非処女は全員死ね (石黒ニク)
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CHAPTER01 私の幼なじみが処女厨すぎて草ww
第1話 処女は全員誇れ
もしかして、告白かな—―想像しただけで、胸が高鳴る。私も逸樹のことが好き。でも告白はあっちからが良い。やっと言ってくれるんだね。うふふ、今日はいい日かもしれない!
「――なあ。お前って、処女?」
「はあ!? なにそのクソみたいな質問! シチュエーション考えてよ!!」
思わせぶりな夕焼けが、いつの間にか校舎の陰に隠れていた。道理で暗いと思った。私の高鳴っていたはずの胸も、いまではすっかりお通夜状態。初恋という名のお焼香が燃え尽きた。
「シチュエーションもなにも、俺はお前が処女かどうかだけ聞きたかったんだよ」
「放課後まで居残らせて聞くことじゃないでしょ! なんなの、バカなの!?」
「さすがにお前が友だちと話しているときに聞けないだろ。お前こそバカなの?」
そういうことを言っている訳じゃない。なんなの、こいつ。デリカシーという機能がないの? なんで私は、こんなやつ、10年以上も好きなの? マジ意味不明。
「で、どうなんだ? 処女なのか、そうでないのか。お前だけが頼りなんだ」
「……えっ」
私だけが頼り? それってつまり、そういうことだよね。順番が違うような気もするけど、逸樹が私を求めてくれるんだったら、それも悪くないかも、なんて。
「え、ええと……その。恥ずかしいよ」
「そういうの良いから。さっさと答えてくれないか」
なんだこいつ。そんなに私のお焼香を消したいのか。まあ、簡単には消えないんだけど。
「う。しょ、処女、だよ。悪い!?」
「……良かった。お前がそれで本当に良かった!」
「えっ、ちょ! 急に抱き着くのやめて! 聞こえちゃうってば!!」
「なにが? 青春の音なら入学式から鳴っているぜ! 嘘だけどな」
胸の鼓動がうるさくなるのを必死で抑え、逸樹からのハグになんとか耐えた。っていうか、なんだその無意味な嘘は。ただ悲しいだけじゃん。
「な、なんで、その……処女かどうか聞いたの?」
答えを聞くのが恥ずかしすぎて、言い淀んでしまう。でもストレートな逸樹に絆されて、私も理性のタガが外れていた。いまならどんな下ネタでも言える気がする。
「なんでって、必要なことだからだよ。俺のなかでの条件みたいなものだ」
「……条件?」
おうむ返しで聞いてみる。逸樹の彼女になるための、ってことかな。それなら、大丈夫。逸樹本人には言えないけど、そういうのはぜんぶ、逸樹のために残してある。
「
「う、うん。それなりに家近いし、もちろん知っているよ」
「アイドルがアイドルたる所以は、処女性にこそあるんだよ。分かるか、優花!?」
「ちょっと……肩、叩かないでよ。痛いしっ」
「ああ、悪い。処女の話になると、つい熱が」
話を振ってきたのは逸樹のほうだけど、まあいいや。あれ、でも待って。アイドルに処女性とやらを求めていて、私に処女かどうかを聞いてきた。え、嘘でしょ。
「ねえ。嫌な予感しかしないんだけど、いったん聞いていい?」
「おん、いいぞ。なんだ?」
「あのさ。もしかしてだけど、私をアイドルにする訳じゃないよね?」
これまでの逸樹の発言をまとめると、まるで今日から私をプロデュースするかのような匂わせになっている。わ、私がアイドルなんて無理だよ~。うわーん。
「お前は無理だろ。ひらひらしたスカートとか制服以外に着れないだろ、どうせ」
「あー、良かった。それだけはマジで勘弁だったから耐えたあ。私をアイドルにするんじゃないなら、何をさせるつもりなの? もしかして、えっちなこと?」
「は? てめえ、幼なじみとか関係なしにぶち×すぞ。な訳ねーだろ!」
こわ。多重人格かよ。ちょっと泣きそうになったのは秘密で。
「まあ、簡単な話。俺ひとりじゃ、アイドルを支えるのがきついんだよ」
