トリアス (冠龍)
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チンリ層

 
  《参考文献》
※面倒な方は飛ばしてもらって結構

膨大なため各種一本を代表として取り上げ、その他は末尾を参照されたし。

https://www.researchgate.net/profile/Paul_Sander2/publication/311425066_Teeth_and_Jaws/links/5845705e08aeda69681a1b33.pdf
(ディキノドン類)

Weinbaum, J. C. (2013). "Postcranial skeleton of Postosuchus kirkpatricki (Archosauria: Paracrocodylomorpha), from the upper Triassic of the United States". Geological Society, London, Special Publications. 379: 525–553.
(ポストスクス)

Hungerbühler, A (2002). "The Late Triassic phytosaur Mystriosuchus westphali, with a revision of the genus". Palaeontology.
(フィトサウルス類)

Small, Bryan John (December 1985). The Triassic thecodontian reptile Desmatosuchus: osteology and relationships (Masters thesis).
(デスマトスクス)

Lucas, S.G.; Rinehart, L.F.; Krainer, K.; Spielmann, J.A.; Heckert, A.B. (2010).
(迷歯類)

・よみがえる恐竜·古生物
・ホルツ博士の最新恐竜事典
・恐竜異説
・哺乳類型爬虫類
・その他の情報は英Wikipediaおよびリンク先の文献による。





 青々としたシダを食む爬虫類。この全長約4メートル、体重約500キロの生物の正体は、デスマトスクスと呼ばれる重武装の植物食動物。食性のとおり大人しく、常日頃から数匹の群れで行動している。そんなデスマトスクスの小集団は、その鎧のおかげか大概の相手を威圧できるが、彼らでも道を譲らなければならない相手が1種だけ存在した。

ボリュームのある影が群れを多い隠し、爬虫類が渋々餌場を明け渡す。

 

地球史上最後のディキノドン類こと、プラケリアスの堂々たる入場。しかも30頭近い群れ。

かつてディキノドン類は大陸全土を所狭しと埋めていたが、この三畳紀後期にはプラケリアスただ1種を遺すのみとなった。それでも彼らの迫力は微塵も衰えていない。全長約3メートル、体重約1トン。滅亡の淵にある今もなお、北米では最重量級の植物食動物である。

そんなプラケリアスに好き好んで茶々を入れる捕食者は、そうそう居るものではない。下手に群れへ分け入ろうものなら、即座にトン単位の肉塊が押し寄せてくるのだ。不埒者は数分とかからず挽き肉にされてしまう。

しかし平時は怪力巨人の片鱗など見せず、もっぱら日差しに苦労しながら下生えを漁っている。巨体のプラケリアスにとって、太陽光によるオーバーヒートは死活問題であり、その解決策として彼らは定期的に水浴びをする。土手を下った先には、ちょうど流れが緩やかになっているポイントがある。この水風呂と餌場を行き来するのが彼らの日課なのだ。

 

 午前の水浴びを終えたプラケリアスは、それまでと変わりなくトクサの根を掘り、ソテツの球果を齧る。シダは言うまでもなく食い荒らされていた。

そこへ植物の残骸を求めて2本脚の爬虫類シュボサウルス類が現れた。シュボサウルスは身体が小さく非力なため、普段はソテツの球果にありつけない。そこでプラケリアスの怪力が役に立つ。彼らが穿ち破ったソテツならば、細い嘴しかないシュボサウルスでもご馳走を味わえるのだ。

そんなシュボサウルスを追って別の生物も現れた。初期の小型恐竜コエロフィシス。れっきとした獣脚類で肉食だが、さすがにプラケリアスの群れのド真ん中で狩りはできない。だからだろう。コエロフィシスは土手に着くなりシュボサウルスから興味を失った。そして敏捷な狩人の関心は藪に潜んでいるはずのトカゲへ移る。

