暗黒騎士物語 非公式外伝 (眠気覚ましが足りない)
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アリアディア捕物帖編
第1話 ストーカー探しの依頼


暗黒騎士物語第7章エピローグにあった、貿易国家アリアディア共和国にて、第6章で逃げたゴブリン顔の男ゴズが捕まるまでを夢想した話です。

なお、7章中での経過日数、ヴェロス王国とアリアディア共和国の距離を考慮しましたので、本作の時系列は7章終了の数日後くらいとなっています。



「ストーカー、ですか」

 いつも利用するアリアディア共和国外街にある宿で、テーブル越しに座る男性、いや女性から告げられたことを、シズフェは思わず復唱してしまった。

 彼、いや彼女、ミダス氏はシズフェ達が最近仲良くさせてもらっている踊り子のシェンナが所属する劇団ロバの耳の団長だ。ミダス氏はイシュティア神を信仰するために、男性であることを辞めた経歴を持つ人物でもある。

(こんなことを言うのは良くないとわかっているけど、この人をストーカーする人の気が知れない)

「あ、ストーカーを受けているのは、私じゃなくてシェンナなのよ。だから、知り合いのあなた達にね」

「え? あ、そうなんですね」

 団長さんの話では、数日前、劇団の団員の1人が劇場から宿舎へ戻る途中に、シェンナの後ろを付けている人がいるのを目撃したらしい。

 その日のシェンナは、家族に会うために宿舎とは違う方向へ歩いていたようで、たまたま人通りが少なかったこともあってか、シェンナさんの後ろにいる不振な動きをする人影を、はっきりとではないが見たのだという。

 その話を聞いた団長はシェンナに警戒するように話したのだが、当のシェンナさんは全く気にしてない様子だった。それでシェンナと仲の良い私たちに頼もうと考えたそうだ。

「うーん」

 シズフェとしては、頼ってもらえたことは素直に嬉しいと思う。

 しかし、

(シェンナさんに護衛なんて必要なのかな)

 以前、自由戦士達で地下水道に巣食った魔物を退治しに行ったとき、シズフェ達はアイノエと対決したシェンナさんの力量を少しだけ見る機会があったが、その身のこなしからシズフェは自分達よりも上だろうと予想していた。もしかすると、ミダス団長はその事を知らないのかもしれない。

(そういえば、アイノエさんが魔女だったのはショックだったなぁ)

 今では劇団ロバの耳の花形といえばシェンナのことだが、彼女が頭角を現す前はアイノエがその地位にいた。

 そのアイノエが、アルフォス神でもイシュティア神でもない、悪魔を信仰していたのは、劇場に通っていた者達からは魔物が攻めてきた時と同じくらいの衝撃だったとか。

 花形の座を奪われたアイノエはシェンナへの嫉妬の気持ちを悪魔につけ込まれた、というのが、かつてファンだった市民の間に噂されている見解だ。

「あ、団長。こんなところにいた」

「あ、シェンナさん」

 現れたのは、件のシェンナさんだった。

 どうやら団長さんを探していたようで、髪が少し乱れて疲れた表情をしている。

「こんにちは、シズフェさん。団長が迷惑かけたわね」

「いえ、そんな」

「さ、帰りますよ団長」

「ちょっと、シェンナ」

 先ほどシズフェが考えたように、余程の事でない限りシェンナに護衛は必要ないだろう。だから、そのシェンナが団長を連れていってしまうのだから、もうこの話は終わり、依頼の件も無かったことになるだろう。

 あとは別れの挨拶でもすれば良い。

「と、ところで!」

 しかし、何故かシズフェは叫ぶように引き留めることを選んだ。

「シェンナさんが何者かに付きまとわれているって聞いたんですけど……」

 その言葉を聞いた瞬間、シェンナは呆れたように頭に手をあてた。

「あー、やっぱりその話かぁ。

 団長、私は大丈夫だから心配しないでいい、って昨日も言ったじゃないですか」

「でもね、前は帰ってこれなくなっちゃったじゃないの!」

「あの時は相手が悪かっただけですし、それに相手はストーカーじゃありませんでしたし。そもそも、以前私に嫌がらせをしていたのは、アイノエさんの指示で動いていたマルシャスじゃないですか」

「その、マルシャスだってどこに行ったかわからなくなったままじゃない。もしかしたらまた……」

「うーん、あの動きはマルシャスなんかにはできないと思うんだけど……」

 シェンナさんと団長さんの会話に割って入れなかったシズフェだったが、その会話には先ほど団長が話さなかった情報が混じっていた。

(シェンナさん、『黒い嵐』事件の少し前にも嫌がらせを受けていたのね。

 その犯人だった元団員は行方知れず。

 そして魔女だったアイノエさんの指示で動いていた)

 状況から判断して、犯人はマルシャスという人物の可能性が高い。

 しかし、シェンナはその人が犯人であることに疑問があるようだ。

「ミダス団長、その依頼、お引き受けいたします」

「ちょっ、ちょっとシズフェさん!?」

 シズフェの発言に、シェンナは驚いた。

 シェンナとしては、友人となった彼女達を巻き込みたくないのだ。無論、彼女達が心配だというのは間違いないが、シェンナにも隠しておかなければならない事情がある。それは団長も知っていることだ。

「良かったわ」

「ちょっと待って。私は必要ないって言ってるの。だから―」

「でもね、シェンナ。あの時はお兄さんや黒髪の賢者様の口添えがあってどうにかなったけれど、今は賢者様だけでなく、あなたのお兄さんもいないのでしょう?」

「それは……」

「あ、そうか。今はそういう時期でしたね」

 自由戦士にはあまり関わりがないので、知っている人は少ない事なのだが、アリアディア共和国が盟主となっているアリアド同盟の代表者会合がちょうど行われている。

 一応、自由戦士の街であるテセシアの街からも、街の代表ということになっている自由戦士協会会長のスネフォル氏が会合に参加する。

 シズフェ自身にも関わりはないが、スネフォル氏には自由戦士協会に所属している勇者が1人か2人会長の護衛につく。つまりシズフェが団長を務める戦士団の一員にして、勇者の1人であるノヴィスが護衛役の候補に上がったことがあったのだ。だからシズフェも知っている。

 別に勇者を護衛に連れていくことが決められているわけではないのだが、同盟の加盟国は毎年自国の最強の戦士を護衛に連れてくる。会長もそれに倣っているに過ぎない。つまりは見得だ。

 いつもは地の勇者ゴーダンが護衛に就く。

 口も素行も悪いゴーダンだが、あれで弁えるべきところは弁えられるらしい。

 けれど、残念ながらノヴィスには無理な話で、以前ゴーダンが不在だったときに他の勇者にお鉢が回ってきたのだが、結局ゼファに役目をとられてしまった。

 話が逸れたが、会合に伴い会場警備の名目で法の騎士も派遣される。シェンナの兄デキウスもまた、派遣される騎士の一人として任務についているのだ。

 しかも、今回はアリアディア共和国ではなく別の国で行われているという。『黒い嵐』事件の影響だ。

 シズフェやミダスは知らないが、事件以降この国の中枢に関わる者達は疑心暗鬼にとらわれてしまったままだ。

 その事件では、議員の1人とその者に関わる多くの人間が魔物と入れ換わっていた。この事実は自由戦士以外の者達には今も伏せられている。

 大規模な魔物狩りを生き残った自由戦士達には箝口令が敷かれ、彼らもまた事の重大さに口を噤むしかなかった。

 ミダスがこの事を知っているのは、シェンナがアイノエの逃亡を説明するために話さざるを得なかったからである。もちろん彼女も口外することは無いだろう。

「だから余計に心配なのよ。今あなたにまた居なくなられてしまうと、ロバの耳は立ち行かなくなってしまうわ。だから、ね?」

「はぁ。わかった、わかりました」

 ミダスの説得にとうとうシェンナが折れた。

 シェンナとしては、今は法的加護が無い状態だ。

 なにせ兄も父もいない。

 ストーカーにつけられた日に実家に戻ったのは、二人の出立を見送るためだったのだ。

 その二人に迷惑をかけないためにも、不在の間は大人しくしているつもりでいた。

 だから、ストーカーがいるのは気づいていたものの、兄と父が戻るまで放っておくことにしていたのだ。

(それがこんな事になってしまうなんて)

 もはやシェンナからはため息しか出ない。

「それで団長、方針は任せてしまっても良いとしても、報酬はどうするつもりなんですか?」

 シェンナの了承に顔を綻ばせたミダスはそのまま凍りついた。

 その反応を見るに、シェンナもシズフェもミダスが報酬の事を忘れていたのだと察した。

 シズフェは知らないことが、ロバの耳は少々危機に瀕している。

 団員の後援者は貴族や資産家ばかりなのだが、その後援者達が軒並みとある薬の使用者として摘発され、刑が課せられた。

 平たく言えば罰金である。

 更にはその後援者に支援されていた団員で、薬の使用経験のある者はファナケア神殿での検査が課せられた。

 おかげで公演どころではない。

 そして、一時的とはいえ後援者達からの支援が途絶えたことで今の劇団の財政は火の車なのだ。

 護衛の依頼の報酬を支払う余裕なんてない。

「はぁ……。じゃあ、私の後援者に報酬を出して貰えるように頼みに行きましょうか」

 

 

 

 合流したケイナ姉とノヴィスを伴い、シズフェがシェンナに連れられていった先は高級住宅街だった。

 もっとも、シズフェ達もこの程度では驚かない。劇団員の後援者の大半はこの住宅街で暮らしている。だから彼女達からすればこのくらいは予想の範疇だ。

 シズフェはこの近辺に来るまで、身なりを気にしていたが、特に浮いて見えるということはない。この住宅街に住む資産家から依頼を受けたのであろう自由戦士の姿もちらほら見える。

 むしろ、この場で一番浮いているのは、ミダス団長だろう。

 服装こそまともなのだが、その服と容姿が全く合っていない。

 道行く人に『この人は劇団の関係者だ』と告げれば皆納得はするだろう。しかし、いちいち説明するのは面倒でしかない。最初はどうするか悩んだシズフェ達だったが、とうとう諦めて奇異の視線に晒されることにした。

 もっとも、当の本人は慣れてしまっているのか、住宅街に入る前から全く気にした様子はないのだが。

「さて、いったいどんな奴が出てくるのやら」

 気まずい雰囲気の中、ケイナが口を開いた。

「ここに住んでる奴らはたいてい肥えた体に金のかかった服を纏っていやがる。頭に毛が残ってりゃあまともな方かね」

「もう、ケイナ姉ったら。報酬を出してくれるかもしれない人なんだから、絶対本人に言っちゃダメだからね」

「でもよ、金持ちに限ってソッチの方は乱れに乱れまくってるって話だ。色目使われるくらいは覚悟しとかなきゃ」

「心配いらないさ、シズフェ。色目使ってきやがったら、俺がボコボコにしてやるさ」

 そう言い切ったノヴィスに、シズフェは頭が痛くなりそうだった。

 シズフェは最初、ノヴィスを連れてくるつもりはなかった。

 しかし、ついてきてもらおうと思っていたケイナがノヴィスと一緒にいたため、仕方なくノヴィスにも来てもらっているのだ。

 そのノヴィスの言葉自体は素直に有り難いとシズフェは思うが、当のノヴィスがシェンナに邪な視線を向けているのだ。シズフェからすればため息しか出ない。

「それこそ心配いらないわ。私の後援者は貴方達も知っている人だもの」

 そう言ってとある屋敷の前で止まったシェンナは、勝手知ったるといった様子で屋敷の入り口のドアノッカーを叩いた。

(……知っている人?)

 シズフェが記憶を引き出そうとする前に、執事服を着た使用人の女性が出てきた。

「こんにちは。少しお願いしたいことができましたので、この人達と一緒に通していただけますか?」

 使用人はシズフェ達を一瞥すると、シズフェ達を招き入れ先導しはじめた。

 初めて来るわけではないシェンナを除いた一行はキョロキョロしながら廊下を歩いた。

 それほど掛からずに使用人は部屋の前で止まった。

「失礼します。シェンナさんをお連れしました」

「どうぞ、お通しして」

(この声……)

 シズフェ達には部屋の主らしき声に聞き覚えがあった。

 使用人が開けた扉の先は執務室らしき部屋だった。

 大きな机を使っていたのは、

「リジェナさん!」

 シズフェはようやく思い出した。

 シズフェとシェンナと共通の知り合いで、かつ多くの資産を持つ人物といえば、リジェナしかいない。

 なるほど、確かに心配いらなかった。

「あちらにお掛けください」

 使用人が勧めた先には随分と厚みのある長椅子があった。

「うへぇ、ソファってやつか」

 ケイナの言うソファとは、資産家の間でも持っているものは少ないといわれる超高級家具だ。

 その座り心地は、羊から刈った毛の山に寝転がったような感覚なのだとか。

(うわっ、すっごい!)

 恐る恐るシズフェ達が座ってみると、ものすごい座り心地だった。

(どうしよう、このままこの上で生活したい気持ちになってしまう)

 珍しくシズフェの心に邪な欲望が宿る。

 しかし、シズフェは首を振ってその感情を打ち消した。

「はははっ、こいつはヤバイな」

 ケイナに至ってはソファの弾力を確かめるかのように、まるでお尻で跳ねているかのごとき動きをしている。

「Zzzz」

 ノヴィスの方はあまりの心地よさに寝入ってしまっている。

 シズフェは自分だけは正しい判断をしたはずなのだが、その選択をしたのがバカらしくなった。

「コホン」

 気づかぬうちに対面に座っていたリジェナの控えめな咳払いに、シズフェは慌てて居住まいを正した。

「どうぞ」

「わ! あ、ありがとうございます」

 それと同時に、使用人の女性が飲み物を出した。

 その瞬間、女性の耳が目に入った。

(あ、この人エルフなんだ)

 気高いことで有名なエルフが人の住む街にいることは珍しくはないが、そのエルフが使用人をしている、というのはあまり聞かないことだ。

(おっと、いけないいけない)

 場違いな雰囲気に現実逃避した思考を正すため、シズフェは目の前に置かれたカップを手にした。

 琥珀色の液体。どうやらお茶のようだ。

 シズフェがひとくちだけ口に含むと、果実のような酸味のある爽やかな風味を感じた。

「おいしい」

 かなり上等なお茶のようだ。

「それで、今日の御用向きは?」

 出されたお茶を一口飲むと、リジェナからそう切り出した。




ゴズが捕まるまでの話、と言っておきながらゴズは出ません。

アリアディアが舞台なので、原作のハーピークエストに倣ってシズフェやシェンナがメインの話となっております。


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第2話 リジェナの憂鬱

「はぁ~」

 リジェナは困っていた。

 というのも、先日リジェナの住む屋敷を訪れたアリアディア共和国の商工会会長トゥリアの使いが、ある案件を持ってきた。

 現在行われているアリアド同盟代表者会合で話し合われる予定の案件に関わることである。

 数ヶ月前、リジェナの主人である暗黒騎士ディハルトことクロキがアリアド同盟全体から怖れられることになった『黒い嵐』事件。その第一段階と称される『ミノタウルスの大襲撃』にて、ミノン平野にある迷宮都市ラヴュリントスの大監獄から救出された人々から、ある陳情が為された。

 

『ウスの街に戻りたい』

 

 迷宮の大監獄ことウスの街に捕らわれていた人々には、大きく分けて3種類の人間がいる。

 1つ目は、大襲撃の際に迷宮都市へ連れていかれた人々。

 2つ目は、何年も前に連れ去られ国に戻れない、もしくは住んでいた国が既に滅んでしまった人々。

 そして3つ目は、生まれも育ちもウスの街という人々だ。

 1つ目に類される人々は既に生活を取り戻した。

 2つ目に類される人々の一部は故郷のあった場所に戻って、居場所を取り戻そうとしている。

 問題は、3つ目に類される人々だ。

 彼らの多くは、2つ目に類される人々と似たようなものだが、数十年あるいは百年以上前に連れ去られた人々の末裔なのである。また、故郷はあっても戻れない者の中には、ウスの街で出会った相手と儲けた子供がいたりもしている。

 そんな彼らにはアリアド同盟に属するどの国にも市民権が無い。

 国力が小さく、土地はあれど国民が少ない国では彼らの一部を受け入れている。

 しかし、それでも大半がアリアディア共和国に留まっているのだ。

 彼らは既にレナリア神殿での保護期間が終わり、外街での宿生活か、テセシアの街に住み着くか、あるいは家を持たない浮浪者となっているか、のいずれかの生活をしているのだ。

 浮浪者となった者達は、街中の飲食物を扱う店で盗みを働く。

 そして法の騎士に捕まると、彼らは決まってこう言うのだ。

「ウスの街に戻りたい。あそこでなら生活できた」

 これはアリアディア共和国に限った話ではない。

 他の受け入れた同盟国でも馴染めなかった者が同じように捕まって、同じような事を言うのだ。

 これには、アリアド同盟に属する国の代表者達は頭を抱えるしかなかった。

 彼らを捕らえたミノタウルス達はもう迷宮都市には居ない。

 しかし、代わりにナルゴルから出てきた暗黒騎士やデイモン達によって再び占拠されてしまった。

 そのデイモン達を追い出そうと、再び迷宮攻略に挑んだ自由戦士達は今も帰ってきていない。

 魔物の数が減り、攻略の難易度もある程度下がっていると思われている迷宮だが、大監獄の結界はすでに修復されており、デイモン達が引きこもる中層以下の様子を確かめることは、テセシアに集う自由戦士達では不可能だろう。この事を自由戦士達は知らないし、知っていたとしても受け入れることはないだろう。

 そのような理由もあって、各国の統治者達は迷宮都市の監獄ことウスの街の解放は叶わないと理解していた。

 かといってウスの街生まれの者達の声は、日増しに強くなる一方なのである。

 この答えが見つかるはずもない案件は、当然トゥリアの耳にも入っていたし、事が大きくなる頃には既にアリアディアに暮らすドワーフ達にも影響が出ていた。

 トゥリアは対策の一つとして、工房の新たな従業員や未婚の者の結婚相手に、とウスの街出身の若い女性の何人かをドワーフ達に受け入れてもらったが、ウスの街の中が全てだった彼女達は慣れない仕事ゆえに手際が悪く、また彼女達を頼って現れる他の難民達が工房やその付近で悪さをするようにもなっていた。

 ドワーフ達にも被害が及んでいる以上、トゥリアにも対岸の火事ではなくなっていたのだ。

 ドワーフの妻として中立であることに縛られていたトゥリアは、もうアリアディア共和国民の一人として動くことができるのである。

 アリアディア共和国で彼女だけには解決のアイデアがあった。

 それは『黒い嵐』事件の最終段階『光の届かない暗黒』で脅威を知らしめた最強の暗黒騎士こと黒い嵐の神クロキ自身に助力を乞うことだった。

 トゥリアはナルゴル側の事情を少しは知っている。

 魔王に侵略の意思が無いことも、世界中の魔物を統率していないことも、そして暗黒騎士の一部がその者自身の意思で国を攻撃していることも。

 だからこそ、トゥリアはクロキと面会した際に侵攻の意思の有無を尋ねたのだ。

 話が逸れたが、トゥリアはドワーフ達の神であるヘイボス神が迷宮の管理をモデスに任せたことも聞き及んでいる。

 トゥリア自身には迷宮都市を管理する暗黒騎士に伝手はない。

 だからトゥリアは、暗黒騎士の使徒であるリジェナに解決への協力を申し出たのだった。

 さて、表沙汰には出来ない案件とはいえ、リジェナからすればトゥリアから頼られた事は今後を鑑みるとプラスになることだ。

 しかし、人間の国の問題で主人であるクロキに頼むことにリジェナは気が引けていた。

「何も迷うことなんてないでしょう? 

 我らが主たるクロキ様を顎で使う事をなるのを気に病むのはわかりますが」

 補佐を務めてくれているエルフの女性レメリィが進言する。

 レメリィはクロキに仕えるダークエルフの1人で、元々は魔王妃モーナ様に仕えた親衛隊の1人だった。

 レメリィはクロキに会いたいので、はやく連絡しようと言う。会いたいのはリジェナも同じだ。

 トゥリアからの依頼が十分に口実となるのだから。

 だが、だからこそリジェナは憚っているのだ。

 アリアディア共和国にとっては大事でも、リジェナ達ナルゴルの者にとっては些事に過ぎない。

 つまり、クロキに想いを寄せる者達からすれば、リジェナ達が会いたいから呼びつけた、と思われる程度の事でしかないのだ。

 クロキの部下筆頭であるグゥノは許してくれるかもしれないが、クロキの妻であるクーナがどう思うか。

 そもそも、クロキの部下達はクーナの機嫌が良くなければ情事に混ぜてもらえないのだ。下手を打つわけにはいかない。

「…………」

 しかし、伝えないわけにもいかない。

 リジェナ達にとって些事であっても、結局はクロキに連絡しなければ解決できないのだ。

 悩んだ末、リジェナはトゥリアからの頼みであることを強めて伝えることにした。

 きっと、ずっと悩んでいたせいだろう。気分が落ち込んでいるのがクロキに伝わってしまう、そんな気がしてならなかった。

 そして数日悩んでようやく伝えられたものの、

『わかった、なるべく早くなんとかするよ』

 と優しく返されたのだった。

 その言葉に、クロキは来ないのだ、とリジェナは思ってしまっていた。きっと魔王から頼まれごとでも安請け合いしたのだろう、と。

(おのれ、魔王!)

 一緒に返答を聞いたレメリィはリジェナと違い、ナルゴルの宗主たる魔王への怒りを募らせるのであった。

 そのクロキへの連絡と前後して、ミドー商会を実質的に取り仕切っている光の勇者の妹の従者カヤが転移魔法で直接現れ、チユキの紹介を受けた戦士団の世話をするように指示していった。

 この時から、リジェナは原因のわからない晴れない気分にまとわりつかれ、さらに暗い気分が続くことになった。

 そして、残念ながら当日に緊急で取引先と会うことになり、出迎えには行けなくなってしまい、レメリィに代理を頼むことになった。

 予定外のことが立て続けに起こり、リジェナの気分は一向に上がらなかった。

 

 

 

「それで、本日はどのような御用向きで?」

 気分が晴れないまま故、威圧的な表情になってしまっていたリジェナに、ミダス団長は小刻みに震えながらも、答えるために手に持ったカップを置いた。

「実は数日前からシェンナの後をつけている者がいるようでして」

「まぁ」

「それで、こちらのシズフェさん達にシェンナの護衛と犯人探しをお願いすることにしたのです」

「そうなのですか」

 シズフェの方を向いたリジェナさんの視線に、シズフェは頷きで返した。

「ただ、今の劇団は金銭の貯蓄が足りなくなっていて、そこでシェンナの後援者であるリジェナさんに、この依頼の報酬を肩代わりして戴けないかと、ご相談にあがりました」

「なるほど。ですが、シェンナさんなら、ストーカーくらいご自身でなんとか出来るのではないですか?」

 ミダスの方を向いていたリジェナがシェンナへ視線を移す。

「普段ならそうするのですが、今は父と兄が不在なので、動くのは控えようかと。それに、今回の相手は、ちょっと手強いというか、背後に回ろうとしたら気配だけ残して姿を眩ませるような相手みたいで。勘ですが、自由戦士だと思います」

 シェンナの答えに、リジェナの目が少しだけ険しくなった。

「なるほど、話はわかりました。

 では報酬の肩代わりの件は了承することにします。

 それと、後で劇団へ追加で資金援助いたしますね」

「あ、ありがとうございます!」

 ミダスが驚くようにお礼をいうと、話は終わりという流れになってきていた。

「え!? ちょ、ちょっと待ってくれ」

 と、そこでケイナが声を上げた。

「今の、どういうことだ?」

「今の、とは?」

 ケイナが何を気になったのか、リジェナにはわからない。

「いやいや、呆けないでくれ。今、シェンナさんに捕まえられなかった相手を捕まえてくれ、って話にならなかったか?」

「あ」

 そう。

 シズフェはすっかり聞き流してしまっていたが、たった今、シズフェ達戦士団の中で自分達より強いと認識されているシェンナ、その彼女から逃げおおせるだけの力量がストーカーにはあるという情報がシェンナ自身から出たのだ。

「ちょっとシェンナ! あなた、そんな危ないことをしたの?」

「あー……」

 ミダス団長の反応から、シズフェは別のことを思った。

(もしかして、団長さんはシェンナさんが私たちよりも強いって知らないのかな)

「一応、私も兄さんほどではないですけど、戦うことはできますよ」

「そ、そう?」

 さすがにそれは嘘だ、とシズフェとケイナにはわかった。

 地下水路で見たシェンナの戦いようから、光の勇者ことレイジ程ではないだろうが、かなり強いと2人は思っている。

 地下水路でノヴィスがレッサーデーモンに敗れたのに対し、シェンナは特殊な武器を借りたとはいえそのレッサーデーモンの恩恵を受けていたアイノエに一騎討ちで勝ったのだ。

 ちなみに、パワーだけならノヴィスが上でも総合力ならシェンナの方が明らかに上、とシズフェ達が思っているのはノヴィスには内緒だ。

 そのシェンナは力量をミダス団長には隠しているらしい。

 ケイナもそれがわかったのか、小さくため息をつくと、話を戻した。

「とにかくだ。シェンナさんを撒けるだけの奴が容疑者ってことだろ? 

