帝国の門 (Y56)
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1.伊丹

 初投稿です。国語苦手&設定ガバガバですがお手柔らかにお願いします…。


 昭和5年12月8日、寒風吹きしきる銀座を一人の男が歩いていた。

 男の名は伊丹耀司、陸軍少尉である。実家は神田にある小さな町工場で、3人兄弟の次男に生まれた。小学生の頃から大の読書好きだが勉学はめっぽう駄目で、幼い頃からずぼらな性格だったこともあり、学校をすっぽかして近所の書店に丸一日入り浸っていたことなど日常茶飯事であった。見兼ねた伊丹の両親が何度もこっぴどく叱ってやったのだが、当の本人は全く聞く耳を持たず。終いには2人とも呆れて何も言わなくなってしまったという。

 しかし、伊丹は幼い頃から人より抜きん出ている才能が1つだけある、と言われてきた。それは信じがたいほどの強運である。

 例を挙げれば枚挙に暇がない。一番信じがたいのは大の勉強嫌いでありながら、中学校、さらには全国の少年達の憧れの的であり、ほんの一握りの者しか入学できない陸軍士官学校へ進学したことである。

 しかし、その受験理由は全国の受験生たちが聞けば確実に烈火の如く怒り狂う、と言えるほどふざけたものだった。

 「いやぁ、俺の友達が陸士(陸軍士官学校)受けるって聞きましてね。冷やかしに俺も受けてみようかな、なんて思ったんですよ。まさか合格してしまうなんて…。」

 当然落ちると思って受験した伊丹には入学する気など毛頭なかったので、合格通知が届いた後、直ぐに入学を辞退しようとした。しかし、伊丹の両親は、お前のようなろくでなしに将校への道が開けたのだ、と北村を言いくるめ、無理矢理入学させてしまったのである。

 ところで、この時受験した伊丹の友人は中学の間、血反吐を吐くほどの努力を重ねたにも関わらず奮戦虚しく不合格に終わってしまったという。世の中とはこうも理不尽なものなのか。

 しかし、いくら強運と言えども、勉強嫌いでずぼらな性格の人間が天下の陸軍士官学校でうまくやっていくことなどできるはずがない。

 成績は当然後ろから数えたほうが早かった。本人も一度も前から数えたことなんかない、とよく豪語している。さらに伊丹のずぼらな態度は、度々教官連中の逆鱗に触れ、何度もサーベルで頭を殴られた。伊丹の同期たちによれば、毎日殴りつけていたものだから、ある日ついに教官のサーベルが折れ曲がってしまった、ということもあったらしい。

 しかし、そんな伊丹もなんとか全課程を修了し卒業。歩兵第1連隊附となった後、少尉に任官された。ついに誉れ高い陸軍将校たちの仲間入りを果たした伊丹だったが、残念ながら人間そう簡単には変わらない。

 勤務成績は不可にならない程度に可。しかし、相変わらずの腑抜けた態度のために、毎日のように上官から叱責を受けていた。

 さらには一部の同僚からも

 「皇軍の恥さらし」

 「軍人の風上にも置けぬ奴」

と散々な言われようだった。

 しかし、今日はそんな煩い上官や同僚は周りにいない。なぜなら伊丹は久々に休暇をとり、銀座にやって来ていたからである。もちろん目当ては趣味の本。銀座には伊丹の顔馴染みの書店があるのだ。

 最近、折からの不穏な国際情勢の影響もあってろくに休む暇などなかった伊丹はこれまでの1か月間、この日のために生きてきたようなものであった。

 寒さに体を震わせ、先日発売されたばかりの小説の新刊に思いを馳せながら、伊丹は4丁目の交差点へ向かっていく。それが長きにわたる戦乱の序章になるとは露ほども知らずに───────

 

 

 



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2.晴天の霹靂

異様な光景だった。

 「何だあれは─────────」

 伊丹は思わずそう呟いた。

 ここは確かに銀座4丁目交差点である。しかし今までに見慣れた銀座4丁目交差点とはあまりにも違っていた。

 交差点の中央に巨大な西洋風の建造物────高さは20メートルくらいだろうか────がそびえ立っていたのだ。

 周りの市民達も、各々様々な反応を示しながら「それ」を見上げていた。

 「それ」の前には数人の警官が立ち塞がり、「それ」に近づこうとする市民達を下がらせようとしていた。

 

 

 そうこうしているうちに野次馬が増えてきた。そこに増援の警官やら憲兵やらが次々にやってきて、交差点はちょっとした恐慌状態になっていた。

 伊丹は先に進むことができなくなったので、小説を渇望する我が心を必死で抑え、やむなく来た道を少し戻って群衆から抜け出し、遠巻きに状況を観察することにした。

 それにしても異様な光景である。

 第一誰が何のためにあのような場所に「それ」を建てたのか全く見当もつかない。そもそも1か月前に銀座にやって来たときにはあの場所には何もなかったのだが。1か月でこんなにも巨大な建造物を建てるのはいささか無理な気もする。ああ、それにしても早く退けてくれないものかな─────

