女性恐怖症の俺がエロゲ攻略なんて不可能だろ! (ryou卍)
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一章~幼少期
プロローグ
――風が頬を撫でる。
まだ春寒の残っている冷たい空気の中に、何やら芽や花のにおいが交じっている。都会では感じることのできない空気。
都会の環境に飽き飽きしていた時、テレビで見て田舎を羨ましく思った光景を今まさに肌で感じることが出来ている。
木刀の素振りをやめ、汗を拭きながら空を仰ぐ。遥か高いところで豆粒ぐらいのダイヤモンドのようなものが白くチカチカ輝いていて、眩しくてとても目を開けていられない。
疲れていたことが忘れるほどの美しい光景。まさに自分が追い求めていた世界。
人混みと排気ガスでそこらを歩くだけでも体力、精神ともに削られていくことのない、なんて素晴らしい場所であろうか。
空を見上げるのをやめ、前へと歩きだすと川があった。
川が光っている。鏡に光を当てたように反射する日差しが、川自身が発光していると勘違いさせるほどだった。
そんな川から虹色の魚が飛び跳ねる。今まで生まれてきてからずっとこの景色を見て過ごしてきた。いくら目を擦っても魚の色は変わらない。この世界は自分がいた世界と全く違うのだと気づくのにそう時間はかからなかった。
「あ! ルウシェ君こんなところにいたんだ~。探してたんだよ、もぉー」
そんな至福の時間を味わっている時、急に後ろから声をかけられた。
ピンク髪のおっとりとした雰囲気を出している女の子。同じ年の十歳。画面で見た姿そのままである。将来美人になることが約束されているだろう。
俺のいた世界では小学生くらいか。きっと恋を覚え始めた男子に構ってほしくて虐められるのは確定しているのではないだろうか。
そんな余計なことを考えている間にその女の子が気が付けば近づくには過ぎるほどの距離にいた。あと一歩踏み出せばキスもできるであろう距離。年頃の男の子であれば間違いなく赤面するであろう場面。
だが俺は、背筋が
「チョットチカインジャナイカナ、ルナサン」
「も~、どうしてそんなこと言うの? せっかくつめた距離も離すし……」
じりじりと後ろに下がれば、離れた距離を埋めるように幼馴染のルナも近づいてくる。
……なに? こんなに将来有望株の女の子から逃げるとか頭おかしいだと?
確かにそうだろう。でも仕方ないじゃない。
俺、女性恐怖症だもの……。
◇◆◇◆◇◆◇
――エターナルアドベンチャー、幅広い紳士に好かれたファンタジー世界のエロゲである。魅力あるヒロインが多数出演し、その全てにエロシーンが用意されている。所謂ハーレム物だ。加えて主人公は負けなしの最強キャラ。寝取られ要素もなしで安心して初心者もできる作品だった。
俺も女性恐怖症ではあるがホモというわけではない、むしろ人一倍女性の体には興味があったほうである。悲しいことに自分の体質が現実の女性を受け付けないため、その分エロゲにのめり込んだ。当然このゲームもやったことある。何回もお世話になったため、ある程度ストーリーは覚えているほどだ。
「(……だからこの状態は信じたくなかったんだけどなぁ)」
「どうしたの~? そんなに見つめられると照れちゃうよ……」
先ほども述べたように俺は女性恐怖症だ、それも拒絶反応がでるくらいの。女性が半径一メートル以内に近づくと、心臓が締め付けられ上手く喋られなくなる。加えて俺の体を異性に触られようものなら穴という穴から汗が吹き出し、脱水症状になるんじゃね、と思うほどである。これは死ぬ気で耐えたらなんとかなるが正直ごめんである。
目の前で顔を赤くしている女の子はルナというこの世界のヒロインの一人。正直言って関わるつもりなんてなかった。
お前そんなこと言って一緒にいるじゃん、どうせ童貞拗らせた嘘だろ。とか思われるかもしれないがマジなのだ。今なお距離をつめようとしてくるルナから速足で遠ざかりながら、俺は神を怨む。初めて自分の顔を見たとき絶望した。この世界では珍しい黒髪に日本人離れした顔。これだけならまだ他人の空似だと思えたが、名前まで同じだとどうしようもできなかった。
そう、俺は憑依してしまったのだ。この世界の主人公、ルウシェに。
さて、ここで先ほどの言葉を思い返してほしい。ここはエロゲの世界で、主人公最強で、シナリオをある程度覚えているためハーレムを作ることも普通の人よりしやすい。
普通の一般男性なら狂喜乱舞する展開。そりゃあこれだけ条件がそろっていれば心が躍るだろう。むしろこれで文句を言おうものならそれ以上何を望むのだと言われるに違いない。
なら誰か変わってくれ。一切考えることなく譲っていい。
正直に言おう、ここがエターナルアドベンチャーと気づくまで俺もテンションマックスだったのだ。魔法はあるし、ゲームでしか見たことのなかった魔物に感動を覚えた。それに、前の世界に未練なんてないしな。
だがハーレム物のエロゲとなると話は変わる、それも主人公に憑依となるとなおさらだ。
もう一度言おう、俺は女性恐怖症なのである。
そのため俺にとってこの世界は地獄へと変化する。
このエターナルアドベンチャーの世界、確かにストレスフリーであり、寝取られ要素もない。
この世界のヒロインたちの好感度を手っ取り早く上げさせるためなのか、基本的にヒロインたちはよくピンチになる。それを主人公が颯爽と助けるという展開がよくあるのだ。好感度を上げたいし、助けなければ凌辱シーンが流れてゲームオーバーとなるので助けないという選択を選ぶ意味はあまりない。興味本位でそのイベントシーンをみたことあるが本当に胸糞だったので二度とヒロインを見捨てる選択をするのはやめた。
……ここまで言うと察していただけただろうか。
俺が動かなければヒロインたちは間違いなくバッドエンドを迎える。これは申し訳ないがルナとのとある件で確信した。その時は何とか無事だった。その経験からこの世界はある程度シナリオに沿って動いていることが分かった。だから、俺が女性恐怖症だからヒロインなんてしったこっちゃねぇ!と見捨てるとする。一時の平穏は手に入れることはできるだろう。だがその平穏はヒロインたちの犠牲の上に成り立っていると考えた瞬間、俺は自己嫌悪と悲しみで完全と打ちひしがれるだろう。
だからこそ俺は誓ったのだ、ヒロインの好感度を上げることなく魔王を討伐することを。
ゲームではなかったエンディングだが、ここは現実だ。姿を隠し、胸糞イベントを全て排除して魔王を討伐すればヒロインたちと深く関わりあう必要はなくなるだろう。なぜなら原作はその時点で終わったからな、あとは好きにしていいだろう。
しかし、これはとても困難である。エターナルアドベンチャーの一応の最終目標は魔王討伐だ。だが実際これを成し遂げたものはごく一部のガチ勢のみだ。理由はいたって単純。魔王が強すぎるのだ、それはもう調整ミスを疑うくらいに。運営に問い合わせても魔王は最後の余興で作ったものとだけ返された。
確かに魔王を倒さずともヒロインとのイチャイチャは見れるしエンディングも見れる。というかなぜかハーレムを築けば魔王は死ぬ。
いやほんとになんでと思うが、エロゲだし魔王をヒロインとくっつく前に倒すなど縛りプレイヤーしかしていなかったため、あまり重要視されていなかった。かくいう俺もだ。魔王はよくわからん化け物だし主人公一人で倒しても特にイベントは何もないと運営から知らされていたので、じゃあどうでもいいやと
だがよりによって女性恐怖症の俺が?
