最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました (小金井はらから)
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第一話『出会いは膝枕から』

★最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました 第一話『出会いは膝枕から』

 

 昔から、人より内気で引っ込み思案な自覚はあった。

自分から他人に話しかけることは苦手だし、人前で目立って注目されるのも恥ずかしかった。

おとなしく、うじうじおどおどびくびくしていて、いつも隅っこで一人俯いている。

それが、私、高橋円香(たかはし まどか)の全て。

 中学三年生、受験期を迎えた今でも内向的で受動的な性格は変わらずで。

友達がいないわけじゃなかった。

何人か、クラスで時々話をしてくれる、私と同じく控えめな性格の女の子なら居た。

 でも、同じくらい私を疎ましく思う女の子も居た。

私と違って派手で気の強い女の子達は、しょっちゅう学校でとろくて鈍くさい私をからかって楽しんでいた。

 いじめと言う程ひどい物じゃない。

彼女達の気が済むまで、耐えていれば良い。

 だから、現状にそれ程不満があるわけではなかった。

ただ、人の顔色ばかり窺って過ごす毎日には、どこか窮屈さを感じていた。

 けれど結局悪いのはこんなに気弱で臆病な自分自身。

誰かと深く関わり過ぎて傷付くのも傷付けるのも、怖くて怖くて仕方がない私が悪い。

 こんな自分が、大嫌いだった。

何でこんなに、弱いんだろう。

もっと明るく、強く、明確な意志を持った人間でありたかった。

 でも、できない。

変わろうとする勇気を、私は持ち合わせていない。

努力もできない自分に、心底嫌悪感を覚えた。

 

「はあ……」

 

 公園のベンチで、一人溜息を吐き出す。

放課後、まだ陽が沈んでいない明るい世界。

私はそんな世界で一人きりだった。

 一人は、落ち着く。

誰の視線も気にしなくて良い、誰の不興を買う心配も無い。

充分に考える時間がある分、自己嫌悪の波もやって来てしまうのだろうけど。

 見上げた空は、どこまでも青く晴れ渡っている。

私の気持ち、私の存在とはまるで正反対だ。

陽射しは強い。

 眩しくて、つい俯く。

こうやってすぐ伏し目がちになる癖、直した方がいいとはわかっているんだけどな。

 あの太陽のようになりたかったな、とふと思う。

誰かを照らせるような、光の存在になりたかった。

願うばかりじゃ、どうにもならないと言うのに。

頑張らなきゃいけないのに。

今日も私は何もできない。

 風が、吹いた。

心地良い春の風は、私の長くて黒い髪を揺らす。

背中がたっぷり隠れるくらいに長い髪。

いっそ、この髪をばっさり切ってしまえば少しは変わる為に一歩進めるんだろうか。

 なんて、形から入ってもどうせ私は何もできない。

また自分を嫌いになって、卑屈になって、私は目を閉じる。

 いつも私は、この公園で読書をするか勉強をしている。

一人の時間が好きだし、近所だったから。

 でも、今日は何だか眠りたい気分だった。

眠って、このどろどろの真っ暗な気持ちをリセットしたかった。

 

「おやすみなさい」

 

 そう、誰に言うわけでもなく呟いて。

私は、夢の世界へと飛び込んだ。

これが、全ての始まりとも知らずに。

 

 

 

 

 次に意識が戻った時、何だか膝の上に重みを感じた。

通学鞄は、確か横に置いていた筈だから鞄ではないと思う。

と言うか、何だかその重みは温かかった。

 不思議に思って、恐る恐る目を開ける。

明るかった世界は、夕焼けのオレンジ色に照らされていた。

 それで。

自分の膝の上を見て、私は固まった。

完全に、フリーズした。

 

「……え……?」

 

 結論から言うと、私の膝の上で男の人が眠っていた。

金髪で、学ランを着た体格の良い男の人。

校章を見る限り、うちの近所の高校の生徒さんなんだろう。

 何で?

何で、この人は私の膝の上で寝てるの?

 状況が、上手く呑み込めない。

この人に見覚えはない。

名前も知らない年上のお兄さんに触れられている恐怖で、身が竦み始める。

 私は、まだ夢の中に居るんだろうか。

試しに頬を抓ってみたら、普通に痛みが生じた。

 つまり、これは現実ということで。

でも、現実では起こり得ない状況になっているわけで。

 どうしよう、起こした方が良いのかな。

でも、怖そうな人だし怒られたりしないかな。

 恐怖と緊張と不安で、身体がぶるぶると震え始める。

その時。

 

「んん……」

 

 男の人が、くぐもった声を洩らしたかと思うとぱちりと目を開けた。

目が、合う。

切れ長の鋭い目つき。

そんな彼の目と、私の情けないタレ目が、確かに視線を合わせている。

 何も言えず固まるばかりの私を、しばらくその人は見つめて。

ゆっくりと、身を起こした。

 

「……お前さ」

 

 何でもないことのように、彼が言う。

返事もできないでいると、彼は私を僅かに睨んだ。

びく、と私の肩が跳ねる。

 

「口、利けねえの?」

 

 不機嫌そうな声に、またびくりと肩が跳ねる。

 

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

「……利けんじゃん」

 

 ふわあ、と欠伸をしてその人がベンチから立ち上がる。

それから、彼は私の姿をはっきりと捉えて言った。

 

「明日も来ねえと、殺すから」

 

「……え?」

 

「じゃ、そういうことで」

 

 言いたいことだけ言って、その人が立ち去って行く。

その背中を、ぼんやりと眺めて。

後から彼の言葉を噛み砕いてさっと血の気が引くのがわかった。

 高橋円香、14歳。

名前も知らないお兄さんに、殺害予告をされてしまいました……。



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第二話『頭を撫でる』

★最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました 第二話『頭を撫でる』

 

 翌日。

私の膝で何故だか眠っていたお兄さんに殺害予告を受けた私は、怖くて怖くて授業どころではなかった。

 彼は、『明日も来ないと殺す』と私に言っていた。

公園に行かなかったら、私は彼に殺されてしまうのだろうか。

 自分が死ぬ。

遠い先の出来事だとばかり思っていた運命が身近に迫っていることに、身の毛がよだつ。

 でも、行った所で何をされるんだろう。

怖そうな人だった。

人を見た目で判断してはいけないとは思うけど、知らない人に警戒心を抱くに越したことはない。

 暴力を振るわれる可能性もある。

金銭を要求される可能性もある。

 本当なら、家族や警察に相談した方が良かったのかもしれない。

だけど私が勝手に行動することで、誰かに被害が及ぶのだけは避けたかった。

痛い目に遭うのは、私だけでいい。

そうは思っているけど、怖い物は怖くて。

 ――何も起きませんように、何も起きませんように。

私は、放課後になるまで必死に祈ることしかできなかった。

 

 

 

 

 来た。

来てしまった。

びくびくしながら辺りを見回す。

 昨日の公園。

昨日のベンチまで辿り着いて、私は恐る恐る腰を下ろした。

緊張で、心臓がどくどくばくばくかつてなく騒がしいビートを刻んでいる。

 あの人は、来るのだろうか。

来た所で、私は何をされるのだろう。

痛いことが、怖いことが待っているのかもしれない。

そう思うと、身が竦んで、じわりと視界が涙で滲んだ。

 そうやってしばらく恐怖で震えていると、ざっざっと土を踏む音が聞こえてきた。

びくっと過剰反応して、俯いていた顔を上げると、目の前には昨日のお兄さんが立っていた。

背が高い、目つきが怖い。

彼から放たれる威圧感が、肌を刺すような殺気が、怖くて怖くて仕方がない。

 私がすっかり怯え切ってるのを、お兄さんは無表情で見下ろしている。

かと、思えば。

 

「……え……?」

 

 お兄さんは、私の膝に頭を預けて寝そべり始めた。

そのまま、彼は当たり前のように目を閉じる。

昨日と同じ体勢、昨日と同じ構図。

完全に、頭が混乱するのがわかる。

 

「……あ……あの……?」

 

 声を掛けた時には、既に遅し。

お兄さんは、すうすうと寝息を立てて夢の国へと旅立ってしまっていた。

 ……何で?

頭の中が、疑問符でいっぱいになる。

 何で、私は知らないお兄さんに膝枕しているんだろう。

何で、お兄さんはわざわざ私の上で寝ているんだろう。

何が何だか、全くもってわからない。

 しばらく、お兄さんの顔をじっと見下ろす。

完全に安心しきった顔。

どういうわけか、完全に私に身を委ねている。

起きている時の、ぴりぴりとした殺気が寝ている時は感じられないことに、少しだけ安堵した。

 怖い物は、怖い、けど。

 

「……子ども、みたいだなあ……」

 

 そんな呟きが、喉の奥から洩れた。

無意識の産物だった。

ほんの一瞬、彼のあまりに安らかな寝顔に――どこか、温かい気持ちを覚えてしまったのだ。

それ自体、おかしなことなのだけれど。

 だって、私はこの人の名前も素性も何も知らない。

彼が何を思って私なんかの膝で寝ているのかもわからない。

それでも、無防備に眠る彼の今の姿に、嘘は無いと思ってしまったのだった。

 片手が、自然に動く。

私の手が、彼の髪をゆっくりと梳く。

私はどういうわけか、彼の頭を優しく撫でてしまっていた。

 ……何しているんだろう、私。

いやいや、こんなのおかしい、絶対おかしいよ。

この状況に流されているにも程がある。

 はあ、と溜息を吐きかけたその時。

――彼の目が、開いていることに気付いた。

見られている。

というか、凄く睨まれている。

 自分の顔が急激に青褪めるのがわかった。

ああ、私、なんてことをやってしまったのだろう。

きっと、頭なんて撫でて彼を不快にさせてしまったに違いない。

 

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

 とにかく、私は平謝りをした。

情けないことに、それしかできなかった。

正直、ちょっと泣いていたかもしれない。

 でも、お兄さんは特に声を荒げることも、怒ることもせず。

ただ、より一層目つきを険しくさせて。

 

「……別に、怒ってねえし」

 

「……え?」

 

「っつーか、続けろ。今の。寝やすい」

 

 そう言って、また彼は目を閉じる。

しばらくすると、また規則正しい寝息が聞こえてきた。

 ……ええっと。

続けろ、ということは、頭を撫でろということだろうか。

困惑しつつ、また彼の頭をなるべく優しく撫でる。

彼はもう、何も言わない。

陽がゆっくりと傾いていく。

 私は一体いつ、解放されるんだろう。

そうは思ったけれど、彼に解放される日なんて一生訪れないのではないだろうか?

