パチュリー・ノーレッジは推理しない。 (和心どん兵衛)
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悪魔と魔女と転がる首

どうも、和心です。
実に2年ぶりの投稿となります。新たなる東方二次創作、楽しんで頂けたら幸いです。


 蚊の鳴くような音すら立たない静寂と闇に包まれた空間。全ての生物が消え去ったかにも思えるこの場所には、ただ書物だけがビル街の如く立ち並ぶ。棚に収まり切れなかった物達は床に積み重ねられている。不規則に積まれたそれらが溪谷を作り上げ、一つの風景が形成されていた。

 ぺらり、と紙をめくる音が木霊した。音の先にはこれまた書物の山、その隣に小さな灯。だが、その明かりは蛍の光ほど弱く儚げである。少し強い息を吹きかけるだけで簡単に消えてしまいそうだ。

 危うくも消えかけそうになりつつある明かりの中に、人の姿があった。

 フリル状の鍔が付いた帽子を被り、ゆったりとした寝間着のような服を着た紫髪の少女。一見すると、この世の者ではない感覚に陥ってしまう。現実がどこか遠くへ行ってしまう、という具合に。だがそれも、少女の突然のくしゃみによって戻される。

 埃でも入ったのかと尋ねてみる。少女は首を横に振り、またくしゃみをする。症状は酷くなり、遂には咳き込んでしまった。……何とも言えない様子である。

 

「あのねぇ、私が苦しそうに咳込んでいる様子を……っくしゅん! ごほっ……眺めてないで水くらい持って来たらどうなの?」

 

 苦し紛れに彼女が紡ぎ出した言葉は水の要求。察しはついていた。

 

「それもそうですよね、パチュリー様。では、お水をご用意致しますので少々お待ちください」

 

 予め用意しておいたコップに水を注ぐ。

 さて、紹介が遅れました。水が満杯になるまでの間の短い紹介となります。まず私ですが、特に名前などは存在しません。強いて言えば、『こあちゃん』の愛称があるくらいです。そして、目の前で咳込んで苦しんでいる彼女はパチュリー・ノーレッジ様。細かい話をすると華奢な身体が保ちそうにありませんので、端的に言ってしまいます。私のご主人様です。

 八分目まで注ぎ終えた水を彼女の側に置く。すかさず、彼女はそれを手に取り一口含む。その際、飲みながら咽るという器用な芸を見せた。

 

「三日三晩、こんな所に閉じ篭って本を読み漁り過ぎて身体が少し堪えたのでしょうね。どうでしょうかパチュリー様。一度、外の空気を吸われに行ってみるのは?」

「うーん……正直、ここから一歩も動きたくないわね」

「それだと他の方々に心配を掛けられますから、どうか外の空気を吸いに行きましょう」

「大丈夫よこれくらい。それに、レミィがこれしきの事で心配する訳がないでしょう? 伊達に長い付き合いしてはいないわ。そんな訳で、私には本さえあれば良いの。ああ、それとお水。ありがとね。お陰様で、咳込み過ぎからの死亡事故を免れる事ができたわ」

「どこのお年寄りですか貴女は……」

「失礼ね。まだ百年くらいしか生きていないんだから、年寄り扱いしないでよ」

 

 それくらい生きてたら、十分年寄りですよ。

 見た目が十代の少女にしか見えないパチュリー様。だが、これでも百年生き続けているのだから驚きです。人より長生きなされている分、中身はかなりの年長者そのもの。胡散臭い発言が言葉の端に見え隠れする事はしばしば。少しくらいは身体が成長しても良かったんじゃないかと思いましたが、本人曰く『魔女となった時点で身体の成長は止まる』との事。詳しい事は分からないですが、人間を卒業すると何かしらの影響が身体に出てくるみたいです。引き籠り体質もその影響でしょう。とは言え、放ってはおけません。

 時々、魔法の研究だと言って部屋に閉じ篭るのです。それも私が放っておけば何年経っても篭りっぱなし。頭に苔が生えていましたよ。

 気づかなかった私も私です。まぁ、当時の私にも事情というのがありまして。新米使い魔として赴任してまだ日も浅く、要領も悪かったんです。ちなみに赴任して初の仕事は、パチュリー様の身の周りに散乱する本の整理でした。本の影からゲジゲジが湧いて出て来たのは、今となっては良い思い出。生活能力が桁違いに低い主様を心底幻滅したのは、言うまでもありません。

 年配者扱いされて拗ねてしまうパチュリー様。こうなってくると、駄々をこねる子供をあやすくらい面倒になってしまいます。

 

「とにかく、お身体を悪くしない程度にお願いします。また一週間以上も篭られると、心配でこっちはおかしくなりそうですから」

「心配性な事は良い事で。でも、あまりお節介を焼くようだと次の実験の被験者になってもらうわ。という、私からの忠告も入れておくわね」

 

 なぜか私が忠告される始末。使い魔は主の身を心配する事が当然だというのに、このお方ときたら全く……変な主です。

 

「ご忠告ありがとうございます。それとパチュリー様、本をいくつか持って参りました」

「あら本当!? そろそろストックが切れそうだったから困っていた所だったのよ。ナイス、こあちゃん!!」

 

 本の話題になると、急に明るくなった。無邪気に咲き誇る笑顔の花は、仄暗い空間に明かるさを増し、少し肌寒かった空間が暖かくなる感覚を覚えた。

 守りたい、この笑顔。まさしく目の前のコレの事を指しているのでしょう。とはいえ、中身は腐っても一世紀以上生きたロ○ババ……少女である。一瞬だけ、殺気を帯びた冷たい視線を感じたのは気のせいだと思いたい。

 内心失礼な事を語っているのを悟られる前に、厳選した本をパチュリー様に渡す。

 私から本を受け取ったパチュリー様は、表紙を見るなり固まる。視線だけが、本の表紙と私の顔を交互に行き交う。そんな状態が数秒続いた後、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「……ところで、この本どう思う?」

「すごく……えっちぃです」

 

 思春期の若人達なら共感できるであろう。というよりも、これは世の男のロマン。そう、これが君の望んだロマン―――エロ本。

 腐を極めし者へ送る著書、世界の始まりはアダム×アダム、またはイヴ×イヴが原点とされた―――ボーイズ&ガールズラヴ本。

 そして新たな可能性を見出し歴史を築き始めた、男の娘本。

 

「長い間お粗末になられていると思いになられたので、私自ら厳選致しました。かなりエロいです」

「何を根拠に言っているのよ」

「表紙イラスト、ストーリー性、プレイスタイル。全てにおいてです。私も一読しましたが、かなり病みつきになります。気づいたら濡れ……こほん、そのあまりの内容に溺れていました」

 

 いっけね、うっかり濡れたとか口にする所でした。まぁ、ほぼほぼ字面的にアウトな気がしますが。

 怪訝な表情でいるパチュリー様の顔が、みるみる内に赤くなっていく。眉間の皺も寄り過ぎて般若みたいになっていた。

 今更言い逃れできないし、かと言ってこれ以上私の悪戯に付き合わせるのも可哀そうなので、ここは黙ってパチュリー様のお叱りを受ける事にしましょう。ええ、既に私の肝は据わっています。いつでもバッチコーイなのです。これは当然の報いであるのは承知の上。でも、からかわずにはいられない。それが小悪魔な私の性分ですから。

 遂に制裁を受ける、その瞬間。パチュリー様の般若のような表情は突如一変。穏やかな顔になった。

 

「私個人としては、人の趣味にどうこう言うつもりはないわ。でもね、これだけはハッキリさせておきたいの。私は本が好き。ええ、それこそ本さえあれば後はどうにかなるってレベルよ。でも、それは私の好みのジャンルでないといけないの。例えば、魔術・魔法またはそれらに関する研究資料。そう、だって私は魔女だもの。日々魔法の事について日夜問わず研究してる。たまにどれくらい時間が経ったのか、分からなくなるくらいに研究に没頭する事だって何度もあったわ。その都度、レミィや咲夜、みんなを心配させてしまって本当に申し訳ないなって思ってる。だからこそ、ここ最近は一定の周期で休息を入れてるわ。それは時に娯楽用の本、館周辺を散策、フランの読み聞かせ、レミィとお茶。魔理沙と……アレはただの厄介虫ね。そうやって、適度に息抜きを入れる事でまた新しいアイディア、インスピレーションが湧いてくるの。応援されると同様ね。そんで、また長期に渡る研究にもがっつけるし、最後まで成し遂げる事だってできたわ。

 話が脱線してきたから本題に戻すけど、人は何か好きなものがあればそれに向かってとことん追求する事ができるわ。だからね、貴女もそうであって欲しい。それが主である私からのたった1つの願い。……どうか、道を違えず真っすぐ素直に正直で立派な人になって」

「パチュリー様……」

 

 予想もしてなかった展開になってしまいました。穏やかな表情で優しく語りかけてくるパチュリー様は、まるで我が子に諭すかのようでした。未だかつて見た事のない母性。心の底から浄化されていくような、そんな感覚が身体の至る所に稲妻の如く走る。生まれてからずっと黒かった私の翼が白く、光り輝いているようにも見える。

 こんな表現じゃ取るに足らない、今目の前で起きている現象。この言葉しか思い浮かばない。

 

 ――――――尊い。

 

 普段は根暗で奇妙な笑い声を上げるオカルト研究者みたいな人なのに、こんな時に限って母性を見せるとかズルいですよ。チートです、チート。こんなのかないっこないです。例えバストサイズで勝ったとしても、母性で人を燻らせる事ができなければ、ただの飾り物です。

 

「まぁ、でも……私みたいに魔法に執着し過ぎて、魔術本自体に保護魔法を掛けて耐久性を向上させる。本自体に機能性を追求するとか、変な方向に走らないようにね? 一応、反面教師として見習うべき所もしっかり見習う事ね。貴女には期待してるわ」

