爆豪勝己のお嫁さん(予定) (海底のくじら)
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男女の第一印象は大切です
恋愛は、押して押して押し倒して、折らせた方が勝ち


なんとなく書いてみたかったお話。見切り発車。


春。

それは出会いの季節だ。

 

真新しい制服に身を包んだピッカピカの新入生が、これから始まるスクールライフにドキドキワクワク胸を高鳴らせ、かたやピッカピカの上級生が、可愛い後輩ができることへの期待と不安に心臓をバクバクさせるのは、もはや風物詩である。

 

さらに思春期の男女なら、未来の彼氏彼女に想いを馳せることも少なくないだろう。ひと昔前には、勇気ある生徒が校舎の屋上から想い人に愛を叫びまくる大告白番組もあったくらいだ。一生のうち(留年しなければ) 3年しかない高校時代をキャッキャウフフして過ごす運命の相手()を探してしまうのも、ある意味仕方ない。

 

だから、かの名門・雄英高校ヒーロー科でも、ラブイベントが発生するのは仕方なくて。

 

 

「好きです」

 

 

愚直な愛の言葉。だからこそ、そこには紛れもない情熱が感じられる。

 

春の暖かい日差しと桜が舞う満点のシチュエーションでされた告白。辺りには甘酸っぱい空気と黄色い声援が溢れて───いない。

 

 

そう、いないんだ。

 

場の空気?甘酸っぱいどころか、まるでコンクリートを流し込んだようにガチガチに固まってるよ。いっそ重力さえ感じる。教室の誰一人動けてないよ。

 

黄色い声援?あの陽キャの代表みたいな上鳴くんと芦戸さんが口を一文字に引き結んで目をかっぴらいてるんだぞ。他の誰が口を開けると言うんだ。無理だよ。

 

一通り一般的な青春知識と現状の分析……もとい現実逃避をした僕に、それでも現実は容赦なく襲いかかってくる。

 

「好きです。結婚を前提に付き合ってください」

「…………あ゛?」

 

拝啓、お母さん。

 

僕の爆殺系ツンギレ幼馴染♂が、色黒スレンダー美女(入室時間:1分前)に、教室のど真ん中(朝のHR中)でプロポーズされています。

 

 

◇◇◇

 

 

ことの始まりは始業式を終えた1週間前にさかのぼる。

 

「「「アメリカからの編入生!!!???」」」

「そうだ」

 

相澤先生から知らされた突然のニュースに、元1-A……もとい無事に全員が進級できた2-Aの皆が驚きの声をあげる。

 

「B組に転科した心操のように、雄英は適正な能力のある学生の編入や転科を推奨している。それは外部───もちろん海外からやってくる者も例外じゃない」

 

去年は敵の侵入による厳戒態勢のせいで、ほとんど機能していなかったがな。

 

そう言うと、先生は黒板に1人の名前を書いた。

 

「編入生の名前は『交埜(こうの)レア』、シカゴで地元の高校のヒーロー科に在籍していた女子だ」

「「「女子!!」」」

「「うおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」」

 

麗日さん達A組女子が歓声をあげるのに被せて、峰田くんと上鳴くんが雄叫びをあげた。この2人の女子好きは周知の事実だけど、あからさますぎやしないか?峰田くんなんか「貴重な女成分、しかも外人……!やおよろっぱいを超えるボンキュッボンが……」とかブツブツ言ってるんだけど。女子の視線、特に八百万さんがゴミを見るような目をしてるんだけど。気づいて峰田くん……!

 

「峰田、黙らんと外に放り出すぞ。……本当は始業式に間に合うはずだったが、ビザの取得やらなんやらで手間取って、1週間後からの編入となった。寮の準備はお前らが学校にいる間、先立って業者が行う。勉学に関しては試験結果から問題なし、即日からお前らと同じ授業を受けてもらう」

「でも先生、交埜……さんは外人なんですよね?日本語の授業で大丈夫なんですか?」

「そうだよー!アイキャンノットスピークイングリッシュ!!」

 

尾白くんの心配そうな声に、葉隠さんがはわはわと身振り手振りでのっかる。2人の当然な質問に、問題ない、と先生はあっさり言った。

 

「家が日系で日常的に日本語も話していたらしい。会話は問題ない。ただ日本での生活は慣れないことも多いだろうから、特に女子はそこらへんをフォローしてやれ」

 

 

当然それからのクラスの話題は編入生……まだ見ぬ『交埜さん』の話で持ちきりだ。

 

「日系ってことは見た目はアジア人っぽいのかな?」

 

麗日さんがとてもワクワクした顔をしている。どうだろう、日系アメリカ人と言えばB組の角取さんが思い浮かぶけど、彼女はどちらかというとアメリカンな外見だ。

 

「どうかしら。もしかしたら『個性』で動物っぽいかもしれないわ」

「血に定められし姿……」

 

ケロケロと笑う梅雨ちゃんとその横で頷いている常闇くんは、先天性な個性寄りの姿を想像しているらしい。

 

「まー、どんな奴でも仲間が増えるのは嬉しいよな!な、爆豪!」

「あ?興味ねぇわ」

 

ニカっと満面の笑みで話しかけた切島くん……を秒で切り捨てたかっちゃん。正直予想してたけど、あまりにばっさりな態度に上鳴くん達からブーイングが飛ぶ。

 

「ええー、なんでだよ爆豪!女子だぞ女子!!」

「しかも外人だぞ?さすがにちょっとくらい興味あるだろ」

「ねぇわ。モブが1人2人増えたところでモブだろ」

「お前それでも健全な男子高校生かよ!!」

「……はっ、もしかしてその歳でもう枯れて」

「上等だボケクソゴラ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!てめぇらのもんこの先一生使えなくしてやらぁぁっっ!!!!!」

「「「ぎゃあああぁぁぁぁっっっ!!!!!」」」

 

教室の一角で爆音と盛大な火花が散る。はたから見れば大惨事だけど、A組ではこれが日常風景なので誰も心配しない。耳郎さんと芦戸さんなんか、ボソッと「爆豪もっとやっちゃえ」とか「不埒な輩はお灸をすえるべし!」とか言ってるし。

 

「でも切島さんの言う通り、どんな方でもクラスメイトが増えるのは嬉しいことですわ」

「その通りだ!しかも故郷を離れて日本に来たのなら、さぞ不安なことも多いだろう。僕たちが率先してフォローしてあげなければ!!」

 

学級委員らしく使命感に燃える八百万さんと飯田くん。かっちゃんの丸焼きクッキング(黒焦げ仕立て)をぼんやり眺めていた轟くんが、そうだな、と頷く。

 

A組(ここ)にきたらどんな奴でも普通扱いになるだろうしな」

「それは言っちゃだめだよ轟くん……」

 

 

それから1週間後。

相澤先生に連れられてやってきたのは……ちょっと普段お目にかかれないような、モデルみたいに綺麗な人だった。

 

身長は僕と同じくらいか少し高い。

なのに手足は驚くほどスラッとして長く、全体的に細くて、顔が小さい(あとで麗日さんに教えてもらったけど、いわゆる八頭身というやつらしい)。

緩くウェーブした黒髪に、口元には黒子が一つ。チョコレート色の肌と長い睫毛。そして、大きな金色の、猫みたいな目。

 

一瞬でほぼ皆の視線をかっさらった彼女は、教室に入るなり僕たちを見渡すように大きな目を動かして、ニッコリ笑った。「ヒョエッ」って上鳴くんが変な声あげてたけど気持ちはすごく分かる。眩しすぎて目が痛い。こちとら高校に入るまでまともに女子と絡むことなく筋肉モリモリのNo.1ヒーロー♂を追っかけてたオタクだぞ、美女の笑顔に耐性なんてあるわけないだろ。

 

彼女は笑ったまま、挨拶のために教卓の傍に立ち……止まらず通り過ぎると、こっちに向かってきた。………え??なんで!?相澤先生も「交埜?」って訝しんでるよ!!?

 

周りの困惑した空気なんて感じないように、彼女は迷いなく僕、の前の席に座っている生徒の真横に立った。

 

そう、唯一交埜さんに何のリアクションもしなかった、目線すら向けず眠そうに頬杖をついてるかっちゃんである。

 

「バクゴーカツキ」

「……あ?なんだてめぇ」

 

見ず知らずの他人から名前を呼ばれたかっちゃんは、誰もが怯えて逃げ出しそうな顔で横に立つ彼女を睨み上げた。掌から威嚇するように小さな爆発音が鳴る。

 

その手を、交埜さんはまったく躊躇うことなく、ぎゅっと両手で握った。頬を赤く染めながら。

 

教室の時間が止まった。

 

そして話は冒頭へ戻る。

 

 

◇◇◇

 

 

「アタシ、芦戸三奈!これからよろしく交埜ちゃん!」

「レアでいいですよ。アメリカでファーストネームの方が呼ばれ慣れてますから」

「じゃあレアも三奈って呼んで!」

「よろしくお願いします、ミナ」

「ケロケロ、私は蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」

「ツユチャン?」

「そう。よろしくねレアちゃん。あと敬語じゃなくていいわ」

「敬語はクセなので気にしないでください」

 

あの後、固まる僕たちが復活する前に、交埜さんは相澤先生に捕獲された。文字通りあの操縛布で引っつかまれ、教室の外に引きずられていった。だから2人がどんな話をしたのかは、誰も分からない。

 

分からないけど、数分と経たずに戻ってきた先生は「お前らのプライベートに首を突っ込むつもりはないが、くれぐれも、くれぐれも問題は起こすな。節度を守れ。何か起こる前にミッドナイトさんにでも相談しろ。いいな?」と、今まで見たことのない顔(瀬呂くんいわく、チベスナ顔というらしい)をしていた。何があったんですか。交埜さんは終始ニコニコしてた。怖い。

 

そんなことがあったから、皆彼女に話しかけるのを躊躇うかと思いきや、HRが終わった途端、女子が突撃していった。さすがである。でもそのおかげで、男子も徐々に混じって話すようになった。一部を除いて。

 

交埜さんの席は幸運にも(?)かっちゃんの対角になったので、あの告白以降、彼女はかっちゃんに何もアクションを起こしていないし、かっちゃんも近づかない。むしろ全力で「俺に近づいたら殺す」オーラを出して警戒しまくっている。僕?かっちゃんのオーラが怖すぎて、必然的に交埜さんの近くまで退避しました。胃がキリキリする……。

 

そんな僕の内心を知ってか知らずか、眼をキラキラさせた芦戸さんが、と・こ・ろ・で!と元気にぶっこんだ。

 

「レアのさっきの告白はマジなの!?爆豪のこと知ってたの!?なんで爆豪なのー!!??」

 

本当に容赦がないです。さすが日頃から恋バナに目がない恋愛番長(自称)。でも突っこむのはもうちょっと後にしてほしかった……!怖くて目を向けられないけど、切島くんが「やべぇ爆豪の血管が切れる」って言ってるよ……!

 

交埜さんは一瞬キョトンとして、また朝のようにニッコリ笑った。

 

「本当ですよ。カツキのこと大好きです」

 

「「「キャー!!!!!」」」

「勝手に名前で呼ぶんじゃねぇキチガイ女ァ!!」

 

女子の歓声が響き、ついに耐えられなくなったかっちゃんが、バンッ!と机を叩いて立ち上がった。ギリギリと音が鳴りそうなほど歯を噛みしめ、鬼の形相で交埜さんを睨んだ。正直100年の恋も冷めるというか、普通の女子が見れば、できるだけ関わりたくないだろう人相になってる。

 

でも当の彼女は、引くどころか笑顔をさらに輝かせた。

 

「名前はダメ?じゃあDarling(ダーリン)Hubby(ハビー)?」

「全部却下に決まってんだろクソが!!何しれっと旦那呼びしてんだ!てめぇみたいなキチガイ死んでもごめんだわ!!!」

「あ、私はレアでもHoney(ハニー)でもSteady(ステディ)でもいいですよ!」

「誰だコイツ会話は大丈夫っつったのは!??リスニングと人語の理解からやり直せや!!!!!」

 

カオスだ。絶叫するかっちゃんを切島くんがどうどうと落ち着かせる間に、瀬呂くんが口を挟んだ。

 

「いやでも本当になんで爆豪?初対面じゃないの?」

「きっかけは体育祭の映像見て……カッコイイなって」

「あー……黙ってればそこそこ良さげな顔だもんなぁ」

「戦ってる姿は派手でカッコイイもんねぇ」

 

芦戸さんもうんうん頷く。確かにかっちゃんの戦闘シーンは映像映えする。あれ、でも体育祭の最後って確か……

 

「戦ってる姿も良かったけど、表彰式の姿が1番ときめきました!!」

「「「なんで!!!???」」」

 

表彰式ってアレだよね!?拘束具で取り押さえられてた時の!!あの修羅の何にときめいたの!!??かっちゃんの顔を見て!ときめかれた本人もドン引きしてるよ!!

 

「レアちゃんは敵顔(こういうの)がタイプなの……?」

「あれか?一周回ってゲテモノの方がおいしそうに見えるやつ」

「滅多にお目にかかれない珍味に惹かれちゃうみたいな?」

「それ口に入れた後に後悔するやつだろ。レアちゃん、考え直した方がいいぞ。爆豪は悪い奴じゃねーけど、性格はクソ下水煮込みだからな!」

「誰がゲテモノ珍味じゃゴラァアッ!!!」

 

皆の酷評に吠え、最後に余計な一言を言った上鳴くんの顔面を爆破したかっちゃんは、不愉快度マシマシな顔で交埜さんに指を突きつけた。

 

「とにかく!てめぇのふざけた告白に応える気はさらさらねぇ!!分かったら金輪際俺に関わんなや!!!」

「ふざけたつもりなんてないです。誠心誠意想いをこめた、一世一代の告白ですよ!」

「初対面のモブに、結婚を前提になんて言われて喜ぶ奴がいるか!!勝算なんぞ1ミリもねぇだろうが!!」

「だってMom(マム)が言ってました」

「ああ?」

 

ずっとかっちゃんを見ていた交埜さんは、またニッコリ笑って言った。

 

「恋愛は、押して押して押し倒して、折らせた方が勝ちなんだよって」

 

その笑顔が、なんというか……肉食獣が逃げ場を絶たれた獲物を目の前にした時みたいな感じで……。

顔を引きつらせたかっちゃんが、蚊の鳴くような声で「ババアと同じ人種だ……」と呟いていたのは、多分僕の気のせいじゃない。

 

こうして、編入1日目どころか1分でA組のちょっとヤバイ奴にランクインした交埜さんと、そんな人に惚れられたもっとヤバイ奴なかっちゃんと、その2人にぶん回される僕らのスクールライフが始まった。

 

 

 

 

 

あ、言い忘れていたけど。

 

これは僕の幼馴染と元クラスメイトが、紆余曲折を経て、ヒーロー界の「最恐おしどり夫婦」と呼ばれるまでの物語だ。

 




かっちゃんってほぼ光己さん似だけど、恋愛に関しては勝さんみたいに押される側な感じがする。あのお二人に教育されてるから、訓練とか勝負では容赦ないけど、普段は隠れフェミニストだったら面白い。
ちなみにレアがかっちゃんの手を握った時、怪我させないように爆破を止めていたという誰も気づかないだろう裏設定がありました。

◆プロフィール

交埜レア 「個性:???」
シカゴからやってきたロールキャベツ系女子。爆豪勝己が好き。
編入早々、クラスメイトからヤバイ奴認定され、想い人から「キチガイ女」の称号をもらった。実は日本のとあるヒーローが親戚。

爆豪勝己 「個性:爆破」
今回1番の被害者。そして今後も大体苦労する。
そこそこ告白されたことはあるけど、全部断って終わりだったのでお付き合い経験はゼロ。押せ押せどんどんなレアが母に似ててヤバイと気づいた。

緑谷出久 「個性:OFA」
2番目の被害者。A組の中では遠慮なく鋭いツッコミをすることが増えた。席が幼馴染の後ろなせいで、今後よく巻き込まれることになりそう。
ちなみに進級時に公平な席替え(くじ引き)をしたが、10年来の腐れ縁が仕事をした。

オリ個性は前から考えてたけど、最近酷似した個性を使う他作品を見つけてしまって、そのまま続きを書いていいか悩みどころ。
続きを書くとすれば、かっちゃんvsレアの戦闘訓練とかかな……。あと2人がくっついた後の小話。バレンタインとかプロヒ設定とか。


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恋はするものではなく、落ちるものです

満場一致でOKをもらったので続きがログインしました。思ったより早く書けた。


「え、レアちゃんも、もう仮免持ってるん?」

「はい。セミプロになることが編入の条件でもあったので」

 

驚く麗日さんに、熱々の山かけうどんを冷ましながら交埜さんが答えている。

 

現在時刻、昼。午前の授業に勤しんだ生徒の楽しみ、ランチタイムである。

 

朝の事件(あれは多分ラブイベントにカウントしてはいけない)を経て、僕たち2-Aの面々(一部を除く)は食堂に来ていた。というのも、交埜さんがクックヒーロー・ランチラッシュのご飯を食べてみたいと言ったからだ。まだまだお話ししたい女子と、アメリカのヒーローについてとか、彼女に聞いてみたいことがある男子もお供することになった。

 

かっちゃん?午前最後の授業が終わった瞬間、交埜さんが口を開く前に、風のように教室を出ていきました。何を言っても彼女が堪えないから、物理的に距離を取ることにしたらしい。

 

でも、今になっては確かに賢明だったと思う。

朝の衝撃で忘れていたけど、交埜さんはとても美人なのだ。モデルかと思うくらいの。

 

そんな人が、生徒がごった返すピーク時の食堂に来たらどうなるか。

 

そりゃあもう、人目をバカみたいに集めるに決まってる。しかも去年から何やかんや話題になっているA組の新しいメンバーだと知れれば、突き刺さる視線の数が尋常じゃない。食堂に来るまでも、すれ違う人皆が振り返っていたし。針山になる気分ってこんな感じなのかな……。

 

でも女子は予想してたのか、周りの様子なんて知らないとばかりに交埜さんとおしゃべりしている。いや、これは彼女が気にしないようにあえてそうしてるんだろうか?相澤先生もフォローしてやれと言っていたし、皆気遣い上手だから。

 

定食のサラダをつついていた耳郎さんが、眉を寄せた。

 

「編入条件が仮免必須って、難易度高すぎない?」

「2年生以上に編入する場合に限って、今年から追加されたらしいです。私は、B組とのバランスの関係で全員仮免持ち(A組)に入ることが決まってたので、特にですね」

「アメリカのヒーロー科って、皆レベル高いイメージあるよね!1年生からセミプロになるのが当たり前な感じ?」

 

葉隠さんがグイッと身を乗り出す。本場のヒーロー科。皆気になっていたことだ。

ちょっと考えた後、学校にもよりますけど、と交埜さんは続けた。

 

「私の高校は、クラスの半分くらいは仮免持ちでした。アメリカは他の国より試験の頻度が多いので、学科を一定水準合格した人が、取れる時に取るスタイルです」

「クラスまとめて試験を受ける訳じゃないんだ?」

「はい。自衛と早く経験を積む意味も兼ねて、単身で活動できる人をできるだけ増やすためですね」

 

そういえば、前にオールマイトがヒーロー基礎学で話していたことがある。アメリカは国土が広く人口が多いのに比例して、敵の数も他国よりダントツに多い。ヒーローの数も多いけど、怪我による休業や引退も結構あって、常に経験豊富なプロの数が足りないって。

 

プロの穴を埋める役割を考えると、同じ仮免試験でもやっぱりアメリカの方が難しそうだなぁ。そう思っていると、ふと人影が落ちた。

 

「……緑谷。隣いいか?」

「!心操くん。うん、もちろんどうぞ!」

サンキュ、とお礼を言って、空いていたテーブルの端に心操くんが座る。よっす心操、と声をかける他の男子にも軽く頷き返して、彼は鯖の味噌煮に手をつけた。

 

「なんか今日異常に混んでてさ。席見つからなかったから助かった」

「…………それ、多分僕たちのせいかも」

「?」

 

不思議そうな顔をする彼に、目線でそっと交埜さんを指す。促されるままに彼女を見た心操くんは、「……ぉ」と一瞬固まった。交埜さんが入り口に背を向ける形で座っていたから、今初めて気づいたらしい。周りの野次馬もどきにも。

 

無言で席を立とうとした心操くんだったけど、当然彼に気づいた交埜さんと、結局自己紹介することになった。朝のようにニッコリ笑った(あの時の肉食みはない)彼女に、ザワッとする野次馬もどき。こんな衆人環視で美女に笑みを向けられて、ちょっとプルプルしている心操くん。ごめんね、ここに来たのが運の尽きだと思って耐えてください。

 

「シンソウくん……あ、去年唯一、ヒーロー科に転科した人ですか?」

「……俺のこと知ってるのか?」

「編入の説明の時に、アイザワ先生から少し聞きました。()()()()()って」

 

……それってどういう意味だろう?