そんな物騒な考えが、一瞬脳裏を過ぎってしまった。

 この予感が当たるのかどうかは、さておき。

――これが、私・高橋円香が非日常に片足を突っ込んだ瞬間だった。



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第三話『名前を呼ぶ』

★最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました 第三話『名前を呼ぶ』

 

 『来ないと殺す』、と殺害予告をされたあの日から。

私は自分の命惜しさに、放課後はあの公園に足を運ぶようにしていた。

 ベンチの上で緊張しながら待っていれば、あのお兄さんはふらりとやって来る。

しばらく無言で私を見下ろしたかと思えば、当たり前のように彼は私の膝の上に頭を預け、寝入ってしまう。

 私はそんな彼をただただ受け入れ、されるがままで。

たまに恐る恐る頭を撫でれば、彼の表情が少し安らかになっていく気がした。

 そのような歪な日々が、もう何日続いただろう。

気がつけば彼は、私の日常と同化していた。

名前も素性も、私は彼のことを何も知らないと言うのに。

 自分で何をやっているんだろう、と思わなくはない。

けれど大人しく膝さえ差し出せば、彼が私に危害を加えることは無い。

だから、ついつい現状を享受してしまっていた。

 それでもやっぱり彼のことは怖いし、彼に触れられている間は緊張してしまうけれど。

そう言えば、最近は『殺す』と言われていない。

だからもうあの公園には行かなくてもいいのかもしれないけれど、もし最初の彼の殺害予告が反故にされていなかったら、と思うとぶるっと悪寒が走るので、私は恐る恐る今日も公園へと向かうのだった。

誰にも、相談なんてできないまま。

 

 

 ○

 

 

 公園に着いて、私はいつものベンチに座る。

二十分、三十分もすれば彼が訪れる筈だ。

それまでの時間は、何というか、ひどく落ち着かない。

 彼が来たら来たでまた落ち着かないけど、待っている時も、今日もし昨日と違うイベントが起きたらどうしよう、と思ってしまうのだ。

膝枕以外に何かを要求されたらどうしよう、とつい身構えてしまう。

そんな時。

 

「……何、変な顔してんだよ」

 

 低めのテノールが聴こえて反射的に顔を上げると、いつものお兄さんがそこに立っていた。

変な顔。

考え事をしていたから、難しい顔をしていたのかもしれない。

 

「ご……ごめんなさい……」

 

「何で謝んの。意味わかんねー」

 

 不機嫌そうに呟きつつも、お兄さんは私の膝の上に寝そべり、いつものように寝る準備をする。

けれど、いつもと違うことがあった。

彼が、なかなか目を閉じようとしないのだ。

 じっと、彼が私の目を見ている。

その瞳の奥には、何か、焦げるような感情が揺らめいていた気がした。

ちょっと怖くて視線を逸らしたいのに、何故か私はその目に射抜かれると石のように固まってしまう。

 

「……お前さ」

 

 話しかけられて、びくっと肩が跳ねる。

こういう会話は、今までのルーティンワークにはなかったからだ。

 

「……聞いてんの?」

 

「き、聞いてます聞いてます……ごめんなさい……」

 

 固まって黙ったままの私を見て、彼の不機嫌オーラが増す。

私は怯えながら、こくこくと何度も頷いた。

そんな私を見て、彼がますます面白くなさそうに眉間に皺を寄せる。

何か不快にさせてしまったらしい。

 どうしよう。

どうしよう、どうしよう、どうしよう――。

 

「お前、名前なんて言うの」

 

「……え?」

 

 でも、彼が告げたのは予想外の言葉。

 

「名前、聞いてんだけど」

 

 名前。

そう言えば、私が彼の名前を知らないように、彼も私の名前を知らないのだ。

 

「た……高橋円香です……」

 

 どもりながら、つっかえながら名前を正直に告げる。

何故か、少しだけ彼の不機嫌オーラが和らいだ気がした。

 

「円香、ね」

 

 そう言う彼の声も、どこか柔らかだ。

彼が見せた新たな一面に、少し驚く。

こんな穏やかな声も、出せる人だったんだ。

 

「……俺、星原郁也(ほしはら いくや)」

 

 それから、彼は自分の名前を初めて告げる。

……星原さん。

星原さんって言うんだ。

 

「……聞いてんの?」

 

「き、聞いてます。聞いてます。ごめんなさい……」

 

「じゃあ、名前で呼べよ」

 

 突然の命令。

名前。

呼んでも、いい物なのだろうか。

 

「……星原さん?」

 

「違う。下の名前」

 

 下の、名前。

男の人を、下の名前で呼ぶ。

そんなの、幼稚園以来ではないだろうか。

 急に緊張してきて、顔が赤くなる。

でも、黙ったままだときっと彼の機嫌を損ねてしまう。

だから。

 

「……郁也さん」

 

「ん」

 

 そうして、彼は――郁也さん、は、ようやく目を閉じた。

ほっと、どこか安堵の気持ちが訪れる。

眠りに落ちる直前、郁也さんはぽつり呟いた。

 

「……いい加減、『ごめんなさい』以外の言葉が聴きたかったんだよ」

 

 その発言の意図する所は、わからなかったけれど。



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第四話『助けられる』

★最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました 第四話『助けられる』

 

 郁也さん。

星原郁也さん。

私の、日常を壊した人。

私の、日常となってしまった人。

 考えてみれば、私は彼のことを本当に何も知らない。

名前を教えてもらったから、少しは近付けた気になれたけど、それだけだ。

 知っているのは、郁也さんの名前と、郁也さんが近所の高校に通う高校生だと言うこと。

正確な年齢は知らない。

私と彼がどれだけ離れた世界で生きているのか、私は知らない。

 そもそも、どうして彼が私の膝の上で眠ろうとするのかもわかっていない。

もしかして、普段彼が寝ている場所にたまたま私が居たのだろうか。

退かすのも手間で、そのまま眠ってしまったんだろうか。

だとしたら、申し訳ないことをした。

 けれど、邪魔な筈の私にどうして郁也さんは『明日も来ないと殺す』なんて言ったんだろう。

……やっぱりわからないなあ。

今日も私は、郁也さんの真意が掴めず、彼の不可解な行動に思い悩むばかりだった。

 

 

 

 

 その日も、私は公園のベンチで郁也さんを待っていた。

どきどきを少しでも鎮める為に、読みかけの文庫本を開く。

最近は、郁也さんが眠っている間も私は読書をしていた。

少しは、緊張が薄れる気がするから。

 本の、物語の世界は好きだ。

何でも好きだけど、特にファンタジーには心惹かれた。

きらきらした世界、勇気ある登場人物。

そのどれもが眩しくて、私には持っていない何かを持っている。

 物語に没頭していると、自分も彼らと同じく冒険している気になれる。

そんな時、私はそれが例え一瞬の夢だとしても少しは強くなれた気がする。

そうやって、自分の心を癒す為、慰める為、私は読書という手段に頼っていた。

――本当は、現実世界でも頑張らなきゃいけないんだけどな。

 

「あれぇ? 高橋じゃん」

 

 甲高い声が聴こえて、びくっと肩が跳ねる。

郁也さんの声じゃない。

女の人の声。

そしてそれは、私にとって良く良く聴き慣れた物だった。

 恐る恐る顔を上げ、その人達と目が合う。

明るい茶髪、校則で禁止されているピアスやネックレス、所々改造が施された女子制服。

 いつも私をからかってくる、クラスの派手なグループの女の子達がそこには居た。

彼女達は、にやにやと笑いながら私を見下ろしている、見下している。

本能的な恐怖で、私は身を震わせた。

 

「こんな所で読書とか、何? あんた一緒に遊んでくれる友達もいないの? あははっ、カワイソー!」

 

「ねえ、何読んでんのよ? あたしにも見せてよ」

 

 女の子の一人が、私から文庫本を無理矢理奪い取った。

嘲るような視線を向けながら。

私は慌てて手を伸ばす。

 

「か……返してください……っ!」

 

「うっせーブス!」

 

 伸ばした手は呆気なく振り払われ、私はそのまま突き飛ばされる。

私は公園の砂の上に倒れ込んで、制服をその砂で汚す。

勢いが良かったから、少し肘を擦り剥いてしまったかもしれない。

こんな私の姿を見て、女の子達がますますおかしそうに笑い声を上げる。

 ああ、本当。

どうして、私ってこんなに弱いんだろう――。

 

「――何してんの?」

 

 ふと、別の意味で聴き慣れた声がその場に響いた。

低めのテノール。

いつも聴くと身が竦む声。

 でも、いつもと響きがどこか違った。

その声に、確かな怒気と殺気が乗せられていたのだ。

 顔に付着した砂を手で軽く払って顔を上げると、郁也さんが立っているのが見えた。

冷たい瞳で、女の子達を見下ろしている。

女の子達は、突然の第三者の登場に困惑しているようだった。

 郁也さんが、私に近付く。

軽く私の頭を撫でてきたかと思えば、くしゃりと私の髪を掴んで。

 

「これ、俺のなんだけど」

 

 ……え?

一番びっくりしたのは、多分私だと思う。

いつの間に、私は郁也さんの所有物になったのだろう。

 郁也さんの手が離れる。

かと思えば、彼はベンチを掴んで。

 ――ぶちぶちと片手でベンチを地面から引き剥がし、軽々とベンチを担いだ。

……え?

あまりの光景に、言葉を失う。

 何で?

ベンチとは、そんな簡単に持ち上がる物だろうか。

ベンチが極端に軽い?