 

 時には自分の失態を例に上げて叱る様は母そのもの。いつしか、自分が主に対して行おうとしていた無礼な行為に羞恥を覚える。さっきまで悪人面して悪戯を行おうとしてた自分を、全力で殴り飛ばしたい気分に駆られた。

 

「パチュリー様……」

 

 語彙力皆無(笑)。口がさっきから主の名しか言えなくなってますが、思考回路は正常です。今この瞬間、圧倒的なまでの聖なる母性の波に呑まれそうな理性を、ギリギリの所で踏ん張ってるくらいに正常ではあるんですよ。え、それは正常とは言えない? はは、何を言ってるのか分かりません。

 閑話休題。こんなにも母性のあるお方が、何故に独身でいらっしゃっているのか。時々、疑問に思えて仕方がない時があります。だってほら、こうやって人をおちょくって楽しもうとしてた私に、真摯になって諭してくるんですよ。それでいて本人には面と向かって言えないですけど、結構な麗人ですよ。しかも美乳。本人は根暗だとか言って自覚がなさそうだけど、そこそこ実った果実がネグリジェの森の奥に隠されているんですから。世の男どもがこぞって『これが俺達の求めたロマン!』って叫びながら迫ってくるのは想像するまでもないのです。まぁ、そういった輩のほとんどは下心全開でいらっしゃるものでして。害虫を駆除するのも、パチュリー様親衛隊隊長兼使い魔の私のお勤めです。そう簡単に嫁には出させんよ。

 

「ところで、パチュリー様にはその……殿方とかいらっしゃらないのですか?」

「今このタイミングでそんな事を聞く? どうしたのかしら、急にそんな事を聞いてくるなんて。今日はちょっと具合でも悪いのかしらね」

「いや……なんていうか。ほら、パチュリー様って案外殿方に人気のありそうな外見してるじゃないですか。一人や二人ほど、人生でお付き合いした殿方がいないって方が不思議ですし」

「あー……そう、よね。まぁ、なくもないかもしれないわ」

 

 どことなく歯切れの悪い返答。これはひょっとして、ひょっとするかもしれない。下手すれば、踏み込んではいけない部分に踏み込んだかもしれないです。

 異性とのお付き合いをしたか尋ねた際、こういう目の前にいる人がするような反応は大体決まっているもの。当の本人の口から聞き出すよりも、明らかに雰囲気で分かってしまうから何とも言えない空気になってしまうものです。その為、的を若干ずらしてパチュリー様のメンタルを深く抉らない様に配慮しているんです。……察してください、今度は私の口から言わせる気ですか?

 閑古鳥も鳴けずにいられないくらい、気まずい空気が漂い始める。何とかしてこの状況を打開しないと、気まずい空気の中で読書の時間を過ごす羽目になる。パチュリー様からしてみれば、心臓が潰れてもおかしくない。小悪魔的思考回路をフルに回転させて、機転を利かせつつ上手い事切り抜けるには――――

 

「チャンスはいくらでも訪れますパチュリー様。首を長くして待っていれば自ずからと、素敵な殿方との出逢いがきっと訪れます。なんなら、レミリアお嬢様にご相談してみるのもありかと」

「私より場数を踏んでいるとはいえ、どうもレミィにはこの類の悩み事を解決してくれそうにないわ。むしろ、『そんなもの不要ね。話にならないわ』って切って捨てるでしょうね。あの子、ただでさえ妹の事で悩んでそうだし。それに加えて、ここ最近は博麗の巫女にゾッコンだから。むしろ、逆にどうすれば良いのか聞かれる立場になるわ。……ったく、何なのよ、『どうしたら私に振り向いてくれるのかしら?』って。そんなの知るかって話。メルヘンチックな悩みに苦しまれている貴女が正直、羨ましく思えるわよっての。私だって白馬に跨った王子様とかに憧れてるけど、そんな事なんて現実では到底起こりえないという事実を思い知らされ、妄想の範囲内でそういう展開を楽しんでいたりもしたわ。せめてのモノと言わんばかりにね。あぁ、本当に憎らしい事……」

「すみません、フォローしたつもりが全くなっていませんでした。もうこれ以上の愚痴はお止めになってください。身体に障ります。外見麗しい主様と発言内容の不一致で、主に私の身が持たないです」

「大丈夫よ、俗にこれをギャップ萌えと呼ぶらしいわ」

「そちらの場合はギャップ萎えになります! 無理して気丈に振る舞うのは止めてください。見てるだけで、いたたまれない気分になります」

 

 上手い事フォローを入れ、別の話題に持って行く。という、実に小悪魔的かつスマートな打開策だったのですが、ところがどっこい。私の方が変に気遣いしすぎた為なのか、言葉選びを間違えてしまいました。お陰様で、手の施しようがありません。どうなる私の命運。

 さて、こんな状況下でも一つ面白いものを見つけてしまいました。パチュリー様が案外、ロマンチストな一面を持ち合わせていた事です。齢百を超える人にしては割と初心と言いますか。やっぱり、パチュリー様も何だかんだ言って女の子なんですね。でなければ、あんなにも嫉妬して頬を膨らませたりしないですもの。ただ、光が無い眼差しだけが少し耐え難いです。

 

「てりゃっ!」

 

 だからなんでしょうね。耐え切れなくなった私は、スリッパで主の頭を引っ叩いていました。すぱーん、と爽快な音が響く。

 

「あいたっ!? ちょっと、なんて事してくれるのよ痛いじゃないの! あと、なんでスリッパ!?」

「いえいえ、ちょうどパチュリー様の頭の上に埃が被っていたんです。それを払い落とそうと思ったまでです。あ、まだついてる」

「ちょ、やめなさいってば。埃どころか帽子が汚れるから」

「うむむむ……しつこいタイプの方の埃みたいです。あとニ、三回は念の為に」

 

 すぱーん、すぱーん。もういっちょ、これは胸部にすぱーん。ちなみに最後の一発は、いつも振り回している分の仕返しだ。敢えて胸部にしたのに特に理由はない。ぷるんと揺れる果実が見たかったとか、微塵も思ってなんかいません。そんな事を考える輩は三流以下なのです(自論)。

 余分に叩き過ぎだったのだろうか、パチュリー様の目の端に薄っすらと零れ落ちそうな涙。今更、罪悪感が込み上がってくる。力加減、回数……いや、それ以前に何故自分は突拍子もなくスリッパで引っ叩いたのだろう。己が行った行為というものは果たして、本当に小悪魔的かつスマートな打開策であったのだろうか。

 

「――――悪は滅び去った」

「一体何と戦ってたのよ!?」

 

 そんな事よりも、主様にしつこく纏い付いてた埃を振り払った達成感(嘘)に酔いしれる。

 

「……まぁ、なんて言いますか。パチュリー様にしては随分とネガティブな発言が多かったので、少しばかりお祓い致しました」

「お祓いにしては随分と物理的だったけど?」

「時として念だけでは払いきれないものも存在するじゃないですか。とりあえず、そういう類には物理的なお祓いが効果的でしたので。今回は少々私情を含めたヤツにしてみました」

「その私情とやらに、かなりの悪意を感じたわ。これって気のせいかしらね?」

「気のせいですよ。きっと」

「そう……でも、おかしな話ね。悪魔がお祓いしたら逆に悪魔の方が浄化されるんじゃない? それに、お祓いって神職の人達が行うものよ。こんな館で、しかも神職でもない、加えて悪魔よ? むしろ自分から首を締めにいってるようなものよ」

「…………あ」

 

 言われてみれば確かに。私は小悪魔な存在である。かえって自分の身に危険を冒しているようなもの。これが俗に言う、自分で自分の首を締めるってヤツですか。ほほう。どうりで、視界の端からキラキラしたものがちらほらと見える訳です。これって目の前のパチュリー様があまりにも愛おしく見えるからこその、キラキラってヤツではなかったのですね。……あ、意識が朦朧とし始めてきました。これはヤバイ。

 

「ほら言わんこっちゃない」

「そんな事言ってないで、助けてくださいパチュリー様! 私、浄化されます。嫌だ、まだ死にたくないんですけど!?」

「自業自得よ。いっぺんあの世に行って反省してきたら良いかもね。それにここも当分の間は静かになるし。一石二鳥よ」

「いやいや、身の周りの事もできない生活能力皆無な人が何を言ってるんですか。そこら辺のサポートをしてくれる存在として、そもそも私を呼んだんじゃないんですか!」

「大丈夫、予備があるから。安心してお行きなさい」

「酷い!? 道具扱いされたのにショックです。それよりなんで、このタイミングで諭すような言い方になってるんですか!? 独り立ちする我が子を暖かく見送る場面じゃないんですよ? そこそこ長い付き合いになる使用人が、生死の境目に立たされているんです!」

「それもうっかり、ね」

「否定しませんけど!!!」

 

 自業自得というのは分かりきってます。主様から言われると尚更の事、心に突き刺さります。そりゃもう、会心の一撃ですよ。穴があったら入りたいこの気持ち。いとをかし、なのです。趣は一切感じられないですが、言いたくなりました。某納言さん、本当に申し訳ないです。

 

「そこは否定しないのね。案外、正直で驚いたわ」

「いや、そんな所で驚かなくて良いですから。てか、案外ってなんですか案外って。私、いつも正直でいますよね? 心外です!」

「まぁ、そうカッカしないで……」

「アンタが一々そうさせるような事言ってるからでしょう!?」

「それは……うん、アレよ。面白い反応するから、からかいたくもなるものよ」

「もう少し時間と場所を弁えた上で、そういう事はしてください。いくらでも承りますから。それより、早く救済処置をお願いします」

「はぁ……仕方ないわね」

 

