【二次創作】僕の英雄譚を覗かせてあげます‼︎【エクス・アルビオ】 (ささくれガチ恋勢Ⅱ型)
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EX. 「ネタバレ」長編早見表/設定集

サブタイ通り、短長編が何話であるかを示す早見と設定集です。

この作品の用語やオリキャラの解説をかなり軽く記載します。
かなりのネタバレを含みますので閲覧には注意してください。

ストーリーが進行するたびに内容を更新していきます。




短編(3〜4話)、長編(5話〜)早見表

 

□ゆがみん編(短)

 第9〜11話

 突如起きたパンデミック。追い詰められたエクス達はどう生き残るか?

 仲間であっても味方ではない。

 

□黒砂編(長)

 第14〜20話

 異世界人だけを狙った通り魔事件。事件の真相と英雄に絡みつく因縁が火花を散らす。

 

 

・世界観設定

 

 作中には数多の世界が存在している。中世のような世界や時代劇のような世界、現代と似たような世界など。

 まれに世界は別の世界(異世界)と繋がることがある。

 

『バーチャル』・・・にじさんじが存在している世界。他とは違いかなり異世界と繋がりやすいため騎士がいたりサイボーグがいたり亜人がいたりと様々な種族が同じ世界で暮らしていて環境も若干の変化が起きている。

 故に異世界人差別や亜人差別などが存在している。

 

『バーチャル』とそれにつながった世界には『異世界ターミナル』と呼ばれる施設が存在している。『バーチャル』以外の世界では一基存在していて『バーチャル』のみ国一つ一つに必ず一基存在している。特に日本には最も異世界に繋がりやすいため最大規模のターミナルが存在している。

 

・用語/人物設定

 

□トーシャ(?) 

登場話:8, 17, 20

 ・正体不明の人物。

 ・巨大なローブで体と顔が隠れていて顔を見ると仮面のような物で顔がさらに隠されている。頭にはフリスビー形状の笠のような金属製の被り物を被っている。

 ・背中には縁を金属で補強された縦に長く、少し薄めの木箱を背負っている。

 ・武器として錫杖のような長物を持っている。

 ・実力は少なくともエクスと同等。

 ・エクスを『英雄』として扱い、彼を監視している。目的は不明。

 ・『黒砂編』ではエクスと花畑の近くに現れ、ベルモンドと遭遇したが戦闘は一切していない。

 

□『五傑』・・・『魔神』、『戦鬼』、『執行者』ニル・ガルズ、『騎士王』、そして『英雄』エクス・アルビオの五人を纏めた呼び方。彼らの世界で使われていた。

 

『魔神』???

 

『戦鬼』???

 

『執行者』ニル・ガルズ(21)

登場話:14, 15, 16, 18, 19, 20

 ・出身が処刑人貴族の死霊術士。武器は刃が長めの槍。

  ・死霊術・・・霊や魂を使う術士。具体的には死体を兵として使役、相手の体の機能を奪う、肉体の回復を促進させるなどができる。名前に反して死んだ生物の完全な蘇生は限りなく不可能。

 ・赤髪で鎧の上に金の装飾がついたコートを纏っている。身長は5人中2位。

 ・『黒砂編』ではエクスの敵として登場。彼の仲間も追い詰めるが最終的に彼に敗北、再び行方をくらます。

 

『騎士王』???

 



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本編
1. 絶対絶命! 社宅で四人を襲う悲劇


 第一話ですね。いきなり絶対絶命だとか悲劇だとか物騒な単語が出てきていますけどギャグコメディですので。
ギャグコメディですので....
 タイトルの「社宅」なんですが(しゃたく)ではなく、(やしろたく)です。


 やばい。かなりやばい。どのくらいやばいかというとめちゃくちゃやばい。そんなことを考えている鎧を身につけた金髪の男、エクス・アルビオの呼吸は乱れており汗が滝のように噴き出す。彼の視界には三人いるが全員顔が青ざめている。

 

 時は遡る。ちょっとだけ。

 

 今日エクスたちはオフコラボで同じメンツでよくコラボ配信をする会社員の社築、玩具会社社長の加賀美ハヤト、現役高校生の笹木咲のエクス含め四人に加え筋肉質なオネエエルフの花畑チャイカの五人が社の家に集まった。全員ある程度の準備を済ませていたので、すぐにテレビの前に集まりテレビの電源を入れてゲーム機を立ち上げる。

 

 画面は真っ暗なまま。いつまでたっても黒い画面には五人の顔がずっと写っている。

 

「あれ、電源入れましたよね?」エクスが切り出す。

 

「ええ、入れたはずですよ。」加賀美がそれに答える。

 

「おっかしいなぁ。ちょっと待って見てみる。』社はそう言いテレビの裏をゴソゴソし始める。

 

「エクス、なんかしたんか。おまえが壊したんかぁ。」

 

「いけないなぁエクス。落とし前をつけてもらわないと。」

 

「なんで僕なんですか!? 納得いきませんよ! そうやって罪をなすりつけようとしてるんじゃないですか。」

 

 笹木と花畑のイジリに答えるエクス。その中に加賀美も巻き込み騒ぐ四人。彼らが騒いでる途中に社が驚き声を上げる。他の四人は同時に社の方に顔を向ける。

 

「まじかぁ! ゲーム機のコードが断線してるなぁ。おいエクスどうしてくれんの。」

 

「だからなんで僕なんですか!? これは完ッ全に加賀美さんの仕業でしょお!?」

 

「いやいやエクスさんこそ私のせいにしないでくださいよ!? 責任は自分で持ってください!」

 

 エクスが嘆く。他の四人は笑いエクスも笑った。そして社は立ち上がった。

 

「近くの電気屋で代わりのケーブルを買ってくるわ。留守番頼んだ。」

 

「いってらっしゃい〜」四人は声を揃える。

 

 社がいなくなり四人はソファに腰かける。エクスはSNSで配信が遅れることをリスナーに伝え、笹木は立ち上がりプラスチックのカップをとり飲み水を入れソファに戻ろうとした。

 

「うわぁあ!?」笹木が派手にコケる。

 

 笹木の手からコップは飛び三人の頭上を通り三人に水をかけソファの近くにあった小さな棚に飛んでった。

 

「うわ何やってんですか!?」

 

「あぁもう服がビショビショだよ。これワタシの一張羅よ!」

 

「まぁまぁ二人とも落ち着いてくださいよ。たまにはいいじゃないですか。」

 

「なんでそこで少年の心がでてくるんですか。条件緩すぎじゃないですか。」

 

 三人は騒ぐ。決して笹木を責めているわけではないが。しかし笹木は顔を下に向けて黙っている。

 

「笹木さん?」

 

 笹木はまだ黙っている。

 

「笹木さん!?」

 

 笹木は顔を少し上げ、ゆっくりコップが飛んでった方の棚の上を指差した。その棚の上には本来社が命のたぶん次の次の次らへんに大事にしてるハッカドール1号のフィギュアが置いてあるはずだがその姿はない。それは棚の足元に落ちていた。

 

 左腕が折れている姿で。

 

 それを見た三人はすぐには反応できなかった。反応することを拒否しようとしたが無理だった。三人の顔はみるみるうちに恐怖に染まっていく。笹木は死んだ顔で瞳孔を大きく開いている。

 

「これまずくないですか。社さんがこれ見たら私たちどうなるんですか。」

 

「おいおいおいおい落ち着けよ。『教育』されるだけだ。大丈夫に決まってんだろ。」

 

「いや『教育』はまずくないですか。本当に私たちは大丈夫ですか。」

 

「チャイカさんの言う通りですよ。ここは落ち着いてクールに対処しましょう。」

 

 そう言うエクスはテーブルの下に潜り込んで頭を抱え声とその身を震わせていた。その衝撃でテーブルに置いてある物も音を鳴らしている。

 

 エクスの反応は案外正解に近い。社築は怒るとかなり怖い。『教育』と称して残虐なお仕置きをされるという評判だ。経験者であるエクスが怯えるのは間違いではないし、他の三人もそれは理解している。

 ちなみに、社築は(しゃちく)とは読まない。(やしろきずく)だ。

 

「いやエクスさんが一番落ち着いてくださいよ!? エクスさんの身に何があったんですか!? 体が拒絶してますよ! 体が恐怖を覚えちゃってますよ!」

 

「無駄だよ。もうね。おしまいなんだよ。」

 

「笹木さんも気をしっかりしてください! このままだと助かるものでも助かりませんよ!」

 

 その通りである。そう言われた三人は気を取り直して全員でどうするか考え始めた。

 

「向こうの部屋に接着剤があったはずだ。取ってくる。」

 

「それがいいですね。お願いします。」

 

 四人は安堵した。これなら大丈夫だと。接着剤を持って戻って来たチャイカは左腕をすぐにフィギュアにつけた。

 

「よし直ったぞ。これで私たちは助かる!」

 

 四人は抱き合い勝利を喜んだ。エクスに限っては涙を流している。

 

「ん?」

 

 エクスが違和感に気付いた。直ってるはずなのに謎の違和感が。

 

「これ左腕の向き逆じゃないですか? 180度逆ですよねこれ。」

 

「本当だ。まぁ取ってつけ直しましょうよ。」

 

 そういうことで笹木がフィギュアの左腕を外そうとしたがかなり固い。

 

「なんだこれ...!? めちゃくちゃ固いでこれ! まったく取れんわ!」

 

「なんだって? ちょっと貸しなさいよ。」

 

 チャイカはフィギュアを受け取り左腕を外そうとした。

 

「うがぁ...! この野郎!」

 

 チャイカはさらに力を込めるが全く取れない。その後、腐っても英雄であるエクスが取ろうとするもビクともしない。

 

「仕方ないですね。剣で行きますよ。」

 

 エクス以外の三人はエクスから離れエクスは剣を抜く。そのまま魔力とかは込めずに左腕の接合部のちょっとした隙間に剣先をいれ剣を差し込む。だがそれでも取れない。エクスはやり方を変えそのままテコの原理を利用した。6分近く力を入れ続けて、

 

「やった! 遂に来ました!」

 

 とうとう左腕が取れると感じたエクスは喜ぶ。左腕は遂に取れた。四人は喜ぼうとしたが運命がそれを許さなかった。取れた勢いで飛んだ左腕は壁に打ち付けられ粉々に砕け散ったのだ。

 

 流れる静寂。かつてフィギュアの左腕だった粉の山を死んだ目で見つめる四人。

 

「みなさん.....」

 

 エクスが喋る。三人の視線が同時にエクスに突き刺さる。

 

「どうしましょうか.....」

 

「どうしましょうか。じゃねえんだよ! おいエクス! これどうしてくれんのや!」

 

「やばいですよこれ! 社さんになんて言い訳すればいいんですか! これで私達『教育』確定ですよ!」

 

 笹木はエクスを殴り飛ばし踏みつけ、加賀美は慌てる。そんな阿鼻叫喚の中チャイカが三人を鎮めた。

 

「まぁ見てなって。これをこうしてこうだ!」

 

 なにかの奇跡だろうか。フィギュアには左腕が生えていた。

 

「まじすかチャイカさん! あなた神でしょ!」

 

 三人は今度こそ大丈夫だと喜んだ。

 

「でもその左腕どうしたんや。てかなんかその左腕おかしくないか?」

 

 笹木が問う。

 

「本当だ。なんか気持ち悪いですね。」

 

「というか左腕ってこんな向きになりましたっけ?」

 

「あぁこれねえ〜」

 

「右のほうに余分に腕が付いてたからそれを取って左につけ直したのよ。」

 

「何してるんですかチャイカさん!? それ右腕ですから! なに事態を悪化させてるんですか! 余計にまずくなっていませんか!」

 

「うわぁ最悪だ! 左腕だけならまだしもなんで右腕までやっちゃうんですか!? バカなんですか!」

 

「いやいや余分な腕一本借りてもバレんだろ。大丈夫だ。」

 

「どこが大丈夫なんだよ!! バレるに決まってるでしょうが!」

 

「みんな落ち着けよ! ウチに名案があるんよ。」

 

 笹木がそう言って三人に見せたフィギュアには失われた右腕が戻っていた。

 

「笹木さん!? これはどういう事なんですか!?」

 

「笹木もたまにはやるじゃないの。」

 

「笹木さん最高ですよ! もう舎弟にしてください! てか奴隷にしてください!」

 

 何度目の正直だろうか。これでもう大丈夫だ。自分たちは助かるんだとまた喜び合った。しかし、

 

「でもまだ違和感ありますよね。左腕はなんとかするとして右腕にも違和感感じないですか。」

 

「本当だ。んーなんだ? なんというか....。」

 

「大きいですよね。笹木さん、これどうしたんですか?」

 

「あそこにあるフィギュアの右腕から借りてきたんよ。」

 

「なにやってんですかあああああ!!! ええ!? なんであれから持ってきたんですか! 被害拡大してますよ! どうすんのこれ!」

 

「まぁまぁエクスさん。落ち着いてくださいよ。」

 

「落ち着けませんよ!」

 

「両方のフィギュアを貸してください。この二つをどうにかしますから。」

 

 そう言った加賀美は二つのフィギュアを受け取りその場で作業に入った。

 

「できました!」

 

「やるじゃないのハヤト。見せなさいよ。」

 

「でもこれでウチらも助かるんやなぁ。本当助かったわ。」

 

「どうですか社長。直りましたか?」

 

「ええもちろんです。ほら。」

 

 加賀美が笑顔で出来上がったものを差し出した。

 

「ちゃんとブレードライガーは直りましたよ!」

 

「なんでだああああああ!!!! なんでハッカドール1号がブレードライガーになるんですか! なにをしたらそうなるんですか! てかなんでブレードライガーなんですか! あなたの趣味でしょこれ!」

 

「すいませんエクスさん。アイアンコングの方が良かったですか?」

 

「そうじゃねえよ! 僕がアイアンコングの方が良かったって話じゃないです!」

 

「でもめちゃくちゃカッコイイやん。ウチは悪くないと思うで。」

 

「ブレードライガーいいじゃん。アイツも喜ぶと思うぞ。等価交換だよ。」

 

「勝手に等価交換させられたらたまったもんじゃないでしょうが! 本当にどうすればいいんですか!」

 

 エクスはあまりの動揺に後ろにコケてしまい後ろにあった棚を潰してしまった。その直後エクスは思い出した。

 

 (この棚の上今では十万近くする骨董カードが飾ってあったよな.....)

 

 そう思いエクスはすぐに潰れた棚の残骸を見る。そこには三分の二以上が欠けたカードが落ちてた。

 

「....!?」

 

 四人共言葉を失った。想定外の被害が出てしまった。四人は絶望し、逃げようか迷った。結局逃げる事をやめ、作戦会議に入った。そして四人で話し合う。

 

「まじでどうしましょう。これどうすればいいんですか。もう終わりですよ。僕たちはもうダメなんですよ。」

 

「落ち着いてくださいよエクスさん! きっとなんとかなりますって! 『教育』されるだけですから!」

 

「いやダメじゃないですか! 『教育』されるだけじゃないんですよ! されるだけじゃすみませんって!」

 

「エクスもハヤトも落ち着けよ。ようやく苦しみから逃れられるんだ。救済だよむしろ。」

 

「いやどこが救済やねん! チャイカも落ち着けよ! とりあえずビック○マンシールで代用すればええんや。」

 

「なんでビックリマンシールなんですか。しかもすっげぇ微妙なキャラじゃないですか。」

 

「ならこの○○○○シールで.....」

 

「おいいいいいい!!!! 社長がキャラでもないこと言い出しましたよ!? 社長壊れちゃってますよ!」

 

「エクス。これとかどう?」

 

 チャイカは額縁に入ったハッカドール1号のイラストを飾った。イラストと言っても顔しか入ってないが。

 

「少しマシになったように思えますけど何も変わってないですからね。ていうかこの絵どこから持ってきたんですか?」

 

「あそこのポスターから切り取ってきたのよ。イカすでしょ?」

 

「なんでまた被害を広げてるんですかああ! 顔らへんを雑に切り取ったせいでおかしくなってるでしょうが! しかも雑すぎてよく見たら絵の顔破れてるじゃないですか!」

 

「それならここに社の写真を入れれば一石二鳥じゃんか。社も喜ぶよ。ほら、いい感じじゃん?」

 

「やめてあげてください! なんかかわいそうですから! しかも画質悪すぎでしょ! ガビガビじゃないですか!」

 

「ならここに○○○○シールを入れれば....」

 

「社長はいつまでそれを引きずってるんですか! そんな社長見たくないです! やめてください!」

 

「なら神羅○象チョコでええやろ。かっこいいじゃん。」

 

「でも結局最低レアじゃないですか! ゴミを渡してるだけでしょう!」

 

 その瞬間、部屋に鳴り響く無機質な解錠音。四人の動きが固まった。

 

「ただいま〜 戻ってきたぞー。」

 

 部屋主の声が聞こえた。背筋が凍る。

 

「悪いな。どこにもコードが売ってなくって。遅くなった。」

 

 社が部屋に入ってきた。四人と顔を合わせる。冷たい空気が流れる。

 

「ワシじゃよ。」四人が社と親しい者のモノマネをする。

 

 部屋を見回した社は黙って部屋のドアを施錠した。

 

「『教育』が必要だな。なぁ、おめえら。安心しろ、配信は急用で無くなると伝えとくからさ。」




第一話でした。正直反省点が多いなとは思っています。
あと登場人物のセリフの前にその人物の名前は欲しかったりしますか?
良かったら教えてくださいな。

(例)  「あそこにUFOがいる!」
 ささくれ「あそこにUFOがいる!」

 よろしくお願いします。


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2. 英雄とヴィルヘルム・ヴィーゲ・シュルン

第二話です。サブタイトル見て困惑した人も多いでしょう。いい感じのタイトル思いつかなかったんです。
ごめんなさいと言ったら許してくれますか。


 22:30分。エクスは今配信中だ。しかもにじさんじ運営側の企画でいわゆるラジオのような特別配信となっている。

 

 その配信の司会者はエクスとグウェル・オス・ガール。グウェルは所謂エルフだ。肌が黒くオールバックでサングラスをかけたエルフの司会者。厳つい見た目とは裏腹に若い青年のような声をしている。

 

「じゃあ続いてはランダムおたよりのコーナーですね。お題は自分の思い出です。先ほどはエビオ殿が読みましたので次は私が読みますね。」

 

「わかりました。お願いします。」

 

「ラジオネーム、いなり太夫さんからいただきました。」

 

『私は昔異世界で狩人をやっていました。自分の村に来る魔物を倒すのが主な仕事でした。ある日、森の方で化け物が出て仕事ができないので退治してほしい、という討伐の依頼が来たので短剣と弓、毒を塗り込んだ矢を持って森に出かけました。ただ私が持ってた装備の相性がソイツと相性が悪かったんですよね。鱗が硬く、毒が効かない所謂巨大な蛇型で短剣は折れ、矢は使えませんでした。自分の足も折られて毒をもらった絶体絶命の状況の中、長く黒い髪を揺らし、全身に黒い鎧を纏わせ、大剣をもった男が一撃で蛇を縦に一刀両断して助けてくれたんですよ。回復薬もくれてとても親切な方でした。名前を聞くとこう言ってくれました。

 

[ヴィルヘルムだ。ヴィルヘルム・ヴィーゲ・シュルン。]

 

 そう答えた彼は大剣を背中に背負いどっか行ってしまいました。お礼も言えてないのにです。もし彼に会えたならお礼をして彼と一杯したいです。』

 

「はい、以上ですね。結構いい話ですよねぇ。ヴィルヘルムさんカッコイイです。」

 

「確かに会ってみたいですね。蛇型の敵を縦に一刀両断するって結構難しいんですよね。なかなかの強者みたいです。というかいきなり異世界人からおたよりもらっちゃいましたね。次の話も楽しみですし。」

 

「ところでエビオ殿は大型の蛇型の敵と戦う時ってどうしてたんですか? 英雄の戦い方を知りたくてですね。」

 

「基本顔殴って一撃でした。正直大型の敵って個人的に倒しやすいんですよね。いなり太夫さんの場合は相性が悪かっただけですからね。」

 

「へぇ〜そうなんですか、意外ですね。あと、エビオ殿は解毒はどうしてたんですか?」

 

「僕はめんどくさいのでしてなかったですねぇ。なにくらっても体は動くので必要が無かったです。僕の世界では普通に解毒剤を使うのが主流ですね。」

 

「すごいですね。やっぱり英雄って呼ばれるわけですね。じゃあ続いてのラジオネーム、バーニアフェチさんからいただきました。」

 

『私は高校生の時、バスケをやっていました。そのときは本当にバスケに命を懸けるくらい熱中していました。そのおかげで日々の努力の末に全国大会に出場できました。本当に嬉しかったし、心がより一層燃え上がりました。しかし、一回戦目も二回戦目もギリギリでしたが勝利しましたが三回戦目はかなりの強豪校と当たってしまいましたし、しかもエースでもありキャプテンでもある先輩が前日の試合で負傷して大会に出れなくなってしまったんです。だけどチームのみんなの顔は強く凛々しい表情をしていて、私は勇気を出して聞いてみたんです。

 

[みなさんなぜそんな顔しているんですか? 自分たちは結構まずい状況なんですよ!]

 

[そんなネガティブなことを言うな。それじゃあ勝てないぞ。安心しろ、俺たちは勝てるさ。今までの練習の意味を思い出せ。怪我したアイツににトロフィー見せてやろうぜ!]

 

[待たせたな。]

 

[それに頼りになるやつも来たしな。お前は知らないだろけどな。お前が入ってきてから事情があってこれなかったんだ。]

 

[僕の...知らない先輩...]

 

[久しぶりだなぁ! 悪いけどこいつに自己紹介してやってくれ! お前のこと知らないみたいだ。]

 

[構わん。私の名は....]

 

[ヴィルヘルムだ。ヴィルヘルム・ヴィーゲ・シュルン。] 彼はそう名乗ったんです。』

 

「えぇ!? ごめんなさいちょっと待ってください! ヴィルヘルムさんまた出てきましたよ!? 何者なんですか!」

 

「ははっ 本当だ。なんかまた出てきましたね。彼は一体何者でしょうか。じゃあ続き読みますね。」

 

『ヴィルヘルムさんは大剣を背負い、黒い鎧をその身に纏い、黒く長い髪を揺らし、鍛え上げられた傷跡だらけの体で試合に出た。そこからがすごかったんですよ。ヴィルヘルムさんは素早い身のこなしで相手から一瞬でボールを奪っていくし、逆に奪われることもないんですよ。雷光の如くっていうか雷光でしたね。確実にシュートも決めていてヴィルヘルムさんだけでチームでとった得点の9割を占めているんですよ。ただそれだけじゃないんです。ヴィルヘルムさんはチームのみんなも活かしてくれたんです。一騎当千で彼は終わらせないんです。的確な指示で仲間を動かしているんですよ。おかげでみんな相手にボールをとられることは無かったんですよ。]

 

「しかもバスケ超つええええ!!?」

 

『彼のおかげで大会では優勝できずも準優勝で大会を終えることができました。ちなみに大会が終わったあとヴィルヘルムさんはいなくなってしまいました。お礼も話もできずにですのでいつかまた彼と会いたいです。』

 

「はい、以上ですね。世の中は広いですね。でもまさかここまで来ると驚きますよ。名前が同じ人がいるなんてね。」

 

「名前が同じっていうか同一人物でしたよね!? 完全に特徴が一致してましたよ!!」

 

「いやまぁ世の中には自分にそっくりな人が三人いるっていいますし。」

 

「いやおかしいでしょ。こんな人三人もいるわけないですって。」

 

「まぁそんなことがあったんでしょうね。じゃあ次ですね。ラジオネーム、白米撲滅委員会さんからいただきました。」

 

『私は女性です。昔住んでた村では昔からある慣例のせいで女性だからという理由で疎まれていました。私の味方の母親は私が幼い頃に亡くしいつも父親に殴られていました。おかげで体中痣だらけでした。6歳になったある日の夜、父親に殴られていた私は家から裸足で逃げ出しました。もう痛い思いをしたくない。まだ死にたくない。だれか助けて。ということを考えながら二つ先の町まで走り、歩道で倒れてしまいました。そこに私の元に一人のおばあさんが私を背負って自ら経営してるという銭湯まで連れて行ってくれました。そこでちゃんとした手当てをして暖かいご飯を食べさせてくれました。さらにおばあさんが私に向かってここに居候していいよと言ってくれました。そこで私は必死にこらえていた涙を零してしまいました。おばあさんは私を暖かい腕で抱いてくれました。その翌日からおばあさんは洗濯の仕方、体の洗い方、お金の使い方などたくさんの事を教えてくれて、賄い料理と称して一日三食用意させてくれましたし、学校にも行かせてくれました。私はおばあさんにお返しをしたくて仕事を手伝わせて欲しいといいました。おばあさんはそれを否定することもせずに仕事のやり方を優しく厳しく教えてくれました。

 九年後のある日、人が少ない夜に銭湯の風呂に浸かりました。ただいつもと違ってお客さんが一人いました。私は不思議な雰囲気に惹かれ話しかけました。

 

[綺麗な月ですね。どうですか湯加減は。]

 

[ああ、最高です。湯加減も月も。]

 

[もしよければお名前を聞いても?]

 

[ええ。私は....]

 

[ヴィルヘルムだ。ヴィルヘルム・ヴィーゲ・シュルン。]彼はそう名乗りました。』

 

「またかよおおお!!!! 何回出てくるんだヴィルヘルム! てかそこ女湯だろ! そこでなにやってんだよ!」

 

『ヴィルヘルムさんは大剣を背負い、長く黒い髪を濡らし、鍛え上げられた傷だらけの体を持ち、黒い鎧を________』

 

「てかどこでも黒髪ロン毛で大剣背負って黒い鎧を纏っているね!? もしかしていつもそうなの!??」

 

『上半身だけ纏い下半身は露出していた。』

 

「そんなことなかったあああ!!!!! てかどういう格好だよ! 変態にも程があるだろ!?」

 

『ヴィルヘルムさんは私の十分癒えたがまだ傷だらけの体を見て目から涙と鼻から血を流してくれました。』

 

「変態度ぶっちぎってるうううう!!! 何を考えてるんだよヴィルヘルムは!? 変なこと考えてるんじゃないの!」

 

『その日からヴィルヘルムさんは毎日同じ時間に店に来てくれました。彼は私の何気ない日常の話を聞いてくれ、彼は想像できない彼の日常を聞かせてくれました。そして同じ風呂に浸かるのが日課でした。』

 

「待て待て待て!? どういう関係なんだこの二人は!? この人まだ15歳でしょ! 話が危なすぎんだろうが! てかなんでこの人はなんも違和感を感じないんだよ!!」

 

『それが当時の私にとっておばあさんと一緒に笑うときに並ぶくらい幸せなひとときでした。」

 

『しかしある日、おばあさんが苦しそうに倒れました。おばあさんを病院に連れて行くと完治は難しい死の病でした。そのことを泣きながらヴィルヘルムさんに伝えると彼は私をそっと抱きしめてくれました。私は彼の胸の中で声を上げて泣きました。ヴィルヘルムさんはそれに文句を言うこともなくずっと付き合ってくれました。しかし、そんなヴィルヘルムさんは店に来なくなってしまいました。その時私は心にポッカリ大きな穴が開いたような気がしました。それはやがて胸の苦しみに変わっていき私は常に涙を流していました。』

 

「なにこれ。どういう展開だよ。なんかえらく重たい空気になりましたよ。」

 

『その状態で病院にお見舞いに行ったある日、そんな私を見かねてかおばあさんは声を絞り出すように私から聞き出し、こう言いました。

 

[その涙、きっとそうだねえ...]

 

[その涙は誰かを想っている時にしか流せないものなんだよ....]

 

[そんな涙を流す人を私はつい最近見たよ.....]

 

[だから大丈夫。その想い、湯冷めさせたらあかんよ....]

 

おばあさんが言い切ったような顔をした瞬間、廊下から声が聞こえたんです。お医者様たちと誰かが争うような声が。そして部屋の扉が開きました。そこには傷だらけで小さなナイフを持ち、涙を流すヴィルヘルムさんが。』

 

 ここまで来てエクスたちはすっかり涙を流していた。エクスは先ほどまでの無茶苦茶な展開を忘れグウェルにいたっては、たまになんて言ってるかわからなくなる。

 

『ヴィルヘルムさんは雄叫びをあげながらおばあさんの胸にナイフを思いっきり刺したんです。すこしの間の後におばあさんは体を軽々と起こしたんです。まさに奇跡でした。彼から話を聞くとこの長寿の短剣を探すために旅に出ていたそうです。

 そして五年後の今でもおばあさんと一緒に銭湯を経営しています。ただ昔と一つ変わったことといえば、ヴィルヘルムさんも一緒に銭湯で働き、私と彼の指には指輪がはまっています。今、私はとっても幸せです。』

 

 流れる静寂。エクスとグウェルは涙を流し、たまに鼻をすする。そしてグウェルが切り出した。

 

「ごめんなさい。たまに聞き取れなかったでしょう。本当に涙が止まらなくて.....」

 

「別に大丈夫ですよ。本当に幸せそうでよかったです。でもやっぱり.....」

 

 一瞬で二人の涙は引っ込み声を揃えて言った。

 

「「ヴィルヘルム・ヴィーゲ・シュルンって誰」」

 

_______しばらくしてからグウェルが次に進めた。

 

「じゃあ最後ですね。ラジオネーム、ヴィルヘルム・ヴィーゲ・シュルンさんからいただきました。」

 

 もう誰もツッコまなかった。

 

 




 第二話でした。グウェルさんを出した意味が無いなと反省していますのでいつかまたグウェルさんを活躍する話を書きます。
 というかグウェルさんどころかエクスさんも出番ありませんでしたね。これじゃライバーさんの名を使う意味が無くなっている気がするので次回以降気をつけます。


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3. 最強の青と大きめの青とメッシュが青。

第三話です。関係ないですけど趣味のせいで指と爪がボロボロです。


 エクスは人里離れた山で出たゴブリン一体をなんとかしてほしいと頼まれた。結構報酬が高額だったので迷わず乗っかったが現実は残酷だった。出てきたのはめちゃくちゃデカイゴブリンだった。かなりムキムキで身長はぱっと見で3メートル。でもエクスは腐っても英雄。これくらいの敵は何度も殺してきたのですぐに終わる_____ことはなかった。素手で翻弄してトドメの際にゴブリンが突進を仕掛けてきて木から垂れ下がっていたツタに突っ込んだせいで。

 

 

 

 一方同じ山に来た三人がいる。三人ともにじさんじに所属しているバーチャル配信者(ライバー)で、アイドルを目指している相羽ういは、頭が丸っこい駆け出し魔法使いのアルス・アルマルにホワイトハッカーで青いインナーカラーで髪を一部染めた黛灰。この三人はぶるーずというトリオを組んでいる。

 

 三人は山でキャンプして休もうということで来ている。三人でテント設営していると聞き覚えのある悲鳴が聞こえた。

 

「まゆくん、あっちの方でなんかあったみたいだよ。」

 

「どうする。俺は二人がいくならついていくけど。」

 

「なら行きましょうよ! 黛さんもアルスさんも!」

 

 三人は並んで森の中を歩く。すると向こう側から恐ろしい形相で走ってきたのは大型のゴブリン。三人はゴブリンから逃げようと後ろに全力疾走する。

 

「ちょっと待ってよ! なにあれまゆくん!」

 

「俺に聞かないでよアルス。」

 

 二人が言い合っているうちに二人とも走るスピードが落ちてきた。二人とも体力はないのだ。

 

「お二人とも! 走るの遅いですよ! もっと速く走ってください!!」

 

「誰かああああ!!! 助けてくださいいいい!!!!」

 

 ゴブリンの方から誰かの声が聞こえる。三人ともゴブリンを見る。声はゴブリンの股から聞こえる。そこには_______

 

 

「訳あってゴブリンの股にツタで括り付けられたんですよおお!!」

 

 ゴブリンの股から悲痛な叫び声をあげ助けを請うエクスがいた。

 

「ええぇぇ!? なにやってんすかえびせんぱい!!」

 

「ていうかせんぱいどこ掴んでるんですか!? ゴブリンなんか泣いてるよ!」

 

 そう。悲痛な叫び声を上げているのはエクスだけではない。ゴブリンとゴブリンの股もふんどしの裏から悲痛な叫び声を上げていた。

 

 そうなったのはエクスがゴブリンにトドメを刺そうとした瞬間ゴブリンが突進を仕掛け、木にぶら下がっているツタに突っ込んだせいで複雑に絡んでしまい、エクスはゴブリンの股に縛り付けられてしまった。同時にエクスがゴブリンのゴブリンを強く握りしめた瞬間にツタでそのまま固定されてしまったのだ。

 

「とりあえず助けてくださいよお!! ずっとここにいるのはもちろん、こんな汚いモノなんか触りたく無いんですよ!!」

 

「アルスさん、黛さん! 前見てください前!」

 

 相羽の声で二人は前を見た。走る三人と一体の前に岩が道の真ん中だけ塞いでいる。ぶるーず達は岩の横を通りゴブリンはハードル走のように跳び越えた。

 

「まだ岩があるな。 ここでゴブリンの体力尽きるといいけど。」

 

 同じような形同じような配置の岩が三つも等間隔で続いてた。ぶるーず達は同じように横に避けゴブリンは飛び越える。

 

「ねえ黛さん、アルスさん。後ろ側が飛び越えるたびになんか声が聞こえてこないですか?」

 

「え?」

 

 三人は走って岩を避けつつ後ろを振り向く。ゴブリンの股から赤い何かが滴れてきている。

 

「なんか側から見たらすごい痛々しい光景だけど。男としてあんま見たくないんだけど。」

 

「てかせんぱいはどこ行ったの?」

 

さっきまでゴブリンの股からぶら下がっていたエクスがいない。と思った瞬間だった。

 

「なんか少しずつ下がってきましたよ!」

 

「本当だ。あれエクスだね。エクス無事?」

 

 黛が声を掛ける。返事は無い。

 

「ていうかあの赤いのせんぱいから滴れてきてない? あれ血じゃない?」

 

 三人は目を凝らす。三人が見たエクスは白目剥いて顔から血をダラダラ流している。エクスが喋る。

 

「お願い....します.....。逃げるルートを変えて....ください....。」

 

「せんぱいいいいいい!!!! せんぱいが死にかけてる!!!」

 

「お願いいいい!!! もうやだなんですよ!! 死ぬう! 死んじゃうからあああ!!!!!!」

 

 走っていると三人の前に再び岩が現れた。

 

「お願いお願いお願い!!!! 引き返して引き返してよおおお!!!! なにか奢るからあああああああ!!!!!!」

 

 エクスの叫びは虚しく、ぶるーずの三人は横に避けゴブリンはまた跳んだ。

 

「ごめんなさいエクスさん! 大丈夫ですか!」

 

「せんぱい答えて! 大丈夫!?」

 

 エクスは先程より血を多く流し気絶していた。

 

「えびせんぱいいいいいいいいいいい!!!!!??」

 

 

 

 

「さて、どうやってエクスを助け出す?」

 

 三人ともゴブリンから逃げ切った。ゴブリンがどこにいるかも把握している。

 

「逃げる最中にせんぱいに被害が出ない範囲で雷魔法撃ってみたけどびくともしなかったよ。」

 

「じゃあ誰かが囮になってそのうちに助けるってのはどうですか?」

 

「そうするにしても誰を囮にするの?」

 

「黛さんです!」

「まゆくんでしょ。」

 

「いやなんでだよ。そんな酷いことドヤ顏で言わないでよ。」

 

「まゆくん男でしょ? ボク達華奢な女の子にそんなことさせていいの?」

 

「いや君たち魔法使いとゴリラアイドルじゃん。この三人で一番戦闘力低いよ俺。」

 

 アルスは駆け出しではあるが氷、雷、光属性をうまく扱える魔法使い。相羽はアイドル志望でありながら無茶苦茶強い。普通の人間なのに。

 

「ならちょうどいいじゃないですか! 足手まといにはお似合いの役割ですよ!」

 

「ういは?」

 

 三人が作戦会議を進めているとゴブリンに見つかってしまう。三人は同じく逃げる。

 

「見つかっちゃいましたよ! どうすればいいですか!!」

 

 相羽が叫ぶ。すると目を覚ましたエクスが何かを思い出し喋る。

 

「みなさん真珠もってますか! この種のゴブリンは真珠が弱点なので投げつけると何とかなります!」

 

「それ先言ってよせんぱいいいい!!!! てか知ってるならせんぱい持ってるんじゃないの!?」

 

「依頼を受けて貰った時に全部売りました。」

 

「馬鹿野郎おおおおおおお!!!!!」

 

「とりあえず真珠お願いします!」

 

「シンジュ? えっなんですかそれ?」

 

「真珠です! たまにパッと出てこない気持ちもわかりますが! 真珠!! パールですパール!!!」

 

「わかりました! 近くの小屋から取ってきます!」

 

「お願いします!」

 

 相羽はすぐそこにある小屋に駆け出しソレを持ってきた。

 

「持ってきました! ゴブリンに投げればいいんですね!」

 

「ナイスです相羽さん! そうです! 投げてください!」

 

「いっちゃえういはちゃん!! 思いっきりいけえええ!!!!」

 

 相羽が思いっきり投げる。鈍い音が鳴る。

 

「え?」

 

 エクスの頭に何かが突き刺さる。

 

「ういはさん。」

 

「はい!」

 

「パールってこんな重いもんでしたっけ。 こんなに威力出るものでしたっけ。」

 

「そうですよ! ねえアルスさん! 黛さん!」

 

「いやういはちゃん。パールはあんな7の字みたいな形してたっけ? あんな人を殺せそうな見た目してたっけ。」

 

「というかあれパールじゃないでしょ。ういは、なに持ってきたの?」

 

「いや持ってこいと言われたんで持ってきたんですよ! エクスさん言ったじゃないですかバールを持ってこいって!」

 

「えっ....」

 

 エクスは頭から血を吹き出し再び気を失った。

 

「せんぱいいいいいいい!!!!! ういはちゃん! バールじゃなくてパールだよパール!」

 

「ええ!? そっちでしたか! すみませんエクスさん!」

 

「驚いてんじゃねえよ!!! このままだと本当にせんぱい死んじゃうよ!?」

 

 再び走り出す三人。

 

「とりあえずあそこの川の向こうの洞窟に逃げ込もう。あそこでじっくり作戦を考えよう。」

 

 黛の提案に二人は賛成する。幸い川の流れは緩く深いがすぐそこにボートがあるため簡単に渡れる。

 

「行こうか。」

 

 一番体力のあるういはがボートを漕ぐ。そしてエクスがまた目覚めた。

 

「黛さん! いまどんな感じ.....」

 

 三人は気づいた。自分たちが川を渡ればゴブリンも渡ろうとする。川の深さはゴブリンの腰まで浸かるほど。そして腰より低めの位置にエクスがいる。

 

「あっ」

 

 時はすでに遅く、ゴブリンのヘソの下らへんの水面から泡が大量に出てる。

 

「ちょっとまずいってこれ! せんぱい溺れちゃうよ! もっと速く漕いでういはちゃん!」

 

「わかった!!!」

 

 相羽がより速く強く漕ぐ。するとゴブリンが一気に近づくために跳び上がった。その衝撃は凄まじいもので三人が乗るボートを大きく揺らす。

 

「大丈夫!? まゆくん、ういはちゃん!」

 

「俺は大丈夫。」

 

「私も大丈夫です! ただオールを一個失くし....いや、ありました!」

 

 三人はとりあえず安堵する。

 

「よし! ういはちゃんまたお願い!」

 

「アイアイサー!」

 

 ボートはエンジンでも載せてるのかというくらいのスピードで再び動き出した。

 

 川渡りも終盤に差し掛かったところで黛が相羽がもつオールに違和感を感じる。

 

「ねぇ、ういは。右手にオールを持っているのはわかるけどさ。左手のソレ、何?」

 

「?」

 

 相羽が左手で持っているのは明らかにオールではなかった。茶色で、人の足くらいの太さで、というか人の足の形をしている。

 

「ういはちゃん。なんかこれすごく見覚えあるんだけど。すごく見覚えのあるブーツなんだけど。」

 

 すると水面から手が出てきてボートに捕まり顔が出てきた。

 

「うわああ!!! たすけてぇっ! たすけてくださっっ...しぬううっ!」

 

「いやああああ!!! せんぱい!? 大丈夫ですか!?」

 

「んなわけねぇだろおお!! おねがいっ あげてくらさい!!!」

 

 ボートが止まっている間にゴブリンが近づいてくる。

 

「まずいですよ! ゴブリンが近づいてきちゃってます!! オールが一個しかないので追いつかれちゃいますよ!」

 

「アルス。なんとかできない?」

 

「無理だよぉ....。僕の魔法じゃ攻撃しかできないよ。」

 

 まさに絶体絶命。すると黛が喋る。

 

「ういは。いいよ、このまま行って。」

 

「わかりました!」

 

「エクス。」

 

「へ?」

 

「ごめん。」

 

「え? ちょっちょっと待って! もしかしてだけ」

 

 相羽は再びエクスをオール代わりにしてボートを進めた。ときどき聞こえるエクスの声にはだれも反応しない。みんな真顔である。無理やり感情を殺している。そしてまた、ゴブリンが跳び上がり近づいてボートをつかみ持ち上げる。そして黛とエクスをボートから持って行く。

 

「え? なんで? なんで俺も?」

 

「ちょっと待って! 離してください! コイツは連れて行ってもいいんで! 僕だけでも助けてください!」

 

「いやエクス英雄でしょ。そこは俺のことはいいから先に行けみたいなノリで助けてよ。」

 

「僕だって死ぬのは嫌なんですよ! 黛さんは年上なんですから若い世代に人生を譲るもんでしょ!」

 

「いや年は一つしか差がないでしょ。」

 

「でも僕は英雄なんで。世界に必要とされてるんで! だからここは僕に」

 

「うるせえなつべこべ言わずに俺を助けてくれよお!! 英雄さんでしょ!? いやだ! いやだぁぁ!! 死にたくない! 死にたくない!!」

 

 黛が誰も見たことがないような取り乱し方をする。それを見てエクスは困惑する。

 

「この人ついに壊れたよ! キャラぶっ壊してでも助かろうとしてるよ!!」

 

「俺だけでもお願いします! 他の三人は好きにしてくれてかまいませんので!」

 

「黛さん! なんてことを言うんですか!」

 

「ひどいよまゆくん! 生贄はおめえら二人で十分なんだよ!」

 

「なんで僕も入れてるんですか! 二人だけ逃げようだなんて納得いかねぇっすよ! ゴブリンさん! この二人とってもおいしいですよ! 今が旬の激レア食材ですよ! 僕よりあいつらの方が絶対オススメです!」

 

「なんてことを言うんだよせんぱい!! ボク達女の子だよ! 男の人は黙って女の子を守ってよ!」

 

「あの....」

 

「ああもうなんだよ! ってええ!? あなた喋れるんですか!?」

 

 喋れないと思われていたゴブリンが喋った。

 

「ええ喋れますよ。実は....」

 

 ゴブリンは事の経緯を話す。エクスはゴブリンはひきこもりの知人の好みの男性だったので捕まえて知人にプレゼントしようとして捕まえたのだそう。ちなみにゴブリンのゴブリンの痛みは全く感じてないらしい。そしてぶるーずの三人に出会った時黛が自分の好みだという事で捕まえるために追いかけてきたそう。

 

「なるほど。そういうことなんだ。え、でもちょっと待って、君男でしょ。」

 

 黛が問う。

 

「そうですよ。僕の友人も男です。」

 

「でもそれだと男同士じゃないですか。ソッチの人じゃないかぎりおかしくないですか?」

 

 エクスも指摘すると思わぬ答えが返ってきた。

 

「そうです。僕たちはソッチの人ですよ。」

 

「「え」」

 

 エクスと黛は女性陣に視線を向ける。女性陣は満面の笑みでサムズアップをした。

 

 

 

 

 

 

 何カ月かたったある日。アルスと相羽は白い服を着込んでいる。

 

「黛さん達が結婚式に招待するなんて意外でしたね!」

 

「うん。あいつらのことだから恥ずかしいとかで呼ばないと思ってたなぁ。」

 

 結婚式の司会がマイクを持って喋る。

 

「それではW新郎新婦によるW結婚式を始めます! 皆様、大きな拍手でお迎え下さい!」

 

 鳴り響く拍手の音。エクスと黛がそれぞれの相手と腕を組み....身長差でできないので手をつなぎながら満面の笑みで出てきた。周りは祝福の言葉を投げかける。アルスと相羽も例外ではない。

 

「わあ! お二人とも幸せそうですね!」

 

「二人ともお似合いだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 




第三話でした。これも妄想を元に書いたものなんですが、いざ面白く文章にするとなると難しいですね。


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4. 夜の悪あがき

第四話です。←この「第○話です。」を前書きに書かないと気が済まない自分がいます。


「あっ、紙が無い....」

 

 深夜11:30、エクスは夜の公園のトイレの個室にいる。エクスは夜食を買うために出かけたが、急に腹を壊したため公園のトイレに駆け込んだのだ。

 

 紙が無ければケツを拭けない。ケツを拭かなければ外に出られない。でも肝心の紙が無い。つまり______

 

「絶体絶命だ.....」

 

「ちょっとやばいなこれ。ケツを拭かずに外に出ても近くのコンビニまでには距離があるしそもそもケツ拭かずに行くのは考えられないでしょ。助けを待つか? いいや無理だろ。この時間に人が来るわけ無いでしょ。」

 

 エクスが考えているうちに右隣の個室に人の気配を感じた。公園のトイレは個室が4つある。エクスは4つのうちの入り口から2番目に入っている。

 

(!? もしかして誰かいるのか? よかったこれで一件落着だな。)

 

「あの...すいません紙分けてもらっていいですか?」

 

「えっ!? その声ってまさかエクス!?」

 

「あ!」

 

 かなり聞き覚えのある声。

 

「もしかして三枝先輩ですか!?」

 

「そうそうそう! やっぱエクスじゃん!」

 

 三枝明那。エクスと同じくにじさんじ所属バーチャル配信者(ライバー)である。赤と白のメッシュが特徴的で武道館ライブを夢見るエクスと同い年の大学生。

 

「はあ〜とりあえず良かったぁ。」

 

(え? 良かった?)

 

「エクス、紙無い?」

 

 _______音の無い時間が流れた。

 

「僕からも質問していいですか?」

 

「ん、どうしたんだ?」

 

「紙分けてくれますか?」

 

「えっ」

 

 _______再び音の無い時間が流れる。

 

「「うわあああああああ!!!!!!」」

 

「やばいってこれ! どうするのエクス!」

 

「いや僕に聞かないでくださいよ!」

 

「頼むよ!! 俺もうここに2時間閉じ込められてるんだよ!」

 

「いやどんだけ前からいるんですか!?」

 

「スマホを持ってきてねえから助けを呼べないんだよ!」

 

「そうかスマホ!」

 

「エクス!? まさかなんとかなりそう?」

 

 エクスは閃いた。ポケットからスマホを取り出し、助けを呼ぼうとする。だが電源が点かない。

 

「バッテリーが....」

 

「なにやってんだよエクス! ちゃんと充電しろよぉ!」

 

「いやあんたはスマホを持ってきてないのが悪いんでしょ!」

 

「いや近くのコンビニ行こうとしただけだから!」

 

「いやそれでも持ってくでしょ!」

 

「いや持っていかなくない!?」

 

 二人の会話から言い争いに発展し、お互いを罵り合う。

 

「もうやめましょ。無駄に体力使うだけじゃないですか。」

 

「そうだね。もうやめようか。」

 

 二人は考える。この状況をどうやって打破するべきかを。二人は個室に何か無いかと便座に座ったまま探し始める。すると三枝がエクスに声をかける。

 

「エクス! いいもん見つけたぞ!」

 

「まじすか! なにを見つけたんです!?」

 

「今から渡すよ!」

 

 隣の壁の下のちょっとした隙間から物が出てくる。エクスはそれを拾い上げ三枝に聞く。

 

「すいません、これなんですか。」

 

 外見は縦25cm横8cm厚さ1cmくらいのプラスチックの板で、表には小さい棘のようなものがびっしり付いている。裏は縁を覗いて完全に肉抜きになっている。

 

「ええっとねぇ.....所謂______」

 

「すりおろし器じゃね?」

 

「いやいやいや、こんなんでケツ拭いたら死ぬでしょ。拭き取るどころか抉り取られるよ! 三枝先輩が使って紙買ってきてくださいよ。」

 

「絶対やだよ! そういうのはエクスがやってくれよ!」

 

「『そういうのは』って俺の扱いどうなってんですか!」

 

「お前の方が強いからに決まってるだろ! 頼むお願いだから! 300円やるから!」

 

「300円ですか......って乗るか馬鹿野郎!! これは一旦保留です! てか無し!」

 

 エクスたちは再び何か無いか探し出す。するとエクスが声を上げる。

 

「三枝先輩。いい感じの紙ありました。」

 

「おっマジで!?」

 

「三枝先輩が使ってください。 僕は待ちますので.....」

 

「えっいいの!? 任せろ!」

 

 三枝は壁の下の隙間からものを受け取った。

 

「ところでエクス」

 

「はい?」

 

「なんで急に落ち込んだような感じなの?」

 

「いえ、元気ですよ。」

 

「あ、そう。」

 

 三枝はそのことが引っかかりながらも受け取った物を見る。それは小さなメモ帳だった。中は破れ落ちてて4ページ分しか残ってない。全てのページには文章が4行くらいで書いてある。三枝はそれを読むことにした。

 

 1ページ目。位置的に一番最初のページのようだ。

 

『まず最初に謝らせてくれ。仕事があって君のもとにしばらく行けそうにないんだ。だからこのメモ帳でやりとりしよう。最近調子はどうだい。もうすぐ桜が咲くだろ? 今度また一緒に観に行こう。君が作るお弁当も良かったら食べたいな。』

 

 下には赤ペンで返事だろうか。書き足されている。

 

『お手紙ありがとうございます。私は元気です。こういうのも楽しくて大好きです。桜ですか、いいですね。お弁当もたくさん作ってあげます。あなた、たくさん食べますから。いいですか? 約束ですよ?』

 

 2ページ目。

 

『本当にすまない。君が大変な目にあってる時に一緒にいられなくて。でも我儘を許してくれ、君と一緒に桜を見て、君と一緒にお弁当を食べたい。だから絶対に元気になってくれ。応援してる。』

 

 また赤ペンで下に書き足されている。

 

『別に気にしないでください。あなたは私のために一生懸命働いているんですよね。我儘なのは私の方です。お詫びにとびっきり美味しいお弁当用意しておきます。約束、ですから。愛しています。』

 

 3ページ目。

 

『頼む、返事をくれないか。君の文字が見たい、声が聞きたい、顔を見合って一緒に笑いたい。だからまだ頑張ってくれないか。まだ私は君に愛してるを言えてないんだ。』

 

 このページに返事は無かった。

 

 4ページ目。桜の写真が貼ってある。

 

『頑張ってくれてありがとう。とても無責任な言葉に聞こえるがそれしか言えないんだ。君は愛してるって言ってくれたのに。私は最後まで言えなかった。どこまでも最低な人間だ。許してほしい。もし輪廻転生というものがあるなら、また君と一緒にいて桜を見て、笑いたいな。一番最後になってしまったが言わせてくれ、愛してる。』

 

「.......」

 

「どうしたんですか三枝先輩? それ使ってください。」

 

「いや使えねえよお!? こんな重いもんでケツ拭けるか!」

 

「いやただの紙でしょ。さっさとしてくださいよ。」

 

「どう見てもただの紙じゃ無いよ! いろいろ詰まってるんだけど! てか俺に渡したのって自分でも使えないからでしょ!」

 

「なんかそれでケツ拭くと人として大事なものを無くす気がしたんです。」

 

「だよね。」

 

 二人して大きくため息をつく。

 

「どうしましょうか。今あるのはケツを吹けば命を抉る凶器と人として大事なものを抉るものしかないですよ。

 

「もう見た感じ何もなさそうだしなぁ。人を待つかしか....」

 

 すると鼻歌が聞こえた。音的には手を洗いに来ただけらしい。

 

「あれ、困ったなぁ水道止まってるのかな? 仕方ない。自販機で水買って手洗おうかな。」

 

「「ちょっと待ってください!」」

 

「!?」

 

 明らかに聞き覚えのある声。

 

「もしかして三枝さんとエクスさんですか!?」

 

「やっぱ社長じゃん!!」

 

 公園のトイレに加賀美ハヤトが来た。同じくにじさんじ所属バーチャル配信者(ライバー)で加賀美インダストリアルの美形社長。大人な雰囲気を持つ反面、中身はロマンを追い求める少年っぽさもある。

 

「お二人ともどうしたんですか!?」

 

 二人は安堵した。天が救いの手を差し伸べてくれた。しかも最高の人物。

 

「俺たち紙がなくて困ってるんですよ! お金は出すから買ってきてください!」

 

 三枝が状況を説明をして助けを求める。しかし、言い切る前にエクスの左隣の個室から音がした。

 

 しばらくの間音が消える。

 

「お二人さんすいません、」

 

 加賀美の声だ。扉の前ではない、左から声がする。

 

「紙ありますか?」

 

「「無いです。」」

 

_______________そういうことだ。

 

「ええええ!!? ちょっとぉ! ようやく助かると思ったらこれかよぉ!」

 

「そうか俺たちもう一生ここから出られないんだな.....」

 

「三枝さん!? すいません私がやらかしたばかりに....。気をしっかり!」

 

 三人は大きくため息をついた。

 

「エクスさんと三枝さんっていつからいるんですか....?」

 

「僕は40分くらいです。三枝先輩は2時間40分くらいですね。」

 

「俺はもうずっとここにいるんだろうなぁ。」

 

「本当にすいませんでした三枝さん。」

 

「いやぁいいんだよもう。ここでおとなしく死ぬことを選ぶよ。」

 

「三枝さんそんなキャラでしたっけ。なんかえらいネガティヴじゃないですか。」

 

「三枝先輩もとからそんなんでしたよ。あーあ、誰にも遺言残せないんだなぁ。」

 

「エクスさん!? しまったぁネガティヴが感染していくぞこのままじゃ。なんとかしないと...」

 

 エクスと三枝はすっかり心が闇に覆われてしまった。加賀美はこんな空気を塗り替えるべく話題を探して二人に話しかける。

 

「そういえばお二人はなぜ外出していたんですか?」

 

 エクスが先に答える。

 

「僕は夜食を買いに行こうとしただけですね。行く途中で腹を壊してここに駆け込みました。」

 

「俺もコンビニへ夜食買いに行こうとしただけですね。はぁ腹減ったなぁ。でももう何も食べれないんだろうなぁ.....」

 

 より一層空気が重くなる。

 

(しまったああ!! あまりにも軽率に話題を振りすぎてしまったあああ!! やばい! このままじゃまずいぞ! 急いで話題を変えないと...!)