ハーレムを築いて魔王が謎の死を迎えることを待つ?
そんなこと不可能だ。そんなことしたら間違いなく俺が他人から見て謎の死を迎える。異世界から運営に問い合わせれないだろうか、魔王弱体化してくださいと。まあそんなことできるわけない。なので俺は毎ターン三回攻撃(強化解除+デバフ+即死級の攻撃)の魔王を倒すため日々死ぬ気でトレーニングしている。そのため村の人たちからは少し疎まれている。それも都合がいい、魔王さえ倒せれば俺は一人山奥でスローライフを送る夢があるのだ。人間関係で悩むなど前世だけで十分だ。
……そう、前世だけで十分なのだが。
ルナさんどうしてあなたは毎日俺についてくるのでしょうかやめてください死んでしまいます。
「待ってよルウシェ君~」
「この俺が振り切れない、だとぉ!?」
だけどその前に誰かこの女の子をどうにかしてください。毎日トレーニングしている俺が全力で走っても全く振り切れないんですけど。
アルファポリスにて先行投稿してます。
そちらのほうもよろしくお願いします。
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一話~修行したいだけなんです
ルウシェの朝は早い。
まだ真っ暗のうちから起きだし、修行のための身支度をする。
ここで音を出してしまうと望まぬ同居人が目を覚まし、修行についてきてしまうため慎重に動く必要がある。
そっと部屋を抜け出し、前日に用意していた水で顔を洗う。魔法でも水を用意することもできるがこの程度で魔法に頼ってしまうともし魔法がなくなった場合の時が怖いため、しないように決めた。
外に出ると、明け方の山中の空気は霧で潤み、むせかえる土と木の香りがした。自然はまさにいまの時間に深呼吸をしているんだなと感じる澄んだ空気。自分の吐いた息が霧に溶けて、植物たちの養分になっていくのが想像できる。
いつまでもこの空気を味わっていたいがそうもいかない。
まだ少し肌寒くて、家に戻りたい欲求が湧き上がってくるが頭を振って自分に喝を入れる。
自分には一日も無駄にしていい時間がない。誘惑に身を任せるのは魔王を討伐してからだ。
早足で修行場へと向かう。
修行場所へ到着すると、まず土の状態を確認する。
前回同様土の状態はとてもいい。これなら強く踏み込んでも滑って怪我をすることはないだろう。
なぜ、そんな心配をするのかって? ……聞かないでくれ。
土の状態を確認が終わると準備体操を始める。首、手足と順にほぐしていく。
それらすべてが終わると、用意してきた荷物から木刀を取り出す。
できれば真剣を使いたいのだが残念ながら手持ちがない。村の人に疎まれているのが裏目に出てしまった。
無駄なことを考えてしまった。剣を振るのに雑念などあってはならない。
神経を研ぎ澄ます。次第に周りの音は耳に届かなくなっていく。
この集中力を保ったまま、ゆっくりと剣を振っていく。
己の動きは所詮我流。だがこの主人公の体は流石というべきか素振りをしていくだけで動きが最適化されていく。その動きを無意識だけではなく、意識してできるために鳥が俺の頭に留まって休むほどゆっくりと。
そうして幾時間が過ぎたろう。俺の前には「時」というものさえなかった。
無意識に意識がついていくように何万と繰り返しただろうか。それでも理想はまだ遠く。
あと一セット、そう思う頃には朝日が俺を照らしていた。
まずい、これではまたルナがここにきてしまう。
そう思い素早く汗を拭い、帰宅の準備をするが時すでに遅し。
背後にはルナの気配、いやまだ間に合うか――。
「おはよう、ルウシェ君!」
「……あぁ、おはよう」
間に合いませんでした。ニコニコと朝日にも負けないくらいの笑みを浮かべたルナ。
とてもきれいな笑顔ですがそれ以上近づかないでください。
「もぉー、また逃げる。私だって傷つくんだよ~?」
「俺は恥ずかしがり屋だからな。半径一メートル以上に近づかれるのは耐えられないんだ」
「えっ……。それって私を女の子として意識してくれてるってこと?」
いやんいやんと顔を赤らめながら悶えるルナ。
そうだけどそうじゃない、というか好感度はあのイベント以来上がることはしてないはずだ。なのにその反応はおかしいだろ。
「そんなんじゃない、というか近づくなといった傍からから近づいてくるな。今汗もかいてるし臭うぞ」
「そんなの気にしないよ! ……むしろルウシェ君のニオイには興味があるなぁ」
「なに十歳で変なモンに目覚めてんだ……! じゃあ俺は帰るからな、さよならだ」
そう言って家へと歩き出すとルナも俺の後ろについてくる。
気のせいだと思い、少し歩くスピードを上げる。何故かルナの歩くスピードも上がった。
嘘だっ!と心で叫びながら全力ダッシュに切り替える。あれおかしい、後ろの気配が消えないぞぉ。
思わずルナに声をかける。
「ルナ! お前の家は俺の家と真逆だろ、なんで俺についてくるんだ」
「今日は一日中暇なの~。だから朝ごはんもルウシェ君とアイリちゃんと一緒に食べようと思って!」
「人生に暇というものなど存在しない! 早く家に帰って親御さんとの仲を深めてこい!」
「十分仲いいですよーだ。それよりルウシェ君たちとの仲を深めたいもん!」
「まだ足りない! だから俺らなんて気にせず家に帰れ!」
「やだっ! ルウシェ君たちと一緒にいたい!」
そんなやり取りをしつつ、どんどんスピードが上がっていく俺とルナ。
だが一向にルナを振り切れることは出来なかった。
◇◆◇◆
……結局振り切れず家までについてきてしまった。これ、とある時期から毎日なのだ。本当に自信なくすんだが。くすん。
「ルウシェ君早いね~。ついていくのに精一杯だったよぉ」
「……じゃなぜ汗一つかいてないんだ」
「なんでだろうね~、いつもはこんなに早く走れないんだけどルウシェ君についていきたいと思った時だけこうなるの」
意思ひとつで修行していない女の子が一般の成人男性の走る速度を容易に超えるものについてこれるわけないだろと思うがルナはギャグキャラ要素もある。
それだから仕方ないと自分に言い聞かせる。……言い聞かせる。
そしてまた距離をつめてきたルナから離れつつ、家の扉を開ける。
「ただいま」
「おかえり、兄さん」
俺と同じ色の黒髪に何を考えているかよくわからないエターナルアドベンチャーのクール担当が出迎えた。
何やら顔が険しい。今日も俺が黙って修行に出かけたことが気に入らないようだ。
「兄さん、修行に行くならボクにも声をかけてって言ったのに」
「あぁ、悪い悪い。それじゃあルナの対応を頼む」
「ちょっと……、兄さんそれ昨日も同じこと――」
その瞬間目を光らせたルナがアイリへと飛び掛かる。
「アイリちゃんー! 今日もかわいいねぇ~」
「ちょ、やめ……、兄さん! 昨日だけっていったのに!!」
ルナとワチャワチャしている少女。この子の名前はアイリ。義理の妹だ、エロゲらしいだろ?
