たった一人の戦いに疲れ果てて沈むとき (御船アイ)
しおりを挟む

光の戦士

 ――私は兵士 一人ぼっちの兵士なんだ 

望みもないまま家を遠く離れている

だから私は一人ぼっち 一人ぼっちの人間なんだ

できるのならば私は家に帰りたい

 

 ――Bobby Vinton『Mr. Lonely』

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「ギャラルホルンが機能を停止してる、だと?」

 

 S.O.N.G.の司令官、風鳴弦十郎は同じくS.O.N.G.の技術顧問であるエルフナインからの説明を受け、驚きの声をあげた。

 ギャラルホルンとは並行世界を繋ぐ聖遺物である。それにより、これまで彼らは様々な並行世界へと干渉していた。

 

「はい。と言っても、あくまで一時的なものですが」

「そうなのか……しかし、それは何か問題が起きている、ということではないのか? 聖遺物や哲学兵装、錬金術が絡んだ何らかの謀略という可能性は?」

「ああ、大丈夫です。そのへんにおいては安心してください」

 

 心配する弦十郎に対し、エルフナインは落ち着きながら応える。

 

「これはギャラルホルンや他の聖遺物の問題ではなく、並行世界間における時空のズレの問題なんです。ギャラルホルンは各並行世界を繋ぐ役割をしていましたが、時折それぞれの並行世界の時間と空間の流れのバランスの関係で接続がうまくいかないことがあるんです。そうですね……大型台風で飛行機が飛ばせなくなった状況、とでも言えば分かりやすいでしょうか?」

「なるほど、そう言ってもらえると理解がしやすいな」

「今までもほんの一瞬の間なら何度かあったことなんですが、ここまで長期間接続がうまくいかなくなるのは初めてなので一応報告させてもらいました。原理を正しく説明するなら、それぞれのブレーンワールド間にある重力場と時間流の関係の変異によって干渉同調関係に虚数数値が――」

「――ああ、いい! おそらく俺はそれを説明されても理解できん」

 

 弦十郎は少し慌てた様子で手を振りながらエルフナインに言う。

 

「そうですか……」

 

 エルフナインは少し残念そうに眉を落とす。

 弦十郎は少し悪いことをした気持ちになって軽く頭を描きながらも、手元にあったモニターでギャラルホルンを映し出す。

 

「ふむ……しかし、そうなるともし並行世界に異常が起きたとき、察知できないのは少し心配だな」

「そうですね……何事もなければいいのですが」

 

 モニターに映し出されるギャラルホルンは以前と変わらぬ姿で鎮座している。

 その静けさは、かえって二人に不気味な印象を与えたのであった……。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「はぁ……どうして私が……」

 

 立花響はふてくされた表情をしながらショッピングモールを歩いていた。

 灰色のパーカーのポケットに左手をつっこみながら、空いたもう片方の手でメモを持ってみている。

 そこには、細かく商品名が記された買い物リストが並んでいた。

 

「まさか一緒に住むなんて話になるなんて……未来もずいぶんと大胆な」

 

 響は少し呆れた口調で言う。

 小日向未来が響と一緒に生活すると言い出したのは、つい最近のことであった。

 響はこれまで長い間一人で生活していた。というのも、かつてノイズに襲われたライブ会場で一人生き残った響は、世間からのバッシングを受け、さらには胸に刺さった聖遺物ガングニールの破片により意図せずにシンフォギア装者になったことにより、心に傷を負いながらも他者を巻き込まないようにと生きていたからだ。

 だが、それを別の世界から来た未来によって救われ、その後こちらの世界の未来と再会した。

 それは今まで苦しさの中で陰っていた響にとって大きな救いになった。

 未来もまた響を一人にしてしまったことが大きな負い目になっていたのか、一度出会えてからは頻繁に響の元へと訪れるようになっていった。

 そしてついには、響と一緒に生活するために彼女の通っている学校、リディアン音楽院へと転入を決めたのだ。

 

「普段大人しそうなのに、案外行動力あるんだもんなぁ未来は……でも、そういうところは何も変わってないんだから」

 

 ふっと響がぎこちない笑顔を作る。

 長い間孤独な生活をしていたせいか、感情を表に出すことがすっかり苦手になっていた響だったが、未来と一緒にいるときや彼女のことを考えるときは少しだけ昔の明るかった頃に戻れていた。

 

「はぁ……しょうがない、付き合ってあげるか」

 

 響はそう言うと、財布にそのメモをしまってショッピングモールの目当ての場所へと向かうのであった。

 

 

「ただいまー……」

「あっ、おかえり! 響!」

 

 リディアンの寮に大荷物を持って帰ってきた響を未来が迎える。

 響は「ふぅー……」と息を吐きながら玄関に重たい荷物を置いた。

 

「はい、言われた通りのもの買ってきたよ」

「うんありがとうね。私は荷解きで手が回らなかったから……でも、これで響の生活もまともになるね!」

「……やっぱり私のものを未来に指示されて買わされるってなんか変だと思うんだけど」

 

 そう、響が指示されて買っていたものは未来のものではない。

 未来が、響に必要だと思って買わせた彼女自身に必要なものだったのだ。

 

「だって、響ったらあれもいらないこれもいらないって言ってなんにも部屋にないんだもん。もう最初びっくりしちゃった。ベッドとテーブルしかない部屋なんてとても年頃の女の子の部屋じゃないよ」

「……雨風しのげて眠れればそれでよかったから」

「……響」

 

 響が伏し目がちにそう言うと、未来は少し寂しそうな声を出し、そしてそっと響を抱きしめた。

 

「未来……?」

「確かにこれまではそうだったかもしれない……でもね、今の響は一人じゃない。私がいる。特異災害対策機動部の人達だっている。もう怖がる心配なんてないんだよ……」

「……うん」

 

 響は未来を抱きしめ返して確かなぬくもりを感じる。

 一人ぼっちだと思っていた頃からは想像もできなかった温かさだった。

 ――このぬくもりをくれるひだまりを、私は守りたい。

 今の響にとって、未来はなくてはならない存在になっていた。そんな未来を守るためなら、響はなんだってできる。そう思えた。

 

「これからは、ずっと一緒……。三ヶ月後ぐらいに来るっていう流星群だって一緒に見たいし、近所のお好み焼きだって一緒に食べる。翼さんの卒業にだって一緒に涙したいし、学校を二人で卒業した後も、一緒にいよう……」

「そうだね……未来」

 そうして二人がお互いのぬくもりを感じあっているときだった。ガチャリと、玄関のドラが開く音がしたのだ。

「おい立花、少し話が――」

 

 扉を開けて言いかけた言葉を飲み込んだのは、シンフォギア装者であり世界的な歌手でもある風鳴翼だった。

 翼は抱き合っている二人を見て目を丸くし、またそんな姿を見られた響と未来も表情を固まらせる。

 

「……すまない、デリカシーがなかった。それでは――」

「――あっ、待って! 待ってください翼さーん!」

 

 そのまま静かに扉を閉めようとする翼を、未来は慌てて引き止めたのだった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「やあよく来てくれた響くん! 未来くん!」

 

 リディアンの地下にある特異災害対策機動部二課の拠点で、弦十郎は呼び寄せた響と未来に元気よく挨拶をする。

 それに対し、響と未来は気まずそうにしかし同時に顔を赤くしながら俯いていた。

 

「ん? どうしたんだ二人とも? 何かあったのか?」

「い、いえ!? な、何も!? ねぇ響!?」

「え!? え、ええ……特に何も……」

「……? そうか、ならいいのだが……」

 

 弦十郎は少し疑問に思いながらも二人がそう言うのならと納得して流すことにした。

 その側で翼は軽く苦笑いを浮かべていたが、弦十郎は気づくことはなかった。

 

「さて、二人に来てもらったのは他でもない。我が二課の技術顧問、櫻井了子くんから君たちに話したいことがあるそうだ」

「はーい! どうもー! 櫻井了子です! 二人とは初めてよねー! どうかよろしくー!」

 

 弦十郎が言い終わるやいなや、近くにいた女性、櫻井了子が高いテンションで挨拶する。

 その元気さに二人は少し気圧されてしまう。

 

「……ど、どうも」

「……ども」

「何よー二人とも! 初対面だからって緊張してる? もー年頃の女の子がそれじゃダメダメ! 若さは元気さなんだから、もっと元気じゃないとダメよー?」

「……は、はい」

 

 未来は了子に対しぎこちない笑みで応える。

 一方の響は、仏頂面でいぶかしげに了子を見ていた。

 

「……で、二課の技術顧問さんが、私達に何のようなんです?」

「ひ、響!」

 

 ぶっきらぼうに言う響に対し、未来が咎めるような口調で注意する。

 だが、そんな響と未来に対して了子は笑顔で手をぶんぶんと振った。

 