 伊丹はそんなことを考えながら、しばらく待つしかないと腹を括ることにした。

 ちょうどその時である。見慣れぬ何かが「それ」から飛び出してきたのは─────

 

 

 それは突然の事だった。

 巨大な黒い影が「それ」から飛び出し、集まっていた群衆の頭上を飛び去っていった。

 一瞬静寂が訪れた。

 誰もが今まさに自分たちの目の前で何が起こったかを理解出来ないでいるらしかった。

 しかし、その静寂も次の瞬間には凄まじい悲鳴へと変わってしまっていた。

 

 

 伊丹は思わず目を見張った。

 目の前で起こっていることが現実だと理解するのに数秒要してしまった。

 そして自分が置かれた状況にようやく気づく。

 

 ─────戦闘が始まった─────

 

 警官の一人が背中を切り裂かれ、紅蓮の鮮血が辺りに飛び散る。その光景を目の当たりにした人々は悲鳴を挙げながら我先にと逃げ惑う。そして、その背後から目を疑うほど異様な集団が現れた。

 中世ヨーロッパ風の鎧兜に身を固め、槍や剣、弓矢で武装した歩兵と騎兵の集団である。他にもよく分からない巨大な人型の生物が数体いるようだった。そして、その集団のなかでも最も高貴そうな身なりをした騎兵が抜刀して高らかに口上を述べる。

 

 「蛮族どもよ、よく聞くがよい。

  我が帝国は皇帝モルト・ソル・アウグスタスの

  名においてこの地の征服と領有を宣言する!」

 

 その声に我に帰った警官や憲兵たちは、市民が逃げる時間を稼ぐべく、圧倒的に劣勢であるにも関わらず、果敢にも拳銃を抜いて応戦した。

 武装集団の最前列を形成していた歩兵のうちの数名が被弾し倒れ伏す。しかし多勢に無勢。指揮官と思われる騎兵の男の口上に呼応するように謎の武装集団は喊声を上げて突撃を開始、警官と憲兵達はあっという間に蹂躙されてしまった。

 

 

 伊丹は敵指揮官が口上を述べている隙に、周囲の市民達とともに逃走を開始した。いろいろ気になる事も多くあったが今はそれどころではない。一刻も早く安全な場所に避難しなければならなかった。

 しかし、敵武装集団が本格的な軍事行動を開始すれば東京市内全域が戦場と化してしまうのは明らかであった。

 伊丹は一計を案じて叫んだ。

 「全員、宮城(皇居)の方へ逃げろ!」

 最早、これだけ大勢の市民が逃げこむことができるのは

宮城前広場くらいしかなかった。避難民達が宮城に殺到する事で、敵武装集団の追撃が宮城に向き、陛下の御身を危険にさらしてしまうおそれもあったが、この期に及んでは仕方がない。

 伊丹は、後れ馳せながらやって来た増援の警官や憲兵達にも事情を説明し、協力して避難誘導を行いつつ、自らも宮城の方へ急いだ。

 

 

 既に宮城前広場は避難民でごった返し、混乱を極めていた。宮城警備の近衛兵達も出動し、厳戒体制をしいていたが、まだ敵集団はやって来ていないようだった。

 しかし、もし周囲の防備がほとんどないこの状態で敵武装集団の襲撃を受けてしまえば、確実にこの宮城前広場は地獄絵図と化すだろう。そう考えた伊丹は、宮城正門の近衛兵詰所に怒鳴りこんだ。

 

  「おい!何をしている!早く門を開けて民間人

   を中に避難させるんだ!」

  「なんだ貴様は!宮城に民間人を入れることな

   どできる訳がなかろうが!下がれ下がれ!」

  「馬鹿野郎!このままだと宮城の前に臣民の屍

   の山と血の海ができるぞ!」

 

 詰所にいた頭の固い近衛兵と言い争っていると、いきなり詰所の黒電話が鳴った。近衛兵は伊丹を睨み付けてから受話器を取った。

 

  「侍従……!ハッ!了解致しました!」

 

 そう応対して受話器を置いた近衛兵は伊丹に向き合ってこう言った。」

 

  「陛下より命が下った。臣民の命を最優先に、

   と。」

 

 

 門が開いた。広場にいた市民たちが我先に、と押しかける。そして空いた広場に素早く近衛師団が展開し即座に戦闘体制を整えていた。伊丹は守備隊の指揮官に声をかける。

 

  「俺は歩兵第1連隊附の伊丹耀司少尉だ!さっ

   き銀座で敵集団を確認してきた!敵の兵器類

   は取るに足らないが、数が多い!増援は来な

   いのか!?」

  「立川から航空隊が向かっている!あと、歩兵

   第1連隊と歩兵第3連隊もこちら向かっている

   らしいぞ!」

  「それだけ来れば十分だ!増援がくるまで持ち

   堪えるぞ!」

 

 伊丹らがあれこれ話している内に近衛兵たちは戦闘体制を整え終えていた。さすがは天下の近衛師団、帝国一の精鋭部隊というだけあって、展開の速さも圧巻である。

 