 少なくとも、アリアディア周辺の自由戦士でそんな力を持ってる奴は知らないぞ」

 確かに、シェンナほどの人物を相手に逃げられるとなるとかなりの逃げ足だということだ。

 アリアディア周辺の斥候を務める自由戦士に出来るとは思えない。

 当然、一般人など論外だ。

「となると、最近外部から来た自由戦士、ってことね」

 一応、魔物の可能性もあるにはある。

 一般には伏せられたままだが、アリアディア共和国のどこかに魔物が運営するコミュニティがあり、人に化けられる魔物は今も平然と街の中を闊歩しているらしい。

 もっとも、それはリジェナもよく知っていることではあるが。

「となると、その人物がどこから来て、どこに隠れているかを探らなければなりませんね。

 船で入国したのなら商会の記録にあると思いますけど、陸路であれば記録などそもそも取らないので探しようがありませんね」

 どうやら、リジェナさんは報酬だけでなく協力までしてくれるらしい。

「僭越ながら」

 とそこで、給仕として室内にいた使用人の女性が挙手をして話しに入ってきた。

「私に心当たりがあります」

「そうなのですか、レメリィ。早速教えてください」

 離れて立っていたレメリィは、リジェナに促されてリジェナの斜め後ろまで来て話し始めた。

「リジェナ様はご存じですが、先日、商会本部を取り仕切っておられますカヤ様から、とある自由戦士団の面倒を見るようにと仰せつかりました」

「ええ。直接ご報告にいらっしゃいましたね。私の手が離せなくて、あなたに代理で迎えに出て貰うことになってしまいましたけど。あっ!」

 そこまで話すと、リジェナは何かに気づいたように小さく声をあげた。

「はい。実は、彼らが乗った船が船着き場に到着する直前に、その戦士団から逃げ出した者が1人いたようなのです。団長殿は、はしゃいで船から落ちただけだろうからそのうちひょっこり戻ってくる、と言ってましたが、手配した宿に現れたという話は来ていません」

「なんか、どこかで聞いた話だわ」

 シェンナは本当につい最近、そんな話を聞いた気がした。

「シェンナも乗っていた船ですよ」

「あ!」

 ほんの数日前まで、シェンナは別の劇団の遠征公演に出演依頼を受けて参加していた。

 その帰りに乗った船で、興業の大成功を祝した軽い宴会をして、シェンナは景気付けに踊りを披露したのだが、その時にこちらに視線を向ける自由戦士の一団らしき集団がいたのだ。

 まもなく到着間際になった辺りで、その一団から1人だけいた少女戦士と戦士には見えない少年が、わざわざ謝りに来ていた。

 少し悪寒を感じる視線を感じた気もしたシェンナだったが、気にしなくていい、と2人に返していたこともあってすっかり忘れていた。

 確かにその時、戦士団の誰かが船から落ちたと騒いでいたのだった。

「ちなみに、こちらにいる皆様もご存じの通り、現在キシュ河を往来する船舶は国に未登録のものを除き、全て私どもの商会の傘下あるいは契約を結んでおります。リザードマンによる護衛と牽引がかなり効果的であったことから、恩恵を欲した者達が次々にお求めくださいました」

 光の勇者の妹君が営み、大陸に広く手を拡げているミドー商会。

 アリアディア共和国にとっては新参の商会だが、光の勇者の実妹が会頭をしているということで一気に名前が拡がった。

 もちろん、アリアディア共和国に以前からある商会を母体にしているため受け入れられるのにほとんど時間はかからなかったが、新しい方針として売り出したリザードマンによる船舶護衛と牽引は、最初こそ組織の頭が変わった事も相まってそれなりに騒がれた。

 しかし、反感は早期に収まり、危険性の高いリザードマンを使役していることも評価を押し上げた。

 そして、リジェナはそんなミドー商会のアリアディア支部長を任されているのである。

 リジェナ自身はほんの数ヶ月前まで、河を往復する一商隊を率いて経験を積んでいたのだが、名目上は補佐としてリジェナの代わりに支部を取り仕切っていた、商会支部の母体となった商会の元会頭トルマルキスが、隠れて違法薬物を販売した罪で逮捕されたことで、今ではリジェナが取り仕切っている。

 今日も昼間から支部を兼ねる屋敷の執務室にいたのも、レメリィが屋敷に派遣されたのもそれが理由だ。

「話が逸れましたが、つまりはシェンナさんと件の戦士団を乗せた船にもリザードマンが護衛に付いておりました」

「それなら、船から落ちた人をリザードマンが助けてくれるんじゃなかったか?」

 ケイナの質問は、船舶護衛における謳い文句にもなっていることだ。

「もちろんです。しかし、戦士団には伝えていませんが、かの人物は救助に来たリザードマンにかなりの傷を負わせ逃亡したようなのです」

「え?」

「はぁ?」

 リザードマンは、この辺りでは上位に入る強さを持った魔物である。少なくとも1つの群れを倒すのに4人の勇者が徒党を組まないと厳しいくらいには。

 そのリザードマン相手にどれくらいのダメージかは知らないが手傷を負わせて、しかも逃げたとなれば普通の戦士ではない。

「歴戦の団員なのか?」

 ケイナの質問も当然だろう。

 別の土地から来ているのだから、長いこと自由戦士をしていればリザードマンとの戦い方を熟知していても不思議ではない。

「いえ、若手という話です」

「なら、リザードマンがたくさん生息しているところから来たのですか?」

 今度はシズフェも質問した。

「さすがにそこまでは。大陸北部からと来たとしか伺ってませんので」

 リザードマンへの対処が出来るよう、指導されてる可能性もあるようだ。

「まぁわからねぇならしゃあない。とにかくその逃げた団員ってのは、確かに怪しいな」

「一応、その戦士団の人達に逃げた団員の姿や特徴を聞きに行った方が良さそうね」

 次は何を聞くべきか、とシズフェ達が考えていると、部屋の扉が開いた。

 

「リジェナ、来客中のところ悪いけど、今、いいかい?」

 

 扉の隙間から顔を覗かせたのは、聞き覚えのある声をした男だった。

 




オリジナルキャラクターの紹介

レメリィ
本編主人公クロキがリジェナの補佐として派遣したダークエルフ。
元々は魔王妃モーナ様に仕えた親衛隊の1人だった。
リジェナとは、クロキがクーナに媚薬を飲まされた日に共に抱かれた間柄でもある。
レメリィは呪術と回復術に秀でており、元親衛隊の本来の任務であった、クロキからの情報収集において籠絡の魔法を行使する役目を担っていた。
普段は他のエルフの種族に誤認される魔法を常に使っている。
なろう版準拠の設定のときは、リジェナが竜女であることを隠し徹させることをメインに派遣されていた。
親衛隊時代に会議の書記官を務めたこともあるため、交渉や政治的なことに明るいのも決め手になっている。
レメリィとしては、リジェナのもとへと送り出されてしまったことは不満だったが、ナルゴルに居たままでも使用人の真似事以上の仕事は無くなってしまっていたので、それがクロキに求められていることで自分が必要とされていること、と考えを改め派遣されることを受け入れた。
ちなみに丁寧口調は素であって、他のダークエルフ達同様人間を見下してはいる。なお、当外伝では今のリジェナには勝てない設定なのでちゃんと傅いている。


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第3話 ストーカーの正体

まだ、ゴズ本人は出ません!

そして本編主人公クロキ登場!


「リジェナ、来客中悪いけど、今、いいかい?」

 

 開いた扉からクロキが顔を覗かせたとき、リジェナは想定外ゆえの驚きと喜びとそして怖れの感情が混じりあい、反応が遅れてしまった。

「え?」

 だがそれもほんの一瞬で、シズフェから声が漏れた時にはリジェナとレメリィはクロキの元へと駆け寄っていて、

「だ、旦那様」

 二人揃って、

「ご足労いただいてしまって申し訳ありません」

 頭を下げたのだった。

「気にしなくていいよ。こっちこそ、来客中だったのにゴメンね。やっぱり出直そうか?」

「あ、いえ、その」

「ご無沙汰しております」

 リジェナ達の後ろからクロキに声をかけるものがいた。

「久しぶり、シェンナ」

 そう、シェンナである。

 シェンナに挨拶したクロキは、彼女の肩越しに他の来客へと視線を移し、固まった。

 それもそのはず、他の者達もまた、少なからず縁がある者ばかりなのだから。

「ご無沙汰しております」

 次にクロキに話しかけたのはミダスだ。

 彼女もまた、ある程度の真相を知っている者である。

「え、ええ。お久しぶりです。今日は何かあったのですか?」

「はい、実はシェンナの件で少し」

「そうですか」

「旦那様、今日はクーナ様は?」

 クロキがホッとしたのもつかの間、リジェナはクロキの隣に居ない人物について訊ねた。

「今回は来てないよ。いろいろやることがあるらしくて。

 あ、リジェナに伝言。

『今回は許す。好きにしろ』

 だってさ」

「そ、そうですか」

 クロキはもう一度客に視線を向けて、

「やっぱり、話は後にしようか」

 とリジェナに言った。

「すみません、わざわざ来ていただいたのに。あっレメリィ、すぐにお部屋へご案内を」

「いいよ。前に使った部屋に行ってるから、先に来客の用事を済ませておいで」

「はい」

 そういってクロキは扉を閉めた。

 クロキが去って部屋の入り口に集まっていた四人が振り返ると、シズフェとケイナが驚いた顔をしていた。

 その表情にリジェナとシェンナは、少しは説明しないといけない、と思った。

 レメリィは澄ました顔で全員分のお茶を入れ直し始めた。

 他の三人がもう一度座ると、シズフェが真っ先に口を開いた。

「あの、今の方はどなたですか? 何だか前に会った気がするのですけど」

「あ、思い出したぞ!」

 シズフェの質問に割り込むようにケイナが声をあげた。

 そして、シズフェの顔をケイナの方に無理矢理向けた。そして内緒話をするように小さな声でシズフェに言った。

「シズフェ、あいつ確か、光の勇者の妹を指南することになった鉄仮面のヤツだ」

「え? あ!」

 ケイナに言われてシズフェも思い出した。

「でも、街中で見かけたあの人、女の人と歩いてて……それで……」

 だんだん弱くなる語尾、そしてシズフェとケイナの首が動きの悪い扉のようにリジェナの方へ向いた。

 そこでおずおずと口を開いたのはリジェナだ。

「それは、私が誤解を生む発言をしてしまったからでしょうね。

 確かに以前、シズフェさん達には、私には旦那様がいる、と言いましたが、それは私の夫という意味ではなく、私のご主人様という意味でした」

「ん? どういうことだ? 

 確か、リジェナさんは光の勇者が助けた元王女なんだろ?」

 シズフェ達がリジェナさんを紹介されたとき、カヤさんがそんな説明をされた、とケイナはうろ覚え気味に思い出した。

「えっと、ちゃんと説明しますと、私は確かに元はとある国の姫でした。

 しかし、反乱によって父であった王は死に、私は残った一族と一緒に国を追われました。その後、魔物に襲われたところを旦那様に救われてそのまま仕えていたのですが、旦那様のもとに居ることが難しくなり、新たにキョウカ様にお仕えすることになったのです」

「なるほど、そういうことだったのか。光の勇者が助けたんじゃ無かったんだな」

 確かに、シズフェ達が以前聞いた紹介ではさっきのリジェナが主人と呼ぶ彼との関係はわからなかったが、これで納得がいったようだ。

 そこに、入れ直したお茶を置いたレメリィとシズフェは目があった気がした。

(もしかしたら彼女もそうなのかな?)

 使用人をしているエルフなど人間の国で要職に就いているエルフより珍しい。

 だが、そんな深い理由ならわからなくもない。

「あれ? じゃあ、シェンナさんとは?」

 しかし、それではシェンナと顔見知りである説明がされていない。

「あぁ、それは」

「シェンナ、私から言うわ」

 シェンナの発言をミダスが遮った。

 そしてシズフェ達へ向き直り、

「さっきの方は、シェンナの本当の後援者の方なのよ。彼自身は普段アリアディアにいらっしゃらないので、名義上はリジェナさんが後援者ということになっているの。リジェナさんは劇団の方に支援してもらっているわ」

 と説明した。

 シズフェ達は唖然となった。

 劇団員の後援者は大半が金持ちである。

 それはシズフェ達も知っている大前提だ。

 それを踏まえてシズフェ達の頭にある仮説ができていく。

「もしかしてあの人、何処かの国の貴族とかなのかな?」

「いや、それは奥さんの方じゃないか? あいつはきっと、その界隈じゃ有名な強い従者だったヤツなんだよ」

「そうね。奥さんと一緒にアリアディアに来ていて、お忍びで戦いに出ることになったから、仮面で顔を隠してたんだわ」

「ノヴィスを簡単に倒しちまうぐらいだったもんな。

 うん? もしかして、シェンナさんを暗黒騎士から助けたのも彼なんじゃないか?」

 ケイナが至った仮説に、シズフェとケイナはシェンナの顔を見た。

 本当はさっきの彼が暗黒騎士本人なのだが、それは隠しておかなければならない。

「まぁ、そんなところよ」

 だから、虚言の魔法を使ってそう答えた。彼に助けられたのは本当だけれど。

「危険を省みずに助けてくれる人……」

「そりゃあ惚れちまうわな。顔も悪くなかったし」

 うんうん、と頷く二人にリジェナとシェンナは顔が赤くなるのを感じた。

「それじゃ、あの人に手伝ってもらいませんか?」

 名案とばかりにシズフェが提案した。

「残念ですが、旦那様には私が別に抱えた問題を解決するために忙しい合間を縫って来てもらったのです。あとで聞くだけ聞いてみますが、期待しないでくださいね」

「……そうですか」

 残念そうにシズフェは俯いた。

 その様子に、ケイナは以前シズフェも彼に指南してもらいたいと言ったことを思い出した。

「とりあえず、シズフェさん達にはシェンナの送り迎えの護衛をしてもらって、稽古中に捜索をする方針でどうかしら?」

 脱線しかけていた話を戻すため、ミダスはストーカー探しの方針を提示した。

「おいシズフェ、どうすんだ?」

 まだ俯いたままのシズフェにケイナが聞いた。

「え? な、なに?」

 ケイナに肩を小突かれて、ようやくシズフェは我に返った。

「依頼の方針。シェンナさんの送り迎えを護衛して、他の時間にストーカー野郎を探すのはどうかって」

「あ、うん。じゃあ、それでいきましょう」

 思考停止からまだちゃんと戻れていないシズフェはミダスの案をあっさり受け入れてしまった。

「ではシズフェさん、明日からお願いしますね」

 そう言って、リジェナは立ち上がった。

「あ、シェンナさんは今日泊まっていってくださいね。ちょっとお話が」

「? わかりました」

「あ、私も居た方がいいですか?」

 シェンナに話があるというリジェナにミダスは訊ねた。

「いえ、シェンナさんだけで大丈夫ですよ、ミダスさん」

「わかりました」

「では、お見送りを」

 リジェナの一言でシズフェ達も立ち上がった。

 一人を除いて。

「ほら! いい加減起きろ、このバカ!」

 ケイナがずっと寝てたノヴィスを殴る。

 ソファーから落ちたノヴィスだったが、足下には獣の毛皮を剥いで作ったカーペットが敷いてある。肌触りはむしろ良くなっているからか、ますますノヴィスは起きない。

「くそ、仕方ねぇな」

 ケイナが溜め息をつくと、ノヴィスの腕をもって肩に担ぎ始めた。

 シズフェもすぐに反対側の腕を担いだ。

 そのまま脚を引き摺られて廊下を進み玄関を出たが、それでも起きる気配がない。

 外はもう、そろそろ夕暮れという時間帯だった。

「では明日、昼前にまた来ます」

 そう言って、シズフェ達は宿へ向かって歩き始める。

 別れる前にミダスが代わりに背負ってくれると言ってくれたが、劇団の宿舎とシズフェ達の宿は全く違う方向なので遠慮した。

 二人は重いノヴィスを担いだまま、なんとなく無言のまま宿へと歩き続けた。

 

 

 

「レメリィ、ノヴィスさんに何かしました?」

 シズフェ達が屋敷からそれなりに離れた頃、客間へと向かう廊下でリジェナはレメリィに訊ねた。

「はい。軽い眠りの魔法を。あんなに効くとは思いませんでしたけど」

 レメリィがシズフェ達を屋敷に迎え入れてから部屋に着くまでノヴィスが放っていた視線、そして通した部屋での行儀の悪さにイラッと来たレメリィは、話が終わるまで大人しくしていてもらおうと、眠りの魔法をかけた。

 ナニかしら衝撃を受ければすぐに解ける程度だったはずなのだが、本気の熟睡に入ってしまっていたようだ。

 実際、ノヴィスの発する女好きの視線を二人も少し鬱陶しくは思っていたので、これ以上咎めるのはやめた。

「そういえばリジェナさん、私に話とは?」

「あ、それは旦那様に聞いてください。私は旦那様からの念話で頼まれただけですので」

 先ほど、リジェナが自身の身の上話を終えてすぐ位に、シェンナにも用があるから待って貰って、とクロキから念話が届いていたのだ。

 リジェナはそれを伝えたに過ぎない。

「どうぞ」

 部屋の前まで来ると、レメリィが使用人らしく扉を開いて、二人に入室を促した。

「旦那様、お待たせしました」

 部屋では何故か鎧姿になっているクロキがいた。

「ううん、大丈夫だよ。軽く鍛練して待ってたから」

 そう言うと、クロキが着ていた鎧が消え、以前アリアディアで着ていた服に変わる。

「お話の前に湯浴みをなさいますか?」

 鍛練で汗をかいただろうと思い、リジェナは提案した。

「いや、大丈夫だよ。そんなに汗はかいてないから」

 実際、クロキは少し滲んだくらいの汗しかかいていない。

「もしかして、汗臭いかい?」

 クロキの返した問いにリジェナとレメリィは首を振った。

「いいえ、大丈夫です」

 むしろこの後の事を思うとそっちの方が、と二人は考えていたりする。

「お食事を用意させますね。話しながらでも構いませんか?」

「うん、いいよ」

 クロキの答えにレメリィはすぐ部屋を出ていった。

 ここに来るまでにレメリィは厨房にすでに指示を出していたが、急がせに行ったのかもしれない。

「ところでシェンナ、今日はなにかあったの? 呼びに行ってもらわなくて済んだから助かったけど」

 シェンナとリジェナは今日何があったかを話した。

 すると、何か考え込むようにクロキが言った。

「もしかしたら、この国にいるのかもな」

「いる?」

「誰がですか?」

「あー……」

 悩んだように頭をかくクロキはチラリとリジェナを見た。

 目線に気づいたリジェナは首を傾げた。

 そしてクロキは小さく溜め息をつくと理由を話した。

「実は、ゴズがこっちに来てるみたいなんだ」

 聞きたくもなかった名前に、リジェナは目を見開いた。

 そして直感した。さっきまでの憂鬱な気分の正体に。

「! アイツがですか!?」

「アイツ?」

 当然、シェンナには誰のことかなど分からない。

 リジェナはどんな奴か説明するためにシェンナの方を向いた。

「シェンナさん、ゴズというのはゴブリン顔をした下劣な粗チン野郎です! 旦那様とは比べるまでもない小さいヤツなんです!」

 リジェナの口からとんでもない暴言が飛び出して、クロキはずっこけそうになった。しかも、後半はリジェナが意図した2つの意味でどちらも真実なのだからタチが悪い。

「えっと、それがさっきの話とどう繋がるのですか?」

 若干引き気味のシェンナには説明が足りていないので、話が理解できていなかった。

「あの男は、クズのくせに戦士としてだけ見れば、間違いなく一流でした。クソ野郎のくせに魔法も達者で―」

「リジェナ、僕が説明するから、少し落ち着こうか」

 憤りが抑えられないリジェナをクロキが止めた。

 その声にリジェナは自分の失態にようやく気づいた。

「お、お聞き苦しいことを……」

 人前ではそれなりに冷静なリジェナがこれ程言う相手にシェンナは少しだけ興味を抱いた。

「えっと、ゴズって男は、さっきリジェナが言った通り、戦士としては優秀なんだ。もともとはゴブリンの女王の子供で、その中で唯一生き残れるほど魔力も強い。

 以前、北の方の王国で、ゴブリンの女王が魔王に頼まれて封印していた邪神をゴズが勝手に解放したんだ。その罪でゴブリンの女王に捕まっていたんだけど、最近起きた争いに戦力として駆り出されてね。混戦のどさくさで逃げ出したみたいなんだ。

 ちなみにゴズは、女王から受け継いだその魔力で姿を変える魔法が使える」

「!」

 シェンナの中でようやく話が繋がった。

「なるほど。戦士団の一人に化けて私をストーカーしているのがゴズってことなんですね」

「まだ可能性だけどね」

「でも、どうしてアリアディアに来ていると?」

 シェンナの質問はもっともだ。

「実は、ゴブリンの女王が逃げても捕まえられる様にって位置を知らせる魔法を仕掛けてたんだ。その魔法でアリアディア方面に向かったとはわかってたんだけど」

 シェンナは考える。

 ストーカーの正体がゴズで、話に聞く通りのヤツなのであれば、シズフェ達では危険だ。自ら囮になって戦った方が良いかもしれない、と。

「魔物、なんですよね?」

「いや、人間なんだ。父親が人間らしいからね」

 魔物と人間の混血は性別によって父母のどちらかの種族になることはミノン平野に生きる者達にとっては比較的知られていることだ。なので、顔が魔物そっくりでも普通に受け入れられている者もいる。

 ただ、アリアド同盟加盟国でゴブリンは奴隷として扱われることが多いために、その子供はほとんど居ない。なので、ゴブリンの子でゴブリンと同じ顔をしているゴズはひょっとしたら迫害を受けることになってしまうかもしれないが。

「それで、シェンナを呼んだ理由なんだけど」

 ここで、シェンナが呼ばれた理由と繋がった。

「もしかしたら君がゴズを相手にしなきゃならないかもしれないからね。前にあげた刀を使わなきゃ厳しいと思ってさ。でもあれをいつも持ってるわけにはいかないだろうと思ったんだ。それで、普通の人からは見えなくする魔法がかかった鞘を用意したんだ。刀はこれに入れ換えて使うといいよ」

 そう言って、クロキは黒塗りの鞘を取り出した。

 見た目は最初から使っていた鞘とあまり変わりはない。

「え、あ、ありがとうございます」

 鞘を受け取ったシェンナは、最初こそ戸惑った様子だったが、何故かその鞘を大事そうに抱きかかえ直した。

「旦那様」

 そんなシェンナの様子に、リジェナは拗ねたような表情でクロキに迫った。

「私にも、アリアディアでずっと頑張ってきたごほうびをください」

「え? ごほうびなんて言われても……」

「問題ありません。クーナ様から許可はいただいております」

「え? あ! あれってそういう意味?」

「はい」

 艶っぽい表情で答えたリジェナに、クロキは手で目を覆った。

 そうなってしまったことを今さら後悔しても仕方ないとは分かってはいるのだが。

「ダメですよ、リジェナさん」

 ノックもなしに勢いよく開かれた扉から現れたレメリィがワゴンを押しながら部屋に入ってきた。

 ワゴンにはアリアディアでよく食べられる料理がたくさん載せられている。

「先にお食事と決まったはずです。旦那様には、食べて精をつけていただきませんと。それに、例の件の話は食事をしながら、となったではありませんか」

「うぅっ、そうでした。ごめんなさい」

 職場での立場としてはリジェナの方が上なのだが、レメリィの言葉に、リジェナはあっさりと謝った。

 リジェナの謝罪を聞き届けると、レメリィは部屋の丸テーブルに3人分の食器を並べ始めた。

 一品ずつ置いていくので、給仕もやるつもりらしい。

 レメリィ自身の分は近くの棚の上に置かれていた。

「えっとじゃあ、トゥリアさんから頼まれたことを詳しく教えてもらえないかな」

 クロキはスプーンを手に取りながら、リジェナにそう訊ねた。




なろう版準拠の設定で書いていたときは、クロキとノヴィスの戦いを考えていました。


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第4話 ある男の幸運と交渉の準備

ようやくアイツが登場します


(どうやらツキが回ってきているらしい)

 男はそう思った。

 戦士団に紛れ込めた時もそう思ったが、今から思えばあの時はツキが戻ってきていたのだと言えよう。

 なぜなら今、彼はあの時以上の幸運を感じているからだ。

 始まりはアリアディアに来る途中に乗った船でのことだ。

 その船にはある劇団の一団が同乗していた。

 遠征公演の結果が良かったらしく、彼らは気前よく船の上で寸劇を催したのだ。

 その時、劇団の花形として踊っていた女はかなり良い女だと男は思ったのだ。

 アリアディアに着く前に強い魔力を感じて船から逃げる羽目になったが、とにかく街に逃げ込んですぐに、男はその女を探した。

 探すのに少し時間がかかった。

 その女は船にいた劇団の人間ではなく、別の劇団からヘルプで入っていただけだったらしい。

 だがついに発見し、あとは捕まえるだけになった。

 しかし、その女はやけに警戒心が強かった。

 捕まえるために後をつけたが、一度だけ見失った時に嫌な予感を感じた俺は、気配だけを残しておく魔法を使って身を隠した。

 予感は的中だ。女はすぐに気配だけ残した場所に現れた。だが、男がすぐ近くに隠れていることまでは解らなかったらしい。

 男がタイミングが掴めないままでいたら、女に護衛が付いた。

 女を匿うためなのか、移動した先は金持ちの屋敷ばかりの場所。その一つに奴等は入っていった。

 何かしら優れた人材には金持ちが関わっているというのはどこへ行っても同じらしい。

 おそらくあの女もこの国の金持ちの唾がついていたのだろう、と男は考えた。

(これだけの大国だ、その金持ちが凄腕の自由戦士を囲っていてもおかしくはない)

 あまり自由に動き続けるわけにはいかない今、あの女はチャンスが来るまで離れていた方がいいかもしれない。

 だが結局、男は未練がましく日が傾くまで建物の監視を続けてしまった。

 日が落ちかけた頃になって、ようやく女達が出てきた。

 自由戦士達だけが帰るようで、女は見送り側に立っている。

 だが、そこにもう一人女が立っていた。

 見間違うはずもない。あれは間違いなくアイツだ。

 奴のもとに戻らずに別の国に行ったらしかったが、この国にいたのか。

(なんたる幸運! なんたる行幸!)