 パチュリー様は半ば呆れつつ、机の引き出しから小瓶を取り出す。中には、ぬめりのある黒色の液体が入っていた。

 見るからにして怪しい。この上なく怪しいヤツです。無色スライムにイカ墨をこれでもかと注入して、片栗粉を少々混ぜてミキサーで調合したら出来上がりました、みたいな液体。まさか、これがダークマターの正体とか言いませんよね。よく見たら少し泡立っていますし、刺激が足らないから炭酸でも入れたんですかね。だとしたら、コーラという飲み物に非常に近い存在なのかもしれません。でもアレはラベルに成分が書いてあったから、安心安全に飲める物でありましてね。目の前のブツとは違う。

 こいつは、成分表記も無い得体の知れない液体。加えて、魔女が製作した物なので怪しさ百点満点。絶対の保証がされていない、危険物なのです。長年の付き合いとはいえ、飲めと言われても容易に飲めません。

 

「はい、これ飲んで」

「嫌です。何ですか、この不気味な液体は?」

「ヒ・ミ・ツ」

「ぶりっ子振らないで下さい、気持ち悪い。そんな事より、私の質問に答えて下さいパチュリー様。この液体は一体何なんですか?」

「辛辣ね。別に変な物なんて入れてないわよ? いざという時に備えて調合しておいた、ただの回復薬(未試験)よ。見た目は少し気持ち悪いけど……」

「とてつもなく胡散臭いですけど、一刻も時を争う状況なので今はパチュリー様を信じます」

「信頼されてなかったのは心外よ……」

 

 そもそも、貴女は魔女という時点で頼り辛いんですよ。小悪魔な私が言えたもんじゃないですけど。

 小声で愚痴を零すパチュリー様を余所に、私は受け取った小瓶の中の得体の知れない液体を一気に飲み干す。ぬめり気は見た目以上にあり、中々喉を通らなくて苦戦を強いられる。あと、この飲み心地はあまり好みではない。なんか、薄い本のシチュエーションを連想してしまうので私的にはNGなんです。

 色々と問題だらけのブツですが、意外な事に味だけは美味でした。見た目から想像できない柑橘類の味が、口の中で踊るのです。

 

「おお、意外と美味しいです。凄いですよ、パチュリー様」

「……もん、むっきゅー」

 

 小声で何か呟いているパチュリー様。どうやら、また拗ねたご様子です。私とした事が、また面倒な仕事を増やしてしまいました……はぁ。思わず溜め息が出ちゃいますよ。

 とはいえ、自分で撒いた種です。ちゃちゃっと片付けちゃいましょう。倦怠感を覚え始めていた頭をフル回転させる。

 

「パチュリー様、そろそろお腹が空いてきた頃合いですよね? 何か持ってきて参ります」

「そんなにお腹空いてないわよ。また咳き込んだ時の対処の為に必要な水、これがあれば後は大丈夫」

「またそんな事言って……パチュリー様、前も似たような事言って倒れていた事あったでしょ? もう忘れたんですか。あの時、かなり洒落にならない状況でしたからね!」

「っ……! あれは、精神的な疲労が蓄積されただけであって。何も栄養失調で倒れてた訳じゃないんだから。うん、極めてセーフ」

「アウトです。あの時、私が駆けつけてみればゲッソリしてたじゃないですか。モヤシから水気がなくなった状態でしたよ!?」

 

 このお方ときたら……。

 実は最近の出来事なのですが、パチュリー様は寝食問わず三日間ぶっ通しで本を読み漁った上に倒れる。という事件を起こしていたのです。読書熱心な事は良い事ですが、度が過ぎると心身に障るものです。特に精神面からの疲労というのは尚の事。それに加え、パチュリー様はあまり体力が無いので余計に危険です。

 

「貴女、たまに無自覚で失礼な事言うのね」

「概ね合っているんですから、今更失礼も何もありません。私は純粋に従える者として、主様の身の心配をしてるんです」

「はいはい、分かったから。分かったから、何か食べ物持ってきて。ちょっとした口論のお陰で、丁度お腹が空いてきたから」

「最初から素直にそう言って下さいよ」

 

 素直じゃないなこの主。でも、そんな主を好いて堪らない私も私。大概どうかしてます。

 主と使い魔という立場ではありますが、先程パチュリー様にも申していた通り、かれこれ長い付き合いになります。

 多少の本音を交えて、お互いにからかい合う。これもまた、ひとつの主従関係としては悪くない。というよりも、理想的ですよね。もやし体質な主様じゃなければ尚の事良かった、というのは内緒です。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 紅魔館。私とパチュリー様が住まう館の名称です。

 その由来は、館の外観が血のように赤く人非ざる者が館内で生活しているから。他にも諸説ありますが、特に有力なのは外観です。館の主の二つ名も関わっているとか、なんとか。まぁ、そこは私の管轄外の話になってきます。あくまで私の主は、パチュリー様なのですから。悪魔だけに。

 周囲は自然豊かな緑色、ここだけが不気味な存在を放っており景色に酷く浮いてしまっています。なんとか色を変えてくれないものでしょうか。館の主が怒るのは間違いないと思いますが。

 そんな館の地下には大図書館と呼ばれる場所があります。ここが主に私とパチュリー様の管轄区域となってます。風通しが悪い上、日当たりもないのでカビ臭い事は言うまでもありません。カビ防止魔法をされてない書物なら五分経てばカビに完全侵食されてしまいます。ハッキリ言ってヤバイ場所です。そんじゃそこらの事故物件より、条件は最悪です。ラップ音、何かが化けて出る? そんなのここに比べれば可愛いもんですよ。

 大図書館というだけあって、広さはかなりのもの。見渡すほどの膨大な書物。これは絶景の部類に入りますよ。山のてっぺんから、地上を見下ろした時の広大な景色と似てます。まぁ、あそこまで圧巻ではないのですが。

 

 知識量は最大級といっても過言ではない、ウチの図書館。そこで私は、雑用兼司書補佐を主な仕事としているのです。

 図書館と言っているだけあり、それなりに来館する者も少なからず存在します。ただし、ここは私のような愉快な悪魔達の住まう巣窟なだけあって、人間が出入りする事はほぼないのです。つまり、来館するのは大体がそれらの類の方々。

 本日も一人、来館なさったお客さんを案内していました。なんでも、お目当ての書物を見つけたのは良いが帰り道が分からなくなってしまったとの事。これも、ウチの図書館あるあるです。

 地上も地上で、これまた広く。廊下が延々と続いてます。それも窓がない為、日当たりは完全に遮断されている。仄かに明るく照らす蝋燭の灯りだけが頼りきり。これがなかったら、完全に真っ暗闇ですよ。夜目の効かない私には到底出歩けない。

 

「物凄く広いんですね、ここ。迷子になりそう……」

「そうなんですよ。初めて来た方はほぼ確実に迷子になっちゃうんですよね〜」

「実際に迷子になった私が言うのもアレなんだけどね……」

 

 朱鷺色の羽を持った少女の妖怪はそう言い、落ち込んでしまう。

 

「そう言わないでくださいよ。元気出して。誰だってこの道を通ってきてますから。何も落ち込む事なんて無いですよ。かくいう私だって、最初は迷子でした。よくパチュリー様に世話を焼いてもらってましたから」

「そうなんですか?」

「はい、それはもちろん。貴女のように、かつての私はそりゃもう方向音痴でしてね。しょっちゅう迷子になっていましたよ。でもね、そんなある日、図書館の一角で隠し扉を見つけたんですよ」

「え、図書館に隠し扉なんてあったんですか!?」

「あったんです。実はこの図書館には、夜な夜な少女の囁き声が聞こえてくるという噂があったんです。『1人だと寂しいよ、誰か私と一緒に遊ぼう』……って。そんで、主様に聞いてみたら、この図書館の何処かにある隠し扉の向こうから聞こえてくる、との事」

「そして、偶然にも司書補さんが見つけてしまったと……」

「そうなんです。最初は扉の壁絵かなって思ったんですけど、ちゃんとドアノブがついてましてね。本物だったんですよ」

「……もしかして、開けちゃったんですか?」

 

 震えた声で尋ねてくる彼女。よく見れば、肩が小刻みに震えてるじゃありませんか。妖怪とはいえ、まだ幼い少女。この手の類の話は怖くて当たり前。

 これはからかい甲斐があるな、と思ってしまった私。小悪魔的な悪戯心に火が着いたのは、言うまでもありませんでした。これは面白いものが見れる、そう確信したからです。

 

「開けようとはしましたね。でも、あくまで噂程度にしか信じていなかった当時の私は、扉の先はきっと倉庫なんだろうなって思ってました。ですが、その時ですよ。扉の向こうから少女の囁き声が聞こえてきたんです」

「うわぁ……本当だったんだ」

「噂話程度にしか信じてませんでしたからね。でも、聞いちゃったんですよ。これはもう、いよいよもって真相を確かめるしかない。そう思い、意を決して扉を開けたんです」

 

 固唾を飲む音がはっきりと聞こえた。

 

「そしたらね、奥に続く道があったんですよ。この先に何かがある、間違いない。そう思った私は、足を踏み入れたんですよ。……そしたら、生暖かい風が頬を撫でていったんですよね」

「あ、これ絶対にヤバイ奴ですよ」

「まぁまぁ、まだ話は続いてますから。そんでね、奥に続く道がこれまた迷路みたいに入り組んでて、中々奥に辿り着かなかったんですよ」

「そんなに広かったんですか!?」

「大図書館の隠し扉ですからね。きっと、財宝か何かを隠す為に用意してたんですよ。まぁ、それを見つけて少しお金の足しにしようかなとか考えていたのも事実ですし」

「あ、意外とお金には汚いんですね」

「しっ! それ言っちゃダメ」

 