  「来たぞ!」

 

 伊丹の前にいる3年式機関銃射手が叫んだ。

 敵の喊声がすぐそこまで近づいてきていた。

 兵士達の間に緊張が走る。いよいよ戦いの火蓋が切って落とされようとしていた─────

 

 

 



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3.宮城会戦

いよいよ敵集団の先頭が姿を現した。

 こちらは元より宣戦布告も無しに一方的に攻撃を開始して何の罪もない市民を蹂躙し、暴虐の限りを尽している賊軍に容赦するつもりなど全くなかった。

 

  「陛下は速やかに賊軍が帝都から駆逐されるこ

   とをお望みである!故に捕虜は不要!一兵た

   りとも生きて帰すな!」

 

 宮城守備隊の指揮官を務めることとなった近衛歩兵第1連隊長 福田袈裟雄大佐は軍刀を抜いてそう叫び、攻撃開始を命じた。

 

 

 まず最初に現れたのは騎兵である。数はおよそ100騎といったところか。敵騎兵はこちらを視認するや加速し突撃を開始した。

 しかし、彼らは次の瞬間には穴だらけになって地に倒れ伏していた。

 福田連隊長の号令一下、一斉に射撃を開始した。

 かつて機関銃を「草刈り機」と形容した兵士がいたらしいが、実に適格な表現である。そう思わずにはいられないほどに近衛兵たちの突撃破砕射撃は圧倒的であった。

 そもそも帝国陸軍の主力兵器───「三八式歩兵銃」、「十一年式軽機関銃」、「三年式機関銃」といった───は、すべて日露戦争において帝国陸軍が相対し、当時世界最強と謳われていたコサック騎兵に対する突撃破砕射撃を目的として開発された「三八式実包」を使用弾薬としていた。そのため人間はいざ知らず、突進してくる軍馬を停止せしめることも可能であった。

 この強力無二の弾丸を雨あられと浴びせられた敵騎兵部隊はたちまち恐慌状態に陥った。兵は突然の出来事に混乱し、馬は鳴り響く銃声に興奮状態となる。そして次の瞬間には訳もわからぬまま絶命していた。

 戦闘開始から1分ほどで、敵騎兵の6割近くを殲滅した。

 ちょうどその頃、敵騎兵部隊の指揮官とおぼしき者が、騎兵部隊と、その後方に待機していた歩兵部隊に何やら叫んだ。すると突然、敵集団が一斉に退却を始めた。どうやら自軍の劣勢を悟ったようであった。

 しかし、もちろんそう簡単に逃がすつもりなどこちらには毛頭ない。福田は直ぐさま突撃を命じた。

 突撃喇叭が鳴り響く。それと同時に勇猛果敢な近衛兵達は一斉に立ち上がり喊声を挙げながら、敗走する賊軍に向けて突進した。

 さすがに全速力で退却する敵騎兵を歩兵の足で追うのは不可能だったが、その後方にいた敵歩兵部隊に取り付くことができた。

 その戦闘は驚くほど一方的なものとなった。敵兵はみるみるうちに数を減っていった。

 背を向け一心不乱に逃走を図っていた敵兵は、後ろから首を牛蒡剣で刺し抜かれ即死した。

 勇敢に槍を振るって対抗してきた敵兵は、38式歩兵銃の一斉射撃を全身に受けて果てた。

 

 

 あちらこちらから近衛兵の喊声と敵兵の悲鳴が聞こえてくるなか、伊丹は宮城前広場で福田と話していた。

  

  「やりましたね。」

  「どうやら差し迫った脅威は排除できたようだ

   な。そういえば、さっき銀座で敵を確認し

   た、と言っておったが、敵は一体どこから湧

   いたんだ?あれだけの軍団がなぜ帝都に…」

  「自分もどういうカラクリなのかさっぱり分か

   ないんですがね、銀座に得体の知れない建物

   がいつの間にか建っていて、そこから急に出

   てきたんですよ。」

  「そんな荒唐無稽な…」

  「ほんとですよ。自分でも信じられないですけ

   ど…」

 

 そこまで話したところで急に空に黒い物体が現れた。伊丹も、福田も、宮城守護のために広場に残っていた近衛兵達も一斉に空を見上げた。そして彼らは目を疑った。そこにいたのは、羽を羽ばたかせて宙に浮く、誰一人として見たことのない、とてつもなく巨大な怪物だったのだ。

 

  「なっ、何だあれは!」

  「でかい鳥?いや、竜か?」

  「おい見ろ!背中に敵兵が乗っているぞ!」

 

 そう口々に叫んでいると、その怪物が突然、地上にいる近衛兵達に向かって突進してきた。

 

  「来るぞ!」

  「撃て!撃てーっ!」

 

 小銃手たちが一斉に怪物めがけて発砲した。怪物の動きはかなり素早かったが、直線的に突っ込んできてくれたおかげでかなり命中させることができた。

 しかし、多少は痛がる素振りを見せたが、それほど問題とせず、突撃をやめなかった。

 

  「散開!」

 

