくことを決める。
 上はタートルネックニット、それにコーデュロイ素材のサロペットを合わせるコーデに決める。
 身長が高いメリッサには、より脚長効果もあり、見た目もシンプルにまとまりつつ大人っぽさも出すことが出来るというところで、ごちゃごちゃした格好が好きではなさそうな翔に合わせつつの服装を選んだ。

(翔、可愛いって思ってくれるかなぁ……?)

 好きな人のことを考えながらドキドキしてしまうのは、誰しも通る道である。
 そこには年齢や性別は関係なく、メリッサもその一人なのであった。
 翔と一緒に暮らしているとはいえ、彼が野球一筋なのもあって、思っている以上に距離を縮めることが出来てはいなかった。
 だが、今以上を望んでしまうは我儘であろう。それを分かっているメリッサは無理せずに今の状況を楽しむと決めていた。

「メリッサちゃん、すごい嬉しそうだね!」
「えへへ、分かる? 翔とお出掛けできる日のほうが少ないからね。早くクリスマスにならないかなぁ」
「なんか羨ましいなぁ。私にもいつかそういう恋愛が出来たりするのかな?」
「大丈夫よ、美穂は可愛いし絶対素敵な彼氏が出来るわよ!」

 お互いに褒め合い、服を選んだりする関係が顔は似ていないのだが姉妹に見えてしまう不思議である。
 この年のクリスマスデートは少しだけ事件が起こってしまうのだが、それもまた別のお話。


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第六十二話

お待たせいたしました。
もう少し早めに更新できるように頑張ります!


 ワールド高校が設立してからというもの、高校野球界に話題が尽きることがなかった。

 〝黒船襲来〟と評された創部直後の練習試合五十戦全勝に始まり、創部一年目にして夏の甲子園優勝。

 続いて春の選抜高校野球大会でも優勝をする。

 

 もちろん話題になるのは野球の実力だけではない。

 彼らの端正な顔立ちにはファンが出来るのはもちろんだが、ワールド高校野球部のメンバーは全員慢心することなく紳士な対応を心掛けていたため、悪評が付くことはなかった。

 それも当たり前のことである。彼らはメジャーリーガーとなるべくこの高校に入っているのだ。

 ファンを蔑ろにする者が一流になれるわけがないと教えられているのである。

 

 ただ、彼らにとって予想外だったことが起こる。

 メリッサが()()()()()()()()()()()として話題の中心をかっさらっていた。

 連日報道されるのは彼女についての話題が大半で、ある番組では〝今日のメリッサ〟という放送枠まで設けられるほどである。

 

 彼女が練習中にあくびをすれば〈可愛い〉と話題になり、野球部の練習前にキャッチボールをしていれば〈可愛い〉と話題になるのだ。

 そして彼女は学業においても優秀で、小学生時代にPSAT──Preliminary Scholastic Aptitude Testの略で、大学に入る学生のための模擬テスト──で上位3%に入るほどの頭の良さである。

 運動神経もギブソンの娘ということもあり、かなりのものであり、まさに才色兼備なのである。

 

 もちろんそんな彼女を世間が放っておく訳がない。

 連日取材などの申込みが殺到することとなるのだが、監督であるケビンが全て断っていた。

 これは父であるギブソンの意向であり、それにはメリッサも同意していたためである。

 

 知りたい世間と情報をシャットアウトするギブソン側。そういった経緯もあり、そもそも話題にならないほうがおかしい。

 そしてそれはワールド高校が二年目、三年目の夏大会のすべての大会でただの一度も負けることなく優勝してしまうという快挙を成し遂げることで、更に注目を浴びることとなり、試合後のインタビューも選手に関してからメリッサに関しての内容に終始することとなっていた。

 

