どうしてこうなった? アイシャIF (たいらんと)
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世界樹編 2000/9/10 ~ 9/11
第一章


 
 
 
 
 

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 私の目の前には、果てしなく広がる雲がある。とっても真っ白。なんだかおいしそうにふわふわしていて、ゆるりゆるりと足元を流れていく。

 日の光を照り返す雲の海を、眩しげに目を細めて眺め続ける。時おり吹く緩やかな風が私の黒髪を優しく撫で、まれに吹く強い風が、長い後ろ髪を背中でポンポンと跳ね遊んでいく。

 

「んー。まーだかなー♪」

 

 ちょっと早く来すぎてしまった。でも眺めは最高だから、待つのは全然苦にならない。

 地に足を下ろしていては有り得ないファンタジックな景色を堪能しながら、私は大切な親友が訪れるのを待ちわびた。

 

 

 

 

 

 遠くから見ても分かる、もの凄く高い木の根元には、それに比べると小さいと言ってもいい町がポツンポツンとあった。

 町の規模にしては見かける人の数が多い、あちらこちらから蒸気の立ち昇る町並みの中。髪をツンツン尖らせた黒髪の少年が、物珍しそうにきょろきょろしながら1人歩いていた。

 大通りに据えられたスピーカーからは、女性の声で事務的に同じ内容を繰り返し流している。

 

 

 

「──世界樹と名づけられたこの木は、世界でも類を見ないほど空高くまで伸びた、世界最大の木です──」

 

「──頂上は雲の上まで伸び、地上からの高さは1784mもありまして──」

 

「──人類は人工の建造物で、この木を越える事が未だ出来ておりません──」

 

「──この木を登ることは禁止されていませんが、登木料と誓約書へのサインが必要です──」

 

「──500m地点まではエレベーターか階段で行けますが、そこから先は命懸けです──」

 

「──年間延べ約3000人が挑戦しますが、94%は1000mまで達せず、途中で引き返します──」

 

「──残る4%は高額なレスキュー料を払って救助を呼び、残る1%は落下して命を落とします──」

 

「──つまり頂上まで無事に登り、且つ降りてこられる強者は──」

 

「──年間延べにして、わずか30名しかいないのです──」

 

 

 

 少年は階段を急ぎ足で駆け上がり、早々に500m地点まで登ってくる。

 こじんまりした建物の中には、見るからに先へ進む為の扉があった。その扉に貼られた紙には色々書いてある。要約すると『ここから先は危険、立入禁止。登木希望者は受付で許可をもらうこと』とあった。

 

「おじさん! オレ、登木希望なんだけど」

 

 受付に座る眠たそうな男性は、声をかけた少年の方に顔を向け、

 

「んん? 坊やが登木希望?

 だめだよこの先、18歳未満は」

 

 アレ? と首を傾げる少年。この先で待ってるはずの友達も、18歳未満なんだけど。

 

「何か特別な資格か免許がないと……ん?」

 

 次の句を聞いてすぐピンと来た少年は、ポケットからカードを引っ張り出して見せる。

 それを見た男性は、(なか)ば閉じていた目を見開き、驚いた。

 

「ええっ!? プロハンター!? その年で!?

 ……いや、こりゃ失礼。どうぞどうぞ」

 

 そう言った後、男性はすぐ何か思い出したように紙を差し出す。

 

「あ、一応この書類にサインしてくれ。大統領でも書いてもらうことになってる。

 いわゆる登るにあたって、死んでも構わないって例のアレさ」

 

 

 

 

 

 おそらく何処の世界にでもいるハンターという職業。端的に言えば、狩人の(かりゅうど )ことを差す。原始的な生業(なりわい)ゆえに、むしろ無い方が珍しい。

 

 何かを狩って生活する。誰にでも出来そうだが、当然逆に狩られることもある。野蛮で危険な職業──本来であれば周囲の者から良い目で見られることは少ないだろう。

 

 しかしこの世界の『ハンター』は、そういった一般的な意味合いから一歩進んでいる。むしろ憧れの職業とすら言えた。

 

 何を目標とするか。目標に対し、いかなる目的を持つか。それすらも極めて多彩だ。

 

 何を探すのか。何を調べるのか。何を追うのか。何を狩らんとするのか──

 

 それらを為さんとする人々をひっくるめて、この世界では『ハンター』と呼ぶ。自らが名乗るだけでいい。そうすれば自称ハンターになれる。

 

 ただし『プロハンター』だけは別格。極々(ごくごく)限られた者にしかプロの資格は与えられない。プロの称号を求める者の多さに対して、それを得た者の数はあまりに少ない。

 

 この世界はアマチュア・プロフェッショナル含め、多くの人間が『ハンター』を生業としていた。

 そしてこの少年が持つハンターライセンスは、数多(あまた )いるハンターの中でもほんの一握りしか所有できない、まさに選ばれし者の証だった。

 

 

 

 

 

 500m地点までは転落防止の柵の内側を、階段で登ってきた。高い柵が邪魔して、あまり景色はよくなかった。

 

 立ち入り禁止の扉の向こうも、外へ繋がっていた。ただ目の前には転落防止の柵なんてない。階段もエレベーターもない。

 申し訳ない程度に差し渡された床板の向こうは、ただの空。500m上空からは、なかなかいい景色が見下ろせる。とは言え、あいにくの曇り空。薄暗くやや残念な感じでもあった。

 

 左手には木の幹。世界樹の幹がただまっすぐ空へと向かって伸びている。

 どれだけの人が登木に挑んだのか、樹皮は煤け、あちこち裂き傷だらけになっていた。

 

 ごうごうと音を立て、吹き抜ける風。幹に沿って吹く風が、少年の尖った髪をあちこち引っ張る。

 

 景色を見下ろす少年に、受付の男性が扉から出てきて声をかけた。

 

「アドバイスしとくぜ。

 先客の残したクサビや足場をアテにするなよ」

 

 少年は振り向きながら、不思議そうな顔をする。

 

「登れる奴は大概丸腰だ。

 今、頂上にいるヤツもそうだった」

 

 それを聞いて、やけに嬉しそうな顔をする少年。

 

「わかった。ありがとう!!」

 

 その少年の首には、何やら紐で括りつけたスイッチのようなものがぶら下がっていた。

 

「ま、ヤバイと思ったらすぐそれ押しな。

 ウチのレスキュー班は優秀だ。10分位しがみついてりゃ──」

 

 男性が言い終える前に、突然少年の姿が消えた。

 

「だっ!?」

 

 落ちたと思い、慌てて見下ろそうと駆け出す男性。

 

「おい!?」

 

「ハーイ」

 

 頭上から聞こえた遠い声に、見上げる男性。

 

「!?」

 

 すぐには分からなかった。ずいぶん姿の小さくなった少年が、木の幹を登ってる様子が何とか見える。

 

 ──もう、あんなトコまで!!

 

 驚く男性が見上げる中、見る見るうちに少年の姿は遠ざかっていった。

 

「……最近の子供はスゲーなぁ」

 

 

 

 険しいなどという言葉が生易しい、垂直に伸びる樹皮を僅かな手掛かりとともにひょいひょいと登り上がっていく少年。

 

 見下ろすと、曇りであることが本当に惜しまれる絶景。

 

 見上げると、まだまだ先の見えない世界樹の幹が伸びている。

 

 風が枝葉を揺らす中、少年は樹の声でも聞いているかのように、留まることなくクライミングしていく。

 

「──……」

 

 少年の耳に何か聞こえた。動きを止めて少し待つが、何も続けては聞こえてこない。

 

 木登りを再開し、しばらく進んだところで、今度は確実に声が聞こえた。

 

「助け……て……」

 

 声のした辺りを見上げると、幹から伸びる大きな葉っぱ。葉の裏から人影らしきものが透けて見える。

 急いでそちらへ登り詰めると、葉の上には若い男性が横たわっていた。怪我をしているようだ。

 

「大丈夫っ!?

 ……どうしたの? レスキューは呼んだ?」

「ぁ……す、スイッチ……

 落とし……」

 

 どうやら登木(なか)ばで転落し、葉に引っかかったまでは良かったが、負傷で降りることができなくなり、スイッチもなくした為に助けを呼べなかったようだ。

 

 少年は迷わず自分のボタンスイッチを押し込む。カチっと音。

 

 葉の上に乗ると重みに耐えかねて男性が滑り落ちかねないので、やむなくそばの樹皮にしがみついたまま、助けが来るのを一緒に待つ。

 

「すまなぃ……助かっ……」

「無理して喋らなくていいよ。

 もう少ししたら助けが来るからがんばって」

 

 本当は先に進みたかったが、実際に助けが来るかどうか分からない。もしレスキューが来なかった場合、一緒に降りることも考えなければいけないので、少年はここで待つしかなかった。

 

 

 

 10分ほど待つと、プロペラを回した乗り物が下から飛んできた。

 少年は軽く降りて、下から葉を指差す。すぐに意図を察したレスキューが、そろそろと樹皮から遠ざかりながら、慎重に大きな葉へと近づいていく。

 

 

 

 迅速な手際で男性が救助されるのを見届けた後、急ピッチで登り始める。約束の時刻はとうに過ぎている──急がないと。

 

 視界が急激に白く霞がかる。どうやら雲の中へ入ったようだ。

 ぬるぬるとして、今にも滑り落ちそうだ。触れた指から伝わってくる木の手応えだけを頼りに、力強く登り続ける。

 

 視界が晴れてきた。ペースを上げるといよいよ木の幹が細くなり、澄んだ青空の向こうから頂上が近づいてきた。

 

 もう少し……

 

 ──? てっぺんが変だぞ。

 

 少年が訝しむ。なぜか木の先端が、お椀状になっている。

 

 近くまで来ると、やけにデコボコしていた。枝や葉を集めた何かの巣のようで、かなり頑強な造りだ。慎重に巣の外側を登っていき……

 

 フチに両手をかけ、視線を巣上に出す。

 

「?」

 

 なにやら、大きく白くて丸いものがいくつも転がっている。タマゴ?

 

 5つほど転がる巨大タマゴの向こうに、すらりと伸びる足が見えた。

 

 そこには動きやすそうな衣服──運動着のポケットに両手を突っ込み、長い黒髪を風になびかせる少女の姿。

 

 満面の笑みを浮かべ、彼女は少年の名を呼んだ。

 

「待っていましたよ、ゴン」

 

「アイシャ……!」

 

 

 

 それなりに足の置き場がある巣のフチに立ったまま、少年と少女は気持ち距離を開けて話をする。

 

「500m地点からここまで何分かかりましたか?」

「えと、……20分くらいかな」

「ふむ。あなたにしては時間がかかりましたね」

 

 う、と声を詰まらせるゴン。

 

 早速の先制攻撃に顔を曇らせる少年へ、苦笑してみせる少女。

 

「……いいんですよ、ゴン。そういう時は言い訳しても」

 

 更に困った顔をする少年に、ふふっと笑うアイシャ。

 

「あなたなら初めてでも、5分かそこらで来れたでしょう。曇っていたから大して景色もよくありませんでしたし。

 多分そのつもりだったから、約束の時間に遅れたんでしょう?」

 

 ゴンは少女の笑顔に、小さく苦笑して返す。

 

「……アイシャ、全部分かってて言ってるんだよね?」

「そうですよ?

 ゴンが途中で怪我して動けない人のそばで、レスキューが来るまで待っててあげたから遅れたんですよね。

 ……私もここから気づいたんですけど、ゴンが近くまで登ってきてたんで任せちゃおうかなって。ご苦労様でした」

「ずるいなぁ、もう」

 

 言いながら笑顔を見せるゴンに、楽しげな顔のままアイシャはポケットから両手を抜き、辺りへ広げる。

 

「どうです、この雲の海。いい景色だと思いません?」

「うん……! そうだね」

 

 

 

 世界樹の頂上は、雲海に囲まれたまさに絶景を見せていた。飛行船にでも乗らなければ、普通こんな景色は眺められないだろう。まして肉眼で見ることなど山にでも登らなければ有り得ない。

 

 なんとはなしに、並んだタマゴの群れを見る2人。いずれも感じられるオーラは、やや強い。脈動は早く、2~3日のうちに孵るのではないかと思えた。

 

 アイシャがポケットから取り出したクリームパンをゴンも1つ分けてもらい、2人ともあぐらをかいてもぐもぐと口にする。

 

「アイシャはさ」

「ん?」

 

 ゴンの問いかけに、パンから顔を上げる少女。

 

「どうしてオレをここに呼んだの?」

「んー?

 まあ、この景色を見せたかったから、ですけど……」

 

 疑わしげな視線のゴンに、アイシャはチロっと舌を出し、口の回りのクリームをなめる。

 

「うっそぴょーん。

 実は私も、さっき初めて登りましたー」

 

 額に手を当て、「やー。絶景かなー絶景かなー」と周囲を見回す少女。

 はぐらかされてブスっとするゴンに、アイシャは残ったパンを全部ほうばり、咀嚼。

 

「ん、ぐ。

 じょーだん、冗談。ごめんなさい。

 ……ホントはね。大事な話をする為に、ゴンだけに来てもらったんです」

 

 少年は真面目な顔をする。どことなく気楽そうにしている少女は、

 

「覚えてる?

 前に話した、私の正体のこと」

 

 複雑な表情を見せつつもゴンは、

 

「うん……

 アイシャは、前世ではリュウショウ=カザマで、その記憶を持ったまま生まれてきたんだよね」

「そうです。

 私は、前世の記憶と強さを持ったまま、この世界に再び生まれ落ちました。

 ……母さんの命を犠牲にして」

 

 遠くを見つめる少女。横顔を見ていた少年も、釣られて同じ方へと視線を向ける。

 

「わざわざその話をする為に、ここへ呼んだの?

 まだ何か話してなかったとか?」

「ええ……

 もちろんあの時に話したことは、全て本当のことです。

 ……ただ私も、あなた達に真実を伝えるのが怖くて、簡潔にしか話せませんでした。

 だから、一度キチンとお話ししておこうと思いまして」

 

 アイシャは、ゴン達に自分の正体を語った後、自分の父と母にも事実を伝えた。時間をかけて、より詳しく。本当は墓まで持っていくつもりだった、くだらないことまで話してしまった。

 

 無論、そのくだらないことを伝える気は、全く一切金輪際ない。ただ、もう少し詳しくゴン達にも話しておけばよかったと、ふつふつ後悔が湧いてきた。

 

 でも、みんなの前でその話をする勇気もない。だから、ぜったい周りに誰もおらず盗み聞きされないココへ、一番話しやすそうなゴンにだけ来てもらったのだ。後のみんなにも必ず話す。……話すけど、それは時期を見てだ。世界樹を選んだのは、単に観光を兼ねてだが。

 

 この少年は、自分に対して一番理解を示してくれる。その直感が、彼女の唇を開かせた。

 

「今から話すのは、前世のリュウショウ=カザマについてです」

「……アイシャ。

 記憶があるって言ってたけど、それって完璧に全部覚えてるってこと?」

 

 ゴンの質問に、少し困った顔を返すアイシャ。

 

「ちょっと違いますね。前世の私は、130年もの歳月を過ごしました。

 そのほとんどを修行に費やした、長い長い月日。前世の時点でも、日々の瑣末なことはもちろん、少年時代のことなんてほとんど断片的にしか思い出せませんでした。

 それは今も同じ。覚えてるといっても、まぁ大体はといった感じです」

 

 今は、新しいことをたくさん覚えなくてはいけなくて大変だ。前世の記憶のうちでも、大事なことだけは忘れないよう、何度も反復で思い返さなければいけない。おもに武術についてだが。

 

「アイシャ……」

 

 心配そうな目を向ける少年に、目を閉じて首を振る少女。

 

「もちろん分かっています。

 昔は昔、今は今。……私はあの言葉にどれだけ救われたか。

 でも、です。

 今の私は、長い月日を経たリュウショウ=カザマがあってこそ、なんです。

 でなければ私は、今とは全く違う新たな人生を歩んでいたことでしょう」

 

 そう。みんなは言ってくれる。

 前世は前世。アイシャはアイシャ。

 いまを、生きればいいんだと。

 もちろんそれはその通りだと思うし、そうするつもりでいる。

 

 ──でも。

 

「でも……私は確かに、リュウショウ=カザマとして生きた記憶、そして力をもって再び生を受けました。その事実が消えることはありませんし、消すつもりもありません。

 仮に念能力で前世の記憶を消せると言われても、私はNOと答えるでしょう」

 

 そう。この忌まわしい、今も絶え間なく身を包む禍々しいオーラを消せると言われても、だ。

 

 やや強い瞳を、白雲の広がりへと向ける少女。

 

 アイシャの場合、特に問題だったのは前世と今世の性別が異なっていた点だ。

 男性の記憶を持ったまま女性として生を受け、女性として育てられた為、性別の意識がちぐはぐになってしまったのだ。明らかに女性らしい肉体を持った状態で。

 

 

 

 

 

 ────性同一性障害という言葉がある。

 

 簡単に説明すると、『肉体の性』と『意識の性』が逆転したままいつまでも一致せず、違和感を持ち続ける現象だ。一貫して、『意識の性』に『肉体の性』を近づけようと行動する状態である。

 

 ただアイシャの場合、それとも事情が異なる。

 

 完全に男性として生きた記憶を持ったまま、女性として生を受け、女性として扱われてしまったのだ。一つの人格の中に、男に戻ろうとする自分と、女でなければとする自分の、両方が存在してしまっている。それは身体機能にまで影響を及ぼすほどだった。

 

 でも少女は、その状態を是正しようとはもう考えていない。

 

 ありのままを生きよう。昔は昔、今は今。別にどちらかを切り捨てる必要なんてない、と思うようになった。

 

 記憶は薄れていく。放っておけば、アイシャの意識は女性へと変わっていくだろう。

 

 ……まぁ散々悩まされはしたものの、性別うんぬんはさておき、前世がリュウショウ=カザマであった事実だけは認識しておこうと思っていた。

 

 

 

 

 

「なので、私の友達だけでも、キチンと前世の私のことを知っておいてもらおうと思って。

 ……いちおう誤解のないよう伝えておくと、やむをえない事情で私の前世を詳しく知る人達は他にも何人かいます。まぁ大体お気づきでしょうけど。

 前世から風間流でともに修行を積んだリィーナ。

 生涯唯一の好敵手だった、心源流拳法師範ネテロ。

 ネテロとともに心源流の師範として、流派を越えた付き合いをしたビスケ。

 後は、私の父さんと母さんですね」

 

「……なんかそうやって聞くと、ホントにアイシャって雲の上の人なんだなって思う」

 

 ゴンが白い雲の流れに目を向けながら、寂しそうな顔をする。少女はくすりとしてみせ、

 

「気にしないでください。所詮は前世の話です。

 私は私。ただのアイシャですよ?」

「そうだけど……

 アイシャはアイシャでスゴイじゃんか」

「ふふ。

 そう言ってもらえるとくすぐったいんですけど、友達同士で遠慮は無用です」

「分かってる」

 

 うなずく少年に、アイシャも首肯を返す。

 

「では、お話ししようと思います。

 少し長くなってしまいますけど、構いませんか?」

「うん。オレも聞きたい」

 

 そう言ってくれると、本当に心が安らぐ。

 聞き終えた少年がどういう反応をしてくれるか想像をふくらませながら、少女は修行に明け暮れた生涯について語り始めた。

 

 

 

 

 

 実は、自分が異世界からこの世界へ飛ばされてきた、という事実は誰にも話す気はない。たとえ掛け替えのない父母であっても。

 

 信じてもらえないだろう。元の世界で『漫画』として知り得たこの世界の未来、そして数多の知識。それが異世界から流されてきた結果、得たものだ──などと。

 

 自分にとってこの世界は現実に他ならない。息づき、喜び、泣き、笑い、悲しみ、戦い……

 

 長きに亘る艱難辛苦の末、今は心の底から、自分は幸せになれたと言える。それを自ら否定することはできない。

 

 もしこの世界は『漫画』だったなどと口にすれば、それは自分をも含めたこの世界全てへの侮辱だと思えた。

 

 結局、実際にはどうかなんて分からないのだ。今さら元の世界に戻ろうとも思わない。他に自分のような転生者や漂流者がいて出会えたならまた話は違ってきたかもしれないが、ついぞ発見することはなかった。

 

 いずれにしろ、前世について語るとすれば、念能力に目覚めた辺りからとなる。

 

 

 

 

 

「──ある時、私は念能力を得る為に瞑想を始めました。

 瞑想を毎日欠かさず続け、約6年を経て念能力に目覚めました」

 

「えぇっ!? 6年!?」

 

 ゴンが驚くのも当然だろう。記憶違いでなければ、ゴンやキルア、クラピカやレオリオさんは遥かに短期間で目覚めるか、それに匹敵する才能を持っている。

 

 瞑想をして一週間。

 

 天才甚だしい、嫉妬するしかないほどの短期間で念能力に目覚めた。クラピカも、私が念能力に目覚める為、多くの時間を費やしたことに驚いていた。

 

「……どうかしましたか?」

 

 あえてそう返してみる。風が強く吹き、黒髪が派手に揺さぶれる。

 

 風が吹きぬけた後、

 

「だって……

 アイシャでしょ?

