ルド大陸転生記 (ぱぴろま)
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プロローグ

イカマン、ハニーにフリーダム。それときゃんきゃんだったか。

そんな名前の、モンスター達がこの世界にいると耳にしてから、俺の中の疑念は確信に変わった。

 

ああ。ここ多分ランス世界だわ。

 

 

 

 

俺が前世の自分の記憶が戻り始めたのは、物心がつき始めるのと同時だった。それもすぐに戻ったのではなく、ゆっくりと、数年かけて俺は前世の自分を取り戻していった。当初は自分がおかしいとは思わず、前世で知った今世で知り得ないことを漏らしていたために、周りの人間には気持ちが悪いものを見るような目で見られるようになっていった。仕方ない。自己が確立していなかったその頃は、自分のことで精一杯で、周りのことなんて見えてはいなかったのだから。もちろん、自分自身がどういう境遇にあるのかも。

 

両親兄弟は当たり前のようにおらず、貧乏な村の村長の家で、奴隷のような生活を今世の俺は強いられていた。どうしてそんな状況にあったのかはそれこそ知る由もなく、現状を理解し始めた頃に家の人間に聞いては見たものの、罵声とともに殴られて終わりだった。それ以来俺は無駄口を叩くことは止めた。

 

前世の記憶がなければ、俺は自分の境遇に疑問を持たず、本当の奴隷になっていたことだろう。日がな一日与えられた仕事をこなし、食事は鍋に残った残り物。残り物もない日は隠していた木の実や水で飢えをしのいだ。食べ物を隠していることを知られれば、家人にしこたま殴られ奪われたが、こればかりは生きるために止めるわけにはいかなかった。

朝は井戸の水汲みや薪割り、朝食の支度。昼は家から追い出され、ノルマを終えるまで森で木の実やキノコなどの食べ物探し。終わって帰れば夜まで洗濯や家の掃除、夕食の支度に内職などの雑用が待っている上に、帰るのが遅くなればやはり殴る蹴るの折檻が与えられる。

そうしてへとへとぼろぼろになって、家人が寝静まり誰もいなくなった居間で、ぼろぼろの布にくるまり眠るのだ。

 

前世の俺は、大して強い人間ではなかった。それこそ精神的にも肉体的にも、平均でいけば弱者に数えられるだろう。そんな俺が、これらの苦行に正気で耐えられるはずがない。いつしか俺は感情を鈍らせ、ただ従順に日々を過ごすようになった。逃避こそが俺にとっての唯一の救いだったのだ。

 

だからこそ、俺は俺が今いる世界がどういう世界なのか、気づくのに遅れた。

レベルやアイテム、魔法やモンスター、そんな言葉が当たり前のように交わされる中で、前の世界とは違うのだろうなとは思っていたが、ルドラサウム大陸であることに気づいたのはモンスターの名前を聞いたからだった。

前世ではまった、『アリスソフト』の看板タイトル、ランスシリーズ。同様のモンスターは他タイトルでも出現するが、ルドラサウム大陸であることは間違いないだろう。

何の世界であるのか気づいた俺は、別に憧れのゲームの中の世界に来れた、とかで喜びはしなかった。むしろあったのは奇妙な納得。なるほどあの世界ならそう簡単に幸せになれるはずがない、今の俺の不幸はありふれたものなのだと、そう思ったのだ。

 

例え今世の俺が女になってしまっているのだとしても、この世界では小さな不幸なのだと、自分に言い訳して。

 

例え思春期を迎えた村長の馬鹿息子連中に性的な悪戯をされても、エロゲーの世界なのだからきっと仕方のない事だと諦めて。

 

夜、必死で汲んだ井戸水を覗きこめば、見返すのは痩せぎすの、虚ろな目をした茶髪の少女。なるほどよく見れば可愛らしい顔立ちをしている、と考えながら日に日にエスカレートする行為の痕を洗い流す日々。

少なくとも生きているだけマシなのだと、俺は考えて生きていた。どんな苦行でも、心を沈めることに慣れればそよ風のようなもの。いつか転機が来るとか、考えていなかったと言えば嘘になるが、俺はそんな空虚な毎日を過ごしていた。

 

 

 

 

そうしてある日。俺が、おそらく10歳になるかならないかの頃。森の、木の切れ間から覗いた、村から立ち上る何本もの灰色の煙に、俺は何かが変わったのを感じた。

 

 

 

 

抱えていた木の実を放り出し村に戻ってみれば、少なくとも見た目だけはのどかだった村はすっかり様変わりしていた。粗末な家々は煌々と燃え上がり、それらに住んでいた村人達は惨めな骸を晒していた。そして、未だどこかで響く悲鳴と怒号。まだ生き残りがいるのだろう。

だが、俺の足はそこで竦んでしまった。いや、放心して動けなくなってしまった。

その時あった感情は、自分も殺される恐怖か、苦難から開放される歓喜か、日常が唐突に壊されたゆえの驚愕か。とにかくあらゆる感情が俺の頭のなかをごちゃまぜにかき回し、その場に縫い付けてしまった。

 

 

「おぉい、まだいたぞ」

 

 

突然はっきり聞こえた声に、身体を震わせる。

声のした方を向けば、そこには二人の男がいた。粗末な皮鎧を着た、見慣れぬ男達。そして、双方ともにその姿は返り血に赤く染まっていた。手に持った剣からはぽたぽたと血が滴り落ちている。

 

「ひっ」

 

思わず尻もちをつき、後ずさる。

 

「お? 野暮ったいのばっかりだと思ったら、良さそうなのがいるじゃねぇかよぉ。ひひひ」

「だがまだガキだ。勃つのか、こんなので」

「はぁ? 小さのがいいんだろぉ? なぁ、毎回、初めてのところに、無理やり突っ込むのがたまんねぇんだよ。苦痛に歪む顔と、悲鳴だけで暴発しちまうぜぇ?」

「ふん、下衆が。俺は向こうの成熟してる奴を犯らせてもらう」

 

そう言いながら、片方の男は悲鳴の聞こえる方向へと歩いて行った。残った男は舌打ちをしながら吐き捨てる。

 

「ちっ。テメェも大して変わんねぇじゃねぇかよぉ。……さてと。邪魔者はいなくなったぜぇ」

 

男は下卑た笑いを浮かべ、地面に手をつく俺を見下ろした。目が合いそうになり、慌ててそらし、そして膨らんだ股間が目に入ってしまったためにさらに目をそらす。

 

「い、い」

「お?」

「……ああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

起き上がることすら満足にできず、俺は文字通り転がるように男の前から逃げ出した。手も足も、身体も無茶苦茶に振り回し、俺は必死に男から離れようとした。しかし所詮は子供、筋力も歩幅も、大人に敵うわけがない。ましてや俺は栄養失調気味の不健康不良児。振り絞った全力も、その男の遊び混じりの駆け足すら引き離せない。

 

「おーい。どこ行くんだぁ? 待てよぉぉぉ。ひ、ひ、ひ」

「はぁっ、はぁっ、んっ、げほっ……!」

 

まるで夢の中に居るようでもあった。家屋を燃やす炎は辺りを朱色に染め、ゆらゆらと蠢き。後ろから迫る男の声はどれだけ走っても付いて来る。足は恐怖でもつれ思い通りに動かず、こけないようにするのが精一杯だった。

心臓はバクバクと、爆発しそうなほど高く脈打つ。視界は涙で歪み、鼻は鼻水でつまり、喉は慌てて飲み込む唾でむせ返る。

 

「ひぃっ、ひぃっ……!」

 

それでも、走ることは止めなかった。諦められなかった。

あの馬鹿息子達の無体は、耐えることができた。だが、この男はダメだ。行為そのものは耐えられても、きっとその後殺されてしまうだろう。弄ばれる時間で、どれだけ生きられるかは変わるだろうが、いつ死ぬかの差でしかない。

 

(イヤだ! 死にたくない!)

 

どれだけ酷いことをされても、死ぬことだけは嫌だった。死んでしまえば、今度こそ終わってしまう。前世の死に方など覚えてはいないが、恐ろしいものであることは分かっていた。

 

「死にたくっ……くぁっ!!」

 

しかし、天は俺を見放した。というより、この世界の天に見守られたところで、逆に不幸にしかならないだろうが。

村人の死体に躓き、呆気無く俺の逃走劇は終わりを告げる。ただ気力だけで保っていた体力は、足を止めたことで底を尽いてしまった。もう一度走る元気は、もうない。

 

「ひひ、ひ、ひ。追いついたぞぉぉ? さぁ、俺といいことしようぜぇ」

 

男は、ヘラヘラと笑いながら俺に近づいてきた。俺の足はガクガクだというのに、男の足取りに淀みはない。逃げ切ることなど、端から不可能だったのだ。

 

それでも、俺は諦められなかった。

 

「おぉ?」

 

男が、立ち上がった俺を見て、そして俺の手元を見て立ち止まり、嘲笑った。

 

「おいおいぃ? そんなもんでどうするつもりだぁ?」

 

俺が掴んだのは、一本の剣。

村人達も、どうやら無抵抗で死んだわけではなかったらしい。俺が蹴躓いた村人の死体は、剣を持っていたのだ。俺は、それを手に取り立ち上がった。

だが、男の嘲笑も仕方がない。何せ、俺のガリガリの腕では剣を持ち上げることすら出来ず、剣先は地面を引きずっていたのだから。

 

「ほらぁ、そんな危ないもんはこっちに渡して、俺と楽しく遊ぼうぜぇ」

 

男は再び、無防備に近づいてきた。

 

「ハッ、ハッ」

 

俺は疲労と恐怖と焦燥に呼吸を乱しながら、しかし逆に心の中は冷静にタイミングを測っていた。人は、感情が振りきれてしまうと、心は逆に平坦になる。それが、この時はいい方向に働いていた。それに、剣を持った瞬間から俺は奇妙な安堵を覚えていた。これで助かると、そんな確信に満ちた安らぎを。

 

剣を持った手に、全神経を集中させる。剣を使ったことはない。しかし、使い方は分かる。なぜ分かるか、そんなことはどうでも良かった。

 

「ひひひ」

 

今は、この男を、斬ることだけーー!