当然この子もヒロインの一人であり、俺の女性恐怖症の対象でもある。同じ家で住むなんて俺にとっては拷問に等しいことだが仕方がない。
椅子に座り、抱きしめようしてくるルナをアイリが必死に離そうとしているところを眺めながら過去を振り返る。
主人公ルウシェに親はいない。三歳のころに捨てられたからだ。母と父の髪色は金色であり、本来生まれてくるはずのない黒髪の子が生まれてきたのだ。それは修羅場となった。
当然だ、金色の髪を持つ二人から黒色の子供が生まれてきたのだ。浮気を疑うのは必然だろう。しかしそんなことに覚えがない母と父はお互いを疑うが、答えなど出るはずがない、浮気などしていないのだから。喧嘩の果てに子供の押し付け合いとなった。
誰の子か分からないやつなんて俺だって育てたくない。まあその結果が二人からも人目につかないところで捨てられた。幸運だったのは既に一人で歩くことができる年齢だったことだろう。
現在は山小屋の廃墟を改良し、誰の目を気にすることなく生活できるので満喫している。
そして山小屋を改良した後、俺は微かに残っている記憶を頼りに山奥で倒れているアイリがいる場所に向かった。これはゲームで過去を振り返る回想のときに知ったものだ。何故かここでも選択が発生し、アイリを拾わない選択を選ぶと主人公ではなく中年男性に拾われる。
どうなるかはご想像にお任せするが当然バッドエンドとなる。
さすがにそれは心苦しいので死ぬ気で探し出し、俺の家で保護した。アイリにどうして私がここで捨てられていることを分かったのかと聞かれたが、どうにか必死に誤魔化した。それからある程度回復したら適当に村の誰かに預けてやろうとしたが、アイリが抵抗したため断念した。
確かに一回捨てられた身としては大人は信じることはできないだろう。それよりかは信用できないが同じ捨てられた経験のある俺の方が信用できる。理屈は理解できたため、俺は好感度を上げないようにふるまいながら今日まで生きてきた。その結果アイリはルナみたいに近距離に近づいてこないし過度に話しかけてこない。時に甘えてくるのが玉に瑕だがこの年頃だ、仕方ない。
しかしそれでも俺にはキツイ。が、断ろうとするもんなら
「ボクのこと、嫌いなの……?」
と、いつもの硬い表情を崩し、涙を目に浮かべながら泣き出す一歩手前までいったので俺は死ぬ気で冷や汗と震えを押しとめながらアイリの頭を撫でて誤魔化した。
……あれは三途の川が見えたね。今思い出すとまた寒気がしてきた。
そんなことを考えてると、急に声をかけられた。
「兄さん、ボーッとしてるけど話聞いてた?」
「っ!? あぁ、すまん。アイリが作ってくれた朝ごはんに目を奪われてた」
「……そんなこと言っても誤魔化されないからね」
そんなこと言いつつ鼻歌を歌いながら朝食を用意してくれる。
この光景、画面越しだけで十分だったなぁ……。
椅子に座って待ってるとルナが離していたはずの椅子をズリズリと引きずりながら俺の隣に寄せようとしていた。
何その拷問。そんなことしたらただでさえ女の子二人のきつい環境なのに、朝食を食べるどころか何もない胃からリバースしてしまう。
必死に目でアイリにルナ頼み込んだ。
分かってくれたのかアイリがルナを押し止める。何故か目が悲しそうに変化したがそれも一瞬だったので気のせいだろう。
「ルナさん、朝食中に行儀が悪いですよ。兄さんから離れて食べてください」
「なんで~? ……あ、わかった。アイリちゃん羨ましいんでしょっ、自分が素直に甘えられないから」
「そ、そんなことないっ! いいから早く兄さんから離れて!」
また騒がしくなるが結果ルナが離れてくれたため、アイリに感謝しつつまたルナが来る前に急いでご飯をかきこむ。
それを見てルナとアイリも言い合いをやめ、席へついた。
ルナが喋り、アイリが主に返答。時々俺も返事を返す。
これが今の俺の生活だ。
――できれば女の子がいない生活がいいなぁ、とそう思いつつ。
朝食を終えた俺は、ルナとアイリに気づかれないように静かに席を立つ。そして剣を手に取り外へと向かった。
……あれ、なんでアイリとルナがついてくるの? やめろぉ!!(切実)
◇◆◇◆
気づけば兄さんの姿がなかった。
今日も声をかけてくれなかったことに心が締め付けられるように苦しくなる。
だがそれより確認することがあった。
「ルナさん、兄さんの今日の修行の様子はどうでしたか」
「……今日もふらふらになるまでやってたよ。多分あの時のことをまだ気にしてるんだと思う」
ルナさんとボクの頭の中に同じ光景が浮かび上がる。
息が詰まるほど激しい雪と風。
たくさんの魔物の死体の上に立つ満身創痍の兄。
傷口から迸る血潮は、石垣の隙間を漏れる泉のように滾々として流れ始めていた。
その姿を怯えた目で見る村人たち。
兄さんに救ってもらったくせに、そんな目で見るなんて許せない……!
「アイリちゃん?」
ルナさんから声をかけられ、ふと正気に戻る。
「……どうしましたか、ルナさん」
「いや、怖い顔してたから……。あの時のこと、だよね」
「そうだよ。ボクは許せない……! あんな優しい兄さんを、村を救った英雄を、あんな扱いするなんて」
思わず兄以外に使う言葉遣いが崩れてしまう。だがそんなことを気にする余裕などなかった。
「ボクが兄さんに拾ってもらう前から鍛錬はしていたよ。けど、間違いなくあの日から兄の修行頻度は多くなって、その質も異常になっていったのをルナさんも見てたでしょ」
「うん、そうだね……。不甲斐ないけど私にできることはルウシェ君が修行をやりすぎないように見に行くだけ」
「今の兄さんに言葉は届きませんからね。……あの日、何か他にボクにできることがあったはずなのに」
兄は気にするなと言ったけれど、ボクの心には未だ傷跡を残している。
未来が途方もなく厚い重い灰色の壁のようにしか感じられなかった親に捨てられたあの日。
そんな時、ふと手がのばされた。大丈夫か、どこか痛むところはないかという言葉を添えて。
その言葉に感じられる無償の愛にすぐさま飛びつきたかったが、捨てられたばかりで信じることも怖かった。だから兄に質問した。
――どうしてここに?
今思えば最初にそんなこと聞くなんておかしいものだ、少し恥ずかしい。だが兄は悲しそうな顔ですぐに答えてくれた。
――ここにはよく子供が捨てられるからな、よく見に来るんだ
俺もその一人なんだと笑いながら。
どうして笑っていられるんだ、悲しくないのかと今度は聞いた。それもかなりキツめの口調で。ほんとによく見捨てられなかったものだ。
そんな疑わないと気が済まない私の頭を手袋をはめていた兄の手が撫でた。そのあまりにも優しい手つきに涙が零れそうになった。そして笑みを浮かべながら兄は言う。
――確かに悲しい。けどな、そのおかげで救える命があるんだ。
今まさに悲しんでいる君を救えた、と少し照れながら。
ボクはもう、泣くことを我慢できなかった。生まれてからこんなにいい人に会えたことがなかった。親からも、今はどこにあるかわからない村の人から罵りと暴力しか与えられなかったから。
涙と同時に、よそからの心を拒絶していた胸に、桃色の花弁が張りついたほどのささやかなぬくもりが湧いた。
それから兄との生活が始まった。楽しかった、昔のことなんて忘れるくらいに。ボクを近くの村の人の誰かに預けようとしたときは大泣きしてしまったがボクは悪くない。大泣きしたおかげで兄ともいれるし結果良しだ。
今も兄は村の人と仲良くしたほうが言いというけれど、あんな人たちどうでもいい。
あの雪の日。血に濡れた兄を思わず抱きしめたとき、兄は震えていたのだ。いつも朗らかに笑っていた顔は真っ青になっていて、目は潤んでいた。
優しい兄に深い傷をつけたんだ。兄を避けるくせにボクには言い寄ってくるやつらなんて知らない。
「ねぇルナさん」
「どうしたの~?」
「声をかけてくれなかった悪い兄さんの所まで行かない?」
「それいいねぇ~、ついでに抱き着いちゃおうか」
「それ採用です」
でも今はそんなことはどうでもいいか。何回言ってもボクに声をかけてくれない兄さんに
ボクとルナさんは計画した瞬間すぐさま兄さんのもとへと走っていた。
……ボクとルナさんの顔を見た瞬間兄さんの走る速度が上がった。絶対逃がさないからね!