これで割を食ったのが地下に住居を構えるキノドン類のトラベルソドンだ。柔らかな土手に巣穴を掘り、周辺の球果を餌にする小動物にとって、トカゲ狩りに夢中のコエロフィシスは害悪でしかない。向こうにその気はなくても、勢いで巣穴を掘り返されてはたまらず、機嫌次第では獲物にもされるだろう。とはいえトラベルソドンの心配は杞憂に終わった。なぜならコエロフィシスは別の大好物を見つけたのだ。茂みに潜んでいたバッタの一団が、細長いシルエットに驚いて飛び跳ねる。それを細長い首と顎が捕えた。しかし捕えたそばから次の獲物が飛び跳ね、時には口の中にすら飛び込む始末。

祭りが終わる頃にはコエロフィシスも満腹になっているだろう。

 

 至ってのどかな風景。臆病なトラベルソドンでさえ、日向ぼっこを楽しんでいるのがその良い証拠だ。

 

 

 しかし平穏というものは、時として突然崩れ去るもの。今日はよりによって当時最強最悪の“暴君”が現れた。

 

 全長4.5メートル、体重500キロのポストスクス。紛う事なき肉食動物だ。

このオスは生まれた群れを出て流浪の旅を送っている。単独では折に触れて身の危険を感じるが、引き換えに限りない自由が手に入る。捕えた獲物も縄張りも、全て自分の思うまま。これほどの快感はそうそうない。

しかし今の彼は一つ大きな問題を抱えていた。空腹なのだ。あまりの空きっ腹に、腹の虫はとっくの昔に鳴きやんでしまった。早く夕食を確保する必要がある。そこで目をつけたのが、この土手周辺だった。ここは大好物のプラケリアスが掃いて捨てるほど群れているので、簡単に餌食を見つけられる。

ポストスクスはセオリー通り、土手の勾配を利用することで群れへ忍び寄っていた。

この巨大な捕食者は、大きさに見合う馬力はあれど、代わりに持久力がない。仮に獲物と一対一(サシ)での追いかけっことなれば、相手が転びでもしないかぎり逃げられてしまう。もちろんプラケリアスは捕食者より鈍重だが、それでも早期に発見されては同じことだ。

そこで欠点を補うべくポストスクスが採る戦術が、こういった奇襲攻撃。大地の凹凸のような遮蔽部を利用して至近距離まで近づき、タイミングを見計らって獲物に襲い掛かる。そして恐るべき顎と怪力のままに、獲物の息の根を止めるのだ。

 

 襲撃は突如として始まった。

突然シダの茂みから黄土色の凶器が顔を覗かせ、数瞬のうちに後半身も飛び出す。狙いは正面で土手っ腹を横たえていた子供のプラケリアス。安定感のあるベタ足で大地をしっかりと捉えつつ、2本の後脚を全速力で回転させる。

対するプラケリアスは文字通り不意を衝かれ、逃げそびれてしまった。零距離にまで迫った顎を躱す手段はない。プラケリアスの絶叫が土手を揺るがし、群れの反対側にも動乱が伝わる。血の流す獲物を横目に、ポストスクスは周囲へ気を配る。

ポストスクスにとって予想外なことに、眼の前で呻いているのは子供ではなく、その隣にいたはずの大人だった。どうやら咄嗟の動きで我が子を庇ったらしい。本来ならば手強い大人になど構いたくはない。が、襲ってしまったものは仕方がない。後はなるようになれ…。とポストスクスは肥え太った大人に狙いを変更した。そして迷いなく突進を敢行する。

 

 その頃土手の動物達は、パニックに陥る群れの真っ只中にいた。彼らは巨人のゴタゴタに巻き込まれては敵わじと、足の続く限り四方八方へ逃げ散っていく。コエロフィシスが隊列を乱して散開し、肝を冷やしたトラベルソドンが巣穴で縮こまる。デスマトスクスは十八番の防御姿勢へと移行し、物言わぬタイル(デスマトスクス)の上をシュボサウルスが踏み越える。皆揃って寿命を2億2千万年ほど擦り減らしているだろう。

こうして土手で動くのは、無数のプラケリアスと血に飢えた孤高のポストスクスのみになった…。

 

 しかし全てのプラケリアスが残ったわけではない。少なからぬ個体が、逃げ場を求めて土手を降っていた。苦手な急勾配を駆け下りた先で、煌めく川面が彼らを出迎える。しかしプラケリアスは本能的に知っていた。この輝きの裏には時として“死神”が潜んでいることを。