 男に迷うのをやめた。

 二人の女を手に入れるため、男は策を練り始める。

(今度こそ俺様のものだ!)

 完璧な策を思い付いた男は満面の笑みで鍛冶街へと足を運んだ。

 まずは武器を手に入れるために。

 だが、上等な武器を買うだけの金は残っていない。

 そこへ、とある鍛冶屋の中から聞こえた怒声に目を向けると、その鍛冶屋の裏口から人間の娘が出てきた。

(顔はあまり良くないが、ちょうど良い)

 男は気配を消して娘の背後に回ると、口と手を押さえて人気のない路地へと連れ込んだ。

 男は娘に隠し持っていた最後の薬を少し飲ませると、手荒い説得を試みた。

 幸いにもそれほど時間を取らずに説得に成功し、娘に武器になる物を借りてくるように命じた。

 鍛冶屋に戻った娘はすぐに何かをもって現れた。

 それを見た男は怒鳴りそうになったが、たどたどしい説明を聞くと、これは使える、と思い直した。

 その後、男は娘に礼を与えて帰らせた。娘は嬉しさのあまり転んで立ち上がれなくなってしまっていたが、男は気にせずその場をあとにした。

(あとはタイミングさえあればバッチリだな!)

 そう思いながら、男は夜の街に消えていった。

 

 

 

 

 

 リジェナは出来る限り詳しく現在アリアディアとその周辺国が抱える問題について話した。

「そっか。聞いていた以上にアリアディアのドワーフ達にも迷惑がかかっているなら、何とかしてあげたいね」

 リジェナが話し終わったときにはもうデザートが提供されていた。

 デザートに出されたのは最近リジェナが間食としてよく食べる果物だ。

 魔法が使える料理人を雇っている富裕層の間では、この果物に氷魔法をかけ、シャーベットにして食べるのが最近の流行りなのだ。

 ちなみに傷物は安く市民にも出回るので、シェンナも幼い頃に食べたことがあった。

「よし、明日にでもウルバルト卿に会いに行こうか」

「! よろしいのですか?」

「うん。迷宮の管理はヘイボス神から頼まれたことだけど、そのせいでドワーフに迷惑がかかってしまうのは忍びない、ってモデスも言ってたからね」

 魔王のお墨付きがあるのならば、交渉もスムーズにいくだろう。いや、交渉どころか難民達の移住は決まったも同然である。

「それで、トゥリアさんからは交渉に成功したらどうしたいのかは聞いてるかい?」

「それに関しましては」

 食後のお茶を出し終えたレメリィは服の内側から一通の手紙を取り出した。

「お食事をお持ちする前に、ピュグマイオイの速達で届きましたトゥリアさんからのものです。

 料理を運んでいる最中に軽く目を通しましたところ、交渉の際に内容に盛り込んでほしいことと、現地で確認してほしいことが書かれています」

 レメリィから手紙を受けとったリジェナは、素早く内容に目を通した。

「交渉の方は、移住した人間の安全に関すること、人々の信仰に関すること、あとは外との往来に関することの様ですね」

「その他、いくつか現地事情の確認が必要となるみたいです」

「現地がどうなっているか、か」

 手紙によると、トゥリアも参加している同盟会議では、ウスの街から保護した住民を帰郷させるために、とトゥリアが既に話を出しているらしい。

 各国の代表には、リジェナではなく、ミノン平野近郊に住んでいるナルゴルと伝手のあるドワーフが交渉役に応じてくれた、と話してあるそうだ。

「庭園の様子を聞くのなら、やっぱり迷宮勤めのデイモンに呼ぶしかないよなぁ」

 しかし、迷宮のデイモン達が外に出てくることはない。

 呼び出すにしても1度迷宮へ行かなければならない。

 どうしたものか、と考えているとシェンナが手を挙げた。

「あの、確か今日は、ゼアルさんがエイラに会いに来る日だったはずです」

「あら、そういえばそうでしたね」

 シェンナが思い出すまで、誰もが時々迷宮を出てアリアディアまで来る者が1人いたことをすっかり忘れていた。

 次の瞬間、レメリィの姿が消える。

 ほんのわずかな時間で再び現れたときには、ぐったりとした男の襟首を掴んでいた。

「レメリィさん、なにも無理矢理連れてくることは……。エイラと一緒に居たんでしょ?」

「いえ、誰もいない劇場を覗き込む不審者を捕らえてきただけです」

 ちなみにクロキは知らないことだが、劇団の活動が休みの日でも劇場前を待ち合わせ場所にしていて、時々エイラが劇場内で1人で稽古していることもあるため、ゼアルが劇場前に居るのはよくあることなのだ。

 ゼアルが劇場内を覗き込むのは稽古しているかを確認するためである。他人から見れば不審者なのは確かではあるが。

「ほら、立ちなさい」

 レメリィは無理矢理立ち上がられると強引に回復魔法をかけた。

「うぅ、痛いですよレメリィ殿。それより、自分は何の罪で連れてこられたのです? 思い当たる節がないのですが」

 お腹を擦りながら、連れてこられたゼアルはレメリィに訊ねた。実際、最近は魔物にとっても人間にとっても悪いことは何もしていなかった。

「罪はありません。ちょうど迷宮の中の様子を知りたいと思っていたところでしたので、詳しい者を連行しただけです」

 悪びれもせずにレメリィは答えた。

 その様子を見ていたクロキは、ゼアルが可哀想に思えていた。

「ごめんね、ゼアル」

「こ、これは閣下! 申し訳ございません」

 やっとクロキに気づいたゼアルは、すぐに跪いて座礼をする。その様はほとんど五体投地しているようだった。

「そこまでしなくていいよ。レメリィが言った通り、ちょっと話を聞きたいだけなんだ。ほら、立ってよ」

「は、ははっ! 」

 クロキの言葉に、ゼアルはゆっくり立ち上がり姿勢を正した。

「それで、自分に聞きたいこととは何でしょう?」

「実は、地下庭園に長年暮らしていた人間達が、そこに戻りたいって言い出しているんだ」

 クロキから引き継いで、リジェナがトゥリアからの手紙に書かれていた確認事項を伝えた。

「はぁ、なるほど。

 まず、家や畑は健在です。

 畑の方は、生育途中の作物を除いて我々が消費してしまいましたが、現在は我々が持ち込んだ作物をそこで育てております。家畜も大半は農耕用に使われていたので生かしてあります」

「ほう、彼らにそれだけの能があったとは驚きです」

 レメリィは、ウルバルトの部隊には戦いか悪だくみしか考える頭がないと思っていた。

「いえ、その、ほとんど自分の進言によるものです。逃亡時代に何度か人間に化けて農耕を手伝い、日銭を稼いだこともありますので」

 ウスの街の畑や農家に残されていた農具は、ほとんどアリアディア周辺国が使っている物と同じであったので、ゼアルは覚えている範囲で使い方を同僚に教えて農作業をするのが今の日課なのである。

「なるほど。農作業はすぐに再開できそうですね」

「次にラヴュリュスの神殿ですが、これはウルバルト様が壊してしまいました。崩しただけですので、資材を組み直せば建て直しは可能かと」

 レイジ達が一時期暮らしていたラヴュリュスの神殿は、ウルバルトが迷宮に赴任した初日に真っ先に破壊した。

 あくまで人間の力で建てられていたので、ウルバルトほどの力でも腕力だけで破壊できたのだ。

 魔力を用いて消し飛ばしていれば、再建は叶わなかったかもしれない。

「そうですか。では、移住する前にドワーフのお力を借りてすぐに建て直してしまいましょう」

「でも、さすがにまた邪神の信仰を強要するのはどうなのでしょう?」

 シェンナの指摘はもっともだ。

 ウスの街で産まれた人達もエリオスの神々くらい知っている。あとから連れてこられた人達は当然エリオスの神々を信仰していて、彼らから教えられていたからだ。

 実際、ラヴュリュスの神殿は、後から連れてこられた人達が一時的に暮らすための施設以上の価値は無かった。

 神殿を再建する以上、ナルゴルの神を奉るのが筋かもしれないが、それでは移住する者達は納得すまい。

「そこは偽装されていれば良い、とトゥリアさんからの手紙にはありますので。

 そうですね、浅ましくも農耕の神を冠するゲナあたりの神殿らしくしておけば良いかと思います」

 エリオスの神の神殿のように見せかけ、実際はナルゴルの神を崇めさせる。

 なんとも悪魔らしいやり方だ、とクロキは思った。

「あとは、我々との関係ですか」

 ゼアルの言うとおり、最後はウスの街とウルバルト達デイモンがどのような関係を結ぶかだ。

 ラヴュリュスのようにミノタウルスを使って力で押さえつけるのでは意味がない。かといって、住民に舐められてしまうのも問題だ。

「人間を住まわせるのは良いですが、下層エリアは作物を育てることができませんので、地下庭園での農作業は続けたいところですな」

「神官を務める人も、人間側と悪魔側の両方に理解がある人でないといけませんね」

「幽閉中のアトラナクアを呼び戻すのも手かもしれません」

 確かに、数ヶ月前まで今のリジェナの仕事をしていたアトラナは人間側と悪魔側の両方に精通している。適任といえるだろう。

 しかし、彼女自身も神族なのであり、偽装とはいえ敵対するエリオスの神の神官を務めろ、と命じたとしても拒否するに違いない。

「大丈夫、そっちは当てがあるよ」

 クロキの脳内にはある1人の人物が思い浮かんでいた。

(長らく人と関わることを避けていたはずだけど、彼女なら出来るだろう)

 クロキがその人物について説明すると、皆納得したようだった。

 その後リジェナとレメリィが中心となって細部を粗方詰めた。

 クロキとシェンナは基本的に政治に関わるところは分からないので意見出しに努めた。

 ゼアルは途中でレメリィがエイラのところへ送り届けた。

 迷宮に戻ったらウルバルトに伝えるようにとは言ったが、とくに口止めもしなかったので、今ごろゼアルを交えた話は彼女にも伝わっているだろう。

「とりあえず、こんなところで良いでしょう。もっと細かいところは、明日のウルバルト卿との交渉で決めれば良いかと」

「わかった。リジェナは、明日どうする? こっちは明日の朝、彼女を迎えにいくけど」

「でしたら、レナリア神殿へ行ってきます。ゼアルさんの言っていた通りなら、まだアレが使えるはずですし」

「確かに、いろいろと容易になりますね」

「では旦那様」

 リジェナとレメリィが同時にクロキへと顔を向けた。

「そろそろご褒美をいただきたいです」

「う、で、でも明日も早いし、さ」

「…………ダメ、ですか?」

 リジェナの目に涙が溜まり始める。それを見たクロキは仕方ないか、と思い直した。

「わかったよ」

 そう返すと、一気にリジェナの顔が晴れた。

「では、参りましょう」

 クロキの手を取って、グイグイとベッドへと引っ張っていく。

(騙された……リジェナも女優とか出来るんじゃないか?)

 そう思っても後の祭りだ。

 リジェナにベッドに押し倒されたクロキは、リジェナといつの間にか傍にいたレメリィに左右から迫られる。

 

「あの!」

 

 1人だけ寝台に上がっていなかったシェンナが声を上げた。

 

「私にも、贈り物のお礼をさせてください!」

 

 




というわけで、あの男が登場しました。


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第5話 新しい友達

光の勇者レイジと別々の場所で共に戦った戦士達が邂逅します。


 翌日、それなりに日が昇ってきた頃に、シズフェ達はリジェナの屋敷を訪ねた。昨日とは違ってシズフェの戦士団のほとんどのメンバーが揃っている。

 残念ながらリジェナはレナリア神殿に行っていて不在だったが、エルフの使用人のレメリィが彼女達の応対をした。

「ごめんなさい、待たせちゃったわね」

 シェンナが来ると、レメリィからメモが渡された。

 メモには、昨日の話に出た戦士団が泊まっている宿の場所が書かれていた。

 レメリィにお礼を言うと、シズフェ達は彼女を守るように周囲を警戒しながら歩き始めた。

 途中でシェンナから、警戒しすぎて不自然に見える、と言われてからはなるべく談笑しつつの警戒を心掛けた。

「そういえば、ノーラさん、だったかしら。彼女は?」

「ノーラさん、高級住宅街は苦手らしくて来たがらなかったんです。近くまでは来ているはずですから、途中で合流しましょう」

 その言葉通り、商店が建ち並ぶエリアに来ると、すぐにノーラとは合流した。

 その後はとくに何も起こらずに劇場まで到着した。

 劇場では団長のミダスが出迎えた。

 ミダスから、稽古が終わる時間は夕方だと伝えられると、シェンナと別れてシズフェ達はメモに記された外壁近くの宿へと向かった。

「なかなか高そうな宿だな」

 到着した宿は、確かに自由戦士が使うにしては少しお高い宿だった。

 宿の従業員に戦士団のことを訊ねると、草原地帯まで行って訓練をしてるはずだ、と教えてくれた。

 さらに詳しく聞くと、この宿は裏手に小さな船着き場があり、小舟で河まで続く水路を自由に行けるようになっているという。従業員達もその小舟で郊外の農家まで行って、直接買い付けをしているらしい。

 この小舟は宿泊客でも有料で借りられ、件の戦士団も今日はそれを使って郊外まで出ているそうだ。

「あ、ちょうどお戻りになられましたよ」

 そこへ従業員の指す方から何人もの自由戦士の身なりをした男達がやってくる。トールズ神の信徒が多いのか、ほとんどの団員が半裸だ。

 すると、階段の上から一般市民の格好をした少年が降りてきて、戦士団に近づいていった。

「団長、お疲れ様です」

「おう、レムス。今戻ったぞ」

「はい。宿にお願いして、風呂が使えるようになっていますよ」

「さすが、気が利いてるな」

「ご案内します」

 シズフェ達と話していた人とは別の従業員が現れて、戦士団の人達を連れていってしまった。シズフェ達が声をかける間もなかった。

 途方にくれそうになっていると、先ほどレムスと呼ばれていた少年が、女の子と話しているのに気づいた。

 その女の子も戦士のように見えるが、ほとんど裸みたいな格好だ。

「なぁ、そこのお二人さん」

 シズフェやレイリアが声をかけるべきか迷っていたところに、ケイナは臆することなく話しかけた。

「あんたら、今の戦士団と知り合い?」

「えっと、アタシ達は今お風呂に行っちゃった戦士団の一員だけど、あなた誰?」

 どうやら戦士団のメンバーだったらしい。

「いやぁちょうどよかった」

「?」

 ケイナ1人に任せるわけにもいかず、シズフェ達も二人のところに集まった。

「実は──」

「なぁ君、名前なんて言うんだ?」

 シズフェが話を切り出そうとした瞬間、ノヴィスが先に女の子に話しかけてしまった。

「な、何よ?」

 女の子は少年を盾にするように後ろに回ってしまう。

「君、可愛いじゃん。なぁ、これから俺らと一緒に遊ばないか?」

 仕事で来ているというのに、すっかり頭から抜けてあるらしいノヴィスに、シズフェ達は全員が頭を抱えた。

「え、あの、すみませんけど今はやめてもらえますか?」

「お前に聞いてないんだよ。ほら、どけ!」

 ノヴィスは少年を強めに押し退けると、少年は吹き飛ばされるように床に転がってしまった。

「レ、レムス!」

「だ、大丈夫だよ、カリス」

 カリスと呼ばれた少女がレムスという名前の少年に駆け寄る。レムスはよろけながらも何とか立ち上がろうとしていた。

「そんなヤツほっといて、俺と一緒にいこうぜ」

 そんなことはお構い無しに少女の手を掴もうとするノヴィスだったが、少女はその手を払いのけると、キッとノヴィスを睨み付けた。

「ふざけないで! レムスにこんなことしたヤツとなんて、誰が一緒にいくもんか!」

 一瞬で一触即発な雰囲気になってしまった。

「お、お客様、やるなら裏でやってくださいよ。他の方の迷惑になりますから」

 従業員は困惑ぎみだが、慣れた様子で二人に促した。

「ふん!」

 従業員に言われたまま、先ほど戦士団が来た裏口の方へとカリスは向かう。

 ノヴィスもそれを追いかけて行ってしまう。

「ちょ、待ちなさいよノヴィス」

 それをさらにシズフェは二人を追いかける。

「おい、大丈夫か?」

 カリスを追いかけようとするも、壁にもたれ掛かってしまったレムスにケイナとレイリアが駆け寄った。

「すみません、ありがとうございます」

 レイリアが治癒をかけると、レムスはお礼を言った。

「いや、こっちこそ馬鹿な連れが悪いことしたな」

「ホントに申し訳ありません」

 頭を下げたレイリアと一緒にマディアも頭を下げた。

 ノーラはシズフェと一緒にノヴィス達を追いかけていっていた。

 レムスを伴ってケイナ達が宿の裏手に出ると、

「素手の勝負でアタシが勝ったら、ちゃんとレムスに謝ってもらうんだからね!」

「そっちこそ、俺が勝ったら、俺が街を案内してやるからな」

 既に勝負の内容が決まったところだった。

「はぁ。じゃあ、先に膝をついた方が負けね」

 ため息とともに、シズフェが二人に敗北条件を告げる。

「よっしゃ、行くぜぇ!」

 聞いたか聞かなかったかも分からぬうちに、ノヴィスはレムスに飛び掛かっていった。

 その様は女の子に襲いかかる暴漢にしか見えない。

「ふっ!」

 しかし、カリスはノヴィスの手首を掴むと、その勢いを利用して水路へとノヴィスを投げ飛ばしてしまった。

 パンパンッと手を払うカリス。

 それに遅れて、ノヴィスが水面から顔を出した。

「ぶはぁっ! な、何すんだ!?」

「勝負なんだ。投げ飛ばされた程度で文句言うの?」

 カリスの言っていることの方が正しい。素手であること以外に制限がつけられていない勝負なのだから、投げくらいはされて当然だろう。

「はい、アンタの負け。約束通り、レムスに謝って!」

「ふざけんな! こんなの無効に決まってんだろ!」

 そう言って、岸に上がったノヴィスがまたカリスに襲いかかる。

「ふん!」

 しかし、再びカリスはノヴィスの手首を掴み、

「やぁ!」

 半回転してまた水路へと投げ飛ばした。今度はノヴィスの勢いだけではない。

「ぶはぁっ! くそ!」

 また水面に顔を出したノヴィスに、カリスは水路の際まで寄っていき、

「アンタ、弱いね」

 ノヴィスに向かって特大の爆弾を落とした。

 その一言に、ノヴィスはとてもショックを受けた顔になって、

「…………ブクブクブク」

 水路に沈んでいった。

「っ! あの馬鹿!」

 ケイナはそう叫ぶと水路へと飛び込んだ。

 カリスはそれを気にする様子もなく戻ってきた。

「あの……」

 シズフェが声をかけた。

「あなた達アイツの知り合い? なに? なにか文句でもあるの?」

 そう言ってシズフェを睨んだ。

「本っ当にごめんなさい!!」

 シズフェはすぐに頭を下げた。他の3人もシズフェに続いて同じように頭を下げた。

 カリスは、どうしたものか、とシズフェから目線をそらすと、シズフェが脇に抱えている兜が目に入った。

「レーナ様の紋章……。あなた、戦乙女なの?」

「え、あ、はい。そうです」

 聞かれたシズフェはすぐに顔を上げて答えた。

 その時、ざばっという音がして水路からケイナが上がってきた。ノヴィスを肩に担いでいる。

「シズフェ、悪いけどこいつを何とかしてくるわ。夕方には合流する」

 ケイナはそう言って宿には入らずに水路沿いを歩いていった。

 それを見ていたカリスはため息をつくと、

「評判に関わるから、アイツとは一緒に行動しない方がいいよ」

 そうシズフェに言った。

 返す言葉もないが、あれでも戦士団の1人なのであまり無碍にはしたくないシズフェだった。

「で、話は終わり? もう行って良いかな?」

「あ、あの! 実は聞きたいことがあってきたんです」

「聞きたいこと?」

「えぇっと」

「カリス」

 機嫌の悪いままのカリスに対してシズフェが言葉を選んでいると、レムスがカリスに声をかけた。

「なんだか長話になりそうだから、宿に入って席を借りようよ」

「そうね。それでいい?」

 カリスはレムスの言葉に同意すると、シズフェに訊ねた。

 その声はさっきまでより苛立ちは収まっていた。

「は、はい!」

 シズフェの上擦った返事を聞いたカリスはレムスと一緒に宿に戻っていった。

 一歩遅れてシズフェ達がそれに続く。

 宿の従業員にロビーの席を借りるが6人座れるテーブルは無いため、2つのテーブルを近づけて三人ずつ別れることになった。

 カリスとレムスの席にシズフェだけが一緒になる形だ。

 他の三人は申し訳なさそうだったが、ここにいてリジェナさん達から直接話を聞いたのはシズフェだけなので仕方ない。

 席についたシズフェ達の前に、宿の従業員がジュースを置いた。

 シズフェが困惑すると、従業員は、サービス、とだけ言い、人数分を提供して戻っていった。

「それで、聞きたいことって?」

 出されたジュースを一口飲むと、カリスがそう切り出した。機嫌は結構よくなっている様子だ。

「えっと、私たちは今、ある女性の護衛の依頼を受けています」

「ふーん」

「その女性は、数日前から誰かに付けられているらしくて、護衛と同時にその付けている人を探しています」

「ふーん、ストーカーってわけね」

「ただ、そのストーカーでわかっていることは自由戦士らしい、ということと、この辺りで活動してる人ではない、ということなんです」

「なにそれ? つまり、うちの団員が犯人だって言いたいわけ?」

 話の流れから当然ではあるが、再びカリスの機嫌が悪くなってしまった。

「落ち着いてカリス。それで、やっぱり自分達が犯人だと疑われているのですか?」

「いえ、その、実は護衛している女性のお知り合いが、皆さんがアリアディアに来るときに頼ったリジェナさんでして、リジェナさんから戦士団の中に所在がわからなくなっている団員がいる、という話を聞いて来たんです」

「なるほど」

「トルクスね、全く」

 すると、今度は申し訳なさそうにカリスが頭を抱えた。

「トルクス、さん?」

「えっと、シズフェさんでしたよね?」

「あ、名乗らずにごめんなさい」

「いいわよ、私も聞かないで話を進めさせたんだから。それで、トルクスのことよね。シズフェの言った通り、今、戦士団の中で、そのトルクスだけが何処へ行ったかわからなくなっているの」

 カリスとレムスが言うには、二人は直接見ていないそうだが、団員のトルクスが到着間近にふざけて船から落ちたらしいのだ。

 団長は、そのうち戻ってくると楽観視しているらしいが、護衛のリザードマンがいたうえ、そのリザードマンと戦って勝てるはずも逃げられるはずもないのに、戻ってこないのは変だと思っているようだ。