 

 

「――ぁああぁぁあぁぁっ!!」

 

 

ザンッ

 

身体を落とし、捻り、最小限の力で剣を持った腕を振り子のように真一文字に振るう。剣は、手からあっさりとすっぽ抜け、カラカラと遠くへ転がった。

 

「えぁ?」

 

だが、もう不要だ。

 

「お、お、おぉぉぉぉぉ?」

 

男の上体が、ばりばりと音を立てて下半身から剥がれ始めたのが、目に映ったから。

 

 

 

 

「お、ぇっ! げほっ!」

 

状況がわからずバタバタともがいていた男が動かなくなってから、俺は力いっぱいえずいた。とはいえ胃の中はいつもほとんど空っぽなので、胃液ぐらいしか出てこない。

 

「く、くひっ」

 

げほげほとむせながら、しかし俺は笑った。

 

「ふひ、あは、あはははははははははははははははははは」

 

別に狂ったわけではない。助かったことを喜んでいるわけでもない。

ただ、気づいたのだ。自分が“誰”なのか。

 

普通に考えれば、小娘の細腕で、成人男性の身体を両断することなど、できるはずがない。ましてや俺は剣の経験もなく、筋力など同年代の子供以下。どうひっくり返っても、男の体に傷一つつけるぐらいのことしか出来ない。

しかし、ここはルドラサウム大陸。才能、レベル、システムという名の残酷で不条理な仕組みが、常識をあっさりと覆してしまう。

 

俺は、確かに見たのだ。俺の振るった剣が、僅かとはいえ、発光していたことが。

 

「あれは、紛れも無く“必殺技”……!! ということは」

 

ということは、俺は間違いなく“剣戦闘Lv2”持ち……!

Lv3などと、高望みはしない。そもそも、この世界では技能Lv2を持っているというだけで既に反則に近い。

そして、それだけの才能を持っているということは、おそらく。

 

「こいっ、レベル神!!」

 

俺はある種の確信を持って、叫ぶ。果たして、俺の推測はあたっていた。

叫んだ瞬間、俺の目の前の空間が光り、光の中から赤い人影が現れたのだ。

 

「やぁ! 君とはハジメマシテだね? 僕は君担当のレベル神、名前はーー」

 

俺の前に現れた赤い道化師は、芝居がかった仕草で腰を曲げる。

 

「“マッハ”さ」

「……はは。あはははは」

 

本当に、皮肉だと笑うしかない。レベル神がついていたのは嬉しいが、それがよりにもよってコイツとは。

 

「おや。何が可笑しいんだい? 仕事柄、笑わせるのはともかく、笑われるのは性に合わないなぁ」

 

その“仕事”って、レベル神として? それとも、本職? と聞いてみたい気もしたが、俺は首を振ってその考えを飛ばした。こいつらが人の考えを読めるかどうかは謎だが、少なくとも余計なことを言うのは分が悪すぎる相手だ。情報は最上の武器だが、持ちすぎていれば自分を危険にさらす諸刃の刃でもある。コイツにはさっさとレベル神の仕事を全うさせて、帰ってもらうのがベストだ。

 

「どうでも、いいから。早く、レベルを」

「えぇっ! ……はいはい、せっかちだね娘さん。もう少し会話というものを楽しんでもいいんじゃないかい?」

「うるさい。むしろ、あんたの方が名前のくせにトロすぎ」

「ははっ! これは一本取られた。それじゃ、いくよ。……ちちんぷいぷい……ぶらぶらぶーらぶらー……すぅぅぅぅ、ほぉおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

呪文はこの上なく奇っ怪なものであったが、効果は覿面。俺の身体は瞬く間に強靭なものへと昇華された。元々のレベルが低かったためか、違いは顕著。これなら持てなかった剣も、持つことができるだろう。

 

「おめでとう! 君は経験豊富と見なされ、レベル4に上がったよ!」

(それでも4、か……よっ、と)

 

マッハの言葉を聞きながら、俺は軽くなった身体を動かして下半身と泣き別れしてしまった男の上半身から、剣をいただいた。案の定、苦もなく、というわけではないが剣を持ち上げることは一応出来た。自在に振り回すことは出来ないが、少なくとも持って歩くことぐらいならできるだろう。

 

「もう、帰って」

「おっと。つれないなぁ、もう少し話していかないかい? 僕は君に興味があるんだけど……」

「……」

「分かった分かった! 分かったからそう睨まないでくれよ、君が睨んでも可愛らしいだけだよ?」

 

ちっちっちと指を振りながら、マッハはそんなことを言いやがる。俺は舌打ちし、マッハを無視して悲鳴に嬌声が混じり始めた方へと足を向けた。

 

「あっとそうだ」

 

マッハが何か言っているが、俺は構わず歩を進めた。

 

「実際、君には期待しているんだ。頼むから簡単には死んでくれるなよ? どこから来たかも分からない名もなき漂流者クン」

 

そして俺は反射的に振り向きざまに剣を振るう。

しかし、それは呆気無く空振りした。赤い道化師の姿は、もうどこにも見えなかった。

 

(ちっ)

 

悪手だった。

仮に当たったところで、レベル4の攻撃が、仮にも神たるレベル神に通るわけがない。怪我どころか、痒みにすらならないだろう。あそこは反応しないことが正解だった。あれでは何かあると言っているようなものだ。

とは言え、どちらにしろ向こうには言葉尻から確信が見て取れた。この世界にいるのは、異世界人や宇宙人の類を除くと全てルドラサウム、創造神の魂の一部。異世界の魂であるはずの俺の存在が、神の手を全く介さずに転生したとは考えにくい。

 

(歯痒い……)

 

だが、それが分かっていても俺には何も出来ない。お伽話の登場人物が、作家の意向に逆らうことが出来ないように、俺と連中の間にはそれだけの力の差がある。どれだけ強くなろうと、覆しようのない、存在レベルでの隔たりが。

ならば、精々踊ってやるぐらいしか生き残る道はないだろう。

 

(踊らされるのは性に合わない……けど)

 

けれどそれ以上に、長いものには巻かれろ主義は前世も今世も変わらない。そうでなければ俺は、あの横暴な家人達に唯々諾々と従ってはいなかったはずだ。

 

「折角解放されたというのに……憂鬱」

 

剣を半ば引きずるようにして、俺は止めていた歩みを再開した。

 

 

 

 

村の中をはびこる盗賊達を排除するのは、思ったよりも簡単だった。

何せ、誰も彼もが一心不乱に腰を振っているのだから。見張りも立てず情事に耽ける彼らを、俺は有無を言わせず首をちょん切り頭をかち割り。少しずつその数を削っていった。

予想以上に、この世界のシステムは残酷だ。盗賊の数は、見たところ圧倒的に村人よりも少ない。それでいてこれだけの虐殺、破壊、略奪が出来たのだ。装備や対人戦闘の経験差を加味しても、普通ならそううまくはいくまい。それらが出来た理由に、レベル差があったであろうことは想像に難くない。おそらく村人達のレベルは1~5。上がる要素がないのだから、仕方のない事だ。そして盗賊達は5~10といったところだろうか。これほど低いレベル帯なら、このレベル差は致命的。村人達はほぼ為す術なく殺されていったことだろう。

しかし俺は、高技能レベルという反則でもってそのレベル差も年齢差も経験差も叩き潰した。これを不条理と言わずしてなんと言おう。

 

おそらく全ての盗賊を殺し終えた時、俺は気づけば自分が居着いていた家が見えるところまで来ていた。他の家よりも少しだけ大きいその家は、やはり他の家同様赤々と燃えている。

 

「……」

 

家の前には、何かが5つほど転がっている。

前村長。他人に厳しく、自分に甘い人間だった。この人自身に何かされた記憶はないが、ネチネチと言葉で責め家人をけしかけてくるのはいつもこの人だった気がする。

今は臓器がお腹からコンニチハしている。

村長夫妻。夫の方は、責任能力が欠如した人間だった。自分が何か失敗すれば大抵俺の所為にされ、それでいてそれを自覚せず、本気で俺が悪いのだと考えていた。

今は手足がサヨナラして達磨になっている。

妻の方は、とにかく情緒不安定な人間だった。ヒスに入った時、標的になるのは確実に俺である。多分俺のお陰で村長一家はそこそこ円満家庭だったのだと思う。

今は左胸辺りで剣の柄がゴメンしている。

馬鹿息子兄弟。弟の方は、とにかく我儘な子供だった。振り回されるのはいつも俺、弟の代わりに叱られ殴られ罵られるのもいつも俺の役目だった。

今は首と股間がセルフキッスしている。悪趣味。

さて兄の方は。兄の方はとにかく俺様な人間だった。俺に手を出したのも、言うまでもなくコイツである。コイツが俺の初めての相手だというのも納得いかない。コイツにされた、あるいは強要させられたあんなことやそんなことやこんなことやどんなことが今更ながらに思い出される。

今は……。背中を切りつけられているらしい。

 

「ぅ……」

 

俺の耳に小さな呻き声が届く。どうやら奴はまだ生きているらしい。

俺は奴の方に歩を進めた。と、奴はどうやら俺に気づいたらしい。朦朧とした目つきで、何かしゃべっている。近づいていくと、途切れ途切れながらそれが聞こえてきた。

 

「い……た、ぃ……す、けて……れ…………ス……ア……」

 

はて。この距離ではまだよく聞き取れない。俺は足を動かし更に奴に近づいた。

 

「たす、け……くれ、……ア」

 

あと数歩というところまで近づいたところで、奴はツバを飲み込み何かを言った。

 