「あーね。アイドルグループと言えども女の子だもんね。逸樹、耐性なさそう」
「耐性? そんなん要らんよ。俺はただのマネージャーで、あいつらはアイドルだ。それ以上でもそれ以下でもない。あいつらの誰かと恋愛なんてあり得ねーよ」
「お。誠実だねえ。とか言って、裏で付き合っていたりするんじゃないの?」
いわゆる秘密の恋というやつだ。浮気とか不倫とかもニュースでよく見る。当人たちの問題なのに、周りが話の種として囃し立てる構図はもう飽きた。
「ふざけるのも大概にしろよ。さっきも言ったと思うが、非処女のアイドルなんて、エビフライの尻尾とか義理チョコと同じで、なんの価値もないからな」
「え。私はエビフライの尻尾、好きだけど。ぱりぱりしてて美味しいじゃん」
「バカか、お前。あれはゴキ〇リの翅と同じ成分なんだぞ、よく食えるな……」
「なんでそんなこと言うの……もう食べたくなくなっちゃったじゃない」
エビフライは最後まで食べるのが私のルーティンだったのに。こいつのせいで、台なしだ。ゴキ〇リの翅なんて言われたら、誰だって食欲が失せるじゃないか。
「食わなくていいんだよ。カルシウムなら牛乳で摂れるだろうが。風呂上がりに冷たいやつを仁王立ちでぐびぐび頂けよ。こう、腰に手を当てて喉を鳴らすんだ!」
「牛乳は温めて飲む派なんだよね。夜の静かな時間にカップでずずず、とね」
「まだそんなお子さまみたいな飲み方してんのかよ。男ならジョッキで行け!」
「女ですけど。あとさ、あまり逸樹の価値観を押し付けないでよ。なんかうざい」
さりげなく――本当にさりげなく逸樹に毒を吐いておく。エビフライだけでなく、ホットミルクの習慣も失いかけたのだから、それくらいの応酬はさせてほしい。
「あ、悪い。男子のノリで話し掛けちまった」
「……別に」
「ちょ。それは不謹慎だからやめとけって!」
無言で殴っておいた。
カク〇ムで投稿していた「非処女は全員死ね」の0~2話でした。
こちらは隔週の土曜に投稿していく予定です。今月で言うと14日と28日ですね。
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第2話 非処女は全員死ね
「っていうかさー。耐性の話をしただけで、恋愛の話になるのっておかしくない? それってもう、アイドルたちをそういう目で見ているってことになるよね?」
「しつこいな、おめえ。さっき受け流していたくせに、なんでいまになって蒸し返すんだよ? 全校放送でもしておめえが処女だってこと言い触らしてやろうか?」
「別にいいけど、セクハラで訴えるよ。慰謝料は20億円くらいでいいかな?」
「搾取が過ぎるな……冗談に決まっているだろ。はは、帰ろうぜ」
冗談にしては目が本気だったような。でも、安心していい。いまのご時世、男のヒトは冤罪に弱いので、困ったときは冤罪ハラスメントを使えばコンビニエンス。
昇降口で靴を履き替える。黒光りしたローファーが夕陽に照らされて明るさを増す。ノスタルジックな雰囲気に、つい目頭が熱くなる。見慣れた景色なのに不思議。
「あとさ。これだけは言いたいんだけど、高2の女子で処女なんて普通だと思うよ」
「ウソ吐け! 化粧とかして妙に色めきだっているやつとか居るだろ!」
「それはそれ、これはこれだよ。だいたい見た目で人を判断するなんてサイテー」
「スカウトマンの仕事、全否定かよ。いちおう、アイドル眼を養っているんだぜ」
「だとしたら、逸樹の慧眼はレベルゼロだよ。転生でもしてチートもらいなよ」
景色に見とれながら、くだらない会話を楽しむ。だけど逸樹とこうして放課後を過ごすのが嬉しい。話の内容はまあまあクソだけど。親には聞かせられない。
「お前に言われるとちょっと腹立つんだよな……正論なのが余計に精神汚染だ」
「だったらさ。ちゃんと養っているところを証明してよ。たとえば、あの子で」
私たちの前をひとりの女の子が歩いていた。うちの学校の制服だ。学校指定のスクールバックに、目立ったアクセサリーはナシ。後ろ姿だけで評価できるのか。