 ……前世のリュウショウ=カザマって……」

 

 ふぅ。と息を吐き、

 

「私がものすごい才能の持ち主だと思っていましたか?

 ……逆です。

 私はあなた達のように、優れた念の才も、肉体も、持ち合わせてはいなかったんです」

「じゃあ……」

「修行です。手間取ったのは瞑想だけではありません。

 ありとあらゆる戦いの分野において、私は修行を人よりも多く積み重ねて、不足を補うしかなかったのです。

 ……世間で言われてるような、才覚に満ち溢れた武神などでは決して無い。

 ただの、一般人だったんですよ……」

 

 無理やり努力を続ける為に、念能力で自分を強制操作したことは語るまい。強引に修行大好き人間に染まった結果、その人生の末期に大変な後悔をするハメになった。このうえない茶番だ……

 

 ゴンの方を見やると、少年はぞくぞくと身体を震わせた。

 

「すっげぇ……」

 

 んなこと言われても、ちっとも嬉しくない。割に合わないどころじゃない、生涯を棒に振るような大ドンデン返しが最後に待っていたのだ。もし転生できていなかったら、さぞ凶悪な死者の念を遺したことだろう。

 

 ……ん?

 

 なんかいま、ひっかかったような……

 

 もどかしいけれど、いまひとつ出てくる気がしない。あまり待たせてもいけないので、考えるのをやめて話を続ける。

 

「……今も話した通り、私はとても長い時間をかけて、力を……武を培ってきました。

 幸運なことに、非力な我が身でも学ぶことができる風間流と出会い、今も尊敬する師に戦う術を、何よりも大切な風間流の基礎を、語りつくせないほどに多くを学びました」

 

 目を閉じれば、今でも生涯の師、風間流合気柔術開祖リュウゼン=カザマの御姿が瞼の裏に浮かびあがる。

 

 そう……全てはあの出会いあらばこそ。私はリュウショウであった過去を切り捨てようとは、決して思わないのだ。

 

 風間流を捨てることなど、ありえはしない。

 

「オレもアイシャに教えてもらったこと、アイシャのこと、絶対忘れないよ」

 

「……」

 

 ゴンは私が何を考えていたか、すぐ分かってくれた。よかった……彼に伝えて、本当によかった。

 言葉を返せば、きっと泣いてしまう。

 潤みかけた目をぎゅっとつぶって誤魔化し、話を続ける。

 

「……敬愛する師が亡くなった後。

 私は風間流道場を出て、恩義ある師の教えをより世界へ広めんとする旅に出ました。

 道場建立の為の金策に奔走し、そんな折りにリィーナと出会いました。

 私は彼女の協力も得て、新たな風間流道場を建て、風間流の発展に尽力しました。……もちろん修行を欠かすことも一切ありません。

 そんな時です。私の道場にネテロが現れたのは」

 

 目をぱちくりさせるゴン。突然降って湧いたネテロの名前に、きょとんとしている。

 

 ホント降って湧いたに等しいからな。いきなり現れて、危うく殺されるところだったぞ。

 あー思い出したらムカムカしてきた。道場破りの時もボール遊びの時も、いきなり百式観音ぶちかまされたんだった。あのジジイ、まじで殺すぞ……

 

「あのジ……ネテロは、あちこちを道場破りと称して力試ししていたそうです。

 初めて相まみえた時には、お互い老齢の域。そこで私達は……

 まぁ互角の戦いを繰り広げました」

「へぇー」

 

 ……そう言っておこう。今ではリュウショウとネテロは双璧であったとも語られている。最後に勝ち逃げしたのと、心源流と肩を並べるほど風間流が大きくなったことで、印象をガラリと変えたらしい。実際は、勝率でも戦いの内容でもネテロが上だったと言わざるを得ないけど、昔の話だ。ちくしょう……

 

「それから私はネテロを好敵手と定め、幾度となく拳を交えました。

 リィーナも、ネテロが連れ立ってきたビスケと腕を競うようになり、私達は長らく切磋琢磨を続けました。

 修行以外を無用と切り捨て、ひたすら、ただひたすら修行に打ち込む日々。

 それでも……

 武を極めんとする道(なか)ばで、私は自らの命が尽きてしまうことを悟りました」

 

 真剣な表情で私の話に耳を傾けるゴン。うぅ、心がいたひ。真実全てじゃないんだよぅ……

 

 ありのままを話すことは、前世における最大の恥辱でしかないので、多少どころか結構脚色して話すしかない。許してね、ゴン……

 

 私が話を続ける前に、

 

「それでアイシャは……ううん。

 リュウショウは、転生をしようと思ったの?」

「ええ、そうですね……

 生涯の目的を果たせずに人生が終わる、その無念に私は耐えられなかったのです」

 

 うん。これは嘘を言ってない。うん。生涯の目的がもう色々アレですけども!

 

「すごいね、アイ……リュウショウは。

 子供とか家族もいなかったんでしょ?」

「……ええ、そうですね。

 余力あらば、全て修行へと費やしましたから」

 

 表情を変えずにしれっと答えはしたけど、背中にヒヤーっと汗が。。

 ゴンすっごい、無自覚にサラっと核心かすめてったよ。こ、わっ! なんて恐ろしい子……!

 ともすれば顔にも噴き出しそうな汗を必死で自制しつつ、私は話を締めにかかる。

 

「そして前世の記憶を残しての転生に成功した私は、前世で培ったオーラを上回る強大な力を持ったまま、母さんの身体に宿りました。

 その結果……

 母さんは私のオーラを大量に浴びてしまい、無理やり念能力に目覚めてしまいました。

 そのオーラを抑えることも敵わず……

 母さんは衰弱して、亡くなりました。

 その亡くなった母さんのお腹から、赤ん坊の私は無事に摘出されたのです」

 

 少年の表情は、やや沈んだように固まっている。

 

 そうか……

 この子は、母親が分からないんだった。

 くじら島のミトさんは育ての親。父親のジンが、どこかから連れてきたのがゴンだった……

 

 この後は、もう前世のことではない。この辺り、これ以降はゴンも知っていることだ。父さんに捨てられた私がどんなふうに今まで生きてきたか、改めて話す気にもなれない。

 

 

 

 しばらくの間、私達の身体は強風に晒される。ただ、上から雲を見下ろす。

 

 やがて穏やかな風へと変わり。

 

 長く沈黙を続けた私は、話を終える。

 

「私の前世についての話は、これで全てです。

 ゴン……ごめんなさい。

 ありがとう。最後まで聞いてくれて」

 

 悲しげな目を私に向けるゴン。

 

「アイシャ、なんで謝るの?」

 

 思わず顔を背けたくなる。……ごめんね、そんな悲しい顔をさせて。

 

 きっと、私も悲しい顔してるんだろうな。……今は鏡を見たくないよ。

 

「そうね……なんでだろ。

 ……なんて、誤魔化しちゃダメだよね。

 ゴン。……あなたに、嫌なことを思い出させてしまってごめんなさい。

 でも、改めて言わせて?

 私の前世、リュウショウ=カザマの話、最後まで聞いてくれてありがとう」

 

 ゴンは顔をくしゃりとさせる。

 袖で目をごしごしさせながら、「うぅー……」と唸り始める。

 

 ごめんね……ゴン。

 

 あなたは、アイシャのままでいいって言ってくれたのに。

 あまりに重くて仕方がない、過去の私を教えてしまって。

 

 ゴン……ありがとう。

 

 私は、あなたに拒絶されたとしても、ずっと親友だと思ってるよ……

 

 

 

 再び強い風が吹き、私と親友から離れた雫が、雲の海へと散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 第一章の開幕に当たり、皆様が疑問に思われるだろう点について、何点か補足説明を。



・今作第一章は「どうしてこうなった?」(※以後、無印と呼称)後日談その8の続きから、つまり13代会長総選挙終了後からとなります



・表題である「どうしてこうなった? アイシャIF」の「IF」が何を意味するかは、ひとまずノーコメントで



・ゴンとジンは、無印作中において会長総選挙時に出会わなかった為、世界樹でも会っていません



・今作第一章でゴンとアイシャが世界樹に登った日時と、原作中でゴンとジンが世界樹に登った時期には微妙なズレがあります
 巨大キメラアントは原作に比べ無印の方が遙かに早く掃討されましたが、ネテロ存命の影響で会長総選挙の時期が原作と同時期までズレこんだ為、世界樹に登った時期も微妙なズレ程度で済んでいます



・原作で樹上にヒナがいた場所に、今作で卵があるのは時期が微妙にズレた結果です
 今作第一章は、原作の世界樹より後の時期となります(前のヒナ達が巣立ち、次の卵がある)



・原作の世界樹で両腕骨折した人と、今作でスイッチを落としてしまった人は別人です



・ネテロ存命の影響で、ビヨンドはまだ動けず、カキン王位継承戦も始まっていません。よって暗黒大陸の存在も、いまだ人間世界に流布していません(無印→今作において)
 余談ですが、暗黒大陸について世間一般に広く知らしめる行為は、この世界の国際法に触れるものと思われます






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第二章

 
 
 
 
 

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 心地よい風に吹かれながら、少年と少女は並び座ったまま、視線を遠くへと向けている。

 

 ──このタマゴって、親がいるはずだけど全然見当たらないな。どこ行ってるんだろ?

 

 アイシャは背後のタマゴに目を向けた後、きょろきょろと見回してみる。周囲には鳥の気配も一切ない。

 

「そういえばアイシャ、もう身体は問題ないの?」

 

「え?

 ……まあ、特に問題はないですね」

 

 ゴンにそう尋ねられ、不思議な顔で返す少女。アイシャが前世のことを語り終えた後、ゴンは泣くだけで何も言わなかった。泣き終えた後も、黙って雲海を眺めている。

 

 ──何か言うかなと思ったけど、まぁいっか。私も話してすっきりしたし。

 

 前世の話はアレでお(しま)いだ。それより、なんで今さら身体の心配なんか……?

 キメラアントの王と戦い、瀕死の重体にまで陥ったとはいえ、あれからもう4ヵ月だ。とっくに全快している。それは一緒に修行するゴンも分かってたはずなんだけどな。

 

「うん、じゃあいいや」

 

 ゴンはそう言って、一方的に話を打ち切った。ホントになんなんだ。

 

「ん?」

 

 ゴンは立ち上がり、私のそばまで来て、また座り込んだ。足を前へ投げ出す。

 自然な動きで、長い髪を器用に避けながら私の背に手を当てた。おおぅ、綺麗な動作。思わず見とれて動けなかったよ。

 

 ゴンを見る。まっすぐに見返してくるゴン。うわ、近い近い。なになに?

 

「……リュウショウだった前世もアイシャにとっては大事なんだって、オレよく分かった。

 昔は昔、今は今なんて言っちゃったけど……ごめん。

 オレは、前世も受け入れた、今のアイシャでいいと思うよ」

 

 ニカっと笑いかけてくる。

 

 あぁ……

 

 私は、何を悩んでいたんだろう。

 みんなは、今の『アイシャ』だけしか受け入れてくれないんじゃないかと、不安で仕方なかった。結局私は、リュウショウを捨てられない。リュウショウであった時代に高めた武人としての精神は、戦いにおいて重要な要素。普通の女の子の精神では、戦闘へ充分に意識を向けられない。高度な念における戦いで、心の揺らぎは赦されない。

 

 ネテロと戦った時。巨大キメラアントと殺し合った時。私の心は、確かにリュウショウでもあった。

 

 そうやって戦っている私を見れば。やっぱり、きっとどこかで、みんなはリュウショウだった過去の私をイメージとして重ねてしまう──そう思っていた。

 

 男であったリュウショウと、女になったアイシャ。いびつな存在なんだと。

 

 それは……

 私がそう思い、そう振る舞っていたからでもあった。バレないように、見透かされないように。奇妙な存在であると自らに暗示をかけていた。

 

 私は──……まず、今の自分を認めなくちゃいけなかったんだ。

 

 今の私を、みんなに認めてもらう努力をするべきだった。

 ゴンが背中に当てる手の温もりを心地よく感じながら、私は答えを返す。

 

「ありがとう、ゴン……

 私の全てを受け入れてくれて。

 ……私は昔、リュウショウとして生きました。

 私は今、アイシャとして生きています。

 どちらも私です。私は、わたしとして生きていきます」

 

 背に当たる手が、ぎゅっと力を強めて私の身体を少し寄せる。

 

「つらかったんだね、アイシャ……

 ずっと悩んでたんでしょ?」

「……ええ、そうですね。

 大切な母さんに、女の子らしくと躾けられ。……それでも私は、男であった過去を捨てられませんでした。……そりゃそうですよね。男として生きた時間の方がずっと長かったわけですし。

 みんな私を女性として扱います。もちろんそれは、間違ってはいないんですけども……

 ずっと、男性であった心が、音を立てて軋んでいました」

 

 ──ああ、男として再び生を受けてさえいれば。

 もしくは、前世から女として生まれていれば! ……こんな思いをせずに済んだのに。

 

「……ねぇアイシャ。

 ほんとに、だいじょうぶ?」

 

 気遣わしげに聞いてくるゴンに、首を傾げる。まだ迷いがあると思われてるんだろうか。

 

「大丈夫ですよ。もう踏ん切りはつきましたから。

 私は──」

 

「あ、ゴメン。そうじゃないんだ。

 

 ……あの日、だいじょうぶ?」

 

 

 

 ぶほぉッ!?

 

 

 

 即座に意味を理解し、思わず吹き出して咳き込む。い、いや、え? あ、え? ゴン、この空気でなんてこと言い出すの?

 咳き込む私に、慌ててゴンは背中をさすってくれる。

 

「ご、ごめんアイシャ。いきなり変なこと聞いて」

「ごっほっ!

 ごほっ、ほん……とですょ。なんで、ぎゅぅにそんなごと……」

 

 まだ軽く咳き込みながら、涙目の掠れ声で返す。

 

「ホントはこういうこと、女の人に言っちゃダメだって言われてたんだけど……

 アイシャはレオリオの電話越しにオレの声、聞こえてたんでしょ?

 だったら別に聞いていいかなって」

 

 ああ、うん。そうでした……

 女性にそういうこと言うなとかなんとか、怒られてましたね……

 

 私が初めてあの日になった朝。急に具合が悪くなって、あんなところから出血し、何が起こったのか分からず気が動転した私は、レオリオさんに電話をかけた。

 きっと彼なら、私の変調を何とかしてくれる。そう信じて……

 

 

 

 その結果、わたしは男性の友人達にその日初めてを迎えたことを知られました、はい!

 

 

 

 ────ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! そうだった、思い出したぁぁぁぁ!!

 

 後で母さんに詳しく話を聞いて(父さんの耳を塞ぎながら)、どんだけ恥ずかしいことを知られたか思い知りましたぁぁぁ……!

 その日食べたお赤飯は、とってもしょっぱかったのさ、ぢぎしょぅ……

 

 背中を丸めて両手で顔を覆うしかない私に、流石にゴンも触れてこない。

 

 ぐ、く……

 

 ぎぎぎ、と首を向け。

 両手の隙間から、困ったゴンの表情を覗きつつ、声を絞り出す。

 

「……で……で、ゴン?

 どうして、そんなことを……?」

 

 ぶるぶる震えすらしている私の様子に、少年はやや慄き(おのの )つつも、

 

「えっと、その、えっと……

 ……女の人があの日だと、オレ分かるんだけど……

 アイシャからいい匂いしかしないから、あ、違うのかなって」

 

 

 

 ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!

 

 

 

 こんなときにいいニオイとかいうなやゴルァァァァァッッ!!

 

 

 

 ぐぅぅぅ……。

 そう、か。そういうことかっ……!

 ゴンは、私があの日を迎えたタイミングを知ってるから、あの日が来るのが大体今ごろだって分かったんだ……!