 三年生にもなれば、彼女は日本でいうところの中学三年生の年である。

 女性としての魅力も格段と磨きがかかり、普段一緒に暮らしている翔や寿也ですらもたまにドキッとしてしまうほどであった。

 あまりの彼女の人気ぶりに、犯罪に巻き込まれてしまう可能性を考えたジュニアは翔に常に一緒にいることを厳命し、それを律儀に守ってしまったせいで翔は野球部引退後も自身のファンとメリッサのファンから逃げる日々を過ごすこととなる。

 

 

 

 

 ────時間は三年目の甲子園優勝を決める少し前に遡る。

 

 

 

 

「ついに今日だな!」

「ああ、俺らはこの日のためにこの三年間死ぬ気で練習してきたんだ!」

「絶対に()()()選ばれるぞ!!」

 

 翔達が高校三年生になった六月のある日。

 本日は彼らにとってとても重要な日となっていた。

 それはメジャーリーグのドラフトの日である。

 

 メジャーリーグのドラフトにはいくつか条件があり、例えばアメリカ合衆国、カナダやプエルトリコに在住していないといけないなどである。

 そしてワールド高校に在籍している三年生の半分以上がその条件を満たしていないのである。

 つまり、彼らの大半は()()()()()()()()()()()()

 

 この事実はメジャーリーガーを志す者からすれば受け入れがたい事実であり、そしてそれをなんとかするために出来たのが()()()()()()であった。

 ワールド高校設立を提唱した段階でギブソンを初めとした理事のメンバーが動き、MLB競技委員会と話し合うこと数年、ワールド高校へ入学した生徒に関してはメジャーリーグへのドラフト対象となるという例外ルールが決まった。

 

 これにより吾郎、翔、寿也に関してはNPB側から抗議が入るなどの問題が起こる。

 日本のファンからしても三人は日本のプロ野球へ行くものだと思われていたため、連日ニュースで炎上していた。

 この時だけはメリッサの話題よりも吾郎達の方に話題はシフトしていった。

 

 しかしなかなか収まらないこの話題を収束させたのは、身内ではなく()()()()()()()()だった。

 彼らは試合の時は敵ではあったが、同じ白球を追いかける仲間(翔達)の夢を壊すことはしたくないと考えていた。

 有志による集められた高校球児達の署名。それは全国から集められ、あの海堂高校も賛成を表明し、その野球部員も署名活動に参加していたのだ。

 

 あとでそのことを聞いた翔達はとても驚いたのだが、何よりも自身のためにここまで周りが動いてくれることに感謝するだけでなく、野球という素晴らしい競技に出会えたことにも感謝する高校生活となった。

 結果として抗議は取り下げられ、翔達の進路を阻むものはなくなることとなる。

 そしてその報告を聞いたメリッサが喜びのあまり翔に抱きつく場面を報道されてしまい、別の意味で翔は炎上してしまうことになる。

 

 

 

 この炎上に関しては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 話は戻り、ワールド高校野球部のメンバーは無事全員ドラフトで指名されることとなり、これからは敵として戦うことになるのだが、今このときだけは喜びを分かち合う翔達。

 

「……私? もちろん翔がアメリカに行くタイミングで一緒に行くつもりよ」

 

 メリッサの進路は未だ決まっていない。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 場面は変わり、海堂高校の一室。

 そこでは早乙女兄妹が海堂野球部総監督の早乙女義治に報告をしていた。

 

「──以上です。ここまでで何かご質問はありますか?」

「……いや、ご苦労だった泰造、静香。それで今後についてだが……」

「あらやだパパったら、泰造って呼ばないでよ。江頭は海堂高校から永久追放されるわ。ただし、彼がやったことに関しては理事会の意向により(おおやけ)にされることはないわ」

「あと、今後海堂高校は選手を広告塔として扱わないように細心の注意を払うことになるわね。マニュアル野球に関してはこのまま継続。選手をより大切に……兄さんの二の舞いにしないように育てていくつもりよ」

 

 泰造と静香の兄──長男である早乙女武士は高校生のときにまだ弱小であった海堂高校野球部を率い、地区大会のすべての試合を一人で出場、決勝では高熱があるにも関わらずそれを隠して投げ切ることで初の甲子園出場を決めたが、その直後に死去していた。

