焦燥バレンタイン (野生のムジナは語彙力がない)
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第1話:始まりは騒乱とともに

バレンタインイベント、楽しかったですね!
ボリュームたっぷりで、特に本編にはあまり出てこないキャラクターたちの掘り下げが行われたのもまた良しという感じですね。最高でした!

え? なんの話かって……『epic seven』の話ですが何か?

それに対して、ダッチーは今年もバレンタインイベント(別の意味で)を作らなかったのでガッカリです。なので、代わりにこの私……ムジナ・イシュメールがバレンタインイベントを書かせていただきます。(色々と、すみません)


それでは指揮官の皆様、良い一日を……





バレンタインデー

それは、世界がちょっぴりそわそわする1日……

 

その土地根付く文化によって若干の差異はあれども、基本的には女性が男性にチョコレートを贈り、普段はなかなか伝えることの難しい感謝や親愛の心を伝えるイベントである。

 

男性にとって、この日に女性からチョコレートを貰えることは一種のステータスであり、次回のバレンタインデーまでの命運を左右する重大な1日となっている。(過剰な表現)

 

とくに意中の女性からチョコレートを貰えた場合には、それが例え本命ではなく義理チョコであろうとも、その喜びようは言うまでもなかった。

 

また送る側の女性にしてみても、これからの一生を左右するやもしれぬ大切な1日であるため……どんなチョコレートを用意するか、チョコレートを送る際にどのようなアプローチを仕掛けるかなど、なんともハラハラドキドキなものである。

 

そうして得られた結果が、例え甘いものだったとしても、はたまた苦いものだったとしても、たった1日だけのバレンタインはあっという間に過ぎ去り、次の日にはまたいつもの日常が始まるのだった。

 

世界中に浸透するバレンタインデーのそわそわとした波は、かの伝説の指揮官が率いる巨大な基地にも漏れなく普及していた。

 

それは、まるで空気感染するウィルスにも似ていた。

しかも、ウィルスは時限式である。

 

人々がその日が来たと認識したその瞬間、人の体に感染したウィルスはそわそわとした気持ちを感染者に与えた。

この日に、普段目立たないような人が急にイキリ始めたり格好付けをしたりしようとするのは、もしかしたらこのウィルスが原因なのかもしれない……

 

そして、広大な敷地面積を持つ指揮官の基地にもまた……この日の到来を察知するや否や、まるでゾンビのように覚醒し、行動を開始しようとする者がいた。

 

 

 

 

基地ーリフレッシュエリアー

 

基地の全機能が集中したコントロールエリアから少し離れた宿舎。基地で勤務するスタッフたちが寝泊まりするのに使っているその場所には、隣接するような形でリフレッシュエリアが設けられていた。

 

その名の通り、リフレッシュエリアには大浴場やジム、購買や雑貨屋、果てには小規模なゲームセンターなどといったスタッフたちの心と体をリフレッシュするためのアミューズメントが数多く設置されており、それ以外でもゆったりとした時間を過ごせる空間がいくつも存在していた。

 

そして……その中の1つ、リフレッシュエリアの1階にある空間。バイエルン風の家具を一式取り揃えた西洋風なダイニングにも似たその部屋に、地平線の先から出現した太陽がそれなりに登った頃、1人の男が姿を現した。

 

「ふ〜ん、ふふ〜ん〜〜〜♫」

 

少し長めの金髪を蓄えたその男は、白い清潔なタキシードに身を包み、下手な鼻歌を口ずさみながら壁に掛けられていた鏡へと一直線に向かう。

 

鼻歌を続けながら、金髪の男は鏡に映るもう1人の自分を見つめると……顔の角度を変えて様々な方面から鏡に映る自分を凝視した。

 

そして、自分の顔に一切の歪みがないことを確認するとニヤニヤとした笑みを浮かべた。

 

「おはようございまーす!」

 

男がナルシストに自分の顔を惚れ惚れと見つめていると、元気な挨拶と共に部屋の中に入ってくる者がいた。

 

「え!?」

 

入ってきたその少年……高橋龍馬は、タキシードを着込んだ見覚えのない男の存在に気付き、驚きの声をあげた。

 

挨拶を返すこともなく鏡に向き合っていた男だったが、龍馬の放つ疑問符を感じ取って振り返り

「よお、龍馬」

……と、軽く手を上げた。

 

「だ、誰ですか!?」

 

「ん? 分かんねぇ? 俺だよ、俺」

 

男の言葉に、龍馬はあたふたとしながらもしばらくの間、目の前に佇む金髪の男を観察し……

 

「もしかして……カルシェンさん?」

 

「当たりだぜ」

 

恐る恐る尋ねた龍馬に、カルシェンはニカッと笑った。

 

「どうだ? 今の俺、カッコイイだろ」

 

「うん! とってもカッコいい!」

 

龍馬はいつもと違うカルシェンの姿に強い関心を抱いた。カルシェンは普段は荒ぶれた感じを漂わせていたオッサンだったこともあり、きちんと身なりを整えたその姿はまるで別人のようだった。

 

カルシェンの姿に龍馬が目を輝かせていると

 

「ふわぁあ……おはようさん」

 

眠たそうな目をこすりながら、さらに1人の傭兵が部屋に入ってきた。黒いコートを着込んだ銀髪の男……ベカスだった。

 

「あ、ベカスさん! おはようございます!」

 

その姿を見るなり、龍馬は元気よく挨拶を返した。

 

「うん、その声は龍馬か」

 

半覚醒状態なのかベカスはうつらうつらとした目で龍馬を見やった。

 

「ベカスさん、見てくださいよ! ほら」

 

「え? 何を見ろって?」

 

龍馬に勧められるがまま、ベカスは虚ろな視線をカルシェンに向けた。

 

「……なっ!?」

 

その瞬間、ベカスの意識が完全に覚醒した。

驚きを隠せなかったのか、口をポカンと開け目を大きく見開いた。さらに取り出そうとしていた甘苦の入った箱がポトリと床に落ちた。

 

「大変だ! 誰か来てくれ!」

 

ベカスは血相を変えて廊下へ飛び出し、声を張り上げた。

 

「おいおい、なんだよその反応は……大袈裟だなぁ」

 

カルシェンはベカスの様子に苦笑いを浮かべた。

龍馬の時と同様に、ベカスもまた見違えたカルシェンの姿を見て驚いているのだろう。

 

2人は楽観的に捉えていたのだが、しかし……

 

 

 

「基地内に不審者が!」

 

 

 

ベカスが驚いたのは別の意味でのことだった。

 

「おい待てやコラ」

 

「は、離せ! オレの知っているカルシェンはこんなにイケメンじゃねえ! つまり、お前はカルシェンを語るニセモノだ!」

 

「どんな理論だ……この!」

 

後ろからベカスを羽交い締めにし、カルシェンは「不審者だ!」と喚き続けるその口を塞ぎにかかった。

 

「オ……オレの知ってるカルシェンを何処へやった? むさ苦しくて汚くて粗暴で乱暴なオレのカルシェンを返せ!」

 

「だから、俺がカルシェンだって! っていうかテメェ……いい気になって言いたい放題言いやがって、ベカスこの野郎!」

 

力任せではベカスの口を塞ぐことができないと判断したカルシェンは、腰に吊っていた愛用のリボルバー拳銃を引き抜いてその銃口を突きつけた。

 

「黙らねぇと俺のマグナムをぶち込んでやるからな」

 

「じょ……ジョークだよ、ブラザー♪」

 

「ったく……」

 

ベカスが抵抗を止めたのを見計らって、カルシェンはベカスの身柄を解放した。

 

「いや、すまねぇな。あまりにも見違えたもんだから本気でカルシェンが誰か別の奴に乗っ取られたのかと思った……」

 

「んなわけあるか!」

 

「まあまあ、2人とも落ち着いてよ!」

 

部屋に戻ってもなお一触即発の空気を漂わせる2人、龍馬はそんな2人をたしなめようと近づいた。

 

「でも、カルシェンさんは今日に限ってなんでそんなカッコよくなってるの?」

 

「そりゃあ、今日があの日だからに決まってるだろ」

 

首を傾げて尋ねる龍馬に、カルシェンはそう告げた。

 

「ああ、そうか……もう2月14日なのか……」

 

ベカスは甘苦を拾って妙に納得したように頷いた。

 

 

 

その時だった

 

 

 

ビーッ、ビーッ、ビーッ

 

 

 

「「「!!!」」」

 

突如として部屋中に響き渡った警報に、3人はびくりと体を震わせた。

 

 

 

『リフレッシュエリア1階にて不審者情報』

 

 

 

天井の端に設置されたスピーカーから、基地の警備担当者である機械人形……ドイルの淡々とした声が響き渡った。

 

 

 

『繰り返す! リフレッシュエリア1階にて不審者情報アリ! 直ちに全館封鎖を実施、即応チームは現場へ急行せよ』

 

 

 

「や……やべっ!」

 

状況の深刻さを察したカルシェンは素早く部屋から抜け出そうとするも、彼がドアノブを掴んだところで無情にもドアにロックがかかってしまった。

 

「クソっ、開かねぇ!」

 

「こっちもだよ!」

 

中庭へと通じる窓をガチャガチャとさせ龍馬が叫ぶ

 

「クッッッソ!!!どうしてくれんだベカス!」

 

「すまねぇ…………あうあう」

 

カルシェンはベカスの肩を掴んで勢いよく揺らした

 

「クッソーーーーーーーーーッッッ、これじゃ! 本当に俺が不審者に……」

 

顔面蒼白になったカルシェンは天井を仰ぎ見た

 

「……あっ!?」

 

その視線が、ガシャン……と窓ガラスをぶち破って室内に飛び込んできた円筒形の物体を捉えた。

 

「え?」

 

その音に反応してベカスと龍馬も床を転がる円筒状の物体に視線を向けた……いや、向けてしまった。

 

 

 

バァン!!!

 

 

 

「うわっ!?」

 

3人のすぐ近くでスタングレネードが炸裂した。

使用している炸薬の量は少なかったのか、爆発は比較的小規模なものだったのだが、カルシェンから視界と聴覚を奪うのには十分だった。

 

しかし、それで終わりではなかった。

 

「オラァ!」

 

そんな掛け声と共に部屋の片隅から、部屋の壁を破壊する鈍い轟音が鳴り響いた。たったの一撃で壁に巨大な穴を開け、そこから突入用のスレッジハンマーを所持した突撃兵を先頭に複数名の隊員が部屋の中へ素早く侵入した。

いずれも黒い戦闘服に身を包んだ完全武装である。

 

「容疑者を確認!」

 

隊員たちはベカスに掴みかかっているカルシェンの姿を目視した。

 

「ま……待ってくれ! 俺は……」

 

「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!」

 

「ぐへぇぇぇぇえッッッ!?!?!?」

突撃兵の拳がカルシェンの整った顔立ちにめり込んだ。

 

「チェストおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

「ぐはぁッッッ?!!?」

 

続いて突撃兵の放った鋭いボディーブローを受け、カルシェンは腹を抑えてうずくまった。殴られた衝撃により、所持していたリボルバーが床に落ちる。

 

「エネミーダウン!」

 

銃弾は抜かれていたのか、幸いなことにリボルバーが暴発することはなかった。落ちた銃を蹴り飛ばして突撃兵が叫ぶ

 

「犯人確保!」

 

「両手を後ろに回せ!」

 

ダウンしたカルシェンに数名の隊員が殺到した。馬乗りになって結束バンドを取り出し、黙々と後ろ手に回した腕に結束バンドをかけた。

 

「クリア!」

 

「クリア!」

 

「クリア! 一帯を確保!」

 

「ネームレスよりセクターリーダー! 容疑者確保! 状況終了、オーバー」

 

慌ただしく動き回る隊員たちを前にして、ベカスと龍馬はどうしていいのか分からずオロオロとするばかりだった。

 

「ベカス・シャーナム、ダメージリポートを」

 

「いや、オレはなんともない……だけど……」

 

隊員に無事を伝えたベカスは、そこで周囲を見回した。

 

割れた窓、大穴の空いた壁、そして気絶したカルシェン

 

 

 

「いくらなんでもやりすぎだろッッッ!!!」

 

 

 

そんなベカスの声は、虚しく部屋に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンサーガ

非公式季節イベント「焦燥バレンタイン」

第1話:始まりは騒乱とともに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不審者情報による全館封鎖が解除されてから数分後……

 

状況は!?

 

指揮官がリフレッシュエリアに到着した。

その手には護身用の拳銃が一丁握られている。

 

「せ、先生……」

 

まず最初に指揮官の目に飛び込んできたのは、今にも泣き出しそうな顔をした高橋龍馬の姿だった。

 

龍馬? どうしたの!?

 

「か、カルシェンさんが……」

 

カルシェン!? カルシェンがどうしたって!?

龍馬の言葉に、指揮官は最悪の事態を想定してギクリとなった。この時点では、まだ不審者が現れたという情報しか聞かされておらず、それ以外のことは何も知らなかったのだ。

 

「…………うぅ」

 

指揮官は龍馬に示されるがまま部屋の中を一望した

 

割れた窓ガラスと壁に空いた大穴

そして最後に、床の上で沈黙しているカルシェンの姿を目撃した。警備部隊の隊員たちはそんなカルシェンを取り囲み、どういうわけか後ろ手に回されたその両腕には結束バンドが取り付けられている。

 

これは、酷い……

 

見るも無残なその光景に、指揮官は思わず息を呑んだ。

 

一体どうしてこんなことに……?

 

「指揮官様、不審者を確保しました」

 

隊員の1人が指揮官の前へと進み出て敬礼と共にそう告げた。

 

え? どこに……?

 

「こちらです」

 

そう言って隊員は倒れたカルシェンを指差した。

 

いや、これは……カルシェンだよね?

 

指揮官は隊員を下がらせつつ、観察を行った。

元は清潔感に溢れていたはずの白いタキシードは無残にも埃まみれになり、ジェルで固めていたのであろうそのヘアスタイルも乱れに乱れていた。

 

服装的にも、なんかいつもと雰囲気が違う気がするけど……うん、やっぱりカルシェンだね。でも、どうしてこんなことに……?

 

「指揮官……」

 

突然、背後から聞こえた声に指揮官が振り返ると……そこにはとても気まずそうな顔をしたベカスの姿があった。

 

「その、実はだな……」

 

 

 

ベカスは不審者情報が誤報であることと、こうなってしまった一連の経緯を細かく説明した。足りない部分は龍馬が補足してくれた。

 

 

 

ああ、なるほど……

 

ベカスの口からことの全てを聞き終えた指揮官はそこで小さくため息をついた。ちなみに、現場にいた隊員たちはそれが誤報だと知った時点で興味をなくしたのか、あっさりとカルシェンの拘束を解き、ぞろぞろと部屋から出て行ってしまった。

 

そのため、いま部屋にいるのは床で伸びているカルシェンを含めると4人だけだった。

 

「指揮官……その、すみませんでした」

 

ベカスは非常に申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。

 

「元はと言えば、オレがカルシェンのことを変にからかったことから始まって……その、部屋をこんな風にしちまって……」

 

いや、いいよ……部屋は直せばいいだけだから

 

「そりゃそうかもしれないが……でも……」

 

うん

 

指揮官とベカスは揃って真横を流し見た。

 

「カルシェンさん! カルシェンさん! しっかりしてください!」

 

「あ〜? うるせぇな……俺は今忙しいんだよぉ、ほら……目の前の大きな川の向こうに沢山の綺麗な女たちがいて、俺のことを呼びかけてるんだ。『コッチヘコーイ、コッチへコーイ』ってな……お前も聞こえるだろう? だから俺はあの女たちに会うために川を渡らなくちゃ……」

 

「女の人の声なんて聞こえないから! あとそれ、渡っちゃダメな川だから! 目を覚ましてよカルシェンさん!」

 

何やらうわ言のようにブツブツと呟いているカルシェンのことを、龍馬は必死な様子で叩き起こそうとしていた。

 

まあ、みんな無事でなによりってことで……

 

「いや、アレはどう見ても無事じゃねーだろ」

 

苦笑いをする指揮官、ベカスは肩をすくめた。

 

ところで、なんでカルシェンは急にオシャレを?