「それに、ホントにトルクスが本物かもわかんないし」

「また言ってる。でも、熟練の団員は皆、間違いなく人間だって言ってるよ?」

「うぅん、それは私もそう思ってるんだけど……」

「えっと、どういうことですか?」

 カリスとレムスは顔を見合わせて頷くと、カリスが気になっていることを話してくれた。

 カリスの父が団長を務める戦士団は、最近まで魔王領近くでの魔物との大きな戦いに参加していたのだという。

 それもエリオスの神様まで参加するかなり大規模な戦いだったらしい。

 直接見たわけではないそうだが、戦士団のメンバーである獣戦士達が、彼らの信仰するトールズ神が来ているのを感じ取っていたらしいのだ。

 そして、仲間がたくさん死んだその激しい戦いの中で、トルクスの身に起こった何かが原因で、気が狂ったかのように性格が変わってしまったのだとか。

「ただその頃から、カリスがトルクスに変な感じがするって言うんだ」

「変な感じ?」

「う、うん。視線とか、気配とか、あとたまに顔がゴブリンっぽく見えたりとか」

「?? それでも魔物が化けているのではないのですよね?」

「うん」

 しかし、今の話にシズフェも何となく何かが引っ掛かった感じがした。

「確かに、あの戦いのあと、別人みたいに性格は変わったけどさ」

「うん、レムスをいじめなくなったよね」

「いや、だから別にいじめられてたわけじゃ……」

「もういいじゃん、はぐらかさなくったって!」

「ちょ、ちょっと待って!」

 カリスとレムスの言い合いにシズフェが割り込んだ。

「レムス君、さっきのもう一度言って」

「? 別にいじめられてた──」

「それの前!」

「? 別人みたいに──」

「それ!」

「「??」」

 シズフェの中で遂に歯車が噛み合った。それを一つ一つ確かめるように、無言のまま何度も頷き続けている。

「どうかしたんですか?」

 レムスが気になってシズフェに訊ねた。

「実は、皆さんにはまだ伝えられていないことがあるんです」

 シズフェがレメリィから渡されたメモにはもう1つ書かれていたことがあった。

 昨日の話は、シズフェの裁量で彼らに話すか決めて良い、と。

「伝えられていないこと?」

「その、船から落ちた人物はリザードマンに怪我を負わせて逃亡した、と私はリジェナさんから教えられました」

「ええ!?」

「それ、トルクスがってこと?」

「いいえ、トルクスさんでは無いかもしれません」

 先ほどカリスとレムスから教えてもらったことだ。

 トルクスにリザードマンを倒せるほどの力はない。

 だが、船から落ちた人物は倒せはしなかったが、深手を負わせて逃げおおせたという。

 これは変だ。

「それこそ、別人かもしれないくらいに」

「でも、彼は魔物じゃなかった──」

「魔物じゃなくても、別人の姿になる魔法はあるよ」

 そこに割って入ったのは、シズフェの仲間であるオレイアドのノーラだった。

「え!」

「あたしも詳しくはないんだけど、魔物が人間に化ける魔法は、術者の魔力次第だけど人間にも使える」

 ノーラの説明によると、魔法で作った被り物をしているような感じで、姿は変えられないが強い魔力を持つ、魔物や下位の邪神が使っているのもこの魔法らしい。

「もちろん、そいつが性格を変化させる魔法をかけられたって可能性もあるけど」

「正体を見破ることは出来るの、ノーラさん?」

「術者以上の魔力を持ってる人なら、そもそも変わってるように見えないらしい。ひょっとしたら、そのお嬢ちゃんの魔力はその化けてるヤツと同じかほんのちょっと少ないくらいの差しかないのかもな」

「え!?」

 ノーラにそう言われてカリスは驚いた声をあげる。

 時々トルクスに化けたヤツの本当の顔がカリスに見えているのは、魔力の量が関係しているという。

 実際、魔力が高ければ魔法が使えなくとも一時的に腕力などを強化することができるらしい。

 見た目の体格差があるカリスとノヴィスが戦って、カリスがあっさり勝てたのも、腕力や脚力に魔力を使ったからなのだろう。

 カリスの様子から、もしかしたら無意識的にやっているのかも、というのはマディの意見だ。

「私たちでもその魔法を破ることは?」

「解呪の魔法で解くことはできるだろうが、マディやレイリアじゃ無理だろう。魔力量の桁が違いそうだ」

「うぅん、言い返せない」

 レイリアも無言で頷いた。

「そのエルフさんには出来ないの?」

 カリスの質問はもっともだ。

「悪いね、私も魔力があれば試してやりたいとこだけど、訳あって今は使えないのさ」

「そっか」

 他人の事情に勝手に深く入り込むのは良くないとわかっているのだろう、カリスはあっさりと引いた。

「強制的に魔法を解かせる魔法とかあればなぁ」

「あるにはあるが、それはハイエルフの領分だ。魔力があっても使えないよ」

 ならば尚更シズフェ達にはどうしようもない。

 これ以上は今考えても仕方ないかもしれない。

「おや? そろそろ行かないとだな」

 外を見たノーラがシズフェに言った。

 オレイアドであるノーラは日の光の明暗で何となく時間がわかる。また、山で活動していたからか位置と距離を把握するのが得意だ。

 外の明るさと劇場までの距離、シズフェ達の移動速度を考慮してシズフェに知らせてくれたのだ。

「うん、わかった。じゃあ、カリスさん、レムスさん、今日はこの辺で失礼します。護衛の方を迎えに行かないと」

「手伝おうか? 私たちの仲間、じゃないかもしれないんだけど、私たちが連れ込んだヤツが犯人かもしれないんだし」

「今はお気持ちだけで感謝します、カリスさん」

 お礼を言うと、カリスはシズフェに微笑んだ。

「カリスでいいよ。これだけ話したんだし、もう友達みたいなものでしょ」

「じゃあ、僕もレムスで」

「うん、ありがとう。改めて、私はシズフェリアです。シズフェって呼んでね」

「魔術師のマディアです。マディって呼んでください」

「レナリア神殿の司祭、レイリアです」

「ノーラだ、よろしく」

「うん、これでみんな友達だね」

「うん、よろしくねカリス。今度、ケイナも交えてアリアディアを案内してあげる」

 シズフェがそういうと、カリスはさらに嬉しそうな顔になった。

「うん、ありがとう。あ、でもあのノヴィスってヤツは連れてこないでね。アイツ絶対謝りに来ないだろうから」

 綻ばせた顔のまま言う辺り、本気で嫌なのだろう。

 シズフェ達も苦笑いするしかなかった。

「おーい、カリス! お前も風呂にはいれ。こっちはみんな上がったからよ」

「あ、親父。わかった、すぐ行く。じゃあね、楽しみにしてる」

 そう言ってカリスは風呂の方へと走っていった。

「レムス、そちらさんは?」

「えっと、彼女達は今しがたカリスと友達になったシズフェさん達です」

「! 友達!? ホントか!?」

 団長が驚いた様子でシズフェ達を見た。

「は、はい。今なったばかりですけど」

 少し驚いてしまったシズフェだったが、すぐにそう返事した。

「そうか。そうか…………」

 そう呟くと、団長の目から涙が零れた。

 その事にシズフェ達はぎょっとした。

 団長は涙を拭う。

「いや、すまん。男手1つで育ててたのと、うちは男所帯であちこち転々としててな。今まで女の友達を作ってやることができなかったんだ」

 父親として思うところがあったのだろう。シズフェは彼が良い父親なのだ、と思った。

「シズフェ、そろそろ急がないと」

 ノーラがシズフェを急かす。

「用事があったのか? 済まねぇな引き留めちまって。しばらくこの国にいるから、カリスと遊んでやってくれ」

「はい、もちろんです。それでは失礼します」

 そう言ってシズフェ達は宿をあとにした。

 シズフェ達は、急いで劇場に着くと、すでにシェンナとケイナ、それにすでに立ち直ったノヴィスが待っていた。

 少し確認をすると、カリスに言われたこととレムスのことは覚えていなかった。

「悪いけど、また屋敷に向かってもらえるかしら」

 シェンナからの頼みで、シズフェ達は朝通った道を戻り始めた。

「……霧」

 歩き始めてすぐに、道に霧が立ち込め始めた。

「なんか変な霧だ。それにこんな霧が神殿近くで出るなんて」

 ノーラの言葉に全員が周囲を警戒しながら進む。

「ねぇ、ノーラさん」

 シズフェはすぐ後ろにいるノーラに振り返る。

「!」

 しかし、そこには誰もいなくなっていた。

 シズフェは腕を伸ばしてみるが、何かにぶつかる反応はない。

 伸ばした手が見えなくなるほど深い霧ではない。それでも仲間どころか誰の気配も感じなかった。

「何が起こってるの?」

 シズフェは途方にくれるも可能な限り皆を探すために辺りを見渡すことから始めた。




クロキがぶっ飛ばす展開を無くしたので、代わりにカリスにぶん投げてもらいました。


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第6話 アリアディア捕物帖

立ち込める霧によって別たれたシズフェ達。
1人になってしまった彼女に魔の手が迫る。


 すでに夕刻といえる時間、昼頃にクロキと合流して迷宮に向かったリジェナは、ウスの街の神殿跡に残された転移魔法を起動させて帰ってきていた。

 事前にアリアディア共和国のレナリア神殿には、地下庭園に住民を戻す準備の一環として転移魔法陣を起動する、と伝えてあったので問題にされることはなかった。

 もちろん、神官達は良い顔はしなかったが、商工会長であるトゥリアと同じヘイボス神の紋章を提げたリジェナを無下にすることはできなかった。

 実は昨晩届いたトゥリアからの手紙と共に送られていたのだが、そのときは意味がわからなかったものの、素直に提げていって正解だった。

 今後ウスの街へ難民が戻る、あるいはアリアディア共和国と往き来するためにはこの神殿との協力は不可欠だ。

 レナリア神殿には、転移先の神殿跡は豊穣の神であるゲナ神を祀る神殿へと変わる予定だと伝えた。

 もっとも、それは半分偽りで実際はナルゴルに属する豊穣の神が祀られる神殿である。

 神官役は、迷宮に勤める悪魔の1人であるマンセイドと契約した魔女アリマが担うことになった。

 元々彼女は昔滅んだ王国で豊穣の神官の立場たる姫、即ち王族だったのだ。しかし、一向に良くならない実りに業を煮やし、その気持ちに付け込まれてマンセイドと契約して魔女となった。

 魔女となってしばらくは、神官の身分のまま国に実りをもたらしていた。

 しかしある時、国内に紛れ込んだ他国の魔女狩人に正体を暴かれ、命からがら国から逃げ出すも、暴徒と化した国民によって王家は滅ぼされ、またアリマが居なくなったことで実りどころか土地は完全に死に絶え作物の育たなくなり、国民達は国を捨てて出ていってしまった。

 逃げたアリマはマンセイドと各地を回る旅と蜜月を共にしていたが、彼がナルゴルに戻る日に別れ、祖国の跡地に戻って家族の墓を作ると深い森で覆い隠したのだとか。

 ちなみに、アリアド同盟下の各神殿に伝わる戒めの寓話として『魔女に堕ちた姫』という話が伝わっているが、これは彼女がモデルらしい。ただしこの寓話では、実り豊かな国に飢饉をもたらした、という真逆の話になってしまっているが。

 その後、祖国であった森で何十年もひっそりと暮らしてきたらしいが、つい先ほど、神殿跡でマンセイドと再会させた。

 なんでも、マンセイドもナルゴルの外に出るときは必ず彼女のもとを訪れていたというのだから、案外一途なのかもしれない。

 リジェナはアリアディアへ戻る前に、閉鎖された元娼館の鍵を二人に渡しておいたので、もしかしたら今後利用するかもしれない。

 さて、地下庭園に残った畑や家畜はデイモン達が再利用していたこともあって健在だったし、心の拠り所となる神殿もできるとあれば、難民が戻るのも容易に進みそうだ。

 あとはデイモンと住民との間を取り持つためにリジェナ自身かレメリィが何度も出向くことになるだろうが、とりあえずは一安心である。

 なら、次に対処すべき問題は、

「霧……」

 間もなく目の前に現れる愚者を捕らえることだろう。

 

 

 リジェナの周りはわずかな距離でさえ見通せないほど深い霧に満たされていた。

「リジェナさん、良かった」

 うっすらとしか見えないはずの霧の中から現れたのは、シェンナ1人だけだった。

「こんばんは、シェンナさん。シズフェさん達は?」

「それが霧が出てしばらくしたら、誰もいなくなっていて……」

 劇団の稽古場からリジェナの屋敷にシズフェ達護衛と共に向かっている最中、霧が路地に霧が立ち込め始めた。

 海や河に面するアリアディア共和国では別に珍しいことではないが、ケイナとノヴィス以外は加護や能力によって自然のものではない魔法の霧だとすぐに気がついた。

 そのため、警戒しながら進んでいたのだが、一気に霧が濃くなったわずかな間にシェンナは皆と分断されてしまったのだった。

「やはりそうでしたか」

「やはり?」

 少し狼狽えぎみのシェンナに対して、リジェナは非常に落ち着いた様子だ。

「ええ。この霧の魔法はあるゴブリンの女王が得意とする魔法の1つです」

「ゴブリンの?」

「本来は森に仕掛ける罠のような魔法です。この霧の中では正しい方向を見失ってしまい、術者の視界内であれば、霧の濃度を変えて狙った相手に幻覚を見せたり、何人かを1ヶ所に集めたり、なんてことも出来るそうです。

 そうでしたよね?」

 最後に呼び掛けるように、リジェナはある方向に顔を向けた。

「正解だ」

 霧の中から現れた男は答えた。

 鍛えられた肉体に顔もなかなか悪くはない。

 しかし、その目は血走り口元からは涎が垂れて、見るからに獣欲に塗れていた。

 その視線から、シェンナはあの同乗していた船で最もイヤらしい目をしていた男だと確信した。

「会いたかったぜぇ~、リジェナァァ!!」

「今回に限れば、私も会いたかったですよ、ゴズ」

(! こいつが、ゴズ……)

 それはつい昨晩、彼女達の主君であるクロキから伝えられた逃亡者の名前。

 ゴブリンの女王から魔力を受け継ぎ、魔法に長けたゴブリン顔の男。

 残念ながらシェンナにはゴズの顔を変える魔法を破るだけの魔力はないため、本当の顔はわからない。しかし、クロキの使徒となった今のリジェナには丸わかりであった。

「ははっ! 嬉しいぜぇ! お前からそんなことを言ってくれるなんてよぉ!」

 ギラギラとした目付きと涎によってテカる口元に、二人は嫌悪感しか抱かないが、そんな事はお構いなしに男は近寄ってくる。

 シェンナはリジェナを護るように前に立つと、曲刀を抜いて構えた。

「なんだ? 抵抗すんのか?」

「当たり前でしょ。あんたなんかさっさと捕まえてやるんだから」

「へへっ! やれるもんならやってみやがれやぁ!!」

 そう叫ぶと、手にしていた太いロープのようなものを振り回し始めた。

「おぅらぁ!」

 振り回したロープが投げられる。重りを兼ねた武器なのか先端に鉤爪のような金属のフックがついている。

 だが、直線的な動きであるため、シェンナはフックを曲刀で易々と弾く。そして、距離を詰めるために踏み込もうとした。

 しかし、

「!」

 払ったはずのフックが時間が逆戻りしているかのようにシェンナの目の前に現れた。

 シェンナは無理矢理身体を捻って、今度はフックを蹴り飛ばした。

 飛ばされたフックは、今度はゴズの手元に戻っていった。

 ゴズは勢いをつけるためか、再びロープを振り回す。

 まるで意志があるような動きをしたロープに、リジェナは覚えがあった。

「その武器、ドワーフの工房から盗みましたね?」

「なんだ、コイツがなんなのか知ってんのかよ」

「ええ。私どもの商会が発注したものですから」

 それはリジェナが対大型魔獣用として発注していたリザードマンが使う武器だ。

 最近、船の護衛のために河だけでなく海岸沿いにも出るようになったリザードマン達は、自分よりも大きな魔獣との戦いには不慣れであり、リザードマンよりも深い場所を動ける海の魔獣に手こずっていた。

 そこで考案されたのが、武器にもなるロープなのだ。

 ロープにある専用の持ち手を握った者の意志によってロープが動き、先に付いたフックで攻撃したり、巻き付いて相手を捕らえたりすることができる。ただ、持ち手を離してしまうと最後の命令の状態で固定されてしまうため、マーマンなどの手を使う魔物を相手にする時は奪われて相手に使われる可能性もあるので使用を控えなければならない。

 まさに今の状況だ。

「はっはあ!」

 不自然な軌道で飛んでくるフックをシェンナは辛うじて寸前で避けた。

 しかし、フックは曲刀に引っかかり巻き付かれてしまう。

「!」

 その瞬間ニヤッとしたゴズに、シェンナは咄嗟に曲刀を手放し、バックステップで後ろに下がった。

 それとほぼ同時に、曲刀はゴズのロープによって引っ張られていく。

 シェンナはもう一歩、今度は強く地を蹴り宙返りをするような動きで腰に隠していた小刀をゴズに投げる。

「おおっと!」

 ゴズはその小刀をロープで絡めた曲刀でロープだけを動かして器用に弾いた。

「ちっ」

 シェンナはもう一方の手に持った曲刀を投げ捨て、左腰に手を回した。ただの金属でできた曲刀では勝ち目がないと思ったからだ。

「抜刀!」

 シェンナがそう叫ぶと、腰に当てた手の中に黒塗りの鞘と柄が現れる。

 ゆっくりと柄を引くと、鞘の中から黒い炎が漏れ出す。

 それは、シェンナの身を守るために、と自らが主人と仰ぐ男から貰った武器、クロキ自身が打った刀だ。

 以前はこの刀に、突然現れるといった機能はなかった。

 貰った時と変わっているのは鞘だ。

 これこそ、ダークドワーフとダークエルフの合作魔道具なのである。キーワードを唱えることで、納められた刀ごと姿を消したり現したりできる、クロキが刀を使うことになるシェンナの為に新たに誂えた鞘なのだ。

 せっかく、もしもの時のために、と渡した刀がそのもしもの時に使えないのでは意味がないからいつでも帯刀できるように、と渡されたクロキからのプレゼントだった。さらには見えなくなっているときは重さまで消えるので、普段通りの動きをしても身体の重心が傾かなくて済むという優れ物だ。

 女として、プレゼントに武具を贈るなんて、とは思ったシェンナだったが、そんな思いよりも贈り物を貰った嬉しさが勝ったため、とうとう決心がついてその晩のうちに身を捧げてしまったのだった。

 顕になった刀身は黒い炎をまとっている。

 その炎を見た瞬間、ゴズは顔をしかめた。

「おいおい、まさかとは思うがその炎は……」

「ご明察ですよ、ゴズ」

 シェンナに代わって答えたリジェナを尻目に、ゴズはいまいましげに炎をにらみ付けた。

 もっとも、シェンナはこの炎をまとう刀をうまく扱えているとは思っていない。せいぜいまとわせたまま振るうことができるくらいだからだ。

 対してゴズが使うロープは、船で火災が起きた際に、わざと船を壊して人命救助が出来るように、燃えにくい素材が使われている。ゴズ自身はこのロープのことをそこまで把握してはいないが。

「せあ!」

 再開といわんばかりに、ゴズがロープ付きのフックを投げる。

 シェンナは飛んできたフックを刀で弾いて往なすが、ゴズの意思で動くフックはしばらくすればまたシェンナに向かってくる。

 ゴズも初めこそ憎らしげな表情だったが、シェンナが刀を扱いきれていない、あるいは見たまま以上の能力は持っていないと思い直したらしく、再び表情は余裕に満ちてシェンナの身体を舐めるように見る視線を送り始めた。

 シェンナ自身も、また遊ばれ始まっていることには気付いているのだが、明らかに格上であるゴズに有効打を入れることは難しい。

 距離を取ったシェンナに、ゴズは余裕ぶった表情を崩すことなく、相手の出方を伺っている。しかもそのイヤらしい笑みは完全に相手を見下していた。

 リジェナは苦戦しているシェンナに声をかける。

「シェンナさん」

「大丈夫です。アレをやります」

 1度刀を腰の鞘に納め、レメリィから教わったばかりの魔法を使うために一度呼吸を整える。

 怖れているわけではない。単純に初めて使う魔法に緊張しているだけだ。

 ただ1つだけ、この魔法を使う際に下腹部に両手を当てなければならないのが、正直恥ずかしいところだ。

 

精昇華(エナジーライズ)過剰運転(オーバードライブ)!」

 

 魔法を発動させるとシェンナの体に力が漲る。

 しかし、使いこなせるほど馴染ませるには回数を重ねないと無理そうだ、とシェンナは感じた。

「なんだ? 自己暗示の類いか? なら、遠慮なく行かせてもらうぜ!」

 危険はないと判断したのか、ゴズは再び振り回したロープを投げる。フックが不規則な軌道で動いて、シェンナに迫る。

「はぁっ!」

 シェンナは思い切り抜刀すると、勢いのままフックを打ち返した。

「おっと」

 戻ってきたフックにゴズが気をとられている一瞬に、シェンナは一気にゴズに迫った。

「ぬおっ」

 ゴズは、振られた刀を咄嗟に硬くなれ、と念じたロープで受け止め、腕力で押し返す。

 体勢を崩すつもりだったのだろうが、シェンナは自ら後ろに跳び、着地した片足にすぐさま力を入れて、ゴズに肉薄する。

 ゴズは届きかける刀を硬質化させたロープで受け弾き、あるいは片手剣のように振り払う。

 しかし、先程までとはまるで違うシェンナの動きに、ギリギリでしか対応できていない。

「くそ、くそ! なんなんだその動きは!?」

 今シェンナが使っている魔法は、元々天上の御方から寵愛を受けるアルセイドの戦士が編み出したものだ。授かった愛の結晶を代償とすることで、1度だけ全ステータスを大幅に上げるのである。

 この魔法が編み出された頃はまだハイエルフの一派であったランパスにも、密かにこの魔法が受け継がれていたのだった。

 今までシェンナが使っていたアサシュとは違い、欠点らしい欠点は特には無い。戦い慣れていない者が使っても数日ほど筋肉痛を起こす程度で済む。

 ただし、術者よりも上位の力を持つ者でなければ意味がないのと、愛してもらってから数日の間でないと使えない限定条件はある。また、効果の持続を任意で切ることもできるのは、ランパスの長年の改良の結果だ。

 再び鍔迫りあうシェンナとゴズ。

 ゴズは転ばせようと脚を払うが、お見通しと云わんばかりに、シェンナはバックステップで避けてゴズから離れる。

 シェンナが離れた瞬間、ゴズに妙案が過った。

 シェンナが再びゴズに迫ろうとする直前に、ゴズはあらぬ方向にフックを放った。

 シェンナの目には自棄でも起こしたように映っただろう。

 シェンナは視界から出たと同時に意識から外し、改めてゴズに迫ろうと踏み込む。

 だが、意識から外したフックは地面を蹴る瞬間に、シェンナの刀を持つ方の手首に巻き付いた。

 ようやく捕まえた、と言わんばかりにゴズはニヤリと顔を歪めた。作戦通りにことが進んだのたから当然だろう。

 しかし、今やゴズ以上の腕力を得たシェンナはその程度では何ともなかった。

 シェンナは視界から出たフックを意識の外に置いたわけではなかった。

 最初から搦め手に対応できるように身構えていたのだ。

「はあぁぁーーー!」

 手首に巻き付いたロープを引き、逆にゴズを引き寄せる。

 想定していなかった剛力に、ゴズはあっさり引き寄せられる。

「く、空だ──」

「であぁぁーーー!!」

 ゴズが発動しようとした魔法は、シェンナは叫びにかき消され、シェンナはロープの巻き付いた方とは逆の手で握った拳をゴズの腹に打ち込んだ。

「ゴブぁぁぁ!!」

 腹を強打されたことで、ゴズの口から消化液が吐き出させる。シェンナに向かって。

「きったない!!」

 そう叫んだとほぼ同時に、シェンナは顔面を脚で蹴り付け、ロープをさらに引っ張ってゴズを投げ飛ばした。

 路地を何度かバウンドして考えもしなかった痛みにゴズは顔を歪めた。

「ぐぅ、くそぉ……」

 吹っ飛ばされた衝撃による想定外のダメージにすぐに起き上がれなかった。

「残念でしたね、ゴズ」

 立ち上がろうとしたすぐ横から聞こえたリジェナの声に気をとられると、ゴズの身体にロープが巻き付いた。

「なっ!」

「やっぱり、魔力があれば持ち手を握るだけで容易く操れるのは良くないのかもしれませんね。改良の余地有りです」

 ゴズが気付かぬうちに手放していたロープは、リジェナの手に握られていた。

 ご丁寧に後ろ手で縛られていて、簡単には抜け出せない。

「でも、持ち手から切り離されてしまえば、ただのロープに戻ってしまう機能は、そのままでも良いでしょうか」

 リジェナがそう言うと、シェンナは刀で持ち手をロープから切り離した。

 もう持ち手を握ったとしても、ゴズの拘束は解かれない。ゴズは立ち上がるのを諦めたのか、地面に膝をついた。

 戦いは終わった。

 そう思ったシェンナは魔法を解き、刀を鞘に納めた。

 なんとなくではあるが、もう少し長く戦っていたら決着より先に魔法が解けていただろう、とシェンナは感じた。

「納刀」

 刀を見えなくするキーワードを唱えると、シェンナは投げ捨てた曲刀を拾いにいく。

 その時、

 

「リジェナァァァァァーーー!!!」

 

 跪いていたはずのゴズが、縛られたまま脚力だけでリジェナに向かって駆け出した。

 ゴズにとってシェンナが発揮した強さは計算外だったが、このタイミングではリジェナを守りに回り込むことはできない。確実にリジェナの後ろから倒れ込める。

 だが、

 

「うるさいです」

 

 突然受けた顔面への強烈なダメージ、駆け出した方向とは逆に吹き飛ぶ身体、そして遠退き始める意識にゴズは理解が追い付かなかった。

 唯一視界に入ったのは、軽く拳を握るリジェナの右手の甲であった。

(なん……だ………と…………)

 そして、背中に衝撃を受けたと同時に、何も理解できぬままゴズは完全に意識を失った。

 

 

「リジェナさん、大丈夫ですか?」

「ええ、シェンナさん。しかし、加減をするというのは難しいものですね」

 右手に付いた何かを左手で払うと、リジェナはようやく後ろを振り返った。

 完全に伸びているゴズ、それを見る目はゴミでも見ているようである。

「意識くらいは残ると思ったのですが。まぁ、騒がれても困りますし、結果良しとしましょうか」

 リジェナとしてはそれくらい軽いカウンターのつもりだった。ドアをノックする、その程度の力を入れたつもりだったのだ。

 改めて、リジェナは自分が授かった力を思い知った。

 こんな力は自分の正体を知る者にしか見せられない。

「リジェナさーーん!」

 特に、懇意にしている彼女達には隠しておきたいと思う。

「はぁ、はぁ、リジェナさん、シェンナさんも、ご無事ですか?」

 術者が気を失ったことで徐々に晴れていく霧の中から、シズフェ達が走ってきた。

 ずっと走っていたのか息が上がっている。

「ええ、シェンナのおかげで」

「! 