「いいのよいいのよー! 素直な反応が一番なんだから、ね! 二人に来てもらったのは、大きく言えば二つの目的があるの! 一つは、純粋に私があなた達二人に会ってみたかったという目的。だって、非常に希少な聖遺物との融合症例である立花響ちゃん、そして、聖遺物の力によって来た異世界の個体とは言え、神獣鏡の適合者なのが判明した小日向未来ちゃん。その二人と、こうして直接会ってみたくてね」

「そ、そんな……確かに話は響から聞いてますけど、それは別の世界の私であって、私自身じゃ……」

「ううん! 大切なことよ! 別の世界の存在とは言え、生物学的にはまったく同一の存在。ならば、この世界のあなたも当然神獣鏡に適合できるはずだもの。データもそれを示しているわ」

「そ、そうなんですか……」

 

 目をキラキラさせて語る了子に対し、未来はどうにもピンときていないようだった。

 一方で、響は了子に対し渋い視線を解かない。

 

「……で、もう一つは? さっき二つって言ったからには、それとは別の私達に関わる話があるってことですよね?」

「そうね。さすが響ちゃん。鋭いわね。私が今日二人と会いたかったもう一つの理由、それは……これよ」

 

 了子はニヤリと笑い、懐からとあるものを取り出した。

 それは、それぞれ別に紐でくくられた二つの宝石のようなものだった。

 

「……? なんですか? それ、アクセサリーみたいですけど……」

「……シンフォギア」

 

 未来がきょとんとした声を上げた直後に、響は静かにその名を口にした。

 

「ご名答ー! さすが響ちゃん! よく観察できてるわね!」

「えっ!? シンフォギアって、これが!?」

 

 驚きの声を上げる未来。一方で響は厳しい目でシンフォギアと了子を見ていた。

 

「ええ、これは正真正銘、聖遺物の破片を組み込んだシンフォギアよ。 こっちが、アメリカからとあるルートで手に入れた別のガングニールの破片を入れたもの、そしてこっちが、別の世界の未来ちゃんが使用した神獣鏡。どちらも二人に適合していると思われる聖遺物のシンフォギアなの」

「もしかして、それを私達に……」

「そう。適合実験をしてもらいたいの」

 

 未来の恐る恐るの質問に、了子は柔和ながらも先程とは打って変わって真面目さが伝わってくる表情で答えた。

 

「ご覧の通り、今うちにいる装者は翼ちゃん一人だけ。いくら翼ちゃんが優秀な装者だからって、一人だといろいろと限界がある。それは、同じく一人で戦っていた響ちゃんならよく分かるでしょ?」

「…………」

 

 了子の落ち着いた言葉に、響はパーカーのえりを掴みそっと口を隠す。

 また、話を側で聞いていた翼も苦い表情を浮かべていた。

 

「ノイズの被害はとどまることを知らないわ。私達二課も全力を尽くしているけど、対抗手段であるシンフォギア装者が一人だけなのはいかんともしがたいところがあるの。……どうか、私達に協力してくれないかしら」

「そんなっ……! 響は今までずっと苦しんでたんですよ!? それをまた戦えなんて……!」

「――いいですよ」

 

 了子に叫びかかる未来だったが、その勢いを響の静かな声が遮る。

 未来は、驚いた顔で響を見た。

 

「響!?」

「……確かに、ガングニールが私の中にあったころはとても辛かった。でも、私が目をそらしたら、今度は他の沢山の人が不幸になる。……それこそ、以前の私のように」

「……響」

「ありがとう、響ちゃん……。これで、翼ちゃんも楽になるわね」

「でも!」

 

 しかし、響はそこで了子に強い口調で言った。

 

「装者になるのは、私だけでいい。未来は今のままでいさせて。それが条件」

「えっ!?」

 

 響が出した条件に、またも未来は驚く。一方で、了子や弦十郎はその返答を予想していたのか落ち着いた様子を見せていた。

 

「なるほど……未来君には戦いをさせたくない。そういうことだね?」

「うん。さすが、分かってるじゃないですか。……未来に戦いは似合わない。拳で力を振るうのは、私だけで十分だから」

「んー……できるなら、未来ちゃんもいてくれたらより様々な状況に対応できたんだけど、ここで無理に要求したらあなたは私達に力を貸してはくれないでしょうね。ええ、いいわよ。その条件で」

「……ありがとうございます。それじゃあ――」

「ダメっ!!」

 

 話をまとめ、ガングニールを受け取ろうと手を伸ばした響の腕を、未来は叫びながら掴んだ。

 

「未来……?」

「ダメだよ響! また一人になろうとしないで!」

「一人って……装者は翼さんもいるし、別に一人じゃ……」

「ううん! 響は一人になろうとしてるよ! 私を遠ざけて、守ろうとしてる。でも、それじゃダメなの! 私は響と一緒にいたいから……もう響を一人にしないと決めたからこっちに転入までしてきたんだよ!? それを、またこうやってまた響を戦わせるなんて、私には選択できない! 響が戦うことを選ぶなら、私だって一緒に戦うよ!」

「っ!? そ、それはダメ! 未来にそんなことは似合わない……」

「でも、別の世界の私は実際にそのシンフォギアで戦ってたんでしょ? なら、私にだってできるはずだよ! 今度は別の世界の私じゃなくて、私自身が響の隣にいて、響を救いたいの!」

「……未来……」

 

 未来の瞳は力強くも静かな炎を灯しながら、響を映し出していた。その姿からは、決意が形になって滲み出ているように、響には感じられた。

 

「……はぁ。……ずるい、よ。そんなこと言われたら、私は、断れない……」

 

 わずかに眉を八の字にし、うっすらと表情を濁らせならも響はこぼす。そして、響はそっと自分の腕を掴んでいる未来の手に、もう片方の手のひらを乗せた。

 

「わかった。未来、私と一緒に戦って。二人で、頑張ろう」

「うん! 私達の力で、世界を平和にしようね!」

 

 響の重々しくもたくましい顔に、未来の柔和な笑みが応える。

 二人の間に強い絆があるのを、その場にいた全員が感じ取っていた。

 

「……すまない、二人共。難しい決断を迫ってしまって。私がもっと鋭く、強靭な剣であれば、防人としての役割を全うでき、二人に重荷を背負わせることはなかったろうに……私は、自分が情けない」

 

 翼は響と未来のもとへと寄って、眉間に皺を寄せ、首から下げた彼女のシンフォギア――天羽々斬を握りしめながら言う。

 そんな翼の肩に、ポンと手が置かれた。弦十郎だ。

 

「そう言うな翼。むしろ情けないのは俺達だ。本来は俺達のような大人が君達子供の未来を守ってやらねばならぬが、ただの人間ではノイズ相手にはどうしようもない。その代わり、我々二課は君達を全力でサポートする。それが、苦難へと突き進む君達に俺達ができる、数少ないことだ」

「そうよ! みんなは難しいことは考えないで、全力で頑張ってくれれば、他の面倒なことは全部私達がやっちゃうんだから! この了子お姉さんに任せなさいって!」

 

 了子が重くなった空気を吹き飛ばすように軽い声と動きで言う。

 彼女のその言葉に、響は静かに首を縦に振った。

 

「……お願いします」

「私からも、どうかよろしくおねがいします! みなさん!」

 

 落ち着いた声で言う響に、ハキハキと言う未来。二人のその姿に、翼と弦十郎は力強く答えた。

 こうして、二課に二人のシンフォギア装者が加わった。

 だが、誰も気づくことはなかった。

 了子が、その誕生の瞬間、大きなメガネの奥で瞳を怪しく輝かせていたことに……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

BLACK ACTION

「助けてくれええええええっ!」

「いやあああああああっ!」

 

 夜の肌寒さが消え太陽の暖かみが満ちはじめた朝に、街で人々の悲鳴が街に響き渡る。

 何百何千という人間が皆パニックになりながら建物に挟まれた道路を必死で走っていた。

 人々が恐慌に陥っている原因、それはすぐそこにいた。

 特異災害――ノイズである。一度触れれば人はノイズと共に炭化し、果ては誰ともわからぬ塵芥と化す。

 通常の物理的干渉も受け付けない災厄ノイズ。

 だが、それに対抗できる者たちがいた。それこそ――

 

「いくぞ! 立花! 小日向!」

「……ええ」

「はい!」

 

 翼、響、そして未来の三人、シンフォギア装者である。

 響と未来がシンフォギア装者になることを決意してから三ヶ月のときが流れていた。

 二人は翼と共に装者として偶発的に現れるノイズと戦う日々を送っていた。

 装者として戦い始めても案外と二人の日常は影響を受けることなく、せいぜい不意に呼び出されることがあるぐらいで、それもローテーションを作って対応することによりほぼほぼ問題なく過ごせていた。

 結果、ノイズによる被害は以前よりもぐっと減少していた。

 