 

「そりゃあ……今日が2月14日だからだろ」

 

そっか、今日はバレンタインデーだからね

 

「女好きのコイツのことだから……大方、この後街へ繰り出して美女でもナンパして楽しむつもりだったんだろ」

 

あはは……カルシェンらしいね

 

普段のカルシェンなら絶対にしないであろう細やかなオシャレをしていたのも、街に出て(普段の彼のことなど知る由もない)女性を誘惑するための偽装工作だったと考えると辻褄があった。

 

「女ってのは運命って言葉に弱いからなぁ〜、バレンタインの日に街で偶然出会ったイケメンってだけでも心惹かれちまうんだろ」

 

ふーん、そういうものなんだ……

 

「エイルから聞いた話によるとだな。まあ、男のオレに女心っていうのはよく分からないけどな」

 

……去年、思いっきり女性になってたくせに?

 

「くっ……それは、あんまり言わないでくれ……」

 

そう言ってベカスは、ひと昔前にあった黒歴史……嫌なことを忘れようとするかのように自分のこめかみ部分を軽く押さえた。

 

ふわぁ……

その時、指揮官は大きな欠伸を1つした。

 

「なんだ指揮官、寝不足か?」

 

うん、ちょっと忙しくてね

 

「オイオイ……指揮官、自分の体のことは自分でしっかり管理しろよ? ここを仕切っているアンタにはしっかりしてもらわないと困るぜ?」

 

いや、特に忙しいのは昨日だけだったから大丈夫

 

「そうか……まあ、なんにせよお大事にな」

 

ありがと

 

ベカスの言葉に、指揮官は小さく頷いた。

 

「先生! ベカスさん! 見てないでカルシェンさんを起こすの、手伝って下さい!」

 

そうして、今にも三途の川を渡りそうになっているカルシェンのことを3人がかりで起こしにかかった。

 

起きて!

指揮官はカルシェンの肩をしきりに叩いた。

 

「起きろよ」

ベカスはバケツに水を汲み、中の水をカルシェンの体へ叩きつけるようにかけた。

 

「起きてー!」(バチバチバチ……)

龍馬は自らの体から生成される電流を放った。

 

指揮官はともかく、後者2名は明らかにやりすぎである。

 

「うぅ……ここは?」

 

しかし、その甲斐あってかカルシェンはようやく目を覚ますことができた。しかし、まだ状況がよく分かっていないのか、うめき声をあげながらキョロキョロと辺りを見回している。

 

「カルシェンさん、大丈夫ですか?」

 

「あれ……? 女はどこに行った?」

 

「最初からいないよ……」

 

カルシェンを無事を確認して、3人はホッとため息をついた。

指揮官たちのそんな様子にしばらくの間、疑問符を浮かべていたカルシェンだったが、すぐさま何かを思い出したかのように「あ!」と突然大声をあげた。

 

「ベカス、今何時だ?」

 

「え? ああ……もうすぐ9時だな」

 

ベカスは自分の腕時計を確認してそう告げた。

 

「やべっ! デートに遅刻しちまう!」

 

デート?

カルシェンの口から飛び出してきた言葉に、3人は同時にオウム返しをした。

 

 

 

カルシェンの話をまとめるとこうだった。

 

彼は去年、誰からもチョコレートを貰うことができなかったと語った。元々はルックス的にも女性受けする方だったので、今までは街で適当に知り合った女性やナンパした基地の女性スタッフから毎年のようにチョコレートを貰っていたそうなのだが、去年は長年にわたる彼の粗暴な態度が影響したのか誰からもチョコレートを貰うことができなかったという……

生まれてからはじめてのチョコゼロ。その時味わった絶望感は彼の中に深い悲しみを与えてしまったようで、彼はこの1年ずっと惨めさと肩身の狭さを感じながら過ごしてきたのだという。

なので、今年は例年どおりチョコレートを貰えるよう数ヶ月前からちょくちょく街へ繰り出しては、片っ端から女性をナンパして準備を進め、今日はそのうちの何名かとデートをする約束を取り付けたのだという。

 

 

 

「カルシェンさん……」

 

要するに、チョコレートを貰うためだけに女性の方とお付き合いしてるってこと? なんか……不純だなぁ……

 

「しかも、掛け持ちって……お前なぁ」

 

3人は哀れむような目でカルシェンを見つめた。

 

「うるせぇな! このリア充ども!」

 

あのさ……

 

睨みつけるカルシェンに、指揮官は小さくため息を吐いてからそう切り出した。

 

「あ? なんだよ、指揮官」

 

わざわざそんなことをしなくても、そんなに欲しいんだったらいっそのことスタッフの誰かに頼んでみても良かったんじゃない? カルシェンの……その、性格をよく知っていてもくれそうな人とかに……

 

「例えば、誰がいるんだ?」

 

ん……ミドリとかどう? 優しいし、料理も上手みたいだから本命とまではいかなくても義理チョコくらいは……

 

「ミドリ? はぁん、嫌だね! あんな腹黒女からチョコレートを貰うなんて死んでもごめんだ! っていうか何か盛られたらどーすんだよ!」

 

そ……そこまで言わなくても……

 

指揮官はカルシェンのミドリに対する評価が気になるとともに、何か思うところがあるのかと心配になった。

 

「どうだ? 他に俺にチョコレートをくれそうな女はいるか?」

 

えーっと、フリーズとか……

 

「指揮官、お前なぁ……」

 

その名前を出した指揮官を、カルシェンは呆れ顔で見つめた。

 

「指揮官、ウチの隊長からチョコレートを貰うのはかなり至難の技だぜ? いや、運良く貰えたとしても……いや、なんでもない」

 

フリーズが駄目なその理由を説明し出したベカスだったが、その途中で何かを思い出してしまったのか、突然押し黙ってしまった。

遠くを見つめるベカスの瞳は、どこか空虚だった。

 

駄目なの? というか、選り好みしてちゃ……

 

「おっと、もう行かなくちゃな」

 

指揮官の指摘を遮るかのように、カルシェンはそう言ってササっと立ち上がった。

 

「それじゃあ、俺は今日という日を楽しんでくるからよ! じゃーなーーーーー!」

 

あっ……待って……!

 

慌ててカルシェンのことを止めようとした指揮官だったが、カルシェンは一切耳を貸すことなく一目散に部屋から出て行ってしまった。

 

「カルシェンさん、大丈夫でしょうか?」

 

「いや、無理だろ」

 

心配そうに扉の向こうを見つめる龍馬に、ベカスは肩をすくめてそう告げた。

 

……うん、そうだよね

 

なぜなら、カルシェンの服装は乱れに乱れていた。タキシードはゴミの粒だらけ、生地が白いだけあって汚れは嫌でも目に付いた他に、水でべったりと濡れていた。また、金髪は龍馬の放った電撃でチリチリに焦げ、アフロにも似た状態になっており、さらに顔の部分……突入した隊員に殴られた箇所は酷い痣になっていた。

 

とてもデートなどできる状態ではなく……そして、チョコレートを前に浮き足立っている彼がそのことに気づいている様子はなかった。

 

「バカな奴……」

 

ベカスは深いため息を吐いて甘苦を咥えた。

 

 

 

余談だが、街に到着したカルシェンのデートが上手くいくはずもなく。それ以前に、同時に複数名とデートの約束をしていたことは事前にバレており、待ち合わせていた待ち構えていた女性たちから袋叩きにあうことになるのだが……それはまた別のお話

 

なお、以降……本作品内では回想を除いてカルシェンの出番が来ることはないことをここに誓う。

 

 

 

そういえば2人とも、今日は誰かからチョコレートを貰う予定とかある?

 

指揮官はベカスと龍馬を見て、そう尋ねた。

 

「そうだな……エイルのやつは毎年必ずくれるから確定として、葵博士は今日に限って出払ってていないから怪しい……あとは、アイリとかからぐらいかな」

 

アイリって、スロカイ様のこと?

 

「よく分かったな指揮官。実は前に……あいつ、気まぐれか何かでヤバイチョコレートを送ってきてくれたことがあってだな……」

 

そう言ってベカスはまた遠い目をした。

 

「僕は毎年お姉ちゃんから貰ってるよ!」

 

龍馬は手を上げて意気揚々とそう答えた。

龍馬の姉……高橋夏美は、クリスマスの時は高橋工業の立て直しで日ノ丸を離れられず、兄妹別々でクリスマスの夜を過ごすことになったものの……現在は激務もひと段落して、夏美もこっちに戻ってきている。

 

そっか、いいね。

指揮官は2人の言葉に小さく微笑んだ。

 

「それで、そう言う先生はどうなの?」

 

え?

 

「そうだ。誰から貰う予定なのか、お前も話して貰うぜ? 指揮官」

 

龍馬はニコニコと、ベカスはニヤニヤとした表情で指揮官に詰め寄った。偶然か否か、指揮官の退路を塞ぐ形となっているため、ごまかして切り抜けることは不可能だった。

 

それは……

 

期待に満ちた表情を浮かべる2人

指揮官が口を開いた時だった……

 

『指揮官、これ聞いてるー?』

 

天井の隅に配置されていたスピーカーから指揮官を呼ぶ声が響き渡った。それは、やる気のなさそうなのんびりとした声だった。

 

……シェロン?

 

その口調と声色から、指揮官はそれがシェロンの声であることに気づいた。

 

『まあ、聞いてても聞いてなくても別にどっちでもいっか……指揮官、休憩はもう終わり。みんな待ってるってさ! 大至急、仕事に戻ってー』

 

それだけ言って、シェロンの声はプツリと途絶えた。

 

……残念。というわけだから、もう行くね

 

「ちぃ……仕事なら仕方ないかー」

 

「むー、聞きたかったなー」

 

ベカスと龍馬は非常に残念そうな顔をしながらも、流石に指揮官の業務を邪魔する訳にもいかず、脇に退いて道を開けることにした。

 

ごめん、それじゃあ2人とも……良い1日を

 

そう言って、指揮官は部屋から退出した。

残された2人はそれからしばらく、雑談に花を咲かせて時間を潰していたのだが、小一時間ほど経ったところで「そろそろ、お仕事に行かなくちゃ」とインターンシップでの仕事を理由に部屋から退出した。

 

「ふーむ」

 

龍馬を見送った後、特にやることもなくなったベカスは、手持ち無沙汰を紛らわせようと甘苦をしゃぶりつつ、甘苦の箱を手の中で弄んでいた。

 

 

 

『この日に女からチョコレートを貰えることは一種のステータスになるのさ!』

『だから、チョコレートを貰えなかった奴は負け犬なんだよぉ!』

『分かるか? 惨めな気持ちで一年を過ごす気持ちが』

 

 

 

「ステータスねぇ……」

 

そこでふと、ベカスはカルシェンの言っていたことを思い出した。ベカスにとってバレンタインというのはどうでもいいイベントの1つであるため淡々と聞き流そうと思っていたのだが、つらつらと悲しみを語るカルシェンの言葉は嫌でも彼の耳に入ってきた。

そもそも、ベカスはカルシェンの気持ちが全く分からないというわけでもなかったため、聞いていてとても不憫に思えた。

 

「まあ、オレには関係ないな」

 

たかがチョコレートの1つや2つ、貰えたり貰えなかったりでそんな……人が変わるわけでもあるまいし。そんなことを考えながら、ベカスは椅子から立ち上がった。

 

「……エイルは、今どこかな〜?」

 

そうして、余裕たっぷりにな様子でチョコレートを求めて部屋から退出するのだった。

 

 

 

しかし、ベカスは知らなかった。

 

 

 

この後、彼に……いや、彼らに訪れる悲劇を

 

 

 

バレンタインデー特有の負の感情は……

 

 

 

ウィルスのように人から人へと伝染する。

 

 

 

彼らが、その事実に気づくまで……あと数時間

 

 

 

第1話:「始まりは騒乱と共に」ー了ー

第2話:「男たちのレクイエム」へ続く




言い忘れていましたが、本作は前作『12の月の小夜曲』の続きとなっております。前作を見ていない方はそちらの方もチェックしていただけるとありがたいです!

あと、指揮官様のセリフですが……あえて「」をつけていません。なるべく多くの指揮官様が指揮官様になりきって頂けるよう、ここはあくまでも指揮官様がこういうことを言ったということの説明でもあります。読みづらいとは思いますが……

では、また次回、お会いしましょう。


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第2話:消えたバレンタイン!?

2話でまとめられなかったので3話に続きます。

あと、すみません先に謝らせていただきます。
「本物のバレンタインイベを書く」ってどこかで言いましたが、ぶっちゃけ面白さに自信はありません。すっごい大口叩いちゃったなと後悔しております。

指揮官様がそれでも読みたいと思うのであれば、では……続きをどうぞ


バレンタインデー当日。チョコレートを貰うべく、ベカスがグニエーヴルを探して基地の中を歩き回っている、その一方で……

 

 

 

基地ーダイニングホールー

 

宿舎の近くには、基地で働くスタッフのために作られたダイニングホール……いわゆる、食事処があった。

一度に100人を超える基地のスタッフが同時に食事を摂ってもまだ椅子に余裕のあるその場所は、デパートやショッピングセンターの中に設置されたフードコートを思わせるような広々とした空間だった。

最も、基地の中ということもあり料理を提供するテナントはたった1つしかなく、一般的なフードコートと比較すると単調で素っ気ないように見られた。

だが、素っ気ないその見た目に反して提供される料理のバラエティは無駄に豊富で、頼めばメニューにはないマイナーな郷土料理さえ提供されるほどだった。

 

ダイニングホールの一角……壁に面した一等席に、少し早めの昼食を摂っているグループがいた。それは、まだ少年と呼んでも過言ではない若い顔立ちの3人組だった。

 

100人が同時に食事をすることができるほどの広い空間を擁しているとはいえ、そもそも基地のスタッフは常駐のものだけでもその倍近く存在している。そのため、完全なお昼時になってしまえば混雑は免れず、万が一にでも混雑に巻き込まれてしまえば、午後の職務に支障をきたす恐れもあった。

それを避けるため、賢い3人組は早めの昼食を摂ることを選択していた。なお、その甲斐あってダイニングホールはガラ空きの状態であり、3人はのんびりと食事を楽しむことができた。

 

「そういえば、今日はバレンタインデーか」

 

3人組のうちの1人、青髪の少年……アルトは壁にかかった大型のテレビから流れるバラエティ番組を見て誰に言うでもなく呟いた。

番組の中では、この日に誰とどのように過ごすのか? もしくはチョコレートを渡すのか? ……について街角調査の結果が発表されていた。

 

「ん? そうか……もうそんな季節か……」

 

上手な箸捌きで基地の名物である『たぬきうどん(並盛り)』を啜っていた少年、グルミがそれに反応した。

 