 

「そ、そうなんですねぇ...。 そういえばエクスさんって英雄って崇められてたんですよね! なんかこう武勇伝とか無いんですか!」

 

「武勇伝、ですか....。特に無いですね。一人で1万を超える軍勢と戦ったり裏切られて国と戦ったり多い時は週に20回も暗殺者を送り込まれたりしましたけどねぇ。それでみんな英雄なんて称号つけてくれましたけど実際はただのご機嫌取りですよ。笑える話じゃないですか、何人も殺して英雄といわれながら人に避けられ挙句の果てにはトイレで朽ち果てる。ハハッ、最高の英雄譚だと思いませんか?」

 

 より一層空気は重くなる。

 

(やらかしたああ!! とんでもない地雷じゃないかこれ!? なんかすごくいたたまれない気持ちになりましたよ!)

 

(でも最後の言葉、エビオ構文臭がしたぞ! ここで否定が入るはずだ!)

 

 エビオ構文。エクスの口癖で相手に同意を求めた後にすぐ否定すること。今回のシチュエーションなら「最高の英雄譚だと思いませんか? 僕は思いませんけど。」となる。

 

 .............。

 

(なにも言わないいいい!!? エビオ構文どころじゃない!! 普通に同意を求めに来てるじゃないですか!)

 

「べ、別にそんなこと無いと思いますよ! そういえば三枝さんには夢があると聞いたんですが三枝さんの夢ってなんですか?」

 

「俺の夢? そうだなぁ...」

 

「武道館ライブですねぇ....。」

 

「おお!! いいじゃないですか! 応援してま」

 

「でも俺楽器無理なんですよね.....。だから仲間を集めようとしたんですけど一人も集まらなくて.....俺ってそんな魅力無いですかね。」

 

「いやそんなこ」

 

「いいやそうか。普通に納得できるわ。だからこそ俺は今ここにいるんだろうな。夢を叶えるのは無理そうだけどせめてずっと別の夢見れそうだな。」

 

「いやちょっと自分をそんな蔑まないでください! 夢は絶対叶えられますから!」

 

 加賀美が一生懸命この空気を打開するために話題を考える。

 

(もうやけくそだ! しりとりでいいでしょう!)

 

「ああ、もう! こんな空気でいても仕方ないので三人でしりとりしましょう! 私エクスさん三枝さんの順番でいきましょう! わたしからいきますよ!」

 

「しりとり! りす!」

 

「すのこ。」

 

「コーラ。」

 

「ラー油!」

 

「夢。」

 

「滅亡。」

 

「牛!」

 

「死。」

 

「死。」

 

「いやどんだけネガティヴなんですか!? ていうか同じ言葉は使わないでください! もう一回いきますよ!」

 

「しりとり! りんご!」

 

「ゴミ。」

 

「みかん。」

 

「いや終わるの速すぎないですか!? もうちょっと長くしましょうよ!」

 

「苦しみは短い方がいいですよね。」

 

「そこもネガティヴなんですか!? もう一回! ちゃんといきますよ!」

 

「しりとり! 理科!」

 

「亀。」

 

「メダカ。」

 

「亀。」

 

「メダカ。」

 

「えっ、ちょっと」

 

「亀。」

 

「メダカ。」

 

「私の番は」

 

「亀。」

 

「メダカ。」

 

「亀。」

 

「メダカ。」

 

「ていうかお二人さん」

 

「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」 「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」 「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」 「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」 「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」「亀。」「メダカ。」

 

「いい加減にしてください! 私をスルーして二人でやらないでくださいよ!! 同じ言葉を2回も使わないでって言いましたよねぇ!? どんだけループするんですか!!!」

 

「苦しみは連鎖する、そうですよね三枝先輩。」

 

「そうだねエクス。苦しみに終わりは訪れないんだよ。僕たちはここで永遠に苦しむのさ。」

 

「「ハハハハハハハハ!!!」」

 

(二人とももうダメになってしまった! もうどうすればいいんだ!?)

 

 加賀美ハヤトは頭を悩ませる。もういっそ自分もおかしくなれば楽になるだろうか。そう考えていると物音がする。

 

「!? 誰かいるんですか!!」

 

「えっ、ハヤトさん?」

 

「もしかして黛さんですか!?」

 

 黛灰。三人と同じくにじさんじ所属バーチャル配信者(ライバー)でホワイトハッカーをやっている青いメッシュを入れた青年。クールな雰囲気を持つが茶目っ気がある。

 

 加賀美はようやく助けが来たと喜ぶ。そんな加賀美に黛が声をかける。

 

「ちょうど良かった。」

 

(え? ちょうど良かった?)

 

 加賀美は黛の発言に何かを感じる。というかいつの間にか声の居場所は右のほうに。

 

「ハヤトさん、紙ある?」

 

______________加賀美ハヤトの叫びが闇にこだまする。

 

 

 

 

 

 




第四話でした。英数字と漢数字、どちらを中心にしていくか迷っているところです。


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5. 姫様緊急護衛作戦(笑)

第五話です。世界観の補填のためあらすじに少し付け足しさせていただきました。


 待ち合わせ場所の広場に向かうエクス。珍しく普通の服を着ている。今日はとある人物に頼まれて来たのだ。待ち合わせ場所に着きその人物と目が合う。その人物は黒い衣服を纏い、側頭部に一対のツノを生やした女性だ。

 

 レヴィ・エリファ。エクスと同じくにじさんじ所属バーチャル配信者(ライバー)の一人。亜人の女性で見た目は20歳だが実年齢は6歳である。先ほど女性とはいったが「雌」ではあるものの、性別に大きなこだわりはないらしい。

 

「急に呼び出してゴメン! でも本当に手伝って欲しくてサ。」

 

「別に大丈夫ですけど....。なにかあったんですか?」

 

「そーだそーダ! 実はサ.....。」

 

「ねぇねぇ、この人がお友達なのですか?」

 

「そーだヨ! ボクの友達エクスくン!」

 

「え?」

 

 エクスは仰天した。レヴィの後ろから少女がひょっこり顔を出してきた。かなり幼く見える。それだけならまだしも、この少女実は_________

 

 

 異国のお姫様なのである。

 

 

「へぇ〜、アタシ、アメダ・ルセス・ペルサ! アナタのお話いっぱい聞いたの! 一緒に遊んでよ!!」

 

 エクスに電撃が走る。最悪だ。このままでは自分がこのお姫様を誘拐したと誤解され、自分の首が飛ぶどころか下手したら戦争の火種になりかねない。なんとか理由をつけて断りたいが、断っても大変なことになる。八方塞がりだ。レヴィは彼女がそういう人物であることを知らない模様。

 

「だからさエクスくン、一緒についてきてくれるかナ?」

 

 答えは決まっている。

 

「もちろんですよ。行きましょうか!」

 

 なんとか最終的に上手くまとめるしかない。

 

 

 三人は広場のすぐ近くにある街に向かった。街にあるものをアメダに説明しながら歩いた。彼女は王国のお姫様だからか丁寧な口調と幼さゆえの砕けた感じが入り混じっており派手なドレスを着こなしていてかなり目立っているがここはいろんな異世界と繋がっているバーチャル、いろんな人が街を歩いているから違和感なんてまったくない。エクスが説明するたびに彼女は驚き目を輝かせ、たまにレヴィの目も輝いた。

 

「そういえば二人ともどういう出会いだったんですか?」

 

「ええっとネェ....」

 

「森の中歩いてたらレヴィさんがね! 歌ってたんですの! しかもすっごく上手だったんですの! ねぇレヴィさん、後でもう一回聴かせてよ!」

 

 彼女が言うようにレヴィは歌唱力がある。エクスはもちろん、同業者やリスナーにもそう認知されている程に。

 

「エヘヘ、照れちゃうナァ。イイヨ! 後で歌うネ!」

 

「やったぁ!!」

 

 なるほどねと頷くエクス。というかそのことよりアメダがレヴィにかなり懐いていることに驚く。

 

「アタシ、あそこ行ってみたいの!」

 

 アメダが指を指す。指をさしたその先は動物園。

 

「動物園!? イイネ! 行こうカ! エクスくンもキテキテ!」

 

 正直気が乗らない。お姫様を獣の世界に連れて行っても大丈夫だろうか。でも仕方ないと腹を決める。

 

「そうですね! 行きましょうか!」

 

「じゃあエクスくンのチケットとボクのチケットはそれぞれ自分で、アメダちゃんのは二人で割り勘でイイ?」

 

「全然いいですよ。あっ、そういえばあなたのことなんて呼べばいいですか?」

 

 エクスはアメダに尋ねる。

 

「アメダでいいよ! てかそう呼んでくださいませ!」

 

「わかりました。そう呼ばせていただきますね。」

 

 チケットを買うと三人は門の先に足を踏み入れた。

 

 アメダが「すごい」と一言こぼす。お姫様だ。こういうところには来たことがないのだろう。彼女とはぐれてしまわないようにレヴィが彼女と手をつないでいる。

 

「ねぇねぇ、あの子たち何て言うんですの?」

 

 彼女が指をさしたその先には、人より少し大きな背丈でがっしりとした体つき、そして黒い体毛が特徴的な人型生物だった。

 

「あの子たちはゴリラって言うんだヨ。すっごく力持ちだけど優しいやつらなんダ。」

 

 レヴィが解説する。アメダは興味深そうに聞き、エクスは適当に相槌を打っているとゴリラと目があう。するとゴリラがエクスに向かって中指を立てた。

 

「いやあいつら見てると全然説得力ないんですけど。優しい奴が普通いきなり中指立てますか。」

 

「エ? そんなことないっテ! おーいゴリさんたチー!」

 

 レヴィとアメダが手を振るとゴリラが優しい笑みを浮かべながら手を振り返す。

 

「ほらやっぱりみんな優しいヨ!」

 

「「ねー。」」

 

 そして二人が目を逸らした隙にエクスの方に目線を移し中指を立てる。

 

「いややっぱあいつら俺のことバカにしてんだろ! なんで俺にだけ敵意マシマシなんですか!」

 

 他の動物のところに行ってもこんなやりとりをする。動物たちのエクスに対する評判は最悪のようだ。

 

「次あっち行きたい!」

 

「いいヨ! 行こう行こウ!」

 

「すいません、ちょっとお手洗い行ってきますね。」

 

「わかっタ。じゃあ先回ってるネ!」

 

 二組に分かれ、エクスはトイレに入る。用を済ませて出ると園内放送が辺りに響く。

 

『ただいま、ゴリラたちの脱走が確認されました。大変危険ですので係員の誘導に従いすみやかに園外に避難してください。』

 

「えっ、やばくない? 急いで二人を見つけないと......!」

 

 エクスは二人の名を叫びながら走る。そして、

 

「レヴィさん!」

 

「エクスくン!」

 

 二人は何とか再開できたが、アメダがいない。

 

「ゴメン....。アメダちゃんとはぐれっちゃっタ...。」

 

 埃だらけの服と乱れた髪を見るにおそらく人混みに巻き込まれて離れ離れになったのだろう。

 

「とりあえずあの娘を見つけ出しましょう!」

 

 二人は二手に別れようとしたがゴリラに遭遇した場合危険だと判断。二人でアメダの名を叫び名がら駆け出した。

 

『ただいま、他の動物も脱走しました。危険ですので動物たちには近づかず、落ち着いて園外に避難してください。』

 

 追加の園内放送。二人はより焦る。

 

 今、二人はガラス張りの檻の目の前にいる。檻のなかには猿がいたが、今はなにもいない。

 

「やばいですね.....。」

 

「早く見つけないとアメダちゃんが危なイ...!」

 

「ウキ?」

 

「「え?」」

 

 後ろから音がした。というか声といった感じだ。二人はすぐ後ろを振り向く。

 

 子猿がいた。その後ろには大量の大人の猿がいた。

 

「まずくなイ....?」

 

 すると一匹の猿が大きな声で鳴き叫ぶ。その声を合図に________

 

「「いやあああああああああ!!!!!」」

 

 すべての猿が大量の糞を投げてきた。

 

「なんだよこれ!? なんでこんなもん投げてくるんだああ!?」

 

「マジでヤバイっテ!? 早くあいつらから離れないト!」

 

「急げええええええ!!!!!」

 

 二人は背中を猿に向け全力で逃げる。その間も猿の追撃はやまない。

 

「いやどんだけ投げて来るんだよ! さすがに多すぎだろ!」

 

「エクスくン! あそコ!」

 

 レヴィが指差したその先には扉付きのトンネルがあった。大人二人が通れるくらいの大きさ。

 

「とりあえずあそこに逃げ込もウ!」

 

「わかりました!」

 

 さらに速く駆ける二人。後ろから飛んでくる糞を避けながら。二人は飛び込み急いで扉を閉めた。頑丈な鉄の扉だ。おそらく糞を投げつけられてる鈍い音がするが破られることはないだろう。

 

 トンネルの先は屋内ペンギンコーナーだった。そこにあった水槽は破壊され、外にペンギンたちが出ている。

 

「ここもやられてますね....。急いで彼女を見つけないとまずいですね。」

 

「そうだけド.....外はめちゃくちゃ危険だし....。だからこそだけどネ。」

 

 二人が話しながらペンギン達の横を通り過ぎると二人の顔の間を凄まじいスピードでなにか物体が通っていった。その物体が壁に衝突すると壁は砕け大きなクレーターができた。その物体が壁から落ちる。そして生き物だろうか。立ち上がった。

 

「..........ペン.....ギン....?」

 

「やっべ逃げますよ!」

 

 爆発が起きた。吹き飛ぶ瓦礫の中から二人が駆け出てきた。後ろには大量のペンギンが追いかけてきてる。

 

「いやいやなんでだよお!!? なんで!? なんであのペンギンが!! あんな破壊的な威力を発揮できるんだよ!!!!」

 

「ギャアアアアアアア!!!! 死ヌゥウウウウウウ!!!」

 

 ペンギンが次々と飛んできては避けられ地面に激突し、クレーターを作る。必死に逃げているとまた二人ははぐれてしまった。

 

「しまったなぁ....。 まじでヤバイことになりかねないぞ...。」

 

 ペンギン達はうまく撒けたが、レヴィとはぐれてしまった。探す人がまた一人増えてしまった。

 

「ていうかここの動物園どうなってんだよおおおお!!!!? 危なすぎんだろうが!! ペンギンに至ってはおかしすぎるだろ!?」

 

 叫ぶエクス。その直後に何者かに後頭部を強く打たれ気を失う。

 

 一方その頃。

 

「アメダちゃン! エクスくン!」

 

 二人の名を呼ぶレヴィ。

 

「レヴィさーん!」

 

 かわいらしい女の子の声が聞こえた。

 

「アメダちゃン!! よかったぁ無事デ....。」

 

「ご迷惑おかけしてごめんなさい...。」

 

「いいヨ全然!!! 大丈夫だった?」

 

「なにかあったんですか? アタシ、疲れてベンチで寝てたのでわからないよ。」

 

「いやスゴいね君。とりあえず外に出よウ。今危ないからネ。」

 

「でもエクスさんはどうしたのですか?」

 

「エクスくンはまた後で会えるから大丈夫だヨ。アイツすげえ奴だかラ。」

 

「お二人とも!」

 

 後ろから聞き覚えのある若々しい声が聞こえた。

 

「エクスく_______」

 

 後ろを振り向くとパンイチでボロボロになったエクスが立っていた。

 

「.........」

 

「なんデ!? なんでこのタイミングでそんな姿になって出てきたノ!!?」

 

 時は遡る。気を失ったエクスが目をさますとスタッフルームのような場所にいた。そしてまわりにはゴリラ達がいた。一匹のゴリラがエクスに近づき顔をはたく。

 

「う゛ っ」

 

 声を上げるエクス。当たり前だ。相手はゴリラ、はたくだけでも威力は段違い。一匹のゴリラが手下のゴリラ達に指示するようなそぶりを見せ、手下のゴリラ達がエクスの身ぐるみを剥がす。

 

「えっ、ちょっと待って!? おめえらなにしてんの!? いやあああ!!! やめてええええ!!!!!」

 

 ゴリラ達はそれだけでは満足してないらしい。ボスゴリラがエクスに近づきどこかで奪ったであろうナイフをエクスに突きつける。

 

「いやもうなにもないですって!!! 勘弁してくださいよおおお!!!」

 

 数秒後パンイチでスタッフルームから叩き出された。

 

「とりあえず行きましょう! こんな所に長居するのは危険です!」

 

「いやなんでパンイチなノ?」

 

「出口はあっちです。急ぎましょうか。」

 

「いやなんで無視すんノ。なんか腹たつんだけド。」

 

 レヴィがアメダを背負い、三人共出口に向かい出す。すると突如轟音が鳴り響く。

 

「ナニナニナニナニ!!!? なんの音ォ!?」

 

「完全に銃声でしたね。鎮圧隊でも来たんでしょうね。」

 

 エクスがそう言うと彼の背後で爆発が起きる。

 

「え?」

 

 情けない声が出るエクス。

 

「なにこの爆発。なんかさっきのとは全然違う感じだけど。しかも流れ弾って感じじゃなかったよ。」

 

「なんか火薬のニオイがするヨ。」

 

「お二人とも! みてください! あそこにたくさんのゴリラさん達がいますよ!」

 

「「え」」

 

 アメダが指差したその先、ゴリラの大群がいた。しかもその手に持ってるものがあきらかにおかしい。

 

「あれ、ゴリラってあんなもの持ってましたっけ。あんな鉄臭くて火薬くさいもの。」

 

「いや絶対持ってないネ。そんな話聞いたことないヨ。」

 

 しばらくの間静かな時が流れた。ボスゴリラが吠えた瞬間ゴリラ達はその手に持ったものを構えた。

 

「やばい逃げろおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

「ウワアアアアアアア!!!!!!!」

 

 凄まじい音圧。鼓膜が破裂しそうだ。

 

「おかしいだろおお!!? なんでゴリラがマシンガンとバズーカをぶっ放してんだよ!!! どっから持ってきたんだアレ!?」

 

「あれ多分大猩族だヨ! 亜人の一種で見た目がゴリラで他の文化社会に潜り込む戦闘民族って評判ノ!」

 

「ええぇ!? あれゴリラじゃないの!? てか潜伏先動物園じゃねえか! 戦闘民族見世物になってるよ!!!」

 

「エクスくン! 左見テ!」

 

 左を見るとかなり重武装なゴリラがでてきた。両手で一対のガトリングガンを持っている。

 

「なんかすげえの出てきたあああああ!!!!!? なんだよあれ!!? 出てくる世界間違えてるでしょ!!!!」

 

 ゴリラが吠えると両手のガトリングガンが空転し始める。

 

「絶対やばいよアレ! いそいでエクスくン!」

 

 レヴィが叫んだ瞬間、弾丸の雨が降り注ぐ。後ろからも左からも弾が降り注ぎ爆発が起きる地獄絵図と化した。

 

「いやあああああああ!!!!」

 

 二人とも全力で駆け抜ける。

 

「エクスくんアメダちゃんお願イ!!」

 

「え? ちょちょちょっとぉお!?」

 

 レヴィがエクスにアメダを預け、ガトリングゴリラに接近した。

 

「亜人なめんナアアアアアアッッ!!!!!」

 

 ガトリングゴリラの腹にドロップキックが炸裂。ガトリングゴリラがダウン。レヴィはそのままガトリングゴリラの足をつかみ後ろのゴリラの大群に思いっきり投げつけ、大ダメージを与える。

 

(やっぱ亜人超ツええええええええ!!!!!?)

 

 レヴィの鬼神のような活躍に驚くエクスと、すごいと口をぽっかり開けるアメダ。そんな二人にレヴィが合流する。

 

「おまたセ! もうすぐ出口だヨ!」

 

「そっ、そーっすねっ....。」

 

「ん? どうしたノ?」

 

「いえっ、なんでもないです。」

 

 会話しながら出口に走っていると後ろからボスゴリラが追いかけてきた。体格は手下のゴリラの5倍くらいある。故に一歩が大きく、逃げきれそうにない。

 

「ヤバイヤバイ! エクスくン! もっと速ク!」

 

 エクスのスピードが落ちてきた。一応彼は手負いの状態である。

 

「アメダさん。ここからは自分でお願いします。」

 

 そういうとエクスはアメダを下に下ろし後ろに方向を変え走る。

 

「エクスくン!?」

 

「亜人もそうだけど」

 

 エクスの拳に力が込められる。

 

「英雄も」

 

 腰をひねり、ゴリラの懐に飛び込み、

 

「舐めんなああああああああああッッ!!!!!!!!!」

 

 一撃を叩き込む。ボスゴリラはものすごい勢いで後ろに吹き飛ばされる。そのまま後ろのゴリラの大群に突っ込み手下のゴリラも吹き飛ぶ。

 

 そのままエクスは二人の元に戻り、念願の外に出た。外にはアメダの使いがいて、保護してくれてありがとうと二人は感謝された。その時、レヴィはアメダがお姫様であることを知ってかなり驚いていた。アメダはレヴィのことを気に入ったようでまた遊んでとレヴィと約束していた。

 

 アメダ達がいるべき場所に帰り、エクスとレヴィも帰ることにした。

 

「今日はごめんネ、エクスくン。」

 

「別にいいですよ。今度おごってくださいね。」

 

「僕6歳だヨ。」

 

「関係ないですよ。」

 

「大人げないナァ。」

 

「でも、嬉しかったんダ。人のお姫様と仲良くなれテ。」

 

 レヴィは大層うれしそうだった。彼女は人と亜人が仲良くなれることを夢見ている。エクスもそれを理解し、応援している。

 

「まだまだ、これからですよ。」

 

「フフッ、そうだネ!」

 

 ふたりは「じゃあね」の言葉で別れた。エクスが帰路につこうとした瞬間、後ろから声をかけられた。

 

「どうされました?」

 

「いや近所の住民から通報があってね。ちょっとついてきてくれるかな。」

 

「あっ」

 

 エクスは今気づいた。ゴリラにボコボコにされたせいで今はパンイチ姿の露出狂の姿をしていることを。そのまま彼は近くで止まっていたパトカーに乗せられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第五話でした。個人的に書くのが楽しい回でした。


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6. 盗んだ◯◯で走り出す

第六話です。タイトルである人物を連想された人たちに一言、まったく関係ありません。


 午前6:00。珍しく早起きし、大きく欠伸をするエクス。

 

「よいしょっと。なんか食うか。」

 

 身体を起こして目をこすり、立ち上がる。

 

「その前に顔を洗うか。」

 

 洗面台の前に来たエクスは蛇口の口に視線を向けながら蛇口の栓を回すが水が出ない。なぜだろうか。さらに回そうとしてみるも一向に水は出ない。

 

「あれ、ちゃんと水道代出してるよな?」

 

 蛇口の栓に視線を向け手を伸ばし回す。が、栓は回らない。というか回せない。

 

「あれ、あれ? あれ!?」

 

 自分の手で栓をつかめない。手がすり抜ける。よくみたら鏡にも自分が写ってない。

 

「え!? ちょちょちょっと!?」

 

 自分のベッドまで走る。ベッドの上には_______

 

「俺がいる....。」

 

 ベッドには目をつむって横になっているエクスがいた。

 

「え? えっ!? ええええええええ!!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 エクスは一言で結論づけた。幽体離脱だ。

 

「マジで? 最悪だよもう。どうすればいいんだよ!?」

 

「本当に俺幽霊じゃん。よく見たら足首の方消えかかってるし。浮いてるし。」

 

 考えていると物音がする。ベッドがある部屋の方だ。

 

 そして出てきた。エクス・アルビオが。立つはずのないエクス・アルビオが。そのままエクス・アルビオは外に出て行った。

 

「.......。って、ちょっと待てぇ!!」

 

 霊体エクスはそれを追いかけるために走.....飛んで追いかける。

 

「がっ!? あいつ、ドアを閉めやがった! って俺幽霊だからすり抜けられるのか。」

 

「待てええええええ!!!」

 

 街の中。どうやら霊体となった自分は誰にも認知されないらしい。考えていたら歩道を駆け抜けるエクス・アルビオを見つける。

 

「いた! 止まれえええええ!!!」

 

 エクス・アルビオが街の角を曲がる。

 

「絶対に逃がさねえぞ!」

 

 霊体エクスも角を曲がる。そこでは目を疑う光景が。なんと、

 

「おいいいい!!!!? なんで上半身裸になってんだよお!? 頼む! 上を着てくれよ!! 上半身裸で街を駆け抜けるなよおお!!」

 

 エクス・アルビオがなぜか上半身裸になっている。しかもかなり綺麗なフォームで走っているため悪目立ちし、街の人に引くような視線を向けられている。

 

「もう止まってくれえええ!! みんなもみないでよおおお!!!! お願いお願いお願い!」

 

「ていうかあれにもしかして別の魂が入ってるのか? それだとしたらあれ誰なんだよ!?」

 

 そう文句を言っているとエクス・アルビオは建物の中に入っていった。

 

「ここ美容室か!? なにしようとしてるんだ!!」

 

 己も建物に近づこうとしていたがもうエクス・アルビオが出てきた。が、違和感しか感じない。髪型はトンスラと言われているもので、独特なヒゲが口周りに生えており、たらこ唇になっている。

 

「誰だお前ええ!!!? 中で何があったんだよ!? なんか見覚えがある見た目になってんじゃねえか!! おいもうどうしてくれんの!?」

 

「ってまたどこに行こうとしてんだよ!!」

 

 変化したエクス・アルビオが再び美しいフォームで走り出す。

 

「クソ! あいつ好き勝手しやがって!」

 

 エクス・アルビオはいつの間にかビルの上を駆け抜けていった。

 

「ん? ああまずい!!!」

 

 霊体エクスに恐怖が湧き上がる。自分の身体が下に降りたらとある人物と遭遇する。

 

「げっ 師匠!」

 

 師匠とはエクスの後輩のにじさんじ配信者(ライバー)のアルス・アルマルの事。訳あって後輩なのに師匠と呼んでいるが本当に師匠として敬っているかは怪しい。エビマルという名前でコンビを組むこともある。

 

「えっ、えびせんぱい!? なにやってんの!?」

 

「......。」

 

「やべえよ...。タイミング最悪だよ。俺も師匠ももう黙っちゃってるよ。あの人完全に引いちゃってるよ。明日からどう顔合わせればいいんだよ!」

 

「えびせんぱい....。」

 

「...。」

 

 エクス・アルビオは無言でアルスを見つめる。

 

「.....! あんまじろじろ見ないでよぉ...」

 

 アルスは頬は赤く染め、顔をそらした。

 

「えっ? なにこれどうなってんの? 師匠!?」

 

「....。」

 

 エクス・アルビオは無言でアルスを見つめる。

 

「なんか言ってくれよ俺! お前が黙ってるからなんかおかしくなってくんだよ!!」

 

「せんぱい、なんか、あの、その.....。」

 

「かっこ、いい、ですね...」

 

「いやどこが!? 師匠どういう趣味してんの!? というかもはやそれ俺じゃないよ!! エビマルじゃなくてザビマルだよザビマル! って上手くねえよ!」

 

「.....。」

 

「お前はなんか喋れや!!」

 

「....お嬢ちゃん、今暇だったらお茶しない?」

 

「ようやく喋ったと思ったらナンパしやがったぞコイツゥ!!! しかもめちゃくちゃチャラいな!? 関係どんどんねじ曲がっていくじゃん!!」

 

「.....あい...。」

 

「いや断れよ!!! おいマジで頼みますって!!!」

 

 すると霊体エクスの後ろから音がする。

 

 後ろを振り向くと霊体エクスを軽トラが通り抜けて行き、そのまま衝突音が響いた。

 

「....!? やば、俺の身体!」

 

 急いで再び二人の方を振り向くと事故が起きてた。

 

「エビオオオオオオ!!!!! あと師匠おおおおおお!!!!」

 

「やばいって! どうしてくれんだよ本当に!」

 

 霊体エクスは急いで二人がいた場所に向かう。だがそこには白目むいて頭から血を流して気絶しているアルスしかいなかった。

 

「師匠おおおおおおおおおお!!!!!!」

 

「まぁ師匠は他の人に任せるとして俺の身体どこに行きやがったんだよ!?」

 

 霊体エクスが叫んでいるとどこからか聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「ちょっエビオくん? どうしたんだよ急に!」

 

「エビオくん? そっちにいったのか! ていうかこの声はハジメ先輩!?」

 

「やっべえよ! これ以上迷惑かけてたまるかよ!!!」

 

 聞こえてきた声は渋谷ハジメのもの。エクスと同じくにじさんじ所属配信者(ライバー)で大先輩。緑髪でメガネをかけた青年。とあるゲームで迷惑をかけてしまったので頭が上がらない存在。

 

「待って! 絶対に手出すなよ俺!」

 

 もうすぐ声の居場所にたどり着く。

 

「間に合った! 頼むよ俺!」

 

「って誰だああああああ!!!!!!」

 

 霊体エクスが目にした己はもともと高かった身長がさらに高くなり、筋肉量も4倍近く増えているが引き締まっているボディ。顔はかなりゴツくなっているが髪型、ヒゲ、たらこ唇は変わってない。

 

「なんだよあの化け物は!? もはや原型残ってねえじゃねえかよ!!! ハジメ先輩もなんで俺だってわかるんだよ!?」

 

 するとエクス・アルビオだったものは渋谷を押し倒し彼の服を破き始める。

 

「やめっ、やめてよ! どうしたんだよエビオくん!!」

 

「.....。」

 

「あっそこ触らないで! .......んあっ! ぅぅ...ぁ」

 

「おいやめろよ! どういう絵面だよ気持ち悪!! 誰得なんだよこれ!!!」

 

「もうダメだよこれ。どんだけ俺の人間関係狂っちまうんだ!!」

 

「.....。」

 

 エクス・アルビオは無言で渋谷を見つめている。ただし少し鼻息が荒い。

 

「エビオくん....結構豪...んっ..快なん....んぁあっ...だね......っ」

 

「もういい加減にしろよ!!! もうさっさとトラックでも突っ込んでくれええ!!」

 

 霊体エクスが嘆くと二人の方で轟音が響く。

 

「やべえ! マジで突っ込んできた!? 無事か俺の身体は!」

 

 霊体エクスが二人がいた場所に行くと自分の身体は無く、渋谷の血だらけでひび割れたメガネだけがその場に残されていた。

 

「ハジメ先輩いいいいいいいい!!!!!!」

 

「....。」

 

「うわあああああああ!!!!!!」

 

「どこいった俺の身体!! なんでこうなったんだよ!」

 

 霊体エクスは街の中を駆け回る。ただし、一向に見つからない。あの存在感なのに見つからない。早く次の被害者が出て自分の人間関係が崩壊する前に見つけなければならないという思いがエクスを焦せらせる。

 

 そうしていると車道の方でなにかがものすごいスピードで爆走していった。一瞬しか見えなかったがその姿、己の体だった。

 

「えええええええ!!!!!??? 本当に何してんの俺の身体!?」

 

 霊体エクスは急いで追いかける。霊体なので割と追いつけた。

 

「何が起きたら自分の身体が街の中で爆走するんだよ!!? これもう止まらないだろ!!」

 

「ってやべえ! おいお前! 前見ろ前見ろ!!」

 

 道の先には警察がパトカーと人でバリケードを作り重機関銃とバズーカをこちらに向けている。

 

「やばいやばい!! お願い曲がってくれ! 止まらなくていいからせめて曲がってくれ!」

 

「撃て!」

 

 警察たちが銃器をこちらに一斉掃射してきた。

 

「いやああああああ!!! 撃たないでえええ!!!!」

 

 エクスの叫びは虚しく、爆炎がエクスの身体を包み込む。しかし、無傷で、足を止めない。

 

「いやどんだけ強くなってんだよ!? 英雄やってた時より強えだろこれ!?」

 

 走ってる途中でエクス・アルビオは電柱を引き抜きものすごい勢いで自分の前で回転させて銃弾を全て弾く。そして警察と肉薄すると大量にいた警察を電柱でなぎ倒していく。

 

「もう完全に本当の意味で化け物になってんじゃねえか!! こっちの方が英雄らしいよ!!!」

 

 エクス・アルビオはまだ爆走している。そして交差点で横から大型トラックに撥ね飛ばされ、そのまま川の中に落ちて沈んでいった。

 

「.......。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから4ヶ月。身体をなくした自分は世界を霊体のまま旅していた。どうしてこんなことになってしまったのだろう。旅の最初はそんなことを考えていたが今はすっかりどうでもよくなっていた。霊体で生きることに満足している。霊体っていうのも案外悪くない。自分はあくまで人に認知されないタイプだから、無銭で映画館にも行けるし、テレビは人の家に入ってチャンネルを変えたかったら入る家を変えたりすればいいし、芸人の生コントも容易に見れる。

 

 できないことは多いが睡眠は必要無いし、食欲も食べる必要も無い。法律を無視できるがゆえに自分は誰にも縛られなくなった。いろいろ失ったが自分に不足は無い。そう思っていた。自分の心に絶対に埋めることができないものがあった。ただし自分でもそれが何かはわからなかった。

 

 ある日、いつも通り人の家に入ってテレビを見ていると衝撃的なニュースを見た。街にUFOが現れ、人の意識を奪って残された身体を誘拐していくという事件だ。捕まえようにもそれができず、国際的に指名手配されている。

 

 それなら自分には関係無い話だ。だがニュースでかなり間近で撮影したUFOの写真が公開された。窓が付いていてそこから中が見える。中には液体で満たされたカプセルがあって、その中に自分の身体があった。それがきっかけでSNSサイトでエクスの名がトレンド入り。生還してほしいといった言葉が大量に溢れていた。

 

 ようやくわかった。自分の心にある埋めることができないものの正体が。誰にも認知されず慣れで気がつかなかったが、自分は孤独でいた。

 

 自分は再び人の温かさを求めた。同時に自分を待つ人のために帰ろうと決めた。それが燃料となり、本当の自分、英雄の自分が目を覚ました。

 

 夜になり、UFOがまた人をさらう。その隙を見て自分はUFOに入り込んだ。そしてカプセルの中の自分の身体を見つけた。自分は霊体のままカプセルの中の自分に体当たりした。

 

「やっぱこの感じだな。」

 

 そして自分は再び目を覚ました。必要なのは己の身体だけ。異変を察知したのか敵が銃を持ってぞろぞろと現れた。未知の言語で敵のボスが命令したのだろうか。一斉に引き金を引いた。

 

「人の子でも俺は英雄だぞ?」

 

「舐めるなよ」

 

 

 

 

 敵は全員倒し、被害者の身体が入ったカプセルは全員分脱出ポッドに乗せて外に出した。UFOは墜落して爆発して一件落着。

 

 脱出できなかったためUFOの残骸の中から這い出た。自分は無事だが何かがおかしい。先ほど自分の身体を取り戻したはずなのにまだ浮いてる。足首は消えかかってる。

 

「え」

 

 そこには白目むいて倒れている自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 




第六話でした。前書きで関係ないと言ったな。




あれは嘘だ


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7. 刃物はちゃんと手入れしないとすぐ鈍になります

第七話です。割とマジで刃物や筆とかは使った後すぐに手入れしないとダメになりますよ。


「もう11時か、腹減ったなぁ。カップ焼きそばでも食べよ。」

 

 エクスはカップ焼きそばにお湯を入れて、蓋をしようとする。だが、

 

「そうだ、重りが無えわ。」

 

 重りを探すが良さげな物がなかなか見つからない。そしてエクスは閃いた。

 

「お、これ丁度いいな。」

 

 カップ焼きそばを閉じてソレを置いて塞ぐ。

 

「結構便利だなぁ。この剣。」

 

 カップ焼きそばの上に名無しの剣を置いたままタイマー3分をセットした。それを食べた後にエクスはテーブルの上に乱雑に剣を置いたまま眠った。

 

 翌日。

 

『起きろ! おい!』

 

 重たい眉をあげる。エクスは身体を起こして辺りを見渡すが声の主が見つからない。

 

『おいアホ面! ここだここ!』

 

 妙に自分を馬鹿にしてくるおっさんじみた声にエクスは腹が立って目が覚めて声を張る。

 

「さっきから舐めやがって! どこにいるんだよ! 出てこい!!」

 

『下見ろ下! このボケナスがよぉ!』

 

「あんだとこの野郎!!」

 

 青筋を立て、下を見ると自分の剣があった。しかもなんか少し床から浮いている。

 

『この腐れパツキンが! てめぇいい加減にしろよ!』

 

 エクスは無言で剣を見つめる。

 

『てめぇよぉ! こっちの世界に来てから俺の手入れをサボりやがって! もう刃がボロボロだぞこちとら! しかも昨日の扱いどうなってんだ!? おかげ刃に臭いが付いちまったわ! 臭くて臭くて仕方ないんだよ! あと剣のホルダーも調節しとけ! 締めすぎて刃に傷ができてんだよ! クソが!』

 

「.....え? えええええええええ!!!!?」

 

「剣が! 剣が喋ったあ!?」

 

 エクスが驚き叫ぶ。

 

『うおお!? いきなりでけえ声出すなよアホガキが!』

 

『いいか? 物の形を変える道具ってのは、ちゃんと手入れして丁寧に扱わないと一瞬でお釈迦になるんだよ! 俺みたいな刃物だと一瞬で鈍になる! 異世界で共に戦ってきた相棒に対する態度かよそれ!』

 

「いやでも基本拳か敵から奪った安い剣で戦ってきたから.....」

 

『いやたまに俺にてめえの命預けてたやろがい! 忘れたとは言わせねえぞ!』

 

「なんかあったかなぁ.....」

 

 エクスは記憶からひねり出す。すると思いだしてきた。

 

 ある日のこと。異世界時代、依頼で敵陣営撃退の際に洞窟に潜った時だ。最初は拳で雑魚を吹き飛ばしていた。が、道中で剣を抜かざるを得ないほどの敵が現れエクスを追い詰めた。エクスは剣を抜いた。そして敵に剣を向け、吠え.....

 

 剣先で糞を道の端っこに寄せた。これで道を通れる。

 

「あんときはマジで助かったよ。 お前全く汚れないからさ、掃除もしなくてよくて助かったよ。」

 

『いやてめえふざけんなよ! あれどんだけ辛かったかわかってんのか!? 名剣で! 敵を斬り払うどころか! 糞を押し払ってんじゃねえよ!! ていうか最初から剣使え!!』

 

「他には....」

 

『話を聞けええええええ!!!! もういいわ! 外行くぞ外!』

 

「えっ、なんで」

 

『とりあえず俺を背負って外に出ろ!』

 

「でもそれじゃ捕まっちまうよ。」

 

『いや今更すぎんだろ! お前いつも鎧を身にまとって俺のこと背負っていたよな!?』

 

 渋々とエクスはいつもの格好になり剣を背負う。

 

「どこにいけばいい?」

 

『とりあえず歩いとけ。あっ、あいつの剣を見てみろ!』

 

「ん? あ!」

 

「あっ アルビオじゃん!」

 

『なんだ、知り合いか?』

 

「うん、フレンさん。あの人の剣がどうかしたのか?」

 

 フレン・E・ルスタリオ。エクスの後輩にじさんじバーチャル配信者(ライバー)で、コーヴァス帝国と呼ばれる国の女騎士。右腰に細身の剣を携えている。エクスとは似通ったところもあるとたまに言われたり言われなかったり。

 

「アルビオ誰かと喋ってるの?」

 

「いやなんでもないっすよ!」

 

 どうやら剣の声はエクスにしか聞こえないようだ。

 

『金髪。あいつに剣を抜かせろ。』

 

「剣を抜かせる!? そんな馬鹿なこと.....いや大丈夫か。」

 

「アルビオ?」

 

「いやなんでもないですって! そうだちょっと人気の無いところについてきてくれます? ちょっとその剣を見てみたいんで。」

 

『おいアホ金髪! なんか危ない誘い文句みたいになってんぞ!?』

 

「え? どういうこと?」

 

『もういいわ。とりあえず早くしてくれ。』

 

「はぁ....。フレンさん、こっちです。」

 

 エクスはフレンを人気の無い路地裏に連れてきた。

 

「じゃあフレンさん、その剣見せてくれませんか?」

 

「別にいいけど...。どうしたの?」

 

 フレンはベルトから剣を鞘ごと外しエクスに渡す。

 

「気になっただけです。みなさんの剣ってどんな感じなのかなって。」

 

 エクスは剣を鞘から抜き出し、自分の前で剣先を上に向けると細身の刃が美しく光った。エクスは人がいない方を向いて軽く素振りした。

 

「軽いっすねこの剣。なんか振ってる感じがしないです。」

 

 エクスの無骨な剣とはまるで真逆だった。

 

「私用に調整された剣だからね。私騎士だけど重いのをブンブン振り回せと言われても無理だよ。」

 

「...。」

 

 エクスは無言で剣を見つめる。

 

『その剣は見た目で分かるように叩き斬るんじゃなくて斬り裂いたり突き刺すことに向いた調整がされている。そう考えるとこの細い剣で戦えるって事はこいつなかなかの力量があるな。でも一番大事なのはそこじゃねえ。物を斬った痕跡はある。それも数多の物をだ。それなのにこの剣は一切の輝きを失っていない。俺の曇った刃とは大違いだ。』

 

「でもここ最近この剣を使う出来事があったか? フレンさん最近この剣使った?」

 

「そうだねえ...最近は_______」

 

 フレンはあの時の情景を思い浮かべる。

 

 国からの命令でとある草原にやってきた。厄介なものを片付けてほしいという命だった。

 

(そういえばフレンは現役だったな....。)

 

 騎士団の4割が駆り出されるほどの事だった。自分はその命を聞いて覚悟を決めた。いよいよ出陣の刻、兵は国からの命に合わせて歩兵のみ。馬などの生き物や乗り物は今回の命と相性が悪すぎる。

 

 目的地につくといきなり会敵し、仲間が何人か足からやられた。あまりの苦痛に涙する者も。ただし誰かの「うろたえるな」という声に騎士達の士気はうなぎのぼり。自分も例外ではない。自分は剣を抜いた。

 

 地を蹴り砂埃を前方に巻き起こす。そして剣を構え狙いを定める。砂埃の中にある5つある物が一直線上に並んだ瞬間剣を突き出してそれをすべて貫く。

 

 まずは5個。まだいける。それを持ってきた袋に入れた。

 

〈えっ待てよ? なんかおかしくねえか?『個』?『人』とかじゃなくて?〉

 

〈ていうか袋に入れるって何? 絶対おかしいだろうが!〉

 

 そしてしばらくしてようやく終えた戦い。幸い死者は一人しか出なかった。

 

 こんなことがあったなと思い出すフレン。

 

「いやぁ、大変だったなぁ。もう本当に糞が臭くって本当に辛かったよ。」

 

『いや結局糞掃除かい! 俺たち剣をなんだと思ってるんだ! 糞片付けに使うんじゃねえよボケ!』

 

「うわ大変そうだなぁ。でもこういうときやっぱ剣って便利だよな!」

 

「やっぱそう思うよね! 本当に騎士になってよかったー!」

 

「俺も英雄でよかったー!」

 

『てめえらいい加減にせえよ! 剣をなんだと思ってるんだ!? 英雄をなんだと思ってるんだ!? 騎士をなんだと思ってるんだ!?』

 

「これ返すね。時間とっちゃてごめんね。また今度遊ぼう。」

 

「おっけー! じゃまた。」

 

 二人は解散した。エクスはそのまま街の中に戻った。

 

『おい、てめえらは剣をなんだと思ってるんだよ本当に。結局あいつも糞掃除じゃねえか。あの剣がかわいそうになってきたわ!』

 

「でも仕方ねえだろ。割と剣を使わないほど平和なご時世だし。」

 

『だからって糞掃除はねえだろうが!! 糞はてめえのことだ! 掃除してやるぞこのド腐れが!』 

 

「るっせーなあ。あっ社長!」

 

 エクスは同僚の加賀美ハヤトを見つけ手を振る。加賀美は手を振り返してこっちに駆け寄ってくる。

 

「エクスさんちょうど良かった! 時間があれば会社に遊びに来ませんか?」

 

「いいんですか!? 行きます行きます!!」

 

『おい金髪坊主! 何してんださっさと断れよ!』

 

 剣がホルダーで挟まれたまま騒ぐ。するとエクスは挟んだ状態で剣をホルダーの中で上下させる。

 

『おい! なにやってんだ!? 刃が傷ついちまうだろ! 頼む! やばいからまじでやばいから。分かった! 俺が悪かった! すいません、すいませんでしたぁっ!!!』

 

 エクスは手を止め剣を一睨みして加賀美と共に彼の会社に向かった。

 

「着きました! ここが私の会社の試験室です!」

 

 着いたのは加賀美の持つ会社が所有する巨大な試験室と呼ばれる施設。大きなスペースがあってその周りに壁を挟んで別のスペースと繋がってる。

 

「我が社で製造した物テストに付き合って欲しいんです! それがこれ!!」

 

 加賀美が手を向けた先には無機質なテーブルがあった。その上に機械的な剣が二本置いてあった。

 

「剣、ですか。」

 

『おお、ちょうどええじゃないか! 坊主その剣を持ってみろ!』

 

 剣の気持ちが高まる。

 

「なんか嬉しそうだね。」

 

「どうかしました?」

 

「いえ、なにも。 この剣はどういった物ですか?」

 

「特殊な機構を取り入れた剣達です! エクスさんなら絶対気に入りますよ!」

 

 エクスは左の剣を手に取った。一つ目の剣は四角い鍔に小さいレバーが付いていて片刃の真っ直ぐで幅の広い刀身にラインが入っている。

 

『特殊機構付きにしてはかなり頑丈な剣みたいだ。切れ味も耐久力向上のために高めになっているな。重心が鍔に集まってるのが独特だな。それでも名剣とも呼べる代物だぞ。』

 

 エクスは素振りをする。重心の位置ゆえかなかなかに振りやすそうではある。

 

「これ振りやすいっすね! 悪くないです!」

 

「それは良かった! じゃあそろそろ機構についてですね。レバーを動かしてみてください。」

 

「これですね!」

 

 レバーを引いた。すると四角い鍔が展開して小さいドーム上になって手を保護するような形になり、刀身は展開してほとんどのパーツは鍔の方に寄せられる。切っ先の方は中の芯だけが残っていて見た目はツヤのない黒で鍔の方に傾いた棘がびっしり付いている。

 

「おお!! すっげえ! これはどういう状態なんですか!!!」

 

 大はしゃぎするエクス。

 

「この芯の先の部分は素材、構造共に刺さったものを離さず、綺麗な状態を保てるような設計なんですよ!」

 

『でもこの機構何に使えばいいんだよ。意味わかんねえよ。戦場では刺さった剣を抜けないっていう瞬間は大きな隙だぞ。』

 

「機能テストではなんと豆腐ですら原型を保ったまま振り回せます! ちなみに柄頭のボタンを押せば棘が収納されて抜くことができます。」

 

「ほえ〜! すっっげえこれ! この機構はどういう目的でつけたんですか?」

 

『それそれ! 意味なんてほとんどないのに何でつけたんだ!?』

 

「この機構はですね.....」

 

「道端に落ちてる糞を処理するための機構ですね。」

 

『おめえもかい!! なんでいちいち剣で糞を掃除するんだ!? 本当に剣を何だと思ってるんだよマジでよお!!!』

 

「めっちゃ便利じゃないですかこれ!! ひとつ欲しいくらいですよ!!!」

 

『てめえもいい加減にしろ! いらねえだろこんな物!』

 

「ごめんなさい、製品版の発売まで待っててくださいね。」

 

『ええ!? 売るの!? それ売るの!? 誰が買うんだよこれ!!! 金と材料の無駄だろ! てかなんで剣!?』

 

「そうかぁ.....」

 

『てめえは残念そうにしてんじゃねえ!』

 

「次はこれですね。」

 

 次は右の剣を手に取る。鍔が縦に大きめな円柱状でボタンが一つ付いていて、刃は短め。柄にはトリガーが付いていて柄頭には鎖が付いている。

 

『なんかえらくゴツい短剣だな....。ただ鎖をつけるのは悪くないな。こちらも切れ味は悪くない。癖は強いが坊主みてえな上物が持てばなかなか使えるだろう。』

 

 再び素振りをする。見た目以上に扱いやすい。

 

「今度は鍔のボタンを押してみてください。」

 

「これですね。」

 

 エクスはボタンを押した。すると刀身が円を描くように展開した。

 

「うおおおおおおお!!!! これもすげええええ!!! まじでかっこいいじゃないですか!!」

 

『なんだ....? なにか危ない気を感じるぞ...。気をつけろ坊主!』

 

「これは分解モードと我々は呼んでます。その引き金を引くとこの真ん中から崩壊エネルギーを束にして放ち、物を原子レベルにまで分解できます。」

 

「え!? めちゃくちゃ危ないじゃないですか!! 大丈夫なんですかこれ!!」

 

「大丈夫です。人とかは分解できませんし、分解できるものも指定してあります。」

 

『なんだ、無駄にすげえ技術じゃねえか!? 下手したら最強の矛にもなるぞ!』

 

「すげえええ! ちなみに何を分解できるんですか!?」

 

「はしゃがないでくださいよエクスさん!! 落ち着いて落ち着いて! これで分解できるのはですね_______」

 

 エクスと剣は息を飲む。

 

「道端に落ちてる糞ですね。」

 

『これもかいいいいいいいいい!!!!!!! なんでそんな超技術を無駄遣いするんだよ!!? ていうかいちいち剣にするんじゃねえ!!』

 

「あとこの鍔の部分にはトイレットペーパーを収納できますよ!」

 

『なんでだよおおおおお!!! いらねえだろそんな機能! 一体何に使うんだそれ!?』

 

「あとこの鎖は犬の首輪と繋げられますよ! 素材はかなりの耐久力をもっているのでどんなに力強いワンちゃんでもへっちゃらです!! 他にも光を当てるだけで治癒できる緊急治療モードや、雨の中でも散歩できる全方位バリアモードや、付属している首輪用マイクロチップを使ったGPS機能、Wi-Fi機能もあります!!」

 

『散歩用の剣かよ!? しかも無駄に高性能! てか本当になんで剣の形をしてるんだ!! ていうかそれだとトイレットペーパーいらねえだろうがよ! てめえらどれだけ剣を侮辱すれば気が済むんだ!!!!』

 

「すげええええええええ!!!!!! これも売るんですか!」

 

「もちろんですよ! 楽しみにしててくださいね!」

 

『するわけねえだろうが! いらねえよそんな物! いやちょっと欲しいのが腹立つわ!!』

 

 

 帰り道。

 

「どうだった? いろんな剣を見てさ。」

 

『最悪だよ。なんで糞を斬らなきゃいけねえんだ。こっちは反吐が出るわ。』

 

『でもよ、ありがとうよ。』

 

「は?」

 

『確かに俺は名剣だとか聖剣だとか神剣だとか言われてさ、嬉しかったさ。そんな自分を誇りに思えたよ。』

 

『でもおかげでへんな伝説が作られて誰も俺を握ってくれなかった。俺たち剣っていうのはな、自分を握ってくれる主を護ることが一番の誇りなんだよ。』

 

『人に大事に閉じ込められ何年も、何十年も俺を握ってくれなかった。俺にとってはそれが一番の苦痛よ。あまりいい思いはしないが使われて刃こぼれして主やその大切な人たちを護って最後に砕け散る。それが望みさ。』

 

『それを体現させてくれたのがあんたさ。』

 

『いろんな伝説と名前を持つ俺をただの誰かを護る名無しの剣にしてくれた。ほんまに嬉しかった。』

 

『もうあんたと口聞けるのはこれっきりだ。本当はあんたと一緒にもっと話していたかったがな。でも最後に言わせてくれよ、』

 

『ありがとうな。絶対にあんたとあんたの大切な人、護り通します。』

 

_______気配が消えた。

 

「まったく、一方的に消えやがって。」

 

「でもさ、最後に砕け散るってのはいただけないな。」

 

「お前が俺と俺の大切な人を守るならさ、」

 

「俺はお前を護る。だから一緒に戦ってくれよ、」

 

「相棒。」

〈相棒。〉

 

 エクスは家に着いて手を洗ってすぐに黙って剣の手入れに取り掛かった。

 

 




第七話でした。ちょっと最後にいつもと違う雰囲気にしてみましたがどうでしたか。


あと、ネタのストックがあと二つあるので比較的短めなスパンで次話投稿ができそうです。


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8. 記憶

第八話です。いろんなところで見る気がする『男は度胸、女は愛嬌、オカマは最強』っていうフレーズ大好きです。


 とある村からゴブリン退治の依頼がエクスの元に来た。どうやら近くのゴブリン村との関係がこじれて向こう側が宣戦布告してきたとある。報酬も難易度の割には多かったから二つ返事で受けたが同時に後悔もあった。ゴブリンたちは数で攻めてくる。エクスは過去の経験からこちらの数を圧倒的に上回る敵の殲滅戦は敵の強さ関係なしにかなりめんどくさい。しかもゴブリンは妙に小賢しいのでそれに拍車をかける。

 

 ということでエクスは自分が楽するためにある人物を誘うことにした。

 

「ということで手伝ってください師匠。」

 

「え、やだ」

 

「は?」

 

 エクスは後輩のアルス・アルマルに手伝ってくれないかと頼んだが即断られた。

 

「いやなんでなんですか。何が気にくわないんですか」

 

「いやだってめんどくさいじゃん。」

 

「報酬半分あげるので」

 

「いいやだめだね。最低でも8割はないとボクは絶対に行かないよ」

 

 ニンマリと悪い笑顔を浮かべるアルス。だが珍しくエクスはそれをあっさり承諾した。

 

「いいですよ。報酬は5万なので師匠には4万ですね。」

 

「え!? いやさすがにそれは....。」

 

 さすがに気まずいと感じるアルス。良心が彼女を苦しめ、半分に下げろと交渉しようとするが、

 

「諦めてください。あなたが招いたことなので罪悪感に苦しめられながら反省しろ。」

 

「本当にすいませんでした....」

 

「とりあえず行きますよ! さっさと支度してください!」

 

 ちなみに報酬額はサバを読んでいる。ほんとは30万ももらえるので結果的な配分としては圧倒的にアルスの方が少ない。それに加え最後に許すと言って2万5千まで減らしてやればさらにこちらに金が入るし、アルスを苛められて一石二鳥。悪知恵だけは天下一品のエクスはそんなことを一瞬で思いつけてしまった。

 

 約束の場所で合流した二人は村に向かうために村が指定した場所で馬車に乗った。まだ安全を完全に確保できていないため政府はまだ交通を拡張できていない。代わりに村が馬車を出している。

 

