凡人は気まぐれで山猫になる (seven4)
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1.過去は過去、今は今

初投稿です。
お手柔らかにお願いします。


まぁ、悪くはなかった。

雪がちらつく鈍色の夜空を見上げ、俺は独りごちる。

 

高校時代、陸上部でそれなりの成績を残した。

学校創立初の入賞だと顧問は喜んでいたが、正直実感がなかったのは覚えてる。

 

大学時代、人生初の彼女が出来た。

俺には勿体ないくらい器量が良い娘で、一生大事にすると誓った。…………浮気されて別れたが。

 

社会人、先輩と朝まで呑んで課長に怒られた。

仕事が出来ない俺を励ましてくれた先輩には、今でも感謝している。

 

決して順風満帆の人生では無かったが、人並み以上の幸せを享受して生きてきたと確信出来る。

 

 

 

 

だからこそ、こんな()()()()()()()()も甘んじて受け入れよう。

 

 

 

 

夜中にアイスを食べたい欲求を抑えきれず、コンビニに向かう道中、信号待ちをしていた次の瞬間には空を飛んでいた。轢かれたと理解したのは眼前に地面が迫ってきて、何かが折れる音がした時だった。

 

後頭部にアスファルト特有の鋭さを覚えながら、顔を右に傾ける。肩と同じ高さに伸ばされた右腕は肘の関節から血が溢れ出し、あらぬ方向に曲がっているのが見えた。

 

呼吸をするたびに胸が痛い。落下の衝撃で、肺に肋骨でも刺さったのだろう。咳き込むと口内に鉄の味が広がった。

死にかけとはいえ、口に何かが溜まるのは不快なので痰と同じ要領で吐き出すと、赤黒い粘着物が目の前のアスファルトを濡らした。

 

 

「…………呆気ないもんだな」

 

 

つい、そうぼやいてしまう。

夜中の背徳的なアイスが食べたかっただけだったのに、その代償が自分の命であると誰が想像するだろう。

 

突然、耳障りな雑音が周囲に響いた。

音の方向を見ると、一台の車が猛スピードで遠ざかっていく。

おいおい冗談だろ。人一人死にかけてんのにひき逃げするとか倫理観どうなってんだよ。いや、死にかけてるから逃げるのか。…………いやいや、助けろよ。

 

悪態の一つでも言おうと声を出そうとするが、出てきたのはザラついた呻き声だった。

 

この状況。

周辺住宅の灯りは既に消え、他に通行人は無し。自身の血液はとめどなく流れ出ている。死んだ経験は無いが恐らくは死ぬだろう。

やり残したことはあるだろうか。

 

…………今月の家賃、まだ払ってなかったな。

総務部の飯田ちゃんとの初デートは行けなさそうだな。久々の彼女だったのに、残念。

プレゼン資料も途中だ。先輩には悪いが頑張って貰おう。それと…………、なんだっけ。

くそ、頭が回らない。てか、意識が朦朧と、して、きた。

 

瞼が鉄のように重い。

体は石のように動かない。

全身の痛みが鈍くなっていく。

目の前の風景がホワイトアウトしていく。

 

そして意識がなくなる数瞬前、俺は呟く。

 

 

「次があるなら、好きな世界で生きたいなぁ」

 

 

そして、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その願い、叶えよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眩しいな。

ふと、目を開ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()が、俺を見つめ返す。全周囲モニターに映る俺の両手には黒い操縦桿が握られており、足下のフットペダルには両足が据えられていた。そして、座っている座席には半透明のコンソールが備え付けられていて、何かの機械の調整をしているようだ。

 

 

 

…………あれ、どこ、ここ。

コックピットみたいだ、けど…………。

 

 

 

…………え、ちょっと待って、俺死んだよね? 

車に跳ね飛ばされて錐揉み回転しながら地面に叩きつけられて死んだよね?

なんでこんなところで座っちゃってんの俺?

てか、狭。ここ狭。じゃなくて、ちょっと待って。

 

自分が置かれている状況を理解できない男は、眼前に広がる理解不能を必死に理解しようとする。が、哀しきかな。情報量過多で脳の処理が追いつかず、更に理解不能となり、いよいよ暴れて脱出しようと算段を巡らせたその時、コックピットの上部が大きな減圧音を立てて開いていく。

 

 

「AMS適性はB+か。まぁ、当然だろうな」

 

 

大きく開いた上部から凜とした声が降り注ぐ。

見上げれば、淡い桜色のショートカットがよく似合う美人が満足げに覗いている。

逆光で視認しづらいが、東洋系の顔立ちであることは確認できる。それも、とびっきりの美人だ。

 

無論、彼はコックピットを覗いている人物が誰であるか知る由はない。だが、彼はその声に聞き覚えがあった。

彼の中で「お嫁さんにしたい女性第2位」にランクインする女性の声だ。

 

しかし、あり得ない。彼女は……

 

 

「どうした。早く上がってこい」

 

 

存在しないはずなのだから。

 

 

「えっと、セレン・ヘイズさんデスヨネ?」

 

「? 当たり前だろ、何を言っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お父さんお母さん、何度も先立つ不幸をお許し下さい。

どうやら死後の世界はアーマードコアの世界みたいです。




いかがでしたでしょうか。
至らぬ点、多々あるとは思いますが優しい目で
見て頂ければ幸いです。

感想・評価よろしくお願い致します。


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2.みんな違って、みんないい。

1500字がこんなに苦労するとは思いませんでした。皆さん凄すぎるでしょ。



「……つまり、記憶が無い。そういう事でいいな?」

 

アルミ製の簡素なテーブルを挟み、対面しているセレンさんの確認に俺は頷く。

 

格納庫(ファクトリー)に併設されたリンクスおよびオペレーター用の待機室は正に豪華絢爛。……とはいかないものの、清潔感溢れる内装は嫌み無く好感が持てる。

 

そんな部屋で、かれこれ30分程こんな問答が繰り返されていた。

 

コックピット内に生まれ出でて約半日。

前世では二十数年間の経験があるが、転生したとなれば話は別だ。言ってしまえば、今の俺は生後半日の大きい赤ん坊と言う話になる。そして『赤ん坊に自分の置かれている状況を理解しろ』なんて要求は、無茶以外の何物でもないだろう。

 

 

「自分でもよく分からないんです。なんで此処にいるか、そもそもどうしてこうなったのか」

 

「ふむ、AMS接続による一種の記憶障害だろう。()()()を使っている時点である程度覚悟はしていたが、こんな事になるとは……」

 

 

セレンさんは申し訳なさそうに顔をしかめる。

 

数刻前、転生した事実に若干パニック気味だった俺は馬鹿正直に

 

 

「俺は転生して、前世では普通の会社員だった」

 

 

と、話した時のセレンさんの表情は生涯忘れないだろう。あんなに憐れみの篭もった視線は始めて感じたよ。

お陰でちょっとゾクゾクしたじゃないか。

 

新たな性的嗜好を開きそうになる本能的な衝動を抑え、俺はセレンさんが言った単語に質問を投げる。

 

「戦時品って?」

 

「ん? ……あぁ、お前が搭乗する予定のネクストだ。値段の割に状態が良好だから買い取ったが、とんだ貧乏くじだったみたいだな」

 

そう言いセレンは立ち上がると、壁に設置されたブラインドをあげる。

強化ガラスを隔てたその先にあるのは、いや、

()()()()異形の青い巨人だった。

 

 

「TYPE-HOGIRE(オーギル)。ローゼンタールの旧標準機だ。良く言えば万能、悪く言えば器用貧乏な機体だが新人のお前には丁度いいだろう。操縦を覚えるのに、これ以上の機体はない」

 

 

セレンさんの説明を他所(よそ)に、俺は食い入るようにHOGIRE(オーギル)と呼ばれた巨人を見つめる。間違いなくそこにオーギルが居る。ゲームの中でしか会えなかった巨人が、目の前に。

 

…………俺、本当に転生したんだな。なんか感慨深いよ。

 

そんな複雑な感情が顔に出ていたのか、セレンは呆れ顔で(たしな)める。

 

 

「自分の精神を弄られた機体に、そこまでの憧憬を抱けるのはある意味感心するよ」

 

「えっ…………あっ、いや、その……」

 

「まぁいい、なんにせよ適性検査は合格したんだ。とっとと着替えろ。カラードに登録しに行くぞ」

 

 

そう言うとセレンはブラインドを閉め、部屋の一角を指さす。向けられたそこは、カーテンが環状に設置されているだけの空間だった。

 

 

(………ユニ〇ロでも、もうちょいマシだぞ)

 

 

内心ぼやきつつも、移動しカーテンを閉める。

 

 

「あれ、セレンさん。着替えってどこですか?」

 

「待ってろ、いま渡す」

 

 

数秒後、カーテンから登場した着替えは転生前の世界で【スーツ】と呼ばれたものだった。

どこの世界も正装はスーツなんだな。そう思い、着替えを始めた。

 

転生後、今の今まで着ていた服は【リンクススーツ】と呼ばれる物らしく、厚手の全身タイツに要所要所防護剤による強化が施されたような格好の服だ。セレンさん曰く耐G性能は一級品で、現行版に比べ旧式ではあるが今でも愛用者が少なくないスーツだそうだ。

 

そんな戦闘スーツから正装のスーツに着替えようとした時、違和感を感じた。……大丈夫か、このスーツ。

一抹の不安を胸に、スーツに着替えカーテンを開ける。

 

 

「サイズは合っているようだな。中々似合っているぞ」

 

「似合ってますか、これ」

 

 

馬子(まご)にも衣装とは言うが、こんなスーツ前世でも着たことないぞ。

 

濃紺のブリティッシュダブルに白のボタンダウン、黄色のソリッドタイに水色のチーフ。現代風にアレンジはされているが、マフィアにでも誤解されかねないド派手なスーツであることに変わりは無い。

 

 

「セレンさんの趣味ですか、このスーツ」

 

「不服か?」

 

「イエ、イイシュミヲシテルトオモイマス」

 

「そうだろう。選ぶのに苦労したんだ」

 

 

次回があれば、その時は自分で服を買おう。

そう心に決め、俺はセレンさんの後についていった。

 




今は短いスパンで投稿していますが、物語が進むに連れ更新間隔は長くなっていくと思われます。

どんなに遅くなっても週1投稿はしていきたいと思っているので、気長にお付き合い頂ければと思います。

感想・評価よろしくお願い致します。


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3.過去の遺物、異物を迎える

UA100超えました。……早くない?
これも皆様のお陰です。失踪しないよう、適度に気を抜きつつ頑張って行きます。


セレンが運転する車に乗り込み、俺達はカラード本部に向かう。辺りは既に暗く、セレンさんはヘッドライトを点灯させる。

 

カラードは先の大戦後に設立された、いわゆるリンクス管理機構である。

()()は企業間による争いに過剰戦力(ネクスト)を極力持ち込ませないよう管理する為に。

()()は圧倒的過ぎる個の力(リンクス)を恐れた企業が、独断で動きかねない連中を管理する為に。

 

 

「―――正直な所、そのどちらも形骸化しているがな。今のカラードは実質的なリンクス登録所。大した権力も持っていない、人気の天下り先だ」

 

「そうなんですね……」

 

そんな現状を運転席に座るセレンさんから聞かされる。ちなみに、俺は助手席だ。

まぁ、そうだろうな。カラードがいい仕事したって話は原作中なんにもなかったし。

 

俺は相槌を打ちつつ、外の景色を眺める。

 

原作だと、この世界はアクチュエータ複雑系が実践兵器、いわゆるネクストに運用される世界だ。さぞ近未来的な風景が広がっているだろうと若干の期待をしていたのだが。

町ゆく人々はごく一般的なシャツやズボン等に身を包み、待ち合わせをしていたり、コーヒーを飲んでいたり、夕飯の買い物をしていたり。

前世とあまり変わらない街並みと風景がそこにはあった。

 

 

「……どうした?」

 

 

セレンさんの問いに、俺は思わず肩を竦める。

 

 

「なんていうか、あまり変わらないんだなぁと」

 

「それは前世と比べると、というやつか」

 

「えぇ、まぁ……あっ」

 

 

他愛ない会話だが、俺はまた前世と口にしてしまう。

今はAMS接続による記憶障害と思われており、まだ大事にはなっていないが今後の事を考えれば黙っていた方が得策だ。ナニカサレルなんて絶対嫌だし。

 

そして、会話が途切れる。

 

 

「…………精密検査の予約をしておこう」

 

 

セレンは小さく、溜息交じりに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラード本部は1k㎡、高さ50mの巨大な建造物だ。あらゆる攻撃に耐えられるよう設計されているらしく、実弾兵器はおろか、エネルギー兵器でも傷一つ付かない外壁が最大の特徴だ。

 

何でも建設に当たり、全企業の技術提供により完成したらしく、壊せるのは特大の隕石ぐらいだと開発責任者は豪語しているらしい。壁面は光沢のある黒一色に統一されており高級感と(おごそ)かさを両立している。

 

また、カラードの敷地内には常時200名前後の警備員が武装して駐在しており、不審者は即捕縛と言う徹底振りだ。

 

(もっと)も、その外見と厳重な警備のお陰で一部の人間には最強の刑務所(ブタ小屋)と呼ばれているが。

 

そんなカラード本部の地下駐車場にセレンは車を停め、外に出る。俺も一緒に外へ出るが、セレンが向かった先には長いスロープが横たわっている。

 

そのスロープの先にある正面玄関には重苦しい金属製自動ドアが設置されており、その片側に受付用の透明なパネルが設けられていた。セレンがパネルの前に立つと、電子的な案内音声が流れる。

 

 

「ようこそ、カラード本部へ。網膜認証および登録番号の確認を行います」

 

「セレン・ヘイズ、登録番号0401-STJ。リンクスの登録に来た」

 

 

セレンは告げると、パネルは認識作業を始める。

 

 

「…………照合完了。ご帰還を歓迎します、セレン・ヘイズ。登録はC-1ブロックにて行います」

 

 

そう言い終わると同時に重苦しい自動ドアは軽やかに開き、セレン達を迎え入れる。

 

迎え入れられた先にあったのは白と青を基調とした円形のエントランスだった。セレン達が来た通路を含め東西南北に一カ所ずつ通路があり、中央には誰かの胸像が鎮座していた。夜と言うこともあって、職員然とした人々の往来はまばらである。

 

 

「よし、こっちだ」

 

 

俺はセレンさんに言われるがまま付いていく。

複雑に入り組んだ廊下を進むと、セレンさんがある扉の前に止まる。妙に大きく、そして威圧感のある扉だ。

 

「ここはリンクス用のラウンジだ。登録手続きや定期会合はここで行う。…………さぁ、入ろうか新人(ルーキー)

 

セレンさんは悪戯っぽい微笑を俺に向け、扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、珍しい来客だな。デートには遅すぎるんじゃないか?」

 

「生憎、こんな男をたらし込むほど飢えてないさ。話していたリンクスの登録にきた。手続きを頼むぞ、レイ」

 

 

中に入ると、さながらオーセンティックバーのような内装になっており、正面のカウンター越しにラフな格好の男性が立っていた。どうやら、資料を整理しているようだ。

……というか、セレンさん俺のこと軽くディスってなかった? 

 

そのままカウンター前まで歩を進めると、レイと呼ばれた男は値踏みするような目で俺を見る。

 

レイ・フリードマンは体格の良い、白髪混じりの茶色い短髪が似合う欧米人のようだ。こめかみには古傷が見え、年は30後半だろうか。目尻の皺は深いが眼光は鋭く、数々の修羅場をくぐり抜けた歴戦の雰囲気が漂う。

 

「ほぉ、こいつが……。坊主、年はいくつだ?」

 

「えっと、今年で23です」

 

「おいおい、新人をスカウトしたとは聞いていたが、カレッジ卒業したての少年とは聞いてないぞ。本当に大丈夫か、セレン」

 

 

レイは呆れながらセレンに問いかけるが、当のセレンはどこ吹く風だ。

 

 

「安心しろ。AMS適性も身体検査も基準値以上だ。それに経歴は事前資料で把握済みだろう」

 

「ジョークの一つくらい付き合ってくれよ。――じゃ、登録を始めよう。基本情報は事前資料通りで問題ないな?」

 

レイはカウンターに置かれたキーボードを操作しながら確認を行う。

 

「あぁ、問題ない。AMS適性はB+。身体検査結果は異常なし。それと――」

 

セレンとレイは淡々と事務作業をこなして始めたが、ここまで俺は蚊帳の外。なにもしていない。

 

 

(暇だな……)

 

 

そう思い辺りを見渡す。オーセンティックバーらしく酒の種類も豊富そうだ。前世では聞いたことも無いような銘柄が多数置いてあるのが見えた。暇潰しには持って来いの場所だなと考えた刹那、耐え難い眠気に襲われた。前世でもこんな眠気は感じたことがない程に。

 

……いや、あるな。確かあれは――。

 

 

「セレンさん……すいません。何処かで仮眠をとってもいいですか」

 

「ん、ああ構わんぞ」

 

「寝るなら、そこのソファーで寝てくれ。ヨダレは垂らすなよ」

 

 

そう言ってレイが示した方向には白いソファーがあった。俺は少しおぼつかない足取りでソファーに辿り着き、静かに横になる。

どうやらソファーは高級品らしく、フワフワとした感触が俺の体をまるで母親のように受け止めてくれる。

 

 

(随分と久しぶりに寝た気がする)

 

 

そう思ったのを最後に、俺は意識を手放した。

 

 

 




いかがでしたでしょうか。
正直、「戦闘シーンいつじゃボケェ!!」との声が聞こえて来そうですが、もう少しだけ待って頂ければ幸いです。

…………次は説明回になりそうです(コソッ

感想・評価よろしくお願い致します。


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4.さながらリボルバーのように

今回は説明回です。

今日、おいしいラーメン屋を見つけて気分がいいので連続投稿しました。

アゴだしラーメンはいいぞ。


「……んん。…………ん?」

 

 

快適な熟睡を惜しみつつ目を覚ますと、そこは真白な空間だった。

上下前後左右全てが真っ白であり、どこまでも続いているかのような空間に俺は、居た。

 

気付けば身を委ねていたフカフカのソファーはなく、俺は立って寝ていたようである。

 

 

「寝落ち、白い場所、空間移動…………まさか」

 

「そのまさかだよ」

 

 

背後から声が聞こえ、俺は振り返る。視線の先には一人の人物が立っていた。歳は10代だろうか。純白の衣に身を包んでおり、腰元まで伸ばした金色の長髪はまるでシルクのような光沢を放っていた。顔は非常に中性的で男性とも女性ともつかないが、その美しさはもはや芸術作品の域だ。

 

 

「やっほー。転生後の世界はどうだい?」

 

「かみ、さまですか?」

 

 

俺は曖昧な、しかし確信を持ち質問する。

神様と呼ばれた人物は間髪入れずに問いただされたことに少し面食らいながらも、笑顔で答えた。

 

 

「質問を質問で返すのは良くないぞー、答えるけど。そう、僕が神様。君を転生させたご本人様でーす!」

 

 

どこからともなく「テッテレ~」と気の抜けたBGMが流れるが、俺は気にすることなく話を進める。

 

 

「どうして俺を転生させたんですか?」

 

 

俺は多少語気を強めながら神様に言い放つ。まずは自分が置かれた状況を理解しなければ。その思いで問うたつもりだったが神様の軽い調子が一転、寂しそう膝を抱えながらイジイジし始めた。

 

 

「ちょっとくらいリアクション取ってくれてもいいじゃん、折角の転生イベントなのに……」

 

「……すいません」

 

 

――なんか面倒くさい神様だな、喋らなきゃ超絶美形のイケメンなのに。やっぱり神様と言えども、天から二物を与えられないってことなのか?

 

 

「今、失礼な事考えなかった?」

 

「いいえ、微塵も」

 

 

しばしの沈黙。屈んでいた神様はおもむろにスクッと立ち上がると、俺の周りを歩き始める。

 

 

「ま、別に気にしてないんだけど。で、なんで転生したか。だったよね」

 

「ええ、そうです」

 

 

正直、これが一番知りたかった。本来の輪廻転生なら記憶をリセットされ、赤ん坊からスタートの筈だ。あくまで宗教的な解釈だけど。

だが、今回は違う。前世の記憶を持ち、あまつさえ他人の体を乗っ取っている状態だ。そんな状態にした真意とは。

 

 

「理由としてはね、()()()()を受けてもらおうと思ってるんだ」

 

 

神様は僕の周囲を歩き続けるが、僕はいまいち得心がつかない。僕は神様にオウム返しにように聞き返す。

 

 

「試練?」

 

「ほら、君の前世では人工知能、いわゆるAIが台頭してきたじゃない? あれってさ、僕ら神様達も予想外でね。あと200年は掛かると思ってたんだ。だから、君達人間がちゃんと制御出来るかテストしようとおもってね」

 

 

意外。そんな言葉が頭をよぎる。

だってそうだろう、要は全知全能の神様が予想し得ない速度で人間文明が成長しているって事だ。そんな話を聞き、半ば恐怖すら覚える。

僕ら人間はどこへ向かうのだろうか。向かうとしても、そこに抑止力(ブレーキ)はあるのだろうか。

 

 

「ハハハッ、そんなに深刻な顔をしなくても大丈夫だよ」

 

 

気がつけば神様は立ち止まり、僕の正面に立っていた。僕を見据える顔は相変わらず美しく、素晴らしい。

 

 

()()は君が考える程、悪い未来じゃないからね。少なくとも、今すぐ滅びるような事にはならない」

 

 

俺の考えを見透かしたように神様は答える。

 

 

「なんにせよ、君にはこの世界で生き抜いて貰う。そして、人間はAIを制御出来ると証明すればいい。それだけさ」

 

「…………理由は分かりました。ですが、肝心な事が抜けています。()()()()()()()()()

 

 

すると神様は困ったように首を傾げる。

 

「うーん……。これと言って理由は無いけど、強いて言えばアーマードコアを知っていたからかな」

 

「……そんな理由で?」

 

「そんな理由で」

 

 

いいのか、そんな緩くて。確かにAC4とACFAは今でもプレイしており、それなりに知識も技量ある。が、いいのか。そんなんで。

 

 

「なんか、緩いですね」

 

「そう? でも、案外こういう人選が上手くいったりするんだよ」

 

全知全能らしい楽天家ぶりに、俺は若干の頭痛を覚え始めた。やっぱり面倒くさいな、この神様

 

 

「あっそうそう。君には転生するに当たり、三つの贈り物を用意したよ」

 

 

そう言うと神様は右手を広げ、一本の指を立てる。何の事かと訝しむ俺に、神様は微笑みながらも説明を始める。

 

 

「まず一つが、操作テクニック。今までゲームでやっていた動きが出来るようになる。それ以外にも色々あるんだけど、ある程度の制約はあるから我慢してね」

 

 

二本目の指を立てる。

 

 

「二つ目が、身体機能の向上。まずネクスト戦以外では死なない身体だから、安心して無茶していいよ。そして、三つ目だけど…………」

 

 

そこまで言って、神様は言いづらそうに口篭もる。――というかサラッと物騒な事言わなかったか?ネクスト戦以外で死なないって、逆にネクスト戦だと死ぬって事だよね?僕は二つ目について詳しく聞きたい衝動を抑えながら、三つ目の贈り物の説明を促した。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「いやぁ、三つ目を贈り物としていいのかなって思って」

 

「?」

 

 

僕が訝しむように神様を見据える。いや、二つ目よりも言いづらい事って何よ。アレが一番言いづらいでしょ普通。そんな僕の視線に耐えかねたのか、神様は意を決したように三本目の指を立てる。

 

 

「三つ目は、強敵。いわゆるライバルってやつだね。彼等と切磋琢磨して、どんどん強くなっていってよ」

 

「…………はい?」

 

 

意味がわからない。あれか、水没王子とか先生とか穴とかと沢山戦えってことか? いやでも、元々アイツらはこの世界に居るしな。

困惑する俺に、神様は申し訳なさそうに補足する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「要はね?君以外にも転生しているんだよ、この世界に」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………いやいやいやいや!意味がわかりませんよ!こう言うのって基本一人じゃ無いんですか!?」

 

「僕もそのつもりだったんだけどね。他の神達が面白がって、同じ条件で転生させたらしいんだよ」

 

 

マジかよ。人類の命運掛かっているかも知れない出来事を暇つぶし感覚で遊ぶなよ、仮にも神様だろ。てか複数人いるのか神様って。

 

目の前の神様に悪態をつこうにも、目の前の神様自身は当事者ではないので、俺は必死に我慢し冷静になろうと深呼吸をする。ある程度呼吸が整った事を見計らい、神様は続ける。

 

 

「まあ、絶対に敵になるって訳じゃないから安心してよ。友好関係も築けるよう、僕もある程度手伝うからさ」

 

「…………それはありがたいですね。神様が直々にサポートしてくれるなんて、前世では想像もできませんでした」

 

「もちろん、表立った手伝いは出来ないからアテにし過ぎないでね」

 

 

そう言って、神様は微笑む。その笑顔を見ていると、不思議と力も湧いてきた。女神の加護って言うのはこんな感じなのかな。性別どっちかわからないけど。

 

――僕は確かに死んだ。だがこうして神の加護を得て、世界を変えうる存在になったんだ。ならば、この身が果てるまで戦い抜いてやろう。

 

俺の心境が見えたのか、神様は満足そうに頷く。

 

 

「うん、いい顔になった。……そろそろ時間みたいだ。名残惜しいけど、しばらくお別れだね」

 

 

気付けば、俺の身体に光が纏わり始めている。耳の奥にセレンさんの声が聞こえる。本当に時間のようだ。

 

 

「では、また今度。ありがとうございます、ええと……」

 

「神様のままでいいよ、その方が楽でしょ?」

 

「はい、神様。何から何までありがとうございます」

 

 

そう言うと、俺の意識はまた遠退き始める。

そして意識が無くなる5秒前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ言い忘れてたけど、転生した人は君含めて6人だからねー」

 

 

こいつ邪神だろ絶対

 




いかがでしたでしょうか。
誤字脱字があれば、ご報告頂ければ幸いです。

次回こそ、戦闘シーンを書きたい。

感想・評価よろしくお願い致します。


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5.女傑共、烈火の如く

免許の更新に行ってきました。

無事故無違反のゴールドにランクアップです。



「ほら、起きろ。用は済んだぞ」

 

 

セレンさんの声に応えるように、俺は目を覚ます。

 

 

「んー……おはようございます」

 

「初めての場所で熟睡出来るのは大したもんだな」

 

 

レイはカウンター越しに肘をつきながら、寝ぼけた俺を見て呆れ半分感心半分といった表情だ。

俺はソファーに座るように体勢を整えていると、セレンさんからカード状の何かを手渡される。

 

 

「お前のIDだ。原則再発行は出来ないから無くすなよ」

 

 

見ると、黄色地のカードにカラードのロゴが刻印されている。他は俺の名前とID番号のみと随分簡素なものだった。

 

 

 名前:キドウ イッシン

 登録番号:09RO-PYF

 

 

…………自分の名前を目にしたのは一週間振りだな。最後に見たのはクーポン付のハガキだったか。もちろん前世だけどね。

 

 

「顔写真とか無いんですね」

 

「無くした瞬間に賞金首になる覚悟があるなら付けるぞ」

 

 

その言葉に僕の身体は一瞬強張る。たしかに例外(ネクスト)を駆るリンクスだからこそ、ネクスト搭乗時よりも生身の時の襲撃が圧倒的に多い。まあ、当然ではあるが。その確率を自ら上げる行為に気付かなかった自分を恥じ、俺はセレンさんに頭を下げる。

 

 

「…………すいません」

 

「気にするな。これから覚えていけばいい」

 

 

セレンさんは俺の頭に手を置く。…………こんな事されたの、親父以来だな。

妙な感覚と気恥ずかしさを感じていると、レイの声が聞こえる。

 

 

「坊主、お前ニホンの生まれなのか?」

 

「そうですけど、なんでですか」

 

「ニホンにはカンジって文字があるだろ。カンジでの名前はどう書くのか気になってな」

 

「私も気になるな。どう書くんだ?」

 

「別に大したものじゃないですよ」

 

 

そう言って、レイから手渡されたメモ用紙とペンを使ってサラサラと自分の名前を書く。

 

 

 騎 堂   一 心

 

 

「ほお、立派な名前じゃないか」

 

「そうなのか? 俺にはカッコいいって位しかわからねぇよ」

 

 

当の俺を他所にセレンさんとレイは盛り上がっている。自分の名前で盛り上がるってなんか複雑だけどね。

そんな和気あいあいとした雰囲気の中、不意に部屋の扉が開いた。談笑していた二人は振り向き、目を細める。

 

 

「失礼します。先ほど、こちらにリンクスが登録されたようですね」

 

 

部屋に入ってきたのは男女二人組。女性は黒のタイトスーツと銀のハーフリムメガネに身を包んでおり、いかにもなキャリアウーマン。男性の方も黒のツーピースに黒のサングラスと、彼女の護衛である事は明確だった。

 

 

「これはこれはマーリー・エバン。出不精のあんたが直接来るなんて珍しいな」

 

「貴方に用はありません。用があるのは、そこのリンクスです。依頼を引き受けをお願い致します」

 

 

レイのあからさまな嫌味に顔色一つ変えず、マーリーと呼ばれた女性はツカツカと一直線に俺へ向かってくる。するとセレンさんがマーリーの前に立ち塞がり、不適な笑みを浮かべた。

 

 

「随分と耳聡いじゃないか。今しがた登録したばかりの新人への依頼は結構だが、オペレーターに話を通さないつもりか?」

 

「新人と言えども依頼の決定権はリンクス自身にあると考えます。それに、今回の依頼は機密性の高いものです」

 

「ほお、企業連直々の依頼か。尚更聞きたくなったな」

 

 

二人の視線が絡み合った瞬間、俺は猛烈な火花を幻視した。

こ、怖え──!!!めちゃくちゃ怖いよ!俺には無理だ、レイさん仲裁を…………なに逃げてんだあんた~!? サムズアップしてこっち見んな!! 

 

永遠とも感じられる5秒間、先に折れたのはマーリーだった。

 

 

「……分かりました。貴方は一端のオペレーターのようですね」

 

「理解して貰えて何よりだ」

 

 

そう言うとマーリーは俺たちを見据え、話す。

 

 

 

 

 

「依頼内容は、ラインアークへの武力行使を行って頂きたいのです」

 

 

 




戦闘シーンに行けませんでした(土下座)

そういえば、マーリー・エバンの声って結構好きなんですのよね。

………クーデレって最高じゃないですか(布教)


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6.愚者の王国に、凡庸は立つ

UA300越えました。一週間経らずで超えるとは……。
これからも精進致します。


「AMSシンクロ率87%、FCSオールグリーン、ジェネレータ稼働率95%、全駆動アクチュエータは正常に稼動中」

 

モニター光に照らされた薄暗い小部屋の中にセレンの声が反響する。それをBGMに、俺はモニターから伝達される情報に目を通していた。

 

 

「ラインアークへの武力行使。あくまで示威行為とするため、撃破対象は守備部隊の一部に留めること。なお、ランク9【ホワイトグリント】は作戦行動中のため、乱入の危険性なし、ね」

 

 

俺は一人呟く。ラインアーク自体は結構好きではあるが原作内での初陣という位置付け上、やるしか無い。

 

ラインアークを説明するにはクレイドル………いや、コジマ粒子から説明する必要があるだろう。

コジマ粒子は、簡単にいってしまえば万能エネルギーだ。そんなものが軍事転用されない訳がなく、今ではネクスト技術の根幹に深く食い込んでいる。バリアとして展開すれば実弾兵器など豆鉄砲の如く無効化し、高濃度に圧縮すればエネルギー兵器としても使える。

 

ここまでは非常に魅力的な粒子に見えるだろう。だが、それとは反対に致命的な欠陥も存在する。

環境汚染だ。先の大戦により汚染は加速度的に増加、地上で暮らせる地域は一握りとなってしまった。

 

そして、そんな地上から逃げ延びるために建設された救済装置がクレイドルという訳だ。収容人数は一基につき2000万人、クレイドルは100基が運用中であるため既に20億近い人類が空に居を移した計算になる。

 

だが、人類全てがクレイドルに移住できる訳ではない。いわゆる貧困層は地上に置き去りのままに、特権階級が優先的に移住している。

 

そんな現状を憂いたのがラインアークだ。そして企業支配の象徴たるクレイドル体制に反旗を翻した。「民主主義による政治にこそ正義はある」という崇高な理念に涙した者も多いだろう。しかし時は残酷だ。今やその理念も形骸化し、アウトローや亡命者などが流入。衆愚政治の手本のような形になってしまっている。

 

――だから好きなんだよなぁ。なんというか、人間臭いじゃん。移住したいかって言われたらしたくないけど。

 

 

「イッシン、まもなく作戦エリアに到着する。準備出来ているな」

 

「今すぐにでも行けます」

 

「ふっ、いい返事だ。だが油断するなよ? 何があるか分からんからな」

 

 

セレンさんは俺が載っているネクストを運ぶ輸送機内から連絡を取っている。俺を作戦エリアに投下後、速やかに離脱。超長距離無線によるオペレーティングで戦闘を支援する格好になる。

 

 

「よし、作戦エリアに到達。……折角の初陣だ。派手にやってこい」

 

「言われずとも! ストレイド、出ます!」

 

 

そうして、俺の初陣が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「企業のネクストだと!?」

 

「くそっ、こんな時に!」

 

 

高速道路上に展開しているMTおよびノーマルで編成された守備部隊は動揺していた。現状の戦力でネクストに勝てる道理はなく、守護神たるホワイトグリントもいない。遠巻きに死を宣告されたようなものだ。

 

 

「殺す気は無いけど、死んだらごめん!」

 

 

俺はTYPE-HOGIRE(ストレイド)を縦横無尽に踊らせ守備部隊より放たれる弾丸を全弾回避しながら、スライディングの要領で手近なMT小隊の懐に入る。そのままの勢いで、右腕に装備されたレーザーブレードは正常に発振、MT小隊の足々を両断した。支えを失ったMT小隊は力なく地面に沈み、大きな衝撃音を立てる。

 

 

「…………マジ?」

 

 

そんな光景に驚いたのは他でもないイッシンだった。原作中こんな動きはしたことが無い、というか出来ない。むしろ、身体が勝手に反応した節さえある。…………これが神様のいっていた贈り物か? 

 

思考を巡らせ、その場に硬直しているとコックピットモニターに黄緑のノイズが煌めく。どうやら【プライマルアーマー】が攻撃に反応したようで、ノイズが走った方向を見るとノーマル部隊がライフルを乱射しながら猛進してくる。仲間の救助に来たようだが、挙動に余裕が無い。随分慌てていると見える。

 

俺は向かってくる弾丸をいなしながら、ノーマル部隊と相対する。なおも猛進してくるノーマル部隊の攻撃を躱し、相対距離10mとなった瞬間、クイックブースト(QB)を噴かす。至近距離でのQBは瞬間移動と同義であり、ノーマル部隊がストレイドを見失った瞬間、俺が見たのはノーマル部隊の背中である。そして彼等は状況を理解する前に乗機の胴と足が離れた事を理解した。

 

そして、作戦開始から120秒。

 

 

「守備部隊の()()()を確認、ミッション完了だ。……初陣で全機峰打ちとは、やるじゃないか」

 

 

セレンさんの褒め言葉に俺は頭を掻く。

まあ?流石に?何千回やったか分からないようなミッションだから?最初はビビったけど何だかんだ上手くいったし、褒めてくれるならやぶさかでもないよ?

イッシンは舞い上がる感情を抑え切れず、思わず得意になって答える。

 

 

「いやぁ、それほ――」

 

「とはいえ、調子に乗るなよ? 今回は敵が弱過ぎたんだ」 

 

「……はい」

 

「これから回収に向かう。ポイントG5-aで落ち合おう」

 

 

こうして、俺の初陣は白星スタートを飾った。

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。
戦闘シーンは初めて書いたので、多少読みづらいかも。

感想・評価よろしくお願い致します。


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7.旧き猛者、新風に震える

いつの間にかUA500越え………。怖いよ。
それだけ闘争を求めているレイヴンやリンクスが多いと言うことですね(震え)

これからも気長にやっていくので、よろしくお願いします


イッシンの初陣後の深夜、格納庫(ファクトリー)の待機室にはセレンが居た。報告書は既に作成、提出しており待機室にいる必要は()()()()()()無い。ならば何故居るかと言えば、セレンはストレイドの戦闘記録を見返しており、コーヒーを片手にコンソールと対面していた。

 

 

「やるじゃないか、か。我ながら良く言えたな」

 

 

セレンは自分自身の言葉を反芻し、自嘲する。あいつ(イッシン)の初陣をオペレートして感じた違和感。レーダー上でしか感じなかったその違和感は戦闘終了後の会話で確信に変わり、驚嘆する。

 

()()()()()()()鹿()()()()

 

現代の戦闘において敵を殺さず無力化する事は何よりも難しい。ましてノーマル相手など自殺行為だ。確かにネクストとノーマルの差は歴然だが、いかにネクストと言えどノーマルを侮れば痛い目を見るのは最精鋭ノーマル部隊である〝サイレント・アバランチ〟が証明している。そんな馬鹿げた神業を初陣の、しかも若造が当然のように成し遂げた。

 

 

「全く、とんだ化け物(ルーキー)をスカウトしてしまったな」

 

 

セレンは座っている椅子に寄りかかり、深い一息を吐く。

戦闘記録はカラードを通じ、数日中には知れ渡るだろう。そうなれば企業の連中が黙っている訳が無い。

 

 

従えようとする者。

排除しようとする者。

利用しようとする者。

 

 

力ある者が強者であるという(ことわり)に変わりは無いが、力だけでは魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する世界で生き残る事は難しい。少なくとも傍で支え、導き、助言する人間が必要だ。そして、その役割を私以外に任せるつもりは更々ない。

 

不意に待機室の電話が鳴る。深夜の連絡など非常識極まりないが、セレンは待ちわびたように受話器を取り電話口の相手と言葉を交わし始める。

 

 

「私だ。……分かった、後は手筈通りに……」

 

 

未だ待機室の灯りは消えず、夜はその深みを増していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BFF(Bernard and Felix Foundation)社 イギリス本部

 

一流の調度品を数多く揃えながら絢爛さは無く、閉塞感を感じさせる(おごそ)かな執務室の中で、濃いグレーのスリーピースを着こなし、黒縁メガネを掛けた細身の老人が羽根ペンを走らせていた。

 

老人の名は王小龍(ワン・シャオロン)

名のある華僑の出身でありながら、華僑である事に(こだわ)る家に未来は無いと切り捨て、単身BFFへ入社するため渡英。

偶然にもAMS適性を持ち合わせていた事から、国家解体戦争時には最初期のリンクス【オリジナル】として参戦した。

後のリンクス戦争によりBFFは一時壊滅したものの、持ち前の権謀術数を用いてGA(Global Armments)社傘下となることでBFFを再興。その手腕を高く評価され、リンクスでありながら最高経営幹部に名を連ねる異質なリンクスだ。そんな王の執務室にノックが響く。

 

 

「入れ」

 

「久しいな小龍。面白いニュースとつまらないニュース、どちらから聞きたい?」

 

 

見ると両手に紙コップを持ち、臙脂(えんじ)色のMA-1を羽織った初老の男性が立っていた。ドアを開けたのは秘書のようで、気まずそうにこちらを見ている。

 

 

「申し訳ありません、執務中であるとお伝えしたのですが…………」

 

「構わん。言ってどうなる奴でもあるまい」

 

「話が早くて助かる」

 

 

初老の男性は微笑みながら、紙コップの片方を手渡してきたので受け取る。どうやらコーヒーのようで香ばしい薫りが鼻をくすぐった。王はメガネを外し、布で拭きつつ初老の男性をたしなめる。

 

 

「連絡も無しに来るなと言った筈だが」

 

「硬いこと言うな、同じグループのよしみだろうに」

 

「…………流石は〝GAの英雄〟だ、言うことが違う」

 

 

初老の男性の名はローディー。白髪の交じり始めたG.Iカットと臙脂色のMA-1がトレードマークのリンクスだ。小龍と違い体格は良いが年相応に腹が出て来ており、顔の皺も目立ち始めている。一見気さくな人物に見えるが、しかし彼の本質はそこでは無い。

 

当初、AMS適性の低さから〝粗製〟と揶揄されていた彼は周囲から蔑まれる存在だった。だが、リンクス戦争時に大半のリンクスを失ったGA社は態度を一変。生き残れと言いながら、常に最前線への出動を強制された。

 

誰もが「いつ死ぬか賭けよう」と陰口を叩いていたが、ローディーはその(ことごと)くを完遂。低いAMS適性を経験によって(おぎな)い、GA社最高戦力となった。

そのドラマチックな経歴から『生きる伝説』や『GAの英雄』と呼ばれているが、ローディー自身はやめて欲しいと思っているは、ここだけの話である。

そんなローディーはコーヒーを一口含むと、顔をしかめる。

 

 

「随分濃いな。これがイギリス式か?」

 

お前の国(アメリカ)のコーヒーが薄すぎるだけだ、他の国とそう変わらん」

 

 

……此奴(こやつ)の話に付き合うと、話が進まんな。

言葉で崩すには相手が悪いと悟ったか、王は本題に入る。

 

 

「で、面白いニュースとつまらないニュースがあると言ったな?まずつまらないニュースを聞こう」

 

「おっそうかい?実はな、検定作業中のランドクラブがインテリオルに鹵獲された」

 

「ふん、単機でロロ砂漠なんぞに行かせるからだ。自業自得だろう…………インテリオルからの要求は?」

 

「拘束した全搭乗員の身柄と、わが社の実弾防御技術の一部を取引したいらしい」

 

「…………世相を見れば、受けるのが妥当だな」

 

「だろうな。まぁ、どうするかは御上が決めるさ」

 

 

ローディーは会話の合間、またコーヒーを一口含むと顔をしかめ、王のウォルナット製のデスクに置く。余程、お気に召さなかったらしい。そんなコーヒーを王は平然と飲む。……良い焙煎だ、薫り高い。

 

 

「……面白いニュースは?」

 

 

コーヒーの渋さにしかめ面の形成を余儀なくされていたローディーだったが、王のその一言に『食い付いたか』と言わんばかりの笑みを見せる。

 

 

「カラードに新人が登録されてな。そいつが初陣早々『やらかして』くれたんだ」

 

「やらかし……? どういう意味だ」

 

「まあ、こいつを見ろよ」

 

 

ローディーは懐から手帳ほどのタブレットを出し、王にある映像を見せる。ある一機のネクストが次々と通常兵器を無力化している単調な映像であったが、その映像を見終わった時の王の目には明らかな鋭さが宿っていた。

 

 

「これは……中々だな」

 

「だろ。今後次第だが【アナトリアの傭兵】に匹敵するかも知れん。いや、もしくは」

 

「それ以上、か。…………何にせよ、監視対象は確定だな」

 

「ああ。監視はGA(うち)の連中を――」

 

「いや、BFF(わが社)で用意する」

 

 

不意な返答にローディーは面を食らった。今まで、王に言葉を被せられた経験は一度たりとも無い。

 

 

「どうした? 珍しいじゃないか」

 

「此奴のオペレーターはセレン・ヘイズだ。用心に超した事は無い」

 

「セレン……ああ、成る程」

 

一人納得するローディーを他所(よそ)に、王小龍は黙考を始める。そして王小龍は、(ふくろう)の如き眼光を携えた〝陰謀家〟の顔に変貌を遂げていた。

 

 

時は二月、未だ寒さの厳しい季節の事である。

 




いかがでしたでしょうか。

ローディーって、絶対気の良いオッサンだと思うんです。だってエンブレムにギター書いてるし(偏見)

評価・ご感想お待ちしています。


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8.【幕間】嵐の前のボイン

国家資格の勉強をしているのですが、なんであんなにムズいの?


『速報! 新人リンクス、光速(ワープ)スタート!?』

 

〝リンクスの質の低下が叫ばれる昨今。次代のエース格は当分出ないと踏んでいた当編集部に、衝撃のスクープが飛び込んだ!何と、登録間もないリンクスが【全機峰打ち】で初陣を飾ったというのだ!!リンクス名はキドウ・イッシン、ニホン生まれのニュージェネレーションだ!顔写真はカラードとの規約上誌面に載せる事は叶わないが次代のエース、いや歴代最強のリンクスが現れたという事実に変わりは無い。当編集部はこれからも彼を追い続ける。続報を期待されたし!〟

 

 

「……何これ」

 

 

俺は目の前に置かれた雑誌の意味が理解出来なかった。というかする気も無かった。なんぞこれ。

 

 

「〝週刊ACマニア〟だ。良かったな。一気に有名人の仲間入りだぞ」

 

 

…………。

 

 

「いや雑誌名じゃないですよ! こんな三流ゴシップになんで情報漏れてるんですか!?」

 

「三流ゴシップとは言い様だな。一応、カラード公認雑誌だぞ」

 

 

〝週刊ACマニア〟は一般市民用に販売されている娯楽雑誌で、一部の愛好家(へんたい)に人気がある。内容はリンクスと編集部の対談がメインであり、その他は各企業のプレスリリースが大半だ。

機密事項が漏れないようカラードは一応検閲を施しているため安全性に問題は無いものの、リンクスでさえ度肝を抜かれる特集も多々ある。

…………以前、ネクスト〝雷電〟のリンクス有澤隆文のセミヌードが特集されたときは緊急重版したらしい。ヤッパリホモジャナイカ。

 

そんな〝週刊ACマニア〟をセレンさんは手に取り、気にする様子も無くパラパラと(めく)り始める。

 

 

「何でそんなに冷静なんですか!俺の名前出ちゃって――」

 

「ほお、アルドラも遂に完全自社製品(フルフレーム)を発表か」

 

「あっ、それは気になります」

 

 

前世だと搭乗者(リンクス)よりも設計者(アーキテクト)でいる時間の方が長かったせいか食らいついてしまう。シカタナイネ。

セレンさんが開いている(ページ)を横から見ると、何とも奇怪な巨人の写真が映し出されていた。〝SOLDNER(ゼルドナー)-G8〟と銘打たれた巨人は胸部パーツは曲線的で前方に大きく突き出しているのだが、腕部と脚部は無骨そのもので工業製品然としている。

雑な表現だと〝四肢がロボットのボインちゃん〟って感じだ。前世では優れた汎用性に随分お世話になったものだが、いざデザイン性を評価するとなると真っ先に出てくるのは…………。

 

 

「変な形状(フォルム)ですね」

 

「アルドラが設計したんだ。意図があっての事だろう」

 

 

アルドラ(Albrecht Drais(アルブレヒト ドライス))社はインテリオル・ユニオン傘下のドイツ系企業だ。職人気質な社風のお陰か、精巧さが際立つ製品を数多く世に送り出している。特に、同社の〝HILBERT(ヒルベルト)-G7〟はその完成度から不世出の名機と呼び声高い。

 

 

「……さっきの質問だが」

 

 

ふとセレンが話す。声色は特に変わっていないが、その目は真剣そのものだ。

 

 

「レイにはお前の情報を漏らすなと伝えていた。その上で漏れた以上、第三者がリークしたと考えるのが妥当だ」

 

「第三者って?」

 

「企業にもカラードにも顔が利く誰かだ。まあ、見当はついてる」

 

 

あの古梟め、様子見の割には大きく出たな。

セレンは内心舌打ちする。センセーショナルな話題で対象への注目を集めることで、その動きを制限する定石通りの監視技術だが、初陣直後に動かれるのは想定外だった。

 

……それだけ警戒しているという事か、これは()()()を練り直す必要があるな。セレンは相手の老獪さを再認識し、気を引き締める。

 

 

「どちらにせよ動かない事には始まらん。丁度、依頼されたミッションもある」

 

 

そう言うと、ポケットにしまっていた情報端末を手に取りホログラムを空間に投影する。

 

 

 

 

依頼主:インテリオル・ユニオン

依頼内容:AF(アームズフォート)ギガベースの撃破




少しフザケてみました。
次回はバトル要素多めでお送りする予定です。

評価・感想よろしくお願いします。


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9.超速は北西洋に散る

久々に炒飯作ったけど、なんで炒飯の素より味覇で作った方が美味いんだろうか。


インテリオル・ユニオンの依頼仲介人を務めるマリー=セシール・キャンデロロと申します。

以降、良い関係が築けるようお願い致します。

早速ですが、ミッションの概要を説明します。

ミッションターゲットはAF(アームズフォート)〝ギガベース〟

BFF第8艦隊に護衛され、北西洋を南下中です。

第8艦隊は、大型艦艇を中心に構成された極めて大規模な部隊です。

これがターゲットそのものではない以上、まともに戦う意味はありません。

従って、今回のミッション・プランはV O B(ヴァンガード オーバード ブースト)を使用して一気に第8艦隊の内に入り込み、速やかにターゲットを破壊する流れとなります。

なお、ユニオンは補給艦艇の破壊にボーナスを設定しています、それ以外は特に破壊目標とはなりません。

ミッションの概要は以上です。

ユニオンは、あなたを高く評価しています。

よいお返事を期待していますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AFはネクストの個体依存性を排除しながら、それ以上の戦力を有する巨大兵器だ。AF搭乗員はリンクスと違いAMS適性を必要とせず、訓練による習熟で搭乗可能となる。AFの構造上、多人数化は避けられないが、ネクスト以上の戦力を戦場の最小単位である『兵』のみで運用出来る恩恵は計り知れない。

 

しかしながら、そんな兵器でも欠点は存在する。

 

建前上、企業は次代の主戦力としてAFを持ち上げているが、AFは巨体故にネクストの柔軟性および即応性は持ち合わせていない。刻一刻と状況が変わる戦場において柔軟性および即応性の欠如は致命的であり、結果として企業の主戦力はネクストである事に変わりなく現在に至っている。

 

そんな火力一辺倒のデカブツを叩く際の定石(セオリー)は古今東西決まっている。『懐に飛び込み、全火力をぶつける』ことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は~や~す~ぎ~だ~ろ~!?」

 

《口を閉じてろ、舌を嚙むぞ》

 

 

現在時刻12:00(ヒトフタ マルマル)

北西洋上、BFF第8艦隊より100キロ南東の海域。

一人の新人リンクスがVOBにより実現する圧倒的速度に、精一杯の悪態をついていた。

 

VOBはコジマエネルギーを主燃料とした移動手段だ。使用限界時にはバラバラに分解し、再使用不可という片道切符であるが、平均時速2000キロ、軽量ネクストであれば時速3000キロにもなる。

文字通り、過ぎた推力(オーバードブースト)であった。

 

 

《あまり緊張するな。普段通りやればいい》

 

「緊張する暇も無いですよ!」

 

 

セレンさんが笑っているのだろうか、スピーカーからフッと微笑が漏れる。

 

今回のミッションに当たり、俺はストレイドの武装を対AF用に換装していた。

 

左手にはBFFの名銃【051ANNR】

右腕にはローゼンタール製近接武装(レーザーブレード)【EB-R500】

背部右側はオーメル製散布ミサイル【MP-O200I】

左側にはBFF製レーダー【050ANR】

 

全て中古の払い下げ品だが、性能に問題は無い。コンセプトとしては対AFを主眼に置きつつ、想定外に備え汎用性も確保しており『石橋を叩いて渡る』ような内容となっている。

 

 

《ギガベースは長距離砲を搭載している。当たるなよ》

 

 

セレンが忠告した瞬間、前方より眩い光が突如現れ、こちらに迫ってくる。

 

 

「!!」

 

 

俺は咄嗟にQB(クイックブースト)を噴かし、VOBの軌道を変える。1秒前に居た場所をネクスト大の光が通過した。

直撃すればタダでは済まないだろう。背中に冷や汗が流れる。しかし死の恐怖は無い。あるのは、絶対の自信と高揚感だ。

 

舐めるなよ。こちとら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そもそもの経験が違うんだよ!

 

イッシンは乗機ストレイドを巧みに操り、死を帯びた光を躱していく。VOBによる強烈なGが骨を軋ませるが、耐えられない程ではない。途中から、こちらの回避を予測した連射が放たれるがイッシンにとっては児戯に等しく軽々と躱す。

 

数十秒後、前方20キロ先に光を放つ異形の巨大兵器の輪郭が姿を現した。

 

 

「……見えた!」

 

 

〝ギガベース〟は『H』の上凹部を埋めるように巨大砲塔が搭載された形状をしている。形状はマヌケでも全高400m近いそれは、AFたる威圧感を存分に醸し出していた。

 

目標との会敵(エンゲージ)まで10キロ。ギガベース周辺に展開しているBFF第8艦隊が陣形を固めているのが確認出来た。

 

 

《VOB、間もなく使用限界だ。通常戦闘を準備し……何だ!?》

 

 

耳をつんざく轟音。

突如セレンの通信を遮るようにV()O()B()()()()()()音だった。ストレイドはコックピット内に警告音(アラート)が鳴り響かせ、燃料タンク付近で損傷が起こったことをイッシンに伝えている。

 

 

「っ! セレン、VOBはこちらで切るぞ!」

 

《待て! 状況の確認を……》

 

「待てない! VOB、パージする!」

 

 

イッシンはコンソールパネルを操作。数秒後、ストレイドはVOBより切り離され海上に着水する。周囲には第8艦隊の先駆けであろう駆逐艦群が居たが、()()()()()()()と言わんばかりに【051ANNR】を一発ずつ各駆逐艦の艦橋に発射、撃沈した。瞬間、光が見えQBを噴かす。

ギガベースからの長距離砲撃による光だったがイッシンは気に留めず難なく躱し、周囲を見渡す。

 

 

「どこだ? どこに居る……」

 

 

VOBが瓦解する直前、確かに見えた()()

見間違いじゃ無ければ確かにあれは……。

 

 

「ストリクス・クアドロ……!」

 

 

刹那、冷たい殺気がイッシンを襲った。反射的にQBを噴かし回避行動を取ると、元居た場所を亜音速の砲弾が駆け抜け、彼方に消える。

 

 

《ふん、目と勘は良いようだな》

 

 

コックピット内に老人のしゃがれた声が響いた。イッシンはストレイドをレーダーに表示された点へ向ける。

そこに居たのは、〝四本脚四つ目の巨人〟と〝二本脚単眼の巨人〟

 

 

「冗談キツいぜ……」

 

 

原作だとまだまだ先の筈だろ? ロリ爺さんよぉ。

 

 

《貴様の素養を見せて貰うぞ、小童(こわっぱ)

 

《お供します、大人(ターレン)

 

 

 

 

 

 

 

 

カラードNo.31〝ストレイド〟キドウ・イッシン

 

          VS

 

カラードNo.8〝ストリクス・クアドロ〟王小龍

          &

カラードNo.2〝アンビエント〟リリウム・ウォルコット




ギガベースよりもグレートウォール派です(唐突)

感想・評価・誤字脱字報告、良ければお願いします。


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10.化け猫VS化け梟

ABC予想が証明されたらしいですね。
応用して、スカイネット的なAIとか出来るかなぁ。


海上を踊るストレイドはQBを噴かしつつ【051ANNR】を放つ。空中を舞うアンビエントは正確無比の弾丸を予測していたかのように回避、お返しと言わんばかりにBFF最新レーザーライフル【067ANLR】を打ち下ろした。

 

ストレイドは回避行動を取りアンビエントとの距離を稼ぐが、左足を海面に付け、それを軸として急旋回。同時に背部武装【MP-O200I】を展開しアンビエントとは別の方向にミサイルを放つ。

 

向かう先は第8艦隊の攻撃艦艇であり、散弾銃(ショットガン)の如く飛来するミサイルを避けられる訳もなく。着弾後、艦長が悔恨の念を抱く間もなく大爆発を起こし轟沈。刹那、立ち上る黒煙を穿つように亜音速の砲弾が飛来した。ストレイドはQBを噴かして躱し、黒煙に向かい牽制の弾丸を放つ。

 

黒煙は弾丸を呑み込む寸前、(はじ)くようにQBを噴かすストリクス・クアドロを吐き出した。その背には超大型スナイパーキャノン【061ANSC】が展開している。

 

 

《いい的だぞ、小童(こわっぱ)

 

「その割には当たってねぇけどな!」

 

()()()()()()()()()()()()()、覚えておけ》

 

「負け惜しみも大概にしろよ、ロリ(ジジイ)!」

 

《イッシン、9時よりアンビエント。注意しろ》

 

「くそっ!そんなにロリ爺が大事かよ!」

 

大人(ターレン)への無礼は看過出来ません。撃墜させて頂きます》

 

「落とせるもんなら落としてみろ!」

 

 

ストリクス・クアドロおよびアンビエントとの交戦開始から既に5分が経過しているが、双方共に有効打を当てられていない。

 

原作にてイッシンは幾度となく目の前のタッグを負かしてきたが、今回は勝手が違う。

一つはAFギガベースから常に狙われていること。もう一つはBFF第8艦隊からのミサイル攻撃が止まないことだ。

 

四面楚歌と呼ぶに相応しい状況ではあるが、イッシンは勝ち筋を見出すためストレイドを踊らせながら第8艦隊を確実に減らしていく。

 

(まずは雑魚を片付けてからと思っていたが……()()()()が想像以上に鬱陶しい!)

 

〝嬢ちゃん〟ことリリウム・ウォルコットはBFF社の最新鋭ネクスト『063AN』をベースとしたアンビエントを駆るリンクスである。

名門ウォルコット家の出であり、AMS適性および戦闘センスにおいては、かつてのBFF最強リンクス〝女王〟『メアリー・シェリー』を凌ぐ才能を持つと言われる。

 

そんな彼女の立ち回り(スタイル)()()()()()()()()()。自らの技量により相手を疲弊させ、判断が鈍った瞬間を王小龍が狙い撃つ。シンプル故に崩しにくい連携を取る動きに、イッシンは手をこまねいていた。

 

(多少の被弾は覚悟の上だが、こうも定石(セオリー)通りだと……)

 

やりづらい。加えて、ギガベースと第8艦隊の弾幕を見切らねばならない現状況はジリ貧まっしぐら。今のところ直撃は無いが、敵の攻撃がプライマルアーマーを貫通して(かす)る頻度は増えてきた。行動パターンが徐々に読まれ始めた証左であり、この戦闘も長引かない事を暗示していた。

 

(さて、どうしたもんか……!)

 

イッシンが思案した刹那、左正面45度角から赤い光条が射す。イッシンはストレイドの上半身を捻り、すんでのところで躱すが胸部が焦げ付いた。

 

 

「ストーカーは迷惑防止条例違反だぞ!」

 

 

イッシンは光条元めがけてライフルを撃つが、そこにアンビエントが居るかは自信が無かった。無理もない。アンビエントの攻撃である事は明白だが、()()()()()()()()()()

 

アンビエントは肩部に【063ANEM】、俗に言うレーダーステルスを搭載しており、居場所の把握は目視のみとなる。そして戦場は水平線の見える海上。曇り空である事も祟って視認性は抜群に悪い。唯一の救いは、自前の(カン)ピューターがいつも以上に冴え渡っている事だった。

 

アンビエントをサポートするため必死に狙ってくるギガベースの砲撃を片手間で躱しつつ、イッシンは再度思案する。

 

あくまで目標(ターゲット)はギガベース。

撃破後に即時離脱が好ましい。

目の前の化け(ふくろう)共を相手する必要は無いが、牽制は必要。

第8艦隊はミサイル艦以外アウト・オブ・眼中。

……キッツいな、勝利の女神様にでも頼んでみるか?

刹那、セレンから通信が入る。

 

 

《イッシン、応答しろ》

 

「ちょっと待て、いま現状把握を……」

 

《形成逆転の一手、試す度胸はあるか》

 

 

 




いかがでしたでしょうか。
お楽しみ頂けたら嬉しいです。

PS,
タグに『不定期投稿』を追加しました。
理由は活動報告に載せていますので参照下さい。

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11.狐と梟の化かし合い

マイクラのアイアンゴーレムって可愛くない?


(やはり『才』は桁外れか……)

 

四脚の巨人〝ストリクス・クアドロ〟を駆る王小龍は目の前で踊るネクスト〝ストレイド〟を照準器(スコープ)に捉えながら、ある種の畏敬を抱いていた。

 

現状況はこちら側が圧倒的に有利。並のリンクスなら辞世の句を詠む様相を呈しているが、目の前のリンクスは違う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

現状況が維持出来ているのは第8艦隊が飽和気味のミサイル攻撃を持続している為である節が強い。仮に我々2機とギガベースのみで迎撃すれば、早々にギガベースは轟沈。追撃もままならぬままストレイドの離脱を許しているだろう。

 

それを知ってか知らずか第8艦隊のミサイル搭載艦艇のみを破壊している。ミサイル弾幕が交戦当初より薄くなっている事は明白だった。

 

 

(頭も切れる。これ程の才能、女狐(セレン・ヘイズ)にやるにはちと惜しい)

 

 

王小龍は心中嘯きながらストリクス・クアドロに【061ANSC】を構えさせる。

超大型スナイパーキャノンに分類されるそれは、重量および反動を犠牲に、威力・弾速・命中精度を限界まで引き上げ『撃てば必中』とまで謳われるBFFの集大成だ。

 

その必中の照準器(スコープ)にストレイドを捉える。ストレイドはこちらに気付いているが、出方を見るように機体を踊らせる。

 

 

(だが、まだ青いな)

 

 

回避行動がワンパターンだ。多少の経験と幼子程の頭があれば簡単に気付く筈だが、所詮はルーキーという事か。王小龍は冷笑を浮かべながら引き金に指をかけ、引く。

 

刹那、ストレイドは急制動。亜音速の砲弾はストレイドの真横を恨めしそうに過ぎ去った。そのさまに王小龍は感心しながらも、冷静に次弾を装填する。

 

 

(全く、勘も一級品とは恐れ入る。天は二物を与えずとは良く言ったものだ)

 

 

『撃てば必中』も躱されては只の外れ玉に過ぎない。BFF社における設計理念の欠点を体現した現状況に王小龍は自嘲していると、急制動をかけたストレイドが突如、空に向け上昇を始めた。

 

薄まったとはいえミサイルの弾幕は依然形成されており、上昇するという選択は愚の骨頂である。王小龍は僅かながらに眉をひそめるが、直後その意図を察した。ストレイドの背部では散布型ミサイル【MP-O200I】が起動している。

 

 

(早期に決着をつける気か。悪手では無いな)

 

 

だが最善手でもない。言うなれば『凡手』であり特別警戒するべき手ではない。断じた王小龍はリリウムに通信を行う。

 

 

「リリウム、仕掛けてくるぞ。気を抜くな」

 

《かしこまりました、大人(ターレン)

 

 

リリウムが応答したと同時に、ストレイドの背部【MP-O200I】が火を噴き、打ち下ろされた。――散布型ミサイルは面の制圧力に特化した兵装である。小型ミサイルを多数同時発射する様は圧巻であり、無数の蛇が降り注いでくる様にも見えた。

 

その無数を相手にアンビエントおよびストリクス・クアドロはQBを噴かしながら躱していく。散布型ミサイルは両ネクストを捉える事無く着水し、深く沈んでいった。ストレイドは構わず両ネクストに照準を合わせ次弾を装填、打ち込んでいく。

 

両ネクストが迎撃せずに回避に専念したのは今後の展開を見据えてのことだった。この物量差であれば、遅からず(ストレイド)の弾薬は底を付く。ならば下手に追撃するのではなく、相手の作戦(カード)が切れてから仕留めた方が労力は少ない。

 

シンプルかつ確実なプランを瞬時に練り上げた王小龍は、それを実行に移そうとする。そして、停止した。

 

 

 

違和感。

 

 

 

百戦錬磨の戦士でさえ見逃しかねない(かす)かな違和感。その違和感に『陰謀家』王小龍は気付き、自問する。何かが欠けている、本来あるべき筈の何かが。

 

 

僅か2秒の自己問答。

 

 

王小龍はある解を導きだした。

()()()()()()()()()()()()

そして嘆息を吐き出したかと思えば、再びストリクス・クアドロを駆り始める。

まずは奴を止めなければ……。そう独りごちり、ストリクス・クアドロに再び【061ANSC】を構えさせ、照準器(スコープ)を覗く。――必要なのは1発のみ。当てねば狙撃手の名が廃る。

 

当の「奴」ことストレイドは、当たらない事実に構わず愚直に【MP-O200I】をアンビエントへ打ち込んでいた。その度にミサイルは対象を掠める事すら無く海中へ呑み込まれていくにも関わらず。

 

 

「…………見えた」

 

 

王小龍は引き金を引く。打ち出された亜音速の砲弾は吸い込まれるようにストレイドの【MP-O200I】へ着弾し、破壊された。誘爆が起こらないのはミサイルを全て打ち切ったからであろう。ストレイドは着弾の衝撃により錐揉み回転しながらも、素早く体勢を整え海面に着水する。

 

ミサイルを躱していたアンビエントは、すかさず迎撃姿勢をとる。しかし、ストレイドがとった行動は敵前逃亡すら霞んで見えるほどの全速力撤退だった。

 

突然の事にアンビエントのリンクス、リリウム・ウォルコットは一時呆然とするが、その間にストレイドの背中はどんどん小さくなっていく。

 

 

大人(ターレン)如何(いかが)いた……」

 

 

リリウム・ウォルコットが放とうとした疑問は、()()()()()()()()()()ギガベースの断末魔によって掻き消された。

 

 

 

 




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12.優師と怖師

休日の外出自粛に伴って、腹筋ローラーを買ったんですけど置物になる可能性が大です。


 

 

現在時刻12:16(ヒトフタ ヒトロク)

 

北西洋上、BFF第8艦隊より100キロ南東の海域。

 

 

ネクスト〝ストレイド〟は通常ブーストを噴かしながら回収地点に向かっていた。元々【MP-O200I】が搭載されていた背部には焼け焦げた接続ジョイントしか残っておらず、時折小さな黒煙が痛々しく立ち上っていた。

 

だが、むしろ幸運と言える。そもそもスナイパーキャノン自体、当たり所によってはコア部を貫通する威力を有している。それが武装とはいえ、直撃しているのだ。本来であればメインブースターがイカれてもおかしくない筈だが、特に異常無く稼働しているのは幸運以外の何物でも無いだろう。

 

 

「いやぁ、一時はどうなるかと思った」

 

《私の言う通り、上手くいっただろう》

 

「そういうセレンも自信無かっただろ?じゃなきゃ〝試してみるか〟なんて言わないし」

 

《……可愛げの無い奴だ》

 

「それほどでも~」

 

 

イッシンは鼻歌交じりに上機嫌で応える。

最悪の想定外(イレギュラー)が発生した上で、ギガベース撃破を達成。【MP-O200I】を失う損害は出たものの、トップランカー2人を相手取って生き残った実績を考えれば十分なお釣りが来る。

 

 

「しっかし、良くあんな仕込み思いついたな。まさか───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《───()()()()()()()()()()()()()()と言う事ですか?》

 

 

戸惑いを隠せないリリウムからの通信に、王小龍は年甲斐も無く半ば不貞腐(ふてくさ)れたように応える。

 

 

「そのようだ。………全く、上手く化かされたな」

 

 

ミサイルの反応はレーダー上、海中に沈み爆発するまで表示される。そこを逆手に取られた格好だ。………全く、陰謀家が聞いて呆れる。

 

ギガベースは水陸両用のAFであり、その汎用性に一定の評価がある。そして、その水陸両用を実現するためキャタピラに相当する箇所には最新鋭の技術が詰め込まれているのだ。言い換えれば、迎撃武装や装甲に割くスペースは皆無に等しく、破壊されれば移動不可および浮上不可。まさしく『アキレス腱』と呼ぶに相応しい弱点である。

 

そして今回、そのアキレス腱を断たれたギガベースは轟音と共に海底へ沈み、生涯を終えようとしていた。

 

 

(……見誤ったか……)

 

 

王小龍は苦虫を噛み潰したように顔を(しか)める。

ミサイルを魚雷として運用すること自体は難しい事ではない。水密性と推進剤、あとは信管を調整すればどうとでもなる。

 

問題は、()()()()()()()()()

 

信管の調整は直前に出来るとしても、水密性と推進剤に関しては作戦行動前に調整するしかない。そして、今回の出撃は情報漏洩対策のためにギガベース出航の1時間前に無理やりねじ込んだ護衛任務だ。となれば自然と解は絞られる。

 

 

(万が一に備えていた……とは思いたくないな)

 

 

仮にそうだとしたら、少なくとも武装関係に深い造詣のある、それもGAグループ以外の設計者(アーキテクト)が一枚嚙んでいる筈だ。そして、優れた設計者であるほど企業専属である確率も高くなる。

 

 

(……先に唾をつけられたかも知れん。ぞっとしない話だ)

 

 

王小龍はしばし熟考に(ふけ)る。

であればどの企業か。オペレーターを勘定に入れればインテリオルの可能性が高い。だが【MP-O200I】の出所を考えればオーメルの線も捨て切れない。先の大戦において、オーメルの潜水艦技術は一歩抜きん出ていた。弾頭の改造なぞ造作も無いだろう。

 

大人(ターレン)

 

不意にリリウムから通信が入った。王小龍は熟考と並行し、簡素な受け答えを行う。

 

「どうした、リリウム」

 

《思案中、申し訳ございません。一点確認させて頂きたいのですが》

 

「……なんだ」

 

《……その、私は何をすれば良いのでしょうか》

 

 

リリウムの問いに王小龍は一瞬(ほう)け、思い出す。

BFFの新たな〝女王〟たるリリウムは、まだ齢16。花も恥じらう時分の少女だ。

同年代と比べ遥かに利発で(わきま)えてはいるものの、名家の育ち故か自らで答えを出す事は不得手だった。

 

『家』という花壇に縛られた百合(リリウム)

 

そこに王小龍は在りし日の自分を重ね合わせ、教育係を自ら買って出た。以降、リリウム・ウォルコットにとって王小龍は『師』となり、王小龍自身もこれを是としている。

 

 

「……うむ、まずは周辺を警戒しつつギガベース搭乗員の救助。その後、襲撃の詳細を本部に打電しておけ」

 

《了解致しました、大人(ターレン)

 

 

そう言うとリリウムのネクスト〝アンビエント〟はギガベースへ向かっていき、その様子を王小龍は見守る。

 

 

ambient(アンビエント)……『環境』か。いずれ、自分で答えを見出せるようにしなければな)

 

 

王小龍はリリウムへの教育方針を密かに考え、胸にしまう。そして再び、熟考の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───で、誰なんだ?。そのトンデモミサイルを仕込んだ人って」

 

《最近知り合った友人でな。突飛な思考の持ち主だが、悪い奴じゃない。いずれ会わせるさ》

 

 

既にイッシン駆る〝ストレイド〟は回収地点に到着しており、輸送機による回収作業──作業と言っても、ネクストの上半身に合金製多重層ワイヤーロープを掛け輸送機に吊すだけの旧式輸送ではあるが──を受けていた。その間、手持ち無沙汰となったイッシンは、暇潰しがてらセレンと他愛ない話をしていた。

周辺を軽く警戒しつつイッシンは話を続ける。

 

 

「にしても終始ジリ貧な展開だったな」

 

《なんだ、不服か?》

 

「もうちょい上手く出来ると思っただけだ」

 

《自惚れるな。上位ランカー2機を相手取って命があるだけ有難いと思え。それと──》

 

「あっ、そうそう。それなんだけどさ」

 

思い出したかのようにイッシンは話の腰を折る。

 

「ランクって、ランクマッチで決まるんだろ?」

 

《……そうだが、それがどうした》

 

「してみたいんだけど」

 

 

イッシンの緊張感の欠片も感じない問答にセレンは頭痛を覚えた。戦闘領域から離脱したとはいえ、仮にもまだ作戦行動中だ。並の奴なら極度の精神疲労でグッタリする筈だが、化物(イッシン)には当てはまらないのだろう。

 

 

《ハァ……分かった、手配しておく。で、だ。気付いているか?》

 

「え、何が」

 

《戦闘中も、今も、タメ口だな》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………ぁ、ぃゃ」

 

《別に構いはしない。その方が私もやりやすいからな》

 

「じ、じゃあ──」

 

《だがな。なんか気にくわないから後で覚えていろ》

 

「………はい」

 

 

 

 

 

カラード記録ファイル(整理番号:IU-101)

 

依頼主:インテリオル・ユニオン社

依頼内容:AFギガベースの撃破

結果:成功

報酬:400000c

備考:BFF社ネクスト〝ストリクス・クアドロ〟および〝アンビエント〟との交戦有り。なお、本依頼の受注リンクス〝キドウ・イッシン〟に交戦による身体的外傷および精神的外傷は確認出来ず。

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。
最近の個人的暇潰しトレンドは「国土地理院地図」で日本各地の標高を見る事です。
……そこ、くそ陰キャとか言わない。

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13.ヒーローとの邂逅

原作内の総合評価で、1ページ目に行けました。
一つの目標だったので、本当に嬉しいです。
これも皆様のお陰です。今後とも、気長に精進していきます。


カラード本部 地下1階 仮想模擬戦ルーム

 

ネクストのコックピット部のみが整然と並べられたこの場所は、その名の通りネクストの仮想模擬戦を行う為の場所だ。技術向上の為の自己研鑽、もしくはランクマッチに参加するために(ほとん)どのリンクスは此処(ここ)を訪れる。

 

 

「―――なんかおかしくない?」

 

「何がだ。ランクマッチをしたいと言ったのはお前だろう」

 

「いや、そうじゃなくてさ………」

 

 

セレンのにべもない返答に、イッシンは困惑の表情を隠しきれずにいた。

イッシンの視線の先にある巨大なコンソールにはカラードに登録しているリンクスのランクが表示おり、各リンクスのランクが表示されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

No.1 ステイシス/オッツダルヴァ

No.2 アンビエント/リリウム・ウォルコット

No.3 セレブリティ・アッシュ/ダン・モロ

No.4 フィードバック/ローディー

No.5 レイテル・パラッシュ/W(ウィンディ)F(ファンション)

No.6 ノブリス・オブリージュ/J(ジェラルド)J(ジェンドリン)

No.7 レ・ザネ・フォル/スティレット

No.8 ストリクス・クアドロ/王小龍(ワンシャオロン)

No.9 ホワイト・グリント/レイヴン

No.10 マイブリス/ロイ・ザーラント

No.11 トラセンド/ダリオ・エンピオ

No.12 ワンダフルボディ/ドン・カーネル

No.13 ルーラー/リザイア

No.14 雷電/有澤隆文

No.15 ブラインドボルド/ヤン

No.16 マロース/イルビス・オーンスタイン

No.17 メリーゲート/メイ・グリンフィールド

No.18 レッドラム/シャミア・ラヴィラヴィ

No.19 バッカニア/フランソワ・ネリス

No.20 ヴェーロノーク/エイ=プール

No.21 サベージビースト/カニス

No.22 スタルカ/ド・ス

No.23 ダブルエッジ/カミソリ・ジョニー

No.24 スカーレットフォックス/イェーイ

No.25 エメラルドラクーン/ウィス

No.26 ノーカウント/パッチ、ザ・グッドラック

No.27 カリオン/ミセス・テレジア

No.28 キルドーザー/チャンピオン・チャンプス

No.29 クラースナヤ/ハリ

No.30 フラジール/CUBE

No.31 ストレイド/キドウ・イッシン

 

 

 

 

 

 

…………この際、フラジールが実質最下位なのは置いておこう。ワンダフルボディも後回しだ。それより。

 

 

「ダン・モロがNo.3ってどういう事だよ」

 

「実質的な最強だからな。政治的背景を(かんが)みても当然だろう」

 

 

セレンの言う通り、カラードにおけるランクは単純な個々の強さによって決定する訳ではない。カラードの運営費は各企業陣営が支出しており、その額や影響力によってリンクスのランクが多かれ少なかれ変動する。故に、本来の実力よりも下位に甘んじているリンクスも存在するのが実情だ。

 

No.27のミセス・テレジアが良い例だろう。

 

彼女は王小龍と同じく最初期のリンクス【オリジナル】であり、その実力は間違いなく上位に食い込む。にも関わらず彼女が下位に居る理由は、彼女の専属企業(スポンサー)であるトーラス(TORUS)社がカラードに対して資金を出し渋っているのが主な理由だ。

 

まあ、トーラス社自体が俗世では生きていけない偏屈かつ変態的な技術者の集団であるため

『そんな些事(さじ)に掛ける金があるなら技術開発に全て突っ込んで倍プッシュだ!!』とでも言っているのだろう。救われん。

 

逆に、特定の企業に肩入れしないため、ある程度の自由が利くのがイッシンのような独立傭兵だ。その代わり、カラード内での待遇はお世辞にも良いとは言えず企業専属リンクスの後塵を拝している。

 

そんな扱いを受けている独立傭兵の中に在り、燦然と輝くランキング最上位に居るのがダン・モロだ。

()()()()()()()()()

 

 

「………嘘だろ?最強はホワイト・グリントじゃないのか」

 

「おいおい新米(ルーキー)(もっと)もな疑問だが、本人の前でそれを言うかい?」

 

 

背後からの声にイッシン達が振り向くと、一人の男性が立っていた。

 

歳は20代半ばだろうか。金髪を短く切り揃えた優しい顔立ちをしている。黒のタートルネックとタイトパンツに赤いジャケットを着こなし、自信家のように見えるが、その痩躯からは優男感が溢れ出ていた。

 

 

「……どちらさん?」

 

「久しいな、ダン。去年の会合以来か」

 

「セレンさんもお元気そうで何よりです」

 

 

そう言うと、セレンと〝ダン〟と呼ばれた男性は笑みを浮かべながら握手を交わす。その様子を見ていたイッシンは不思議そうに男性を見ていた。

 

……冗談だろ、コイツがダン・モロ?

視線に気付いたセレンは男性を紹介する。

 

 

「イッシン。この優男がNo.3のリンクス、ダン・モロだ」

 

「よろしく、イッシン君」

 

「え、ああ……」

 

 

ダン・モロから差し出された右手にイッシンは応え、握手を交わす。ダンの身長はイッシンよりも若干高く、多少見上げる格好となっているが、その間イッシンは無意識にダン・モロの顔を見つめていた。

 

 

「ん?僕の顔に何か付いてるかな」

 

「いや……イメージと違うなって思っただけだ」

 

「イメージ?」

 

 

握手を交わした後、ダンの目が一瞬細められる。

するとダンは閃きの表情と共に左手の人差し指を立てた。まるで、悪戯好きの子供のように。

 

 

「じゃあ、君がイメージしていた僕の人物像を当ててみよう」

 

「……はぁ。ダン、下らん遊びに私のリンクスを付き合わせるつもりか?」

 

「まあまあ。リンクス同士の交流は大事でしょ。すぐ終わるから許してよ、セレンさん」

 

 

溜息とジト目を駆使しながらセレンはダンに釘を刺すが、当のダンはそれを上手く受け流し、イッシンが抱いているであろうイメージを連想していく。

 

 

「そうだなぁ。()()()()()()()()()M()T()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ってところかな?」

 

 

イッシンは目を見開く。なにもイメージしていた人物像が当たっていたからではない。

確かに原作中でダン・モロは主人公に人生相談を持ちかける。だが、その出来事はまだ起こっていない筈なのだ。

しかし目の前のダン・モロは()()()()()

 

 

「あんたは………」

 

「僕は君と()()だよ。イッシン君」

 

 

ダンは悪戯好きの表情を崩さずに言い放つ。

だが、その言葉尻と眼光には真剣味が帯びていた。予想外、いや予想通りの答えにイッシンが固まっていると、セレンは痺れを切らしたように横槍を入れる。

 

 

「ダン、遊びは終わったか?」

 

「……あぁ、悪かったね。セレンさん」

 

 

ダンは先程と同様に悪戯っぽい笑みを絶やしていないが、眼光の鋭さは一瞬にして立ち消えた。恐らく、セレンはダンの眼光を感じ取りイッシンに助け船を出したのだろう。

 

 

「私達も暇ではないんだ。行くぞ、イッシン」

 

「………」

 

「イッシン?」

 

 

イッシンはセレンの呼びかけには応じず、ダンを見ていた。その目には先程までの戸惑いは微塵も感じられず、確信と期待が込められた熱い何かが宿っている。

 

 

「ダン。あんた、この後空いているか?」

 

「空いてるけど……何か用かい?」

 

「イッシン、お前まさか……!」

 

 

セレンが怒気を放ちながら俺を睨みつける。

 

だよなぁ。この状況でこの言葉、喧嘩ふっかけてるようなもんだ。しかも相手は独立傭兵とはいえ最上位ランカー。手の込んだ自殺に見えなくもない。

 

だけど、やらなきゃいけない。いつかはこうなると思ってたんだ。それが早まっただけだ。

 

イッシンはダンを見据え、言った。

 

 

 

 

「俺とランクマッチしてくれないか」

 

 

 

 

 




コロナで外出自粛が勧告される
      ↓
家に閉じ込めるため、ストレスが溜まる
      ↓
  身体が闘争を求める
      ↓
  鉄臭さが欲しくなる
      ↓
 アーマードコアを買う
      ↓
アーマードコアの収益が伸びる
      ↓
アーマードコアの新作が出る
                Q.E.D


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14.罵倒と代理と闘争と

昨日、立ちコロ連続20回を達成したのですが
筋肉痛により寝床から出るのに10分かかりました。


 

 

旧ピースシティエリア

 

先の大戦以前は風光明媚な『平和の都市(ピースシティ)』として栄華と繁栄を極めたこの場所も、度重なる破壊と環境汚染により人一人住むことの出来ない廃墟と化していた。

 

今では、後世に語り継がれる激戦の末に敗れ去った数多のネクストが眠る『静かなる廃墟(ピースシティ)』である。

 

その廃墟に、一機のネクストが()()()()()

 

生成されているネクストの名は〝ストレイド〟

ローゼンタール社の旧標準機『TYPE(タイプ)-HOGIRE(オーギル)』をベースとした中量級ネクストだ。と言っても、変更しているのは武装のみ。パーツ類は全て標準機そのままである。

 

TYPE(タイプ)-HOGIRE(オーギル)』の開発元であるROSENTHAL(ローゼンタール)社はドイツに本拠地を置く財閥系巨大資本グループである。あくまでグループ内の一部門がネクストを製造しているに過ぎないが、それを感じさせない優秀な機体を製造する事で知られる。

 

特に汎用性に関しては他社の追随を許さず、加えて同社特有のヒロイックな意匠と相まってリンクス・一般人を問わず不動の人気を誇っている。

 

セレン曰く「まずはコイツを乗りこなしてみろ。話はそれからだ」だそうだ。先述したようにオーギルは優秀な機体であるため、判らない話ではない。

 

余談であるが、近ごろ夜中にセレンの目撃情報が相次いでいる。

証言によると、格納庫(ファクトリー)付近の喫茶『桜歌(おうか)』にて何かの金額で埋め尽くされたノートを見つめ、時折呻き声を発しているらしい。

 

ストレイドの生成が完了すると、コックピット内にセレンの声が降り注ぐ。

 

 

「あんな大見得を切ったんだ。勝算はあるんだろうな」

 

「五分には持ち込めるさ、あとは時の運だな」

 

「お前という奴は……後で覚えてろ」

 

 

セレンの呆れと苛立が合わさった恨み節が、まるで呪詛(じゅそ)の如く響く。勝敗に関わらず、イッシンの行く末が決定したと同時にダンの声が響く。

 

 

「お取り込み中悪いけど、いいかい?」

 

「ん、いいぜ」

 

「それじゃ確認だ。君が勝ったら、僕の〝ランク3〟を譲り渡す。僕が勝ったら、君が()()()()()()()()()()。間違いないね?」

 

「ああ。……ついでに、吠え(づら)かく準備は出来てるか?」

 

「まさか。奢って貰うコーヒーを美味しく飲む予定さ」

 

 

――両者ともに滾る闘争心を隠すことなく会話しており、コックピットのスピーカー越しからも威圧感が放たれている。そんな一触即発の会話をインカム越しに聴きながら、備え付けのベンチに腰掛けているセレンは溜息をつく。

 

本来であれば多数の野次馬で溢れかえる試合(カード)だが、今回はリンクス同士による突発的な決定であるため観客はセレンと数名のカラード職員のみ。最高位ランカー交代の重要度と反比例して、なんとも寂しい光景であった。

 

 

――どっちが勝つと思う?

 

――順当に考えれば当然ダン・モロだろう。

 

――でも、相手はあのルーキーだろ?

 

――こりゃ番狂わせ(ジャイアント・キリング)が見れるかもな。

 

 

当代最強と称されるリンクスと、次代最強と目されるリンクス。その勝負の証人となれる事に、カラード職員達は密かな興奮を抱いている。だが、彼等とは裏腹にセレンは焦りを感じていた。

イッシンがダン相手にランクマッチを吹っかけるとは想定外中の想定外。ましてや、ダンも二つ返事で快諾するなど誰が想像出来るだろうか。

 

 

「まったく、人の気も知らないで……」

 

「同感だ。付添人も楽じゃねぇな」

 

 

見ると、白いシャツに茶色の革ジャンを気怠そうに着込んだ髭面の男がカップを両手に(たたず)んでいる。

 

 

「ジョージ・オニールか。GAの仲介屋が何の用だ」

 

「何の用とは言い(よう)だな。これでもダンのオペレーターなんだぜ?」

 

「冗談も休みやすみ言え。ダンのオペレーターはフロイド・シャノンだろう」

 

「ところがどっこい、フロイドの旦那は急な仕事に駆り出されてな。他に伝手(つて)が無いってんで、小遣い稼ぎも兼ねて暫くは俺が代理だ」

 

「……ダリオ・エンピオか」

 

「ご名答。(やっこ)さん、フロイドの旦那を過労死させるつもりだぜ。……隣、いいかい?」

 

 

そういうとジョージはセレンの隣に腰掛けながらカップを渡す。ジョージからの仄かな紫煙の匂いが鼻を突くが、セレンは特に気にする素振りも無くカップを受け取り、中のコーヒーを口に含む。

 

ジョージ・オニールはGA社渉外課にて各リンクスへのミッション仲介を生業とする、いわば回し者だ。しかし提供される情報の精度はピンキリ。

GA直轄とはいえ信用しきれない仲介屋だが、どうも反権力主義的な面があるらしく、キナ臭い情報の早さはピカイチだ。そんな一面もありながら未だに渉外課に席を置いている事から、彼の能力の高さが窺える。

 

まあ、彼以外に()()()()()()がいないからかも知れないが。

 

 

「それで、どっちが勝つと思う」

 

「俺か? 新進気鋭のルーキー〝キドウ・イッシン〟様に掛けるよ。若さと勢いは何にも代え難いからな」

 

「……本音は?」

 

「ダンに決まってるだろ。ダンが勝てばオペレーターとしての俺の評価は上がる、ダンもいい気になってる新米(ルーキー)と、その保護者に実力を見せつけられる。win-winだろう」

 

「ふん。情報精度がアレでは、いずれ切られるだろうからな。いい働き口を見つけたようで何よりだ」

 

「勘弁してくれ。定年までGAに勤め上げるって決めてるんだ」

 

 

セレンとジョージが他愛ない罵り合いをしていると、どこからともなく合成音声が流れる。

 

 

「これよりランクマッチを開始します。出場リンクスはAMSへの接続を行って下さい」

 

 

――コックピットで待機していたイッシンは、呼応するように頸椎に設けられているコネクタに接続端子を繋ぐ。瞬間、異常ともいえる眩暈(めまい)と吐き気に襲われるが数秒後には元の体調に戻った。

 

シミュレーター自体が搭乗者の適性に自動対応するシステムだ。セレンはいないが、シンクロ率は100%近いのだろう。機体に吹き付ける風の振動は自分の身体であるかのように感じる。実機では感じることの無い、巻き上がる砂のザラつきすらも鬱陶しく思える。

 

同時に両者の闘争本能は最高潮に達していた。自らを鼓舞する意味も込めて、自然と相手に対する言葉尻も汚くなる。

 

 

「さてと。行かせて貰うぜ、wimp-hero(腰抜け)

 

「……多少の(しつけ)は覚悟して貰うよ、newbie(くそガキ)

 

 

 

 

 

 

 

カラードNo.31〝ストレイド〟キドウ・イッシン

 

          VS

 

カラードNo.3〝セレブリティ・アッシュ〟ダン・モロ

 

 

 




如何でしたでしょうか。

ジョージ・オニールのキャラ付けが難しくて、90年代アメリカ映画なノリが多分になってしまいました。
ちなみに、映画「デモリションマン」は全男の子が履修すべき科目だと思っております(押し付け)

評価・感想・誤字脱字報告、よろしくお願いします。


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15.化け猫VSヒーロー・Ⅰ

ちょっと余裕が出来たので、早めに投稿。

そういえば、参考にしようと思ってUCの小説を読み返したんですが諦めました。プロってすげえ(小並)


イッシンはストレイドを前進させつつ、コンソールパネルにて各武装の確認を行う。

 

左手にはBFFの名銃【051ANNR】

右手にはインテリオル社製レーザーライフル【LR02-ALTAIR】

背部両側はオーメル製散布ミサイル【MP-O200I】

肩部にはインテリオル社製AS(AutoSighting)ミサイル【SM01-SCYLLA】

 

俗に『ダブルトリガー』と呼ばれるこのアセンブルは、現状イッシンが用意出来る最良の装備であった。原作通りのランクマッチであれば背部と肩部のミサイルは廃し機体の軽量化に努めるべきだろう。だが、今回は相手の行動予測が読めないために万が一の保険として搭載している。

 

ストレイドがマップ中央部、廃ビル群が無造作に倒壊している場所に近付くと、イッシンは機体上空に向け肩部のASミサイルの発射口を展開させた。

 

 

「先ずは挨拶から……!」

 

 

トリガーを引くと、ミサイルは白い尾を牽きながら発射され、空高く進んでいった。数瞬後、急激な方向転換をしたかと思えば一点をめがけて突き進んでいく。

ASミサイルは、その名の通り発射側でのロックを必要とせず、ミサイル本体が敵機を捕捉して命中させるシステムを採用している。その様子は、空高く飛翔し獲物を見つけるや否や、一直線に狩りにいく荒鷲にも似ていた。

 

イッシンはASミサイルが敵機を捕捉している事をレーダーの軌跡で確認しつつ、ストレイドをそのまま前進させる。ミサイルの着弾位置は、即ち相手の位置。戦闘において機先を制するのは相手の位置情報をいち早く入手出来た者だ。

 

ミサイルの反応が消える。刹那、爆発音と金属音が入り混じった鈍い不協和音が辺りに響いた。

 

 

(掛かった!)

 

 

2時の方向、距離1500。

ストレイドはQBを噴かし廃ビル群を駆け抜け、音速を超えるスピードでビルとビルの隙間を抜けていく。既にレーダー上ではセレブリティ・アッシュの信号は捉えており、相手もこちらを捕捉していると考えた方が良い。

 

セレブリティ・アッシュとの会敵まで距離300。

 

操縦桿を握るイッシンの両手に自然と力が入る。それに呼応するように、ストレイドの腕部からも僅かな駆動音が漏れ出た。

 

 

「それじゃ、行きますか!」

 

 

イッシンは足元のペダルを勢いよく踏み抜き、ストレイドに戦闘開始の合図を伝える。その合図に内包された荒々しい闘争心に応えたストレイドは横っ跳びの要領でQBを噴かし、両手に据えられた双銃を構えながら飛び出した。

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 

――イッシンの視界の先に居たのはセレブリティ・アッシュ、ではなく()()()()()()()()。その閃光がストレイドのメインカメラを覆い尽くした。

 

一瞬。

 

状況整理の為の、ほんの一瞬だけイッシンの思考にラグが生まれる。時間にして1.0秒にも満たないその一瞬は、相手に取って『待望の一瞬』だった。

 

鈍く甲高い金属音と爆発音と共に、ストレイドは大きく後方へ仰け反りバランスを崩す。脳が偏ったと錯覚するような激しい衝撃に対し、イッシンの身体は反作用的に大きく前へ揺さ振られるが、イッシンは操縦桿を離さず再びペダルを踏み抜いた。

 

即座にストレイドのメインブースターが点火し、衝撃を受けた方向へQBを発動。瞬間時速1000kmという急激な増速からもたらされるG(加速度)により、身体中の血液が背中に凝縮される不快感を感じながらもイッシンは止まらず、ストレイドに再び銃を構えさせた。

 

イッシンはQBの加速を殺さず、眼前に展開されている数十個もの閃光の中へ強引に飛び込み、トリガーを引く。

【051ANNR】と【LR02-ALTAIR】による掃射は対ネクスト戦において非常に有効な火力であり、被攻撃側が無傷でやり過ごせる事は皆無だ。惜しむらくは、イッシンが閃光の中へ無理に突入した為に射撃統制装置(Fire Control System(FCS))のロック機能が正常に作動せず、無捕捉(ノーロック)状態であったことであろう。

 

そんな事実に構うこと無く、イッシンはトリガーを引き続ける。あくまでこれは敵機後退を主眼とした射撃であり、当たれば御の字だと割り切っているのだろう。そんな掃射を継続したまま閃光の海より抜け出すと、一機のネクストが後方へ離脱しようとしていた。

 

青と白を基調としたカラーリングにオレンジの差し色。

ストレイドと同じく『TYPE(タイプ)-HOGIRE(オーギル)』の頭部。

主にGAグループのパーツで占められた機体構成。

左肩には古いコミックヒーローのデカール。

そんな機体を見間違える筈も無く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「当て逃げとは良い度胸じゃねえか、No.3のダン・モロさんよぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……参ったな。今ので後退しないのは君が初めてだよ」

 

「度胸には自信があるんでな!!」

 

 

ダンの呆れ混じりの賞賛を手厳しく返すと、イッシンは即座にシステム系を確認する。幸い、FCSは既に回復しており正常にセレブリティ・アッシュを捕捉している。

 

であれば、やることは一つ。

 

イッシンは背部両側の【MP-O200I】を展開。全てのミサイル発射口が正面に立つセレブリティ・アッシュめがけ獰猛に口を開いた。

 

 

「こいつは、お返しだ!!」

 

 

トリガーを引く。

瞬間、吐き出されたミサイルは白い尾を牽きながらセレブリティ・アッシュに野犬の如く襲いかかる………ことはなく、ミサイルの本分を果たせぬまま爆発した。あまつさえ、飼い主であるストレイドの【MP-O200I】を誘爆させ、その背中を傷つけてしまうという最悪の結果と共に。

 

 

「なっ………!」

 

 

ストレイドは脚部を接地させていたため大幅に姿勢を崩すことは無く、直ちに戦闘姿勢に立て直す。が、それ以上にイッシンは背部で突如引き起こった誘爆に動揺していた。

 

誤作動?

有り得ない。ランクマッチ内ではそういった不確定要素は排除されているとセレンから聞いている。

なら、何故?

 

 

不意にイッシンは先程の奇襲を思い出す。

 

 

眼前に展開された閃光は、おそらくフレアだろう。

だが、その後の()()は?

原作中にてセレブリティ・アッシュの兵装は実弾ライフルと近接武装(レーザーブレード)、初期分裂ミサイルと追加レーダーのみ。ストレイドを硬直させる程の武装は持ち得てない筈だ。

 

ということは………。

 

 

「散布は勘弁願いたいのでね、破壊させて貰った」

 

 

ダンの声が聞こえ、イッシンはセレブリティ・アッシュの方向をみると、()()()()()()()()()()()()()がこちらを向いていた。

 

 

「流石に至近距離からの()()は反応出来ないようで安心したよ」

 

 

【049ANSC】

 

BFF社の最初期モデルである【049ANSC】は搭載弾数の多さ、使い勝手の良さから正式採用(ロールアウト)されて数十年経った今でも、その性能に定評のあるスナイパーキャノンである。

しかし同時に、日進月歩の技術革新が日々積み重ねられているこの世界において間違いなく旧式に分類される骨董品でもある。

そんな代物が、セレブリティ・アッシュの背部に搭載されていた。

 

 

王大人(ワンターレン)から勘の良さは聞いていてね。倉庫からわざわざ引っ張り出してきた甲斐があったよ」

 

「……たかが新米(ルーキー)相手にトップランカー同士が内輪話なんて、大人げないと思わねぇのかよ」

 

 

イッシンの問いに、ダンは暫し考え、答える。

 

 

「思わないね、全く。『敵を知り己を知れば百戦危うからず』とよく言うだろう?」

 

「へっ。当代最強のリンクス様に警戒されるなんて勲章ものだな」

 

 

次々と繰り出す軽口とは裏腹に、イッシンはコンソールを睨みながらストレイドの損傷状況を確認していた。

 

両背部の【MP-O200I】は誘爆により使用不可。

メインブースター出力は60%まで低下。

コアは初手の狙撃によって損傷させられたが稼働に問題は無く、エネルギー供給は正常だ。

使える武器は【051ANNR】【LR02-ALTAIR】【SM01-SCYLLA】の3種。一応、格納武器も搭載してはいるが使えるかは甚だ疑問が残る。

 

一方のセレブリティ・アッシュはほぼ無傷。

【SM01-SCYLLA】の先制ミサイルで装甲に若干のへこみと煤をつけているが、ダメージは皆無だろう。

 

 

(畜生、スナイパーキャノンは俺に恨みでもあんのかよ!)

 

 

イッシンは自身を二度続けて射殺そうとする長筒に心底悪態をつきながら、勝ち筋を見つけ出そうとしていた。

 

 

ランクマッチ開始から約3分。

喧嘩は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。
セレブリティ・アッシュの機体構成は追って掲載する予定です。

励みになるので、よろしければ評価・感想・誤字脱字報告をお願い致します。


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機体紹介(セレブリティ・アッシュ編)

前回からオリジナル機体?が登場したので、そのアセンブリを紹介していこうと思います。

※レギュ1.00での仕様です。実際に組んで、試運転も行ったので変なところはない……はず。



名称:セレブリティ・アッシュ(ver.凡猫)

 

【外装】

 

 

頭部:HD-HOGIRE(ローゼンタール)

 

コア部:047AN01(BFF)

 

腕部:AM-HOGIRE(ローゼンタール)

 

脚部:047AN04(BFF)

 

 

【武装】

 

 

右腕部兵装:EB-R500(ローゼンタール)

 

左腕部兵装:047ANNR(BFF)

 

右背部兵装:049ANSC(BFF)

 

左背部兵装:DEARBORN02(MSAC)

 

肩部兵装:GALLATIN02(MSAC)

 

 

【内装】

 

 

FCS:FS-HOGIRE(ローゼンタール)

 

ジェネレーター:GAN02-NSS-G(クーガー)

 

メインブースター:GAN01-SS-M.CG(クーガー)

 

バックブースター:GAN02-NSS-B.CG(クーガー)

 

サイドブースター:GAN01-SS-S.CG(クーガー)

 

オーバードブースター:GAP-AO.CG(クーガー)

 

 

 

《解説》

 

筆者自身が本家セレブリティ・アッシュを乗った個人的な感想は「良くも悪くも使いやすい」です。確かに総火力の低さは否めませんが、全体的な構成としては非常にバランスのとれた機体だと感じました。

 

本機を改造する上で、筆者が気をつけた点は2つ。

 

・本家の良さを損なわないこと

・ある程度、実戦に耐えうる機体とすること。

 

※なお、この場合の実戦とはカラード・オルカ双方のランクマッチを単一で制覇出来るor【ホワイト・グリント撃破(ハード)】のSランククリアと仮定しています。

 

元の良さを生かすため、フレームは出来る限り本家のまま採用しています。本家ではGA製の腕部が採用されていましたが、正直救いが無かったのでオーギル腕に換装しました(笑)

只の愛好家(ファン)アセンであれば採用も問題無かったのですが、あくまで実戦で使えるレベルに持って行きたかったので採用を見送っています。

 

次は内装ですが、まずFCS。

本家のMSAC製FCSも悪くはないですが、ミサイル極振りの脳筋FCSを万能寄りのセレブリティ・アッシュに使わせるのはちょっと……。

それに、元々の本家がミサイル運用をメインとしたアセンブリではないため、多種多様の兵装に対応出来るオーギルFCSに換装しています。

 

ジェネレーターはレギュ1.00内のGA製で、割とマトモだったものを使用しています。オーギルジェネの採用も考えたのですが、本家の内装関係がほぼGAグループで固められていたので、このGA製ジェネを採用しました。

 

ブースターは全てクーガーの中量ブースターから重量ブースターへ換装しています。

実は本家で一番気になった部分が、このブースターでして。

決して速くはない通常ブーストと伸びのよくないQB。試運転の際、とてもじゃないですが筆者はストレス感じまくりでした。

その解決策としては多少強引ですが、全ブースターを重量級にした上でチューンをそこそこ振り分け、全体的な速度アップを実現しています。

 

最後に兵装ですが、こちらも本家で使用されている兵装を最大限利用した形となっています。

と、言っても利用出来たのは腕部のみですが。

最初に課題として挙げた『総火力不足』の解決策としてBFFレーダーは同社【049ANSC】に、初期分裂ミサイルは【DEARBORN02】に換装しています。

 

本家の設定を生かして、兵装は全て原作中で使用していた企業に準拠する形となっています。ミサイル兵装は原作でも分裂ミサイルを使っていたのでBFF分裂ミサイルの採用も検討しましたが、MSAC製兵装がミサイルしか無いためBFF分裂ミサイルを採用すると背部兵装がミサイルのみとなってしまい、セレブリティ・アッシュの万能感が阻害されてしまうと感じたので、使い勝手の良い【049ANSC】を採用しました。

 

【DEARBORN02】の採用理由は安定して継続的な火力を出せる点を考慮して決定しました。逆に言うとそれ以外に採用理由が無かったので、上記の点を満たせれば他のミサイルを採用するのも面白いかも知れません。

 

この改造で実戦を行ったところ、危なげなくクリアしてくれました。まあ、基本戦術が『背部兵装を垂れ流して削りきる』なので当然といえば当然でしょうが。

 

 

 

以上が機体紹介となります。

今後もオリジナルアセンブリACが登場する度に、このような解説を行っていこうと思いますので、よろしくお願いします。

 

 

 

 

 



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16.化け猫VSヒーロー・Ⅱ

マイクラの自宅をひたすら拡張しているのですが、終わりが見えず苦しんでいます。

……このゲーム向いてないのでは?(今更)

追記:終盤の一部文章を改訂しました。2020/5/29


ランクマッチ開始から数分。

 

 

ランクマッチにおいて数分など序盤も序盤。

これから最高潮に向けて興奮(ボルテージ)が高まっていき、悲喜交々(ひきこもごも)な声が聞こえ始める頃合であるにも関わらず、モニター越しに顛末を見守る観客はセレンとジョージ以外にいなかった。

当の本人達も足を組み、三流プロレスを観戦しているような面持ちである。

 

無理もないだろう。

双方合わせて僅か五手にも満たないやり取りで片や重傷、片や無傷となれば結果を予想出来ない方が難しい。

 

6人居たカラード職員の内、ダンの初手でモニターから離れたのは4人。残った2人も二手目が決まった瞬間、つまらなさそうに離れていった。

 

 

――やっぱり新米(ルーキー)新米(ルーキー)か。

 

――そんなもんだろ。それより昼飯行こうぜ。

 

――にしてもダン・モロも大人げねぇな。

 

――喧嘩吹っ掛けた新米(ルーキー)が悪いんだろ。

 

 

その新米(ルーキー)の専任オペレーターであるセレン・ヘイズの後方で、宣戦布告とも言える会話がヒソヒソと飛び交うが当の本人は気にする素振りもなくモニターを眺める。それは隣に座っている、ダン・モロの代理オペレーターであるジョージ・オニールにも同じく当てはまった。

 

 

「貴様は外さんのか」

 

「おいおい、ランクマッチはギャンブルと同じだろう? 一発逆転がいつ起きるか判らないから面白いんだ」

 

「……確かにな」

 

 

ジョージの言う通り、ランクマッチが人対人である以上は何が起こるか判らない。それはセレンも同意見だ。しかし、その芽すら摘み取られたような現状況の前では只の皮肉にしか聞こえない事も確かだった。

 

暫しの沈黙。

 

モニターの向こう側から発せられる轟音と空調のノイズが混じった、どこか心地良いその沈黙を先に破ったのはジョージだった。

 

 

「なぁ、一つ聞いてもいいか」

 

「何だ」

 

()()()()()()()()()()()()

 

「………」

 

「隠遁したいなら分かるんだ、その方が楽だからな。だがあんたは身を隠す訳でもなく顔を変えた訳でもない。ただ、名前を変えただけ。どうし――」

 

「無粋な男は嫌われるぞ」

 

 

セレンは遮るように言い放つ。それ以上踏み込むな、という明確な意思とともに。

流石のジョージも察したか、鼻息を一つ鳴らして押し黙り、再度モニターを眺める。

 

ジョージに追求の意思が無いことを横目で確認し、セレンはモニターを見つめる。

そこには満身創痍となりながらも、己を傷つけた相手に一矢報いんと戦場を駆けるストレイドの姿が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……負けるなよ。お前は私の――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――だあぁ!チートだろ、今のは!」

 

《努力の賜物だと言って欲しいね》

 

 

ストレイドから放たれ、イッシンが必中を確信した【051ANNR】と【LR02-ALTAIR】の偏差射撃は空を舞うセレブリティ・アッシュに、さながら白鳥の如く軽々と躱された。

戦術の立て直しのために、砂埃を巻き上げながら廃ビル群へ後退するストレイドをダンが見逃す筈もなく、セレブリティ・アッシュは背部兵装【049ANSC】を構え、追撃する。

ストレイドのコックピット内に衝撃が駆け抜け、電子音声による損傷報告が鳴り響くが、イッシンは構わずにフットペダルを踏み込み、比較的頑丈そうな廃ビルを盾にして一息入れる。

 

 

「ハァ…ハァ…。当代最強は伊達じゃねぇってか」

 

《気付いて貰えたようで何よりだ》

 

「……その余裕綽々(しゃくしゃく)な物言いが一番腹立つんだよ!!」

 

 

一息入れた事によって得られた僅かな休息と冷静は呆気なく消し飛び、イッシンの苛立ちと共にストレイドはQBを始動。盾となった廃ビルから飛び出し、再び【051ANNR】と【LR02-ALTAIR】による掃射を敢行する。

 

対するセレブリティ・アッシュは、もう一つの背部兵装であるVTFミサイル【DEARBORN02】を展開。脱兎の如く駆け回るストレイドに対し、計四発のミサイルを発射した。

 

VTFとはその名の通り(近接(Variable Time)信管(Fuse))の略称である。目標への着弾ではなく、目標付近で爆発させた際の爆風や破片により損傷を与える機構であるため、自然と攻撃可能範囲が広まり比較的安定した火力を出せる兵装だ。

 

 

「そんな鈍亀に当たるか!」

 

 

イッシンはセレブリティ・アッシュへ向けられた【051ANNR】および【LR02-ALTAIR】の銃口をVTFミサイルへ変更し、己の盾となる廃ビル群を駆け抜けつつ迎撃する。

鉄と光の雨に晒されたミサイルは使命を果たすことなく爆散し、続くミサイルも爆発に巻き込まれ誘爆。虚空に一輪の黒薔薇が姿を現した。

 

 

「まさか。君相手に当たると思ってないさ」

 

 

ダンの声が聞こえたかと思えば、空中に漂う黒い薔薇が内側から穿たれ、セレブリティ・アッシュが近接兵装(レーザーブレード)【EB-R500】を発振させながら、打ち下ろされたように突撃してきた。

セレブリティ・アッシュの急接近にイッシンは行動の即断が出来ず、回避のQBが一瞬遅れる。

 

 

「うおっ!」

 

《片腕、貰うよ!》

 

 

その機を逃さず、セレブリティ・アッシュは【EB-R500】を斬り上げながら振り抜く。金属が溶断される際に発せられる特有の音と、電子回路がショートする音が混じりながら、ストレイドの右腕が孤を描き、宙を舞った。

ストレイドは斬り上げられた衝撃により、機体右側が大きく跳ね上がる。

 

恐らくランク下位いや、上位のリンクスであったとしても、自機の戦闘継続能力を勘定した上で降参の意思を伝えるだろう。そして、自らの力量不足とNo.3の圧倒的実力を痛感し、今後に活かす手立てを考える筈だ。

 

しかし残念かな。

 

ストレイドのパイロットに()()()()()は働かず、勝ち筋を見出す為だけに全ての思考が割りさかれていた。

イッシンは機体右側に発生した衝撃を利用しつつ、機体左側のQBを始動。その場で舞踏曲(ワルツ)を彷彿とさせるような高速ターンを繰り出し、ストレイドの右脚を高く掲げさせた。

 

 

「じゃあ、てめえの頭も貰うぜ!」

 

《なっ?!》

 

 

ストレイドの右脚(かかと)部が回し蹴りの要領でセレブリティ・アッシュの頭部めがけて放たれる。

咄嗟の判断でダンはセレブリティ・アッシュの右腕を挙げ防御姿勢をとるが、ネクスト1機分の重量が乗った回し蹴りを片腕で受け止められる道理はなく。

右腕に装備していた【EB-R500】は中央からひしゃげ、その威力を物語るようにセレブリティ・アッシュが横へ吹っ飛んだ。

 

まるでアニメのようにそのまま廃ビル群へ突っ込み、轟音と土煙が巻き起こる。駄目押しと言わんばかりに、突っ込まれた廃ビルが瓦解し、セレブリティ・アッシュを上から瓦礫の毛布で包み込んでいった。

 

 

「ふぅ…ふぅ…っふぅー。……これでどうだ!」

 

 

瓦礫が土煙を巻き上げる様を見届け、イッシンが声を上げる。

ダンからの腹立たしい返答は聞こえず、代わりに倒壊した廃ビル群の瓦礫が少し崩れる音がした。

大方(おおかた)、蹴られた衝撃でダンが気絶でもしているのだろう。

イッシンはそう考え、多少の安堵と共に自ら築造した瓦礫の山へ歩を進めた。

 

ランクマッチは撤退等による勝利の概念が存在しないため、あくまで相手ネクストが戦闘不能となった場合に強制的に勝敗が決まる。つまり、勝敗が明示されない以上、セレブリティ・アッシュ自体は未だ戦闘継続可能であるという事になる。

 

まぁ搭乗者が気絶している以上、コア部に牙を突き立てればいいだけの話なのだが、それが億劫に感じる程にイッシンは疲労していた。

 

 

「たくっ……。早くやられてくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《悪いが、こちらにも矜持(プライド)があるんでね》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、廃ビルの瓦礫が盛り上がり、崩れる。

薄汚れた土煙と瓦礫の山から、まるで不死鳥の如く甦ったかのようにセレブリティ・アッシュが再び立ち上がる。

今回が初めてとはいえ、幾度となく切り結んだイッシンにとってセレブリティ・アッシュの立ち姿は戦闘前と同様に感じられた。

 

 

「………無傷(ノーダメージ)って、流石に冗談キツいぜ」

 

《いや、随分効いたよ。お陰でブレードが壊れた》

 

 

そう言い、ダンはセレブリティ・アッシュは右腕をヒラヒラと踊らせる。

ダンの言う通り、右腕に装備された【EB-R500】は火花を散らしながらショートの閃光を垂れ流している。どんなに良く見積もっても、兵装として使用する事が困難であることは明白だった。

 

 

《さて、と。無為に長引かせるのは性に合わないんでね。そろそろ決着と行こうじゃないか》

 

「……奇遇だな。俺も同じ考えだ」

 

 

イッシンは手元のコンソールを操作し、ストレイドの現状を把握する。

 

メインブースター出力は変わらず60%

 

切り飛ばされた右腕の痕では電子系のショートが絶え間なく火花を散らし、使える兵装は左手の【051ANNR】と両肩の【SM01-SCYLLA】のみ。しかも、双方共に残弾僅か。

 

 

 

 

(こりゃ、()()()()に賭けるしかねえな)

 

 

 

イッシンはそう思案すると、左腕に格納されていた格納武器【EB-O700】の動作確認を行う。

【EB-O700】は予備兵装として使用される近接兵装(レーザーブレード)である。

あくまで予備兵装であるため威力等は通常兵装に比べて劣るが、ジリ貧の消耗戦に於いては心強い効力を発揮する兵装でもあった。

 

 

好機(チャンス)は一回。でなけりゃスナイパーキャノンの的にされて終わりだ)

 

 

両者は立ち尽くしながら、お互いを睨み合う。

 

悠久にも思える機先の読み合いの果てに、動いたのはストレイドだった。

O B(オーバード・ブースト)―――ネクスト単機による短時間の超高速移動―――を展開し、セレブリティ・アッシュへ迫る。

 

ついで、セレブリティ・アッシュもOBによりストレイドへ弾丸の如く向かっていく。

 

 

 

 

 

 

そして、互いの戦闘距離が重なった瞬間。

 

ストレイドとセレブリティ・アッシュの間に、眩い閃光が放たれた。

 

 

 




如何でしたでしょうか。

最近は某実況者さんの配信をひたすら眺めているのですが、自分以外が動かす一人称視点は勉強になりますね。

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17.化け梟VS愚者with怪傑&筋肉

今回、普段の2倍近い文章量になってしまいました。
すまぬ(つд`)

サブタイトルは勢いでつけました。
あとで変えるかもです。


GAグループ本社『THE・BOX』77階 最高評議室

 

GA(Global(グローバル) Armments(アーマメンツ))の総本山である『THE・BOX』は旧アメリカ合衆国の開拓者精神を表したかのような吹き(すさ)ぶ荒野に一棟のみ、寂しく(そび)え立っている。

本社自体の外見は、荒野に似つかわしくなく一般的な高層ビルであるが『THE・BOX』たる由来は、()()()()()()()

 

本社を中心に厚さ20mに及ぶ超剛性カーボン合金製の壁が四方500m毎に3枚設置されており、壁の全高は1kmを誇る。

壁ごとの出入口には声帯・網膜・指紋・血液・パスワードの五重認証システムが導入されており、この過剰なセキュリティの前には、想像を絶するような訓練を受けた人間であろうと、GAグループにて登録されていなければ侵入不可能である。

 

更に守備部隊として自立砲台1500門、ノーマル800機、AF〝ギガベース〟3機、GA専属ネクスト1機が常駐しており、仮に今すぐ企業間戦争が勃発したとしても即時応戦が出来るだけの戦力が集結していた。

 

正に『箱入り娘(THE・BOX)』である。

 

その箱入り娘の最上階〝最高評議室〟では、GAグループ傘下企業の各執行役員による定例会議および各分野の売上報告が開催されていた。

部屋の中央には巨大な大理石製の円卓が設置されており、席次はグループ宗主を最上座において企業規模順に下座へ向かっていく形となる。

 

 

「―――以上が、わが社クーガーからの報告となります。何かご質問はあるでしょうか」

 

「……ひとつ、いいかね」

 

 

最下座に座るクーガーCEOからの報告を受け、対面に座るGAグループの宗主であるスミス・ゴールドマンが口を開く。

 

ゴールドマンは禿頭と丸眼鏡が特徴的な、恰幅の良い齢70を過ぎた老人である。元々は末端の平社員にすぎなかったが、休暇中に身内遊びの一環で計画・発案したプレゼンが社内外を問わず好評を博した事を機に、才能が開花。

実現不可能と言われた数々のプロジェクトを難なく成功させ、今ではグループ宗主の席を手にするまでになった傑物である。

彼の最大の功績が『AF設計思想の発案および開発』と聞けば、その重要度が計り知れないことは理解出来るだろう。

 

ゴールドマンは手に持ったペンを弄りながら、クーガーCEOを見つめる。その眼光は齢70を過ぎてなお、人を射殺さんばかりの鋭さを持っていたが、クーガーCEOは怯まずゴールドマンを指名する。

 

 

「なんでしょうか、宗主」

 

「資料と説明を見た限り、企業業績は前年比11%増。主軸のロケット産業部門も好調だな」

 

「ええ、そうです」

 

「ではネクスト部門はどうだね?」

 

 

クーガーCEOの眉が一瞬引きつる。

GAグループはインテリオル・オーメルと異なりネクスト技術で総合的に一歩出遅れており、ブースター関連においては完全に後塵を拝している。

それはクーガーCEOも理解しており、だからこそ他グループの人材を引き抜いてまで技術開発に力を入れている。

 

 

「先ほども申し上げた通り、わが社が新開発のブースターについては現場からも好評を――」

 

()()が新開発だと?」

 

「……どういう意味でしょうか」

 

「出力データとエネルギー効率比を確認したが、アレは従来型を再調整しただけだろう。そんな物は新開発とは言わん、只の改良品だ」

 

 

評議室の空気がピリつくと同時にクーガーCEOの顔つきが、僅かにではあるが悲壮感を漂わせ始めた。まるで父親に叱られている子供のように、その背中は小さくなっていく。

 

 

「知っての通り、わがグループのブースター部門はインテリオル・オーメルには大きく遅れをとっている。その中で()()()改良品を新開発とのたまう余裕は無いと考えるが、どうかね」

 

「……仰る通りです」

 

「よろしい。……君達には期待している。必要なら私自らトーラスへ技術供与の交渉をしよう。彼等の片割れも、元はわが社の一翼だからな」

 

手厳しく指摘し、柔らかく期待と手助けを示す。

 

数多の古狸共と交渉のみで渡り合った末に研鑽された懐柔の術を駆使し、ゴールドマンはクーガーCEOを諭した。

クーガーCEOも幾分か落ち着きを取り戻したようで、宗主に一礼すると後ろに控える秘書を呼びつけ、耳打ちする。

 

クーガーの技術者はしばらく休めないようだな。

ゴールドマンは内心微笑んでいると、進行役の評議室長が口を開く。

 

 

「それでは、今回の定例会議はこれにて閉――」

 

「待って頂きたい」

 

 

異議の声が上がった方向を見れば、一人の男性が不敵な笑みを浮かべながら他の執行役員を見渡していた。結びを汚された評議室長は多少の不満を顔に出し、男性を指名する。

 

 

「開発本部長、いかがいたしましたか」

 

「皆様。もう一つ議題をお忘れでは?」

 

 

開発本部長と呼ばれた男性は、その地位を獲得出来る才能を持つが故の傲慢さをひけらかしながら自信満々に勿体振る。

 

 

「皆様ご存知のように、先日わがグループが誇る新型AF〝ギガベース〟が撃破されるという事態が発生しました。それもカラードに登録されて間もない新人リンクスに、です。」

 

 

評議室が静かにざわめいた。

しかし、彼等は本当にギガベース撃破の報を知らずにざわめいた訳ではない。

開発本部長以外の執行役員達が()()()()()()()()()()()()問題にも関わらず、わざわざ議題に持ち上げた事に対する非難を込めたざわめきだった。何故なら、その問題の当事者は()()()()()()()()()()()()()だったからである。

 

開発本部長は周囲の反応を意に介さずに続けた。

 

 

「問題は護衛部隊が居たにも関わらずなぜ撃破されたのか、という事です。………ご説明願えますかな?〝BFF上級理事〟王小龍(ワン・シャオロン)殿」

 

 

開発本部長の視線を追うように、評議室全ての視線が一人の老人に注がれた。グレースーツを着こなした痩躯の老人は何事も起こっていないかのように、後ろに控える少女に声を掛ける。

 

 

「リリウム、コーヒーを頼む」

 

「承知しました。大人(ターレン)

 

「……聞こえておいでか、御老体」

 

 

自身の発言を無視されたかのような立ち振る舞いに、開発本部長はこめかみに青筋を立てながらも、苛立ちを押さえつつ尋ねる。リリウムを目で追っていた王小龍は開発本部長へと向き直り、首を傾げた。

 

 

「失礼、取りあう価値のない会話は聞き流す性分でして」

 

「価値がないだと! グループの信用に関わる重要な問題を引き起こした張本人が、何を言うか!!」

 

 

自らの会話を不必要と断じられた事にプライドが傷つけられたのか、開発本部長は円卓に拳を叩きつけ怒声を上げた。

対照的に、王小龍は冷笑を浮かべながら静かに開発本部長を見つめる。

 

 

「それは言い様ですな。私から言わせれば、グループの信用に関わるのは貴方だ。」

 

「何だと!?」

 

「当時の護衛体制はギガベースに搭載されたレールキャノンによる超長距離砲撃を主軸に展開していくものでした。

しかしながら()()()()()()()によりレールキャノンの展開が出来ず、やむなく通常砲塔による迎撃。その後、更に接近を許した為にネクスト戦を開始したことが事実です」

 

「馬鹿な!レールキャノンの整備性は良好であるとの運用試験結果が出ているんだぞ!」

 

「……リリウム。撃破されたギガベースのブラックボックスと、現場検証に当たった整備員の記録を」

 

 

いつの間にか王小龍の後ろに戻っていたリリウムは王小龍へコーヒーカップを手渡したあと、手元のブリーフケースから資料を取り出し、開発本部長を含めた執行役員に配る。そうして全員に配り終えると、リリウムは再び後ろへ控えた。

 

資料に目を通して一分も経たず開発本部長の肩が震え始め、資料を持つ手に過剰な力が入り、顔が引きつっている。

その様子を見た王小龍はカップのコーヒーを一口含み、大袈裟におどけてみせた。

 

 

「そういえば、開発本部長殿はレールキャノンの開発責任者でしたな。インテリオルより技術供与を受けながらこの程度の完成度では、グループの信用に関わるのはどちらか明白でしょう?」

 

「……なるほど。だが、ギガベースが撃破された理由には結びつかんな」

 

 

今まで静観を守っていたゴールドマンが口を開く。王小龍はジロリとゴールドマンを見遣ると微笑を浮かべた。

 

 

「無論、私に非がないとは言いません。ギガベースを守り切れなかったのは私の責です。処分は謹んで受けましょう」

 

「……構わん。それよりもレールキャノンの代替品をどうするか提案が欲しい。欠陥品を載せ続けるのは、私とて気が引ける」

 

「であれば有澤が適任かと。信頼性と制圧力は目を見張るものがあります」

 

「ふむ。……どうだ、有澤の」

 

 

ゴールドマンが〝有澤〟と声を掛けた先には、荒武者に見紛うばかりの壮年男性が座っていた。

その男性は口髭を生やし、ニホン伝統のゆったりとした和装に身を包んでいるが、その布越しからでも筋骨隆々であることは一目瞭然である。

 

 

「……二週間程頂ければ試作品を納品出来ます」

 

「結構。すぐに取りかかってくれ」

 

「御意」

 

「開発本部長、君への処分は追って連絡する。それまでは謹慎するように」

 

「……分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――皆様、宜しいですね。では、今回の定例会議はこれにて閉会いたします」

 

評議室長の一声により、執行役員達は重い腰を上げて一斉に立ち上がり出口へ向かう。王小龍もリリウムを連れ、波に乗ろうとしたとき不意に呼び止められた。声の主はゴールドマンである。

 

 

「王。すこしいいかね」

 

「……構いません。リリウム、外してくれ」

 

「承知しました、大人(ターレン)

 

 

リリウムは一足先に黒樫の重厚な扉をくぐり、静かに閉じる。他に誰もいない静寂の中で二人の老人が相対した。なんとも悲哀に満ちた構図だが、当の本人達からは強烈な威圧感が溢れ出ている。

 

海千山千、酸いも甘いもかみ分けた魑魅魍魎(ちみもうりょう)のみが会得できる特有の威圧感に場の空気は混沌としていた。

 

 

「それで、用件とは?」

 

「……わがグループは現場第一主義だ。それは知っているだろう」

 

「勿論。現場の声が一番の判断材料ですから」

 

「だからこそ君に聞きたい。()()()()()()()()()使()()()()()

 

 

王小龍は内心溜息をついた。

……まったく、鼻が良いことだ。この怪傑(かいけつ)さえいなければ自身がグループ宗主になることも不可能では無かったと、つくづく思い知らされる。

 

 

「少なくとも、現状だと他企業への牽制程度には使えますな」

 

「展望は?」

 

「今後次第ですが、実力は最上位リンクスに匹敵するかと」

 

「……欲しいな。出来るか?」

 

「既に動いています。ご安心を」

 

「よろしい。任せたぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

密会を終えて、ゴールドマンと共に評議室を出た王小龍は外で待たせていたリリウムを呼ぶ。

リリウムはうら若き少女とは思えぬ堂々とした所作と共に王小龍の元へ向かったが、どこか不安そうであった。

 

 

「どうした、リリウム」

 

大人(ターレン)。有澤様から外で待つ、と伝言を預かっております」

 

「……うむ。リリウム、一緒に来なさい」

 

「分かりました。大人(ターレン)

 

 

高速エレベーターに乗り込み、エントランスに到着するとGAグループの職場達が世話しなく歩き回っている。それを尻目に王小龍とリリウムは正面玄関へ向かい、外へ出た。

 

眩しいばかりの日光に照らされたが、今は春先。少し肌寒さが残る季節であるため、『THE・BOX』の敷地風景もどこか寂しげだ。

 

ふと道脇を見ると、有澤と呼ばれた男性が仁王立ちで辺りの風景を見ている。有澤の身長は2m近くあり、迫力、気迫ともに仁王そのものにも見えなくもない。

王小龍はヤレヤレと呆れながら有澤に歩み寄り、隣に立つ。お互いに顔を合わせず、風景を眺めながら会話が開始された。

 

 

「来たか」

 

「何の用だ、私も忙しい」

 

「良く言う。貴殿が他人の肩を持つときは、見返りを求める時だけだ」

 

「人を小悪党のように言うでない」

 

「事実を言ったまでだ。……小生(しょうせい)に出来ることは力になろう。今回の恩は大きい」

 

「……あるリンクスを手懐けたい」

 

「例の新人か」

 

「話が早くて助かる。……根回しはこちらで行う、連絡は後日でいいか?」

 

「構わん」

 

「決まりだな」

 

 

王小龍はそのまま有澤を見ず前へ進み、待たせていた要人用輸送車両に乗り込む。続いてリリウムを乗り込んだ事を確認すると、運転手は搭乗ドアを閉めてエンジンを始動させた。

静粛性と力強さがあいまった独特なエンジン音が響くと同時に、王小龍の携帯端末が着信を知らせる。

 

 

「……私だ」

 

《―――――――――》

 

「結果はどうだった」

 

《―――――――――》

 

「だろうな」

 

《―――――――――》

 

「ほう、お前をしてそこまで言わせるか」

 

《―――――――――》

 

「こちらでも動いている。無理はするな」

 

《―――――――――》

 

「ふっ、余計なお世話だ。切るぞ」

 

《―――――――――》

 

 

 

王小龍は携帯端末を切り、ふと車窓を眺める。

そこには枯れ草しか生えていない荒涼とした大地が広がっていた。

 

―――種は蒔いた。後は時流の雨に打たれ、どう成長するかだが、それは神のみぞ知る事だろう。

 

 

 

 

 

 

(さて、お前はどう転ぶ。キドウ・イッシン)

 

 




いかがでしたでしょうか。
この小説初の完全オリキャラ登場です。といっても本筋に深く食い込む事は無いのでご安心を。

ギガベースのレールキャノンは設定資料集から拝借しました。本編未使用って噓だと思うだろ、本当なんだぜ?

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18.化け猫VSヒーロー・Ⅲ

筋トレしたいし、国試の勉強もしたいし、時間足りないなーと思いながらYouTube見てます。



カラード本部 地上1階 リンクス専用ラウンジ

 

 

「……うん。やっぱりレイさんが淹れるコーヒーは格別だな」

 

「おっ。嬉しい事言ってくれるな、ダン」

 

「そうか? 只の濃くて苦いコーヒーだぞ」

 

「おめぇの感想は要らねぇよ、ジョージ」

 

「私も同意見だ。このコーヒーの良さが分からんとは、とことん無粋な男だな」

 

「分かった分かった。コーヒーの味も分からん無粋な男は黙って飲んでるよ」

 

「………………………………解せねぇ」

 

 

間接照明が灯り、年季の入った木製カウンターに並ぶリキュールの数々が色彩豊かに照らされている中、四人の男女には一様にコーヒーが出されていた。

 

内三人は店主に淹れられたコーヒーを口に含み、その味の素晴らしさを談義しているが、残る一人はコーヒーに手を掛ける事も無く頭をカウンターにつけ、意気消沈とばかりに項垂(うなだ)れていた。

 

 

「どうした、イッシン。飲まねぇと冷めるぞ」

 

「どうもこうも! なんでダン以外の二人まで俺にたかってくんだよ! 特にセレン! 俺の財布事情知ってるよね!?」

 

「当たり前だろう。お前の小遣いを管理してるのは私だぞ」

 

「だったら何でたかるんだよ!」

 

「気にくわないからだ」

 

「」

 

「というか小遣い制なのか。セレン、月幾ら渡してるんだ?」

 

「1C(コーム)だ。十分だろう」

 

「……学生じゃないんだから、もうちょい渡してやれよ」

 

 

ちなみに、この世界において1Cは日本円にして一万円相当である。

 

レイはイッシンに対して憐れみの念を抱きながらも、追求による自身の身を案じたのかそれ以上は深追いせず、汚れを洗い落としたグラスを丹念に磨き始めた。

 

 

「それに! ダン! あんな勝ち方、俺は絶対に認めねぇぞ! ズルだ、ズル!」

 

「認めなくてもいいさ、勝敗結果は正式に出ているんだからね」

 

「ぐぬぬ……!」

 

「確かに、意外ではあったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は一時間ほど遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《さて、と。無為に長引かせるのは性に合わないんでね。そろそろ決着と行こうじゃないか》

 

「……奇遇だな。俺も同じ考えだ」

 

 

両者、睨み合ったのち先に動いたのはストレイドだった。

 

満身創痍のストレイドは獣の咆哮を彷彿とさせるブースター音を鳴り響かせ、セレブリティ・アッシュ目掛けてOBを始動、突貫する。

片腕を失っているためにOBの姿勢制御が覚束無いが、逆にその事がストレイドの迫力を際立たせていた。

 

対するほぼ無傷のセレブリティ・アッシュも騎士の凱旋歌を彷彿とさせるブースター音を鳴り響かせながら迎え撃つ。

 

イッシンは手負いの獣の如き気迫をストレイドに纏わせながら、残った左手に握られた【051ANNR】をセレブリティ・アッシュに放つ。姿勢制御に難があるとはいえ、それを感じさせない弾道は、吸い込まれるようにセレブリティ・アッシュへ直進していった。

 

しかし相手も本気を出したのか、今まで以上に少ない挙動、(まさ)に紙一重とも言える最小限の動きで命を刈り取ろうと向かってくる死の種を躱していく。

 

イッシンは躱された事実に歯噛みしながらも、唯一の勝ち筋であろう自らの作戦を再度反芻し、覚悟を決めた。

 

 

(正直ギャンブルだが、やるっきゃねぇ!)

 

 

イッシンは【051ANNR】を撃ちつつ、その左腕を大きく後方へ下げ始めた。

セレブリティ・アッシュもその意図に気付いたのか、背部兵装【049ANSC】を展開。傷だらけのストレイドに向けて亜音速の砲弾を放つ。

 

距離にして、およそ500。

OB発動中においては一瞬の距離であるが、決して回避不可能な距離ではない。

 

だがストレイドは砲弾を避ける事無く直進。

刹那、コックピット内に衝撃が走るがイッシンは構うことなくフットペダルを踏み込む。

ストレイドのメインブースターに完全燃焼を意味する青白い光が灯り、OBによる加速を更に上の段階へ昇華した。速度にしておよそ1800km/h。VOBに迫る超速度である。

 

 

「コイツで終わりだぁ!」

 

 

相対距離、100。

必中の距離を確信したイッシンは、左腕と共に後方へ下げた【051ANNR】を前面に突き出し、文字通り槍の如くセレブリティ・アッシュを穿たんとした。

 

誰もが決着を予想したが、セレブリティ・アッシュは恐るべき反応速度によりQBを発動し、右方向へこれを回避。

ストレイドの銃槍はセレブリティ・アッシュを穿つ事無く空を切る。

 

 

《残念、当たると思ったかい?》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イッシンの声が聞こえた瞬間。

ストレイドが薄い緑色に包まれ、爆発。ダンの視界は閃光により塗り潰された。

 

アサルトアーマー。

 

ネクスト内に蓄積された機関部を除く全てのコジマ粒子を解放し、機体周辺の敵を一掃可能な『奥の手』である。機体周辺のみという極めて狭い範囲ながら、その絶大な威力故にアサルトアーマーを基軸とする戦術をとるリンクスも少なくない。

 

そんな過剰火力を至近距離で発動したため、流石のセレブリティ・アッシュも無事ではないだろう。しかし、イッシンの狙いは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

イッシンはストレイドを急制動させ、その場で大きく右側へ跳躍させる。そのままセレブリティ・アッシュを前方宙返りの要領で飛び越えながら左手の【051ANNR】を投げ捨て、格納された【EB-O700】を展開、発振させた。

 

 

「背中のお宝、貰うぜ!」

 

 

イッシンの雄叫びと共にストレイドは【EB-O700】を横薙ぎに振り払った。

その光剣はセレブリティ・アッシュの【049ANSC】および【DEARBORN02】を悉く両断し、セレブリティ・アッシュの背中に大輪の黒い爆風を形成させる。

 

ストレイドは爆風で多少よろめきながらも、屈伸運動により脚部から着地、その反動を利用して【EB-O700】を突き立てながら爆風めがけて突進した。

 

アサルトアーマーによる奇襲攻撃に背部兵装の爆発。混乱しない方がどうかしてる。

 

イッシンは自らの作戦が上手くいった事を天に感謝しながら、そのまま爆風に向けてストレイドを走らせた。

仮に、セレブリティ・アッシュが動けたとしても方向は限られる。

それに相手の使用可能な兵装は【047ANNR】のみ。大した反撃も来ない今、追撃は容易だ。

 

 

「これでぇ!」

 

 

終わる。再び、誰もが決着を確信した時。

 

 

黒い爆風を押し退けるように、機械仕掛けの左腕が突如として出現。ストレイドが突き立てた【EB-O700】を手のひらを広げながら、まるで鞘に収めるかのように貫かれながらも受け止めた。

 

その左腕の内部からは小さな爆発音と金属が融解する音が【EB-O700】の威力を物語るように響き渡り、やがてその音は小さくなっていく。

 

 

《良い攻めだった。だけど(ひね)りが足りないな》

 

 

爆風が晴れ、敵であるセレブリティ・アッシュが姿を現した。その勇敢な立ち姿とは裏腹に、機体全体から火花とショート音が絶え間なく流れ出ており、本来の鮮やかな機体塗装も爆発による煤のためか粉っぽく黒味がかっている。

 

見るからに満身創痍。

ある意味、隻腕のストレイドよりも酷い状態である。

 

 

「…………ふっざけんな、まだ動けんのかよ」

 

《生憎ね。もう曲芸は終わりかい?》

 

「……まだまだに決まってんだろ!」

 

 

イッシンはストレイドを鼓舞するようにフットペダルを踏み抜くと、メインブースターに青白い光が灯り、OBによる加速が始まろうとする。

 

――奴はほぼ丸腰だ、勝ち筋はある。

 

イッシンの思考に再び火が入れられた時、凍える程に冷たく非情なダン・モロの声が聞こえた。

 

 

《残念だけど、もう終演の時間だ》

 

 

セレブリティ・アッシュの右腕に装備され、ストレイドの蹴りにより中央からひしゃげた【EB-R500】が、()()()()()()()と共に地面に落下。

そして右腕から駆動音が鳴り響き、ある兵装が右手に据えられる。

 

 

「……反則だろおぉぉぉぉ!!」

 

 

満身創痍のストレイドに向けられた兵装は、オーメル製格納パルスガン【EG-O703】別名〝線香花火〟である。

破格の瞬間火力を誇るが、集弾性の悪さと弾数の少なさから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であった。

 

しかし、この状況は今まさに真価を発揮する状況である。

 

セレブリティ・アッシュが引き金を引く。

【EG-O703】はオレンジ色の閃光を線香花火のように前面へ撒き散らした。その閃光はゼロ距離で放たれた為に大きく拡散することは無く、煤だらけのストレイドの装甲を焦がし、溶かしていく。

 

全弾撃ち終わる頃にはストレイドの胸部に赤熱した大きな穴が形成され、その向こうに漂う雄大な雲が覗けて見えた。

大穴を作られたストレイドの頭部からは光が消え、そのまま両膝をついて大地に倒れ込む。

 

 

《経験の差分で、僕の勝ちだね》

 

 

 

『ランクマッチ終了。勝者、ダン・モロ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白々しい程に豪華なテロップが流れ、勝者であるセレブリティ・アッシュが大きく映される。そんな映像を出力するPCを、イッシンは恨めしく凝視していた。

 

 

「……やっっっぱり納得いかねぇぇ!」

 

「子供かお前は」

 

 

模擬戦(ランクマッチ)とはいえ、負けた苛立ちを抑えきれずに悶絶するイッシンを尻目に、セレンは呆れながらコーヒーを一口含む。

 

 

「まぁ確かに〝線香花火〟は予想外ではあったよな」

 

「レイさんもそう思うよな!」

 

「でも、負けたんだろ?」

 

「…………ぐぅ」

 

 

レイの明瞭かつ簡潔な確認が余程応えたのか、イッシンは再び意気消沈しテーブルに頭をつけて項垂れる。

 

 

「実際、ヒヤヒヤもんだったけどな。ダンが負けたら俺の立つ瀬が無くなっちまうってのに……」

 

「悪かったよジョージさん。でも、イッシン君が強かったのも事実だ」

 

 

そう言ってダンは立ち上がると、新参者の敗者が項垂れる席まで歩を進め、右手を差し出す。

 

 

「改めて。ランク3、ダン・モロだ。よろしく、キドウ・イッシン君」

 

「………よろしくお願いします」

 

 

イッシンは不貞腐れながらも立ち上がり、ダンの握手に応じる。

ダンの手は細く柔らかいが、どこか骨張ったような不思議な感触だった。

 

 

「……さて、お互いに挨拶も済んだ訳だし。イッシン君、サシで一杯飲まないかい? 友好の証って事でさ」

 

「え? あ、ああ……」

 

「レイさん、奥の部屋使っていい?」

 

「別に構わないが、オペレーター殿の許可が必要じゃないのか」

 

 

レイが気まずそうに目配せした先には、ジト目で不快感を露わにしたセレンがダンを睨んでいる。

 

 

「セレンさん安心してよ。別に取って食う訳じゃないからさ」

 

「……勝手にしろ。ただ、イッシンは私のリンクスだ。それは忘れるなよ」

 

「勿論」

 

 

ダンは奥の扉を開けて、イッシンを手招く。

 

 

(……今、『私のリンクス』って言ったよな。間違って無いけど、なんか恥ずかしいぞ)

 

 

そんな事を考えながら、イッシンは奥の部屋の闇に呑まれていった。

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

やっぱりクーデレは正義だよ、大正義だよ。
ジーク・クーデレ!ジーク・クーデレ!

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19.1/3の弾丸は行方不明

歯間ブラシをやり始めたら、口臭が激減して驚きました。みんなもやった方がいいぜ?あれヤバいよ?



「酒は強いほうかい?」

 

ダンは席に座るなりイッシンに問いかける。

部屋の壁はコンクリートの打ちっぱなしらしく、どことなく冷気が漂う。年代物であろう黄ばんだシーリングファンの暖色系の照明も薄暗く、木製の丸テーブルと丸椅子が二つ鎮座しているだけ。正直、拷問部屋と言われれば納得してしまうような雰囲気であった。

 

 

「まぁ、それなりに」

 

「なら良かった。ちょうど、良いバーボンがあるんだ」

 

 

そう言うとダンは椅子の下から四角い瓶を取り出した。

注ぎ口が蝋封されており、草原を背景に農夫が鍬を抱えた絵柄のラベルが貼られていた。年代物なのか、日焼けしたように古ぼけており端々が欠けている。

 

 

「ゴールドファーマーの18年物。僕のとっておきでね、特別な日しか飲まないんだ」

 

 

ダンは椅子の下からロックグラスを二つ持ち出し、テーブルにコトンと置いた。そのままゴールドファーマーの蝋封をペリペリと剥がし、栓を抜いてグラスへ注いでいく。二つともにシングルを入れ終えると、ダンは無言の笑みを浮かべながら一方をイッシンへ手渡す。

 

ゴールドファーマーは濃い琥珀色をしており、鼻を近づけるバニラとシナモンを合わせたような甘い匂いの中に若干のケミカルさが見え隠れする独特な香りがした。

 

 

「それじゃ早速本題だ。君は転生者かい?」

 

「……という事は、あんたも……」

 

「転生者だ」

 

 

笑みを絶やさずにダンは言い放つ。しかしどこか物悲しく、自嘲気味な雰囲気を醸し出していた。

 

 

「前世では早田 新吾(ハヤタ  シンゴ)と呼ばれてた、しがないフリーランスさ。……君は?」

 

「俺は前世でも騎堂 一心(キドウ  イッシン)って呼ばれてた、ただの会社員だ」

 

「興味深いな、前世の名前のままなんて。……あぁ主人公だから当然か」

 

 

ダン……いや、シンゴは独り合点をつきながら頷く。どこか他人事のような話し振りにイッシンは疑問を抱き、シンゴに問いかける。

 

 

「ずいぶん冷静なんだな。訳も分からず転生させられたってのに」

 

「それは()()()()()()。僕は転生して、かれこれ5年になる」

 

「……は?」

 

「なんだ、皆がよーいドンで転生してるとでも思ってたのか?」

 

 

シンゴは呆れ気味に笑い、ゴールドファーマーを一口飲む。しかし対照的に、イッシンは自ら置かれた状況を飲み込む事に時間を要した。

 

 

「じ、じゃあ他の転生者も、俺より先に転生しているって事か?」

 

「どうだろうな。僕が確認出来ている転生者は、君と僕を含め4人だ。あとの2人は分からないさ」

 

「他の転生者に会ったのか!?」

 

 

イッシンは木製の丸テーブルが軋む勢いで身を乗り出す。そんな勢いにビックリしたのか、シンゴも椅子に座りながら後ろへ仰け反る。

 

 

「そんなに驚かなくてもいいだろ」

 

「誰なんだよ、その2人って!」

 

「……一人はドン・カーネル。原作じゃ〝粗製〟扱いだったけど、この世界ではGAグループでローディーに次ぐ実力者だ」

 

「ランキングを見てまさかと思ったけど、やっぱりそうなのか」

 

 

ドン・カーネル。

原作ストーリー中において、初めてのネクスト戦の相手だ。その動きはお世辞にも良いとは言えないが、その発言と特徴的なエンブレムからネタにされる事もままある、ある意味名物キャラである。

 

しかし、彼の駆るネクスト〝ワンダフル・ボディ〟は高火力兵装を有しているため、乗り手を選びはするが決して弱くはないネクストでもある。

 

 

「どうやら転生前はロシア人らしくてね。前世ではイワンって呼ばれてたらしい」

 

「らしいらしいって……確認したんだろ?」

 

「転生者なのは間違いないんだ。ただ、気難しい人でね。話しかけて一言返ってくれば良いほうなんだよ」

 

「大丈夫かよ、それ」

 

「まぁ悪い人ではないさ。今度、機会があれば会わせるよ」

 

 

シンゴはそう言うとゴールドファーマーをまた一口飲み、一服する。イッシンも誘われるように手元のロックグラスに注がれているゴールドファーマーを口に含み、顔をしかめた。

 

 

「キッツいな、この酒」

 

「65度だからね。慣れれば旨いもんさ」

 

 

シンゴは涼しい顔でゴールドファーマーを一気に飲み下すと、一息ついて余韻に浸る。イッシンは同じ事は出来そうに無いと感じ、チビチビと飲み進める。

 

 

「さて、話を戻そう。もう一人の転生者なんだが……()()()()CUBE(キューブ)だ」

 

「だから多分って何だよ、確認したんだろ? それに今のってどういう事だよ」

 

「これはちょっと複雑でね。アスピナ機関の『プロジェクト・CUBE』って聞いたことあるかい?」

 

「聞いたこと無いな。『プロジェクト・マグヌス』の親戚か?」

 

「残念だけど、似て非なる物だ。『プロジェクト・マグヌス』はハード面であるネクストの研究。『プロジェクト・CUBE』はその逆で、ソフト面であるリンクスの研究さ」

 

「……原作でそんなのあったか?」

 

「無いはずだ。おそらく公式資料集にも書かれていない裏設定の類だろう。『プロジェクト・CUBE』はその名の通り、CUBEと名付けられた被験体リンクスをネクストに載せて実戦データを収集。そのデータを基に最強のリンクスを人工的に造りだそうって計画だ」

 

「ジョシュア・オブライエンのようにか」

 

「最終目標は彼を超える事みたいだけどね」

 

 

ジョシュア・オブライエン。

リンクス戦争において何人もの敵対リンクスを討ち取り、戦争終結へと導いた正真正銘の英雄だ。そんな英雄が所属していた組織が『アスピナ機関』である。

主にリンクス適性の根幹であるAMS技術の研究・開発を行っており、政治屋と揶揄されるオーメルグループの傘下組織でありながら、変態企業と名高いトーラスと双璧を成すほどに隔世感の強い技術者集団でもある。

 

 

「そしてどうやら『プロジェクト・CUBE』は最終段階に入ったようで、完成体であるCUBEをカラードへ登録して実戦での最終調整を進めているんだ」

 

「で、それと転生者に何の関係があるんだ?」

 

「アスピナ機関の友人によれば、完成体のCUBEはうわごとのように〝転生者を探さないと〟って繰り返しているみたいで人格調整に難儀しているらしい。これ以上の手がかりは無いだろう」

 

「……そうだな、判断するには十分だ」

 

「納得して貰えて良かった。……これで、僕の知っている転生者の情報は終わりだ。他に何かあるかい?」

 

 

シンゴは再びゴールドファーマーをグラスに注ぐ。少し酔っているのか、目分量でドボドボと淹れていく様を見てイッシンは軽く引きながら質問を投げた。

 

 

「ホワイト・グリントは転生者じゃないのか?」

 

「可能性は高いだろうけど、正直分からないってのが答えだね。ラインアークも自分達の最高戦力をむやみに会わせる訳にはいかないんだろう、面会は一度も出来てないんだ」

 

「……他の転生者の見当は?」

 

「まったくもって不明だよ。いずれ出てくる事を願うしかないな」

 

「……そうか」

 

 

イッシンは安堵と不安が入り混じった複雑な感情を抱いていた。自分を含めて4人の転生者の所在が判明したのは間違いなく大収穫だ。しかし、残り2人の見当すら不明なのは頂けない。

流石にカラードに登録しているリンクス全員に『転生者ですか?』と聞き回るなんて馬鹿な行動はしないが、それくらいの事をしないと見つけられないのも確かだ。

 

そんなイッシンに気付いたのか、シンゴは笑いかける。

 

 

「残り2人が敵になるって決まった訳じゃないんだ。そんな死にそうな顔をするなよ」

 

「……それもそうだな」

 

「だろ?……じゃあそろそろ向こうに戻ろう。これ以上君を独占すると、セレンさんから大目玉を食らいそうだからね」

 

 

そう言うと、シンゴはゴールドファーマーを一気に飲み干して席を立つ。酒で僅かに紅潮した顔はハヤタ・シンゴではなく、すっかりダン・モロの顔に変わっていた。

 

 

「今更だと思うけど、この話は他言無用でね」

 

「わかってる。下手な詮索を受けるのは御免だ」

 

 

ダンは満足げに頷き、ドアを開ける。その先ではセレンとジョージ、そしてレイが未だにコーヒー談義を繰り広げていた。

 

 

「いいかジョージ。コーヒーの味は焙煎で決まるんだ、分かるか?」

 

「レイ、俺はコーヒー博士になる気は無いんだって。それにコーヒーが飲みたくなったら近くのムーンバックスで―――」

 

「ん?……お前達、やっと戻ったか」

 

 

セレンはイッシン達が出て来た事に気付くと席を立ち、ツカツカと近付いてきた。イッシンはセレンの足取りが普段よりも速いと感じたが、特に気にする事も無く対応する。

 

 

「ごめん、話し込んだら長くなった」

 

「それは構わんが……少し酒臭いぞ」

 

「ゴールドファーマーを御馳走したからね、イッシン君には早かったかな?」

 

「あんなモノを好んで飲むのはお前くらいだ。少しは自重しろ」

 

「友好の証だって。な、イッシン君?」

 

「まぁ旨かったのは間違いないから、俺は気にしてない」

 

 

イッシンの回答にセレンは呆れ混じりに溜息をついた。奥のカウンターでは、相変わらずジョージとレイがコーヒー談義を続行している。

この空間では先ほどの密会とは打って変わって気楽な雰囲気が漂い、イッシンは肩の力が抜けたような気がした。

 

 

「とりあえず、今日は疲れたから帰らないか?」

 

「……それもそうだな。レイ、私達は先に帰るぞ」

 

「おう。また来いよ」

 

「じゃあ僕らも帰りますか、ジョージさん」

 

「あぁ帰ろう。このままじゃコーヒーお化けに憑かれちまう」

 

「誰がコーヒーお化けだ」

 

 

そうしてレイを除く全員が重厚な出入扉を開け、ラウンジからいなくなる。ドアの向こうから聞こえてくる話し声は徐々に遠ざかっていき、ラウンジには先ほどまでの団欒が噓であったような静寂が訪れた。

 

 

「さて、と……」

 

 

レイは誰も帰ってこない事を見計らい、ダンとイッシンが話していた部屋のドアを開ける。少し酒の匂いが漂う部屋で、レイは中央に鎮座する木製の丸テーブルの前に屈むとテーブルの裏に貼り付けられた小さな機械を剥がす。

 

 

「どれどれ、どんな話をしてたのかな? オジサンにも聞かせてくれよ」

 

 

レイは機械の電源をオンにした。冒頭は若干のノイズから始まり、次第に会話が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《……レ……ん。レイ……ん。レイさ~ん。聞こえる~?ダンだよ~~。盗み聞きしてもいいけど、次はもっとバレにくい場所に仕込んでね~》

 

《ダン、何してんだ?》

 

《ん?ちょっとした悪戯だよ》

 

《話があるなら、早くしてくれよ》

 

《それもそうだね。じゃ、そこの椅子に座ってゆっくり話そうか》

 

 

そう言うと音声はブチッと切れた。

 

 

「………あのクソガキ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、当のクソガキはオペレーターであるジョージを先に帰し、カラード本部の屋上で春先の心地良くも冷たい風に吹かれながら、ある人物に電話を掛けていた。

 

 

《……私だ》

 

「お久しぶりです、王小龍」

 

《結果はどうだった》

 

「ずいぶん耳が早いですね、いつ彼とやり合うかなんて僕の気分次第なのに。……もちろん僕が勝ちましたよ」

 

《だろうな》

 

「ただ、危なくもありました。判断が遅かったら負けていたかも知れません」

 

《ほう、お前をしてそこまで言わせるか》

 

「あんな逸材、そうそういませんよ。……引き込みますか?」

 

《こちらでも動いている。無理はするな》

 

「相変わらずですね。その調子でリリウムちゃんの教育も頑張って下さいよ」

 

《ふっ、余計なお世話だ。切るぞ》

 

「ええ、また近いうちに」

 

 

ダンは電話を切ると眼下に広がる街を眺める。

そこでは年端もいかない子供が走り周っており、それを母親らしき女性が叱っている。

子供は叱られた事に泣きじゃくるが、女性はその子を抱きかかえると今度は優しそうな表情を浮かべる。

子供は母親の表情に安堵したのか、泣き痕を残して寝てしまった。

その様子をダンは見届け、想う。

 

 

(……この幸せな日常は僕が守る。どんな手を使っても、必ず)

 

 

時は三月、新たなる胎動が芽吹き始める季節の事である。

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

文中の『プロジェクト・CUBE』は完全オリジナル設定です。わりと詳細まで決めているので、フラグ回収はしていきたい所存であります。

励みになるので、評価・感想・誤字脱字報告をよろしければお願いします。


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20.【幕間】日々の想いは翡翠色

前回から三月に突入したので、ちょっと小休憩も兼ねて


セレン・ヘイズは悩んでいた。

格納庫(ファクトリー)の待機室に置かれた何の変哲もない椅子に腰掛けながら、大いに悩んでいた。

 

 

(……ホワイトデー、どうしよう)

 

 

しかしセレンはバレンタインの返礼品をどうすべきか考えているのではない。()()()()()()()()()()()()()()()

 

イッシンのオペレーターとなり早一ヶ月。

初陣こそおっかなびっくりでこなしていたがギガベースの一件以来、堂々とした立ち振る舞いを獲得したようで、つい先日には〝ランク3〟ダン・モロに本気を出させ、追い詰めるまでに至っている。

 

確かに増長している部分はある。それは認める。しかし、それを勘定しても余りある実績を残しているのも事実だ。故に日頃の労いも込めて何かしらプレゼントでもしてやろう。丁度、ホワイトデーも近いしな。

というのが一連の流れである。

 

ここまでは良い、そして問題はここからであった。何を隠そうセレン・ヘイズ、異性に対し贈り物をしたことがないのである。

 

厳密にいえば幼少期に父親への誕生日プレゼントとして手作りクッキーを焼いた事はある。

だがそれ以降の思春期では意中の男性はおらず、反抗期には男性と会話をする位なら死んだ方がマシとも考えていた。

それが彼女なりの反抗であった訳だが、結果として男性との関係はそれを機に断たれ、それなりの年頃になった今でさえ引きずっている感がある。

 

 

(……下手に考えても仕方ない。まずはどんな品が定番か調査するか)

 

 

セレンは自前のノートPCを立ち上げ、それとなくネットサーフィンをしてみる。ヒットする記事はどれも在り来たりで、手作りクッキーやらブランド物の財布やら枚挙に暇がないが不思議とどの記事も結びは「品物なんて関係ない。貴女の想いが最高の贈り物です」と締めくくられている。

 

 

(ふむ、『想い』か)

 

 

セレンはしばし熟考する。

 

……筆者の実体験で恐縮ではあるが、この手の贈り物は想いがこもっていれば何でも良い訳ではない。だが、逆に言えば想いがこもって()()いればある程度の誤差は許容される……と言う論理が前提条件から破綻している事は明察な読者諸君であれば察しがついているだろう。

 

そしてセレンはその破綻した論理を、何の疑いもなく数式に当てはめる。

 

 

(――ならばフィジカルサプリが最善だな。イッシンを労いつつ身体機能強化も望める、そして()()()()の被害も比較的軽微に収まる。一石三鳥だな)

 

 

セレンは自らの発案に、我ながら天晴れといった様子で満足げに頷く。セレンはそのままの勢いで愛用しているフィジカルサプリを販売している会社のサイトにアクセスした。

 

トップページには黒の背景に白文字で『Make up. Perfect Body.』と記されている。恐らく毛筆で書かれたのだろう、アルファベットの随所に独特の荒々しさが見て取れた。そしてその短文を守護するかのように、左右には腕を組んだ筋骨隆々の男性のバストアップ写真があしらわれている。

 

向かって右の男性は有澤重工の専属リンクス『有澤隆文』である。相も変わらず彫刻のような逞しい筋肉はフィジカルサプリの販売には一役買っている事だろう。

左の男性は何故か頭にバケツのようなヘルメットを被っている。右の有澤に負けず劣らずの雄々しい筋肉ではあるが、どこか女々しさも感じ取れる不思議な男性だった。

 

そんなトップページには目もくれず、セレンは即座に下へスクロールする。老若男女に向けた様々な商品が一瞬の内に画面外へ急上昇していく中、ページの一番下に辿り着く。そこには、それまでと全く違う雰囲気を醸し出している『更なる極みを求める貴方に』と書かれたリンクが貼られており、セレンはそのリンクを躊躇なくクリックする。

 

 

(……値は張るが日頃の労いだ、私も中々買えない商品だがプレゼントしてやるか)

 

 

セレンの眼前には、ある一つの商品が映し出されていた。『Z~極み、その先へ~』と銘打たれたその商品、外見は黒一色で構成された手のひらサイズのバケツカップいっぱいに入れられた翡翠色の粉末である。

工業用薬品のような見た目だが、間違いないなくフィジカルサプリであり、その成分表は『Z~極み、その先へ~』の名に違わず凄まじい。

一般人であればティースプーン一杯を服用しただけで疲労が全て回復するほどに強力な身体修復作用を誇り、一ヶ月間服用すればどんな肥満体型もフィジーク選手顔負けの肉体になることの出来る、正に劇薬である。

値段は50C(コーム)と非常に高額だが、日々数十万C(コーム)のビジネスを生業とするリンクスにとっては端金(はしたがね)同然であった。

 

 

(たまに私も使わせて貰うか)

 

 

少し(よこしま)な気持ちを抱きながらセレンは購入ボタンをクリックしようとした瞬間、携帯端末がけたたましく鳴り響いた。

 

 

「……私だ」

 

《よぉセレン、元気か?》

 

「レイか。何の用だ」

 

《いやな、変な胸騒ぎがしたんで電話してみたんだ。なんかあったりするか?》

 

「何もないぞ。強いて言えば、贈り物を選定していた」

 

《随分珍しいな。何を送るつもりなんだ?》

 

「ゲイリーセブン社のフィジカルサプリだ」

 

 

セレンは自信満々な声色でレイに話す。

これ以上の選択肢は有り得ず、間違いなく最良の贈り物であると自負しているが故の発言だったが、電話越しのレイは何故か沈黙している。

 

 

「どうした?」

 

《――セレン。一応聞いておくが、送る相手は誰なんだ》

 

「イッシンだ。最近のあいつは良くやっているからな、日頃の労いも兼ねてコレを贈ろうと思っている。……何か問題があるか?」

 

《悪い事は言わん、やめておけ》

 

 

瞬間、セレンを中心とした半径2mの体感温度が3度ほど下がり、セレン本人の顔には鉄仮面とも言うべき表情が形成された。

まぁ、自身が最良と判断したプレゼントを一蹴されたのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが。

 

 

「……理由は?」

 

《セレン。俺との付き合いは長いよな》

 

「……そうだな」

 

《その間、男にプレゼントした事はあるか?》

 

「……無いな」

 

《だったら俺の言葉を聞け。いいか、ま―――》

 

「断る」

 

 

食い気味の即答。

セレンの力強い先制ジャブに出鼻を挫かれたのか、レイの言葉は間抜けな音を発しながら虚空へ消えた。

 

 

《……少しくらい喋らせろよ》

 

「いいかレイ。私はイッシンのオペレーターだ。オペレーターたるもの、リンクスの糧になるプレゼントをしたいと結論を出すのは当然だろう」

 

《それは分かるが――》

 

「だから、私はイッシンにフィジカルサプリを贈る。これのどこが悪い?」

 

 

オペレーターとしての観点からすれば、確かにフィジカルサプリは最適解であろう。しかし日々を労うつもりであれば話は変わってくる。

 

 

《セレン、イッシンはリンクスである以前に一人の男なんだぞ? 男ならフィジカルサプリよりも、他愛ないアクセサリーなんかの方がよっぽど喜ぶもんだ》

 

「しかしそれでは……」

 

《ここは騙されたと思って俺の話を信じろ、な?》

 

 

レイはここがチャンスと見たのか一気に畳み掛ける。日頃、異性との交流が皆無な女性であるセレンはこのような状況の男性心理に疎い。となれば、レイがそこを攻めるのは必然であった。

 

 

《どんな形であれ、イッシンを喜ばせたいんだろ?》

 

「……分かった、お前の言う通りにしよう」

 

 

セレンは折れた。

図らずも『イッシンを喜ばせたい』が殺し文句となった格好だが、セレンは認めないだろう。

レイはその回答に満足すると、少し世間話をしたのちに通話を切る。再び待機室に静寂が戻り、セレンはPCへ向き直った。

 

 

(他愛ない、か……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、照れ臭くも(かしこ)まるセレンに若干の恐怖を抱いたイッシンに、名前入りのドッグタグがプレゼントされた。カーボン合金で鋳造されており、エッジ部分にラバー加工が施された〝他愛ない〟プレゼントであったが、思いのほかイッシンは喜んでくれたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

余談であるが、数日後レイの元に着払いで小さなバケツカップが届いた。

届けた配達員の話では、あれほどまでに絶望した顔を見たことは無く、今後見ることも無いだろうと語っているらしい。

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

終盤はあえて大雑把に書きました。
セレンとイッシンの詳細なやりとりは皆様のフロム脳で構築して頂いて、ご自身の最高のシチュエーションをお楽しみください。

励みになるので、感想・評価・誤字脱字報告お待ちしております。


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21.大人と子供

前話のゲイリーセブン社、略して〝ゲイブン〟
気付いてくれたドミナントはどれほどいるのか。


「僚機の依頼?」

 

格納庫(ファクトリー)の待機室に置かれている北欧風のソファでゲーム片手に寝そべっていたイッシンは、思わずオウム返しで聞き返した。

 

 

「そうだ。しかも依頼主は()()有澤だぞ。今時書類を郵送するような、時代錯誤も甚だしい頑固者のな」

 

 

セレンは手元の封筒から書類を取り出す。有澤重工のロゴマークがあしらわれた深緑色の封筒から出て来たのは、藁半紙を彷彿とさせるような薄い黄土色の紙束だった。

 

 

「報酬の45%がこちらに入るし、有澤の実力も折り紙付きだ。悪くは無い依頼だと思うぞ」

 

「どれどれ……『突然の依頼、失礼する。昨今、活躍目覚ましい貴殿の助力を承りたく、依頼させて頂いた。~(中略)~此度の戦、小生のみでは持て余す。~(中略)~吉報を待つ』……長いし、後半何言ってるか分からねぇ!?」

 

「なんにしろ、依頼は依頼だ。……受けるか?」

 

イッシンは声にならない呻きを上げながら、ソファの上で大きく伸びをする。手元のゲームにはセーブ完了の文字が浮かんでいた。

 

 

「正直、ちょっと気が引けるな」

 

「ほぉ、珍しく弱気だな」

 

「ギガベースを落として、GA寄りのダンともやり合ってるんだぜ?なのに素知らぬ顔で僚機の依頼をしてきてんだ。警戒しない方がおかしいだろ」

 

「なら辞退の返事を――」

 

「冗談。受けさせて貰うぜ」

 

 

イッシンは不敵な笑みを浮かべながら、渾身のキメ顔で自信満々に言い放つ。……変わらずソファに寝そべりながらであるから、格好はついていないが。

 

 

「知り合いを増やす良い機会だし、罠なら突破するまで。だろ?」

 

「……分かってきたじゃないか」

 

 

まるで飼い犬が初めて芸を覚えた時のように、セレンは口元に微笑を浮かべる。そして、それは始まりの合図でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リッチランド農業プラントは、オーメルグループ傘下のアルゼブラ社が保有する世界有数の農業地区である。総面積は30万平方メートルに及び、小国であれば二、三国が丸々収まるほどに雄大な大地は世界に供給される穀物の約27%相当を生産している。

 

そんな世界の台所の上空3000mを二つの影がジェット音を鳴り響かせながら並行に飛行していた。一つは淡い桜色の旧式輸送機であり、その下には青色の『TYPE(タイプ)-HOGIRE(オーギル)』が合金製多重層ワイヤーロープで吊されている。

 

もう一方も同じく輸送機であるが、こちらは対照的に深緑一色の最新式輸送機であり、そこかしこに散見される無骨さから爆撃機に見えなくもない。その爆撃機の下には輸送機と同色の()()がぶら下がっていた。いや、正確には砲台ではない。

 

上半身が単眼のマッシブな人型でありながら、脚に相当する箇所には重戦車のようなキャタピラが占用している。両腕があるはずの箇所には短身かつ重厚な砲塔が一門ずつ搭載され、背中には列車砲と見紛うばかりの巨大な砲塔が折り畳まれて格納されている。

 

移動要塞という言葉は、この機体の為に生まれた。そう言われても納得出来るほどの圧倒的存在感を放ちながら。

 

 

「あれが〝ランク14〟雷電か。……間違っても、あんなのとはやり合いたくねぇな」

 

《ふっ、〝ランク3〟に肉薄した奴が何を言う》

 

「それとこれとは話が別だ」

 

 

ストレイドのコックピット内で待機するイッシンは、セレンに対し口を尖らせる。

 

 

(にしても、ホントにやり合いたくねぇな)

 

 

イッシンはストレイドのメインカメラを並行する雷電に向けた。モニター越しにも分かる重厚さ。ほとんど鉄の塊のような質量にイッシンは生唾を飲む。

 

目の前に吊らされている雷電も原作内で幾度となく倒してきたネクストの一人だ。

だが、あくまでそれは原作での話。現実(リアル)として正面から相対した時に、本当に勝てるかどうか疑問であった。

不意にスピーカーから着信音が鳴り、向こう側のセレンが対応する。

 

 

《イッシン、雷電からの通信だ。出るか?》

 

「あぁ、繋いでくれ」

 

 

分かった、とセレンは返事をする。インカムで雷電に話を通しているのだろう。ゴソゴソと二、三言話すとスピーカーからブツンブツンとノイズが二度入る。

 

 

《有澤重工、雷電だ》

 

「ストレイド、キドウ・イッシンだ」

 

《此度の支援、感謝する》

 

「構わねぇよ。むしろアンタと組めるなんて光栄だ」

 

《世辞は不要だ。……しかし若いな》

 

「ガキは嫌いか?」

 

《聞き分けがなければな。……露払いは任せたぞ》

 

「仰せのままに、社長殿」

 

 

イッシンの返答を鼻で笑って返すと、雷電からの通信が切れる。数秒後、再びブツンとノイズが入るとセレンの声がコックピットに流れた。

 

 

《どうだった、有澤は》

 

「セレンの言う通り頑固者だな。だが信頼はできる」

 

《ほう、根拠は?》

 

「男の勘だ」

 

《……聞いた私が馬鹿だったよ》

 

 

セレンの呆れた声がコックピットに反響するが、当のイッシンはクツクツと笑っている。

 

 

《まったく。……改めて、ミッションの概要を説明するぞ。今回のミッションはAF『ランドクラブ』の破壊だ。事前情報では1機と説明されたが、正直当てにならん。最大限の警戒を怠るなよ》

 

「了解。今回は弾薬をタンマリ仕込んでるんだ、弾切れはそうそう起こらないさ」

 

 

そう言うとイッシンはコンソールパネルを起動させ、ストレイドの兵装を確認する。

 

左手にはGAの汎用ライフル【GAN02-NSS-WR】

右手にはレーザーライフル【LR02-ALTAIR】

背部右側はGA製分裂ミサイル【CHEYENE01】

背部左側は有澤製グレネードキャノン【OGOTO】

肩部にはBFF製連動ミサイル【061ANRM】

 

 

《いくら依頼主が有澤だからとは言え、わざわざ有澤のグレネードまで買い付けるとは思わなかったぞ》

 

「こういう心証って大事だろ?GAグループの兵装を使っておけば、向こうが考えてる俺の評価も変わるかも知れないしな」

 

《流石にその程度はわかるか。……まもなく作戦エリアに到着する。現時点より、有澤との通信も常時オンにするぞ》

 

「あいよ」

 

 

聞き慣れたノイズがコックピット内にブツンと鳴る。有澤との通信が接続されたかどうか確認するために、イッシンは有澤へ呼びかけた。

 

 

「社長殿、聞こえているかい」

 

《良好だ》

 

「そりゃ良かった。……なぁ、一ついいか?」

 

《応えられるか分からんぞ》

 

「それならそれでいいさ。アンタ、影武者なのか?」

 

《……ずいぶん愚直に聞くな》

 

 

有澤重工第16代社長〝有澤隆文〟

同社が誇る重装甲ネクスト『雷電』を駆り、自ら最前線へ赴く傑物というのが表向きだ。

 

しかし、GA傘下とはいえネクスト産業の一翼を担う企業の長が戦場に出るなど荒唐無稽にもほどがある。その状況の中で陰謀論の如く囁かれているのが〝影武者説〟である。

 

影武者が〝有澤隆文〟の名を(かた)りミッションをこなしていけば、同社の社長を乗せても問題ない程に堅牢な製品であると評判も上がっていくし、社長本人が乗っている訳ではないから、リスクは限りなく少ない。何よりそれであれば納得が行く。

 

――というか、そうであって欲しい。

経営も出来て、マッチョで、リンクスとしても折り紙付きとかチート以外の何物でもないだろ。いや、チートでももうちょい易しいぞ。

 

 

「で、実際のところは?」

 

《……ここでは言えん》

 

「まぁそう――」

 

《この任務が終わったら私の屋敷に来い。そこで話そう》

 

「マジかよ」

 

 

意外にあっさりと答えてくれる事に、イッシンは思わず素が出る。マジでか。そう言うのって終盤まで勿体ぶる感じじゃないのか。

イッシンが内心呆けていると突然セレンが怒鳴った。

 

 

《イッシン!雷電!緊急事態だ!》

 

「ど、どうしたよ!」

 

《リッチランドのランドクラブを確認。予想通り、1機ではなく2機だったようだ》

 

《その程度の誤差では、この雷電は削り切れん。問題はない》

 

《いや、問題大ありだ。……ランドクラブ2機共に()()()()()()()。代わりにネクスト反応が2機確認されているが、一方からは救難信号が出ている》

 

「……は?」

 

 

イッシンは再び間抜けな声を出す。原作のハードモードでは、確かにランドクラブは2機だった。それがこの世界では撃破されており、挙げ句にはネクストと来た。

 

いやホント原作と変わりすぎじゃない?第8艦隊の時もそうだけど、どうしてこうもネクストと御縁があるのか。俺もう泣きそうなんだけど。

イッシンが内心で更に嘆いている中、雷電は状況の把握に努めた。

 

 

《ネクストの識別反応はあるのか》

 

《救難信号を発信しているのは〝ランク16〟マロースだ。もう一方の信号は識別反応なし。恐らく()()()()()()だろう》

 

 

イレギュラーはリンクス管理組織『カラード』に属さず活動するリンクスおよびネクストの総称である。カラードが自らの管理下にいない者に対して異端分子(イレギュラー)と呼称するあたり、実質的なカラード運営者である企業側の傲慢が垣間見える形であるが。

 

 

《正直、アルゼブラの雪豹(ゆきひょう)が助けを求めるとは考えづらい。罠の可能性が高いな》

 

《ランドクラブ2機を潰してまでか?小生はイルビスと相見えたことがあるが、奴はそんな愚策なぞ仕掛けん》

 

《撃破信号などいくらでも偽装出来る。やりようはあるだろう》

 

「助けようぜ」

 

 

唐突な終止符。

それまで様々な可能性を投げ合い、最も確率の高い可能性を探索していた雷電とセレンは呆気にとられる。

 

 

「セレン、格納庫(ファクトリー)で言ったろ。『知り合いを増やす良い機会だし、罠なら突破するまで』って。正にそれなんじゃないか?」

 

《……ふむ、若さに似合わず豪胆だな》

 

「そうでもしなきゃ生き残れないだろ」

 

《まっこと、その通り》

 

《貴様という奴は本当に……。――分かった、これより目標をランドクラブからイレギュラーネクストに変更。第一目標を〝ランク16〟マロースの援護および救出。第二目標をイレギュラーネクストの撃破とする、それでいいな》

 

《「応っ!」》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リッチランド農業プラント 第4セクター

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ――。貴様、何者だ!」

 

 

マロースのリンクス、イルビス・オーンスタインは叫ぶ。自らの指揮下であるノーマルで構成されたエリート部隊〝バーラット部隊〟は総数20機を超える大部隊であるが、その(ことごと)くが無惨にも撃破された。

 

あるノーマルは腰から上が吹き飛ばされ、またあるノーマルは麦畑の中、まるで女王に(ひざまづ)くような体勢で胸部には大きな風穴が形成されている。麦畑に引火したのか(あた)りには食欲をそそる香ばしい匂いが立ちこめるが、その匂いが一層この状況の異様さを際立たせる。

 

イルビスが駆るマロースも、本来は〝雪豹〟の名に恥じぬ純白の機体であるが左腕はもがれ、機体全体が煤とショートのドレスで化粧させられており、もはや〝捨て猫〟と形容したほうがしっくりくるような状況だった。

 

そんな捨て猫が睨みつける先には黄土色の巨人が佇んでいる。この惨劇を引き起こした元凶は、まさに悪魔と呼ぶべき異形の形をしていた。

 

 

《つまみ食いのつもりだったが、弱過ぎて話にならねぇな。まぁ死んどけ》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《……首輪付き》




いかがでしたでしょうか。

黄土色の悪魔は誰なんだー(棒読み)

励みになるので、感想・評価・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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22.肥沃な地獄で邪悪は歌う

いつの間にか10000UAを突破しておりました。
今後とも気楽に頑張って行きますので、よろしくお願いします。


《作戦エリアに到着。……酷い有様だな》

 

 

思わずセレンは呟いた。輸送機の眼下に広がる光景は焼け野原と呼ぶに相応しく、2機のAF〝ランドクラブ〟()()()()()からは轟々と火柱が立ち上っている。その周辺には大小さまざまな機械の残骸が無造作にばらまかれており、その全てがノーマルを含む通常兵器であることは明白だった。

 

 

「相当ヤバい相手みたいだな」

 

《うむ、気を引き締めねばなるまい》

 

《二人ともいいか。あくまでマロースの援護、救出が最優先だ。無理にやり合う必要ない、分かったか》

 

「言われなくても、こんなエグいこと出来る奴とマトモにやり合うつもりはねぇよ」

 

《小生は一向に構わん。イレギュラー風情に雷電が削り切れるものかよ》

 

「……自身満々で何より」

 

《よし、現時刻よりミッションを開始する。投下の衝撃に備えろよ。……3……2……1……投下、今》

 

 

セレンの掛け声と同時に、両輸送機のネクスト用懸架ワイヤーアタッチメントが解放され、ストレイドおよび雷電は直立体勢のまま自由落下していく。

 

空より産み落とされたネクスト達は、地上に降り立つ直前にメインブースターを噴かしてゆっくりと減速。ほぼ無反動で大地に降り立った。

 

 

《イレギュラーおよびマロースの反応は現在地より40km南東で確認されている。詳しい位置情報を送るから確認しておけ》

 

 

セレンの声に連動するようにコックピット内のコンソールパネルの光が増し、三次元的な地形図が表示された。世界最大級の農業プラントを謳っているだけあり、農耕に適しているであろう平坦な地形が黄緑色で形成される。その中で一際存在感を放っている二つの赤い光点には注釈で『Target Point』と示されていた。

 

 

「それじゃ行きますか」

 

《ストレイド、暫し待て》

 

 

雷電が遮る。イッシンがストレイドのメインカメラを向ければ、雷電の背中に折り畳まれた巨砲が展開している最中であった。そして展開が完了する頃には、ネクストの全高と同等の巨砲が姿を現す。

 

【OIGAMI】と銘打たれたソレは有澤重工の名作と名高いグレネードキャノン【YAMAGA】を遥かに上回る破壊力を誇り、その威力は数発でAFを墜とせるほど。しかし、そんな規格外の威力を得るためには〝砲身の長大化〟という代償が必要であった。ネクストにネクスト大の砲身を搭載するなど荒唐無稽に他ならないが有澤重工は折り畳み式の砲身とすることで、これを克服。晴れてネクスト史上最大の兵装の名を冠することとなった。

……まぁ並大抵のネクストでは砲身の自重に耐えられず脚部関節が故障するので、実質的にタンク型ネクスト専用の兵装ではあるが。

 

そんな化け物じみた巨砲を構えながら、雷電は()()()()()()()()()微調整を行い始め、事もなげにセレンへ尋ねる。

 

《ストレイドのオペレーター、表示された位置情報は正確か?》

 

《無論だ、誤差は±20m程度に収まっている。……どうするつもりだ?》

 

此処(ここ)より射貫く》

 

「はい?」

 

 

イッシンが間抜けた声を言うより早く、雷電は【OIGAMI】を発射。その衝撃と発射の風圧により付近の麦畑が大きくたなびかせ、その煽りを受けたストレイドは軽くよろけた。発射された砲弾は曲射の如く大きな弧を描きながら、刻一刻と青空の彼方へ吸い込まれていく。

 

突然の出来事に呆然としていたイッシンとセレンであったが、セレンは目の前で起こった事象をいち早く把握し、雷電に向けて怒鳴り散らした。

 

 

《雷電、貴様正気か!?今回のミッションはマロースの撃破ではなく救出なんだぞ!!》

 

《承知している。だからこそ射貫いた》

 

「……イレギュラーの目をこっちに向けるためか?」

 

《察しが良いな。その通――》

 

 

刹那、彼方の()()()()()オレンジ色の閃光が咲き誇った。直径50mに届こうかという巨大な爆炎はやがて黒煙へと変わり……

 

 

ドオォォォォン!!