「じ、実……は、おれ、は……お前のことがーー」

 

あと一歩というところまで近づいたところで、俺は思わず剣で奴の眉間を貫いた。瞬間、奴の言葉は途切れ、弱々しい光を保っていた瞳も光を消した。

 

はて。奴は死ぬ直前一体なにをいおうとしたのだったか。おれにはまったくけんとうもつかないしきょうみもない。

 

俺は奴から剣を引き抜き、ただぼぅっと虚空を見つめていた。

 

 

 

 

「よぉ、嬢ちゃん」

 

そんな声が聞こえてきたのは、それからしばらく経ってからだった。俺は素早く声の方へ振り向き、剣を構えた。まぁ構えたと言っても、剣先は地に付いているが。気づけば。周囲の家屋の炎はほとんど鎮火していた。どうやら思ったよりも時間が経っていたらしい。

 

「おっと、俺は怪しい者じゃあない。しがない冒険者だ」

 

俺が振り向いた先に立っていたのは、壮年の男。俺が殺した盗賊達とは隔絶した雰囲気を纏っていた。装備は盗賊のものと比べても遥かに質が良く、仕草は雑に見えるがどこか洗練されていて、下品さを感じさせない。そして何よりも、目の前の男は俺や盗賊達よりも遥かに強い、それが俺には分かってしまった。

俺は身体から力を抜き、剣を手放した。少なくとも、男から敵意や悪意は感じない。ならば、こちらからの余計な敵意はむしろ俺自身を傷つけることになるだろう。

 

「ふぅ、嬢ちゃんが冷静で助かる。」

「……」

 

それでも警戒を解くことは出来ず、俺は男の一種一投足をじっと観察していた。男はそんな俺は気にする風でもなく言葉を続けた。

 

「俺はこの辺りには初めて来たもんでな。煙を見つけた時はそういう風習があるのかと思っちまったんだがな。まあ元々こっちに用があったし、一応と思ってこの辺りの様子を見に来たんだが。来てみればこの有り様なわけだ。別に盗賊に襲われる村が珍しい訳じゃない。今の御時世、どこもかしこも不景気ってやつだ。盗賊も、な」

 

男はおどけて肩をすくめる。男が何を言いたいのか分からない俺は、ただ黙したまま男を見つめていた。

男はそこで意味ありげな視線を俺に向ける。

 

「だが、来てみて盗賊が全滅ってのは珍しい。それも、俺みたいな冒険者もなしで、な。ここまで来る途中、生き残りの女は数人見かけたが、どいつも戦えるようなやつじゃぁなかった。そんじゃ、盗賊を殺ったのはどこのどいつだろうな?」

「……」

「どの盗賊も、ほぼ一撃。それも争ったような形跡はなかった。これは、ほとんど不意打ちで殺されたってことだろう。さらに傷は後ろからではなく前からのものもあった。殺ったやつは、武器を持っていながらも油断させられるような外見をしていたのだろうな。さて、どうだ。間違っているか?」

「……別に。間違ってない」

 

俺は渋々答えた。カマをかけているにしても、男の指摘は的確すぎる。俺の手札がほとんどない現状で、誤魔化しとぼけ嘘はリスクが高いと考え、俺は観念した。

男の反応を予想し縮こまる俺を見て、しかし男は朗らかに笑った。

 

「なぁ嬢ちゃん。俺と来ないか?」

「え……?」

「いや何。嬢ちゃんにこの村は窮屈だろう? ……もうほとんど滅びてしまっているしな。少なくとも俺は、嬢ちゃんがこのままでいるのはもったいないと思う」

「あ……」

「世界は、広いぞ。なに、別に冒険者になれと言っているわけじゃないぞ。嬢ちゃんがどうしたいかは、嬢ちゃん自身で決めればいい。ここにいるよりも、選択肢は多いだろうよ」

「……」

「どうする、嬢ちゃん」

 

リスクの、問題だ。俺がこの村を出ること自体は、既に俺の中で決定事項である。そこに今、選択肢が生まれたのだ。すなわち、一人で行くか、男と行くか。

だが、俺はほとんど迷わなかった。この世界には、今の俺では到底敵わないモンスターや人間が五万といる。そんな中で、一人で行動するのはあまりにも危険すぎる。

そしてそれ以上に、俺はこの男を何となく信じられていた。

だから俺は、ほどなく首を縦に振った。

 

「うん、行く」

「そうか!」

 

男は嬉しそうに破顔し、俺に大きな手を差し伸べた。……今世では、ついぞ見た覚えのないとても暖かそうな手だった。

 

「嬢ちゃん……おっと、いつまでも“嬢ちゃん”だなんて言ってられんな。嬢ちゃん、名前は、なんて言うんだ?」

「名前……」

 

俺の、今世での名前は。

 

「名前、は」

 

俺は男の手を取りながら、答えた。

 

「スピア」

 



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1st

今更何の用。て感じですけど。


 穏やかな風の吹くどこかの平地で、二つの小さな影が激しく交差していた。

 

「イカカカーー!」

「はぁっ!」

 

 片や、奇っ怪な姿のモンスター、姿はイカなれど、下半身には人間のものに近い足があり、二足歩行で走り回る。“イカマン”、大陸においては最弱とも言えるモンスター。こなれた冒険者達にとっては、経験値の足しにすらならない雑魚モンスターである。それでも、普通に暮らしている大多数の人間からすれば、相手取るには命にすら関わるほどの危険な敵だ。

 しかし、現在そのイカマンと相対しているのは年端もいかぬ少女が一人だった。

 防具はお世辞にも十分とはいえずお粗末なもので、武器は辛うじて剣が一本。それを振るう手足はガリガリの骨と皮ばかりで、筋肉も脂肪も伺えないほど。

 

「てゃっ!」

「イカカカーーーーーーーーッ!」

 

 が、少女はイカマンを押している。事実、少女はイカマンのイカ足による攻撃をかいくぐりながらさっくりと切り飛ばした。さらには、拙いながらも懸命の連撃をイカマンの胴体に叩きこんだ。

 

「……」

 

 少女、スピアの後ろで黙して立つ男、スピアを保護した冒険者は、外面は無表情ながらも内では舌を巻いていた。

 聞けば剣を握ったのはつい最近。盗賊達が来るまでは、ただの一度たりとも触れたことすらないという。その上栄養状態は劣悪、そもそもの歳も若輩な上に、歳相応の身体も持っていないというのに、戦闘能力はそこいらの一般成人を凌駕している。

 

(これが、天才ってやつか……)

 

 最弱モンスターが相手とはいえ、その戦力差は歴然。それも先程は複数体を相手取って戦ってさえもいた。数日前までスピアがただの村人であったなどと、誰が信じるだろうか。あまつさえ、スピアは現在も常人を遥かに超えるスピードで成長している。会った当初はレベル4などと言っていたが、少し前にレベル神を呼び出したところを見かければ、既に10にまで上がっているという。少なくとも、普通の十歳程度の娘のステータスではない。まだ遭遇こそしていないものの、ハニーやフリーダムあたりのイカマンより幾分か強いモンスターとやりあっても、負けることはないように思われた。

 

(今でこれなのだから、筋肉がついて順当に成長していったら、一体どれほどになるのか……)

 

 目の前で、見た目だけは貧弱な子供であるはずのスピアがイカマンを倒したのを眺めながら、男は“英雄”の可能性に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 GI1008――。

 年号にその時代の魔王の名を冠する世界、ルドラサウム大陸。それは星々の煌めく虚空にありながら、球体を取らずふわりふわりと漂う一際異質な岩塊である。

 

 その大陸の左側は、魔王を頂点とした魔人達の支配する人外魔境。大陸の主要生物であるはずの人間が迂闊に侵入すれば、命など灯火のようにひとたまりもなく吹き飛んでしまうような完全なる魔の領域だ。人間の力とは、その多様性、のみ。純然たる力量では、魔王・魔人はおろか、モンスターたちにすら及ばない。故にこそ、その時代その時代の世界の色は、この魔王や魔人が染め上げると言っても過言ではない。前代の魔王の時代は、紛れも無く“黒”。人間はただの、家畜だった。

 

 しかし、その史上最悪の魔王から代が変わり、早一千年。時折ちょっかいをかけてくる魔人の存在はともかく、どうしようもない、絶対の存在である魔王の恐怖というものは、人々の記憶から失われつつあった。

 

 ヘルマン帝国、リーザス王国、ゼス王国、ついでにJAPAN。

 人々はそれぞれの国に分かれ、平穏、とは言えずとも、人類の規模の絶望とは無縁の生活を送っていたのだ。

 

 さて、そんな大国に属さない都市の乱立する地帯、自由都市地帯の一角で、ある時村が一つ滅んだ。この大陸では珍しいことではなく、ただヘルマン帝国から流れてきた盗賊たちが、たまたま目に付いた村を襲った、というそれだけの話だ。普通ならばほどほどの略奪をされる、という程度なのだが、数だけは肥大化し、さらに餓えてもいた彼らに手加減などというものは出来なかった。

 

 略取、殺戮、蹂躙。世界の真理は弱肉強食。この大陸は、そこに生きる生物達は、創造主にそうあれかしと創られた、神々の玩具、遊技場。村人たちは、なるべくして盗賊たちの餌となった。盗賊たちのその悪行もまた、神意に沿った自然な行いと言える。

 

 しかし、彼らは知らなかった。この世界が、あまりに理不尽な仕組みで作られていることを。努力だけでは、どうあっても越えられない“壁”が存在すること、天性の才能によって、数十年の経験など砂の城のように呆気なく捻り潰されてしまうことを。その村に、自分達を残らず喰らい尽くす、生まれながらの怪物がいることを。

 

 そして、自分達が、眠っていたその怪物の眼を覚まさせてしまうことを――。

 

 

 

 

 