 あの日の周期まで知られて心配されるとか、どんな生き恥だぁぁぁ……うぅぅぅ……

 完全に身体を折り曲げて、がくがく痙攣する私に、ゴンがまだ何か言ってくる。

 

「あはは……

 そういえばアイシャって、使ってる石鹸とシャンプー変えた?

 結構いいニオイするよねって、オレたち話してたんだけど」

 

 ゴン……

 

 いま……いま、それを言うな……。そうですよ、最近母さんオススメのに変えたよこのヤロウ……

 

 ……そうか。この子の素直さは、こういう時は凶器にしかならないのか。恐ろしい物の片鱗を味わったぜ、おっふぅ……

 

「ほら、そういうのって普通はもっと早い歳からって言うしさ。

 アイシャは今14歳だっけ? 結構遅いから、ほんとに大丈夫なのかなって」

 

 

 

 ────ヵチカチカチカチカチカチッ!

 

 

 

 あまりの羞恥プレイに、震えて歯の根が噛み合わない。余すところなく責め立てて来る……! どんだけ追い討ちかけんの!? ゴン、いっそ殺せぇ。これ以上、死体同然の私を蹴らないで……

 

 きっといたいけだったゴンに、こういう知識を吹き込んだヤツ絶対にゆるさん。子供になんてこと教えるんだ!

 

 …………あれ? でも、そういえば。

 

 アレから3ヵ月は経つけど……

 

 再び両手の隙間から、ゴンの方を見る。心配そうに見てくれているゴン。

 

 聞く……べきなんだろうか。

 どうせなら聞いておいた方がいい気もする。なんか新たな過ちを犯しそうな予感もするけど……

 少なくとも、口止めだけはしておかないとマズイな。

 

「……ゴン。

 ここで話したことは、絶対に、他言無用に願います。約束してください」

「う、うん。大丈夫、約束する」

 

 ちょっとビビってるゴンの返答を聞き、ようやく落ち着いてきたので、顔から手を離し、上半身をただす。子供相手になんて醜態だ……

 

「知ってる範囲でいいので、教えてください。

 ……。

 そういうのって……大体一ヵ月周期、ですか?」

 

 ゴンは腕を組んで、んん? と首を捻る。

 

「えっと……

 オレも聞いただけだから、ちょっと自信ないけど……」

 

 そりゃ聞いただけだろうさ。ゴンにそういうこと吹き込んだヤツが、どんだけくわしく話しやがったかってことさ。

 

「個人差はあるけど、大体それくらいだって。

 体調不良とかでズレることもあるらしいけど」

 

 うんうん。私が元いた世界とその辺は変わんないのか。(私が父さんの耳を塞ぎながら)母さんから聞いた話とも一致してる。

 

「ほら、月のものって言うらしいし」

 

 月のもの言うなし。

 

 私が額をかいて次の句に悩んでいると、ゴンは気づいた様子で、

 

「──アイシャ、もしかして」

 

 ……。

 

 母さんに、周期を早めに知っておいた方がいいから、アレが来た日をメモしておくようにと手帳を渡された。大体の周期が分かれば、ズレた時すぐ気づけるからって。父さんの耳を塞ぎながら。……父さん、めっちゃ嫌そうにしてたな。

 

 その手帳に書かれてるのは……最初の日付だけ。

 

「来て──」

 

 そこまで口にして、喉が詰まる。

 また顔が赤くなっていくのを自覚しながら、何とか声を出す。

 

「……ません。まだ、最初の一回だけです」

 

「アイシャ、初潮から次が来てないの?」

 

 

 

 ────ぎゃあああぁぁッッ!! ショチョーって言いやがったなぁチッキショオォォォッ!!

 

 

 

 直接的な表現を一生懸命避けてたのにぃ……ぅぅぅ。

 

「……アイシャ。もしかしたら何かあるかもしれないし、病院で診てもらった方がいいんじゃない?」

「い・や・です」

 

 全く躊躇なく心の声が出た。

 

「アイシャ……」

 

 これ以上の生き恥を晒せと? いや、そりゃ、ゴンの言うことが正しいんだろうけどさ……

 友達に知られるだけでもこんな嫌なのに、知らない人にとか……!

 

 ……レオリオさんになら、いいか?

 そういえば、患部に【掌仙術/ホイミ】をかけるとか言ってたっけ。ああいうのって、ホイミで回復するものなの? ……ていうか、私ホイミ効かなくない?

 

 んん? 【掌仙術/ホイミ】って確か……

 

・対象に触れていない場合回復効果は著しく減少する。

・患部に直接触れないと回復効果は減少する。

 

 ──この場合の患部って──

 

 あの時、私がレオリオさんに口走った内容を思い出す。

 

 ……

 

 ぐひあああああぁぁぁぁッッ!!

 

 もうやだぁぁぁ。このまま転げ落ちて死にたいぃぃぃ!

 

 足をじたばたジタバタ。ぐぎぎぎぎ……

 

 

 

 ────羞恥に任せて、ひたすら悶えた後。

 

 両足を、パタンと垂れる。

 

「……。ゴン」

「えぇぇ、なに?」

 

 私の声から何か感じ取ったのか、軽く震えながら聞き返すゴン。

 

「レオリオさんに……

 ……

 …………。……ぃぇ。

 なんでも、ありません」

 

 もう、もうやめよう。私はレオリオさんに何も言ってない。何も聞いてない。知らない知らない、もう全部忘れた!

 

「この話はこれでオワリニシマショウ」

 

 カタコト。

 

「ちょ、ちょっとアイシャ!

 だから一度お医者さんに診てもらった方が……!」

「だからイヤダっていってるでしょうぅぅウワァァァァン!!」

 

 羞恥心リミットブレイク。ほんとに下らないことで涙が出てきた。

 

 ……ゴンが正しい。正しいけど、嫌なものはイヤなんだよ……

 

 

 

「ヤなんだってばぁ……

 ほんっとに恥ずかしいんだってばぁぁ……」

 

 ぐすぐす涙声でいつまでもグズる私を、ゴンはよしよしと頭を撫でてくる。

 

「まぁイヤなのは分かるけどさ……

 でもほら、やっぱりちゃんとした方がいいと思うよ……。

 なんかあってからじゃ遅いかもしれないし」

「ぃぃょ、もうずっとこのまま来なくて……」

「……アイシャ、子供とか産めない身体になるかもしれないよ?」

「いりませんんん、そんなのぉぉぉ……」

 

 どんなに親友が心配してくれても、もう拒絶の言葉しか出てこない。ゴンにそんなこと心配されること自体イヤすぎる。

 

「その……オレの勝手な予想言うね?

 前世のこと詳しく聞いて思ったんだけど、アイシャって結構特殊な身体なんでしょ?

 もしかしたら念能力で、なんか変な感じになっちゃってるのかな……って」

 

 ──うっ!

 

「だから、せめてそういうこと詳しそうな人に、話を聞いた方が……」

 

 ぐ、ぅ……!

 

 それは、医者に診てもらうことと、何も変わらない。私的には。

 

 けど、ゴンの言いたいことは分かる。確かに何かおかしい。今まで来てなくて、今ごろ来て、次がいつまでも来ない。

 

 来た日も……考えてみれば、タイミングがあまりに良すぎた。私が、父さんと母さんに全てを話して許された、次の日の朝だったから。

 

「私が……」

 

 まだ話さなければいけない苦痛に耐えながら、声を絞り出す。

 

「私が、あの日になったのは……父さんと母さん、2人に許された次の日でした。

 母さんに、これからは女性として生きていくようにって。言われて……

 もしかしたら、それで……」

 

 ゴンが、ん? という顔をする。どしたんだろ?

 

「なんか……

 それだとタイミングがおかしくない?」

 

「へ?」

 

 タイミングがおかしい? 良すぎるというならともかく、女性として生きてと言われた次の日に初めてが来るのって……まぁおかしいと言えばおかしいかもだけど。

 不思議がる私に、ゴンが頭を捻るように「うーん」と考えている。何だろ何だろ。

 

 私の方をちらりと見て、

 

「……アイシャ。

 オレとこういう話するの、イヤだったら言ってね?」

 

 そう言われると、なんだかとっても嫌な予感しかしない。

 

「そりゃ……イヤはイヤですけど。

 それはゴンだから、じゃなくて、誰とだってイヤです。

 ただ、まぁ……続けてください」

 

「うん……オレも流石に自信ないんだけど……

 女の人の生理って」

 

 ゴンの口から、そんな言葉ききたくなかったよ……

 

 脱力感と戦いながら、意識をかろうじて保たせる。

 

「その……まず赤ちゃんの元が出てきて」

 

 はぁ。まぁかわいらしい表現で、少し安心しましたが。

 

「しばらくして、いらなくなったものが出て行って。

 で、その繰り返し、だったと思うんだけど」

 

 うんうん。そのはず。

 

「じゃあ、女の人の最初って……初潮じゃないんじゃない?」

 

 ……。

 

 また聞きたくない単語を聞かされて、思考が回らない。確かに違和感はある、けど……

 

 ん、んん? え? あー……

 

「だから。アイシャが女の子として生きるって意識したのがきっかけなら。

 ……半月後なんじゃない? その日が来るのは」

 

 えっ……あれれ?

 

 混乱する私に、ゴンが少しいらいらしながら、

 

 

 

「ほんとに分かってる? アイシャ。

 

 女の人の生理って二段階あって。一番最初は、あの日じゃないって言ってるの」

 

 

 

 コキン。

 

 

 

 私の身体が、まるで音を立てたように冷え固まった。

 

 つまり……

 

 つまり、それって。

 

「……あ……もしかして、ゴンが言ってるのって。

 女性としての最初は、あの日じゃなくて。

 その……前兆がない、半月前、から?」

 

「って……思うんだけど。オレは」

 

 

 

 

 

 ────意外と誤解されがちなのだが。

 

 女性特有の生理開始は、『初潮』→排卵→月経→排卵→月経……

 

 ではなく。

 

 『排卵』→初潮→排卵→月経→排卵、なのだ。

 

 実は女性としての準備が整うのは、初潮の半月ほど前なのである。

 

 当然最初の排卵タイミングは、予め知る術がない。出血も不調も、何もないのだから。周期などないから、予測しようがない。本当に、突然始まる。

 

 

 

 

 

 と、いうことは……本当のきっかけは、あの半月前?

 何かあっただろうか。えっと……

 考える私に、ゴンも考えてみせ、

 

「アイシャ、まだ入院してたんじゃない?」

 

 ……まあ、それはそうだ。退院直後に父さんの家へ向かい、その次の日がアレだったんだから。

 あー、あの時かな。ネテロのクソエロジジイのせいで入った、2回目の緊急治療室から出てきて。みんなにお見舞いしてもらった日、かな。

 

 あれも幸せな日だった……

 

 みんなに私の秘密を話して、認めてもらえた日。困惑していたけれど、黙っていたのが申し訳ないくらい、がんばってみんな私を受け入れようとしてくれた。

 そうだなぁ……あの日がきっかけっていうのもいいよなぁ。

 私がぼんやりそんなことを考えていると、ゴンはなぜか不安そうな表情を見せる。

 

「半月前がきっかけだったら、もちろんオレもいいと思うんだけど……」

 

 私も表情を曇らせる。とっても不安を誘ってくるゴン。え、え、なにそれ? こわい。

 あのゴンですら、言いにくそうにしている。ああ、なんで私はこういう話にトンと(うと)いんだろう。彼が何を気にしているのか、ちっとも見えてこない。

 

「お父さんとお母さんに、アイシャは許してもらったんだよね。

 それでこれからは、女性として生きていこうって。

 ……ホントに、それがきっかけだったら?」

「きっかけだったら?」

 

 思わず聞き返す。えっと、その場合……

 赤ちゃんの元が出てくるのが最初なんだから……

 

 

 

 『排卵』→『すぐ初潮』→『以降月経なし』

 

 

 

「────ッッ!!」

 

 ぎょっとして背筋を伸ばす。あ、え、それ……メチャクチャ異常じゃん!! どうなってんの、私の身体!?

 

 

 

 

 

 ──彼女の場合、来ていなかった理由が『女性として生きることを拒んでいた』意識がオーラとして作用し、女性機能を停止させていたことに起因する。

 で、それが女性として生きようと決めた途端、急に動き出したのだ。異常が起こったとしても不思議ではない。まさに人体の神秘である!

 

 ……もちろんアイシャにそのへん自覚がないので、どうしようもないのだが。

 

 

 

 

 

「だから、ちゃんとしたお医者さんに……」

「うっ。けど、それって……念能力を持った、ですよね?」

 

 私が確認すると、ゴンは首肯し、

 

「その方がいいと思うよ。可能性がありそうなの、そっちだし。

 アイシャって、むしろ健康体じゃん。なんか普通の理由って気がしないけど」

 

 そう……私は大怪我こそしたりするけど、基本的に体調はかなりいいことが多い。

 だからこそ、いつもはりきって修行に打ち込める。無理もできる。身体は資本。

 

 ……けれど、この件に関してだけは謎すぐる。なんでよりによって、こんなことで……

 

「アイシャ。

 そういうこと相談できそうな念能力者、心当たりいる?」

「……」

 

 そりゃ……いる、けどさ。

 

 要は、医者の念能力者を紹介してくれそうな人ならいいわけでしょ。

 あ、レオリオさん除外。別に医者の卵だからとかじゃなくて、除外。うん。

 

 リィーナは、こういうことでは余計なことしかしない気がする。

 私に関係無いことなら頼りになるけど、関係あることになった途端ぶっ壊れるからな。今回の場合もどうなるか予想が付きすぎて、絶対に頼りたくない。もし風間流の関係者に知れ渡ったりなんかしたら、恥も外聞(がいぶん)もなく私は泣く。道場に近づくの一切やめるぞ。

 

 ビスケは……うーん……あの子の立場と経歴(キャリア)なら、ハンター協会か心源流関係の医者の知り合いくらい多分いるだろうし、彼女の念能力も有効かも……

 いや、ダメだ。私の【ボス属性】が打ち消すな。てか念で治療しないといけなかったら、ボス属性やばくね? どんだけ私の邪魔するの? ふざけてんの?

 どっちにしろビスケは高く付きそうなんだよな。もう着せ替えアイシャちゃんはゴメンすんません許してイヤー。アレじゃないと依頼受けてくれないんだよな、くっそー……

 

 風間流関係者もダメだな。大体リィーナの権力下は、内緒にしてと頼んでも、あの子の耳に入れてしまいそうだ。私の身体に関わることなら尚更。

 

 そうなると後は……

 

 私は腕を組んで「んんー……」と悩み続けていると、

 

「オレ、心当たりあるよ。

 多分とびきり腕のいい念能力者、教えてくれると思う」

 

 ほ? ダレそのスーパーなひと。

 

「オレが電話して聞いてみよっか?」

「えっ?

 ……いや、ちょっと待ってくださいゴン。

 私まだ、お医者さんに診てもらうとは──」

 

「……アイシャが医者に診てもらうまで、オレぜぇーったいココから降りないからね?」

 

 ぐ、はっ!?

 

 そ、そう来たか。ゴンの性格だったら、私がここから逃げても、ずっと待ち続けそうだ。レオリオさんが【高速飛行能力/ルーラ】で迎えに来たって、(がん)として降りようとしないだろう。

 私がどうするか逡巡していると、ゴンは素早く携帯電話を取り出し、PiPoPa♪ とやり始めた。あ、う、くそっ……!

 

 私を場に縫い付ける真剣な眼光をぶつけながら、ゴンは電話が繋がるのを待つ。

 

 どうする、もう一刻の猶予もない。逃げるか、それとも……!

 

 ゴンが突然ニコッとした。

 

 

 

「あ、ネテロ? オレだよ、ゴン」

 

 

 

 おおおおおおおおっっっ! アンタ、なんばしょっとねぇぇぇぇぇっ!?

 

 

 

「ごめんね、いきなり電話して。ちょっと相談があって。

 

 ……あ、ううん。オレじゃなくてアイシャが」

 

 

 

 ────ぎにゃああああああああッッ!!

 

 

 

 

 



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第三章

 

「うん、じゃあ代わるね。……はい」

 

 ゴンが天使のような、デビラーゴンの笑顔で電話を渡そうとしてくる。

 

 ──つか、はいじゃねぇよッ!! アンタ、鬼かぁぁぁぁぁッ!?

 

 さらっとネテロの電話番号をゲットしてるゴンも大概だけど、もうそれどころじゃない。

 ここまでされたら、仮にこの電話を受け取らなくてもネテロは必ず私から相談とやらを聞きだそうとするだろう。なら……ここは受け取って、当たり障りの無いことを。

 

 震える手で、差し出されたゴンの携帯電話を受け取る。

 落とさないように両手で支えながら、ちょっぴりあったかいゴンの電話を耳に当てる。

 

「ネテロ、ですか……アイシャです」

『ほ?

 どうしよった。なんか声が震えとらんか?』

 

 そうでしょうそうでしょう。私のライフポイントはもうゼロよなのにゴンがフルボッコやめないんだもん。私の息の根が止まるまでやめないんだもん。

 

「……なんでもありません、気のせいでしょう」

『んんー?