後から後から来る仲間に押され、早くも数頭が深場へ足を踏み入れてしまう。すると騒ぎを聞きつけた捕食者が現れた。先程まで日向ぼっこに興じていたはずのフィトサウルス類。

滅多なことには大人のプラケリアスへ手を出さないフィトサウルスだが、今回ばかりは向こうがパニック状態だ。

…となれば話は別となる。

騒動に便乗して何頭か仕留めるつもりだろう。プラケリアスよりも二周りは大きなフィトサウルスが、運悪く深場に居合わせた前列へ迫る。押し合いへし合いを繰り返すプラケリアスは、一刻も早く深みを脱したいあまり、迫りくる死の影に全く気づくのが遅れた。

馬鹿でかい口が開かれ、混乱を極める群れを真っ二つに引き裂く。初撃を躱したプラケリアスも、不慣れな水辺では次の攻撃は躱せないだろう。できるだけ大きな水飛沫を上げて威嚇しているが、敵の独壇場では打つ手も限られていた。

それでもフィトサウルスが全てにおいて勝っているわけではない。やはり体重ではプラケリアスに敵わない。万が一倒れた獲物に押しつぶされれば、最悪溺死してしまうだろう。どうにか獲物を釣り出して袋叩きにする必要がある。群れから数メートルでも離れてしまえば、あとは煮るなり焼くなり彼らの自由だ。もう何度かの見せかけの突撃で、その算段もつくはずだ。

ところが偽襲の必要はなくなった。

“棚からぼた餅”だろうか。ひしめき合う群れから、1頭のプラケリアスが弾き出されてしまった。なんとか危険な水流を泳ぎきったプラケリアスだが、ここで自らが狭い砂洲へ迷い込んでいることに気がついたらしい。

逸れ者の末路は大抵決まっている。

あえて危険な群れに挑む必要はない。無数のフィトサウルスが孤独に苛まれる獲物を取り囲み、徐々に包囲網を狭めていった…。

 

 

―ようやくハーレムの主が現場へと急行した。すると劣勢だったプラケリアスが勢いを盛り返す。頑強なオスの力を後ろ盾に、カチカチと嘴を鳴らして捕食者を威圧するのだ。うっかり噛まれようものなら、肉はもちろん骨まで切断されかねない。そのためポストスクスは、無闇に追撃をしようとはしない。それには別の理由もある。

負傷したプラケリアスは目に見えて動きが鈍っている。放っておいても勝手に群れから脱落してくれるだろう。それどころか異常な鉄臭さからか、群れの仲間にすら小突かれる始末。

問題は新手のオスである。オスは群れの後押しを受けて興奮しているので、その挑発に乗るのは得策ではない。ただでさえ数の上では劣勢なのだ。ここで牙の一撃でも喰らえば、その後の末路は目に見えている。しかし相手にせずとも、オスは獲物とポストスクスの間に割って入ってきた。どうやら仲間を見捨てるつもりはないらしい。

 

こうしてポストスクスは決断を迫られることになった。撤退か抗戦か。

 

オスがポストスクスを牽制すべく牙を振りかざした。鋭い切っ先は忌々しい天敵へと向けられている。これが矛で、身体が盾。屈強なオスならば二三度噛まれたところで倒れはしない。それどころかカウンターで相手の太腿を貫いてやれる。

見かけからして今回のポストスクスは若く、こうも脅されては逃げ去るしかないだろう。オスは余裕たっぷりで嘴を鳴らし続ける。

 ところがポストスクスは躊躇なく狙いを絞って飛び込んできた。狙いはもちろん手負いの1頭。素早く身を躱せないからだ。是非もなくプラケリアスが頭部で迎え撃つ。角質で覆われた頭部が辛くも咬撃を凌いだとはいえ、このまま持久戦に持ち込まれるのは不利。そこでプラケリアスは前足に力込め、ゆっくりと前へ進み始めた。ポストスクスとプラケリアスのレスリングでは、四足歩行のプラケリアスのほうが有利だ。いやむしろ、この様子は寄り切る力士と言ったほうが適切だろう。ポストスクスも必死に口吻を噛み締めるが、果然体重に差がありすぎる。そのまま両雄は後退と前進を続け、遂には土手の際にまで到達した。