これがボクたち三人のいつもの日常だ。
これから勘違い要素も積極的に入れたいと考えていますが難しい……
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二話~準備
「……やっと追いつきました。兄さん、なんで逃げるんですか」
「ほんとだよね~。朝もいっつも逃げるんだよ」
お前らが追いかけてくるからだろっ、とは言えない。
「俺は修行は一人でしたいんだよ。そのほうが集中できるしな」
「兄さんは集中したら一日中ここにいるじゃないですか。だったらちょっと集中が切れるほうがちょうどいいと思いますけど」
「……なんで一日中ここにいたらいけないんだ?」
思わず疑問が出た。別に俺が一日中いなくても誰も困らんしなぁ。しかも魔王倒すためには技術が必須。一秒たりとも時間を無駄にできんのにルナとアイリが居たら精神力だけしか鍛えられないのですが。
やべぇ、気を抜いたら汗がまた噴き出してきやがった。
そんなこと思っているとアイリとルナが固まった。何かおかしいこと言ったか俺。
だが気にすることはないだろうと思って雑念が混じるのは仕方ないが素振りを開始する。
しかし十回もしないうちにアイリが詰め寄ってきた。
「兄さん! 今日は村で買い物しましょう」
あまりに近距離だったので思わず声が固まる。
「……うーむ。(村で買うものかぁ。俺には売ってるもの全部劣化しているように見えるし、作った方が便利だから)行きたくないなぁ」
思わず口がまわらず省略してしまったが伝わっただろう。アイリから距離をとり、背を向ける。
はぁ、今日は厄日だ。二人はどっか行ってくれないし、走って危険だがダンジョンまで行くか?
そこはまだ位置バレしてないし丁度いい。けれどアイリは撒けるが、ルナがなぁ……。
普段はドジなくせに俺を追いかける時だけ異常な追跡力を発揮するルナをどうするかウンウン唸ってるとルナが俺に喋りかけていたようだ。
やべぇ、聞いてなかった。だが、舐めるなよ。前世から培ってきた適当に話を合わせる俺の力を……!
「だからね、村の人たちともちゃんと話せば……」
「心配しなくていい。俺は、大丈夫だから」
適当に濁してこれ以上話を続けるなという雰囲気がでるような笑顔を作る。これなら気遣いができる二人ならこれ以上踏み込んでこないだろう。別に踏み込まれても俺が女性恐怖症という答えしか出てこないが。
そして俺が言ってから予想通り無言の時が流れ、小鳥の囀りしか聞こえない空間が出来上がった。
誰もいないときなら大歓迎なんだがこの場に人がいる、それも女子となると気まずさがこの場を支配する。
……俺、何かミスったか?
もやもやするのを木刀を振ることで霧散させる。そして何回か素振りしているうちにすっきりしてきた。
やっぱり鍛錬は最高だぜ!
そんなことを考えていると何を思ったかルナが急に俺の手を握ろうとしてきた。思わず条件反射で後ろ向きバク転をかましながら回避してしまった。
やめろぉ俺の体! 好感度下がりすぎるだろ!(建前)
ナイスゥ!(本音)
とは思いつつも流石に大胆に避けすぎた。大丈夫か……?
チラッとアイリとルナを見るとむしろ俺を誘おうと躍起になっているように見えた。なんでやねん。
「兄さん……。お願いです、兄さんがいないとつまらないんです。最近頑張りすぎてますし、一日ぐらいいでしょう?」
むむむ……。ここまで執拗に誘われると少し冷静になってきた。
この世界はある程度シナリオに沿って動いていることは既に確認したこと。それはゲームでは表記されていないことでも適用されている。
ゲームでシナリオにはなかったが設定だけに書かれていたルナと主人公との出会い。
ルナが山で山菜摘みの最中にゴブリンに襲われるというもの。それをルウシェがボロボロになりながら助けるというものだ。
俺はこれイベントじゃないし、あらかじめ森にいるゴブリン狩ってたら会わなくて済むんじゃねと思ってゴブリンを殺しまくっていた。そのおかげでルナは山の中で襲われることはなかった。
問題はそれからだ。原作が主人公とヒロインの一人が会わずに、しかも無傷で全てを終わらしたことをこのままでいけないと思ったのかルナが村に到着した瞬間、異常は起きた。
これまでいくら探しても見つからなかったゴブリンが突如急発生し、村を襲い始めたのだ。これだけならまだしもその中にはゴブリンキング、ゴブリンメイジ、ゴブリンナイトもいた。
当然こんなところには湧かないモンスターだ。こんなんポンポン出てたらとっくにこの村は潰れている。
命大事にがモットーの俺は逃げ一択だったがその状況は間違いなく俺の責任だったので仕方なく血だらけになりながらゴブリンどもを殺し尽くした。
少し展開は変わったが俺がボロボロになりながらルナを守ったという流れは出来上がった。この出来事から俺は原作から離れすぎことをすると強制的に辻褄を合わせられることに気づいた。
今回もそうなのか……? ここまでアイリが俺を執拗に誘ってくるのは珍しい。さすがの俺も設定やキャラの過去は覚えていない。またイレギュラーが起きるのもキツイし今回は誘いに乗っておくか。
「……わかったよ」
「……えっ。ボクたちと一緒に来てくれるってことですか?」
「そこまで言われたらな。ちょっと着替えるから家に一旦帰るぞ」
「兄さん、ありがとう!」
そう言ってアイリとルナは満面の笑みで喜んでいた。ふっ、画面越しなら惚れてたぜ。
走って家まで戻る。運動着を脱ぎ、余所行きの服装……ではなく。
女性対策の服装に着替える。冷や汗、鳥肌を隠すために長袖長ズボン。
アイリ、ルナが急に手を握ってきたときに少しでも被害を和らげるための手袋。
よし、準備完了。逝く……おっと間違えた。行くとしますか。
外に出るとアイリとルナが待っていた。先に村に行っていたんじゃないのか。
「すまん、待たせた。先行っててもらっても良かったんだが」
「なに言ってるの~。私たちがルウシェ君置いて先に行くわけないよ」
「そうです。ボクはともかくルナさんは兄さんがいないとどうしても耐えられないって言ってましたし」
「んにゃっ! そんなこと言ってないですぅ~。むしろアイリちゃんのほうが……」
その瞬間アイリがルナの口を押えた。俺の目でもなんとか見えるくらいの速さだと言っておこう。
少し顔を赤らめたアイリがこほんと咳をし、村へ早く行こうと言った。あんなに俺以外の人を拒絶していたアイリが自分から進んで村へ行こうとするのは嬉しく思う。そのまま帰ってこないでください。
村への道中、俺たち三人で話しながら向かう。
「しかし、なんで急に村に行こうって言いだしたんだ? ……アイリ、ついに村に住みたいと――」
「そんなわけないです」
「アッソウデスカ」
残念。しかしそれだとなお目的が分からない。
そして俺への質問はアイリが答えた。
「えーっとね。……そう! 今日は行商人が来てくれる日なんだよぉ」
「あー……。確かに何か珍しいものがあるかもな」
「ですです。なので村の人たちと一緒に住みたいなんて言うわけないです」
そこは言い切らないでほしかった。こんな会話で村までの時間は過ぎていった。