「これより誰一人死なせはせん! ふんっ!」

「……ったく、今日の夜は未来と一緒に流星群を見る約束なんだから、空気読んでよ、っね……!」

「ここから先は通さない! えいっ!」

 

 三人の装者は群れになっているノイズを次々に駆逐していく。

 その手際は見事で、あっという間にノイズの姿はなくなっていた。

 

「……ふぅ、これですべて倒せたようだな」

 

 翼は手に持った刀の血振り――と言ってもノイズに血は流れていないが――をしながら言う。

 その横に、響がゆっくりと歩いてくる。

 

「そうですね。……はぁ、今日は休みだし夜に備えて長めに寝ておきたかったのに……本当に空気の読めないやつら」

 

 マフラーで口元を隠しながら響は不機嫌そうに口にした。

 

「もうそんなこと言わないの響!」

 

 未来はそんな響の元にすっと降りてきて響を叱った。

 

「気持ちは分かるけど、無駄に悪ぶった態度するから未だにクラスメイトに誤解されることが多いんだよ! 気持ちは分かるけど!」

「……二回も言うってことは未来だっていらついてるじゃん。それに、別に私には、未来がいてくれればいいし」

「もう……気持ちは嬉しいけど、そういうところだからね響。気持ちは嬉しいけど!」

「また二回も言ってる……」

「……ふふ」

 

 そんな二人の様子を見て、翼が小さく笑った。それをしっかりと聞かれていたのか、響と未来の視線が翼に向き、彼女はちょっとした苦笑いを作る。

 

「ああ、すまん! しかし、なんだかんだ私達三人でいるのも慣れてきたと思ってな。……正直、奏が死んだときはこういう日が来るとは思っていなかった。だが、私は今こうして二人と一緒に戦っている。わからんものだな、人生というのは」

「……そうですね」

 

 しんみりと言う翼に、響がぶっきらぼうに返す。だが、それが決していなしているわけではなく、感情を上手く表に出せていないだけというのを、翼はもう分かっていた。

 

「まったく……小日向も言っていたが、そういうところだぞ。立花」

「はいはい、どうせ私は無愛想で……んっ!?」

「っ!?」

 

 その瞬間、それまで穏やかだった二人が急に顔を強張らせた。一方で未来は、その二人の豹変に困惑する。

 

「えっ、どうしたのふた――」

「未来、こっち!」

 

 未来が言い終わる前に響は未来の手を持って飛び上がる。翼もまた同時に別方向に跳ねる。

 そして三人がその場を離れたほんの数瞬後、その場にミサイルが降り注ぎ、爆発したのだ。

 

「い、今のって……!?」

「……そこか」

 

 困惑する未来を横に、響ははるか上方の、道路の側に立っていたビルの上を見る。

 そこには、たしかに人のシルエットがあった。

 

「……ちっ。不意打ちしたつもりだったんだが、案外抜けてねぇみてえだな」

 

 頭上から聞こえてくる不機嫌な声。その声の主の姿を、翼と響は知っていた。

 

「どうしてお前がここにいる……雪音クリス!」

 

 空を背に立つ赤いシンフォギア――イチイバルを纏った装者、雪音クリスの姿が、そこにはあった。

 

「ああ? なんであたしの名前知ってんだよ? ……まあいいや。今回はちょっとお前らをボッコボコにぶっ潰してこいっていう命令でさぁ。ま、適度にすり潰されてくれ……やぁ!」

 

【BILLION MAIDEN】

 

 言い終わると同時にクリスは巨大なガトリングでの銃撃を響と未来に浴びせかける。

 それを響はまたも未来を連れて回避した。

 

「くっ……!」

「へっ、はしっこい奴だ。ムカつくぜ」

「どうしてお前が……何が目的で……」

「ああん? だからなんだよお前達のその反応はよぉ? 初対面の癖に馴れ馴れしい奴だぜ」

 

 響の言葉にクリスが不快を顔色に出す。

 だがすぐさま、その横合いから翼が跳ねて接近した。

 

「そこっ!」

「――っ!?」

 

 完全なる不意打ち。しかし――

 

「――させない!」

 

 その翼の刃は、間に入った者によって防がれた。

 銀色に輝くナイフとシンフォギア――アガートラームを纏う装者によって。

 

「……っ!? 今度はマリア・カデンツァヴナ・イヴ……お前だと!?」

「あら、私のことも知っているのね。ま、それも当然よね。私とあなたは同業者ですもの」

 

【EMPRESS†REBELLION】

 

 マリアは冷静な素振りから一瞬で蛇腹剣による薙ぎ払いをしてくる。

 翼は刀でそれを受けながらビルから飛び降り響達の元へと降りた。

 

「……翼さん。おそらく、彼女らは……」

「ああ、恐らくこちらの世界の彼女達だ。まさかこんな出会いをするとはな……」

 

 響と翼はそれぞれ確認しあう。

 そう、彼女らはかつて響と翼が出会った異世界のクリスとマリアではなく、この世界のクリスとマリアだった。

 二人は苦い表情を受ける響達の前にすたっと降りてくる。

 

「何こそこそと話してんだぁ? 作戦会議か何かか?」

「面倒ね、密談なんて。こっちはあくまで即席チーム。変なチームワークを出されたらちょっと困るわ。だから……」

 

 マリアがキっと三人……ではなくその背後に視線を送る。

 翼と響はそれに気付き、未だ動揺から立ち直れていない未来を挟むように響が背後に回った。

 次の瞬間――

 

「デェェェス!」

「はあっ!」

 

 二人の少女が未来を守る響に襲いかかった。

 

「数で勝たせてもらうわ」

 

 マリアのアイコンタクトにより襲いかかってきた小柄な姿。

 鎌を扱うイガリマの装者、暁切歌。

 回転ノコギリを武器としゅるシュルシャガナの装者、月読調。

 装者二人の一心同体の攻撃が、響の腕で火花を上げる。

 

「……だあああああぁっ!」

 

 響はそれを、大声を出しながら弾き飛ばす。

 飛ばされた切歌と調は空中で態勢を立て直し弾き飛ばしの勢いを殺すために少し滑りながら着地する。

 

「おおう! さすがガングニールの装者デス! すごいパワーデスね!」

「一筋縄ではいかなそうだけど……この数に勝てる?」

 

 クリスとマリア、そして切歌と調に挟まれる三人。

 響と翼は現在の状況がかなりまずいことを悟り苦々しい表情を浮かべ汗を垂らす。

 一方でやっと困惑から立ち直った未来はぎゅっと手を握りしめ、クリスとマリアの方を見る。

 

「待ってください! どうして装者同士で争う必要があるんですか!? あなた達の目的は一体なんです!?」

「目的か……だからてめーらを殴るってのが目的だよ。うちのボスがどうもやりたいことがあるらしくってな。だからボスの配下の装者同士で組んで、あんたらをぶっ潰せっていう指示があったのさ。あたし達のボス、フィーネからな」

「フィーネ……そいつが貴様らの首領か!」

「クリス、話しすぎよ」

「へっ、いいじゃねぇか別によぉ。それとも、まだ腹に来てんのか? お前の愛するマムとやらがフィーネにへーこらすることになってることよぉ?」

「……あなた……!」

 

 クリスの軽口にマリアは睨みで返す。

 そのマリアの視線に、クリスは肩をすくめる。

 

「おっと。そんな怖い顔すんなよ。悪かったって言いすぎた。……ま、これも世界平和のためさ。せいぜいお互い使いっぱしりとして仲良くしようや」

「……そうね。ここでいがみ合ってもしかたないわ。これもセレナの死を無駄にしないため。そのためなら私は、どんな外道にでもなってみせる……」

 

 マリアはアガートラームのギアで包まれた腕をなでながらそう言い、そして再び翼達を見て短剣を持ち上げる。

 それに応じるように、クリス、切歌、調も武器を構える。

 当然、響と翼も応えるように臨戦態勢を取る。

 しかし、未来は武器を構えられない。彼女はまだ決心がついていないようだった。

 

「ねぇ響! こんなのおかしいよ! 同じノイズと戦う力を持った人間同士で戦うなんて……!」

「……そうだね、未来の言うことは分かる。私だって、戦わないで済むならそれがいいと思う」

「だったら!」

「でも、向こうは少なくともやる気……。こういう手合は一度おとなしくさせないと話なんて聞いてもらえない」

「そんな……」

 

 覚悟を決めている響と、納得のいかない表情をしている未来。

 

「お話は終わったかよ? それじゃあ……行かせてもらうぜ!」

 

 だが、未来の覚悟を待つことなく、クリスが砲火によって口火を切る。

 

「はぁっ!」

「デェス!」

「ふっ!」

 

 それを合図に、マリア、切歌、調が三人めがけて突っ込んでくる。

 

「行くよっ、未来!」

「……う、うん!」

「この剣、折れるものなら折ってみろ!」

 