 福田が叫んだが時既に遅し。怪物は地面すれすれを飛行し、近衛兵の一人を補食して再び上空に飛び去った。

 

  「くそっ!よくも!」

  「この野郎!ちょこまか飛び回りやがって!」

 

 近衛兵達が応戦しつつ叫ぶ。

 

  「まさか航空兵力を有しているとは…。」

  「小銃弾もあまり効いてなかったみたいっす

   ね。」

  「くっ!宮城防空用の高射砲で狙おうにもあ

   れだけ機敏に動かれては…」

 

 伊丹と福田も対策を考え兼ねていた。かといってこのまま放置すれば損害が増やしてしまうのは確実だった。しかしこの窮地に救世主が現れた。

 突如上空に爆音が響いた。その方向を見た近衛兵の一人が叫ぶ。

 

  「味方だ!味方の戦闘機だ!」

 

 現れたのは立川を飛び立った陸軍航空隊の「甲式四型戦闘機」の4機編隊だ。宮城上空を乱舞する怪物を発見し、急ぎ駆けつけてきたのだ。広場の近衛兵達が歓声をあげた。

 

  「いいぞ、やってしまえ!」

  「仲間の敵をとってくれ!」

 

 にわかに編隊が崩れた。そして各機怪物に向けて突撃し、機首搭載の7.7ミリ機銃を発射した。

 直撃を食らったのか、怪物が鳴き声をあげながら空中で激しく身を捩った。すると、怪物に乗っていた敵兵が激しく揺さぶられ、怪物から振り落とされて落下してしまったのだ。地面に落ちた敵兵は運良く助かったようだったが、如何せん落ちた場所が悪かった。直ぐに近衛兵達が殺到し、軍刀で切り捨てられてしまった。

 そして怪物の方はというと、大量の7.7ミリ弾を受けたにも関わらず、まだ飛んでいた。しかしその動きは最初に比べればかなり鈍くなり、やっとのことで飛んでいるという感じであった。

 そこで戦闘機隊は編隊を組み直し、全機で一気に畳み掛ける戦法にでた。

 4機の戦闘機が一斉に7.7ミリ弾を放つ。それらはまるで怪物に吸い込まれていくかのように命中した。そして遂に怪物は悲鳴のような鳴き声をあげながら、真っ逆さまに落下していった。

 

  「やったぞ!」

  「万歳!」

 

 地上から空戦の行く末を固唾を呑んで見守っていた近衛兵達が歓声をあげた。しかし伊丹が声をあげる。

 

  「まだだ!あいつはまだ息があるぞ!止めをさ

   すんだ!」

 

 それを聞いた福田が直ぐに部下たち落下地点に向かわせた。伊丹もその兵士たちと共に怪物の元にむかった。

 

 

 そこには羽を激しく羽ばたかせ暴れる怪物の姿があった。

 

  「迂闊に近付くな!危険だぞ!」

 

 伊丹は近衛兵達に注意を促した。何しろ相手は頭から尻尾の先までが10メートルはあろうかという巨大な羽付きトカゲなのである。

 

  「さて、どうしたものか…。」

 

 先ほどから近衛兵達が怪物に向かって小銃を発砲していたが、なかなか決定打にはならない。大砲か爆弾でも用意しないと殺傷するのは厳しそうだった。そこで伊丹は近くにいた近衛兵に言った。

 

  「おい!確か近衛にも特種砲隊があるだろ!あ

   れを連れて来てくれ!」

 

 伊丹の言った特種砲隊とは、本来砲兵の管轄である大砲を歩兵部隊でも運用するための部隊である。主に歩兵の天敵である敵機関銃陣地の制圧等に用いられる。

 少し待っているとさっきの近衛兵が特種砲隊を連れて戻ってきた。特種砲隊が持ってきたのは「十一年式平射歩兵砲」である。これなら間違いなく怪物を仕留められるはずだ。

 特種砲隊が素早く射撃準備を終える。そして万が一に備え、全員怪物の周りから離れた。

 

  「装填よし!」

  「撃てっ!」

 

 砲声とともに怪物が爆発した。爆発の直後、今まで激しく暴れていた怪物は沈黙していた。

 

  「よし!もう大丈夫だ!」

 

 伊丹はそう叫んだ。

 近寄って見てみると、なかなかひどいことになっていた。口径37ミリの榴弾は怪物の首もとに直撃し、爆発で深く深く肉を抉り、骨を木っ端微塵に粉砕していた。

 そして伊丹は爆発で吹き飛んだ怪物の鱗を見つけた。

 

  「こりゃ固いな。小銃弾じゃ威力不足なわけ

   だ。」

 

 どうやら怪物は硬質な鱗で全身を覆われていたようである。そのため、貫通を完全に阻止できないまでも、小銃弾程度ならば大きく威力を減じさせ、致命傷となるのを防ぐことができたようだった。

 とにかくこれで怪物の脅威は去った。伊丹と近衛兵達は一通り怪物の調査を終え宮城へ戻った。

 

 