「いいかスピア? 生まれながらに神に定められた才能ってのは、俺達人間がこの世界で生きる上での絶対の規範だ。種族、技能レベル、才能限界、どれほど優れた素質を持とうと、磨かなければ錆びついていくのは必至。お前は幸運にも才能に恵まれているようだが、絶対に驕ったりするなよ。冒険者てのは危険な仕事だが、お調子者もいる。俺は、そんな連中を何人も見てきた。……そして、俺よりも恵まれていたはずの奴らが呆気なく死んでいくのもな」

 

 フリーズと名乗る冒険者の男は、一番初めに俺にそう語った。

 

 フリーズの差し出した手を取り、育った村を出た俺は、すぐにフリーズに教えを乞うた。

 フリーズの見た通り、俺は盗賊たちを全員不意打ち騙し打ちで皆殺しにした。それまで剣を握ったことのなかった俺が、剣を振るい人間を殺すことが出来たのはおそらく有している技能レベルのお陰だろう。これで剣戦闘Lv0とかだったら間違いなく俺は死んでいた。

 しかし、そんな拙い手が使えるのもあのレベルの連中相手ぐらいだろう。レベルが低く、また意識も低い。襲撃成功で気が抜けていたからこそあれだけ呆気なくことを運べた。今のままでは、技能レベルで勝っていたとしてもモンスターや賞金首クラスの盗賊には逆立ちしても勝てはしない。

 だからこその鍛錬だ。

 

 最初、フリーズは俺を鍛えることを渋っていた。いや、正確には早過ぎると判断していた。どうやらしばらくは、俺の成長と身体作りを待ちたかったらしい。何分まだ成人もしていない身、そんな子供に“冒険”を教えこむことに不安を覚えたのだろう。

 

 だが、俺はすぐにでも強くなりたかった。今の俺の強さはこの大陸で底辺も底辺、下から数えたほうが早く、上の者は数えるに暇がないほどにいる。少なくとも、もしも一人になったとしても生きているだけの強さが俺は欲しかった。冒険者とは、強弱はあれども誰もが刹那的に生きる者ばかり。いつフリーズがいなくなるか分からない、そう考えたからこその焦りだった。

 

 かくしてそうした俺の懇願に渋々と頷いたフリーズは、それで腹を据えたのかスパルタ教育を始めたのだった。

 

 

 

 フリーズの教えることは、とかく実践的だった。というより、誰かに教えた経験がないので勝手が分からないのだという。とりあえず剣振ってみろと、没収されていた剣を返されて数日。なら次はモンスター狩ってみるかと、フリーズは俺をイカマンの前に放り出したのだった。

 

「敵から目を離すな! 大丈夫だ、スピアなら問題なく勝てる相手だ」

 

 初の真っ向勝負に浮足立つ俺を、フリーズは後ろから叱咤した。所詮はイカマン、されどイカマン。イカマンの触腕をへっぴり腰でかわし、俺は我武者羅に剣を振るった。そうしてイカマンが倒れる直前、俺は一発だけ、相手の攻撃を食らった。

 痛かった。一発だけなのに、骨が折れるかと思った。実際、後で見ると攻撃を受けた肌は青黒く痛々しく腫れていた。

 ……だが、その怪我を見てふと思い出したのだ。そんなものは、村にいた頃は日常茶飯のことであったことを。奴隷のように言うなりに、ただ理不尽な仕打ちに怯えて、抗うことも出来ず何時死ぬかも知れず、ただ心を凍らせて生きてきた。

 なら今、一体何を恐れるというのだろうか? 今の自分ならば、捕食者の側に立つことができる。自分の意志で剣を持ち、強者として一切合切を奪ってしまえ。例え反撃を受けても、それ以上のもので返礼してやればいい。一方的に殴りつけて、殴り返されるのが怖いなんてのは、ただの我侭だ。けれど。唯々諾々と、誰かの食い物でいるのはもう御免だった。

 

 それからは、敵に対して一歩踏み出すことを躊躇うことはなくなった。

 

 

 

「……へふぅ」

 

 イカマン三体を無傷で倒し、俺は溜めていた息を吐いた。

 村を出て5日、フリーズが拠点としている自由都市へと向かう中途。俺の手に負えないモンスターはフリーズが間引き、俺はイカマンだけを相手取っていた。レベルは、時折レベル神マッハを呼び出して少しずつ上げている。正直いきなり上げすぎても、ステータスの加速度的な上昇に技術の方が追いつかなくなるのだ。技能レベルも万能ではない、高ステータスに溺れる前に、しっかりと磨いておかなければならなかった。

 

「よくやった」

 

 フリーズが腕を組んで、俺を労う。フリーズの周りには、るろんたやヤンキーといった、イカマンよりいくらか強いモンスターの死体が転がっていた。これで技能レベルを何も持たないというのだから、本当に自分の力で経験を重ねてきたのだろう。

 

「オレ、どうだった? うまく、戦えてたかな」

「ああ、上出来だ。この分なら、他のモンスターの相手も任せられそうだ」

「! やった!」

 

 フリーズに拵えてもらった鞘に剣を戻し成果をきいた俺は、思いの外高い評価に小さく飛び上がった。何せ、これまでずっとイカマンの相手ばかりしてきたのだ。それより強いものが来ると、俺は後ろから見ているだけ。不謹慎な話だが、それが俺にはどうしても退屈に感じられた。

 戦うフリーズを見ていて得るものも確かにある。だが俺は、自分で剣を振るい戦うことこそが自身の本懐に思えたのだ。

 

「おいおい。イカマンなんて、モンスターの中では最下級だぞ。それを卒業できたからって、調子に乗るなよ?」

「分かってるっ」

「……やれやれ」

 

 拳を握りしめ、力強く頷くと、フリーズは苦笑いしながら頭を振った。

 

「そんじゃ、早速やってもらうとするか」

「え?」

 

 言いながら、フリーズは手を伸ばして人差し指を俺の後ろに向けた。その方向を振り向くと、茶色の不思議生物が三体ほど、ポヨポヨとこちらに近づいてきていた。

 

『はにほー。はにほー。あいやー』

『わー、人間だー』

『わーい。やっつけちゃえー。それー』

 

 彼ら独特の高く、どこか空洞に響くような声質。胴体は全体的に角がなく、兎にも角にも丸っこくてつるつるしている。顔に当たる部分には目口を意味する穴があり、その奥は些か不気味に空っぽだ。呑気で、場合によっては人間に近い社会性を持つ、大陸で人間人外問わず誰もが知っている有名モンスター。

 ハニーである。

 普通は温厚で、比較的人間に友好的なところもあるモンスターなので、今向かってきている彼らはハニーの中ではちょっぴり不良の類らしい。

 

「うわっ……」

「ハニーだ。ま、イカマン同様ありふれた雑魚モンスターだよな。魔法が効かないが、使えないスピアには関係ないだろ。ただし、口から出してくる衝撃波には気をつけろよ。……というわけで、今回は任せた」

「いきなりすぎぃ……」

 

 素知らぬ顔でまた腕を組んだフリーズに、俺は手助けを期待することを止めた。フリーズが俺一人に出来ると判断したのなら、それを裏切るのは俺の性に合わなかった。

 俺は覚悟を決めて、鞘から剣を抜き出してハニーに向かって正眼に構えた。

 

『人間のくせに生意気だぞー。くらえー』

 

 間近に迫ったハニーの一体が、身体を振りかぶってパンチを放ってきた。手に当たるでっぱりを精一杯に伸ばしてこちらに突き出してくる様は、どこか愛らしさすら覚えるほど。この辺り、親しみやすさの欠片もないイカマンに抱いた感情とはまるで別物だった。

 とは言え、ほぼ体当たりに等しいそのパンチを大人しく食らうわけにもいかず、俺は少し身を引いてカウンター気味に上段から剣を振り下ろした。

 

『キャーッ』

 パリーン

 

 ハニーは、悲鳴とともに呆気なく真っ二つに割れてしまった。村で盗賊達を殺した時には全く感じなかった、そこはかとない罪悪感が、そこにはあった。……が、それは俺にとって剣を止めるほどの理由にはならない。

 

『うわーっ。ハニ三がやられちゃったーっ』

『ひどいー。やめてよー』

 

 とか言いつつなおもポヨポヨと向かってくるハニー達に、俺は剣を向けた。

 が。

 

『くらえー。ハニーフラッシュ!』

「ぐへぇっ!」

 

 片方の口が光った瞬間、ポワワワ~とかいう謎の音ともに、俺は光る何かに吹っ飛ばされた。

 

「!?!?ゲホゲホ!!」

 

 地面に打ち付けられ、慌てて受け身を取りながら立ち上がった。衝撃にむせながら、俺は手放しそうになった剣を握り直した。

 イカマンの時と比べると、痛みはそれほどのものではない。イカマンの攻撃は局所的かつ表面的なものだったが、ハニーのその攻撃は全身に、そして身体の内部までじんじんと響いて、あと二、三発も食らえば動けなくなりそうだった。

 

「あ、食らっちまったな。そいつがハニーフラッシュだ。厄介な攻撃だろ? こういうのは、一発は食らって経験積んどかないとなぁ」

 

 後ろからフリーズの、アドバイスというか講釈が投げかけられる。本当に、実戦的だ。

 

「こ、これ、どうしたら、いいの?」

 

 横目でハニーを警戒しながら、俺はフリーズの方を振り向いた。

 

「おいおい、戦闘中に他所を向くなよ。ま、いいか。どうしたらいいかっていや、そりゃヤラれる前にヤレ! しかないだろう。攻撃は最大の防御なり、ってなもんだ」

「フリーズ! 脳筋!」

「おう。そうだが」

「くそぅ」

「女の子がクソとか言うなよ」

「……f○ck」

「遊んでないで前見ろぉ」

 

 フリーズの言葉に慌てて顔を戻すと、ハニーはいつの間にか俺のすぐ目の前まで近づいてきていた。不覚だ、いつの間にか意識もハニーから外してしまっていた。

 

