最不人気使いの最強戦士 (神話語り)
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最不人気使いの最強戦士

 どうもこんにちは。『剣の世界の魔法使い』のアイディアが思いつかないので、息抜きで書いた短編です。どうぞお楽しみください。


 《瞑想》スキル。精神集中(っぽい)ポーズをとることによって、HP回復スピードや、状態異常(バッドステータス)回復スピード、筋力値や敏捷値を微弱ながら上昇させる、いわば《ハズレ》スキルである。SAOに数多の数存在する《エクストラスキル》の中で最不人気と言ってもいいだろう。加えて、スキルを発動させるときに取る『精神集中(っぽい)ポーズ』が微妙にダサくて格好悪いことが、不人気に拍車をかけている。むしろ死ぬほどダサかった方がまだ救いようがあったほどだ。

 

 アインクラッドではスキル重視の本当にマイナーなプレイヤーしか、このスキルをとってはいないだろう。仮にもアインクラッド第六層で受けられる面倒なクエストをクリアすることで手に入る、れっきとした《エクストラスキル》だというのに……。

 

 そんなわけで、《瞑想》スキルをとっているプレイヤーはアインクラッドにはほとんどいない。攻略組を始めとするトップクラスプレイヤーとなればなおさらだ。そもそも、ボス戦などの戦場で『微妙なかっこ悪さの精神集中(っぽい)ポーズ』をとっている余裕などない。外見上のかっこ悪さを無視しても、とても実戦向きのスキルとは言えないのだ。

 

 だが――――いや、だからこそ、誰もこのスキルの真の意味に気付かない。この《瞑想》スキルこそ、アインクラッドで最強のスキルだという事に。

 

 

 これは、最不人気のスキルをただの趣味で使いまくっていたら、いつの間にかSAO最強になっちゃったりとかしていた、一人のプレイヤーの物語。

 

 

 

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 SAOがまだβテスト時代であった頃。アインクラッド第六層で、初めての《エクストラスキル》が発見された。《エクストラスキル》とは、隠しクエストや特殊な条件などをクリアすることで手に入る、いわば《隠しスキル》とでも言うべきものだった。現在のSAOでは第二層の隠しクエストクリアで習得できる《体術》、《曲刀》すきるを一定量習得したのちに、しつこく使い続けていると出現する《カタナ》、そして習得者が一人しかいないと言われる《ユニークスキル》が一角、《神聖剣》などが主な《エクストラスキル》として知られている。

 

 βテスト時代、アインクラッド第六層は、古代インドやペルシャの文明を彷彿とさせる、某国民的RPGのスライムのような形の建造物の並ぶ階層だった。この階層の奥地で発見されたNPCが、SAOβでプレイヤー達が最初に発見した《エクストラスキル獲得クエスト》を発行するNPCだった。彼がプレイヤーに伝授してくれるスキルの名は《瞑想》。習得条件は、クエストを受けたのち、二時間ばかりその場で座禅(っぽいポーズ)を取り続けること。少なくない数のプレイヤーが、このクエストをクリアし、スキルを取得した。

 

 そして、自分の費やした二時間が、このスキル自体が、あまりにも無駄であったことを痛感した。

 

 《瞑想》スキルは、見れば見るほど微妙なスキルだった。精神集中(っぽい)ポーズが微妙にダサいことに加え、効果が微妙。本来ならばポーションや結晶(クリスタル)などのアイテムを使わなければ不可能なHPの回復を行うことや、ポーション類でHPを回復した時に回復スピード(SAOではHPの回復に時間がかかる)や、回復量のブースト、さらには攻撃時のクリティカル率上昇から、様々なスキルの効果ブースト……一見すれば便利なように見えるが、実はこれらの度合いが非常に小さく、多少上位のアイテムを使えば補えたり、我慢できる度合だったりする。わざわざ貴重なスキルスロットを消費するまでもない。加えて、これらのポーズや効果は、厄介なことに「異常にダサい」わけでも、「全く使えない」わけでもない。性能がただひたすら『微妙』。むしろ『最悪』だったほうがまだ救いようがあった、と言われるほどの『微妙』さ。デザイナー兼開発者である茅場晶彦がお遊びで投入したスキルだとしか思えなかった。

 