ううん、そんな筈は無い。

つまり、これは郁也さんの筋力が異常に強いということで。

頭の中が、ぐるぐるぐるぐると混乱してくる。

 それは、女の子達も同じだった。

みんな顔を青くして、郁也さんを前に固まっている。

 

「――俺のもんに手ぇ出すとかさ、何、死にてえの?」

 

 郁也さんの冷たい声と瞳。

女の子達が震え上がるのがわかる。

一番早く我に返った女の子が、リーダー格の女の子の肩を揺さぶった。

 

「ちょっと、やばいって……! あいつ、星原郁也だよ。赤沢高の!」

 

「え……あの、暴走族を一晩で3グループ潰したり、ここ一帯のケンカじゃ負けなしだっていう……?」

 

「あの怪力じゃ間違いないって!」

 

「何で、そんなやつと高橋が……?」

 

「知らないっ! いいから行こっ!」

 

 女の子達がそそくさと逃げ出して行く。

……今、暴走族がどうとか、不穏な言葉が聴こえたような気がする。

それに、郁也さんの怪力は、一体どういうことだろう。

郁也さんは、私が思っている以上にとんでもない人なのかもしれない。

――でも。

 涙が、じわりと溢れてきた。

これは、恐怖から来る物じゃない。

郁也さんが来てくれたから、助けてもらったから、その安堵感からくる涙だ。

 郁也さんが、ベンチを静かに地面に下ろす。

屈んで、泣きじゃくる私と目線を合わせる。

私は、嗚咽を洩らしながらも。

 

「……あ、りがとうございます……」

 

 たどたどしく、お礼を伝える。

一瞬郁也さんが、面食らったような顔をした気がした。

気のせいだろうか。

だっていつも、郁也さんはむすっとした顔をしているばかりなのだから。

 

「……俺のこと、怖くねーの」

 

「……怖くない……って言ったら、嘘になるんですけど……でも、郁也さん……は……私を、助けてくれたから……」

 

「……ふーん」

 

 郁也さんが、乱暴な手つきで私の頭を撫でてくる。

彼なりに慰めてくれているのだろうか。

 

「……別に」

 

 ふと、郁也さんがぼそっと呟く。

 

「俺とお前の邪魔する奴は、全員消えればいいと思っただけだし」

 

 何だか、物騒な台詞が聴こえたのは気のせいだろうか。

彼の発言の意図が、上手く汲み取れない。

 郁也さんのこと、私は何も知らない。

彼がどんな生活を送っているのか、過去にどんなことをして来たのか。

 でも。

こんな私の頭を撫でてくれる彼に――私は今、温かさのような物を感じてしまっていた。

 ふと、思った。

私が迷い込んでしまった非日常は、思いの外優しい時間なのかもしれないと。



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第五話『突然の』

★最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました 第五話『突然の』

 

 郁也さんが片手でベンチを持ち上げて女の子達を威嚇して、私が助けられてから数日経ち。

学校での私へのからかいやいやがらせはすっかり収まっていた。

私を今までからかって来た女の子達は私を見る度に怯えた目つきになったし、廊下を歩く度に他のクラスの人にもひそひそと噂話をされるようになった。

 ……正直、居心地は悪い、けど。

からかわれるよりは、ずっと楽なのかもしれない。

 

「円香ちゃん、星原郁也と付き合ってるってほんと!?」

 

 ある日、友達の一人がそんな爆弾発言を落としてきた。

つき、あう?

私と郁也さんが?

かあっと顔が一気に熱くなって、私はぶんぶんと横に振った。

 

「ち、ちが……ちがうよ……」

 

「え? でも、今『高橋円香は星原郁也の女だから容易に近付かない方がいい』って噂が……」

 

 噂話が思いの外恥ずかしい方向に進んでいて、ますます体温が上昇する。

恥ずかしくて恥ずかしくて、縮こまりたくなる思いだった。

目立つのは、苦手だから。

 

「そ……そんなことになってたの……というか、郁也さん、そんなに有名な人なの……?」

 

 私が困惑しつつも首を傾げると、その友達は難しい顔をして言った。

 

「うーん……あたし、お兄ちゃんが赤沢高校なんだけどさ。星原さんってここ一帯の不良のトップらしいよ? かなりの怪力でケンカは最強とか、舎弟が何人も居るとか、補導された回数は数知らずとか……」

 

 どうしよう。

私より、友達や周りの人達の方がずっと郁也さんについて詳しいかもしれない。

 毎日触れ合っているのに、私は郁也さんのこと、何もわかってない。

知りたいと思っていいのかな、知ろうとしちゃ駄目なのかな。

 何故だか胸がちくちくと痛んで、泣きそうになって。

友達の語る郁也さんの噂話は、途中から頭に入らなくなった。

 

 

 

 

 今日も公園で、文庫本を読みながら郁也さんを待つ。

最近の私は、おかしいかもしれない。

あれだけ怖がっていた郁也さんとの時間に、安息のような物を感じるようになってしまったのだ。

 一緒にいて落ち着く、居心地が良い。

そんなことばかりを想ってしまう。

 今だってそう。

郁也さんが早く来ないかなって、心が浮き立っているみたい。

 私、どうしちゃったんだろう。

この感情の名前がわからない。

 ふと、友達の『付き合ってるの?』という言葉が脳裏をぐるぐる巡り始める。

顔の表面が、じわじわ熱くなるのがわかる。

 付き合ってなんか、ない。

お互いのこと何も知らないし、何より恋をしている郁也さんというのが想像できない。

 彼は一体、将来どんな人と添い遂げようとするのだろう。

それはそれで、気になった。

 ふと、土を踏む音が聞こえ慌てて本を閉じる。

見上げた先には、最早見慣れてしまった彼。

 

「こ……こんにちは……」

 

「……ん」

 

 いつものむすっとした顔のまま、郁也さんは私の隣に腰掛ける。

それからじっと、射貫くような視線を私に向けて。

 

「あれから、なんともねえの?」

 

「え……何が、ですか?」

 

「イジメ」

 

 ……気に、してくれてたんだ。

何だか心が擽ったいような、変な気分になる。

 

「も、もう何ともないです……ありがとうございます……」

 

「……ふーん」

 

 そう言ったのに、大丈夫だと言ったのに、郁也さんの視線は私に注がれたまま。

どうしたんだろう。

あんまりじろじろ見られると、恥ずかしい。

 ふと、郁也さんがくしゃっと私の髪を掴んだ。

わ、とびっくりする暇もなくそのまま引き寄せられて。

――ちゅ、と唇を無理矢理重ねられた。

 ……え?

思考が固まる。

呼吸も止まる。

 今、何が起こっているのかがわからない。

目の前に、郁也さんの顔。

じっと、私に焦げるような視線を向けている。

重なった唇が熱い。

いや、唇って。

……キス?

 自分の身に起きたことを実感した途端、急激に心臓が暴れ出す。

顔が真っ赤になり、見られていることが恥ずかしくって目を閉じる。

抵抗しなきゃいけなかったのかもしれないけど、フリーズ&システムエラーを起こした私はただただされるがままだった。

 何で。

どうして。

何で、郁也さんは私にこんな――。

 どれくらい、経ったんだろう。

途方もない時間が流れた後、唇は離れて。

郁也さんはぐしゃぐしゃと私の頭を撫で回すと、いつものように私の膝の上に寝そべった。

 一方で、私は混乱と困惑の真っ只中に居た。

何で郁也さんは全く動じていないんだろう。

何でそんなに平然としていられるんだろう。

何でキスなんかされたんだろう。

私達、恋人同士なんかじゃないのに。

というか、今の、私のファーストキス――。

 ぐるぐる、ぐるぐる。

頭の中が、纏まらない。

それでも郁也さんはいつものように眠りに落ちて、気が済むまで私の膝の上に居て。

結局最後まで、彼の態度が変わることはなかった。



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第六話『初恋と叶わない想い』

★最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました 第六話『初恋と叶わない想い』

 

 どうしよう。

どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 家に帰った私は、自室に引きこもって完全に使い物にならなくなっていた。

頭の中がぐるぐるする。

高熱でも出ているんじゃないかというくらい顔が熱い。

心臓がばくばく騒がしくて、同時にぎゅうっと締め付けられているように痛くもあって。

 唇に、そっと人差し指で触れてみる。

生まれて初めてのキスの感触。

それは、未だに色褪せず残っているように思えた。

 何で。

何で郁也さんは私にキスなんてしたんだろう。

 私達、付き合ってなんかない。

恋人同士でも何でもない。

ただ、毎日公園で僅かな交流を繰り広げるだけの関係。

 郁也さんに『好きだ』なんて好意を告げられたこともない。

郁也さんは実際私のことをどう思っているんだろう、とは何度も何度も考えたことがある。

 嫌われては、いないと思う。

だってもし嫌っていたならば、わざわざ嫌いな相手に毎日会いに来て膝の上で眠る、なんてことはしないだろうし。

 でも、気に入ってもらえてはいるのだろうか。

郁也さんの表情はいつも変わらないし、口数も少ないし。

彼が私をどう思っているのかは、私にとって迷宮入りの事案だった。

 もしかすると。

郁也さんは、私のことが好きなんだろうか。

 そんな考えが脳裏に浮かんだけれど、すぐさま首を振ってその可能性を否定した。

だって、私なんかに郁也さんに好かれる理由がない。

引っ込み思案だし、おどおどしているし、弱っちいし。

 ――じゃあ、私は?

私は、郁也さんのことをどう思っているのだろうか。

 最初は、郁也さんのことが心底恐ろしくて仕方がなかった。

彼の行動の全てが理解不能で、怯え切っていた。

 でも、彼の無防備な寝顔を見るうちに、彼の頭を撫でるうちに、恐怖はだんだんと薄れていった。

それどころか、彼と一緒にいると落ち着くようになってしまった。

 傍に居るのが当たり前になっていた。

彼と過ごす時間が好きだった。

突き詰めると、私は郁也さんのことが。

 

「……好き……なの……?」

 

 口に出した途端、無性に恥ずかしくなって私はベッド脇のクッションを抱き締めてそのままベッドに身を投げ出した。

クッションに顔を埋める。

 私が、郁也さんを好き。

考えたこともなかった。

でも、そう仮定すると私が彼と一緒にいる時に感じる安堵感も辻褄が合う。

 自覚した気持ち。

自覚してしまった気持ち。

 ――けれど。

この想いは、叶わないんだろう。

郁也さんと私の世界は、あまりにも違い過ぎる。

それに郁也さんのことを何も知らないのに郁也さんのことが好きだなんて、彼に失礼にも程がある。

 それに、私はきっと。

郁也さんにとっては、都合の良い女なんだ。

都合良く膝を貸して、都合良くキスができて。

そんな存在でしかない。

そんな存在にしかなれない。

――私達の想いは、きっと重なることも、通い合うこともないのだろう。

 そう思うと、涙がはらはらと零れた。

クッションを濡らす涙。

でも、嗚咽が止まらない。

 初恋が、郁也さんへの想いが。

――こんなに苦しい物だなんて、知りたくはなかった。



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第七話『誤解と本命』

★最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました 第七話『誤解と本命』

 