『ハニ三の仇だー』

『わーい。カタキだカタキだー』

「あぶふっ!」

 

 間延びした声とは裏腹に、強烈なパンチが俺の胴や胸にぼこぼこと入る。今の俺には致命的な攻撃だ。何発も食らっていたら、間違いなく死んでしまう。

 

(あぁ……また青あざが増えちゃうな……)

 

 そんな打撃を受けながらも、俺は命に危機に怯えるよりも先にそんなことを考えていた。キャパシティ以上のダメージに気が遠くなっていく中、俺は身体が前倒しになっていくことを利用し、足を踏み出しながら剣を真一文字に振るった。

 

『キャーッ』

『キャーッ』

 

 確かな手応えを二つ、剣身越しに手の平に確かに感じながら、俺は徐々に薄れていく意識を手放した。

 

 

 

 

 

『うぅ……ハニ二……』

『ハニ一……もう、ダメぽ』

 

 死に際の一言ともに死んでいく二体のハニーから視線を外し、フリーズは地面に倒れ込んだスピアに駆け寄った。息があり、気絶しているだけであることを確かめ、フリーズは安堵のため息をつく。

 

「減点だな。モンスターを前にあれほどの隙を晒すとは。いやしかし、無理をさせすぎたか」

 

 細く、小さな身体を抱き起こすと、見た目以上に軽いことに気づく。この、肉もついていないような身体で懸命に剣を振っているのだ。一体何を思ってそこまで必死になるのか、それを想像するだけでその在りように痛ましさすら覚える。

 

「……それにしても」

 

 フリーズは、あらためてハニーの陶器じみた死体に目を向けた。それらは、最初のハニーとは違って割れてはいなかった。そのどちらもが、上半身と下半身を分かたれた形で、真っ二つになっていたのだ。中級程度の冒険者になら苦もなく出来るようなことだが、フリーズにとっては今のスピアがそれをなしたことが驚きだった。それも、倒れる寸前、二体同時に、である。

 

「ゆくゆくは、大国の騎士か隊長か。出自なんぞ関係なく、力でもぎ取れそうだ」

 

 将来が楽しみだ、と思いながら、そんなことを考える自分自身にも驚き、フリーズは苦笑を漏らした。

 

(今は大概、危なっかしいがな)

 

 戦闘経験の未熟さや貧弱な身体もさることながら、スピアの何かを急ぐような様子もフリーズには気にかかっていた。確かに、のんびりマイペースに行こうが、せかせかハイペースに行こうが、それは個人の自由だ。フリーズ達冒険者にとっては、どちらも他人に強制されるものではない。自分勝手に生きることこそが、彼らのルールなのだ。

 しかし、スピアの様はフリーズから見て他といくらか剥離していた。どうも自分達とは違うものを見据えているようにも思えるのだ。

 

 そこまで考えて、フリーズは思考を打ち切った。

 

「うぅ……」

 

 フリーズの腕の中で、スピアが顔をしかめて呻いていることに気付いたためだった。

 

(考えるのは苦手だ。俺が頭を悩ませたところで、どうせなるようにしかならんか。……あーっと。あったあった)

 

 フリーズは荷物の中から世色癌と水を取り出すと、スピアの小さな口をこじ開けた。

 

 

 

 

 

 

 誰かに喉の奥に☓☓☓を突っ込まれて、ぶっ放される夢を見た。もう目が覚めたはずなのにまだ何か口の中が苦い。超苦い。

 

 後に、目を覚ましたスピアは拙い口調で、目の端に涙を滲ませながらフリーズにそう語った。

 




ところで、修練はまだ積んでいないけど、剣戦闘Lv2である程度の補正はかかっているという設定。


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2nd

今なら言える!
ハピネス製薬が設立されたのってGI1009なんですね。


 かっきり一週間、7日に及ぶ道程で、フリーズと俺は自由都市アイスへとたどり着いた。とは言えかなりのんびりとした移動だったので、フリーズ一人だったのなら5日もかからなかっただろう。しかし俺の存在はフリーズにとってイレギュラーだったろうに、旅程においてフリーズの用意した物資が尽きることはなかった。この一週間は、フリーズの積み重ねた冒険者としての経験を、彼の強さ以外に垣間見る旅となった。

 

 都市に入る際の手続きを終え、俺達は自由都市アイスの中に足を踏み入れた。

 

「ほわぁ……」

 

 意図せずして、感嘆のため息が漏れる。

 この大陸に生まれ落ちて数年、沢山の人の往来を見る、というのは初めてだった。前世の記憶は、“Rance”のもの以外はその大半が消失しかかっている。それでも久しく感じる雑踏のざわめきに、どうしようもなく胸に去来するものがある。村で最底辺をしていた時は、もうこんな賑やかな光景を開放的な思いで見ることはないと思っていた。しかし、俺を冷遇してきた者達は死に、搾取されてきた俺はこうして生き延び、新しい景色に息を呑んでいる。本当に、人生というものはどこでどうなるか分かったものではない。

 

 そこそこに広く、綺麗に舗装された道には様々な人間が行き交い、時たまガラガラとうし車も通りすぎてゆく。行き交う人達は普通の服を着たものが大半だが、冒険者風の者達も多数派に憚ることなく威風堂々練り歩いている。

 

 今もまた、俺のすぐ横をうし車が音を立てて通り過ぎていった。うし(・・)はこの世界では確かムシに分類されるのだったか。しかし見た目はただの赤い四足獣なので、その分類には何となく違和感を覚えてしまう。

 この世界での“ムシ”とは、創造神ルドラサウムの意図の外で生まれたものであり、その正体は大陸を下で支える聖獣達の老廃物から発生した者達だ。あくまでただのカスのようなものであるせいか、ムシ達には魂が宿ってはおらず、専ら考えたり感じたりするという機能は持っていないらしい。また驚くべきことにこのムシ、その種類はあらゆる動植物にまで及び、この世界の一般的なそれらは大抵このムシに属している。

 

 それはともかくこのうし、本当にみゃーみゃーと鳴いていて何だか可愛い。額には小さな角があり、体表は何だかつるつるしているが、目には生気が溢れており、とても魂がない生き物には見えなかった。角張ったところのない丸っこい四足をせかせかと動かして、通りの向こうに消えてゆくのを、俺は内心上機嫌で見送った。

 

 うしが見えなくなったところで、俺は捻っていた首を元に戻した。

 と、ふとまずいことに気が付いて、慌てて辺りを見回す。

 

「! フリーズいない!?」

 

 フリーズが迷子になった!!

 

 違うか。

 

 とりあえず気を落ち着かせて、道の端っこに寄りうずくまる。こういう時は、迂闊に動いてしまうと、事態を悪化させるのが常だ。フリーズが捜しに来てくれるのを待った方がいい。

 

 一人になると、何となく心細くなってくる。村にいた頃は味方など一人もいなかったが、孤独感もまた感じることはなかった。ドン底にいれば、それに劣る不幸など無いに等しい。しかしこの七日間、戦う時も飯食う時も寝る時も、フリーズはずっと俺の側にいたのだ。俺は久しく、人の温かさを思い出してしまっていた。

 

 気を紛らせようと、俺は俺の事情など無関係に相も変わらずざわざわと人の行き交う雑踏へと目をやった。

 ……こうして人の往来を眺めていると、本当に普通の人間しかいない。ゲームではたまに謎の生物が人間の生活圏に登場していたが、そうそう出くわすものでもないのだろう。バーテンハニーとか、しゃべるしゃもじとか、何とも名状しがたいトローチ先生とか。この世界の亜人種、よそではエルフなんかにあたるカラー種も、やはりいなかった。

 しかし、カラーには一度会ってみたいと思う。男なら相当警戒されるだろうが、幸い?今の俺は生物学上は女だ。もしかすると、話ぐらいはできるかもしれない。まぁそのためには、いきなり殺されない程度に強くなっておかなければならないだろう。

 

 そんなことをつらつらと考えながら、頬杖をついてぼんやりとしていると、横から唐突に衝撃が襲ってきた。

 

「あぅち」

 

 何の支えもなかったために、丸まっていた身体は呆気なくころりと地面に転がった。一体何事かと手をついて身体を起こすと、冒険者風の男が三人俺を上から見下ろしていた。何だか知らないが、とても威圧的だ。

 ぱっと見た感じ、大した装備はつけていない。革製の胸当てに、武器はそれぞれ剣、斧、弓と種類はバラバラで、どれも手入れがろくにされていないように見えた。比較対象が見た目の割に勤勉なフリーズしかないために、余計にそう見えてしまう。

 

「いってぇ」

 

 三人の内、一番俺に近い位置にいた剣の男が、口の端を歪ませながらそんなことを言った。

 

「おいガキ。こんなところでうずくまってんじゃねえよ。人様の邪魔になんだろうが」

 

 言っていることはわりかしまともに聞こえ、ないこともない。どうやら俺を蹴っ飛ばしたのはこの男の仕業のようだ。しかし、その人様の邪魔にならないように俺は往来から外れた端っこにいたわけだが。今俺のいる場所は、わざわざ往来の本流から外れ俺個人を目標にしていなければ、誰かとぶつかるような場所ではない。

 

 つまるところ、彼らはわざわざ俺にぶつかるコースで歩いてきたことになる。それはそれはご苦労なことだ。

 

 とは言え、確かに端っこといえども公の通りでうずくまり、道を塞いでいたことは事実も事実。彼らの意図如何はあくまで推測であり、実際は故意か事故かの証拠もないので、彼らを一様に攻めるわけにもいかない。

 ……謝る気もないが。

 

「はぁ」

 

 ちぇっ。反省してまーす。

 ぱんぱんと、土埃のついたズボンをはたきながら立ち上がり、俺は気のない返事を剣の男にお送りした。

 謝れば、俺が悪いことを認めてしまうことになる。この冒険者達のようなタイプの人間に、そういう揚げ足をくれてやるのは今以上の面倒事が発生するような気がした。

 