 多くのプレイヤーがこのスキルを瞬く間に捨て、新たに自分に合ったスキルを取得した。しかし、世の中には例外という者が存在する。そして、この《瞑想》スキル使いもその例にもれなかった。

 

 俺は一体どうしたことか、この《瞑想》スキルがいたく気に入ってしまい、SAOβ終了時まで使い続けた。鬼のように硬いアインクラッド第二層の岩を破壊し、《体術》スキル獲得クエストもクリアした。俺はいわば《気功術》とでもいうべき戦闘方法をSAOβテストの間貫き通したのだ。ちなみにSAOβ時代に、アインクラッド第二層の体術マスターたる髭のNPCを発見できたのは、俺とあと一人、SAO最高の情報屋、《鼠》のアルゴだけだ。あのクエストに挑戦した時、顔に消えない墨で髭模様を描かれて散々な思いをしたのを覚えている。俺は筋力値にもステータスを振っていたので、なんとか二日から三日で岩を破壊することができたが、敏捷値極振りのアルゴは岩が破壊できず、結局クエストクリアを諦めて髭師匠の住むテーブルマウンテンを下山した。あの模様が消えなかったせいで、《鼠》というあだ名がつけられたのを知る者は少ない。

 

 三か月のβテスト期間が終わり、11月に開始したSAO正式サービス。開発者茅場晶彦の手によって恐怖のデスゲームへと改変された、今のアインクラッドでもそれは例外ではない。俺はきちんと第二層にて《体術》を、第六層にて《瞑想》スキルを取得した。ちなみに第二層の体術マスターの所にあった岩、正式サービスでは破壊不能(イモータル)オブジェクト一歩手前あたりまで硬度が強化されており、以前は六時間余りのプレイを三日続けて破壊したこの岩が、二十四時間中十八時間ぶっ通しで殴り続けても割るのに三日かかったという面倒な話。

 

 このSAOでは、素手で戦うよりも武器を持って戦う方が圧倒的に有利だ。《体術》は素手での攻撃力を向上させ、素手攻撃専用のソードスキルを出現させるスキルではあるが、それでもソードスキル無しの武器攻撃の方が威力が高いのは否めない。《体術》がほかのスキルよりも過小評価されるゆえんの一つだ。

 

 ソードスキルについても説明せねばなるまい。《ソードスキル》とは、その名の通り《剣技》――――この世界、《ソードアート・オンライン》を象徴すべきシステムだ。この世界は《剣技の世界(ソードアート・オンライン)》の名が示す通り、《魔法》が存在しない。代わりに、いわば必殺技的な物として無限に近い数設定されているのが、この《ソードスキル》。通常攻撃の二倍はあろうかといえるほどの速度や威力を誇る技を駆使して闘うのが、この世界の定石だ。

 

 もちろん徒手空拳の俺も例にはもれずソードスキルをきちんと使ってはいる。しかし、《体術》のソードスキルはいささか頼りない。あくまで《体術》は補助スキルだ。そのため、ソードスキルの威力が低い。もともと《体術》のソードスキルは、《ソードスキルの連続》という事象をなすためだけにあるようなものなのだ。ソードスキルの弱点として、使用後に1~3秒ほどの長い使用後硬直時間(スキルディレイ)が課せられるという事がある。しかしこれは、違うスキルのソードスキルを繰り出すと打ち消すことができるという事が実証されている。しかしこの世界に置いて、『片手に武器を握った状態で、もう片方の手で武器を使う』ことは不可能だ。なぜなら、《二刀流》を試みた瞬間にシステムがイレギュラー装備状態と見なし、ソードスキルの使用を禁止してしまうからだ。必然的にコンボ用のスキルは、武器を使用しなくていいスキル……《体術》に限られてくることになる。そのため、その一点に関しては《体術》スキルは非常に優秀であり、《体術》スキルをもしものための護身用的な位置で取得するプレイヤーも少なくない。だが、それに比例するかのように、《体術》スキルをメイン攻撃に使用するプレイヤーは、それこそ数えるほどしかいないだろう。

 

 そして俺は、そんな数えきれるプレイヤーの一人であった。《瞑想》スキルと言い、《体術》メインといい、俺はどうもこういった不遇スキルを気に入る傾向にあるらしい。俺のスキルスロットには《エクストラスキル》に分類されるスキルがわんさか詰まっているし、戦法もほかのプレイヤーとは一線を画す。それでも俺がSAOの最前線で戦う《攻略組》であることができるのは、ひとえに《瞑想》スキルの『隠された力』のおかげに他ならない。