 いえ、上手く当て身が決まっただけですよ」

 リジェナからのアイコンタクトを察したシェンナは咄嗟に答えた。

 こういうとき、虚言の魔法が使えるイシュティア信徒であることを便利に思ってしまうシェンナであった。

 もっとも、全てが嘘というわけではない。

 実際、トドメはリジェナだったとはいえ、ほとんど戦っていたのはシェンナなのだから。当て身も当てたし。すぐにキモくて投げたが。

「もう捕まえちまったなのか。てか、このロープはなんだ?」

「うちでドワーフの方々に発注していたリザードマン用の武器にも使える牽引ロープです。どうやってかはわかりませんが、この男が工房から盗ってきたのでしょう」

「ははぁ、こりゃあ罪状追加だな」

 ざまぁみやがれトルクス、この変態野郎、とケイナがゴズを軽く蹴った。

「とりあえず、何とかしてこの男を屋敷まで運ばなければなりませんね」

「え? オーディス神殿に突き出すのでは?」

 リジェナの発言はシズフェには不思議だった。

「その前に、この男の所属する戦士団に説明をしなければなりません。この男の正体も含めて」

「正体?」

「皆さんも同席してくださいね」

「はぁ、それは構いませんけど」

「では、この場で少々休んでいてください。近くの商店から荷車をお借りしてきます。ケイナさん、お手伝いしてください」

「おう、いいぞ」

 リジェナはシズフェ達の中で一番元気そうなケイナと共に近くにあるお店に向かっていった。

 残された面々のうち、シズフェだけは下手人を見つめながら溜め息をついた。

 今回、せっかく頼られたというのに、対したことも出来なかっただけでなく、護衛対象を危険にさらし、あまつさえ捕縛までしてもらってしまったのだ。

(ほとんど何もやってないじゃない)

 落ち込むシズフェの肩に誰か手を置いた。

 シズフェが振り向くとそれはシェンナだった。

「あんまり気にしないで。多分、貴女達では手に負える相手じゃなかったわ。私が勝てたのも本当に運が良かっただけだもの」

 そう言って、目の前に倒れる、シズフェ達が捕まえるはずだったストーカー男に目を向けた。

 シェンナ自身も今回は運と条件が良かっただけだと思っている。

 今のままでは、同じ条件を揃えない限りまた勝つことはできないだろう。もっと力を付けないと、とシェンナは思った。

 そして、荷車を借りて戻ってきたリジェナの指示のもと、シズフェ達が縛られたゴズを乗せて荷車を引く。

「あら? そういえばノヴィス君は?」

 屋敷の地下室にストーカー男を放り込むまで、シェンナ以外の誰も、ノヴィスだけ居ないことに気がつかなかった。




これにて戦いパート終了です。

第5章にちょっとだけ登場した魔女アリマに設定を加えて再利用しました。

また、原作にはあるかわかりませんが、ゴズの最初の攻撃以降、ゴズがロープを操っていたのは鞭術によるもの。ファンタジー作品にたまにあるアレです。
フック付きのロープは、1度入力した命令のあとにフックを手元に戻さないと再入力できない仕様になっているため、ゴズは鞭術で操って狙いを隠し、翻弄されているところに入力した攻撃を加えて手元に戻すを繰り返している。



オリジナル魔法の設定

精昇華過剰運転(エナジーライズオーバードライブ)

大昔、まだモデスやランパス達がエリオスの一員だった辺りの時代に、男神の恩寵を受けるアルセイドの戦士が編み出した魔法。
術者よりもステータスの高い神からの寵愛の証として体内に残ったモノを燃料とし、術者に一時的に術者を証を与えた神と同じステータスにする効果がある。
編み出したアルセイドは、自爆特攻の魔法として作ったのだが、初めて使った戦いでは普通に生き残り、翌日筋肉痛を患っただけで終わった。
その後、何人かのエルフの戦士にも伝えられたが、ランパスを除き、神から寵愛されるエルフの戦士が居なくなったことで、他のエルフ達からは失われてしまっている。
効果の持続時間は授かった証の量と術者自身の慣れによって変化する。また、長年のランパスによる改良によって、ステータスの上げ幅を任意に抑えることができるようになり、任意で効果を切ることも出来るうえ、戦士であれば筋肉痛も起きない。
魔法発動時にその証を全て消費してしまうため、もう一度魔法を使うには改めて証を授からなければならない。
ちなみに、魔法使用後は改めて授かるまで新しい生命は絶対に宿らないので、ある意味避妊に向いている魔法ともいえる。


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第7話 捕物の後で

ここからは本編第7章エピローグにて展開された内容の後の話となっております。





 翌日、ノーラとノヴィスを除くシズフェ達は、昨日出会ったカリスとレムス、それにカリスの父親で赤熊の戦士団長のアルカスを連れて、リジェナの屋敷にやってきていた。

 昨日のうちにリジェナから案内するようにと頼まれていたのだ。

 応対した長いスカートの使用人に案内されたのは、昨日入ったリジェナの執務室ではなかった。部屋には廊下側とは別の壁に面した扉がある。

 長テーブルの片側だけに席を勧められたシズフェ達は、出されたお茶を飲みながら、リジェナが来るのを待った。

「お待たせいたしました」

 シズフェ達が通された扉とは別の扉からリジェナが入ってきた。シェンナも一緒だ。

 そして、レメリィが縛られた男を乗せた台車を押して現れた。

「! トルクス!」

 アルカスが叫びながら立ち上がる。

 無理もない。

 団員が縛られて連れて来られたのだから当然の反応だ。

 しかし、彼がトルクスではない可能性を聞いていたカリスとレムス、それにシズフェ達は訝しむような視線を送っている。

「ふーっ、ふーっ!」

 対して、仮称トルクスは全身が縄で縛られ、口にも縄を噛ませてあるため、話すことは不可能だ。

(でも、変な縛り方)

 シズフェが疑問に感じたその縛り方は、肩から腰に至るまでを網で巻いたような不思議な縛り方だ。

 網というか、まるで何かの動物の模様を模しているようにも見える。

「落ち着いてください」

「落ち着いていられるか!」

「これからちゃんと説明しますので」

「そ、そうだな。理由があるからこんなことになってんだよな」

 アルカスはすぐに落ち着きを取り戻した。

 その様子にシズフェ達は、大人だ、と思った。

「では、赤熊の戦士団の皆様とは初めましてになります。ミドー商会アリアディア支部を取りまとめております、リジェナと申します。先日はお出迎え出来ず申し訳ありませんでした」

「あ? あんたが?」

 赤熊の戦士団側が驚くのも無理はない。

 大きな商会の支部長を務めているのだから、もっと歳をとっていると考えるだろう。

「今回皆さまをお呼び立てしましたのは、この男に関することです」

 挨拶もそこそこに、リジェナは本題に入った。

「そのバカはいったい何をやらかしたんですかい?」

 アルカスは何か大きな罪を犯したのではないかと仮称トルクスを睨み付けた。

「まず、この男には2つの罪があります。

 1つは、我が支部の大事な財産であるリザードマンに怪我を負わせたことです」

「!」

 アルカスとしては強い魔物に傷を負わせて生き延びたことを誉めてやりたい気持ちが沸いた。しかし、その魔物が野良ではなく使役されていたという事実から、素直に喜ぶことはできなかった。

「もう1つはこちらにいる女性に関することです」

「シェンナと申します」

 紹介されたシェンナは一歩前に出ると名乗って一礼した。

 今日の彼女はいつもの踊り子衣装ではなく、どこかの令嬢のような服装だ。

「こちらのシェンナさんは私ども支部が支援している劇団ロバの耳の俳優です」

「あっ! 同じ船に乗ってた女優さん!」

 カリスとレムスは、シェンナに謝ったときと服が違っていたため、すぐに気づけなかった。

「この男は潜伏の間に彼女を付け狙い、昨日拐かしを実行に移しました。

 幸い、彼女に戦いの覚えがあり、運良く一撃が決まって確保できました」

「そうだったのか。シェンナさん、申し訳ないことを」

「アルカスさん。謝罪の言葉はまたあとで。最後に、この場にいて貴方だけが知らない真実があります。もっとも、こちらの方々も半信半疑ではありましょう。

 この男の正体を皆さまにもお教えします」

 レメリィからリジェナに小瓶が渡させる。

 リジェナは小瓶の栓を抜くと、中身の透明な液体を男にバシャッとかけた。

「今の液体はとある地方に伝わる『真実の水』と呼ばれる液体を模倣した品です。この模倣品をかけたものをこのドワーフ製の透明板を通して見ることで真実の姿が見えるのです」

 そう言って、アルカスに丸い透明な板を渡す。

 アルカスは恐る恐る板を通して、仮称トルクスを見た。

「んな!」

 驚きの声をあげたアルカスは、顎が外れたかのように大きく口を開けたまま固まった。

 そのアルカスから奪い取るように板を手にしたカリスも、板を通して見た。

「あっ! この顔!」

 その板の向こうには、カリスが散々気のせいと言われた醜い顔があった。

 驚きの顔から忌々しげに睨む顔になったカリスから今度はレムスに板が渡される。

「っ! そんな!」

 驚きの声をあげたレムスは、ショックを受けてように顔を手で覆って、思い出したように板をシズフェに渡した。

 そしてシズフェもまた、板を通して男を見た。

「! ゴブリン!」

 その板の向こうに映る男の顔は間違いなくゴブリンと同じ顔をしていた。

「やはり皆さま、勘違いをされているようなので、こちらから補足させていただきます」

 シズフェの仲間が順々に男の真実を確認するなか、リジェナが話し始めた。

「この男の本当の名前はゴズ。ゴブリンの王国にてゴブリンの女王から産まれた王子ではありますが、紛れもない人間です。その理由については、皆さま分かりますよね」

 それについてはここにいる全員が知っている。

 魔物と人間の間に産まれた子供は、どちらかの親と同じ性別ならば同じ種族で産まれる。

 そして、産まれた人間の子供は、何かしらの魔物の特徴を受け継いでいるのだ。

「この男は、ゴブリンの顔の他、女王から強い魔力を受け継ぎました。そして、姿を変える魔法を使って自分が殺した男に成り変わって生活してきたのです」

 衝撃の真実に、誰もが言葉を失っていた。

「ってことは、本物のトルクスやあいつと仲の良かった連中は……」

「この男が殺したのでしょう」

 リジェナの答えに、すっとアルカスは無表情になった。そしてそのままゴズへと近づけていく。

「ダメです」

 ゴズに伸ばされた手の前にリジェナは体を滑り込ませた。

「どいてくれ」

「出来ません」

 ゴズに向いたままだったアルカスの視線がリジェナに向く。

「何故だ?」

「あなたのお気持ちはわかります。

 ですが、ここは誰もいない森や草原でも、神殿すら無い小国でもありません。アリアディア共和国なんです。

 私刑は認められていません。

 この男はこのような見た目でも、アリアディアの国民でなくとも人間です。

 私は理由があってこの男をここに捕らえていますが、それは貴方に殺させるためではありませんし、殺させてしまえば私も貴方もこの国によって厳罰に処されるでしょう。

 それを、貴方は、貴方の戦士団は、そして貴方の娘さんは望みますか?」

 リジェナの言葉に、アルカスはハッとしたようにカリスへと振り返った。

 アルカスの目に映ったカリスは怯えたような困惑したような顔をしていた。しかし、父親を止めようと思ったのか、すぐに取り押さえに入れるであろう位置に立っていた。

「……厠に行かせてくれ。頭を冷やしてくる」

「ご案内します」

 レメリィに連れられて、アルカスは退室していった。

「リジェナさん」

「なんですか、シズフェさん」

 身なりを整えながら、リジェナはシズフェの声に応じた。

「さっきの、気持ちはわかる、というのは……」

「……一昨日、シズフェさんとケイナさんには私は一族の生き残りと共に国を追われた、とお話しましたね」

 シズフェとケイナは顔を見合わせた。

 その話は確かに聞いたが、何故それが出てくるのか。

「私の国の他の一族を焚き付けて扇動したのが、この男です」

「!!」

「そいつぁ……」

「まさか……」

「ええ。死んでいった私の一族の一番のカタキですよ」

 ならばこうして私的に捕らえたのは復讐のためか。

 いや、同じ行動を取ろうとしたアルカスを止めたのは他ならぬリジェナ自身だ。

「ご安心ください。私はもうこの男の仕出かした事にケリをつけています。ここで捕らえている理由は、私個人ではなく商会としてのものです。後で然るべき場所にこの男は送りますのでご安心を」

 最初に話したリザードマンに対する被害、それがゴズを捕らえている理由である。

 アリアディアの商工会では、個人ではない財産を傷つけられた際に事実確認のためとしてその被疑者を一時的に勾留することが認められている。

 もっとも、ほとんどの個人商店や中規模以下の商会は、すぐにオーディス神殿の騎士に解決を委ねてしまうため、一般市民にはあまり広まっていないことではある。

 つまり、痛いところは構わないが痛くないところまで探られたくはない、大商会向けの条例というわけだ。

 ただ、この後ゴズが送られるのは、オーディス神殿ではなく、ナルゴルに連れていかれる事になるのだが。

「ところで、シズフェさん達にはもう1つ用事があります」

「私たちにですか?」

「ええ。これから行きますので、着いてきてください。

 カリスさんとレムスさんはこのままこの部屋で待っていてください」

 カリスとレムスはリジェナの言葉に頷くと先ほどまで座っていた席に座り直した。

「では、参りましょう」

 そう言うと、リジェナはゴズの載った台車を押しながら部屋を出る。

 シズフェ達とそしてシェンナがその後に続いた。

 窓のない廊下をすたすたと歩くリジェナを不審に思ってシズフェが訊ねると、ゴズを載せた台車はドワーフの作ったもので、重さを軽減できる魔道具であるとのことだった。

 気づけば、布張りの壁が石壁に変わり、暗く重々しい雰囲気に変わった。どうやらあの廊下は地下に続いていたらしい。

 壁際に置かれた蝋燭しか明かりはないが、よく見ると左右の壁に鉄格子がある。

「~~~~、~~~~!」

 その中から聞き覚えのあるうめき声が聞こえた。

 シズフェ達はうめき声の聞こえる鉄格子の前まで走った。

 そしてそこには、

「ノヴィス!」

 両手首それぞれに壁と繋がった鎖が巻かれた状態でノヴィスが座り込んでいた。

「あ、シズフェ! それにリジェナさんも!」

 ノヴィスは立ち上がると鉄格子に組み付いた。鎖の長さは結構長かったようだ。

「なぁ、出してくれよ、リジェナさん! 俺が何をしたって言うんだ!?」

「あらあら。何かしたからここに繋がれているんですよ」

 ニコニコとした表情のまま、リジェナはノヴィスにそう返した。

「えっと、本当にノヴィスは何をしたんですか?」

「昨日、ゴズが撒いた霧の影響で、皆さんも自分や仲間の居場所が分からなくなりましたよね?」

「はい」

「その霧はどうやら術者が指定した者にだけ効果が出て、かなり遠くまで行っても持続するものだったみたいなのです」

 ゴズが使った霧の魔法は、広域に散布するものではなく、シズフェ達戦士団とシェンナ、そしてリジェナを対象に発動した中々に高度な魔法だ。

「そのせいもあって、ノヴィスさんは当商会の輸送船に無断で乗り込んだんです」

 アリアディアを出発した輸送船に勝手に乗り込んだノヴィスは、霧の影響で現在地が把握できなかった。

 ここまでならたいした問題ではないのだが、ゴズが倒されたことで視界が開けた後、ただの輸送船の乗組員を誘拐犯の一団だと決めつけて、船で大暴れしたのだという。

 大半の乗組員を殴り倒し、乗せていた荷物をあらかた壊して回り、拐った人達の居場所を吐かせるためにもう一度乗組員を攻撃したところを、異変に気づいて船に上がったリザードマンに取り押さえられたのだ。

 幸いと言うべきか、積み荷のほとんどは到着先で仕入れた物を入れるための空の木箱だったので、輸送品の被害はほとんど無かったが、備品の被害は甚大だった。

 それがノヴィスが捕らえられている理由である。

「そういうわけで、今朝早くここに運び込まれました」

 ちなみに、今朝早くだったのは、輸送船が予定通りに運航して取引をしてきたからだ。その間ノヴィスはリザードマンの見張り付きで大人しく捕まっていたらしい。

「はぁぁ」

 もう全員がため息をついて頭を抱えるしかなかった。

「もう、こんなことするなんて酷いよ!」

「これはさすがに看過できません」

「こりゃ、ちとやりすぎたか」

「ノヴィスのバカ! せっかく懇意にしてくれてたリジェナさんに対して、何てこと仕出かしてくれるのよ!」

 ケイナだけ違う意味が含まれているようだが、仲間から非難の言葉が飛んでくるのも当然だ。

 特にマディの落ち込み様が激しい。ショックを受けたかのように頭を抱えて座り込んでしまった。

 確かに被害金額を考えると、今あるシズフェ達の所持金では到底支払えない。各自の貯金も抵当に入るのは確実、つまり、マディが留学のために貯めていたお金もパァということだ。

 シズフェもこんなことになって残念でならない。

(せっかく新しい友達ができたのに、他の友人を失うことになるなんて)

 今すぐにでも、リジェナから賠償請求と絶交が言い渡されるだろう。

 そう思いながら、シズフェは恐る恐るリジェナの方を見た。

 リジェナはニコニコとした笑みを崩さない。

 しかし、シズフェにはとても恐ろしい顔に見えていた。

「そんなに怖がらないでください。

 大丈夫です。正直、ノヴィスさんとの関係は考え直すべきかもしれませんが、皆さんとは今後も仲良くさせてください」

 リジェナは怒っていなかった。

 ノヴィスが破壊した木箱の大半は消耗品であったからだ。

 それらの木箱は、痛みやすかったり臭いが強かったりする食品などを入れるためのもので、その気になれば現地調達が可能な代物である。

 実際、今回の輸送船の積み荷は木箱に入れなくても問題ない物が大半だったこともあって、大きな被害にはならずに済んだ。

 代わりに護衛のリザードマンや現地の商人にいつも以上の仕事を強いるはめになってしまったが。

「もちろん、罪には罰を与えねばなりませんので、ノヴィスさんを無罪放免にはできません。今しばらくここに居てもらうことになりますが、皆さんには当分の間、連帯責任として私どもの依頼を優先的に無償で受けていただくということで手を打ちましょう」

 リジェナの提案は破格のものであった。

 シズフェ達は身銭を切らずに済むし、あくまで優先であるため、別の用事や依頼の遂行中であれば断ることも許されるのだから。

「ほ、本当にいいのですか?」

 破格の条件を提示されたのだ。

 すぐに信用できるはずもないだろう。

「なんなら、うちの依頼遂行中は食事などの経費もこちらで持ちますよ」

 もはや至れり尽くせりである。

 依頼料が入らないことを除けば、自分達の怪我や命以外の心配をする必要も無くなったのだから。

「あ、それと今後は、赤熊の戦士団が宿泊している宿を利用してください。今、あの宿のオーナーは当商会になっていますので、宿泊費も不要です。さすがに食事代は付けられませんけど」

(完全に囲い込む気だわ)

 端から聞いていたシェンナには、借金をダシにリジェナ専属の戦士団を手に入れたようにしか見えなかった。

 実際、リジェナの仕事は多岐にわたっているが、僅かな魔物側に関わる仕事を除けば、ほとんどが商会や上司であるカヤからの無茶振りが占めているのだ。

 その中にはリジェナ自身が赴かなければならないものもあれば、代理人を立てれば済むものもある。

 その代理人に、戦乙女となったシズフェは間違いなく適任だろう。

(それに、名高い戦乙女なら若い護衛でも甘く見られることはないし)

 実は何度かリジェナの護衛として付き添ったことがあるシェンナだが、戦うより体を売れ、と言われて取引相手を殴ってしまったこともあったくらいなのだ。まぁ、その件は先に手を触れたのは向こうだったので正当防衛だ。

(ま、なるようになるしかないか)

 友人を失わずに済んだシズフェ達の喜ぶ様子に、シェンナはそんなことを思った。

 

 

 

 

 数週間後。

「はぁー、疲れたぁー」

 シズフェ達はいつも利用する宿、ではなく、リジェナの部下で前商会時代から働いているという人から教えてもらった穴場の食堂にいた。

 最近利用することになった宿から程近く、味はいまいちだが、値段が安く量も多い。いや、仕入先がミドー商会らしいので、値段も量もおまけしてもらっている様にシズフェ達は感じていた。

「でもとりあえず、遠方の人達はみんな連れてきたと思うから、大丈夫なんじゃないかな」

「ああ。こういう護衛はかなり神経使うから当分やりたくないけど」

 シズフェ達はリジェナからの依頼で、アリアド同盟に属しアリアディアからは遠い国へと行ってきた。

 その依頼とは、ウスの街に戻ることを望む人達を連れてくることだった。

 仕事自体はアリアディアの商工会からの依頼で、遠方のために船を利用することとなり、商工会の一員でもあるミドー商会が担当すると決まったのだ。

 しかし、リジェナには彼らが帰る場所であるウスの街の再入居の整備の仕事もあったため、人々の輸送をシズフェ達だけで担当することになったのだ。

 この依頼では、シズフェが戦乙女であることがフルに活用された。

 彼らを受け入れていた国の担当者にも彼ら自身にも、レーナの加護を持つ戦乙女の存在は有効だったからだ。

 おまけにシズフェ個人に対して謝礼金まで出た。

「ケイナはいいではありませんか」

「こっちだってそれなりに相手してたんだぞ」

 帰りの船の上でも、食事の配給を配る度に崇められたり話し相手に付き合わされたりと引っ張りだこであった。

 シズフェの他にもレナリア神殿の司祭でもあるレイリアもそうだ。二人ほどではないが、ケイナとマディも話し相手をするはめになっていたのだ。

 シズフェの立場やその仲間であること、さらに謝礼金を受け取ってしまっていたので、嫌な顔をするわけにもいかず、ずっと神経をすり減らしていたのだった。

 ちなみにノーラは遠くが見えることを理由に帆の上からの見張りを自らかって出ていて、ずっと下には降りてこなかった。

 

「あ、いたいた!」

 