 伊丹達が宮城に戻ると敵部隊を追撃した部隊が戻って来つつあった。どうやら敵集団は壊滅したようだった。

 この後も伊丹と近衛兵達は敵の襲撃に備え警戒をおこなったが、他の戦域からの敗残兵などが少数やって来た程度で、結局それきり敵の大部隊は来なかった。

 一連の戦闘におけるこちらの損害は、戦死5人、負傷23人となった。一方敵の損害は詳しくは不明である。一説には8千から1万人と言われている。少なくとも確実に言えることは敵の生存者は一人もいないということである。

 

 

 こうして宮城前広場における防衛戦───後に宮城会戦と呼ばれる───は終結した。

 帝国陸軍は多少の損害を被ったが、天皇陛下と宮城の守護と一般市民の保護という至上命題は完璧に果たされた上に、賊軍を完膚なきにまで叩き潰し大損害を与えることに成功した。疑いようもない完全勝利であった。

 しかし今回の戦いは、本来ならば大日本帝国が歩むはずのなかった新時代の序章に過ぎなかった。

 そして万年少尉で軍歴を終えて普通の人生を歩むはずだった伊丹の運命にも大きな変革がもたらされる─────

 

 

 



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4.歩兵第1連隊

伊丹達が宮城前広場で賊軍と戦闘を繰り広げていた頃、帝都の他の場所でも戦端が開かれていた。

 今回からしばらく伊丹を離れて、数有る戦いのなかでも最も激戦だったと言われる歩兵第1連隊の戦闘について紹介しようと思う。

 

 

 伊丹の所属部隊でもある歩兵第1連隊は赤坂を駐屯地としていた。日本初の歩兵連隊として創設されて以来、帝都防衛の要を担ってきただけでなく、西南戦争、日清戦争、日露戦争にも従軍した百戦錬磨の部隊である。

 銀座に賊軍が現れてからおよそ10分後、天皇陛下より直々に勅命を奉じた第1師団長 眞崎甚三郎中将は、歩兵第1連隊に対し出師命令を発した。歩兵第1連隊に課せられた任務は銀座に赴き賊軍の主力を掃討することである。

 歩兵第1連隊長 東條英機大佐は命令を受けると、すぐさま部下達に出撃の準備を命じた。

 

  「直ぐに動ける部隊だけでも良い!急げ!30分

   後に出撃だ!」

 

 とはいったものの、東條自身、先ほど眞崎中将から聞いた話の内容を信じられずにいた。

 

  ───突然帝都のど真ん中に敵の大軍が湧いて

  出ただと?何をどうしたらそんな荒唐無稽な事

  ができるというのだ?───

 

 もしそれが本当ならば、是非とも敵の司令官に会って、どうやってやったのか聞いてみたいものだと思った。

 しかし、今は受け入れるしかない。何しろ天皇陛下が出師の勅命を下されたのである。

 

  ───勅命を疑うことは陛下を疑うことと同義

  である───

 

 東條は軍部では知らぬ者はいない程、天皇陛下に対する忠誠心が高い人間として有名であった。もしも天皇陛下があのカラスは白い、と言ったならば東條は迷わず肯定するだろう、という程だった。

 そんな性格の東條は直ぐに疑うのを止め、自身も出撃の準備を始めた。

 

 

 30分後、出師準備が整った。急な事ではあったが、幸運にも連隊のほぼ全兵力が出撃可能であった。それを見て満足した東條は集結した将兵達の前に歩み出てこう言い放った。

 

  「諸君!既に陛下から勅命が下ったことは聞い

   ていると思う!今回の敵の正体は未だ不明で

   ある!しかし!相手が何であろうと陛下の神

   聖たる帝都に侵攻し、陛下の臣民に害をなす

   者は全て賊である!! 我らは陛下の栄えある皇

   軍である!我らには賊軍を徹底的に粉砕し、

   陛下をお守りし、帝都と臣民の安寧を取り戻

   す義務がある!陛下より賜りしこの連隊旗の

   誇りにかけて、陛下に仇なす賊軍を一兵残ら

   ず殲滅せよ!天皇陛下万歳!!!」

 

 そう言い終えると将兵から喊声が湧き上がった。それを見た東條は連隊の士気は十分、と大満足であった。

 

 

 いよいよ歩兵第1連隊は赤坂の駐屯地を出陣し、命令通り東進して銀座に向かった。

 しばらくは特段変わった様子は見受けられなかったが、霞が関に差し掛かる手前で東條は空中を飛び回る3つの巨大な影を発見した。周りの将兵達も気づき、空を見上げる。

 

  「何だあれは?」

 

 東條はそう呟いた。しかし東條がそれら正体を知る前に、それらは将兵達めがけて突進してきた。

 

  「散開せよ!」

 

 東條は咄嗟にそう叫んだ。しかしその命令と突進してくるそれらに将兵達は混乱し、それが命取りとなった。

 

 

 そして直ぐに地獄絵図が展開された。

 突進してきた3つのそれら───伊丹達が退治したあの空飛ぶ怪物である───は、あっという間に接近して、その巨体で将兵たちをなぎ倒しつつ数名を補食したのだ。

 