 二人は馬車に乗り込むとお互いに携行品の手入れを軽くする。ちなみにエクスは剣ではなく、長くて両端に威力を下げるためのゴムをつけた鉄の棒を持ってきた。素手でもいつもの剣でもいいが、効率よく殲滅するためと、あくまでゴブリンとの外交手段としての撃退なので殺生は避けて欲しいと頼まれたので棒を選んだ。暇つぶしに手入れをしても二人は暇を持て余し、エクスが馬車の御者の初老の男性に尋ねる。

 

「すみません、あとどのくらいで着きますかね?」

 

「あと2時間くらいだね。悪いねえ、俺たちの村のために来てもらったのにね。」

 

「別にそんなことないですよ。」

 

 エクスは額に手を当て座席にもたれる。なにか暇つぶしをしようとしてもどうしようもない。すると暇そうにうなだれてるアルスから声をかけられる。

 

「ねえ、なんか面白い話ない?」

 

「最悪な話の振り方ですよそれ。」

 

「そんなこといいからさ。」

 

「いやいや、はぁ....。」

 

 仕方ないのであまり覗かない腰のポーチの中を覗く。すると写真が何枚か出てきた。

 

「おっ、結構昔の写真じゃん。懐かしいなこれ。」

 

「なにこれ?」

 

「俺がこの世界に来る前の写真ですね。」

 

「なんか面白そうな写真ばっかじゃん! 写真のエピソード聞かせてよ!」

 

「別に面白い話じゃないですけど....。まぁいいでしょう!」

 

「まずはこの写真からいきますね。」

 

 写真では三人の男とエクスが肩を組んでこっち向いて笑顔を向けている。

 

「この人たちってせんぱいのパーティ仲間だった人たち?」

 

「ブッブー! 違いまーす! こいつらは三人でパーティ組んでいて俺はそいつらの友人なだけでしたー!」

 

 妙に煽ってくるエクスに腹をたてるアルス。彼女も反撃する。

 

「あ? ぶっ飛ばすぞ!?」

 

「あなたみたいな雑魚が俺をぶっ飛ばせるわけないでしょうよ!」

 

「覚えてろよてめえ!!」

 

「とりあえず話を戻しますね。」

 

「コイツゥ!」

 

「右から行くとこいつはハンセン。広い場所では槍で狭い場所では短剣を主に使ってました。なかなかの手練でしたよ。」

 

「次はヒューイ。主に剣と弓を使い分けていました。剣の腕も悪くないですし弓の扱いも凄い人でした。」

 

「で、カイン。風属性が得意な魔法使いです。威力が低くなりがちな風魔法でもあっという間に敵を倒すパーティの主砲でした。で、最後に俺ですね。」

 

「三人は本当にいい関係でしたよ。コンビネーションはもちろん、人としての相性も悪くなかったですよ。」

 

「へぇ〜。せんぱいにも友達いたんですね。よかったよかった!」

 

「はあ!? てめッ.....いや挑発には乗らないよ! 続けます!!」

 

「三人はうまくやっていてたまに一緒に組んだりしていてね。うまくやってましたよ。」

 

「でもある日のことです。ハンセンの様子がいつもと違ったんですね。どうやら一人で洞窟に行った時、金目の物を大量に手に入れてたんです。」

 

「俺たちはハンセンにそれはパーティと俺で分けようって交渉したんです。でもハンセンはそれを断ったんです。」

 

「だから三人でハンセンを」

 

「埋めました。」

 

「ええええ!!? なにしてんだああ!?」

 

「いやいやいや! 全部あいつが悪いんですよ! 独り占めなんかしようとするから!!」

 

「一瞬で友情崩壊しとるやんけ!! 最悪だよ! 罪悪感とかないの!!?」

 

「で、三人で分ける事にしたんだよね。」

 

「無視すんじゃねえよおお!!!」

 

「まぁ話は順調に進んでいましたよ。でいざ分けようとしたところ思ったよりしょっぱかったんですよ。」

 

「あんなことしといてしょっぱいって酷い言い様だなあ!? このクズ英雄!!」

 

「まぁ仕方ないのでね、」

 

「ヒューイを埋めました。」

 

「またかよおいいいい!!!? おめえら解決策埋める事しかねえんかよ!?」

 

「せめてハンセンの隣に埋めてあげました。」

 

「なんだよそのサイコパスみてえな心遣いは! とんでもねえ奴だなてめえら!」

 

「金はカインと二人で山分けしました。それでも少ない額でしたがね。」

 

「救いようのねえクズだよ...。」

 

「そしてめでたい事にカインに彼女ができました。」

 

「素直に祝えねえよ!」

 

「なんかウザかったんで埋めました。」

 

「最終的には完全な私怨でやりやがったよこのド外道!! お前が埋められろ!」

 

「で、その後____」

 

「もういいよ! 次次! 次の写真に進めて!!」

 

「じゃあこれにするか。」

 

 写真には巨大な龍が討伐された後らしく、龍の前に武器を持ち、鎧を纏った人が笑顔で並んでいる。

 

「記念撮影ですか? なんかすごい写真だね。」

 

「でもせんぱいこの中に写ってないけど.....。」

 

「ああ、それはですね。」

 

「僕はただ近くを通っていた赤の他人ですので。」

 

「え!?」

 

「写真を撮ってくれと頼まれたので。」

 

「なんかかわいそうだよ! ドクズだけど情が出ちゃったよ悔しい!」

 

「まぁでも、でもそこからこの人たちとちゃんと仲良くなりましたよ!」

 

「あ、うん。よかったね。」

 

「ある日この中の一人がですね。聖斧ローゼンシュナイドを拾ってきたんですよ。なかなかいい武器なんですよ。」

 

「なんかめちゃくちゃ強そうな名前だね。納得感ありすぎだよ。」

 

「能力と引き換えに刃こぼれしやすいんですけど、特殊能力でねりけしを作れるんですよ! すごくないですか!!!」

 

「限りなくゴミじゃねえかよぉ! 何に使うんだよんなもん!」

 

「授業中の暇潰しにねりけしとか作りませんか? これがあればみんなにねりけし自慢とかできますよ!」

 

「知らねえよぉ!! なにが聖斧だよおもちゃにもなんねえよ!」

 

「ねりけしなめんなよ師匠! ねりけしでマウントがとれるんだよ! でっかいねりけし作った奴が一番偉いんだよ! 頭がでかいだけじゃダメなんだよ!!」

 

「しょうもねえことでマウントとるな馬鹿! てか最後何つった! 一言余計なんだよ!」

 

「それでですね、それが欲しかったんですよ。でもみんな一緒! あんなゴミ誰がいるんですかって!」

 

「いまゴミつったな! 自分でゴミって認めたよねぇ!」

 

「仕方ないのでそれの所有者がオークションを開いたんですよ。結構白熱してましたよ。」

 

「ああ、そうなんだ...。」

 

「一進一退の戦いが続いてね、最終的には」

 

「所有者埋めました。」

 

「結局埋めるんかいいい!! なんでそうなっちまうんだよ!」

 

「で次に写真のこいつを埋めて、次にこいつ、んでこいつ、あとこいつにこいつ埋めて聖斧ローゼンシュナイド埋めて次にこいつを____」

 

「もういいよ! どんだけ埋めたら気がすむんだよ! てかローゼンシュナイドも埋めてたよねえ!? もはや見境なしかよ!」

 

「次の写真は....おお、これこれ! めちゃくちゃ懐かしいなぁ!」

 

「無視すんなよぉ! はぁ...これはどういう写真?」

 

「人を埋めた時のです。」

 

「すでに埋まってんじゃねえか! なんで撮ったんだよこの写真!」

 

「この写真は誕生日の友人ですね。いい笑顔でしたよ。」

 

「妙に盛り上がった土しか写ってないけどぉ!? まさかまた埋めたの!?」

 

「この写真は____」

 

「もういい! ボクが悪かった! もうやめてください!」

 

 

 

 

 

 結果から言うと上手くいった。エクスの英雄としての棒術でゴブリンを蹴散らしその様子を見た一部のゴブリンを戦意喪失させて撤退させ、アルスが得意とする雷魔法と氷魔法も数で攻めてくるがゆえに密集しているゴブリンとは相性がよく、全体の足場を凍らせ動けない隙にスタンガンと同程度に調整した雷魔法を叩き込むと密集しているので素早く電気が全体に伝導してすぐに無力化できた。そして双方死傷者はゼロ。

 

 報酬に関しては嘘がバレてしまった。エクスが詐欺紛いのことをしようとしたためアルスは激怒。当初の約束通り、アルス8割、エクス2割の配分となった。

 

 夕方になり、再び同じ御者の馬車に乗って帰路につく二人。戦いの疲れからかアルスはすでに眠っている。

 

 だが、目的地まで半分を過ぎる前にエクスが森に生えてる高い樹の上になにかがいるのを見つける。

 

 暖かい夕日の明かりが空を照らす中、なにかの周りだけは異様に冷たく、かなりの嫌悪感を感じた。迷いもせずアルスと御者には黙っていた方がいいと判断した。それでも、

 

「すみません、代は置いていくので僕だけここで降ります。」

 

 馬車が止まる。

 

「えっ、兄ちゃんどうしたんだい!? あそこまで結構遠いぞ!」

 

「いやちょっと気になる事がありまして...。おじさん、さっさと行ってください。後で自分の足で帰れますので。あと目的地までは絶対にその人を降ろさないでください。」

 

 二人分の代金を置いて降りるエクス。

 

「二人分!? なにしてんだい!? 早く乗りな!」

 

「さっさと行ってください。」

 

「だから乗りなよ!! なんで兄ちゃんは降りたがるんだい!」

 

「聞いてますか?」

 

「さっさと行ってください.....!」

 

「兄ちゃん....。」

 

 聞いたことのないエクスのドスの利いた声。

 

「はぁ....。」

 

 馬車が急発進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬車から降りたエクスは武器の鉄の棒から威力軽減用のゴムを外し、森の中に足を踏み入れた。森のなかで少し開けたところに出ると、すぐさま後ろを振り向いた。

 

「なにも変わってない。」

 

 声がした。重苦しい声が。先ほどの何かが後ろにいた。どうやら男らしく巨大なローブで体と顔が隠れていてしかも顔を見ると仮面のような物で顔がさらに隠されている。頭にはフリスビー形状の笠のような金属製の被り物を被っている。背中には縁を金属で補強された縦に長く、少し薄めの木箱を背負っている。そして錫杖のような長物を持っている。

 

「何の用でしょうか。」

 

 すでに武器の棒を剣のように浅く持ち構えた臨戦状態のエクスが問いかける。

 

「....。」

 

「なんか言ってくださいよ。」

 

「.....監視とお前を試しに来た。」

 

「監視? 試す? すみません、何訳のわからないことを言ってるんですか。」

 

「お前の先ほどの戦い、なにも変わっていなかった。昔のまま。お前の身体は戦いの記憶でできている。」

 

「さっきお前がしてたのは命を奪わぬようにした手加減などではない。適切な急所を突いているだけ。」

 

「お前は一切の容赦をしていない。慈悲などない。」

 

「で? それがどうしたんですか。」

 

「お前は変わっていない。そしてお前は」

 

「変われない。」

 

 刹那、周囲に衝撃が走った。謎の男が長物、いや武器を上から叩き込んできた。それに反応できたエクスは棒で防御すると足が地に沈む。

 

 今ので棒の耐久力はかなり消耗した。まともに食らっていたら死んでいる。

 

 エクスはすぐに距離を取ろうとするが男は凄まじいスピードで追いかけくる。

 

「逃がさんッッ!」

 

 しかしエクスは方向を切り返して男に一撃を叩き込む。

 

 鍔迫り合いになり、衝撃が空気に罅を入れる。

 

 エクスが男の武器を鍔迫り合いから弾くと、男がすぐに二回目を叩き込む。

 

 それをも弾いたエクスが男に叩き込もうとするが男は横に避けエクスを突いた。

 

 あまりにも速すぎた。体が追いつかなかったエクスは森の木々をなぎ倒しながら吹き飛び膝をついた。

 

 重い膝を上げ、武器を持つ拳をより握りしめる。

 

 何かを感じたエクス。右に体を向け棒を突き出すと男が吹き飛んだ。

 

 男は岩に叩きつけられる。

 

「変わらないな....。」

 

 エクスと男は互いに駆け出し、一撃を叩き込むと一瞬よろめいた後に地を抉り、木々を叩き折りながら激しい剣戟を繰り広げる。

 

 男が隙をついてエクスの顔を鷲掴みにし、地面に叩きつけクレーターができる。それと同時に男の体から血が噴出する。

 

 エクスの武器が男の胴体を貫いていたのだ。そのままエクスは男の体を蹴り上げ宙に浮いた男の体を地面に叩きつけ返す。

 

 男はそのまま回し蹴りでエクスを転ばせた後に立ち上がりエクスの顔を突く。が、エクスは顔を横にずらしたので頬を若干裂いただけで済んだ。

 

 そのまま立ち上がる動作と同時に拳を男の横腹に叩き込んだ。だが男はエクスの拳を左手で受け止め、鳩尾を蹴り抜いた。

 

 よろめくエクス。視界がぼやける。そんなことはお構い無しに再び殴り合う。

 

 エクスには男の武器が見えていなかった。しかしなぜか剣筋が見える。この男の剣筋を知っている。いや、覚えているが正しいと言えるか。

 

「どこかでお会いしましたっけ俺達。」

 

 エクスが問う。答えは返ってこなかった。納得ができずいつも以上に怒りが湧いてくる。

 

「いい加減にしてください。」

 

 

「あんたは一体誰なんですかァッ!!」

 

 

 エクスが叫んだ瞬間にエクスの動きがより激しくなる。それに応えるが如く、男の動きも人からかけ離れてく。

 

 武器と武器がぶつかり合い、互いに大きな隙を作る。

 

 どちらもその隙を見逃さない。

 

 二人とも叩き込まんと武器を振るう。武器と武器がぶつかり合う。軋み合う武器の勝負、エクスの棒が砕けた。

 

 しかし、エクスはそのまま男の腹に拳を叩き入れた。地の土が波を作る。

 

「うぐっ」

 

 男から声が漏れる。しかし、目を離す事なく二撃目を入れようとするエクスに拳を返した。

 

 エクスは目を逸らしてしまう。再び男を見たときにはかなり距離が離れている。

 

「なんのつもりですか。」

 

「もう充分だ。」

 

 エクスは驚くと同時に静かな怒りに近い感情が湧きあがってきた。そんな事を気にもせず男が喋る。

 

「やはり変わっていない。」

 

 さっきからそればっかり。

 

「闘いの記憶を何一つ零してない。」

 

 何を言ってるんだこの男は。

 

「その血から熱は冷めていない。」

 

 意味がわからない。

 

「それは絶対に変えられないことだ。」

 

 何度も言わせるな。

 

「さっきから俺は質問してるんですよ!」

 

 エクスが男を睨み付ける。

 

「エクス・アルビオ。」

 

 

『逃げるなよ』

 

 

 

「だーかーらぁ!」

 

「トーシャ。」

 

 そう言った男はエクスが次に瞬きした時にはすでいなかった。気配もなく、本当にその場からいなくなった。

 

「トーシャ? 名前って事か?」

 

「意味わかんねえ奴だったな。」

 

 エクスの手には闘いの感触がまだ残っているがそれをねじ伏せて帰ろうとする。だが、

 

「それにしてもここ、どこだ?」

 

 やり合ってる時に駆け回りすぎた。

 

 

 

 夜8時前後。

 

「おじさん、あいつどこ行きました?」

 

 ベンチで寝かされていたアルスの目が覚め、近くの停留所の御者に尋ねる。

 

「ああ、兄ちゃんのことかい? 先に帰って行ったよ。」

 

「え!? あいつか弱い女の子を一人残して帰ったの!?」

 

「ひどい男だねぇ。今度あいつにあったらぶん殴ってやりな! 五発くらい許されるさ!」

 

「そうします! ありがとうございました!」

 

「おう! 気をつけて帰りなよ!」

 

 深々とお辞儀した後、アルスは怒り心頭のまま帰路についた。

 

「ありゃしばらく口聞いてくれねえぞ? 兄ちゃん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第八話でした。初のちゃんとした戦闘シーンです。戦闘描写の勉強もしておきます。


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9. にじさんじの例のアレ

第九話です。例のアレが出てきます。


「はぁ....」

 

「まさか雨が降ってくるとは思わないよなぁ」

 

「そうですねぇ〜」

 

 オフでいちから本社の近くにあるカフェに遊びに来たエクスと彼の先輩の三枝明那。ちなみにいちからとは『株式会社いちから』の事。にじさんじプロジェクトに大きく関与している。

 

「今朝の天気予報では絶対に雨は降らないって言ってましたよね。」

 

「言ってた言ってた。あーあ。」

 

 遊びに来たのはいいものの、予報されていなかった雨が急に降り出し、雨具を持っていない二人は店内で雨宿りするしかなかった。

 

 二人で談笑していると雨が止んだ。

 

「やっと止んだね。」

 

「そうですね。これでやっと帰れます。」

 

 二人は帰るために横に並びながら歩きだす。そこで違和感を感じ取る二人。

 

「なんか人気があんまなくないですか?」

 

「うわっ本当だ! なんか不気味だなぁ。」

 

 ___________どこまで歩いても人気がない。

 

「なんかヤバいこと起きてたりしない? 今んとこ人見てないんだけど。」

 

「きっと気のせいですよ。」

 

 ______________どんなに歩き回っても人気がない。

 

「絶対なにか起きてるんじゃない!? さすがにいなさすぎなんだけど!」

 

「きっと気のせいですって!」

 

 _________________全力で駆け回っても人気がない。

 

「いやさすがにおかしいってこれ! これ絶対にヤバい状況でしょ!!」

 

「なにが起きてんですかこれ!? さすがに訳わかりませんよ!」

 

「とりあえずもうちょっと歩いてみようかエクス。」

 

「いや、あそこの店でなにか動きましたよ!」

 

「お、人か!? 人だよな絶対! 行くぞエクス!」

 

 店の中に駆け込む二人。

 

「すみません! いきなりですけど今これどういう状態ですか!?」

 

 三枝が店員に尋ねる。店員は物陰に隠れていて姿が見えない。そして返事もない。

 

「なんかあったんですか? 大丈夫ですか店員さん!」

 

 返事はない。

 

「聞こえていますか!!」

 

 エクスが大声で人に話しかける。返事はない。

 

「どうしたんだ?」

 

「わかりませんね。おっ、こっちきそうですよ。」

 

 物陰から人が出てくる。だが出てきたのは人とは言えない姿をしてた。

 

「えっ......」

 

「ゆが....みん....!?」

 

「ゆがみん.....ですね。」

 

 ゆがみんとはにじさんじ公式マスコットキャラクター.....なのだろうか。Wikiにはそう書いてあるのでたぶんそうなのだろう。にじさんじのロゴをあしらったかのような姿をしており、配信者(ライバー)間ではパフォーマンスのネタにされたり、ゆがみんに動画チャンネルを乗っ取られたりしていたりと、にじさんじ配信者(ライバー)に大小問わず影響を与え続けている。

 

「でもなんでゆがみん?」

 

 だがゆがみんはにじさんじとは関係のない場所では出現しないはず。

 

「三枝さん....なんでゆがみんがここにいるんですかね....。」

 

「なんでだろう......。」

 

 すると、

 

『ユガアァ!』

 

 ゆがみんが二人の方に飛びかかってきた。

 

「「うわああ!?」」

 

 二人は左右に避けた。

 

「やべえ! とりあえず逃げますよ!!」

 

「おっ、おう!」

 

 急いで店の外に出る二人。だが、

 

「うっわぁ.....」

 

「ワラワラおるなぁ.....。」

 

 街中には大量のゆがみんがいた。どのゆがみんも二人に対して獲物を狩るような目をしている。

 

 そして、一斉に襲いかかってきた。

 

「ちょっと失礼!」

 

「え? うわあちょっと!?」

 

 エクスは三枝を米俵のように担ぎ、ビルの壁を駆け上り、屋上にたどり着く。そのままビルの谷を駆けるエクス。

 

「屋上なら奴らは追ってこれないでしょう!」

 

「いやめっちゃ来てる来てる!!」

 

「えええ!?」

 

 ゆがみん達も、ビルの上に登りエクス達を追いかける。

 

 最終的に追い詰められる。三方から包囲されていて、残りの一方の右にある5階立てのビルまでは距離が離れており下に落ちると一瞬で餌食になりかねない。

 

「エクス...。これヤバいでしょ絶対...。」

 

「ヤバいっすねぇ...。絶体絶命です。」

 

 二人は覚悟を決めた。三枝が息を飲むとゆがみん達は吠えながら一斉に二人に襲いかかる。

 

「おーい!」

 

 すると、右のビルの3階の窓から声がした。

 

「こっちだ!」

 

 声を聞いたエクスはゆがみん達を上手く避け、右のビルへ跳んだ。そのまま3階の開いてる窓に入り、急いで窓を閉めた。

 

「大丈夫か? 二人とも。」

 

「ええ。大丈夫です。」

 

「いやぁ助かりました!」

 

「「ゆめおさん。」」

 

 ゆめおとは二人の先輩の夢追翔のこと。27歳、ミュージシャンの男性。司会進行役に定評があり、基本袖がない。

 

「ここはデパートみたいなところで頑丈だから籠城にはもってこいだし、食料もあるから安心していいよ。とりあえずこっちに他のみんながいるから来て。」

 

 二人は夢追に案内されフードコートに向かった。そこには同じにじさんじメンバーの一部がいた。

 

 そこにいたのは駆け出し魔法使いアルス・アルマル、ハッカー黛灰、会社員社築、エルフの花畑チャイカ、JK笹木咲に加え、元石油王で今は温泉で生計を立てているイブラヒム、服飾の専門学校に通う19歳のギャル轟京子がいた。

 

「おっ、三枝とエクスじゃん。」

 

「二人とも無事だったか!?」

 

「チャイカさん! 社さん! どうなってんですかこれ!」

 

「わからないよ....街を歩いてたら急にゆがみんが襲いかかってきたんだよ....。」

 

「ちょっとほんまに意味わからんのやけど! ここからどうするればいいんや!」

 

 怯えているアルスと腹を立てている笹木。

 

「まぁエビオがおるから大丈夫だよ!」

 

「轟さん?」

 

「たしかにいざとなったらエビさん囮にすればいいね。」

 

「ヒム?」

 

「とりあえずここから一歩も出なきゃいずれ助けは来るでしょ。今来た情報では政府はこの街を封鎖して24時間後に機動隊を向かわせるってさ。」

 

「そっかまゆゆ。俺たち助かるんだ!」

 

「助かる。」

 

「良かったぁ....。」

 

 黛の発言で三枝は安堵する。轟とイブラヒムは緊張が緩まったのかエクスをいじり倒し、途中からアルスと笹木も参戦する。

 

 そして社が取り仕切る。

 

「とりあえず食料調達班とゆがみんの動向を見る警備班、より安全な場所を確保する施設探索班の三つに分けよう。」

 

 食料調達班にアルスと笹木と三枝とイブラヒム、警備にエクスと夢追、探索班に黛と社とチャイカと轟で別れた。三班すべてに緊急時戦闘ができる人を置いて、危険な警備班は戦闘力が極端に高いと思われるエクスと情報を伝達させるために夢追の二人だけにした。

 

「各班に腕時計を渡すから4時になったらここで合流しよう。」

 

 とりあえずまたフードコートで合流しようと話してから、三班は別行動を開始した。

 

 

 

 

 1階の食品コーナーについた食料調達班。カートをとって長持ちしやすいものを中心に集め始める。

 

「とりあえず乾パンとかでいいんじゃね?」

 

「まぁ弁当とかは今日しか食べれないからね。」

 

「思ったより食えるもの少ないんやなぁ..。」

 

「本当だよね。ボクもビックリしたよ。」

 

 会話しながら四人は歩き続ける。

 

 ...。

 

 ......。

 

 ............。

 

 

「なんか喋らない?」

 

 アルスが声を震わせて言う。食料コーナーどころか街全体が別行動開始直後に起きた停電の影響で中はかなり暗く、アルスが魔法で光を灯している状態。周りは全く見えず物音はカートの音と自分達の足音しかない。故にかなり異様で不気味な空間になっている。

 

「なんかめちゃくちゃ怖くない?」

 

「おおん、やばいやばい。」

 

「まじでこれはあかんわ。うちこういうのは無理無理!」

 

 四人ともビビリ。四人が騒ぎはじめると足が止まりその場でオロオロする。

 

「ああもう埒が明かねえよ! 面白い話をしよう! そうすれば怖さも軽減できるだろ!」

 

 三枝が話を始め、三人は話を聞く。

 

「こないだね....」

 

 突然イブラヒムがバッタリ倒れた。

 

「イブラヒムウウウ!!! 大変や! イブラヒムが!」

 

「ええ!? なんで!? 俺まだ何も言ってないよ!!!」

 

「大変だよ! ヒムが泡吹いて痙攣し始めたよお!」

 

「なぁんでだよ!! イブくんは一体何に怯えてんだよ! どんだけビビリなんだ!!?」

 

「いやああああああ!!!!」

 

 次はアルスが悲鳴をあげた。

 

「えっなんで!? 俺何も言ってもしてもないよ!! どうしたんだ!?」

 

「怖い....嫌....ッ! 怖いよぉ....。」

 

「どうしたんやマルマル! 落ち着きな! みんなおるから!」

 

「一人ダメになったけどね。」

 

「嫌ぁ....やだ.....ッ!」

 

「アルスさん! しっかり!」

 

「さっきから食品棚から物とってるけど怒られちゃう....!」

 

「確かに怖いねぇ。でも大丈夫だから! こんな状況だからね!」

 

「うわああああああ!!!!」

 

 今度は笹木が悲鳴をあげた。

 

「もう次はなんだよ!! 笹木さん! どうしたんですか!!!」

 

「いやや....来るな.....」

 

「笹木さん?」

 

 明らかに笹木が三枝から距離をとっている。近づこうとするとさらに距離をとる。

 

「イブラヒム! マルマル! しっかりしてくれ!」

 

「は?」

 

「あっきーながうちのことを卑しい目で見てくるんや! この変態をなんとかしてくれ!!」

 

「見てねえよ! どんだけ被害妄想激しいんだよあなたは! 誤解だから! 誤解!!」

 

 するとイブラヒムが起き上がる。

 

「イブくん! 違うから誤解だから!」

 

「明那さん。」

 

「違う違う! 本当にそんなんじゃないから!!」

 

「ここは1階ですよ。」

 

「"5階"じゃねえよ"誤解"だよ! やかましいわ!」

 

「ぐはぁっ!」

 

 イブラヒムが再び倒れた。

 

「だからなんでだよ!? なんでまた倒れるんだメンタル弱すぎだろ!!」

 

「嫌だ...。怖いよ....。誰かぁ!」

 

「ていうかアルスはなににびびってんだよ!?」

 

「やだやだぁ! 家の鍵落としちゃった....。」

 

「確かに怖いねぇ。でも今はどうでもいいから! 鍵代あとで出してあげるから!!」

 

「うわああああ!!!」

 

「もうなんだよ! 笹木さんはどうしたんだよ!?」

 

「そうやってマルマルの隙を狙って押し倒してあんなことやこんなことをするつもりやコイツ! マルマル逃げるんや! 早く!」

 

「んなこと考えてねえよ馬鹿野郎! どんだけ俺を犯罪者にしたいんだよ!」

 

 そしてイブラヒムがまた起き上がり三枝と目が合う。

 

「...。」

 

「...。」

 

「ぐはぁっ!」

 

 そしてまた倒れた。

 

「てめぇそれ一体どういう意味だ! なんで目があっただけで倒れるんだよ!」

 

「いやだいやだいやだ! やだやだ! 嫌...。」

 

「あの赤メッシュ嫌...ッ!」

 

「んだとこの野郎! アルスも俺のこと馬鹿にしたよな今! 聞き逃さねえぞ!」

 

「うわあ!? やばいよあいつアホ毛生えてるから絶対変態だよ!」

 

「謝れ! 今すぐ世界中のアホ毛に謝れ!! てめえらいい加減にしろよ! 途中から俺のこと馬鹿にしてるだけじゃねえか!」

 

 

 

 

 一方そのころ、施設探索班は1階から進んで行き、今は2階で並んでいる店の前を歩いている。

 

「今のとこいい感じの場所ないね。」

 

 ため息混じりに喋る黛。それに続くように三人も喋る。

 

「思ったよりダメじゃん。よくないよこれ。」

 

「うーん、いくら歩いても身を守れる場所は全くないね。」

 

「そうだなぁ....。」

 

「じゃあエスカレーターで3階に向かうか。」

 

 花畑の提案で3階に向かう。さっきのフードコートと同じ階だ。だがちゃんと周りを見ていなかったので3階も見ていく必要があった。

 

「ねぇ....。」

 

「このデパートおかしくない?」

 

 黛が疑問に思ったことを口にする。

 

「え? どこが?」

 

「いや花畑さん、どう見てもおかしいでしょ。」

 

「いやいや、普通だよ。なぁ京子、社。」

 

「うん普通だね!」

 

「んなわけねえだろお!!!」

 

 社が叫んだ。なぜなのかを花畑と轟は理解できてないようだった。

 

「いやなんで! どう考えても普ッ通じゃん!」

 

「普通のデパートが銃器専門店とか臓器売買店とか◯◯店とか武器専門店とか置くかよ!? そうだねさっきまでは普通だったよ!? でもここだけ世界観が違うよ! 世紀末すぎんだろ!」

 

 ツッコむ社。黛もそれに続く。

 

「まっ、まぁでも武器を確保できるのはラッキーだね。でもその後の店はダメでしょ。特に臓器売買店と◯◯店とか何。よく消されないよね。このデパート。」

 

「ねぇねぇチャイカさん! このSMGよくない!? このピカティニー・レールよくない!? チョーイケてるんだけど!!!」

 

「ちょっと待ちな京子。こっちの対物ライフルもいいわよ! コイツの反動まじたまらねえわよ!」

 

「おめえら話聞けや! なんでギャルみたいに銃器で盛り上がってんだよ! こんなギャルがいてたまるかよ! 黛くんからもなんか言ってやってくれ!」

 

「この火炎放射器どう? これならいろいろ焼き払えるしエモいと思う。」

 

「「チョーイケてる!!!」」

 

「黛ィィィィィ!!!! いいから! 別にノらなくていいから!」

 

「おっあそこみろ!」

 

「あっ! すっげぇ! モヒカン専門店だ!!!」

 

「モヒカン専門店!? どういう店だよ! 完全に狙ってんだろ! 完全に世紀末セット営業だよ!」

 

「あれ、黛くんは?」

 

 気がついたら黛がいない。二人も知らないようだった。

 

「あっまゆゆいた!」

 

 京子が社の後ろを指差す。

 

「黛どこ行ってたんだよ。ちょっと心配したんだよ。」

 

「まぁよかった。はぐれることはなかったからね。」

 

 そう言った社は黛の方に振り向く。

 

「ごめん、みんなをびっくりさせてたくてさ。」

 

 そこに立っていた黛はボロボロのブーツとジーンズに革ジャンを着て、長いトゲがついた肩パッドをのせ、頭髪は世紀末風のモヒカンになっていた。

 

「まゆゆチョーいいじゃんそれ! 最高!!」

 

「ワタシたちも負けてられねえな! 京子! 行くぞ!」

 

「........。」

 

 社は絶句している。そして今の黛と同じ格好で戻ってきた馬鹿二人。

 

「京子こういうの憧れていたんだ! もう最高だよ!」

 

「これでワタシ達のキャラもより立つしな! 俺たちはもう型にはハマらねえぞ!!」

 

「いやハマりすぎだろおお!! 完ッ全に世紀末にたっぷりいる量産型だよ!! 例のギターが聞こえてくるわ!」

 

 すると後ろから某世紀末漫画にでてくるモヒカンが乗るようなオープンカーが走りこんでくる。

 

「ヒャッハー! 持ってきたぜェ! キョーコ! チャイカ! ありったけの肉と水と武器を積んで乗りな!」

 

 運転席には黛の姿がいた。すっかり性格は豹変していてヒャッハーの擬人化となってしまった。例のギターが似合う男になっていた。

 

「うっし載せたぞ! 行こうぜマユX!」

 

「いやマユXってなんだよ。もう意味わかんねえよ。」

 

 社がつぶやくが誰も耳を貸さない。

 

「おらおら! マユX!! どんどん飛ばして行こうぜェェ!!!!」

 

「「「ヒャッハァァァァァァァァ!!!!!!!」」」

 

 肉と水と火薬とモヒカン馬鹿三人を乗せた車はラジオから例のBGMをながしながら排気ガスをぶちまけて社を置いて走り去って行った。

 

「......。」

 

「ついていけるか馬鹿野郎ォォォォォ!!!!」

 

 

 

 

 そして警備班。1階で状況を見て回っている。

 

「うわっ、夢追さん。あそこの入り口見てくださいよ。」

 

 エクスが指差したその先は建物の入り口。大きめなガラス張りの自動ドアに大量のゆがみんが押し付けられている。

 

「すごい光景だね。1階はなんとか閉鎖してえな。」

 

「そうですねぇ。」

 

「さっきから悲鳴やらなんか他がうるさいですよね。耳が死にますよ大丈夫ですけどね。」

 

「だな。他のみんなは楽しそうにしやがって。俺たちはなにもせずひたすら歩いてるだけだぞ。」

 

「はぁ、つまらないなぁ。もう嫌になりますよ!」

 

 二人はその場で文句を言ったり談笑したりしている。

 

「おっ時間だな。エクス、そろそろみんなのとこに帰ろうぜ。」

 

「そうですね! さっさと戻りましょう!」

 

 二人は入り口を視界から外し、フードコートに戻ろうとする。

 

 

 が、

 

 

 バキッ

 

 

「「ん?」」

 

 二人は音のした方に振り向く。

 

 入り口の方だ。

 

 いつのまにか大きなヒビが自動ドアに広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第九話でした。次回に続きます。


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10. あぽかりぷす☆ふぃーばー!

第十話です。前回の続きからです。


 3階フードコートに彼らは再び合流していた。欠員はいるが。

 

 集まったのは食料調達班からアルスと三枝と笹木にイブラヒム、施設探索班から社、警備班は誰も帰ってきていない。

 

「.......。」

 

 沈黙。明らかに異常である。そしてイブラヒムが静寂を切り開いた。

 

「あの、やしきずさんの班の人たちはどうしたんですか...?」

 

「ああ、気にしないでいいよ。たぶん元気にやっているから。」

 

「いや何があったんですか!? 明らかに人減りすぎですよ!」

 

「本当に誰かに襲われて死んだとかじゃないから。気にすんな。」

 

「めちゃくちゃ気にな.....まぁいいです。」

 

「エクスの班誰もおらへんなぁ。なんかあったんか?」

 

「せんぱい達は多分大丈夫だよ。知らんけど。」

 

「アルスさん結構適当言うじゃん。まぁいいや! 食料は全員で食べても4日は持ちそうなくらい持ってきましたよ! しばらくは籠城できそうです!」

 

「やしきずの方はどうだった? いい感じの場所はあったかいな?」

 

「......。」

 

「やしきず?」

 

「こっ、ここが一番安全だよ。」

 

「え?」

 

「蛮族がいるからな。」

 

「は??」

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃああああああ!!!!!!」

「いやああああああ!!!!!!」

 

 エクスと夢追は全力で声を上げながら走る。

 

 ついに外のゆがみん達が中に侵入してきてしまった。勢いがつきすぎて止められるものではない。ゆがみんの群れはそこらのベンチやオブジェを破砕していく。

 

「やばいですよあれぇ! あの中に入ったら間違いなく即死ですよあれぇ!」

 

「いやだ! 僕はまだっ、まだ死にたくない!! まだ夢を追い続けていたいんだ!!」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょお! もっとスピード上げてください!」

 

 二人は全力で駆け抜け、とある店のスタッフルームに入った。おかげでうまくまく事ができた。

 

 どちらもすぐに壁にもたれ、座り込む。その呼吸は荒い。

 

「助かりましたね.....。死ぬかと思いましたよ。」

 

「そう、だね...。」

 

 二人とも呼吸を整えるために無言になる。互いに呼吸が整ったら、夢追がエクスに話しかけた。

 

「なぁエクス。おかしいと思わないか?」

 

「ん? なにがですか。」

 

「ゆがみんが大量発生したのは今日だろ? しかもいきなりだったじゃん。」

 

「言われてみればそうですね。」

 

 確かに、今日エクスは三枝と一緒にとある店に遊びに来た。店に入る前はかなりの人がいたが、30分ほど雨が降ったので少しだけ店の中にいて外に出た時にはゆがみんだらけであった。わずか短時間での大増殖。

 

「今日までゆがみんに関するニュースはひとつもなかった。だから今日発生したのは確定と言っても過言ではないよね。」

 

「もしかしたらあの雨が関係あったりするのか....?」

 

「僕もそう思う。あきらかにあの雨が止んでからゆがみんの姿を見るようになったんだよ。その雨が原因かもしれない。」

 

「雨に打たれたらゆがみんになると...。」

 

「たぶんそうだろうな。でもそれだけじゃここまでにはならないだろうとは僕は思うんだよ。」

 

「元から建物の中にいた人達、ですか?」

 

「そう。さっきは外より中にいた人が圧倒的に多いはず。だから人気はもっと多くなるはず。」

 

「でも、人はまったくいませんでした。」

 

「なんらかの原因で建物内にも影響が出ているんだろうな。そういえば、ここまで来る時に人の死体とか血痕とかあったか?」

 

「全然ないっす。」

 

「それだと奴らは殺戮がメインではないとは思えない?」

 

「あくまでやつらの目的は増殖、と言いたいんですか」

 

「それだよそれ。なんらかの形で人をゆがみん化させている。僕たちにじさんじ配信者(ライバー)でもゆがみんになったという例はあっただろ?」

 

「辻褄が合ったり合わなかったりする気がしますね。」

 

「まぁ、それはどうでもいいんだよ。ここからどうするよエクス。」

 

「二手に分かれましょう。敵の分散はした方がいいですよ。」

 

「わかった。じゃあ僕が3階に向かって仲間に伝えてくるよ。」

 

「了解です。」

 

「ドアを開けたらすぐに出るぞ!」

 

「ええ!」

 

 夢追が指でカウントしながらドアを開けた。

 

「「走れええええええええ!!!!!!」」

 

 エクスは1階のまま走り抜け途中で2階へ逃げ込むルート、夢追は近くの止まったエスカレーターを駆け上り3階まで向かうルート。

 

 最初は二人とも一緒に障害物を避けながら走る。いよいよ分岐点、それぞれのルートへ向かう。

 

「夢追さん!」

 

「なんだ!」

 

「あいつら頼みますよ!」

 

「わかった! あとエクス!」

 

「なんですか!」

 

「全部そっち行っちまった! 頑張れ!」

 

「へ?」

 

 作戦ではゆがみん達を分散させようとした。だが明らかに自分を追いかけてくるゆがみんの数は減ってない。

 

「いっ.......いっ......ッ!」

 

「いぃやあああああああああ!!!!!!」

 

「なんでそうなるんだよおお!? 普通別れるでしょ! 俺に恨みでもあんのかよおめえらぁ!」

 

 1階で轟音が響く。

 

 

 

 

「はぁ...はぁ......」

 

「一匹もついてきてはいないか....。悪いなエクス。お前の犠牲は無駄にしないからさ。」

 

 3階で腹を押さえながらフラフラ歩く夢追。そしてフードコートに着いた。

 

 だが、すでにみんなの姿はなかった。

 

「おい、どういうことなんだこれは....。」

 

「まさかすでにここまでゆがみんが..!?」

 

 悪い予感。寒気がした。

 

「やべえ離れねえと!」

 

 夢追はより安全な場所に向かうために再び走り出した。

 

「夢追さん!」

 

 後ろから声。聞き覚えがある声。

 

「黛!?」

 

 ばっと後ろを振り向く。

 

「いや誰!?」

 

「俺です。黛灰。」

 

「ええ!? ちょ、どういうこと...!?」

 

 今の黛は某世紀末モヒカンファッションだ。明らかに世界観が狂っている。

 

「でもその傷は一体...襲われたのか!!?」

 

 そして黛は血まみれでもあった。腕も押さえて足を引きづりながら。

 

「これは_____」

 

 モヒカン三人はロケランでゆがみんを吹き飛ばしながら車で爆走していた。

 

『ヒャッハーァ! 飛ばせ飛ばせェェ!!』

 

『全部吹き飛ばしてやれェ!! 俺たち最強トリオだぜェ!』

 

『Foooooooooo!!!!』

 

「お前達一体なにしてたんだ!? どこから調達してきたんだそんなもん! 黛くんに関しては性格変わりすぎじゃないか!?」

 

 ここだ。すべてデパートで揃えたもの。

 

 実際三人にゆがみん達は手も足も出なかった。

 

『もっとスピード上げてくぜェ!!』

 

『『ヒャッハァァァ!!!!』』

 

 よりスピードを上げ、爆走する。もはや誰にもこの三人を止められない。

 

『おい!今何時だマユX!』

 

『今はよォ....』

 

 黛はハンドルを握ったまま腕時計を覗いた。

 

 そして壁に激突した。

 

「くっ、あいつらにここまでしてやられるなんてね。」

 

「いやよそ見運転で自爆しただけじゃないそれ!? 馬鹿じゃねえの!?」

 

「でも大事なのはそれじゃない....。」

 

「え?」

 

「車からはじき飛ばされてここに来る前に見たんだ。」

 

「轟さんが花畑さんに_____」

 

「噛み付いていたのを。」

 

「!? なんだって!?」

 

 耳を疑った。聞き捨てならない言葉だった。

 

「よく見たら轟さんの目は___」

 

「ゆがみんのものと同じだったんだ。」

 

「なっ!?」

 

「轟さんとはデパートに来てからずっと一緒にいた。だからわかるんだ。轟さんはここにきてから一度もゆがみんに襲われてもいないって。」

 

「ゆがみん達に襲われたら即ゆがみんになるはず。」

 

「でもあの人はそうじゃなかった。」

 

「.........。」

 

 夢追は絶句した。最悪な性質に。底がしれない恐怖に。

 

「ゆがみんは人間に擬態できる。」

 

 黛が放つ衝撃の事実。

 

「なんだよそれ...! はやくみんなに知らせないと!」

 

「みんな本物の人だと?」

 

「!?」

 

「生き残るためには仲間っていう考え方はやめた方がいい。あくまで利用するだけ。」

 

「信頼してはいけないです。」

 

「無論俺のことも。」

 

 夢追はすぐに黛から逃げ出した。黛も追いかける。

 

「最悪だ! こんなっ、こんなことが!」

 

 極限の状況。信じられるのは己のみ、安息の地などここにない。

 

 

 

 

 

「ねぇどうするよ?」

 

「とりあえずイブくんとアルスさんと俺の三人で集まることはできたね。」

 

 三枝、アルス、イブラヒムの三人は2階の洋服店の倉庫に隠れている。

 

「せんぱい達はどこ行ったのかなぁ...。それにしてもいきなりゆがみんが来るなんて...。」

 

「ゆがみんが来たってことは警備班の二人は助かってないかもな。俺たちでなんとかするしかないね。」

 

 三枝の言葉に頷く二人。そしてイブラヒムが喋っていく。

 

「まず食料は3階フードコートと1階にしかない。だけど間違いなくそこにゆがみんが徘徊しているに違いないね。だから食料確保は厳しいと思う。」

 

「食料なら大丈夫だよ。そこにピザあるじゃん。」

 

 アルスはイブラヒムを指差した。

 

「たぶんそれ俺のピアスのこと言ってるよね。違うからね。これピザじゃないからね。」

 

「あっ、ごめんヒム! でも唐辛子はここにあるよ、ホラ。」

 

「いっでぇ! アルス!? やめて! 俺のメッシュ引っ張らないで! これ唐辛子じゃないから!いででででででで!! 取れる取れるぅ! 取れちゃうからぁ! あああとれたああ!!」

 

「よっしゃ唐辛子ゲットォ! いただきまあす!」

 

「待ってアルスさん! それ食べると全身メッシュだらけになる病気になるよ! やめといた方が!」

 

「てめぇ俺のメッシュなんだと思ってるんだ! てか返せよ! 俺の大事なメッシュ!」

 

「あっきーなやめてよ! ボクの唐辛子だぞ! 返せよ!!」

 

「俺のメッシュだ馬鹿野郎! 唐辛子じゃないから!」

 

「アルスさんしっかりして! ダメだ! そんな汚物食べようとするなんて、恐怖で思考回路がショートしてしまってる!」

 

「イブラヒムは道徳心がショートしてる! どんだけ俺を馬鹿にしたいんだ!」

 

「まぁそれは置いといて。」

 

「置くなああ!!」

 

 三枝はそこらへんに落ちてた接着剤でメッシュを頭につけ直した。

 

「で、場所ですね。正直ここは危なすぎると思うんだよね。出口が一つだけだから袋の鼠状態になりかねないからね。」

 

「たしか5階に宝石店があるよ。そこに人が何人も入れる頑丈な保管庫があるからそこに行けたら行った方がいいと思う。」

 

「アルスさん道を切り開けられる?」

 

「無理だよ。あの数だと僕の魔法じゃ効き目は全くないし...。」

 

「キツネみたいなあれになっても無理?」

 

「キツネ? あっあれかな?」

 

 アルスはなぜかキツネみたいな耳と巨大な尻尾を生やすことが出来、身体能力も大きく上昇させられる。にじさんじの中でも上位に近づけるほど。さらになぜか服装も和装か薄着に変わってさらにさらに日本刀も腰に下げられる。理由は一切不明だがコントロールはできる。

 

「でもあれ燃費良くないし相手も数が多いから一瞬でお陀仏だよ。」

 

「いやキツネ鍋とかできそうだから食料問題は大丈夫そうだなぁって。」

 

「なにとんでもないこと考えてんだよ! ふざけんな!」

 

「でもこれじゃあ5階に向かうことは厳しいなぁ。イブくんは戦えたりしないの?」

 

「無理っす。絶対無理っす。」

 

「じゃあ動けないかぁ。」

 

「他に戦える人はえびせんぱいとチャイカさんだけだね。でも二人とも行方不明かぁ....。」

 

「その二人めちゃくちゃ強いからできれば探したいね。エビさんは状況的に厳しそうだけどチャイカさんならなんとか凌いでそうだし。」

 

「まぁとりあえず場所は変えよう! ここ危険すぎるから! 3つ隣の工具屋さんの倉庫は結構いい感じだったからそっちに行こう!」

 

「じゃあ行こうか!」

 

 アルスが立ち上がる。

 

「うんそうだね。行こうか。」

 

 イブラヒムも立ち上がり、三人は倉庫の扉の前に立つ。

 

「よし、開けるぞ。」

 

 そして扉を開けた。三枝は一歩を踏み出そうとする。だが、

 

 大量のゆがみんがそこにいた。

 

『......。』

 

「......。」

 

『......。』

 

「......。」

 

『ユガァァァ!!』

 

「「「うわあああああ!!!!!!」」」

 

 ダンっとドアを勢い良く閉めた。

 

「やっべえよ! これどこにも行けねえよ!」

 

「もうだめだ! ボクたちもう助からないんだああ!!! ああああ!!!!!」

 

「落ち着いてアルスさん! いややっぱ無理俺も落ち着ける気がしないよ!!」

 

 ドアからバンバンと音が鳴っている。物量からして破られるのも時間の問題。

 

「うわあああ!! 死にたくないっ、死にたくないよ俺!!」

 

 三人とも隅に固まって震えている。その表情は怯え一色。

 

 だが、ドアを叩く音が止んだ。

 

「.....ふぇ?」

 

「止ん...だ....?」

 

「ちょっと見てくる。」

 

「気をつけろよヒムぅ!」

 

 イブラヒムは扉をゆっくり少しだけ開けた。

 

「.......なにもいない。」

 

「「え?」」

 

 三人は喜び、感涙し、抱き合った。ただしその三人にはデパート内で響く若い男の悲鳴は聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

「なんでだああああ!!!! やっぱ明らかに数増えてんじゃん!! どんだけ俺のことが嫌いなんだよおおお!!」

 

 エクスは相変わらずゆがみんの群れを連れて走り回っている。群れはあらゆるものを飲み込んで粉砕する勢いだ。

 

「ぐっ、行き止まりぃ!?」

 

 エクスの前に壁が阻む。引き返そうにもゆがみんの壁があり、逃げ出せない。

 

「嫌だっ! 絶対死にたくない! まだやり残していることがたくさんあるのに!!」

 

 じりじりとゆがみんの群れが近づいてくる。

 

「誰かっ、誰か助けてえええええええ!!!!!!」

 

『ユガァァァァァァ!!!!』

 

 ゆがみん達がエクスに飛びかかった次の瞬間、

 

 左の壁が砕け、瓦礫がゆがみん達を飲み込んだ。

 

 エクスは閉じた目を開く。そこに立っていたのは筋骨隆々だが身に纏うのは女装、トサカのような緑のメッシュがある頭髪、ではなく世紀末モヒカンファッションの男。だがエクスはそれが誰であるかは一瞬で見抜いた。

 

「チャイカさん!!!!」

 

 エクスの胸にかつてないほどの希望が湧き上がる。あの花畑チャイカ、最強の援軍が来たのだから。

 

「本当にありがとうございます!! 一緒に逃げましょう!」

 

 そう言ったエクスは左の壁の穴から逃げようとする。

 

「チャイカさん...?」

 

 花畑がついてこない。というか一言も発さない。

 

「どうしたんですか!? 早く行きま........ん?」

 

 エクスは気付いた。ゆがみん達が花畑に一切襲いかからないことを。黙ってエクスは三歩後退り。

 

 そして花畑がこちらを向く。しかし、その顔はチャイカのものではない可愛らしい顔。さらに同時にゆがみんの群れもこちらを向く。

 

 黙ってエクスは逃げた。

 

『ユガァァァァァァ!!!!!』

 

『『シャァァァァァァ!!』』

 

 花畑が吠えるとゆがみん達が応えるように追いかける。チャイカも地響きを鳴らしながら追いかける。

 

「なんで! なんでぇ!? チャイカさんがゆがみん達のリーダーみたいになってるじゃん!!? 地上最強に地上最狂が掛け合わされて史上最悪の怪物誕生してるよ!!!」

 

 涙目になり、恐怖に支配されたまま走るエクス。そんな彼に再び行き止まりがエクスを阻む。

 

「うわああもうだめだああああ!!!!」

 

 エクスが叫んだ瞬間、ゆがみん達が彼に飛びかかる。

 

 だが再び左の壁が砕け、ゆがみん達を飲み込んだ。

 

 エクスは閉じた目を開く。そこに立っていたのは華奢な身体に女性らしい服装、白髪のツインテールで所々見える褐色の肌、ではなく世紀末モヒカンファッションの女。だがエクスはそれが誰であるかは一瞬で見抜いた。

 

「轟さん....!?」

 

 エクスの心に希望が宿る。まだ仲間がいることだけでも心の支えになった。

 

 だがエクスはまた気付いた。

 

「轟さんこんな強めでしたっけ?」

 

 轟は普通の一般人女性。分厚い壁を破壊できるとは思えない。

 

「.......。」

 

 轟は黙っている。エクスも黙って逃げ出した。

 

『ユガァァァァァァ!!!!!』

 

『『シャァァァァァァ!!』』

 

 今度は轟が吠えるとゆがみん達と花畑が応えるように追いかける。轟も忍者のような身のこなしで追いかける。

 

「ぎゃあああああ!!!! どうなってんだよおおお!!! 轟さんまでゆがみん化してんじゃねえか!? しかもチャイカさんより序列が上ときたぁぁ!!!」

 

 エクスは後ろからときどきチャイカが投げてくる瓦礫を避けながら走る。

 

 でもやっぱりまた行き止まり。

 

「ここどんだけ行き止まりがあるんだよ!? もう今度こそダメだろおお!!」

 

「くっ、くるなあああああ!!!!!」

 

 エクスが叫んだ瞬間、ゆがみん達がエクスに飛び込んだ。3回目の光景だ。

 

「大丈夫かエクス!!」

 

 誰かの声が聞こえた直後、ゆがみん達が爆炎に包まれた。

 

「やっと見つけたで! お前がいれば百人力や!」

 

「あなたは....。」

 

 そこに立っていたのはピンク髪の少女、右手にロケットランチャーを持っていて聞こえてくるのは生意気な関西弁。

 

「笹木さん!」

 

「えらいボロボロやなぁエクス。お前ほんまにコスプレイヤーなんやないか?」

 

「英雄ですよ! 本物の! コスプレイヤーじゃないです!」

 

 こんな状況でも軽口をたたき合う二人。そして背中を向けエクスに命令する。

 

「よしエクス、まずはこいつらをどうにかするで!」

 

 .......。

 

「エクス?」

 

 .......。

 

 返事が返ってこない。

 

「エクス??」

 

 .......。

 

 返事が返ってこない。おかしいと思った笹木は再びエクスの方を見る。

 

 誰もいなかった。

 

「.......覚えてろやエクスゥゥゥゥゥゥ!!!!!」

 

『ユガァァァァァァァァァ!!!!!!』

 

 一瞬で笹木はゆがみんの波の中へ。

 

 

 

 

 




第十話でした。本当は二話分で済ませようとしましたけど無理でしたのでまた次回。


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11. 見捨てろ、疑え、怒れ。

第十一話です。話数が2桁になったせいで目次の並びがなんか気持ち悪いなって感じてます。『1.』から『01.』みたいにするか検討中です。


「クソッ、もう囮になるものがない!」

 

 エクスはどういうわけかまだゆがみんの群れ+αに追われている。

 

「どうすればいいんだよ!? どこまでも追いかけてくるじゃねえか!! ふざけんじゃ______」

 

 エクスの横を何かが通り、先の方で爆発が起きた。

 

 後ろを振り向くエクス。後ろに見えたのは大量のゆがみんの中に混じる____

 

 ロケラン二丁持ちのパンダ柄のゆがみんが一体だけいた。

 

「......。」

 

 そしてパンダ柄ゆがみんが発砲してきた。

 

「いやあああああ!!!!」

 

「なんだあのロケラン馬鹿は!? あれ絶対笹木さんでしょ! だってさっきロケラン持ってたもん!! だってパンダ柄なんだもん!! ていうかなんでロケランあるんだよ!!? 普通に考えておかしいだろ!!!」

 

 建物がそのパンダ柄のゆがみんによって破壊されていく。だがエクスはその爆煙を利用して右に曲がるときに左の方に物を投げてゆがみんの群れを誘導できた。

 

「はぁ.....はぁ........」

 

「撒けた....のか?」

 

 ほっと一息。だがそれは許されなかった。

 

 天井が崩れ巨体がエクスの前に現れた。

 

「なんだよこいつ....。こいつもゆがみんなのか?」

 

 崩れた瓦礫から出る埃の中にゆがみんの顔が見えた。だがその瞬間、エクスは右に向かっていくつもある壁を砕きながら吹き飛んだ。

 