 しまった、うっかり余計な事を言ってしまいました。お陰様で、恐怖色に染まっていた少女の顔が素面に戻ってしまったではないですか。やだもう、私ったらお茶目さんなんだから。……自意識過剰ですみません。

 さて、恐怖の続きです。集中しなければ。

 

「まぁ、そんな邪な考えを抱きつつ冒険家精神で奥へ奥へと進んで行ったんです。すると、突き当りに達したんです」

「結局、何もなかったんですか?」

「いえ、また扉があったんですよ。もしかしたら、声の主はこの向こう側にいるのかもしれない。と思って、扉に耳を澄ませてみたんですよ。そしたら、さっきの少女の声が今度はハッキリと聞こえたんです……私の背後から」

「え……嘘でしょ。扉の向こう側じゃなくて?」

「はい、向こう側ではなくて私の真後ろです。それも耳元で囁くように」

「あわわわ……」

 

 いよいよ話はクライマックス。私は彼女の背後を指差しながら言いました。

 

「そこには誰もいないはずだったのに、不気味な笑みを浮かべた少女が、『ねぇ、私と一緒に遊ぼうよ』と言って、私の背後に佇んでいたのです!!!」

「やっほー☆」

「うぎゃあああああっ!!!」

 

 たまたま彼女の後ろを飛んでいた、金髪の少女が声を掛けてくる。話のクライマックスと丁度良いタイミングで来たので、朱鷺色の羽の少女は断末魔の様な悲鳴を上げて気を失った。

 

「おりょ? この子、凄い声上げて気を失っちゃったけど大丈夫? 何かに取り憑かれたのかな」

「いやいや、それは無いですよ。たまたま怖い話をしていたら貴女様が通りなられたんです」

「へぇ、ちなみにどんな話?」

「私とフラン様が初めてお会いした時のお話ですよ。アレは今でも思い出すと怖いです」

「あー……なるほどね、アレは傑作だったわ。この子みたいに悲鳴上げながら、脱兎の如く逃げ回ってたんだもの。思い出しただけでお腹痛いわ」

「やめてくださいフラン様。私としては、あまり良い思い出ではありません。心臓が飛び出しそうになりましたからね。ああ、思い出したくない。話もしたくない……」

「でも、この子には話してたじゃん?」

「それは、まぁ、この娘はからかい甲斐があるな。……と思ったので、怖い話にアレンジして聞かせてたんですよ」

「アンタもワルねぇ〜」

「いえいえ、フラン様に比べたらまだ可愛いもんですよ。ま、これでも一応小悪魔な者ですから。一度、悪戯心に火が点いたら止まらない性なんで」

 

 フランドール・スカーレット。目の前にいるこの少女こそ、先程の怪談の張本人である。

 一対の枝に結晶の付いた独特な羽をパタパタと羽ばたかせて、私の腕の中にいる少女をじっと見つめる。彼女は未だ気を失っていた。そろそろ、起こさないと。

 

「もしもーし、おーい。三途の川から戻ってきなさいな」

「驚いて気を失ったくらいで、生死の境目に立たされる事なんて無いと思うけど?」

「侮ってはいけませんよ、フラン様。人には個人差っていうのがありましてね。フラン様はわりかし神経図太い方なので、大した事でも起こらない限り驚きもしないでしょう。ですが、この娘は別です。泡吹いて倒れてましたので、念の為脈を測ってみたら脈を打ってないんです」

「ふーん、それってどういう事なの?」

「今、彼女は生死の境目にいるって事です」

 

 胡散臭いな、とでも言いたげな表情を浮かべるフラン様。いや、そんな表情されましてもね。私とて、冗談でこんな事は言いませんよ。

 面白い反応を見せてくれたこの娘には、本当に感謝です。それと同時に、ちょっとやり過ぎたなという罪悪感も込み上がってきました。ここはお詫びとして、向こう側の世界に逝きかけている彼女をこちら側に連れ戻さないといけません。

 少女の鳩尾を撫でるように探り当て、一呼吸。

 

「喝っ!!!」

「ぶべぇ!?」

 

 力強く鳩尾に掌底を食い込ませた。いざという時の蘇生法です。とある中華の方から習いました。くれぐれも、人間相手に使用しないでください。内蔵が破裂します。

 咳き込みながら少女は意識を取り戻す。一連の所作を見ていたフラン様は、思わず感嘆の声を上げた。

 

「あれ、私……何でここに」

「まだ少し混乱している様ですね。さて、お目覚めになられたので外に向かいますか。フラン様はこの後どうします?」

「特に何もする事は無いわ。私も見送りに付き添っても良い?」

「勿論、二人よりは三人。人数が多い方が帰路もまた楽しいものですからね。さてさて、お見送りと参りますか。私に離れずに付いてきてくださいね。ここ広いんで、すぐ迷子になりますよ」

 

 未だに状況を把握できてない少女の手を、無理矢理引いて館の入り口へと向かう。

 

「そう言えばさ、図書館でパチュリーが凄く不貞腐れていたんだけど。何かあったか知らない?」

「珍しいですね。パチュリー様が不貞腐れているだなんて。魔法研究でどこか行き詰まったんでしょうかね」

「もしかしたら、司書補さんの帰りが遅いからですかね?」

「それは無いですよ。でも、私も何か大切な事忘れている気がするんですよねぇ……あ」

 

 思い出しました。

 元々、私はパチュリー様へ何か食べ物を持ってくる事を伝えて図書館を後にしたのです。そこに帰り道が分からなくなって右往左往していた少女がいたもので、案内がてら談話に更けていたのです。あれからどのくらい経ったのか、正直分かりません。ですが、パチュリー様の事だから本でも読んで、気長に待っている事でしょう。ただ、少しだけ機嫌が悪くなっているのは確かですが。

 

「多分、私が食べ物を持ってくると言ったきり、未だ戻って来ないのが原因かもしれませんね」

「そうなんですか? 用事があった事も知らずにごめんなさい」

「いえいえ、貴女が謝る必要なんてありませんよ。あくまで貴女はこの図書館を利用しにくる、大切なお客さんですから。自分を責める必要なんてこれっぽちもないですからね。……でも、どうしましょうか。早いとこ戻ったとしても、そこから作って届けるとなると余計に時間が掛かります」

「あの、もし良ければなんですけど。私もお手伝いしても良いですか? 少しご迷惑掛けてるかもですし……」

「いっその事、ここにいる私達でパチュリーに美味しいご馳走作るってのはどうかな?」

 

 フラン様から名案が飛び出ました。私一人でせっせと急いで作ったりするよりも、こうして今この場にいる人達で協力して作る。これなら、時間も短縮できて一人の時より負担が減る。そして、より一層美味しく愛情の込もった品をお届けできる。こんな素晴らしい案を、使わない訳がありません。パチュリー様はフラン様の事を気が振れているだの、なんだかあまり宜しくない事を言っていました。ですが、そんな所微塵もありませんじゃないですか。誰ですか、そんなデマ流し込んだ人は。その人、かなり性格ひねくれてますよ。目の前にいるフラン様は純粋で無邪気な、他人を思いやる心を持った天使にしか見えません。

 てな訳で、即座に実行です。善は急げです。

 

「フラン様って、中々良い案を思い付きますよね。私、こういうの嫌いじゃないです。むしろ好きですよ。さて、ここでくっちゃべっている場合じゃなくなったので、急いで調理場へと向かいましょう!」

「「おーっ!!!」」

「あら……何だか賑やかな声が聞こえると思えば、貴女達だったのね」

 

 そこに現れた第四の人物が、私の背後から声を掛けてくる。思わず「おうっ!?」と変な声を上げてしまう。

 

「変な声上げないの」

「そう言われましてもね。突然背後から声を掛けられると、当然驚きますよ。変な声の一つや二つ、上がりますって……。所で、こんな所で何してるんですか咲夜さん。館主様から離れて大丈夫なんです?」

「それがね、お嬢様からお暇を頂いたのよ。急な話だったし、最初は断ったんだけど。無理矢理お暇を押し付けられてね。手に余るものだから、どうしようか考え事しながら散策してたの。そしたら、何だか賑やかな声が聞こえたから来てみたって訳」

 

 十六夜咲夜。彼女はこの紅魔館の主に仕えるメイドです。同じ仕える者として気が合うので、時々仕事の愚痴を言い合う間柄でもあります。

 この咲夜さん、実は凄いんですよ。何が凄いのかって? それは、この魔族が住まう館で唯一の人間なのです。でも、これだけでは咲夜さんの凄さというのは伝わりません。多分、今の聞いただけだと酔狂な人間が紅魔館に住み込みで働いてる。という印象しか得られないと思います。

 そこで、もう少し咲夜さんについてお話します。この咲夜さん、紅魔館の一切を一人で受け持っているのです。冗談を言っているんじゃありません。マジです。ガチです。リアルガチなのです。一切と言いましたが、家事全般・財形管理・雇用管理・その他諸々。それらを全て、この一人の人間が受け持っているんです。どうです? これなら少なからず凄味が感じるはずです。

 一人でこんな事を全てこなすなんて、時間を止めないとでも無理。そう思うはずです。でも、この咲夜さんは恐ろしい事にできちまうんです! 人の皮を被った化物ですよ。

 スーパーマンも裸足で逃げていくに違いない。そんなモンスターウーマンこと十六夜咲夜さんが、何故にお暇貰って手持ち無沙汰でいるのか不明です。ですが、彼女が戦力として加われば時間を一気に短縮できます。それこそ、お釣りが返ってくるくらいのレベルです。

 