 

懸命に冷ましていたうどんを食べ始めた交埜さんに尋ねようとしたけど、彼女の背後に来た人物が視界に入り、あ、と声を上げるだけになった。

 

「あれあれあれぇぇ〜?A組の皆さんがそろって何をしているのかなぁ〜??」

 

もはやトレードマークの嫌味節。

B組のビッグマウスにして『雄英の負の面(ミリオさん調べ)』、物間寧人である。

 

彼も席を探しているのか、手にはオムライスを持っている。他のB組メンバーはいない。今日は珍しく1人らしい。

 

「こんにちは物間ちゃん。皆で仲良くランチタイム中よ」

「ふぅん、こんな大所帯で?仲良く?いつも迷惑なくらいフリーダムな君たちがねぇ?」

「ケロケロ、今日はお話ししたいことがたくさんあるの」

 

煽る物間くんを、のんびりとあす……梅雨ちゃんがスルーする。さすが梅雨ちゃん。他の皆は、フリーダムってお前が言うか!という顔をしてるもの。

 

背後をとられている交埜さんは、うどんを啜ってる途中なので、まだ彼を振り向けないでいる。……今更だけど、ナチュラルに箸を使ってるし、食べ方も綺麗なんだよね。アメリカでもよく使ってたのかな?

 

「へぇぇ、でもちょっと周りを見た方がいいんじゃない?こんな混雑してる時に大きなテーブルを占領するのは迷惑だろう?」

 

はっと嘲るように笑われた。正論だ。でも今回は混んでるところに入ったんじゃなく、先に席に着いていた僕たち、もとい交埜さんを見たいがために、生徒が詰めかけて居座ってる状態なんだよなぁ……。

 

さてどうしようかと、ちょっと困った顔をする僕たちを見て、さらに何か言おうと物間くんが口を開く。

 

その時、うどんを啜り終わった交埜さんが、申し訳なさそうな顔で振り向いた。

 

「……ごめんなさい、私がランチラッシュのご飯を食べたいって言ったから、皆ついてきてくれたんです」

「そんな遠足み………ぃ………………」

 

……ん?なんか物間くんが空気の抜けた風船みたいになったぞ。

 

「もうすぐ食べ終わるので、席替えはもう少し待ってもらえると」

「───ぃ、ぃぃいいえ!!どどどうぞゆっくり楽しんでくだひゃい!!!」

 

は???

 

その場にいた全員の心が一つになったと思う。

物間くんの顔が、かわいそうなくらい真っ赤になっていた。しかも敬語、めちゃくちゃ噛んだ。え、いきなりどうしたの。

 

「でも、えっと、モノマくん?が座れませんよね」

「ヒィ、きっ、気にしないでくださ、あっ、き、筋トレ!そう、ちょっと足の筋トレをしたかったので!!立ちっぱなしで全然大丈夫です!!!」

「そうなんですか……?」

「そうなんです!ぁあ、あああの、」

「?」

「───よっ、よろしければアナタの、ぉおおお名前を聞いてもよろしいでしょうかっ!!?」

 

ぶわっ、と僕の背中に冷や汗が流れた。唐突に今の光景によく似たものを思い出したからだ。

あれは峰田くんに嵌められて、強制的に彼のコレクションを鑑賞させられた時。

 

……童◯のウブな中学生男子が、近所のセクシーなお姉さんに一目惚れして、なんとかお近づきになろうとするシーン。

 

だんだん血の気が引いてきた僕を置いて、2人の会話は続く。

 

「今日からヒーロー科2-Aに編入しました、交埜レアです。モノマくんはB組の人ですか?」

「!?は、はぁいそうです!!」

「……もしかして、去年の体育祭で騎馬戦まで進んでました?」

「!!??しゅしゅみました!」

 

普段の弁舌はどこに消えたと思うくらい噛みっ噛みの物間くん。もう首まで赤一色でヤバそうだ。

そんな彼に、交埜さんは無邪気にトドメを刺した(笑った)

 

「やっぱり!よく(カツキを)見てたので(未来の旦那様と直接対決した相手として)覚えてます。これからよろしくお願いしますね!」

 

「…………は、」

「?葉??」

「はっ、は、ははは旗!!ォオオムライスに旗を立て忘れたので僕行きますねではまたさようならっ!!!」

 

そう捨て台詞を叫んで、物間くんは猛然と走り去っていった。

 

いや旗って何?そのデミグラスソースかけのオシャレなオムライスをお子様ランチにする気??君そんなキャラじゃないだろ???

 

待て違う、問題はそこじゃない。

 

ポカンと物間くんを見送っている交埜さんの横を見る。芦戸さんたちが「これはまさかの……」「三つ巴?三つ巴?修羅場きちゃう??」「でも爆豪の矢印がまだどこにも行ってないよね」ってボソボソ言ってるのが聞こえる……!

 

あああああ、やっぱりそういうこと!?なんでよりにもよって!よりにも、よって!!かっちゃんにぞっこんな交埜さんなの!??絶対面倒くさくなる気しかしない……!

 

キリキリしてきた胃の辺りを押さえていると、女子のやり取りを聞いていた心操くんが怪訝な顔で尋ねてきた。

 

「なあ、物間がそういう意味で交埜を好きになると、なんで爆豪が出てくるんだ」

「交埜さんは…………かっちゃんのお嫁さんになる予定なんだ」

「は??????????」

 

今日最多のハテナマークを浮かべた心操くんが、僕を二度見して、そっと飯田くんと轟くんに事情を聞きに行った。多分僕の目が死んでいたからだと思う。

 

そうして嵐のような昼休みを終え、心操くんに哀れみの目で見送られた僕たちは、午後のヒーロー基礎学のために更衣室へ向かった。

休み時間なのに疲労がたまるってどういうこと……。

 

 

 

後日、僕の最後のセリフが野次馬もどきに拾われて、2年のヒーロー科以外の生徒に「あの爆豪勝己には、手を出したら爆殺される、超絶美人な許嫁がいる」と勘違いされていることが発覚し、幼馴染に炙りわかめにされる未来が来ることを、僕はまだ知らない。




ちょろっと伏線張ってすぐ訓練しようとしてたのに、気づいたら物間が高笑いしてた。
いや、自分は物間のキャラ好きですよ。だからこそ、あれだけ弁舌で頭のキレる男子が好きな子の前でだけポンコツになったら、もっと良くないですか?自分だけ?

◆プロフィール

交埜レア 「個性:???」
立てば芍薬座れば牡丹、口を開けば嵐を呼ぶ女子。
仮免取得済み。今のところA組以外の生徒には「ハーフの美人才女」と思われている。多分爆豪が一緒に来てたら、180°違うイメージになってた。

物間寧人 「個性:コピー」
見つめ合うと流暢におしゃべりできない系男子。
レアの見た目と声がドストライクすぎて一目惚れ。
でも失恋が確定しているので、ある意味この作品で1番かわいそうな人かもしれない。南無。

心操人使 「個性:洗脳」
公開羞恥プレイを強行された人。
B組で唯一レアのヤバさを知ってるけど、心優しいので物間には真実を言えない。でも物間より早くレアと友達になりそう。

緑谷出久 「個性:OFA」
まさかの今回最大の戦犯。胃痛持ちになりそう。
発覚した時、廊下でOFAフルカウル・スライディング土下座をした。許されなかった。

爆豪勝己 「個性:爆破」
本人の預かり知らぬところで修羅場に巻き込まれる。解せぬ。
やらかしたわかめを炙った後、『僕は妄言癖のクソナードわかめです。』という貼り紙を付けさせ、校門に吊るそうとしたけど、全員に止められた。

アンケートは1週間くらいで締め切ります。


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気になるあの人を振り向かせる4つのメソッド
Act 1. 彼の好みのタイプを知りましょう


章整理のため、導入部分だけ先に。
彼女だって思春期の女の子です。


ずっと仲の良い友達でも、幾多の困難を一緒に乗り越えてきた仲間でも、疎外感を感じることは必ずあると思う。

 

テストの点数とか、バンドの推しメンとか、彼氏彼女がいるとか。

はたから見れば大したことじゃないかもしれないけど、自分にとっては一大事。誰でも1つはそういうの持ってるもんでしょ?

 

まぁ、ウチも例に漏れず、あんまり人に言えないことがあって。

 

だから、もしかしてと思える相手が突然現れたもんだから。

 

「……………………………レア」

「?なんでしょう?」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………スリーサイズ教えて」

「はい?」

 

現在地点、女子更衣室。

今日会ったばかりのクラスメイトに真顔で尋ねられて不思議そうに、でも律儀に教えてくれた編入生に、耳郎響香は同士を得たと思わず涙ぐんでしまった。

 

 

◇◇◇

 

 

「あっはははははは!耳郎かわいい!!」

「うっさい……」

 

けらけら笑う芦戸をじとりと睨む。けど迫力は無いんだろう。絶対今顔赤いし。

 

雄英ヒーロー科の女子は、なぜか胸がやたら発達してる奴が多い……というかほとんど全員そうだ。ウチより背が低い梅雨ちゃんやB組の小森ですら、服の上からはっきり分かるくらいある。

 

そんな中で、唯一ウチの胸はまだ……まだ!発展途上で。別にめちゃくちゃ欲しい訳じゃないけど、峰田とかにヤオモモたちといちいち比べられたら、ちょっとは気にする。

 

だから超スレンダーなレアが来た時は、失礼だけど、仲間ができたみたいで少し嬉しかった。実際ウチとそんなに変わらなかったし(まぁ胸以外もめちゃくちゃ細かったんだけど)。

感極まった結果が、さっきのアレだ。そのせいで芦戸たちにも気にしてたことがバレて、最後はなぜか、ウチのかわいいと思う所を力説されるハメになった。なんでだ。恥ずかしい。

 

遠回しにつるぺたと言われたはずのレアは、とっくに着替え終えて芦戸たちとのやり取りを微笑ましげな目で見ている。

 

「レアは気になんないの?」

「何がです?」

「男子の視線とか。ウチのクラスで下心見え見えなのは峰田くらいだけど」

 

ちなみに件のブドウ頭は、朝の告白事件の後、性懲りもなく「おっぱいはあれだが……脚……太腿……ハァ……ハァ………」とレアの足元に行こうとしたので、ジャックを目に刺してやった。その後、他の常識ある男子(尾白や砂藤)がガードしてくれたから、午前は実に平和だったけど。

 

「むしろ邪な空気を出してくれた方が迎撃しやすいですね!あと個人的に、胸はあんまり大きくしたくないです。動く時重そうだし引っかかりそうなんで」

「胸を障害物扱いしたよこの子」

 

思わずツッコミながら、彼女の姿を改めて眺める。

胸元に幾何学模様のような刺繍がしてある、黒いダイビングスーツっぽいデザイン。同じ色のウェストポーチに、片腕にはバングルを嵌めている。改造ゴーグルみたいなものを額にかけ、髪はポニテだ。ぱっと見て、個性強化のアイテムとかも特に無さそう。

 

全体的に梅雨ちゃんに似てるなと思っていると、突然レアがハッと深刻な顔をしたので、何事かと身構える。

 

「でも……Darling(ダーリン)が胸派だったらどうしましょう……!」

 

「一瞬でも心配したウチが馬鹿だったわ」

「まだ1日も経っとらんけど、慣れてきたね」

「ケロケロ……そろそろ行きましょうか」

 

「…………モモは創造系の個性でしたよね?」

「そうですが……え、ちょ、レアさん、そんな満面の笑みで近寄らないでください……!バストは創れませんわ!!」

 

ヤオモモをちょっと犠牲にしつつ、グラウンドβに向かう。1年生最初の訓練もそこだったなぁと思い出しながら、今までどんな授業をしてたのか皆でレアに話していると、梅雨ちゃんがそういえば、と口火を切った。

 

「レアちゃんの『個性』って、どういうものなのかしら?」

「それ!気になってた!!」

 

聞きたい聞きたい!と葉隠が(正確には着けてるグローブと靴だけだが)、ぴょんぴょん動く。なんやかんや聞けてなかったから、皆興味津々って感じ。

 

だけどレアは、あー……と言葉を濁して、ちょっと困った顔をした。

 

「教えたいんですが……アイザワ先生に止められてるんですよ」

「え?」

「先生に?なんで?」

「理由は私も分からないんですけど……とにかく、今日の授業で使うまでは伏せてろって」

 

えええ、と残念そうな声が上がる。口止めするなんて、ますます気になってしょうがない。相澤先生のことだから、何か『合理的』な理由があるんだろうけど。

 

「じゃあじゃあ、ヒーローネームは!?さすがにそれは聞いてもいいでしょ」

「特に何も言われてないので、大丈夫だと思います……『トレーディ』、これが私のヒーローネームです」

「トレーディ……なんかかわいい!」

「由来は?個性に関係してるん?」

「一応関係してますね」

「んんん、じゃあまだ聞くのはあかんかぁ」

「まぁ見ればすぐ分かっちゃうので、お楽しみに。あ、皆のヒーローネームも知りたいです!」

 

そこからは訓練場に着くまで、クラス全員のヒーローネーム公開ショーになった。

 

 

◇◇◇

 

 

「ヒョアアァァ、ヒロスのカツキもかっこいい……!ツーショットお願いしていいですか!?」

「誰が許すか名前を呼ぶな速やかに距離を取れ殺すぞ……!」

「あと予想はしてましたけど……Darling(ダーリン)の胸、私より大きいですよね。やっぱり胸派なんですか?」

「やっぱりって何の話だ痴女が!!??ただの大胸筋だろうが盛大に死ね!!!!!」

 

「そこの2人、黙って並ばんと除籍するぞ」

 

相澤先生の鶴の一言で、スマフォを構えてじりじり距離を測ってたレアと、今にも彼女を噛み殺しそうな形相で威嚇してた爆豪が大人しくなる。

文字通りの『美女と野獣』なのに、ロマンチックさがまったくない。ほら、事情を知らないオールマイトが超戸惑ってるじゃん。

 

「……相澤くん、彼女は交埜少女だよね……?編入前の顔合わせの時とだいぶ雰囲気が違うんだけど……あの2人は一体」

「オールマイトさん、教師も時として静観が必要です。蛇どころか鬼が出る藪をわざわざ突つくことはありません。い い で す ね ?」

「ハイ」

 

真顔でオールマイトを黙らせると、相澤先生はモニターに映るビル群を指差した。

 

「今日は初心にかえって、AからJまでの10チームに分けた2対2、または2対3の屋内戦闘訓練を行う。もちろん1年の時とは条件が違う」

「今回は、ビルのどこかにある『機密物』を探し、確保してもらうよ。制限時間は20分、最初の5分は作戦タイムだ。機密物の数は全部で7つ。敵チームが先に入り、5分後にヒーローチームが突入。タイムアップまでに、すべての機密物を持っていることがクリア条件だよ。相手チームを全員行動不能にしても構わないけど、機密物を手に入れない限り終わらない。ただし集め終わっても、ビルから出てはいけないよ」

 

オールマイトの説明を聞きながら、立ち並ぶビルを見る。

1年の頃にやった核兵器争奪戦に似てるけど、設定はより複雑だ。

 

「ヒーロー側は実質10分しか時間がないってことかぁ」

「しかも対象は複数……うまく探さないと最悪見つけ終わらずに時間切れになるな」

「先生。その『機密物』とは、どのようなものでしょうか?」

「『繊細なもの』とだけ言っておく。見れば分かるように目印をつけてあるが、材質や重さなどの詳細は教えない。実戦では情報が十分でなかったり、不確定であることなんてざらにあるからな。少ない確定情報から対象を想像し、戦い方を考えろ」

「訓練の様子は、ビルの中に設置してあるカメラで確認するよ。終了後に皆で講評し合うからね」

 

さあ、チーム決めをしよう!とオールマイトがクジを持って回る。ウチはDだった。

 

「全員引き終わったね?それじゃ、最初はAチームがヒーロー、Dチームが敵だ!」

 

相澤先生が操作すると、モニターに対戦表が浮かぶ。

 

 

───Aチーム(轟・爆豪)vs Dチーム(耳郎・交埜)

 

 

「あ、キョウカと一緒ですね!よろしくお願いします!」

「いやいやいや、待って嘘でしょ!!??」

 

レアがウチの手を両手で掴んでブンブン振ってくるけど、思わず叫んでしまった。

 

初訓練のレアと組むのは別にいい。プロの現場じゃ即席のチームアップなんて当たり前だから。

でもさ、相手がクラスのツートップとか、どんな確率?ウチ何かした!!?