 そうして装者と装者の激しい対決が幕を開けた。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「新たな装者が四人……だとぉ!?」

 

 弦十郎は驚愕に目を見開く。

 二課のモニターには七人の装者が戦う姿が様々な角度で映し出されていた。

 

「フォニックゲイン依然上昇中! これほどの数値見たことがありません!」

「自衛隊との協力により半径二〇キロの市民の完全な退避完了しました!」

 

 オペレーターの藤尭朔也と友里あおいの報告を受けながら、弦十郎は強くこぶしを握りしめていた。

 

「一体何が起こっていると言うのだ……くっ!」

 

 弦十郎はその光景を画面越しに見ながら、とっさに司令室後方の扉へと向かった。

 

「司令!? どちらへ!?」

「相手がノイズならともかく、出ているのは正体不明のシンフォギア装者だ! ならば俺にもできることはあるだろう! ここの指揮は了子君に要請してくれ! 非番の彼女を叩き起こすことになるだろうが、今回ばかりは仕方がない!」

「はっ、はい!」

 

 弦十郎はそうして一時的に司令室を離れ、響達のもとへ向かおうと廊下を走る。

 そのときだった。

 

「あら弦十郎君? どうしたの? そんな血相を変えて?」

 

 曲がり角をまがった先にいた了子が声をかけてきたのだ。

 

「了子君か! ちょうどよかった! しばらくの間司令室を任せる! 緊急事態なのだ!」

「……何かあったみたいね、わかったわ。行ってらっしゃい」

「すまん!」

 

 了子に簡潔に伝え彼女の横を駆け抜ける弦十郎。しかし――

 

「――っ!?」

 

 少し了子から離れたところで弦十郎はとてつもない殺気を感じて、瞬時に体をかがめた。

 その弦十郎の体の上すれすれを、鋼の触手のようなものが掠めた。

 

「……ふん、さすがだ。まったく人間離れした反射神経と身体能力だな」

 

 弦十郎が振り向くと、そこには金色の鎧を身にまとい、長い金髪をなびかせる了子の姿があったのだ。

 

「了子君!? その姿、そして今のは……!?」

「悪かったわね。この二課はこれより私……フィーネのものとなる。この基地の真の姿……カ・ディンギルとなってな」

 

 了子の姿を捨て、正体を現したフィーネが、邪悪な笑みを浮かべながら言った。

 

「フィーネだと!? まさか先程現れた正体不明の装者が言っていた……!」

「ふん、大方クリスが漏らしたか。まあいい。どうせこうなっていたのだから、変わらぬことだ」

 

 金の鎧――ネフシュタンの鎧の触手を弄びながら言うフィーネ。

 そんなフィーネに、弦十郎は拳を構える。

 

「……君が何者で、何を目的としているかは知らん。だが、何らかの悪意があっての行動と判断した。悪いが、話を聞かせてもらうぞ!」

「判断が早い……さすがね。でも……これならどうかしら?」

 

 そう言うとフィーネはとあるものを取り出し振るう。すると、弦十郎を囲むように無数のノイズが現れたのだ。

 

「何ぃ!?」

「これはソロモンの杖……簡単に言えばノイズを召喚し使役する聖遺物。人間相手には最強でも……ノイズには無力なのが悲しいな」

「ぐっ、しかしその杖さえ手に入れれば……!」

 

 弦十郎はノイズをかいくぐりフィーネのもとへと駆けようとする。だが狭い廊下に満ちるノイズの群れに、弦十郎はうまく動きが取れない。

 

「ふんっ!」

 

 そこに、ネフシュタンから伸ばされる触手が襲いかかる。

 

「ぐっ!?」

 

 その鋭利な先端を弦十郎はかわしきれず、腕に大きな傷を負う。

 

「そこっ!」

 

 それを好機とフィーネは別の触手で弦十郎の足を絡め取り真っ逆さまに転ばせる。

 

「……かはっ!?」

 

 さらに、体を地面につけた弦十郎の手足を、ネフシュタンが切り刻む。

 もはや、彼は身動きが取れない状況になっていた。

 

「私を殺す気でもっとなりふり構わない動きをしていれば話も違ったろうに……相変わらず甘いわね」

 

 ノイズに取り囲まれた弦十郎を見下ろしながら、フィーネは言う。

 その表情は、どこか淋しげな面影がちらついていた。

 

「……りょ、了子、君……」

「……さよなら弦十郎君。あなたのこと、嫌いじゃなかったわ。でも、あの方とは比べられない。……大丈夫、安心して。緒川さんも司令部のみんなも、ちゃんと仲良く炭にして後を追わせてあげるから」

 

 そうしてフィーネは弦十郎に背を向ける。

 

「やめろ……やめろおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

 同時に弦十郎を囲んでいたノイズが彼に覆いかぶさり、弦十郎の雄々しい断末魔と共に、彼の体は炭と化したのだった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「くっ……こんなときに司令部と連絡がつかんとはっ!」

 

 いつの間にか曇天に包まれた空の下、翼はマリアと剣戟を交わしながら言う。

 

「恐らく向こうにも何かあったんでしょうね……!」

 

 響が切歌と調の攻撃をかいくぐり、拳を返しながら翼に返す。

 

「そんな……じゃあ戻ったほうがいいんじゃ……!」

「おっと! 行かせねぇよ!」

 

 慌てる未来にクリスが弾丸を放つ。未来はそれをいなすので精一杯だった。

 そのときだった。大きく地が揺れ装者達の足を止めたのは。

 

「こ、これは一体……!?」

「ふん、どうやら成功したみてぇだな」

 

 翼が疑問を口にした直後にクリスが言う。そして彼女の視線の先には巨大な塔が地面から生えているのが見えていた。

 

「あれは……!? いや、あそこはリディアンがあった場所じゃ……!」

「その通り。正確には、二課があった場所だがな」

 

 響に応えるものがいる。それこそ、ネフシュタンを纏ったフィーネだった。

 フィーネは黄金色の輝きを光が薄まった曇り雲の下で光らせながらゆっくりと歩いてくる。

 

「あれはカ・ディンギル。世界をバラルの呪詛から解き放ち、新たな秩序と支配をもたらすための力だ」

「……櫻井……了子!?」

「ふん、そうだな立花響。そう私は呼ばれていた。だがそれは仮初の姿……私の名はフィーネ。新たな世界の支配者だ」

 

 正体を明かしたフィーネに響、翼、未来の三人の装者は驚きに包まれる。

 対してフィーネは勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 

「……まさか、櫻井女史が獅子身中の虫だったとは……!」

「そういうことだ風鳴翼。お前達はこのカ・ディンギルのためのフォニックゲインをよく集めてくれた。七つの音階、七つのシンフォギア……すべてはこのために私が用意したものだ」

「そんな……じゃあ私達がシンフォギア装者になったから……!?」

「小日向未来。お前には感謝しているぞ。正確には、並行世界のお前にだが。神獣鏡の適合者に関しては半ば諦め別のプランで行く予定だったが……お前が適合者であることによってすべては解決した。礼を言おう」

 

 フィーネの歪んだ笑みに未来は絶望する。

 よかれと思ってやったことが、何やら巨大な陰謀の片棒を担がされていたのだ。その衝撃は大きかった。

 

「貴様……!」

「ふふふ、これで我が長年の悲願がついに達成する! 今こそ人類は相互理解を取り戻し、醜く荒れ果てた世界は真の平和へと至るのだ! これこそ、人類にとっての福音、奇跡と言っていいだろう!ハハハハハ……!」

「――奇跡、だと? まったく、吐き気を催す言葉だぜ……!」

 

 高らかに笑うフィーネに対し、誰も知らぬ不機嫌な声が飛んでくる。

 それは空に浮かぶ怪しき姿だった。紫色で扇情的な様相の女性が、空にいたのだ。

 

「貴様、何者だ……」

「俺か? 俺はキャロル・マールス・ディーンハイム……奇跡の殺戮者だ!」

 

 そう言い彼女が何か結晶のようなものを地面に叩きつける。

 すると、そこから無数のノイズ、そして四人の少女の姿をした人形が現れたのだ。

 

「ヒヒヒ……やっとこさ出番ですかぁ? ガリィちゃん暇で暇でしょうがなかったですよぉ?」

「シンフォギアがこんなにも……すべて叩き折ってあげましょう」

「地味に大舞台」

「ははっ! 暴れまくってやるぞー!」

 

 突如現れた闖入者に困惑する装者達。一方で、その姿を見て、フィーネは不機嫌そうな顔になる。

 

「アルカ・ノイズにオートスコアラー……なるほど、錬金術師か貴様。まだ存在したとはな……ということは――」

 