「それでしたら咲夜さん、少し力添えしてくれませんか?」

「みんなでパチュリーに美味しいご馳走を届けようって、お話してたの。昨夜も一緒にやらない?」

「そうね。特にこれといった用もないし、別に良いわよ。所で、そこにいるトキは侵入者?」

「トキ……って、え、私?」

「何ですか、その世紀末にいそうな名前の呼び方は。図書館を利用しに来た、私の大切なお客さんです。変な呼び方しないでください。帰り道が分からなくなって困っていた所を、私が案内していたんですよ」

「そう、なら安心。ここん所、物騒になってきているからね。特に泥棒が良く入り込んでくるし、みんなも泥棒には気をつけて」

「何の注意喚起かは知りませんが、一応気をつけときます」

「それじゃ、パチュリー様への素敵な差し入れを作りに行きましょう。みんな、私からはぐれないように一列で付いてきて」

「「はーい」」

「なんで貴女が引率し出してるんですか……」

 

 ぽっと出が、少女達を引率していくだなんて。ちょっとジェラシー感じちゃったじゃないですか、こん畜生。

 ボーン、と私の嫉妬を代弁するかのように時計台の鐘の音が鳴り響く。それと同時に、先頭を歩く咲夜さんの足が止まる。後ろを歩く私は突然止まった咲夜さんに、ぶつかりそうになった。

 

「危なっ!? 急に止まってどうかしました?」

「…………」

「あれ、咲夜さん。おーい、聞いてます? もしもーし、咲夜さーん。返事をして下さいってば」

「何かあったんですか?」

「ん、なんかね咲夜が急に立ち止まってさ。案山子みたいになっちゃって、うんともすんとも言わなくなってるみたい」

「死後硬直?」

「生きている人に限って、それはあり得ませんから。それより、咲夜さん聞こえてるんでしょ。黙ってないで、何か喋って下さいよ。マネキンみたいで怖いですから。てか、後ろ姿美人じゃないですか。綺麗なうなじ見せてんじゃないですよ、こん畜生め」

 

 憎まれ口を少し叩きつつ、咲夜さんの肩を強く掴む。これなら、振りほどいたり何かしらのアクション起こしてくれると思ったのです。しかし、それでも相も変わらず無言を貫き通すのでした。

 流石に腹が立ってきたので、ちょっとどついたろ。そう思い始めた時、咲夜さんが振り返った。

 

「なんだ、聞こえてるじゃないですか。もう、変な悪戯はやめてくださいよね?」

「…………」

 

 虚ろな眼差しで薄っすら笑みを浮かべている咲夜さん。ついさっきまでの咲夜さんは何処へやら。

 

「ねぇ、さっきから咲夜何も言わないんだけど?」

「どうしちゃったんでしょうね。鐘が鳴ってから突然ですよ、ちょっと怖いんですけど……」

「咲夜さん、流石にこれは笑えない悪戯ですよ。いい加減にしてください!」

 

 その時でした。ゴトリ、と何かが床に落ちる音がしたのです。音源は目の前。つまり、咲夜さんのいる位置からでした。

 

「…………っ!? フラン様、君、目を伏せて!!」

 

 この後の光景は、幼い少女達に見せるには衝撃的過ぎました。咄嗟に目を伏せさせたのは言うまでもありません。

 

 

 

 

 

 床に転がった咲夜さんの首が、音も無く溶けて消えていったのです。



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謎解きは談笑の合間に

 騒動を聞きつけてやって来た門番に事情を説明した後、私達は広間へと場所を移していました。門番曰く、館の主が臨時の集会を開くとの事。要件は察していますがね。

 私とフランお嬢様、戦々恐々としている朱鷺子ちゃん(名称が無いので、以降このように呼ぶ事にしました。本人から了承も得ている)。二人分横になれる大きなテーブルの向かい側、そこには館の主、門番、パチュリー様が控えていました。重々しい空気に萎縮しそうになる。

 

「では、本件に関わった者達が揃ったので始めるとしますか。さ……じゃなくて、美鈴、例の物をもって来てくれるかしら」

「了解でーす」

「ちょっと美鈴、真剣な場の雰囲気を壊すようなニュアンスはやめなさい。シバくよ?」

「あ……申し訳ないです、レミリアお嬢様」

 

 紅美鈴、紅魔館の門番兼庭師。由緒あるこの館を長年に渡り、外部の者から守り切ってきたベテラン妖怪。咲夜さんが赴任する前までメイド長も勤めていました。ここ最近になって咲夜さんという優秀な人材が着任した事により、メイド長の仕事を彼女に後任する事になります。今までブラック企業並みの重労働(以前も話しましたが、メイド長の仕事は多岐に渡ります。ストレスフルになるのはいうまでもない)を強いられてきた反動により、お陰様で事あるごとにシエスタという名のサボりに興じている、ちょっと残念な方です。でも、仕事している時の彼女は凄いですよ? あと、話してみるとかなり人間臭いのが特徴的です。

 いつも笑みが耐えない彼女。実は笑い話が大変お好きなようです。フランお嬢様の良き話相手でもあり、一緒になっては花畑を駆け回ったり、談笑している姿を見かけます。最近の悩みは、笑いの沸点が低くなったとの事。

 ……やっぱり前世は人間だったのではと、疑ってしまいます。いや、むしろ彼女は人間なのかもしれません。外見上、特に妖怪らしい特徴が見当たらないのです。普通は角やら羽やら何か生えてるものです。ただ、仕事をしている時の姿が人間の領域を突破しているからこそ、妖怪(重労働を強いられても、息1つ乱れす平然としていられる体力おばけ)と呼ばれているだけかもしれません。そこについては彼女のみぞ知る所なのです。

 そして、この館の主。レミリア・スカーレット。

 私達が住まうこの紅魔館の現当主であり、五百年もの年月を生きた吸血鬼。パチュリー様よりも長く生きているのだから、ただただ恐縮です。また、フランお嬢様の姉でもあります。ですが、見た目が幼い少女という事もあって、時と場合によっては威厳を感じられない時があるのだそうな。この事に関して本人もわりかし気にしている部分なので、これ以上突っ込んだ話はできません。追々お話するとしましょう。今は命を奪われかねないもので。

 

「はいはい、そこまでにしておいてくれる? アンタ達の漫才を見る為に呼び出した訳じゃないでしょう?」

「そういえばそうでした。こほん、ええっと……ではこれより、臨時集会を始めます。では、早速ですが……」

「ちょっと美鈴、進行役として始めるのは良いのだけれど、それより私が言った例の物は持って来たの!?」

「あ……すみません、お嬢様。今すぐにお持ちして参ります!」

「……もう帰って良いかしら」

 

 早々に私の主様は帰る素振りを見せ始める。まだ始まってもいないのに帰るとは、さすが引き籠りの鑑。私達にはできない事を平然とやってのける、そこに痺れる憧れるぅ!……なんて、私が呑気な事言っている場合ではありませんでした。あ、冷たい視線を感じる。どうどう、ドウドウ。

 

「まだ始まってもいないのに、帰られるのは困るわパチェ。私が寂しくなるわよ?」

「そんなの知った事ないわね。だって、このままの調子でいけば貴女達、すぐ漫才を始めるんだもの。私がいる必要ないわよね?」

「分かったから、さっきのは謝るわ。さて、話を戻すわよ。どうやら、アンタの使い魔が咲夜の悲惨な末路を目の当たりにしたそうじゃない? どんな状況だったのか、説明してくれるかしら」

「私に聞いても説明できる訳がないでしょ? 相手を間違ってるわよレミィ。今のはウチの使い魔に尋ねるべき所」

「っと、失礼。少々寝ぼけているのもあるのかしらね。美鈴、目覚まし代わりの紅茶淹れて頂戴な」

「はいはーい……っと、どうぞ」

「ん、ありがとう」

 

 淹れたての紅茶を一口含むと、レミリアお嬢様は私の方に視線を向ける。朱鷺子ちゃんは未だに戦々恐々中。見かねたフラン様が宥めている。うん、ちょっと微笑ましい光景です。見方を変えれば、猛獣に今にも喰われそうな雛鳥の図ですが。

 

「えっと……、私が咲夜さんとお会いしたのが丁度、フラン様と朱鷺子ちゃんを厨房へと連れていく時でした」

「朱鷺だけに?」

「ダジャレ言ってるのではありませんよ!?」

「ちょっと、お花摘みに行ってくるわ」

「パチュリー様はここぞと言わんばかりに帰ろうとしないでください! ああ、もう!! シリアスが台無し!!!」

 

 興ざめしたパチュリー様は、早速帰ろうと席を外す。元凶はきょとんとした顔で、『私が何かしたのかしら?』と、美鈴に尋ねている。その問いに、振るえる表情筋を必死に抑えつつ『いえ、何もしていませんよお嬢様』と答える美鈴。意外にも、美鈴は笑いのツボが浅かった。

 

「シリアルはそこそこ好物ではあるけど、今の一連の会話に駄目になる要素なんて無いじゃない?」

「ぶふっ!?」

 

 あ、このお嬢様天然ですね。

 更なる追い打ちに美鈴は耐え切れず、とうとう噴き出してしまった。膝から崩れ落ち、床で四つん這いになって身体を振るわせる。『美鈴ー!!!』と、叫びながら抱き寄るレミリアお嬢様。

 

「あぁ、一体どうして美鈴がこんな酷い目に……」

「お、お嬢様。とりあえず、一旦離れてもらえますか?」

「嫌よ、私が離れたら貴女が笑い死しちゃう!」

「そもそも、そうなってしまった原因がお嬢様にあるんですけどね……」

「嘘だっ! 私はこんなにも美鈴を深く愛し、側近としてコキ使わせてあげてるのに。まだまだ愛が足りないとでも言うの!? ひどい事言わないでよ美鈴。犯人は他の誰かに違いないわ!」

「いや、多分他に犯人とかいないと思います。てか、痛いです。そして軽くディスらないでください。あ、痛っ。いててて……」

 