 

周りからも「うっわぁ」「耳郎運悪すぎ」「ご愁傷様……」って同情する声が聞こえる。そう思うなら代わってよ……と項垂れていると、なぜか爆豪と轟が近づいてきた。

 

「おいキチガイ女」

「カツキ、初戦で当たるなんて運命的ですね!よろしくお願いします!」

 

握手を求める手をガン無視して、爆豪は彼女を挑発的に睨みつける。

 

「てめぇ、俺と勝負しろや」

「勝負?」

「この訓練でこっちが勝ったら、名前も妙な呼び方もやめろ。そして金輪際俺に近づくんじゃねぇ」

 

圧倒的にウチらの分が悪い気がするんだけど。まぁどんな組み合わせでも、この男に限って負ける気なんて微塵もないだろうが。

 

「こちらが勝った場合の条件は?」

「カツキでも旦那でも好きに呼べや」

「……言いましたね?絶対ですよ?」

「俺に二言はねぇ。喜んで返事してやらぁ」

 

ニッコリ笑うレアに、フン、と鼻を鳴らして爆豪がモニタールームを出て行く。残された轟は、自分も2人の賭けに巻き込まれた側だろうに、ちょっとバツが悪そうに見えた。

 

「……交埜、いいのか?もしかしたら、これからずっと爆豪と話せなくなるかもしれねぇぞ」

「でも、またとないチャンスなので!トドロキくんも、お相手よろしくお願いします」

「お、よろしくな。……耳郎は大丈夫か」

「切実に痴話喧嘩には巻き込まないでほしいけど、まぁ大丈夫」

 

レアと握手しながらこちらを見る轟に苦笑を返す。

強敵だけどさ、ウチだって始めから負ける気はないよ。

 

 

◇◇◇

 

 

モニター越しに、最初の2チームが所定の位置につくのが見える。

かっちゃんと交埜さんの話は、僕たちにも聞こえていた。クリア条件が『すべての機密物を持っていること』だから、戦闘はほぼ必須。

交埜さんの個性は分からないけど、耳郎さんは索敵が得意な後方支援型。オールラウンダーなかっちゃんと、シンプルにめちゃくちゃ強い、中距離攻撃・捕縛も可能な個性持ちの轟くんを相手にするのは、どう考えても分が悪い。

 

「1戦目を始める前に、お前らに言っておくことがある」

 

Dチームはどうするのか考えていると、相澤先生が突然そう言った。

首を傾げる僕たちに、オールマイトがニコッと笑う。

 

「爆豪少年と交埜少女の対戦カードは、ぶっちゃけ私たちが仕組みました!」

「ま、2人の相棒やヒーロー、敵の組み合わせは完全に偶然だがな」

「「「…………はい!?」」」

 

あまりにも堂々とした不正発言に、皆愕然とする。

飯田くんが異議あり!と言わんばかりに口を開こうとするのを、相澤先生が目で制した。

 

「交埜が仮免を既に取得しているのは知っているか」

「はい。本人から聞いています」

「編入の条件が仮免を取得することだと仰っていましたわ」

「確かにそうだ。だが、交埜は編入試験のために仮免を取得したわけじゃない」

 

「アメリカでは、15歳以上かつ学力が一定水準を満たし、ヒーロー科の学校もしくはプロヒーローの推薦状があれば、仮免試験を受けることができる。───交埜が試験に合格したのは()()()春先。つまりあいつは、1()()()()()に仮免を取得していて、お前らより()()()()セミプロの期間が長いということだ」

 

「「「!?」」」

「お前らも知っての通り、爆豪は性格はあれだが、実力は自他ともに認める高レベル。応用がきく強個性で、攻撃の方が得意だが基本的にはオールラウンダーだ。だから交埜の実力を計るために、対戦相手として組ませてもらった。もちろん本人たちには秘密でだ」

 

驚く僕たちを見渡して、誰よりも現場を知る伝説のヒーローが続ける。

 

「わずか半年の差と思うなかれ。交埜少女がいたのはヒーローの本場(アメリカ)。個性に関係なく、そこらを彷徨くチンピラでさえ、簡単に命を奪う凶器を当たり前に持っている場所だ」

 

 

───彼女の戦い方から、君たちに必要なものを存分に学んでくれたまえ。




じろちゃんカワイイ。スレンダーハスキーボイスのクーデレとかカワイイ。ハートビートファズされたい。
かっちゃんのお胸は、冬コス初登場時に絶対皆同じこと思ったよね?あれBはあるよ絶対。(最低)

◆プロフィール

交埜レア 「個性:???」
はよ個性出せや、と作者が1番思ってる。
想い人からの呼び名(痴女)が増えたよ!やったね!
本人いわく「脚なら自信あります!」とのこと。
ヒーローネームは『トレーディ』。つるつる。

耳郎響香 「個性:イヤホンジャック」
本日の不運な人。朝の星座占いは11位だった。がんばれ。
まだ発展途上なお胸を気にしていたけど、ひんぬー仲間ができて嬉しい。実は誰より女の子してる。
ヒーローネームは『イヤホン=ジャック』。ぺたぺた。

爆豪勝己 「個性:爆破」
▶︎ツートップの カツキが しょうぶを しかけてきた!
ツートップの結局振り回されてる方。言わずと知れたダイナマイトボディ。冬コスがめっちゃ……好みです。(作者コメント)
この話でのヒーローネームは『爆心地』。BOM。

轟焦凍 「個性:半冷半燃」
▶︎ツートップの ショートが しょうぶを しかけてきた?
ツートップの無自覚に振り回す方。王子様フェイスから想像できないくらい、良い筋肉してそう。ほら、お父さんがあれだから。
ヒーローネームは『ショート』。ガッチリ。

レアの経歴に「ん?」と思った人。とりあえず、アメリカと日本の義務教育は違うから、とだけ。訓練編後にまとめて説明するかも。


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Act 2. かわいいサプライズで驚かせてみましょう

アクション映画の裏のかき合いが好きです。


───グラウンドβ

 

「で、マジでまったく知らねぇんか、キチガイ女の『個性』」

「俺が一緒にいた時は、個性の話は出なかったな」

「ケッ、使えねぇ」

 

舌打ちする爆豪をスルーして、俺は目の前の建物を見上げる。

1戦目のステージは、雄英の校舎に似たH型のビルだった。5階建ての2つの棟を、3階部分で空中回廊が繋いでいる。回廊は上半分が全面ガラス張り、棟には小窓が付いているので、3階以上から覗けば回廊の中も見えるだろう。

 

訓練前に先生から渡されたアイテムは2つ。

相棒(バディ)同士で連絡を取り合うインカムと、身体に取り付けるタイプの、機密物を保管するポーチ。これはいわゆる『安全圏』で、この中に機密物を入れておけば激しい戦闘もOKだという。

インカムの音声は、相棒以外にモニタールームにも届く仕組みで、観戦している先生たちにも会話が聞こえるようになっている。

 

「Dチームも、二手に分かれてると思うか?」

「順当にいきゃあな。俺らより時間があるとはいえ、このビルを15分で探し尽くすにゃ、ひっついてる訳にはいかねぇだろが」

「だよな」

 

今回のクリア条件の場合、1番理想的な手は敵を速攻で行動不能にし、強襲の可能性を消してから探索することだ。

1年の頃と同じようにビル氷漬け(個性ブッパ)ができれば確実だろうが、今回それは使えない。

 

まず、この小型ポーチ。複数入れる想定でこのサイズということは、対象自体はせいぜい掌大。そんな小さなもの、隠し場所ごと氷に埋もれちまう。しかも『繊細なもの』だから、紙や液体のような温度変化に弱い可能性もある。

 

さらにこのビル。見たまま、相棒と入り口で分かれると合流が3階でしかできない。相手の出方が分からない以上、単独行動は避けたいが、爆豪が言った通りこの広さを10分前後で探すには別行動が必要だ。それは相手も同じだろうが。

 

オーソドックスだが、二手に分かれて棟を1階から探索し、インカムで密に連絡を取り合いながら、途中で異常があれば回廊で合流する、スピード重視の作戦を立てた。下の階は機密物を先に見つけられているかもしれないが、サイズ的に見落としがないこともない。

 

たとえ戦闘になっても、お互い滅多なことがなければ単独で対処できるが故の作戦だが、気がかりなのは交埜の『個性』だった。

 

「さっき手を握ってみた感じ、鍛えちゃいるが緑谷や砂藤みたいな身体強化タイプの個性じゃねぇと思う」

「ポニテやB組のサイドテールみてぇな身体から出したり変化させるものでもねぇな。ヒーロースーツが邪魔になる。近くで見た分だと、防刃防弾の素材に似てやがった」

「あのゴーグルが補助アイテムっぽいよな。相澤先生みたいな目の個性か?」

「可能性はあるが、見てなきゃ発動しねぇもんなら、物陰で躱すなり爆破や氷で壁作るなりすりゃいい」

 

問題は、発動すればこちらが手を出せなくなる個性や、初見殺しのような個性の場合。

敵連合の黒霧や死柄木、あとは麗日の無重力がこれだ。

 

「キチガイ女が『触れたら終わり』のタイプなら、必ず接近戦に持ち込もうとしてくんだろ」

「なら交埜と遭遇しても、最初は近寄らずに様子見だな。近づこうとしてくるなら、距離とったまま迎撃か。ワープみてぇな移動系の個性ならどうする?」

「…………クソ連合のモヤみてぇに、弱点や発動条件があんだろ。発動させる前にぶっ殺すか、できなそうなら距離とって情報探っとけ」

 

もうすぐDチームが侵入して5分経つ。俺たちは推測をやめた。あまり身構えすぎても、いざという時フラットに対応できない。

別棟に向かう爆豪をちらりと見る。正直、得体の知れない相手がいるから、アイツが相棒で良かったと思う。個人的な賭けには巻きこむなとも思うが。

 

『敵チームが侵入して5分経ったよ。ヒーローチームも動いてくれ!』

 

インカムからオールマイトの声が流れる。

 

「行くぞ、爆心地」

『ハッ、ヘマすんじゃねぇぞ、ショート』

 

遠目に目配せし合い、入り口をくぐった。

 

 

◇◇◇

 

 

異変は、わりとすぐに発見した。

 

「爆心地」

『なんだ』

「お前の方、エレベーターの横の壁、壊されてねぇか?」

『ちょい待て。……あった。ここだけ崩れてんな。割れ方からして、耳の技だろ』

 

1階部分は、病院やオフィスビルによくあるような受付ホールだった。待ち合い用の長椅子と窓口以外にめぼしいものはなく、奥にエレベーターと階段がある。

その一部の壁面が、真新しく砕かれていた。

 

「多分ここ、フロアの案内図があったんだと思う」

『ハッ、情報工作と妨害かよ。抜かりねぇな』

 

制限時間が少ない中、できれば建物内の構造を把握したかったが、それを許してくれるほど相手は甘くないらしい。

仕方ないと割り切って、階段を上り(エレベーターはトラップがあるかもしれないので使わない)2階の探索を始める。探しながら周りに意識を向けるが、まだ物音一つしない。

 

ほどなくして、目的のものはあっけなく見つかった。

 

「……爆心地、機密物あったぞ」

『あ゛!?本物だろうな?』

「ああ……なるほど、目印か。分かりやすい」

 

名刺ケースぐらいの四角い物体だ。黒いビニールで密封されたそこには、『機密物!』という文字が書かれ、デカデカとオールマイトの顔シールが貼られている。持つと意外に重い。なんとなく緑谷が欲しがりそうだなと思った。

 

慎重にポーチへ入れながら、発見した部屋をぐるりと見渡す。

なにかのオフィスを模しているんだろうか、デスクが十数卓とロッカーがあるだけだ。機密物は鍵付きの棚に入っていた。

 

「…………?」

 

一瞬モヤッとした気分になるが、正体をつかむ前に消えてしまう。

 

『2階完了。次行く』

 

相棒の声に我に返る。与えられた時間は多くない。危険な感じはしないので、とりあえず探索を続行する。

 

 

2人とも3階まで探し終えたところで、先ほどの違和感の正体が分かった。

 

『…………不自然だな』

「やっぱりお前もそう思うか」

『ああ。()()()()()()だ』

 

3階までで発見した機密物は、爆豪が1つ、俺が2つ。

そのどれもが、分かりにくいが頑張って探せば見つけられるような場所に隠されていた。フロアの案内図をご丁寧に砕いていくほど慎重な相手が、3回も取りこぼすことなどあるだろうか。まして、敵の1人は探索が得意な耳郎なのだ。

 

『トラップでも仕掛けてんのかと思ったが……そもそも探した形跡がねぇ』

「こっちもだ。短時間で次に行くなら、引き出しとかロッカーは開けたままにしとけばいいのに、全部閉じられてた」

 

この訓練のクリア条件は、『タイムアップ時にすべての機密物を持っている』こと。ということは。

 

『端から、俺たちが集めたもんを奪うつもりだってかぁ……!?舐めてんなぁオイ!!』

「落ち着け。まぁでも、多分そうだろうな」

 

正直俺もイラッとしないこともないが、爆豪がキレまくっているので、逆に冷静になれた。

 

敵の2人だって、俺たちの戦闘力を知らないわけじゃない。正面突破はまずない。そんなことができるなら、俺たちが突入した時点で潰しておけばいい。そうせずに泳がせたのなら、後から確実に対象を奪える作戦───それができる交埜の『個性』があるんだろう。

 

「こういう時に有利な個性なら、念力か拘束系か?もし洗脳系だったら厄介だな」

『俺はてめぇでも容赦なくブチのめす』

「先に言っておくが、俺もお前が洗脳されたら手加減できねぇぞ」

『俺がそんなヘマするかボケ!洗脳にも条件があんだろ』

「心操は、あいつの言葉に応じるのが条件だったよな。とりあえず交埜に会ってもしゃべらなきゃいいか」

『……接触と有効範囲もあるかもしんねぇ。見つけても近づくんじゃねぇぞ』

「分かった」

 

回廊で合流するべきかと思ったが、集まったところを一網打尽にされる可能性があるので、そのまま探索を続けることにした。

 

4階の資料室らしき部屋に入ると、一目で今までと違うことが分かった。棚の扉や引き出しが開けっ放しになっている。やはり下の階はわざと探さなかったのだろう。念のため見ていくと、奥の保管庫に、何かが入っていた形跡があった。

 

もうここに機密物はないだろう。部屋を出て、インカムで相棒に状況を伝えた。あっちも同じ様子らしい。

 

警戒しながら歩いていると、()()()()()()()()()

 

「は?」

 

現状を把握しようと、反射的に振り向いて。

衝撃に痛みを感じる前に、何も分からなくなった。

 

 

◇◇◇

 

 

『は?』

 

突然マヌケな声をあげた野郎に尋ねるより早く、バシッと重く湿った音が聞こえた。

組手でよく聞く、肉を肉でぶっ叩いた、つまり打撃音だ。

 

「ショート!?」

 

返事はない。

探索の手を止め、静かなインカムの向こう側に意識を集中する。ずり、と引きずるような音が聞こえた気がしたが、すぐにそんなこと頭からふっとんだ。

 

『───Hi(ハイ),Darling(ダーリン). それともバクシンチって呼んだ方がいいですか?』

 

反射的に怒鳴りそうになったのを、寸前で殺す。言うまでもない。俺の神経を逆撫でする、あのキチガイ女の声だった。

 

『皆に教えてもらいましたけど、バクシンチって、爆心地(グラウンド・ゼロ)のことなんですね!個性とも合っててカッコイイと思います!あ、ちなみに私のヒーローネームはトレーディです』

 

訓練前と変わらない明るい声が薄気味悪い。

気絶させられたのかどうかは分からねぇが、この女の個性で轟は無力化されたんだろう。俺には劣るが、あの野郎は反射神経も頭のキレも悪くねぇ。それなのに遅れをとったってことは、アイツを一瞬で混乱させる何かをしたはずだ。

 

『黙ってちゃ寂しいですよ。せっかくですから、何かお話ししましょう?最近あった良いこと?好きなヒーロー?それとも、』

 

 

『私の個性について?』

 

 

ぐっと奥歯を噛みしめる。こっちの心理を分かってて言ってやがる。最高にイラつくが、確かに今何よりも欲しい情報だった。だが俺から声は出さねぇ。

 

『もしかして、声が個性の発動条件かもって思ってます?操るタイプの個性に多いですもんね』

 

大丈夫、と軽い調子でキチガイ女が続ける。

 

『私の個性は、洗脳や支配系じゃないです。会話が条件でもありません。欺くことは好きですが、嘘をつくのは嫌いなので本当ですよ。まぁ簡単に信じてもらえるとは思いませんが』

 

……普通、欺くことが好きな奴に安心なんてできるはずもねぇが、嘘じゃねぇというのは直感的に分かった。経験上、そういう勘がはずれたことはない。

 

「…………なら答えろ。てめぇの個性は何だ」

『Oh、信じてくれるんですか?……さすがに正解は教えられませんけど、どっちかと言えば後衛タイプですね』

「幻惑系か?」

『いいえ』

「念力または拘束系か?」

『どちらでもありません』

 

部屋から廊下に出る。

話し始めてから、インカムの向こうで動く気配はない。4階の窓から外を覗く。50mほどの空中回廊に人影は見えなかった。

 

「てめぇと耳……イヤホン=ジャックは、今同じ棟にいるか」

『いいえ』

「てめぇらは、いくつ機密物を持ってる?」

『ショートが持っていた分も含めて、6つですね』

「そうかよ!」

 

その言葉と同時に、爆破で一気に廊下を走り抜ける。

俺が持っている機密物は1つ。つまりコイツらが持っているもんを奪えればコンプリート。いちいち室内を探さずに済むし、時間があまりねぇから逆に好都合だ。

ここまで誰にも会わなかった。階段とエレベーターはフロアの片側のみだから、入れ違いは不可。キチガイ女は轟と一緒。となると、この先には耳がいるはずだ。

 

階段を瞬く間に駆け上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「速いですね、バクシンチ。もう質問はいいんですか?」



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Act 3. さりげないボディタッチでドキッとさせましょう

この話は今日UPしたかった!かっちゃん誕生日おめでとう!!


最上階は、おそらくキチガイ女がやったのだろう、デスクやらイスやら邪魔くせぇ物が廊下に散乱していた。

その中で悠然と立つアイツを鼻で笑って、質問?と吐き捨てる。

 

「動揺するとでも思ってたんか?脳内花畑女。移動系だろ、無限に使えねぇような条件付きの。あとは直接ブチのめして吐かせてやるよ」

「あら、もう大体割れてるんですね。さすが雄英生と言うべきでしょうか?」

「抜かせクソキチガイが……」

 

このインカムは音をよく拾う。轟とは奇襲直前まで状況を伝え合っていたから、なおさらインカムの向こうに意識を向けていた。

なのに野郎が声を上げるまで、妙な音も聞こえず、特に異常を感じなかった。だからセメントスみてぇに、場所そのものを変化させるもんじゃねぇ。

 

後衛向きで、幻惑・念力・拘束系でない。だが一瞬だけ確実に轟の対応力を上回る力と言ったら、移動系の可能性が1番高かった。前触れもなく別の場所に飛ばされたら、プロヒーローだって動き出すのにタイムラグができる。

 

チートみてぇな個性だが、発動にはそれなりの条件があるはずだ。でなきゃ俺も轟も、そもそもビルに入れねぇか身動きとれねぇようにさせられてるはずだ。ワープか何かで移動に時間がかからねぇなら、リスク背負って俺たちに機密物を集めさせる理由もない。

 

別棟にいる轟を倒したのにこっちにいるってことは、自分自身を移動できるのは確実。

機密物を奪うにしろ、あの気絶野郎を叩き起こしに行くにしろ、まずはコイツをぶっ殺すか個性の発動条件を見つけなきゃならねぇ。

 

「本当に凄いなぁと思ってますよ?予想通り私たちが探さなかった分の機密物も持ってきてくれましたし」

 

そう言いながら、キチガイ女は左腰に付けている、2つの保管ポーチを見せる。1つは轟から奪ったやつだろう。ご丁寧にオールマイトシールを隙間からチラ見せしてきやがった。

 

そろそろ仕掛けるために、挑発に乗ってやることにする。

 

「マジで舐めてんなぁ……?その余裕ヅラ引っぺがしてやるよ」

「あはは、本当ですか?じゃあ」

 

すい、と自然な動きで、キチガイ女がゴーグルをかけ、すぐ傍にあったデスクに手をつく。

 

「スタートで」

 

次の瞬間、デスクが消えた。

同時に周りが陰る。反射的に頭上へ爆破。デスクの破片が落ちてくるが無視して走る……鼻先に、間髪入れず蛍光灯をブン投げてきやがった。

左手で振り払ったが一瞬意識が逸れた。バックステップで下がったアイツが触れたイスとデスクが消える。もう一度頭上に爆破し、奴を追走、さらに一発喰らわせようとして───その近くに倒れる紅白頭を発見し、目を見開いた。

 

なんでここにいんだてめぇ!