 額から血が大量に流れるもなんとか立ち上がる。

 

「やっべぇええええ! なんだ今の!? なんか化け物がいたぞ!? どういうことだよ!?」

 

 そしてエクスの目の前にそのゆがみんが出てきた。かなり筋骨隆々で歩くたびに床にヒビが入り凹む。

 

「もしかして.....こいつ_______うがぁっ!」

 

 激しい光がエクスの目を襲う。これがきっかけで確信に変わる。

 

「こいつ絶対チャイカさんだろおお!!! だってめちゃくちゃムキムキだもん! 全身ゆがみんになってるけど実質変化ねえじゃねえか!! ていうかなんで乳首光ってんだよ!! 眩しすぎんだろうがああ!!!」

 

『ユ゛カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛』

 

 筋肉ゆがみんが吠える。その声はいままでのゆがみん達とは違う、まさに魔王。そして拳をエクスに向かって振り下ろす。

 

 エクスは間一髪避けるが今の一撃で周囲のガラスはすべて割れ、衝撃波でエクスは上の階へ音速を超えるスピードで吹き飛ばされた。

 

「えぇ......」

 

 エクスは困惑しながら重くなった身体を持ち上げる。そして目の前に移ったのは、

 

 褐色肌で耳のような部分が真っ白なゆがみんだった。このゆがみんに近い見た目を持つ人物が一人。

 

「轟さん....?」

 

『ュゥ.....』

 

 褐色ゆがみんが溜めるかのように声を出した。

 

「.....!?」

 

 危険を察知した。ここで寝ていてはいけないと。

 

『ガ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ! ! ! !』

 

 解き放つ様に吠えた瞬間、エクスがいた場所は光に包まれ、そこはごっそり消えて無くなっている。彼に関しては身体を横にずらしたことでなんとか生き延びている。

 

「..............なんか出たああああああ!!!!!!!?」

 

「なんでだよ!? なにをしたらこんな化け物みたいなゆがみんが誕生するんだよ! 世界なんて一瞬で滅ぶわこんなの!!!」

 

 エクスは恐怖する。ありえない現実に、悍ましい理不尽に。

 

 そんなことをしていると爆煙がエクスとゆがみん達を包んだ。そこにエクスの姿はなかった。

 

『ユガッ』

 

 生意気そうな声で鳴いたパンダ柄のゆがみん。

 

 

 

 

 

 

 より安全な場所へ移動しようとしたアルスと三枝とイブラヒム。ゆがみんに気づかれないように腰を低くして歩く。

 

「大丈夫かなぁ。ボクたち気づかれてないよね?」

 

「多分大丈夫でしょ、気づかれてない気づかれてない。」

 

「よっしゃ、もうすぐだぞ。」

 

 小声で会話する三人。目的地に到着して倉庫の扉を開ける。だが、そこには先着がいた。

 

「夢追さん!」

 

「君たち無事だったのか!? 他のみんなは!?」

 

「いや見つかってないですね。」

 

「もうまともに動けるのはボク達だけだと思った方がいいかと。」

 

「そっ、そうか......」

 

 夢追には迷いがあった。黛から聞いたあの言葉。彼らをここに入れてもいいのか。ひょっとしたら彼らはすでに彼らとは言えない存在ではないんじゃないか。だが、

 

「とりあえずみんな入って。ここは多分安全だから。」

 

「そうですね。」

 

 三人共中に入って一番後ろにいたイブラヒムが扉を閉めようとした。しかしなにかが邪魔をして閉まらない。

 

「なんだこのドアっ、閉まらねえぇ!」

 

 精一杯力を込めて閉めようとする。それでもなかなか閉まらないため他の三人も手伝うが閉まらない。四人ともバテているとその原因が顔を見せた。

 

「すみません......僕も入っていいですか?」

 

 血だらけの顔で。

 

「「「「ぎゃああああああ!!?」」」」

 

「せんぱい!? 無事だったの!?」

 

「ギ....リ....ギリ.......。」

 

「うわあ血だらけじゃねえか!! エクス! なにが起きたんだ!?」

 

 額は割れ、腹には瓦礫が刺さっていた。とても痛々しい。

 

「とりあえずエビさん死にかけだから! 応急処置しないと!」

 

「エクス.....お前もしかしてずっと.........。」

 

 こくりと頷くエクス。それに夢追は災難だったなと一言。

 

 

 

 

 

 集まった五人は目的の5階にある宝石店に向かうことにした。傷だらけで腹にアルスのフードを包帯代わりに巻いてるとは言え、戦えるであろうエクスと合流できたから決行に移った。

 

「なんかゾンビ物みたいじゃない?」

 

「確かにそうっすね。映画だとたとえばここら辺で大量のゾンビが来たりするんですかね。」

 

「ちょっとせんぱい怖いこと言わないでよぉ。」

 

「あれアルスさんビビってるんですか? 顔でかいのに?」

 

「顔のでかさは関係ねえだろ! てかでかくねえよ! あとビビってないし_______」

 

「ばぁ!」

 

「きゃああああああ!!!!!」

「うわああああああ!!!!!」

 

「........イブ?」

 

「エクス。イブくん白目むいて失神してる。」

 

「えええええ!? さすがに弱くね!? さすがのアルスさんもそこまではいってないの______」

 

「アルスさんはそこでうずくまってるよ。」

 

「効きすぎだろ!! あんたらどんだけ豆腐メンタルなの!!?」

 

「エクス! やべえよここで一気に二人も背負うことになっちまったよ! どうすんのこれぇ!!」

 

「まぁまぁ二人とも落ち着きなって。こういう時はさ、」

 

「置いてけばいいんだよ。」

 

「いや....無理です。」

 

「罪悪感に押しつぶされそうになるので嫌です。」

 

「なんで?」

 

「いやなんでって....。かわいそうじゃ_____」

 

「どこが?」

 

「どこがってあんたどんだけ置いていきたいんだよ!! 逆になんで置いていこうとするんですか!」

 

「いやだってさ。そっちの方が、」

 

「面白そうじゃない?」

 

「いやここでサイコパス発揮してる場合じゃないでしょ!? 連れて行きますよ絶対!」

 

「ええ.......仕方ないなぁ」

 

「仕方ないってどういうことだよ!?」

 

「じゃあ紐ある?紐。引きずっていこう。」

 

「なんでそんな人の扱いが雑なんですか!? もうちょっとなんかないんですか!!」

 

「ええでもこれならもしもの時囮にできるじゃん。その方がいいだろ?」

 

「結局何も変わってねえよ! 罪悪感の暴力だよ!! エクス、お前からもなんか言ってやれ!!」

 

「名案っすね夢追さん! じゃあ僕はヒムの方を持つのでそっちはアルスさんを.....」

 

「お前もかいいいいい!! サイコパスコンビ揃ったよ! 人間のクズどもがてめえらが囮になれ!!」

 

「アッキーナ、エクス、後ろ見て後ろ。」

 

 二人は黙って後ろを見る。そこにあったのはこちらに気づいて向かってくる、

 

 ゆがみんの群れだ。

 

『ユガアアアアアアアアア!!!!』

 

「うわあ気づかれたあ!!」

 

 エクスと三枝はお互いにイブラヒムとアルスを抱えながら先に逃げた夢追を追いかけて走り出す。

 

「おいゆめおぉ!! 先には行かせねえぞ!」

 

「そうですよ! あなただけ先に行かせるわけにはいかねえ!!」

 

「うるせえ! 付いて来んじゃねえよ!」

 

「「うおおおおおおお!!!!!」」

 

 エクスと三枝のスピードが増す。絶対に死んでたまるか。

 

 そして三人の先にエレベーターが見えた。先に夢追が着き、入る。後続の二人も入ろうとするが、

 

「おい待て! 俺たちも乗せろよ!」

 

 それは虚しく、エレベーターの扉は閉じられてしまった。

 

「クソがああああああああああ!!!!!」

 

 叫ぶエクス。ただし現実は変わらない。

 

 目の前に迫る、破滅の波は消えない。

 

「エクス、最後に言いたいことがある。」

 

「遺言ですか?聞きますよ。」

 

「ありがとう、実はさ......」

 

「ゆがみんがここで追ってきた原因って多分俺なんだよね。」

 

「は?」

 

「ゆめおが馬鹿なこと言ってる時さ腹が立ってそこらへんを落ちてた瓦礫投げたんだよ。」

 

「......。」

 

「そのときさ、その瓦礫はさ、」

 

「ゆがみんの群れに飛んで行ったんだよね。」

 

「......。」

 

「......。」

 

「おいクソ唐辛子。」

 

「........はい。」

 

「今からてめえは、10分間人間バットだ。」

 

 

 __________ゆがみん達が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

「はぁ....はぁ.......」

 

 無事エレベーターに乗り込めた夢追。罪悪感などない。むしろあるのは感謝だけだ。

 

「ありがとよ....。てめえらの犠牲無駄にはしねえからよ。」

 

 いよいよ5階、扉が開かれた。しかし、

 

「あっ........」

 

 大量のゆがみんのお出迎え付きでだ。

 

『ユガアアアアアアア!!!!』

 

「うっ、嘘だぁああ! ああっ! ああっ!!」

 

「嘘だあああああああああ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず二人は目を覚ましたものの、さっき聞こえたクサレサイコパスの悲鳴を聞くに、5階はまずそうなんですよ。」

 

「そうだねエクス。他の場所を探して凌いでいこう。」

 

「すまん、俺さっきの記憶がないんだけど。」

 

「実はボクも。あとゆめおさんは?」

 

「別に何も起きてないですよ? 夢追さんは別行動です。」

 

「でもアッキーナぼこぼこだよ? なにかあったんじゃないの?」

 

「いやこれ転んだだけだから! 別に何かあったわけじゃないから!」

 

 なぜか本当のことを言いたくなかった。

 

「本当? でも赤メッシュなくなってるよ?」

 

「え!? 嘘だろ!? ああまじかよおいエクスてめえメッシュを持つから!!」

 

「いややっぱなにか起きてるじゃん。エビさん説明してよ。」

 

「うるせえなぐちぐちと。次また同じこと聞いたら首飛ばすぞ。」

 

「なんで俺脅されたの!? 理不尽すぎない!?」

 

「とりあえずあっちのスタッフルームに行こう。あっちはなんだかゆがみんはいなさそうだし。」

 

 四人はとりあえずの目的地へ向かい、中に入った。

 

 そして四人は向かい合って座り、真ん中に途中で拾ったランプをつけた。

 

 誰も喋らない。苦しいほどの静寂が流れる。しばらくするとランプが点滅し始め、最終的に明かりが消えた。

 

 ある程度暗いところでも少しは見えるエクスが再点灯した。

 

 明かりをつけたら、イブラヒムが白目むいて倒れていた。三人はまたかともう慣れていた。

 

 そしてまたしばらく変わらない光景が続く。だが、それも終わりを告げる。

 

「すみません。」

 

 エクスが喋った。

 

「今気付いたんですけどイブラヒムの首元見てみてください。」

 

 三枝とアルスは言われた通りイブラヒムの首元を見る。

 

「妙な噛み跡がありませんか?」

 

 イブラヒムの首元には人の噛み跡があった。傷ができるほどの。

 

「つまりこいつコイツは暗闇でショックで失神したんじゃなくて、誰かに襲われたことになると思うんですよね。」

 

「「!?」」

 

「でっ、でも考えてよせんぱい! ここにいるのはボク達だけだよ! しかも入り口は一つだけだから侵入することなんて.....」

 

「まさかこの中にゆがみん側の奴がいるってことかよ....。」

 

「そういうことです。」

 

 二人はゾッとした。エクスの衝撃的な推理に。そしてそれを否定することができないことに。

 

「ボクはさ、せんぱいが怪しいと思うんだよ。さっき何が起きた時なにも教えてくれなかったじゃん。そして今のことに最初に気づいたのは先輩でしょ? そうやって信頼されようって考えてるんじゃないの?」

 

「まさか、そんなわけないでしょ! それを言うなら三枝先輩も怪しいだろ! 俺と同じでなにも教えなかったし、しかもこいつ妙に今日頑丈でしたよ! さっきのでくたばるかと思いましたよ!」

 

「頑丈? くたばる? どういうこと?」

 

「いや待てよ! そういうアルスも怪しいだろ! 一番最初に人を疑ったし、魔法でランプ消すことだってできるだろ!! それにイブラヒムの噛み跡の向きからして、アルスっぽいじゃん!」

 

 確かにイブラヒムの噛み跡はアルス側から噛み付いた時の向きだ。

 

「ボクじゃねえよ! そもそもボク女の子だよ!? 男の人、しかも首元に噛み付くなんて恥ずかしくてできるわけないじゃん!?」

 

 三人は疑心暗鬼となった。お互いに疑い合い、罵り合う。そんなことを続けてるとまたランプの明かりが消えた。

 

 エクスだけが二人から距離を取った。英雄としてこういう時どうすればいいか覚えていたからだ。

 

 そして再び明かりがついた。そこに倒れていたのは_______

 

 

 三枝明那だ。

 

 

「師匠でしたか。」

 

『ユガアアアアア!!!』

 

 眼の模様だけがゆがみんになっているアルスはエクスに飛びかかった。

 

「クソッタレ! どけ!」

 

 エクスは噛みつかれる前にアルスを蹴り飛ばし、そこに倒れているイブラヒムと三枝を叩きつけ、即部屋から脱出した。

 

「最悪だ! いよいよ俺一人じゃねえか!? 結局振り出しに戻ったみてえなもんだろ!」

 

 エクスは再びゆがみんの群れに追われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上。ただ一人の男が街の景色を見つめる。そこにエクスが来た。

 

「あなたが黒幕ですか。」

 

 男はエクスに背中を向けている。

 

「違うと言ったら逃してくれるか?」

 

「社さん。」

 

「........。」

 

「教えてください。なぜこんなことをしたんですか。」

 

「.........怒りに狂っていたのさ。彼ら(ゆがみん)は。俺たちにじさんじ配信者(ライバー)に雑に扱われる日々。俺はその代弁者になりたかったのさ。」

 

「......やっぱり優しい人ですね。あなたは。」

 

「でもこれはおかしいと思い始めたんだ。俺の周りにはお前みたいに、俺を慕ってくれたり、お前みたいに優しい奴がたくさんいるのにさ。もうやめだ、こんな馬鹿げた『教育』は。」

 

「これに火をつけろ。」

 

 そう言った社はエクスに薬品とライターを投げ渡した。

 

「Anti-YGMN0203。それに火をつけると爆発を起こし、この街全体が光に包まれる。その光はゆがみんウィルスを破壊して感染者を元通りにする。幸い街には被害が全くないためちょっとの混乱で済むだろう。」

 

「ゆがみんウィルス? あの雨と関係が?」

 

「そうだな。正解だ。」

 

「あなたはどうするんですか?」

 

「出るところは出て、罪を償った方がいいか?」

 

「いいえ。みんな許してくれますよ。」

 

「だって社さん、いい人ですから。」

 

「.....ッ! エクス! ありがとうっ.....ありがとう!」

 

 社が涙を浮かべ、感謝の言葉を述べながらエクスに振り向く。

 

 

 

 

 瞬間、エクスのドロップキックが社に炸裂した。

 

 

 

 

「俺は許しませんよ。」

 

 

 

 

「.......そうか...そういうことだな。」

 

 間を一つ置いて、

 

「エクスゥッ! 貴様ァァァァァ!!!」

 

「フン」

 

 下に落下した社。

 

 それを鼻で笑いがら見届けたエクスはそのままライターで薬品に火をつけた。すると、光が街を包んだ。

 

 光が消えた後、エクスは下を見る。大量の人がいた。すべて元どおり。

 

 エクスはそのまま帰ろうとする。が、さっきの雨で出来た下の水たまりを見た。

 

 

 その姿はゆがみんそのものであった。

 

 

「ぎゃああああああああ!!!!」

 

 ベッドから飛び起きた。いつの間にか自分は家の中、ベッドの上に座り込んでいる。

 

 頭の中が混乱するも、時間をかけて整理した。あれは夢だったと。自分が見ていた幻の世界だったと。

 

 なんともない日常がそこにある。寝ていたはずなのに力が抜けていないが。なのに身体は浮き上がるように軽い。

 

 はぁ、とため息をついたエクス。そしてつい独り言を呟いた。

 

 

ユガァ........(よかったぁ.....)。」

 

 

 

 

 

 ん?

 

 

 

 

 




第十一話でした。ゆがみん編(仮)はこれで終わりです。

今回だけアンケートの趣旨を変えてみたいと思います。皆さんは「第四の壁」破壊についてどう思っていますか?

参考にはしますがあくまで自分はどうだろうかという視点でお願いします。


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12. 30億

第十二話です。全く関係ないですけどyoutubeで配信されてる「ガンダムビルドダイバーズ Re:RISE」の新OPめっちゃ好きです。


 珍しく普通の服を着込んだエクスと彼の友人が横に一人。その手には小さい紙切れ。

 

「おいマジかよ.....ヒム、これ幻じゃないよな?」

 

「幻じゃないよ。現実。」

 

「現実.......」

 

 エクスと彼の友人であり同僚のイブラヒムは二人で遊んでいた。

 

 イブラヒムはエクスの後輩にじさんじ配信者(ライバー)で、元石油王現温泉経営者。エクスと相性が良いようでよく一緒に遊んでたりする。二人ともとある罪を犯したが故に、コンビ名は自戒の意をこめて「にじさんじゴーミーズ」となっている。

 

 帰り際に宝くじを一枚買った。二人ともあまり期待をせずに買ったもの。そして当選番号を確認した際、二人は絶句する。

 

「当たってる......。」

 

「当たったねぇ.....。」

 

 .......。

 

((30億、当たったぁぁぁぁぁ!!!!!))

 

 なんと一等の30億を引き当てた。エクスのくじを持つ手が震える。

 

「これマジで当たったんだよな!? あの30億当たったんだよな!?」

 

「そそそそうだよ、あの30億が当たったんだよ。え!? あの30億が当たったの!?」

 

「とっ、とりあえず換金しようぜ! 銀行だ銀行!」

 

「急ごうか! 他の人に見つかる前に! これは俺たちのものだ!」

 

 二人は真っ先に銀行へ向かった。道中二人は当たった金でなにをしたいかで盛り上がる。

 

「やっぱまずは旅行だろ! で、美味しいもん食ってハイスペックPC買っったりしてさ!」

 

「俺はでっかい家買って、あと温泉を強化して..... やばいわやりたいことが多すぎる!」

 

 二人は笑顔で銀行に向かう。夢を掴むために。

 

「よし、エビさん。ちゃんとくじ持ってるよね!」

 

「おう! ちゃんとこの手の中に....」

 

「手の中に.......」

 

「.......。」

 

「エビさん?」

 

「手の中にあったはずなんだけどな....。」

 

「なにやってんのエビさん!? まじでやばいよそれ!!」

 

「いや大丈夫!! 後ろ見てみ! 普通に落としただけだったよ!」

 

 宝くじは道端に落ちていた。

 

「もうびっくりさせんなよぉ。しっかりしてくれエビさん。」

 

「わりいわりい。」

 

 エクスが後ろに戻って取りに行こうとした瞬間、風が吹いた。

 

 そのせいで宝くじがエクス達から飛んで行った。

 

「やばいやばい! 行くぞヒム!」

 

「絶対取り戻さなきゃ! 俺たちの夢を!」

 

 エクスとイブラヒムは飛び続ける宝くじを追いかけるが、いつになっても手は届かない。

 

「クソ! このままじゃ夢が消えちまう!」

 

「そうだ! エビさん! 俺をぶん投げてくれ!」

 

「いや急に何言い出すの!? 正気かよ!?」

 

「正気じゃ夢は守れねえ! はやく!」

 

「後で文句言うなよ!」

 

 エクスはイブラヒムより先に出て手を組む。そのままイブラヒムはエクスの手に飛び乗る。そしてすぐにエクスが腕を上げ、イブラヒムを投げ飛ばす。

 

 イブラヒムは宝くじに近づき、その手でしっかりと掴み取った。

 

「エビさんとったとった!」

 

「ナイスヒムゥ!」

 

 空中でサムズアップするイブラヒム。それにエクスもサムズアップをし返す。

 

「でもエビさん助けてくれぇ! ゲットした後のこと考えてなかったんだけどぉ!」

 

「あっやっべ! って前見ろヒム! 受身をとれぇ!」

 

「え? ちょっと待っ.....うわあああああ!!!!!」

 

 頭から電柱に激突した。

 

「ヒムゥゥゥ!!! ああ! なんで! なんでなんだっ! 俺だけを置いていくなんて! ........大丈夫だ。お前の分まで使ってやるからさ。」

 

「いや死んでないんだよね。勝手に殺すな。でも、この手の中に宝くじが......」

 

「あれ?」

 

 二人とも上を見た。宝くじがひらひらと舞っている。そのまま風に流され近くの軽トラの荷台に載った。

 

 そしてそのまま軽トラはどこかへ走り出した。

 

「.....。」

 

「.....。」

 

 気がついたら軽トラを追いかけていた。

 

「待てええええええええええ!!!!!」

 

「うおおおおおお!!!!」

 

 本来なら人は追いつけないはずの速度だが、欲望に支配された二人は追いつけそうな勢いである。

 

 だが、軽トラが目的地に着いてしまった。軽トラは大きな倉庫の中に入っていった。

 

「まじかよ中に入っちまったよ。諦めようよエビさん。」

 

「.......。」

 

「エビさん?」

 

「ヒム、簡単に夢を諦めてもいいのか?」

 

「俺たちは夢を叶えるためにここまで来たんだろう?」

 

「いこうよ。」

 

「.........わかった。」

 

 二人は倉庫の中に侵入した。倉庫の中には人が多く、雰囲気がかなり険しい。

 

「さっさと手に入れてこんなところからズラかろう。」

 

「そうだね。」

 

 二人は物陰に隠れながら例の軽トラに近づく。そこで中にいる男二人の会話が聞こえてきた。

 

『例のブツ、ちゃんと来るんだろうな。』

 

『来るさ。向こうの取引先ともwin-winだからさ。』

 

『あれさえあれば俺たちの目的が達成できるわけだ。』

 

『ああ。もともとここは俺たちの世界だ。異世界人だがなんだか知らないが、あいつらがいるのはいけ好かないな。』

 

 二人は理解した。ここは思ったより危ない場所だったと。

 

 この世界は様々な異世界と繋がりやすい性質を持つ。故に異世界人の割合が多め。それに対して排他的な思想を持つ団体がいくつか存在する。そしてここがその現場だった。

 

「ねえやばくね? マジで俺らおっかないところに来たみたいだよ。」

 

「とりあえずもうちょっと盗み聞きしようぜ。」

 

 物陰に隠れたままの二人。それに気づかず男二人は会話を続ける。

 

『そういえばどういうブツか聞いてないんだがお前は知ってるか?』

 

『噂によれば異世界人にのみ影響が出るビーム兵器らしいぞ。』

 

「ヒム、ビーム兵器ってやっぱやばいのかな。」

 

「わかんない。でも科学の結晶みたいなところあるからねビームってのは。」

 

『ビーム兵器だからなんでも破壊できるみたいだぜ。』

 

『ほう。それは楽しみだな。』

 

『ああ、これさえあれば異世界人どもにギャフンと言わせられるぜ!』

 

『ああ! これでこの世界は正しい姿に戻る!!』

 

「なんかすごそうだなぁ。」

 

 小声で呟いた瞬間、足元に落ちてたゴミを踏んでしまった。

 

 甲高い潰れる音が倉庫に響いた。

 

『誰だ!』

 

 一瞬で二人がいることが感づかれてしまった。

 

「しまった! 一旦宝くじ諦めるぞ!」

 

「さっさと逃げよう逃げよう!」

 

『いたぞ! あいつらを捕らえろ! あの感じ異世界人だぞ!』

 

 エクスとイブラヒムは倉庫の外に逃げた。追手は来ているが建物の陰に隠れてやり過ごすことができた。

 

「さて、ヒム。どうやって宝くじを取り戻す?」

 

「その前にもっとヤバいこと起きてるけど。宝くじどころじゃないでしょ。」

 

「30億」

 

「とりあえず奴らと交渉して隙を見て取り戻してトンズラする?」

 

 30億のことを言ったらあっさり軌道修正できた。ちょろい。

 

「覚悟はできてるよ。」

 

「よし。」

 

 

 

 

 

 結果うまくいった。追手のおまけつきだが。

 

 今エクスのポケットの中に宝くじがある。

 

「このまま銀行行くぞヒム!」

 

「おうよ!」

 

 走る二人。途中でエクスが対向から走ってきた人にぶつかったりしたが、なんとか銀行についた。

 

「よっしゃあ! これで30億が!」

 

「俺たちの!」

 

「「物だああ!!!」」

 

「いいや、」

 

 すると後ろから声がした。知っている声だ。二人はすぐに後ろを振り向く。

 

「俺たちのものっす!」

 

「悪いね二人とも。これは僕たちが有効に使うからさ。」

 

 そこに立っていたのはコンビ名、クロノワールの二人の葛葉(くずは)(かなえ)だ。そして葛葉の手には宝くじが握られている。

 

 エクスはすぐ腰ポーチの中を見るが宝くじがなくなっている。

 

「さっきぶつかったのはあなた達でしたか。」

 

 葛葉は二人の先輩にじさんじ配信者(ライバー)で吸血鬼だがどうやら日の下に出れるらしい。銀髪で赤眼、ジャージを着た現金な性格のニートゲーマー。対する叶はおなじく二人の先輩にじさんじ配信者(ライバー)で記憶喪失らしいがそこは怪しい。一見ふわっとした性格で茶髪に今日は水色の上着を着た青年。そして今日はぬいぐるみを抱きかかえている。

 

「お前たちが宝くじを当てた瞬間を俺は見たんだ。だから、叶に協力してらって隙をずっと伺ってた。こんな簡単なことで30億も手に入るなんて人生勝ち組だぜぇ!」

 

「ちょっとそりゃないでしょ! 今すぐ返してくださいよ!」

 

「大丈夫。ちゃんと二人には1000円くらい恵んであげるからさ。」

 

「いや少なっ! さすがの先輩相手でもこれはちょっと容赦しないよ。ねぇエビさん。」

 

「いいぜヒム。ボコボコにしてやろうぜ!」

 

「かかってきな!....って言いたいけど場所変えようぜ。ここはちっとやりづれぇ。」

 

「そうですね。そうしましょうか。」

 

「じゃああそこの倉庫地帯にしようか。」

 

「オッケーです。」

 

 場所移動した四人。そして約束の地にたどり着いたゴーミーズとクロノワール。

 

「っしゃああ! かかってこおおい!!」

 

 葛葉が戦いの狼煙を上げたと同時に葛葉の横を暴風が吹き荒れた。

 

「なんだなんだ!?」

 

 暴風の軌道の先にいたのはエクス。その手には宝くじが握られていた。

 

「残念でした! これは俺のものです!」

 

「ナイスエビさん! どうだお二人さん!あの30億はあなた達のものなんかじゃないんですよ!」

 

「くっ、待てえええええ!!!!」

 

「よしヒム! あとは任せた! この30億は大事に使うぜ!」

 

「よし先に逃げな! ここは俺がなんとか.......ん!?」

 

 エクスの言葉に反応したイブラヒム。

 

「イブラヒムゥ、いつ俺たちがさ、」

 

 

「仲 間 だ と 言 っ た ?」

 

 イブラヒムは今理解した。自分は今切り捨てられたということに。

 

「........ふざけんなよ。それは......その30億は.....ッ!」

 

「エビさんの物じゃねえええええ!!!!!」

 

 駆け出すイブラヒム。

 

「いやおめえのものでもねえよ!!! これは俺のものだ!」

 

 葛葉が反論した。これは自分のもだと威嚇する。

 

「ありがとう葛葉。良い口実ができたよ。」

 

 叶が穏やかな声で喋った。それと同時に三人の元で爆発が起きた。

 

「これで僕にも30億を独り占めする権利ができたわけだね。」

 

 叶はロケットランチャーを構えていた。さっきまで抱えていたぬいぐるみ『ロト』が変化したものだ。『ロト』はどういう仕組みかはわからないが、銃器に変化させることができる。弾数は叶のスタミナが尽きない限り無限。

 

「........叶?」

 

「葛葉言ったでしょ。それは俺のだって。」

 

「.......なんでもお見通しってわけかよ。」

 

「自分でボロ出しただけでしょ。」

 

「って宝くじ宝くじ!どこいったんだABO(エービーオー)!」

 

「くっそぉ......」

 

「あ! 捕まえたぜ英雄さんよぉ! さぁ返してもらうぜ!」

 

「返すってもともと俺のものですよ! そして今持ってないですし!」

 

「は?」

 

 確かにエクスは宝くじをすでに持っていなかった。

 

「これは俺のものだ! あんたらには渡さねえ!」

 

 すでにイブラヒムが宝くじを爆煙に紛れて手にして逃げていたのだ。

 

「しまった! ヒムの野郎!!」

 

「絶対に逃さねええ!!!」

 

 エクスと葛葉もイブラヒムを追いかける。叶に関してはすでにその場にいなかった。

 

 

 

「はぁ.....はぁ............」

 

 息を切らしながら走るイブラヒム。

 

「これでだいぶ撒けたでしょ。一回休まないと......」

 

「てかなんか見覚えがあるなここ。」

 

 イブラヒムは建物の陰にへたりこんだ。すると、イブラヒムの顔の横を何かが通った。

 

「なんだ!?」

 

 すぐ後ろの建物の壁を見ると、そこには弾痕らしき傷ができていた。

 

「まさか......!」

 

 イブラヒムは再びすぐに走り出した。そして彼を襲いかかる鉄の雨。

 

「どこにいるんだ!? 叶さんは!!」

 

 叶が銃でこちらを狙ってきていると考えたイブラヒム。

 

「ここだよ。」

 

 前を見るとそこには拳銃の銃口をこちらに向けた叶がいる。

 

「それはここに置いていきな。一応脅しのつもりだからね。」

 

「いや絶対渡せないです。この30億は誰のものでもない、俺のものです!」

 

 イブラヒムが後退りすると叶の拳銃が火を吹いた。

 

「あっぶね!」

 

 間一髪で避けたイブラヒムはすぐに後ろへ走り出した。叶の追撃を避けながら。

 

「待ちなよイブくん!」

 

 叶の拳銃はいつのまにかアサルトライフルに変化していて、それが放つ鉄の雨がイブラヒムを襲う。

 

「うわあああああ!!!!」

 

 イブラヒムは悲鳴をあげながら走る。そして今度こそうまく撒けた。

 

「くそっ! イブくんの野郎どこ行きやがった!」

 

 物陰に隠れたイブの目に叶が写った。

 

 

 

 

 一方その頃、エクスと葛葉の間では風も寄せ付けない格闘戦に発展していた。

 

「あの30億は俺のものだ! おとなしく譲りやがれッ!!」

 

「絶対譲りません!! あの30億は俺を選んだんだ!」

 

 場所は倉庫内、屋内戦となっている。葛葉は倉庫内の壁を忍者のように駆け回り、隙を見てエクスに飛びかかる。対してエクスは葛葉が飛びかかってきた瞬間に体を反らして往なす。

 

「しぶとい野郎だ! ちょいと趣向を変えるか!」

 

 再びエクスに飛びかかる葛葉。だが攻撃はせずにそのままエクスの懐に入る。

 

「くっ...!」

 

 危険を感じたエクス。すぐに胴体の前に腕を持ってきて防御体勢に入る。

 

「喰らえッ!!」

 

 葛葉はエクスの腕を左足で蹴り上げエクスの胴はガラ空きに。そのまま左足で回し蹴り。エクスは間一髪で腕を戻して防御できた。だが葛葉の攻めは一撃では終わらず勢いをそのままに右足で蹴りつけ、その次は再び左足でと連打をし続ける。

 

 防御を崩したら一気にやられる状況。英雄とはいえ昔に比べ力は劣っている。彼の顔に汗が浮かんだ。

 

 でも腐ってもやはり英雄だった。

 

「うおらあああ!!」

 

 エクスは襲いかかる葛葉の足に左フックを当てた。葛葉のバランスは崩れてしまった。

 

「やべっ!」

 

 今度は葛葉が防御体勢に。彼の前には拳を叩き込もうとするエクスの姿。

 

「どりゃああ!!!」

 

 エクスの拳が飛んでくる。葛葉は防御をやめ、回避した。

 

「......あぶねえなおめえよぉ! 手加減くらいしろやぁ!」

 

 避けた葛葉の後ろの壁には大穴が開いていた。しかもその穴はさらに後ろにある倉庫の壁にも開いていた。

 

「30億を前にして手加減する方がおかしくないですか? 葛葉さんは30億を手に入れようとしてるのに本気出さないんですか? さっきまで本気のようでしたけど。」

 

「それもそうか!」

 

 二人に汚い大人が本気を出して、しかも同僚を仕留めてまで大金を手に入れようとする。

 

「そういえば葛葉さん。」

 

「なんだよ。」

 

「30億を何に使うつもりなんですか?」

 

 素朴な疑問。他意は一切なく本当に気になって聞いただけ。

 

「何に使うって....そりゃ豪邸とか...食べ物とか.....じゃな....いですかね。」

 

 なぜか言い淀む葛葉。エクスは何も考えずに葛葉が大金を手に入れようとしているわけではないと見抜いていた。

 

「本当はどうなんですか。」

 

「本当は.....」

 

 

「お金があれば友達を増やすきっかけになると思って....ですね......はい。」

 

 

 先ほどまでの威勢は完全に消えてた。彼はだいぶ強がっているが、根は人見知りだった。

 

「葛葉さん....。」

 

 エクスは共感した。いまは若干克服できたものの、彼も人見知りだ。

 

「手を組みましょう。」

 

 葛葉がバッとこっちを見た。

 

ABO(エービーオー)...!」

 

「一緒に30億を手に入れて....」

 

「陽キャになりましょう!!」

 

「おう!!」

 

 二人の汚くてちょっぴり切なくて情けない大人が手を組んだ。

 

 

 

 イブラヒムは他の三人に隠れながらここから逃げ出そうとしていた。あと一歩で逃げ切れるその瞬間、

 

「見つけたよイブくん!」

 

 叶に見つかった。周りには遮蔽物が一切なく、動けない。

 

「クソッ! 一か八かだッ!」

 

 だがイブラヒムは覚悟を決めて走り出した。

 

「逃がさないよ!」

 

 叶も拳銃を二丁持ちにして追いかける。

 

「よっしゃあ! もう少しだ!」

 

 もうすぐで出口となる。外に出ればさすがの叶でも発砲はできないだろう。イブラヒムは勝利を確信した。

 

 しかしそれは許されなかった。

 

「見つけたぞヒムゥ!!」

 

「お前は俺たちの夢の!!」

 

「「礎になれえええええ!!!!!!」」

 

 手を組んだエクスと葛葉が出口方面から襲いかかってきた。

 

「しまったああああ!! 二人のこと忘れてた!」

 

 足が止まるイブラヒム。そのせいで叶との距離も縮まっていく。

 

「「「うおおおおおおおお!!!!!」」」

 

 そしてイブラヒムに三人が飛びかかった。

 

「うわああああああ!!!!!」

 

 イブラヒムは絶望した。自分の手の中にある30億を失う事になるからだ。

 

『いたぞおおおお!!!!』

 

 だが、男の怒声が聞こえた。

 

『異世界人どもを全員吹き飛ばせええええ!!!!』

 

 イブラヒムはようやく思い出した。この倉庫地帯の正体を。ここはさっきの異世界人を嫌っている団体のアジトだった。

 

 だが時はもすでに遅し。男たちの手に握られている銃のようなものから光が放たれた。

 

「「「「えっ?」」」」

 

 四人は爆炎に包まれた。ついでに過剰火力で倉庫地帯全体も爆炎に包まれた。

 

 

 

 

 黒こげになった瓦礫の上に黒こげになった四人が倒れていた。その四人のそれぞれの手には一つの宝くじが掴まれてた。四人は意識を取り戻し宝くじを引っ張り合う。

 

 だが、

 

「ちょっと待ってください。これもしかして。」

 

 違和感を感じるエクス。すぐにスマホを取り出してなにかを確認する。

 

「これ一等の30億じゃないっすね。この宝くじよく見たら6等でした。」

 

「「「は?」」」

 

「マジで言ってるエビさん?」

 

 衝撃の事実、よくみたら番号は一等のものではなかった。

 

「じゃあいくらなんだよ。」

 

 葛葉が問う。

 

「1万5千。」

 

「「「........。」」」

 

 静寂が長い間流れる。それを叶が切り開いた。

 

「四人でその金で焼肉行こっか。」

 




第十二話でした。個人的には葛葉さんが素手で戦うとしたら蹴り技が多いイメージがあるんですよね。そして今回はボケもツッコミも少なくなってしまいました。

今回とは関係ないですが実は黛さんの頭の青いアレ、メッシュじゃなくてインナーカラーだったこと最近知りました。腹を切ります。


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13, 声

第十三話です。LvEx一周年めでたいや。


 今、エクスはとある収録スタジオにいる。そしてエクス以外のにじさんじ配信者(ライバー)もいる。

 

 ここはにじさんじ所属、緑仙(りゅうしぇん)の自宅。緑仙はエクスの先輩配信者(ライバー)。17歳の高校二年生の緑髪で中性的な人物。企画好きな人物で、その他に夢追翔、社築、花畑チャイカが集まっている。

 

 なんと地上波でとある夕方アニメのアフレコをすることになったのだ! とはいってもお遊びPVなので本編ではないし、本編ではちゃんとした声優が起用されるが。

 

「僕が指示とかするから4人は声を当ててって。」

 

 最近喉を傷めてしまった緑仙が裏方、残った4人が声をあてることになった。

 

「アニメの内容としては、勇者パーティが魔王と戦うって感じで、その前に会話を挟むといった感じだね。登場人物は勇者と戦士に魔法使い、敵サイドに魔王。全員性別は男だ。」

 

「じゃあ僕が勇者やります。」

 

「ならワタシが戦士ね。」

 

「僕は魔法使いやるよ。」

 

「俺が魔王か。」

 

 役はすぐ決まった。勇者役がエクス、戦士役は花畑で魔法使い役は夢追。そして社が魔王役。

 

「じゃあ収録するよー。」

 

「よーい、スタート!」

 

 

 

 魔王城に到達した勇者一行。そこで魔王が待ち受けていた。

 

『魔王!』

 

『フン、勇者様達の登場か。甘いな! その程度の力で我は倒せぬぞ!』

 

『倒せるさ。いいや、倒す! ここまでに倒れていった仲間たちのためにもなぁ!』

 

『魔力は十分貯めたさ。魔王、お前を倒すためだけにな。』

 

『クッ.....クハハハハハハ!!!! 面白い! 褒美だ、貴様たちの首を綺麗に保管してやろう!』

 

『覚悟しろ魔王! この命に代えてでも....ッ! 貴様を討つ!!!』

 

 

 

「はいカットォ!」

 

「なんか面白くないなぁ。」

 

 緑仙が呟いた。エクスと社が続く。

 

「じゃどうします?」

 

「アドリブとか入れてみるか?」

 

「じゃやってみよう! エクス! お前主役なんだから頑張れよ本当!」

 

「わ、わかりました!」

 

 

 

 魔王城に到達した勇者一行。そこで魔王が待ち受けていた。

 

『魔王! このアニメなんかつまらねえぞ!! なんで勇者なのに武器は棍棒なんだ! 普通剣だろ!!』

 

「ちょちょちょ待て待て待て待て!!! アドリブで批評すんじゃねえ!! しかも雑! 批評が雑!」

 

 緑仙は驚いたが進行は止まらない。

 

『フン、勇者様達の登場か。甘いな! その程度の力で我は倒せぬぞ! 伝説によると魔王は聖なる剣でないと討てないとういうが、なぜ棍棒なんだ! 設定に矛盾が生じているだろう!! あと原作での戦士と魔法使いの出番の少なさはなんだ! これ群像劇であろう!! ちなみに私は第十六章に出てくる新ヒロインが推しである!』

 

「だからって具体的に批評すんじゃねえよ!! ていうかどこまで読み進めてんだよ!!!」

 

『倒せるさ。いいや、倒す! ここまでに倒れていった仲間たちのためにもなぁ! 今日行った店の嬢はなかなか良かったし、料金も良心的でオススメだ!!』

 

「おめえはなんの批評してんだ!! もはやアニメ関係ねえよ!」

 

『魔力は十分貯めたさ。魔王、お前を倒すためだけにな。あと最近の緑仙の新衣装はなかなか良かった。魔王、この気持ちが分かるか。』

 

「おめえに至っては本人の前で言うかよ!! ていうか批評はアニメの批評しろよ! いやするな!」

 

『クッ.....クハハハハハハ!!!! 面白い! この漫画最高に面白いではないか!』

 

「批評もクソもねえよもう! もう別作品だろうが!!」

 

『覚悟しろ魔王! この命に代えてでも....ッ! その漫画を最後まで描き切ってみせる!!!』

 

「お前が書いてたのかよおお!!!! 勝手に勇者のキャラ改ざんすんじゃねえよ!」

 

「でもアドリブは大事ですよ。作品が豊かになりますからね。」

 

「でもアドリブで批評はいらねえんだよなぁ! 案件だぞこれ!? 始末書が豊かになるからな!!!?」

 

「仕方ないわね。批評は無しにするか。」

 

「オーケー。じゃあもう一回行こうか! 緑仙!!」

 

「まじで頼んだぞお前ら。最高のアドリブ期待してるからなぁ!!」

 

 

 

 魔王城に到達した勇者一行。そこで魔王が待ち受けていた。

 

『魔王! このアニメ最高だよな! 人生が360度変わったぜ!!』

 

「批評するなとは言ったけどサクラもすんじゃねえよ!! てか360度って元通りじゃねえか!!?」

 

『フン、勇者様達の登場か。甘いな! その程度の力で我は倒せぬぞ! 原作第十二章の終盤での戦闘は最高だったぞ! 特に勇者と魔王が力を合わせるシーンとか最高だった! どうだ貴様ら!』

 

「どうだ、じゃねえよ! だからサクラすんなつってんだろ例え具体的だとしても!! しかもガッツリネタバレしてんじゃねえか!」

 

『倒せるさ。いいや、倒す! ここまでに倒れていった作画班たちのためにもなぁ!』

 

「裏事情も話すんじゃねえよ!! たしかに苦労は聞いたけども!!」

 

『貯蓄は十分貯めたさ。緑仙、お前に貢ぐためにな。』

 

「おめえはまったくブレねえな!? 魔法使いキャラ変わりすぎだろもはやお前そのものだよ!!」

 

『クッ.....クハハハハハハ!!!! 面白い! このアニメは最高だぁ!』

 

『覚悟しろ魔王! この命に代えてでも....ッ! 円盤を買ってやる!!!』

 

 

 

「勇者と魔王は最後までサクラしかしてねえじゃねえか!! てめえらいい加減にしろよ!」

 

「でもサクラした方が客集まると思いますよ!」

 

「堂々とサクラする奴がどこにいるんだよ!! 逆に離れていくわ!」

 

「じゃあ客を釘付けにする会話にするか。」

 

「いいっすねチャイカさん。そうしましょうか!」

 

「本当に大丈夫なんだろうなぁ!!」

 

 四人は再び収録に取り掛かった。だが聞こえてきたのはけたたましい規制音が鳴り響いた。

 

 

 

 魔王城に到達した勇者一行。そこで魔王が待ち受けていた。

 

『○○○!』

 

『フン、○○○○○○!○○○○○○と○○○○○○○○は最高だぜ!』

 

『○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○!』

 

『○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○!』

 

『○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○!!』

 

『覚悟しろ魔王! この命に代えてでも....ッ! 貴様を○○○!!!』

 

 

 

「ピー音しか聞こえてこねえじゃねえか!? なにとんでもねえこと言ってんだ地上波だぞこれ! 夕方に放送できるもんじゃねえぞこれ!」

 

「言ったじゃん。この会話なら全国の男子は釘付けだよ。」

 

「ならねえよ!! だってピー音しか聞こえてこねえもん! だって放送できねえもん!!」

 

「そもそもストーリーが破綻してんだよこれ! アドリブいれるならそこらへん守れよぉ!」

 

「はいはい。この社築にお任せあれ。」

 

「はぁ......。」

 

 

 

  魔王城に到達した勇者一行。そこで魔王が待ち受けていた。

 

『魔王!』

 

『フン、勇者様達の登場か。甘いな! その程度の力で我は倒せぬぞ!』

 

『倒せるさ。いいや、倒す! ここまでに倒れていった仲間たちのためにもなぁ!』

 

『魔力は十分貯めたさ。魔王、お前を倒すためだけにな。』

 

『クッ.....クハハハハハハ!!!! 面白い! 褒美だ、貴様たちの首を綺麗に保管してやろう!』

 

『覚悟しろ魔王! この命に代えてでも....ッ! 貴様を討つ!!!』

 

『だがこれでいいのか?』

 

「えっ、ちょ待って」

 

 止めようとする緑仙だがとまらない。

 

『魔王、貴様を殺したところで平和は訪れるのか?』

 

『勇者の言う通りだな。ここで殺しあっても後に待ってるのは残された者の復讐の連鎖。』

 

『本末転倒だな。』

 

『.....貴様らは何を望む。』

 

『『『お前と.....魔族達と親友になりたい。』』』

 

 勇者一行は声を揃えて訴えた。

 

『そうか......なら、我らで___』

 

『そうだな魔王。』

 

 バンドを組もう。

 

『そして輝く ウルトラハート!!』

 

『『『HEY!』』』

 

 

 

「HEY!じゃねえよ! だからストーリー捻じ曲げんなつってんだろ!! なんで仲直りするんだよ! なんでバンドを組むんだよ! なんでP'zなんだよ!」

 

「P'zはみんな好きでしょ。でさやっぱ血生臭いのは売れないよ。今は学園バンドものが売れるんだよ。社畜の俺が言うんだから間違いないさ。」

 

「社畜関係ねえだろ! アニメそのものを捻じ曲げるなって何回も言ってるだろ! そのままだそのまま! なぁエビオォ!!」

 

「なんで俺に振るんですか!! まぁいいです。こんな感じですよね。」

 

 

 

 魔王城に到達した勇者一行。そこで魔王が待ち受けていた。

 

『魔王!』

 

『フン、勇者様達の登場か。甘いな! その程度の力で我は倒せぬぞ!』

 

『倒せるさ。いいや、倒す! ここまでに倒れていった仲間たちのためにもなぁ!』

 

『魔力は十分貯めたさ。魔王、お前を倒すためだけにな。』

 

『クッ.....クハハハハハハ!!!! 面白い! 褒美だ、貴様たちの首を綺麗に保管してやろう!』

 

『覚悟しろ魔王! この命に代えてでも....ッ! 貴様を討つ!!!』

 

『だが、その前にだ。行くぞみんな!!』

 

『『おう!』』

 

『そして輝く ウルトラハート!!』

 

『『『HEY!』』』

 

 

「いやそのままってそういう意味じゃねえから! なんでいきなりP'zをぶっこんでくるんだよ!」

 

「P'zダメですか?」

 

「ダメに決まってんだろ!」

 

「じゃあSWAPで。」

 

「SWAPもダメだ!! なんでいちいち芸能界から名前を引っ張ってくるんだよ!」

 

「考えてみてよ緑、こんなクソアニメ売れると思う?」

 

「そんなこというなよ!! 僕らで頑張るんだよ!」

 

「じゃあ僕に任せてよ緑仙。」

 

「ゆめお!? 本当に良いんだな!? 任せて良いんだな!?」

 

「おっ、おう......」

 

 

 

 魔王城に到達した勇者一行。そこで魔王が待ち受けていたはずだった。

 

「ちょっと待て! いきなりストーリー改ざんされてるけど!?」

 

『魔王の奴居ないなぁ。』

 

『とりあえずどうする勇者さんよ。』

 

『どうするもなにも....ねぇ?』

 

『あそこに兵士用の休憩部屋があるよ。休んで行こうよ。』

 

 勇者達は兵士用の休憩部屋の中に入って、ソファに腰掛けた。

 

「なんかえらく呑気だなぁ!? まず魔王探せよ! ここ魔王城だろ!!?」

 

『勇者様。ここにCDプレーヤーがありますよ。』

 

『え、マジで! どれどれ』

 

『おお、すっげえな!』

 

 戦士が感嘆する。

 

『P'zしかないぜ!!』

 

「ここでまたP'z!? どんだけ引っ張るんだよ!!」

 

『本当だ! 最高じゃん!! ラインナップほとんどあるんじゃね!! ウルトラハートあるかな!』

 

『.....ないですね。』

 

『ない....のか....。』

 

『気を落とすなよ勇者さんよぉ。ウルトラハート以外でも良い曲あるじゃねえか。』

 

『そうだけどウルトラハートは外せないっていうか.....はぁ........。』

 

「どんだけダメージ受けてんだよ!! ていうか世界観どうなってんだよ!? なんでその世界にもP'zが存在してんだよ!!?」

 

『もう魔王とかどうでも良いよ。ウルトラハート聞きてえなぁ.....』

 

『もういじけないでくださいよ勇者様! 我々は一応魔王倒しに来たわけなんですよ!』

 

『でもさぁ、魔法使いさんよぉ。ここ居心地よくねえか?』

 

『確かにそうですね。もういいや! あっ! みてくださいよこれ!!』

 

 魔法使いが部屋の机の上にあったメニューを他の二人に見せた。

 

『これこれ! 最近巷で流行りの呪術マッサージが無料でできるみたいですよ!! しかもここで!』

 

『まじですか!? やろうよみんな!!』

 

『そうだな! 疲れもたまっていたしな!』

 

「やべえよもう魔王そっちのけだよ! 展開が進まねえよ!!」

 

 早速勇者は書いてあった連絡先へ部屋の中にある黒電話で電話した。

 

『すぐ来てくれるみたいだ! 楽しみだな!!』

 

 勇者がそんなことを言った瞬間に部屋のドアがノックされた。

 

『マッサージサービスでーす。部屋に入ってもよろしいですか?』

 

『どうぞー。』

 

 ドアが開かれた。そこに立っていたのは黒い鎧をまとった一人の男と竜人二人だった。

 

『あ、もしかしてあなたは!』

 

『これはこれは勇者様達じゃないですか。名乗らせていただきます。獄闇四天王の一人、ヴァルヴァフです。』

 

「なんか大物来たあああ!!!!! 頼む! 戦闘してくれ!!」

 

『ではマッサージのサービスに移行しますね。台は用意したのでこの台の上で上半身裸でうつ伏せになってくださいね。』

 

「ちょちょちょちょ!! 嘘だろ!? このまままじでマッサージすんの!?」

 

 ヴァルヴァフ達のマッサージはかなりの腕前であった。勇者達は瞬く間に元気になった。

 

 そしてマッサージが終わった。

 

『ではマッサージサービスはこれ以上になります。次回もよろしくお願いします。』

 

 ヴァルヴァフ達は退室した。

 

「なんてこったあああ!! もう魔王出てこれないよ! アニメの趣旨変わってきてるよ!!?」

 

 勇者達がボーッとしていると部屋のドアがノックされた。

 

『すいませーん。間違えて持って行ったCD返しに来たんですけどー。』

 

『あ、どうぞー。』

 

 部屋のドアが開かれた。そこに立っていたのは_______

 

『あっ、勇者さん達じゃないですか!』

 

『あ! 魔王さん!!』

 

「来たああ!!? 魔王とここで遭遇したあああ!! もうここしかない! はやく話進めろ!!!」

 

『間違えてウルトラハート持って行っちゃってね。ごめんなさいね本当。』

 

『ウルトラハート!? ありがとうございます! 本当助かります!』

 

「嘘!? まだ帰んないよね魔王! 帰るなよ魔王!」

 

『じゃ、それではごゆっくり〜。』

 

 魔王は退室した。

 

 

「てめえら良い加減にしろよ! 内容全くと言って良いほどねえじゃねえか!」

 

「内容がないよう!」

 

「うるせえゆめお! 黙れ!」

 

「良い加減にしてください緑仙さん!」

 

「エクス!?」

 

 エクスが珍しく声を荒らげた。逆燐にふれたようだ。

 

「なんかごめんエクス.....。」

 

「これ以上P'zをバカにしないでくださいよ!!」

 

「してねえよ馬鹿野郎!! なんでそういう解釈になるんだよ!?」

 

「社! なんか言ってくれ!」

 

「急に無茶振りすんなよ! 正直俺も着地点見失って困ってんだよ!!」

 

「なにやってんですか社さん! 僕もオチをどうすればいいかわからないんですよ! なんとかしてくださいよ夢追さん!」

 

「無理無理無理! やばいよ緑仙....どうしよう....。」

 

「どうしようって言われても困るわ! 頼むチャイカ! なんとかしてくれ!」

 

「え? 何? もう送ったけど?」

 

「......は?」

 

「いや、だからさ。今のアフレコのやつ送ったよもう。」

 

「.......なんてことしてくれたんだよチャイカァ!! これ向こうに怒られるよ!!」

 

「いやオチがどうしようもないからこうしてやったんだろうがよ。」

 

「いや最悪なオチですよチャイカさん! しかもP'zって楽曲を勝手に使うのを許してくれませんよ!」

 

「ああ! もうどうしようもねえよぉ! この社さんもお手上げだよ!!」

 

 花畑を除く四人が嘆いているとスタジオのドアがノックされた。

 

「ゆめお。出て。」

 

「うん。」

 

 夢追がドアを開く。そこにいたのは黒スーツにサングラスの屈強な男が10人以上いた。そして男達の中の一人が喋りだす。

 

「すみません、私たち著作権管理警察でして。著作権があなた達に侵害されているという通報を受けましてね。連行させていただいたのちに、事情聴取を行います。」

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝、ニュースでこんなことが放送された。

 

「昨日、著作権侵害の疑いで自称配信者の5人が逮捕されました。容疑者達は全員警察の取り調べに対して、『ウルトラハートはいい』などと意味不明な供述を繰り返しており_________」




第十三話でした。セリフがめちゃくちゃ多くなってしまいました。これもアリ.....なんですかね?