 私が郁也さんにとって『都合の良い女』でしかないとわかって数日。

今日も私は、ひどく憂鬱で重々しい気分のまま目を覚ました。

 今までは放課後郁也さんと会える、と思っただけで心が安らいでいたのに。

最近は不思議と、会いたくない。

あのどこまでも穏やかで優しい時間に仄暗い感情を覚える日が来るなんて、想像したくもなかった。

 郁也さんのことが好きなのに。

どうしようもなく、彼と生きたいと願ってしまうのに。

 あの後も、郁也さんは何度か私にキスをしてきた。

前触れとかはなくて、恐らく郁也さんの気分が向いた時に髪をくしゃりと乱暴に掴まれて、そのまま引き寄せられて唇を重ねられる。

 私は心臓が危うく止まりかけるくらい動揺しきっているのに、いつも郁也さんは平然としていて、変わらぬ態度のまま私に接してくる。

 本当に、歪な関係だと思う。

私はただ、郁也さんに求められるがまま行為を受け入れるだけの存在。

 でも、私なんてちっぽけな存在は、それでいいかなと思ってしまう。

そうすることで、少しでも郁也さんの毎日のどこかに何か意味を残せるのなら。

それだけで、私は充分だ。

 私は自分を、無理矢理そう納得させた。

本当は、納得なんてできる筈もなかったのに。

 

 

 

 

 あれ。

郁也さん、かな。

登校中、郁也さんらしき後ろ姿を見つけた。

 朝に会うのは珍しい。

声をかけようか迷ったところで、彼の隣に綺麗な女の人がいるのを見つけた。

背が高くて、モデルさんみたいで。

その人は、親しげに郁也さんの背中をばしばしと叩いていた。

 

「……彼女さん?」

 

 口に出した答えは、すとんと、びっくりするくらい私の心に正解として落ちて行った。

郁也さん、彼女さんがいたんだ。

素敵な人だ。

ちんちくりんな私とは違う。

 ぺたん、と自分の控えめな胸を何となく触ってみる。

それからスタイルの良い彼女さんと私とを見比べて、全然違うなあと思ってしまう。

 ああ、そうか。

私はやっぱり、郁也さんにとってただの都合の良い女だったんだ。

 ちくりと胸が痛んだけど、とっくのとうにわかっていたことでもあった。

私が次にすべき行動もわかった。

ちゃんと恋人がいるのなら、私と過ごすと彼女さんにあらぬ誤解を与えてしまうだろう。

 だから、決めた。

もうあの公園に寄るのはやめよう、と。

その時私は失念していた。

初めて会った時、郁也さんに、『明日も来ねえと殺す』と殺害予告をされていたことを。

 

 

 

 

 私の失恋が確定してから、一週間が過ぎた。

自分が思っていたより郁也さんの存在は私の中で大きくて、ここ数日はずっと息苦しいまんまだった。

 でも、慣れなくちゃいけない。

もう私のヒーローはどこにもいないのだから。

 そんなことを考えながら歩いていた学校からの帰り道。

制服の襟首を、突然何者かに強い力で引っ張られた。

首が締まって、ひどく苦しい。

 え、やだ、怖い。

誰がこんなことをしているんだろう。

恐怖と焦燥が押し寄せてきて、心臓が騒ぎ出す。

 たすけて、郁也さん。

ヒーローはいないと自分に言い聞かせたばかりなのに、私は私のヒーローの名前を心の中で呼んでしまう。

そんな自分の浅ましさが、嫌になった。

 それから、恐る恐る振り向いて、私を苦しめているのが誰なのかを確認して。

目を見開いた。

 

「……郁也さん……?」

 

 そこには、ひどく不機嫌そうな顔の郁也さんが立っていて。

かつてない程の殺気を放ちながら鋭い目つきで私を睨んでいる。

 ひっと、思わず怯えてしまう。

そのくらい、今の郁也さんは怖い。

 郁也さんは襟首から手を放すと、私の腕を強く掴んできた。

ぎりぎりと骨が軋む程の力。

そのまま郁也さんは、有無を言わさぬ勢いで私を引っ張って行った。

 

 

 

 

 連れて来られたのは、いつもの公園の、いつもは使わない公衆トイレ。

そこの個室に私を連れ込むと、郁也さんは私の背中を扉に叩きつけてきた。

私を見下ろす郁也さんの瞳は、冷たい。

 

「……つか、何。俺から逃げようとしたわけ?」

 

 逃げる?

何のことだ。

訊きたいけれど、怯えすぎて声が出ない。

 そんな私を郁也さんは鋭く睨みつけてきた。

肩を乱暴に掴まれる。

郁也さんの顔が近いな、と思ったら無理矢理キスをされた。

ぬるり、と口内に彼の舌が入ってくる。

食い荒らすような、乱暴で苦しいキス。

こんなことをされたのは初めてで、驚きのあまり死にそうになる。

 彼の舌が私の口内で暴れ回る。

思わず、変な声が出そうになる。

恥ずかしい。

 でも、それどころじゃない。

私がこんなことを許したら、郁也さんの彼女さんが――。

 

「……っ、だ、だめ! です!」

 

 キスの合間に、私らしくもなく大声を上げ、郁也さんの胸を突き飛ばす。

弱い力ではあったけれど、抵抗されるとは思ってなかったのか、郁也さんの体は簡単に離れた。

 しん、と私達の間に静寂が訪れる。

息を整えて、恐る恐る顔を上げて。

郁也さんの表情が、僅かに傷付いたような物だったことに驚いた。

 そんな顔、初めて見た。

……こんな顔、できたんだ。

 思えば、郁也さんを拒絶したのはこれが初めてだ。

拒絶したいわけじゃない。

でも。

 

「わ、私なんかに、こんなことしたら……彼女さんが傷付いちゃう……」

 

「……は?」

 

 またしても、静寂。

郁也さんが、眉を顰めている。

理解不能、と言った顔のまま、郁也さんが言う。

 

「……彼女はてめーだろ?」

 

 ……ん?

おかしい。

郁也さんの言っていることがおかしい。

私は彼女なんですか? と訊ねたいけれどそんなことを口にすれば今度こそ殺されそうな空気だった。

 

「あ……あの……一週間くらい前に、郁也さん、綺麗な女の人と歩いてて……仲良さそうで……背中叩かれてて……」

 

「一週間……? ……ああ、杉浦(すぎうら)か」

 

「すぎうら……?」

 

 郁也さんが息を吐き出す。

呆れたようなそれにびくびくとしていたら、郁也さんが私を睨みながら言った。

 

「あれは違う。中学からクラスがずっと同じのただの腐れ縁。浮気とかじゃねーから」

 

「……え……そうです、か……」

 

 おかしい。

郁也さんと、さっきから会話が微妙に噛み合っていない気がする。

郁也さんに彼女さんがいないことは良かったけど、浮気とか、そんな。

まるで、私が本命みたいに。

 

「……つーか何。それで俺のとこ来なかったのかよ」

 

「ご……ごめんなさい……」

 

「……別に」

 

 しん、とまた場の空気が静まり返る。

気まずい。

 と、思ったら猫掴みされた。

苦しいなあ、と思いつつされるがまま連行されていたら、いつものベンチに辿り着く。

 郁也さんはベンチに腰かけると、私を自分の膝の上に乗せて後ろからぎゅうぎゅう抱き締めてきた。

頭の上に郁也さんの顎が乗っかっていて、何だかくすぐったい。

 

「おい」

 

「は、はい」

 

「携帯、出せ」

 

 命令されたから、素直に携帯電話を取り出して郁也さんに手渡す。

郁也さんは画面をいくつかタップしてから、私にそれを返してくれた。

 

「連絡先、登録しといた」

 

「……え」

 

「ここに来れない時、それで連絡しろ」

 

「……はい」

 

「黙っていなくなったら、殺す」

 

「……はい……」

 

「お前の、連絡先も教えろ」

 

「は、はい……」

 

 郁也さんの連絡先教えてもらっちゃった。

嬉しい、な。

 でも、郁也さん。

何で私にこんなことするんですか。

何で私を傍に置いてくれるんですか。

 色々聞きたい気持ちも言いたい気持ちも不安な気持ちもいっぱいいっぱいだったけど、郁也さんの膝の上は思ったより居心地が良くて、つい幸せに浸ってしまう。

この歪な関係に、はっきりとした答えが出る日は来るのだろうか。



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第八話『真子ちゃんにお任せ!』

★最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました 第八話『真子ちゃんにお任せ!』

 

「星原、あんた最近機嫌良くない?」

 

 朝、サボろうか眠ろうかふけようか考えながら欠伸を噛み殺しながら歩いていたら、クラスメイトの杉浦真子(すぎうら まこ)に声を掛けられた。

中学から高校三年生に至る今までずっと同じクラスの腐れ縁の仲であるこいつは、こんな俺にも気安く話しかけてくる。

男勝りでさっぱりした性格のこいつとは、話しているとまあ気が楽っちゃ楽だけど、円香と一緒に居る時程安心感を得られるわけじゃない。

 円香と一緒に居る時はもっとこう……胸が温かくなる。

そうなるってことは、相当あいつが俺にとって特別な証拠なんだろう。

 

「……知らね。そう見えるってことはそうなんじゃねーの」

 

 寝ぼけ眼を擦って適当に返事をすれば、杉浦は当たり前のように俺の横に並んで歩く。

それから、俺の顔を意外そうに覗き込んで来た。

 

「え、そんなまんざらでもない反応するってことはほんとに機嫌良いわけ? 明日は槍が降るかもねー」

 

「……うるせーな」

 

 チッと大きく舌打ちして歩幅を大きくする。

でも、こんなんでこいつが怯まないことぐらいわかってた。

円香相手にこんな態度でも取れば、びくびくと怯えられてしまうだろう。

あいつに怯えられんのは、むかつくって言うより嫌だ。

 円香と言えば。

この前杉浦と俺が一緒に居る所を見て俺が浮気しているのだと勘違いしたらしかった。

 そのせいであいつはあの公園に来なくなって、俺は何かに駆り立てられるようにあいつを探し回って。

あれだけ誰かに執着したのは、あれだけ心がざわざわと落ち着かなかったのは初めてだ。

あいつの身に何かあったんじゃないか、そう思うと気が気じゃなかった。

俺をあそこまで焦らせることのできる人間は、世界で円香ただ一人だと思う。

 だから。

 