 ずいぶん覇気がないのぅ。どうしよった、いつもの威勢は』

 

 だって私のライフ以下同文。

 

「すいません……

 ゴンが突然あなたに電話を繋いでしまって、心の準備が」

『なぁにが心の準備じゃ。そんなタマでもあるまいに。

 用が有るなら、さっさと話さんか』

「……」

 

 なかば伏せ気味の私の横から覗き込んでくるゴン。ああ、何か適当に誤魔化したいのに、そんな目で見られたら考えることができなぃ……

 

「その……」

『なんじゃ』

 

 

 

 ……ダメだ。もう、何も、思いつかない。

 

 

 

「……

 お医者、さんを……紹介してほしくて」

 

 

 

『ほっ。医者!? お主がか。

 具合が悪いなら病院に行きゃ……ああ、そっちじゃいかんって話か』

「はい……」

 

 流石この辺りはハンター協会元会長である。私の欲するものが分かったらしい。

 

『で、どう具合が悪いんじゃ』

「……」

 

 まあ、うん……そりゃそうだ、聞くだろう。

 別にネテロの察しが良くても悪くても同じだ。どうしたってコイツには知られることになる。

 

『……ほれ、ちゃんと話さんか。

 お主との戦いに専念する為に、わしゃ会長を辞めたんじゃぞ。

 そのお主が具合が悪いだのなんだの、こっちはたまったもんではないぞ』

 

 ……

 

 ネテロには借りがある。その借りは、拳を交えることでしか返せないのは分かってる。コイツが望んでるのは何よりそれなんだ。

 

「……すいません。

 ちょっとだけ、待っててください」

『ちょっとだけじゃぞ。わしゃ忙しいんじゃ』

「はい……」

 

 力なく返し、Pi♪ と保留ボタンを押す。

 デフォルトの、味気ない保留サウンドが流れる中。

 

「ゴン……あなた、こうなるのが分かってて」

 

 少年の方を見ると、嬉しそうに頷いてくる。無邪気だなぁ、もう……

 

「だって、オレ達もアイシャが元気なかったら嫌だけど、一番嫌なのはネテロかなって」

 

 ……よく分かってるね。

 

「それに、ネテロなら絶対知ってるって。そういうのに詳しい人」

 

 ……私もその判断は正しいと思う。

 

 私の、このことを、アイツに知られずに済むなら、だけど。

 そりゃネテロだったら、すぐ適切な人を見繕ってくれるだろうけどさ……何で爆弾魔に命預けるような真似させるの? アイツこれネタにどんだけ弄ってくるか、想像つかないんだけど。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 あきらめるか。もういいや、なるようになれ! 後はどうなっても知らん!

 

 Pi♪ と保留ボタンで解除する。

 

「ネテロ!」

『ぅわっ! なんじゃいきなり!』

「そのっ……! えっと……」

 

 しりすぼんだ。どこいった私の覚悟。

 

「……」

 

 ゴン、心配そうに見ないで。見られても、どうしようもない。

 

『……そこじゃ話しにくいことか?』

「……。はい。

 というか、電話だと……」

『ああ、まぁそうじゃな。

 ……お主、今どこから掛けとる?』

 

 改めて視線を向けると、一面に広がる雲の海。

 風は相変わらず、吹いたりやんだりを繰り返している。

 

「……世界樹の頂上ですね」

『なんでそんなとこおるんじゃ。なんでそんなとこから電話なんぞかけてくる』

 

 なんでだろ……もう思い出す気力もない。

 

「いいじゃないですか、そんなの……

 で、あなたは?」

『協会本部じゃ』

「……あなた、会長やめた後も、結局そこにいますよね」

『しゃーねーじゃろーが。十二支んが度々呼びつけるもんじゃから、なかなか離れられんのじゃ。いちいち移動すんのもめんどくせーから、大体ここにおる』

 

 思わず笑みがこぼれる。

 

「いいじゃないですか、慕われていて」

『はよ独り立ちせんかと、尻を引っぱたいて回っとるトコよ。いつまでもこんなジジイのスネをかじられちゃたまらんわい』

「…………」

 

 私が返事しないでいると、電話越しに鼻を鳴らす音が聞こえる。

 

『……誰がお主のことを言うとるか。せいぜい甘えられるうちに甘えとけ。

 今まで出来んかった分もな』

 

 ……。……

 

 私は10歳になるまで、死んだ母の念能力で、愛で育てられた。ずいぶんと長い間母乳を吸ってたんだから、母さんにはむしろ甘えすぎだろう。

 今は母さんも、私を許してくれた父さんもいる。そりゃ、もっと父さんに甘えたいけど。でもあんまり甘えようとすると、嫌がるだろうしな……

 

『……ワシから言っといてやる。

 親はな、いつまでも子供が甘えると困るもんじゃが、やっぱり嬉しいもんなんじゃよ。

 血を分けとりゃ尚更な』

 

 偉そうに言ってくれる。ネテロと彼ら十二支んを引き合いに出してるんだろうけど。

 

「なに分かったようなことを言ってるんですか。

 あなた、天涯孤独の身でしょうに」

『フン』

「?」

 

 ネテロの反応がよく分からない。なんか色々複雑そうな感じだけど。

 

『ええから、(は )よソッチから来い。

 言っとくが、お前さんが来る前に医者なんか用意しとかんぞ。

 誰を呼びゃいいやらサッパリ分からん』

「ああ、はい。それはもちろん、私がそちらで話してから……。

 ……ていうか、いいんですか?」

『はっ』

 

 一笑に付すネテロ。なんなんだ。

 

『直接じゃなく、ゴンの電話で渋々話すくらいじゃからな。よほどのことじゃろうよ。

 ……これは武神リュウショウからの頼みか?

 それともアイシャ嬢ちゃんからの頼みか?』

 

「……。

 わたしの、アイシャからのお願いです」

 

 

 

『──だったらさっさとコッチに来んかッ!! 親からもらった身体は大事にせぃっ!!』

 

 

 

「はいっっ!!」

 

 思わず返事させられた後、ぶちっと電話切られた。……くっそ、してやられた……

 

 ネテロ……

 

 お前、リュウショウからの頼みだって言っても、結局聞いてくれたんだろ? 面倒見のいいクソジジイめ……

 大体、親から身体をもらうのは当たり前じゃないか……その身体を病院送りにしたのはどこのどいつだよ……

 

 私が切れた電話を睨みながらブツブツ言ってると、

 

「アイシャ、ちょっとは元気でた?」

 

 尋ねてくるゴン。……そうだね。どっと疲れたけど。

 切れた携帯電話を手渡しながら、

 

「ゴン、あなた分かってて言ってるでしょ?」

「うん!」

 

 ……ネテロが私の家庭事情を妙に知っていたのは、そういう私に関する話をゴンとしたのかもしれない。あまり知られたくなかったことだけど、不思議と嫌な気はしない……

 

 まったく、この子ったら……

 

 感謝しても、し足りないじゃないか……

 

「あ、あ、あ、ちょっとアイシャ! どっか痛むの!?」

 

 ……分かってて言ってるんじゃないだろうな、クッソ……

 

 あー鼻がいたい鼻がいたい。鼻水とかいっぱい出る……

 

 

 

 ゴンからもらったハンカチで顔を拭って、ようやく一息つく。

 

「すん」

 

 鼻をすすり。落ち着いてから、思うこと。

 

「ゴン。……やっぱり私、行きたくないんですけど」

 

 鼻声で告げる。

 

「アイシャア……」

 

 すっごい呆れた顔をするゴン。だって行きたくないんだもん……

 

「ネテロに言われたでしょ? 身体は大事にしろって」

 

 ……ええ、言われましたよ。フンだ。

 

「アイシャ、子供なんかいらないって言ってたけど……

 ……そんなの、産んでくれたお母さんに申し訳ないと思うよ?」

 

 私の身体が、ぞくぞくぞくっと震え上がる。

 

 ふえぇ? いきなりなに? わたし、ゴンの口からそんなこと言わせちゃったの?

 なんか前にも聞いた気がするけど、なんであなたがそんなこと言えちゃうわけ?

 あ、う。また涙でてきた。ちょっと、たんま。

 

「お母さんに……」

 

 ふううううう、うぅぅぅぅ……

 ダメ、ゴン。それ以上言わないで……!

 

「……女性として生きていくようにって……言われたんでしょ?」

 

 ……あぁ、

 

 あぁぁぁぁぁぁぁー。もうだめー。振り切れたー。

 何の迷いもなく、がばっとゴンに抱きつく。もう思いっきり。

 

「アイシャっ!?」

 

「ああああああああああああああぁぁぁぁぁっっっ」

 

 号泣としか言えない。どうしてこんな大声で泣いてるのか、ワケがわかんない。

 

 ……ゴン、ゴン。

 

 産んだお母さんが分からないあなたに、そんなこと言われたら……

 

 わたしが、どんだけ、しあわせかってわかっちゃうじゃないかぁぁぁぁ……

 

「あぁぁぁぁああぁー! うわぁぁぁぁぁぁぁー……」

 

 ごめん、ゴン。ごめんね……

 今だけ、いまだけあなたの優しさに甘えさせて……

 

 大きくない手が、私の頭をぎこちなく撫でてくる感触に……

 

 わたしは、いつになったら泣きやむのか、ぜんぜん自信がなかった……

 

 

 

 …………

 

 暗い……

 んんー。あれーここどこだっけ……

 

「ぉ……おろ?」

 

 気がついたら寝てた。

 なんか真っ暗なってた。

 ……どうも巣の中らしい。

 この、頭の下にある、あったかいのは……

 あ、ゴンの膝枕か。

 

 ……。やらかした。はっずかしぃぃ……

 

 力なく私の頭がコロンと膝から転げ落ちると、うとうとしてたゴンが、ふと目を覚ます。

 

「あ……

 アイシャ? 起きた?」

「……えぇ、まぁ」

 

 見れば分かるでしょうに、なんて軽口たたけない。うー。ひざまくらかぁ……

 私が身体を起こし、ひりひりする目をごしごししてると、ゴンは座り込んだまま自分の首元にかけた紐をくいっと伸ばし、

 

「そういえばアイシャ、首にスイッチつけてないけどどうしたの?」

「え?

 ……いや。なんか野暮ったいんで、いらないって返しましたけど」

「いちおう受け取った方がよかったと思うよ……

 これでアイシャになんかあったら、あのおじさんの責任かもってなっちゃうじゃん」

「えー。だって返しに行くのも面倒だし……

 第一、私に何かあるわけないじゃないですか」

「……アイシャ、ここ何mか覚えてる?」

「え?

 えーと、せん……1700か、1800でしたっけ?」

「……」

 

 ゴンの目がつめたい。

 

「ん、その……」

「……」

「……ごめんなさい。油断してました」

「いくらアイシャでも、こんな高いトコで絶対何もないって言い切れるわけないでしょ」

「えー。だってダサかったんだもん……」

「いや、ダサいって……

 受け取るだけ受け取っとこうよ、万が一にもさ……」

「だって邪魔そうだったんだもん……」

「……」

「……ごめんなさい!」

 

 ゴンがつめたぃよぅぅぅ。

 

 冷ややかーなゴンの視線から逃れるように、身体を「んー、んっ」と伸ばす。巣の中で立ち上がり、軽く関節をほぐす。様子が変わらない、おっきなタマゴ5つ。結局親鳥どこいったんだ。

 

 あぁー、おなかすーいた。早く降りてごはん食ーべよ。

 

「……もしかしてアイシャ、今から降りるつもり?」

「ん?

 そのつもりですけど? ゴンはまだここにいるんですか?」

 

 ゴンは返事の代わりに立ち上がり、巣のフチへと上がる。私もぴょんと跳ねて、フチへ乗る。

 ん。真っ暗。星と月の明かりが雲の海に照り返されて、不思議な感じ。星空もきれいで、なんだかここは別世界。

 一晩くらいならいてもいいけど、おなかすいたしなー。

 ゴンの膝のあったかさが移った私の頭が、夜風に晒されて心地いい。

 

 ……ん? 身体がぷるっと震えた。

 あー。これは。ちょーっと、急いで降りないとやばいかなー。まだ大丈夫大丈夫……

 

 私が雲の海を透かすように、下へ視線を向けていると、

 

「危なくない?」

 

 ゴンが私の顔を見ながら聞いてくる。うーん? ぅーん……

 

 ……。

 

「私はもちろん、ゴンだって全然大丈夫ですよ。

 ……と、言いたいところですが。

 私はともかく、ゴンでは不安ですね」

 

 薄い明かりの中でも、ゴンがムッとしたのが分かる。

 

「修行を兼ねてここに登ってきてもらったので、夜の闇の中でも無事に降りる修行もしてほしかったのですが……ポロッと落ちたりしたら、シャレにならないですからね。ゴンはやめておきましょう」

「なにそれ。オレだけ朝までここにいろって言うの?」

「いいえ。でも私は今から降ります」

 

 スッとしゃがみこみ、ゴンヘと背を向ける。後ろ髪を前に回しながら、

 

「負ぶさってください。

 私がゴンを背負って、下まで降ります」

 

 ……予想はしてたけど、素直に負ぶさっては来ない。何か言いたげにしている。

 

「どうしました?」

 

 ちらりと視線を肩越しに飛ばすと、

 

「やっぱりオレも自力で降りるよ」

「意地を張らないで下さい。普段の修行であれば、絶対に死なないよう気をつけることもできますが、ここから転落されたら流石に厳しいです。

 ……ゴンに降りる力がないとは思ってませんよ。ただ、万一のことがあればミトさんに申し訳が立ちませんから」

 

 ゴンが難しい顔をしてるのが、暗がりでも分かる。ミトさん、ダシに使ってごめんね。私は一刻も早く降りたいのです。ゴンが無事降りてくるまで、待つ余裕は流石にない。

 

「……アイシャ、約束して。

 ここから降りたら、ネテロのところへ行くって」

 

 ちっ。おぼえてたか……

 ……心配してくれてるんだよね。

 

「あー、はい。大丈夫ですよ、そのつもりです。

 さ、早く負ぶさって」

 

 私が前へ向きなおすと、ゴンが私の首周りにしがみついてきた。おっほ、顔近い近い。

 立ち上がる。ゴンが背中にぶらんとくっついた姿勢になる。うん全然いける。ミルキの重しに比べれば、あって無いようなもの。

 

 ……とはいかないんだよね。ゴンが掴まってる背中側にはオーラを放出できないから、普通に身体の正面を幹へ向けてしまうと、幹から遠ざかった時に再度接近が難しくなる。そしたら自由落下しかねない。

 

 幹に掴まってゆっくり降りるなら、そこまで危険はない。けど、時間がかかりすぎる。私は急いでるのだ。うむ。

 

「ゴンー。すっごいスピードで降りるけど、覚悟はいいですかー?」

「もしかしてとは思ってたけど、本気なんだね……」

「ええ、いい修行になります。参考にしてくださいね」

「……分かった。いつでもいいよ」

「それでは」

 

 

 

 あいきゃんふらい♪

 

 

 

 巣のフチから、ぴょんと外へ飛び降りた。すぐ襲ってくる浮遊感。

 

 手足から一気にオーラを放出。【天使のヴェール】効果圏外へと解き放たれた禍々しいオーラが、私達の身体を真上に向かって押し戻そうとする。

 

 幹から距離6m。放出するオーラの向きを調整して、落下開始5秒で右手右足を幹へと接触させる。

 

 ──ヂヂヂヂヂヂヂヂヂッ!

 

 木の幹と、右手右足の接触点から削れるような音。

 当然落下は止まらない。が、右手右足のオーラで急制動をかけ、更に左手左足でオーラ放出を続けて、減速をかけ続ける。

 

 かなり落下速度が落ちてきた。制動と放出のオーラを減らし、あえて加速。減速、加速、減速、加速と繰り返し、幹に沿って一定の速度圏内で滑り落ちていく。雲に突入。視界を奪われても、一切ペースは落とさない。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────」

「ゴンんんんんんくちとじてぇぇぇぇぇ舌かむよぉぉぉぉぉ────」

 

 すぐ雲を脱出。常に『円』で、落下する先に幹から伸びる障害物がないか確認し続けている。更に『凝』で地上からどれぐらいの高度か目算しながら、滑降していく。

 

 ほとんど自由落下に等しい降下を続け、約1分。500m地点が見えた。

 両手足のオーラ量をぐんと上げる。ぎぃぃぃぃぃぃッと減速をかけて。

 

「──はいっ。おしまい」

 

 トン、と。

 

 木板床の上に足を置く。木登りを開始した建物がある場所だ。

 

「はぁぁぁぁぁぁ。こわかったぁぁぁー」

 

 しがみついたまま、ゴンが大きく息を吐く。ああぁ、うなじ、そこやめて。ぬくい。今、そういうの困る……

 

「ゴン、おりて。

 それを返して来てください」

 

 彼の首元辺りを指で示す。例のレスキュースイッチだ。

 

「あ、そっか。アイシャありがとう」

 

 肩の荷が降り、ゴンは扉へとふらふら歩いていく。……この時間、開いてるのかな?

 ゴンが扉を引くと、ぎぃっと扉が開く。中から明かりは見えるから、この時間でも営業しているらしい。

 

「ぅわ! 坊や、こんな時間に降りてきたのか!?

 ……登りきったのは知ってたけど、降りてこないから朝までいるもんだと思ってたよ」

「ああ、違う違う。オレは掴まってただけ。降ろしてもらったんだよ」

「ん? 結局レスキュー呼んだのか?」

「呼んでないよ。はい、返すね」

「あ、うん。……おい坊や、どこ行くんだ?」

 

 ゴンが扉から顔を出す。

 

「アイシャ、入ってこないの?」

 

 ふふー。と私はちょっとイヤらしい笑みを浮かべ、また背を向けてしゃがみこむ。

 

「……こっから、また落ちるの?」

 

 降りるの? とは聞いてこなかった。まぁ落ちてるようなもんだよねー。あのスピードじゃ。

 

「早く掴まってください。

 じゃないとネテロのとこには行きませんよー」

 

 軽い仕返しでもある。ゴンには感謝してるけど、散々滅多打ちにしてくれたことは根に持ってるからね。ぷんぷん。

 

「お?

 嬢ちゃんも降りて、って何やってんだ? おいおい」

 

 ゴンを背負った状態で、木板床の下へ目をやる。……うん、いけるいける。こっからは幹に勾配がちょびっとついてるし、楽勝らくしょー。

 

「あらよっと」

 

「おおおおっ!?」

 

 私が木板床から飛び降りると、頭上からおじさんの声。ごめんね、びっくりさせてー。

 さっきと同じ要領で、今度は左手左足を幹に、右手右足を下へ向けて、オーラの制動・放出を試みる。今度は大した距離じゃないから、さっさと降ーりよ。

 相当に大地がはっきり見える距離で──

 

 ぽーんと、勢いよく幹を突き放した。

 

 空中に投げ出され、真下へのオーラ放出も止める。自由落下、後100m!

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 背中で叫ぶゴンを『周』で護りつつ『堅』! その状態で──

 

 

 

 ドぅぅぅんんッッ!!

 

 

 

 着地の瞬間──両足で地面を蹴りつけ、前方へ大きく跳ねる!

 

 ざしゃあああぁッ! だぁぁんッ! だんッ! だん、しゅたっ。

 

 何歩か大ジャンプした後、ぴたっと制止した。うん、でけたデケター。ててててー♪ 10点。ぱちぱちぱちぱち。計画通り!