 

 あくまでこれは俺の脳内ナレーションであって、誰かが見聞きしているとは思えないのだが、もしそんなことができる奴がいたのならば疑問に思っているはずだ。「《瞑想》スキルの隠された力とは何か?」と。そんな奇妙な能力を持った物好きな人に答えよう。

 

 引き続き、俺の回想録(?)を見ればわかる、と。

 

 

 

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 俺が初めて《瞑想》スキルの『隠された真の力』と出会ったのは、SAO攻略開始から八カ月ほどたったころ。最前線はアインクラッド第二十七層、その時俺が活動していたアインクラッド第十二層でのことだった。この層は隠しダンジョンと呼ばれる未踏破層が非常に多く、エクストラスキル獲得クエストが隠しダンジョンの奥で受けられる例もいくつかあったため、俺は新たなエクストラスキルを求めて隠しダンジョンの一つに入った。隠しダンジョンの多くは、上位の階層がクリアされると解放される形式を取っており、その奥に待つモンスターたちは、開放時の最前線モンスターと同じくらいの強さを持っている。つまり、その階層のモンスターとはけた違いに強いのだ。

 

 当時の俺のレベルは42。攻略組の中でも比較的高い方だった。出現するモンスターたちは大体レベル20から30程度。余裕で倒すことができた。蛇型やトカゲなどの爬虫類を模したモンスターたちは、ソードスキルも使わないため、対応するのは楽だった。さらにそのダンジョンは、どうやら俺が最初に発見したらしく、宝箱や採掘アイテムなどは全てそのまま残っていた。俺はそのダンジョンを踏破しただけで大量のアイテムや(コル)を入手することができた。

 

 レアアイテムも大分手に入ったし、そろそろ帰ろうか……という時になって、俺はダンジョンの奥地へ続くとみられる扉を発見した。何らかのトラップの場合もあるが、危険なときは転移結晶で脱出すればよいと――当時はまだ《結晶無効化空間》の存在が知られていなかった――考え、その扉を開いたのだ。

 

 中で待っていたのは、レアアイテムでも、大量の額のコルでも、何かのトラップでもなかった。そこで待っていたのは、このダンジョンのボス。二つの頭を持ったドラゴンだった。双頭のドラゴンは凄まじい攻撃力・防御力・HP総量、挙句の果てには超遠距離かつ広範囲のブレス攻撃まで放ってきた。当時のSAOでは文句なしに最強クラスのモンスターだっただろう。さらに、部屋に入った途端に後ろの扉が閉まり、開かなくなってしまったのだ。ボスの強さと、その機能に関しては《最悪》のトラップであっただろう。

 

 《カドゥケイス・ジ・アンフィスバエナ》という名前のそのドラゴンの猛攻で、俺は何度も死にかけた。恐らくもとは複数パーティーで戦う用のモンスター、つまり戦闘適正規模は中隊規模(レイドパーティー)推奨だったわけだ。その実力は、まさにフロアボスクラス。そこいらのダンジョンのボスなどとはけた違いに強かった。

 

 加えて、俺は基本的に武器などを持たない徒手空拳戦法をとっている。円月輪と呼ばれる、《投剣》《体術》複合武器が、数少ない攻撃用武器だった。相手が攻撃を放つ瞬間にヒットすると、ディレイ率の増加する特殊効果を持ったこの武器で、俺は奴とうまく立ち回った、のだが……。

 

 戦闘開始から一時間余りが経過したその時、それは起こった。俺の集中力がついに途切れ、ボスの攻撃が盛大にクリティカルヒットしたのだ。ポーションは長きにわたる戦いですでに使い切っており、もしもの時のためにと用意しておいた《回復結晶(ヒールクリスタル)》――当時はまだ恐ろしく高価で、最前線でしか買えなかった。そのため、俺が所持していたのはこの時たったの二つだった――に頼ることとなった。

 

 しかし。

 