このゴチャゴチャした物のせいで見えなかったのかよ!

 

とっさに爆破を閃光弾(スタングレネード)に変えて放つ。

ワッと声を上げた奴を走る勢いのまま殴り抜こうとしたが、ウィービングで沈むように躱された。腕を振り抜いた勢いで反転、即座に後ろへ追爆するが、わずかに遅く、距離が開く。

 

牽制の意味でも爆破を続けながら、倒れたままの轟の状態をざっと確認する。

偽物かと思ったが、どうやら本物の半分野郎のようだ。大きな傷は特にねぇ。本当に気絶しているだけらしい。いっそ健やかなぐらいの面が腹立つ。

だが、なぜキチガイ女がコイツまでここに連れてきたのかが分からねぇ。人質のつもりだったのか?

 

爆破を一旦止めて様子を見る。アイツの周りには、武器になりそうなデケェ物は特にない。奴もこちらの様子をうかがっているようだ。

 

さっきの動きから見て、触れたものを瞬間移動するのか。

キチガイ女から目を離さないまま、気絶野郎を背に庇いつつ叫ぶ。

 

「起きろやクソ舐めプ野郎!!こんなとこでなに呑気に寝てんだ、ぶっ殺すぞ!!!」

 

 

───瞬間、目の前のキチガイ女が、()()()()()()()に変わった。

 

 

視覚情報を頭が理解するより先に、後ろから右腕を引っ張られる。さらに踏ん張った足を払われ、下方にバランスを崩す。必然低くなった首に肩車をするように足が絡み、自重で前転した身体を背中から床に叩きつけられ、

 

ボギッ、

 

「ッガ、あ゛ぁぁア、ア゛ア゛!!!??」

 

()められた腕が灼熱したかと思った。

左手は奴の右足で押さえられ、左足で首に絞め技をかけられるが、根性で右掌から爆破。それを読んでいたのか、火力が上がる前にあっさり放される。また距離を取ったアイツを睨みながら、右腕に触れる。

 

完全に折れていた。

 

「何が後衛だクソが!バリバリ前衛じゃねーか!!」

「やだなぁ、『個性は何だ』って聞いたのはDarilng(ダーリン)じゃないですか。だから()()()後衛向きって言ったんですよ。嘘は吐いてないでしょ?」

 

いけしゃあしゃあと抜かすクソキチガイに、頭の血管がブチ切れそうになる。

だが、ようやく奴の『個性』が分かった。

 

「『交換』か……!」

That's Right(ザッツ ライト)!」

 

思わず舌打ちする。最初に蛍光灯をブン投げられたところで気づくべきだった。さっきのイスやデスクは、天井に設置してあったそれと交換したのだ。

 

「まぁでも、確かに紛らわしかったですね。お詫びにもう少し教えましょう。私の個性は『交換(トレード)』。2つ以上の対象を入れ替える、それだけの能力です。しかもお察しの通り、使うのにいくつか条件があります。」

 

そう言ってキチガイ女は、顔の前に人差し指を立てた。

 

「1つ目。交換できる対象は、無生物と無生物、もしくは生物と生物に限ります。無生物と生物はできません」

 

中指が立つ。

 

「2つ目。生物を交換する時は、対象に前もって触れておかなければいけません。自分以外に、1番最近右手と左手で触れた2人までが上限です。一定時間内であれば、触れた対象が視認できない距離にいても交換できます」

 

薬指がゆっくり持ち上がる。

 

「3つ目。無生物は、視認できるものしか交換できません」

 

その代わり、と足元に落ちていたデスクの破片を拾って、奴が俺を見る。

 

「視認さえできれば、触れなくても交換できます」

 

突然腰から重みが消え、同時にアイツの手の中にポーチが現れる。言わずもがな、俺の保管ポーチだ。交換されたデスクの破片が、足元に落ちてぶつかる音が響く。

 

「さて、そろそろタイムアップですが……どうしましょうか?」

 

機密物はすべて敵の手の中。相棒は行動不能。唯一の退路(階段)は、敵が背にして塞いでいる。時間ももうない。

誰が見ても詰みの状況だろう───普通であれば。

 

 

ここにいるのは、爆豪勝己である。

 

 

「…………なるほどなぁ。最初にわざわざ触る動作を見せやがったのはブラフで、そのご丁寧に長ったらしい解説も、時間稼ぎの1つってか」

「ふふふ、分かってて付き合ってくれるところも好きですよ」

「……ところでよぉ」

 

膝をついていた体勢をゆるめ、ゆっくりと立ち上がる。決して眼前の敵にバレないように、さりげなく左の籠手を確認しながら。

そして、こちらを見つめる女に、口角を上げて教えてやる。

 

 

「てめぇが俺から獲ったソレは、()()()?」

 

 

次の瞬間、ポーチの中に仕込んでいた手榴弾が爆発するのと同時に、右の爆破のみで飛ぶ。折れていても、直進するだけなら手首だけ動けば十分。

寸前でポーチを手放したが、余波を食らってバランスを崩したアイツの顔面めがけて、左掌を振りかぶった。

 

BOOOM!!!

 

「…………チッ」

「……あっ、ぶないですね。今のはヒヤッとしました」

 

左手に残ったゴーグルの残骸を投げ捨てる。

直撃ギリギリで、とっさに俺と位置を交換しやがった。だが無傷じゃねぇ。クラスの連中が騒いでいた顔は煤けて、頬や鼻に擦り傷ができている。隠れていた金色の眼に、ほんの少し焦燥を浮かべているのが、心底愉快だった。

 

「移動系の個性っつー予想してて、何も対策してねぇ訳ねぇだろ、バァァァアカ!!」

「上がってくるのが速かったんで、そんな時間なかったと思ってましたが……どこかに隠し直しましたか」

「ハッ、さぁて、どこだろうなぁ?」

「……だそうです、イヤホン=ジャック。すみませんが探索はお任せします」

 

この場に唯一いない耳に、キチガイ女が指示を出す。俺が隠した機密物を見つけなければ、コイツらはクリアできない。条件は俺たちも一緒だが、当然俺は隠し場所を知っている。キチガイ女のポーチを速攻で奪い、最後の機密物を探しにくる耳からも奪えば、ヒーローチームの逆転勝ちだ。

 

「てめぇの個性も割れてんだ。秒でノしてやる」

「……気力と機動力を潰すために、利き腕折ったはずなんですけど……痛くないんですか?」

 

心底不思議そうな顔をする奴に、さっき以上に口角を上げてやる。

痛ぇに決まってる。爆破の衝撃がモロに骨に響いて、内側から焼きごてを当てられてるみてぇだ。

 

だがな。

 

 

「───俺は、オールマイトを超えるヒーローになるんだよ」

 

だから

 

「たかが腕1本!折ったくらいで!!」

 

どんなに劣勢でも

 

「この俺に、勝った気になってんじゃねぇ!!!」

 

最後まで倒れねぇ!!!

 

 

「…………!」

 

目を見開いたアイツの表情が、変わる。

 

「……失礼しました、爆心地(グラウンド・ゼロ)

 

ヘラヘラした愛想笑いじゃねぇ。

獲物を前にした猛禽類の、獰猛な笑みだ。

 

「このトレーディ、最後まで全力でお相手しましょう」

 

フラットに、だがこれまで以上に隙なく構えた好敵手が、クイ、と指を動かした。

 

 

「Come on, HERO. 」

 

 

爆破で正面から加速。

受け流そうとするトレーディの目の前で下に爆破。衝突寸前で奴を飛び越え、背後に着地。そのまま低く鳩尾を殴ろうとするが、ハンドスプリングで躱され、後ろ足で腕を蹴り上げられる。

 

その姿勢から、横顔目がけて飛んできた蹴りをスウェーで躱しつつ爆破。トレーディはまたハンドスプリングで回避しながら、何かを投げつけてきた。

思わず反射で打ち払うと、ボールのようなそれがパン、と破裂する。中から飛び散ったのは無数の……ビー玉?

 

「『SHUFFLE(シャッフル)』!!」

 

その瞬間、俺に降り注いだビー玉が、フロア内に散乱していたデスクやイス、ロッカー……その他のガラクタに入れ替わった。

 

「ぐ、っ!!!!!」

 

ゼロ距離で放たれたそれに容赦なく身体を打たれるが、()()()()()

 

 

「やれ!!!」

 

 

間髪入れず、伏した轟の傍に着地したトレーディの下半身が、床面に凍結され、突出した氷がインカムを弾き飛ばす。

驚愕の表情で轟を見下ろすアイツから、俺への意識がわずかに逸れる。それで十分。

 

左の籠手に貯めていた汗を圧縮───放出。

瞬きより速く、ガラクタの山を振り切って飛んだ。すれ違いざま、保管ポーチをもぎ取ると、瞬時に俺とトレーディの間に天井まで埋め尽くす氷壁ができあがる。

 

「行け爆心地!」

「当たり前だ寝坊野郎!!」

 

壁の向こうから背に投げられた声に吠え返して、発射の勢いのまま階段の壁を蹴り、下のフロアへ。

4階の廊下、俺が最後に入った部屋の前───いた。

 

「イヤホン=ジャック!!!」

「!!」

 

耳の手には、最後の機密物があった。驚きはしねぇ。索敵・探索が得意なコイツなら、とっさの隠し場所を探し当てるなんざ、朝飯前だろう。

 

だから最後まで容赦しねぇ。

絶対に、獲る。

 

右で爆速ターボ。激痛が走るが、それだけだ。

左手を耳に伸ばす。

 

絶対に

 

「勝ぁぁぁぁぁつ!!!!!」



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Act 4-1. あなただけのトクベツな愛称で呼びましょう(前編)

想定の倍以上の長さになってしまったので、Act4だけ前後編になります。

戦闘訓練、決着。そして舞台の裏側です。


「イヤホン=ジャック!!!」

「!!」

 

その声が聞こえた時、タイムアップまで、すでに10秒を切っていた。あと数秒、たった数秒保てばいい。でもあの爆豪を相手にして、そのわずかな時間も守りきれるとは、正直思えなかった。

 

時間がやけにゆっくり感じられる中、唐突に、訓練開始前のことがよぎった。

 

───私ばかり危険すぎる?……まぁ、ボコボコにされるかもしれませんね、確かに。

 

この作戦の発案者であるレアから、彼女の『役割』を話された時のこと。

それが適任であると理解していても、1人で爆豪と轟を相手取ってもらうことに後ろめたさを感じていたウチに、彼女は軽く笑って言った。

 

───キョウカは、自分だけ安全圏にいるような気持ちかもしれませんが、実際は逆なんですよ。

 

爆豪の右掌から、火花がほとばしる。

 

───仲間に任せて自分が最後に残るということは、裏を返せば、敵がそれを突破してきた時に、必ず1人で戦わなければいけないということです。

 

腕が折れていると思えないくらいのスピードで、爆豪が飛ぶ。

 

───私は、キョウカがいると分かっているから、思いっきり動けます。だからギリギリまで、私があの2人の相手をします。……それでも突破されたら。そこからがキョウカの本番です。

 

「勝ぁぁぁぁぁつ!!!!!」

 

───私たちは、あの2人より弱いかもしれません。でもそれは、勝つのに()()であっても、()()()の理由にはならない。だから…………

 

打撲痕と血が滲んだ左腕が、ウチへ伸びる。

 

───最後の砦は任せましたよ、イヤホン=ジャック。

 

 

これで負けたら、あの子にあわせる顔がないでしょうが!!!

 

 

固まった頭を急速フル回転。

ここまで繰り返し考えた、爆豪の戦闘力、ウチの手札、訓練のルールとクリア条件を反復する。

 

迎え撃つには火力負け。障壁にできる物も手近にない。身を挺して守りを固めても、爆破で吹っ飛ばされる。

 

攻めても守っても勝てないなら。

 

目の前に迫った手を、崩れ落ちるように床に伏せて、ギリギリ避ける。すぐ傍で、次手で仕留めようと、爆豪が手足を振り上げる気配。でも顔は上げない。そのまま右手の甲を床に押しつける。唯一攻撃性のある、ウチの必殺技。

 

最大限に増幅した音を、飛ばす。()()に。

 

「『ハートビートファズ』!!」

 

直線に向けた衝撃波は、()の地割れを起こし、目論見通り下のフロアまでぶち抜いたトンネルを、ウチの真下に作る。

 

そのまま、最後の機密物を懐に抱きこんで、身を投げた。

 

「あ゛ぁ゛!?」

 

ブォン、と空振りする音と、爆豪の驚いたような叫び声が遠くなる。

歪に開いたトンネルは、A組の中で小柄なウチでも、身を縮めないと通れないくらいの大きさしかない。突き出たコンクリートや鉄筋に身体がぶつかる。

 

機密物を庇うような体勢で落ちたせいで、きれいに着地はできなかったけど、勢いのまま転がって衝撃を受け流す。あちこち痛い、でもあのトンネルの小ささなら、爆豪もすぐには通れないはず……!

 

階段に向かって走り出そうとした瞬間、目の前の天井が轟音を立てて崩れ落ちた。

 

「逃がすかぁ!!!」

 

爆豪が、同じように爆破で上のフロアの床をブチ抜いたのだ。ただ追ってくるのではなく、ウチの逃走経路を潰すように。

無慈悲に手が伸びてくる。少しでも距離を開けようとのけ反ったせいで、尻餅をついた。あと数センチで捕まる、その時───

 

BEEEEEEEE!!!

 

『TIME UP ! そこまで!!』

 

館内のスピーカーから、けたたましいベルの音とオールマイトの声がした。

 

 

◇◇◇

 

 

訓練終了の合図に、動きを急停止する。

目の前の耳を、苦々しい気持ちで見下ろした。俺の腰にはキチガイ女から獲ったポーチ。耳は少なくとも、俺が隠していた機密物を持っている。

 

「ちっ……引き分けかよクソが…………」

 

そう舌打ちした俺を、へたりこんだ耳がゆっくりと見上げて───ニヤリと笑った。

笑みの意味が読めず、思わず怪訝な顔になる。

 

「……なに笑っとんだ」

「…………本当に引き分けかな?」

「あ゛?なに言って……」

 

猛烈に嫌な予感がした。

痛む腕を無視して、腰に引っかけていたポーチを引きちぎる勢いで開ける。

 

中に入っていたのは機密物……くらいの、コンクリート片。

1つだけ、黒いテープでコーティングされ、本物に貼られていたオールマイトシールを貼り直されているものがあった。

 

ゆっくり耳に視線を戻す。耳が手に持っていた機密物を床に置いて、自分のポーチを開ける。

1つだけシールが貼られていないが、本物の残り6つがそろっていた。

 

 

───本当に凄いなぁと思ってますよ?予想通り私たちが探さなかった分の機密物も持ってきてくれましたし。

 

 

つまり。

 

キチガイ女の最初の会話も、戦闘前にわざわざポーチの中身をチラ見せしてきやがったのも、奴が機密物を持っていると思わせるブラフで。

 

そもそもキチガイ女との戦闘自体が、機密物を全部持った耳から俺たちをギリギリまで引き剥がす作戦の内だった、と。

 

ブルブル身体を震わせる俺に、担任の声が降ってくる。

 

『というわけで……1戦目は、敵チームの勝ちだ』

 

「~~~っ、クッソがぁぁぁぁぁああ!!!!!!」

 

 

◇◇◇

 

 

相澤先生の指示で轟くんとかっちゃんが保健室に連れていかれるのを尻目に、モニタールームは熱狂していた。

 

「おいおいおい、耳郎とレアちゃん勝っちまったぜ!」

「正直、轟と爆豪相手じゃ逃げるのもキツいと思ってたけど……」

「Dチームが上手く策に嵌めていったわね」

 

上鳴くんたちの言う通り、正直僕たちのほとんどがAチームの勝利を予想していた。まさかのどんでん返しに、皆驚きを隠せないでいる。

 

「レアちゃんの『交換』もすごいなぁ……。瞬間移動みたいなこともできるんや」

 

はぁ~、と麗日さんが隣で感嘆している。頷いて、でも、と僕は続ける。

 

「1番すごいのは、普通なら「やるはずがない」「あり得ない」って考える裏をかいて、最後まで目的を悟らせなかったことだと思う」

 

 

 

───約15分前 敵チーム侵入直後

 

 

『それではイヤホン=ジャック、作戦通りに』

『了解』

 

そうインカムで連絡を取り合いながら、Dチームは二手に分かれて棟に入った。1階は受付ホールのようで、2人は特に探索することなく階段へと向かう。

エレベーターの前を通った時、耳郎さんが交埜さんに話しかける。

 

『トレーディ、エレベーターのとこにフロアの案内図がある』

『こちらもありました。……あの2人に構造を把握されると、予定より早く上がってこられるかもしれないので、壊しておきましょうか』

『そうだね。ウチは音で砕けるけど、そっちは自力で壊せる?』

『いえ、難しいですね。イヤホン=ジャック、()()も兼ねて私と交換するので、こちらもやってもらっていいですか?』

『OK』

 

耳郎さん側の案内図を壊した後、2人の位置が入れ替わった。それを見たモニタールームでは、驚きの声が上がる。

 

「なに今の!レアちゃんの個性?」

「瞬間移動か?」

「いや、交埜くんはさっき『交換する』と言っていたから、『入れ替える』個性ではないか?」

 

僕たちが話し合っている間に2人はもう1つの案内図も砕き、どんどん階を上がっていく。

なぜか2階と3階はスルーして、4階から部屋を物色し始めた。

 

「2階と3階は探さないのか?」

「確かに機密性の高いものは、上階で管理するのが一般的ですが……下の階に機密物が無いとは限りませんわ」

「可能性の高い所から探そうってことかも」

 

ステージになったビルは、1つのフロアに部屋が2~3室あった。短時間に1人で探し回るのは大変そうだけど、2人ともこういうのが得意なのか、隠せそうな場所を絞って素早く機密物を見つけていく。

 

『こちらでは、2つ機密物を発見しました。そちらは?』

『ウチも2つ。それほど難しくない隠し方だったし、探し漏れはないはず。残りは下3階のどっかだと思う』

『そうですね。そろそろヒーローチームが突入してきますから、準備しましょう』

 