正直今回の話は自分でもわけわかんないです。


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14. フィクションの夜勤警備員は基本死ぬ

第十四話です。最近バケットホイールエクスカベーターという重機を知りました。ロマンたっぷりでもうメロメロです。


 荒れ果てた死屍累々の戦場、二人の男が剣戟を繰り広げていた。片方は槍だが。

 

 槍の男は赤髪にベージュの布地に金の装飾がついたコートの下に鎧を纏った偉丈夫、右手には長い剣の刃をそのままつけたかのような長い槍。対するは青い光を放つ剣を持ち、血に染まった金色の髪をなびかせる剣士。

 

「うおおおおおあああああ!!!!!」

 

 赤髪の男が目に止まらぬ速さで槍を引いた後に突き出した。頰に傷を作りながら間一髪で避けた剣士は鳩尾を蹴りつけ、距離をとった。

 

「ここであなたを殺します。」

 

「なかなか冷たいねえ。お前さん。」

 

「そりゃそうですよ。僕は昔からあなたの事が嫌いなんだ。」

 

「お互い様だな。俺もお前さんが嫌いだ。」

 

「そうですか。ちょうどいいですね。」

 

 二人は武器を再び構える。

 

「おまえはここで_____」

「てめえはここで_____」

 

「「死んでゆけえええええ!!!!!!」」

 

 数多の者の血を浴びた男二人は吼えながら斬り合い続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝、エクスは歯を磨きながらテレビを眺めていた。テレビにはニュース番組が映っていて、事故が起きただとか芸能人が結婚しただとかが放送されている。

 

 エクスはたまにとんでもないことが起きる何気ない日常に浸っていた。そんな中、一つだけ異彩を放つ話題があった。

 

『先日から△△市内で起きている連続殺人事件にて新たに被害者が確認されました。被害者は30代後半の異世界人で今回ので17人目の被害者となります。』

 

「はぁ.....またかよ.....。」

 

 最近連続殺人事件が発生している。エクスの近所ではないため対岸の火事ではあるが。

 

『最近こんな事件が発生してますが捜査の方はどうでしょうか。タカツカさん。』

 

 司会の男が警察のトップであるタカツカという人物に話を振る。

 

『いいえ、今の所進展は全くと言って良いほどないです。ただし、被害者には共通点がありまして。』

 

『ほう、どのような共通点でしょうか。よかったら教えてください。』

 

『大丈夫ですよ。被害者の方々は全員異世界人でした。さらに被害者の方々は全員もともと戦闘職であったことが判明しました。』

 

『戦闘職の異世界人ですか....。』

 

『そうです。これはおそらく異世界人に対して排他的な思想をもっている勢力の活動が活発的になっているので戦闘力が高い異世界人を襲撃して排他運動を起こす際に有利になろうとしてるのではないかと我々は推測しています。』

 

「まじかよ....。う゛ っ!!」

 

 エクスはその事件にドン引きしながら歯を磨いていると手が滑って歯ブラシで喉を強く突いてしまった。

 

 

 

 

 今日のエクスは昼に配信、夜はとある企業に日雇いで雇われ夜勤警備員として働くことに。こうしてエクスは配信準備に取り掛かった。

 

 しかし、準備作業は打ち切られてしまった。呼び鈴がエクスを呼んだ。

 

「はーい。」

 

 エクスは宅配も何呼んだ覚えもないが、扉を開いた。そこには一人の若い女性がいた。

 

「どちら様ですか?」

 

「シガハラナオコという者です。お願いしたいことがあるんです。」

 

「サインですか? ちょっと待っててくださいね。」

 

「いえ、必要ないです。」

 

「え? 僕のリスナーとかじゃないんですか?」

 

「リスナー? すみません、何をおっしゃっているのかよくわかりません。」

 

「あ、そうですか....」

 

「本題に戻って良いですか?」

 

「あっ、じゃあ上がってください。」

 

 エクスは謎の女性を家に上がらせ、部屋の真ん中の小さいテーブルの前に座らせた。

 

「で、なんか話でもあるんですよね?」

 

 客に水を出したと同時にエクスは話を進めた。

 

「はい、実はあなたに依頼したいことがあるんです。」

 

「すいません、先に聞きたいんですけど報酬はどんな感じですか?」

 

「私には唯一の肉親の兄がいます。」

 

「まず報酬の話をお願いしてもいいですか?」

 

「両親は昔異世界人に殺されてしまって私たち兄弟は孤独を強いられました。」

 

「あの、聞いてます?」

 

「私はなんとか社会復帰は出来たんですけど兄が復讐のためにテロ組織に入ってしまいました。」

 

「聞いてます!?」

 

「そんな兄を止めて欲しいんです!」

 

「いや話を聞けえええ!!!!」

 

「間違ってると思うんです。兄は異世界人を無差別に恨んでます。そんなの間違ってるとおもんです!」

 

「うん間違ってる。全く人の話を聞かないあなたが間違ってる!」

 

「でも誰も話を聞いてくれないんですよ。」

 

「そりゃそうだね。だってそっちが話を聞かねえんだもん!! 依頼交渉できるわけないじゃん!」

 

「そこであなたの話を聞きました。異世界の英雄のエビオさんならと思いまして。」

 

「いやなんでエビオ呼びなの!? 配信者(ライバー)やってるってわからなかったのにエビオ呼び!?」

 

「カニオさんなら! 受けてくれますか!?」

 

 シガハラは床に頭をつけた。

 

「せめてエビオにして! てか受けるわけねえだろ! 土下座にしては軽すぎるわ!!」

 

「ありがとうございます!! オさん! この恩一生忘れません!!」

 

「せめてなんかつけてよ! エビでもカニでもいいからさ! てか受けるなんて一言も言ってないから!」

 

「では依頼の内容を説明しますねエビラヒムさん。」

 

「いや僕の名前エクス・アルビオなんだよね。もはや別人だからねそれ。じゃなくて! ああもういいよ話を続けろぉ!」

 

 先までの話を要約すると自分の兄を止めて欲しいとのこと。兄は昔起きた事件で異世界人に対して尋常ならざる憎しみを抱いており、最近大規模なテロを起こそうとしている。彼がそんなことをする前に引き止めて、テロ組織から引き剥がせ、というもの。

 

「もういいです。わかりました。ただし一つ条件があります。」

 

「条件? なんでしょうか。」

 

「それらは明日以降に行います。今日は用事があって依頼をこなせませんので。」

 

「大丈夫です。よろしくお願いします。」

 

 シガハラは軽く辞儀をしたあと、エクスの部屋から退室した。

 

 それを見届けたエクスは準備して配信を開始した。

 

「って報酬の話、どこいったああああああ!!!!!!????

 

 

 

 

 

 夜のとある町。ある青年が懐中電灯を持って駆け回る。

 

「ミーちゃあああああああああんん!! どぉこにいるんですかああああああああ!!!!!」

 

「こんな夜中に叫ぶんじゃねえ! 何時だと思ってるんだ!」

 

「ああっ、ごめんなさい!」

 

 青年が叫びながら走っているとある建物の窓から男が怒鳴りつけた。

 

 その青年は肩まで伸びた黒い髪、落ち着いた洋風の格好で高い背丈と端整な顔立ちでモノクルをつけている。

 

 名前はシェリン・バーガンディ。探偵業を営んでいてかつ、にじさんじ所属バーチャル配信者(ライバー)である。配信では落ち着いた声から放たれる爽快な音割れボイスと独特なセンスが光ったりする男。

 

 そんな彼は依頼で依頼者のペットの猫のミーを探している。久しぶりに来た依頼、絶対に失敗するわけにはいかないと非常に熱心である。

 

 ただ、夜だったり住宅地だったりするためなかなか見つからない。代わりにある人物を見つけ、相手もこちらを見つけ話しかけてきた。

 

「よぉシェリン、こんな夜中になにしてんだ?」

 

「こんばんは! チャイカさん!! 私は今依頼で猫ちゃんを探してるんです!!」

 

「おお、奇遇だな! 私も探し物なんだよ! タマを探してるんだよ!」

 

「タマ!? あなたも猫ちゃんを捜してるんですか!!」

 

「いや、タマとは言ってもタマ()じゃなくてタマ()の方な。」

 

「........!? ちょっ、ちょっと待ってください。タマの方ってどういうことですか? 猫なんですよね?」

 

「いや、タマ()ね。」

 

 なにをいってるんだこのエルフは。

 

「東京の? ならこの電車に乗れば________」

 

「それはタマ(多摩)。」

 

「カエル型宇宙人のことですね! あの階級が二等兵の!」

 

「それはタ○マ。」

 

「ちょっと待ってってことですね!」

 

「それはタンマ。」

 

「もしかして幽霊を捜してるんですか!? まさかの霊能力者!!?」

 

「それはタマ()。 だからタマ()だよタマ()。」

 

「男の勲章の?」

 

「そうそれ。」

 

「いや何があったらそんなことになるんですか。何をしたらタマ()を落とすんですか。」

 

「別にどうだっていいだろ。あっ、いいこと思いついた。お前俺のタマ()を探せ。俺はタマ()を探すからさ。」

 

「ややこしすぎじゃないですか!? ていうかなんであなたのタマ()を探さなきゃいけないんですか! しかもミーちゃんですし、僕に得がないじゃないですか!! ていうかあなたはあってもなくても変わらないじゃないですか!」

 

「ふざけるな! 花畑チャイカはオネエと筋肉と性癖とタマ()で成り立っているんだ! そのうちのどれか一つでも欠けたら花畑チャイカじゃなくなるのよ!!」

 

「そんなこと僕は絶対言いたくないですね! 僕は仕事に戻りますからね! ミーちゃん探してきます!」

 

「待ってくれえ! じゃあワタシのタマ()はどうすればいいんだああああ!!!!!」

 

「知りません! 自分で探してください!!」

 

 シェリンに縋る花畑。しかしシェリンは一蹴する。そして花畑は再び縋って一蹴される。これを何度も繰り返していると誰かに声をかけられた。

 

「お前たち! こんな時間に何をやっている!」

 

 中年の警察官の男に見つかってしまった。

 

「ごめんなさいお巡りさん! かくかくしかじかで......」

 

 ひととおり説明するシェリン。警察官の男は軽く咎める。

 

「まったく.....君たちニュースを見ていないのか。通り魔が最近出没するようになってきてんだ。危ないから君たちはさっさと帰りなさい。しかも大きい方の君に至っては異世界人らしいじゃないか。異世界人はこんな時間に外出するんじゃないよ。通り魔は異世界人ばっか____________」

 

 長い警察官の説教を受け続ける二人。だが、途中で説教は止まった。警察官の動きも止まったかのように見える。

 

「.......お巡りさん?」

 

 シェリンが声をかけた次の瞬間、

 

 警察官の体が血を吹き出しながら上下バラバラになってしまった。

 

「なっ...!?」

 

「なんだ!!」

 

 驚く二人。さっきまで口うるさかった男が今ではただの物になってしまった。

 

 そして警察官が立っていた場所の後ろに上半身裸の男が立っていた。そして話しかけてきた。

 

「お前たち、異世界人だろ?」

 

「...! シェリン、逃げろ!! そして助けを呼んでこい!」

 

 花畑が叫ぶとシェリンはその場から駆け出した。

 

「逃がすか!」

 

「させねえぞ!」

 

 男は花畑の拳で後ろの建物に打ち付けられた。だが、無傷だ。よく見ると男の周りに黒光りする砂のようなものが大量に渦巻いている。

 

「もしかしてそれ、盾にも剣にもなったりする感じ? 最悪じゃねえか。」

 

「お前、タマを探してるみたいだな。代わりにいいタマ教えてやるよ。」

 

「.....。」

 

「お前の(タマ)だ。」

 

 男の周りの砂のようなものが一つの杭のようになり、花畑に襲いかかる。それを花畑は避ける。が、

 

「うぐっ....!」

 

 花畑の左腕の肉が少し抉れた。

 

「ズルすぎんだろまじで.....。」

 

 珍しく弱音を吐く花畑。だが行動は真反対、男に飛びかかった。

 

 花畑の拳の一発一発が炸裂する。それは男にしっかり効いてるようだったが、致命的な一撃は入ってる感覚はない。

 

「お前、マジかよ...。」

 

「残念だったな。」

 

「マジだよ...!」

 

 砂のようなものは男の両腕にまとわりつき、巨大なチェーンソーのようになる。男はそれを花畑めがけて振り回す。下手に近づけない。

 

「死ね、死ね、死ねえええ!!!!」

 

 恨み節のように叫ぶ男。花畑は何度も攻撃を直撃させるが、歯ごたえがない。

 

「お前には俺を倒せねえよお!! 黙ってお前のタマ()よこしやがれってんだ!!」

 

 花畑が防戦状態のまま、二人は町内を駆け回る。

 

 そして、二人の足は止まった。

 

「やっと大人しくタマ()を差し出す気になったか。それがいい。お前は俺を倒せない。」

 

 男は花畑に大人しく死ねと命令する。だが、それに対する花畑の返答は話からずれていた。

 

「実は今、タマを探してたんだよね。」

 

「....は?」

 

「残念だったな。」

 

「ここはガソリンスタンドだってわかっているのか?」

 

「な!?」

 

 時は既に遅し。男の腕にまとわりつく砂のようなものは給油機に直撃。

 

「今、ワタシが探していたのはタマ()でもタマ()でもない。」

 

(タマ)だよ。お前を倒せる。」

 

 爆炎が二人を巻き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エクスは、今とある企業の日雇い警備員をいつもの鎧姿でやっている。そしてその隣には先輩警備員の男、マツダがいる。

 

「しっかりしとけよー新入り。」

 

「新入りも何も今日だけですけどね。」

 

「そういえば最近の通り魔のニュースを知ってるか?」

 

「ええ、もちろん。」

 

「あれまじでおっかないよな。俺みたいなこの世界の原住民でもビビり散らしているのに、お前は異世界人だもんな。その辺どう思うんだ?」

 

「正直絡まれたら面倒くさそうですね。あまり関わりたくないです。」

 

「同感だ。」

 

「......。」

 

「......。」

 

「俺には家族がいる。妻に娘一人だ。明日でちょうど一歳の誕生日なんだ。妻も本当にいい女でさ。外見も中身もね。」

 

「家族ですか.....。やっぱ家族はいた方がいいですか?」

 

「もちろんだ。今俺の原動力は家族愛さ。あいつらのために頑張ってんだよ。」

 

「でも、俺が警備員という何かを守る仕事についていても死にたかないなぁ。」

 

「......。」

 

「俺が死ぬと誰が家族を守るってんだ。最後まで責任を果たして死んでいきたいね。」

 

「お前は俺の家族を守ったりしてくれるか?」

 

「........さぁ、わかりませんね。でも、一つだけ言えることがありますよ。」

 

「なんだ。」

 

「僕にも守るものがあることです。」

 

「そうか。大した考えだ。」

 

 二人が適当に会話していると、二人の目の前に男が現れた。

 

 その手にはナイフが握られていた。

 

「おいお前! そこで何をしている! わるいなエクス、ちょっとここにいてくれ。」

 

「ええ。」

 

「その手に握っているものはなんだ! それを離しなさい!」

 

 マツダはテーザーガンを男に向けた。

 

「お前が噂の通り魔ってやつか? とりあえず観念しろ!」

 

「うるせえ! 俺は社会が憎いんだ! 皆殺しにしてやる!」

 

「武器を捨てろ! 最後の警告だ!」

 

 エクスも支給されたテーザーガンを構えた。

 

 そして、男はナイフをマツダに向け突き刺そうとした。瞬間、エクスは叫びながら駆け出した。

 

「マツダさん!! 横に避けてえええ!!!!!」

 

「おらああああ!!!」

 

 マツダは忠告を無視してテーザーガンを放つ。そして男に命中した。

 

「もう大丈夫だ!」

 

「避けろおおおおおお!!!!!」

 

 男が倒れた後もエクスは叫んでいた。そして、

 

 

 

 マツダと男の体が縦に半分に切り裂かれた。

 

 

 

 無情にも倒れるマツダ。エクスはすぐに駆け寄るが彼は即死していた。

 

 エクスの元に犯人が近づいてきた。男だった。

 

 その男は赤髪にベージュの布地に金の装飾がついたコートの下に鎧を纏った偉丈夫。右手には長い剣の刃をそのままつけたかのような長い槍。

 

「久しぶりだな、エクス。」

 

 エクスはそれに答えるかのように男の名を口にする。冷たい表情だがそれに反して目に強い殺意を宿しながら。

 

「.....ニル。」

 




第十四話でした。多分初めての人物の死亡描写、現在全くギャグ描写がないオリキャラ、そして中途半端な終わり方。
察した方も多いでしょうが、ついにシリアス長編が始まります。

6/17追記:誤字と単語のミスが多くなってしまいました。すいませんでした。誤字報告をしてくれた方に感謝します。


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15. 悪役が送った追っ手は返り討ちにされて基本死ぬ

第十五話です。好きなエビオ語録はクズ勇者クソゲー回の「クズって限界無いんだね」です。


 ここはとある国の奇襲部隊のキャンプ地。兵士たちが食事をしながら会話している。総勢120人。

 

「おい、知ってるか。」

 

「ん、なにがですか隊長。」

 

「五傑の話。」

 

「なんですかそれ。初めて聞きました。」

 

「なんだ知らないのか。たしかにちょっとだけマイナーだがな。なら英雄のことは知ってるか?」

 

「エクスってやつですよね。」

 

「そうだ。あの化け物のことだよ。誰にも手に負えない化け物。」

 

「でもどんくらい強いんですか?」

 

「今時あいつのことを知らないのはある意味絶滅危惧種だぞ。」

 

「すいません、田舎者なんで。」

 

「別に構わんが。英雄は剣を背負っているのにもかかわらず拳で戦場に飛び込むんだよ。たまに相手から武器を奪って少しだけ使ったりもする。拳のくせにデタラメに強くて剣は片手で軽く折られるし、槍を取られたら一振りで15人の首が飛ぶ。自前の剣も噂ではかなりの名剣らしいけど使うことは滅多にない。」

 

「攻撃は全て避けられるし、する前に潰されるし当たっても死ぬどころか怯みやしない。英雄が攻城戦の攻め側になったらどうしようもない。」

 

「本当の話ですか!? それもうおとぎ話ですよね!?」

 

「......だと良かったんだがな。で、その英雄は五傑の一人でもある。こっちが勝手にそう呼んでるだけだがな。」

 

「それじゃあ他の四人も強いんですか?」

 

「英雄に匹敵するほどな。正直この四人のうち三人の名前は知らないがな。そこは他の奴に聞いてくれ。」

 

「まずは、あらゆる属性の魔法を使いこなす『魔神』、魔法使いだ。魔法っていうのは適性があるだろ?」

 

「ありますね。」

 

「全属性を使えるけど器用貧乏なタイプもいれば、使える属性が一つだけだがその一つが極端に強いタイプもいる。その『魔神』ってやつはどちらかというと全属性使える方なんだ。」

 

「でも、どの属性もそれに特化した奴ですら足元にも及ばない。雷を放てば大軍は砕け、風を起こせば瓦礫しか残らない。岩は変幻自在、氷は万物を凍らせる。しかも接近戦もデタラメに強く死角がない。」

 

「次に圧倒的な身体能力と高度な召喚術と錬金術を使いこなす『戦鬼』。武器は二刀流。」

 

「こいつは接近戦が滅法強くてな。どこで学んだんだよっていう格闘術を使ってくるし術の数も多い。剣術も二刀流だから片手で剣を振ることになるのに一撃が重い。加えて隙を突いて召喚術と錬金術による一撃を叩き込んでくるからタイマンになると五傑のなかで一二を争う強さかもしれないな。」

 

「あと『騎士王』ってのもいたな。名前の通り全身鎧で覆われた背丈がたぶん五人の中で一番高いやつだったかな。」

 

「そいつだけ知ってます隊長。どういうわけかその鎧には傷一つすらつかないほど頑丈で右手に持った刃を束ねたかのような棍棒で敵を蹴散らしていただとか。」

 

「そうそうそう! で、最後の一人は確か『執行者』だったかな。貴族っぽい服装に槍一本で暴れまわる男だったな。確か名前は________」

 

 隊長と呼ばれる男が執行者の名を言おうとした瞬間、キャンプに敵襲を知らせる警鐘が鳴り響いた。

 

「敵襲か! いますぐ自分の担当地点に戻れ!」

 

「了解です!」

 

「哨戒班! 敵の量は!!」

 

 隊長と呼ばれる男は見張り台の上に駆け上り、そこにいる兵に尋ねた。

 

「それがたった一人なんですよ! 迎撃に向かった兵30人は一人も帰ってきていません!」

 

「一人だと!? んなバカな! 本当に一人なのか!?」

 

「一人です! 本当に________」

 

 哨戒班の兵が言葉の途中で何かに首を刎ねられた。その男は兵の後ろにいた。男の髪は光背のように荒々しく広がりその目は鋭く冷たかった。

 

「ああ、一人さ。」

 

 その男は構えた槍を隊長格の男に振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.....ニル。」

 

 エクスは今目の前にいる男の名を口にした。

 

「そうだ。ニル・ガルズ。覚えていてくれたのか?」

 

「忘れたくても忘れられませんよ。」

 

「お前に用があってな。ちょっとお手伝いを頼みたいんだよな。」

 

 喋るニルを尻目にエクスは黙って背中から剣を抜いた。その剣はすでに仄かに光を放っている。

 

「おいおいおい、仇討ちか? あの英雄様がそんな人情家みたいなことするのか? いやぁ驚いたなこりゃぁ。くだらない正義にでも目覚めたか。」

 

「別にこの警備員が家族を思って死んでいようがなんとも思いませんよ。こんなのあっち側でたくさん見てきたんですよ。」

 

「じゃあなぜ剣を抜いた? 別に逃げてもいいんだぜ。俺はお前が仲間にならないなら特に用はないからな。」

 

「逃げるわけないじゃないですか。理由はちゃんとありますよ。」

 

 瞬間、両者は凄まじい勢いで加速、武器を重ねた。その衝撃波は周囲の建物にヒビを入れた。互いに武器を持つ両腕に強い痺れが走る。

 

「俺のことが嫌いなんだろ? 知ってるさそんなこと。」

 

「話が早くていいですね。あなたのそういうところだけは好きです。」

 

 エクスは蹴りでニルから距離をとり、凄まじいスピードで後ろに回り込んだ。

 

 しかし、ニルはエクスに顔を向けていた。

 

「ッ!」

 

 エクスの横薙ぎは虚を斬った。ニルの姿はどこにもない。背中がゾワっとし、咄嗟に剣と視線を上に向ける。エクスの判断は正しかった。頭上から刃が襲いかかってきて剣で逸れて地面に突き刺さる。そして足元でニルが姿勢を低くしていた。

 

「はぁッ!」

 

 下からエクスの顎を右拳で突き上げる。手から離れる剣、意識が飛びかけ体が浮かび上がるエクス、そのままニルの拳を掴んだ。エクスの右足は後ろで待ち構えている。ニルはすぐに左拳を放つが、エクスの体の軸をフル回転させた回し蹴りを左頬に叩きつけられ吹き飛ばされ建物の壁に叩きつけられる。

 

 だが、ニルはエクスの前に戻っていて拳を引いていた。エクスは地面に刺さった剣を掴み地面から強引に抉り抜いて斬り上げるもニルは体を逸らしエクスの懐に潜り込んで顔を掴んだ。

 

「甘いんだよッ!!」

 

「ぐっ...!」

 

 強い握力がエクスの顔面に少しダメージを与える。

 

「てめえがこの世界で平和ボケしてる間に俺はずっと修羅場をくぐり抜け続けた!!」

 

「それに対しててめえはもうこのザマだ!」

 

 掴んだまま後頭部を地面に叩きつける。一瞬を見逃さず呼吸ができないエクスの浮いた足首を掴み、

 

「もうてめえに英雄の名は似合わねえんだよォォォ!!!」

 

 エクスの雇い主の企業の建物の六階に投げつけた。壁に大穴が開く。

 

 槍を引き抜いたニルはひとっ飛びでエクスの元へ。中は瓦礫から出た煙で周りが見えないが煙の中にエクスの剣の先が見えた。

 

 槍を構え狙いを定めるニル。全体重を乗せて突いた。その衝撃波で煙が晴れた。

 

「.......!?」

 

 煙が晴れたとき、そこには頭を貫かれたエクスはいなかった。そこには柱に柄頭を刺して固定した剣だけがあった。

 

「別に英雄の名が名残惜しいとか考えてないです。」

 

「なっ...!」

 

 後ろから声がして後ろを振り返る。だがエクスの拳は顔面に炸裂して柱を三本突き破ってニルは吹き飛ばされた。

 

 床に落ちた剣をエクスは拾った。目眩と吐き気はまだ続いているが自分に鞭を打つ。

 

「でも俺は今も昔も変わってないです。あなたを今度こそ殺しますよ。」

 

 かなり遠くに飛ばしたはずだが十二歩先にニルがいた。彼は鼻の穴を片方塞ぎ鼻血を強く吹き出した。

 

「へぇ、そうかい。ちょっと安心したよ。」

 

 両者武器を構え直す。

 

「お前を仲間にしようとした目は間違ってなかった!!」

 

 刃と刃がぶつかりあい、火花が散る。エクスの猛攻にニルは槍で適切な距離でいなし続ける。エクスは懐に飛び込もうとしてもなかなかにできず、ニルも防御に手一杯で攻撃ができない。

 

 ニルはそのループを打開すべく足元の瓦礫をエクスに向け蹴り飛ばし、エクスはそれを避けるがその隙に腹を貫かれた。

 

「どうだ? 久しぶりの槍の味は。」

 

 血が滲み腹が熱い。おかげで目眩と吐き気が治った。

 

「最悪ですよ本当。」

 

 槍の柄を強く握ったエクスは強引に前進するとニルの手から一瞬離れたせいで一気に間合いが縮まる。

 

「でもお礼は必要ですよねッ!」

 

 エクスの横薙ぎがニルの胸板を鎧ごと斬り裂いた。剣先が掠っただけだが胸当ては粉々になり体が剣先についていきそうな勢いがつく。すぐに切り返すように連撃に繋げる。

 

「もしかしてお前忘れてるだろ。」

 

 剣はニルに届かなかった。しかもエクスの横腹は抉れていた。

 

「俺はさ______」

 

 エクスは左右にいる存在に気づいた。

 

「あー.......。」

 

 左右に先ほど殺されたマツダと包丁の男がいた。体はチグハグな感じで修復されており、頭頂部から股間にかけて血が垂れている。マツダに関しては口周りが血だらけである。

 

「死霊術を使えるんだぜ。」

 

 エクスは思い出した。ニルは死霊術士であることを。死霊術士は死体をゾンビに近い存在として操ることができ、上玉の技術があれば相手に恐怖を植え付けたり肉体を操作することができるようになる。

 

「ちょっと厄介な奴でしたね。」

 

 そして左右にいる二体の死体がエクスに襲いかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前が激しく燃え上がる。ガソリンスタンドを敵を利用して爆破した花畑はそれを見つめる。この爆発ならさすがのあいつでもひとたまりもないだろうと思う花畑。実際自分の左手の骨は爆発の衝撃であっさり折れている。

 

 なのに、あの男は平然として炎の中に立っている。

 

「なんでもありじゃねえのもはや。」

 

「お前じゃ勝てないと言っただろ。おとなしく死ねよ。」

 

「あんた礼儀とかちゃんと教わった? 初対面の人に対してそういうこというんじゃねえよぶっ殺すぞ!」

 

「ちゃんと教わったさ。でもあんたは人じゃねえだろ?」

 

 男は右手に収束して一気に花畑に放つ。だがそれは花畑に掠りもせず喉掴まれ持ち上げられた。

 

「ぐががっ..!」

 

 呼吸ができない。喉を潰されている。

 

「今、こんな状態だが砂で自分から私を剥がせるじゃないか。」

 

「でも砂は一向に襲いかかって来ない。」

 

「.......ッ!」

 

「それが弱点だ。今お前の気道を潰している。呼吸しようとしてもできない状態だ。」

 

 確かに砂のようなものは全く動かない。すべて地面に転がっている。

 

「つまり、ちゃんと呼吸できなきゃお前は砂を操れない訳だ。」

 

「それにお前、シガハラテツヤだろ。最近テロ活動に夢中の。」

 

「がぁっ..! だったらなんだよ.....!」

 

「私はお前のことを探していたんだよ。お前の妹さんに頼まれてね。」

 

「なっ!? ナオコの奴か....! やはりあいつは殺すべきだったか!!」

 

 テツヤが暴言を吐いた瞬間、地面に叩きつけられクレーターができた。

 

「お前今血の繋がった妹を殺せばよかったと言ったよな?」

 

「くっ...」

 

 テツヤの発言が花畑の逆鱗に触れたのだ。先ほどまでの余裕そうな表情から一転、鬼神のような形相になっていた。 

 

「今わかったよ。」

 

 花畑の全身に力が入る。

 

「お前は絶対に許してはいけない人間だ。」

 

 花畑は手からテツヤを離した。すでに呼吸ができる状態だ。

 

「バカめ! 手を離した時点でお前の負_______」

 

 最後まで言い切ることができなかった。地面に再び叩きつけられ、花畑の両腕が放つラッシュが襲いかかってきて呼吸すらできない。

 

「うおおおおおおあああああああああ!!!!!!」

 

 次第にテツヤの顔面が変形していく。全身の骨は砕けつつ肉も歪み、一周回って痛みを感じない。

 

「お前のようなクズはッ! ここでぇッ! 土に還れええええ!!!!!」

 

 テツヤを軽く浮かせた後、関節と筋肉をフル稼動させ全体重を乗せ強く握った拳を叩きつける。空気中に衝撃波ができ、近くの建物のガラスが割れ、ガソリンスタンドの炎がかき消される。テツヤは音速を超える速さで何mも先のさっき壊した建物の瓦礫に打ち付けられた。

 

 テツヤの前に駆け寄った花畑。かろうじてテツヤは生きていた。

 

「結構しぶとい野郎だな。」

 

 生きているがビクともしない。そんなテツヤに花畑はトドメを刺そうとする。すると、テツヤは懐からナイフを取り出し、

 

 

 自らの喉笛を掻っ切った。

 

 

「なっ!? まさか!!」

 

 花畑の予感は的中した。砂で作られた槍が花畑を貫き、先ほどまでの蓄積されたダメージが一気に解き放たれ、四肢の骨が砕けた。そして砂で体を補強して立ち上がるテツヤ。自らの傷口に砂を入れて痛みを遮断、感覚神経を破壊した。

 

「無理矢理気道を確保しやがった....。」

 

「ヒューッ、ヒューッ」

 

 笛のような音がテツヤの喉から鳴る。

 

「イカれてやがるな、おめえ......」

 

 その場に左腕を後ろにして倒れ、意識が遠のいていく花畑。だが、最後までしゃべり続けた。

 

「お前、シェリンに追っ手を送っただろ。なんとなくわかってるんだぜ。」

 

「でも残念だったな。この世界には私やお前より強い奴なんてわんさかいる。」

 

「お前は負ける。」

 

 その言葉を最後に花畑は言葉を発さなくなった。

 

「負け惜しみかよ。」

 

 そう吐き捨てたテツヤは高く跳躍してその場からいなくなった。しかしテツヤは気付けなかった。花畑はその左手のスマホでシェリンにメールを送ったことを。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ....はぁ.......」

 

 シェリンは今全力で走っている。さっき花畑から送られたメールは既に確認済みで指定された住所に向かえとのこと。そして今後ろには彼を追いかける存在がいる。

 

 さっきの砂のような物が人型になって追いかけて来ている。シェリンはゴミ箱を飛び越え積まれた木材を崩して金網の柵も飛び越える。だが砂のようなものはすべてを粉々にしていく。

 

「ぐっ! どこまで追いかけてくるんだこいつは!?」

 

 そして恐れていたことが起きた。交差点で前左右の三方向に一体ずつ人型の砂のようなものが待ち伏せしていた。もちろん後ろにも一体いる。

 

「ここまでか....!」

 

 四体とも一斉に飛びかかってくる。覚悟を決めたシェリンはスマホを覗いた。

 

「いや、そうでもないか。」

 

「伏せろ!」

 

 声がした瞬間、爆炎が巻き上がり四体の砂のようなものを包み込んだ。炎が晴れた時には一体しか残っていない。

 

「運がよかったな!」

 

「助かりました! ドーラさん!」

 

 そこに立っていたのは体のところどころが燃え盛っている。名はドーラ、にじさんじ所属バーチャル配信者(ライバー)で女性の姿で生活しているファイアードレイク、つまりドラゴンである。頭には一対のツノと赤い髪に鱗で覆われた体が特徴である。実年齢350超え。

 

「定まった形を持たない霧状の敵。なるほど、チャイカが手こずる訳だ。でもわしは違うぞ。」

 

 握りしめた拳に炎が宿る。

 

「シェリン、粉塵爆発って知ってるかの?」

 

「ええ、もちろん。」

 

 シェリンが答えるとドーラは人型の砂のようなものに拳を突っ込むと、その拳をバッと開く。すると砂のようなものは凄まじい勢いで燃えてなくなり、金属球のようなものが落ちてきた。

 

「ほら、すごいじゃろ? この球はこういう奴らの核。これを潰せば問答無用でこいつらは死ぬ。」

 

「なるほど....。とりあえずチャイカさんのところに行きましょうよ! 安否を確認しないと!!」

 

「そうじゃな! 急ぐぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二体の死体はすでに原型がわからないほどズタズタになっていてもう動かない。そしてエクスとニルの両者も一歩も譲らない。

 

 エクスは死体の攻撃によって体の様々な部位が抉られているのに加えてニルの一撃によって左肩の骨が破壊されて今ではただの重りに。ニルはエクスの斬撃と打撃で裂傷だらけ。

 

「うおおおおおおおお!!!!!!」

「てやあああああああ!!!!!!」

 

 二人とも一気に距離を詰めニルが槍を右へ振り抜くがエクスは上体を反らして右に避けて剣を振り左腕の肉を斬った。血が足りておらず吹き出すことはなかった。だが、ニルは槍の柄頭でエクスの腹を突いた。腹を押さえ吐瀉物をぶちまけながらエクスは距離をとる。

 

 また構え直し、焦点を合わせにくい眼でニルの首に狙いを定める。脚に力を入れた瞬間、エクスは何者かに吹き飛ばされうつ伏せの状態で倒れた。ニルもそれに驚いた様子でいた。

 

「.........!? テツヤか!」

 

 そこにはテツヤがいた。ボロボロで砂のようなものがないとまともに動けないほど傷だらけの状態で。

 

「........退くぞ。今の俺たちの状態であいつと戦うと共倒れになる。治療はしてやるさ。」

 

 二人はエクスに背を向け姿を消した。

 

「待...ちやが.......れ.........」

 

 力を振り絞ったエクスの掠れた声は二人に届かなかった。

 

「......クソが.............」

 

 力を振り絞り、剣を杖にして立ち上がり歩き出した。とある人物の元へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第十五話でした。前書き後書きのネタが切れそうなのでしばらくはライバーさんのことを語りそうです。

6/23訂正:一部を『魔導王』と入力ミスしていたので『魔神』に訂正しました。


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16. 電車で腹痛になるとマジで死ぬ

第十六話です。最近のエビオさんのテンプルラン死ぬほど好きです。時間も長く無いので見やすくていいですね。まだ見てない方がいたらおすすめです。


「いやぁ、本当に助かりましたよ!」

 

 今、エクスはピンピンしている。体の傷は全て完全に治癒されている。

 

「やっぱすごいっす。どういう仕掛けなんですか!?」

 

「いや特にすごいことなんかしてないよ。てか本当にビックリしたからね。いきなりエビオ君がボロボロになって店に来たからさ。」

 

 ここはとあるバー。中はとても落ち着いた雰囲気で苛烈な戦いに挑んだ直後であるのにも関わらず、心は癒され尽くしている。

 

 そして、カウンター席に座っているエクスの前には一人の男が立っている。その男は店と同じく落ち着いた雰囲気を放ち、その耳が気持ちい低音のボイスを持つ偉丈夫ベルモンド・バンデラス、この店のオーナーでありエクスと同じくにじさんじに所属しているバーチャル配信者(ライバー)。この店とは別に夢の中にも店を持ち、夢を見るものが老若男女種族問わず訪れている。その正体は誰も語ることができない。

 

「マジで大変でしたよ。ベルさんがいなかったら俺なんてとっくに逝ってますからね。」

 

「俺はそんなことないとは思うよ。正直エビオ君が死ぬビジョンは浮かばないね。」

 

「そうですかねぇ.....。」

 

「あらあら、じゃあ私と一発やってみる?」

 

「いや、チャイカさんとは結構です。」

 

「そんなつれないこと言うなって。」

 

 隣には花畑が座っている。彼女もまた、重体の状態でドーラとシェリンに運び込まれたがすっかり元気である。

 

「とりあえず本題に入るぞ。姐さんもエビオ君もなにがあったか聞かせてくれないか。」

 

「そうだね、私はね、男を探していたんだよ。その男の妹に頼まれてね。近頃その男が所属するテロ組織が近いうちに行動を起こすって言われて受けたのさ。」

 

「えっ、チャイカさん。」

 

「なんだいエクス。」

 

「もしかして依頼者の名前ってシガハラナオコとかいう名前でしたか?」

 

「大正解だよ。もしかしてお前もそいつになにか頼まれたのか?」

 

「そうですね。その人のお兄さんを探してくれって、言われました。」

 

「奇遇だな、私もだよ。私以外にはドーラも引き受けていたな。そして話を戻そう。その男の名はシガハラテツヤ、24歳。身長は173cmの痩せ型黒天パ。12歳のときに両親を異世界人によって殺害され妹と共に泥水すするように生きてきた。19になると反異世界人宗教系テロ組織に加入、21で初めて人を殺した。」

 

「おそらく最近の連続殺人事件の犯人かもしれないな。証拠も十分揃っている。」

 

「そして遂に奴と遭遇してすぐ戦闘になったのよ。」

 

「ちょちょっと待ってください! いきなり戦闘って! なんか思ったのと違うんですけど。包丁を持ったイカれた奴だと思ってたんですけど。」

 

「私も最初はそう思っていたさ。だけど違った。実際に目の前で一人殺されたが人がたやすく出来ることじゃねえよあれは。」

 

「奴の周りには砂みたいな物が奴を中心にして大量に渦を巻き浮いていたんだよね。そしてそれを操ってドリルとか盾とか、それっぽいことして襲いかかってきたんだよ。正直自分じゃ打つ手無しだね。エクスはこういう敵とかと戦ったことあんの?」

 

「あるにはあるんですけどあまり相手したくないですね。マジで面倒くさかったです。」

 

「弱点といえば相手に呼吸をさせなければ砂みたいな物は操れないみたいだがそこまでが至難の技だしね。」

 

 花畑もエクスも広範囲の物理攻撃は持たない。両者とも力任せに叩いて衝撃波や振動でで攻撃するといったことはできるが砂のようなものでは衝撃波も大したダメージにならない。相性が悪すぎる。

 

「はぁ....最悪じゃないですか。これも面倒くさいことになりますよ。」

 

「だよな。自分らだけでは対処できない。だから試しにドーラのことをナオコに紹介してみたんだよ。勝手にね。」

 

「勝手にって....。とんでもなく危険な依頼を勝手に受けさせるとか正気の沙汰ではないと思いますよ。」

 

「別にいいだろ。アイツめちゃくちゃつえーんだし。」

 

「なら大丈夫ですね。よかったよかった。」

 

「いやなんでエビオ君は納得するんだよ。どこが大丈夫なんだよ。」

 

「まぁ結果的に大正解よ。シェリンから聞いた話だと砂のようなものが一瞬で木っ端微塵になったてさ。」

 

「つまり物理的でない、大雑把に言えば魔法的なやつが効くと思うんだよね。」

 

「なるほど。」

 

「エクスもベルモンドもいいあてとかない? 魔法が使えたり火力を出せたりする奴とかさ。」

 

「「んー.....。」」

 

 二人とも唸りながら考える。脳裏には様々な人物が浮かび上がる。そしてベルモンドが口を開く。

 

「例えばさ、鷹宮のお嬢ちゃんとかどうだい? ドーラと同じ火属性の魔法が得意みたいだよ。」

 

 ベルモンドが口にしたのは、にじさんじ所属のバーチャル配信者(ライバー)の一人で私立の帝華高校とよばれる学校に通う2年生、鷹宮リオン。いわゆる魔法学校に通っていて得意属性は炎、光。金持ち学校のちゃんとしたエリートなのだが、配信ではそうとは思えないような言動をすることが多い。リスナーからの評価はポンコツ。

 

「リオンか....。どうだろうな。火力もエリートらしいから申し分はないと思うけどなぁ。」

 

「でも鷹宮さんが優秀な魔法使いだとしても高校生ですし、実戦経験とかは無さそうですから不安ですね。初陣にしては今回のは荷が重すぎるかなとは思います。」

 

「そっかぁ....。」

 

「誰がいいんだろうね。」

 

「結構思いつくんですけどね。例えばニュイさんとか。」

 

 ニュイ・ソシエール。にじさんじ所属のバーチャル配信者(ライバー)の一人で彼女は本職の魔女でもある。外見上はいろんな意味で挑発的だが妙におじさん臭い趣味だったり叫ぶと某青い猫型ロボットになったりと特徴が多い。配信するゲームは一部の層にブッ刺さる。そして彼女もポンコツ扱い。

 

「魔力も有り余っていて火属性の魔法が得意みたいなんですけどいかんせんコントロールが苦手みたいで火力は高く無いみたいです。」

 

「なるほどね。」

 

「じゃあエクス、アルスはどう?」

 

「アルスさんですか。あの人は火属性は苦手で氷、雷、光属性が得意みたいですね。コントロールもちゃんとできていて独学に近いらしいですし実戦経験あるでしょう。実際一緒に戦ったことありますし、属性相性も今回の相手とは悪くないです。それにその気になれば前衛もできる。」

 

 かつて一緒に行ったゴブリン退治でのことを思い出しながら話を進めるエクス。

 

「結構いい感じだけど彼女もなんか問題あるのかい?」

 

「そうですね。やはり精神面が未熟なところがあると思いますね。若すぎるんです。前に一緒に戦ったときに戦闘中にちょっとトラブルが起きた時にかなり焦ってしまったのか正常な判断ができてなくて危険な場面があったんですよね.....。くどいようですが若すぎるんです、あの人は。」

 

「なるほどなぁ。そうくると、うーん......。」

 

「そもそも私たちだけで解決したいよね。あまり他人を巻き込みたくないというかね。」

 

「あー、そうですねぇ。」

 

 三人は頭を抱え続ける。今では火力不足、だが火力を増やそうとすれば仲間に危険が迫る。考えているとエクスが椅子から立ち上がった。

 

「ちょっとすみません、トイレ行ってきますね。なんか腹の調子が悪いみたいで。」

 

「おう。」

 

「行ってきな。」

 

 顔色を変え腹を押さえたエクスがトイレに行った後も残った二人で考え続ける。

 

「なぁ姐さん。」

 

「ん?」

 

「さっきエビオくんが言ったこと覚えてるか? 俺はあいつが言ってることがおかしいと思うんだ。」

 

「.........『若すぎる』、だろ?」

 

「やっぱり感じてたか。」

 

「おう。」

 

「確かにアルスは若い。だがエビオ君も若い。もしかしたら人としてならアルスより若いと言っても過言ではないんじゃないか。」

 

「若くして英雄と呼ばれ、この世界に来たのは16歳。逆に16歳で英雄と呼ばれるなんてね。しかもあの眼は戦いを見てきた眼。よく見ると体には古傷がびっしり。ガキん時まともに遊んだりしてないだろうね。」

 

「そうだな。幼い頃から見てきたものが違うんだろうな。でもな、明らかにおかしいだろ。」

 

「あっちゃいけない話。あいつは別にあそこまで背負わなくてもいいと思うけどな。」

 

「ああ。」

 

「すまん、私もトイレ行ってくるわ。」

 

「おう、いってらっしゃい。」

 

 

 

 

 

 

 

「すいません耐えてください! 本当にもう少しですからぁ!!」

 

「頼むエクス! 早く、早くしてくれええぇぇぇぇああああ!!!」

 

 中には腹を押さえ悶絶するエクス、外には扉を叩き苦痛に悶える花畑がいる。

 

「出る! 出ちまうっ!! 人間として大事なものも出て行っちまう!」

 

「本当に...あぐうっ!! 耐え、耐えてくださしゃい!」 

 

「もういい! 開けろ! 開けてくれ! 半分こで使おう!」

 

「絶対嫌です!」

 

「があああああああああああ!!!!!!」

 

 花畑の門が決壊寸前、だがエクスもやりきっていない。

 

「エクス! エクスエクスエクスッッ!! 早くしてくれええええええええ!!!!」

 

「本当にもうすぐ.....もうすぐ新しい世界が見えてくるんです!!!」

 

「エクスゥゥゥゥゥゥッッ!!」

 

「チャイカさああああああああんッッ!!!!」

 

「ぐわあああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

「おっしゃああああああああ!!!!!!」

 

 ついにエクスは逆境を乗り越えた。

 

「チャイカさん! 出ました! ついに出ましたああああああ!!!!」

 

________あるのは静寂のみ。

 

 

「チャイカさん?」

 

_________何度問うてもあるのは静寂のみ。

 

 

「チャイカさん!?」

 

「おいどうした! さっきからすごい声がしてたけど!!?」

 

 騒ぎを聞いてベルモンドも駆け付けたようだ。そして店に客も来た。

 

「はぁ.....はぁ........お二人さん! 無事ですか!? シガハラで___」

 

 

 気まずい空気が流れる。

 

 

「なぁエクス。」

 

 

 ついに花畑が口を開く。

 

 

「一体....どういう顔すればいいんだよ......。」

 

 

 

 

 

 

 

「あの、花畑さん。私全然気にしてませんから。」

 

「僕もですよ。あれは事故なんですから。」

 

「そうだよ。姐さんは悪くないさ。」

 

「いや、私はもう大丈夫さ! 本題に移ろうじゃないか!」

 

 妙に晴れ晴れとした表情の花畑に誰も突っ込まないまま、シガハラが話を進めていく。

 

「まず、あの砂みたいなものは所謂ナノマシンです。」

 

「ナノマシン?」

 

「そうです。あのナノマシンは手術でうなじに埋め込む制御装置と攻撃防御の要となる大きさが0.2mmの通称ビットで構成されています。さらに別でコアビットと呼ばれるビットを使えばビットがそれを中心にして人型のように集まって自立機動します。そしてナノマシンには適性があるんです。」

 

「適正が低ければ2〜3球のビットしか操れず、逆に高ければ50万球は余裕で操れるそうです。」

 

「あなたのお兄さんには適正があったんですか?」

 

「ありました。しかも私の兄は手術を受けた者の中で一番適正が高かったんです。最大限まで収束すれば厚さ100cmの鉄板を貫きますし、100tの鉄球を撃ち込んでもビクともしない盾にもなります。」

 

「そして気付いているみたいですが呼吸が出来なければビットを操ることができませんし、うなじを破壊すればビットの脅威を完全に無くせます。」

 

「でもうなじの破壊はやめてください。」

 

「また会いたいのか?」

 

 花畑がシガハラに聞いた。

 

「はい....。」

 

「君の兄さん、君を殺せばよかったと言ったんだよ。正直ね、私はあいつを殺したい。君の願いを聞けないかもしれない。」

 

「チャイカさん!?」

「姐さん!?」

 

 突然の花畑の発言にエクスとベルモンドは驚きを隠せない。だが二人ともなにも言葉をはさまない。

 

「私はね、家族を大事にしない奴が大嫌いなんだ。だからあいつは許せない。」

 

「.........私の兄さんはそう言ったのかもしれません。でも_______」

 

「でも?」

 

「でも、兄さんは本当は優しい人なんです! 口は悪くても、ここで死んでいい人じゃないって私は知ってるんです!」

 

「........いい家族を持ってるじゃないかあの大馬鹿野郎。」

 

 すこし間が空くと、ベルモンドが話を振った。

 

「今日ここに来た目的はそれを話すためじゃないだろう?」

 

「そうですね。実は二つ話したいことがありまして。」

 

「まずは、例のテロ組織がそろそろ大きい活動をすることが判明しました。みなさんは異世界ターミナルをご存知ですか?」

 

「もちろん。」

「知ってるさ。」

 

「なんすかそれ?」

 

「異世界ターミナルとはこの世界と人為的に繋ぐことができた異世界のゲートを集めている場所です。世界の各国に必ず一棟あり、そこに行けば他の異世界と行き来することができます。」

 

「てかエクスそんなんも知らないのかよ。お前ここに来て何年だよ?」

 

「いやいや、もちろん知ってましたよ。ただ確認のためですからね。知らなかったとかじゃないです。」

 

「ごめんね。こいつらはほっといて話進めていいよ。」

 

「あ.....はい。ターミナルにはいくつか鉄道が繋がってますよね。今回は6番線の列車に何かを仕込んでターミナルにテロを仕掛けようとしています。」

 

「6番線.......まずくないか!? ビル街だぞ!? テロってどういうやり方でやるつもりなんだ!」

 

「列車に大量のビットを積み込んでターミナルに到着した時にナノマシンを起動してターミナルを破壊するみたいです。そしてナノマシンを起動して操るのは_______」

 

「あなたのお兄さんですね。」

 

「そうです。だから兄を止めて欲しいんです。」

 

「任せろ。」

「わかりました。」

 

 エクスと花畑の返事がかぶる。そしてエクスがベルモンドに問う。

 

「ベルさん、もしよければ力を貸してくれませんか?」

 

「いいよ。どうすればいい?」

 

「それは後で考えます。」

 

「わかった。」

 

 新しく仲間が増えたところでシガハラが次の話に移る。

 

「次はですね。あまり大きい障害になるわけではないですが伝えたほうがいいと判断しましたので伝えますね。」

 

「ん? どうしたんだい。」

 

「この問題に政府が気付いてしまいました。なので政府より先に兄を確保しないと間違いなく兄を殺されるでしょう。」

 

「政府より先に救えばいいんだな。いいよ。」

 

「ありがとうございます。そしてもう一つ、政府が問題を解決するために人を雇ったんです。」

 

「それが何か問題でもあるんですか?」

 

「もしかしたらあるかもしれないですね。なぜならその人らは_______」

 

「みなさんの同僚です。」

 

「..........はぁ......。」

 

「めんどくさいことになるわね。」

 

「ある程度戦える人が多いとはいえ大丈夫かなぁ。できれば雑魚処理とかに_____」

 

「絶対ダメです。」

 

 ベルモンドが言い切る前にエクスが言葉を遮った。

 

「おう!? 急にどうしたんだよエビオ君。」

 

「絶対ダメです。雑魚処理とかそれ以前に戦場に出してはいけません。」

 

「なんだ? エクスはみんなが心配なのかい。」

 

「それもありますが違います。先に言えばよかったんですが組織側にはあまり考えたくない奴が付いています。」

 

「珍しく強気だな。何がいるんだ。」

 

「.......認めたくないけどとんでもない奴です。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは政府が所有しているコンピュータールームです。ここであれば国のデータベースに自由にアクセスできます。もちろん監視はさせていただきますが。」

 

「結構です。早速作業に移ります。」

 

「頼みましたよ、」

 

「黛さん。」

 

 職員が部屋から出てドアが閉まると黛は即データベースを開き、一通り眺めた後、通信機で仲間に指示を出した。

 

「ういは、みんなを指定の座標に誘導して。アルスは無理のない範囲で張り込みをし続けて。」

 

 通信機から二つの返事が返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、ひどいケガだったな。テツヤ。」

 

「最悪な気分だぜクソが。感謝するぜニルさんよ。」

 

 先の戦いで二人とも重症になったがニルの死霊術の応用で完全に回復していた。

 

 ここは地下にある俗に言う廃駅と呼ばれる場所。照明はほとんど切れていて薄気味悪い場所になっている。

 

「別に構わんけどさ。無理すんじゃねえよ馬鹿野郎。次の計画でお前は一番の要なんだからさ。」

 

「はいはい反省してるよ。でも死ななきゃいいだろ? あんたが治してくれるんだからさ。」

 

「治すのも案外めんどくせんだよ。」

 

「よく無事でいたなテツヤよ。」

 

「ッ!?」

 

 テツヤはすぐに声の主の方に振り返り跪いた。

 

「申し訳ありませんでした教祖様。忌々しい異世界人に敗北しました。どうかお許しを。」

 

「構わん。結局は『審判の日』で全てが変わる。お前の罪など無いようなものだ。」

 

 審判の日とは近頃行うテロ計画の名称だ。

 

「『審判の日』での君の裁き、期待してるよ。」

 

 教祖と呼ばれる男はそう言うとその場から立ち去った。

 

「ヨートゥン。」

 

「終わったか。」

 

「ニルさん。」

 

「なんだ。」

 

「さっきあんたが戦っていた金髪の男は一体どういう奴なんだ?」

 

 ニルは一生懸命頭からひねり出すかのような仕草を見せ、答えた。

 

「はぁ........認めたかねえけどとんでもねえ奴だ。」

 

「へぇ、あんたの口からその言葉が出てくるのか。」

 

「癪に障るぜほんと。今はしっかり休んどけ。今度のは大仕事だぞ。」

 

「もちろんそうさせてもらう。また後でな。」

 

 

 




第十六話でした。エビオ=ショタって人が多いと思いますが個人的には妙に達観したエビオも好きです。






あと一ヶ月近く投稿が空いてすみませんでした。


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17. 戦いは覚悟がなければ最初に死ぬ

第十七話です。ついにエビオさんにも3Dの発表が来ましたね。どちゃくそ嬉しいです。モデリングも大変そうです。






感謝っ・・・・!圧倒的感謝っ・・・・!


ほんとうにありがとうございました!&おめでとうございます!


 家の中。一階で二人の兄妹がソファの下に隠れている。二人以外には二人の男がいる。片方は角の生えた男。もう片方は耳の長い男。一目でわかるように普通の人間でなく亜人と呼ばれる者たち。そして床には血を流して倒れている大人の男女。

 

「パパ.....ママ.......。」

 

「しゃべらないでナオ、気づかれたら僕たちも殺されちゃう。」

 

「この家にはもう誰もいないな。」

 

「さっさと金目の物を見つけてずらかるぞ。」

 

 男たちは二階へ行った。

 

「今だ! 外に出るよ!」

 

 兄が妹の手を引っぱり、家の外へ出た。

 

「ナオ、精一杯走って僕たちも知らないところまで行くよ!」

 

「兄ちゃん、パパとママが...!」

 

「父さんと母さんはもうダメだ! それに生きてたとしても逃げろって言われるぞ!」

 

 兄は昔からやんちゃだった。言葉遣いが悪く、短気。逆に妹は気弱で優しい性格だった。故にすぐ舐められる。

 

「おい見ろよ! ナオコがまた泣いたぞー! なーきむーし!! なーきむーし!!」

 

 こんな具合に他の子供、所謂いじめっ子や大人に馬鹿にされて妹はすぐ泣いていた。すると、

 

「おいてめえら! ナオになにしてんだあ!!!」

 

 兄が駆けつけて相手を殴り倒して、夜になると自分の親にやりすぎだと怒られる。そして親にありがとうと言われて母の料理を食べるのがいつもの流れ。

 

 兄はそんな生活に満足していた。だが______________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたテツヤ。考え事か。」

 

「ニルさんか。昔のことを思い出していた。」

 

「決行はもう明日だ。考え事は今のうちに済ませとけ。」

 

「......。」

 

 

 

 

 

 [まずいよまゆくん! 明日には決行だって!]