 フィーネは言い切る前に咄嗟に振り向く。

 すると、そんなフィーネにとあるものが飛んできていた。

 それは白い帽子だった。帽子でありながらも鋭利な鋭さを持って襲ってきたそれをフィーネは弾き返す。

 弾かれた帽子は元の持ち主へと戻っていった。白いスーツを来た男のもとへと。

 

「感謝だね、覚えてくれていて。でも死んでくれないかな、僕のために」

「……相変わらず耳障りな喋り方だな、アダム」

 

 フィーネはその男――アダム・ヴァイスハウプトに煽るように言った。

 

「結構だよ、耳障りで。困るんだよね、呪詛を解除されちゃ」

 

 アダムはそう言うと軽く指を叩く。

 すると、どこからともなく三人の人影がフィーネへと襲いかかった。

 

「はぁっ!」

「ええっい!」

「らぁっ!」

「ぐっ……!」

 

 その攻撃に思わず後ずさるフィーネ。三人――サンジェルマン、カリオストロ、プレラーティはアダムとフィーネの間に割って入るように着地した。

 

「フィーネ……歪んだ支配を築こうとする遺物め。今回こそ貴様を因果ごと消し去ってくれる」

「もう! こんな面倒なこと引き起こしちゃって! あーしムカついちゃう!」

「でもあいつの野望をへし折るには最高のタイミングなわけだ」

「パヴァリア光明結社……日陰に追いやってやったというのに再び潰されに来たか」

 

 錬金術師達に取り囲まれるフィーネ。

 だが彼女は冷や汗一つかかずにソロモンの杖を掲げノイズを召喚する。

 

「いくら貴様らが束になったところで、この杖を持つ私に敵うとでも? 頭は回っても浅はかなんだよお前達は」

「浅はかだと? ふん、舐められたものだな……ふん!」

 

 フィーネの言葉に対し、サンジェルマンのスペルキャスターである銃口からのレーザーで応える。

 すると、その光の直線上にいたノイズがダメージを受け崩れ落ちたのだ。

 

「……ほう?」

「我々錬金術師がノイズに対しまったく対抗手段を持たぬまま来たと思っているのか? それこそ浅はかな考えだ。位相差障壁に対する対抗策はすでに完成済みだ。アルカ・ノイズに搭載した解剖器官……これを位相調整し錬金術師自体の攻撃に転用する技術はもう確立してあるのだ。残念だったな、フィーネ。貴様の持つイニシアチブはすでに潰えている」

「はっ! 少しは知恵がついたようだな錬金術師共。いいだろう……クリス! そっちの相手はいい! こちらに手をかせ!」

 

 フィーネに呼ばれたクリスは大きく跳躍し、フィーネの隣へと着地する。

 

「へいへい、まったく人使いの荒いご主人様だ。で、こいつらをぶっ飛ばせばいいのか?」

「ああそうだ。言ってしまえばこいつらはテロリストのようなものだ。お前が一番嫌いな人種だろう?」

 

 フィーネの言葉を聞いたクリスは、あからさまに不機嫌そうな笑みを浮かべ銃を構える。

「へぇ……そいつは、誰一人生かしちゃおけねぇ……なぁ!」

 

 言い切る前に弾丸を三人の錬金術師達に向けてばらまくクリス。

 それに対し、サンジェルマン達は回避後にクリスに攻撃を仕掛け始めた。

 

「ちっ……面倒そうね……あっちが倒れたら、マムの立場も危ない……私も救援に――」

「おい! 俺様を前にしてよそ見するとかいい度胸じゃねぇか!」

 

 状況を判断し救援に向かおうとするマリア。

 だが、そんなマリアにキャロルの攻撃の雨が降り注ぐ。

 

「ちっ! 厄介な!」

「一応あっちは俺様にとってのパトロンでもあるんでな。それに、お前達からは俺様の大嫌いな奇跡の臭いがプンプンするんだ。近くにいるだけで腹立たしい……! 生きて帰れると思うなよ?」

「わけのわからないことをっ……!」

 

 キャロルに反撃するマリア。

 

「マリアっ!」

「今行くデスっ!」

 

 そこに調と切歌も救援に向かう。

 一方で響、翼、未来はオートスコアラーの攻撃に防戦一方だった。

 

「くっ……! なんなのだこの状況は! あまりに雑然としすぎているぞっ!?」

「まったく……! 状況整理も手数も追いつかない……!」

「うっ……! 私達どうすれば……!?」

「ひひひひひ! なんですぅー? 泣き言ばっかですかぁー? あー弱い弱い! でも弱い者イジメって楽しー!」

「まったく性根の腐ったガリィらしい不快な発言……しかし、私達のほうが強いのは明確なのは確かですね」

 

 オートスコアラーに煽られながらも倒されないのが精一杯な三人。

 状況は様々な思惑が入り乱れ混沌としていた。だが、さらに混沌は加速することとなる。

 

「ひゃあああああああああああああああっはああああああああっ!」

「っ!? ぐうっ!?」

 

 マリア達と拮抗していたキャロルを大きく殴り飛ばすものがいた。

 片手を異形の腕にした白衣の男――ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスだった。

 

「ドクターウェル!? どうしてこんな最前線に!?」

「ふふっ、こういうときだからこそですよマリアさん! このカオスを打開することこそ英雄の役目! そしてそれはこの僕にこそふさわしい! そう思いませんかァ!? ヒヒヒヒ!」

「その腕……完全聖遺物であるネフィリムか……チッ、また面倒なものを……!」

「おぉうよく知っていますねぇ! その通ぅーり! このネフィリムの前には聖遺物だろうがノイズだろうが錬金術だろうがすべては美味しくいただくエネルギーなんですよぉ!」

「にしったってあなた自体はそこまで動けるわけでもないでしょうに……! でも救援ご苦労ドクター。あの錬金術師とやらを叩き潰すわよ……そして」

「……ええ、わかってますよ。今はダメですが、あわよくば最良のタイミングを見つけて、あのフィーネも……」

「…………」

「ヒヒヒ! まったく本当に優しいですねぇマリアさんは。ナスタージャ教授のためにそこまで! すべてはこの英雄である僕におまかせを……」

 

 こっそりと二人で会話したウェルとマリア。

 混ざり合う声と騒音の中で二人の会話を耳にできたものはいない。

 

「うざったい奇跡がまた一つ……! おい、お前ら! とっととそこの雑魚共片付けてこっちに来い!」

 

 キャロルは不機嫌を隠そうともしないほどに顔を歪め、オートスコアラーに言う。

 

「あららぁ? マスターがすごいカリカリしてますよぉ? 面倒ですねぇやっちゃいますかねぇ?」

「地味に同意。一気に畳み掛ける」

「はっはー! じゃあ私から行くんだゾー!」

 

 ミカが三人に向かって飛びかかろうとクラウチングスタートの態勢を取る。

 

「ん?」

 

 だが、飛びかかる前にミカは何かを察知し上方を見た。

 

「はあああああああああっ!」

 

 すると、ミカに向かってまたもあらたな三つの人影が襲いかかっていたのだ。

 

「そりゃっ」

 

 ミカはそれを、虫を払うかのようにはねのける。それぞれの人影はそんな軽い薙ぎ払いだったのにも関わらず近くのビル壁に吹き飛ばされていった。

 

「きゃあっ!」

「ぐうっ!」

「ああっ!」

「おやおや。実験体じゃないか、誰かと思えば。生きていたんだね、逃げた出来損ないの癖に」

 

 彼女らを見て、遠目でノイズの攻撃をいなしながら状況を観察していたアダムが言った。

 彼女らはヴァネッサ、ミラアルク、エルザ。かつてパヴァリア光明結社で実験体として扱われていた存在だった。

 

「……よく覚えてくれてましたね、室長」

「へっ、下っ端がさんざんいじくり回してたモルモットのことなんて知らないと思ってたぜ……」

「まあ、嬉しくはないんでありますけどね……」

「バカにしてもらっては困るよ、この僕を。把握してるさ、僕は優秀だからね。データは貴重さ、錬金術師にとっては」

「で? そんな逃げ出したっていう失敗作連中が今更出てきて俺様のオートスコアラーに喧嘩売るたぁ、どういう了見だぁ?」

 

 アダムに続きキャロルが言う。キャロルはそう言いながらもハンドサインでミカを三人にけしかけた。

 

「ちっ!」

 

 ミカの攻撃を三人はなんとか逃げて、耐えることしかできなかった。

 なんとか力を合わせ攻勢に回ろうとするも、すべてがミカの足元にも及ばない。

 

「があっ……!?」

『ヴァネッサ!?』

「大丈夫よ、二人共……。何しに来たかですって……? そうね、言うなれば……弱者のあがき……よ!」

 

 ヴァネッサは機械の体からミサイルを飛ばす。

 それはミカに向けてではなく、なぜか響達に向かって飛んできていた。

 

「えっ!? なんでこっちに!? 危ない!」

 