 と店に入ってきてすぐにシズフェ達のもとに来る二人組が現れた。

 カリスとレムスだ。

「お疲れ~! その様子だと、かなり大変だったみたいだね」

「そうなの。体力的には全然なんだけど」

「精神的にな」

「最初は悪い気はしなかったけど、それがずーっと毎日だったからねぇ」

「正直、船員さんから呼ばれる声が一番助かった気がしました」

 ノーラ以外はげんなりとした顔のままだ。

 そのノーラもちょっといたたまれないような表情である。

「そっちこそどうした? なんかあったか?」

 とそこでケイナがレムスの表情に気づいた。

 あまりカリスと違ってあまり元気が無さそうだった。

「まぁ、僕らというより他の団員達に、なのですけど」

「親父は元気になったんだけど、密かに楽しみにしてた迷宮に挑戦できなくなっちゃったからね」

 赤熊の戦士団はもともと観光だけでなく、ミノン平野にある迷宮を攻略して、攻略深度の更新を画策していた。

 もっとも、既にレイジ達が最深部まで攻略済みなのでそれは叶わないのだが、その迷宮中層にあたる地下庭園に再び人が住み始めたことで、移住完了と彼らの生活が安定するまでの間、自由戦士協会から迷宮に入ることにストップがかけられたのだ。

 アリアディア商工会主導で行われた迷宮のデイモン達との交渉の結果、地上部分の魔物は全て退去しており、代わりに自由戦士協会から派遣された戦士が迷宮の入り口を管理することになった。

 しばらくの間は、何も知らずに攻略に来た自由戦士達を追い返すのが彼らの役目となる。

 また、基本的に三人の勇者の誰かが必ず常駐することにもなり、派遣された戦士達を統制することも決まった。ちなみにノヴィスは含まれていない。

 リジェナから申告はされなかったが、ノヴィスのやらかしたこと、それが原因でシズフェ達がミドー商会からの依頼を優先して受けなければならないことはテセシア中に拡がっている。

 同盟会議から戻った自由戦士協会会長スネフォルは、ノヴィスの暴挙に激怒したが、仮にも勇者と認められていることと、戦乙女であるシズフェの戦士団の一員であることからギリギリのところで除名を免れたのであった。

 現在ノヴィスはオーディス神殿にも自由戦士協会にも身柄は預けられずリジェナの裁量で罪を清算することに決まったことで、シズフェとは別行動させられている。

 現状、戦乙女というネームバリューを持つシズフェと汚名となった火の勇者であるノヴィスを一緒に行動させるのは印象としてはマイナスでしかない。

 しかし逆に、よくノヴィスがシズフェ達のいずれかと一緒にいる事を知っていた者達からは彼女達がフリーになったと勘違いして時折ナンパに現れるようにもなった。

 彼らを鬱陶しく思うシズフェ以外のメンバーは、以前から男避けにノヴィスを利用していたこともあって、密かに早く戻ってきてほしいという本音を抱えているのであった。

「でも、あんな地下に住んでどうするのかな? しかも住んでなかった人も住みたがってるって聞いたし」

 そう、ウスの街に戻りたがった元住人の他に、テセシアやアリアディアの外街からも移住したいと言う声が上がり始めていたのだ。

 実際、私生児であったり新天地を求めてやって来た人だったりと、アリアディアに住み着くも市民権を持っていない人は多い。

 それに対し、ウスの街は迷宮の潜み住むデイモンという脅威はあるが、アリアディアの衛星都市として正式に認められたことで、市民権が発行されることになったのだ。

 市民権を持たず生活も安定しない者からすれば、かなり魅力的なことだったのである。

「ウスの街の脅威は、強力とはいえ迷宮を管理するデイモンだけ。彼らを刺激しなければ安全な生活が送れる可能性が高いウスの街は、生活苦にある人達からは恵まれた土地に映るのでしょう」

「リジェナさん!」

 次に現れたのは、リジェナとシェンナだ。

「シズフェさん、皆さん、ご苦労様でした。皆さんのおかげで、アリアド同盟下における現時点での帰郷希望者は全て家に帰ることが叶いました」

 そう言って、リジェナは頭を下げた。

「これから、あの人達はどうなるのでしょう」

「それはわかりません。一応、再建された神殿にはヘイボス神を崇める者の区画を作り、仲裁役となったドワーフの司祭に常駐してもらっています。彼によれば、デイモン側に宛がわれた畑に入らなければデイモン側も手出ししないし、作物の取引にも応じるそうです」

「マジかよ」

「なんか意外」

「食べるためとはいえ、デイモンと取引だなんて、なんて不浄な!」

 レナリア神殿の司祭でもあるレイリアには受け入れがたいことだろう。

 実際、今回の依頼も教義違反スレスレのものであり、移動手段としてアリアディアのレナリア神殿支部が関わっていることもあって、黙認されたに過ぎないのだ。

「まぁまぁ、今はウスの街に戻った人達の新しい門出を祝ってやろうよ」

「そうだね」

 カリスの言葉にレムスが頷く。

「では、今回の飲食は私が持ちましょう」

 そう言うと、リジェナはカウンターへと向かい、店主に注文をし始めた。そして、人数分の飲み物を受け持って戻ると全員に配った。

「乾杯の音頭はシズフェさんにお願いしましょう」

「え?」

 突然振られたシズフェは皆を見渡す。

 全員がシズフェの声を待っていた。

「じゃあ、依頼の成功と新しい友達とウスの街の人達の新しい門出を祝って、乾杯!」

「乾杯!」

 全員でグラスを打ちながら、皆の声は店の外まで響くのだった。

 

 

 

「はぁ」

 甲板に寝そべると、暗くなって星が見え始めた空を見上げながら、ノヴィスはため息をついた。

 今、ノヴィスは罰の一貫として、大陸の外へ仕入れに向かう輸送船に護衛兼したっぱの身分で乗り込んでいる。

 この船が向かっているジプシールという土地は、人間と魔物であるはずの獣人が共存しているのだという。

 ノヴィスも他の乗組員も当然半信半疑だが、この仕入れの総責任者は商会本部にいるカヤなので、彼らは行くしかないのだ。

 特に、ノヴィスは絶対に戦わないよう言い含められ、出航前に武器も取り上げられてしまっている。

(俺は戦士なのに、戦うな、か)

 なるようになるしかない、と思い直してノヴィスは体を起こした。

 実際この数日、何度も同じ問答をしているのだ。

 ふと、傍らに置かれた果実酒が目に入った。

 この果実酒は取引の品なのだが、毎日品質を確かめて質が落ちたものは船員が飲んでいいことになっているらしく、ノヴィスも一杯貰ったのだ。

 器を持ち上げると、ふいにシズフェの声が聞こえたような気がした。

「……乾杯」

 そう言って器を掲げると、ノヴィスは果実酒を一気に呷るのだった。




これにてアリアディアにてゴズが捕まるまでのお話は終わりとなります。


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非公認推敲シリーズ
愛と美の神殿IF(新旧合作版)


第4章『邪神の迷宮』内の愛と美の神殿を移籍による改稿で削除された旧版の要素を取り入れて書き直して細部を調整したものです。
そのため、ほぼコピペです。
なろう版、カクヨム(他)版読み比べてからこちらをお読みください。


 迷宮都市から撤退したシズフェ達は、一足先に自由都市テセシアへと戻っていた。  

 今はイシュティア神殿の裏庭で模擬戦をしている。

 

「はっ!!」

 

 シズフェは木剣をノヴィスに振るう。

 

「よっと!!」

 

 しかし、シズフェの木剣はノヴィスの木剣で簡単に打ち払われる。

 

「やっ!!!」

 

 ケイナの棒が横からノヴィスに振るわれる。

 だけど、ノヴィスは後ろに素早く飛んで簡単に避ける。

 シズフェとケイナはノヴィスから離れ距離を取る。

 

(さすがノヴィス。強い)

 

 シズフェはノヴィスの動きを心の中で賞賛する。

 先程から2人がかりで戦っているのにまったくノヴィスには敵わない。

 さすが火の勇者と呼ばれる事はあると思うのだった。

 

「やめた……」

 

 突然ノヴィスが構えを解く。

 

「ちょっとどうしたのよ、ノヴィス!!」

「駄目だ。シズフェが相手じゃ上達しない……」

「ちょっと失礼ね! あなたが剣の練習に付き合えって言って来たんでしょーが!!」

 

 シズフェはノヴィスに怒る。

 そもそも、シズフェとケイナが剣の練習に付き合っているのはノヴィスが頼んだ事だ。

 それを練習にならないと言うのは失礼であった。

 

「だって、仕方が無いだろ……。身近で剣の相手をしてくれるのはシズフェしかいねえんだよ。それに怪我をさせるわけにもいかないから本気も出せないしな……。これじゃ練習相手にならねえ」

 

 ノヴィスが残念そうな声で言うがそんな事を言ってもどうにもならない。

 

「もう……。そうは言っても私じゃ貴方の相手なんかできないわよ。それにしても本当に急にどうしたのよ。剣の練習に付き合えとか?」

 

 シズフェは疑問に思う。

 

(なんで急に強くなりたいから剣の相手をしてくれとか言い出すのだろう。今までこんな事はなかったのに)

 

 しかし、ノヴィスはその言葉に応えない。

 

「まっ、迷宮で役に立たなかったら、そう思うわな」

「ケイナ姉!!」

 

 ノヴィスの抗議を意に介さずにケイナは笑いながらノヴィスの背中に抱き着く。

 

「なるほど、確かに役に立ってないわね。レイジ様の足元にも及ばなかったわ」

「な、何を! あんないい恰好しやがって! いつか超えてやるわ!」

 

 ノヴィスは吠える。

 それを聞いてシズフェはため息を吐く。

 どうやら対抗意識を持っているようだけど、どんなに頑張ってもノヴィスがレイジ様に勝てるとはシズフェには思えない。

 でも、強くなろうとするのは良い事だろう。

 マディも黒髪の賢者様を見て自分も頑張らなきゃと言い、アリアディア共和国にある魔術師協会に行って勉強中だ。  だから、今はここにはいない。

 シズフェ達も強くなるために、現在イシュティア神殿の裏庭で剣の練習をしている。

 本来なら、ここは愛と美の女神イシュティア様に仕える巫女達の洗濯物を干したりする場所なので、男性は入る事はできない。

 だけど、シズフェは何度かイシュティア神殿の依頼を受けたりしている。その時に神殿の巫女達と仲良くなったので特別に使わせてもらっている。

 フェリア信徒であるシズフェにも優しくするあたりイシュティア神殿は大らかである。

 もし、これがフェリア神殿だったら改宗をせまるだろう。  

 一般的にフェリア信徒とイシュティア信徒は仲が悪いと言われている。  

 なぜなら、結婚の女神であるフェリア様の教えでは、夫に対して貞節である事が良いとされる。  

 それに対して、美の女神イシュティア様は複数の男神を愛人にしている。  

 つまり、イシュティア様はフェリア様の教えに反しているのである。  

 そのため、フェリア信徒は一方的にイシュティア信徒を嫌うのだ。  

 だけど、フェリア信徒であるシズフェが気にしなければ問題にはならない。  

 また、この自由都市テセシアではアリアディア共和国と違い、イシュティア教団の力が強く彼女達に逆らうのは得にならない。  

 教義さえ気にしなければ、イシュティア様に仕える巫女達は皆大らかで付き合いやすい。

 彼女達は市民権を持たない女性の保護を表明している。

 シズフェもこの都市に着た頃はまだ子供で、その時にイシュティア教団の巫女達のお世話になった事があった。

 だからこそイシュティア神殿の教義に何も言うつもりはない。

 そして、今裏庭にはシズフェとケイナとノヴィスの他にノーラと仲良くなった神殿の巫女達がいる。

 この巫女達の中にはあきらかにノヴィスを見に来ている子もいるようであった。

 光の勇者様には及ばなくてもノヴィスは充分にすごいとシズフェは思っている。

 比べるのは少し意地悪だったかなとシズフェは少し反省する。

 

「はあ……。レイジ様に勝てるかどうかはわからないけど、私の所じゃなく本格的な武術の先生に習った方が良いんじゃない?」

 

 シズフェが言うとノヴィスは首を振る。

 

「それも考えたんだけどな。前に剣術の有名な先生と喧嘩したからな……。どこも入門を拒否されちまったんだよ」

「あー。そういえば前にそんな事があったわね……。それじゃあこの辺りで剣を教えてくれる人はいないわよね……」

 

 ノヴィスは前に剣術道場を1つ潰した事があった。

 その剣術道場はあまり性質の良くない所だったみたいだけど、あんな事があった後では誰もノヴィスに剣を教えてくれないだろう。

 

「それなら光の勇者から教えを乞うてはどうだ、少年。彼は強いし、少年が全力で剣を振っても大丈夫なはずだ」

 

 横で見ていたノーラが声を掛ける。

 

「少年はやめてくれよ、ノーラさん。もう少年じゃないぜ」

「ああ、すまないな……。人間の成長は早いのを忘れていたよ、失礼した」

 

 ノーラは謝る。

 シズフェはエルフのノーラの年齢は知らないが、おそらく100年以上は生きている。

 そのノーラから見たらノヴィスぐらいの年齢は全員子供である。

 

「でもノヴィス。ノーラさんが言った事は一理あると思うけど」

「確かにそうだけど……。なんだかな」

 

 ノヴィスは嫌そうに答える。

 

「まっ、確かに理由が理由なだけに。当の光の勇者様に教えを乞うのが嫌だろうな~♪ それならノヴィス、剣の乙女様から教えてもらったらどうだ?」

「おっ!? それは良い考えだなケイナ姉! 美人の女剣士! 手取り足取り教えてもらいたいぜ! そういや今ここにいるんだろ! お会いできないかな!」

「それならレイリアに頼んだらどうだ? 確か今はレーナ神殿から来た重要人物の護衛メンバーに加わることになったらしいからな」

 

 ノーラが答える。

 シズフェの仲間である神官戦士のレイリアは、アリアディア共和国から来た重要人物の護衛に急遽駆り出されてシズフェ達と一緒にはいない。

 その重要人物は剣の乙女シロネと面会をしている最中であった。

 

「なるほど! それじゃレイリアさんに頼んで紹介してもらおうかな!」

 

 ノヴィスの鼻の下が目に見えて伸びる。

 それを見て、シズフェは頭が痛くなる。

 

「全く何を考えているのよ。レイジ様がいるのだから、万が一でもノヴィスには機会はないわよ。それに私達の相手をしてくれるかわからないわよ」

「そんなのわかんないだろ! 頼んだら教えてくれるかもしれないぜ!」

 

 ノヴィスは聞く耳を持たない。

 

(どうしよう? このままだとシロネ様に迷惑をかけちゃう)

 

 シズフェは何かノヴィスを止める方法を考える。

 そして、迷宮で出会ったある人物が浮かぶ。

 

「あっ!? そうだ良い事を考えた! 迷宮で会った鉄仮面の人から剣を学んだら? ノヴィスは気絶していてしらないだろうけど、すごい剣士だったのよ! 男同士だし教えてもらうのにちょうど良いんじゃない?」

 

 シズフェは名案だとばかりに両手をぽんと合わせる。

 シズフェは鉄仮面の戦士の事を思い出す。

 すごい剣士であった。

 何しろあの強いミノタウロス達をうまく誘導して同士討ちをさせたのだ。

 彼に習うのも良いかもとシズフェは思う。

 

「ええ、嫌だぜ! どうせなら美女が良いだろ!」

「こ、こいつは……」

 

 シズフェは何か言おうとした時だった、後ろからケイナが止める。

 

「まあ、待てノヴィス。シズフェは剣の乙女様に妬いているんだよ。だから、反対しているんだ。察してやれよ」

「何!? 本当か!? シズフェ!?」

 

 ケイナが笑いながら言うとノヴィスが嬉しそうな声を出す。

 しかし、シズフェにとってはありえない話だったりする。

 

(何で私がノヴィスに妬くのよ)

 

 シズフェが何と言おうか迷っている時だった。

 

「ノヴィ~~ス!!!」

 

 突然声が聞こえる。

 シズフェはこの声には聞き覚えがあった。

 

「「ジャスティ!!」」

 

 シズフェとノヴィスの声が重なる。

 声と共にあらわれたのはシズフェとノヴィスの昔からの知り合いだ。

 名前はジャスティア。

 呼ぶときは少し短くしてジャスティと呼ぶ。

 ジャスティはイシュティア様に仕える巫女である。もっとも娼婦ではないのだが。

 そして、ジャスティはシズフェがテセシアに来たばかりの頃に知り合った同世代の女の子で、小さい頃はマディとノヴィスと共に遊んだ事がある。

 そのジャスティがドタドタと走ってくる。

 

「帰ってきたのなら声を掛けてくれても良いじゃない、ノヴィス!!」

 

 そう言ってノヴィスに抱き着く。ジャスティはノヴィスが帰ってきてからまだ会っていなかったようであった。

 

「ぐふう!!」

 

 ノヴィスが苦しそうにする。

 ジャスティは女のシズフェから見てもかなり太ましい女の子だ。

 そして、男性顔負けの力持ちだったりする。抱き着かれたノヴィスは女の子に抱き着かれて嬉しそうではなく苦しそうにしている。

 実は、ジャスティは地の勇者ゴーダンの妹である。

 顔もごつく、2人はとても良く似ている。

 

「あら、シズフェ。貴方いたの?」

 

 ジャスティがノヴィスに抱きつきながら言う。

 小さい頃からジャスティはノヴィスの事が好きでなぜかシズフェを敵視する。

 

(ジャスティ、私がノヴィスの事を好きだと思っているみたいなのよね。そんなわけ無いのに)

 

 シズフェは溜息を吐く。

 だけど、気付いていながら、いなかったかのように言われるのは面白くない。

 

「最初からいたのに気付かなかったの、ジャスティ? ごめんね、私あなたのように大きくないから」

 

 シズフェは笑い、ジャスティのお腹を見ながら言う。

 

「ええ、シズフェ。あなたの胸が小さすぎて気付かなかったわ」

「なっ!!」

 

 言われてシズフェは胸を押さえる。

 シズフェの胸は決して小さい方ではない。

 少なくともマディやノーラよりは大きい。要はジャスティが大きすぎるのだ。

 ただジャスティの胸は大きいが胴回りもかなり大きいのでまったく悔しくない。

 だけど、シズフェは少し不愉快になる。

 

「なによ! あなたのは太っているだけでしょーが!!」

「私は太っているのではないわ! ちょっとぽっちゃりしているだけよ!!」

 

 シズフェとジャスティは睨みあう。

 

「待て待て! お前らノヴィスが泡吹いてるぞ!!」

 

 そばで見ていたケイナが間に入る。

 見るとジャスティに抱き着かれたノヴィスが泡を吹いてぐったりしている。

 

「きゃあ────ノヴィス!!」

 

 ジャスティが抱き着くのをやめてノヴィスを起こそうとする。

 

(火の勇者と呼ばれたノヴィスを絞め落すとは、おそるべしジャスティ……)

 

 シズフェはそう思うのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 迷宮都市ラヴュリュントスを脱出して、クロキはシロネ達と共に自由都市テセシアに来ていた。

 何とか離れようと思ったクロキだったが、タイミングも隙も全く無かったのだ。

 隙を伺いながら見た自由都市テセシアは、お世辞にも綺麗な都市とは言えなかった。

 様々な建物がひしめき合い、その間をまるで迷路のように細い道が複雑に入り組んでいる。

 計画に沿って、きちんと造られていないのは確かだ。

 都市の出入りは自由、また居住も自由であるせいか、色々な人間が訪れる。中には他の国や地域で罪を犯した者までいる。そのため、治安もあまり良くない。

 そもそも、このテセシアは他の地域から流れて来た難民を収容するために造られた都市である。

 この都市を造ったアリアディア共和国の首脳陣は、彼等を厄介な客人と思っているのは間違いなかった。

 何しろテセシアはこの地域で唯一危険な迷宮の側に造られているからだ。

 或いは、難民を収容できる土地が此処しかなかっただけかもしれない。

 危険な土地であるせいか、このテセシアに流れ着いた難民の男性は自由戦士になる者が多い。

 単に、ここで就ける職が自由戦士しかないのかもしれないが、何の技術がない人でも健康な体があれば、剣を持つだけで名乗る事ができる職業だ。

 そして、女性の中には生活のために娼婦になる者が多くいる。

 これも自分の体が一つあればなれる、元手がかからない職業だからだ。

 そんな娼婦達が信仰するのが、愛と美の女神イシュティアである。

 女神イシュティアは、エリオス十二神の1柱であり、レーナや女神フェリアと同じく三美神の1柱だ。

 この世界の人間の宗教はエリオスの神々を崇める多神教である。

 エリオスの神々で人間が信仰しているのは、男女で6対となる12神。

 クロキは人間達から聞いたエリオスの神々の事を思い出す。

 

 1.法と契約の男神オーディス、結婚と出産の女神フェリア

 2.鍛冶と財宝の男神ヘイボス、美と愛の女神イシュティア

 3.海と船乗りの男神トライデン、大地と豊穣の女神ゲナ

 4.酒と料理の男神ネクトル、医と薬草の女神ファナケア

 5.力と戦いの男神トールズ、知恵と勝利の女神アルレーナ

 6.歌と芸術の男神アルフォス、知識と書物の女神トトナ

 

 ヘイボス神はドワーフ達の神だが、人間からも信仰されている。

 人間の間ではヘイボス神は財宝神でもある。

 ドワーフは地中にある黄金や宝石を見つけて扱う。それがいつの間にか、ヘイボス神を崇めるとお金持ちになれると言われるようになり、職人だけでなく商人からも信仰されるようになった。

 因みに、他にもエリオスの神はいるが、人間からはあまり信仰されていない。

 この12神で特に信仰されているのが、神王オーディスとその妻である神妃フェリアだ。

 多神教のため複数の神を同時に信仰しても問題はなく、神王オーディスと神妃フェリアを同時に信仰する事も可能である。

 しかし、教義の内容によって同時に信仰できない神もいる。

 女神フェリアと女神イシュティアである。

 この2柱の教団は仲が悪い事で有名だ。

 どちらも女性が信仰する女神だが、教義の内容はかなり違う。

 フェリアの教えは良妻賢母に対して、イシュティアの教えは真逆である。

 そもそもイシュティアの教えに結婚という考えが無い。

 フェリアの教えは貞節を守るが、イシュティアの教えは恋人を複数持っても良いのである。

 そんな女神イシュティアは娼婦達の神であり、女神フェリアは娼婦を職業と認めていない。

 この事がフェリア信徒とイシュティア信徒との争いの原因のようだ。

 そのためか、多くの国で信仰される女神フェリアと真っ向から対立する女神イシュティアはあまり信仰されていない。

 しかし、所によっては国の守護神だったりする。

 現にミノン平野から西にある聖サルゴニア王国では、国王よりもイシュティア神殿の神聖娼婦の方が上位の存在である。

 このテセシアでも、イシュティア教団の力は強い。

 彼女達の機嫌を損ねれば、都市に住むほぼ全ての女性から嫌われるのだ。

 自由戦士達も迂闊なことは出来ない。

 そして、クロキ達はテセシアのイシュティア神殿に来ていた。

 なぜここにいるかと言うと、レイジ達が戻って来るかもしれないため、迷宮から一番近いテセシアで待とうとシロネが提案したからだ。

 このテセシアで一番立派な建物がイシュティア神殿なのである。

 中には神聖娼婦のための豪華な入浴施設もあり、シロネ達が滞在するには良いだろう。

 もっともクロキはそういうわけにいかない。

 

「落ち着かないな……」

 

 クロキが神殿の敷地に入ってからずっと感じていたことが、思わず声が漏れてしまう。

 クロキが向かっているのは、イシュティア神殿の敷地内にある宿泊施設だ。

 基本的にイシュティア神殿は男子禁制なのだが、例外的に敷地の外周にある宿泊施設と賭博場は男性でも特別に入る事が許される。

 これから行う会議の場として利用する外部宿泊施設も男性が入っても良い場所だ。

 ただ、宿泊費は他に比べてかなり高く3倍以上するが、クロキにとって問題はそこでなかった。

 女神イシュティアは、愛と美の女神であると同時に娼婦達の女神だ。

 つまり、宿泊施設はその為の建物なのである。  

 クロキはここに向かっていた時に何人もの薄着の女性達とすれ違った事を思い出す。  

 おそらく女神イシュティアに仕える娼婦達だろう。  

 女神イシュティアの正式な信徒には、例外を除き女性しかなる事ができない。  

 そして、この神殿にいる信徒は同時に娼婦である事が多い。  

 流石に今は昼だから18禁的な事は行われていない様だが、その手の行為が主な利用目的となる場所で会議します、と言われたら落ち着かなくなるのは当然だ。

 そもそも、このイシュティア神殿は元売春宿だったらしい。

 当時の経営者は男性だったようだ。  

 しかし、娼婦達の扱いが悪く、この地を訪れたイシュティアの使徒の怒りを買った。  

 イシュティアの使徒は娼婦達を率いて反乱を起こし、買収宿を乗っ取った。  

 売春宿はイシュティア神殿へと改修され、今ではテセシアの娼婦達の元締めになっている。  

 元締めと言っても決して悪い物ではない。  

 神殿の組織は娼婦達で構成された互助組織のような物だ。  

 無理やり女性を娼婦にする事もしない、それどころか娼婦に非道な事をした男を懲らしめたりするそうだ。  

 それにイシュティアの信徒の情勢に非道な事をすれば、女神から不能の呪いを受けると言われている。だから、イシュティア神殿の娼婦達を粗略に扱う男はまずいない。  

 寧ろ、女神のように崇められていると言っても良いだろう。

 