このままでは押し出されてしまうと判断したのか、ポストスクスが勝負を決めるべく立ち上がった。そのまま高身長に任せて獲物の首を狙う。相手の頚椎さえ切断してしまえば良いのだ。前足でプラケリアスの顔面を抑え付け、間髪生じた隙間に上半身を捻り込ませる。最大の武器 ―ナイフのような5センチの歯― で肉もろとも骨を断ちにいく。

ところが、ポストスクスは致命的な過ち(ミス)犯していた。理屈として立ち上がった拍子に安定性は失われる。それを見逃すプラケリアスではない。己が命を刈り取られる寸前、最後の力を振り絞ってプラケリアスの四肢は再度前進。軋む関節も何のその。肥沃な土砂を巻き上げ、遂には天敵の足元を崩すのに成功した。

ポストスクスは慌てて踏ん張ろうとするも、その努力は全くの徒労にしかならない。ガキッ、と顎の空振りだけ残し、真っ逆さまに転落する全長4.5メートルの爬虫類。

もっとも、土手は断崖絶壁などではなく、半ば反り立った急勾配になっている。そのためポストスクスは転げ落ちる羽目になるのだが。これでは少なくとも全身強打は免れず、激しい狩りも当分できまい。

勝利に湧く群れは、やがて元の平穏を取り戻していく。

 

 

―轟音と水しぶき。

追い詰められたプラケリアスが、今まさにフィトサウルスの餌食になろうとしたところ、突然邪魔が入った。

訝しみながらも首をもたげたフィトサウルスは、好敵手(ポストスクス)の無残な姿を捉えた。

力尽きたポストスクスには為す術もない。すると迅速に包囲網が解かれ、フィトサウルスは夕飯のメニューを変更した。“丘の主”は無抵抗のまま“沼オヤジ”の胃袋に収まるだろう。

これを見た目敏いコエロフィシスは、残飯を期待して川岸に集まりだした。しかしこの勢いだと大食漢の水妖が粗方を食い尽くしかねない。それでも10数キロの肉片さえあれば彼らにとって十分なので、待つ価値はある。

 

なんら変わりない。いつもの北米チンリ層がここにあった。




 


 筆者初めての古生物小説はいかがだっただろうか?今回はバッカー氏の『恐竜レッドの生き方』や所十三氏の『Dino2』および『恐竜物語』のようなドキュメンタリー仕立ての作風とさせていただき、三畳紀の北米チンリ層から産出した古生物をメインキャストに抜擢した。
というのも筆者は無類のグアンロン好きであると同時に、ペルム紀〜三畳紀のマニアックな輩も大々々々好物で、かねてより一本仕上げてみたかったのである。
さらに理由はもう一つあり、それは、多くのメディアにおいてディキノドン類が、噛ませ犬もとい餌役にしかなっていない事だ。たしかに化石記録では多くの噛み傷や糞化石が見つかっているので、ディキノドン類は間違いなく当時の捕食者のメインメニューに取り入れられていたらしい。だが全くの無抵抗というのも奇妙な話だ。彼らは衰退をしつつも三畳紀後期にまで血脈を残した強者。それに咬合力の研究からも彼らが極めてパワフルな生物だった事が分かっている。
となれば我らが哺乳類の親戚にも、良いところを見せつけてもらおうではないか…。
という訳で今回は最後のディキノドン類プラケリアスを主役とし、本種が最大の天敵ポストスクスを打ち負かすという流れでプロットを書き進めた。その過程で周辺生物も軽く紹介し、最後に美味しいところを攫っていったフィトサウルス類も登場させたところ、計5000文字もの長編となった。
筆者の語彙力/文才を空にする勢いで書いた本作だが、人によってはツッコミどころもあるかもしれない。そういったツッコミはコメントに書き込むなり、それを原動力にしてWikiや文献へ凸るなり、仲間と笑いの種にしてもらいたい。


ここまで読んでいただいた読者の皆様に、良き科学ライフがあらんことを切に願う。


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