「ふむ、茶髪のショートカットか。清純そうで可愛らしい子だ。センターにしてもいいな……いや、待て。こういうタイプはソロデビューってのも悪くない」
「お。プロデューサーっぽい発言だねえ。急に気取っちゃってどうしたの?」
「気取ってねえよ。これでも前橋プロダクション社員の端くれだからな。アイドルかどうかを見抜くスキルは悪いけど、レベル12くらいはあるつもりでいるぜ」
「ちなみにそのレベルはマックスが10億で宜しい?」
「バカか、おめえ。最大値は23に決まっているだろ」
「なんでそんなに半端なの……逸樹にそこまで女の子を見る目があるとは思えないんだけど。逸樹ってまともに彼女できたことないじゃん。私、知っているんだから」
仮に23をマックスとしても、やっぱり逸樹の見抜きスキルは1未満じゃないかな。私をアイドルとしてプロデュースしないんだから、それくらいの処置は当然だよ。
こんなに可愛いのに。まあ、自画自賛は恥ずかしいから口に出さないけど。しかも、戯言なので本気にされても困る。スカートなんて私は制服だけで充分なのだ。
「な、何をだよ。俺に彼女なんてできたことねーよ。ぜんぶノーカウントだ」
I know. 私は知っている。本当は何ひとつとして知らないんだけど、動揺しているヒトを揺さぶるのは好きだ。裁判のゲームで何度も体験して快感になった。
「ぜんぶノーカウントってことは複数あるってことじゃん。トラウマになるレベルのひどい恋愛をしたことがあるの? 逸樹なんかに? 私、初耳だな~」
「トラウマなんてもんじゃねーよ。俺が付き合うオンナはだいたい浮気するぜ。これを才能と呼ばずして、何というべきなんだ。俺ってば罪な男ってやつなんだよな」
「それ、単純にさあ。逸樹に男としての魅力がないだけじゃ――おっと。この話はここまで! 続きは有料会員じゃないと聞けないシステムにしておこうか!」
「悪い、ぜんぶ聞こえた。そうか、俺に魅力がないのか……なんかショックだ」
「あわわわ。逸樹がメンヘラになっちゃった。だ、だだ大丈夫だって。そのうち、魅力的な女の子に出会えるって! ――なんなら、幼なじみの私が居るしっ」
さすがに最後の言葉は言えなかったけど、逸樹って意外とモテるんだ。へえ。
「つーか、初耳なのかよ。小癪な……やっぱり非処女は全員死んだほうがいいな」
「その言葉さあ……さすがにアイドルたちには言っていないよね?」
「夏休みのラジオ体操ばりに繰り返しているけど、何か問題でも? もう、言い過ぎて口癖になっちまったよ。確かにひどい言葉だけどよ、格言なんだな、これが」
「うわあ。年頃の女の子になんてことを……ぜったい傷付いているよ」
もはや処女だとか非処女だとか関係ないもん。パワハラまである。たぶん訴えたら勝てる。なんなら、私が証言台に立ってもいい。異議あり! ってね。
――って、それは弁護人やないかーい。っていうツッコミは間に合っています。
「その程度で傷付くんなら、アイドルには向いてねえよ。身近のアンチに耐えてこそ、アイドルとしてのメンタルが鍛えられるって、父さんが言っていた気がする」
「……大丈夫なの、前橋プロダクション。パワハラが横行していそうなんだけど」
「横行っていうか、もはや日常茶飯事だけどな。鉄は熱いうちに打てとはよく言ったもので、アイドルへの叱咤激励はおよそすべて悪口っぽくなっているぜ、うちでは」
「マジかよ……あ、驚きが強すぎて男口調になっちゃったよ」
いつの間にか、目の前を歩いていた女の子は居なくなっていた。帰り道が違ったのだろうか。あるいは逸樹の邪な発言に嫌気が差したのか。それは分からない。
とにかく、逸樹のアイドルのマネジメントの仕事を手伝うことになったので、パワハラを振りかざすマネージャーにはならないようにしよう。私が彼女たちの味方になってやるんだ。そしてあわよくばソロデビューとか……なんちゃって。
カ〇ヨムで投稿していた「非処女は全員死ね」の3~5話でした。