 あろうことか、絶対回復をもたらすはずの《回復結晶》は、俺のHPをびたいちも回復しなかった。否、そもそも効果を発揮しなかったのだ。俺が初めて遭遇した、《結晶無効化空間》だった。《結晶無効化空間》は、その名の通り《転移結晶(テレポートクリスタル)》や《回復結晶(ヒールクリスタル)》、《解毒結晶》などを始めとする、十数種類存在する結晶アイテムの効果全てを無効にする空間のことだ。当時はまだ最前線ですら発見されておらず――実際には迷宮区などには存在していたらしいのだが、大抵が隠し宝箱などの周りに、強制的にモンスターハウスを呼び出す《アラームトラップ》と共に設置されたトラップであり、引っかかったプレイヤーほぼ全員が死亡しているなどのことから、その存在は明るみになっていなかった――、俺にとっても初めて遭遇するトラップだった。

 

 動揺した隙を突かれて、再び攻撃がヒット。今度はクリティカルヒットでは無かったとはいえ、元々の攻撃力が桁違いである《カドゥケイス・ジ・アンフィスバエナ》の攻撃は、たった二撃で俺のHPを真っ赤に変えた。

 

 回復ポーションは尽きた。回復結晶は使えない。絶体絶命の状態で、俺がふと思い出したのは、《瞑想》スキルの存在だった。《瞑想》スキルの中に、一度発動させた後は精神集中(っぽい)ポーズをとらなくても、一定時間継続的にHPを回復させる機能があったことを思い出したのだ。当然回復量・回復速度は限りなく『微妙』であったが、その時の俺はわらにもすがる思いでそのスキルを起動させた。

 

 そしてその時、俺は《瞑想》スキルの能力項目に、見慣れない能力があることに気が付いた。

 

 名は、《第一チャクラ解放》。能力説明も何もなく、ただ名前だけがそこにあった。HPが徐々に回復していく中、俺はそのスキルを起動させてみた。本来ならばSAOで、手に入れたばかりの力を使うのはあまりほめられたことではない。だが、この時の俺は猫の手も借りたいような信条だったため、多少でも助けになりそうなものは何でも使った。

 

 

 結論から言えば、この《第一チャクラ解放》の力は信じられないほど強かった。

 

 まず、攻撃威力がバカにならないほど増加した。いままで体術スキルで与えられていた相手へのダメージ率が、二倍に近い量増加。スキル発動後は、目を見張るスピードで《カドゥケイス・ジ・アンフィスバエナ》のHPは減っていき、それから三十分とせずにほとんど、否、全くと言っていいほど減っていなかった奴のHPは完全に消滅した。

 

 次に、加算された経験値の量。ボスを倒した時のLAボーナスと合わせた経験値で、あっという間に俺のレベルが上がった。信じられない増加量。俺のレベルはその戦闘だけで50になった。さらに、獲得コルもちょっと想像を絶する数値加算された。最初、これは全てボスのLAボーナスなのかと思っていたが、帰り道に倒した雑魚モンスターから手に入ったコルや経験値の量が、先ほどとは比べ物にならない量であったことから、これが《第一チャクラ解放》による効果であることが分かった。

 

 それと関連して、レアアイテムのドロップ率も増加した。さらには《瞑想》を含む俺の取得している全スキルの熟練度加算スピードが目に見えて増加し出した。加えて、HPや状態異常の回復などが、ヘンなポーズを取らなくても可能になった。

 

 《第一チャクラ》が解放された後、定期的にほかの《チャクラ》も解放され始めた。アインクラッド第三十二層で解放された《第二チャクラ》は、さらなる経験値増加・熟練度スピード増加をもたらし、《第三チャクラ》がアインクラッド第四十六層で解放されてからは、自分の思い描くような、イメージ通りの戦い方を行うことができるようになった。簡単に言えば、自分が望んだとおりに戦況が運んでいくのである。

 

 現在俺が解放できるのは、第五十層で解放可能になった《第四チャクラ》まで。このチャクラは、HP回復スピードを飛躍的に、否、もはや《一瞬》の域まで増加させた。回復結晶いらずである。

 

 これらの効果は、基本的に常に解放されており、何らかの精神集中(っぽい)ポーズは不要であることも分かった。だが、その変なポーズを追加で取ることによって、一定時間限定ではあるが、効果を増大させる機能があることが分かった。さらに、《瞑想》スキルを取得しているほかの物好きプレイヤー達には、この効果が出現していないらしい、という事が判明している。

 