 

「わかった。もういいよご苦労様。帰ってきて。」

 

 [わかった!]

 

 通信を切った。黛は体から力を抜いてココアを飲む。

 

 作業し続けていたので疲れが溜まってきて、机の上にはエナジードリンクが何本も空になって置いてある。それを癒そうと何も考えずボーッとしている。そんな黛がいる部屋に会話と一緒に人が近づいてきた。

 

「今回の技術提供感謝します。」

 

「いえいえ。お気になさらず。私だって守りたい者があるからこそですよ。」

 

「よろしくお願いします。この先に情報収集をしている人がいますので適当に挨拶でもして協力し合っていてください。この部屋です。」

 

「わかりました。ありがとうございます。」

 

 声からして男だ。ドアがノックされる。

 

「どうぞ。」

 

「失礼します。」

 

 ガチャリと開くドア。互いに相手を見て驚愕する。

 

「ハヤトさん....。」

 

「........黛さんでしたか。」

 

 なぜか気まずい空気になる。

 

「黛さんはなぜここにいるんですか。」

 

「依頼されたからです。みんなを守るためにって。」

 

 見たこと無い。いつもはニコニコしていて穏やかな雰囲気を持つ加賀美の眉間にはシワが寄っていて拳に力が入っている。

 

「奇遇ですね。私もです。みなさんを守るためにここに来ました。」

 

「そうですか....。」

 

「.........今すぐ関係者へあなたはもうこのことに関わらせないよう頼んできます。」

 

「!? なんでですか! 僕はみんなを守りたくてここに_____」

 

「黛さん、あなたは若いんです。背負うには早すぎる。それにあなたの同期の皆さんも協力しているみたいですね。ダメです。絶対引いてもらいます。」

 

「なんで!」

 

「若すぎるって言ってるじゃ無いですか! 机を見ればわかる! あなたは自分のことを顧みずに守ろうとしている! 私があなたを守ろうとしているのに勝手に自分で自分に傷を付けている! 若すぎるからこそ自分をわかっていない!」

 

「そしてこのことに参加することはあなたたちは直接的であっても間接的であっても命を奪うことになる! あなたにはそれができるんですか!」

 

 加賀美の言葉に一瞬喉が詰まった。命を奪う、考えてもいなかった。敵であっても命を奪うことには変わりはない。

 

「でもあなただって僕とは年はあまり離れてはいないじゃないですか! ハヤトさんだって若いのに!」

 

「それでも私は年上だ! あなたたちを守る義務が私にはある! あなたたちより守らなくちゃいけない義務がある!」

 

 加賀美が叫ぶと黛の上着を引っ張って後ろに彼を投げ飛ばす。今、コンピュータの前には加賀美がいて黛はコンピュータに近づけない。

 

「どいてくださいハヤトさん! 僕は.....僕は......!!」

 

「なら私を殴り倒せ!! そんな半端の覚悟でやろうとしているならば絶対に許しやしない!!」

 

 加賀美の言葉に触発されて拳を握りしめて顔を狙った。加賀美は避けることもせず顔に当たったがビクともしない。当たる瞬間に拳から力が抜けていたのだ。

 

「今、ビビりましたよね。人を殴ることに恐れを感じていますね。」

 

「違っ_____」

 

 加賀美の言葉を否定しようとした瞬間、黛に後ろの壁に叩きつけられたような感触が伝わる。顔に鈍い痛みが残っている。

 

「立ってください。もう終わりですか?」

 

「まだ....。」

 

 まだフラフラしている。ゆっくり体を起こし、また殴りつける。

 

「今度は当たる直前で動きが止まりかけましたよね。」

 

 そしてまた殴り飛ばされる。

 

「いいですか。私は今黛さんの敵なんですよ。情け無用です。」

 

 また何度も殴りつけるが何度も返り討ちにされ続ける。

 

「遅いです。早く立ち上がって下さい。」

 

「ッ......!」

 

 立ち上がってすぐに黛は加賀美は押し倒して馬乗りの状態になる。そのまま加賀美の顔を何度も全力で殴りつける。

 

「フンッ! フンッ! フンッ! フンッ!」

 

 すると腕を掴まれ横に投げ飛ばされた。元いた場所を見ると加賀美はすでに立ち上がっていた。

 

「効きましたよ、黛さん。」

 

 加賀美はデスクの上に自分のハンカチを置いて退室して行った。

 

「.......。」

 

 黛は微かに血がついた自分の拳を眺める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、止めることができなかった......。」

 

 廊下でポソリと呟く加賀美。昔から面識がある二人。黛は加賀美を慕っていた。だからこそ黛を止めたかった。若い彼に重い荷を背負わせたくなかったなのに彼の気迫に押されて結局許してしまった。

 

「情けない.....。」

 

 あまりにも情けない。結局折れてしまったのは自分の信念。いつになっても自分の後を追う者に厳しくなれない、つまり自分もまだ子供だと痛感した。

 

 そうやって自分を責めながら今度は別の場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、黛の通話相手、アルス・アルマルは指示通りに帰還していた。右手に本を持ち、フードの飾りを揺らしながら。

 

(まずいよこれ...。かなりの面倒くさいことになるんじゃ.....。)

 

 そんなことを考えながら歩いていると後ろから声をかけられた。

 

「あれっ、アルスさんじゃないですか!」

 

「あ! シェリンじゃん! なにしてんの?」

 

「いやこっちのセリフですよ。僕は今大事な仕事で張り込み中なんですよ。」

 

「ボクも張り込みしてたところだよ。すっごく大事なお仕事で大変だよ。」

 

「お互い苦労してるんですね。まぁ、がんばり_________」

 

 その時、シェリンのモノクルが弾け飛んだ。尻餅をつくシェリン。

 

「ッ!? シェリン!?」

 

「ええ.....モノクルに度は入ってないので大丈夫です。

 

「そうじゃねえよ! というかもう......。」

 

「囲まれてますね....。」

 

 二人の周囲には人型の黒い靄が並んでいた。二人ともその正体と弱点は把握している。

 

「先に逃げて。ボクが魔法でなんとかする。」

 

「逃げたくても無理ですよこれ。」

 

 絶体絶命。アルスの実力では敵のコアを正確に砕きながら蹴散らすのは厳しい。シェリンも腕っ節は強く多才だがそれだけの人間である。特殊能力なんて一切無い。

 

「やばいよこれ! どうする!?」

 

「まぁ落ち着いて下さい。5秒あればこいつら全て消し飛びますよ。」

 

「え!? シェリンそんなことできるの!?」

 

「まぁ、今から5秒数えますから。行きますよ? 5」

 

 1秒も経たずに敵は跡形もなく消し飛んだ。残るのは炎だけ。数えようとして5の半分も出かかってないタイミングで。

 

「ちょなんかダサいじゃないですか! ちょっとはノってくれてもいいじゃないですか!」

 

「いやいや! 成功したとしてもあんまりかっかよくないじゃろ! しかもこんな非常事態に馬鹿なことに構ってる暇なんてねえよ! すまんのアルス! 遅くなって!」

 

「ドーラ様!? どういうこと!?」

 

「張り込み中ずっと僕のボディガードとして隠れながらついてきてくれたんですよ。いやぁ本当に助かりましたよ! それに欲しい情報も手に入ったし。明日決行ね.....えっ明日!?」

 

「らしいな! とりあえず急ぐぞ! ってなんでアルスがここにいるんだ!?」

 

「ボクもこいつらをなんとかするために動いてるんですよ!」

 

「ったく......帰れ!」

 

「いやなんでですか! ボクだって戦えるんですよ!」

 

「お前が来るとわしはお前を守らなきゃいけなくなる。守りたいものってのは大切な者だけど足手まといでもあるんだ!」

 

「でもそれならシェリンだって.....!」

 

(えっ僕今雑魚扱いされた....?)

 

「シェリンにはシェリンの役割がある! 情報収集もできて囮にもなる!」

 

(僕今囮扱いされた.....?)

 

「囮ならボクにだって______」

 

「か弱い女の子に囮なんてやらせるわけ無いだろう! シェリンは構わん!」

 

(なんで僕は大丈夫なの.....?)

 

「少なくともボクはシェリンより強_______」

 

「関係ない! 帰れ!」

 

(今アルスさん僕と何を比べようとした? 僕より強いって言おうとした?)

 

「雑魚なんかと比べても意味は無いだろ! さっさと帰れ!」

 

「同じ雑魚だとしてもボクは戦力になりたい!!」

 

「あなたたちいい加減にしてくださいよ! さっきから人のことをコケにして!」

 

「コホン.....それにアルスさん。人の死体を見たことありますか? ゲームではなくリアルで。」

 

「.......。」

 

「死体ってのは状態がどんなに綺麗でも結局は心にくるんですよ。僕は割と何度も見てきましたからわかります。」

 

 シェリンがスマホを取り出すとファイルを開いて画像を見せて良いかとアルスに聞いてそれを見せた。

 

「これは昔僕が見た光景です。」

 

 画面には夜の廃トンネル内のものであった。壁には赤黒いシミ、下にはまばらに骨が見える人の死体。目は感情もなく大きく開かれている。

 

「昔の仕事で近くで休憩中に気分転換にトンネルに入ったらこうなっていたんです。おそらく殺人現場でしょう。赤い手形も残っていますし。私は写真を撮って警察に行こうとしました。でも怖くなって結局逃げて伝えれませんでした。それくらい悍ましいものなんですよ。」

 

「そして今からはそれを嫌になるほど見ることになるでしょう。それでもいいんですか?」

 

 穏やかな声だが強い何かを感じる表情。思わず後ずさりするアルス。例の画像もかなり胸を締め付ける。

 

「.........もちろん。」

 

 それでも彼女は折れなかった。

 

「ボクはこの世界でみんなと繋がったんだ。だからボクはなんと言われようとも戦いたい。」

 

「.......行きましょうドーラさん。」

 

「うむ。アルス、お前の好きにしろ。わしがお前を守ってやる。とりあえず解散だ。」

 

「.........ありがとうございます。」

 

 三人は再確認した。血を流すということを。そして三人は二手に別れた。

 

「そういえばドーラさん。」

 

「なんじゃ?」

 

「聞かなくていいんですか。お兄さんの件。」

 

「悩んだが言わないほうがいいだろう。政府に奴らの肩を持ってるって誤解されかねん。」

 

「そうですか。」

 

 

 

 

 

 

 

「ニル・ガルズって言ったか。執行者ねぇ。てかそいつのことをめちゃくちゃ嫌ってそうじゃん。なんかあったのかい。」

 

 シェリンたちと合流して話し合いを終わらせ近くの宿で湯船に浸かるエクスと花畑。なかなか大きな旅館で浴場も広い。おまけに人がおらずほぼ貸切状態だ。

 

「ええ、嫌いです。どうしようもないほど嫌いです。」

 

「誰かの仇か。」

 

「誰かの仇でも復讐相手でもありません。嫌いなタイプの人間なんです。」

 

「そうか。」

 

「仲間を大切にしないから。彼が執行者って呼ばれているのはたくさんの首を刎ねてきたからと言われていましたね。でもそれとは別に理由があります。」

 

「元処刑人の貴族だったんですよ。」

 

「処刑人、か。」

 

「あいつは誰よりも命の重みを知っていた。悪を嫌う、良い人でした。」

 

「だが人が変わってしまった。だな?」

 

「.......。」

 

「私も仲間を、家族を大切にしないやつは嫌いだね。家族はいいぞ。妻も娘もすごくかわいいんだよなぁ。」

 

「えっ!? チャイカさん結婚してたんですか!?」

 

「そうだよ。まぁ死んだけど。」

 

「死んだって.....。」

 

「人間に放火されてね。私の背中を見てごらん。傷跡があるだろ? もともと羽が生えていたんだけどちぎりとられた。」

 

「私がいつも着ているメイド服、あれ妻の形見だよ。」

 

「......復讐とかしたんですか。」

 

「そいつらはもう一人もいないさ。」

 

「なんかすみません....。」

 

「気にすんなよ。あと妻も娘もすごく優しかった。エクス、私もお前と同じようなもんだ。互いに見てきた世界は同じだと言って過言じゃない。」

 

「元々の世界では『三億人殺しのチャイカ』って呼ばれていたくらいだしな。でも妻は優しくしてくれた。」

 

「..........」

 

「お前に家族がいるなら言っておく。家族は大事にしておけ。お前が家族を護るなら家族はお前を護ってくれる。」

 

「あと、『英雄』っていう名前に気を使うな。一人で戦うな。お前の気持ちがわかるやつはここにいるし、わからなくてもお前を護ろうとするやつらがいる。力を抜け。今日くらいはただの二十歳のガキとして寝ときゃいい。」

 

「チャイカさん......。ありがとうございます。」

 

「いいよ。じゃあそろそろあがるか。」

 

 二人が腰を上げようとする。すると______

 

「やはり英雄には矛盾がつきものか。」

 

 目の前に人影があることに気づく。それもかなり異質な。

 

「誰だ!」

 

 あまりの異質さに加えていつのまにそこにいる存在にエクスはもちろん花畑ですら狼狽した。

 

「トーシャ....!!」

 

「知り合いか!?」

 

「愉快なものではないですけどね...。」

 

 そこには鎧とローブをまとう修行僧のような姿をした存在が立っていた。前に森で死闘を繰り広げた存在。

 

「エクス・アルビオ、お前は感謝した。自分の仲間として背中を守ると言ってくれたことに。同時に戦慄した。護るべきものが一緒に戦ってくれるなんて。失ったらどうしてくれるんだと。」

 

「お前は信じた。背中を預けられる存在だと。同時に疑った。背中を預けて良いのかと。」

 

「そんなこと思っていな_______」

 

「お前は憤った。命を粗末に扱う存在へ。同時に奪っていた。数多の者から光を。」

 

「そんなことはどうでもいいんだよ! 何が目的でここに来た!」

 

「貴様もだ。花畑チャイカ。貴様ら二人は知っていた。命の儚さを。なのに________」

 

「トーシャ、何が目的ですか。」

 

「前も言ったはずだ。お前を監視する存在だ。お前が『英雄』から逃げないように。ここで試してみるか?」

 

 エクスとトーシャが構える。だが、

 

「逃げねえよ。こいつは。」

 

「チャイカさん!?」

 

 二人の間に花畑が立ちふさがった。

 

「さっきは気にすんなと言ってみたが意味無いだろうな。こいつは意外と頑固なんだよ。俺が逃げろって言ったら逆に殴りに行くようなやつだ。試す必要は無い。お前も俺たちの敵なら俺が相手になってやるぞ。」

 

「.......。逃げるなよ英雄。その名から。」

 

 エクスと花畑が同時に瞬きした後にはもうトーシャの姿はなかった。

 

「んなもんエクスが一番わかってんだよ。なぁエクス?」

 

「もちろんです。」

 

「でも気にすんな。」




第十七話でした。3Dといえばチャイカさんのお披露目は大笑いしました。地獄パンチラ、ドリブルおもちぃななど僕のツボにどストライクでした。


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18. 集結した精鋭モブ部隊は死ぬ

第十八話です。英雄と社長の3D最高でした。英雄は彼らしい配信でしたし、社長はかなり熱い配信でした。


結論で言うとどっちも最高でしたし。自分の生涯には一片の悔いもありません。まだ死にたくないけど。


「兄ちゃん.....お腹すいた.....。」

 

「じゃあこれやるよ。キャラメル、俺のポッケに入ってた。」

 

「でも兄ちゃんは食べるもの無いじゃん....。」

 

「キャラメル嫌いだから。食えよ。それに飯は見つかるから。我慢してくれ。」

 

 自分は知っていた。兄はキャラメルが好物であると。

 

「でも.....!」

 

「黙って食え。置いてくぞ。」

 

 そして何日も食料にありつけず見つけても全て自分に理由をつけて譲ってくれたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってて、兄さん。」

 

 曇天を見上げながらナオコは呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周りには平原と断崖絶壁が広がっている。安全は確保したものの開発が全く進んでいないほとんどありのままの大自然がある。その中央に二本の線路が隣接して敷いてある。

 

 崖の上に集まっているのはエクスと花畑。

 

「列車が来たら線路を吹き飛ばして足が止まったところを一気に攻める作戦か。わかりやすくていいじゃん。」

 

 花畑が笑った。これから行うのは列車がきたらあらかじめ線路に設置してある爆弾を起爆して線路を破壊し、列車が止まったところを狙って相手を叩きナノマシンをドーラの手によって完全に焼却する作戦。

 

「本当はドーラさんに直接叩いてもらったほうが良いんでしょうけどちょっと危険そうでしたので。」

 

「例の執行者のことか。そいつはエクスに任せて良いのかい?」

 

「任せてくださいよ。ボコボコにしてやります。」

 

 今エクスの左前腕の鎧に外付け式のワイヤーガンが装着されている。先程、加賀美と合流した時に渡された装備だ。エクスが直接依頼したオーダーメイド品。ワイヤーガンからグリップが親指と四本の指の間に伸びていてグリップにはボタンがふたつ付いている。

 

「一応こういうのも貰っておきましたから。列車が止まらなかったりしたらこいつでなんとかします。すごくないですかこれ! 社長曰く、50tの重量にも耐えるらしいですよ! ヤバくないすか!?」

 

「いいね。その頭の悪い感じ嫌いじゃないよ。」

 

「..........。」

 

 さっきまでの盛り上がりが嘘のように無くなった。

 

「........エクス、絶対に成功させるぞ。お前もそれを望んでるだろ。」

 

「もちろんです。」

 

 [お二人さん、そっちは大丈夫か?]

 

 通信が来た。渋い低音ボイスが響く。ベルモンドの声だ。

 

「こっちは大丈夫。そっちは?」

 

 [心配ねえさ。ここで絶対に止めよう。]

 

「わかってるよ。」

 

 エクスたちの向かい側にある崖にはベルモンドとドーラがいる。爆破後、ドーラがナノマシンを積んだ車両に突撃、ベルモンドは随伴して彼女を護衛する。花畑は雑魚に対して暴れまわり、エクスは自分が成すべきことを成す。まぁ役割分担はほとんど建前だが。

 

 

 エクスの中には黒い何かが蠢いていた。

 

 

 トーシャに言われた言葉。

 

 

 否定はできない。

 

 

 エクスはまだ信じていなかった。まだ全部背負いこんで一人で終わらせるプランを考えていた。それが当たり前であると。

 

 [みなさん、そろそろ列車が目標地点に到着します。]

 

 通信機からシガハラの声が聞こえる。彼女には別の場所からドローンで状況を伝えてもらっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エクス達からより後方で政府所属の特殊部隊と一人の少女が集合している。場所は経路の途中にある廃駅。こちらも同じく線路に爆弾を仕掛けて時が来たら列車を襲撃する作戦だ。

 

「おいおい、子供が来て良い場所じゃねえだろ? 上様は何を考えてるんだ。」

 

「まぁまぁ、こいつは異世界人の魔法使いだ。俺たちに足りない火力を補強してくれるかもしれないだろ。」

 

「でも子供だろ? しかも女の子じゃねえか。」

 

 部隊の二人が少女を見て会話している。すると片方が少女に向かって言った。

 

「おい、上様に言われたのか知らねえがここは.....あー、アルスっつったか? あんたみたいな子供がいて良い場所じゃないんだわ。」

 

「あのっ、そのっ......ボクが望んで来たので大丈夫です.....。」

 

「えっ嘘? すげえな肝が据わってんな。でも本当に魔法使いか?試しになんか魔法使ってみてよ。」

 

「あんまいびんなよ。困ってんだろ。」

 

「いや、大丈夫ですけど....。」

 

 正直キツイ。自分より大きく銃などで武装した成人男性が大量にいてしかも誰も顔を知らない。人見知りが激しい自分にとっては地獄のような環境。これを打開すべく魔法で氷の球を手の中に作った。

 

「おお! まじで魔法じゃん! すげえ!」

 

 さらに追撃。氷でナイフを作った。装飾の無いシンプルな形。

 

「次はナイフか。本当にすごいな。」

 

「昔はこういうのはフィクションでしか見れなかったんだけどな。生きてたら何が起こるかわからんわ。無茶振りして悪かったな。」

 

「いえ、そんな気にしてないので....。」

 

「いやぁ本当にすまんな。でもあんまり無理すんなよ。」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 肩の力がかなり抜けた。警戒しなくてもいい良い人達だったとアルスは安堵する。

 

(そういえばシェリン達いま何やってんのかな.....。)

 

 ふと自分たちとは別で動いてるメンバーを知らない集団のことを考える。自分の知らないところで誰が何をしているのだろうか。そう考えていた時_______

 

 

 その時は訪れた。

 

 部隊の一人が仲間を撃ち殺した。

 

「!?」

 

 他の全員が驚いた表情でその一人に銃口を向けた。

 

「おいなにをしている! 正気か!」

 

「......。」

 

 その男は銃口を叫んだ男に向け撃った。

 

「ひっ....なんで....?」

 

 思わず口からこぼれたアルス。味方の二人がすでに血を流している。しかも同じ味方の手によって。

 

「もういい! 撃て!」

 

 一人の怒声と同時に銃弾が男に襲いかかる。あっさり倒れた。

 

「.....アルス! さっさと通信機持って逃げて応援を呼べ!」

 

「はっ、はい!」

 

 この会話の直後にアルスを逃がそうとした男含めて三人が同時に倒れた。

 

「嘘だろ...! さっきこいつら撃たれたよな..!」

 

 最初に死んだはずの三人が起き上がる。三人とも急所に弾痕があるがむくりと立ち上がる。とても人間とは思えない立ち上がり方。そしてそのあとに死んだ三人も立ち上がる。

 

「ゾ...ゾンビ...。」

 

 有名な怪物の名をつぶやくアルス。まさにそれだった。すぐに通信機を持って物陰に隠れて応援を呼んだ。すぐに来れると返事が来た。

 

 物陰から覗き見る。すでにみんなやられてゾンビのようになっている。普通のゾンビのイメージと異なっているのは銃を正確に扱えることくらいだろう。

 

 正直ずっと隠れていたい。足が震える。だが______

 

 

 自分とした約束を破りたく無い。

 

 この世界を守る約束。

 

 

 すぐに手に持った魔道書を開いて目的の魔法を探す。即効性があって広範囲かつ効果が大きい魔法を。

 

「.........これだ。」

 

 物陰から出て立つ。対象はすべて視界の中に。

 

「んっ.........」

 

 魔力を込めてどう変化させるか計算する。所謂、詠唱と呼ばれるものに近い。

 

 腕の筋肉が震える。危険量に近い魔力が身体中を滾っている証拠だ。

 

「.......もうわかった。」

 

 それが合図かのように魔力が冷気となって解き放たれる。地面が凍りつき、その上に立っている屍共を氷で包んでいく。

 

 アルスはダメージを与えても動くのなら動けなくすれば良いと判断した。故に選んだ魔法は広範囲を凍らせる大出力魔法だった。

 

「はぁ.....はぁ.........」

 

 やり切ったがさっきまでいた優しかった人も屍となって氷の中に。やるせなさが残る。

 

「ほほお、やるじゃねえか。」

 

 今度は味方にいなかった男の声。知人の誰にも当てはまらない声。すぐに振り向いた。

 

「あの大量の敵を一瞬で沈めちまうなんてな。あっ、応援は来ねえよ。全員俺が殺したからさ。」

 

 確かに男が右手に持つ剣の柄を伸ばしたかのような槍は赤黒く染まっている。

 

「一応自己紹介しとくか。ニル・ガルズってんだ。お前も名乗れよ礼儀だぞ。」

 

「.......アルス・アルマル。」

 

「へぇ......見た目だけじゃなくて名前も丸っこいんだな。おもしれえや。」

 

「あなたがやったの?」

 

「ん? ああこれか。そうそう、俺死霊術士なんだよね。一人殺して屍人形にしてからそっちに送りつけた。で、一人死ぬたびにそいつも屍人形にしていったわけ。」

 

「何が目的なの。」

 

「ちょっとお手伝いしてんだよ。」

 

 ニルがそう言うと彼は突っ込んで槍を振り上げた。アルスの本が二つに切り裂かれた。

 

「こうしとけばお前は非力なガキだ。さっさと消えろ。」

 

 反応できなかった。先の戦闘の疲れもあるがそうでなくても厳しいだろう。

 

「.....ッ!」

 

 すぐにあるわけがない刀を腰に構えるポーズをとろうとするも首に槍を向けられる。

 

「やめとけ。何をしようとしてるのか知らんがそれはできねえよ。」

 

「ぐっ....!」

 

 未だかつて無いほどの強さ。恐怖心はないが焦りはある。

 

「........お前、匂うな。」

 

「は?」

 

「知ってる匂いだ。」

 

「なにをいってるの。」

 

 ニルは槍を引いた。

 

「お前は生かしておいたほうが面白そうだ。もともと殺す気はないけどさ。」

 

「もうここに用は無い。一応ここに屍人形は置いとく。もう一度言うぞ、今すぐここから消えろガキ。」

 

 思いっきりニルが地面を蹴ると煙がアルスの視界を奪った。煙が晴れるとすでに氷が砕けていた。そしてニルの姿は無い。

 

「とんでもねえことしやがったなあいつ.....。」

 

 そう吐き捨てるとアルスを煙が包んだ。煙が晴れると頭には獣の耳、大きな尻尾に薄着。そして長い日本刀が彼女を飾っていた。

 

「でも逃げるわけないでしょ。」

 

 刀を抜き構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すでに7両の列車が視界に入っていた。線路の爆破まであと7秒くらいだろう。

 

「そろそろですね。」

 

「ああ。」

 

 そしてついにその時がやってきた。轟音と爆炎が列車を包み、先頭車両は跡形もなく消え自ら列車が動くことはできない状態になった。それからエクス

達は下に向かって駆け出し、四人が列車へ接近すると教団員の雑兵が応戦しようと列車からぞろぞろと出てきた。

 

「貴様ら! 我々の神聖な儀式を邪魔するとはなんたる_______」

 

「どきな、雑魚共。」

 

 叫んだ雑兵が花畑に吹き飛ばされた。

 

「こっちこそ私たちの邪魔するやつは殺しちゃうよ〜ん。」

 

「見た目だけでなく中までふざけた野郎だ! 殺せええ!!」

 

「オカマ差別は良くないわ、よっ!」

 

 花畑は槍を持って突っ込んできた兵達を次々と殴り飛ばし進んでいく。

 

「くっ、砲だ! 砲を引っ張り出せ!」

 

 列車の中から大砲が引っ張り出されそれを花畑に狙いを定める。

 

「撃てえええええ!!!!!!」

 

 砲口から砲弾が爆音とともに放たれる。普通じゃない火薬量だったのか砲は大きく跳ね周りの兵はよろけた。

 

「無駄だよ。そんなちんけな豆鉄砲じゃあね、」

 

 花畑は右足を後ろに回して、

 

「『三億人殺しのチャイカ』を止められるわけねえだろうが雑魚共がああああああ!!!!!」

 

 少し飛び上がり足を砲弾に叩きつけた。

 

「馬鹿なぁ!? 打ち返しただと!?」

 

 凄まじい勢いで加速した砲弾は兵の群れの中に衝突、煙が湧き上がると同時に力の抜けた兵の体が飛び上がり地面にぼたぼたっと落ちている。

 

「出直して来いよクソ共ォォッッ!!」

 

 吠える花畑、兵達は彼から距離を取ろうとしていた。

 

「こ、殺せええ!!! 数で叩き潰せえええ!!!!」

 

「......本当に数を回したほうが良いのはこっちじゃないと思うよ私は。」

 

 花畑が呟くと列車の方で血が舞い上がっているのに兵達は気づく。

 

「おい! 早くこっちにも兵をぐばあっ!」

 

 そこではエクスが大量の兵に囲まれていた。彼は兵の攻撃を受け躱しつつ、ひとりずつ殴り倒していく。

 

「たかが一人の人間だぞ! 何を手間取っている!」

 

 叫んだ兵が槍でエクスを突こうとすると躱され柄を掴まれ槍を奪われる。そして喉を槍で横薙ぎで切り裂かれた。そのまま何人かが突っ込んできたがそれぞれの攻撃を槍で去なして一人ずつ仕留める。

 

 後方から兵が銃で援護射撃するがエクスは兵を遮蔽物にしながら切り裂き接近する。銃を持った兵の元に近づくと下から突き上げた。

 

「怯むなああ!! 攻め続けろおお!!!」

 

 兵が一気に攻めてくるがエクスは槍を投げ六人ほど同時に串刺しにして再び柄を掴むとそれを振り回し大量の兵をなぎ倒す。

 

 それを投げ捨てると下に落ちた二本の剣を両手で拾い、一人一人の隙を狙って切り裂いていく。

 

 後ろから大男が斧を振り下ろすがエクスは頭上に両手の剣を横向きにして受け、撥ね除けると回転して振り抜くと大男から血が噴き出した。

 

 そのあとも一人一人の懐に潜り込み斬り伏せていく。

 

「いやぁ、まじでしんどっ。もう早くかかってきてくださいよ。そっちのほうが片付くのが速いんで。」

 

 

 

 一方、列車を挟んで反対側ではすでに戦える兵の数は少なかった。

 

「おらぁ!」

 

「ぐわあああああああ!!!」

 

 そこでドーラが蹴り払うと直撃した者は灰に、飛んだ火の粉が直撃した者は一瞬で炎に包まれる。

 

「なんだよこいつら......デタラメに強すぎる....。」

 

「そうだ! コアビットだ! コアビットを出せぇ!」

 

 叫び声が響くと電車の中からナノマシンのビットが湧き出て、七体の人型になった。

 

「邪魔だ。」

 

 兵の期待は虚しく、ドーラが放った拳とそこから放たれる炎でコアビットごと灰にされ、他の個体も襲いかかるが一体ずつ確実に潰される。

 

「嘘だろ.....うっ撃てぇ!」

 

 大量の兵が銃弾をドーラに浴びせるが、銃弾は彼女に届く前に溶け蒸発している。

 

 本来ドーラはどんな相手だろうと殺生は好まない。だが今回はそれと矛盾して相手を殺す勢いで向かっていく。

 

「この忌々しい異世界人がぁ! 調子乗るんじゃねえええ!!!」

 

 教団は文字通り彼女の逆鱗に触れてしまった。

 

「生まれや育ちだけで人を区別すんじゃねえよ......。」

 

 命を平等に愛しようとする彼女にとって、差別することは彼女の怒りの逆鱗(トリガー)だった。

 

「クズ野郎共が.....ッ!」

 

 そしてもう一人の方では、より多くの兵が倒れていた。

 

「貴様.....なにをした...!?」

 

 一人立ち尽くす兵が問う。なぜこうなったかはわからない。三秒ほど後ろを見ていた間にこのような状況になっていた。

 

 そしてその犯人が目の前にいる。

 

「答えろぉ! 何をしたぁ!?」

 

「いやぁ、ちょっとコツンとしただけだよ。」

 

「コツンとって....貴様ぁ!」

 

「ていうか君たちマジで相手しちゃいけない人と戦ってるからね今。逃げた方が良いと思うよ。」

 

 そう言いつつ、犯人、もといベルモンドは一人の兵へ歩んでいく。

 

「ひっ...来るなぁ!」

 

 兵は懐から拳銃を取り出しベルモンドに向けて引き金を引いた。だが銃弾は出なかった。

 

「おやおや、弾が詰まっちゃったかぁ。」

 

「あぁあ....」

 

 一歩引くと尻もちをついたがそのまま後ずさりしてベルモンドから距離をとろうとする。だが吹き飛んだ列車の先頭車両の破片が遮ってしまった。

 

「おっと行き止まりだねぇ。」

 

「頼む...やめてくれ......。」

 

 完全に怯えきっていた。人間には理解できない存在に。

 

「じゃあわかった。選択肢をあげるよ。」

 

「選択肢.....?」

 

「ああ。一つ目は今ここで俺に殺されるか。二つ目はこの宗教に二度と触れずここから消えて平和に暮らすかだ。」

 

「おっ、お願いします...! 二つ目でお願いしますっ!」

 

「良い答えだ。さっさ消えな。」

 

 そう言いベルモンドは兵のより後ろへ進んでいきやがて土煙で姿が見えなくなった。

 

「クソッ! 絶対に殺してやる! 神の名の下にぃ!」

 

 それを見計らって兵は銃を拾いなおし煙の方へ向かった。

 

「せっかく信じてたのになぁ。」

 

「うぐふぅ!」

 

 気がついたら後ろから腕で抱きつくように首を絞められていた。

 

「貴様ぁ! さっき向こうに行ったはずじゃ.....!」

 

「向こうに行った後戻ってきちゃダメなのか?」

 

 より力が込められていく。

 

「うぐがぁ.....神よぉ! 私はあなたのために戦いましたぁ! あなたにぃ! さらなる繁栄をぉ! ヨートゥンゥゥゥ!!」

 

 絞められた喉から精一杯叫ぶ。

 

「君には生きてて欲しかったよ。」

 

 ベルモンドは絞め方を変え首をへし折った。

 

 そして兵の数はどんどん減っていった。

 

「あそこかぁ!」

 

 ついにドーラがナノマシンを詰め込んだ車両を見つけた。そうすると彼女の腕から炎が溢れ出しまるでもう一つの太陽のようになる。

 

「どおおりゃあああああ!!!!!!!」

 

 うなり声と同時に開いた手をナノマシンを積んだ車両に向けて横から振りかぶる。まだ当たってすらいないのに車両の外装が溶け始めている。

 

 

 

 

 

 完全に白黒ついたとその場にいた者は思った。

 

 

 

 

 

「危ねっ!」

 

「なっ!?」

 

 気がつくとドーラの前には男が浮いていた。その赤髪の男はドーラの腹を蹴り抜き弾き飛ばした。

 

「ぐうっ...なんだぁ?」

 

 地面に転がってゆっくり立ち上がったドーラには槍を持ち、装飾の付いたコートを羽織る男の姿が見えた。それはドーラ以外の三人も同様だ。

 

「間に合ったぁ...。走るのって結構しんどいわ。しかもちょっと目を話した隙にこのザマかよ。」

 

 そう言いながら槍を回して弄ぶ男。そして列車の中から人影が出てきた。

 

「おっテツヤ。これどうなってんだ?」

 

「知らねえよ。傷物になったら困るって言われてずっと列車の中に閉じ込められていたからな。ニルさん、どうすりゃいい?」

 

「マジかよ。まぁそうだな。じゃあまず列車の向きを前後入れ替えてくれ。」

 

 槍を持った男、ニルがテツヤに向かって言うと、ナノマシンが列車を持ち上げて前後向きを変え、途切れた線路に再び載せ直した。このとき四人ともナノマシンに遮られているせいで止めることができなかった。できるかもしれないが無謀である。

 

「なぁエクス、あの赤髪がニルって奴か?」

 

「そうですね。」

 

 エクスと花畑がボソボソと喋る。

 

「で、次はどうすればいいんだニルさんよぉ。」

 

「そうだな。じゃあもうここに残ってこいつらの相手をしとけ。周りの奴らも使えるようにしとくで。列車は俺が守っとく。」

 

「いやでも俺が乗らないとまずくないっすか。『審判の日』で俺が言うのもアレだけど俺がいないと成立しないんじゃ。」

 

「列車に乗って行くのはたぶん茨の道だぞ。お前じゃ荷が重い。それに後で来い。ちょっとくらい遅れても良いだろ。」

 

「まぁそれで良いけど...。」

 

「死ぬなよ!」

 

 ニルが列車の上に飛び乗ると進みだした。

 

「やべっ! 待て!」

 

 我に返ったエクスは周りにいる兵を切り払って左腕についたワイヤーガンを列車に向け引き金を引いた。

 

「ん? ちょっとやばいってこれ!!」

 

 ワイヤーは列車にたどり着いて固定されたが、思ったより列車のスピードが出ていた。

 

「うぎゃあああああ!!!!」

 

 情けない悲鳴とともに列車に引っ張られていった。

 

「エビオ君!」

 

「追いかけるぞ!」

 

「行かせねえよ異世界のゴミ共。」

 

 ベルモンドとドーラが追いかけようとするが目の前にテツヤと先ほど殺したはずの兵たちが立ち上がって武器を構えていた。

 

「どうなってんだあれ! ベルモンド! なんかわかるか!」

 

「たぶん死霊術だろうね。」

 

「厄介なことになったわね。一人残らずボコすけど」

 

「ボコされるのはてめえらの方だ人間モドキ共ォ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 列車の上で堂々と立つニル。風で赤い髪が靡き、槍の刃が輝く。

 

「おっ、来た来た」

 

 下から鎧を纏い剣を背負った男が這い上がってきた。

 

「ふぅぅ....危ねえええええ!!!」

 

「いやよく死ななかったな。」

 

「そりゃそうでしょ。だって英雄ですよ?」

 

「意味わかんねえけど説得力あるな。」

 

 英雄と執行者。異世界で五傑と呼ばれた者の内の二人が再び相対する。

 

 




第十八話でした。


えっ、今度は魔法使いとコアラの3D配信があるんですか!? 人が死ぬぞいちからァ!


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19. お前はここで死んでゆけ

第十九話です。エビチリのTOKYO2020コラボ見て大笑いしました。最初からフルスロットルでオチは完璧。見て。


 走る列車の上で二人の男が向き合う。片方は異世界の英雄、片方は異世界の執行者。

 

「まぁとりあえずこの世界から消えてくださいよ。」

 

「いや、いきなりすぎんだろ。なんか前ぶりとか無えのか!?」

 

「お前ごときに振る話題とかあるわけないでしょ。マジで、ちょっとマジでめんどくさいのでここから失せてくれるとマジで助かるんですよ!」

 

「いやそう言われて消えるような奴がどこにいるんだよ。もっとカッコイイこととか言えんの?」

 

「どうでもいいです。」

 

「あのさぁ.....。」

 

 他愛も無い会話をした後、両者武器を構えた。

 

「まぁ気にすることは何も無いか。」

 

「そうですね。」

 

「悪いが俺にだって戦う理由はある。それも絶対に曲げたく無い理由だ。」

 

「僕もです。僕だって戦わないといけないんです。自分と約束したんですよ。」

 

「絶対に『英雄』の名から逃げないってね。」

 

 エクスの剣から焔のように青い光が溢れる。それに応えるかのようにニルの槍も桜色に輝く。

 

「自分の信念を守り通したきゃ生き残らなくてはいけない。」

 

「そして生き残るには相手の信念をへし折らないとダメですね。」

 

「もう何も言わんくても分かるか。」

 

「もちろん。」

 

 互いの武器の輝きはさらに増していく。

 

「「そっちの事情なんか知らん。」」

 

「「お前は死んでゆけ。」」

 

 

 エクスが踏み込んだ。剣を振るとニルは槍を振って弾き、柄で横腹を殴る。だが怯むことなくニルを蹴り押し開いた距離を詰め猛攻を加える。

 

 上から下へ。

 

 左斜め下から右斜め上へ。

 

 右から左へ。

 

 何度も剣を叩きつけるが全て槍で防がれる。

 

 今度は隙を見て剣を大きく振りかぶり上から叩きつけ槍で防がれた瞬間、踏み込んで顔を殴った。

 

「ここでは集団リンチなんてできやしないですよね。」

 

「たりめーだっ、馬鹿野郎ッ!!」

 

 今度はニルが槍を下から列車の屋根を抉りながら振り上げた。心なしかリーチも長くなって威力も上がってる。

 

「でもなぁ! 武器に捕まえた死霊の魂込めることだってできるんだぜェッッ!!!」

 

 今度はエクスが受けに。

 

「そんな自分の技ベラベラ喋るなんて正気かよ!? 大丈夫なんですか!?」

 

「おうよ! てめえはここで殺すからなぁ!!」

 

 今度は躱すと車両の角が切り落とされた。直撃したらひとたまりも無いだろう。

 

 霊術士であるニルは槍の刃にいままで奪ってきた魂を魔力変換してエクスの剣と同じようにコーティングして性能を上げている。外見以上に刃渡が伸びて威力が増す。

 

 激しい剣戟を繰り広げ続ける二人。ニルは流れを変えるべくあえて槍で受けずに外し、懐に潜り混んでエクスの腹へ膝蹴りを打ち込んでよろけさせ、その隙を狙って追い詰めていく。

 

「ぐっ...!」

 

 流れを変えるべくエクスは強引に左拳を叩き込んでそのままワイヤーを撃ち込み、胸を蹴り飛ばした。

 

 吹っ飛ぶニル。エクスはワイヤーガンのボタンを押してワイヤーを巻き取り彼を引き寄せ、顔に向けて頭突きを放つと顔から血が溢れ出した。

 

「がぁ....! なんのォッッ!!」

 

 やり返すように大きく槍を振ると、エクスは距離をとり上体を反らすが魔力で作られた刃が胸当を叩き割り、肉を浅く切り裂いた。

 

「くっ!」

 

 エクスはすぐに反らした上体を戻して飛び込み剣を振りかぶる。ニルはそれを槍の柄で受け止めると車両の屋根が衝撃波で崩壊した。

 

 車両の中に落ちた二人はすぐに相手の方へ向き直す。そしてエクスが駆け出し剣を隙へ向けて振り回す。ニルは槍で何度も弾く。互いに武器が大きいため内装を吹き飛ばしながら振り回す。

 

 ニルが距離をとって隣の車両へ行くとエクスは剣を投擲。ニルがそれを弾くとすでにエクスが間合いの中で拳を引いていた。

 

「舐めるなッ!!」  

 

 拳を左手で受け止めて右手から槍を手放してエクスの胸を掌で打った。

 

「ええっ!?」

 

 打たれた直後には驚くような光景が。なんと自分の視界に己の後頭部が入っていた。

 

「幽体離脱...ッ!?」

 

 それはほんの一瞬の出来事ですぐ自分の体に戻った。だがすでにニルが足を上げて膝を腹に当て構えていた。

 

「やばっ...!?」

 

 ヤクザキックが炸裂。エクスは腕をクロスさせて防御することしかできず後ろに大きく吹き飛ばされる。

 

「おいおいマジで!? 幽体離脱させてくるかとかヤバこの人!」

 

「それはこっちのセリフだ! 一秒以下で魂が戻ってくるとか耐性エグすぎだろ!!」

 

 これも霊術士だからこそ使える技の一つで通称、魂掌打(こんしょうだ)。手の中に魔力変換した霊魂を込めて掌で打ち、霊魂を肉体から押し出す技。耐性があっても戻ってくるのには五秒くらい必要である。

 

「だが甘めえよ!」

 

 今度は掌を踏み込んでエクス目掛けて虚空に叩き込んだ。距離が空いてるのにもかかわらずエクスの左足の感覚がなくなった。

 

「足が...!」

 

「そぉらっ!」

 

 ニルは飛びかかりエクスの顔を殴り飛ばした。

 

「ぐぅ!」

 

 殴り飛ばされた後に左足の感覚が戻ってきた。今のは魂掌打の応用で魔力を見えない塊にして飛ばし、当たった場所だけ魂と肉体のリンクを断つ技。

 

 またさらにそれの応用で離れた位置にある槍を手の中に引き寄せたニルはエクスへ飛びかかり槍を振りかぶった。が、エクスがワイヤーガンのスイッチを押すと自分の体の下を何かが通過した。

 

 エクスの剣だ。柄頭にはワイヤーが付いている。

 

「....やべっ!?」

 

 すぐに防御体勢になるニル。エクスの右手には離れた場所にあってあるはずのない剣があった。

 

「どおりゃあああ!!!!」

 

 剣を自分の後ろに回し、大きく左へ振った。防御体勢のニルは槍で受け止めるがその衝撃は凄まじく槍と腕の筋肉と骨が悲鳴をあげる。

 

「ぐおお...! まぁまぁ考えるじゃねえかよおい....。」

 

「あんたの足りねえ脳味噌と比べるなよ。頭脳戦もできて英雄だからね。」

 

「あまり調子に......」

 

 ニルは槍を持ち上げてエクスの隙を作る。

 

「乗るなぁッッッ!!!」

 

 槍を構えて横に向けてフルスイングッッ!!

 

 横腹に柄が直撃し壁を突き破るエクス。彼には列車の外装が見えた。つまり外に飛ばされてしまった。

 

 事態を把握したエクスはすぐに左拳を突き出しワイヤーを車両の外装に撃ち込んだ。そしてワイヤーを巻き取るとさっきの衝撃でリミッターが破損していたのか列車をはるかに超える速度で接近した。

 

 そしてワイヤーを回収して勢いがついたまま車両の上に移ったニルに目掛けて飛び込んだ。

 

 それをニルはうまく去なすが勢いは止まらずそのまま後ろに回り込んだエクス。そのまま剣を叩き込もうとするエクスを魂掌打で迎撃しようとするがかすって左手の動きしか奪えず再び後ろに回り込まれた。

 

 槍を逆手に持ち後ろを突き上げるがそれも躱され剣で突かれた。受け身をとったとはいえ浅くない傷ができる。

 

 ずっと後ろを取られ続けて着実に傷を負っていく。

 

(やべえなぁ。こいつのペースに飲まれている...。)

 

 そろそろエクスを目で追えなくなってくる。

 

(だがこれで終わらせねえよ。)

 

 背後に剣を横に構えたエクスが首目掛けて振り始めた。

 

 そのとき、不幸かあまりある身体能力の高さ故にエクスは余所見してしまった。

 

 通過しようとした廃駅で一人で大量の敵と刀一本で戦う少女、ボロボロに血だらけになりながら戦う、

 

 アルス・アルマルの姿が。

 

「ししょッ!? かはっ...!?」

 

 エクスの口から血が零れた。

 

「な.....んだ.....」

 

「余所見はよくねえよ英雄。」

 

 原因は胸にあった。エクスの胸は黒い何かに貫かれていた。

 

 

 ビットだ。

 

 

「やっと馴染んできたわ。あんまり適性は無かったけどさ。」

 

 ニルの反撃開始。一気に間合いを詰められ槍で体を何度も切り裂かれ後ろに距離を取っても背後からナノマシンで攻撃される。

 

 完全に勢いに身を任せて大きくよろけ何度も血を吹き出す。

 

 反撃しようとしてもすぐに封じられる。

 

 意識が朦朧としてきた。

 

 倒れてしまいそうだ。

 

 だが、

 

 

(絶対に殺す...!)

 

 

 仲間を傷つけられたが故に湧き上がる殺意がエクスの目を覚ました。

 

 

(俺ならまだしも仲間にまで好き勝手しやがってッ!)

 

 強引に斬り上げ、ニルの右横腹から左肩へ切り裂いた。

 

「ぐぅぅ...。」

 

 そして左拳で殴り飛ばして再び距離をとる。

 

「はぁ...はぁ...」

 

「くっ.....はぁ...」

 

 二人とも満身創痍。気を抜いたら魂が抜けていきそうだ。

 

「あなたも埋め込んだんですか.....。」

 

 ニルの周りでナノマシンの片割れのビットが渦巻いている。テツヤとは違ってニルとほぼ同じ大きさの塊しか操れないらしく彼のような身体の一部ではなく武器の一つに近い。

 

「この世界に来たのはこれが目的だったんだよ。これがどうしても欲しくってさ。」

 

「三年前にこの世界に来てね。これを見つけてずっとあんな宗教と協力してきて報酬としてこれをね。」

 

「そうですか....。それは関係のない人を巻き込む必要はありましたか?」

 

「あ? なんのことだ。」

 

「俺と出会った時、関係のない警備員の人を殺しましたよね。」

 

「ああ、あいつか。あいつも一応関係あるよ。あいつもナノマシン実験の脱走した被験体だったからな。殺しとけって。」

 

「そうですか。なんかもう.....呆れたわ。」

 

 エクスは上着の裾を帯状に引き裂いて剣を握ったまま右手に巻きつけて剣を手に固定した。

 

 剣の青い光の焔が強さを増していく。

 

「ぜってぇ叩き斬る。」

 

「望むところだ。」

 

 両者武器を構える。列車の屋根の上に立つ二人。進行方向にエクス、逆向きにニル。そしてニルの後ろ側にナノマシンのビットを大量に積んだ車両がある。

 

 エクスは完全にナノマシンを破壊しなければならない。一応魔力を最大出力で剣に込めることで完全に吹き飛ばすことができる。だがニルにそれを阻止されかねない。一直線しかない道ではリーチの長い武器、変則的な角度から叩き込めるナノマシン、霊術が有効的になってしまう。

 

 故にニルは確実に倒さなければいけない。だがニルに力を使えばナノマシンを処理できないかもしれない。

 

(どうすればいいんだよ.....。)

 

 完全に八方塞がりだ。一人ではどうしようもない。

 

 

 

 ここはひとつ賭けに出る。

 

 

 

「はぁ.....。絶対いけるわ。」

 

 

 

 

 ニルの方へ駆け出すエクス。列車の進行方向と逆であることもあってかなりの速度でニルに接近している。

 

「来いッッ! エクスーゥッッ!!!!」

 

「うおおおおおおおッッッッッ!!!!!!!」

 

 そして屋根を蹴って跳ぶエクス。さらに勢いがつく。

 

 正面からナノマシンが突っ込んでくる。かなりのスピードで。

 

 それ対してエクスは剣の腹で受け、全身がボロボロになりながらも切り抜ける。

 

「うるああああああああ!!!!!」

 

 ニルは左から右へ外側に槍を薙ごうとする。エクスの顔の真ん中まで横向きの傷がつく。だが振りきる前にエクスが剣を振り下ろし槍を下に叩きつけ、刃がかすったのかニルの左肩から下まで切り裂かれる。

 

「なっ!?」

 

「うりゃあああああ!!!!」

 

 そのままの勢いで顔に向けて飛び蹴りの体勢をとるエクス。凄まじい衝撃と轟音が鳴り響き、ニルの力が抜けた体が宙を舞い屋根の抜けた車両の中に落ちる。

 

 そして剣を今日で一番大きく振りかぶり、

 

 

 

 前方車両とナノマシンを積んだ車両の接続部を破壊した。

 

 

 

「ふんぬッ!」

 

 前方車両にワイヤーを撃ち込み、ナノマシンを積んだ車両を全身全霊込め蹴り押した。

 

 ナノマシンを積んだ車両は空気を切り裂く音を叫びながらかなりのスピードで逆走していった。

 

 それを見届けた後にワイヤーを巻きつけ前方車両の中に突っ込み倒れる。あまりにもダメージを蓄積しすぎた。

 

 そして考え事をしながら意識を失った。

 

「後は任せましたよ。」

 

 エクスの賭けとは__________

 

 

 

 

「みなさん。」

 

 仲間に託すことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第十九話でした。エクスさんが3D配信の後で言ってくれたことすごく感動しました。英友、応援してます。
あと誕生日&20万記念配信で言ったスパチャについてのこと、もう........... 英友、一生ついていきます。


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20. 人のために生き残る、人のために死ぬ

第二十話です。レバガチャは楽しかったしアルスさんの3D感動しました。あんなもの見てしまったら応援するしかないじゃないの。


 連絡が取れない。先にアルスの通信が途絶え次に相羽とも連絡がつかなくなってしまった。

 

 黛は離れたところにある仮設基地の通信部屋からアルスと相羽に連絡をする役割を担っていた。

 

「頼む、早く繋がってくれ...。」

 

 彼を焦りが追いつめる。何度も接続を試みるが弾かれる。

 

 そこで気づいた。通信機以外の機器もまともに稼動していない。機器の挙動からおそらくだがジャミングされていることに。

 

 スマホを覗き見ると画面が荒れている。耐性を持っているから唯一稼動するジャミング測定器を使ってどこから影響を受けているか割り出した。

 

「基地の中...。」

 

 驚いた。あまりにも身近な場所であり、それは敵が接近しているか侵入していることを意味するからだ。

 

 これを解決すべく小型通信機とジャミング測定器とジャマー解除装置、そして護身用にもらった自動拳銃を持って通信部屋から出た。

 

「えっ.....。」

 

 少し歩いただけで恐ろしい光景が広がっていた。味方の兵士と教団兵達の死体と血しぶきが辺り一面に広がっていた。

 

 通信部屋は外からの音をほとんど遮断する仕様になっていたからかなり危険な状態だった。

 

 警戒して物陰から物陰に移るように移動する。

 

 恐怖心に支配されそうになるがなんとか耐えジャマーを探す。

 

 そしてジャミング測定器が最も反応を示した地点に到着する。場所は仮設テントの食堂で中にジャマーと思われる機械があってスリットから光が点滅していた。

 

「これか.....。」

 

 早速ジャマー解除装置を起動して解除作業に入ろうとすると、人が来た。

 

 すぐにジャマーが見える物陰に隠れる。入ってきたのは教団兵が一人。

 

(なんだ、装置の確認か?)

 

 おもむろに装置をいじりだす男。黛は立ち上がって拳銃の銃口を向ける。男には気付かれていない。

 

 撃っても構わない敵。なのに手が震えて狙いが定まらない。

 

 黛はどんなに能力があっても仲間を思う気持ちがあっても結局は一般人。同期に例外もいるが彼は例外ではない。

 

 加賀美の命を奪う、それが自分にできるかという言葉が伸し掛る。

 

 教団兵はまだ黛に気づいていない。まだ猶予はある。

 

 汗が止まらない。

 

(......ッ! あいつらだって頑張ってるんだ。)

 

 深呼吸して手の震えを抑え込んだ。

 

(俺だけ手を汚さないわけにもいかない。)

 

 そして引き金を引いた。腕から肩へ衝撃が伝わっていく。発砲の反動を初めて感じた。

 

 教団兵はその場に倒れ血を流して動かなくなった。

 

「....。」

 

 黙ったまま黛は腰を下ろしジャマーの解除作業に入った。

 

 そして解除に成功して小型通信機が動くようになった。通信機を調整するとようやく繋がった。

 

「ういは、聞こえる?」

 

[あっ、黛さん!]