 

 

数秒後、先ほどの【OIGAMI】発射時の衝撃が可愛く思える程の轟音が雷電とストレイドを正面から襲う。

 

 

「な、なにが起こった?」

 

《……【OIGAMI】の曲射を撃ち落とすとは、相当の手練れと見た》

 

「冗談キツいぜ、そんなことあって――」

 

《イッシン、雷電!イレギュラーが速度1800で急接近、80秒後に会敵するぞ!》

 

 

イッシンの嘆き節はセレンの悲鳴にも似た怒号によって掻き消される。コンソールパネルを確認すれば、セレンの言う通り先ほどの赤点の一つが尋常ではない速さで此方(こちら)に向かってくるのが見えた。

 

瞬時にイッシンの脳内には迎撃という言葉が駆け巡り、そこに撤退の二文字が介在する余地は無い。イッシンはすぐさまコンソールパネルを指で弾き、慣れた手つきで全兵装の動作チェックを開始した。その目には闘争心が宿り始め、操縦桿を握る手にも力が入る。

 

 

「社長殿、こんな事に付き合わせてくれたんだ。マージン上乗せでお願いするぜ!」

 

《構わんが、あまり期待するな。小生が自由に動かせる金などたかが知れている》

 

 

雷電のつれない返答にイッシンは思わず口角を上げる。原作では主人公が雇える最高の僚機であったが、この世界でもそれは変わっていないようだ。イッシンは背中を預けられる安心感からか思考に若干の余裕が出来たので、(くだん)のイレギュラーネクストの事を考え始めた。

 

イレギュラーネクストって誰だ?リッチランド繋がりでラスターさんか?いやだけど、この時期はまだ()()も表立って活動していないはずだしな……。

 

 

 

 

 

《あいむしんかーとぅーとぅーとぅーとぅとぅー、あいむしんかーとぅーとぅーとぅーとぅー》

 

 

 

 

 

突然、ストレイドのコックピット内に鼻歌が流れる。声の主は男性だが雷電の声ではない。恐らく接近してくるイレギュラーネクストのパイロットが歌っているのだろう。

しかし、只の鼻歌にも関わらず空虚で、冷徹で、享楽的な印象が脳裏に無理矢理植え付けられるような鼻歌だ。

 

そしてイッシンは、()()()()()()()()()()

 

身体中から滝のような冷や汗が噴き出し、全身の毛が逆立つ。呼吸が浅くなり、荒くなった。脳内のアドレナリンが大量に放出される感覚の中で、イッシンは必死に平常を保とうとする。

 

――いやマジかよ。ロリ爺の時も大概だけど、お前はホントに来ちゃダメな奴だろ。R18も真っ青なド腐れ外道さんよぉ。

 

イッシンの呼吸が乱れた事に気付いたのかセレンはイッシンに話しかけ、乱れた平常心の再構築を手伝う。

 

 

《イッシン、大丈夫か》

 

「……あぁ問題ない」

 

《無理はするな、初めてのネクスト戦がイレギュラーなら誰でも緊張する》

 

《しかし初見で手練れの狂人と相対するとは、小生も思わなんだ》

 

 

この状況下に置かれているにも関わらず、雷電は動揺の影すら見せない。仮に動揺していたとしても、それを見せぬ胆力は社の看板を担う者としての風格を感じられずにはいられない程だった。

 

やがて遥か前方にOBによる土煙を巻き起こしながら此方(こちら)に接近する異形の巨人が両ネクストのメインカメラに捉えられる。

 

全身が黄土色でカラーリングされた異形の巨人は、昆虫を連想させる有機的な線形のコア部と逆関節型の脚部を有しており、角張った細身の腕には大型のショットガンとゲリラが好んで使用するような意匠のライフルが握られている。何より目を引くのは、長い流線形を象った大型のスタビライザーが皿のように平たい頭部から生えている事だった。

 

その黄土色の巨人は【OIGAMI】の通常有効射程を知っていたかのように相対距離1200でOBを解除し、付近の麦畑に着地した。

黄土色の巨人は麦畑に巨大な(わだち)が形成されていることは気にも留めず、そのまま麦畑を横断するように滑りながら減速、停止した。

そして、ストレイドと雷電を見据える。

 

 

《――派手な挨拶だったが、どっちが撃った?》

 

《小生だ。マロースは無事か》

 

《あ?誰だそいつ?知らねぇし興味ねぇな。それよかてめぇら、強そうだな》

 

 

黄土色の巨人は両手の兵装をストレイド達に向ける。その姿は鎌を携えた死神が舌舐めずりしている姿を彷彿とさせ、同時に幻視した。凄まじい殺気に雷電とイッシンは思わず臨戦態勢をとる。

 

 

「多分、あんたが想像してる100倍は強いぜ」

 

《いいねぇ、雑魚に飽き飽きしてたんだ。簡単に死んでくれるなよ?》

 

《……匹夫が。この雷電に削り合いを挑む蛮勇、愚かと知れ》

 

 

 

 

       

 

カラードNo.31〝ストレイド〟キドウ・イッシン

          &

カラードNo.14〝雷電〟有澤隆文

 

          VS

 

イレギュラー〝???〟???

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

まさかチャプター1だけで20話超えるとは……。
週1更新の鈍亀ですが、今後ともお付き合い頂ければと思います。

励みになるので、感想・評価・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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23.深い深い狂気・Ⅰ

有澤製AFを妄想中ですが、どんな角度から妄想しても最終的にはクソデカグレネードに頭を支配されます。


先に口火を切ったのはストレイドだった。

下げていた右手に握られた【LR02-ALTAIR】の銃口をファストドロウの要領でイレギュラーネクストに向けて引き金を引く。

 

イレギュラーは放たれた光条を最小限の体捌きで難なく躱しOBを展開、ゲリラ然としたライフルを撃ちながら猛然とストレイド達に襲いかかった。

 

ストレイドは回避行動をとろうとするが、隣にいた雷電がすぐさまストレイドの前に出て、無駄と言わんばかりにイレギュラーから撃たれた弾丸を受け止め、弾いていく。

 

 

《はっはっは!お前ら最高だ。最高に()り甲斐がある》

 

「黙れよ、このイカレ殺戮外道が!」

 

《――ああ?好きに殺して何が悪い。強者の特権だろうが》

 

《血に渇する羅刹か。その因果、雷電で焼き尽くす……!》

 

《いい気迫だ。来いよ鉄屑、もっと刺激的に()り合おうじゃねぇか》

 

 

イレギュラーはなおもライフルによる射撃を辞めず、OBでストレイド達に接近する。雷電は止むことのない鉄の雨に晒されながらも展開中の【OIGAMI】を距離100の()()に向けて発射し、特大の爆炎を形成する。

 

にも関わらずイレギュラーは躊躇することなく爆炎に突っ込み、その身を炎の中にくらませた。

その様子を見た雷電は【OIGAMI】を格納、腕部一体型のグレネードキャノン【RAIDEN-AW】に切り替えながら爆炎に沿うかのように右方向へQBを発動させる。イッシンも雷電の意図を察したのか、両手のライフルを爆炎に向けながら左方向へQBを噴かした。

 

結果として十字砲火の陣形となりイレギュラーを迎撃可能な体勢が整えられた。イレギュラーの反応は依然として爆炎の中に有り、その外へ出てくる気配は無い。

 

 

《ストレイド!合わせろ!》

 

「言われずとも!」

 

 

掛け声と共にストレイドの【LR02-ALTAIR】と【GAN02-NSS-WR】、雷電の【RAIDEN-AW】の計四門による掃射が爆炎に叩き込まれる。爆炎の中から爆炎が生み出される異様な光景であり、中にいるであろうイレギュラーは粉微塵と化している以外に選択肢が無いように思えた。

 

しかし、爆炎を眺めるイッシンと雷電の眉間には未だ深い皺が刻まれている。理由を挙げるとすれば、粉微塵になった筈のイレギュラーの反応が消失していないからだ。即ち……。

 

 

《その程度か?(ぬる)過ぎて欠伸が出るぜ》

 

 

突如、爆炎が大きな火柱を上げたかのように勢い良く噴き上がると同時に、イレギュラーが上空へ飛び出した。

逆関節型脚部の最大の特徴である『驚異的なジャンプ力』を存分に生かした跳躍はイッシンと雷電の意識外の行動であり、両名共に思考のラグが生まれる。

 

【OIGAMI】の爆炎により装甲が軽く赤熱したイレギュラーは、その熱が冷めぬ内に雷電へ飛び掛かった。猛禽類を彷彿とさせる突撃に雷電のコックピットが縦横無尽の衝撃に襲われるが、当のパイロットは微動だにせず目の前のイレギュラーを睨みつける。視線の先には雷電のキャタピラ型脚部に佇むイレギュラーが見下ろしていた。

 

 

「その程度で雷電を削れるものか」

 

《それはコイツを受けきってから言えよ?》

 

 

そう言うと、イレギュラーは右手に握られた重ショットガン【SAMPAGUITA】を雷電のコア部に向け発射する。対ネクスト用に設計・開発された【SAMPAGUITA】の弾丸は同時発射数12発に相応しい密度を保ったままバラける事無く雷電に襲いかかった。

 

鈍く甲高い衝撃音が麦畑に一度、二度と鳴り響いた。そのまま三度目を打ち鳴らそうとした瞬間、突如イレギュラーが跳躍する。刹那、イレギュラーが居た空間を巨大なグレネードが通過した。

 

イレギュラーは雷電の【RAIDEN-AW】による反撃を回避した上で再度飛び掛かろうとするが、僚機が二度も襲われる状況に手をこまねくイッシンではない。

 

 

「いい加減にしろよ!」

 

 

イッシンはストレイドの背部に装備された分裂ミサイル【CHEYENE01】と肩部の連動ミサイル【061ANRM】を起動させイレギュラー目掛けて放った。流石のイレギュラーも雷電への追撃を諦め、QBを噴かして後方へ距離を稼ぎつつミサイルへの対応を余儀なくされた。

その間にイッシンはストレイドを雷電へ駆け寄らせ、被害状況の確認を行う。

 

 

「雷電!大丈夫か!」

 

《………》

 

「雷電!?」

 

《……問題ない。あの程度で雷電は削れんよ》

 

 

見ると【SAMPAGUITA】の直撃を二度も受けたコア部は確かにヘコんではいるが雷電の装甲を貫通している様子は全くなく、移動要塞の名に恥じぬ堅牢さを遺憾なく発揮していた。

 

 

「すげぇな。GA製でもそんなに硬いのか」

 

《いや、このコアは形こそ同じだが雷電専用の特注品だ。GAの純正なぞ使えん》

 

「そこまで言うかよ。(ちな)みにどこが違うんだ?」

 

《装甲の厚さが2.8倍だ。その為に幾つかの機能をオミットしているがな》

 

《――どおりで通らねぇ訳だ。……本当に()り甲斐があるぜ、お前ら》

 

 

スピーカーから流れる享楽的な声色にイッシンと雷電はドクンと胸が跳ね、同時にイレギュラーを見据えた。その先にはイレギュラーが麦畑の中に立ち、右手の【SAMPAGUITA】を見せつけるようにヒラヒラさせている。イッシンが放ったミサイル群は全て撃ち落とされたようで、イレギュラーの周辺には残骸らしき物が燻り、黒煙を上げている。

 

 

《おかげで火が着いちまったじゃねえか。どうしてくれんだ?》

 

「俺としては、そのまま撤退頂けると助かるな」

 

《はっはっは!冗談が上手いな。お前らみたいな極上の獲物、獲り逃がす方が罰当たりだろ》

 

《……イレギュラー、一つ問う》

 

《あ?》

 

 

雷電がイレギュラーに疑問の言葉を投げる。

正体不明の敵に対してごく自然な反応ではあったが、雷電の言葉尻にイッシンは一抹の不安を直感的に感じた。触れてはいけないナニカに触れるような、そんな感覚だった。

 

 

《その戦法、どこで覚えた》

 

《……言ってる意味がわからねぇな》

 

 

雷電の言葉に、どこかとぼけた印象だったイレギュラーの声色が一気に変わる。先ほどまでの冷徹で享楽的な雰囲気ではない。深海のように深く、(くら)く、凍えるような雰囲気。先ほどまでを『煉獄』と形容するならば、今の状態は『冥府』と言えるだろう。

 

 

巫山戯(ふざけ)るな。戦法の細部こそ違えど、その作法は『イクバールの魔術師』と同じだ》

 

《……同じ?俺と()()()が同じだと?》

 

 

イレギュラーの雰囲気が更に深くなる。一切の光を拒絶する最深海の如く、何も見えない程に。

 

 

 

深く、深く……。

 

 

 

刹那、イレギュラーが弾かれたようにQBを噴かしてイッシン達目掛けて突進してきた。それも、今までとは比較にならない動きで。

咄嗟にイッシンはストレイドを雷電の前へ前進させ、両手の【LR02-ALTAIR】と【GAN02-NSS-WR】をイレギュラーに向け掃射するが、イレギュラーはQBを巧みに操り全弾回避。そのままスルリとストレイドの懐に入ると、コックピットに蹴りを見舞う。

 

 

《邪魔だ》

 

 

逆関節型脚部の圧倒的ジャンプ力の踏み台となった格好のストレイドは遥か後方へ吹っ飛び、麦畑に背中から落下。多くの麦が悲鳴を上げるようにパキパキと音を立てた。

 

イレギュラーは吹き飛ばされた青色の巨人を一瞥する事も無く、勢いそのままに雷電へ向かう。雷電は【RAIDEN-AW】を構え、必中の距離までイレギュラーを引きつける。相対距離100となった瞬間、【RAIDEN-AW】が火を噴くがイレギュラーはボクシングのダッキングの如くグレネードを避けると、左手のゲリラ然としたライフル【LABIATA】を左側の【RAIDEN-AW】の砲口に限界まで差し込み、フルオートで引き金を引いた。

 

外部からの攻撃には持ち前の堅牢さを武器に滅法の強さを発揮する雷電であったが、砲口からとはいえ内部から破壊される事への耐性は他のネクスト同様に脆い。

 

引き金を引いて2秒後、内蔵されたグレネードに着弾したのか左側の【RAIDEN-AW】が内部より大爆発を起こした。機体の左半分が消し飛ばされる衝撃に雷電のキャタピラ型脚部が持ち上がって横転しそうになるが、元の自重のおかげかズズンと大きな音を立てて再び接地する。

 

雷電をもってしても内部からの爆発は相当なダメージだったらしく、コックピット内からは電子ショートによる火花が漏れ、操縦桿を握る有澤隆文のこめかみからは血が流れ出ていた。

 

そんな状態などお構いなしに、イレギュラーはキャタピラ型脚部に片足を掛け雷電のメインカメラを覗き込み、パイロット自身に問いかけるように無傷のイレギュラーが睨む。

 

 

 

 

 

破壊し尽くされた街並み。

炭化したヒトだったもの。

男の腕の中で息絶える女。

礫の山に佇む深紅の巨人。

 

 

 

 

 

《なぁ教えてくれよ。俺と()()()、どこが似てるんだ?》

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

近況報告として、普通に歩いてたら足の親指にヒビが入りました。診察した医師によれば『普段の歩き方が悪いね』との事です。無情な。

イレギュラーと『イクバールの魔術師』との関係性は深掘りする予定です。気長にお待ち下さい。

励みになるので、感想・評価・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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24.深い深い狂気・Ⅱ

『GreatPretender』というアニメを見ました。
アレはお薦めです。


……蝉が煩い。

 

仰向けで寝ていた一心(イッシン)はムクリと起きる。

爽やかな暑さの中、古民家の縁側で目を覚ました一心の身体を扇風機の風が優しく包み込んだ。チリンチリンとなる上方を見れば、金魚が二匹描かれた風鈴が揺れている。

 

 

「いっちゃん、起きたか」

 

 

後ろから幼い頃の愛称を呼ばれ、振り返ると恰幅の良いエプロン姿の老婆が穏やかな眼差しで優しく見つめている。

 

 

「ん。婆ちゃん、おはよ」

 

「おはようでねぇさ。もう昼の3時だ」

 

「そんな寝てた?」

 

「そりゃあよく寝てたさ。寝顔がカツユキそっくりで、婆ちゃんビックリした」

 

「うへぇ親父みたいになるのは嫌だな」

 

「大丈夫、いっちゃんは爺様似だからハンサムになるさ」

 

「それは婆ちゃんから見てだろう?」

 

「ホンにいい男だったんだよ爺様は」

 

 

カッカッカと婆ちゃんは笑う。歳は80を過ぎているというのに、それを感じさせない豪快さがあった。

 

 

「それにな、いっちゃんは雨鬼(あまおに)様と遊んでたんだからハンサムになるのは絶対だ」

 

「だれ?雨鬼様って」

 

「あんれ、覚えてないかい。いっちゃんが裏山で一緒に遊んでた若い女子(おなご)だよ」

 

「えー、噓だー」

 

「嘘なもんかい、雨鬼様はね―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《………ン!………シン!………イッシン!》

 

 

聞き慣れた声が自分の名前を呼んでいる。目を開けると、所々黒飛びして火花を散らしている電子パネルが敷き詰められた狭い部屋が飛び込んでくる。どうやらその部屋のスピーカーから呼ばれているようで、部屋の中に反響してウルサいことこの上ない。

 

 

「……セレン、声のボリューム下げてくれる?」

 

《イッシン!?生きてたか!》

 

「生きてるに決まってるだろ。何言ってんだ」

 

《馬鹿野郎!何度呼びかけたと思ってる!》

 

 

未だ夢見心地のイッシンにセレンは喝を飛ばした。自身が育てたリンクスを失う恐怖からか、その声はどこか震えている。

 

 

「寝てたんだから分かんないよ。久々に良い夢だったのに……」

 

《雷電が死にかけているという時に寝てただと!?ふざけるのも大概にしろ!》

 

「死にかけ……?」

 

 

 

ゴガァァァン!

 

 

 

巨大な金属同士がぶつかり合う途轍もない衝撃音にイッシンは目を見開き、音の方向へ首を捻った。そこには、両腕に相当する箇所から黒煙が上がり、頭は無く胴と履帯のみとなった鉄塊が鎮座している。そして、その鉄塊に向けひたすらに散弾銃を撃ち下す悪魔がいた。

 

 

―――何してんだ、あの野郎。

 

 

イッシンの寝ぼけた思考はイレギュラーを認知し、()()()()()()()敵だと判断する。そして、麦畑に倒れ込んだストレイドをユラリと起き上がらせた。もはやイッシンの眼には、目の前で僚機を蹂躙するイレギュラーの姿しか存在していない。それ以外は視界に入らず、寝起きによる無心(ゆえ)の驚異的な集中力が形作られる。

 

 

《よし、立ち上がれれば上等だ。加勢できるな?》

 

「………」

 

《どうした?返事をしろ!》

 

「悪い。すこし黙っててくれ」

 

 

セレンの言葉を制しイッシンは深く深呼吸をした。出来る限り神経を鋭く尖らせ、今までの戦闘をフラッシュバックさせながら自身に問う。

 

――あいつは強い。とんでもなく強い。

――ならどうする。

――決まってる。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

「行くぜ」

 

 

ストレイドのメインカメラが一際輝き、爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ほら言ってみろよ。俺とアイツ、どこが似てるんだ》

 

 

正気を疑うような雰囲気を纏った声で雷電に問いかけながら、イレギュラーは幾度も右手に握られた【SAMPAGUITA】を放つ。その度に鈍く甲高い衝撃音が雷電から発せられ、装甲のへこみが深くなっていく。

 

恐らくはあと数発でコックピットに到達し、パイロットである有澤隆文をミンチにしてしまうだろう。しかし、当の本人はこめかみより血を流しながらも死の恐怖を微塵も感じさせない眼光で、モニター越しのイレギュラーを睨みつける。

 

 

「………」

 

《おいおい、黙ってちゃ分からないぜ?教えろ。俺とアイツの共通点をよ》

 

「……貴様が一番わかっているだろう」

 

《は?分からねぇから聞いてんだ。あんな狂った利己主義野郎(エゴイスト)と一緒にされる筋合いは――》

 

「!……ククク……」

 

 

突然、有澤隆文の笑いがオールドキングのコックピット内に響いた。どこか憐れみを込めた笑いに苛立ちながらもイレギュラーは嘲りの念を絡ませながら皮肉る。

 

 

《――気でも触れたのか?》

 

「いや、(ようや)く得心がいった。貴様『欠番』か」

 

《……!》

 

「『イクバールの魔術師』を宗教家や数学者でなく、利己主義者(エゴイスト)と呼ぶ輩は内情を知る【オリジナル】だけだ。であれば、的は絞られる」

 

《……死ね》

 

 

重く寒々しい声色と共に、イレギュラーネクストの右手に握られた【SAMPAGUITA】が再び雷電のコア部に照準を合わせる。【SAMPAGUITA】の散弾が雷電のコックピットを貫通し、パイロットを肉塊にせんと構えたところに大音量のつんざく声がイレギュラーのコックピットに響いた。

 

 

 

 

「呼ばれてなくてもジャジャジャジャーン!!」

 

 

 

 

 

スピーカーから流れた大音量の声に、不意を突かれたイレギュラーは思わず硬直する。その機を逃がさず、ストレイドは某特撮ヒーロー顔負けの美しい跳び蹴りをイレギュラーの横っ腹にぶち込んだ。イレギュラーは『くの字』で吹っ飛び、そのまま麦畑を二度三度と跳ねながら遠ざかって行く。

 

 

「ごめん待った?」

 

《いや、いいタイミングだ》

 

「そりゃ良かった。遅れたお詫びに追加マージンはチャラにしておくよ」

 

《てめえ……。雑魚の分際でしゃしゃり出てくんじゃ無ぇ!!》

 

 

イッシンが振り向くと、吹っ飛ばされた筈のイレギュラーネクストが溢れ出んばかりの殺気を放ち、OBを噴かしながら向かってくる。雷電へのトドメを邪魔された怒りからか、その様子にイッシンは正真正銘『羅刹』を幻視する。

しかしイッシンの表情は自信に満ち溢れていた。

 

 

「確かに、さっきまでの俺は雑魚だった。だがな、今の俺は間違いなくお前の想像より100倍強ぇぜ!」

 

 

そう言い放つとストレイドに装備された背部の【CHEYENE01】および【OGOTO】をパージ。両手の【GAN02-NSS-WR】と【LR02-ALTAIR】を構えながらイレギュラーに向かって行った。

両ネクストの相対距離が300を切った瞬間、イレギュラーは空高くジャンプし、ストレイドの頭上より三次元攻撃を仕掛ける。しかし当たらない。どころか捕捉する事すら出来ない。

 

 

《動きが変わっただと!?》

 

 

それもそのはず。イッシンは本来の技術全てを使ってイレギュラーネクストと相対しているのだ。

ここでの技術とは、この世界で培った技術ではなく元の世界の技術、つまりゲームの操作テクニックである。今まで本能的にセーブしていた技術が、無心から来る驚異的な集中力により解放された格好だ。

 

限界機動とも呼べるその動きはQBを縦横無尽に噴かし、それでも避けられない攻撃は出力を上げたQB【二段QB】を駆使し無理矢理避けていく。

 

しかし、その代償も大きい。実際イッシンはVOBのG(加速度)とは比較にならないGに晒され、言葉を発する事すら不可能だった。肺の空気が押し出され、半ば無呼吸状態での操縦だったが、それを可能としたのは間違いなく【神からの贈り物】のお陰だろう。

 

 

(……やっべぇ、持って1分ってとこか)

 

 

麦畑を駆け抜けるイッシンは高揚感の中、自分の置かれた状況を比較的冷静に洞察していた。いくら自身の身体が【神からの贈り物】とはいえ原作通りの動きは持続可能なものではないらしく、一切の間を置かずに連続QBを噴かす間は身体中の骨が軋み、細胞レベルで悲鳴を上げている。

 

 

(いや、1分あれば十分だ!!)

 

 

イッシンは更に攻勢を強める。

対するイレギュラーはイッシンの限界機動に防戦一方であるが、致命傷となり得る攻撃は全て避けており、反撃の機を伺っていた。

 

 

(首輪付きの分際で中々良い動きしやがる。……面白れぇ。鉄屑で溜まったフラストレーション、てめえで解消してやる)

 

 

イレギュラーが防戦一方から反撃に転じようとしたとき、コックピット内にある男性の声が響く。

 

 

 

《なにをしている、オールドキング》

 

 




いかがでしたでしょうか。

そういえば生まれてこの方ビックマックを食べた事がないことに自分で衝撃を受けました。

励みになるので感想・評価・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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25.空しい勝利と虚しい敗北

外ツン家デレ系の女の子が好きです(唐突)


オールドキングと呼ばれたイレギュラーは、玩具を取り上げられた子供が親を責めるように忌々しく思いながら返事をする。

 

 

「何の用だメルツェル、こっちは忙しい」

 

《物は言い様だな。ランドクラブ2機の撃破後、即時帰還すると言って出たのは君だ》

 

 

メルツェルと呼ばれた男は苦笑しながら、幼子を整然と諭すように反論する。抑揚のないその声色には生気が全く感じられず、機械仕掛けの何かと話しているような感覚になる。オールドキングは面倒とばかりに通信用コンソールパネルに手を伸ばした。

 

 

「そんな事は忘れたな。切るぞ」

 

《今、相手をしているリンクスは殺すな》

 

「出来ねえ相談だな。コイツは俺が殺す」

 

《団長からの指示だ。モノによっては()()()()()つもりらしい。だから君は帰還しろ》

 

「俺の知ったことじゃない」

 

《……オールドキング、()()が動き出す前に君を失うのは面白くないんだ。それは君とて本意ではないだろう?》

 

「……」

 

《もう一度言う。帰還しろ》

 

 

メルツェルの発した言葉は優しく包み込むような穏やかさでオールドキングに語られるが、言外には『粛清』の二文字が佇んでいる。損得勘定を瞬時に済ませ、オールドキングは苦虫を噛み潰したように言葉を吐いた。

 

 

「………了解」

 

《余所見してんじゃねぇぞ!》

 

 

オールドキングが返答すると同時に、攻勢側のストレイドがOBを発動。両手の【GAN02-NSS-WR】および【LR02-ALTAIR】を掃射しながら急速に距離を縮める。対するオールドキングは弾丸と光線の雨嵐を巧みな体裁きでいなしながら機体を180度反転。ストレイドと同じくOBを発動させ、いささか名残惜しさを滲ませながら戦線を離脱しようとする。追うストレイドは離されまいとOBの出力を更に上げるが、イレギュラーのOB出力の方が数段高いらしく彼我の距離はみるみる離れていった。

 

 

《逃がすか!》

 

「悪いな、殺し合いは一旦お預けだ。それまでせいぜい生き残れよ」

 

 

オールドキングはイッシンに捨て台詞を言うとOBを加速させ作戦エリアを離脱、そのまま彼方へと吸い込まれて行った。

 

 

「この……!」

 

《イッシン!今は奴よりも雷電の救助が先だ、抑えろ!》

 

 

昂ぶるイッシンをセレンはスピーカー越しに制した。確かにイレギュラーを取り逃がした事は大きい。あのまま戦闘を継続していれば勝算も十分にあっただろう。だが、僚機である雷電が瀕死であり、なおかつイレギュラーが自ら撤退したのであれば救助より追撃を優先する理由は無い。

 

イッシンもそれは理解したようで、未だ醒めやらぬ闘争心を無理に押し込めながら、ストレイドを雷電の救助に向かわせる。その間にイッシンはセレンより雷電および有澤隆文の現状について説明を受けた。

 

見た目こそ派手にやられているが内部機能へのダメージは致命的ではないらしく、戦闘の衝撃によりある程度の外傷は受けたものの搭乗リンクスの命に別状はないらしい。

 

―――【SAMPAGUITA】の直撃を至近距離から何発もコアにブチ込まれて内部ダメージがそれなりで済むってどういう事よ。いくら原作内で『普及型AFと正面から撃ちあえる』って触れ込みがあったとは言え限度があるだろ。もはや旗艦(フラグシップ)級のAFと大差ないぞ、それ。

 

そんな邪推をしている内にイッシンの頭も冷え、普段と同じような平常を取り戻しつつあった。……イレギュラーネクストを仕留め損なった事に関しては、未だ腹を据えかねてはいるが。

 

 

「社長殿、生きてるか」

 

《……ストレイドか》

 

 

イッシンがモニター越しに見る雷電のコックピット内はバチバチと火花とショート音が断続的に出てはいるが、確かに主要な機能に関しては正常に作動しているようだった。パイロットである有澤隆文もこめかみから流血しているが大部分は乾き始めており、持ち前の肉体と精神力も手伝ってかすり傷を負ったようにしか見えない。

 

 

「アイツは撤退した。正直気に食わないが、良しとするさ」

 

《『勝った』とは言わないのだな》

 

「不戦勝ってのはノーカンだと思う性質(たち)でね」

 

《そうか………イルビスはどうした》

 

《既に確認している。イルビスのバイタルサインは安定しているが、ネクストはスクラップ寸前だな》

 

 

雷電の問いにセレンは答える。イッシン達がイレギュラーと交戦している間、セレンは作戦エリアを大回りしてイルビスの駆るネクスト〝マロース〟と交信。被害状況の把握に努めていた。即時救助も選択肢にはあったが、イレギュラーの行動が予測不可能であること。回収完了時間が読めない事から結果として、即時救助は出来なかった。

 

因みに、救助を試みたセレンに対するイルビスの対応が最悪だった事から救助しなかった訳ではない。……多分。

 

 

「まだマロースを回収してないんなら、さっさと回収して帰ろうぜ」

 

《いや、必要ない。たった今、オーメルからランク1がマロースの救援に向かっているという情報が入った》

 

「ランク1……オッツダルヴァか」

 

《鉢合わせるのも面倒だ。このまま雷電を回収後、作戦エリアを離脱するぞ。イッシン、お前は周辺を警戒し雷電を守れ》

 

「了解、これより社長殿の作戦エリア離脱を援護する」

 

《……面倒を掛ける、ストレイド》

 

「構わねぇさ、先にダウンしたのは俺だしな」

 

《全くだ。あの程度で気絶されては今後が思いやられる》

 

「セレン、もうちょい気遣ってくれてもいいだろ?」

 

《ふん》

 

 

セレンとイッシンの軽妙なやり取りの後、すぐに両ネクストの輸送機が到着した。ストレイドは到着時と同じように肩部に多重層ワイヤーを固定し通常通りに懸架出来たが、肩部含めボロボロの雷電はそうは行かない。

 

結果、コア上部に即席のアンカーボルトを新たに設置し懸架する形になる。時間にして30分程を要した後、両ネクストおよび両輸送機は作戦エリアを離脱。麦畑が未だ燃えるリッチランド農業プラントをあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラード記録ファイル(整理番号:GA-101)

 

依頼主:グローバル・アーマメンツ社

依頼内容:リッチランド農業プラントの襲撃

結果:成功

報酬:500000c

備考:イレギュラーネクストとの交戦有り。本依頼の受注リンクス〝有澤隆文〟は交戦により全治1週間の軽傷。搭乗ネクスト〝雷電〟は損傷により一ヶ月の修繕が必要と判断、指名依頼の受付を一時停止。なおイレギュラーは僚機〝ストレイド〟によって撃退。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「救援は……まだか」

 

 

イッシン達がイレギュラーと交戦したエリアより40km南東で、イルビス・オーンスタインは眉間に皺を寄せる。彼はアルゼブラ社が『イクバール社』と呼ばれていた時代より身を置く生粋の軍人であった。AMS適性を持ちながら、当時指揮していた〝バーラッド部隊〟の練度不足を理由にリンクスへの転向を固辞し、先の大戦をノーマルのパイロット〝レイヴン〟として生き抜いたベテランでもある。

 

そして数年前に自身の後任も十分に育ったとして、リンクスへ転向。それまで培った経験と勘を存分に生かし、数々の功績を残してきた…………にも関わらず。

 

 

「バーラッドは全滅、マロースも死に体……。大アルゼブラに尽くした結果がこれか。……救われんな」

 

《それが企業に心酔した者の末路だ。貴様のような盲信家には似合いの状況じゃないか》

 

 

イルビスはコンソールパネルを見る。友軍のネクスト反応がこちらに向かって来ており、その光点の注釈には〝Rank.1〟と示されていた。

 

 

「……お前を寄こせと言った覚えはないぞ、オッツダルヴァ」

 

《アルゼブラ社が擁する最高戦力が、どこの馬の骨とも分からん輩に手こずっていると緊急依頼が入ってな。同じグループのよしみで引き受けたんだ、有難く思え》

 

 

オッツダルヴァ。

技術力、政治力ともに随一であるオーメル・サイエンス・テクノロジー社が擁する最高のリンクスである。同社が威信を持って発表した最新鋭ネクスト「TYPE-LAHIRE(ライール)」を駆り、ほぼ完璧な作戦成功率を誇るが、同ネクストのコンセプトである「近距離高速戦闘」を嘲笑うかのように中距離戦闘を主とした射撃戦で闘う事の出来る、天才的なセンスのリンクスでもある。

 

本来であれば、社のコンセプトから逸脱したリンクスなど使う道理はないが、その圧倒的な実力故に歯噛みながらも起用し続けているのが実情だ。尤もオッツダルヴァの生来の性分である『皮肉屋』という側面が災いし、現場からの評価は最悪であるが。

 

コンソールパネルに表示されているネクスト反応は、やがてマロースのコックピットから全身のシルエットが視認出来る距離まで接近してきた。

 

TYPE-LAHIREは全体的に戦闘機を彷彿とさせる先鋭的なデザインのネクストだ。コア部が前方に突き出た見た目でありながら、腕部は通常のネクストよりも後ろに設計されており、その見た目は文字通り戦闘機の主翼にも見える。脚部は常に中腰のような格好で、空気抵抗を抑えるために薄く設計されているのが特徴だ。また、足はハイヒールのように土踏まずの部分が抉れており、軽量化の工夫が至るところに見て取れた。

 

そんなTYPE-LAHIREにメインカラーが青、差色が黒の洗練されたカラーリングが施されたオッツダルヴァの乗機〝ステイシス〟はマロースに手が届く所まで接近し、ブースターを切る。

 

 

《まるで捨て猫だな。山猫(リンクス)が聞いて呆れる》

 

「皮肉を言いに来ただけなら失せろ」

 

《そうしたいのは山々だが、生憎依頼でな。貴様の回収が終わるまで警護を一任されている。恨むなら貴様自身の実力不足を恨め》

 

 

そう言うとステイシスは周囲の警戒を開始した。とことん相手を見下す態度は腹立たしいが、一切の隙が見当たらない様はランク1であることをイルビスも認めざるを得なかった。

 

 

「一つ教えろ」

 

《なんだ。貴様と雑談など性に合わん》

 

「違う。()()()()はお前か?」

 

《……何の話だ?》

 

「イレギュラーに向けた攻撃の事だ。お前じゃ無いのか?」

 

《貴様のような男に助太刀するほど、私も落ちぶれてはいない。恐らく依頼を受けた別のリンクスだろう》

 

「どこのどいつだ。別のリンクスってのは」

 

《さぁな。貴様が考えろ》

 

 

そこで会話が途切れ、沈黙が訪れた。その間、麦畑のサラサラとした音が風によって奏でられる。しばらくすると2機の輸送機が到着し、すぐにマロースの回収作業が行われた。周囲100kmに敵影なしの報告を受けオッツダルヴァも警戒を解除。同じく輸送機で回収され、最早居る意味は無いといち早く帰路についた。

 

帰りの輸送機内でオッツダルヴァは依頼の報告書を同行した秘書に書かせ、自身はリクライニングシートで寝そべり、アイマスクをして足を組みながらクラシックを聴いていた。故郷に思いを馳せながら(ほとばし)る情熱を胸に戦場へ赴く様子を連想させるこの曲はオッツダルヴァのお気に入りである。確か題名は……。

 

 

「オッツダルヴァ様」

 

「……なんだ」

 

 

アイマスクをずらすと、座席の横に秘書が膝をついていた。オッツダルヴァの機嫌を損ねたのではと秘書の顔に焦りが見えたが、いくらオッツダルヴァとてその程度で激高する程器量は狭くない。オッツダルヴァが話すよう促すと、秘書はいくらか安心したようで滑らかに喋り始めた。

 

 

「ご所望の情報ですが、件のイレギュラーについて新たな情報はありませんでした。また、今回作戦エリアに居合わせたリンクスは〝ランク14〟雷電と〝ランク31〟ストレイドのようです」

 

「ふん、イレギュラー如きに振り回されるとはカラードも堕ちたものだ。……ストレイドは例の新人か」

 

「そのようです」

 

「ご苦労、下がっていいぞ」

 

「では失礼します」

 

 

秘書は足早にその場から去り、再び備え付けのデスクに座った。オッツダルヴァはその様子を薄目で見ながら再びアイマスクを掛ける。

 

そして、その口元には笑みが浮かんでいた。




いかがでしたでしょうか。

最近「リーサルウェポンズ」というバンド?にハマってます。内容が無いような歌詞ですが、元気になれる気がします。よければどうぞ。

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26.有澤共が夢の跡

四連休、何かしましたか?

……奇遇ですね。私も何もしてません(白目)


現在時刻14(ヒトヨン)00(マルマル)

 

旧日本国 首都東京 有澤邸前

 

 

「なんつーか……デカいな」

 

「ああ、デカいな」

 

 

イッシンとセレンは目の前を阻む門扉を見上げながら、お互いに確認するように感想を言い合った。

 

有澤邸は坪数にして20万を超える敷地を有しており、その周囲には高さ5mの石垣がうずたかく積まれている。石垣の先からは赤松が覗き、いかにも格式高い邸宅であることは住宅事情に疎いイッシンでも分かった。

 

同じく高さ5mはある観音開きの門扉は黒樫のような素材で出来ており、端々には繊細な金の意匠が施されていた。扉の中心には有澤重工のロゴマークがあしらわれており、対面した者を分け隔てなく威圧する。

 

 

「呼ばれた時間に来たはいいが、インターホンとか無いな。……すいませーん!」

 

「バカか貴様は」

 

「こうでもしないと気付いて貰えないだろ。……すいませーん!社長殿に呼ばれて来たんですけどー!」

 

 

厳かな門扉に向かって声を掛けるイッシンをセレンは呆れながら窘めるが、イッシンはめげずに声を掛け続ける。時間にして2分ほど声を上げたが門扉が開く気配は一向に無く、当のイッシンも半ば諦めかけていた。

 

 

「自分から呼んでおいてそりゃないぜ……」

 

「その場でのリップサービスだろう、本気にする方が悪い。帰るぞ」

 

 

消沈するイッシンに鋭いトドメを刺したセレンは(きびす)を返し立ち去ろうとする。それでも諦めきれないイッシンは項垂れながら門扉に手の平を置き、嘆息をついた。

 

 

「影武者の話、聞けると思ったのにな――」

 

《指紋照合。09RO-PYF キドウ・イッシンと確認。解錠します》

 

 

突然の電子メッセージに驚いたイッシンが顔を上げると手の平を置いている周囲が青く光った。かと思えば、その光は稲妻の如く門扉全体に駆け巡り、ゴゴゴという鈍い音を立て、厳かな門扉は独りでに開いていく。

 

状況が飲み込めないイッシンとセレンは口を半開きにしたままであったが、門扉が止まる事無く開ききった。そしてその先には、有澤重工のロゴマークが入った袴を着用した有澤隆文が仁王立ちで腕を組んでいた。戦いの傷が癒えてないのだろう、額は包帯に包まれている。

 

 

「待ちくたびれたぞ。入れ」

 

「……何でこの見た目でハイテクなんだよ」

 

「む?この門扉の事か?不貞な輩がみだりに立ち入らんよう、警備拡充の名目であつらえた。中々に見事な出来だろう。一見では電子ロックとは見破れん」

 

「お陰で待ちぼうけ食らったけどな」

 

「それは済まなんだ。貴兄は既知と思っていた」

 

「いいさ、入る事は出来たんだし。な?セレン」

 

「……まぁ、良しとするさ」

 

 

そのまま二人は、有澤隆文に導かれるまま邸宅内へ足を踏み入れる。そこには雄大な日本庭園が広がっており、四季折々の樹木や枯山水が正に『ワビサビ』と言った具合にセンス良く配置されている。ただ一点を除いて。

 

 

「スッゲぇな。この庭園……って、ネクスト!?」

 

「有澤重工最初期の試作ネクストだ。我が社の象徴として此処に置いている」

 

「最初期……確か〝KANNAWA〟だったな」

 

「ほう、知っていたか」

 

 

セレンの返答に、道案内で先行する有澤は思わず興味を示し振り返った。同行者であるイッシンも目を丸くさせながら見つめてくるので気恥ずかしいが、それとなく平静を装いセレンは問いに答える。

 

 

「有澤重工最初で最後の完全自社製品(フルフレーム)、試作の段階で致命的な欠点が見つかったために量産される事はなく、幻の機体と持て囃されるネクストだ」

 

「有澤の完全自社製品(フルフレーム)って、俺聞いたこと無いんだけど」

 

「ネクストという概念が生まれた頃の機体だからな。年若い貴兄が知らないのも無理はないだろう」

 

 

三人は話の流れから〝KANNAWA〟に近付いていき、即席の見学会となった。

〝KANNAWA〟は有澤重工らしくキャタピラ型脚部を採用したネクストであるが、その見た目のインパクトと重装甲は現在の旗艦(フラグシップ)モデルである〝RAIDEN〟を軽く凌駕している。

 

右腕はGA社の〝SUNSHINE〟を二周りほど太く大きくしたような外見で、出力は比較にならないと言う。対する左腕に相当する箇所には大型の二連装グレネードキャノンが搭載されており、その威力は装甲技術が進んだ現代でも十分に通用するらしい。頭部は潜水艦の艦橋のような見た目をしており、有澤隆文曰く申し訳程度の装甲のようだ。

 

極め付けは背部兵装で、右側はガトリンググレネード。弾丸は〝OGOTO〟と並行規格だそうだ。左側はGA社が誇る超大型ミサイル〝BIGSIOUX〟を()()()()改造した三連装ミサイルで、その威力は推して知るべしだろう。

 

 

「近くで見るとトンでもねぇな。このネクスト」

 

「当時の有澤重工の威信を掛けた機体だ。旧型と嘲笑われるだろうが、火を入れれば今でも動く」

 

「ふむ……。私も実物を見るのは初めてだが、見た限りだと欠点は見当たらないな。どこがダメだったんだ?」

 

「コストだ」

 

「へぇ。俺は操作性とかだと思ったけど、そんなに高いのか?」

 

「当時でランドクラブ3機分の費用が掛かる。いくら規格外(ネクスト)とはいえ量産するには高すぎるだろう」

 

「そりゃ納得」

 

 

有澤重工そのものを体現したネクスト〝KANNAWA〟の迫力を目の当たりにした一行は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にし、庭園の奥へ進んでいく。

 

しばらくすると、美術の教科書に載っていそうなほど美しく巨大な日本家屋がイッシン達の目の前に現れた。横幅50mはありそうな豪邸に、イッシンは内心ビビりながらも有澤隆文の案内のままに玄関へ進む。玄関は日本家屋らしく日本式の下足を脱ぐタイプであったが、目に見える所には古今東西から集めたと思われる骨董品の数々が並んでいた。玄関を抜けた先には吹き抜けの廊下があり、外の景色を一望出来る心地良い廊下だった。

 

 

「にしてもデカいお屋敷だな。社長殿の他に誰か住んでんのか?」

 

「住み込みの奉公人が10人程。小生は留守にする事が多いが、皆良く働いてくれている」

 

「社長殿ともなれば、平日も縁側で日がな盆栽でも弄ってると思ったぜ」

 

「ふっ……小生もリンクスだ。盆栽弄りよりもネクストと共に有る方が性に合っている」

 

 

そんな他愛ない会話をしながら廊下を進んで行くと、有澤隆文は障子で仕切られた和室の前で歩を止めた。

 

 

「あれ、どした?」

 

「……この部屋には()()()が居る。そして、貴兄が求める答えもここにある。」

 

「えっ、じゃあ早速――」

 

「一つ約束しろ。これより謁見する方にはくれぐれも粗相の無いようにな」

 

 

これまでの雰囲気と打って変わって、顔を近付けながら本気の同意を求める有澤隆文にイッシンは仰け反りながらもこれを了承した。同行者であるセレンも了承した事を確認すると有澤隆文は障子へ向き直り、声を掛ける。

 

 

「失礼致します。キドウ・イッシン並びにそのオペレーターをお連れしました」

 

『………入りなさい』

 

 

男性の声で返答が聞こえた事を確認した有澤隆文は障子を開け、イッシン達に入るよう促す。それに応じるようにイッシン達は中に入ると眼鏡を掛けた痩せ形の男性が一人、上座で座布団に座っていた。

 

歳は40代後半だろうか、若白髪で染まり切った髪をオールバックで撫で下ろしている。有澤隆文と同じく有澤重工のロゴがあしらわれた袴を着用しているが、その印象は正反対の柔和そのものである。

 

 

「やぁ、君がイッシン君だね?()()から話は聞いているよ。なんでも凄い才能の持ち主だとか」

 

「い、いえ、そんなことは……」

 

「そんなに肩肘張らなくてもいいよ。大方、()()に念押しでもされたんだろう?」

 

 

男性は微笑みながら、イッシンとセレンに下座に敷かれた座布団へ座るよう促す。非常に高価な座布団なのだろう、座った瞬間のフカフカ感が段違いだ。有澤隆文は眼鏡の男性の横に置かれた座布団に正座で座り、背筋をピンと伸ばしている。全員が座った事を確認すると、眼鏡の男性は口を開いた。

 

 

「さて、と。自己紹介がまだだったね」

 

 

 

 

「私の名前は()()()()。有澤重工の十六代目だ」




いかがでしたでしょうか。

有澤邸は皇居をイメージして貰えれば分かり易いと思います。〝KANNAWA〟は完全オリジナルネクストです。コンセプトは『有澤版アレサ』のつもりで描かせて頂きました。

……ご心配には及びません。〝KANNAWA〟は別府の鉄輪温泉より拝借しております(ニヤリ)

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27.武者と桜

ブルーチーズにハチミツかけて食べるのがマイブームなんですけど、高確率で翌日のオナラが激臭になります。


「えっと……セレン、もう一回説明してくれる?」

 

「何度も言わせるな。今まで私が会っていた有澤隆文は『雷電』という名の影武者で、目の前の御仁が本物の有澤隆文だ」

 

「うん、そこまでは分かる」

 

「そして本物の有澤隆文は【オリジナル】のワカで、私とは旧知の仲だ」

 

「ごめんそこから理解が追いつかない」

 

「ハハハ、無理もない。その頃のGAとレオーネはライバル関係だったからね」

 

 

鹿威しがカコンと鳴り、冬季の夕暮れが訪れ始める時分に穏やかな空間が形作られた和室では、四人の男女が茶菓子を嗜みながら談笑していた。

 

 

「……隆文殿、小生も初耳でございます」

 

「あれ、スミカとの関係は言って無かったかい?」

 

「そちらでは有りません。【オリジナル】である霞スミカとの関係は以前より聞き及んでおりましたが、まさかストレイドのオペレーターとは……」

 

「セレン・ヘイズを霞スミカと呼ばないのは知ってる人間にとって暗黙の了解だからね。それに、名前を変えた理由が――」

 

「ワカ、喋りすぎたぞ」

 

 

漆塗りの長机を挟み対面するセレンは、ワカこと有澤隆文を穏やかながらも鋭い言葉で制する。有澤隆文は笑みを絶やさずにそれに応じ、口を閉じる。それに反比例するようにイッシンは有澤隆文へ言葉を投げかけた。もちろん雷電の言いつけを守り、丁寧に。

 

 

「それにしても……影武者なのは薄々分かっていましたが、まさか本物もリンクスだったなんて驚きました」

 

「と言っても、怪我で引退した身だ。もう戦場には出られないよ」

 

「怪我?」

 

「作戦行動中にパイルバンカーの直撃を受けてね。幸い一命は取り留めたけど、臓器の大半が人工臓器さ」

 

「それは……」

 

「君が気にする事じゃない。戦場とはそう言うものだよ。な、スミカ」

 

「いちいち名前を呼ぶな、鬱陶しい」

 

 

本気で嫌そうな顔するセレンを尻目に有澤隆文はカラカラと笑う。

 

――というか、セレンさんが『霞スミカ』ってことは意外と知られてるんだな。もっとこう、秘密中の秘密って感じだと思ったのに。

 

イッシンが物思いに耽っていると、どうやら話はセレンと有澤隆文の出会いについてシフトしたようだ。

 

 

「――私とワカが出会ったのは国家解体戦争後の共同戦略会議の事だ。ワカの言う通り当時のGAと旧レオーネメカニカ……現インテリオル・ユニオンの片割れだが、二つはライバル関係にあった。と言っても良い意味でのライバルだ」

 

 

そこまで言うとセレンは机に置かれた煎茶を口に運び、コクリと喉を鳴らした。並ぶイッシンも煎茶を口に運んで含んだ。爽やかな茶葉の旨みが鼻から抜ける感覚は、とても前世では飲んだ事がない最高級の茶であることを改めて思う。

 

 

「そしていつしか、互いの欠点を補完しようと言う案が上層部同士で決定してな。リンクス戦争が始まるまでは合併の話まで出ていた程だ」

 

「インテリオルとGAが合併って……」

 

「もし実現していればオーメルも太刀打ち出来ない一大軍事複合企業が誕生していただろうね。まぁ結果としてはご破算になったけど」

 

「……話を戻すぞ。その共同戦略会議は両企業が有するリンクスの顔合わせと意思疎通を計るためのものでな。双方のリンクスでペアを組んで、シミュレーターによる演習を行う内容だった」

 

「そこでお互いに選んで組んだのが僕とスミカだったって訳さ」

 

 

有澤隆文はどこか得意げに誇るが、対照的にセレンは腫れ物でも触るかのように目を細める。

 

 

「馬鹿を言え。もともと私自身は共同戦略会議に乗り気では無かったし、お前が最後まで残っていたから私が仕方なく組んだんだ」

 

「それは今でも感謝してるよ。それまで敵同士だった企業の、それも次期社長なんて呼ばれてる御曹司の機嫌取りなんて誰もしたくないのにね」

 

「……なら、その恩を今返して貰おうか」

 

「どういう意味だい?」

 

「わざわざつまらない雑談をする為に私達を呼びつけるお前では無いだろう。目的はなんだ」

 

 

セレンの語尾が鋭く響き、和やかな空間を切り裂いた。同時にピリピリと張り詰めた空気が部屋全体を支配する。三人は面持ちをしかめ、場の雰囲気に順応しようとするが有澤隆文だけは笑みを崩さない。仮にも一企業のトップという事だろう、この程度どうということはないといった感じだ。

 

 

「分かった、単刀直入に言おう。……イッシン君、GAグループに所属するつもりはないかね?」

 

「え!?あ、いや……」

 

「ワカ、ふざけるのもいい加減にしろ」

 

「スミカ、残念だが大真面目だ。彼ほどの実力者をむさむざ野放しにするほどGAの懐は大きくない」

 

「私のリンクスだ。どうさせるかは私が決める」

 

「決めるのは君じゃない、彼だ」

 

 

そう言うと有澤隆文はセレンからイッシンへ向き直り、目を合わせる。その表情は相変わらず柔和そのものだが、眼鏡の奥に光る目は全く笑っておらず、一種の冷徹さが垣間見えた気がした。

 

 

「で、どうかね。GAに所属してくれれば不自由は一切させないし、身の保証も確約しよう」

 

「どうと言われても……急には決められません」

 

「イッシン、まともに取りあう必要はないぞ」

 

「はぁ……スミカ、彼は君の操り人形じゃない。彼にも人格があるし、考えもある」

 

「だとしてもだ。イッシンを見出したのは私で、育てたのも私だ。私が導くのは当然だろう」

 

「……まだ引き摺っているのか。()()は君のせいじゃない、誰にも予想出来っ!」

 

 

突然セレンが長机を踏み越え有澤隆文の胸ぐらに掴みかかった。衝撃で湯飲みが倒れ、机に茶が撒き散らされる。あまりにも唐突だったため場の全員が一時呆然としたが、すぐさま雷電は我に返りセレンに向け怒号を飛ばした。

 

 

「霞スミカ!!貴様どういうつもりだ!!隆文殿に対してその狼藉、覚悟は出来ているのだろうな!?」

 

「黙りなさい雷電、お前が出ていい場ではない」

 

「しかし!」

 

「もう一度言う、黙りなさい」

 

 

雷電の、主を守ろうとする怒声とは裏腹に有澤隆文から発せられた言葉は余りに冷淡な返答だった。雷電は主の言葉に従い、憤激を抑えようと全身に力を入れ堪える。

 

雷電が堪えた事を確認した有澤隆文は再びセレンに目を向ける。セレンの顔が下を向いているため表情は確認出来ないが、鼻息による呼吸は荒く、肩はブルブルと震えている。胸ぐらを掴む手の力は一向に弱まる気配は無い。

 

 

「スミカ、手を離してくれるかい?」

 

「………」

 

「私が悪かった。謝る」

 

「………」

 

 

セレンの拳から力が徐々に抜け、最終的に有澤隆文の胸ぐらから離れた。セレンは俯いたまま乱れた身なりを整えると無造作に障子を開ける。

 

 

「帰るぞイッシン」

 

「え、でもまだ――」

 

「帰るぞ」

 

 

セレンは有無を言わせぬ口調でイッシンに言い放つ。反論出来る空気では無いと察したイッシンは座布団から立ち上がり、有澤隆文と雷電に軽く会釈しながらセレンと共に部屋を後にした。

 

部屋には殺伐とした雰囲気がまだ残っていたが、有澤隆文の何とも言えない溜息でそれは一気に崩壊する。

 

 

「雷電、奉公人に二人を屋敷の外まで送るよう言ってきてくれないか」

 

「宜しいのですか。あのような無礼を働いておきながら送迎させるなど」

 

「客人は客人だ。こちらから招待した手前、無下には出来ないよ」

 

「……承知しました」

 

 

納得出来ない様子ではあったが、雷電は主人の言う通り奉公人に二人を送るよう伝えるため立ち上がり、部屋を出た。静まり返った部屋に唯一人となった有澤隆文は、座布団に座りながら袴の袖口より深緑色の通信端末を取り出し、ある人物へ連絡をかける。

 

 

《――私だ》

 

「やあ小龍。こうして会話するのは久しぶりだね」

 

《十六代目か。何の用だ》

 

「分かっているくせに。例の新人だが、貴方の要望通りに懐柔するのは骨が折れそうだ」

 

《やはりそう上手くはいかんか》

 

「みたいだね。それとスミカの説得は諦めた方がいい。彼女、()()()をまだ引き摺っている」

 

《……リリアナの件か》

 

「ああ。引き摺るのも仕方ないさ、あれは私でも相当応える」

 

《まあいい。懐柔出来ない以上、しばらくは泳がせるつもりだ。……手間を掛けさせたな》

 

「まさか。今後ともご贔屓にしてくれ」

 

 

通話を切ると有澤隆文は目を瞑り、大きく深呼吸をした。

日は既に落ち、辺りが暗闇に飲まれようとしている中、庭の灯籠に奉公人が火を入れる。

 

やがて日は完全に落ち、灯籠の灯りは一際輝きを増した。

 




いかがでしたでしょうか。

風呂敷を広げすぎて(個人的意見)、伏線回収出来るかたまに不安になります。

励みになるので、感想・評価・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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28.精密と伝統は、女狐に遊ばれる

筋トレのモチベーションが上がらないので、何とか上げようとムキムキマッチョメンの動画ばかり見てたら友人に変な目で見られました。


暗闇で埋め尽くされた世界を掻き分けるかのように一台の車がタイヤの鳴き声を出し、舗装された路面を走っていた。

 

運転手は淡い桜色の短髪が似合う東洋系の女性。助手席には同じく東洋系の青年が無言で座っている。等間隔に設置されたオレンジ色の街灯は多少の明暗を演出しながらも途切れる事無くフロントガラス越しに車内を照らしつづけるが、二人の間に会話はない。

 

東洋系の青年ことキドウ・イッシンは、運転手の女性が引き起こした先ほどまでの言い争いについて考えていた。確かに女性とは短い付き合いではある。しかし、それを踏まえても目の前の女性があれほど迄に激昂するなど考えられなかった。

 

常に冷静でありながら毒舌が枯れる事はなく、必要とあればどんな手段も厭わない程に(したた)かな彼女が、である。

 

 

「セレン」

 

「なんだ」

 

「……いや、なんでもない」

 

 

聞ける訳がない。彼女があそこまで拒絶した事柄を、()()()()()()()()()()()()()自分が。たしかにイッシンは原作内で語られる考察は空で言える程に覚えてはいる。だが、所詮考察は考察であり真実ではない。そんな初歩的な事にも気付かず彼女の大部分を知った気になっていた事をイッシンは恥じる。

 

会話はそこで途切れ、再びオレンジ色の街灯が車内の明暗を演出するだけの時間が流れ出した。運転手の女性はそのまま前一点を見つめたままハンドルを握っている。イッシンもこれ以上言葉を交わす必要はないとドアウインドウから矢継ぎ早に過ぎ去る白線を眺めた。

 

 

「お前は」

 

 

急な声にイッシンは肩を飛び上がらせ顔を向けるが、声の主である運転手の女性は先程と変わらず視線は前のみを向いていた。

 

 

「お前はどうしたい」

 

「どうしたいって……」

 

「ワカの意見も一理ある。GAに組すれば余計な心配などしなくて良くなるのは尤もな意見だ」

 

「……仮に俺がGAについたとして、セレンは――」

 

「私は行かん」

 

 

予想はしていた回答だった。だが改めて言われると面を食らうというか、イッシンは豆鉄砲を食らったような顔をしてしまう。

 

 

「なんでだ?」

 

「裏で王小龍が糸を引いているのは分かっているんだ。わざわざ此方(こちら)から出向く必要は無いだろう」

 

「……らしくないな」

 

「何?」

 

 

イッシンの物言いに彼女――セレン・ヘイズ――は前を向きながらも語気を強める。その陰には先程までの苛烈さが見え隠れするがイッシンは構うこと無く続けた。いや、もはや構うものか。セレンが言わないのであれば自身が言うほか無い。

 

 

「いつもなら『GAに所属するよりもGA寄りでいた方が安全に搾り取れる』とか言うだろ。俺でも分かる事だ」

 

「……今回は相手が悪い。下手に飛び込むのは無謀だと判断したまでだ」

 

「セレンが怖いだけだろ?」

 

 

イッシンが言い切るよりも速く、運転する車が急制動をかけた。思わぬ衝撃にイッシンは前へつんのめり、胸のシートベルトがキツく胸部に食い込んだ。

 

 

「な、なにす――」

 

 

イッシンがそう言いながら運転席に目をやると、セレンはハンドルを握りながらも今まで見たことの無い表情で顔を歪ませている。憤怒にも悲哀にも歓喜にも見える表情だった。

 

 

「私が怖がるだと?この私が?」

 

 

セレンが醸し出す余りの迫力に、イッシンは顔から生気が抜けていくのを自覚する。イッシンは無自覚に顔をそらし、目線を足元に向けながらも自分で自分を奮い立たせ言葉を紡いでいく。

 

 

「さっきの豪邸でセレンが見せたあの行動は『自分が一番触れられたくない過去』に対する反応だろ。だから胸ぐらに掴み掛かった、違うか?」

 

「………」

 

「俺は本当のセレンを何も知らなかったし、知ろうとも思って無かった。これまでセレンがどんな思いをしてきたかも。でも……」

 

「でも?」

 

 

セレンの促しにイッシンは最も重要で、最も伝えなければいけない言葉を言わんと意を決して顔を上げる。セレンの表情は先ほどと変わっておらず、イッシンの顔をジッと見つめていた。

 

 

 

 

「……でも、たとえセレンの過去に何があったとしてもセレンが生きてる限り、俺も一緒に背負っていくさ。俺はセレンのリンクスだからな」

 

 

 

 

 

イッシンはどうにか信用して貰おうと空元気で胸を張り、自信満々な様子で話したが、その台詞を聞きセレンの表情がみるみる変わっていく。一瞬呆けたかと思えば思案する顔に変わり、かと思えば肩を震わせて笑っている。

 

 

「あ、あの、セレンさん?」

 

「フフフッ、お前という奴は………」

 

「???」

 

 

イッシンはセレンの意図が読めないようで、戸惑い気味に彼女を見るが、当のセレンはそれがまた可笑しいらしく先程以上に肩を震わせた。

 

 

「お、俺なんか変なこと言ったか?」

 

「ハァー……ハァー……いや、お前はそういう奴だったな」

 

 

セレンは涙を滲ませた瞳を人差し指で拭いながら悪戯っぽくイッシンに微笑みかけた。イッシンも、笑っている理由は分からないながらもセレンの表情を見て安堵の表情を浮かべる。

 

 

「……フーッ。お前のお陰で頭の力みが取れた気がするよ。ありがとう、イッシン」

 

「な、なら良かった?」

 

 

イッシンは未だ納得していないような顔をしていたが、対照的にセレンは今までの雰囲気が嘘のように晴れ、腹が決まったような表情に変わっている。

 

 

「……そういえば、さっき『GA寄りになった方が安全に搾り取れる』と言ったな」

 

「あぁ。普段のセレンならそうするだろうと――」

 

「どうせなら、もっと効率的に搾り取らないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『次代のエース、キドウ・イッシン 支援企業を正式に発表!?』

 

〝ここ最近活躍目覚ましいニュージェネレーション、キドウ・イッシンについて、またもや当編集部に衝撃のスクープが飛び込んだ!何と、自身が支援する企業を正式に発表したのだ!!本来リンクス本人が支援企業を大々的に報じるのは良くないという慣習があったのだが、ニュージェネレーションの代表格たるキドウ・イッシンにはそんな過去のルールなぞ通用しないという事だろう!気になる支援企業は………なななんと、かの『ローゼンタール』と言うでは無いか!ランク6を擁し、少数精鋭思想の格式高いローゼンタールを支援企業に選ぶとは全くもって予想外という他ない!当編集部はこれからも彼を追い続ける。続報を期待されたし!〟

 

最高級のウォルナット材で作られた執務机に置かれていた〝週刊ACマニア〟を手に取り、椅子にもたれながら何気なく読み進めていた王小龍は暫しのあいだ硬直するが、瞬時に持ち直して思考の扉を開けた。

 

 

(……ローゼンタールを支援企業に選ぶとは、商魂たくましいな)

 

 

【所属企業】と【支援企業】の違いは、言うなれば【専属契約】と【個人契約】のようなものだ。専属契約となれば好待遇と引き換えに主人である企業の命令は絶対であるが、個人契約の場合は()()()に命令をこなすのみであり厳しい制約はない。しかし、どちらの形態にも共通する事は〝企業の審査をクリア〟する事である。企業側も看板を背負わせる以上、一定の実力を持つリンクスにしか認可を下ろさないのはある意味当然であった。

 

そしてローゼンタールは、審査が非常に厳しい事で有名な現オーメルグループの一翼であるが、歴史的経緯からGAグループであるBFFとの関係も良し悪しはあれど深い。つまりは………

 

突然、王小龍の通信端末が着信音を響かせる。自身の通信端末を鳴らしているのが誰であるか見当がついていた王小龍は、相手の名前を確認する事無く応答する。

 

 

「……私だ」

 

《声に覇気が無いぞ。隠居したらどうだ?》

 

「お前のような躾のなっていない女狐を野放しで隠居するほど耄碌(もうろく)はしておらん」

 

《ふん》

 

 

着信の主であるセレン・ヘイズの罵倒を華麗に捌き返した王小龍は軽く息をついた。双方同じ【オリジナル】でありながらここまで仲が悪いのは同族嫌悪によるものだろう。どことなく気分が重くなりながら王小龍はセレンに尋ねる。

 

 

「記事を見たぞ。レオハルトに口利きでもしたか」

 

《まさか。支援企業契約を結びたいと言ったら、連中は小躍りしながら契約書をもってきたよ》

 

「どちらでも構わん。……わざわざローゼンタールと契約を結んだ理由はこのためだな?」

 

《私は安っぽいラブコールは受け取らない主義なんだ。でもまぁ〝お友達〟からなら(やぶさ)かでは無いと思ってな。天秤にかけさせて貰っている》

 

「傾国にでもなったつもりか」

 

《生憎、傾国の(リンクス)を持っているのでな。……せいぜい()()()()()になれる事を願っているぞ、王大人》

 

 

通話は一方的に切れ、執務室に静かな時間が流れ始める。王小龍は、高齢となり淋しくなりつつある頭を背もたれに預け、目を閉じる。時間にして20分前後、今後の展望と手持ちの駒を照らし合わせて最善の手を考え出した王小龍は目を開き、室外で待機していたリリウムを呼びつける。

 

 

「大人、いかがいたしました?」

 

「十六代目に伝言を頼む。『桜は手の内にある、また手を借りる』とな」

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

一般的な激辛料理が苦手だったんですが、つい先日食べられるようになりました。食べられるだけで、お尻は相変わらず火を噴いてますが。


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29.大は小を兼ねない(詠み人知らず)

お盆休み中は朝から晩までパソコンをいじってました。いやぁ、止めたくても止められないんですよ。え?一体何をしているかって?『テレワーク』っていう遊びなんですけどね……?(泣)


「そうか、ローゼンタールと……」

 

「確かに扱いづらくはなりましたが、GAに(くみ)する事に変わりはありません。出だしは上々かと」

 

 

『THE・BOX』の最上階。そこには壁一面の強化ガラスを通して降り注ぐ太陽光と直通のエレベーター、一組の簡素な作業デスク、そしてそれを使用する禿頭の老人以外の物質は原則として存在しない。例外があるとすれば、アポイントを取った人間が禿頭の老人に報告等をする位であろう。

 

 

「ローゼンタールに与した以上、彼等の初任務はオーメルグループに利益をもたらすミッションを受領するのは必定だろう」

 

「でしょうな」

 

「……何事においても、第一印象というのは機先を左右する重要な要素だ。小龍、オーメルと我がGAグループ双方に利益を与え、尚且(なおか)つ我等のみ痛手を負ったように見せかけるミッションを彼等に提示しろ」

 

 

禿頭の老人、スミス・ゴールドマンの無理難題とも言える指示を受けた来客――痩躯で東洋系の老人――は、眉一つ動かすこと無く笑みを浮かべ、口を開く。

 

 

「無茶を仰る。……では彼等には()()()()を請け負って貰いましょう」

 

「ほう。当てがあるのか」

 

「本来なら博物館にでも寄贈したい代物です。今でも稼働しているのは奇跡ですよ」

 

そこまで言うと痩躯の老人は手元の端末を数回タップし、禿頭の老人が操作するデスクトップPCにある情報と図面を送る。図面に描かれた構築物はあまりにも大きく、あまりにも古い、六脚の要塞だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから5日後……

 

 

「俺はパスする」

 

 

格納庫(ファクトリー)の待機室でソファに寝転がりながら〝週刊ACマニア〟を読みふけるイッシンは、セレンから聞かされた内容に生返事を返した。しかしセレンは鼻息を一つ立てて呆れ気味に言う。

 

 

「お前に断る権利は無いぞ。契約した以上、ローゼンタールに貸しの一つでも作っておかないと後々面倒なのは分かるだろ」

 

「だからっていきなりトラセンドとの僚機任務は勘弁してくれよ。あんなのと一緒に居たら胃に穴が空くぜ。……それよりも俺はメイちゃんとお近付きになりたいんだ。セレン、なんか良い方法ない?」

 

「メイ……GAのメイ・グリンフィールドか。確かに定評のある良いリンクスではあるが――」

 

「だって見ろよ、この整ったカワイイ顔立ちと抜群のプロポーション!この後のインタビュー記事の内容も性格の良さが滲み出てるし最高だろ!?」

 

 

イッシンは目を輝かせてながら〝週刊ACマニア〟の巻頭カラーであるグラビアページを開き、セレンに見せる。そこには緑色のビキニを着た一人の女性が恥じらいながら写っていた。母性と可憐さが見事に両立した顔立ちに、ロケットと見紛うばかりの大きな胸。細く(くび)れたウエストと鍛え上げられた腹筋。〝カラードランク17〟メイ・グリンフィールドの姿がそこにはあった。

 

 

「いやぁ、死ぬならメイちゃんの胸で窒息して死にてぇなぁ……………セレン、胸無いし……………

 

「……そうかそうか。遺言はそれでいいな?」

 

 

刹那、ソファでだらしなく鼻下を伸ばし切っていたイッシンは死期を察した。目の前に立つセレンの背後には間違いなく死神と般若がおり、後光のような火焔が渦巻いている。

イッシンは、逃れ得ぬ死を確信した者特有の穏やかな表情を浮かべながら静かに目を閉じる。瞼の裏にはこれまでの出来事が駆け巡り、最後にセレンの声を聞いた。

 

 

「安心しろ。殺しはしない……殺しはな」

 

 

閻魔大王も裸足で逃げ出す形相でセレンはイッシンへ右手を伸ばす。手はどんどんとイッシンめがけて突き進んでいき、触れるまで残り10cmを切った時、不意にノックが響いた。

 

コンコンコン

 

「………」

 

「………」

 

 

セレンとイッシンはその場で固まったまま、同時にノックされた扉を見つめる。軽量防弾合金の扉はその無機質さを全面に押し出しながら、再びノックを響かせる。

 

コンコンコン

 

「………出ないのかセレン?」

 

「………ちっ!」

 

 

機を逃した苛立ちをぶつけるように、特大の舌打ちを決めたセレンはズカズカと扉に向かって歩いて行く。そしてノックをした相手に悪態の一つでも()こうとドアノブに手を掛けようとした瞬間、セレンはピタリと静止して手元の端末を操作する。画面には青地に格納庫の間取りが正確に映し出されており、一点の異常もない。そして画面右上には『Security:ON』と表示されている。

 

 

(防犯装置が反応していない?)

 

 

格納庫(ファクトリー)の床は全て感圧式センサーが仕込まれており、どの位置に人間がいるか明確に把握出来る。そして人間がいる場合、その箇所は端末上で赤く示される仕様だ。自身が置かれた状況を把握したセレンは、右腰のホルスターに納められた10mm無反動拳銃に手を掛け、後方で寝そべるイッシンにハンドシグナルを送る。

 

『襲撃の可能性有り、身を隠せ』

 

こちらの世界に転生してからというもの、暇さえあれば対多数人を想定した戦闘訓練を半ば強制でやらされているイッシンはセレンが発したハンドシグナルを即座に理解し、ソファを飛び越えて身を屈める。同時にソファの背面にガムテープで雑に固定されていた10mm無反動拳銃を剥ぎ取り、安全装置(セーフティ)を外して待機した。

 

 

(――前世はエアガンですらビビってたのに、今じゃ実銃が傍に無いと不安なんて皮肉なもんだな)

 

 

そんなイッシンを他所にセレンは深呼吸しながら再びドアノブに手を掛け、扉を徐々に開ける。セレンは外の様子がギリギリ見える幅5mm程度の僅かな隙間が作られたタイミングで扉の開きを一旦止め、ブービートラップの類が設置されていない事を確認した。

 

 

(示威行為のつもりか?或いは……)

 

「ドア一枚開けるだけで、いつまで待たせるつもりだ」

 

 

生死に関わる極限の緊張感の中、セレンの耳に飛び込んで来たのは毛嫌いしているしゃがれた声だった。

セレンは思わずバン!と扉を勢い良く開け放つと、そこにはグレーのハットとブリティッシュスーツを嫌味無く着こなした痩躯の老人と、おろしたてのブラックスーツに着られている感が未だ残る少女が揃って立っていた。

 

 

「……どういうつもりだ」

 

「センサーの事か?リリウムに無効化させた。全く、あの程度で防犯対策とは随分と怖いもの知らずなのだな?」

 

 

痩躯の老人こと王小龍は皮肉を込めてセレンに微笑を渡した。渡された本人はそれを唾棄すべきものと判断したのか、仏頂面のままに受け答える。

 

 

「ご鞭撻感謝する。では早々にお引き取り願いたい」

 

「そういう訳にもいかん。今回はGAグループ代表として依頼を頼みに来た」

 

「どういう風の吹き回しだ?ジョージを介せばいいだけの話だろう」

 

「仲介人やら通信機器やらを挟むには、ちと荷が勝ちすぎる内容だ。――とりあえず、右手を楽にして貰えるか」

 

「……入れ」

 

 

目の前の老人に敵意は無いと判断したセレンは、しぶしぶ右手をホルスターから降ろし、客人として老人と少女を迎え入れた。

 

 

「イッシン、出てきて良いぞ。王小龍とリリウム・ウォルコットだ」

 

「えっ、マジで?」

 

 

イッシンは隠れたソファからヒョコッと顔を出して、王小龍とリリウムを見つめる。イッシンと王小龍達が直接顔を合わせるのは初めてである事もあってか、お互いにまじまじと顔を見合った。

 

 

「ふん。登録証よりも腑抜けた顔つきだな」

 

「そういうアンタは随分と悪人面だぜ?」

 

大人(ターレン)の悪口はおやめ下さい」

 

「やっぱり、リリウムちゃんは想像通りの美人さんだな」

 

「!?」

 

「……小童、眉間に風穴を開けられたいか」

 

「すんません」

 

 

本当に眉間を寸分違わずブチ抜かれそうな雰囲気に、イッシンは思わず平謝りする。王小龍は不愉快そうに鼻を鳴らすとイッシンが隠れていたソファと対面に配置されたソファに座り、ジャケットの内ポケットから情報端末を取り出すと、数回タップしてアルミ製の長テーブルに置く。

 

数秒後、その端末を起点としたホログラムが空中に投影され、ある構造物を映し出していた。禿頭の老人にも見せた、古い六脚の要塞を。

 

 

「これは、まさか……!」

 

「そのまさかだ。セレン・ヘイズ並びにキドウ・イッシン。GAグループより正式に『スピリット・オブ・マザーウィル』の撃破を依頼する」

 




いかがでしたでしょうか。

やっときましたSOM!
長かった、ホントに長かった……ここまで約半年!
第一章もクライマックスへ突入です!

……正直、どう展開させようか悩んでおります(笑)


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30.古き槍は女王に楯突く

健康診断でコレステロール値が引っかかってしまいました。毎晩サラダ食べてるのに何故だ!と怒りながらサラダをムシャムシャ食べています。
勿論ドレッシングをたっぷりとかけてね。


「……爺さんは何も思わないのか?」

 

イッシンは思わず聞いてしまう。原作ではスピリット・オブ・マザーウィルが撃破された際、『GAの英雄』であるローディーが青天の霹靂とばかりに驚いていた。それはスピリット・オブ・マザーウィルが現存するAFの中でも頭一つ抜けた戦力を有している反証になる。そんなAFを自ら差し出す目の前の老人の意図がイッシンには理解出来なかった。

 

 

「ふん。所詮『槍の残党』共が苦し紛れに作り出した偶像だ。むしろ解体が決定してせいせいする」

 

「自作自演でBFFの旗艦(フラグシップ)を潰すとは、気前が良いな。潤っているようで何よりだ」

 

 

王小龍の憮然とした答えにセレンはあからさまな皮肉を投げ返す。少女の眼には許し難い無礼に写ったのか、王小龍の隣に控えるリリウムは可愛げのある睨みを利かせた。

 

 

「実情は真逆だがな。あの女神を定期メンテナンスに回すだけでBFFの年度利益が23%程度損なわれる。御旗の金食い虫はGAのグレートウォールだけで十分というのがGA本部役員会の見解だ」

 

 

王小龍はそう答え、5日前の出来事を回想する。

宗主に自身の考えを示し、否定された場面を。

 

 

『時期では無いだろう。マザーウィルは』

 

『いえ、むしろ好機です。確かに未だ第一線級の戦力ではありますが、マザーウィルは稼働から11年経過しています。そもそもアレは耐久年数である8年を越えた運用を想定していません』

 

『だとしてもマザーウィルは通常通り稼働している。そこまで頑丈なのはBFFの技術力の賜物だ』

 

『お言葉ですが、マザーウィルは()()()()稼働出来ているに過ぎない状態です』

 

『根拠は?』

 

『マザーウィルに採用されたMCフレームの構造的欠陥です。宗主もご存じでしょう』

 

『……まさか今になってその名前を聞くとはな。……分かった、役員会で取り上げてみよう。ただ、あまり期待はするな』

 

 

相互互換構造(Mutual Compatibility Flame)、通称MCフレームは当時としては画期的な構造理論だった。電子制御により装甲の構造的要所を隣接する装甲で補い、装甲の機械的強度を下げる事無く軽量化を行えるこの理論は、新造AFの超重量化に頭を悩ませていたBFFの開発チームにとって渡りに船だった。

 

MCフレームを採用するにあたり度重なるシミュレーションを行い、()()()()を除いて完璧な結果を導き出した開発チームは間違いなく歓喜の渦に飲まれたことだろう。そしてその一点の報告を受けたBFF上層部は別段憂慮する事では無いと回答し、AFの新造に着手。結果として生まれたのがスピリット・オブ・マザーウィルである。

 

そして、その一点とは――

 

 

「砲台のダメージが伝播する?」

 

「MCフレームを構築する際、どうしても砲台のシステム系統を一元化する必要があった。砲台一基撃破される毎に指数関数的な負荷がシステム全体に掛かり、ダメコンとしては最悪の極みだが上層部は『接近される前に撃破すれば良し、されたとしても物量で押し切れる』とのたまってな」

 

「結果、マザーウィルは自身の砲台が全て撃破されれば、システムが負荷に耐えきれず瓦解する代物に成り下がった……それがマザーウィルの弱点か」

 

「そうだ。BFFの再興に一役買ったつもりだろうが『槍の残党』共も脇が甘い」

 

「あのさ、一つ聞きたいんだけど」

 

 

不機嫌そうに話す王小龍と対面のソファに座るイッシンは、太ももに肘を突きながら尋ねる。大人(ターレン)に向ける態度では無いとリリウムは見咎めるが、イッシンは気にする事無く王小龍を見据えた。小龍自身も気にする事無く応じる。

 

 

「なんだ?」

 

「さっきから出てくる『槍の残党』って誰なんだ?」

 

「『槍の残党』はリンクス戦争でアナトリアの傭兵によって轟沈した【クイーンズ・ランス】の生き残り、つまりBFFの旧経営陣の事だ。現BFFの癌とも呼べるがな」

 

「爺さんは何でソイツらを嫌ってるんだ?爺さんは下らない派閥争いなんかする程暇じゃないだろ」

 

「……小童ごときが詮索する必要はない」

 

 

王小龍の無下な返答に、イッシンもこれ以上の質問は意味を成さないと感じたのか、ソファに背中を預けた。

 

BFF旧経営陣である『槍の残党』共はアナトリアの傭兵一人のみに全員殺されかけた経験から従来のネクスト主体の戦略から、AF主体による戦略へシフトさせようと画策している。『AFは完璧に制御出来る最高の戦力』と標榜してはいるが、その実は『想定外(イレギュラー)で二度と自身の命を危険に晒したくない』だけだ。戦場の主力たるネクストの戦略的評価を自分可愛さから曇り眼鏡で評価する事は、正に愚の骨頂である。

 

対して、王小龍を筆頭とした『女王派』はこれまでのネクスト技術を更に昇華させ、他の追随を許さぬ程に高めようとしている。新女王たるリリウム・ウォルコットが駆る〝アンビエント〟が良い例だろう。〝アンビエント〟のベース機である【063AN】は『女王派』が主導で作り上げた近・中距離を主眼に置いた前衛機だ。旧来のBFFが為し得なかったこの機体は、つまりBFFにとって未踏の領域であるネクスト同士の近距離高速戦闘へ足を踏み入れる決意表明を示していた。

 

保身の為に完璧な傀儡を欲する『槍の残党』と、新たな女王の下で更なる技術革新を欲する『女王派』。目的の違う派閥同士が相容れる事は決して無いだろう。あるとすれば、呑むか呑まれるかだ。

 

 

「それで。私達は何をすればいい」

 

 

セレンの声に王小龍は目を向ける。セレンは相変わらずの仏頂面であるが、話の回り道をし過ぎたせいか言葉の端にトゲが見える。

 

 

「……数日以内にお前達に向けてオーメル直々にマザーウィル撃破の依頼が入る。それを受託して、実際にマザーウィルを撃破してくれればそれでいい」

 

「オーライ。無抵抗の要塞なら目をつぶってでも落とせるぜ」

 

「誰が無抵抗と言った?」

 

「……え?」

 

 

王小龍の言葉を皮切りに不穏な空気が流れ始める。軽口を叩いたイッシンは軽妙な表情を崩せないままに固まるが、すぐに二の矢を王小龍に投げた。

 

 

「いやいや冗談キツいぜ。爺さんから話を通してきたんだ、それにGAの役員会で決まった事なんだろ?それくらい当たり前だよな?」

 

()()()()GAの役員会で決まった事だ。『槍の残党』共がどう動くかは知らん」

 

「つまり、それ相応の迎撃があると?」

 

「そう考えるのが妥当だろうな。GAグループの〝ギガベース〟を落としたリンクスを、BFFのマザーウィルが完膚なきまでに叩き潰す筋書き(シナリオ)はAFを推進する奴らにとって格好の獲物だ。仮に役員会で問い詰められても、マザーウィルは対ネクスト戦力として健在だとアピールすればどうとでもなる」

 

「マジかよ……」

 

 

――いや確かにね?原作ではね?マザーウィルの攻撃をビュンビュン躱して砲台破壊してたけども。この世界だとQB一回噴かすだけでも、それなりにキツいんだよ?なのに反撃がある?それも相応の?……HAHAHA!冗談キツいぜ。

 

 

コロコロと表情が変わるのは年若のせいだろう。イッシンの絶望じみた表情を見て、リリウムは気の毒そうに目を伏せる。対してリリウムの隣に座る王小龍は呆れながら嘆息を吐いた。

 

 

「無論お前のみでやらせる訳では無い。僚機をつけさせるよう根回しはしてある。誰が着くかは分からんが、実力のあるリンクスを手配するよう言っている」

 

「そりゃどうも」

 

「ふん……用件は済んだ。帰るぞ、リリウム」

 

「はい、大人(ターレン)

 

 

王小龍は腰を重そうに上げ、扉へと向かう。追従するようにリリウムも腰を上げ王小龍の後ろに付いていくが、王小龍とは対象的に軽やかだった。その軽やかさのままにリリウムは王小龍に先んじて扉の前まで行き、恭しく開けるが不意に王小龍は歩みを止めた。

 

 

「あぁそうだった……セレン・ヘイズ」

 

「?」

 

「以前〝友達以上(ビジネスパートナー)になれるよう願う〟と言っていたな?」

 

「それがどうした」

 

「私の答えとしては〝先ずは舞台に上がって(マザーウィルを撃破して)から〟と言わせて貰うぞ」

 

「……あまりイッシンを見くびるなよ」

 

「まさか。存分に期待している」

 

 

王小龍は意地悪い笑みを浮かべ、格納庫(ファクトリー)の待機室を後にした。その後ろ姿を眺めるセレンの眼に、やる気に満ち満ちた炎が宿り始めた事をイッシンは知らない。何故なら彼自身、マザーウィル攻略で頭がいっぱいだったからだ。

 

そして3日後、オーメル・サイエンス名義で〝スピリット・オブ・マザーウィル撃破〟の依頼が、想定通りに飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーメルグループ仲介人、アディ・ネイサンと申します。以後お見知りおきを。

 

早速ですが、ミッションを説明しましょう。

依頼主はオーメル・サイエンス社。

目的は、BFF社の主力AFであるスピリット・オブ・マザーウィルの排除となります。

 

敵AFの主兵装は大口径の長距離実弾兵器です。

図体ばかり大きな時代遅れの老兵ではありますが、その威力・射程距離は、それなり以上の脅威です。

 

そのため依頼主からはVOBの使用をご提案頂いています。確かに、VOBの超スピードがあれば容易く敵の懐に入り込む事ができるでしょう。

 

懐に入った後は敵AFの各所に配置された砲台を狙ってください。砲台の破壊から、内部に損害が伝播し易いという構造上の欠陥が報告されています。随分と杜撰な設計ですが、まあ彼らなど所詮そんなものです。……説明は以上です。

 

オーメル・サイエンス社は、このミッションに注目しています。くれぐれも、よろしくお願いしますね。

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

次回からマザーウィル攻略戦です。
マザーウィル、解体……うっ、頭が……!
ちなみに僚機はお楽しみです。
割と意外な人が来るかも?


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31.化け猫VS老兵・Ⅰ

マットレスを高価なものに新調したのですが、寝心地が段違いですね。お陰で二回寝坊しました。


《AMSシンクロ率89%、FCSオールグリーン、ジェネレータ稼働率93%、全駆動アクチュエータは正常に稼動中、VOB接続シークエンス開始。3……2……1……今》

 

 

ガコンと後方から音が聞こえたと同時に軽い振動がコックピットを覆い尽くす。ものの数秒間ではあるが、三半規管を揺すられた不快感がパイロットの感覚を支配する。

 

ここはオーメルグループが有する世界最大級のメガフロート型空港【ゼクステクス世界空港】。文字通り全世界の空港にアクセス可能な本空港は、各企業の重役にも愛用される程セキュリティの堅固な空港としても知られていた。しかし、そのセキュリティはリンクス戦争で敗残勢力に呆気なく占拠されるという苦い経験を味わってしまう。この一件でゼクステクスの信用は地に堕ちると思われていたが、ゼクステクスは政治力の高いオーメルを仲介役とし、この場所を不戦特区に制定する。それにより単一グループが迂闊に手を出せばそれを口実に残った2グループから袋叩きにされる状況が作り出され、結果として重役共に以前よりも重宝される空港に返り咲いた。

 

だが、不戦特区と制定されてはいるがあくまでも『不戦』であるため航空兵器の発着は禁じられておらず、実質的なオーメルグループの兵器発着場としての側面も持っている。そんなゼクステクス世界空港で、ネクスト〝ストレイド〟の発進準備は着々と進められていた。

 

 

《VOB接続完了、関連システムに異常なし。……イッシン、本当に良かったのか?》

 

 

オペレーターであるセレン・ヘイズはモニター越しでパイロットに問いかける。黒いリンクススーツを全身に纏ったパイロットは眉を上げ、不思議そうに返答した。

 

 

「なにが?」

 

《僚機の事だ。この作戦プランを提案したのは私だが、お前自身はマザーウィルを単機で相手取る事に抵抗はないか?》

 

「抵抗もなにも、天下のセレン・ヘイズ様がプランニングしたんだ。万が一も無いし、起こす気もないさ」

 

《そうか。……システムの同期を確認。ストレイド、出撃準備よし。いつでも行けるぞ》

 

「それじゃあ老兵退治と洒落込むか!キドウ・イッシン、ストレイド、出る!」

 

 

イッシンは掛け声と同時にフットペダルを勢いよく踏み込んだ。呼応するようにストレイドの背中に接続されたVOBに火が入る。周囲にコジマ粒子を撒き散らしながらではあるが、最初こそ旅客機のような穏やかな加速だった。しかし完全燃焼を示す青い炎が形成された瞬間、ストレイドは爆発的な加速により時速2000kmの世界へ颯爽と飛び立って行く。

 

瞬く間に星のように小さくなったストレイドを名残惜しそうに管制塔から見るセレンは、感慨もそこそこに別の作業に取りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数時間前~ 

 

旧ピースシティ スピリット・オブ・マザーウィル艦橋

 

 

「――では、落としてよいと?」

 

 

スピリット・オブ・マザーウィルの司令官であるマーフィー・ゴドック准将はモニターに写っているでっぷりと太ったスーツ姿の男性に確認する。

 

 

《そういう事だ。あの老いぼれが勝手に仕組んだ茶番に付き合う必要はない》

 

「しかし理事官、本部役員会で決定した事案を現場で覆すのは……」

 

《准将、君に政治的判断を下す権限は無い。ただ命令通り動けばいいんだ、わかったな?》

 

 

理事官と呼ばれた男性は、モニター越しからも分かる粘度の高い汗を拭きながら断じる。ゴドックは眉をピクリと動かすが、それ以外は平常を保ち粛々と敬礼を返した。

 

 

「……了解しました」

 

《うむ。期待しているぞ》

 

 

ブツリと通信が終了するとゴドックは背もたれに背中を預け、無機質な茶色の天井を見上げた。天井には所々に大小様々な傷が付いており、血痕のようなシミもうっすら見える。

 

 

「豚に命令される軍人か。笑えんな」

 

「その構図は昔から変わりませんよ、准将」

 

 

艦橋前部に座りながら大衆雑誌を読んでいる砲雷長がカラカラと笑う。准将よりも七つ上の砲雷長は、態度こそ不真面目だがマザーウィル運用当初からその座を拝しており、異動の発令は一度たりとも無い。砲雷長の言葉に周りの乗員はクスクスと笑うが、ゴドックの気分が晴れることは無かった。

 

 

「仕方ない、命令は命令だ。――総員第一種戦闘配備。センサー班、情報が確かなら対象はゼクステクスから発進する。それに留意しながら哨戒を続けろ。砲雷班、マザーウィルの主砲を南西へ。対象を確認次第、全出力の70%を火器管制へ回せ。管制班、AC部隊へ緊急発進(スクランブル)に備えるよう伝えろ」

 

「「「了解!」」」

 

 

ゴドックの一声に艦橋内は慌ただしく動き始め、それまでの気楽な雰囲気は一瞬で打ち消された。

 

――マザーウィルの司令官を拝して約6年。既に若くは無い身体に鞭打って最前線の指揮を執っていたゴドックにとって、旗艦(フラグシップ)であるマザーウィルの指揮は誉れ高い名誉だと思っていた。しかし蓋を開けてみれば、戦闘は数ヶ月に一回。対ネクスト戦に至っては年一回あるかどうかの頻度だ。

 

それはマザーウィルが強大な戦力である事の証明であったが、常に生死の境に身を置いていたゴドックにとって退屈極まりない環境でもあった。確かに戦闘など起こらない方がいい。優秀な部下を失わずにも済む。

 

だが、それで実戦に耐えうる程の練度が維持されるかと言われると甚だ疑問でもある。だからこそ数少ない獲物(戦闘)が目の前に表れれば、ゴドックの血は滾り、熱も入る。目深に被った制帽を被り直し、狩人の眼光を艦橋外の荒涼とした大地に向けた。

 

 

「さて、お手並み拝見といこうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スピリット・オブ・マザーウィルより南西120km

 

 

「っ……。相変わらずキツイ加速だぜ!」

 

《どうだ、二度目だが慣れたか?》

 

「慣れるかよこんなの!」

 

 

イッシンはセレンに悪態を吐きながら操縦桿をしっかりと握り、フットペダルは常に踏み込んでいる。VOBによる強烈な加速により背中に身体中の血液が集まるような不快感は、恐らく何回試しても慣れるものでは無いだろう。

 

 

《その欲求不満(フラストレーション)を存分にぶつけてやれ。せっかく装備を新調したんだからな》

 

「どうせなら機体も新調して貰いたいけど!」

 

《それは今回の戦果次第だ》

 

「くぅ~世知辛ぇなあ~!……ストレイド、兵装確認!」

 

 

イッシンはVOBの加速を制御する為に両手が塞がっているため、音声操作でコックピットのコンソールパネルに表示させる。

 

右手にはローゼンタールの最新ライフル【MR-R100R】

左手には同じくローゼンタールのレーザーライフル【ER-R500】

背部右側はオーメル製低負荷レーザーキャノン【EC-O300】

背部左側はローゼンタール製チェインガン【CG-R500】

肩部にはアルゼブラ製フレア【YASMIN】

 

オーメル陣営に与して最初のミッションというのもあり、兵装は全てオーメルグループのものだ。あくまでも本ミッションはマザーウィルの砲台撃破が目的であるため、過剰火力はデッドウエイトになりかねないというセレンの意向が表れている。

 

――いい加減乗り換えたいなぁ。いやオーギルフレームが悪いって訳じゃ無いんだけど、遅いんだよね色々。まぁ俺の()()の愛機が軽量機だったってのもあるけどさ。

 

 

《まもなくマザーウィルの射程圏内に侵入する。廃ビル群にも衝突しないよう注意しろ、時速2000kmでは脆いコンクリートも砲弾と同じだ》

 

「オーライ!」

 

 

イッシンが返事をしたと同時に遥か前方から巨大な砲弾が空気との摩擦熱により光を帯びながら迫ってきた。単純な大きさなら以前戦った〝ギガベース〟の倍程度か。直撃しようものならストレイドはおろか、VOBまで木っ端微塵になってしまうだろう。そんな砲弾が迫って来ている中、イッシンは特に気負う事も無くQBを噴かして回避した。

 

 

(原作だと避けなくても当たることはほぼ無いからなぁ。ギガベースの方がよっぽど精度がいいぞ)

 

 

イッシンはそのまま砲弾を回避しながら、未だ姿の見えないマザーウィルに着々と迫って行く。そして砲撃から3分程経過した辺りで、イッシンは遠方にうっすらとマザーウィルを視認した。

 

スピリット・オブ・マザーウィルの想像するには、六脚の亀を思い浮かべるといい。頭と尻尾にあたる部分には3段式飛行甲板があり、甲羅にあたる部分には長辺側に固定された巨大な三連装砲が二門設置されている。だが、亀と違う箇所は脚以外にも二つある。一つは全てが鋼鉄で構成されている事。もう一つは()()()()()()()()()()事だ。

 

全長2.4km、全高600mを誇る巨体は見るもの全てを圧倒し、現戦場の主力であるネクストでさえ小バエにしか見えない故に、並のリンクスでは瞬く間に戦意を喪失させてしまうだろう。

 

しかしイッシンはマザーウィルの大きさに微塵も気にかける事は無く、飛来する砲弾を片手間で回避しながら別の可能性について考えていた。

 

 

(来るならパージした直後だよな、()()()は)

 

《イッシン、VOB使用限界が近いぞ。通常戦闘、準備しておけ》

 

「……なぁセレン。騙されたと思って通信の音量下げてくれるか?」

 

《お前の意図は知らんがふざけるな。状況を逐次確認するのが私の仕事だ》

 

「だよなぁ。一応言ってみただけだ」

 

《ふん、VOB使用限界だ。パージする》

 

 

セレンの声と同時にストレイドはVOBからパージされる。その勢いのままストレイドは旧ピースシティの砂漠に着地した。ネクストに搭載された高性能バランサーのお陰か、姿勢を大きく崩すことはなく、そのまま通常ブーストでの移動を開始した。

 

 

《分かっているだろうが、敵主砲の威力は馬鹿げている。回避を最ゆ――》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《どぉぉぉうりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!》

 

 

 

 

怒号にも似た、男の野太い声がイッシンの鼓膜を支配する。両手で耳を塞ぎたい衝動をなんとか抑え、イッシンは呆れ気味に独りごちる。

 

 

「やっぱ来るよな、お前は」

 

 

GAの旧標準機〝SUNSHINE〟で構成された機体に、ハンマーを持った男性が描かれたデカール。無骨過ぎる程に無骨な機体は、見るもの全てに強烈な印象を与えるだろう。

 

 

「チャンピオン・チャンプス……!」

 

 

 

 

 

カラードNo.31〝ストレイド〟キドウ・イッシン

 

          VS

 

カラードNo.28〝キルドーザー〟チャンピオン・チャンプス

          &

 

BFF社フラグシップ級アームズフォート〝スピリット・オブ・マザーウィル〟

 

 

 




チャンプって出る作品間違えてると思うんですよ。Gガンとかならマックスターくらいボコボコにできるでしょ、多分。


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32.化け猫VS老兵・Ⅱ

ブルートゥースを繋ぎ忘れて、電車内に大音量の便所サンダルダンスが流れた時はどうしようかと思いました。



《どっせえぇぇいぃぃ!!》

 

「くそっ!いい加減離れろよ!」

 

 

イッシンは空中戦でもお構いなしに突っ込んでくる相手の単細胞加減に苛立ちながら、ストレイドに【MR-R100R】を構えさせ連射する。

 

対する単細胞ことキルドーザーは弾丸なぞどこ吹く風とばかりに正面から受け、なお突進してきた。いくら鈍重と揶揄されるSUNSHINEフレームでも最短距離を選択すれば、仮にストレイドが軽量機だったとしても軽視できない速度になる。チャンプスはキルドーザーにQBを吐かせ、強引に距離を詰めながら右腕を振りかぶった。

 

 

《どすこぉぉぉいぃぃ!!》

 

「うおっあぶね!」

 

 

予想以上の強引さに慌てたイッシンはストレイドの身を翻しながらキルドーザーの拳を何とか避けた。ボンッと、およそ風の音とは思えない風圧にイッシンは身震いした。

 

キルドーザーの両腕に装備されている【GAN01-SS-WD】通称〝ドーザー〟は武器とは名ばかりの鉄塊である。エネルギー兵器が台頭している現代戦において原始時代を彷彿とさせるこの武器は間違いなく時代遅れだが、どれだけ時代が進もうと鉄の塊を凄まじい速度で殴りつける意味は変わらない。その事を十分に理解しているイッシンは、殴りかかってくるキルドーザーを躱しつつ反撃を仕掛けようとストレイドに【ER-R500】を構えさせるが、コックピット内に響く警告音(アラート)がそれを阻んだ。見上げると白煙を牽きながら数十基のミサイルが猛スピードで向かってきている。

 

ストレイドは主のQBにより無理矢理捻り上げられ、上空より襲いかかるミサイルの群れに対し肩武フレア【YASMIN】を起動、オレンジ色の閃光が花火の如く空へ打ち上げた。まるで大好物を与えられた野犬のようにフレアに群がったミサイル群は接触した瞬間爆発し、閃光と衝撃がストレイドのコックピットを揺らした。

 

 

「油断も隙もあったもんじゃねえな!」

 

《9時方向の甲板からノーマル部隊が出撃した。留意しろ》

 

「ホント、他人事みたいに言ってくれるよな!」

 

 

セレンからの通信を受けたイッシンはOBを起動した。VOBほどでは無いが、それでも十分に速いスピードで報告のあった方角へ向かう。そこにはセレンの言う通りノーマルが8機、内3機は長距離砲戦用の装備を備えていた。打撃機よりも護衛としての近接機が多い編成は格上相手に対して有効な編成であるが、ネクストとノーマルの溝はその程度で埋まるほど浅くは無い。

 

イッシンはキルドーザーに放つ筈だった【ER-R500】を再び構え、ノーマルのコックピットを確実に射貫いていく。部隊のノーマルが次々と爆散する中、隊長格らしい打撃機が甲板から突然飛び降りた。大方、生存率を上げる為の奇策だろうが、イッシンがそれを見逃す筈も無く他の機体と同様に【ER-R500】を放つ。隊長格のノーマルはコックピットに直撃を受け爆散し、パイロットとしての人生に呆気ない終止符を打った。

 

 

「一丁上がり……っ?!」

 

 

隊長格の撃破を確認し、本来の目標である砲台の撃破に取りかかろうとストレイドを振り向かせたイッシンは目の前の状況が理解出来なかった。自身の眼前に迫る鉄塊の存在を。

 

 

《うぉらぁぁっ!》

 

 

キルドーザーの鉄拳がストレイドの顔面にめり込む。踏ん張りが効かない空中で殴られ、プライマルアーマーの威力軽減機能も至近距離の物理攻撃故に作動しなかったストレイドは衝撃で吹っ飛び、そのまま地面に叩きつけられた。歪な轍を作りながら地面を二度三度と跳ねたストレイドだが、メインブースターを噴かし何とか体勢を立て直す。

 

 

「良いの貰っちまったな……」

 

 

イッシンは独りごちる。殴られた衝撃がコックピットに伝導したため頭がガンガンと痛むが、その程度で済んだのは不幸中の幸いだろう。並の人間、たとえば転生前の自身が今の衝撃を受けていれば三半規管が大きく揺すられ、耐え難い眩暈を起こし、コックピット内を吐瀉物まみれにした上で意識を刈り取られていただろうと認識したイッシンは、キルドーザーの脅威を改めて評価した。

 

 

(機体のダメージはそこまでだけど、パイロットへのダメージは洒落にならねえな)

 

 

加えてマザーウィルからのミサイル攻撃に対応しながら戦うという事は、どちらかに意識を集中しなければならない。つまり必ずどちらかから意識外の攻撃を受ける事になる。原作の操作テクニックである〝限界機動〟を駆使すれば対応は可能だろうが、活動時間は一分程度であることを考えれば現実的では無いことは明白だった。

 

 

(隠し玉を使うにはまだ早すぎるしな。もう少し粘るしかn)

 

《だっしゃあぁぁあぁ!》

 

「ああもう!考える時間くらいくれたって良いだろ!?」

 

 

自身の手にあるカードの切る順番を大音量の咆哮でかき乱されたイッシンは横っ跳びでキルドーザーの鉄拳を回避する。いくら【神からの贈り物】とはいえ、あの衝撃を何度も食らわされるのは流石にマズいと考えたイッシンは背部兵装【EC-O300】を起動させ、発射した。【EC-O300】はリンクス戦争以前から存在する旧式の低負荷のレーザーキャノンではあるが、エネルギー防御が極めて低いGA製フレームには旧式でも著しい脅威となり得る。

 

【EC-O300】から放たれた黄色の光条は危険な攻撃であると察知したキルドーザーはすぐさま回避行動をとり距離を稼いだ。それでも攻撃の手は休めようとせず、キルドーザーは背部兵装であるグレネードキャノン【GRB-TRAVERS】および高速ミサイル【VERMILLION01】を展開させ、ストレイドめがけて放っていく。どちらの兵装も高火力ではあるが直進性の高い兵装であるためストレイドの機動を持ってすれば避ける事は造作も無い。

 

 

「とりあえずはこれで……!」

 

 

キルドーザーが離れた事を確認したイッシンはストレイドを反転させ、砲台撃破のためにマザーウィルの甲板へ向かった。甲板端には複数のミサイル砲台が設置されており、そのいずれもが数秒毎に全弾装填、全弾発射を行える高性能モデルである。そのミサイル砲台に向け、ストレイドは起動中の【EC-O300】を発射する。黄色の光条が刺さるとミサイル砲台は爆炎を上げながら沈黙し、以降ミサイルを吐くことは無かった。

 

 

「まずは一基!」

 

 

その勢いのまま、同じ甲板に併設されたミサイル砲台も同様に【EC-O300】で貫き爆散させた。戦闘開始から五分。ようやくマザーウィルに打撃らしい打撃を与えられた事に嬉しさがこみ上げるイッシンであったが、余韻に浸る間もなく警告音(アラート)がコックピットを支配する。警告音が示す方向には先ほどのノーマル部隊と同じ編成の2個部隊がストレイドを狙っていた。

 

 

「おっとマズい……!」

 

 

イッシンはストレイドにQBを噴かせ、その場を離脱するが長距離砲戦に特化したノーマル部隊は予測射撃による攻撃を敢行。砲弾とミサイルの大群がストレイドを穿たんと迫ってくる。回避する中でいくつか(かす)ったらしく、展開中のプライマルアーマーに若干のノイズが走った。

 

 

「腕は良いが、運が無かったな!」

 

 

ストレイドは身を翻しながら【MR-R100R】を連射した。実弾兵装はGA製に対して不向きではあるが、ダメージを全く与えられないという訳では無い。ことノーマルに関して言えば、実弾兵装でも十分なダメージを与えられる。その【MR-R100R】の雨はノーマル2個部隊に大小さまざまな風穴を空け、爆散すること無く沈黙させた。

 

 

「うっし。とりあえずはこれで――」

 

《イッシン、下段の甲板上でノーマル部隊の展開を確認した。次は3個部隊のようだ》

 

「次から次へと来やがって!無尽蔵かよ!?」

 

《どぉらぁあぁっ!》

 

「てめぇはいい加減大声だすのやめろ!」

 

 

イッシンの願望虚しくキルドーザーは雄叫びを上げたままドーザーを振りかぶり突進してくる。その背後からはマザーウィルから放たれたミサイルと、新たに現れたノーマル部隊の砲撃が迫って来ていた。

 

 

「……勘弁してくれよ」

 

 

マザーウィル攻略戦

作戦開始より380秒経過

 

ストレイド AP:80% 残弾:70%




現実的に考えてマザーウィルの弾幕を避けながら単機で落とすって、首輪付き化け物過ぎませんか。

それを序盤に要求するフロム……。


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33.化け猫VS老兵・Ⅲ

実家の唐揚げが実はザンギだった事に衝撃を受けました。唐揚げって前日に漬け込まないの?噓でしょ?


「マザーウィルの被害を」

 

「ノーマル58、ミサイル砲台3、機関砲12。総戦力の8%が被害を受けています」

 

「敵ネクストの状態は?」

 

「キルドーザーの直撃を加味すれば予測値として26%の損傷が出てます」

 

「足りんな。砲台の予測演算速度を30%上げろ。管制班、ノーマル全機にオペレーション・コヨーテを発令」

 

「ノーマル全機に通達。オペレーション・コヨーテ発令。繰り返す、オペレーション・コヨーテ発令」

 

 

ゴドック准将は自身の席に座りながら現況報告を険しい顔つきで聞き、現在与えられている情報の中で最善を尽くしている最中だった。ネクスト【ストレイド】と交戦しておよそ十分、彼我の損傷具合を比べればマザーウィルが優勢である。

 

要塞戦において攻撃側が守備側を正面から打ち崩すには三倍程度の戦力が必要とされている昨今、マザーウィルとストレイドの物量差を考えれば落とされる事はまず無いと考えて然るべきだろう。にも関わらず――。

 

 

「ゴドック准将、お言葉ですがネクスト1機に対してやり過ぎでは?」

 

 

圧倒的有利な状況で有りながら攻勢を緩めないゴドック准将に、横に立つ年若い士官が尋ねた。ゴドックは士官をチラリと見やると、深い皺の刻まれた顔を向ける事無く嘆息を吐きながら問いに答える。

 

 

「中尉はネクスト戦を経験したことがあるか」

 

「ありませんが、士官学校でローディー特別顧問より対ネクスト戦の教練を受けています」

 

「……後学のために覚えておけ。いくら教練を重ねようと奴らのような天災は必ずその上を行く。我々のような凡人は、自身の生死を賭して初めて同じ土俵に立てるんだ」

 

 

そう言いゴドックは前方のモニターに目を移した。艦橋の窓は既に防護シャッターが敷かれているため、備え付けのモニターのみがゴドックにとって唯一の目になる。そのモニターの中で、ハエのように縦横無尽に駆け回る機械がいた。

 

 

 

《右腕武器残弾40%、左腕武器残弾50%》

 

「くそっ!ジリ貧ってレベルじゃねえぞ?!」

 

《どうする。予定より早いが投入するか》

 

「まだだ!自分の仕事くらいキッチリこなさねぇと後々面倒だからな!」

 

《分かった……ノルマは残り3基だ。お前なら出来る》

 

「当たり前よ!」

 

《おぉりゃああぁぁ!!》

 

「相変わらずウルセぇなお前は!」

 

 

これ以外に攻撃を知らないと言わんばかりに突進してくるキルドーザーの鉄拳をストレイドは空中でQBを噴かし回避する。そのまま後方へ距離を取ると肩部フレア【YASMIN】を発射した。無数に放たれたフレアは上空より迫って来ているミサイル群を撹乱し爆散させる。

 

その勢いのままQBによる高速ターンで180度回転したストレイドは、甲板上で砲撃を仕掛けようと狙うノーマル部隊を視認。イッシンはフットペダルを踏み抜き、ストレイドのOBにより彼我の距離を一気に縮めると背部兵装【CG-R500】を起動させる。格納時は鎌のような外見の奇怪な兵装だが、射撃体勢に入ると前時代的な機関銃を彷彿とさせる銃身が肩からせり出した。単発の威力こそ低いものの秒間10発の高レートで放たれる弾丸の雨が危険でない筈も無く、ノーマル部隊は己の役目を果たさぬまま爆炎に呑まれていった。

 

障害となる敵が視界から消え失せた事を確認したイッシンは再びフットペダルを踏み込み、OBを起動させてノルマのミサイル砲台破壊へ向かおうとするが、突如として現れた後方からの衝撃に思考の変更を余儀なくされた。

 

その衝撃をキルドーザーからの遠距離攻撃と即断したイッシンはストレイドを錐揉み回転させるかの如く捻り上げ、牽制を兼ねた【MR-R100R】を発射しようするが、そこにいたのは白煙をもうもうと引き連れたミサイルの群れだった。

 

 

「なっ……ロック警告音(アラート)は鳴ってねぇぞ!」

 

《レーダーにも写っていない。衝撃度合いから見て、おそらくノーマル部隊から放たれたステルスミサイルだ》

 

「くそっ!ずいぶん芸が細かいな!」

 

《高価なステルスミサイルを最前線の判断で採用するのは考えづらい。どうやらマザーウィルの指揮官は切れ者らしいな》

 

「良いニュースありがとさん!」

 

 

まったく有難くない情報にイッシンは皮肉を返し、即座に【YASMIN】を打ち上げる。先ほどと同様にフレアに群がるミサイルが爆散した事を確認するとイッシンは再びOBを起動させミサイル砲台へ向かった。一度起動してしまえば通常兵器が捕捉することは困難なほどの超加速を全身で受け止めるイッシンは気を失わないように歯を食いしばる。

 

そのまま加速したのち、やっとの思いで辿り着いた目標のミサイル砲台を視認したイッシンは軽い感動を覚えるが、長い感慨に浸る事は無く背部兵装【EC-O300】を起動。黄色の光条がミサイル砲台目掛けて放たれると、寸分違わずド真ん中が射抜かれ爆炎が上がる。

 

 

「残り……2!」

 

 

自身に課したノルマ達成まで僅かとなり、早々に終わらせようと残りのミサイル砲台を捜すために周囲を見渡すイッシンは、直後に目に入った光景に内心涙した。破壊したミサイル砲台に並列した甲板上に、申し合わせたかのように2基のミサイル砲台が設置されていたのだ。

 

 

(日頃の行いが良いからだな、うん!)

 

 

天に感謝しつつイッシンは【EC-O300】の照準をミサイル砲台に定めた。そして放った光条はいとも容易く砲台を貫き爆散、砲台の撃破ノルマも残すところあと一基となった。放たれた【EC-O300】の再装填は数秒で完了するため、ノルマ達成を確信したイッシンは目の前の獲物を仕留める事だけに集中する。否、()()()()()()

 

 

《ふんぬぅうぅ!!》

 

 

空中で狙いを定めていたストレイドの真下から響く咆哮は、一瞬にして距離を詰めストレイドの目と鼻の先に現れた。独立傭兵のチャンピオン・チャンプスが駆る、GA社の旧標準機SUNSHINEを素体としたネクスト〝キルドーザー〟が。

 

完全に意識の範囲外から出現したキルドーザーに思わず硬直したイッシンにつられ、ストレイドの動きも硬直してしまう。【解体屋】の異名を持つチャンプスはその隙を見逃さず、肩よりせり出た【EC-O300】の砲身を片腕でガシッと掴み、腕部アクチュエータのトルクを限界まで引き出す。

 

 

《だぁありゃあぁぁ!!》

 

「このっ……ざけんな!」

 

 

イッシンはGAフレームの弱点であるレーザーライフル【ER-R500】をほぼゼロ距離からキルドーザーのコアに連射するが、キルドーザーの腕のトルクは緩まるどころか更に出力が上がったらしく、それまでメシメシと音を立てていた【EC-O300】の砲身は金属特有のグシャッとひしゃげる音と共に握り潰されてしまった。

 

 

「嘘だろ!?」

 

《どすこぉおぉいぃ!》

 

「ぐっ……がぁぁ!」

 

《イッシン!?》

 

 

【EC-O300】の砲身を片腕で握られ、逃げる事が出来ない状況でキルドーザーの鉄拳がストレイドのコアを直撃する。容赦ない攻撃に苦悶の表情を浮かべるイッシンだが、キルドーザーは立て続けに鉄拳を抉り込んだ。

 

 

《ふんがぁあぁ!》

 

「げ……ぐぇ……」

 

《イッシン!気を保て!早くパージしろ!》

 

「……!!」

 

セレンの悲鳴のような怒声に何とか反応する事が出来たイッシンは【EC-O300】をパージした。プシュウと音を立てて宿主を失った【EC-O300】の重量は非常に軽くなり、それを支えとして鉄拳を振りかぶっていたキルドーザーは空中で大きく体勢を崩す。

 

 

《おぉっ!?》

 

「このやろ……吹っ飛べ!」

 

 

【EC-O300】をパージした事によりキルドーザーから解放されたイッシンはストレイドに空中でショルダータックルの姿勢を取らせ、OBを発動させる。キルドーザーの鉄拳の比ではない質量と速度により、砲弾そのものとなったストレイドはそのままキルドーザーに突進。空中という不安定極まりない状況で踏ん張れる訳もなく、戦闘開始冒頭の意趣返しのようにキルドーザーは吹っ飛んでいった。

 

突然現れた最大の障害(ネクスト)を何とか排除したイッシンは摩耗した精神と肉体を奮い立たせ、奥に鎮座するミサイル砲台を見据え、右手の【MR-R100R】を構える。キルドーザーが打ち倒された事に動揺したのかノーマル部隊からの攻撃は止んでおり、絶好のチャンスを与えられていた。

 

 

「これで……ノルマクリア!」

 

 

イッシンの掛け声と共にストレイドは【MR-R100R】の引き金を引く。吐き出された銃弾達はミサイル砲台に続々と着弾し、達成の喜びを伝えるかのような火柱を立ち上がらせた。

 

 

「はぁ……はぁ……セレン、俺のノルマはこれで終わりだよな?」

 

《無論だ。あとは奴らの到着まで回避に専念しろ》

 

「このまま帰還って選択肢はない感じ?」

 

《ないな》

 

「……鬼ババア

 

 

イッシンはセレンに聞こえないギリギリの声量で呪詛を吐くが、セレンはその呪詛を敢えて無視。このミッションの要である仕上げの作業に取り掛かった。と言ってもオペレーションルームでセレンの隣に座る、紫の頭髪をした女性に言葉を掛けるだけだが。

 

 

「聞こえていたな?膳立てはこちらで済ませた。報酬分はキッチリ働いて貰うぞ」

 

「もちろん。俺たちの力みせてやるよ。なぁ少年!」

 

《いい加減少年呼びは止めてください、バイオレットさん》

 

 

バイオレットと呼ばれた女性は、モニター越しに応える年若い男の声を聞いてフフッと笑う。その画面には真紅に染まった先鋭的なネクストが一機、VOB接続を行っており出撃をいまかいまかと待ちわびているように佇んでいた。




プレステ5情報がリークされたみたいですね。
仮にアーマードコアの新作が出たとして、4K画質のOPムービーとか想像出来ないです。

実はもう現実世界で運用されてるんだろ分かってる分かってる的な完成度を期待しています。


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34.化け猫VS老兵・Ⅳ

夕食でチリコンカンとうっすいコーヒー飲んだので気分はマカロニウエスタンのカウボーイです。

決して金欠ではありません。


「被害状況を報告しろ」

 

「ノーマル84、ミサイル砲台6、機関砲15。キルドーザーの戦線離脱を含め総戦力の23%が被害を受けています!」

 

「……中尉、現状況をどう把握する」

 

「六基目のミサイル砲台を撃破後、敵ネクストは目立った攻撃を仕掛けていません。時間稼ぎと判断するのが妥当かと」

 

「だろうな」

 

 

管制官からの報告から分析出来る情報を下に導き出した年若い士官の至極真っ当な意見にゴドックは頷く。中尉の言う通り、これは時間稼ぎだ。そしてそれが意味する所は一つ以外に他ならない。

 

 

(ろくでもない増援であることを願うか)

 

 

ゴドックはマザーウィルに襲来するネクストが〝ストレイド〟であるという情報を受け取った時点で増援の線を消していた事を僅かに後悔する。ゴドックはGAグループに与しておきながらマザーウィル撃破を受託した恥知らずなリンクスに手を貸す輩はいないと考えたのだ。それに依頼したオーメルグループも今回の任務はストレイドの試金石として依頼している筈だ。であれば、わざわざ増援を手配する筈も無い。しかし現実は残酷にもゴドックの予想を裏切る結果となった。自身の読みの甘さを噛み締める中、管制班の一人が声を上げる。

 

 

「BFF本社より秘匿回線で通信が入っています。繋ぎますか?」

 

「こんな時に誰だ?理事官なら無視して構わん」

 

「いえ、王小龍上級理事からです」

 

「……あのジジイか。分かった、繋げ」

 

 

ゴドックの答を得た管制官は手元の複雑難解な機器をスラスラと操作し回線を繋げた。艦橋のメインモニターに数秒のノイズが走った後、ゴドック以上の皺が幾重にも刻まれた老人の顔が現れる。

 

 

「お久しぶりです上級理事。本部総会の会食以来ですな」

 

《貴官も健勝そうで何よりだ》

 

「ところで何のご用でしょうか。現在マザーウィルはネクストと交戦中なのですが」

 

 

自身の不満を隠すことなくゴドックは問いかけた。戦場よりほど遠い司令部であれば世間知らずな文官の通信は暇つぶしで応じるが、交戦中の、それも最前線において下らないやり取りは無駄な精神を磨り減らすだけだからだ。

 

 

《貴官ほどの優秀な軍人が下らん負け戦で死ぬのは見過ごせん》

 

「ご冗談を。たかがネクスト1機に落とされるマザーウィルではありま――」

 

「哨戒班より報告!高速でこちらに向かってくる熱源を確認!この速度……VOBです!」

 

 

先ほど通信を繋いだ管制官が再び叫んだ情報にゴドックは思わず言葉を飲み、自身の運の無さを改めて呪った。マザーウィル攻略に対する増援は火力面を踏まえればAFもしくはVOB装備のネクストに限定される。ゴドックとしては先日正式採用(ロールアウト)したばかりのオーメル製AF〝イクリプス〟が来る事を望んでいたが、実際に来たのはネクストであったからだ。

 

しかしゴドックの目には絶望の色は見えていない。マザーウィルの現状況下で派遣されるならば低ランクのネクストである可能性も十分にあり得る。であれば勝ち目が失われた訳では無い。

 

 

「チッ、哨戒班に敵戦力の特定を急ぐよう伝えろ!総員に通達!マザーウィルの全戦力を投入してストレイドを攻撃!増援が到達する前に何としても撃破するんだ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

《……水を差すようで悪いが》

 

 

艦橋の部下たちに檄を飛ばすゴドックとは対照的に、冷静冷淡な声がモニターから流れる。モニターから見えない事を良いことに砲雷長が青筋を浮かばせながら中指を立てるが、モニターに映る老人は気付くこと無くゴドックへ語りかけた。

 

 

《既にマザーウィルの勝ち目は無くなっている。准将、総員を退避させ救援を呼び給え》

 

「……その言いようですと何かご存知のようですが、陰謀家である貴方の言葉を聞く気は毛頭ありません。第一、敵増援の戦力が分からない以上、総員を退避させるなど出来るとお思いで?」

 

《それがクラースナヤでもか?》

 

 

王小龍から発せられた名称に艦橋内が一瞬静まり、モニターに注目が集まった。何故なら、その名称は現状況下で最も聞きたくないものだったからであった。

 

クラースナヤ。ランクは29と低く、搭乗リンクスのハリは未成年とも噂される独立傭兵の一人である。内情を知らない多くの一般人からは『御曹司の道楽』と揶揄されているが、内情を知る者達からは畏敬の念を込めて『時間限定の天才』と呼ばれていた。

 

搭乗リンクスであるハリは極めて特異なAMS適性を有しており、一定の時間であればランク1〝オッツダルヴァ〟を凌ぐ力量とセンスを発揮するが、その一定時間を過ぎるとランクと同様に粗製レベルの力量にまで下がってしまう欠点を併せ持っていた。しかし、その特性に目をつけた各企業から制限時間付きの殲滅戦が数多く依頼されており、今ではミセス・テレジアと並ぶ『汚れ仕事の請負人』として恐れられている。

 

そして、王小龍が未だ確認出来ていない敵戦力を言い当てた時点でゴドックは全てを理解した。此処(ここ)は戦場ではなく、醜いパワーゲームの一盤上に過ぎなかった事を。その事実を前にゴドックは小さく呟く。

 

 

「まったく。我々は歩兵(ポーン)か」

 

《准将、もう一度言う。()()()に付き合う必要はない》

 

 

モニターの老人は皺一つ変えず淡々と回答を促した。ゴドックはその顔に憤激を覚えるが、拳に力を込める事で何とか表情に出さず押さえ込む。――下らない相手のために戦を捨てるのは御免だが、下らない政争のために部下達が死ぬのはもっと御免だ。

 

 

「……ならば条件があります。部下達の処遇保障を確約して頂きたい」

 

《ふむ……約束しよう。健闘を祈る》

 

 

王小龍は取って付けたような微笑の表情を浮かべると、何の感慨も無い言葉を置いて通信を閉じた。黒く染まったモニターにはゴドックがぼやけて反射しているが、心なしかその周囲も揺らいでいるようにも見える。ゴドックはその場にスクッと立ち上がると制帽を被り直し、艦橋全体を見渡す。

 

 

「皆、今の通信は聞こえたな。残念だがマザーウィルの現戦力ではストレイドおよびクラースナヤと相対する事は自殺行為だ。司令官として、諸君らを死地に送り込むなど断じて許すわけにはいかない。総員直ちに地上装備に着替え、システムは全てオートモードに切り替えろ。……現時刻を以て我々はマザーウィルを放棄する!!」

 

 

 

 

 

 

《少年、聞こえるか?》

 

「どうしました?バイオレットさん」

 

 

VOBによる超加速な晒されながら苦悶の表情を浮かべる事無く平然と操縦している少年が答える。パーマがかった栗毛色の短髪にあどけなさの残った顔立ち、未だ成長途中であることが窺える身体にはカモシカのようなしなやかな筋肉が備わっている事がリンクススーツ越しからも分かる。

 

 

《スポンサーから連絡だ。マザーウィルの食い応えは落ちるが依頼通りやってくれだと》

 

「えぇ~。やる気削がれるなぁ」

 

《少年、モノは考えようだぞ?割の良い小遣い稼ぎと思えばいいじゃないか》

 

「ん~。それもそっか」

 

 

そういうと少年ことハリは操縦桿を握り直し、乗機クラースナヤの姿勢を制御した。クラースナヤはリンクス戦争で壊滅した旧レイレナード社の赤いAALIYAH(アリーヤ)フレームをベースにしており、その形状はオーメルのライールフレームを更に先鋭化させたデザインである。頭部は流線的な三角形であり、メインカメラは電光掲示板のような複眼を採用している。コアはF1カーを意識しているのか前部は大きく前に突き出ており、後部にはリアスポイラーが設置されている事から空気抵抗を意識したデザインであることが見て取れた。肩部は大型送風機のような見た目だが、接続する腕部は悪魔のような妖しさと鋭さが両立したような見た目をしている。脚部はどこか昆虫的な形状をしており、脛に当たる部分からは甲虫の角のようなパーツが伸びていた。

 

どんなベテランリンクスでも完全に使いこなすには膨大な習熟が必要とされるそのAALIYAH(アリーヤ)フレームを難なく駆るハリは、愛機に語りかけるように呟いた。

 

 

「じゃ行こうか、クラースナヤ」

 

 

ハリの言葉に、ロシア語で〝赤〟を意味する機体のメインカメラが呼応するように輝く。接続するVOBから更なる加速を引き出し、瞬間時速3000km/hを叩き出すその機体の遥か前方にはうっすらと巨大な異形が姿を現していた。




一般的な軍の指標では防御側の総戦力が40%程被害を受けると機能不全に陥るようです。初めて知りました。

あと、デロンギのコーヒーメーカーってあんなに高いんですね。初めて知りました。


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35.化け猫VS老兵・Ⅴ

最近、時計沼への愛が再燃し始めました。個人的に今一番熱いメーカーはゼニスだと思ってます。


ゴドックが発した言葉に艦橋内がどよめく。無理も無い、攻勢を仕掛けると言った次の瞬間には総員撤退の令をだしたのだ。二転三転する指揮官の言動に混乱を招かない筈が無かった。

 

 

「准将、正気ですか!?」

 

「ストレイドは疲弊しています!押し切れるはずです!」

 

「あの老いぼれに惑わされる必要はありません!」

 

 

隣に立つ年若い士官を含め皆、異口同音に撤退命令を翻そうとゴドックに激しい言葉を放つが、当の本人は頑として譲るつもりは無いことを現すように押し黙っている。

 

そのままクーデターに発展しかねない程ヒートアップした高まりを見かねたのか、撤退命令が発せられてから一言も喋っていない砲雷長が溜息を吐きながら口を開いた。

 

 

「お前ら落ち着け。准将が撤退命令を出したんだ、腐っても軍人なら従うのが筋だろう」

 

「確かに我々は軍人です。ですが、こんな優柔な命令に黙って従えと言うんですか!」

 

 

ゴドックの隣に立つ士官は、まるで上官などいないかのように砲雷長へ怒鳴る。マザーウィルで最古参にあたる彼に敬語こそ使ってはいるが、自身より階級が低い者に楯突かれたのが気に入らないのだろう。その幼稚さと無鉄砲さに呆れながら砲雷長は続ける。

 

 

「その考えが甘いんだよ。司令官ってのはな、確実に勝てる時と退けない時以外は臆病者なんだ。客観的に戦況を評価して、絶対的不利ならスタコラ逃げるのは当たり前だろ。一時の感情で動くなんざ論外もいいとこだ」

 

「ですが理事官から命令を拝している以上、背く事は出来ません!それに、戦いの結果はやってみないと分からないでしょう!」

 

「なら現状の戦力でストレイドとクラースナヤに()()()勝てると思うか?」

 

 

砲雷長の言葉に、それまで声高く噛みついていた士官は口をつぐんでしまった。彼自身も薄々は感じていたのだろう。彼我の差は、既に気力云々で埋められる程度では無いことを。

 

 

「だろ?……准将の指示通り、現時刻を以てマザーウィルから撤退するぞ。ほら、ちゃっちゃと身支度しろ!」

 

 

砲雷長は声を張り上げパンパンと手を鳴らす。直属の部下である砲雷班の面々は、こうなった上司がテコでも動かない事を熟知していたので各々手元のコンソールを操作し自動迎撃モードに変更後、貴重品を持ってバタバタと艦橋から出て行った。ついで、美味しい場面を独り占めされたからか不満げな顔を浮かべながら各班長は部下たちに撤退命令を指示する。

 

艦橋内がそれまでとは違った意味で慌ただしくなるなか、砲雷長はおもむろにゴドックに近付いた。対するゴドックは制帽を脱ぎ、砲雷長に向けて言葉を紡いだ。

 

 

「すまない」

 

「構わないですよ、口下手なのは知ってますから。ただ――」

 

 

砲雷長はスッと目を細める。マザーウィルに搭載された全火力を古くから扱う者としての迫力と矜持が宿った目は淀みなくゴドックを見つめる。

 

 

「――私も納得している訳ではありませんので」

 

「……君達の死に場所はここではないと判断したまでだ」

 

「その時は最高の死に場所を期待しますよ、准将殿」

 

 

砲雷長は眼光を瞬時に緩ませはにかむと、敬礼したのち艦橋内を後にした。ゴドックはその背を横目で流し見つつ手元の備え付き通信端末を起動させる。その画面には赤文字で「Sound only」および「Champion・Champs」と表示されており、何度かのコール音のあと雄々しい男性の声が聞こえてきた。

 

 

何用(なんよう)か!》

 

「チャンプス、我々はマザーウィルを放棄する。君も撤退したまえ」

 

《あぁ!?手負いのストレードに怖じ気づぅたか!えぇ!?》

 

 

チャンプスの訛りの強さと語気の強さが相まって泥酔した勝ち気な田舎者の暴言にしか聞こえないが、間違い無くチャンプスは素面(シラフ)であり大真面目である事もゴドックは理解していた。

 

 

「そのストレイドの増援としてクラースナヤが向かって来ている。負け戦に興じる程、私も命知らずではないのでね」

 

《……勝手にせい!おんしがどうしょうが、解体屋が何も壊せず尻尾巻いて退くってなぁ性に合わんでな!》

 

「そうか……健闘を祈る」

 

《おう!おめぇも達者でやれや!》

 

 

チャンプスの威勢の良い言葉を最後に、通信は乱雑にブツッと切られた。ゴドックは端末をしばし見つめ、ゆっくりと手元に戻し溜息を吐きつつ席を立った。

 

 

――羨ましいな、その生き方は。

 

 

 

 

 

 

《クラースナヤ到着まで60秒だ。持ち堪えろよ》

 

「ったりめぇだ!こんなとこで死んでたまるかよ!」

 

 

イッシンは自身を鼓舞する怒声と共にフットペダルを蹴り抜いた。コックピットから伝達される電子信号はストレイドのコア部、腕部を瞬時に駆け抜けQBの発動を強制させた。摩擦抵抗の無い空中とはいえ瞬間時速1000km/hの加速は重さ数十トンのストレイドを軽々と真横に20mほど移動させ、元いた場所には無数の砲弾が飛来している。

 

戦闘開始からほぼ20分が経過するがマザーウィルの攻勢は止むことを知らず、イッシンはむしろ強まっているようにも感じた。だが、それは本当に強まっているからでは無くイッシンの精神的疲労が限界に達しつつあるからである。この世界をゲームとしてプレイしている時でさえ10分間を越えた戦闘に出会う場面は稀であり、転生して今まで受注してきたミッションも全て短期決戦で終わらせてきた。その程度しか経験していないイッシンにとって戦闘を20分間継続して行う事は、もはや未知の領域である。こんな出鱈目は今すぐにでも身を翻して全力で逃げ出したいという思いに駆られるイッシンは、それでも退くわけにはいかないと戦闘を継続する。

 

絶対的強者(プレイヤー)の視点。阻む者全てを屠り、幾度となく自身と進みたい結末(ルート)を選択してきたイッシンにとってマザーウィルは只の通過点に過ぎなかった。そんなマザーウィルに敗北するという結果はイッシンにとって屈辱以外の何物でも無い。

 

 

「どうにか時間かせ――」

 

《おっしょおぉいい!》

 

「――ぎは出来そうもねぇな!?」

 

 

イッシンが下を見れば、頭部の一つ目を爛々と輝かせたキルドーザーが突進してきている。先ほどの高速タックルが直撃したからであろうコア部は大きくヘコんでいるが、それ以外のパーツはほぼ無傷と言っていい。ストレイドも無傷ならいざ知らず、残弾僅かな手負いの状態とあっては、まともに相手取るのは自殺行為だ。

 

イッシンはストレイドにQBを吐かせて距離を取りつつ【MR-R100R】および【ER-R500】を乱射する。それなりの火力を有する攻撃だったがキルドーザーは仕留める好機と見たか、回避行動は一切せずにストレイドの乱射を受けきると背部兵装である【GRB-TRAVERS】と【VERMILLION01】を展開した。どちらも高火力兵装であるため、間違っても直撃は避けたいイッシンはQBを起動しようとフットペダルに脚を掛ける。

 

刹那、イッシンは後方からの衝撃に襲われた。思わずコンソールを見ると「QB発動不可」と表示されており、同時にメインブースターが破損したことが示されている。恐らくミサイル砲台からのステルスミサイルが命中したからであろうが、いかんせんタイミングが悪すぎた。

 

 

(あっ終わったな)

 

 

突如訪れた実感のない死をイッシンは受け入れられずにいた。全ての体感速度がスローモーションで流れ、とりとめの無い走馬灯が脳内を駆け巡る。一方のキルドーザーは、ようやく()()()と笑みをこぼしながら【GRB-TRAVERS】および【VERMILLION01】でストレイドを穿とうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《僕の仕事仲間(金づる)に何してんだ、この野郎!!》

 

《!!??》

 

 

 

瞬間、赤い影が上空よりキルドーザーへ突っ込んで来たと思えば前触れ無くキルドーザーが吹っ飛んでいく。そのまま為す術なく地面に叩きつけられたキルドーザーであったが、ダメージはないと言わんばかりに砂煙を巻き上げながらムクリと起き上がった。

 

 

《来おったか、クソガキが!!》

 

《アンタみたいなウーハー野郎にクソガキ呼ばわりされる覚えはないね!》

 

 

突然の出来事にイッシンは目を点にしていたが、我に返り目の前の赤い影を確認、凝視する。赤い影の正体は先鋭的なコアに昆虫的な脚部、そして特徴的な電光掲示板のようなメインカメラを持つネクストであった。そしてこのネクストが、待ちに待った増援である事をイッシンは知っていた。

 

 

「ったく遅すぎだろ」

 

《間に合っただけ良しとして下さいよ、()()()()()()()

 

「……なら報酬分は働いてくれよ?」

 

《もちろん!》

 

 

 

役者は揃った。

 

 

 

カラードNo.29【時間限定の天才】

〝クラースナヤ〟ハリ 参戦




赤い子、ようやく参戦です。
ストーリー展開上、本格登場が遅くなったのでその分派手に動かしたいと思います。


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36.化け猫VS老兵・Ⅵ

国家試験が今月に行われるので最後の追い込みしています。過去問の正答率90%前後なので大丈夫だと信じたいですが、めちゃ怖いですね。


《少年、いつも通りリミットは5分だ》

 

「楽勝!」

 

 

少年ことハリはティーンエイジらしい自信に溢れた真剣な笑みを浮かべながら返答すると、オペレーターであるバイオレットはハリの駆るネクスト〝クラースナヤ〟のAMSシンクロ率を98%まで押し上げた。

 

通常、100%近いシンクロ率は搭乗リンクスへのリスクが大きすぎるため90%程度でセーブされている。具体的にはシンクロ率が高すぎて()()()()()()()()()()()()()()()可能性があるのだ。そんなハイリスクを背負っていながら、ハリは笑う。まるでそのリスクを楽しむかのように。

 

 

「飛ばすぞ、クラースナヤ」

 

 

ハリの言葉に反応するようにクラースナヤは文字通り()()()。もちろん本当に消えたわけではなく連続QBによる高速移動を行っただけだが、それでも【神の贈り物】を受けたイッシンが一瞬見失った程に速い。

 

まるで曲芸師の如く駆け抜けるクラースナヤは軽やかな勢いを保ったままマザーウィルの三段式甲板に音も無く着地すると、両手に握られたBFF製実弾ライフル【051ANNR】の引き金を引く。瞬間火力こそ高くないものの、BFFらしく貫通力に秀でた【051ANNR】は()()()撤退行動を取っていたノーマル2個小隊をチーズも同然に穿ち、逃れ得ぬ結末を与える。

 

瞬く間に複数のノーマルが撃墜された事でマザーウィル防衛部隊の間に動揺が走るが、それは()()()()()の中での話だ。先の艦橋内で発令された指示により、既に自律戦闘モードへ切替えられていた多数の兵器群は目の前の赤い悪魔に臆すること無く自身が持つ火力の全てを注ぐ。自律戦闘モードならではの抜け目ない全方位波状攻撃は津波を彷彿とさせる圧力を発しながらクラースナヤに迫るが、搭乗者であるハリに焦りの色は見えなかった。

 

緑色で発光しているクラースナヤのメインカメラが残影が出るほどに輝き、両の手の【051ANNR】をおもむろに構えると情熱的なタンゴのように軽快なステップを踏みつつクルクルと回り始める。ステップはどんどん速くなり、回転が最高潮に達した瞬間【051ANNR】の銃口から火が噴いた。慣性の法則に従い、曲線を描きながら射出された弾丸は飛来するミサイル群を(ことごと)く撃墜し、銃弾に代表される撃墜出来ない攻撃は神業の如き体捌きで全ていなしきる。

 

防衛部隊の弾薬装填に伴い波状攻撃が止んだ時にはクラースナヤは只そこに佇んでおり、ルビーのように赤く澄んだ装甲には一片の煤すら無い。対照的にクラースナヤの周辺には本分を果たす事が出来なかったミサイルの残骸と、甲板上に作られた風穴が無数に存在している。その光景は正に異様であり、クラースナヤおよびハリの規格外加減を端的に示していた。

 

 

「……口先だけじゃねえってか?」

 

 

圧倒的すぎる後詰めの戦力にイッシンは思わず呆れながら呟き、ハリと初めて対面したミッションミーティングを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なるほどねぇ。俺が先行してマザーウィルを削った後、詰めの僚機が仕留めるって寸法か」

 

「マザーウィルとの物量差を考えれば同時出撃が理想だがゼクステクスの設備ではVOB接続は一機ずつ、しかも接続に30分弱かかる計算だからな。嫌か?」

 

「嫌って言うか、何で俺が先行なんだ?小龍の爺さんが選んだ腕利きのリンクスなら、そいつが先行した方が良いだろ」

 

 

ゼクステクス内に設けられた簡易的な待機所でイッシンは椅子の背もたれを正面にして、腕を組んで突っ伏しながらセレンに尋ねる。部屋に備え付けられたホワイトボードに簡単な図解を書いて説明していたセレンは、少しつまらなさそうに答えた。

 

 

「今回の僚機は訳ありでな。確かに腕は立つが、リンクスとしての活動時間が限定されている奴なんだ」

 

「限定?限定って……まさかクラースナヤか?」

 

「おや、次代のエース殿に知って貰えてるとはオペレーターとして俺も鼻が高いよ」

 

 

不意に声がしたのでイッシンが後方に振り向けば、そこには紫色のショートカットがよく似合う女性が立っていた。多少ダボついた戦闘服を着ているにも関わらず、メリハリがあることが分かる体型はナイスバディの一言に尽きる美人だ。その横には赤いリンクススーツを身に纏った小柄な少年が目を輝かせながらウズウズと立っている。どう見ても20は越えていない外見に、イッシンは彼がハリであると直感的に理解した。

 

 

「来たか。イッシン、赤いリンクススーツを着た少年がランク29のハリ。横に立っている紫()がオペレーターのバイオレットだ」

 

()とは何だ、万年金欠()(おく)れババア」

 

「黙れ、紫脱法ショタコンが」

 

(2人とも口悪!?)

 

 

出会って5秒で罵り合う両オペレーターに流石のイッシンも驚きを隠せないが、そんな事は露知らず2人の舌戦は笑顔を崩さず更にヒートアップしていく。

 

 

「ふん、ダン・モロに肉薄したからっていい気になるなよ。私のハリがやれば確実に勝ってた試合(マッチ)だ」

 

「さすが試合(マッチ)も組めないオペレーターは言うことが違うな。いい年して仕事に趣味(ショタ)を持ち込むのは親が泣くぞ?」

 

「ほぉ、嫁ぎ先の一つも見つからない女にそんな心配されるとは思って無かったな。あのミセス・テレジアでさえ旦那がいるって言うのになぁ?」

 

 

オペレーター同士の骨肉の争いが目の前で行われているお陰で身動きが取れないイッシンだったが、隣で罵り合いが始まると思ってなかったハリも同じようで、コソコソとイッシンの傍に寄ってきた。それに気付いたイッシンは椅子から立ち上がり挨拶に応じる。ハリの身長は160cm半ばのようで175cmのイッシンからはとても小柄に見えた。――てかホントに未成年だったのかよ。確かに設定では若いとは言ってたけどフロム鬼畜過ぎるだろ。こんな少年にどう血みどろな戦場を駆けさせるとか正気の沙汰じゃねぇぞ。

 

 

「あ、初めまして。ランク29のハリです」

 

「こちらこそ。ランク31のイッシンだ」

 

「……なんかすいません、バイオレットさんが急に」

 

「いや、応じたセレンも悪いから気にするな」

 

 

互いに我の強いオペレーターを持っている者同士で通じ合う所があったのか、それ以上は言わずに舌戦の2人を眺める。セレン、バイオレット共にどうにか笑顔を保っているが一枚捲れば般若の形相が潜んでいることは明白だった。

 

 

「あの、イッシンさん。ダン・モロに肉薄したって本当ですか?」

 

「ダメージだけ見ればそうだけど、実際は上手く転がされたってのが正しいな」

 

「本当ですか?」

 

「あぁ。最初から本気で来られてたら、多分ボロ負けだったよ」

 

「……な~んだ、期待して損した」

 

「え?」

 

 

急に口調が変わったハリにイッシンは戸惑うが、そんな事はお構いなしにハリは続ける。その口振りは典型的なクソガキと同じ言い方だった。

 

 

「だって本気出させてないんでしょ?なら興味ないや」

 

「どういう意味だよ」

 

「そのままですよ。ダン・モロに肉薄した貴方を研究する意味合いでミッションを受けたっていうのに……期待外れもいいとこです」

 

「お前……」

 

「バイオレットさーん。()()も済んだし、もう帰りましょうよー」

 

 

小馬鹿にされ静かに憤るイッシンを尻目に、ハリは未だ舌戦を続けている自身のオペレーターに声を掛ける。どうやら勝負はセレンが勝ち取ったらしく、バイオレットは悔しくも名残惜しそうにハリの元へ寄ってきた。

 

 

「あのピンク〇〇〇〇〇〇〇(著者判断により自主規制)、このミッションが終わったら見てろよ」

 

「へぇ、バイオレットさんが口で負けるなんて珍しいね」

 

「もぉ~慰めてくれよ少年~」

 

「はいはい後でね」

 

 

ハリの腰元に顔をこすりつけながら甘えるバイオレットにハリは気にすることなく頭をポンポンと叩く。当のバイオレットは腰元にこすりつけている顔の端々から変態的な笑みが溢れており、犯罪臭がしないでもない。

 

 

「それじゃ、よろしくお願いしますよ。()()()()()()()

 

 

ハリはそう言い残し、腰元のバイオレットを引き摺りながら待機室を後にした。残ったのは口喧嘩に勝利した余韻に浸るセレンと小馬鹿にされイラついているイッシンだけであり、待機室には時を刻む音だけが響いている。

 

 

「――セレン」

 

「ん?何だ」

 

「アイツら嫌いだ」

 

「……私もだが、腕は立つ。今回だけの辛抱だ」

 

「本当かよ?クソガキと痴女だぞ?」

 

 

この時イッシンはハリの実力を疑っていた。原作ではランク10の実力者であったが、この世界はランク29。つまり最底辺ランカーの1人である。ダンの件で原作とこの世界がリンクしない事が分かっているからこそ、ハリもランク相応の雑魚なのではないか。そういう予測がイッシンの頭をよぎっていた。

 

 

 

 

 

 

場面は変わり、現在。

 

 

「トロ過ぎて欠伸が出るよ!」

 

《少年、あまり飛ばしすぎるなよ》

 

「こんな奴らに時間掛けてる方がどうかしてるでしょ!」

 

 

クラースナヤは両手の【051ANNR】を空高く放り投げると(てのひら)を広げ、甲板上でバク転しながら弾丸の嵐を躱していく。最後と回転時、甲板についた両手にありったけの出力を込めると勢いよく空中へ跳躍した。アクロバティックな動きのままクラースナヤは空中へ放り投げられた【051ANNR】を掴み、こちらを狙うノーマル1個小隊に向け引き金を引いた。先ほどと同じくチーズ同然に穿たれたノーマルらは爆発することなく沈黙する。

 

 

「……もうアイツ1人でいいんじゃないかな」

 

 

終局は近い。

 

 

 

 

 




今回はハリとバイオレットの説明回になりました。
「脱法ショタコン」は我ながら良いネーミングセンスだと思っています。積極的に使っていきたい。


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37.化け猫VS老兵・Ⅶ

久々に朝まで呑みました。酒の残り方で若くない事を実感します。


クラースナヤが参戦して150秒が経過した。活動時間の半分を消費したクラースナヤは留まることを知らず、縦横無尽にQBを噴かしていた。遠距離から狙撃しようとする敵が居れば一方の【051ANNR】を構えてほぼ目測で撃墜し、背後を取ろうとする敵が居ればノールックの背面撃ちで撃墜し、ならばと近接戦闘を挑んできた敵が居れば、昆虫的な脚部で蹴り上げて彼方へ吹っ飛ばす。

 

八面六臂の活躍とは(これ)以上に叶う状況があろうか。いや、ない。それほどまでに圧倒的な戦力にイッシンはクラースナヤが敵でないことに心底胸を撫で下ろした。

 

 

「あんなのとやり合えるかってんだ」

 

《言ったろ。腕は保証すると》

 

「……常々(つねづね)セレンの人脈が不思議だよ」

 

《なに、腐れ縁という奴だ。それよりも敵の意識がクラースナヤに向かっている間に残りのミサイル砲台も撃破するぞ》

 

「おいおい、ノルマはクリアしただろ?」

 

《あの子供に見せ場を全部持って行かせるなら――》

 

「それは気に入らねぇ」

 

《だろうな。残弾は残り僅かだ、確実に行けよ》

 

 

食い気味に即答したイッシンに満足げな表情を浮かべたセレンは手元のコンソールを操作し、ストレイドの損傷状況を確認した。

 

ストレイドの耐久値は30%を割っており、コア部に至っては大きくヘコみ歪んでいる。両手に構える【MR-R100R】および【ER-R500】の残弾は20%程度。背部右側の【EC-O300】はキルドーザーにお釈迦にされ、左側の【CG-R500】は残弾50%を切っている。唯一の撹乱装備である【YASMIN】もとうの昔に撃ち切っており飛来するミサイルは自力で避ける他なかった。

 

手札は最悪。ゲームは優勢。助勢は規格外。

 

であれば全額ベットで勝負するのも悪くない。

 

 

「オーライ」

 

 

イッシンは沸き立つ闘志とギャンブルの興奮性を併せ持った凶暴な笑いを立て、自身のリミッターを解除する。先のイレギュラー戦以来の限界機動にイッシンはある種の懐かしさを感じたが数瞬後には眼球が飛び出る程の多大なGを全身に浴び、もう二度とやるものかと心に誓う。

 

クラースナヤと同じく残影が出るほどにメインカメラを輝かせたストレイドは限界機動の名に恥じぬ速度でメインブースターを噴かして飛翔する。その勢いを更に加速させるようにOBを起動、時速1800km/hの超高速で残りのミサイル砲台へ向かった。ハリも迎撃の手が空けばミサイル砲台を破壊していたようで残りは4基となっていた。

 

 

「先ずは手前の!」

 

 

ストレイドは両手のライフルを構え、すれ違いざまにミサイル砲台に叩き込む。実弾と光線のコラボレーションは砲台が迎撃する間も与えずに撃破し、代わりに歪な黒煙を立ち上げた。超高速ゆえに振り返って確認する余裕はなく、レーダーの反応が消失したことでイッシンは確実に撃破したことを知る。

 

続いて奥まった場所に設置されているミサイル砲台を視認したイッシンは更なる加速の為にQBを噴かした。瞬間的にVOB相当の時速2800km/hの域に達した加速に意識が飛びそうになるのを(こら)えながらイッシンはライフルを構え、穿つ。帰巣する燕の如く一直線に吸い込まれた弾丸は砲台にめり込み、内部をズタズタに引き裂きながら、副次的に起こった灼熱により消え去った。

 

球状の爆発が起こった事を確認し、ターゲットが残り2基となったイッシンは目端に異変を捉える。要塞たるマザーウィルが()()()()()()()。マザーウィルの弱点であるMCフレームの電子制御が瓦解し始めた証左であるが、震動は甲板に立つノーマルの姿勢制御を犯す程に強く、立つこともままならないようであった。しかしイッシンは慈悲をかけることなく足の止まったノーマルの中心に淡々と風穴を空けていく。

 

 

《第3、第5ブロックより電子負荷による火災発生。……訂正、第3から第5、第8ブロックにて電子負荷による火災発生》

 

 

もはや(もぬけ)の殻となったマザーウィルの艦橋には自動迎撃モードに設定された端末が現況被害を伝えていた。惜しむらしくは正確無比な現況把握に誰一人として応える人員がおらず虚しく響いていたことだろうか。それでも尚、電子音声は現況の被害報告を続ける。そこに誰も居なくとも。

 

 

《――あと一押しだな》

 

「速攻済ませる!!」

 

 

戦闘が始まり25分弱。ようやく目に見える形でダメージらしいダメージが通った事に追撃の弾みがついたイッシンは、残り限界機動時間36秒を振り絞りミサイル砲台へと照準を会わせる。幸いにして、破壊した砲台と同じく東側に設置されたミサイル砲台との距離はそこまで大きくはない。であれば落とす以外の選択肢は無いだろう。

 

 

「これで……!」

 

《ぶるぁあああぁ!!》

 

 

限界機動に振り回されるストレイドに鞭を入れようとしたその時、(わきま)えない大声がイッシンの耳に入った。戦闘中に幾度となく聞かされた大声を聞き間違える筈も無く、障害となり得る声の主が居るであろう方向にノールックで両手の【MR-R100R】と【ER-R500】を乱射した。限界機動のリミットが決まっている以上キルドーザーに構う暇など無い。しかし、殺意ある迎撃を行わなければ確実に迫ってくるのは判りきっていた。

 

 

「付き合ってる暇はねぇ!」

 

《じゃかあしゃあ!解体屋の矜持、見せたらぁぁ!》

 

乱射された弾丸がキルドーザーに着弾し、浅くは無い傷跡を形成するがチャンプスは止まることなくストレイドを追う。自身の誇りと存亡を掛けて。

 

――チャンピオン・チャンプスはボクサーであった。ハイスクール時代には故郷のアマチュア大会で優勝する程の実力を備えており、カレッジ時代には六回戦級のプロボクサーを打ち負かした事もある有望な選手だった。しかし不慮の事故で利き手を粉砕骨折してしまい、夢はあえなく潰えてしまった。そして自暴自棄になった彼は酒浸りの日々を経て、父親の家業である解体屋を手伝うようになる。

 

それから暫くして、チャンプスは自身にAMS適性があることに気付く。お世辞にも高い数値とは言えなかったが、形こそ違えど再びボクサーとして戦えるという事実にチャンプスは多いに満足し、喜んでリンクスになった。

 

だからこそ退けない。一度は諦め、しかし天運によって再興したボクサーの道を自ら手放すつもりはないからだ。故に――。

 

 

《やっぱりかぁぁぁぁぁ……》

 

 

()()()()()()()()()()()退()()()()()()

 

ストレイドの放った弾丸の一つがキルドーザーを貫通し、ジェネレーターの供給パイプに直撃した。供給先を失ったパイプから出るエネルギーは内部機構を膨張させ、GA製の厚い装甲を持つキルドーザーの脇腹を風船のように破裂させる。コックピットへのダメージはないものの、制御不能となったキルドーザーのエネルギー残量はみるみる減っていき、30m程の砂煙を巻き上げながら地上に落下した。

 

 

「そのまま寝てろ!」

 

 

レーダー上でキルドーザーの墜落を確認したイッシンは急いでミサイル砲台へ向かう。残り限界機動時間20秒。左手の【ER-R500】は先ほどの乱射で撃ち尽くしてしまったので投げ捨て、イッシンは背部の【CG-R500】を展開する。

 

ストレイドに捕捉させた2基のミサイル砲台は、只で死ぬわけにはいかないと言うようにステルスミサイルをこれでもかと発射する。白煙を牽きながら迫り来るミサイル群だったが限界機動中のストレイドを捉えられる筈も無く、早々に振り切られて爆発した。

 

ストレイドは【MR-R100R】と【CG-R500】を構える。

 

 

「これで、終わりだ!」

 

 

放たれた弾丸が命中すると砲台は跡形もなく爆散した。すると、あれだけ震えていたマザーウィルが突然静止する。数秒の沈黙の後、六脚部で小規模な爆発が散発し始め、それは段々大きくなっていく。最終的に機関部から一際大きな煌めきが起こり………。

 

 

 

 

 

ドオォオオオオオオオン!

 

 

 

 

 

マザーウィルは中央から真っ二つに折れるように爆ぜた。あまりの爆風にストレイドは50mほど吹っ飛ばされるも、何とか空中制御を効かして体勢を立て直す。

 

 

「……すっげーな」

 

 

今までそこに君臨していたマザーウィルだったモノは、絶え間なく爆炎と黒煙を垂れ流す活火山へと姿を変えていた。時折大きな爆発が起こり、瓦礫を噴石のように打ち上げる様はマザーウィルの終焉を否応なく感じさせる。

 

 

《スピリット・オブ・マザーウィルの撃破を確認。……なんとか一端の傭兵になってきたな、お前も》

 

 

セレンの安心したような、それでいてどこか誇らしげな声色を聴いてイッシンも肩の力が抜ける感覚を覚えた。

 

――やったんだな、俺。

 

イッシン自身は心あらずな感覚に浸る。マザーウィルの撃破は出来ると確信してはいたが、実際に撃破してみると良い夢を見ているようにしか思えなかった。イッシンはとりあえずストレイドを手頃な場所に着陸させ、改めて肉眼で確認しようとしたとき、前方から無傷の赤いネクストが近付いてくる。

 

 

《おーい、パートナーさーん》

 

「――ん?ハリか」

 

《いやぁ最後の機動、お見事でした。あんなに動けるなんて知りませんでしたよ》

 

「あれは奥の手だからな。切り札は最後まで取っておくもんだろ?」

 

《それもそうですね。まぁ最終的な撃破数は僕が上ですけど》

 

「ホント一言多いな、お前」

 

《何がです?……あぁそうそう、報酬の話ですけど。契約通り、弾薬費と修理費を除いた合計額の40%でお願いしますね?》

 

「言われなくても分かってるさ、キッチリ指定口座に振り込んどくよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラード記録ファイル(整理番号:OST-101)

 

 

 

依頼主:オーメル・サイエンス社

 

依頼内容:スピリット・オブ・マザーウィル撃破

 

結果:成功

 

報酬:700000c

 

備考:ネクスト〝キルドーザー〟との交戦有り。〝キルドーザー〟および搭乗リンクス〝チャンピオン・チャンプス〟はGA社救援部隊により収容され、以後の動向は不明。

 

なお、本依頼の達成に伴い、これまでの実績を考慮し〝キドウ・イッシン〟並びに〝ハリ〟のランク昇格を検討するものとする。

 




呑んだ翌日の便が臭い理由は、腸内でアルコールが異常発酵しているからだそうで。つまり実質密造酒では?


