秦こころの感情取得講座 (ユウマ@)
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プロローグ:無感情

ノリと勢いだけで出来たこころ、はーじまーるよー


「……」

「…おい」

 

ぶにぶにと頬を引っ張られる感触がする。私が見ていた姿見には私と、もう1人。後ろから手を伸ばしている尖耳のやつ。名前はちょっと忘れた。

 

「…うーん、動かないな」

「おい、何をやってるんだ。いい加減怒るぞ」

 

般若の面を引っかける。あわよくばツノで手でも切ってしまえと思うがきっちり引いてくるのはあしらわれてるのか、こいつに。

 

 

「ごめんごめん、悪気があったわけじゃない。ただ少しくらい感情豊かになったかと思ってな」

「豊かだろう、この面たちが目に入らないか」

「面じゃなくて顔の方のだよ。感情を身につける話が何処かに転がってなかったか」

「飽きた。だいたいお前達宗教家が元凶なんだから私じゃなくお前が変わるべき」

「いきなり戦いをふっかけるそっちも非があるだろうに。大体いつまでも感情が身につかなければそのうち本当にものを言わない道具になってしまうぞ?」

「……」

「困るだろう?」

 

 

確かに困る。普通に会話が出来ている今はまだ健全な方で、このままだといずれ完全に感情を失う日もそう遠くはない、らしい。

 

 

「と、いうわけでだ。今からお前には旅をさせようと思う」

「…は?」

 

 

ぬっと差し出されたのは大きなふろしき。空っぽのそれを耳女は小さく振りかぶって思いっきりかぶせた。

 

 

 

 

あろうことか、私の面達に向かって。

 

 

「あっ、おい───」

「よしよし、結んで…よしと。後は仕上げに…」

 

 

 

がぽりと、音がした。つける面をしまわれてしまった私の頭に、何かつけられた。恐る恐る外してみると、腹の立つくらいに眩しい金色が目には飛び込んだ。

 

 

「おい耳女、何をする」

「お面を全部この中に入れさせてもらった。私の作った希望の面は表情に影響はないからそのままだ」

「そうかそうか、よし返せこの」

 

 

ふろしきをぶんどり手をかける。でも何故か、びくともしない。弾幕を放つ。びくともしない。薙刀の裏で叩く。反応なし。

 

 

「おい、私の面を出せ」

「すまないが勝手には出せない仕様なんだ。河童に頼んで、君専用に作ってもらった。君が面と同じ表情が出来る様になったら勝手に出てくるさ」

「はー…」

 

 

つまりなんだ、私に死ねと。顔の動かない面霊気はさっさと道具に戻れということか。

 

 

「ところでこころ君」

「あー?」

 

 

わざとらしく耳女が言う。ゆっくり此方に差し出された手には、般若の面が握られていた。

 

「なんだあるじゃないか面。さっさと返せばいいんだほら」

 

 

手を伸ばす。避けられる。また伸ばす。また避けられる。

 

 

「……」

「さて、旅の最初の目的だ!逃げる私から般若の面を取り返してみるがいい!」

 

 

そう一言、言い残して。耳女はくるりと背を向けると、脱兎のごとく走り始めた。

 

 

「………

 

 

 

 

───どこ行く耳女ァ!!」

 

 

 

ふろしきを背負って、薙刀を携え。私は耳女からしばらく遅れて、全力で走り出した。

かくして。面を全て取り戻した暁には、あの悪趣味な面を売り捌くのを目標に、私の小さな旅が始まったのである。

 

▼▼▼

 

 

遅ればせながら、私の事を話しておこう。

 

 

私の名は秦こころ、付喪神だ。だが今は面を憎き耳女に面を閉じ込められたか弱い能が趣味の面霊気でしかない。おまけに頭には趣味の悪い金メッキ面付き。

 

 

 

この先私が憎き耳女から面を取り戻すに至る経緯を、覚えている限り感情豊かに書き記そうと思う。この書物こそが私の感情の豊かさの証明だと、これを読む者も理解してほしいものだ。

 




「走れ、顔の筋肉を動かしながら!」
「なぁ耳女、お面が離れても能力の暴走が起きないんだけど」
「起こったら困るから起きないのだよ」
「ふーん、便利だなー」


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怒りの感情 前編

なんと続いたねぇ


怒りの表情とはどんなものだろうか。

その時に身につけるのは般若の面。けれど般若によく似た鬼達の顔は、怒っていなくてもアレと大差ない顔だ。しかし私にとって怒りを表す手段はあれのみ、故に私の面の1つなのだが。

 

 

「……」

 

 

般若の面を思い浮かべる。細部まで完璧に思い出せるそれと同じ表情なぞ、出来ている手応えはまるでない。そう簡単に表情を作れるならば、面に頼ってはいないのだ。

 

 

ともかく。

 

 

 