次回から事務所編に入ります。
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CHAPTER02 新しい別のマネージャー、略して
第3話 処女厨は全員睨め
「ここが俺の家……即ち、前橋プロダクション。つまり、お前が今日から俺と同じように、アイドルのマネジメントや諸々の雑務をしてもらうことになる場所だ」
最後に来たのはいつだっただろうか。回覧板を届けたのが昨日だから、1日ぶりといったところだ――って、ずいぶんと最近やないかーい。なんだこのモノローグ。
逸樹の家は、アイドルの育成事務所ということもあって、一軒家の並ぶ住宅街ではかなり目立つ形をなさっている。毛〇探偵事〇所を想像すると分かりやすい。
「時給は900円以上でお願いね。でないと手伝ってあげないんだから」
「やったこともないのに、もう賃上げ要求かよ。悪いけど、うちは弱小も弱小のプロダクションだから、いまのところは最高でも時給500円が限界だろうな」
「うわうわうわ。北海道の平均最低賃金より最低じゃん。さすがはブラック」
「いまや名高いホワイト企業も、最初のうちは人手不足で悲惨だったと思うぞ」
「ヒトデ不足ねえ……あんなのに食べられるところなんかあったっけ?」
「おめえは計算高いのか、単にアホなのか、よく分からねーな。まあ、とにかく上がれよ。この時間ならたぶん、誰かしら居るだろ。確証はまったくないけど」
事務所の前で立ち話していても始まらないので、そこにある不透明のガラス製のドアに手をかけ、押し開ける。ふーん、そこは毛利〇偵〇務所とは違うんだ。
「あ、マネージャー! お帰り~! そのヒトは誰? 彼女さん?」
整然としたオフィスのような空間に、見たことのない女の子がひとり居た。なんかすっごい高級そうな制服を着ているけど、学生で合っているよね?
「んな訳あるか。こいつはだな……いや、自己紹介は全員が揃ってからのほうが良いな。
「花菜ちゃんはまだ学校だって、さっきメールが届いていたよ。美沙希ちゃんはうんこだと思う」
「おい、
「えー。だって、本当にうんこだもん。さっき、慌ててトイレに行っていたし」
日和と呼ばれた少女は可憐な見た目の割に、ずいぶんとはっきりとモノを言うらしい。そんなガールから急に飛び出てきた下品なワードに動揺を隠せない。
「……ふう。あ、逸樹マネージャー、いらしていたんですね。そちらの方は新しいアイドルの方ですか?」
入口とは違うドアから、また別の女の子がログインしてきた。この子もアイドルなのだろう。道行く女子とは明らかに違う可愛らしさがある。オーラと言うのかな、そういうのが見える――気がする。
「美沙希ちゃん、お帰り~。あれから6分くらいしか経っていないから快便だったみたいだね! それとも、踏ん張ったけど何も出なかったパターンだったりして?」
「なっ、ち、違いますっ! マネージャーが居る前でそんな恥ずかしいこと言わないでくださいよぅ!! プライバシーの侵害及び自尊心を傷つけた容疑で訴えます!」
「美沙希の言う通りだ、日和。アイドルはうんこなんかしねー。きっとトイレ掃除でもしていたんだ。そうだよな、美沙希。お前は真面目なやつだから、な?」
ああ、なんてこと。逸樹は女の子に幻想を抱きすぎて、異常なまでの処女厨になってしまったとでもいうの。いったいどういう振られ方をしたら、こうなるの。
「そ、そうです! アイドルはそんなことしませんっ! トイレで用を足すといっても、せいぜいおしっこくらいです! 変な言いがかりはやめてくださいっ」
「……は?」
「え? えっと、逸樹マネージャー?」
逸樹の顔が、狂気を含んであり得ないくらいに歪んでいる。まるでそこだけが異次元であるかのように、匠も驚くレベルで顔面がビフォーアフターしている。
もはや草も生えない。ケッペンの気候区分で言うところの、ツンドラ気候まである。氷雪地帯で、夏ですら苔しか生さないし、トナカイの遊牧が盛ん。何が?