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38.茶会と密会と限界

今回からチャプター2に突入です。
チャプター1は後日、改訂整理する予定ですのでご容赦下さい。


「新参の傭兵が、あのマザーウィルを?」

 

「間違いありません、ローディー様。カラードは情報の精度を確認しています」

 

「ふむ……」

 

 

カラード本部 地下15階 通称「茶の間」

 

中世を思わせる厳かな装飾が煌びやかに施されたこの場所は、カラードランク一桁の最上位かつ企業専属のリンクスのみが参加することを許される管理者会議――通称【お茶会】――が行われる場所である。

 

主な議題はカラードに所属するリンクスの処遇の如何(いかん)と各々所属する企業からの情報共有であるが、今回のお茶会は普段と様子が違っていた。

 

 

「仮にもリンクス、本来そういうものだろう」

 

 

お茶会の名に恥じず群青色の準礼服に身を包んでいる〝ランク1〟オッツダルヴァはいつものように斜に構えたながら高慢さをひけらかすように皮肉っぽく言い放つ。

 

 

「だといいがな。共喰いの噂もある」

 

 

すると、オッツダルヴァの向かいに座る女性が釘を刺す形で話を切り返した。女性の名前はウィン・D・ファンション。〝ランク5〟を与えられ、圧倒的な任務成功率と苛烈な戦いぶりから敵対関係である企業にちなみ『GAの災厄』と呼ばれている女傑である。彼女は真鍮色の軍服をカッチリと着込んでおり、髪は短く切り揃えられ、眼光は強く鋭い。正に『男装の麗人』を体現していた。

 

 

「どうであれ、ローゼンタールに所属するものとして鼻が高いな」

 

 

不穏な腹の探り合いに突入しかねない雰囲気を察し、ウィンの隣席に座る男性が少し強引に会話の流れを変えた。純白の生地に金の刺繍が施されたマントルを肩掛けしている男性の名はジェラルド・ジェンドリン。カラードランク6の実力者にして数少ないローゼンタールの専属リンクスである彼は、人格・実力・AMS適性の全てが高い次元で安定しており『理想のリンクス』と謳われている。

 

 

「各自思うところはあるだろうが、この二人の昇格について異論はないな」

 

 

茶の間に(しゃが)れた老人の声が響き、他の出席者達は了解の意味である沈黙を形作った。ジェラルドが変えた流れを見逃さずに裁ち切り、本来の着地点に導いた老人の名は〝ランク8〟王小龍(ワン・シャオロン)。BFF社が誇る、説明不要の陰謀家である。

 

 

「……現時刻を以てキドウ・イッシンをランク18に、ハリはランク13に昇格させる事を承認する」

 

 

イッシンとハリのバストアップ写真が部屋の中央に映し出され、その下に映し出されていたランクにノイズが走ると新たにあてがわれたランクが表示された。

 

 

「ルーキーらしい大出世だな」

 

 

臙脂色のMA-1を着崩した壮年の男性――〝ランク4〟ローディー――は快活に微笑む。未だGAグループ最高戦力である『GAの英雄』も若くは無く、引退の二文字は常につきまとう年齢だ。だからこそ道を譲れる後進が育つ事は、他グループであれ喜ばしく思うのだろう。だが彼の余韻は真鍮色の女傑によって早々に打ち切られた。

 

 

「では本題に入ろう。……アルテリア襲撃犯はどうなっている?堂々とクレイドルの要諦を狙われ、全て不明、打つ手無しなど管理者の存在意義が問われるだろう」

 

 

ウィンの言葉に【茶の間】の空気が二段階ほど重くなる。現在進行形で最も危惧するべき事案であり、現体制を根本から揺るがす問題に接するに当然の反応とも言えるが。

 

アルテリア。ラテン語で動脈を意味するこの地上施設は、上空に鎮座する航空プラットフォーム〝クレイドル〟が機能するためのエネルギーを絶え間なく送り続けている施設である。エネルギー供給が止まればクレイドルは地上に堕ちることを余儀なくされ、一基につき2000万の生命が失われかねない。その意味でアルテリアは正真正銘の動脈であった。

 

 

「だが最大供給源であるウルナ、カーパルス、クラニアムの襲撃は確認されていない。その点では頭の回らない愚者とも言えるな」

 

 

オッツダルヴァが口を挟む。相変わらず皮肉の効いた口調であるが、その根底には明らかな嘲りが敷かれていた。基幹施設を直接狙うのでは無く、まずは手頃な周辺施設を攻略する手法は一見問題がないように思える。しかし周辺施設とはいえアルテリアを襲撃した時点で、見据えているゴールは最大供給源のウルナ、カーパルス、クラニアムであることを教えたようなものだ。そして王小龍は呟く。

 

 

「その通りだ。ルールを守れない愚か者であれば、静かに退場してもらう他はない。それがラインアークであれ……レイレナードあたりの亡霊であれ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある場所、とある時間。

 

 

「カブラカンを墜とすか。どうして、なかなかいるものだな」

 

 

拘束衣のような特異な服装に身を包んだ気さくな老人が感心している。声色は健康体そのものだが顔色は死人を彷彿とさせるほどに白く、生気が感じられない。

 

 

「ああ……モノによっては、首輪をはずそうと思う」

 

 

老人の言葉に、向かいに座る青年が応える。漆黒のジレとスラックスを着こなした青年は老人と同様に生気が感じられないが、こちらは老人と違って機械的な印象を与える。

 

 

「ハリのように、か?それもいいがな、メルツェル」

 

 

青年をメルツェルと呼んだ女性は多少呆れ気味に問う。純白の軍服に青い三連星のブローチをつけた長い黒髪の女性は、その美貌の裏に戦士の顔を覗かせていた。

 

 

「案ずるなよ、ジュリアス。間も無くマクシミリアン・テルミドールは我々に戻る。……それで準備は終わりだ」

 

 

そう言うとメルツェルは手元のコンソールパネルを操作し、三人が囲むテーブルの中央に目を向ける。そこには、如何にも優男らしい顔つきのリンクスがバストアップで映し出されていた。

 

 

【カラードランク3】 ダン・モロ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょい待って!」

 

「戦場に待ったがあるか」

 

 

カラード本部 地下1階 仮想模擬戦ルーム

 

イッシンはいつものようにセレンにしごかれていた。今回の想定状況は先日ハリと共に撃破したスピリット・オブ・マザーウィルの単独撃破である。セレン曰く『あの程度が単独撃破出来ないようでは先が思いやられる』らしく、朝からぶっ通しで今まで連続29回ほど戦闘していた。

 

ちなみにイッシンが相手をしているマザーウィルは弾幕・威力・耐久力共に1.5倍設定のハードモード仕様である。

 

 

更に10分後……

 

 

「はぁっはぁっ……死、死ぬ!?」

 

「人間そう簡単に死なん。……30回中、撃破成功は7回か。まだまだ足りないぞ」

 

「きゅ、休憩を……」

 

「ダメだ」

 

 

地べたは這いつくばるイッシンの首根っこを掴むと、セレンはシミュレーターに投げ込み外側からロックを掛けた。何やら断末魔の悲鳴が聞こえた気もするが、セレンは気に留めず近くのベンチに座り、足を組みながらコーヒーを飲む。

 

 

「相変わらずスパルタですねぇ」

 

「ん、ダンか」

 

「イッシン君、死んじゃいません?」

 

「死んだら引き戻すだけだ。心配いらん」

 

 

ふざけんなー!とシミュレーターの中から怒鳴り声が聞こえるが、やはりセレンは気にも留めない。その様子にダンは苦笑するとセレンの隣に座り、手持ちのコーヒーを口に含んだ。

 

 

「マザーウィル撃破おめでとうございます。ランク18に昇格したんですよね」

 

「あの手柄の殆どはハリだ。私からすればランク18は分不相応にも程がある」

 

「手厳しいですね。親心ですか?」

 

「馬鹿を言え。……そういえばカブラカンを墜としたらしいな、大捕物じゃないか」

 

「お陰様で周りの視線が痛いですよ。食料問題でアルゼブラとやり合ってる最中なのに、何て事してくれたんだって食品メーカーからの抗議メールが一日中届きますし」

 

「独立傭兵の辛いところだな。いっそのこと専属になればどうだ?」

 

「ああいうデカい組織に縛られるのは好きじゃないので却下です」

 

「だろうな」

 

 

そこで会話は途切れ、二人はシミュレーション状況が映し出されているモニターを見始める。避けては撃ち、撃っては避けての単調な繰り返しであるが、操縦するイッシンは鬼の形相で戦っているのだろう。動きの端々に鬼気迫るもの感じる。普段のミッションもこれくらいの気迫で立ち向かって欲しいものだとセレンが思っている中、不意に胸ポケットの情報端末が着信を知らせた。

 

 

「私だ。……分かった、すぐ行く」

 

「デートのお誘いですか?」

 

「いや、ショッピングの案内だ」

 

 

そう言うとセレンはおもむろに立ち上がり、シミュレーターのロックを解除した。同時にモニターから派手な爆発音が響き【撃破成功】と表示される。

 

 

「い、生きてるよな俺……」

 

「まぁ及第点だ。さっさと着替えろ」

 

「……へ?何で?」

 

「決まっているだろう。新しいネクストを買いに行くぞ」

 

 

時は四月。様々な命が目を覚まし、生を謳歌する季節の事である。




いかがでしたでしょうか。

チャプター2はネクスト戦に重心をおいた構成にしようと考えています。……正直、AFの描写って難しいんですよね。私自身の技量不足もありますが。


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39.変態は喧騒の中に有り

先週はお休みしてしまい大変申し訳ございませんでした。お蔭様で、試験の自己採点ではなんとか合格ラインに達する事が出来ました。

改めて、今後ともお付き合い下さればと思います。


あなたならどう感じるだろうか?

 

 

「大丈夫。先っぽ、先っぽだけだから」ネットリ

 

「絶対違うじゃん!!奥までズッポリ接続するヤツじゃん!!ああああぁぁぁ!?」

 

 

黒髪短髪のフツメンが、白衣姿に眼鏡を掛けた長髪のイケメンに組み敷かれている状況を見て、あなたならどう感じるだろうか?

 

遡ること30分前……

 

 

「セレン、ここが?」

 

「あぁ。リンクス御用達のネクスト卸売業【フラスコと硝煙の桃源郷】の販売場だ」

 

 

目の前に聳えていたのは設計した人間の正気を疑うほど巨大な格納庫であった。高さ30m、幅100m、全長3kmの鋼鉄で構成された箱の正面には取って付けたようなアルミ製のドアが一つだけ設置されている。キャリアウーマン然とした格好のセレンは、ツカツカとドアに歩み寄ると三回ノックした。数秒後、ドアが安っぽい反射をさせながら開くとサングラスを掛けた禿頭の大男が不機嫌そうにヌッと出てきた。黒の革ジャンを羽織っており、まず間違いなく一般人ではない威圧感を放つ男は体格通りの低く野太い声で尋ねる。

 

 

「……用件は?」

 

「ジョニーの紹介で機材を調達しにきた。セレンと言えば分かるはずだ」

 

「………」

 

 

大男は眉をピクリと動かすと無言でドアをパタンと閉めた。どうやら向こう側で何かを確認しているらしく、こちらからは聞き取れないギリギリの声量で話している。暫くするとドアが開き、再び大男が出てきた。しかし最初の不機嫌さが噓のように鳴りを潜めており、代わりにセレンへ恭しく頭を垂れる。

 

 

「お待たせしましたセレン・ヘイズ様。ジョニー様は催事場の一番奥にいらっしゃいます」

 

「分かった。……連れも入って良いか?実際に乗るのはコイツだからな」

 

「問題ありません。寧ろジョニー様は()()()()()にご興味があるようで」

 

「なるほどな。イッシン、入るぞ」

 

「お、おう」

 

 

格納庫の中へ入るセレンに呼ばれ、イッシンは若干の気後れしながらも駆け足で後を追う。そうして大男の促されるままに中へ入ったイッシンは自身の目を疑った。何故なら所狭しとネクストが並んでいる……訳ではなく、ただポツンと一基だけ黒いエレベーターがあるだけだったからだ。しかし決して簡素な作りではなく、御影石のような高級感溢れる鏡面加工が施されている。

 

 

「……ネクストは?」

 

「催事場は地下に決まっているだろう。さっさと乗れ」

 

 

セレンが迷うことなくエレベーターの下降ボタンを押すと軽い鈴の音が鳴り、スーッと音も無くドアが開いた。内部も外装と同様に御影石のような高級感漂う雰囲気が作られている。二人がエレベーターに乗り込むとエレベーターは自動的にドアを閉め、フワッと落ちる感覚と共に下降を始めた。

 

沈黙。

 

 

「ジョニーって〝カミソリ・ジョニー〟の事だよな?」

 

「ああ、ここを取り仕切っているのも奴だ。それと、例の魚雷ミサイルを仕込んだのもアイツだ」

 

「えっマジで?」

 

 

カミソリ・ジョニー。

 

原作ではネクスト〝ダブルエッジ〟を駆るランク21のリンクスであり、数多くの主人公(プレイヤー)達からイロモノ扱いされている人物でもあった。その理由は、彼が設計したネクストの悉くが「独創的過ぎる機体構成」であるからだ。

 

設計者(アーキテクト)としても活動している彼は顧客の要望に()()()()応えつつ独自の機体設計理論を組み込むというスタイルをとっており、その作品は「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」だとか「()()()()()()()()()()()()()()()()」など枚挙に暇がない。

 

 

設計者(アーキテクト)として活動している以上、手持ちのパーツは多い方がいいらしくてな。それが高じて卸売業を始めて、今ではこっちが本業だ」

 

「ふーん」

 

――というか、あんな変態ネクスト組むような思考回路の変態に商売なんか出来るのかよ。変態のくせに。

 

 

イッシンが内心で心無い罵倒をしていると、不意にエレベーターの下降速度が緩やかになりフワッと落ちるような感覚も薄くなってくる。やがてエレベーターは完全に停止すると、地上に居たときと同様に鈴の音が鳴り響きドアが開いた。イッシンはドアから差し込んだ光の眩しさで一瞬目がくらんだが、同時にもたらされた声の喧噪で直ぐに回復する事が出来た。

 

 

「……すげぇな」

 

「だろう?私も最初は肝を抜かれた」

 

 

驚くイッシンとセレンの眼前には岩盤をくり抜いて作り上げられた格納庫が広がっており、所々で岩肌が剥き出しになっている。そしてその格納庫には異形の巨人の群れが佇んでいた、それこそ数えることすら億劫になるほどに。ある巨人の右腕には人間が数名取り付いて火花を散らしていたり、またある巨人の足元では店主と客らしい二人組が口論をしていた。催事場というよりも、途上国のバザールと言った方がしっくりくる。

 

 

――さぁさぁ見てらっしゃい!今日の目玉は旧GAE社の傑作、スターレットだよぉ!撃って良し、撃たれて良しの万能四脚!買わなきゃ損だよぉ!!

 

――そこの兄さん、ちょいと見てきなよ。非正規品だけど品質はピカイチさ。……え?どこのルートかって?そいつを聞くのは野暮ってやつだね。

 

――いくらオーメルの正規品だからって80万コームは高すぎるだろ!?そこのクーガーのジャンク品と抱き合わせで買うからもうちょい安くしてくれよ!

 

 

「なんか想像と違いすぎてスゴいな」

 

「ここに居る奴らは元々独立して卸売業を営んでいたが、何らかの事情で事業継続が困難になった連中ばかりだ。それをジョニーが買い取って継続させる代わりに売上の何割かを分け前として徴収している。最初こそ反発もあったが、身の安全が保証されて商売出来る方が魅力的らしくてな。今では全員がジョニーの子飼いだ」

 

「なにそれヤクザやん」

 

 

思わず本音が出てしまうイッシンにセレンは軽く笑うと、クイッと顎を出して前に進むよう促しながら自身も前に進んだ。イッシンも後ろから着いていき、喧騒の海に揉まれながらズンズン進んでいく。

 

 

――お!兄さん新人さんかい?今ならインテリオル製のブースターを一式で安くしとくよ!!なんならレーザーブレードも込み込みでどうだい!?

 

――安全安心信頼のアルゼブラ製ライフルはいらねぇか!?たとえ火の中水の中コジマの中、どんな環境でも壊れない最強ライフルがお値段なんと8万コームポッキリだ!

 

――出所不明、年式不明のジャンクネクストはいらないか~い。こちらは旧ピースシティで発見された半壊状態のアリーヤフレーム、旧レイレナード社の直営生産品だよ~。動作は保証出来ないけど希少性は高いよ~。

 

 

途中、いくつかの魅力的な謳い文句に身体が吸い込まれてしまうのを抑えながらイッシン達は何とか催事場の末端まで辿り着く。

 

そこには今まで見てきた格納庫とは比べものにならない程に高度な技術が詰め込まれた最新鋭の格納庫が設置されており、その足元では特徴的な長髪で白衣姿の男性がバインダーを持って熱心に何かを書き込んでいる。まぁ身体の正中線から()()()()()()()()()()()()()()()()()は、見た人間に強烈な印象を与えるのは無理らしからぬ事であるが。

 

 

「ふむ……やはり耐久性と機動性の両立は既製品だと困難か……いやしかしワンオフはコストが……」

 

「ジョニー、相変わらず忙しそうだな」

 

「……その声はセレン・ヘイズ……ということは!?」

 

 

ジョニーと呼ばれた長髪の男性は急に振り向くと、分け目も降らずにイッシンめがけて猛然とダッシュしてきた。突然の展開に身動きが取れていないイッシンを他所に、眼前まで迫ってきたジョニーは彼の右手を両手で掴むと上下にブンブン振り回す。

 

顔立ちからして20代後半だろうか。女子受けしそうな洒落た中抜きが施されたフレームの眼鏡を掛けているが、目元には深いクマがくっきりと見えている。極端な色白で、痩せて骨張った顔つきから不健康にも見えるが体格は比較的ガッシリしており、仮にもリンクスと呼ばれるだけの筋量と体力は持ち合わせているようだった。

 

 

「君がキドウ・イッシン君だね!?この前ランク2と8のコンビ相手に生き延びてしかもその要因が僕の設計した魚雷ミサイルだっていうんだから鼻が高いよ!!いやそんな事よりも聞いてくれよ!今僕が設計しているネクストの事なんだけどねリンクスである君の意見を是非参考にしたいと思っているんだだから是非いまか」

 

「ジョニー」

 

「え?あっ……コホン。改めて、初めましてイッシン君。僕がこの桃源郷の主であるカミソリ・ジョニーだ」

 

「は、初めまして」

 

 

セレンの一言に我に返ったジョニーは、先ほどまでと打って変わって非常に理知的な態度で話し始めた。そんな情緒不安定なジョニーの立ち振る舞いに多少困惑しながらもイッシンは改めて握手を交わす。

 

 

 

そしてその握手はキドウ・イッシン史上に名を刻む、最低最悪のショッピングの始まりでもあった。




いかがでしたでしょうか。

はじめてのお買い物(ハード)……。変態と女傑に囲まれながら、イッシン君は何を買うんでしょうか。

ちなみに筆者の愛機は軽量二脚でビュンビュン飛び回る小バエでした。


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40.この裏切りは突然に

20000UA突破致しました。
正直、こんなに伸びると思って無かったのでビビってます。駄文豪ですが、今後ともお付き合い頂ければ嬉しいです


「それで?2機目が欲しいとは聞いているんだけど、具体的な要望は?」

 

「それはコイツから聞いてくれ」

 

「……え、俺?」

 

 

先程の奇々怪々な邂逅から少しして、ジョニーが催事場を軽く案内でもしようと言い、三人はコーヒーを片手に練り歩いていた。

 

 

「今乗っているのがローゼンタールのHOGIRE(オーギル)なら、多少尖った性能のネクストがいいとは思うんだ。例えばARGYROS(アルギュロス)とか、MADNESS(マッドネス)とか。敢えて霧積(キリツミ)なんてどうだい?」

 

「ジョニー、もっとマトモな選択肢はないのか……」

 

「冗談冗談。ちなみにイッシン君は軽量機に乗りたいのかい?それとも重量機?」

 

「うーん……出来れば軽量機に乗りたいですね。俺の反応にHOGIRE(オーギル)が追いつかない時がありますから」

 

「ならSOLUH(ソーラ)辺りかな。旧式だから価格も安いし、機動性は現行機と遜色ないからね」

 

 

そう言うとジョニーは一行の斜向かいに見えた店に立ち寄る。露店らしく精密機器が乱雑に積まれたクリーム色のテントの中ではターバンを巻いて顎髭を蓄えた中東風の中年男性が、折り畳み式のパイプ椅子に座りながら水タバコを愉しんでいた。

 

 

「ギャラハン、調子はどうだい?」

 

「見ての通り閑古鳥が鳴いてるよ。後ろの二人は?」

 

「僕の客人さ。軽量機が欲しいみたいでね、君の所に良い状態のSOLUH(ソーラ)があっただろ」

 

「おう。丁度、卸立てホヤホヤのが入ったところだ」

 

 

そう言うとギャラハンはおもむろに立ち上がり、テントの後ろに立っているネクストに掛けられた遮光シートを無造作に引き剥がす。その中から白銀一色で構成された細身の巨人が姿を現した。

 

アルゼブラ社の旧標準機であるSOLUH(ソーラ)は形状こそ昆虫的だが、かなり人型に寄せられたネクストである。扁平気味の丸みを帯びた頭部につけられたメインカメラはT字型に光っており、その後頭部に当たる部分からは棒状のレーダーが四本後ろに向かって突き出していた。コア部は動力パイプが剥き出しになるほどに軽量化が図られており、無駄な装甲の無い無骨な造りとなっている。両腕部は肩部兵装を接続させる為のショルダーアーマーが装備されている以外に目新しい特徴は無く、脚部に関してもそれは同様だった。全体として非常にスパルタンな機体構成であるが、このスパルタンさが堪らないとの理由で一定数のベテランリンクスに愛されており、旧式となった現在でも新規供給されている機体である。

 

そんな愛用者の多いSOLUH(ソーラ)の新品を一目見てイッシンは目を奪われた。――やっぱりSOLUH(ソーラ)はカッコいいよなぁ。あの英雄様が乗る訳だぜ。

 

 

「中々良いだろう?今なら160万コームで現品引き渡しが出来るぜ。勿論、内装一式も併せてこの価格だ」

 

 

ギャラハンはどこからとも無く電卓を取り出し、慣れた手つきでデジタル画面に五桁の0を入力して見せてくる。穏やかではあるが商人の目になったギャラハンに気圧されたイッシンは僅かに頬を引きつらせた。自称〝やり手の商人〟であるギャラハンはその挙動を見逃さず、好機とばかりに畳みかける。

 

 

「分かった!この前アルゼブラから納品したスラッグガンとショットガン、在庫の武器腕もセットで170万コームならどうだい?」

 

 

顔をズズイと出したギャラハンにどう返答したものかと頭を掻いて誤魔化すイッシンは助けを求めるように背後のセレンへ目線を送るが、彼女は眼をランランと輝かせながら小さく何度も頷いている。どうやら守銭奴の彼女が自らGOサインを出す程度には破格を提示されているようなので、軽量機ならどれも同じようなものだと無理矢理自分を納得させて購入の意思を伝えようとしたとき、ふとあるネクストが目にとまった。

 

目の前のSOLUH(ソーラ)と同様に遮光シートが掛けられているそのネクストは精密機器の海に呑まれるように展示されており、まるで隠されているかのようにシート上には埃が積もっている。何とも形容しがたい好奇心に駆られたイッシンは話を逸らすように指を指しながらギャラハンに問いかける。

 

 

「ギャラハンさんだっけ?あのネクストは?」

 

「あぁ、兄ちゃんも随分な物好きだね。あれは半年前にウチで買い取ったネクストだ。武装も内装も全部新品同然で身受けしたから高く売れると思ってたんだが、AMS接続が全く安定しなくて買い手が着かないんだよ。なんなら見てくかい?」

 

 

ギャラハンは久々の上客と判断したイッシンの機嫌を損ねないように彼等一行をネクストの足元まで誘導すると、イッシンに埃がかからないように気を配りながら勢いよく遮光シートを引っ張り降ろす。

 

次の瞬間、イッシンは現れた黒の巨人に言葉を失った。

 

戦闘機のように先鋭的な頭、F1カーを想起させる洗練されたコア、悪魔のような鋭さの腕、空気抵抗を抑えるために薄く設計された脚部。その全てがイッシンの脳を大きく揺さ振った。

 

――おいおい、まさか過ぎるだろ。この世界で()()と再会出来るなんて思っても見なかったぞ。

 

棒立ちのまま不良在庫に目を(みは)っているイッシンの姿に、ギャラハンは上客の気が変わらないように諭しながら説明する。

 

 

「悪いことは言わねぇからあのSOLUH(ソーラ)にしといた方がいい。コイツぁ兄ちゃんには無理だ」

 

「ほぉ。私のリンクスがその程度に見えるか?」

 

「いいかいお嬢さん。コイツを乗りこなそうとして今まで5人のリンクスがAMS接続を試したが、その全員が病院送りになってるんだ。売り手として警告しない訳にはいかないだろう」

 

「それはそうだねぇ。でもイッシン君はこの子に決めたみたいだよ?」

 

「……………え゛?」

 

 

イッシンは思わずジョニーめがけて振り向く。その顔には茶化すような笑みが貼り付けられているが、此方に向けられる双眸は全然笑っていない。間違いなく目の前のネクストにAMS接続させる気満々である。

 

――いやいやいやギャラハンさんの話聞いてました?アベレージ100%で病院送りになってるって言いましたよね?あれか?俺のこと(てい)の良い実験台か何かと勘違いしてるのか?こちとら転生した以外は割と普通の人間なんですよ?確かにこの機体はとんでもなく魅力的だし、なんなら前世の()()だけども?100%病院送りになるなら乗るなんて選択肢あるわけないでしょ?よしここはセレンさんに諫めて貰おう。流石のセレンさんもこんなデスゲームに俺をベットするほど鬼畜な訳がない!うんそうだそうに違いない!

 

どこぞの化け梟に勝るとも劣らない驚異的な頭脳の回転で最善の回避術を弾き出したイッシンは、早撃ちガンマンの如く首をセレンに向け哀願の目を走らせた。彼女なら一言交わすだけで通じる、そう確信して。

 

 

「セレンさ――」

 

「イッシン…………出来るな?

 

「あっハイ」

 

 

セレン、お前もか。

古代ローマの名将もこんな気持ちだったのだろうか。陰鬱とも落胆とも違う何とも言えない感情を胸に抱きながら、イッシンはしぶしぶAMS接続テスト用の装置の前に設けられたている施術台を兼ねた椅子に座った。

流石にネクスト専門の卸売業だけあって〝週間ACマニア〟でしか見たことの無い最新機器の数々が導入されており、このタイプのテスト装置は機器から伸びている太いプラグを対象者の頸椎に設けられたジャックに直接差し込むらしい。

 

 

「いやぁイッシン君もチャレンジャーだねぇ。初めての買い物でこんなネクスト買うなんて僕も驚きだよ」

 

 

テスト装置を制御する役を進んで引き受けたジョニーが、やはり茶化すような笑いで着々と準備を進めながらイッシンに話しかける。対するイッシンはジットリと冷や汗をかきながら、どうすればこの場から離脱出来るかを考えていた。

 

 

(どうしてこうなった!どうしてこうなった!!てか一言も買うなんて言ってないんだけども!?だけど「やっぱりSOLUH(ソーラ)にしますテへっ♪」なんて言える空気でもないし、どうする俺?!どうするよ!?)

 

「よしっ準備完了。それじゃ接続しようか――」

 

「あっー!ゴメンナサイちょっとお腹が痛くなってしまったので一番遠いトイレに行ってき」

 

「大丈夫、すぐ終わるからね~」

 

 

脳の電気信号を介さず反射的な勢いで椅子から立ち上がりトイレもとい安全圏へ逃げようとするイッシンだったが、それをも上回る速度でジョニーの右手がイッシンの二の腕を掴み捉えた。

 

 

(こっコイツ、ドミナントか!?)

 

「大丈夫。先っぽ、先っぽだけだから」ネットリ

 

「絶対違うじゃん!!奥までズッポリ接続するヤツじゃん!!ああああぁぁぁ!?」

 

 

変態パワーとでも言えば良いのだろうか。その体躯からは想像も出来ない怪力のイケメンに組み敷かれた哀れなフツメンはプラグを奥までズッポリと接続され、意識を手放された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだね、イッシン君」




いかがでしたでしょうか。

今回のチャプター以降はオリジナルネクストを最低3~5機ほど登場させる予定なのですが、こんなネクストが見てみたい!等のリクエストはありますでしょうか?

もちろん登場リンクスとの兼ね合いだったり、ストーリー上の展開などでリクエストにお応えする事が出来ない場合も往々に考えられますが、出来る限り登場させようと思っています。

よければ感想欄に書いて頂けると幸いです。


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41.炬燵と鍋とラグナロク

よく当小説のお気に入りリストを確認するのですが、その中にとんでもない神作品を執筆されている方がいらっしゃるのでビビったりしてます。心からの感謝と『えっ本当に私なんかでいいんですか?』みたいな不安がないまぜになってなんかもう、ありがとうございます。


「う……う、ん?」

 

 

意識を取り戻したイッシンはどうやら地面に横たわっているようで頬に硬い感触が知覚する。しかし地面特有の鋭い冷たさは無く、むしろ(ほの)かに暖かい。両腕を使いながら身体を起こしつつ目を開けば、そこに広がる世界は平衡感覚が麻痺するのでは無いかと心配になるほど白一色で構成された特異な空間であった。

 

 

「あ、この空間に居るって事は」

 

「大せいか~い。神様タイムのお時間だよぉ」

 

 

どこからともなく響く間の抜けた声がしたかと思えば、イッシンの目の前に突如として中性的な美しい()()が出現した。膝元までのシンプルな赤いチュニックに身を包んだヒトの背後からは、何をどうしたらそんなに出てくるのかと疑問が生じる量の白鳩やらクラッカーやらがパタパタパンパンと騒々しく発生している。

 

……割とスゴい事をしているにも関わらずチープに見えるのはきっと気のせいである。

 

 

「ていうか何で居るんですか。俺はAMS接続したつもりなんですけど」

 

「僕は神様だよ?こんな旧時代的なシステムを掌握するなんてチョチョイのチョイさ。それよりも、二ヶ月振りの再会なんだから親睦を深めようじゃないか。ほらお鍋もあるしさ」

 

 

神様が言い切った瞬間、イッシンの目の前に炬燵が出現し、その上にはカセットコンロで火にかけられている土鍋がグツグツと美味そうに煮えている。いつの間にやら褞袍(どてら)を羽織っている神様はイソイソと炬燵に入り、机に突っ伏した。

 

 

「あぁ~やっぱり炬燵はいいねぇ。君たち人類が生み出した最高の発明だとつくづく思うよ」

 

「炬燵ぐらいで何言ってるんですか貴方は」

 

 

無愛想に返答するイッシンだったが、神様は気にすることなく鍋をよそい始める。鍋の中身は水炊きだったようで出汁の滴った艶やかな鶏胸肉と糸コンニャクが妖艶にイッシンを誘惑しており、この世界に転生してからというもの家庭的な和食とは無縁の生活をしていた彼がそんな誘惑に耐えきれず筈も無く『まぁ神様とも久々に会ったし、断るのも無粋だしな』と、それらしい言い訳を自分に言い聞かせて()()()()神様の斜向かいに陣取る形で侵入した。炬燵の中はデータの中だとは思えぬほど絶妙な温かさが支配しており、なるほど人類最高の発明もあながち間違いでは無いなと思い知らされる。

 

 

「タレはポン酢?ゴマだれ?」

 

「……ポン酢がいいです」

 

 

神様は具材をよそった陶製の深皿をイッシンに手渡しながら質問し、半ば諦めたように受け応えた彼に一般的なポン酢を手渡す。よそわれた水炊きは間近で見ると何とも美味そうで、イッシンが思わず生唾を呑み込む様子を見て神様は笑う。

 

 

「それじゃ頂こうか」

 

「……いただきます」

 

「はい、いただきます♪」

 

 

なまめかしく誘惑してくる鶏肉を箸で掴むと、付随する鶏皮がプルプルと震え、一層の魅力を余すこと無くイッシンの視覚を官能的な情景に塗り替える。我慢出来ずに口に放り込むと、たちまち肉汁と出汁が相互に口腔を浸食して至福の一時(ひととき)をもたらした。そのまま黙々と、全知全能の神と鍋をつつき合う奇妙な時間が流れる。

 

 

()()()()は気に入って貰えたかな」ハフハフ

 

「気に入るというか、むしろ狙ってますよね?」チョイチョイ

 

「だって君、乗りたがってたろ?」チョイチョイ

 

「否定はしませんけど」モグモグ

 

「ならいいじゃないか」ハフハフ

 

 

あの機体――名を【JOKER(ジョーカー)】という――は前世のイッシンがアセンブリした始めてのコンセプト機体である。オーメルと旧レイレナードの技術者達が協力して『AALIYAH(アリーヤ)を越えるAALIYAH(アリーヤ)』を目指し、作り上げたという設定まで考えたこの機体と共にイッシンは数々の苦難を乗り越えてきた。まさに愛機である。そんな機体をこの世界に用意して貰ったのだ、多少の感謝も言わないとバチが当たるだろう。

 

再び黙々と鍋をつつき合う。一緒に煮込んであった白菜は鶏肉の旨みを吸収しており、白菜本来の甘みと相まって肉に引けを取らない素晴らしい一品として昇華していた。

 

 

「そういえば転生者捜しは手詰まってるようだね」ハフハフ

 

「どこかの誰かのお陰で暗礁に乗り上げてますよ」モグモグ

 

「トゲのある言い方だなぁ、直接は僕のせいじゃないだろ?」チョイチョイ

 

「他の神様に話した時点でバップです」チョイチョイ

 

「是非も無いなぁ」ハフハフ

 

「どこに居るか分かってるなら教えてくださいよ」ハフハフ

 

「それじゃ試練の意味がないよね?……とりあえずGAに転生者が居るって判断は間違ってないよ」モグモグ

 

 

再び黙々と(略)。クタクタに煮込まれた糸こんにゃくは乾燥された状態で鍋に投入されたようで、水分の代わりに出汁に満ち満ちた糸こんにゃくは黄金色に輝いていた。イッシンが口に放ると、内包された出汁が花火のように弾け飛んで口の中を火傷しそうになるが、それも含めて美味と感じる。

 

 

「あ、あとね。他の神とも相談したんだけど、タイムリミットを設けようかって話が出てるんだ」ハフハフ

 

「タイムリミット?具体的には?」ハフハフ

 

「七月、(シャチ)が暴れ出す頃かな」モグモグ

 

「ブッ!?」

 

「あぁもう汚いなぁ。鍋に飛ばさないでくれよ、只でさえ最近そう言うのウルサい世の中なんだから」

 

 

思わず吹き出してしまったイッシンを(たしな)めるように神様は眼を細めてあからさまに嫌な顔をする。それに対しイッシンは申し訳なく思うが、すぐさま自身が吹き出す要因となった事柄について問いただした。

 

 

「なに悠長な事言ってるんです?!今が四月ってことは残り三ヶ月しかないじゃないですか!!」

 

「でも決定しちゃったからねぇ。……メンゴ☆」

 

「メンゴ☆っじゃ無いんですよ!というか今更ながら、この試練の合格基準も知らされてないんですけど!?」

 

「あれ?言ってなかったっけ?」

 

「聞いてませんよ!聞いてない俺も悪いですけど!」

 

 

そう、彼は気付いていなかったのだ。それもごく最近まで。それはいつものようにセレンから終日シゴかれまくって、ようやく寝床に潜った時に遡る。

 

――あれ?そういえば何で俺、転生したんだっけ?

……あぁそうだ、あの邪神もどきが『君たち人類がAIを制御するに足る種か試練を受けてもらう』って感じだったよな。

 というか試練ってなんだ?この世界を生き延びる事か?それとも()()()をクリアする事か?そもそも合格基準はあるのか?

 何にも分かってないな、俺。これからどうすればいいんだ?

……考えても仕方ないし、とりあえず寝るか……zzz……zzz……

 

こうしてイッシンは気付くに至り、そして翌朝にはスッキリとした爽快な表情で完全に忘れ去っていた。だが、こうして神様に再会するに辺り脳内のサブメモリからフラッシュバックのように甦って来たのだ。

 

そしてその問いに神は軽く答える。

 

「じゃ改めて教えておくよ。リミットの七月に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?え?ち、ちょっと意味が分からないんですけど……」

 

「そのままの意味だよ?と言っても僕自身が直接手を下す訳じゃないから安心して」

 

「なにに対して安心すればいいんですか?!それって、合格基準は神様に勝つって事ですよね!?」

 

「まぁ……間接的にはそうなるね」

 

「無理ゲーでは?」

 

「そう悲観しないで。一応、この世界の(ことわり)に則ってネクストを使って滅ぼす予定だし、それなら勝機はあるでしょ?」

 

 

神様はカラカラと笑いながらイッシンを諭すが、当のイッシンは堪ったものでは無い。古今東西、伝承伝説において神はヒトの姿を借りて戦場に赴いて戦い、時には傷を負う事もあるがそれでも只のヒトが神に勝った試しなどないからだ。

 

ヘラクレス?アキレウス?

あいつらは半神半人だからノーカンである。

 

 

「……久々に無理だ、受け止め切れない」

 

「だよねぇ。まぁ食べながら徐々にうけとめればいいよ。さて次の具材は……チゲ鍋でいいかな、ほい♪」

 

 

そう言って神様が指をパチンと鳴らせば、卓上の水炊き鍋がたちまち赤く染まりマグマの如くボコボコと湯気を出し始めた。中の具材もあの一瞬で入れ替わったようで青々しいニラや、卑猥なほど大きな牡蠣などが入った本格的なチゲ鍋が姿を現す。

 

美味そうに出来たチゲ鍋を見て満足げな神様はすかさず箸を伸ばしてハフハフと汗をかきながら食べ進める中、斜向かいの凡人はその様子を視界に捉えながらも、ただ呆然とするしかなかった。

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

次回の投稿は作中に出て来たオリジナルネクスト【JOKER】の機体解説となります。

まだリクエストは受け付けておりますので、ご要望があれば感想欄からお願い致します。


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機体紹介(JOKER編)

久々に美味しいジンギスカンを食べました。
松尾ジンギスカンはいいぞ。


名称:JOKER(ジョーカー)

 

【外装】

 

頭部:HD-LAHIRE(オーメル)

 

コア部:03-AALIYAH/C(レイレナード)

 

腕部:03-AALIYAH/A(レイレナード)

 

脚部:LG-LAHIRE(オーメル)

 

 

【武装】

 

右腕部兵装:AR-O700(オーメル)

 

左腕部兵装:04-MARVE(レイレナード)

 

右背部兵装:MP-O901(オーメル)

 

左背部兵装:TRESOR(アクアビット)

 

肩部兵装:051ANAM(BFF)

 

右腕部格納兵装:LARE(アルゼブラ)

 

左腕部格納兵装:EB-O700(オーメル)

 

 

【内装】

 

FCS:FS-JUDITH(オーメル)

 

ジェネレーター:S08-MAXWELL(レイレナード)

 

メインブースター:CB-JUDITH(オーメル)

 

バックブースター:LB-LAHIRE(オーメル)

 

サイドブースター:AB-HOLOFERNES(オーメル)

 

オーバードブースター:KRB-SOBRERO(オーメル)

 

 

《解説》

 

本機は筆者が考案した完全オリジナルネクストです。

 

『リンクス戦争で敗走したアクアビットがトーラスとして新生してリンスタントの後継機を出してるんだから、レイレナードの技術者がオーメルに吸収されたくらいで折れるメンタルをしてる訳がない』というフロム脳全開の発想で作り上げたこの機体は、意外にも実戦に耐えうる完成度に仕上がりました。

 

腕部兵装にオーメル・レイレナード双方のアイコン的ライフルであるAR-O700、04-MARVEを採用している事からも分かる通り、本機は短期決戦を想定したアセンブリとなっています。背部兵装も同じく両社のアイコンであるMP-O901およびTRESORを採用する事によりコンセプトである『AALIYAH(アリーヤ)を越えるAALIYAH(アリーヤ)』としての側面が強調されたと自負しています。

 

正直、腕部格納兵装のチョイスについては意見が分かれる所だとは思いますが先ず言い訳を、させて下さい……(ブロック・セラノ風)

 

前回の機体解説《セレブリティ・アッシュ》編で説明した通り、本項における実戦とは【ホワイトグリント撃破(ハード)またはオーダーマッチの全勝】を指しています。オーダーマッチ全勝は余裕でクリア出来たのですが、余りに余裕過ぎたので『これならカーパルスもイケんじゃね?』と思い立ったのが運の尽きでした。

 

JOKERは中量機寄りの軽量機ですので、安定性能がまぁ悲惨な値になっております。そしてカーパルスは実質1:5の対多数………もうおわかりでしょう、気を抜いた瞬間に迫り来るローディー先生の無慈悲な砲撃→硬直→集団リンチの繰り返し。少なくとも30回以上はセレンさんの罵声を聞いた気がします。

 

そして敗因の3割が残弾なしでAA特攻のち死亡という散々な結果となったので、牽制での手数の絶対数を増やす名目でLAREとEB-O700を採用した次第です。

 

FCSはMP-O901を搭載している以上、ミサイルロック速度が残念だとデッドウェイトになりかねないのでミサイルロックもそこそこで近中距離戦を主眼としたFS-JUDITHを、ジェネレーターは『とりあえず積んどけ』の精神でver1.00において万能と名高いS08-MAXWELLを採用しました。仮にMP-O901を外して運用するのであればFCSはINBLUEを採用した方が効率的かもしれません。

 

メインブースターは三次元的な動きを出来るだけ長く保つために空中戦特化のCB-JUDITHを、サイドブースターはQB噴射時間が長く、それでいてAB-LAHIREよりもQB消費ENが少ないAB-HOLOFERNESを採用しました。バックブースターはほぼ使用しないという理由で最軽量級のLB-LAHIREを採用しただけです。オーバードブースターもバックブースターと同じく使わないため、アサルトアーマー搭載型で最も威力の高いKRB-SOBREROを採用しました。

 

人によっては『サイドブースターにAB-HOLOFERNESを採用するなら03-AALIYAH/SやS02-ORTEGAを採用した方がいいでしょ』という意見もあるとは思いますが、03-AALIYAH/Sは高出力ブースター故に微調整が難しく回避行動が大味になりがちと感じましたし、S02-ORTEGAはQB噴射時間が短いからか思った通りの機動を描く回数が少ないように感じました。

 

もちろん上記の感覚に当てはまらない方々は数多くいらっしゃると思いますので、JOKERをアセンブリする機会がありましたらブースターを変えてみるのも一興かと思います。

 

さて、ここまでご覧になられた聡明なリンクスの皆様であればもうお分かりでしょうが本機は近距離空中戦を主眼としたネクストであり、その独壇場(フィールド)で最大の真価を発揮します。

 

戦法ですが、QBを噴かしつつダブルトリガーで削り取り、頃合いを見て突撃→アサルトアーマーを発動するのが本機の基本戦略です。仮にアサルトアーマーで削り切る事が出来なかった場合はフレアを射出しながらQBなどを駆使して後退し、背部兵装を展開して後詰めとするのが確実です。

 

本機最大の特徴としては連続QBを噴かしてもEN管理が比較的容易な点ですね。S08-MAXWELLのEN容量とEN回復速度が非常に良い仕事をしてくれており、自画自賛ですが優秀な点であると評価しています。

 

メモリについては、素体のままだと多少の重量過多が発生してしまうのである程度積載量に振ってあげて下さい。それ以外は必須項目に振って頂ければと思います。

 

 

……以上で本機【JOKER】の説明は終了となります。

これからもオリジナルネクストをどんどん出していく予定なので、今後とも気長にお付き合いして頂ければ幸いです。

 

 

 



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42.親の心、子知らず

最近、家飲みを始めまして。
楽しいは楽しいのですがアルコールが回る事で遅筆が更に悪化するのではと危惧しております。


夕闇が青空に取って代わろうとする頃、日の光が遮断された岩盤の中でイッシンは椅子にもたれかかりグッタリとしていた。そこへ両手にコーヒーを持ったセレンがどこか申し訳なさそうに近付いてきた。

 

 

「……大丈夫か?」

 

「なんとかね。ジョニーは?」

 

「あの機体の再調整中だ。個人的に興味が湧いたらしい」

 

 

セレンはイッシンにカップを一つ手渡すと、自身が来た方向を見遣りながらコーヒーを一口含む。視線の先には腕(まく)りをした白衣姿のジョニーがあの機体――JOKER――のコックピットを我が物顔で占領しており、周辺にはケーブルやらモニターやらイソギンチャクのように飛び出していた。ここからは表情を読み取ることは出来ないが彼のことだ、最新の玩具を与えられた子供の如く笑いながら作業をしているに違いない。その証左として薄ら寒くなるほど狂気的な笑い声が時折聞こえてくる。安息を求めている身としては迷惑なことこの上ない。

 

 

「しかし接続した瞬間に意識が飛んだときは流石に肝が冷えたぞ。本当にアレを買うのか?」

 

「一分もしないで復帰出来たんだからヨシとしてくれよ。それに完品のチューンネクストを買える機会なんてそうそう無いだろ?」

 

「それはそうだが、不安要素が大きすぎる。戦闘中のブラックアウトは洒落にならん」

 

 

セレンが深い溜息をつきながら諭すなか、イッシンは()()()()に戻ってきた際の状況を思い出す。AMSのシステム上で待ち構えていた神様と鍋をつつきあいながら今後の展望を話し終えて現実に意識を戻した時、眼前に有ったのは今にも泣き出しそうなセレンの悲痛な顔だった。瞬間、無情とも言える張り手がイッシンを襲ったのは致し方ない事だろう。未だヒリヒリと痛む左頬をさすりながらイッシンはセレンの説得にかかる。

 

 

「問題ないって。リッチランドの時もなんだかんだ大丈夫だったろ?」

 

「アレは2対1だったからだ。第一、あんな欠陥品にお前を乗せる訳には――」

 

「大丈夫だよ、あの子は」

 

 

二人が振り向くと潤滑油まみれになったジョニーが袖で汗を拭きながらスポーツドリンク片手に近付いてきていた。まるで久方ぶりに運動したような爽やかな笑顔は、ジョニーの普段を知る者からすれば逆に不気味に感じるだろう。そんな彼に臆すること無くセレンは問い詰める。

 

 

「言い切れる根拠は?」

 

「操作系の遊びが皆無だったから、まさかと思って接続設定を見たら案の定()()()()()()()が120%に合わせられていてね。そりゃブラックアウトもするさ。急(こしら)えだけど遊び幅を作って、シンクロ率も90%に再調整しといたから、とりあえずAMS接続の心配は無用ってとこかな」

 

 

ジョニーはやれやれと言った様子でスポーツドリンクを口に含む。イッシンの記憶が正しければジョニーが再調整を始めたのが15分前であったはずだ。その短時間で原因を究明し、即座に解決策を講じるという事実から彼が並の設計者(アーキテクト)で無いことを改めて実感した。心強い味方を手に入れたイッシンはセレンに向き直り、ニヒルな笑みを浮かべる。

 

 

「だとさ」

 

「……はぁ。好きにしろ」

 

「うしっ!ジョニーさん、再接続のお願いします!」

 

「君も相当な物好きだねぇ。まぁ嫌いじゃ無いよ」

 

 

ジョニーは笑いながらスポーツドリンクを飲み干し、ついておいでと手招きしながらJOKERの下へ戻っていった。それを追うイッシンはやる気に満ち満ちており、対照的にセレンはどうしたものかと困り顔で額に手を置いていた。JOKERの下へ着くと、接続テストを受けた時と同様の機器が整然とセッティングされていた。刻一刻と自己診断プログラムを実行し、電子音声で現状を暫時報告する様子はまさしく最新型の名にふさわしく思える。

 

 

「じゃ、そこに座って」

 

「ういー……ってセレン、そんな顔するなよ」

 

「こんな顔をさせる原因(おまえ)が言うな。――ジョニー、さっきと同じようなことがあればお前の卸売免許を永久凍結してやるからな」

 

 

滑らかな流れ作業のように最新機器を操りながら準備を進めるジョニーに対してセレンは三白眼で見据えながら恫喝紛いに忠告する。ジョニーはそれに対していつものことのように無視しながらテスト用椅子に座るイッシンに、彼にしか聞こえない声量で話しかけた。

 

 

「ふふ、イッシン君は良いオペレーターを持ったね」

 

「そうですか?只のスパルタ鬼教官ですよ」

 

「まさか。スパルタは彼女なりの愛情さ」

 

「歪みすぎでは?」

 

「……そうかもね」

 

 

ほんの一瞬、物憂げな表情を見せたジョニーだったがイッシンがその表情に気付く前に消し去り、代わりに軽快な笑みを浮かべる。ジョニーは身を翻してAMS制御装置の前に立つとコンソールパネルを操作して各機材の動作確認を行った。

 

 

「手順はさっきと一緒だ。イッシン君のAMS接続用ジャックにプラグを差し込んでネクストと同期させる。途中、気分が悪くなると思うけど我慢してね」

 

「さっきはそんな説明受けなかったんですけど」

 

「だって逃げようとした人に説明しても、どうせ聞かないじゃない?」

 

「」

 

 

ぐうの音も出ない正論に押し黙ったイッシンを見てジョニーはケラケラと笑っていたが、自身の背後で揺らめき立つ般若の気配を直感的に感じ、咳払いで場の空気をリセットする。

 

 

「それじゃ行くよ。3……2……1……接続」

 

 

合図と同時にジョニーは頸椎に設けられているジャックに接続端子を繋いだ。瞬間、イッシンは異常なほどの眩暈と吐き気に襲われるが数秒後には元の体調に戻り、イッシンの目線は通常の遥か上、白銀一色のSOLUH(ソーラ)と対等の目線となっていた。同じ目線で見るSOLUH(ソーラ)は最初に感じた華奢な印象と打って変わり、絞り上げられているという表現が適切であった。

 

 

「イッシン君、調子はどうだい?」

 

「良好だ」

 

「バイタル、AMS制御ともに安定、アクチュエータ複雑系の駆動伝達にも異常は見られず……成功だね」

 

「ふ~。どうだいセレン、感想は?」

 

「とりあえず安心しているよ」

 

 

手頃な椅子が無かったのか、1m四方の機材箱に腰掛けて接続テストを見守っていたセレンはジト目ながらも胸をなで下ろしている様子だった。確かにぶっきらぼうな返答ではあったが、自身のリンクスがリスクを(かえり)みず半ば強引に接続テストを敢行したのだから仕方ないことだろう。

 

最低限の動作確認を終えAMS接続の不快感から解放されたイッシンは立ち上がり、上に向かって大きく伸びをする。神様との邂逅をカウントに入れるとすれば、本来5分程度で完了するAMS接続のテストだけで1時間は経過しており、その開放感も一入(ひとしお)だ。

 

 

「んん~~疲れた!セレン、帰ろうぜ」

 

「待て。一番大事な事を忘れているだろ」

 

「へ?」

 

 

間の抜けた声を出したイッシンに、セレンはこの日で最大級の溜息を尽きながら腰に両手を当てて詰問する。

 

 

「お前はタダでそのネクストを持って帰るつもりだったのか?」

 

「………あ」

 

「まったく。――ギャラハンさん、このネクストは幾らで譲って頂けますか?」

 

 

セレンはそれまで一行に追随しながらも空気の如く振る舞っていたギャラハンに向き直ると、内ポケットの情報端末を取り出しながら金額の提示を求めた。ギャラハンも唐突に会話を振られたので幾分かドキマギしながらも、使い込まれた銀色の電卓を即座に取り出してカタカタと音を立てたかと思えば、今までのやり取りからイッシンとセレンの主従関係を理解したのか、小動物のような慎ましさをもってセレンに金額を提示する。

 

 

(あね)さん、申し訳ねぇが此方(こっち)も利益を上げなきゃいけねぇので110万コームで勘弁して下さい」

 

「ええ、問題ありません。売買成立ですね」

 

 

普段見る事のないビジネスライクな笑みを浮かべるセレンの姿にイッシンは言葉を失いながら彼女に向けて指を指すが、そんな些事に気を向ける事無くセレンは淡々と入金の手続きを終える。

 

 

「はい、確かに110万コームの入金を確認しました」

 

「今後とも御縁があれば宜しくお願いしますね、ギャラハンさん。………ジョニー、この機体はいつもの住所に送っておいてくれ」

 

「了解、マドモアゼル」

 

「その言い方はよせ。――行くぞ、イッシン」

 

 

刹那、ビジネスライクなセレンが一瞬にして消え失せて、いつものスパルタ鬼畜般若教官の顔になった事に再び言葉を失いながら指を指すが、セレンはそれを咎めることなくツカツカと地上エレベーターへと歩を進めていった。




いかがでしたでしょうか。

イッシン君が前世の愛機を手に入れたので、次回からはようやくの戦闘パートの予定です。

前回の戦闘パートから約一ヶ月以上空いてるので不穏な空気が流れていますが、頑張ります。


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43.怖い人が怖い人

久々に畑作業をしたのですが、ヤーコンが想像以上に豊作だったのでビックリしました。


青年は目を覚ますが、その場から動くつもりは無かった。鳥がさえずり、木漏れ日の暖かさとベットの温もりに包まれている早朝というシチュエーションは間違いなく『日曜日』に相応しい始まりである。

 

 

冷徹非情な女性に一切の迷い無く、寝室の扉を蹴破られるまでは。

 

 

「仕事だ」

 

「………うそぉん」

 

 

 

 

 

ミッションの概要を説明します。

ミッション・オブジェクティブは、旗艦ティターンのミミル軍港脱出支援です。ミミル軍港は侵食海岸を利用した天然の要害ですが、現在GA艦隊により半包囲状態にあります。

 

従って、今回のミッション・プランはティターンに随伴しGA艦隊による攻撃をすべて排除。安全に軍港を離脱させる流れとなります。また、ECMによる索敵妨害も予想されます。留意してください。

 

なお、ユニオンはティターンの離脱を前提として他僚艦の離脱にもボーナスを設定しています。

 

ミッションの概要は以上です。

ユニオンは、このミッションを重視しています。

成功すれば、貴方の評価は更に高いものとなるはずです。

よいお返事を期待していますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで日曜日に包囲なんかするかねぇ。GAには労基の概念が存在しないのか。それともあれか?偉大なるステイツのために身を賭して屍の土台を作れと。そういうことか?」

 

《たまの休日を潰したのは悪いが緊急依頼だ。旨味もあるし、インテリオルに恩も売れるだろう》

 

 

高度6000m上空、ネクスト輸送機に合金製多重層ワイヤーロープで簡易懸架されているJOKERのコックピット内。この世の摂理を無視したGAグループに対し、呪詛の言葉を吐き続けるイッシンを少しでもなだめようとセレンが利点を説明するが、図らずもイッシンの矛先は彼女に向けられた。

 

 

「その割には報酬額が低くないか?古巣だからって安請け合いしてないよな?」

 

《……すまない》

 

「えっマジで安請け合いしたの?」

 

《スティレットさんに睨まれて生きた心地がしなかったんだ、許してくれ》

 

「あ~……うん、そういう事もあるよね」

 

 

スティレットとはインテリオルグループ最高戦力の一角であり、最初期のリンクスである【オリジナル】の一人であり、カラードランク7に位置する最上位の女性リンクスである。

 

イッシンは原作での経験からうっすら勘付いていたが、スティレットはセレンにとって途轍もなく怖い先輩らしく慇懃無礼でお馴染みのセレンがスティレットから着信が来ただけで一時硬直。その後電話越しにも関わらず直立不動かつ常時敬語で応対していた事を思い出した。あのセレンが、である。

 

確かに原作でもクールというか無感情な印象が強いスティレットではあるが、まさかセレンを縮み上がらせるほどの御仁とは思っていなかった。だからこそイッシンは相槌を打つ。だって敵に回したくないものマジで。会ったこと無いけど絶対ヤヴァイ人じゃん。

 

 

《――コホン、射出フェイズに移行する。タイミング合わせろよ》

 

「了解、いつでもいいぜ」

 

《カウント数え……3……2……1……今》

 

 

バツンと大きな音と共に輸送機のネクスト用懸架ワイヤーアタッチメントが解放されると、JOKERはスカイダイビングの要領で身体を大の字に開きながらメインブースターを噴かして落下していく。

 

今回のミッションは既に護衛目標が包囲されており通常接近がままならないことから、索敵レーダーに探知されない高高度からの侵入が最善と判断し、高度6000mからの自由落下が選択されたのだ。そのまま重力に導かれるままブースターを噴かすJOKERはどんどん加速していき、目の前に形成されている積雲に突っ込んだ。時間にして5秒足らずのホワイトアウトを抜けると、直下に目標地点であるミミル港が迫ってきている。

 

 

「……セレン、インテリオルじゃ無人島のことを軍港って呼んでんのか?」

 

《あくまでも軍艦整備を主とした拠点だ。軍港といっても問題ないだろう》

 

「にしてはデカすぎんだろ」

 

 

イッシンの眼前に飛び込んできたのは断崖絶壁の岩肌しか見えない、半分ほど海に侵食された島だった。端々に近代的な設備がちらほらと見えてはいるが、それも気持ち程度。偽装も兼ねて大方の機能は航空写真からは判別されないように島内部に作られているのだろうが、だとしても無骨過ぎはしないか。天然の要害とは良く言ったものである。

 

高度500mを切り、イッシンは目標地点である格納ドック付近を視認するとバックブースターによるQBを一度噴かして減速を開始。JOKERは軽量機最大の特徴である『軽さ』を活かして音も無く着水し、あらかじめ教えられていたチャンネルに合わせて回線を開いて暗号(コード)をマイクに向けると凜とした女性の声が応答する。その声はセレンの声質とは違う、歪みを知らない実直な声だった。

 

 

「ルームサービスです」

 

《……シャンパーニュは頼んでいない》

 

「55年物のベル・エル・カサパは如何ですか」

 

《どう飲めばいい?》

 

「床に飲ませるのが一番かと」

 

《……確認した。こちらティターン艦長のカーティス・V(フォン)・ミュラー大佐だ。リンクス、救援感謝する》

 

 

応答と同時に目の前の格納ドックが開かれると、中から大型巡洋艦1隻と駆逐艦2隻が姿を現すがイッシンはその光景に違和感を覚えた。旗艦を守る駆逐艦達がそれ相応の最新装備を備えていることは理解できるのだが、肝心の旗艦が何というかあまりにも……。

 

 

「旗艦にしては旧式過ぎないか」

 

《――リンクス。本艦はインテリオルの軍事機密を保持している故、形式的に旗艦となっているだけだ。足を引っ張るつもりはないが露払い(エスコート)を頼む》

 

「なるほどね。……これよりティターンの脱出支援を開始する。セレン、水先案内(ナビゲート)よろしく」

 

《早速来たぞ。11時の方向からフロート型ノーマル3機、後詰めで同型6機》

 

「それじゃ試運転と行きますか!」

 

 

イッシンはフットペダルを踏み込み、メインブースターから完全燃焼を意味する青白い炎を放たせながらJOKERは前進させた。その加速はストレイドの比では無く、通常ブーストの今ですら後頭部を押さえつけられているような感覚に辟易する。QBを発動したらどうなるのか想像もしたくないイッシンであったが、幸運にも発動の機会は即座に訪れた。

 

11時方向の岩陰から現れたノーマル部隊は既に後詰めの部隊と合流しており、計9機のノーマルが出会い頭のタイミングで主兵装であるバズーカを全機斉射してきたのである。いくらノーマルの攻撃といえどバズーカの斉射は流石に馬鹿には出来ず、イッシンはペダルを蹴り抜いてJOKERに右QBを発動させた。瞬間、ストレイドでは経験した事のない強烈なGが全身に襲いかかるが、速度・移動距離共にストレイドを大きく上回るQBにより難なく全弾を回避する。

 

出会い頭の攻撃を一発も当てることが出来なかったノーマル部隊であったが、その事実に戸惑うことなく行動を継続。前方3機は即座にバズーカを投げ捨ててライフルを構え突撃、その後方には再びバズーカを構える4機とミサイルを展開する2機が確認できた。

 

 

(練度が段違いに高いな。精鋭部隊か?)

 

 

イッシンの疑念が晴れるより早くノーマル部隊は攻撃を再開した。攻撃はJOKERの進行方向を万遍なくカバーしており、ミサイル攻撃も相まって壁のような威圧感を帯びている。確かに徹底した面での攻撃は縦横無尽に駆け回るネクストにとって有効な手段の一つであるが、必ずしも最適解という訳ではない。それがJOKERのような『特化機体』であれば尚更であった。

 

イッシンはペダルを踏み込み前方へ向けてQBを発動。弾丸の壁が急速に迫って着弾する直前、JOKERは()()()()()()()()()()()()。いくら壁のような攻撃と言えど本物の壁ではない時点で必ず穴は存在する。その穴であった弾丸と水面の僅か1mの隙間を機体の大半を水中に沈めながら通り抜け、JOKERは一切の損傷を出すことなく弾丸の壁を躱しきった。それはストレイドの推力と重力では為し得ることの無かった曲芸である。

 

――ストレイドでは躱す事の出来なかった攻撃を躱す事が出来る。

――ストレイドでは出来なかった曲芸が出来る。

 

この事実はイッシンを神経を今まで以上に興奮させ、血中のアドレナリン濃度が倍増したように感じる。イッシンは身体の底から込み上がる昂ぶりを抑える事が出来ず、気付けば叫んでいた。

 

 

「最っっっ高だぜぇ!」

 




壺マニアの二次創作が完結しましたね。
正直終わり方があっさりし過ぎている感もありましたが、外伝等で補足するのでしょうか。

願わくば壺マニアロスの読者様達が漂流の果てに当作品と巡り合って頂ければな、などとゲスい考えを持っている次第です(笑)

よろしければ評価・感想・誤字脱字報告をお願い致します。


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44.新たなる転生

やっぱり酒は美味しいですね。
最近はブランデーにハマってます。


「死にたくなけりゃ道を開けな!イッシン様のお通りだぜぇ!!」

 

《調子が良いことは結構だが、ハメを外しすぎるな。不注意でティターンが沈められては元も子もないぞ》

 

「出来るもんならやってみろ!今の俺は最強だぜ!」

 

《……オペレーター、心中お察しします》

 

《憐れむな。余計恥ずかしくなる》

 

 

水面をフィギュアスケートの如く舞い踊るJOKERは一騎当千の誉れが相応しい活躍を奮っていた。先ほどの9機編成のノーマル部隊を即座に撃破したイッシンは、救援に駆けつけたノーマル部隊2個小隊も難なく撃破。破竹の勢いを保ったまま、港湾部に陣取る砲撃部隊と会敵していた。

 

威力こそネクスト兵装よりも劣るが、弾速のみに焦点を当てれば遜色ない速度を誇るノーマル用ライフルの雨嵐を児戯のように躱し、倍返しと言わんばかりに両の手の突撃ライフルで味方部隊を穿ち続けるJOKERに対し、ノーマル部隊の指揮官は歯噛みする。

 

 

「やはりネクスト、一筋縄ではいかんか」

 

《ブラボー3撃墜!ジュリエット5も戦線を離脱します!》

 

「……チッ、一旦退くぞ!通信手、司令部へ現状況を報告!動けるものは敵ネクストを牽制しつつ後退しろ!化物相手にジリ貧など割に合わん!」

 

 

自らも最前線に立つ指揮官は、現時点での状況改善は絶望的と判断しマイク越しに怒声を発する。後退の旨が全隊に伝達させると、それまでの攻勢を維持しつつ各ノーマルが後退を始めた。

 

 

《敵ノーマル部隊、後退を開始。退き際を心得ているようだな》

 

「まっ新生イッシン様にかかればこんなもんよ!」

 

(……むしろ()()()()()()()がな)

 

 

スピーカー越しではしゃぐイッシンを尻目に、セレンは現状況を訝しむ。確かに敵指揮官の判断は間違っていない。勝てない戦と負け戦の違いを明瞭に理解している優秀な指揮官であろう。

 

しかし、それはあくまでも現場での話。

この戦場のGA側において最も大きい権能を所有するのはミミル軍港の半包囲を指揮した司令官である。それもインテリオル海上戦力の要諦の襲撃任務に就ける程度には優秀な司令官だ。そんな司令官がネクストが登場してなお戦場の主力に座するノーマル部隊の独断後退を容認するはずがない。

 

 

《……腑に落ちんな》

 

「ん?なんか言ったかセレン」

 

《いや、独り言だ。それよりもティターンの護衛に集中しろ。敵が撤退したとはいえ、まだ包囲網の中だからな》

 

「了解、プリンセスには指一本触れさせねぇよ」

 

 

イッシンは向かってくる敵影が視認できない事を確認するとJOKERをティターンの傍に移動させ、それまでの苛烈な機動が噓のように粛々と警戒態勢を取る。まるでオセロのように静と動を使い分けたイッシンに、実直が取り柄のカーティス大佐は戸惑いを隠すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネクストだと?」

 

「はっ。先行したアルファおよび救援に向かったチャーリー、エコーは全機大破。現在ブラボーとジュリエットが応戦しています」

 

 

GAらしく頑丈そうな機器が備え付けられている無骨な司令室で、ノーマン副司令はネクスト出現の報を受けて片眉を上げた。肥満気味な体型とふくよかな丸顔にはあまり似合わないスクエア型の銀縁眼鏡を掛け、綺麗になでつけられたオールバックをトレードマークとするノーマンは見た目通りの堅物らしさを全面に出しながら状況対応を指示する。

 

 

「ゴルフとフォックストロットを増援に回せ。控えのデルタもだ。曹長、敵ネクストの照会は済んでいるか」

 

「はっ。敵ネクストはランク18〝キドウ・イッシン〟です」

 

「売り出し中の新人か、面倒な相手だな。なら――」

 

「……人的被害は?」

 

 

背後からの声にノーマンが振り向くと、制帽を目深に被った無愛想な男性がナイロン張りの司令官席にだらしなく座りながら横目でこちらを見ていた。歳は40代前半、口髭を生やした東欧系のクッキリとした顔立ちは筋骨隆々の体格と相まって精悍な印象を与える。しかし顔の端々から神経質さが滲み出ており、目つきに至ってはカミソリの如き鋭さで相手を切り裂かんばかりであった。

 

ノーマン副司令に現状況を報告していた士官はそのカミソリに一瞬怖じ気づいたものの、直ぐに質問された事項の回答を用意する。

 

 

「は…はっ!軽傷者6名、重傷者15名、うち2名が四肢の欠損を伴う負傷ですが、現在殉職者は出ておりません!」

 

「……そうか」

 

 

そう言うと男性はゆっくりと席を立ち上がり、廊下に続く扉の方向へフラフラと歩いて行った。男性はGAから支給された制服を着崩しており、規則で許されるギリギリのラインを綱渡りしている。そんなシワだらけの背中との距離が離れていくノーマン副司令が、何処へ行くのかと尋ねると男性はただ一言。

 

 

「散歩だ」

 

 

そう言い残し司令室を後にした。それを見送ったノーマンは額に手を当てながらヤレヤレと首を振りつつ溜息を吐き出す。まるで言いつけを守らない子供に手を焼いている母親のような表情を浮かべていたが、一呼吸置いて気持ちを入れ替えて司令室前方に向き直った。

 

 

「展開中の全部隊に伝えろ。司令の散歩の時間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《リンクス、一つ聞きたい》

 

「ん?なんだ?」

 

《GAノーマル部隊の練度はこれが標準なのか?》

 

 

ティターンの護衛に回って約5分。GAノーマル部隊からの主だった攻勢は鳴りを潜めたものの、敵の行動パターンが要所でティターン一行に対し妨害攻撃を仕掛けるゲリラ戦術に移行したことにより、足止めを余儀なくされていた。

 

もちろんJOKER単機であればノーマル部隊の殲滅など造作無い。どんなに多く見積もっても数分でカタが着くだろう。だが、それを差し引いても護衛対象から離れる事はあまりにもリスキー過ぎる状況だった。

 

何故なら、さきほどJOKERが迎撃のためにティターンから離れた瞬間、岩陰に潜んでいたノーマル部隊がECM(Electronic Counter Measures)を展開し、ティターンに襲いかかる事案が発生したからだ。幸いイッシンの即時対応により事なきを得たものの、以降は徹底した防戦に回らなければならなくなっていた。

 

 

「いや、ここまでの部隊は俺も始めてだ」

 

《GAの精鋭部隊に狙われるとは、我々も運が無いな》

 

「かもな。……にしてもアイツら、変なデカールしてるよな」

 

《変、とは?》

 

「だってよ、ヘルメットに弾丸がめり込んでるデカールなんて縁起悪いと思わねえか?」

 

《イッシン、今なんて言った》

 

 

不意にセレンが通信に割り込んできた。それまで沈黙を守ってきた彼女が突然口火を切ったことを疑問に思いながらも、深く気にすることなく復唱する。

 

 

「いやだから。ヘルメットに弾丸がめり込んでるデカールなんて趣味悪いと――」

 

《あの腹黒女!最低限の情報すら仕入れられんのか!!》

 

 

突如として張り上げられたセレンの怒声と共にコンソールパネルに怒りの拳を叩きつける衝撃音がスピーカー越しに構えるイッシンの鼓膜を揺さ振った。あまりにも突然すぎる急展開に動揺しながらもイッシンは彼女に確認する。

 

 

「どうしたよセレン!?」

 

《ソイツらはGAの特務遊撃大隊だ!チィ!相手が悪すぎる!!》

 

「そんなにマズい相手なのか?」

 

《大ハズレもいいところだ!!コイツらが居るということは……やはり出てくるか!》

 

 

セレンの怒りを滲ませた呟きと同時に、JOKERのレーダー上に赤い点が新たに表示された。明らかにノーマルの移動速度ではない速度で近付いてくる赤い光点のプレッシャーは尋常では無く、セレンの警告も手伝ってか、イッシンの精神的余裕は瞬く間に失われていく。

 

何故なら赤い光点の注釈には――

 

 

Rank.12

 

 

そう記されていたのだから。

刹那、オープン回線が開かれると聞き覚えのない男性の声が聞こえてくる。いかにも堅物そうな、ジョージ・オニール辺りに聞かせたら蕁麻疹が出かねない堅い言動だった。

 

 

《こちらグローバルアーマメンツ社所属特務遊撃大隊副司令官、ノーマン・オットーだ。企業間国際協定に則り、降伏を勧告する》

 

「だってよセレン。どうする?」

 

《こちらJOKERオペレーター、セレン・ヘイズだ。そんな国家解体戦争以前の古典を持ち出した降伏勧告に乗るつもりはない。とっとと荷物をまとめて帰ったらどうだ》

 

《……傭兵屋は無礼なのが売りなのか?貴様等のような金の亡者に慈悲を掛けるだけ有難いと思え》

 

《企業に魂を握られた家畜の下らん慈悲など、野良犬にでも喰わせておけ。山猫(リンクス)山猫(リンクス)らしく自由に生きさせてもらう》

 

《貴様、言わせておけば――》

 

《ノーマン》

 

 

不意に別の男性の声が聞こえた。スピーカー越しに切りつけられたような鋭い威圧感に、その場の全員が口をつむぐ。シンと静まり返った空間には独特の緊張感が流れ、再び男性の声で切り裂かれた。

 

 

《言葉は不要だ》

 

 

赤い光点の敵はイッシンがかろうじて視認出来る位置にまで達しており、その形状(フォルム)は見間違えるはずもない。GA社特有の角張ったマッシブな機体。海上には不似合いな砂漠迷彩。そして極め付けはダイナマイトボディの女性が描かれたデカールだろう。イッシンは毎度のことながら自身の不運を呪った。

 

 

「心の準備が整ってねえんだけどな」

 

 

 

 

 

 

カラードNo.18〝JOKER〟キドウ・イッシン

 

          VS

 

カラードNo.12〝ワンダフルボディ〟ドン・カーネル

 

 

 




如何でしたでしょうか。

ドン・カーネルの人物背景は割と掘り下げていますので気長にお待ち頂ければと思います。

よろしければ評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。



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45.水と油・Ⅰ

仁義なき戦いを全作品見直しているのですが、主人公の菅原文太さんが渋すぎて震えます。


海上を縦横無尽に駆け抜けるJOKERは一定の距離を保ったままQBを噴かし【04-MARVE】を放った。ノーマルであれば粘土のように装甲を穿つ貫通性の高い弾丸であったが、海上に佇むワンダフルボディは躱す素振りすら見せずに【GAN02-NSS-WR】を構える。弾丸はプライマルアーマーを軽々と貫通しワンダフルボディの胸部装甲に着弾するが、カンッと浅い弾痕を残して弾かれてしまう。

 

JOKERは的を絞らせないためにワンダフルボディを中心とした円軌道とジグザグ軌道を織り交ぜた高度な回避行動を取るが、ワンダフルボディは構いはしないと言わんばかりに【GAN02-NSS-WR】に火を噴かせた。威力こそ【04-MARVE】よりも劣るが、圧倒的総弾数が実現したライフル系随一の継戦能力を誇る【GAN02-NSS-WR】の利点を遺憾なく発揮した射撃は途切れることなくJOKERを追い回す。

 

初めこそ回避に専念していたJOKERだったが、このままだと活路は見出せないと判断したのかQBによる急制動ののちOBを発動。機体重量の軽さもあって最高時速3000km/hに迫る超加速は瞬く間に彼我の距離を縮める。被弾を最小限に抑えながらJOKERは【AR-O700】を構えている右手を大きく後ろに引いてトルクを貯め始めた。対するワンダフルボディは敵ネクストの一連の行動を気に留めることなく【GAN02-NSS-WR】を撃ち続ける。

 

相対距離50を切った瞬間、JOKERは右手を大きく突き出して【AR-O700】による刺突を繰りだした。空を切る音すら遅れて聞こえるほど鋭く狙い澄まされた刺突はワンダフルボディを的確に射抜かんとするが、【AR-O700】の切っ先はコアに到達する直前に【GAN02-NSS-WR】を握る重装甲の右腕が現れ、その前腕装甲を滑らせるように機動を逸らされた。

 

まるで合気道のように機体重心をずらされたJOKERは大きく体勢を崩しながらもワンダフルボディから目を離すことはなかった。否、離せなかった。何故ならワンダフルボディをワンダフルボディたらしめる象徴的な兵装【GAN02-NSS-WBS】の大口径を握りしめた左腕が、獅子のような獰猛さを放ちながらJOKERを狙っていたからだ。

 

JOKERは咄嗟の判断で右QBを発動させ、その場で急速旋回。フィギュアスケートのような高速回転を以て【GAN02-NSS-WBS】の射線上からの回避を成功させた。刹那、ドドンと連続的な砲撃音が至近距離で発破し、JOKERのリンクスであるイッシンの鼓膜に不快な残響音が木霊する。

 

【GAN02-NSS-WBS】はGA社が進めるプロジェクト『NSS計画』の一環で開発された散弾バズーカである。『NSS計画』、正式名称『NewSunShine計画』はAMS適性の低いリンクス、所謂(いわゆる)『粗製』を上位リンクスと同等の戦力として運用する事を目的としたプロジェクトであり、〝GAの英雄〟ローディーにあやかり2匹目のドジョウを釣ろうという下心が透けて見える計画だが、結果としてドン・カーネルという上位リンクスが発現しているのはGA上層部の慧眼と言うべきだろう、()()()()()()

 

被弾を免れたJOKERは軽業師のようにワンダフルボディのコアを踏み台にする格好で後方へバックジャンプを決めると数刻前と同じように一定の距離を保つ。踏み台にされたワンダフルボディは身じろぎ一つせず、淡々としていた。

 

 

《……速いな》

 

「そう言うアンタは肝が据わり過ぎだぜ。いっそ有澤に移籍したらどうだ?」

 

《下らん》

 

 

イッシンの軽口にも一切乗ることなく、ドン・カーネルはフットペダルを踏み込んだ。点火したメインブースターは完全燃焼を示す青い炎を吐き出しながら重量級ネクストであるワンダフルボディの巨体をいとも簡単に持ち上げ、ミサイルを彷彿とさせる突進力でJOKERへと向かっていく。

 

 

(原作より速いっ!)

 

 

イッシンはワンダフルボディの加速力に面食らいながらも一定の距離を保つことを失念することは無く、絶えず【GAN02-NSS-WBS】の射程保証距離400以上を維持したまま両の手のライフルを要所で撃ち込む。【GAN02-NSS-WBS】はバズーカ弾を散弾銃よろしく正面に撒き散らす散弾バズーカというカテゴリの兵装だ。よって散弾の一発当たっただけでも相応のダメージは必至、全弾命中した場合など考えたくもない。だからこそイッシンは不用意に接近せず、好機と見れば必殺を狙ったヒット&アウェイを繰り返していた。

 

そんな膠着状態だからこそイッシンは軽口を重ねる。理由の半分はドン・カーネルの気を散らして隙を作るため、もう半分はワンダフルボディと交戦してから不思議に思っていたことへの好奇心だ。

 

 

「タイマン勝負なんて古風だな!ノーマル部隊にティターンを向ければ済む話だろ!」

 

 

そう、それまで凄まじい練度を以てティターンの進行を妨害していたノーマル部隊がワンダフルボディが出て来た途端に攻撃を止め、ワンダフルボディの後方へ撤退したのだ。こちらに一斉攻撃を仕掛ければティターン撃破どころかJOKERの首も獲れる可能性があったにも関わらずである。どう戦術的に考えても不合理極まりない選択に、当初はセレンと共に困惑していたのだが、蓋を開けてみれば何の事は無かった。

 

 

《……性に合わん》

 

「!……ハハッ、とんだ決闘士(グラディエーター)だな!いや狂戦士(バーサーカー)か?どっちにしろ()()()()()()()()()()!!」

 

 

期待した以上の答えにイッシンは心躍り、それに呼応するようにJOKERのメインカメラが一際輝く。刹那、ドン・カーネルは自身の目を疑った。だが仕方の無い事だろう、JOKERの連続QBによる超速接近で相対距離450が数瞬で詰められたのだから。想定外の高機動に反応が遅れたドン・カーネルを尻目にJOKERは背部兵装【TRESOR】を展開していた。

 

【TRESOR】は変態企業と名高いアクアビット社が設計・開発を手がけた低弾速高威力のプラズマ兵器であり、装弾数10発ながらも優れた携行性が評価させている兵装だ。

 

しかし、プラズマ兵器最大の特徴はネクストのバリア的役割を担うプライマルアーマーの減衰性能にある。クリーンヒットすれば一発でプライマルアーマーの約半分を削ることも出来る【TRESOR】は最も被弾したくない兵装の一つだ。そんな兵装をイッシンは至近距離でワンダフルボディに撃ち込む。

 

 

《……ッ!》

 

 

プラズマ兵器特有の大きな放電現象がバチバチと音を立てながらワンダフルボディを襲い、プライマルアーマーを形成するコジマ粒子濃度が大幅に希釈された瞬間、イッシンはフットペダルを踏み抜き、ワンダフルボディの腰回りに向けてタックルを見舞った。いくら重量級ネクストであるワンダフルボディも流石によろめいて後方へ倒れ込みそうになるが現在地は海上、水中へ沈むのは何としても避けたいドン・カーネルは姿勢を立て直そうとメインブースターを目一杯噴かし、背面の水上に風圧と熱気で出来た大きな窪みを形成した。

 

 

《くっ――》

 

「ドン・カーネル。アンタにゃ聞きてえことがあるんだ」

 

 

そう言うとイッシンは手元のコンソールパネルを操作して外部通信の一切を遮断し、接触暗号回線に切り替えた。その後ドン・カーネルだけに見えるよう光信号をJOKERのメインカメラより発すると、イッシンの思惑を汲み取ったドン・カーネルも同じく接触暗号回線に接続、声を発する。

 

 

《何のつもりだ》

 

「単刀直入に聞くぜ?新吾(シンゴ)が言ってたイワンってのはお前だよな?」

 

《……ならばどうする》

 

「お互い転生した身だろ。一旦休戦して話がしたい」

 

《そうか――》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《――なら、死ね》

 

 

瞬間、ドン・カーネルはワンダフルボディの右手に握られた【GAN02-NSS-WR】の銃口を冷たい殺気と共に、腰元に抱き付くJOKERに向ける。その殺気を刹那で感じ取ったイッシンは即座に回避行動へ移行し【GAN02-NSS-WR】の銃撃を紙一重で躱した。あまりにも唐突な出来事に状況が整理できないイッシンは外部回線を回復させ、ドン・カーネルに向けて怒鳴り散らす。

 

 

「てめぇ、どういうつもりだ!!」

 

転生者(きさまら)と馴れ合うつもりはない。それだけだ》

 

 

ドン・カーネルはそう切り捨てると再びメインブースターに青白い火を灯し、JOKERめかけて突進してくる。勢いに迷いは無く、ただ愚直に迫ってくるワンダフルボディに向けてイッシンが出来ることは精一杯の睨みだけだった。

 




いかがでしたでしょうか。

ドン・カーネル、よちよち歩きの可愛らしい君はどこへ行ってしまったんだ……。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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46.水と油・Ⅱ

いつかのクリスマスに付き合ったパートナーと今年のクリスマスに別れました。いろんな意味で久々に年末感の強い年の瀬になりそうです。


ワンダフルボディは可能な限り動きを抑制して【GAN02-NSS-WR】および背部ミサイル兵装【WHEELING01】による精密迎撃で、ちょこまかと動き回るJOKERを的確に捉えようとしていた。

 

軽量機であるJOKERに純粋な速度で圧倒される重量機のワンダフルボディは、巧みな体裁きと予測射撃で速度差を埋め合わせていたが不意に海上に立った波に足を取られ、つんのめるように体勢を崩してしまう。

 

その一瞬を見逃さなかったイッシンはフットペダルを蹴り抜いて即座に連続QBを発動、JOKERの両の手に構えられた【04-MARVE】と【AR-O700】のトリガーを引き ながら猛然とワンダフルボディへ突撃した。至近距離でのダブルトリガーを受ければ、いくら重装甲のワンダフルボディとはいえ風穴の一つ二つは空けられるだろうという見立てのイッシンだったが、次の瞬間には自身の思考が甘かったと反省するしかなかった。

 

何故なら前方に大きく体勢を崩していた筈のワンダフルボディが、その勢いを利用しつつQBを発動してショルダータックルを繰り出して来たからだ。古武術歩法【縮地】を応用したような加速は高等技術である二段QBに迫る速度で彼我の距離を大きく縮める。

 

現時点での相対距離が短い上に、双方ともQBによる同等の加速に身を預けている以上、対面激突は必至。その上で相手に与える衝撃が大きく、かつ自身への被害が軽微なのは断然質量が重い方である。

 

容易に想像出来る最悪の事態を回避するべく、不利側のJOKERは正面衝突しようとした瞬間に両手の突撃ライフルを宙へ放り投げた。そうして空いた掌をワンダフルボディのコアに掛けると、同時に噴かしたメインブースターの推力を活かして跳び箱のように開脚して飛び越えた。大きくジャンプしたJOKERは放られていたライフルを華麗に掴み取って、背中を見せたワンダフルボディへ向き直ると突撃ライフルをこれでもかと連射する。

 

弾丸は一直線にワンダフルボディのブースターモジュールへ突き進んで推力の生産を失わせようとするが、着弾の直前にワンダフルボディはQBによる高速転回を発動。弾丸は交戦時と同じように厚い胸部装甲に吸い込まれ、浅い弾痕を残す成果しか出せなかった。

 

 

「隙って概念がねぇのかよコイツ!!」

 

《……躱すか、身軽だな》

 

 

両者とも手の内を見せすぎないギリギリのラインで一進一退の攻防を演じている中、GA司令室ではノーマン・オットー副司令が戦況を見守りつつコーヒーを嗜んでいた。直属の上官であり、特務遊撃大隊司令でもあるドン・カーネルが最前線で戦っている様子を、まるでアマチュアボクシングの試合でも観戦しているかのように見ていられるのは端から見れば正気の沙汰ではない。だからこそ特務遊撃大隊に配属されて間もない索敵班の士官は隣に座る班長にコソッと疑問をぶつけた。

 

 

「副司令っていつも()()なんですか?」

 

「司令と副司令は旧い付き合いだからな、勝手知ったるってやつだろ」

 

「それにしたって余裕過ぎでは……」

 

「聞こえているぞ」

 

「!!っもっ申し訳ございません」

 

 

ノーマン副司令直々の声掛けに飛び上がった士官は、その場に直立して向き直ると最敬礼する。隣に座る班長は我存ぜぬとばかりに肩をすくめる様子を見て溜息を吐いたノーマンは背もたれに深々と身体を預けた。あれはいつだったか。そう思い返しながら再びコーヒーを口に含み、ノーマンは戦況を見守る。

 

GA士官学校を歴代でも稀に見る好成績で首席卒業し、戦場を指揮すれば黒が白に変わるとまで評され、果てはGA正規軍大将とも目されたノーマンが当時抱いていた感情は虚ろな孤独感だった。右を見れば大局を理解できない愚図の将校がおり、左を見れば部下を理解するつもりもない無能な上官がいる。桁外れに優れた才覚を持っていた彼はメキメキと頭角を現し史上最年少で准将の座に着いたまでは良かったが、その桁外れの才能故に周囲からは疎まれ、遂にはGAグループ技術研究所・東テキサス支部という僻地に左遷されてしまう。そんな経験から自身より劣る者に対して寸分の興味を持つことも出来ず、自身の唯一の理解者は先達の偉人が遺した戦術指南書だけだと本気で信じていた。

 

そんなノーマンの転機となったのは三年前の夏の日のことである。空調を効かせた涼しい執務室でいつものように戦術指南書を読み耽っていると、GA正規軍特別顧問である〝GAの英雄〟ローディーが一人の精悍な男を連れて訪ねてきた。その男は近年目覚ましい戦績を残している元ノーマル乗りのリンクスらしく、現役軍人では異例となる名誉勲章の最有力候補に選出されたにも関わらず自ら辞退。代わりにノーマンとの会見を望んだ奇特な人間との説明をローディーから受け、流石の彼も困惑した。

 

 

『すいません、仰っている意味が……』

 

『いやな?お前さんも知っての通り、近く特務遊撃大隊を発足する動きがあるだろ?その司令官にコイツを推薦してそのまま決定しかけていたんだが、当の本人がノーマンを副司令に置かないと受けないなんて駄々をこねてな』

 

『私を?』

 

『なんでも士官学校時代の卒論に感銘を受けたらしくてな。まっ細かい話は二人で詰めてくれ。俺はコーヒーでも飲んで時間を潰している』

 

 

そう言ってローディーは身を翻してヒラヒラと手を振り、執務室から気怠げに出て行った。残された二人の間には何とも言えない微妙な雰囲気が流れるが、GA特別顧問からの紹介も無下には出来ないとノーマンから話を切り出した。

 

 

『何故私なんだ。他にも優秀な士官は山ほどいるだろう』

 

『貴官が最も優秀と判断した』

 

『その根拠は?こんな僻地に左遷された将校に価値などないだろう?』

 

『【ネクスト戦力の危険性を精神医学の観点から読み解く】』

 

『それは確かに私の卒論だが、大したことは書いていないぞ』

 

『下らん謙遜だ』

 

『……上官への言葉遣いではないな。面白い、ならその論文の総括を一言で言ってみ給え。君のような職業軍人に到底理解できるとは思わ――』

 

規格外(イレギュラー)の発現』

 

『――?!』

 

 

ノーマンは一瞬なにを言われたのか理解できなかった。確かに男が言った総括は合っている。だが今まで誰一人として答えを言い当てた者はいないのだ。大半の、それこそゼミで懇意になった名誉教授やGA正規軍大将レベルでもAMS技術絡みの問題であると勘違いしていた。だが目の前の男は平然と答えている。その事実にノーマンは言葉を失ってしまった。

 

 

『貴官の助力がいる』

 

『ま、待ってくれ。そもそも規格外(イレギュラー)に関する卒論と私を副司令に推薦するのとなんの関係がある。アレは理論上の産物だぞ』

 

『……言葉を重ねるのは好きではないが』

 

 

目の前の男はおもむろに制帽を脱いで脇に抱えた。露わになった眼光はカミソリのように鋭く、見据える者を切り捨てんばかりに威圧的な眼光である。

 

 

『貴官の提唱した規格外(イレギュラー)は近いうちに必ず発現する。それを止めるために力を貸して欲しい』

 

 

その一言と共に眼光が鋭く光った。威圧感がより一層増した気がするが、しかし不思議と恐怖感は無い。眼光の奥にあるどこまでも真っ直ぐな瞳が自身の使命を全うしようという強い意志を――必ず発現する規格外(イレギュラー)を絶対に止めるという意思を――眼光の鋭さ以上に放っていたからである。ノーマンはその瞳に一瞬で引き込まれ、気付けば口を開いていた。

 

 

『君の名前は?』

 

『……ドン・カーネル。ネクスト〝ワンダフルボディ〟のリンクスだ』

 

 

以降、ノーマンはGA特務遊撃大隊の副司令に着任し数々の戦場をドン・カーネルと渡り歩いてきた。驚いた事に、司令となったドン・カーネルがこれまで戦場で使用してきた戦術は稚拙というほかなく、どうして今まで生き残れたのかとノーマンが問うと『勝ってきたからだ』と例の如く一言で済まし、更には司令という立場を拝しながら積極的に最前線でしのぎを削り合う始末。

 

最初こそ胃薬が手放せない日々が続き、どうやって副司令を辞そうか考える毎日だったが今ではこうしてコーヒー片手にくつろげている自分に驚く事もある。その理由は幸か不幸か信頼か諦めか、今となっては分からないが一つ確実な事実を知ってしまったからだ。

 

 

どんなに過酷な戦場であろうとドン・カーネルは必ず帰ってくる、と。

 

 

「さて、我等が司令にどう立ち向かう?新人(ルーキー)

 

 

 




いかがでしたでしょうか。
正直、ノーマン君を掘り下げ過ぎた感が否めません(苦笑)

当作品は年末年始も通常通り更新する予定です。
今年一年、哀しい出来事が数多く世間を賑わせましたが来年は実りある吉報が沢山の年になればいいですね。

早めのご挨拶となりますが、良いお年を。


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47.下に付くか、飼われるか

皆様、明けましておめでとうございます。

今年こそアーマードコアの新作が発売され、俗世に身を潜める数多のレイヴン・リンクス・ミグラントが狂喜乱舞の末に戦場に返り咲く年となりますよう願いまして、新年のご挨拶とさせて頂きます。


「ワンダフルボディがJOKERと交戦中?」

 

 

軽めの昼食後、執務室に併設したスタジオで日課のギターチューニングをしていたローディーは突然怒鳴り込んできた、青筋を立てている将校の言葉をオウム返ししていた。

 

 

「そうだ!マザーウィルはまだしも、我が社のNSS計画すら潰されては敵わん!ついてはローディー特別顧問、至急現地に急行しワンダフルボディの救援を要請する!」

 

「悪いがお断りですね」

 

「なにっ!?」

 

 

ローディーは子供の我が儘を相手にするように将校と目を合わせず、鼻歌混じりでペグをいじくり回しながら即答した。

 

 

「そもそも小龍の忠告を無視してインテリオルの海洋拠点であるミミル軍港を叩くと言いだしたのはアンタら上層部でしょうに。自分の尻は自分で拭いたらどうですか?」

 

「ローディー特別顧問!軍規上、貴方の役職は大佐相当と位置付けられている。正規軍少将である私の命令に従えないなら然るべき手順の基で軍法会議にかけても構わんのだぞ!」

 

 

ローディーの連れない態度と自身の意見が通らなかった事に腹を立てた少将は、軍法会議という伝家の宝刀を躊躇なく引き抜いた。彼の経験上、自らの階級より低い者に対して使えば間違いなく平伏す最高の脅し文句だったのだが、いかんせん使う相手が悪すぎた。

 

ローディーは微かに眉を動かすと、ゆっくりその場に立ち上がる。そのまま臙脂色のMA-1を揺らしながら少将に鼻先が触れるか触れないかの距離まで近付くと、凄みを利かせた不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「ほお?なら掛けてみろ。その代わり、俺はGAから離れて独立傭兵としてGAを潰しに来るぞ。お前さん、本気の俺とやり合う覚悟はあるんだろうな?」

 

 

粗製と蔑まれてなお幾多の死地をくぐり抜けた歴戦の英雄が醸し出す覇気は百獣の王そのものと呼べる程に並大抵ではなく、彼自身が途轍もなく強大な兵器である証左でもあった。かつて世界を手中に収めた旧合衆国最強の称号『一人の軍隊(ワン・マン・アーミー)』の化身とも言える圧倒的な覇気に当てられ、かつ獅子の目で見据えられた少将は足元がガクついて顔面から血の気が引き、今際の際のように蒼白となってしまう。少し脅しすぎたか、とローディーは覇気を引っ込め、哀れな子羊の肩をポンポンと叩いて身を翻すと再びギターチューニングを始める。

 

 

「まぁ安心して下さい、ドンはそこまで心配するほど弱いリンクスではないですよ。直接指導した私が保証します」

 

「し、しかし万が一と言うことも――」

 

「少将もクドい人ですな。……相手のキドウ・イッシンは小龍が目を掛けている男です、貴方が思うような事態にはなりませんよ」

 

 

そこまで言うとローディーは弦の調整具合を確認するためにギターをアンプに接続して軽くリフを奏でた。エレキギターならではの力強く、真っ直ぐな音質はスタジオ全体に反響し音色の雨を降らせる。立ち竦む少将を尻目にローディーはその雨を心地良く全身で受け止めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

《残弾40%……あまり無駄撃ちするなよ、弾が切れてはどうしようもないぞ》

 

「分かっちゃいるが、()()も堅いと無駄撃ちの一回でもしたくなるだろ!」

 

 

交戦開始から15分。JOKER、ワンダフルボディ共に有効打を当てる事無く、だた(いたずら)に時間のみが過ぎ去っていく。どこぞの化け梟のように千里眼じみた先読みをしてこないだけマシではあるが、それとは違った意味でワンダフルボディは面倒な相手だった。

 

 

(一瞬一瞬の対応力が半端じゃねえ。反射神経イカレてんのかコイツ!?)

 

 

王小龍が先読みの達人であるならば、ドン・カーネルはさしずめ『後出し』の名手と言ったところであろうか。数十秒前も【04-MARVE】による刺突をフェイントに据えたハイキックを繰り出して首ごと刈り取ろうとしたのだが、ドン・カーネルは機体をほんの少し屈ませる事でハイキックを首ではなく頭部装甲で受け流し、その衝撃を空へ逃がしたのだ。

 

巷(と言っても週間ACマニアだけである)でエンターテイナーと揶揄されるイッシンでも、流石にこんな芸当は危険過ぎて出来たものではない。この前のハリとは別の意味で苦手な人間であることはイッシンの中で確定しつつあった。

 

加えて、あの重装甲である。放った弾丸の殆どが本来の役目を果たす事無く弾かれる様子は気を削がれることこの上ない。接戦と言えば聞こえはいいが彼我の戦力差は確実に広がりつつあり、世間一般で言うところのジリ貧状態である。兎にも角にも打開策が必要だ。この盤面を根底からひっくり返せる、強烈な打開策が。しかし……

 

 

「完全に手詰まりだな、これ」

 

《お前が言うか》

 

「セレンだって気付いてんだろ。どう足搔いてもティターンの脱出なんて無理ゲーだぜ?いっそ引き渡して捕虜になって貰った方がティターンの連中が生き残る確立は高いと思うぞ」

 

《確かにそうだが、インテリオルにどう説明すればいいと思って――》

 

《リンクス、もう結構です》

 

 

二人の悲観的な展望論に嫌気がさしたように会話を中断させたのはティターン艦長のカーティス・V(フォン)・ミュラー大佐だった。ワンダフルボディとの交戦時から、当初身を潜めていた格納庫に避難していたカーティス大佐は一言一句逃すことなくイッシンとセレンの会話を聴いていた。敵ネクストが相当の手練れであること、ティターンが未だ存在出来ているのは敵ネクストの気まぐれであること、そして現状況の打開は極めて困難であること。

 

 

《あなた方には最善を尽くして頂きました。感謝しています。ですが脱出の手立てがない以上、選択の余地はありません……リンクス、我々ごとティターンを撃破して下さい》

 

「はぁ?」

 

《ティターンに搭載された軍事機密がGAの手に渡る事は絶対に阻止しなければならないんです。仮に捕虜になっても尋問で機密を漏らしてしまう可能性が考えられます。……不幸にも本艦には自爆装置がついていません。なので――》

 

 

隠しきれない悲壮感を漂わせるカーティス大佐の顔はスピーカー越しでも想像できる。自身の職務と責任なんて大層な御託を並べて自分の生存欲求を押し殺し、それでも足りないと鉄仮面を顔に貼り付けた見るに堪えない表情だろう。

この仕事で偶々知り合っただけのビジネスライクな関係だし、今後一生会うことも無いだろうが、それでも一人の女性が自ら死のうとしているのを黙って見ているのは男ではない。

 

 

「下らねぇ」

 

《え?》

 

「下らねぇって言ってるんだよ。そもそもそんなに大事な軍事機密なら、どうして俺じゃなくランク5のレイテルパラッシュに依頼しないんだ?俺よか強い筈だし、何より専属だろ?」

 

《それは……》

 

「どの道、俺を寄こした時点で大した機密じゃねえって事だ。そんなもんの為に死ぬなんてバカらしいにも程があるぜ」

 

《しかし――》

 

「しかしもクソもねぇ。大体、そこまでして守りたい軍事機密ってなんだよ?まさかグループ宗主の痴態なんて事はねえだろ」

 

《……カーティス大佐、コイツの口の悪さは心から謝罪するが、コイツの言っていることにも一理ある。申し訳ないが軍事機密の概要だけでも教えて欲しい。無論、契約に則って守秘義務を遵守する。――機密の重要性によって貴官らの命運が別れるんだ、頼む》

 

 

少しの沈黙。ほんの、ほんの一瞬だけカーティス大佐が鼻をすすったような音が漏れ出たように聞こえたが、彼女はそれをおくびにも出さず気丈に応答した。

 

 

《了解しました。軍事機密の内容は――》

 

 

カーティス大佐は淀みなく説明する。この事がインテリオル上層部に知れれば軍法会議は待ったなし、どんなに良く見積もっても懲戒解雇は免れないだろう。だとしても、僅かでも生き残れる可能性があるのなら彼等に賭けよう。

 

 

私はまだ死にたくない。

 

 

「――以上が概要です。リンクス、この機密は有用な情報でしたか?」

 

《いや、その、何つーか……》

 

 

スピーカー越しのリンクスが言い淀む。

 

嗚呼、ダメだったのか。だが仕方ない、足搔くだけ足搔いたんだ。ならば最後くらい軍人らしい花道で生涯の幕を下ろすのも悪くはない。リンクス、貴方のお陰で生の執着を取り戻す事が出来た気がする。

 

カーティス大佐は口を開き、せめて感謝の言葉を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《……大逆転カードすぎて笑っちまうよ》

 

 

 




2021年は占星術で言うところの「風の時代」に変わるそうでして。正直だからどうした感が強いんですが、仮にアーマードコアの新作が出たら、ちょっとだけ信じてみようとは思っています。


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48.画竜点睛は終幕のあとで

Q:冬場のオフトゥンが強すぎて勝てません。どうすればいいですか。
A:負けイベントです。勝つとフリーズするので大人しく負けましょう。


王手(チェック)ですな》

 

 

ワンダフルボディのコックピットにノーマンの声が抑揚なく響き鳴るがドン・カーネルは応じず、無言のまま正面を見据えていた。確かにノーマンの言う通り、相手は間違いなく手詰まりである。天然の要害であるミミル軍港も攻め込んだ今となっては脱出経路が2ヵ所しか存在しない堅牢な監獄に様変わりしていた。内1ヵ所はドン・カーネルが地獄の門番の如く陣取り、反対側のもう1ヵ所には特務遊撃大隊の最精鋭〝デルタ〟を秘密裏に潜ませている。

 

ハイエンドノーマルのみで編成されたデルタは通称〝failure's(出来損ない共)〟と呼ばれており、その名の通りAMS適性が無い故にリンクスになれなかった、NSS計画の副産物達で構成されるチームである。しかしリンクスになるべく訓練を受けてきた彼等が弱い道理はなく、条件さえ揃えば最上位リンクスと互角とまで謳われる圧倒的戦力と練度を誇っている。そのためワンダフルボディとの交戦を避けて後者の経路を選択すればティターンはおろかJOKERも只では済むまい。

 

逃げ場など存在しない絶対的な詰み。()()()()()ドン・カーネルは警戒を解くことが出来なかった。何故か。

 

答えはシンプル。キドウ・イッシンとBFF第8艦隊の交戦記録を見ていたからである。BFFが誇る二枚看板『陰謀家』王小龍と『新女王』リリウム・ウォルコットの猛攻を柳のように躱しきり、仕舞いには魚雷ミサイルというトンデモ兵器でAFギガベースを撃沈した一部始終はカラード内でも語り草となっていた。

 

そんな奇手珍手を自由自在につかいこなす相手が、この程度で諦める筈がない。カーネル、いやイワンは前世の記憶を辿って考えられる手段を思案する。この状況をひっくり返せるようなJOKER(ワイルドカード)を。

 

 

「ノーマン、警戒を怠るな」

 

《……了解。各機オペレーション・レッドを維持し――》

 

ドオォン!!!

 

「《!?》」

 

 

ノーマンの応答を食い千切った半端でない轟音は辺り一帯を支配し、誰しもが行動の中断を余儀なくされる。見ればミミル軍港の内部から入道雲のような黒煙がもうもうと立ち上っていた。丁度その場所は敵旗艦であるティターンが潜伏している場所とほぼ同位置であり、同時にティターンの反応も消滅したことをレーダーは示している。疑念の残る爆弾音が収まった十数秒後、ワンダフルボディのコックピットに凜とした女性の声が響く。

 

 

《――こちらJOKERオペレーター、セレン・ヘイズだ。護衛対象の自爆を確認したため、停戦を申し入れたい》

 

《自爆だと?このタイミングでか?》

 

 

あまりに突飛過ぎるためにオープン回線で問いかけたノーマンの至極もっともな問いに、スピーカーの向こう側で耳元のインカムを触りながらセレンは呆れ声で答える。

 

 

《これ以上の戦闘は金にならん。イッシン、戦闘態勢を解いてやれ》

 

 

セレンの一声にピクリと反応したJOKERは、ワンダフルボディに向けて構えていた【AR-O700】および【04-MARVE】をダランと降ろし、展開中のプライマルアーマーの翡翠色も徐々に薄くなっていく。ネクストの生命線とも言える防御機構(プライマルアーマー)を解除することは戦場に於いてナンセンス極まりない行為だが、完全な武装解除を示す上で最上の行為でもあった。

 

レーダー上でティターンの反応が消滅しているためGA側としても戦闘継続は無駄と判断する他なく、まして武装解除したJOKERをここぞとばかりに袋叩きにしたとなればイッシンの支援企業であるローゼンタール擁するオーメルグループと各種大衆マスメディアの格好の的とされる事は分かりきっている。

 

生殺与奪の支配権はGA(こちら)側にありながら、流れの主導権はJOKER(あちら)側にある。その状況に気持ち悪さを覚えたドン・カーネルは状況を確認するためにJOKERのオペレーターへある質問を投げた。

 

 

「……証拠はどこだ」

 

《あぁ、こちらとしても急だったのでな。音声データしか残っていないが十分だろう》

 

 

セレンのあっけらかんとした返答から数秒後、未だ警戒態勢を崩さないワンダフルボディに一つのデータが転送された。多少のノイズが混じっているが、話の大筋になんら影響を及ぼさない()()()()ものである。

 

 

《あなた方には最善を尽くして頂きました。感謝しています。ですが脱出の手立てがない以上、選択の余地はありません――ザザッ……リンクス、我々はティターンと共に沈みます》

 

《ティターンに搭載された軍事機密がGAの手に渡る事は絶対に阻止しなければならないんです。仮に捕虜になっても尋問で機密を漏らしてしまう可能性が考えられます。――ザザッ……本艦には自爆装置が、ついています。尽力して頂きありがとうございました、リンクス。――ドオォ

 

 

そこで音声はブツリと途切れた。状況証拠としてはほぼ完璧に近いデータである以上、流石のドン・カーネルも渋々とはいえ退かざるを得ない。ワンダフルボディは両手に構えていた【GAN02-NSS-WR】および【GAN02-NSS-WBS】を下げつつ、全武装の有効射程距離外まで機体を後退させた。

 

 

《停戦感謝する。……さて、お互いティターンが完全に海の藻屑になった確証は無いんだ。ここは仲良く現場検証でもどうだ?》

 

 

不意に言いだしたセレンの提案にノーマンとドン・カーネルは再び面食らうものの、確実にティターンが沈んだという事実はGA側でも未だ確認出来ていない事を加味し、共同での現場検証を容認。数分前まで殺し合っていた者同士が肩を並べて爆心地に向かうという不思議な光景が出来上がった。

 

 

《さっきの敵は今の友ってやつだな。仲良くしようぜ、ドンちゃんよ》

 

「黙れ」

 

 

程なくして爆心地付近に到着すると、ティターンが潜伏していたであろう格納庫は見る影もないほど跡形無く消し飛んでおり、付近には艦船の残骸であろう鉄塊がゆらゆらと漂っている。よく見ればインテリオル将校が着用する制帽も浮かんでおり、そのツバは大きく焦げ付いていた。

 

 

《完全に消し飛んだな、こりゃ》

 

《――司令、残骸からティターンの照会が完了しました。どうやら本当に自爆したようです》

 

「……ふん」

 

《おんやぁ?俺を殺すんじゃなかったっけ、ドンちゃん》

 

 

ノーマンからの報告にドン・カーネルは心底不愉快そうに鼻を鳴らすとワンダフルボディに踵を返させて爆心地を後にしようとするが、イッシン駆るJOKERはメインカメラの発光と手指を巧みに操り、その背中にあからさまな挑発を向ける。ワンダフルボディはその言葉に一瞬ピタリと動きを止めるが、すぐに歩を進めることを再開した。安く下らない挑発に乗るほどドン・カーネルは甘くなく、また優しいわけではない。なにより――

 

 

「興が覚めた、失せろ」

 

《おぉ怖い。言われなくても消えるぜ》

 

 

なにをどう操縦すればそこまで表情豊かなジェスチャーが出来るのかと不思議になるくらいの身振り手振りで応対するJOKERはドン・カーネルの言葉で弾かれたようにメインブースターを噴かすと、そのまま奥に続く反対側の通路へ瞬く間に消えていく。両ネクストがいなくなった爆心地には数機のノーマルが詳細な検証のために残っているだけであり、なんとも物寂しい風景となっていた。

 

ミミル軍港を離脱して帰投する道中のドン・カーネルは待機している〝failure's(出来損ない共)〟に同じく帰投するよう指示を出した後、緊張の糸が切れたようにパイロットシートの背もたれへドカリと背中を預けていた。この世界に転生してからというもの、自分より強い相手と会敵する機会は皆無と言っていい。原作中のリンクス達にはまず負けるつもりはないし、たとえそれが最上位リンクスだとしても変わらない。しかしダン・モロのように同じ転生者であれば話は別だ。転生者を相手にするときは、自身が神から賜った【贈り物(ギフト)】をフル活用しなければ拮抗すら難しいことは今回の戦闘ではっきりとした。――キドウ・イッシン、不埒な輩だが警戒するに越したことはない。転生者である上に、今回は一発逆転を成し得る奇手がヤツに無か……

 

その考えに及んだ瞬間、ドン・カーネルは停止する。

 

爆発の衝撃音で掻き消されていた思考は積み木のように脳内で組み上がっていき、それと連動するようにドン・カーネルの顔が険しくなっていく。

 

――何故気付けなかった……!あるではないか、一発逆転のJOKER(ワイルドカード)が……!

 

ドン・カーネルはフットペダルを蹴り抜いてQBを発動。ワンダフルボディに180度の高速ターンを決めさせると同時にOBを展開して、再びミミル軍港へ舞い戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

いつも使っていたマウスが壊れてしまったので人間工学に基づいたマウスとやらに新調したのですが、あまりにフィットし過ぎて小一時間ニギニギしてました。

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49.死神は波に乗った

久しぶりに体重計に乗ったら5kg太ってました。

なので今回は通常より1.5倍増量してお送りいたします。


《そっちはどうだ》

 

《どれも損傷が激しいな。基板が半分残ってればいいほうだぞ》

 

《この調子じゃブラックボックスに期待は出来ねえな》

 

《そもそも探す意味あんのかよ》

 

「無駄口はそこまでだ。回収を命じられている以上探さんわけにもいかんだろう」

 

《隊長だって無駄だと思ってんでしょ?》

 

「命令は命令だ。ほら、ちゃっちゃと動け」

 

 

ティターンが自爆した格納庫付近。詳細な現場検証を行っている特務遊撃大隊所属チーム〝ヤンキー〟は、おおよそ無駄と思える地道な回収作業に従事していた。目的はティターンが保有していたとされる軍事機密の確認および確保だが、対象が跡形もなく自爆しているため回収チーム内でも早々に消化事務的な諦めムードが支配しており、現場責任者である隊長が隊員の尻を叩いて何とか士気を維持している有様だった。

 

 

《それにしても、あのリンクス()()()()あそこにいるんですかね?》

 

《待機していた回収機がエンジントラブルで帰っちまったから代替機待ちだとよ。》

 

《どこまで本当か分からないけどな。まぁ護衛対象は自爆してるし、ちょっかい出さなきゃ大丈夫だろ》

 

 

そう言って隊員の一人はコンソールパネルに表示されている、反対側の入り江付近で静止している赤い光点を人差し指でチョンッと叩いた。刹那、隊長機を含むヤンキー全機のコックピットに標準装備されている赤い非常灯が眩しいほどに灯り、それまでの緩んだ空気が一気に張り詰める。赤い非常灯の意味は2通り。すなわち搭乗するノーマルが活動限界を迎えて自爆する意味と、司令部から緊急警戒が発出され直ちにその場で戦闘態勢をとれという意味である。回収作業に徹しているヤンキーにおいては前者の選択肢は自動的に消滅するため、その場の全員が非常灯の意味が後者であることを瞬時に理解し、過酷な訓練の賜物である早業で円形陣を展開。各機チームとの連携を念頭に置いた兵装を携えて抜け目ない警戒態勢を構築した。

 

 

《クソッ! いったい何なんだよ!》

 

《当該ネクストに動きなし! 半径3km圏内、敵影、不明機影反応なし!》

 

「レーダーに頼りすぎるなよ! 追従型ECMもあり得る。目視での確認も怠るな!」

 

《 《 《イエッサー!!》 》 》

 

 

およそ先程までと同じチームとは思えない緊張感に満ち満ちた気迫は、GAグループでも最強と名高い特務遊撃大隊所属であることの証左とも言える。静まり返る爆心地周辺にはヤンキー各機が発するブースター音しか響いておらず、それが逆にチームの緊張感を底上げしていた。時間にして約10秒、隊長機に司令部からの直通通信が飛び込んできた。

 

 

《ヤンキー全機、こちらノーマン准将である。貴官らが従事する回収作業は現時刻をもって中止、緊急任務として入り江に待機中のネクスト〝JOKER〟に対し遅滞攻撃を仕掛けてもらう》

 

「ノーマン准将、こちらヤンキー1。現戦力ではネクスト〝JOKER〟の遅滞攻撃は困難です。作戦変更を願います」

 

《ヤンキー1、こちらノーマン准将。残り120秒でワンダフルボディがそちらに合流する。それまで時間を稼いでくれ》

 

「ノーマン准将、こちらヤンキー1。……了解しました。骨は拾ってくださいよ、アウト」

 

 

隊長は乱暴に終話ボタンを叩き押して通信を終了させた。作戦内容の意識共有化のために敢えて通常回線での応答を行ったのだが、今のやり取りを聞いていた隊員達は皆一様に沈黙していた。ある者は溜息を漏らし、またある者は盛大な舌打ちをかましている。隊長とてそれは同じだった。

 

戦闘終了後の残務に偶然あてがわれただけで絶対的強者(ネクスト)と一戦交えるという不運は唐突な死刑宣告にも似ている。望みがあるとすれば、砂粒程度の確率で生還できるという点だけであるが。

 

 

「お前達、今の通信は聞いていたな。……これより我が隊はネクスト〝JOKER〟と交戦する!全機第甲種戦闘態勢!」

 

《了解! 第甲種戦闘態勢!》

 

《畜生! やればいいんだろ、やれば!》

 

 

隊長の一声で振り返る退路は既に断たれている事を再確認したヤンキー各機は、各々が装備する最大火力兵装を構えるとメインブースターを最大推力で噴かすと反対側の入り江に向かって水上を猛スピードで滑走する。接敵まで約20秒、狙うなら教科書通りに出会い頭で全火力を叩きこむしかない。隊長は操縦桿を強く握り直して深く息を整えた。

 

――大丈夫、俺たちは生き残れる。

 

そう自分に言い聞かせているうちにヤンキーは反対側の入り江付近に到着した。息を潜めながら光信号による合図でタイミングを合わせたヤンキー全機は、飢えた猛獣のように一斉に飛び出して照準を合わせる。狙うはもちろんJOKER……のはずだった。

 

 

「な、んだこれは」

 

《隊長、これは一体……》

 

 

JOKERは佇んでいた。ただ佇んでいた。

 

敵意の一片すら感じない棒立ちだった。

 

しかし格好の獲物を前にしたヤンキーもまた、棒立ちとなってしまった。

 

何故ならJOKERの背後には見たことのない()()()()()が鎮座していたからである。高さ100mを優に超える巨大兵器はホバークラフトの要領で水面に浮かび、何とも形容しがたい生物的な異形のフォルムをしていた。敢えてカテゴライズするなら半没翼型水中翼船といったところか。艦橋にあたる箇所は流線形に前へ突き出し、上下一対で横長に設置されているメインカメラは複眼式を採用しているために生物的な生々しさをより強調している。

 

 

「おっ意外と早かったな。さすが精鋭部隊」

 

《リンクス、こちらは準備完了しました。いつでも行けます》

 

「それじゃぼちぼち逃げますか」

 

 

JOKERのリンクスであるキドウ・イッシンはコックピット内に響いた女性の声に答え、JOKERにQBを噴かさせながら軽業師のように巨大兵器の背中へ飛び乗らせた。同時に巨大兵器の内部からモーターの轟音が聞こえ始め、複眼式メインカメラからは赤い光が迸り始める。その状況を前にしてやっと我に返ったヤンキー1は全機に攻撃を指示、可能な限りの弾幕を垂れ流して巨大兵器の進行を止めようとするが効果という効果は全く見られない。その様子を巨大兵器の艦橋から見下ろしている制服姿の実直そうな女性は満足そうに頷くと、微かに笑みを浮かべて思わず独りごちる。

 

 

「――ふっ、数時間前の私では考えられない手段ですね」

 

「カーティス大佐、ご指示を」

 

「よし……AF〝スティグロ〟発進せよ!」

 

「了解。スティグロ、発進します!!」

 

 

操舵班の掛け声と共に後部ジェットブースターに青白い炎を宿したAF〝スティグロ〟は最初こそゆったりした動きだったが、メイン推力である水中核パルスブースターが始動した瞬間、時速1200km/hの超高速域に到達。いまだ進行を妨害しようと攻撃を続けるヤンキー全機に特大の引き波をお見舞いすると、そのまま勢い良く入り江を脱出した。

 

その様子は丁度ミミル軍港へ舞い戻ってきたワンダフルボディのメインカメラにはっきりと捉えられており、リンクスであるドン・カーネルは忌々しそうに歯噛みする。相手は既にワンダフルボディで追いつけない速度に達しており、みすみす逃がすしか選択肢がなかったからだ。

 

 

「この……下衆が!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミミル軍港より南西に約1000km。AF〝スティグロ〟は穏やかに凪いだ海上に停泊しており、その背中では両手を頭に回したJOKERが寝転んでいる。逃走劇を演じたばかりとは思えない気の抜けようであった。JOKERと同じ体勢でパイロットシートに身体を預けているイッシンは、ふと思い立ちスティグロに通信を入れる。

 

 

「カーティス大佐、いるかい?」

 

《えぇ。聞こえています》

 

「どうだ。九死に一生を得た感想は」

 

《まだ完全に信じ切れていない自分がいますね》

 

「だろうな。俺もこんなに上手くいくとは思わなかった」

 

《全くだ。賭けにもほどがある》

 

「いやいや、音声データを即興であそこまで改変してくれたセレンさんのお陰ですよ?」

 

《アイツ等があの程度で信じ込んだから良かったものを。失敗したらどうするつもりだ》

 

「まぁ結果オーライってことで」

 

 

会話に割り込んで嫌味を言ってきたセレンを受け流し、イッシンは瞳を閉じて口元を緩める。

 

まさかカーティス大佐が大事そうに抱えていた軍事機密がAF〝スティグロ〟本体と、その設計図および性能表、応用を含めた操縦マニュアルだったとは彼自身思いもしなかった。聞けば元々ティターンと護衛艦2隻に積まれていた自爆装置を証拠隠滅のためにわざわざスティグロに積み込んだらしく、ティターンの反応が消えるか、一定以上の距離に達したときに爆破する設定にしていたようだ。そこまで頭が回って、なぜスティグロを使って脱出する手が見えなかったのかと問えば『私の権限ではスティグロの運用が出来ない』と返ってきた。

 

職業軍人というのも考え物である。

 

しかし手立てが見えた以上、そこからはトントン拍子で進んでいった。まずスティグロに積み込んだ自爆装置を再度ティターン艦隊に積み直し、遠隔操作で起爆できるように再設定。そのあいだ、セレンにはイッシンとカーティス大佐の通信記録から会話を抜粋、抽出して可能な限りの音声データ改変を行って貰った。そのあと護衛艦を含めた全船員をスティグロに移動させ、ワンダフルボディが撤退するまで待機。タイミングを見計らって颯爽と脱出するという単純かつ大胆な作戦は、恐ろしいほど見事な成功を収めるに至ったのだ。

 

 

《……リンクス、改めて言わせてください。本当にありがとうございました》

 

「なんだよ急に」

 

《私たちは帰投後、恐らく軍法会議にかけられます。理由はスティグロの無断運用およびティターンの損失と言ったところでしょう。ですので、今一度感謝の言葉を――》

 

「あ~~それなんだけどさ。たぶん大丈夫だせ?」

 

《えっ?》

 

 

自身の行く末を予見しているカーティスに対し、イッシンはバツが悪そうに言葉を漏らすと憮然とした声のセレンが再び割り込んでくる。

 

 

《今回の任務は私も腹が立っていてな。こちらに()()()()()()が知らされず、スティグロの存在についても伏せられていた。知ってさえいれば必要な策は講じることが出来たにも関わらずな。だから追加マージンで報酬の30%上乗せと、大佐に対する軍法会議での罷免撤回を要求するつもりだ》

 

「初めてとはいえ同じ戦場を戦った仲だからな。アンタ等だけ罰を受けるってのは俺も目覚めが悪いんだ」

 

《…………》

 

《ほぉ、妙に格好つけるじゃないか。惚れたか?》

 

「なっ! そんなつもりじゃねぇって! だいたい――」

 

 

イッシンとセレンがスピーカー越しで繰り広げる賑やかな押し問答はカーティス大佐が装着するヘッドセットに筒抜けで入って来ていたが、当の本人は言葉を飲み込み、涙をこらえて感情の波を抑えるのに必死だった。しかし、その顔を隠す最良の道具であった制帽は彼女の頭にも、手元にも無い。

 

 

何故ティターンに置いてきたのかと問われれば、回答に耐えうるだけの明確な理由はない。

 

ただ、置けば自由になれる気がした。そんな気がしただけ。

 

 

(…………ありがとう、リンクス)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラード記録ファイル(整理番号:IU-201)

 

 

 

依頼主:インテリオル・ユニオン社

 

依頼内容:ミミル軍港脱出支援

 

結果:成功

 

報酬:400000c

 

備考:ネクスト〝ワンダフルボディ〟ならびにGA正規軍特務遊撃大隊との交戦有り。なお、本依頼の受注リンクス〝キドウ・イッシン〟に交戦による身体的外傷および精神的外傷は確認出来ず。

 

また、インテリオル仲介人であるマリー=セシール・キャンデロロに対し、仲介業務の資質の重大な欠如があるとしてオペレーター〝セレン・ヘイズ〟等より異議申し立てが提出されている。

 




いかがでしたでしょうか。

実験的にモブキャラメインの回にしてみたので、好みが分かれる展開だとは思います。

そういえば友人に勧められて呪術廻戦をアニメで見始めたのですが中々面白いですね。
個人的には花御の見た目にグッときます。


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50.不和と庇護

朝食に生セロリを丸かじりしたんですが、昼過ぎまでセロリ臭が鼻から抜けませんでした。


インテリオル・ユニオン欧州支部 Q4待合室

 

得体の知れないオブジェの間隙から水色の明るいグラデーションが漏れ出し、目の前に置かれた長机では立体ホログラフィックの地球儀がぐるぐると世話しなく回り続けている。いかにもSFらしい無機質然とした部屋で、スーツ姿のイッシンとセレンは待ちぼうけを食らっていた。

 

イッシン達がここを訪れた理由は一つ、先日請け負ったミミル軍港脱出支援の顛末を聴くためだ。インテリオル仲介人であるマリー=セシール・キャンデロロの杜撰な事前情報のお陰で危うくミッションを放棄しかけた経緯から、セレンは先日カラードを通じて意見書を提出している。まぁ意見書とは名ばかりで、痛烈な皮肉の効いた罵詈雑言がビッシリ3000文字書かれた呪言集だが。

 

その呪言集の異常性にインテリオル・ユニオンが寒気を覚えたのかは不明ではあるが、先方からこの件について協議がしたいと打診してきた。それに応える形でセレン達は欧州くんだりまで足を運んだのだが、いざ会ってみればくたびれた背広と頭頂部の寂しい卑屈そうな男性が出迎えたのだ。男性はあからさまに嫌そうな顔をしており、その態度に立腹したセレンが問い質すと案の定『自身は経理担当であり門外漢である。作戦本部に対応しなければ失職させると脅された』と白状したのだ。

 

あまりにお粗末なやり口に、お前達から呼び出しておいて何様のつもりだとセレンは激昂。知己の間柄だが作戦本部の責任者を今すぐ呼ばなければ今後インテリオルの依頼は一切受け付けないと凄んで言い放つと、経理担当の男性は幽霊のように白くなりながら慌てて応接室を飛び出していった。

 

それから30分弱の時を経て今に至る。セレンは腕を組みながら目を閉じて大人しく待機しているが、こめかみには青筋がうっすらと浮き出ている。我慢の限界は近いと読み取ったイッシンは己の立場を嘆きつつも彼女の逆鱗に触れないようにそれとなく話題を振る。

 

 

「そ、それにしても遅いよなー。どこかで油でも売ってんのかなー」

 

「気遣うな。余計に腹が立つ」

 

「……ごめん」

 

 

彼が何とか絞り出した棒読みのなまくら台詞に対して、名刀並の切れ味鋭い返しが飛んできては黙るしか無い。また殺伐とした雰囲気に戻るのかとイッシンがげんなりしたと同時に、ノックも無く応接室の扉が開いた。

 

 

「遅い。いつまで待たせるつもり、だ……」

 

「お久し振りです。()()

 

 

入ってきたのは真鍮色の軍服をカッチリと着込んだ仏頂面の女性であった。美人にカテゴライズされる均整のとれた顔つきは、短く切り揃えられた美しい金髪と相まって女神のような雰囲気を醸し出している。しかしその眼光は鋭く、どこかセレンを軽蔑しているような目であった。そんな彼女を視界に入れたセレンは思わず目を見開き絶句してしまうが、女性は気に留めること無くセレン達の対面に置かれた上座に座って一息をつく。

 

 

「ふぅ……この件を担当するインテリオル専属リンクスのウィン・D・ファンションだ」

 

「ランク18のキドウ・イッシンだ。まさかランク5が直々に応対してくれるなんてな」

 

「作戦責任者が逃げ出したせいで私が代理で対応する事になっただけだ。気にするな」

 

 

自嘲気味に笑うウィンは手元に持っていた薄いファイルをテーブルに開けると、数枚の資料をイッシンに提示した。そこには小難しい文体で構成された回答書と、マリー=セシール・キャンデロロのこれまでの功績を羅列した職務経歴書が添付されている。

 

 

「結果で言うと意見書はたかが意見書。再考するに値しないと言うのがインテリオル上層部の答えだ」

 

「おいおい、それは俺じゃなくてセレンに言うべきだろ。もともと意見書を提出したのはセレンだぜ? なぁ?」

 

 

そう言ってイッシンは隣に座るセレンへ向き直り同意を得ようとするが、セレンは何故か顔を背けて俯いたまま微動だにしない。不審に思ったイッシンは再度声を掛けようとするが、それを遮るかのようにウィンは言葉を紡いだ。

 

 

「この意見書を提出したのは先輩だったんですね。てっきりリンクスからの意見書だと思っていました」

 

「…………」

 

「そういえば、戦場で命を賭けるリンクスを眺めながら安全なオペレーティングルームで飲むコーヒーは格別に美味しいと聞いています。オマケに任務が成功すれば自分の手柄のように振る舞えると思うと笑いが止まらないそうです。先輩なら分かるのではないですか?」

 

「…………」

 

「なぁ、アンタちょっと不躾が過ぎねぇか?」

 

 

その一方的なやり取りを見ていたイッシンは声を極力荒げないよう注意しながらウィンを窘める。理由は知らないが、常日頃世話になっているセレンに対して露骨な嘲りを続ける事にイッシンは我慢できなかったからだ。しかしウィンは流し目でチラリと彼を見遣ると、一切動ずること無く言葉を続ける。

 

 

「良いリンクスを見つけたようですね。次は男ですか? 実力は伴っていませんが、お似合いだと思いますよ」

 

「てめぇ、ふざけた事抜かすのも大概にしろよ。なんなら今すぐに――」

 

「イッシン、やめろ……」

 

 

今にもテーブルを乗り越えてウィンに掴み掛かりそうになっていたイッシンを、セレンは力ない言葉で静止する。先程と変わらず俯いたままであったが、意を決したように顔を上げるとウィンを真っ直ぐ見据えた。

 

 

「……仲介人の件は分かった。私達はこれで失礼する」

 

「えぇ、そうして頂けると助かります。先輩と同じ空間で顔を合わせながら空気を共有するのは苦痛以外の何物でもないので」

 

 

そう言って席を立ったセレンに対してウィンは微笑を浮かべる。隠すつもりのない敵意と軽蔑と憎悪がこもった笑みは、直接向けられていないイッシンですら背筋が薄ら寒くなるほどおぞましい笑みだった。

 

セレン達は応接室を後にし、二人は特に会話も無いままコツコツと靴音を立てながら肩を並べてエントランスへ向かっていく。若干セレンの歩みが遅れ気味に感じるのは気のせいではないだろう。間違いなく今の一件がトリガーとなって意気消沈しているのは明白である。

 

何とか励まそうとするイッシンは脳をフル回転させて最善策を講じようとするが、十中八九込み入った理由であるだろうし、何よりイッシンはその件について何一つ知らないのだ。そんな状態で下手に励ませば逆効果になることは目に見えており、どうしたものかとイッシンが頭を悩ませている内にエントランスに到着してしまった。

 

エントランスにはインテリオル・ユニオンのロゴマークが巨大なホログラフィックに投影されており、空間の中央でこれ見よがしにグルグルと回っている。その下では複数人の事務職員が忙しそうに早歩きで往来していて、その内の何人かは疲れ切った顔つきで今にも死にそうな様相だった。

 

消沈中のセレンにそんな人混みは酷だろうと気を利かせようとしたイッシンは、出来るだけ人がいないルートを選定してエントランスを通過して出口に辿り着いたのだが、そこには一人の女性が腕を組んで壁にもたれている。

 

腰まで伸ばした髪は毛先まで美しい照りのある漆黒を纏っており、一重瞼が印象的な顔つきは典型的な東欧系クールビューティーといったところか。体型は長身細身のモデル体型で、どこか朧気な印象を与える不思議な雰囲気はそのまま吸い込まれそうな妖しい魅力がある。

 

 

「スティレットさん……」

 

「えっ!スティレットってあの?!」

 

「――スミカ、あまり自分を責めるな。私もあの状況なら同じ選択をした」

 

「…………」

 

 

セレンはスティレットの言葉には応えず、そのまま彼女の目の前を通り過ぎて出口の自動ドアをくぐって外に出た。対するイッシンはというと状況が状況だけにスティレットに正式な挨拶をする事を断念して軽い会釈で済ませてその場を後にしようとしたのだが、不意にスティレットに呼び止められる。

 

 

「君がキドウ・イッシンだな?噂には聞いている」

 

「えっあっ、どっどうも……」

 

「――スミカを支えてやってくれ。アレは溜め込む性分だからな」

 

「……分かりました」

 

 

ほんの二言三言。相応の短い会話であったが『支えてやってくれ』の一言で、初対面にも関わらずセレンの今後を託された雰囲気を察したイッシンは小さくも力強く頷き、先へ行ってしまったセレンの背中を追いかけた。

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

セレンとウィンディ、二人の間に何があったのか……

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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51.狂信の天秤

※今回は物語の進行上、一部残酷な表現を使用しております。免疫のない方が読む際には注意してください。


「おいセレン待てって!」

 

一心不乱に歩みを進めるセレンに対して、イッシンは小走りで追い着こうと彼女を呼び止める。しかし彼女は止まること無くロータリーに駐車中の車に乗り込みエンジンをかけ始めた。遅れて到着したイッシンも急いで助手席へ乗り込み、息を切らしながらシートにもたれかかる。

 

 

「そんなに急ぐ事ないだろ。別に輸送機は逃げたりしないぜ?」

 

「私は一刻も早く立ち去りたいだけだ」

 

 

ぶっきらぼうに答えたセレンはエンジンが始動すると同時にアクセルペダルを踏み、急加速気味でインテリオル・ユニオン欧州支部を後にした。正直セレンがここまで反応する場面をイッシンは見たことが無かった……いや、正確には一度だけある。

 

つい一ヶ月前に訪れた有澤邸での出来事である。有澤重工の十六代目社長〝有澤隆文〟が言った『()()は君のせいじゃない』という一言にセレンは突如として激昂し、長机を乗り越えて有澤隆文の胸ぐらに掴み掛かったのだ。幸いにも大事に至ることはなかったが、気になるのは当時の有澤隆文の対応だ。一般論として、いきなり胸ぐらを掴まれるという動作は身の危険を感じるに十分な理由であり、事態を把握次第何かしらの防御策を講じるのが普通である。しかし有澤隆文は防御策を講じるどころか、甘んじてそれを受け止めた上で諭すようにセレンの無礼を許したのだ。

 

GAグループの一翼を担う企業のトップとはいえ、この出来事を些事の如く振る舞うのは流石のイッシンでもおかしいと感じる。だからこそ今回の一件も有澤隆文の言う『アレ』が関わっているのだと彼は確信したのだ。セレンのトラウマである『アレ』とは、それこそ一企業のトップですら気遣う程の何かであり、そして相応の恐ろしさを持った何かであると。

 

 

「セレン」

 

「何だ」

 

「話してくれないか」

 

「……聞いてどうする」

 

「今のところ俺だけ外野だ。それでも傍にいることは出来るけど、理由を知らねぇと支えられねぇよ」

 

「別にお前に支えられるつもりはないぞ」

 

「支えてぇんだよ、俺が」

 

 

その一言を皮切りに運転中の車内を沈黙が包み込み始めた。一方は返答の是非を待つ沈黙を、もう一方はそれに応じるか否か、或いはそれ以外の何かで思案する沈黙。

 

時間にして2分程度だろうか。永遠とも思える沈黙を先に打ち破ったのはセレンだった。根負けしたことに対する自嘲とイッシンの頑固さへの呆れが見える溜息をつくと、輸送機が待つ空港へのルートから無理矢理外れるようにハンドルを切る。

 

 

「……後悔するなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後、目的地に到着したセレン達を出迎えたのはおよそオフィス街のど真ん中に似つかわしくない仰々しい石造りの博物館だった。バロック様式らしい煌びやかさを全面に押し出している建造物であるが決して歴史ある建造物ではない。何故なら石造りの隙間にはモルタルの代わりに電子光が漏れ出ており、建物全体からうっすらではあるがモーター音も聞こえて来ているからだ。

 

 

「インテリオル記念博物館。旧メリエスとレオーネメカニカの合併を記念した、老人達の戯れだ」

 

 

それだけ言うとセレンは歩みを進めて入り口をくぐる。追うように3歩後ろについて歩くイッシンが最初に思った感想は『企業の老いぼれ共もずいぶん暇だな』という辛辣な言葉だった。博物館内の正面玄関両脇にはブロンズ胸像がズラリと並んでおり、その全てがしかめ面の老人。各人ともインテリオルに対して多大なる貢献をした御仁に違いないが、それにしたってもう少しマシな表現方法があるだろう。来客を招く意思を微塵も感じられない利己的な自己満足の総攻撃にイッシンはげんなりしてしまう。

 

そんな老人達の胸像の圧力をものともせずズンズンと奥へ進んでいくセレンに敬服の念を抱きながらそれに追従して歩を進めたイッシンが行き着いた先には、一つの大迫力なジオラマがあった。元は高層ビルであったであろう瓦礫の山々の中に桜色の旧レオーネメカニカ標準機〝Y01-TELLUS(テルス)〟が凜として仁王立ちしているジオラマは見る者全てを圧倒する何かを感じずにはいられない。

 

 

「これってシリエジオ……だよな」

 

「あぁ」

 

 

シリエジオ。

 

セレン・ヘイズいや『霞スミカ』が共に幾多の戦場を駆け抜け、実質的な旧レオーネメカニカの最高戦力とも謳われた、間違いなく最強ネクストの一角。そのジオラマを見て息を吞むイッシンを尻目にセレンはジオラマの足元にある説明パネルへと足を運んだ。

 

 

「『レオーネメカニカのリンクス、霞スミカを語る上で欠かせないのは【エチナの奇跡】だろう。反体制武装勢力であるリリアナによって占拠されたエチナの奪還を命じられた霞スミカは、当初不可能とも言われた『犠牲者を出すこと無くコロニーを奪還する』ことに成功。これによりレオーネメカニカの世論評価は一層高まり、インテリオル・ユニオン発足の一助を担ったという事実は間違いない』……というのが老人達の見解だ」

 

「違うのか?」

 

「大きく間違っては無いな。確かに犠牲者は出していない」

 

「なら――」

 

()()()は、だが」

 

「は?」

 

 

言葉の不意打ちに戸惑いを隠せないイッシンに対して、セレンはゆっくりと振り返る。表情は物憂げで、自暴自棄で、儚くて、諦めた顔だった。そこからセレンの独白が始まる。

 

 

「この任務の本当の目的はリリアナに拉致されたリンクス候補生3人の救出だ。そしてその3人の指導役が私だった……言ってみれば尻拭いだな」

 

「拉致されて数日後、私の通信端末に拉致された候補生の1人から連絡が入った。『エチナで捕まっている。助けてくれ』とな。もちろん向かったさ。上層部からの待機命令を無視してな」

 

「だが蓋を開ければ、待ち受けていたのはエチナの住民をも人質に取ったリリアナだった。そこで指揮官らしい男から『今すぐ撤退しろ、さもなくば人質を全て殺す』と脅された」

 

「迷ったさ。リンクス候補生3人の命かエチナ市民の命か。普通の感覚ならエチナ市民を選んで、候補生3人の犠牲をコラテラルダメージとして見るのが一般論だ。でも私は違った。今後レオーネメカニカで戦力となり得る3人の命は、レオーネメカニカに利益を何一つもたらさないエチナ市民よりも重いと判断したんだ」

 

「そこからは奪還というより虐殺だった。人質を盾にする奴らは人質ごと殺したし、人質がいるシェルターに逃げ込んだ奴らも人質ごと潰した。生々しい鉄の臭いとレーザーで焼き切れる肉の香り……この世に地獄があるなら、それは此処だろうと本気で思ったよ」

 

「そうしてリリアナの掃討が終わった後、リンクス候補生を捜索した。独房を捜したらすぐに見つかったよ。内2人は既に死んでいたがな。多分私に連絡を直後に殺されたんだろう、ボロ雑巾の方がまだマシと思える有様だった。何とか生き延びていた女の候補生も女性としての機能が失われる程の酷い拷問を受けていた」

 

「直ぐに応急手当を施して、一緒に外へ出た候補生は言葉を失っていた。焼け野原と死体の山が一面に広がっているんだ、仕方ないだろう」

 

「その候補生は私を睨んでこう言った。『貴女は何をしにきたんですか』とな。そこで我に返って愕然としたよ。結局のところ私は何も助けていなかった。ただの大量殺人者になっただけだと」

 

「この一件の真相はレオーネメカニカ上層部によって揉み消され、全責任を負う形で私は逃げるようにリンクスを引退。生き残った候補生はメキメキと頭角を現して、今では〝GAの災厄〟なんて呼ばれたりしているな」

 

 

そこまで言い終え、セレンは絶句して立ち尽くすイッシンに歩み寄る。手を伸ばせば届きそうな距離まで近付くと、諦観の念がこもった瞳でイッシンに問いかけた。

 

 

 

 

「それでも、お前は私を支えるか?」

 

 

 

 

イッシンはその問いに(うつむ)き、口をつぐんでしまう。セレンは力なく微笑むと彼の肩にポンと手を置きつつ出口へ向かった。



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52.妥協とスカとはぐれ鯱

最近脳内妄想に磨きが掛かってきました。
目を閉じると、目の前に黒髪ショート微乳スレンダー薄顔クールビューティが現れるので彼女を見ながら晩酌しています。

たぶん疲れてます。


ミッションを説明しましょう、依頼主はアルゼブラ社。目的は、リッチランド農業プラントを占拠するネクスト機の排除となります。ネクスト機の詳細は不明ですが、少なくともカラードの所属ではありません。……リッチランドにはネクストを惹きつける魅力があるようですね。

 

何にせよ、相手は重量の二脚タイプで、かなりの難敵のようです。当然、依頼主は協力機との協働をご希望です。

 

最終的にはそちらの判断ですが、無理はしない方がよいのでは? 私からも、強く協働をお勧めします。

 

説明は以上です。

 

アルゼブラ社との繋がりを強くする好機です。

そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?

 

 

 

 

 

 

 

つい先月にも不明ネクストによる襲撃を受けて焼け野原と化していたリッチランドがまたも不明ネクストによる襲撃を受けたとあって、オーメル仲介人であるアディ・ネイサンも呆れ顔だった。

 

そんな不遇の大地から上空3000mにて二つの影がジェット音を鳴り響かせながら並行に飛行している。

 

一つは淡い桜色の現行輸送機であり、その下には黒一色で統一された軽量ネクストが合金製多重層ワイヤーロープで吊されていた。ネクストの名前はJOKER、ランク18であるキドウ・イッシンが駆るAALIYAH(アリーヤ)フレームとLAHIRE(ライール)フレームの合いの子である。

 

もう一方の輸送機は輸送機というより早期警戒機に近いフォルムをしており、その下にはJOKERと同様に合金製多重層ワイヤーロープで懸架された黒いネクストがぶら下がっている。しかしそのネクストは、ネクストと呼ぶには()()()()()()であった。

 

誇張のしようがない長細い丁の字型のコアに、丁の両端につけられた申し訳程度の腕部。いや、特殊なマシンガンが握られたその腕部は、腕部というより固定台と捉えた方が適切かも知れない。背部兵装にはバリカンヘッドのような形状のチェインガンが二つ装備されており、異形さに拍車をかけている。

 

そんな上半身を支える脚部はLAHIRE(ライール)フレームが甘っちょろく見えるほど長く薄く、足よりも二又(ふたまた)の垂直尾翼の趣が強い印象を与える。文字として現せば『穴』の字が最も相応しい。

 

総じて空力抵抗を最大限考慮した、JOKERとは似て非なるベクトルを持つ異形。その異形を隣からまじまじと眺めるイッシンに対して、オペレーターであるセレン・ヘイズから突然通信が入る。

 

 

《あまり気負うなよ? 不明機といえど同じネクストだ。2対1ならこちらに分がある》

 

「あぁ、分かってるさ」

 

 

インテリオル記念博物館での一件から複雑な空気感となっていたセレンとイッシンだが、約一週間の冷却期間を経て最終的に2人が出した結論は『触れない事』だった。

 

仮に当時のセレンが下した判断の是非を問うにしても、それで殺されたリンクス候補生が生き返る筈も無いし、劇的にウィン・D・ファンションとの仲が改善される訳でも無い。

 

何よりこの問題を長引かせた所で現パートナーであるイッシンとの関係を悪くするだけだ。ならば根本的な解決策が見つかるまで、そっとしておく事が一番であるという無言の協定を結ぶ運びとなった。

 

だから触れないし触れる必要も無い。

 

そう自らに言い聞かせる時間を必要としていたイッシン達にとって、このミッションは正に渡りに船だった。更に幸運だったのは仲介人から提示された僚機の中にイッシンが常々会いたいと思っていた一人のリンクスが居たことである。

 

つい最近カラードに登録されたばかりの新人リンクス。ランクこそ最下位層であり依頼件数も決して多くは無いが、引き受けたミッションはほぼ完璧に遂行されており依頼達成率は脅威の100%。次代を担う逸材としても注目されるそのリンクスの名前は――

 

 

《パートナー、フラジール単機でも敗率は殆どありません。あなたは戦わなくても構いませんよ》

 

「おーおー言ってくれるじゃねえかCUBEさんよぉ。なら遠慮なく紙装甲が折れる所を高みの見物させて貰うぜ」

 

《そうして頂いて結構です。フラジールのデータを取る状況においてリッチランド農業プラントでの単機運用は最適の環境ですので》

 

 

機械的かつ冷淡な青年の声にイッシンは心躍らせた。

 

CUBE。

 

最先端AMS技術の雄として名高いアスピナ機関に所属するリンクスであり、テスト個体でもある。

 

原作では実験用ネクストであるX-SOBRERO(ソブレロ)をベースとした乗機〝フラジール〟を駆り、その圧倒的速度による撹乱戦法を得意とした中堅リンクスであったが、この世界ではイッシンと同じルーキーという立ち位置だ。

 

そして極め付けはダン・モロ……いや転生者であるシンゴから情報提供された、()()()()もう一人の転生者だということ。もし彼がビンゴであればイッシンを含めて判明した転生者は四人となり、転生者探しも大きな一歩を踏み出せる。

 

しかし先ずは確定させる事から始めなければ意味が無い。そう思い立ったイッシンはセレンに断って通信を切り、CUBEに対してド直球の質問を投げつけた。

 

 

「なぁCUBE、転生者ってのは聞いたことあるか?」

 

《ミッションになんら関係ないことに答える義務はあるのでしょうか》

 

「いいじゃねえか別に。こういう雑談で緊張がほぐれたりするんだよ」

 

《……なるほど。東洋宗教における輪廻思想に基づいて言っているのであれば、我々は転生者であると言えるかも知れません》

 

「いやそうじゃなくてよ……」

 

《新たな力を欲しているのであれば是非アスピナ機関への来訪をオススメします。我々の研究材料は多いに越したことはありませんので》

 

「研究材料って言ってるじゃん。100%シャバに帰す気ないよなそれ。――だから、お前はこのACFAの世界に転生した人間かって聞いてんだよ」

 

《ACFA……聞き慣れない単語です。もしよろしければアスピナ機関に在籍している精神科博士とのセラピーをご紹介しましょうか》

 

「はぁ、もういい」

 

 

まさかハズレるとは。

 

イッシンはヘッドレストにドカッと頭を預けて溜息を吐く。今思えばダンもといシンゴが言っていたCUBEが転生者である根拠は、アスピナの研究員がそう言っていた程度の確証だ。本気にした俺も悪いが、どうやらガセネタだったみたいだな。

 

落胆する気持ちを隠せないイッシンは、転生者じゃないと確認出来ただけマシであると自分に言い聞かせるながら、乱暴に操作パネルを叩いてセレンとの通信を再開させる。

 

 

《話は済んだか》

 

「ああ。アスピナらしく感情の欠片も感じられねぇよ」

 

《……信用は?》

 

「五分五分だな。データを採るためなら裏切るなんて朝飯前って感じだ」

 

《なら望み通り単機で不明ネクストの相手をさせるか》

 

「それも有りか」

 

 

CUBEに対して辛辣な評価を下しているセレンとイッシンを他所に、両輸送機は着々とリッチランド農業プラントに近づきつつあった。

 

薄雲一つ無い澄み切った空の下、ミステリーサークルのような円形農場が整然と並ぶ様子は農耕技術の終着点にも見えるが、前回の襲撃と同様に所々で狼煙のような煙が立ち上っている。穀物が燃える時に出る香ばしい匂いはアンバランスな風景の一助を担って、異様さを際立たせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コックピットの中で男は退屈していた。

 

――()()のためとはいえ、下らん任務と歯応えの無い敵ばかりを相手するのは少々気が滅入る。ここの奴らもご多分に漏れず雑魚ばかりだった。図体ばかりデカいだけで中身は只の鉄屑と大差ない。これなら一人で活動していた時の方が幾分マシだ。あの頃は良かった。血湧き肉躍る戦場に身を置いてこそ――。

 

男が感慨に耽る中、それを遮るように電子音がコックピットに響く。コンソールを見ると珍しい人間から着信が入っていた。男は意外そうに鼻を鳴らすと片手で操作して応答する。

 

 

 

「どうしたメルツェル。君から通信なんて珍しいじゃないか」

 

《そちらにカラードランク18と31が向かっている。増援は必要か?》

 

「……首輪付きか、知らんな。強いのか?」

 

《31の方は未知数だが、18の方はマザーウィルを墜としたリンクスだ。下手を打てば喰われるぞ》

 

 

メルツェルの言った一言に男は眉をピクリと動かす。

 

 

 

 

――マザーウィルを墜とした()()()リンクスに?

 

――喰われる?

 

――この俺が?

 

 

 

――面白い、受けて立とう。

 

 

 

 

 

「丁度いい。AFにも飽きていたところだ」

 

 

これに呼応するように灰色の巨人のモノアイが大きく輝き、両の手に据えられたグレネードが物々しく鈍く光っていた。




近所に精肉店が開店したので行ってみたら、中々上等な商品ばかりで悩んでしまいました。ホルモン系が旨い精肉店は良い店です。


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53.割れ物VS古豪・Ⅰ

本日バレンタインですが皆さんいかがお過ごしでしょうか。本命チョコを貰えた幸福な方々には、謹んで爆発して頂くようお願い申し上げます。


《20km先に目標の反応を確認。ミーティング通り、重量の二脚タイプだ》

 

「オーライ。それじゃCUBE、先陣は任せるぜ」

 

《問題ありません。フラジール、状況を開始します》

 

 

CUBEが言い切った瞬間、ネクスト用懸架ワイヤーアタッチメントがバツンと大きな音を立てながら解放され、フラジールは直立体勢のまま産み落とされた。

 

その特徴的な機体形状に起因する空力特性により、パラシュートの如くゆっくりと降下しているフラジールはメインブースター付近に密集した無数の動翼を小刻みに稼働させる。

 

 

「外気温摂氏25、湿度52、南西からの風2.1、汚染濃度0.02。プランAによる作戦行動を採用します」

 

《プランAによる作戦行動を許可する。……現状況は君とフラジールの適応性を検証するためのものだ。必要数のボトルネックが集まり次第、戦線から離脱せよ》

 

「了解、ボトルネック集積のプライオリティをティア1に配置します」

 

 

輸送機内で待機する研究員からの通信に機械的な応答を返したCUBEは手元に配置されたコンソールを無駄なく打ち込んで瞬時に情報整理を完了させるが、仮にこの様子が(はた)から透視出来ていたのであれば奇妙なことこの上ないだろう。

 

フラジールのコックピットは空力特性を最優先に置いた結果、リンクスの可動範囲を一切考慮されておらず、成人男性が体育座りをしてやっと収まることの出来る極狭の空間と化していた。並の人間であればあまりの狭さに気が触れてしまいそうになる閉鎖空間の中、CUBEは平然とした面持ちで足元のフットペダルを踏み込んでメインブースターに完全燃焼を示す青白い炎を吐かせる。刹那、CUBEの全体液が背中に集約されてしまうと邪推するほどの超加速でフラジールは飛行を開始した。

 

通常ネクストの移動速度を遙かに上回る平均時速1500km/hを叩き出しながらCUBEは平然とした表情を崩さない。ただ粛々と、敵ネクストとの彼我の距離を縮めていった。そうして相対距離が5000を切った辺りでオペレーター役の研究員から通信が入る。

 

 

《敵ネクストの兵装構成を確認した。両腕部【GRA-TRAVERS】および両背部【GRB-TRAVERS】肩部は整波装置の【EUPHORIA】が搭載されている。典型的な高火力機体だ、注意しろ》

 

「問題ありません。その程度のネクストにフラジールは捉えられませんよ」

 

《なら試してみるか、首輪付き》

 

 

突如として通信に割り込んできた男の声が呟く。このタイミングでの挑発は間違いなく敵ネクストのリンクスからであるとCUBEは確信した。そして壮年に差し掛かろうとしている重い声質から察するに、おそらく歴然の兵士であることも。

 

 

「盗み聞きとは品が無いですね。ですが事実です。貴方ではフラジールを捉えきれません」

 

《元より捉えるつもりは無い。一発当てればこちらの勝ちだからな》

 

「でしたら一発も()()()()()()()良いだけです」

 

《ほう……!》

 

 

敵リンクスとの通信がブツリと途切れたかと思えば前方においてブースターの煌めきが二度三度と瞬き、およそ農場には似つかわしくない灰色の巨人が猛然とフラジールめがけて突き進んできた。

 

モノアイがギラギラと輝く無骨な箱形の頭部は旧式然とした印象を与える上に、その頭部が据えられているコア部はゴリラの逞しい胸筋を彷彿とさせるマッシブな造りをしている。腕部は角張ったショルダーアーマーを背負っており重量級の兵装を手にしてもビクともしない力強さを醸し出していた。脚部は旧時代的なリベットが剥き出しのまま打たれた、いかにも頑強そうである。

 

そしてその灰色の巨人が両手両背に携えるのは、グレネードとしては控えめな大きさの【GRA・GRB-TRAVERS】だ。アルブレヒト・ドライス社が今年発表したばかりのフルフレーム(完全自社製品)SOLDNER(ゼルドナー)-G8】に採用されている【GRA・GRB-TRAVERS】は、有澤重工製に代表される従来のグレネードの欠点であった重量と弾速の課題を、グレネード最大の特徴である威力を犠牲にする事なく大幅に改善。装弾数こそ少なくなったもののそれを補って余りある汎用性は巷で話題になっている。

 

 

――だが、いかに弾速が速いとはいえ所詮はグレネード。フラジールを捉えられる道理は無い。

 

 

CUBEは能面のように冷静沈着な表情を崩す事なくコンソールパネルを操作し、フラジールの両背部兵装【XCG-B050】を起動させる。バリカンヘッドを彷彿とさせる特徴的な形状の【XCG-B050】はアスピナ機関が開発した四連装チェインガンだ。スペックシートだけ見れば一発一発の威力が豆鉄砲程度しかなく、おおよそ兵器としては落第点な兵装であるが【XCG-B050】最大の真価は発射レートとPA(プライマル・アーマー)減衰性能にある。

 

わずか2秒間でも直撃を受けようものならネクストの命綱であるPA(プライマル・アーマー)(ほこり)のように消し飛び、何の庇護も無く露わになった敵の装甲を蹂躙する様子は加虐的を通り越して残忍に見えてしまう。

 

 

そんな狂気の兵装を構えたフラジールと、両手両背にグレネードを構えた大艦巨砲主義の権化である不明ネクスト。

 

 

相対距離400となろうとした瞬間、先に口火を切ったのはフラジールだった。【XCG-B050】のダブルトリガーによる乱射は一瞬で弾幕の壁を生成して不明ネクストに押し迫らせようとするが、不明ネクストは重量級とは思えぬ身のこなしでQBを噴かして回避。お返しとばかりに構えていた【GRB-TRAVERS】にグレネードを吐かせた。従来製品の約1.2倍の速度で放たれるグレネードは真っ直ぐフラジールへ向かって行くが、遅すぎると言わんばかりに最小限の動きでこれを回避する。

 

 

「投降をおすすめします。貴方では私に勝てません」

 

《安い挑発だな、リンクスとしての日が浅いと見える》

 

「ネクストの総搭乗時間は1200時間です。日が浅いという指摘は見当違いだと考えます」

 

《……いちいち癪に障る。戦場とは己の存亡を賭けた魂のぶつかり合いだ。貴様のような奴が出てきて良い場所ではない!》

 

「戦場は戦争の一場面に過ぎず、戦争は政争の一場面に過ぎません。それに憧憬を覚える心理状態は理解に苦しみます」

 

 

静と動。

 

水と油。

 

本能と理性。

 

 

全く噛み合わない会話に痺れを切らした不明ネクストのリンクスはメインブースターを噴かし、フラジールめがけて突進を仕掛けた。両手の【GRA-TRAVERS】を構えながら向かってくる様子に飽き飽きした感情を抱いたCUBEは再び【XCG-B050】を起動させ、弾幕の嵐を以て迎え撃つ。案の定、不明ネクストは回避する素振りを見せること無く【XCG-B050】の直撃を受け止め、PA(プライマル・アーマー)(ほこり)のように消し飛んだ。

 

 

《その程度で勝ったつもりか!》

 

「直線的な動き、感情的な行動理由、短絡的な状況判断……私が負ける要素が見つかりません」

 

《舐めるなぁ!》

 

 

不明ネクストはQBを発動させながら両手の【GRA-TRAVERS】でグレネードを乱射し、フラジールめがけて一直線に向かってくる。その様子は子供が駄々をこねて親に向かっていくようにも見えた。

 

もはや戦術と呼ぶ事すらおこがましい愚行。

 

更に不明ネクストは何を血迷ったか相対距離50を切った瞬間【GRA-TRAVERS】を振り上げ、ハンマーの要領でフラジールに殴りかかろうとしていたのだ。この行動を間近で見たCUBEは最早この戦場に価値は無いと判断し、早々に幕引きを図ろうとする。

 

フラジールは振り下ろされた【GRA-TRAVERS】を軽々と躱し、その勢いを利用して不明ネクストの背後に移動。コンソールパネルを操作してAA(アサルト・アーマー)を発動しようとする。一撃必殺の威力を持つAA(アサルト・アーマー)が直撃すれば、どんな重装甲のネクストだろうと(たちま)ち蒸発していまうだろう。そしてフラジールのPA(プライマル・アーマー)を形成するコジマ粒子が一気に濃縮されて不明ネクストを消し飛ばさんと、いざ発動しようとした瞬間。

 

CUBEは発動を強制解除し、フラジールに防御姿勢を取らせた。

 

なぜなら、不明ネクストの両背部に背負われた【GRB-TRAVERS】が()()()1()8()0()()()()()()()()フラジールを狙っていたからだ。

 

 

「っ!」

 

 

CUBEはQBを噴かして離脱を試みるが【GRB-TRAVERS】発射の方が数瞬速く、二発放たれたグレネードの一発がフラジールの右胴部に直撃した。幸いAA(アサルト・アーマー)発動のために濃縮していたPA(プライマル・アーマー)により機体への大きなダメージは緩和されたが、それでもコックピットへの衝撃は尋常ではなく態勢を立て直すために不明ネクストとの距離を取ることを余儀なくされた。

 

 

《ふふふ……いいぞ、お前の感情が見えるぞ! やはりデカイだけの鉄屑とは違う!》

 

 

不明ネクストはゆっくりと振り返りフラジールを見つめた。その背後では両背の【GRB-TRAVERS】がまるで蜘蛛の足の如くワキワキと蠢いている。さながら神話に登場する四本腕の巨人のようだ。

 

 

《私の名前はラスター18! そして貴様を屠るネクストの名はフェラムソリドスだ!》

 

 




という訳でラスター君登場です。

また『うっすん』さんから頂いたリクエスト【重二グレのマッシブネクスト】は魔改造を経たフェラムソリドスに頑張って貰います。え?グリーヴァス将軍?知らない子ですね。

というかリクエストを頂いてから登場させるまでに3ヶ月……ホント遅筆ですみません。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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54.割れ物VS古豪・Ⅱ

生まれて始めてドンペリロゼとアルマンドゴールドを飲みました。高いお酒ってしゅごい。


「うわっ何だあれキモチワル」

 

《背部兵装をネクストの腕部に見立てて改造したようだな。奇っ怪だが理にかなっている》

 

「四本腕って事か。だけどAMSの負荷がとんでもねぇんじゃねえか?」

 

《オートメーション化してしまえばある程度のAMS負荷は軽くなる。お前のネクストも出来なくは無いぞ?》

 

「丁重にお断りするわ」

 

 

フラジールとフェラムソリドスが会敵した戦場から約2km離れた農業地区。黄金色の小麦畑が光り輝くその場所ではJOKERのコックピットで胡座をかきながら戦況を傍観するイッシンとオペレーターのセレンは真の姿を現したフェラムソリドスに対して率直な感想を言い合っていた。

 

フラジールのリンクスであるCUBEから手出し不要を告げられた以上、下手に加勢する必要も無いと判断したイッシンは言いつけ通り傍観しているのだが、いかんせん当初予想していた雲行きとはだいぶ違ってきており内心穏やかでは無い。

 

 

(しれっと退場するランキングNo.1のラスター18が魔改造受けてるとは思わなかったな。こりゃORCA(オルカ)の連中も一筋縄じゃいかないかもな)

 

《どうする、加勢するか?》

 

 

イッシンの思案へ楔を打つように滑り込んだセレンの言葉は彼の耳朶を的確に捉えた。先々の心配より目の前の戦場に目を向けた方が優先順位は高い事に改めて気付いたイッシンはセレンに感謝しつつも、自前の暗算で状況を読み解く。

 

 

「いんや。次の隠し玉が無いとは限らないし、フラジールもまだ動ける。しばらく様子見だ」

 

《ずいぶん手厳しいな、一応僚機だぞ?》

 

「今後敵にならないとも限らないだろ。後学のためだ」

 

《オーメル寄りのアスピナがか?》

 

「警戒に越したことはないからな」

 

《……いや、お前が構わんならそれでいい》

 

 

セレンはそれ以上言葉を重ねず押し黙った。イッシンは多少の居心地の悪さを感じながらフラジールとフェラムソリドスの戦況を再び傍観する。両ネクストの実力は拮抗しているようでフェラムソリドスの初撃以降、双方とも有効打を当てるに至っていない。相性で言えば速さで勝るフラジールが優勢にも見えるが縦横無尽に動き回る背部兵装が搭載されたフェラムソリドス相手だと話が違ってくる。

 

死角となる背後を取ろうにも背部兵装が180度反転して狙ってくるし、だからといって正面から立ち向かうのは愚の骨頂である。それに加えて敵リンクスはベテラン。相手の判断ミスにつけ込んだ戦法を取ろうにも隙がない以上、実行する事は困難だ。故にフラジールはフェラムソリドスの弾薬が切れることを待つしか出来ないジリ貧の状態であった。

 

 

 

 

 

 

《さっきまでの威勢はどうした! 俺に負ける要素はないんだろう!? なら早く俺を墜としてみせろ!》

 

「戦場において焦りは禁物です。然るべきときに然るべき方法で墜としますのでご安心を」

 

《貴様ごときが俺に戦場を語るな! このカトンボ風情が!》

 

 

CUBEの淡々とした受け答えに業を煮やしたラスター18はフェラムソリドスの両手に握られた【GRA-TRAVERS】を構えさせて砲撃を開始した。対するフラジールは難なく砲撃を躱しつつOB(オーバード・ブースト)を発動。その意図に気付いたラスター18はQBを噴かして後退しつつ迎撃を開始する。しかし通常ネクストよりも遥かに速い超スピードで彼我の距離を縮めるフラジールから逃れられる道理はなく、瞬く間にフェラムソリドスの懐に潜り込まれた。

 

自身をコケにされた気がしたラスター18は、こめかみに青筋を立てながらフェラムソリドスに【GRA-TRAVERS】を振り下ろさせてフラジールを叩き潰さんとするが、フラジールは直前でQBを発動。フェラムソリドスの振り降ろしを回避して背後に回り込んだ。ガラ空きとなった背中にゼロ距離での【XCG-B050】を叩き込もうとCUBEは狙いを定めるが、それまで格納されていたフェラムソリドスの背部兵装【GRB-TRAVERS】が待っていましたと言わんばかりに起動してフラジールに砲撃を仕掛ける。先程の奇襲がマグレで無かったことを確認したCUBEは早々に離脱、再び距離をおいてフェラムソリドスの観察に努め始めた。

 

 

(アルブレヒト・ドライス社の公式データが正しければ【GRA-TRAVERS】の残弾は計4発。背部の【GRB-TRAVERS】残弾も計7発と鑑みれば、弾切れまで回避するのが定石ですね)

 

 

いかに重装甲といえど武器が無いネクストは汚染物質をばらまく鉄塊に過ぎなくなる。そうなってしまえばフェラムソリドスは『まな板の鯉』となり鹵獲も撃破も自由自在だ。CUBEは至極合理的な思考の下、安全に確実な任務遂行を果たさんと操縦桿を握り直すがオペレーター役の研究員からの通信で再考せざるを得なかった。

 

 

《CUBE、聞こえるか》

 

「はい。問題ありません」

 

《この任務は君とフラジールの適応性に関するボトルネックを把握するためのテストだ。従って極限状態でのデータも当然必要になる》

 

「はい。理解しています」

 

《ならば敵ネクストの弾切れを狙わずに撃墜しろ。重要な研究データだ、アスピナもそれを望んでいる》

 

「はい。分かりました」

 

 

CUBEの機械的な回答に満足した研究員はスピーカーの背後で聞こえる複数人の雑音と共に存在を消し去る。ブツリと通信が途切れた瞬間、CUBEは即座にコンソールパネルを操作してフラジールの機体状況とフェラムソリドスの推定現況データを照らし合わせて最適な作戦プランを練り上げ始めた。

 

 

「【XCG-B050】の総残弾は残り僅か。死角からの攻撃が無効化されている以上、腕部【XMG-A030】を主軸とした至近距離高速戦闘を仕掛けるのが最ぜ――」

 

 

刹那、CUBEの脳裏にある情景がフラッシュバックする。

 

 

夕暮れの平地。

 

異形の兵器が炎の中で沈黙している。

 

傍らには半壊したネクスト。

 

しかしそのネクストの眼は死んでいない。

 

片腕が無いにも関わらず、頭部の半分が消し飛んでいるにも関わらず、何の問題も無いとでも言うように途轍もない覇気を纏ってCUBEを見据えていた。

 

 

 

 

「哀れだな」

 

 

 

 

その言葉でCUBEは我に返った。粘度の高い脂汗が全身から吹き出し、まるで脳味噌を直接握られたような不快感と吐き気で頭がズキズキと痛む。CUBEは額を右手で押さえ込み、荒げられた息を何とか整えようと努めた。

 

 

(なんだ、今のは……)

 

《戦場で棒立ちとは良い度胸だなぁ!!》

 

「――っ!」

 

 

ラスター18の怒声と共にフェラムソリドスの両手から打ち出された【GRA-TRAVERS】の砲弾は吸い込まれるようにフラジールへ着弾して巨大な爆炎を巻き起こした。その衝撃で紙飛行機のように吹き飛んだフラジールは全身から電子ショートを起こしつつも体勢を立て直すが、今の攻撃でフラジールのAPは70%減少。主兵装である【XCG-B050】と【XMG-A030】も衝撃により使用不可となってしまった。

 

 

「……限界ですか。脆すぎますね、フラジールは。まぁボトルネックは分かりました。パートナー、後はお任せということで」

 

《えっ、ちょっはぁ!?》

 

 

離れた場所で高みの見物を決め込んでいたイッシンは突然の出来事に驚いた様子を見せるが、CUBEは構うこと無くフェラムソリドスに背を向けて撤退を開始する。OB(オーバード・ブースト)を使用したフラジールは神速の如く作戦領域を離脱して、十数秒後には砂粒程度の大きさになってしまっていた。

 

 

「冗談だろ……?」

 

《残念だが冗談ではなさそうだ。たった今フラジールのオペレーターから撤退を伝えるメッセージを受信した》

 

「おいおい勘弁しろよ。久々にラクな依頼だと思ってたのにさぁ」

 

《僚機に戦闘を丸投げするのは褒められた事じゃ無いぞ》

 

「だってよ、だれがあんな戦闘狂とやり合いたいってんだ」

 

《そうは言ってもこちらに向かってきているぞ》

 

「……げっマジかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《次は貴様だぁ!!首輪付きぃ!!》

 

 

 




という訳でCUBE君はエスケープ。

来週はフェラムソリドスのアセンブルを紹介する予定です。――そこ、サボりとか言わない。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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機体紹介(フェラムソリドス編)

名称:フェラムソリドス(ver.凡猫)

 

 

【外装】

 

 

頭部:GAN01-SS-H(GA)

 

コア部:GAN02-NSS-C(GA)

 

腕部:GAN02-NSS-A(GA)

 

脚部:SOLDNER-G8L(アルブレヒト・ドライス)

 

 

【武装】

 

 

右腕部兵装:GRA-TRAVERS(アルブレヒト・ドライス)

 

左腕部兵装:GRA-TRAVERS(アルブレヒト・ドライス)

 

右背部兵装:GRB-TRAVERS(アルブレヒト・ドライス)

 

左背部兵装:GRB-TRAVERS(アルブレヒト・ドライス)

 

肩部兵装:EUPHORIA(アクアビット)

 

 

【内装】

 

 

FCS:INBLUE(アクアビット)

 

ジェネレーター:GAN02-NSS-G(クーガー)

 

メインブースター:GAN01-SS-S.CG(クーガー)

 

バックブースター:GAN02-NSS-B.CG(クーガー)

 

サイドブースター:GAN01-SS-S.CG(クーガー)

 

オーバードブースター:GAP-AO.CG(クーガー)

 

 

《解説》

 

 

まず最初に、筆者自身が本家フェラムソリドスを乗った個人的な感想なんですが……率直な感想を言うと「弱過ぎる」んです。

 

それはもう圧倒的に。

 

ホントにORKAなんですか?OROKAの間違いでは無いですか?と問い質したくなるレベル。

 

確かに総火力自体は非常に高く、通常GAミサイル・有澤グレネード・GAバズーカ・アクアビットプラズマライフルと、実弾を主軸とした兵装がバランス良く搭載されています。重量機だけあって実弾防御も高いですし、肩部のPA整波装置によって一層の固さも手に入れた良機体です。スペック上は。

 

蓋を開けてみるとまぁ酷い。

 

まず近中距離から放った弾が当たらない。これはGA腕の運動性能が悪いのもあるのですが、一番の理由は弾速です。レギュ1.00において両腕部ともに弾速650を下回るってどういうことですか。距離300程度なら目視してから回避できるレベルの弾速ですよ。それにGA腕の運動性能の悪さが上手く噛み合わさって、移動しながら撃とうものなら間違いなく明後日の方向に突き進んでいきます。おまけにプラズマライフルとGA腕の相性も抜群に悪いので威力は半分程度まで下がる始末です。

 

なら背部兵装はどうかというと、こちらも負けず劣らず酷い。

 

フェラムソリドスに採用されている有澤グレはAC4にてオープニングムービーを飾った実績もあり『グレネードとはかく在るべき』を体現したような兵装です。そんな良い兵装を使おうとすると、ある弊害が生まれます。

 

硬直です。

 

このフェラムソリドス、空中でグレネードを使用すると硬直してしまうんです。『そんなの仕方ないだろ。地上に張り付いて頑張れよ』と思ったリンクス諸兄、それが出来れば苦労しません。

 

先程も言った通り両腕部の命中率が絶望的(ホワイトグリント相手だとまず当たりません)ですし通常ミサイルも火力が見込める兵装ではありません。そんな中地上に張り付いているだけとなれば、もれなく動く的の完成です。それを回避するため空中戦に持ち込む際に、つい勢いでぶっ放してしまって硬直してしまうんですね。残念です。

 

 

 

 

 

……ここまで酷評しておいてアレですが、フェラムソリドスの弱さと原作での不遇さを再確認して逆に愛おしさすら感じるレベルの洗脳を受けてしまった私はどうにかして彼を救済したいという気持ちが昂ぶり、当小説に登場させる程度には愛が深まっているので誤解なきようお願いします。

 

愛ゆえの酷評です。ムチです。ビンタです。夕日に向かって走るタイプのヤツです。

 

 

 

 

 

 

話を戻します。

 

じゃあ、この困ったちゃんをどうやって一人前のネクストに仕立ててやろうかと思案したとき、私の脳内には2パターンが浮かびました。

 

まず一つ目は全体的なグレードアップ。幸いフェラムソリドスが搭載している兵装は全て上位互換が存在しており、それに()()えることにしてみました。この案は原作の個性を一切殺さずに強くなる一番手っ取り早い方法だったので早速試してみます。GAバズをGA強バズに、通常ミサイルをハイアクトに、アクアビット製をトーラス製に、有澤をアルゼブラグレネードに。

 

結果は……うーん、この程度か。という感想。

 

まぁ原作の個性を殺さないって事は、原作の弱さも継承する事になるので仕方がないと言えば仕方がないのですが。

 

もう一つは『イチから兵装を考える』です。原作版が弱過ぎる故に出て来たパターンですが、正直あまり採用したくはありませんでした。理由としてはフェラムソリドスの個性を全て殺しかねませんし、何より筆者のアセンブリが読者の皆様に受け入れて貰えるか心配でもありました。

 

 

なにか良い案はないか、何か良い案は……

 

 

 

 

 

 

【重二にグレ積んだマッシヴネクストとか見ていたいですね】(感想欄より抜粋)

 

 

 

 

 

 

これだ………!!!これしかない………!!!