 幼い体形からはとても想像できない怪力が美鈴を締め上げる。当の本人は痛がる様子の美鈴に気付いていない。およよ、およよと演技をしてるかのような声で泣き喚く。

 あそこまで暴走するレミリアお嬢様も珍しい。やはりと言うべきでしょうか、内面では激しく動揺していたのでしょう。冒頭の威厳ある姿など今は何処にもありません。ただの泣きじゃくる少女(独特な泣き方をする御齢500の吸血鬼)ですよ。コレがいわゆる、カリスマブレイク。と、何処かの誰かが称していましたね。誰かは知りませんけど。

 鈍い音がした。それと同時に、美鈴は目を白くしたまま物言わぬ屍と化した。多分、限界を超えたんでしょう。何がとまでは言うまでもありません。

 

「呆れた。この為に呼ばれただなんて……さて、要件は済んだし帰るわよ」

「いやいや、何の要件が済んだと言うんですか。現在進行で収集のつかない状況になってますけど?」

「ああ、アレは放っておいても大丈夫よ。時間が経てば落ち着くから」

「いや、アレはどう見ても落ち着けそうな気配はしませんけど。むしろ、より悪化しそうな勢いですよ。……あ、美鈴さんがダストシュートされました」

「燃えるごみは月・水・金……」

「言ってる場合ですか!」

 

 慌てて美鈴を回収しに向かう私。その場からミリも動かぬ主に憤りを感じつつも、一向に意識の戻らない彼女を背負う。私にはない、彼女の豊胸を背中に感じて更に憤りは増しました。……一本背負い投げしちゃっても良いですよね? いや、ダメですよね。無防備な彼女に申し訳ない。

 テーブルに彼女を放り投げる(決して私怨があった訳ではありません)。パチュリー様の所へ向かうと、そこにはフランお嬢様、朱鷺子ちゃん、レミリアお嬢様の三人が寄り添い合ってパチュリー様の胸中ですやすやと寝息を立てていた。私を見るなり、少しばかり困った表情を見せる。

 

「いつの間に寝かしつけたんですか」

「眠気がくる魔法をちょちょいっとね。それよりも、このままだと私が動けないからどうにかしてくれないかしら?」

「すみません、もう少しこの尊い光景を目に焼き付ける時間をください」

「変なところで欲に素直なのね……三秒だけなら許すわ」

「圧倒的感謝っ!!! ところでパチュリー様。レミリアお嬢様が仰っていた『例の物』とやらは、一体何だったんでしょうかね?」

「紅茶の事よ。煩わしい言い方していたけど、特に意味はないわ」

「変に含みのある言い方しますね。本当に何かあるんじゃないかって、身構えてしまうからやめてほしいものです。余計な所まで気を遣いたくないです」

 

 溜息をこぼしてしまう私。さっきまで戦々恐々としていた私自身がバカに思えてきました。

 懐にしまっていた葉巻を取り出し、先端に火を点ける。

 

「すみませんパチュリー様。ちょっと一服してきます」

「お好きにどうぞ。……あ、小さい子達がいるから窓際でお願いね。私もあまり煙たいのは好きじゃないから」

「分かってますって。ちょっと横通りますよ?」

 

 一旦冷静になりたいのもあったので、私は館内の数少ない窓(ちょうどパチュリー様の背の向かい側にある)へと向かう。その際、パチュリー様の胸中で眠るレミリアお嬢様たち諸々を起こさないように、慎重に進む。今だけは、パチュリー様との二人の時間を大切にしたいのもありますから。

 口内に溜まった煙を吐き出す。開いた窓の隙間を縫うように外へと出ていく。その先には雲一つない夜空。山があって、緑があり、水面から霧が立ち込める不思議な湖がそこにある。心なしか、遠くの方から「アタイはアタイの限界を越える、アタイ最強-っ!!!」と木霊した。……そんな気がしました。彼方で氷の翼を持った何かがきりもみ回転しながら落ちていくのも、きっと葉巻の煙が見せた幻影なのでしょう。

 

「ふぐりっ!?」

 

 奇妙な声が景色に見惚れていた私を我に返らせる。振り返ってみれば、赤面したパチュリー様が静かに鼻をかんでおられました。

 

「……悪いけど、窓閉めて。煙、逆流してるわ」

「良いですけど、その前に一つだけ確認してもよろしいでしょうか?」

「できれば手短にお願いね」

「痴女ですか?」

「はったおすわよ?」

 

 横っ面を張るという言葉を身をもって体験した、デリカシーに欠ける残念な使い魔がいたそうです。それは一体誰でしょう?

 そう、張れた頬をすさる私でした。

 

「痛い……言う前に手が出てるじゃないですか」

「余計な事を言う人が悪いのよ。私はいつだって悪くないわ」

「先ほどの発言は百歩譲って私が悪いとしても、いつでも悪くないと仰るのはまた違ってきません? パチュリー様自身が悪かった場合というのもあるでしょうに」

「何よ? 遠回しに理不尽だとでも言いたいのかしら」

「率直に言えば、そうなりますね」

「……もう一度はったおすわよ。今度は全力で」

「ごりっごりの理不尽の暴力!? あ、ちょっとパチュリー様。右手光ってます。濃い魔力を感じます。それはさすがにシャレにならないですよ」

「アンタの場合は因果応報ね。特別サービスで筋力強化マシマシよ」

「本当に脈絡もない事を言いますね。何なんですか、今日はどうしたんですか? ちょっと頭冷やしましょうよ」

「そうね、まずはこの子達をベッドまで運びましょう。……いえ、アンタが運んで行けばさっきまでの事はチャラにするわ」

「わぁー、何とも慈悲深いですー(棒読み)」

「戻ってきたら覚えてなさいよ? 私の慈悲を無下にしたことを後悔させるわ」

 

 満面の笑みでそう仰るパチュリー様の目は笑っていませんでした。ここにきて、ちょっと行き過ぎた冗談を抜かした事を後悔する私でもあります。まぁ、なんにせよ小悪魔的な性分が働いてしまって、ついイジりたくなってしまうのですから。これは無意識ですし、しょうがないですよね。……誰か、私に救いをください。お願いします。

 助け舟をよこす存在は誰一人としていない状況の中、私はレミリアお嬢様達を抱えて寝室に連れて行くのでした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「さて、お開きにしましょう」

「パチュリー様、一つ物申したい事がございます」

「何かしら? 私は今、とても気分が良いから何でも聞いてあげるわよ」

「ちょっと前が見づらいんですが……どうなってんでしょうかね?」

「んー、知らないわねぇ。というより、ちょっと何言ってるか分からないわ」

 

 両の頬が張れ、頭にコブの山が連なった、この世の全ての醜い生き物がドン引いてしまいそうな顔をしている使い魔がいました。

 ……悲しい事に、私です。

 自分の主がさきほど、あんな物騒な事を言っていましたので、『こりゃ逃げるしかないな』とか思ってこっそり館を抜け出そうとしていたのです。しかし、うまい事逃げられるとでも思うはずもなく、館の外へ一歩踏み出した瞬間にあっさりと捕獲されました。広間にいたはずのパチュリー様が扉の影で待ち伏せていたのです。……いつの間に?

 それから先は少し記憶が飛んで、今に至ります。何が起こったのは分かりませんが、気が付いたら両頬が張れてて、頭にコブの山ですよ。怖いですよね。私の怪談話のネタが一つ増えましたよ。

 

「意外でしたよ。まさか瞬間移動して待ち伏せていたとは、誰が予想できますでしょうか」

「私から逃れられるだなんて思わないでよね。二万年は早いわ」

「まるで宇宙拳法家の弟子みたいな台詞ですね。あと、パチュリー様って喘息でしたよね? あんなに激しい運動なさって大丈夫なのですか?」

「んー、誰にも言ってなかったけど最近ね、どうも喘息が治ったみたいなのよね。ショック療法で治っちゃったわ」

「……え、それってもう無敵じゃないですか。弱点らしい所がなくなった究極生命体ですよ。そのうち考える事をやめそうで怖いです」

「考える事をやめてしまったら、さすがに魔法の研究ができなくなるわ。とりあえず、そこまでの存在ではないと否定しておくわ」

「ですよねー……。ところで、宇宙と言えばなんですけど。私が留守番している間に月に旅行に行ってましたよね。どうでした?」

 

 実は以前に、レミリアお嬢様が唐突に『月に行きましょう』とか言い出した事がありました。『滅茶苦茶も大概にしろよ!』と、パチュリー様もこの時ばかりは珍しく激昂していたそうな。まぁ、結局ロケットを製作して行ってきたみたいですけど。

 

「あー……うん、まぁ、そうねぇ。地球は青かった……かしら」

「奥歯に物が挟まる言い方しますね。なんか良からぬ事でもあったんですか?」

「ない事にはないわ。でもね、月での出来事はなるべく語るなとレミィから釘を刺されているのよ」

「よっぽど何か良からぬ事があったんですね。あまり触れない方が良さそうですね」

「ええ。でも、これだけは話せるわ」

「何でしょうか」

「向こうに行って喘息が治ったのと、肉弾戦ができるようになった事かしら」

「ぶふっ!?」

 

 噴き出してしまいました。パチュリー様に肉弾戦は、さすがにミスマッチ過ぎます。

 眉をひそめるパチュリー様。

 

「何よ、何がおかしいのよ?」

「いやだって……、パチュリー様に肉弾戦ってあまりにも想像できなかったものでして」

「人は見かけによらずって、よく言うでしょ」

「いくら何でもそれは有り得ないです。キャラとかイメージが大分崩れます。そもそも、誰からそんな事を教えてもらったんですか? ちょっと気になります」

「とある宇宙拳法家よ」

「すみません、ちょっと何言ってるか分からないです」

「さっきの私の台詞パクるな」

「え、そんな事ないですよ?」

 