「アイドルはおしっこもしねーんだよ。訂正しろよ、ボケナスめが」
「う、うう……アイドルはトイレには行かないですぅ、うう……」
「え、でも。美沙希ちゃんはトイレに6分も――」
「行ってねえ。しつこいぞ、日和。仮に行ったとしても、トイレ掃除をしていたんだよ。それで美沙希のトイレに関する考察は終了だ。異議の申し立ては認めない」
だいぶ白熱した議論が繰り広げられていたけど、よくもそんなくだらないことを話し続けられるよ。さすがは処女厨。アイドルのトイレ事情にすら首を突っ込む。
美沙希ちゃん、泣いているし。どうやら、モラハラが横行しているのは本当っぽい。これが叱咤激励のはずがない。価値観の押し付けだよ。そうだよね、処女厨。
「――それで、その人はマネージャーと、どういったご関係で?」
「え、い、いや、その……」
なんだ、この子。逸樹が言うには日和ちゃん、だっけ。明らかに年下なのに、積極的なまでに、話のイニシアティブを奪取してくる。この感じはあれだ。教育実習の女子大生を質問攻めにする男子中学生みたいな、って彼女は女の子だけど。
「おい、日和。優花が困惑しているだろうが。おめえは謝罪会見のアーティストを質問攻めにするマスコミかよ。報道する自由の前に、初対面なことを忘れるな」
「えー? だって気になるじゃん。マネージャーが女の子を連れてくるなんて、道端でたまたま見た草が四つ葉のクローバーだったくらい珍しいよ?」
それ、結構な頻度で連れ込んでないかな? さながら、ふくびきの補助券を10枚使うガチャで銀の宝箱を引き当てるレベルで。朝の占いが1位だったレベルで。
「ってことは、やっぱりその方って、アイドル志望の方ですか? わあ! 新しい別のアイドルなんて、わたしたち以来じゃないですか?」
「わたしたち以来……? ちなみに聞くけどさ、逸樹。ここのアイドルって彼女たち以外には居ないの? 昔はもっと居たと思うんだけど。
日和ちゃんに美沙希ちゃん。このふたり以外に、アイドルらしき影は見当たらない。小さい頃は割と賑わっていたように思うのだけど、いまはシャッター街のごとき侘しさが半端ない。逸樹のママやパパも居ないみたいだし。時計の音が目立つ。
「おめえ、何千年前の話をしているんだよ。梓乃さんはとっくに引退して子どもを産んで幸せに暮らしているよ。幸せかどうかは知らないが、あの人はもう非処女だ」
「え、結婚したんだ……。そりゃあ、するよね。梓乃さん、可愛かったし。なんだっけ……聖母倶楽部だっけ? あれのセンターだったもんね、梓乃さん!」
「ああ。だが既に非処女だ。アイドルとしても、女としても、もはや価値がない」
ため息を吐く。こいつの、女の子を測る物差しは狂ってやがる。
そう断言せざるを得ないほど、悪意に満ち満ちた偏見が蔓延っていた。ほんとにこんなのが初恋の相手かよ。もしかしたら狂っているのは、私のほうなんじゃね?
「……なんで睨むんだよ、優花。俺なんか悪いことしたか?」
「別に。『幼なじみが処女厨すぎて草ww』なんて、みじんも思っていないから」
もう一度、ため息。そりゃあ、恋も冷めるわ。視線とともに。
カ〇ヨム版6~8話でした。次回は4/25の23:15ですね。
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第4話 処女は全員惑うな
「でも、あれですよね! このご時世に新しい別のアイドル志望の方がいてくださるなんて珍しいというか、なんというか! わたしも負けていられないですっ!」
「い、いや、その。私は、ええと……」
どうしよう。私がアイドル志望だって勘違いされてしまっている。しかも、彼女のそのきらきらと眩しい笑顔が、訂正しようとする私の邪悪さを打ち消してくる。
「大丈夫ですよ! わたしはいつまでも待ちますから! 初めての場所って緊張しちゃいますよね! わたしも最初にここへ来たときは心臓ばくばくでしたから!」
「心臓ばくばく……? 美沙希ちゃんってずいぶんと渋い珍味が好物なんだね?」
「その『ばくばく』じゃないです! なんでアイドルの面接に来た人が、急に心臓の踊り食いをしないといけないんですか! ぜったい不合格じゃないですかっ」
そもそも、心臓の踊り食いってなんだ。というか、そんなアイドル志望者……不合格以前に、人間としての何かが欠落している気がするんだけど。倫理とかね。