 

そこからはトントン拍子で進んでいきました。

 

グレネードをメインとするならサブウェポンはレーザーライフルだな。フェラムソリドスのプラズマライフルの代用ってことで話がまとまりやすいし。ならもう一つはハンドミサイルを……

 

 

 

――汝はそれでいいのか?

 

ん、誰ですか?せっかく気持ち良くアセンブリしている最中に。

 

――もう一度問う。汝はそれでいいのか?

 

あ、貴方は!?

 

――我は汝の中に存在するガチタングレの化身なり。読者は重二グレを欲しているのだ。それ即ちグレオンリー機体なり。にも関わらず何故グレオンリー機体を作らないのだ。

 

え。だって原作の良い部分を生かしつつ改良するのが当企画の醍醐味なんでs甘いわぁ!!(豪速鉄拳)

 

あべしぃ!?

 

――そもそもフェラムソリドスに良い点などあるか!せいぜい実弾防御が及第点ぐらいだろ!だったら大人しくグレオンリー機体を作り出せ!

 

いやでも……

 

――でももへったくれも無いわぁ!!(神速脚撃)

 

ひでぶぅ!?

 

――決めろ。ここで死ぬか、グレオンリー機体を作るか。

 

作ります(即答)

 

 

 

 

というような精神内やり取りを経て弾速・威力・装弾数のバランスが良いGRA、B-TRAVERSを搭載するに至りました。自分の心の声に従ったからね、しようがないね。

 

FCSはグレネードを極力当てるために近距離戦闘を意識したINBLUEを搭載しています。至近距離でグレネードぶち当てるとかイカれてやがる(狂気)

 

外装やらブースターやらジェネレーターやらは……まぁ、どう弄っても残念なことに変わりは無いので敢えて原作そのままです。悪しからず。

 

 

 

 

 

そんなこんなで出来上がったのが、このフェラムソリドス(ver.凡猫)君です。なんか色々と捨て去った気がしなくもないですが別に気にしません。

 

鈍亀更新ですが今後とも見捨てずにお付き合い頂けると非常に嬉しいです。

 

よろしくお願い致します。

 




PS.私事で大変申し訳ございませんが、三月いっぱいの更新はお休みさせて頂きます。年度末の仕事量があまりにも殺人的過ぎるので当小説を書いてる暇がないんです(号泣)

仕事が落ち着き次第更新を再開いたしますのでそれまでの間、記憶のごく片隅に『こんな二次あったな』程度でもおいて頂けると大変嬉しいです。

しばしのお別れですが、またお会いましょう。


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55.古豪と猫は化かされる

皆様お待たせしました。
お待たせし過ぎたかも知れません。

今週より《凡人は気まぐれで山猫になる》の連載を再開致します。


黄金に輝く小麦畑に細く薄い轍が刻まれる。しかし、それは太く厚い轍によって上書きされ跡形も無く消え去った。上書きされた際の摩擦熱によって生じた小麦の香ばしい薫りが辺りに立ち込めるが、次の瞬間には鼻につく焦げ臭さに変貌し、遂には灰の焼けた匂いに変わりきる。

 

 

《逃げてばかりでこのラスター18に勝てるつもりか!》

 

「うっせぇ! 三十六計逃げるに如かずって昔の偉い人も言ってんだろ!」

 

 

イッシンはJOKERを巧みに操って身体ごと振り返るとBB(バック・ブースト)を発動。JOKERは一切の速度を落とすこと無く後方へ向き直り、迫り来るフェラムソリドスへ【AR-O700】と【04-MARVE】を突き付けて弾幕の雨嵐を形成した。しかしフェラムソリドスのコアは某『後出しの名手』とおなじ【GAN02-NSS-C】であるため、その時よろしく厚い胸部装甲にカカンッと浅い弾痕を残すに留まってしまう。

 

対するラスター18は先刻までのCUBEとの戦闘時と打って変わって無闇矢鱈に【GRA-TRAVERS】と【GRB-TRAVERS】を乱射することを止め、至近距離での迎撃を主軸としたカウンター戦法もシフトしていた。

 

CUBE戦での苛立ちにより、不覚にも残弾僅かとなってしまう失態を犯したラスター18は己を呪いながらも、自由に攻撃出来ないフラストレーションで更に苛立ちを募らせてしまう悪循環に陥り、操縦にも少なくない影響が出始める。

 

 

《戦士なら正々堂々と立ち向かってこい、戦場とは常にそうあるべきなのだ!》

 

「殺し合いに正々堂々もクソもあるかよ! 勝った方が生き残るだけだろ!」

 

《!!……戦場において何たる侮辱! ならば貴様の望み通り殺してやる!》

 

 

自身が崇拝する戦場の在り方を真っ向から否定されたラスター18は、修羅の形相で顔を真っ赤にして憤激する。彼はそれまで徹していたカウンター戦法をかなぐり捨て、フェラムソリドスが構える【GRA-TRAVERS】と【GRB-TRAVERS】の砲口をJOKERに突きつけ一斉砲撃を敢行した。

 

着弾による爆発範囲こそ有澤重工製グレネードに劣るが、威力に関して言えば遜色ないレベルの砲弾を打ち出す【GRA-TRAVERS】と【GRB-TRAVERS】は間違いなく一線級の脅威である。しかし惜しむらしくは、この脅威達が近距離高速戦闘に特化したJOKERを捉えられるだけの弾速を持ち合わせていなかったことであった。

 

一発一発がノーマルを木端微塵にできる死の種を、JOKER駆るイッシンは輪舞曲(ロンド)を軽やかに踏むが如く空中でヒラリヒラリを躱し切った。見ればフェラムソリドスの両手から【GRA-TRAVERS】が乱雑に放られ、幾分軽い音を響かせながら薄い砂煙を巻き上げている。

 

 

「おいおい、弾数管理もロクに出来ないで良く今まで生き残れたな?」

 

《これ以上長引かせるのも面倒だ。イッシン、ケリをつけるぞ》

 

「イエス、マム!!」

 

 

イッシンは勢いよくフットペダルを踏み抜いてQBを発動。ソニックブームが発生するほどの超加速を以て一気に彼我の距離を縮めると、背部兵装である【MP-O901】および【TRESOR】を起動させフェラムソリドスに照準を合わせる。

 

敵は弾切れ。

 

動きは鈍重。

 

防御は鉄壁。

 

 

「だったらゼロ距離で仕留めるだけだろ!」

 

 

イッシンの掛け声と共に【MP-O901】から射出されたミサイルは空高く打ち上がると、猛禽類のような滑空でフェラムソリドスに襲いかかる。

 

【MP-O901】はPMミサイルに分類される兵器だ。威力は平均的なミサイル兵器程度しか持ち合わせていないが【MP-O901】の真価はその回避難度にあった。

 

通常のミサイル兵器は搭載されているネクストが向いている直線方向にしか発射することが出来ない。垂直型のミサイル兵器も同様だ。しかし【MP-O901】は発射口を敢えて斜めにする事で三次元的なカーブを描きながら目標へ飛来する特殊形式を採用している。そのため【MP-O901】の軌道を見慣れていないリンクスであれば間違いなく後手に回らざるを得ない。それはラスター18も例外では無かった。

 

 

《小賢しいマネを!》

 

 

舌打ちを噛み潰しながらラスター18は背部兵装である【GRB-TRAVERS】を展開し、独特な軌道を描いて迫ってくる三発のミサイル群を迎撃する。残弾数が残り僅かであるためグレネードの無駄撃ちは許されない状況だが、フラストレーションが溜まりに溜まっているラスター18にそれを判断出来る思考容量は残っておらず、本能の赴くままにトリガーを引く。

 

 

《私は! 猛る戦場に生き! 大戦争で死ぬ為にここに居る! こんな小競り合いで死ぬ訳にはいかんのだぁ!》

 

 

放たれた砲弾は見事にミサイル群に命中し、空中に爆炎の大輪を形成する。鮮やかな紅蓮が目の前を埋め尽くした瞬間のラスター18はどうだと言わんばかりの満足げな表情であったが、その紅蓮が物悲しい黒煤色に変わっていく様を見て、再び己を呪う。

 

この状況ではJOKERの動きが爆煙に包まれて全く視認できないのだ。

 

 

《謀ったか!だがこの程度で私を倒せると――》

 

「黙って死んどけ!イカレ野郎!」

 

 

イッシンの言葉と同時に、QBによって加速したJOKERが爆煙を穿ちつつ吶喊(とっかん)してきた。その右腕は【AR-O700】を槍のように構えてフェラムソリドスを貫かんとしている。

 

 

絶体絶命。

 

だからこそラスター18は昂ぶり、吼える。

 

 

《――思うなぁ!!》

 

 

フェラムソリドスの両腕部からバシュンと何かが飛び出し、両手に握られた。工業用コンベックスに近い形状のそれらはバチバチと放電現象を起こしており、先端には申し訳程度の発射口が付いている。

 

アクアビット製格納型プラズマライフル【SOLO】

 

尋常ではないEN消費を引き換えに凄まじい威力と近接適性を得た【SOLO】を握りしめたフェラムソリドスは真っ直ぐJOKERを見据える。その吶喊する姿に若干の乱れが現れ、リンクスの驚愕している顔をラスター18は幻視した。少ない経験で敵を過小評価し、突発的な事態に対応する事も出来ない愚か者を。

 

 

《未熟者が。お前は熟練となる機会を永遠に失ったのだ……》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《それは此方の台詞です》

 

 

 

《!!!???》

 

 

フェラムソリドスは背後から突如出現した暗い影に包まれ、腹立たしい程に無機質な声がラスター18の乗るコックピットに木霊する。瞬間的に全身から脂汗が吹き出すのを知覚したラスター18はフェラムソリドスを振り向かせた。

 

全てがスローモーションに感じる一連の動作の終着点に待っていたのは、紫色の光を灯した異形のネクストがこちらを睨んでいる様子だった。

 

 

――馬鹿な。

 

――何故だ。

 

――()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《カトンボがぁあ!!》

 

 

《言ったでしょう。然るべきときに、然るべき方法で墜としますと》

 

 

()()()()()()()()異形のネクスト――フラジール――のリンクスであるCUBEはそこまで言うと、フラジールの両手に握られているマシンガン【XMG-A030】をフェラムソリドスの頭部ジョイント部に差し込み、トリガーを引く。もはや背部兵装【GRB-TRAVERS】の急旋回は間に合わず、フェラムソリドスはただただ為されるがままであるしかなかった。

 

如何に重装甲で固められたネクストでも可動性を重視するジョイント部分は構造上必ず脆くなり、それは有澤重工製ネクスト『雷電』も例外ではない。そんな全ネクストのウィークポイントである箇所に連射性能の高い【XMG-A030】が撃ち込まれるとどうなるかは想像に難くないだろう。

 

ものの数秒でフェラムソリドスの内部機関はズタズタに蹂躙され、コックピットはラスター18の憤怒を体現したような鮮血の噴水で真っ赤に染まり始める。

 

瞬時に、しかし確実に己が死に向かう感覚の中、ラスター18は歯を食いしばり嘆く。

 

 

無念。

忸怩。

後悔。

 

 

全てを込めて。

 

「雌伏のうちに果てるとは……。これも戦場(いくさば)を甘く見た報いか」

 

そしてラスター18は諦観と猛りが入り混じる感情を胸に、突然重くなった目をゆっくりと閉じた。




裏話的なものとして。

いやぁ~大部分の方々が「あ、こいつ失踪したな」って思ったことでしょう。正直それもアリだなと考えたんですけど、本作品が休載してから一ヶ月間。

だ~れもハーメルンでACfaメインの二次小説書いてないんですよ。既存作品でも書き直した形跡すら無いってどういう事ですか。少し前までちょこちょこ出て来てたじゃないですか、某レイヴンの話とかローゼン三人衆の話とか。結構好きだったんですよ私。

……コホン。そんなこんなで稚拙な文才しか持たない私ですが、流石にこれは失踪する訳には行かない!と気合いを入れ直して何とか書き上げた次第です。表現力や言葉回しが一ヶ月前と比べて随分鈍っているかも知れませんが、その辺りは大目にみて頂けると幸いです。

改めまして、今後とも末永くお付き合い頂ければと思います。


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56.破滅と利己の自己同一性

買い換えたばかりの電子レンジが初期不良で壊れました。新調した家具に限って壊れるよね。


「何で居んだよ」

 

《? 質問の意図が分かりませんね》

 

「だからよ。さっきボコされて撤退したよな? 何でそんな真新しいフラジールに乗ってんだよ」

 

《確かに私は撤退しました。そして輸送機に回収されたあと、輸送機に搭載されていたスペアパーツで予備のフラジールを組んで再出撃しただけです。輸送機に搭載する都合上、ジェネレーターはコジマ粒子発生装置をオミットした劣化版ですが強襲には十分でしょう》

 

「――有りかよ、そんなん」

 

《フラジールは実験機ですので予備パーツを常備しておくのは当然では?》

 

 

両膝をついて鉄塊と化したフェラムソリドスの目の前で、曇り一つ無い真新しいフラジールと所々煤けたJOKERが対面で立つ。あまりにも対照的な二機は、そのまま両リンクスの相違を見事に現しているようにも見えた。いや、あまりにも違いすぎる。

 

イッシンは何故か胸中で巻き起こった腹立たしさを堪えてその場を後にしようとするが、不意に全身を駆け巡った閃きに動きを止める。閃きはブロックの如く瞬時に積み上がり、ある結論を導き出す。

 

なんの脈絡も無い解答。

しかし、こうとしか考えられない。

 

 

《どうかされましたか?》

 

「……気に入らねぇな」

 

《何か問題でも?》

 

「一切何も問題はないさ。それが気に入らねぇ」

 

《禅問答でしょうか。貴方の思想の偏重は状況開始前に理解していましたが、お付き合いするつもりはありません》

 

「違ぇよ、準備が良すぎるって言ってんだ。確かに予備パーツを搭載しておくってのは俺も理解できる。()()()()()()()以外はな」

 

《………》

 

「ジェネレーターの損傷は撃破に直結するし、交換が必要なほどなら尚更だ。言っちまえば無駄なんだよ。んで、お前等アスピナがそんな無駄をする訳がねぇ」

 

《おいイッシン、まさか――》

 

「そのまさかだよ、セレン。……CUBE、()()C()U()B()E()()()()()()()

 

 

イッシンの問いにより、一層の沈黙が会話の波を包み込んだ。CUBEがCUBEではない。それこそ禅問答に聞こえ、それに対する冷静で鋭い返答が先程と同様にCUBEの口から発せられる筈であったが、その気配は一向に現れない。

 

長い沈黙。破ったのはCUBEのオペレーター役である研究員だった。

 

 

《失礼、あまりに突拍子が無いので言葉を失ってしまった。CUBEがCUBEではない? 馬鹿も休み休み言って欲しいな。現にCUBEは君達の目の前でフラジールを操縦しているじゃないか》

 

「へぇ? なら予備のジェネレーターが輸送機に搭載されていた理由を教えてくれよ」

 

《実験中に何らかの不具合が生じた際に取り替えるためのスペアパーツだ。あくまで戦闘中に取り替える想定はしていないし、それ以上でもそれ以下でもない》

 

「おいおい研究のし過ぎでイッちまったか?戦場のせの字も知らない頭でっかちのヒョロガリニートが戦場に出るなんてアスピナも堕ちたもんだな。この調子じゃCUBEもそこらの低級リンクスと大差ねぇんじゃねえか?」

 

《馬鹿にするな! 我々の崇高な理念の元に生み出されたCUBEは貴様ら野蛮人とは違う! 彼は死すらも経験とする最高のリンクスっ……っ!》

 

 

そこまで言って研究員はサーっと青ざめて口をつむぐが、時すでに遅し。イッシンは意地悪い笑みを浮かべて高笑いする。

 

 

「そこまで教えてくれれば十分だ。ありがとよ、エリートさん♪」

 

《き、貴様……》

 

「セレン、帰還していいか? 聞きたいことはあらかた聞けたしな」

 

《お前というヤツは……分かった、帰還しろ》

 

「それじゃおいとま――」

 

《パートナー》

 

 

突然の機械的な呼びかけに動きを止めたイッシンは、声の主であるCUBEの乗るフラジールへJOKERを向け直す。フラジールは先程と変わらず真新しい漆黒の装甲を光らせているが、その頭部に宿る紫色の灯火はまるで陽炎のように揺らめいているように感じる。

 

 

「悪いなCUBE、苦情ならカラードを通して言ってくれよ」

 

《苦情ではありません、純粋な質問です。貴方は何のためにリンクスになったのですか》

 

「なんだよ、薮から棒に」

 

《私は私自身の意思で過去の記憶を消し、CUBEとなることを選んだと聞いています。そして今、私はフラジールのリンクスとして戦場に立っています》

 

「………」

 

《貴方が私をCUBEでないと決めつける事は構いませんが、私は私の意思でCUBEとして生きています。もしそれも、私の意思すらも否定するのであれば――》

 

 

 

《私の全身全霊を以て、貴方を抹殺します》

 

 

 

刹那、フラジールから放たれた圧倒的な殺気に総毛立ったイッシンは思わずJOKERに臨戦体勢を取らせる。オールドキングにすら見せなかった余裕ナシ、手加減ナシの開幕本気モードで構えるイッシンに対してフラジールは無気力にただ佇んでいるだけであった。

 

この場面だけ切り取れば何を大袈裟に、とからかうリンクスもいるかも知れない。しかしイッシンの目にはフラジールの周囲が歪み震え、濃密な死の香りを発しているように見えていた。恐らくそれはイッシンにしか見えない特殊な情景であるが、それでも彼に臨戦態勢を取らせるには十分な理由だろう。

 

――オールドキングよりヤバいとか危ないとか、そういう次元じゃない。コイツとは()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

――でも、ここで我を通さないのは性に合わない。

 

いやに冷えた脂汗が滲み出る感覚は今まで感じたことが無いほどに不快であったが、それでも押し通すとイッシンは覚悟を決めた。彼の脳内には生命の危機を伝える警告音がけたたましく鳴り響く。余計な事を言うなと本能が胸ぐらに掴み掛かっているが、もはや関係ない。

 

これから先は、馬鹿な男の下らない意地の話だ。

 

 

「別にお前を否定するつもりはねぇよ。自分で選んだ道なんだ、好きにやればいいさ」

 

《……なるほど》

 

「ただな。実験の為だけに生きてる予備(ストック)野郎に説教されるほど俺は落ちぶれたつもりはねぇ」

 

《―――!》

 

「俺は最初なあなあでリンクスになった。目標なんてロクに決めてなかったし、お前からすればとんでもない話だろうさ。……でも、色んな奴と会う度に目標がどんどん形作られていってよ。今じゃセレンのためにリンクスをやってるて胸張って言えるんだ」

 

「だからよ、もしお前が俺を抹殺しようってんなら……」

 

 

 

《俺の全存在を賭けて、死んでも死なねぇぜ》

 

 

 

無論、こんな大見得を張ったからには戦闘も止む無しと腹は括っているし、その際の勝算が全く無い訳では無い。完全特化型のフラジールの方が速いとはいえ、JOKERも近距離高速戦闘を想定して作られたネクストだ。意地でも食らいついて射撃戦に持ち込めば、幾らか装甲の厚いこちらが有利に事を運べるのは明白である。

 

――唯一問題があるとすれば、CUBEは今の殺気をフェラムソリドスには当てていなかった。すなわち()()()()()()()()()()()()()。嫌な不確定要素だがワガママは言ってられない。手持ちのカードでやれることをやるだけだ。

 

イッシンが啖呵を切って十数秒。焼け焦げた小麦畑に重苦しい空気が立ち込める中、CUBEは口を開く。鬼が出るか蛇が出るか。これからCUBEより発せられる一言一句に対して皆一様に緊張が走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《分かりました。では今後ともよろしくお願いします、パートナー》

 

「………………………………へ?」

 

《私を否定するつもりがない事は一連の発言で理解しました。貴方に矜持があるのであれば、それを壊す蓋然性は私に無いと判断したまでです》

 

 

そう言ってCUBEはフラジールのメインブースターを噴かして空高く上昇していく。先程までの殺意は忽然として消え去り、まるで何も無かったように無機質で冷たい雰囲気を纏い直していた。

 

 

《いずれまたお会いしましょう、パートナー》

 

 

直後、フラジールの背面からコジマ粒子を伴った青白い爆炎を発生させてOBを発動。ものの数秒でフラジールは米粒程度の遠影に変化して遠ざかっていく。イッシンはその様子を理解できず、ただ呆然と見つめるしか無かった。

 

 

「なんだったんだ………いまの」

 

《………とりあえず帰るか?》

 

「………そうする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラード記録ファイル(整理番号:OST-202)

 

 

依頼主:オーメル・サイエンス社

 

依頼内容:不明ネクスト撃破

 

結果:成功

 

報酬:600000c

 

備考:不明ネクストに搭乗していたリンクスは失血により死亡。遺体はオーメル・サイエンス社主導によりアスピナ機関にて回収。精密検査後、カラードに引き渡される予定。




いかがでしたでしょうか。

CUBEの身勝手さには脱帽しますね。仄かな傲慢さも匂いますし、一体誰に似たんでしょうか?

励みになるので、感想・評価・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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57.【幕間】とある二人の災難休暇(バカンス)・上

30000UAありがとうございます。
よもやよもやです。鬼滅見たこと無いけど。
という事で今回はスピンオフ回。


旧合衆国 ハワイ諸島

 

雲一つ無い澄み渡った空。エメラルドグリーンに輝く海。燦々と照らす太陽。純白の砂が敷き詰められたビーチ。

 

まさにこの世の理想郷(ユートピア)。その理想郷の傍らに設営されているログハウス風の小屋には、豊満な体を緑色のビキニに包んだ一人の女性が項垂れており、隣にはアロハシャツと半ズボンを着た軽薄そうな男性が気怠げにブルー・ハワイを縞模様のストローで飲んでいた。それもパイナップルが淵に刺さり、小さなビーチパラソルが浮かんでいるイイやつである。

 

 

「……暑い」

 

「24回目」

 

「あ゛?」

 

「ここに来てから【暑い】と言った回数だ。いい加減慣れろよ」

 

「無理。暑いもんは暑い」

 

「……はぁ。こんなのを天使と崇め奉る野郎どもの気が知れないな」

 

「勝手に言ってれば? 私がアイドルである事に変わりは無いし」

 

「落ち目の、だけどな」

 

「うっさい」

 

 

緑ビキニの女性――メイ・グリンフィールド――は清廉な顔つきとは正反対の粗雑な言葉遣いで隣に腰を据える男を貶めた。対して男性――ジョージ・オニール――は溜息を吐いてもう一度ブルー・ハワイを咥える。

 

一部の愛好家に熱烈な支持を受けるカラード公認雑誌〝週間ACマニア〟のグラビアにて絶大な人気を()()()()()メイはこの一、二週間の内に苦境に立たされつつあった。

 

事の発端は二週間前に発売された週間ACマニアにおいて、同GAグループのBFF所属である〝ランク2〟リリウム・ウォルコットのグラビアが掲載された事に始まる。どこの誰がどんな手練手管を使ったのか皆目見当がつかないが、〝陰謀家〟王小龍を説き伏せてリリウム・ウォルコットのグラビア撮影を許可させた手腕は見事と言うほか無かった。

 

リリウム嬢の白魚のような透き通った肌、今後の展望を大いに期待させる成長途中の身体、齢相応の羞恥に顔を赤らめたあどけない表情。こんな逸材の登場に愛好家(へんたい)共が黙っている筈が無く、リリウム嬢掲載の報は毛細現象の如く一瞬でSNS上に拡散された。

 

 

《リリウム嬢しか勝たん。異論は認めぬ》

 

《新しいアイドル……惹かれるな》

 

《リリウムたんカワユス!!拙者のOIGAMIが火を噴きますぞ!!》

 

《その粗末なGAN01-SS-WH.E早くしまえよ》

 

 

その後もリリウム人気は留まることを知らず、遂には〝週間ACマニア〟の絶対的女神であったメイのファンを僅か三日で70%ほど寝返らせ、その日のネット内人気投票ではぶっちぎりの一位を獲得する驚異的な伸びを見せた。

 

当然、自ら築き上げた王国を一瞬で瓦解させられたメイ・グリンフィールドは激怒。彼女は専属マネージャーの胸ぐらを掴み、血走った目で半ば恐喝紛いの交渉を持ち掛け、ハワイ諸島でのグラビア撮影を無理矢理セッティングして今に至る。

 

 

「で? なんで俺もいるんだよ」

 

「仕方ないでしょ。ここ最近ハワイ諸島で所属不明ノーマルによる襲撃が相次いでるって話があって、万が一に備えてネクストとオペレーターを連れてけって上層部がウルサいんだもん」

 

「いやネクストはともかく、お前のオペレーターはエルカーノさんだろ」

 

「エルカーノさんは両親のお見舞いでクレイドルに滞在中。他のオペレーターも空いてなかったし、どうしようかなぁって考えてたらアンタを思い出したってわけ」

 

「あのな、ダンもお前も勘違いしてるが俺はあくまで仲介人だぞ。オペレーターは仕方なくやってるだけだからな?」

 

「その割には評判いいみたいね。誘っていいか上層部に相談したら『彼なら適任だ。ダンの戦績も以前より良くなっているし、何より仲介人兼オペレーターだ』とかなんとか」

 

「……上にとっちゃメイと俺は(てい)の良い当て馬ってところか」

 

「私は別にいいわよ。代わりにホテル代とか買い物代とか、全部経費で落としていいって言質はとってるし♪」

 

「俺のは?」

 

「え?あるわけ無いじゃない。ジョージはそこら辺の民宿で十分でしょ?」

 

「……はぁ、また貧乏クジかよ」

 

――メイさ~ん。スタンバイお願いしま~す!

 

 

ジョージがガックリと肩を落としていると、遠くの砂浜から撮影スタッフらしき男性が手を振りながらこちらに向かって叫んできた。その奥では数十人のスタッフがレフ板やら休憩用の椅子の設営やら世話しなく動いている。

 

 

「は~い! 今行きま~す!」

 

「アイドルは大変ですなぁ。好きでもない男にビキニ見せつけて、あまつさえ全世界に発信されるってんだから」

 

「もうちょっと上品に言ってくれない? アンタのお腹みたいに(たる)んだ嫌味なんて言い返す気も起きないの」

 

「おいこれでも腹筋はそこそこ割れてる……って行っちまった」

 

 

ログハウス風の小屋から飛び出したメイは豊満な身体を惜しげも無く揺らしながらスタッフの元に駆けていった。つい先程までの不貞腐(ふてくさ)れた表情が噓のように可憐で溌剌な顔で走り()く様子は、まさに『アイドル』と言って差し支えないだろう。あまりの転身にジョージは半分呆れながらブルーハワイに口を近付ける。

 

 

「……確かにあれだけ見りゃ、天使と崇め奉るな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~~~♡ ここの料理最っ高!!」

 

「お褒め頂き光栄です。こちらは蒸してグリルしたオマール海老をアメリケーヌソースと絡めた一品ですので、白ワインとのペアリングはいかがでしょうか?」

 

「勿論頂きます!」

 

 

日も落ちた夕方、メイは滞在先の三つ星オーベルジュにてコンシェルジュ付の豪勢なフルコースを愉しんでいた。今日のグラビア撮影が終わるなり、メイはスタッフの目にも止まらぬ速さで身支度を整えて早々に自身の部屋へチェックイン。そしてこの日のために用意してきたドレスに着替える。

 

ドレスはエメラルドグリーンを基調としたベーシックな作りだが太股まで入った深いスリットが非常に扇情的であり、メイの魅力的な身体と相まって周囲のテーブルに座る異性の目を我が物にしていた。

 

――誰だよあの美人は。

 

――知らねぇのか?リンクスのメイ・グリンフィールドだよ。

 

――『天が二物を与えた女』か、まさか実在するとはな。

 

(フフフッいいわよいいわよ。もっと私に釘付けになりなさい)

 

「にやけが隠しきれてないぞ、メイ」

 

「はにゃ!?……ってジョージ?」

 

 

死角から突然核心をつかれると想定していなかったので思わず変な声を出してしまったメイが声の方向を見ると、そこにはブラックタイとタキシードに身を包んだジョージの姿があった。

 

昼間の怠惰な格好が噓のように背筋の伸びたジョージは髭を剃りつつ髪をオールバックに撫でつけており、筋肉質で頑強そうな体型と左腕にはめられた旧スイス製ドレスウォッチの相乗効果で、某英国諜報員を彷彿とさせる出で立ちである。

 

 

「どうだ? 悪くないだろ」

 

「悪くはないけど……なんで居るのよ」

 

「上に直談判して、俺もここに泊まれるよう手配したんだ。『リンクスとオペレーターは一心同体。万一に備えて同じ場所に宿泊した方が賢明ですよ』ってな」

 

「はぁ。そういう所だけはちゃっかりしてるんだから」

 

「俺もここの料理は食べたかったんだ。席、いいか?」

 

「どうぞご自由に」

 

「ありがとう。……失礼、彼女と同じコースを。あと食前酒にシャンパーニュをグラスで」

 

「銘柄はいかがしましょう?」

 

「センチュリオンのノンエイジを」

 

「かしこまりました」

 

 

少しして食前酒が運ばれてくるとジョージとメイは軽くグラスを掲げて乾杯した。以降、次々と出てくる逸品に舌鼓を打ちながら二人は他愛も無い会話を楽しむ。

 

 

「ずいぶん場慣れしてるのね。もっと粗雑かと思ったけど」

 

「これでも仲介人だからな。GAのお偉いさんと会食するのにマナーは大事だろ?」

 

「そうやって首の皮一枚で雇われ続けるのって嫌にならない?」

 

「全く。――そういえば、最近ずいぶんと熱心なファンが出来たらしいじゃないか」

 

「え? あぁ、キドウ・イッシンのこと?」

 

「次代のエース候補に目を掛けられるなんて、お前さん持ってるよな」

 

「ファンというか、只のナンパ野郎よ。レイさんの店で会う度に使い古されたクサイ台詞で口説いてくるんだもの」

 

「そいつは災難だったな。既にお前の気持ちはダンに一直線だって言っといてやろうか?」

 

「ジョージ!?」

 

「そんなに怒るなよ。折角の美人が台無しだぞ?」

 

 

こうしてハワイ諸島での束の間の休息である、二人の楽しい夜は深まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧合衆国 ハワイ諸島 とある無人島

 

 

「――全機に通達、明日の12:00に作戦を開始する。それまでコックピットで待機だ」

 

《了解。……隊長、報告したいことが》

 

「何だ」

 

《はっ。現在、当該地にはメイ・グリンフィールドが滞在中との連絡が入っています》

 

「ほぉ。〝スマイリー〟がか」

 

《どうしますか》

 

「作戦に変更は無い。我々は任務を遂行するだけだ」

 

 

 




いかがでしたでしょうか?
メイさんの性格は『いい女には裏がある』って事でご容赦頂ければと。はてさて、次回はどうなる事やら。

励みになるので、評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願い致します。


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58.【幕間】とある二人の災難休暇(バカンス)・中

人生初のツーブロックにしました。
側頭部のショリショリ感がたまりませんね。


「いいよぉ~~!メイちゃんいいよぉ!もっと頂戴もっと頂戴!あっいいねぇ!その角度いいよぉ!」パシャパシャ

 

「もぉカメラさんったらエッチ~~♡」

 

「その笑顔もっと頂戴!もっと頂戴!リリウムちゃんの何百倍もカワイイよぉ!」パシャパシャ

 

「……何やってんだか」

 

 

白亜の砂浜にさざめくサファイア色の小波。

 

非日常的で穏やかな光景の中で戯れるビキニ姿のメイ・グリンフィールドがきゃっぴきゃぴの営業スマイルを輝かせている。その笑顔の向こうにはハンチング帽を被ったいかにもなカメラマンが、仰々しい一眼レフカメラを構えながら彼女の機嫌を上げようと太鼓持ちに徹していた。

 

ビーチチェアに寝そべるジョージ・オニールはそれを見ながらキューバリブレを一口含むと、手近のテーブルにおいて頭の後ろに両手を回す。……意外と度数高いな、これ。

 

撮影が落ち着くまでのあいだ一眠りするか、とジョージはサングラスをアイマスク代わりにして目を瞑り、周囲の環境音を子守唄にするために耳を澄ます。ヤシの葉を揺らす風の音、波打ち際のノイズ、うっすらと聞こえる屋台の調理音、雄々しい和太鼓の演奏…………和太鼓の演奏?

 

思わずサングラスを外して演奏の方向を見ると、ふんどし一丁の筋骨隆々なマッチョメン集団が、己の鍛え上げられた肉体を見せつけるかの如く一心不乱に和太鼓を演奏している。腹の底から沸き立つような衝動を感じつつも、流石に近くまで行くのは気が引けたジョージは首から掛けていた小型双眼鏡で演奏の主がどんな人物か確かめようとして、愕然とした。

 

 

「ハワイくんだりまできて何してんだよ、有澤社長……」

 

 

フンッ!!フンッ!!と一発一発に魂を込めて和太鼓を打ち鳴らす有澤隆文――雷電――を筆頭に、各々の矜持を誇示するかのようなマッチョメン集団による演奏はギャラリーを釘付けにしており、最前列で父親に抱っこされている幼児は口をあんぐり開けて呆然と見ている。

 

演奏のクライマックス、

ドコドコドコドコドコドコドコドコ

とボルテージが最大まで高まった瞬間、

ドン!!――ヤァッ!!!

で決まり、暫しの沈黙が訪れるが数秒後には大歓声が巻き起こっていた。ブラボー!ブラボー!!と叫ぶ男性や、あまりの迫力に感涙してしまう女性など様々である。

 

 

「……見なかったことにするか」

 

 

ジョージはサングラスを掛け直して、再び眠りにつこうとするが、それを狙ったかのように手元の通信端末から大音量の着信が鳴り出す。勘弁してくれよ、とジョージはうんざり顔で画面に目を落とし、相手を確認した上で更にうんざり顔を深くした。

 

 

「――もしもし?」

 

《なんだぁシケた声して。ハワイは楽しくないのか?》

 

「メイの子守さえ無ければこの世の天国ですよ、ローディーさん」

 

《ハハハッ! まぁそう言ってやるな。彼女も君がいるお陰でリラックス出来ているんだろ?》

 

「振り回される身にもなって欲しいですけど。……それで、どうしたんです? わざわざ世間話をするために秘匿回線を使っている訳じゃないですよね」

 

 

ジョージの言葉に電話の主であるローディーは一段階低い唸り声を絞り出した。それは、ここから先の話が重要かつ急を要する事案である時に発するローディーの癖である。

 

 

《最近ハワイ諸島で所属不明ノーマルの襲撃が起こっているのは知っているな?》

 

「ええ、かなり練度の高いゲリラ戦を仕掛けているとは聞いています」

 

《知り合いの情報屋から、そいつらが今日の正午にスコフィールドバラックス駐屯地に対して襲撃を行うとの情報を得てな。……動けるか?》

 

「正午まで23分……ギリギリですね。既存の駐留部隊で対処出来ないんですか?」

 

《可能だろうが、敵戦力が不明である以上保険をかけておきたい。一応、特務遊撃大隊にも話は通しておくから、必要なら彼等の支援も使ってくれ》

 

「分かりました。使えるものは全部使わせて貰いますよ」

 

《ああ、頼んだ》ツーツー

 

「ったく、人使いの荒い。――メイッ!」

 

「ほえ?」

 

 

ジョージの呼ぶ声に間の抜けた返答を返したメイは、扇情的な女豹のポーズでカメラマンを周囲のスタッフごと誘惑している最中だったが、ジョージの真剣な表情を見て事態を察した彼女はスクッと立ち上がってジョージの方へ駆けていく。

 

 

「ち、ちょっとメイちゃん! 撮影はどうするの!?」

 

「……ごめんねカメラさん。私、皆のアイドルである前に皆を守るリンクスなの♪」

 

 

メイはヒラヒラと手を振りながら悪戯っぽい笑顔をカメラマンに向けると、合流したジョージと共に海岸沿いの道路に駐車していたレトロ調のオープンカーに飛び乗る。運転席に座ったジョージは無言のままエンジンを掛け、始動したと同時にアクセルペダルを限界まで踏み込んだ。オープンカーの後輪は数秒空転して左右に滑るが次の瞬間にはロケットスタートを決めて、風の如く走り去っていく。

 

 

「とりあえず要件だけ教えて」

 

「きっかり正午にスコフィールドバラックス駐屯地を所属不明ノーマルが襲撃するって情報が入った。お前にはパールハーバーに停泊中の移動式ドックからメリーゲートを引っ張り出して貰う」

 

「ずいぶん急じゃない。ローディーさんのワガママ?」

 

「そんなとこだ。俺はドックに着き次第オペレーションに回る。スマイリーに違わない活躍を頼むぜ」

 

「当たり前でしょ。それよりもジョージ」

 

「どうした?」

 

「さっきまでキューバリブレ飲んでたわよね?それも結構濃いやつ」

 

「……………正午まで時間が無い!飛ばすぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――時間だ。状況を開始する」

 

《了解、状況を開始します》

 

 

男性の声と同時にスコフィールドバラックス駐屯地の近くを流れる川から黒一色の巨人が四体、音を立てずに浮上した。巨人達の全高はネクストと比べて一回り小さいが、全体的にずんぐりむっくりとした重厚な体型だ。また、頭部パーツは存在せず、全機左腕に特徴的なシールドを装備していることからアルドラ製ノーマル【GOPPERT-G3】をベースにした機体であることが推察出来る。

 

彼等は岸に上陸すると、すぐさまスコフィールドバラックス駐屯地に向けてブースト移動を開始。岸沿いの幹線道路を走る自動車なぞ眼中に無いとばかりに薙ぎ払い、右手に持つ小型普及式レーザーライフルで駐屯地めがけて攻撃を開始した。

 

レーザーは次々と基地施設に着弾して爆炎を立ち上らせ、所属不明ノーマル達の奇襲は成功したかのように見えたが、その爆炎の中からGA製ノーマルである【GA03-SOLARWIND】が十三機、颯爽と飛び出して迎撃を開始した。

 

彼等はローディーから敵の襲撃を知らされていた駐留部隊であり、万が一に備えて事前にノーマルに搭乗していたのだ。そんな彼等の駆る【GA03-SOLARWIND】はGAが誇る汎用ノーマルであり、見た目はGA製ネクスト【SUNSHINE】をノーマル用にリサイズしたような形状をしている。そして【SUNSHINE】同様、防御性能には定評があり通常兵器相手での多少の射撃戦ではビクともしない優秀な機体でもあった。

 

 

「へっ!まんまと掛かりやがって!スコフィールドバラックス第56小隊を甘く見るんじゃねえぞ!」

 

《冷静になれサイモン。……各機、ローディー特別顧問からの()()()()()を無駄にしないためにも確実に潰すぞ》

 

「「「イエッサー!」」」

 

 

スコフィールドバラックス第56小隊の面々は隊長の一声に息を合わせて返答し、散開隊形にばらける。あくまでも最優先事項はスコフィールドバラックス駐屯地の防衛であるため、第56小隊は所属不明ノーマルの侵攻を極力食い止めつつカバーの応用が利きやすい散開隊形を採用したが、当の所属不明ノーマル部隊は不測の事態にも関わらず冷静に応戦を開始。数的不利を感じさせない立ち回りは歴戦そのものだった。

 

 

「即時迎撃……読まれていたか」

 

《隊長、監視役より連絡。メイ・グリンフィールドおよびオペレーターがパールハーバーに到着したようです》

 

「――作戦変更だ。交戦意思のある駐留部隊を殲滅しつつ最短ルートで目標を確保、派手に暴れて構わん」

 

《了解》

 

 

隊長らしき男性の一声に呼応するように【GOPPERT-G3】各機の内部からガコンッと音がしたかと思えば、装甲の隙間から覗いている放熱板が徐々に赤熱していく。

 

瞬間、【GOPPERT-G3】各機はOB(オーバード・ブースト)を発動して第56小隊の【GA03-SOLARWIND】に一瞬で肉薄した。OBは各企業が設計・生産するネクストおよびハイエンドノーマルのみにしか搭載されない機構であり、それを搭載している時点で汎用ノーマルなどでは断じてない。少なくとも高度な技術によって改造されたことは確かである。

 

全く想定していなかった突然の出来事に反応が遅れた隊員達の隙を所属不明ノーマル達は見逃さず、各々の左腕に装備されたレーザーブレードで確実に仕留め続けた。一人は左肩から袈裟切りに、一人は腰から両断され、また一人は脳天から唐竹割りにされる。

 

 

《た、隊長おぉぉ――!》ブツッ

 

「サイモン……! 貴様ら、許さんぞ!!」

 

 

第56小隊の隊長は背部兵装のミサイルを発射しながら構えたライフルを乱射して、隊長格らしい【GOPPERT-G3】へ突撃する。対する突撃された【GOPPERT-G3】は他の機体と同様にハイエンドノーマル並の機動で弾丸とミサイルを回避すると【GA03-SOLARWIND】の懐へ潜り込み、そっとレーザーライフルの銃口をコックピットに添える。

 

 

「―――!!」

 

《恨むなら、自身の弱さを恨め》

 

 

刹那【GA03-SOLARWIND】の背中から白い光条が放たれたかと思えば、そのまま【GA03-SOLARWIND】の頭部から光が消えて活動を停止した。隊長格らしい【GOPPERT-G3】はノーマルだった鉄塊を払いのけると周囲を確認して脱落者がいないことを確認する。

 

 

「ここからは時間との勝負だ。全機、気を抜くなよ」

 

《了解》

 

 

 

現在時刻 00:02 

 

GA正規軍  

 

撃破       0機

被撃破 ノーマル13機

 

所属不明部隊

 

撃破  ノーマル13機

被撃破      0機

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか?

幕間なのにシリアス展開で申し訳ないです……。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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59.【幕間】とある二人の災難休暇(バカンス)・下

先日、日間ランキングでACFA二次の他作品がトップ10に躍り出た時は自分の事のように嬉しかったです。

やっぱり皆、闘争を求めているんですよ!!(錯乱)


《まもなくスコフィールドバラックス駐屯地だ。既に駐留部隊にそれなりの損害が出ているが、所属不明ノーマルは可能な限り鹵獲しろってのが御上の意向らしい。……子飼いはツラいな》

 

「貴方に憐れみを持たれると惨めになるからやめてくれる? それに、このメリーゲートなら何も問題は無いわ」

 

 

上空500mを単独飛行する緑色で統一された重厚な機体のコックピットに座るメイ・グリンフィールドは、機体と同じく緑一色でまとめられたリンクススーツを身に纏っており、オペレーターであるジョージ・オニールを(たしな)める。

 

彼女の乗機であるメリーゲートはGAグループの名作重量級ネクストである【GAN01-SUNSHINE】をベースとして、頭部・コア部を新型ネクストである【GAN02-NEW-SUNSHINE】のものに換装した機体である。

 

腕部兵装は右手にGA製標準ライフル【GAN02-NSS-WR】、左手には同じくGA製標準のバズーカ【GAN01-SS-WB】、背部兵装は重量レーダー【MARIAS02】およびGAグループ子会社のMSACインターナショナルが手掛ける最新型多連装垂直ミサイル【WHEELING03】、肩部兵装には同じくMASAC製の多連装連動ミサイル【MUSKINGUM02】を搭載しており、機体コンセプトである『継続的な攻撃支援機』に徹したバランスを取らせている。

 

 

「……見えた!」

 

 

メイが叫んだと同時に正面スクリーンの一部が拡大されてスコフィールドバラックス駐屯地を映し出した。めぼしい施設は全て炎と共に黒煙を立ち上らせながら燃えており、その中心では黒一色の所属不明ノーマル部隊が応戦するGA正規軍の【GA03-SOLARWIND】を無慈悲に蹂躙している。

 

 

《ずいぶん派手にやってくれてるな》

 

「他人の庭を荒らすとどうなるか教えてあげないとね」

 

《ご指導頼むぜ、スマイリー》

 

「もちろん。メイ・グリンフィールド、メリーゲート――行きます!」

 

 

冷静だが威勢の良い掛け声と共にフットペダルを踏み込んだメイはメリーゲートにOBを発動させ、一気にスコフィールドバラックス駐屯地に到着。機体の両踵でアスファルト舗装を削り取りながらランディング着地すると同時に両腕の武装を前に構え、所属不明ノーマル部隊がこちらの存在に気付いた事を確認してから警告する。

 

 

「こちらカラードランク17、メリーゲートです。そこの所属不明ノーマル、武装解除して投降しなさい。この勧告に従わない場合は撃墜も許可されています」

 

 

淡々としてそれでいて芯のある強さが込められたメイの勧告だったが、彼女の登場により動きを止めていた所属不明ノーマル部隊は意思を取りまとめるかのようにお互いを見合わせたかと思った瞬間、内一機がOBを発動。レーザーライフルとレーザーブレードの両方を構えながらメリーゲートめがけて突進してきた。

 

こちらの勧告を蹴り下すように紛う事なき敵意を向けられたメイだったが、その顔には笑みがこぼれる。

 

 

「分かり易くて助かるわ。細かいのは性に合わないの」

 

《ばっ、メイお前まさか――》

 

 

ジョージがメイの意図に気付いたときには既に遅し。先陣を切った所属不明ノーマルが懐に入ったと同時にメイはメリーゲートの右脚を振り抜かせて、的確にコックピットを蹴り上げた。

 

重量級ネクストに蹴り抜かれた敵ノーマルは、その重量比を指し示すかのようにメリーゲートの頭上高くまで浮き上がる。その瞬間をメイは見逃さず、メリーゲートの左手に握られた【GAN01-SS-WB】を宙に浮くノーマルに向けて引き金を引いた。

 

ほぼゼロ距離で放たれた砲弾は吸い込まれるように敵コックピットへ着弾し、爆発。黒一色の装甲から紅蓮の炎が巻き起こり大輪の薔薇を作り出す。

 

激しく燃え上がる赤い炎を背景にしたメリーゲートは機体色である緑をより一層鮮明に映えさせており、エンブレムである『緑色のスマイリーフェイス』が不気味なほどの笑顔で所属不明ノーマル達を見据えている。

 

 

《メイ、作戦聞いてたか?》

 

「言ったでしょ。細かいのは性に合わないの」

 

《――わかった。ならせめて一機は鹵獲してくれ》

 

「好きよ、貴方のそういうところ」

 

《お世辞でもありがたいよ……来るぞ、今度は二機同時だ》

 

「任せて」

 

 

数少ない僚機を難なく撃破された所属不明ノーマル達はメリーゲートに対して単機での対処は不可能と判断したようで、ジョージの言う通り二機同時に襲いかかってきた。隊長格らしい残りの一機は踵を返してOBを発動。ネクストほどではないが、十分に速い速度で駐屯地施設を遮蔽物として身を隠そうと戦線を離脱した。

 

それを守護するように向かってくる所属不明ノーマル二機はレーザーライフルを連射しつつ、一定の距離を保ちながら円を描くようにメリーゲートの周りを周回する。

 

 

《いま逃げたのが本丸だ。早々に片付けて追うぞ》

 

「任務達成のために進んで命を投げ出し、対ネクストに最も効果的な時間稼ぎを行う……よく訓練された兵士ね」

 

 

連携してこちらを効率的に抑え込もうとする二機のノーマルに敵として最大の賛辞を送ったメイは、背部兵装【WHEELING03】および肩部兵装【MUSKINGUM02】を展開。絶え間なくレーザーライフルを撃ち続ける二機に対してロックを掛けた瞬間、メリーゲートの全身が隠れてしまう程の排煙を撒き散らしながら無数のミサイルが敵ノーマルめがけて放たれた。

 

【WHEELING03】は垂直ミサイルの名に違わず一定距離まで上空に飛んでいき、そこから鷹の如く急降下して獲物を狙う。対する【MUSKINGUM02】はメリーゲート正面から放たれ、まるで小鳥の大群のように敵ノーマルへ押し迫った。この状況に敵ノーマル二機は無傷で回避することは困難であると判断したらしく、双方ともOBを発動してメリーゲートに突撃を仕掛ける。

 

仮に撃破されたとしても、追尾してくるミサイルを誘爆させる事でメリーゲートに幾分かのダメージを与えられる作戦に気付いたメイは内心歯噛みした。

 

 

(やっぱり状況判断が早い。ウチの特務遊撃大隊と遜色ないレベルなんて、こいつら何者なの?)

 

 

GA正規軍が有する特務遊撃大隊は〝ランク12〟ドン・カーネルを中心とした最精鋭であり、インテリオル・オーメルにおいては畏怖の象徴ともなっている部隊だ。そんな彼等と同レベルの組織をインテリオル・オーメルが抱えているなんて情報は聞いた事が無く、編成中だとも聞いた事が無い。メイの疑問は至極当然だった。――しかし。

 

 

「……考えるだけ無駄ね」

 

 

メイは独りごちると両の手の【GAN02-NSS-WR】と【GAN01-SS-WB】を迫り来るノーマルに向けて、照準を合わせた。OB発動中は急旋回などのトリッキーな動きは出来ない、加えて刻一刻とこちらへ突進してくるのであれば予測射撃で穿つことは可能である。

 

メイは息を整えて、二機のノーマルを見据えた。

 

――レーザーブレードを発振させてOBを吹かす彼等はどんな表情をしているだろうか。

 

自暴自棄になった憤怒の顔?

死にゆく運命に悲嘆する哀しい顔?

作戦の成功を仲間に託した決死の顔?

 

いずれにせよ良い表情ではない。そして、それを直せと言える暇があるほど戦争は甘くない。だからこそ。

 

 

「せめて、安らかに」

 

 

メイは聖母のように優しく、たおやかな笑みを浮かべてトリガーを引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらスカベンジャー。目標を確保した、これより帰還する」

 

 

スコフィールドバラックス駐屯地が襲撃されたという生中継ニュースを聞いて、その様子を一目見ようと野次馬が詰めかける中、紺色のスーツに身を包んだ男性が右耳につけたカナル型イヤホンを通じて連絡を取っていた。

 

オールバックに撫でつけられた髪は栗毛色、体格は筋肉質でガッシリしている。何より特徴的なのが左目に当てられた黒い眼帯で、二本の赤いラインが斜めに入れられたデザインは冷徹さと情熱を併せ持つ不思議な印象を与えた。

 

男性は小脇に抱えた大きめの紙封筒を大事そうに一瞥すると、野次馬の波を掻き分けて現場を後にする。その顔は一見すると無表情そのものだが、どことなく疲労感が漂っていた。

 

――長時間の遠隔操縦、やはり消耗が激しいか。

 

男性は消え入るように呟いた瞬間、太陽が遮られて目の前が突然暗くなる。何事かと上を見上げた男性は目を疑った。

 

何故なら身長2メートルはあろうかという筋骨隆々の大男が腕組みをして見下ろしていたからである。

 

突然の出来事に理解が追い着かない男性を他所(よそ)に、大男がゆっくりと口を開く。

 

 

「鼠が紛れ込んだか。困ったものだな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《メイ、有澤社長から入電だ。敵は確保したってよ》

 

「ふぅー。これで一安心ね」

 

 

メイは張っていた緊張の糸が解けたようにドカッと背もたれに背中を預けて大きく深呼吸した。そんな様子を聞いてジョージも、普段通りの気の抜けた笑いを返す。

 

話は少し遡る。

 

二機の敵ノーマルを撃破したあと、勢いのままに隊長格のノーマルを鹵獲したメイはコックピット内に生体反応が無いことに気付く。瞬間、ハメられたと悟った彼女は自身をコケにされたことに酷く憤り、スピーカー越しのジョージを親の仇のように怒鳴りつけて遠隔操作の逆探知を敢行させた。

 

いくらチューンナップされたノーマルとはいえ、ネクストと同様のアクチュエーター複雑系を備えた機体を遠隔操作して戦闘を行うことは簡単ではない。移動式機材の性能と通信距離によるラグを考慮しても最高操作距離300mが限界だ。ならば敵はノーマルを中心とした半径300m以内にいるはずだ。

 

そこからはジョージの逆探知により大凡(おおよそ)の位置を割り出して、あらかじめ連絡を取っておいた有澤隆文――雷電――と和太鼓楽団一行に怪しい人物がいないか徹底的にマークしてもらい、見事確保した運びである。

 

 

《一時はどうなるかと思ったが、結果オーライってとこか》

 

「私の勘が冴えたお陰よ? ローディーさんから直々に感謝されてもいいんじゃない?」

 

《それなんだが、丁度ローディーさんから連絡があってな》

 

「えっなになに!? 実は大捕物で豪華なご褒美がある的な!?」

 

《いやなんというか、言いづらいんだが……》

 

「何よぉ!勿体ぶってないで早く言いなさいよ」

 

 

 

《『ハワイに居るんならお土産にマカダミアンナッツ買ってきてね。あんまり甘くないやつ』だそうだ》

 

 

 

「……ん? ごめん、よく聞こえなかったんだけど」

 

《だから、甘くないマカダミアンナッツを買ってこいって――》

 

 

「あんのクソじじぃーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっきし!!…………風邪か?」




いかがでしたでしょうか。

久し振りにバーボンウイスキーのブッカーズを飲んだのですが、やっぱり美味しいですね。GW中は昼間からチビチビやりながらWOWOWシネマでも見ようと思っています。

励みになるので、評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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60.女傑、再び

マズいコーヒーゼリーって存在するんですね。
食品を完食出来なかったのは久方振りです。


カラード本部 地上1階 リンクス専用ラウンジ

 

食器の音とコーヒーメーカーの蒸気音だけが響くラウンジでイッシンは神妙な面持ちを崩さぬままレイが淹れたコーヒーを口元に運ぶが、その手はよく見ると震えている。

 

何故ならイッシンの右隣にはセレンが、左隣にはビジネススーツに身を包んだ企業連仲介人のマーリー・エバンが座っているからだ。イッシンにとっては初ミッション以来の邂逅だが、いかんせんマーリーには堅物の印象しかなく、更にセレンとの仲が悪いとなれば緊張するのも無理はない。トドメにラウンジの長であるレイもバックヤードに引っ込んで出てこないのだから、場の空気は重くなる一方である。

 

マーリーとセレンはカラード職員の間でも美味いと評判のブラックコーヒーとレイ特製のシフォンケーキを食べているが、双方ともに表情筋が死滅したかのような鉄面皮で会話を交わす素振りは一切無い。もはや只の衝立(ついたて)と化したイッシンは唯一の希望を求めてバックヤードにか細い声を向ける。

 

 

「レ…レイさーん。お、俺もシフォンケーキが食べたいなー」

 

『ん~? ああ、悪いなぁ。たったいま焼き始めたところなんだ』

 

「じ、じゃあコーヒーのおかわりくれよ」

 

『すまねえ、このシフォンケーキは焼き加減が命なんだ。しばらくそっちには行けそうにないから、自分で適当に注いどいてくれ』

 

「ふ、ふ~ん。それなら仕方ないねぇ」

 

 

あの野郎、意地でも出てこない気だな。とイッシンが内心の怒りをメラメラ燃やしていると、コーヒーを飲み終えたセレンがカップをソーサーにカチャンと降ろす。その音が聞こえたと同時に、それまで目を閉じてシフォンケーキを味わっていたマーリーはスッと細く目を開ける。

 

 

「それで? コーヒーブレイクするために呼びつけた訳じゃないだろう」

 

「もちろんですセレン・ヘイズ。わざわざ出向いて貰った理由ですが、聞きたいことがあります」

 

「ほお、通信を使えない用向きか。なら尚更、カラード本部での会合はダメじゃないのか」

 

この場所(ラウンジ)は治外法権です。監視カメラや盗聴器の類は一切ありません。……あるとすれば主人の趣味で、でしょうが」

 

 

マーリーがギロリとバックヤードを睨むと、奥で作業しているレイが我関せずと言いたげに、冷や汗まみれになりながら無心に皿洗いをし始める。分かり易すぎだろアンタ。

 

 

「本題は?」

 

「……キドウ・イッシン。貴方は過去に二回、全く違うイレギュラーと対峙していますね?」

 

「あ、あぁ」

 

「どんな些細な事でも構いません。その二機に共通点はありましたか?」

 

「共通点……?」

 

「ええ、共通点です。エンブレムや機体構成、イレギュラーの言動。何でも結構です、なにかありませんか」

 

 

語気を強めながら身を乗り出して迫ってくるマーリーにイッシンは両手を広げてたじろいだ。ハーフリムの眼鏡の奥に見える顔は意外にもよく整っており、思わずイッシンも顔を赤らめてしまう。

 

 

「いや、その…………あっ」

 

「あるのですね?」

 

「ある、というか感覚的なものだけど。両方とも()()()()()()()()()みたいだった」

 

「満足していない?」

 

 

そう、満足していなかった。

 

これについては何の確証もないし俺にとって本当に感覚的なものだが、死を間近に感じる戦いを通してなんとなく、どちらのイレギュラーも現状に満足していないように思えたのだ。先のラスター18はとにかく戦乱の中で殺し合いながら死にたいって感じの狂戦士(バーサーカー)だったし、オールドキングは世界の全てを好きなようにぶち壊したいって感じのナチュラルサイコだった。

 

つまるところ、好きなように生きたい駄々っ子達ってのが正直な感想になる。だから()()()()()()()()()に加担してるんだろうけど。

 

 

「根幹としての思想が共通していると。そういう訳ですね?」

 

「ホントに感覚的なものだし、当たってる保証はないぜ」

 

 

それを聞いたマーリーは顎に手を当てて考え込む。話を聞いていたセレンも同じように顎に手を当て、深く唸った。しかし数秒後には頭を横に振り口を開く。

 

 

「マーリー、流石に無理がある。単機ならともかく、複数ネクストの運用体制は企業連に隠し通せるほど小規模ではないぞ」

 

「だからです。仮に同じ思想の下に集っている反動勢力であれば規模は徐々に大きくなり、必ず尻尾を出します。ネクストを運用しているなら、それこそ(かつ)てのリリアナやマグリブ解放戦線のように成熟した勢力であると考えるべきです」

 

「………」

 

「しかし今回は勝手が違います。上位リンクスと同等以上の実力を持つネクストを保有しているにも関わらず、全く全容が見えない組織など前例がありません。それらから導き出される最悪の結果は、カラードよりも強靱な組織である可能性が極めて高いと私は想定しています」

 

 

マーリーの言葉にラウンジの空気が二段階ほど重くなる。

 

そりゃそうだろう。カラードは年がら年中、文字通り命懸けの経済戦争を仕掛けあっている大企業が擁するリンクス達の梁山泊であり、最上位リンクスに至っては単機で一企業と渡り合えるバケモノじみた実力を有しているのだ。

 

にも関わらずマーリーはバケモノ揃いの梁山泊よりも強い組織があるかも知れないと、ある程度の根拠も添えて言いだしたのだから始末が悪い。耳を傍立(そばた)てていたバックヤードのレイさえも深刻な面持ちでシフォンケーキが光るオーブンを睨んでいる。

 

 

「あくまでこれは最悪の想定ですので、必ずこうなると決まった訳ではありません。私の考え過ぎの可能性も十分にありますし」

 

「……この事は企業連に話したのか?」

 

「いいえ。というよりカラードや茶会メンバーにも話していません」

 

「なぜ話さない。文句なしの最重要事項だろう」

 

「理由は2つあります。一つはあくまで想定の域を出ないこと。もう一つは内通者がいる可能性が排除出来ないことです」

 

「内通者だと?」

 

 

冷静に話を聞いていたセレンの片眉がピクリと上がる。しかし、あからさまに面白くない雰囲気を出し始めた彼女を気にすることなくマーリーは続ける。

 

 

「先程も言ったとおり、ネクストを保有する反動勢力の動向をカラードが把握していないこと自体が異常なんです。どんなに隠れる事が上手いとしても、影すら掴めないとなれば内通者がいないと説明がつきません」

 

「……仮に内通者がいるとして、俺たちかも知れないって思わないのか?」

 

「一回だけならともかく貴方方(あなたがた)は既に二回、イレギュラーと戦闘を行っています。カラードに所属しているリンクスの中では最も信頼がおけると判断したのでお話ししたまでです」

 

 

マーリーは銀色に縁取られたハーフリムの眼鏡を右手でクイッと上げる。――原作だと中々絡まなかったのもあるけど、案外しっかりしてるんだな。てっきり企業連のスピーカー的存在だとばかり思ってたわ。クール系美人だし。なんなら結構タイプな顔だし。そこそこ胸大きいし。

 

 

「そして、信頼のおける貴方方だからこそ、この依頼を受けて頂きたいと思っています」

 

 

そう言うとマーリーは傍らに置かれたブリーフケースを開き、中から丁寧にファイリングされた書類を取り出してイッシンの目の前に置く。表紙に目を通すと【不明ネクスト+ノーカウント撃破任務における概要計画案】とインテリオル・ユニオンのロゴマークが太字で印字されていた。

 

 

「いや完全に内部資料じゃん。これ見せちゃっていいやつなのか?」

 

「無論ダメです。ですので他言無用でよろしくお願いします」

 

「――別にいいけどよ、ノーカウントも撃破するってのはどういうことだ? リンクスのパッチ、ザ・グッドラックってカラード所属じゃ無かったか?」

 

「近頃インテリオル・ユニオン領内においてパッチ、ザ・グッドラックのものと思われる略奪行為が横行しているようでして。依頼主の要望として、不明ネクスト撃破のついでで構わないのでノーカウントにキツい灸を据えてほしいそうです」

 

 

マジかよパッチ最低だな。

 

パッチ、ザ・グッドラック。カラードランク28を拝する彼は【豪運の持ち主】だと自称し、比較的長く戦場にあるリンクスである。まぁ、原作を知るイッシンからすれば只の臆病者だという印象が何よりも強いのだが。

 

 

「……この資料を見せたと言うことは、私達に選択肢はないということだな?」

 

 

セレンの言葉に数瞬遅れて、小さくアッと間抜けな声を出したイッシンにマーリーは呆れながら笑いかける。――謀りやがったな。前言撤回、あんまり好きじゃないぞコイツ。

 

 

「察しが良くて助かりますセレン・ヘイズ。今回の任務は僚機を伴うミッションですが、僚機はこちらで指定させて頂きます」

 

「その言いぶり、既に決まっているようだな。一体誰だ?」

 

「【ランク10】ロイ・ザーランドです。実力、任務成功率、くわえて独立傭兵の中では最高ランクであることを加味した上で選定させて頂きました」

 

「ロイか――悪くない人選だ。だが奴が内通者である可能性は無いのか」

 

「彼の行動ベースは報酬と女性です。それゆえ思想に染まる確率はカラードに登録しているリンクスの中でもダントツに低いですし、なによりこちらには()()()があります」

 

「……やはりお前は好きになれん」

 

「褒め言葉と受け取っておきます」

 

 

セレンの下衆を見るような表情と視線に、マーリーはたおやかな笑みを返す。――なに? やっぱり仲悪いの? というか俺を隔てて話さないでくれる? さっきから胃がキリキリしてしょうが無いんだけど。

 

 

「それでイッシン、お前は受けるのか」

 

「……一応聞きたいんだけど、断ったらどうなる?」

 

「カラードの禁閲資料を見たとしてリンクス登録は抹消。数日後には地方紙の小欄に事故死したと掲載されるでしょうね」

 

「……聞かなきゃ良かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミッションの概要を説明します。

ミッション・ターゲットはキタサキジャンクションを占拠するネクスト2体です。1体はノーカウント、ランク28の逆脚タイプ。もう1体の四脚タイプは、詳細が確認できていません。

 

今回は細かなミッション・プランはありません。

あなたにすべてお任せします。ターゲットを破壊してください。なお、ユニオンは支援機の採用を認めています。

候補はこちらで指定しましたので、必要であれば採用してください。ミッションの概要は以上です。

ユニオンはこのミッションを重視しています。成功すればあなたの評価は更に高いものとなるはずです。

 

よいお返事を期待していますね。




いかがでしたでしょうか。
ひさびさ登場、マーリー・エバン。
相変わらず鉄の女っぷりを遺憾なく発揮していますね。

励みになるので、感想・評価・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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61.小物と色男

今期アニメのゴジラSPがめちゃめちゃ面白いです。
SF好きの元理系としては「光が過去に屈折して現在の光を増幅させる」という発想がドストライクでした。

良ければ是非。


キタサキジャンクションは旧カナダ中心部に建造された世界最大級の交通結節点である。かつて『全ての北米はキタサキに通ず』とまで謳われた彼の地の隆盛は見る影も無く、辺り一帯がコジマ粒子汚染によって砂漠化している不毛の地となっていた。

 

その砂漠の中で奇っ怪な姿を晒す一体の異形がモゾモゾと蠢いている。角張っているが縦に並んだ双眼のお陰で洗練された印象を与える頭部、打って変わって無骨で重厚な鉄塊感が強調される巨大なコア、また打って変わってコア部と正反対とも言える貧相でか細い腕部、そしてそれらを支えるにはあまりにアンバランスで、どうやって上半身を支えているのか不思議になる逆関節タイプの軽量脚部。

 

異形というより(あやかし)の類と呼んだ方がしっくりくる巨人の名前はノーカウント。【ランク28】パッチ、ザ・グッドラックが駆る軽量級ネクストである。そのコックピットに収まるパッチは着用する鼠色のリンクススーツ越しに爪を噛む仕草をしながら苛立っていた。寂しい頭頂部と、落ち窪んだ嫌らしい目つき。日頃鍛錬している様子のない腹の出た小太り体型から、彼がマトモなリンクスで無いことは一目瞭然だった。

 

 

「おい! いつになったら迎えがくるんだ! もう丸一日経ってるんだぞ!」

 

《……騒ぐな、じき来る》

 

「その台詞は聞き飽きた! こっちはカラードを裏切ってまでアンタらに付こうとしてるんだぞ!? 悠長に待ってる時間なんて俺にはないんだ!」

 

《嫌ならカラードに戻れ。お前の利用価値など(たか)が知れている》

 

「ぐっ……!」

 

 

スピーカー越しに怒鳴るパッチは通信相手の返答に言葉を詰まらせた。幸い、パッチが裏切ったことはまだカラードにバレていないが、戻ろうとした瞬間にスピーカー越しの通信相手に背後を撃ち抜かれるのは目に見えている。反撃しようにも通信相手との実力差がありすぎて非現実的過ぎた。パッチにとって既に退路は断たれている状況に、彼は改めて自身の選択を呪う。

 

 

(くそっ!なんで俺だけこんな目に……)

 

――どこで間違った?

スラムのバーでイレギュラーの噂を聞いた時か?

それともカラードとイレギュラー、どちらについた方が得か考え始めた時か?

―― ちっ!ツイてねぇ、本当にツイてねぇ。

 

 

パッチが黙って悔恨の念を反芻している様子を確認した通信相手は、ゆっくりとコックピットの背もたれに寄り掛かった。彼は両眼を閉じて浅い深呼吸を数回繰り返して呼吸を整え、操縦桿を静かに力強く握った。

 

 

――こんな小物の首輪を外すとはメルツェルは何を考えている? 計画の邪魔になるだけだろう。

 

 

パッチの通信相手である男――ブッパ・ズ・ガン――は独りごちる。

 

実行段階にも達していないこの計画の(かなめ)は秘匿性にあった。密林に棲む虎のように最後の最後まで姿を見せることなく潜み隠れ、獲物の警戒が逸れた隙を見逃さずに一気に仕留める。そんな狩人(かりゅうど)のような忍耐力が必要とされる計画に、最も必要の無い人員を招き入れることがブッパ・ズ・ガンにとって理解できなかった。

 

 

《お、おい! 12時の方向からネクストが来るぞ! アレが迎えか!?》

 

「……いずれにせよ我々は駒か」

 

 

パッチのだみ声に反応して、考えるだけ無駄だと思考を遮ったブッパ・ズ・ガンは12時の方向に乗機である四脚型ネクスト【ビックバレル】を向け直した。

 

レーダーアンテナのような頭部にF1カーのような先鋭的なコア部、動力パイプが剥き出しの細い腕と比較的重厚な装甲を備えた四脚タイプの脚部で機体構成された深緑色のビックバレルは黄色に光るメインカメラの倍率を上げて迎えのネクストであるか確認を行うが、確認したブッパ・ズ・ガンは思わず顔をしかめる。

 

なぜなら迎えのネクストが予定と異なっていたからだ。すぐに秘匿回線を開いたブッパ・ズ・ガンはこちらに向かってくるネクストに対して通信を始める。

 

 

「PQ、なぜお前がここにいる。迎えは真改の手筈だろう」

 

《真改は例の施設の調査中に負傷してしまいましたので私が代理で参上したまでですよ、ブッパ・ズ・ガン》

 

「――そこまであの施設にメルツェルが入れ込む理由が分からん」

 

《分からなくていいのでは? 我々は計画を進める為の道具に過ぎませんからね。それで、そこのネクストが例の?》

 

「ああ。やかましいだけの雑魚だがな」

 

《なるほど、前評判通りですか》

 

 

ひとしきり会話が終わったと同時に到着した迎えのネクストは、全身焦げ茶色のペイントが施された逆関節タイプのネクストだった。つい最近発表されたばかりのアルドラ製逆関節ネクスト【SOLDNER(ゼルドナー)G9(ゲーノイン)】をベースに組まれたネクストの背部には一際異彩を放つ垂直ミサイルが装備されており、ときおり翡翠色のコジマ粒子がキラキラと漏れ出ている。

 

いつもの光景に若干の安心感を覚えたブッパ・ズ・ガンはモジモジと蠢くノーカウントを一瞥すると、早々にこの場を後にしようとした。

 

 

「まあいい、目的は達した。さっさと帰還するぞ」

 

《それがそうもいかないのですよ》

 

「……どういうことだ」

 

《先ほどメルツェルから連絡が入りまして。カラードの【ランク10】【ランク18】がこちらに向かっているので迎撃しろと》

 

《!? ふ、ふざけるな! あんなバケモノ共相手に勝てるわけないだろ!》

 

 

PQの口から発せられた【ランク10】【ランク18】の言葉に、それまで蚊帳の外のように黙っていたパッチが思わずがなり立てる。ロイ・ザーランドは独立傭兵として【ランク3】ダン・モロに次ぐ実力者、キドウ・イッシンはBFFフラグシップ級AF【スピリット・オブ・マザーウィル】を墜とし、イレギュラーネクストを2度退けている新進気鋭のリンクスだ。間違っても自分のような三下が挑んでいい相手ではないことぐらいはパッチも理解している。

 

 

「い、いくらアンタらでも無理だ! ここは一度トンズラして――」

 

《これは貴方の試金石でもあるのですよパッチ、ザ・グッドラック》

 

「何だって!?」

 

《組織はまだ貴方を信用した訳ではありません。カラードの内偵だという可能性も排除出来ていないのですから》

 

「そ、そんな訳無いだろ!俺が内偵なんて真似事出来ると――」

 

《ならば行動で示して下さい。カラードの追手を倒したら晴れて同志として迎え入れます。それに、帰る場所など既に貴方は無いでしょう?》

 

「……ちっ!やれば、やればいいんだろ!」

 

 

パッチは半ば自暴自棄になりながらPQと呼ばれた男に了承の意を吐き捨てる。

 

最下層の三下とはいえパッチもカラードのリンクス。それなりの戦場に出て、それなりの地獄を見てきた。

 

戦場に於いて、自分が所属しているコミュニティがどんなに小規模だろうと目先の利益欲しさに情報を敵組織に売れば凄惨な報いを受けること。

 

所属するコミュニティが大きくなればなるほど凄惨さは苛烈になっていくこと。

 

そしてそれを回避するには所属していたコミュニティを完膚無きまでに叩き潰すこと。

 

パッチは自分が置かれた状況を的確に理解していた。いけ好かないこの男の言う通り、退路は既に断たれている。ならば一蓮托生。最後まで付き合う他ない。

 

 

「畜生、本当にツイてねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《まさかあんな美人をオペレーターに据えてるとは隅におけないなぁ、青年》

 

「いい加減その青年って呼び方やめてくんねえかな、ロイ」

 

《三十過ぎのオッサンからしたら青年は妥当だろう? あんまり目くじら立てるなって》

 

「独立傭兵は初端(しょっぱな)からフランクに接しなきゃいけない法律でもあんのかよ。ダンも初対面で同じテンションだったぞ」

 

《敵が多いからこそ仲良くなれる内にしといた方が後々楽なんだよ。いわゆる処世術ってやつ》

 

《女を誑かすのが本業のお前にはピッタリの術だな》

 

《俺は美人を口説かない方が失礼だと思ってるんだが、気分を害したなら謝るよMs.セレン。お詫びに今夜ディナーでも》

 

《結構だ》

 

 

キタサキジャンクションより南東150km地点。

 

イッシンとセレンはいつも通り、桜色の輸送機と合金製多重層ワイヤーロープで懸架されたJOKERと共に目的地へ進路を取っている。唯一、いつもと違う事と言えば鈍色に光る最新型輸送機が伴っていることだ。最新型輸送機はネクストを懸架せずに機内へ格納することが可能になっているにも関わらず耐久性、航続距離、戦闘能力を向上させる事に成功したハイスペックモデルである。

 

その最新鋭機を操縦し、通信越しでセレンを口説こうとしている男こそ【ランク10】ロイ・ザーランドそのひとであった。筋肉質で厚めの体型、色気のある顔立ちに似合う雑に撫でつけられた栗毛色のオールバックと軽く整えられた無精髭がトレードマークのロイは鼻歌交じりにイッシンに話しかける。

 

 

《にしてもこんな胡散臭い任務、よく請けたな青年》

 

「請けなきゃ地方紙に載るって言われたから仕方なくだ。どうせロイも同じ口だろ」

 

《まさか。マージン上乗せとマーリー女史とのデートを交換条件にしたんだ。二つ返事で快諾してくれたよ》

 

「いやブレなさすぎだろ」

 

《悪いか? 俺は、俺の幸福の為に傭兵稼業に勤しんでるんだ。外野からとやかく言われようと変える気はサラサラ無いぜ》

 

 

ロイはニヒルに笑うと現地到着までのあいだ鼻歌を口ずさむ。イッシンはその様子に呆れながら着々と戦闘準備を進めていった。




いかがでしたでしょうか。

パッチ、ザ・グッドラックはトビー・ジョーンズをイメージして、ロイ・ザーランドはゴツめのオーランド・ブルームをイメージしています。

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62.猟師とカーニバル

一週間ほど三食全て『味噌汁+御飯+納豆』で過ごしてみたのですが、意外とイケてビックリしてます。


『人を呪わば穴二つ』とは良く言ったものだ。

 

相手を地獄に叩き落とすのならば自身も叩き落とされる覚悟が必要だと言う慣用句だが、なにも呪術に限ったことではない。どの世界、どの業界にも少なからず存在する不文律であり因果律でもある。

 

そしてそれは傭兵稼業においても同様だ。

もし例外があるとすれば、それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ネクストの反応を確認。【ランク28】パッチ、ザ・グッドラック、不明ネクストが2機の計3機か。相変わらずいい加減な情報だ。なんのためのブリーフィングだと思ってる、バカバカしい》

 

「やっぱセレンてインテリオルに嫌われてる? この前意見状突き付けたのがトドメだった?」

 

《……いや、相手はイレギュラーだ。この程度の想定外は想定している》

 

《流石はMs.セレン。手際の良さは一級品のようで》

 

《軽口は程々にしておけ、ロイ。楽に勝てる相手じゃないぞ》

 

《もちろんだ……ロイ・ザーランド、マイブリス、出るぜ》

 

「キドウ・イッシン、JOKER、出るぞ!」

 

 

掛け声と同時に合金製多重層ワイヤーロープの懸架から解放されたJOKERはポップコーンが弾け飛ぶようにQBを発動し、キタサキジャンクションめがけて突き進んでいく。対する鈍色の最新鋭輸送機は下部ハッチを開放して格納されていたネクストの腰部をアームで固定しつつ、うつ伏せの状態でせり立たせた。

 

亀の甲羅のように丸みを帯びた頭部に輝くモノアイと折れた角を模したスタビライザーが特徴的なそのネクストは、全体的に角に丸みを持たせつつマッシブな重厚感と堅実な堅牢さを実現させたアルドラ社の不世出の傑作である重量級ネクスト【HILBERT(ヒルベルト)-G(ゲー)7(ジーベン)】であり、ロイ・ザーランドが駆る乗機【マイブリス】そのものであった。

 

眼下に地上が見える恐怖を微塵も感じる様子も無く、手慣れた手つきでコンソールパネルを操作するロイは乗機マイブリスが輸送機と平行である事を確認して輸送機のアームを開放した。ガコンッと支えを外されたマイブリスはうつ伏せのまま地面めがけて自由落下状態となるが、数秒後には機体の全ブースターを細やかに点火して滑らかに直立の滞空姿勢に移行する。巧みな姿勢制御技術によって難なく体勢を整えたマイブリスはOBを発動、重量級ネクストならではの大出力によって背中に翡翠色の翼を形成して先行するJOKERに追従した。

 

 

《あまり飛ばすなよ青年。30過ぎると年下に追い着くのも一苦労なんだぜ》

 

「その割には余裕そうだな。なんならもっとスピードあげてやろうか?」

 

《必死に食らいつくのは柄じゃないんでやめてくれ。それより、くるぞ》

 

 

イッシンの軽口をロイが受け流したと同時に、砂丘の陰から放たれた垂直ミサイルの群れが彼等を出迎える。先に反応したのはイッシンであり、彼は脊髄反射的にすぐさまJOKERの右手に握られた【AR-O700】を構えて迎撃しようとする。しかしそれはGA製ガトリング【GAN01-SS-WGP】が装備されているマイブリスの鈍色の左腕に制された。

 

 

「なんのつもりだよロイ」

 

《まあまあ。ここは年長者に従えよ》

 

 

スピーカー越しにも分かる年若への侮りが込められた諭し方が癪に障ったイッシンだったが、相応の何かがあるのだろうと自身に言い聞かせてロイの指示に従う。良く出来たご褒美としてマイブリスの頭部を大きく頷かせたロイは制した左腕の【GAN01-SS-WGP】の銃口をミサイル群に向け、トリガーを引いた。

 

回転する銃身から目にも止まらぬ速さで順々に放たれる弾丸はロープのような弾幕を形成しつつ、やがて()()()()()()()()()()()()()()()()()に着弾する。着弾したそのミサイルは通常ミサイルとは比較にならない大爆発を起こし、周囲のミサイルを巻き込んで大輪の爆炎を作り上げた。予想だにしていなかった攻撃にセレンは思わず声を荒げるが、イッシンは動ずることも無く淡々としている。

 

 

《なんだ今の攻撃は!?》

 

「コジマミサイルだ。たしか変態トーラスの最新式じゃなかったか?」

 

《おっ、気付いていたのか》

 

「当然。それでどうするんだ? 3対2じゃ数的不利はこっちだぞ」

 

《ミサイルを撃った奴は俺がやる。青年は他の2機を頼むぜ》

 

「了解、しくじんじゃねえぞ」

 

《心配されるほど老け込んじゃいないさ》

 

 

ロイはそう言うとマイブリスにQBを吹かさせてミサイル射撃点の砂丘上空へ進行する。ある程度の距離を縮めると右手に握られたインテリオル製ハイレーザーライフル【HLR09-BECRUX】を構えて、隠れるのに手頃そうな砂丘をいくつか撃ち抜く。【HLR09-BECRUX】は威力の高いハイレーザーを二発同時に発射することで瞬間火力を強化した最新式ライフルであり、敵を炙り出すには効果的な兵装でもあった。

 

そうして三番目の砂丘を撃ち抜いた時、突然砂漠が舞い上がったかと思えば全身焦げ茶色の逆関節タイプの重量級ネクストが空中へ姿を現す。

 

 

《フフフッ。見破るとは流石ですね》

 

「隠れんぼは嫌いじゃ無いが、美人とのデートが懸かってるんでな。早めに終わらせて貰うぜ」

 

《あまり私の鎧土竜(ヨロイモグラ)を舐めない方が身のためですよ、首輪つき》

 

 

刹那、全身焦げ茶色のイレギュラーは背部兵装を展開して再び垂直ミサイルの群れを展開してマイブリスに襲いかからせる。ロイは距離を取りつつ先程と同じ手順でミサイルを迎撃しようと【GAN01-SS-WGP】を構えるが、咄嗟にQBを吹かして右方向へ急加速した。次の瞬間、元いた空間にレーザーと弾丸の雨が降り注いできたからだ。

 

しかしロイも最上位リンクスの一翼。その程度で隙を見せるほど甘くは無く、自身を追いかけてくる弾丸群を回避しつつ確実にミサイルを迎撃していった。そして全てのミサイルを迎撃したロイは攻守逆転とばかりに再び銃口をイレギュラーに向けるが、思わず閉口してしまう。

 

何故ならイレギュラーの背部兵装が()()()()()()()()()()()()()()()()()()、夥しい数のミサイルが顔を覗かせていたからだ。幾戦練磨のロイもこれには面食らってしまった。

 

 

《ミサイル・カーニバルです。派手にいきましょう》

 

「……おじさん泣きそ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間はほんの少し遡って。

 

 

《私達も行くぞイッシン》

 

「おっし。先ずはノーカウントを締め上げてイレギュラーとタイマンに持ち込むか」

 

 

イッシンはフットペダルを踏み込んでJOKERのQBを発動してマイブリスとは逆方向へと進路を取った。こちら側には隠れられそうな砂丘は少なく、代わりにキタサキジャンクションの橋脚が立ち並んだコンクリートジャングルと化している。敵の視界を阻みつつ身を隠す場所も多く、ゲリラ戦を仕掛けるには好都合な立地だと感じ取ったセレンはイッシンに警告する。

 

 

《気を付けろ。ノーカウントはともかく、不明ネクストは一筋縄ではいかんぞ》

 

「分かってるさ。だからこうやって遠距離から偵察を――ドヒュン――ってあぶねっ!

 

 

イッシンはフットペダルを蹴り抜いてQBを吹かし、左方向へ緊急回避する。刹那、JOKERの右肩部に亜音速の弾丸が(かす)って黒一色の塗装に銀色の素地が姿を現した。これには流石のイッシンも肝を冷やし、即座に背部兵装【TRESOR】を展開。敵座標を弾道から予測して割り出した瞬間、二発のプラズマ弾をお見舞いした。

 

プラズマ弾は見事に老朽化した橋脚を抉り取って周辺道路を崩壊させて砂埃を天高く舞い上がらせる。そこにいたのはBFF製スナイパーライフル【047ANSR】を構えていたノーカウントであり、自身の姿が露呈したことに慌てふためいていた。

 

 

《畜生! なんで分かるんだよ!?》

 

「撃てば居場所を知られるくらい常識だろうが」

 

 

イッシンは感情無く淡々と答えるとJOKERのOBを発動させてノーカウントに全力のタックルをかます。軽量級ネクストとはいえフルパワーでタックルした際の衝撃は計り知れず、ノーカウントはゴロゴロと砂丘を転がりながら吹っ飛んで行き、そのリンクスであるパッチは潰れたヒキガエルのような呻きを発してあえなく気絶してしまう。

 

 

「さてと、まずは一体。四脚タイプはどこに隠れて――」

 

《イッシン!9時方向に中規模コジマ反応を確認した、今すぐそこを離れろ!》

 

「――そこか」

 

 

セレンの警告を無視してイッシンは9時方向に機体を転換してQBを吹かす。よく見ると砂丘の背後から溢れんばかりのコジマ粒子が漏れ出ており、見つけてくれと言わんばかりに目立っている。自らの警告を全く聞き入れないイッシンに対してセレンは思わず怒鳴り散らした。

 

 

《何をしてる!? 早く距離を取れ!》

 

「コジマキャノンなら心配ねぇよ。威力全振りの低弾速兵器なんて目を瞑ってても避けられるぜ」

 

 

敵を甘く見るな、そう言いかけたセレンの口を噤ませたのは突然のコジマ反応の消失だった。イッシンも同様に砂丘の裏手で光輝く翡翠色の消失を確認する。

 

オーバーヒートでもしたのかとイッシンが考えを巡らせ始めた数瞬後、翡翠色の収束レーザーが()()()()()()()JOKERに襲いかかってきた。

 

弾速にしておよそ3000、BFF社が誇る最新鋭スナイパーキャノン【061ANSC】を上回る超速度で放たれたレーザーにイッシンは何とか反応して無傷での緊急回避を試みるが、それにはいささか遅すぎた。

 

 

「あ、やべ」

 

 

命中してしまったJOKERの左腕はグズグズに溶解し、握られていた【04-MARVE】は原形を留められずに液体状となってしまった。

 

全くの想定外に目を見開くイッシンを尻目に、砂丘の裏側からノソノソと四脚タイプのネクストが姿を現す。両手に握られたハンドミサイルは原作と同様の【NIOBRARA03】を装備しているが、背部兵装は原作から大きく逸脱していた。

 

背部の両スロットを占用するその兵装は、左側に背負われた巨大な長方形の貯蔵タンクらしき物体から複数のケーブルパイプを直結させて、右側に鎮座する砲門へとエネルギーを供給している。砲門の形状は【061ANSC】に排熱機構を施したバレルと、旧式コジマキャノン【INSOLENCE】の砲身を掛け合わせたような見た目をしていた。

 

不意に四脚タイプのネクストから通信が入る

 

 

《次は外さん》

 

「……チートって知ってる?」

 

 

 

 

 

 

 

【ランク18】〝JOKER〟キドウ・イッシン

 

          &

 

【ランク10】〝マイブリス〟ロイ・ザーランド

 

 

 

          VS

 

 

 

イレギュラー〝ビックバレル〟ブッパ・ズ・ガン          

 

          &

 

イレギュラー〝鎧土竜〟PQ

 

 

 

※パッチ、ザ・グッドラックは戦線離脱




いかがでしたでしょうか。

ビックバレルと鎧土竜も例に漏れず魔改造を受けております。え? エイ=プール?知らないです。

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63.色男とカーニバル

『当小説以外にも二次小説書いてみたいなぁ』と思い立ったのですが書こうと思ってかけるもんでは無かったです。平行執筆出来る人しゅごい。


薄雲のかかる晴天を背景にした空中で、焦げ茶色の巨人は背中に広がる大天使の如き翼――名称を翼型ミサイルユニット【MERCURY】という――から無数のミサイルを発射する。『壁』と呼ぶに相応しい面攻撃の複数箇所では翡翠色の星が獰猛に煌めいており、被攻撃者を爆殺しようと迫った。

 

被攻撃者側の鈍色の巨人は背部兵装【DEARBORN03】を展開して左右の『壁』を迎撃、誘爆させる。紅蓮と翡翠が入り混じった幻想的な大規模誘爆は中央の『壁』を削ぐように消失させていくが、中心部は誘爆に巻き込まれる事なく鈍色の巨人に向かっていく。

 

しかし迎撃しきれない事は織り込み済みと言わんばかりに巨人は左腕に搭載されたGA製ガトリング【GAN01-SS-WGP】を構えて残り少ないミサイル群に向けて発射。無駄弾の一切無い正確な迎撃でミサイル群を爆散させると、直後に生じた黒煙に向けて【HLR09-BECRUX】を一発撃ち込む。黒煙を穿ったレーザーの光条は寸分違わず焦げ茶色の巨人のコアを射抜かんと突き進むが、QBによる緊急回避によりそれは叶わなかった。

 

 

《フフフッ。良い狙いですが、それでは鎧土竜に傷一つつけられませんよ》

 

「いってくれるねぇ。ならコイツはどうだ?」

 

 

鈍色の巨人――マイブリス――を駆るロイ・ザーランドは背部兵装である【DEARBORN03】と【VERMILLION01】両方を展開して焦げ茶色の巨人――鎧土竜(よろいもぐら)――に向けて一斉に放った。鎧土竜の大質量ミサイル攻撃に比べれば打撃力も制圧力も流石に劣るものの決して薄くは無い弾幕に鎧土竜は回避行動の準備をする。

 

着弾までのタイムラグを勘定すれば、しっかりとミサイルの軌道を把握してから回避した方が回避率は格段に上がるのだから、鎧土竜を駆るPQの判断は間違っていない。

 

唯一間違えていたとすれば、ロイの技量を見誤ったことだろうか。

 

刹那、鎧土竜へ飛来するミサイル群の隙間を巧みに掻い潜って後方より二条のハイレーザーが襲いかかってきた。針の糸を通す繊細な芸当をまさか実戦で見ることになるとはPQも想像しておらず、盛大な舌打ちと共にQBを発動。回避を試みるも右脚部に被弾してしまいバランスを崩してしまう。

 

次いで差し迫る【DEARBORN03】と【VERMILLION01】のミサイル群が鎧土竜を捉えるが、リンクスであるPQは急ぎつつも焦らずに鎧土竜の両の手に据えられた【LR02-ALTAIR】および【050ANSR】を構えて的確に迎撃を行った。射抜かれたミサイルは周囲を巻き込みながら誘爆し、鎧土竜に到達することなく線香花火のような小規模爆破を複数発生させる。

 

 

《まだです、この程度で鎧土竜は堕ちませんよ》

 

「あぁそうかい。それなら一つ答えてくれよ」

 

《……戦闘中なのに随分と余裕ですね。まぁ内容にもよりますがお答えしても構いません》

 

「お前、アンデス戦線のフィリップ(Philip)クインネル(Quennell)だな?」

 

《――誰のことでしょう》

 

「誤魔化すなよ。【虫好きクインネル】といえばバーラット部隊も裸足で逃げ出す乱戦の達人って有名だぜ。最近アンデス戦線を離れたって噂は聞いてたが、まさかこんな所であうとはな」

 

 

ロイはPQの経歴を言い当てヘラヘラと笑うが、一発で言い当てられた本人は内心気が気でない。()()に合流するために古巣を離れ、そのためにネクストも新調したにも関わらず、目の前の男にはものの見事に看破された事実は間違いなくPQの動揺を誘った。まずはこの男の情報を集めなければ。

 

 

《私はフィリップ・クインネルでも【虫好きクインネル】でもありませんよ。しかしゲリラ組織の一個人を知っているなんて、貴方も酔狂なのですね》

 

「なあに。昔、おれも同じ穴の(むじな)だったからよ」

 

《……なんですって?》

 

 

昔? いつ頃だ。3年前? 5年前? ゲリラ組織の誰かがカラードに所属した情報は【コルセール】のフランソワ・ネリス以外に知らない。ノーマル乗りからの転向か? いや、ネクストに乗れるAMS適正を持っている時点でゲリラ組織では必ずネクストに搭乗させられる筈だ。………まさか。いやそうとしか考えられない。折れた双角のスタビライザー、正確無比の非情な精度、掴み所の無い人柄、全て合う。

 

 

《フフフッ。【ドルニエの黒鬼】が相手とは私も運がないですね》

 

「そんな(あざな)で呼ばれた時もあったな。お前も良く知ってるじゃねえか」

 

《反動勢力に与する者なら一度は聞く名前ですからね。都市伝説の(たぐい)と高をくくっていたのですが、まさか実在したとは》

 

 

【ドルニエの黒鬼】

 

数年前、GAグループが管理するドルニエ採掘場はある一機のイレギュラーにより占拠されていた。資源コロニーが反動勢力によって占拠されること自体は珍しいことではない。

 

長くて数週間もあれば再びGAグループによって奪還されるのが常であったのだが、アルドラ社の傑作【HILBERT(ヒルベルト)-G7(ゲージーベン)】をベースにしたそのイレギュラーは単機でAF(アームズフォート)6機を沈め、150機のノーマルを葬り去る大立ち回りを演じたのだ。

 

予想外の大損害を被ったGAグループは報復のために自身が擁する【ランク4】ローディーに当該イレギュラーの撃破を命じ、見事完遂した。しかし残念な事にイレギュラーの残骸は全て採掘場付近の洋上に沈んでしまったとの報告を受ける。

 

その後『施設は戦闘により破壊され、これ以上の採掘は不可能である』とのローディーの進言を受けたGAはドルニエ採掘場を放棄し、以降は度々ゲリラ組織の拠点となるのだが、不思議な事に拠点としたゲリラ組織の全てが()()()()()()()ドルニエ採掘場を後にしていくのである。

 

生き残った僅かな生存者は全員気が触れておりマトモな会話が成立しないのだが、唯一共通していることは『黒い鬼を見た』という目撃証言だった。

 

 

「それでどうするよ? 投降してくれるとこっちも楽なんだがな」

 

 

ロイはマイブリスの右腕に握られた【HLR09-BECRUX】を肩に乗せて、左手を天に向けながら肩をすくめる。相手を苛立たせるには最適の仕草だったがPQは誘いに乗ること無く冷静に状況を分析していた。

 

――噂通りの実力なら間違いなく勝ち目はない。生き残る可能性の多寡を考えれば投降勧告に大人しく従って捕虜になった方がいいに決まっている。だが、それでも――。

 

PQは覚悟を決めて操縦桿を握り直す。かつてアンデス戦線を率いた者として、()()()()()に心打たれた者として、投降という選択肢は元より存在していなかった。

 

 

《残念ですが無理な相談です。私がここで貴方を倒すのですから》

 

「そうかい、残念だ」

 

 

応えたロイの声色は一段低く、呆れとも悲しみともつかない呟きを口にした数瞬後にマイブリスはOBを発動した。OBは翡翠色の翼を煌めかせてマイブリスの背面に纏い付いており、速度も重量級ネクストとは思えないレベルの超加速で鎧土竜に迫る。

 

 

(速いっ! しかし――)

 

《堕ちる訳にはいきません!》

 

 

確かに速い。

質量を考えれば驚異的な加速だ。

鎧土竜の機動性では捕捉する事すら困難だろう。

 

ならば正面から叩き潰すだけだ。

 

鎧土竜は背部兵装の翼型ミサイルユニット【MERCURY】を見せつけるように最大展開し、装填された全てのミサイルをマイブリスにロックする。先に放ったミサイル群を差し引いてもコジマミサイル38基、通常ミサイル192基、計230基のロックが完了したサインがコンソールパネルに表示された瞬間、PQは迷うこと無くトリガーを引いた。

 

ミサイルの大群は白煙と翡翠色の粒子が混在した尾を曳きながらマイブリスを丸呑みにせんと伝説の白鯨の如き威圧を以て爆進する。そのまま白鯨と鈍色の巨人の相対距離がどんどん詰められて距離200を切った時、PQは勝利を確信した。数多くの乱戦を潜り抜けて磨き上げた勘がPQの脳内に勝利のゴングを鳴り響かせる。

 

 

――あの距離からミサイルを振り切れるネクストは存在しない。ましてやコジマミサイルが入り混じった必殺の大群だ。

 

――さらば【ドルニエの黒鬼】、貴方と相見えたことを誇りに思います。貴方の貴い犠牲は革命を以て成算させ、必ず理想の世界を………?

 

 

ロイ・ザーランドに手向ける言葉を想い、完全に勝利の愉悦に浸っていたPQにとって()()は明らかな不穏だった。

 

マイブリスの背面に纏い付いている翡翠色の翼が緋色の翼に変化したのである。

 

刹那、PQのコックピットにロイ・ザーランドの呟きが聞こえた。

 

 

 

 

《それじゃ、本気で行くか》




いかがでしたでしょうか。

【MERCURY】はオリジナル兵装です。イメージとしてはヘビーアームズのミサイルポットが翼状に連なっている感じです。表現むつかしい……。

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64.化け猫と猟師

今回は下品で不躾な表現が多々あるので、免疫のない方はお気をつけ下さい。


「くそっ! 鬱陶しい!」

 

《もっと動け、その方が狩り甲斐がある》

 

「俺は鹿や猪じゃねえぞ!」

 

《冷静になれイッシン、焦れば相手の思う壺だ》

 

「そんなの分かってる!」

 

 

セレンの助言に怒鳴り返したイッシンの駆るJOKERは独壇場の空中戦から地上でのブースト戦闘に戦法を移行して縦横無尽に砂漠を滑っていた。目の前では深緑色の四脚ネクスト【ビックバレル】が左手に握られたハンドミサイル兵装【NIOBRARA03】で牽制のミサイルを発射しながら右肩に顔を覗かせる巨大砲門――両背格納式ハイコジマキャノン【FEFNIR(ファフニル)】――を放つ好機を伺っている。

 

ジリ貧まっしぐらの状況だが、打開しようにも砲門が常に向けられているストレスとミサイルの細やかな妨害により接近できず、開戦時に穿たれた左腕は融解によるジョイント不良でパージする事が出来ずただのデットウェイトに成り下がっていた。まさに手負いの獣である。

 

 

「さてどうするか……!」

 

 

イッシンは脳をフル回転させながらJOKERに回避行動をとらせて的を絞らせないよう地上で円舞曲(ワルツ)を踊らせる。横方向へ滑りつつ後方へQBを噴かしたり、右へQBしたと思えば踵を支点に一回転して左に急旋回したりと無作為に世話しなく動くが、ブッパ・ズ・ガンは氷点下のような冷静さを保ちながら照準を合わせようとスコープを覗き続ける。

 

 

(良い動きだ。腕のいいスナイパーに狙われた経験があるようだな)

 

 

ふっと彼が気を緩めた刹那、JOKERはブッパ・ズ・ガンの思考の隙間を縫うようにプラズマキャノン【TRESOR】を放った。ブッパ・ズ・ガンは僅かに身体を強張らせるが直ぐに状況を把握。視界からJOKERを外さないよう落ち着いてQBを噴かして回避しつつ、ハイコジマキャノン【FEFNIR】の発射調整を行う。

 

 

(この距離で気配を読むとは。長引かせるのは悪手、か)

 

 

――次のアクション、そこで決める。

 

ブッパ・ズ・ガンは自らに言い聞かせるように脳内で反芻し、その指令を指先に伝えるように力を込めた。猟師が手札を読まれるということは死を意味する。だが、それを十分に理解していた彼の覚悟はイッシンから不用意に出た一言に呆気なく吹き飛ばされてしまった。

 

 

「畜生、いまの避けるかよ! ロリコン爺なら仕留められてたってのに!」

 

《……………ほぅ》

 

「あ? なん――」

 

《答えろ、首輪付き。お前は王小龍(ワン・シャオロン)を知っているのか》

 

 

互いに回避行動と迎撃を織り交ぜた鍔迫り合いの最中とは思えぬ問いの真意にイッシンは思考を巡らせる。目の前の四脚は一進一退の殺し合いの中でわざわざ聞いてきた。ならかなりの興味を持っている筈だ。打開の糸口が見えない以上、会話の揺さぶりで無理矢理こじ開けるしかない。

 

 

「知ってるもなにも(てい)の良いガキの使いを散々やらされて、挙げ句の果てにゃ死にかけたんだ。(はらわた)が煮えくりかえるくらいにいけ好かない爺だぜ」

 

《あの御仁らしい。黄泉の入口に立ちながら権謀術数は衰えを知らないようだ》

 

「そういうアンタも爺の知己って感じだな」

 

《かつて『師』と仰いだこともあった。先の大戦で間違いだと気付いたが………ふっ、喋りすぎたな》

 

 

皮肉交じりの自嘲がJOKERのコックピットスピーカーに虚しく響く。――ダメだ、まだ終わらせるな。考えろ、もっと喋らせろ。揺さぶりの材料を一つでも多く見つけるんだ。

 

 

「待てよ。先の大戦ってことはアンタもリンクス戦争に参戦してたのか」

 

《過ぎた話だ》

 

「リンクス戦争を生き抜いたリンクスが反動勢力に与する理由が分からねぇな。そんな強い奴をカラードが放っておかないだろ?」

 

《貴様と交わす言葉はもう無い》

 

「連れないこと言うなよ。リンクス戦争で身内でもぶっ殺されたのか?」

 

《……もう一度言ってみろ》

 

 

――かかった! 死んでも離すな、鬼が出るか蛇が出るか知ったことか。意地でも揺さ振って動揺と隙を引っ張り出してやる。

 

 

「ハッ図星かよ! それじゃ反動勢力についたのは弔い合戦ってか! 十年以上前の戦争を引き摺ってるなんざリンクスの風上にも置けねぇな、しょうもねぇ!」

 

《貴様に何が分かる》

 

「少なくともリンクス戦争で死んじまう程度には弱い身内だってのはわかるさ! 恨んでもいいんじゃねえか? 『お前のせいで俺は反動勢力に身を落とした。死んで償ってくれ』ってな………あっもう死んでんのか!」

 

 

――我ながらここまで下劣で低俗で情の欠片も無い罵詈雑言を並べられたものだ。スピーカー越しにオペレートするセレンも聞くに堪えないとヘッドセットを外した着脱音を感じる。生きて帰ったら精一杯の謝罪と詫び品を献上しないとな。――だが、まだ足りない。もっと我を忘れさせるようなネタを釣り上げる必要がある。

 

対して、親類の故人に最低最悪の愚弄を宛て()られたブッパ・ズ・ガンは無機質な表情のままモニターに映るJOKERを見据えていた。しかし彼が握る操縦桿はミシミシと不穏な音を立てて震えており、湧き上がる憤激をなんとか抑えようと努めているのは容易に判断できる。

 

 

(堪えろ、これは挑発だ。行けば相手の術中にハマる)

 

「おいおい、身内をこんなに(けな)してるって言うのに文句の一言も無いなんて随分薄情なヤツだな。それとも玉なしのカマ野郎なのか?」

 

(耐えろ、耐えろ、耐え――)

 

「そういえば死んだヤツとの間柄を聞いて無かったな。おおかた姉貴か? 妹か? どっちにしても生きてりゃ俺が丁寧に可愛がってやったのによぉ!」

 

 

 

 

《………殺す!!!!!》

 

 

 

 

 

気付いた時には遅く、ブッパ・ズ・ガンはトリガーを勢いよく引いていた。刹那に砲門から現れる翡翠色の光球は目の前を蝿のように飛び回る怨敵を抹殺せんと大きく膨れ上がり、コンマ0.2秒で臨界点に達した瞬間、オーロラを彷彿とさせる巨大な光条を放出する。

 

ネクストの脚部性能に於いて安定性では随一の値を叩き出す四脚だが、ハイコジマキャノン【FEFNIR】発射による急激な熱膨張で引き起こされた衝撃波により砂漠地帯を徐々に後退しながらもビックバレルは照射を続ける。

 

 

――もはや計画などどうでもいい。

――コイツは、コイツだけは生かして置けない。

――確実に、いま、殺す!!

 

 

怒りに身を任せた攻撃とはいえ、並のリンクスよりも遥かに精度の高い攻撃だったことに変わりは無い。彼が放った一撃が確実にJOKERを仕留めることを疑う余地はなかっただろう。しかしブッパ・ズ・ガンは一つ重大な勘違いを犯してしまっていた。

 

それはキドウ・イッシンが()()()()()()()()()であるという勘違いである。

 

 

「待ってたぜ! この時をよぉ!」

 

 

自身の命を刈り取ろうと一直線にコア部へ迫る翡翠色の光条に向かってイッシンは叫ぶとQBを発動して、JOKERの左腕に当たるように位置を調整した。……調整したと簡潔に書いているが時速3000km/hで飛来する死の光に臆すること無く最適なタイミングでQBを噴かす技術と、コア部に擦らせる事なく自身の左腕に命中させる操縦センスは並大抵ではない。加えて()()()()()()である【限界機動】を一切使用せずにこんな芸当を実現できたのは、(ひとえ)にイッシン自身の鍛錬の賜物だった。

 

そうして差し出された左腕は寸前違わず光の中に呑み込まれ、最後の足掻きを見せるように爆散した。爆散によって発生した小さな黒煙を仄かに纏う隻腕になったJOKERはOBを発動してビックバレルとの距離を一気に詰める。イッシンが予想していた通り、背部兵装のハイコジマキャノン【FEFNIR】は排熱段階に移行して水蒸気を吐きながら砲身を赤く染め上げていた。あの様子では連発できる仕様でないことをイッシンは瞬時に理解する。

 

 

《しまっ………!》

 

「後悔が遅れ過ぎだぜ、ブッパ・ズ・ガン!」

 

 

挑発されたとはいえ致命的なミスを犯してしまった事実に我を取り戻したブッパ・ズ・ガンは何とか態勢を立て直そうと両手の【NIOBRARA03】を乱発するが、左腕をパージして身軽になったJOKERは【NIOBRARA03】から放たれるミサイルの誘導性能を上回る速度でこれを見事に回避。ビックバレルに急接近してボクシングのダッキングのように懐へ潜り込む。

 

 

《……! アレを無傷で捌くか……!?》

 

「アンタにゃ悪いことしたからよ。これで勘弁してくれ」

 

 

イッシンは自戒と赦しを込めてそう言うとJOKERの右手に握られた【AR-O700】を投げ捨て、握り拳をぎゅうっと作り上げる。そのままお手本のような足の体重移動、腰の捻り、滑らかなフォームから繰り出される右アッパーをビックバレルのコックピットにクリーンヒットさせた。

 

JOKERの全トルクを集約させたアッパーは四脚タイプであるはずのビックバレルを僅かに浮かせ、絶大な威力であることを物語っていた。その衝撃をモロに受けたブッパ・ズ・ガンは耐えきれずコックピットに吐瀉物(としゃぶつ)を撒き散らして()えた匂いを充満させる。意識を手放しかけて朦朧としている中、ブッパ・ズ・ガンは最後の力を喉に込めて呪詛を吐いた。

 

 

《貴、様……!》

 

「無理な殺生はしたくねぇんでな、鹵獲させて貰うぜ」

 

 

イッシンの無機質な答えを耳にしたブッパ・ズ・ガンは、今度こそ意識を手放し深い深淵へ堕ちる。折しもそれは戦闘終了のゴングでもあった。




いかがでしたでしょうか。
どんどんイッシン君がダーティーになっていく……。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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65.損して恥かく生還者

ノートPC用冷却板を買ったのですがイマイチ効いてる気がしないんですよね。もっと高いのにすればよかったのかな。


《終わったようだな》

 

「ああ。……悪いことしたなセレン」

 

《よくもまぁ、あそこまで聞くに堪えん言葉をイキイキと吐けるものだ。日頃の鬱憤がそこまで溜まっているのか?》

 

「意地悪いこと言わないでくれよ」

 

 

イッシンは肩をすくめながら操縦桿を前に倒すと同時にガキンッ!と鋭い金属音が辺りに響く。その金属音は砂漠の上で鉄塊と化しているビックバレルのコックピットハッチに対して、隻腕のJOKERが右手に握られた【AR-O700】を器用に使い熟してこじ開けている音だった。

 

リンクスであるブッパ・ズ・ガンが気絶している事は間違いのだが、何かの拍子で覚醒して暴れられても困ると判断したイッシンがブッパ・ズ・ガン本人の拘束をセレンに提案したのである。最初は無駄な衝撃を与えないためにイッシン自身が地上に降り立って携帯デバイスを用いた電子ハックでコックピットを開放するつもりだったのだが、セレン曰く『作戦行動中に身を晒すリンクスがどこにいる』と叱責され、仕方なくこじ開ける事にしたのだ。

 

 

「そういやロイの方は大丈夫なのか? 向こうから戦闘音が何も聞こえないんだけど」

 

《問題ないさ………ふん、噂をすれば》

 

《よぉ青年。心配してくれるなんて優しいんだな》

 

 

イッシンは声のする方向を見ると、鈍色の巨人であるマイブリスが左手で()()()()()()()()を引き摺りながらJOKERに近付いて来ている。へらへらと笑うロイとはあまりに対照的で殺伐とした光景に思わずイッシンは問いかけてしまった。

 

 

「ロイ、なんだよそれ」

 

《ん? 見りゃわかるだろ、さっきのイレギュラーだよ。プライドを完璧にへし折ったんだが、暴れられたら面倒だからコア以外全部()()()

 

まだまだ、まだまだ、まだまだ――

 

「めちゃくちゃブツブツ言ってるじゃねえか大丈夫かよ。てかネクストってもげるもんなのかよ」

 

《案外簡単だぜ? スノウクラブみたいにこう、ポキッとな》

 

「えぐいな」

 

《安全管理がなってるって言って欲しいね。それより()()、まだかかりそうか?》

 

「いやもうすぐ……っと! ほら、開いたぜ」

 

 

イッシンの掛け声と同時にJOKERが握っている【AR-O700】をテコの要領で押し倒すと、ビックバレルの搭乗口に設置されたモーターが無理矢理逆回転させられた音をアクセントにしてガガガッ!と嫌な音を立てながらゆっくりと開いた。テコにした【AR-O700】は反動で切っ先が曲がってしまい使い物にならなくなったので、JOKERは近くの砂丘にブンと放り投げる。太陽光が射し始めたコックピットを見遣ると、中には眼鏡を掛けた男性がグッタリと操縦席にもたれ掛かっていた。

 

齢30前半に見える男性は引き締まった痩躯に似合う透き通った金髪を短めのワンレングスで整えており、色白で若干骨張った輪郭は掛けられた黒縁眼鏡と相まって神経質そうな印象を与えた。メインカメラを隔てて観察するイッシンはあからさまに溜息をつきながらポリポリと頭を掻く。

 

 

「なんだよ、ダンと似たり寄ったりの優男かよ。なんか腹立つな」

 

《……イッシン。カメラの解像度を上げられるか?》

 

「ん? あぁ構わないぜ」

 

 

敵リンクスを姿を見て、それまで黙っていたセレンが急な興味を示す。特段断る理由もなかったイッシンはJOKERのメインカメラ倍率を絞り上げてピントをより近くで合わせる。気絶しているため顔は伏しがちになってはいるが、ここまで近づけばセレンも問題なく見れるだろう。

 

 

「これでいいか?」

 

《――ああ、問題ない》

 

「どうしたよ、昔の男にでも似てたのか?」

 

《馬鹿なことを言うな………まもなくインテリオルの回収チームが到着する連絡が入った。それまで待機しろ》

 

《ならMs.セレン。回収チームの到着までに()()()()()()()()()()を片付けるというのはどうです?》

 

 

不意に鈍色の巨人を駆るロイは焦げ茶色の塊を引き摺ったまま提案した。もう一つのミッション? そんなものあったか? とイッシンとセレンの頭には疑問符が浮かんで、間もなく思い出す。確かにあった。だがしかし、あれをミッションと呼んでいいのか?

 

 

「あ~~、うん、まぁ、一応ミッションだし、うん、やるか」

 

《そうだな。面倒だがやらない訳にはいかないだろう》

 

《じゃ決まりってことで。行こうか》

 

 

心の底からどうでもいいと思っている男女二人組の主導権を上手くロイが取りまとめた形で、一行はある地点に向かう。一進一退の激闘が繰り広げられた砂漠地帯には赤茶けたクレーターがいくつも誕生しているが、目的地はそこを抜けた先だった。およそ戦闘らしい戦闘の跡がほぼ見受けられず、近くにあるのはキタサキジャンクションの一部が倒壊した際に生じた瓦礫(がれき)くらいだ。そんな平和な場所に到着すると、一体の巨人が呑気に伸び上がっていた。

 

異形というより(あやかし)と呼んだ方がしっくりくるアンバランスで不格好な巨人の名はノーカウント、リンクスは【ランク28】パッチ、ザ・グッドラックである。JOKERとビックバレルの激闘についぞ参戦することなく、開幕前場外ノックアウトを華麗に決めた傑物はJOKERとマイブリスが足元に来てなお覚醒する気配は無い。

 

 

「おい」ガンッ

 

《うぅ――はっ!な、なんでアンタらが!?》

 

「なんでって……もう終わったんだよ。お前がのんびり昼寝こいてる間にな」

 

《そそそそそそんなっ!》

 

《そういやお前さん、インテリオル領内で略奪してるんだってな?》

 

「腐っても独立傭兵だ。こういう場合はどうなるか。パッチ、お前なら分かるだろ?」

 

 

生殺与奪を他人に握られた状況はかなりシリアスになるはずなのだがパッチ、ザ・グッドラックの圧倒的小物感によって単なるカツアゲにしか見えず、その事実にJOKERの肩越しにパッチを見下すロイはクスクスと笑っている。対するパッチは状況が状況なだけに、どうにかして生き延びる方法を考え抜いていた。

 

 

《待ってくれ! 降参だ!俺は、指示された通りやっただけだ!あいつらがいなけりゃ戦う意味もない!》

 

――お、やっぱ原作通りにやっちゃう? それなら乗ってやるか。

 

「じゃあなんだ? インテリオル領内の略奪もアイツらに指示されたってことか?」

 

《そ、そうなんだ!それにあんた達はまだ生きてる!ノーカウントだ、ノーカウント!》

 

 

『人を呪わば穴二つ』とは良く言ったものだ。

 

相手を地獄に叩き落とすのならば自身も叩き落とされる覚悟が必要だと言う慣用句だが、なにも呪術に限ったことではない。どの世界、どの業界にも少なからず存在する不文律であり因果律でもある。

 

そしてそれは傭兵稼業においても同様だ。

もし例外があるとすれば、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ぐらいだろう。

 

実践こそしたことはないがパッチ、ザ・グッドラックはこれをよく理解していた。多かれ少なかれリンクスとして傭兵稼業に勤しむ者は一定以上のプライドをもっている事が(ほとん)どであり、取るに足らない屑のために手を下すリンクスは皆無と言っていい。

 

自ら諸悪の種を蒔いておきながら形勢が変わった途端、不様に命乞いを晒す輩なぞに放つ銃弾より、試し打ちの銃弾のほうがまだ価値がある。

 

パッチの卑屈で浅ましい言葉をスピーカー越しで聴いていたセレンは辟易としたジト目で溜息をつき、ロイはある種の驚嘆を感じていた。

 

 

《な、分かるだろ?同じリンクスじゃないか》

 

《イッシン、ああ言ってるがどうする? 私はお前に任せるよ。なんだか馬鹿らしくなっちまった……》

 

《……青年、すげぇなこいつ。大物だ。感動した……》

 

 

――よし! よし!! よし!!! これでなんとか生き残れる! 死んじまったら元も子もねぇ。泥水啜ろうが砂利を食らおうが、生きてりゃどうとでもなる! 先ずはこの場を切り抜けて――。

 

 

「分からねぇな」

 

《……………え?》

 

「お前が降参しても、お前を見逃す理由はないだろ?」

 

 

イッシンの冷徹な言葉とほぼ同時にジャキンッ!とJOKERの右腕部格納からアルゼブラ製ハンドガン【LARE】が飛び出して、右手にしっかり握られた。その威力と連写性能からハンドガンというよりもマシンライフルの趣が強い【LARE】を至近距離で突き付けられたパッチは突然の状況に気が動転してしまう。あんなものを全弾受けたら確実に死ぬ。

 

 

「インテリオルからキツい(きゅう)を据えてくれって言われてるんでな。悪く思うなよ」

 

《やっ、止めてくれ! 金ならいくらでも払う! 俺の全財産700000C(コーム)をそっくりアンタにやるよ!悪い話じゃないだろ!?》

 

「そんな端金(はしたがね)よりもインテリオルとの関係性の方が100倍上等だろ。関係悪化でパーツが買えないなんて洒落にならないからな」

 

《待ってくれ! なんでもするから! 言う通りにするから! だから、だから命だけは……!》

 

「………いま、なんでもするって言ったな?」

 

 

パッチの言葉に反応したイッシンは【LARE】を降ろし、倒れたままのノーカウントをよく見るためにJOKERをしゃがませる。――口から咄嗟に出た言葉だが、生き延びるためには縋るしか無い。そう判断したパッチはここぞとばかりに自身を売り込んだ。

 

 

《ああ、ああ! 何でもするさ! 尾行、情報収集、便所掃除に犬の散歩! ノーマルで編成されたゲリラの掃討、ネクストの整備、模擬戦の相手!何でもやってやる!》

 

「じゃあよ、()()()()()()()()()()()

 

《…………へ?》

 

 

子供のように純粋で無邪気で屈託のない意地悪な笑みを浮かべたイッシンの顔をパッチ、ザ・グッドラックは見ることは出来ない。しかしコックピットに反響するイッシンの声色で彼は全てを察し、同時に後悔した。

 

あんなこと言うんじゃ無かった、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラード記録ファイル(整理番号:IU-202)

 

 

依頼主:インテリオル・ユニオン社

 

依頼内容:不明ネクスト+ノーカウント撃破

 

結果:成功

 

報酬:600000c

 

備考:不明ネクストおよび不明リンクスの鹵獲に成功。インテリオル・ユニオン回収チームにて精密検査を行った後、カラード本部に移送予定。また、本依頼の受注リンクス【キドウ・イッシン】ならびに【ロイ・ザーランド】両名について、交戦による身体的外傷および精神的外傷は確認出来ず。

 

なおインテリオル・ユニオン領内にて多数の略奪行為が確認されている【パッチ、ザ・グッドラック】の身柄を【キドウ・イッシン】が預かりたいとの要請を受け、インテリオル・ユニオンは24時間の拘束具着用とGPS監視下を条件にこれを承認。以降の管理を【キドウ・イッシン】および【セレン・ヘイズ】へ移管する。




いかがでしたでしょうか。
パッチくんは犠牲になったのだ……。

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66.大戦の残滓

どんなにイライラしていても、ステーキを食べればどうでも良くなるからステーキは偉大。


カラード本部 地下15階 通称【茶の間】

 

 

「……失礼。仰っている意味を理解しかねるので、もう少し噛み砕いてご教示願えますか」

 

「何度も言わせるなジェラルド。我々、企業連はラインアークを墜とす方針だ」

 

「それはホワイト・グリントの撃破と同義でしょう」

 

「君達というホワイト・グリントを上回る戦力を我々は有している。問題は無い」

 

「買いかぶるのは結構ですが、随分と急な話ですな」

 

 

カラードランク一桁の最上位かつ企業専属のリンクスのみが参加することを許される【お茶会】の場所には今現在、いつもの参加者――オッツダルヴァ、リリウム、ウィン・D、ローディー、ジェラルド、王小龍の6名――に加えて3名の老人達が相対して顔を合わせていた。老人達は年相応の年輪が肌に刻まれており、それなりに良いスーツを着こなして如何にも紳士然としているにも関わらず圧倒的威圧感を以て常人では無いことを知らしめていた。

 

3名の老人は各企業グループの宗主であり、企業連の最高権力者である。無論その中にはGAグループ宗主であるスミス・ゴールドマンの姿もあり、対面に座るローディーは居心地が悪いのか少々苦々しい顔をしていた。

 

 

「不明ネクストとの戦闘は今月に入って3回。うち1回はリッチランド農業プラントに再び多大な影響を与え、財政の芳しくないコロニーの多くは食料の配給制にシフトした」

 

「これ以上の食糧危機は、いずれクレイドルにも波及する。だからこそ早急に手を打たねばならん」

 

「それとラインアークがどう関係するんだ?」

 

 

目を瞑って腕組みをしたまま話を聞いていたウィン・D・ファンションが口を開く。その口調には明らか不快感が込められており、彼女の鋭い眼光が老人達を襲う。しかし彼等は子供の駄々を軽く受け止める親のように返答した。

 

 

「不明ネクストの出所が分からない以上、万事に備えて我々は一枚岩にならなければならない。その実現には反クレイドル主義のラインアークを傘下として、より強固な基盤を作り上げる事が急務だ」

 

「良く言う。目の上の(こぶ)を早々に取り除いて自身の地位を高めたいだけだろう」

 

 

老人達のそれらしい高説をオッツダルヴァは喜劇でも見るかのように鼻で嗤う。インテリオル・オーメルの宗主は飼い犬に『お手』を無視されたような表情で眉を(ひそ)めるが、隣に座るゴールドマンは顔色一つ変えずにオッツダルヴァに向き直った。

 

 

「その通りだが、何か問題でも?」

 

「ふん。ラインアークのスポンサーの割には随分薄情だと思っただけだ」

 

「GAの正式名称はGlobal(グローバル) Armments(アーマメンツ)、故に武器を求める者には分け隔て無く与えるのが我がグループの基本思想だ。それが世界最大の経済圏だろうと、反企業主義の最大勢力だろうと変わりは無い」

 

「時代遅れの巨人だとは思っていたが、死の商人も請け負うか。下らん飼い主を持った【アナトリアの傭兵】には同情する」

 

 

GAグループは先の大戦――リンクス戦争――において滅亡した旧レイレナードグループを筆頭とする新興企業勢力に対抗するために、オーメル・ローゼンタール・旧イクバール(現アルゼブラ)との共同戦線を敷いた。新興企業勢力はエネルギー兵器を得意とした企業体であったため実弾防御に重きを置いたGAグループは足手まといとなるはずだったのだが、そこに一筋の眩しい光が差し込む。

 

伝説のリンクス【アナトリアの傭兵】だ。

 

様々な紆余曲折により困窮せざるを得ない状況だったコロニー【アナトリア】が最後の手段としてGAに売り込んできた傭兵は当初の下馬評を大きく上回り、まさしく破竹の勢いで戦場を駆け巡った。その戦績たるや圧倒的と言うほか無く計17機のネクストを撃破し、最終的には旧レイレナード社とBFF社を単機で壊滅状態へ追い込むという八面六臂の活躍を見せつけている。

 

そしてその威光は兵装・内部パーツ・フレーム等の供給と彼の実質的な雇い主となったGAグループを大躍進させ、戦争終結の一助を担うに至らせたのだ。そんな経緯もあって内外から『リンクス戦争の立役者』と呼ばれる事が多々あるのだが、今のゴールドマンはオッツダルヴァに対して強く言い返す気力を練ることが出来なかった。

 

それもそうだろう。

 

議題になっているホワイト・グリントこそ、他ならぬ【アナトリアの傭兵】その人だからだ。

 

 

「我々は()()()()()()()()()にすぎない。時代が変われば立場も変わるのは必然だろう」

 

「……なるほどな」

 

「いずれにせよラインアーク襲撃もといホワイト・グリント撃破は決定事項だ。くれぐれも他言しないように。……では失礼する」

 

 

主題を話し終えた宗主達はすっかり重くなった腰を上げて【茶の間】を後にする。その後ろ姿が重厚な扉に吸い込まれるまでローディーは無言で中指を立てており、ジェラルドは終始苦い顔をしていた。そして扉が閉まったと同時に王小龍はらしくない溜息を思いっきり吐く。

 

 

「簡単に言ってくれる。【アナトリアの傭兵】を墜とせる人間などいるものか」

 

「それに墜とす理由もいまいち薄い。こりゃ貧乏くじだな」

 

「ほぉ、お二方とも弱気とは珍しい。GAの稼ぎ口が減るのがそこまで口惜しいですか」

 

 

ジェラルドを挟んだ向こう側で、ウィン・D・ファンションが皮肉っぽく笑いながら言い放つ。『GAの災厄』と揶揄される彼女らしい一声だが、王小龍とローディーは事態の深刻さを()()()()()()()ウィンに対して釘を刺した。

 

 

「……ウィン・D。君は【アナトリアの傭兵】の資料を見たことがあるかね」

 

「もちろんです、王大人(ワン・ターレン)。伝説的な元ノーマルパイロットであり、AMS適性の低さを操縦技術で補う戦闘スタイルで数々のネクストを屠ったリンクスであると聞いています」

 

「そんな概要説明じゃない。()()()()()()を見たことがあるかと聞いているんだ」

 

「? いえ、ありません。【アナトリアの傭兵】の戦闘記録にはアクセス制限が掛かっているので」

 

「ではインテリオルの宗主にでも頼んで見せて貰うといい。彼等が如何に無理難題を我々に押し付けているかが分かる筈だ」

 

「まぁそういう事だ。俺と小龍(シャオロン)は用事があるから先にお(いとま)するよ。ロートルは出る幕じゃないだろうから、精々頑張ってくれ若者たち」

 

 

そこまで言ってローディーと王小龍は席を立ち、最後まで無言を貫いたリリウムを引き連れて【茶の間】を後にする。残された新世代達は多少不満そうな表情を浮かべてはいたものの、彼等を別段引き留める理由も無いといった感じで各自の椅子に座ったままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

席を外したローディー、王小龍、リリウムの三人はエントランスで迎えのエレベーターに乗るために長い廊下をツカツカと歩いていたのだが、ローディーが待ちくたびれたように口を開く。

 

 

「それで? 見せたいものってなんだ」

 

「キドウ・イッシンとロイ・ザーランドが鹵獲した不明ネクストのリンクスと、ハワイの一件の敵工作員だ」

 

「おいおい尋問でもしようってのか。それは本職の仕事だろう」

 

「そうも言ってられん状況なのだ。少しばかり()()()()()が、彼等に会う以外の選択肢は無い」

 

 

普段よりも語尾に力が込められている王小龍の口調に重大さを感じたローディーはそれ以上詮索することをやめて、素直に従うことにした。一行はエントランスに降り立った迎えのエレベーターに乗り込むと、王小龍は【B20F】のボタンを迷い無くしっかりと押す。

 

カラード本部の地下20階は敵性組織の最重要人物を拘束・尋問するための特別収容施設となっており、セキュリティの都合上、茶会メンバーと極一部のカラード関係者にしか入階が許可されないフロアである。

 

その概要は究極の防御と称してフロア全体が防音型三層強化セラミックスで設計されており、収容人物の自殺防止を図るために拘束マスクの着用が義務付けられているほか、収容者全員にもれなく24時間のバイタルチェックと常時2名以上の武装した企業連専属の特殊部隊員がついている鉄壁の監獄であった。

 

地下20階に到着した王小龍一行は常駐管理責任者に用件を説明すると、すぐに目的の不明ネクストのリンクスと敵工作員が個別に収容される独房へ案内される。白く重々しい雰囲気の漂う扉の前で立ち止まった常駐管理責任者は王小龍達に向き直り、手のひらで扉を指す。

 

 

「こちらがスコフィールドバラックス駐屯地を襲撃した敵工作員の独房になります。何度か尋問を行ったのですが、恥ずかしながら情報の引き出しにはまだ成功しておりません」

 

「その程度は想定内だ。他に分かったことは?」

 

「はっ。収容時に着用していた通信機器の解析を行った結果、拘束される直前に暗号ファイルの送信を行っていることが分かりました。追跡を試みたのですが、幾重にも転送と暗号化が施されており受信者の発見はまだ発見には至っておりません」

 

「そうか。それで送信された暗号ファイルの解析は?」

 

「既に終わっています。……実は、その内容なのですが」

 

「なんだ」

 

「【オリジナルNo.10】メノ・ルーの全遺伝子データでした。スコフィールドバラックス駐屯地は本社機能の改修に伴い一時的な仮設情報保管庫も兼ねていましたので、恐らくコレが狙いだったのかと」

 

 

常駐管理責任者の言葉にローディーと王小龍は眉を顰める。この世界において遺伝子データを奪取されるという事は、クローン技術を用いた人造人間の作成が可能となる事と同義だ。そしてそれが【オリジナル】のリンクスとなれば利用価値が飛躍的に高まる。なにせ代替不能の強大な戦力が()()()()になるのだから。

 

衝撃の事実に頭を抱えそうになる王小龍だったが、ここに来た目的をなんとか思い出して隣に立つローディーに促す。

 

 

「ローディー、ここはお前だけで入れ。私達は部屋の外でまっている」

 

「分かった。こんなこと早く終わらせてコーヒーで一服しよう」

 

「……だといいな」

 

「じゃ行ってくる」

 

 

そう言ってローディーはガチャリとドアを開けて同伴する特殊部隊員と共に部屋の中に入ったが、収容されている人物の顔を視界に入れるや否やローディーは目を見開き絶句した。

 

備え付けの座椅子に腰掛けていた収容人物はガッシリとした筋肉質な体格で、背格好と年齢はローディーと同じくらいの壮年だろうか。オールバックに撫でつけられていた栗毛色の髪は収容時に抵抗したせいか雑に乱れており、着用していた黒い眼帯は、代わりに電波妨害用の拘束眼帯に換えられていた。

 

ローディーはガサツな見た目に反して思慮深い性格である。今回の件も、小龍が何を考えているかを彼なりに汲み取って臨んだつもりであった。

 

 

 

しかし誰が想像出来ようか。

 

 

 

遥か昔に死んだ筈の()()が目の前に現れるなど。

 

 

 

 

 

「久し振りだな、兄弟」

 

「…………ユナイト?」

 

 

 

 

 

時は五月、大いなる変容の(さなぎ)が形作られる季節の事である。




いかがでしたでしょうか。

今回からチャプター2のクライマックス突入です。ここまで一年……やっぱり長い……。
オリジナル要素もここからガンガン出す予定なので、今後ともお付き合い頂ければと。

励みになるので、感想・評価・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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67.歪の始点

ゴジラS.P。全体的に駆け足だったのは否めないけど個人的には好きな終わり方でした。あるのなら二期目に期待。


「なんでお前が……レヴァンティールで死んだ筈だろ……」

 

「鹵獲されて捕虜になった時に、逃亡防止でタイラントを撃破されただけだ。勝手に殺すなん――」

 

「ふざけるな!!」

 

 

ローディーはユナイトと呼ばれた眼帯の男の胸倉を強引に掴み上げ、思い切り振りかぶった右拳で彼の左頬を殴りつけた。そのあまりの衝撃にユナイトは後ろに大きく倒れて尻餅をつく。

 

大きく拘束マスクの上から殴ったせいで右拳にはうっすらと裂傷が出来上がるが、ローディーは構うこと無く正規軍仕込みの鉄拳をもう一発食らわせようと倒れたユナイトに迫った。しかし突然の出来事で面食らっていた両隣の特殊部隊員が慌ててローディーを取り押さえ、一人は両脇を抱え、もう一人は正面に立って制止させる。

 

 

「ちょ、いきなり何してるんですか!?」

 

「死んだと思っていた仲間が突然現れたかと思えばGA正規軍を襲撃するわメノの遺伝子データを盗むわ!挙げ句にゃバカでかい反動勢力に加担してるだと!? ふざけんじゃねぇ! てめえのその腐りきった性根、ぶん殴って叩き直してやる!!」

 

「ローディー特別顧問!! 落ち着いて下さい!」

 

「これが落ち着いてられるか! 離せ! 離しやがれ!!」

 

「………ふっ、やはりお前は変わらんな」

 

 

尻餅をついていたユナイトは血の滲む口元を親指で雑に拭い、ゆっくりと立ち上がる。その目は激昂するローディーとは正反対に深く冷めた目をしていた。

 

 

「昔からそうだ。俺が出撃を控えている時は決まってお前は殴ってきたな。『やり返したきゃ生きて帰ってこい』なんて、今考えてもアホらしい」

 

「ああそんなこともあったな!思い出したついでにもう一遍殴らせろ馬鹿野郎!!」

 

「だからローディー特別顧問、落ち着いて下さい! これ以上の身勝手は上層部に報告しますよ!?」

 

「報告したきゃ報告しろ! コイツをもう一回殴らないと俺の気が済まん!」

 

「……だがローディー。お前は変わらずとも俺は変わった。いや、変わらざるを得なかった」

 

 

ユナイトは備え付けの座椅子に再び腰掛け、顔を地面に向けて目を閉じ、一息つく。殴られた左頬が充血して赤黒く肌を染め上げる様は見るも痛々しいが、当の本人は気にする素振りは無い。

 

 

「変わらざるを得なかっただ?! そんな大層な理由があってたま――」

 

()()()()。こう言えば分かるだろ?」

 

「………!」

 

 

企業の罪。

 

この言葉を聞いた瞬間にそれまで暴れていたローディーが打って変わって急に大人しくなり、振り上げていた拳を力無くダランと降ろした。その光景に彼を制止していた特殊部隊員も少なからず驚いていたが、ローディーに暴れる意思が無いことを確認すると彼から離れてユナイトとのやり取りを注視する事に移行する。

 

 

「……知っていたのか」

 

「お前が企業の罪を知りながら企業側につくのは理解出来るし責めるつもりもない。だが俺は、その罪を知った上で企業側につくことは出来ない」

 

「それで罪のない民間人を大勢殺すことになってもか」

 

「革命に犠牲は付きものだ。いまこそ膿を絞り出す時なんだよ、ローディー」

 

 

そう言ってユナイトはおもむろに立ち上がり、すたすたとローディーの目の前に立つ。先程と同様に深く冷めた目をしているが、奥底に強い決意を宿しているその眼光は真っ直ぐにローディーの両目を射抜き、見据える。

 

――いつもそうだった。俺より弱くて頼りない癖に、一度決めたことは自らがどんなにボロボロになっても意地でやり通すヤツだった。簡単だろうが難しかろうが必ず、だ。

 

これ以上の会話は尋問の(てい)すら成さないと判断したローディーは下を向きながら軽く溜息をついて、羽織っている臙脂(えんじ)色のMA-1の襟を正す。それはかつて辛苦を共にした戦友と歩んできた道がとうの昔に(わか)たれていて、自身と正反対の未来を考える者になっていた事への決別の意味も込められていた。

 

 

「変わらないな、お前は」

 

「……そうだな。そうかもしれん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それなりに話せたか」

 

「……あぁ」

 

「気を悪くしたなら謝る」

 

「いいさ、遅かれ早かれ()()()()()だろうしな」

 

 

独房を後にしたローディーは廊下で待っていた王小龍と合流してエレベーターへ向かう途中だった。彼が独房から出てきた瞬間のリリウムが作った表情はしばらく忘れられそうに無い。聡明で理知的な才女だとばかり思っていたが、年相応に恐怖で怯えた顔も出来るのだな。当分の間は避けられる事になりそうだが仕方ないだろう。

 

 

小龍(シャオロン)、ユナイトは――」

 

「皆まで言わずとも分かる。だからこそお前を呼んだのだ」

 

「企業の罪を知っているのは俺とお前を含めた【オリジナル】と数名のリンクス。あとは引退した爺様連中だけの筈だろ」

 

「旧レイレナードの残党も含めればその限りではない」

 

「……まさか」

 

「考えたくは無いが、オーメルが糸を引いている可能性は多いに有り得る」

 

 

王小龍は顔色を変えぬまま淡々と喋るが、腹の底では苦虫を噛み潰した苦悶の表情で満たされている。実質的な被害をほぼ受けること無く『漁夫の利』で大戦の勝者にのし上がった醜悪な赤子が、旧レイレナード社の強大な技術力を接収したにもかかわらず今だ満足の二文字を知ろうとしないで保身の最適解を見つけ出す現状況は王小龍に取って本当に面白くなかった。

 

仮にオーメルが裏で糸を引いていた場合、反動勢力最大の障壁は企業に属さず、常に単機行動を取るホワイト・グリントもとい【アナトリアの傭兵】だ。その障壁を企業体制の磐石化という大義名分を掲げて大多数の賛同を得ながら排除できる(くだん)の任務、あまりにキナ臭い。

 

 

「しからばホワイト・グリント撃破の件を黙って見ている訳にはいかん」

 

「だがどうする。あの様子だとゴールドマンはやる気だぞ。止められるのか」

 

 

ローディーの(もっと)もな問いに王小龍は歩みを止め、杖をカッと地面へ叩き鳴らす。

 

 

「誰にモノを言っている? オーメルの塵芥(ちりあくた)共に権謀術数がなんたるかを私が直々に教えてやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~~もうちょい右」

 

「ここですかい?」

 

「あ、行き過ぎ。ちょっと戻って下に……あ~~そこそこ」

 

「旦那ぁ、ずいぶん凝ってますね? シミュレータのやり過ぎですかい?」

 

「あ、分かる? それがさぁセレンの訓練メニューが酷いのなんのって――」

 

「そんな口を叩けるのなら今度からメニューを2倍に増やしてもいいんだぞ」

 

「セレン!?」

 

(あね)さん帰ってらしたんですか」

 

「誰が(あね)さんだ。それとイッシン、もっと警戒心を持ってコイツと付き合え。(たる)みすぎだ」

 

「別にいいじゃねえかよ、なぁパッチ?」

 

「いやぁ(あね)さんの言うことも正論ですし俺からはなんとも……」

 

「あ!汚ねぇぞ!」

 

 

不明ネクストとの戦闘から十数日後、イッシン達が保有する格納庫(ファクトリー)には下っ端根性全開の新しい面子が増えていた。【カラードランク28】パッチ、ザ・グッドラックである。

 

インテリオル領内で略奪を繰り返し、しまいには反動勢力の不明ネクストとの協力関係も白日に晒されたパッチは本来であれば即座に拘束&拷問のダブルパンチで一生日の目を見ることが叶わない筈だった。しかしイッシンは自らの子飼いリンクスが出来るというメリットに着目し、セレンに無理を言ってパッチを処刑する気満々のインテリオルと交渉。制約付きではあるがパッチの身柄を移管する事に成功したのだ。

 

それからと言うもの、イッシンはことあるごとにパッチに雑用を押し付けて悠々自適な毎日を送っている。もちろんパッチも最初こそ寝首を掻いて脱走しようと画策していたが、その(ことごと)くの結果はイッシン・セレンの二人掛かりでボコボコにされた挙げ句、全裸で屋外に逆さ吊しされるという辱めを以て毎回阻止されたのだ。

 

流石のパッチも脱獄不能のアルカトラズにブチ込まれた事が分かったようで、むしろ最近では反抗しようとする気配は一切見せずに自分にとって居心地の良い環境にしようと下っ端稼業に勤しんでいた。それに加えて二人に反抗する態度さえ取らなければ以前の傭兵生活よりも数段上の衣食住を無償で与えられて、ある程度の小遣いも支給されている。控えめに言って最高だった。

 

 

「あっそういえば旦那。さっきダン・モロからメールが来てましたよ。なんでもラインアークがどうとか……」

 

「ラインアーク?」

 

「……まさか旦那、ラインアークと揉め事でも起こしたんですか?」

 

「揉め事ってお前、ラインアークとの接点なんて(ほとん)ど無いに等しいんだぞ? そんな話あってたまるかよ。とりあえずそのメール見せてくれ」

 

「えぇと……ああ、コレですコレです」

 

 

パッチは手持ちの情報端末を開いて共有フォルダ内にある受信メールボックスを開く。それを見たセレンは、いつの間にパッチに共有フォルダ使用の権限を与えたのだとイッシンに詰め寄るが、メールの本文に目を通したイッシンには眉間に皺を寄せるセレンを気にする余裕は無かった。

 

 

――うっそだろ、マジこれ?今くる?マジで?

 

「……イッシン、どうした」

 

「セレン。急で(わり)ぃけど今から身支度して一緒にダンの所に行くぞ」

 

「どうしたんですか旦那。そんなに慌てて」

 

「ああ、うん。ちょっとラインアークと揉め事起こしてくるわ」

 

 

イッシンの片手に握られた情報端末にはダンから送られてきたメールの本文がつらつらと表示されており、その中の一文――

 

 

――ラインアーク防衛およびホワイト・グリントの援護――

 

 

が一段と輝きを放っているようだった。




いかがでしたでしょうか。

パッチ君の下っ端根性は目を見張るものがありますね。そのうち彼メインの幕間でも書こうかな。

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68.変人と天才は紙一重

美人ってなんであんなにガン見したくなるのでしょうか


海上都市【ラインアーク】

 

洋上に建設されたラインアークには海面からそびえる高層ビル群が数多く立ち並び、その中央には巨大なハイウェイが原始の巨人の如く横たわっていた。スケールこそ北米の要所【キタサキジャンクション】に劣るが、各コロニーへの物資輸送における重要度で言えばラインアークのハイウェイが一歩リードしており、今も蟻の大群のような(おびただ)しい数の輸送トラックが排気ガスを吐きながら前へ前へと前進している。

 

そんな様子とは打って変わってラインアークの居住者が住む海上ビル間の移動手段は海中トンネルかヘリコプターによる輸送に限定され、どちらも混雑や渋滞とは常に無縁の快適な交通状況であった。海中トンネルは透明度の高い海を堪能出来るように耐圧型強化プラスチックで形成されており、時折小魚の群れが海面からの光を反射させながら頭上を通過していく様子が見られる中を一台の車両が移動している。

 

鈍色の塗装が施され、大振りな黒いグリルガードが目を惹く車両はどこからどう見ても完全武装の装甲車なのだが特筆すべきは内装だ。ふかふかのソファと大画面モニター、カラオケや小型のワインセラーまで備えた高級リムジンのようになっており、その煌びやかな車内の後部座席では三人の男女が対面しながら座っていた。

 

黒髪の一人は目をキラキラさせながら内装を舐めるように観察し、金髪の一人はワインを飲みながら車窓の外を眺め、桜髪の一人はその二人を見て眉間に手を当てていた。

 

 

「いやすげぇな! 俺リムジンなんて生まれて初めて乗るぜ! こんななってるのか!」

 

「僕も初めて乗った時は驚いたよ。こんなクルマ、世界中捜しても見つかるかどうか」

 

「二人とも浮かれすぎだ。もっと…………はぁ、言うだけ無駄か」

 

 

桜髪の女性――セレン・ヘイズ――は諦めたように溜息をついて背もたれに身を預ける。丁度その時、運転席側の仕切り壁が下方向へスライドしてティアドロップ型のサングラスを掛けたプレイボーイ然の男性運転手が上機嫌に彼等に話しかける。

 

 

「よぉどうだ御三方。俺自慢のクルマの乗り心地は」

 

「最っ高だぜロイ! テンション爆上がりだ!」

 

「相変わらず良い趣味してるよね、ロイって」

 

「ハハッ! 青年とダンの気に召して嬉しいよ。ミス・セレンは相変わらずですか?」

 

「当たり前だろう。これからラインアークと交渉するというのに浮き足立っていられるものか」

 

「……ま、正論ですな」

 

 

運転手――ロイ・ザーランド――はサングラスを外して正面に見え始めた一際大きいビルを見上げた。他の高層ビル群とは(おもむき)がだいぶ異なり、目に見えるだけでも50基以上の近接防御火器システム(CIWS)が全方位をカバーするように配置され、半径500kmの索敵範囲を備えた球形早期警戒レーダーが屋上に設置されている。

 

各企業グループの本社並とまではいかないが、それでも過剰と言える防衛能力を窓越しに目の当たりにした後部座席の二人の男性――キドウ・イッシンとダン・モロ――も流石に騒ぐのを止め、借りてきた猫のように静かになった。

 

そして煌びやかな車内に一時の静寂が訪れるが、後部座席のセレンが放つ緊張感丸出しのオーラに息の詰まる感覚を覚えたダンは、雰囲気を崩さないようにそれとなく今回の一件について自身の思う所を話し始める。

 

 

「しかし王大人(ワン・ターレン)は相変わらず食えない御仁だよ。急に連絡を寄こしたかと思えば『ロイとイッシン君を連れて【アナトリアの傭兵】と直接交渉してこい』なんて言う始末さ。僕はまだしも二人に断られるって想定をしてないのかな」

 

「あの(ジジイ)のことだから全部織り込み済みで動いてんだろ。陰謀家だかなんだか知らないけど、人の扱いをもっと勉強した方がいいんじゃねえか?」

 

「まぁ、ラインアークと交渉するって時に俺を呼ぶのは流石だけどな。青年には無い(したた)かさとインテリジェンスを感じるぜ」

 

「巻き込みながらディスるの止めてくれない? ……てかロイ。【アナトリアの傭兵】と知り合いならもっと早くに言ってくれても良かったんじゃねえか?」

 

「それは僕も同意見だね。どうして今まで黙ってたんだい?」

 

「聞かれないから言ってなかっただけだ、他意はねえよ。変にひけらかして仕事が減るのも勘弁して欲しいしな」

 

 

ロイは面倒臭そうにイッシン達を軽くいなしながら車を走らせ、やがて一行は大きな鉄門の前に辿り着いた。多少深い傷痕や赤錆が浮いているがあからさまな経年劣化を受けている様子は無く、部外者を阻む役割らしい鈍重な印象を与える。イッシン達を乗せた装甲車が鉄門の前で完全停止すると同時に、右斜め上方に設置された旧式のホーン型スピーカーから真面目そうな男性の声が発せられた。

 

 

《ここは中央特区【ネスト】です。ご用件は?》

 

「カラードのロイ・ザーランドだ。【ランク9】レイブン氏と面会のアポイントを取ってる」

 

《申し訳ありませんがお引き取り下さい。首長の許可の無い【ネスト】への訪問は禁止されております》

 

「……カタい所は相変わらずだなテッド。どうせ隣にDr.マーシュいるんだろ?」

 

《あっバカお前――《呼ばれて飛び出てジャジャジャジャジャーン!ロイ君ひっさしぶり~~!》――ああもう》

 

「お久し振りですDr.マーシュ。ゲート、開けて貰えますか?」

 

《モチのロンさ!チャチャッとこうして……マーシュさん何勝手に操作してるんですか!? セラノ代表の許可が無いと《大丈夫だって! 責任は僕が全部取るからいいでしょ!》

 

 

突如として現れた溌剌(はつらつ)で活気のある男性の存在感にロイを除く全員が対応出来ず挙動不審になる中、固く閉ざされていた鈍重なゲートが錆び付いた金属音を響かせながら独りでに開門する。運転手であるロイは窓を開けて軽く腕を上げると、自身が運転する鈍色の装甲車にゲートを(くぐ)らせた。ゲートの中はコンクリートで作られたトンネルとなっており、左右の側壁上部には白く輝く誘導用ライトが20mおきに周囲を照らしていた。

 

トンネルに入って少しすると、まるでアレがいつもの感じだと言わんばかりにラインアーク関係者のテンションをスルーしていた、いやむしろ懐かしんでいたロイにイッシンとダンは全力の畏敬と疑惑の目を向ける。

 

 

「あ~やっぱり落ち着くな、あのテンション」

 

「いやいやいやおかしいだろ? なにいまの? 今の歓迎ムードは知り合いってレベルじゃねぇじゃん。というかDr.マーシュって? まさかあの天才設計者(アーキテクト)アブ・マーシュ? それともう一人のテッドって誰よ? 」

 

「ロイ。僕たちにまだ隠している事があるだろ」

 

「だからなんも――」

 

「もういいんじゃないか?」

 

 

不意にそれまで目を閉じながら沈黙を守っていたセレンが腕組みをして窓の外を眺めながら口を開く。同じく後部座席に座っているイッシンとダンは意識を()()()()()()素振(そぶ)りのセレンに集めるが、彼女の言う『もういい』の意味を測りあぐねていた。その様子を見てなお出し渋るロイの背中を押すようにセレンが言葉を繋げる。

 

 

「あの老人のことだ、文字通り全て織り込み済みだろう。それに隠したところでなんになる? どのみち知ることになるなら早いに越したことはないだろう」

 

「……はぁぁ、わかりましたよミス・セレン。でもまずは彼等への自己紹介が先だと思いますがね」

 

 

ロイの言葉にセレン達がフロントガラスの向こう側を覗き込むと、500mほど先のトンネル終点付近に人が集まっているのが見えた。人数にして10人前後だろうか。中央には白衣を着た人物が立っており、その他の全員は灰色一色の戦闘用ヘルメットとボディーアーマーに身を包んだ兵士であることが確認できる。

 

ほどなくして彼等の前で停車し、イッシン達一行(いっこう)が車から降り立つと、兵士達の中央にいる白衣の人物が両手を広げて歓迎ムード全開で出迎えてくれた。歳は四十代半ばだろうか。好奇心の赴くままに研究してきたのだろう、白髪混じりの細身な男性だが疲労の色は一切見えず、むしろイッシン達と会えたことで刻一刻とバイタリティが満ちていってるようにも見えた。

 

 

「ようこそ【ネスト】へ! 君のような素晴らしいリンクスに直接会えるなんて、今日はなんて良い日なんだ!!」

 

「お久し振りです、Dr.マーシュ」

 

「なんでそう畏まるんだロイ君!僕のことは呼び捨てて構わないっていつも言ってるだろ?」

 

「ラインアークの技術開発主任を呼び捨てだなんて出来ませんよ」

 

「そういう所はオヤジさんそっくりだな! 優秀なリンクスは下手(したて)に出た方が得だって教育を履修しているのかい? じゃせめてマーシュさんと呼んでくれよ!Dr.なんてガラじゃないからね!」

 

「……すげぇハイテンションだな」

 

「僕もちょっとキツいかな……」

 

「おっそこにいるのは………ダン・モロとキドウ・イッシン!? それに霞スミカまで! 大盤振る舞いじゃないか!!」

 

 

ロイとの邂逅もそこそこにイッシン達の存在に気付いたDr.マーシュは、比喩表現なしで両目をキランと光らせると風のような速さで三人に掛けよる。

 

 

「ふむふむ! データでは確認していたが実物はこんななんだねぇ! ……あれ? ダン・モロ、君の上腕三頭筋がデータより1cm肥大しているけどトレーニング方法を変えたのかい?」

 

「いや、あの……」

 

「マーシュさん、その辺りで。今日はレイブンさんと交渉しに来たんです」

 

「ん?ああ! そうだったねゴメンゴメン! それじゃ行こうか! こっちだよ!」

 

 

嵐と呼ぶにはあまりに激しく、そして苛烈な出迎えにロイ・ザーランドを除く全員の心は一つになっていた。

 

 

 

(((………帰りてぇ)))

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

ロイとラインアークの関係とは……。
アブ・マーシュはハンサム研究員にしたかったのですが、ホワイト・グリントにあんな変態可変機構(褒め言葉)を搭載した人間が変人じゃない訳ないんだよなぁ。

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69.旧き伝説たち

今回はちょっと長めです。


「アレがラインアークで開発中の無人MTだよ! 今は半自律思考型だけど、完成形は完全自律型の学習AIを搭載しようと思ってるんだよね! それと向こうでプカプカ浮いてるのが小型AFの試作機でさ! あっ旧世代のフェルミと同じサイズだって侮らないで! 総火力はフェルミの2.5倍をマークしてるし、現行のAFと比べて人員も7割カット出来るから万年欠員だらけのラインアークにぴったりなんだ! それにねそれにね――」

 

「なぁ、アイツぶん殴ったら黙るかな」

 

「止めときなよ。死んでも喋り続けるよ? たぶん」

 

 

ロイの知己であるアブ・マーシュとの邂逅から一時間弱。イッシン達一行は今回の訪問の本命である【ランク9】レイブンに会いに行くに当たってどうしても技術開発研究所の通路を通過せざるを得なかったために、かれこれ約40分ほどアブ・マーシュの新兵器談義に付き合わされていた。

 

アブ・マーシュ。

 

AMS技術の最前線であるアスピナ機関に主席研究員として所属していた彼は、伝説の名機【ホワイト・グリント】を設計した功績を称えられて各企業グループ宗主から直々にヘッドハンティングの連絡が飛び込んでくるほどに優秀で不世出な人物だった。

 

彼自身、その待遇に満足して甘んじていたのだが、その折、突如として世界中に未曾有の被害を巻き起こした企業間戦争――リンクス戦争――が発生する。

 

戦争終結後、戦火を拡大させた一因に【ホワイト・グリント】が深く関わっている事に葛藤したアブ・マーシュは責任を取る形でアスピナに辞表を提出する。当然アスピナはその提案を一蹴し、逃げ出さないように彼を身柄を軟禁状態で拘束するが、『現職を辞める』と岩のような固い意志を持っていたアブ・マーシュは隙を見て脱走。

 

しかし頼れるツテも無くどうしたものかと思案しているなか、かつて協力関係だったコロニー【アナトリア】の研究員がラインアークに偶然にも身を寄せているという情報を聞きつけ、善は急げとラインアークの門を叩き、無理矢理研究員として雇ってもらい今に至っていた。

 

そんな行き当たりばったりな彼の勝手を知っており、先程まで一同を牽引していたロイも熱心な研究談義にはお手上げ状態のようでウンウンと頷いては会話を切り出そうとして(ことごと)く機会を潰されていた。セレンに至っては熱心に聞き入ったのちに詳細な質疑応答を求めている。

 

灰色に統一された周囲の護衛兵士達も『また始まったよ』と言わんばかりに呆れた笑いを浮かべている始末だ。

 

 

「Dr.マーシュ、そろそろ……」

 

「そうだった!アレを紹介するのをすっかり忘れていたよ! ほら見える? あそこに懸架されてる菱形の! 実はホワイト・グリント用にレーザーブレードを開発中でさ! あれが記念すべき第一号試作品なんだ! でも課題がいっぱいあってさ。威力はピカイチなんだけど、消費ENが尋常じゃないんだよねぇ」

 

「それはブレードの発振時間を短くすればいいのではないか? 現行のレーザーブレードは残心中にもブレードが発振している。それを無くせば――」

 

「!! ナイスアイデアだよ霞スミカ! さっそく開発班に伝えないと!」

 

「……なぁ、やっぱりぶん殴った方がいいんじゃねえか?」

 

「だからやめなって」

 

「ずいぶんと楽しそうで何よりです。マーシュ博士」

 

 

急に女性の声が聞こえたのでその方向を見ると、ライ麦畑のような(たお)やかな金髪のハンサムショートがよく似合うスーツ姿の一人の女性が立っていた。

 

20代後半らしい大人びた魅力と可憐な少女の愛しさを併せ持ったその女性はツカツカとアブ・マーシュに歩み寄って再び声を掛ける。

 

 

()の客人を案内するとは聞いていましたが、技術開発研究所の中枢を公開するとは聞いていませんよ?」

 

「まぁまぁ、そう怒らないでイェルネフェルト女史! たったいま霞スミカからナイスアイデアを――アイタタタタッ! 耳をつねらないで!」

 

「ご自分の発明を無闇矢鱈に見せびらかさないようにと何度言ったら分かるんですか? ご自分の署名付きで誓約書も書いてるでしょう」

 

「は、発明に善も悪もないだろ! 私は科学者としての本分を――だから痛いって! 耳が! 耳がモゲる!」

 

「マーシュ博士が研究成果を見せびらかさずに生活してくれるならいっそ、モぐのも手ですね」

 

「……相変わらずスパルタだな、フィオナ」

 

「そう? 貴方は相変わらず軽薄そうね、ロイ」

 

 

フィオナと呼ばれたハンサムショートの女性はマーシュ博士の耳をつねったまま一同の前に移動し、敵意は一片も無い事を示すように(うやうや)しく頭を下げた。

 

 

「申し遅れました。ラインアーク防衛管制指令室特別補佐官および中央特区特別監査役のフィオナ・イェルネフェルトです。貴方方の来訪を歓迎します……ほら、博士も」

 

「僕はさっき自己紹介したからアイタタタッ!――アブ・マーシュ、47歳、男、好きな食べ物はチョコチャンククッキー、これでいい?」

 

「役職もです」

 

「あ~~一応ここで開発責任者をしてて、防衛兵器の開発だったりホワイト・グリントの調整だったりを任されてるよ」

 

 

フィオナに耳をつねられたままのアブ・マーシュは悪戯のバレた猫のようにシュンとさせて、何処となく哀愁を感じさせる表情のまま滔々(とうとう)と言われた事を喋っている。一瞬その様子に同情しそうになるも、先ほどまでのマシンガントークに付き合わされた恨みでイーブンだと判断したイッシンは気にすることなく返答した。

 

 

「キドウ・イッシン、カラード所属の【ランク18】だ。そんでこっちが――」

 

「【ランク3】ダン・モロです。一つ聞きたいんですがロイとは古い仲なんですか?」

 

「出会って8年になります。俗に言う腐れ縁のようなものです……それで、その、後ろにいらっしゃる方は【オリジナル】の霞スミカさんとお見受けしますが」

 

「その名は捨てた。今はセレン・ヘイズとしてこいつ(イッシン)のオペレーターを務めている」

 

「……分かりました。それでは皆様こちらへどうぞ、彼の待つ部屋までご案内します」

 

「ねぇ、いい加減離してよ。本当に耳がモゲそうなんだけど」

 

「あっそうでしたね」

 

 

アブ・マーシュの沈痛な嘆願を聞き入れたフィオナはパっと手を離して哀れな変態科学者を解放した。彼はヒリヒリと赤くなった耳をさすり、フィオナの横で年端もいかない子供のような愚痴をわざと聞こえるように呟くが彼女は特段気に掛ける事もせず、はいはいと受け流しながら歩を進めていった。

 

イッシン達はその様子に肩を竦めつつも、フィオナの先導に応じるように追従して進んでいく。一同を飲み込む少し入り組んだ造りの廊下はツカツカと鳴る足音を無機質に反響させ、会話らしい会話がなされる訳では無い彼等に何かキッカケを作り出そうとしているようだった。

 

そんな善意を知ってか知らずか、セレンが口を開く。

 

 

「イェルネフェルト補佐官。一つ質問をしていいか」

 

「私が答えられる範囲であれば構いませんよ」

 

「アナトリアには、いまでも?」

 

 

セレンの問いにフィオナは(まばた)き程度のほんの一瞬だけ動きを凍らせるが、すぐにそれは氷解して何も無かったと言わんばかりに平然と歩みを再開させた。尤も、横にいたアブ・マーシュは気付いたようで彼女を心配するようにチラチラと横目で流し見ているが。

 

 

「ええ。年に一回、彼と一緒に」

 

「贖罪か」

 

「いいえ、覚悟のためです。二度と繰り返してはいけないという覚悟のために」

 

「……そうか。不躾な質問だったな、謝る」

 

「気にしないで下さい。多分、リンクス戦争が始まった時点で()()()()ことは決まっていたんだと思いますから」

 

 

フィオナは寂しそうに笑って気丈に振る舞うが、それを見てイッシンとダンは密かに心を痛める。転生者である彼等は、原作で彼女がどんな半生を歩んで来たかを目の当たりにしていたからだ。

 

彼女の故郷であるアナトリアはかつてアスピナ機関と双璧を成すAMS技術を基幹産業とした豊かな技術都市であり、その根幹を支えていたのがフィオナの実父【イェルネフェルト教授】だった。しかし【イェルネフェルト教授】の死後まもなく、アナトリアのAMS技術が何者かにより外部へ流出したことにより状況は一変する。

 

技術的なアドバンテージが失われたアナトリアは下り坂を転がるように凋落していき、最終的にはコロニー存亡の危機にたたされることになったのだ。

 

この状況を打開するためにはどうしたらよいかと皆が頭を悩ませている中、一人の男性が声を上げた。

 

『技術研究用のネクストを傭兵として企業に売り込めばいいのではないか』

 

当時活動していたリンクスの(ほとん)どが企業専属であった事に加えてリンクス自体の絶対数が少なく、需要に対して供給が間に合っていなかった。それに技術研究用のネクストを一機失ったところで痛手にはならない。偶然にも最近、AMS適性のある身寄りの無いパイロットが()()()()()()()()のもある。渡りに船ではないか。

 

アナトリアは男性の意見を是とし、傭兵ビジネスをスタートさせた。そうして矢面に立たされたのが【アナトリアの傭兵】であり、そのオペレーター役に選ばれたのが【イェルネフェルト教授】の実子フィオナ・イェルネフェルトだった

 

彼の圧倒的戦果によってアナトリアは再び潤い、その栄華を存分に満喫していたのだが、それを快く思わない勢力によって脅威に晒されることも多くなった。最初こそ【アナトリアの傭兵】によって壊滅した組織残党の襲撃が主だったのが、次第に企業との関係性を思わせる襲撃が多くなっていく。

 

そして最後にはアスピナ機関のリンクス【ジョシュア・オブライエン】による襲撃を受け、甚大な被害を受けてしまう。なんとか【アナトリアの傭兵】が彼を撃破するものの、アナトリアの再興は叶わず壊滅してしまった。

 

故郷の破滅の(さま)を間近で、最後まで逃げずに見続けなければ行けなかった彼女の心情は推し量って余りある。しかしイッシンとダンは言葉を掛けられない。

 

仕方ないだろう。あの世界を、あの戦争を、あの殺し合いを楽しいと感じながら()()()していたのだから。

 

 

「着きました、こちらです」

 

 

いつの間にか目的の部屋に到着していたようで、目の前には無機質な鉄製の扉が佇んでいた。フィオナはガチャリとドアノブを回して中に入る。一行もそれに従い部屋の中へ入った瞬間、窓際に一人の男性が立っているのが目に映った。

 

白いリネンシャツとクリーム色のスラックスというシンプルな服装に身を包んだ男性は黒々とした髪の毛に白髪がぽつぽつと見えており、それなりに年齢を重ねた容姿をしている。しかし体躯はカモシカのようにしなやかで力強い印象を与え、年不相応とも呼べる若々しさを醸し出していた。

 

そして何よりも特徴的なのがカミソリのように鋭いのに穏やかさに満ち満ちた眼差しと、本人から見て左こめかみから下顎に掛けて刻まれた大きな(きず)だった。

 

男性はこちらに気が付くと、ゆっくり振り向いて微笑む。待ちくたびれたように気怠げで平和な笑顔だった。

 

 

「こんにちは、私が【ランク9】レイブンです」




いかがでしたでしょうか。

そういえば7/10はアーマードコア24周年でしたね。24は2+4とも読め、答えは6になります。
もうお分かりですね? これこそ今年度中にアーマードコア6が発売されるという暗号なのです(暴論)

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70.契約

お気に入り登録400人突破ありがとうございます。
めちゃめちゃ嬉しいです。
今後とも気長にお付き合い頂ければ幸いです。


ウィン・D・ファンションがそれを調べ始めたのは只の好奇心だった。リンクス戦争を生き延びたローディーと王小龍をして『撃墜は不可能』と言わしめる【アナトリアの傭兵】。その実力はどれほどのモノなのか。

 

王小龍の言った通り、インテリオルグループ宗主に直談判して【アナトリアの傭兵】の戦闘記録に掛けられたアクセス制限を解除して貰い、同世代であるオッツダルヴァとジェラルド・ジェンドリンと共に記録を再生する。

 

記録を見る前にウィンが抱いていた感情は、ロートル達への嘲りだった。――十数年前に活動したノーマル乗り崩れのリンクスに負ける筈がない。大方、薄くなり始めた記憶を美化して当時最強だった【アナトリアの傭兵】を神格化しているだけだ。

 

初めからネクストに搭乗するために訓練してきた私達とは土台が違う。負ける要素などない。

 

()()()()()()()

 

映し出されたのは旧ピースシティで待ち構える4機のネクスト部隊に突撃していく1機の黒いネクスト。

 

――なんだ。こんなリンチ映像で実力を推し量れというのか。味方が4機もいては【アナトリアの傭兵】の実力など分かるはずが無いだろう。

 

そう思っていた矢先、4機のうちの桃色の機体が黒いネクストに撃墜される。

 

『戦場だ。覚悟は出来ている』

 

4対1という圧倒的不利でありながら敵を撃墜するとは、黒いネクストはかなりの手練らしい。【アナトリアの傭兵】はどうやって黒いネクストに勝ったのだろうか。

 

次は4機のうちの青い機体が撃墜された。

 

『なるほど……強い……』

 

黒いネクストには未だ損傷らしい損傷は見当たらない。4対1が瞬く間に2対1になった。かと思えば4機のうち、頭部の赤い四脚が撃墜されて1対1になる。

 

『くそっ!俺のせいかよ!』

 

ここでやっとウィンは自身が抱いていた違和感に気付き、自身の間違いに気付き、同時に恐怖した。

 

――ふざけるな。圧倒的過ぎる。こんな人間がいてたまるか。

 

そんなウィンの希望的観測を踏みにじるかのように最後に残った4機のうちの黒いネクストが撃墜される。

 

『良い戦士だ。感傷だが、別の形で出会いたかったぞ』

 

そこで映像は途切れてブラックアウトし、ある文章が表示された。

 

 

 

 

 

 

【アナトリアの傭兵】は【ランク9】レイブンとして活動中。なお現在の戦闘パターンを測定した結果、本戦闘記録との戦闘能力減少率は30%であることが観測された。

 

よって【アナトリアの傭兵】への軍事介入はカラードに十分な戦力が整った場合にのみ許可するものとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なるほど、ついに企業連は重い腰を上げた訳か」

 

「ええ。ですが王大人(ワン・ターレン)曰く『勝者無き戦いに自ら挑むほど【アナトリアの傭兵】は愚かではないだろう』と」

 

「……そのための君達だな?」

 

「話が早くて助かります」

 

 

五月特有の心地良い日差しが入り、日光浴と瞑想には最適の設備が揃った穏やかな一室では七名の男女が木目の美しい黒樫のテーブルを境に四:三に別れて剣呑な雰囲気を漂わせながら座っていた。

 

一方には王小龍の代理人兼交渉人(ネゴシエーター)の【ダン・モロ】を筆頭として【ロイ・ザーランド】【キドウ・イッシン】【セレン・ヘイズ】が。もう一方にはラインアーク首長ブロック・セラノの代理として【レイブン】【フィオナ・イェルネフェルト】【アブ・マーシュ】が座っている。

 

 

「僕自身、老人達のワガママで貴方を失うほど馬鹿らしいことは無いと思っています。だからこそ、微力ですが助太刀に参上しました」

 

「独立傭兵のトップ3が微力とは。これ以上は望めない最高戦力じゃないか」

 

「ありがとうございます。それでは「その前に一つ」

 

 

交渉が上手く進んだと思っていたダンは、不意に発せられたレイブンの遮るような力強い声に身体を強張らせた。彼の目は先ほどまでと同様に鋭くも穏やかな光を宿しているが、奥に携える芯は全く別物のように見える。つまり、節度ある協和ではなく猜疑ある最大級の警戒にシフトしていたのだ。

 

試されている、と直感的に判断したダンは声色と態度を一切変えること無く応対する。――あくまで平常心で、精神を鎮めて、ゆっくりとアクションを起こせ。

 

 

「……なんでしょう」

 

「一応聞いておきたい。()()()()()()()()

 

「は?」

 

どういうつもり?