  「うわっ!何だ!」

  「くそっ!やられたぞ!」

  「衛生兵は何処だ!」

  「撃てっ!撃てーっ!」

 

 混乱しつつもすぐさま将兵達が応戦する。しかし次の瞬間には怪物達は上空に飛び去ってしまっていた。

 

  「対空戦闘用意!」

 

 東條は冷静に軍刀を抜きつつ命じた。

 すると11年式軽機関銃を装備した兵士達が射撃準備を始めた。実はこの11年式軽機関銃には対空戦闘が可能な高性能の軽三脚架が付属しているのである。

 兵士達は射撃準備を終えると、体勢を建て直して再び向かってこようとする怪物達に照準を合わせた。

 さらに38式歩兵銃を持った兵士達も怪物達を狙い始める。

 歩兵部隊にとって敵の航空戦力は重大な脅威である。故に帝国陸軍の歩兵部隊では、対空戦闘は部隊の総力を持って行うべきである、とされているのである。

 怪物達が体勢を建て直し、再び将兵めがけて突進してくる。すぐ目の前まで近づいて来たところを見計らって東條が叫ぶ。

 

  「撃てっ!」

 

 無数の弾丸が怪物達に集中する。すると怪物達は一斉に仰け反り、将兵達の目の前で急上昇に転じた。その時、怪物達の背中から何かが転げ落ちて地面に落下した。すぐさま将兵達が駆け寄って確認する。

 それは中世ヨーロッパ風の武具を身に付けた人間であった。彼らはかなりの勢いで地面に叩きつけられたために即死していた。

 

  「何だ、こいつらは。」

  「あのでっかいトカゲみたいなのに乗ってたの

   か?」

 

 将兵達が口々に騒ぐ中、東條はその人間達の装備を見て、それらが敵兵であると確信した。眞崎中将が言っていた敵兵の特徴と一致したからである。

 

  「静まれ!!」

 

 東條が叫んだ。

 兵士達は騒ぐのを止め、東條を注視し、次に発せられるであろう東條の言葉に耳を傾けた。

 

  「諸君、見たか!これが帝都を侵さんとしてい

   る賊の正体である!我らの敵である!! その

   姿、しっかと目に焼き付けよ!! 今から我らが

   殲滅すべき相手はこいつらの同胞である!!!」

 

 兵士達が一斉に喊声をあげた。

 

  「賊軍をゆるすな!」

  「殺された仲間の敵を取るぞ!」

  「この程度の敵、何するものぞ!!」

  「天皇陛下万歳!!!」

 

 将兵達の士気はさらに一段と高まっていた。

 

  

 先ほど襲撃してきた怪物達はどうやら背中に乗っていた敵兵が操っていたようで、敵兵が怪物の背中から転げ落ちてしまった後、こちらに向かって来なくなり、どこかへ飛び去ってしまった。

 こうして怪物の脅威を乗り切った歩兵第1連隊は再び進軍を再開し、霞が関へと突入する──────

 

 



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5.霞が関

 空飛ぶ怪物の難を逃れた東條英機大佐率いる歩兵第1連隊は進軍を再開して、霞が関に入った。周囲には政府の主要な官公庁が立ち並んでいる。

 だが既にそこは戦場と化していた。

 先ほど確認した中世ヨーロッパ風の装備を身に付けた賊軍が、大挙して手当たり次第に官公庁を襲撃していたのである。

 警備の警官や、早々に駆けつけていた憲兵達が応戦していたが、徐々に押されているようであった。

 東條は霞が関への援軍は歩兵第3連隊の担当だと眞崎中将から聞いていたが、どうやらまだたどり着いていないらしかった。東條達の任務は銀座を占拠する敵主力の掃討であったが、かといってこの状況を目のあたりにして敵を野放しにする訳にもいかない。東條は決断した。

 

  「我が部隊の第一目標は、銀座を占拠する敵主

   力であるが、ここで狼藉を働く賊軍をみすみ

   す見逃す訳にはいかない!故に!これより霞

   が関から賊軍を掃討する!総員戦闘用意!」

 

 東條の命令を受けて、小銃手達は自分たちの小銃に着剣を、機関銃手達は支援射撃の準備を始めた。

 

  「突撃!」

 

 準備が整ったと見るや、東條は軍刀を振りかざしながら命じた。

 突撃喇叭が鳴り響くと同時に、将兵達は一斉に喊声をあげ、敵兵に向け突撃を開始した。

 

 

 今の今まで自軍の優勢を確信し、我が物顔で暴虐の限りを尽くしていた敵兵達は、一瞬何が起こったのか理解出来なかった。

 しかし、彼らに状況を理解する暇は与えられなかった。無数の銃弾が雨あられと降り注いだ後、間髪入れずに突進してきた日本兵達に銃剣で滅多刺しにされてしまったからである。それは敵にとって正しく悪夢であった。官庁街に皇軍の猛々しい喊声と、賊軍の悲鳴が交錯する。

 

  「一兵たりとも逃さず殺せ!賊軍に情けは無

   用なり!! 」

 