 現在の最前線は六十一層。非常に美しい主街区とその周辺の海を越えたフィールドには、蟲や軟体動物系モンスターしか出現しないために、つけられたあだ名が《むしむしランド》。今日も俺は、新たな《チャクラ解放》を目指して《瞑想》スキルを鍛えている。もし俺がβ時代にこのスキルを取っていなかったら、俺はこんな力を手に入れていなかっただろう。人の人生とは、何とも複雑に入り組んでいるモノだなぁ、と年寄り臭いことを考えつつ、攻略に励むとするか。

 

 

 

 

 

 なお、この後解放された《第五チャクラ》はテレパシー的なことを、《第六チャクラ》は後に聞いた言葉によると《心意》と呼ばれるものを使用可能にした。《第七チャクラ》を開放したその時、俺は《人間(プレイヤー)》という枷を超えた存在へと変貌するのだが、その話はまた今度、別の機会に。




 《瞑想》スキルが最強のユニークスキルの懸け橋だとか、隠しダンジョンとかそのほかもろもろの設定は全て自分のオリジナルとなっております。当然原作にはありません(笑)《瞑想》スキルはもっと脚光を浴びてもいいと思うんだ。


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02

 続きを思いついたので更新。


 《瞑想》。精神集中風のポーズをとることで、HP回復量や攻撃力を強化するサポート系スキル。ただし、その性能は《微妙》とされ、《ソードアート・オンライン》正式サービスにおいて、このスキルを使う者はごくごく少なかった。もともとサポートスキルであると同時に、非常にマイナーなスキルであるため、マイナー好きプレイヤーの多くがこのスキルを使用し続けたものの、しかしさほど愛用したわけでもなかったようだ。

 

 その中で、たった一人、《瞑想》スキルを愛用し、末には『《瞑想》スキルの隠された能力』を開眼させたプレイヤーがいた。

 

 これは、彼の物語、その一端。

 

 

 ――――――

 

 

 悪夢のデスゲーム、《ソードアート・オンライン》ことSAOが始まってから、そろそろ一年半になるだろうか。舞台である鋼鉄の浮遊城、《アインクラッド》の攻略は第六十一層まで進んでいた。

 

 現在俺がいるのは、アインクラッド第五十層である。主街区はどこぞの電気街を彷彿とさせる煩雑の街《アルゲード》。その裏路地の圧倒的多さと入り組みの深さといえばもう死にたくなるくらいの物で、実際はNPCに十コル(コルトはこの世界のお金の単位である。一コル一円相当)ほど払えば転移門広場まで案内してくれるらしいのだが、たまに地図も金もない、低層から観光に来ただけのプレイヤーが迷って、ゾンビのごとくうろついているという噂がまことしやかに語られているくらいである。

 

 因みに今俺が、こうして裏路地を迷わず進んでいられるのは、ひとえに『アルゲード裏路地コンプリートマップ』という、どこのだれが作ったのかよくわからない地図によるものであった。一冊百コル。いやね、もう地図最高。どの道を行けば近いのかとか、どこの道を通るべきなのかとか一瞬でわかってしまう。これは必需品だね。失ったら二重の意味で死ねるね。うん。裏の方に某千葉なのに東京なテーマパークのロゴとよく似たマークが付いている。あれ、これどっかで見た様な……?

 

 とりあえずこれは俺の脳内回想なのであって、誰かが見ていることとかまずありえないわけだが、『他人の脳内回想を読む』とかそう言う類の変な能力を持っている人がいた場合に備えて(どうやら前回、なぜ俺が『《瞑想》スキルの隠された力』を獲得したかを回想したのを読んだ人々がいたらしい。恐ろしや)、どうして俺がこんな入り組んだ裏路地に入り込んでいるのかを説明しようと思う。

 

 理由は簡単だ。知人の営んでいる雑貨屋に、アイテムを売りに来たからである。

 

 エギルという名前のそのプレイヤーとは、一年ほど前、まだアインクラッドの攻略がこれがさっぱり全然進んでいなかった頃――――そして、俺が《瞑想》スキルの隠された力を手にするどころか、エクストラスキルを1つも手に入れていなかった頃に出会った。ボス攻略に参加するためにレベル上げをしていた彼とその友人のパーティーに力をかしたのだ。その後も何度か連絡を取り合い、そこそこ彼とは親しい友人になっている。彼が50層アルゲードの裏路地に雑貨屋を開店する時には、資産調達の手伝いなどもした。開業記念パーティーにも、もう1人の開業の立役者である友人のキリトと共に参加した。