「あんだその態度は。あぁ? 大人なめんなよコラ」

 

 剣の男は顔を歪ませると、背の低い俺に合わせるように身を屈ませて俺の顔を覗きこんできた。オプションは低い声で、凄むように顔を近づけてくる。

 

 ……きちゃない。

 物理的に顔洗って出直してきて下さい。あと大体大人げないです。

 

「反省の色が欠片もないな」

「最近のガキは、オスもメスもクソ生意気な奴しかいねぇ。それもいっちょ前に剣なんか挿してやがるぜ。ガキの分際で、俺達冒険者を真似てるつもりかね」

 

 後ろにいた斧の男と弓の男が、面白がるように口を挟んできた。どちらも剣の男を止めるような気配は微塵もなく、むしろ助長、加勢してきそうな雰囲気だ。

 と、剣の男は俺の顎を掴むと無理やり持ち上げてきた。

 

「やっぱりな、顔は悪くないぞ。ヤッちまうか?」

「むぎゅ」

 

 ぐいと俺の顔を仲間の二人の方に向けて、そんなことを言っている。

 

「こんなところで一人でいるんだ、裏に連れ込んでも文句は言えまい。しかしグッドタイミングだったな。娼館に行く金もないってところに、カラーがゴールド背負ってやってきたようなもんだ」

「反省を知らない小生意気なガキは、俺達大人が責任を持って教育してやらねぇとなぁ。ひひ」

 

 案の定、仲間二人も剣の男の方針に乗っかってしまった。いい大人が、三人揃って下半身直結発言である。

 しかしいくら元々が⑱の世界とはいえ、どいつもこいつもナチュラルに犯そうとしてくるのはどういうことだ。性的モラルが低すぎる。そもそも、この痩せぎすのちんちくりんに欲情する奴がこれほどいるとは。俺は知らず知らずのうちに、フェロモンでも放出しているんじゃなかろうか。

 まぁどうにしろ、このままでは暫定被害者は俺だ、構うことはない、Yesタッチのロリコン死すべし。

 

 剣の男に片手を掴まれ、残り二人に周囲から隠すように取り囲まれる。

 三人の実力は、ざっと見たところ俺の殺した盗賊達より少し強い、と言ったところだ。しかし不意打ち上等の殺戮劇の時とは違い真っ向勝負になる上、俺の見立てが誤っている場合もあるので、こちらも覚悟を決めてかからなければならない。何せ、無抵抗なんて選択肢は今の俺には存在しないのだ。

 俺は三人の隙を見て剣の柄に手を伸ばした。

 

「――おい」

 

 と、アァン…なHCG、もしくは幼女による幼女のための惨殺CGが挟まれる前に、地を這うような声が男達の背後から聞こえてきた。その声には、剣の男の凄みなど比較にならない、文字通りレベルの違う威圧感がふんだんに込められていた。

 

「ぁ」

 

 そこに立っていたのは、俺の唯一知る冒険者、フリーズだった。しかしそのフリーズからは、今まで見たこともないほどの怒気が溢れだしていた。俺がうっかり逸れてしまったことを怒っている……にしてはかなり危険なレベルでキレている。

 フリーズ。と、俺が声を続けようとすると。

 

「げぇ! ふ、フリーズ!」

 

 何事かと振り向いた剣の男の叫び声が俺の言葉をかき消した。

 

「くそ、ついてねぇ」

 

 俺を抑えこもうとしていたのか、手を回してきていた弓の男の小さな悪態が耳に届く。どうやらフリーズは、彼ら冒険者達に疎まれるような存在であるらしい。

 

「な、何だよ。俺達に何か用か? 言っとくが、このガキのことにしちゃあんたは無関係だろ。ワリィが黙っててもら」

「スピア」

 

 少しどもりながらもフリーズから距離を取ろうとする剣の男の手を振りほどき、俺は俺の名前を呼んだフリーズの元へと小走りに走り寄った。フリーズは俺が近寄ると、俺を自分の背中の方へと押しやり、三人の冒険者に底冷えするような冷たい視線を向けた。

 

「……で? 何が無関係だって?」

「な、何だ、そのガキ、い、いや。嬢ちゃんはあんたのツレだったのか」

「そうだが。こいつが、何か粗相でも?」

「あ、あぁ、嬢ちゃんが余所見をしていたせいで、俺が怪我しちまったんだよ」

「おいっ、やめとけって!」

 

 斧の男が、小声で剣の男を抑えようとする。しかし、剣の男には斧の男の声は届いていなかった。剣の男の視線はあっちこっちと忙しなく動き回り、混乱していることが傍からでも目に見えて分かる。仲間の声が頭に入ってこないほどに、引込みがつかなくなっているのだ。

 

「その嬢ちゃんがあんたのツレだってんならその落とし前、あんたが取るのが筋ってもんだよな」

 

 フリーズは、剣の男の全身を上から下までじっくりと眺めてから、小馬鹿にするように鼻で笑った。

 

「ふん」

 

 その対応に、剣の男は色めき立つ。

 

「あぁ!? なっ、何がおかしぶるげぉあっ!?」

 

 しかし。

 剣の男の狼狽え混じりの恫喝が終わる前に、容赦の欠片もないフリーズの拳が、剣の男の顔面に叩きこまれた。フリーズの限界まで鍛えあげられゴツゴツとした拳は、男の鼻にめり込み、前歯をへし折り、上顎を完膚なきまでに破壊してしまった。

 男はたまらず後ろに吹き飛び、鼻血と、へし折れた歯が数本、遅れて宙を舞う。

 

「なあっ!? 何しやがる!?」

 

 弓の男が叫びながら、弓へと手をかけようとした。しかしフリーズは落ち着いた様子でニヤリと笑い、剣の男の顔面に叩き込んだ右手を振りながら彼らをせせら笑う。

 

「冒険者ってのは、これぐらいの負傷でようやく“怪我をした”と言うんだよ。女々しくぴーちくぱーちく駄々をこねる前に世色癌でも飲んどけ。と、その男に言っておけ」

「てめぇ……」

 

 斧の男も、武器に手をかけたりはしなかったが、静かに敵意を込めた視線をフリーズに向けた。が、それでもフリーズは揺るがない。

 

「俺のツレを引っ掛けたお代だ。釣りはいらんぞ。それとも、まだ足りんか? そうかそうか、実は俺もこの程度のお礼では申し訳ないと思っていたところでな」

 

 と言いながらボキボキと拳を鳴らした。

 

「くそっ……。おい、行くぞ」

「あ、ああ」

 

 思いの外あっさりと、二人の冒険者達はそれ以上絡んでくるのを止め、へたり込んでいた仲間を支えて立ち上がらせた。

 

「※※※※※!!」

 

 顔面崩壊した男は意味不明の罵倒をフリーズに発していたが、結局二人の仲間に引きずられるようにして連れて行かれた。

 

 

 

 

「大丈夫か?」

「う、うん。実はフリーズって、結構強い方?」

 

 確かに旅をしている間、フリーズが危なげなくモンスターの相手をしているところは何度も見ていた。しかしどのモンスターも下位のものばかりだったので、俺はフリーズの強さが今一わかっていなかった。

 

「そこそこ、だな。技能はないが、俺の才能限界はほどほどに高かった。そこいらの木っ端には負けん」

「才能限界って」

「レベル、は知っているだろう。生き物がおしなべて持っている、力の階梯だ。一定以上の経験を積みレベルが上がれば、筋力、速力、硬さ、魔力、その他諸々が強化され、生物として更に上のステージへと上がっていける。しかし、永遠に強くなることは出来ない。神に定められた、レベル成長の頭打ち。それが、才能限界だ」

 

 いや。(フリーズの)才能限界ってどれぐらい、って聞きたかったんだけど。まぁ、みだりに他人に教えることでもないのかな。

 俺の見立てでは、レベルは少なくとも20以上。大国の精鋭騎士ぐらいの力はあると思う。有数、と言っていいほどの実力はあるだろう。

 しかし、それだけに疑問も湧いてくる。さっきの冒険者達、フリーズほどの力があるのならもう少し穏便に追い払うことは出来たのではないかと。

 

「それにしても、やり過ぎ?」

「あん、さっきの連中か? お前、自分が何されそうになっていたか分かってるのか?」

「男女の、ずぼずぼ?」

「……。……いやそうなんだが。何だろうな。お前にその顔で言われると、大したことだったはずなのに、そうでもなかったかのように思えてしまう」

 

 不幸なことに俺は、既にそういう(・・・・)行為には慣れてしまっている。いいようにされる嫌悪感はあるが、今更光沢なくした虚ろ目で絶望するような事柄でもない。

 いや、それはともかく。それよりも気になるのはモラルの低い冒険者達のことだ。

 特に殴られた男の最後の様子を見る限り、このままで話が終わるとは到底思えなかった。

 

「仕返し、来るかも」

「そん時は仕方ない。俺も、身を守らないとな」

 

 俺が言うと、フリーズは何でもなさそうに頷いた。そして俺の頭に手を置いて、さらにこんなことを言うのだった。

 

「スピアの方に行った時は、頑張れよ」

「は」

 

 あまりの丸投げに、口をぱかりと開けて呆れ返る。

 が、続けていったフリーズの言葉には即座に閉口してしまった。

 

「冒険者もあんな奴らばかりじゃないが、時にはあんな奴らがいることも事実。何事も経験だ、ああいう適度な奴であしらい方を練習しておけ」

 

 強かにも、俺の教材にしてしまうようだ。流石にその発想はなかった。が、あしらい方とは言うものの、俺にはまだ彼らに対してうまく対処出来るほどの力はない。説得などという手段は、あくまで理性的な者に対して取れる手である。既に怒り狂っている者が相手では効果が薄い。結局フリーズのように実力を示すしかないのだが……。