「……っつーか、並んで歩くな。誤解される」

 

 忌々しげにそう言い放つと、杉浦は首を傾げた。

 

「は? 誰に? 私に彼氏いることぐらいみんな知ってんじゃん」

 

 そう、杉浦には彼氏が居る。

交友関係が広い杉浦がその彼氏に常日頃猛アプローチを受けているのは、うちの高校じゃ周知の事実だった。

でも、それは『うちの高校』だけの話だ。

 

「彼女に、誤解されるんだよ」

 

「……彼女? 誰の?」

 

「俺の」

 

 そう言った途端、杉浦がぴたりと固まった。

面倒だから、そのまま置いて行こうとすたすたと俺は歩いて行く。

けれど。

 

「――っと、待った待った待った!! あんた彼女いたの!? いつから!? っていうかケンカの『ケ』の字と睡眠の『す』の字にしか興味なかったあんたに彼女!?」

 

「……うるせー……」

 

 杉浦はすぐに復活した。

運動神経抜群の杉浦は、ダッシュで一気に俺の前まで躍り出て詰め寄ってくる。

鬱陶しくて、俺は顔を逸らした。

 

「どんな子? 可愛い?」

 

「おとなしい。可愛いんじゃねーの。知らんけど」

 

「うちの学校の子? 私が知ってる子?」

 

「多分ちゅうがくせー」

 

「へー……って、多分? 中学生?」

 

 俺を質問責めにする杉浦の雲行きが怪しくなった。

表情が、怪訝そうな物に変わっていく。

 

「……星原。告白したのどっちから?」

 

「いや、してねえしされてねえけど」

 

「は?」

 

「キス、したら嫌がられなかった」

 

「はい?」

 

「だから、それって別に俺と付き合ってもいいってことだろ」

 

 杉浦が、また固まる。

さっきのフリーズとはまた違う気がした。

めらめらと、炎のような怒気――いや、殺気を感じる。

かと思えば。

 

「……っ、この、バカタレーーーーッ!!」

 

 殴られた。

頬をグーで。

別に痛くも何ともねえけど、気に食わないと言えば気に食わない。

 

「……何しやがる」

 

「何しやがる、はこっちの台詞! あんた何考えてんの!? 屑! 最低! 性犯罪者!!」

 

 何でそこまで言われねえといけねえんだ。

俺がむっとしていると、杉浦は頭を抱えて長い長い溜息を吐き出した。

感情が忙しいやつ。

 

「星原。良く聞いて。あんたの言う彼女ちゃんは多分凄く困ってる。気持ちは言葉にしないと伝わらない。彼女ちゃんはあんたに怯えている可能性が高い」

 

「あ? 怯える?」

 

「あんた目つき悪いしガラ悪いし嫌な噂も多いからその彼女ちゃんはあんたにキスされてビビり散らかして泣く泣くあんたと一緒に居ると思われる」

 

 円香が、俺にビビっている。

そう言われればそうかも、しれないけど。

でも、それを認めてしまうのは何だか腹が立った。

そんな中、杉浦が問いかけてくる。

 

「……っていうか質問なんだけど、星原はその彼女ちゃんのどこを好きになったの?」

 

 理由。

つったって、そんなの。

 

「……寝る時にたまに使ってるベンチで、あいつが寝てて」

 

「……うん」

 

「退かすの面倒だったから、そのままあいつの膝で寝たら」

 

「……う、ん?」

 

「居心地、良かったから」

 

 あいつと居ると、上手く呼吸ができる気がする。

良くわかんねーけど、言葉には纏められねーけど。

 

「……好きになる理由なんて、それだけで充分だろ」

 

 俺が円香を好きなのは確かなんだから、それで良かった。

円香と関わるうちに、もっと一緒に居てえなって思うようになったし。

これが、好きってことなんだろ。

 

「……星原。あんた今日彼女ちゃんにちゃんと告白した方がいいよ……」

 

「……告白っつっても」

 

 一旦言葉を切り、俺はまた歩き出す。

 

「人の真っ当な愛し方なんて、知らねーし」

 

 だって、そんなもの誰も教えてくれなかっただろ。

独り言のように呟いた声を拾った杉浦が、ばしんと俺の背中をいつものように叩いてきて、ちょっと煩わしかった。



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第九話『守られる』

★最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました 第九話『守られる』

 

 私と郁也さんの関係は、ひどく曖昧で歪な物だと思う。

そんなことを考えながら、私は郁也さんをいつもの公園のベンチで待っていた。

 『浮気とかじゃねーから』。

彼の、郁也さんの言葉が最近脳裏をぐるぐると巡っている。

 私と連絡先を交換した郁也さん。

公園には滞りなく寄れているから、あれから一度もメッセージのやり取りをしたことはないけれど。

 郁也さんは、どうして私なんかに構ってくれるんだろう。

郁也さんが何を考えているのかが全くわからない。

郁也さんは、実際私のことをどう思っているのだろう。

 

「はあ……」

 

 思わず溜息が洩れる。

幸せが逃げて行く音が聴こえた、気がした。

幸せ。

私には似合わない言葉な気がする。

 それでも、郁也さんと幸せになれたら、ずっと一緒に居られたら、なんて未来を願ってしまう自分が少し嫌いだった。

何だろう。

自分がこんなにも弱い生き物だったなんて。

郁也さんが傍に居ないと、不安で不安で仕方がない。

 

「郁也さん……」

 

 ぽつりと、声が洩れる。

彼の名を呼ぶ、か細くて頼りない声。

この声は、郁也さんの心のどこかに届くんだろうか。

 ――その時。

 

「お前、星原の女だよなァ?」

 

 影が、降って来た。

同時に響く声。

郁也さんの声じゃない。

 びくっとして顔を上げると、派手な身なりの男の人達が私を囲んでいた。

背が高くて、体格が良くて、私なんかじゃ敵いそうにない人達。

そんな人達が、下卑た笑みを浮かべながら私を見下ろしている。

ぞわぞわと、恐怖で肌が泡立つのを感じる。

 一番前に立っていた男の人が、私の腕を引っ掴む。

途端に、全身が、不快感を訴えた気がした。

 

「ひ……っ」

 

 怯える私達を、彼らはにたにたと眺めていて。

 

「ちょっと、付き合えよ」

 

 私を、地獄へと連れて行こうとした。

 

 

 

 

「好き……好きだ……愛してる……っち、めんどくせ……」

 

 俺は今、円香への告白の台詞を考えながらいつもの公園に向かっていた。

そんなことわざわざ口にしなくても、あいつは一緒に居てくれる気がするけれど。

っつーか、言葉にしたら嘘くさくなりそうで逆に嫌だった。

円香への俺の気持ちは、そんな軽い物じゃない筈なんだから。

 でも、ちゃんと告白しねーと杉浦がうるせーだろうし。

それはそれで面倒だし、俺が気持ちを伝えないことで円香が不安がってるっつーんなら、嫌だし。

 だからこうしてどう告白しようか、悪い頭を何とか働かせていた時、携帯電話が鳴った。

――円香か?

こうして俺に連絡してくるやつを、俺は円香以外思いつかない。

 何だ、今日来れねえのか。

出鼻を挫かれた気分だ。

そう思ってメッセージを確認する。

 そして、俺の視界に飛び込んで来たのは――。

 

 

 

 

 怖い。

怖い怖い怖い怖い。

 私は、恐怖で震えていた。

郁也さんにたまに怯えるのとは、わけが違う。

もっと、おぞましい恐怖。

 制服は中途半端に脱がされて、下着が見えている。

口にはガムテープが貼られ、嗚咽すら洩らせない。

涙がはらはらと流れるばかりで、両手首は縄で拘束されていて何もできない。

 あれから私は、彼らに工場跡地へと無理矢理連れて来られた。

携帯電話を奪われて、こうやって身動きを取れなくされて、制服を剥がされて。

 多くの下卑た視線が全身に突き刺さって、がたがたと体が震える。

嫌だ。

こんなの、嫌だよ。

 郁也さん。

郁也さん、郁也さん、郁也さん、郁也さん――。

 脳裏で、最愛の人の名前を何度も何度も呼ぶ。

私の腕を公園で掴んだ男の人が、私の体に手を伸ばす。

本能が警鐘を鳴らす。

 嫌だ、誰にも触られたくない。

いくや、さん――。

 きゅっと目を閉じた時。

ガンッと金属音のような物が大きく響いた。

同時に、聞こえたのは。

 

「星原!! テメェ……!! っぎゃ!!」

 

 焦る声、悲鳴。

何度も何度も響く鈍い音。

 騒がしくなる世界に違和感を覚えて、恐る恐る目を開ける。

そこには、鉄パイプを握り締めて息を切らした郁也さんが立っていた。

 郁也、さん――。

涙が、また一筋零れ落ちる。

 

「星原てめえ、調子に乗ってんじゃ――」

 

「うるせえッ!!!!」

 

 沢山の男の人が、一斉に郁也さんに飛び掛かる。

でも、郁也さんは彼らをがむしゃらに薙ぎ払って、打ちのめして、一直線に私へと向かって来る。

 郁也さんが私に手を伸ばす。

その表情には、今まで見たことのない焦りの色が浮かんでいた。

 べり、とガムテープを剥がされる。

一気に肺に流れ込んだ酸素に、私は咳き込んで涙を流した。

 

「いくや、さ――」

 

「少し待ってろ」

 

 声が、ひどく優しかった。

郁也さんの物じゃないみたいに。

ばさっと、郁也さんの制服の上着が上半身に被せられた。

 郁也さんが私の目を片手で覆う。

まるで、目を閉じろと言っているみたいに。

それに従って、私は彼の手が離れた後も、目をぎゅっと固く閉じていた。

 それから次々に響く鈍い音、悲鳴。

何か嫌な音も聞こえた気がする。

 それら全てが、私の今まで生きてきたぬるま湯のような世界とは遠すぎて、身震いがした。

そんな音が、しばらく続いて。

唐突に、世界が静けさに包まれた。

 聞こえるのは、郁也さんの荒い息遣いだけ。

足音が、ゆっくりと近付いてくる。

 それに従い目を開けると、郁也さんは傷だらけだった。

鉄パイプはぐにゃりと変な方向に曲がっていて、空いた片手の拳は赤い血で染まっている。

けれど、不思議と恐ろしいとは思わなかった。

正確には、思えなかった。

ただただ感じるのは、彼にこんなことをさせてしまった罪悪感。

 郁也さんが、黙ったまま縄を外していく。

そして、自由になった私の身体をぎゅう、と強く強く抱きすくめてきた。

私の身体は、まだ震えていた。

でも、彼の体温を感じたらひどく安心してしまって。

こうして彼と触れ合えるのも久々な気がして。

 