 

 エギルにはその後も随分世話になった。そのため、俺は時折アイテムを売るべく彼の店に足を運んでいるのである。ついでにアイテムも買って行く。金を経由する物々交換である。ギブ&テイク。これってマブダチ?因みに彼の店は普通に比較的入り組んでいない道に入ったところにあるのだが、たまたま俺がこの裏路地を通っているだけである。しまった、転移門広場に戻れば良かったかもしれん。良く考えるとそっちからの方が近い。

 

「っとぉ……」

「きゃっ!」

 

 そんなことをぼんやりと考えていたせいか。俺は前方から走ってきたプレイヤーに気付かず、そのプレイヤーと正面からぶつかってしまった。幸い地図を落とすことも無く、主街区の中なのだから当然ダメージも無い。

 

 これは大きな村や街に存在する《犯罪防止(アンチクリミナル)コード》という奴の影響で、これの《圏内》では、プレイヤーはデュエルなどの特殊な手段を使わない限りダメージを受けることはない。

 

 それだけではない。SAOでは犯罪を行っただプレイヤーは、頭上のカラーカーソルがオレンジ色に変わる…これをとって、犯罪者プレイヤーのことを《オレンジプレイヤー》と呼ぶ…のだが、このオレンジプレイヤーが《圏内》である街の中に入ろうとすると、鬼のように強いNPC衛兵(ガーディアン)が大挙して押し寄せ、犯罪者を《圏外》に叩き返してしまう。つまり、《圏内》にいる限り、プレイヤーは絶対安全なわけである。

 

 が、裏を返せば、《圏内》から一歩でも《圏外》に踏み出せば、その瞬間から死の危険が付いて回ることになる。それに、いつまでも《圏内》の安全が保たれるわけではないだろう。いつか必ず、《犯罪防止コード》の加護が立たれる日が来ると、俺は予想していた。大体こういうデスゲームで、『解決』と『安全』は共存できないのだ。解決が近くなるとこういった安全措置は消えてなくなるのはお約束である。なんでそんなことが予想できるのかって?そう言うフィクションもの読み漁ったことがあるからだよ。意外だったかね?……俺は誰に話しかけているんだ。

 

「おい、大丈夫か?」

「ごめんなさい、こちらの不注意で……ご、ご迷惑をおかけしました……!」

「いや、別に……ん?」

 

 そこまで半オートモードで会話をしていた俺は、会話の相手の声が妙に高いことに気が付いた。あれ、これって……。

 

 恐る恐る会話相手の方を見る。年齢は俺と同じか少し下くらいだろうか。明るい茶髪は、毛先がふわりと広がるような形でツインテールにされている。しかも毛先はピンク色だ。蜂蜜色にカスタマイズされた瞳を持つ顔は、ちょっと今まで見たことがないほどに整っていた。装備は女性用の物だし、きちんと胸部は盛り上がっている。

 

 ――――うん。ほぼ間違いなく激レアな女性プレイヤーである。しかもさらに激レアな美少女である。

 

 SAOでは、ゲーム開始初日にプレイヤー全員のアバターの容姿が、リアルの容姿に戻されている。これはハードである、今は俺達の命を縛る死の枷、《ナーヴギア》のフルフェイスメット型構造によるものと、SAOの初期セットアップ時に、体の動きをチェックする為、と偽って導入された《キャリブレーション》という自分の体をぺたぺたさわる行為によって再現されたもので、その再現度は相当の精度の物であり、特に顔の大まかな造形はほぼ100%といっていいほど完璧に再現されていた…もっとも、デスゲーム化後のSAOのアバターでいじれるのもまた、その顔の目の色と髪の色、そして髪型だけなのだが…。ちなみに複数の色によるトーンカラーリングを行う着色アイテムは非常に高価なので、目の前の女性プレイヤーは結構…嫌な言い方になるが…やり手、という事になる。

 

 容姿が元に戻る、という事は、性別も元に戻るという事である。SAOの女性プレイヤー比率は全体の三割にも満たない状態となり、その多くが今もまだ第一層の《はじまりの街》に籠っているか、中層にいるかだろう。最前線で活躍している女性プレイヤーはさらに少なく、俺が知っているのは《血盟騎士団》の副団長・《閃光》アスナくらいである。