 未来が咄嗟に神獣鏡のレーザーでミサイルを撃ち落とす。すると、大量の爆炎が当たり一面を包み込んだ。

 

「ぐっ、視界が……!」

「未来、大丈夫!?」

「うん、響こそ――きゃあ!?」

「未来!?」

 

 突如未来の悲鳴が聞こえてくる。即座に反応した響が煙の中を探しても、未来の姿は見えない。

 そして煙が晴れるとその場に未来はいなかった。

 

「そんな、どういうこと!? 未来は!?」

「響ぃーっ!」

 

 すると大きな声が聞こえてくる響の名を叫ぶ未来の声。

 そこには、ビルの上で小脇に抱きかかえられている未来の姿があった。更に、その未来を抱きかかえている人物を見て翼は驚愕する。

 

「おじい……さま!?」

 

 そこにいたのは、翼の祖父である風鳴訃堂であった。

 非常に歳を重ねた威厳を見せながらも、風貌は年齢のそれを感じさせない。

 

「翼よ……国難を前にしてその体たらく、防人として未熟。これより、護国のための力を手に入れ、神州を復活させるためにこの娘を貰い受ける。お前がまだ防人であると思うのならば、この場でその猟犬共と一緒に足止めをするがよい」

 

 訃堂はそう言い残すと、とても人とは思えぬ跳躍力でその場を去った。

 

「未来っ! 翼さんあれは一体……!」

「私も知らんっ! だが、何かをおじいさまはする気だ……! 行け立花! おそらく向かうは風鳴の屋敷だ! 何かがあるとすれば私に思いつくのはあそこしかない! 以前お前達を一度招いたことがあるから場所は分かるだろう!」

 

 翼は以前、響達が仲間になってから少しした後に、父親との和解を促してもらうに際して友人として響と未来を家に招いたことがあったのを思い出しながら言った。

 そのときも、未来が間に立ち関係を促してくれたことを思い出す翼は、手に持つ刀に力が入る。

 その声に、響は襲いかかってくるノイズを倒しながら応える。

 

「翼さん……いいんですか?」

「……ああ。おじいさまはきっとこの国のことを考えての行動なのだろう。だが、私にとってはそれ以上に友人としてのお前達が大切だ。行け、立花! 小日向を取り返してこい!」

「……はいっ」

 

 響は翼に後押しされ後を追おうとする。

 だが、そんな響にヴァネッサ達が襲いかかる。

 

「させないわよっ!」

「私達は今あのジジイに雇われてんだっ! ここで逃したら私達の未来は潰えるんだよっ!」

「わたくしめ達は戻るのであります……! そのためにもっ……!」

「させるかっ!」

 

【蒼ノ一閃】

 

 その三人を、翼は巨大な斬撃により一太刀で跳ね飛ばす。

 

『きゃあっ!?』

「貴様ら如きがこの剣越えられると思うてか! 立花走れっ!」

「…………!」

 

 響はマフラーで口元を隠しながらもコクリと頷き、その場から駆け出して風鳴の家へと向かうのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

すべては君を愛するために

「未来っ!」

 

 響は記憶を頼りに一直線に風鳴の家へと向かい、辿り着いた。

 家は無人であり、人一人いなかった。しかし響は徹底的に風鳴の家を捜索し、地下へとつながる道を見つけ、その先に未来がいると信じひたすら走ったのだった。

 

「ふん……あやつらは足止めすらできなんだか。所詮は出来損ないよ」

 

 響がたどり着いた先にあったのは、巨大な研究室と思われる空間だった。

 そこには様々な聖遺物と思わしきものが円柱状のガラスケースに入れられており、そのケースが沢山のコードに繋がれていた。

 そして、その中央。訃堂が立つ眼の前に、未来はいた。

 彼女はシンフォギアを纏った姿のまま、とても機械的な椅子に拘束されていた。その側には何やら棺らしきものがあり、椅子とコードで連結されている。

 

「ひ……ひび、き……」

「未来……! 今助ける……!」

「悪いがそうはさせんぞ小童よ。このものの使う神獣鏡の聖遺物はては原罪を洗い流す力こそ、神の力を手に入れるための鍵となるのだからな」

「神の力かなんだか知らないけど……私の友人に手を出したんだ。覚悟はしてもらう……!」

 

 そう言って響は未来の前に立つ訃堂へと駆ける。

 だが――

 

「遅いわ!」

 

 訃堂はかなりの速さだったはずの響をさらに上回る速度で響の背後に周り、まったく別方向の壁へと蹴り飛ばす。

 

「がっ……!?」

 

 響は壁へと激突し、ゆっくりと地面に倒れる。

 息をまともにできず、必死に呼吸をしようと肺が求める。

 

「ぬぅん!」

 

 そんな響の元に訃堂はまたも素早く接近し、彼女の頭を掴んで上方に投げ飛ばし、そして彼自身も飛び上がって拳によって響を地面に叩きつけた。

 

「あああああっ……!」

「ふん、シンフォギアを使っていたとしても所詮は齢二十にも達しておらぬタダの娘。先の敗戦からこの国の防人であった儂に敵う道理なしよ」

「ぐ……う……!」

 

 見下ろす訃堂になんとか立ち向かおうとする響だったが、どうしても立ち上がることができない。せいぜい頭を上げ、手足をかろうじて動かすことしかできない。

 以前弦十郎と手合わせしたとき以上に理不尽な力を感じると、響は思った。

 

「そこで見ているがよい。この娘の命を代償に、あらゆる聖遺物の力の枷を解き、そして南極より持ち帰ったこの棺を解放することにより、神州日本を蘇らせる力をこの儂が手に入れるところをな」

「……っ!? 未来の……命を……!? そ、そんなこと……させな……!」

 

 響は訃堂の言葉を受け、軋み悲鳴を上げる四肢をムリヤリ動かして立ち上がる。

 そして、フラフラと訃堂に近づく。だが、そんな響に訃堂は一瞥しただけで、再び椅子の近くにあるモニターを操作して、何かのスイッチを入れる。

 

「うっ、あああああああああああああああああああっ!?」

 

 それと同時に、未来の悲鳴が部屋に轟く。喉を潰してしまいそうなほどの、痛々しく大きな悲鳴を。

 

「未来っ!? 貴様ああああああああああああっ!」

 

 響はその悲鳴を聞くや否や、体の限界を越え訃堂のもとへと飛ぶ。

 

「愚か」

 

 だが、飛び込んだ響は訃堂の片手一本に止められる。

 首根っこを捕まれ、ゆっくりと締め上げられる。

 

「あ……!? か……!?」

「愚かなり童よ。思いだけで勝利が得られると思うたか。そうならばこの国は過去に不名誉な敗北をしておらぬわ。勝利に必要なのはなによりも力。力なき意思など無に等しいと知れ」

「ああ……あ……」

 

 響の声がだんだんとか細くなる。このままでは死ぬ。響はそう思った。

 だが訃堂はそんな響の意識が落ちる直前に、彼女を地面に落とした。

 

「……くあっ……!?」

「ふん、安心せい。命までは取らぬ。貴様のそのシンフォギアと原罪を洗われた肉体……まだ利用価値があるでな」

 

 響は訃堂にそう言われながらも、体に空気を取り込むことで精一杯になっていた。

 未来の命が今にも危ないと言うのに、それしかできない自分に響は無力さを覚えた。

 

「くくく……さあ! 神代の力よ! 今こそ目覚めよ! そしてその力をこの国の防人たる儂に――」

 

 訃堂が高らかに笑いながら言っていたそのときだった。

 彼の言葉が、不意に止まった。

 何かと思い響は顔を上げる。

 そこには、棺に繋がれていたはずのコードが、まるで意思をもったかのように訃堂の心臓と喉に突き刺さっていたのだ。

 

「え……?」

「か……がはっ……!?」

 

 訃堂は驚愕しながらも吐血し、その場に倒れる。

 更に訃堂の体はみるみるうちにやせ細り、ついには体が砂に――塩になっていっていた。

 まるでコードが彼の命を吸っているかのような光景だった。

 そして訃堂が完全な塵芥と化したかと思うと、棺が開き、そこに一人の女が現れていた。

 白く人間離れしたその女は、自分達とは別種の存在であると、響は直感的に悟った。

 

「ふむ……我が封じられてからも、人類の肉体に大きな変化はなかったようだ。故にこうも再構築が容易いとは……まあそれも当然か、我が作り上げた種なのだからな」

 

 超然たるその女――シェム・ハ・メフォラスは棺から出ると、未来の側へと立ち、そしてそっと頭に手を置いた。

 

「……なるほど。どうやらだいぶ面白い状況になっているようだ。ならば、そのフィーネとやらに手を貸してやるとするか。バラルの呪詛の真実を知った顔も面白そうだ……フフフ」

 