「いくや、さん」

 

 掠れた声が洩れる。

安心感からか、私はつい、想いを零した。

 

「すき、です」

 

 びくり、と郁也さんの肩が一瞬跳ねた気がした。

それでも、一度口に出した想いは止まらなくて。

 

「私……郁也さんが、好きです……」

 

 泣きながら、何度も何度も愛の言葉を吐き出す。

その間、ずっと。

郁也さんは、私を離すまいとするかのようにきつくきつく抱き締めていた。



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第十話『お前と死にたい』

★最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました 第十話『お前と死にたい』

 

 あれから、俺は円香をしばらく抱きすくめていたけれど。

こいつに怖い思いをさせた奴らが大勢倒れ伏すこの場所にいつまでも円香を置いておくのも悪い気がして、円香の制服の乱れを直して、手を引いて俺は立ち上がった。

 

「……何もされてねえか」

 

 ぶっきらぼうに問いかけると、円香はこくりと小さく頷いた。

握った手は、未だに震えている。

 

「……服、脱がされただけです。……郁也さんが、来てくれたから……」

 

「……そうか」

 

 円香の手をぎゅっと握り、密かに安堵する。

こいつが俺以外の男に汚されていたら、今頃気が狂っていた。

 でも、安堵した筈なのに、奇妙な焦燥感が胸を渦巻いている。

円香は、本来陽だまりの世界で生きている側の人間だ。

俺みたいな、はみだし者とは違う。

 俺と関わらなければ、こいつがこんな思いをすることも、泣かせてしまうこともなかっただろう。

それでも、俺は。

円香を手放したくなくて、傍に置いておきたくて、ずっと一緒に居たくて。

――俺だけの物に、してしまいたくて。

 心に仄暗い感情が宿るのがわかる。

俺は円香を無理矢理引っ張るかのように、すたすたと歩を進めて行った。

 

 

 

 

 辿り着いたのは、俺の家だった。

何の変哲もない一軒家。

 でも、どの窓にも明かりは灯っていない。

どうせ親父もおふくろも仕事で、姉貴は彼氏の所なんだろう。

 昔から、そうだった。

極度の放任主義、いつも机の上に無造作に置かれている生活費。

誰も俺を愛しちゃくれなかった、人の真っ当な愛し方なんて教えちゃくれなかった。

 だから俺は、ようやく出会えた、こんな俺でも好きだと言ってくれる円香を、歪な形でしか愛してやれない。

それまでされるがままついて来た円香が、おずおずと問いかけてくる。

 

「……あの……郁也さん、ご両親は……?」

 

「……知らね。どうせ仕事だろ」

 

 雑に返して、俺は円香を自分の部屋に連れて行く。

散らかった部屋、閉め切ったカーテンの向こうはとっくに真っ暗で。

そんな世界で、俺は円香を無理矢理ベッドに押し倒した。

 円香が驚いたように目を見開く。

俺は今、一体どんな表情で円香を見ているんだろう。

暗い世界じゃ、何もわからない。

 けど、そんなことも気にしてられず、俺は円香にキスをした。

唇を強引に押し付け、もっと、もっと深くその先へ行こうと舌で唇をノックする。

耐え切れなかった円香が口をうっすらと開けたのをいいことに、俺は貪るようなキスを続けた。

 あいつらに襲われた恐怖が、全部どっかへ行くように。

円香の全部を、俺で上書きしたかった。

こんなことをしてしまえば、円香を襲ったあいつらと同類だってわかっちゃいたけど、割り切れなくて。

 しばらくして、唇をちゅぷっと離す。

円香が息を乱し、苦しそうにしていた。

こんなに長くキスをしたのも初めてだし、深いキスをしたのも円香が俺が浮気したと勘違いしたあの日以来だ。

 

「いく、や、さん……」

 

 円香が途切れ途切れに俺の名前を呼ぶ。

呼んでくれる。

本当は、それだけで満足しなくちゃいけないんだろうけど。

 

「……全然足りねえんだよ」

 

「……え……?」

 

 円香の肩を強くベッドに押し付ける。

骨が僅かに軋む音が聴こえる。

痛いのか、円香が僅かに呻きながらその身をベッドに沈める。

 

「なあ、どうすればお前は俺だけの物になるんだよ」

 

「郁也さん……?」

 

 潤み切った円香の瞳に、困惑の色が宿っていく。

そんな顔すんじゃねえよ。

いつもみたいに受け入れろよ。

 

「お前が欲しくて欲しくて仕方ねーんだよ。どれだけ手に入れても足りねえんだよ。俺だけの物にしたいんだよ。お前が俺以外の誰かの物になるとか、考えただけで頭イカレちまいそうになるんだよ」

 

 円香を捻じ伏せる力がどんどん強くなるのがわかる。

このままじゃこいつを傷付けるだけだってわかってる自分は確かに居るのに、何一つ止められやしなかった。

 

「俺は、お前と生きたいわけじゃない」

 

 生き死になんて、どうでもいい。

遅いか早いかだけの違い。

俺がたった一つ欲しいのは。

 

「俺は、お前と死にたいんだよ……ッ」

 

 俺が欲しいのは命も含めたお前の全部。

お前の残りの人生、全部俺の物にしたい。

終わる時は連れて行きたい。

お前が居ない世界でなんてもう生きていけないし、俺の居ない世界でお前が他の誰かと生きるなんて、許さない、許せない。

 愛しいはずなのにやけに苦しい感情に支配されていたら、そっと円香の細い腕が遠慮がちに俺の背中に回ってきた。

そのまま、弱々しく抱き締められる。

 ほら、お前がそうやって当たり前のように受け入れるから。

もっともっと、欲しくなるんだ。

 

「……円香」

 

 ぽつり、と名前を呼ぶ。

そして。

 

「……好きだ……っ」

 

 初めて、俺は好意をはっきりと口にした。

円香がはっと息を呑む。

 その動いた喉を、今すぐに絞めてしまいたい。

そうやって、円香を俺の物にしたい。

円香を俺だけの物にしたい。

円香。

円香、円香、円香、円香――。

 真っ黒い感情に、飲み込まれそうになる。

自分が自分じゃなくなりそうな頃、円香が弱々しい声を発した。

 

「……わた、しは」

 

 その澄んだ声は、確かに俺の意識に呼びかけてきて。

 

「郁也さんと……生きたい……」

 

 今度は、俺が息を呑む番だった。

俺と、生きたい?

 なあ、それってどういうことだ、どういう意味だ。

傍に居てくれるのか、一緒に居てくれるのか。

――ずっと、愛してくれるのか。

 おかしい。

胸が、ひどく苦しい。

 だってそんなこと、今まで誰も言ってくれなかったんだ。

そんなことを言われるのは本当に初めてで、どう反応したらいいのかわからない。

 衝動的に、円香にもう一度口付ける。

わっかんねえ。

悲しくも何ともねえのに、何故だか無性に泣きそうになった。



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第十一話『愛してる、愛してる』

★最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました 第十一話『愛してる、愛してる』

 

 目を覚ますと、私は温かい体温に包まれていた。

至近距離に、郁也さんの顔。

郁也さんが、私をぎゅうっと抱き締めたまますうすうと規則的な寝息を響かせている。

 抱き合って、同じベッドの上で眠って。

お互い着衣の乱れはなく、制服姿のまま。

重要なことを言っておくと、いやらしいことは何もしていない。

 それでもこの状況が何だか恥ずかしくて、自分の顔が赤くなるのがわかる。

好きな人に『好きだ』と告げられて、キスをして、一緒に眠って。

繰り返すけれど、いやらしいことは何もしていない。

 カーテンの向こうの陽は、とっくに高くなっている。

もう朝が来たらしい。

お父さんとお母さんに心配をかけないよう、寝る直前に友達の家に泊まる、とメールを送っておいたけれど、あの嘘は通じたのだろうか。

 良くわからない背徳感に緊張して、顔を覆いたくなったけれど、私を強く抱き締める郁也さんの腕がそれを許してくれない。

本当に寝ているのかと、疑いたくなるくらい。

 それでも、何とかベッドから抜け出そうと試みる。

身を捩らせて、やんわりと郁也さんの腕を解こうとして。

 そうやって、もう少しで彼の腕の中から抜け出せそうになった頃、急に郁也さんが強い力で私を抱き寄せてきた。

振り出しに戻ってしまい、恐る恐る振り返る。

郁也さんは目を開けていて、ひどく苦しそうな顔をしていた。

その表情を見た瞬間、ずきりと胸が確かに痛む。

 

「どこ、行くんだよ……っ」

 

 声も、表情と同じく苦しそう。

ずきずき、ずきずき。

私の心臓が、ひどく痛い。

 

「どこにも行くな……っ」

 

 縋るような声に、心臓をぎゅうと直接掴まれたような気分に陥った。

そこから胸に広がるのは、彼への確かな愛しさ。

私は、郁也さんを安心させるかのように彼の頬に手を伸ばし、ゆっくりと触れる。

 

「……大丈夫です。私、どこにも行きません」

 

 郁也さんの瞳が揺れる。

伸ばした手を、そっと握られる。

 

「……郁也さん」

 

 名前を呼ぶ。

私が抜け出そうとした、本当の理由を告げる為に。

 

「……お腹、空きませんか?」

 

 私の言葉に、郁也さんはきょとん、と目を丸くした。

 

 

 

 

 テーブルに並んだ朝食を、郁也さんは物珍しそうに見ていた。

即席で作ったトーストとオムレツだったけれど、気に入ってもらえるだろうか。

郁也さんの食の好みを知らないから、何とも言えない。

 私がどこか緊張するような気持ちでそわそわしていたら、郁也さんはジャムの塗られたトーストを齧り、オムレツを口に運んでいく。

少し、郁也さんの瞳が輝いているような気がした。

 

「……あったけえ」

 

「あったかい……?」

 

 郁也さんがぽつりと洩らした声に、首を傾げる。

 

「……人の手料理食ったの、すげー久しぶり」

 