 

「……アぁぁイぃぃシャぁぁぁぁぁ……」

 

 ゴンが後ろから、すっごい恨みがましく呼んでくる。

 

「到着ですよ、お客さーん」

 

 ちょっと可哀想なので、しゃがみこんで降りやすくしてあげる。震えて離れるゴン。

 思ったよりハデな着地になっちゃったな。『堅』をするのがギリギリすぎたか。ゴンに『周』をしなきゃいけないから、ちょっと遅れてしまった。

 

 後ろの方を見ると、最初着地した剥きだしの地面がすっごいえぐれて、山盛り土が飛び散ってた。お、ぉぅ……? ……うん、知らない。きっと最初からああだった。ワタシ、自然破壊シテナイ。

 

 爆心地から目を逸らすと、ゴンはまだ震えが止まらないようだった。

 

「ああいうことするなら、あらかじめ言ってよぉぉ。

 オーラ出してるの分かんないから、むちゃくちゃ怖かったんだけど……」

「……あ、そっか。ごめんなさい」

 

 念能力者は、オーラを纏うことで身体能力を強化できる。あれぐらいの高さからなら、『堅』でノーダメージ着地する自信はあったけど……

 

 私が使用している【天使のヴェール】の効果で、ゴンには私のオーラの動きが見えない。特に最後は、無防備で落下してるように感じただろう。気分はきっと無理心中。……正直すまんかった。

 ハンター試験でも、山の谷間から飛び降りたりしたけど、あれは下が河だったからねー。

 

 いちおう問題ないか足首と膝をぐりぐり回しながら、

 

「それじゃ、私はゴハン食べに行きますけど、ゴンはどうします?」

「えっと……う……」

 

 ふらふらしてるゴン。まだまだ修行が足りませんな。

 回復を待ってあげたいのは山々だけど、私そろそろヤバスなんで待ちません。

 

「平衡感覚がおかしいのは、歩いてたら治りますよ。

 ……晩ゴハンおごるよ。おごっちゃいますよ。

 ていうかゴン、この後ってそのまま帰るつもりなんですか?」

「んー。

 オレ、こんな時間までいるつもりなかったしなぁ……」

「あっはっは」

 

 全部、私が悪いね。……ほんとにスマンカッタ。

 

「じゃあ一泊してく? 私そのつもりだったから、もう宿とってます」

「……このへんって、けっこう観光客多いんでしょ?

 オレ、部屋取れるかなぁ……」

 

「二人部屋」

 

 私の言葉に、ゴンが「ん?」って顔をする。私はピースした指をぴこぴこ振り、

 

「ゴンの言う通り、なかなか部屋が取れなくって。お値段お高めの二人部屋とりました。

 泊まってく?」

「……」

「多分、こんな時間に空いてる部屋ないですよ」

 

「……アイシャ、狙ってやってる?」

 

 ひひー。と笑ってみせた。

 

「いやぁ、二人部屋しか空いてないって言われた時に、もしかしたらこういうこともあるかなーとは思ってたけどぉ。狙ってはいなかったですよ?」

 

 じーっと見てくるゴン。いやホントわざとじゃないって。……期待はしてたけど!

 

「だぁって。

 みんなお泊まり会に、私まぜてくんないじゃーん」

「オレとレオリオは、いっつもアイシャも呼びたいって言ってるよ。でも……」

「……キルアとクラピカは反対、と。

 ミルキも一緒でしたっけ? 彼は?」

「保留だって」

 

 むぅ。よく分かんないな。

 

 

 

 

 

 ────この辺りは、それぞれ思惑の違いだろう。

 

 キルアとクラピカは、露見した後のリィーナの折檻を恐れている。あとホント、朝まで寝れないからやめてほしい。アイシャは寝ている自分の破壊力(意味深)を分かってない。

 

 ゴンはバレても、害が無いと見なされているのでリィーナには怒られない。普通に熟睡する。アイシャは友達。

 

 レオリオはバレて命が脅か(おびや )されようとも、アイシャの眠る姿さえ拝めれば、わが生涯に一片の悔いなし!! 繰り返す。わがしょうが(ry

 あ、でもミルキが盗撮成功したら分けて欲しい。

 

 ミルキは誰にも見破られない高々性能盗撮カメラ(数百枚連続撮影可)を、死力をもって鋭意開発中なので、まだ待ってほしい。こだわりの一品が出来そうで出来ない。……一度でもアイシャを呼んだのがバレて、リィーナに強襲○イヤ人されようものなら、次回開催すら危ういから待って欲しい。……盗撮がバレたら、三途の川底で一片も残らず削り下ろされそうだが。レオリオもろとも。

 

 グリードアイランドにも匹敵する欲望の渦巻くお泊まり会だったが、男女同衾の意味を根っこの部分で理解できてないアホの子ゲフンゲフン、もとい14歳のアイシャにとって、誘われないのは単なる仲間外れでしかなかった。つまり『私もお泊まり会に加えろー!』である。心底どうしようもない。

 

 ……まぁこんな世界最強の娘を夜襲したって、返り討ち必至だけどね! ゆっくり常在戦場していってね!

 

 

 

 

 

 宿の方へさりげに足早く歩を進めながら、私とゴンは話を続ける。

 

「いいなー。

 みんな、けっこう集まってわいわいやってるんですよね?」

「オレもうド○ポン飽きたよ……」

 

 まだやってたのか友情破壊ゲーム。

 

「なんでそればっかりやるの。新しいパーティーゲーム開拓しなさい」

「でもなんかやっちゃうんだよ」

「このドカ○ンどもめ」

 

 完全中毒じゃないか。

 

 ……くーっ、うらやましいなぁもうっ!

 

 

 

 

 



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第四章

 
 
 
 
 

【挿絵表示】








 

 暗い室内。

 青白いパソコンモニターの明かりだけが、チカチカと室内の主の顔を照らしている。

 

 珍しい桜色の髪。そして珍しくない茶色の瞳。十代半ばぐらいに見える中性的な細身の人物は、左手一つでキーボードをリズムよく叩いている。

 カタカタタンタン、カタカタタンタン、タンタンタンタン!

 ちなみにキーボードは、肝心のケーブルが繋がっていない。何の意味もなく楽器にして遊びながら、右手のマウスクリックのタイミングを待っている。

 

 カチッ──

 

 左ボタンを長く押し、離す。

 更新を実行したパソコンのモニター表示が、パッと切り替わり。

 

「……

 ふはぁぁぁぁー……緊張したぁー」

 

 うなだれる。緊張したと言うワリには、キーボードで遊んでもいたが。

 画面には、オークションサイトの商品落札情報が表示されていた。

 

 

 

 ──商品名:グリードアイランド(ジョイステーション用ゲームソフト※中古・箱説有・ジョイステーション本体付き・空きプレイヤー1のみ)──

 

 ──落札価格:J 2,800,000,000──

 

 

 

 毎回10億ジェニーからスタートし、最終的に20億から40億ジェニーで落札されていた。この数日で出品は7本目。誰かが大量出品したらしく、安く買えないか狙っていたのだが、上手くいかずに競り負け続けていた。

 いつ出品がなくなるか分からず、じりじり値が上がってきていたので、予算がきわどくなるのを承知で無理をしたのだが……危なかった。もう本当に財布が薄い。

 

 

 

 10年以上クリアされなかったグリードアイランドの、初クリア公表から半年────

 

 

 

 実際に命の危険を伴う、ハンター専用ソフト。念能力を持たぬ者にはプレイすらできず、一度ゲームに入れば容易に帰還もできない、ダントツの世界最高難度を誇るゲーム。

 

 指定ポケットカードと呼ばれる100種類のカードを全て揃えれば、ゲームクリアとなる。クリア報酬に高額の懸賞金がかけられながらも、長年クリア達成者が現れなかったのだが……

 

 ついに、誰かがゲームクリアしたらしい。

 

 厳密には、誰それがクリアしたという発表があったわけではない。

 今年の2月下旬、グリードアイランド内でエンディングイベントが発生して、同時期にゲームクリアの懸賞金が取り下げられた。

 

 そして──ゲームへ入ることができなくなった。

 

 情報を集めようにも、全て間が悪かった。自分がゲーム内にいる時、なぜかバッテラ氏からあのロックベルト会長へ懸賞金支払い主変更が行われた。諸々の事情もあり、現実で情報収集していたら、今度はゲームクリアの懸賞金自体が取り下げられた。

 

 つまりゲームクリア者が現れたということだ。……そのせいで、グリードアイランドに入れなくなってしまった。

 

 まぁ入れなくなったと言っても、ゲーム画面には『次回バージョンアップまでしばらくお待ちください』と出ているそうなので、そのうち入れるようになるだろうと思っていた。

 

 他にも問題はあった。──バッテラ氏だ。何があったのか、ロックベルト会長に財産を譲渡し、その中にグリードアイランドのゲームソフト全ても含まれていた。これにより、バッテラ氏のプレイヤーとして雇用されるという選択肢が完全に消えてしまったのだ。

 

 しかも、ロックベルト会長はゲームソフトを引き取らず売却してしまい、100本しか存在しない幻と呼ばれたグリードアイランドのゲームソフトは、大量に市場へと出回ることになった。

 

 今更クリアしても懸賞金はもらえず、現在はゲームにすら入れない。定価58億ジェニーだったグリードアイランドは、オークションでも1億を切るところまで大暴落した。

 

 が……

 

 数日前から、急速に値が回復しだした。

 

 きっかけは分かり切っている。ハンターサイトの有料情報で──グリードアイランドの2ndシーズンが開始、と記載されたからだ。確かな情報だろう。

 

 元々はバッテラ氏がゲームソフトを囲い込みしていたせいで高騰したゲームだ。ゲームクリアの懸賞金もない今、それでも大して値は上がらないだろうとタカをくくっていたが……

 

 チラチラと、ゲームクリアの懸賞金も複数件見かけるようになった。その金額は数億~数十億と、バッテラ氏の500億には遠く及ばない、ささやかなものである。

 

 ……であるが、ゲームソフトの値段は釣られる形でじりじりと上がっていった。

 

 これは危ないとばかりに、競りへ参加し、先ほどようやく落札に至ったのだ。

 

 

 

「さぁてと。

 ゲームソフトを手に入れたはいいが、1人じゃなぁ……」

 

 ぎっぎと椅子の背もたれを鳴らし、考え込む。前回プレイ時は、ハメ組のせいでかなり引っ掻き回された。カードを奪われるくらいならまだ対策できたが、スペルの大半を独占されたのがマズかった。アレのせいで、1人ではまともにプレイできない状況に陥った。

 

 やむなく指定ポケットカードの入手方法調査にプレイスタイルを切り替えたが、有効なスペルカードが少ないせいでチンタラやってるうちにこのザマだ。クリアの懸賞金はどうでもいいが、ゲームに入れなくなるのは完全に誤算だった。すっかり、時間をムダにしてしまった。

 

 そう。時間だ。信用できる仲間がいなければ、クリアに時間がかかりすぎる。おそらく1人で集められる限界は、せいぜい指定ポケットカード85種類までだろう。それ以上は、他プレイヤーの妨害が確実に激化する。100種など到底集められる気がしない。

 

 ……いや、それは理想だ。最悪クリアできなくてもいい。ゲームの中で安心して目的を果たせる状況さえ整えば、それでも構わない。残り時間は少ない。背に腹は代えられない。

 

 焦りを感じてはいたが、しかし実力を伴う信用できる仲間──に心当たりはなかった。やむをえないとはいえ、孤独に生きてきたツケだろう。……念能力者の知り合いぐらいはもちろん居るが、誘っても来ないか、こっちから願い下げな間柄ばかりだ。

 

 金でハンターを雇うか? しかし予算がもう2億と少ししかない。何人雇えるか、どの程度の質を雇えるか。そもそも使い切れば自分が困窮してしまう。少しは残さないと。

 

 クリア報酬を山分け、で募集をかけることもできるが、それだとゲームクリアが前提のプレイになる。しかもクリアで入手できるのは、指定ポケットカード3種のみ。となると自分込みで3人だ。正直きびしい。いずれにしろ今回落札したソフトでは、セーブできる限界は4人なのだが。

 

 ────グリードアイランド協力プレイヤー募集、報酬は応相談。採用面接あり。

 

 まぁこんなところか。なんだかんだで、ゲームソフトを所有してるのは大きい。最悪、ゲームを手放すなり売り払うなりしても構わない。それをしても問題ない状況へと持っていければ。

 

 しかし、面接には苦労しそうだ。実力不足は言うに及ばず、報酬にガメつい相手も引き入れられない。第一、念能力を互いに知られることが前提だ。たとえプロハンターでも、そうそう信用できたものではない。

 

「どうしたもんかなー……」

 

 募集はかけておくとしても、自分の足でも有力なハンターを探し、勧誘すべきだろう。……であれば、行く場所は一つしかない。

 

 最も多くのハンターが集う街、ハンター協会本部のあるスワルダニシティだ。

 

 

 

 

 

 昨日は私が持ってきてたジョイステーションで、長々ゴンと夜更かしして、宿で遅めの朝食をつるつるしていた。おいしくつるつるしながら、無茶苦茶ゲームした昨晩のことを思い返す。

 

 ……ぅん。格ゲーはいいけど、ドカ○ンはダメだ。CPUのデビラーマンはいい。まだ倒せる可能性がある。でもデビラーゴン、てめーはダメだ。プレイヤー1人で倒せるわけないだろうふざけんなし!! ……ああ、うん。楽しかったですよ……しばらくド○ポンはしたくないけど。友情保全の為にも。

 

 ずずずーっとスープを飲み干し、どん! と椀を置く。

 

「ぷはぁーっ」

 

 口許を拭う。ゴンも目の前で、もりもりばくばくディナー並の豪勢な朝食を摂っていた。うんうん。良く食べ、良く修行。感心感心。

 

 ──明らかにそのメシの量おかしいだろオマエラ的な目で、周囲の客から視線を浴びているのだが、2人は食事に夢中で頓着しない。

 

「おじさーん。

 ジャンボとんこつ塩ダブルチャーシューメンおかわりー。あ、ネギ多めで」

「んむー! ……ごくん。

 おじさーん! オレにも同じの1つー」

 

 更にもう一段階周りが引く気配。オイあれ大食い大会用のメニューだぞ、どこの大怪獣だよとか言われてるのだが、本人達はどこ吹く風。

 

「……アイシャって、こんだけ食べて何で太らないの?」

 

 ゴンも人のこと言えないのだが、アイシャは胸を張って一言。

 

「食べたぶんだけ修行します」

「聞いたオレがバカだったね」

 

 解せぬ。

 ゴンの反応に不満を持つも、早くおかわり来ないかなー、と即思考が切り替わる辺り、アレだった。

 

 

 

 超人的な量の朝食を終え。

 

 昼近い時間、観光がてら町の中を散策する2人。

 帰るつもりなので、ゴンとアイシャは荷物を背負っている。もっともアイシャは、家に帰らず協会本部へ行ってねとゴンに釘を刺されてはいたが。

 笑顔で並んで、記念撮影カシャッ。

 その場で現像された、友達との2ショット写真を嬉しそうに見つめるアイシャ。

 

 

 

 露店に並ぶ土産品を楽しげに眺めているアイシャを見つめ、ふとゴンは思い出した。

 

「そういえばさ、アイシャ」

「はい?」

「なんか可愛いアイシャのポスター見つけたんだけど」

「……はい?」

 

 ──ポスター? なにそれ。

 

「選挙の時のやつみたいだったけど」

「……いやいや、選挙ポスターの写真なんて撮ってませんよ?

 演説動画なら撮りましたけど」

 

 第13代会長総選挙で、初回投票結果上位16名の紹介演説を動画撮影するという話は来た。

 それは今も着てる運動着で座りながら軽く話してるのを撮影しただけの、事務的な代物。可愛いだの何だの言われるようなたぐいではない。

 

「そもそもあの選挙で、ポスターなんてどこにも見かけませんでしたよ。

 ハンターしか投票しないのに、選挙ポスターとか意味ないでしょう」

 

「……うん。そっか。

 じゃあ何なんだろうね」

 

「……。

 ゴン、ちょっと待ってください。

 ソレどういうポスターなんですか?」

 

「えっと……

 ちっちゃいけど、オレの携帯にも画像入ってるからちょっと待って……

 うん、これ」

 

 ゴンが手渡した携帯を受け取り、画面に顔を近づける。

 

「……

 えっ。……どゆこと?」

 

 そこには確かに、自分の画像が映っていた。……まったく身に覚えのないありさまで。

 

 字がちまちま書いてあるが、画面が小さいからか判読できるのは『アイシャ・コーザ』という名前と、『ハンター協会をネテロのおもちゃにさせません』とかいう謎フレーズ。

 

 まぁそこまではいい。思うところはあるが、そこまではいい。

 

 キワどい水着きて、ありえないポーズで嬉しそうに撮影されてる自分がいる。……うん、コレだれぞ? これでもかというほど大きな胸元が強調され、谷間にとろぉーんと溶けたアイスが挟まっていた。ついでに背景は砂浜。わたし海で水着なんか着たことないよ?

 

 ……うん、とっても可愛い美少女だとは思うよ。

 

 うん、けどダレやねんこの痴女……

 

 私がぷるぷる震えながら画面を凝視してると、ゴンがなんかすんごいビビビった様子で、

 

「ア、アイシャ……心当たり、ない?」

 

 

 

 あ・あ・あ、あぁ……

 

 

 

 ────あるかアホォォォォォォォォォォォォォォッッッッッ!!