なんのことだ?

不快にさせる行いはしていないぞ?

まさかバレた?いや有り得ない。

 

「ああダン、君じゃない。隣の彼女だ」

 

 

レイブンの言葉にハッとしたダンは跳ね上がるように素早く振り向く。するとそこには、右腰に据えられたホルスターに手を掛けたまま微動だにしないセレンがいた。幸いにも呼吸に乱れが無いことから彼女自身が冷静であることは一目で分かり、情動に駆られて銃を抜く気配は一切無いのだが、それでも交渉の場にそぐわない行いに変わりない。

 

――最悪だ。最悪のタイミングだ。

――少し考えたら分かることなのに何故気付かなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「おいセレン! なにやってるんだよ!?」

 

「黙ってくれイッシン。私はコイツに聞きたい事がある」

 

「馬鹿言うなよ! 今現在で企業連とラインアークの戦争より大事な疑問なんてあってたまるか!」

 

「少なくとも私にとっては最重要だ。これを聞けないなら私は降りる」

 

 

鋼のような固い意志でイッシンの問答を一蹴したセレンはホルスターから手を離すこと無くレイブンを見据える。黒樫のテーブルを(また)いだ距離は約1.5mほど。この距離で発砲するなら外すことはまず無いだろう。

 

生殺与奪を権を握られたレイブンであったが、さすが歴然の英雄といったところだろうか。弾の込められた銃が向けられるかも知れない状況を特に気にする事なくセレンの眼差しに答えた。

 

 

「なら最初から言ってくれ。重要な会談の場を蔑ろにして、それも銃を握って脅すほど聞きたいこととはなんだ?」

 

「………サーは、サー・マウロスクはどんな最期だった」

 

 

自然と右手に力が入るのを自覚したセレンは、自らの意志が暴走しないように深く息を吐いて絞り出すようにレイブンへ問う。ネクストの操縦を教わった師を、身寄りの無い私にとって父親のような存在を、生まれて初めて慕情を抱いた男性を殺した相手に。

 

 

「――彼は最期の最後まで()()だった。劣勢に追い込まれても自身の勝利を疑わず、機体が完全に停止してもなお目的のために戦おうとしていた。正真正銘の騎士(サー)だよ、彼は。……これでいいかい? セレン・ヘイズ、いや霞スミカ」

 

 

レイブンの淡々した答え方に、ダンはセレンの方を恐る恐る見遣る。聞く人が聞けば挑発にも聞こえる口調が彼女の逆鱗に触れないか心配した故の行動だったが、当の本人は既にホルスターに掛けられた右手を降ろしていた。尤も、レイブンに向けられた視線はジト目のままであるが。

 

 

「ああ。だが納得した訳じゃない、それを忘れるな」

 

「構わないさ」

 

 

一気に高まった緊張感にとりあえずの段落をつけられた事で軽く弛緩した空気が流れ始め、アブ・マーシュに至ってはあからさまに胸を撫で下ろす仕草をしている。交渉人(ネゴシエーター)であるダンも、この会談がご破算にならなかった事に内心ホッと一息ついて安心するが、当初の目的を達成していない事に気付いてコホンと咳払いをした。

 

 

「……話を戻しましょう。改めて確認ですが、ラインアークは我々の援助を受ける形でよろしいですね?」

 

「もちろん。企業連がラインアークを襲撃するのなら僕はラインアークを(まも)るだけだ。それに人手は多いに越したことは無いだろ?」

 

「仰る通りです。――作戦概要は近日中に暗号化した秘匿回線でお知らせします。双方にとって利益ある関係になれたことに感謝致します。それでは」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 

ダンとレイブンは同時に立ち上がって固く握手を交わす。契約締結まで漕ぎ着けたことで目的達成が果たされた交渉人(ネゴシエーター)サイドの面々は席を立ち、先導役であるフィオナに引き連れられてその場を後にしようとするが、レイブンが不意に声を掛ける。

 

 

「ロイ。親父さんには会わなくていいのか? 折角帰って来たんだから顔くらい見せてやれ」

 

「いや、今日は止めておきます。この面子(メンツ)でラインアークに長居するとカラードに怪しまれますから」

 

「……そうか。だが作戦決行前には会っておけよ、彼はああ見えて結構な心配性だからな」

 

「分かってますよ」

 

 

ロイはそう言って困ったように笑うと、退室する一同に続いて部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイブンとの邂逅を終えてラインアークを後にしたイッシン達はロイの装甲車に乗って帰路に着いており、時刻は既に陽が傾き始めた頃を示している。

 

装甲車は既に市街地に入っておりカフェや本屋などの一般的な娯楽施設が軒を連ねているが、緊張と緩和の波に幾度となく晒され続けた一行はどうしても行く気になれず全員車内でグタっとしながら他愛ない会話で消耗した精神を回復させようと努めていた。

 

 

「そういやロイ、父親がラインアークに居るってことは生まれがラインアークなのか?」

 

「そうだぜ。まぁ厳密にはラインアークが成立する前にあったコロニーだがな」

 

「だったら独立傭兵なんか辞めてラインアークの専属になればいいじゃねえかよ。父親も居るし、生まれ故郷なんだろ?」

 

「さっきも言ったが俺は企業連と揉めるのは御免だし、今の生活の方が性に合ってる。今更帰る気はねえよ」

 

「ふ~ん。そんなもんか」

 

「そんなもんだ」

 

「――あっ、ロイ。ここで降ろしてくれるか」

 

 

不意にダンが声を上げた。ロイはバックミラー越しに後部座席で気怠そうに座るダンを一瞥すると、路肩に装甲車を寄せてハザードランプを点灯させる。完全に停止した事を確認したダンはガチャリと後部ドアを開け、アスファルトの上に降り立った。五月だけあって過ごしやすい陽気だが、時折吹く風が妙に肌寒く感じる。

 

 

「ホントにここでいいのか? なんなら家まで送ってくぜ?」

 

「気持ちは嬉しいけど今は歩いて帰りたい気分なんだ。久々にムーンバックスのコーヒーも飲みたいしね」

 

「ならいいけどよ。気を付けて帰れよ? 最近は物騒な事件が多いからな」

 

「肝に銘じておくよ。……分かっていると思うけど今回の件は他言無用でね。カラードにバレたら台無しなんて話じゃ済まないよ? 特にイッシンくん」

 

「なんで俺だけピンポイントなんだよ」

 

「この中で一番口が軽いのがお前だからだ」

 

「ひっでーなセレン! もっとオブラートに包んで言ってくれてもいいだろ」

 

「ハハハッ! 相変わらず仲が良いね。――それじゃ決行日時が決まったら連絡するよ。それまで皆、英気を養ってくれ」

 

「了解。じゃあなダン」

 

「うん。じゃあ」

 

 

そう言ってダンは一行が乗る装甲車から離れ、人混みの中をスタスタと歩いていく。次いでロイ達もダンが帰った事を確認して車を動かし、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

prrrr…prrrr…prrrr……ガチャ。

 

 

《……首尾は?》

 

「問題ない。今のところ計画通りだ」

 

《気は抜くなよ。足元を(すく)われるぞ》

 

「心配し過ぎだ」

 

《正直、私は新入りのお前をまだ信用していない》

 

「信用しなくていいさ。忠誠は仕事で示す」

 

《……次の定時連絡は―――だ。忘れるな》

 

「ああ。分かってるさ、アラン」




いかがでしたでしょうか。

間延び感が否めない………。戦闘シーンを待っている方には申し訳ないです。もう少しだけお付き合い下さい。

励みになるので、評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。

PS,コストコの寿司を初めて食べたのですが、意外と美味しいですね。ちょっとビックリしました。


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71.最善を望み、最悪に備えよ

初めて二輪車の後部に乗って高速道路を走ったのですが『風と一体になる』という意味が分かった気がします。あっ今回ちょっと短めです。


カラード本部 3階 療養施設【(かわやなぎ)の園】

 

ここは戦場から帰還した新人リンクスがPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症しないように予防策として作られた療養施設である。カラードに登録され、かつ一定以上の戦績を残したリンクスであれば誰でも利用可能となっている【檉の園】は五ッ星ホテル並みのサービスと食事、著名な心理学者とのカウンセリング等々が無償で受けられる楽園のような施設であった。

 

そんな【檉の園】に併設された植物園の中を二人の男性が肩を並べて喋りながら歩いている。およそ建物の中とは思えない柔らかな光を浴び、およそ建物の中とは思えない草木の濃密な香りを全身に纏いながら歩を進める二人の表情と会話の内容を窺い知ることは出来ないが、少なくとも朗らかな話題で無いことは雰囲気で察することが出来た。

 

 

「二日後ですか」

 

「いくら私とローディーでも企業連の総意として決定した以上、覆すのは不可能だ。やるしかあるまい」

 

「それで相手は?」

 

「オッツダルヴァとフラジール、それとハリだ」

 

「……短期決戦型の精鋭を三機ですか。企業連は本気でラインアークを潰すつもりですね」

 

「ハリは私の推薦だ」

 

「――なるほど、貴方らしい」

 

 

男性の内の一人――ダン・モロ――はそう言って微かな笑みを浮かべた。自らの子飼いを敵陣営に忍ばせ、戦況を掌握して都合の良いように自在に操る。

 

やり口こそ単純明快だが一度決まってしまえば確実にアドバンテージを得ることが出来、そのままゲームセットにまで持っていく事が可能な芸当だ。

 

唯一の欠点と言えば如何(いか)にして敵陣営に子飼いを忍ばせるかの策を講ずる必要があることだが、この御仁からしてみれば退屈しのぎにもならない児戯に等しい行為なのだろう。ダンは隣を歩く痩躯の老人――王小龍――を横目で見遣りながら独りごちる。

 

 

()()()側はどうなっている」

 

「構想としては僕とロイ、それとレイブンの三機で企業連側の迎撃にあたります。イッシンくんには万が一の備えとして殿(しんがり)を務めて貰う予定です」

 

「戦力の逐次投入は愚策だぞ。小童を加えて数の利をとるべきだ」

 

「僕達が突破されてラインアークそのものにダメージがいったら元も子もないでしょ? 必要人員です」

 

「……ふん」

 

 

王小龍は表情を変えずに視線を逸らし、血のように赤く染め上がった果実をつけている花の前で立ち止まる。不思議に思ったダンが近付いてみると、王小龍は花の名を示したプレートをじっと見ているようだった。そこには『鬼灯』と英語で書かれており、世界の分布図や開花時期等が細かく記載されている。

 

 

「鬼灯の花言葉は『心の平安』だそうだ。優柔不断なお前にはピッタリだな」

 

「慎重で注意深いと言って下さい」

 

「意味は同じだろう」

 

「手厳しいですね」

 

 

ダンは思わず苦笑するが、対する王小龍は依然として表情を変えない。それどころか少し恐怖すら感じるほどの鉄面皮を作り出して顔に貼り付けた。優柔不断と罵られたダンも流石に気付いて即座に言葉を交わす。沈黙している時の王小龍ほど怖いものはないのだから。

 

 

「どうしました?」

 

「……ダン、私はお前を気に入っている。相応の実力に慢心することなく冷静に状況を判断出来るのは大したものだ。今回の件は万が一の想定外が起こり得ても達成出来ると私は確信している」

 

「――ありがとうございます」

 

「加えて腹芸も出来るとなれば、企業によって形骸化した今のカラードにとって大局を見定められるお前は貴重なリンクスだ。だから、私の期待を裏切るなよ」

 

「期待に添えるよう最善を尽くしますよ、王大人(ワン・ターレン)

 

 

王小龍に真正面から褒められる稀有な出来事を思わず経験したダンは、むず痒い感覚が全身を支配したような感覚に身体を這われながら照れたようにハニカミを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に【ランク1】とやりあうんですか、旦那」

 

「そんな心配すんなよパッチ。骨皮三人衆をちゃちゃっと片付けてラインアーク名物の『ホワイトグリン子タルト』を大人買いしてくるだけだぜ?」

 

「いい加減にしろ」ゴンッ

 

「痛っ! なんで拳骨すんだよセレン」

 

「今回はレベルが違う。今のうちから精神を整えろ」

 

「へいへい。わかりやしたよ」

 

「大丈夫、旦那と姐さんなら必ず生きて帰ってこれますよ!……というか死なれたら俺の生活的に困る

 

「ん? なにか言ったか」

 

「いえいえなにも! それじゃ旦那、姐さん。どうかお気をつけて」

 

「おう! 留守中は頼んだぞ」

 

 

既にJOKERが懸架された桜色の輸送機の目の前で、イッシンとセレンは同居人兼使用人であるパッチの見送りに臨んでいる。濡れた目元を唐草模様のハンカチで拭うパッチの様子は中世の日本にタイムスリップしたような滑稽さと小物感に溢れており、しかしまた愛嬌があるのも事実だった。

 

イッシン達はパッチに手を振りながら輸送機に搭乗し、離陸の最終準備を始める。テキパキと準備が順調に進められ、いざ離陸となった時、イッシンは不意に湧き上がった疑問をセレンにぶつけた。

 

 

「なぁ。【支援企業】のローゼンタールはこのこと知ってんのか? 同じオーメルグループだし、後々マズいんじゃ……」

 

「それなら心配するな、ローゼンタールは今回の件を把握する()()()()()()()()()()()。成功すればオーメルから主導権を奪い取れるだけの影響力を獲得出来て、失敗してもお前を粛清すれば済む話だからな」

 

「――やだやだ。世界ってのは何時(いつ)の世も小汚い計算で成り立ってるよな」

 

「お前はそうはならんのだろ?」

 

「もち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラインアーク中央特区【ネスト】 居住エリア

 

 

「よぉ、久しぶり」

 

「……来たのか。てっきり忘れてるのかと」

 

「険のある言い方だな? せっかく最愛の息子が顔を見せに来たってのに」

 

「その台詞は自らではなく誰かから言われるものだ。皮肉にしても、もっと良い言葉があっただろう」

 

「たとえば?」

 

「『貴方の熱心な教育方針のお陰でアウトローになった息子が凱旋に来たぞ』とか」

 

「……自分で言ってて悲しくならねえか?」

 

「事実だ。否定するつもりはない」

 

 

日向に置かれたソファに座りながら本を読んでいた壮年の男性は冷たく言い放ち、見せつけるようにわざとらしくパタンと本を閉じる。表紙には『超越論的観念論の体系』と書かれており、部屋を訪れた男性――ロイ・ザーランド――は呆れながら溜息をついた。

 

 

「また哲学書かよ。ほんと好きだよな」

 

「思想の昇華は精神の成長と安定をもたらしてくれる。お前のように享楽的な日々を生きるよりも、欲に振り回されない道を選んでいるのが性に合っているだけだ」

 

 

壮年の男性はソファの横に置かれたサイドテーブルに本を静かに乗せ、ゆっくりと立ち上がる。顔に刻まれた皺が既に若くないことを示しているが足取りは頑健そのもので、衰えの二文字の(かげ)りは全く見当たらない。

 

 

「【ランク1】は相当に出来るヤツなのだろ? 勝機はあるのか」

 

「安心しろよ。こっちにはダンとレイブンさんがいるし後詰めには期待のルーキーがいる。負ける要素はねえよ」

 

「期待のルーキー……お前が目を掛けてるアイツか」

 

「おう。親父と違って柔軟性のあるヤツだから一緒にいて面白いぜ」

 

「そうか」

 

 

ロイの皮肉交じりの冗談に、親父と呼ばれた壮年の男性はそれまでの仏頂面を崩して軽く微笑むと右手をロイに差し出す。

 

 

「ならそいつと一緒に必ず生きて帰ってこい。お前にはまだ教えることが山ほどある」

 

「――分かってるさ」

 

 

ロイは差し出された右手をガッシリと握って自信の決意を込めるように力を込める。親子同士の、いや男同士の約束が締結された瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

史上最大の作戦を前に各々の想いが交錯し、そして二日後――。

 

舞台は整った。

役者は揃った。

機体は万全だ。

 

戦いが、始まる。




いかがでしたでしょうか。

お待たせしました。次回からチャプター2のクライマックス『ラインアーク防衛』に突入です。一体どちらに軍配が上がるのでしょうか。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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72.アセナとコパラ

海老ピラフって旨いよね。
自分で作って一人で半升食べるくらい好物です。
だからブクブク太るんだよな。


暁とも夕焼けとも取れない日の光が照りつけるラインアークのハイウェイに、どこからともなく三体の巨人が舞い降りた。それぞれ深蒼・漆黒・真紅にカラーリングされた巨人達は進化の過程から逸脱したような異形であり、背中から漏れ出る翡翠色の粒子と相まって終焉を告げる堕天使にも似た禍々しさを醸し出している。

 

そのうち深蒼に染め上げられた巨人【ステイシス】を内部のコックピットで操る眉目秀麗の皮肉屋――オッツダルヴァ――はラインアークが現在置かれている状況を、味の無くなったガムのように吐き捨てた。

 

 

「ふん、政治屋ども。リベルタリア気取りも今日までだな。貴様等には水底が似合いだ」

 

「反クレイドル主義を自由意志論と混同するのはいかがなものかと。理想ばかりの衆愚政治を揶揄する目的なら、これ以上ない言葉ですが」

 

「俺むずかしいこと分かんないからパ~ス」

 

 

オッツダルヴァの(うた)めいた言葉に漆黒の巨人【フラジール】を駆る無表情の青年――CUBE――は面白味の欠片も無い解説と肯定で応答し、真紅の巨人【クラースナヤ】を駆るあどけなさの残る少年――ハリ――はコックピットで小難しい話は暇だと言わんばかりに足をバタつかせている。

 

 

「……敵ネクスト部隊接近。【ランク3】【ランク9】【ランク10】のようです。情報が確かなら一機足りませんね」

 

「え~、イッシンいないの?あの人なら楽にカモれると思ってたのにぃ」

 

「ラインアーク居住区の防衛のために後方支援に回ったか。数の利を自ら捨てるとは、やはり愚かだな」

 

 

《それはどうかな。案外私達だけでどうにかできるからかも知れないぞ?》

 

 

終焉の使い達の通信に割り込んで来た男性の声は的確にオッツダルヴァ以下三名の耳朶(じだ)を撃ち抜き、緩んでいた彼等の意識を無理矢理正面に集める。

 

距離300mほど離れた正面には白亜の装甲に身を包んだ気品ある巨人を筆頭に、古いコミックヒーロー然としたカラーリングが施された巨人と、色気のある鈍色が光る巨人が対面する堕天使と同様に背後から翡翠色の粒子を漏れ出させながら降り立った。しかし禍々しさの類は一切なく、むしろ神々しさが目を惹く彼等は叙事詩に登場する英雄にも見える。

 

 

「ダン君の情報通り三機とは。少ないとは言わないが、企業連は人手不足なのか?」

 

「貴方相手に消耗戦を仕掛けるのは効率が悪いと判断したのだと思いますよ。いくら企業連でも戦力を湯水のように使えませんから」

 

「それでもレイブンさん相手に三対三は無謀もいいとこだけどな」

 

 

《ホワイト・グリント……。早速で申し訳ないが大袈裟な伝説も今日で終わりだ。進化の現実ってやつを教えてやる》

 

 

刹那、ステイシスの右手に握られたオーメル製試作レーザーバズーカ【ER-O705】の銃口からオレンジ色の光が煌めいた。ファストドロウの要領で放たれた光条は真っ直ぐホワイト・グリントのコアに向って獲物を喰らい尽くさんと牙を剥くが、白亜の巨人は特に動く様子は無い。

 

そして凶暴な光条がコアを穿とうとした瞬間、ホワイト・グリントの存在が画面上に走ったノイズのように僅かに()()()

 

時間にして一秒足らず。光条はブレた寸分違わずホワイト・グリントのコアを()()()()()貫通し、目的を達成して満足げな光条は彼方に雲を浮かべる空へ消えていく。

 

確実に当たった。

誰もがそう思ったことだろう。

だが実際はどうだ。

 

一秒後に現れたホワイト・グリントのコアには風穴どころか、引っかき傷一つ無い白亜の装甲が日の光を妖艶に照り返している。オッツダルヴァのファストドロウが放たれる前の状態から何一つ変化が見られなかった。……いや、厳密に言えば一つだけ変化がある。それはホワイト・グリントに搭載されたメインブースターおよびサイドブースターが異常に赤熱して、その周りだけ陽炎が発生していることだった。

 

 

「……瞬間的に二段QBを発動して二段QBでキャンセルするか。やはり化け物だな、アナトリアの傭兵」

 

《なあに、適性の無い私が出来るんだ。練習すれば君も出来るさ》

 

《レイブンさん基準で物事を考えると色々バグるんで止めて下さい。てか二段QBの発動だけでもカラード上位で出来るのは一握りですからね?》

 

《僕も二段QBを二段QBでキャンセルは流石に……》

 

《ジョシュアやアマジークは出来てたぞ? 君たちも出来て然るべ――》

 

 

自身の超絶技巧を、それなりの実力者であれば出来て当然の技術だと思っている口調で後輩達に説くレイブンの言葉は最後まで言い切ることが出来なかった。何故なら真紅に染め上げられた異形の巨人――クラースナヤ――が、突如としてホワイト・グリントの目の前に現れて飛び膝蹴りを顔面めがけて仕掛けてきたからである。

 

全くの死角から仕掛けられたレイブンは微かに目を瞠るが、しかしそれ以上動じることは無く、冷静にホワイト・グリントの両腕を前方にクロスさせて受け止める。ネクストまるまる一機分の重量が乗った打撃をまともに受けることは流石のレイブンもせず、ホワイト・グリントに搭載された全てのショックアブソーバをフル稼働させて衝撃を分散させた上で受け止めた。それでも機体を支える脚部周辺のハイウェイにミシッと亀裂が入る。

 

 

《うっそ!? 今の反応出来んの?!》

 

「まだまだ荒削りだな、坊や。悪い事は言わないから早く帰ってハイスクールの宿題を終わらせなさい」

 

《……あんま舐めてっと痛い目見るぞオッサン!!》

 

 

売り言葉に買い言葉。

 

レイブンの挑発が癪に障ったハリはクラースナヤに更なる追撃を命令する。ホワイト・グリントの両腕を支点とした空いている左脚でのハイキックは、抜き手の要領で出て来た右腕で見事に防がれた。ならばと短期決戦用に新調した両手の【04-MARVE】はガン・カタによく似た手捌きで(ことごと)くいなされる。

 

先日のスピリット・オブ・マザーウィル撃破の功績が認められ上位ランカーとして名を連ねられたハリは『やっとカラードで正当に評価され始めた』と思って気分が良くなっていた。そこに【ホワイト・グリント撃破】の依頼が企業連直々に来たとあれば舞い上がるのも無理は無い。加えて味方にはあのオッツダルヴァもいるのだ。負ける要素が無い。

 

そう思った矢先に、()()だ。

 

オッツダルヴァが不意打ちで放った射撃を二段QBなんていう超絶技巧で易々と躱し、自身が完全な死角からカマした飛び膝蹴りを簡単に防いだ上に舐めきられてる。ハリの欲求不満(フラストレーション)を急上昇させるにはこれ以上の材料はない。

 

【04-MARVE】を放り投げて右上段フック。

受けられる。

フェイントを交えたサマーソルトキック。

躱される。

左脚を軸にした回し蹴り。

いなされる。

踵落としから機体を沈め込んで左アッパー。

見事に防ぎ切り、見事なタイミングのカウンターをクラースナヤの顔面に決められた。

 

衝撃で吹っ飛んでいく真紅の巨人は空中で伸身宙返りの如くくるくると回転しながら放られた【04-MARVE】を掴み、体勢を整えてステイシスの真横に着地する。機体全体が肩で息をしているように上下している所を見ると、よほどイライラしているらしい。

 

 

《手を貸そうか? ハリ》

 

「――癪だけど頼みます。あのオッサンは此処で叩きのめした方が良さそう」

 

《では私はマイブリスの相手を。重量級ネクストのデータ収集には最適な対象です》

 

《ふん……それはよかった。じゃ、いこうか》

 

 

オッツダルヴァはハリとCUBEの回答に満足げな言葉を口にするとステイシスのメインブースターに火を灯してOBを発動。連なるようにクラースナヤとフラジールが続いてOBを発動し、こちらへ向かってきた。その様子を見ていたダンは通信でレイブンに意思を伝える。

 

 

《オッツダルヴァとハリは僕とレイブンさんで、フラジールはロイが相手でいいですね?》

 

「問題ない。背中は任せるよ」

 

《了解。頼むぜ、ダン》

 

《大丈夫。上手くいくさ》

 

 

自信に満ち溢れた笑みを浮かべるダンはセレブリティ・アッシュのメインブースターに火を灯すと同時にOBを発動。次いでホワイト・グリントとマイブリスもOBを発動し、一直線に向かってくる彼等を迎撃する。

 

火蓋は切って落とされた。

 

 

 

【ランク3】セレブリティ・アッシュ/ダン・モロ

          &

【ランク9】ホワイト・グリント/レイブン

          &

【ランク10】マイブリス/ロイ・ザーランド

 

          VS

 

【ランク1】ステイシス/オッツダルヴァ

          &

【ランク13】クラースナヤ/ハリ

          &

【ランク31】フラジール/CUBE




いかがでしたでしょうか。

次回から本格的に戦闘シーンです。
果たしてどの勢力が勝つのでしょうか?

ちなみにアセナはトルコ神話、コパラはグルジア神話の英雄です。
調べてみると作中の二人と類似点が意外にあって面白かった。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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73.ラインアーク事変・Ⅰ

しょっぱいものを食べた時に口の奥の顎関節付近がキュウッてなります。あの現象に名前をつけたいです。


ハイウェイを基点として超高速で移動するステイシスの右手に握られた【AR-O700】が火を噴き、動きの鈍ったセレブリティ・アッシュを捉えた。しかしセレブリティ・アッシュは待ってましたと言わんばかりに頭部のメインカメラを光らせるとQBを発動して紙一重で全弾回避する。

 

《――残念、大ハズレ》

 

「分かっている。本命は()()()だろう?」

 

躱されることは当然予測していたという口調のオッツダルヴァは、見切った悦に浸る間もなく後方から飛来してきたMASAC製分裂ミサイル【SALINE05】をQT(クイックターン)で確認。ステイシスの左手に握られた【ER-O705】から放たれるオレンジ色の光条で迎撃、爆散させ、その奥でBFF製ライフル【051ANNR】および【063ANAR】を構えつつ回避機動をとるホワイト・グリントを睨んだ。

 

「いいぞ、フラジール」

 

《無論です》

 

刹那、海面に建てられたハイウェイの橋脚の隙間を縫うようにフラジールがOBを発動させながらホワイト・グリントへ向かっていく。そうしてVOBに匹敵する加速力を持った異形の巨人が白亜の巨人に到達する寸前、フラジールの真横から二本の青い光条の出現を視認したCUBEはBB(バックブースト)で急ブレーキを掛けて光条を緊急回避。その場に留まるのは危険だと判断して瞬時にホワイト・グリントとの距離を取った。

 

CUBEは青い光条が現れた方向を確認すると、鈍色の巨人ことマイブリスが右手に持つ【HLR09-BECRUX】をこちらに向けている。

 

《やはり貴方から対処するべきですね》

 

「当たり前だろ。不意打ちでウチの大将獲れると思うなよ」

 

そう言ってロイは【DEARBORN03】を起動してフラジールにロックを合わせ、三基のミサイルを放った。しかし、白煙を曳きながら向かってくるミサイルを視認したCUBEは()()()()()()()()()()()()()QBを発動する。瞬間、三基のミサイルの隙間を巧みに掻い潜った二本の青い光条がフラジールの元いた場所を通り過ぎて虚空に消えた。CUBEはそれを確認するとフラジールの両手に握られたマシンガン【XMG-A030】で飛来するミサイルを確実に撃ち落とし、わざわざ個別通信を開いてロイに()()()()()()()()()()

 

《その技は先日交戦したイレギュラーとの戦闘記録で学習済みです。重量級ネクストとの貴重な実戦データ収集ですので、戦闘記録に無い優れた技術を拝見させて下さい》

 

《ならロイより僕の技術を見た方がいいんじゃないか?》

 

CUBEの挑発にロイが乗るよりも早くダンの駆るセレブリティ・アッシュがBFF製ライフル【047ANNR】を連射させつつ、OBを発動しながらフラジールに迫ってきていた。しかしCUBEは動じることなくQBを吹かして的確にセレブリティ・アッシュとの距離を稼ぐ。

 

《――お気遣いありがとうございます。ですがセレブリティ・アッシュの戦闘記録は既に充分な量を確保しているので必要ありません。申し訳ありませんが、マイブリスとの実戦データ収集の支障となりますのでお引き取り願えますか?》

 

「それは出来ない相談だな。格下とはいえ、強者に対して数の利を使うのは当然だろ?」

 

《なら僕が無理矢理引っ剥がしますね!》

 

「!?」

 

刹那、年若い少年の声と共に現れたクラースナヤの跳び蹴りがセレブリティ・アッシュの脇腹を襲った。フラジールに対して腰だめの状態で【047ANNR】を撃っていたのでセレブリティ・アッシュはなんとか肘でのガードに成功したが近接戦に対応できる程の十分な体勢を取ることは出来ず、勢いのまま【04-MARVE】を使ったガン・カタの猛攻を仕掛けてくるクラースナヤに防戦を強いられてしまう。

 

《一度でいいからアナタと本気でやり合ってみたかったんですよ! 今なら気兼ねなく戦えますから!》

 

「この……!」

 

「大丈夫か、ダン!」

 

《アナタの相手は私です。余所見は禁物ですよ》

 

「――改造人間に構ってる暇はねえってのに!」

 

セレブリティ・アッシュがクラースナヤに釘付けになり、フラジールは再びマイブリスとの戦闘に舵を戻す。小細工無しの激戦が繰り広げられるその様子を遠巻きに見ていたレイブンは微笑ましそうにウンウンと頷いていた。

 

「若い世代が育っているようで何よりだ。この調子だと、私もまだまだ引退出来そうに無いな」

 

《ほざけホワイト・グリント。貴様の引導は俺がいますぐ渡してやる》

 

オッツダルヴァの声と共にレイヴンの死角から放たれた【ER-O705】のオレンジ色の光条は一直線にホワイト・グリントを射貫かんと(はし)るが、ホワイト・グリントは先ほどの二段QBと打って変わって優雅に舞う蝶のような柔らかく無駄のない挙動で回避すると、右手に携えたBFF製ライフル【051ANNR】で回避機動をとりつつ向かってくるステイシスに精確な弾丸の雨をお見舞いする。

 

「ラインアークが在る限り引退するつもりはないさ。君とて終生オーメルの小間使いで居るつもりはないんだろう?」

 

《下らん問答だな。俺は俺のやり方で生きる、今はオーメルに与したほうが賢いと判断したまでだ》

 

「その野心と合理性、今の時代によく培ったものだ。師匠の顔が見てみたい」

 

《なら見てこい。あの世で首を長くして待っているだろうからな》

 

そうして白亜の巨人と深青の巨人は流星のような速度を保ちつつベーゴマのように弾かれては引かれ、弾かれては引かれの超高速戦闘に突入していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~派手にやってんな~」

 

《カラードの最高戦力同士がぶつかり合っているんだ、当然だろう》

 

「にしてもヒートアップし過ぎだろ。見ろよ、セレブリティ・アッシュとクラースナヤの戦闘。足場のない空中で体勢を全く崩さずに近接格闘の応酬とか、出てくる世界を間違えたんじゃねえかと思うぜ」

 

《……確かに。フラジールとマイブリスはお互いの性質を見抜いた上での高度な読み合いになっているし、ホワイト・グリントとステイシスに至っては速過ぎて何をしているか皆目見当がつかん》

 

 

ラインアーク側チームと企業連チームが一進一退の攻防で鎬を削っている中、ラインアーク側の防衛要員兼後詰めとして待機しているイッシンは暇そうにストレイドのコックピットに表示された望遠レンズ越しの戦闘を、オペレーターであるセレンとの雑談で消費しながら見ていた。しかも片手には食べかけのシルバーアーチのツインチーズバーガーを持ちながら。

 

今回のイッシンの役割はラインアーク側チームが何らかの事情により戦線を維持できなくなった場合と企業連側がラインアークに直接攻撃を仕掛けた場合を想定したセーフティであり、そのため兵装は汎用性および打撃力に優れたモノに絞らざるを得ず、結果としてJOKERの積載量を大きく超えてしまったので久し振りにストレイドの出番となっていた。

 

出会った当初から全く変わっていない空色のTYPE-HOGIRE(オーギル)を再び格納庫(ファクトリー)から引っ張り出して目の当たりにした際、実家のような安堵感を感じたイッシンはウキウキ気分で本ミッションに出向いたまではいいが、実家というものは案外すぐに暇を持て余すのが常。今となっては『なんでJOKERで来れないんだろう』とか言い出す始末である。

 

馬鹿デカい欠伸を一発かまし、その大口のままツインチーズバーガーを頬張るイッシンの姿はクソニートの怠慢を具現化したような有様だが、しかし手元に表示される友軍の損傷状況と戦況の逐次確認は一瞬たりとも怠っておらず、鬼オペでお馴染みのセレンがいつものようにイッシンに対して怒っていない最大の理由でもあった。

 

 

「……なんか気に入らねぇな」

 

《なにがだ。前線に出られないことか》

 

「それもあるけど。ダンとハリの野郎、手ぇ抜いてね?」

 

《あの戦闘を見ていっているのか?》

 

 

戦場に目を戻すとクラースナヤの両手に構えられた【04-MARVE】から放たれる弾丸をセレブリティ・アッシュがQBで回避している真っ最中であり、手を抜いている素振りは一切無い。それどころかセレブリティ・アッシュは背部兵装【049ANSC】を起動させると、狙い澄ました一撃をクラースナヤのコアめがけて撃ち込んだ。クラースナヤは紙一重で砲弾を躱すが、コア上部を若干掠めたようで銀色の素地が擦れたように現れる。まさに拮抗していると言って良い状況だ。

 

 

「う~ん、なんかなぁ。こう『殺す!』って感じの気迫じゃなくて『勝つ!』って感じっぽく思うんだよ」

 

《内包する意味は同じだろ》

 

「いやそうなんだけどさぁ。ニュアンス的な違いっていうか。ほら、軍隊でも実戦と演習って目的は同じだけど心持ちが違うじゃん。そんな感じ」

 

《……その真偽はともかく、どちらにせよダンがハリに負けることはまずない。私達は粛々と自分の役割に徹してラインアーク防衛に努めるぞ》

 

「りょ~かい」

 




いかがでしたでしょうか。

連載物でラインアーク辺りまでいったの本作品が久々なのではないでしょうか。……自分で書いてみてビビっています。マジかよ。怖えよ。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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74.ラインアーク事変・Ⅱ

料理番組で蕎麦にオリーブオイルと桜エビをちらした洋風蕎麦が旨そうだったので作ってみたんです。大して旨くなくて、逆にビックリしました。


「どうした。アスピナで生まれた改造人間様の実力は逃げ回るだけじゃないだろ?」

 

《生まれたという表現には(いささ)か語弊があります。確かに今の私の出生地はアスピナですが、以前の私の出生地は別の場所です》

 

 

マイブリスの背部兵装【VERMILLION01】および左腕兵装【GAN01-SS-WGP】の二重奏が高速で移動するフラジールを捉えようと四方八方に飛び回るが、フラジールは反則的で不規則な軌道をとることにより的を絞らせないようにしていた。

 

殺人的な加速度による乱上下の連続は対G訓練を行ったベテランの戦闘機パイロットでも吐瀉物を吐いた上で気絶するレベルである。しかしCUBEは涼しい顔で淡々と操縦しており、呼吸一つ乱れる気配がない。

 

 

「一発も当たらないのは流石に悲しくなるな……」

 

《言ったでしょう、貴方の戦闘記録は学習済みです。こちらとしては()()()を使って頂けるとデータ収集が早く済むので助かるのですが》

 

「――奥の手ってのは出し渋るから奥の手なんだよ!」

 

 

ロイはそこまで言うと、右腕兵装【HLR09-BECRUX】および背部兵装【DEARBORN03】を展開して発射した。ロック対象に接近次第爆発する近接信管式ミサイル【DEARBORN03】と、高い弾速と瞬間火力を誇るハイレーザーライフル【HLR09-BECRUX】のマリアージュは被攻撃者側の動揺と攻撃命中時の威力を両立させた良いコンボなのだが、それすらもフラジールは反則的で殺人的な軌道と速度で軽々と躱していく。

 

 

《イレギュラーとの戦闘記録ではマイブリスが緋色のコジマ粒子を展開した瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アスピナでも映像だけでは原理を解明出来ない技術、非常に興味があります》

 

「悪いが担当責任者にキツく言われてるんでな。タネ明かしをするつもりはないぜ!」

 

《問題ありません。あのような技術を開発出来るのは世界広しといえどアブ・マーシュ博士だけでしょう。ですので本作戦達成後、アスピナが責任を持って博士を()()させて頂きます》

 

「尋問の間違いだろ、改造人間!」

 

 

マイブリスは両手の【HLR09-BECRUX】および【GAN01-SS-WGP】を再び構え、大胆かつ精確にフラジールへ攻撃の牙を向けた。先ほどのようなミサイル+レーザーの攻撃では捉えきることは出来ないと判断したロイは戦法を変えて、空を這う縄のような【GAN01-SS-WGP】の弾道と直線的な弾道の【HLR09-BECRUX】を掛け合わせた攻撃方法に移行する。

 

ミサイルを織り交ぜないことにより敵機への命中率は下がるが、それは通常の話。巡航ミサイルを余裕で振り切る速度を常時出力することが出来るフラジール相手に『追い着いて爆発する兵器』など分が悪いにも程がある。だからこそ多少の命中率低下は自身の技量で補い、より柔軟な対応が可能になる射撃武器をロイは選択したのだ。

 

縦横無尽に追いかけてくる光と弾丸のパレードに対して、被弾するのはマズいと判断したCUBEは細やかなブースター調整と思い切りの良い踏み込みを駆使し、紙一重で弾丸を躱していく。更に、ロイの攻撃を中断させるためフラジールの背部兵装【XMG-A030】を起動して横っ飛びの状態になりながらも射撃を開始した。近距離用スラッグガンに分類される【XMG-A030】は双方共にある程度の距離を保っている現状況に於いて打撃力の見込めない兵装の一つであるが、CUBEの目的は別に存在するため構うこと無く射撃を継続した。

 

その目的とは『兵装破壊』である。

 

ネクストは機体の駆動部分にアクチュエーター複雑系を採用しているとはいえ、様々な外気に晒された千差万別の環境でQBなどの急激な加速による高負荷と、敵兵器による実弾・ミサイル・レーザー・コジマ兵器の、衝撃・過熱・汚染に耐えられるだけの耐久性と頑丈さを兼ね備えている。

 

それらは(ひとえ)にネクスト自体を最強の兵器たらしめるための結果に過ぎず、強力な兵器を生み出すに当たって当然の帰結なのだが、今回の本題は()()()()()()()()()()()()()()()。ネクストを『本体』とするならば兵装は『付随品』の立ち位置であり、ネクスト最大の特徴である『柔軟性と即応性』を実現するのに必要不可欠な要素だ。ネクストの汎用性を開発段階で見抜いていた各企業はそこに目をつけて様々な兵装を開発に着手する。

 

威力に特化した超大型ミサイル、数発しか撃てないレーザーライフル、搭乗リンクスを殺しかねない致命的なコジマ汚染を引き起こすブレード等々……。特定のリンクスしか買わないんじゃないかと疑うような、本当に様々な兵装が開発されたのだが、問題はその全てにおいて【耐久性能】のスペック欄が省かれているのだ。これについて指摘された各企業の広報担当は、みんな異口同音に声を揃えてこう言った。

 

 

 

「消耗品ですから」

 

 

 

企業の意地汚い商魂の逞しさを垣間見た所で、場面はフラジールが【XMG-A030】でマイブリスの兵装を砕こうとしている最中へ戻る。

 

CUBEの意図に僅かながら気付くのが遅れたロイは、既に着弾してしまった【GAN01-SS-WGP】をパージして出来るだけ遠くへ放り投げた。数秒後【GAN01-SS-WGP】が内側から線香花火のような火花と共に赤熱したかと思えば、次の瞬間には一輪の爆炎が発生する。

 

空中に創り出された小型の太陽に赤く照らし出される鈍色の巨人は迷う素振りも見せずにQBを発動して、その場を離脱した。

 

――強いとは思っていたが、まさかここまでとは。

 

自身の先見の甘さに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるロイは、援護を求めるべきか計りかねたためにマイブリスのメインカメラをもう二つの戦場に向ける。

 

建前は向こう側の戦況を確認した上で判断しようと。本音は向こうにホワイト・グリントがいるのだから、少しの間ダンを借りても問題はないだろう。しかしその考えは甘過ぎたということをロイは直ぐに認識する。

 

何故なら、古代の英雄譚から飛び出してきたのかと錯覚するような壮絶な闘いが繰り広げられていたからであった。

 

ヒロイックな見た目をしたトリコロールの巨人と悪魔のように先鋭的なフォルムの赤い巨人は先程までのガン・カタから近中距離での射撃戦に戦い方を変えているが、双方から放たれるプレッシャーは比較にならないほど増大しており、下手に手を出せばとばっちりを喰らうこと必定の様相を呈している。

 

流石に援護を頼める状況ではなさそうなので仕方ないと諦めてもう一方の戦場に目を向けるが、そちらでは白亜の巨人と深青の巨人が相も変わらずベーゴマのように弾かれては引かれ、弾かれては引かれの超高速戦闘を継続しており、むしろ戦闘速度と苛烈さは開戦時よりも大きく増しているように見えた。

 

都合、どちらの援護も受けられる可能性が絶望的であると理解したロイは浅い溜息をつきながら通信を繋ぐ。その間もフラジールから絶えず降り注ぐ【XMG-A030】の雨嵐を避けながら移動し続けるロイの技量もまさに一級品であるのだが。

 

 

「青年、聞こえるか」

 

《――いま二つ目のツインチーズバーガーを食べるとこだから後でもいいか?》

 

「出来れば早めに平らげてくれ。ちょっとジリ貧気味なんでな」

 

《おう、バッチリ見えてる。余裕かましてた割に旗色悪そうじゃん》

 

「お察しの通りすぎて笑えねえよ……その場所から援護射撃出来るか?」

 

《たぶんフラジール相手だと一発しか通用しねぇけどいいか?》

 

「充分さ。あとはこっちで何とかする」

 

《了解、それじゃ頼れるオッサンのために一肌脱ぎますか》

 

 

戦場より遥か後方、ラインアーク居住エリアを防御する巨体な隔壁の前で佇んでいたストレイドはリンクスであるキドウ・イッシンの(めい)により、両肘を立てたままうつ伏せになった。その背中ではインテリオルが開発した『最速兵器』であるレールキャノン【RC01-PHACT】が起動している。

 

【RC01-PHACT】は弾速および射程距離だけに絞ればBFF社の誇る超大型スナイパーキャノン【061ANSC】を超える性能を有しているのだが、レールキャノンに必要不可欠な電磁を生み出すために尋常ではないエネルギー消費量がネックとなり、ネクストの兵装としてはあまり人気は無い。しかし固定砲台として運用するのであれば話は別だ。イッシンは【RC01-PHACT】の電磁出力を最大値まで上げてコックピットに備えられたスコープを覗く。

 

――この兵装の最大有効射程は2500ほどだが、あくまで有効射程。牽制用として運用するなら1.5倍程度の距離でも問題ないだろう。

 

そう判断したイッシンは自身のオペレーターであるセレン・ヘイズに戦場のリアルタイム分析を仰いだ。返ってきた返事はYES。しかしその声は気怠げで面倒臭いと言わんばかりの雰囲気だ。

 

 

「セレン、プレイボーイからのSOSだ。フラジールの行動パターン予測を頼む」

 

《……なぁイッシン。いっそのことアイツはここで死んだ方が世のためになると思わないか?》

 

「なんだよ急に」

 

《企業連のマーリー・エバンに手を出した翌日にインテリオル仲介人のマリー=セシール・キャンデロロに手を出し、その次の日には何食わぬ顔でスティレットさんと会食してた。しかも全て同じレストランでな。間違いなくアイツは女の敵だ》

 

「――その議論はおいおい。いまは助けるのが先決だ」

 

《チッ!!……完了した、ストレイドにデータを送る》

 

 

スピーカー越しでも腹立たしさを隠そうともしないセレンに苦笑いで応じるイッシンは、それでも一応自らの仕事を(まっと)うする彼女に敬服の念を抱くと共に、ロイの真性プレイボーイっぷりに肩を竦める。

 

そうこうしているうちに行動パターン予測が送られてきた。イッシンはストレイドのFCSにそのデータをインストールして再びスコープを覗く。蝿のように予測しづらく機敏に動き回るフラジールと言えど、予測パターン誤差±20%まで精度が上昇した【RC01-PHACT】ならば装甲を掠めることくらい問題なくこなせる筈だ。

 

フーッと息を吐いて精神を鎮め、イッシンは狙い澄ましたタイミングでトリガーを引いた。

 

レールキャノンである【RC01-PHACT】の砲声は【061ANSC】のようにバシュンと大袈裟な砲声が鳴ることは無い。ただ、バチバチッと放電の音が鳴っただけ。しかし間違いなく放たれた砲弾は音速を優に超えた速度でフラジールめがけて韋駄天の如く駆け抜けていく。

 

刹那、フラジールの装甲のごく一部が僅かに弾け飛んだ。箇所で言うと空力特性を最大限活かすために肩部に設置された小型の翼弦の先端という何とも言えない場所なのだが、撃たれた本人であるCUBEは一瞬なにが起こったのか理解できず、状況把握のためマイブリスに撃ち続けている【XMG-A030】の雨嵐を中断して即座に距離を取った。そしてコックピットから砲弾が撃たれた方向を見遣る。

 

 

「レーダー射程外からの狙撃……キドウ・イッシンですか。あの速度を捉えるとは見事です。彼には更なるデータ収集が期待できますね」

 

《それよりも、まずコッチのデータ収集に集中したほうがいいんじゃねえか?》

 

 

ロイの声にCUBEは顔を向け直すと、そこには緋色のコジマ粒子を爛々と輝かせたマイブリスが纏う雰囲気を明らかに変えて此方を睨んでいた。先程までを『練習』と表現するなら今の状態は間違いなく『本番』。手加減無し、慈悲無しの本気モードといったところか。

 

よく見るとマイブリスの頭部に設置されている折れた双角のような形状のスタビライザー上部が開き、中から先鋭的な角が生えてきている。その姿はまさしく『一つ目の鬼』であった。

 

 

「これはまた、面妖な――」

 

《【ドルニエの黒鬼】の本気、見せてやるよ改造人間》




いかがでしたでしょうか。
マイブリスのスタビライザーが変形する機構はオリジナルです。だってその方がカッコいいじゃん。

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75.ラインアーク事変・Ⅲ

ちょっと遅れちゃいました。

女子高生の姪に会ったのですが、彼女の周りでは『ナウい』が流行っているらしいです。やはり時代は一巡するものなんですねぇ(遠い目)


前方距離600の位置で緋色のコジマ粒子を纏うマイブリスの右手に握られた【HLR09-BECRUX】から放たれる二本の青い光条を対面するフラジールが紙一重で躱す。直後、フラジールの背中に鬼を(かたど)った濃密な死の匂いを知覚したCUBEはQBでその場を離脱すると同時にQTを発動。()()()()()マイブリスめがけて【XCG-B050】を掃射するも、緋色に輝くコジマ粒子の残像だけを残してマイブリスは距離を取っていた。

 

緋色のコジマ粒子を放出し始めて約3分。上記と同じ状況が幾度となく続き、闘いの天秤はロイに傾きつつある。

 

 

《……重量級ネクストである【HILBERT(ヒルベルト)-G(ゲー)7(ジーベン)】でフラジール以上の速度とレスポンスを生み出すとは。やはり驚異的な性能上昇率ですね》

 

「だろ? 分かったらさっさと投降しろ。お前さんじゃ俺には勝てないぞ」

 

 

ロイの言葉と同時に再び加速したマイブリスは緋色の残像と共にフラジールに肉薄する。【GAN01-SS-WGP】が破壊されたことにより身軽になったマイブリスの左手に拳を握らせてフラジールに殴りかかるが、これもまた紙一重で躱された。

 

体勢が崩れて背中が見えるほど前のめりになったマイブリスはその体勢を利用して左側背部兵装【DEARBORN03】を起動し、追撃を掛ける。放たれた近接信管ミサイルはロック対象であるフラジールが間近だったこともありゼロ距離で爆破。両ネクストを爆煙が包み込むが、数秒後ほぼ同時に両者とも弾かれたような速度で煙の中から脱出した。

 

戦力は拮抗しているが、押しているのは間違いなくマイブリスである。このまま情勢を維持しつつ着実に押していけば負ける相手ではない。ロイはひとまずの安心感を得たことで肩の力を抜いて確実な戦術プランを練り始めようとしたとき、不意にフラジールの通信がコックピットに木霊する。

 

 

《データ収集を終えていませんので投降するつもりはありません。ですので、()()()()()()()()()()を立証させて頂きます》

 

 

CUBEは先程のロイの言葉を時間差で冷たくあしらうと、フラジールにOBを発動させて一直線にマイブリスへ向かっていく。それに対して議論の余地無しと断じたロイは迎撃姿勢をとり、背部兵装の【VERMILLION01】および【DEARBORN03】を展開。先程までのロック制御が飯事(ママゴト)に思える超精密な行動予測を以てフラジールを迎撃せんとミサイルを放った。未来でも見てきたかのような予測精度で猛然とフラジールに襲いかかるミサイルだったが、流石に()()()()()()機体を捉える事は不可能だったようで、数秒ほど迷走したのちに本懐を果たさぬまま爆散する。

 

 

「――消えっ!いや違う……振り切られただと!?」

 

《当然です。フラジールを舐めて貰っては困ります》

 

 

直後、マイブリスの背中に鳥肌が立つほど冷徹で底冷えした気配を感じたロイは本能的にマイブリスの右手に握られた【HLR09-BECRUX】を大剣の如く横一文字に背後を薙ぎ払い、冷酷な気配を叩き割ろうとした。しかし冷酷な気配ことフラジールは既にその場を離れて距離を稼いでおり、何食わぬ顔で平然と【XMG-A030】のマガジン交換をしている。

 

 

《――ジェネレーター内で圧縮したコジマ粒子を気化させてブースターの添加剤とし、機体スペックを超えた速度を実現させている、と言ったところでしょうか。FCSのスペック向上は()()に対応するために一時的にメモリを解放出来る改良を施してあるからですね》

 

「……この戦闘でそこまで見抜くかよ」

 

《緋色のコジマ粒子放出と同時にプライマルアーマーの展開密度が低くなったので当初は一時的なものだと考えていました。ですが展開密度が回復する傾向が観測出来ない事実を鑑みて、私が考え得る中で最も現実的な仮定を試したまでです》

 

「流石アスピナ、腐っても研究屋ってことか」

 

 

ロイはCUBEの観察眼に脱帽といった様子で会話を続ける。その口調と声色は全くいつも通りの飄々(ひょうひょう)とした雰囲気を醸し出しており、コックピット越しの表情からも焦燥や憂虞(ゆうく)の念は一切見られない。しかしリンクススーツ内に収められた厚く逞しい背中には面積目一杯の冷えた脂汗が滴っていた。

 

だがそれも仕方ないだろう。未だかつて【ドルニエの黒鬼】状態のマイブリスを捉えることが出来たのはロイの経験上、ホワイト・グリントのリンクスであるレイヴンしかいない。それに、カラード上位レベルの技量と性能を有した先のイレギュラーネクストを無傷で完膚無きまでに叩き潰したばかりだ。いくらアスピナのリンクスと言えど本ミッションで負けるつもりは毛頭無く、ましてや捉えられるなど想定外中の想定外である。

 

故に仕切り直しを強制するようにCUBEとの会話を繋げ、現時点のフラジールに対抗できる戦術を二通りに絞って練り直す。一つは『先程の瞬間移動じみた機動が一回もしくは連発出来ない場合』。この場合は油断さえしなければいいので大した労力を使う必要が無い。問題は『あの機動が常時保持される場合』だ。仮にこれが正解だった場合、ロイは今まで経験したことの無いレベルの高速戦闘を強いられる事になる。圧縮コジマ粒子放出により機動性が大幅に向上してるとはいえ、あくまで重量級ネクストであるマイブリスが超軽量級ネクストのフラジールとの純粋な速度対決で不利であるのは自明の理だ。

 

だからこそ祈る。前者であってくれと。

 

 

《これで重量級ネクストの戦闘データの収集は完了しました。良いデータを提供して頂いたお礼に、捕虜となって頂けませんか? 貴方のような優秀なリンクスを失うのは非常に心苦しいのです》

 

「ずいぶんな物言いだな。勝てるとでも思ってるのか?」

 

《その機体は先程の最高速度が限界でしょう。ですが、フラジールはまだ最高速度に達していません。戦力的優位に立っているのは此方だと思いますが》

 

――あぁそうかい、神もへったくれもないな。

 

「……なら試してみろ」

 

 

自らの不運を呪う思考が脳内を支配する前にロイは勢い良くフットペダルを踏み込んだ。僅か0.5秒で最高速に達したマイブリスに掛かるG(重力加速度)は筆舌に尽くしがたい衝撃を与え、搭乗者であるロイの頸椎がリンクススーツを着用しているにも関わらず比喩表現無しで飛び出しそうになる。眼球の白目部分は丹念に塗り込まれたように真っ赤に充血し、涙がブワッと溢れそうになって目を瞑りそうになるのをロイはグッと堪えてフラジールを睨む。

 

 

「こういうのはキャラじゃねえんだ、さっさと終わらせて貰うぜ!」

 

《!……初速から最高速度とは。最後の最後まで手を出し切らない姿勢、やはり素晴らしいリンクスですね》

 

 

いままでの戦闘から収集したデータからも想定出来なかった不測の事態。並のリンクスであれば動揺して対応に(いく)ばくかの隙を見せてしまうだろう。だがCUBEは隙を見せるどころか、寧ろ喜んでいるような声色を発しながらマイブリスと同等以上の速度で迎撃に当たった。

 

フラジールから放たれる雨嵐の【XMG-A030】は緋色の残像に吸い込まれ、マイブリスから放たれる正確無比な【HLR09-BECRUX】はフラジールのいた虚空を通過する。マイブリスがフラジールの背後に回り込めば既にフラジールはそこにはおらず、逆にマイブリスの背後を取ったフラジールが必中の距離で【XCG-B050】を撃ち込むと、次の瞬間には緋色のコジマ粒子だけが儚げに漂っている。

 

間違いなく一進一退。

 

将棋の千日手のような攻防が尋常ではない苛烈さを以て過ぎ去っていくが、傍目には全く分からないほど僅かに、そして徐々に、じりじりとマイブリスが劣勢に歩を擦り進めつつあった。それまで完璧に避けきっていたフラジールの放つ【XCG-B050】が一発だけカンッと当たるようになったのだ。

 

対するフラジールは先程よりも回避行動が洗練されて来ており、最高速度も目に見える上昇率で更新していく。【HLR09-BECRUX】の光条を避け、【VERMILLION01】をいなし、【DEARBORN03】を即座に迎撃している。実力の差があるのは明白だった。

 

ロイの脳裏に浮かび始めるのは敗北のイメージ。煤と風穴だらけになったマイブリスを見下すのは傷一つ無い漆黒の異形。

 

指先の感覚が鈍くなるのを感じる。

本能が敗北の甘い蜜を分泌する。

ここで認めれば楽になれる。

()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――巫山戯(ふざけ)るな。

 

 

ロイは弛緩する直前の指先に力を限界まで込めた。爪に肉が食い込み、血が滲み出ようが関係ない。脳内を支配しようとしている邪悪で甘い蜜をロイは無造作に意識の外に投げ捨てる。

 

 

――負けるのは俺の幸福じゃない

――本能如きが俺に指図するな

――俺の幸福は俺が決める

 

 

「まぁだまだぁ!!」

 

 

マイブリスのメインカメラが一際大きく輝いたかと思えば弱まりつつあった速度と攻撃のキレが戻り、最高速度を更新中のフラジールに迫る勢いで攻勢に転じていく。これには流石のCUBEも驚きを隠せず、目の前で縦横無尽に駆け回る鈍色の巨人に危機を感じざるを得なかった。

 

 

《……プランD、所謂ピンチですね》




いかがでしたでしょうか。

また一人、レイヴンが旅立ってしまいましたね……。
お疲れ様でした。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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76.ラインアーク事変・Ⅳ

次郎系から淡麗系まであらゆるラーメンを食べた私が辿り着いた終着点は、タンメンでした。


緋色のコジマ粒子を命の灯火のように煌めかせながら戦い続けるマイブリスに対し、あくまで合理的に戦況を見極めて迎撃を行っているCUBEは今まで(いだ)いた事の無い感情に戸惑っていた。

 

水が張られた鍋を加熱しても一気に沸き上がらず、ただ静かに沸々と水温が上昇していくような。

 

そんな感覚にも似た心情の変化は止まること無くCUBEを見つめている。まるで極上の餌を前に『待て』と命じられた忠犬のように。

 

 

(なんだ、この感覚は……)

 

――いつまで待たせるつもりだ。

 

(誰ですか?)

 

――僕は、お前だ。

 

(……理解に苦しみます。貴方が私と言うなら、私は何者なのですか)

 

――お前が一番良く知っているだろ。

 

(答えになっていません。明確に答えてくだ――)

 

《その首貰うぞ!》

 

「っ!?」

 

 

ロイの確信したような声を聞いた事で我に返ったCUBEの眼前には【HLR09-BECRUX】から放たれた二本の青い光条が飛来しており、フラジールの丁字状のコア右上部に着弾してしまう。正面からハイレーザーライフルの直撃をマトモに食らったため、並の軽量ネクストより遥かに薄いフラジールの装甲はグズグスに融解してしまい、そこを基点とした小規模な爆発が発生する。

 

CUBEが座るコックピットのコンソールパネルにはシステム異常を知らせる赤文字が次から次へと表示され、それに呼応するようにけたたましいアラートが鳴り響いた。

 

 

「AP、60%低下。ジェネレータ出力40%ダウン……マズいですね」

 

――そうだな。このままでは()()負けるな。

 

「黙って下さい。それに私は負けたことなどありません」

 

――いいや負けた。お前は覚えているはずだ。

 

「……これ以上の問答は不要です」

 

 

CUBEは強引に会話を終了させ、フラジールの体勢を立て直すことに専念する。瞬時に各系統の点検作業を開始したCUBEは赤文字で埋め尽くされたコンソールパネルを目にも止まらぬ速さで操作して赤文字を瞬く間に消し去り、ミッション開始時となんら変わりない画面に戻した。確かに【HLR09-BECRUX】の直撃でジェネレータ出力が低下したとはいえ、マイブリスに追い着く程度の速度ならまだ出せる事を画面で確認したCUBEはフットペダルを踏み込み、フラジールに緋色を纏うマイブリスを追わせる。

 

 

《くっ! まだそんな速度出せんのかよ!》

 

「無論です。私を舐めないで下さい」

 

――良い傾向だな。感情が乗ってきてるぞ。

 

「黙って下さい。俺に感情などありません」

 

――なにを言ってる。自分の顔を見てみろ。

 

 

刹那、何の前触れもなくコックピットの正面モニターがブラックアウトした。先程から全く理解できない現象の数々にCUBEの脳内は目まぐるしく対応しようとしてフラジールとのAMS接続が切れたわけではない。どちらかと言えば()()()()ように思えたそれに対し……CUBEは息が突然止まったような感覚に襲われて冷静に思考する事が出来なかった。

 

なぜなら、ブラックアウトしたことにより吸い込まれるような漆黒を宿したモニターに映る自身が()()()()()()()()

 

今まで笑ったことの無い自分が無自覚に笑っている。この事実だけでも相当の衝撃を受けるだろうが、CUBEの場合は更に追い打ちを掛けるもう一つの事象があった。

 

違うのだ、笑みの種類が。

 

CUBEもアスピナの被験体とはいえ一人の人間である。リンクスとして一定の社会生活を営む中で他人の喜怒哀楽に遭遇する事は多々あった。勿論その中の『楽』、つまり楽しい表情をした人に会ったこともある。

 

だからこそ分かったのだ。今自分がしている笑みは、興味のもてる娯楽を見つけた時の笑みとは違う。もっと狂気的で傲慢で、諦観している笑み。

 

 

――まだ否定するか?

 

「………黙りなさい」

 

 

そう答えた瞬間、CUBEの脳内にこれまで受け取った事の無い膨大な情報量がAMSから流れ込んできた。

 

地獄の業火のように真っ赤に染まった夕暮れの平地。その中においても一際鮮やかな翡翠色の炎の中で、異形の巨人が沈黙していた。どことなく洗練されてシャープな印象を与える身体に対して、無理矢理付けたようなアンバランスさを醸し出している左腕は巨大なガトリング砲となっている。そんな地獄の使者にしか見えない異形の傍らには半壊したネクスト。

 

おそらく沈黙している異形と交戦して辛くも勝つことが出来たのだろう。右腕の肘から先が吹き飛び、頭部の半分が消し飛んでいる満身創痍の状態である。それこそ息を吹きかければ倒れてしまいそうな損傷だ。

 

フラジールからAMSを通じて脳内に送られてきた光の奔流は少なくともCUBEは経験したことのない、在るはずの無い記憶。しかし本能が告げている。私はこれを知っていると。

 

 

――覚えているだろう? いや、覚えていない訳がない。お前はあの日を境に生まれたんだ。

 

「………やめなさい」

 

――あの時のお前は傲慢だったな。死にかけの粗製程度、どうとでもなると高を括っていた。

 

「……やめろ」

 

 

不意に半壊のネクストが振り返った。おそらくCUBEを視認したのだろう。左腕に握られたライフルの銃口を此方へ向けながらメインブースターを噴かし、徐々に距離を詰めてくる。半分残った頭部のメインカメラの光は弱々しく見るに堪えない。

 

だが分かる。あのような状態でも、あのネクストは自身より強いと。……何故だ?

 

 

――まだ理解が追いつかないか。自我が強すぎるのも問題だな。まったくアスピナのイカレどもめ。……まぁいい、お前はしばらく寝ていろ。

 

()()()()()()()

 

 

声の主とほぼ同時にAMSから放たれる光の奔流の流れが一気に変わった。つまり、それまでAMSから情報を受け取る側だったCUBEが突然AMSに情報を差し出す側になったのである。自身から直接情報が吸い出される経験をしたことがないCUBEは当然困惑し、恐怖した。

 

自分が自分でなくなる。得も言われぬ恐怖に。

 

 

「AMSから、光が逆流する……!」

 

 

 

 

 

 

「ギャァァァァァッ!!」

 

 

 

 

 

 

断末魔のような絶叫を上げながらCUBEは両手で頭を抱えて悶え苦しむ。自我の崩壊の恐怖を前にした人間ならば仕方の無い行動ではあったが、いかんせん場所とタイミングが悪すぎた。

 

乗り手を失ったフラジールがCUBEの錯乱を表すかのように無軌道な動きを取り続ける状態に【ドルニエの黒鬼】たるロイ・ザーランドも一瞬だけ思考のラグが生じるが、自身が置かれた状況と今までのフラジールの機動性を鑑みれば見逃す道理はなく、右手に握られた【HLR09-BECRUX】を構えてフラジールのコックピットを狙い澄ます。

 

 

「悪いな、お別れだ!」

 

 

ロイの言葉と共に引かれたトリガーは瞬時にマイブリスの右手に伝達され、二本の青い光条が放たれる。邪魔するものは何も無い空中を亜音速で駆け抜ける青い光条はいとも簡単にフラジールのコアに到達し、コックピットを融解させながら突き進んだ。

 

それでもCUBEは頭を抱え、絶叫しながら悶え苦しむ。灼熱に焼かれてリンクススーツが溶け落ち、指先が焦げて細胞の一つ一つが死滅する感覚に襲われ、眼球の水分が蒸発して視界が閉ざされてもなお、自我が崩壊する恐怖に震えながら断末魔を上げ続け……。

 

そしてフラジールは貫かれた。

 

胸部にぽっかりと空いた穴の周辺は赤熱しており、機体を隔てた向こう側の空が綺麗に見えている。

 

フラジールは糸を失った人形のようにダランと脱力したまま真っ逆さまに海上に堕ちていき、大きな水飛沫を上げて着水。海の底を目指しながらゆっくりと沈んでいった。

 

 

「はぁ……はぁ……慣れねぇことはするもんじゃねえな」

 

 

その様子を最後まで見ていたロイは荒くなった息を整えるように深い深呼吸で肺に酸素を取り込んだ。同時にマイブリスから放たれる緋色のコジマ粒子はグラデーションのように淡い翡翠色へ戻っていき、通常モードに移行したことを知らせる。

 

不意に口の中から鉄の味がし始めたロイは口元を拭うと、唾液と血液の混ざった半透明の朱色の粘液が手の甲に付着した。急激な超加速の連続に身体が晒され続けた反動で内臓系にダメージが行ったのだろう。遅れたように腹部がズキズキと痛みだし、息を擦るのも億劫になってくる。

 

 

《――ロイ、生きてるか?》

 

「バッチリ生きてるさ。さっきの援護射撃、感謝するぜ青年」

 

《気にすんな。とりあえず休んどけよ、()()()もそろそろ終わりそうだからな》

 

 

気安いイッシンの声に導かれるように彼方へ視線を移す。そこにはホワイト・グリントとセレブリティ・アッシュが肩を並べており、相対するステイシスおよびクラースナヤと睨み合いになっていた。しかし、どうやら疲弊しているのはステイシス達だけのようでホワイト・グリント達が疲弊している様子は全くない。

 

イッシンの言う通り、決着はもうすぐ着くだろう。ロイは肩の力を抜きつつ事の顛末を見守る。

 

ホワイト・グリントが一歩前へ出た。セレブリティ・アッシュは動く素振りを見せず、ステイシスとクラースナヤはジッとホワイト・グリントを見据えている。

 

そうしてホワイト・グリントの左手に握られたライフル【051ANNR】の銃口がステイシスに向けられようとした瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドシュッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セレブリティ・アッシュのレーザーブレードが、ホワイト・グリントを貫いた。



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77.ラインアーク事変・Ⅴ

どうも。「タンメンとちゃんぽんなんて大体同じだろ」とのたまった友人に小一時間説教したタンメン過激派です。ジーク・タンメン!ジーク・タンメン!


「被験体013のバイタル、安定」

 

「脳波およびAMS接続に異常なし」

 

「転送率100%、人格データの再構築を開始します」

 

 

ラインアークより北西に200km。

 

雲海を眼下に望む高度10000mの空の下、輸送機というより早期警戒機に近いフォルムをしている航空機の中では白衣を着た十数名の男女が、世話しなく何らかの機械を弄くり回していた。機械群の中央には粘度の高い液体の中で満たされた大型カプセルが鎮座しており、その中には密閉型の酸素マスクと幾つかのケーブルが装着された一人の男性が瞳を閉じてゴポゴポと浮いている。

 

無駄なく引き締まった体躯には無数の古傷が刻み込まれ、黒髪の映えるアングロサクソン系の端整な顔立ちは左半分を大きく占用している痛ましい火傷跡のせいで、どこか奇妙で歪な魅力を漂わせていた。

 

 

「しかしCUBE12が撃墜されるとは思いませんでしたね」

 

「仕方ないだろう。【ランク10】の特殊機構は我々も想定外だった。それに撃墜直前、CUBE12の脳波に大幅な乱れが観測されている。調整不足とは思いたくないが万全を期すためにCUBE13の再調整を――」

 

 

リーダー格らしき白衣の男性が部下に指示を出そうとした瞬間、カプセルの調整・管理を司る機器が大音量の警告音を発しながらモニターに『対象脳波:半覚醒状態』と表示された。

 

突然の出来事に研究員達は戸惑うことしか出来なかったが、その中に居た数人のベテラン研究員は即座に状況を理解して問題解決のため各々が受け持つコンソールパネルを弾き始める。

 

 

「被験体013の最高脈拍が30を突破! α遮断剤、β遮断剤を規定量投与しましたが効果ありません!」

 

「筋弛緩剤も併せて倍量を投与しろ!」

 

「……駄目です!効果ありません!」

 

「脈拍60を突破! 覚醒します!」

 

 

 

研究員の言葉とほぼ同時にカプセルの緊急安全装置(セーフティ)が作動し、カプセル下部に設置されていた排水口から充填された液体が波を立てるように勢い良く流れ出した。徐々にカプセル内の水嵩が低くなっていき床一面が水浸しになってしまうほどの液体が全てカプセルの外に放出されると、中に囚われていた男性の瞳が開く。

 

男性は周囲の状況を確認するように辺りを一瞥すると、身体に装着された幾つかのケーブルを両手を使い無造作に引き抜いて、緊急脱出用の前面ハッチを自らの力で開け放った。

 

生まれたままの状態でカプセルの外に出た男性はリーダー格の研究員を視界に捉えるとペタペタと裸足の音を立てながら近付いていき、やがて目の前で止まる。身長が高い方ではないリーダー格の研究員は男性に見下げられる格好となり内心怯えが止まらなくなっていたが、精一杯の平静を何とか装いながら男性に語りかけた。

 

 

「ひ、被験体013。気分はどうだ?」

 

「僕の興味を全くそそらない君達さえ目に入らなければ最高の気分だ」

 

「――!? そ、その口調は……」

 

「気付いたようだな。なら早くリンクススーツを用意しろ。それと【マグヌス】もだ、どうせ積んでいるんだろ」

 

 

そこまで言うと男性は全裸のまま近くにあった手頃な椅子に腰掛けて足を組む。自身の望む要求を多く押し付けながら、相手が求める疑問や要望には全く答える気のない傲慢の権化である男性は悪びれる表情すら見せずに背もたれに寄り掛かりながらふんぞり返ってみせた。

 

 

「何をしている、早くしろ。あんな三下共に【アナトリアの傭兵】をくれてやるほど僕は謙虚じゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………は?」

 

それはあまりにも唐突だった。

 

白亜の巨人の胸部に突き出した光の剣は煌々と光り輝きながらも早々に抜き取られ、膝をついた白亜の巨人を見下しながら民衆を恐怖に陥れる怨敵を討ち果たしたような達成感を纏っていた。

 

しかし剣の持ち主であるトリコロールの巨人には達成感など微塵も感じられない。ただ無機質に、事象を傍観しているような目をしている。

 

 

「――まさか援軍に隙を突かれるとはな」

 

《悪く思わないで下さい。急所は外してあります》

 

「虎の子の再起動エンジンを的確に射抜いておいて良く言う……ホワイト・グリントの機体構造をどこで知った」

 

《残念ですが答えられません》

 

「だろうな。言ってみただけだ」

 

 

《なだテメェ!!》

 

 

レイヴンとの腹の探り合いを断ち切るような怨嗟の怒声にダンは驚いて声の方向へ顔を向けると、OBを発動して猛進してくるマイブリスが目に飛び込んできた。その右手には【HLR09-BECRUX】を構え、左肩からは起動済みの【DEARBORN03】が顔を覗かせている。

 

信用していた友人に裏切られたという事実によって発生した純度の高い殺意は、心身ともに消耗したロイの身体機能をブーストさせるには十分過ぎる起爆剤であった。ロイは激情のままに狙いを定めてセレブリティ・アッシュを【HLR09-BECRUX】で貫かんと発射態勢を整えるが、それは死角から現れた赤い機影の飛び膝蹴りによって阻止される。

 

 

《行かせないよ、おじさん》

 

「どけよ! クソガキ!!」

 

 

赤い機影ことクラースナヤを駆るハリに攻撃を邪魔されたロイの感情はますますヒートアップする。フラジールとの闘いで疲れ切った身体はとうの昔に限界を迎えているが知ったことでは無い。

 

ロイはレイヴンを、幼い頃からの恩人を手に掛けた友人を殺さなければ気が済まなかったのである。

 

しかしロイが放った迫真の猛攻の多くは悉く躱され、運良くクラースナヤに着弾したとしても精々(かす)る程度が関の山だった。

 

極め付けはハリの呼吸が全く乱れず、簡単な宿題を早く終わらせようとする機械的な態度さえ見せている。

 

 

《今のボロボロな状態で僕に勝てる訳ないでしょ? 黙って引っ込んでよ》

 

「舐めんじゃねぇぞ!」

 

 

売り言葉に買い言葉。

 

ロイは目の前に立ち塞がるクラースナヤを倒すため、再びマイブリスを【ドルニエの黒鬼】モードに移行させようとする。頭部スタビライザーから両角が再び生えて、背中から放出される翡翠色のコジマ粒子が徐々に緋色を帯びていき……

 

……何事も無かったかのように翡翠色に戻った。

 

ロイが座るコックピット内のコンソールパネルには『Caution : Kozima Particle Power Empty(警告:コジマ粒子不足)』の文字が赤く照らし出されている。

 

 

「――なっ!?」

 

《……それで終わり?なら次はこっちの番だね》

 

 

ハリの声が響いたと同時にクラースナヤは目にも止まらぬ速さでハイキックをマイブリスの頭部に打ち込んだ。衝撃でバランスを崩した隙を見逃さず、間髪入れずに後ろ回し蹴りを腹部に打ち込む。

 

クラースナヤの連続コンボに堪らず後ろへよろけてしまったロイとマイブリスが最後に目にした景色は、両手に構えられた【04-MARVE】の銃口が舌なめずりをしながら此方を捉えている景色だった。

 

 

《次に会うときは――もうないか。バイバイ、おじさん》

 

「……くそが」

 

 

ロイの忌々しく吐き出した呪詛を嘲笑うかのように【04-MARVE】から放たれた銃弾の雨嵐がマイブリスを包み込む。鈍色の装甲には無数の穴が刻み込まれ、メインカメラは弾け飛び、雄々しく反り立った両角は虚しく折られていく。雨嵐が止んだ頃には身体中からショート音と火花を散らせた穴だらけの巨人が出来上がり、巨人は最期の言葉を発することなく沈黙した。

 

 

「……すまない、ロイ」

 

 

その一部始終を見ていたダンは消え入るような細い声で呟く。瞬間、今のダンの心情を踏みにじるような滑稽で不愉快な軽口がセレブリティ・アッシュのコックピットに響き渡った。

 

 

《おいおい、ウザったい同業他社(ライバル)をノーダメで潰したってのにそんだけかよ。これから仕事が増えるし、独占状態になるんだぜ? もっと喜んでもいいんじゃねえか?》

 

「……イッシン君」

 

《あっ、ちなみに『心が痛む』とか『精神的にツラい』とかそういう(たぐい)で素直に喜べないってのは無しな。このミッションの言い出しっぺが裏切っといて被害者面は流石に虫唾が走るからよ》

 

「別に許して貰おうなんて思っていない」

 

《……ハハハっ!!安心しろ、許す気なんざハナからねぇさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員ぶっ殺してやるから安心しろ

 

 

 

イッシンの言葉にレイヴンを含めたその場の全員が凍り付く。

 

死神に後ろから優しく抱き締められ、耳元で死刑宣告を告げられたような悍ましさを孕んだ語気は今まで経験したことの無い感覚だっただろう。それほどまでにイッシンの(はらわた)は煮えくりかえっていたのだ。

 

刹那、突如現れた砲弾がクラースナヤの頭部に直撃。メインカメラが爆散してもうもうと煙を上げた。次いで間髪入れずに脚部、コア部へと砲弾が撃ち込まれるがサブカメラを起動させたハリの操縦技術によってすんでのところで躱されてしまう。

 

 

「くそっ!金づる野郎のくせに!」

 

《ハリ、お前は身を隠せ。ダン・モロ、貴様はキドウ・イッシンの座標を共有次第、予定通りホワイト・グリントを尋問しろ。私がヤツを始末する》

 

《……了解》

 

 

不意打ちによってメインカメラを破壊され、苛立つハリをオッツダルヴァが窘める。確かに姿の見えない敵からの遠距離狙撃は脅威であるが、接近して近距離戦に持ち込めばどうということは無い。

 

オッツダルヴァはフットペダルを踏み込み、深蒼色のステイシスにOBを発動させる。フラジール並みとは行かないまでも、一般的な軽量級ネクストより速い速度で向かっていく様はまさに【周りが止まって見える(ステイシス)】に相応しい様相だった。

 

 

「一度立ち会って見たかったのだ、ゴーストやらにな」




いかがでしたでしょうか。

たまにランキング作品を見たりするんですが、執筆して3日程度で日間1位をとっている様子を見て文才の無さを痛感したりしてます。タンメン食って忘れるけども。

励みになるので、評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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78.ラインアーク事変・Ⅵ

40000UAありがとうございます。
これからも気長にお付き合い頂けると幸いです。


《敵ネクスト接近……この速度、オッツダルヴァか》

 

「じゃなきゃ困る。あの水没王子には聞きたい事が山ほどあるんだ」

 

《――ロイがやられて気が立つのは分かるが、あまり気負い過ぎるなよ。お前までやられては元も子もないからな》

 

「イエスマム。あくまでクールに、迷い猫(ストレイド)らしく飄々とやってやるさ」

 

《なら良い。……ステイシス、交戦距離に到達。見せてやれ、お前の実力を》

 

「了解! キドウ・イッシン、ストレイド! 派手に行くぜ!」

 

 

イッシンの掛け声と共にフットペダルが蹴り抜かれ、空色の【TYPE-HOGIRE(オーギル)】――ストレイド――は完全燃焼の青白いバックファイアを背中に灯しながら勢いよくその場から飛び出した。

 

今回のミッションは後方支援と防衛ラインの守備が想定されていたため、ストレイドの武装はそれに特化した仕様となっている。

 

右手には現場での信頼性と精度を両立させたBFF製スナイパーライフル【050ANSR】

 

左上腕部には威力と近接適性を強化することにより機動戦をこなせるようになったローゼンタール製レーザーライフル【ER-R500】

 

右背部には至近距離戦で絶大な威力を発揮するローゼンタール製チェインガン【CG-R500】

 

左背部には全兵装中『最速』と謳われるインテリオル製レールキャノン【RC01-PHACT】

 

加えてイッシンの駆るストレイドも、ローゼンタールのフルパッケージネクスト【TYPE-HOGIRE(オーギル)】であることから支援企業であるローゼンタールを多分に配慮していることは明白だった。

 

事実このミッションを受注するにあたり、可能な限り自社製品を装備して欲しいとローゼンタール側の担当者から打診があったためだ。

 

何故か。

 

答えは単純。

 

オーメルの切り札たるステイシスを、ローゼンタールの標準機であるストレイドで打ち負かす事が出来ればローゼンタールのグループ内における立ち位置が大幅に上がるからだ。

 

そうすれば独裁的な政治主導権を握るオーメルの牙城に風穴を開ける事が出来、なおかつローゼンタールの発言権もより効力を発揮することに繋がるのだ。

 

三手先を見通したローゼンタールの采配には脱帽するしか無いが、あくまでその采配は『ミッションの成功失敗に関わらず、最低でもイッシンがオッツダルヴァに勝つ』という大前提の上で成り立っているのだ。暗に『お前なら勝てるだろ?』と言われているイッシンは改めて多少ゲンナリとした溜息を吐く。

 

 

「――こんな小間使いで死ぬのは御免だな」

 

《貴様のような矮小な輩は小間使いが精々だ。戦場で散れるだけ有難いと思うがいい》

 

 

どこからともなく痛烈な皮肉がコックピットに響いた瞬間、意識の外側を縫うようにオレンジ色の太いレーザーがストレイドを穿たんと真っ直ぐに飛来してくる。

 

しかしイッシンは動じることなくフットペダルを踏み込んでQBを発動。今まで搭乗していた軽量級ネクストであるJOKERと比べて挙動の機敏さがないことに若干辟易しながらも難なくレーザーを躱した。

 

完全に回避が成功したことを確認したイッシンは発射した主を捜すためにそれが放たれた方向を見遣ると、深蒼色の【TYPE-LAHIRE(ライール)】――ステイシス――が軽快に空中を飛び回りながら左手にオーメル製試作レーザーバズーカ【ER-O705】を構えている。

 

 

(しょ)(ぱな)も今も不意打ちかよ。オーメルに担がれたランク1なんてのは飾りでしかないみたいで安心したぜ」

 

《……ふん。下らん政治屋のために下らん敵と戦う、まるで喜劇(ファルス)だな》

 

「下らないかどうかは、これから決めようじゃねえか!」

 

 

イッシンがそこまで言うとストレイドは右手に握られた【050ANSR】を両手持ちに握り直し、腰だめの狙撃手のような体勢になる。そうしてステイシスとの距離を一定以上に保つと、ストレイドに過剰な負荷が掛かる限界ギリギリの高速機動を交えた狙撃戦を開始した。

 

高速機動によって的を絞らせないことにより自身の生存率を最大限考慮しつつ、弾速の速いスナイパーライフルでステイシスに確実にダメージを与える。現状況を鑑みれば最も安全側に振り切った、ある意味()()()()()()()()()戦法である。

 

――確かに前世において、それこそ100回を軽く超える程度にはステイシスを倒している。練習台になって貰ったり、縛りプレイの踏み石になって貰ったり、なんとなく腹が立ったからストレス発散で瞬殺させて貰ったり。

 

しかしこの世界において、そんな()()()()()()()()()()は自身の身の破滅を呼び寄せる厄災にしかならないことをイッシンは身を以て知っている。現に(スピリット)(オブ)(マザーウィル)戦では格下中の格下【ランク30】のキルドーザーに殺されかけているのだ。いや、仮に僚機のハリが助けに来なければ間違いなく殺されていただろう。

 

 

仮想(バーチャル)現実(リアル)は違う。

 

 

だからこそ、いくら政治的配慮があるとはいえ【ランク1】の称号を持っているオッツダルヴァの技量に対してイッシンが相応の警戒するのは当然と言えた。

 

ストレイドが握る【050ANSR】の放つ弾丸は両手持ちにしただけあって直進安定性が抜群に向上しており、ステイシスに風穴を開けるために断続的で不規則な狙撃を繰り返す。

 

しかしステイシスは未来を見透かしているかのように全ての弾丸を易々と躱していき、返す刀で時折(ときおり)【AR-O700】による反撃を申し訳程度に織り交ぜてくるだけだった。まるでいつでも殺せると言わんばかりに。

 

明らかに舐められている。

 

そう感じ取ったイッシンはオープン回線を開き、オッツダルヴァに直接話しかけた。先のイレギュラーと同じく罵詈雑言で相手を精神的にかき乱して強制的に隙を作ろうとする。

 

 

「おいおいどうした! 躱すだけが能じゃねえだろ!? 天下のランク1が聞いて呆れるぜ!!」

 

《あまりほざくな、耳障りだ》

 

「なら黙らせてみろ! ニヒルでサムイとっつぁん坊やさんよぉ!」

 

《……いいだろう。望み通り黙らせてやる》

 

 

その言葉の直後、ステイシスのメインブースターから青白い炎が燃え上がりQBが発動された。素体である【TYPE-LAHIRE(ライール)】の先鋭的なデザインのお陰で空力特性が高いスコアをマークしているステイシスはフラジールの暴力的な加速とは違った、洗練されて美しい加速を以てストレイドに向かっていく。

 

対するストレイドは【050ANSR】の両手持ちを解し、左上腕部に装備されたレーザーライフル【ER-R500】と右背部兵装であるチェインガン【CG-R500】を起動させた。そして、その様子を見てなお加速を止めないステイシスに向けて掃射を開始。【CG-R500】の濃密な弾幕と【ER-R500】の黄色がかった細い光条が深蒼の巨人に襲いかかった。

 

軽量級ネクストの真髄は、被弾を最小限に抑えながら高速で対象に接近して瞬間最大火力の高い攻撃を叩き込むことだ。しかしその真髄も、(てん)ずれば被弾リスクが高い場所には近付かないことの逆説にも成り得る。

 

イッシンはその逆説を見越した上で弾幕を張ったのだ。初手で接近を許しては戦術もクソもあったものではない。先ずは接近することは危険であると刷り込ませて―――!?

 

驚愕するのも無理は無い。そんなイッシンの作戦プランを嘲笑うかのようにステイシスは弾幕の中に突っ込み、被弾を省みずに最短距離で接近を試みてきたのだから。……いや、正確には【ER-R500】の光条と当たる必要の無い【CG-R500】の弾幕は避けている。まさしく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

《教科書通りの戦術が通用すると思うなよ。空気にもなれん下らない塵が》

 

 

オッツダルヴァの見下した物言いと共鳴するようにステイシスのメインカメラが光り、右手に握られたアサルトライフル【AR-O700】を槍を突くように引き絞りながらストレイドを穿たんと迫る。

 

だが、そこは週間ACマニアで『エンターテイナー』と称されるキドウ・イッシン。驚愕の顔から一転してニヤリと笑う。この男、ただで転ぶほど安い鍛え方はしていない。

 

 

「突っ込んでくるぐらいは想定内だぜ!」

 

《下らん虚仮威(こけおど)しだ。近接武器を持たない状況でなにが出来る》

 

「なに言ってんだ? ()()()()()じゃねえか!!」

 

《……なに?》

 

 

オッツダルヴァの答えを待たずしてイッシンは構えていた【ER-R500】を射線から外し、ジェネレーター出力の20%を集中させた。すると【ER-R500】の両側面から仄かに光が灯り始める。

 

突然だが【ER-R500】の形状は西洋の細身な片手剣によく似ている。製造元であるローゼンタールの騎士道精神が上手く表現されたデザインだ。そんなカッコいいデザインを前世の頃から見ていたイッシンはある日、常日頃から妄想していた浪漫を知り合いの変態設計者(アーキテクト)――カミソリ・ジョニー――にふと漏らしてしまう。

 

 

――剣として振れねえかな、あれ。

 

――え? 振りたいの? じゃあ()()()()()

 

 

 

 

《レーザーブレードだとっ!?》

 

 

そう、浪漫に限界など無いのだ。

 

浪漫があればなんでも出来る。レーザーライフルをレーザーブレードとして運用可能にするなど児戯にも等しい朝飯前だ。故に【ER-R500】の両側面からレーザーブレードが生成されたとしても何の問題も無い。むしろこのギミックに驚くような輩は日頃の浪漫が足りないのだ。猛省せよ。

 

思わぬ伏兵(ロマン)によってプランを白紙に戻されたオッツダルヴァはステイシスのBB(バックブースト)を噴かして距離を取らざるを得ない。しかしその動揺をイッシンが見逃すはずもなく、ストレイドにQBを発動させてステイシスに急接近。ステイシスの右手に握られた【AR-O700】の切っ先を切り落とした。

 

 

「教科書通りの戦術が通用すると思うなよ、とっつぁん坊や!!」

 

《貴様……いいだろう、本気で相手をしてやる。精々気張って見せろ》

 

 

意表を突いた反撃と意趣返しの台詞でプライドを傷付けられたオッツダルヴァの額にうっすらと青筋が浮かぶ。数秒後、それまで以上に激しい火花が両巨人の間で飛び散った。




いかがでしたでしょうか。

複合武器ってロマンですよね。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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79.ラインアーク事変・Ⅶ

唐揚げにマヨ醤油って、なんであんなに罪深い味がするのでしょうか。


彼方の空で高速戦闘を繰り広げる二機のネクストによって煌めくQBの輝きは、ハイウェイの上で跪いているホワイト・グリントとそれを見下ろすセレブリティ・アッシュからもよく見えた。

 

 

「中々見応えのある戦闘だ。君もそう思わないかい?」

 

《………》

 

「無視はよくないな。これから尋問する相手の緊張をほぐす意味でも何かしらの受け答えはするべきだよ」

 

《……この状況でも貴方は変わらないんですね》

 

 

生殺与奪の権を握られているにも関わらず大人びた余裕を見せるレイヴンに対して、ダンは相変わらず傍観者然とした無感情を貫いている。

 

 

「逆に聞くが、変わって何になる? 悲壮に打ち(ひし)がれても状況が変わらないのなら普段通りに振る舞った方が良いと思っているだけだよ」

 

《………そうですか》

 

「それで? 私に何を尋問するんだい? まさか『ホワイトグリン子タルト』の秘伝のレシピを聞くためにこんな大掛かりな作戦は立てないだろう?」

 

《……聞きたいのは3つです》

 

 

レイヴンが自身に課せられる尋問の内容を話すよう促すと、それまで無色透明無味無臭だったダンの声に僅かではあるが若干の色が乗り始めた。

 

それは諦観や後悔といったあからさまな負の感情ではなく、何かに(すが)りたいと願う渇望のような発露にも見える。

 

 

《まず一つ。何故、今回のミッションから正規オペレーターのフィオナ・イェルネフェルトを外したのですか》

 

「――よく気が付いたね。流石にバレないと思っていたけど」

 

《質問に答えて下さい。何故彼女を外したのですか》

 

 

しかしダンはそれ以上色を乗せることはせず、淡々と自身が為すべき尋問を進めた。感情を押し殺した様子も見受けられない彼にレイヴンは微かな違和感を感じるが、深く探った所でどうにかなるものでもないと断じ、問われた内容に意識を集中させる。

 

 

「今回の一件が上手く出来過ぎていると思ったからさ。企業連が一枚岩では無いのは知っているが、それでもラインアークへの援軍交渉がトントン拍子で進めば誰でも疑うだろ? だから彼女には万が一のために待機して貰ったんだ」

 

《死なれたら困る理由が?》

 

「私はアナトリア復興のために戦場に戻った訳じゃない。死の淵を彷徨っていた私を救ってくれた彼女の恩に報いるために戻ったんだ。そんな恩人を護るのに理由が必要かい?」

 

 

戦争によって故郷を失った時代遅れのノーマル乗りとして惨めに野垂れ死ぬしか無かった自身に手を差し伸べ、あまつさえ『帰るべき場所(アナトリア)』に迎えてくれた彼女に報いるためなら、喜んで再び死地に足を踏み入れよう。

 

それは誇りと覚悟を胸にしたレイヴンの偽りのない本心だった。

 

 

《……分かりました。では二つ目の質問です》

 

 

 

 

 

 

《貴方は、転生者ですか?》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《どうした、狙いが定まっていないぞ。私を倒すのだろう?》

 

「くそっ! 蠅みてぇにビュンビュン飛び回りやがって! 男なら真正面から勝負しろ!!」

 

《生憎、貴様のような格下に捉えられてやるほどステイシスは遅くない。恨むなら反応の薄鈍(うすのろ)いネクストに乗った貴様の曇った先見と粗製に肉薄する技量の無さを恨むんだな》

 

「お前絶対友達いないだろ! 小龍の爺様のほうがまだオブラートに包んで言ってくれるぜ!?」

 

《イッシン、あまり口喧嘩で本気になるなよ。操縦にムラが出始めてるぞ。あと……曇った先見の下りについては同意見だ》

 

「セレンはこっちの味方だろ! 戦闘中くらい優しくしてくれよ!?」

 

 

イッシンがセレンの忌憚ない辛口にツッコミを入れている間に、空中を縦横無尽に駆け抜けるステイシスはPMミサイルに分類される背部兵装【MP-O901】を起動させてミサイルを四基連続で射出した。

 

PMミサイル特有の三次元的で回避困難なカーブを描きながら飛来するミサイルの群れに対し、ストレイドは背部チェインガン【CG-R500】で応戦する。

 

空中に投げ出されたロープを彷彿とさせる【CG-R500】の絶え間ない弾幕はムチのように苛烈な(しな)りを以て迫り来るミサイルを全てはたき落とすが、その僅かな隙を突かれてQBを噴かしながら接近してきたステイシスに背後を許してしまう。

 

好機と見たオッツダルヴァはすかさず【ER-O705】をステイシスに構えさせ、小生意気で礼節を知らない素人を屠ろうとトリガーを引いた。

 

放たれたオレンジ色の光条はストレイドのコアに風穴を開けるために一直線に突き進むが、すんでのところでイッシンはストレイドの上半身を捻り上げてレーザーの着弾位置をコアから背部兵装【RC01-PHACT】にズラすことに成功し、なんとか一撃死を免れる。

 

しかし盾としての運用など微塵も想定していない【RC01-PHACT】が無事である筈も無く、着弾した箇所がグズグズに融解して至る所から仰々しい火花が散り始めた。

 

流石にマズいと悟ったイッシンはステイシスに牽制の意味で【050ANSR】を撃ち込みながら距離を稼ぎつつ、時限爆弾と化した【RC01-PHACT】を即座にパージ。数秒後には滞留したエネルギーを火薬として大きな爆発が発生した。

 

 

「っぶねぇな! 陰気臭い戦い方ばっかしてんじゃなえよ!」

 

《隙を突くことに何の問題がある?――あぁ、正面から突っ込むしか能が無い貴様には理解できないか》

 

 

僅かな隙を(ことごと)く突かれて苛立つイッシンと、その事実を冷淡かつ辛辣な皮肉で返すオッツダルヴァ。両者の拮抗はストレイドの【RC01-PHACT】が破壊されてなお継続しているが、戦いの天秤はオッツダルヴァに傾きつつある。

 

要因は純粋な技量差……というよりも操縦している機体の重量差による部分が大きい。

 

イッシン駆るストレイドは【TYPE-HOGIRE(オーギル)】をベースとした『万能』を地で行く中量級ネクストだ。故に今回のミッションの主軸であった後衛を任されつつ、いざとなれば現況のように前衛もこなすことが出来る。

 

対してオッツダルヴァ駆るステイシスは【TYPE-LAHIRE(ライール)】をベースとした『特化』の機体である。後衛など一切考慮されておらず、ただ前衛で暴れ回ることだけを考えた機体に【ランク1】オッツダルヴァが組み合わされば、生み出される結果は想像に難くないだろう。

 

 

『それに対応出来る機体』

     と

『それに特化した機体』

 

 

その埋まることの無い差がジリジリと、そして確実に開いていくのが今の状況であった。このままでは天秤が振れる事無く一辺倒にオッツダルヴァの側へ傾いたまま勝負は決するだろう。

 

それでもイッシンは平静を失わない。

いや、()()()()()()()()()()()

 

何故なら彼は転生者であるから。

 

もっと厳密に言うと、これから起こる一連の未来(ルート)を全て知っているからだ。だからこそ出来る、転生者(イッシン)にしか出来ない揺さぶりをオッツダルヴァに掛けた。

 

 

「なぁ、陰キャ野郎。宇宙(そら)は好きか?」

 

《……なに?》

 

「何度も言わせんなよ。宇宙は好きかって聞いてるんだ」

 

 

イッシンからの問いにオッツダルヴァは思わず聞き返す。突然過ぎる脈絡の無い質問に戸惑ったからではない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

言葉に詰まるオッツダルヴァを尻目にイッシンは声を繋いでいく。

 

 

「そんなに答えづらいか? まぁ確かに、いい年した野郎が目ぇキラキラさせて『はい、宇宙が好きです!』なんて恥ずかしくて言えねぇわな」

 

《――下らな過ぎて少々面食らっただけだ。気でも触れたか》

 

「そう怒るなよ。代わりに別の質問してやるから、な? そうだなぁ……(シャチ)は好きか?」

 

《――貴様、どこまで知っている》

 

「なんのことだ? 俺はただ宇宙と鯱が好きかって聞いただけだぜ………分かった、教養あるお前のために歴史の質問をしてやるよ。

 

七月革命って知ってるか?」

 

 

瞬間、ストレイドとの会敵時から隙無く立ち回っていたステイシスの挙動に明らかな異変が現れた。それまでイッシンと言葉を交わしていても、隙あらば攻撃を加えようとビュンビュンと飛び回っていたステイシスがピタリと海上で静止したのだ。

 

これには流石のセレンも驚いた様子で、イッシンに状況の説明を求める。

 

 

《イッシン、どういうことか説明しろ! 宇宙・鯱・七月革命、何の脈絡も関連性も無い言葉で何故オッツダルヴァが止まる?!》

 

「悪いなセレン。ちょっとだけ切るぜ」

 

《な!? おい待――》ブツッ

 

 

追いすがるセレンの声に後髪を引かれる思いでイッシンは通信を切ると、今度は目の前に佇むステイシスと暗号回線を開いた。

 

――こっから先が正念場だな。鬼が出るか蛇が出るか。はたまたその両方か。いずれにしろ、流れをこう持っていった時点で他の選択肢は自分で潰したんだ。やるっきゃねえ。

 

 

「これでサシで話せるだろ? オッツダルヴァ」

 

《……お前は一体……》

 

「俺か? ただのしがない傭兵だよ、()()殿()




いかがでしたでしょうか。
中々に入り組んでまいりました。
正直、ここからの展開は好みが分かれる可能性が大ですが引き続きご愛読頂ければ幸いです。

励みになるので、評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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80.ラインアーク事変・Ⅷ

ワクチンを打ちました。思いのほか肩が痛くてビックリしてます。


「転生者……聞き慣れない言葉だな。どういう意味なんだい?」

 

《とぼけないで下さい。貴方は知っているはずだ》

 

 

レイヴンの返答にダンの語気が一気に強まり、ホワイト・グリントに向けられたBFF製ライフル【047ANNR】を握るセレブリティ・アッシュの左手アクチュエータに力が込められた。

 

ダンの意志一つでコックピットを穿たれる現状況はパッチ、ザ・グッドラックに代表される下級リンクスなら勝ち目は無いと大人しく観念して洗いざらい情報を吐く場面だが、レイヴンは気にすることなく自分のペースで言葉を紡いでいく。

 

 

「残念だが本当に分からないんだ。力になれなくてすまない」

 

《いいえ、有り得ません。貴方は絶対に知っている》

 

「君がそう信じ込むのは勝手だが、私が知らないのは事実だ。それ以上でもそれ以下でもな―――ドンドンドン―――ぐっ!?」

 

 

のらりくらりと回答を躱すレイヴンの言葉尻を聞き終える前にホワイト・グリントの右腕ジョイント部へ【047ANNR】から放たれた三発の弾丸が撃ち込まれ、バチバチと大きなショート音を鳴らしながら白亜の巨人の右腕が地面にズシンと落ちた。

 

突然の攻撃にAMSの痛覚抑制装置の反応が追いつかず、接続障害によるノイズがそのままリンクスであるレイヴンにフィードバックされてしまう。

 

脳味噌を無理矢理かき混ぜられたような頭痛と、久方ぶりのAMS越しに感じる痛覚が綯い交ぜになった不快感が見事にマッチしたこの感覚は何度経験しても馴れるものでは無いと今一度思い知らされたレイヴンは、若干の冷汗を滲ませながらダンとの会話を再会した。

 

 

「はぁ……はぁ……突然撃つとはあんまりじゃないか? まだ心の準備が出来てな――ドンドンドン――ぐがぁっ!!!」

 

 

再び銃声。

 

今度は反対側の左腕ジョイントに三発撃ち込まれ、ホワイト・グリントの左腕は右腕と同様にズシンと地に落ちる。先程の尋常ではない痛みが冷めやらぬ内に追撃の苦痛を受けたレイヴンは思わず大声で叫び、刈り取られそうになる意識をなんとか保とうと首に血管が浮き出るほど力を込めて歯を食い縛った。

 

跪いたままの状態で両の腕が失われたホワイト・グリントは、白亜の装甲と特徴的なコア一体型背部ブースターの形状が相まって『ミロのヴィーナス』と『サモトラケのニケ』を彷彿とさせる未完の美しさを醸し出しているが、実際はそんなに優雅なものではない。『ラオコーン』や『嘆きのライオン』に近い悲壮感を漂わせた、痛ましい姿の巨人がそこにはあった。

 

両腕がもがれたホワイト・グリントのコックピットの中で、冷えた脂汗にまみれたレイヴンはゼイゼイと荒くなった息と(もや)の掛かった思考をなんとか整えつつコンソールパネルを素早く叩いて操作する。

 

敵に甚大な被害を受けようとも決して焦らないで、気配を悟られずに脳内ロジックを再構築しながら可能な限り速く現状把握を行う一連の流れるような動作は、リンクス戦争の最前線を生き抜いた正真正銘の英雄であるレイヴンだからこそ可能な芸当だ。仮にこれがイッシンだったとしたら、脂汗を垂れ流して皮肉の一つや二つ吐き捨てるのが精一杯の作戦だっただろう。

 

結果、不幸中の幸いと言うべきかコンソールパネルに示されたメインブースター関連の項目には目立った損傷は確認できないと表示された。

 

無論、両腕を落とされたことでQBの発動は出来ないがレイヴンの技量を以てすれば些事に等しい問題でしか無い。本当の問題は、最上位ランカーにライフルを突き付けられた現状況からいかに脱出するかである。

 

どうしたものかとレイヴンが思案していると突然、オープン回線で通信が開いてティーンエイジャーのような若々しい声が木霊した。

 

 

《ダンさん、いくらなんでもやり過ぎだよ! ホワイト・グリントは尋問したあとバレないように生け捕りにするって作戦でしょ!? このままじゃ死んじゃうって!》

 

「黙ってろハリ。僕には彼にどうしても聞かなきゃいけないことがある」

 

《だからって両腕落とすことはないだろ! 変にラインアークを刺激したら、そのしっぺ返しは僕たちに返ってくるんだぞ!?》

 

「そんなのは僕が跳ね返せばいいだけの話だ。それに、見くびった相手に狙撃でネクストの頭部を吹き飛ばされた君に言われる筋合いは無いよ」

 

《ずいぶんと言ってくれるなダン・モロ。少年を貶めるということは俺を貶めると、ひいては旅団を貶めるのと同義なのと分かっていての発言か?》

 

「ええ、分かっていますよヴァイオレットさん。なので黙っていて下さい。メルツェルから許可は得ています」

 

 

尋問というより、もはや拷問と化した問答のあまりの苛烈さに事態を重く見たハリとヴァイオレットがモニター越しでダンに詰め寄るが、当の本人は相変わらず他人事のように無感情で機械的な応答しかしない。もはや狂気の類に犯されているのではと疑いたくなるようなダンの冷たい言葉は、二人を無視して再びレイヴンに向けられた。

 

 

《最後にもう一度だけお聞きします。貴方は転生者ですね?》

 

「――知らない、本当さ」

 

 

レイヴンの変わらない返答にハリとヴァイオレットは思わず身構える。今までの経緯を考えればダンがホワイト・グリントのコックピットを撃ち抜く可能性も十分に有り得たからだ。

 

しかし、ダンが発した言葉はそれまでの冷酷な雰囲気と打って変わって緊張の糸が切れて呆れたような、くたびれたような人間くさい物言いに変化する。

 

 

《………はぁ、分かりました。なら質問を変えましょう》

 

「なに?」

 

 

 

《貴方はどの転生者を()()()()()のですか?》

 

 

 

「―――!!」

 

 

ダンの言葉に、それまでどんな激痛にも耐え忍んで口を割らなかったレイヴンに初めて驚愕の色が明確に現れた。

 

誰を受け継いだのか。

 

単純だが不可解な問いの答えをハリとヴァイオレットはもちろん知らない。この場でその意味を知っているのはダンとレイヴンの二人だけであり、そしてダンが知っていた事実にレイヴンは驚くほか無かった。

 

何故なら彼が、リンクス戦争後に転生してきた彼が知っている筈がないのだから。

 

 

「どこでそれを知った……!」

 

《ビンゴですか。ですが質問しているのはこちらです。貴方が受け継いだ転生者は誰ですか》

 

「答える訳がないだろう……!!」

 

《――そうですか、残念です》

 

 

ガチャリという不吉な金属音が跪いたホワイト・グリントの背後で鳴り響いた。セレブリティ・アッシュの左手に握られた【047ANNR】の銃口は迷うことなくホワイト・グリントの無抵抗なコックピットへ向けられ、いまかいまかと舌舐めずりをしながら獰猛にバレルを光らせている。

 

 

「いいのか? 俺の戦力はそちらにとって強力な武器になるのだろう?」

 

《どのみち同志となる可能性のない武器なら此処で処分する方が効率的ですから。――さようなら、名もなき継承者》

 

《ダンさん、早まらないで!!》

 

 

ダンの意図を完全に察知したハリはメインカメラの吹き飛んだ手負いのクラースナヤとのAMS接続を100%まで同調させると瞬時にQBを発動。他の追随を引き離す超高速でホワイト・グリントの救出に向かうが、時間限定の天才と称されるハリはその圧倒的なセンスを以て同時に理解する。

 

コンマ何秒で間に合わない。

 

そして【047ANNR】から弾丸が放たれて真っ直ぐ、ただ真っ直ぐにコックピットめがけて進んでいく。死期を悟ったレイヴンは目を閉じて今生の別れを惜しむように深く息を吸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ドンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、ホワイト・グリントが消えた。

 

 

 

 

《………なにっ!?》

 

 

【047ANNR】から放たれた弾丸はハイウェイのアスファルト舗装を虚しく削り、弾痕からは仄かな白い硝煙を立ち上げている。

 

――馬鹿な、ホワイト・グリントのサイドブースターは完全に潰した。あの状態から逃れられる訳が……!

 

目の前で起こった事態を上手く飲み込めないダンはセレブリティ・アッシュに周囲を確認させ、ホワイト・グリントの機影を捜させる。そして見つけた。

 

3時の方向200m先に居る二つの機体を。

 

一方は両腕をもがれたホワイト・グリント。

 

もう一方はそんなホワイト・グリントを両腕に抱えて静かに佇んでいる、海底のように青く思慮深いイメージを与える細身の異形の巨人がいた。

 

上半身はステイシスのベースとなっている【TYPE-LAHIRE(ライール)】を採用した戦闘機を連想させる先鋭的なフォルムとなっており、脚部はフラジールのベースとなった【X-SOBRERO(ソブレロ)】が使用されている姿は、言うなれば双方のメリットのみを併せ持った軽量級ネクストの一つの到達点を体現しているような風格を醸し出している。

 

 

「――別に助けてくれと頼んだ覚えはないが?」

 

《お前は僕が倒すと言っているだろう。こんな三下に遅れをとるなんて許さないぞ》

 

「そういう割には帰りがずいぶん遅かったじゃないか。お陰で受け継いだことを後悔しながら死ぬところだった」

 

《文句はアスピナの馬鹿どもに言ってくれ。10年以上のカプセル軟禁生活で身体が鈍って仕方がない》

 

「まぁ助けてくれたんだ、良しとするさ」

 

 

レイヴンは死の淵から救い出してくれた青いネクストのリンクスに軽い文句を言うが、その言葉尻には懐かしさと感謝の念が端々に見受けられた。そんな二人の会話を、獲物を捕らえ損ねたトリコロールの巨人が苛立ちを露わにしながら遮る。

 

 

《感動的な再会のところ悪いが、何者だ? 返答によってはホワイト・グリント共々死んでもらうぞ》

 

「……傲慢だな。まるで昔の僕みたいだ」

 

《質問に答えろ、何者だ!》

 

 

ダンは怒声を発し、目の前に現れた青いネクストの正体を掴もうとする。普段の彼を見ている者からすれば最もらしくない行動だが仕方ないだろう。なんせ原作を知る彼ですら想定していなかった変化(イレギュラー)が、文字通り殺す筈だったホワイト・グリントを死神の鎌からいとも容易く助け出したのだから。

 

 

「はぁ……まぁいい。勉強不足な君のために特別に教えてあげよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕の名前はセロ。リンクス戦争の顛末を見届けた【オリジナル】にして、この世界における最初の転生者だ」




と言うわけでセロ君登場です。

登場経緯としては、セロ君の乗機『テスタメント』が箱っぽいなぁ→箱かぁ→英語でCUBEかぁ→……イケんじゃね?って感じの安直の極みみたいな構想でした。

次回も、というか次回が一番賛否を呼びそうで今から怖い……。生暖かい目で見守って貰えると嬉しいです。

励みになるので、評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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81.ラインアーク事変・Ⅸ

賛否両論はあると思いますが、暖かい目で見て頂けると幸いです。過去最長の文量になってしまいましたけど。

それでは、どうぞ。


ダンの脳内は混迷を極めていた。

 

突如として戦場に乱入してきたセロと名乗るリンクスが、両腕をもがれて俎板(まないた)の鯉になったホワイト・グリントを目の前から掻っ攫い、挙げ句の果てには『最初の転生者である』と言う始末。オマケに乗っているネクストは原作に一切登場しない幻のネクストであるマグヌスときた。

 

次から次へと舞い込む特大級の情報量に頭の回転数が遅くなっていく過程を何とか食い止めようとダンは脳内処理速度を上げることに努めるが、コンマ数秒の状況判断が求められる戦場において周囲を警戒しながら大局観を把握し、理路整然とした最適解を導くという至難の業はやろうと思って出来るものでもない。

 

結果としてCPUの過熱を彷彿とさせる苛立ちに駆られたダンは排熱を意識した熱い溜息を何回か吐きながら脳内をクールダウンして処理速度を回復させ、把握するべき情報を目の前に表れたセロから聞き出すことに専念した。

 

 

「予想はしていましたが、まさかリンクス戦争前の転生者がいるとは思いもしませんでした。この場合、先輩とお呼びしたほうが?」

 

《下手な芝居はよせ。それよりも僕は、転生者である君が旅団に与した理由が聞きたい。未来(ルート)の結末を知った上での選択なんだろ》

 

 

下手な時間稼ぎを兼ねた雑談に付き合っている暇はないと言外に含めたセロの好戦的な言葉にダンは歯噛みする。来たるべき計画の始動が目前に差し迫っている以上、不必要の戦いで戦力が低下する事態はダンとしても避けたいシチュエーションであり、それは相手が転生者であれば尚更だ。

 

――しかしダンは、敢えて立ち向かうことを選んだ。その行動原理が勇気であるか無謀であるかは議論の分かれるところだが、少なくともダンは己の選択した答えに殉ずるために立ち向かったのだろう。

 

五を殺して五を救う。

 

消えない痛みを伴う革命しか選べなかった己のために。

 

 

「敢えて違うと言わせて貰います………革命とは得てして罪無き者の血が流れるものです。僕だってしたくない。ですが醜悪で厚顔無恥な老人達が玉座を拝する腐りきったカラードでは、この世界が掴み取るべき未来(ルート)を担うに値しません」

 

《偽善だな。そんな独善のために革命が正当化されると?》

 

「どう罵って貰っても結構です。貴方がホワイト・グリントに役目を受け継がせることを選択したように、僕も選択をしたまでなので」

 

 

ゆらりとセレブリティ・アッシュの左手に握られた【047ANNR】の銃口がマグヌスに向けられ、交戦の意思がひしひしとセロの肌をチリつかせる。

 

ダンの固い決意を感じ取ったセロは交渉の余地はないと判断した上で軽く左を見遣り、先達ならではの老婆心で彼に呟いた。

 

 

《なら早く逃げた方がいいぞ》

 

「? 何を―――」ドシュンッ!!!

 

 

刹那、セレブリティ・アッシュの構えていた左腕がクルクルと宙を舞いながら吹き飛んだ。数瞬遅れて盛大な電子ショート音がバチバチと鳴り響き、数秒遅れてダンのAMSに被弾のノイズが流入する。レイヴンほどの苦痛ではないもの、顔全体が苦悶の表情に支配されたダンは再び脳内処理を最高速度に引き上げて状況判断を下す。

 

 

狙撃?

どこから?

イッシンはオッツダルヴァが相手だ。

ロイも戦闘不能。

カラードの援軍?

しかしこの威力、一体だれが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《私の期待を裏切るなと言った筈だぞ、ダン・モロ》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てを見透かすかのような嗄れた老獪な声にダンの背筋が瞬時に凍り付いた。ダンは声の主を確かに知っている。酒を酌み交わしたこともあったし、互いの利害のために協力している間柄である。

 

だからこそ理解できない。この展開は確実に摘み取った筈なのに、()()()()()()()()()()()()

 

 

王大人(ワン・ターレン)……!」

 

《背信してなお私を大人(ターレン)と呼ぶか。警告を無視した分際でよく言えたものだ》

 

「警告? そんなもの、受けた覚えは――」

 

 

瞬間、ダンの脳内にある場面がフラッシュバックする。今回の作戦前に王小龍と訪れた檉の園での一幕だ。王小龍は不意に鬼灯の前に立ち止まり、物憂げな表情を浮かべて眺めていた。

 

鬼灯(サイサリス)の花言葉は『心の平安』の他にもう一つ持っている。

 

 

『偽り』

 

 

その情景を鮮明に思い出したダンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて王小龍の声が流れるスピーカーを睨みつけた。

 

あの老人が本気で狙撃をしているなら自分如きが捕捉出来る距離にいないだろう。数キロ先か、或いは数十キロ先か。どちらにせよ迂闊に動けない状況に変わりは無かった。優秀な狙撃手とは金輪際、刃を交えないと誓う程度に。

 

思わぬ王小龍の登場に身動きが取れないダンであったが、その近くで手負いのクラースナヤのブースターを冷やす事に専念していたハリはそうではない。彼からすれば本ミッションの依頼主が直々に現れて、彼の不始末の尻を拭った様相となっており、身を縮こませながら()()ずと通信を開いた。

 

 

「わ、王小龍。申し訳ありません。僕の不手際で――」

 

《皆まで言うなハリ、確かにお前は今までよく働いてくれた。それについては礼を言おう。しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから謝る必要などない》

 

「………は?」

 

《聞き捨てならんな、御老体。ハリに期待していなかったとはどういう意味だ》

 

 

王小龍の言葉にハリは豆鉄砲を喰らったような顔をし、オペレーターであるヴァイオレットは自身のリンクスを貶められた事に憤慨して語気を強める。

 

このやり取りを傍から聞いていたダンは違和感を覚えていた。二日前の時点で、確かに王小龍はハリをこのミッションに出撃させる算段だったはずだ。その理由は戦況の掌握であり、ホワイト・グリントを撃破させないようにするためなのは言わずもがな。

 

しかし現実は依頼した本人がハナから作戦成功を期待していなかったと言い切った。となるとハリにわざわざこのミッションを依頼した意味がなくなってしまうのだ。

 

唯一あるとすれば、ハリがこの戦場に確実に現れるという事くらいだろう。――一体なにを考えているんだ?

 

そしてダンは思い知る。王小龍は『狙撃手』である前に『陰謀家』であることを。

 

 

 

 

 

《それにしてもORCA旅団か。全て(アルテリア)を喰らう覇者気取りとは大層な名前だな》

 

「!!!???」

 

《気付いてないとでも思ったか、(わっぱ)。先日キタサキで捕虜にしたイレギュラーリンクスを軽く尋問しただけで簡単に吐きおったぞ? ――しかし忠誠心の薄い反動勢力に与するとは、存外貴様の眼も節穴だったのだな。……いや、それは私も同じか》

 

 

皮肉げに嗤う王小龍に対して、ダンは言葉を失う以外の反応しか出来ずにいた。前世の記憶があるが故に想像すらしていなかった正真正銘の想定外。

 

来たる七月に世界各地に点在するアルテリアを襲撃したのちに世界へその姿を現し、企業による(いびつ)な平等支配の打破をスローガンとして宣戦布告するはずだったORCA旅団の登場が、まさかこんなあっさりと『陰謀家』王小龍に見抜かれるなど夢にも思わなかったのだ。

 

それは世界が本格的に動き始めるのは本ミッション以降だと勝手に思い込んでいたダン自身の過ちであり、同時に避けられない未来(ルート)への確定路線に世界が乗り入れた瞬間でもあった。

 

絶句したままのダンを差し置いて、再び王小龍は言葉を続ける。先ほどと変わらず揶揄(からか)うように嗤っている嗄れた声だが、その声色には一片の情も隙も見当たらない。

 

 

《では改めてタネ明かしといこう。今回の作戦で私がハリを捩じ込んだのは戦況を支配するためではない。貴様も、ハリも、オッツダルヴァも旅団とやらの一員であることが分かったから捩じ込んだに過ぎん。……理由は言わずとも分かるだろう。

 

ホワイト・グリントを餌に、貴様らを一掃するためだ》

 

 

王小龍が脅しでは無いドスの利いた台詞を言い終えたタイミングで指を鳴らすと、セレブリティ・アッシュのレーダーに大量の熱源反応が突如として表れた。数にして百を優に超える熱源の集団は非常に統率の取れた動きでこちらへ迫ってきており、その距離はおよそ10000。

 

セレブリティ・アッシュのコンソールパネルに表示された予測計算をダンが見遣ると、この大戦力は無情にも数分で到達する計算結果を弾き出している。更に追い打ちをかけるように大戦力の先頭に並び立つ二赤点の情報欄にはハッキリと『Rank.12』および『Rank.17』が表示されており、それが何を意味するかはダンが一番よく知っていた。

 

 

「ランク12……ドン・カーネル、特務遊撃大隊か!」

 

《加えてメイ・グリンフィールドを筆頭としたGA正規軍の手練れを集めた。手負いの貴様らに勝ち目なんぞあると思うなよ》

 

《うっそだろ……どうすんだよダンさん! いっそやり合うか!?》

 

 

王小龍の言葉通り死神の鎌が喉元に当てられた状態となったダンは、こめかみに数本の野太い青筋を立てながら打開策を見いだそうと脳内をフル稼働させた。隣では梯子を完全に外されて慌てふためいているハリがクラースナヤの両手に握られた【04-MARVE】のマガジンを交換して弾薬をフル装填している。

 

刹那、機械のように冷たく、しかし穏やかな声がセレブリティ・アッシュとクラースナヤ、加えてステイシスのコックピットを包み込む。

 

 

《潮時だな。ゴルディロックス、浮上する》

 

 

声と共にラインアークの海上が海底火山のように大きくせり上がり、白い波を立てながら黒一色で構成された500m超のAF(アームズフォート)型巨大潜水艦が姿を現した。その姿は全身が厚さ1.5mの超硬チタンカーボン合金の鎧に身を包んだ(シャチ)そのものと言ってよく、背ビレに当たる場所には艦橋が、尾ビレに当たる箇所には六基のスクリュー推進器が、胸ビレに当たる部分には進路変更用の分厚い胸ビレがついている。

 

 

《メルツェルさん!!》

 

《あまり時間がない。三人とも格納庫に入れ》

 

「だがホワイト・グリントがまだ――!」

 

《ダン。確かに現状況は想定外だが、ホワイト・グリントの未撃墜よりも今この局面で君達を喪失する方が旅団にとっては痛手だ。それは君が一番理解しているだろう》

 

「……くっ、了解した」

 

《逃がす訳がなかろう》

 

 

自らを裏切った反逆者に絶対的な死をもたらさんとする王小龍は、地獄の底に居座る閻魔が言い放ったと錯覚するしてしまうほどの悍ましい怒気がこもった声と共に、遥か彼方から音速の壁を越えた砲弾をセレブリティ・アッシュのコアめがけて撃ち込んだ。

 

着弾までおよそ2秒。一抹の安堵を胸に抱いていたダンの隙を突いた狙撃は見事な必殺の弾道を描きながらセレブリティ・アッシュを穿たんとするが、その攻撃が届くことは無かった。

 

何故なら両者の間に割って入ってきた丸みを帯びた灰色の重量級ネクストの装甲に着弾し、傷が浅いとはいかないまでも防がれてしまったからである。

 

その正体はカラードの中でも変態企業の一角を担うトーラス社が誇る最新鋭ネクスト【ARGYROS(アルギュロス)】をベースにしたコジマ粒子特化型ネクストであり、背部兵装には特徴的な半月状の何かが互いを補い合いながら円を形成していた。

 

 

《なに?》

 

《そのまま物陰から指をくわえて見てるがよいよ、王小龍。戦場に陰謀屋は不似合いだ》

 

「銀翁!」

 

《さ、早く入らないか。私とて壁役を好き好んで引き受けている訳ではないからな》

 

 

銀翁と呼ばれた老齢の男性は歴戦の古参を思わせる悟った声でダン達にゴルディロックスへ着艦するよう促すと、今度は視線を別の方向に向ける。その先にはカラードのリンクスを前に適当な応戦をしているステイシスの姿があり、銀翁は彼に対して半ば呆れながら回線を繋いだ。

 

 

「テルミドール、早くしろ。遊んでいる時間はないぞ」

 

《……分かっている》

 

 

テルミドール。確かにそう呼ばれたオッツダルヴァは普段の振る舞いが鳴りを潜めた貞淑な受け答えをしたのち、自身が駆るステイシスの(きびす)を速やかに返してQBを噴かし、戦線を離脱する。

 

その様子を、特に追撃する素振りすら見せずにカラードのネクスト――キドウ・イッシン――はカラカラと笑いながら見送っていた。

 

 

「じゃあな、団長殿。次会う時を楽しみにしてるぜ」

 

《…………》

 

 

イッシンの緊張感のない言葉にオッツダルヴァはQBの加速を中断して立ち止まるが、返事をすることなく、ただ一瞥すると再び加速を開始。セレブリティ・アッシュとクラースナヤと同様にゴルディロックスの格納ハッチへ吸い込まれていった。

 

そして全機帰投したことを確認した灰色の重量級ネクストが最後に収容されるとハッチは重々しく閉ざされ、黒い鯱は潜航を開始する。

 

ゴポゴポと注水音を周囲に鳴り響かせながら沈んでいく様子は神話の時代に存在したとされる海上都市の沈没を連想させる壮大さであり、やがて何事も無かったかのように辺りには戦闘前の静寂が戻るが、それも長くは続かない。しばらくすると水平線の向こうから大袈裟な水飛沫を上げてGAの援軍が到着した。

 

先頭にはデザートカラー迷彩が目を引くネクスト、ワンダフルボディを駆る【ランク12】ドン・カーネルと緑一色で構成された重量級ネクスト、メリーゲートを駆る【ランク17】メイ・グリンフィールドがツートップで臨戦態勢を取っている。その背後では重武装のハイエンドノーマルが大量に控えており、なるほどロリ爺が勝ち目はないと言い切る理由がイッシンは分かった気がした。

 

 

《あれ、敵どこ!? 推し……間違えた、ダンさんは!?》

 

《遅かったか》

 

(やっこ)さん達なら今さっきトンズラしたとこだぜ。今頃は優雅に深海遊泳でもしてるんじゃねえか? ――それよかメイちゃん、今日は一段と可愛いね。このあと駐屯基地でお茶でもどう? 俺奢っちゃうよ?」

 

《結構ですありがとう》

 

 

取り付く島もない辛辣な即答をされたイッシンは意気消沈してガックリと項垂れるが、そんなことに興味が無いドン・カーネルは彼に詰問する。

 

 

《どうして()()()()。お前の実力なら時間稼ぎ程度は出来た筈だ》

 

「おいおい買い被り過ぎだぜドンちゃん。ランク一桁2人とランク二桁の天才、それに強者感ビンビンな謎のデカブツ野郎の4機を相手取れなんて流石にただの自殺行為だろ? 仕方なく見守ってただけさ」

 

《……まぁいい、先ずはホワイト・グリントの確保が先決だ。速やかに収容してラインアークに送り届ける。お前も手を貸せ》

 

「意外だな。企業連の総意はホワイト・グリントの撃破なんだろ? GAが出張って助けちまってもいいのか」

 

《所詮はパワーゲームの都合で作られたハリボテの組織だ。中身が一枚岩という訳ではない》

 

「なるほど、そこでロリ爺の出番って訳か。相変わらず権謀術数が得意なこって」

 

 

イッシンはやれやれと肩を竦めると、先行したワンダフルボディの後を追うようにストレイドのメインブースターを噴かしながら付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラード記録ファイル(整理番号:ACA-101)

 

依頼主:企業連

 

依頼内容:ホワイト・グリント撃破

 

結果:失敗

 

 

備考:企業連より派遣されたリンクスである【ランク1】オッツダルヴァ、【ランク3】ダン・モロ、【ランク13】ハリの3名がアルテリア襲撃犯と同一組織に所属している事が判明。

 

偶然、ラインアーク周辺で活動していた【ランク8】王小龍が対応にあたるも全機とも逃走。以後の動向は掴めず。この離反により上記3名のカラードランクの剥奪および登録抹消が全会一致で可決され、発見次第の撃墜を決定。

 

なお、カラードの象徴である【ランク1】が離反したことへの監督不行届によりオーメル社の弾劾を王小龍が提案。多数決によりオーメル社の弾劾が正式決定したため、今後のオーメルグループの宗主は暫定的にローゼンタール社CEOが務めるものとする。




という訳で、七月開催予定のORCA旅団お披露目会は中止となりました。チケット払い戻しは関係事務局にお問い合わせ下さい。

今後は完全にオリジナルルートでの展開となります。皆様のご期待に添えるよう、失踪しない程度に頑張らせて頂きますので気長にお付き合いして頂けると幸いです。

励みになるので、評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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82.ラインアーク事変AFTER・GA

緑茶ハイなら5リットルは余裕で飲めます(唐突)

と言うわけで後日談。


ラインアーク事変から三日後

 

旧合衆国 ワシントン州 ヤキマ

 

晴れ渡る青空には真っ白い雲が悠々と漂い、その下を渡り鳥達が新天地を求めて隊列を組みながら翼を広げている。

 

空の雄大さの前では人間同士の争い事などちっぽけな塵に過ぎないのだ、と感慨に浸っていたジョン・ゴールドマンの心象は無限軌道(キャタピラ)の粗暴な走行音によって虚しくも砕け散った。

 

簡素ながらも堅牢な造りの観測小屋の中から外を眺めているゴールドマンは茶色のハンチング帽を浅く被り、リネンの白いポロシャツと有名テーラーで仕立てたクリーム色のスラックスを着用し、いかにも休日ゴルファー然とした動きやすい格好をしている。

 

無限軌道(キャタピラ)の音源を探り当てるように首に掛けた双眼鏡で音の方向へ目を向けると、そこにはGAグループが誇る新型AF【ギガベース】が待機しておりプシューッという油圧音を数秒おきに鳴り散らしている。しかしこのギガベース、ただのギガベースではない。

 

上部中央に配置されている砲塔がリニアカノンから六連式のガトリンググレネードランチャーに変更され、下部中央に格納されていたレールキャノンは超巨大なアンチマテリアルライフルのバレルにしか見えない兵装にすげかわっているのだ。

 

間違いなくオーバーキルを前提にしている装備構成にゴールドマンは双眼鏡を外し、隣でのんびりと茶を啜っている和装の男性に呆れながら問いかける。

 

 

「相変わらず加減を知らんな、十六代目」

 

「何か問題でも? 有澤重工のモットーは一撃必殺です。GA本社でも少量生産すると聞いていたので、武装はむしろ抑えたぐらいですよ」

 

 

片手に湯呑み、片手に個包装された芋羊羹を持つ十六代目有澤隆文はニッコリと微笑んで彼の問いかけに答えた。ゴールドマンがやれやれと肩を竦めると同時に辺り一帯にアナウンスが流れる。

 

 

《まもなく改良型ギガベース【白老(しらおい)】の砲撃評価試験を開始します。関係各員は速やかに配置に付き、衝撃に備えてください》

 

《発射、10秒前。9…8…7…6…5…4…3…2…1…発射》

 

 

ズォガァーン!!!!

 

 

眼前で3000m級の活火山が噴火したと錯覚するような爆音と爆風が周囲200mに吹き荒れ、観測小屋の窓に嵌められた強化ガラスが割れるのではないかと心配になるほどピシピシと音を鳴らした。

 

あまりの衝撃に思わず目を瞑ったゴールドマンとは対照的に、十六代目有澤隆文は気にする素振りすら見せずにモッモッと芋羊羹を頬張っている。

 

何歳(いくつ)になっても間近での性能試験は心臓に悪い』と内心悪態をついたゴールドマンが再び目を開いて見た光景はしばらく忘れられそうに無い。

 

遥か遠方の地平線にそれまで存在していなかった直径100mはあろう規格外の土柱がそびえ立ち、その麓では赤褐色の爆炎が暴れ足りないと言わんばかりに踊り狂っていたからだ。

 

 

「……アレでか? いくら少量生産といえど限度があるだろう。インテリオル・オーメルに鹵獲されるリスクを考えれば流石にホイホイと許可出来んぞ」

 

「これは妙なことを仰る。役員会で我等にギガベースの改良を振ったのは貴方でしょうに」

 

「あまり宗主をいじめるな、十六代目。種を蒔いたのは私だ」

 

「お、来てたのか小龍」

 

 

白老から放たれた素直に喜べない弩級の砲撃威力に眉を顰めるゴールドマンと、『圧倒的破壊力こそ正義』という確固たる信念をもつ十六代目有澤隆文の間に微妙な空気が流れるが、その空気は相も変わらずグレーのスリーピースを嫌味無く着こなした王小龍の登場により霧散する。

 

彼の後ろにはいつものようにリリウム・ウォルコットが控えており、品良く前に組まれたその手には銀色のアタッシユケースが持たれていた。

 

 

(くだん)の報告書がまとまったのでお持ちしました……と言っても、目新しい事実はありませんでしたが」

 

 

そう言って王小龍はリリウムに目配せする。長年の師弟関係で培われた阿吽の呼吸で彼の意思を汲み取ったリリウムは一切無駄のない所作でアタッシユケースを開き、中に入れられていた分厚い書類の束を二部取り出してゴールドマンと十六代目に手渡した。

 

表紙には【ラインアーク事変における調査報告書】と仰々しいフォントで書かれているが、受け取った二人は特に気にすることなくパラパラと(ページ)(めく)りながら読み進めていく。

 

 

「企業連肝いりのホワイト・グリント撃破任務が最上位ランカー2名と上位ランカー1名の裏切りに利用されていた事実は、最終決定権も持つ者として恥ずべき一生の汚点だな」

 

「しかし奴らの狙いだったホワイト・グリント撃破は免れました。()()()()()も手伝った結果ですが、それについては特に問題ないでしょう」

 

「アスピナのセロだな……あれは流石に耳を疑ったぞ。今の彼の身柄は?」

 

「書類上はアスピナが管理していることになっていますが、現時点でラインアークに身を寄せています。アブ・マーシュが在籍している事を鑑みればラインアーク専属になるのも時間の問題かと」

 

「第二のホワイト・グリントか。裏目に出るとはまさにこのことだな」

 

「ですがラインアークは我々(GAグループ)に対して友好関係の継続を打診してきました。今後、敵対関係になる確率は低いと思われます」

 

「――まあいい、本題はここからだ。例のORCA旅団とやらについてはどうなっている」

 

 

差し出された報告書にザッと目を通しているゴールドマンは顔を伏したまま王小龍に目を向ける。体勢上、彼を睨みつける格好になっているゴールドマンは歴戦の末に刻まれた皺の迫力も相まってただならぬ雰囲気を醸し出しているが、いつものことだと王小龍は意に介さず説明を始めた。

 

 

「現時点で判明しているのは練度の高いネクスト戦力を少なくとも9機以上保有していること。目的はクレイドル体制の打破であること。活動資金源としてオーメルグループが関与している可能性が高いこと。そして推定の域を出ませんが、恐らく旧レイレナードの思想を引き継いでいること。以上4点です」

 

「……やはりそうか」

 

 

王小龍の説明を聞き終えたゴールドマンは落胆するような、哀れむような声で独りごちる。その言葉の真意はリリウムを除く全員が理解しているが故に誰も口を開かなかった。

 

それは強大な力をもつ反動勢力が存在する事への危機感ではなく、過去に自身らが滅ぼした反逆者の残滓が未だ活動している事実に対する反応である。

 

犯した罪を清算しようとした存在が不都合であったというそれだけの理由で彼等を討ち滅ぼして突き進んだ結果、一歩たりとも後戻り出来なくなった愚かな体制側の、せめてもの自己嫌悪でしかないのだが。

 

 

「今後の調査は特別調査チームを編成してORCA旅団の全容解明に取り組む予定です。結果が判明次第、逐次報告させて頂きます」

 

「分かった。引き続き頼むぞ」

 

「無論です。――行くぞリリウム」

 

「はい、大人(ターレン)

 

「あっと。ちょっといいかい小龍」

 

「……なんだ?」

 

 

踵を返して早々に観測小屋を去ろうとしていたところを有澤隆文に呼び止められた王小龍はゆっくり振り向いて声の主を見据える。少々の苛立ちが混ざった彼の仏頂面に有澤隆文はふざけたように肩を竦めるが、奥底の眼光ではいつもの楽天的な雰囲気が鳴りを潜めた代わりに冷徹な感情が宿っていた。

 

 

「一つ質問がある」

 

「言ってみろ」

 

「今回のラインアークの一件、参戦したリンクス6名のうち3人が君の子飼いだったと聞いている。しかも内2人がカラードから離反して反動勢力と行動を共にしているのだろう?」

 

「……何が言いたい」

 

「君も反動勢力に繋がっているんじゃないのか」

 

 

その言葉に小屋の空気が一段と重くなる。

 

お前も敵ではないか。そう言い切った有澤隆文の隣で話を聞いていたゴールドマンの目にも猜疑心が生まれ始めた。

 

だが当の本人は面食らった表情でキョトンとしており、かと思えば拳を口に当ててクスクスと笑い始めた。そして王小龍は臆することなく言葉を返す。

 

 

「冗談の質が上がったようだな十六代目。仮にもしそうだとして、私に何の得がある。現行の体制を打ち倒したところで残るのは無秩序と混乱だけだぞ? 私はそんなものなど望んでいない」

 

「BFFは元々レイレナード陣営だっただろう。積年の恨みを募らせて虎視眈々と機を狙っていたとすれば説明はつく」

 

「確かにまぁ『槍の残党』連中は下らん復讐心で奴等に手を貸すかも知れんが、その時は私自らが身内の恥として処断するだけだ」

 

「証明出来るか」

 

「そこまで疑うのなら何人でも監視を付けるといい。ただし私の事務処理業務の補佐と平衡して、だ。丁度ここ最近、人手が足りなくて難儀していたところでな………では失礼する」

 

 

久しく笑っていなかったのだろう。目尻をうっすらと涙で濡らした王小龍は有澤隆文の思案を冗談交じりに一蹴すると、リリウムを従えてどことなく晴れやかな表情でカツカツと革靴を鳴らして観測小屋を後にした。




いかがでしたでしょうか。

次回も後日談の予定です。ほら、正規ルート外れちゃったし、多少はね?

励みになるので、評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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83.ラインアーク事変AFTER・ラインアーク

緑茶ハイ5リットルは無理でした。胃のキャパ的に4リットルが限界でした。関係各所には謹んでお詫び申し上げます。

ということで後日談パート2。


ラインアーク事変から二日後

 

ラインアーク 中央特区【ネスト】会議室

 

セレン・ヘイズは疲れ切った脳を気分転換させるために立ち上がり、窓に近づいて外を見る。眼下には二日前の戦闘の余波によって大損害を被ったハイウェイを元通りにしようと数百人単位の作業員達が急ピッチの復旧作業に追われている様子が見えた。

 

リッチランド農業プラントでのイレギュラーネクストとの戦闘によって発生したコジマ汚染に起因する世界的な食糧危機は未だ去っておらず、何とか生き延びるため配給制にシフトしたコロニーは数知れない。そんなギリギリの状況下で物資輸送が少しでも滞った際に起こる悲劇は想像に難くないだろう。

 

だがセレンは省みない。確かに業を背負うことによって己の覚悟をより強固にすることも出来るだろうが、業に押し潰されてしまっては元も子もないからだ。ならば最初から割り切った方が自分にとって楽である。

 

目の前の救える命は救う。

手の届かない命は無視し、捨て置く。

 

その感覚は傭兵稼業に身を置いて久しいセレンの培った処世術的基準であり、だからこそ眼下で繰り広げられる喧騒は彼女にとって気分転換の風景でしか無かった。

 

ふーっ、と深い一息をついてセレンが振り返る。そこには先程と変わらぬ位置で四人の男達が座っていた。左から順に何の変哲も無い凡庸な男、鋭いカミソリの目をした男、顔の左半分が火傷に覆われた男、優しい目をした壮年の男がそれぞれ思い思いの顔つきで彼女の表情を伺っている。

 

唯一共通していることとすれば、男達は全員『まぁ、そうなるよな』的な雰囲気をどこかしらに纏わせていることだった。セレンは何故か自分だけ仲間外れにされた疎外感を味わいながら辟易しつつも、これまでに話された内容を彼女なりに分かり易く総括した。

 

 

「すまない。要約すると今の話は三流SFファンタジー小説の世界観ということでいいか?」

 

「セレン・ヘイズ、君が信じられない気持ちは理解している。だが事実だ」

 

 

優しい目をした壮年の男――レイヴン――は諭すような物言いでセレンの総括を柔和に否定する。目の前にいる面子の中で最も長く生き、最も世の(ことわり)を理解している常識人であろう彼ですら荒唐無稽な夢物語に毒されているのか。先程の気分転換によって回復した脳の疲労がぶり返してきた感覚にこめかみを軽く押さえたセレンは自身で噛み砕いて理解することを放棄し、面子の中で一番左端に座る凡庸な男――キドウ・イッシン――に簡素化した説明を求める。

 

 

「……悪いイッシン、もう一度だけ分かり易く説明してくれ。頭の理解が追いつかない」

 

「あぁ~と――じゃ、もう一度。俺とダン、あと目の前にいるドン・カーネルとセロの四人は別の世界から来た。そんで、同じ境遇の奴がどこかにあと二人いる。ちなみにレイヴンさんは元々この世界にいた人だからノーカン。ここまではオーケー?」

 

「その時点で意味が分からないが、まぁ理解した」

 

 

別世界から来た者。いわゆる転生者のことをセレンが知るキッカケとなったのはラインアーク事変におけるイッシンの一連の行動をこれでもかと咎め叱っていた時である。

 

旧【ランク1】オッツダルヴァとの単独戦闘中に意味不明な言葉の羅列を発しただけで、それまでの苛烈な猛攻を鎮めるどころかオッツダルヴァを戦闘放棄状態まで移行させたのだ。しかも直後にはセレンとの通信を一方的に切断して彼との対話を行っているとなれば問い詰めない理由は無かった。

 

セレンはラインアークに帰還したイッシンにズカズカと歩み寄って首根っこを捕まえると、人目も憚らず拳銃を彼の喉元に突き当てて公開尋問を開始したのである。彼女曰く『仮にイッシンが反動勢力に与していようとも私の知ったことではない、アイツが決めたことだ。だが私の管理下(オペレート)から無断で逃れようとするなら話は変わってくる』とのことらしい。

 

しかし、先の戦闘によって生死不明となったロイの安否を可及的速やかに確認するために風穴だらけのマイブリスを収容している最中の格納庫は多忙の極みと化しており、彼女達の行動を見咎める余裕のある作業員は誰一人としていなかった。

 

加えてイッシンも自らが転生者であると言ったところで信じて貰えるわけが無いと高を括っていたため、有耶無耶にそれらしい言い訳を並べ立てて追及を躱そうとしたため両者は膠着状態に突入する。

 

時間にして20分程度が押し問答に費やされた頃合に治療を受け終えたレイヴンが彼等を発見。事情を聞いている内にイッシンが転生者であることを見抜いたレイヴンは『真実を教えよう』と言って、この場をセッティングし今に至ったと言うわけだ。

 

――話を戻そう。困惑するセレンに可能な限り分かり易く説明しようとするイッシンは彼女が前提条件を一応受け入れてくれた事を確認すると、簡単な応用問題を出すつもりで話を進めた。

 

 

「んで、この世界は今年の七月に神様に滅ぼされるから俺達でなんとかそれを防ごうって話」

 

「それが理解出来ん。子供でももう少しマシな終末論を唱えるぞ。ふざけるのも大概にしろ」

 

 

取り付く島もない圧倒的な拒絶。転生者という三流トンデモファンタジーの前段を受け入れてくれた人間と本当に同一人物なのかと疑うくらい落差のある対応に思わずイッシンはずっこけてしまう。

 

確かに生殺与奪が常の修羅の道である傭兵稼業に身を置いているとはいえ、時には旨いものを食べ、娯楽を享受し、惰眠を貪る日常が無いわけでは無い。だからこそ、そんなささやかな日常が数ヶ月も経たないうちに神などと言うチリ紙の代わりにもならない想像上の産物によって灰燼と化してしまうなどと突然言われて信じられる道理は無かった。

 

どうしたものかとイッシンが思案していると、彼の隣に座るカミソリのような鋭い目をした男――ドン・カーネル――が若干呆れた様子で口を開く。

 

 

「ふざけてなどいない。我々は別世界から転生し、この世界を救うため戦う運命にある。貴様に話した内容が全てだ」

 

「ほざけドン・カーネル。たしかお前の前世は旧ロシア連邦の生まれとか言ってたな。共産主義の夢想に浸りすぎて脳味噌までお花畑になったか」

 

「全てをいますぐ信じろとは言わん。だが、そういうものだと割り切ることは出来るだろう」

 

「だから終末論を受け入れろと? 馬鹿馬鹿しい」

 

 

ドン・カーネルの援護射撃も虚しく、頑として譲らないセレンは眉間に皺を寄せながら両腕を組んで盛大に舌打ちをかます。もはや話し合うつもりなど毛頭ない臨戦態勢に入った彼女に対し、それまで沈黙を保っていた火傷痕(フライフェイス)の男――セロ――はハァっと疲れたように溜息を吐くと気怠げに席から立ち上がった。

 

 

「こちらから話せることは話したんだから用は済んだろう。それじゃ、僕は先に失礼する」

 

「えっ、ちょ、セロさん?」

 

「何か問題が? 自身の理解が及ばない事象に対して拒絶しか出来ない人間に興味はないんだ。時代遅れなら尚更ね」

 

「……なんだと」

 

 

セロの言葉にセレンの肩がピクリと動く。痛烈な皮肉屋で有名だったオッツダルヴァの意図的な煽りとは違う、素の感情で人を煽る天才でもあったセロは躊躇いなく屈託のない言葉を紡いだ。

 

 

「だってそうだろ。依頼を受け、敵を倒し、報酬を貰う。そのスケールがすこし大きくなるだけだ。何も変わりはしない。それとも年を重ねた女性というのは物事を計る目が老眼で衰えてくるのかい? まあそれなら仕方ないけど」

 

「誰が年を重ねた女性だって?」

 

「この場所にいる女性は君しかいないだろ。なんならもう女性っていうかオバ――」

 

「殺す」

 

「わあぁ!!セレン、ストップ!ストップ!!」

 

 

ハイライトが消えた無機質な目のセレンが能面のような無表情でセロに殴り掛かろうするところを、イッシンはなんとか羽交い締めにして制止した。しかし、本当に女性なのかと勘ぐってしまうほどの膂力で前進しようとするセレンはゆっくりと確実にセロに近付いていく。

 

 

「訂正しろ。私はまだ若い」

 

「ムキになってる時点で若くないよ。本当に若い女性なら気兼ねなく年齢を言えるものだしね。君は言えないだろ?」

 

「イッシン離せ。コイツはいま此処で殺す」

 

「だからダメだって!年齢なんか気にすんなよ!」

 

「……なんか、だと?」

 

 

ユラリとセレンが振り向く。ハイライトが消えた深淵の瞳がイッシンを捉える。アッオワッタ。

 

 

「ギャアアアアアア!!!」

 

 

 

 

 

 

「ふむ、もう会話にならないみたいだね。まあ話すべきことは話したし、これでいいかな」

 

「同意見だ。俺は失礼する」

 

「じゃ僕も」

 

 

 

「おいフザケ……あ待ってセレン!そこは!そんな角度で曲がらないギャアアアア!!!」




いかがでしたでしょうか。
詰め込み過ぎ感が否めませんが許してやって下さい。

次回ですが、物語が一応の折り返し地点に辿り着いたので整理のためにキャラクター設定集を書こうか、そのまま突っ走ろうか悩んでいます。

下記のアンケートからご要望を選択して頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。


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84.珈琲は奸計の味

アンケート結果ですが……みんなワガママ過ぎない?

ということで同時投下です。


カラード本部 地上1階 リンクス専用ラウンジ

 

 

「まぁ~た面倒臭いミッション持って来てさぁ? なに? 爺さんは俺に恨みでもあんの? 俺アンタの四〇元ポケットじゃないんだけど」

 

「ラインアーク事変でダンを捕り逃がしただろう。その穴埋めだ」

 

「だから動けなかったんだって。あの時のセロがこっち側なんて保障はなかったんだぞ? 俺からしたら棍棒一つでシールズ一個小隊を倒せって言われてるようなもんだね」

 

 

経年変化によって良い風合いに醸されたカウンターテーブルには数十種類の多種多様なウイスキーボトルが一点の曇りも無く整列しており、その目の前では憎まれ口を叩くキドウ・イッシンとジト目の王小龍が珈琲を飲みつつ並んで座りながら仕事の話をしていた。

 

奥に引っ込んでシフォンケーキの焼き加減を見極めている店主のレイ・フリードマンはその様子を心底嫌そうに流し見ながら鬱憤を晴らすかのように念入りにグラスを磨いている。

 

 

「私からすれば(てい)の良い言い訳にしか聞こえん……して、受けるか否か。どちらだ」

 

「どうせもうセレンに話通してんだろ? 有難く受けるさ」

 

「ほぉ、少し見ぬ間に物分かりの良い(わっぱ)になったな。女狐の教育か」

 

「いんや、裏切った反面教師様のお陰だよ」

 

「あ~~お二人さん。ちょっといいかい」

 

 

不意の呼び出しにイッシンと王小龍が首を前に戻すと革エプロン姿のレイがコーヒーポット片手に腕を組み、呆れながら視点を右へ左へと移して二人を見比べながら溜息を吐いていた。

 

 

「なんかあった? シフォンケーキ焦がしたとか?」

 

「……あのなぁ。確かにココはリンクス専用ラウンジだし、今居るのは俺達三人だけだ。それにココで聞いたことを俺は他言しない契約になってる。けどよ? そう開けっぴろげにミッションの密約交わすのは流石に勘弁してくれないか」

 

「良いではないかレイ・フリードマン。人払いはリリウムに任せている、乱入してくる輩はおらんよ」

 

「8割は貴方に言ってるんですよ、Mr.小龍。このラウンジに少なくない出資をして下さっていることに関しては感謝してもしきれませんが、それを勘定しても目に余ります」

 

 

我が儘な上司をなだめるような物言いで王小龍に反省を促すレイだったが、当の本人は全く素知らぬ顔で手元のカップを手に取ると中に残った冷めかけの珈琲をクイッと飲み干してレイに目配せをする。意図を察したレイは不服そうに鼻を鳴らすと、右手に持ったコーヒーポットを空のカップへ傾けて音も無く静かに珈琲を注いだ。

 

(ほの)かに揺蕩(たゆた)う湯気に運ばれた芳醇な香りが王小龍の鼻腔をくすぐりながら立ち上り、滅多に見られないであろう王小龍の満足げな表情を創り出す。その表情のまま珈琲を口に運んでスッと一口含むと、先程の比ではない暴力的とも言えるアロマが口腔を支配して追撃の手を緩めることは無かった。

 

 

「やはりお前の珈琲は旨いな。BFF本社のドリップコーヒーが泥水に思えてくる」

 

「それはどうも」

 

「――して、貴様はミッション内容の理解は出来たか」

 

「急に振んなよ。あとなんで俺が『貴様』でレイさんが『お前』なんだよ。格差有り過ぎだろ」

 

「敬意を払うべき目下の人間に必要最低限の礼節を弁えているだけだ。貴様は……そうだな、ランク1になったら考えてやらんこともない」

 

「絶対出来ないの分かって言ってるよな」

 

 

話を急に振られ、かつレイよりも自らの価値は下であると真正面から言い放たれたイッシンの額にはうっすら青筋が立つが、言い放った本人は目を閉じながら珈琲を深く味わい始めた。こんな傲岸不遜なロリ爺をまともに相手するだけ無駄だと判断したイッシンは短い嘆息を吐いて胸中の感情を凪いだ状態にすると、王小龍の確認に従って先ほど言われたミッション内容を復唱する。

 

 

「一週間後にオーメルから『サイレント・アバランチ撃破』の依頼が来るから受けろ。但し撃破するな、だろ? なんでそんな回りくどいことしなきゃなんねぇんだよ。爺さんならお得意の口先でなんとでも出来るだろ」

 

「……実は今回、サイレント・アバランチに配備されている機体を刷新してな。対ネクスト戦の性能試験を実地で評価したいという開発チームの無茶な要望を上層部が聞き入れたまではいいが、今度は上層部がそれなりの開発費を出した新機体を他グループに早々と撃破されるのは面白くないと言い出しおった。そして最終的に私に話を回してきたという訳だ」

 

「ほんとさぁ、いつも思ってるんだけど内々の話に巻き込まないでくれる?」

 

 

冒頭のように呆れた口調で悪態をつくイッシンであるが、それも仕方ない。思えば『ギガベース撃破』での邂逅から端を発し、今まで『(スピリット)(オブ)(マザーウィル)撃破』『ラインアーク防衛』という弩級ミッションをガキの使いかのように押し付けられているのだ。愚痴の一つも溢すなという方が無理な話であった。

 

 

「三人の手駒のうち、有能な駒二人が離反したのだ。残った者の責任として尻を拭うのがスジだろう」

 

「それアンタが勝手に言ってるだけだからね? なんなら駒になった記憶が徹頭徹尾ないんだけど」

 

「ならば受けなければ良かろう。――まぁ、()()購入したパーツが全て誤発送されたり、()()ローゼンタールからの物資援助が滞ったり、()()ミッション依頼が来なくなる可能性があるがな。こればかりは何とも言えん」

 

「……はいはい。そうならないよう今後ともご贔屓によろしくお願いしますよ、王大人(ワン・ターレン)殿」

 

 

暗に選択肢など存在しない事を分かり易く提示した王小龍に対してイッシンは肩を竦めながら生返事を返しつつ、すっかり冷め切った珈琲をグイッと飲み干して席を立った。それを見たレイが少し驚いたようにイッシンへ声を掛ける。

 

 

「おい、シフォンケーキ食ってかねぇのか」

 

「悪いけど気分じゃないんだ。そこの爺さんに俺の分もやっといて」

 

「……(わっぱ)、少し待て」

 

 

背中越しに右手をヒラヒラさせながらラウンジを後にしようとするイッシンを王小龍が呼び止める。相手を引き留める事など滅多にしない彼が、どういう風の吹き回しかと怪訝そうに振り返ったイッシンであったが引き留めた本人は此方(こちら)に顔を向けることなく珈琲を楽しんでいた。

 

 

「なんだよ。用がないなら帰るぜ」

 

「風の噂で耳に入ったのだが、ラインアーク事変の時オッツダルヴァと何を話した」

 

「いや情報速すぎだろ……別に目立ったことは話してねぇよ。チョロッと世間話をしただけさ」

 

「只の世間話か」

 

「おう、只の世間話だ。いつの時代も権力者ってのは責任を取りたがらねぇとかな」

 

 

イッシンの言葉に一瞬だけ王小龍の片眉がピクリと動いた。しかしそれ以上のアクションは起こさず、淡々とした表情で珈琲の口に含む。

 

冷めてなお芳醇なアロマを醸し出す熟練の技に無言の賛辞を送った王小龍はイッシンの方を軽く流し見ながら言葉を紡ぐ事を決めた。――鼻の利くようになった此奴(こやつ)に下手な小細工を仕掛けたところで徒労となるのは目に見えている。ならば今のうちに自身の本音を晒しておいた方がいい。

 

 

「今回の件は暫定宗主であるローゼンタールCEOに話を通してある。馬脚を現した不届き者(オーメル)を斜陽に追い込むために、損な役回りを演じて貰うぞ」

 

「……たくっ、初めからそう言えよ。他には?」

 

「ミッションエリアの『スフィア』は【槍の残党】共の直轄エリアになっている。奴等のことだ、(スピリット)(オブ)(マザーウィル)撃破の恨みを晴らすためにネクスト戦力の増援を送り込んでくる可能性が高い」

 

「墜としちまっていいのか?」

 

「それも一興だが、判断は貴様に任せる」

 

「最後は丸投げかよ。あ~あ~、すまじきは宮仕えってか」

 

 

そう言ってイッシンは気怠そうに前へ向き直るとラウンジを後にした。丁度バックヤードからシフォンケーキの焼き上がりを知らせるベルが鳴り響き、レイは待ってましたと言わんばかりにそそくさと奥へ引っ込む。

 

数分後、ホカホカとした美味しい湯気を漂わせた焼き立てのシフォンケーキが王小龍の目の前に差し出された。彼はフォークを手に取り、繊細なガラス細工を触るような慎重かつ大胆な手つきでシフォンケーキの端を掬い取る。

 

 

「若人を使い潰すのは老人のエゴでは?」

 

「生意気な小僧を教育するのも老人の役目だ。――ん、おぉ。これは中々……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミッションを説明しましょう。

 

依頼主はオーメル・サイエンス社

目的は、BFF社の大規模コジマエネルギー施設スフィアの防衛部隊【サイレント・アバランチ】の排除となります。

 

かつてネクストを超える戦闘力を喧伝されたアバランチは大口径のスナイパーキャノンを主兵装とする狙撃戦部隊ですが、いまとなっては旧世代の遺物にすぎません。ECMによる妨害工作も予想されますが、所詮は悪足掻きです。

 

なおBFFの試作兵器が導入されているという情報がありますが、貴方の実力なら特に問題ないでしょう。対処はそちらにお任せします。

 

説明は以上です。

 

オーメル・サイエンス社との繋がりを強くする好機です。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?