そう伝え合うと、2人は窓からそっと外の様子を伺い出した。どうやら、轟くんとかっちゃんがどう侵入するか確認しているらしい。

 

『……やっぱり二手に分かれるみたいだね。こっちの棟に轟が入った。今からそっち行くよ』

『はい。一応気をつけて』

 

耳郎さんが交埜さんがいる棟に移動を始める。かっちゃんと轟くんは、2階の部屋を物色している。仮に廊下の窓から空中回廊を見上げても、3階より下では中が見えないから、耳郎さんが通っていることには気づけないだろう。

 

耳郎さんが移動している間、交埜さんは5階の部屋にあった物を、廊下に出し始めた。デスクやロッカーなど大型の物は、室内にあった小物を適当にばらまき、それと入れ替えるように配置していく。彼女の個性は『交換』で間違いないらしい。

耳郎さんが合流する頃には、廊下は所々にバリケードが張られたような状態になっていた。

 

『スゴ。よくこんな短時間に運び出せたね』

『私の十八番ですから。で、これがこちらで見つけた分です』

 

そう言うと、交埜さんは自分が見つけた機密物をすべて耳郎さんに渡した。そして自前のウェストポーチから、機密物と同じくらいのコンクリート片と、黒いテーピングテープを取り出す。

 

『? それ、さっき砕いた壁面?』

『はい。ちょっと『疑似餌』を作っとこうかと思いまして。機密物のシールを1枚剥がしてもらえますか?』

『…………はーん、なるほど。了解』

 

コンクリート片にテープを巻きつける交埜さんの横で、耳郎さんがしゃがみこんでオールマイトシールを剥がしていく。ジャックを床に刺しているところを見ると、同時に下の階の様子も探っているようだ。耳郎さんなら、ごく普通のビルの1階や2階、隔てていても余裕で聴こえるだろう。

この時点で、轟くんとかっちゃんは3階を探し終わりつつあった。

 

そうこうしている内に、機密物モドキができあがる。近くで見ると粗が目立つんだろうけど、遠隔カメラでぱっと見る限り、本物と見分けをつけるのが難しかった。

交埜さんは自分の保管ポーチにモドキと、別のコンクリート片を数個入れる。

 

その時、AチームがDチームの思惑に気づいたのか、かっちゃんがキレた声をあげた。

 

───端から、俺たちが集めたもんを奪うつもりだってかぁ……!?舐めてんなぁオイ!!……

───落ち着け。まぁでも、多分そうだろうな……

 

『……あ、爆豪たちも、ウチらが後で獲ることに気づいたっぽい』

『さすが。合流しそうですか?』

『…………いや、分かれたまま上がってくる。レアの個性を相当警戒してるから、一網打尽にされないための対策かな』

『好都合ですね。……3分切りましたし、そろそろ仕掛けましょう』

 

かっちゃんが4階の探索を始めたのを音で確認した後、2人はフロアの突き当たりに縦列で並んだ。耳郎さんが壁と交埜さんに挟まれる形で立っている。

 

『打ち合わせ通り、10秒後にこちらへ戻しますから、機密物の押収をお願いします。終わったらまた交換するので合図してください』

『OK、ウチとは話せないんだよね?ならインカムを2回叩くから、それが合図で』

 

コンコン、と耳郎さんが自分のインカムを小突く。

 

『分かりました。……トドロキくんが残りの機密物を全部持ってれば1番いいんですけど』

『4〜5階も別々の棟に散らばってたし、爆豪も1つは持ってると思うよ。隠し方も超難しい訳じゃないから、あの2人なら見落としもないだろうし』

『ですよねぇ……カツキから獲るのはできるだけギリギリにします。最後まで私に引きつけておきたいですし、機密物を持ってないことも知られたくないので』

『うん。トレーディと爆豪が会敵したら、戻って下のフロアに待機してるから』

『はい。何かあった時は頼みますね、イヤホン=ジャック』

 

にっこりと笑う交埜さんに、耳郎さんは少し緊張した顔で笑い返すと、振り返って壁に向き直った。交埜さんが、まるで組み手を始めるように、軽く構える。

 

『それじゃ───始めましょう』

 

───瞬間、耳郎さんが別棟にいた轟くんに変わった。

 

『は?』

 

呆然とした声をあげた轟くんは、壁の方を向いている。彼からすれば、突然目の前が壁になったように思うだろう。

当然のごとく、現状を確認しようと轟くんが振り向こうとして、

 

交埜さんは一切の容赦なく、その顔に回し蹴りをぶち込んだ。

 

「「「えええええええ!!!??」」」

 

あまりに衝撃的な映像に、僕らは絶叫してしまった。だって轟くんの顔だよ!?あの10人中10人がイケメンと言う王子様フェイスを!足蹴に!!しかも戦闘用の強化シューズじゃないかなアレ!!?

 

───ショート!?……

 

かっちゃんが相棒(バディ)を呼ぶけど、当然返事はない。

米神にヒットしたのか、声をあげる間もなく気絶した轟くんが崩れ落ちる前に、交埜さんが身体の下に潜りこんで支える。そのまま少し引きずって、物陰にそっと横たえた。そして彼のインカムを奪う。

 

轟くんの強制召喚から、ちょうど10秒───交埜さんが耳郎さんに変わった。

 

『─── Hi, Darling. それともバクシンチって呼んだ方がいいですか?』

 

さっきは耳郎さんが、最初は轟くんがいた別棟で、今度は交埜さんがかっちゃんに話しかけ始める。

一方耳郎さんは、倒れる轟くんのポーチを手早く外すと、中身を自分のポーチに移し、代わりにまたコンクリート片を入れる。それをデスクの上に置くと、その横に、ジャックで【2】と小さく刻んだ。

 

───なら答えろ。てめぇの個性は何だ………

 

かっちゃんと交埜さんの会話が続く中、耳郎さんがインカムをコツコツと小突く。

次の瞬間、彼女がいた場所に交埜さんが現れた。もちろん相棒(バディ)は別棟に戻っている。

交埜さんは、置かれたコンクリート片入りのポーチを腰に着けた。

 

───てめぇとイヤホン=ジャックは、今同じ棟にいるか……

 

『いいえ』

 

───てめぇらは、いくつ機密物を持ってる?……

 

交埜さんは、チラッとデスクに刻まれた【2】───轟くんが持っていた機密物の数を見る。

 

『ショートが持っていた分も含めて、6つですね』

 

 

そうして、かっちゃんと交埜さんはエンカウントした。

 




さて皆さん。違和感には気づきましたか?


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Act 4-2. あなただけのトクベツな愛称で呼びましょう(後編)

戦闘訓練編、終幕です。
最初の仕込みに気づいた人はいたでしょうか?

※ストーリーは変わりませんが、読み辛いと思った文は順次修正していきます。(6/9時点)


Aチームを保健室に送り届けたDチームが戻ってきた。

芦戸さんたちが2人に飛びついていく。

 

「レアジロ、おっかえりー!!!」

「呼び方」

「アルマジロか」

「皆スゴかったよ!!」

「最後の爆豪との一騎討ち、熱かったぜ!」

 

耳郎さんが頬を赤くして「そんなこと……」とジャックをもてあそぶ。交埜さんは隣で、どこか満足気に笑っていた。

 

「あの作戦を立てたのは、レアさんですか?まるでハリウッドみたいでしたわ」

「あはは、ありがとうございます。相手の動きを察知できるキョウカが相棒だったんで、ラッキーでした」

「轟の顔面に蹴り入れた時はビビったけどな」

「爆豪の腕折った時もな……」

「交埜さんって武術やってるの?動きがボクシングとか、カポエラに似てる気がしたんだけど」

「おおよその近接格闘は小さい頃からやってました。色々組み合わせて、今の形に落ち着いたところですね」

 

興奮冷めやらぬ僕らに、相澤先生が「静かにしろお前ら」と睨みをきかせる。

スッと静かになった皆を横目に、先生が耳郎さんに話しかけた。

 

「轟と爆豪の具合はどうだ?」

「轟は脳震盪でした。爆豪も骨折の他に頭部に打撲があるので、この授業いっぱいは念のために保健室で安静にさせるそうです」

「そうか。なら今回の講評は、授業後にお前らから伝えてやれ」

「「はい」」

 

さて、とオールマイトが仕切り直す。

 

「DチームはAチームより火力に欠けていたけど、与えられた条件や2人の手札、建物の構造などをフルに利用した作戦で勝利をつかんだのはお見事だった!特にAチームの有能さを分かっているからこそ、それを逆手に取って代わりに機密物を探させ、少ない時間の中で有利な環境を整えたのはGreatだ!」

 

接敵した時の耐久力が上がれば、さらに良いかな!と笑いながら2人の頭を撫でる。耳郎さんと交埜さんが頷いた。

 

「Dチームに何か質問はあるか?」

 

先生が僕らにそう呼びかけると、梅雨ちゃんが手を挙げた。

 

「轟ちゃんがレアちゃんを拘束して、爆豪ちゃんが下のフロアに行ったところなのだけど……レアちゃんの個性なら、爆豪ちゃんと自分を交換できたんじゃないかしら?」

 

それは確かに僕も思っていたことだ。交埜さんが最後にかっちゃんと自分を入れ替えていれば、そもそも耳郎さんが一騎討ちすることもなかっただろうに。

 

「それと、これは先生に質問なのだけれど、どうしてレアちゃんに個性の口止めをしていたのかしら?」

「ああ、口止めの理由だが……これは交埜の個性をもっと詳しく知ってからの方がいい」

 

交埜、と先生に促されて、彼女が話し始める。

 

「私の個性は、2つ以上の対象を入れ替える『交換(トレード)』です。発動条件は先ほど話した通りですが、リスクが対象のサイズと重さによって違います」

「リスク?」

「脳や視神経、認識を司る部分にかかる負荷のことです。負荷がかかりすぎると、頭痛や眩暈などが起こります」

 

そう言って、ウェストポーチからビー玉を取り出すと、僕らの目の前に掲げる。

 

「1番ローリスクなのは、サイズが小さく軽いもの。大きく、重くなるほどハイリスクになります。あとは数と移動距離も、増えるのに比例してリスクが上がります」

「なるほど、リスクが上がりすぎると体調不良で個性が発動できなくなるのか」

「不発ならまだいいんですけど。1番マズイのは、()()()()になることですね」

「中途半端?」

「対象を完全に交換しきれないんです。前に無理したら、うっかり()()()元の場所に置いてけぼりにしてしまって、大変な目に遭いました!」

 

運良く病院でくっつけられたんですけどねー、とお茶目に笑う彼女。

……いや、何ですかそのセルフスプラッタ体験!?サイコホラーもびっくりだよ!!皆も固まってますけど!

 

「そういうわけで、生物同士の交換は、確実に大丈夫と思った状態でしかやらないようにしてます。最後に私が自分とカツキを交換しなかったのは、直前にハイリスクの交換をしていて、中途半端になる危険性があったから。インターバルがあればやれましたが、今回は時間が少なくて無理だった、というわけです」

 

これでいいでしょうか、と言う彼女に頷いて、今度は相澤先生が話し出す。

 

「今の話を聞いて分かると思うが……交埜の個性は、ぶっちゃけ大して強くない。というか、条件やリスクに癖がありすぎて簡単に使えない。条件を満たしても、対象によっては全く役に立たないこともあるし、知ってしまえば対策を立てやすい。ロクなものが無い状態で、攻撃特化の敵と会ったりなんかしたら、普通は確実に()られるだろう」

 

他者に効果を依存する点においては、心操くんや物間くんと同じ。だけど、決まればほぼ勝ちな『洗脳』や、相手によって強力な能力を得られる『物真似』とは違って、『交換』は決定打も持続的な力も得ることはないのだ。

 

「だが今回の訓練では、純粋な戦闘力に劣るDチームが勝った。なぜだと思う?」

「……Aチームがレアちゃんの個性を知らなかったから、かしら?」

「それが1つ。他には?」

「……Dチームが、自分たちが有利になる状況を意図的に作った」

「常闇、正解だ。……お前らは不本意にも、派手な強個性の敵には慣れているが、交埜のように個性が分かりにくい、しかもそれ自体の強さに頼らない戦い方をする相手には、二手も三手も遅れている」

 

「だがヒーローは、ほとんど初対面の奴に、後手に回るのが基本。遣り手の敵であるほど、自分の情報は決して出さず、奥の手を何枚も隠しているものだ。今のお前らじゃ、そういう場面で何回か死ぬ」

 

ピシャリと言い放つ先生。オールマイトが続ける。

 

「それと、轟少年が機密物を考慮してビルを氷漬けにできなかったように、個性を使えない状況というのは必ずある。人質、環境、政治的要因……相澤くんの『抹消』のように、個性自体を阻害されたりね」

 

「そういう時、君たちはどうする?自分の最大の武器が使えない、その状態で、守るべきものが傷つけられそうになったら?」

 

微笑んでいるけれど、皆を見る彼の目は真剣だった。

その『個性』を使い果たして、今は一般市民以下の力しか持たない、元No.1ヒーロー。

 

「君たちは、それでも立ち向かおうとするんだろう。だからこそ、まだまだ色んなものが足りない!この1年かけて、個性の強さと使い方を底上げしてきたね。これからは、個性以外の強さと技術も模索して磨いてほしい」

「インターン先によっては、後輩も入ってくるだろうしな。ヒーローとして背負うものが、また1つ増えるってことを、ちゃんと覚えておけ」

 

ニヤリと笑う2人に、緩んでいた背筋がシャンと伸びた気がした。

 

「「「───はい!」」」

 

 

 

 

 

僕が()()に気づいたのは、講評の後、戦術について交埜さんに質問していた時だった。

 

例のごとく熱が入りすぎてブツブツムーブが止まらない僕を、他の皆はまたか……と気にすることなく訓練に戻っていく。そのせいで、皆と僕ら2人に少し距離ができていた。

 

「…………あれ?」

「どうしました?ミドリヤくん」

 

うつむいて勝手に呟きまくる僕にドン引くでもなく、並んで立っていた交埜さんが尋ねてきてくれた。

 

「個性の『生物を交換する』条件は、『事前に対象に触れておくこと』ですよね」

「ええ、そうです」

「でも交埜さん、轟くんと耳郎さんを交換するまで、轟くんに接触してませんでしたよね……?」

 

そうだ。よく考えれば、轟くんがビルに入ってから強制召喚されるまで、彼女はずっとかっちゃんがいる方の棟にいた。僕らがリアルタイムでモニターを確認していたんだから間違いない。

 

なら、どうして交埜さんは個性を発動できたんだ?

 

「触りましたよ?皆の前で」

「え?」

 

思わず顔を上げる。

 

 

「握手したでしょう?」

 

わざわざ味方(キョウカ)の手を握って見せたのに、カツキは釣れませんでしたけど。

 

 

「勘が良いんですねー、あの人。いや、単に握手が嫌だっただけかな?」

 

小さな呟きを、1度で理解できずに反復して。

ゾワ、と身体が震えた。

 

()()()()

この人は───いつから計算していた?

 

固まる僕を、ほんの少しの身長差で、交埜さんが見下ろす。

 

「ねぇ、ミドリヤくん」

 

ニコニコと。

かっちゃんたちに握手を求めた時のように。

 

「───ヒーローと敵に、よーいどん、なんて、ないですよね」

 

寒気すら感じるほどの美しい顔で。

彼女は終始、笑っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「やあやあ2人とも、調子はどうですか?」

「死ね!」

「元気そうですね!」

 

ヒーロースーツのままベッドに横たわる爆豪と轟にレアが声をかけると、ボンバーヘッドの方から秒で罵倒が飛んできた。担ぎ込まれるハメになった元凶にそんなこと言われたら、そりゃそうなるだろう。

 

授業終了後、ウチとレアは保健室に来ていた。切島たちも来たそうだったけど、大勢詰めかけるのは迷惑になるので、皆には先に帰ってもらっている。

 

男子に頼んでまとめてもらった荷物を渡し、ベッドカーテン越しに着替える2人に訓練の講評を伝えながら尋ねる。

 

「ウチもVTR観て改めて思ったけど……轟はモロに急所入ってたでしょ。大丈夫?」

「おお、もう目眩も震えもねぇから平気だ」

「正直、授業中は目を覚ませないくらいの気持ちで蹴ったんですけどね。まさか起きるとは思わなかったです」

「まぁ、どつかれるのは昔から慣れてるからな。多分、直撃は反射で微妙に避けたんだと思う」

「さすが……爆豪は腕折っても全然怯まないし」

「ったりめーだ!舐めてんのか!!」

 

シャッ、とカーテンを開けて、着替え終わった爆豪が吠える。

 

「舐めてませんよ。だから謝りません」

「ぁあ!?」

「あの時は2人とも敵でしたから」

 

失神させたことも折ったことも謝りません、ときっぱり言うレア。

その頭を、鬼の形相の爆豪がグワシッとつかむからギョッとした。割りこもうとしたけど、視線の先で轟が大丈夫だと首を振ったのでやめる。

 

「だから当たり前だっつってんだろうが!!あんだけガチでやっといて、んなこと言いやがったらぶっ飛ばしてたわ!!!」

「実戦と比べたら、むしろこんな怪我軽い方だろ」

「そもそもてめぇは何あっさりノされてやがる気絶野郎!」

「悪りぃ」

「……本当、さすがですねぇ」

 

ギャーギャー言い始めた男子2人に、レアが嬉しそうな顔になる。いや、アイアンクローされたままだけど大丈夫?砕かれない?

 

「ところで」

「あ゛ぁん!?」

 

「賭けのこと忘れてないですよね?」

 

ピタッとボンバーヘッドが止まった。

 

「ああ……爆豪に二言はねぇんだったか」

 

轟、アンタ爆豪の味方じゃないの?天然なの?

 

「……ねぇわ。好きに呼べばいいだろうが……」

 

声ちっっっさ。いや、まぁ気持ちは分かる。

 

皆忘れてるかもしれないけど、初対面の相手にプロポーズ(しかもHR中)したり、公衆の面前でその男の性癖を晒そうとしてるからね、この美女。……ホントにヤバイな?自業自得とはいえ同情する……。

 

「えへへ、色々考えたんですけどね〜」

 

ルンルンと音が付きそうなテンションの勝者(レア)生贄(爆豪)が処刑台に立たされたみたいな表情になった。

 

「ゼロ」

「あ゛?」

「カツキの呼び名。『ゼロ』はどうでしょう?」

 

思わず呆気にとられる。

なんか常闇が喜びそうだけど、案外普通?絶対ダーリンとか、高2の男子にはキツイものを出してくると思ったのに。

 

轟が、合点があったように尋ねた。

 

「『爆心地(グラウンド・ゼロ)』だからか?」

「それももちろんありますけど」

 

「『0(ゼロ)』は、1の前に唯一位置する非負整数でしょう。すべての値の基準値で、始まりの意味もある。無限の数の中で、正にも負にも分類されない絶対価値を持っている」

 

 

これって、No.1(オールマイト)を超えるカツキみたいじゃないですか?