「そう、なんですか?」

 

「ああ。飯とかいつも適当に済ませてたし。……だから、あったけーなって。あと、ふつーに美味い」

 

 ストレートに褒められて、自分が赤面するのがわかる。

嬉しいやら、恥ずかしいやら。

気に入ってもらえたなら、これから何度だって作りたい。

料理の勉強、もっとしなきゃ。

 そう密かに決意して、照れを誤魔化すように私もさくっとトーストを齧った。

 

 

 

 

 朝食を作っている時も、そうだったのだけれど。

食器を洗っている最中も、郁也さんは私の背中にべったり貼りついて、髪を撫でていた。

 私に触れていないと、落ち着かないのかもしれない。

そう思うと、どきどきして、でもやっぱり嬉しくて。

 それで、手が空いた今は。

ベッドにお互い座った状態で、ぎゅうぎゅうと抱き締められていた。

ちょっと力が強くて苦しいけれど、その苦しさすら愛おしく思えるのだから、私は相当手遅れなんだと思う。

 肩に顔を埋められて、ちょっとくすぐったい。

私はそんな郁也さんを抱き締め返し、ゆっくりと頭と背を撫でていた。

 郁也さんがこんなに甘えただったなんて知らなかった。

こういう姿を見られるのは私だけなのかな、と思うと素直に胸が高鳴る。

そんな時、郁也さんがゆっくりと顔を上げる。

彼の瞳は、真っ直ぐに私を映していて。

 

「……やっぱ、好きって言わないと不安になるもん?」

 

 その疑問に、首を傾げて。

そう言えば彼が私を好きだとようやく知れたのは、つい昨日のことだったのだと思い出す。

 不安。

それもあるけど、彼の気持ちがわからない自分が嫌だった。

 

「不安というか……言われると、嬉しい……です」

 

「……ふーん」

 

 郁也さんが、私を抱き締める手をゆっくりと解く。

それから、私の両肩に手を置いて。

私の目をじっと見つめて。

 

「円香、好きだ」

 

「……え……」

 

「好き、すげー好き。大好き」

 

 ぶわっと、全身が真っ赤になった気がした。

それくらい顔が熱くて、心臓がどかどかうるさくて、ドギマギして。

郁也さんは、どうしてこんなにも平然と愛の言葉を吐けるのだろう。

 

「……円香、愛してる。世界で一番、お前が好きだ」

 

 う、うわああああ。

もう駄目だった、白旗を上げたくなった。

 郁也さんが、こんなにも甘い愛の言葉を吐ける人だったなんて知らなくて。

こんなに自分が彼に想われていたことにも気付けていなくて。

 もしかして、自分は郁也さんからとんでもなく恐ろしい物を解放してしまったんじゃないだろうか。

キャパオーバーを起こしつつ、私はぼそりと呟いた。

 

「……私も……世界で一番、郁也さんが大好き、です……」

 

 ああ、駄目だ。

恥ずかしすぎて、郁也さんの顔が見れない。

 それでも、微かに郁也さんが笑う気配がして。

次の瞬間、そっとキスをされた。

誰かと想いが通じ合うと、こんなにも幸せな時間を過ごせる物なのか。

ぼんやりと、そんなことを考えた。

 

 

 

 

「……何で、帰んの?」

 

 玄関で帰り支度を整えた私を、郁也さんは複雑そうな表情で見つめていた。

その姿に、何とも言えない切ない気持ちになったのは、確かだけど。

 

「えっと……お父さんとお母さんが心配するので……で、でも……」

 

 郁也さんを懸命に見上げて、私は言葉を精一杯紡ぐ。

紡ごうとする。

 

「私、ちゃんと郁也さんのこと好きです。絶対、勝手に居なくなったりしません。郁也さんさえ良ければ、また、お家にお邪魔したいです。それから……私、もっと郁也さんのこと知りたいです。だから……これから色々、郁也さんのこと、教えてください」

 

 私がそう言うと、郁也さんは意外そうに目を瞬かせて。

ぎゅうっと私を抱き寄せて来た。

心臓が、跳ね上がる。

こんな物は慣れていない。

 そうか、そうなんだ。

愛され方を知らない私と同じように、郁也さんもまた、愛し方も、愛され方も知らないだけだったんだ。

 

「……やっぱ、帰したくない」

 

「い、郁也さん……」

 

「……でも、お前が困るっつーんなら、帰す」

 

 その言い方は、ずるいと思う。

私が何も言えず固まっていると、郁也さんはゆっくりと私を解放して。

 

「……また来いよ。そんで、また飯作って」

 

「……はい」

 

「……明日から、また公園来いよな」

 

「……はいっ」

 

 そして、郁也さんは私にそっと口付ける。

今までで一番優しい、キスの仕方だと思った。

時間がこのまま、止まればいいのに。

そんなことを思ったのは、初めてのことだった。



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第十二話『真子ちゃんにお任せ! その2』

★最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました 第十二話『真子ちゃんにお任せ! その2』

 

「よう、お前、星原の女だよな?」

 

 ある日、いつもの公園に行こうと歩を進めていたら、また怖そうなお兄さん達に囲まれてしまった。

以前とは違う顔ぶれだ。

 どれだけ私は無防備なのだろう。

この前の工場跡地での出来事を思い出し、身が竦む。

びくびくと怯え、震える私の姿を見て、お兄さん達はより一層笑みを深くした。

 そのうちの一人が、私に手を伸ばし掛けた、その時。

 

「ちぇすと!!」

 

「ぐあっ!?」

 

 私に触れようとしていたお兄さんの身体が、突然横に吹っ飛んだ。

そのまま、ごろごろとお兄さんの身体は地面を転がっていって、きゅう、と伸びる。

目は完全に白目を剥いていて、気絶をしているようだった。

 ――郁也さん?

でも、今聞こえたのは女の人の声。

 私が恐る恐る視線を上に上げると、そこには背の高い活発そうなお姉さんが立っていた。

このお姉さんには見覚えがあった。

以前、郁也さんと親しげに歩いていたお姉さんだ。

 

「何してんの、あんたら? 大の男がよってたかってこんないたいけな女の子いじめるなんてさ。かっこ悪いよ?」

 

 お姉さんは、挑戦的な笑みをお兄さん達に向ける。

そ、そんなこと言ってお姉さんは大丈夫なのかな。

お兄さん達を逆上させたりしないかな。

私がおろおろしていると、お兄さん達は怒りで顔を真っ赤にしながらお姉さんに飛び掛かっていった。

 

「てめえ、いきなり何しやがる!」

 

「調子に乗りやがって!」

 

「やっちまえ!」

 

 それでも、お姉さんの余裕の笑みは崩れることがない。

お姉さんが、颯爽と構える。

 かと思えば、あっという間にその手でお兄さん達の手を振り払って、薙ぎ払って。

次々とお兄さん達を投げ飛ばして、ダウンさせてしまったのだった。

 全ては、一瞬の出来事だった。

お兄さん達の無残な姿が広がる世界の中で、お姉さんは私に手を差し伸べてくれる。

 

「へへん。伊達に鍛えてないもんね! 君、大丈夫? 怪我は無い?」

 

「あ……ありがとうございます……」

 

 至近距離で顔を見て、思わず照れてしまったけれど、それでも私は彼女があの時のお姉さんだと確信して顔を上げる。

 

「貴方は、あの時の……」

 

「……ん? どこかで会ったかな?」

 

 お姉さんは、不思議そうに首を傾げる。

私は慌てて、言葉を紡いだ。

 

「えっと……前に、郁也さんと一緒に歩いているの見て……」

 

「……いくやさん?」

 

 お姉さんが、眉を顰める。

怪訝そうな、何かを考え込んでいるような表情。

でも、見る見るうちにその表情は好奇の色に染まって。

 

「……あ! 君、もしかして星原の彼女!?」

 

「は……はい。そうです……」

 

 第三者に彼女、と認められると何だか恥ずかしくて、私は俯く。

……そっか、私、もう郁也さんと恋人同士なんだよね。

嬉しいんだけど、何だかむず痒い。

 

「へえ……星原、こういう子がタイプだったんだあ……あ、そうだ! 星原にちゃんと告白された!? まだ『好き』って言われてないんだったら、私からあいつ殴っておくよ!?」

 

「だ……大丈夫ですっ。この前、その……ちゃんと、言ってもらえました」

 

 好きどころか、愛してると言ってもらえた。

身も心もどろどろになるような愛の言葉を、沢山沢山かけてもらえた。

思い出すと顔が熱くなるのがわかる。

やっぱりまだ、誰かに愛されているという感覚は慣れない。

 

「そっか……そっかそっか……ねえ、君、名前は? 聞いてもいい?」

 

「あ……えと、高橋円香、と申します……」

 

「円香ちゃんね! オッケーオッケー。あ、私、杉浦真子! 星原とは腐れ縁。でも私ちゃんと彼氏いるから! 星原とは何でもないから、そこは安心して?」

 

「は……はい」

 

 そう言って、杉浦さんは私の両手を握ってぶんぶんと上下に振ってくる。

見た目通り、活発な人。

こういう人の方が、郁也さんは話しやすいのかな。

そんな暗い考えが一瞬脳裏を過ぎったけど、彼の愛情を疑いたくはなかったから、そこまでにしておいた。

 

「ズバリ聞くけどさ、星原のどこに惚れたの?」

 

「あ……えと……」

 

 思えば、最初は郁也さんのことが怖かった。

でも、一緒にいるうちに、だんだん彼の存在は私にとって当たり前のようになっていって。

私が彼に惹かれたのは、きっと。

 

「一緒に居て……安心するから、です……」

 

 私の答えに、杉浦さんは目を丸くして。

くすっと、おかしそうに笑った。

 

「……あははっ。星原とおんなじようなことを言うんだ。君達ってさ、結構似た者同士なのかも」

 

 私と、郁也さんが?