 

 

 

 罪の無いゴンに、危うく当たり散らすトコだった。口許を全力で手で塞いで、叫ぶのを止めなきゃいけないほどに。

 

 …………。

 

 思わずゴンの携帯をぺきぺき握りつぶしちゃいそうなほど、殺意の何とかに目覚めそうなんだけどなー。うふふ。

 

「ゴン」

「うんうんうんうん」

 

 携帯を手渡す私の声に含まれるナニカを感じ取ったのか、受け取りながら何度も相槌を打つゴン。やだなー。私、ゴンにはちっとも怒ってないよー。

 

 

 

「これ、ど・こ・で?」

 

 

 

 あははは。自分でも感情抑制できてないの、分かっちゃうなー。

 

「れ、……えっとハンターサイトの有料情報のトコにあったって。

 会長総選挙の裏ポスター、だったっけな?」

 

 いま、なんか誰かの名前言いかけた気がするけど、まぁいいです。聞かなかったことに。

 有料情報? 裏ポスター? 全く意味分かんないんだけど。誰がこんな手の込……

 

 ……あいつか。

 

 恐らくこんな手の込んだ嫌がらせはパリストンぐらいしかするまい。こんなの、自分とネテロ両方に対する嫌がらせとしか思えない。

 

 ……ネテロもちょびっとは疑ったけど、ポスターの中に『ネテロ』と書いてある以上、まさか自分の名前を汚してまでこんなことはしないだろう。……しないだろう。

 

「急ぎの用事ができました。

 ここでお別れしましょう。私は今から『運動』がてら協会本部まで走ってきます」

「は、走ってくの?」

 

 ──いつものように『修行』ではなく『運動』と言う時点で、何かの準備運動の意味にしか取れない。

 

「走った方が早く着きますから。

 ではゴン、さようなら。あなたと話ができてよかったです」

「う、うん。アイシャも相談があったら、いつでも遠慮しないでね。

 オレ達、親友なんだから」

 

 親友という言葉に、アイシャは少しだけニコリとし、

 

「はい、もちろんです。それでは」

「バイバイ、アイシャ!」

 

 背中を向ける少女に、ゴンは手を振る。全身から漂う【天使のヴェール】すら突き破りかねない殺意が、ゴンの身体を微動させ続けた。

 

 

 

 

 

 さすがに、ゴンにも分かる。こういうことをしそうなのはパリストンだと。アイシャも選挙後、彼には警戒した方がいいと知り合いに注意して回っていた。

 

 何とかの波動に目覚めた少女が充分に遠ざかった後、未だに震えの残る身体でネテロにリダイヤルした。

 

「……あ、ネテロ? 何度もゴメン」

『む。

 なんじゃ何かあったのか、ゴン?』

 

 声の調子で異変に気づいたらしい。話が早くて助かる。

 

「ネテロ。

 ……アイシャの選挙ポスターって知ってる?」

『……。あれのことじゃな。

 知っとるよ。……アイシャのやつ、今ごろ気づきおったか』

「うん、ついさっき。

 今、アイシャが世界樹から協会本部へ行くって。メチャクチャ怒ってたよ……

 あれ……

 ネテロが作ったんじゃ、ないよね?」

『……

 なんでワシがあんなもん作らにゃいかんのじゃ。パリスに決まっとろーが。

 それに、じゃ。

 アレをもしワシがやったとして、それがアイシャにバレてみぃ?

 

 ……ワシ粉々にされるじゃろ?』

 

 同意を求められても困る。ゴンは「ぅうー?」と曖昧な声を出しつつ、

 

「その、パ、パリストンさんに、逃げてって」

 

 正直あのアイシャが、いまパリストンと遭遇した時、何をするか考えたくもない。

 

『自業自得じゃと思う、が……

 お主のその様子じゃと、なんか取り返しのつかんことになるかもしれんのぅ……』

「……」

『用件は分かったわい。

 素直に逃げるとも思えんが、警告はしておこう。お主は心配するな』

「うん、ありがとう! ネテロ」

『ほっほっほ。

 ……ワシにもしものことがあったら、香典は弾んでくれぃ』

「ネテロ……」

 

 

 

 

 

 地図を買い、徒歩の最短ルートを割り出し。

 目標、スワルダニシティ。ハンター協会本部。

 

 アイシャは、無表情に靴をトントンと整え、誰もいない自然の平野を前に。

 

 すー。はー。すー。はー。

 

「……うん」

 

 

 

 全 力 全 開 だ !!

 

 

 

 【天使のヴェール】が解除される。空間が軋むような音を立て、(まが)(かみ)とでも称すべき膨大な量の邪念が、アイシャの身のうちから噴き出すッ──!!

 

 

 

「ぶぅッッッッッッ殺すッッッ!!」

 

 

 

 少女の最初の一蹴りが、自然界では有り得ない地響きと爆音を轟かせた。

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 いよいよ舞台はスワルダニシティへ。

 主要人物が集結していく中、
 ハンター協会本部へ人智を超えた速度で迫る、地上最強の生物ッッ!!

 ネテロから電話をもらい、とりあえず裸足で逃げ出すパリストン。
 わし、もののついでに殺されんじゃね? と危惧するネテロ。

 軽く自然を蹂躙しながら襲来する、暗黒の破壊神ッ!!
 この人類存亡を懸けた闘いに、立ち向かうすべは有るのかッ……!?

 スワルダニシティ、崩落までアト10時間────(嘘)



 次回ッッ!!



 ────阿修羅面『怒り』。



 カァーッカッカッカッカーッ!






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スワルダニ編 2000/9/11 ~ 9/13
第五章


 

 ハンター協会本部、個人所有の一室。

 

 ゴンからの電話を切ったネテロは渋々といった様子で、違う人物に電話をかけた。

 

「……パリスか?」

『ネテロさん、珍しいじゃないですか! ボクに直接電話なんて』

「うむ……

 緊急でお主に知らせたいことがあってな」

『ネテロさん直々にですか。どんな用件です?』

 

 しばし沈黙するネテロ。

 

 パリストンは、ひたすらネテロ元会長を邪魔したり妨害したり茶々を入れたりするのが大好きな奇人だ。思いつく限りの嫌がらせ、特にその場限りのいらんことをポンポーンと放ってくる。

 ネテロも退屈するよりは面白いものをと考え、パリストンを副会長としたが……

 

 アイシャにまで目をつけてきたのは、正直不愉快だった。単にちょっかいを出してくるだけなら良い退屈しのぎと歓迎したが、会長を辞めた後までアイシャとの勝負を邪魔するなら話は別だ。今までは適当に流していたが、そろそろ灸を据えるべきかと考えている。

 

「……お主じゃろ。

 あのポスターを作りおったのは?」

『え? ポスター? なんのことですか?』

「……しらばっくれんでよい。

 お主ぐらいじゃろうが。選挙ポスターなどという名目で人を動かし、ハンターサイトに上げることができるやつなんぞ」

『へ?

 ……あー、もしかしてアレですか。アイシャさんの!

 いやー誰でしょうね、あんな酷いことするの。……まさか』

「そうやって、ワシがやったかもと他の連中に思わせるのも目的じゃろ?

 まぁ単なるアイシャへの嫌がらせなんじゃろうが……」

『いやいやいや、ボクは』

「黙って聞け。

 よいか。いま、お主を狙ってアイシャがこっちに向かっておる。

 さっさと行方をくらませ。当分姿を見せるな」

『え? その──』

「黙って聞けと言っておる!

 あのポスターを作ったのがお主じゃと確信して、アイシャがお主を殺しに来ると言っておるんじゃ! さっさと消えぃ!」

『へぇー。

 いや、そこまでムチャなことをする子には見えませんでしたけど』

「……ワシが病院送りにされた件、忘れたか?」

『……。

 アレはアイシャさんも同時期に入院されていたようでしたし、痛み分けだったのかなと思ってるんですけど』

 

「ふん。どっちが勝ったとも言えん勝負よ。

 ──百を超えて繰り出したワシの【百式観音】を凌ぎおった娘に、お主は命を狙われておると言っておる。

 意味が分かるか、パリスよ」

 

『……』

 

 ネテロもあまり情報を渡したくなかったが、仕方ない。おそらくパリストンを退かせるのに、必要な身銭だ。

 

「証拠はないから大丈夫、と考えておるじゃろう。

 そう甘い話ではないぞ。あやつにそこまでの自制心はない。

 ……仮に、証拠不十分でアイシャがお主に危害を加えたとしよう」

 

 軽く血管を浮かせるネテロ。

 

「あやつを守る為、リィーナ=ロックベルトとアイザック=ネテロが、総力をあげ証拠を洗い出してみせようぞ。

 ワシら2人を敵に回して……貴様、逃げ切れると思うなよ」

 

『ネテロ会長……!

 本気でボクの相手をしてくれるんですかっ!?』

「何を喜んどるか。それにワシはもう会長ではない。

 ……ワシだけの問題ならと思っておったが、アイシャを巻き込むなら話は別じゃ。

 なんならワシが今から殺しに行くぞ」

『……。

 いえ、それには及びません。会長が本気なのはよく分かりました。

 今回は分が悪いようなので、ボクはすぐに姿を消します』

「フン」

『足が付くといけないので、黙って行きます。

 他の十二支んのみんなによろしく』

「……ワシがそんなこと吹聴したら、お主を逃がしたのがワシじゃと、アイシャにバレるじゃろうが。程度の低いヒッカケをしよる。さっさと行けぃ」

『……アイシャさんのこと、ずいぶん気にかけられてるんですね』

「あやつは生涯最高の好敵手よ。

 ケツの青い貴様なんぞの手に負えんわ」

『アッハハハッ!

 ネテロ会長のそういうところ、大好きです! それじゃ』

 

 ぷつっ。と通話が途絶えた。

 

 ふー、と息を吐くネテロ。

 

「……まったく、面倒なやつらじゃのぅ」

 

 まんざらでもない顔で、ネテロはそうボヤいた。

 

 

 

 

 

 ハンター協会本部、入口ロビー付近。

 

「あー、遅くなっちまったな。

 もうちょっと早く来れたらよかったんだけど……」

 

 桜色の髪を長く伸ばした、白いワンピースを着た人物が一人ぼやく。すでに夜の時間に差し掛かり、ロビーにはヒトけが少ない。

 そのロビー付近にたむろしている数人のプロハンターへ、視線を流しやる。

 

 ……んー。やっぱそうだよな。プロハンター、つってもピンキリなんだよなぁ……

 

 一瞥で大したことない連中だと分かってしまう。

 グリードアイランドで通用するレベルともなれば、中堅に近いクラスの実力がないと、ゲームクリアには近づけない。最後は必ず戦闘によるカードの奪い合いにもなるだろう。実戦的か、攻略適正の高い念を修めていることが望ましいが……

 

 すぐには見つからないかもしれない。実力者は一つの大物を長く追っていることも多い。話を持ちかけるかは別にしても、1人でも多く実力のあるハンターに目を付けておくべきだろう。

 

 そう考えながら、協会内の廊下へ歩を進めようとした時、

 

「ん?」

 

 違和感を覚えた次の瞬間。

 

 文字通り、背筋を凍らせる悪寒が走った──かつて体感したこともないほどの驚異的な何かが、ここに来る。

 

 協会入口から、誰かが入ってきた。

 

 青い運動着を着た……女の子だった。見覚えがあるような無いような……

 何やら髪の毛がピョンピョンはね、服がワリとあちこち破け、おいおい良いのか状態になっている。目は……据わっている。口許は強く引き締められている。

 

 誰がどう見ても激怒しながらノシノシ歩いている少女に、桜髪の人物は視線を外せないまま──

 

「おいおい、デタラメにもほどがあるだろ……」

 

 小声だが、思わず口にしてしまった。

 近くまで来ていた少女はムッとそちらを見やり、

 

「……なんですか。

 私の顔に何か付いてますか?」

 

 ──いちおうだが、町中へ入る前に【天使のヴェール】は発動している。よっていくらアイシャが激怒していようと、たとえ念能力者でもオーラはほぼ感知できない。一般人と見分けがつかないレベルだ。

 

「……いや、ごめん。独り言。

 付いてるって言うなら、髪の毛に葉っぱがくっついてるよ」

「そうですか。……後で払っておきますどうも」

 

 よほど急ぎなのか、そのまま横を通り過ぎて、ノッシノシノシと怪獣のような足取りで廊下の奥へ歩いていった。

 

 ロビーにたむろしていた連中も、彼女の方を見送っていた。その連中に近づいていき、

 

「なあ、あんた達。

 あの子のこと知ってんのか?」

 

 そこにいた3人のプロハンターは『はぁ?』みたいな反応をする。

 

「なんでお前、知らないんだ。

 ……あぁ、投票サボったのか」

 

 投票……? ああ、ひと月前にあった会長総選挙のことか。確かに事情があって投票もできなかったが……

 

「ありゃ13代会長様よ」

 

「……は?」

 

 今度は桜髪の人物が、首を傾げる。

 

「圧倒的得票数で、13代会長に選出されたアイシャって嬢ちゃんさ。

 すぐ辞めちまったがな」

 

 何がなにやらサッパリ分からない。

 確かに、ただものじゃないことは分かるのだが……

 

「なんでもネテロ元会長を病院送りにしたとかで、相当な実力者らしいぜ。

 胸も相当だけどな」

 

 げらげらげらと下卑た笑いを重ねる3人。

 

「……」

 

 彼女の消えた廊下の奥を、見送る人物。

 

 ──そりゃ、あのエネルギー量なら、なくもない、か。

 

 とりあえず話をしたい候補が1人決まった。

 

 

 

 

 

 ドバァンッ!! とド派手な音を立て、一室の扉が開いた。

 

「……ノックくらい、せぃ」

「ネテロ、パリストンどこですか」

 

 冷静さのカケラもない声音に、ほとほと呆れた様子で振り向くネテロ。

 

「なんでパリストンなんぞ探しとる。ワシに用があったんと違うんか。

 ……つかお主、来んの早すぎやせんか?」

 

 なにやらあちこち酷い有様のアイシャなのだが、漲らせる怒気の凄まじさに、指摘する気が失せる。

 

「パリストンに用事ができました。あなたとの用事は後で。

 ちょっと走ってきました」

「はし……」

 

 まあ、様子を見れば走ってきたのだろうということは分かる。……分かるが、いい加減人類の限界を更新するのはやめてほしい。

 

 阿修羅の化身が返事を待っているようなので、ネテロは内心どきどきしつつ、

 

「ワシもアヤツに用があって探しとったんじゃが、少し前から見当たらんくてな。

 副会長でなくなってから、あっちこっち動いとるようじゃ」

「そうですか。……ネテロ」

「うむ」

「……」

「……なんじゃ。相談があったんと違うんか」

「いえ、その話ではなく……」

 

 露骨に溜め息を吐くネテロ。

 

「なんじゃ、はっきりせんか」

「……。……ぽすたー」

「うぅん?」

「……せ、選挙の時のポスター。……で、分かりませんか?」

 

 ネテロは鬚をさすりながら、斜め上を見上げ、再びアイシャを見る。

 

「お主のやつのことか?」

「う、は、はぃ……」

 

 ネテロは穏やかな笑みを浮かべ、

 

「アレのぅ……

 えらいべっぴんさんに写っとったのぅ。初めは誰かと思うたわ」

「──はっ、はぁ!?

 いきなりなに言ってんですか!」

「うむうむ。

 なかなか大胆なことをしよるわ。全くもって、お主にはモデルの才能がある!」

「な、あ、う?

 ば、バカなこと言って……うぅ、ふ」

 

「……ブタもおだてりゃ木に登る」

 

「ネテェェェェェェェェェロッッッ!!」

 

 思わず自爆コマンドを入力してしまったネテロ。阿修羅面が『怒り』と化した。

 早速ぼかぼか殴りかかってきたので、ネテロは慌ててアイシャの両腕を掴み、

 

「いてぇ! やめんか、少しは落ち着け! 冗談に決まっとろぉが!」

「うぅぅぅぅぅ、今そういうのは絶対ゆるしませんんんん」

「どんだけブチ切れとるんじゃ! 落ち着けと言うに!」

 

 腕を掴まれたアイシャは、ぶるぶるぶるぶる怒りを漲らせつつ、

 

「今ならもれなく3分でこのビルを平らにしてみせますよぉぉ?」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ。何か地響きしてる気がする。

 ……ワシしぬ。タスケテ!

 自業自得である。

 

 

 

 拮抗状態をしばらく続け、ようやく「はぁぁぁぁー……」と熱を吐くアイシャ。怖々とネテロは両手を離しつつ、

 

「落ち着いたか? いや、スマン。……今のは本当にすまんかった」

 

 はー、はー、とアイシャは息継ぎした後、

 

「……ネテロ」

「ん?」

 

「消してください」

 

 一瞬パリスのことかと思ったが、違う。消してほしいのはポスター画像か。

 

「…………。アレをか?」

「はい」

 

 ネテロは瞑目したまま、鬚をさする。

 

「お主、ハンターサイトから情報を消すのにどれだけ費用がかかるか分かっとるのか?」

「消してください」

「おい」

 

「ケ、シ、テ」

 

「………………。

 ……う、ぅむ。

 まぁ他ならぬお主の頼みじゃ。やっておこう」

 

 そう言わないと自分が代わりに消されるだろう。確信するネテロ。

 

「……ちょっと待ってください。

 ハンターサイトだけじゃなく、電脳ページからも完全に抹消してください」

「をぉい。」

「確実に、電脳ページに存在しない状態にしてください」

「…………いや、じゃがな。

 確実に消せるというものでもないぞ。モノは画像じゃ。

 検閲するにしても限界が」

「…………」

「……ああぁーもぅ! やっといたるわ! だからいちいち気にすんなや!

 面倒なやつじゃのぅ……」

 

 ようやくアイシャは、深く深く息を吐いた。

 

「……感謝します。ネテロ」

「まったく……

 まぁその話はええじゃろ。で、相談ってなんじゃ」

 

 背筋をただすアイシャ。

 

「えっと……」

「……。

 具合が悪いとか言うとったのぅ。戦うのに支障が出るほどか?」

 

 アイシャはもう一度、大きく息を吐いた。

 表情を据え、胸を張って立ち、

 

「そんなことはない。お前と戦うのに問題はないはずだ」

 

 にやりと笑うネテロ。

 

「ほぅ。言い訳できんが、良いのか」

「武術家同士の戦いで、具合が体調がなんぞ言ってられるか。

 今からだってやれるさ」

「ワシは嫌じゃな。お主と戦うなら、互いに万全を期したいわ。

 ごちゃごちゃ負けた理由なんぞ聞きとうない」

「勝者の弁とは随分余裕だな。

 いつから自分が格上だと思っていた?」

「昔からじゃ。

 お主こそ、勝ち星をきっちり稼いでから吠えんか」

「はっ。

 及び腰で勝負を仕掛けてこれないくせに、どの口がほざく」

「お主が度々病院送りになるからじゃろうが。

 いつならやれるか、お主から言うてこんか」

「……」

「……」

 

 アイシャはポリポリこめかみをかく。

 

「……すいません、ネテロ。

 申し訳ないですが、戦うのはもうちょっと待ってください……」

「始めからそう言わんか。仕方のないヤツじゃ」

 

 そう言いながら、ふっと笑うネテロ。

 話してる限り、体調が悪いのは事実だろうが、戦意は衰えていないようだ。巨大キメラアントの王とあれほどの死闘を繰り広げた相手だ。次に戦う時が楽しみなのは間違いない。

 

「この年で挑戦者か。血沸く血沸く♪」

「へ? チクワちくわ?」

 

 アイシャの頭の中に、なんでかチクワと鉄アレイが乱れ飛ぶイメージが浮かんだ。

 

 ネテロは目を丸くして、毒気の抜けた少女を見やる。

 

「……お主もたいがい食いしん坊じゃの」

「誰が食いしん坊ですかッ!