 

 ちなみに余談ではあるが、性別が違う体を使用していると強い違和感があるらしく、とくにフルダイブゲームであるSAOではそれが顕著だ。さらにはアーガス社内の開発チームによるテストでは、長時間異性の体を使用したプレイヤーはログアウト後に激しい不快感を覚え、さらには精神が多少使用していた体の性別に引っ張られるという危険な研究結果が出たという。デスゲーム期間中に異性の体を使って不快感を得る事の無いように、性別が元に戻されたのは、開発者であり、デスゲームを始めた張本人でもある茅場晶彦のわずかな慈悲だったのだろうか。

 

 とにかく、女性プレイヤーは凄まじく少ない。その中に本物の美少女などどれだけの数がいるだろうか。熱狂的なファンクラブすらあるアスナを始めとして、両手で数えることができるほどしかいないだろう。もっとも、人によって好みは分かれるが。俺の知り合いには根暗な腐女子じゃないと勃たないと豪語する奴がいる。変態だ。

 

 と、言うわけで、この目の前の女性プレイヤーは、そんじょそこらのS級モンスターごときよりもよっぽどレアリティの高い存在であると分かっていただけただろうか。……この脳内ナレーションを読んでいる人間がいるとはにわかに信じがたいのだが。けどいたんだから奇妙なことだよなぁ。噂では1000人くらいいたらしい。地味に多いな……。

 

「と、とにかく、本当に申し訳ありませんでした」

「いや、いいよ別に。何か迷惑だったわけでもないし。……今後は気を付けろよな。男プレイヤー全員が俺みたいな奴なわけじゃぁないよ」

「は、はい。あの、本当にすみませんでした!」

 

 ペコペコ頭を下げながら去っていく女性プレイヤー。しっかし良く謝る奴だったな。

 

 

 エギルの店には、その五分ほど後に到着した。店を訪れていたプレイヤーの一人が、そこそこ高価なアイテムを売りに来ていた。が、店主はそれを法外、と言って良いほどの安さで買い取ってしまった。失意のままに店を出ていくプレイヤー。まったく、いくら『安く仕入れて安く提供する』のがモットーといってもねぇ。

 

「よう、エギル。相変わらずセコイやつだなオイ」

「シヴァじゃねぇか!久しぶりだな、しばらく見てなかったから心配したぜ」

 

 そう言って、小さな子供が見れば逃げ出すような笑顔を浮かべる、禿頭の大男。チョコレート色の肌に、ぎらりと光る眼。雑貨屋であると同時に一流の斧使いでもあることを象徴するような、がっしりとした体つきだ。恐らく純日本人ではないのだろう。彼がエギル。俺やキリトの様なはぐれ者の面倒を見てくれるしっかり者の一面もある。

 

 そうそう、シヴァ、というのは俺のプレイヤーネームだ。世界各国のカルト宗教から引っ張りだこの破壊の神からとった。何でそんな名前を付けたのか?……気分だ。一年前の俺の若さゆえの過ちだ。

 

 だがこの名前は惜しいかな、短いがゆえに愛称をつける意味がない。というわけで俺は会話する時にはこの黒歴史であるプレイヤーネームを呼ばれなくてはならないわけである。しっかし本当に何で俺はこんな名前を付けたのかな……やめときゃよかったと後悔しても、SAOに今のところ名前を変えるアイテムは無い……と思う。

 

「今日はどうした?なんか買ってくのか?」

「その逆だよ。アイテム売りに来た」

 

 そう言って、バッグの中からアイテムを取り出す。

 

 それは、金色の鉱石だった。光り輝くその外面からは、一級品の香りがプンプン漂ってくる。

 

「《黄金郷の鉄鉱石(シャングリラストーン)》……SS級鉱石じゃねぇか……どこで手に入れてきたんだ?」

「ん?ああ、暇だったから採ってきた」

「暇だったらって、お前……《黄金郷の鉄鉱石》といやぁ、《アシュレイの秘石》と並んで超入手困難って言われるアイテムだぞ。こんなの……」

「まぁ、な……本当に暇だったから採ってきたとしか言いようがないんだが」

 