 

 

「どこを見ているのよクロキ? 誘われても絶対に付いて行かないでよね」

 

 

 

 左隣を歩いているシロネが小声で睨みながら自分に言う。

 

 もちろん付いてい行く気はないが、そんな事を言うのだったらこんな場所に連れて来ないで欲しいと思う。

 

 同行しているレーナの司祭が、このイシュティア神殿と仲が良いから特別に部屋を貸してもらったのだ。

 

 このテセシアにはレーナ神殿は無い。

 

 なぜなら、レーナ神殿はアリアディア共和国や他の国にすでに立派な神殿があるため、このテセシアにはあえて作る事をしなかったかららしい。

 

 フェリア神殿も同じ理由からテセシアにはない。だからこそ、このテセシアにはイシュティア神殿が作られた。

 

 

 

「そうですよ、クロキ。もし付いて行ったら怒りますよ」

 

 

 

 右隣のレーナも小声で自分に釘を刺す。

 

 なんでレーナが自分にそんな事を言うのかわからない。

 

 そのレーナはフードを深く被り顔を隠している。

 

 女神が地上に降りていたら騒ぎになる。だから身分を隠している。

 

 だけど、今レーナはレーナ神殿の司祭や神官戦士を連れて来ている。ちなみに全員使徒だ。

 

 こんなに大勢付いていたら、いかにも重要人物ですと言っているようなものだ。

 

 見ている娼婦達がレーナを見て何者なのだろう? と相談している。

 

 もっと自分みたいに目立たなくするべきだろう。

 

 今のクロキは、暗黒騎士でも仮面の戦士でもなく従者のような姿をしている。

 

 身分を隠すためでもあるが、仮面の戦士の変装の品は取り上げられてしまったので、薄汚れた古着を着ている。当然剣はおろか武器になるような物は何も持っていない。

 

 これなら自分が暗黒騎士とも仮面の戦士とも誰も思わないだろう。

 

 ちなみにレーナが連れて来たレーナ神殿の神官達は自分のことを本当に従者だと思っている。

 

 このイシュティア神殿に入ったのは自分とシロネとキョウカにカヤ、それにレーナとレーナにつき従うアリアディア共和国のレーナ神殿に所属する神官が10名。

 

 かなりの大所帯だ。おかげで集まって話せる場所が限られてしまった。

 

 クロキが窓の方へ視線を向けるだけでシロネがジト目で注意してくる。

 視線を戻せば4名の女性がこちらを見ている。

 左からキョウカ、カヤ、シロネ、レーナの順だ。

 クロキは全員が厳しい目で見ているような気がした。

 

(はぁ……)

 

 ため息を口から出すのは我慢して、クロキは案内されるシロネに付き従うまま大部屋に入った。

 振りとはいえ従者である以上立っているつもりだったが、シロネに促させて円卓の一席に座った。クロキと同様にカヤも席についている。

 

「貴方はああいう恰好がお好みなのかしら?」

 

 なぜかクロキの左隣に座るキョウカが興味ありげにクロキを見る。

 それにしても距離が近いような気がする。

 

「お嬢様。そのような男の汚らわしい趣味等は聞く必要がありません。離れてください」

 

 そう言うとカヤはキョウカを自身の方へと引っ張る。

 また、その時にクロキに冷たい瞳を向けるのを忘れない。

 その表情で下着を見せてくれたら一部の男性が喜ぶだろう。

 

「そうですよ、キョウカ。その男に近づかない方が良いでしょう。それに今はその男の趣味を聞いている場合ではありません」

 

 クロキの右隣に座ったレーナが不機嫌そうに言う。  

 ヴェールで顔が見えないが、隠している表情も不機嫌そうである。  

 そして、レーナもなぜかクロキとの距離が近い。 

 美女2人に挟まれてクロキは更に落ち着かなくなる。

 

「そうだよ、今はそんな時じゃないんだよ! レイジ君達が捕まったんだから! 何とかしないと!」

 

 シロネが大声を出す。

 シロネの言う通りレイジ達は迷宮を支配する邪神ラヴュリュスに捕らえられてしまった。

 その事をクロキ達に伝えたのはレーナである。

 ラヴュリュスはエリオスの神々に対して1か月以内にレーナを渡さないとレイジ達を殺すと伝ええてきた。  

 だが、エリオスの神々には助ける理由がないので、レイジ達を見捨てられることは確定だ。  

 もちろん、レーナも行くつもりはない。  

 そもそも、ラヴュリュスが約束を守るとは思えないからだ。  

 

「そうですね。魔法の映像によればレイジ様達は生きているはずです。時間の制限はありますが……。その間に何とか助けなくてはいけません」

 

 カヤが全員を見る。

 ラヴュリュスが送ってきた映像には生きているレイジ達の姿が映っていた。

 もっとも、それは偽の映像かもしれないが、今は信じるしかないだろう。

 

「だけど、何の対策もしないで迷宮に入っても意味がない。同じように捕らえられるだけだ」

 

 クロキは首を振って答える。 

 

「じゃあ、どうするのよ?」

 

 シロネがクロキを睨む。

 

「手がないわけじゃない。迷宮を作った主に聞けば良いはずだ」

「その通りです。あの迷宮はラヴュリュスが無理やりヘイボスに作らせたもの。ヘイボスなら迷宮を攻略する方法を知っているかもしれません」

 

 クロキが言うとレーナも頷く。

 邪神の迷宮を作ったのは鍛冶の神ヘイボスだ。

 彼の助けを借りなければいけないだろう。

 

「つまり、その鍛冶の神から助言を得なければいけないという事ですのね」

「そういう事です、キョウカ。ヘイボスにはすでに連絡してあります。すぐに連絡を返してくれるでしょう。その連絡があるまで待ちなさい」

 

 キョウカの問いにレーナが答える。

 

「そのようですね、お嬢様。いつまでかかるかわかりません。一度アリアディア共和国へ戻りましょう。ちょうど聖レナリア共和国から呼び寄せた侍女達も来ているはずです。それにここを拠点とするには少々問題があります」

 

 カヤが窓の外を見て言う。

 クロキも同意のつもりで頷く。

 この神殿は実質娼館なので、夜の嬌声が聞こえて来る時が間違いなくあるはずだ。  

 一応、会議に使われるような部屋なので壁は厚く、声も大きくは聞こえない。  

 しかし、クロキは耳が良い。  

 このままだと下半身が野獣になりかねない。

 一刻も早く出た方が良いだろう。

 

「そうだね、私も問題あると思う。野獣もいるし……」

 

 シロネがジト目でクロキを見て言うとレーナとカヤが頷く。

 野獣と言われるのは心外だが、出て行く事にはクロキも異論はない。

 クロキ達はテセシアから離れる事で決まった。

 しかし、移動するにしても今からでは今日中にアリアディア共和国までたどり着けないので、1泊だけすることになってしまった。

 本殿から中庭へ出ると、数人の自由戦士らしき男女が駆け寄ってきた。

 

 

 

「あの! 剣の乙女シロネ様! お願いしたい事があります!!」

 

 

 

 突然、自由戦士の1人が声を上げる。

 赤毛の男性、確かノヴィスというシズフェの仲間だ。

 

 

「ちょっと、ノヴィス!! 今そんな事を言わなくても!!」

 

 

 

 ノヴィスの横にいたシズフェは何とか止めようとしていた。

 

 

 

「シズフェは黙っててくれ! お願いです! 俺に剣を教えてくれませんかっ!!」

 

 

 

 ノヴィスはさらに頭を下げる。

 自分達は突然の事にびっくりする。

 

 

 

「ノヴィスさん! 今はそのような事を言う時では! それは勇者様を助けた後に改めてお願いするべきです!」

 

 

 

 レーナの案内役となっていたレイリアがシロネ達に頭を下げる。それに続くように、シズフェも頭を下げた。

 

 

「すみません、シロネ様。この者は火の勇者ノヴィス殿です。迷宮でレイジ様の戦う姿を見てそれに触発されたようなのです。何しろ素晴らしいお方でしたから……」

 

 

 

「レイジ君にか。それなら仕方がないか」

 

 

 

 シロネが嬉しそうに言う。好きな男が褒めらて嬉しいのだろう。

 レイジは色々な男性から嫌われているが、全ての男性から嫌われているわけではない。何しろ強くて女性にもてる。中には憧れる男性もいる。

 このノヴィスもきっとそうなのだろう。

 

 

 

「それじゃ、教えてくれるんだな?!!」

 

 

 

 ノヴィスは嬉しそうにシロネを見る。

 

 

 

「う~ん……でもなぁ」

 

 

 シロネはチラッとクロキへ視線を向けると、すぐにノヴィスへと向き直った。

 

「ごめん、私は指導するのはあんまりうまくないし。教えるのはちょっと……」

 

 シロネはノヴィスに頭を下げる。

 

 確かにシロネはあまり教えるのが上手くない。シロネには剣の才能があるが、教える事はまた別だ。

 

 

 

「そ……それじゃ、俺を従者にしてくれませんか! 何でもします!!」

 

 

 

 ノヴィスが頭を下げる。

 おそらく従者になって無理やり剣を教わるつもりなのだろう。

 簡単には引き下がるつもりはないようだ。

 

 

 

「ごめんね。従者は今は募集してないんだ」

 

 

 

 シロネは苦笑する。

 

 

 

「だったらそいつを追い出して俺を従者にしてください!!」

 

 

 

 突然ノヴィスが自分を指差す。

 自分はいきなり指差されてびっくりする。

 

 

 

「君……いきなり何を……?」

 

 

 

 シロネも驚いているようだ。

 

 

 

「見た所、剣も持っていないし、荷物持ちぐらいしか特に役に立た無さそうだ。俺ならそんな奴よりも役に立ちます! 俺はこう見えても火の勇者と呼ばれているんだ! 戦う事だってできるし、ただの荷物持ちなんかよりもずっと役に立ちます!!」

 

 

 

 ノヴィスが自信たっぷりに言う。

 

 

 

「ちょっと、ノヴィス……」

 

 

 

 その横でシズフェが呆れたように顔に片手を当てた。

 

 

「断られたんだから、もう諦めなさいよ」

 

 

 シズフェは呆れを通り越して泣きそうな声になってしまっている。かなりノヴィスに苦労させられていそうだ。

 

 

 

「シズフェは黙っててくれ! 俺は強くなりたいんだ! だから何としても剣を習わなきゃならない!!」

 

 

 

 ノヴィスは強引に話しを進める。

 そして、こちらに向かってくる。

 

 

 

「おっさん!! 従者を代わってくれよ!!」

 

 

 

 ノヴィスが自分をおっさん呼ばわりする。

 

 おっさんと言われ傷つく。従者っぽく薄汚れた格好をしているがそんなに老けて見えるのだろうか? 

 

 

 

「悪いな、おっさん! 俺はおっさんと違って強くなりたいんだ!!」

 

 

 

 そして、自分の胸倉を掴む。

 

 

 

「何を……?」

 

「どうせ、光の勇者に取り入りたくて無理やり付いて来ているんだろ!! 剣も持っていないみたいだしな!! いかにもそんな顔だぜ!!」

 

 

 

 正直、なんでこんな状態になっているんだと言いたい。

 そもそもからして、自分からシロネ達と行動しているわけではない。単に無理矢理連れてこられただけなのだから。

 なんでこんな事を言われなきゃならないのだろう。

 そして心の中から黒い何かが吹き出してきそうになるのを感じる。

 

 

「ちょっと君! クロキに何をするの!!」

 

 ノヴィスの行動に呆気にとられていたシロネがノヴィスを制止する。

 

「シロネ様! 俺はこういう奴を知っています! 強い奴に媚びへつらい! その威を借りて利益を得ようとする奴です! いかにもこいつはそんな面をしています!!」

 

 

 しかし、ノヴィスはクロキの本性を決めつけてしまっている。あまりにも強引なこじつけなのは誰の目にも明らかだ。

 自分はそんな卑劣な顔をしているんだろうか……? 

 そんな風に言われるとかなりショックである。

 そして、自分の中の黒い感情を何とかして押さえ付ける。

 まずいなと思う。

 クーナに飲まされたお茶の影響で、感情の枷が外れやすくなっているような気がする。

 もっともこの場合は劣情ではなく激情だが。

 

 

 

「や……やめてくれ……お願いだ……」

 

 

 

 クロキが感情を押さえるつもりで出した声は、情けない声になってしまった。

 しかし、この感情を爆発させたくなかったのだから仕方ない。

 心から溢れる黒い心を抑え込む方が優先だ。

 

 

 

「安心してください、シロネ様! こいつは俺が成敗してやりますよ!!」

 

 

 

 ノヴィスが自分に拳を振りかぶった。

 放たれた拳はクロキにはすごく遅くみえた。

 避けるのは簡単だけど、事を大きくしないために正面から受けることにした。

 拳が顔にあたる。まったく痛くない。

 その瞬間、クロキは拳に殴られたのに合わせて後ろに吹き飛ばされるように跳んで、格好悪く転んでみせた。そして、そのまま起き上がらない。

 

 

 

「これに懲りたら、二度とシロネ様に近づくんじゃないぞ!! さあ、シロネ様!! こいつはいなくなりました!! さあこれで俺を従者にするしかないですね!!」

 

 

 

 ノヴィスが胸を張ってシロネに言った。

 クロキが地面から見上げたノヴィスは、すごく良い事をしたかのような晴れやかな表情をしている。

 

 

 

「何を言ってるの君は……。クロキに酷い事を言って……私が喜ぶとでも思っているの?」

 

 

 シロネの声が震えている。

 その声にはかなりの怒りが含まれている。

 

 部屋の空気が変わる。

 

 シロネの背中から翼が生えている。

 

 その翼から発せられる力場が地面を震わせている。

 

 

 

「あ……あのシロネ様……?」

 

 

 

 ノヴィスが急に不安そうな声を出す。

 声の感じからシロネは完全に怒っている。

 シロネがここまで怒っているのを見るのは久しぶりだ。

 

 

 

「少し頭冷やそうか……?」

 

 

 

 シロネが威圧感のある笑みを浮かべながら、腰の剣に手を伸ばすのが見える。

 

 

 

「ひい!!」

 

 

 

 自由戦士達から悲鳴が聞こえる。

 

 

 

「待って下さい、シロネ様! 殺してはいけません!!」

 

 

 

 それまで黙っていたカヤがシロネの前に立つ。

 

 

 

「シロネさん、落ち着きなさって!!」

 

 

 

 キョウカもシロネの腕を押さえて止める。

 

 

 

「皆の者! シロネ様を止めなさい!!!」

 

 

 

 神官の1人が叫ぶとレーナの周りにいた神官達が全員シロネの側に行く。

 

 

 

「何をしているのです! あなた達は早く退がりなさい!!」

 

 

 

 カヤが叫ぶ。

 自由戦士達は急いで部屋を出て行く。

 ただ一人ノヴィスだけは茫然としてシロネを見ている。

 

 

 

「ノヴィス! 何をしてるの! 今は下がるわよ! 申し訳ございません、シロネ様! この馬鹿には後で良く言って聞かせますから!!」

 

 

 

 シズフェと呼ばれていた女性がノヴィスを引っ張っていく。

 

 シロネは普段怒らない。久しぶりにとても珍しい物を見た。

 

 

 

「大丈夫ですか、クロキ?」

 

 

 

 小さな声で誰かが自分を呼ぶ。

 

 寝転んだ状態で上を見るとレーナがすぐ近くに来ていた。

 

 そして、後頭部に柔らかい物を感じる。

 

 

 

「えっ? レ……レーナ?」

 

 

 

 レーナが自分に膝枕をしてくれている。

 

 フードに隠れて顔が見えないが笑っているみたいだった。

 

 レーナの周りにいた司祭や神官戦士は、全員シロネを止めるために離れている。

 

 

 

「すみませんね、クロキ。私が正体を隠させたばかりにこんな事になって……」

 

「いや……別に何も痛くないです……」

 

 

 

 ノヴィスの攻撃では自分に身体的なダメージを与える事はできない。

 

 それに反撃しなかったのはレーナの為と言うよりも、自分の力を暴走させたくなかったからだ。

 

 お礼を言われるほどの事はしていない。

 

 

 

「それでも私にあなたの看病をさせなさい。折角誰も見ていないですから」

 

 

 

 そう言って自分を抱き寄せる。

 

 レーナの取り巻きはシロネの方に行っている。だから周りには誰もいない。

 

 レーナの大きな胸に左頬がむにゅりと埋まる。

 

 そのやわらかさには感動を覚える。

 

 殴られた分の役得かなと思う。ここは心の中でうひょーと言っちゃおう。

 

 レーナに抱きしめられると黒い炎が心から消えて行く。

 

 首を回して見るとシロネは自由戦士を追いかけようとしている。それをカヤが押しとどめている。

 

 さて、これからどうするかな? リザードマン達を助けてあげたい。

 

 レーナの胸を堪能しながらそう思った。

 

 ◆

 

 

 イシュティア神殿を後にしたシズフェ達は神殿近くの店に集まった。

 

 この店は元娼婦の女性が経営している飲食店で、軽食やお茶を出してくれる。イシュティア神殿の女性に人気の店である。

 

 店員も女性が多く、ジャスティも神殿の仕事が無い時はこの店で働いている。

 

 イシュティア神殿で育てられた子供は、一定の年齢になると外に出て自分で稼いで暮らさなければならない。

 

 働く職業は何でも良く、娼婦にならなくても良い。

 

 もっとも、ジャスティの場合は兄のゴーダンを怖れて男の人が寄り付かないから、娼婦にはなるのは絶対に無理だろう。

 

 そのジャスティは今、この店の手伝いをしている。

 

 

 

「ちょっとノヴィス! シロネ様はかなり怒ってたわ。どうするのよ!?」

 

 

 

 大人数が座れる卓に全員座ると私はノヴィスを叱る。

 

 先程のノヴィスとシロネ様のやり取りを思い出す。

 

 ノヴィスの言う通り、強い人間にはその強さを利用して甘い汁を吸おうとする人が寄って来る事がある。

 

 過去にノヴィスにもそういう人が近づいた事があった。

 

 言葉巧みに取り入って、無理やり仲間になる。そして俺は火の勇者の仲間なんだぞと言って威張るのだ。

 

 自分には何の力も無いくせにそう言う事をする人間はいる。

 

 そして、こういう事をする人間は一見普通の良い人に見えたりするのだ。むしろ見るからに怪しい人にはできない。

 

 ノヴィスが殴った人は結構顔が良かった。シロネ様が側に置いておきたいと思うのもわかる。

 

 そして、ああいう顔だけが良い男は悪い奴が多い、と言うのがノヴィスの持論だ。

 

 光の勇者様の名声を利用して利益を得ようとする人間。確かにノヴィスが殴った人はそう言う人かもしれない。

 

 だけど、そう決めつけるのはどうかと思う。

 

 シズフェはそう思ってノヴィスを怒るのだが、当の本人は魂が抜けたみたいに座っている。

 

 シロネ様から殺されそうになったのがかなりショックだったのだろう。

 

 だけど、しっかりしてもらわなくては困る。

 

 

 

「ちょっと、ノヴィス!?」

 

 

 

 今度は体を揺する。

 

 

 

「ああ、シズフェか……」

 

「ああ、じゃないわよ……。しっかりしてよ、もう」

 

 

 

 本当にしっかりして欲しい。

 

 

 

「それにしてもすごかったな……。地面が揺れてたんだぜ。あれで剣の腕も立つってんだからな。こりゃ本当に弟子にしてもらわなくちゃな」

 

 

 

 ノヴィスは覇気の無い顔で笑いながら言う。

 

 そんな事を考えていたのか……。へこたれた様なくせに全然こりてない。頭が痛くなる。

 

 こいつは前からこんな感じだ。

 

 自分の都合の良いように世の中が動くとでも思っている。

 

 

 

「ちょっと、まだ弟子になるの諦めてないの? 明らかにシロネ様は怒っていたわよ」

 

 

 

 シズフェは飽きれて言う。

 

 

 

「何言ってんだよ、シズフェ! 諦めるわけないだろ!!」

 

 

 

 ノヴィスはニッと笑いながら言うとぐっと腕を上げて拳を作る。

 

 殴った事を悪いと全く思っていないようだ。

 

 

 

「だがな、ノヴィス……。シロネ様の様子はただ事じゃなかったぜ。お前が殴った奴、ありゃ、ただの荷物持ちじゃないかもしれねぇぜ」

 

 

 

 ケイナ姉が言う。

 

 確かにあの男性を殴った時のシロネ様の様子はただ事ではなかった。

 

 ただの荷物持ちではないのかもしれない。

 

 

 

「でもよう。確か光の勇者の仲間に野郎はいないんじゃなかったか?」

 

 

 

 なぜかシズフェ達と同じ卓に座っているゴーダンが言う。

 ゴーダンの言う通りで、レイジの仲間は全員女性のみで、シズフェ達が思い返しても男性がいた覚えはなかった。

 

 

 

「ゴーダンの言う通りだぜ! 光の勇者の仲間には野郎はいないはずだ! レイリアさん、奴は何者なんだい?」

 

 

 

 ノヴィスがレイリアさんに聞く。

 

 

 

「それが……。私共もわからないのです。いつの間にか現れてシロネ様の従者をしているのです。どうやらシロネ様の昔からの知人らしいのですが……」

 

 

 

 レイリアさんは首を振って答える。

 

 

 

「知人かあ……どんな関係なんだろ。恋人とか?」

 

 

 

 マディがにやにやしながら言う。

 

 

 

「いや、それはないでしょ、マディ。シロネ様はレイジ様の恋人の1人なんだから」

 

 

 

 私はマディの言葉を否定する。

 

 確かレイジ様の側にいる女性達は皆レイジ様の恋人のはずだ。

 

 

 

「恋人じゃないにしろ、親しい間柄なのかもしれないな。ノヴィス、謝った方が良いのではないのか?」

 

「えっ、なんでだよ、ノーラさん?」

 

 

 

 ノヴィスが首を傾げて言う。本当に何も悪くないと思っているみたいだ。

 

 昔からノヴィスはこうだ、自分勝手で周りを気にしない。

 

 シズフェはノヴィスのこういう所があまり好きになれないでいた。

 

 もちろん、ノヴィスには良い所もある。可愛い女の子にはとても優しい。女の子を守るためなら危険を顧みない。

 

 だから、ジャスティや他の女の子はノヴィスを好きになるのだ。

 

 もっとも、シロネ様がノヴィスを好きになる事はないだろう。ノヴィスよりも強いし、何よりもレイジ様がいる。

 

 

 

「はあ、謝らないのだったらシロネ様はあなたに剣を教えてくれないと思うのだけど、どうするつもりなのよ」

 

 

 

 私は睨むようにノヴィスを見ながら言う。もっとも、私が冷たい目で見てもこいつが気にしたりはしないだろう。

 

 

 

「心配するなよ、シズフェ。たかが荷物持ちの従者を殴ったくらいでそこまで根に持ったりしねえよ。シロネ様も俺が役に立つ所を見せれば考えを変えてくれるはずだぜ」

 

 

 

 ノヴィスは自身たっぷりに言う。

 

 

 

「そうかな……」

 

 

 

 私は首を傾げる。シロネ様はすごい剣幕で怒っていた。果たして許してくれるのだろうか?