 未来の記憶を読んだらしいシェム・ハは、もう用済みを言わんばかりに未来を地面に投げ捨てる。

 

「……未来っ……!」

 

 響は状況に混乱しながらもやっと動くようになった体を動かし、未来の元へと這い寄る。

 未来は辛うじて息をするのもやっとという状態なのがすぐに見て取れた。

 

「ん? 貴様……今の世の人でありながら呪詛が解かれているのか……なるほど、その神獣鏡の力か……まあよい。貴様一人程度、捨て置いても問題なかろう。我の計画においてはすぐに消える運命よ」

 

 未来を抱える響を一瞥しそう言うと、シェム・ハは上へと飛び立ち、周囲の聖遺物が入ったケースを破壊し、地下に大きな穴を開けて地上へと飛んでいった。

 開けられた穴からは、曇り空の合間から差し込む黄昏の光が差し込んでいた。

 

「未来……! 未来っ……!」

 

 響は必死に未来に呼びかける。

 その声に、未来は辛うじて目を開け、響を見る。

 

「ひび……き……?」

「未来っ!? 大丈夫!? 今から病院に……!」

「……いいの。私、多分もう……助からない……」

 

 未来は擦り切れそうなほどに小さな声で響に言った。

 体中から玉のような汗を流しながら言う彼女の姿は、あまりにもその言葉を裏付けているように思えた。

 

「そんなこと……そんなことない! 未来が……未来が死ぬはず……!」

「ごめん……ね……一緒に、流れ星、見れ、なくて……」

「そんなこと……そんなこと良いから……だから……」

 

 響の目から、涙がこぼれ落ち始める。

 それは未来の顔にポツリ、ポツリと落ちていき、未来ほ頬に落ちて、そしてまた下へと落ちる。

 

「ねぇ……響……」

 

 そんな泣いている響の頬を、未来はぷるぷると震わせながらも片手を上げて、そっと撫でた。

 

「泣かない……で……わたしは……」

 

 より一層にか細くなった未来の声。

 彼女は、そんな状態ながらも響に笑顔を見せて、そして――

 

「へいき……へっちゃ、ら……!」

 

 笑顔のまま、すとんと手を地面に落とした。

 

「え……? 未来……? み……く……? あ……あああ……あああああああああああああああああああああああっ……!!!!!!」

 

 ――死んだ。未来が、死んだ。私にとってのひだまりが、これからずっと一緒だったはずの彼女が。私の大切な、未来が。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああっ!! ああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 響の慟哭が、天を貫く。未だ優しく未来の亡骸を抱きしめながら。

 すると、そのときだった。

 未来の亡骸が、静かに、そしてわずかに紫色に光り始めたのだ。

 それだけではない。周囲に散乱していた聖遺物もまた光り始める。

 紫色の光はやがて粒子となり、叫ぶ響にまとわり始める。

 ついには光と響は一体になり、そして――

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 翼は雲に覆われた夜空の下、膝を付き、折れた刀を地面に付き立てなんとか倒れぬようにと体を支えながら、息を荒げていた。

 響を送り出した後も激戦は続いていた。

 フィーネ、四人の装者、錬金術師達、ノイズとアルカ・ノイズ。それらすべての敵と翼は渡り合った。

 だが彼女一人の力では限界があり、今こうして立てなくなるほどまでに憔悴してしまっていた。

 周囲の建造物はほぼすべてが原型をとどめていない廃墟となり、荒野と呼ぶべきほどに荒れ果てていた。

 その中でも、それぞれの勢力は未だしのぎを削っている。

 ヴァネッサ、ミラアクル、エルザの三人は激戦についていけずに絶命し、ぐったりと地面にその体が放置されているが、フィーネ、ウェル、キャロル、アダムと言った勢力のトップ達は未だ健在だった。

 クリス、マリア、切歌、調もだいぶ疲労が出ているが翼ほどではない。

 更に先程突然現れたシェム・ハがその戦いに混ざり、余計状況は混沌とすることになった。

 

「く……どう……すれば……!」

 

 翼は息も絶え絶えになりながらもこぼす。

 今はそれぞれが一旦距離を取り、お互いにらみ合うという一時的な牽制の状況になっていた。

 だが、ちょっとしたきっかけですぐさま戦いが再開されるだろう。

 そして、その戦いに今の翼は混ざることができないのを、彼女は思い知っていた。

 

「立花……小日向……せめて、お前達だけでも生きて……」

 

 もはや自分の命も残りわずか。そんな弱気すら言葉に出てしまった、その刹那――

 

『――!?』

 

 その場にいた全員が、異様な気配を感じ同じ方向を見た。

 当然翼もその方向に目を向けた。今の自分の体の状況など忘れてしまうぐらいに、巨大な存在が来ている。そう思ったからだ。

 彼女らが目を向けたところから、人影が一つ歩いて来ていた。

 黒と金が入り混じった仰々しい鎧をまとったその姿は、先程までお互いを罵り合っていたそれぞれの首魁ですら言葉を発せなくなるほどに圧倒的だった。

 近づいてくるほどに、そのオーラはその場の者達を包み込んでいく。

 そして、もっとも位置が近かった翼の横にそれが歩き、横切ったときに翼はその正体をやっと認識した。

 

「……たち……ばな……?」

 

 それは、響だった。

 顔の上半分を隠す黒い仮面をつけていたが、それが響であることが、翼には分かった。

 

「貴様……立花響か……!? その体から溢れている力はなんだ……!? 何を力と変えている……!? 何と化した……!? そうだ、お前が纏っているものはなんだ……!? 何を纏っている……!? それは私が作ったものか……!? お前が纏っているそれは何だ……!? 何なのだ……!?」

 

 困惑したフィーネが目を見開き、矢継ぎ早に響に投げかける。それに対し、彼女は――

 

「シンフォギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 ただ一言、吠えた。

 

「――っ!? なんだ、これはっ……!」

 

 その響の言葉と共に、天地が揺れる。そしてそれだけでなく、共鳴するようにカ・ディンギルが崩れ折れたのだ。

 

「バカなっ!? カ・ディンギルが!?」

 

 さらに周囲にあふれていたノイズとアルカ・ノイズがすべて消滅する。そして、天を覆っていた雲が消え、星々輝く夜空が広がった。

 夜空では、流星群が落ちていた。

 

「……まずいっ!? まずいまずいまずいまずいまずいっ! “アレ”をッ! “アレ”をこのままにしてはマズいッ!」

 

 その様に最初に全員の気持ちを代弁したのはウェルだった。

 半恐慌に陥いりながらの言葉だったが、その場にいた全員――神とされたシェム・ハですら意味合い的に同じ感情を抱えていた。

 

「あああああああああああああっ!」

 

 ウェルの言葉を端として、翼を除いた全員が響に襲いかかる。

 

「貴様らが……誰かの約束を犯し……!」

「が、ハッ……!?」

 

 まず先陣を切ったガリィが一瞬でスクラップにされ――

 

「嘘のない言葉を……」

「エッ……!? アッ……!?」

 

 次に、ファラが粉微塵にされ――

 

「争いのない世界を……」

「ジ……イア……!?」

 

 そしてレイアの上半身がまるまる消え――

 

「なんでもない日常を……」

「……ギ……!?」

 

 ミカが紙くずのように散った。

 

「剥奪すると、言うのならっ……!」

 

 すべて左腕一本、一撃で行われたことだった。

 呪いすら感じるその声の圧力と、オートスコアラーが瞬きする間に排除された結果に、全員足を止めてしまう。

 その逡巡を、響は逃さなかった。

 

「……えっ?」

 

 調の目の前に、瞬時に響が現れていた。そして、その腹部に一撃、拳が叩き込まれた。

 

「……っ!?」

「調!?」

「し、調っ……!?」

 

 そして次の瞬間、調は粒子になって消滅した。

 

「え……調が……調が……調えええええええええっ! お、お前っ! よくも……よくも調をデスっ!」

「待ちなさい切歌っ! あの一撃は何かがおかしいわっ!」

 

 マリアが制止するが、切歌は我を忘れ響に突撃する。だが、そんな切歌が振り下ろした鎌は、左手の指二本に挟まれただけで止まった。

 

「そ、そんなっ……」

 

 動揺する切歌をよそに、響は口を開くことなく拳を叩き込み、切歌を消滅させた。

 

「切歌っ……!? そ、そんな……切歌と調が……私が守らなくてはならなかった、二人が……!」

 

 マリアは絶望の表情を浮かべ、腰が砕けたようにその場に座り込む。

 その横をかけて響に向かうものがいた。カリオストロとプレラーティ、そしてサンジェルマンである。

 

「三人ならっ……!」

 

 三人による別方向からの高火力攻撃。だが、響はそれに動じることは一切なく、ただ左手をすっと上げた。すると――

 

「何っ!?」

「えっ!? 嘘っ!?」

「どういうこと、なわけだ!?」

 