 

「殺す、かも」

 

 俺が力でどうこうするのなら、それしか手がない。

 本当に、人間を殺すだけならば、武器を持ってさえいれば俺のような子供でもできることなのだ。生かして無力化するなど、ただ殺すよりも何倍も難しい。村で盗賊を皆殺しにした俺でも、もし仮に勝利条件が不殺であったならば、一人も対処できずに終わっていただろうことは想像に難くない。

 悪意を持って害する相手を殺さずに、あるいは重傷を負わせずに済ませるというのは、あくまで相手との圧倒的実力差があって、それでようやく選ぶことの出来る贅沢なのである。

 

「別にいいだろ」

 

 とか折角ごちゃごちゃ考えていたことはフリーズの発した一言によって全てさっくり御破算となった。

 人のいいフリーズの側にいたせいで忘れていたが、ここは人の命の軽い世界。“原作”で主人公がサクサク人を殺していたのは演出の類だと思っていたが、現実となってみれば思いの外ありふれていてかなりゾッとしない。人格の根底に染み付いている前の世界での倫理観は、さっさと消してしまった方がいいだろう。さもなければ、その甘さでいつ足元を掬われてしまうか分かったものではない。

 

「元々、連中のドーレンギルドとウチのギルドは仲が悪いんだ。今更、ドタバタするようなことでもない」

「ギルド?」

「ん、あぁそうだ。そういやウチのギルドに向かうんだった。全く、余計なことで時間を食った。話は向こうでしてやる。今度は逸れるなよ、スピア」

 

 そう言って、フリーズは俺の方に左手を差し出した。

 『手を引かれて歩くほど、子供じゃない』などとは一度逸れて迷惑をかけた手前、口が裂けても言えない。

 俺は渋々右手を持ち上げてフリーズの手を握りしめた。そして、歩き始めたフリーズに合わせて大人しくついていく。

 

 

 ふと、何も言わず歩を進めるフリーズの横顔を見上げる。

 そういえば、この世界に生まれて誰かに心配されたのは、これが初めてだ。

 それに、フリーズがあれほど怒っていたのはもしかすると俺のためなのかもしれない。

 

 

 そう思うと何だか無性に嬉しくなった。勝手ににやけてくる口元を見られないように、少し顔を俯ける。

 フリーズに手を引かれて歩くことも、そんなに嫌ではなくなっていた。

 

 




すみません。執筆の方を優先してて、感想返ししてません。けど感想は大事に読ませてもらっていますので、後書きの場を借りて御礼申し上げます。拙い二次創作ではありますが、励みになってます。


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3rd

注意:この二次創作作品の原作は18禁ゲームとなっております。当作品にも数多くのそうした表現が登場するため、それらに堪えられない方はブラウザの戻るボタンをクリックして下さい。
なんてのは手遅れですかね。


 冒険者という職業、あるいは生き方は、傭兵など戦いを専門に請け負う戦争屋と異なり便利屋という側面も持つ。どちらも、国家などの大きな権力に雇われこそすれ直接は属したがらない自由人な気質があった。ただ、傭兵が傭兵団など一個の群体を形成し活動しているのに対し、冒険者達は単独、ペア、あるいはパーティと、比較的少数で活動している。それは元々冒険者というものが、未知の解明・踏破を己が好奇心と欲望のもとに達成してきた者であるためだ。それゆえ、彼らは多数で行動することを望まず、フットワークの軽さを重視していた。戦いを主とする傭兵と違い各々が目指すものは千差万別、とかく、冒険者達は傭兵以上に自由を愛しているといえるだろう。

 

 しかし、過ぎた自由とは不自由とも同義である。彼らは他者から束縛されることを拒む代わりに、庇護されることも放棄してしまっているのだ。つまるところ、彼らには後ろ盾が、ない。国に守られる国民、属する団に養われる傭兵。それぞれ、形は違えど組織に束縛されることと引き換えに、一定の安寧を得ているのだ。

 ゴールドを稼ぐためには冒険をしなければならない。しかし、冒険をするにも前準備がいる。物資、情報、人手、コネ、それら全てを個人単位で揃えることは、困難極まる。そして結局そのためにゴールドがいる。それが、冒険者の不自由だ。

 

 とは言え、不自由ばかりでは終わらせないのが人間の社会である。

 最初に始めたのは誰だったのか、冒険者をバックアップする組織が、ある時自然に誕生した。冒険を引退した元冒険者や、親しい者を亡くした遺族が発端ではないかとは言われるものの、真相は定かではない。ともかく、そのシステムはあちこちへと爆発的に広まっていった。冒険者の、民間からの仕事を請け負う便利屋としての側面が生まれたのも、この頃からだ。

 

 冒険者相互扶助組合、通称冒険者ギルド。組合間で主に情報などのやり取りはあるものの、各地に在する組織自体はそれぞれで独立して成り立っている。そのため、組合毎に形態に多少の差異があった。だが、今やあらゆる都市に一つ、ないしは複数その組合が置かれており、地域と密接につながりながら冒険者のバックアップを行っている。

 冒険者達はそれぞれの冒険者ギルドと契約し、各々の自主性を維持しながらも仕事の斡旋や情報提供、冒険者仲間の紹介など、様々な援助を受けていた。

 

 ここ、自由都市アイスの冒険者ギルドでもそれは変わらない。民間から仕事を請け負いながら、よそのギルドとも提携をとり、仕事に適した冒険者を、また冒険者には望む仕事を紹介している。が、最近ではその流れに淀みが生じ始めていた。

 

 アイスにある冒険者ギルドで昨今特に注目されているのは、ドーレンギルドと、キースギルドの二つである。

 片やアイスでは古参のギルドであり、元はアイス一帯の仕事を一手に引き受けていたドーレンギルド。そして、そのドーレンギルドから離反した冒険者が新しく立ち上げたキースギルド。

 一応商売敵同士である故、そのギルド同士が仲良しこよしになろうはずがない。

 

 問題は、彼らが商売敵である以上に不仲であったことだろうか。

 

 

 

 

 

 

「よぉフリーズ。戻ったか」

 

 ギルド長の執務室に入ったフリーズとスピアに、見事に禿げ上がった頭の男が片手を上げる。

 鍛えあげられた体躯に、隙のない身のこなし、余裕の滲んだ笑みで只者ではない風格を醸しだすのは、ここキースギルドの長、キース・ゴールドであった。その堂々たる様はむしろ、正規組織のそれよりもイリーガルなマフィアのボスに相応しい。

 キースの座る椅子とデスクは極めて豪奢なものでありながら、お金がないのか部屋の内装が比較的質素なために、キースの存在とその周囲だけが景色の中で些か浮いている。

 

「で、どうだった」

「やはり、以前と比べると野盗の数が増大しているようだ。……まさか、村一つ焼くほどとは思わなかったがな」

「そうか。どうにも、愉快なことじゃないな。それで? 大本はヘルマンか?」

「確証はない。が、十中八九そうだろうな。どいつもこいつも痩せちゃいたが、肉さえついていればヘルマン人の体格そのものだった」

 

 ヘルマン帝国。大陸の北方を占める、大陸一の歴史、国土、軍事力を持つ、紛れも無い大国である。

 鉱物資源が豊富に存在しており重工業が盛んだが、如何せん寒冷地方であるために衣食住においてはあまりに過酷な環境にある地域だった。それ故、温暖にあり豊かな国土を持つ、ヘルマンとタメを張るほどの大国リーザスに、ヘルマンは既に六度も、大規模な侵攻を行っていた。

 

 さて、そのヘルマンの転機の一つとなったのが、とある大物評議委員の死去だ。その人物は武芸のみならず政治力にも長けていたために、策謀・謀殺の類は幾度と無く自力で跳ね除けてきた。しかし、そんな人物も病には勝てなかったのだ。

 それに端を発する、ヘルマン上層部の腐敗の始まり。確かにその国土ゆえ人材は豊富で、上層部にも未だに優秀かつ公正な人物は数多くいる。が、それ以上にヘルマンという国は大きすぎた。それは国土という意味だけでなく、そこにいる人間達の思想という点でもだ。例え武技に優れようと、例え民生に優れようと、ヘルマンを真に良き方向に進めようとする者達の中に、権謀術数に詳しい人材はいなかった。彼らは、良くも悪くも正直過ぎたのだ。そのため、過分に自己利益に走る者達の専横を彼らでは完全には止められず、大国ヘルマンは少しずつ、少しずつ腐り始めていた。

 

「その上、ヘルマン皇帝は迎え入れた後妻にかまける始末だ。最近じゃ浪費が激しいそうだし、皇帝も昔はボンクラってわけでもなかったらしいが、老いで耄碌したかね」

「ヘルマンは、貧しくとも精強ではある。落伍者がこちら側に流れてきているようだが、ヘルマンそのものはまだしばらく保つだろうよ。仮にも大国、腐り切るにも時間がかかる。切っ掛け一つでどちらにも転ぶさ」

「ふん! 再生だろうが崩壊だろうが、こっちに塁が及ばなければそれでいいんだよ。野盗連中もでかい山脈があるってのに、ご苦労なことだぜ。そんな気力があるなら、他にすることがあるだろうに。ともかく、これからも盗賊は増えるだろうし、戦力の増強が必要だな……」

 

 キースはつるつるとした頭頂部に手を当てて、面倒くさそうに呟いた。それに、フリーズは苦笑する。

 もちろんのことながら、一冒険者ギルドがそこまでのことを気にする必要などはないのだ。冒険者は便利屋であって、治安維持を主としているわけではない。にも関わらずキースがそちらに手を伸ばしているのは、キースギルドが組織として未だ若輩であるためだった。所属する冒険者の数は少なく、またコネはあれどそれらもまだ開拓が今一つ進んでいなかった。だがキースは、情報が武器になることを知っていた。それをもって、アイスの都市長などお偉方との繋がりを密にしようとしていたのだ。