 戦闘開始からしばらくは、歩兵第1連隊が一方的に敵を蹂躙していた。しかし、敵がいつまでもこちらの良いようにやられることを良しとするはずがなかった。遂に敵が反撃に転じる。

 

  「何だあれは!」

 

 一人の兵士がある方向を指さしながら叫んだ。東條もその方向に目を向け、そして驚愕した。

 兵士が指さした先には、巨大な人型をした───文字通り巨人というべき───生物が、巨大な棍棒のような武器を肩に担いで立っていたのだ。

 東條は先ほど対峙した謎の空飛ぶ怪物を目撃した後、敵がどのような戦力を有しているのか不明であるから、どのような相手が現れても過度に恐れず、じっくり見極めてやる、と決意していた。しかし、たった今目の前に現れた敵は東條の想像を遥かに上回っており、不覚にも底知れぬ恐怖の念を抱いてしまう程だった。

 しかし、精強無二を誇る歩兵第1連隊の将兵達は恐怖を振り払い、攻撃を開始した。無数の小銃弾が巨人に命中し、鮮血が辺りに飛び散る。だが、何故か巨人は立ったまま倒れる様子がない。

 将兵達が怪訝に思っていると、突然巨人は咆哮をあげて、将兵達めがけて突進し始めた。

 

  「まずい!」

 

 それを見ていた東條は思わず叫んだ。そして次の瞬間に東條が目にしたのは、巨人の体当たりをもろに食らって吹き飛び、巨大な棍棒で叩き潰される部下達の姿だった。

 まさに地獄のような光景が繰り広げられていた。叩き潰された兵士は人間の形を留めない、ただの赤い肉の塊と化していた。巨人の凄まじいまでの暴れ様は、例えるなら制動が利かなくなった暴走機関車である。

 さすがの東條も目の前で蹂躙される部下達を見て狼狽えたが、天皇陛下から連隊の指揮を預かっている立場にありながら醜態を晒す訳にはいかないと自分自身に渇をいれた。そして東條は巨人に対抗するため、将兵達に命令を発しようと口をひらきかけた。

 すると、突然一人の将校が喊声をあげながら巨人に向けて突進を始めた。東條は驚いて叫ぶのを止め、その将校の方を見た。その表情は何か重大なことを決意したかのような決死の表情だった。東條はすぐにその将校が何をしようとしているのかを悟った。

 巨人もすぐにそれに気付き、棍棒を振り上げた。しかし、巨人がそれを振り下ろすのよりも先にその将校が巨人の足元に滑り込んだ。そして

 

  「天皇陛下万歳!!!」

 

 と叫んだかと思うと、巨人を巻き込み自爆したのである。その将校は手榴弾で決死の自爆攻撃を仕掛けたのである。爆発に巻き込まれた巨人は遂にその場に倒れこんだ。

 その将校は隊内でも部下思いで有名な第3中隊長であった。おそらく目の前で自分の部下達が無惨にも蹂躙されていくのが耐えられなかったのだろう。部下を助けてやりたい────その一心で我が身を顧みず部下の盾となって散っていったのであった。

 そう悟った東條は部下の立派な最後に思わず涙しかけた。しかし、今はまだ戦闘の最中である。どうやら先ほどの巨人は一体だけでなく多数存在するらしく、敵兵達の後方から何個かの巨大な黒い影が現れていた。さらに、上空からは、例の空飛ぶ怪物が複数接近してきていた。

 

  ───本当の戦闘はこれからだ───

 

 東條は気を引き締め、部下を叱咤激励する。

 

  「諸君!これからが佳境だ!気を引き締めよ!

   我々の骨捨て場は、戦場(いくさば)じゃあーーーっ!!!」

 

 

 

 凄まじい大激戦が繰り広げられていた。街道の至るところに敵味方の死体が積み重なり、辺り一面血で真っ赤になっている。血の匂いと硝煙の匂いが混じり合って戦場に異様な臭気が立ちこめる。あっちで味方が敵を倒したかとおもうと、こっちで味方が木っ端微塵にされているといった光景があちこちで見受けられた。。

 そんな生き地獄の体現のような戦いが繰り広げられていたが、歩兵第1連隊が機関銃と擲弾筒を駆使して敵の戦力を削ぎ、決死の銃剣突撃を繰り返した結果、戦局が徐々にこちらに傾いてきた。

 さらに、遂に到着が遅れていた歩兵第3連隊が霞が関にたどり着いたことによって完全にこの戦闘の命運は決した。歩兵第1連隊との戦闘で疲弊していた敵軍に、歩兵第3連隊を相手取る余裕など少しも残されていなかった。

 遂に敵は例の巨人を殿に据え、銀座に向けて雪崩を打って敗走を始めた。それを見た東條が叫んだ。

 

  「追撃せよ!        