いかがでしたでしょうか。

シフォンケーキに舌鼓を打つ爺……どこに需要があるのか。

設定集については個人的なフロム脳全開ですので生暖かい目で見て下さると有難いです。ちょこちょこ更新していく予定なのでたまに覗いてくれると筆者が喜びます。

励みになるので、評価・感想・誤字脱字よろしくお願いします。


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キャラクター設定集(10/31更新)

タイトルの通り、設定集です。
矛盾点が多少出るとは思いますが、お気付きの際は優しく教えて頂けると幸いです。


キドウ・イッシン

(前世の名前:騎堂(キドウ) 一心(イッシン)

 

性別:男性

職業:リンクス

年齢:23才

身長:172cm

体重:66kg

体脂肪率:12%

好きなもの:休暇

嫌いなもの:スパルタ

 

説明:本作の主人公。深夜にアイスが食べたくなって外出したら車に跳ね飛ばされて死亡した残念な人。神の『今の人類がAI(人工知能)を使うに値するかテストする』という(はた迷惑な)名目でACFAの世界に転生させられ、人類の未来を左右する戦いに巻き込まれていく。

 

転生特典として、ゲームと同様の操作テクニックおよび破格の身体的頑丈さを手に入れる。これにより一分間限定の解放モード【限界機動】が可能となった。このモードになったイッシンを完璧に捉えられるリンクスは現状存在しない。

 

生来の長所として環境適応能力が異常に高く、アンビエントとストリクス・クアドロが乱入する想定外(イレギュラー)に素早く対応出来る他、戦闘中に成長を見せるなどリンクスとしての才能の片鱗があったことを窺わせる。

 

戦闘スタイルは正面から撃ちあいを挑みつつ、挑発や仕込み武器などに代表される奇手珍手による搦め手で勝利をもぎ取る泥臭いスタイル。

 

 

 

 

セレン・ヘイズ

(過去の名前:霞スミカ)

 

性別:女性

職業:オペレーター

年齢:殺すぞ

身長:169cm

体重:死にたいようだな

体脂肪率:9%

好きなもの:訓練

嫌いなもの:回りくどいこと・怠惰

 

説明:キドウ・イッシンのオペレーター。原作では過激な言動とクールな性格で人気を博したキャラクターだが、本世界でもそれは健在。むしろ強化されている節すらある。

 

以前はリンクス『霞スミカ』として活動しており、インテリオル最強の一角を担っていた。しかし過激派組織【リリアナ】によって発生したとある人質事件をキッカケにリンクスを引退。以降、セレン・ヘイズと名前を変えてオペレーター業に従事している。

 

歯に衣着せぬ苛烈な物言いで内外に敵を作ることが多いが、これは彼女なりの処世術である。曰く『手厳しくあしらって尚接触してくるのは馬鹿か利害の一致する奴しかいないから分かりやすい』とのこと。

 

トレーニングのお供としてゲイリーセブン社の最高級フィジカルサプリを愛用しており、徹底した品質管理の主力商品を的確に使用している自負があるためスタイルには自信があるらしい。

 

 

 

 

王小龍(ワン・シャオロン)

 

 

性別:男性

職業:リンクスおよびBFF上級理事

年齢:69才

身長:162cm

体重:43kg

体脂肪率:19%

好きなもの:旨い珈琲・リリウムの成長

嫌いなもの:無計画・リリウムを誑かす輩

 

説明:リンクス戦争を戦い抜いたオリジナルでありながら企業方針に関わる権限を持つ異例のリンクス。彼の権謀術数は他の追随を許さず、上手く裏をかいたと思った時には彼の掌で転がされている事も少なくない。

 

華僑の生まれであるが、名家というブランドに固執した一族に見切りを付けてBFFへ入社するため単身渡英。偶然にもAMS適性を持ち合わせていた事から、国家解体戦争時には最初期のリンクス【オリジナル】として参戦した。

 

自身が身軽に動けない立場であることから融通の利く手駒を常に欲している。選球眼は決して悪くないのだが、類は友を呼ぶというべきか自身と同様に腹に一物抱えた人間をスカウトすることが多く、カラードからの離反を許してしまうなど手綱を握り切れていないのが実情である。なお、主人公であるキドウ・イッシンに対する評価は『いけ好かない癖に鼻の利くクソガキ』とのこと。

 

戦闘スタイルは敵の射程外から一方的に蹂躙するスタイルと、リリウム・ウォルコットを前衛に据えた二人一組(ツーマンセル)での遊撃戦を得意とする。

 

 

 

 

ダン・モロ

(前世の名前:早田(ハヤタ) 新吾(シンゴ)

 

性別:男性

職業:リンクス

年齢:27才

身長:181cm

体重:69kg

体脂肪率:11%

好きなもの:酒(ゴールドファーマー18年)

嫌いなもの:目標のない人間

 

説明:主人公であるイッシンよりも5年先に転生した二人目の転生者。経験に裏打ちされた堅実かつ綿密な戦闘を得意とし、ミッション成功率はほぼ100%。ランク戦においても敵なしであることから当時ランク1であったオッツダルヴァを差し置いて当代最強の異名をとる。 

 

カラード時代は王小龍と共にリンクス専用ラウンジで珈琲を楽しむ姿が度々目撃されており、王小龍の数少ない理解者としての側面も持ち合わせている。

 

現状の体制では救うべき命を救えないとして、ラインアーク事変にてオッツダルヴァ・ハリと共にカラードから造反。以降は反動勢力【ORCA旅団】の一員として活動。

 

戦闘スタイルは経験に裏打ちされた王道の正面突破。乗機セレブリティ・アッシュの兵装種類をバランスよく装備する傾向があるため、どんな状況においても不利になるということはまず無い。なお現時点で転生特典は判明していない。

 

 

 

 

ドン・カーネル

(前世の名前:イワン ※ファミリーネーム、ミドルネーム共に不明)

 

性別:男性

職業:リンクスおよびGA独立遊撃大隊司令

年齢:34才

身長:178cm

体重:91kg

体脂肪率:18%

好きなもの:不明

嫌いなもの:不明

 

説明:ダン・モロ(早田新吾)との密会で存在が判明した三人目の転生者。転生時期は不明であるが、元々ノーマル乗りとしてGAに所属していたことから少なくとも五年以上前であると思われる。【ランク4】ローディーの薦めによりGA正規軍独立遊撃大隊の司令に着任以降、他グループから最大級の警戒を以て恐れられるほどの戦果を上げている。

 

理由は不明であるがAC世界ではお馴染みである秩序を乱す者(イレギュラー)の発現阻止に対して並々ならぬ執着を抱いており、行動原理もそれに沿った場合が多い。

 

転生特典は桁外れの動体視力と反射神経。これにより攻撃を見た後に回避する、いわゆる『後出し』が可能となり、乗機ワンダフルボディの重装甲と相まって驚異的な戦闘継続力を誇る。

 

 

 

 

ローディー

 

 

性別:男性

職業:リンクスおよびGA正規軍特別顧問

年齢:51才

身長:176cm

体重::85kg

体脂肪率:21%

好きなもの:ロックミュージック

嫌いなもの:舐めてくるヤツ

 

説明:GAグループの最高戦力であり、カラードランク4を拝するベテランリンクス。通称『GAの英雄』

 

かつて彼はAMS適性の低さから『粗製』と揶揄され通常戦力への当て馬程度が関の山と言われていたが、リンクス戦争時に大半のリンクスを失った経緯からなりふり構っていられないGA社はローディーを対ネクスト戦力の急先鋒として祭り上げ、生き残れと言いながら常に最前線への出動を強制した。

 

そのあまりの苛烈さに誰もが「いつ死ぬか賭けよう」と陰口を叩いていたが、ローディーはそれを見返すかのように提示された全てのミッションを完遂。戦場を経る度に蓄積されていく経験値によって洗練されていった戦闘中の勘の良さは王小龍をして『予知能力者』と言わしめるレベルまで昇華させており、GAグループ最高戦力として恥じぬ実力を持つ。

 

低いAMS適性を経験で補い、俗に言うアメリカンドリームを身一つで成し遂げたそのドラマチックな経歴から『生きる伝説』と呼ばれているが、ローディー自身はやめて欲しいと思っているのは、ここだけの話である。

 

戦闘スタイルは武器腕であるバズーカと二種類のミサイルによる射撃戦を得意とする。

 

 



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85.魔法の玉と雪化粧

里芋を収穫したのですが、30kg用の米袋がパンパンになるくらいの大豊作でした。食い切れるかな。


大規模コジマ施設『スフィア』

 

南極大陸に居を構えるこの施設は名前の通り、巨大な球体(スフィア)状のコジマ粒子貯蔵庫が自らの大半を地面にめり込ませているような特異な形をしているのだが、その理由は安全面を最大限考慮した結果だった。

 

BFF社最大のコジマエネルギーを利用した発電施設であるスフィアが作り出すエネルギー量は月間電力換算で約5000億kWh。現実世界の日本の年間総発電量が約3500億kWhと言えば如何に天文学的な発電量を誇っているかの説明は不要だろう。

 

その膨大なエネルギーの行き先のほぼ全てがGAグループ管理の【クレイドル】体制において最重要施設とも言える【アルテリア・ウルナ】に供給されており、ひとたびウルナへの供給が止まろうものなら少なくとも10億以上の人々がその儚い生を終えかねない、まさに要となる施設であった。

 

そんな施設の警備態勢が生半可である筈がなく――。

 

 

 

 

 

 

現在時刻14(ヒトヨン)56(ゴーロク) 

 

大規模コジマ施設『スフィア』より北東へ400km、高度10000m。

 

眼下に平坦な雲を望む快晴の下で淡い桜色の新型輸送機がジェット音を鳴り響かせながら並行に飛行している。その下には先鋭的なフォルムの黒い軽量ネクストが合金製多重層ワイヤーロープで吊されていた。旧レイレナード社が生んだ名機【AALIYAH(アリーヤ)フレーム】と現オーメル社が生んだ新鋭機【LAHIRE(ライール)フレーム】とで混成されたその機体は、頭部のメインカメラである複眼に赤い光を艶めかしく灯しながら各所のスラスター可動部を細やかに動かして最終動作確認をしている。

 

黒いネクスト――JOKER――のコックピットの中では、これと言った特徴の無い青年がパイロットシートに頰摺りしながら恍惚の表情を浮かべていた。

 

 

「はぁぁ~~ヤッパリお前が一番だぁ~~」

 

《気色悪い声を出すな。こっちまで気が滅入ってくる》

 

「優等生のストレイドもいいけど、リンクスとしては尖ったJOKER(おまえ)の方が愛着湧くんだよな~~」

 

 

オペレーターであるセレンは蛆虫を見下すような声色でイッシンの奇行を咎めるが、そんなことはどこ吹く風。次第にエスカレートしていくJOKERへの異常な愛情表現は留まることを知らず、仕舞いにはパイロットシートめがけて腰を振り始めるのではと要らぬ心配をしてしまう程だった。――ちなみに、それまで通常通り稼働していたJOKERのジェネレーターに若干の不調が見られたのは誰も知る由も無い。

 

 

《30秒後に作戦区域へ進入する。投下準備を忘れるなよ》

 

「んだよ、人がせっかく感動の再会を果たしてる最中だってのに。それでも俺のオペレーターですか?」

 

《………》

 

「――え? セレンさん?」

 

《気が変わった。このミッションが終わったら私が直々に相手をしてやる。有難く思え》

 

 

腹の底からマグマの如く沸き立つ苛立ちの感情が絶対零度による急速凍結により声として吐き出されたとしたら、こんな声になるのだろう。寧ろ、それ以外に表現出来る言葉をイッシンは知らないし知りたくも無かった。

 

しかし現実は常に非情だ。イッシンが()()()()おちょくるつもりで言った言葉の返答である、セレンの口から流れ出た呪詛を越えるナニカは画面越しの映像のように逆再生で再びセレンの口に飲み込まれていくことはないし、スマートフォンのように上へスワイプして無かったことにも出来ない。

 

つまり何が言いたいのかというと、この哀れな子羊(イッシン)飼い主(セレン)の逆鱗に触れたことで逃れ得ぬ死を約束されたのだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 

「――や、やだなぁ。冗談はヨシコちゃんだよ、ねぇ?」

 

《安心しろ。どこに出しても恥ずかしくないボロ雑巾にしてやる》

 

「ねぇ? 噓でしょ? 噓だと言ってよ?!」

 

《……クドい。降下》

 

 

断頭台のギロチンが落とされる瞬間とは、きっとこんな心持ちなのだろう。セレンの声と同時に輸送機のネクスト用懸架ワイヤーアタッチメントが解放され、合金製多重層ワイヤーロープによる支えを失ったJOKERは蜘蛛の糸に縋るような無様な体勢のまま自由落下していった。

 

 

「だぁぁもぉー! こうなりゃヤケだー!!」

 

 

イッシンは眼下の雲海にJOKERが吞まれる前に無様な体勢の機体を錐揉み回転させながら、機体全体が大の字に広がった降下姿勢を取らせる。それに加えて両手両背に装備している兵装の表面積もプラスされるため、鉄の塊であるネクストという事を加味しても十分な空気抵抗を得ることが出来た。

 

その空気抵抗を全身に受けながら雲海にダイブしたJOKERは慣れ親しんだ数秒間のホワイトアウトを経験し、ボフンと雲海から吐き出される。

 

――銀世界であれば黒一色のJOKERなどレーダーに頼らずとも目視で確認されてしまうだろう。まして周辺施設はアルテリアの基盤。開幕と同時に狙撃されてもおかしくない。そう考えたイッシンはいつも以上に気を引き締め、操縦桿を握り直していた。

 

しかし目の前に広がっていたのは一面の銀世界ではなく、雲海よりも多少マシなくらいのホワイトアウト。いや、ほぼ無風だった分だけ雲海の方が優しいかも知れない。

 

何故なら雲の下では台風かと錯覚するほどの暴風が吹き荒れ、それに加勢するように大量で大粒の雪が横殴りでJOKERの装甲を白に染め上げようと叩きつけてきていたからだ。挙げ句の果てには昼間にも関わらず3m先の視界すら奪われてしまっており外界温度は-35℃。辺り一面が極寒の白い夜と化していた。

 

 

「なあセレン。今日の周辺天気予報って晴れだったよな?」

 

《ああ、少なくとも濃霧が発生する程度だったはずだが……》

 

「後日の仕切り直しってのはアリ?」

 

 

先程までの寸劇はどこへやら、想定外の事態に思わず素に戻った両人は一端の傭兵らしく状況を素早く確認。オペレーターであるセレンは事態の重さを即座に理解し、リンクスであるイッシンもそれに反応して作戦プランの変更を提案する。

 

次世代兵器『ネクスト』であれば、この程度の視界不良など問題ない。むしろ丁度いいハンデだ。と(のたま)う輩がいるが、それは大きな間違いである。ネクストが戦場に於いて圧倒的優勢からスタート出来るのはコジマ粒子による恩恵が大部分を占めているからだ。いくら重装甲型ネクストであっても限界があるし、なによりPA(プライマルアーマー)を展開出来ずQB(クイックブースト)も発動出来ないネクストなど、ハイエンドノーマルにも劣るデカブツに過ぎない。そしてPA(プライマルアーマー)は通常兵器の攻撃程度でも晒され続けられれば減衰していき、最終的には展開すら困難となる。

 

つまり視界不良というコンディションは戦場の絶対的強者であるネクストが、何の変哲も無い通常兵器に蹂躙されてしまう唯一にして最大の弱点なのだ。

 

しかし、それを知った上で悪戯っぽい凶暴な笑みを浮かべたセレンは言葉を繋げた。従順な猟犬の顔を両手で持ち上げ、良い子だと褒めるように。

 

 

《いや、作戦プランに変更は無い……お前なら出来るだろ?》

 

「――そこまで言われちゃ、やるしかないな! キドウ・イッシン! JOKER! ド派手に行くぜ!!」

 

 

威勢の良い掛け声と共にイッシンはフットペダルを蹴り抜いてJOKERのメインブースターから完全燃焼を示す青白い炎を噴射させながらAMSを接続、戦闘モードに移行させた。

 

何度経験しても馴れないAMS接続時の目眩に辟易しているイッシンは悪態をつきながらも、すぐさま思考を立て直して音声操作でコックピットのコンソールパネルに現在のJOKERの兵装を表示させる。

 

 

右腕部兵装【AR-O700】

左腕部兵装【04-MARVE】

右背部兵装【MP-O901】

左背部兵装【TRESOR】

肩部兵装【051ANAM】

右腕部格納兵装【LARE】

左腕部格納兵装【EB-O700】 

 

 

機体コンセプト通り、短期決戦を主眼においたアセンブリとなっているJOKERに対してFCSシステムの異常が無いことを確認したイッシンは再びコンソールパネルを(はじ)いて自由落下中に狙撃してくる敵がいないかレーダーに目をこらし、周囲2km圏内の反応がないことに若干安堵しながら雪原にランディング着陸する。

 

この時、まだイッシンは気付いていなかった。

雪原の狙撃手がどれほど狡猾で恐ろしい相手なのかを。




いかがでしたでしょうか。

サイレント・アバランチ(魔改造)の実力とは……。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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86.狩りの本質

仲間内で『第一回ムラキュン仕草大会』を敢行したのですが、堂々の一位は『潤んだ瞳で上目遣い』でした。


「……マジでなんも見えねぇな」

 

《レーダーはまだ生きてるだろ。文句を言うな》

 

「目標の400km手前で投下した人間が言える言葉じゃないよね、それ。かれこれ30分はブースト噴かしっ放しなんだけど」

 

《だからこうやって危険を冒しながら真上に陣取ってオペレートしてるんだろうが》

 

「え~え~そうですとも。ミス・セレン様の多大な尽力のお陰でこのように安心してミッションに臨めることを心から有難く思いますよ」

 

 

死者の魂すら凍てつかせる冥府を彷彿とさせるブリザードの白い闇の中を、黒色で統一された先鋭的なフォルムの巨人――JOKER――が時速600kmの高速域でひたすら前へ前へと突き進んでいた。

 

投下後すぐに、いつ戦闘になっても即時応戦出来るようにコジマ粒子のバリア――プライマルアーマー――を展開しているお陰で猛吹雪が直接JOKERを襲うことはない。プライマルアーマーに触れた瞬間に蒸発してしまうからだ。しかしそれでもプライマルアーマーのコジマ粒子濃度のムラによって若干の撃ち漏らしが出てしまう。

 

プライマルアーマーの防衛ラインを突破した勇敢な大粒の雪達は最後の気力を振り絞って巨人の赤い複眼を塞ごうとトリモチのように張り付いてくるが、複眼の真下に設置された排熱孔から放出される熱風によって呆気なく溶解して只の水と化してしまった。

 

そんな様子を見ながらイッシンは『アサルトアーマーなら全部吹き飛ばせんじゃねえか?』という(よこしま)な考えを一瞬頭によぎらせるが、流石に何も無い場所で大規模コジマ爆発を起こせばどうなるかは目に見えているのでやらないことにする。

 

 

「しっかしサイレント・アバランチの新型か。どうもノーマル型の固定砲台ってイメージしかないんだよなぁ」

 

《だがリンクス戦争当時、何機かのネクストを墜とした最精鋭ノーマル部隊であることは確かだ。気を引き締めろよ》

 

「どうだかねぇ……そういやセレン、新型のスペックデータ貰った? 俺見てないんだけど」

 

《いや、あの(ふくろう)が言うには『性能評価試験も兼ねたミッションにスペックデータを渡す道理は無い』だそうだ》

 

「マジかよ、ホント最――ドシュン――低……ドゴンッッ……がぁ! クソッタレ!!」

 

 

刹那、鋭い衝撃がJOKERのコックピットを激しく襲った。突然の不意打ちに思わずつんのめるイッシンだったが即時応戦を頭の隅に入れていたことが功を奏したのか、その衝撃を利用して中腰姿勢でクイックターンを発動し、すぐに体勢を立て直すことに成功。

 

考える間もなく反射的にJOKERの両手に握られた【AR-O700】と【04-MARVE】を起動させると、前面120度角をカバーするように展開。警戒態勢を崩さぬよう足運びに注意しながら慎重に全方位を見渡し、衝撃を与えた当人を探索を開始した。

 

 

《なっ! どうしたイッシン!》

 

「狙撃された!そっちのレーダーに反応あるか!? こっちは何も映らねぇ!」

 

 

イッシンの言葉とほぼ同時にセレンはそれまで起動していた戦闘用オペレートシステムを早期警戒用オペレートシステムに立ち上げ直し、通常作動時は半径700kmをカバー出来る索敵網を半径50kmに絞り込むことで濃密な警戒態勢を形成する。

 

この猛吹雪の中でJOKERを狙撃出来るのならば間違いなく近辺に狙撃手が潜んでいると睨んだセレンは複数の検知機能を同時展開。ネズミ一匹通さない包囲網を作り上げたのだが、レーダーに掛かる機影はJOKERを除いて何一つ見つからない。

 

 

《熱源探知は……チッ! ならモーションセンサーで……これもダメか!》

 

「早めに頼…ドシュン…むぜ! こんな極寒で穴あきチーズになるのは…ドシュン…っ御免だ!」

 

 

そう言っている間にもJOKERへ無慈悲に放たれる弾丸の雨は一発一発が驚異的な精度を以て襲いかかってくる。しかしイッシンも黙ってやられるようなヤワな人間ではない。彼は、王小龍との戦いとキタサキでのイレギュラー戦で培った狙撃の対処法と持ち前の勘の良さを駆使してなんとか紙一重で躱し続けていた。

 

 

《ECM妨害でも無いとすれば………なるほど逆張りか! イッシン! 4時の方向900mに敵影3、コイツら追従型ECMを装備してるぞ!》

 

「おいおい、そりゃリリウム嬢の専売特許だろ? じゃあコイツらがサイレント・アバランチの新型ってことか!」

 

《まったく厄介な代物を作ってくれたものだな。――まあいい。教導料は貰っているんだ、キッチリ教えてやれ。ネクストとノーマルの格の違いを》

 

「イエス、マム!」

 

 

イッシンは威勢の良い掛け声と共にフットペダルを踏み込んでOBを発動し、JOKERのメインブースターに青色の炎を煌めかせながら目標座標に急行する。ブリザードの風向きに逆らって突き進んでいるため、雪の叩きつけがより一層強くなるがイッシンは気にする事無く踏み込み続けた。

 

赤い複眼に雪で出来た厚い瞼が重くのしかかり始めた頃に、JOKERのFCSが陣形を組んでいる三機の未確認敵影を捕捉する。その未確認機影はネクストより頭一つ分全高が低い人型兵器であり、ブースターを噴かしながら小気味良く動く姿から敵がハイエンドノーマルである事は明白だったが、問題はその形状だった。

 

吹雪の白い闇に潜むことを前提とした、雪原用の白い光学迷彩マントを旅人のように全身に纏った機体のフード部分からはBFF伝統の仰々しい光学カメラが一つ、狩人を彷彿とさせる眼光を光らせており、肩に当たる部分からは雪の結晶とは違う光りかたをした粒子がマントの外へ漏れ出している。

 

明らかに量産型では無いハイエンドノーマル。それも吹雪という特殊環境での運用を前提とした特化機体となればネクストと言えど油断できる相手ではない。

 

 

「戦場の主役はネクストとAFだってのに、BFFもずいぶん粋なもん作るじゃねえか」

 

圧倒的個人(リンクス)に頼らない個々戦力の強化の重要性は今も昔も変わらん。そこを十分に理解しているのはBFF、ひいてはGAグループの特徴だな》

 

「なんだ、インテリオル・オーメルは違うのか?」

 

《早々に巨大兵器(フェルミ)を実戦投入したインテリオルや最悪の遺物(プロトタイプネクスト)にリンクス戦争の尻拭いをさせたオーメルと一緒にしてやるな。時代遅れの巨人といえど最低限のモラルは持ってるということだろう》

 

「へぇ……ならモラリストに敬意を表して、正々堂々正面から叩き潰すか!」

 

 

刹那、イッシンはフットペダルを蹴り抜いてOBを発動したままQBを発動して更なる加速の上乗せを重ねる。瞬間的な超加速によって暴風と化したJOKERはハイエンドノーマル部隊が指一本動く隙すら与えずに肉薄した。

 

今回のミッションの表は『サイレント・アバランチ撃破』だが本命である裏が『サイレント・アバランチ無力化』となっている以上、新型を撃破せずに無力化することが第一であるため、敵機撃破=王小龍からのミッション失敗に直結する。射撃による攻撃では確実性に欠け、ネクストレベルの火力で誤射などしようものなら新型ハイエンドノーマルは一発で爆炎に包まれるだろう。

 

だから肉薄することによって距離を詰め、接近戦に持ち込むのだ。幸い、BFFは長距離兵器が売りの企業であるため懐に入れば難儀することはないだろう。

 

そう判断したイッシンはJOKERの右手に握られた【AR-O700】を片手剣のように持ち替えて裏拳を繰り出すが如く、後ろへググッと引き絞った。狙うはハイエンドノーマルの脚部。他は二の次だ。まずは機動性を奪い戦意を喪失させた上で武装解除を勧告。応じれば良し。断れば全武装を破壊して追撃させないだけだ。

 

生殺与奪の権を司る修羅が跋扈(ばっこ)する戦場においてあるまじき甘さだがイッシンは気にしない。元よりそういう契約だ。転生してきた身とはいえ、これでも一端の傭兵。下らないプライドなどとうの昔に野良犬に喰わせて久しい。

 

張り詰めた弓の弦がいまかいまかと射出を待ち望みながら震えるように、絞られた右腕が解放されるまで残り距離150……100……50……

 

 

「今っ!!」

 

 

拘束を失ったJOKERの右腕は目にも止まらぬ全身全霊の速さで放たれ、その手に握られた【AR-O700】は狙い澄まされたハイエンドノーマルの脚部へ吸い込まれてく。そしてその尖った刃が脚部を両断しようとした瞬間、JOKERのプライマルアーマーによって雪が溶融し、露出した地面に設置されていた()()()()がイッシンの視界に入り………。

 

 

JOKERは後方へ大きく吹っ飛んだ。

 

 

《なっ!? イッシン!!?》

 

 

――嘘だろ。いや、まぁ有り得るよな。仕組み自体は単純だし前世にもあったから難しくないだろうし。でもさ、ネクストでもノーマルでも、こんな機敏に動き回る兵器相手に待ち伏せ用の兵器作ろうなんて普通思わないじゃん? まして単純にサイズと威力を高めただけの兵器なんてさ。つまり何が言いたいかっていうと。

 

 

「ネクスト用の指向性対人地雷(クレイモア)なんて作るんじゃねえよ……!!」

 

 

飛び出してきた数百個の3cm鉄球もとい弾丸は前面への爆発によって生じた爆風と共にJOKERに直撃、プライマルアーマーで多少減衰されたとはいえ少なくないダメージを負わせる。

 

そのまま吹っ飛んだJOKERは空中でクルクルと回転しながら体勢を整えて着地。撃破されては元も子もないと判断したイッシンは右手の【AR-O700】を本来の持ち方に直し、左手の【04-MARVE】と共にダブルトリガーで構えた。

 

対するハイエンドノーマル部隊も此方(こちら)の動きに即応して各々マントを翻す。それまでマントに隠れて見えなかったのだがBFF伝統の灰色に染め上げられた機体は細身ながらもBFFらしからぬマッシブな仕上がりになっている。

 

しかしそれは必要だったのだろう。何故かと言えば、腰部のレールベルトに走らせた折り畳み式大型スナイパーキャノンの重量と衝撃を受け止めるためだと推測出来たからだ。

 

三機とも訓練された隙の無い動きでスナイパーキャノンを展開、構えてJOKERをスコープに捉える。ネクスト用指向性対人地雷(クレイモア)から受けたダメージに、弾速の速く回避難度の高いスナイパーキャノンの複数直撃が重なればJOKERは撤退せざるを得ない。

 

まさに一瞬の隙が命取りとなる場面で双方とも動けずにいたが、不意にレーダーに反応が現れた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

《12時の方向200mに敵影3! 加えて8時の方向300mに敵影3! 機体照合――新型ハイエンドノーマルと同一!? イッシン、マズいぞ!!》

 

「囲まれた……いやおびき出されたか。さながら狩り場の狐だな、こりゃ」

 

 

吹雪の中、黒い狐を取り囲むように九つの単眼が不気味に光りながら揺らめいていた。




いかがでしたでしょうか。

ネクスト相手にクレイモアを開発するBFF……実は変態企業なのでは?(オリジナル兵器です。悪しからず)

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87.妄執な豚と孤独な梟

好みの美人っていいよね。同じ空間にいるだけで幸せになれるもん。


「流石サイレント・アバランチ、と言ったところだな。新型のハイエンドノーマルをこうも易々と乗りこなすとは」

 

「これも理事官様のお陰です。我々ノーマル開発部門のような日陰者に予算を組んで頂いて、本当になんと言ったらいいか……」

 

 

大規模コジマ施設『スフィア』の中央管理棟に設置された司令室で白衣姿の研究員を挟むようにスーツ姿の男性が二人、目の前の大型モニターに映し出された新型ハイエンドノーマルの戦闘中継を見ていた。

 

一人はでっぷりと太っていて粘度の高い汗を常に拭いており、ネイビーのダブルスーツを嫌みったらしく着込んだ壮年の男性。もう一人は対照的に無駄な肉の無い痩躯で汗一滴かくことなく、グレーのスリーピースを洗練された所作で着熟している老齢の男性である。ちなみに老齢の男性の直ぐ後ろには、まだあどけなさの残る少女が陰のようにひっそりと佇んでいた。

 

研究員に理事官と呼ばれたダブルスーツの男性は喉仏が見えないほど肥え太った声帯をわざとらしく震わせ、自身の威厳を誇示するかの如く振る舞う。

 

 

「ハハハッ気にするな。それも()()()()()()()()が無くなったが(ゆえ)だ。そうでしょう? 王小龍上級理事殿」

 

「話しかけるな、目障りだ。【槍の残党】風情が」

 

「その残党風情に今回ばかりは舌を巻いている事実をそろそろお認めになったらどうです?」

 

 

理事官がその自信満々な顔色を見せつけるように彼の顔を覗き込んできたので、王小龍はいままでイッシンやセレンにも見せたことが無い心底不愉快そうな表情を滲ませながら顔を背ける。

 

数ヶ月前、イッシンがBFFのフラッグシップ級アームズフォートだった(スピリット)(オブ)(マザーウィル)を撃破したことを機に王小龍は【槍の残党】達を役員会で徹底的に糾弾した。

 

元々役員会で決まっていた筈の(スピリット)(オブ)(マザーウィル)解体を現地命令で翻し、新進気鋭のリンクスを撃破することで有用性をアピールしようとしたことを、この役員会に於ける開戦の合図として反論の余地を残すことない舌尖で責め立てる。

 

例を挙げれば『ダメコンに致命的な欠陥があるにも関わらず長年放置した』から始まり、『最上位リンクスでもない若造二人にほぼ一方的な敗北を喫した』、『目玉兵器である超長距離砲はネクスト相手では全く使い物にならない』、『【一撃必中】が企業コンセプトであるBFF社のイメージに大変な傷がついた』。

 

トドメに『こんな杜撰な計画を主導した旧経営陣に存在価値はあるのか』と、聞いている此方が悲しくなるほど理路整然とした罵詈雑言を並べ立てて徹底的にコキ下ろし、旧経営陣に対する役員会の心証を圧倒的に悪くした上で主要開発部門への干渉禁止を提案。もちろん王小龍率いる女王派が目下開発中の新型AFについての売り込みも忘れることはなかった。

 

しかし腐っても鯛。

 

王小龍にとっての唯一の誤算は旧経営陣たる【槍の残党】が有していた自らの立ち位置を理解する能力、それが経済戦争の第一線を退いて尚衰えていなかったことである。

 

【槍の残党】は顔色一つ変えずに軽々と、いや正確には非常に精巧に作られた悲痛な表情の仮面を被り(スピリット)(オブ)(マザーウィル)撃破の責を認めて陳謝。それどころか怨敵の王小龍の言い分を全面的に肯定した上で圧倒的個人(リンクス)に依存した今の戦争が(いびつ)な構造であることに言及し、女王派で開発中の新型AFとの共同運用を前提とした新型ハイエンドノーマル開発を【槍の残党】主導で行うことを提案してきたのだ。

 

【槍の残党】最大のカードであり最大の金食い虫であった(スピリット)(オブ)(マザーウィル)を失ったことで、新型ハイエンドノーマルの開発研究費に潤沢な資金を調達してなおBFFの大幅増益が揺るぐことは無く、むしろ圧倒的個人(リンクス)の依存率を下げられる新戦力の開発が成功すれば更なる増益を望むことが出来る。

 

そんな理想的かつ実現可能な構想を雄弁に語る【槍の残党】に役員会が乗らない筈がなく、王小龍によって作り上げられた弾劾と追求の処刑場は一瞬にして繁栄と革新の演説会に様変わりし、彼と一部の女王派を除く全員が大団円を謳って役員会は終幕を迎えた。

 

その後予算が組まれてすぐに、()()()()()()()()()新型ハイエンドノーマルのプロトタイプが完成。しかも性能はプロトタイプの時点で現行機を大きく上回っており、単機でノーマルを含む一個中隊を戦闘不能に追い込むことが出来るほどだ。

 

【槍の残党】曰く『いままでノーマル開発部門に資金を出し渋ってきたツケだ。これまでの戦績を否定する訳ではないが圧倒的個人(リンクス)に依存しているネクスト開発部門からも予算を回すべきではないか』との弁を受け、ネクスト開発部門の予算は減額。今のBFF社の主力研究はネクストからハイエンドノーマルに移行しつつある。

 

個に依存しない戦力の確保は重要であるし、王小龍もそれを良く理解していた。だが彼は知っている。【槍の残党】の、手段こそ過激であったが真に人類の繁栄を願ってリンクス戦争時にレイレナード陣営へ付いたあの頃の高貴な精神はとうに消え失せており、いまは保身と堕落のぬるま湯に身を浸した老人共でしかないことを。

 

ハイエンドノーマル開発も上等な文句で誤魔化してはいるが、元を正せば『億に一でも裏切る可能性のある個人に強大な戦力を貸与し、あまつさえ命を預けるなど出来るか』という思想に行き着く。無論一度殺されかけている心情を加味すれば理解できないこともないが、それでも現状の戦場で主役の座を拝しているネクストをなにがなんでも排除しようとする行動は異常としか言えない。

 

故に王小龍は馴れ合う気などサラサラ無いのだ。だから一時の熱に浮かされた役員会の尻拭いを請け負ったために来たくもないスフィアまでわざわざ足を運び、イッシンの依頼主らしく事の顛末を見届けねばならない事実に心底うんざりしているし、ましてリリウムの姿をこの豚の醜い眼に映すなど虫唾が走る。

 

そんな王小龍の心を知ってから知らずか理事官は彼に向けていた目をヒョイとリリウムに向け、舐め回すような目つきで言葉を走らせる。

 

 

「しかしリリウム様も気丈な御方ですな。家の者が二人も屠られた忌み場に足を運ぼうとは。私が貴方ならワイキキビーチあたりでバカンスを楽しみながら衛生中継で済ませますのに」

 

「……お気遣い痛み入ります、理事官様。ですが私はウォルコット家のリリウムである前に、小龍様の付き人であるリリウムであると自認しています。付き人である以上、私情は挟みません」

 

「いやはや、そのお歳にも関わらず大変ご立派な考えをお持ちのようで安心しました。これも王小龍上級理事殿の鞭撻の賜物ですかな、才覚もあって見目麗しいリリウム嬢を手取り足取り指導出来るのは羨ましい限りです」

 

「黙れ、その汚い口と濁った両目を寸分違わず穿つぞ。貴様の悪臭のせいで目を瞑っていても狙い撃てる」

 

 

リリウムに卑猥な視線を這わせた理事官に向けて青筋を立てた王小龍の鋭すぎる眼光と殺気が光る。あまりの迫力に本当に撃ち抜かれたのではと錯覚した理事官は目を泳がせながら取り繕い、逃げ道を作ろうと粘度の高い濁った汗を垂らした。

 

 

「し、失礼。冗談が過ぎましたな。謹んでお詫び申し上げる。そ、それよりも! 我等が新型ハイエンドノーマルの雄姿を目に焼き付けようではありませんか! ほら見て下さい! ラインアークを生き残ったあのキドウ・イッシンを誘い込んで包囲していますぞ!」

 

 

傍目から見ても苦しい言い訳と話題の方向転換に終始する理事官を軽蔑の目で見下す王小龍だったが、そうする価値すらないと割り切って目の前の大型モニターへ視線を送る。

 

――なるほど。追従型ECMを敢えて起動することで()()()()()()()()()装い、ネクスト用指向性対人地雷(クレイモア)に誘き寄せたか。(わっぱ)の習性をよく研究しているな。動きも良い。よく訓練されている。

 

だが、と王小龍は口角を薄く上げた。直前に述べた事柄と反対もしくは対立の関係の内容を述べるのに用いる語が聞こえた理事官はキョトンとした顔で彼の方に顔を向けている。

 

 

「包囲したからと言って慢心するのは狩りに於いて愚の骨頂だ。手負いの獣は何をしでかすか分からんぞ」




いかがでしたでしょうか。

キャラ設定集を書く気力がないのは許して……。暇さえあれば寝たいんだ……。

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88.アキレスと亀

ジャーマンポテトならぬジャーマンパンプキンを作ったのですが、中々美味でした。というかチーズとベーコンが優秀過ぎるのかな……。


「さて、と。これからどうするかな」

 

《……どうせ無傷で帰るつもりなんだろ?》

 

「ご名答。まぁメンテナンス費の足が出るだろうけど勘弁してくれ」

 

想定外(イレギュラー)の戦場で想定外(イレギュラー)の敵から無傷で生き残るだけで十分お釣りが来る。多くは望まん》

 

 

猛吹雪により数メートル先の視界すら白い闇で包まれてしまっている中、イッシンとセレンは驚くほど冷静に事態を把握していた。……なにもこの事態が引き起こされるのを想定していた訳ではない。むしろセレンの言葉通り想定外中の想定外だ。だが想定外に動揺してその後の行動を振り回されてしまえば、無用な厄介事が新たに発生する可能性は飛躍的に上昇する。そうなってしまえば事態が複雑化するのは免れないだろう。だから彼女達は打ちつける吹雪のような冷静さと若干のユーモアを交えて状況を読む。

 

緊張と緩和。

 

この相反する二つの性質を両立させた時、人間は類い希なる力を発揮して事柄に臨むことが出来るのだ。現代医学風に言えば『フロー状態』と言ったところか。不意にサイレント・アバランチの隊長格らしい男性の声がコックピットに響く。

 

 

《こちらサイレント・アバランチ。貴殿は包囲されている。速やかに投降すればカラード規定に則り、然るべき手続きを行ったのちの解放を約束しよう》

 

「お~お~なにを言うかと思えば。ノーマルが? ネクストに? 投降勧告? 笑えない冗談だな」

 

 

戦争に於ける主役の座を新兵器(ネクスト)に明け渡した時代遅れ(ノーマル)から投降を勧告されるのは、新兵器(ネクスト)を駆るリンクスにとって恥辱以外の何物でも無いだろう。経験が浅いカラードランク下位のリンクスなら、いや上位のリンクスであっても激昂してなりふり構わず全兵装を振り回しているところだ。

 

だがイッシンは減らず口を動かせど、乗機であるJOKERの指一本すら動かさない。分かっているからだ。勧告を口にしている隊長格の男はBFF最精鋭部隊であるサイレント・アバランチを率いることが出来るだけの技量と経験を有した熟練(ベテラン)であり、それでいて新型ハイエンドノーマルの試験パイロットを務めることも出来る柔軟性を併せ持った正真正銘の(つわもの)であることを。

 

そしてそんな彼が戦場の絶対的強者に刃を向けるという意味を知らない筈がなく、時間稼ぎのためにハッタリの投降勧告をしたところで意味など成さないことは良く分かっているだろう。だから動かない。投降勧告の意味は、裏を返せば此方(こちら)を狩れるだけの状況が整っている事の証左であるからだ。

 

 

《合計九門のスナイパーキャノンが貴殿を捉えている。加えて吹雪は我らの独壇場(フィールド)だ。逃げ場は無い》

 

「あっそう。他に何か言うことは?」

 

 

しかしイッシンは動じない。まるで母親に早くシャワーを浴びるよう急かされた子供のように軽くあしらいつつ、更に視野を広げた。

 

4時、8時、12時の方向に三機ずつ。三方向攻撃は包囲射撃による同士討ちのリスクが最も少ない理想的な布陣だ。距離は120~200程度。ネクストにとっては十分近距離と呼べる距離だが視界が吹雪によって開けない以上、遠距離と言って差し支えないだろう。

 

判明している兵装は追従型ECMと腰部に担がれた折り畳み式スナイパーキャノン、それ以外に考えられるのは敵に接近された時用のレーザーブレードと先ほど手痛いダメージを受けたネクスト用指向性対人地雷(クレイモア)がせいぜい1~2基。機体自体は狙撃タイプらしくないマッシブな仕上がりだが、装甲の造りは簡素で中距離での撃ち合いは想定してないのだろう。あくまで衝撃吸収に絞った設計というのが良く分かる。

 

BFF最精鋭である自身らを軽くあしらったことにサイレント・アバランチの数名が憤りを感じているが隊長格の男は睫毛一本動かさず、こちらから伝えるべき情報をイッシンへ淡々と伝えた。

 

 

《――我らは【女王派】だ。王小龍上級理事から今回の話は聞いている》

 

「……へぇ。それで?」

 

《悪いようにはしない。投降しろ》

 

 

再度の投降勧告。これは隊長格の男の中では最大限の譲歩をしたつもりだった。我々はこのミッションが『サイレント・アバランチ撃破』ではなく『新型ハイエンドノーマルの性能評価試験』であることを知っている。故にそちらの手の内は把握済みだ。だから投降しろ。隊長格の男は言外にそう言葉を込め、スピーカーに投げ掛けた。

 

さぁどう出る?

 

隊長格の男の首に冷たい汗が滴る。緊張の瞬間だ。

 

 

「しかし、特務遊撃大隊と比べてずいぶん甘いんだな」

 

《なに?》

 

「俺みたいな手合いはな――

 

――即時殲滅がセオリーだぜ?」

 

 

《っ!!! 全機、撃て!!》

 

 

刹那、隊長格の男の掛け声を()()()()()九機の新型ハイエンドノーマルが各々操る九門のスナイパーキャノンのトリガーが引かれ、亜音速で飛来する砲弾の群れが包囲の中心で佇んでいるJOKERを蜂の巣にせんと驚異的な精度で突き進んでいった。

 

(つわもの)である彼が何故突然『撃て』と命令したか、その理由は同じ場所に居たサイレント・アバランチ隊員にしか分からないだろう。

 

スピーカー越しからでも全身に纏わり付いてくる悍ましいほどの殺気。憎悪や執念と言った負の感情ではなく、狂おしいほど澄んでいる純粋な殺意。あまりの純度の高さに己の終焉を感じ取った彼等は、戦士らしく、その終焉を自らの手で摘み取ろうとしたのだ。

 

しかし哀しきかな。その一瞬、その一瞬だけ、彼等の脳内から相手が絶対的強者であるという情報が抜け落ちていたのである。次の瞬間、全てを塗り潰す白い闇を翡翠色の閃光が侵食して、爆ぜた。

 

アサルトアーマー。

 

ネクスト内に蓄積された機関部を除く全てのコジマ粒子を圧縮・解放し、機体周辺を殲滅可能な唯一のネクスト内蔵型兵装である。その絶大な威力故に機体周辺のみの極めて狭い効果範囲と一定時間プライマルアーマーの再展開が不能になるデメリットが存在するが、イッシンはそれを加味した上で発動したのだ。

 

コジマ粒子の解放によってJOKERの半径100mは悉く消し飛び、飛来していた亜音速の砲弾群も瞬く間に蒸発してしまった。

 

そう、()()1()0()0()m()

 

つまりJOKERの繰り出した『奥の手』とも言えるアサルトアーマーの起死回生はサイレント・アバランチが駆る新型ハイエンドノーマル部隊へ到達することなく減衰を始め、猛吹雪の中にポッカリと何も無い空間を作り上げただけに過ぎなかったのだ。

 

そして隊長格の男は突然目の前で爆ぜた翡翠色の閃光がなんであるか即座に理解していたし、作戦前のブリーフィングでその有効範囲も知っていた。だからニヤリと笑う。

 

アサルトアーマーがぎりぎり到達しない場所に部隊を配置してスナイパーキャノンの着弾時間を出来るだけ短くした上で、プライマルアーマーの加護が無いJOKERを安全に仕留める。敵のスペックを把握し、それを踏まえた単純かつ効果的な作戦を練り上げた彼は部下を担う指揮官としてほぼ理想型に近い答えを示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが考えてみて欲しい。九匹の鼠が力を合わせて立ち向かったところで、一匹の山猫に勝てる確率などゼロに等しいことを。

 

彼らの敗因はアサルトアーマーの発動によって消し飛んだ吹雪の壁の中から、ほんの数秒間、ほんの数秒間だけ姿を晒してしまったことである。

 

死神(JOKER)の名を冠するネクストの血のように赫い複眼はその数秒間を決して逃すことは無く、消し飛んでいた白い吹雪が再びJOKERを包み込もうとした瞬間、JOKERはその場から間違いなく消え去った。

 

刹那――

 

 

《は? なんで……》ザンッ!

 

《おいどうし……嘘だろ!?》ザンッ!

 

《全機散開しろ! 位置がバレてる!》ザンッ!ドシュゥン!!

 

《ふざけんなコイツ! 指向性対人地雷(クレイモア)を喰らいやが……!?》ザンッ!

 

《いや待っちょっとタンマ!》ザンッ!

 

《このバケモノめ!!》ザンッ!ドシュゥン!!

 

《隊長、撤退を!足止めは俺が……!》ザンッ!

 

《この距離なら――いやブレードを躱すのはチートだろ!?》ザンッ!

 

 

 

チャキッ………コンッ

 

 

 

隊長格の男が乗る新型ハイエンドノーマルの後頭部に何か鋭いモノが当たり、軽いノックのような音がコックピットに響く。

 

――振り向けない。振り向けるものか。こんな、こんな馬鹿なことがあって……!!

 

 

(ノーマル)未来(ネクスト)に勝てない。ご明察かな? ミスター」




いかがでしたでしょうか。

休日はアマプラで映画三昧してるのですが『ショーシャンクの空に』は名作ですよ。見たら人生が豊かになります。ぜひ。

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89.例えるなら信号機

酒場放浪の末に今年一番の大当たり居酒屋を見つけました。気分はトレジャーハンターです。


敗北。初撃と不意打ちの一打を与えた以外、なんの戦果も上げることなく新型ハイエンドノーマル九機全てが負傷者すら出さないまま無力化された、これ以上ない敗北。

 

大規模コジマ施設『スフィア』の司令室内に設置された大型モニターの前で、王小龍と理事官の目も憚らず白衣姿の主任研究員はガックリと項垂れている。

 

――勝てると考えてはいなかった。ただ、善戦は出来るだろうと。文字通り、全研究員が寝る間も惜しんで作り上げた粉骨砕身の集大成である新型ハイエンドノーマル部隊ならば、そしてそれを駆る人員がサイレント・アバランチならば、一矢報いることは出来るだろうと。そう考えていた。

 

 

「まだ届かないのですか……!」

 

 

主任研究員は呻くような低い声で独りごちると、いつからか握っていた右手にグッと力を込める。ネクストとノーマルの性能差はマリアナ海溝より深いことは重々わかっていた。それでも、だとしても、ここまで理不尽なのか。ネクストという兵器は……!

 

その様子を横目で流し見ていた王小龍は、顔にこそ出さないが内心笑みが止まらなかった。自ら『サイレント・アバランチの無力化』を依頼したとはいえ、ここまで痛快に達成されたとなれば無理もないだろう。

 

 

(これで【槍の残党】共も大人しくなるだろう。童も良く働いてくれた。さて、あの豚の悔しがる醜顔でも拝むとするか)

 

 

王小龍はポーカーフェイスのままチラリと横を見遣った。そして、彼が思い描いていた風景が無かったが故に眉間に深い皺が刻まれることになる。理事官は相変わらず粘度の高い汗を拭いながら佇んでおり、そして()()()()()()()()

 

 

「……ずいぶん平然としているな。虎の子の新型が敗れたというのに」

 

「ご冗談を、王小龍上級理事。いくら私でも彼等が心血を注いで完成させた新型が敗れたことは悲しい限りです」

 

「ならばその余裕はどこから来る」

 

「なに、単純な事ですよ。()()をかけておいただけですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~い、生きてるか~?」

 

《……なんのつもりだリンクス。貴殿の任務は完遂されたのだろう。ここに残る意味は無い筈だ》

 

「いやいや『サイレント・アバランチの無力化』ってのはつまり『誰一人殺すな』ってことだろ?こんな吹雪の中、コックピットで凍死されちゃ俺の報酬が減るかもだろうが」

 

 

吹雪が吹き(すさ)ぶ中、両脚を切断されて無様に雪原に身を晒している新型ハイエンドノーマルを見下しながら、JOKERは右手に握られた【AR-O700】を肩に乗せて気怠そうに赫く光る複眼を点滅させた。

 

辺りには複数の新型ハイエンドノーマルが同じように両脚を切断されて横たわっており、残った両腕でジタバタする者、微動だにせず物思いに耽る者、メインカメラを右往左往させて状況把握に努める者など各々違った行動を取っている。

 

そして流石というべきか、両脚を切断されたどの機体もコックピット部分には傷一つついておらずパイロットの安否を確認するまでも無く生存が確約された状態になっており、このことが更にノーマルとネクストとの溝を強調しているようでもあった。

 

 

《ふっ、此方の作戦を全て受け止めた上で圧倒されるか。やってられんな》

 

「そう卑屈になんなよ。正直、吹雪の中の不意打ちからネクスト用 指向性対人地雷(クレイモア)の流れはビビったぜ? マジで粗製くらいなら殺れんじゃねえか?」

 

《だが貴殿は倒せんのだろう?》

 

「そりゃあ、まぁ……それをウリにしてるからな」

 

《イッシン、長居は無用だ。吹雪の影響が少ないポイントB4-sで回収するぞ》

 

 

二人の会話に楔を打ち込むようにセレンの声がJOKERのコックピット内に反響する。どことなく上機嫌そうな声色は自身が鍛えたリンクスが及第点以上の働きをしたからだろう、スピーカー越しに聞こえるタイピング音も普段より軽やかな音色を奏でていた。

 

 

「あいよ。それじゃ、俺達はお(いとま)するけど救難信号焚くの忘れ――」

 

《リンクス。貴殿らは一つ勘違いをしている》

 

「……どういうことだ?」

 

 

隊長格の男から突然発せられた意味深な言葉に、それまで隙だらけの無警戒だったイッシンの気怠い目がスッと細まって感覚の鎧を急速に身に纏っていく。ものの数秒で完璧な警戒態勢を整えた彼から放たれる緊張感はもはや別人レベルであり、鉄と吹雪の三層に断じられている隊長格の男もその変容ぶりに思わず生唾を呑み込んだ。

 

 

《――そのままの意味だ。我々サイレント・アバランチを無力化して任務完了と、本気でそう思っているのか?》

 

「………はあぁ~~。()()()()()()()。なんとなく嫌な予感はしてたけどさ」

 

《すまない。我々から教えられるのはそれくらいだ》

 

「いや、教えて貰っただけめっけもんさ。てことはそろそろ――」

 

《イッシン! 12時の方向、『スフィア』からネクスト3機の出撃を確認! まっすぐ向かってくるぞ!》

 

「ほ~ら噂をすれば」

 

 

気迫に満ち満ちているにも関わらず、どこか楽しげな雰囲気を感じさせる物言いに若干の違和感を感じた隊長格の男だったが、その疑念を言葉にする前にJOKERはOBを発動。驚異的な瞬間加速で吹雪の壁の中へボフンッと突っ込んだ数秒後にはブースターの炎色すら見えなくなってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正体不明のネクストに対応するため吹雪の中を突き進んでいた。先程のアサルトアーマー使用により消失していたJOKERのプライマルアーマーは既に回復しており、相も変わらず吹き付ける雪は黒い装甲にシミを付けることも出来ず蒸発している。そんな中イッシンはコンソールパネルを弾き、状況把握に努めているセレンへ通信を繋げた。

 

 

「それで機体照合は? ネクスト3機なんて随分物々しいじゃねえか」

 

《待ってろ、もう少しで………ああ、なるほど》

 

「どうした?」

 

 

彼女の拍子抜けしたような、張り詰めていた気が抜けてしまったような声に思わずイッシンは言葉を返してしまう。今まで想定外の自体に焦ってしまうセレンは何度も見てきたが、こうも分かり易く敵を侮る彼女は見たことが無かった。

 

 

《相手は【ランク24】スカーレットフォックスと【ランク25】エメラルドラクーン、それに【ランク19】バッカニアだ。確かに数は多いがお前からすればたいした敵じゃない》

 

「ちょいまち。いまバッカニアって言った?」

 

《? それがどうした》

 

 

セレンは『なんでそんなことに引っ掛かる』と言わんばかりな態度だが、イッシンからすれば大事も大事。今回も()()()()()()()()()()と決定した瞬間だったからである。

 

原作上『サイレント・アバランチ撃破』のハードモードで出現するのはスカーレットフォックスとエメラルドラクーンのみ。バッカニアはこのミッションどころか本編ストーリーにも全く絡まず、アリーナでしか戦うことの出来ない不遇キャラなのだ。それが原作を無視してここ(スフィア)に出張ってくるとなれば警戒しない方がどうかしている。

 

 

「……毎回毎回ハズレくじで参っちまうぜ」

 

《不貞腐れるのは分かるが会敵まで20秒を切ってる。箸にもかからない格下共だが油断はするな》

 

「格下ねぇ。まぁ、そうあることを願うよ」

 

 

イッシンは皮肉を込めた半笑いでスピーカー越しのセレンに応答してJOKERに戦闘態勢を取らせた。格下か格上か、想定外(イレギュラー)か否か、どちらにせよ刃を交える事が確定しているのなら考えるだけ無駄だ。

 

 

《距離400……300……敵ネクスト、視認距離に入るぞ》

 

「よし。それじゃいっちょ――」

 

《お~い! JOKER~! 聞こえるか~!》

 

《姐さんそれはマズいです。オープン回線で呼びかけたら流石に怪しまれます》

 

《右に同じく》

 

 

いざ出陣とばかりにJOKERのブースターが青白い炎を放出しようとした瞬間、場違いとも言える快活な若い女性の声がオープン回線でコックピット内に響き渡り、続いて二人組の若い男性の声がその女性を窘める。

 

突然の出来事に理解が追いつかないセレンとイッシンだったが時間は待ってくれない。視認距離に入ったJOKERのメインカメラは既に3機を捉えており、そのどれもが特徴的な見た目だった。

 

まずは逆関節脚部に散布ミサイルと軽量グレネード、そしてマシンガン型武器腕を採用した赤い軽量級ネクスト。次にスナイパーライフル二丁と背部、肩部ともに通常ミサイルを採用した緑色の重量二脚ネクスト。どちらも頭部に動物の耳を彷彿とさせるスタビライザーを装備しており、どことなくお腹が空いてきそうになる。

 

その特徴的な2機に挟まれている最後のネクストはインテリオル製標準機【Y09-RIGEL(リゲル)】をベースとしたビビットイエローの軽量級ネクストであり、採用数がかなり少ないフロート型軽量タンクと見たことの無いレーザーライフル型武器腕を合わせた、一度見れば忘れない姿形をしていた。

 

 

「……どうするよ?」

 

《まぁ話すだけなら構わん。任せる》

 

「あ~~……こちらJOKERのリンクス、キドウ・イッシンだ。こちらに呼びかけたリンクスはフランソワ・ネリスと見受けるが、どういう意図か説明してくれ」

 

 

あくまで戦闘態勢を崩さないイッシンは推し量るように女性の声へ尋ねる。それは、変に警戒を解いて『騙して悪いが』されては堪ったものではないと彼が判断したからに他ならないが、結果として不要だったと言える。

 

何故なら――。

 

 

《あたし転生者なんだけど、あんたも転生者でしょ?》

 

「……………はい?」

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

まさかのバッカニアとフランソワ・ネリス登場でございます。どんな活躍をするのかは乞うご期待と言うことで。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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90.掌の舞踏会

久々に15kmのランニングをしたのですが全身が筋肉痛です。走って腹筋がいたくなるってなんぞ。


《だ~か~ら~! あたしも転生者だって言ってるじゃないか! なに? 疑ってんの?》

 

「いやまだ何も――」

 

《あ分かった、女がアーマードコアなんてやる筈ないって思ってんでしょ! チッチッチ~♪ 甘いわね、メカ好き女なんて世の中に腐るほどいるのよ? 知らないの? それでもリンクスなの? なんなら童貞なの?》

 

《姐さん、メカ好き女子が意外と多いことは認めますがそれと彼がリンクスであることの相関性はないです。あとおそらく童貞でしょう》

 

《多分な》

 

《――イッシン。一応聞いておくが、このビッチがお前と同じ転生者ということでいいか》

 

「……多分ね」

 

 

吹雪が黒一色のJOKERを白く染め上げようと無駄な労力を挙げて躍起になっている中、彼と敵対関係である筈のネクスト達は警戒態勢をとるどころか兵装を持った両腕をダランと下げて、騒がしい井戸端会議のようにイッシンをまくし立てていた。本当にここは命のやり取りをする戦場なのかと額に指を当てるイッシンは(らち)が開かないと判断して会話の主役であるフランソワ・ネリスに対話を求める。

 

 

「とりあえず交戦意思は無いってことでいいな?」

 

《あったり前じゃない! 同じ転生者同士なんだから仲良くしましょう?》

 

《姐さんそれはマズいです。カラード経由でないとはいえBFFから依頼を受けた以上、任務放棄は今後の仕事に支障が出ます》

 

《確かにな》

 

《別にいいわよ。仕事が無くなるより、あんな汚いデブハゲ如きに顎で使われる方がよっぽど惨めだと思うけど》

 

 

両サイドで召使いのように立っていたスカーレットフォックスとエメラルドラクーンはフランソワ・ネリスの言葉を聞いて再考を促すが、彼女はハンッ!と鼻を鳴らして助言を一蹴する。

 

 

《それに私、任務放棄なんて一言も言ってないわよ? 私達が請け負ったのはあくまでJOKERの()退()。排除じゃない。だから彼が何もせずに帰ってくれても報酬は全額支払われる仕組みになってるの。つまり弾薬費と修理費の掛からない美味しい仕事ってこと。分かる?》

 

《流石姐さんです。伊達に【コルセール】の首領を務めてないですね》

 

《そうだな》

 

《ふふっ! もっと褒めなさい!》

 

 

もはや彼女の独演舞台が始まっているのかと錯覚するくらい饒舌な舌回しを披露するフランソワ・ネリスの振る舞いにイッシンとセレンは呆気にとられるが、聞こえてくる話を聞いている限りただの阿呆という訳ではなさそうだ。そう判断したイッシンは再び意を決して彼女自身との対話を再開させた。

 

 

「じゃあ次に転生者であることの証明が欲しい。原作設定とかまだ起こってない出来事とか、何でもいいから教えてくれ」

 

《そうね~……ORCA旅団の情報はもうカラード内に出回ってるし……アサルトセ――》

 

「もう十分です! てかチョイスしたのがそれかよ!! 傍受されてたら地雷どころの騒ぎじゃないぞ!?」

 

《いいじゃない別に。それで、信じてくれた? 私が転生者だってこと》

 

 

スピーカー越しでも分かる彼女のご機嫌な声色でイッシンは即座に判断した。こいつ絶対に性格悪い。どの辺りが性格悪いって、数ある原作知識の中からわざわさアサルトセルという単語をチョイスする辺りに性格の悪さが滲み出ている。

 

いわゆる『企業の罪』の核心部分を形成しているアサルトセルは本当の意味でごく一部の人間しか知らない最重要機密であり、知ったが最後、地元新聞の死亡者欄に名前が載ること必死な特大の厄ネタだ。それを暗号化していないオープン回線で言う豪胆さは大したものだが、もっと場を(わきま)えて発言して欲しい。

 

 

「……ひとまずは。とりあえず、このミッション後に会うって事でいいな?」

 

《ちょっと待てイッシン。このビッチと会うつもりか》

 

《あら~妬いてるのセレン・ヘイズ? まぁ貴女みたいな年増より私の方が魅力的なのはわかるけど、別にイッシン君を取って食べるつもりなんてこれっぽっちも無いわよ》

 

《――あ゛? もう一度言ってみろ。その美的センスの欠片も無いネクストもろとも焼き払ってやる》

 

「二人とも待てって! てか初対面の数分で仲悪くなりすぎじゃね?!」

 

 

フランソワ・ネリスがアサルトセルという本来知り得ない筈の弩級厄ネタを知っていたにも関わらず、イッシンが彼女と直接会うことを提案したのには事情がある。それはラインアーク事変でカラードを裏切ったダン・モロが放った『貴方はどの転生者を受け継いだのですか?』という一言の真意を問うためにレイヴンとセロに質問したところから始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり転生者が何らかの障害によって行動出来なくなった場合、その転生者が選んだ人物に責務と記憶を移譲する事が出来るってことか」

 

「概ね合っている。と言っても僕の場合はレイヴンに倒されたとき彼へ一方的に押し付けただけ、だけどね。正直ジョシュアの乗ったプロトタイプネクストとやり合った満身創痍の彼と戦うなんて、只の弱いモノいじめだと思ってたから負けるのは想定外だったよ」

 

「突然頭の中に知らない記憶が流れ込んできたときは私も驚いたが、信じるしかないだろう。あの時のセロに嘘をついている様子はなかったからな」

 

「鬼神の形相で詰問したくせに良く言うね。……まぁそういう事だ。レイヴン以外にも継承者がいることは否定出来ないから、そのあたりはくれぐれも注意してくれよ?」

 

「なんでだ? 継承者ってことは味方みたいなもんだろ」

 

「まさか。転生者が移譲出来るのはあくまで責務と記憶だけ。継承者の行動を制限出来る訳じゃない」

 

「……つまり継承者の性格によっては、文字通りの原作クラッシャーが出来上がる可能性もあるってことか」

 

「話が早くて助かるよ。だからこそ一層注意して欲しいんだ。お互いが記憶を持っている以上、転生者と継承者の区別は殆どつかないからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セレンが嫌がるのもわかるけど、今はフランソワ・ネリスの身の上の方が優先だ。少しの間我慢してくれよ」

 

《………ふん》

 

 

イッシンの苦しい説得にセレンは心底嫌そうな鼻の鳴らし方で渋々了承したことを確認すると、彼は一息ついて次に聞くべき事柄を明確にするため頭の中を整理する。

 

――とりあえずフランソワ・ネリスが転生者か継承者であるのは確定だとして、両隣のスカーレットフォックスとエメラルドラクーンが気になるな。転生者のワードを聞いて一切訝しむ様子が無いってのは流石におかしい。それと、いままでカラードに所属してたってのにダンとの関わりを聞いたことが無いってのも不安材料だ。

 

 

「フランソワ・ネリス。一ついいか?」

 

《毎回毎回堅苦しくフルネームで呼ぶつもり? 呼ぶならネリスかフランキーって呼んで》

 

「ならネリス」

 

《フランキーじゃないんだ、残念》

 

「……なんでスカーレットフォックスとエメラルドラクーンは転生者と聞いても動じないんだ? いくら説明されたからって普通、はいそうですかって理解できるもんでもないだろ」

 

《それがね~理解されちゃったのよね~。なんなら感銘を受けたみたいで【コルセール】に入っちゃったし》

 

 

ネリスはイッシンの質問に対し、まるで木漏れ日が溢れるテラスで気の置けない友達とカフェを楽しんでるかのような気楽さで淡々と答えていく。彼女によればスカーレットフォックスとエメラルドラクーン……いや、そのリンクスであるウィスとイェーイは驚くほどあっさり受け入れたというではないか。これにはイッシンも興味を引かれ、彼等に質問の槍を向けた。

 

 

「本当なのか?」

 

《――俺達は俺達のレベルを理解している。目指したところで、どう足搔いてもこれ以上〝上〟に行けないことも分かってる》

 

《だから姐さんの話に乗ったんだ。俺達でも世界を変えられるってことを証明したい。そのためなら転生者だろうが世界の危機だろうが何だって受け入れてやるさ》

 

 

ウィスとイェーイは先程までの腰巾着ぶりからは想像できない自我の強さと明確な動機をしっかりとした口調で話す。確かに彼等は原作で主人公に撃破された際、自らの限界を悟っていたような物言いで戦場に散っている。それが元々抱えていた感情なら、この二人がネリスの提案に乗ったのも頷けた。

 

 

「わかった。それとネリス、もう一つ聞きたいことがある。何故ダン・モロと接触しなかったんだ? アイツが転生者ってことは知らなかったってことはないだろ」

 

《え、なに言ってるの? 私、ダンとは結構長い付き合いよ。ラインアーク事変でORCAに合流したって聞いた時は流石に驚いたけど》

 

「……なんだって?」

 

 

ネリスの言葉にイッシンの思考が少しの間フリーズする。最初に会った時、間違いなくダンは言っていた。彼が把握している転生者は自身を含んだイッシン、ドン・カーネル、CUBEの四人であると。しかしネリスの言い方から見てダンとネリスは少なくともイッシンと出会う前に接触していたことは明らかだ。

 

つまりダンは()()()()イッシンへネリスの情報を渡していなかったことになる。……何故だ?

 

自身を取り巻く環境は想像していたよりも複雑な要素が絡み合って成り立っていることが確定したイッシンは脳内処理能力をフル稼働させようと努めるが、上手く考えがまとまらない。ダンがORCAに合流したことと、イッシンにネリスを紹介しなかったことの一貫した共通性が見つからないのだ。

 

もちろんネリスがORCA旅団メンバーなら存在を秘匿する意味もあるだろうが、ネリスは独立傭兵部隊【コルセール】を率いる表立った存在だ。その線は薄い。

 

イッシンがロジックを立て始めたその時、ネクスト越しで座っていたネリスのコンソールパネルに通信が入る。相手は(くだん)のデブハゲだ。はぁ……と溜息をついたネリスは喋りたくもない相手と仕方なく回線を繋いだ。

 

 

「こちらバッカニア、フランソワ・ネリス。どうしました理事官殿」

 

《どうしたもこうしたもあるか! 何故JOKERを排除しない! あれは私をコケにした大罪人だぞ!!》

 

「今回我々が請け負ったミッションはJOKERの撃退です。なのでこれ以上の被害を出さないよう彼と交渉してこのままお引き取り願う算段なのですが」

 

《なら追加任務としてJOKERの排除を依頼する! 報酬は倍出すからさっさと墜とせ!》

 

「生憎、書面上で確約されたミッション以外は請けない主義でして。では失礼」

 

《なっおい待――》

 

 

スピーカー越しでも自分の思い通りにならないことに腹を立てて、唾を撒き散らしながら喚いている滑稽な理事官の姿が目に浮かぶがネリスはそんな想像すら脳容量の無駄遣いだと断じて、抑揚のない冷淡な声色で受け答えしたのちにブツッと回線を切った。

 

 

《そろそろ時間みたいね。じゃあまた後日会いましょう。時間はそっちが指定して頂戴》

 

「ああわかった。追って連絡する」

 

 

そう言うとJOKERは踵を返してメインブースターに火を灯し、セレンから指示を受けていたポイントB4-sへ歩を進める。無論、フランソワ・ネリスとその一行のことはまだ完全に信用した訳ではないので後方を警戒しながらではあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラード記録ファイル(整理番号:OST-301)

 

 

依頼主:オーメル・サイエンス社

 

依頼内容:サイレント・アバランチ撃破

 

結果:成功

 

報酬:500000c

 

備考:なし




いかがでしたでしょうか。

ネリスちゃんのキャラ付けが難しい……。それにダン君、君は一体なにを考えているんだ……。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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91.惨めな幕引きと胎動

☆1評価を頂いたので☆0を除く全評価コンプリートでございます。『一年半以上連載してやっとか』って感じです。それでは、どうぞ。


「バカな……バカなバカなバカなバカなバカな!!! どういうつもりだあの三流リンクス共!! わざわざ高い金を払って雇ってやったというのに『排除は契約外』だと!? ふざけるのも大概にしろ!! 」

 

「り、理事官様。どうか落ち着いて下さい」

 

「落ち着けだと!? ネクスト1機ごときに敗走するガラクタを作った分際で私に指図するんじゃない! 貴様等のような斜陽に予算を割いた私が馬鹿だった!!」

 

「……斜陽ですって?」

 

 

大規模コジマ施設『スフィア』の中央管理棟司令室は紛糾していた。その最たる原因は粘度の高い汗を撒き散らしているデップリと太った男――理事官――である。【槍の残党】の代表的存在である理事官は(スピリット)(オブ)(マザーウィル)をJOKER(と僚機のクラースナヤ)に撃破されて以降、BFF役員会では何の支障もないと言わんばかりの態度をとっていたが、それは新型ハイエンドノーマルを基軸としたこのプロジェクトの存在を知っていたからに他ならない。

 

だから彼は(スピリット)(オブ)(マザーウィル)に割かれていた予算を新型ハイエンドノーマル開発に回し、起死回生の一手を虎視眈々と狙っていたのだ。しかし現実は非情である。

 

満を持して投入した新型ハイエンドノーマル部隊は雀の涙程度の戦果しか挙げることが出来ず、万が一に備えて雇っていた独立傭兵であるバッカニア、スカーレットフォックス、エメラルドラクーンの3機は契約の抜け穴を盾に敵前逃亡する始末だ。理事官にとってこれ以上ない災難の連続だが、まだ終わりではない。

 

 

「ふっふっふっ………飼い犬に手を噛まれる辛さは分かっているつもりだが、まさか相手にすらされないとは。同情するよ理事官殿」

 

 

隣から聞こえた冷笑する声に理事官がバッと振り向くと、そこには研究員用のワーキングチェアに背中を預けながら優雅に珈琲を楽しんでいる王小龍の姿があった。グレーのスリーピースを嫌味なく着こなしつつ目が覚めるような真紅のタイを身に付けた彼の後ろには付き人であるリリウム・ウォルコットが沈黙したまま佇んでいるが、その視線は汚物を見るような軽蔑的な眼差しをしている。

 

 

「黙れ黙れ黙れ!! もとはといえば全て貴様のせいだ! (スピリット)(オブ)(マザーウィル)の一件、忘れたとは言わせないぞ!」

 

「はて? なんのことかな。私にはさっぱり」

 

「とぼけるな!! キドウ・イッシンの増援にクラースナヤを差し向けたのは貴様だろう! それに艦長のマーフィー・ゴドック准将をはじめとした(スピリット)(オブ)(マザーウィル)搭乗員の軍法会議は全て罷免!加えて配置転換先は全員が女王派の管轄だ! こんなふざけたシナリオ、貴様以外誰が出来る!!」

 

「さぁ? どうだろうな。それより自分の身を案じた方がいいんじゃないか」

 

 

理事官のまくし立てるような怒声を微風(そよかぜ)の如く聞き流していた王小龍は勿体振った仕草で胸ポケットに手を差し込むと、中から出て来たのは複数のボタンが付いた手のひらサイズの四角いデバイス。その内のボタンを一つ押すと、聞くに堪えない音声が再生される。

 

 

「『――ネクスト1機ごときに敗走するガラクタを作った分際で私に指図するんじゃない! 貴様等のような斜陽に予算を割いた私が馬鹿だった!!』……おおよそ決定権を有する理事官が吐いていい言葉ではないな」

 

「なっ……!」

 

「悪いがこの音声は役員会に提出させて貰う。近いうちに君は新型ハイエンドノーマル開発研究の任を解かれ、代わりに私が引き継ぐだろう。この研究の意義は中々なものなのだが、君なら理解出来ると思ってただけに残念だ」

 

 

唖然とする理事官に対して皮肉たっぷりの嘲笑をプレゼントした王小龍は、口をパクパクさせて絶句している彼を尻目に早々と準備を整えるとリリウムを引き連れてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日後

 

カラード本部 地上1階 リンクス専用ラウンジ

 

 

「――一応確認するが、君がネリスってことでいいんだよな?」

 

「今更なに? アンタから呼んでおいてそんな言い方ないでしょ。私は正真正銘フランソワ・ネリス様よ。まさか信用してないってわけ?」

 

「お前のようなビッチが異世界とやらの転生者で、かつ独立傭兵集団の【コルセール】を率いているとは思えないから聞いているんだ。身を弁えろビッチ」

 

「なにそれ挑発のつもり? なら言わせて貰うけど、いい年こいて色恋の一つもない年増女に説教されるほど私は落ちぶれてないわ。それになに? さっきから馬鹿の一つ覚えみたいにビッチビッチって。悪口のボキャブラリーが貧弱過ぎて逆に可哀想に見えるわよ」

 

「……高飛車なのは結構だが噛みつく相手を間違えるなよ? お前みたいな小娘、生身でもネクストでも一分以内に制圧出来るぞ」

 

「へぇ、ならやってみなさいよ。私とバッカニアに勝てると思ったら大間違いだってことを貴女に教えてあげるわ」

 

「ちょっとタイムタイム!! 話が脱線してる。いま話すべき議題はフランソワ・ネリスの出自確認だ。お互いに仲が悪いのは分かったからヒートアップするのは後にしてくれ。それとイェーイ、ウィス! お前ら彼女の側近なんだろ? もうちょっと手綱を引いてもいいんじゃないか」

 

「経験上、こうなった姐さんには何を言っても無駄だから黙っているだけだ。変に姐さんを刺激してとばっちりを食らうのは御免だからな」

 

「右に同じく」

 

 

ラウンジのオーナーであるレイさんに許可を取ってイッシン、セレン、ネリス、イェーイ、ウィスの五人はダンの時と同じく奥の部屋に集結していた。ウィスの外見はオランダ系特有の赤毛をアシンメトリーのツーブロックに切り揃えた痩身の青年なのだが、対照的にパートナーであるイェーイは短髪を見事な緑色に染め上げた筋肉質な体型をしている。双方ともリンクススーツの上からMA-1を羽織った服装をしており、あまり外見への執着は無いように見えた。

 

それにしてもリンクスの外見はネクストによく似るという都市伝説は眉唾だと言われて久しいが、ここまでイメージ通りだとあながち間違いでもないと思ってしまう。そしてフランソワ・ネリスもその例外では無かった。

 

彼女が所属する設定上の独立傭兵組織【コルセール】は北アフリカを拠点として活動しているためネリスもアフリカ系の出身だとおもっていたのだが、蓋を開けてみれば緩いカールのかかった艶やかな黒い長髪が黒曜石のように輝くスラブ系の美女で齢は21、身長はセレンとほぼ同程度だろうか。リンクスは白兵戦のリスクが他戦力と比べて低いと言われているが彼女は若いながらも既に複数のCQCを習得しているらしく、立ち振る舞いの節々からしなやかなで健康的な筋肉の曲線美が見え隠れしていた。率直に言ってかなり扇情的である。そんなイッシンの(よこしま)な視線をなぜか感じ取ったセレンは彼の耳を強めにつねって引っ張った様子を見て、ネリスは軽く笑う。

 

 

「で? 会ったはいいけど何を話すの? まさか顔合わせだけで呼んだ訳じゃないでしょ」

 

「いつつ………えっと、俺から聞きたいのは二つだ。一つはダンとの初対面はいつ頃だったか。もう一つは君がどういう意図で動いているか。この二つを聞きたい」

 

 

まだ少しヒリヒリする耳をさすって(いたわ)るイッシンだったが、ネリスと話す表情は真剣そのものだ。何故ならこれから起こりうる未来(ルート)を知っている事実だけで転生者であること自体に価値があるのは勿論だが、それに付随する一騎当千の超戦力を有してことも忘れてはならないからである。ダンやドン・カーネルの活躍を見れば、転生者の一人一人が最強の異端分子(イレギュラー)であると考えておかしくない。だから彼は慎重に事を進めるのだ。

 

 

「ダンと初めて会ったのは4年前。私がこっち側に転生してきてすぐの頃よ。あの頃は『私がフランソワ・ネリス!?』なんて動揺しまくってた時期だから彼の存在は有難かったわ」

 

「ならいくつか協同ミッションを?」

 

「独立傭兵同士だからね。でも仲良くなるのにずいぶん時間が掛かった」

 

「嘘だろ。俺と会ったときは社交性の塊だったぞ」

 

「そうなったのはここ1,2年よ。それまでは仲介人以外の誰とも話さない鉄の男だったから」

 

 

そういうネリスはふと視線を逸らして虚空を見つめ、すこしばかりの物思いに耽る。それまで積み重ねてきたダンとの共闘の日々を思い返しているのか、トパーズのように輝く瞳が潤んでいるように見えた。

 

 

「……それじゃ二つ目。この世界ではどんな意図で動いてる? 俺とダンは世界を救うため、ドン・カーネルは異端分子(イレギュラー)の討伐、セロは……分からないけど多分そっち関連のはずだ」

 

「ああ、そう。そんな大層な使命を背負ってる人達に言っても信じないだろうけど、私の行動理由は一つ。技術よ」

 

「――技術?」

 

「これでも私、前世ではメカトロニクスを専門とした機械工学の博士なの。私からすればアクチュエータ複雑系が兵器レベルに実用化されているこの世界の技術は宝の山ってわけ。私はその技術、とりわけネクストに関する技術が行き着く先を見たいのよ。だから私はネクストに乗って戦場に出る。今でも【コルセール】を率いているのは、その方が動きが取りやすいからね」

 

 

今度は物思いに耽る事無く、まっすぐに見つめて語るネリスにイッシンは思わずドキッとしてしまう。これまでセレンを初めとしてマーリー・エバンやヴァイオレット、スティレットにウィン・D・ファンション、リリウムとメイ・グリンフィールドと言った古今東西の美女を見てきたつもりだったがそれらとは違う、なんとも言えない魅力が漂っていた。

 

 

「これが私の行動理由。分かって貰えた?」

 

「そ、そうか。ならこれで――」

 

「待って」

 

 

相手のペースに乗せられている。そう判断したイッシンは早々にこの場を切り上げようと席を立とうとするが、不意に発せられたネリスからの呼び止めに思わず硬直してしまった。

 

 

「女に一方的に要求しておいて見返りの一つも無いって男としてどうなの?」

 

「何が言いたいんだ」

 

「つまりね。相応の対価を払って貰いたいって話よ」

 

 

蠱惑的に微笑む彼女の笑みがイッシンを捉える。

 

 

「ある施設の調査を手伝って欲しいの」

 

 

時は六月、狩りの最盛期を目前として猛者共が腹を空かせているときの事である。

 




いかがでしたでしょうか。

フランソワ・ネリスは高飛車秀才美女か0083のシーマ的なお姉様か悩んだ結果、峰不二子な感じになりました。解せぬ、何故だ。

あ、あと前書きのフォローなんですけど私自身は低評価をあまり気にしていません。だって理由も書かずに当て逃げ的な低評価つけて悦に浸ってる少数よりも、お気に入り登録して更新されたら見てくれる皆様の方が私にとって何倍も有益ですから。

皆様には本当に感謝しております。稚拙な文才しか持たぬ凡人の二次創作ですが、今後とも気長にお付き合い頂ければ幸いです。


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92.帰還と不穏

身欠きニシンってあるじゃないですか。アレを夜風に当たりながら旨い辛口の冷酒でクイッとやるのが至福です。


白色で統一されている清潔に保たれた病室に一人の男が寝息を立てながら病人用ベッドに横たわっている。しばらく手入れをしている様子の無い伸び放題の無精髭が輪郭の視認を邪魔しているが、それを勘定しても色気のある顔立ちを隠すことは出来ないようだ。

 

傍には壮年の男性が二人、備え付けの丸椅子に座って本を読んでおり一方は『超越論的観念論の体系』を、もう一方は『国家解体戦争に於ける戦術指南』を熟読している。

 

しばらくすると、閉じられていた男の瞳がゆっくりと開いて部屋の灯りを眩しそうに見つめる。それに気付いた二人の男性は呆れたような、安心したような声で寝ていた男性に声を掛けた。

 

 

「ん、んん……………ここは?」

 

「ようやく目が覚めたか」

 

「あまり心配ばかりかけるなよ、ロイ」

 

「親父……レイヴンさん……ってことはラインアークか」

 

 

ベッドで寝ていた男――ロイ・ザーランド――はそう呟くと再び目を閉じてフゥっと一息ついた。覚えている最後の記憶はホワイト・グリントを助けようとしてクラースナヤに妨害され、そのまま蜂の巣にされた場面だ。コックピットのメインモニターがひび割れた後にショートして停電し、辺りが漆黒に包まれた瞬間から記憶がない。

 

 

「親父……どれくらい寝てた?」

 

「二週間と半日だ。生きてるのが不思議だとドクターが言っていたぞ。運が良かったな」

 

「おいおい、少し儀礼的過ぎるんじゃないか。ロイが目を覚ましたんだからもっと喜んでやってもいいだろ」

 

「お前が囚われたという義憤に駆られて機体のエネルギー管理を怠ったのにか。あれほど叩き込んだ技術が実戦で使われていない結果がこれなら甘んじて受け入れるべきだ」

 

「……説教はいい。あのあと、どうなったんだ」

 

 

自身への接し方でちょっとした口論に発展しかけたレイヴンと父親の会話を遮る形でロイは尋ねる。お互いに顔を見合わせた彼等はアイコンタクトしたのち、ラインアークでの一連において中心人物だったレイヴンがベットの縁に両手をおいて事の顛末を話し始めた――。

 

 

***

 

 

「――そうか……そんなことが」

 

「王小龍から聞いた話だとORCA旅団とかいう連中はまだ数人の凄腕を抱えているらしいが、企業連体制に牙を剥けるだけの戦力と人員を今までバレないように運用してきたのは素直に驚嘆だ」

 

「CUBEというリンクスがあのセロだったことにも驚いたがな。ましてラインアークに身を寄せるなど想像もしていなかった」

 

「なんにせよ戦力が増えたことに変わりないのだからいいじゃないか。企業連が攻勢に出た以上、私達だけでラインアークを守るのは無理がある。セロには頑張って貰わないとね」

 

「レイヴンさん、そのセロって人は今どこに……? ここにはいないみたいですけど」

 

 

少なくとも病室にはいない人間に対してのロイの尤もな問いに、レイヴンは「あ~~、そのことだけどね」といいながらバツが悪そうに頬をポリポリ掻きながら目を泳がせる。なんだ? そんなに逢わせづらい人なのか? とロイが訝しげな表情を浮かべた時、呆れたように溜息をついた父親が口を開いた。

 

 

「変に勘ぐらせるような態度をとるな。別にやましいことはないだろ」

 

「それはそうなんだけどさ。いやぁ、ニアミスというかなんというか。彼は丁度イッシン君達とミッションに出ていてね。今頃は干上がってる時間かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な~~どこにあんだよ、施設ってのは。見渡す限り全部砂丘じゃねえか」

 

《ここから南西に4km地点よ。もう少し我慢して》

 

《……キドウ・イッシン、本当に僕が来る意味があったのか?》

 

《全くだ。ホワイト・グリントが改修中の今、セロをわざわざラインアークから引っ張り出すほど重要なのか》

 

「その施設をORCAの連中が嗅ぎ回ってるってネリスの情報が本当ならな」

 

 

スピーカー越しにぼやくイッシンをネリスは軽くいなしながら宥め、セロとセレンは半信半疑が拭えないままイッシンへ話しかける。

 

サハラ砂漠。アフリカ大陸北部に位置するこの砂漠は世界最大の砂漠であり、南北1700キロにわたり広がった総面積は約1000万平方キロメートルに及ぶ。この数値はアフリカ大陸の3分の1近くを占め、旧アメリカ合衆国とほぼ同じ面積であると言えば、その広大さが分かるだろう。そんな一片の雑草すら生えない不毛の大地を3機のネクストが砂埃を巻き上げながら疾走していた。

 

それぞれ群青・漆黒・ビビッドイエローにカラーリングされたネクスト達はビビッドイエローのネクスト――バッカニア――を先頭にして隊列を組んでおり、その後ろを漆黒のネクスト――JOKER――と群青色のネクスト――マグヌス――が追いかける格好となっている。

 

 

《あら、信用してないの? ヨーロッパならともかくアフリカでの情報精度は【コルセール】が一番よ。ガセネタの心配は無いわ》

 

「どうもキナ臭いんだよ。原作でも資料集でもそんな施設の記述なんて一切無かったんだぜ? 警戒しない方がおかしいだろ」

 

《その意見には私も賛成だ。原作やら資料集やらは分からんが、ORCA旅団が関わっているとなれば相応の何かがあると見ていい》

 

《まぁ、僕はどちらでもいいさ。ORCAが関わっていようといまいと、謎の施設を調査出来るっていうのは浪漫があるからね》

 

「アーマードコアならフラグビン立ちの畜生ミッション確定だけどな」

 

 

イッシンの言う通り、アーマードコアシリーズにおいて謎の施設や謎の兵器などのワードはある意味お約束となっている節がある。何故ならそのミッションのほぼ全てが開発陣の威信を掛けた変態……凶悪な兵器を相手取って撃破するという内容となっており、いわゆる初見殺しに通じる部分が多々あるからだ。

 

にもかかわらず彼等は情報精度に自信を持って軽口を叩くように説明する者と何者かの罠ではないかと警戒する者、更には来た意味がどうであれ探検気分でワクワクしている者と三者三様の振る舞いであり、おそらく正常な反応をしているのはイッシンとセレンだけだ。

 

ならば他二人は頭のネジが外れた戦闘狂や救いようのない阿呆なのかと言われればそうではない。片やリンクス戦争を生き抜いた最初の転生者であり、片や法の外側を生きるゴロツキをまとめあげて独立傭兵組織の首領を務める転生者だ。それこそイッシンよりも死の概念を理解しているはずの彼等が何故こういった立ち振る舞いをしているかと言えば、それは単純な場数の経験数だろう。

 

必要以上の緊張は動きに小さな無駄を生み、その小さな無駄が積み重なって一瞬の誤差を生み、その一瞬の誤差が致命的なミスを招く。日常生活内で繰り広げられるスポーツ競技でも、紛争地帯で繰り広げられる銃撃戦でも根本は変わらない。余計な力みはこれから挑む事柄が重要であると再認識させるカンフル剤でもあるが、自身のパフォーマンスを著しく低下させる劇薬でもあることを彼等はイッシンよりも理解しているからこそ未知の領域に対してもマイペースを貫くのだ。

 

そうやってしばらく砂丘を疾走していると、やがて陽炎の中で揺らめいている人工的な建造物が遠くに見え始めた。

 

砂漠という過酷な環境によってところどころ風化した20m級の中世ゴシック様式の建物が四棟、世紀末を彷彿とさせるあまりにも異様な違和感を以て東西南北に築造されており、その中心には一切の錆びつきが見られない真新しいシェルターの搬入口が防護壁を展開するわけでもなく、ただ吹きさらしのまま設置されている。

 

 

《あれが言っていた施設よ。一応【コルセール】の技術班に付近の建造物を調査させたけど成果は無し。やっぱり本命はあの中ってことになるわね》

 

「その内部調査が俺達の役目ってわけか。こりゃますますキナ臭いな」

 

《なんにせよ、中に入らないと始まらないんだ。先頭は僕が行くよ》

 

 

そう言うとセロはマグヌスのメインブースター出力を上げ、バッカニアとJOKERを置き去りにして臆すること無くシェルターの中へ進入していった。対するイッシンとネリスはセロの行動に少しだけフリーズするもお互いに『まぁいいか』という雰囲気を察し、セロと同様にメインブースター出力を上げてシェルターに進入する。

 

 

 

そしてその様子を、建造物の頂上に設置された壊れかけの旧式監視カメラがジッと見ていた。




という訳でロイくん生存でございます。色男にはもう少し頑張って頂かないと(笑)。ちなみに色男の父親ですが分かる人には分かります。もちろんオリジナル設定なので本気にしないで下さいね。

謎の施設、旧式の監視カメラ……うっ、あたまが……!

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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93.終わりの始まり

クリスマスはいかがでしたか? 筆者は飲んで喰って二日酔いでダウンしてました。性の6時間を楽しまれたリア充の方々は謹んで爆発して頂けると幸いです。


カラード本部 地下20階 特別収容施設

 

 

まだまだ……もっと強く……まだまだ……」と、うわごとが聞こえる防音型三層強化セラミックス製の清潔感あふれる白い扉の前をツカツカと過ぎ去った王小龍は、付き人のリリウムと先導役である常駐管理責任者の屈強な男性に前後を挟まれながら歩いていた。

 

数百メートルはある長い廊下に足音だけが響き渡り、そこはかとない気まずさが漂い初めてもおかしくない雰囲気だが彼等は無言の緊張感を崩すことなく、表情も変えないままひたすら歩を進める。

 

やがて先導役の男性が立ち止まり、彼の左側に設置されている扉へ向き直った。その扉は他のものと違って素地が剥き出しの鋼鉄製であり、小窓ほどの鉄格子と年季の入った赤錆だらけの見た目は皆がイメージする劣悪な独房用扉そのままであった。そして極め付けは扉の向こう側から断続的に聞こえる怒声と殴打の鈍い音だ。リリウムは中の様子が見えていないにも関わらず反射的に顔を背けてしまい、どことなく震えている。

 

 

「リリウム、(かわやなぎ)の園で休んでいなさい」

 

「問題ありません大人(ターレン)。休息は十分に取れています」

 

「もう一度言う、休んでいなさい。これは命令だ」

 

「……分かりました」

 

 

王小龍の強い語気に押され、彼女はその場で一礼すると踵を返してもと来た道を足早に戻っていく。その様子を王小龍と共に見届けた先導役の男性が彼の傍らに立ってボソリと呟いた。

 

 

「よろしいのですか?」

 

「いずれ彼女も知る事実だが、それを知る時期は今では無い。それだけだ」

 

 

そう言うと王小龍は彼に扉を開けるよう促す。先導役の男性はそれを了承してドアノブに手を掛けると、錆び付いたギギィッという音を立てながら徐々に部屋の中へ外の光が差し込まれていった。同時に、扉が解放されたことにより聞こえてくる怒声と殴打の鈍い音はより鮮明となり、加えて唾を吐く音や苦しげな呻き声まで聞こえてくる。

 

 

「どうした!! 殴られたくなけりゃ吐け! 吐きやがれ!! 貴様の仲間はどこにいる!?」

 

「精が出るな、リチャード尋問官」

 

「ん? あぁ施設長殿、どうされました? コイツからは()()以上の有益な情報はまだなにも――」

 

「構わん。それより、この囚人との面会は可能か」

 

「え、えぇ。何発殴っても弱音一つ言わずに黙っているので特に問題はないかと」

 

 

リチャードと呼ばれた尋問官は大声を出していたからか額に汗を滲ませて肩で呼吸をして、彼の着ている制服の襟は少し湿っていた。その奥ではアルミ製の椅子に結束バンドで括り付けられた男が座っているが頭を項垂れているため表情を窺い知ることは出来ない。唯一分かるのは金髪を短めのワンレングスでまとめて、黒縁眼鏡を掛けていることぐらいか。

 

 

「そうか。では王小龍BFF上級理事」

 

「……席を外してくれないか。彼と二人で話をしたい」

 

「……分かりました」

 

 

常駐管理責任者は王小龍の言葉を受け入れると、尋問官を引き連れて部屋の外へ出て行く。直前まで苛烈な詰問を繰り返していた尋問官は少々不満そうな、怪訝そうな顔を王小龍に気付かれないように向けるが、すぐに前に向き直って扉の向こうへ消えていった。

 

部屋に残された人間は王小龍と囚人だけとなり、経費削減のためであろう安物の蛍光灯が時折点滅しながら二人を無機質に照らしている。王小龍は扉の横で折り畳まれていたパイプ椅子を手に取ると、久しぶりに触れたせいか多少ドギマギしながらもなんとか展開してゆっくりと腰掛けた。彼の痩躯程度の体重でギシッと鳴るあたり、これも使い古された安物のパイプ椅子なのだろう。王小龍は瞳を閉じて自嘲的に嗤う。

 

 

「経済戦争における一応の頂点たるカラードもコストカットという下らん愚策に走っているのだ。無駄があるから人間だと言うのに、無駄を無くせば高みに登れると勘違いしている輩のなんと多いことか」

 

「………」

 

「お前とて例外ではない。企業の罪を知り、それを清算すればこの星が救われると本気で考えているならそれも良し。己が信念に殉ずるのも一つの幸せだからな」

 

「………」

 

「しかして一を確実に救うために九を殺すのは容認できん。人としてでは無く、一介の陰謀家としてだ。武力による革命で得られる効果など高が知れている。まして世界が変わったことなど一度もないだろう」

 

「私に権謀術数の手管を指南するために来たわけでないのは分かっています。話すなら手短に」

 

「……無駄を嫌う性質(たち)は昔から変わらんな。ユージン」

 

 

ユージンと呼ばれた男は顔を上げて王小龍を睨みつけた。引き締まった痩躯は色白で若干骨張った端整な顔立ちを際立たせているが至る所に痣や生傷がつけられており、掛けられたヒビの入っている黒縁眼鏡と相まってひ弱そうな印象を与える。しかしその目には卑屈さの一片も宿っておらず、むしろ腹の据わった憤激の炎が見え隠れしていた。

 

 

「その名は捨てました。今はブッパ・ズ・ガンと」

 

「しかし安直な名前だ。センス性は皆無といって言い」

 

「どうとでも。PQがORCAの存在と目的を吐いた以上、隠したところでどうにかなる問題でも無いですから」

 

「戦闘で完璧に矜持(プライド)をへし折られた直後に自白剤で心身を壊された者に掛ける言葉では無いな。仲間なのだろう」

 

「あくまで目指す場所が同じだっただけです。ヤツの最終的な目的など知らないし知るつもりもない。私はただ、企業の罪を隠したいという下らない老人達のために死んだ姉の復讐を果たしたいだけですから」

 

 

そこまで言うとユージンもといブッパ・ズ・ガンは口を真一文字に結び、奥歯をギリリと鳴らした。彼の心情は推し量って余り有る。そしてそれを一番よく分かっているのは彼の目の前に座る王小龍そのひとなのだ。

 

リンクス戦争時、ユージンは姉であるフランシスカと共に戦場を駆けていたBFFの専属リンクスだった。姉弟関係を上手く活用した連携戦は他の追随を許さず、当時からオリジナルとして最前線で活動していた同所属の年若かった王小龍からも技術を盗もうとするなど知識に貪欲な姿勢は他勢力からも刮目に値する評価を得ている。

 

しかしそんな彼等でも当時最強と謳われたリンクス【アナトリアの傭兵】を打ち倒すことは出来ず、大規模コジマ施設【スフィア】にて交戦時にフランシスカは死亡。ユージンも生死を彷徨う重傷を負い、しばらくの間意識が戻らなかった。

 

そして彼が目覚めた時には既にリンクス戦争が終了しており、最後に残ったのは傷だらけの身体と姉を失った喪失感のみ。ユージンが目覚めたという報せを聞いて駆けつけた王小龍であったが、絶望に打ち拉がれて廃人のようになったユージンを慰める言葉を当時の王小龍は持ち合わせておらず、ただ絶句するしかなかった。

 

その後、ユージンは事後処理的にリンクスを引退。リンクス戦争後に樹立した新体制のBFF上層部は彼が積み重ねてきたいままでの功績を称え、彼をクレイドルの富裕層用居住区へ入居させ尚且つ莫大な退職金を出して手厚い保護を約束していたのだが数年が経ったある日、ユージンは忽然と姿を消したのである。

 

世界に絶望して人知れず自殺したのだとか、ゼロから人生を再スタートするために全てを偽って別人として生きているだとか、様々な憶測が流れたが本当の目的を知る者は王小龍を含めて誰一人いなかった。そして時が経つに連れてその話題を話す者も少なくなり完全に過去の人物として忘れ去られていたその時、彼は王小龍の目の前に現れたのだ。それもORCA旅団という最悪の反動勢力の構成員として。

 

 

「私が聞きたいことは二つだ。まず一つ、カラードに紛れ込んでいる鼠はオッツダルヴァ、ダン、ハリの三人だけか」

 

「……答えるとでも?」

 

「聞いただけだ。まともに取り合うつもりはない」

 

「なら答えはノーです。カラードほどの巨大な組織の情報を把握するために工作員を毛細血管の如く配置しています。まだまだ居ますよ」

 

「模範解答だな」

 

 

敵組織に内通者がいることを教えない馬鹿はいない。それが事実であれ嘘であれだ。自身が正確に把握できないほど数多く潜入していると言えれば尚良い。組織内に蔓延した内通者達を炙り出すためには多大なリソースを割かねばならず、それだけで十分な遅延攻撃となる。加えて内通者が居るという情報が流れれば組織は疑心暗鬼に陥り、情報伝達にも少なくない影響が出るのだ。

 

王小龍はフッと笑うと、すぐにもう一つの話題へ移る。真贋のはっきりしない事柄に時間をかけるほど彼も暇ではない。

 

 

「本題はこっちだ。ORCA旅団がサハラ砂漠に存在する謎の施設を嗅ぎ回っているのは調べがついている。あれはなんだ?」

 

「……さぁ。分からないから我々も調べているんですよ。あの施設の調査だけでずいぶん無茶をしていますが、何も分かったことはありません」

 

 

少々の時間を置いてユージンは答える。この話題を答えたところでORCAの全容を把握できる訳ではない。事実、ORCAも調査には手をこまねいているのだ。ならばある程度話を合わせてカラード側が把握している情報を引き出した方が得策だと判断した故の行動だった。

 

 

「あの施設だけだと? ツングースカ、ノーザンテリトリー、ナスカにも同様の施設があるだろう。しかもサハラを含めた全ての施設は()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もう一度聞く、あの施設はなんだ」

 

「――私には分かりません。ただ彼に、オッツダルヴァにあの施設はなんだと聞いたことがあります」

 

「………して答えは」

 

「曰く、終焉の始まりだと」




いかがでしたでしょうか。やっと、やっと本来書きたかった話に突入出来そうで嬉しい……!! 裏話的ですが実はこの小説、ある一言を書きたいがために執筆している節があります。ですのでその一言を書いたら燃え尽きてしまう可能性がありますが、そうならないようおだてて頂けるとありがたいです。

早めの挨拶となりますが良いお年をお迎え下さい。今年一年、ありがとうございました。


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94.みんなのトラウマ

皆様あけましておめでとうございます。
本年こそアーマードコアの新作が発売されることを願いまして新年の挨拶とさせて頂きます。今年こそ出せよフロム!!


イッシン達が進入したシェルターは、入口が吹きさらしだったとは思えないほど綺麗に保たれていた。本来なら砂漠のド真ん中に位置する関係上、砂嵐による天然のサンドブラストで細かい傷やら錆やらが施設の奥深くまで侵食していてもおかしくないのだが、そういった傾向があるのは入り口からほんの数十メートルのみ。まるで見えない障壁に阻まれていたかのように数十メートルの地点を境にして不自然な真新しさを保っている。

 

そんな何処となく不気味な施設の中を3機のネクストがメインブースターをオフにしてズシンズシンと闊歩していた。と言っても内1機はホバータンク型であるため常にシュゴーッと音を立てているのだが。

 

その集団は先頭から順にマグヌス・JOKER・バッカニアの順番で形勢されており、その全員が辺りを警戒しながら兵装を構えて移動していた。本来なら豪快にメインブースターを噴かして強襲的に突っ込んでも良かったのだが生憎ここは勝手の分からない未踏の地。ここにいる全員が転生者である故に、どこぞのB7のように設備や隔壁を蹂躙しながら進んでいって最後に自爆プログラムを作動されるのは勘弁願いたいのだ。

 

 

「しっかし良くこんな施設つくったよな。ネリスの話だと、つい最近までこの場所にはなにもなかったんだろ?」

 

《正確には二ヶ月前ね。どこの誰がどんな手品をつかったか分からないけど、カラードの情報網をすり抜けてこんな大規模施設を作り上げるなんて神業よ》

 

《確かにな。組織自体が形骸化しているとはいえ腐ってもカラードはリンクスの管理者。僕が戦ったリンクス戦争中よりも高度な地上監視技術を有しているはずだ》

 

《しかもカラード本部が実際に施設の存在を確認したのは一週間前。担当者は『調査衛星にダミーデータを送られていた』とかなんとか言って更迭されたらしいけど、もしそれが本当ならド級の厄ネタだわ》

 

「……キナ臭いとかそういうレベルじゃなくなってきたな、こりゃ」

 

 

イッシンは呟きながらJOKERの兵装を確認する。今回のミッションは屋内戦闘が主となることはネリスの事前説明で把握していた。であれば、最適解とは行かなくとも最善を尽くせる兵装をチョイスするのは難しいことではない。

 

右腕部兵装はローゼンタール製ライフル【MR-R100R】

左腕部兵装は同じくローゼンタール製レーザーブレード【EB-R500】

右背部兵装はアクアビット製プラズマキャノン【TRESOR】

左背部兵装はローゼンタール製チェインガン【CG-R500】

肩部にはテクノクラート製ロケット【FSS-53】

 

狭い閉所で最大限の効果を発揮できる近中距離用装備を整えていることを改めて確認したイッシンは自身に大丈夫だと言い聞かせるように深く息を吐き、先頭に立つマグヌスを見遣る。

 

ラインアーク事変終盤に乱入したマグヌスは裏切り者であるORCA旅団員オッツダルヴァ・ハリ・ダンの3名が敵AFへ直ぐに撤退してしまったため戦闘を見る機会が無かった。マグヌスの機体構成からしてJOKERと同じように近中距離での高速戦闘を主眼に置いた特化型機体だろう。いやむしろ搭乗リンクスであるセロの技量も相まってJOKERの更に上を行っているかも知れない。そう感じさせられてしまうほどのオーラをマグヌスは放っていた。

 

 

「セロ。一応聞きたいんだがアンタどんくらい強いんだ?」

 

《なんだ急に。ラインアークのように裏切られる前の敵情視察のつもりか》

 

「そんなんじゃねえよ。ただリンクス戦争を生き抜いた転生者ってのがどんなもんか知りたかっただけさ。それに、転生者の中で全盛期の【アナトリアの傭兵】とやり合ってるのはアンタだけだろ」

 

《私も知りたいわ。イッシンから聞いたけど、最初の転生者なんでしょ?》

 

 

イッシンの抽象的な問答に呼応してJOKERの後ろでバッカニアを駆るネリスも興味を惹かれたように便乗する。正直なところイッシンからすればネリスの実力も未知数なのでセロ・ネリス両名から話を聞けるのが一番だったのだが会話の流れ上、セロ一人に焦点を絞った方が情報が得やすいとイッシンは判断して会話を促す。

 

 

《強さといっても色々ある。いくら戦場で大戦果を挙げたとしてもネクスト同士だと相性次第では脆弱極まりないなんて日常茶飯事だ》

 

「なら単純に戦果だけ教えてくれよ。相性云々で言い訳されても面倒だしな」

 

《――僕が覚えている限りだとネクスト1機、大型機動兵器13機、ノーマル37機、航空機54機、その他2機だったはずだ》

 

「……そんだけ?」

 

《不服か? 倒したネクストはバガモール、テクノクラートのオリジナルさ。まぁ大したこと無いヤツだったが》

 

 

特に気にする素振りも見せずにセロはあっけらかんと言い放つ。こう言ってはなんだが、仮にも転生者としてACFA(この)世界を最初期から生き抜いてきた人物という事実を考慮するとあまりにもお粗末な戦績だ。そのギャップはラインアーク事変の際、絶体絶命のピンチに瀕していたホワイト・グリントを華麗に助け出したセロと同一人物とは到底思えないほどである。

 

 

「嘘も休み休み言えよ。アンタみたいな超大物がそんなショボい戦績なわけねぇだろ」

 

《ならカラードに保管されている公式記録を見てみるといい。僕が言った戦績と同じようなことしか書いてない》

 

《……はぁ~あ、最強と謳われたオーメルの天才に転生したヤツがこんななんて拍子抜けだわ。期待して損した》

 

 

ネリスのあからさまな溜息に思わずイッシンは固く苦笑してしまう。確かにリンクス戦争を生き残ったリンクスとは言っても、その全員が圧倒的戦果を残している訳ではない。例を挙げればGA所属アーキテクトのエンリケ・エルカーノやアルゼブラ所属アーキテクトのK・K、有澤重工十六代目社長の有澤隆文がそれに当たる。

 

彼等も元々は企業専属のリンクスであり、最上位リンクスほどとは行かないまでもそれなりの戦果を上げてリンクス戦争を生き残った傑物だが加齢や身体的ハンデ、後進に道を譲る等の様々な理由によって引退せざるを得ない状況になり現役職に就任しているのだ。

 

つまる話、残酷だが『他よりちょっと優秀なリンクス』止まりの人間が時の運によって生かされたに過ぎない。そして先程のセロの言い方では自分のその一員であると暗に示している。ある意味一番説得力のある人物からこう言われてはネリスも落胆するのは無理ないだろう。実際、イッシンも多少なりとも期待していただけに顔には出さないが気落ちしていた。雰囲気だけの雑魚には散々会って来たが、まさかここまでとは。

 

 

「まっ、しゃあないか……」

 

 

イッシンが独りごちって十数秒が経過した辺りで、一行は開けた場所には出た。横幅としては最終ステージのアルテリア・クラニアム程度だろうか。唯一クラニアムと違うところは建造物などで隆起しているところは一切無くひたすら真っ平らが続いている点と、場所の最奥に誂えられた仰々しい巨大な二つの扉である。今まで進んで来た通路と比べてあまりに異質過ぎるその光景に思わず3機は即座に散開。戦闘態勢を取って周囲を警戒した。

 

 

「なんだよここ……」

 

《分からないが、アーマードコアにおいて不意に開けた閑静な場所はフラグ成立に欠かせない立地だ》

 

《つまりボス戦って訳ね? それも初見殺し級の――》

 

 

『あら~~!!まさかまさかで辿り着いちゃったのねキミタチ!』

 

 

突然、場違い過ぎるテンションの高い声が場所一帯に響き渡る。男性とも女性ともつかない非常に中性的な声色の全く聞き覚えが無い声にネリスとセロは戸惑うがイッシンは違った。無駄にテンションの高い登場、中性的な声、どことなく面倒くさそうな雰囲気………間違いない。

 

 

「………神様?」

 

『そう~~!! 久々登場の神様でっす! イッシン君久しぶり~~!元気してたかい!?』

 

 

声の主がそこまで言うと3機のネクストの目の前に立体ホログラフィックが投影される。前回同様、赤いチュニックを身に纏ったヒトが背後から鳩やらクラッカーやらを出して楽しげに振る舞っていた。相変わらずだな。

 

 

『他の二人は初めましてかな? 僕はイッシン君の担当神にしてこの企画の発起人! 気軽に【一神(イッシン)】とでも呼んでくれ給え。あっそれじゃイッシン君と被っちゃうね』

 

《……私あんな神様じゃなかったんだけど。もっと荘厳な凛々しい感じだったんだけど》

 

《僕も同じだ。威厳の権化みたいな感じだった……苦労してるんだな、お前》

 

「やめてなんか虚しくなる」

 

 

それとお前達の神様も大概だからな? 暇つぶしで六人も転生させる辺り荘厳も威厳も無いだろ。こちとら深夜のアイスが食いたいがために死んで転生させられてんだぞ。あっそれ俺の威厳が無いだけだわ。

 

セロとネリスへの脳内罵倒もそこそこに、突如登場した神様の登場理由が分からな過ぎて理解が追い着いて行かないイッシンだったが、脳内処理をフルスロットルで回転させて何とか質問をぶつけようとする。そして神経細胞が焼け焦げている感覚を錯覚しながらもイッシンが神様へ出した問いは至極当然の質問だった。

 

 

「それより、なんで貴方がここに居るんですか。こっち側の世界に干渉しないって話でしたよね」

 

『いやぁそうなんだけどね? 前にも話した通り【この世界の(ことわり)に則ってネクストで滅ぼす】予定なんだけど、その前線基地的なのがここ。分かるかい』

 

「――マジ?」

 

『大マジさ。まぁこんなのを世界中に創ってるから、一つくらいあげてもいいかなっていうのが相場なんだけどね。流石に此処だけはタダであげる訳には行かない場所なんだよ』

 

 

そう言って神様は右腕を天井に向かって挙げると、掌から青白い光が迸り始める。すると呼応するように天井の一部が観音開きのように開き始めて中から2機の赤い機体が降り立った。()()()()ネクストよりも小さい筈のそれはどういう訳か同じ大きさにサイズアップしており、一本の鋭い光がイッシン達を捉えている。

 

細胞レベルで刻み込まれた最強の象徴。その機体達の左肩に貼り付けられたデカールには丸い黒字に―――。

 

 

『だからね? 彼等を倒したら此処をあげる。倒せなかったら………そうだな。見込みナシってことで死んで貰うよ』

 

 

(ナイン)と描かれていた。

 

 

 

 

【ランク18】JOKER/キドウ・イッシン

          &

【ランク19】バッカニア/フランソワ・ネリス

          &

【ランク圏外】マグヌス/セロ

 

          VS

 

       ナインボール×2




いかがでしたでしょうか。
という訳でみんなのトラウマ、ナインボール登場です。これから風雲急を告げる展開を予定しているので楽しみにして頂ければ幸いです。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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95.御伽噺の王子様

ローストビーフってなんであんな旨いんですかね。あれだけ食べて一ヶ月くらい生活してみたいものです。……流石に飽きるかな?


《嘘でしょ……ナインボール!? それも2機!?》

 

「ああ、流石に笑えねぇな」

 

(マスター)(オブ)(アリーナ)でも2機同時に出て来たんだ。そう思えば問題ないだろ》

 

「俺あのミッションクリアしたことないんだけど」

 

《イッシン、一体どういう状況なんだ。神とか言う巫山戯(ふざけ)たホログラムは後回しにするとして、目の前のネクストは明らかに私の知っているネクストじゃないぞ》

 

 

2機の最強に対して3機の転生者が挑む。

 

この場面だけ見ればラストバトルと称されても10人中10人が納得する地獄絵図だが如何(いかん)せん挑む側の心の準備が万全ではない。セロが平常心を保ったまま流れるように臨戦態勢を整えている様子にイッシンは少し違和感を覚えるが、今はそんなことに気を取られている暇は無く、彼と同様に臨戦態勢を整えながらセレンの質問に答えた。

 

 

「ご名答、あの機体はナインボールっつってな。要するにネクストの数倍ヤバいノーマルだ。この前スフィアでボコしたハイエンドノーマルの到達点だよ」

 

《……馬鹿な。存在するのか、そんなノーマルが》

 

「厳密に言うと()()()()()()()()()()()()()()類の代物なんだが、存在してなおかつ敵対してくるなら戦わなきゃ行けないって訳よ」

 

《勝算は?》

 

「あ~~五割あれば上等だな」

 

 

まるで難しいコインゲームにでも挑むような気軽さで話すイッシンだが、彼の着込むリンクススーツの中は脂汗が滴り落ちて不快極まりない着心地となっている。別に2機のナインボールが何か特別な覇気を放って彼を牽制している訳ではない。どちらかと言えば、今は機能不全を起こしたガラクタのスクラップみたいに何もせず棒立ちを貫いていた。

 

ナインボール

 

アーマードコアを知る者であれば必ず聞く言葉である。比喩表現無しのチートスペックを備えた『人知を超えた完璧な最強』の体現とも言われるナインボールに憧れた者は数知れず、そして越えようと散っていった者も数知れない。あまりの強さから後世では最高の栄誉の一つとしてナインボールという名前が称号化されてしまうほど。

 

その伝説級チートが目の前に2機立っている。ノーマル程度だった全高はネクスト大までサイズアップされており、兵装は原作と同一のようだ。背部兵装はグレネードキャノンと連装ミサイル、腕部兵装はパルスライフルにレーザーブレード。一見そつが無いバランスの良い兵装に見えるがそれは表向き。彼等の真の実力は相対した時に初めて分かり、そして絶望するのだ。

 

 

「どうするか。3対2の乱戦じゃ分が悪すぎる。だからといって分断出来るような地形でもねぇしな」

 

《ホバータイプのバッカニアからすれば地獄の一丁目ね。ヤツら相手に軽タンクなんて動く的もいいところよ》

 

《――なら僕が一体引き受ける。1対2なら余計な心配をしなくていいだろ》

 

 

不意にセロが言い放つ。見るとマグヌスの両手に握られたレイレナード製マシンガン【03-MOTORCOBRA】とアルゼブラ製ハンドガン【LARE】の動作確認をしており、その気軽さを好意的に解釈するなら使命感から来る自己犠牲という訳ではなさそうである。つまり確固たる勝算があるという事だろう。

 

しかしイッシンとネリスはこの行動を咎めた。何故なら、つい先程セロが全盛期に打ち立てた貧相な大戦果の詳細を聞いてしまったからだ。その程度の実力しか持たないリンクスをナインボールに単機でぶつけるなど死刑宣告以外の何物でも無い。

 

 

《格好つけるのはいいけどアンタに出来るの? リンクス戦争の時みたいに強運で生き残れるほど甘くないわ。持って一分が限界じゃない?》

 

《ならお望み通り3対2の乱戦に持ち込むのか? 敵戦力が複数かつ強大であればあるほど分断からの各個撃破が重要なのは分かっているだろ》

 

「だからってナインボールとタイマン勝負はやり過ぎだ。さっき聞いた戦果が本当なら死ににいくようなもんだぞ」

 

《……僕の心配をしてくれるのは嬉しいが、心配も行き過ぎると愚弄と同等の意味になる。僕にやらせろ。お前達が居ると迷惑なんだ》

 

 

出会って間もないとはいえ同類である転生者が自ら死地に飛び込もうとしている状況を黙って見ていられるほど冷徹でなかったイッシンとネリスは半ば(なじ)るような言い方で止めようとするが、返ってきた返答は呆れと苛立ちと傲慢が入り混じった語気の強い言葉だった。

 

あえてスポーツで例えるならトーナメント戦で自チームが負けそうにも関わらず、来るかすら怪しい次の試合を考えて未だベンチでウォームアップをしているエースを温存・投入しない監督へ向けられる怨嗟の念に近い。

 

 

「分かった。ただ、無理はすんなよ。アンタが死んだら俺は一生ラインアークを出禁になるかも知れないかんな」

 

《ちょっと本気で行かせる気? ビックマウスを信じて行かせたら即撃破、逆に私達がナインボールと1対1に持ち込まれてゲームオーバーなんて洒落にならないわよ》

 

「ならセロが即撃破される前に俺達が片方のナインボールを即撃破すればいいじゃねえか。2対1なら難しくねえだろ。それに、そう簡単に落ちないだろ? 最初の転生者様は」

 

《――言葉尻は気に食わないが賞賛として受け取っておこう。まぁ見ておけ、()()()()退()()()()()()()()()()

 

 

そう言うとセロはフットペダルを踏み込み、マグヌスのメインブースターから青白い炎を燃え上がらせた。瞬間、QBによる超加速に乗ったマグヌスは機体色と同じ海底のような深い青色の残像と共に片方のナインボールへ向かっていく。セロの標的となったナインボールは依然スクラップのように棒立ちのままだったが、相対距離が300を切った辺りでメインカメラの光が大きく煌めいて各駆動系に熱が帯び始めた。

 

 

《センサーに進入した敵性因子に対する自動迎撃……完全自立とは行かないようだな。なら、やりようはある》

 

『へぇ、君が例の転生者か。先に礼を言っておくよ、ありがとう』

 

《――戦闘中、通信に無理矢理介入してまで礼を言うとは。神というのは弁えない律儀をするのが好きなのか》

 

『これは僕個人からの感謝さ。君のお陰で計画していた試練が破綻せずに済んだからね。でもそれが簡単に負けてあげる理由にもならないから、少し頑張って貰おうか』

 

 

空間に投影された立体ホログラフィックの神はもう一度右手を天井に掲げて今度は赤い光を迸らせる。すると動き出していたナインボールのメインカメラが赤く輝きだし、続いてもう1機のナインボールのメインカメラも赤く輝きだした。

 

刹那、セロの標的となったナインボールは弾かれたようにブースターを噴かしてマグヌスへ突撃していく。この動きを読んでいたようにセロは【03-MOTORCOBRA】と【LARE】のダブルトリガーで弾幕の雨を降らせながら迎撃するが、ナインボールはその全ての弾丸を回避。意趣返しと言わんばかりにパルスライフルを構えるとマグヌスめがけてトリガーを引いた。

 

この(ACfA)世界でのパルスライフルは高威力の代償として負わされた消費ENの高さからくる継戦能力の低さを罵られ産廃扱いを受けており、使うリンクスも限られていた。例を挙げればセレブリティ・アッシュに搭載され、シミュレータにおいてイッシン駆るストレイドの土手っ腹に風穴を空けた【EG-O703】通称〝線香花火〟がそれに当たる。

 

しかしそれはあくまでこの(ACfA)世界での話。

 

考えてもみて欲しい。EN供給が無限で、かつ【EG-O703】を超える威力・連射速度・射程を誇るオーパーツ級のトンデモパルスライフルがスーパーコンピュータの精密演算処理を用いた予測射撃で撃ち返してくる場面を。はっきり言って地獄だ。

 

その地獄の中をマグヌスは優雅に舞う蝶のように潜り抜けつつ【LARE】を連射しながら同じ腕に格納されている予備兵装のオーメル製レーザーブレード【EB-O700】を展開。交差するタイミングでナインボールの腰を基点として上下半身を別れさせようと【EB-O700】を横薙ぎで振るうが、その剣撃はナインボールのレーザーブレードで受け止められ軽くいなされてしまう。

 

勢いそのままに斬り掛かったため、いなされた弾みでナインボールの後方の宙に吹っ飛んでいったマグヌスだが【TYPE-LAHIRE(ライール)】と【X-SOBRERO(ソブレロ)】の空力特性が掛け合わさったこの機体がただ吹っ飛ばされる訳も無く、手品のような曲芸飛行ですぐさま体勢を整えて再び突撃。【LARE】【03-MOTORCOBRA】【EB-O700】を巧みに操る三位一体の近距離高速戦闘でナインボールと同等以上の戦いを繰り広げていく。

 

ここまで僅か20秒。まさに息の詰まるような戦いの中セロは表情も変えず、むしろふてぶてしく口角を上げていた。

 

 

《流石に落ちないか。まぁ興味アリだな………さぁ、お前の全てを見せてくれ。そして僕を驚かせろ》




いかがでしたでしょうか。

セロ君はクソ雑魚なんかじゃないんです。本気を出せば出来る子なんです。……まぁ全盛期の戦績は本当だけども。

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96.鉄砲玉は止まらない

かれこれ二年ほど本作品を連載してますけど、初めて誤字脱字報告を受けたのはつい最近なんです。なんかすっごい嬉しかった( ´艸`)


紅海 深度500m 

ORCA旅団移動基地【ゴルディロックス】

 

深海魚というのは、一説に浅瀬での進化競争に敗北した弱者が新天地を求めて深海に足を踏み入れた結果だという。自身の天敵がほぼおらず、独自の進化を遂げた彼等は深海に適応したが故に浅瀬に戻る事が出来ない。どれだけ恋い焦がれて進化しようとも、敗北者に与えられた仄暗い居場所から出ることが許されない無情の世界だ。

 

そんな深海魚が揺蕩う海底を一匹の巨大な鯱が悠然と泳ぎ、その進路上にいた魚達は逃げるようにその場を後にする。鯱の皮膚は超硬チタンカーボン合金の鎧に包まれており背ビレに当たる場所には艦橋が、尾ビレに当たる箇所には六基のスクリュー推進器が、胸ビレに当たる部分には進路変更用の分厚い胸ビレがついている。

 

500m超のAF(アームズフォート)型巨大潜水艦【ゴルディロックス】。ORCA旅団の移動基地にして同団最大級のネクスト用格納庫(ハンガー)を有する要塞でもあった。

 

その【ゴルディロックス】内の艦橋で五人の男女が一堂に会している。拘束衣のような特異な服装に身を包んだ気さくな老人、漆黒のジレとスラックスを着こなした青年、純白の軍服に青い三連星のブローチをつけた長い黒髪の女性、黒のタートルネックとタイトパンツに赤いジャケットを着こなした優男、そして暁色の準礼服に身を包んでいる情熱的な男。

 

皆、円卓に腰掛けて無言を貫いている。見ると円卓には二つの空席があり一つは黄土色の薄汚れた椅子、もう一つは刃のように磨き抜かれた白銀の椅子だ。

 

 

「……真改はまだ傷が癒えないのか」

 

「いや、数値上問題ないまでに回復しているが一応休ませている」

 

「ならオールドキングはどうした。あのテロリストの独断は目に余る……なぜあんなヤツを引き入れた」

 

「可能性というのは時として破壊でしか生み出せない事をテルミドールが知っているだけだ、ジュリアス。私のような老いぼれには出来ない英断をな」

 

「あまりもちあげるな銀翁。経験と勘でいえば貴方のほうが数段上手だ」

 

 

テルミドールと呼ばれた準礼服の男は拘束衣の老人に困ったように笑いかけ、老人もそれを見て微笑む。長年共に戦ってきた同胞だからこそ許される他愛ない会話を交わすのも懐かしいとテルミドールは感じていた。下らない既得権益を死守するためだけに労を使う老人共の弱味を握るためにカラードへオッツダルヴァとして潜入していた期間には想像出来なかったことだ。

 

その様子を見ていた漆黒のジレとスラックスを着こなしている青年は、オールドキング一人のためにこれ以上の待機は無駄だと判断したようで円卓に手をかざして空中に無数のウィンドウを投影させた。

 

 

「では始めるとしよう。アルテリアへの妨害工作はどうなっている」

 

「現時点で80%完了している。計画には余裕をもって間に合う手筈だ」

 

「よろしい。例の施設の調査は?」

 

「ツングースカ、ノーザンテリトリー、ナスカの三箇所は相変わらず手をこまねいている。アレを創ったヤツは相当な技術の持ち主だ」

 

「どうだろうな。案外、拍子抜けするような輩かもしれんぞ」

 

「だといいが。次は――」

 

「失礼します!」

 

 

威勢の良いハキハキした年若い声が入り口から突然聞こえてきたことに驚いた五人はバッと振り向いて声の主を見ると、そこには赤いリンクススーツを身に纏った小柄な少年と紫色のショートカットがよく似合う女性が並んで立っていた。

 

 

「ハリ、ヴァイオレット。今は会議中だ、用件は後に――」

 

「申し訳ありません。ですが急を要する事案です!」

 

「……内容は」

 

「先ほどオールドキングさんがゴルディロックスより無断で発進しました! 進路からみて、サハラ砂漠にある例の施設に向かっているようです!」

 

「なんだと?」

 

「それともう一つ、現在サハラ砂漠の例の施設をカラード所属のネクスト部隊が調査しています。調査メンバーはキドウ・イッシン、フランソワ・ネリス、セロの三名だと」

 

 

ハリとヴァイオレットから交互に報告された事案を聞いた瞬間、五人の空気が一気にピリつき始める。かねてより五人はオールドキングの蛮行に頭を悩まされてきたが、それは彼の狂気的な戦闘能力の高さをORCA旅団が保有するための必要経費だと思っていた。しかしここ最近は独断行動に磨きがかかってきており、今回の一件でそれが確定的となった。いくら戦力になるといえど命令を聞かない猛犬を手元に残しておくほどORCA旅団は寛大ではない。

 

 

「これは参ったな。どうするメルツェル」

 

「………」

 

「メルツェル?」

 

「ダン・モロ、行けるか」

 

「――目的は?」

 

「オールドキングを連れ戻してきてくれ。無理なら撃破して構わない」

 

「了解」

 

 

ダン・モロと呼ばれた黒のタートルネックとタイトパンツに赤いジャケットを着こなした優男は表情を変えないままスクッと立ち上がり颯爽と円卓を後にする。それに続くようにハリとヴァイオレットも彼と共に円卓を後にした。

 

 

「……あの新入りに随分執心しているなメルツェル。お前にはヴァオーが居るだろう」

 

「勘違いするなよテルミドール。あれほど扱いづらい男もそういない。お前も分かっているだろう」

 

「まあ、な」

 

「では再開しよう。次は戦力の確認だが――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サハラ砂漠 謎の施設内部

 

神様が右手を天井に掲げて2機のナインボールのメインカメラが赤く輝きだした瞬間、JOKERとバッカニアは今までとっていた臨戦態勢を完全に戦闘態勢へシフトさせ、ナインボールが襲い掛かってくるであろう未来に対峙するための覚悟を固めていた。

 

しかし蓋を開ければ、実際に敵対してきたナインボールはマグヌスが相対している1機のみ。もう片方のナインボールはメインカメラこそ赤く輝いているが動く気配が一向に無い。セロの言葉を借りるとするなら、どうやらナインボールは『センサーに進入した敵性因子に対する自動迎撃』をプログラミングされているようで、JOKERとバッカニアはそのセンサーにまだ見つかっていないらしい。

 

 

「でもなぁ……あんな高速戦闘したくねえなぁ……」

 

《なに言ってんの? アンタがやんなきゃバッカニアが焦げた風穴だらけになっちゃうのよ? それでもいいって訳?》

 

「そういう訳じゃねえけど……てかセロってあんな戦えるのか。確かにラインアークで見たときから只者じゃないって分かってたけど」

 

《仮にも【アナトリアの傭兵】と戦って生き延びたリンクスだ、実力は折り紙付きだろう。――それよりどうするつもりだ。(いたずら)に時間を浪費しても活路はないぞ》

 

「あんまプレッシャーかけんなよセレン。俺にだってそれくらい分かってるけど心の準備ってのがあるんだよ」

 

 

そう言って火花が散る空中を見上げるとマグヌスとナインボールが近付いては弾かれ、近付いては弾かれの攻防を繰り広げていた。――てかセロ、お前なんなん。いくら当たんないからって近接信管ミサイルを至近距離でブチ込むとかイカレてんだろ。なんで自爆上等なの? バカなの? 死ぬの? そんでそれに対応するナインボールもなんなん? 近接信管ミサイルの信管作動距離を計算した上で撃ち落として爆発範囲を最小限に抑えるとか人間業じゃねえぞ。まあ人間しゃないけども。

 

見上げたままアレコレと考えているイッシンにネリスは業を煮尽くしたようで、フンッと鼻を鳴らすとバッカニアに装備された武器一体型腕【A12-OPS】の照準を微動だにしないもう一方のナインボールに会わせた。

 

 

《あ~もうジレったい! アンタが前衛で私がサポート、それでいいわね! アンタがいなかったら私は只の的にされるんだから全力で守りなさいよ!》

 

「あっおい、ちょって待て――」

 

《待たない! さあ、私が直々にチューニングした特別製【A12-OPS】の威力を味わいなさい!!》

 

 

ネリスはイッシンの制止を振り切ってトリガーを引く。【A12-OPS】は一対の馬上槍に近い見た目のハイレーザーライフル一体型の武器腕であり、製造元であるインテリオル伝統の星座の名前が名付けられていないあたりから実に特異な兵装であることが読み取れる。実際バッカニア以外のネクストは【A12-OPS】を使用しておらず、製品名とネリスが率いる【コルセール】から察するに試作兵器を輸送する一団から失敬したのだろう。

 

その威力は並のハイレーザーライフル程度……だったのだがACfAのレギュレーションが更新されて行く度に強化を施され、最終的にはインテリオルの名作【HLR01-CANOPUS】にも劣らない性能を手にしたことで『ユニークだが強武器』という地位を確固たるものにした経緯がある。

 

加えてネリスがチューニングを施したことにより元の性能に更なる磨きが掛かっていると勘定すれば、その威力は推して知るべし。そんな魔改造【A12-OPS】の切っ先から青白い光が収束した次の瞬間、下品なほど野太いハイレーザーが光の奔流を迸らせながらナインボールめがけて一直線に突き進んでいった。

 

対するナインボールは放たれたハイレーザーの光に照らされて赤い装甲がより艶やかに映える距離まで微動だにしていなかったのだがハイレーザーが当たる直前メインカメラが一際大きく輝き、まるで居合い切りの達人の如くレーザーブレードを起動。おそらくジェネレーター出力の大半をそこに回したのだろう。ナインボールの全高を優に超える規格外のレーザーブレードが発振され、迫り来るハイレーザーを一刀両断。斬られた裂け目を基点にハイレーザーは左右に逸れて真っ平らな壁に直撃し、ドロドロと融解していく。

 

 

《――馬鹿な。あのハイレーザーを叩き斬っただと?》

 

《……ん~~まぁ予想はしてたけど、やられたらやられたで流石に悲しいかな》

 

「じゃあ勢いで軽々しく撃たないで貰えます!? そのシワ寄せが全部オレに来るんだけど!?」

 

《仕方ないじゃない。それに、アレを叩き斬る時点でどうやっても初撃は当たらないって分かったしいいでしょ? それじゃ、前衛よろしく☆》

 

「よろしく☆じゃねえよ!! マジで許さないかんな!!」

 

 

イッシンとネリスが言い合っている中、ナインボールはレーザーブレードの発振を収めて一歩ずつ確実に歩を進めている。メインカメラの赤い閃光は色味と正反対に凜とした冷徹な印象を与え、剣豪のような威圧感で見る者全てに己が死の象徴であると喧伝しているようであった。




いかがでしたでしょうか。

ほら、どこぞの剣士は海とか空とか余裕でブッた斬ってるからハイレーザーをブレードで叩き切るくらい普通だから……ね?

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97.正解と不正解

久々にPCゲームをやったんですよ。すごいですね。オープニング見てるだけで疲れちゃいました。年かな。


猛然と迫り来るナインボールに対してイッシンはフットペダルを蹴り抜いてJOKERにQBを発動させながら、右手に握られた【MR-R100R(アサルトライフル)】と左背部兵装【CG-R500(チェインガン)】のダブルトリガーで迎撃する。双方とも同系統の兵装と比べれば威力こそ落ちる代物だが、ローゼンタール製に共通する信頼性の高さをウリにした確実な弾幕を張る目的ならこれ以上の適任はない。

 

イッシンは鬼教官(セレン)に嫌というほどシゴきあげられたシミュレーションを思い出しながら、なんとかナインボールを照準内に収めてダメージを与えようとしていた。

 

ちなみに、その時のシミュレーション内容は『VOBと同速度で四方八方に動き回る直径2mの的を上位リンクスの攻撃を避けながら射抜け』と言うトチ狂ったメニューであり、初めて見たときは冗談抜きでセレンに精神科を勧めたほどだが、今この状況に置かれたからこそイッシンは考えを改める。せめて二割増しにしておくべきだった。

 

当たらない。ただの弾丸一発も。

 

もちろん【MR-R100R(アサルトライフル)】と【CG-R500(チェインガン)】から放たれる弾丸が全て当たるとは思っていない。通常のネクスト戦でも撃ち漏らしは日常茶飯事だ。

 

しかし、だがしかし。一発も当たらないのは流石に異常である。武器の整備不良だとかFCSの故障でしか有り得ない事象を目の前のナインボールが機体性能一つで捻じ伏せる様は恐怖を通り越して畏怖すら覚えてしまう。コイツにはどう足搔いても勝てない。それこそ天に唾吐くようなものだと。

 

仕舞いには、前世を含めこれまで経験してきた危機的状況ですら生来より封印されてきた原始的な生存本能【逃走】を目覚めさせるには至らなかったのにナインボールの戦闘能力を目の当たりにした瞬間、まるで向こう(逃走本能)側が『いつになったら出すんですか?』とクラウチングスタートの姿勢で聞いてくる始末だ。

 

俺だってそうしたい。全部投げ出して無様に小便を漏らしながら死にたくないと叫びながら敗走したい。

 

だが、それを俺の闘争本能が許さないのだ。逃走本能が脳内で呼び掛けてくるよりもずっと大きな声で叱咤してくるのだ。『マグヌスとバッカニアが居るのに何故逃げる必要がある? ナインボールを倒すことこそ最上最大の誉れだろう。お前の持つ山猫(リンクス)の覚悟とはその程度のものか』と。

 

 

「ネリス! マーカーした地点に追い込む! 合わせろ!」

 

《誰に言ってんの!》

 

 

威勢良く返答するネリスの怒声を確認したイッシンはJOKERの【CG-R500(チェインガン)】を格納して【EB-R500(レーザーブレード)】を発振させると【MR-R100R(アサルトライフル)】の残りマガジンが空になる勢いで乱射しながらOBを発動した。

 

対するナインボールは自身に放たれた弾丸を全てお手本のように回避しながら向かってくるJOKERを捕捉し、搭載されたスーパーコンピュータの演算処理で到達予想時間と最効率加害箇所を算出。最適なタイミングで一刀両断してやるとばかりにレーザーブレードを発振させながら迎撃せんと突っ込んでくる。そして両者が一つの閃光に成り、レーザーブレード同士の過干渉で電磁波が彼等を包み込んだ瞬間。

 

 

「受けてくれてありがとよ!」

 

 

イッシンはすかさず肩部に装備していた【FSS-53(ロケット)】をゼロ距離で発射した。【FSS-53(ロケット)】はオーメルグループ内でも特に斜陽と揶揄されるテクノクラート社が製造する特殊兵装だ。レーザー兵器やコジマ兵器が台頭するACfA世界において現実世界と同様の旧式ロケット兵器を作り続ける職人気質な同社にはある種の畏敬の念を抱かずにはいられないが【FSS-53(ロケット)】に関して言えば違う評価になる。

 

この兵器、威力こそ雀の涙しかないのだが着弾した相手に与える物理的衝撃力が桁外れに高いのだ。それこそ作中に登場する全兵器の中で社長砲こと【OIGAMI(ロマン砲)】に次ぐ高値だったりする。アーマードコアにおいて物理的衝撃力は敵を行動不能、つまり硬直させられる力を現しており硬直可能時間は最大2秒程度。そしてそんな兵装をゼロ距離で当てられたナインボールも例外では無い。

 

硬直したナインボールを尻目にその場を離脱したイッシンは【FSS-53(ロケット)】をパージして投げ付け、右手に持つ【MR-R100R(アサルトライフル)】で誘爆させた。度重なる衝撃の波にナインボールは動くことが出来ず、スーパーコンピュータの演算処理だけが虚しく稼働している。

 

 

《そこおぉ!!》

 

 

そして好機を窺っていたネリスがそれを見逃す筈は無く、バッカニアのメインカメラを通して狙い澄ました【A12-OPS(ハイレーザーライフル)】の最大出力レーザーを叩き込む。馬上槍の先端に集約された光は刹那の間に極大の青白い光条となって一直線にナインボールへ突き進み、その光をナインボールのメインカメラに照り返させて呑み込んでいった。

 

側壁に到達したレーザーは蒸発音に近い爆発を引き起こして多量の黒煙を撒き散らしながら、やがて黒煙だけを残して消える。

 

 

《や、やった……!?》

 

「ハァ……ハァ……それ、フラグだからやめてくれます? もう一回アレやれってのは無理だから」

 

《なによ、ノリ悪いわね。まぁ流石にあの極大レーザーに吞まれて生きてるってのは無いで……しょ……?》

 

 

イッシンを囮にして死地に放りこんでおいて相変わらずの軽口を叩くネリスに、戦闘によって息も絶え絶えのイッシンはマジトーンで窘めながらバッカニアに近付いて行くが突然疑問形で絶句したネリスの様子を見て、考えたくない嫌な予感が背筋を走る。

 

――いや嘘だろ? 流石に笑えないぞ。あれだろ? 実はドッキリ的なやつだろ? 俺わかってるから。 ネリスはそう言う子だってわかってるから。ほら、だから全然怖くないし。全然振り返られるし。

 

そうしてイッシンが振り返ると、居た。

 

 

 

全身が煤けて赤よりも黒の方が多くなり、メインカメラが一部を除いて殆ど消し飛び、左腕も無く、コアの右側が抉れている、直立したナインボールが。

 

 

 

《……馬鹿げてる。私は夢でも見ているのか》

 

「サーモカメラに写ってるってことは夢じゃないみたいだな。心中お察しするぜセレン」

 

《ほんっっっとに最悪! いくら無人機だからってやっていいことと悪いことがあるでしょ!?》

 

《――待て。無人機と言ったか?》

 

「ん? 言ってなかったっけ。ナインボールは完全自律型AIだぜ。そんなもんを量産してる世界があるんだからやってられないよな」

 

《……まったく。嫌なタイミングだが、お前が転生者だと信じてもいい気がしてきたよ》

 

「そりゃどうも」

 

 

セレンと掛け合いでそうこうしているうちに、満身創痍の煤けたナインボールのメインカメラから赤い光が消えてブラックアウトした。警戒態勢を崩していなかったJOKERとバッカニアは再び臨戦態勢に移行してナインボールの出方を窺っていると、今度はナインボールのメインカメラが紫色に光り出し、男性とも女性ともつかない機械音声のアナウンスが周囲に響き渡る。

 

 

【システム40%損傷。対象をイレギュラーと認定。修正プログラム発動、状況を開始する】

 

「は?」

 

 

そこからが速かった。有人機であれば即撤退レベルの損傷を受けていながら、手負いのナインボールはいままでの戦闘が準備運動とでもいうような挙動で向かってきたのだ。

 

手始めにナインボールは背部兵装のグレネードランチャーと連装ミサイルを起動させるとグレネードランチャーをJOKERに、連装ミサイルをバッカニアにそれぞれロックして攻撃してきた。

 

並のグレネードランチャーならJOKERの機動性を駆使して難なく躱しつつ反撃することが出来るが、まるでライフルのような弾速と連射速度で放たれては回避に専念するしかない。加えて、バッカニアを追い回す連装ミサイルの威力が半端ではなく【061ANCM(高速分裂ミサイル)】と【POPLAR01(高追尾ミサイル)】の合作とも言える驚異的な性能で、元々がフロート型軽タンクである鈍足のバッカニアを徐々に追い詰めていく。

 

そんな状況の中、ネリスは自身が放った最高の一撃をマトモに浴びてなお此方を圧倒出来る性能を有しているナインボールに対してフラストレーションが込み上げてきており、遂には回避もそこそこに迎撃態勢にシフトしてしまう。

 

 

《ふざけないでよ! この、この、このぉ!!》

 

「やめろネリス! 回避に専念するんだ!」

 

《こんな攻撃で私がやられる訳無いでしょ!》

 

 

イッシンの制止も聞かずネリスは【A12-OPS(ハイレーザーライフル)】と背部兵装【PC01-GEMMA(パルスキャノン)】のダブルトリガーで飛来するミサイルを撃墜していくが、使用する武器が双方ともエネルギー兵器であるため撃てなくなるのは時間の問題だった。そうなればどうなるかなど小学生でも分かる。

 

こんな時どうするべきか。イッシンが自身に問いかけている最中、セレンから無情な通信が入る。

 

 

《イッシン、お前は回避に専念しろ》

 

「……ああ、分かってる」

 

 

生き残るために見捨てろ。セレンが言外に込めた意味は十分理解出来る。むしろ傭兵としては最適解だ、これ以上はない。イッシンは深く息を吐いて操縦桿を握り直す。肌に張り付いたリンクススーツが冷たく感じる。

 

そう、これが正しいんだ。

 

 

「セレン」

 

《? なんだ》

 

「帰還出来たら、しこたま怒ってくれ」

 

《……馬鹿野郎が》

 

 

セレンの恨み節を聞いた俺はフッと笑う。そうだよな。馬鹿だよな、俺。それも会って日の浅いヤツなんかに。

 

だけど変える気は無い。

 

俺は、間違ったままでいたい。

 

 

「【限界機動】……行くぜ、JOKER!」

 

 

JOKERのメインカメラが一際大きく輝いた。




いかがでしたでしょうか。

普段はダーティーな戦法メインの癖に仲間が危機になると主人公ムーブかましちゃうイッシン君。いまから君の名前は【映画版ジャイアン】だ。いいね?

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98.過ぎたるは猶及ばざるが如し

50000UAありがとうございます。今後ともお付き合いして頂けると幸いです。

それにしてもアーマードコアの二次創作って相変わらず少ないですね。真偽不明とはいえ新作の情報がリークしてる影響で少しは増えそうなもんですけど。


マグヌスの【LARE(ハンドガン)】と【03-MOTORCOBRA(マシンガン)】の弾幕がナインボールを穿たんと襲い掛かるがナインボールは優雅に舞う蝶の如く回避。途中、何発か被弾するも意に介さんと言わんばかりに宙を舞い続けながら超強化されたパルスライフルで応戦してきた。

 

対するマグヌスも負けてはおらず、燕のような俊敏な軌道でパルスライフルの猛追を躱しつつ【DEARBORN02(VTFミサイル)】で確実なダメージを与えようと連続で発射するも、スーパーコンピュータだからこそ為し得る超精密射撃で(ことごと)く撃ち落とされてしまう。

 

 

(……強くなっている。以前より確実に)

 

 

セロは焦っていた。彼我の実力差が大きいからではない。むしろお互いに致命打が与えられていない分、実力は拮抗していると言えるだろう。だからこそセロは早く決着を付けようと焦っていた。

 

その決定的な理由は二つ。一つは相手がスーパーコンピュータ搭載のAIだという点、もう一つは無人機であるという点だ。前者は0.1秒単位で常に状況を分析・解析して最適な行動を導く他、クセと言うには余りにも微細な傾向(クセ)すらも読み取って行動予測を行うことが可能だということ。後者はそれを最大限活かすために上級リンクスでも躊躇ってしまうような殺人的な機動を軽々と成し遂げてしまうことだ。

 

この二つの要素が兼ね備わったナインボール相手に戦闘を長引かせることは悪手以外の何物でも無く、ゴングが鳴った時点で不利を押し付けられている状態に他ならない。だからといって致命打を与えようと不用意に行動すれば隙を突かれて今の拮抗状態が崩れ、パワーバランスが一気にナインボール側に持って行かれることにもなりかねず、セロは手を(こまね)いている。

 

 

《――フッ、出し惜しみしている場合じゃないか》

 

 

そう独りごちったセロは操縦桿を握り直し、ギンッ!と目を見開いてモニター越しにナインボールを睨んだ。徐々に白目の部分が空のような水色に染まっていき、毛細血管が電子回路を彷彿とさせる金色に燦めき始める。

 

そうして両目が染まり切った瞬間、目の前のナインボールの前面から霧掛かった実体を持たない半透明のナインボールが出現した。

 

半透明のナインボールは本体よりも先に動き出し、パルスライフルを構えてマグヌスめがけ連射しつつその場を離脱するが、その弾丸も同じく実体を持たないためマグヌスの装甲を傷一つ付けること無く通過していく。数秒後、本体のナインボールが半透明のナインボールと()()()()()()()()でパルスライフルを構えて連射した。

 

当然、セロは難なくこれを回避。続いて亡霊が離脱した方向へ【LARE(ハンドガン)】を撃ち込むと、まるで自ら当たりにきたかのようにナインボールが被弾した。

 

 

【本機被弾率および敵機回避率著しく急上昇。対象をイレギュラーと認定。修正プログラム発動、状況を開始する】

 

《……案外そんなものか。予測と予知じゃ格が違う。相手が悪かったな》

 

 

セロはそう言いながらつまらなさそうな笑みを浮かべるとフットペダルを蹴り抜いてQBを発動、マグヌスをナインボールに肉薄させて会敵時と同様に【LARE(ハンドガン)】【03-MOTORCOBRA(マシンガン)】【EB-O700(レーザーブレード)】を巧みに操る三位一体の近距離高速戦闘を繰り出した。

 

先程の一撃によってセロをイレギュラー認定したナインボールもイッシン側の機体と同じようにいままでの戦闘が準備運動とでもいうような圧倒的挙動で敵を殲滅しようと全兵装を駆使して闘うが、その攻撃の全てが軽々と回避され、逆にマグヌスの攻撃は面白いほど当たっていく。

 

ここまで一方的な展開に突然なった理由はセロが持つ【転生特典(ギフト)】が数秒後の未来が見える予知能力だからだ。

 

ナインボールが0.1秒単位で分析・解析したとしてもそれが予測である以上、大小さまざまな誤差が必ず生じてしまう。その誤差に対して起こり得る予測を修正し、確定させ、また0.1秒後に同じ作業を繰り返す。つまり『現在』の連続なのだ。

 

対してセロが使う予知能力は一種の『確定した未来』を見る事に特化している。過程も理屈も全てすっ飛ばし、こうなると決定した事柄だけを見せる。単純にして強力な能力だ。

 

こうなってしまえば決着は火を見るより明らかとなり、ナインボールの装甲はヘコみや風穴が無い部分を見つける方が難しいほどに損傷し、関節という関節から電子ショートがバチバチと鳴っている悲惨な状態になっていた。しかしナインボールのAIは目の前のイレギュラーを殲滅しようと必死に食らい付いていく。

 

トリガーを引き放しでパルスライフルを振り回し、自滅覚悟で連装ミサイルとグレネードランチャーを超至近距離で放つが、セロはその全てを躱し的確に、確実にナインボールを追い詰める。

 

最後はナインボールが完全な死角からの不意打ちで発振した最大出力のレーザーブレードを舞うように回避して、一言。

 

 

《まぁ、及第点だな》

 

 

そう言ってマグヌスに【EB-O700(レーザーブレード)】を発振させてナインボールの腰部に横一閃。上半身と下半身が泣き別れし、煤けた赤い装甲の内側から爆炎が吹き荒れてナインボールを呑み込む。

 

 

《さてと。あっちはどうなって………へぇ》

 

 

朝飯前の一仕事を終えたような物言いのセロの眼は水色が抜けて元の白色に戻っており、馴らしついでにふと視線を移す。そして目に飛び込んできた光景に思わずニヤリと口角を上げた。なぜなら視線の先で、手負いのナインボールとJOKERが彗星のような速度で高速戦闘を繰り広げていたからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【敵機機動および反応速度急上昇および対応戦術数増加を確認。対象をイレギュラーから最優先殲滅対象へ変更。殲滅プログラム始動、状況を開始する】

 

「ざっ………けん……なっ!!!!」

 

 

イッシンが【限界機動】をJOKERで行うのは今回が初めてだ。前回はストレイドで発動し、かつ重兵装を背負っての状態だった。それが愛機の軽量級ネクストに()げ変わり、兵装も速度に影響しない重量になっている。差が歴然となるのは当然の帰結だった。

 

衝撃を和らげるリンクススーツを着用していても余りある強烈なGによって肺胞の一片に残っている空気すら押し出され、身体を巡る血液は全て背中に集約し、一挙手一投足をJOKERに指示するだけで骨が砕けそうな感覚に襲われる。それがイッシンの持つ【限界機動】のイメージだったが彼は甘かったとセレンの鬼訓練に次いで再認識した。

 

 

(JOKERで試すのは初めてだけどヤバすぎだろ! 気ぃ失うどころか走馬灯がチラついて逆に気絶できねぇ!!)

 

 

それでもなおナインボールの動きを凌駕することは出来ない。JOKERが【限界機動】によってナインボールよりも速い機動性を有しているのは間違いなく確かだ。しかし対するナインボールの分析・解析能力も並大抵ではなく、迫り来るJOKERの猛攻を装甲塗料一枚分の紙一重で躱していく。

 

04-MARVE(アサルトライフル)】の刺突も、【TRESOR(プラズマキャノン)】の近距離射撃も躱される。どうしても致命打を与えることが出来ない。その内、ナインボールの攻撃が僅かに当たるようになってきた。AIの学習スピードが脅威であることを感じ取ったイッシンは更にJOKERの速度を上げようとするが、直後に警告音(アラート)がコックピットに響き渡る。

 

コンソールパネルを見るとJOKERが既に最高速に到達していること、これ以上の加速は機体そのものの自壊を招くことが記されており、10秒も経たない内に緊急停止プログラムが作動するというカウントダウンも併せて表示されていた。

 

 

「……は…やす…ぎ…んだろ……!?」

 

 

無情な宣告に操縦桿に握る手が震える。まだだ。まだ終われない。こんなところで死ぬ訳には行かないんだ。だからJOKER、もっと力をよこせ!

 

イッシンの思念に反応するようにJOKERのメインカメラが一際大きく輝いた瞬間、コンソールパネルに表示されていたAMSシンクロ率が100%を突破する。

 

刹那、AMSから情報を受け取る側だったイッシンが突然AMSに情報を差し出す側になった。アスピナのCUBEと同じく光が逆流してきたのだ。

 

見たことも聞いたことも無い風景や音が脳内を駆け巡り、情報量が脳の許容をオーバーしてしまいイッシンは戦闘中にも関わらず白目を剥いて痙攣する。

 

 

《イッシン! 気をしっかり持て!》

 

……なんだこれは……どうなってんだ……

 

《イッシン! 私だ! セレンだ!! 私が分かるか!!》

 

 

スピーカー越しにセレンは叫ぶが、その声は届かない。そして意味不明な言葉を口走る痙攣したままのイッシンが操縦出来る訳も無い。やがてJOKERの動きが止まり、メインブーストの推力も切れて地上に力無く落下していく。今まで劣勢を強いられていたナインボールがこの好機を見逃す筈がなく、レーザーブレードに光を灯してJOKERに猛進する。

 

それまで蚊帳の外だったネリスも我に返り【A12-OPS(ハイレーザーライフル)】でイッシンを助けようと照準を合わせようとするがJOKERとナインボールの相対距離が近すぎて撃てば双方ともに巻き込んでしまう可能性が高い。

 

この様子を傍観していたセロも流石にマズいと判断し、再び眼球を水色に染め上げて救出するためマグヌスにOBを噴かそうとするが、その直後に動きを止めた。

 

何故なら、彼には数秒先の未来が見えるから。

 

ナインボールが発振したレーザーブレードは一直線にJOKERのコア部へ突き立てられ、そして………

 

 

ナインボールが蹴り飛ばされた。

 

 

 

 

《おいおい。俺との殺し合いを預けたまま勝手に死ぬとは良い度胸じゃねえか、首輪付き》




パッチ、ザ・グッドラックです。

いやぁ旦那はどうしちゃったんでしょう。姐さんの呼び掛けにも応じないなんて。それに最後のセリフ、あれは誰なんですかね。なんか物騒なヤツみたいだから友達にはなれないかな~~。

という訳で今週の凡猫は『セロの本気・イッシンの自滅・どこぞの狂人乱入』の三本です。

来週もまた見てくださいね!

じゃ~んけ~ん、ぽん!

……そんなんじゃ、この先生き残れないぜ。


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99.イレギュラー

Epic gamesでデモンエクスマキナが無料配布してたんで今更ながらダウンロードしてプレイしたんですよ。我ながらビビりましたね。たった一週間でオンライン含めた裏ボスと全ミッションをオールクリア&全パーツを集めるくらいやり込んでたんですよ。

アーマードコアの新作もこうなるんじゃないかと思うとなんか憂鬱です……。味わってプレイしたいのに……。


オールドキング なんでおまえがここにいる

 

《あぁ? 何ほざいてやがる。狂っちまったか?》

 

こたえろ! おまえみたいなクズやろう――

 

《狂ったなら興味ねぇ。死んでろ》

 

 

JOKERのAMSに精神を侵食されているイッシンが発狂したように意味不明な言語を喚き散らしている中、ナインボールを蹴り飛ばす形で彼を救ったオールドキングは存外不服そうな表情を見せると自身の駆る黄土色の逆関節機――リザ――の右手に握られた【SAMPAGUITA(大型ショットガン)】の銃口をJOKERに向け、躊躇なく引き金を引いた。

 

至近距離で放たれた散弾は散らばることなく全てコアに命中し、装甲を食い破り、たった一発でコックピットに新鮮な外気と施設内の眩しい照明を流入させる。しかしJOKERの活動を止めるには至らず、メインカメラには未だ光が灯っていた。その様子を見てオールドキングは無邪気な子供が面白がりながら蟻を踏み潰すようなサディスティックな笑みを作り、引き金をもう一度引こうとする。

 

 

《案外堅いな。じゃあもう一発……》

 

【未確認ネクストを確認。状況分析により対象をイレギュラーに追加認定】

 

《あぁ?》

 

 

突如響いた電子音声の方向を見ると、オールドキングがさきほど蹴り飛ばしたナインボールが炎による後光を纏ってブースターを噴かしながら突撃してきていた。パルスライフルとレーザーブレードを携えながら向かってくる姿はまさに赤い悪魔と呼ぶに相応しい存在感だが、当のオールドキングは遊びの興を削がれた苛立ちが込められた低い声で言い放つ。

 

 

《ガラクタ風情が出しゃばるんじゃねえよ》

 

 

瞬間、逆関節脚部の特性を活かして弾かれたように飛び出したリザは左手に持った【LABIATA(アサルトライフル)】を投げ捨て、相対速度を逆手に取った超高速で向かってくるナインボールの頭部をしっかと握り込むと機体の全重量を押し付ける形でナインボールを地面へ押し倒した。

 

あまりの衝撃にナインボールの周辺が亀裂を生じさせながらへこむが、オールドキングは気にする素振りも見せずに【SAMPAGUITA(大型ショットガン)】をナインボールのコックピットに押し当てる。

 

 

《さっさと壊れろ、カスが》

 

 

一発。ナインボールの装甲が捲り上がり、赤熱した鉄粉が舞い上がる。ナインボールはなんとか脱出しようと右手のパルスライフルを構えようと必死だが、それを見越したオールドキングによってリザの左脚に抑え込まれ銃口を向けられない。

 

二発。装甲を貫通して内部の電子回路が露出し、バチバチと電子ショートを起こしながら光を点滅させる。システムに物理的な損傷が出たためか、ジタバタと動く手足に力がはいっていない。

 

三発。機体を完全に貫通して、大きな風穴が出来上がった。既にナインボールのメインカメラからは光が消え去り、手足の機能は停止して指一本も動かない。

 

四発。ナインボールの頭部に撃ち込んで木っ端微塵にしたコレは無駄弾だが、オールドキングのフラストレーションを軽減する用の弾丸だった。

 

 

《さて、改めて殺してやるか》

 

 

自身の楽しみを邪魔した阿呆を黙らせたオールドキングは若干スッキリした表情でクルリとJOKERの方向へ向き直った時、急転直下とも言える落差で冷酷な苛立ちを兼ね備えた無表情に変化してしまう。何故なら死にかけのJOKERを守るようにマグヌスとバッカニアが臨戦態勢を整えていたからである。

 

 

《どけ。ソイツを殺すのは俺だ》

 

《残念だけど命の恩人を易々と見捨てるほど薄情でもないの。おわかり? 狂人さん》

 

《そういうことだ。ナインボールを軽々と(くだ)したお前に対する興味はあるが、それは彼の命を救ってからでも遅くない》

 

《――あ゙あ゙ぁ、ウゼぇ。どいつもこいつも邪魔しやがって……いいぜ、てめえら全員ぶっ殺してやる》

 

《そこまでだ。オールドキング》

 

 

両者に一触即発の雰囲気が流れ始めた時、どこか聞き覚えのある男性の優しい声が全員のコックピットに響き渡った。数秒後、トリコロールカラーのヒロイックなネクスト――セレブリティ・アッシュ――が彼等の斜め横に降り立って左手に持った【047ANNR(ライフル)】をオールドキングに、右背部に搭載された【049ANSC(スナイパーキャノン)】をマグヌスとバッカニアに向ける。

 

 

《なんのつもりだ。新入り》

 

《メルツェルから君を連れ戻すよう任務を受けた。最悪の場合、撃墜も許可されている》

 

《ハッ! チェスしか打てない人形様が大きく出たな。必要なら大事な駒の俺を殺すか》

 

《帰投してくれ。仮にこの状況でやり合えば共倒れになってもおかしくない》

 

《それがどうした。今まで散々殺してきたんだ、殺されもするだろ》

 

 

セレブリティ・アッシュを駆る『新入り』と呼ばれた男――ダン・モロ――に対して不敵な悪態をつくオールドキングだが、言葉尻にさきほどまで纏っていた殺伐とした覇気が明らかに無くなっている。一応の楔が打てたことを確認したダンはオールドキングに【047ANNR(ライフル)】の銃口を向けたままトリガーから指を離し、次いで【049ANSC(スナイパーキャノン)】が向けられたマグヌス達へ視線を送った。

 

 

《まさか此処で再会するとは思いませんでした。てっきり貴方はラインアークに残っているとばかり》

 

《御託はいい。ORCAがなんで此処にいる》

 

《……無断で出撃したオールドキングを連れ戻しにきただけです。今回に限って言えば敵意はありません》

 

《そんな言葉を信じろと?》

 

《信じる信じないは関係ありません。どちらにせよ私達はすぐに此処を離れますので》

 

 

いくら突発的とはいえ()()()()で戦闘を行うのは流石にマズいと判断したダンは友好的に事を収めたかったのだが、いかんせんORCAを警戒して強硬姿勢を崩さないセロとの会話は非常にやりにくい。これ以上言葉を交えても意味を成さないと感じたダンは早々に自身のスタンスを伝えて会話を切り上げ、セレブリティ・アッシュのメインカメラでリザに光信号を発する。その意図を察したオールドキングは操縦桿をミシミシと握り上げ、盛大な舌打ちをかました。

 

 

《……チッ! またお預けかよ》

 

《そういう事だ。殿(しんがり)は僕が務める。早く離脱しろ》

 

 

ダンの言葉にしぶしぶ従ったオールドキングは名残惜しそうに最後までメインカメラをマグヌス達へ向けて、OBを噴かしながら施設を離脱する。彼が素直に応じた事を確認したダンはリザに向けていた【047ANNR(ライフル)】をマグヌス達へ向け直し、ジリジリと後退を始めた。その様子を見ていたネリスは思わず声を上げる。

 

 

《ダン。なんでORCAなんかに入ったのよ》

 

《ネリス……君は昔から変わらないね》

 

《貴方は変わった。鉄仮面と呼ばれてたあの頃とは大違いよ。それと、答えになってないわ。ちゃんと答えて》

 

《……いずれ人類は老人達によって自滅する。それならORCAが全てを喰らって人類をグレートリセットしたほうが種の存続に貢献出来ると考えただけさ》

 

《そんな嘘っぱち信じないわ。だってORCAのやり方を一番嫌ってたのは貴方じゃない。ねぇ教えて、本当の目的はなんなの?》

 

《………》

 

 

ネリスの鬼気迫る言葉に対してダンが選んだ言葉は沈黙だった。そして彼はセレブリティ・アッシュのサイドブースターを噴かしたQT(クイックターン)で踵を返してOBを発動。前傾姿勢を維持して飛び立ったトリコロールカラーのネクストは数秒後には4ピクセル程度の点になり、彼方へ消えていく。

 

 

《どうしてよ……ダン》

 

《感傷に浸っているところ悪いが、手遅れになる前に彼を搬送するぞ。聞こえるかキドウ・イッシン》

 

ああ きこえているぜ? おれのこえはきこえないのか?