◇◆◇◆
ひそひそと俺を指さして何かを話している。その方へ向けば、パタリと声は止む。
まるで犯罪者にでもなった気分だ。……気にはならないが面倒くさい。俺をいないように扱いながら、俺が何かをしないか一挙一動を見られている。随分と警戒されてるもんだ。
思わず笑ってしまうとルナが気を使ったのか村人のほうへと歩いて行った。まだ若いのに苦労する。ああいうのは気にしたほうが負けなのだ。
「兄さんは悪くないよ」
ルナがいないので言葉を崩したアイリが俺に話しかけてくる。
悪くない……? なんのことだろうか。だが会話するのも疲れる。気にしないでいいか。
「アイリ、何度も言うが俺は気にしていない。むしろおかしいのは俺の方だ。この態度は正しいぞ」
それでも無視は良くないので返事は返す。多分アイリが気にしているのは村人の態度。アイリは原作同様仲良くなった者には優しいが、それ以外には捨てられた過去のせいかかなり冷たい。
だから今の村人たちを批判しているのだろうが、俺だって本来中級冒険者パーティでやっと倒せるゴブリンキングを倒せる子供がいたらこんな態度をとるだろう。
だがアイリは気に食わないようだ。
「正しくなんてないっ! 兄さんがいなきゃこの村は潰れてたのに……」
「その潰れるはずの要因を取り除いた異常な子供だ。なおさら恐ろしいだろうよ」
もうこの話はおわりだと言い、行商人が来るであろう場所へ向かう。真剣ないかなぁ~。
こんな村では貨幣ではなく物々交換もできるため、子供の俺でも買えるだろう。魔物を狩れる俺は物々交換が出来るとなると、お金持ちの分類に入る。アイテムボックスを確認しながら歩いてるとアイリが俺の手を握った。
油断してたぁぁぁぁぁ!!
二人きりになると甘えてくるアイリ。俺が村の人に避けられているため、人目がなくなる。ルナもどこかへ行った。
だれかっ、誰かいないのか!!!
だがさすが俺の嫌われっぷりというべきか行商人が来るまで誰も来ることがなかった。
おのれ魔王め! 絶対お前を倒して女子のいない生活を送ってやるからなぁーー!(とばっちり)
ルウシェの心の叫びが悲しく響いた。
オリジナルの小説を書いていくのはやはり難しい……。
オリジナル作品を書き続けている作者様には尊敬しかないです。
今回も読んでいただきありがとうございました!
番外編などはアルファポリスで投稿していこうと考えているのでそちらもお目を通していただけると幸いです!
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三話~これからの方針と稽古
村の中心にある広場へと到着した。いつもは村人の憩いの場としてよく人が集まるのだが今日に限っては人がいない。
誰かが噂したのだろう。
……いま村の中に剣鬼がいる、そう耳にした。
なんともまぁカッコいい名前をつけてくれたものだ。
そんなことはさておき行商人だ。誰もいないというなら都合がいい。ちょうど馬車も見えた。あと数分で着くだろう。
「だから、な? アイリ、見られるぞ。早く腕から手を離しなさい」
「最近思うんだ。見られてもいいじゃない、見せつけてやろうって」
「やめてください」
そう言うとしぶしぶアイリは腕から手を離してくれた。なんで俺はこんなことされてるんだ……。
アイリやルナと仲が深まるのは学生編からのはず。何か俺は間違えたのか?いや、そんなはずない。この頃はサクッと流される時期である。特別何かをしなければ好感度なんて上がるはずないだろう。
たまたまだと自分に言い聞かせているうちに馬車が到着した。
軽やかに老齢の男性が降りてきた。
「おぉ、ルウシェ殿。久しぶりですな」
「久しぶりです、ミステリさん」
このダンディな男性はミステリ=スピアセルさん。名前からわかるが貴族の方だ。そしてゲームでも有名な人物だ。
主人公がいる村に絶対定期的にくる商人。どの店よりも良質な品を買うことができ、売る時も高く買い取ってくれるため、かなりありがたい人である。
魔王城近くの村でも現れるため、プレイヤーからは鍛えられた最強のホモと言われている。事実は不明である。しかし、主人公の採寸をしたがり、時折熱っぽい目で見てくるため意外と的を得てるかもしれない。
……いやまさかな。この人は妻もいるし、ただの救済キャラだろう。服の採寸だって俺の場合女性にされる方がきつい。
熱っぽい視線?……知らんな。
まぁ世話になってるし本当にいい人なのでホモでないことを祈るしかない。
「いつもありがとうごさいます、こんな田舎まで」
「なにをいいますか。貴方様との会談は非常に楽しいので、それだけで価値がありますよ」
「そう言っていただけるだけで嬉しいです」
「ところでこの防具はどうでしょう。少し大きめで貴方様に合うか分からないので少し裏で採寸でも――」
「あ、結構です」
そう言いながらミステリさんの品を見ていく。やはりどれも一級品ばかりだ。
ポーション、魔道具、防具、武器。どれも今の俺には必要なものだ。しかし手持ちが今回は用意できていないためせいぜい買えるのは一つ。
悩んでいると服の裾をクイクイと引かれる。なんだと思って振り向くとアイリが一本の剣を指差していた。
「ほう。そちらのお嬢さん……アイリさんでしたか。お目が高いですね。それは名も無き魔剣、選ばれしものが持つと恩恵をもたらすと言われています」
「へぇ……。何でアイリはこれを勧めてくれたんだ?」
「えっと、何故か目についたんです。兄さんはこれを装備するべきというか、何か頭によぎったような…」
さすがヒロインの一人というべきか。この剣はデメリット付きとはいえかなりの業物だ。この剣を持つことが出来れば当分他の剣は必要なくなる。
これならダンジョンも安心していけると思った俺は迷うことなく買うことを決めた。
「ミステリさん、これください」
「お買い上げありがとうございます」
良いものを見つけてくれたので震える手を押さえながらアイリの頭を撫でる。
最初はニヤケ顔を俺に見せないようにかひきつった顔だったが数秒後にはふにゃっと可愛らしい顔になった。
「えへへ」
さて、ご機嫌とりもできた。
魔剣を手に取り、俺はデメリットを克服するまでの修行内容とダンジョン攻略を脳内で考え巡らせていた。
俺が武器を手に入れるまで行くことを自重していたダンジョン、その名も魔のゴブリンの巣。
ここは難易度自体は難しくないがゴブリンの数が異常なのだ。なので一撃で仕留めるくらいの能力がなければ大量のゴブリンによってタコ殴りされて詰むことになる。
だが木刀という最弱武器でなければあんなダンジョンどうとでもなる。そしてソロクリアすれば特別報酬が出るはずなのでイイコト尽くしだ。
……あとはデメリットか。
「……兄さん」
少し神妙に考えているとアイリが顔を覗き込んできた。
「ルナさんは村人の方と話してて今日はこれ以上ついてこれないんだって」
「へぇそうなんだ」
顔が緩みそうになるのを何とか抑える。幸福感に全身が浮かび上がっているようだ。ルナがいなければ今日は自由にできるぞ――!