「お、君もそう思うかい? 実は僕もなんだ」

 

アルトはフォークに刺したウィンナーを小さく振って、グルミの言葉に同意見だということを示した。

 

「何というか、時間が経つのが早く感じるよね? ここに来たばっかりの頃は、色んなことがありすぎて1日が長く感じたけど、今ではそれがつい昨日のことのように思えるよ」

 

「フッ……そうだな」

 

アルトの言葉に、グルミは小さく笑った。

 

「そういえば、歳を取ると時間が経つのが早く感じるようになると聞いたことがある。もしかしたら、それが影響しているのかもな」

 

「そっか……じゃあ、僕らももう若くはないんだね」

 

「いやいや、アンタら……何言ってるんだよ」

 

2人の導き出したその結論に、今まで黙々と魚料理を食べていたもう1人の少年……佐伯楓がようやく口を開いた。

ちなみに、本来なら箸の存在すら知らないはずのグルミに箸の使い方を教えたのは佐伯である。

 

「この中で1番歳下なオレからしてみても、アンタらはまだ十分に若いよ。というか、何だよこの会話……まるで、現役の頃と比べて疲れやすくなったのを実感してそこで初めて自分が老いたなって気づいた中年男性みたいな会話じゃないか……」

 

佐伯はため息混じりにそう告げた。

 

「あはは、やけに具体的だね!」

 

「面白い例えだな」

 

淡々とした佐伯のツッコミに苦笑いを浮かべた2人だったが、グルミはふと何か気になることでもあると言いたげに「ん……?」と、唇に手を置いた。

 

「そういえば佐伯、聞いていて1つ思ったことがあるんだが?」

 

「ん? 何?」

 

「お前、この中で1番歳下なのか?」

 

「え?」

 

グルミの言葉に、佐伯は疑問符を浮かべた。

 

「え、でもだってオレ……まだ学生だしてっきりそうだとばかり、え? というか、2人って今何歳なんだ?」

 

「え?」

「あれ?」

 

佐伯の言葉に、今度は2人が疑問符を浮かべる番だった。

「…………」

「…………」

それから、2人は無言で何かを考え始めた。

 

「なあ、アンタらまさか……」

 

「……違うからな」

「そ、そう! まさか自分の歳を忘れてしまったなんて、そんなことあるわけないよ!」

「……そうだな、あるわけがない」

 

グルミとアルトは口を揃えてそう告げた

「…………」

しかし、自身がないのか2人とも少しだけ無言だった。

 

「い……一応、酒場に入れる年齢だったとは……」

 

「アルト、あそこはもう酒場じゃない……喫茶店だ」

 

「あ、そうだった!」

 

そこでアルトは口を噤んだ。

代わりにグルミが話し始める。

 

「まあいい、それで……俺たちは喫茶店がまだ酒場だった頃には、今で言うところの『黄色い飲み物』つまりビールを飲んでいた筈だ。で、佐伯……お前は……?」

 

「お、オレはソーダだ! ノンアルコール! 学生が飲んでもいい飲み物!」

 

「そうか?だが、あんたらのところの……水原って言ったか? この前、佐伯が飲んでいたものと同じ飲み物を飲んでいるのを見かけたが、酷く泥酔していたような気がし……」

 

 

 

(ビ〜ル〜、泡〜〜〜えへへへぇ〜〜〜)

 

 

 

「そ……それは違う! あれは……そう、プラシーボ効果(思い込み)だ! というか、あの人がそんな飲酒だなんてするはず……とにかく、オレたちはまだ未成年の学生で……」

 

「というか、佐伯は今……何年生なの?」

 

慌てる佐伯に、アルトは小さく尋ねた。

 

「え? ああ、確かプロフィールでは……」

 

「それって、A.D.何年のプロフィール?」

 

「…………」

 

佐伯はそこで押し黙ってしまった。

それにより、ダイニングホールは不気味な静寂に包まれてしまった。周囲に漂う気まずい雰囲気に、3人はなんとも言えない表情を浮かべた。

 

「もう、いいだろ」

 

「そ、そうだね」

 

「この話はもうこれくらいにして、何か飲むか」

 

そう言って深く考えることを諦めたグルミ、アルト、佐伯の3人は気分を変えるために飲み物を確保するべく席を立った。

 

 

 

(とまあ、こんな感じにあやふや解釈でメタ発言も多数盛り込まれている本作ですが、温かい目でどうかご容赦ください。時系列も若干無視しております)作者より

 

 

 

それから約1分ほどでダイニングホールの隅からそれぞれ飲み物を持ってきた3人は、何食わぬ顔をして同じ席に座り、飲み物に口をつけた。

 

ちなみに、かつてアルトは特殊部隊の兵士だったのだが、パクチーにボコボコにされ色々あって現在は賞金ハンターとして活躍している。

 

グルミは元々、とあるヤバイ姉がいる国の王子だったのだが、現在は足の臭い女船長がやっている海賊団の一等航海士として活躍している。

 

それに対し、佐伯は日ノ丸最大の学園とも称されるA.C.E.学園の生徒である。まだ学生であるがゆえに、ここへは高橋龍馬と同じくインターンシップとして派遣されている。つまり、ただの民間人

 

所属する国も違えば立場も真逆なこの3人だったが、ひょんなことから短期で働くことが決まったこの基地で偶然出会い、歳も近かったためか瞬く間に意気投合し、気がつけば食事を共にしたり、時には仲良く遊びに出かけたりする間柄となっていた。

 

「そういえば、どうしてこんな話の流れになったんだ?」

 

沢山の果実を組み合わせて作った、その名もミラクルジュースを口にして、グルミはふと思ったことを口にした。

 

「確か……歳を取ったとか、そういう話だったよね」

 

アルトはブレドンコーヒーを、湯気とともに放たれる芳醇な香りを楽しみながらそのことを口にした。

 

「いや、その前に何かなかったか? そう、歳を取ったっていう話になるキッカケのようなものが……」

 

佐伯はそう言いつつ、熱々の巌流茶を冷ましている。

 

その時、付けっ放しになっていたテレビが映し出していたバラエティ番組はいつのまにかエンドロールに入っており、それが終わるとテレビは次にニュース番組を映し出した。

 

番組では、しばらく世界各地の紛争や株取引に関する報道していたのだが、それらが終わると突然雰囲気が明るくなり、地方のバレンタイン特需の報道を始めた。

 

「「「あ」」」

 

そして3人は、今日がバレンタインだということを思い出した。

 

「そういえばそうだったね!」

 

事の経緯を思い出したアルトは、気を取り直して続けた。

 

「ところで、グルミは誰かからチョコレートを貰う予定ってあったりする?」

 

「なんで、俺にそんな事を聞くんだ?」

 

「いや、なんでってその……」

 

アルトの質問を、グルミは挑戦的な視線とともに質問で返した。その瞬間、アルトはギクリとしたように体を震わせた。

 

「フッ、相変わらずアルトは分かりやすいな」

 

そんなアルトの様子を見て、グルミはニヤリと笑った。

 

「ああ、そういうことか」

 

つられるようにして、佐伯も小さく笑う。

 

「わ……分かりやすいって、それに2人してそんな笑うなんて! ば、馬鹿にしないでよ!」

 

「ああ、いや……馬鹿になんてしてないさ」

 

「そうだな、むしろ微笑ましいというか何というか」

 

照れるアルトに、2人は畳み掛けるように笑った。

アルトは「うう……」と唇を噛んだ。

 

「そうだな。安心しろアルト、俺はシャロからチョコレートを貰うつもりはない。というか、貰えない……貰ったら貰ったで状況が危うくなるだけだからな……」

 

「ああ、そうだったね……」

 

「そういえば……」

 

チョコレートを貰わないというグルミの言葉に、その理由についての心当たりがあるのかアルトと佐伯は納得したように頷いた。

 

「そうだ。あの人たちは、俺がいらないって言っても無理矢理(チョコレートを)くれるだろうし……それに、邪魔者は全力で排除しに来るだろうから……シャロの安否を考えると遠慮した方が良さそうだ」

 

グルミは執念深い姉の作る愛情(・・)がこもったチョコレートと、船長の作るゲテモノチョコレートの味を思い出して震えた。2人とも、毎年のようにそれを無理矢理食べさせに来るのだ。

 

「あははは……そう、今年も……」

そこで、彼の瞳は光を失った。

 

「き、気をしっかり持って!」

 

「何かあったら連絡してくれ、必ず助けに行くから!」

 

そんなグルミに、2人はしっかりフォローを入れた。

恋愛についてちょっとした対立がありつつも、3人は互いに力を認め合い、その境遇を理解し励まし合える、良き友人関係にあると言えた。

 

「ありがとう、2人とも……」

 

そんな2人の友情に支えられて、グルミは正気を取り戻すことができた。

特に、海賊に入る前は塔の中に(ヤバイ姉のせいで)幽閉されていたグルミにとって、2人は初めてできた歳の近い友人であり、親友とも呼べる存在であった。

 

なんでも気兼ねなく話せるようになり、グルミは自分でも最近、よく笑うようになってきたなと自覚するまでになっていた。

 

「そういえば佐伯はどうなの?」

 

「俺? 俺は……まあ、遥あたりから貰えたらいいなーって……」

 

「そっか、貰えるといいね!」

 

(本当にありがとう、2人共……)

屈託の無い笑みを浮かべるアルトと、少しだけ照れた様子をみせる佐伯。そんな2人を見て、グルミは2人に感謝の念を抱くのだった。

 

そして、もう1人……

 

(ありがとう)

今、この場にはいない人物を……自分と、自分のことを理解してくれるこの2人とを引き合わせてくれた恩人(・・)に対して、グルミは感謝の言葉を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンサーガ

非公式季節イベント「焦燥バレンタイン」

第2話:忘れられたバレンタイン!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベカスは、廊下の奥に見知った人影を見つけた。

 

「エイル、みーっけ」

 

医務室の扉を開けて出てきたグニエーヴルを見て、ベカスは軽い口調でそう呟いた。そこで腕時計を確認すると、龍馬と別れてから1時間以上が経過していた。

今日は非番で暇だったこともあり、ベカスはグニエーヴルを探して今まで広い基地の中を歩き回っていたということになる。

 

(何やってるんだろうな、オレ……)

 

ベカスは少しだけ、自分のやっていることにセルフドン引きしつつも「いや、オレはただ話し相手が欲しかっただけなんだ」と言い聞かせてグニエーヴルの接近を待った。

 

そして、偶然出くわした風を装って彼女へと近寄った。

 

「よお、エイル」

 

「あ、ベカス」

 

ベカスはいつものような口調で話しかけた。

すると、グニエーヴルもいつもと同じ調子で返事をした。

 

(いきなり本題を出すのもアレだしな……)

 

自分のやっている事の厚かましさを感じたベカスは、まずは外堀から埋めていくことにした。

 

「エイルは今、何してるんだ?」

 

「あ、はい。今は医薬品の補充と古くなったものの廃棄作業を行なっています。それが終わったら、ここのスタッフ100名分の健康診断書のチェックと、今度は注射器やマスクなどといった備品の管理と不足部の購入申請の手続きを行って、その次は午後の予約に対応する為の……」

 

「おぉ……凄いな、そんなに……?」

 

「いえ、今日はこれでも少ないくらいです」

 

「そうなのか……」

 

ベカスは軽く驚いた様子を見せつつも、どのタイミングで切り出そうかと見計らっていた。

 

「ベカスは今、何をしているんですか?」

 

「オレは……今日は非番で暇なんだ」

 

「そうですか。なら、今のうちにゆっくりと休んでいてくださいね? 休める時に休まないと、後から動けなくなっても知りませんよ?」

 

「いやー、そうしたいのは山々だけどさぁー……もう暇で暇で仕方なくて、そっちは忙しいみたいだし、よければ手伝おうか?」

 

親しい仲だからこそ見せるベカスの軽い言葉遣いに、グニエーヴルは慎ましげに笑った。

 

「ベカス、お気遣いありがとうございます。でも、この仕事は自分1人に与えられた仕事です。与えられた役割を一つ一つ、しっかりとこなしてこその医者なので、ですからそのお気持ちだけで十分です」

 

グニエーヴルの瞳には力強いものが宿っていた。

それを見たベカスは「そうか」と、静かに頷いた。

 

「医者としての矜持ってことかな? まあ、よくよく考えたら……オレは薬の種類とか保管方法とか、とにかくそういう知識は全然なかったことを思い出したよ」

 

「個人情報保護の観点から、健康診断書やカルテのチェックとかもダメですからね」

 

「はは……力になれなくて悪いな」

 

「いえ、医者としてあなたの元気な姿を見られただけでも大変良かったと思っています。今日はゆっくり休んでくださいね、それでは……」

 

「ああ、頑張れよ」

 

お互いにエールを送りあって、2人はそのまま廊下をすれ違った。

 

(あれ……?)

 

それから2、3歩ほど歩いたところで、ベカスは自分の中に流れる違和感に気づいた。こんなはずじゃなかったような気が……

 

 

 

『だから、チョコレートを貰えなかった奴は、負け犬なんだよぉ!』

 

 

 

「あ」

ベカスの脳裏にカルシェンの言葉が蘇った。

 

「え、エイル!」

 

慌てて振り返り、グニエーヴルを呼び止める。

 

「はい?」

 

呼び止められ、反射的に振り返ったグニエーヴルは不思議そうな表情でベカスを見つめた。

 

「今日って、何月の何日だっけ?」

 

咄嗟に、ベカスはそこまで言って……

(あ、やっちまった!)と、心の中で絶叫した。

 

(こ、これじゃあ……まるでオレがカルシェンみたいにチョコレートを待ち望んでいるみたいじゃねーか!)

 

それは実際その通りなのだが、思わず漏らしてしまった本音に、ベカスは強烈な焦りを覚えた。

 

「今日は、えっと……2月14日ですね」

 

グニエーヴルは手元の資料に記された日付を見て、ベカスにそう伝えた。

 

(こうなったらもうやるしかねえ!)

 

今の質問で自分の意図を感づかれたのは間違いないだろう、ここまで来ると攻めるしかない! ……そんなことを考えながら、ベカスはご自慢のポーカーフェイスを一切乱すことなく

 

「今日って何の日だっけ〜?」

 

グニエーヴルに対し、核心に迫る質問を投げかけた。

 

「え?」

グニエーヴルは疑問符を浮かべた。

 

「い、いやほら……オレ、前に売り子としてバイトしたことあるし、でも今年はやらなくていいのかなーって思ってさ、暇で」(例の着ぐるみの件)

 

 

 

「えっと……今日、何かありましたっけ?」

 

 

 

「…………え」

グニエーヴルの口からその言葉が飛び出した瞬間、ベカスは全身が凍りつくような感覚に苛まれた。

 

「え?」

 

「…………え!?」

 

ベカスは訳も分からずグニエーヴルを見つめた。

 

「もう、ベカスったら……ふふっ、おかしな人ですね」

 

「そ……そうかな、はは……オレ、おかしいのかも」

 

グニエーヴルの微笑みに、ベカスは反射的に微笑み返す

 

「それでは、またお会いしましょう」

 

「ああ、それじゃあ…………また」

 

ベカスはこちらに背を向けて廊下の奥へと消えていくグニエーヴルの姿を、ただただ見送ることしかできなかった。

 

「そ、そんな……」

 

やがてグニエーヴルの姿が完全に見えなくなると、ベカスはまるで全身から力が抜けてしまったかのように勢いよく廊下に両膝をついてしまった。

 

冷たい風がベカスの横を通り過ぎて行った。

 

(まさかグニエーヴルの奴、今日がバレンタインデーだってこと忘れているんじゃ……いや、そんなことよりも!)