 

《これは重症だな。セレン・ヘイズ、状況は聞こえているな》

 

《……聞こえてる。私は、私はどうすればいい……》

 

《あまり気に病むな。それよりもAMS技術に通じた科学者を知らないか。出来れば最新装置を導入しているヤツが良い。フィオナ・イェルネフェルトに処置を頼もうにも、ここからラインアークは遠すぎる》

 

《……一人だけアテがあるが、助かるのか? イッシンは助かるのか!?》

 

《それは彼次第だ。とにかく早くそこに搬送しよう》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後。

 

 

もぬけの殻となった施設の中で立体ホログラフィックの神様は腕を組み、目を閉じて佇んでいた。そしてふと瞳を開けると重心を後ろに倒し、いつの間にか置かれていた革製の一人がけソファにドカッと座り、いつの間にか手に持たれていたワイングラスをクイッと傾け、いつの間にか注がれていた赤ワインを嗜む。

 

 

『ふ~~……時期が早かったとはいえイッシン君がああなるのは想定内として。問題は彼だよねぇ』

 

『あのナインボールは万が一のために()()()()()()()()()()()()()()なのだろう?』

 

『私達が転生させたのは6人。キドウ・イッシン、ダン・モロ、ドン・カーネル、フランソワ・ネリス、セロ、そして〇〇〇……。ヤツは入っていない』

 

『誰かが無理矢理捩じ込んだと見るのは?』

 

『だが他の柱が管理する世界の強制介入は有り得ん。那由他の一でも(ことわり)が狂えばその世界が消滅するのは必定だろう』

 

『ならばどう説明する。名も無き世界の定命の者が神の力を打ち倒したことは事実だ』

 

『はいは~い。とりあえず注目~~』

 

 

まるで最初からそこに居たかのようにどこからか湧いて出て来た五人の老若男女がソファに座る神様を囲むように立って会話を始めるなか、特に気にする素振りもなく神様は手をあげて皆の注目を集める。

 

 

『彼がなんにせよ、試練の内容に変わり無いよ。それに面白そうだろ? 神に楯突く英雄は多いけど、凡人ってのはそういない。せいぜい抗って貰おうじゃないか』

 

 

そう言うと神様はワイングラスを大きく持ち上げ、血のように赤いワインを全て飲み干した。




という訳で若干キナ臭い回でした。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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100.現と夢

眼精疲労がとんでもないのでユンケルと養命酒と目薬のジェットストリームアタックを決めて早めに寝たら全快しました。やはり病の元は内側から殺すに限る。


取って付けたようなアルミ製のドアが一つだけ設置されている巨大な格納庫の前に白衣の男が一人、いつになく険しい表情で立っている。

 

左右対称に黒と白で色分けされた長髪が特徴的な男の視線の先には淡い桜色に染まった輸送機がコアに焼け焦げた風穴を拵えた黒いネクストを懸架しながら飛んでおり、その両脇をビビッドイエローの輸送機と群青色の輸送機が護衛するように並走していた。そんな中、不意に男の片耳に装着された小型無線に連絡が入る。

 

 

《ジョニー様、受け入れ準備が完了しました》

 

「グッドタイミングだ。こっちも彼女達を視認した。ハッチを開いてくれ」

 

《了解です》

 

 

ブツッと無線が切れた数秒後、ゴゴゴゴという物々しい音と共に格納庫の天井が外側に大きく開き始めた。その中には中央にポツンと一基だけ存在する御影石のような高級感溢れるエレベーターを中心として大規模な医療機材が所狭しと設営され、その隙間を縫うように何人もの研究員が世話しなく動いている。

 

桜色の輸送機が格納庫付近に到着すると、誘導部隊の指示に従って事前に設置されたネクスト用ハンガーへ黒いネクストをゆっくり降下させていく。そして黒いネクストの両脚が安全に着地した瞬間、ネクスト用ハンガーから固定用アームが展開して腰部を素早く鷲掴みにした。

 

無事に黒いネクストが安定状態へ移行した事を見届けた桜色の輸送機は吊していた懸架用ワイヤーアタッチメントを収納し、格納庫付近に急造された簡易的なヘリポートに着陸する。次いでビビッドイエローの輸送機と群青色の輸送機も同様に着陸したタイミングで桜色の輸送機から女性が降り立つ。

 

輸送機と同じ淡い桜色の髪色をしたショートカットの女性は気丈に振る舞ってはいるものの目に見えて憔悴しており、いつもの威圧感は皆無と言っていい。そんな彼女にジョニーと呼ばれた白黒の長髪男性が労るように歩み寄る。

 

 

「ジョニー。イッシンは…イッシンはどうなんだ」

 

「セレン・ヘイズ、気持ちは分かるがたったいま格納したばかりだ。そう焦らないでくれ」

 

「――そうか、そうだな。すまなかった」

 

 

セレンはジョニーの答えに力無く応じると、疲れたような足取りで格納庫へトボトボと歩いて行く。ジョニーは彼女の後ろ姿を見送った後、入れ替わるように輸送機から降り立ったネリスとセロへ振り向いて右手を差し出した。

 

 

「【ランク23】カミソリ・ジョニーだ。こんな事態じゃなければ君達のデータを四つや五つほど取らせて貰いたいところだけど残念だよ」

 

「……ラインアーク所属のセロだ」

 

「【ランク19】のフランソワ・ネリスよ。私もこんな事態じゃなければ貴方に質問したいことが山ほどあるわ」

 

「それは光栄だ。是非ともお願いしたいが、まずはイッシン君を治療するところから始めよう」

 

 

ジョニーはそう言って白衣を翻してスタスタと格納庫へ早歩きで戻っていった。彼に追従する形で後を追う二人は軽いアイコンタクトを交わすと、両人とも周囲の人間に気付かれないように手慣れた手つきで拳銃の安全装置を解除する。

 

セレンは事前にジョニーと面識がある故にこのような警戒態勢を施す事は無いが、セロとネリスはジョニーと初対面でかつ、世間での評価が『ブッ飛んでいることで有名な』あのカミソリ・ジョニーの本拠地という前情報だけで判断するしかない。彼なら今のイッシンを非人道的な研究に実験動物の如く使い潰してもおかしくないと考えたのだ。

 

まぁジョニーの日頃の行いを鑑みれば自業自得であると思わざるをえないが。

 

そうこうしている内に格納庫の中に入ったネリスとセロの目に最初に飛び込んできたのはコックピットに相当する箇所のコア部が焦げ付いて吹き(さら)しになっているJOKERの痛々しい姿とそれを呆然と見つめるセレンの後ろ姿だった。緊急メンテナンスのためにジェネレーターが稼働したまま格納されていることもあり、JOKERの一部有機的なデザインが相まって呻き声が聞こえてくるようである。

 

そんなJOKERの全身には衛生的な白い作業服を着た何人もの人間が張り付いており、特にコックピット周辺には他の人間とは違うアブラムシのようなオレンジ色の作業服を着た人間が重点的に張り付いていた。

 

 

「医療班、イッシン君の状態はどうだ」

 

《目立った外傷は見当たりませんがずっと眠ったままです。呼吸および心拍数に異常は見られませんし、この騒音の中でのんびり眠っているのは少しおかしいですね》

 

「念のためCTスキャンと血液検査、それと脳波検査も掛けろ。解析班、AMS接続はどうなっている」

 

《いまブラックボックスを調べてるんですが中々興味深いですよ。AMSシンクロ率の値が105%を指し示したまま接続され続けているんです。長年ここで仕事をさせて貰ってますがこんなのは初めてで……》

 

 

無線越しに的確な指示を送っていたジョニーだったが、解析班として呼び出されたベテランらしい壮年の低い声がそう答えた時、目の色が変わって眉間に小皺が寄ってきた。誰がどう見ても問題が発生した顔だ。

 

 

「待て。メンテナンスのためにシステムをダウンさせているのにAMS接続が稼働したままなのか?」

 

《はい。本来システムがダウンすればAMSとのシンクロは強制終了するはずですから、考えられる可能性はリンクスの意識がまだネクストの中に残されていて、それを守るために何らかの保護プログラムが作動しているとしか》

 

「つまり()()()()()()()ままだと。そう言いたいのか」

 

《……技術者として認めたくありませんが、そういうことになります》

 

 

声の主は歯噛みするような物言いで唸る。彼の目の前には驚くほど安らかな寝顔の青年が焼け焦げたコア部装甲の先にあるコックピットで操縦桿を脱力して握りながら座っており、童話に出てくる眠った王子様に近い雰囲気すら感じさせた。

 

 

「わかった。直ぐにフィズの準備をしろ、僕が直接()()

 

《いいのですか? アレはまだ実地試験を行っていませんが》

 

「仮想試験での結果はまずまず良好だ。それに選り好みしている状況じゃない」

 

《了解しました》

 

「待て、フィズとはなんだ」

 

 

それまでのジョニーと現場のやり取りを黙って聞いていたセレンが問い質す。この受け入れ難い事態を少しづつだが飲み下せてきたようで、その目には本調子とは行かないまでも覇気が戻りつつあった。

 

 

強制(Forced) 介入(Intervention) 同期(Synchronized) 装置(System)、略してフィズ。AMSの過剰な精神負荷によって搭乗リンクスの意識がネクストに引っ張られた時に備えて開発された、まぁ俗に言うお助けアイテムだよ」

 

「なんだそれは。俺の時代には、いや、少なくともラインアークにあるフィオナ・イェルネフェルトの研究室には無かったぞ」

 

「そりゃそうでしょ僕が作ったんだから」

 

 

当然だろうと言わんばかりにサラッと言い放ったジョニーに対して、質問したセロは思わず口を半分開けたまま思考停止してしまう。AMS技術発祥の地であるアナトリア無き今、AMS技術におけるリーディングカンパニーのアスピナを差し置いて技術革新レベルの発明を単独で成功させるのは極めて困難であり、それこそ目を瞑ったまま百個の針の穴に連続で糸を通すくらいの難度だ。

 

目の前の奇抜な格好をした白黒男がそんな偉業を成し遂げたとは(にわか)に信じられないセロは真偽を問い詰めようと一歩進むが、その前進は隣にいたネリスの左腕によって阻まれる。

 

 

「貴方がそれを発明したかはともかくとして成功率はどのくらい? まずまずとは言ってたけど、まさか数%なんてことはないでしょ?」

 

「確かに本運用はコレが初めてだけど、実地を想定した1142回の仮想試験では成功率84.7%をマークしてる。全く問題ないとは言えないが彼の意識がネクスト側に引っ張られた以上、これより良い方法は現状無い筈だよ」

 

 

淡々と具体的な数字を示してフィズの有効性を現したジョニーの対応は科学者として最も模範的な回答だろう。しかし裏を返せば残り15.3%は失敗のリスクを背負っており、人一人の命を掛けるにはあまりに無謀な確率に見えるのもまた事実だ。気付けばセレンがジョニーの胸ぐらを両手で掴み上げ、下から覗き込むように睨み付けていた。

 

 

「確率など関係ない。必ず助けろ。でなければお前を殺す」

 

 

希望と渇望と絶望が綯い交ぜの混沌としたセレンの眼に驚いたジョニーだがすぐに冷静さを取り戻し、胸ぐらを掴んだ両手を優しく振り払ってあくまで客観的事実に基づいて答える。

 

 

「100%救える保障は出来ない。ただ命だけは必ず助ける。それでいいか、セレン・ヘイズ」

 

「………」

 

 

貫かれる無言を了承と受け取ったジョニーは踵を返してフィズが準備された機材に歩を進めていった。フィズの見た目は歯医者に設置されている歯科用チェアーユニットによく似ており、頸椎部にあたるヘッドレストはリンクスのAMS接続用ジャックを露出させるために丸くくり抜かれていた。早い話が某電脳世界にダイブする映画に出てくるアレのフカフカ高級バージョンである。

 

 

「JOKERとの接続完了。フィズ、正常に稼動中」

 

「強制同期シーケンススタンバイ。いつでも行けます」

 

「――それじゃ行こうか。強制介入シーケンス、開始」

 

「強制介入シーケンス開始、同期まで7秒……5……4……3……2……1……同期します」

 

 

ジョニーは瞳を閉じ、現世に暫しの別れを告げて深く潜り始めた。

 

 




という訳でしれっと本編100話目でございます。長かったような、短かったような……いややっぱ長かったな。

ちなみに作中に登場するフィズはもちろんオリジナルです。原作ではAMS許容量超えた時点で廃人確定みたいなもんですからね。

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101.拵えと夾雑

先日、40kmほどウォーキングしたのですが最終盤残り500mからが一番辛かったです。フルマラソン完走出来る人マジで尊敬する。


GAグループ本社『THE・BOX』50階

 

アメリカらしい広い廊下に磨き抜かれた軍用ブーツの足音が二つ、男性らしい力強い踏み締めと共にツカツカと鳴り渡る。

 

そのうちの一人の歳は40代前半だろうか。口髭を生やした東欧系のクッキリとした顔立ちは筋骨隆々の体格と相まって精悍な印象を与えるが、GA正規軍から支給された制服を規則で許されるギリギリのラインで着崩している。しかし顔の端々から神経質さが滲み出ており、目つきに至ってはカミソリの如き鋭さで相手を切り裂かんばかりである。

 

対するもう一人は30代半ばといったところか。肥満気味な体型とふくよかな丸顔には似合わないスクエア型の銀縁眼鏡を掛け、綺麗になでつけられたオールバックが特徴的ないかにも堅物であると自ら公言しているようにも見えた。

 

そんなチグハグにも見える二人の表情は決して明るいものではなく、どちらかと言うと陰鬱そうな緊張感を漂わせている。本来、雇用主であると同時に雲の上の存在であるGAグループの本社にGA正規軍の軍人が直接呼び出される事など滅多にない。あるとすれば長年の軍務勤労を優秀な成績で終わらせた退役軍人への表彰か、度重なる命令違反を犯した上級士官が軍法会議に掛けられる時ぐらいだ。

 

ただ確実に一つだけ言えるのは、この二人はどちらでもない例外ということである。

 

足音が止まった先には深みのある茶色の重厚なオーク材で出来た扉が鎮座しており、その中腹には純金製のネームプレートで『Private Office』と書かれていた。ここが目的の場所であることを確認した二人は一旦呼吸を整えると肥満気味な体型の男が扉に向かって4回ノックする。すると向こう側から「入り給え」と(しゃが)れた声が聞こえ、一瞬躊躇いながらも勢いよく扉を開けて入室した肥満気味の男はその場で敬礼する。

 

 

「特務遊撃大隊司令官ドン・カーネル、並びに同隊副司令官ノーマン・オットー、参上いたしました!」

 

「……そのドン・カーネルはどこだ?」

 

「ここに」

 

 

扉の前で直立不動のまま敬礼するノーマンの後ろからヌボッと顔を出したドン・カーネルは気怠そうに首に手をやりながらノーマンの隣へ立ち、休めの態勢を取る。

 

 

「まずは私達のような末端の人間を本社にお招き頂いて感謝致します。王小龍BFF上級理事、ローディー特別顧問」

 

「ハッハッハ! 鉄仮面のお前も遂におべっかを使うようになったか!」

 

「声のトーンを落とせローディー。お前の近くに座る私の身にもなれ」

 

 

ドン・カーネルとノーマンの目の前にはマホガニー製の長机に下半身を隠した王小龍とローディーが座っており、王小龍は相変わらず濃いグレーのスリーピースを小気味よく着こなしながら執務用の黒縁メガネを掛け、隣に座るローディーも彼と同様に相変わらずG.Iカットと臙脂色のMA-1がトレードマークの格好をしていた。

 

 

「それでご用件とはなんでしょう。少なくともGA正規軍の会議にBFFの上級理事が出席されるのは前例がないと記憶していますが」

 

 

王小龍とローディーの友人のような軽いやり取りに若干の不快感を感じたノーマンは早々と本題に切り込もうと言葉を走らせる。なぜドン・カーネルよりも処世術に長けているであろうノーマンが自分より遥かに階級が高い人間に噛み付いたからというと、途轍もなく忙しいからだ。

 

実は特務遊撃大隊の事務方最終決定権はドン・カーネルではなくノーマンに権限が与えられている。そしてこの時期になると必ずチョモランマ級の書類山脈が絶えず出現し、ノーマン含めた三名の最精鋭事務処理係で一定の期限内に登頂成功させなければいけないのだ。そんな多忙を極める中、目上の人間のどうでもいい雑談のためにわざわざ本社に呼びつけられたのでは溜まったものではない。

 

しかし、そんな不平不満を言われたところで何の問題もないとでも言うようにコホンと咳払いした王小龍は両の手を緩く握り合わせながら静かに机へ降ろした。スーツのカフスが机に当たった軽やかな丸い音で、水牛で作られた高級品であると分かる。

 

 

「先般現れたORCA旅団は知っているな」

 

「はい。複数の上位リンクス級ネクスト戦力を保有している危険勢力であると聞いております」

 

「そうだ。予想される勢力規模からしておそらくカラード戦力だけでの対処も可能だろうが、オッツダルヴァを初めとした三名の上位リンクスが離反した事実を鑑み、GA正規軍でも独自戦力を保有するべきとの声が本部役員会で上がってな」

 

「そこでお前さん達の出番って訳だ」

 

 

ニヤリと笑うローディーの顔を目の当たりにしたドン・カーネルは口にこそ出さないが心の中で舌打ちする。ノーマルからネクストに乗り換えるための教導中、何度あの顔を見たか分からない。あの表情は間違いなく面倒事を押し付ける気だ。それも俺達がギリギリ問題なく出来る許容量で、かつ得られる報酬が尋常でないやつを。時々、王小龍以上のタヌキ親父はコイツではないかと勘ぐってしまう。

 

 

「と、言いますと」

 

「お前たち特務遊撃大隊にBFFのサイレント・アバランチ全隊と有澤重工製ギガベース『白老(しらおい)』を3機、それと【ランク17】メイ・グリンフィールドを編入させる」

 

「……は?」

 

 

ローディーから発せられた言葉にノーマンは場違いで素っ頓狂な声を出してしまう。『白老』3機配備の時点で一部隊が持つには過剰戦力も甚だしいのに、BFFの精鋭私兵部隊であるサイレント・アバランチと【ランク17】まで編入させるのは流石にやり過ぎだ。仮にその状態の特務遊撃大隊がクーデターを起こせば、冗談抜きで『THE・BOX』を単一部隊だけで占拠可能になってしまうことになる。

 

 

「サイレント・アバランチは全機新型ハイエンドノーマルだし、配備される『白老』の内一機は特別製だそうだ。良かったな」

 

「ま、待って下さい! いくらなんでも――」

 

「……意図は?」

 

 

慌てふためくノーマンを差し置き、隣に立つドン・カーネルはカミソリのような鋭さをより光らせながら言葉を走らせた。王小龍もローディーも全盛期と比べて老いているが、その老いを海千山千の経験で補完している化け物だ。過剰戦力を特務遊撃大隊に持たせる意味は理解しているだろうし、それに付随するデメリットも当然理解しているはずである。だからこそ意図を問う。

 

 

「これだけの戦力を一隊に集結させれば他グループとの全面戦争を準備していると疑われます。そこまでやる意図を知りたい」

 

「……さきほども言ったがORCA旅団の戦力規模は想定の域を出ない。それにカラード内部に未だ内通者が居る可能性も排除出来ないのでな。これは万が一の保険だ」

 

「たかが保険のためだけにネクスト2機、AF3機、新型ハイエンドノーマル9機、我が隊の既存戦力を含めれば総計169機の大部隊をですか」

 

「その通り。たかが保険のためだけに、だ」

 

 

王小龍の眼光がドン・カーネルを射抜く。

 

答える気は無い。大人しく受領して万が一に備えてろ。そう物語っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……農村?」

 

 

フィズによってAMS内部に潜ったジョニーが最初に見た光景はのどかな田園風景だった。建築様式を見る限り旧日本国の山林に位置する田舎で、蝉の鳴き声を聞く限り季節は夏なのだろう。非常に癒される光景だが不思議なことに人っ子一人いない。電脳世界だから仕方ないとも言えるが、ジョニーはとりあえず目の前の舗装されていない畦道を進むことにした。

 

しばらく歩いていると古ぼけた駄菓子屋が姿を現し、店前に設置されている色褪せたフジカラーのベンチにタンクトップ姿の少年が一人、氷菓子をシャクシャク食べながら足をぶらぶらさせて座っている。すぐにジョニーは彼が電脳世界上のイッシンだと気づき、それとなく近付いて警戒されないよう声を掛けた。傍からみれば不審者のそれである。

 

 

「えっと、こんにちは」

 

「んぇ? おじさん誰? ガイジンさん?」

 

「お、おじ……コホン、僕はカミソリ・ジョニーって言うんだ。見ての通りガイジンだよ。よろしくね」

 

「うおぉ!ガイジンさんだ! 俺、初めて見たかも! でもヘンな名前」

 

「へ、変……」

 

 

子供らしい無邪気な残酷さにしばらく触れていなかったジョニーは尖り過ぎた無垢なナイフに胸を抉られる感覚に(さいな)まれながらも平静を装いながら会話を続ける。ついでにベンチにも座る。

 

 

「君の名前はなんて言うんだい?」

 

「俺? 俺はイッシンって言うんだ! 漢字で一つの心って書くんだぜ。カッコいいでしょ!」

 

「とても良い名前だね」

 

「でしょでしょ!」

 

「そういえば、僕は仕事でここに来たんだけど、君はここに住んでるのかい?」

 

「違うよ。ホントは千葉に住んでるんだけど、いま夏休み中だから婆ちゃんちに泊まってるんだ」

 

「千葉……そうなんだね。いつここに来たの?」

 

 

ジョニーはさっそく本題に入り始めた。今居る世界が電脳世界だと気付かせるには日付やここまで来た移動手段を突くのが最良である。そうすればセーターのほつれの如く綻びが生まれ始め、ここが電脳世界だと気付くことに繋がるのだ。

 

 

「いつ? う~ん、いつからだっけ。覚えてないや」

 

「じゃあ、どうやってここまで来たかは覚えてる?」

 

「ん~~。あれ? なんでだろ。全然思い出せない」

 

「無理に思い出さなくていいよ。時間を掛けてゆっくり思い出せば――」

 

「あっ! せっちゃん! 見てみて! このおじさんガイジンさんなんだって!」

 

 

突然イッシン少年がジョニーの方に向かって手を振り始めた。おかしい、イッシンとジョニー以外はこの場所に存在しないはずだ。そう思った彼は振り返り、目の前に居るであろう人物を確かめようとして愕然とした。

 

 

「な、なんで君が………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「デテイケ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッッハァ!ハァ!ハァ!」

 

「お気を確かにジョニー様!ここは現実世界です!」

 

 

フィズから飛び起きたジョニーは大量の脂汗で体を濡らしながら過呼吸状態となっており、近くに居た側近に脇を抱えられて介抱させる形でなんとか椅子から立ち上がる。しかし、そんな彼の容体など二の次であるセレンはすぐさまジョニーに駆け寄って成功の可否を聞き出した。

 

 

「セレン様、ジョニー様はお話出来る状況では――」

 

「そんなことどうだっていい! ジョニー! イッシンは、イッシンはどうなった!」

 

「はぁ……はぁ……残念だが彼はまだAMSの中だ。向こうから弾かれたから再同期には相応の時間がかかる。それより、教えてくれ」

 

「なにがだ! 必ず助けると――」

 

「AMSの中に君がいた。あれは一体どういうことだ?」




という訳でイッシン君は当分こっち側に戻りません。主人公不在のまま物語は進んでいきます。はてさて、どうなることやら。

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102.思惑

エルデンリングが発売されましたね。ダクソも今半世紀最高のゲームに選ばれた事ですし、RPG系の開発はそろそろお休みしてアーマードコアの新作を……。


ORCA旅団移動基地【ゴルディロックス】 独房

 

簡素なベッドと清潔な水洗式便器だけが備え付けられた3m四方の独房はゴルディロックス内に3室存在しており、本来カラードとの交渉材料になる捕虜を収容するために設計されたものだ。しかし現状、その一室は度重なる命令違反を繰り返す同志――オールドキング――のための懲罰房兼自室と成り下がっていた。

 

 

「あいむしんかーとぅーとぅーとぅーとぅとぅー、あいむしんかーとぅーとぅーとぅーとぅー」

 

 

オールドキングはベットに身を預けて両手を頭の後ろに回し、なんとも味気ない天井を見つめながら鼻歌を唄う。いつ聴いたのか、それすら思い出せないほど遥か昔に聴いた曲。歌詞の殆どは忘れてしまったが、この一節だけは何故か覚えている。

 

I'm Thinker――自分は思想家か。自らを思想家とのたまう輩にマトモな人間など一人もいない。ORCA(ここ)の連中もそうだ。実質は嫌いな同じヤツを殺したいだけなのに、それを人類の進歩のためになんて尊大な大義名分を掲げて有耶無耶にしている。それが気にくわねえ。革命なんざ最後は殺してなんぼだってのに。

 

 

「……くだらねぇ」

 

「オールドキング、入るぞ」

 

 

不意に機械的な印象を与える声がしたかと思えば独房のドアが開き、漆黒のジレとスラックスを着こなしたメルツェルが室内に入ってきた。右脇にはバインダー型のタブレット端末を抱えており、いかにも仕事中であるといった雰囲気だ。

 

 

「自動人形がなんの用だ。説教なら要らねえぞ」

 

「クローズプランでの戦力低下は避けたいと会合で一致した。謹慎解除だ」

 

「……そうか。じゃ俺はリザの整備でも――」

 

「その前に一つ、聞きたいことがある」

 

 

謹慎解除の言葉を聞いてベッドから気怠げに跳ね起きたオールドキングはズボンのポケットに両手を突っ込んで猫背に丸まったまま部屋を後にしようとするが、それをメルツェルが言葉で制して彼の前に立つ。自身の進行方向を妨害されたオールドキングは人目も憚らず舌打ちを鳴らし、威圧的な眼光を向けた。

 

 

「なんだよ。まだ何かあんのか」

 

「何故サハラに行った」

 

「あ?」

 

「答えろ。何故サハラに行った」

 

 

メルツェルとオールドキングの身長はほぼ同じだがメルツェルの体格は細く、オールドキングの厚く頑健な体格とは雲泥の差だ。しかし全身から放たれる存在感はオールドキングと同等かそれ以上のものを有しており、合理主義を嫌う彼が唯一認めている部分でもある。メルツェルは自身が答えるまで退く気はないと判断したオールドキングはウザったそうに口を開く。

 

 

「例の施設ってのがどんなもんか見たくなっただけだ」

 

「本当にそれだけか」

 

「一度話したことを何度も言わせんなよ。カラードの雑魚共とガラクタが偶然居たから、ガラクタをぶっ壊してカラードの雑魚共もぶっ殺そうとして新入りに止められた。それで全部だ」

 

 

オールドキングの口調と所作を見る限り、帰投時の尋問と同様に嘘はついていないのだろう。そう確信したメルツェルだが同時に不安にも駆られる。なにせオールドキングは全世界から異端とされるORCA旅団の中でも殊更に異端とされる者だ。狂気の内に秘められた混沌の中に何が潜んでいるか見当もつかない。故にメルツェルはより強い釘を刺したのだが、これがいけなかった。

 

 

「まぁいい。計画のため、存分に働いて貰うぞラティ――――――ぐっ!?」

 

 

突然、胸ぐらをつかまれて壁に叩きつけられたメルツェルは思わず目を閉じてしまう。次に目を開けた瞬間には拳銃の銃口が喉元に押し当てられていた。安全装置は外されており、いつでも発射可能な状態にシフトしている。そしてラティと呼ばれたオールドキングは深海のように深く、(くら)く、凍えるような雰囲気を纏っていた。

 

 

「そんな奴はいねぇ。俺の名前はオールドキングだ。それを忘れるな」

 

「……悪かった。以後気を付ける」

 

 

お互いに目を見つめ合う無限とも言える数秒の間、メルツェルの本気の謝意を感じ取ったオールドキングは押し当てた拳銃を喉元から離して安全装置を掛けてホルスターにしまい、メルツェルを自室に残したままその場を後にする。その先には白銀のリンクススーツに身を包んだ東洋系の男性が一人、廊下の壁にもたれ掛かって腕を組んで目を瞑っており、オールドキングが部屋から出て来たタイミングで目を開けて東洋系らしい黒い瞳を彼に向けた。

 

 

「よぉ真改、死に損なったらしいな」

 

「……猜疑」

 

「どうとでも言えよ。俺は好きなようにやるだけだ」

 

 

真改と呼ばれた男の一言にヒラヒラと手を振って答えたオールドキングは彼の目の前を横切って格納庫に向かう。その様子をじっと見ていた真改はドアを開ける音を聞いてようやく視線を移し、首をさすりながら出て来たメルツェルに声を掛けた。

 

 

「胡乱」

 

「いや、そうでもない。彼の行動原理は極めて単純だ。理解に苦しむだけでな」

 

「注視」

 

「そうしてくれると助かるが無茶はするなよ。お前はまだ病み上がりだ」

 

 

どう考えても相対する文字量がおかしいのにどうして会話が成り立つのか不思議だが、それは(ひとえ)に同志として過ごした時間が長いからだろう。二人の視線が再びオールドキングを追おうとした時、遠くに見える彼は曲がり角で姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻 ORCA旅団移動基地【ゴルディロックス】 執務室

 

 

「GAの特務遊撃大隊が? 確かな情報か」

 

《干されたとはいえ我が社の情報網を舐めないで欲しいわね。今の特務遊撃大隊は間違いなくGAグループ史上最大規模の単一戦力。精度は保障するわ》

 

 

チタンフレームで構成している洗練されたデザインの執務用デスクには暁色の準礼服を纏ったテルミドールが座っており、その視線は備え付けのモニターに映し出された一人の妙齢女性に注がれていた。女性の名はミセス・テレジア。【ランク27】を拝する下位リンクスでありながらリンクス戦争を生き抜いた【オリジナル】であり、ただ一人のトーラス専属リンクスでもある。

 

元々トーラスとはORCA旅団の礎であるレイレナードと同盟関係にあったアクアビットおよびGAEが合併して生まれた企業であり、アルテリア襲撃以前より秘密裏にORCA旅団を支援していた正真正銘のスポンサーなのだ。

 

 

「毎度のことながら情報提供感謝する。オーメル内部の同志達が動けない以上、頼れるのは君だけだ」

 

《それより、どうするつもり? インテリオル・オーメルもGAの動きに気付いて軍拡を始めた。開発が遅れている例の新型AFが出張ってくる可能性も否定できないわよ》

 

「その点は心配いらない。メルツェルの言葉を借りれば『勝利の天秤はおおかた此方へ傾いている』からな」

 

 

テレジアの問いに自嘲的に笑うテルミドールは思い返す。私一人でも革命を成し遂げるつもりだったが、メルツェルがいなければここまで上手くいくことは無かっただろう。まるで未来が見えてるように最適な一手を教えてくれる彼は、旅団にとって最高の水先案内人だ。

 

 

《あの自動人形くん? いくら腹心の参謀だからって盲信し過ぎるのはダメよ》

 

「心得ているさ。それではこれで」

 

《あっ、ちょっと待って》

 

「? まだなにか」

 

 

テレジアからの忠言を有難く聞き入れ、通信を終えようとしたテルミドールを彼女が制する。それまで余裕を持って会話していたテレジアが急にモジモジし始め、頬もほんの若干ながら赤く染まっていた。

 

 

《その……テ、テペスは元気?》

 

「――あぁ銀翁か? 本当に良くやってくれているよ。老体に鞭打つことは私もさせたくないがね。話したいなら呼んでこようか」

 

《そ、そんなつもりじゃ……!》

 

「それは残念だな。老い先短い私としては君と存分に話したかったんだが」

 

《テペス!?》

 

「今はネオニダスだ、と言いたい所だが君にその名で呼ばれるのも悪くないな」

 

 

いつの間にかテルミドールの後ろに立っていた銀翁は椅子の背もたれを両手で掴んでモニターを覗いている。いい雰囲気であることを察したテルミドールはやれやれと肩を竦めると、野暮な言葉を掛けることなく銀翁と席を代わって執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀翁のお陰で執務室を追い出され、なにげなく廊下を歩いていたテルミドールは脳裏にこびりついて離れないラインアーク事変の事を思い出す。オッツダルヴァとしてキドウ・イッシンと相見え、此方の展望を全て看破されたときの事を。

 

 

『あんたらの事はだいたい知ってるぜ? 企業の罪、アサルトセル、クローズプラン。しまいにゃエーレンベルクなんて骨董品持ち出すってんだから節操ないよな』

 

『そこまで知って何故カラードにつく。人類種が生き残るにはこれ以外の方法はないと君も分かっている筈だ』

 

『考えが浅いんだよ。九を殺して一を救うのは結構だが外的要因で勢い余って十を殺しちまったら本末転倒だろ』

 

『そうならないために何億ものシミュレーションを――』

 

『所詮予測だろうが。確定した未来なんて誰にも分からねえんだよ。ごく一部の人間以外はな』

 

『……どういう意味だ。君には未来が見えるというのか』

 

『流石に全部は見えねえけど、この世界の終着点は誰よりも見えてるつもりだぜ?』

 

『なら教えてみろ。世界はどうなる』

 

『奇跡が起きなきゃ100%滅びる。でもそれは企業のせいでもアンタらのせいでもない。いわゆる第三勢力ってやつさ』

 

『……そんな戯言を信じろと?』

 

『信じようと信じまいと起こるのは確定してんだ。俺から言えるのは入念に準備しておけってこと。それと、アンタらが企画してる七月のお披露目会も諸々の事情で不発に終わるからな。覚えておけよ』

 

 

これをメルツェルに話した時、彼はいつもの微笑みで「確かに可能性は捨て切れないな。一応準備しておこう」と言っていた。しかし私は気付いた。ほんの一瞬だけメルツェルの表情が陰ったことを。私の(あずか)り知らない所で何かが起こっている。それがなんなのかは分からない。ただ確実に起こっているのは確かだ。

 

 

「……私が聴衆とは。まるで喜劇(ファルス)だな」

 

 

なにもない虚空を見つめ、テルミドールは力無く呟いた。




いかがでしたでしょうか。ジジイババアの色恋なんてどこに需要が……おっと誰か来たようだ。

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103.女ならでは夜は明けぬ

毎度、誤字脱字報告ありがとうございます。校正して頂いて初めて気付くミスもあり、だいぶ助かってます。

話は変わりまして、宝くじって多空くじとも言うじゃないですか。ようは物欲センサーが働いて当たらないと考えたわけですよ僕は。だから『ハズレてくれ!』って真剣に願いながら購入したんです。そしたらね、当たったんですよ。300円。


【フラスコと硝煙の桃源郷】 ジョニーの格納庫

 

 

「ここにいたのか。コーヒーでもどうだい?」

 

「……ああ、貰おう」

 

 

企業専属の最上位リンクスでもこれほどの設備は与えられないだろうと胸を張って言える最新式格納庫の隅で、汎用コンテナを椅子代わりにして小さく座っていたセレンに、ジョニーが両手にコーヒーを持って優しく話し掛ける。

 

イッシンがここに搬送されて72時間以上が経過していた。しかし、JOKERとのAMS同調がこちらを拒否されているかのように上手くいかないことに加えて、現状況で無理に強制同期すればイッシンへの精神的影響が計り知れない。万全を期すためにはJOKER側が合わせてくれるまで待つしか無い、というのがジョニーを筆頭とした研究チームの結論だった。

 

この結論を聞いたセロは事の顛末をラインアークへ報告するために一時帰還。ネリスはコルセールの調査チームを率いてサハラの施設内部調査を再開。セレンは一人ここに残り、イッシンが目覚めるまで共に居ることを選択したのである。

 

セレンの傍らに座ったジョニーはコーヒーを一口啜り、自慢の格納庫へ綺麗に収められたJOKERを見遣った。黒一色に染め上げられた異形の巨人の胸部は無防備に開け放たれ、その周囲には常駐している二~三人の研究員がイッシンのバイタルを細やかにチェックしている。彼は相変わらず穏やかな顔で意識を失っており、まるで眠り姫だ。

 

そうしてしばらくすると視線を正面に戻して自身にも言い聞かせるようにセレンへ言葉を掛けた。

 

 

「ところで、最後に寝たのはいつだい?」

 

「さあな」

 

「僕の記憶が確かなら君は既に80時間以上起きてることになるんだけど」

 

「……連続160時間の不眠訓練を受けている。その程度なら問題ない」

 

「言っても聞かないとは思ってた」

 

 

ジョニーは薄く笑うとコーヒーに口を付けた。彼女に差し入れるため、それなりに高いインスタントを使ったお陰でいつもよりコクと後味がすっきりしている……いや、普段飲んでいるインスタントが不味すぎるだけか。普段常飲しているキロ1C(コーム)のインスタントコーヒーを初めて飲んだときには目が覚める思いをしたが、慣れれば案外イケるものである。

 

己の馬鹿舌加減を自嘲するジョニーとは対照的に、セレンの表情は全く変わっていない。何事も無いかのように気丈に振る舞っているが、憔悴しきっているのは誰の目にも明らかだった。だが(たち)の悪いことに、それを気遣って彼女を仮眠室に送ろうとした研究員達の(ことごと)くはアゴを右フックで撃ち抜かれてKOされている。

 

そんな傷だらけの野良猫を彷彿とさせるセレンに困り果てた彼等が最終的に縋り付いたのが主であるジョニーと言うわけだ。まぁ彼がセレンをどうにか出来るかと言われれば、その限りではないのだが。

 

 

「そういえばAMSの件、心当たりはあった?」

 

「皆目見当もつかん。そもそも本当に中で私を見たのか」

 

「アレは間違いなく君だった。保障する」

 

「――そうか」

 

 

沈黙。

 

 

「やっぱり怖いかい?」

 

「なにがだ」

 

「判ってるくせに」

 

「……それはお前の役目だろう」

 

「勿論、最善は尽くす」

 

 

そうして再び沈黙が訪れ、二人が持つインスタントコーヒーの湯気が消え失せてなお明けることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インテリオル・ユニオン本社 地下5階

 

巨大な円卓中央に置かれた球体状のオブジェから放たれる淡い水色の光が放物線を描くように上部へ収束し、その場所に作り上げられた立体ホログラフィックの地球儀がぐるぐると世話しなく回り続けている。

 

上座にはスーツ姿の壮年男性が一人と彼を挟むように若年であろう秘書の女性が二人座っていた。対する下座には男装の麗人を体現した真鍮色の軍服を纏った女性――【ランク3】ウィン・D・ファンション――と、腰まで伸ばした照りのある漆黒の髪が印象的でミステリアスな伏し目の女性――【ランク6】スティレット――、白髪のボブカットが似合う小さなヒビの入った眼鏡を掛けた女性――【ランク20】エイ=プール――の三人グループが座っており、それに加えてもう一人。

 

壁に背を預けながら腕を組んでいる黒のサングラスを掛けた禿頭の筋骨隆々な男性――【ランク15】ヤン――が物静かに佇んでいる。

 

 

「……時間だ。今回君達に集まって貰ったのは他でもない。GAグループが戦力の集中化を行っていることは既に知っているな。恐らくは昨今騒がれているORCA旅団とやらへの警戒策だろうが、同時に他グループへの示威行為も含まれているのは明白だ」

 

 

スーツ姿の男性が口火を切り、世間話を挟む間もなく単刀直入に本題を話し始める。揚々とした声と口調は大衆向けの演説には持って来いの才能だが、ここに居る四人には響くどころか鬱陶しいとさえ思われていた。どうせ大した内容でもないのに、何故そこまで勿体振った話し方をするのかと。リンクス達のそんな視線などお構いなしに男性は話し続ける。

 

 

「よってこれに対抗するべく我々インテリオルグループも独自に戦力を再編成。ORCA旅団討伐を前提として運用し、仮に企業間戦争へ発展した場合でも問題ないレベルの部隊を設立させる」

 

 

企業間戦争。

 

この一言が発せられた瞬間、それまでの怠慢な空気が嘘のように打ち破られ、四人の眼光が鋭いものへ様変わりした。その雰囲気を察した男性は続けて話そうとした口を一度(つぐ)み、質疑の時間を設ける。彼等のような歴然の強者に一方的な命令を押し付けるのは悪手であると知っているが故の行動であった。

 

 

「疑問が生じているなら忌憚なく言い給え」

 

「なら私からいいですか。この状況でインテリオルが戦力を集中させるのは理解出来ます。出来ますけど、優先順位がおかしいんじゃないですか」

 

 

律儀に挙手して発言したのはエイ=プールだった。ミサイル特化型ネクスト【ヴェーロノーク】を駆る彼女はリンクス戦争当時から現役で活躍しており、機体の特性上、弾薬費が膨大になり過ぎて専属リンクスにあるまじき「万年金欠」の汚名に悩まされながらも常に一定以上の戦績を残してきた実力派である。

 

 

「優先順位? 現状考えられるあらゆる脅威に柔軟に対応するために戦力を再編成するんだ。なにもおかしくは――」

 

「エイ=プール女史が言及したいのはそこじゃない。その『あらゆる』の意味がORCA旅団よりも、企業間戦争に偏っているようにしか聞こえないと言っているんだ」

 

 

スーツの男性が話し終えるより先に『お前は質問の意図を理解していないのか』と呆れた雰囲気を醸しながらヤンが口を出す。アクチュエータ複雑系の先駆者としてお馴染みのアルブレヒト・ドライス、通称アルドラ社唯一の専属リンクスであるヤンは国家解体戦争時、国軍側の兵士だったという異色の経歴の持ち主である。その豊富な経験でリンクス戦争を見事生き延び、今では中堅リンクスとして堅実かつ圧倒的な戦績を修めていた。

 

そんな戦略に於いての一家言を有している彼だからこそ、男性から話された言葉を軽くあしらう。何をどう考えても戦争を始めたい、もといGAグループのシェアを争奪したいようにしか聞こえないからだ。

 

 

「バカなことを。インテリオルグループが掲げた大前提はORCA旅団の排除だ。彼等を消さなければ他グループとの経済戦争どころかグループの存続すら危ぶまれるんだぞ」

 

「なら何故、戦力の配置計画を変更した」

 

「なに?」

 

「戦力の再編成が立案された当初、我々リンクス部隊はORCAの仮拠点と目されるエーレンベルク近郊の前線基地に配置される予定だったはずだ。それが蓋を開けてみればエーレンベルクに配備されるのは評価性能も疑わしい平たい新型AFが1機だけ、我々は全機インテリオル本社の護衛ときた。ヤツらとの全面戦争を避けたいのだと感付かないほうがどうかしてる」

 

 

それとらしい言い訳を並べた男性に対し、切れ味鋭い冷徹な言葉の刃で斬り掛かったのはウィンだった。美麗で整った容姿とは裏腹に『隠し事は無しだ、全て話せ』と言わんばかりの威圧溢れる迫力に、男性とその取り巻き達は身動(みじろ)ぎしながらも何とか平静を持ち直して言葉を紡いだ。

 

 

「君達がどう思おうが勝手だが、これは役員会の決定事項だ。専属リンクスである以上、指示には従って貰うぞ……用件は以上だ、失礼する」

 

 

男性はあくまで貴様等の飼い主は我々上層部であることを捨て言葉として吐き捨てると、よほど居心地が悪かったのか早々に席を立って早足で退席する。それを追うように秘書の二人も慌てて席を立ち、リンクス達へ軽く会釈をすると駆け足で退席していった。

 

 

「――ふん。あの物言いだと、飼い猫が気分で主人の手を嚙むことを知らないようだな」

 

「それは私も同感よ、ウィン。でも専属リンクスが勝手に動けないのも事実。インテリオルに補助金をいっぱい貰ってる万年金欠の私なら尚更ね」

 

「先輩のネクストはミサイル特化型なんですから仕方ない部分ではありますよ。まぁ先輩に毎月末ご飯を奢ってる私としては、最近どう接していいか判らなくなってきましたけど」

 

「うっ……。やっぱり威厳ないのかなぁ私」

 

「それよりもスティレット女史。今の会合、なぜ発言なさらなかった。リンクス戦争を【オリジナル】として駆けた貴女の言葉なら、流石のあの男も耳を傾けたでしょうに」

 

 

ヤンの言葉で話の本筋から脱線していたエイとウィンは黙ったままのスティレットに視線を送る。会合中から今まで、ずっと目を伏していた彼女の第一声は溜息とも吐息ともつかない柔らかな呼吸だった。

 

 

「エチナを封印したあの連中に何か言ったところで変わらない。それに私達は山猫(リンクス)。エサが貰えてるうちは飼われるけど、貰えないなら自分で狩りに行くだけよ」




いかがでしたでしょうか。

ここ最近、各勢力のオムニバス形式が続いておりますが、もう少しお付き合い下さい。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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104.旧き猛者、再来す

先週は休載して申し訳ございません。多忙により無事死亡し、地獄でマッサージ等に通い詰めて三日後に生き返りました。今週からまた頑張って連載していきます。


ラインアーク 中央特区【ネスト】会議室

 

 

「そうか……イッシン君はそんな状態に……」

 

「AMS負荷が自身の限界を超えたのだから当然と言えば当然だ。あの砂漠の狼でさえ躊躇った領域に踏み込んで生きて帰ってこれただけ上出来とも言えるがな」

 

「セロ。あんたとはこれが初対面だが、仲間が昏睡状態だってのにドライ過ぎやしねえか。心配なりなんなりしてやるのが筋ってもんだろ」

 

「なら聞くが心配すれば彼は昏睡から目覚めるのか? 彼の傍で(むせ)び泣いて、神とやらに赦しを乞えば救世主のように後光を放って復活するのか? 僕は荒唐無稽な奇跡に縋るよりも目の前の問題を解決する方がより現実的だと考えて行動しているだけだ」

 

「俺が言いたいのはそういうことじゃなくてな……!」

 

「抑えろロイ。お前の気持ちも分かるが今回はセロが正しい。状況が芳しくない以上、合理的に物事を考えるべきなのはお前も分かっているだろう」

 

 

ラインアークの中央特区特別監査役でもあるフィオナ・イェルネフェルトにレイヴン自らわざわざ頼み込んで人払いをした簡素な会議室では、雰囲気も装いもてんでバラバラな四人の男性が各々好きな場所に陣取って会話をしていた。

 

普段と変わらず白いリネンシャツとクリーム色のスラックスというシンプルな服装のレイヴンに、この時代には珍しいブラウンの本革ジャケットとジーンズを着熟したロイ、着替えるのが面倒なのかリンクススーツのままのセロと、鈍色のブレザーと白のチノパンという無難な服装のロイの父親の四人である。そしてこの四人が暗号通信ではなく一箇所に集まって会話をしているところからも、内容が易々としたものではないことは直ぐに読み取れた。

 

 

「それで、セロ。我々をここに集めた理由は伏したルーキーの状況報告だけでは無いのだろ?レイヴンやロイならまだしも、私まで引っ張り出したんだからな」

 

「話が早くて助かる……知っての通りGAはORCA旅団に対抗するためドン・カーネルを主軸とした特務遊撃大隊の再編を行い、それに呼応してインテリオルも所属リンクスを一つにまとめ上げた最精鋭部隊を編成。オーメルの発表はまだだが、恐らく同様の動きをすると予想されている」

 

「――はっ、各グループともORCAをぶちのめす口実に戦争の準備を始めてるって訳か。だけどそれとこの会合がどう関係してくるんだよ。まさかラインアークもその波に乗れって言うんじゃないだろうな?」

 

 

ロイは自身と戦場を共にしたイッシンへの粗雑な扱いに未だ立腹しながらセロの話を挑発的な言葉で煽る。ラインアークは反企業体制の大義名分を掲げているが、実際のところそこまで致命的な敵対関係には至っていない。もし本当にそうなっているなら各グループの最精鋭が集結した混成部隊によってラインアークは既に消滅している。

 

そうなっていない理由は二つ。一つは条件付きだが各勢力の依頼を受けていること、もう一つはラインアークが所有する有効戦力が今のところホワイト・グリントしかいなかったことにある。前者はラインアークおよびホワイト・グリントの運営、維持に必要な物資を調達するために各企業から非公式に依頼される所謂(いわゆる)汚れ仕事を請け負っている事へのビジネスライクな信頼関係。企業としてはある程度の物資を用意するだけで経験と実績を兼ね備えた伝説級リンクスを後腐れ無しで雇えるのだから今後も存分に活用したいのだろう。

 

問題は後者だ。今までラインアークは企業体制を迎え撃つ戦力をホワイト・グリントしか持たなかった。しかしそれはセロというリンクスの登場により崩れつつある。仮にセロがウィスやイェーイのような下級リンクスであれば、ラインアーク側に付いたとしても大した支障にならないと判断して企業連もそこまで問題視することは無かったろうが、実際はどうだ。リンクス戦争を【オリジナル】として戦い抜き、アスピナ機関で実験体として長年幽閉されていたとは思えない力量を披露し、おまけに特別なチューンが施された専用機まで所有している。

 

そんな規格外がラインアーク側の新たな戦力となれば、今後企業がどんな対応を打ってくるかは想像に難くない。それを見越した上で、セロはロイの問いに真っ正面から答えた。

 

 

「そのまさかだ。1時間前、僕は正式にラインアーク所属リンクスとしてカラードに登録した。君と、君の父親もラインアーク所属リンクスとして登録して欲しい」

 

「……おい冗談だろ? 別に俺はいい、レイヴンさんには返してない恩が山ほどあるからな。だが親父は話が違うだろ。引退して何年経ってると思ってるんだ? 殺されに行くようなもんだぞ!?」

 

「企業連がORCA旅団掃討の前哨戦としてラインアークを攻撃してくるとしてもか? いいか、企業連の老人共に『ラインアークの所有する戦力はORCA旅団掃討に必要不可欠だ』と思わせるんだ。それが成功すればしばらくの間企業連の顔色を窺う必要は無くなるし、なにより掃討終結後の交渉カードになる。だからこそ今のラインアークには彼の力が必要だ」

 

「なら尚更……!」

 

「もういい、ロイ」

 

 

激昂するロイを遮るようにロイの父親は言葉を重ねた。そしてゆっくり立ち上がると鈍色のジャケットの襟を正してセロを真っ直ぐ見遣る。眼光は鋭く冷え、まさしく理性の刃を宿しているようだった。

 

 

「もう一度聞くが、引退して久しいロートルの私をラインアーク所属リンクスとして登録するつもり、ということでいいか」

 

「親父――」

 

「黙ってろ。これは私とセロの話だ………それで、どうなんだ」

 

「その通り。今のラインアークには貴方の力がいる。それと一応言っておくが、今でも高難度シミュレータでSランクを獲れるリンクスが引退して久しいというのは無理があるぞ」

 

「――全て織り込み済みか。まぁ、明確な選定理由がある以上断る理由もない。レイヴン、構わないな?」

 

 

セロの言葉を聞いて薄く笑ったロイの父親はレイヴンに視線を移した。当のレイヴンは左手でシャツの襟を(もてあそ)びながら困ったような苦笑いを浮かべて呆れている。

 

 

「ロイの言葉を借りるようで悪いが、鉄火場からずいぶん離れていたのに大丈夫なのか。実戦とシミュレータが違うのは分かっているだろ」

 

「ならお前自ら鍛え直してくれると助かる。()()()()()()()()いつぞやのようにな」

 

「最初からそのつもりだった癖によく言う」

 

 

レイヴンと軽妙なやり取りをしている中、ロイは最初と打って変わり項垂れて沈んだ表情をしていた。引退した父親が自分の意思で再び生殺与奪の戦場に舞い戻るのだから晴れやかな雰囲気になれる筈がない。それを察したロイの父親は彼に歩み寄り、父親らしい優しくも力強い眼差しを向ける。

 

 

「親父」

 

「悪いなロイ。これが私の、最初で最後の我が儘だ」

 

「……そうなった親父が止められない事は俺が一番良く知ってる。だから、作戦行動中は必ず俺と僚機を組んでくれ。それが条件だ。それが嫌ならクリティークには意地でも乗せねぇぞ」

 

「強くなった息子に背中を預けられるんだ。断る父親がどこに居る」

 

 

そう言ってロイの肩に手を掛けたロイの父親が慈愛に満ちた破顔を見せると、それに釣られてロイも照れ臭そうに鼻で笑った。その一部始終を見ていたセロは満足そうに頷く。

 

 

「――決まりだな。古豪の力、存分に発揮して貰うぞ。シェリング・ザーランド」

 

「無論だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ローゼンタール本社 最上階 CEO室

 

 

「つまりオーメルのリザイアは出てこない、ということですか」

 

「ふん、保身に走ったか。いっそORCAに寝返れば俺の撃墜数(スコア)更新に繋がるってのに」

 

「ダリオ。君の言い分は尤もだが、もっと紳士らしく振る舞いなさい。野心に満ちた騎士がいくら魅力的でも所作が粗暴では台無しだ」

 

「……失礼しました。レオハルトCEO」

 

 

マホガニーのデスクに座る紺色のダブルスーツを上品に着熟しているレオハルトと呼ばれた初老の男性の目の前には、純白の生地に金の刺繍が施されたマントルを肩掛けしている【ランク6】ジェラルド・ジェンドリンと朱色の生地に同じく金の刺繍が施されたマントルを着用した【ランク11】ダリオ・エンピオが直立している。

 

彼等の話題はラインアーク事変にてグループ宗主の座を降ろされたオーメルの行動に注がれていた。オッツダルヴァという最強の駒とグループ宗主という最高の権力を同時に失ったオーメルは斜陽に追い込まれており、それまでの悪評も相まって自社の存続に心血を注いでいる有様だ。

 

そんな苦境の中、ORCA旅団掃討作戦に唯一の専属リンクスである【ランク13】リザイアを回す余裕は無いとの理由で戦力の提供を辞退したのである。リンクス戦争におけるオーメルの暗躍を間近で見てきたレオハルトはこめかみに手を当てて溜息を吐いた。

 

 

「彼等のことだ。苦しい苦しいと表で言って、裏で何某かの策謀でも練っているんだろう。下手に付き合う必要はないさ」

 

「同意見です。それで、グループとしての共同部隊はやはりアルゼブラと?」

 

「そうなるな。アルゼブラは旧イクバール時代から実戦的なゲリラ戦を得意としたリンクスを多数輩出している。ORCA旅団掃討においても、その有用性は計り知れない」

 

「あのイカレ共と肩を並べるのは癪だが、まぁ上手く使ってやるか」

 

「案外気が合うかも知れないぞ。いや、野心で言えばお前の方が狂気的かもなダリオ」

 

「……面白い。今ここで俺の方がノブリス・オブリージュに相応しい事を証明してやってもいいんだぞジェラルド」

 

「二人ともよさないか」

 

 

犬猿の仲でしか発生し得ないバチバチとした視線のぶつかり合いに辟易としながらレオハルトは面倒臭そうに諫める。二人とも腕は確かなのだが、同じローゼンタールの専属リンクスにも関わらず顔を合わせれば必ず罵り合いに発展してしまうのが玉に瑕だ。

 

 

「本来なら我が社の支援リンクスであるキドウ・イッシンにも招集をかけるんだが、彼はいま現在所在不明だ。よって君達二人がローゼンタールの最精鋭ということになる。それを重々理解した上で行動し給え。いいな?」

 

「――承知しました」

 

「――了解」




ということでAC4からシェリングとレオハルトが参戦です。シェリング登場は気付いた人も多いんじゃないでしようか。それと意外かも知れませんがロイとシェリングの立ち回りって結構似てるんですよ。同じヒルベルトだし。だから親子って設定も有りかな~なんて思った次第です。

あとジェラルドとダリオは犬猿の仲です、絶対そうです(偏見)

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105.箱と追憶と前説

壺の方の新作が出ましたね。文才華々しい小説を見ると『ああなってみたいな』なんて思ってみたりなんかします。


サハラ砂漠 謎の施設内部

 

先日イッシン一行とナインボール2機が戦った密閉空間の激戦地ではフランソワ・ネリス率いるコルセール傘下の作業員が所狭しと動き回りながら様々な検査機器を用いて、ある場所の調査を綿密に行っていた。

 

その場所とは丁度ネクスト1機がギリギリ格納出来る程度のコンテナが収容されている格納庫であり、一つは閃光のような白色のコンテナ、一つは落日を彷彿とさせる朱色のコンテナに、最後の一つは何の飾り気もない銀色の素地が剥き出しのコンテナの計三つである。そして現在行われている調査の本命は、このコンテナの中身がなんなのか突き止めるためのものである。であるのだが。

 

 

「ふ~~……しかし参ったわね、コレ」

 

「ホント勘弁して欲しいですよ。どんな思考回路してたらこんなセキュリティアルゴリズム思いつくのか教えて欲しいくらいです」

 

 

濃緑色の厚手のタンクトップ姿でコンテナに取り付けられた電子制御システムの基盤を弄くり回しているネリスの言葉に、隣で地べたに座りながらノートPCをカタカタと叩く男性作業員は恨み節を吐いて同調する。更にその隣では触手のような何十本もの色彩豊かなケーブルの群れに対して威嚇するようにフヌヌッ!なんて呻きながら悪戦苦闘している小柄な女性作業員と大柄な男性作業員がいた。

 

中々コミカルなメンバーと思えるが、実は三人ともウィスやイェーイと同じくネリス直属の部下なのだ。ウィス達がリンクスであることを存分に生かして戦闘面からネリスを援護する『兵』とすれば、三人はあらゆる技術面から多角的にサポートを行う『官』と言ったところか。

 

そんな彼等の技術的経験則と各種知識は並大抵ではなく、その実力は一週間あれば戦場に打ち棄てられたスクラップ同然のネクストを新品未使用状態まで修復出来るほどだ。加えて助っ人として団長であり生粋の技術屋でもあるネリスも解析を手伝っている今、間違いなく世界最高峰のチームだと断言出来る。しかし、彼等の技術を持ってしても目の前のコンテナの扉を開けることが未だ叶わずにいた。

 

 

「私達レベルの技術者が集まって分かったことが、分からないってことが分かっただけ。なんて冗談でも笑えないわ」

 

「まさかこのアルゴリズム、実は宇宙人が作った……とかは無しですよね? 正直そう言われた方が自分はまだ納得出来ます」

 

「なら地球はとっくに宇宙人に支配されて人間牧場になってるだろうさ。俺だったら神が作りたもうた審判の扉ってほうがリアリティを感じるがな。てかそうだろ多分」

 

「うわ~出た、先輩お得意の隙あらば神様実在論。ホント、いい加減オカルトとかそういうの卒業したらどうです? 私みたいに美容とかスイーツとかに重きを置いたほうが人生楽しいですよ。ですよねぇネリス団長?」

 

「馬鹿言ってないで手を動かしなさい」

 

 

話の流れで持ち場を離れつつり寄ってくる小柄な女性作業員をデコピンで迎撃しながら窘めるネリスだったが、先ほどの大柄な男性作業員が言ったことはあながち間違いでも無いことは彼女自身が良く知っている。あれから日数が経っているというのに、つい数分前に起こっていたかのような、中性的で、無駄に美形で、どこまでも胡散臭いアイツとのやり取りを思い出した。

 

 

(アイツ)は此処を前線基地だと言ってた。ならこのコンテナ群の中身は兵器と考えるのが妥当。キドウ・イッシンが目覚めない問題が起こったとはいえ、敵兵器を事前に鹵獲出来たのは大きな収穫ね。でもこんな厳重なセキュリティが掛けられた兵器って一体……?)

 

「……? どうしました、団長」

 

「ん、何でも無いわ。さっ!それよりこんな訳の分かんないアルゴリズムなんかちゃちゃっと解析して、眠れるイッシン坊やが目覚めた時に度肝を抜いてやりましょ!」

 

 

急に手を止めて自身の思考に没頭し始めたネリスを不思議に思ったのか、隣でPCを叩く男性作業員は気遣うような素振りで声を掛けると彼女はすぐさまそれを振り払って周囲の作業員に渇を入れる。

 

中身を考えた所でコンテナが開かなければ意味が無い。なら最優先はこのイカレたセキュリティアルゴリズムを解くことだ。そう断じたネリスは再び電子制御システムの基盤を弄くり回し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

??? ?? ??

 

 

「ん~~!うま!やっぱ夏はスイカっしょ!」

 

 

ジジーッとアブラゼミが暑苦しい鳴き声を響き渡らせ、対抗するように鉄製の風鈴がチリンチリンと感覚の涼を届けている中、タンクトップと短パン姿のイッシン少年は田舎らしい長屋の縁側に置かれた座布団に胡座をかき、半月状に切り分けられた大玉スイカを両手で持ちながらシャクシャクとむしゃぶりついて堪能していた。そのすぐ後ろには漆塗りのお盆の上に置かれた、同じく半月状のスイカが二つと赤いキャップと角々しいフォルムが印象的な塩の小瓶が置かれている。

 

とても楽しみにしていた夏休みの帰省初日に謎の白黒本物ガイジンさんに出会うという超奇跡的な体験をしたイッシン少年は、この夏休みは一層特別なものになると予感していた。とくに根拠は無い。でもなんかスゴいことが起こる。そんなとりとめもない予感を。

 

 

「フッフッフ。今年の僕は一味違うぜ……!」

 

「なに馬鹿なこと言ってんの~?」

 

「あっ、せっちゃん!」

 

 

少年特有の妄想に浸っていたイッシンを引き摺り上げた声の方向を見ると、桜色のハンサムショートがよく似合う、ワンピース姿の少し年上であろう少女が呆れたような表情でこちらを見ていた。

 

 

「だからせっちゃん呼びは止めてって。私にだってちゃんとした名前があるんだよ?」

 

「いいじゃん。せっちゃんはせっちゃんなんだし」

 

「もぉ~アンタってホントに……ほら、サイダー。好きでしょ」

 

「おぉーー!!せっちゃんナイスゥー! 丁度飲みたかったんだよね!」

 

 

せっちゃんの白魚のような右手から差し出された口の開いている汗まみれの瓶サイダーを見るや否や、イッシン少年は大袈裟にリアクションしながら喜んで受け取る。瓶に触れた瞬間の、手の平から全身に駆け巡るヒヤッとした感覚でこの瓶サイダーがキンキンに冷やされた極上品であることが確定しており、この状態を一秒たりとも劣化させてはならぬと本能的に感じ取ったイッシン少年は分け目も振らず乱暴に口へ運ぶ。

 

荒れ狂う濁流のように口内へ流し込まれたサイダーは本当に良く冷えており、喉をイガイガと攻撃してくる炭酸の強さも申し分ない。端的にいって最高だった。

 

 

「ぷは~~!!生き返る~!」

 

「オッサンかアンタは」

 

「せっちゃんも飲む? めっちゃ美味しいよ?」

 

「わ、私はいい。さっき飲んできたし……」

 

「あ~。せっちゃん、これ間接キスとか考えてるんでしょ。エッチィ~~」

 

「そんなんじゃないから!! ホントに飲んできたの!」

 

 

せっちゃんは、ほんの少し紅潮した顔を誤魔化すようにバチンッ!とイッシン少年の肩を強めにはたいた。その音があまりに良かったのではたかれたイッシン少年はケラケラと笑い出し、それに釣られてせっちゃんも徐々にクスクスと笑い出す。

 

何の変哲も無いありふれた夏休み。照りつける太陽の日差しとアブラゼミの鳴き声は相変わらず暑苦しく、風鈴の音は涼やかだ。暫しのあいだ談笑していた二人だったが、ふとイッシン少年は思い出したかのように話の腰を折った。

 

 

「そういえばさ、この前ガイジンさんと何話してたの? ガイジンさん、せっちゃんと話したら急に帰っちゃったじゃん」

 

「ん~なんでもないよ。ただ道案内をしただけ。そういうアンタは何話した?」

 

「話したっていうか、なんか『いつここに来たの』とか『どうやってここに来たの』とかばっかり聞かれたんだよね、なんか変じゃない?」

 

「あ~それは確かに変だ。もしかしてあのガイジンさん、変質者ってやつかも」

 

「でもさ。もっと変なのが、僕それに答えられなかったんだ。思い出そうとしてもなんか訳分かんなくなっちゃってさ。せっちゃんどう思う?」

 

「う~ん。確かに変だね。でも、()()()()()()()()()()()()()()

 

「……まぁそれもそっか。ごめん、変なこと言って」

 

「別にいいよ。アンタが変なのは前からだし」

 

「あっ馬鹿にしたな! そんなこと言って―――」

 

 

何の変哲も無いありふれた夏休みは、まだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある場所 とある時間

 

一切の闇しかない空間に、ただ一箇所だけスポットライトが照らされた場所がある。そこには燕尾服を来た神様が一人立っており、貴方の顔を確認すると満足そうに頷きながら両手を広げて小芝居じみた言葉を紡ぐ。

 

 

『レディースア~ンドジェ~ントルマ~ン!!大っっっ変長らくお待たせ致しました。ここから先のストーリーテラーは私、一神(イッシン)が司会進行させて頂きます!――はてさて、やっと役者が出揃いました。動乱を望む者、収める者。腐敗を是とする者、非とする者。イレギュラーになる者、ならせぬ者。………まぁ、実際はちょっと役者に問題が発生してるけど……なんにせよ多種多様十人十色千差万別森羅万象の欲望を胸に、この世界はついに最高潮(クライマックス)へ突入致します!人類は滅びるのか、それとも生き残るのか! さぁ! いよいよ開幕です!!!』

 

 

 

時は七月。革命が始まる。




いかがでしたでしょうか。

イッシン君不在のまま七月に突入です。一体どうなってしまうのでしょうか。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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106.三つ巴・Ⅰ

久しぶりに一日を寝て過ごしました。
無為に過ごすほど贅沢な時間はないですね。


7月27日 18:00

 

ORCA旅団移動基地【ゴルディロックス】 格納庫

 

ORCA旅団の行動特性上、どうしても隠密行動が多くなるために少数運用を前提として設計された格納庫には多種多様な装備を携えた9機のネクストが格納されていた。そしてそれらのジェネレーターは既に戦闘態勢に入っており、各々のコックピットではネクストの主人たるリンクス達が思い思いの時間を過ごしている。

 

不意にオープン回線が開き、各機のコンソールパネルにある男性の顔が映し出された。熱っぽい扇動家であり、諦観者であり、ロマンチストでもある複雑な、あるいは分裂した男。ORCA旅団団長、マクシミリアン・テルミドールの自信に満ちた顔が。

 

 

「これよりクローズ・プランを開始。ブリーフィングで話した通り、主要アルテリア施設に対しネクストによる同時攻撃をかける。君達のターゲットはウルナ、カーパルス、クラニアムを始めとした大規模アルテリア施設だ」

 

 

画面越しで旧代の独裁者を彷彿とさせる口調で作戦内容を展開するテルミドールには、道は違えど志を共にする旅団員達の顔を窺い知ることは出来ない。ネクストという鉄の塊に搭載されたコックピットで個人個人が間仕切られているのだから当然だ。しかし、彼等の熱気と緊張感の前ではそれら強固な壁は容易に貫通されて、否応にもテルミドールの肌を焦げつかせる。

 

 

「施設には多数の防衛部隊も展開している。襲撃が感知されれば、おそらく各グループの最精鋭部隊が韋駄天の如く駆けつけるはずだ。ゆえに部隊到着前にこれを殲滅することができればその後の戦闘が幾分か楽になるだろう」

 

 

彼の口から発せられた最精鋭部隊。GA・インテリオル・オーメルが再編成したこれらの練度は言わずもがな。時代こそ違うが、旧レイレナードグループを壊滅に追いやったリンクス戦争当時の最精鋭部隊よりも間違いなく強大な戦力であることは明白だった。

 

彼我の差を鑑みれば特攻承知のカミカゼとしか第三者は評価しないだろうが、それは違う。カミカゼは自身の命と引き換えに敵を倒して勝利を得る方法だ。対してORCA旅団の目的は敵を打ち倒す勝利ではない。ある一定の損害を与えた後は攻勢のプレッシャーを与えつつ交渉のための時間稼ぎに終始する、いわゆる政治的決着を念頭においた戦法なのだ。

 

もちろん企業の最精鋭部隊を相手にする以上、袋叩きにされて壮絶な戦死を遂げる可能性も大いに有り得る。仮に戦死せずとも全世界を敵に回したのだ。捕虜となれば『死んだ方がマシだ。殺してくれ』と敵に懇願するようなあらゆる拷問を受け、最終的には筆舌に尽くしがたい罵詈雑言を大衆から浴びせられながら処刑されるに違いない。

 

そんな脅迫じみた言葉を掛けたとしても彼等がコックピットから降りることはないだろう。何故なら彼等にとって『今』を変えない事こそが、無様な野垂れ死によりも苦痛であるのだから。

 

 

「……最悪の反動勢力、ORCA旅団のお披露目だ。諸君、派手にいこう」

 

 

テルミドールの号令とともに全ネクストのジェネレーターからコジマ粒子を供給する駆動音が一斉に鳴り響き、メインカメラには決意と覚悟が刻まれた光が輝き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

7月27日 18:32

 

ローゼンタール本社 総合防衛管制室

 

 

「カーパルスに所属不明ネクストが接近! こちらの呼び掛けに応答しません!」

 

「防衛ラインα、突破され――なっ!?βも突破されました! なんて速さだ!?」

 

「絶対防衛ラインまで残り50km、到達予想時刻18:44!」

 

「………来たか」

 

 

突然海面より出現した所属不明ネクスト確認から約5分。カーパルスの警備を担当していたローゼンタール直轄の防衛部隊が赤子の手を捻るように一瞬で突破されていく事態に管制室は悲鳴にも似た怒号が飛び交うが、その中で三人の男性だけは冷静さを保って状況を把握していた。ローゼンタールCEOであるレオハルトと【ランク6】ジェラルド・ジェンドリン、そして【ランク11】ダリオ・エンピオである。

 

 

「こうも易々と突破されると自信が無くなるな。これでも防衛部隊のノーマルパイロットは精鋭を選んだつもりなんだが」

 

「それを敵が上回っただけです。お気になさらず」

 

「――アルゼブラにも同様の襲撃があったようでね。残念ながら増援は期待できないが、二人とも行けるかい?」

 

「無論。撃墜数(スコア)を伸ばすには丁度良い相手です」

 

「頼もしい。では、頼む」

 

「「イエス、マイロード」」

 

 

カッと踵を返して立ち去る彼等の後ろ姿を横目で感じながら、レオハルトは目の前の大画面モニターに映し出された八面六臂の大立ち回りを演じている青い三連星のエンブレムを付けた純白の機体を眺めた。

 

 

「これは贖罪か。それとも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月27日 18:40

 

BFF本社 執務室

 

ウォルナット材で誂えられた気品あるデスクの上にシンプルな見た目のノートPCと珈琲が注がれたマグカップがそれぞれ一つだけ置かれており、画面では情報の奔流とも呼べる怒濤の分析データが指し示されている。その圧倒的情報量を眉一つ動かさずに読み切っていた王小龍は掛けていたメガネを外し、餅をつまむように目元を軽く揉みほぐした。

 

つい先ほど現れた所属不明ネクストの一団によるアルテリア施設への同時攻撃。時期やタイミングを考慮して、十中八九ORCA旅団によるものと見て間違いない。

 

しかし王小龍の顔には不安げな表情など微塵も感じられず、むしろ安心しているようでもあった。それもそうだろう。GAグループ管理下の主要アルテリア施設、アルテリア・ウルナには既にドン・カーネルを主軸とした新体制の特務遊撃大隊が待機しており、迎撃体制は万全なのだ。いくらORCA旅団のネクストが強かろうと、それこそ離反した元最上位リンクスであるオッツダルヴァとダン・モロが同時に向かってこようと、ネクスト2機、AF3機、新型ハイエンドノーマル9機を含んだ総計169機の大部隊を突破できる道理はないだろう。

 

抜かりは無い。想定外が起こったとしてもGAには『GAの英雄』ことローディーを筆頭とした手練れのリンクスが数多く待機している。後詰めとして彼等を投入すれば、オーメル・インテリオルグループが我が身可愛さにカラードを裏切る可能性を含めた、大抵の想定外は対処可能だ。

 

王小龍はホゥッと一息付くと、珈琲が注がれたマグカップに手を掛けて口へ運ぶ。(ぬる)くなった珈琲を唇で感じ、思いのほか長い時間を作業へ割いていたのだなと油断していた彼の耳朶を叩いたのはデスクのノートPCから鳴り響くけたたましい着信音だった。

 

おもむろに相手を見ると『マーフィー・ゴドック准将』と表示されており、王小龍の顔が険しくなる。彼はスピリット・オブ・マザーウィルの元艦長であり、イッシンと交戦した先の戦いで敗れたあと、身柄預かりの名目で女王派直轄の作戦司令室に配属された男だ。軍人の本分と戦いの退き際を弁えている聡明な将官というのが王小龍の中の評価なのだが、そんな彼が暗号回線を使わずに通常回線でコールしてくる事に違和感を覚える。よほど緊急の用件か、或いは()()()()()()()()通信を試みているか。

 

どちらにせよ受けない理由は無い。そう断じた王小龍は回線を開き、画面上に映し出された風格のある壮年男性を見る。

 

 

「久しいな准将。確かGAグループはORCA旅団に対する作戦行動中なのだが、暗号回線を使わずに私に直接コンタクトをとるとはどういった用向きかね?」

 

《突然のご連絡申し訳ありません。ですが、この件については直接お伝えしたほうが良いと判断しました》

 

「なるほど、用件は」

 

《はい。ツングースカ、ノーザンテリトリー、ナスカにある例の施設から未確認物体が複数飛び立ったことが確認されました。その全てがアルテリア施設に向かっています》

 

「……なに? 常駐している調査部隊はどうした。なにか起これば逐次連絡する手筈になっているだろう」

 

《それが、こちらからの呼び掛けに一切応答しません。恐らくは全滅したかと》

 

 

にわかに信じられない報告に王小龍は額に手を添えた。調査部隊にはネクストとの交戦経験もあるベテランパイロットも同行させている。それが助けを呼ぶ間もなく壊滅させられたという客観的推察は受け入れ難い。しかし対応した次手を即座に打たねばならぬのも事実だ。王小龍は気分を落ち着かせるために一呼吸おいてゴドック准将に尋ねた。

 

 

「わかった。それで一番最初に未確認機が来襲するアルテリアは?」

 

《カーパルスです。到着予測時刻18:50、向かっている未確認機は1機。現在ORCA旅団所属ネクストの襲撃に対応するため【ランク6】【ランク11】が現場に急行しています》

 

「ならばローゼンタールのレオハルトCEOにホットラインで直接報告しろ。あやつのことだ、どうせ現場に立って事の顛末を見守っているからすぐ捕まるだろう。何か文句を言われたら私の名を出せ。責任は持つ」

 

《感謝します、それでは》

 

 

ゴドック准将が敬礼してノートPCの画面が通信終了を示すブラックアウトを表示した直後、王小龍はスクッと立ち上がり、備え付けの木製ハンガーに掛けられたジャケットをヒラリと着用すると扉を開けて執務室を出る。そのすぐ目の前にはリリウムが王小龍が愛用しているブリーフケースを持って待機しており、キビキビと廊下を歩き始めた彼の立ち振る舞いで緊急事態が発生したことを察した彼女は追従しつつ、言葉少なげに王小龍へのサポートに徹した。

 

 

「ドン・カーネル大隊長に連絡を取りますか」

 

「あの手合いは自分で考える頭を持ってるから必要ない。それよりローディーにすぐ出撃出来るよう連絡を頼む。私達も出るぞ、準備しなさいリリウム」

 

「承知しました大人(ターレン)

 




いかがでしたでしょうか。

ここまではまだギリギリ原作通りです、ここまではね。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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107.三つ巴・Ⅱ

怒濤の誤字脱字報告ラッシュ、本当にありがとうございます。それとパッチ、ザ・グッドラックの『、』は誤字じゃないんです。原作準拠なんです。なんか申し訳ねぇ。

それと、今回は賛否が分かれるかもです。


7月27日 18:47 アルテリア・カーパルス

 

 

「防衛部隊が、全滅…? 20秒足らずでか…」

 

 

VOBを用いた超高速移動によってローゼンタール本社から数分でカーパルスに到着した【ランク6】ジェラルド・ジェンドリンが最初に発した言葉は驚嘆と戸惑いに近い感情を以て吐き出された。

 

作戦司令室でレオハルトCEOが言った通り防衛部隊には精鋭の戦闘員が配置され、特にカーパルス本陣においては、その精鋭達の中でも戦績輝かしい人員を配置している。少数精鋭と内外から謳われるローゼンタールの中において、更に精鋭と呼ばれる戦闘員達の練度はおそらくサイレント・アバランチを凌駕するだろう。

 

そんな最精鋭の庇護が、僅か20秒しか敵戦力に対抗出来なかった事実はジェラルドを驚嘆させるには十分過ぎる理由だった。しかし彼の隣に立つ【ランク11】ダリオ・エンピオの意見は違ったようである。

 

 

「怖じ気づいたか、ジェラルド。貴族の務めなど、大層な御託の割に…クククッ」

 

 

彼は敵戦力に驚嘆するジェラルドに対して明確な嘲りを現したのだ。それは自身より高いランクを有し、なおかつノブリス・オブリージュの先代リンクスであるレオハルトから認められ、直接それを受け継いでいるにも関わらず敵の表面的な戦果ごときで戸惑いを露わにしたジェラルドへの当てつけの意味が強い。

 

ダリオの言葉の真意をすぐさま察したジェラルドは多少居心地が悪くなりながらも、心持ちを切り替えてカーパルスに襲来した敵を見据えた。

 

破壊された防衛部隊の残骸から立ち上る黒煙を背景にしている敵ネクストは2機。1機は純白の装甲に身を包み、青い三連星のエンブレムを付けた、かつてアスピナ機関所属だった頃のホワイト・グリントを彷彿とさせる軽量機。もう1機は憂鬱さを体現したような灰色の装甲を纏い、どこか幾何学的な印象を与えるエンブレムを付けた、フラジールに勝るとも劣らない細身なシルエットに対して至極不釣り合いな巨大ユニットを肩に据えた軽量機である。

 

対してこちらは両機とも総合性能に優れた中量機。セオリー通りの単純な撃ち合いなら負ける確率は皆無に等しい。

 

気負う必要はない。ただ、いつも通りのミッションを遂行するだけだ。

 

 

「お前に心配されるほど零落(おちぶ)れてはいないさダリオ」

 

「貴様に期待などハナからしていないが……まあ、撃ち漏らしくらいは俺が尻拭いをしてやるとするか」

 

「ノブリス・オブリージュ、青と灰のイレギュラーを排除する」

 

 

刹那、ノブリス・オブリージュの象徴たる翼型の背部兵装【EC-O307AB(三連装レーザーキャノン)】通称〝破壊天使砲〟の砲身に当たる羽根の端部が前方に展開すると、三本の白い光条が敵ネクストに向けて放たれた。不意打ちに近いタイミングで撃たれたレーザーは高速を保ったまま目標を穿たんと直進するが、敵イレギュラー達は素早いながらも悠々とそれを回避。

 

返す刀で白いイレギュラーが持つ【HLR71-VEGA(高出力レーザーライフル)】から撃ち出された野太い光条がジェラルド達に襲い掛かるが、彼等は当然の如く回避する。

 

そうして戦闘の口火が切られようとした時、白いイレギュラーからオープン回線で通信が入った。女性特有の凜とした声色はまさしく戦士の風格があり、一歩間違えば悪辣とも捉えられかねない威厳を醸し出している。そんな彼女を軽く諫めるのは諦観したような男性の優しい声色であり、儚さすら感じられた。

 

 

《2機か。警告はしたはずだが、侮られたものだな。私とアステリズムも》

 

《私も忘れて貰っては困るよジュリアス・エメリー。おそらく君一人で十分だろうが、なにぶんメルツェルの指示だ。相応に働いてみるとするさ》

 

 

オープン回線で繰り広げられた二人の会話を聞き、ずいぶん余裕じゃないかと苛立つダリオはトラセンドの右腕兵装【ER-R500(レーザーライフル)】と左背部兵装【EC-O300(レーザーキャノン)】を展開して正面からの撃ち合いに構えようとするが、そんなセオリーなど捨て置けと言わんばかりにノブリス・オブリージュが左腕兵装【EB-O305(レーザーブレード)】を振りかざして分け目も振らずにアステリズムと呼ばれた白いイレギュラーへ吶喊した。

 

突然の出来事にジュリアスは面食らいながらも、すぐさま【ER-O200(レーザーライフル)】で応戦しながら距離を取る。ジュリアス・エメリーが駆る乗機のアステリズムは外見こそ旧ホワイト・グリントに似通っているが機体コンセプトは真逆と言ってよく、旧ホワイト・グリントが近距離高速戦闘に特化しており、対するアステリズムは射撃機動戦に特化した機体なのだ。

 

結果として格闘兵装によって距離を詰められては文字通り手も足も出ない弱点を有しており、目の前のノブリス・オブリージュはそれを即座に看破したのかと若干の焦りを心に滲ませるが、突如個別回線で語り掛けてきた男性の声にそれは杞憂だったと安堵する。

 

 

《何故君がここにいる! ジュリアス・エメリー!》

 

「……その声、ジェラルド・ジェンドリンか」

 

《答えてくれ!何故君が!?》

 

「答える義理はない」

 

 

そう突き放したジュリアスは【HLR71-VEGA(高出力レーザーライフル)】の獰猛な銃口をノブリス・オブリージュに向け、トリガーを引く。再び放たれた野太い光条を回避しようとしたジェラルドだったが、ジュリアスと交信するために自ら距離を縮めたがゆえ若干間に合わず、格納された右背部の【EC-O307AB(三連装レーザーキャノン)】の砲身の一本に命中してしまう。

 

バチバチと音を立てながら散発的にショートする砲身を躊躇いなくパージしたジェラルドはノブリス・オブリージュに右腕兵装【MR-R102(アサルトライフル)】および左背部の【EC-O307AB(三連装レーザーキャノン)】を構えさせながら、距離を稼ぐアステリズムを追撃。苛烈なイタチごっこが開幕した。

 

 

「――成る程、旧知の仲とは。やはりアスピナの業は根深いな」

 

 

一部始終を見ていたイレギュラーの男性は呟くと、ジュリアスに加勢するため自身の駆る灰色のネクストにOBを展開しようとする。しかしそれは真後ろから迫ってきたトラセンドの強襲によって断念せざるを得なかった。即座にOBをキャンセルし、QBを噴かして回避行動に移った灰色のネクストは右腕兵装【01-HITMAN(マシンガン)】を連射しながらトラセンドを挑発する。

 

 

「不意打ちとはずいぶんなラフプレーじゃないか。ローゼンタールの騎士なら作法は(わきま)えて然るべきだろう」

 

《ふん、空き巣の匪賊にかける作法なぞ持ち合わせる道理があるか。貴様では少々役不足だが大人しく撃墜数(スコア)になれ》

 

「面白い。後が控えているが問題ないだろう。グレイグルームの恐ろしさ、味わうといい」

 

 

口火の罵りを終えた双方は互いにQBを噴かして本格的な戦闘に突入しようとした刹那、何の前触れも無くけたたましいコール音と共にローゼンタール本部から緊急通信が入った。

 

何事かと目を見開くダリオだったが緊急通信に応答しない訳にも行かず、敵イレギュラーを視界に収めて回避行動を取りながらコンソールパネルを触って回線を開く。そこに映ったのは壮年の男性、レオハルトだった。

 

 

《良かった。なんとか繋がったようだな》

 

「レオハルトCEO? 現在我々は敵イレギュラーと交戦中なのですが」

 

《先ほどBFFの王小龍から情報が入った。そちらに正体不明の未確認機が1機向かっている。ORCA旅団との関連性は不明だが、どちらにせよ敵性戦力の可能性が高い》

 

「未確認機……これか?」

 

 

レオハルトから得られた情報を元に素早くコンソールパネルを操作し、衛星通信を併用したレーダー索敵を行ったダリオはカーパルスへ急速に近付いてくる物体を確認した。会敵時刻は18:50。猶予は残り30秒足らずしか残されていない。

 

 

「チッ、数的不利は避けられんか」

 

 

悪態をつくダリオだが、彼も上位リンクスの一人だ。既に敵イレギュラーとの彼我戦力が同等以上であることを見抜いており、ここにネクストが投入されれば天秤が一気に傾く事実は容易に想像出来た。

 

どうしたものかと思案しながら敵イレギュラーを見遣ると、彼にもなにかしらの通信が入ったらしく回避行動を取りながら此方の様子を窺っているようだった。

 

そして彼方で開催されていたノブリス・オブリージュとアステリズムのイタチごっこはいつの間にか終幕を迎えており、一定の警戒距離を保ちつつお互いの僚機であるトラセンドおよびグレイグルームと合流する。

 

 

「ことの次第は聞いたなジェラルド」

 

《ああ、だがどうする。あの様子だとジュリアス……ORCA旅団にとっても不測の事態らしいが》

 

「その答えはいまから来る奴に聞くだけだ」

 

 

そう言ってトラセンドのメインカメラが眺めた方向には大出力ブースター特有の輝きを纏った光点が近付いて来ているのが確認出来た。徐々に大きくなっていく機影を光学カメラで補正した映像を見るに、どうやら黒一色で構成された大型のコンテナらしく、VOB並の超スピードを一切減速させないままカーパルスの機械化された地面に凄まじい衝突音と共に激突する。

 

激しい爆発音と黒煙に(いぶ)されている謎の黒いコンテナの登場にカラードとORCA、計4機のネクストが臨戦態勢を取った。不思議なことにあれほど凄まじい衝突音をあげておきながら、ひしゃげたような外傷は一切見当たらず、その事実がより一層彼等の警戒感を押し上げている。

 

やがてコンテナのハッチ部分がプシューッという減圧音と共に解放され、漏れ出た空気で周囲の黒煙が弾き飛ばされるとコンテナ内部から一体の黒いネクストが武装した状態で、ゆっくりと一歩一歩踏み締めるように姿を現した。そしてその姿見た全員が、衛星中継を通じて状況を注視していた王小龍も含めて絶句する。

 

忘れない。忘れられるものか。だが何故。

貴様は死んだろう。火葬され、灰になっただろう。

 

黒いAALIYAH(アリーヤ)フレーム。黄色の複眼。敵対企業のパーツ。

 

王小龍は初めて自身が全く理解できない事柄に恐怖し、怒り、歯を食い縛り、画面越しの黒いAALIYAH(アリーヤ)を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

「ベルリオーズ………!」




いかがでしたでしょうか。

お気に入り登録500人突破しました。これからも読者の皆様のご期待に添えるよう無理せず頑張って行きます。


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108.三つ巴・Ⅲ

シュークリームってあんなに重い食べ物でしたっけ。2つ食べたら結構キツくなりました。年かな。


7月27日 18:51 アルテリア・ウルナ

 

 

「もう! いったいどこから撃ってきてるのよ!?」

 

「射程外からの超精密射撃……こんな芸当が出来るのは――」

 

 

メイ・グリンフィールドは苛立ちを全面に出した怒号を叫びながら乗機メリーゲートに回避行動を取らせ、ドン・カーネルは静かながら驚嘆の色を隠せずにいた。メイとカーネルが拝する【ランク17】および【ランク12】は経験と実績に裏打ちされた政治的配慮の無い純粋な評価であり、上位リンクスとして戦場に君臨するに相応しい実力があるという証左でもある。しかし、いま彼等が感じているものは強者の余裕ではなく不安と混乱に苛まれた半ばヒステリックな感情であった。

 

件のORCA旅団から差し向けられた巨大ガトリングを背負う白いタンク型ネクストと、それを火力でサポートするように立ち回る黒い重量二脚ネクストの2機で編成された敵イレギュラーと交戦していたドン・カーネル率いる特務遊撃大隊は最初、アルテリア・ウルナ本営からおよそ数キロメートル先に突如として飛来、落下したコンテナの中身の調査に割いている暇など持ち合わせていなかったし、割く気も無かった。

 

何故ならアルテリア・ウルナはGA管内の中でも一際(ひときわ)切り立った渓谷の頂上付近で稼働しており、天候上常に発生している深い霧による天然の煙幕も相まって、戦場の頂点たるネクストと言えど最接近しなければ照準すらままならない天然の要塞()()()からである。

 

しかし、そのコンテナから現れた1機のネクストの登場により状況が一変。最初は大隊所属のノーマルが12機、全機ともたった一発の弾丸で戦闘不能に追い込まれかと思えば、次にサイレント・アバランチが駆る新型ハイエンドノーマルが2機、しまいには新たに配備された新型AF【白老】の内1機が針の糸を通すような神業で的確に動力部を狙撃されて沈黙してしまった。

 

突然の事態に右往左往している特務遊撃大隊を見て、これ好機と見た白いタンク型イレギュラー――ヴァオー――は猪突猛進を地で行く進撃を開始しようOBを展開しようとするが、それを黒いイレギュラーが手を挙げて制止する。刹那、音速を遥かに超えた砲弾がタンク型イレギュラーの進行方向に着弾したのだ。あのまま進撃していたら確実に穿たれていたと感じる圧倒的精度を目の当たりにしたイレギュラーの一人――メルツェル――は得心がいったように軽く頷く。

 

 

「まさか死人が出張ってくるとは。事実は小説より奇なり、か」

 

「俺はどうしたらいいメルツェル! ぶっ潰すか!」

 

「流石に相性が悪い。最悪、ウルナは諦める」

 

 

興奮するヴァオーを抑えつつ今後の展望も含めた次の一手を考えるメルツェルを知ってか知らずか、全てを一撃の下に屠り去っていく狙撃の主――メアリー・シェリー――はサディストな笑みを浮かべた。下らない()()と違って賢い獲物のほうが狩り甲斐があるからだ。

 

 

《フフッ。いい的よ、坊や》

 

 

 

 

 

 

7月27日 18:52 アルテリア・クラニアム

 

 

【ランク5】ウィン・D・ファンションがアルテリア・クラニアムに参上したのは必然だったと言っていい。クラニアムは現存するアルテリアで最もエネルギー供給率が高く、クレイドル体制を維持する上での要諦に位置する施設だ。だからこそ企業連はカラードに在籍するリンクスの中で突発的な対多数戦闘をも難なくこなし、ほぼ完璧な依頼達成率を誇るウィン・D・ファンションをインテリオルが編成したネクスト部隊から強引に引き抜き、その防衛に当たらせる判断は間違っていなかった。

 

唯一間違いがあるとすれば、それは彼女以上の手練れが乱入してくる可能性を考慮していなかった点であろう。

 

ウィン・D・ファンションの目の前にはカラードを裏切ったオッツダルヴァ改めマクシミリアン・テルミドールが駆る情熱的な赤い差し色が特徴のALICIA(アリシア)と背部追加ブースターを背負った白いAALIYAH(アリーヤ)、そして彼等三人を俯瞰できる位置に突如現れた黒に近い藍色の装甲を纏ったAALIYAH(アリーヤ)がいた。白いAALIYAH(アリーヤ)は企業連からの事前情報で真改という旧レイレナード社のリンクスであることは容易に判別出来たが、藍色のAALIYAH(アリーヤ)は判別する必要すらない。

 

アナトリアの傭兵の戦闘記録を見た際に焼き付いた記憶。国家解体戦争において最も多くのレイヴンを屠り、純粋な力と力のぶつかり合いに魅入られ、そしてその中で果てた旧レイレナード社所属の女性リンクス。それこそが……。

 

 

《久しいな、真改》

 

「【鴉殺し】だと!?」

 

 

ウィンは驚愕の感情を隠すことなく声に乗せて言い放つ。有り得ない。彼女はリンクス戦争当時、アナトリアの傭兵に一対一の決闘を挑んで間違いなく死んでおり、それはカラード内部で保管されている経歴記録書と死亡診断書の正当性から明らかだからだ。

 

その感情はテルミドールも同じだったようで、加えてORCA旅団設立の源流と言える旧レイレナード社のリンクスがORCA旅団との敵対も辞さないスタンスを取っていることが、彼の混乱をより加速させる。

 

 

「馬鹿な……!貴女はアナトリアの傭兵に――」

 

《お前達に興味は無い。用があるのは真改だけだ》

 

 

しかし【鴉殺し】の視線はウィンとテルミドールには一切注がれず、ただ呆然と佇む白いAALIYAH(アリーヤ)――スプリットムーン――だけに送られていた。

 

 

「……アンジェ」

 

 

真改は【鴉殺し】の名前を呼ぶ。師として、友として、姉として、恋人として、あの時代を共に駆け抜けた彼女と、立場の違いこそあれ再び会えたことを天に感謝していた。しかしその万感の思いは届くことはない。

 

 

《さぁ真改。あれからどれほど強くなったか、私に見せてくれ!》

 

 

 

 

 

 

 

7月27日 18:53 アルテリア・フィーマー

 

 

ORCA旅団の中で銀翁と呼ばれているネオニダスは、コジマ技術の粋を結集したトーラス製ネクストARGYROS(アルギュロス)をベースとした乗機月輪(がちりん)からも推測出来るように、度重なるコジマ汚染によって余命僅かな身となった老人である。それゆえORCA旅団として行動する中で自身を驚かせるような出来事に遭うなど砂粒程度の確率だと高を括っていた。だが人生とはかくも面白いもので、時として思いがけないサプライズが用意されていることがしばしばある。

 

 

《長生きはしてみるものだな。かの傲慢家に再び会えるとは》

 

《まだ生き恥をさらしていたかテペス。貴様は棺桶の中で永遠に眠っていろ》

 

《良く言う。サーの称号を与えられながら傍若無人に振る舞うお前も同じ穴の狢だろうに》

 

 

ネオニダスは眼前でクリーム色のTELLUS(テルス)フレームを駆る男性リンクスを老練された言葉で嘲り、対する男性リンクスは非常に高圧的な物言いでネオニダスを罵った。同じ時代を生きた者同士の同族嫌悪とでも言うべきか、お互いプライマルアーマー以外に見えない障壁でも展開しているのかと錯覚するような覇気の衝突を感じる。

 

 

「サー、なのですか?」

 

 

それを知ってか知らずか【ランク20】エイ=プールが会話に割って入った。敬称(サー)と呼ばれた男性リンクスはクリーム色のTELLUS(テルス)のメインカメラを彼女の乗機ヴェーロノークに向けると、高圧的な態度は変わらないながらも懐かしむような声をエイに掛ける。

 

 

《会いたかったぞ、娘たちよ》

 

「なら何故アルテリアを襲うのですか!」

 

 

エイは叫ぶ。

 

インテリオル・ユニオンが設立される前、まだ前身であるレオーネメカニカとメリエスだった頃。リンクスとして拙い技術しか持ち合わせていない自身を含めた女性達の育成を一手に担い、持ち前の傲慢さを生かして彼女達を自分の所有物だと言い放ち、あまりに乱暴で不器用な暖かい庇護で守ってくれた男性――サー・マウロスク――が突然目の前に生き返り、こんな悪魔の所業に手を染めるのが理解出来なかったからだ。

 

しかし彼女の思いとは裏腹にサーの声質は冷たく鋭いものへ変化する。それは敵に向ける明確な殺意の現れでもあった。

 

 

《女の分際で俺の前に立つとは良い度胸だ。先に殺してやってもいいんだぞ?》

 

「マウロスク。いくら貴方でも3対1の乱戦には勝てないわ。大人しく投降しなさい」

 

 

ヴェーロノークの隣に立つタンク型ネクストであるレ・ザネ・フォルのリンクス、【ランク7】スティレットは死人が現れた動揺を理性と冷静さで上書きしながらも戦闘態勢に移行しつつサー・マウロスクに降参を促す。それは彼女なりの優しさでもあったし、同時に打算でもあった。

 

サー・マウロスクが一般に知られている評価はアナトリアの傭兵に無残に負けを喫した【オリジナル】。そこだけ見れば大した人物ではないと並の上位リンクスなら一蹴するだろう。しかし彼女は知っている。サー・マウロスクの真の恐ろしさはそこではないことを。

 

 

《ほぉ、なら教えてやる。格の違いってやつを》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月27日 18:55 アルテリア・ピュービス

 

 

「なに、あの動き……!」

 

「止まるな! ヤツ相手に止まれば死ぬぞ!」

 

 

【ランク18】シャミア・ラヴィラヴィと【ランク16】イルビス・オーンスタインはゲリラ戦のプロである。宗教的問題から紛争が絶えない地域を渡り歩き、血に汚れた武功を数々と打ち立てた。卑怯悪辣と卑下されても気に留めない。手段を選んで殺されるよりも、手段を選ばず生き残る方がより高尚であることを彼等は知っていたからだ。

 

だからこそ逃げ惑う。

 

彼等がいま相対しているワインレッドの逆関節型ネクストには、億に一つでも勝てる見込みがないからである。

 

 

《――つまらん。無意味な戦いだ》

 

 

必死に生き残ろうともがく彼等とは対照的に、そのワインレッドの逆関節型ネクストを駆る男性はとても退屈していた。あの胡散臭い人物が言った『人類の進化を目の当たりにしたくないか?』という口車に乗せられて再び表舞台に立ったまではよかったが、蓋を開けてみれば進化のしの字すら当て嵌めるのを躊躇う陳腐な人間しかいない。研究対象として考察すること自体が研究への冒涜にも思える。

 

 

「なら(えぐ)られるのはどうじゃ」

 

 

そんな停滞した男の思考に横槍を入れるように死角から1機の軽量級ネクストがQBを噴かしながら颯爽と現れた。極東の方言訛りが特徴的な男性リンクス――【ランク22】ド・ス――が駆るネクスト、スタルカの右腕に装備されているのは必殺の【KIKU(パイルバンカー)】。直撃すればAFでさえも一撃で撃破可能な近接兵装が放つ濃密な死の香りは相対するものに劇的な威圧感を与えるはずなのだが、ワインレッドの逆関節型ネクストはまるで玩具の銃で脅してくる子供を諫めるような口調で言葉を繋げた。

 

 

《お前では近付けない。存在が薄すぎる》

 

「ぐっ!!」

 

 

次の瞬間、スタルカの眼前からワインレッドの逆関節型ネクストが消え去ると同時にスタルカの背後から痛烈な衝撃が走る。一瞬で回り込まれ、逆関節特有の強靱なジャンプ力で蹴り飛ばされたとド・スが理解した時には乗機であるスタルカはうつ伏せの状態で地面を削り取っていた。

 

 

「ド・ス!!」

 

 

シャミアの叫びも虚しく、ワインレッドの逆関節型ネクストの右手に握られた【SAMPAGUITA(大型ショットガン)】の銃口がスタルカの背中に向けられる。重量級タンクの手本として名高い雷電の装甲を数発で貫通可能な【SAMPAGUITA(大型ショットガン)】がスタルカのような軽量級ネクストに放たれればどうなるか火を見るより明らかだ。そうして確定した死を到来させるために引き金が引かれようとした瞬間。

 

 

《心底ガッカリしてたんだ。いくらてめぇを殺したくても死んでるから殺せねぇことによ》

 

 

狂気に満ち満ちた声が聞こえた。久しく聞くことの無かった声。アナトリアの傭兵と出会うまで研究対象として最も興味深く、素晴らしかった男の声。振り返った先にいた黄土色の逆関節ネクストを見て男は表情にこそ出さないが歓喜する。

 

この時代においても、お前は私の研究対象とするに相応しい変化を遂げているのか。やはり新しい。惹かれる。

 

 

《これも転換か。変わったなラティ》

 

《その名前で呼ぶんじゃねえサーダナ。俺の気が済むまで無限に殺してやる》




いかがでしたでしょうか。

という訳でAC4の強敵達が登場です。ここの神様ってホントやることがいちいちエグいよね。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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109.異なる道程の交差点

カルボナーラを極めました。今の私は、急に異性が自宅に来ても無敵です。


リンクススーツを身に纏い、愛機ストリクス・クアドロのコックピットで一連の中継を見ている王小龍は文字通り頭を抱えていた。ORCA旅団の来襲、予期できた。その目的が主要アルテリア施設への大規模同時攻撃、これも予期できた。

 

しかし、だがしかし。リンクス戦争時に戦死した【オリジナル】最上位のリンクス達が復活し、あまつさえ徒党を組み、ORCA旅団迎撃の舞台に機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)よろしく突然躍り出てくるなど誰が予期できようか。

 

場荒らしと呼ぶには大きすぎる事態に、座していながら思わず蹌踉(よろ)めきそうになった王小龍は陰謀家の二つ名を賭してどうにか持ち堪えて思考を走らせ始めた。

 

 

(ORCA旅団への攻撃を踏まえるとスタンスは敵対寄りの中立か。敵の敵は味方と言うが、流石に判断材料が少なすぎる。かといって増援を向かわせれば天秤は敵対に傾く。問題はどちらをとれば最大利が得られるかどうかだが――)

 

 

王小龍が二つ名に違わぬ権謀術数を回転させ始めた刹那、それまでオフラインだった回線が強制的に開かれた。その回線は所謂(いわゆる)秘匿回線。王小龍が本当の意味で信頼を置き、かつ秘匿回線を教えるに足る有益性を持ち合わせている人間しか知らない回線を強制的に開かせることの出来る人間は限られる。GAグループ宗主スミス・ゴールドマンと【ランク4】ローディー、それと……。

 

 

「……回線を開いた気概は認めてやる。だが悪手ではないか? このタイミングで貴様の話を聞く理由が此方側にあるとでも?」

 

《貴方はそんな愚策を犯す人間では無いでしょう。ましてや僕の話なら尚更の筈です》

 

 

コンソールパネルに映し出されたダン・モロは優男らしい(たお)やかな笑みを浮かべつつ交渉人(ネゴシエーター)の表情を崩さない。リンクススーツを着用せずに、普段通り黒のタートルネックとタイトパンツに赤いジャケットを身に付けていることから彼が戦場に出ていないことは明白だ。なぜ彼ほどの実力者がORCA旅団出陣に参加していないのか甚だ疑問ではあるが、そんなことは些事とでも言うように王小龍は相手の出方を強気な姿勢で見極めようとする。敵対関係の組織から直接連絡が来るなど異常事態の何物でもないのだから。

 

 

「なら早く用件を言え。私は死人の進軍を悠長に眺めるつもりはないのでな」

 

《ORCA旅団参謀代理として、カラードとの一時停戦および不明戦力への共同戦線構築を要請します》

 

「――! 正気か」

 

 

王小龍が驚くのも無理はなかった。しかしこれは、これまでさんざ敵対行動を取っておきながら想定外が起きた瞬間に手の平を返して擦り寄ってくる蝙蝠(コウモリ)具合に対するリアクションではない。ORCA旅団が停戦と共同戦線構築を()()するということは彼等がカラードよりも格下であることを意味し、なおかつ主導権を明け渡すことに他ならないからだ。

 

 

《ORCA旅団の目的はあくまで企業体制の打破。世界を滅ぼすために動いている訳ではありません》

 

「……正面から現在の社会システムを否定する輩と手を組めというのか。笑わせるな。第一、手を組んだとして貴様等が我々の寝首を掻かないという保証はどこにもないだろう」

 

《確かに。ただ、その選択をすれば間違いなくカラードは壊滅しますが》

 

 

至極真っ当な疑念に対するダンの答えが『カラードの壊滅』という非常にインパクトの大きい言葉だったことに王小龍は思わず苦笑する。彼我の戦力を見れば夢物語にしか聞こえなかったからだ。確かにオリジナルの相手をする以上、カラード側に一定の損害が出るのは必定だろう。場面が揃えば最上位リンクスが早々に討ち取られる可能性も否定できない。だがそれだけだ。それだけなのだ。

 

 

「下らん脅しだな。仮に死人共が本物だとして、アルテリア施設防衛に駆り出されたリンクスは全員が歴戦の手練れだ。加えて後詰めに各グループの正規軍も控えている。一対多数の原則を当て嵌めれば、カラードが負ける道理などない」

 

《未知を定規で(はか)るのは愚者であると教えてくれたのは貴方でしょう。お忘れですか》

 

「………」

 

《もう一度言います。ORCA旅団参謀代理として一時停戦および不明戦力への共同戦線構築を要請します。でなければカラードは壊滅し、世界は滅びます》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ふむ……4機か。不足ないな》

 

 

アルテリア・カーパルスに降り立った黒いAALIYAH(アリーヤ)――シュープリス――のリンクスであるベルリオーズは短くそう言い、おもむろに戦闘態勢を整える。一分の隙も与えない洗練された一連の動作は見る者全てを魅了するような優雅さを醸し出していたが、それは同時に圧倒的技量を有している裏返しになっていた。相対する者からすれば死刑宣告にも似た心理状態に置かれてしまうのは仕方ない。

 

事実、ジェラルドを始めとしたカラード・ORCA双方のリンクスは動けずにいた。ただ一人、全く動じずに落ち着いて事態を把握に努めていたトーティエントを除いて。

 

 

《――()()()()()()()()()()。メルツェルの先見も凄まじい》

 

「……トーティエント?」

 

《ジュリアス・エメリー、この場は私が受け持つ。君はカーパルスを離脱して旅団に合流しろ》

 

 

開戦当初と変わらず諦観した優しい声色がジュリアスに声を掛けたかと思えば、彼の乗機であるグレイグルームの肩部に搭載された変電設備のような特殊兵装にバチバチッと電光が走り始めた。兵装の名前は【P-MARROW(アサルト・アンプ)】。文字通りネクストの奥の手であるアサルトアーマーの威力・範囲共に増大させ、一撃で敵を沈めるためだけに開発された試作兵装である。

 

加えてグレイグルームに搭載されたオーバードブースターはアサルトアーマー特化型。その威力、破壊力は想像を絶するレベルにまで昇華していた。

 

 

「何を言っている、我らの目的はアルテリアの破壊だ! たかが1機の不安要素だけでおめおめと撤退する訳がないだろう!」

 

《いいやジュリアス・エメリー。私は元よりメルツェルにこれを頼まれていた。『万が一、第三勢力が参戦してきた時はジュリアスを逃がしてくれ。手段は問わない』とね》

 

「メルツェルが? しかしそれは――」

 

《私も大袈裟過ぎるとは思う。だが現に第三勢力が参戦し、その正体がオリジナルの頂点ともなればメルツェルの言葉を無下にすることは出来ない》

 

 

トーティエントの言葉に内に秘めていたであろう信念が見え始め、言葉尻にも熱が帯びてきていた。それまでの諦観した優しい声色が嘘のように鳴りを潜めて、代わりに強い意志が台頭してくる。その様子は普段の彼の振る舞いを見てきたジュリアスからすれば心変わりにも等しい印象だ。

 

 

《手段と目的を履き違えるな……早く行け。私の成就は君に託す》

 

「……済まない」

 

 

ギリッと歯噛みしたジュリアスは同胞を死地に残す無念を胸の内に押し込めつつ、乗機アステリズムを180°旋回させるとOBを発動して即座に時速1200kmへ到達。アルテリア・カーパルスを後にした。その様子を見送ったトーティエントは満足げに頷くと、視線をノブリス・オブリージュとトラセンドに向けて回線を開く。

 

 

《さて、彼女を追わなくていいのか? 彼女はORCA旅団の中でもトップ5に入る重要人物だ。捕虜にすればこれ以上ない交渉材料になると思うんだが》

 

「僕達の任務はあくまでアルテリア・カーパルス防衛だ。彼女が自ら撤退したのであれば無理に追う理由はない」

 

「なにより、目の前の前代最強の一人(ベルリオーズ)を放置する言い訳なんぞになるとでも? 奴をたおせば撃墜数(スコア)に加えて名声も手に入る。俺の実力を見せるには丁度良い相手だ」

 

 

トーティエントの挑発的だが気遣いのある言葉にジェラルドとダリオは各々の主張を掲げると、乗機であるノブリス・オブリージュとトラセンドを一歩前進させて兵装を構えた。

 

 

《一時休戦か。ローゼンタールの騎士は甘いのだな》

 

「勘違いして貰っては困る。奴を片付けたら次はお前だ」

 

 

その一連の流れを見ていたベルリオーズは独りごちる。一瞬前まで殺し合いをしようとしていた者同士が、与えられた役目を果たしつつ互いに手を取り合って共通の敵を打ち倒そうとする人間的感情の美しさに敬意を払い、そして……。

 

 

《良い判断だ。この時代の戦士も中々やるようだな……行くぞ!》




いかがでしたでしょうか。

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110.ギフトとジレンマ

書きたいものを書こうとすると冗長になり、冗長を回避しようとすれば書きたいものが書けない。自身の文才の無さを悉く痛感します。……ワクチン3回目の副反応が痛すぎる訳で病んでる訳じゃありません……たぶん。


サハラ砂漠 謎の施設 入口外苑

 

フランソワ・ネリスの気分は晴れやかだった。しかしそれは例のコンテナが解除出来た達成感からではない。むしろ未だ絶賛格闘中である。

 

では何故彼女が晴れやかなのかと言えば、砂漠特有の澄み渡った青空の下でタンクトップ一枚の軽装を晒しながら、大量の汗をかいたコーラを腰に手を当てガブ飲みしたからに他ならない。スラブ系人種と特徴である小麦色の肌とネリス自身の扇情的なプロポーション、砂漠の暑い外気によって仄かに上気した頬の組み合わせは地球上の男性なら反応せざるを得ない魅力を纏っていた。

 

 

「っぷはぁ! あ~~生き返る。なんで炎天下の炭酸ってこんな美味しいのかしらね?」

 

 

本来ならコーラではなくレモンが搾られたウイスキーハイボールを飲みたいところだが、今はセキュリティアルゴリズム解析という緻密な論理思考を必要とする作業の休憩中。確かにリフレッシュという点ではハイボールに一日の長があるが、一時の僅かな快楽を得るために世界のパワーバランスを変えかねない重大な成果を手放すのは少々惜し過ぎる。

 

 

(さ~てと。どうしたもんかな? あのコンテナが開く気配は一向に無いし、だからって投げ出すのも性に合わないしなぁ)

 

 

ネリスは思案する。単純なコストパフォーマンスで考えれば一つに拘って周りに散らばっているメリットを拾い上げないのは愚の骨頂であるし、なにより【コルセール】を率いる首魁としては落第点以下だ。

 

だが彼女は【コルセール】を率いる首魁である前に一介の技術者である。技術者の性分というのは目の前に置かれた未解決を放置出来ず、仮に放置したとしても必ず脳裏にチラついてしまうのが常だ。割り切れと言われればそれまでなのだが、生憎そう易々と割り切れるほど出来た人間ではない。

 

 

「でもな~。拘り過ぎんのもマズい気がしないでもないんだよね~~………とりあえず飲も」

 

「団長~~! 大変大変、マジ大変です~~!!」

 

 

嫌味なくらい真っ青な空を見上げてゴクッとコーラを一口含んだネリスの耳に飛び込んで来たのは女性の声だった。見ると解析チームの小柄な女性作業員が全力ダッシュでこちらに走ってきており、その表情も普段の可愛らしさはどこへやら。異性が見たらドン引き間違いなしの必死な形相で近付いて来ていた。ネリスの元に着いた時にはゼェゼェと肩で息をして、女性の可憐さなど一ミリも感じさせないオーラが放たれている。

 

 

「アンタ、意外と足速いのねぇ。コーラ飲む?」

 

「ゼェゼェ……あ、ありがとうございまっふ」

 

 

そう言って女性はネリスから差し出されたコーラを半ば奪うように受け取ると、見ている側が飲みたくなってしまうほど美味しそうに喉を鳴らしながらゴクゴクッと嚥下していく。

 

 

「それで? 何が大変なの?」

 

「っっぷはぁ! 忘れてました! とにかく来て下さい! 開いたんですよ!」

 

「開いたって、なにが? まさかあのコンテナって訳じゃないでしょ」

 

「そのまさかです! それにあのコンテナ、勝手に開いたんです! 勝手にですよ?! ヤバすぎません!?いま先輩達が対応してるんですけど―――あっ、ちょっと置いてかないで下さい団長~~!!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「あっ団長!」

 

「話はあと。状況はどうなってるの?」

 

「それがどうもこうも。虎の子の強制解除ウイルスをコンテナ端末に感染させても効果が一切出なかったので、苛立ったコイツがコンテナの淵を蹴り上げたら開いたって感じですね」

 

「その言い方だと俺が悪役じゃねえか。それに開いたって言ってもまだ半開きだろ。セーフだセーフ」

 

「ウルサい脳筋。因果相関が分からない以上、直近の行動で判断すればお前のせいなのは明白だ」

 

「なんだとガリ勉メガネ」

 

「やめなさい。いい加減にしないと二人とも締め上げるわよ」

 

 

責任所在などという、現状況で一番無駄な口論が勃発する前にネリスはネクスト戦と同等の威圧感で制圧する。雇い主に本気で叱られてシュンと一回りほど小さくなった二人を一瞥した彼女は、それ以上の視線を送ることに意味を見出すことなく目の前に鎮座しているコンテナへ目を向けた。

 

彼の言う通り朱・白・銀それぞれのコンテナ開閉部がほんの数センチだけ開いており、その僅かな隙間からドライアイスの冷気に近い煙が漏れ出ている。開閉不良でも起こったのだろうか。いや、あの巫山戯(ふざけ)たヤツに限って有り得ない。ああいう性格のヤツほど自身の興味ある仕事は抜かりないことが大多数だからだ。であれば何故半開きになっている? 一体なんの意図があって?

 

敵対、というか世界滅亡をゲームとしか考えていない邪神(もど)きの尊大過ぎる思考を思案するネリスは、まるで()()()()()()()()()コンテナに歩み寄ってペタッと手を置く。そこには彼女自身の意思しか働いていない。ただなんとなく、触りたかったのだ。

 

ビイィィィ!!!

 

刹那、鼓膜が破れるのでは無いかと疑ってしまう大音量のアラートが鳴り響き、あまりの音圧にネリスを含むその場にいた作業員全員が両手で耳を塞いでうずくまった。

 

 

「なによ、この音!?」

 

「ほら言ったろ!俺のせいじゃねえって!!」

 

「黙ってろ脳筋ゴリラ!!いまそれどころじゃないだろ!!」

 

 

皆が自身の生存権を保持するために必死で意識を握り締めている中、唯一人フランソワ・ネリスは見た。三つすべてのコンテナが圧倒的荘厳さを以て開け放たれる場面を。神話の一節を彷彿とさせる厳めしさを纏ったそのシーンを考えるに、このアラートは神の凱旋歌と言ったところか。そして姿を現したモノにネリスは驚愕する。

 

 

「まさか………これって………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラインアーク 中央特区【ネスト】作戦司令室

 

 

「……失礼。よく聞こえなかったのでもう一度お聞きしたい、いまなんと?」

 

「何度でも言うさ。少なくとも現時点で君たちの出撃は認められないし認める気もない。これは決定事項だ」

 

 

クレイドル体制の根幹であるアルテリア施設がORCA旅団によって強襲され、それに呼応するように戦死したはずの【オリジナル】最強格が現れたことによる混乱はラインアークでも同様だった。想像の範疇を軽々と超えた事態に作戦司令室はラインアーク事変以上の物々しい喧騒に支配されている。その喧騒から少しだけ切り離された一室には6人の男女が集結していた。ロイ、セロ、レイヴン、シェリング、フィオナ、そしてラインアーク代表であるブロック・セラノである。

 

 

「おいおい流石に薄情すぎねぇかセラノ代表。連中、アルテリアを落とした次はメガリスに来るのは目に見えてる。それに、いま救援として参戦すれば企業連にそれなりの貸しは作れるだろ」

 

「これは損得勘定では推し量れないんだよロイ君。確かに君の言う通り動けば少なくない利益が確保出来る。だが同時にリスクも大きい。不確定要素が積み重なっている状況では尚更ね」

 

「それが世界の滅亡に繋がってもですか」

 

 

ロイの言葉に項垂れながら答えを紡いだセラノに対してセロはにべもなく言い放つ。彼としては多少の相違があるとはいえロイの考えに賛同する立場だ。アルテリアの危機にラインアーク所属リンクスが全員駆けつければ企業連の

印象は上昇して交渉カードがより強固になる。確かにその瞬間だけラインアークの防衛機能は間違いなく無防備となるが、長期的なメリットを考えれば参戦以外の選択肢は無いに等しい。

 

 

「……セロ君。確かにアナトリアの惨劇を様々な間近で見た君の意見は一考に値する。私とてそれは避けたい」

 

「なら――」

 

「だからこそ出撃は認められない」

 

「……貴方は何故そこまで?」

 

「止めろセロ。セラノ代表にも事情がある」

 

 

語気こそ強くないが、明らかな侮蔑と嘲りを放ったセロの言葉をレイヴンが制する。一方、セラノ自身は先程と変わらず項垂れたまま顔を上げずにいた。その手は小刻みに震えている。

 

 

「レイヴン、お前は何も思わないのか」

 

「彼は私達とは違う。我々が所詮『一介の戦士』に過ぎないのは分かっているだろ。民を率いていい人間ではない」

 

「………」

 

「だがセラノ代表は違う。敵不明戦力のラインアーク来襲確率が3%でもあれば民を守るために戦力を掻き集め防衛に徹する。民が首長交代せよと罵しっても、民が飢えないための後釜や体制が出来るまでは泥水を啜っても地位にしがみつく。その為ならどんなに汚く卑しい仕事でもやる………いいか? セラノ代表はラインアークを守るためなら悪魔に魂をタダで売る人間だ。ただ殺すしか能がない我々とは違うんだよ」

 

 

そこまで言うとレイヴンはセラノに向き直り、直立した。

 

 

「私の雇い主は貴方だ。貴方が道を違わない限り、私は貴方の傍で戦う」

 

「――本当に、本当に君は偉大だな」

 

 

ポツリと振り絞るように呟いたセラノの震える右手に、一粒の汗が落ちた。




いかがでしたでしょうか。

以前から思ってたんですけど、セラノ代表の苦労人臭スゴすぎません?一回のブリーフィングであそこまで醸し出せるってもはや才能ですよね。

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111.宣告

なんか、こう、経緯こそ違えど当小説の構想時に思い描いていたシーンを書けるってことにロマンティックが止まりません。


7月27日 18:55 アルテリア・カーパルス

 

 

「ハァ…ハァ…! 3対1で劣勢とは…ハァ…悪い冗談だな…ハァ……!」

 

《小煩い口を閉じてろジェラルド…ハァ…ハァ…余計な情報は、判断を鈍らせる……!》

 

《しかし彼の言葉も一理ある……ハァ……夢なら覚めて、欲しいのだ……》

 

《――その程度か。見かけ倒しにも限度がある》

 

 

ノブリス・オブリージュ、トラセンド、トーティエントの3機は焼け焦げた煤と浅くない損傷だらけになりながらも陣形を保ち、臨戦態勢を崩さない。それに対してベルリオーズの乗機シュープリスのなんと美しいことか。掠り傷一つ付いていない漆黒の装甲は夕日によって艶めかしい光沢を顕現させ、見る者全てに『我は圧倒的強者である』と喧伝しているようでもあった。

 

 

《逃げたければそうするといい。追いはしない》

 

《……だ、そうだ。どうするジェラルド?》

 

「ハア…ハア……ローゼンタールの騎士に、敵前逃亡は有り得ない…!!」

 

《クハハ……奇遇だな。俺様も同意見だ……!》

 

 

瞬間、ノブリス・オブリージュとトラセンドが飛び出し、次いで後を追うようにトーティエントも飛び出す。ノブリス・オブリージュの背部兵装【EC-O307AB(三連装レーザーキャノン)】が全て展開して計三門(片側パージしてる)の砲口から死の光が放たれるが、シュープリスは放たれたレーザーの僅かな隙間を縫うように最小限の体移動で一切被弾することなく回避した。続けて迫り来るトラセンドは両腕に装備された【ER-R500(レーザーライフル)】を連射しながら吶喊してきたが、シュープリスは先程と同様に攻撃を躱すとトラセンドの右肩関節にそっと【04-MARVE(アサルトライフル)】を滑り込ませて一発だけ弾丸を発射する。

 

弾丸は見事に肩関節を撃ち抜き、トラセンドは隻腕になった衝撃で後方に吹っ飛んだ。その機影を目眩ましにするように現れたトーティエントが【02-DRAGONSLAYER(レーザーブレード)】を発振させながら槍の要領でシュープリスの頭部を貫こうとするが、シュープリスは首を傾げるだけでそれを回避。返す刀でミドルキックを見舞われたトーティエントは丸石のようにゴロゴロと転がりながら距離を離された。

 

 

《弱過ぎる。相手にならん》

 

 

状況が全くの振り出しに戻ったことにベルリオーズは嫌悪感を抱く。確かに今の時代は()()()()()()動乱の時代ではない。ネクストの有用性が見出され始め、同時に人間の根本的な悪が顔を覗かせていたあの頃と比較するのは文明への侮辱だろう。

 

だがしかし、とベルリオーズは想う。一人の戦士として生きるにはあの時代は居心地が良過ぎた。常に戦いの中に身を置き、常に強敵と相まみえ、常に全力を出すことが出来たあの時代が。

 

 

(願わくば()ともう一度――)

 

『あ~ら感慨に耽るなんて珍しいじゃんベルリオーズく~~ん!!』

 

《……貴方か》

 

 

殺伐とした戦場においてあまりに不相応な声が聞こえたかと思えば次の瞬間、シュープリスの目の前にネクストほどの巨大なホログラムが投影される。そこに映し出されたものは、赤いチュニックを身に纏ったヒトが背後から鳩やらクラッカーやらを出して楽しげに振る舞っている様子だった。

 

 

「え……は、え?」

 

《なん、だあれは……》

 

《――いやはや理解が追い着かないな》

 

 

突然すぎる状況にシュープリスと相対する3機は一ミリも動けずにいたが、対するベルリオーズは溜息を吐きながらシュープリスに纏っていた緊張感をほぐす。目の前の人物が出張ってきたということは一種の安全装置が作動したことと同義だからだ。

 

 

《表舞台に出ることはないと聞いていたが。どういう風の吹き回しだ》

 

『いやさ? 君以外にも何人かアルテリアに送ったのは知ってると思うんだけど、思いのほか防衛部隊が頑張ってるみたいでね? まだ一箇所も墜とせて無いんだよねぇ』

 

《……それで》

 

『勿体ないじゃん! なんの取り柄もない凡人共が伝説に善戦してるなんて神話でも中々ないよ! だからね? 君を含めた全員に一回退いて貰って、奇襲じゃなくて正面から戦って欲しいんだよ。()()()()()()()!』

 

 

ホログラムの言葉を聞いてベルリオーズは僅かに思案する。全世界。なるほど、魅力的だ。あの時代でさえ叶わなかった戦場を彼は提供してくれるという。そして気付けば口を開いていた。

 

 

《【アナトリアの傭兵】とは戦えるのか》

 

『勿論さ! 刺激的で叙情的でエキサイティングな舞台を用意してあげるよ!』

 

《――了解した。ベルリオーズ、帰還する》

 

《逃す道理がなかろう……!》

 

 

刹那、飛び出したのはトーティエントだった。ジェラルドとダリオが反応する前にグレイグルームにOBを展開させていた彼は軽量機らしい超高速でシュープリスに接敵する。そしてコンソールパネルを目にも止まらぬ速さで操作すると画面いっぱいにジェネレータ制限解除(リミッターオフ)の文字が表示され、同時に【P-MARROW(アサルト・アンプ)】に過剰なまでの光が灯り始めた。

 

 

(警戒を解いている今、ヤツに限界出力のアサルトアーマーは避けられない!!)

 

『ありゃ。まだやるんだ?』

 

《ほぉ、自爆覚悟か。悪くない》

 

 

トーティエントの決死のカミカゼにホログラムの人物は少々意外そうな面持ちとなり、ベルリオーズは軽く目を細めたようだが、そんなことは私の知ったことではない。ORCAの描く未来を勝ち取るためには目の前の人物が必ず障害になる。ならば命に代えても、いまここで芽を摘むだけだ。

 

 

《人類に進化と繁栄を……!》

 

 

そしてグレイグルームは翡翠色の冷ややかな光に包まれ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ることは無かった。代わりに生じたのはグレイグルームのコアに深々と突き刺さった黒い槍。いや、正確にはシュープリスの右手に握られた【04-MARVE(アサルトライフル)】の銃身そのものだ。その先端に胸部を貫かれたトーティエントは呼吸をするため、肺に溜まった大量の赤黒い血をゴプッと吐き出さざるを得なかった。

 

 

《馬、鹿な……》

 

《ジェネレータとコックピットを同軸で貫いた。コジマ粒子供給が出来ない以上、いくら必殺のアサルトアーマーでも意味を成さない。貴様の敗因は相手が悪かったことだ》

 

 

だがベルリオーズの小さな賛辞の言葉は絶望の中で目の光が消え始めたトーティエントには届かない。そのままダランと脱力したグレイグルームを粗雑に投げ捨て、血液と潤滑液が混合して不気味な照りを纏う【04-MARVE(アサルトライフル)】をブンッと振り払ったシュープリスは唖然とするジェラルドとダリオに向き直る。

 

 

《今回はここまでだ。命拾いしたな》

 

 

ベルリオーズの言葉と同時にシュープリスは浮上を開始し、機体の大きさがピンポン玉程度になった辺りでOBを発動、そのまま虚空へ消えていった。戦場となったカーパルスに残されたものはグレイグルームだったものと満身創痍のノブリス・オブリージュおよびトラセンド。そして未だ投影されたままのホログラムだけだ。

 

刹那、ノブリス・オブリージュの拳が途轍もない衝撃音と共にカーパルスの地面に打ちつけられた。摩擦によるものだろうか、握られた拳には煙が上がっている。

 

 

「私は……ノブリス・オブリージュは……!」

 

《………ちっ!》

 

『あ~~完全敗北でナルシズムに浸っているところ悪いけど、ちょっといいかな』

 

 

場違いな声にジェラルドがノブリス・オブリージュに顔を上げさせると、そこには(かが)んでこちらの顔を覗き込んでいるホログラムの男性がいた。それを見たダリオは思わず、残っているトラセンドの左腕に装備された兵装【ER-R500(レーザーライフル)】で寸分違わぬ精度を保ちながら男性の頭部を射抜くが、その光条はスルリとホログラムを通過する。

 

 

『――短気と喧嘩っ早いは似て非なるものだ。いくら凡人(モブ)でもそれくらい理解しなよ?』

 

《黙れ外道が……!》

 

「――何の用だ」

 

『おっと、君は違うみたいだねジェラルド・ジェンドリン。流石ノブリス・オブリージュを継いだだけはある』

 

「さっさと言え。用件はなんだ――!」

 

『そう急かすなよ……実はね? ちょっと世界に伝言を頼みたいんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月。多くにとって突然に、それは起こった。

 

死んだはずの【オリジナル】複数名によるORCA旅団のアルテリア施設同時襲撃への襲撃。結果的に退却したとはいえその全てが成功し、クレイドルは拠って立つエネルギー基盤を大きく揺るがされた。

 

そして、LOSERS(敗北者たち)と、総司令官アンミル・アンフィンの名でごく短い声明が世界に発信される。

 

 

 

To Race(人類よ)

 

Welcome to Judgment(審判の時だ)

 

 

 

それは、地球に住む全ての人々への明確な宣戦であった。

 

企業は安全な経済戦争を放り出し、狂気の敵対勢力に対することを余儀なくされ、人々は覚束ない足元にはじめて気づいたかのようにそれを恐怖するしかなかった。

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

太字の部分。アレを書きたいがために2年間頑張って更新してきた節があります。感慨深けぇ。ちなみにアンミル・アンフィンはFnu.mni.lnuの簡易的なアナグラムです。間違ってたらすんません。

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112.独白・Ⅰ

朝起きて、隣で寝てる可愛いパートナーにちょっかいだして「なに~もう…」とか言われつつイチャイチャしてたらお互い興奮してきて始まっちゃう現実が未だ訪れません。あっ、今回短めです。


カラード本部 地下15階 通称「茶の間」

 

中世を思わせる厳かな装飾が煌びやかに施され、カラード最上位リンクス達による『お茶会』が定期的に開かれているこの場所は異常な空気感に支配されていた。

 

重圧という言葉ではほとほと生温い、もはや重力や引力、斥力と言った万物の物理法則が集中的に我が身へ降り注いでいると言われたほうが納得出来る空気感。生命活動の源である呼吸を行うにも脂汗を垂らして、ようやく一回息を吸えるほどの重苦しさが漂うこの場所に存在しているのは10名の老若男女であった。

 

上座に座っているのは各グループの宗主3名、その右手には王小龍、ローディー、スティレットのカラードを代表する【オリジナル】の精鋭3名。対する左手にはジェラルド・ジェンドリン、ウィン・D・ファンション、ドン・カーネルという現代のトップガン達3名が名を連ねている。そして上座にはラインアーク代表としてレイヴンが一人、儀礼的に出された紅茶を静かに嗜んでいた。

 

『茶の間』に集まった彼等10人の中で大きな違いがあるとすれば、それはスティレット、ジェラルド、ウィン・D、ドン・カーネルの4人が該当するだろう。何故なら彼等だけが各々血の滲んだ包帯を額に巻いていたり、頬に特大の絆創膏を貼付していたり、ウィン・Dに関しては左腕にギプスがはめられているからだ。その様子を見てインテリオルグループの宗主がおもむろに口を開く。

 

 

「傷の具合はどうかね? ウィン・D」

 

「――問題ありません、宗主」

 

「そうだろうな。【ランク4】を拝する君ならその程度の傷、何の支障にもならないだろう」

 

 

宗主の言葉にウィンは押し黙るしか答えを持ち合わせていなかった。インテリオル最高戦力でありながら何という失態か、と言外に含まれる嘲笑の意思。ウィンは膝の上に置かれた拳をキツく握り締める。その様子を知ってか知らずかローディーが慇懃を保ちつつ語気を強めてインテリオル宗主を問い質す。

 

 

「その御言葉は如何なものでしょうか。クラニアムに現れた【オリジナル】は【鴉殺し】です。加えてORCA旅団からはオッツダルヴァと真改が来ていた。ヤツらの戦果等々を鑑みればむしろ、彼女が生きてこの場に居ることを労うべきでは」

 

「ふむ、君の意見も尤もだが。それではインテリオルが彼女に莫大な投資をしてきた意味がなくなってしまう。格上だから負けても仕方ないは通用しないのだよ。更に言えば【GAの英雄】がインテリオル宗主に口を出すのは内政干渉だと思わないかい?」

 

「この期に及んで政争ですか。宗主というのはつくづく――」

 

「やめろローディー………失礼しました。然るべき処遇は受けますので、どうかこの場は穏便に」

 

 

インテリオル宗主の不遜な態度に業腹となったローディーが言い返そうとした瞬間、横に座る王小龍が制して波立った雰囲気を収める。彼の言葉に両者とも口をつむぐとオーメルグループ臨時宗主であるレオハルトが代わって口を開いた。

 

 

「では状況を整理しよう。まずORCA旅団がアルテリアを同時襲撃し、各企業の最精鋭が防衛部隊として対応している最中、戦死したとされる【オリジナル】複数名が来襲。これに対して三つ巴またはORCA旅団と一時休戦して迎撃にあたる。しかし【オリジナル】の戦力は尋常ではなく両者ともほぼ一方的に敗北を喫した。そして【オリジナル】は全世界に宣戦布告したあと行方不明である、と。ここまではいいかな」

 

「改めて聞くと空想妄想の類にしか聞こえんな。死人が甦り、最高位リンクスを力で捻じ伏せた挙げ句にあの声明文。To Race(人類よ。). Welcome to Judgment(審判の時だ。)……相手は神にでもなったつもりか。下手な三文芝居より質が悪い」

 

 

レオハルトの説明を横で聞いていたGAグループ宗主スミス・ゴールドマンは腕を組みながら鼻を鳴らす。手段を選ばずという側面があったとはいえ、曲がりなりにも世界の安定を目指してきた人間の一人としての自負が彼にはあった。それをぽっと出の組織に力で真っ向から否定されたのだから面白い訳がない。

 

 

「私も同意見だ。だが彼等の持つ戦力が、認めたくないがカラードを凌駕しているというのも事実。ではどうやって彼等に退場して貰うかだが、その方法の一つを王小龍が提案してきた。この会合ではその是非を問いたい」

 

 

レオハルトの言葉で『茶の間』にいる全員の視線が王小龍に集まる。対する王小龍はレイヴンと同様、儀礼的に出された珈琲を嗜んでいた。一口含む度に小さな皺が眉間に刻まれるあたり、彼の好みの味ではなかったのだろう。嫌いなものは早々に終わらせるに限ると言わんばかりに珈琲を飲みきった王小龍は目を閉じて一息つくと、まるで告解するように言葉を走らせる。

 

 

「アルテリア襲撃の折、ORCA旅団からカラードとの一時停戦および不明戦力への共同戦線構築を正式に要請された。私はこれを受けるべきに思う」

 

 

歴戦の猛者達だけが座る『茶の間』がほんの一瞬だけどよめいた。互いが殺し合っている最中に現れた第三者を消すため「仲良く手を組みましょう」と突然言われれば誰だって動揺、困惑するだろう。しかしレイヴンは違ったようで、静かに挙手して発言を求めた。

 

 

「言ってくれ」

 

「ORCA旅団は信用出来るか。不明戦力を排除したあとはどうなるのか。この二つを聞きたい。無論、隠し事は無しだ」

 

「それは貴殿等(ラインアーク)がアルテリア防衛に戦力を投入しなかったことへの自戒を含めたアンチテーゼと受け取っても?」

 

「ラインアークはあくまで自治組織に過ぎない。民の危険を最優先に動くのは組織運営の原理原則に反しないだろう」

 

「詭弁だな」

 

「どうとでも。それで答えは」

 

 

レイヴンは崩れない。もとより批判されるのを覚悟で会合に臨んでいる彼に罵詈雑言を投げ付けたところで大した収穫は得られる筈がないのだ。それを即座に理解した王小龍は溜息を吐きながら攻勢を緩め、彼の問いへの答を吐いた。

 

 

「背中を預けるには疑わしいが、肩を並べて戦うには信用に足る相手だ。ヤツらの戦力を取り込めるのは戦略的に大きな意義を持つ」

 

「……なるほど」

 

「そして不明戦力を排除したあとだが、条件付きでカラードに投降すると言ってきた」

 

「条件?」

 

「『企業の罪を全世界に公表し、アサルトセルを破壊すること』これが提示された条件だ」

 

 

これに最も動揺したのはゴールドマン、そしてインテリオル宗主だ。逆にドン・カーネルを除いたトップガン組は何のことかと首を傾げている。【オリジナル】組とレイヴンはピクッと反応したが、それ以上の行動は起こさなかった。より一層空気が重くなるのを体感したジェラルドは思わず発言する。

 

 

「失礼。企業の罪とは?」

 

「ふん。そんなものある訳が――」

 

「ブルーノ、もうやめよう。ORCA旅団がそれを掴んでいる以上いずれ露見することになる」

 

 

ゴールドマンに諦観したような声色でブルーノと呼ばれたインテリオル宗主は信じられないといった様子で彼をキッとしばらく睨むが、根負けする形で背もたれにドカッと身を預けて特大の溜息を吐く。

 

 

「分かった。だが君が話せ。私は話す気になれん」

 

「……ジェラルド・ジェンドリン。君は国家解体戦争が起こった原因を知っているか?」

 

「ええ。たしか食糧やエネルギー資源の不足によって統治能力の低下した国家に対して、新たな秩序構築を掲げた企業グループが仕掛けた戦争だと記憶していますが」

 

「そうだ。だがそれは本当の理由ではない」

 

「え?」

 

「国家解体戦争はな、企業の愚行を隠蔽するための隠れ蓑に過ぎなかったのだ」




いかがでしたでしょうか。

書きたかった部分を前回で書き切ったのに燃え尽きず更新した自分を褒めたいです。でもね?この後の構想、豆腐みたいにヤワヤワなんですわ(コソッ

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113.独白・Ⅱ

意図しない好意って面倒くさいですよね。そんな週末でした。


国家解体戦争が、今日まで続く企業支配(パックス・エコノミカ)の発端が『企業の罪』を隠蔽するための隠れ蓑に過ぎなかった。この事実にドン・カーネルと【オリジナル】そして宗主達はただ静かに耳を傾けているのに対し、今までなにも知らなかったジェラルドとウィンは狼狽えるばかりである。

 

 

「いや、言い方が悪かったな。食料問題やエネルギー資源の不足に関する問題は確かにあったし、それを解決するために我々企業が国家解体戦争を始めたこと自体は事実だ」

 

「そしてそれは一因でしかない、と。……貴方方は一体なにを隠しているのですか」

 

 

どうにか言葉を走らせることが出来たジェラルドだったが、その額にはじんわりと脂汗が滲んでいた。今の時代を生きる子供達の多くは企業資本が入ったロースクールに通い、現在の企業体制が国家と比べていかに合理的で効率的であるか()()()()()歴史の授業を受けている。すなわち洗脳が常態化して普通となっているのだ。我々の世界からすれば『大航海時代のイギリスは世界各地に優れた技術を与えたことで尊敬を勝ち取り、数多の国々から傘下に加えて欲しいと懇願されたため繁栄を築くことが出来た』と世界中の教科書に太字で記載されているようなものだ。

 

はっきり言って狂気の沙汰だが、それが世界の共通認識となれば話は変わってくる。『歴史は勝者が記す』という言葉があるように国家解体戦争で勝利した企業側が作った歴史(シナリオ)が正義であり真実なのだ。その真実を揺さ振られたジェラルドの顔面蒼白ぶりは口に出すのも酷い有様だったが仕方ない。宗主こと老人達が語る内容次第では、自身が行ってきた数々の栄誉ある作戦行動が一方的で悪辣非道な大虐殺に変わってしまうのだから。

 

 

「ジェラルド・ジェンドリン。君は企業が手掛ける宇宙開発事業についてどこまで知っている」

 

「宇宙開発事業? 私の記憶では国家解体戦争以前に行われた火星探査の結果、太陽系にテラフォーミング可能な惑星が存在しないと結論付けられて次点で検討されていたクレイドル開発にシフト。宇宙開発は凍結されたと聞いていますが――」

 

「事実は違う。凍結されたのではない。()()()()()()()()()()()()()

 

「どういうことです」

 

 

ジェラルドの語気を強めた詰問にゴールドマンは思わず溜息を吐く。自身の常識がこうもあっさりと覆されたのだから当然の反応だがもう少し毅然と振る舞って欲しいものだ。その調子ではこれから話す内容を聞き終わった瞬間に卒倒するか激昂するか、或いは茫然自失となるか。いずれにせよ彼の精神衛生上よくない結果になるに違いないのだから。

 

 

「……当時、宇宙開発事業は本当に勢いのある分野だった。なにせ人類自らの手で初めて宇宙という未知の領域(フロンティア)への挑戦権を勝ち取り、人間の生存圏を一気に拡大させることが出来る夢と浪漫が溢れた分野だからな。

 

しかし現代における夢と浪漫には必ず金と利権が纏わり付く宿命(さだめ)だろう。宇宙開発事業に着手していた企業達は他の企業を出し抜いて利権を掻っ攫いたい一心で投資を続け、ある答えに辿り着いた。

 

『誰よりも早く開発する必要はない。他の全員の開発を遅らせればいいんだ』という愚かで浅はかな答えにね。

 

そこからが速かった。企業達は無数の太陽光発電式高高度滞空型自律迎撃装置、通称『アサルト・セル』をライバル関係にある企業の領空内に無断で展開して宇宙開発を遅らせようと画策したんだが、そんなことはどこも一緒だ。たちまち高高度の空のほとんどがアサルトセルで埋め尽くされ、どの企業も宇宙開発事業のためのシャトルやらロケットやらが一切飛ばせなくなった。ならばとアサルトセルを破壊しようにも配備数が膨大過ぎて、除去には数十年単位の年月が求められてしまう。まさに自業自得だよ。

 

そこにタイミング悪く各国家からの突き上げがあった。もともと宇宙開発事業は増えすぎた人類への救済策として始まったからね。『宇宙開発はどうなっている。食料もエネルギー資源もそう長くは持たないぞ』と。国家のメッセージにどう解答したら良いかと各企業がこぞって思案している中、ある企業のCEOが言いだした。

 

『食料問題もエネルギー資源不足問題も、すべて国家に(なす)り付けよう。そして悪役になったヤツらを叩き潰せば大衆は我々が正義だと思い込む。それを実行出来る(ネクスト)が私達にはあるではないか』

 

そこからは史実の通り国家解体戦争が勃発して企業が危なげなく完全勝利。企業支配(パックス・エコノミカ)の時代が到来すると共に宇宙開発事業における一連の騒動は闇に葬られることになった。『企業の罪』と名を変えてね。

 

……これが真実だ」

 

 

ゴールドマンの独白に静まり返る『茶の間』。ある者は目頭を揉み(ほぐ)し、ある者は組んだ腕にグッと力を入れ、またある者は大きな大きな溜息を吐く。ではジェラルドはと言うと、握り締めた拳をブルブルと震わせながらゴールドマンをただひたすら睨みつけていた。しかし流石は『理想的なリンクス』と評されるだけある。爆発寸前の本能を強烈な理性で縛り上げ、怒気は隠し切れていないが出来るだけ紳士的な言葉でゴールドマンに確認した。

 

 

「つまり、私達がいままで誇りをもって、戦っていた理由は。地上のコジマ粒子汚染が、深刻になっている今、限られた人類がクレイドルで、なんとか延命している原因は……貴方方の醜態を塗り潰すための、ペンキだったということですか……!」

 

「――そうだ」

 

 

彼の怒りは真っ当なものだ。保身のためだけに人類が本来歩むべき道を閉ざし、あまつさえ絶滅の危機に直面させた所業は悪魔や黙示録のラッパ吹きと蔑まれて尚あまりある大罪だ。それを理解した上でゴールドマンは一言を添えた。絶対に言わなくて良い、しかし自己満足的な贖罪のためには言わざるを得ない一言を。

 

 

「そして先の言葉……国家にすべて(なす)り付けようと提案したCEOは、私だ」

 

 

瞬間、ジェラルドの理性は吹き飛んだ。彼を支えていた行動原理(バックボーン)である貴族の義務(ノブリス・オブリージュ)が虚構であると悉く否定され、本能的な殺人衝動に駆られる。目の前のこの男を殺さねば私の貴族の義務(ノブリス・オブリージュ)は果たされない、と。ジェラルドは護身用に腰元へ忍ばせていた10mm無反動拳銃に手を掛けてそのままゴールドマンに照準を合わせる。時間にして僅か1.5秒の早業。その場の誰もが彼の突然の行動に動けず、ただ呆然と見ているだけしか出来ない中、その引き金は無慈悲に引かれ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――放たれた弾丸は天井に着弾した。何故なら発射直前、隣に座るドン・カーネルが彼の肘を掌底で無理矢理突き上げて弾道を逸らしたからである。パァンと銃声が木霊する『茶の間』の空気を引き裂くように、ドン・カーネルはCQCでジェラルドの持つ10mm無反動拳銃をはたき落とすと彼を即座に制圧。後ろ手に締め上げて地面にめり込ませる勢いで押し潰した。対するジェラルドは自分の行いが信じられないと言った様子で虚ろな目を見開いたまま、口を半開きにして呟いている。

 

 

「私は……私は、なんてことを……」

 

「ジェラルド・ジェンドリン。貴様の苦悩と葛藤には同情するが手段を間違えるな。あの老いぼれ一人殺したところでなにも変わりはしない。ただ貴様が殺人犯に成り下がるだけだ」

 

 

そこまで言うとドン・カーネルは常備していた結束バンドでジェラルドの両手首を拘束すると、おもむろにはたき落とした10mm無反動拳銃を手に持って天井に数発撃ち込んだ。何のつもりかと一同が固唾を吞んで見守る中、ドン・カーネルは口を開く。

 

 

「天井に出来た複数の弾痕は私が所持している拳銃が()()()暴発して出来たものです。皆様の目撃に感謝します」

 

「ば、馬鹿なことを抜かすな! グループ宗主の暗殺未遂をなかったことにしろというのか!?」

 

「暗殺未遂? 私が所持している拳銃が()()()暴発しただけです。尤も、私の安全管理が行き届いていなかった故の事故ですので処分は謹んでお受けします、インテリオル宗主」

 

「ふざけるのも大概にしろ! ジェラルド・ジェンドリンは今すぐ反逆者として極刑に処すべきだ! 企業の秩序を乱そうとしたのだぞ!」

 

 

口角泡を飛ばす勢いでまくし立てるインテリオル宗主の怒声が響くが、ドン・カーネルはどこ吹く風。それどころか目をスッと細めてインテリオル宗主を睨み返した。

 

 

「では企業の秩序とはなんだ。人類をアサルトセルという鳥籠の中で窒息死させることか。それとも貴様の下らない権力闘争で地上の幼い命が(いたずら)に死ぬことか」

 

「な、なにを……」

 

「それに、この会合はORCA旅団との共同戦線構築の是非を問うためのものだろう。にも関わらず重要戦力であるジェラルド・ジェンドリンを極刑に処しては本末転倒も甚だしい」

 

「話をすり替えるな! 私は宗主の暗殺未遂の責任を問うているんだ! それとも宗主に価値がないとでも言うつもりか!」

 

「無いな。一ミリも」

 

 

飄々と言い切ったドン・カーネルにインテリオル宗主は絶句する。目の前の男は各企業の頂点であり、世界の絶対的支配者であるグループ宗主の偉大さを全く理解していないのか。有り得ん。有り得ん。有り得ん。

 

 

「自分の欲で人類を閉塞させたヤツらに万分の一でも生存価値があるとでも思っているのか」

 

「な……」

 

「では私はジェラルド・ジェンドリン連行のため退出する。よろしいですか、ゴールドマン宗主」

 

「――許可しよう」

 

 

憔悴したゴールドマンの言葉を受け取ったドン・カーネルは拘束されたジェラルドを連行しながら『茶の間』を後にする。残された面々が皆沈痛な面持ちを持っている中、王小龍は呆れながら口を開いた。

 

 

「それでは議題に戻ろう。ORCA旅団との共同戦線についてだが――」

 

 

2時間後、カラードは正式にORCA旅団との共同戦線を受諾。世界で初めての地球連合とも言える組織が一時発足した。




いかがでしたでしょうか。これからどうなることやら。

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114.待望と再訪

体調崩してゾンビみたいな生活してました。お陰で肥満気味だった体重も減り、健康なゾンビ生活です。

今回は短めなので悪しからず。


ORCA旅団移動基地【ゴルディロックス】 艦橋

 

拘束衣のような特異な服装に身を包んだ銀翁、漆黒のジレとスラックスを着こなしたメルツェル、純白の軍服に青い三連星のブローチをつけたジュリアス・エメリー、白銀の和装を身体の一部の如く着る真改、そして暁色の準礼服に身を包んでいるマクシミリアン・テルミドール。

 

ORCA旅団において『最初の五人』と呼ばれている彼等の面持ちは複雑なものだった。気分が沈んでいるにも関わらず高揚している躁鬱に近い心理状態が異常なのは皆理解している。ならば何故それを鎮めることが出来ないかと言えば、彼等がカラードに提示した条件『企業の罪の全開示およびアサルトセルの破壊』をカラードが何の妥協案もなくそっくりそのまま呑み込んだからであった。

 

無論、この契約履行は不明戦力――LOSERS――の共同撃破が条件であるため後出しジャンケン的に覆される可能性も否定できない。しかしカラードに、企業に『企業の罪』を認めさせる好機を得たことはORCA旅団にとって喜ぶべき事柄なのは間違いないことだ。

 

 

「図らずも企業がクローズプランを認知し、認めるか。長く生きているが、こうも締まり無い成功は珍しいな」

 

「勘違いするな銀翁。LOSERSを倒さねば成就もなにもあったものではない」

 

「同意」

 

「年寄りの戯れ言だ。気にしないでくれ」

 

 

場を和ませようとした銀翁の軽口をジュリアスと真改が咎める。決して良い雰囲気とは言えないが、そこそこな物言いが出来るのもまた事実。ほどよい緊張感に満たされた場の空気を見たテルミドールはスクッとその場で立ち上がると、他の四人の視線が一気に集まった。常人ならば多少でも緊張する場面だが劇場型人間の彼は違う。むしろ弁舌が普段以上に回って『自分は世界の主人公だ』と没入出来るタイプの人間だからだ。

 

 

「諸君。確かに銀翁の言う通りクローズプランは企業の思わぬ助力によって図らずも達成されつつある。そしてそれが、ジュリアスと真改が言うようにオリジナルで構成されたLOSERSを打ち倒さねば成し遂げられない。疑念は残るだろう。軋轢もあるだろう。だが人類の進化の可能性があるのなら我々は歩むべきだ。それこそがORCA旅団の本懐なのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後。

 

誰もいなくなった艦橋でメルツェルは黙々と作業をこなしていた。内容はカラードと正式に交わす予定の停戦協定書および共同戦線協定書の最終相互チェックである。ここでORCA旅団に不利益が生じる事項が含まれていては話にならず、そしてカラードはそれをやりかねないと彼は分かっていたからだ。

 

カタカタ……ペラペラ……と無機質な作業音が辺りに響いている最中、不意に後方からコツコツと足音が聞こえてくる。ふと振り向けば、そこには黒のタートルネックとタイトパンツに赤いジャケットを嫌味無く着る優男――ダン・モロ――がウイスキーボトルを小脇に抱えながらロックグラスを二つ持って飄々と近付いて来ていた。

 

 

「私は飲まないぞ」

 

「つれないこというなよ。一応の祝杯ぐらい付き合ってくれ」

 

 

メルツェルの素っ気ない反応に笑うダンは気にする素振りを一切見せずに彼の隣へ座ると、草原を背景に農夫が鍬を抱えた絵柄のラベルが貼られたウイスキー――ゴールドファーマー18年――の蝋封をベリベリッと剥がし、両方のグラスに注いだ。濃い琥珀色をしているそれを見て満足そうに見つめるダンは一方をメルツェルに渡そうとするが当の本人は本当に飲む気が無いらしく、全く見向きもしないまま作業を進める。

 

仕方なくダンは差し出したグラスを彼の傍らにそっと置き、自分のグラスで音を鳴らすとグイッと一煽りした。喉を焼くような芳醇で暴力的な味わいを愉しみ、更に鼻から抜ける余韻を堪能したダンは満足そうに一息つくとメルツェルのチェックが終わった協定書の最終案を手に取って眺める。

 

 

「しかしまぁ、ラインアーク事変からLOSERSのアルテリア襲撃まで期間も無かったのにここまで上手く行くとは。働き過ぎだなメルツェル」

 

「よくいう、誰が手間をかけさせたのか」

 

「悪いな。理想主義者なんだ」

 

 

ダンの言葉にジト目で返したメルツェルは軽い溜息を吐く。

 

 

「時期もある。早々に片を付けるぞ」

 

「それなんだが、少し待てないか?」

 

「……キドウ・イッシンか」

 

「彼の力が必要不可欠なのはお前も知ってるはずだ。待って損はないだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【フラスコと硝煙の桃源郷】 ジョニーの格納庫

 

 

「被験者バイタル、正常値を維持」

 

「AMSシンクロ率105%、当初から変わりありません」

 

「フィズ、改良プログラムは良好に稼動中」

 

「……ふぅ、時間は掛かったけど大丈夫そうだね」

 

 

白衣姿の研究員達が皆、真剣な面持ちで目の前の研究機材に表示される難解な数列や記号とにらめっこしている様子を見て、カミソリ・ジョニーは取り敢えずの安心を覚えたようで一息ついた。彼の目の前には黒一色の異形の巨人――JOKER――が胸部を開け放って鎮座しており、その胸部には相変わらず眠り姫然としたキドウ・イッシンが穏やかな顔のまま瞳を閉じている。

 

彼とのフィズによる強制同期が弾かれて早一週間。そう、たった一週間。その間に世界はずいぶん様変わりしたものだ。彼は目覚めたらどんな反応をするだろうか。たぶん世界情勢を聞いたら何とも言えない微妙な顔をするに違いない。思わずクスッと笑うジョニーの横へセレン・ヘイズが足音を響かせながら並んでくる。この一週間、彼女が寝たのは僅か10時間。その他はすべてイッシンの傍に付いていたにも関わらず疲労の色は全く見えなかった。単に体力の関係か門弟を想う師の愛情かそれは分からないが、どちらにせよ超人的である事実に変わりはない。

 

 

「なにを笑っている?」

 

「彼が目覚めたら、どんな反応をするのかなって」

 

「安心しろ。アイツが目覚めて最初に食らうのは私のビンタだ」

 

 

にべもなく言い放つ彼女に思わずキョトンとしてしまうジョニーだったが、次の瞬間には肩を震わせながら笑いを堪え始めた。その様子を目を細めながら訝しんだセレンが言葉をかける。

 

 

「なんだ?」 

 

「いやホント、イッシン君は不憫だなって……フフ」

 

「当たり前だろう。飼い主(オペレーター)である私をここまで心配させたんだ。相応の責任は取って貰わねばな」

 

 

二人そんなやり取りをしている中、ジョニーのもとに研究員が電子バインダーを持って小走り近付いてきた。

 

 

「ジョニー様セレン様、フィズの準備が整いました。JOKERとの同調率も申し分ありません。いつでも行けます」

 

「だそうだよセレン・ヘイズ。それじゃ行こうか」

 

「……そうだな」

 

 

ジョニーから掛けられた言葉を合図とするようにセレンは再びJOKERを見遣る。イッシンが相変わらず静かに惰眠を貪っている様子は正直見ていて腹立たしい。こんなにも心配しているのに、なんだその気持ち良さそうな寝顔は。覚悟を決めるようにグッと拳を握り締めたセレンは身を翻してジョニー達に付いていく。

 

必ず助けて、ビンタする。それだけを考えて。

 

 

「JOKERとの接続完了。フィズ、正常に稼動中」

 

「強制同期シーケンススタンバイ。オールグリーン」

 

「それではお二人とも準備はよろしいでしょうか」

 

「僕は大丈夫だよ」

 

「ああ、問題ない」

 

「――分かりました。どうかご無事で。強制介入シーケンス、開始」

 

「強制介入シーケンス開始、同期まで7秒……5……4……3……2……1……同期します」




いかがでしたでしょうか。
来週は数ヶ月振りのイッシン君登場です。主人公がいない物語なんて書いてる側からしても酒のない宴会みたいなものですからツラかった。

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115.復活

シン・ウルトラマンを見ました。あの作品のヒロインはメフィラス星人です。間違いない。


べちょっ。

 

 

「あ」

 

「ちょっと何やってんの」

 

「……ゴリゴリくんが……僕のゴリゴリくんがー!!」

 

「こんな暑いのにダラダラ食べてるからそうなったんでしょ? 自業自得よ」

 

「ピーナッツバターコーラ味だったのに……期間限定の激レアなのに……たまたまあの駄菓子屋にあったのに……うぅ」

 

「あ~もうウッサイ。じゃあ私とジャンケンして勝ったら買ってあげる。それでいい?」

 

「いやいらない。あんま美味しくなかったし」

 

「え~……」

 

 

暑苦しいアブラゼミの鳴き声が響き渡る嫌味ったらしいくらいに晴れた空の下、ホームセンターで買った安物の麦わら帽子を被ったタンクトップ姿のイッシン少年とシンプルだが上品な雰囲気を纏った白いワンピースを着るせっちゃんが無情にも地上へ落下してしまったアイスについて話し込んでいる。

 

フレーバーの奇抜さはひとまず置いておくとして、この光景自体はどこにでもある夏の一幕であり、深層心理的ではあるが彼等はこの瞬間を酷く気に入っていた。お気に入りのアイスを食べている中、炎天下で多少茹だった頭をフル回転させて友人との会話に集中するあまりアイス落下の悲劇に見舞われるなんてイベントは、夏における理想的なアンラッキーだからだ。そして上述の会話の終わりはいつも笑いで締め括られる。これ以上の素朴な幸せはこの世に存在しないと言わんばかりに。

 

 

「あ~あ、アイスも無くなっちゃったし。どうするかな」

 

「取り敢えず手ぇ洗いなよ。ベトベトで気持ち悪いでしょ」

 

「ふっふ~ん♪ 残念だったね。僕の開発した天才的持ち方の効果で全然汚れてないもんねぇ!」

 

「じゃあ半ズボンは? 割とガッツリ付いてるけど」

 

「なっ!いつの間に!?」

 

「アンタがアイス落とした時だよ」

 

 

コントのような軽妙なやり取りに思わず呆れ笑いを浮かべたせっちゃんだったが、瞬間なにかを察知したかのようにピクッと反応すると、急にイッシン少年の手を握って走り出した。彼女の思いがけない行動に面食らったイッシン少年だったがもつれる足を何とか動かして転ぶのを回避する。だが、そんな様子などお構いなしにせっちゃんはスピードを緩めることなく舗装されていない砂利道を駆け抜けた。

 

 

「ど、どうしたのせっちゃん」

 

「またガイジンさんが来たみたい。それも二人。一人はこの前来てた白黒の人っぽいね」

 

「えっホント!? てかなんで分かったの?」

 

「女の勘ってやつよ」

 

「ドラマで良く聞くけどなんなのそれ。女の人はみんな超能力者かなんかなの?」

 

「そうよ」

 

「………えマジで?」

 

 

そうこうしている内に二人は駄菓子屋の前で立ち止まった。古びた木造家屋の正面には薄汚れた赤い幌が日差しから来客を守るように前へせり出している。その奥ではレタス太郎やサバサバしてんじゃねーよ等の昔懐かしい駄菓子が所狭しと鎮座しており、片隅には50円でプレイ出来る朱色の筐体が二台置かれていた。ゲームタイトルは……パワードギアとサイバーボッツと書かれている。

 

 

「さっきアイス買ったところじゃん。ガイジンさんは?」

 

「大丈夫。もうすぐ向こうから――ほら来た」

 

 

せっちゃんの言葉通り、駄菓子屋から10mほど離れた小さな交差点の角から二人の男女が姿を現した。一人は以前会った時にカミソリ・ジョニーと名乗った白黒のガイジンさん。そしてもう一人はピンク色のショートカットが良く似合う美人のガイジンさんだった。目鼻立ちは凜としていて体型もモデルさんみたいにシュッとしている。というか。

 

 

「せっちゃん。あの人ってせっちゃんのお姉さん?」

 

「違うよ。なんで?」

 

「だってスゴい似てるよ。顔とか髪の色とか」

 

()()()()()()()()

 

 

二人が話している内にガイジンさん達はどんどん歩を進めて来ており、遂に彼等の目の前に到着した。遠くからでも分かってはいたが白黒のガイジンさんはこの前会った人で、ピンクのガイジンさんはやっぱりせっちゃんに似ていた。

 

 

「こんにちは。この前振りだねイッシン君」

 

「うん! この前振り! オジサンはやっぱり白黒だね!」

 

「ハハハッ――白黒か

 

「それでその、隣のお姉さんは?」

 

「……セレン・ヘイズだ。お前のオペレーターをしている」

 

「? オペ? 僕の? それってどういう…………っ!」

 

 

刹那、イッシン少年の脳裏に知らないはずの記憶が鉄砲水の如く流れ込んでくる。巨大な橋でロボット達が戦っているシーン、大きな農場が焼けるシーン、足の付いた建物を壊しまくるシーン、そして最後に赤いロボットと死闘を繰り広げるシーン。

 

全く身に覚えが無い。だが覚えてる。確かに()は経験している。こんなアニメやゲームみたいな体験なんてしている訳がないのに………ゲーム?

 

 

「ねぇどうしたの?」

 

「せっちゃん、ごめん。なんか僕変みたいで……」

 

「前から変じゃない。それとも美人のガイジンさんと会ってテンション上がっちゃった?」

 

「べ、別にそんなんじゃ――」

 

「なら大丈夫だよ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……そうだパシィーンッ!!

 

 

突如、イッシン少年を中心として軽快で大音量の破裂音が周囲に鳴り響いた。彼の視線は正面から何故か横方向へ急に流れ、その様子を見ていたジョニーとせっちゃんは目を丸くしている。数秒後、ヒリヒリとした痛みが頬に走り始めた。芯に来る鈍痛ではない。どちらかと言うと音だけに特化させたパフォーマンス性の高い痛みだ。

 

横方向へ流れた視線を前に戻すと、セレンと名乗ったガイジンさんは右腕を平手で振り抜いたままの状態でこちらを見つめていた。苛立ちの目では無い。怒りの目では無い。哀れみの目でも無い。これは……心配の目? だとしてもイッシン少年からすれば見ず知らずの女性にいきなりビンタされるなど到底受け入れ難かった。心の整理が追い着かない。未知の恐怖で涙目になる。

 

 

「え? いや……なんパシィーンッ!!

 

 

再び振り抜かれる右腕。今度は手の甲が頬にクリーンヒットしてイッシン少年の視界が横に振れる。やはり痛みは少なく、本気で傷付けようとはしていない。だから余計に理解できない。この人は何がしたいのだろうか。とにかくこれ以上のビンタは止めさせなければ。イッシン少年は恐怖で震える足に渇を入れてセレンを睨んだ。

 

 

「やめろよ!さっきからなんなんだよアンタ!!」

 

「私を忘れておきながら私のイメージと親しげに話すのが気に食わん。この私を忘れておきながらな」

 

「イメージ? なに言ってんだよ! せっちゃんはアンタのイメージなんかじゃない! 僕の友達だ!」

 

「ならいつ出会ったか覚えているか?」

 

 

キッと睨んでセレンを威嚇するイッシン少年に彼女は無遠慮なほど尖った質問をぶつける。当たり前だろとイッシン少年はせっちゃんとの出会いを口に出そうとして、そこで絶句した。

 

覚えているいないのレベルではない。何とか引き出そうと掻き集めようとした記憶の断片すら脳内に見当たらないのである。理解できない。なんでせっちゃんとの思い出がないんだ。あんなに遊んだのに。あんなに笑い合ったのに。助けを求めるようにイッシン少年はせっちゃんを見る。彼女なら教えてくれるはずだ。だってせっちゃんだもん。

 

そうして彼女の顔を見たイッシン少年の目に映ったのは、()()()()せっちゃんがこちらを見つめている様子だった。顔の真ん中にブラックホールが現れたような見た目にイッシン少年は思わず後ずさる。

 

 

「ひっ……!」

 

「なんで思い出せないの? あんなに遊んだのに。あんなにアソんだのに。アンナニアソンダノニ」

 

「そうだな。お前はイッシンと沢山遊んでくれたようだ。その点は感謝している」

 

 

顔のないせっちゃんの顔がセレンの方にグルンと向く。表情は分からない。だが多少困惑していそうなのは雰囲気で掴める。

 

 

「だがお前がAMSに住み着くなにかである以上、外で何が起こっているかは分かっているはずだろう。その解決にイッシンが必要なんだ。彼を返して欲しい」

 

「モうあブないメにアわセない。しナせなイ。そレがワたシのシめイ」

 

「ならその使命を私が外で受け継ぐ。イッシンは絶対に死なせない」

 

 

セレンは確固たる覚悟を持って言い放った。この世界が搭乗者の全てを電気信号化したAMSで構成された世界である以上、ここの住人たる顔のないなにかは全てを感じ取る。この世界に入り込んだ者の脈拍も、思考も、感情も全てだ。だからこそ分かる。彼女に嘘偽りは無い。なにかは思案する。向こうの世界で起きていることとイッシン少年の安全を天秤にかけ、そして。

 

 

「――どウマもル」

 

「私はイッシンのオペレーターだ。理由はそれで十分だろう」

 

「………」

 

「……せっちゃん」

 

 

声がした方向をなにかが見ると、そこには悲しそうな目をしたイッシン少年が指を弄りながら所在なげに視線を送っていた。おそらく彼は気付き始めている。そうである以上、自我が覚醒するのも時間の問題だ。なにかはおもむろに右手を前に出すと、指先からポワッとした光が漏れ出す。

 

 

「きミのキおくをカえす」

 

「うん」

 

「コこヨりソとのセかいはきビしイ。そレでもかエルのカ?」

 

「……うん」

 

「こノせかいハたのシかっ」

 

「楽しかった! 絶対、絶対また来るから!!」

 

「……そウか」

 

 

なにかの指先から切り離された光はイッシン少年の胸の辺りに触れ、まるで染み渡るようにすぅーっと入った。刹那、イッシン少年の身体が光に包まれてその姿がどんどん大きくなっていく。同時に長閑(のどか)な田舎の風景も霞掛かったように消失していき………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、セレn」

 

バッシィーーン!!!

 

「ぶっへぇ!? なんで? いまなんで!?」

 

「私を心配させた罰だ。もう一発いくぞ」

 

「えっいやちょタn」

 

ブァッシィーーン!!!

 

「ぶあっはぁ?!」

 

「……感動の再会だねぇ」

 

 

【ランク18】キドウ・イッシン 現世に帰還




いかがでしたでしょうか。

やっぱりこう、主人公がいるっていいよね。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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116.後悔先に立たず

「筆者は優しいけど人に興味ないよね。いや興味がないから優しいの?どっち?」って言われました。そんなことないもん。短慮で感情的で打算的な人間臭い人は好きだもん。


「モグズルッ! ズルモグモグッ!ゴクゴク……ぷはぁ~……なるほど。めちゃヤバなことになってんね。世界終わるんじゃね?」

 

「他人事か」

 

「セレン、こちとら起きたばっかよ? その一発目が『オリジナルの復活』と『ORCA旅団との共同戦線』なんて聞かされりゃ誰だって実感湧かないって」

 

「およそ世界の終わりみたいに食い散らかしてる人間が言っていい台詞じゃないね」

 

 

ムーンバックス【フラスコと硝煙の桃源郷】支店のボックス席で、イッシンは特製ナポリタンと限定オムライスを爆食しつつハイブランドコーヒーをがぶ飲みするというスーパー豪遊タイムをかましながらセレンの話を聞いていた。彼女はイッシンの食いっぷりに若干引きながらアイスコーヒーをゆっくり味わっており、その横ではジョニーが同じく引きながらバナナサンデーを丁寧につついている。

 

 

「それで?これからどうすんの。オトモダチになったORCAに表敬訪問でもぶちかます感じ? 『ダン君久し振り~☆ あっオッツダルヴァ君もおひさ~◇ 色々あったけどこれから仲良くしようね~♡』って言いながら二人に銃口押し付けるドッキリでもやる?」

 

「それもアリだが」

 

「アリなんだ」

 

「まずは私と一緒にカラードに行くぞ。あの化け梟から企業連経由で直々に呼び出しが掛かってる」

 

 

セレンは心底面倒くさそうにアイスコーヒーをストローで吸い上げた。化け梟こと王小龍はこれまで何度もイッシン達に脅迫もとい協力を仰いで来ているが、その内容は全て非公式。つまり公式にはイッシンと王小龍の繋がりは一切存在せず、あるのはギガベース撃破の際に戦ったという記録だけ。

 

端から見れば多少なりとも険悪な関係だと思われているに違いない。だからこそそれを隠れ蓑にした良好なビジネス関係が続いている訳だが、今回はその王小龍側から()()なルートで召集が掛かっているのだ。

 

実は、カラードにおいて正式な手続きを踏んだミッションを依頼している企業はGA・インテリオル・オーメルを始めとした主要企業を含めてほぼいない。なぜなら、確かに規約としてミッション依頼の項目は存在するが、依頼すればカラードの特性上、全企業にミッション内容が開示されるデメリットが生じるのだ。武力による経済戦争で日夜しのぎを削っている企業が『今から貴社の基地を破壊します』なんてわざわざ報告する道理は無いだろう。

 

加えてカラード自体の存在意義がリンクスの管理に重きを置いているのも原因のひとつだ。だからこそ正式な手続きを踏まずにミッションが依頼されたとしても、いちいち指摘するようなことはしない。カラードの収入源である企業からの献金が滞れば運営に支障が生じるからだ。だからミッションが正式な手続きを踏まずに依頼されても黙認されている状態なのである。

 

さて、ここまでコキ下ろした正式な依頼方法だが勿論メリットも存在する。企業連を通した正式なルートで召集するメリットはカラードにおいて唯一つ。所属するリンクスは任務受託の是非に関わらず()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「うえぇ。また回りくどいことやるな、あの爺さん。そんなに切羽詰まってんの?」

 

「それもあるだろうが、おそらくパフォーマンスの側面も少なからずある。自身の子飼いにお前がいると知られれば、今後のあらゆる交渉を武力的な意味で有利に進められるからな」

 

「相変わらず抜け目ないねぇ。使われる側の身にもなって欲しいもんだ」

 

「その悪態はヤツに会うまで取っておけ。どうせ碌なことにならないんだからな」

 

「あいよマスター。じゃ、そろそろ行くか」

 

 

セレンの話を聞きつつ(おもむろ)に立ち上がったイッシンはパンパンに膨れ上がった腹をさすりながら手近に置いてあった伝票を取り上げ、ズボンのポケットに刺していた財布を広げる。刹那、イッシンの動きがピタッと止まり、目にも止まらぬ速さで両眼球を往復させると所謂(いわゆる)『なんの悪気もありませんよ(つら)』を瞬時に作り上げてセレンに優しく話しかけた。

 

 

「割り勘でいいか? セレン」

 

「ふざけるな」

 

「……割り勘でいいか? ジョニー」

 

「ちょっと容認出来ないかな」

 

「…………すいません貸してください」

 

 

それは非常に美しく、一切の無駄が省かれた理想的な土下座だった。まるで雄大な自然に囲まれた渓谷で(はぐく)まれた清らかな小川の如く、これは自然現象の一つであると言われても違和感のない流れるような一連の動作は、今後お目に掛かる機会はまず無いと確信できるほどの魅力を有している。

 

やっている理由はクソ以下だが。

 

 

「はぁ……この程度の食事の代金を払えないとは。オペレーターとして恥ずかしい限りだ」

 

「だって仕方ないじゃん! ネリスに会った後ATMに行く時間もなく例の施設に直行したんだぜ!?」

 

「だとしてもだ。リンクスたる者、常に準備を怠るなと言っているだろう」

 

「ならいい加減お小遣い制を撤廃してくれよ! なに? いい年したリンクスの小遣いが1C(コーム)って? 俺を高校生かなんかだと思ってる? こちとら健全な成人男性なんですけど!?」

 

「却下だ。第一、お前に金を渡そうものなら大半をメイ・グリンフィールドにつぎ込んで破産するのは目に見えてる」

 

「そんなことあるわけ!………いやあるな」

 

「そこは否定しないんだね」

 

 

決して譲らないセレンと、何とかして譲歩を引き出したいイッシン。そして思わずツッコミを入れるジョニー。コントとしては配役がバッチリはまっている状態であり、ここがオーディション会場なら結構いい線まで行くのではと思える完成度である。だがそんな状態がいつまでも続く訳も無く、状況が動いたのはすぐだった。セレンがやれやれと言って財布を取り出したのだ。

 

 

「復帰祝いも兼ねて、今回は特別だ。その分しっかりと働いて貰うぞ」

 

「神様仏様セレン様~! この愚民にお目こぼしをありがとうございます!」

 

「プライド無いのかな?」

 

 

ジョニーのツッコミもそこそこにセレンは食事の代金を支払おうとレジに足を進めようと方向転換した瞬間、先程のイッシンを彷彿とさせるような動きでピタッと止まる。相変わらず土下座したままのイッシンも何事かと顔を上げて見ると、そこには非常に見覚え深い人物が不浄物を視界に入れてしまったような嫌悪を露わにした表情をしていた。グレーのスリーピース、深く刻まれた皺、射抜くような眼光、背後でちょこんと立つ利発的な少女。見間違う筈がない。噂をすればなんとやらとはよく言ったものだ。

 

 

「居場所を突き止めて出向いた結果がこれか。リリウム、直視するな。アレは存在を認識していい類ではない」

 

「分かりました大人(ターレン)

 

「ヘイヘイヘイヘイ狡猾老獪陰謀爺さんよぉ。久々に直接会った第一声がそれって人としてどうよ? 俺だって人間よ? 爺さんはともかくリリウムちゃんから存在無視されるのは(おとこ)として最大級の刑罰よ? ねぇリリウムちゃん」

 

「………」

 

「ガン無視!!」

 

「何故ここにいる王小龍。カラード本部に呼び出したのは他でもない貴様だろう」

 

 

土下座の状態から瞬間移動でも駆使したかの如く一瞬で王小龍の前に躍り出たイッシンは、彼を斜め下から睨み上げてアシカよろしく甲高くオウオウと喚き散らし、ガンを飛ばしつつリリウムにアプローチして見事撃墜される。全く以てコメディの様相を呈している中、セレンは顔色ひとつ変えずに目を細めた。

 

 

「事情が変わったのだ。貴様等がこの場所にいるなら敢えてカラード本部に呼び出す必要もないからな」

 

「手短に教えろ。長話は性に合わん」

 

「明日、ORCA旅団とカラードの共同戦線構築調印式をここで行う。反論はするな。既に決定事項だ」

 

 

王小龍の言葉にセレンとイッシンは固まり、ジョニーは思わず絶句する。彼からすればムーンバックスでデカフェを注文するように軽々しく容認出来る事案では無いからだ。元々【フラスコと硝煙の桃源郷】はネクスト販売業から摘まみ出されたアウトロー共のギルド。そんな所で公式な行事が執り行われれば住人から多少なりとも反感を買うことくらいは容易に想像できる。

 

 

「ち、ちょっと待ってくれ。いくらなんでも急すぎる。やるなら色々と準備が……」

 

「LOSERSの再襲撃がいつあってもおかしくない状況だ。カミソリ・ジョニー、悪いが退くつもりは無い。それと(わっぱ)。すこし顔を貸せ。話すことがある」

 

 

ジョニーの嘆願も虚しく、王小龍は一方的に話を終了させると踵を返しながらイッシンを呼びつつリリウムと共にムーンバックスを後にした。どうしたものかとセレンの方を見遣れば『行ってこい』と顎で返事をされたので、イッシンは渋々といった様子で仕方なく彼に付いていく。

 

残されたセレンは飲みかけのアイスコーヒーに再び意識を集中させ、ジョニーは半ば放心状態でバナナサンデーを弄り回すしか出来なかった。




いかがでしたでしょうか。

今回は若干コメディ回でした。やっぱりイッシン君に喋らせてる時が一番楽しい。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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117.そこまで言われちゃな

通算60000UAありがとうございます。単純計算で1話あたり500人以上の方に見て頂いてる事実に打ち震えております。今後とも気長にお付き合い頂ければ幸いです。


ムーンバックスを出た王小龍を追うイッシンはカランカランと小気味よく鳴るドアベルの下を通り抜けて外へ出た。岩盤を粗雑にくり抜いた地下空間とはいえ、昼夜照明システムと風力換気システムが稼働している【フラスコと硝煙の桃源郷】内部は外界とさほど変わらない環境を有しており、条件さえ揃えれば多種多様な植物だって育成可能なポテンシャルを秘めている。

 

しかしそれは偽りの自然でしか無い。本物の風を再現しようと人間が足搔いたところで足元にも及ばず、本物の昼を再現しようとすれば只の照明擬きに成り下がる。本物には本物たる所以が確かに存在しており、それが自然なら尚更だ。

 

イッシンはそんな感慨に耽っていた王小龍を見つけるや否や軽薄さを隠すこともせずに隣へ立つ。勿論、彼の背後で待機しているリリウム嬢へのこまめなアプローチも忘れない。『モテる男というのはこういう小さな楔を打つことが上手である』と長年イケオジが表紙の男性情報誌に書いてあった。まぁ全然無視されたのだが。

 

 

「――そんで話って? セレンを外したってことはミッション関係じゃないんだろ」

 

(わっぱ)。お前はORCA旅団という存在をどう見る」

 

「……なんだよ急に」

 

「答えろ。どう見る」

 

 

彼にそう問う王小龍の両眼はいつになく真剣だった。普段の難題なミッションを押し付ける時に見せる嫌らしい策謀家の目では無く、一人の人間として本気で何かを憂いている時の目。今まで見せたことの無い眼差しに『この梟ジジイもこんな目が出来るのだな』と変に感心してしまったイッシンは、これに応えないのは男が廃ると考えて真剣に、かつ嘘偽りなく滔々と自身の率直な意見を述べる。

 

 

「俺が考えるにORCAってのは企業と表裏一体って感じだな。人類の未来を憂いたのは一緒、理想を掲げていたのも一緒、そのために邁進したのも一緒。違うのはその過程で腐ったか狂ったかだけだ。キッカケさえありゃORCAはドラクロワの女神に成り得たし、反対に企業は裏切りのユダに成り下がった可能性だってある」

 

「貴様から画家の名を聞くとはな」

 

「茶化すなよ……だからな、俺自身は、あくまで俺自身の考えは、()()()()()()()()()()と思ってる。喧嘩両成敗ってことでな。企業はデカく成りすぎて、ORCAは道を踏み外しすぎた」

 

 

どちらも潰れればいい。これはイッシンが前世の頃抱いていた心からの感想だった。プレイヤーとして様々な未来(ルート)を歩み、その結末を幾度となく見届けてきた彼にとって企業もORCAも忌むべき存在にしか思えないのだ。この戦争で企業側が勝てば、人類は真綿でゆっくりと首を(くび)るように壊死していき、ORCA側が勝てば『人類の進化』の名の下に人類の大多数が死滅する。

 

イッシンからすれば両極端過ぎることこの上ない。何故中庸を選べないのか。無論、中途半端な策は却って事態を悪化させる一因になるのはイッシンも理解している。ただ、それを勘定してもイッシンには許容出来なかっただけの話だ。

 

隣で聞いていた王小龍は彼の本音である暴論に嘆息を漏らすことはなく、かといって真正面から受け止めることも無かった。何故ならイッシンの想いは王小龍が過去に抱いた感情そのままだったからである。一度や二度ではない。若い頃は、それはもう恋い焦がれる乙女のように考え込んだものだ。確かにイッシンの言う通り企業は大きく成りすぎた。しかしそれと同時に、抱えなければならないものも多く成りすぎたのだ。

 

例えばGAグループのミサイル部門であるMASCインターナショナル。彼等がお遊びで開発した電子レンジが飛ぶように売れており、生産が追い着いていない状態だ。なので最近は日々の食事にも困るコロニーのストリートチルドレンを十分な衣食住と最低限の学習指導を交換条件に工場労働に従事して貰っている。児童労働と言ってしまえばそれまでだが、ストリートチルドレンにとってみれば勉強が出来て衣食住も保障され、成り上がれるチャンスのある千載一遇の機会なのだ。

 

そしてもし企業体制が崩れればMASCインターナショナルは瞬く間に倒産し、電子レンジの生産は中止され、ストリートチルドレンはまた食うに困る生活へ逆戻りとなる。下手をすればそのまま野垂れ死ぬかも知れない。

 

そう。企業は大きくなりすぎた。

 

 

「……貴様の言うことも尤もだ。だが肯定は出来ん。もし仮に貴様が企業を潰そうとするのなら、眉間に風穴が空くことを忘れるな」

 

「なんだよ。案外従順なんだな」

 

「理想と現実を秤にかけただけだ。貴様のような弁えない夢想家に皮肉られる筋合いはない」

 

「本音言っただけでそこまでディスる?」

 

 

一を言って十をこき下ろされると思って無かったイッシンは呆れたように反論の意思を伝えるが、王小龍はそんな些事など意に介すことなく歩を進め始めた。リリウムもその後に付いていく。

 

 

「明日の予定は追って伝える。それまで精々身体を休めておけ」

 

「悪口か(いたわ)るかどっちかにしてくんない? 狡猾老獪陰謀爺さんのツンデレとか流石に需要ねぇぜ?」

 

 

王小龍の素っ気ない対応にイッシンはいつものように他愛ない軽口を叩く。本来ならそこでやり取りは終了するのだが、何を思ったのか従者然としていたリリウムがピタッと足を止めた。

 

異変にいち早く気付き、どうしたのかと歩み寄った王小龍は彼女と小声で数言交わす。その後イッシンを軽く睨みつけてから彼は踵を返して再び歩き出した。どう見ても『うちの娘に手ぇ出したらどうなるか分かってるよな?』的な視線を送られたことに、どんだけ信用されてないんだと若干気落ちするイッシンだったが、そんなことなどお構いなしにリリウムがこちらにツカツカと向かってくる。

 

彼の目の前で歩みを止めたリリウムは、やはりと言った方がいいか、絶世の美女と言っても差し支えない容姿をしていた。乱れの無い絹糸のような美しい髪、快晴の青空を彷彿とさせる透き通った瞳、一面の銀世界から飛び出してきたかと疑ってしまうほど白い肌。利発的で鼻筋が通り、欠点らしい欠点が見当たらない黄金比を地で行く顔立ち。生粋のメイ・グリンフィールド派のイッシンですら一瞬グラついてしまうほどに完成された彼女は、王小龍に仕込まれたのか相手を射殺(いころ)すような鋭い視線をイッシンにぶつけた。

 

 

「爺さん抜きの二人きりってのは初めてだね。まさかリリウムちゃんから来るなんて。もしかして遂に俺ちゃんの内なる魅力に気付いちゃった?」

 

「――二度は言いません。今後大人(ターレン)の悪口はお控え下さい」

 

「ワオ。開幕速球ストレートは嫌いじゃないけど刺激が強すぎるかな」

 

 

明らかに険のあるリリウムの物言いに対してイッシンは柳に風吹いたように受け流す。普段から海千山千の陰謀家である王小龍と会話している彼からすれば、王小龍仕込みとはいえリリウムの眼光など『あっやっべ真剣な顔もめっちゃカワイイ』くらいにしか通じない。むしろ逆効果である。

 

リリウムもそれを分かっているのだろう。更に眼光を強めることはせず、一定の緊張感を醸し出しながら諭すような、懇願するような態度でイッシンを見据えた。

 

 

「……貴方が思っているより大人(ターレン)は繊細で、聡明で、優しい御方です。今回大人(ターレン)が直接此方にお越しになったのも貴方の安否確認を最優先事項にしていたからに他なりません」

 

「社交辞令だとしても嬉しい言葉だね」

 

「事実です。本日の大人(ターレン)のスケジュールにはGAグループ宗主との会談、各関係企業CEOとの打合せ、試作兵器の実地評価試験の立ち会いが予定されていましたが全てキャンセルしてまでお越しになりました。ORCA旅団との調印式が明日に迫って多忙を極める中、私のような使いを此方に送れば済む案件にも関わらずです」

 

「………」

 

「口でこそ大人(ターレン)は仰られませんが、貴方に対する評価は極めて高いことをご理解下さい。そして恐らく、大人(ターレン)は不要な気遣いだと仰られるでしょうが、どうか悪口をお控え下さい。これは私個人からの願いです―――それでは」

 

 

そこまで言うとリリウムはクルッと身を翻して遠くの方で身体の小さくなった王小龍を追うように、かつ上品な歩き方を崩すこと無く彼の下からスタスタと歩み去る。イッシンがこの世界に転生してからというもの、女性から命令されることは多々あっても願われるというのはほとんど初めての経験だ。しかも誰もが認める超絶美少女からとあっては断るのは野暮天まっしぐらだろう。

 

 

「まっ、少しくらい感謝してもバチは当たんねぇか」

 

 

そう独りごちったイッシンは頭をポリポリと掻きながらムーンバックスに戻っていった。




いかがでしたでしょうか。

リリウムちゃんにあそこまで言われたら、そりゃあねぇ?