 今の海堂のマニュアル野球が作られたのは、早乙女武士の死がきっかけであることは選手の誰も知らない。

 武士の名前が出たとき、義治も泰造も少しだけ顔を歪ませたが、それ以上表に出すことはなかった。

 

「そうか。私達も江頭から離れたということを暗にアピールするために、先日高校球児内で行われていた署名活動に関して選手だけでなく、野球部としても賛成することにした」

「ああ、ワールド高校の佐藤君達のことね」

「ああん、佐藤君達みたいなプリティーな子たちがせっかく海堂に来てくれるかもしれなかったのにぃ〜〜! 江頭のせいでワールド高校に行ってしまったじゃないのよ! 絶対に許さないわ、あいつ!!」

「……兄さん、その話何回目?」

「ちょっと、静香! 兄さんじゃなくて()()()って呼びなさいよ!」

 

 江頭に対しての嫌悪の内容が義治、静香とは異なっている泰造。

 真面目な話をしているとちょこちょこふざけるので、静香も苦笑いの回数が増えていた。

 

 

     ◇

 

 

 ある男の自室にて。

 部屋は物が散乱しており、空き巣が全てを引っくり返していったか、誰かが暴れたかのような様子であった。

 

「く……糞がァァァ!!! こ、この私がク、クビだと……? 事実を公にされないだけ感謝しろだと……?」

 

 散乱した部屋で怒りのあまり叫んでいる男。

 もう少しだった。彼の計画が上手くいけば、あの兄弟は二度と彼に逆らおうとなどと思わなくなるであろう。

 そのための準備が整う寸前で事もあろうに身内からの邪魔が入ったのだった。

 

「はぁはぁ……はぁはぁ……許さんぞ、あいつらめ……。そうだ、()()()()が全部悪いんだ。そうに違いない。ふはは、ふははははは!」

 

 彼が暴れたときにたまたまテレビが付き、メジャーリーグのドラフトのニュースが放送されていた。

 それを見てさらに怒りが溢れそうであったが、ある程度暴れたためか深呼吸をして落ち着くことが出来た。

 

「……このままで済むと思うなよ。私は必ず返り咲いてみせる。何十年掛かってもだ! そのときにまた関わることになるといいなぁ? ……()()()()!」

 

 

 

〜高校生編 完〜

 

 

【佐藤 翔高校卒業時ステータス】

◇投手基礎能力一覧

 球速:155km

 コントロール:C+

 スタミナ:C+

 変化球:

  チェンジアップ:5

  スラーブ:5

 

◇野手基礎能力一覧

 弾道:3

 ミート:C+

 パワー:C+

 走力:C+

 肩力:C+

 守備力:C+

 捕球:C+

◇特殊能力

【共通】

 ケガしにくさC+ 回復C+ ムード◯

 

【野手】

 チャンスC+ 対左投手C+ 盗塁C+

 走塁C+ 送球C+

 チャンスメーカー パワーヒッター 高速レーザー

 外野手○ 固め打ち 粘り打ち 打球ノビ◎

 

【投手】

 対ピンチC+ 対左打者C+ 打たれ強さC+

 ノビC+ クイックC+

 ジャイロボール 緩急○ 尻上がり

 リリース○ 重い球 キレ◎ 威圧感 

 牽制◯ 根性◯ アウトロー球威◯

 




追記:
吾郎兄の高校生編の終了に伴い、寿也兄に関して少しの間だけ非ログインの方でも感想を書けるようにいたします。
ぜひ感想を書いていただけたら嬉しいです!

----------------------------

高校編は事情があり、早めの終了となります。
これは吾郎兄も同じです。

もし要望があれば、番外編で載せるかもしれません。
また、本話で寿也兄の高校編が終了しましたので、吾郎兄が終わってから更新を再会いたします。

今後ともよろしくお願いいたします!


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