 

 

爆豪が驚いたように目を見開く。

……何か言いたそうにモゴモゴしてるけど、嫌そうではないので援護してあげることにした。

 

「いいんじゃない?ウチは結構カッコいいと思うよ」

「あ!?」

「でしょう!?これ思いついた時は、我ながら Good job だと思いました!」

 

ムフー、と頬を赤くするレア。

 

「交埜、それ他の候補はあるのか?」

「あ、ゼロがどうしても嫌な場合は、My darling か My sweety(スウィーティー) になります」

「「!!?」」

「カツキもいいと思ったんですけど、ミドリヤくんやカミナリくんの『かっちゃん』に先越された感があって……」

「すうぃーてぃ、は女の呼び方じゃないのか?」

「いやカツキって何か色味がお菓子っぽくておいしそぉぃいいいたたたたただだだ!!」

「気色悪りぃこと言ってんじゃねぇクソキチガイ!!なんっで悪化しとんじゃボケェ!!!」

「ごめんなさいいだだだだだ!!ゼロで!ゼロ一択です!!」

「ちょっ、ミシミシいってるから!頭潰れちゃうから!」

「潰れろ!!!」

 

レアの頭がチンパンジーに握られた林檎みたいになりかけた時、パーテーションの向こうからリカバリーガールが顔を出した。

 

「うるっさいよアンタたち!そんなに元気ならさっさと帰りな!!」

「すみません!ほら、早く帰ろ!リカバリーガール、ありがとうございました」

 

 

慌てて保健室を出て、帰路を歩く。

少し先を行くレアは、傍らの爆豪にしきりに話しかけている。9割罵倒だけど、ボンバーヘッドもなんやかんや返事してるので、呼び名は『ゼロ』に決まったらしい。

 

「レアも物好きだよね……好感度0の爆豪に、なんであんなにグイグイいけるんだろ」

「いや、0ってわけじゃないと思うぞ」

「え?」

 

ひとり言に予想外の答えが返ってきて、思わず並んで歩いていた轟を見上げた。

 

「爆豪は、強い奴が好きだろ。特に、全力で真剣にかかってくる奴」

 

だから、割と交埜も可能性あるんじゃねぇか。

 

しれっと言われ、先行く2人に視線を戻す。相変わらずギャーギャーしてるけど、普通に隣を歩いている。訓練前はめっちゃ距離取りたがってたくせに。

 

半目で天をあおぐ。

 

神様お願いです。どうかこのキチガイ美女と爆殺野獣の痴話喧嘩に巻きこまないでください……!

 

 

 

 

 

それから十数年に渡って、神などいない、とボヤき続けることになるのは、また別のお話。

 




はぁぁぁ、無事終わりました戦闘訓練編!
GW前にPCが急逝され、他にも色々ありましたが、Act2 投稿後グッと増えたお気に入り数と感想に励まされました。誤字報告してくれた方も、ありがとうございます!

この訓練編では、
①ジロちゃんとのタッグ
②轟の顔面キック
③かっちゃんの腕ボキボキ
④かっちゃんのヒーローネームネタ
……が書きたかったので満足です。
特に④。公式で明らかになる前にやらねばと思ってたので。あと③でレアがかっちゃんに極めた技は、途中まである映画のシーンが元になってるので、多分本当に折れると思います。分かった人は挙手!

それとAct1でレアの経歴に触れましたが、正直ここに書くほどのものでもないので、知りたい方は感想お待ちしてます!

◆プロフィール

交埜レア 「個性:交換」
綺麗な薔薇にはトゲがあるどころじゃない。個性(物理)も個性(精神)も癖が強すぎる女子。
個性の特性上、ブラフやハメ技で相手を出し抜くスタイルが主。格闘も一通りできる。キチガイだがサイコパスではない。

爆豪勝己 「個性:爆破」
自分でうず高く積んだフラグを見事回収した。
普通自分の腕を躊躇いなく折った奴とか……でもかっちゃんは強い・折れない・本気の人が好きなので……うん。今回の訓練でレアの評価をちょっと見直す。チョr(爆散)

耳郎響香 「個性:イヤホンジャック」
今回の影の立役者。
この後、A組女子の中でもレアと結構仲良くなる。それゆえに2人の痴話喧嘩によく巻き込まれる苦労人。

轟焦凍 「個性:半冷半燃」
キング・オブ・不憫。まさか強制召喚された先で顔面蹴り抜かれるとは思わなかった。ごめん。
でもショートじゃなかったら、マジで授業中に目を覚ませなかった。
訓練後少しの間、レアが背後に立つとビクッとするようになる。

緑谷出久 「個性:OFA」
最後の最後でとんだホラー体験をするハメになった人。気づいても聞かなきゃよかったのにね。

補足すると、他にも握手がキーになったと気づいてる生徒は数人いる。その内9割は偶然の産物だと思ってる。残り1割は、薄々分かってるけど藪をつつかないようにしてる。


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日常編 壱
縁は異なもの味なもの


【意味】人の縁はどこでどう結ばれるか分からず、不思議でおもしろいものだということ。『合縁奇縁』とも言う。


爆豪勝己は決意した。

 

必ず、目の前の男を正道に引きずり戻してやらねばならぬと決意した。

爆豪勝己は遠慮を知らぬ。爆豪勝己は、No.1よりも更に上を目指す、れっきとしたヒーロー候補生である。敵よりも敵らしい凶悪面でモブ共を叱咤し、蹴散らし、爆破して暮らしてきた。けれども己の縄張りに許した人間に対しては、人一倍に繊細であった。

 

男の配下の者に周りを囲まれながら、爆豪勝己は一歩踏み出す。

 

己は、今、かの男に逆らう。男を、決して表に出さずとも密かに尊敬し信頼していた男を、かつての清廉潔白な人に戻すために逆らうのだ。逆らわなくてはならぬ。そうして、男に突き離されようとも。

 

「…………今なら、まだ間に合う」

 

爆豪勝己は、辛かった。幾度か、言葉の端々が震えそうになった。心の中で言え、言えと繰り返し、己を叱咤しながら口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「緊縛フェチのロリコンになろうとも、その女だけはよせや、ベストジーニスト!!!!!」

「ちょっとそこに座りなさい勝己」

 

手がとんでもなくかかるが可愛い教え子にトンデモ発言をされたNo.3ヒーローは、爽やかな微笑みに怒りをにじませるという器用な顔をしながら、目の前の高級絨毯を指さした。

 

 

◇◇◇

 

 

「そういや爆豪、明日からはベストジーニストのとこでお世話になるんだっけ?」

 

昼休み、切島が焼肉丼をかっこみながら尋ねてきたので頷いてやる。

 

始業式からおよそ1ヶ月。

進級によるスクールライフの変動を考慮して一時停止されていたインターンが、やっと再開されることになった。

 

ちょうどいい節目っつーことで、希望者は受け入れ先から許可が出れば、昨年度とは別のヒーロー事務所でインターンができる。

 

希望が通るかは、その時の所内のバランスやらタイミングやらの理由で五分五分らしいが、俺の転属許可は割とすんなり下りた。受け入れ先が、ベストジーニストの事務所だったからだ。

 

本当は1年のインターンで行く予定だった。だが神野で重傷を負い病み上がり直後だったジーニストが、まだ現場に立てぬ自分よりはと、冬の間は別のヒーローに師事することを薦めたのだ。

 

ちょうど半分野郎から奴の親父のインターンに誘われ、それを知ったジーニストにも背を押されたので、春先までエンデヴァー事務所で力の底上げと実戦の蓄積に勤しんだ。途中、半分野郎のセンシティブな家庭事情に巻きこまれたのは心底解せねぇが。

 

「ジーニスト、この前の立てこもり事件も瞬殺だったらしいし、完全復活だな!」

「かっちゃん、まーた8:2坊やに……ブフッ……されんじゃねーの?」

「今すぐこのアホ面を8:2に分けられてぇんだな」

「ちょ待あ゛あ゛あ゛」

 

オヤサシイ俺は希望通りアホの顔面をわしづかみ、徐々に力をこめてやる。手の下でバタバタ何か喚いているが知らん。

 

だんだん息絶え始めたアホを呆れ半分で眺めていた瀬呂が、ふと思い出したように言う。

 

「インターンって言えば、レアちゃんはどっか行くのかな?」

 

手の中でカレー用のスプーンがひしゃげた。

 

アメリカからの編入生。初対面で俺にプロポーズまがいの告白をぶちかまし、腕をへし折り、ダーr(自主規制)……おぞましい呼び方で精神攻撃をもしてくる、正真正銘のキチガイ女である。

 

「あのキチガイ女の行き先なんざ、俺が知るわけねぇだろ。知りたくもねぇ」

「えー、でも男子の中で1番話してんじゃん」

「話してねぇわ!アイツが一方的に絡んでくんだよ!!」

「でも一緒に自主練してなかったっけ?」

「そんでしばらく訓練場出禁になったがなぁ……!!クソキチガイの二次被害はてめぇらも身に染みてんだろうが!」

 

ドスのきいた声で唸ると、しょうゆ顔が菩薩顔になる。切島は小刻みに震え出した。

おおかた、この1ヶ月で起きた惨劇……俺の誕生パーティー集団昏倒事件、A組男子地獄の断末魔巡り、実戦用女装男装講座etc……を思い出したんだろ。特に最後は俺の心の安寧のために記憶から消し殺している。この先掘り返す奴も消す。

 

それらの元凶たるキチガイ女が、俺の許嫁だというクソすぎる勘違いが雄英に広まってることも、この前知った。あのクソナードは全力で蹴り飛ばして炙りわかめにしたが許さねぇ。

 

しかも、キチガイ女が妙な呼び方(ゼロだのダーr(自主規制)だの)をするせいで、一層アイツが俺の特別枠なんだという噂に拍車がかかっている。俺の名誉のために断言するが、断じて、断じてそういうことはない。賭けのせいで表面上は全力拒否できねぇんだよクソが。

 

自主練も、戦闘訓練のリベンジと戦術を見て盗むために数回やっただけだ。

結果、訓練場が1つ半壊した。

 

それからも何かと嬉々として話しかけてくるので、もう必要以上に近寄られないように警戒している……のに、いつの間にか近くにいるのは何なんだ?気配絶ちの個性も持ってんじゃねぇのか?

 

「……ま、まぁアメリカじゃよく現場出てたみたいだけど、日本じゃそもそも伝手がねぇし、勝手も違うよなぁ」

「まだインターン再開しない奴も他にいるしなー。やっぱ去年の俺たちみたく、体育祭の後にオファーが来たらじゃねぇの?」

 

うんうん、と結局自己完結した切島と瀬呂を睨んで、席を立つ。

 

「体育祭は、俺が全部ブッ潰して1位だ」

 

キチガイ女も完膚なきまでに叩きのめすのだから、アイツが注目されるなんざありえねぇ。

 

そう宣言した俺に切島たちが何か言った気がするが、無視して食堂を後にした。

 

 

 

「……そうやって無意識に意識しまくってるから、周りには意味ありげに見えるんだって分かんねぇかなぁ」

「爆豪って恋愛事はからっきしだよなー。俺も人のこと言えねーけど。な、上鳴……上鳴?」

「ん?……えっ、ちょ、コイツ息してねぇ!!」

「死ぬな上鳴ぃぃぃ!!え、衛生兵!衛生兵ー!!!」

 

 

 

───翌日 ジーニアスOFFICE

 

 

「やぁ、先月ぶりだね」

「……ドーモ」

 

指定された昼下がり。転属希望が通った後、進級前に諸手続きのために1度顔を合わせたぶりだ。仏頂面で応じた俺を見て、ベストジーニストが「相変わらずだな」と笑う。

 

「新学期はどうだい?雄英は進級して授業のレベルも跳ね上がるから、苦戦してるんじゃないか」

「なめんなクソ楽勝だっつーの。昨日だって戦闘訓練で圧勝だったわ」

「そうか」

 

ジーニストの、唯一表情が読み取れる目元がわずかに柔らかくなる。傍らのサイドキックが生暖かい目で見てくるので、なんとなくバツが悪い。

 

職場体験の時は、やたらめったら『矯正』しようとしてきたが、療養中に再会してからメッキリそういうのが減った。

いわく、「君のその意固地さは、ある意味そのままでいいと思った」のだそうだ。意味が分からねぇ。

ただ、たまに言動がいき過ぎると縛られてコンコンと諭される。それが、稀に俺を叱る親父や、ドライアイをかっ開いてたしなめてくる担任に似ていて、前ほど強く反論できなくなった。

 

「学生の本分は学校生活だからね。順調なら何よりだ」

「……っせぇ、んなことよりインターン始めろや」

「意欲旺盛で結構。───職場体験でも説明したが、我が事務所はヒーロー業界の広告塔としても手広くやっていてね。アパレル事業やファッション系のメディア出演、チャリティ活動なども行っているが……君にはもちろん、メインのヒーロー活動を中心にやってもらう。基本はパトロール、戦闘区域での市民の救援と避難誘導。場合によっては敵の捕縛と戦闘もありだ」

 

一瞬でヒーローの顔になったジーニストから、目下のスケジュールを渡される。活動は原則休日、学校のカリキュラムによっては平日もあり。プラス、一部の事務と事務所指導による独自訓練その他。

 

「現場はエンデヴァーの時と大体同じか」

「そうだ。基本は私に付いてきてもらう。君も随分No.1にもまれてきたようだが……」

 

「私も職場体験のような()()()やり方をするつもりはない。仮免とは言え、君はすでにヒーローの端くれだ。ならば、それ相応に扱わせてもらう」

 

覚悟はいいな?

 

スゥッと目を細めたジーニストに───俺は口角を吊り上げて、満面の笑みを返してやった。

 

「今にアンタも越えてやる」

「───ハハハ、よろしい。想定以上の活躍を期待しているよ。では早速、パトロールに行こうか」

 

颯爽と俺に背を向けるベストジーニスト。死線を越えたからか、職場体験の頃より増したビルボードトップ3の威厳が感じられる。

 

その胸に突進してくる奴さえいなければ。

 

「つーなーぐーさん!!!」

「グゥッ!?」

 

人体が接触するのに立てちゃいけねぇ音がしたが、そこはNo.3、とっさに抱きとめた勢いを利用してその場で回転し、衝撃を受け流す。

結果、俺とジーニストの間に闖入者が入りこんだ。

 

見飽きた雄英の制服。黒髪ポニテにチョコレート肌。笑みの形に細まる金色の飴みてぇな目ん玉。

 

そう、この1ヶ月、俺の血管を幾度となく切れさせ、今なお記録更新中のキチガイ女である。

 

「はぁ、まったく……レア。いきなり飛びついてくるんじゃない。それに、仕事中はヒーロー名で呼ぶようにと言っただろう?」

「ふふふ、維さんの姿が見えたので、つい。事務所の中なら、皆私たちのこと知ってるし、いいかなって」

「こら。そんなに矯正されたいか?」

「えー、また縛られちゃいます?」

 

……え、何だこれ。

言葉も忘れ、目の前の光景を呆然と眺める。

 

くすくす親しげに笑い合う2人。ジーニストの左手は抱きとめた時のままキチガイ女の腰に置かれ、右手は黒い頭を撫でている。かく云うアイツの両手も、ゆるく男の身体に触れられたままだ。背景にあるはずのねぇ薔薇が咲いている。

 

ギギギ、とぎこちなく首を巡らせて見渡すと、周りにいたサイドキック共は、全員微笑ましそうな目で2人を見守っていた。

 

 

 

……さて、この爆豪勝己。(ツラ)はすでにカタギとは思えないが、一応思春期真っ只中の男子高校生(17)である。

しかも、どこぞの雷小僧や変態グレープと違い、女子とお付き合いしたい気持ちなど微塵もなく、そういった知識も最低限しかない、恋愛経験ゼロの男である。

 

そんな知識も経験もない───この場合あっても同じだっただろうが───DKが、いい歳した中年男性とピチピチのJKのキャッキャウフフなシーンを見せられて、その思考が行きつく先など、想像に難くない。

 

ただ、彼の中でベストジーニストは、『信用できる高潔な常識人』という割と確固たる認識があった。そして同時に、交埜レアというクラスメイトには、『常識をアメリカに落としてきた油断も隙もないキチガイ』という、悲しいことに結構的を射ているイメージが確立されていた。

 

不意に、レアごしにベストジーニストと爆豪勝己の視線が合う。

 

瞬間、少年が行きついたのは───「この男を正気に戻さねば」という使命感であった。

 

人の恋愛観や性癖にケチをつける気はない。国を代表するエースヒーローが緊縛フェチのロリコン(厳密には違うが、父親と娘ほど歳の離れた年下が好きという意味で)なのはちょっと驚くが、別にそれで軽蔑するとか生理的に無理とか、そういうことはない。

 

ただ1つだけ、相手があのキチガイ女だという、そこが問題なのだ。

ベストジーニストなら、もっとまともな、少なくとも奴よりマシな女を見つけるなんざ簡単なはずだ。

 

そんな常日頃からは信じられない純粋な善意で、「ベストジーニスト」と彼の名を呼びながら、爆豪勝己は使命を胸に一歩踏み出した。

 

 

以上が、冒頭の悲惨極まる茶番の顛末である。

 

 

◇◇◇

 

 

そして現在。

俺は、簀巻き状態で床に正座させられながら真相を知った。

 

「…………イトコメイ?」

「そうだ。レアは私の従兄の娘、従姪(いとこめい)だ」

 

だから私に特殊性癖も恋愛感情もない、と額に手を当て深いため息を吐くのは、教え子から疑惑の目を向けられるロリコン緊縛フェチ(?)野郎。

傍らには、笑いすぎてもはや言葉もなく震えている残念な女が来客用の長ソファーに転がっている。

 

俺は男を見、女を見て、また男を見た。半目で。

 

「嘘つけ。明らかに盆と正月にちょっと顔出せばマシな程度の親戚の距離じゃねぇだろ」

「だから、レアの父は私の大切な友人でもあって、家族ぐるみの付き合いだったと言っている……。彼女が赤子の時から知っているんだ、親しくて当然だろう?」

「……公衆の面前で、女子高生とおっさんが抱き合うのは家族愛か?」

「おっさ…………いや、確かに日本では珍しいかもしれないが、ハグは典型的な親愛の挨拶だぞ」

「……『矯正』『また縛られる』」

「ヒーローとして昔からレアの特訓に付き合っていただけだ。私の個性上、手合わせしたら拘束することになるのも当たり前だろう」

「………………」

 

真顔で睨み合う俺とジーニスト。周りのサイドキックは、遠巻きにこっちの様子を窺うだけだ。

その微妙な間を割るように、細長い腕が上がった。

 

「ふっふふ……ゼ、ゼロくん。維さんの言う通りですよ」

 

無言で視線をやると、キチガイ女がソファーから身を起こした。長ぇ睫毛に、笑いすぎて涙が乗っかっている。

 

「維さんは私の従伯父(いとこおじ)で、今は日本での後見人なんです」

「……親代わりってことか」

「会うのは久しぶりですが、私がヒーローになるために昔から協力してくれてる恩師でもあります」

 

緊縛フェチのロリコンっていうのは初耳でしたけど?