 もちろん、俺もSS級アイテムをわんさかとれるほどの幸運値(ラック)があるわけでもない。いや、無かった――――と言うべきか。

 

 俺は半年ほど前、散々こと愛用してきた《瞑想》スキルに、隠された能力があることを発見した。《チャクラ解放》と呼ばれるその能力のうち、《第三チャクラ》は、俺に圧倒的なまでのドロップ率ブーストを掛けたのだ。モンスタードロップも、チェストドロップも、採掘も、ちょっと信じられないほどの成功率だ。

 

 《チャクラ解放》は、《瞑想》スキルによって使用できる通常のスキルではなく、どうやらModに分類されるようだった。Modとはモディファイの略で、スキル熟練度の上昇によって使用可能になるオプションのことだ。ほかには武器スキルのMod《クイックチェンジ》のような特殊な物や、ソードスキルの使用可能制限制限を短縮する《クーリングタイム短縮》などの一般的なものまで多種多様だ。

 

 現在《第一チャクラ》《第二チャクラ》《第三チャクラ》《第四チャクラ》の使用が可能になっている。《チャクラ解放》の能力スロットには、全部で九つの空白があり、その内四つが埋まっている。

 

 特定の階層が攻略されると《チャクラ解放》が行われるらしく、俺は次の《第五チャクラ》は恐らく第六十四層で解放されるだろうと睨んでいる。なぜならば今まで、チャクラはそれぞれアインクラッドが14層攻略されるごとに、15層目に俺が降り立った瞬間に解放されたからだ。《第四チャクラ》はアインクラッド第五十層(つまりこの階層だ)が攻略された後、五十一層主街区に様子見をしに行った際に解放された。

 

「とりあえず買い取り頼むぜ」

「お、おう……」

 

 こういった高価なアイテムは、プレイヤーに売るよりはNPCに打った方が高値が付く場合が多い。今回この鉱石を拾ってきたのは、単にエギルにレアアイテムをやろうという善意からだ。実はこのアイテム、チャクラの影響なのか一般プレイヤーの想像を絶する数(別に三ケタ以上あるわけではないが一応十は超えている)あるため、ほとんど無償提供といっても過言ではない。それに俺は第一から第三までのチャクラの影響で、モンスターを倒した時に手に入るコルの量が異様にブーストされている。金には困っていない……今のところ。

 

 もっとも、簡単にばらまくわけにはいかない。俺が《瞑想》スキルに起源をもつ奇妙なスキルを有していることは一部の人間以外しらないし、可能な限り注目を集めたくないというのもある。

 

「えーっと……12500コルだな。おいおい、今週の売り上げの半分もってくなよ」

「そいつを売ったらその二倍は入るんじゃねぇの?」

「違いねぇな」

 

 ははは、と大笑するエギル。

 

 

 さすがにあれだけの金をふんだくっていくわけにもいかず、転移結晶をいくつか買い込んだ俺は(チャクラ能力ですら、残念ながら転移能力をもったモノはないため、転移結晶は非常に重宝する)、エギルの店を出た。

 

「さーて、何するかねぇ……」

 

 基本的に、俺は最前線では戦わない。《攻略組》と呼ばれるプレイヤーの一人ではあるので、一応ボス戦には参加するが、迷宮区攻略などはあまりやらない。ボス戦でも、この頃は力をセーブしなければならなくなってくるほどだった。

 

 あの日、この《瞑想》スキルの隠された力を解放してしまってから、俺のSAO生活は大分変ってしまった。できればもうこんなどんでん返しは起こってほしくない。

 

 

 だが悲しいかな、変化はまだあといくつか残っていた。そのうちの一つは、この時もうすでに始まっていたのかもしれない。

 

 何が起こったのか。察しのいい諸君にはもうお分かりだろう(人の脳内ナレーションを覗く能力のある人々だ。きっと察しも良いに違いない)。まぁ、詳しいことは追々語るとして、今回のところはこれで幕引きにしておこうと思う。

 

「それにしても腹減ったなぁ……」

 

 焼き取りでも食いに行くか。

 

 俺はアルゲードの裏路地を、焼き鳥屋目指して歩き始めた。




 お久しぶりです、神話巡りです。何を思ったか『最不人気使いの最強戦士』の二話目を更新してしまいました……;
続きは出るか分かりませんが、今後もよろしくお願いします。


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