 三人の体は空中に制止し、身動きが取れなくなってしまったのだ。まるでその場に凍りついてしまったかのように、ピタリと。

 

「この力……まさか聖遺物……!? そ、そうか……そういうことか……!」

 

 サンジェルマンが何かに気づく。しかし、だからと言って何かできるわけでもない。

 

「嫌……こないで……い――」

 

 響はまずカリオストロを消す。

 

「カリオスト……」

 

 そして次にプレラーティをあっさりと消す。

 二人を消すと、響はサンジェルマンに向かいゆっくり歩いてくる。

 

「その体……非常に多くの聖遺物が融合しているな……! 神獣鏡の『凶祓い』の力とガングニールの『神殺し』の力の融合により、聖遺物を包み込んでいた力場を消滅させ、呪詛を消滅させた体を依り代に混ぜたのだろう……! さらに一撃一撃に錬金術の基礎たる分解と構築を……! だが、そんな力を一つに集約させれば、今のお前の精神は――」

 

 言い終わる前に、サンジェルマンは響の右手によって薙ぎ払われる。

 

「……人に……自由を……」

 

 そして、消滅する直前に、サンジェルマンは一言呟き、消えた。

 

「チッ……! ふざけるなよ……! 聖遺物の塊だと……!? そんな奇跡の塊……認めねぇぞ……認めねぇぞおおおおおおおっ!」

「……くそっ!」

 

 キャロルが怒号と共に数多のビームを飛ばす。それにクリスもまた追従し全火力を放出する。

 だが、響はそれを一切動くこと無く受けきった。

 

「……化け物がっ……!」

 

 クリスが冷や汗を垂らしながらこぼす。

 響は次の瞬間、またも視認できない速さで先程まで攻撃していたキャロルとクリスの間に移動し、そして両腕をそれぞれ裏拳で二人の後頭部を殴打した。

 

「……パパ……ごめんね……」

「私はただ……平和を……」

 

 キャロルとクリス、親への思いを胸に抱いた少女二人は、無念さを抱えながら命を散らした。

 

「……ひ、ひいいいいいいいいいっ!」

「ドクター!? ダメっ! ここで逃げちゃっ!」

 

 そのあまりの光景に耐えられなくなったウェルは後ろ姿を見せ走り出す。

 マリアが引き留めようとするもウェルには届かない。

 だが、響が彼を逃がすわけがなかった。

 

「っ!? ひっ――!?」

 

 ウェルの目の前に、いつの間にか響は立っていた。そのウェルが恐怖に怯えた反応をしている最中に、響は彼の腹部を貫き、消した。

 

「……時間操作だね、今の動き……! ずっと化け物だよ、君のほうが……! ああああああああああっ!」

「切歌……調……! ……やるしか……やるしかないのよっ……! ああああああああっ……!」

 

 傍観するも観念し真横から突っ込むアダムと、なんとか勇気を振り絞り共に蛇腹剣を振るうマリア。

 だが、響はそんな二人に目もくれることなくすっと二人の方向に手を差し出す。

 すると、二人の足元で盛大な爆発が起き、二人を炎が包んだ。

 

「ぐあああああああっ!?」

「ああああああああ!?」

 

 数秒間延々と続いた爆炎が収まると、二人はぐったりと倒れており、そして消滅していった。

 

「……セレナ……今、行くわね……」

 

 風と流れるマリアの言葉。

 もはや残るはフィーネ、そしてシェム・ハの二人だけだった。

 

「おのれ……おのれ立花響……! なぜだ……なぜそれほど的確に我らを敵とできる! 先程の錬金術師の言葉通りなら、貴様の精神は! 魂はすでに崩壊しているはずだ! いくら呪詛が消えようと、人の身に余る力をいくつも取り込めば魂が持つはずがない! なのに、どうして……!」

「人間よ……貴様の存在、到底看過できぬ……! 今ここで、我のすべてをもって貴様を滅ぼす……!」

 

 だが、そんな二人の決意と気迫も、響には届かない。

 むしろ、響は二人に向き直ると、ゆっくりと右手を空に上げた。

 すると、その手のひらの上に急に巨大な、黄金色に輝く槍が現れた。

 禍々しさと神聖さを兼ね備えるその槍に、二人は驚愕する。

 

「その槍、まさか……!?」

「…………」

 

 響はその槍を、武器を初めて手にし、そして全力で、しかし変わらず無言でその槍を二人に投げつけた。

 

【Lance of Longinus】

 

『ぐあああああああああああああああああああああっ!?』

 

 神殺しの槍は、二人に瞬時に届き、そして、その命を奪う。

 

「ああ……私の……私の命が輪廻ごと……消え……」

「我が……我が人に消される……など……」

 

 そうしてフィーネとシェム・ハ。神代の存在は現在、未来における可能性すべてを含み消滅したのだった。

 

「…………」

 

 響はすべての敵を消滅させると、その場をゆっくり歩き去り始める。

 一部始終すべてを言葉すら忘れ見ていた翼は、去ろうとする響を見てやっと我に返った。

 

「……まっ、待て! 立花!」

 

 響は翼に声をかけられ、足を止める。しかし、振り向きはしない。

 

「どこへ行くんだ……これから、どうするつもりだ……」

「…………」

 

 響は答えない。

 ただ、流れ星が落ちる空を一度見上げ、再び前を向き、歩き始める。

 荒れ果てた街から誰もいない先へと、ただ一人で。

 

「待て……立花……! 立花ああああああああああああああっ!」

 

 翼は叫ぶ。

 動くことのできない体を憎みながら。

 消える響の後ろ姿に、手を伸ばしながら。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Long Long Ago, 20th Century

「うーん……はっ!」

 

 響は突如ベッドから飛び起きる。そして勢いよく顔を振り、周囲を確認する。

 

「どうしたのー響? 悪い夢でも見た?」

 

 そんな響にテーブルでりんごの皮を剥いていた未来が声をかける。

 

「あっ未来!うーんなんかよく内容は覚えてないんだけど怖い夢見たっぽくて……それでなんかすごい未来の顔見たくなったんだよねー」

「私の? なんか変なの」

 

 笑う未来。その未来の顔に響もまたつられて笑う。

「へへへ、そうかも……あ、未来りんご剥いてるの? ちょうだい!」

 

「はいはい、今剥き終わったからどうぞ。まったく食いしん坊なんだから……」

「まあねー。……あ、そういえばギャラルホルンってそろそろ治るんだっけ?」

「お腹に食べ物入れた途端に話題変えないでよ。別に壊れてたわけじゃないから治るって良い方は変かもしれないけど、そうらしいね」

「うーん大丈夫だったかなぁ、つながってないときになんか変なことなかったかなぁ」

「大丈夫じゃない? 一応観測だけは先にできるようになってたけど、とりわけ目立った反応はなかったっぽいし」

「ふーん、ならいいんだけど。あ、そだ! こんどみんなでピクニック行く予定あったよね! 何作ってこっか!」

「だからころころ話題を変えないでよ。うーんそうだね……クリスは食べ方が汚いだけでなんでも食べくれるけど、そういやマリアさん達の好きな食べ物ってよく知らないなぁ。翼さんはやっぱ和食かな? エルフナインちゃんは素麺が好きだけどさすがにピクニックに素麺はちょっとなぁ……」

「うーん今度リサーチしてこよっか?」

「うん、お願いね響」

「任せて! いやー! 楽しみだなーピクニック!」

「……そういや、あっちの響も今は楽しく食べられてるのかなぁ」

「ん? どしたの未来?」

「ううん、なんでもないよ。さ、まだまだあるからどんどんりんご剥いちゃうからね」

「わーい待ってましたー!」

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 初めて力を手にしてからどれくらいの月日が経ったのか。

 自分が一体何者だったのか。

 今の彼女にはわからない。

 彼女はただただ戦い続けた。

 人間の自由と平和を守る。それだけが彼女の心にある目的だった。

 そのために、彼女は常に悪を滅ぼしてきた。

 だが、いくら倒しても悪は潰えることなく、故に彼女の戦いは終わらなかった。

 そうしていくうちに、彼女は感情も、記憶も、彼女らしさのすべてを失ってしまった。

 老いもせず食べることもなく、眠ることもなくなった今では、人らしさと言えばただ手足があり二足歩行で歩いていることぐらいだろう。

 もはや彼女には何もない。あるとすれば、彼女の行動を決定している使命、そして、胸にいつまでも残る、空虚と哀しみだけである。

 常に満たされず、常に苦しむ。

 それでも彼女は戦う。それしか彼女にはないから。

 今日もまた彼女の眼下で悪がはびこる。

 彼女はそれを止めるため、悲しみを生まぬために戦いに出る。

 それで彼女に、返ってくるものが何もないとしても。

 黒く染まった太陽は、今日も人を見つめる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。