似た者同士。

何だか上手く、しっくり来ない。

 私が考え込んでいたら、ぽん、と頭の上に手を置かれた。

そのままわしゃわしゃと、杉浦さんに頭を撫でられる。

 

「まあともかく、星原のことよろしくね、円香ちゃん。あいつケンカばっかりだし何考えてんのか良くわかんないこともあると思うけど、多分、人の愛し方をあいつ自身が良くわかってないだけだと思うんだわ。……きっと、円香ちゃんへの気持ちは本物だからさ。信じたげて」

 

「……はいっ」

 

 私は、こくりと頷き、微笑んでみる。

郁也さんの私への気持ちが、本物。

そう第三者にはっきりと言われたことが、たまらなく嬉しかった。

 杉浦さんもまた、嬉しそうに私の頭を撫でてくれる。

郁也さんが、人の愛し方をわかっていないと言うのなら。

私と関わっていく中で、それをゆっくりゆっくりわかってほしいな。

そんな未来を、思い描いてしまったのだった。

 それにしても。

活発そうな杉浦さん、そのイメージを助長されるかのようなショートカット、スタイルだって良い。

郁也さんを疑いたくないのに、しゅん、とまた少し自分の気持ちが落ち込むのがわかる。

 

「……私、杉浦さんみたいになりたかったです」

 

 とうとう本音が喉の奥から洩れた。

やだ、何で私こんな卑屈なこと言っているんだろう。

何とか取り繕おうと思って口を開いたと同時に、杉浦さんはきょとんとした様子で、また私の頭を撫で回してきた。

 

「何言ってんの。星原は円香ちゃんだから惚れたんだよ」

 

「……私、だから?」

 

「そ。……懸命に星原を受け入れようとする円香ちゃんだから、星原も好きになったんじゃないかな。だから、今のままで、ありのままでいいんだよ」

 

 杉浦さんは、そう言って優しく笑ってくれる。

今のままでいい。

そう言ってもらえるとは思っていなかった。

こんな私でも、自信を持っていいのだろうか。

 ……でも。

郁也さんが好きでいてくれる私を、好きになりたいという気持ちが芽生えたこともまた、本当のことだった。



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最終話『最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいましたが後悔はしていません』

★最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました 最終話『最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいましたが後悔はしていません』

 

 私の膝の上に、郁也さんが居る。

居てくれる。

いつもの公園、いつものひと時。

そのことにひどく安心感を覚え、胸の奥が温かくなる。

 郁也さんの頭をなるべく優しく撫でれば、郁也さんは気持ちが良さそうに声を洩らした。

可愛いなあ。

なんて言ったら、郁也さん、怒っちゃうかな。

 でも、以前ほど彼に怒られることにあまり恐怖を覚えない。

彼の想いを、温かさを知ってしまったのだから。

 

「……そう言えば」

 

 ぽつり、と零せば郁也さんがゆっくりと目を開ける。

眠るのを邪魔してしまっただろうか、と僅かな罪悪感が私の胸に芽生えたのがわかった。

それでも彼の瞳は真っ直ぐに私を映していて、それに逆らえず私は言葉を紡いだ。

 

「杉浦さんに、会いました」

 

「……あ? 杉浦に?」

 

 郁也さんが、むっとしたような目つきになる。

少し、不機嫌そうな顔。

私と杉浦さんが出会ったことで、何か不都合なことでもあるのだろうか。

 

「あいつ、なんか変なことお前に吹き込まなかったか」

 

「あ……いえ……そんなことは……でも、私と郁也さんが似た者同士だって言ってました」

 

「何だそれ」

 

 郁也さんが、呆れたように息を吐き出す。

私もいまいちぴんと来ていないから、苦笑することしかできない。

 

「でも、杉浦さん、私が怖いお兄さんに絡まれている所を助けてくれたんです」

 

 そう言うと、郁也さんがはっとしたかのように目を見開く。

それから、ぎゅ、と彼は私の制服の裾を掴んできた。

 

「何だそれ。お前また絡まれたの?」

 

「だ、大丈夫ですよ。すぐに杉浦さんが助けてくれましたから」

 

 慌ててそう言っても、郁也さんの表情には複雑な色が宿っている。

心配してくれているのだろうか。

私が良くわからない感覚に陥っていたら、郁也さんが私のお腹に抱きついてきた。

 

「別れねえから」

 

「え?」

 

「俺、色んなとこに恨み買ってるから、お前にまた怖い思いさせるかもしんねえ。けど、絶対別れねえから」

 

「……はい」

 

 そんなことで、今更貴方から離れられるわけないのに。

甘えるように抱きついてくる郁也さんの頭を、また撫でる。

 

「俺も、無闇にケンカして恨み買わねえように努力はする」

 

「……はいっ」

 

 郁也さんが傷つくのは、嫌だ。

だから、郁也さんがケンカを止めようと思ってくれることは、嬉しかった。

だから、ついつい表情が少しだけ綻んでしまう。

 

「お前は、俺が守る」

 

 次の瞬間放たれた言葉に、今度は顔が赤くなるのがわかった。

ストレートな想いに、どきどきと心臓が素直に反応する。

 

「杉浦にだって、お前は渡さねーから」

 

 少し拗ねたような声色。

私と杉浦さんが交流したことが、面白くないのだろうか。

彼がほんの少し嫉妬しているのだとしたら、先程の不機嫌な目つきも納得が行く。

……何だか、気持ちがふわふわするな。

 ふと、郁也さんが顔を上げた。

彼の手が私の頬に触れる。

郁也さんは、私を真っ直ぐに見据えて。

 

「俺の傍から離れたら、ぶっ殺してやる」

 

 殺す。

思えば初対面の時から、郁也さんはそんな物騒な言葉で私を縛っていた。

殺されるのが怖くて、私は郁也さんと触れ合うようになった。

けど、今は。

 

「……郁也さんになら、いいです」

 

 正直な想い。

愛情で麻痺した感覚。

それら全てを郁也さんに伝えれば、彼は意外そうに目を瞬かせた後、いつものむすっとした読めない顔に戻って。

 

「ふーん」

 

 そう言って、ゆっくりと私の頬を撫でて来た。

彼の指が頬をなぞり、鎖骨に触れる。

少しだけ、くすぐったい。

 

「なあ、円香。どこにも行くんじゃねーぞ。ずっと、俺の物でいろ」

 

「……はい。ずっとお傍に居ます」

 

 私が微笑んでそう告げると、郁也さんは静かに身を起こし、そっと私に口付けてきた。

ほんの一瞬のキス。

でも、確かに熱を帯びたキス。

 郁也さんが、再び頭を私の膝に預ける。

しばらくすると、すうすうと聴き慣れた寝息が聴こえてきた。

 郁也さんが私へ抱く執着は、愛情は、私が思っているよりずっとどろどろで、私一人じゃ受け止めきれない重さなのかもしれない。

けれど、それでも良かった。

それが良かった。

そんな郁也さんだからこそ、好きだ。

ちっぽけな私なんかを心から愛してくれる、世界でたった一人のかけがえのない人。

 どうか、私をずっと捕まえて、閉じ込めて、放さないでください。

貴方の愛で溺れ死ぬなら、本望なんです。

そう思ってしまう私も、きっとおかしくなってしまったんだろう。

 でも、不思議と後悔はなかった。

郁也さんの傍に居たい、郁也さんを愛したい、郁也さんと添い遂げたい。

きっと、とんでもない人に私は好かれて、愛されてしまったんだろうけど。

この出会いも、きっと運命の筈で。

最後まで、最期の時が来てもずっと、貴方だけの物であることを誓います。

 

「……大好きですよ。郁也さん」

 

 ぽつりと誰に聞いてもらうでもなく零せば、寝入っている筈の郁也さんが微かに笑ってくれた気がした。

私達はこれからもこうやって、二人で生きていくんだろう。

幸せだなあ、と私はそっと目を閉じたのだった。



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あとがき

★『最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました』あとがき

 

この度は『最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました』を読んでくださって本当にありがとうございます。

皆様の温かい応援のお陰で、無事完結に至ることができました。

元々私はヤンデレ×内気少女萌えを拗らせていまして、『報われるヤンデレの話を書きたい』という動機から執筆に至りました。

なので趣味をこれでもかと詰め込んだ結果がこれです。

何となくの何となくで書き始めた今作ですが、予想以上に優しいコメントを沢山いただいて凄く嬉しかったです。励みになりました。心からの感謝を贈らせてください。

ヤンキーデレでもあり、病みデレでもある郁也と、そんな彼の愛を受け入れた円香。

二人はこれからも、彼らなりに幸せに生きていくことでしょう。

 

最後なので、円香と郁也のプチプロフィールのような物を。

 

 

・高橋円香(たかはし まどか)

 

中学3年生。

145cm。

一人称は『私』。

容姿:黒髪ロング、タレ目、ブレザーの制服。肌は抜けるように白い。全体的に華奢。胸はぺったんこ。

 

今作の主人公にしてヒロイン。

極度の引っ込み思案でおどおどびくびくした暗い性格。

常に何かに怯えており、反応がいちいちおっかなびっくり。

しかし人一倍優しく寛容な心を持つ。

郁也を最初はひどく怖がっていたが、最終的に郁也と過ごす日々を大切に思うようになり、彼を愛するようにもなる。

学校での嫌がらせや自分の内気な性格への嫌悪感から未来に対して悲観的だったが、郁也と一緒にいることで初めて未来に希望を持った。

きっとこのまま普通に進学して、就職して、郁也とずっと一緒に生きていく。

 

 

・星原郁也(ほしはら いくや)

 

高校3年生。

177cm。

一人称は『俺』。

容姿:金髪、目つきが悪い、ちょっと学ランを着崩している。目つきが悪いので睨んでいるつもりはなくとも円香を怯えさせてしまうことが多いのが悩み。

 

今作のヒーロー。

ローテンションでダウナーな不良少年。

物の考え方が捻くれており、価値観が冷めているものぐさなめんどくさがり屋。

授業や学校行事への興味はゼロで、いつも無気力。

その為サボることが多い。

自分にとって面白いケンカが好きで、売られたケンカはすぐに買う。

かなりの怪力の持ち主で、どれだけ大勢に群がられようとも敵を瞬殺してしまう。

腐れ縁の杉浦真子以外からは恐れられている身だが、本人は全く気にしていない。

趣味は眠ることで、円香と出会ってからはしょっちゅう彼女の膝の上で寝ている。

基本的に何事にも無頓着だが、愛する円香にだけは狂気的に執着している。

近所のガソリンスタンド店員に気にかけられている。

多分卒業したらそこに就職させてもらって資格とか色々のんびり取る。

その隣には円香がずっと居る。

 

 

こんな感じでした。

二人の恋の物語、もし少しでも楽しんでいただけたのならば幸いです。

重ねて、ここまで時間を割いて今作を読んでくださって本当にありがとうございます!

 

 

小金井はらから



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