 

 元気そうな返事と驚くような展開が彼女から伝えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルスの魔力が枯渇してきた。それなのに目の前には大量の屍と教団兵が武器を持って睨んできている。

 

「はぁ....はぁ......」

 

「子供だろうが関係ねえ! 死んでゆけ!」

 

 教団兵の一人が剣を持ってこちらに突っ込んできた。ここまでだろうか。

 

(.....ここは派手に死んでやる。)

 

 残った魔力を次の一振りに込めてせめて敵に傷跡を残そうとした。

 

 刀を両手で持ち、横に倒して構える。

 

 刀身に青い雷光が纏わりつく。

 

 そろそろだ。

 

「とおおおりゃあああああああ!!!!!!」

 

 一閃。突っ込んできた教団兵は即死、後方の屍や兵にもダメージがでている。

 

「最後の最後まで! バカにしやがって!!」

 

 今度は五人の教団兵と二体の屍が同時に襲いかかってきた。

 

 不思議と恐怖も悔いもなかった。もう助かるような状況ではないが自分とした約束を守れたのだから。

 

 床に倒れたアルス。

 

「死ねえ!」

 

 鮮血が舞う。

 

 肉塊が床に転がる。

 

「なっ!?」

 

「新手か!」

 

 五人の教団兵は動かなくなり屍は壁に叩きつけられて埋まってる。

 

「大丈夫ですかアルスさん!?」

 

「ふぇ?」

 

 アルスは生きている。目の前にいる一人の女が守ったのだ。

 

「フレン....?」

 

「そうですそうです! フレン・E・ルスタリオです!」

 

 女騎士のフレンがアルスに頼もしい笑顔を向ける。

 

「ふ...ふれん.....」

 

「わあ!? 泣かないでくださいよアルスさん! そういうところもかわいいけど!」

 

 非常事態なのにいつも通り能天気なフレン。茶番がそこそこ長かったのか痺れを切らした教団兵が数人突っ込んできた。

 

「また女か! しかも異世界人とみた! 土足でずけずけと我らの世界に上がり込んでくるんじゃあないぞ異世界のハエ_______うぐぅ!」

 

 二人を罵った兵が吹き飛んだ。さらに後方にいる敵が一気に何十人も倒れた。そこには派遣されたコーヴァス直属の騎士団の中の数十人が立っていた。

 

「でもかよわい女の子を甚振って流させた涙を見ても嬉しいわけないだろ...!」

 

 フレンの怒りに震えた声。

 

「てめえら全員あの世でアルスさんに土下座し続けやがれ外道共ッ!」

 

 フレンが一瞬で敵の群れの中心に飛び込んだ。すると周りの敵が血しぶきを上げながら打ち上げられていく。他のコーヴァスの騎士も傷一つ負うことなく敵勢力を淡々と処理していく。

 

「フレン殿、アルス殿の保護を。」

 

「すまない!」

 

 フレンは敵を切り払いながらアルスのもとへ走る。

 

「一旦逃げますよ! アルスさん!」

 

「おわぁ!」

 

 フレンに優しく抱きかかえられる。所謂お姫様抱っこだ。不思議な気分になるアルス。

 

 廃駅から脱出し、近くの洞窟に駆け込んだ二人。

 

「とりあえずここにアルスさんはいてください。私もいます。あとこれ飲んでください。体力も傷も魔力も完全回復するポーションです。」

 

「あ、ありがとう....。なんでここに来たの...?」

 

 ポーションを受け取ってそれを飲むとアルスは本当に完全回復した。

 

「政府から頼まれたんです。一応『バーチャル』世界の日本とコーヴァスは仲良くやっていこうということで二つ返事でオーケーってなったんですよ。そして今アルスさんの元に来れたのはここからより奥の地点で待っていたらシェリンさんが走ってきて伝えてきたんですよ。」

 

「えっ!? なんでシェリン!?」

 

「隠れてアルスさん達をずっと監視してたって。私たちがいることも把握してたみたいです。」

 

「そうなんだ..。ういはちゃんは?」

 

 相羽はフレンを含む騎士団と同じ場所にいた。

 

「ういはさんは一部の私の仲間と一緒に同じ場所で待ってるから大丈夫です!」

 

「ならよかったぁ....。」

 

「.........なんでアルスさんはあそこにいたんですか? そしてなんで一人になっても逃げなかったんですか?」

 

「.....ボクだってみんなを護りたいんだ。ボクにも力があるのになにもしないっては無理だよ。自分と約束したんだ。なにがあっても逃げないって。命に危険が及んでも絶対に護りたいものは護るって。」

 

「そうなんですか...。」

 

「うん....。」

 

「最低ですね。」

 

「え?」

 

「約束を守るなら自分との約束と一緒に私との約束も守ってくださいよ! まったく!」

 

「えええ!? ちょっと待ってボクたちなんか約束してたっけ!? 身に覚えがないよ!!」

 

「当たり前じゃないですか! 私があなたの知らないところで勝手にした約束ですから!」

 

「なんだよそれ! 約束じゃねえじゃん!」

 

「いいや、まぎれもなく約束です! 約束しましたよ! 私があなたを護るからあなたは絶対に死なないようにするって約束です!!」

 

「.....え?」

 

「アルスさんはみんなを失いたくないからここにいるんですよね! 私だって同じです! 私だってみんなを失いたくない!」

 

「みんなの中にはアルスさんも入ってます! それはみんなも同じ! 黛先輩もういはさんも騎士団の皆もアルビ........」

 

「ってアルビオはいまなにしてんだあああああ!!!!!」

 

「ちょっと待って、騎士団の皆ってどういう______」

 

「弱くてもみんなのために頑張ろうとするかわいいくて微笑ましいかわいい師匠がピンチだったのにあの英雄ときたら! もう少しでアルスさん死ぬとこだったんだぞあのクズ英雄!」

 

「えっ、ちょ騎士団の皆って______」

 

「アルスさん! アルビオは今どこにいるんですか! あいつのことぶん殴りに行ってきます!」

 

「話を聞けええええ!!!!! えびせんぱいは最近になってから音信不通だよ! どこいったかなんて僕も知らないよ!」

 

「なっ!? あの野郎こんなときになにやってんだよ!」

 

「あと騎士団の皆もってどういうこと!?」

 

「それはですね! コーヴァス騎士団でアルスさんともう一人の配信者(ライバー)さんを布教したら騎士団のなかで二人のファンクラブが別々でできたんですよ! 今回来たのはアルス親衛隊の方です!! すごくないですか!!!」

 

「ああ.....そう....なんだ.......。そうだ、列車はどうなったの!?」

 

「列車は一番危ないであろう車両だけ逆走してます! もう少しでここを通過すると思います!」

 

「マジかよ...。」

 

「私ちょっとさっきの駅を様子見してきます!」

 

「ボクも行くよ!」

 

「アルスさんはここで_____」

 

「約束は守らないとダメなんでしょ? フレンとした約束は破るつもりないけどボクが自分とした約束も破るつもりはないよ!」

 

「それ言うのは反則ですよ....。」

 

 

 

 

 

 

「異世界のウジ虫がァ!!」

 

 テツヤのビットが矛となってドーラ追い続けドーラはジェット噴射で高速移動してそれを躱す。そのまま方向を切り返してビットを一部焼き払う。

 

 そして攻撃をかいくぐってきた花畑に顔を殴られる。

 

 彼にとってかなり不利な状況であった。ビットはドーラに破壊され花畑に隙を突かれる。

 

 ちなみにベルモンドは今この場にいない。別件でどこかへ消えていった。

 

 それでも二人の強敵に追い詰められている。

 

「クソッ....クソクソクソクソクソクソクソォ!! クソッタレェ!」

 

「うるさいわよ。」

 

 花畑に鳩尾を蹴り抜かれた。呼吸ができない。

 

「シガハラテツヤ。これ以上の抵抗はやめるんじゃな。お前の身内の情けだ。」

 

「うるせえよ火遊びババアッ....! 異世界人は悪だ。てめえらは悪なんだよ!」

 

「私達からしたらあんたの方が悪だよ。結局陣営ってのは善悪決められるものじゃないんだよ。」

 

「オカマも黙ってろ! しぶとく生き残ってんじゃねえ!」

 

「まだやるのか? やめとけ。お前の身が持たねえぞ。」

 

「そんなのどうでもいいんだよ! だが、ここまでみたいだなぁ! 見ろぉ!」

 

 テツヤは指をさした。その先には_____

 

 

 

 ビットを積載した車両が逆走して戻ってきていた。

 

 

 

 そしてテツヤは車両の中のビットを起動して直接奪い取った。

 

「全員皆殺しだ。」

 

「兄さん!」

 

「おい!?」

「なっ!?」

 

「ッ!? ナオ....!?」

 

 物陰で隠れていたナオコが飛び出してきた。

 

「そこでなにしてんだシガハラァ!」

 

「ここは危険だシガハラどの! 早く戻れ!」

 

 花畑とドーラが戻れと怒鳴る。

 

「兄さん! もうやめて!」

 

「ナオ....。」

 

「これ以上ナノマシンを使ったら身体が持たないよ!」

 

「だからそんなのどうでもいいんだよ!」

 

「よくないよ! 私が許さない!! 今ならまだ間に合うから!」

 

「もう遅いんだよ...。すでに俺は大量殺戮者になってんだよ...。そんなやつがまともに生きてていいわけないだろ?」

 

「それこそどうでもいいよ! 私は....私は!」

 

「一緒に______」

 

「無理だ。」 

 

 即拒否された。慈愛に満ちたような声だがあまりにも冷たい。

 

「無理じゃ_____」

 

 それでもナオコは粘ろうとするがテツヤは冷たくあしらう。

 

「無理なんだよ。」

 

「もう無理なんだよ...。」

 

 最後の言葉とともにテツヤの周りで黒いナノマシンの竜巻が巻き起こる。ビットが空を斬る音が鼓膜を揺らす。

 

「今すぐここから消えろナオ...。」

 

「兄さん!」

 

「やめろテツヤァ!」

 

「うるさい!」

 

 テツヤが叫んだ瞬間ビットは巨大な鞭のようになり花畑を殴り飛ばす。

 

「チャイカ!?」

 

「次はてめえだ。」

 

 次はドーラめがけて大量のビットが襲いかかる。

 

「こんなもの...!」

 

 ドーラはビット程度のものであれば簡単に燃やせる。だが量が多すぎる。炎でバリアをつくるのが限界で気を抜けばビットに飲み込まれてしまうかもしれない。だが彼女は違和感を感じていた。

 

(精度がかなり良くなってる?)

 

(さっきまでの獰猛な攻撃じゃない、機械的な攻撃...?)

 

「たぶんあいつ制御できてないよね。」

 

「おわぁ!」

 

 花畑の声がした。足元から。足元を見てみると地面の中から花畑が頭だけ出していた。

 

「お前、ちょチャイカそれどうなってんだよ!? 気持ち悪すぎだろ!」

 

「地面の中を泳いだのさ。文字通り。」

 

「余計気持ち悪いなオイ。」

 

「ぴえんってね。」

 

「で、どうなってると思う?」

 

「所謂、暴走?ってやつかな。たぶん急がないとね、」

 

「テツヤ死ぬよ。」

 

 花畑がそう告げた直後、テツヤがうめき声を上げ始めた。

 

「うぅ...うがぁあああああ......」

 

 ビットがテツヤを包み込むとそれを核にして2mほどの人型に収束した。

 

『ギュオオオオオオオオンンン!!!!!』

 

 咆哮のような音が響く。

 

「いやまじの暴走っぽくない?」

 

「まずいッ!」

 

 ドーラがジェット噴射で加速してナオコを物陰に移動させた。

 

「シガハラどの! ここで待っておれ!」

 

 彼女をおいて再び暴走したナノマシンの塊となったテツヤの元に向かうと花畑と手を組みあって力比べしていた。

 

 暴走している状態だと形が全く崩れないようになっていた。

 

 テツヤが花畑を投げ飛ばすと腕を変形、杭のようにするとそれを伸ばして花畑に打ち込んだ。

 

 間一髪それを掴みダメージを回避した花畑。腕を蹴って形を崩壊させて逃れる。

 

 再形成の隙を狙ってドーラは拳に炎を込め加速した勢いのまま叩き込んだ。だが若干装甲が凹んだだけだった。

 

『ギュゥゥゥゥゥゥゥンン.......』

 

 唸り声を上げた後、ドーラの脳天に腕を振り下ろした。

 

「があぁああああっ!!!」

 

 地面に叩きつけられるドーラ。追撃でテツヤは彼女を踏みつけようとするがドーラはすぐに避け立ち上がった。

 

 テツヤから距離をとる花畑とドーラ。すぐに接近してドーラを殴り飛ばして花畑にも殴りかかる。

 

 花畑は同じく拳で拳を何度も迎え撃つ。

 

 二人のラッシュ勝負。鈍い打撃音が辺りに響き渡り空気が歪む。

 

『ギュオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!』

 

「ぐるああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 ラッシュ勝負、ついに花畑の一撃が胸部装甲に炸裂。装甲が抉れてテツヤの姿が露わになる。

 

 そしてテツヤが喉から絞り出すようにして花畑に話しかける。

 

「........殺.....せ.............俺...を.....。」

 

 どうやら制御は本当にできていないようだ。

 

「ッ!!」

 

 花畑はその声を聞いてより拳に力を入れた。

 

「ウオリャアアアアアアア!!!!」

 

 渾身の右ストレート。だが届く前に装甲が修復されてしまい、阻まれてしまった。危険を感じたのかすぐに横に跳んだ。

 

 再び暴走したテツヤの右腕がブレード状に変形し花畑がいた場所を薙ぎ払う。そこは綺麗にえぐり取られていた。

 

『ウグググ......ゴガガガガガアアアアアアァァァァ!!!!!!』

 

 そして背中からブレード上の触手が何本も生えた。

 

 花畑は姿勢を低くした。そうしなかったら今頃触手の餌食になっていただろう。

 

 だが触手で横から殴られて吹っ飛ぶ花畑。

 

「うぅ...。」

 

 声を上げながら立ち上がる花畑。

 

「大丈夫ですか花畑さん!?」

 

「ちょ!? まじかよおい!」

 

 まさかのシガハラが隠れていた岩に激突したようだった。岩は砕けてシガハラの姿は晒されている。

 

 そして花畑の目の前には両腕を無数のパイルバンカー状の武器に変形して今打ち込もうとしているテツヤの姿が。

 

 避けられない。避けてもシガハラが助からない。

 

「まぁいいけど。ばっちこい!」

 

『ギュオオオオオオオンンン!!!!』

 

 パイルバンカーを射出、辺り一面が土煙に覆われる。

 

 そして煙が晴れたとき花畑は、

 

 全身串刺しになり血を流しながらも完全に止め切ってシガハラを守りきっていた。

 

 そして体をひねってパイルバンカーを破壊する。

 

 拳で軽く打ち上げてテツヤを浮かせる。そして人の名を花畑は叫んだ。

 

「ドォォォォォォラァァァァァァ!!!!」

 

 離れたところからかなりのスピードで接近し浮かぶテツヤの下にドーラが潜り込んだ。

 

 方向転換をしてテツヤを遥か上空に押し上げた。

 

「うおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 途中でテツヤから手を離し、一人でより上へ飛ぶドーラ。離れた後、視線を下に向け直し跳び蹴りの体制になる。

 

「すまんのシガハラどの。でもこれが限界だ。」

 

 ジェット噴射で急降下。その途中でそのままの勢いのまま足をテツヤの胸の装甲に突き刺しより速いスピードで急降下する。

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 容赦はしない、男の最期の覚悟なのだから。

 

 ついに地面に激突、爆発が起きる。

 

 爆煙が消えた後、そこには巨大なクレーターがあった。クレーターの一番深い位置に体が燃え盛るドーラと体のほとんどが黒くなっているテツヤがいた。

 

 彼女のもとに花畑とシガハラが駆けつけてきた。

 

「兄さん!!」

 

「....ナオ.........」

 

「しっかりしてよ兄さん!」

 

「はは......」

 

「ナオ、最期まで迷惑かけちゃったな。ごめん。」

 

「正直もうだめだァ。これ以上喋れん。」

 

「もう.....いいから........。」

 

「.....胸を張れ。お前は過去にとらわれない立派な生き方をしてたろ。」

 

「兄さん....。」

 

「ははっ、妹の膝枕も悪くないなぁ......。」

 

「兄さん.......!! 兄さん...!!!」

 

 もうすでに息はなかった。あまりにも短く残酷な別れだった。

 

「.....すまなかった。本当に。」

 

「いや、これで良かったのかもしれません。兄は一生罪を背負う生き地獄じゃなくてこう逝くことを選んだんですから。」

 

「すごく良い寝顔です。これを見られただけでも.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 崖の上で修行僧のような男が下の光景を眺めている。

 

「君が噂のトーシャ、かな?」

 

 後ろから声をかけられる。

 

 ベルモンドの声だった。

 

「.......見えているのか。望んだ相手にしか姿が見えないようにしてあるが。」

 

「そりゃあね。俺は普通の人間じゃないよ。」

 

「見ればわかる。」

 

「.........君は何を望むんだい?」

 

「望むことはない。」

 

「そうかい。君は今回はもう何もしないんだろう?」

 

「ふん。」

 

「じゃあおとなしく君の前から消えることにするよ。」

 

「........。」

 

「じゃあね。」

 

 その場からベルモンドの姿はなくなった。しばらくするとトーシャの姿も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぐぅ....いっだ! 痛ででででででででで!!!」

 

 ゆっくりと立ち上がるエクス。体のありとあらゆる場所に傷ができて骨も結構折れてる。 

 

 周りを見ると列車は線路から脱線、横転していた。どう見ても悲惨な大事故だった。

 

「やっと目ぇ覚ましたか。」

 

「ッ!?」

 

 無理やり体を起こし声のした方向に向けてファイティングポーズをとる。

 

「まだ生きてたんですねニルさん。」

 

「おいおいおいおい待て待て待て! 別にもう俺に敵意はねえよ!?」

 

「なんだ、そうなんですか。」

 

「おう。正直俺の負けだしナノマシンも完全に使えなくなるしどうやら計画も失敗に終わったみたいだしな。ほら、お前の剣だ。」

 

 さっきまで死闘を繰り広げていた相手のニルから剣を受け取る。

 

「ああまじでつかれたあああああ!!!! もうなにもしたくねえよぉ!」

 

 力が抜けて座り込むニル。

 

「まじでわかります。しばらく旅行に行こうかなぁ。」

 

 エクスはそれに共感している。

 

「おっ、そろそろ来るぞ。」

 

「ん? 誰がですか?」

 

「教祖様だよ。教祖様。」

 

 ニルが指をさした方を見ると一台の車がこちらに走ってきているのがわかった。

 

 そしてニルの近くで車が止まった。  

 

「どういうことだニル。」

 

 キレ気味で出てきたのは丸刈りで長い髭を生やした男だった。

 

「あれが教祖ですか。」

 

「そうそう。」

 

「ニル、おまえはとんでもない裏切り行為を働いた。我々の神に誓っただろう? かならず『審判の日』を迎えるってな。」

 

「んなもん形だけに決まってんだろ。」

 

「ふざけ_________」

 

 教祖と呼ばれる男は言葉を言い切る前に下半身の力が抜け、その場に正座するように座り込んだ。

 

「なっ、貴様どういうつもりだ!」

 

「久しぶりの一仕事だ。あんたみたいな畜生久しぶりに見たからな。被害者の無念を晴らすためだ。」

 

 そう吐き捨てるとニルは槍を大きく腰をひねって振り上げた。

 

『執行日不明、執行場所不明、被執行者リョウコウタ・ケンジ。私は今ここで彼を執行します。今から私が行うのは命を奪うこと。被執行者を最期に人間としての意義を取り戻させ、被害者の無念を晴らすべく執行します。その際、私は高貴な執行者として処刑を行うことを誓い______」

 

「貴様! 何をするつもりだ!」

 

「ニルさんは処刑人の家系なんですよ。いま唱えてるのは彼の血統独自のものです。つまりあなたは死ぬんです。」

 

「なっ! まっ、待て! 私を殺すなど____」

 

 教祖ことリョウコウタは必死に命乞いをする。最期まで見下した態度で。

 

「___________執行者、ニル・ガルズ。執行します。」

 

 槍を斜め横に腰を回して振り下ろす。リョウコウタの首は落ちた。

 

「よし、こいつの魂はもらったしこの世界でやり残したこともねえ。俺はずらかるぞ。」

 

「そうですか。好きにしてください。」

 

「じゃあな。」

 

 エクスに背中を向けて歩いてしばらく経つと土埃が舞って晴れた時には彼の姿はもうなかった。

 

 エクスはリョウコウタの遺品である携帯電話を見る。そこにはまとめると教団側の敗北、崩壊したことが書かれていた。

 

 自分達の勝ちだ。

 

「.........今日はピザ食べようかな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[っていう感じでなんか勝っちゃったみたいです!!]

 

「えぇ........急展開すぎない?」

 

 元気そうな相羽の報告で黛は困惑した。




第二十話でした。これにて今回の長編『黒砂編』は終わりです。長編名は特に思いつきませんでしたので適当です。
いやぁ例の師弟のコラボ、あかんわ。ニヤニヤが止まらないし大笑いしまくって表情筋が天元突破しましたね。

おまけ:今回登場したオリジナルキャラクター、執行者ことニル・ガルズの名前は北欧神話のグングニルとミズガルズからとったものです。


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21. 文字だけで分かる

第二十一話です。『黒砂編』の後日談です。
エビオのツイッターのフォローリスト見てください。すごく面白いですよ。


 ここはとある探偵事務所。日の光が差し込んできて部屋の中は暖かい雰囲気を醸し出している。

 

 そして今日もパソコンの前に座り依頼メールが来てないか確認するのが日課。

 

 やはり今日も来ていないか。この前結構頑張ったんですけど....まぁいいか。

 

 おっと自己紹介忘れていました! にじさんじ所属の名探偵、シェリン・バーガンディでええええす!!!!

 

 今日は僕の仕事っぷりをみなさんに紹介したいと思って動画を撮っています!

 

 それにしても、一仕事終えた後ってとっても清々しいですよね。毎日の憂鬱が嘘のように晴れますね!

 

 そして今日は僕の探偵事務所に友人が一人遊びにくるんですよ! 楽しみなのかそうじゃないのかどっちなのかわかりません。

 

 おっ、インターホンが鳴りましたね。早速迎え入れてあげましょうか。

 

「お邪魔しまーす!」

 

「はい、どうぞどうぞ!」

 

「おっ、もう撮っとるやんけ!」

 

「実はもう撮っちゃてるんで自己紹介どうぞ!」

 

「そうだそうだ。みなさんどうも、早瀬走( はやせ そう)です!」

 

 一応説明しますね! この人は僕の同期ですね。生まれも育ちも大阪の趣味がたくさんあるオカンゥゥゥゥ!!! あととっても歌が上手いんですよ!

 

「本当は花那ちゃんにも来てほしかったんだけど忙しいみたいで来れないんだってぇ!」

 

 またまた説明タァイム! いまこの人が話題に出したのは僕の同期の健屋花那(すこや かな)さんです! この人は配信者(ライバー)と同時に医療職のとってもすごい人! いつもありがとうございます! 頭も良いんですけど普段のインパクトが滅茶苦茶強いのよ! 二人の非公式Wikiも見てくれよッ!

 

「いやぁ残念ですねぇ。まぁ健屋さんの分も頑張っていきましょう!」

 

「おーっ!!」

 

 さて、気合も入れ直したことだし、まずは_______ん?

 

「おいシェリン!! パソコン見て見て! 依頼、依頼が!?」

 

 なんとここに来て依頼メールが一件来たぞ! やったあああああ!!! また仕事だああああ!!!!

 

「おやおや、どうやら僕もついに能力を見せる時が来たかなぁ!!?」

 

「どんな依頼かな!!」

 

 僕よりワクワクしてそうですね(らん)ねぇちゃんは。僕の方がワクワクしてるんですけどもねぇ!!!

 

「よし、開くぞぉ!」

 

 そして新着メールのアイコンをクリィィッッックッッゥ!!!!

 

『件名:助けてください追われていま

 発信者:-

 宛先:シェリン・バーガンディ

 

 スマートフォンから送信』

 

 ............え?

 

「なんや内容何も書いてへんけど....?」

 

「どういうことなんだ? 発信者の名前も忘れてるのかな?」

 

「結構切羽詰まってるんじゃねえか?」

 

 なるほどね。じゃあもしかしたらまた連絡来るな。頼むぜまたメール来てくれよッ!

 

「来た!」

 

「ほんまか!」

 

「ほんまや!」

 

 よしじゃあ見せてもらいますかぁ! カチッとなぁ!

 

『件名:人を探してください。

 発信者:アルス・アルマル

 宛先:シェリン・バーガンディ

 すみません、人を探して欲しいんですけどお願いします。

 身長は163cm、年齢は20代前半で銅色のロングヘアーで異世界人です。そしていつもは腰に剣を下げています。名前はフレン・E・ルスタリオです。よろしくお願いします。

 スマートフォンから送信』

 

「あれ、アルスちゃんじゃん!」

 

「おっと一応カメラ切っとくか。」

 

 まさか知人から依頼が来るとはね。ビックリ案件ですよこれ。

 

「しかもフレンさんを捜して欲しいって書いてあるよ!?」

 

「どんどん知人の名前がでてくるなぁ。」

 

 まぁ彼女この前かなり大暴れしてましたからね。例の団体の残党に狙われていてもおかしくはねえか。

 

「まさかとは思うけど最初のメールを送ってきたのってフレンじゃない?」

 

「いやありえなくもないですねぇ。」

 

「え? マジで?」

 

 正直心当たりありすぎです。

 

「とりあえず返事しなきゃ返事!」

 

「せやせや! 返事せなかんわ!」

 

『件名:了解しました。

 発信者:シェリン・バーガンディ

 宛先:アルス・アルマル

 おまかせください! この僕にかかれば一瞬で解決ですよ! あと料金は今回はとりません! 必ずこなしてみせますよ!! ちなみに聞きたいんですけどもしかして例の団体の残党に狙われているとかありそうですか? わかっていたら教えてください。

 パソコンから送信』

 

 とりあえずこれでよ______って速ッ!? もう返事きた!?

 

「どうやシェリン?」

 

「例の団体とは関係ないか......」

 

「そうかぁ.....なぁシェリン」

 

「ん?」

 

「そもそも例の団体ってなんや?」

 

 そういえば説明忘れてたわ。

 

 

 

 

「へぇ、そんなことがあったんやなぁ...。お疲れ様やで。」

 

「ああどうも、ありがとうございます。」

 

 とりあえず説明したらちょっとへんな空気になってしまったがそんなこと気にしなああああいいいいい!!!!!! そしてメールが来たああ!!

 

『件名:助けてください追われています

 送信者:-

 宛先:シェリン・バーガンディ

 

 すみません、まじでやばいです。下手したらもうすぐ死にそうです! 助けてくださ

 

 スマートフォンから送信』

 

「来たあああああああああああ!!!!!!」

 

「うるせええええええええええええ!!」

 

「ごめんなさい! じゃなくてついに来ましたよ最初のメールの続きが!」

 

「でもまた名前がわからないなぁ。まじでピンチなんやろなぁ。」

 

「十中八九間違いないでしょうね。次は名前を送ってもらえるように頼んでみよう。」

 

『件名:お任せください

 送信者:シェリン・バーガンディ

 宛先:-

 大丈夫です、絶対助けますから。でも名前を教えてください。せめて名前がわかればよりなんとかなります。

 パソコンから送信』

 

「おいシェリン、またメールや!」

 

「ん? どれどれ。」

 

『件名:心当たりあり

 送信者:アルス・アルマル

 宛先:シェリン・バーガンディ

 実は先日にフレンが訳あってとある人にブチ切れていたんですけどもしかしたらそれがあるかもしれないです。

 その相手もよく考えたら最近動きがないなと思っていまして......。

 その相手が先輩にいるあの英雄なんですけど.....。

 スマートフォンから送信』

 

「........まさか、ね。」

 

「いやいやありえへんありえへん。普通友達同士で殺し合うとか聞いたことないで.....いや....」

 

「あー、これは....ねぇ。」

 

 一体どういう状況なんだよ!? なんかすごいことになってきたぞ!?

 

「あ、メール。」

 

 同時に2通来たああああ!!! できればここで情報を得たい!

 

『件名:人を探しています。

 送信者:匿名希望

 宛先:シェリン・バーガンディ

 すみません、人探しの依頼をしたいのですが。相手の特徴は身長が180cmで、鎧を身につけて剣を背負った金髪の男なんですけど。報酬は用意しておきますのでよければお願いします。

 スマートフォンから送信』

 

『件名:まじでやばいです

 送信者:-

 宛先:シェリン・バーガンディ

 ほんとにやばいです! 今僕の近くに追っ手が来ています! 助けてください!

 追っ手の見た目は銅の長髪で腰にマントと剣があります!

 スマートフォンから送信』

 

 どっ........

 

 どう考えてもあの二人じゃねええかあああああ!!? どっちも名前を教えてくれないけど分かっちゃったよ!?

 

 どうなってんだよおい! 当たっちゃったよ! 最悪な予想が当たっちゃたよ!!! 

 

「シェリン、これってやっぱあの二人だよな!?」

 

「絶対そうでしょ!! ってやばいエクスさんがピンチだ!」

 

「急げ! フレンにメールを送って誘導するんや!」

 

「名案だねぇそれ! よし!」

 

『件名:目撃情報あり!

 送信者:シェリン・バーガンディ

 宛先:匿名希望

 目撃情報を掴めました!!!!!

 指定の住所の建物の中にいます!!!!

 イホンっていうデパートです!

 パソコンからの送信』

 

「よし、返事が来た!『感謝します』だって! とりあえず時間稼ぎができたぞ!」

 

「いいな! そこデパートだから探すのも時間がかかって良い時間稼ぎにもなるしな!」

 

「よぉし! 次はエクスさんの方だ!」

 

『件名:今どこですか?

 送信者:シェリン・バーガンディ 

 宛先:-

 すみません、今どこにいますか?

 教えてください、場所によって作戦を変えます!!!

 

 パソコンからの送信』

 

「返事が来たでシェリン!」

 

 さぁエクスさん! 必ずあなたを救って見せましょう!!!

 

『件名:イホン

 送信者:-

 宛先:シェリン・バーガンディ

 〇〇市のイホンにいます。

 スマートフォンからの送信』

 

「.......」

 

「.......」

 

 ..........え?

 

「おいいいいいいいいいいい!!!! 〇〇市のイホンって! そこフレンが向かったところやろがい!!!」

 

「なんで選りに選ってエクスさんはそんなとこにいるんだよ!!? 誘導ってかダイレクトに送ってしまったじゃねええかぁ!!!」

 

「やべやべ速くしろ!」

 

 急げ急げ! このままじゃエクスさんが!

 

「シェリン、メール。」

 

「あっ...。」

 

 新しくメールが来たようだ。件名は『助けて』。

 

「....これはもう」

 

「ダメやろなぁ。」

 

 ええい! メールは開くに限る! そぉれぃ!!

 

『件名:助けて

 送信者:花畑チャイカ

 宛先:シェリン・バーガンディ

 トイレが満席です。もうすぐ漏れそうです。

 スマートフォンからの送信』

 

「なにしてんすかチャイカさんはァ!! まぎわらしいにほどがあるでしょうが!!」

 

「ていうかなんでシェリンに送ったんや! どういう依頼だよ! 探偵に頼み込むことかよ!?」

 

「まじでなんなんだよ! ってエクスさんはどうなったんだ!?」

 

 僕はすかさずリストを見たッッ! そして一通来ていた!

 

『件名:隣の店にいます

 送信者:-

 宛先:シェリン・バーガンディ

 僕の隣の店に奴がいます。どうすればいいですか?

 スマートフォンからの送信』

 

 思ったよりピンチになってたあああ!!?

 

 こうなったら! 

 

『件名:ダッシュ

 送信者:シェリン・バーガンディ

 宛先:-

 全力ダッシュでイホンの外に逃げてください!

 おすすめコースはDの出口です!

 パソコンからの送信』

 

「これでどうだ!」

 

 ん? メールがまた来たぞ? 誰だ?

 

『件名:逃げられたか

 送信者:匿名希望

 宛先:シェリン・バーガンディ

 どうやら逃げられたみたいです。ですが最後のあがきとしてDの出口ですこし待ってみようと思います。

 スマートフォンからの送信』

 

 なんでだよおおおおおお!!!!!!

 

「どないすんねや! たぶん今じゃエクスに送ってきもダッシュ中で気づかないしフレンに送ってもそこらへんまっすぐな道しかないからいずれ鉢合わせになるぞ!?」

 

「やべえよ打つ手なしだよ! ごめんなさいエクスさん!」

 

 また一通来た。

 

『件名:間に合った

 送信者:花畑チャイカ

 宛先:-

 間に合いました。すっきりしたぜFooooooo!!

 Dの出口のトイレサイコーッ!

 トイレからの送信』

 

「だからなんでいちいち報告してくるんだ!! 知らないよそっちの排便事情!」

 

「ていうかなんやトイレからの送信って! なんだよその特別仕様はよォ!」

 

「いやいやいやいや、でもワンチャンあるでシェリン! チャイカに頼み込むんや!」

 

「なるほど! ナイスタイミングだぜ!!」

 

『件名:手伝ってください

 送信者:シェリン・バーガンディ

 宛先:花畑チャイカ

 少し手伝って欲しいことがあります!

 パソコンからの送信』

 

「やべっエンター押しすぎて途中送信しちゃった。」

 

「いやなにやってんだよ! 急いで続きを伝えんか!」

 

「いや待って、返ってきたんだけど」

 

『件名:すまん

 送信者:花畑チャイカ

 宛先:シェリン・バーガンディ

 ぶりかえした。またトイレの中にいる。

 Dの出口付近の女子トイレの中だ。

 めちゃくちゃ腹が痛い

 トイレからの送信』

 

「肝心な時に腹を壊しやがった! もうあてにならねえ!」

 

「てかアイツ女子トイレ使ってんじゃねえか! セーフなの!? アウトなの!?」

 

「なんか頼みの綱はねえか!?」

 

「ねえ! なんかアルスちゃんもそこにいるみたいだよ! 頼んでみて!!」

 

「ナイスだ(らん)ねぇちゃん! 届け!魂のメッセージッ!」

 

 メールを書いて送信ボタンを! クリィィッッックゥゥッ!!!

 

 

 

 

 

『件名:ごめんなさい

 送信者:アルス・アルマル

 宛先:シェリン・バーガンディ

 お腹壊して今D付近の女子トイレにいます。

 トイレからの送信』

 

「アルスちゃんまでダウン!! はい終わりましたエビオはもう助かりませーん!」

 

「ていうかなんでアルスさんもそこにいたの? なんで『トイレからの送信』っていう特別仕様なんだよ?」

 

「斯くなる上は! シェリン! イホンに行ってくる! 私が直接何とかするしかねえ!」

 

(らん)ねぇちゃん! でもここから言っても多分間に合わないよ!」

 

「大丈夫だ。」

 

「間に合わせるから。」

 

「......」

 

 出てってしまった....。やっぱ頭上がらねえや。やっぱかっこええわあの人。

 

 ん? えっ!? あの人もうついたの嘘でしょ!!? メールも来てるしさ!

 

『件名:間に合った!

 送信者:早瀬走

 宛先:シェリン・バーガンディ

 あぶなかったぜ! いやあたまたまDの入り口近くにトイレがあってよかったぜ!(^^)v

 トイレからの送信』

 

 ..........。

 

 なにやってんだあの人はッッッ!!  

 

 めっちゃかっこいいと思ってたのに! 結局トイレかよ! しかもこの人のメールも特別仕様! ツッコミが追いつかねえよ!

 

 てかなんで3人ともDのトイレに集まったんだ!? どういう運命だよ!

 

 またメール来た! ぶっちゃけもうどうにでもなれだ! 

 

『件名:すみません

 送信者:匿名希望

 宛先:シェリン・バーガンディ

 今腹壊してDの女子トイレにいます。その間探し続けてもらって良いですか。

 トイレからの送信』

 

 _________よっしゃああああああ!!!!!!

 

 最高だ! これが噂の英雄の豪運ってやつか!? よし! エクスさん! あなたは助かった! めでたしめでたしだ!!!

 

 おっと、メールが来たな。

 

 

 

 

 

 

 

 

『件名:-

 送信者:-

 宛先:シェリン・バーガンディ

 今Dの入り口の女子トイレにいます。ダッシュ中に腹を壊したので急いでトイレに駆け込んだら間違えてしまったようです。

 人もいるので出られません。助けてください。

 トイレからの送信』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スゥーーーーーーッ

 

 

 

 

 

 

 良い加減にしろよォ! なんで結局こうなるんだよ! なんでいちいち最悪なルートに進むかなぁ!? ていうかDの女子トイレに5人集まるってどんだけよ!!??? バカ共の奇跡のコラボレーションが起こってるよ!!! 

 さっきはツッコマなかったけどさぁ、なんで例外なく『トイレからの送信』になってんだよ! 

 ていうか僕にツッコミさせんなよ! 僕はどちらかと言えばボケの方でしょ!?

 

 あーあ、またメールが来たよぉ。

 

『件名:もう大丈夫です。

 送信者:匿名希望

 宛先:シェリン・バーガンディ

 変態の臓物引き摺り出してやりました。

 臓物からの送信』

 

 

 

 ...........。

 

 

 

 英雄、殺られたぁぁぁぁ!!!!

 

 

 

 




第二十一話でした。最近トイレネタが多く感じたのでしばらく封印します。


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22. サンタクロースは信じ続ける限り実在する

第二十二話です。超絶季節外れのネタです。


 12月1日、世界の全家庭に手紙が来た。内容は今年は特別な一年だからクリスマスに欲しい物を考えといてくれ。老若男女は問わない。というもの。

 

 

 

 

 

 

 

 午後8時00分。部屋の中で仰向けになって倒れている英雄。

 

「....」

 

 午後8時15分。部屋の中で仰向けになって倒れている英雄。

 

「....」

 

 午後8時30分。部屋の中で仰向けになって倒れている英雄。

 

「....」

 

 午後8時45分。部屋の中で仰向けになって倒れている英雄。

 

「....」

 

 午後9時00分。部屋の中で仰向けになって倒れている英雄。

 

「....雪がたくさん降ってるなぁ。」

 

 エクスはふと窓を見る。深々と降る雪が飾られた夜。

 

 エクスの部屋は6時間前に停電して復旧できていない。故に配信できず暇つぶしにゲームもできない。だからといって寝ようとしても今日はやけに眠れない。そして立ち上がりカレンダーを覗くエクス。

 

「12月24日か.....。」

 

「惨めだなぁ。」

 

 そう、今日は12月24日。クリスマスイブ。停電で連絡手段がなくなってしまったエクスは一人ぼっちで過ごす。

 

「みんなは友達恋人家族で集まって過ごしているんだろうなぁ。」

 

 ポツリと呟いて再び窓の外を見る。雪からは降ってくるときに鈴のような音が聞こえてきそうだ。

 

「はぁ.......ん?」

 

 聞こえてきそうなんかじゃない。聞こえてくる。視線を少し上げると空に浮かぶ物体が見え、大きさが大きくなっている。

 

「ていうかこっち来てない?」

 

 明らかに来ている。明らかに一直線でこっちに向かってきてる。

 

「え!? ちょっと待って待って!!」

 

 もう遅い。

 

「ぎゃあああああああああ!!!!!!」

 

 物体はエクスの部屋に突っ込み壁を砕いてエクスを下敷きにした。

 

「痛え....やっべやらかしちまったぁ.....。」

 

 上から男の声が聞こえる。中年の男のようだ。エクスは血だらけになりながら物体の下から這い出てきた。

 

「おっ!? そこの君! 大丈夫か!?」

 

「んなわけないでしょう! 一体どうなって....」

 

 エクスは男の身形を見る。赤をベースとし、白いラインが入ってる。頭には先端に白い玉が付いた赤い三角帽をかぶり、白く大きな髭をぶら下げている。その姿はいわゆるサンタクロースに酷似していた。

 

「あなた....もしかして...!?」

 

 エクスは男の横にある物体を見る。それはまさに大きなソリで後ろに袋が載せてあった。

 

「そうだ。知る人ぞ知」

 

「全部よこせ」

 

「.......え?」

 

 ポカンとする男。

 

「だから全部くださいよこれ。こんなことになったんですから誠意見せてくださいよ。」

 

「いやでも....」

 

「いやいやいや、詫びは言葉だけで済むものじゃないですよ。」

 

 エクスは壁に立てかけてあった剣を手に取る。

 

「わかったわかった!! ちょっと待ってろ!」

 

「そうそう。それでいいんですよ。」

 

「ほら。」

 

 エクスの顔の目の前に銃が見え、しかも銃口もエクスを見ている。

 

「下手な真似をするんじゃねえぞ。少しでも動いたら脳天吹き飛ばすからな! いいな!!」

 

 エクスは剣を床に置き手を挙げ、

 

「誠に申し訳ございませんでしたッッ!!」

 

 降参した。

 

 

 

「で、結局どうすればいいんですか?」

 

 エクスはサンタクロースと名乗る男の言う通りに同じ格好をして白いつけ髭を顎に付けている。

 

「指定の時刻になったら合図を送る。そうしたら指定した範囲内全ての人にプレゼントを配れ。どこの誰に何を渡せばいいかはその書類に書いてあるから。」

 

「はい、わかりました。」

 

「あとちゃんと配れなかったらいつもの生活に戻れると思うなよ。」

 

「は、はい!」

 

 彼らは二手に分かれた。ソリはサンタと名乗る男が複製した物を借りた。ちなみに男のソリもエクスのソリにもトナカイはいない。

 

「めんどくせえなぁ。今年に限っては人が多いしなぁ。」

 

 今年のクリスマスはサンタからの手紙が全ての人間の元に届いた。その内容は今年はなにかの記念年らしく、今年限定で子供だけではなく大人にも配るから何が欲しいか考えてといてくれ。と書いてあった。子供はともかく大人が欲しがるプレゼントは周りに影響を与えるんじゃないかと思ったがそれを男に聞いたところ、あの手紙には思考に一時的にブレーキをかけるからとんでもないものをおねだりされることはないらしい。

 

「とりあえずどういうのがお願いされてるのかな。あっ、俺のもあるかな。」

 

 エクスは受け取った書類を開く。

 

「No.1、シライ・ハナコ。8歳。欲しい物は.....」

 

 指定された時間まではかなり余裕があるのでかなり高い位置で滞空しながら書類を読み進めていく。ちなみにNo.524まである。

 

「No.62、ヨシザキ・ヨシエ。12歳。欲しい物は________」

 

 

「死んだ父親。」

 

 

 無音になる。

 

「なんかあったのかな.....。かわいそうに。てかなにこれ、俺どうすればいいの!? いなくなった家族なんてどうすればいいんだよ!!!?」

 

「てか何!? 後ろの袋の中に入ってんの!? この子の家族が!? 待って待って怖い怖い怖すぎるだろ! なんか俺犯罪の片棒担いでるみたいになってだろ!!」

 

「いやでもこれはあの子を幸せにするプレゼントだから犯罪じゃないな! むしろ善意だよ善意! とりあえず次だな次!」

 

「ええっと次は...No.63、クロタ・ソウジロウ。8歳。欲しい物は魚肉ソーセージ。以外と謙虚な子だな。」

 

「No.64、サガスワラ・シュウ。6歳。欲しい物は...こいつも魚肉ソーセージじゃん。」

 

 着々と読み進めるエクス。だがなにかがおかしい。

 

「魚肉ソーセージ、魚肉ソーセージ、魚肉ソーセージ.......No142も魚肉ソーセージぃぃ!? なんだこの空前絶後の魚肉ソーセージブームは!? みんな魚肉ソーセージしか頼んでねえじゃねえか!!」

 

 明らかに異常である。そこで違和感に気付くエクス。

 

「なんか字の周り微妙に色が違うよな.......」

 

 書類の紙は黄ばんだ白色だが、字の周りだけ綺麗な白だった。エクスは爪を立てて擦ってみる。

 

 すると、下から別の字が出てきた。

 

「偽装してんじゃねえかあのクズ野郎!! しかもめちゃくちゃ雑! 修正テープだろこれ!」

 

 他のページも同じように擦ったら同じ結果だった。

 

「やばすぎだろあいつ! ...ってまさか!?」

 

 嫌な予感がして後ろに積んだ袋の中を見ると、魚肉ソーセージがぎっしり詰まっていた。

 

「やっぱり魚肉ソーセージしか積んでねえじゃねえか!! どうすんだよこれ! 新手のテロだろ!!!」

 

 いくらかき分けても魚肉ソーセージしか出てこない。

 

「おいざけんなよまじでどうすんだよ!」

 

 とりあえず書類の方に再び目を移す。いくら見ても偽装されたページばっかだが、ついにありのままの姿のページが出てきた。

 

「No.179......、鈴鹿詩子_________ぐあっ!!」

 

 エクスは悲鳴を上げて一瞬よろめいた。

 

「なんだこのページは.....ッ! 異常なほどまでの邪気が放たれているッ!?」

 

 鈴鹿詩子。にじさんじに所属する配信者(ライバー)で、エクスの大先輩。所謂うたのおねえさんで、子供達からの人気は確かな物である。ただしそれは表の顔でその本性は26歳の腐女子でありとあらゆるBL同人を狩りつくし少年を喰らわんとする26歳。婚活は病むらしい。

 

「この邪気.....噂以上だ!!」

 

 そのページには鈴鹿の欲しいものが書かれている。それは______

 

「BL同人.....一生分!?」

 

 エクスが読み上げた瞬間、邪気はより一層強まっていきソリは大きく揺れ出す。

 

「まじでやばいって......! 早く次のページに進めないと.......!!!」

 

 邪気に圧倒されながらもページをめくるエクス。だが、

 

「ぐわああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 次のページも鈴鹿のだった。しかもより一層邪気が強まっていく。

 

「あの人、リクエストをかなり具体的に書いたせいでページが続いちまったのかよおおおお!!!!! ぐおお!!」

 

 やがてその邪気はソリにヒビを入れ始める。このままでは空中分解で下に落ちてしまう。

 

「クソッ! 負けてたまるかぁぁぁ!!!!!」

 

 しかし、エクスの力が邪気を上回った。ページに手が届くと一気に30ページ以上めくった。

 

「はぁ....はぁ......あぶねぇー。」

 

 結果、普通のページが出てきた。試しにページを一つ前に戻そうとすると強烈な邪気が再び放たれかけたのですぐ戻した。

 

「あやうく墜落するところだったわ.....。ソリもボロボロだし______」

 

 安心して気を抜いた次の瞬間!

 

「ぅあ?」

 

 ソリは粉々に砕け散ったッッ!!!

 

「え!? ええ!? ちょっと待って!」

 

 情けない声を上げるも下に真っ逆さまに落ちていく。

 

「いやああああああああ!!!!!!」

 

 ソリは切片となり、プレゼント袋も下に進む。

 

「ん? ちょっと待てよ。」

 

 急に冷静になってさっきのサンタを名乗る男の発言を振り返る。

 

『指定の時刻になったら合図を送る。そうしたら指定した範囲内全ての人にプレゼントを配れ。どこの誰に何を渡せばいいかはその書類に書いてあるから。』

 

『『あとちゃんと配れなかったらいつもの生活に戻れると思うなよ。』』

 

 エクスの本能が訴えかける。あれは単なる脅しではない。

 

 エクスは思った。

 

 早くプレゼントを守らなければッッ!!! と。

 

「やばいって! それだけはダメだって!!」

 

 情けない裏声が夜の空に響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと....。」

 

 ソリに乗った男が姿勢を直した。

 

「今年もサンタ頑張るとするかぁ。」

 

 サンタを名乗る男はソリを加速させるのと同時にサンタのご都合主義能力のテレパシーで仕事のスタートをエクスに伝えようとした。

 

「もしもーし_______」

 

「ああああああああ!! 死ぬ死ぬ!! 下に落ちて死ぬ! プレゼント関係なしに死ぬ!! いやあああああああああ!!!!!!」

 

 ソリの後方に何かがのし掛かって大きく揺れる。

 

「うおおお!!? 何事何事ォォ!!?」

 

「うおおおおおおお!!! あぶねええええ!!! 助かったぁ! プレゼントも無事だぜひゃっほう!」

 

 ソリにエクスが間一髪で縁の部分をつかみ、ぶら下がっている。彼の右足には紐が絡み付いていて何メートルか離れた先にプレゼント袋が付いている。

 

「おいてめえ何やってんだぁ!? ソリはどうした!!」

 

「あなたからもらった書類を開いたらこうなりましたァ!!!」

 

「はぁ!? 意味わかんねえよ!!」

 

「俺にもわかんねえよ!」

 

「っておいクソジジィ! プレゼント袋魚肉ソーセージしか入ってねえけどどういうことだ!!」

 

「別にいいだろ魚肉ソーセージでも!! 仕方ねえんだよ!!!」

 

「仕方ないってどういうことだよ! 子供泣くぞこれェ!!」

 

「うるせえなぁ!! みんなねだる物がいちいち高えんだよ! てめえは自分の子供にベンツ5台買ってって言われて買えるか!? 買えるわけねえよなぁ!! だって高えんだもん!!」

 

「まさか全部自腹なのかよ!? っていでででででででで!!」

 

 エクスの右足に激痛が走る。紐の先をよく見てみると人影が紐を這い上がってくる。

 

「うお!? なんか来たぁぁ!!!? なんだあのゾンビみてえなやつ!」

 

「うーんなんだったかなぁ.......。」

 

 それはパンイチので体がぬめっとしてる人間の男だった。そして人の名を叫び続ける。

 

「ヨシエェ.....ヨシエェェェェェェ!!!!!」

 

「ああ思い出したぁ!! たぶんこいつ書類にあった子供の欲しいものの死んだお父さんだ!! なぁんでヌメヌメなんだよォ! ヨシエちゃん見たら泣くよ!!?」

 

「トシコォォォォォォォォォ!!!!」

 

「今度は絶対奥さんの名前だろ!! なんでこんな状態でプレゼントしようとしたんだよジジイ!!?」

 

「いやそれ奥さんの名前じゃなくてあの世で再会した現世からの浮気相手だな。こっちに連れ戻す時にちょうどあの世で一緒にロー○ョンプレイしてたんだよ。」

 

「最低のクズ親父じゃねえか! 子供に絶対会わせたくねえよこんなヤツ!!」

 

「トシコォォォォォォォォォ!!!!!!!!」

 

「うわあ! 来るんじゃねええ!!」

 

「いいか! そいつをこれ以上こっちに近づけるんじゃねえ!! 今のそいつは無理やり現世に戻したせいで自我が崩壊して目に映る生き物を無差別に攻撃するようになっちまったんだよ!!」

 

「ええ!!? まじで!?」

 

 二人があたふたしていると物が焼けるような音が聞こえてくる。 

 

「なんの音ですかこれ。」

 

「なんだろうな。」

 

 そう言った自称サンタの男は袋の中を漁り始める。

 

「あーこれかぁ。」

 

 彼が袋から取り出したのは黒い球体のボディに短い紐が付いていて先端には火がついており、紐を削っていく。

 

「おい小僧、これってもしかして、」

 

「爆弾ですね。」

 

「爆弾だよな。」

 

「ええええええええええ!!!!?」

「ええええええええええ!!!!?」

 

「なんで爆弾が入ってんだぁ! いつの間に俺こんなの用意したのか!?」

 

「なにやってんですかそれ早く捨ててくださいよ!」

 

「わかって___うおお!?」

 

 紐の先にいる男がソリを大きく揺らした。その拍子に爆弾はソリの装飾にピッタリはまってしまい抜けなくなった。

 

「やべええええ爆弾を捨てられねええ!!!」

 

「なにやってんだああああ!!!? 早く! 飾りを壊せ!」

 

「うおおおお!!!!」

 

 思ったより装飾が頑丈で壊れない。

 

「うおおおダメだあああ!!!」

 

「トシコォォォォォォォォォ!!!!!!!!」

 

 突然ソリが跳ねた。ソリの上にあるプレゼント袋から中身が溢れ出し、エクスと子供の父親は上のソリに乗っかった。

 

 宙を舞う魚肉ソーセージなどのプレゼントの中に機械仕掛けのサンタ人形があった。

 

 何かの拍子で起動したサンタ人形が喋りだす。

 

「ホーホッホッ! メリークリスマス!!」

 

「メリークルシミマス。」

「メリークルシミマス。」

 

 爆弾が轟音と光を放つ。

 

「ぎゃああああああああああああああ!!!!!!」

 

 雪の降る空の中に一つ、一時の太陽ができた。




第二十二話でした。すみません、めちゃくちゃ遅くなりました。


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23. 序盤で習得した技でラスボスにトドメを刺す展開っていいよね

第二十三話です。最近の英雄のガチャ配信で知ったことなんですがガチャは人を壊せるんですね。


『起きろ....起きるんだ........』

 

 声がする。横になっている自分に話しかけてくる声が。

 

『眼を覚ますんだ、英雄よ.....。』

 

 言われた通りに眼を開き体を起こす。

 

 その眼には何もなくただ地平線が広がる灰色の空間が広がっている。そしてすぐにそれは夢だと気付いた。

 

「どこだ......ここは.....?」

 

『お前がそれを知る必要はない。』

 

「.........誰ですか?」

 

『私を概念に当てはめるな。解にはたどり着かんぞ。』

 

「えっ、何を急に.....。」

 

『英雄よ....よく聞け。お前は成長しなければならない。確かに今のままでもお前は強い。だがこのままではいずれお前より強いものが現れるだろう。』

 

「.....。」

 

『そこでだ。私がお前に必殺技を伝授してやろう。』

 

「いらないです。」

 

『いい心意気__________え?』

 

「いやだから、いらないです。」

 

『...........必殺技とか欲しくならない?』

 

「ならないです。」

 

『いやここは欲しいって言った方が得だよ?』

 

「いやまじでいらないです。だいたいどういう得があるんですか?」

 

『いや.....あのさ、例えばさ。君達にじさんじ配信者(ライバー)を題材にした格ゲーとか二次創作漫画とか小説とか作りやすくなるよ? 結構よくない?』

 

 さっきまでの威厳がまるでない。

 

「いやでもそれほとんど僕に関係ないじゃないですか。」

 

『てめえさっきからやる気なさすぎだろ! おめえそれでもいいんかよ!?』

 

「本当にどうでもいいんで他当たってください。」

 

『それてめえが言っていい言葉じゃねえよ!! てめえ英雄なんだろ!?』

 

「英雄ですが何か? 僕にそんな義務はないので。はい。」

 

『あーもう! わかった! 今回はゲストを呼ばせてもらった! いまここで合流してもらう!』

 

 声がそう叫んだとき、エクスの隣に人影がパッと現れた。

 

「あれ、アルビオ!? なんでここにいんの!?」

 

「ええ!? フレンじゃん! やめたいくださいよもー! 僕の夢の中にまで現れるなんて変態ですか?」

 

「いやそれこっちのセリフ!! 出てけよ! 私の夢から出てってよ!!」

 

『二人共、今から君たちに技を伝_________』

 

「いやいや! どう考えてもこっちのセリフだね! 僕は清楚であなたは汚れた人。どっちがそのセリフにふさわしいか一目瞭然でしょ?」

 

「おい私知ってるからな! 切り抜きで見たぞ! 結構お前下ネタに反応してるの私知ってるからな!」

 

『あの、話を聞い________』

 

「そんなのただのこじつけですー! 俺はそんなやましい人間じゃないっすから。あなたとは違いますー!」

 

「いいや無駄だね! 完ッ全にそういう反応してました! このソロラブホ英雄!」

 

「ソロラブホは事故だから! 自分から行ったってわけじゃないから!」

 

『話を聞けやああああああ!!!!!』

 

 声が叫ぶと横から光が飛んできて二人を襲う。

 

「ぎゃあああああああ!」

「ぎゃあああああああ!」

 

『人の話はちゃんと聞けよボケナス共ォ!!』

 

「ごめんなさい。」

「ごめんなさい。」

 

 そこには声の主と思われる上半身裸で筋骨隆々な男が立っていて、二人はその前に正座している。

 

『いいか。今回はこの私がこれから大量の火の粉が降り注ぐであろうお前たちに必殺技を伝授してやろう。』

 

「必殺技。」

 

「ねえ聞いたアルビオ! 必殺技だって!」

 

「いやでも必殺技いります? 僕らすでにめちゃくちゃ強いっすよ。」

 

「なんで! 必殺技とか超かっこいいじゃん!」

 

「僕らもう存在自体が必殺技なんで。パンチ一発で大体のやつ倒せるから。」

 

『あのそこはもういいからさ、とりあえずOKしてくれる? 話がほら、進まないからさ。』

 

「どうぞどうぞ。」

 

 男が軽く咳き込み、話を続けた。

 

『お前たちは剣を持って戦う剣士だろ? 剣ってのは一番わかりやすいんだ。使い方によって岩を砕く一撃を放てるし、逆に音速を超える月だって放てる。全てを受け止める最強の盾にもなるし人によっては遠距離の敵も倒せる。なんでもできるんだ。』

 

『だから今回はお前たちに剣技を中心にたくさんの技を伝授する。まずはこれだ。』

 

 男が指を鳴らすとすぐ後ろに巨大な岩が現れ、男の手に平凡極まる剣が現れた。そして腰を深く落としたまま所謂脇構えと呼ばれる体勢で剣を構えた。

 

轟斬岩砕剣(ごうざんがんさいけん)ッ!』

 

 男が叫び、剣を大きく振り下ろした。すると岩は真っ二つに割れた挙句、大量の破片となった。

 

「すっ、すげぇ〜!!」

 

「ほぉ〜。」

 

 フレンがはしゃぐ。それに対して反応が薄いエクス。

 

『どうだ。これが私が編み出した技の一つ、轟斬岩砕剣(ごうざんがんさいけん)だ。巨岩をも砕く一撃必殺の剣だ。騎士、試しにやってみろ。』

 

「やりますやります!」

 

 興奮気味でフレンがまた生成された岩の前に立つとさっきの男と同じ体勢になる。

 

『おー。あの女センスあるな。一目で完コピしやがった。』

 

 男が言った通り、フレンはさっきの一瞬で完全に会得していた。彼女が所属する騎士団は一国にある騎士団の中でトップクラスの実力者が集まる。おかしいことはない。

 

「はぁっっ!!」

 

 声とともに放たれたフレンの一撃はさっきと同じ結果をもたらした。唯一違う点があるとすれば断面はかなり綺麗であったということくらい。

 

『やるじゃねえか。たぶんさっきの私より威力があったと思うぞ。』

 

「え、まじ!? 本当!? やったぁ!」

 

『フン、さぁ次は英雄の番だ。お前にもできるだろう?』

 

「まぁ.....」

 

 再生成された岩の前に今度はエクスが立つ。深く腰を落とし深呼吸をする。そして、

 

「おらぁっ!!」

 

 エクスの拳が岩にめり込み、一撃で岩を粉砕した。破片は一つも残らない、塵となった。

 

「まぁこんなもんです。」

 

『てめえ剣を使えよ剣をォ! 技名を言ってみろ! 轟斬岩砕剣(ごうざんがんさいけん)だろ!? 剣って最後に付いてるよなぁ!!』

 

「いやちゃんと使いましたよ(けん)を! 目腐ってるんじゃないんですか!?」

 

(こぶし)の方じゃなくて(つるぎ)の方な! 背中の剣は飾りかぁ!? ええ? いま岩出すからもう一回やれ!』

 

「いやでもこんなクソみたいな技使わずともなんでもワンパンですもん。こっちのほうが威力出ますし。ねぇフレンさん?」

 

 フレンに話しかけながら拳で岩を真っ二つにするエクス。

 

「わかる。正直この技を使う機会さえないよね。人に使うほどでもないし。」

 

 そしてフレンも拳で岩を二つとも一撃で粉砕した。

 

『いやてめえらおかしいだろそれは! デタラメにつえーなおい! わかったもういい! この技じゃなくて別の技を教えるから!』

 

「はーい。」

「はーい。」

 

『返事子供かよ。まぁいい。次に教えるのはこれだ。』

 

 男が指を鳴らすと高速で宙を動き回る光の玉が大量に現れ、男は構えた。

 

神威閃殺剣(しんいせんさつけん)ッ!』

 

 まんま牙○の姿勢から○突のような一撃で光の玉を貫いた。その一撃は一瞬光速を超えた。

 

『時には光速を超えねば断てぬ敵もいる。ほらやってみろ。』

 

「....。」

「....。」

 

『ん、どうした?』

 

「地味っすねぇ。」

 

「これは地味だよなぁ。」

 

『いや地味とかじゃなくてさ。やってみ?』

 

「いやかっこよくないんで結構です。」

 

「僕も同じく。」

 

『てめえらマジで良い加減にしろよ!? 剣技に派手さなんて求められてねえから! ほら黙ってやれよ!』

 

 男がそう叫んだ瞬間、フレンが剣を一瞬鞘から刃を見せ、戻した。

 

『....。』

 

「....。」

 

「....。」

 

 一瞬静寂が訪れる。すると、光の玉が同時に五つ消えた。

 

『.....え、嘘。もしかして今の一瞬で光の玉を斬ったの?』

 

「うん。」

 

『しかも五つも?』

 

「うん。」

 

『......あのさ、ちょっとやめてくんない? 辛いんだけど。先の技あれだよ? 結構頑張って考えたからね。めっちゃ時間かかったからね? それをさ、一瞬でさ、上回るのやめてくんない? 自信無くすんだけど。』

 

「でもこっちのほうが良いじゃん。抜刀術ってすごくかっこいいじゃん。こっちのほうがカバー効くし範囲も広いし隙も無いしで言い得ずくめだもん。」

 

『お願い、もうやめて。これ以上僕の努力を否定しないで!』

 

神威閃殺剣(しんいせんさつけん)ッ!」

 

 二人を気にせずに今度はエクスが光の玉を五つ同時に蹴り飛ばした。

 

『だからてめえは剣を使えやあああああ!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから男は二人にいろんな剣技を伝授しようとするが二人がその技を上回っていく。

 

『わかった。たぶん剣技はお前たちに教えても意味は無いだろう。だからこういうのはどうだ?』

 

 男がそう言った直後男の筋肉は肥大化し、深呼吸をした直後高速で動き回り、周りを漂う光の玉を全て握りつぶした。

 

『どうだ。自身の身体能力を大幅に向上させる技だ。特に技名は無いがな。』

 

「...。」

「...。」

 

 相変らず二人の反応は薄い。

 

『まぁその反応も無理は無いだろう。ここで一つ、手合わせをしよう。英雄、今からこの技を使った私と勝負してもらう。』

 

「え!? 勝負!? それはやめた方がいいんじゃないですかねぇ...。」

 

(なんだ....? 今更怖気付いても遅いぞ。ここで今までの鬱憤を晴らさせてもらうぞ。)

 

『言語道断!! 行くぞッ!』

 

 男は技を使った状態でエクスに突進する。すでに音速を超えている。

 

『どおりゃあああああああああ!!!!!』

 

 男はエクスに蹴りを叩き込もうとした。だがそれは容易く躱されて鳩尾に拳で鋭い一撃を叩き込まれ地面に叩きつけられた。

 

『ぐっはあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

「だからやめときましょうって言ったじゃないですか。こうなるんですよ。」

 

(あの野郎....私のスピードを見切っていたというのか!? ありえん!)