 ……私ですけど」

「認めるンかい」

「く、食いしん坊かもしれませんけどっ!?」

「あいまいになるのかよ」

 

 くっくっく、と愉快そうにネテロは笑った後、

 

「まぁええ。それじゃメシでも食いに行くか。

 うまいおでんの店があったはずじゃのぅ。どれ、貸切にして、のんびり食うか」

「あ、すっごいお腹すいてるんで、ぜひぜひ」

「話はそこで、でいいんじゃな?」

「……は、はぃ」

「うむ」

 

 ネテロは満足そうに、少女を引き連れて部屋を出て行った。

 

 

 

「あ、先にシャワーと着替えしてけよ」

「はい?」

 

 アイシャの胸辺りを指差すネテロ。

 

「……?

 ────ッッ!!」

「気づいてなかったんかぃ……」

 

 さっき暴れたせいで、破れ目が広がって、軽く下乳が出てる悲惨な状態になっていた。そもそも走ってくる最中に、スポーツブラが全損したことに気づかなかったという……

 

 

 

 

 



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第六章

 

「────ギャーッッハッハッハッハッハッハッハッッ!!」

 

 まるまる貸切にした、一流とも噂されるおでん屋の座敷で、ネテロが爆笑しながら足をじたばたさせて転げ回っていた。

 

「ぐぉぉぉぉぉぉぉ……ちっきしょうぅぅぅ、ちっきしょおぉぉぉぉ……!」

 

 頭をかかえて悶え苦しむアイシャ。

 

「ぎゃーはっはっはっはっ!! くっそおもしれぇ!!

 あの! 武神様が! こんなジジイに!

 

 ──生理不順の相、談ッ!!

 

 ばっかじゃねぇぇぇぇぇの!?」

 

「ぎゃあああああああああッッッ!!」

 

 地獄絵図だった。

 

「そんなことはない。お前と戦うのに問題はないはずだ(キリッ

 ……ぶはーっ! ギャハハハハッ、笑い死にしそうじゃあああぁぁぁぁッ!!」

 

「ぐぎゃあああああーーーー!!」

 

 アイシャのライフポイント(精神)はもうゼロよっ!!

 

 

 

 

 

 人生最大級の恥ずかしい目に遭い、びくびく痙攣するアイシャ。

 仰向けで、まっかっかになってだらんと伸びきってる少女を見ながら、ネテロは口許をぷぷっと必死で押さえつつ、

 

 これが、かの武神リュウショウとかマジ吹くんじゃがのぅ……

 

 思うだけにする。もし口に出そうものなら確実に粉々(物理)にされる未来しか見えない。

 

 

 

 

 

 せっかくシャワーを浴びて着替えたのに、結局汗まみれの、髪の毛けちょんけちょんになったアイシャが、座布団の上に正座でぷるぷるうつむいている。

 テーブル越しに、向かいであぐらをかいたネテロが、

 

「ま、まぁなんじゃな。真面目な話、っぷ」

「……笑い終わってから話してください……」

 

 ネテロが口許を腕で押さえて、たんまタンマと手を振っている。

 

「いや、すまんすまん。笑っちゃいかんな」

「笑えよこんちきしょー」

「も、も、もうやめい。話ができんでわないか」

「ぐぅぅぅぅ」

「まあ、アレじゃ。まだ大して話を聞いとらんから、よぉ分からんのじゃが」

「……」

「普通の治療や薬でどうにかならん原因かもしれんから、そういう能力者に調べてほしいっちゅー話でええんじゃな?」

「……えぇ」

「うむ……じゃが難儀な話かもしれんな。

 ……っぷ」

「わたしもう帰っていいですか……」

「待てい。気持ちは分かるが、待てぃ。

 時間が解決するものならいいが、悪化したら手に負えんようなるかもしれんぞ?」

「……だからって、あなたに相談聞いてもらう必要なんかないじゃないですか」

「いやいやいや。お主、ゴンのこと恨んどりゃせんか?

 あやつ思いのほか、頭が回っとるぞ。

 お主は、念能力による治療を受け付けん身体なんじゃろ? ヘタすりゃ、診察型の能力まで弾きよる。……つーことは、真っ当な医療技術、合わせて念に関する卓抜した知識が必要かもしれん。

 原因不明の調査ほど、難しい診療はあるまいよ。

 ワシに相談せにゃ、お主は誰に相談するんじゃ。風間流か?」

「それは……」

 

 そっちに相談すると、すっごいおおごとになりそうだからヤだ。ぜったい、ヤダ。

 

「まぁお主らが相談できる中で考えりゃ、ワシが一番マシじゃろうよ」

「……

 そんなこと言ってあなた、私が狂い死にしそうなくらい、はずかしめたじゃないですか……」

「人聞きの悪いことを。

 ……くっ、はっは。あんなに爆笑したのは何十年ぶりかもしれんなぁ、くっくっ」

「ぐぎぎぃ……」

「だいたい、お主の説明の仕方にも問題がある。

 かいつまんで説明せんと、ちゃんとイチから話してみぃ。

 その中に原因があるかもしれんじゃろうが」

「それは……」

 

 そうすると、ゴンとしたあの話を洗いざらいすることになる。

 おそらく、それ以上の話も。

 

「時間がかかる話か?

 どうしてもイヤじゃと言うなら無理強(む り じ )いはせんが」

 

 ……。

 まぁ……いいか。恥かきついでだ。

 

「……話すのは構いませんが、時間がかかります」

「ふむ。……ちょいと待っとれ」

 

 ネテロは席を立ち、戸を開けてどこかへ消えた。

 

 1人、取り残された気分になるアイシャ。はぁぁぁぁ、と洩れる息がむなしい。

 

 足音がして、戸を開けてネテロが戻ってきた。

 同じようにしゃがみこんであぐらをかくと、

 

「一時間くらい、メシを持ってくるのを後にさせたわい。

 そんだけありゃ話せるじゃろ」

「……その……

 わたしもうおなかぺこぺこなんですけど」

「水でも飲んどけ。

 ……話しきらんうちにメシなんざ食っても喉通らんぞ。今のお主、見とる限り」

「……」

 

 考えてみれば、前世の私を知っているネテロに、ちゃんと私のことを話していなかった気がする。

 

 分かってくれているものだと、勝手に思い込んで。

 

 ネテロが知っているのは、ネテロから見たリュウショウであり、アイシャなのだ。……特に今の私については、それほど詳しく知らないはずだ。

 

 好敵手ゆえ、弱みを見せるようなことはしたくなかったが……

 なんだかんだで、色々甘えさせてもらっているのは分かってる。

 ちゃんと話さないのは、彼に失礼なのだろう。

 

 ……いやだけど。こいついじるから、すっごいヤだけど。

 

「ほんとに長いですよ。

 ……イチから話すなら、私が前世で念能力を身につけたところからです」

「ほっほぅ。これは興味深いわ。

 まぁお主の念能力について、バラして都合の悪い部分は隠せ。それ以外は聞かせぃ」

「……。では……」

 

 

 

 ──少女説明中──

 

 

 

 話し終えたアイシャは、目が真っ赤になっていた。

 聞き終えたネテロは、どこまでも困惑した表情になっていた。

 

「……ひっく」

「もうええじゃろ。泣かんでも」

「だって……」

「……お主、ほんま豆腐メンタルになったのぅ。どんだけ打たれ弱いんじゃ」

「うぅー……」

 

 こやつ、とんでもなく激動の人生送っとるのぅ……

 

 自分も大概だとは思っていたが、それ以上の波乱万丈である。

 しかもその波乱万丈の大半は、今生の14年間だ。受け止めきれるものではないだろう。

 ただ、今が相当に幸せだと思えているのなら、それは何よりだとは思った。

 ……そういえばこやつ、言うとったな。

 

 ────私は、みんなと出会えて本当に幸せだよ!

 

 この言葉の重み、話を聞いた今ならよく分かる。

 幸せに飢えて飢えて飢え続けて……その果てに得た、溢れんばかりの幸福。

 当たり前の幸せがなかったからこそ、それらに満ちた心の安寧は如何ばかりのものか。

 

「ネテロ……

 お前だって、泣いてるじゃないか……」

「あぁ? うむ……

 いかんな、歳を取ると涙腺がゆるくてのぅ」

「泣いて、くれてるじゃないか……」

「くっくっ。貴重じゃぞ……

 せいぜい拝んでおけ」

「ああああぁぁぁぁ……

 くそっ! 笑えばいいだろぅ……」

「笑うもんかよ……」

「……嘘つくなよ。

 泣きながら、笑ってるじゃないかぁ……」

「そうか……

 なんでじゃろうな」

「あああああああああああっ……!」

 

 

 

 ────しばらく、何の言葉も交わさない時間を過ごした後。

 

 

 

「落ち着きよったか?」

「……。はい」

 

 まだ少し不安定な感じも受けるが、アイシャはいくらか落ち着きを取り戻したようだ。

 

「うむ。……しかし、なんじゃな。

 今のお主を見てると思うんじゃが」

 

 そう前振ると、アイシャがちょっと怪訝そうに首を傾げてみせる。

 

 

 

「……オマエ、本当に武を極める為に転生したの?」

 

 

 

「なッ!?

 なんで、そんなこと……

 それを疑うなんて、武人リュウショウに対する侮辱ですよ!」

 

 なんじゃろな、このキョドリよう……今度はネテロが首を傾げる。

 

「じゃあって、人生謳歌しとるし」

「それの何が悪いんですか!」

「別に構わんよ。でもの。やっぱり前世のお主を知っとると思うんじゃよ。

 ん? なんか違くねって」

 

 そっぽ向くアイシャ。

 

「あれだけ修行修行修行修行、他全部ほったらかしの修行バカじゃったお主が」

「さりげに前世ディスるのやめてください」

 

「ホントのことじゃろが。別にそれはそれで構わんっちゅっとるんじゃ。

 じゃがの。

 前世のリュウショウと、今のアイシャ嬢ちゃんがうまく結びつかん」

「……」

「詳しい話を聞いたから、よう分かるわ。

 なんかお主、肝心なトコをぼかしとらんか?」

 

 疑わしげなネテロに、アイシャは努めて平静に返す。

 

「そんなことはない」

「そんなことはない(キリッ」

「こいつホントぶん殴りたいぃぃぃ……!!」

 

 よほどネテロのオウム返しが癇に障ったらしく、座敷床をバンバン叩くアイシャ。

 ネテロは笑いをこらえつつ、

 

「どうもいかんな。

 お主がリュウショウのつもりで喋っとるのは分かるんじゃがな。

 一生懸命、口調を思い出して喋っとるようにも聞こえるんじゃよ」

「……」

 

 半分正解である。頭を切り替えないと、あの感覚が戻ってこないのだ。油断するとすぐアイシャに戻る。普段がそっちなんだから、当たり前なのだが。

 

「まぁアレじゃ。手配はしちゃるよ」

「?」

「じゃから医者の手配はしてやる。アテはあるでの。

 ただ今日はもう遅いし、明日いちおうアテには聞いてやるが……

 そいつがイカンかったら、ちと長引くかもしれん」

「どれぐらい待てばいいですか?」

「んー……

 せいぜい3日かの。それ以上は長引くのが確定じゃからな。

 3日こっちに留まることはできるか?」

「……予定にはなかったんで家に連絡しないといけないですけど、3日くらいなら。それ以上は、帰った方がいいんですよね?」

「そうじゃな。

 そん時は、こっちの準備ができたら呼んでやるわい」

「それでお願いします。

 ……では、少し失礼して」

 

 アイシャが席を立つと、

 

「しょん」

「家に連絡しますクソエロジジイ」

 

「……さようか」

 

 ドシドシ歩いて、バン! と開ける。バン! と閉める。

 少しすると、入れ替わりでオデンの鍋が運ばれてきた。

 

 

 

 おでん屋から出て、アイシャは携帯をPiPiPi♪ と操作。しばし耳を傾け、

 

「あ、父さん。…………ごめんなさい、本当は明日帰る予定だったんですけど、ちょっとハンター絡みで用事ができてしまって、今はスワルダニシティです。…………はい、……はい。大体、長くても3日くらいそこにいます。……はい。…………えっ、あぁ良い眺めでしたよ。ゴンと一緒に頂上まで行きました。…………いえいえ、全然危なくなんかは。……はい。……はい。遅くなってしまいますけど、おみやげは買って帰りますから。…………またまた、そんなこと言わずに。買って帰らなかったら不機嫌じゃないですか。…………あははっ、ごめんね父さん。……うん、……ん。母さんにもよろしく言っておいて。……えっ。…………ああ、ごめんなさい母さん。父さんに詳しく話したから色々聞いてね。……うん。……うん。大丈夫、気をつけるから。……うん。……うん。分かった。じゃあそろそろ切るね。……うん。おやすみ、母さん」

 

 Pi♪

 

「……んー、あー」

 

 アイシャは夜風の混じる空気を吸って大きく伸びをした後、

 

「色々あったなぁ。……おなかすいた」

 

 おでん屋の中に戻った。

 

 

 

「あー! もう来てるじゃないですかー!」

 

 座敷に戻ると、ぐつぐつと煮立った鍋がテーブルの真ん中を陣取っていた。

 

「そりゃお主のション」

「墓場が無料! 今すぐ死ね!!」

 

「……冗談の通じんヤツじゃ」

「うっさいセクハラジジイ。ゴハン前に何言ってんだか」

「……じゃあって、前世のお主じゃったら別にンなこと気にせんと」

「あ・な・た・とッ!! 昔交流があった時は、おたがいもう良い歳だったでしょうが!

 わ・た・しッ!! 今うら若いお・と・めッ!! じゅう、よん、さい!!」

「そんな力強く言われてものぅ」

 

「────ゴ・ハ・ン・が、まずくなる話はヤメロって言ってンだ、このバカやろうッッ!!」

 

「……すんません」

 

 ジジイへこんだ。

 

「全く、人がおなかちょーぺこぺこでイライラしてんのに……いらいら」

「余裕あんじゃね?」

「ほら、私の分のゴハンよそってくださいよ。レディーファースト」

「……なんじゃいなんじゃい。前世おっさんじいさんのクセに。

 ワシ、ハンター協会の会長じゃぞ……」

「あなたは、元会長。私は、前会長。上も下もないです」

「任期が短すぎるじゃろが」

「じゃあ、あなたの寿命が尽きるまで会長勤めましょうか。あー忙しくて戦えない!」

「マジでやめてくれぃ」

 

 

 

 前半戦。

 

「んふーっ! あーもう、めっちゃくちゃおいしーです!」

「確かにこいつは美味いのぅ……」

「ゴハンが進むーっ!」

「むちゃくちゃ食いよるのぅ……」

 

 

 

 中盤戦。

 

「ちくわチクワちくわー」

「これ独占するなや。ワシにも一本よこせ」

「くらえー」

「ぐわっぷ!? アツアツ押しつけんなや!」

 

 

 

 後半戦。

 

「ネテロ、タマゴはー?」

「……」

「タマゴ入ってないんですけどー。

 わたしまだ食べてないんですけどー。

 タマゴたまごタマゴー」

「……うむ。2つしか入っとらんかったようじゃな残念じゃ」

「ちょおっと、なに自分1人で食べ切ってんですか!

 おでんでタマゴなしとか有り得ないです!」

「お主だって、ちくわ独占したじゃろうに」

「だから一本返したでしょー」

「まだクチひりひりしとるわ! 年寄りを(いた)わらんか!」

「……んーっと、まだコンニャクが残ってますねぇー」

「ちょ、待て。お主それどうする気じゃ……」

 

 ァッ────!!

 

 とりあえず タマゴだけ別に注文しました まる

 

 

 

「あー。食べた食べた食べたー。満足ぅー」

「ワシくちびるメッチャいたい……」

 

 おしぼりで腫れ気味の唇を押さえるネテロ。

 テーブルの上には、タマゴと一緒に注文したお酒とジュースがある。あとは水。お鍋と空の炊飯器はもう片付け済みだ。

 

「タマゴもおいしかったなぁ。もっと頼めばよかった」

「そんなもん、たくさん食うもんではないぞ。他のもん頼んどけ」

「2つ食べたくせにー」

「いや、じゃって、2個しか入っとらんとは思わんかったし」

 

 はーっと息を吐くネテロ。それを「ん?」と見るアイシャ。

 

「……

 こうやっとると、やっぱり昔を思い出すわい」

「……。そうだな」

「アイシャや。

 別に、無理してリュウショウを演じる必要はないぞ」

「……!

 別に無理してなんか」

「お主には悪いが、不自然なんじゃよ。いちいち一拍置いてから喋っとるしの。

 どっちが正しいという話はしとらん。

 頭ん中でパッと出てきた言葉で話せばええじゃろ」

「……そんなこと言われたって、喋りにくい……」

「カッカッカ!」

 

 ぶすっとするアイシャに、ネテロが笑ってみせる。

 

「お主のそれは、クセみたいなもんじゃな。

 まぁええ。好きにせい。……昔に戻させとるワシも悪いしの」

「ネテロ……」

「まあ、あれじゃよ。

 これで昔みたいに、お前さんと酒が飲めりゃ最高なんじゃがな」

「うーん……

 私もそうしたいのは山々なんですけど……」

「お主の歳ではまだちと早いな。身体の方はやたらと成長しとるが」

「胸見ながら言うな」

「そうは言うても、イヤでも視界に入るしの」

「胸に向かって話しかけないで。顔、私の顔見て話して」

「ぇー……」

「えーじゃない」

「……で、お主はいつになったら酒飲むんじゃ?」

「ぅーん……

 父さん母さん、多分ゆるしてくれないと思うんですよねぇ。

 私個人は昔のこともあるし、あなたと飲みたいんだけど」

「……そう言うてくれると嬉しいの。

 別に家で飲んどるわけでもなし、こっそり飲みゃいいじゃろ」

「父さん母さんは裏切れません」

「かーっ! アイシャ嬢ちゃんは両親思いじゃ!