「なんだ、美沙希。おめー、ゲテモノアイドルとしてやっていきたかったのか?」
「ち、違います! 逸樹マネージャーまで変なこと言わないでくださいよ! どこの世界に、生の心臓を貪るアイドルが居るんですかっ! ひどい発案です……」
「お。心臓だけにハツ案ってか。さすがはハツドル。もう頭角を現しているな」
「美沙希ちゃんがハツドルなら、ヒヨリはアイドルとしてやっていきたいな!」
美沙希さん、可哀想。逸樹マネージャーだけでなく、年下っぽい日和ちゃんにまでやり玉にあげられちゃって。まあ、私は蚊帳の外なんだけどね。ははっ。
「だから違いますってば! 日和ちゃんのはいままで通りじゃないですか! もういいです! お茶を汲みに行ってきます! ……それで、えっと。優花さん、でしたっけ。お茶とコーヒーでしたら、どっちがいいですか?」
「優花はコーヒーしか飲まないぞ。しかもハワイコナのエクストラファンシー以外を出すと、昭和の親父さながらのスナップで投げつけてくるから気をつけろよ?」
「ひええ……エクストラファンシーといえば、ハワイコナの最上級品じゃないですか!? そんなの、ありませんよ……! 優花さんって高級志向なんですね」
「ちょ、ちょっと、逸樹! 嘘を吐くなら、もっとリアリティのある嘘を吐きなさいよ! 美沙希ちゃん、その辺にある適当なインスタントのやつでいいから!」
思わず、逸樹マネージャーにパンチしてしまったが、このくらいならいいだろう。というか、エクストラファンシーなんて、赤い対策係しか飲まないと思うけど。
「痛ってえ。顔面パンチはやり過ぎだろ。オレが幼なじみにやさしくてよかったな! これでおめえが非処女だったら、危うく慰謝料を請求するところだったぜ」
「ごめんごめん、ついカッとなって手が出ちゃった……っていうか、日和ちゃんという少女が居る前で、非処女とか言うのやめてくれる!? 間違いなく教育に悪いよ!」
「あ、そのことなら大丈夫ですよ。ヒヨリは世のなかの13歳で最も聡明かつ高貴で、酸いも甘いも知っていますから。なんてったってアイドルJCですし」
と、彼女は意味深長な供述をしているが、明らかに悪影響だよね。逸樹の歯に衣着せぬ物言いは、無垢な少女のライフにダイレクトアタックしかねない。
「なので、優花さんが非処女だろうとそうでなかろうと、ヒヨリには何の影響もありません。そのモンスターは直接攻撃ができないんですよ、えっへん」
「まあ、そういうことだ。ちなみに美沙希は意味を知ったうえで聞き流しているぞ。アイドルと下ネタは、オレとおめえみたいに切っても切れない腐れ縁だからな」
アイドルと下ネタの関係性についてはともかく、逸樹と私の関係ならすぐにでも断ち切れると思うけど。長年患っていたはずの彼への恋も冷めちゃったし。うん。
「それよりさ、美沙希ちゃんのことなんだけど……私、アイドル志望じゃないのに変にすごく期待されちゃって気まずいんだよね。どうしたらいいんだろ?」
「あいつは前橋プロダクションいちのマシンガントーク野郎だからな。ひとつ言えば25倍になって返ってくるぜ。果たしておめえさんは美沙希の疑いを晴らせるかな?」
なんで江戸っ子口調なんだ……。美沙希ちゃんのマシンガントークに付け入る隙があれば話が変わってくるけど、いまのところ私が会話のマウントを取れることはまずないと思う。だからこそ、カミングアウトのタイミングは一度しかない。
「え、優花さんってアイドル志望じゃないんですか? そんなに可愛いのにもったいない! ソロでもやっていけるレベルだと思いますけどね、ヒヨリは!」
「そ、そうかな? あはは。容姿のことを褒めてくれるのは嬉しいけど、ソロデビューはさすがに恥ずかしいから遠慮させてもらうよ。そんな器でもないしさ」
「いやだなあ、優花さんってば。ヒヨリが言ったのは、いわゆる社交辞令ってやつですよ。家族が勝手にアイドル事務所に履歴書を送るレベルのお世辞ですねっ」
なんだこの子。黒いオーラが見える。前世はひょっとして病み落ちしたメンヘラ? 子役タレントの闇というやつだろうか。あまり触れたくはないけど。
カクヨム版9/10話でした。次回は5/9の23:15でしょうかね。
ストック次第です。頑張ります。
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