あとは適当にアイリを追い払うのみだ。
「なぁアイリ――」
「せっかく時間が空いたし、久々にボクの稽古つけてよ」
……人生上手くいかないのね。
だが時々にはいいかもしれない。ここはエロゲ世界ということもあり、出てくるモンスターに女形がいたりする。敗北シーンも用意されており、ゲームであれば安心して見れた。
だがこの世界では俺にとって死を示す。いざというときに動けなけなかったらまずい。
ダンジョンを攻略したらとあるイベントが発生する。そのためと思うか。
「そうだな。じゃあいつもの場所行こう」
こうして俺とアイリは修行場へと向かった。
◇◆◇◆
互いに木刀を持ち向かい合う。
敵は一人の女の子。だがそのあまりものプレッシャーに膝が崩れてしまいそうだ。云い知れぬ戦慄が、全身の皮膚を暴風のように這いまわり、駆けめぐるのを感じ初めた。歯の一枚一枚がカチカチと打ち合うのを必死に押しとどめている。
主人公ルウシェがここまで怯える相手――その名も。
「じゃあ兄さん,行くよ―」
彼の義理の妹、アイリである。久々に兄に稽古の成果を見てもらえるためか嬉しそうである。
しかし、主人公ルウシェは心の中で思う。
「(あーもうやだやだ。ほんとに近づかないでぇ――!)あぁ、来い」
その言葉を合図にアイリがこちらへと踏み込んでくる。その瞬間に脳裏に数秒後の未来が予想される。
アイリの狙いは顔面……ではなくそれはフェイント。避けたところで腕に打ち込み剣を持たせないようにすること。
それをすぐさま察知し、あえて近づき顔面へ木刀を直前まで引き付けた。
予想外の動きによってアイリが固まる。その隙を見逃さずしゃがみ込んで木刀を躱し、蹴りで木刀を弾き飛ばして首に木刀を添える。
勝負ありだ。
「……兄さん強すぎるよ。少し手加減してよ」
「まえに手を抜いた時一日中不機嫌だったじゃないか」
「あれはあからさますぎるからだよっ! こう、いい感じに長い時間打ち合ってよ」
無茶言うな。
ゴブリンキングと戦う時よりも心臓がドクドクとうるさくなっていた。全身が脂汗でべったりと濡れている。
俺が女性の一メートル以内に居れる時間は約三分ほど。どこかのヒーローと同じだ。
その三分を超えると心臓が暴れ始め、足の震えが誤魔化せなくなる。そのため短期決戦が求められる。
「それだとお前の手が俺の力に耐えられず手が痛むぞ、やめたほうがいい。アイリはアサシン向きだろう」
長時間打ち合いたくないという理由もあるがこれも事実だ。
アイリは本来スピードタイプ。敏捷が高く、会心の一撃を出してくれるキャラだ。正面切って戦うべきでないと何回も言っているのだが。
「それだと兄さんの隣に並べないもん……」
ついに目じりに涙が浮かんできた。
これなのだ、アイリは俺の横で戦いたがる。危険だし戦闘スタイルにもかみ合わないのでどうにかできないものか。
返す言葉が思いつかないので返事をする代わりに頭を撫でてやる。
どうもアイリは言葉にはしないが愛情表現を求める。しかも俺に。正直やりたくないが放置すればゲームで言うストレス値がマックスになりこれまたバッドエンドルートに行く。
マジふざけんな。
俺の内心とは裏腹に頭を撫でられた妹は少し顔を赤らめながらも嬉しそうな顔をした。
女性恐怖症の俺ではあるが、こんなにも俺に尽くそうとしてくれる女の子を見捨てるほど下種ではないしなりたくない。
まぁ、幼少期はこの子の親代わりでもしてやろう。どうせ魔王を倒さないと離れられんしな。
こんな風に、もう後戻りしない確かなぬくもりの風が感じられる春の昼。
俺は川から跳ねた水滴が顔にあたる場所で、妹のアイリと過ごしていた。
やばい…、話が進まない。
読んでくださりありがとうございました!
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四話~胸につっかえるもの
妹と鍛錬を行い、あまりの疲労に俺が一日休んだ日の翌朝。
いつも通り妹に黙って鍛錬から帰ってきた俺。
今日は珍しく鍛錬を早く切り上げれたためルナについてこられることもなかった。だがその珍しいことは続くようだ。アイリが実に健やかな寝息を立てていて、顔の表情には一点の曇りもない。
まだ朝も早い。無理に起こす必要もないと思い朝食の用意をする。
アイリがここに住み始めてから彼女が料理を担当というか作りたがったので俺は必然的にしなくなったができないというわけではない。
素早く器用に体を動かしながら、一度に四つくらいの料理のプロセスをこなす。煮ものの味見をし、野菜をまな板の上で素早く刻み、冷蔵庫から卵を出して盛りつけ、使い終わった鍋をさっと洗った。自作の納豆もある、今日は食べようか。
出来た料理を机の上へと用意していく野菜も卵も豆腐、それぞれに個性的な香りを放ち、そうしたもろもろの食べ物が朝の膳に渾然とした朝のムードをかもし出す。飲み物はコーヒーにしようか。
家じゅうに香ばしいコーヒーの香りが漂い、暖かい雰囲気をそこに作りあげた。
妹も起きないし、起こす必要もないだろう。別に一人で飯が食べたいというわけではない。妹が気持ちよさそうに寝ているのを起こすのが申し訳なさを感じるだけだ。
だから心の中で久々に一人でご飯を食べれてるぜふぅー!とか思ってないので悪しからず。
「……やっぱ、魔剣のデメリットきついなぁ」
コーヒーを飲み、炒めた野菜をかじりながら、いつのまにかそういうことを考えていた。テーブルと朝の光という組み合わせが、俺にこれからのことについてむやみに考えさせたのだと思う。
今日の鍛錬中にワンチャンゲームだけでデメリットは存在しないのではないかと考え、魔剣で牛とかを狩っていたのだがやはり効果を発動させた。
あの魔剣は切れないものなどないし、刃こぼれすることもない。だが敵を倒すときに敵が死ぬことなく、とある能力を発動させる。それはエターナルアドベンチャーのプレイユーザーが知るとこぞって欲しがった能力である。
……相手の感度、超上昇である。
性別不明、または男、オスには発動しない。女、メスには確定で発動する。
例で言うと多分メスであっただろう、今日切りつけた牛が今まで聞いたこともないような鳴き声を上げ、草が体に触れるたびにビクビクしてた。
ちょっと面白かったので頭を優しく撫でてみたら目がもうイッちゃってる感じになり、よだれがめっちゃ出た。
ミステリさんが言った、名もなき魔剣。しかしこの剣には名は用意されている。というかプレイヤーがつけた。もったいぶるものでもないのでさっさと名を明かすとする。