 

「ハハッ!」

 

廊下に何者かのそんな嘲笑が響き渡った。

 

「だ、誰だ!?」

 

ベカスは声の聞こえてくる方向……自身の背後を素早く振り返った。そこには、フォーマルな黒いスーツを身につけた屈強な男が佇んでいた。

 

「お前は……ウッド!?」

 

それは合衆国出身の軍人……ウッドだった。

 

「無様だな、ベカス!」

 

「何がだ?」

 

ベカスの問いに、ウッドは「愚問だな」とばかりにニヤリと笑った。

 

「グニエーヴルさんから、チョコレートを貰えなくて」

 

「ぐっ……!?」

 

その言葉に、ベカスは少なからずダメージを受けた。

 

「おっと、とぼけても無駄だ。貴様の狙いがグニエーヴルさんからのバレンタインチョコだということは、貴様のグニエーヴルさんの不自然な会話の流れからハッキリと断定することができた」

 

ウッドは嬉々として声高々に続ける。

 

「貴様の意図はバレバレなんだよ。この俺にも分かったようにな……それはつまり、グニエーヴルさんにも貴様の意図はハッキリと伝わっているということ! であるにも関わらず、グニエーヴルさんは貴様を邪険に扱った」

 

邪険に……その言葉がベカスをさらに苦しめた。

 

「これが意味することはたった1つ! 最初から、グニエーヴルさんは貴様にチョコレートを渡す気はなかったということだ!」

 

「そ……そんな、でも……」

 

反論しかけて、そこでベカスはカルシェンの例を思い出して震えた。

 

「前回以降のバレンタインデーでは貰えたのに……とでも言いたいのか? ベカスよ、残念ながら人というものは良くも悪くも変わるものだ」

 

それまでは普通にチョコレートを貰えていたカルシェンが、ある日を境に突然チョコレートを貰えなくなるという現象。

彼はその理由を、長年に渡る粗暴な態度が影響してしまったのではないのかと推測していた。そのパターンがこの場面にも適用されるとしたら……それはつまり、ベカスが……

 

「つまり……貴様はグニエーヴルさんから、飽きられてしまったということになるな」

 

「あ……飽き……!?」

 

その言葉に、ベカスはショックを受けた。

 

「だ、だが! オレがバレンタイン云々の話を切り出す前は、普通にオレとの会話に応じてくれたし。それに、エイルのやつ全然嫌そうな顔をしていなかったし……」

 

「社交辞令」

 

「ぐっ!?」

 

ベカスの心がさらに抉られる。

 

「まだ分からないのか? ベカス、長年に渡る貴様のクソムーブに対して、グニエーヴルさんはついに愛想を尽かしてしまったのだろう」

 

「そ、そんな……」

 

ライフがゼロになったベカスには、最早顔を上げるだけの力すら失われてしまった。orz……そのような形で、愕然とショックを受けている。

 

「完全敗北だな、ベカス!」

 

床にうずくまるベカスを、ウッドは冷ややかな視線で見下ろした。

 

「そこで、俺の出番だ」

 

ウッドは力強く右腕を上げた。

 

「この時を待っていた! グニエーヴルさんの心が完全に貴様から離れた今、俺とグニエーヴルさんの仲を阻むものは何一つとして存在しない!」

 

「な……なに……!?」

その言葉を聞いて、ベカスは内心居ても立っても居られなくなってしまった。脱力している体を無理矢理言い聞かせて、なんとか顔を上げる。

 

「メイクと服装に異常はなし、導入の天気デッキも問題なし、こんな時のためのシミュレーションも完璧。ククク……バレンタインチョコも! グニエーヴルさんの心も! 全て俺のものだ!」

 

そうして、ウッドはベカスの脇を通り抜けて、グニエーヴルが消えていった通路の奥に向かって歩き始めた。

 

「ま……待て……ッ」

 

少しだけ体の力を取り戻したベカスはズルズルと床の上を這うようにして、ウッドの姿を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

数分後……

 

 

 

「なぜだーーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!」

 

 

 

ベカスは角を曲がった先から響き渡る、そんな絶叫を耳にした。

 

相変わらず床を這いながら角を曲がると……そこにはつい先ほどのベカスと同様、地面に両膝をついてorzの姿勢でショックを受けているウッドの姿があった。

当然のことながら、ウッドの周囲にチョコレートらしき物体は落ちていない。

 

それを見て、ベカスはニヤリと笑った。

 

「お……俺の完璧な計画が……何十回、何百回とシミュレーションを繰り返したにも関わらず、全くの脈なしだと? くっ……どういうことなんだ!? 一体何がッ!? 俺に足りないというのだ!?」

 

ウッドは真っ青な顔をして何やらブツブツと呟いている。

 

「『好き』の反対は『嫌い』ではなく『興味がない』であるという話は聞いたことがある……彼女が俺を嫌う理由はないし、会話に応じてくれた時点で興味がないということはないはず……その言葉に間違いはないはずだ、しかし、ここまで軽くあしらわれてしまうとは一体……? ハッ!? まさか、この俺やベカスの他に彼女の心を魅了した別の男が……?」

 

「ぶ、無様だな……ウッド」

 

少しだけ気が軽くなったベカスは、中腰の姿勢でウッドの側へ近寄った。

 

「ど、どの口が……わざわざこの俺を笑いに来たのか?」

 

「それもあるが……なあ、何かおかしくないか?」

 

そう言って、ベカスはまるでスクラムを組むかのようにウッドの肩を掴んだ。それから顔を近づけ至近距離での会話を始めた。

 

「さっき龍馬から聞いた話によると、近年はバレンタインデーにチョコレートを渡す女の数が減ってきているっていう統計があるらしい……」

 

「な、なんだと!? して、龍馬くんが言っていたその統計情報のソースはどこなのだ……!?」

 

「『め◯ましテレビ』だそうだ」

 

「なんと!『め◯テレ』だと! なるほど……街頭調査を徹底しているあの番組の情報は、確かに信頼に値する……」

 

ウッドは苦しそうに頷いた。

 

「ああ、だからオレ……最初はエイルのやつも今年はそういう方針にしたとばかり思っていた。だが、何かがおかしい……」

 

「と言うと?」

ウッドはベカスのことをチラリと見た。

 

「これは俺のカンだが……エイルのやつ、今日がバレンタインデーだってことを完全に忘れてるんじゃないのか?」

 

「ば、馬鹿な……いくら世界的にバレンタインデーが下火になりつつあると言っても、世間では未だバレンタインデームードに溢れているのだぞ! それにも関わらず、バレンタインデーを忘れるということは、それは即ちクリスマスの日にクリスマスのことを忘れるも同然だ! しかし、それはあり得ないぞ、なにせこの俺ですら戦地でクリスマスパーティーを開いたこともあるくらいだからな」

 

「……い、言いたいことは色々あるが、とにかく確証はねえ。だが……いや……なんだか、今日のグニエーヴルは俺が知っている普段のエイルとは違う気がするんだ」

 

「ベカス……!? それはどういうことだ?」

 

「いや、分からねえ。ただ、一つ言えることがある」

 

ウッドの視線がベカスに集中する。

そうして、ベカスはゆっくり言葉を続けた。

 

 

 

「何かが……起きている。オレたちが知らないところで、オレたちの知らない、何かが……」

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「はい、グニエーヴルです」

 

『…………』

 

「はい、本日はお誘いいただきありがとうございます」

 

『…………?』

 

「ええ、こちらは仕事を完遂させ次第……すぐそちらへ向かいたいと思います。いえ、お手伝いの方は無用ですので」

 

『…………』

 

「はい。ですので……先に下準備の方をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか? それと、例の物の処分も……」

 

『…………?』

 

「ええ、つい先ほどベカスとウッドさんから接触がありましたが、なんとかやり過ごしました。はい、何も問題はありません。2人とも、まだこちら側の思惑には気づいていないでしょう」

 

『…………』

 

「ありがとうございます。それでは、また……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度は……逃さない」

 

そう言って、グニエーヴルは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第2話:「消えたバレンタイン」ー了ー

第3話:「男たちのレクイエム」へ続く




アルトの一人称に関して、諸事情によりここではあえて「僕」を使用しています。(まあ、大した理由ではないんですけどね)そもそも「僕」が素のアルトくんなのでは?

では、また次のお話でお会いしましょう


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第3話:男たちのレクイエム(前編)

書くのに大分時間かけたくせにまだ終われないという……
4月になりつつあるのにバレンタイン書いてるっていうクソ季節外れ感……


あらすじ

バレンタインデー当日。

ベカスとウッドはグニエーヴルからチョコレートを貰うことができなかった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「いや、そもそも……」

 

チョコレートを貰えなかったショックからようやく立ち直ったベカスは、ウッドと分かれてからと言うもの、何やらブツブツと呟きながら来た道を引き返していた。

 

たかがチョコレートの一つや二つ、貰えなかったところで一体なんだと言うのか? そんなことを考えながら、ベカスは基地の中をずんずん進む。

 

「オレ……カルシェンの言葉に影響を受けすぎだよなぁ。いや、このバレンタイン特有の雰囲気がいつものオレの調子を狂わせているのか……?」

 

そこで、ベカスはここに来るまでの間にすれ違った人たちのことを思い出した。その中には、バレンタインデーについて和気藹々と話し合う女性たちの姿もあれば、意を決してチョコレートを渡そうとしているスタッフの姿もあった。

 

そんな光景を目の当たりにしても、それまでは何とも思わなかったベカスだったが、自分が貰えなかったことを踏まえると、途端に心に何かくるものを感じてしまうのだった。

 

 

 

『だから、チョコレートを貰えなかった奴は、負け犬なんだよぉ!』

 

 

 

ベカスの脳裏に、カルシェンの言葉が反響する。

 

「うっせえ!」

 

ベカスは自分の頭の中からカルシェンを撲滅すべく、腰に吊っていた刀を抜いた。

 

「一緒にすんな! オレはお前みたいな負け犬なんかじゃねぇ!」

 

脳内に蔓延るカルシェンの群れ(言葉)、それら一つ一つを『シャナム流・ならず者の剣』で容赦なく叩き斬り、原形をとどめないほどに斬り刻み、それから頭の中にウァサゴを呼び出した。

 

「負け犬はお前だけだッ!」

 

そうして、ブレイクパルスでカルシェンの破片を一気に焼却してしまった。頭の中から一切のカルシェンが消えてしまったベカスの脳裏には、ただただ広い虚無の空間が広がっていた。

 

「チクショウ!」

ベカスは脳裏で悪態を吐いた。

 

それからしばらくして、ふと我に返ったベカスは自分の手に握られている刀に目を落とした。そして基地の中で抜刀してしまったことに対して、周囲を見回し、誰にも見られていないことを確認すると、そこで大きなため息を吐いた。

 

「ほんと……調子狂う」

 

刀を鞘に収め、再びため息を吐く。

 

「あ、ベカスさん」

 

と、そこへタイミングよく通りかかったスタッフがベカスの姿を見つけて足を止めた。何やら荷物の乗ったカートを押している。

 

「ん? なんだ」

 

「ベカスさんにお届け物です」

 

「お届け物? オレに?」

 

「はい、受け取り表にサインをお願いします」

 

そう言って配達人はカートの中から3つの小箱を取り出してベカスへ差し出した。ベカスは手際よくサインを記入し、何気なく小箱を受け取り、それから送り主の欄に視線を落とし……そこでポーカーフェイスを保ちながら、内心ほくそ笑んだ。

 

(勝った!)

 

それは葵博士、ドリス、テッサからの贈り物だった。しかも、郵送するものの種類を記載する欄にはそれぞれ『食品』とあった。

そして、ちょうどこの日に送られてくる食品と言えば、言うまでもなくその答えは1つしかない

 

(そうだエイルだけじゃねぇ! オレにはまだチョコレートを貰うアテがあるんだった!)

 

ベカスは心の中で歓喜の声を上げた。

配達人はそんなベカスの様子を不審に思いつつも、次の配達があるのかガラガラとカートを押して行ってしまった。

 

「よし、そうと分かれば早速……」

 

ベカスは近くにあったベンチに腰掛けて小箱を開け始めた。今、送り主の3人は古代遺跡の調査のために出払っており、ベカスはそのため3人からチョコレートは貰えないとばかり思い込んでいた。

 

(でも、こうして郵送してくれる辺り、オレ、何だかんだで恵まれているんだな……)

 

そんなことを考えつつ、ベカスはまず手始めにドリスから送られてきた小箱に手をかけた。それは黄色い紙で包まれた長方形の箱だった。

 

包みを剥がして蓋を開けた。

 

「……え?」

 

そして中身を見て、ベカスは疑問符を浮かべた。それもそのはず、箱の中に入っていたのは……どこからどう見ても、ただの『ニンジン』だった。

 

陽光のようなオレンジ色、有機野菜特有の瑞々しさと新鮮さを兼ね備えたその見た目と質感は一般的なニンジンと何ら変わりない。ただ一つ違うとすれば、にんじんから何故かチョコレートの香りが漂ってくることだった。

 

 

 

『チョコ味のにんじんと、にんじん味のチョコ、どっちがいい? にーんじん! にーんじん!』

 

 

 

ニンジンに添えられたメッセージカードには、ドリスのミミズのようにのたくった文字で、ただそれだけ書かれていた。

 

「ドリスのやつ……」

 

ベカスはいつぞやのブロッコリーを思い出して大きなため息を吐いた。

 

「うぇ……」

 

試しに、ニンジンをひとくちだけ齧ってみるも、ベカスは微妙な顔をしてニンジンを吐き出した。チョコレート味なのはまだ良い、だが後から来るにんじん特有の生臭さと食感が甘さと相まると、口の中で違和感という名の化学変化が発生し、味覚がパニックを起こして脳に「これは不味い」という電気信号を送った。

 

「食えたもんじゃねぇ……っていうか、これはニンジンであって決してチョコレートなんてもんじゃねぇ!」

 

ニンジンを小箱に戻したベカスは「次!」と、ドリスの小箱を押しのけて、その下に置いていた緑色の小箱へ手を伸ばした。

 

「これは、葵博士か」

 

いたずら好きのドリスとは違い、常識人の葵博士ならきっと普通にチョコレートを送ってきてくれただろう……そう思いつつ、ベカスは口直しを求めて緑色の小箱を開封した。

 

「……あれ?」

 

しかし、中から出てきたのはチョコレートではなく何故かクッキーだった。帝国風のチョコチップ入りクッキーでもなければ生地にチョコレートが混ぜ込まれているものでもない、甘味に砂糖を使った普通のクッキーだった。

 

 

 

『ベカスへ

すまない。本当はチョコレートを作って送るつもりだったのだけど、ドリスが「チョコレート味のニンジンを作る」と言って、用意していた材料の全てをチョコレートの精製につぎ込んでしまった。

ドリスには言って聞かせる。代わりと言ってはなんだがクッキーを送りたいと思う。せめてもの罪滅ぼしとして美味しくなるよう最大限の努力はした。

 

追伸、チョコレート味のニンジンのことだけど、食べたくない気持ちは分かるが、ドリスのためと思って出来るだけ食べて欲しい。以上』

 

 

 

「うん、美味しい」

 

ベカスは添えられた手紙を読みつつ、葵博士のお手製クッキーを口にした。口の中に広がる程よい甘みとサクサクとした食感を楽しむも……

 