からかうように笑うキチガイ女に、「誤解だと言っている!!」と必死で弁明するジーニストを見て、身体の力を抜く。本当に恋愛うんぬんの関係ではないらしい。

 

「あんなん見たら、誰だって誤解するだろうが」

「あはは、すみません。今度から気をつけます」

「……職務中にプライベートなところを見せたのは謝罪しよう」

 

巻きついていた糸が解かれる。久しぶりのインターンの前に、どっと疲れた気がする。主に精神が。

 

「もういい……早くパトロール行くぞ」

 

だからキチガイ女はとっとと消えろ。

言外にそう含んだ俺は、ジーニストの言葉にピタリと凍りついた。

 

「ああ、そうだな。レアも早くヒーロースーツに着がえてきなさい」

「…………………………あ?」

 

なんでキチガイ女がヒーロースーツに替える必要がある?コイツは親戚に久しぶりに会いに来ただけだろ。

俺の表情からそう考えてるのが分かったのか、ジーニストが不思議そうな顔をした。

 

「なんだ、知らなかったのか?彼女のインターン先もジーニアスOFFICE(ここ)だ」

「……はぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!??」

「むしろ当然だろう?レアは私が昔から指導しているんだぞ。午前は急用で私がいなかったから、顔合わせも兼ねて、サイドキックたちから事務所の説明を受けていたんだ。パトロールも後から参加してもらう予定だった」

 

絶句する俺を見て、日本に来たばかりの編入生と一緒にインターンをすることに不満があると思ったのだろうか。緊縛フェチ野郎は、優しげな微笑みでとんでもねぇ追い討ちをかけた。

 

「安心しなさい。身内の贔屓目を除いても、レアの能力は高い。特に後衛は得意分野だ。君の相棒(バディ)として力になるだろう」

 

勝己も、彼女を支える良きパートナーとなってくれ。

 

ぽん、と肩を叩くジーニストごしに。

それはもうにっこりと、編入初日を思い出すような顔で笑ったアイツが見えた。

 

「これからよろしくお願いしますね───相棒(ゼロ)くん?」

 

 

 

 

 

切実に、高1の俺に忠告する。

 

今すぐその転属希望届を燃やせ。




親戚はベストジーニストさんでした。
かっちゃんの行く末はどうなってしまうのかー…!?(小並感)

お察しの通り、この爆嫁はAB合同訓練編の最中に考えたので、その後の流れは創作です。……ベストジーニスト行方不明になるとか誰も予想できないじゃん……。ヒーローは遅れてやってくる展開でいいから無事に帰ってきてかっちゃんとしゃべってくれ。信じてるぞhrks先生ェ……。

◆プロフィール

交埜レア 「個性:交換」
言わずと知れた進撃の嫁(奇行種)。
戦闘訓練で見せた思考力と即応力は従伯父譲り。
ハグは幼稚園児が先生に「かまって〜」ってやるアレと同じノリなので下心はまったくない。

爆豪勝己 「個性:爆破」
気づいたらウォール・マリアの前にウォール・ローゼを飛び道具で破壊されていた旦那(予定)。
この1ヶ月で色々あった。不憫。最近、編入生は人外なんじゃと疑っている。不憫。

袴田 維  「個性:ファイバーマスター」
高潔なNo.3ヒーロー・ベストジーニスト。日本での養父(ちち)(予定)。
かっちゃんとレアの指南役であり、良き理解者……だがレアに体育祭の映像を見せたのはこの人。つまりかっちゃんが苦労してるすべての元凶である。
2人の結婚式では、開始前から号泣しそう。


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おふくろの味は人それぞれ

お久しぶりです。
前話の投稿直後から色々なことがあって、執筆できない状況が続き、気づけば1年以上経ってしまいました。それでも頂いた感想と、日々見にきてくれる誰かに励まされ、続きを投稿することができました。
最近原作が辛い展開なので、小休止にフフッと笑ってもらえれば本望です。

今話の時間軸は前話の少し前。それではどうぞ!

【追記】少しタイトルを変更しました。


「それではー、第〇〇回!A組女子パジャマパーティの開催だぁぁぁ!!」

「イエェーイ!!」

 

ジュースを掲げて叫んだアタシに、葉隠がノリノリで返し、他の女子もグラスをかち合わせる。

 

今日も今日とてハードな授業を乗り越えた2-A女子は、アタシの部屋で女子会をしていた。お菓子を食べながら皆で駄弁る時間は楽しい。女子が夜に甘いものを食べていいのかって?そんなヤボなこと言うお口は溶かしちゃうぞっ☆

 

それに今日は、新メンバーも増えているのだ。

 

「はいレアさん、私おすすめのカモミールティーですわ」

「ケロ、百ちゃんの淹れてくれるお茶はとってもおいしいのよ」

「お茶請けのお菓子もおいしいんよー。あっ、これも食べてみて!」

「わ、ありがとうございます」

 

そう、桜と一緒に超大型台風も連れてきた噂の編入生、交埜レアである。

 

同じ女子のアタシすら一瞬見惚れるほど、モデルみたいなチョー美人。ホワホワとお茶を楽しんでいる姿すら輝いて見える。ヤオモモ達と並んでいると完全に目の保養だ。例え着ているのが胸元に「酒池肉林」と描かれた緑谷並みのTシャツだろうが絵になってるからすごい。でも服の選び方は後でちゃんと教えようと思う。

 

そんなことを考えながら、注目!と手を叩いた。

 

「今日は最重要案件を話し合います!」

「最重要案件?」

 

首をかしげる皆に、ズビシッ!と指をつきつける。

 

「ずばり!───爆豪とレアの親密度をどう上げるかだよ!!」

 

もぐもぐと口を動かしていたレアがきょとんとした。

 

 

この子が編入してきた日、アタシは内心……いやちょっと出ちゃってたけど、大いに歓喜した。

だって恋愛事とはほど遠い(麗日と緑谷がちょっと怪しいけど)ヒーロー科で?あんなびっくり告白に立ち会わされるとは思わないじゃん?しかも、あのツンギレ狂犬モードを通常装備してる爆豪に!!どこの少女マンガかと思ったよね!

 

A組きっての恋愛番長(自称)、この芦戸三奈が、そんなアオハルを見逃せる訳がない。むしろ全身全霊で後押ししたい!あわよくばLOVEな話を毎日供給できるのでは!?

 

 

そんな期待を木っ端微塵にしたのが、目の前で首をかしげている美女の皮を被ったキチガイである。

 

 

「私、ゼロくんと仲良くなれてますけど……」

「「「それはない」」」

「えっ!?」

「なんでそんなまさか!みたいな顔してんの?むしろ今までどこに仲良くなる要素があったの??」

 

心底不思議そうな表情で、レアが指を折って数え始める。

 

「朝は一緒にロードワークして」

 

「いつの間にか爆豪くんの後ろにおるって聞いたんやけど…」

「しかも毎日コース変えてるのに気づくといる恐怖」

「最後はどちらが先に寮に着くかデッドレースになってますわ」

 

「昼は一緒にご飯食べて」

 

「この前男子と同じテーブルになった時ね……組み手の訓練について話したやつ……」

「美女から憂げに落とされる『昨日ゼロくんに押し倒されましたけど、やっぱりマウント取られると逃げられないですね』」

「凍りつく食堂の空気……突き刺さる視線……」

「『言い方ぁ!!!』って叫ぶ爆豪ちゃんにちょっと同情しちゃったわ……」

 

「放課後は一緒に自主練して」

 

「レアの挑発に爆豪くんが乗った時のだね!」

「そして始まる血みどろ(比喩じゃない)のバトル」

「敵顔で笑いながら肋骨を蹴り折った爆豪さんも爆豪さんですが、躊躇いなく目潰しのカウンターを入れたレアさんが怖かったです」

「最後は明後日の方向に飛ばされた爆破で訓練場半壊……相澤先生ガチギレしとった……」

 

「ほら!すっごく仲良くなってるじゃないですか!」

「「「どこが?」」」

「えっ!?」

 

理解不能という顔をしたいのはこっちである。

本気で爆豪と仲良くなれてると思う神経がわからない。アメリカではこれが普通のアプローチなの?

 

「だって日本人は古来より拳で殴り合う、もしくは身一つで果し合いをすれば、どんな相手でも仲良くなれるんですよね?」

なんて??

アメリカ(あっち)にいる友達が言ってました。日本の学生は、ステゴロ世界最強を決めるために東京ドームの地下闘技場で戦ったり、強者に会うためにわざわざ外国の監獄に潜りこんだりするって。そうして拳を交わし合った相手と、最後に必ず絆が生まれるんだって」

「どちらの世界の話ですか…?*1

「そんなヤツいてたまるか!いたとしても仲良くなれるのは切島くらいだよ!!」

 

切島へのとんだ風評被害である。

 

「アメリカの日本人への常識ってそんな感じなん…?」

「いや、ほら、類は友を呼ぶって言うじゃん。レアの友達がアレなだけだよきっと」

「ケロォ……」

 

馬に蹴られたくない静観派の女子も含め、全員が悟った。

 

この子を放置するのは(周りの人間にとって)危険だと。

まじめに首をつっこまないと、後々馬どころか爆撃を受けるのは自分たちであると。

 

誰からとも知れず、(未だに不思議そうな顔をしてる元凶を除く)アタシたちはテーブル越しに円陣を組んだ。

 

「(アタシたちの被害を防ぐために)レアと爆豪を(常識的に)仲良くさせるぞー!!」

「「「おー!!!」」」

「???」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「では行ってきます!」

「がんばれ」

「渾身のやつ作ってきてね!」

 

「それで『爆豪の誕生日に旨いもの作ろう』ってなったのね……」

「そ!」

 

現在地、A組寮内ダイニング。

女子一同の声援を受け、意気揚々とキッチンへ向かうレアを見る瀬呂に、グッとサムズアップする。

 

考えた結果、決まったのは『数日後に迫る爆豪の誕生日パーティーで何かしよう』ということだった。

 

寮制になって誰が言い出したのか、A組では月末に1回、誕生月のクラスメイトをまとめて祝うパーティーをやっている。パーティーと言ってもそこは一学生。ちょっと豪華な料理を作ったり、全員で少しずつカンパして買ったプレゼントを渡したりと、ささやかなイベントだ。

そして今は4月。偶然にも今月誕生日なのは爆豪だけなので、必然的にソロで祝うことになる(本人はそんなもんいらん、せめて5月組とまとめろと主張していたが、引かない上鳴たちに押し切られた。皆、何かにかこつけて騒ぎたいお年頃なのである)。

A組女子はそこに目をつけたのだ。

 

「個人的にプレゼント渡すのはダメなの?」

「だって爆豪だよ?雑貨とかこだわり強そうだし。皆で買ったものなら、なんやかんや言いつつ受け取ってくれるだろうけど、レアが個人的に選んで渡そうとしたら、最悪爆破されそう」

「あー、うん……鬼畜の所業だけど否定できないんだよな……」

 

遠い目をする瀬呂。そう、爆豪にとってヒーロー関連を除いたレアは、いわばUMA。まずは警戒心を解いてもらわないといけないのだ。

 

「王道の料理、しかも唯一クリパで爆豪を餌付けできた砂藤のお墨付きならいけるでしょ!みみっちいから自分のために出されたご飯は残さないだろうし。という訳で、よろしくシュガーマン!」

「責任重大だなぁ」

「……えーっと、僕らも呼ばれたのはなんでかな……?」

「緑谷と切島は味見兼、爆豪の新旧好み判定役に抜擢しました!」

「なるほどな、そういうことなら任せとけ!」

 

苦笑する砂藤に並んで座る緑谷と切島が、我が意を得たりと頷く。半ば強引にひっぱってきたにも関わらず、文句も言わず協力してくれる良いやつらである(ちなみに瀬呂はたまたま切島と一緒にいたので付いてきた)。……本当になんでレアは爆豪を選んじゃったんだろ……。

 

「交埜は何作るんだ?」

「カレーだよ!爆豪くん、辛いもの好きでしょ?食堂でもよく食べてるし!」

「パーティーまでもう時間もないしね。学生(ウチら)の予算的にも1番無難にいこうかって」

「ああ、それなら後付けで辛さも変えられるし、トッピング次第でアレンジもできるな」

 

砂藤が玄人っぽくうんうん納得してるけど、ぶっちゃけアタシは、手作り料理で胃袋をつかんじゃえ!っていう下心しかなかったりする。

 

「これで、かっちゃんと交埜さんが少しでも仲良くしてくれたらいいなぁ……」

「だーいじょぶだって!きっと上手くいくよ!」

 

まったく心配性だなー、と緑谷の背中をバシバシ叩く。シュガーマンだっているのだ。何も心配することなんて無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───そう思ってた数十分前の自分をぶん殴りたい。

 

なぜかって?

アタシの目の前には、レア特製の『カレー』があるんだけどね?

 

声がするんだよね。

 

アタシも最初は幻聴だと思ったよ。てか幻聴であれと思ったよ。でも本当に声がするの。山型に盛られた『カレー』の中から、明らかに「……ォォォ゛オ゛エ゛ァァア゛……」って断末魔みたいな声が聞こえるの。

 

なんの声かって?アタシも目を凝らしてみたよ?

でも見えないの。だってルーが銀色だから。メタリックに光るシルバーカラーだから。なんか見覚えあるなーと思ったけど思い出した。小学校の図工でやった、はんだ付けで見た色だわ。

 

だったらルー(っぽいナニカ)をかき分けろと思うじゃん?

でもできないの。だって固形だから。スプーンを立てようとするとガリガリ音がして削れるような山型のルー(っぽい固形のナニカ)がお米*2の上に乗ってるんだよ。カレーのルーって液体じゃなかったっけ?いつの間に固形が常識になったの?

しかもそのナニカから、ところどころ歪な物体が飛び出してる。たぶん具材だと思いたいけど、アタシは近所のスーパーでショッキングブルーやピンクの食材なんて見たことない。

 

冷や汗を浮かべながら、念のため、一縷の望みをかけて、ニコニコ笑ってるレアに聞いてみた。

 

「……ごめん、何作るんだったかド忘れしちゃったんだけど、コレって」

「カレーライスです!せっかくなのでシーフード風にしてみたんですよ」

集合!!!

 

オールマイトもびっくりのスピードで、レア以外の全員がリビングスペースに駆けこんだ。

顔色を真っ青にした耳郎が、震える声でつぶやく。

 

「ヤバい。これは予想してなかった」

「誰か交埜に料理ができるか聞いてなかったのか……!?」

「聞いてたよ!そしたら『アメリカでも何度か人に作ったことあるんで大丈夫です』ってドヤ顔で言ってたんだよ……!」

「マジ?アレを??呪物(アレ)食べられるのアメリカ人??」

「銀の反射するカレーなんて俺も聞いたことないんだが??」

「た、食べたことある人がいるならワンチャンいける……?」

「切島!アンタならいけるでしょ!ほら、胃壁を硬化させれば!!」

「んな解毒(物理)(無茶)できるか!!!」

 

「皆さんどうしましたー?冷めちゃいますよー?」

 

聞こえたレアの声に、切島の肩がびっくぅと跳ねる。怯える全員の顔(女子にいたってはもはや涙目である)を見渡し、そっと何かを覚悟した顔でダイニングへ引き返した。アタシたちも勇気を振り絞ってそれに続く。さっきのは幻覚だったかもしれないと一瞬思ったけど、アタシ達のSAN値(正気)を削った『カレー』は、変わらずテーブルに置かれていた。

 

おそるおそるスプーンで『カレー』をくりぬく(誤字にあらず)。中までしっかり光る銀色です。絶望しかない。

最後の抵抗とばかりに、切島がちっちゃい声で聞いた。

 

「ち、ちなみにさ、レアちゃん……味見ってした……?」

「もちろん!安心してください」

 

───味見したんだ!!!???

───ちゃんと食べれるものなんだね!!??見た目がショッキングなだけで!

───だよね!あんな一発アウトな見た目のモノ、本当にヤバかったら出さないよね!!

 

無言で交わされるアイコンタクト(この間0.001秒)。この時ほど全員の心が一致した瞬間はないと思う。

ほっとして滲んできた涙をぬぐいながら、スプーンを口に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……この後の具体的な描写は思春期の少年少女のために割愛するが、これだけは言っておこう。

 

将来有望な有精卵たちは、空に羽ばたく前に、もっと遠い場所(さらに向こう)へプルスウルトラしかけた、と。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「色々言いたいことはあるけど、レアの舌ってどうなってんの?

 

やっと腹痛が落ち着いた僕は、ダイニングで仁王立ちする芦戸さんを見た。いつも明るい表情の人が真顔になると怖い。

そんな彼女の前に正座した(させられた)交埜さんは、眉を下げてしゅんとしている。

 

「ごめんなさい……皆さんのお口に合いませんでしたか?」

 

ソファでぐったりもたれていた全員が、全力で首を縦に振る。交埜さんがますます子犬のような表情になるけど、今回ばかりは1ミクロンも罪悪感が湧かない。上げて落とされたダメージはデカかった。小さい頃亡くなったひいおばあちゃんが、川の向こうで手をふっていたのが見えた。他の皆も大体同じ感じだろう。

 

そばにあるテーブルに視線を移す。その上にはキッチンに残っていた、交埜さんが「料理に使った」と言うものが並べられている*3

 

根菜の切れ端(皮付き)は分かる。イカの足先、エビの頭部(殻は残ってなかった)、昆布……まぁセーフ。でも首から血を流す魚の胴体が残っているのは何で?頭だけ入れちゃったの?なんかヌメッとした黒っぽい物体のかけら。梅雨ちゃんが「これ海で見たことあるわ。ナマコよ」って言ってた。むしろよく近所のスーパーに売ってたね?

 

調味料は、数種類のカレールー、唐辛子、香辛料?っぽい粉末がいくつか、酢、プロテイン、こどもび〇る。絶対カレーに必要ない液体が3つ入ってるよね?特にこども〇ぃる。主犯は「魚介の生臭さをとるために白ワインとか使うじゃないですか。でもまだ未成年なんで、その代用に……」って供述してるけど、百歩譲っても500ml丸々1本入れる理由にはならないよ?