 事実、何を仰ってるのかこの紫もやしきぶ……と思っていました。でも、そこは私。澄ました顔でそんな事毛頭も考えていないふりを、演じ切ってみせるのです。

 都合の良い展開も大概にしろよ、と言いたい気持ちを理性で抑え込むのでした。

 

「……さて、お遊戯もここまでにしましょう」

 

 小さくつぶやくパチュリー様。その瞳には先ほどとは打って変わって真剣なものになっている。ここまでの会話の流れを断ち切って話す事といえば一つ。

 

「この一連の騒動、その犯人が一体誰なのか皆目見当はついているわ」

「え、こんな適当な会話してる間に見当ついたんですか!?」

「私を一体誰だと思ってる? ただの引き籠りと思ってたら大間違いよ」

「一応、そう思ってました。それ以外に何か当てはまるものなんてありませんから」

「……この件片づけたら真っ先に貴女への対処を検討しておかないといけないわね」

「見当ついただけに、処遇を検討すると……やかましいわ。自分で言うてて恥ずかしいです」

「その心意気は買ってあげる。健闘しなさいなってね」

「「…………」」

 

 お互い低レベルの親父ギャグに悪寒を覚えた私達は、しばし顔を見つめ合ったまま気まずい空気を過ごす羽目になりました。

 

「紅茶が余計に冷めたわ。まぁ、いいわ。話を戻すわよ」

「例の件の犯人ですよね。一体誰なんです?」

「そりゃもう、貴女以外にいないでしょ?」

「……はい?」

「ごめんなさい。聞こえていなかったようね、もう一度言うわよ? よーく聞きなさいな」

「あ、はい」

「今回の騒動の犯人は貴女です」

「すみません、聞き間違えではないですよね?」

「聞き間違えではないわね」

 

 随分とあっさりと、何も溜めもなく言い放った一言に彼女は目を丸くしていた。

 

「隠しているつもりだっただろうけど、ソレは漏れ出ているものよ咲夜」

「…………」

「教えてくれないかしら? 貴女はこんな事をするような輩じゃないはずよ」

「その前に、私からも教えてくれないかしら?」

 

 声色は変わり、先ほどよりも冷徹でいて何処か儚げのあるもので彼女、十六夜咲夜は私に問いかけてきた。

 




次話は最終回です。


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謎は謎のまま今日が来る

かなり久しぶりの投稿になります。
いちおう、生きていました。(投稿=生存報告)


「教えてくれないかしら……」

 

 儚く、どことなく悲しみを含む声。瞳にも同じ感情を乗せて私を見つめる。

 

「そうね、どこから話せば良いのやら……」

 

 かくいう私は少し困り気味でいました。実の所を言うと、カマを掛けていただけなんです。

 確信を得ているかと言われたのならば、それは微塵もありません。ですが、ある程度話を聞いたら1つの仮説が浮かび上がってきたのです。

 それはとても単純なものです。人の目に触れない瞬間を突いて咲夜は変装し、もう一人の自分を置いたのです。そう、分身です。

 彼女には並の人間を超越した能力がありました。ただでさえハイスペックが過ぎますが、何よりも彼女を彼女たらしめる証があるのです。それが時間を操る能力です。この能力が意味する所は言うまでもありません。任意のタイミングで時間を停止させたり、加速させたりする代物です。

 

「一瞬だけれど、咲夜には誰にも見られていない時間を作る事ができた。騒動から今に至る経緯を話してくれた際に、その箇所が1つだけ存在していたわね。フランとこの子の視界を遮れば、咲夜だけになる。その一瞬、時間にして数秒程度かしら……貴女にはこの一瞬の隙ができれば、後は時間を停止させて犯行に及んだって所ね。能力の応用次第で分身も作れる事から、咲夜以外に犯人は居ないのよ。でも、その犯人が自ら溶けて消えてしまい状況を更に混乱させる。まるで、犯人は別にいる……そんな展開にまで持っていこうとしたのは、ちょっぴり感服ね」

 

 自分が主犯と分かってしまうような、そんな稚拙なやり方をこの瀟洒極まるメイド長がやる訳がない。ひと手間、ふた手間掛けて架空の犯人像を作り上げるくらいはやってのける。完全犯罪もお手の物である。やるならば徹底的に完璧に。それが十六夜咲夜だ。だからこそ、腑に落ちない。

 

「概ねその通りです。さすがパチュリー様と言った所。この程度であれば推理する必要もないですよね。朝飯前と言った所でしょう」

「だからこそなのよ、咲夜。なんで貴女はこんな事をしたのか、まったく腑に落ちないわ。話せる事は話したわ。だから今度は私の番、教えてくれないかしら? 動機を知りたいの」

「動機、ですか……。割と単純ですよ。新しいエンターテインメントをお送りしたい、そう思っただけです」

「なるほどね。確かに単純な動機だわ。でも、それにしては小細工が拙かったわよね。時間に常に余裕のある咲夜にしては、らしくないったらありゃしないわよね。よほど、何かに追い詰められるような事でもあったのかしら?」

「いえ、これもまた単純な事でして。材料調達が間に合わなかったのです」

「……は?」

 

 腑に落ちそうだが、腑に落ちなかった私でした。

 動機はなんとなく理解できた。でも、調達が間に合わなかったとはこれ如何に? 咲夜なら時を止めてでも調達を間に合わせられるように帳尻合わせはお手の物な筈である。

 

「恐らく疑問に思っているでしょう」

「いちいち言わなくても思ってたわよ。……んで、納得のいく理由があるんでしょ?」

「ええ、ございます。それを調達する……というよりは、流れ着いた物から探し出さないといけませんでした」

「と、言うと?」

「無縁塚をご存知でしょうか?」

 

 無縁塚。そこは幻想郷と外界、更に法界や冥界、天界等の数多の世界が折り重なった場所、特異点とも呼んでいる。忘れられた存在達が最後に辿り着く場所であり、謂わば墓場でもある。

 

「確か外界から存在を忘れられた物達が流れ着く場所よね。まぁ、あんな場所だから物探しには一苦労するでしょうね」

「一応、付近に住み着いてる鼠娘にも協力を仰いだのですが、見つからずじまいだったのです。」

「でも、それとこれとは何も関係がなくないかしら?」

「いえいえ、少しでも時間稼ぎに……と思って、最後の悪あがきをしていたって所ですかね」

「咲夜らしくない采配ね。そこまでさせる程、よほど必要不可欠なものだったのね」

「そう……ですね」

 

 いつもの澄ました顔ではない、曇らせた顔の咲夜がそこにあった。

 ここまで話を聞いて、私は益々腑に落ちないでいた。でも、それと同時に咲夜をそこまで杜撰な振る舞いにしてしまう物の正体が、気になってしょうがない。まだ色々と聞きたい事はあるけれど、時間は有意義。いつまでもだらだらとしていると、咲夜が骨になるまで引き伸ばしかねない。……魔女たる私には関係ないが、咲夜が仕える我儘お嬢様な友に申し分がないの。

 

「ところで咲夜、貴女をそこまでさせる物ってのが気になって仕方がないの。この際、はっきり言ってもらえないかしら? 気になって眠れそうにないわ」

「すみませんパチュリー様、流石に申し上げにくいと言いますが……」

「何をもったいぶる事ないでしょうに。というよりも、この騒動の主犯は貴女なの。洗いざらい吐き出してもらわないと納得がいかないのよ。騒動の原因がわからないまま、あやふやにして片づけるのは研究者たる私としては嫌。レミィだって納得しなわよ?」

「お嬢様が……納得しない?」

「そうよ」

 

 私と咲夜以外の声が割って入る。

 

「割と手短に済ませてくれると思っていたんだけどねぇ……。長いわよバーチェ」

「どこぞの時空で極太レーザー砲をまき散らしてそうでいて、私の事を罵倒しようとしたけど寝起きで呂律回ってないのか、開口早々寝ぼけた事を言わないでもらえないレミィ?」

 

 大あくびをかきながら寝ぼけた事を抜かしたレミリアがいた。

 

「うむ、眠気覚まし代わりの長ツッコミご苦労様。口が妙に冴えているじゃないの」

「腑に落ちない状況に、余計な事をしてくれる大変ありがた迷惑な存在が来たからね。虫の居所がかなり悪いわ」

「あら大変。そんな悪い虫は私がやっつけちゃうんだから」

「アンタの事よ!」

 

 

 てへっ。と、舌を出して自分の拳で頭を小突くレミリア。あざとい、実にあざとい。あざとさが極まって、私の怒りのボルテージが限界突破しようとしてる。でも、ここは耐え時。咲夜から納得のいく説明を、

 

「痛たたたっ!?」

 

 レミリアが突然、右腕を振り回しながら悲鳴を上げた。よく見ると、その腕には何かに噛まれた跡がついている。……人の歯型であった。だが人の歯型にしては犬歯の部分が深めに刺さったのか、2つの点の傷口となっている。まるで吸血鬼にでも噛まれたかのようだ。

 レミリアの様子を観察していたから気づけなかったが、当人の背後に同じ背丈の少女が1人立っていた。どことなく虚ろ気な緋色の瞳、背中には歪ではあるもの美しい七色の結晶体。それが対となって存在する羽。

 

「止しなさいフラン! 痛いでしょ!?」

「んー……いちご大福が喚いてる……」

 

 フランであった。

 睡眠魔法の効果が薄まりつつあるからであろうか、意識がやや朦朧としている。今の彼女には、レミリアがお菓子に見えている様であった。懲りずに噛みついた箇所に再び噛みつく。そして再び上る悲鳴。この姉妹、コントをしに来たんか。

 事態がややこしくなる前に二人を眠らせる。お互いに激しい攻防を繰り広げている隙をつき、睡眠魔法を唱える。すると、あっけもなく深い眠りについた。次は半年くらい起きない程の効力で、念には念を入れる。