「でも、違うんだよなぁ〜」

 

送られてきたのがチョコレートではないことに、ベカスは小さなため息を吐いた。

 

クッキーの袋をそっと小箱の中に戻して、ベカスは次の箱に手をかけた。白い色をした先の2つよりふた回りほど大きな箱、テッサから送られてきたものだった。

 

「大は小を兼ねるって言うし、こんだけ大きければきっと良いものが入っているに違いないぜ〜」

 

ベカスはズシリと重いその箱を膝の上に乗せ、包みを剥がして蓋を開けた。

 

「…………え?」

 

しかし、中に入っていたのはチョコレートではなく……チョコレートと同じ茶色をしたフサフサな毛の塊だった。

箱の中に入った毛玉を前にしてベカスが疑問符を浮かべていると、突然毛玉が動き出し、その顔に当たる部分を上げ、クリクリとした黒い瞳でベカスのことを見つめた。

 

「ニャー」

 

「うわ!?」

 

毛玉の発した鳴き声に驚き、ベカスは思わず箱を投げ出した。

 

「ね、猫……?」

 

「タヌキじゃい!」

 

「なっ!?」

 

喋るぞ! こいつ……ベカスは箱の中からモゾモゾと這い出てくる謎の生物を見て、驚きのあまり心の中でそう叫んだ。

 

丸い耳、つぶらな瞳、小さな鼻、そして縞模様のある大きな尻尾。タヌキに見られる特徴を可愛くデフォルメして表現したかのようなそれは、確かに猫というよりもタヌキだった。

 

「どうも、ムジナ(作者)です」

 

「は? 誰だよ」

 

ベカスの質問に答えることなく、タヌキっぽい何かは大きな尻尾を地面に置いて、それから体のバランスを保ちながら人間のように直立した。

 

「テッサからのチョコレートはないのです」

 

「え?」

 

訳が分からず疑問符を浮かべるベカスに、タヌキのような変な生き物は言葉を続ける。

 

「鎮魂歌、見たのですよ」

 

「鎮魂歌……?」

 

「ベカス、すっごいクソムーブをしていたと思うのです。最初に読んだのは1年以上も前なのですが、アレは読んでいてとてもイライラしたのをよく覚えているのです」

 

「いや、何の話だ?」

 

「主人公補正で懐いてるアイルーはともかく、あんな塩対応をされたテッサにしてみれば恨みを抱いてもおかしくないのです。副官のシステム的な相性と現実的な親愛度を一緒にしてはいけない、ムジナはそう思うのです」

 

「待ってくれ! あんたは、いったい……?」

 

タヌキ(のような生き物)はそこでため息を吐いた。

 

「ダッチーはテッサをどうしたいのか分からないのですけど、あんな中途半端な優しさじゃそもそも返す義理もないのです。だから、テッサからのチョコレートはありません」

 

「いや、だから……」

 

「ムジナの考えを指揮官様に押し付けるつもりはないのです。でも、鎮魂歌の終わり方もクソみたいだったし、ムジナ的にはやっぱり気に入らないのです。あ、ムジナは別にアンチじゃないのです。あくまでも1匹の『意見』として心に留めておいてくれれば結構なのです」

 

「お前、さっきから何を……」

 

「それでは、また……」

 

そう言ってタヌキ(のような生物)は四足歩行の状態になると、脱兎のごとく駆け出して、素早くベカスの脇をすり抜けて廊下の奥へと消えてしまった。

 

「何だったんだ?」

 

しばらく廊下の奥を見つめていたベカスだったが、ふと思い出したように床に転がっている白い箱へ視線を落とした。つい先ほどまでタヌキが入っていた箱、言うまでもなく中は空っぽだった。

 

「ヤバイな……」

 

ベカスは誰からもチョコレートを貰えていないことに、ようやく焦りを感じ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンサーガ

非公式季節イベント「焦燥バレンタイン」

第3話:男たちのレクイエム(前編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後……

 

 

 

「ん? なんだ……?」

 

焦りに駆られるがまま、フラフラとリフレッシュエリアを訪れたベカスはそこでどこからともなく誰かの声が聞こえてくることに気づいた。

 

「うぅ……ぐすっ……」

 

「ねぇ、泣かないでよ」

 

「男だろ、泣くなよ。それに、あんたの気持ちは分かるがそう考えるのはまだ早いんじゃないのか?」

 

「そうだ。まだそうと決まったわけじゃない、君のお姉さんにも何か深い事情があったのかもしれないだろ?」

 

それも1人ではなく複数人の声である。

しかも、そのうちの1つは悲しみに溢れていた。

 

「どうしたんだ?」

 

ベカスは声が聞こえてくる部屋を覗き込んだ。

 

「あう……ベカスさん?」

 

ベカスの声に反応している、部屋の中にいた少年……高橋龍馬は顔を上げた。しかし、いつもの明るい調子は何処へやら、どういうわけかグシャグシャに泣き腫らした顔をしている。

 

そして、龍馬の周囲には3人の少年が佇んでいた。

アルト、佐伯、グルミの3人である。

 

「なっ!? お前ら、こんな可愛い子を虐めるなんて!」

(オレも混ぜろッッッ!!!)

 

龍馬の頬を伝って落ちる涙を見て、ベカスは叫んだ。

 

「ち、違うよ!」

 

「そ、そうだ! オレたちはただ龍馬の相談に乗っていただけで、虐めてなんかない!」

 

虐めているという言葉を聞いて、アルトと佐伯は慌てて自分たちの無罪を訴えかけた。

 

「というか、今……どこからともなく変な声が聞こえたような気がしたんだが……?」

 

グルミは下心が丸出しになっているベカスの心の声に気づき、怪訝そうな表情でベカスを見つめた。

 

「それはまあ、気にするな。それで……龍馬に一体何があったんだ?」

 

「実は……」

 

アルトはことの一部始終を語り始めた。

 

 

 

「ふむ……つまり、龍馬は義理のお姉さんである高橋夏美からチョコレートを貰おうとしたが、忙しいのを理由に彼女から無視されてしまったと?」

 

 

 

アルトの説明を聞いて、ベカスは話の要約を口にした。

 

「うん、まあそんなとこ」

 

「ああ、かわいそうに……そういえば朝、お姉さんから貰えるチョコレートを楽しみにしてるって言ってたしな……」

 

ベカスは視線をアルトから龍馬に移した。

 

「うぅ……お姉ちゃんはもう、僕のことなんてどうでもよくなっちゃったんだ。いつまで経っても男らしくなれない僕のことなんて、もう嫌いになっちゃったんだ……うわあぁぁぁん」

 

龍馬はそこでまた、めそめそと泣き始めた。

 

「龍馬……」

(ハァ、ハァ、ハァ……龍馬ぁ、泣いている姿も可愛いいいいいいいよおおおおおおおおおおお!!! あっ! ヤッッッバイ! これだけでライス3杯はイケる!)

 

ベカスは真面目な表情で龍馬を見つめた。

 

「おい、オッサン!」

 

「ぐあっ!?」

 

しかし、ベカスが邪な感情を抱いていることにいち早く気づいたグルミは、思いっきりその足を踏みつけた。

 

「失礼にも程がある」

 

「すみませんでした」

 

至近距離からグルミに睨みつけられ、ベカスは深々と頭を下げて謝罪した。

 

「まあ……その、なんだ。お前ら、目の前で可愛い子が泣いているんだ、せめて自分たちが貰ったバレンタインチョコのおすそ分けでもしてやれよ……」

 

そう言ってベカスは懐から葵博士のクッキーが入った袋を取り出した。因みに、ドリスから送られてきたニンジン(もどき)はとても食えたものではなかったのでダストシュート(ゴミ箱)に投棄していた。

 

「ん? どうした、お前ら……」

 

龍馬にクッキーを差し出しつつ、ベカスは3人組へと視線を送った。だが、3人組はそれぞれ苦虫を噛み潰したような顔をして明後日の方向を見つめていた。

 

「あ、もしかして……」

 

3人の反応から察したベカスは恐る恐る呟く

 

「……うん、実は……僕らも貰えなかったんだ」

 

アルトの言葉に、佐伯も悲しそうに頷いた。

 

「な!? お前たちもかよ!」

 

驚愕するベカス

そんな彼に、アルトは悲しげに語り始めた。

 

 

 

まず、アルトの話を要約するとこうだった。

 

午後の仕事がひと段落した後、挨拶ついでにチョコレートとか貰えたりしないかな? ……とシャロの部屋へと向かったアルトだったが、ちょっぴりドキドキした表情を浮かべる彼を出迎えたのは、酷く疲れた様子のシャロだった。

起きたばかりなのか、自慢の赤毛はボサボサで寝ぼけ眼を浮かべていた。

普段の活発で明朗な彼女からは想像もつかないその姿に、アルトは困っている人を放っておけないその性分ゆえにしつこく心配するのだが、そのしつこさが逆にシャロの癪に触った。

「うっさいわね!」

起きたばかりでイライラしていたこともあってか、シャロは強い口調で怒鳴り散らし、アルトを部屋から締め出してしまった。

そんな状況下でバレンタインやチョコレートのことを切り出すメンタルがアルトにあるはずもなく、彼はずるずると引き下がるしかなかった。

 

 

 

「それは……キツイな」

 

「うん。それに、彼女が怒る理由も分からないから……どうしていいのか分からなくて」

 

アルトの話を聞いて、ベカスはため息を吐いた。

 

続いて、佐伯はゆっくりと話し始める。

 

 

 

佐伯の話を要約するとこうだった。

 

アルトと同じく挨拶ついでに遥の元へ向かった佐伯だったが、部屋を訪れた彼が見たものは室内を埋め尽くすほどの大量のチョコレートに囲まれた遥とルームメイトの瞳の姿だった。

その中で、楽しそうに開封作業をする遥と、チョコレートを片っ端から黙々と頬張る瞳……

「バレンタインって1年で1番チョコレートが美味しくなる日なんでしょ?」

2人はバレンタインがどういう日なのか全く理解しておらず、ただ市販のチョコレートが安く大量に売られる日としか認知していなかった。

そんな彼女に、この日を迎えた男子の心境など知る由もなく……チョコレート大量消費装置と化した瞳の存在もあってか、貰う気力を失った佐伯はすごすごと部屋から立ち去るのだった。

 

 

 

「知らなかったって……そんなことがあるのか?」

 

「ああ、実は彼女……ここへ来るまではとある施設にいて、分かりやすく言うと浮世離れしているというか、多分そのせいだと思う」

 

ベカスの質問に、佐伯はそう答えた。

 

「なるほどな、それで……」

 

2人の話を聞き終えたベカスは、温かい目でグルミを見つめた。その視線に反応したグルミはベカスの言わんとしていることを瞬時に察した。

 

「言っておくけど、俺は違うからな? 俺はそもそもバレンタインデーなんかに興味はないし、貰いたいとも思ってな……」

 

「……誤魔化すなよぉ、そうやって自分の気持ちを押し隠すのはあんまりよくないことだと思うぜ?」

 

ベカスは同情したようにグルミの肩に手を回した。

 

「ち、違う! 俺は……」

 

「まあまあ、オレもチョコレートを貰えなかったしさ、貰えなくてイライラするアンタの気持ちはよく分かるよ」

 

「はぁ……もういい……」

 

複雑な事情を抱えていることもあって、しかしそれを説明する気分でもなく、グルミはそれ以上ベカスの抱いた誤解を解くことを諦めた。

 

「つまり、今ここにいるのは全員チョコレートを貰えなかった同志……つまり、仲間ってことになるな」

 

「仲間……?」

 

ベカスの言葉に、泣きべそをかきながらクッキーをモグモグと口にしていた龍馬が反応する。

 

「そう、オレたちは仲間だ! だからオレたちはオレたちにしかできないやり方で、バレンタインという1年に一度しかない今日を楽しむとしようぜ!」

 

ベカスは嬉々として高らかにそう告げた。彼の言葉に龍馬、アルト、グルミ、佐伯の4人は互いに顔を見合わせる。

 

「えっと……ベカスさんだったか」

 

4人を代表するようにして佐伯が手を上げた。

 

「質問か?」

 

「ああ、まず……オレたちだけでバレンタインを過ごすのは、まあ良い考えだと思う。どうせオレたちも、午後の仕事も終わって時間を持て余していたからな」

 

佐伯の言葉に龍馬とアルト、そしてグルミも頷く

 

「だから、何かするっていうのは賛成だ。……それで、さっきアンタは『オレたちはオレたちにしかできないやり方で』と言っていたが具体的に何をするつもりなんだ?」

 

「そう、それだ!」

 

的を射た佐伯の質問にベカスはビシッと反応した

 

「おっと……街に繰り出して遊んだり、ただ飯を食いに行くなんてものじゃないぜ? それはその気になればいつでも出来るからな」

 

「じゃあ、どうするんだ?」

 

「…………ああ」

 

そこでベカスはニヤリと笑い……そして、ニヤニヤとした表情を浮かべたまま、どういうわけか高橋龍馬を見つめた。

 

「えっ!? な……何? ベカス、怖いよ……?」

 

怪しげなベカスの視線に、龍馬はびくりと体を震わせた。

 

「龍馬ぁ〜、クッキーは美味しかったか?」

 

「う、うん。美味しかったけど……?」

 

「そっか、なら……お礼しないとな」

 

「え!?」

 

その瞬間、龍馬の顔が青ざめる。

龍馬の手元に収まった袋の中には、葵博士のクッキーはもう殆ど残っていなかった。

 

「あ〜あ、こんなに食べちゃって……オレもまだ2、3個くらいしか食ってないのに……」

 

「あ……ご、ごめんなさい!」

 

「いや、いいっていいって……でもその代わり、食べた分はきっちり()()で返して貰うから〜、グヘヘへへへwwwww」

 

「え、えええええええええええええええ!?」

 

龍馬は絶叫した。

 

 

 

「ねぇ……2人とも。僕、前々から思ってたんだけど……ベカスさんって……」

 

「ああ、控えめに言ってクソだな」

 

「好意を寄せると見せかけて、実際にはそれを口実にして人の弱みに付け込む卑劣なゲス野郎だったとは……失望した」

 

ベカスの取った言動を、3人はまるで汚いものでも見るような目つきでそんな評価を下した。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

それから数分後……

 

 

 

「お待たせ〜待った?」

 

「ううん、待ってないよ!」

 

何かを取りに行くと言ってリフレッシュエリアを離れたベカスだったが、それからすぐに嬉々とした様子で部屋へと戻ってきた。

その手には、何やら大きな紙袋が握られている。

 

「じゃあ、龍馬にはこれを着て貰おうか」

 

「え? 何を着るの……?」

 

ベカスは龍馬に紙袋を手渡した。

龍馬は恐る恐る、紙袋の中身を覗き込み……

 

「うわぁ!?」

 

驚きのあまり、袋を空中へ放り投げた。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

遠くから一部始終を見守っていたグルミは、尋常ではないその驚きように、思わず龍馬の元へ駆け寄った。

 

「な、なんでこの服がここにあるの……?」

 

「服……?」

 

グルミは床に落ちた袋に視線を移した。

落ちた衝撃で袋の口が開き、その中身が露わになっている。

 

「これ、和服だ……しかも、女子用の……」

 