 

あと調理器具に混じってた荒縄と金槌(何かの液体付き)は、何に使ったのか聞くのが怖すぎて気づかなかったことにしている。

 

「レアの味覚もキチガイだってのは分かった。でもね?普通、あんな色になったら食べられるものじゃないなって思わない?」

 

……今思えば、いくら味見してたからってあんな見た目のモノを食べようと考えた僕らも正気を失ってたな……。

 

「そうなんですか?Momの料理は大体あんな色でしたけど」

「まさかのメシマズ母子(一子相伝)っ……!!」

「誰か止める人はいなかったの!?」

「……そういえば、食べる前にいつもDad(ダディ)が1度下げて、また持ってきた時は色が変わってたような」

「それ絶対お父さんが安全なご飯と入れかえてたよね??」

「けど、ジョンはいつもおいしいって言ってくれましたよ!」

「ジョン……?誰?」

「アメリカの友達です。私がご飯を作ると、『君の料理が食べれるなら本望だよ』って、笑って泣きながら食べてました。よくお腹を下しやすい人でしたけど」

「「「ジョーーーン!!!!!」」」

 

僕たちは海の向こうのまだ見ぬ英雄を想って泣いた。オールマイト並みに心から尊敬させてほしい。切島くんも「漢だ……ジョンは漢の中の漢だぜ……!」ってむせび泣いてる。

 

「……なぁ、どうする?やっぱ爆豪には、個別にプレゼントでも渡す?呪物(コレ)は食べさせらんないだろ?」

 

言外に、誕生日を命日にする訳にはいかねーし、という瀬呂くんの副音声が聞こえる。いくらタフネスの塊のかっちゃんとは言え、これを食べたらNo.1ヒーローに上りつめる前に天に昇ってしまう。

 

「……私は、皆でレアちゃんの料理を完成させてあげたいわ」

「! 梅雨ちゃん……」

「そんなに凝ったものでなくていいのよ。アレンジも加えない、普通のカレーでいいの」

 

まだ少し青い顔で座っていた梅雨ちゃんが、それでも真剣に話す。

 

「やっぱり自分を想って作られたご飯って、とっても温かく感じるでしょう?大変かもしれないけど、爆豪ちゃんと仲良くなれる1番ステキなプレゼントだと思うの」

 

それに。

 

「このまま放置したら、いつか一般人が犠牲に(取り返しがつかなく)なりそうで……」

「「「確かに!!」」」

 

「そんなにダメですか……?」と首を傾げる交埜さんの未来を想像して震える。彼女自身だけならまだしも、どこかのヒーロー事務所が食中毒で壊滅、なんてニュースが流れた日は終わりである。

 

「よし。うまくできるか分からんが、俺なりにがんばって教えるからな!」

「……なら、胃の硬化(味見)は俺の仕事だな」

「き、切島くん……!?」

「爆豪へのプレゼントなら、なおさら半端なものは作れねぇだろ。尊い犠牲(ジョン)のためにも最後まで付き合うぜ!!」

 

ドンと胸を叩く2人のなんと頼もしいことか。

心強い味方の姿に、しょんぼりしていた交埜さんがぐっと顔を上げる。

 

「サトウくん、キリシマくん……ありがとうございます!私、ゼロくんにおいしいって絶対言ってもらえるように頑張ります!!」

 

 

そして、僕たちによる仁義なき料理教室が始まった!!

 

 

リベンジ1回目。固形のルーが液体になった。色は鈍い銀色だった。

材料は野菜、お肉、市販のカレールー、香辛料が少しだけだったはずなのに、僕らがちょっと目を離した隙にかき混ぜる鍋の中の色が変わっていた。なぜ……。

でも固形から液体になったと、切島くんが漢らしく味見した。トイレから30分出てこなかった。

 

 

リベンジ2回目。今度は普通の茶色になった。しかもちゃんと液体である。

高まる期待の中、ふと鍋の中を覗いた僕は見た。ルーにぷかりと浮かぶ、ム〇クの叫びのような表情を貼り付けたニンジンを。

僕が止める前に、スプーンが切島くんの口の中に消える。……その後5分ほど硬直していた彼曰く、舌になにかの刺激を感じてから記憶がないそうだ。ちなみにルーの中をもう一度探してみたけど、あの人面ニンジンは忽然と消えていた。僕の見間違いだったのだろうか……。

 

 

リベンジ3回目。僕のホラーじみた必死の説得により、具材はすべてみじん切りにされた。

できあがったものは、ドライカレーのようにドロッとしている。見た目はバッチリだった。皿に盛った瞬間、ルーをかけられた米がジュッと音を立てて溶けなければ完璧だったよ。

目からハイライトが消えた切島くんが味見しようとしたのを、芦戸さんが「やめて切島!アタシが悪かったからやめて!!」って泣きながら止めてた。最終的に殴って気絶させた。

 

 

リベンジn回目……

 

 

「無理じゃね?」

 

数時間前のようにソファに倒れ伏し、瀬呂くんがついに言った。正直僕もそう思う。だって普通の食材と普通の手順なのに、普通のカレーができない。むしろ見た目がまともになった分、殺傷力が上がっていくのだ。交埜さんは、絶対カレーが作れない呪いにでもかかってるの?天与呪縛かな?

 

皆の心が折れそうになった時、砂藤くんがふいに尋ねた。

 

「なぁ交埜。交埜の母さんの料理で、父さんが下げる前(リテイクなし)で旨かったものってないのか?」

「リテイクなしでですか……?」

「どうした砂藤」

「いや、今回カレーを選んだのは、爆豪が辛い物好きっていうのもあるだろうけど、米文化の日本人にとって身近で簡単な料理だからだろ。けど、そもそもアメリカ育ちでパン文化の交埜は、カレー自体慣れてないんじゃないか?だから、『旨い』のラインもイマイチ分かってない」

「「「おお……」」」

「だったら、メシマズ(同じ腕前)の交埜の母さんが作れて、旨い味も覚えてる料理があればイケるんじゃないかと思ってよ」

「「「おお……!!」」」

「まぁ……無かったら詰んでるけど」

「「「ぉぉ……」」」

 

一喜一憂する僕たちの横でうーんと考えていた交埜さんが、あ、と声を上げる。

 

「どうだ!?」

「何かあったの!?」

「多分……『Empanada』はDadよりMomが上手だったと思います」

「えむぱ……何?」

「『エンパナーダ』でしょうか?確か南米のお料理だった気がします」

 

さすが八百万さん。ネットでエンパナーダと検索してみる。

 

「餃子型のミートパイみたいだ」

「レアのお母さんがよく作ってたの?」

「Momの出身が南米だったので……おやつ代わりに出てくることもありましたね。中の具材は薄味にして、色んなソースを付けて食べるのが一般的なんですけど、うちはあらかじめ甘辛く浸けた具にチーズを入れてました」

「へぇ……それなら菓子(パイ)と同じ感覚で俺も教えられるな。作ってみるか?」

「はい!」

 

材料は、中に入れるひき肉(男子向けに多め)や玉ねぎ他数種類の野菜、共用に備えてあったとけるチーズ、カレーにも使ったスパイスとソース類。パイ生地に必要なものは、砂藤くんの製菓材のおすそ分けだ。

 

作り方は、普通のミートパイとほとんど変わらない。みじん切りした野菜と肉を炒めた後、調味料を入れて煮つめる。辛い物好きのかっちゃんのために味付けしたから全体的に赤っぽいけど、見た目はドロリと固めのミートソースだ。これをチーズと一緒に、餃子を作るみたいにパイ生地で包む。

皆でやってみたけど、色んな形になって案外楽しい。交埜さんは、今までの惨劇がなんだったかのように、きれいなくし形を作っていた。

(ちなみに僕は生地が破けて、生地を重ねて補強していったら、片側が異常に膨らんだ水風船みたいになった)

 

溶き卵を塗り、オーブンで焼くこと数十分。

こんがりとキツネ色に色づいた、ここにきて初めておいしそうな匂いのする料理ができあがった。

 

「「「……!」」」

 

期待が高まるけど、まだ安心できない。皆、さっきの硫酸カレーを忘れていないからだ。

それぞれ自分が手に取ったものを、ひっくり返したり、生地を割ってみたり、隅から隅まで異常がないかチェックしている(交埜さんのは、作った当人の感覚が信じられないからと、芦戸さんが代わりにチェックしていた)。

 

───そうして、十分に検分を行った後。

 

「……いただきます……!」

 

僕は、エンパナーダを口にいれた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「「「誕生日おめでとー!!!」」」

「……ケッ」

 

パン、という音と、ひらひら吹き荒れる紙吹雪。

4月末、インターン再開を控えたGW前の最後の休日に、A組恒例の誕生パーティーが開催されていた。

 

「ほらほら、かっちゃーん!せっかくのバースデーパーチーなのに、主役が仏頂面すんなよー!」

「なにがパーチーだボケ。単にてめぇらが月一でバカ騒ぎしてぇだけだろうが」

「ゔっ……そんなことないってぇ!!」

 

5月生まれの奴らと一緒にすればいいものを。まぁ、俺の好きなもん/激辛料理が多くなるのは悪くねぇが。

笑いながら金色の紙でできた王冠を被せてくるアホ面に肘打ちをお見舞いしていると、常闇が近づいてきた。

 

「爆豪」

「あ?」

「誕生日おめでとう。全員からのプレゼントだ。受け取れ」

 

ダークシャドウが「オメデトー!」と言って、ラッピングされた箱を渡してくる。

 

「……闇の魔道具(クリスマス)の時みてぇなもんじゃねぇだろうな?」

「……なぜか全員に却下された」

「却下するに決まってんだろ」

「そんな怪しいもんじゃないって……。イヤホンだよ、ワイヤレスの。この前、今使ってるのが調子悪いって言ってただろ?ちょっとお高い、音質はかなり良いやつだぜ!」

 

耳郎もおすすめのメーカーだしな!と念押しするアホ面の後ろで、耳が同意するように手を振った。音楽好きの耳がそう言うなら、本当に良いやつなんだろう。

 

「……ありがたく使ってやる」

「あいかわらずの上から目線!」

「素直に『ありがとう』って言えばいいのに!……いや、それはそれで気持ち悪いかもしれん」

「ぶっ殺すぞ丸顔」

 

やいのやいのと騒がしい奴らを放って、手近な麻婆豆腐に手を伸ばそうとすると、「あー!」と黒目が叫んだ。

 

「待って待って、爆豪!」

「あ゛ぁ?」

「最初に食べてほしいものがあるの!」

 

ほら、レア!というセリフとともに、女子の中からキチガイ女が押し出されてくる。

なぜか緊張に強張った面で。

 

「……ゼ、ゼロくん」

「……ぁんだよ?」

「誕生日おめでとうございます……あの、辛い物が好きって聞いて、料理を作ってみたんです。食べてみてもらえませんか……?」

 

美女の……手料理……!?と一部異常にざわつく野郎どもを睨んでいると、目の前に小さなバスケットが置かれた。

くし形で手ぐらいのサイズのパイが数個、彩り用のパセリとともに白い敷紙の上に並べられている。

 

「なんだこれ」

「エンパナーダっていう、私の家でよく食べてたパイです」

「……薬盛ってんじゃねぇだろうな……」

「「爆豪てめぇゴラアアァァァ!!!!」」

「爆豪くん!君のために交埜くんが作ってくれたんだぞ。なんてことを言うんだ!!」

 

羨望と怨嗟の叫びを上げ、尻尾たちに取り押さえられるアホ面とブドウ頭。メガネはクソ真面目に怒りを表してくるが、俺は間違ったことを言ってるつもりはねぇ。

 

「キチガイ女の常識をどっかに置いてきた行動(今までの所業)を忘れたんかクソメガネ!どうあっても目的のために手段を選ばねぇタイプの人種だろが!!」

「そうだとしても、いきなり疑ってかかるのは失礼だろう!」

「そうですよ。今回はちゃんと食材だけ使いましたよ!」

「やっぱり何も間違ってねぇじゃねぇか」

 

キチガイ女のヤバさに改めて戦慄していると、ポンと肩を叩かれる。振り向くと、歴戦の戦士みてぇな顔をした瀬呂が。

 

「大丈夫だ、爆豪。お前にヤバいもんは食わせねぇよ……」

「俺も一緒に作ったからな。怪しいところはないぜ」

「僕たちでちゃんと味見もしたから!安心してかっちゃん」

「オ゛ォ゛イゴラこの裏切り者どもがああぁぁぁぁ!!!美女とマンツーでたんまり旨い手料理を堪能しましたってかぁ!!??なめてんじゃェブベァッッッッ」

 

タラコとクソデクの言葉に拘束をぶち破って飛びかかった性欲の権化の頬を、一切の容赦なく黒目の裏拳が打ち抜いた。錐揉みしながら宙を舞う汚ねぇブドウ。

 

「手料理がそんな甘いものだと思うなよ峰田ぁ……!」

「そうだよ!キッチンは戦場なんだからね!?」

「味!見た目!そして何より安全性!」

「先人たちが危険をかえりみず、安心して食べられるように研鑽と研究を積み上げてきて、現代の料理というものはできているんですわ!本当にっ……ほんとうに、ここまで、っ、くるのにっ、どれだけっ…………!」

「泣くなヤオモモッ……!!」

「ケロ……もう思い出さなくていいのよ、百ちゃん。ピンチは皆で乗り越えたもの」

「……………な、なんだてめぇら…………」

 

いきなり号泣し出した女子と瀬呂たちにドン引きしていると、同じく顔面を色んな汁でベショベショにした(汚ねぇ)切島が、満面の笑みでサムズアップしてきた。

 

「レアちゃんがお前のためにって、一生懸命考えて作ったんだ。俺たちも手伝った。ぜーったい、安全だって保証するからよ!だから爆豪、食べてみてくんねぇか?」

「お願いします、ゼロくん……!」

 

いつの間にか共有スペースは静まり返っている。どこか不安げな、だが真剣な目でもう一度懇願してくるキチガイ女。それを一睨みして、チッと軽く舌打ちしてから、バスケットの中からパイを1つ取る。異常がないかひっくり返して確認して、一口かじった。

 

パリパリと砕ける香ばしい生地。強く歯を立てると、中に詰まっていた肉汁と具がジュワリとあふれ出す。噛み切ろうとして、みょんと口元と残りのパイを橋渡しするチーズを、零れないように慌てて口の中に収める。トロトロの熱いチーズと細かく刻まれ煮こまれた肉と野菜が、スパイスの効いた辛いソースと絡まって、舌をピリピリと刺す。ほんのり甘い生地がアクセントとなって味覚をさらに刺激した。

 

ごくん。

 

「…………」

 

俺をじっと見つめる視線がうぜぇ。

 

「チッ…………悪くねぇ」

「……!」

 

「「「ょおぉぉっしゃあぁぁ!!!!!」」

「うるせぇ!!!!!」

 

旨いとは一言も言ってねぇだろうが!と叫ぶも、もはや誰も聞いちゃいねぇ。キチガイ女は、浮かれた女子どもに抱き着かれて笑っている。

 

「完璧主義のかっちゃんの『悪くねぇ』は『すごくおいしい』ってことだよ!良かったね交埜さ「死ねやクソデクゥ!!!」

「はい、嬉しいです!」

「サプライズ大成功~!ほらほら皆、祝杯あげるよ!」

 

 

それじゃあ、爆豪の誕生日とサプライズ成功を祝って!

 

 

「「「かんぱーい!!!」」」

「聞けや!!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「あ、ゼロくんいた」

「あ?」

 

大体メシを食べ尽くし、騒いでいる奴らを放って中庭で涼んでいると、キチガイ女が現れた。

 

「そろそろシメのケーキ出すそうですよ」

「ああ?てめぇらだけで食ってろ。そしてデブれ」

「主役が食べなくてどうするんですか……。あと他の女の子には絶対言っちゃだめですよそれ」

 

足音も立てずに隣に来ると、俺の手元をチラリと見る。

 

エンパナーダ(それ)、気に入ってくれたんですね」

「勘違いすんなボケ。残すとメガネや切島がうぜぇからだ」

「……他の人用に作った辛さ控えめのもこっそり食べてたくせに……」

「お゛っ、はぁ゛あ゛!!??」

 

思わずBOM、と掌を爆発させる。キチガイ女は俺から目線を外し、夜空を見上げた。今日は新月だ。

 

「でも作った甲斐があります。皆さんにも、すごく協力してもらいましたし」

「……んで、アイツらがあんなに泣くんだよ。てめぇ何した?」

「ただカレーを作っただけですよ?イマイチ上手くいかなくて、サトウくんの提案でエンパナーダに変わりましたけど」

「…………」

 

なんだか寒気がしたので、後でタラコに何があったか確認することにする。

 

「あと、東京ドームの地下には秘密闘技場って無いんですね」

「は?」

「日本人は果し合いで絆を深めるというのも間違いらしいです」

「は??」

 

なのでやり直します。

そう言って、キチガイ女はさっき爆発させた俺の左手を、両手で包む。コイツの意味不明な言葉に呆然としていた俺は、抵抗できなかった。

 

細く、柔くて、小さな傷が多い手だった。

 

 

「……誕生日、おめでとうございます。ゼロくんと出会えて、私は嬉しい。───生まれてきてくれて、本当にありがとう」

 

大好きです。

 

 

暗い夜の中、ゆらゆらと輝く2つの満月が笑う。

 

「 、」

 

俺は。

 

右手に持っていた食いかけのエンパナーダを、目の前の口に突っこんだ。

 

「ゥン゛ッッッグ!!!??」

 

俺専用に調節されたそれ(辛さMAX)に悶絶するキチガイ女を置き去りにして、室内に戻る。

 

「あ、かっちゃーん!お前絶対ロウソク消さないだろうから、先にケーキ切り分けたぞ……ってどうした?外そんなに暑かった?」

「あ゛!!?」

「ゆでダコみてーに顔真っ赤になっグブベッ!!??」

「死ね!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

向こうで上鳴くんたちと騒ぐ爆豪くんを見て、祝いの席でも相変わらずだな、と額を押さえる。隣で共にケーキを切り分けていた尾白くんが苦笑する。

 

「いつも通りで逆に安心するけどね。ケーキ食べたら解散にしようか」

「そうだな!明日も学校だ。祝いの席とはいえ、羽目を外しすぎるのはいけない」

「そうだね……。そういえばこのケーキ、飯田も一緒に作ったんだっけ?」

「うむ、砂藤くんは他の料理も監督していたからな!分量が重要なケーキ作りを手伝ってほしいと、クリーム作りを任せてくれた」

「はは、飯田はキッチリかっちりしてるもんな」

「だが、この人数だ。いかんせん量が多くてな」

 

 

「だから、たまたま通りかかった交埜くんに、かき混ぜるのを手伝ってもらったんだ!きっとおいしいぞ!」

*1
『個性』が存在しないのに個人で国家の軍事力に匹敵する最強の父親とかが出てくるヤベー世界である

*2
予備に冷凍してたのをレンチンしただけなのでレアの手は入ってない

*3
残らず使われたものもあるが、それが何だったのかは永遠の謎である




別名: 誕生パーティー集団昏倒事件

この後、警備ロボから通報を受けた相澤先生が駆けつけるので皆無事です。そしてレアはキッチン出禁になります。

◆プロフィール

交埜レア 「個性:交換」
母の得意料理だったものだけはマトモに作れる。というかそれ以外の料理すべてが、ことごとくクトゥル○の神々に奉納するようなナニカになる。アメリカに日本の漫画オタクな友人がいる。
プロヒになった後、料理番組で放送事故を起こす。

爆豪勝己 「個性:爆破」
後に昏倒者第1号になった。嫁の家の味は気に入った模様。だがそれ以外は絶対に作らせないし、結婚する時に「家で料理したら別れる」と宣言する。夫婦の料理担当はこの人。

芦戸三奈 「個性:酸」
元気いっぱいの超陽キャ。自称『恋愛番長』。でも初恋はまだ。
実はちゃんと仲間として爆豪のことも考えてて、この苛烈な男を素面で好きだと言える相手(レア)とくっついてほしいなー、と思ったりしてる。

切島鋭児郎 「個性:硬化」
仲間のために身体をマジで張った漢。しばらくカレーが食べられなくなる弊害があったが、ゆくゆくは解毒(物理)を会得する。

ジョン(愛称)
今回のMVP。レアの料理()を(他者の分も)すべて笑顔で完食してきた英雄。内科のドクターは親友。


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