 

「苦労をかけるな」

「そう思うんなら、しっかり働いてくれよ、フリーズ。今のキースギルドの稼ぎ頭はお前なんだからな」

「分かっている……」

「……ところでさっきっから気になっていたんだが。そこにいる嬢ちゃんは、一体何なんだ?」

 

 そう言って、キースはフリーズの斜め後ろに大人しく立っていたスピアを指さした。内容を理解しているのかいないのか、スピアは二人の話を身動ぎもせずずっと黙って聞いていたのだ。

 

「……」

「あぁ。拾った」

「拾ったってお前。わんわんやにゃんにゃんじゃないんだぞ」

 

 愛玩動物にもされるムシを例に上げながら、キースは改めて上から下まで視線を巡らせて、スピアを観察した。

 

 歳は大体十代前後。あちこちピンピンはねた、手入れのされていないパサパサとした茶色い髪と、不健康に痩せた身体。ちびた服の袖や半ズボンから見える手足には、幾つもの傷跡がうかがえる。さらには不似合いな、見るからに手作りの胸当てと鞘を装備しており、全体的にちぐはぐでみすぼらしい。どこかの路地裏にでもいそうな、どう見ても浮浪児じみた風体だ。

 が、そんな中にあってその容貌だけが異彩を放っていた。痩せて薄汚れてはいたが、その薄白い顔にだけは一切の傷跡がなく、まるでそこだけは傷つけることを禁じられているかのような、妖しい魅力があった。パッチリとした二重瞼に、吸い込まれそうな茶色の瞳、すっと通った鼻梁の先には、桜のように小さな唇が据えられている。人形のような、という例えが当てはまらない、人間味溢れる造形をしていた。そして、どれも形容するなら可愛らしい、といった風情の特徴なのだが、何故か妙に異性を惹きつける匂い立つような色香を持っていた。

 このまま成長すれば、さぞ男達に身体を狙われるような女になることだろう。(ただしホモは除く)

 

 しかしそんな整った容姿をしていながらも、その顔に浮かべる表情は乏しくキースを見つめる瞳は無感情そのもの。

 が、それでいてその瞳の中に、激しく生きようとする活力と静かな理知的な光が同居していることを、様々な人間を見てきたキースは気付いていた。

 

「……それで、その嬢ちゃんをどうするつもりなんだ? お前は」

「冒険者になりたいらしい。俺は、その手助けだ」

「おいおい。第三者の俺がどうこう言うのも何だが、無茶だろ。その痩せた細腕で、何が出来る」

「そう見えるだろ。だが、これでももうレベルは10を越してる。イカマンやハニーを複数体倒した実績もあるしな」

「ほぉ。子供に何やらせてんだという突っ込みはさておき、将来有望だな」

「そういうことだ。何より、本人がそれを望む以上俺はそれを叶えてやるつもりだ。こいつ自身が止める気にならない限りな」

「そーか。ま、お前がそう決めたんなら、俺ももう何も言わねぇよ」

 

 とは口で言いながらも、心中ではキースもフリーズの方針に賛成していた。この物騒な世の中、モンスターも怖いが、害意・悪意を持った人間はさらに別の意味で恐ろしい。自分の身を守る術を持っていなければ、この娘は直ちにおぞましい目に合うだろうとキースは確信していた。……娘の様子を見る限り、もう既に合っている可能性のほうが濃厚だったが、こうしてフリーズに教えを請う程度には絶望していないのなら大丈夫だろうと、キースはそれ以上詳しいことを聞くのは止めておいた。

 

 と、おもむろにフリーズがキースに近寄り、心持ち小声で話しかける。

 

「それで、できればなんだが……」

「何だ、似合わねぇことしやがって。気持ち悪いぞ」

「俺に何かあったら、頼む」

 

 フリーズのその言葉に、キースは少し眉を顰めた。

 

「……子守は出来んぞ」

「見た目の年齢以上に、頭の回転は速いようだ。支援程度の世話で構わない、あとは自分で何とかするだろうさ」

「それぐらいなら、構わんが」

「助かる」

 

 フリーズはキースから離れると、今度は後ろでじっと佇んでいたスピアの背中を押してキースの方に近付けた。

 

「こいつはキース・ゴールド、俺のかつての冒険者仲間だ。これから世話になるかどうかは自分で決めろ。とりあえず、挨拶だけはしておけ」

「……初めまして。スピア、です」

 

 言葉少なに、ぶつ切りに。口を小さく動かしてスピアがキースに会釈する。そのたどたどしいしゃべり口は、言葉は正しく理解しているものの、ただ今までしゃべっていなかったのでまだそうすることに慣れていないだけのように見えた。

 しかし、その一連の動作の中、スピアがキースから目を離すことはなかった。その仕草に、敵意はない。ただ、キース同様にスピアの方もキースを観察しているだけだった。何かを見極めようとしている、キースにはそう感じられた。

 

「こりゃご丁寧にどうも。俺はキース・ゴールド、このキースギルドのボスをやっている。ちなみに、思わず揉みたくなるような美人秘書を募集中だ」

 

 そこで言葉を切り、少し考えたあとに再びキースは口を開いた。

 

「どうだ? ウチのギルドと契約しておくか、スピア嬢ちゃん。冒険者ってのは実力が物を言う仕事だ。何分今は人手が足りなくてなぁ、子供でも大歓迎だ」

 

 

 

 

 

 

 キース氏が、予想以上に若禿でした。

 第一原作キャラと初の衝撃邂逅を果たし、俺は感動と諦観の中でギルドを出て行くフリーズの背中を追いかけていた。

 

「意外だったな」

「何が?」

 

 フリーズの呟いた独り言に反応して、聞いてみる。

 

「キースは義理堅く気の良い奴だが、仕事には存外シビアだ。剽軽に振舞っているように見えてもな」

「ふぅん」

「そんなキースが、お前を一目見て勧誘したんだ。何か思うところがあったのか、あるいは気に入られたのかもな」

「そっか」

 

 キース氏との付き合いが長いらしいフリーズと、彼の一面しか見ることのなかった原作経験者である俺とでは、やはりキース氏から受ける印象には差異がある。しかし、俺もフリーズもキース氏に向けている感情は正のものだ。信用・信頼の違いはあれど、少なくとも頼っても良い人物ではあるのだろう。

 そう考えた俺は、キースギルドとの契約に頷いた。子供であること以外に未熟ということも加味されたので、今は名前のみの試験期間ではあるが、これで俺もようやく仮とはいえ冒険者と言える存在となれたのだ。

 そうだ、冒険だ。あの村からここまで来るのには、モンスターの相手をしていただけ。それはそれで楽しめたが、冒険、と認められるような高揚感とは到底言えなかった。

 だからこそ、これからのめくるめく冒険に期待して、俺はウキウキする気分を堪えきれなかった。

 

「冒険、行くの?」

 

 俺は、抑えられない好奇心を声に出してフリーズに尋ねた。

 フリーズは、キース氏に俺の特訓に丁度いい迷宮を聞いていた。そして、それのついでにこなせるような手頃な依頼も。代わり映えのしなかった、先の見通せるような既知の平原ではない、全く知らないダンジョンを探索することが出来るのだ。期待をしない、わけがない。

 しかし、フリーズは首を横に振った。

 

「いや。いいかスピア、くれぐれも忘れるなよ。冒険ってのは、始める前が重要なんだ。特に、携帯食料や道具類を消費した今はな。それに、装備も新調するぞ。いつまでもその身体に合っていない戦利品を使わせるわけにはいかん。その剣、特にこだわりはないんだろ」

「もちろん」

 

 これが剣だから、使っていただけ。愛着など微塵もなく、正直どうでもいい。

 

「それに、腹も減ってきただろう。丁度昼時だ、飯にしよう」

「わぁい」

 

 村にいた時は語るまでもなく、アイスまでの道中も味気ない携帯食料の繰り返しだった。お陰で飢餓一歩手前の状態からは回復したものの、俺は娯楽としての“食”に飢えていたのだ。これでようやく、生まれて初めてまともな物が食べられる。俺は諸手を上げて喜びたいのを必至で我慢して、フリーズに言ってみた。

 

「へんでろぱ。食べてみたい」

「おお。へんでろぱ、へんでろぱ、な。…………あれ高いんだよなぁ。期待させといて悪いが、イカカレーや焼きそば辺りで我慢してくれ」

「うん。ありがと」

 

 それでも十分過ぎるデス。

 申し訳無さそうにぽんぽんと頭を撫でてくるフリーズに、俺は逆に申し訳なくなりながら、せめて精一杯の感謝を込めて頷いた。

 

 

 

 

 

 この世界に憧れて、一度は折れて。そして今また再び、憧れている。

 真実を知っていれば、どうしようもなく生きにくい世界なのだけれど、それと同じぐらいにこの世界は魅力的だ。全てを手に入れよう、と思うほど強欲でも傲慢でもないし、ましてや自殺願望もない。だが、世界を見てみたいとは思う。ただただ気の向くままに、誰かに邪魔されることなく、自分のしたいことをやり通したいと思う。

 俺は、誰かに何かを強制されることが嫌いだ。この世界は弱肉強食。自分の好きに生きたいのなら、自分が強者になるしかない。だから強く、ただ、強く。いつの日にか、心の安寧を得られるまで。

 

 




レベル神のことについて、恥ずかしながら存じ上げませんでした。ただ、主人公は生まれた時よりその特異性からマッハに目をつけられており、また面白いからと見過ごされてきました。本人は知りませんが、契約も勝手に結ばれているものです。

にわかゆえ、今後もこのような矛盾が多分にあるかと思いますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

また、副詞の誤用報告に感謝いたします。なんかあった違和感がすっきりしました。

ところで皆さん、色々こだわりがあるようで面白いですね。自分も、ネット小説を読んでいて趣味が合致すると、無性に楽しくなるものです。


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