佐伯は紙袋からはみ出た布のようなものを広げた。

それは以前、龍馬がベカスからセクハラを受け……ベカスとの対戦に負けて無理矢理……合意の上で着せられた日ノ丸の伝統的な装束「和服」だった。

全体的に桜のような桃色で、現在では珍しい広袖となっている。元々はA.C.E.学園に所属するソフィアが子どもの頃に着ていたものであり、そのため服のサイズは小さく、小柄な体格の龍馬が何とか着ることができる大きさだった。

 

ベカス「ん?この服がなんでここにあるのかだって? そりゃ……なんか指揮官の部屋にあったから、ちょうどいいなと思って勝手に持ってきただけだ」

 

龍馬「あー、駄目だよ! 勝手に先生の部屋に入っちゃ……」

 

 

 

アルト「いや、ツッコムところはそこじゃないよね?」

 

グルミ「指揮官……」

 

佐伯「なんでこんなものを持っているんだ……?」

 

 

 

佐伯は呆れつつも話を戻すために空咳を1つした。

 

 

 

「それでベカスさん、龍馬にこれを着させてアンタは一体何がしたいんだ?」

 

「そりゃあ、決まってるだろ……女抜きで、オレたちだけでバレンタインデーをやるんだ!」

 

「はあ?」

 

「パンがなければケーキを食べればいい! パンツがなけりゃ履かなければいい! バレンタインデーに女がいなけりゃ女装させればいい! ただ、それだけのことさ」

 

「いやいやいや! 意味分かんねーよ!」

 

「なんだと! 佐伯! お前はせっかく目の前にこんなに可愛い子がいるのにチョコレートを貰いたくないって言うのか!」

 

「だが男だ!」

 

「うるせぇ! 可愛いにオスもメスもあるか!」

 

ベカスは暴走していた。

それはバレンタインデーに女性からチョコレートを貰えなかったことによる焦燥感が彼の理性を崩壊させ、代わりに変態的な感情を呼び覚ました結果なのかもしれない……

 

「いや、龍馬だけじゃ足りないな!」

 

「は? アンタ何言って……」

 

佐伯の呆れた視線を受けながらも、ベカスは部屋にいた龍馬を除く3人を次々と見渡した。そして、ベカスの視線がある1人を捉えた。

 

「おい、そこの青髪……お前、名前は?」

 

「え、あ……アルト」

 

「アルトか……うーん、いい名前だな」

 

「ど、どうも……」

 

「あと、よく見たら可愛いな」

 

「そ、そう……え?」

 

気づいた時にはすでに遅し、ベカスの大きな両手がアルトの両肩を力強く捕まえていた。目の前にはニヤニヤとした奇妙な笑みを浮かべるベカス、それを見たアルトの顔から徐々に血の気が引いていく

 

「ま、まさか……」

 

「アルトくん……」

 

 

 

 

 

女装とか、興味ない?

 

 

 

 

 

「嫌だあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

部屋にアルトの悲鳴がこだました。

 

 

「じょ、女装なんて……俺には無理だよ!」

 

「そんなことはないぞ! 髪も長いし、素の状態で既に可愛いんだから、女装したらもっと可愛くなれると思うぞ!」

 

「可愛くなんてなりたくないよ! それに、ほら……実は俺、こう見えても最近体を鍛えていて、パッと見た感じではあんまり分からないと思うけど、それなりに筋肉も……」

 

「大丈夫だ! 多少筋肉があったからってオレは気にしねぇよ! いや……むしろ、可愛い顔して身体はガチってところに興奮するね!」

 

「へ、変態だあああああッッッ!? ね、ねえ! 2人は鍛えてガチムチになっている子からチョコレートを貰うよりも、お淑やかな子からチョコレートを貰えた方が嬉しいよね?」

 

「あ、ああ!」

 

「オ、オレもそっちの方がいい!」

 

アルトの考えを瞬時に察したグルミと佐伯は、ほぼ同時にそう答えた。そのせいで状況が悪化の一途を辿るとも知らずに……

 

「そう言うだろうと思って、ちゃんと用意はしてある」

 

ベカスはそう言ってコートのポケットから何やら赤い液体の入っている小瓶を取り出した。

 

「そ、それは……?」

 

アルトは恐る恐る液体について尋ねてみた。

 

「これはオスカー製薬の開発した、飲むタイプの『T.G.M.』だ」

 

「て、TGM……? な、なんか嫌な予感が……」

 

「因みに正式名称は『Trans Gender Medicine(liquid)で、その意味は……性転か……』」

 

「ッッッ!!!」

 

次の瞬間、アルトは心の中で種割れ孤戦孤死モード(外伝:「予兆」参照)を発動した。(プラシーボ効果)

それによって得られた集中力と爆発的な反応速度を駆使してベカスの腕からスルリと抜け出ると、そのまま一直線に部屋の扉へと移動し……

 

「おっと、どこへ行くんだい?」

 

「ッッッッッッ!?!?」

 

だが、アルトの手がちょうどドアノブに触れたところで、暴走して反応速度が向上しているベカスに再度両腕を拘束され、そのまま羽交い締めにされてしまった。

(なぜアルトが切り札を使ってでも逃げようとしたかについては各自でお察しください……今更言うまでもないと思いますが)

 

「大丈夫だ。オレも去年、半ば無理矢理飲まされたけど別に死にやしないさ。現に今もこうしてピンピンしているからな〜♫」

 

「は……離してよ! 俺は、僕は……女の子になんてなりたく……」

 

「ハァハァ……アルトちゃん(・・・・・・) 新しい自分を受け入れて!」

 

「誰ですかッッッ!?!? それ!?」

 

その後、偶然その場に現れたウッドの協力もあって暴走したベカスを何とか押さえつけることができ、アルトの貞操純情は守られたのだった。

 

ちなみにウッドもベカスらと同様、結局誰からもチョコレートを貰えずに酷く落ち込んでいたことは今更言うまでもなかった。

 

 

 

前編ー了ー

後編へ続く




作中に変な生き物が紛れ込んでいますが気にしないでください。ただのガヤですので

次回、ベカスの恐るべき計画が始動する。


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第4話:男たちのレクイエム(後編)

バレンタインイベ、これにて完結なのです!

あと、第1話で指揮官のセリフ云々と言ってはいましたが、やはり読み辛いと思われるので、以後、指揮官のセリフは(丸カッコ)囲みで表したいと思います。
ただし、()で囲まれた部分が全て指揮官のセリフはというわけではなく、キャラクターの心の声を表している部分もあるので、そこは文章の前後を読んだ上で判断して頂きたく思います。



それでは、続きをどうぞ……


あらすじ

 

ベカスの計画……それは、バレンタインチョコを貰えなかった男たちだけでチョコレートを送り合うという、世紀末的かつ悪魔的(笑)なものだった!!!!!

 

用意するもの

・女装した高橋龍馬×1

・TGMを服用して性転換した誰か×1

・チョコレート×6(適量)

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

ベカスの暴走を食い止めてから約1時間後……

 

 

 

「あ、おかえり〜」

 

街へ買い物に出ていたアルトと佐伯、そしてウッドがリフレッシュエリアに戻ると、和服姿の龍馬がパタパタと3人を出迎えた。

 

「うわぁ……」

 

ピンク色の和服を着た龍馬の姿を見て、頰を赤く染めたアルトの口から気の抜けたような声が漏れ出た。他の2人も同様に、唖然とした表情を浮かべて龍馬を見つめている。

 

「え? どうしちゃったの3人とも……? あ、そっか! あの……どうかな、この服? 僕に、似合うと思う?」

 

龍馬はモジモジと恥じらうような素振りを見せつつも、上目遣いで3人を見つめた。とても可愛らしいその様子に、3人は体の底から電撃が走るような気配を感じた。

 

(こ、これが、あの高橋龍馬なのか……?)

 

同じA.C.E.学園出身である佐伯は、思いもよらぬ変貌を遂げた後輩の姿に目を見開き、口をポカンと開けていた。

 

(ぼ……僕、どうしちゃったんだろ? 龍馬くんは男の子だって分かっているはずなのに、何? この気持ちは……?)

 

アルトは龍馬の姿を見て揺れ動く自身の心に戸惑っていた。

 

(かっ……可愛いッッッ!!!)

 

ウッドはボタボタと鼻血を垂らしていた。

 

「もしかして、その……似合わない?」

 

3人が何も言わなかったのを見て、龍馬の笑顔に暗い影が差し込んだ。そして、その瞳に浮かぶ水玉がキラリと光る。

 

「「「いや、そんなことはない!!!」」よ」

 

それを見た3人は慌てて首を横に振った

 

「よく似合ってると思う!」

 

「うん! それに、とっても可愛いね!」

 

「ああ、まさに天使のようだ……」

 

3人の素直なべた褒めに、龍馬の顔がパアッと明るくなった。

 

「そう? えへへ……ほんとは僕、女の子が着るような可愛い服よりも、もっと男らしい服の方が好きなんだけど、似合うって言ってくれるのは素直に嬉しいかな」

 

龍馬の顔にいつも通りの笑みが戻ってきたを見て、3人はホッと胸を撫で下ろした。

 

「ね、ねえ……龍馬くん!」

 

龍馬の姿をチラチラと見つめていたアルトだったが、ふと何かに気づいたのか顔を真っ赤にして龍馬へと声をかけた。

 

「うん、なぁにー?」

 

「その……ひとつ、聞いてもいいかな?」

 

「うん! いいよー!」

 

「じ、じゃあ聞くけど……」

 

アルトはドキドキと高鳴る鼓動を抑えるように歯を食いしばり、ゴクリと生唾を飲み込んだ後……恐る恐るこう続けた。

 

 

 

「もしかして、履いてないの?」

 

 

 

「「…………!?」」

 

絞り出したかのようなアルトの言葉に、佐伯とウッドは思わず息を呑んだ。そして2人の視線が龍馬の下半身へと向けられる。

 

「…………ぅぅ」

 

2人の視線が向けられるや否や、龍馬は頰を赤らめて恥ずかしそうに和服の裾を両手で抑えた。和服は女児向けだけあって体の小さな龍馬が着るにしてもギリギリのサイズであり、そのため彼の太ももは丸見えになっている。しかも龍馬が動くたびに和服の隙間からチラチラと腰の辺りが垣間見え、そこに本来ならあるべきはずのもの(服の下に着るアレ)は影も形も見受けられなかった。

 

「……あんまり、見ないで」

 

 

 

「「「ッッッッッッッッッ!!!!!」」」

 

 

 

それはまるで、美少女がめくれそうになったスカートを慌てて抑えているかのようだった。その光景を見て、高橋龍馬のあまりの可愛さに3人は静かに悶絶した。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「僕、知ってるよ?」

 

高橋龍馬は穏やかな笑みを浮かべて続けた。

 

「和服の下にパンツを履いちゃいけないって……それに、パンツを履かない方が男の人は喜ぶんだって……僕、知ってるんだ。少し前に……色々と教えてもらったから」

 

 

 

「目から光が……」

 

ハイライトが失われた龍馬の瞳を見て、正気に戻ったアルトたち3人は、なんとも言えないという風にお互いを見やった。

 

佐伯「誰だよ、オレの後輩にこんなこと教えたやつは」

 

ウッド「ああ! 全くけしからんな!」

 

アルト「龍馬くん、大丈夫かな……」

 

そして、3人は心配そうに龍馬を見やった。過去を思い出して遠い目をしている高橋龍馬だったが、そんな彼に対して色々なことを教えた張本人がベカスその人であることなど、彼らには知る由もなかった。

 

「……ちょっといいか?」

 

そこへ、今まで黙って様子を見ていたグルミが声をかけた。

グルミはバレンタイン用のチョコレートを買いに街へ出向いた3人とは違い、ある人物の逃亡を阻止するために基地に居残っていた。

 

「チョコレートは?」

 

「ああ、ここに」

 

佐伯はそう言って、グルミに紙袋を手渡した。紙袋の中には、これから使うことになるチョコレートが山盛りになって入っていた。

 

「……いくらなんでも多すぎだろ」

 

グルミは紙袋のズシリとした重さに呻き声をあげた。

 

「いや、その……なんか押し付けられた」

 

「高くなかったのか?」

 

「そうでもない。特需っていうのもあるんだろうが、売店の人が表示価格の半額にするって言い出してな」

 

「半額って、なぜ……?」

 

「詳しいことはわからねーけど……売店にいたおばちゃんの、オレたちに向ける視線が妙に温かいものだったことをよく覚えてる」

 

「ああ、そういうことか……」

 

ポツリポツリと告げる佐伯の肩を、グルミは優しく叩いた。

 

「だが、本当にやるのか?」

 

「何を今更……今ココでやめたら、今日恥を忍んでチョコレートを買いに行ったオレたちの苦労は一体なんだったんだよ……」

 

「ん、それもそうだが……」

 

グルミはそこでチラリと、部屋の奥に視線を向けた。

 

「そういや、あのオッサンは?」

 

「ああ。ついさっき着替え終わって、今……隣の部屋でスタンバイしている」

 

グルミの言葉に、佐伯は今自分たちがいる部屋とその隣の部屋とを繋ぐ扉を流し見た。

 

「そっか、じゃあ……あのオッサンが薬を飲んで、どう変わったのかを見させてもらうとするか!」

 

佐伯はニヤリと笑って扉へと向かった。

 

「待て、佐伯!」

 

グルミは慌ててその肩を掴み

「覚悟はできているのか?」

真面目な口調で告げた。

 

「覚悟ってお前……そんな大げさな」

 

佐伯が自分の肩を掴むグルミの手を軽く払うと、グルミはそれ以上、佐伯のことを止めようとはしなかった。

 

「女になるって言っても、せいぜい髪の毛が数センチ長くなったりする程度だろ? 薬を飲んだだけでそんな、人が変わるわけでもあるまいし……」

 

何の躊躇いもなく、佐伯は扉に手をかけた。

 

「よー、オッサン。女にはなれた……か……」

 

のんびりとした調子で扉を開いた佐伯だったが、その視線が部屋の真ん中にいる人物の姿を捉えた瞬間……彼は言葉を失った。

 

「…………っっっ!」

 

部屋の中、1人掛けの椅子に座る美少女

上はワイシャツと黒いコートを着込み、下は黒いスカートに長いソックス、そしてブーツを履いている。

 

長い銀髪、その毛先は腰の位置まで届いている。

 

シミひとつない白い肌

 

美しい赤い瞳

 

狭い肩幅

 

所々から垣間見える、程よい肉付き

 

引き締まっていることもなく、かといってだらしなく太っているというわけでもない、理想的な女性のプロポーション

 

そして、消失した喉仏

 

「…………!」

 

彼女は驚いたように佐伯を見つめていた。

 

「…………」

 

……パタン

佐伯は黙ってゆっくり扉を閉めた。

その表情は蒼白に染まっている。

 

「だから、言っただろ?」

 

そんな佐伯の後ろからグルミは気まずそうに声をかけた。

 

「なあ、グルミ」

 

「なんだ」

 

「この扉をもう一度開けたら、シュレディンガーの猫の理論でなかったことに……」

 

「現実を受け入れろ」

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

1時間前……

 

 

 

「よし! じゃあお前ら全員、このクジを引け!」

 

そう言ってベカスは、ただ切った用紙を折り曲げただけの山をアルト、佐伯、グルミ、そしてウッドに向けて示した。四角形のトレーに乗せられたそれらを、4人は怪訝そうな目で見つめた。

 

「何だこれは?」

 

差し出された紙の山を見て、ウッドが呟く。

 

「これはバレンタインデーイベントの役が書かれたカードだ」

 

そう言ってベカスは紙の山から一枚だけ摘み上げ、折り曲げられたそれをゆっくり広げた。中には綺麗な字で『調達』と書かれていた。

 

「因みに、役の種類は全部で3つ……1つ目は、龍馬たち女装組の『着付け』を手伝う係、2つ目がイベント用のチョコレートを『調達』する係、それで3つ目がこの『薬』を飲んで性転換してもらう係だ」

 

そう言ってベカスは引いた紙を再び折り曲げて山に戻した。

 

 

 

ベカスの計画を要約すると、こうだった。

まず、前述のクジ引きでそれぞれの役を決める。

 

1.チョコレート調達係になった者は街で人数分のチョコレートを買ってくる。因みに、チョコレートの代金は自腹とのこと

 

2.女装組の着付け役になった者は、調達係が戻って来る前に衣装の調達と着付けの手伝いを行う。

 

3.不運なことに薬を飲むこととなってしまった者は直ちに薬を服用し、調達係が帰って来る前に着付けを行わなければならない

 

4.合流後、調達係はチョコレートを女装組に受け渡す。

 

5.その後、女装組は色々な(学校の後輩や職場の同僚的な)シチュエーションで男たちに真心を込めてチョコレートをあげる。

 

6.全員チョコレートを貰えて超ハッピー!!!