前書きでも記した通り、改稿によって削られてしまったエピソードを加えて、細部を調整して辻褄合わせをしたものとなっております。
改稿によって本編は格段に面白くなったと思っているのは本心ですが、シロネのブチギレが削られたことのは唯一心残りでした。
なろう版時代から、引くわー、と言われ続けた彼女ですが、自分はクロキと気持ちを確かめあって欲しい派です。
なお、シロネもハーレム入りしろ、とは別に思ってません。
次の回はこの自己満修正回に引っ張られて細部を調整しただけのものになります。


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キシュ河下りIF(新旧合作版)

前話同様、なろう版から削られた部分を改稿版に復帰させて細部を調整したものです。
今回は全て改稿版で書き下ろされたものなので、なろう版の設定を踏まえて加筆したのみです。


 翌朝、レイリアの誘いでアリアディア共和国の公用船の護衛につくことがなった。

 レイリアによると、

 

「詳しくは話せないのですが、高貴な人がテセシアに立ち寄っていて、レーナ神殿経由で使えるよう打診されたそうで」

 

 と曖昧な説明をされただけだ。

 どのみち、共和国とテセシアを往復することの多いシズフェ達にとっては歩かなくて済むので幸いだった。

 レイリアに率いられて公用船に乗ると、シズフェ達よりも強そうな自由戦士がたくさん乗り込んでいた。

 こっちはレイリアの伝手で乗れたシズフェ達と違い、きちんと依頼を受けて乗っている人たちだろう。

 

「へっ。みんな弱っちそうだ」

 

 そんな自由戦士達を見てニヤニヤしながら、そう言うのはノヴィスだ。

 そりゃあ確かにノヴィスからすれば皆弱いだろう。

 ノヴィスは仮にも勇者の一角と認められた戦士なのだから。

 シズフェ達が船に乗ってすぐ、船は出発した。

 シズフェ達が最後だったわけではないはずだが、遅かった方なのかもしれない。

 

「ノヴィスのせいだからね」

「ん? なんか言ったか?」

 

 レイリアは気にしないでと言ったが、船に乗るのが遅れたのだとしたら、それはノヴィスが寝坊したせいだ。

 普段は仲間とはいえ、今回レイリアは神殿の戦士として船に乗っている。そのレイリアのお陰で公用船護衛の仕事をもらえた以上、許可してくれた上司に挨拶しないわけにはいかない。本当は出航前が良いのだが、こうして出航してしまっている以上は仕方ない。

 シズフェは一人で神殿の仲間のもとへ戻るレイリアに付いていき、上司に挨拶した。上司を含め神殿の戦士達は既に護衛としての仕事を全うしている最中だったので、シズフェはすぐにお暇して戻ってきた。

 

「お? どこ行ってたんだ?」

 

 そのノヴィスは、離れていたシズフェを目敏く見つけて声をかけた。

 その表情はホッとした様な顔だ。

 その横でがニヤニヤしている辺り、また何か言ったのだろう。

 小さくたケイナめ息を付きながら近づくと、シズフェの方に顔を向けていたノヴィスの表情が変わった。

 

「? どうしたの?」

 

 シズフェが視線から離れて隣に立っても、目線の先は変わらない。

 

「シロネ様だ」

「え?」

 

 そう言われて、シズフェもノヴィスが見る方へ向いた。

 その先には確かにシロネ様らしき後ろ姿が見えた。

 近くにはキョウカ様達もいる。

 

「あれ?」

 

 しかし、昨日の従者のような男性はいなかった。

 

「あの人、いない」

「あぁ、ノヴィスが殴り飛ばしたヤツか」

「これは弟子入りのチャンスだな!」

 

 ノヴィスはそう言うと、勝手にシロネ様の方へと歩き出した。

 

「ちょっと! 待ちなさいノヴィス!」

 

ノヴィスのことだ。昨日起こした事などとっくに記憶から失くなっているに違いない。

 シズフェはノヴィスを止めるために、すぐに追いかけるしかなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 シロネ達は、自由都市テセシアからアリアディア共和国へと戻ることになった。

 現在は鍛冶神ヘイボスからの連絡待ちであり、急いでアリアディア共和国に戻る必要もないため、レーナが用意させた船を利用することにした。

 白塗りに金の模様が入った河船は、大きくて豪華だ。

 この船はアリアディア共和国が所有する公用船で、船乗りの神であるトライデンの神殿が管理しているのをレーナ神殿が借りたのだ。

 自分達が崇める神がお忍びとは言え、降臨している。

 無礼があってはいけないと考え、トライデン神殿にお願いしたのであった。

 シロネはその船の縁から、ぼんやりと水面を見ていた。

 時刻は昼を迎え、河面が太陽の反射光がキラキラと美しく輝いている。

 その光の中、視線を上へ移すと多くの川船が見える。

 大河であるキシュ河はミノン平野の物流の大動脈であり、多くの船が荷を積んで行き交っている。

 シロネ達を乗せた川船が、横から多くの櫂を漕ぐ川船とすれ違った。

 河川水運を上る時は櫂を漕ぐ必要があるので大変だ。  

 アリアディア共和国は下流にあるため、流れに任せれば良いので楽に進める。  

 河に吹く風が、シロネのポニーテールをなびかせていた。

 その風に揺られるようにシロネは横目で後ろを見た。

 船首の方に数名の自由戦士達が集まっている。

 自由戦士達の恰好は一般人に比べると派手だ。

 なぜ、派手かと言うと、それは彼らが明日をも知れない生き方をしているからだ。

 戦士の生は短く、今を何よりも楽しむ。

 装飾品や刺青で自身を飾り、金があったら酒等にすべてをつぎ込む。それが戦士の生き方だ。

 そんな自由戦士を乗せているのは護衛のためだ。

 キシュ河では今も未討伐のリザードマン達が輸送船を襲っている。

 そのため、行き交う船は念のために護衛として自由戦士を乗せるようになった。

 もっとも、船を沈められたら意味はない。

 それでも、いないよりはましだろう。

 本当は海のマーマンを退治した後、リノがリザードマンの相手をするはずだった。

 しかし、エウリアが迷宮に攫われて、そちらの救出を先にしたので、結局後回しになってしまっていたのだ。

 シロネの視線は自由戦士達の中の1人で止まった。

 その戦士は鉄仮面をしており、シロネから背を向けるように船の行く方向を見ている。

 それを見てシロネは溜息を吐いた。

 

「どうしましたの、シロネさん? 溜息を吐いて」

「そうですよ。何か悩まれているようですが?」  

 

 声を掛けられ、シロネは後ろを振り返る。  

 そこにはキョウカとカヤが立っていた。

「ああ、キョウカさんとカヤさんか……。特に……、何でもないよ」

「そんな事はないはずですわ。何か悩んでいる事があるのでしょう?」  

 

 そう言うとキョウカとカヤも鉄仮面の戦士を見る。

 

「あの鉄仮面の殿方。どう見てもシロネさんの幼馴染の方ですわね」

「うん……。そうだねキョウカさん。間違いなくクロキだ。でも、どうしてここに来てるんだろう? 何で正体を隠しているのだろう?」  

 

 鉄仮面の戦士が幼馴染みのクロキの変装であることはシロネ達にはバレていることではある。  

 でも、シロネは何故そんな格好をしているのか、クロキに詳細を聞けずにいた。

 

「確かにここにいる理由がはっきりしませんし、正体を隠している経緯も謎です。ですが、彼が手助けをしてくれるのなら、レイジ様達の助けになるのも確かです。ここは彼の手を借りるべきでしょう」  

 

 カヤがそう言うとシロネは頷く。  

 テセシアに居た時はレイジ達を早く助ける事に気が向いてしまったが、迷宮都市が一筋縄ではいかないのは確かだった。  

 しかも、シロネ達だけではレイジ達を助けるのは難しい。  

 クロキの助けはぜひ欲しい所だ。

 

「それに、今はあの白銀の魔女もいません。絶好の機会です」  

 

 続けてカヤが言う。  

 シロネ達が聞いたリジェナの話では、クロキは白銀の魔女クーナに半ば操られている状態だが、完全に操られてはいないらしい。  

 もしそうなら、リジェナは白銀の魔女によって殺されていただろう。  

 でも、クロキは白銀の魔女に逆らってリジェナを助けた。  

 つまり、自分の意志がしっかりとあるのだ。

 そして、今はその魔女がいない。  

 洗脳を解く絶好の機会である。  

 しかし、問題はシロネが近づこうとすると、クロキが逃げてしまうのだ。   

 そんなクロキの態度にシロネは積極的に追いかける事ができずにいた。

 

「確かに……。そうだねカヤさん。でも……」    

 

 シロネは歯切れが悪い答えをする。  

 そもそも、この世界に来る前からギクシャクした関係となっているのだ。  

 白銀の魔女に操られていたとは言え、クロキはレイジに致命傷を与えている。  

 でも、シロネ達も知らなかったとは言え、クロキを瀕死の状態まで追い詰めている。  

 ヴェロスやアルゴアで会った時、白銀の魔女の存在がクロキとの距離を感じさせた。  

 その上、昨日の件もあって、シロネを完全に拒絶してしまったのだとしても仕方がない。  

 その事にシロネはショックを受けていた。  

 もう一度近づいたら、強く拒絶されるかもしれない。  

 それがシロネはとても怖いのだ。  

 そのため、積極的になれずにいた。

 

「はあ……」

 

 シロネは再び溜息を吐く。

 すると自由戦士達の中から誰かが近づいて来る。

 近付く戦士は2名の男女だ。男は赤い髪をした上半身が裸で、立派な筋肉が見える。その日に焼けた体には刺青が施されている。

 そして、女は明るい茶色の髪を後ろに結び、革鎧を纏っている。顔立ちは整っていて中々の美人だ。

 どちらも若く、シロネ達と同じ歳ぐらいである。

 シロネはその男女に見覚えがあった。

 

「ちょっとノヴィス。やめなさいよ」

「とめるなよシズフェ。頼んでみなきゃわからないだろ」

 

 ノヴィスと呼ばれた戦士がシロネの前に立つ。

 

「えっ? 何?」

「剣の乙女シロネ様! 俺を弟子にして、剣を教えてくれ!」

 

 シロネが何事かと思うとノヴィスが頭を下げる。

 

「あー」

 

 シロネは落ち込んだ様子を隠しもせず、さらに面倒臭そうな表情にもなっていた。

 そもそも、剣を教えて欲しいと頼む者は今までも何人かいた。

 しかし、シロネ自身はとうの昔に教育者に向いていないと悟ってもいるし、結局は足手まといにしかならない門下生を侍られておくことはできない。

 それに、ノヴィスは昨日も頼みにきただけでなく、あんな騒ぎになった元凶でもある。

 

「ごめんなさい。昨日も言ったけど私は弟子は取らないの。剣を習いたいなら他を当たってね」

 

 シロネは覇気の無い笑みを浮かべ、追い払うように手を振って断った。

 

「そう言わず頼むよ! シロネ様が良いと言ってくれるまで、俺はこうするぜ」

「ちょっとノヴィス!」

 

 そう言うとノヴィスは土下座をする。

 横にいるシズフェが慌てた声を出す。

 その様子からノヴィスは本当に動かなそうだ。

 

「そんな事をしたらシロネ様達に迷惑がかかるよ。ごめんなさい、すぐに下がらせますから! さあ行くよノヴィス!」

 

 シズフェが慌てて移動させようとするが、ノヴィスは動かない。

 

「俺は強い! 側においておけば役に立つ! 鍛えておいて損はない!」

 

 ノヴィスは顔を上げ、真剣な目でシロネを見て言う。  

 その顔を見たシロネは困ってしまう。   

 過去にもしつこい者がいて、諦めさせるのに苦労した。  

 ノヴィスは、そのしつこい者に似ている。  

 シロネの心中をノヴィスは察するつもりはないようで、テコでも動きそうになかった。  

 その様子にキョウカとカヤが呆れた目を向ける。

 

「本当に役に立つのですか?」

 

 カヤが冷たい表情で助け船を出した。

 

「ああ、もちろんだ! 今だって腕には自信がある! だけど、シロネ様に剣を教えてもらえばもっと強くなれる」

 

 ノヴィスは上半身を起こすと厚い胸板を叩く。  

 かなりの自信があるようだ。  

 しかし、シロネとキョウカとカヤは顔を見合わせて、溜息を吐く。

 

「疑っているのか! なら、俺の腕を見せてやるぜ! 見ててくれ!」

 

 そう言うとノヴィスは立ち上がると背を向ける。

 

「誰でも良い! 腕に自信がある奴は俺と勝負しろ!」

 

 ノヴィスは集まっている自由戦士達に叫ぶ。

 しかし、名乗り出る者はいない。

 

「おい。どうする?」

「お前、行けよ。腕に自信があるんだろ」

「いやだぜ。ありゃ、赤い猪のノヴィスだ。火の勇者とも呼ばれる奴だぜ。勝負したくねえよ」

「そうだ火の勇者ノヴィスだ。以前あいつと喧嘩になった奴が半殺しになったそうだね……」

「ああ。あんな奴の相手できるか」

「あれに勝てる奴なんて、そうそういないぜ」

 

 自由戦士達の声が聞こえる。

 それを聞いたシロネはノヴィスという戦士がかなり強い事に気付く。

 もちろん、一般的な戦士の中ではの話だ。シロネ達とは比べる事はできない。

 

「おいおい! 誰もいないのかよ! なら俺が選んでやる! そこのお前! 相手をしろ!」

「えっ! 自分!」

 

 選ばれた戦士は戸惑った声を出す。

 それを見たシロネは「あちゃー」と額を押える。

 

「よりによって一番選んではいけない人を選びましたね。彼……」

「そうですわね」

 

 カヤとキョウカが呆れた声を出す。

 ノヴィスが指さした先には鉄仮面を被ったクロキがいるのであった。

 

 

 ◆

 

 河船の最上階の一室でレーナは寛ぐ。  

 周囲にはレーナ神殿に所属する戦士達が控えている。  

 戦士達は全て女性であり、要人である貴婦人等の護衛に駆り出される事もある。  

 彼女達は神官戦士、または戦司祭と呼ばれ、聖職者も兼ねており、人々の尊敬を集めている。  

 その神官戦士達は、レーナに仕える女天使達で構成された戦乙女ワルキューレによって力を与えられた者達だ。

 戦士達の情報は力を与えた戦乙女達の間にも伝わっており、もしもレーナに何かがあれば、主命を受けて地上に降りられない天使達に代わり、レーナを守る使命がために駆け付けるのだ。

 そんなレーナは窓から外へと目を向けた。  

 甲板には自由戦士達の姿が見えるが、船首にいる1人の戦士に注目する。戦士は鉄仮面を被り船の進行方向を見ている。  

 その戦士を見てレーナは溜息を吐く。

 

(さて、どうしようかしら?)

 

 レーナは考えていた。

 クロキがシロネ達の仲間となれば、間接的に自分の騎士と言える。  

 しかし、それではシロネやキョウカと仲良くなりそうな気がするのだ。

 それはレーナにとって面白くない。

 だから、どうしようか迷うのだ。

 

(まあ、良いわ。取り合えず、今はラヴュリュスを何とかしないと不味いもの……。それまではクロキとシロネが近付くのを認めるとしましょう。でも少しもやもやするわね)

 

 レーナはそう結論付けた。

 どうやらクロキはシロネと同じ世界の住人で、かなり深い仲だったようだ。  

 その事を考えると、レーナの心にもやもやした気持ちが生まれる。

 そんな時だった。

 自由戦士達の様子が騒がしくなる。

 

「あれはノヴィスさん! どうしたのかしら?」

 

 レーナの側の戦士が甲板の自由戦士達を見て声を出す。

 その赤毛の自由戦士は真っすぐにクロキへと向かう。

 

「何が始まるのかしら?」

 

 レーナは首を傾げるのだった。

 

 

 ◆

 

(これはどういう状況?)

 

 クロキは置かれた状況に戸惑う。

 河船でアリアディア共和国に戻る途中、ノヴィスという戦士に勝負を挑まれたのだ。

 甲板の上では自由戦士達が円を描くようにクロキとノヴィスを取り囲んでいる。

 戦士達は面白そうな顔をしている。

 

「お前、かなり強いんだろ? お前を倒してシロネ様に俺が役に立つところを見せて、弟子にしてもらうんだ」

 

 ノヴィスは振り返りながら言う。

 その視線の先にはシロネがいる。

 シロネは困ったような呆れたような、それでいて申し訳なさそうな表情を浮かべている。

 それを見てクロキは溜息を吐く。

 何があったのか聞いてみたいが、シロネとは顔を合わせづらい状況だ。  

 アルゴアでは緊急事態とは言え、森の中に置いて行ってしまった。

 その後、逃げるように去ってしまったこともあってか、再会した時から何だか怒っている様子だった。  

 だから、正面から顔を合わせにくかったのだが、そこに起こった昨日の事件は離れるには良い口実になってくれていた。

 たった今、その原因にまたも絡まれてしまったけれど。

 

「おい鉄仮面の兄ちゃん、少しは頑張ってくれよ!」

「そうだ、勝てとは言わねえ。ノヴィスに少しは痛い目を合わせてくれ!」

「頑張れよ兄ちゃん」

 

 周囲の自由戦士が野次を飛ばす。

 応援しているようだが、勝てるとは思っていないようであった。

 

「おいおい、俺を応援する奴はいないのか」

 

 ノヴィスは周囲を見ると側にいる女戦士を見る。

 クロキの記憶ではシズフェと呼ばれていた。

 

「私が応援するわけないでしょ。なにやってんのよ。はあ、でもやめろって言っても聞かないわよね……」

 

 そう言うとシズフェはクロキに申し訳なさそうな顔をする。

 

「ちぇ! シズフェもかよ! まあ良いや! 素手で良いよな。武器はなしだ! 行くぜ!」

 

 にいっとノヴィスは笑うとクロキに向かう。

 その動きはかなり速い。

 しかし、クロキには止まって見える。

 

(さて、どうしよう? シロネは困っているみたいだし……。負けるわけにはいかないな。だけど、勝ちすぎて目立ちたくもないし……)

 

 クロキはそう考えると突進するノヴィスをぎりぎりで躱し、素早く足を引っかける。

 

「何っ!?」

 

 ノヴィスはそのまま転び顔面から甲板に突っ込む。

 その転び方は首の骨が折れてもおかしくなかった。

 大丈夫だろうかとクロキはノヴィスを見る。

 しかし、ノヴィスは何事もなかったように立ち上がる。

 怪我をしている様子はない。

 かなり頑丈な体をしているようであった。

 

「ちっ! 勢い余ってこけちまったぜ!」

「何やってんだノヴィス?」

「勝手にこけてりゃ意味ねーぜ!」

「がはははは」

「うるせー! 後で覚えろ!」

 

 周囲の者達が笑うとノヴィスは外野に向かって怒鳴る。

 自由戦士の誰もがクロキが足を引っかけた事に気付いていないようだ。

 

「今度こそ行くぜ!」

 

 ノヴィスは今度は突進せずにクロキに向かうと拳を繰り出す。

 脇を締めずにぶん殴るといった動作だ。

 速いが、これなら簡単に避けられる。

 クロキはノヴィスの攻撃を軽く左右に飛び、躱し続ける。

 

(このまま。避け続けても良いけど、簡単にはへばってくれなさそうだな)

 

 クロキが見る限り、ノヴィスはタフそうであった。

 反撃をして倒した方が良いだろう。

 そう判断するとクロキはノヴィスの腕を取り投げ飛ばす。

 

「ぐえっ!」

 

 甲板に叩きつけられたノヴィスが呻く。

 かなり強く叩きつけた、この世界の通常の人ならば起き上がるのは難しいだろう。

 

「くっ! やるじゃねえか!」

 

 しかし、ノヴィスは何事もなかったかのように立ち上がる。

 痛そうにしているが、それだけだ。

 

「お前が強いのは良くわかったぜ。だが、技に頼るってことは腕っぷしに自信がないってことだ。そうだろう? 俺は動かねえから殴ってみろよ」

 

 ノヴィスは挑発するように両腕を広げる。

 攻撃を待っているようであった。

 

(見え透いた手だ。おそらく何らかの手があるんだろうな。だけど、どうする?)

 

 クロキは悩んだ末、相手の誘いに乗る事にする。

 そして、クロキは右手で拳を作ると加減してノヴィスの顔面を殴る。

 本気を出せばノヴィスの頭は四散するが、もちろんそんな事はしない。

 この世界の一般的な人より少しだけ強い力しか出さない。

 クロキは普段から力の制御の訓練を欠かさず行っている。人が死なない程度の力の加減も出来るようになっている。

 これぐらいなら、少し吹き飛ぶだけだろう。

 

「えっ?」  

 

 しかし、ノヴィスはクロキの拳を受けても微動だにしないことに、クロキは驚く。  

 拳の影で見えないがノヴィスが笑っているのがわかる。

 

「剛体の魔法だ。この程度の拳じゃ俺は倒れねえよ」

 

 そう言うとノヴィスはクロキの右の手首を掴む。

 剛体の魔法は使用者の肉体の強度を上げる。普通の人の拳ぐらいでは倒れなくなる。

 

「このまま押し倒させてもらうぜ! 剛力の魔法!」

 

 ノヴィスがそう叫ぶと、刺青が光り出し、筋肉が一回り大きくなる。

 そして、クロキをそのまま押し倒そうとする。

 当然、本気を出せばいくら剛力を使ったノヴィスでもクロキを倒す事は不可能だ。

 逆にノヴィスを力づくで引きはがす事も可能である。

 しかし、なるべく本気を出したくないクロキは別の手段を取る事にする。

 

「何!?」

 

 ノヴィスが驚く。  

 クロキは押し倒そうとする力に逆らわないよう、足を移動して腰を回し、逆にノヴィスをうつ伏せに倒す。  

 そして、そのままノヴィスの背に乗り右腕の関節を極める。

 

「があっ、ぐあっ! 何だ! 抜け出せねえ!」

 

 ノヴィスが苦悶の呻き声を上げる。

 その声を聞いてクロキは申し訳なく思う。

 しかし、これ以上戦うのは面倒くさい。  

 だから、ノヴィスの力を測りぎりぎり抜け出せないようにする。

 誰が見ても勝敗は明らかであった。

 

「そこまでです! 勝負はありました! ノヴィスさん貴方の負けです!」

 

 見ていたカヤがそう言うとクロキはノヴィスの腕を離す。

 ノヴィスは信じられない目でクロキを見上げる。負けた事が信じられないようであった。

 

「おい、あのノヴィスが負けたぞ」

「ああ、信じられねえ」

「やるじゃねえか、鉄仮面!」

 

 周囲から驚きの声が聞こえる。

 クロキは自分を称賛する声を聞いていると、なんだか少しスッとした気持ちになってきていた。

 

「カヤ、今のは?」

「なかなか見事な技です。お嬢様。ほぼ力を使わずに相手を倒しました。あそこまで力を制御できるとは……。私もあそこまでは無理です」

「そうだねカヤさん。さすがというか、私だったら腕を引きちぎっているよ」

「そう、力の制御……」

 

 声は遠いがクロキの耳にはシロネ達の感心した声がはっきりと聞こえる。

 実際はクロキも、ここまで力を制御できるようになったのはごく最近のことだ。

 クロキはもちろんシロネ達はこの世界の人間よりもはるかに強大な力を持っている。

 ちょっとした事で大惨事を招きかねない。

 クロキは知らないが、実はキョウカ程ではないもののシロネ達も何度か大変な事件を起こしていたりする。

 

「すごい! ノヴィスに勝つなんて! 最後の技、あれは何ですか!」

 

 シズフェが興奮した声を出し、クロキの側に来る。

 

「いえ、大した事はないです。ちょっとした、なんてことない技を使っただけですよ」

 

 急に大きな声をかけられたクロキは冷静を装いながら淡々と答えた。

 正直に言うと注目を浴びたくないので、騒がないで欲しかったのだ。

 

「いや、大したもんだと思うぜ。ノヴィスはテセシアでも名の知れた戦士だ。あんたはそれに勝ったんだ。誇るべきだと思うぜ」

 

 シズフェの仲間だろうか、褐色の肌の女戦士も側に来る。

 その女戦士の目はクロキではなくノヴィスを見ている。

 誇るべきと言ったのは、ノヴィスを気遣っての事だとクロキは気付いた。

 

「はい、もっと誇るべきだと思います。迷宮の時もそうでした! あのお願いです。私に先程の技を教えてくれませんか! 強くなりたいんです!」

 

 突然のシズフェの弟子入り願いにクロキは戸惑う。

 

(どうしよう……。今度は自分が困る番になったぞ)

 

 クロキはどうやって断ろうかと思っている時だった。

 

「ダメですわ! それは許しません!」

 

 突然キョウカがシズフェの願いを遮る。

 クロキがそちらを見るとキョウカが真っすぐに視線を向けている。

 側にいたシロネとカヤが驚いた様子で顔を見合わせている。

 

「お嬢様? どうされたのですか?」

 

 カヤが心配そうにキョウカに聞く。

 しかし、キョウカはカヤの構わず言葉を続ける。

 

「わたくしが教わるのが先です。力の制御の仕方、教えていただけないかしら」

 

 キョウカはそう言うと期待をするようにクロキの前に立つ。

 今度はシロネとカヤだけでなく、キョウカを除くその場の全ての者が驚く顔をする。

 

「「ええ──!!」」

 

 複数の驚く声が甲板に木霊するのだった。

 

 

 




前書きや前回でも書きましたが、前回に引きずられる形で修正が必要になっただけです。
でも黄昏てるシロネも有りなんじゃないかなぁ、なんて書き加えてて思いました。
でも、どうすればシロネが自分の気持ちに気づくのかは全く解りません。
本当はレンバーの章の前日譚を準備しているのですが、地図が公開されないと書けないため、投稿できません。


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