 

「余計な茶番が入ってしまったわね。話を戻すわ。貴女がそこまでして探してた物って、一体何だったの?」

「……ロケットに関する資料よ」

 

 咲夜の口から出た言葉に、嫌な記憶が蘇った。

 かつて、私達紅魔館組(個々の名前は略称させて頂きます)は月に行った事がありました。冗談ではなくて、本当に。

 んで、月行ってなんかよくわからん姉妹にきっちょんきっちょんにされてトラウマ植え付けられて、我が家に戻ってきました。月面旅行を甘く見ていました。

 以降、この事については誰も口にしていません。

 どこぞの書物によれば、私達の行いは第二次月面戦争と呼ばれ語り継がれているらしいです。

 

「まさか、また月に殴り込みに行く気だったの?」

「いえいえ、そういった訳ではございません」

「なら何なのよ?」

「……新しい催し物を準備していたのよ」

 

 ★

 

『退屈だわ……新しい刺激が欲しいのよ』、その一言が何よりも重く響いた。

 春風薫るバルコニーでお嬢様は飲みかけのティーカップをテーブルに置き、静かにそう仰ったのでした。

 

「新しい刺激?」

「そう、新しい刺激よ。ここ最近は何の異変も起きやしなもの……霊夢の所に行っても冷たくあしらわれるし、退屈なのよ。誰も何もかも私にとってつまらないものになってきたものだわ。世も末よ」

「世も末ではないでしょう」

 呆れた私はお嬢様の発言の、主に最後の部分を否定しました。世紀末をこの方は見たとでも言いたいのでしょうか。真相はお嬢様のみぞ知りますが……

 

「5度ほどは見ているわ。どれも辿った末路は似たようなものばかりだったわ。故に私は退屈なのよ咲夜」

「確かに、お嬢様は私の生まれる前の世紀の末をご覧になってきてましたね。とはいえですよ、5度程度で物申すのは些か軽率なのではないのでしょうか?」

「……何よ、不満?」

 ふくれっ面を見せるお嬢様。

「不満ではないのですが、あの胡散臭い妖怪よりは経験という点では私達は劣るでしょう……不愉快ですけれども」

「ぐうの音もでなくなるから困るのよね、そういうの……」

 お互いに肩を落とす。気まずい空気と静寂が漂い始める頃に、私は口を開いていた。

「それならば、新たな催し物を考えてみませんか?」

「何か案はあるのかしら? うまくいった試しがないような気がするのだけれど」

「そうですね……あるにはあります。ですが、まだお嬢様にお伝えできるほどの案は残念ながらご用意できていないです」

「あら、残念だわ。詳細を聞きたかったのだけれど……まぁ、いいわ。とりあえず、整理がついた頃に伝えて欲しいわ。くれぐれも、私を幻滅させる事だけはやめてよね」

「ええ、もちろんです」

 だって私はお嬢様に仕える瀟洒なメイド、十六夜咲夜ですから。

 

 ★

 

「でかい口を叩いたものは良いもの、具体的な案は決まっていなかった。でも、レミイの前では虚勢を張ってでも成し遂げようと無茶していた途中だった訳なのね」

「仰る通りです」

 で、咲夜の目論見は勘の鋭い私にバレてしまい白状しちゃったって訳。

 もうどうにでもなれ、と言わんばかりの顔が表に出ているのは無視した私は一つ提案をすることにしました。

「この際、時を巻き戻すってのはどうよ? そんな時にこそ活きる能力だと思わないかしら?」

「そうですね、そうしましょう」

「お、そこは嫌ですとか言わないのね。てっきり『時間がもったいない』とかでも言うかと思ったんだけど」

「皮肉にしてはもう少しまともな表現というのはなかったのかしら…」

「なんたって魔女だからね」

「納得のいかない理由ありがとうございます。引きこもり過ぎて降り積もった埃臭がいい塩梅ですよ、パチュリー様」

「あら言ってくれるじゃない…!!」

 お互いに隙あらば悪口を言い合うこの不毛な争い。果たして、誰得だというのでしょうか? きっと言うまでもありません。でも言っちゃいます。そんなのは無いに決まってるのです!

「咲夜、もう止めにしましょう。こんな茶番に付き合ってるほど私も暇ではないの」

「今更言いますか…? 今この瞬間、このやり取りこそ『時間がもったいない』です。それにきっと内心では『とにかくそれを言わせてみたかっただけ』とか思っているのでしょうね」

「勘の鋭い人は嫌いよ」

「レミリアお嬢様のお世話をしている賜物です。そのようなお方に貴女様は世話になっているのです。もう少し感謝があっても良くては?」

 いつの間にやら咲夜の犯行動機の話から、悪口に変わり、感謝をするように強要されているではありませんか。あれ、なんか趣旨変わってなくない?

 日頃の鬱憤が溜まっていてもおかしくない量の仕事を毎日一人で請け負っているからこそ、普段レミィ・フランの前では言えない本音をレミィの友人で居候の身分である私に吐き出している。そう考えると、私は納得した。いや、してしまったのだ。

 気づいてしまったのだ。自分の置かれている立場というものにも。

 私は今、嫌な汗をかいている。理由は目の前にいる十六夜咲夜である。ただ、それだけだとまるで意味が分からないと思うでしょう。ええ、当然です。勘の良いガキなら気付いて錬金術で亀甲縛りでもするでしょう。

「咲夜、一言だけ言わせもらうわ」

「感謝以外の発言を私は認めません」

「辛辣ね、でもここは貴女の発言を蹴ってまで言わせてもらうから!」

 私の瞳に闘志が宿るのを感じる。この発言を喉奥に引っ込めてしまうと、真っ赤に燃え盛る拳(火の魔法が勝手に発動してた。ナニコレ怖い)が勝利を掴めないと吼えているから。

 一歩、力強く踏み出す。深く息を吸う。全身に酸素と魔力が巡るのを感じたら、拳を前に突き出す。真っ赤に燃え盛る拳は咲夜の鳩尾に吸い込まれていく。

「時間がもったいないんだぁぁぁぁっ!!!!!」

 その日、幻想郷に巨大な火柱が立ったという話で持ち切りになった。

 

 ところで、パチュリー・ノーレッジは魔女である。

 「どうした急に?」と、思うでしょう。私もそれは同じなのです。うん、まるで意味が分からないわね。閑話休題。

 魔法について日々研究に取り掛かっているものでして、気付けば人間やめているし魔女と呼ばれるようになっていた。

 だからなのでしょうか、『凄まじい知識量がある』と勝手なイメージがついてしまったのかもしれない。探偵依頼が来た時は、そりゃもうお断りしたわけなのよ。でも、依頼主がどうしてもそこを譲らない頑固者だった訳でしてね。

 結果から言うと依頼を引き受けました。根負けしました。アイツ、ここぞと言わんばかりの我儘を発揮してくれたんだもの。腐れ縁でもなければやっていけないわよ…。

 腐れ縁…まぁ、綺麗な言い方をすると友人という括りになるのでしょうね。

 咲夜の不審な動向はずっと前から、友人に筒抜けの状態であったのです。様々な目を通してね。

 久しぶりに小悪魔的な悪戯心といいますか、なんといいますか。せっかくだから、ここは楽しませてもらおうと思った訳。

 私のやることは最初から一つ。咲夜にお灸を添えるだけ、という実にシンプルな事です。いい感触でしたよ、二度と味わえないものだから尚更貴重体験です。

「ふぅ……」

 手に持っていた筆を机に置く。傍には、先ほど私が書き記していた日記帳がある。羅列している文字は昨日あった出来事についてのものであった。

「いやぁ~、それにしても役作りってものは大変でしたね!」

 大きく背伸びをする。数時間もの間、椅子に座りっぱなしで書き物をしていた体の所々から骨の鳴る音が聞こえてくる。特に背中の骨が立て続けに鳴った後のすっきり勘が少しクセになる爽快感を与えてくれた。

「……音がうるさい」

 眠たげな様子で私の少ない発散行為に異を唱える者。

「一夜漬けで書き業務だなんて聞いてなかったんですよ? これくらいでぴーぴー言われるのは理不尽です。少しくらい多めに見てくださいよ~」

「いやよ」

「そんなあっさりきっぱり言われると余計に傷つきますからぁ!!」

 端的に話す彼女は機嫌の悪い表情に更に眉間に皺をよせた。あらら、端正な顔立ちがもったいない。このまま鬼にでもなっちゃうのかもしれません。

「鬼にまではならないけど、鬼並みの腕っぷしで灸を添える事はできるわ」

「あらやだ、心の声が読まれるだなんて。プライバシーってものが主様にはないんでしょうか?」

「主だからこそよ。そいうわけだから、そこに座りなさい。従える者への再教育を私自らの手で行ってあげるわ。光栄に思いなさい」

「終わる頃には破片も残っていないんでしょうね~」

「よくわかってるじゃない~。そこだけは褒めてあげるわ」

「わぁ、ありがたや~って思いたいけど、思っちゃいけないこの感じは一体何なのでしょう~?」

「主従愛っていうのよ、後世まで覚えておくように」

 力任せに振るわれた拳が私の頭を捉える。

 轟音が今日も木霊する紅魔館で、小悪魔な私はパチュリー様のパワハラ教育を受けるのでした。

 




なんとか書き切りました。
ちょっとかかったけど、達成感はあります…

後書きを書いたりするのも年単位で久しぶりです。
ひとまず、何年も音沙汰がなくても応援してくれた方に感謝です!
ストーリー構成など表現にはまだまだ課題点はあるけれど、今後も楽しくありのままになすままに活動していきます。

なんやかんやでやり切った自分に祝い酒です!!
次回作でお会いしましょう(@^^)/~~~


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