 

 

 

「……という訳だ! さあ、クジを引けよ!」

 

そうして、ベカスの長々とした説明は終わった。

 

「何が『チョコレートを貰えてハッピー』だ!」

 

それに対し、ウッドは肩をすくめてみせた。

 

「俺はそんな馴れ合いに興味はない。そもそも、何が楽しくてバレンタインデーに男からチョコレートを貰わなければならないんだ? そんなことをしても、ただ虚しくなるだけだ……くだらん!」

 

「まあまあ、そう言うなって〜」

 

そんな感じで気安くウッドの肩を掴もうとしたベカスだったが、ウッドは彼の手をどうでもいいと言う風に跳ね除け、そのまま部屋の出口へ直進した。

 

「用はそれだけだな? 俺はもう帰るぞ」

 

「いいのか?」

 

「む?」

 

その言葉にウッドが振り返ると、そこには嘲笑を浮かべたベカスの姿。

 

「この機を逃したら最後、お前はこの中で唯一、今年チョコレートを貰えなかった残念な野郎ということになる……それはつまり、負け犬ってことさ」

 

「それがどうした」

 

「いや、オレに言わせればそのまま帰ってくれても構わねぇ。だが、そうしたところでお前さんはチョコ0個っていう不名誉を賜って、来年のバレンタインまで酷く惨めな思いをするのは目に見えているんだぜ」

 

「…………」

 

「それとも何か? 合衆国のエースともあろうお前が……無様に負けて、可愛らしい女の姿になるのが怖いのか?」

 

「……怖い? 馬鹿を言うな」

 

ベカスの挑発的な視線と言葉に、ウッドはかぶりを振った

 

「俺は兵士だ。数多くの戦場を潜り抜け、既に恐怖など克服している。そんな俺が、このような些事に対して恐怖心を抱くとでも思っているのか?」

 

「そいつは、やってみないと分かんねぇな〜」

 

ベカスのあからさまな挑発に、ウッドは

 

「良いだろう。不本意だが、ここはお前の安っぽい挑発に乗ってやるとしよう……」

 

ため息と共に、そんな言葉を吐き出した。

 

「それと言っておくがだな、俺はあくまでもお前の挑戦を受けることに興味があるだけで、別にチョコレートを貰えずに惨めな思いをする云々に関しては本当にどうでもいいと思って……」

 

「あー、分かった分かった……で、お前らも勿論参加するだろ? ああ、因みにお前らに拒否権はないからな?」

 

ウッドの声を聞き流し、ベカスは残った3人へ呼びかけた。

 

「このオッサン、かなりの下衆だな」

 

佐伯はじっとりとした目でベカスを見やった。

 

「まあまあ……そう言わずに」

 

「これでも姉たちと過ごすことに比べれば幾分かマシな方かな……はぁ、程々に付き合ってやったら勝手に満足して解放してくれるだろ、それまでの辛抱さ」

 

そんな佐伯をなだめたのは、彼よりも少しだけ年上で大人なアルトとグルミだった。

 

「決まりだな! よし、クジを引こうぜ!」

 

そう言いつつ、ベカスはクジが山盛りになったトレーの上で、ワキワキと手を動かした。

 

(と言っても、クジを用意したのはオレだからな……悪いが、どの場所にどのカードを置いているのかはしっかりと記憶しているのさ〜♫)

 

ベカスは心の中で密かにほくそ笑んだ。

 

(後は……一番のハズレくじである『薬』さえ引かないようにすればいい。いや、折角だし1番の当たりクジである『着付け係』を狙ってみるか? 『調達係』は楽だがチョコレートを買うのに自腹を切る必要があるし……それに比べて『着付け係』なら薬を飲んで女になった奴の姿を1番に見れるし、何より龍馬の着付けを手伝える……まさに一石二鳥だな!)

 

短い思考の後、ベカスの視線がクジの1つに集中する。

 

「よし、まずはオレから引くぜ……ドロー!」

 

「待て!」

 

「うっ!?」

 

ベカスがクジの1枚に手をかけた瞬間、横から彼の腕を素早く捕まえる者があった。それは、先程からベカスの一挙一動をじっとりと見つめていた少年……佐伯だった。

 

「このクジはオッサンが用意したものなんだろ? なら、公平なクジ引きをするためにクジを並べ替え……もとい混ぜ直させて貰う」

 

「……そ、それもそうだな〜ハハハ……」

(チッ……このガキ……)

 

ベカスは渋々頷き、引いたクジを山の上に戻した。

それを確認した佐伯は、一度クジの山をトレーの上から取り上げて、自らの掌の中で何度もクジの前後を入れ替え、どこにどのクジがあるのか自分でも分からなくなるまでシャッフルした。

 

「よし、これならフェアだろ」

 

そう言って佐伯はトレーの上にクジを戻した。

 

(フッ……甘いな)

 

しかし、これで終わるベカスではなかった。

 

(こういうこともあろうかと、実はハズレくじの表面には傷をつけてある。それも、注意して見なければ絶対に見つけられないような小さな傷をな!)

 

ベカスは、再び心の中でほくそ笑んだ。

 

(後は、傷がついたクジを選ばないようにすれば……)

 

「おいオッサン! まさかとは思うが、前もってクジに小さな傷を付けてるとか、そんなことしてないよな?」

 

(……!?)

 

佐伯のまるで全てを見透かしたような指摘に、ベカスは口から心臓が飛び出してしまいそうになるのを感じた。だが、それでも何とか大人としての意地を見せようと見事なポーカーフェイスを披露している。

 

「まっさかぁ〜そんなことするわけねーよ!」

 

「どうだかな……というわけで悪いがオッサン、アンタがクジを引くのはこの中で1番最後だからな?」

 

「分かった分かった」

(このガキャ……とことん邪魔しやがって……)

 

ベカスはトレーを佐伯に手渡し、それから大きなため息を吐いて壁際へと移動した。

 

 

 

(まあいい、どうせオレがハズレを引く確率は5分の1……つまり20パーセント。これは中々の低確率だ……それに、残り物には福があるって言うしな、まず間違いなく……オレにハズレがまわってくることはないだろう)

 

 

 

ポケットから取り出した甘苦を咥え、余裕たっぷりな様子でそんなことを考えながら、ベカスは自分の番になるのを悠々と待つことにした。

 

楽観的なその考えが、後にフラグとして回収されるとも知らずに……

 

「何故だああああああああああッッッッッッ!!!」

 

リフレッシュエリアにベカスの悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

そして、物語は今に至る……

 

 

 

「クソっ!……何でオレが、また、こんな……」

 

薬を飲んで女性になったベカスが扉を開けて姿を現した。

 

「わぁ! ベカス!」

 

まず声をあげたのは高橋龍馬だった。

 

「凄いや! 本当に女の人になっちゃったんだね!」

 

いつものクールでキザな姿は何処へやら、薬を服用したことにより、ベカスはより女性らしく、より綺麗になっていた。そんなベカスを見て龍馬は目を輝かせた。

 

「りょ……龍馬! た、頼む……そんなキラキラとした純粋無垢な瞳で、こんな風に汚れちまった今のオレの姿を見ないでくれ……!」

 

「何言ってるのさ! 今のベカス、とっても綺麗だよ! 汚れているなんて、そんなこと絶対にないよ!」

 

龍馬のその言葉に嘘偽りはなかった。

事実、男だった頃のベカスに比べると、顔にあった僅かなシミやニキビ跡は完全に消え失せ、それに加えて肌の調子もより健康的で明るいものになっている。

 

「そ、そうか……綺麗になったのか、オレ……」

 

ベカスはしきりに自分の顔に手を触れ、苦笑いを浮かべた。

 

「うーむ、本来なら喜ぶべきところなんだろうがなぁ、正直に言わせて貰うと、スッゲェ複雑な気分であんまり嬉しくねぇ……」

 

そう言って、ベカスはチラリと脇の方を見やった。そこにはアルト、佐伯、グルミの姿があり、集まった3人は可哀想なものを見る目でベカスを見つめていた。

 

「おい、何見てんだ」

 

ベカスが珍しく怒りを露わにすると、それを見た3人は気まずそうな顔をして、それぞれ別々の方向に視線を逸らした。

 

「何か言いたいことがありそうだな」

 

「ああ、正直言って引いてる」

 

詰め寄ってきたベカスに、逃げられないと悟ったのか佐伯は肩をすくめてベカスの姿を流し見た。

 

「正直言ってドン引きなんてもんじゃない! いや、オッサンがこんな姿になったからっていうのもあるが、それだけじゃない。オレが引いているのは、アンタがこれだけ強烈な効果を発揮する薬を平気な顔をしてオレたちに盛ろうとしていたことに関してだ」

 

「いや、それはまあ……つい出来心で」

 

「出来心で性転換? オッサン、アンタ……頭湧いてるんじゃないの?」

 

 

 

「まあまあ、落ち着いてよ佐伯! あっ、そうそう! 気になったんだけど……そんな姿になって、しかも喉仏も出ていないのに、声はいつもと変わらないんだね」

 

アルトは苦笑いを浮かべ、どうにかして場を和ませようと話題を切り替えにかかった。

 

「ああ、そういえばそうだな。身体がこんくらい変わるんだったら、声の質まで変わってもおかしくはずだよな……」

 

ベカスは「今まで考えもしなかった」と言いたげに自分の首に触れた。それから一度咳をして、試しに今の自分がどれだけ高い声を発することができるのか試してみるも、辛うじて発することのできた高音は普段の状態でも発声することが可能なレベルのものだった。

 

「というか、この薬って……いったいどういう仕組みでこうなるの?」

 

「そんなのオレに分かるわけないだろ。オレは半ば騙された感じでテストに使われただけだし、まあ詳しいことはこの薬を作ったオスカー製薬の人にでも聞けよ……まあ、企業秘密らしいけどな」

 

「そっか……ところで、薬の効果はいつになったら消えるの?」

 

「あー……薬のパッケージには最長10日間の持続効果って書いてあるみたいだが、前に呑まされた時はちょうど1週間で元に戻ったからなぁ……個人差があるんだろう」

 

「じゃあ、1週間その姿で生活することになるんだ……」

 

これにはアルトも苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「…………」

 

見事なまでの変貌を遂げたベカスを前にして、龍馬を除く3人がそれぞれ冷ややかな視線を浮かべる中、その中で1人……ベカスに対して他の4人とは違う視線を向けている者がいた。

 

視線の主はウッドだった。

ベカスが部屋の中に姿を現してからというもの、ここまでずっと無言を貫き、何やら一心不乱にベカスのことを凝視していた。

 

「ん? アンタ、どうしたんだ?」

 

ウッドのそんな様子が気になったグルミが声をかけると

 

「いや、何でもない……」

 

そう言ってウッドはふと我に返ったように顔を背けた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

かくして、男たちのバレンタインデーが始まった。

 

 

 

龍馬「せ……先輩! よかったらコレ、食べてください!」

 

アルト「あ、ありがとう!」

佐伯「お……おう」

グルミ「……ど、どうも」

 

 

言葉にすればそれは、調達係があらかじめ店で買っておいたチョコレートを女装した龍馬が男たちへ配るだけという話に過ぎなかった。

……なのだが、龍馬はベカスに言われた通り、やれと言われた『学校の先輩後輩』というシチュエーションを律儀にこなし、一人一人しっかりと真心を込めてチョコレートを手渡した。

 

そうして受け渡されたチョコレートは、元々は街で普通に買うことのできる安い量産品に過ぎなかったのだが、唯一無二の絶世の美少女(?)である高橋龍馬が手渡したことによりその価値は何十倍……いや、何百倍にも膨れ上がった。

 

さらに、とても演技とは思えない龍馬の初々しさと愛嬌、そして可愛らしさとてぇてぇが溢れたその振る舞いは3人の心に強い衝撃をもたらすこととなった。

その衝撃は凄まじく、シャロのアプローチにすら一切なびかなかったあのグルミでさえも、チョコレートの受け渡しが行われた際には俄かに頰を赤く染めるほどだったという。

 

 

 

「なるほど、オッサンが熱中するわけだ」

 

佐伯は今回のイベントを通じて、改めてバレンタインデーにチョコレートを貰える有り難みと、高橋龍馬の可愛さを実感するのであった。

 

 

 

その一方で、ベカスはというと……

 

「くそっ! 分かったよ、やればいいんだろ!」

 

ベカスは悪態を吐きつつ紙袋の中からチョコレートの箱を取り出すと、そそくさとウッドの真正面に移動した。

 

「おい、お前……」

 

「えっ?」

 

突然のことに、ウッドは困惑した。

 

「何呆けてやがる……これ、やるよ」

 

そう言ってベカスはウッドの腕を掴み、その手の中に持っていたチョコレートの箱を押し付けて握らせた。

 

「お、俺のために……?」

 

「べ、別に……お前のために用意したんじゃないからな! こんなのはあくまでも、ちょっとした戯れに過ぎないんだからな!……くそっ、何でオレがこんなこと……」

 

 

 

(ツンデレだね)

(ツンデレだ……)

(ツンデレだな)

 

 

 

ベカスの言葉にアルトたちは苦笑いを浮かべた

 

その時だった……

 

 

 

「可憐だ」

 

 

 

ベカスとチョコレートの箱とをしばらく見つめていたウッドだったが、何を思ったのか唐突にそんな呟きを口にした。

 

「え?」

 

「「「は?」」」

 

ベカスやアルトたちは皆一同に驚愕した。

 

「ウッド!? お前……何言って……」

 

「ひと目見た時から思っていた」

 

ただならぬウッドの様子に、嫌な予感を察知したベカスはその場から後ずさりをするも、ウッドはジリジリと距離を詰めてきた。

 

「君の……美しい銀色の髪の毛、細くしなやかな両腕、無駄のない体つき、それでいて艶やかな臀部、そして真夏の太陽よりも美しいその瞳……」

 

 

 

(ねぇ、もしかして口説いてる?)