 

「お前が面を返せば全部済むことだと思うんだが」

「そうはいかない!それだと私があれこれ考えたのが無駄になってしまうじゃないか」

 

 

私と元凶…通称耳女は、幻想郷の空を飛び回りながら絶賛鬼ごっこ中であった。鬼と呼べる立場の私が鬼の面を取るために追いかけるのはなんとも言いがたい面倒くささがある。というか疲れた。

 

 

 

「……」

「どうしたこころ?元気無いぞー」

「アイデンティティ喪失の危機で元気が出ない。そもそも手本の表情が無いと私は顔の変えようがない」

「ふむ、確かに…。じゃあこうしよう」

 

 

肩を落とす私に対し、耳女は私のすぐ近くまで寄ると、おもむろに私の面を突き出した。すかさず手を伸ばすが、それよりも先に手を引っ込められてしまった。

 

 

「なんだ返してくれないのか。理由は今言ったろほら」

「そう言われてあっさり返すのも納得いかなくてなぁ…それに君はお面を回収したらそのまま逃げ帰ってしまいかねない」

「う」

「そんな事をされては困るんだよ。せっかく私が作った希望の面も泣いているぞ」

「それはない。というかお前の形なんだからお前がこのアホ面被るべき。そして私は元の面をつける」

「それは遠慮しておくよ。それよりどうだい、表情の参考にはなったかい?」

 

 

言われて面と向き直る。激しく寄せられた眉に眉間のシワ、人を食い殺せそうな鋭い牙。むむう、どれも明確に分かるのに、自分の顔に表すとなるとまるで手応えがない。

 

「まだダメか…やはり実際に顔を動かさないと無理そうだな。よし、ならついてきなさい」

「えー、まだ返さないのか私の面…」

 

 

私の言葉には耳も貸さずに飛び去っていく。私としてはついていくほかないので渋々後を追う。このアホ面を換金して面と交換できないだろうか。折角高く売れそうな見た目をしているというのに。

 

 

とりとめのない事を考えるうちに、耳女がぴたりと止まった。合わせて私も立ち止まる。眼前に広がるのは、視界を埋め尽くすほどに広がる黄金色。太陽光を反射する鏡の如く、一面だ。

 

 

「ここは?」

「太陽の花畑、というらしい。私も知ったのは最近だから詳しいわけじゃあないが」

「へー。で、ここに何があるの?」

「まぁ焦るな。この花畑に、君の面を」

 

 

 

 

言いながら、腕を振りかぶる。背中にぞくりと、悪寒めいたものが走る。その正体が何かを、悟る間もなく。

 

 

 

 

 

 

「───投げる!」

 

 

 

 

 

放たれた面は、まるで真紅の流星の如く。眼下に広がる金色に尾を引きながら突き進み、飲み込まれて消えた。

 

 

 

 

「……は」

「…これで良し。後は落ちた面を探せば、君も少しは感情豊かになっている事だろう。本当はこんな事をするのは心苦しいんだが…これも君のためだ。では、健闘を祈る!」

 

 

 

一方的に言われて、耳女は姿をくらました。またしても呆けていた私は、徐に高度を落としていく。ともかく、面を回収しなくては。

 

 

 

「面の扱いはひどいものだが…あの女の手を離れたのはラッキーだったかもなー。えーと、確かこの辺に落ちたはず」

 

 

 

花畑を開拓しながら面を探す。予想よりかなり大きな花…これは向日葵か。茎をかき分けかき分け、面を探す。思ったよりもすぐに、花の間からのぞく特徴的な赤を発見できた。

 

 

 

「お、あったあった。あーあ、耳女にとやかく言われないように、一緒に表情でも落ちていないかなー」

 

 

ぼやいて、面を拾う、

 

 

 

 

 

 

寸前に。目の前から伸びた腕が、ひょいと面を取り上げていった。耳女め、懲りずに邪魔しに戻ってくるとはいよいよ本格的に性悪だ。

 

 

 

 

「おい耳女、探せと言ったから探しただけだぞ。大体お前がこんな所に投げ込むから───」

 

 

「───あら、コレをお探し?」

 

 

 

聞こえる声は、あの女とは違う声。見上げれば、晴れだというのに大きな傘をさす女の姿。影が出来ているせいで、どんな顔かは窺えない。

 

 

 

「私の目の前で土足で花畑を踏み荒らすなんて…よっぽど大事なものなのね」

「大事なものだな、うん。私にとって必需品みたいなものだからな。さ、返してくれ」

「無理ね」

 

 

またか。ここの住人は私の邪魔をしたがる傾向でもあるのか?

 

 

 

「返しても良いけれど…まずは、貴女にお灸を据えてからね!」

 

 

 

本能的に、半歩後ずさる。女のさす傘の下で、面に負けぬ真紅が1度、瞬いた。

 



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