感度3000倍ソードだ。
……何、聞いたことあるだと?俺は知らないので問題ありません。
この能力だが切りつけた者が鍛錬を積めば任意で解除することが出来る。発動を制御することは出来ないけどなっ!そのため今朝の牛には申し訳ないが狩らせてもらった。普通感度がそこまで上昇したら生きていけないからな。
あれ、デメリットじゃなくね?と思ったそこの君。そんなわけない。男を切ったときは当然血が噴き出してくるが、女を切った場合は血の代わりに艶やかな声が噴き出す。
そんなの傍から見たらどう思うよ。
俺なら男には容赦なく殺しにいくが、女には殺すフリをしてセクハラしてる変態だと思う。
解除したくてもどういう原理で起きてるか分からないので未だ手探りだ。
ため息をつきながらもうご飯を完食というところで、隣の部屋がゴソゴソと動き出したと思えばすぐに扉が力強く開けられた。
そこには髪がボサボサで寝間着の恰好をしたアイリがいた。
「ごめんなさいっ! 寝過ごした……」
「なに、いつも作ってもらってたからな。アイリが疲れている時くらい俺に任せろ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……」
そう言って少し俺をジト目で見る。
な、なんだよ……。
「寝過ごしたボクが悪いのは間違いないんだけど……何でご飯が出来たときに起こしてくれなかったの?」
「ん……。まぁ、いいじゃないか。しっかり寝れたろ」
「今の時間はむしろちょっと遅いくらいだよ! 兄さんと一緒に食べたかったのに……」
「ハッハッハッ」
マジ勘弁である。正直いつも一緒にいるだけでこちらのメンタルがゴリゴリ削られていっているのに、なぜ自分からその状況を作り出さんといかんのだ。
アイリが食卓の席に座り、俺は立ち上がり皿洗いをする。
カチャカチャカチャと皿や食器の触れ合う音だけが空間を支配する。そんな時、アイリが口を開く。
「そういえば……あまり気にしてなかったけど、ルナさん今日いないんだね」
「今までがおかしかったんだよ」
「そうだけど、昨日も村に行ってからルナさん来ることなかったでしょ? いつもなら朝昼夜に最低一回ずつは来てたのに」
……来すぎだろ。だが少し気になることでもある。この状況は俺の望み通りだが、昨日の今日でルナがこの家に来ないということはほぼありえない。
なぜなら直接来るなと言っても来たことあるからな。(白目)
鍛錬の途中で来なかったとはいえ、通常通りなら今頃この家でくつろいでいるだろう。
皿洗いが終わり、手を拭きながらアイリを見ると何やらソワソワしている。まるで当たり前の光景が急に無くなり、怯えているように見えた。
はぁ~。
「少し、外に出てくる」
「……兄さん?」
「多分遅くなるが気にせず家にいてくれ。そのうちルナも来るだろうし」
「兄さんっ!」
アイリは花が咲くように次第に唇をほころばす。
くそっ、俺は何を言っているんだ。折角のこの状況、自分で壊すことなんてアホの極みだ。
まぁそれも今日だけだ、そうっ!今日だけっ。
俺は自分の部屋へと戻り魔剣を手に取る。
この家から村まで歩いて二十分ほど。焦ることはない、ゆっくりと行こうか。
ルナの無事でも確認したら家にでも呼び、アイリを安心させてやろう。
その間、俺はダンジョンにでも行けばいい。
そう思い、俺は鼻歌を歌いながら村へと向かっていった。
◇◆◇◆
村へもう入る、というところで何やら怒号のような女の声と、耳に響くような高い音が、村から聞こえた。 何だ?と思い気配を隠しながら進んで行く。それくらい物騒な気配が神経をざわざわと刺激した。音は数秒続いて止んだ。それからも断続的にこもった音がしたが、やがてそれも聞こえなくなった。
「……さて、何をやってるのやら」
人が集まっているのは村の中心の広場。家の陰からこっそりと除く。
人が多くて分かりづらいがどうやら騒動の中心にいるのはルナと……その母親らしき人物だ。今まさにビンタされたところだろう、ルナの頬が真っ赤に染まっていた。両方の頬が赤いことから先ほどの音はビンタの音だったのだろう。
……何やらドロッとした感情が湧いてきた。その感情が何なのかと理解する前に騒動は進んで行く。
ルナの母親の声が少し離れた俺にも正確に聞こえてきた。
「ルナッ、何回も言っているでしょう! いい加減あの化け物のところに行くのはやめなさいっ!」
「ルウシェ君は化け物なんかじゃないもんっ! お母さんこそ分かってよ!」
「あなたと同じような年の子供がゴブリンキング率いる群れを殺したのよ!? あれが化け物じゃなければなんて言うのよ!」
「村を救ってくれた友達だもん! なんでみんなは化け物だとか鬼とか言うの!? ルウシェ君が居なかったら私たち死んでたかもしれないんだよっ!?」
「このっ……! 言うことを聞きなさいっ」
また母親が手を振り上げ、ルナが目をぎゅっとつむる。
……あぁ、この光景はだめだ。
ぱたん、ぱたん、と頭の戸が次々に開く。不用意に記憶を辿っていくとまずいぞ、と気づいた時には、すでに、開くべきではない戸も開いている。出てくるのは、「助けて」と縋るような目で懇願してくる
『許してお母さん――』
その光景をもみ消すように、隠れていた家の壁を壊れない程度に全力でたたく。意識外からの大きな物音に視線が一気にこちらへ集中する。
村人たちの表情の変わりようは傑作だったとでも言っておこう。野次馬でルナたちの言い合いを見に来ていた者は、はやてに吹かれた木の葉のように、からだを斜めにして逃げ出す。
そしてその場に残ったのはルナとその母親。俺がゆっくりと近づいていくと母親が蒼ざめた顔に血管が膨れ上がり血の気の引いた唇を固く結ぶ。
だが流石というべきか先ほど喧嘩していたはずのルナの手を握り、少し抵抗の意思を見せたルナに構うことなく抱え込んで逃げていった。追いかければすぐに追いつけるだろう。
しかしそんなことする必要もない。ルナの安否は確認できた。手紙もルナだけが気づく場所へと残しておいた。なら、もうここに用はない。
だから、ルナ。いつまでもこっちを見るな。そんな申し訳なさそうな顔をする必要はない。むしろお前に見られているほうがつらいのだから。
そして誰も俺の視界に入らなくなった。先ほどまでのざわめきが氷の世界に閉ざされたように凍りついて静まり返った。
ただ、己の心臓の音だけがうるさく俺の耳に響いていた。
今回も読んでいただきありがとうございました!