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118.Start&Start

焼肉はホルモンが好きです。その中でも脾臓・膵臓にあたるシビレが一番好きなのですが、出会う機会が少ないのでメニューに有ったら即注文します。焼肉行きたい。

それと、今更ながらドラマの英国版Sherlockにドはまりしまして。一話90分のボリュームから繰り出される濃厚ミステリーは絶品です。

なにが言いたいかと言えば、晩酌しながら執筆してます。


(あかつき)の正確な意味は夜半過ぎから夜明け近くのまだ暗いころまでの時分を指すようで、現在では明け方のやや明るくなった時分をいう。古くは、夜半から夜の明けるころまでの時刻の推移を「(あかつき)」「東雲(しののめ)」「(あけぼの)」と区分し、今日では夏季のもので、早朝の清涼感を演出するとある。

 

であれば今の時刻は間違いなく暁であり、夜鳴鶯(ナイチンゲール)のさえずりが慎ましく潜め始めた静寂は早朝の清涼感を否が応でも演出していた。ただ、その静寂は驚くほど呆気なく打ち破られ、代わりに(かちどき)の声とも呼ばれるべきブースターの爆音が音速で過ぎ去る。

 

音の主は四体の異形の巨人。すなわちマクシミリアン・テルミドール駆るアンサング、メルツェル駆るオープニング、ダン・モロ駆るセレブリティ・アッシュ、ハリ駆るクラースナヤの一団である。彼等は一寸の乱れも無い教本のように華麗な編隊を組みながら真っ直ぐ目的地へ向かっている道中であり、その目的地である何の変哲もない高さ30m、幅100m、全長3kmの鋼鉄で構成された巨大な格納庫が光学カメラで視認できる距離まで到達していた。

 

 

《あれか》

 

《【フラスコと硝煙の桃源郷】……過ぎた名前だ。自らの拠点にユートピアを名乗るなど》

 

《まぁカミソリ・ジョニーらしい納得のセンスですよね。僕なら恥ずかしくて自殺しちゃいます》

 

《だとしても設計者(アーキテクト)としては一流だ。いつかその設計理論をご教授願いたいね》

 

 

ダンが言い終えた瞬間、まるで彼等が各々の感想を述べ終えるのを見計らっていたかのように突如として格納庫の屋根がゴゴゴッと開き始めた。見ると格納庫両端にネクストを直立させられるだけの簡易的なスペースが設けられており、既に一方にはORCA旅団側と同じく四機のネクストが伝説の守護騎士が如く佇んでいる。そして中央にはチタン製らしい鈍い反射を放っている長テーブルが置かれていた。

 

 

《ストリクス・クアドロにアンビエント、ワンダフル・ボディと……へぇ、JOKERも居るんだ? ダンさんの話でてっきり死んだと思ってたけど》

 

《気を抜くなハリ。アイツ単体ならともかく、連携を取った時の彼の危険度は計り知れない》

 

《流石に警戒しすぎじゃないですか? ラインアークでだって大したことしてないですよ?》

 

《撃ち抜かれたお前が言うな。どちらにせよ敵陣である以上、気を緩めて良い理由にはならん》

 

 

あくまで相手は格下なのだと侮るハリを窘めたオッツダルヴァの言葉に思わず彼は口を噤む。そうして彼等は格納庫端へ降り立つと先客に習って機体を停止させた。

 

第三勢力であるLOSERSがORCA旅団本来の目的を掻き乱し、あまつさえ全世界に宣戦布告をしている以上、友好的に成り得る両陣営の小競り合いで戦力を消耗させる手を取るなど有り得ない選択だが、もちろん警戒は忘れない。団長であるマクシミリアン・テルミドールを筆頭に、ネクスト内蔵の足掛けワイヤーに掴まりながら彼等は地上に降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ~ダン! ひっさしぶり~☆ あっオッツダルヴァも久しぶりだな! いや~会いたくて会いたくて夜しか寝れなかったぜ!」

 

 

まるでハイスクールの同級生と再会したようなテンションで彼等に駆け寄ろうとするイッシンだが、その思い叶わずセレンに首根っこを雑に掴み上げられてグエッと素っ頓狂な声を出して急停止を余儀なくされてしまう。

 

まぁ、あくまで雰囲気がそうであるだけで彼の片手には、巧妙に隠してあるが、暗器用に改造された10mm無反動拳銃が仕込まれていたのだから仕方ないことだ。有言実行とは良く言ったものである。

 

 

「抑えろイッシン。ここはあくまで締結の場だ」

 

「え~別にいいじゃん脅迫の1つや2つや3つくらい」

 

「……戦場ならいざ知らず何故この場に奴を同席させるんですか、王小龍上級理事」

 

「そう(はや)るなドン・カーネル。(わっぱ)の勘はアレでいて中々鋭い。カナリア代わりにはなる」

 

「ちょっと聞こえてるんですけど? 勝手に洞窟のカナリア扱いしないでくれます? ガス吸って死ぬつもり全然ないからね?」

 

 

そしてイッシンとセレンの如何とも形容し難い主従関係を目の当たりにし、彼の果てしない奔放さに辟易したドン・カーネルを諫める王小龍。かく言う彼等も内心はイッシンと同じく厚顔無恥にも姿を現したオッツダルヴァとダン・モロに対して憤りを感じている心持ちなのだが、彼等はイッシンと違って大人なので行動には移さない。理性で怒りの感情を御することの重要さを理解しているのである。

 

閑話休題。双方がチタン製の鈍く光る長テーブル越しで向かい合う。強大な力に対抗するために呉越同舟を辞さず、実際に実現させたこの状況は見る者が見れば感動的なシーンに間違いないのだが、やはりそこは呉越同舟。剣呑というか殺伐というか、ピリピリとした一触即発の雰囲気が形成されていた。

 

 

「―――さて、改めて自己紹介を。今回の調印式における企業連代表代理を拝したB(Bernard and)F(Felix)F(Foundation)の王小龍だ」

 

「……ORCA旅団団長マクシミリアン・テルミドールだ。どのような形であれ、企業側と()()()な条約を結べることを喜ばしく思う」

 

「そうか。私は政治的均衡とは互いのナイフを喉元に突き当てている状態だと考えている。くれぐれも()()()でいたいものだ」

 

 

言葉の雰囲気こそ穏やかだが、話されている内容は威嚇やメンチの切り合いと同じである。端々から漏れ出る敵意と殺意を隠そうともせず、それでいて形式上とはいえ友好条約を結ぶのだから恐ろしいことこの上ない。

 

そうしてぎこちない握手を交わした二人は早速、条約締結の書類に目を通してサインを署名。その間、後ろで待機している双方の護衛兼立会人達の視線がバチバチと火花を散らしていたことは言うまでも無いだろう。特に酷かったのは意外にもダン・モロとリリウムの二人である。もちろん双方が臨戦態勢のバチバチという訳ではなく、リリウムの鋭い視線をダンが申し訳なさそうに受け流し、それを見たリリウムが更に視線を鋭くするという悪循環が生じたのだ。

 

最終的に双方の護衛兼立会人達がちょっと引くという事態にまで発展したえげつない睨み合いは、王小龍がパタンと書類ホルダーを閉じる音で一応の幕を閉じる。

 

 

「―――これで締結完了、だな」

 

「ああ。より良い関係を期待する」

 

 

王小龍とマクシミリアン・テルミドール。二人が改めて握手を交わし、(つつが)なく調印式を終わらせようとした瞬間。

 

 

 

 

 

 

《雑種が集まったところで雑種でしょ? それに気付かないなんて、やはり野良犬ね》

 

 

 

 

 

蔑むような高圧的で傲慢な女性の声が響き渡る。突然の出来事に、テルミドールと王小龍を除くその場にいた全員が各々隠し持っていた武器を手に取って警戒態勢を構築した。

 

どうやら格納庫内のスピーカーがハッキングを受けたようで、遠巻きに待機していた白衣の職員達が慌ただしくシステム制御系を操作し始める。その中にはカミソリ・ジョニーの姿もあり、事態の深刻さを物語っていた。この世界において二大勢力である企業とORCA旅団の調印式に水を差そうとする輩など一つしか無いからだ。

 

 

「僕のシステムに土足で踏み込むなんて良い度胸してるじゃないか……! 逆探知はどうなってる」

 

「逆探知―――出ました! 北西20km! この反応……間違いないありません!ネクスト、プロメシュースです!」

 

 

職員が答えた名前にどよめきが起きるが、それは無理もないだろう。プロメシュースはBFF社の旧女王メアリー・シェリーが駆る愛機の名前だ。それがこの場に現れたということはつまり……。

 

 

LOSERS(負け犬)なんて名前、私気に入ってないの。2分あげるわ。早く降伏して惨めに()(つくば)りなさい》

 

「――リリウム、行くぞ」

 

「はい大人(ターレン)

 

 

それまで沈黙を貫いていた王小龍が短くそう発しておもむろに歩を進めると、彼の後ろに控えていたリリウムも彼と同様に迷うこと無く付いていく。あまりに自然な動作だったために見逃しそうになったが、なんとか気付いたテルミドールが呼び止めた。

 

 

「待て王大人(ワン・ターレン)。どこへ行くつもりだ」

 

「……調印は締結した。ならもはや式を続行する意味は無い」

 

「そうではなく――」

 

「アレは我々(BFF)で解決する。いずれ超えねばならん壁だ。ならば身内で片付けるのがスジというものだろう」

 

 

王小龍はそこまで言うと、それ以上は口にせずストリクス・クアドロに足を向けた。




いかがでしたでしょうか。

先週お休みを頂いたことで気分一新、スラスラ書けると思ったのですがそんなことはありませんでした。次回は新旧BFF対決+αです。戦闘シーンはかなり久々なのであまり期待しないで待ってて下さい。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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119.夜の女王、或いはポーラールートの怪物・Ⅰ

馴染みのお店で面識の無い美人の隣席へ強制移動させられて、とりあえず口説けよって煽てられても困るよね。白石麻衣似の美人でした。失敗したな。


「つまらない……つまらないわ」

 

 

操縦に特化して作られたネクストのコックピット空間はリンクスの精神的圧迫感解消のためにある程度の余裕を持たせているが、お世辞にも決して広いとは言えない。精々大きめのリクライニングチェアが関の山と言った所だろう。そんな狭いコックピットにも関わらず、その女性はまるでキングベッドに横たわっているかのようなリラックスした体勢で視線の先の全周囲モニターを見遣った。

 

降伏勧告から既に一分経つが、彼方(あちら)が動く気配が一向に見られない。まさか本当に降伏勧告を吞んだというのか。だとしたら野良犬の割に良いオツムをしている。ご褒美に鳴かせてあげようかしら。女性は思わず舌舐めずりをする。

 

アングロサクソン系の白人である彼女の特徴は間違いなく程よく垂れた目尻と、口元にある妖艶な二つ並んだホクロだろう。そこにリンクススーツ越しでも分かる抜群のプロポーションが合わされば誰しも一見して「イイ女」だと言うに違いない。だが昔の偉人は言った。綺麗な薔薇には棘があると。

 

彼女――メアリー・シェリー――が(まさ)しくそれに当たる。彼女の特技は二つ。徹底的に相手を蹂躙(じゅうりん)し、甚振(いたぶ)り、被虐し、その先に待つ快感を開花させるサディスティックな才能。そしてもう一つは、そのサディスティックな才能から繰り出される相手の急所を的確に狙い澄ました正確無比な狙撃である。それこそBFFの基本設計思想である「長距離狙撃」を決定付ける程に。

 

 

「でも――物分かりの良い野良犬は嫌いよ?」

 

《ヤッホー。調子はどうだい》

 

「……急に回線を開かないでくれるアンミル」

 

《あっ♡ その蔑むような眼差し、イイネ!》

 

「用件は? いくら貴方でも下らない用件なら切るわ」

 

 

プロメシュースのコンソールパネルに現れたのは相も変わらず赤いチュニックを着用した一神(いっしん)ことアンミル・アンフィンだ。例の如く背後から鳩やらリボンやらを繰り出している彼は紅茶を嗜んでいるようで、片手に持つソーサーには小さめのスコーンが一つ鎮座している。そしてもう片方の手に持ったティーカップを口元に近付けてクイッと一口含み、嚥下すると悪戯な笑みを浮かべながら彼女に語り掛けた。

 

 

《なに、ちょっとしたTipsでも提供してあげようかと思ってね》

 

「なら勿体振らないで早く教えなさい。LOSERSなんて屈辱的な名前に我慢してるのだから、その権利くらいあるはずよ」

 

《焦るなよメアリー・シェリー。安心してもう数秒待つといい。そうすれば………ほぅら来た》

 

 

アンミルの声に呼応するように、プロメシュースのメインカメラに反応が現れる。長距離狙撃用にカスタマイズされた特注のFCSは米粒以下の僅かな機影を見逃すこと無く捕捉した。表示されたデータは【ストリクス・クアドロ】と【アンビエント】の二つ。つまり名実ともに当代最高峰のバディと評される王小龍とリリウム・ウォルコットの両名である。メアリー・シェリーの古巣であるBFFのリンクスが出張ってくる理由など、所詮「身内の問題は身内で片付ける」程度の安い理由だろう。

 

メアリー・シェリーは嘲笑う。下らない。実に下らない。プロメシュースの特性を理解している上で、三流の矜持に縛られ確実な勝利を無下にするとは。彼女はオープン回線を開いてストリクス・クアドロに呼び掛ける。かつて自身の後見を務め、そして()()()()男を。

 

 

「へぇ。調子に乗って殺されに来たの小龍(シャオロン)。戦場は老体が出てきていい場所だと思って?」

 

《―――やはりメアリーなのだな》

 

 

(しゃが)れた男性の声がコックピットに響く。遥か昔に聞いた、変わらない声だった。あれから相応の年を重ねているだろうに未だネクストに乗れるだけの体力、精神力を有していることは純粋に評価に値する。メアリーは軽く笑うと言葉を返した。

 

 

「今更ね。貴方ならウルナの件で分かってたでしょう」

 

《何故だ。何故加担する。お前とて行き着く先が閉塞しているのは理解している筈だ》

 

「なら壊しても問題ないでしょ? それに私は一度死んでるの。だから好きにやらせて貰うわ。なんなら貴方も死んでみる?」

 

《させません》

 

 

不意に年若い少女の声が彼等の会話を遮るように発せられた。利発的で聡明な雰囲気を纏っているが、まだあどけなさが残る直情的な声。あの頃には聞いたことの無い声だ。メアリー・シェリーはその声の主がリリウム・ウォルコットだと一瞬で見抜く。リンクス戦争を経て、体制を一新したBFFが象徴(シンボル)として祭り上げた新たな女王。ウォルコット家のブランドだけで持ち上げられ、BFFの愚かしさが詰め込まれた哀れな傀儡。

 

 

「あら居たの? 環境(アンビエント)なんて名前だから気付かなかったわ。子供は温室でお人形遊びでもしてなさい」

 

《私は大人(ターレン)の剣であり盾。大人(ターレン)の意思が私の意思です》

 

「……よく調教してあるわね小龍(シャオロン)。フランシスカとユージーンの失敗がまだ忘れられない? それとも小児性愛(ペドフィリア)に目覚めた?」

 

 

刹那、亜音速の巨大な砲弾がプロメシュースのコアめがけて飛来した。彼等の相対距離は5km以上あるにも関わらず寸分の狂い無く撃ち込まれた砲弾は、間違いなく意識の範囲外からの攻撃に位置付けられるだろう。しかし砲弾はプロメシュースから100mほどの距離でカクンッと浅く折れ曲がり、本懐を遂げることなく明後日の方向へ過ぎ去ってしまった。

 

プロメシュースの左手に握られた【050ANSR(スナイパーライフル)】の銃口は真っ直ぐ正面を向いており、先からは薄い硝煙が上がっていた。スナイパーキャノンから放たれた亜音速の砲弾をスナイパーライフルで狙撃して弾道を変える。文字に起こせばなんてことない簡単な事実だ。理論上可能である事象でもある。問題は、それを実際に実現させたことだ。

 

メアリー・シェリーは嗤う。経緯がどうであれ、老人が年端もいかぬ少女に執心している滑稽に。そして自身が屠られたリンクス戦争から数十年。現在の陰謀家という文官の渾名でなく、リンクスの異名として「教授(プロフェッサー)」と畏れ称された彼の技量が見るも無惨に錆び朽ちていた哀愁に。

 

 

「……ねぇ小龍(シャオロン)。貴方の哀れな老い方に免じて警告してあげる。退きなさい。雑魚に使ってあげられるほど私の弾丸は安くないの」

 

 

FCSの射撃補助システムが稼働しているとしても、到底容認できない神業いや神の御業を息をするようにやってのけたメアリー・シェリー本人は助言しつつ想う。老人と少女では役不足だ。やはりアナトリアの傭兵でなければ。

 

野良犬でありながら私の戦績に消えぬ泥をつけた唯一。今でも思い出す。技術とは程遠い暴力的で、しかし洗練されたあの動き。私の女を強制的に濡らした圧倒的本能。彼を飼いたい。今度こそ屈服させ、跪かせ、無様な泣き顔で許しを請わせたい。

 

 

《退くつもりはない》

 

 

メアリー・シェリーの悦は王小龍の無粋な拒否で終わりを迎えた。否、無粋にも程がある。彼との来るべき逢瀬を愉しんでいたというのにこの老人は。彼女は苛立ちを隠すことなく声を上げた。頭が切れるだけの時代遅れが。

 

 

「――あらそ。なら死になさい」

 

 

プロメシュースのメインカメラが怪しく光る。BFFの標準機である【047AN】をベースに設計された本機の各パーツは外見的にこれと言って特筆した性能を有しているものはない。しかし対照的に内部性能はワンオフと言って差し支えないレベルにまで昇華・改造されており、完成度だけでいえばラインアークのホワイト・グリントと並んでしまうほどだ。

 

そしてゆっくりと構える。左手には【050ANSR(スナイパーライフル)】、右手には名銃【051ANNR(ベーシックライフル)】。アンミルの悪戯で色々弄られているが、これだけで十分だ。背部兵装など必要ない。そして、ロックされたままの彼等を見てメアリー・シェリーは舌で唇を濡らした。なんて無作法で無用心なのか。

 

 

「いい的よ貴方達。ゆっくり痛めてあげる」




いかがでしたでしょうか。メアリー・シェリーのドS感っていいよね。踏まれたい。

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120.夜の女王、或いはポーラールートの怪物・Ⅱ

今回はちょっとしたギミックを入れてみました。お気に召せば幸いです。


それを一言で表すとすれば、退屈がよく似合う光景だった。

 

蜈蚣(ムカデ)の如く地上を這い走るストリクス・クアドロの最高速度はお世辞にも速いとは言えない。良く見積もってもJOKERの通常ブーストと遜色ないレベルだ。背部兵装である【061ANSC(スナイパーキャノン)】の砲口を常にプロメシュースへ向けているとはいえ、あまりにもトロすぎる。

 

そして、その動きに追従するかのように前衛であるアンビエントの機動も遅い。空中機動を主としていて()つストリクス・クアドロよりも機体重量は軽いため、見るに堪えないような動きとまでは行かないが、それでも遅いとしか評せない機動であった。

 

何も知らない者からすれば当代最高峰のバディである彼等が数の利を制して手を抜いているのだと思うだろう。()()()()()()()()()()()()()。およそ命の遣り取りとは思えない技術だ。だがそれは、命の遣り取りを現在進行形で行っているからこそ出来る芸当なのだ。事実王小龍(ワン・シャオロン)の額には玉のような汗が滲み出ており、リリウムも肩で息を切らしながら操縦している。

 

対するプロメシュースは優雅に舞う蝶のようにヒラリヒラリと踊りながら非常にゆっくりとした動作で【050ANSR(スナイパーライフル)】と【051ANNR(ベーシックライフル)】を構えていた。疲れや緊張など微塵も感じさせない圧倒的存在を醸しながら。

 

刹那、アンビエントの【067ANLR(レーザーライフル)】が火を噴いた。狙い澄まされた赤い光条は吸い込まれるように直進していくが、プロメシュースは回避行動をとらない。それどころか瞬く間に射撃態勢を整えて【051ANNR(ベーシックライフル)】を撃ち放つ。

 

射出された弾丸は寸分違わず赤い光条に吸い込まれてその光を減衰させ、レーザーはプロメシュースに届くこと無く拡散した。しかしアンビエントは想定通りといった様子で困惑した挙動を見せることなく更に【067ANLR(レーザーライフル)】と【063ANAR(アサルトライフル)】を撃ち込み続ける。

 

古今東西ネクスト戦において次々と飛来する弾丸の雨に対する定石(セオリー)は、QBによる回避行動もしくはOBで距離を稼ぐことによる戦線仕切り直しの二通りだ。何故なら最も単純で労力も少なく被弾率を抑えられるから。だがメアリー・シェリーはその定石(セオリー)を真っ向から否定した回避行動、すなわち迫り来る弾丸を弾丸で迎撃するという荒業でプロメシュースの被弾率を抑えている。

 

およそ人類が為し得ていい(わざ)ではないがメアリー・シェリーは淡々と確実に、時折笑みさえ浮かべながら迎撃していく。弾丸同士のぶつかり合いで生まれた花火が二機の間でてらてらと輝きを放っている中、好機と見た王小龍はストリクス・クアドロの【061ANSC(スナイパーキャノン)】をプロメシュースへ撃ち込んだ。

 

距離にして1200。発射から着弾までコンマ5秒と掛からない亜音速の砲弾は空気抵抗以外一切の障壁に阻まれることなくプロメシュースに到達する。しかし、砲弾は装甲を穿つことはなかった。何故ならプロメシュースは着弾直前にQT(クイックターン)を発動。機体速度と砲弾速度を同調させ、()()()()()()()()穿()()()()()合気道のような受け流しにより損傷を最低限に抑えたからである。

 

更にプロメシュースはQT(クイックターン)によって生み出された遠心力に身を置いたままストリクス・クアドロめがけて【050ANSR(スナイパーライフル)】で射撃。本来ならば撃ち出された弾道にも遠心力が加味されてあらぬ方向へ飛んでいくのが常識であるが、狙撃の女王(メアリー・シェリー)にそんな常識など通用しない。まるで針の穴を通すような精密さでストリクス・クアドロの右手に握られた【061ABSR(重スナイパーライフル)】のバレルに風穴を開け、一気に使用不能状態に追い込んでしまった。

 

 

「当ててくるか……!」

 

 

流石の王小龍もこれには面食らったようで思わず悪態をつくが直ぐに感情を切り替え、使い物にならなくなった【061ABSR(重スナイパーライフル)】を投げ捨てつつ右背部兵装【061ANCM(高速分裂ミサイル)】を展開、射出した。

 

同系統兵装の中でも際立って高い巡航速度を有することから、本来想定された運用方法ではなく誘導砲撃に近い運用をされている【061ANCM(高速分裂ミサイル)】は分裂ミサイルの名に恥じず加速途中で複数基に分裂。血走った目つきで獲物を追う猟犬のような高速ミサイル群が全弾直撃すれば一般的な中量級ネクストのAPを20%ほど掠めとる威力を秘めており、いくら物理防御が優秀なプロメシュースでも無視できないダメージとなる。加えて複数基となったぶん命中する確率は格段に上昇し、メアリー・シェリーに対する精神的な牽制としての意味合いも込めた。

 

そこまで計算した上で王小龍は【061ANCM(高速分裂ミサイル)】による攻撃を選択したのだが、彼女は嗤う。やはり老いた。以前の彼なら()()()()()()()()()はしていない。

 

 

《自分の武器も知らないのね小龍(シャオロン)

 

 

プロメシュースは【051ANNR(ベーシックライフル)】を再び構えてトリガーを引いた。弾丸は見事な軌道を描きながら既に分裂した【061ANCM(高速分裂ミサイル)】の一基を撃ち抜くと、爆風によって周辺にいたミサイルは誘爆。なんとか誘爆を免れた残りのミサイルも彼女に取っては児戯に等しい技術で撃たれ、爆発してしまう。

 

 

《でも教えてあげられないわ。だって私の時代にそれはなかったもの》

 

「では此方はどうですか!」

 

 

リリウムの威勢の良い掛け声と共に、空中に出現したミサイルの黒煙を穿ちながらアンビエントが突進してきた。両手には射撃兵装を持ったままであり、近接格闘戦を行える兵装は何一つ有していない。無鉄砲と揶揄されても可笑しくない彼女の暴挙に僚機である王小龍は驚くが、彼女の意図を即座に理解したメアリー・シェリーは興味深そうに眉を上げた。

 

 

《ふん、気付いたのね。バカな小娘》

 

 

瞬間、アンビエントのハイキックがプロメシュースのコアを正確に蹴り抜いた。もちろんメアリー・シェリーも直撃を貰うほどお人好しな性格をしていないのでサイトを持った右腕を大きく持ち上げてガードするが、踏ん張り所のないプロメシュースは体勢を大きく崩してしまう。

 

 

「いまなら……!」

 

《よせリリウム!深追いするな》

 

「っ!」

 

 

チャンスと見たリリウムはアンビエントに更なる追撃を許可しようとしたが、コンソールパネルから急に発せられた王小龍の怒声に思わず彼女は急制動をかけて追撃を中止、一定の距離を維持しつつプロメシュースの出方を見る警戒行動へと移行した。

 

 

「何故ですか大人(ターレン)。あのタイミングならプロメシュースへの追撃は可能でした」

 

《狩人たるもの敵の本質を見誤ってはならん。ヤツの腕をよく見ろ》

 

 

コンソールパネル越しに映った王小龍の言う通りにリリウムは、とても射撃できる体勢でないプロメシュースを注視する。そこにはアンビエントを冷徹にじっと見つめる【051ANNR(ベーシックライフル)】の銃口が覗いていた。

 

狙撃タイプのネクストに対する一番の対応策は近距離戦闘に限る。近付いてしまえば装備された遠距離兵装は本来の性能を発揮できず、あとは煮るなり焼くなりどうとでも出来るからだ。その教科書通りの弱点を突かれた。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という先入観である。

 

 

「申し訳ありません。大人(ターレン)のお手間に――」

 

《構わん。まずは目の前の戦闘に集中しなさい。余所見をしていい相手ではないぞ》

 

「承知しました」

 

《……それとだが》

 

「?」

 

 

自身の至らなさを痛感しつつ、すぐさま修正点を見出して次に生かす。この一連の流れを淀みなく行えるリリウムは間違いなくBFFが誇る才媛であり次世代に担うべき人間だ。そう評価した王小龍は、だからこそ聞いておきたかったのだろう。

 

 

《黒煙を利用したハイキックでの肉弾戦強襲、どこで覚えた。少なくとも私は教えていないぞ》

 

「キドウ・イッシン様の戦闘データを参考にさせて頂きました。大変興味深い戦歴でしたので後学になればと思ったのですが、止めたほうがよろしいでしょうか」

 

チッ―――いや、兵装の虚を突いた良い戦法だ。取り入れて損は無いだろう》

 

 

『あの意地汚い呆けた間抜け面の悪童の技だと? 直ぐに止めなさい。奴と同じ技を吸えば知能指数の低下は免れないぞ』とは流石の王小龍も言えない。事実、本当に良い戦法であり対ネクスト戦においては非常に有用な技術に成り得るからだ。

 

間接的とはいえ、あのキドウ・イッシンを認めてしまった自身の客観性にそこはかとない苛立ちを感じた王小龍だったが、直ぐに思考を切り替えて目の前の敵に集中する。先ほど自身がリリウムに言った通り、余所見をしていい相手ではないのだから。




いかがでしたでしょうか。

王小龍おじいちゃんのイッシン君に対する評価はツンデレです。

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121.夜の女王、或いはポーラールートの怪物・Ⅲ

ショートカットで知的な女性が大好きです(唐突)


「お~お~、人様がやっていい次元じゃねえよアレ」

 

「BFFをBFFたらしめた怪物だ。あの程度造作も無いだろう」

 

「マジかよ。じゃあ天下のレイヴン殿はどうやってあんなの落としたんだ?」

 

「『撃ち合えば負けると分かった辺りで、相対距離100を維持したまま二段QB主体の接近戦に切り替えただけ』と言っていたぞ」

 

「……あのさ、リンクス戦争の参加条件って人外じゃなきゃいけないルールでもあんの?」

 

 

双眼鏡を覗き込みながらムーンバックスのデカフェを嗜むイッシンが呈した疑問に対して無下に答えたセレンも、彼と同じくデカフェを飲みながら新旧BFF対決を双眼鏡越しに眺めていた。

 

会敵して約5分。2対1の数的不利で、しかも相手は当代最高と名高い王小龍とリリウム・ウォルコットのバディで、彼等の独壇場(フィールド)である撃ち合いに正面から相対した上で、技術的にも戦力的にも圧倒しているメアリー・シェリーはまさしく怪物と呼ばれるに相応しい力を有している。この状況を鑑みれば市井で平和という一時の快楽を貪る一般人でもこう言うだろう。『何故()()()()()は助太刀しないのか』と。

 

意外にも答えは至ってシンプルだ。別段、小難しい戦略的要素が複雑に絡み合っている訳ではない。考えてもみて欲しい。助太刀しようと自身のネクストへ回れ右して振り向いたら目の前に銃を構えた味方が立っていたらどうするか。取り敢えずは話し合いを試みるだろう。そして会話が通じなければ諦めて観戦者に徹するしかない帰結になるのである。もちろん強行突破という手もあるが、それなりに傷付いた状態で助太刀に現れた所で足手まといになるだけだ。正直メアリー・シェリーという怪物相手には全くと言っていいほど役立たないだろう。

 

問題は、戦場に駆けつけようとした味方――イッシンとセレン、ドン・カーネル――に銃を向けているのがダン・モロとメルツェルの二人という点だ。両名とも酷く手慣れた様子で空間権を掌握すると、動けない彼等を尻目にダンは素早くセレブリティ・アッシュに搭乗。右手に握られた対ネクスト戦用の【047ANNR(ベーシックライフル)】を人間である三名に向けて完全に制圧してしまったのだ。

 

いくら転生者であるイッシンとドン・カーネルが頑張った所で、何処ぞの武闘流派の師範よろしく生身でネクストに立ち向かえる訳も無く。仕方ないのでこうやって双眼鏡片手にデカフェを飲みながら傍観を決め込むしかない状況なのである。

 

 

「ところでさぁ! なんで助太刀しちゃいけんのよ! どう見ても爺さんとリリウムちゃんの手に余ってるだろぉ!」

 

《……そうかい? 僕には拮抗しているように見えるけど。なに、多少不利なのは良い塩梅ってやつさ。あと大声出さなくても聞こえてるから》

 

「あっホント?」

 

「――ダン・モロ、俺には理解出来ん。ここで王小龍上級理事とリリウム・ウォルコット嬢が沈めば、同盟の戦力に多大なヒビが入るのは分かっている筈だ。なのに何故邪魔をする」

 

「それについては私から話そう」

 

 

山彦(やまびこ)よろしく大きな声でセレブリティ・アッシュに話し掛けるイッシンを心底面倒くさそうな横目で一瞥したドン・カーネルは整然とした言葉で問い質すが、その回答は銃を構えたままのメルツェルに移行した。貴様に聞いているのでは無い、とドン・カーネルは彼を睨みつけるが当のメルツェルは気にする素振りも見せずにツラツラと言葉を走らせ始める。

 

 

「この戦いは必要なんだ。LOSERSを下し、アンミル・アンフィンも打ち倒した後の世界を(つつが)なく回すためには特に」

 

「ならば尚更加勢するべきだ。王小龍上級理事はここで失っていい人物ではない」

 

「……ひとつ勘違いをしている。私が必要としているのは王小龍ではない。彼の侍女、リリウム・ウォルコットだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《リリウム、仕掛けるぞ》

 

「はい大人(ターレン)

 

 

王小龍の掛け声にリリウムが合わせた数秒後、ストリクス・クアドロの肩部兵装【061ANRM(高速連動ミサイル)】が展開。背部兵装である【061ANCM(高速分裂ミサイル)】と併用することで先に放った一撃よりも圧力の高い攻撃を仕掛けた。

 

馬鹿の一つ覚えか、と嘲笑ったメアリー・シェリーは【051ANNR(ベーシックライフル)】を再び構えつつ思案する。先のミサイル攻撃は3発で迎撃した。なら基数も増えた今回は2発で迎撃する。そのために必要な着弾箇所は……。

 

先程と同様に10基に分裂した【061ANCM(高速分裂ミサイル)】が白煙を撒き散らしながら蛇の大群の如く迫ってくる中、北極の夜を彷彿とさせる冷徹な思考を巡らせたメアリー・シェリーは瞬時に最適着弾箇所を見つけだし【051ANNR(ベーシックライフル)】の照準を合わせた。

 

 

そして弾丸を打ち放ち………あらぬ方向へ飛んでいった。

 

 

一瞬なにが起こったのか理解出来なかった彼女は、しかしその原因を即座に見つけ出した。【061ANCM(高速分裂ミサイル)】の大群の後ろ、距離にして500だろうか。アンビエントが【067ANLR(レーザーライフル)】から薄い煙を昇らせながら此方に銃口を差し向けている。

 

間違いない。あの小娘は分裂した【061ANCM(高速分裂ミサイル)】の僅かな隙間を縫って【067ANLR(レーザーライフル)】を当ててきた。()()()()()()()。メアリー・シェリーのこめかみにうっすらと青筋が浮かぶ。私に当てていいのはアナトリアの傭兵だけ。無論それ以外の野良犬に当てられる気も無いし、同じBFF出身者など論外だ。なのにこの餓鬼は……!

 

 

《お前のような小娘が……許されるとでも?》

 

 

それまで優雅な蝶のようにヒラリヒラリと舞い踊るような機動を描いていたプロメシュースのメインカメラがギラリと光る。許さない。絶対に許さない。

 

瞬間、プロメシュースはメアリー・シェリーの激情を体現したかのように苛烈な高速機動を開始した。まるでスズメバチのようにブンブンと飛び回るプロメシュースは生半可な軽量機では追い着くことさえ困難な速度で縦横無尽に空中を駆け回る。敵の急激な速度変化に戸惑っているアンビエントは思わず棒立ちになってしまうが、その棒立ちも長くは続かない。

 

背面に衝撃が走ったかと思えば、コンソールパネルに『メインブースター損傷。出力80%まで低下』と表示された次の瞬間には正面から別の衝撃が襲い掛かって『サブカメラ損傷。偏差修正システムに障害発生』と表示された。

 

このままではマズイ。そう判断したリリウムはアンビエントにQBを噴かせつつOBを発動。戦線からの離脱を試みるが相手はあの狙撃の女王(メアリー・シェリー)、どれだけ高速で距離を取ろうとも、どれだけ不規則性の回避行動を取ろうとも衝撃が止むことは無く、コンソールパネルとスピーカーからは鬱陶しいほどの警戒音(アラート)と損害報告が滝のように降り注いでくる。

 

 

「このままでは……」

 

《いい的よ貴女。もっと無様に逃げ惑いなさい。その方が愉しめるわ》

 

 

レーダー上でのアンビエントとプロメシュースの相対距離は200。近中距離戦に分類される距離であり、本来ならばアンビエントの独壇場(フィールド)として機能している筈なのだが実際の攻守は既に逆転している。大人(ターレン)に援護を要請しようにも動き回る狙撃手ほど厄介な的は無く、下手に撃てば近中距離戦での立ち回りを生かして同士討ちを狙われる可能性も否定できない。

 

万事休す。リリウムは奥歯を食い縛る。

 

まだだ。まだ死ねない。大人(ターレン)に教えて貰うことが山程ある。私はまだ大人(ターレン)のような権謀術数は使えないし、大人(ターレン)のような狙撃術も身に付けていない。大人(ターレン)のような厳しさも持っていないし、大人(ターレン)のような優しさも持ち合わせていない。だからまだ……!

 

想いの強さからだろうか。グッと操縦桿を握る手に力が入る。それがいけなかった。

 

アンビエントに生まれた、一瞬だけコアを曝け出してしまうという僅かな隙。上位リンクスでも見逃してしまいそうな小さな隙は、メアリー・シェリーにとって無防備以外の何物でも無かった。

 

ニヤリと嗤う彼女。

プロメシュースから放たれる必殺の弾丸。

自身の操縦ミスに気付くリリウム。

しかし時既に遅く。

 

 

「しまっ―――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《リリウムッ!!》

 

 

弾丸は百合の前に出た梟を、穿った。




いかがでしたでしょうか。

オジイのくせにヤムチャしやがって……。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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122.夜の女王、或いはポーラールートの怪物・Ⅳ

食べログって案外アテにならないのだなと思った今日この頃です。


『元気そうで何よりだメアリー』

 

『珍しいわね教授(プロフェッサー)。貴方が呼び出すなんて』

 

『……アナトリアの傭兵を知っているな』

 

『アナトリアの傭兵? あの野良犬がどうしたの』

 

『ヤツがお前の撃破任務を受けた』

 

 

BFF本社【クイーンズ・ランス】

 

その一室で在りし日の梟と女王が話していた。梟一言で発生した暫しの沈黙。破ったのは女王だ。

 

 

『用はそれだけ? なら帰るわ』

 

『後見として忠告するぞメアリー。自分の実力を見誤るな』

 

『あら、心配してくれるの。教授(プロフェッサー)らしくない』

 

『アナトリアの傭兵は成長途中だ。それも戦場で急激に伸びるタイプの――』

 

『ねえ小龍(シャオロン)。BFFを確立したのは私、理論を構築したのは貴方。それが合わさって負ける道理なんてないわよ』

 

『……おそらく強襲戦で来る。増援は期待するな』

 

『そうね。その時は、化けて出てやるわ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これはなんだ。アンシール』

 

『あぁ? 見れば分かるだろ。レイレナードのネクスト部隊に編入したって書類だよ。ちゃんとCEOの署名もある』

 

『そこではない。何故今なんだ。お前とて時流を読めない訳ではないだろう』

 

 

BFF仮本社【ビショップ・タワー】

 

女王と話した時よりも少し老け込んだ梟は、マホガニーの執務机を挟んで目の前に憮然と立つ男を睨みつける。男の名はアンシール。現時点で梟に次ぐ実力のリンクスだ。アンシールは答えた。

 

 

『大勢が決してる今、ボロボロのレイレナードに肩入れするよりも戦後のためにGAへ媚売った方が良いってくらい俺にも分かる』

 

『なら何故』

 

『別にひとり減ったところで問題ないだろ。BFFのリンクスならアンタの秘書のイアッコスもいる』

 

『答えになっていないぞ』

 

『――メアリーとフランシスカは死んで、ユージンは意識不明の重体。理由はこれで十分だ』

 

『……アンシール』

 

 

梟の声を遮るようにアンシールは踵を返し、スタスタと歩き始める。まるで死地に赴くための決別を示すように。

 

 

『アナトリアの傭兵とか言う時代遅れの雑魚をブチ殺してくる。アンタはアンタのするべきことをしろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『久しいなお前達……そうだ。フランシスカ、お前に良いニュースがある。ユージンが目を覚ましたぞ。夢みたいだと呆けておった。あの時の顔をお前にも見せてやりたい』

 

 

冬。深々と積もった雪が全てを包み込む中、墓地のある一画に一羽の老いた梟が佇んでいた。彼の目の前には墓標が三つ並んでおり、それぞれメアリー・シェリー、フランシスカ・ウォルコット、アンシールと刻まれている。

 

 

『……老いぼれ一人残して逝く馬鹿共がどこに居る。お前達にはまだ教えていないことが山ほどあるのだぞ……』

 

『王小龍上級理事』

 

 

振り返るとそこには一人の男性と年端も行かない少女が立っていた。男性は如何にも貴族と言った雰囲気のスーツを着熟し、なんとも利発な雰囲気を醸し出している少女もそれに倣った気品ある格好をしていた。

 

 

『ウォルコット卿。この度は誠に――』

 

『よい。あれは戦争だ。彼等も……フランシスカも承知の上だったろう』

 

『……何か御用でしょうか』

 

 

謝罪や同情、悔恨の念を伝えたところでどうにもならない。むしろ感情を逆撫でするだけだと理解していた王小龍は何も言わずに本題をウォルコット卿に促した。

 

 

『君にこの()の教育を任せたい。一般教養からテーブルマナーに権謀術数、そしてリンクスとしても』

 

『……! お言葉を返すようで恐縮ですが、一般教養等はまだしもリンクス教育までとなると私には荷が勝ちすぎます。第一、御息女はまだ幼いでしょう』

 

『AMS適性はS+。かのメアリー・シェリーを凌ぐ才能の持ち主だ。これを使わずにいるほど私も出来た人間ではない』

 

 

一切も退く気は無いとばかりにウォルコット卿は眼光を強める。こうなった彼を折ることは出来ないと王小龍は過去の経験から一番よく知っていた。そして、御息女のAMS適性がS+という事実に少なからず興味を覚えたことを彼は否定できない。

 

 

『――承知しました。その大任、謹んでお受け致します』

 

『ありがとう。ほら、ご挨拶しなさい。これから彼がお前の先生になるのだよ』

 

『リリウム・ウォルコットです。よろしくおねがいします。あなたのことはなんとおよびすればよいですか?』

 

『そうだな……では、大人(ターレン)と』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウォルコット卿! これはどういうことです!』

 

 

中世ヨーロッパを彷彿とさせる調度品が小気味よく(あつら)えられた書斎で、樫の木で出来た机にバンッ!と書類を叩きつけた王小龍が怒鳴った。対するウォルコット卿は書類を一瞥すると顔色一つ変えずに目の前にある宝石のコレクションを磨きながら、にべも無く言い放つ。

 

 

『なに、ごく自然なことだろう? BFF再興には御旗がいる。絶対的な御旗が。私はそれを手伝ったまでだよ』

 

『ですがこれはあまりにも……!』

 

『意外だな。君ならもっと理知的に考えるかと思っていたが』

 

『……リリウム様はご存知なのですか』

 

『あの()は知らないし知る必要もない。知っているのは私と君、それとごく限られた数名だけだ』

 

 

ウォルコット卿は宝石のコレクションをあらかた磨き終わると木製の保存ケースを閉じてパチンとスナップ錠をロックする。まるで会話の終了を報せるように。

 

 

『いずれにせよ、君の役目に変わりは無い。引き続き頼むよ。王大人(ワン・ターレン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリウムッ!!」

 

 

王小龍の怒声と共にアンビエントの前へ割って入ったストリクス・クアドロのコアを、プロメシュースの放った弾丸が無慈悲に穿つ。しかし勢いを保ったまま割り込んできたことが幸いしてか、慣性の法則が味方してコックピットを貫くには至らず、サブカメラ破損だけで事なきを得た。

 

 

大人(ターレン)!?》

 

「気を緩めるなと言ったろう! メアリーはBFFの礎を築いた傑物なのだぞ!」

 

 

王小龍はストリクス・クアドロの左手に握られた【051ANNR(ベーシックライフル)】の銃口をプロメシュースに向けると残弾数も気にせずに乱射する。メアリー・シェリーはチッ!と舌打ちするとQBで距離を取り、牽制の意味合いで【050ANSR(スナイパーライフル)】をアンビエントとストリクス・クアドロ双方に撃ち込んだ。

 

 

《いちいち不快ね小龍(シャオロン)。どんなに味方が斃れても目的の為に見捨ててた貴方が、そんな小娘のために身を挺するのが特にイラつくわ》

 

「メアリー。時代は変わった。殺し合うために殺し合う時代は終わったんだ」

 

《その言葉、フランシスカに言える? アンシールに言える? 下らない理想を叶えようと報われずに死んでいった彼等に向かって正面から言えるの?》

 

「言わねばならん。お前達は無駄死にだったと。捨てるべき命ではなかったと。それが私が死した後も背負う業だ」

 

《……本当に腹が立つ。なら贖罪者らしく、無様に穿たれなさい》

 

 

瞬間、プロメシュースは再び高速機動を開始した。しかし速度と軌道は先程と比べ物にならないほど激烈なものとなっており、並のリンクスなら視界に捉えるだけで精一杯。一発でも攻撃を当てられたら大金星と言って差し支えないレベルだ。

 

それを間近で見たリリウムは戦慄する。

 

これがメアリー・シェリー。

BFFを作り上げた女王。

 

 

(私ではこの速度は捉えられない。いったいどうすれば――)

 

「リリウム」

 

《……大人(ターレン)?》

 

 

不意に王小龍の声がリリウムの耳朶を打つ。その声は戦場で発せられたとはとても思えぬほど穏やかな声色で、朝食後のティータイムを楽しんでいるような声だ。あまりのミスマッチにリリウムは思わず聞き返してしまった。

 

 

「お前は強い。認めたく無いが、既に実力は私を超えている。それに才能も桁外れだ。きっとメアリー以上の功績や偉業を成し遂げるだろう」

 

《なにを――》

 

(ゆえ)になリリウム。ここでお前に()()()()()()()()()()()を授ける。しかと、しかと見届けろ」

 

 

瞬間、ストリクス・クアドロのメインカメラが大きく光る。それと同時に格納されていた両背部兵装【061ANSC(スナイパーキャノン)】および【061ANCM(高速分裂ミサイル)】が展開、そして本来なら稼働しない筈の左腕部兵装【051ANNR(ベーシックライフル)】の銃口もプロメシュースに狙いを定めた。

 

 

「メアリー。お前の望み通り、陰謀家の王小龍ではなく教授(プロフェッサー)の王小龍として引導を渡してやる。過去を終わらせる時だ」

 

《……いいわ。心ゆくまで、へし折ってあげる》




いかがでしたでしょうか。

あの王小龍が驚く秘密とは……?

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123.夜の女王、或いはポーラールートの怪物・Ⅴ

ジョー・ブラックをよろしくの完全版を見ました。ブラピかっけーでした。180分映画ということで各描写も凄く丁寧でしたね。面白かったです。


古来より人間は二つの並び立つ対象を比べたがる習性を持つ。竜虎、双璧、雌雄、甲乙と言った具合だ。それは恐らく、どちらが格上なのかをはっきりさせたいという好奇心から来る悪癖なのだろう。しかし、眼前で繰り広げられるメアリー・シェリーと王小龍の戦いを見た市井の凡夫は皆一様に口を揃えて言うに違いない。

 

 

次元が違う、と。

 

 

彗星の如く空を駆け巡るプロメシュースは【050ANSR(スナイパーライフル)】と【051ANNR(ベーシックライフル)】のダブルトリガーをストリクス・クアドロに向けて発射する。常人には捉えることすら困難である速度を有しながら、その兵装から放たれる一発一発が驚異的な精度でコア部へ向かっていく(さま)は笑うしか無い絶望感を駆り立てるが、対するストリクス・クアドロも似たようなものであった。

 

重量四脚というタンク型脚部を除いて最も機動性に劣る脚部は間違いなく近中距離戦には不向きである。それこそ現在進行形のプロメシュースと比べるなど烏滸(おこ)がましいレベルだ。だが実際のところ、近中距離戦において速度はそこまでウェイトを占める要素ではない。最も必要なことは『最小限の被弾で最大火力を叩き込み、常に目を離さない』ことなのだ。

 

プロメシュースから放たれた弾丸は吸い込まれるように真っ直ぐ突き進むが、ストリクス・クアドロは重量四脚の特性である抜群の安定性能と歩行走破能力を生かし、拳法の達人が如く必要最小限の動きでこれを回避。お返しとばかりに背部兵装【061ANSC(スナイパーキャノン)】で狙いを定めると、濃縮された死の香り漂う砲弾をプロメシュースへ撃ち放った。

 

先程と同様にQT(クイックターン)を生かした回避術で受け流そうとしたプロメシュースだが、僅かにタイミングがズレたようで着弾時に多少仰け反ったうえ、決して浅くない弾痕がプロメシュースのコアへ刻まれる。

 

先のリリウムと同様と考えるならメアリー・シェリーは怒り狂ってより苛烈な攻勢に打って出る筈なのだが、現実に起こったのは彼女の懐かしむようなサディスティックな笑みだった。ズレたのではなく、()()()()()のだと理解した興奮が彼女を芯から震わせる。

 

 

《前言撤回するわ小龍(シャオロン)教授(プロフェッサー)としての腕は鈍ってないようね。むしろ鋭さが増したかしら?》

 

「そういうお前は腕が落ちたなメアリー。以前のお前ならあの程度の被弾などする筈がない。退け、最後の警告だ」

 

 

王小龍は彼女からの会話を意趣返しを込めながら無下に終わらせると【061ANCM(高速分裂ミサイル)】を展開。迫り来る弾丸を紙一重で躱しつつプロメシュースに照準を合わせる。そしてロック完了の合図と共にミサイルが発射された瞬間、ミサイルは最大の特徴である複数分裂すら許されることなくストリクス・クアドロの目の前で爆発して機体が黒煙に包まれた。

 

061ANCM(高速分裂ミサイル)】がどれだけ優秀な性能を持ち、どれだけ優れた火力を有そうと、分裂する前に撃墜してしまえば恐れるに足らず。そう判断したメアリー・シェリーの【051ANNR(ベーシックライフル)】による狙撃は間違っていない。状況からしても最善策に近い手段を即座に選び出した彼女の判断力は賞賛されるべきであるし、コックピットの中でほくそ笑んだとしても誰も咎めないだろう。

 

 

《今の私が呑気にそれを打たせると思って?》

 

 

だからこそ彼女は理解するべきだった。相対している敵は老いた陰謀家ではなく無欠の教授(プロフェッサー)であることを。その瞬間、ストリクス・クアドロの黒煙が弾かれたように弾丸が複数発ほど飛び出してきた。

 

(黒煙で視界を奪ったのは早計だったか。しかし向こうもレーダー越しでしか視認できない。移動領域の広さにはこちらに分がある。ならば問題は………?)

 

黒煙から放たれる弾丸をプロメシュースに当てないよう的確かつ丁寧にQBで次々に避けていたメアリー・シェリーは違和感を覚える。そして彼女はこの違和感の正体を思い出し、眉間に皺を寄せた。

 

戦闘中における自然な違和感。それは相手の(てのひら)で転がされる時に感じる不快な違和感であった。

 

刹那、一際大きな風穴が黒煙を押し退けた。その原因が【061ANSC(スナイパーキャノン)】の砲弾であることをメアリー・シェリーは直ぐに判断できたし、尚更当たる気もなかった。だから彼女はQBを踏み込んで当然の如く回避しようとする。

 

しかし、QBは噴き上がらなかった。何故なら()()()Q()B()()()()()()()()()()から。

 

そもそもQBはネクストという鉄の塊をほぼワープとしか見えないレベルで移動させるブースター技術だ。理想としてはインターバル無しの連続使用が最も望ましいのだが、アクチュエータ複雑系が実用化されたこの世界においても当該技術は完全には確立されておらず、ほんのコンマ数秒だけインターバルが発生してしまう。――余談だが、現状インターバル無しでのQB連続使用が出来るのは【神の贈り物(ギフト)】を持つキドウ・イッシンのみである。

 

話を戻そう。そのコンマ数秒を突かれたメアリー・シェリーは驚愕するも、なんとか思考の平静を取り戻してプロメシュースの上半身を無理矢理捻り上げた。何故なら【061ANSC(スナイパーキャノン)】の砲口角度から予測される弾道がプロメシュースのコアを的確に捉えていたからである。

 

瞬間、メアリー・シェリーを衝撃が襲う。全身を揺さ振られ、脳振盪を起こしても不思議でない大きな衝撃だったが彼女の意識は刈り取られることなく、むしろけたたましく鳴り響くコンソールパネルの警戒音(アラート)と損傷表示に意識を集中させていた。

 

 

(コア損傷30%、左腕部損傷40%、左肩部稼働域減少……関節を少し抉られたのね)

 

 

起こった事実を冷静に把握するメアリー・シェリーだったが、内心で渦巻いていたのはマグマのようにグツグツと煮えたぎる憤怒の激情である。

 

認めよう。確かに王小龍の教授(プロフェッサー)としての腕は衰えていない。ミサイルの黒煙で視界を奪われながら、レーダー情報と数発の弾丸のみでプロメシュースのQB使用と位置を操り、なおかつQB連続使用のタイムラグを突いて最大火力を叩き込む。そんな芸当はアナトリアの傭兵でも易々とは再現出来ないだろう。まさしくBFFの理論を構築した者に相応しい完璧な技術だ。

 

だが、だからこそ腹が立つ。今でもそれほどの力を有しているのならリンクス戦争当時の力量は計るべくもないものだっただろう。

 

ならばなぜ、あの時――。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

「………」

 

 

王小龍は答えない。あの時、メアリー・シェリーがアナトリアの傭兵と北極で相対した時。満身創痍のプロメシュースと共に、野良犬と蔑んだ傭兵に対する絶望と賞賛の中で縋った緊急回線。弾丸の嵐に晒されながら必死に繋いだ緊急回線。音声のみでも、開かれた時はどれだけ安心したことか。

 

 

小龍(シャオロン)!』

 

『どうしたメアリー』

 

『救援を要請するわ! この際アスピナの野良犬でも構――』

 

『増援は送れない』

 

 

何の感情もなく突き放された時、メアリー・シェリーは理解出来なかった。この男は何を言っているんだ。増援を送れない? 何故? 貴方は襲撃を予期していたでしょう?

 

 

『……冗談よね?』

 

『用件はそれだけか。なら切るぞ』

 

 

反論する間もなく唐突に切られた通信。彼女の絶望の深さがどれほどのものだったかは彼女しか分からない。ただ一つ言えるのは、見通すにはあまりにも深く、あまりにも冷たい深さだったのは確かだ。

 

それが今、運命の悪戯なのかアンミルの力で現世に甦り、王小龍と相対したことで噴き出す。何故………何故……何故何故何故なぜなぜなぜなぜなぜナゼナゼナゼナゼ。

 

 

《なんで助けてくれなかったの? なんで私は一人じゃなきゃいけないの? なんで私じゃなくてあんな小娘なの?》

 

 

瞬間、メアリー・シェリーの言葉と共にドス黒い(もや)のようなナニカがプロメシュースの内側から発生して機体全体に纏わり付いた。端的に言ってしまえばオーラのようなものか。

 

明らかに異質。この世に有ってはならない力。

 

 

「メアリー………!」

 

《だから小龍(シャオロン)―――私と一緒に死んで》




いかがでしたでしょうか。

こじらせた末、ドSのヤンデレ化……救えねえな(ドン引き)。

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124.夜の女王、或いはポーラールートの怪物・Ⅵ

ボイリング・ポイントという映画を観ました。マジモンの90分ノーカットの緊張感はヤバいですわ(語彙力)。ラストはクソだけども(憐憫)


そこからは一方的だった。

 

愛憎が為せる技か、失意ある王小龍が駆るストリクス・クアドロの攻撃は一切当たらず、対して歪んだ想いを形としたメアリー・シェリー駆るプロメシュースの攻撃は面白いように命中していた。無論、王小龍が手を抜いている訳ではない。むしろ先程よりもキレのある動きでストリクス・クアドロを操っているのだが、あの異質なオーラのようなナニカを纏ってからのプロメシュースがそれを容易に上回ってくるのだ。

 

フェイントを加えたジグザグ航行、当てられる。【061ANCM(高速分裂ミサイル)】と【051ANNR(ベーシックライフル)】の変則射撃、当たらない。QBを織り交ぜた体裁き、当てられる。先程と同様にQBのラグを突いた【061ANSC(スナイパーキャノン)】の砲撃、これも当たらない。QTをアクセントとした不規則性回避、冗談みたいに当てられる。

 

レーダー上で測定されたECM濃度とプライマルアーマーの減衰率から見て、あの(もや)はプラズマやコジマ粒子の類ではないことは明らかだ。ロイ・ザーランドのようにコジマ粒子の圧縮による緋色への変色であればどれほど良かったことか。それであれば手の打ちようはいくらでもあるのだが、発現した瞬間にネクストの性能を劇的に向上させる正体不明のエネルギーらしきナニカを纏っているとなれば話は変わってくる。

 

未だ一発も着弾させていないため詳細な言及は出来ないが、仮に着弾した瞬間に暴発するアサルトアーマーのような形態を取っていた場合、想定させる被害や威力が全く予測出来ないのだ。つまり此方からの攻撃が逆効果に成り得るのだが、あくまでそれも仮定でしかない。だからこそ王小龍はあの黒い(もや)の正体を突き止めるため不本意ながらもこの不利極まる射撃戦に臨まざるを得なかった。

 

 

《ねぇ、なんでよ小龍(シャオロン)。私じゃなくて、なんであの小娘なの? 教えなさいよ》

 

「………」

 

 

メアリー・シェリーの憎しみに歪んだ問いかけに王小龍は語らない。というより語れる状況にない。いつ引退してもおかしくない骨と皮だけの老体に鞭を打って出撃していた今までとは訳が違う。しかもそれまで現役同様に戦っておきながら、突然正体不明の力で強化されたメアリー・シェリーという伝説をバディであるリリウム抜きで正面から相手取らなければならないのだ。コンマ数秒でも気を抜く余裕は無いし、会話となれば尚更である。事実、王小龍は常に歯を食い縛りながら険しい表情で操縦桿を握っていた。

 

しかしメアリー・シェリーからすれば無視されているようにしか見えない。故に彼に対するヘイトが目に見えて増加しており、より苛烈な攻勢を生み出すに至ってしまう負の連鎖に陥っている。

 

そんな中、蚊帳の外に置かれて地上に座していたほぼ半壊状態のアンビエントに動きが見えた。左手に持っていた【063ANAR(アサルトライフル)】を投げ捨て、【067ANLR(レーザーライフル)】を両手持ちで構え始めたのだ。ネクストのアクチュエータ複雑系で構成された両腕で銃身を支えるというのは単に射撃精度が倍増するに留まらず、より複雑な予測演算にも対応出来るメリットが存在する。勿論デメリットとして火力が大幅に低下してしまう点が挙げられるが、今のリリウムにはどうでもいいデメリットだ。

 

 

「今なら――!」

 

 

劣勢の大人(ターレン)の為に隙を作る。ヘイトがこちらに向けばなお良し。それが彼女に出来る唯一の助力だと信じてしいたからである。

 

アンビエントの照準にプロメシュースを捉えたリリウムはゆっくりと息を吐いて気持ちを静めた。当てるならチャンスは一度。外せばヘイトを集めることに徹する。どちらの状況になろうとも大人(ターレン)の不利に繋がらないことを再確認した彼女がゆっくりと操縦桿のトリガーを引こうとしたその時。

 

 

《焦るなリリウム。まだだ》

 

「っ! 大人(ターレン)! ご無事ですか!」

 

 

渦中の王小龍から個別通信が舞い込んできたのだ。突然の通信に思わずトリガーを引く指を緩めたリリウムは前のめり気味に彼の安否を問う。

 

 

《無事ではないがな。それと【067ANLR(レーザーライフル)】の精密射撃はもう少し待て。然るべきタイミングに合わせろ》

 

「ですがそれでは大人(ターレン)の御身体が……」

 

《安心しろ。我々は負けん》

 

 

そこまで言うと王小龍は一方的に回線を切った。劣勢でありながらなんと身勝手な言動なのかと人々は口を揃えるだろうが、リリウムは知っている。大人(ターレン)が虚勢を張ることは絶対にない。大人(ターレン)が断言する時は具体的で理論的な策を有している時だ。彼と深い関係で過ごしてきた人間だけに理解出来る言外の意味。それを正確に受け取った彼女は再びトリガーに手を掛けて待機する。

 

アンビエントの挙動を横目で軽く確認した王小龍は険しい表情を崩さぬまま再びプロメシュースに目を向けた。本来ならストリクス・クアドロの狙撃で黒い(もや)の正体を確かめたい所だが、そういった我が儘を押し通せる場面でないことは王小龍も分かっている。だから仕掛けようとしたリリウムを制するのではなく御した上で反撃の糸口を見つける方向へシフトした。そしてシフトした以上、やるべきことは決まっている。

 

 

「……タイミング、誤るなよ」

 

 

そう呟く王小龍はストリクス・クアドロとのAMSシンクロ率を90%から一気に98%まで上昇させた。瞬間、全身の骨が砕けたのかと錯覚する激痛と、脳細胞の一つ一つが意思を持って頭の中を暴れ回るような神経の磨り減りが彼を襲う。思わず意識が刈り取られそうになるのを必死で耐える王小龍の口内からバキッと音がした。それはあまりのAMS負荷に食い縛っていた奥歯が割れる音だったが彼は痛がる素振りすら見せず、目の前の女王のみに視線を注ぐ。持って3秒。十分だ。

 

 

「いま! この瞬間だけは! お前と同格だメアリー!」

 

 

一際輝くストリクス・クアドロのメインカメラがプロメシュースを捉えた瞬間、【061ANSC(スナイパーキャノン)】と【061ANCM(高速分裂ミサイル)】および【051ANNR(ベーシックライフル)】の全砲門が火を噴いた。AMSシンクロ率がほぼ限界値まで引き上げられた攻撃の精度と威圧感は圧倒的と言うほか無く、狙われたメアリー・シェリーも思わず冷や汗がブワッと噴き出す。

 

アナトリアの傭兵と戦った時と同じ感覚。

この攻撃だけはなんとしても避けなくては。

 

生存本能に突き動かされたメアリー・シェリーは分け目も振らずにQBを噴かした。後のことは考えない、全身全霊の回避。それを見た王小龍は微笑(わら)う。刹那、アンビエントが構えた【067ANLR(レーザーライフル)】のトリガーが引かれ、放たれた赤い光条の狙撃は黒い(もや)に減衰することなく貫通してプロメシュースのコアへバシュンッと直撃した。

 

エネルギー防御の低い【047AN】の装甲と、試作兵装とはいえインテリオル製レーザーライフルに比肩する貫通率を有する【067ANLR(レーザーライフル)】の相性は抜群と言うほか無く、プロメシュースのコア装甲は貫通こそしなかったがグズグズに融解してしまっている。

 

誰の目から見ても浅くないダメージを負ったプロメシュースだが、突如として周辺に漂う黒い(もや)が重点的にコア装甲へ纏わり付き始めた。そして融解したコア装甲が黒い靄で完全に隠された次の瞬間、靄は飛散して中なら新品と見紛うコア装甲が顔を覗かせたのだ。

 

自己修復機能。この世界において、同様の性能を有しているナノマシン装甲が未だ兵器への転用段階に達していない事実を鑑みれば中途半端な攻撃を一切無効化する様子は脅威以外の何物でもない。事実、この現象を目撃したリリウムは驚愕する。大人(ターレン)すら圧倒する力に加えて自己修復機能も備えている相手にどう立ち向かえと言うのか。思わず操縦桿を握る手が脱力してしまうリリウムだったが対照的に王小龍は冷静だった。限界時間を迎え、AMSシンクロ率が90%に低下したことによる反動で若干の吐き気を催しながらも、プロメシュースが一時離脱したタイミングを見逃さずストリクス・クアドロにQBを発動し、リリウムを守るようにアンビエントの前面へ陣取る。

 

 

大人(ターレン)! あの現象は――》

 

「案ずるなリリウム。()()()()()()()()

 

 

自己修復速度、修復開始までのタイムラグ、靄の収束率および収束時間、修復終了後の靄の拡散時間。その他全てを勘定し、計算する。そして導き出された答えに王小龍は満足した。

 

これでこそ老骨に鞭を打った甲斐があるというものだ。




いかがでしたでしょうか。 

実は今回、前書きのボイリング・ポイントに倣って初回振りの当日一発書きとなっております(流石に校正等は軽くしてます悪しからず)。だからどうということはないのでしょうけど。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくおねがいします。


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125.夜の女王、或いはポーラールートの怪物・Ⅶ

休載したらお気に入り数が伸びるとはこれいかに。


「この状態の私に当てたのは褒めてあげる。でも無駄よ? 貴方達とは違うもの」

 

 

メアリー・シェリーは冷静に戦局を分析していた。王小龍の一撃を囮にしてリリウム・ウォルコットが【067ANLR(レーザーライフル)】の狙撃を撃ち込む。初手で『躱さなければならない攻撃』を繰り出せる技量を有しているのであれば非常にシンプルで効果的な作戦だ。

 

だが本命である【067ANLR(レーザーライフル)】の威力が落第点としか言えない。自己修復機能が発動したプロメシュースに対してあの程度の攻撃はまさに焼け石に水であり無駄の一言に尽きる。おそらく靄の正体を掴むことも兼ねた一撃だったのだろうが、掴んだ所で修復機能が低下する訳でも無く。

 

先程の王小龍の気迫はリンクス戦争当時でも数回しか経験したことがない。正真正銘、今の自身に繰り出せる全身全霊の一撃だったのだろう。だからこそ思う。彼は老いた。老いすぎた。

 

刹那、ストリクス・クアドロの四脚が膝から崩れ落ちる。当然だ。ほんの数秒とはいえリンクス戦争当時の全盛期真っ盛りだったアナトリアの傭兵と同等と見紛う気迫、機動力、戦闘力を発揮したのだ。棺桶に片足を突っ込んだ老人がマトモに耐えられる訳がない。

 

無様に跪くストリクス・クアドロを見たメアリー・シェリーの背筋にゾクゾクと電流が走った。私の後見を務めておきながら死の間際に裏切り、のうのうと暮らしてきた人間に対し、時代を超えて復讐を果たすことが出来る。その機会がどれだけ得難い幸運であるかメアリー・シェリーは知っていた。だから彼女がプロメシュースを着陸させ、一歩ずつストリクス・クアドロに近付きつつ【051ANNR(ベーシックライフル)】の弾丸をブチ込める幸福を噛み締めるのも至極当然のことであった。

 

一発。【051ANNR(ベーシックライフル)】から放たれた弾丸がストリクス・クアドロの右肩関節を抉る。

 

二発。四脚の左前股関節を撃ち抜いて体勢を崩させ、次いで右前股関節も撃ち抜き、(こうべ)を垂れるような体勢に持ち込む。

 

三発。見ていられなくなったのか、背後から躍り出ようとするアンビエントを制したストリクス・クアドロの左手のド真ん中を撃ち抜く。着弾の摩擦により赤熱した風穴から見える風景は無味乾燥として、なんとも味気ない。

 

しかし、一方的に(なぶ)られる恐怖と痛みに晒されながらも王小龍は一切の言葉を発しなかった。機体越しでしか彼を感じ取ることが出来ないメアリー・シェリーからすれば面白味に欠ける事この上ない。何故声を出さないの? 私は貴方の苦悶の叫びを待っているのよ? 懇願の涙を垂れ流しながら赦しを乞うのを待ち侘びているのよ?

 

そこから更に二発、三発とストリクス・クアドロが機能停止せず、かつ搭乗リンクスに最大の苦痛が与えられる箇所を的確に射抜いていくメアリー・シェリーだったが、変わらず王小龍は沈黙を貫いたままだった。

 

そして遂に穿てる箇所が無くなりプロメシュースとストリクス・クアドロの相対距離が80を切った頃、彼女の被虐思考は単なる苛立ちへと昇華する。これほど徹底的に痛め付けられてなお呻き声の一つも上げない胆力は驚異的と言うほか無く、純粋な賞賛の念を送るメアリー・シェリーだったが同時に謝罪の言葉が絶対に聞けないという反証の表れでもあることに気付き、操縦桿をグッと握り締めた。小龍(シャオロン)、貴方がそのつもりなら私も私のやりたいように決めるわ。

 

 

「それじゃ終幕(フィナーレ)にしましょう」

 

 

こめかみにうっすらと青筋を立ててサディスティックな笑みを浮かべたメアリー・シェリーはプロメシュースが持つ【051ANNR(ベーシックライフル)】の獰猛な銃口をストリクス・クアドロのコアに差し向けた。何某(なにがし)から想定外の妨害を受けたとしても問題ない絶対必中の距離。トリガーを引いた瞬間、初速と貫通力に秀でた弾丸は分け目も振らずにコアへ突き刺さり、その中に内包された哀れな老人を木っ端微塵に磨り潰すだろう。

 

完全な勝利を確信したメアリー・シェリーは再び回線を開き、王小龍へ話し掛けた。裏切ったとはいえ同じ時代を生きた人間である。辞世の句ぐらい詠ませてやるのがせめてもの手向けというものだ。まぁ、あれだけ痛め付けても呻かなかったのだから既に事切れているかも知れないが。

 

 

「なにか言い残すことはある小龍(シャオロン)? 命乞いするなら今の内よ」

 

《……さらばだ。メアリー》

 

「――そうね。さよなら小龍(シャオロン)

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、ネクスト一機が丸々収まってしまうほど野太い翡翠色の光条が弾速3000という超速度を以てプロメシュースの真横から飛来し、その全身を包み込んだ。あまりに突拍子も無い出来事に一瞬だけ思考停止してしまったメアリー・シェリーだったが、その数瞬後には完全に思考停止に追い込まれてしまう。何故なら文字通り地獄の苦しみを受けたからだ。

 

 

「なに、この光………ギャアアアア!!???」

 

 

プロメシュースの装甲がマグマのように沸き立ち膨れて(めく)れ上がり、両手に持つ【051ANNR(ベーシックライフル)】と【050ANSR(スナイパーライフル)】もグズグズに融解し始めて端部が液体状になりつつある。黒い靄の自己修復機能によってなんとかネクストの形は保たれているものの明らかに修復が間に合っておらず、修復された装甲も次の瞬間には再び沸き立ってしまっていた。そしてなにより、コックピットに閉じ込められたメアリー・シェリーは逃げ場が一切無く、ただ只管(ひたすら)に最悪の苦痛を受け止めることしか出来ない。そして彼女はこの地獄の痛みの正体を知っていた。宝石のように美しい翡翠色を放ちながら全てを蝕む存在など一つしか無い。

 

 

「コ……ジマ…キャノン……!?」

 

《流石に分かるか。特注のハイコジマキャノンだそうだ。ネクスト三機程度なら造作も無く融解出来る威力なのだが、やはり一筋縄ではいかんようだな》

 

(シャオ)……(ロン)………!!!」

 

 

それまで糸の切れた操り人形の如く項垂れていたストリクス・クアドロのメインカメラに光が灯る。傷が無い場所を捜す方が困難なほど満身創痍の状態だが、どことなくその姿は威厳に満ち溢れていた。

 

 

《メアリー。お前の敗因は勝利を確信したこと、そして一人で()()に挑んだことだ》

 

「――ふ……ざけるなぁ!!」

 

 

メアリー・シェリーは理性を失った怒り狂う猛獣のようにプロメシュースが持つ【050ANSR(スナイパーライフル)】の弾丸をストリクス・クアドロに向けて放つが、機体全体を包み込むコジマ粒子の奔流を突破することが出来ず、銃身から離れた瞬間に蒸発してしまう。その事実を受け入れられないメアリーは【051ANNR(ベーシックライフル)】とのダブルトリガーを乱射するが結果は同じだった。

 

 

「なんで!! なんでなの! なんでまた小龍(シャオロン)が生きて私が死ななきゃいけないのよ!!」

 

《単に弱いからじゃない?》

 

 

それまでブラックアウトしていたプロメシュースのコックピット内のコンソールパネルに光が灯り、アンミルこと一神が映し出される。画面越しの彼は煌びやかな黄金の玉座に座りながら頬杖をつき、気怠げに赤ワインを嗜んでいた。

 

 

「アンミル……!?」

 

《いや~正直、期待外れもいいとこだね。君なら上位リンクスの一人や二人くらい余裕で倒せると思ってたのに、まさかのゼロって(笑)》

 

「私の実力はこんなものじゃない!! 助けてくれたら今以上の働きを約束するわ! だから――」

 

《なにを勘違いしてるのかな?》

 

 

メアリー・シェリーの言葉にスッと目を細めたアンミルは赤ワインを一気に飲み干してグラスを玉座の後方へ弧を描くように投げ捨てた。

 

 

《これは世界を賭けた(たの)しく(たの)しい終末戦争(ゲーム)なんだよ。ルールはどちらかが全滅するまで。それにルールを決めたのは僕だし、変えるつもりもない。あと雑魚に興味ないし。だからまぁ、死んで?》

 

「…………!?」

 

 

絶句するメアリー・シェリーを他所にアンミルは一方的に回線を切り、再びコンソールパネルに漆黒が戻る。自身が絶体絶命の危機に際しているというのに、自らを生き返らせた張本人がまるで飽きた玩具のように目の前で自身を見捨てた事実を受け止め切れない彼女は、絶望に打ち拉がれながら半ば放心状態で視線を元に戻した。

 

そこには【061ANSC(スナイパーキャノン)】の砲口をこちらに向けたストリクス・クアドロが鎮座しており、そのメインカメラには一際大きな光が宿っている。

 

 

《さらばだ。メアリー》

 

「――畜生、ちくしょおおおお!!」

 

 

メアリー・シェリーの怨嗟の叫びが虚しく木霊する中、【061ANSC(スナイパーキャノン)】から放たれた砲弾は吸い込まれるようにプロメシュースのコアに突き刺さる。そしてコジマ粒子によってグズグズに融解した装甲を湯葉の如く貫通し、胸に大きな風穴が出来た数瞬後、プロメシュースはコジマキャノンの奔流の中で爆散した。

 

それを確認したようにコジマキャノンはどんどん細くなり、やがて収束する。プロメシュースが完全に消滅したことを改めて確認した王小龍はコジマキャノンが飛来した方向を見遣り、個別回線を開いた。

 

 

「……苦労をかけたな」

 

《ふん。俺ありきの作戦を立てて起きながら何を今更。第一、ここまでの展開を読み切ったから俺を独房から無理矢理出して待機させていたんだろう》

 

「読み切った上でコレしか勝ち筋を見出せなかったのだ。亡霊とはいえ身内に手を掛けさせたことは謝る」

 

《別に気にしていない。汚れ役はもう慣れてるし、俺はメアリーさんが嫌いだった》

 

「……そうか」

 

 

ストリクス・クアドロのメインカメラ倍率を最大まで上げた先。小高い丘の上で偽装迷彩を施し、両背格納式ハイコジマキャノン【FEFNIR(ファフニル)】を担いだ四脚型ネクスト――ビックバレル――を駆るブッパ・ズ・ガンことユージン・ウォルコットはにべも無く言い放つ。王小龍もそれ以上言葉を重ねずに通信を終えようとしたが、ふと思い立って口を開く。

 

 

「リリウムと会うつもりはないか?」

 

《悪い冗談だ。会ったところでどうにもならないだろ》

 

「あの子には私以外の人間が必要だ。私以外のな」

 

《……まぁ考えておく》

 

 

ユージンの言葉を聞いた王小龍は軽く微笑むと通信を切った。そしてコックピットに背中の全体重を預けながら思いを馳せる。メアリー・シェリー。BFFを築き上げ、磨き上げ、戦場に散った怪物。傲慢で、高飛車で、奔放で、寂しがり屋な只の女性。

 

 

「――少し疲れたな。やはり年には勝てんか」

 

 

 

 

 

 

勝者 王小龍&リリウム・ウォルコット&ユージン・ウォルコット




いかがでしたでしょうか。

まさかのユージン登場でございました。伏兵で決着とは汚いさすが王小龍きたない。色々思うところもあるのでしょうねぇ。

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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126.相伝と最後の弾丸

美味しい乾麺蕎麦を見つけました。蕎麦湯までしっかり出るんだから、最近の乾麺は中々侮れません。


【フラスコと硝煙の桃源郷】 地下医務室

 

 

「治療出来ないとはどういうことですか!」

 

 

【フラスコと硝煙の桃源郷】はネクストを専門的に取り扱う卸売業組合だ。リンクスの要望によってその場でアセンブリだってするしチューンナップもする。もちろん翡翠色の絶望ことコジマ粒子の発生用ジェネレータの調整も例外では無い。一歩いや半歩でも間違えれば腕部パーツの下敷きやら内部電源への誤接触やらコジマ粒子の直接被曝やらに巻き込まれる、文字通り命懸けの職場である。

 

だから【フラスコと硝煙の桃源郷】の元締めであるカミソリ・ジョニーは事故が起こった際に迅速かつ最高の緊急治療を提供出来るよう私財を投じてまでこの医務室を設けた。大都市の中央病院に比肩しうる設備と医療体制を整えた此処が稼働して以来、毎年の平均死者が19人から2人にまで減少したことからも有効性は非常に高く、また医療レベルも相当に高いことが窺える。

 

そして清潔感溢れる一面の白い壁と四季折々の人工風景が投影されるモニターが設置されている点から、入院患者のメンタルケアにも力を入れていることは一目瞭然だ。

 

そんな最高レベルの医務室においてリリウム・ウォルコットはカミソリ・ジョニーに向けて声を荒げていた。普段の彼女からは想像出来ない焦ったような、悲しむような表情を見せる彼女の隣には、傷だらけの身体を治療したばかりの王小龍がベッドに身を委ねて静かに事の顛末を聞いている。

 

 

「一番の原因は先のプロメシュース戦に於けるAMSシンクロ率の急激な上昇だ。高齢かつコジマ汚染も受けている人間がこうなることは彼が一番良く分かっていたはずだよ」

 

「……大人(ターレン)は、もう二度とネクストに乗れないと?」

 

「つぎ接続したら間違いなく情報負荷と拒絶反応で中枢神経が焼き切れるだろうけど、それでも乗りたいなら止めはしないさ」

 

「――世話を掛けたな、カミソリ・ジョニー」

 

 

二人の話を無言で聞いていた王小龍が口を開いた。その口調は普段の老獪な嫌味ったらしいものではなく、純粋な感謝と少しばかりの敬意を込めた至極真っ当な言葉である。それを聞いたジョニーは僅かに微笑むと、王小龍の退院時期と医務室での過ごし方について軽く説明してその場を後にした。

 

残されたリリウムと王小龍の間に何とも言えない微妙な雰囲気が流れ始める。その原因がリリウムの自責による空気の緊張であることを彼は容易に推測することが出来た。自身がもっと強ければ大人(ターレン)に無理をさせることは無かったのでは? もっと戦況を把握していたら大人(ターレン)の負担を軽減出来ていたのでは? そんな事を考えているのだろう。他人の感情を(おもんばか)るのは彼女の心根が優しい証拠であり褒めて然るべき事柄だ。しかし、今回ばかりは筋違いも甚だしい。

 

 

「言っただろう、戦場における最後の教練であると。元より刺し違える覚悟でプロメシュースに挑んだのだ。それがこうして命を繋げているのだから上等と言うほかないだろう」

 

「ですが……」

 

「だからリリウム。お前に私の席――BFF上級理事を継いで貰いたい」

 

「!?」

 

 

王小龍の口から出たあまりに突然で突拍子も無い言葉にリリウムは絶句してしまった。BFF上級理事の席を譲る。それはつまり王小龍自ら引退を宣言したようなものだ。しかし彼女には何一つ理解出来ない。今まで自分が大人(ターレン)の権謀術数をサポートしたことはないし、戦闘面でもストリクス・クアドロの本命の一撃をお膳立てするくらいしか出来ない程度だ。なのに何故、大人(ターレン)は私を後継者に指名したのか。彼女の頭の中には無数のクエスチョンマークが浮かび上がっている。

 

 

「無論、最初から一人でやれとは言わん。私もいわゆる相談役としてお前を支援するつもりだ」

 

「ま、待って下さい! そんな重要な事を急に言われても――」

 

「おい~っす。邪魔するぜ」

 

 

自身は大人(ターレン)の小間使いに過ぎずBFF上級理事の大役は不適格であると、反論の余地を捻り出そうとするリリウムの言葉を遮るように軽快なノック音と軽妙な声が聞こえた。見れば声の主であるキドウ・イッシンが入り口にもたれ掛かりつつ、片手に携えた昔ながらのフルーツバスケットをヒラヒラと見せびらかして笑っている。

 

 

「何の用だ(わっぱ)。貴様に見舞われるほど老いぼれてはいないぞ」

 

「そう固いこと言うなって。悲劇の怪物退治に見事成功したおじいちゃんの祝勝も兼ねて結構奮発したんだぜ? 有難く受け取っておけよ」

 

「ふん。リリウム、(わっぱ)と話がある。少し席を外してくれ」

 

「……分かりました」

 

 

イッシンの言葉に憮然とした鼻息で返事をした王小龍はリリウムに目を向けると少しの退席を促した。それまで食い下がっていた彼女も現状況を整理するには丁度良い小休止と考えたのか、意外にもすんなりと受け入れて医務室を後にする。その時に振り返って一礼するリリウムの姿にイッシンは軽薄に輪を掛けたような表情でピロピロと手を振るが当然の如く無視され、若干ヘコんだよう素振りを見せながら王小龍のベッドに備え付けのテーブルにフルーツバスケットを置いた。

 

 

「やっぱ脈無しかぁ。俺、結構イイ線行ってるとおもうんだけどなぁ」

 

「寝言は寝て言え。リリウムと懇意になりたいなら貴様が永続的なランク1になり良家の品格を習得してやっとスタートラインだ」

 

「なにその否定はしないけど絶対無理な課題を突き付けて諦めさせようとする姿勢。だったら正面から否定してくれた方が気持ちが楽なんだけど」

 

「……それで、どこから聞いていた」

 

「え? あぁ。割と最初から。リリウムちゃんを後継者にするの、俺はアリだと思うぜ? 爺さんが引退するってのは意外だったけどな」

 

 

イッシンはおもむろにフルーツバスケットの中から色艶の良い美味しそうなリンゴを取り上げ、シャクッと新鮮さを際立たせる音を口元で奏でる。見舞いの品を自分で食べるヤツがあるか、と小言を言いたくなる感情を抑えた王小龍は自身のベッド横に投影された人工風景を見遣った。患者に不安を与えないための配慮なのか草木が生い茂った自然豊かな牧場の風景が映し出されており、なんとも長閑(のどか)な印象を与える。

 

 

「後を任せられる人間がいなかっただけだ。それに、この戦争が終われば新たな時代が来る。そこに老人の席など不似合いだろう」

 

「退き際は心得てるってか。さすが大人(ターレン)殿は時代の先見が効きますなぁ。じゃあ俺が来た理由も分かっちゃう感じ?」

 

「さあな。皆目見当もつかん」

 

「リリウムちゃん出生の秘密」

 

「………何の話だ?」

 

 

イッシンの不穏な言葉に王小龍は数秒間ほど思案し、首を傾げた。全くもって意味が分からないといった様子の彼を見たイッシンは見当違いだったことを肌で感じながらも言葉を続ける。

 

 

「ORCAのメルツェルって野郎に聞いたんだ。リリウムちゃんにはヤバい秘密があるってな。だから嘘っぱちかどうか爺さんに直接聞きに来たって訳よ。ま、その様子じゃ担がれたみたいだけど」

 

「当たり前だ。リリウムは貴族であるウォルコット家の正統後継者だぞ。一応の身元確認のために私もリリウムの出生記録を閲覧したことがあるが何も問題は無かった。第一、貴族が血筋を重視する傾向にあるのは学のない貴様でも分かるだろう」

 

「なんで最後にディスんだよ。絶対要らなかったろ。……ま、爺さんが言うなら間違いないか。こんなのに付き合わせちまって悪かったな。とりあえずゆっくり休んでくれ」

 

 

頭をポリポリと掻きながらリンゴに(かじ)り付くイッシンは軽い謝罪を交えて彼の身体を(いたわ)ると踵を返して医務室を出ようとするが、王小龍がそれを呼び止めた。

 

 

(わっぱ)、ひとつ聞きたい」

 

「? なんだよ」

 

「そのヤバい秘密とやらの詳細は聞いたか。場合によっては風評被害を防ぐために動かねばならん」

 

「あ~いや、詳しくは聞いてねぇな。勿体振った感じで何にも教えてくんなかったぜ?」

 

「……そうか」

 

 

そこまで聞くと王小龍は興味を失ったように視線を逸らし、また牧場が投影された人工風景を見つめ始める。イッシンもそれ以上の問答が無いことを悟ると、再び歩を進めて医務室を後にした。

 

 

「――言えるものかよ」

 

 

 

 

***

 

 

ツカツカと廊下を歩くイッシンは思案する。どうするかな。調印式も終わったしプロメシュースも撃退されたし。正直暇なんだよなぁ。支援企業持ちとは言え独立傭兵だからカラードから召集命令が来る訳でも無いし、だからって何もしないのも癪だし……。とりあえずムーンバックス行ってハイブランドコーヒーでもシバくか。そうだなそうしよう。

 

そう思い立ってルンルン気分で廊下の角を曲がったイッシンだったが、その先にいた集団を目にした事で急転直下に突き落とされる。

 

イッシンの目の前にいたのはダン・モロ、ドン・カーネル、そしてメルツェルの三人であった。ダンとカーネルがどことなく神妙な面持ちでいる中、メルツェルは一歩踏み出してイッシンに手を差し出す。

 

 

「やぁ、キドウ・イッシン。丁度きみを捜していた」

 

「……有難いねぇ。ORCA旅団の大参謀がわざわざ出向いてくれるなんて。後ろの二人は助さん角さんってところか。」

 

「その言い回しは分からないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。きみも参加してくれると嬉しいんだが」

 

 

同じ境遇。その言葉に後ろのドン・カーネルがピクリと反応する。……あぁそうかい。なんとなく気付いちゃいたけど、()()()()()()()()()()。イッシンはウザったく息を吐き出すと呆れたような笑いを浮かべて差し出された手を握る。

 

 

「もちろん参加するぜ。最後の転生者さんよ?」




いかがでしたでしょうか。

おじいちゃんの引退、書いてて結構感慨深くなりました。まぁ高齢だし仕方ないよね。リリウムたん頑張れ。

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127.【幕間】パッチの暇つぶし

最近【幕間】を全く書いていなかったのでサイドストーリー的な。今回はパッチくんです。


格納庫(ファクトリー) パッチの部屋

 

 

パッチ、ザ・グッドラックは剛運である。お世辞にも高いとは言えない戦闘能力でありながら数々の戦場を生き延び、利益欲しさにカラードを裏切ってORCA旅団に与しておきながら現在の雇い主であるイッシンおよびセレンの機転により処罰を免れ、今は彼等不在の格納庫(ファクトリー)の留守を任されていた。その性質上、戦場に出ることはない。そう、命を危険に晒さずに毎月50Cの給料を非課税で貰えるこの仕事はパッチにとって掛け替えのない天職なのだ。ちなみに毎月の小遣いが1Cであるイッシンはこの事実を知らない。

 

しかし人間というものは無い物ねだりをしてしまう生き物であり―――。

 

 

「暇だ」

 

 

ベッドに横たわったまま頑として動かないパッチは呟いた。イッシンとセレンというカラードでも屈指の実力者の格納庫(ファクトリー)の留守を任されるというのは端から見れば貧乏クジにも程があるように見える。不届きな輩がこれ好機とばかりにパーツやら情報やらを盗みにくるだろうし、商売敵が破壊工作を仕掛けて来るかも知れないし、果てはカラード自ら乗り込んできて手駒の盤石化を図るために()()()()()不正取引の証拠を突き付けて来るかも分からない。文字通り、胃に穴が空くストレスに苛まれると市井の人々は思うだろう。

 

しかし現実は違う。まず第一に格納庫(ファクトリー)の床全体に感圧式センサーが仕込まれており、侵入者は即座に特定出来る。以前リリウム・ウォルコットに無効化される事象が発生したが、格納庫(ファクトリー)のセキュリティシステムはカラード情報保管室のファイアウォールと同程度。つまり世界最高レベルの防壁を使用しているためシステム無効化は基本不可能と考えていい。単にリリウムが化け物だったという話だ。

 

そして二つ目。表立っての関係が無いとは言え、王小龍と懇意にしているリンクスを標的にしようという無鉄砲なバカはいない。そしてそんなバカは感圧式センサーを無効化出来るスキルを持ち合わせてなどおらず、おのずと警戒対象から除外される。

 

要約すると「何も起きない」まさに平和そのもの。世界はLOSERSの脅威に晒されているが、パッチからしてみればどうでもいいことこの上ない。そもそもイッシンとセレンが倒れた時点でドミノ倒れ的に彼も倒れることになるのだ。ならドッシリ構えていても問題はないだろう。この状況および心理的余裕故に、だから冒頭の台詞に繋がるのだ。

 

 

「どうするかなぁ。旦那と姐さんはLOSERSのせいでしばらく帰ってこないし、だからって気分転換で買い物行って格納庫(ファクトリー)を空けるのもマズいし」

 

 

パッチは思案する。どうするべきか。あまり没頭せずに適度に周囲を警戒出来るだけの余裕を保ちつつ、不法侵入等があればすぐさま行動でき、自身の利益にもなる暇つぶし。そう考えたパッチは「う~ん」とベッドに横たわりながら頭を悩ませ、そして閃く。

 

 

「料理でもするか」

 

 

あまり没頭せず、立ち仕事だからすぐさま行動でき、調理技術は今後も役立つ。三拍子揃った良い暇つぶしではないか。そうとなったら善は急げ。パッチはベッドから飛び起きるとキッチンに掛けてあるエプロンを着用し、備え付けの冷蔵庫をガバッと開いた。ちなみにエプロンの柄は犬とも猫とも言い難いモフモフしたキャラクターが首輪を繋がれている何ともシュールな柄だ。

 

冷蔵庫の中の大半はセレンが買い込んだ完全栄養食のワンプレートディッシュに占領されているが、卵やウィンナー、牛乳や少々の果物など最低限の食材は確保されている。その中から何を作ろうかと頭を働かせたパッチは色々な食材に目を泳がせ、ある一点に到達した。

 

パスタ。それは独り暮らしのマストアイテム。

 

 

「よし! じゃ久し振りにカルボナーラでも作るか」

 

 

早々にメニューを決定したパッチは冷蔵庫から手際良く材料を取り出し、キッチンに並べた。この手際は日頃イッシンの昼食を作る際に培われた下っ端根性の賜物であり、その点だけはセレンからも好印象を受けているパッチの特技でもある。

 

並べられた材料は至ってシンプル。パスタにブロックベーコン30gに全卵が一つ、厚めのスライスチーズ一枚と黒胡椒、コンソメ顆粒の6種類だけだ。

 

まずはブロックベーコンを5~10mm厚の四角い細切りにして油をひかずにフライパンへ投げ込み、弱火でじっくりと表面をカリカリに仕上げる。するとベーコンの油が熱せられたことで溶け出して、肉々しい香りの上質なオイルが出現した。パッチはベーコンを落とさないように注意しながらフライパンのオイルを小皿に移し替え、同時にカリカリに仕上がったベーコンも別の小皿に移し替える。

 

作業が一段落した所でセキュリティパネルを流し見たパッチは格納庫(ファクトリー)に異常が無いことを確認すると、計量カップで量った300ml前後の水を先程のフライパンに流し入れ、そこにコンソメ顆粒小さじ二杯ほどをサッと溶いた。彼はフライパンの火を弱火から強火に変えると沸騰を待つ間にソース作りを開始する。

 

おもむろにボウルへ全卵一つを割り入れると偶然にも双子となっていた幸運にパッチは思わず笑うが、だからといって掻き混ぜない選択肢などは存在せず、非情にもカッカッカッカッカッとテンポ良く卵を掻き混ぜていく。そして十分に溶いた卵にスライスチーズを細かく千切りながら投入し、黒胡椒もたっぷりと振り掛ける。パッチが全体をもう一度軽く掻き混ぜるとオレンジ色の中に黄色と黒点が混在する即席ソースが完成した。

 

比較的満足のいくソースが出来た事に頷くパッチは視線を移して沸騰したフライパンを確認すると、両手で軽く捻って傘のように開いたパスタをフライパンの底に押し当ててゆっくり沈ませていく。押し当てられたパスタの端部は茹で上がったタコ足の如く反り返り、沸騰した水から顔を出すがパッチは構うこと無く押し当て続けた。やがてパスタ全体が水に浸かったことを確認したパッチは規定時間どおりにパスタを茹で上げていく。

 

そうして茹で上がったパスタはコンソメ顆粒の味がついた茹で汁を十分に吸い込んでおり、これだけでもそれなりに美味しい一品なのだがカルボナーラと銘打っている以上、これで終わるのはまだ早過ぎる。

 

パッチはこのコンソメパスタに複数回空気を含ませて粗熱を取ると最初に取って置いたベーコンオイルをかけて全体に馴染ませ、その後にソースを投入してシャカシャカと掻き混ぜていった。ソース内のスライスチーズは熱せられたフライパンのお陰で直ぐに溶けてカルボナーラ特有のとろみを演出しており、油分によって照り返される妖艶な光は背徳的な旨さを有している証左とも言える。

 

パッチはカルボナーラをトングで巻きながら器に盛り付けると、最後の仕上げとしてカリカリになったベーコンと黒胡椒を上からパラパラと振り掛けた。そして遂にカルボナーラは完成する。

 

艶めかしい黄色とアクセントの黒点、更に食欲をそそる茶色の宝石が無造作に振り掛けられた様はまさしく「欲望の権化」だ。

 

作った本人であるパッチも思わず生唾を飲み込んで喉を鳴らすが、逸る気持ちを何とか抑えてカルボナーラを食卓に移動させる。そうしてカルボナーラが食卓に足を付けた瞬間、彼は手に準備していたフォークでカルボナーラを素早く巻き取ると一気に口の中へ運んだ。

 

刹那、パッチの中枢神経に伝達される「うまい」の三文字。口いっぱいに広がるクリーミーさと香ばしさと肉々しさ。控えめに言って最高である。これを食べている間は争いなど起こらないだろうと半ば確信めいた感情を抱いたパッチは黙々とフォークを進め、味わいながらもイッシンとセレンに思いを馳せた。

 

 

(必ず帰ってきて下さいよ旦那、姐さん。そうじゃないとこの天国みたいな生活が終わっちまう)

 

 

パッチ、ザ・グッドラック。これが剛運と呼ばれた男の日常の一部である。




いかがでしたでしょうか。

作中に出てくるカルボナーラは料理研究家リュウジ氏のレシピを一部アレンジしたものとなっております。元レシピはかなり美味しいので皆さんも試してみては?

励みになるので評価・感想・誤字脱字報告よろしくお願いします。


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128.優男と策士

オーダースーツを仕立てました。中々の出費になりましたが悔いは無いです。受け取りが10月中旬なので楽しみ。


「で、だ。取り敢えず言い訳を聞きてぇんだが」

 

「何のことかな、キドウ・イッシン」

 

「とぼけんなよ。ORCAに(くみ)すんのはテメェの自由だが、LOSERSが現れるまで存在を消してた理由にはなんねぇって言ってんだ」

 

「同意見だ。思想の違いはあるだろうが世界の行き着く先を知っていて何故連絡を取ろうとしなかった?」

 

「それは僕から説明する」

 

 

【フラスコと硝煙の桃源郷】 小会議室

 

機能性を最重視したカーボン合金製の無骨な円卓の四方に備えられたビジネスチェアに腰掛けているイッシン、ドン・カーネル、ダン、メルツェルの会話はひどく剣呑な雰囲気を纏っていた。カラード側に付くイッシンとカーネルからすれば、ダンとメルツェルはLOSERSの台頭を予期していたにも関わらずORCA旅団という反動勢力を率いて人類同士の内紛をわざわざ引き起こした迷惑極まりない人間にしか映らず、多少喧嘩腰になるのにも得心がいく。そんな彼等の心情を推し量ったのかは定かでは無いが、この場の張り詰めた空気を少しでも抜こうとするダンは出来る限り丁寧で非攻撃な口調で語り始めた。

 

 

「まずは謝罪を。君達には迷惑をかけた。これに関しては本当に申し訳なく思う」

 

「要らねぇ要らねぇ。さっさと本題を言ってくれ」

 

「……僕がメルツェルと初めて会ったのはアルゼブラの旗艦(フラグシップ)AF(アームズフォート)【カブラカン】を撃破して、しばらく経った時だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コールドブリューのMサイズとハニーレアチーズタルトを一つ。それとブラックチョコを二、三粒ください』

 

 

日光の暑さに若干の苛立ちを覚え始める四月の正午過ぎ。行きつけのムーンバックスで注文を終え、いつものように店奥の非常口に近いボックス席に座ったダンは情報端末を開いて先程から鳴り止まないメールの受信音が誰なのか確認する。上はGAグループの最大手食品メーカーから下はいままで聞いたことも無い小さな水産加工工場まで、大小様々な企業からの丁寧な恨み節がビッシリと書かれたメールの数々だった。

 

GA寄りとは言え、独立傭兵の自分に企業間の対立を端に発した食糧問題の恨み辛みをぶつけるのはナンセンスでは無いかと思うダンは早々にメールボックスを閉じて目の前に置かれたコーヒーとケーキ、それと数粒のブラックチョコに意識を集中させる。流石にレイさんほどの味は見込めないが、それでも十分に美味しいムーンバックスを一人でゆっくりと堪能出来る時間は彼にとって唯一無二と言って良い。そしてフォークを手に取り、タルトに切れ目を入れようとした瞬間。

 

 

『相席、構わないかな?』

 

『えぇ。いいですよ』

 

 

見上げると、そこには漆黒のジレとスラックスに身を包んだ青年が両手でトレイを持ちながら困ったような顔で佇んでいた。ダンは一瞬だけ戸惑った表情を浮かべるが、すぐにいつもの余裕ある微笑みを貼り付けて青年の着席を促す。そして気取(けど)られないように状況分析を開始した。ムーンバックスは混んでいるとは言えカウンター席はまだ空いている。加えて目の前の青年の視線、所作、体重移動のクセから見て何らかの戦闘訓練を受けている可能性が極めて高いが、暗器を隠し持っている動作は見受けられない。それに今は正午過ぎ。暗殺するにしても店内の客数から考えてリスクが高すぎる。となれば残された可能性は何らかの交渉。ランク3に直接交渉を持ち込む相手。非公式の企業依頼か、あるいは反動勢力―――。

 

 

『流石だなダン・モロ。この一瞬で状況把握を済ませられるリンクスはそういない。王小龍に迫る能力だな』

 

『……失礼ですが、どなたでしょうか』

 

『メルツェル、といえば聡明な君は分かるだろ?』

 

『っ! 転生者か』

 

『理解が早くて助かる』

 

 

メルツェルと自身を呼称した青年はトレイのコーヒーを持ち上げてゆっくりと口に含む。警戒心とは程遠いリラックスした立ち振る舞いに違和感を覚えたダンはそれとなく周囲を確認すると、明らかに場違いなスーツ姿の男性が斜向かいのボックス席に新聞を読みつつアイスコーヒーを嗜みながら座っていた。オールバックに撫でつけられた髪は栗毛色、体格は筋肉質でガッシリしている。何より特徴的なのが左目に当てられた黒い眼帯で、二本の赤いラインが斜めに入れられたデザインは冷徹さと情熱を併せ持つ不思議な印象を与えた。――ボディーガード、それも相当に出来る奴か。

 

 

『クレム・(サージェント)・エレット。それが私の名前だ。前世ではアメリカのグランドマスターだった』

 

『……チェスの名手か。メルツェルの名を冠するのは皮肉なものだね』

 

世界(ボード)の上で革命(ORCA)秩序(カラード)と戦わせられるんだ。一プレイヤーとしてこれほど名誉な事は他に無い』

 

『なら尚更僕は理解出来ない。なんでORCAに与する? 行き着く先は限りなく絶滅に近い生存なのは分かっているはずだ』

 

 

メルツェルの言動にダンは苛立ちを隠さず、ハニーレアチーズタルトの端をフォークで力強く両断して口に運ぶ。レアチーズの酸味と蜂蜜の自然な甘さがマッチした逸品だが今の彼からは只の甘酸っぱいケーキとしか認識されていない。目の前の青年がORCAに与する理由が分からないからだ。対するメルツェルは再びコーヒーを口に含んで芳醇な香りを口腔内に揺蕩(たゆた)わせたあと、一呼吸置いてから話し始める。

 

 

未来(ルート)を見た君なら分かるだろう。カラードは腐っている。しかもまだ腐敗途中。緩やかに訪れる確実な死と突如訪れる瀕死の生存をわざわざ秤に掛ける人間もいない』

 

『カラードが腐っているのは認めるが、だからといって九割の人類を見捨てていい理由にはならないだろ。それに最終戦争が起こってしまえば人類はおろか地球の存亡すら怪しくなる』

 

『――例の神が言っていたアレか。確かに絶望的な脅威であることは認めよう。しかし仮に、奇跡的に我々が勝利したとして。そのあと誰が主導権を握る? ORCAでもなくラインアークでもなく企業連、つまり腐ったカラードだ。彼等は来もしない敵の恐怖に怯えて更なるコジマ技術に邁進する。真綿で自分の首を絞めている事に気付かずにな』

 

『それを阻止するためにORCAにいると?』

 

『荒療治だが仕方ない。幸い、今のORCAが有する戦力は原作よりも遥かに優れている。正面からのカラード打倒も可能だ。()()()()()()()()()()()

 

『……それが本題か』

 

 

メルツェルの言葉を聞いたダンは力が抜けたように背もたれへ寄り掛かり、不気味なほど穏やかな表情の彼を見据える。原作では機械的な印象を受けたが、なるほど。合点がいく。その色白い顔面の皮膚を剥がして中からグロテスクなロボットが出て来ても不思議じゃない。いっそのこと本当にやってみるか? ダンがとりとめも無く()()()()()と何故かメルツェルは呆れた様子で溜息を吐いた。

 

 

『止めた方がいい。その気持ちは分からないでもないが、私は確かに人間だ』

 

『――心が読めるのか』

 

『私の【神様の贈り物(ギフト)】さ。チェスプレイヤーとしては味気ない限りだが、組織運営にこれほど効果的な能力も中々ない』

 

『なら僕の考えは言わなくても分かるだろ』

 

『勿論。君はORCAに合流するつもりは毛頭ないし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私の経験上、そんな傲慢な願いを掲げる人間は今時いない』

 

 

メルツェルは肩を竦めて薄く笑う。全人類を救いたい。そこにORCAやカラードと言った区分は存在せず、ただ純粋にそうしたいとダンは願っていた。世界がどんな未来(ルート)を辿ろうとも絶対に達成しようつもりでいたし、神々による最終戦争というイレギュラーが起こったとはいえ今もその気持ちに変わりは無い。だから一を確実に救うために九を殺す所業など到底容認できる訳がないのだ。

 

 

『なんとでも言え。僕は僕のやり方で世界を救う』

 

 

そう言ってダンはコールドブリューコーヒーを一気に飲み干し、おもむろに立ち上がるとメルツェルを一瞥する素振りすら見せずにムーンバックスをあとにした。しばらくしてボディーガードの男――ユナイト・モス――がメルツェルに近付き、呆れたような表情を見せながらダンの座っていた席にドカッと腰掛ける。ユナイトはネクタイを緩めつつ手持ちのアイスコーヒーをがぶ飲みしてプハァッと声を出すと、ジト目でメルツェルを見遣った。

 

 

『いいのか? 彼は計画に必要なんだろう?』

 

『今回でスカウト出来ると思っていない。これは撒き餌だ。次で確実に詰めるためのな』

 

『悠長だな』

 

『急がば回れ、という言葉もある。これが一番の近道だ』

 

 

メルツェルはそう言ってコーヒーを口に含む。市販品にしては香りが良く、味に深みもある。このクオリティであの値段ならコストパフォーマンスも上々だ。だが足りない。もう一手、あともう一手が欲しい。それだけでこのコーヒーは劇的に変わる。そう思いながら。




いかがでしたでしょうか。

メルツェルくん、チェスのグランドマスター&心を読めるギフト持ちな時点で交渉スキル最強なのでは?

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129.優男と理不尽と決断

今回は諸事情により駆け足&短めです。悪しからず。


カラード本部 地上1階 リンクス専用ラウンジ

 

その夜、ダンはカラード本部のリンクス専用ラウンジに繰り出した。昼間にメルツェルから直接勧誘を受けたことによって心情に若干の揺らぎが生じた故の行動であり、何より今の彼には心の安らぎが必要だったのだ。重厚な木製の扉を開けると、店主であるレイが深夜ラジオの下世話な話をBGMにグラスを手際良く拭いている。

 

 

『いらっしゃ……おっ、一人なんて珍しいな。ダン』

 

『そういう気分の時くらい僕にだってあるよレイさん。ゴールドファーマーのロックとミックスナッツを貰える?』

 

『あいよ。――にしても一人飲みなら別の良いとこに行ったらどうだ? コーヒー出してる兼業バーのレベルなぞ高が知れてるだろ』

 

『コーヒーが美味い店は総じて酒も美味しいって経験則に従ってだけだよ』

 

『喜んでいいものかねぇ? まっ、素直に褒め言葉として受け取っておくさ』

 

 

挨拶代わりの軽口を交わしたダンはカウンターに腰掛けて注文の品が出てくる暫しの間、深夜ラジオの下世話な話に耳を傾ける。『彼女との夜の相性がすこぶる悪くどうしたらいいか』という相談にラジオMC曰く『メールだと分からないからとりあえず一回彼女を抱かせてくれ』だとか、『インテリオルのミッション仲介役が好きで堪らない。どうしたらいいか』という相談に『アレだけは止めとけ』とか、しょうも無く下らない話ばかり。しかしダンは市井は未だ一応の平和を保っているのだと実感出来るツールとしてこのラジオを非常に気に入っていた。

 

 

『――ほれ、ゴールドファーマーのロックとミックスナッツ。オマケでドライフルーツもつけといたから感謝しろよ』

 

『ありがとう。レイさん』

 

 

レイから差し出されたグラスではゴールドファーマーが美味そうな濃い琥珀色をしており、鼻を近づけるバニラとシナモンを合わせたような甘い匂いの中に若干のケミカルさが見え隠れする独特な香りがする。その隣にはカシューナッツやアーモンド等が入り混じったミックスナッツの小皿とリンゴとマンゴーのドライフルーツの小皿が置かれ、バーボンのアテとしてはこれ以上ないラインナップであった。

 

ダンはまず一口、ゴールドファーマーを(あお)るとすかさずマンゴーを口に運ぶ。65度という高い度数を誇るゴールドファーマーのキツいアルコール感はマンゴーの濃縮されたジューシーな甘みで相殺され、口内に何とも言えない至福の満足感を作り出した。

 

そうしてしばらく一人の時間を楽しんだダンはグラスのゴールドファーマーが空になったタイミングで、会計を済ませるために視線をカウンター内に送るが肝心のレイがどこにもいない。それどころかいつの間にか深夜ラジオの下世話な音声も消えており、まさに誰もいない空間になっている。

 

 

『……? レイさん、どこに?』

 

『気にするな。少し()()()()()だけだ』

 

 

不意に背後から男性の声が聞こえた。厳かな雰囲気を漂わせる声にダンは一瞬目を見開くも、すぐに諦めたような表情を浮かべてゆっくりと振り返った。何故なら彼は声の主の正体を知っており、自身の力でどうこう出来る相手ではないと分かっていたからだ。そこに立って居たのはクリーム色のチュニックに身を包み、威厳有る口髭を蓄え、白髪を丁寧に撫でつけ、顔に無数の深い皺が刻み込まれた老齢の男性だった。

 

 

『まさかこのタイミングで干渉してくるとは思いませんでしたよ』

 

『中々厄介なのに絡まれたようだな。相変わらず運のないヤツだ』

 

『この世界に転生させた時点で運もなにもないでしょう?』

 

『確かにな』

 

 

老齢の男性は薄く笑うと手の平にワイングラスを出現させ、グラスの底から芳醇な色の赤ワインを湧き出させる。この世の(ことわり)を完全に無視した荒唐無稽な所業を見て呆れたように笑うダンだったが、一転して真面目な表情で彼を見据える。

 

 

『……やはり全てを救うのは傲慢なのでしょうか』

 

『どうだろうな。人間とは欲の生き物だ。何かを欲するのは当然だと言える。それが神への勝利だとしても』

 

『ずいぶん他人事みたいに喋りますね』

 

『このゲームの主催は一神(イッシン)で、我々は所謂ゲストに過ぎないからな。ヤツの世界がどうなろうと私の知ったことではない』

 

 

神様はそこまで言うと赤ワインを一気に飲み干して再びグラスの底から赤ワインを湧き出させた。やはり何度見ても不思議な光景にダンは思わず息をつくが、ふと気付いたように尋ねる。

 

 

『ならこのゲームの勝ち方を教えてくれませんか? そうでなくとも勝つヒントとか』

 

『ふっ、わざわざ敵に塩を送るやつがどこに居る』

 

『神vs人間なら人間側に多少のハンデがあってもいいでしょう? それともビビってるんですか? 人間に負けるかも知れないって?』

 

『安い挑発だな。それに乗るのはそれこそ一神(イッシン)くらいのものだぞ。……まぁヒントくらいは教えてやってもいい。――とりあえずお前はORCAに入ってメルツェルとやらに従え。それが出来なければ確実に負けるぞ』

 

 

老人の言葉にダンは一瞬だけ喉が詰まる。ORCAに入れ。それは今日、メルツェルに明確な否定を示していた彼にとってまさに青天の霹靂だった。あまりの衝撃にダンは思わず身を乗り出す。

 

 

『どういうことですか。どういう理由でそんな……』

 

『ヒントだと言ったろう。あとの答えは自分で見つけろ』

 

『まっ待って下さ――』

 

『ん? どうしたダン? なんかあったか?』

 

 

ダンが神様を呼び止めようとした刹那、レイの声が耳に木霊する。振り返るとグラスを拭いていた彼が不思議そうな顔でこちらを見ていた。神の言っていた『切り離し』というヤツが切れたのだろう。いつの間にか深夜ラジオの下世話な話も戻っている。

 

 

『………いえ、なんでも』

 

『そうか。これ以上注文が無いなら、そろそろ店仕舞いしようかと思ってるんだが大丈夫か?』

 

『えぇ、問題ありません。ありがとうございました』

 

 

そうして会計を済ませたダンはラウンジを出たあと、カラード本部の屋上で夏の生温い夜風に吹かれながら情報端末を見遣り、ある番号が出て来た瞬間にスクロールをストップした。

 

いつの間にかジャケットのポケットに仕込まれていた一枚の名刺。鯱の影絵と電話番号だけが印字されたシンプルなものだ。そしてダンはこの番号の主を知っている。

 

迷うのも無理は無い。理想を掲げて戦おうとした矢先、それを捨てねば勝つことも出来ないと宣告されたのだ。なんて理不尽なのかと憤慨することは簡単だ。幼い子供のように地団駄を踏んで抗議するのも訳無いだろう。しかし、それをしたところで変わることは何も無い。有るとすれば感情的に少し楽になることぐらいか。

 

1か0か。

 

気付けば端末はコール画面に変わっていた。




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130.ヤヌスの鏡

息抜きで書いた二次作品が当小説の思わぬ宣伝効果を生んでくれたのは素直に嬉しいですね。みんな、積極的に闘争を求めていこう。


「――それが僕がORCAに入った理由だ」

 

 

ダンの括る言葉に静まり返る会議室。それもそうだろう。彼本来の目標がORCA旅団の本懐である『九を殺して一を救う』ではなく『十すべてを取る』つまり全人類の救済だったことを初めて暴露されたのだ。その傍聴人であるドン・カーネルは僅かながらに目を見開いて驚きを隠せず、あのメルツェルでさえ神妙な面持ちで耳を傾けている。

 

しかし()()()()()()()など、あの男――キドウ・イッシン――の前では紙クズ同然。高い金を払って学芸会レベルの三文芝居を見せられた品のない観客ばりの文句を見事に垂れ流し始めた。

 

 

「僕は人類のために理想を捨てました、ので失礼ながらお涙頂戴ってか? 下らねぇ。だいたいな、そこのポンコツ自動人形君が雲隠れしてた理由をなんにも喋ってねえじゃねえかよ」

 

「……よく回る口だ。オールドキングと罵り合ったらどうなるか是非見てみたい」

 

「0:100であのイカレポンチが勝つから安心しろよ。てか一億総虐殺時代まっしぐらのサイコクソ野郎と一緒にすんな。……ほらドンちゃん、アンタからも言ってやれ。ポンコツなりに雲隠れしてた理由を教えてくれってよ」

 

「――恐らく、分かっていないのは貴様だけだぞ」

 

「……えマジで?」

 

 

小学生でも思いつかない低レベルな罵詈雑言をまくし立ててメルツェルを煽り散らかした上で、最後の仕上げとばかりにドン・カーネルへ話を振ったイッシンを待ち構えていたのは、何ともこっ恥ずかしい自業自得な梯子外しだった。思わず「いくらなんでもそんなことはないだろう」と周囲を見回したイッシンだったが、ダンは苦笑、メルツェルは真顔、ドン・カーネルは呆れ顔のトリプルプレーを決められており、まず間違いなくスリーアウトの雰囲気を呈している。

 

並の人間ならここで折れるが………と続けたい所ではあるが流石のイッシンも『煽り文句を散々言っておいて実は自分が一番なにも知らない』状態への耐性は一般人レベルだったようで、途端に借りてきた猫の如くシオシオと席に縮こまってしまった。そして一言。

 

 

「………じゃあ、あの……理由を教えて貰ってもいいですか?」

 

 

これである。ダン、メルツェル、ドン・カーネルは彼に対して三者三様の思いが芽生えたであろうが今は割愛するとしよう。そして、ハァ……と深い溜息をついたドン・カーネルはイッシンに分かり易く説明を始めた。

 

 

「ダンの担当神、今はセカンドと仮称するが、結論から言えば最大の理由はヤツの言った言葉にある。まず第一に『我々はゲストである』という言葉と他人事のような態度。これから読み解けるのは必ずしも神全員が神側の勝利に固執している訳ではないと言うことだ」

 

「あぁ、それは俺も感じたな。やっぱし全知全能の存在ってのは物事を考えるスケールが違ぇんだってよ。世界滅亡をゲームにするかフツー?」

 

「そして第二に『ダンがORCAに合流しなければ人類側が負ける』という言葉。前段を素直にうけとめれば純粋なアドバイスに解釈出来るが、逆に罠だという可能性も大いに有り得る。まさしく『使うには危険過ぎて、捨てるには惜し過ぎる』の状態だな。故にダンは、これは推測だが、メルツェルに顛末を話した上で雲隠れしたのだろう」

 

「――その通りだ。君のような聡明な考えを持つ人間が居ることをGAは誇りに思うべきだな」

 

 

ドン・カーネルの説明にメルツェルは薄く微笑みながら肯定する。使うべきであるかを決めかねる非常に重要な情報を有しているからこそ雲隠れをした。一見筋が通っている理由のようにも見えるが、イッシンは『う~ん』と首を捻って難しい顔をしている。

 

 

「分かんねぇな。いや、その情報の重要度と使いにくさは流石の俺でも分かるけどよ。それとORCAの雲隠れがどうも俺の中で結びつかねぇんだよな」

 

「慌てるな、まだ続きがある……ここからは完全に俺の推測だ。ダンがORCAに合流したのは四月、ラインアークを襲撃して存在が露呈したのが五月。アクシデントが重なったとは言え、たかが一ヶ月でカラードを裏切って合流し、そのカラードに正面から喧嘩を売ろうとしている自分の選択が本当に正しいと判断出来ると思うか?」

 

「まぁ普通はねえわな。不確定要素が多すぎるし、リスクもデカすぎる」

 

「加えてダンの性格だ。リスクとメリットを常に天秤に掛けつつ石橋を叩く人間がそんな無茶を容認する訳がない。だが現実はそうなった。そこから導き出せる答えは、()()()()()()()()()()()()()()()()と考えるのが自然だろう。そして俺は、その出来事はハワイにある()()()()()()()()()()()()()()()()()だと睨んでいるが、どうだ?」

 

「……まさに名推理だ。世が世ならシャーロック・ホームズになったのは君かも知れないな」

 

 

ドン・カーネルの仏頂面から繰り出された話の内容を静かに聞いていたメルツェルは彼への賞賛を交えて再び肯定する。そしてやはり、ここでもイッシンは首を傾げて得心がいっていない顔を作り上げていた。

 

 

「スコフィールドバラックスっていや俺のメイちゃんが所属不明ノーマルを撃破した場所だろ? あれか、正面から喧嘩売ったからもう後戻り出来なくなったって話か?」

 

「いや、ORCA旅団の破壊工作自体はアルテリアを筆頭に以前からあった。問題はスコフィールドバラックスから盗まれたデータ……GAの【オリジナル】()()()()()()()()()()()だ」

 

「……は? 嘘だろ? なにサクッとトンでもないこと言ってんの?」

 

「貴様が知らないのも無理は無い。この件に関しては安全保障上の都合でGAグループ内に徹底した箝口令(かんこうれい)を敷いているからな」

 

 

しれっと不穏なワードを織り交ぜたイッシンの言葉を華麗にスルーしつつ、それ以上の爆発ワードを投下することでイッシンを一方的に黙らせたドン・カーネルの手腕は見事と言うほか無いが、彼は特に気にする素振りも見せずに視線を移し、より一層眉間に皺を寄せてメルツェルを睨みつけた。

 

 

「だから問う。メノ・ルーの遺伝子情報で何をした? クローン技術を用いたところで今の技術では劣化版しか作れないだろう」

 

「……君はひとつ勘違いをしているなドン・カーネル。私達はメノ・ルーの遺伝子情報を使ってなにもしていない。あくまで必要だったのは遺伝子情報そのものだ」

 

「なに?」

 

「私は当初からLOSERSの出現を予期していた。そしてそのメンバーはリンクス戦争で戦死した各企業最強の【オリジナル】だろうということもね。だからこそ万が一に備えた情報収集も兼ねて、本社機能移転のタイミングで最も警備が薄かったスコフィールドバラックス基地に保管されていたメノ・ルーの遺伝子情報を奪取した」

 

「………」

 

「だが蓋を開ければどうだ。予想通りベルリオーズは蘇り、サーダナも蘇り、サー・マウロスクすら蘇ったと言うのに肝心のメノ・ルーは蘇ってこない。不思議には思わないか?」

 

「………」

 

「だから私は原因究明のためにダンとの情報共有、互いの神の擦り合わせ、それらを考慮した様々な理論を検証していく上で、ある仮説に辿り着いた。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』という、端から見ればあまりに馬鹿げた仮説にね。そしてその仮説こそ、我々が雲隠れした理由だ」

 

 

雄弁に語るメルツェルに一同は沈黙する。確かに彼の説明は理に適って筋がはっきりしているし、メノ・ルーが既に蘇っている可能性も否定出来ない。しかし同時に突拍子が過ぎる事も確かだ。そこを目敏(めざと)く捉えたイッシンは馬鹿にしたような物言いでメルツェルを煽り始める。

 

 

「ようは被害妄想マシマシの厨二病ムーブをかまして雲隠れしてたって話か? 仮説なんてカッチョイイ言葉使ったところで本質は妄想と大して変わらねぇだろうが」

 

「無論その通りだ。だが、()()()()()()()()()()()()()()。確かにメノ・ルーは既に蘇っていたよ。それも君達カラードが予想もしなかった形でね」

 

「お~お~そうかい。なら早速見せて貰おうじゃねぇの。で、そのメノ・ルーさんはどちらにいらっしゃるんですかね? まさかテメェの頭ん中って訳じゃねえだろ?」

 

「……そうだな。だがそれを話すのは私では無い。扉の前で盗み聞きをしている御仁にお願いするとしよう」

 

 

メルツェルがそう言って会議室の扉に視線を移した数秒後、カチャッと扉が開く。そしてそこに居たのは松葉杖をついた満身創痍の王小龍だった。彼は深く項垂れていたが決してそれは外傷によるのものではなさそうだ。彼はメルツェルに促されるまま席に座り、グッと奥歯を噛み締めたような表情をしている。

 

 

「おい爺さん、大丈夫かよ。まだ傷が癒えて――」

 

「下らん心配などするな(わっぱ)。これは私の業だ。決して外せぬ、決して降ろしてはいけない業なのだ」

 

「御老体、この場には我々しかいない。録音録画機の類も無い。人払いも貴方以外は済んでいる。だからこそ、申し訳ないが話して頂こう。メノ・ルーは誰として蘇ったのか」

 

 

覚悟を決めた王小龍の気迫に思わず押されるイッシン。王小龍からここまでの気迫を受けた事が無い彼は、グッと口を噤んで耳を傾けた。そしてメルツェルの言葉に支えられ、王小龍はゆっくりと話し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――メノ・ルーの名はリリウム・ウォルコット。私の弟子だ」




いかがでしたでしょうか。

お気に入り人数が一気に100人ほど増えた事実が嬉しすぎて、割とドギマギしてます。急に来るとビビるね。

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131.業と落城

過度な身体の酷使は良くないと改めて実感しました。もう若くはねぇんだなと。切ない。


「………は? いや、え? いやいや冗談キツいぜ爺さん。リリウムたんがメノ・ルー? んなことある訳ねえだろ。大体、顔も身体も髪の色も何一つ似てねぇじゃねえかよ」

 

 

想定すらしていなかった事実にイッシンはただただ否定する事しか出来ない。リリウム・ウォルコットはメノ・ルーである。この事実を彼女の師である王小龍から直接聞かされた一同はメルツェルを除いて全員が目を見開き、まさに信じられないと言った様子であった。

 

しかしイッシンが「リリウム・ウォルコットとメノ・ルーは似ていない」と言い放ったのには訳がある。それは彼がこの世界に転生したての頃――時期で言えばダン・モロとランクマッチを行った後――に訓練とミッションの合間を縫ってカラードの資料保管室で様々な情報を仕入れていたのだ。そしてその勢いが高じて前作【アーマードコア4】の時代について調べている時に、メノ・ルーの情報に行き着いた。

 

メノ・ルーの顔写真はいまでも鮮明に覚えている。リリウムのような名家の気品は纏っておらず、どちらかと言えば修道院のシスターと言った雰囲気。利発さではなく慈愛に特化した穏やかな顔立ち。そして天と地ほども違う胸部の膨らみ。メイ・グリンフィールドさえ居なければ間違いなく彼女がイッシンの最推しヒロインになっていた事だろう。

 

だからこそ彼は理解出来なかった。何を以て爺さんはリリウム・ウォルコットをメノ・ルーと呼称したのか。料理で言えばステーキとハンバーグくらい違うというのに。

 

イッシンが間抜けな感想と例えを脳内で繰り広げていることなど(つゆ)知らず、渦中の王小龍は苦虫を噛み潰したような苦渋の表情のまま言葉を紡いでいく。

 

 

(わっぱ)の言う通り、リリウムがメノ・ルーという訳ではない。正確にはメノ・ルーの遺伝子とウォルコット家の遺伝子、そしてメアリー・シェリーの遺伝子を掛け合わせたハイブリッドクローン……それがリリウムなのだ」

 

「なるほど、それ故の適性S+か。メノ・ルーの顔を知っているローディー特別顧問が何も言わなかった理由も頷ける」

 

「てか爺さん『出自は確認した』って……」

 

「嘘に決まっておろう。この事実が漏洩すればリリウム、ひいてはBFFが崩壊する。主にGAグループの……ローディーの攻撃を受けてな。だからこの情報を知っている者が現れれば善悪、行動理由、利用価値の有無を問わず全身全霊を以て完膚なきまでに叩き潰すつもりだった」

 

「――やっと話が見えたぜ。それを察したメルツェルは爺さんにORCAを潰されないよう雲隠れしてたってことか。そりゃ本気出した爺さんの相手なんて死んでも御免だろうからな」

 

「だが、その話し振りを見るにGAはこの件を関知していないようですね。王大人(ワン・ターレン)、貴方が主導した訳ではないでしょう? こんな無用の特大リスク、貴方なら絶対に取らない」

 

「……ダン、私の口から言わせるな。これでも私は忠義を誓った身だ」

 

 

王小龍の言葉にダンは思い出す。忠義を誓った身。魑魅魍魎(ちみもうりょう)蔓延(はびこ)る政界財界を老練な権謀術数で生き抜いてきた彼が自ら忠義を誓う相手などこの世に一人しかいない。それも心からの忠義ではなく、罪悪感と贖罪にキツく縛り上げられた偽りの忠義。

 

 

「ウォルコット卿ですか。確かにあの人ならやりかねない」

 

「誰だよ。そのウォルコット卿ってのは」

 

「BFF社の経営に口出し出来る唯一の貴族、といえば分かるかな? 先祖代々ウォルコット家は武勲凄まじい家系でね。その因果か分からないが、現代でもリリウム嬢を含めて三人のリンクスを輩出している超名門貴族なんだ。王大人(ワン・ターレン)が忠義を誓っているのはそこの御当主様だよ」

 

「………は~~ん、またまた読めたぞ。要は爺さんがウォルコット卿とかいう尊厳破壊野郎の狂った計画の片棒を担いじまったって自責で胸がいっぱいってことか。まぁしょうがないんじゃね? 実際担いじまってるし」

 

「キドウ・イッシン。思考は自由だが口に出して良いことと悪いことの判別は弁えろ、不快だ」

 

 

王小龍の心境を一切省みないイッシンの軽率な物言いにドン・カーネルが強めの釘を刺す。転生者であるとは言えGA所属の彼からしてみれば最重要機密を流用して【オリジナル】以上の能力を持ったクローンを作り出し、あまつさえそれがGAではなくBFFの【ランク2】としてカラードに登録されている事実は不愉快極まりないことだろう。それでも王小龍の心情を(おもんばか)って蔑口を抑えているのだ。最愛の弟子の出生が許されざるものであったと聞かされた時、師の心中は推して知るべきであると。

 

 

「悪かったよ。でもよ? リリウムたんをクソ親の代わりに見守って立派に成長させたのも事実だろ。そんな爺さんが贖罪やらなんやらに縛られる必要はねぇよな? 元はと言えばそのウォルコット卿って野郎が全部悪いじゃねえか」

 

 

そんな彼の眼光鋭い視線をモロに受けたイッシンも流石にマズいと考えたのか、すかさずフォローを入れる。というか元々フォローを入れるつもりで敢えて蔑口を並べていたイッシンにとってみれば「前フリを邪魔しやがって」以外の感想は無いのだが。

 

 

「その事実をリリウムに伝えられると思うか? 成人もしていないリリウムに実父は実父ではなく、お前はクローンであると、作られた存在であると、そんな重いものを背負わせられると思うか?」

 

「………」

 

「だが、こうして貴様等に知られた以上いつまでも隠し通せるものでもない。この戦争が終わったら、私から直接伝えるつもりだ。それまでは、どうか、どうか黙っていてくれないか」

 

 

そう言うと王小龍は傷だらけの老体に鞭を打って地面に両膝を付け、両の手の平を上にして臥した。五体投地――いわゆる土下座の態勢――だ。王小龍が、海千山千の陰謀家として名高いあの王小龍が。たった一人の人間のために。

 

ここまでされると思っていないメルツェルを含めた一同は驚愕し、イッシンに至っては即座に立ち上がって土下座を辞めるよう王小龍の傍に寄り添った。

 

 

「おい辞めろよ爺さん! アンタの気持ちはよく分かった! 俺達はリリウムの出自を絶対に言わねぇ! だから土下座なんか辞めてくれ!! これじゃコッチが悪役じゃねえかよ!」

 

「……(わっぱ)、いやキドウ・イッシン。その言葉に嘘偽りは無いか?」

 

「ある訳ねぇだろ! テメェ等も同じだよな!?」

 

「無論だ」

 

「言うメリットもないしね」

 

「御老体の願いは叶えて然るべきものだ、安心しろ」

 

「ほら、全員がこう言ってんだ! だから早く頭を上げてくれ! 爺さんにこんな頭下げられるコッチの身にもなってくれよ!」

 

その場にいた全員が肯定の意を示す。そこに企業連やORCA旅団の垣根は無く、ただ純粋に王小龍の不憫を哀れみ、そして同情した故の行動であった。イッシンの言葉にようやく重い頭を上げた王小龍は彼に寄り添われる形で支えられながら、仄かに湿った目尻に指を数度押しやって水分を拭う。

 

 

「すまない。恩に着る」

 

「分かったから謝んなよ。爺さんに謝られたら調子狂――」

 

「イッシン! ここにいたか!! お前達も!」

 

 

感動のシーン真っ最中の中、会議室の扉がバーンッ!と勢い良く開いた。そこには肩で息を整えるセレンが鬼の形相で立っており、膝に手を置いてゼェゼェと大粒の汗を滲ませている。

 

 

「……おいおいセレン、いま結構良い場面なんだからせめてノックくらいしろよ」

 

「緊急招集だ!今すぐカラード本部に飛ぶぞ!」

 

「いやだからなんで――」

 

「オーメルが………オーメル本社が墜とされた!!」

 

 

風雲急を告げる。




いかがでしたでしょうか。リリウムたんクローン説はもちろんオリジナル設定です。ウォルコット卿、業が深すぎだろ……。

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132.狼煙の火起こし

オーダースーツが出来上がりました。イギリス製の固い生地なので二年目が一番カッコよくなるとのこと。着倒してやるぜ……!


オーメルグループ本社『オペラハウス』

 

オーメルグループの総本山である『オペラハウス』は旧イスラエルの中心部に建てられており、かつて旧オーストラリアに存在した建造物と同じ通称を与えられている。その理由はリンクス戦争において滅亡したレイレナードグループの本社ビル『エグザウィル』の構造理論を流用した特徴的な形状をしていたからだ。

 

『オペラハウス』は『エグザウィル』の欠陥だった部分、つまり剥き出しだった8本の支柱に高強度の防壁を纏わせることに成功。加えてノーマル100機、飛行型AF(アームズフォート)【イクリプス】2機、【ランク13】ルーラーという大戦力で防衛された『オペラハウス』は、GAグループ本社の『THE・BOX』とまではいかなくとも十分な堅牢性を発揮()()()()()()()

 

しかし今は違う。高強度の防壁に守られた8本の支柱は残り1本を除いて全て破壊され、ノーマル部隊およびイクリプスは既に全滅。頼みのルーラーも大破炎上しながらヨロヨロと戦線を最大戦速で離脱していく最中だった。

 

まさに惨劇と化した『オペラハウス』の瓦礫の中、2機のレイレナード製ネクスト【AALIYAH(アリーヤ)】――シュープリスおよびオルレア――が敗走したルーラーの後ろ姿を静観している。

 

 

「いいのか? 手負いを逃して」

 

《構わん、アレは伝令だ。いずれORCAカラード同盟を連れて帰ってくる》

 

「それを潰すと。相変わらず合理的だ」

 

《君ほどじゃないさ、アンジェ》

 

 

ベルリオーズに掛けられたその言葉にアンジェはフッと鼻で笑うと、おもむろに『オペラハウス』最後の支柱に歩み寄ってオルレアの右腕に装備した【MOONLIGHT(レーザーブレード)】を展開、発振させる。

 

その瞬間オルレアのコックピットに通信回線が割り込んできた。老齢によって(しゃが)れた声の主はオーメルグループ旧宗主その人であり、声の震わせ方からも追い詰められていることは明白だ。

 

 

《待ってくれ! もう我々が戦う理由は無いはずだ! 防衛部隊が全滅して、生殺与奪の権は完全に君達にある! 要求すればなんでも通る状態じゃないか!? ならこの状況を最大限利用するべきだ! 技術供与が必要ならいくらでも無償で渡そう! 金だって無制限で渡す! 私の公印が押された誓約書を渡したっていい!》

 

「……そう言ってるが?」

 

《聞く耳持たん》

 

「だそうだ。残念だったな」

 

《まっ――》

 

 

刹那、【MOONLIGHT(レーザーブレード)】の非情な刃が『オペラハウス』最後の支柱を切り刻む。支えを完全に失った『オペラハウス』はガラガラと倒壊を始め、ものの数十秒で巨大な瓦礫の山に変貌を遂げた。

 

 

「呆気ない最期だ」

 

《漁夫の利で身を為した者の末路としては十分だろう》

 

「手厳しいな」

 

《レイレナードを吸収したんだ。むしろ手緩(てぬる)いくらいさ》

 

「それもそうか………次は?」

 

《カラード本部だ。既にマウロスクとサーダナを待機させている。我々が合流次第、叩くぞ》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~~懐かしのカラード本部………って感じでもなさそうだなこりゃ。物々しいったらありゃしねぇ」

 

「オーメル本社が陥落したんだ。これくらいの警戒態勢は当然だろう」

 

「だからって身体検査で全裸にされる必要あるかよセレン? こちとら尻の穴まで調べられたんだぞ? 検査官がソッチだったらどうするんだ」

 

「お前のような(わっぱ)に欲情するようなヤワな検査官なら選考段階で除外されておる。やましいことがなければ安心して見せつければいい」

 

「俺の倫理観的に嫌だっつってんだろ爺さん。昨今流行(はや)りの人権侵害ってやつだぞ。なんなら訳の分からねぇ聞いたことも無い末端NPO団体に直談判してやろうか? そこそこ燃え上がらせてもいいんだぜ?」

 

「まぁ僕達は今までカミソリ・ジョニーの所にいたからね。いくらあそこがカラードの認可施設だとしても本部での初回検査は徹底的にするべきだと思うよ」

 

「それに我々ORCA旅団のメンバーも既にカラード本部に入っていると聞いている。同盟関係の齟齬(そご)が無いことも確かだ」

 

「要はゴネているのは貴様だけと言うことだキドウ・イッシン。大人しく口を閉じていろ」

 

「へいへい分かりましたよ。民主主義に(のっと)って多数決に従いますよ」

 

 

軽妙な遣り取りを交わしているイッシン一行だがカラード本部に到着した時のお出迎えはランカーネクスト2機、すなわち【ランク15】ヤンが駆るブラインドボルドと【ランク21】カニスが駆るサベージビーストだった。

 

両機ともに中堅リンクスとしてカラードに登録されているが、ブラインドボルドはアルドラ社専属リンクスとしてリンクス戦争を生き延びた古豪として名高く、サベージビーストはローゼンタール寄りの若い独立傭兵でありビックマウス気味な言動が目につくものの、ミッション達成率が非常に安定したリンクスとして評価が高い。

 

俗に言う「彼等であれば間違いない」と言った人選であり、常にLOSERSの脅威に晒され、つい先程オーメルグループ本社が陥落した事実を踏まえたとしても、カラード本部の防衛戦力としては何ら問題ないレベルの実力者である。

 

そんな彼等が守るカラード本部に入ったイッシン達を出迎えたのはGAグループ宗主であるスミス・ゴールドマンとインテリオルグループ宗主のブルーノだった。両人とも見たことがないほど眉間に皺を寄せた深刻な表情をしており、顔の所々に脂汗が滲んでいる。

 

 

「やっと戻ったか小龍。ランカーの皆もよくぞ無事だった……貴方がORCA旅団のメルツェルですな? 私はGAグループ宗主のスミス・ゴールドマン。申し訳ないがウザったい社交辞令は後にして早速本題に入らせて頂く。歩きながらで構わんかな?」

 

「無論です御宗主。どうやら事態は急を要するようですな」

 

 

メルツェルが了承の言葉を完全に言い終える前にゴールドマンが歩を進め始めた様子を見た彼は、事態が想像より深刻化していることが予想できた。ツカツカと早足で歩く宗主達に連なるようにイッシン一行も歩を合わせ続けて付いていく。

 

 

「全く以てその通り。オーメル本社が陥落したのがつい4時間前。15分前にはここから20km先の洋上で敵と思われる大部隊の出現を確認した次第でしてな。現在現場の指揮はローゼンタールCEOのレオハルトが担当している状態です」

 

「敵の部隊? LOSERSってのは各企業のエゴ丸出し少数精鋭ゾンビ達なんだろ。そんな奴らが大部隊なんて信じらんねぇな。魚群でも間違って探知したんじゃねえのか?」

 

「口を閉じていろ(わっぱ)……! 失礼、ヤツへの処罰は謹んでお受けさせます。しかし大部隊という点は私も同意しかねる部分です。本当に敵戦力なのですか」

 

「信じられないのも無理は無いがECM逆探知や強行偵察でも存在が確認されている。呼び掛けにも応じず、認識コードも不明。ORCA旅団との関連も認められなかった。であればLOSERSと想定して問題ないだろう。輸送艦が30隻、護衛艦6隻の船団だ。この輸送艦に戦力を隠していると見て間違いないだろう」

 

「それにしては数が少ない。全てノーマルだとしても精々150機が限界でしょう。その程度でカラードに仕掛けるとは考えづらい」

 

 

ドン・カーネルの言葉に一同は無言の同意を返した。ノーマル150機。数字で見れば膨大だが実際のところ、どんなに多く見積もっても中堅ネクスト2機で事足りる数字だ。その程度の戦力で正面からの戦いを挑むとすれば―――

 

 

「或いは何らかの秘策があるか………どちらにせよ議論している余地は無さそうだ。小龍、君には同盟の総指揮を頼みたい。権謀術数で鍛えた戦略眼を存分に発揮して欲しい」

 

「でしたらここに居るメルツェル殿を参謀として迎えても宜しいですかな。此度の戦い、どうも老い()れ一人では勝てそうにありませんので」

 

「無論だ。メルツェル殿、お受けして頂けるかな?」

 

「もちろん。断る理由も見つかりません」

 

「感謝する。………それではリンクスの諸君は至急ネクストへの搭乗準備に取り掛かってくれたまえ。人類の舵取りを死した敗者に任せる訳にはいかんからな」




いかがでしたでしょうか。旧オーメル宗主くん、失脚した上に呆気なく退場して残念。まぁ同情はしないけども。

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133.開戦準備と暴君

痩せようと試みて早一ヶ月。500gの増量に成功しました。何故だ。あっ今回短めです。


《AMSシンクロ率87%、FCSオールグリーン、ジェネレータ稼働率94%、全駆動アクチュエータは正常に稼動中、戦闘シークエンス開始。3……2……1……今》

 

「――っと。相変わらず慣れねぇな、この感覚」

 

《この前まで文字通り接続されていた人間が何言ってる》

 

「やっぱり違ぇもんだって。こう、なんて言うか、熱い風呂に()かってるのと入るのとじゃ全然別物っていうか」

 

《なら今のうちにたっぷり浸かっておけ。最高のパフォーマンスを発揮出来るようにな》

 

 

コックピットのスピーカーから聞こえるセレンの素っ気ない返事にイッシンは苦笑すると同時に懐かしさを覚える。ナインボールとの一戦を終えてから【フラスコと硝煙の桃源郷】で目覚めるまでJOKERに接続されっぱなしだった彼からすればAMS接続は案外心地良くなっているのではと思う者もいるだろうが、実際のところそうでもないらしい。それこそ彼の言う通り『熱い風呂に浸かるか入るか』の違いなのだろう。浸かってしまえば極楽だが、入る瞬間というのは拷問のような責め苦に耐えなければいけないからだ。

 

そんな他愛ない会話を交わしていると不意に隣のハンガーから通信が入る。いったい誰かとコール画面に目を向けるイッシンだったが、表示されていた人物の名前があまりに意外だったので思わず感心してしまう。

 

 

(わり)ぃセレン。ちょっと意外な客からコールだ」

 

《? 誰だソイツは》

 

「まぁ黙って聞いてりゃ分かるさ。――ほいほ~い、聞こえてるぜ~。皆の絶対的アイドルのイッシン君で~す☆」

 

《ふざけた返事だ。切らせて貰う》

 

「まぁまぁそう言うなって。天才王子のオッツダルヴァ様~あっ今はマクシミリアン・テルミドールだったか。じゃあ同盟を組んだ記念に親しみを込めてテルちゃんってことで」

 

《……こんな輩に我々のクローズプランを見抜かれていたと思うと全てが馬鹿らしく思えてくるな》

 

「おいおいあんまり褒めんなよ。お前等が考えた厨二病全開の極悪空想人類救済計画と比べたら俺なんて蟻のすかしっ屁みたいなもんだぜ?」

 

《やはり切るぞ。貴様のような獣と会話するのは精神衛生上、不要だと判断した》

 

 

通信画面に映し出されたそこには元【ランク1】オッツダルヴァもとい【ORCA旅団団長】マクシミリアン・テルミドールが、呆れと諦めと自嘲が()い交ぜになった顔に片手を当てて溜息をついている。カラード始まって以来の実戦型天才として名を馳せていたオッツダルヴァを以てしてもイッシンのふざけ抜いた言動に太刀打ち出来ない場面を見ると、オッツダルヴァの対応力が過大評価なのかイッシンの言動が酷すぎるのか検証したくなってくる。圧倒的に後者なのだろうが。

 

 

「そう言うなってテルちゃん。これでも結構アンタが居てくれて心強いと思ってるんだぜ。政治的配慮があったとしても伊達に元【ランク1】を張ってた訳じゃないだろ? まぁその政治的配慮してくれた古巣は陥落しちまったけども。そこんところどう思ってんのよ」

 

《相変わらず一言多いな貴様は。こんな事態でなければ、改めて一対一でどちらが上か分からせてやるというのに》

 

「ラインアークのことまだ根に持ってんのか。安心しろよ。ありゃ完全に俺の勝ちだから」

 

《……いいだろう。この戦いが終わったらその減らず口をすぐに縫い閉じてやる》

 

「期待せずに待ってるぜ。とりあえず、精々死なねぇように頑張ってくれや」

 

 

そう言うとイッシンはオッツダルヴァとの通信を閉じ、再びセレンとの通信に切り替えた。スピーカー越しのセレンは少々疲れたような溜息を吐いて彼を(たしな)める。

 

 

《――もう少し配慮というものをしてやれないのかお前は》

 

「配慮ってなんだよ。『これから始まる大一番を力合わせて乗り越えましょう!』なんていう(がら)でもねえだろ。ならいっそ憎まれ口叩いて喧嘩の約束したほうがよっぽどマシだぜ」

 

《お前がそれで良いなら構わないが………しかしオッツダルヴァまで来ているのは確かに意外だ。カラードは本部を意地でも明け渡したくないようだな》

 

「まぁ大丈夫だろ。オッツダルヴァにメルツェル、ダンとドン・カーネル、リリウムたんと俺達が居るんだ。それに現場の指揮をローゼンタールCEOが取ってるってことはどうせ【ランク6】のジェラルドと【ランク11】のダリオも居る。これで負けるビジョンなんか逆に見えねぇよ」

 

 

イッシンの言う通り現在のカラード本部にはリンクスの中でも上位および最上位の実力を有する者が集結しており、その数は護衛であるヤンとカニスを含めれば合計10機の戦力だ。現状の企業体制を確固たるものとした国家解体戦争が僅か26機のネクストで完遂されたことを踏まえれば、10機のネクストというのは世界を変えうる力と形容して問題ない戦力である。

 

 

《それはそうかも知れないが……ん?コレは……》

 

「どうしたよセレン」

 

《いや、どうやらカラード本部に現れた船団と同じ編成の船団が各企業の本部に先程現れたらしい。GA、有澤重工、アルゼブラ、インテリオル、ローゼンタール、トーラス……ラインアークにもか》

 

「へぇ、そりゃ大盤振る舞いだな。でも確かLOSERSはメアリー・シェリーが死んだから残り4人のはずだろ? そんなこと出来んのかね?」

 

《それこそ奴らにしか分からんさ。――発進準備完了、いつでも行けるぞ》

 

「了解。キドウ・イッシン、JOKER、出るぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと配備完了、か。この俺をここまで待たせるとは随分と手間取ったなアンミル」

 

《そんなこと言うなよマウロスクく~~ん。あの量を気取られずに配備するのって結構神経使うんだぞ~~? この世界の理に沿って滅ぼすって言った僕自身のせいだけども》

 

「神という種族は自らに縛りをかけるのが好きなのだな。俺のように我が道を進むには縛りなど要らないだろう。実に下らない」

 

《流石の傲慢だねぇ。神話の時代でも神様相手にそこまで言う人間はいなかったよ》

 

「単にそいつらの自我が弱かっただけだろう。身に余る強大な精神を完全に屈服させる自我の強さこそ神に対抗出来る唯一の手段だと言うのに」

 

《まるで僕らに挑戦するような口振りだねぇ? たかが定命の分際で》

 

「無論だ。いつか必ず認めさせてやる。人間の可能性が如何(いか)に素晴らしく、その中でもこの俺が最も素晴らしいと言うことをな」

 

《ふふふ、期待して待とう。じゃあまずは君の力を見せてくれよ。インテリオルのネクスト部隊と戦った時、全然本気じゃ無かっただろ?》

 

《だからあの数を用意させた。――せいぜい刮目しろ、新世代のガキ共。この俺がAMS技術の真髄を教えてやる》




いかがでしたでしょうか。

マウロスク君、実はゲロヤバ能力を使える設定にしております。全然オリジナルだけども。乞うご期待ってやつです。

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134.チート

やっぱり外呑みより家呑みの方が安上がりだと思いました。市販のレバーパテうめぇ。


カラード本部から20kmの洋上。そこにはLOSERS所属であろうと推定される複数隻の所属不明輸送艦が停泊しており、出現時刻から考慮して何某かの攻撃準備を整えていてもおかしくないのだが、その場から動くどころか乗員が乗船している気配すら全くない。

 

全く以ての無。ただ在るだけの構造物としか見えない船団にローゼンタール所属の精鋭ノーマル20機を従えたノブリス・オブリージュとトラセンドのリンクス、【ランク6】ジェラルドと【ランク11】ダリオは防衛線が引かれた港で開戦に備えて睨みつけることしか出来なかった。

 

理由は主に二つ。一つは船団が仮にLOSERS所属だった場合、今までの傾向を踏まえると功を焦って先攻に打って出たこちらを返り討ちに出来るナニカを有している可能性が非常に高いこと。一つは所属不明船団が確実にLOSERS所属である確証が得られないこと。

 

前者は言わずもがな、この戦争に勝つために必要な理由付けがなされているが、問題は後者だ。あくまで企業ORCA連合側が戦争に勝利する仮定での話だが戦後処理で件の船団がどこかのコロニーから遣わされたものと分かった瞬間、矢面に立たされるのは撃破した企業つまりローゼンタールに他ならない。

 

そうなればオーメルとローゼンタールの二軸を失ったオーメルグループは空中分解して跡形も無く瓦解。三大グループが二大グループに早変わりとなる。残された技術者達は間違いなくGAかインテリオルのどちらかに吸収されるだろうが企業の体裁上、今よりも劣悪な労働環境におかれるのは必至だ。だからこそ現ローゼンタールCEOのレオハルトはトップレベルのリンクスを二人有していながら無闇な攻撃命令を出さず、不測の事態にも対応可能な必要戦力が確保出来るまで待機させているのだ。

 

とは言うものの、現場でただ只管(ひたすら)に敵の攻撃を待つというのも中々に精神的な疲労が高まってくる。カラードから理想的なリンクスと評されたジェラルドでも、それは例外ではない。

 

 

「未だ反応無し、か。腹立たしい程に不気味だな」

 

《どうしたジェラルド・ジェンドリン。前回と同じように戦う前から怖じ気づいたか》

 

「結果的にその感覚は正解だっただろ。なら今回も従うまでだ」

 

《………ふん》

 

《聞こえるか。こちらJOKERのオペレーター、セレン・ヘイズだ》

 

 

どことなく居心地の悪い空気が漂い始めた瞬間、凛々しい女性の声が二人の間に割って入ってその雰囲気を霧散させる。自身の踏み台にならない人間にはとことん興味の無いダリオは一体どこの誰かと思案する中、ジェラルドは持ち前の誠実さでしっかりと記憶していた彼女の名前を聞いて顔を明るくした。

 

 

「セレン・ヘイズ……ということはキドウ・イッシンも居るのか!」

 

《もちろんですとも騎士(ナイト)様。支援企業のローゼンタールが窮地と聞けば、このキドウ・イッシンたとえ火の中水の中、どこでも馳せ参じますよぉ!》

 

「それは心強い! (スピリット)(オブ)(マザーウィル)を墜とし、ラインアーク事変に参戦した君が居れば百人力というものだ! ローゼンタール専属としても鼻が高いよ! 今回も並々ならない戦果を期待するとしよう!」

 

《あヤベ。苦手な部類だコイツ》

 

《堂々と言うな。――後ほど、この港にオッツダルヴァも到着する。ダン・モロとドン・カーネル、リリウム・ウォルコットの三名は陽動の可能性に備えて反対側の港で待機中だ。仮に彼方(あちら)側が正解でも距離から見て3分で現着出来るだろう》

 

 

セレンの発した言葉にジェラルドは思わずピクリと反応してしまう。オッツダルヴァ。ランク1を拝して起きながら反動勢力の長として活動していた反逆者。確かに当初は、いや今でもそう思っている。しかし『企業の罪』を知った後のジェラルドは、そんな彼の選択を一方的に軽蔑することが出来なくなっていた。

 

本来人類が為し得る筈の進化を愚かな老人たる企業の利己(エゴ)で摘んでしまった事実。そしてその企業が今日(こんにち)まで存在したことで数多くの人々の生命を生き長らえさせてきた事実。善悪の彼我を大きく超えた二つの事実の計り方をジェラルドはまだ知らない。だから彼は結論を出さず、今の状況に即した最善の選択をした。

 

 

「……そうかオッツダルヴァが……いや、よそう。今は戦力が多い方が良い。たとえそれが偽善だとしても」

 

《ふん、救済の革命家気取りが何の役に立つ? せいぜい脆い弾除けにでもなれば上等だろうよ》

 

《おっ良いこというねぇダリオっち~。その考えはほぼ全面的に肯定するぜ》

 

《黙れ三下。俺よりランクが低いヤツが軽々しく俺と会話できると思うな》

 

《うわマジかコイツ、ゲロヤバモラハラ野郎じゃん》

 

《イッシン、だから言葉遣いを――な、レーダーに反応! これは……馬鹿なネクストだと!?》

 

 

セレンの驚愕する声とほぼ同時に所属不明輸送艦すべての天井ハッチが開き、中から人型のナニカが徐々にせり出してきた。

 

旧レイレナード社の標準ネクスト【03-AALIYAH(アリーヤ)】とプロトタイプネクストを掛け合わせたような禍々しい機体形状に、面取りされた三角のバインダーが両肩に装着され片手にはレーザーブレードの発振装置、もう片方には大型のレーザーライフルらしき射撃兵装が装備されていた。プロトタイプネクストに並ぶ旧レイレナード社が遺した負の遺産、自律式ネクストである。しかしそれらに相対したジェラルド、ダリオ、イッシンの反応は意外にも冷めたものだった。

 

 

「あれは……レイレナード社の002-Bか。それが30機とは、まぁ中々豪勢だな」

 

《ふん、撃墜数(スコア)にもならん。拍子抜けだな》

 

《いや、まぁ、うん。あのレーザーブレードは確かにヤバいけど、実際問題ヤバいかと言われると……》

 

 

彼等の大小様々な消極的反応には理由があった。自律式ネクスト最大の欠点は搭載されたAIがあまりにお粗末なことである。標的に対して不必要な攻撃行動を取るほか、搭載されてはいるもののQBとOBをAIの仕様上、発動する事が出来ないのだ。もちろんリンクス戦争を生き抜いたセレンが002-Bの存在を知らない筈も無く、疲れたような溜息を吐いてマイクに音声を乗せる。

 

 

《――一応、警戒は怠るな。固めのノーマルだと思って相手をすれば大火傷では済まないぞ。アレの攻撃は生半可ではないからな》

 

「そりゃそうだけどよ? 30機って中々エグい数字だけどよ? なんつーか、このメンバーならあの数の自律式ネクスト相手でも意外と楽に――ってあれ。なんか思ってたのと結構……いや全然動き違くね!?」

 

 

それまで002-Bを侮っていたイッシンが感じた違和感はなんら間違っていない。何故なら輸送艦から飛び立った鈍重な筈の002-BがQ()B()()()()()()()()()()()()()O()B()()()()()()()()()()()。しかもその動きは決してお粗末なAIのものではなく、カラードの上位リンクスに勝るとも劣らない的確で論理的な軌道を描いている。刹那、発信源不明の超広域通信がカラード陣営に入った。

 

 

《俺の名はサー・マウロスク。LOSERSの一角にして貴様等を滅ぼす人類最高のリンクスだ》

 

「マウロスクってことはセレンの――」

 

《本来なら一方的に終わらせるのが俺の流儀だが、アンミルの意思に従って貴様等に002-Bのタネ明かしをしてやる。ありがたく思え》

 

《……サー、本当に貴方は……》

 

《俺のAMS適性は特異でな、A()M()S()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()だ。つまり貴様等同盟が相手取る002-B全機に、俺が乗っていると思え

 

《なっ!? 馬鹿な、そんな芸当が――》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《さぁ……せいぜい足搔(あが)いて見せろ!!!》




いかがでしたでしょうか。

マウロスク、君にはツヨツヨ能力を授けたから活躍するんだよ……。

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135.それぞれの覚悟

ACⅥが発表されたのに本小説が更新しないのは駄目だと思い、なんとか投稿しました。次回更新はいつになるか分かりませんが、とりあえず…………ACⅥありがとう!


GAグループ本社【THE・BOX】

 

 

《何コレ……ふざけてるの……》

 

「口より身体を動かせスマイリー! 意地でも生き残るぞ!」

 

 

GAの生ける伝説と評される【ランク4】ローディーは自身が駆る愛機フィードバックを臨戦態勢から戦闘態勢に移行しつつ、ただ呆然として立ち竦んだままの【ランク18】メイ・グリンフィールドを彼女の愛称で怒鳴りつけた。

 

彼等の眼前に迫ってくるのは、荒野を駆ける死神の列もといLOSERSの【オリジナル】サー・マウロスクの操縦下に置かれた自律式ネクスト002-Bの30機編隊。対するこちら側の戦力は自立砲台1500門、ノーマル800機、AF(アームズフォート)ギガベース3機、GA専属ネクスト2機。加えて先程入った通信では遊撃作戦中のAF(アームズフォート)グレートウォールが増援に駆け付けるという。

 

確かに数だけで言えば圧倒的にこちらが有利だ。それは揺るがない。だが、それを補って余り有る質を(もっ)て敵が挑んでくるとなれば話が変わってくる。むしろこの程度の数では足りないくらいだ。勢力差で言えば紙一重でこちら側がやや不利に分類される現況が分からないメイではなく、だからこそ呆然と立ち尽くしてしまう。

 

狩る側が狩られる側に回ったときの恐怖と絶望。それがメイの精神を支配しようとしたその時、スピーカーから緊張感の無い気怠げな男性の声がコックピット内に木霊した。

 

 

《なぁ~にビビってんだよメイ。らしくねぇじゃねぇか》

 

「ジョージ……?」

 

《週間ACマニアの女神様は勝利の女神様なんだろ? 変に気負わないでいつも通りやりゃあいんだよ》

 

「でも私、こんな正面からの大規模戦闘は初めてで――」

 

《死ぬかも知れないってか。まぁ長いことネクストに乗ってると薄くなる感覚だよな。だが俺から言わせりゃどっかのキドウ・イッシンみてぇに短期間でそう何度もネクスト戦を経験する方がよっぽどイカれてるぜ。ありゃ前世で徳を積んでないタイプだな。ゴキブリかなんかの生まれ変わりなんじゃねえか?》

 

「――フフッ言い過ぎよジョージ」

 

《まぁ、仮にもしお前が死んだ時は俺も一緒に死んでやるからよ。だから安心して行ってこい》

 

「………今の言葉、忘れないでよ?」

 

《あ? それってどういう――》

 

「メイ・グリンフィールド、メリーゲート、行くわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラインアーク 中央特区【ネスト】作戦司令室

 

 

「敵ネクスト部隊、時速1200kmで接近中! 会敵まで30秒!」

 

「マグヌス、ホワイト・グリントもAMS接続安定。バイタル、異常なし。FCS、正常に稼働中」

 

「同じくマイブリス並びにクリティークともAMS接続安定! 搭乗リンクスのバイタル、異常なし! FCS、正常に稼働中!」

 

「全機、システムオールグリーン。搭載火器、全て異常なし。いつでも出撃可能です、イェルネフェルト特別補佐官」

 

「ありがとう。……以降のオペレーティングシステム権限を移管。各リンクス、聞こえますか」

 

 

サー・マウロスクの操縦下に置かれた自律式ネクスト002-Bの30機編隊がラインアークを襲撃せんと猛烈な勢いで突撃してくる非常事態に【ネスト】の管制官およびオペレーターが慌ただしく必死で対応している中、フィオナ・イェルネフェルトの立ち振る舞いは優雅そのものだった。何故なら彼女は身を以て知っていたのだ。

 

オペレーターが感じる焦燥、不安、緊張はどれだけ隠してもリンクスに伝わってしまう。当時は右も左も分からぬ小娘だったが故に何度も彼に無駄な気遣いをさせてしまった。それが原因で恐らく戦闘パフォーマンスも低下させてしまっていただろう。

 

だから彼女は気負わない。彼等に全幅の信頼をおいて、だだ自分の役割に徹すればいいのだ。それだけで彼等の生き残る確率が上がるなら安いものである。

 

 

《こちらレイヴン、聞こえている》

 

《ロイ・ザーランド、聞こえてるぜ》

 

《セロ、問題ない》

 

《シェリング・ザーランド、クリティーク、感度良好だ》

 

「それでは作戦を説明します。敵はラインアークに迫る旧レイレナード社製自律式ネクスト002-Bの30機編隊。情報では旧メリエスの【オリジナル】サー・マウロスクによる遠隔操縦下にあるようです。彼の戦歴を鑑みても油断は決して出来ません。今回のミッションは敵ネクスト部隊の全機撃墜。また、アブ・マーシュ博士から『敵ネクストを鹵獲して欲しい』との追加注文が入っています。正直無視して構わないのですが、敵戦力分析の観点からミッションに組み込みました。可能であれば鹵獲をお願いします」

 

《ひゃ~~相変わらず無茶振りするぜDr.マーシュは》

 

《だが一理ある。AMSを用いた遠隔操縦は非常に興味深い技術だ》

 

《それでも無茶振りに変わりないがな。長い付き合いだが、やはり彼の行動には馴染めない》

 

《プロトタイプネクストを降したお前が言うな。俺からすればお前の存在の方が無茶振りのようなものだぞ、レイヴン》

 

「皆さん問題なさそうですね。では、ご武運を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧日本国 有澤邸 当主の間

 

 

「つまりは、逃げろ……そう言ってるのかい? 雷電」

 

「現状の戦力彼我を鑑みれば当然の話です。勝てない戦と負け戦は似て非なるものだと十六代目も分かっているでしょう」

 

「そして逃走の成功率を高めるために君が殿(しんがり)を務めると。ずいぶん身勝手じゃないか」

 

 

深緑のリンクススーツを着用し、厳めしい面持ちのまま正座している雷電の目の前には、戦争なぞどこ吹く風と言わんばかりに紋付き袴姿の十六代目有澤隆文が呑気に茶を啜っていた。しかしその目はいつにないほど鋭く、気迫という面だけで言えば雷電に勝るとも劣らない。

 

 

「現在有澤重工の全兵力を投入して件のネクスト部隊に対応していますが、いかんせん相性が悪過ぎます。レーザー兵器相手ではいつ突破されてもおかしくありません。ならばこそ今のうちに―――」

 

「雷電。我が社の社訓はなんだい」

 

「? 一体何を仰って……」

 

「我が社の社訓はなんだい」

 

 

有無を言わさぬ力強さ。本当に目の前にいる細々しい御仁から発せられているのかと疑ってしまう圧力に、しかし忠誠を誓った我が君のなにを恐れる事があろうかと雷電は己の怯える本能を捻じ伏せて社訓を読み上げる。

 

 

「有澤の前に有澤なし、有澤の後に有澤なし。全てを防ぎ全てを壊す。ただひたすらに前進あるのみ………です」

 

「そう。有澤重工には戦った上での戦略的撤退こそあれど、戦わずして退くという選択肢はない。だから私は退かないよ」

 

「ですがそれでは!」

 

「だから、雷電。君にコレを託そうと思う」

 

 

主君の自殺表明を言葉を以て制しようとした雷電を、差し出した右手によって先んじて制する有澤隆文。その手には無骨な、それでいて繊細な金色の紋様が彫られている鍵が置かれている。

 

その鍵を見て雷電は言葉を詰まらせた。有澤重工の社長のみが継承出来る鍵。()()()()()()()()()()()()()()()()。それが目の前に差し出されたからだ。

 

 

「これは……」

 

「株式会社有澤重工業第十六代社長有澤隆文の権限において、当社社員である雷電にネクスト【鉄輪(かんなわ)】の搭乗許可および戦闘許可を付与する。これが僕の答えだ」

 

 

ネクスト【鉄輪(かんなわ)】。タンク版プロトタイプネクストと形容すべき怪物は当時の有澤重工が持てる技術の全てをつぎ込んだ採算性と量産性を一切考慮していない究極最強のガチタン。

 

本来、社長にしか搭乗権限のない【鉄輪(かんなわ)】の起動キーを差し出した有澤隆文の覚悟は相当なものなのだろう。なにせ株主総会が開かれた瞬間、満場一致で引責辞任が可決されるような事案なのだ。たとえそれが世界の危機だとしても、である。

 

 

「十六代目………」

 

「行きなさい、雷電。君なら出来るはずだ」

 

「―――御意!」

 

 

漢、雷電。天下分け目の天王山に馳せ参ずる。



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136.有澤とは

傭兵達がルビコン3に旅立つ準備をしている。新米も、古参も、異分子も、全ての傭兵達が。

共に燻った火を燃やし尽くそうじゃないか。
君になら、それが出来るはずだ。


問いたい。もし眼前に途方もなく厚く、果てしなく高い壁が立ちはだかったとしたなら諸兄らはどうするだろうか。そして、その壁に安全の確保された扉が据えられていたら諸兄らはどうするだろうか。

 

おそらく100000人に聞いても、99999人が『大人しく扉を開けて通り抜ける』と答えるだろう。当たり前だ。壁を乗り越えるのと通り抜けるのとでは労力と成果の天秤が違いすぎる。これは自明の理だ。

 

しかし自明の理というのも理が通る相手にしか通じない。つまりは、そう。有澤というのはかくも愚かで強い生き物なのである。

 

 

「まさか……これほどとは……!」

 

 

ネクストと呼ぶにはあまりに()()()()()鉄輪(かんなわ)』の膂力に雷電の奥歯は悲鳴を上げていた。実弾が当たれば雨粒のように弾き、レーザーが命中すれば乾いた砂のように吸い込み、ミサイルが爆発しても手垢のような残滓しか残せない。

 

メインブースターを噴かせば全身を押さえつけられ、QBなぞ噴かそうものなら内臓がひっくり返ったと錯覚する不快感に襲われる。それだけでも異常だというのに、それを優に超える異常さを顕現させていたのは『鉄輪(かんなわ)』の兵装に他ならなかった。

 

AFグレートウォールの兵装を彷彿とさせる『鉄輪(かんなわ)』の左腕として装備された巨大なガトリンググレネード。冠する名を『ASAHI』と言う。

 

端的に、誤解を恐れずに言うのであれば()()()()()()()()()()の兵装である。有澤重工の主力製品であるOGOTO(グレネードキャノン)と同規格のグレネードを毎分110発の高速レートで、しかも弾速850km/hの超スピードを纏いながら近付いてくるなど悪夢以外の何物でもないだろう。

 

(かす)ろうものなら一撃でAPの3分の1を当然のように掻っ攫い、衝撃で動けなくなったところに間髪入れず次弾が直撃。ものの数秒で複雑系アクチュエータを搭載した人型兵器は煤だらけのスクラップに姿を変えられることを、迫り来る002-B(自律型ネクスト)30機の内の5機が体現してくれたことが何よりの証左だ。

 

加えて、背部兵装として取り付けられた特注の三連装BIGSIOUX(大型ミサイル)『RAUSU』の破壊力たるや凄まじいことこの上ない。雷電が牽制のつもりで撃ち込んだBIGSIOUX(大型ミサイル)は案の定002-B(自律型ネクスト)の機動力の前に軽々と躱され、本懐を果たせなかったミサイルが行くあてなく所在なげに地面へ着弾した瞬間、半径30メートルの極太火柱が立ち上ったのだ。

 

……これは至極簡単な帰結なのであるが、いくらサー・マウロスクの操縦下にある002-B(自律型ネクスト)といえど超火力(ヘンタイ)兵器を初見で看破出来るはずも無く、25機の内の2機がその火柱に巻き込まれて蒸発、爆散した。

 

そして現在。有澤重工が誇る鉄壁の防衛ラインを事もなげに乗り越えてきた002-B(自律型ネクスト)が有澤邸より約10km付近に襲来して8分が経過したあたりか。

 

残された23機の内、7機の002-B(自律型ネクスト)が『鉄輪(かんなわ)』を確実に潰さんとしてOBによる吶喊(とっかん)を敢行。残る16機は二手に分かれる形で『鉄輪(かんなわ)』を迂回し、有澤邸を目指して進軍を再開した。

 

7機の002-B(自律型ネクスト)は、かのサイレント・アバランチもかくやと言った完璧な連携と機動性によって瞬く間に『鉄輪(かんなわ)』を七角形に取り囲むと同時に大型レーザーブレードを発振。全機が刺突の構えを以て『鉄輪(かんなわ)』のコアめがけて突進、衝突する。

 

鉄輪(かんなわ)』の圧倒的な火力と防御力に呆けて操縦が粗雑になっていた雷電も流石に危険であると感じ取るが、それがもう遅いことは彼自身がよく分かっていた。

 

 

ガアァァン!!!

 

 

(てつ)(てつ)とがぶつかり合い、耳を塞ぎたくなるほどの鈍く甲高い音が周囲1kmを支配したあと、聞こえてきたのは命の煌めきにも似た爆発音()()()()バチッバチバチバチッという溶接音だった。

 

「……(にわか)に、俄に信じられんが、コレすらも防ぐというのか。鉄輪(かんなわ)

 

七方向からの大型レーザーブレードによる同時刺突に晒された『鉄輪(かんなわ)』の答えは無言である。確かに理論上、溶接バーナーを極厚の鉄板に向けた所で赤熱させるのが関の山であることは小学生でも分かる(ことわり)だ。

 

だがそれを『鉄輪(かんなわ)』は、いま、レーザー兵器を相手に、平然とやってのけた。これに驚愕せず何に驚けと言うのか。雷電が改めて畏れ呆けそうになった瞬間、彼の脳内でカチリと何かが()まる音がした。

 

―――鉄輪(かんなわ)とは有澤重工そのもの。それに畏れを抱くことは即ち、有澤重工そのものを畏れていることに他ならない………私が? 十六代目を護り、幾多の戦場を有澤重工の鉄壁を以て邁進してきた私が畏れている?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巫山戯(ふざけ)るなぁ!!!!」

 

刹那、GA社標準重量ネクスト『SUNSHINE』の腕部を二周りほど太く大きくしたような右腕が近くにいた002-B(自律型ネクスト)の頭部を鷲掴みにすると『SUNSHINE』の比では無い圧倒的なトルクでこれを握り潰す。

 

その勢いのまま雷電はフットペダルを蹴り込んで左回転QTを発動。ガトリンググレネードである『ASAHI』は、その用途を射撃武器から鈍器に移し替えて周囲を囲む002-B(自律型ネクスト)を薙ぎ払い、続く二周目の左回転QTで吹っ飛んだ憐れな羽虫達にグレネードを叩き込んだ。

 

一切の余情なく撃ち込まれたグレネードは冷徹に002-B(自律型ネクスト)を内部から爆散させ、僅か十数秒のうちに黒煙を交えた紅炎を七つ誕生させる。

 

 

―――有澤の前に有澤なし。有澤のあとに有澤なし。ならばこそ小生が有澤を体現せずしてなんとする!!

 

 

雷電の激情を表すかのように『鉄輪(かんなわ)』の、潜水艦の艦橋にも似た頭部カメラに赤い光が揺らめく。二手に分かれていた002-B(自律型ネクスト)は突然の理解不能な出来事に思わず足を止めてしまった。

 

そして雷電はOBを噴かして彼等の前に立ちはだかると、あえて広域無線をオンにした上で叫ぶ。

 

 

「我こそは有澤重工十六代目当主有澤隆文が懐刀、雷電である!! ここより先、鼠一匹通れると思うな!!!」




と言うわけで、発売を明日に控えた傭兵の方々に燃料を投下する形で更新させてもらいました。次回更新は、正直未定です。

私信ですが残念ながら私がルビコン3に旅立つのはもう少し先になりそうです。だから傭兵の方々、大いに燃やし尽くして下さい。

最後に一つだけ。

ガチタンはいいぞ。


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