(恐らくな……それにしても、非常にアレな光景だ)

(臀部って言ってる時点で、もう引くわ)

 

 

 

「や……やめろ! オレはそんな、男に興味なんて」

 

「ん? 男性経験がないことを気にしているのか? いや、安心しろ……そんな些細なことなど俺は一向に気にしないぞ。むしろ貞淑な女性は好まれるものだ」

 

「いやいやいや! おかしいだろッッッ! そんなこと言ってない! どうしてそうなる!? ま、待て! そもそもオレは男だ! 勿論分かってるよな!」

 

「ハハッ、おいおい何を言っているんだ? 君のような美しい女性が男であるはずがないじゃないか……」

 

「じ、冗談だよな! な!?」

 

「こう見えても、冗談は嫌いなんだ」

 

「そ、そんな……あっ!?」

 

そして、ついにベカスの背中が壁に衝突した。

もはやベカスに退路はない

 

 

 

……ドン!

その時、部屋に鈍い音が鳴り響いた。

 

 

「ひぃっ!?」

ベカスは思わず悲鳴をあげた。

 

 

 

(ま……まさか!)

(ああ、そのまさかだ!)

(あ、あれは伝説の……!)

 

 

 

壁ドンだあああああああッッッ!!!!!!

 

 

 

壁に手を突き、ウッドは至近距離でベカスの目を見つめた。あまりの恥ずかしさに、ベカスはウッドから顔を背けようとするも、ウッドはベカスの顎をグイっと持ち上げた。

 

「ベカス! 俺は……お前のことが……!」

 

そして、愛の言葉を囁こうとした……その瞬間……

 

 

 

(……なにしてるの?)

 

 

 

誰かが放った一言に、その場の空気が凍りついた。

 

「あ! 先生!」

 

部屋に入ってきたその人物を見て、龍馬が呟く

言うまでもなく、それは指揮官その人だった。

 

 

 

(り、龍馬くん? なにその格好……というか……)

 

そう言って、指揮官は周囲を見回した。

 

(え? なにこの状況……?)

 

 

 

「し、指揮官……勘違いしないでくれ!」

 

困惑する指揮官の姿を見て、ウッドは慌ててベカスの前から飛び退いた。

 

「これはその……ちょっとした戯れに過ぎないんだ! 決して、本気でベカスのことを好いていたわけでは……そう! ほんのお遊びだったんだ!」

 

「……オイ!」

 

苦し紛れにも似たウッドの言葉に、ベカスは怒り心頭した。

 

 

 

(うん、そう? まあいいや)

 

しかし、指揮官は大して気にもとめていないようだった。

 

(それに……みんないる事だし丁度いいね)

 

 

 

「丁度いい? 指揮官、何の話だ?」

 

(はい、これ)

 

そう言って指揮官は部屋の中を歩いて回り、その場にいた全員に小さな袋を手渡し始めた。袋の中にはダイヤやハートなど様々な形のチョコレートが入っていた。

 

「え?」

 

グルミは袋の中のそれを見て思わず声をあげた。

 

「指揮官……これは一体……?」

 

(チョコレートだけど?)

 

「いや、それは分かるんだが……」

 

グルミは不思議そうな目で指揮官のことを見つめた。いや、グルミだけではなく、チョコレートが入った袋を受け取った全員が同じ顔をして指揮官を見つめていた。

 

 

 

(まさか……指揮官ってそういう……?)

(ああ、前から薄々そんな気はしていたが……)

(ええ!? 先生に限ってまさかそんなこと……)

(だが、この状況ではそうとしか……)

 

 

 

(うん、みんなの言いたいことは分かるよ。でも違うから)

 

そう言って指揮官はため息を吐いた。

 

 

 

指揮官の話を要約すると、こうだった。

 

今日では恋人たちの日として広く知られているバレンタインデーだが、実はそれ以外にもバレンタインデーには、いつもお世話になっている人に普段は中々伝えることの難しい感謝の気持ちを伝えるためのイベントとしての意味合いもあるとされている。

 

それを踏まえた指揮官は、どうせならクリスマスの時と同じく自分のことを信じてついてきてくれるスタッフ及び交友関係にある全員に日頃の感謝の気持ちを伝えようと、大量のチョコレートを用意したとのことだった。

 

 

 

指揮官の話を聞いていたベカスだったが、そこでふと、ベカスは指揮官が大欠伸をしていたことを思い出した。

 

「もしかして、朝眠そうにしていたのは……」

 

(うん、実は昨日夜遅くまで全員分のチョコレート作りとラッピング作業をしていたから)

 

「ああ、それで……ん、待てよ……? つまりこれって全部、指揮官の手作りなのか……?」

 

(他の人に手伝って貰ったところもあるけど、基本的にはね。ああ、ちゃんと指揮官としての業務を果たした上でのことだから安心してね)

 

「指揮官……あんた、いい奴だな……」

 

ベカスは袋の中のチョコレートをまじまじと見つめた。

 

(手作りの方がより感謝の気持ちも伝わっていいかなって思ったんだけど……)

 

「ああ、そりゃあ伝わるとは思うが……しかし、この基地にいるスタッフだけでも何百人といるのに、全員分のチョコレートなんて作るの大変じゃなかったのか?」

 

(勿論大変だったよ、でも手伝いを申し出てくれた人たちがいたからなんとかなった……でも……)

 

そこで、指揮官はふとアルトに視線を送った。

 

(アルト、ごめん)

 

「え?」

 

何の前触れもなく謝罪の言葉を放った指揮官に、アルトは少しだけ驚いた。

 

「指揮官……なんで謝るの?」

 

(それは……)

 

「指揮官は悪くない! 謝るのはアタシの方だよ!」

 

その時、部屋に新たな乱入者が現れた。

 

「し、シャロ!?」

 

突如として目の前に現れた赤毛の少女を見て、アルトは目を丸くした。それはアルトのガールフレンドであり、命の恩人でもある賞金ハンターの少女……シャロだった。

 

「え? どういうこと……?」

 

困惑するアルトを前に、気まずそうな表情を浮かべたシャロはそこで小さく頭を下げた。

 

「アルト……その、昼間はごめん……」

 

「昼間……? 昼間って……あ!」

 

そこでアルトはつい数時間前のことを思い出した。

チョコレートを貰えるかなと思いシャロの部屋を訪ねた際に、なんだか疲れた様子のシャロとケンカになって一方的に追い返されてしまった時のことだった。

 

(実はシャロには、昨日夜遅くまでチョコレート作りの手伝いをして貰っていたんだ)

 

足りない言葉を捕捉するように、指揮官は続ける。

 

(それで寝不足になって、つい感情的になってしまったらしくてね……でも、そうなった責任はこっちにもあるから……ごめん)

 

「そうだったんだ……」

 

シャロが疲れていた原因と指揮官の謝罪の意味を把握し、アルトは小さく頷いた。

 

「うん、まあ……こっちも訪ねるタイミングが悪かったってことだよね……」

 

「許してくれるの?」

 

「勿論! というか、シャロに嫌われてしまったんじゃないかと思っていたから、むしろ安心した」

 

そこで、2人の顔がパアッと明るくなった。

 

(シャロ、アレを……)

 

「うん、そうする!」

 

指揮官に促され、シャロはポーチの中から小さな袋を取り出した。可愛くデコレーションされた半透明な袋の中には、指揮官が用意したものよりも大きめのチョコレートが入っていた。

 

「その……今回のお詫びと、日頃の感謝を込めてなんだけど……受け取ってくれる?」

 

「え? 僕に!? いいの!?」

 

シャロからチョコレートを受け取ったアルトは、そこで喜びのあまり声を出して飛び上がった。しかも、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

「なによ、チョコレートを貰っただけで大袈裟な……」

 

(まあ、彼にも色々あるのさ)

 

まるで子どものように喜ぶアルトに、指揮官とシャロはくすりと笑いかけた。また、遠くから眺めていたグルミと佐伯、そして龍馬も喜ぶアルトにつられるようにして穏やかな笑みを浮かべている。

 

「ハッ、羨ましいねぇ」

 

「くっ、リア充め……」

 

しかし、そんなアルトを好ましく思わない人物が2名ほどいた。

ベカスとウッドだった。

 

「あ……ご、ごめん……」

 

2人の様子を見て、アルトは慌てて喜ぶのをやめた。

 

「何がごめんだこのヤロー」

 

「そうだ! 俺は君のことを同じチョコレートを貰えなかった仲間だと思っていたのに……酷く裏切られた気分だ」

 

2人は真顔でアルトに迫った。

それはまさしく、異端を許さぬCCC幹部の……

 

(あ、そうそう! グニエーヴルがベカスとウッドのためにチョコレートを用意しているってさ)

 

「「え!?」」

 

指揮官の発したその言葉にベカスとウッドの動きが止まった。

 

「「指揮官! それは本当か!」」

 

(うん、余ったチョコレートの材料を使って最高のものを作ってあげるんだって息巻いてた。今頃、食堂の方で待っているんじゃないかと……)

 

「「!!!」」

 

指揮官の言葉を最後まで聞くことなく、2人はまるでどちらが先にチョコレートを貰えるか競い合うように指揮官の脇をすり抜け、食堂に向かって走っていった。

 

「ねえねえ先生! もしかして僕たちも……?」

 

(うん、お姉さんが待ってるよ)

 

「やったあ!」

 

(そうそう……ついさっき遥がバレンタインデーについて教えて欲しいって言ってきたから、グニエーヴルたちが協力して作っていることを教えてあげたら友達のために作ってあげるって言ってたな……)

 

「な!? それは本当か?」

 

(うん、だから佐伯くんも行ってあげて)

 

「分かった!」

 

(それと……グルミ? 今、お姉さんと船長が基地に来ていて……)

 

「いや、俺はいい……」

 

(気持ちは分かるよ。だから、彼女たちにはちゃんと監視役と毒味役をつけておいたから安心して)

 

「指揮官、わざわざすまない……っ!」

 

「ねぇアルト! あたしたちも行こうよ!」

 

「うん! そうだね!」

 

 

 

そうして、みんなが待つ食堂に向かって、1人……また1人と、リフレッシュルームから人が消えていった。

 

 

 

「ああ、しまった」

 

シャロ、アルト、グルミの順番で並んで歩いていた3人だったが、ふと最後尾のグルミが何かを思い出して指をパチンと鳴らした。

 

グルミのそんな様子にアルトは足を止めた。

 

「え? どうしたの……?」

 

「いや、そういえば……」

 

そこでグルミはポケットからチョコレートの入った袋を取り出した。それは指揮官が全員に配ったものである。

 

「これのお礼を言うのを忘れていたなって」

 

「あ! そういえば僕も!」

 

「しまったな……お礼を言おうにも、いつの間にか指揮官の姿を見失ってしまったし……」

 

「あれ? さっきまで僕らについて来ていたよね?」

 

2人はそこでキョロキョロと周りを見回すも、指揮官らしき人物の姿は影も形も確認することができなかった。

 

「まあいい、次会ったときにでも伝えるとしよう」

 

「そうだね。ここにいる限り、会おうと思えばいつでも会えるんだから!」

 

 

 

「ちょっと! 2人とも遅いよ!」

 

遠くからシャロの声が響いた。

 

 

 

「「今行く」よ」

 

お互いのハモり具合に思わず苦笑しつつ、2人はシャロの背中を追って走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンサーガ

非公式季節イベント「焦燥バレンタイン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

指揮官視点

 

 

 

管制塔ー最上階ー

 

 

(そろそろかな……?)

 

管制塔の最上階にある監視台で、頭上に広がる夜空を見上げつつ時間を確認していると、何者かが監視台へと続く螺旋階段を上ってくるような気配を感じた。

 

管制塔上部の空きスペースを利用して作られたこの場所の存在を知る者は少ない。そして、このタイミングでこの場所へ足を運ぶともなると、考えられる人物は1人しかいなかった。

 

「指揮官様、お待たせして申し訳ありません」

 

桃色の髪の毛の女性……べサニーが姿を現した。

 

(ううん、今来たところ)

 

商人である彼女が来たのに合わせてこちらも姿勢を正した。べサニーには闇市を通じてチョコレートの材料を調達や輸送を任せていた。

 

そして、今日は調達にかかった費用の請求に来たのだ。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「指揮官様、こちら……チョコレートの材料費と送料等の請求書です」

 

しばらくの間、監視台の中で世間話や雑談に花を咲かせた後……そろそろ日付が変わろうというところになって、べサニーは今回の本題である請求書を差し出してきた。

 

(あはは……高いね)

 

受け取った請求書に目を落としていつも通りの感想を述べると、べサニーはふんわりとした営業スマイルを浮かべた。

 

「それと、メロンです」

 

(……え?)

 

べサニーは次に綺麗な小箱を差し出してきた。

べサニーはこうしてたまに、実家の領地で取れたメロンなどを商談の度に持ち込んでくれるのだが、今回は明らかに雰囲気が違った。

 

「はい、これは私からのささやかなバレンタインチョコです。見た目は普通のチョコレートですが、中には実家の領地で取れたメロンから抽出したエキスが詰まっています」

 

(おお……凄い……!)

 

どうやら今回のメロンは趣向を変えて、いつもとは違うものにしたようだった。しかし、チョコレートの中にメロンって……合うのだろうか?

 

「バレンタインデーは恋人たちの日であると同時に、普段中々伝えることのできない感謝の気持ちを伝える日でもありますので……指揮官様、いつも私どものお店をご利用いただき誠にありがとうございます」

 

(こちらこそ、いつもありがとう)

 

礼を返しつつ、箱を開けてチョコレートの1つを摘み上げて匂いを嗅ぐと……確かに、チョコレート特有の甘い香りの奥に、うっすらと別の香りが感じられた。

 

(へぇ……凄いね。どこで売っていたの?)

 

「それは秘密です」

 

(ん……じゃあ、いつか教えて欲しいかな)

 

どこかいたずらっぽい笑みを浮かべるべサニーに、こちらも小さく笑いかけた。

 

「ふふっ……ところで指揮官様、本日はバレンタインデーですが、本命の方からはチョコレートは貰えましたでしょうか?」

 

(……何のこと?)

 

「いえ……ふふっ、そういうことにしておきましょうか」

 

べサニーは小さく笑って立ち上がった。

 

「それでは指揮官様、また会う日まで……」

 

(べサニーも、今日はお疲れ様)

 

そんな言葉を送り、階段を下りていくべサニーを見送った。

 

 

 

貰ったチョコレートを1つ口に入れると、上品な甘さが口の中に拡がった。だけど、甘さの奥に小さなほろ苦さが隠れていることに気がついた。

 

(もう少し、甘くてもいいかな)

 

次はもっと甘いものを頼もうかな? そんなことを考えていたら、いつのまにか今日という1日は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

第4話:男たちのレクイエム(後編)ー了ー

 

 

 

 




あるもの全ての魅力を全て使い切ってこそ、良い物語は作れると思うのですよ! ムジナは語彙力のないクソザコですが、というわけでクソザコなりに頑張らせていただきました。

2話のラストでグニエーヴルがなんか不吉なことを言っていますが、種明かしをするとアレは単にみんなでチョコレートを作ろうっていう話をしていただけで、処分という言葉は自分の失敗作を廃棄してほしいという依頼だったのです。なのて、そんな陰謀とかではありません。(しいて言えば、男たちに内緒でチョコレートを作るっていう陰謀)

あと、最後の指揮官とべサニーのやり取りですが……あれは敢えていくつもの解釈ができるように曖昧な形を取っておりますので、是非お好きな解釈をどうぞなのです。

ムジナからは以上です。何か質問や意見、誤字脱字などがございましたら是非コメントにて発言をお願い致します! また、このキャラで〇〇の展開を希望する……などといったリクエストも受け付けておりますので、それでは、またどこかでお会いしましょう……


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