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五話〜ダンジョン攻略
ですが感想を貰えると作者が喜ぶのでいただけると幸いです。
村から手早く出た俺はダンジョンへの道を進む。
人を隠すくらい深く生い茂る草木。気を抜けば今自分がどこにいるかさえも分からなくなりそうだ。
人、獣さえ通っていないだろうと獣道さえないことからわかる。
歩くたびに草が顔に擦れることに煩わしいことこの上ないが、俺の内心は全く別のことで気が重くなっていた。
仄暗い虚無感が、鏡の上の雲のように意識に影を落とす。
「……はぁ、やっぱり人と関わるとろくなことにならんな」
なぜ放っておかなかったのだと己の汚い部分が問いかける。
思考の滑車がぐるぐる回り、次から次へとさまざまな考えが現れる。現れては、消える。どうする、どうする、と自分の内なる誰かが囁いてくる。
別にあのままルナと彼女の母親の会話が終わるのを待っておくだけでよかったのだ。だというのに俺は思わず自分の存在を誇示し、あの場を終わらせた。
あの光景を終わらせたのはルナのためとかいう善からの気持ちから起こしたわけではない。むしろその逆。一刻も早く灰色に染まった感情を消し去りたかったからだ。
あの母親が自分の子供に何回も手を出すという光景に既視感を覚えてしまった。その瞬間思わず忘れようとしていたはずの光景が鮮明に脳内によぎり、膝から崩れ落ちそうになった。
あぁ、また思い出してしまった。
その瞬間、草むらの中に吐いた。木に左手をつき、右手の指を喉の奥へ突っ込むと、すぐに腹の筋肉が痙攣して生暖い液体が出てくる。胸や腹が波を打つたびに、喉と口に酸っぱい塊が溜まり、舌で押すと、歯茎を痺れさせてボトボト落ちていく。
早く、早くこの症状を止めなければ。そう思い草むらから抜けた俺は手ごろな魔物がいないか探す。
そして見つけたのは馬型の魔物。よく田畑を荒らし、農民に嫌われている魔物である。
ちょうどいい。馬型の魔物よ、俺のストレス発散に付き合ってくれ。
鞘から剣を抜き、一気に近づいて一振り。それで終わりだ。
その推定が外れることなく、魔物は俺に近づいていることに気が付くことなく無防備なままで斬られた。
そして肉を切り裂く感触が俺の手に伝わる――ことなく。
「うっひっひひぃぃぃぃん!!!」
超絶気持ち悪い鳴き声を上げた。そして足早に俺の前から走り去っていった。
……お前メスかよ。
なんだが気が抜けた。さっさとダンジョン内に入るとしよう。
◇◆◇◆
それは恐ろしいほどの完璧な暗闇だった。 何ひとつとして形のあるものを識別することができないのだ。自分自身の体さえ見えることない。そこにあるものは黒色の虚無だけだ。
――これが魔のゴブリンの巣か。
焦ることなく左手前へ突き出し、呪文を唱える。
「ライト」
その言葉を唱えた瞬間、一歩歩くことさえままならない洞窟内が今はどんな奇襲にさえ対応できるであろう明るさとなった。
さて、これでもしもの対策もできた。
暗闇の中からこちらに奇襲をかけようとしていた気配から戸惑いの感情が伝わってくる。
考える時間など与えてたまるか。さっさと攻略させてもらうとしよう。
そう思い、俺は力強く地面を蹴った。
◇◆◇◆
――侵入者だ。
とある暗闇のダンジョンの中。五匹のゴブリンが侵入者に気づいた。
このダンジョンにいるゴブリンたちは己が非力であることに気づいている。そのために闇に紛れ、集団で行動し獲物を捕らえる。この方法を用いればどんな格上の侵入者だって殺すことができる。そのことを理解したゴブリンたちの結束はより強固となった。
主のおかげなのかこの地は一度も踏み入られたことのない場所と思われている。なので油断した人間が軽い気持ちでこの場所に入ってくる。今回もそうだろう。
五匹のゴブリンは顔を見合わせ、入口へと物音を立てないように近づいていく。そして小さい穴へと入り込む。ここのゴブリンたちの基本の狩り方は待ち伏せからの奇襲であるからだ。
これからやってくるだろう獲物にいやらしく笑みを浮かべていると、違和感を感じた。
ゴブリンは暗闇でさえ昼間と同じように見える。しかしその感覚がどうにもおかしい。
あまりにも見えすぎるのだ。どういうことだと不信感を抱き、ゴブリンしか聞き取ることのできない鳴き声を上げる。
一、二、三……、あと一体から返事が返ってこない。急いで四匹で集まり、残りの一体がいるはずの持ち場へと走りだそうとしたその瞬間、仲間の悲鳴が聞こえた。
救援に駆け付けようとこん棒を握りしめ、ゴブリンたちは散会して悲鳴が聞こえた場所へと走っていく。常にお互いの位置を把握するために鳴き声を出しているが、また一体の鳴き声が消えた。
混乱するまま、急いで悲鳴を聞こえた場所に行き、辺りを確認するがそこには何もなかった。残った三体が何回も鳴き声を上げる。
その瞬間二体のゴブリンの頭は吹き飛んだ。
これまで遭遇したことのない事態に戸惑いながらもゆっくりと後ろを向くとーー。
「死ね」
鬼のような顔をした男が剣を振り上げていた。
それを最後にゴブリンは永遠に意識を失った。
この五体のゴブリンを仕留めたのは当然ルウシェである。初めてのダンジョン攻略ということもあり、慎重に慎重を重ね、一体ずつ仕留めていった。
気配を消し、一撃で。
だが今ので分かった。このゴブリンはやはりゲーム通り強くない。気をつけるのは暗闇でなくなった今では数だけだ。
一気に駆け抜けて、下の階層に降りていく。このダンジョンで出現するのは普通のゴブリンのみ。経験を積むことにもあまりならないだろう。
そう思い、俺は止まることなくボス部屋まで走っていった。
◇◆◇◆
「よし、着いたな」
目の前にはおどろおどろしい大きな扉。扉の前に立つと手がぶるぶる震える。これがボスのプレッシャーなのだろうか。ここにいるのはゴブリンソルジャーなはず、一度倒したはずの敵なので気負うことないのだがどうにも俺の第六感がここを開けるなと言っている。
主人公と俺自身の勘なので、出来るだけ逆らいたくないのだがここをクリアしなければ話にならない。十分な警戒をして扉を開けるとしよう。
ゆっくりと開けていくとぼんやりだが敵のシルエットが見えてくる。
ここには筋肉質の大柄な剣を持ったゴブリンがいるはずだが……あれ?
上から観察していくとしよう。まず頭。
――滝のようにまっすぐ伸びる金色の髪。
……顔はどうだ。
――甘やかされた愛らしい少女のような、引っ掛かりのない美しさ。
…………次は体。
――くびれる所とふくらむ所がはっきりした体つき。
………………足。
――すらっと伸びた美しい足が草や花に包まれている。
ふむふむなるほど?
どうやらゴブリンソルジャーは随分と小柄になったものだ。これなら倒すのも簡単かもなぁと思いつつ足の震えが止まらない。
あれぇおかしいな。まるで大人の女性を目にしているかのような体の反応じゃないか。一回扉を閉め、震えが止まらない自分の体に疑問を……疑問を持つ。
「やっぱり今日は疲れているみたいだな。まさかここにアルラウネなんているはずないしなぁ」
過去のトラウマからの精神的疲労が目にも影響を及ぼしたようだ。もう一度見てみるか。
扉を今度はより慎重に開ける。そしたら見えるのは筋肉質のゴブリンソルジャー……ではなく。
「あぁくそっ! どう見てもアルラウネじゃねぇか!!!」
扉が壊れるのではないかと思うほど強く扉を閉める。
もう終わったわ。このダンジョン攻略不可能だわ。女ってないだろう、女は。
俺は女性恐怖症とはいえ子供の女の子はまだ大丈夫なのだ。冷や汗は出るし、足は震え、触るのも一大決心してからだ。
だがそれでもまだ大丈夫なのだ。そのため今のルナやアイリには常に間近にクマがいるくらいの緊張ですんでいるが、大人の女性となると話は変わる。
もう見るだけでもきつい。触られようものなら失神するのは間違いない。大人の女性の近くに行かなくていいのならゴキブリだって食べて見せよう。
……どうしよ。
ボス部屋にいたのは間違いなくアルラウネ。しかも成人している。俺の天敵だ。こういうことがないために必死に悩を回転させ、ゴブリンの巣へと来たのに。
大人の女性となると近くに入れるのは約一分。アルラウネが守りに入るだけでワンチャン詰む。一回戻ろうにもこのゲーム、相手が女型のボスときに限りボス部屋一歩手前で
要するに、閉じ込められた。
太陽が消えてなくなったような寒さと闇とがルウシェの心におおいかぶさった。
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