   銀座の主力もろとも殲滅してしまえ!」

 

 勢い付いた将兵達は喊声をあげ、敵軍を追い始めた。追撃を妨害する巨人どもは擲弾筒と歩兵砲で粉砕排除した。上空からの攻撃は、味方の航空隊の登場によって沈静化していた。もはや脅威と呼べる脅威はなくなっていた。あとは目の前の敵に集中するのみであった。

 

 

 追いに追い続けて遂に銀座までたどり着いた。そこからは応援に駆け付けた近衛第3連隊と近衛第4連隊が加わって一方的な殲滅戦となった。さすがに銀座にいたのが敵の主力だったというだけあって簡単にはいかなかったが、敵も4個連隊の一斉攻撃を受けてはひとたまりもない。巨人は砲撃を受けて爆発四散し、敵兵は機関銃の十字砲火を受けて次々と倒れていった。

 

  「行けぇーーーっ!!!賊軍は虫の息だぞ!!!

   最後の一兵まで残さず叩き潰せぇーーーっ!!!」

 

 東條は声を枯らしながら将兵達を叱咤激励する。そして遂に、馬に乗った賊軍の総司令官とおぼしき者が、例の銀座に突如現れた謎の建造物の前に陣取っているのを発見した。

  

  「見つけたぞ!敵の総大将だ!!!」

  「やってしまえ!!!」

  「天皇陛下万歳!!!」

 

 将兵達はそう叫びながら雑兵どもを蹴散らし敵の本陣に迫っていった。

 すると敵司令官は、謎の建造物に向けて遁走体勢に入った。幾多もの兵をまとめて薙ぎ倒し、巨人すら粉砕して突撃してくる大勢の敵兵を見て恐れをなしたのだろう。

 しかし東條には逃がすつもりなど毛頭なかった。もし、敵の総大将を目の前にしながらみすみす逃したとあっては二度と陛下に顔向けできないと思ったからである。

 

  「待て!逃げるな、戦え卑怯者!!!」

 

 東條は叫んだ。しかし、敵兵は今まさに謎の建造物の中へ逃げ込もうとしている。

 

  駄目だ、間に合わない──────

 

 そう思ったその時、天に願いが通じたのだろうか、敵司令官の真横に擲弾が着弾し、馬もろとも吹き飛んだのである。

 

  「やったぞ!!!」

 

 東條はあまりの喜びに思わず歓声をあげた。そして将兵達に向かってこう叫んだ。

 

  「賊軍の総大将は討ち取った!!!残るは雑兵のみ!!!

   一気に蹴散らしてしまえ!!!」

 

 将兵達はさらに勢い付き、敵兵を次々に討ち取ってゆく。対する敵兵達は自分達の司令官の死を知るや、謎の建造物へ退却を始めた。

 それから10分程経って、最後の一兵に止めがさされ、遂に賊軍を銀座から一掃することに成功したのであった。

 

 

 東條は謎の建造物の前に立った。それはとてつもなく巨大な石造りの建物で、見た目はギリシャにある神殿を想起させた。

 

  「これは────言うなれば『門』であるな。」

 

 そう呟いた。この時、銀座に突如現れた謎の建造物が初めて「門」と呼ばれた。今後、日本ではこの呼び名が定着していくこととなる。

 それから東條は後ろを振り向いた。そこには市民の死体がうず高く積み上げられ、その頂上に賊軍のものと思われる旗がはためいていた。恐らく賊軍が自らの強大な力を誇示するためにやったのだろう、と思った。そこで東條は部下に言った。

 

  「あの旗を下ろしてこい!それから連隊旗を

   ここに持ってこい!!」

 

 直ぐに兵士達が死体の山から敵の旗を下ろしてきた。そして東條は隷下の大隊長に命じて将兵達を死体の山の前に集めさせた。その後、連隊旗も到着し、東條が将兵達の前に立つ。

 

  「諸君!各員のたゆまぬ努力が功を奏して遂に

   忌まわしき賊軍の撃退に成功した。

   しかし!いまだ賊軍どもが湧いて出てきた

   この建造物は残っている!つまり、また再び

   賊軍が攻めてくる可能性がある

   ということだ!! この死体の山を見よ!!!

   諸君らにもいかに賊軍が野蛮な連中であるか

   よく分かるだろう!!

   もし、再び帝都を賊軍どもが侵しに来たら

   我々はどうする!?

   答えは言うまでもない!

   こうやってまた殲滅してやればよいのだ!!!」

 

 そういうと東條は死体の山から下ろしてきた敵の旗に火をかけた。

 そして燃えあがった敵の旗を地面に投げ捨て、連隊旗手に連隊旗を掲げさせた。

 

  「我らは皇軍なり!!!賊軍が何度やって来よう

   とも、この連隊旗の誇りにかけて

   討ち払ってやろうではないか!!!」

 

 東條がそう言い終えると将兵達から一斉に喊声があがった。将兵達は皆死地をくぐり抜け、前にも増して精悍になったようだった。

 

  「天皇陛下万歳!!!」

  「万歳!!!」

 

 その喊声はしばらく止むことはなかった─────

 

 

 以上が歩兵第1連隊の戦闘の全容である。見事賊軍の撃退に成功した帝国陸軍であったが、これはあくまで始まりに過ぎない。

 いよいよ大日本帝国は運命の荒波に飲まれていくこととなる──────────

 

 

 



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