 

『今日はやけに調子悪いみたいだな。次は騎士だ。お前も体験してみろ。』

 

(よし! 今度は女だ! さすがにあいつなら私に対応できるはずがない!)

 

『行くぞッ!』

 

 が、結局同じ展開でフレンにボコボコにされてしまった。

 

『ぐっはあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

「意外と遅ぇな。本当に調子悪いんだね。」

 

(ぐっはあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!! もうだめだぁ! 身も心もボロボロだよぉぉ! これ以上俺を惨めな気分にさせないでくれえええ!!)

 

 男の目から涙がこぼれる。

 

「....ねぇアルビオ。」

 

「なんですか?」

 

「なんか可哀想じゃない? さっきから色々教えてくれてるけどさ。全部空回りしちゃって。」

 

「........いやぁさっきのすごかったなぁ! たまたま回避できたけど避けれそうになかったなぁ!」

 

「いやぁ、私もさっきたまたま躓いたおかげでカウンターできたけど全然見切れないかったよ!」

 

(え、何。何を言ってんの急に。もしかして気を遣ってる? お願いだからやめてくんない? その優しさが人を傷つけてるんだよ!)

 

(いや、ここでリアクションを取らなければ永遠に惨めなままだ! ここで流れを変えてあの二人にギャフンと言わせてやる!)

 

 男は涙を拭って立ち上がる。

 

『フン、まぁ偶然にしろ必然にしろお前たちもなかなかやるようだな。まぁ良い。さて、そろそろ俺のとっておきを見せてやろう。』

 

 無理やり己の自信を立て直した男は。両手を前に向け、掌をグワッと開いた。

 

『はぁあああああああああああああ!!!!!!!!!!』

 

 今まで以上に気合の入った声で叫ぶ。すると男の手の中から光が放たれる。

 

『どうだ! これが私の切り札ッ!  全霊神破咆哮滅撃(ぜんれいしんはほうこうめつげき)ッッッ!! この光は全てを消し飛ばすッ! いかなる大敵でさえこの最強の矛には太刀打ちできん!』

 

「すげえええええ!!!!!」

「すげえええええ!!!!!」

 

 今度は心からハイテンションな二人。男は続ける。

 

『己の全身全霊を込めるんだッ! 己の全身全霊は神でさえ打ち破るッッ! さぁ撃ってみろォォッッッ!!!!』

 

「はぁあああああああああああああ!!!!!!!!!!」

「はぁあああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 同時に二人は構える。二人の手の中で光が暴れ始める。

 

『そうだ! それでいい! 限界まで溜めて溜めて溜めて溜めてッ! 放つんだッッ!!』

 

 そして二人は咆哮と共に光をその手から解き放った。

 

『いいぞ! 素晴らしい! 君たちは最高の二人だ!!』

 

 興奮気味に二人を賞賛する男。だが_______

 

『ん? 待って。もしかしてこっちに撃った?』

 

 もう手遅れだった。

 

『ひっ!』

 

 光は男を包んだ。

 

『ぎゃああああああああああ!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして二人は気がつくと夢から覚めていた。

 

 夢は目が覚めると記憶の中から無くなってしまうというのはよく聞く話だろう。

 

 それは二人にも当てはまる話だった。




第二十三話でした。おニュイの3D配信で見た爆乳舞元が割と気持ち悪くて笑えて仕方ないです。


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24. オシャレの基本は我慢

第二十四話です。あけましておめでとうございます。僕は黙って英雄を推します。


 冬、にじさんじ所属の轟京子は通っている専門学校の課題をクリアするためにショッピングモールに来ていた。

 

「うえぇ〜。最近めちゃいい感じの配信のネタ思いついたのにこのタイミングでめんどくさい課題はないよぉ〜.....。」

 

 彼女はそう嘆きながら店を回り物色し続ける。すると向かいの衣服店から出てくる知り合いの姿を見つけた。

 

「おっ、エビオじゃん。」

 

 エクスを発見する。彼は轟に気づいていなかった。

 

「エビオも服とか買うんだ。」

 

 単なる好奇心から轟は彼の後を追ってみることにした。

 

「うーん、服を決めるのって難しいなぁ。」

 

(エビオの奴、結構悩んでるな...。よし、ここは私が服を選んでやるか! 面白そうだし!)

 

 そう決めた轟がエクスに接触しようとするが、彼女は動きを止めた。エクスの一言がきっかけで。

 

「やっぱあの店でいいか!」

 

(あの店? なんだ? すっげぇ気になる!)

 

 引き続きエクスの動向を追い続ける轟。エクスが歩みを止めた。

 

「やっぱこの店だよな。」

 

(なっ....!?)

 

 轟は絶句した。エクスが選んだ店は異様な姿だった。なんとエクスがいつも着ている鎧と衣服しかなかったからだ。

 

(ええええええぇぇぇ!!? なんだよこの店は!? 全部あいつのデフォルト衣装じゃん! 嘘!? まさかあいつの鎧と服ってここで普通に売ってるやつなの!!?)

 

「おっまた来てくれたのかエビオさぁん! 今日はどれにする?」

 

(しかもなんか店主と仲よさげだし! また来たって常連かよ!!)

 

「そうですねぇ...うーんどれがいいかなぁ...。」

 

(いやいやいやいや全部同じだよ同じ!! なんで悩むんだよ!)

 

「今日こしらえた品でオススメなやつがるんですけどこれとかどうです?」

 

 そういった店員が店の奥から出したのは生地が七色に光っているいつもの服だった。

 

「いわゆるゲーミング製品ですね!! どうですか! かっこいいですよ! あなたにも似合うと思いますよ!」

 

(いやすっげえダセええええええ!!! なんだよゲーミング衣服って!)

 

「うーん...」

 

(だからなんで悩むんだよ!)

 

「じゃあこれとかどうです? あなたがいつも着ている商品とは別のシリーズですが....」

 

(あれにシリーズとかあんのかよ!)

 

「これですね。」

 

 店員が出したのはエクスが着ているやつと同じ外見だった。

 

(結局同じやないかい!)

 

「あなたがいつも着ているやつとはだいぶ違ってですね。まず生地ですねこれは______」

 

(なんだ。素材が違うだけか。まぁ納得できるわ。)

 

「こちらのシリーズもいいと思いますよ! たまには違うパジャマも悪くないですよ!」

 

(いやそれパジャマだったのかよおおお!!? おいまじかよお前いつもパジャマ着て配信してたのか! パジャマ着て外で歩いていたのか! パジャマ着て戦っていたのかよ!!? なんか知りたくなかったわ!!!)

 

「そうですね! じゃあそれいただきます! じゃあ次は鎧の方買います!」

 

「どういったのをご希望でしょうか?」

 

(てかパジャマの上に鎧ってイかれてんな....。)

 

「これと同じタイプのを欲しいんですけど....。」

 

 そう言ってエクスは鎧をすべて脱ぎ、そこらへんのカゴに入れて店員に渡した。

 

「モバイルバッテリータイプでよろしいのですか?」

 

(それモバイルバッテリーだったのかよ!?)

 

「なにしてんだ?」

 

「おわぁっ!?」

 

 後ろからいきなり男に声をかけられ、驚く轟。後ろを見ると、

 

「びっくりさせんなよぉ、社ぉ。」

 

「おお、悪い悪い。で、なにしてんだ?」

 

「あれ見てよ。」

 

「ん? うげぇ! あれ全部エクスがいつも着てる服か!?」

 

「しかもパジャマだよ。」

 

「あいついつもパジャマ着てんのかよ!?」 

 

「しかも鎧はモバイルバッテリーだし。」

 

「変に機能的!?」

 

「どうやらあの店はパジャマ+α専門店らしいよ。」

 

「エクスの服にそんな秘密があっただなんて....。」

 

「ねぇ、エビオの服選びを手伝おうかと思ってるんだけど、どうかな?」

 

「わかった。俺も手伝うよ。」

 

「よっしゃあ! そうと決まれば善は急げだ! ゴーゴーゴー!」

 

 

 

 

 

 

「あそこにいるのエクスじゃん。」

 

「本当だ。おーいエビオー!」

 

 二人は偶然を装ってエクスに接触した。

 

「あっ、お二人さん。買い物ですか?」

 

「どっちも服を買いに来たらさばったり出会った感じだよね。」

 

「ああそうだな。」

 

「ところでエビオ! お前服選びで悩んでいたな!」

 

「なっ!? なんでわかるんですか!?」

 

「てめえの心くらいお見通しなんだよ!」

 

(コイツ本当はずっと後をつけてただけなんだけどな。)

 

「仕方ないから京子達が手伝ってやろうってわけ!」

 

「いや大丈夫です。てか服なんてぶっちゃけどうでもよくないですか?」

 

「いやいや! だったらおめえ私生活ずっと着ぐるみ着ていろって言われてもできるかぁ?」

 

「僕は全然_____」

 

「無理に決まってるよなぁッ! 行くぞッ!」

 

「え!? ちょっと待って! 俺まだ答えてな_______」

 

「うるせえ黙って着いて来いクソガキ!」

 

「えぇ...」 

 

(なにがコイツを動かしているんだ....?)

 

 心の中で呟く社だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがエビオにおすすめする店だ! ここに売ってるのはどの服もどんな奴にも似合うものが多いんだ!」

 

「そっ、そうなんですか...?」

 

「これとかどうかな?」

 

「結局お前が一番楽しそうだよな。」

 

 試着室の中で次々とエクスの格好が変わっていく。ただし、彼女のセンスは偽物ではなく、現代のモテファッションばかりである。

 

「確かにこう見るとエクスは元がいいからな。こいつの言う通りエクス、お前はもっと服装に気を使ったほうがいいと思うな。」

 

「まぁ社さんが言うなら今後も気を使いますけど...。」

 

「それにしても京子、途中からなんかおかしくなってきてないか?」

 

「ん? どこが?」

 

「いや急に昔のレスラーのシングレット着せてんじゃねえか!! なんでこれをチョイスした!?」

 

「似合うかと思って。」

 

「似合う!? いやたしかにちょっとだけ様になってるけどさ! そしてなんでエクスは何も言わねえんだ!!」

 

「いや意外とこれもいいなと思ったんですよ。めっちゃ動きやすいですし。普段からこれでいいくらいっすね。鎧なんてクソくらえだよ本当に!」

 

「良くねえよ! てか謝れ! いろんなとこに謝れ!」

 

「うるさいなぁシャッチーは...。はいはいわかりました。エビオ、これとかどう?」

 

 再び試着室のカーテンが閉まり、服と肌が擦れ合う音が聞こえる。

 

「着替え終わりましたよ。開けますね。」

 

「はーい。」

 

 カーテンが横に寄せられるとそこにはジーパンだけを履いた上半身裸のエクスがいた。

 

「いやなんでジーパンだけなんだよ! なんで無駄に官能的スタイルなんだよ!?」

 

「だってこっちの方が腐女子にウケがいいかなって思ってさ! 実際良くない?」

 

「まぁ確かに俺は受けとかが多いし、ファンアートとかみるとそういう層の人もいるかもですね。」

 

「いやお前は肯定しなくていい!! すっげえ考えたくないんだけど! エクスの口からそんなこと聞きたくなかったわ!!」

 

「今日はこれでいきますね。」

 

「おっみんななんか面白そうなことしてるじゃないかぁ。」

 

「誰だ!」

 

 社の声と同時に3人が声のした方に視線を向ける。

 

「ゆめお!」

「ゆめお!」

「夢追さん!」

 

「どもっ。」

 

 買い物カゴを持った夢追がいた。カゴの中には服が大量に入っている。

 

「ゆめおも服を買いに来たのか。」

 

「うんそうだね。そろそろ冷えてきたし衣替えしたいな...ってエクスどういう格好なのそれは!?」

 

「ああ、これは気にしないでください。轟さんにコーディネートしてもらってるんです。」

 

「いやまともじゃないよその格好は。」

 

「うっわ! ゆめおの服全部袖ねえじゃんか!」

 

「ゆめお...さすがにそれは人のこと言えねえんじゃねえか?」

 

「いやそこまで言う?」

 

「仕方ないな...じゃあ私が適当に服選んであげるよ。これとかどう?」

 

 轟が選んだのは普通の長袖の上着だった。

 

「これなら冬も越せるだろうしおしゃれだよ!」

 

「おお! 僕も良いと思いますよ夢追さん!」

 

「まぁマシだよな。ゆめお、俺のおごりで良いよ。」

 

「......なんか違うなぁ。」

 

「.....え?」

 

 思わず情けない声が出た社。

 

「なんかこう....馴染まないんですよね。」

 

「ええ!? でもそれっ結構良いと思うよ京子は!」

 

「正直普通にオシャレですからね。上は大事ですよ。」

 

「いやお前が言える立場じゃないだろ!? そういえばエクスは半裸だったわ!」

 

「あっ! わかったぞ! これが邪魔なんだ! おらっ!」

 

 夢追は袖を掴むと突然声をあげて力を入れた。そして_______

 

「やっぱ袖はいらないよな! うん!」

 

「ええええええ!!!? やっばこの人ォ!! 自分で袖引裂きやがった!?」 

 

「いやなにしてんの!? せっかく良い感じだったのに! てかそれまだ払ってないよ!?」

 

「てめえ何してんだ! 結局いつもと同じだろ! 良い加減腕かくせよ!」

 

「袖があるとやっぱ自分が自分でないように感じるんだよね。」

 

「それはおかしいでしょ夢追さん!! 人は上に着てる服が大事だって言ってるでしょ!?」

 

「だからそれはエクスが言える立場じゃねえだろ!! お前なんか着ろよ不審者だぞ完全に!!」

 

「うっわ完全にエビオやばい奴じゃん! チョーウケる!」

 

「いやお前が元凶なこれ! ああもう! ゆめお! これとかどうだ!!」

 

 社はすぐそばにあった長袖の上着を夢追に渡し、着させた。

 

「うわ社センス無! ダッサ!」

 

「とりあえずの応急処置だ! あとエクス! 俺の上着貸すから着ろ!」

 

 そしてエクスにも同様のことをした。

 

「いやでも社さん、なんかこれも違和感あるんすよね。ちょいと失礼、おらっ!」

 

 ビリッと引き裂かれる袖。

 

「うん!」

 

「だからなんで袖ちぎるんだよおおお!!! なんで!? なにか袖に恨みでもあんの!? 袖に親でも殺されたの!?」

 

「はっ!」

 

「なんでお前もやぶくんだエクスウウウウウウウウ!!? お前まで袖やぶく必要ねえだろおいぃぃ!! ていうかそれ俺の上着だし!!!」

 

「よし! いくよ社ー!」

 

「え!? ちょっと待て待て待て!!」

 

 轟は社の袖をつかみ、

 

「そい!」

 

 引き裂いた。

 

「なんで俺の袖までええええええ!!??? てめえらどんだけ袖が嫌いなんだよ!?」

 

「なんだよ、面白そうなことやってんじゃん。」

 

 後ろから男の声。

 

「この声は、チャイカじゃん! 頼む、俺を助けてくれぇ!」

 

 後ろを振り向く社。

 

「私も入れてよ。」

 

 そこにはマイクロビキニ姿の花畑がいた。

 

「どわあああああああ!!!!! もうだめだあああ!! 盛大な出オチッッ!! なんでマイクロビキニ着てんだよおおおお!!!!?」

 

「エクス、ゆめお! これをやる!」

 

 そう言って花畑は布切れを二人に投げ、二人はそれを受け取った。

 

「どうだ!」

 

「最高です!」

「最高です!」

 

「フハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

「ぎゃあああああ!!!! 誰得だよこの光景! マイクロビキニ姿の男が3人!! 気持ち悪いんだよ!! 京子もなんか言ってやれよ!!」

 

「こっちにもっと布面積の狭いマイクロビキニがあるよ!」

 

「そういえばこいつもあっち側だった!! クソッ! おめえらこれを着るんだあああ!」

 

 社は凄まじいスピードで3人の元へ飛び込み、すれ違った。

 

「ふんっ、ちゃんと服を着るんだな。」

 

 3人はすでに服を着ていた。どこで身につけたかわからないような技でこの場を切り抜けた。

 

「なっ....。これどういう仕組みっすか!?」

 

「社さん! 何気すごいことしてますよ!?」

 

「この私が...! 社に遅れをとるなど....ッ!」

 

「服は俺がおごるからちゃんとした奴着てくれよ。」

 

「うーん....。」

 

「なんか.....。」

 

「...。」

 

「どうした?」

 

「やっぱ袖はいらないな。ふんッ!」

 

「てめえまた何やってんだ!! どんだけ袖が嫌いなんだよ!?」

 

「じゃあ僕も!」

 

「だからなんでエクスも袖を引き裂くんだよ!? お前そういうキャラじゃねえだろうが!」

 

「はぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 

 突如、声と同時に花畑の筋肉が膨張、服を吹き飛ばした。

 

「チャイカはなにしてんだ! てめえいきなり出てきてずっと意味わかんねぇことしかやってねえからな!!?」

 

「なんだよ社君。さっきからうるさいね君は。君も仲間にしてあげよう。」

 

「なっ! おい待ってくれ...。 落ち着けよ....。」

 

「大丈夫ですよ社さん。怖いことはないですから。」

 

「社さんもこっちおいでよ。服なんて人々が自らにかけた無駄な足かせなんですから。」

 

「君も自由になろうよ。」

 

 

「社君」

 

 

 

 

「なにをいってんだよ!」

 

 轟の怒鳴り声が響き、同時に3人が殴り飛ばされた。

 

「....京子!?」

 

「黙っていれば! あのなぁ! てめえら勘違いしてんだよ!」

 

「なんだと!?」

 

(いやお前も勘違いしている側だと思うんだけど。)

 

「服っちゅーのはな! 人の感情表現のひとつなんだよ! 寒い暑いの話だけじゃない! 悲しいときも、愛を伝えたいときも、幸せな時も! 服でそれを表現できるんだ! だから! これはやめろ!」

 

(いやさっきまでの京子のチョイスは感情表現の話じゃないと思うんだけど。)

 

「...。」

「...。」

「...。」

 

 3人は沈黙する。

 

「だからさ_____」

 

 

 

「みんなでマイクロビキニ、着よっ!!」

 

「は?」

 

「....ははっ!」

 

「....いいですね。」

 

「....フッ。」

 

「は?」

 

 

 

 その日、社は泣きながら配信した。マイクロビキニ姿で。

 

 

 




第二十四話でした。新年早々、こんな話でごめんなさい。


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25. エレベーターに乗るとなんか変な感じがする

第二十五話です。最近追えてなかったので休みの間にアーカイブ消化してます。


 ここ『バーチャル』では、様々な世界から様々な者達が訪れている。それが故意であってもでなくても。それ故に様々な脅威もこの世界に来てしまう。だが、様々な者が訪れるということは戦闘力を持つ者が来てもおかしい話ではない。

 

 だから、そういった者達のために武装に関する法律や装備などを取り扱う店舗が数多く存在し、それなりに繁盛している店が多い。

 

 そんな店の中でも最も大規模な装備専門デパートにエクスは訪れていた。

 

 彼が訪れた理由は剣のホルダーが破損してしまったため修理店に依頼するためだ。

 

 そしてすでにホルダー預けた後、3時間くらいで修理が終わるというので修理が終わるまで辺りを物色し、時々小物を買う。

 

「というかここ装備に関してはなんでもあるよな。まじですげえわ。」

 

 エクスの独り言の通り、装備に関しては何でもあるようで彼を飽きさせない。王道の剣が大量に立てかけられてる店があったり鈍器専門店だったり。飛び道具を扱う店や銃器を扱う店もある。もちろん、魔法具も充実しており魔法の杖や魔法剣、魔導書もある。そしてポーションやそれの材料、武器ではない道具もある。

 

 時々、武器を手に取り試用場で素振りしてみたり射撃場で的を貫きながら暇を潰すエクス。

 

 様々な店を渡り歩き、魔導具を取り扱う店が多い5階に来た。

 

 ちょっとはある魔法への憧れを抱きながら物色していると、声をかけられる。

 

「あっ、せんぱい!」

 

「この声は......師匠ですか!?」

 

 声がした方へ視線を向けるが師匠、もとい同僚であるアルス・アルマルはそこにはいなかった。

 

「あれ? どこにいるの?」

 

「下下! 下みろ!」

 

「ん?.......うおっ!?」

 

 視線を下に向けると膨れっ面の彼女が見上げていた。

 

「うわもう師匠小っちゃいから気づかなかったわ! いやでもなんでこんなに頭がデカいのに気づけなかったんですかね?」

 

「知らねえし小っちゃいも顔デカいも余計だわ! なんでいきなりそんなに悪口が思いつくんだよ! ああん?」

 

「すんませんすんません! いや! ぶたないで!.....じゃなくてなんで師匠はここにいるんですか?」

 

「じゃなくてって....。最近練習してる魔法のせいで魔力がすぐに尽きちゃうんだよね。だから魔力(エナジー)ドリンクを買いに来たんだよ。そっちこそ何で来たの?」

 

「俺は剣のホルダーが壊れたから修理してもらいに来たんですよ。今は完了待ちです。ちなみになんの魔法の練習してたんですか。」

 

「え? 顔を小さくする魔法だけど。」

 

「馬鹿ですか。」

 

「馬鹿とはどういうことだよ!」

 

「いやだってそんなめちゃくちゃくだらないことに魔力全部つぎ込んじゃうんですか!? もっと有意義な魔力の使い方をしましょうよ!」

 

「十分有意義だし! おめえにはわかんねえだろうがよ!」

 

「ていうかその顔のデカさじゃ魔法かけても意味ないですよ! おとなしく諦めたほうがいいですって!」

 

「もう許さねえわ! 久々にキレちまったよオイ! モッチーン!」

 

「ええ!? それ自分で言うんすか!?」

 

「おめえのパソコンに雷叩き込んだるわ! 買い換えてもその都度やってやるよ! ボクは本気だぞ! ついでにおめえの髪も焼いてやるよ!」

 

 アルスの手に雷光が煌めき始める。すでに彼女は冷静さを失っていた。

 

「どちらも勘弁してくださいよ! すみません僕が悪かったですから! ここ店の中ですし!」

 

「なら奢れ! 今から物を買うから全部おめえが払えよ!」

 

「ゔぇ!? そりゃないでしょォ!?」

 

「あ? いいんか?」

 

 再び雷光が煌めく。

 

「わかったわかった! 奢りますからそれやめて!」

 

 

 

 

 今エクスの財布は悲鳴をあげ、腕には購入品が入った大量の袋がぶら下がってる。

 

「次は6階だな〜♪。」

 

「師...匠......以外とキツイっすこれ....。」

 

「おおん? どうした? 英雄さんがこんなんで悲鳴をあげちゃうんだ?」

 

「てめえ.....。」

 

 悪い笑顔でケラケラするアルス。エクスは背中の剣に手を伸ばそうとするがここに来た目的故に剣を持っていなかった。

 

「おらおら! 早く歩け英雄さん! 6階行くぞ6階!」

 

「クソぉ! 絶対復讐してやる!」

 

 一行は上の階に行くためにエレベーターの中に入りボタンを押す。

 

「.....なんかエレベーターに乗るとなんか変な感じしません?」

 

「あーそれめっちゃわかる。ふわぁってなるよね。」

 

「そうそう! あるあるですよね!」

 

「ね!」

 

「それにしても師匠。」

 

「ん? 何?」

 

「5階から6階を上るだけですよね。」

 

「うん。」

 

「妙に長くないですか?」

 

「うん。」

 

「てかふわぁってしてなくないですか?」

 

「うん。」

 

「.........止まってません? このエレベーター。」

 

「..........うん。」

 

「....。」

 

「....。」

 

「ええええええええ!!?」

「ええええええええ!!?」

 

「嘘でしょ!? まじでエレベーター止まってるじゃないですか!」

 

「やばいよ! ボクたち閉じ込められたよ!?」

 

「落ち着いて! こういう時のために非常用ボタンがあるんですよ! 押しますね! おりゃあああ!!!!」

 

 メゴォッ! 力みすぎてエクスのその指は非常用ボタンを貫いてしまった。

 

「ぎゃああああああ!!! 馬鹿野郎なにしてんだよ! 唯一の頼みの綱だぞ!!」

 

「焦りすぎちゃって!」

 

「なにが焦りすぎちゃってだよ! どうすんだよ!」

 

「師匠って雷魔法使えるんですよね! エレベーターの回路を刺激して動かせないんですか!」

 

「さっき雷バチバチしてたら魔力切れちゃった!」

 

「でも魔力(エナジー)ドリンク買ってあるんでしょ! それ飲めば____」

 

「あっ、買うの忘れてた。」

 

「それが目的で来たんでしょ!? まじでどうすればいいんだよおお!!!」

 

「とりあえず一旦冷静になろ! 体力使ったらたぶんやばいから!」

 

 二人とも一旦冷静なることを選んだ。そして二人は思い出しスマホを取り出すがバッテリー切れだった。

 

「そうだ、ねえねえ!」 

 

 アルスは閃いた。エクスに提案する。

 

「今日いっぱい買い物したじゃん!」

 

「俺のお金ででね。」

 

「その中に役に立つものあるんじゃないかな!」

 

「いやまじで天才すね。確認しましょうか。」

 

 二人は袋を漁り始める。そして床に並べる。

 

「これはなんですか?」

 

 エクスはその中にある実を手に取る。

 

「その身はね〜、口にすると体が小さくなるやつだね。頭を小さくする魔法だけじゃなくそういうポーションも作れるかなって思ったんだ。」

 

「じゃあゴミですね。」

 

 エクスはそのまま実を握り潰した。

 

「おい! なにしてんだよ!」

 

「これはなんですか?」

 

「無視すんじゃねえよオイ! はぁ...それはねぇ。」

 

 エクスが次に手に取ったのは謎の粉末。

 

「まさかそういうクスリ!? どうしたんですか悩みなら全然効きますからこういうのはやめましょうよ!」

 

「最後まで話聞けよ! それを飲むと頭が軽くなるんだ! なら頭を小さくでいるんじゃないかなって思ってさ!」

 

「いやこれも頭を小さくするために買ったんですか!? しょーもな!」

 

「うるせえな! てめえにとってはしょうもなくてもこっちにとっちゃ死活問題なんだよ! 黙れ黙れ黙れ!」

 

「ああもういいから! ならこれはなん_____」

 

 彼が次の物を手に取った瞬間強い揺れがエクスたちを襲う。

 

「うべぇっ! 何何何!?」

 

「......なんかエレベーター動いてない?」

 

「え!? じゃあ俺たち帰れるじゃん! よかったぁ! こんなとこに長居しても気分悪くなりますからね。」

 

「はぁ....とりあえずよかった!」

 

 エレベーターは動き続ける。その間二人は会話し続けるが、アルスが違和感に気付いた。

 

「.....長いね。」

 

「そうすね。」

 

「.....。」

 

「.....。」

 

「ねえ、この感じずっと上に登ってるよね。」

 

「はい。」

 

「このデパートって何階まであるの?」

 

「8階で屋上駐車場です。」

 

「.....上りすぎじゃない?」

 

「動き始めてもう10分経ってますもんね。」

 

「.....。」

 

 アルスは黙って6階のボタンを連打する。だが反応は無く、階の表示は8階のままでストップしている。

 

「えええええええええ!?」

「えええええええええ!?」

 

「せんぱいこれやばいよ!? ボクはどうなっちゃうの!? ボクは生きて帰れるの!?」

 

「いや俺の事も心配してくださいよ! ナチュラルに僕を見捨てようとしないでください!」

 

「だってそっちは天下無敵の英雄さんでしょ? こっちはただの一般人だから!」

 

「英雄は万能じゃねえよ! 頼む神様! こいつはどうでもいいから俺を助けてくれええええ!!!」

 

「んだとてめえ! 犠牲になるのはそっちだよ!」

 

 二人がいきなり喧嘩をしだすと階ボタンの上に付いてる緊急連絡用スピーカーから声がする。

 

『あーあー、聞こえますか?』

 

 丁寧な口調の女性の声が聞こえてくる。

 

「え!? 声!? やだやだおばけは嫌!」

 

「いやそこのスピーカーからですよ! 多分助けが来ますから!」

 

『私はあなた方を助ける存在ではありません。私はこのエレベーターの地縛霊です。』

 

「ガチのおばけだった!! 呪うのはこの顔がでかいやつにしてください!」

 

「やだやだやだ!!! 食べるならこのアホ面にして!」

 

『いいえ、私は呪う事も食べる事もできません。ただし、このエレベーターは少々訳ありでして。』

 

「訳とは?」

 

 エクスが地縛霊を名乗る存在に問う。彼女はそれに答える。

 

『このエレベーターは条件はわかりませんが、時折謎の挙動を見せ勝手に異世界に行くんです。』

 

「あなたはそれの被害者ってこと?」

 

 アルスが言った事を霊が否定する。

 

『いいえ、私はここで転んで頭打って死にました。そしてここに閉じ込められたまま。』

 

「そんな....。」

 

「.....。」

 

 エクスとアルスは絶句する。だが霊は彼らに耳を疑わせる。

 

「だけどあなた達が来たおかげでこの呪縛から解き放たれました。ではさよなら。」

 

「あっ、はい。」

 

 霊はその場からいなくなった事を二人は感じた。

 

「......いや現状何も変わってないんですけどおおおおおおおお!!!!?」

 

「あいつ喋るだけ喋って最後に煽ってどっか行きやがったぞ!! まじでふざけんなし!」

 

「うわーん誰か助けてえええ!!」

 

 アルスが嘆くとエレベーターが止まる。

 

「師匠! ドアが開きます!」

 

 エレベーターのドアが左右に開く。そこには学校の教室の風景があり、たくさんの生徒がいた。

 

「どうやら入学式初日での自己紹介を一人一人してるみたいです。」

 

「あの人たちはこっちが見えてないみたいだね。」

 

『じゃあ次、田中!』

 

『はい! 一発ギャグいきまーす!』

 

『遥か彼方にぼく田中!』

 

 誰もしゃべらない教室、エレベーターのドアが閉まる。

 

「ぎゃああああああ田中ああああああ!!!」

 

「うおっ、師匠!? しまった隠居属性の師匠にダメージが大きすぎる! 正直俺もきつかったわ!」

 

 そしてエレベータのドアが開く。

 

『修学旅行の班決めはどうだって、おい田中が余ってるぞ。』

 

『先生ー、じゃあ田中君はこっちの班に入れます!』

 

 エレベータのドアが閉まる。

 

「やめろおおおお! 男の子にそれは効きすぎるから! めちゃくちゃ辛いやつだから!」

 

「いやああああああああ! 田中が何をしたっていうんだよおお!! ちょっとスベっただけじゃないかぁ!」

 

「ていうかなんでドアの先がそんな光景なんだよ!? なんで田中をいじめるんだよ!?」

 

 二人があまりに惨たらしさに嘆いていると再びドアが開く。

 

 そこにいたのは便所飯をする田中。エレベーターのドアが閉まる。

 

「おいマジで誰か田中を救ってやれよぉ! あんまりだよこんな仕打ちは!」

 

「もう見たくない! お願いもうドアを開けないでよぉ!」

 

 アルスの願いを無視してドアが開く。そこは校舎の裏のような場所で田中とある少女が向き合っていた。

 

『ずっと前から田中君が好きでした! 付き合ってください!』

 

 少女がそう告げると、ドアが閉まる。

 

「よっしゃあナイスだぜ女の子! そのまま田中を救ってやれえええ!!!」

 

「よかったね田中! 幸せになってくれよおお!!」

 

 そしてまたドアが開く。今度は田中がいないがさっきの少女とその友達が一緒に喋っていた。

 

『さっきの嘘告白だってネタばらしした時のあいつの顔チョーおもしろかった!』

 

『ぷぷぷ! やめなよ! かわいそ...ぶふっ!』

 

『私もごめんだね! あんな芋くさいやつと誰が付き合うんだよ!』

 

 ドアが閉まる。

 

「師匠.....あいつらぶっ殺していいよね。」

 

「あたりめえだろ! 絶対許さねえぞあいつらぁ! そうだ! 僕たちで田中を救おうよ!」

 

 そしてこの後もずっと田中の人生を見せつけられる二人。最終的にはドアも開かなくなり二人とも座り込む。

 

「結局田中は幸せになれたのかな。」

 

「ボクはそう思いたい。」

 

「......。」

 

「......ねえせんぱい。一つ聞いてもいい?」

 

「うん。」

 

「せんぱいが元いた世界でさ、こういう経験ってあるの?」

 

「まぁありますよ。」

 

「どうやって切り抜けたの?」

 

「そこにはさっきみたいに地縛霊がいたんですよ。そいつ仕留めたらなんとかなりました。」

 

『え?』

 

「え!?」

「え!?」

 

『あっしまっ....』

 

「.....そこのスピーカーから声がしましたよね。」

 

「うん。」

 

「ずっと隠れてたんですかね。」

 

「たぶんボク達を見て笑っていたんだろうね。」

 

『.....あの、見逃してください。』

 

「師匠。」

 

「あい!」

 

『あっちょっと待っ______』

 

「どりゃああああああああ!!!!!」

 

 アルスは雷を込めた拳をスピーカーに叩きつけ雷光がエレベーター内を迸る。そして女の断末魔が響き、ドアが開く。その先には本来の6階の光景があり、外に出た。

 

「よっしゃあああああ!!! よしせんぱい! 買い物の続き......を......。」

 

 アルスが後ろを振り向くとエクスがエレベーター内で泡を吹き白目むいて倒れていた。アルスの一撃に巻き込まれたのだ。

 

「........。」

 

 アルスは黙ってその場を去る。

 

 エレベーターが閉まる。




第二十五話でした。扉つながりですがAQFの例のシーン、めちゃくちゃ好きです。


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26. 初恋での成功はほぼ不可能

第二十六話です。彼のパズドラ配信を見ていると日々の悩みが消えていきますね。他人の不幸は蜜の味ってヤツです。


 久しぶりの平和。爆破されたりきわどい格好させられたり必殺技の練習させられたり気が付いたらエレベーターやトイレの中で気を失っていたエクスにとっては久しぶりの平和。

 

「平和って案外貴重なんだなあ。」

 

 それにエクスは感動すら覚えている。それに対して適当につけたテレビはニュース番組がやっていて報道内容は恐ろしいものだった。

 

『昨晩、△△で、性的暴行事件がありました。犯人は最近頻発している暴行事件と同一人物とみられています。』

 

「最悪な奴だなぁ。いたら一発ぶん殴ってもいいよな。ストレス発散できそうだし。」

 

 そんな中、彼の携帯が叫びをあげる。

 

「.....星川か。」

 

 星川。にじさんじ所属の配信者(ライバー)である星川サラはオッドアイを持つ日英ハーフ。俗に言うメスガキとして広く認知されており、本人の言動も生意気さがある。しかもそれは初配信で露呈した。だが以外と小心者かもしれない。後輩にも敬語を使いがちなエクスがタメ口を使う珍しい例。

 

 エクスは溜息を吐きながら電話に出る。

 

「もしもし、どうしました?」

 

「ねえねえビオ! お願いあるんだけど!!」

 

 エクスは彼女から雑なあだ名をつけられている。そしてエクスはだるかった。

 

「すみません、他当たってください。」

 

「ちょっと待て待て待て待て!!! かわいい後輩がお願いしてんだよ!? 話くらい聞いてよ!」

 

「ああ騒がない騒がない! 耳が痛いから! で、どうしたんですか?」

 

「お願い! 彼氏になって!」

 

「.......は?」

 

「......あっ! 違う違う! そういうんじゃなくて訳あって面倒なことになってるからさ! 彼氏のふりして欲しいの!」

 

 平和はいつ戻ってくるんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 エクスは鎧ではなく普通の服を着て、待ち合わせ場所で星川と合流した。

 

「あっビオビオ! じゃ今日は頼んだよ!」

 

「終わったらすぐ帰りますからね。」

 

「どしたの? 疲れてる?」

 

「俺の平和を返してくれ....。」

 

「ん? よくわかんないけど、行くよ!」

 

 二人はファミレスの前にいる。今、星川は高校の知り合いの男性三人に求愛されており、何度振ってもしつこいので_____

 

「でも彼氏がいるってアピールして諦めさせるって上手くいくの?」

 

「大丈夫だって。だって意外とビオって顔が整ってるし身体もいいいわゆるイケメンってやつだよ?」

 

「いや知ってるけど」

 

「うっざ否定しろよぶっとばすぞ。つまりお前みたいな外見だけハイスペック男子に勝てないから諦めてくれるって。」

 

「まずかったら見捨てますからね。」

 

「私一応女の子なの知ってる?」

 

 そうして、星川に連れられ店内のある席に案内される。そこには片方の席に男が三人並んで座っており、エクス達はその向かいの席に座った。

 

 男は全員普通の姿をしている。チャラ男感もオタク感も勉強一筋感もない。

 

「サラちゃん、その人が彼氏さん?」

 

「そうだよ。私はこの人を裏切れないから諦めてくれる?」

 

 星川は相手を傷つけないようにするためか優しくそう言った。

 

「いや、まだ判別できないですね。」

 

「果たしてその人は君にふさわしいのかな?」

 

 残りの男二人が続けて言った。この状況を打開するためにエクスが話を振った。

 

「まぁまずは自己紹介を互いにしましょうよ。お互いを知らずにこういう話をするのは難しいと思います。」

 

「そうですね。そうしましょう。」

 

「話の内容的に僕から。エクス・アルビオって言います。サラの彼氏です。」

 

 正直、同僚のことを彼女扱いし、名前で呼ぶのは抵抗があったが平和に進めたかった。いざこざはもう御免だ。それがエクスの本心だ。

 

「じゃあ次は僕ですね。」

 

 次は最初に喋った男が切り出す。外見としては本当に特徴がなく、口調はやや砕けている。

 

「僕はガマオカ・タダシです。趣味はカラオケかな。」

 

 ガマオカが喋るとその隣の男が喋る。その男は三人の中でも比較的真面目そうな見た目をしておりメガネをかけている。

 

「私はスドウ・サトルです。今日はよろしくお願いします、アルビオさん。」

 

 そして最後の男。オールバックだが顔つきは優しい。口調は砕けている。

 

「僕はシラタ・ソウノスケ。一つ聞いてもいいかな? 君はサラの何処に惹かれたんだ?」

 

(いきなりそれかよォォ!? やべえ、ここはなんて言えばいい? なんて言えば後に問題が残らない?)

 

 エクスは必死に思考を巡らせる。そして一つの解を導き出す。

 

「この人とは中学校の時から仲良くしてもらってですね。そこから関係が発展して行って.....まぁ何処が好きというかというより安心するんですよね。一緒にいると。」

 

 100点の回答だと確信するエクスと顔を赤くしながらうなづく星川。エクスはカウンターのつもりで聞き返してみる。

 

「三人はどうですか?」

 

 すると自己紹介の順番で喋りだす。

 

「僕は仕草ですかね。結構わんぱくなイメージだったんですけど、所々でてくる女の子らしい仕草に惚れちゃいました。ギャップ萌えってやつですかねぇ。」

 

(おお、普通だ。)

 

「私は昔からそういった趣味があるんですかね。以前この人にいじられた時、ビビッときちゃいまして。すみません、気持ち悪いですよね。」

 

「いえいえ、理由がどうであれ人を好きになるのはいいことだと思いますよ。」

 

「ああ、ありがとうございます。」

 

(まぁ、この人は特殊そうだけどいい人かな。)

 

「胸。」

 

「.....へ?」

 

「昔から巨乳フェチでさ。」

 

「......ああそうですか。」

 

 エクスはふと横を見ると星川もドン引きはしてるようだった。さすがのエクスもフォローをいれるのは無理だった。

 

 少しの沈黙の後、スドウが提案する。

 

「なら、僕たち三人にアピールタイムをください。絶対星川さんを手に入れますから。」

 

「いや私は諦めて欲しいんだけどさ....。」

 

「いいや! 絶対手に入れます!」

 

「だから_____」

 

「サラ、ちょっとやらせてあげよう。見るだけでもいいから。」

 

「ビオが言うなら....。」

 

「じゃあ私から、改めて自己紹介しますね。株式会社トゥニカの代表取締役のスドウ・サトルです。下着専門のメーカーです。」

 

「え!? 初耳! 私いつもそこの下着使ってるんだけど!」

 

「おお、弊社のユーザーでしたか。いつもありがとうございます。」

 

「トゥニカの下着って値段的に手を出しやすいし着心地いいしかわいいし最高です!!」

 

「おお、ならば私とご一緒_____」

 

「いやそれとこれは別。」

 

「んんっ! それでいい! もっと私を雑に使ってくれ!」

 

「ここファミレスですよ。」

 

「ああすみません。つい....。」

 

「ていうかあのお金が大好きなクソガキのあの星川が拒否するのは意外だったかなぁ。」

 

「は? おめえ私の味方じゃないの!?」

 

「どうしたの? 俺は別に何も言ってないよサラ。」

 

「絶対許さねえ! あとで奢れよ!」

 

「まぁまぁ、次は僕の番ですね。」

 

 次はガマオカの番のようだ。

 

「実はまだ言ってなかったんですが僕も会社を経営していまして。その業界の中では結構大企業なんですよ。名前はスコターディなんだけど知ってる?」

 

「ごめん、知らない。ビオ知ってる?」

 

「いや知らないなぁ。なんかすみません、どういった会社なんですか?」

 

「主にベルセルクの生産をしております。」

 

「は?」

「は?」

 

「あれ、お二人さんどうしました?」

 

「ベルセルクって」

 

「何?」

 

 エクス達はおもわず聞き返した。二人とも理解ができなかった。単語自体は聞いたことあるがなんのことか理解できない。

 

「やだなぁお二人さん。ベルセルクって言ったらそれしかないじゃないですかぁ。」

 

 ガマオカが笑って喋る。

 

「ベルセルクって何ですか? 漫画....?」

 

「えっ!? まさか本当に知らないんですか? スドウとシラタは知ってるよな!」

 

「ええ。」

 

「もちろん。」

 

「みなさんも知ってますよね!」

 

 ガマオカが周りに問いかけると全員うなづいた。

 

「ええ!? 何それ!? 私達がおかしいの? 私たちが非常識なだけなの!?」

 

「ていうかマジでベルセルクってなんだよ! 教えてくれよ!」

 

 いきなりガマオカが上着を引き裂いた。彼はブラを身につけていた。

 

「これ。」

 

「ええええええ!!!?? まさかベルセルクってブラのことかよ!? 名前がゴツすぎるんだよ!」

 

「ただのブラじゃないよ! とっても多機能で時計が付いてるんだ!」

 

「時計買え!」

 

「ペンライト代わりにもなる!」

 

「ペンライト買え!」

 

「角度も図れる!」

 

「分度器買え!」

 

「文字も書ける!」

 

「ペンを買え! なんでもかんでもブラで済まそうとすんじゃねえよ! どんだけ執着してんだよ! てかしまえよ気持ち悪い!」

 

「意外と欲しいかも! ビオ今度買ってよ!」

 

「なんで魅了されてんだよ星川ァ!? 絶対いらないし俺にたかんじゃねえよ!」

 

「そろそろ僕も喋っていいかな?」

 

 エクスが困惑していると最後の男のシラタが喋り出す。

 

「僕はこの会社の....」

 

 そう言いながらシラタは懐から名刺を取り出し、二人に見せる。

 

「え!? この会社って!?」

 

「あの大企業の!!」

 

 その名刺は世界トップクラスの規模を誇る大企業のもので、そこには代表取締役の文字があった。名字はわかるが持ってる手で名前は隠れてしまっている。

 

「そう。そこの社長______」

 

「すっげえええええ!!!」

 

「やばくないですか! こんな大物がこんなとこに_____」

 

「の孫の友人。」

 

「......は?」

 

「だから社長の孫の友人。」

 

「いや名字同じだけど...。」

 

「たまたまだよ。ほら伊藤さんていっぱいいるだろ? それと同じだよ」

 

「いやややこしすぎるっ! そこでわざわざその名刺出すなよ勘違いするわ!」

 

「ちょっと待って! 君は結局何なの!?」

 

「まぁあぁ落ち着いてサラ。僕は無職さ。」

 

「いやよくそんなんで横の二人と一緒にいられるな!? 貫禄がありすぎてびっくりだわ! 収入は!?」

 

「収入? 僕は社会に従わない。親には感謝してるよ。」

 

「いっちばん最悪なパターンじゃねえかああ!!! 最低だよこいつ! よくそんなんでアプローチしてきたなぁ!?」

 

「ふっ、僕は常識には囚われたくないからね。」

 

「常識に囚われないというか非常識だろおめえの場合は!」

 

「サラ、僕と一緒に来ないかい!」

 

「絶対いやだ! 助けてビオ! このヅラ野郎と一緒にいるのはさすがに無理!」

 

「そっか....。」

 

 シラタは髪を掴むとそのまま引き剥がした。

 

「ヅラだってバレてたか....。」

 

「本当にヅラだったんかい!!? もしかしてそれオールバック風なんじゃなくてヅラがズレてただけ!?」

 

 星川が狼狽する。するとスドウが呟く。

 

「やっぱバレるものなんですかね..。」

 

「もう嘘をつき続けるのはやめようか。」

 

 そしてスドウとガマオカが同時に髪を引き剥がし、頭部が光を放つ。

 

「いや三人ともヅラだったのかよ!! そんなことある!?」

 

「あっ、店員さんが来ましたよ! フライドポテト注文したので一旦休憩しましょう!」

 

 エクスの言った通り、五人のテーブルの下に店員が一人来た。

 

「お客さん、やっぱヅラってバレるんですかね。」 

 

 店員は己の頭から髪を引き剥がした。

 

「いやなんであんたもヅラ告白するんですか!!? 別にあんたはいいでしょうよ!?」

 

 だがそれだけじゃない。店内にいる他の客がおもむろに立ち上がり出し、

 

「実は僕もヅラでして...。」

 

「私も....。」

 

「やっぱバレてたんですね。」

 

「いや全員ヅラかよ!? つかなんでみんなもヅラ告白するんだよ! する必要ねえつってんだろ!」

 

「ねえビオ。」

 

「ん?どうしたん....まさかも星川も...!?」

 

「いやヅラじゃねえよ! スドウさんがなんか言ってるよ!」

 

「へ?」

 

「正直まだ私たちはあなたを星川さんの愛人だと認めていません。」

 

「....あ、はい。」

 

「ですので一週間の間観察させていただけます。あなたが本当にふさわしいかどうかを見極めるために...。」

 

「えっ、ええええええええ!!!!!????」

「えっ、ええええええええ!!!!!????」

 

 エクス達は数々の不安を感じた。その中でもにじさんじ配信者(ライバー)はその性質上、同僚とそういう関係があると誤解されるといろいろまずい。

 

「いや、でもどうやって...。」

 

 エクスが質問するとガマオカが答える。

 

「僕のこのベルセルクには高性能ステルスドローンが搭載されているので大丈夫です。」

 

「だけど____」

 

 星川がなにか言いかけるとシラタが遮った。

 

「さあ証明して見せてくれ。君たちの愛とやらを。」

 

 エクスと星川は目眩に襲われる。特にエクスは、

 

(いつになったら俺は休めるんだよおおおお!!!!?)

 

 心なのかで嘆いていた。彼に平和が訪れるのはまだ先の話。




第二十六話でした。次回に続きます。
実は英雄が免許持ってると知ってびっくりしていた者です。


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