 ワシなんぞ後回し! 妬けるわー!」

「ぐ、ぬ……」

 

 照れ隠しに、コップの液体を呷るアイシャ。

 

 付き合うように、苦笑しながらネテロもコップから飲む。

 

「……む。こりゃ水じゃな」

 

 酒だと思ってクチにしたが、アテが外れたらしい。

 

「お?」

 

 向かいでアイシャが、なんか照れてるにしてはヤケに真っ赤になってる。

 

「む?」

 

 アイシャの手にしてるコップ。……もう中身はないが、水用のコップと違う。

 

「……お主、それ」

 

「ひっく」

 

 

 

 ────未成年者が、酒の席に同席した際のあるある事故をやっちゃったようだ。

 

 

 

 ごごごごごご……

 

 アイシャがゆらりと立ち上がる。

 

 ふらふらと、歩く。

 

「どうした、便所か?」

 

 ネテロの冗談ともつかない言葉にも反応せず、ふらふらとネテロに近づいてくる。

 

 柳葉揺らしで、なぜかネテロの背後に。

 

「おぁ?」

 

 混乱したネテロが振り向くより早く。

 

 

 

 アイシャが、がばーっとネテロの後ろから抱きついた!

 

 

 

「ぬわーっ! ちょっ待っ、おぬしッ!?」

 

 アイシャの こうげき!

 

「ねーてーろー♥」

 

 完全にダメな声色のアイシャ。

 ネテロの後頭部に大変なものが押し付けられてる。

 

「うおぉ、ちょ、おぬし待て! なんか感触おかしい!

 まさか……ブラしとらんのかッ!?」

 

「……だぁって、もう汚れてるのと破けたのしかないんだもぉーん。

 なかなか売ってないのよぉ、このサイズぅー……」

 

 やたらもむもむ押し付けてくるアイシャ。

 

 こうかは ばつぐんだ!

 

「ぎゃあああッ! おぬし、なにしとるか分かっとんのかぁっ!?」

 

「……どいつもこいつも、わたしの胸ばっか見やがってさぁー。元男だからどーでもいいけど、あんまりじろじろ見られても気分よくないわけですよー」

 

 ──ここのところ暴露トークが続いたせいで、カミングアウト癖がついたようである。

 

「ちょ、ちょ……そりゃおぬし、これは見てしまうじゃろ。

 おぬしはもう少し、自分がうら若い女性じゃという自覚をじゃな……」

 

「あー? ねてろ、おまえが言うかー?

 さんざん武神武神といじくりやがって、このやろー。神様じゃねぇっつってんだろぉ。神にもランクがあるんだよー」

 

 こやつ、どんだけストレスためとんじゃっ……!

 

 酒をちょっと口にしただけでコレだから、推して知るべし。最近強敵との戦いもなく、欲求不満がすごいのである。

 元よりアイシャは、黙っていないといけないことが多すぎるのだ。本人的には、むしろ打ち明けてしまいたいことが。それが今世初のアルコールをキッカケにとうとう爆発してしまった。

 

 ぶるぶる震えるネテロに、アイシャは誰にも見せたことがない艶っぽい表情を浮かべて、

 

「……。

 ねーえぇ、ネテロおじさまぁー♥」

 

 今まで聞いたことのない甘ったるいアイシャの声に「ぶほぉっ!?」と吹き出すしかないネテロ。

 

「……ネテロおじさまってばぁ。

 アイシャちゃんとぉー、いっしょにぃー、チョメチョメしよ♥」

 

 チョメチョメ言うなし。

 

「お、お、オマエ……、ホントに酔っ払ってんのかッ!?

 そのキャラおかしいじゃろ!!」

 

 たぶん、どこぞのバカップルの影響だろう……

 

「そんでもってぇー、未成年なんたらで捕まっちゃえぇー♥」

 

「どんだけワシのこと陥れたいんじゃああぁッッ!!」

 

 コレハヒドイ。

 

「お、おのれぇ……下も生えとらん小娘の分際で……」

「ぁー? なんでねてろがそれ知ってんのぉー?」

「……ん?」

「ん?」

 

 ネテロの知識は、1年前のハンター試験でアイシャの水浴びを(偶然)見た時のものだ。

 アイシャの今の言葉は……

 

「あ、うん。ワシャなんも聞いとらんよ。うん」

 

「……おん? へんな、ねてろー」

 

 

 

 ぐぬぬぬ……と唸るネテロ。後頭部からジワジワくる恐るべきパワーと、頭上から注ぐスイーツなサウンドに、容赦なく押し潰されそうなこの状況。抱きついてくる両腕もまた柔らかく、汗ばんで強まった少女の芳香がシャレにならないフェロモンと化していた。

 

 こやつはリュウショウ、こやつはリュウショウ、こやつはリュウショウ……!!

 

 リュウショウの顔を思い出し、何とか耐え抜こうとするネテロ。

 今のアイシャの顔を見たり、水浴びの時を思い出したりすると、マッハで理性ヤバイ。

 

 

 

「あーうむ……

 ……おぬし、ワシラは好敵手同士と違うんか。なんで恋人の真似事なんぞしよる」

 

「んー?

 だってぇ、ねてろのことむかつくけど、とっても大好きだしぃー♥」

 

「うおぉい」

 

 恐るべきカミングアウトに戦慄するネテロ。

 

「……だぁって。

 ネテロってば好敵手好敵手言ってるわりに、やたら女の子扱いするしさぁー。

 あんまり優しくされるとー……

 アイシャちゃんとしても、戦う気がなくなっちゃうわけですよぉ」

 

「……。

 アイシャ嬢ちゃんが苦しんどるのは分かっとったからの。

 お主を少しでも楽にしてやりたくて、つい、な」

 

「ハイ。真面目な話、禁止ぃー♥」

 

 後頭部でぽよんぷよんと弾ませるアイシャ。

 

「ぐわぁぁぁぁッ!! ワシの理性が消えていくぅぅぅッ!!」

 

「あっはは。ネテロってば、おっかしぃー。

 元男におっぱい押し付けられて喜んじゃってるぅー♥」

 

 ……コレハヒドイ。むしろ、ご褒美です?

 

 

 

 いつまでも離してもらえず、ネテロは諦めの境地に達していた。

 

 はよ、寝てくれんかのぅ……

 

「むにゃー。うーん」

 

 さっきから眠そうな声を出しているアイシャなのだが、なっかなか寝付こうとしない。そして、ハグもやめない……

 うとうとして目が覚めてを繰り返してるせいで、胸の弾みが妙にリズミカルになってる。

 

 ワシ、こやつの感触、完全に覚えてしもうたわ……

 

 アイシャがシラフに戻った時、このことを忘れているのを切に願う。……覚えてたら、照れ隠しに殺されかねない。自分はもう、死ぬまで忘れそうにないが……

 

 

 

「ねーぇー。ねてろぉー」

「……なんじゃ」

「さっき、ネテロのこと大好きって言ったのぉー。うそーじゃなーいよぉー」

「……さよか。

 ワシャてっきり嫌われとるもんじゃと思っとったがの」

「うーん。そだねー。嫌いなのもホントだよぉー。……えっちなこというしぃー」

「うむ」

「ひゃくしきかんのんで、ころそーとするしぃー」

「……ぅむ」

「アイシャのからだメチャクチャにして、すっごぃむかつくけどさー」

「……人聞きが悪すぎるぞ」

「……。きめらあんとの時に、ね」

「んん?」

「むりして、たすけにきてくれたでしょ?」

「……あぁ。まぁ、の」

「さいしょに、おみまいにきてくれた、でしょ?」

「……うむ」

「……アイシャとたたかうために、かいちょうやめたんでしょ?」

「ああ、ワシの為にな」

「ほんとにぃ?」

「…………なんじゃな。お見通しか。

 そうじゃよ。お主の為にも、じゃよ」

「ふふー。

 ……生まれかわって、よかーった♥」

「そうじゃな……

 お主が生まれ変わってくれて、ワシも嬉しいよ」

 

 

 

「ながいきして、ね? ネテロ」

「……。

 どうしたって、お主よりかは、早よ死ぬぞ」

「やだー。アイシャといっぱいたたかってぇー」

「……そう思うて会長をやめたんじゃよ。

 わしゃそんな長くない。じきに迎えが来よるからの」

「やだってばー。ながいきしてよぉー。ネテロがいなくなったら、アイシャ……」

「……心配せんでも、その頃にゃお主の仲間が手強くなっとろぅよ。まぁお主が一番強くなるじゃろうがな」

「ちがうのー。ネテロにいきててほしーのぉー。だって、アイシャのこと……いちばん、わかって……ふぐっ……うっ」

「……アイシャや。

 ワシが死んで、一番悲しむのはお主かもしれんな……」

「なく。ぜったいいっぱいなく。……あなたのうまれかわりさがすもん……おいてかないでぇ」

「無理な相談じゃ……せめて、今を悔いなく、な?」

「うん。……うん」

 

 

 

「……ネテロ」

「なんじゃ?」

「だいすき、だよ」

「……うむ。ワシも、アイシャのことは好きじゃよ」

「ほんとに? うれしいなぁ……ふふ♥」

「……アイシャや」

「なぁに?」

「……幸せにの」

 

「……。しあわせ、だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 

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第七章

 

 ────ToLoveる続きの一晩が明け。

 

 

 

「……お客様。あの、お客様。

 そろそろ開店の時間ですので……」

 

「……んぉ?」

 

 ぼんやりとまぶたを開くネテロ。

 

「ぅーむ?」

 

 なんか見覚えのない場所で寝ていた。

 枕がとてつもなく良いせいか、なかなか起き上がる気力が湧いてこない。

 

「……ネテロ」

「……ぉ?」

「……ネ、テ、ロ」

 

 頭の下から声が聞こえ、ぺちぺちと手が頭を叩いてくる。

 

「んぁ?」

 

「……お願いだから起きて。それ。マクラジャナイ」

 

「む?」

 

 ネテロ覚醒。後頭部の感触の正体に──

 

 気づき、高速で起き上がった。

 

 振り向くと、仰向けに寝てるアイシャが、ハデにめくれあがった上着をずりずりずりと直してるとこだった。顔まっかにして。

 

 後頭部に残る幸福感とは対照的に、全身の血の気が引くネテロ。あぁワシ、今日しんだ……

 

「あの……お客様。

 うちはそういうお店ではございませんので、できればお控えいただけると」

「いやいやいやいや! 誤解じゃ!

 ワシラそういうんとは」

「……ネテロ。ミザイストムさんの連絡先ください」

「な……なんでじゃ?」

 

 むくりと上半身を起こしたアイシャが、顔を紅くしたまま衣服と髪の乱れを直し、

 

「あの人、クライムハンターですよね。

 ……うん。今すぐ用があるので」

「いや、マジで、ちょっと待てぃ、落ち着け」

「あ、店員さんすいません。

 もしかしたら証言お願いするかもしれないんで、その時は……」

「はぁ……」

「やめてくれぇぇぇー。ワシほんま、身に覚えないんじゃぁー」

 

 両手で顔を覆い、しくしく泣くネテロ。

 

 ……ちなみに、その体勢(生おっぱい枕)へ持っていったのは寝ぼけたアイシャなので、ネテロ悪くない。

 

 

 

 ちゅんちゅん。と朝を告げる鳥の声。

 

「……えっと。それでは、よろしくお願いします……」

 

「うむ……」

 

 おでん屋の前で、冷静になってやけに疲れた顔の2人が、ばらばらの方向へ歩き始める。

 

 しばらくして……

 

「なんかとんでもないこと喋っちゃった気がするんだけどなぁぁ……」

 

 軽く二日酔いの頭で、苦悩するアイシャ。おでんを食べ終わった後くらいから、記憶がすっぽり抜け落ちていた。

 

 どちらかと言うと困るのは、聞かされたネテロの方だろう。墓まで持っていかねばな、と本人は苦悩させられていた。……複雑な心境ながら、かなり喜んでもいたが。

 

「……いたいいたい。

 ああ、お酒飲んじゃったかもしれない、父さん母さんゴメン……」

 

 アイシャにとっては、そっちの方が問題だった。

 

「ええっと、汗ベタベタだからまずシャワー、ああぁ先にブラ買わないと、いやでもまだお店あいてないからやっぱりしゃわー……」

 

 行く先が定まらず、ふらふら少女はどこかへ行った。

 

「ぅー。なんか胸がいたぃょー……」

 

 

 

 ──少女入浴中──

 

 

 

「うにゃー。なんか胸がもにゃもにゃするー」

 

 もにゅもにゅ。

 

 

 

 ──少女試着中──

 

 

 

「うにゅー。ブラつけるとなんか熱っぽいー……」

 

 もょもょ。

 

 

 

 ──少女軽食中──

 

 

 

「はあぁー。ようやく落ち着いてきたぁー。アイスおいしぃー」

 

 すぴょぴょ。

 

 

 

 ひとまずシャワーや買い物や軽食を済まし、時間つぶしにハンター協会の中を練り歩くアイシャ。目的はパリストンだ。ポスターの件は何とかなりそうだが、パリストン自身を何とかしないとマズイ気がしていた。むしろポスターをネタにきっちり懲らしめられれば、後顧の憂いを断てるというものだ。

 

 というわけで、パリストンの居所を聞き込みして回っているのだが。

 

 少なくとも、今日は来てない見てない知らない、と言った返答ばかりだった。むしろ、元副会長に一体何の用だ? と訝しげにされる始末。ほんの一瞬とは言え、会長であったアイシャがやけにパリストンを探し回ってるとなれば、変に勘繰られもするだろう。

 

 挙げ句、パリストンの親衛隊長とやらに目を付けられてしまった。

 

 

 

 

 

 ──協会ビルの廊下を歩いてると、向かいから女性がやけに芝居がかった仕草で歩いてきて、ここは通さぬとばかりに立ち塞がった。なんだ?

 

「あなたかシラ?

 パリストン様を探し回っていたノハ?」

 

「あ、はい。

 ……その通りですけど。あなたは?」

 

 尋ねておいて何だが、一度見たら忘れなさそうなインパクトのある外見の女性だ。

 そう、アレだ。選挙の演説動画で見た人だよ。確か……

 

「おや、わたくしのことをご存知なクテ?

 ……こホン。

 ワタクシはパリストン様の親衛隊長、かわ美ハンターのキューティー=ビューティー。

 前会長アイシャ=コーザさんも、情報収集が甘いですワネ」

 

「はぁ。

 ……それは失礼しました」

 

 なんとなく言い返す気力も湧かない。こんな化粧こってこてのピンク色した謎生物を、ヘタにつつこうものなら何が飛び出してくるか分からない。これが噂に聞いてた、かわ美ハンターか……

 

「それであなたは、パリストン様に何の御用かシラ?」

「あー、えぇ。その……

 直接本人に会いたいんですよ。伝言とかなら結構です。

 プライベートなことですし、本人以外に話したくないので……」

「あらァッ!? 一体なんなのかシラ!

 パリストン様にプライベートな用だなンテ……!

 ワタクシ、パリストン様の親衛隊長として、とてもとても見過ごしできませンワ!」

 

 ちょっと、ヤダヨこの人! 関わりたくないよ。

 これ以上絡まれると面倒なことになりそうだし、早々に切り上げさせてもらおう。

 

「えぇっと。

 ……もうあの人に何の用事もないです。ついさっき用はなくなったので。

 だから別に、気になさるようなことなんて何もありませんよ?」

「ふゥン。ほんとかシラ?」

 

 くるくる私の周囲を回りながら、じろじろ無遠慮に全身を眺めてくる。な、なんだ?

 

「ふぅん、ふぅゥン。

 あなた……

 とっても素材はカワ美いのに、肝心のファッションセンスが壊滅的じゃナイ?

 もしかしてパリストン様の親衛隊に入りたいとか、そういう理由だったのかシラ?

 でしたら、そう言ってくれれば、ワタクシじきじきにあなたをコーディネートして差し上げましたノニ。その上で、ワタクシが同席するという条件付きでなら、パリストン様にお会──」

 

「いえいえいえッ!?

 そんなっ、ご遠慮させていただきます!」

 

 なんだこの人、なんでこんな無駄に食いついてくんのッ!? どっか行ってよ!

 

「あら、遠慮するだなンテ。

 あなた、どれだけもったいないことを口にしているか、ホントにおわカリ?

 たとえ念能力者でも、天然でカワ美い時間なんてあっという間に過ぎ去るノヨ? 維持する努力、カワ美く保つ努力はとっても大切なことだって御存知?」

「そ、そもそも『かわ美い』というのが何なのか、私には理解できませんし……

 だから結構で──」

「あらぁッッ!?

 そんなことも知らないだなンテ! あなた、ものすごく人生を損していルワ!

 いいわ、ワタクシが教えてあゲル。いい、よく聞イテ? カワ美いっていうのは──」

 

 しまったァァァァッ!? めっちゃ食いつかれたぁぁぁぁッッ!!

 

 

 

 ──延々と聞きたくもない話をされ続け、謎のかわ美い勧誘と親衛隊入隊を断り続け、ようやく後腐れない形で解放された頃には、1時間も無駄に過ぎていた。はぁ……

 

 

 

 パリストンの居所調査を完全に諦め、純粋に暇つぶしで協会散策に戻る。

 かわ美ハンター……ねぇ。ホントなんでもアリだな、ハンターって。なんなんだ、あの生き物は。もう関わりたくねーよ。誰だよ、アレに星やったのは。

 

 ……そういえば、何ハンターになるかって全然決めてないんだよな。リィーナも活動はしてないって言ってたし、私も無理に決めなくていいんだろうけど……

 

 協会の中を見てると、○○ハンター会議室とか××ハンター資料室とか、様々な種類のハンターに関するものがある。

 

 やっぱりハンターって、何か狩るものが多いな。クラピカはブラックリストハンターを名乗ってるけど、幻影旅団以外の賞金首をハントする気ってあるんだろうか?

 特にそれらしい話は聞いたことがない。シングルの称号を得たのも、あくまで緋の眼を取り戻す為の利便を考えてのものだろうし。

 でも、もし他の賞金首もハントすることを考えてるなら、ちょっと相談してほしいかな。なんだかんだで正義感強いしな、クラピカは。緋の眼入手の交換条件でっていうのも絶対ありえないとは──

 

「ねぇ、キミ」

 

「……はい?」

 

 少し前から視線は感じていた。いや、見られること自体は珍しくない。まして協会本部ならやむを得ないだろう。聞き込みのせいで、やや注目を集めてしまってもいる。

 でも、話しかけられるのは珍しい。大半がジロジロ見てくるだけなんだよな。

 

 振り向くと、長い桜色の髪を垂らした白いワンピースの……んん? 女性? 男性? 声としては少し男性寄り……? という人がいた。

 私がさっきの件もあって警戒の視線を向けると、その人は身を引いて軽く両手を上げ、

 

「えーと、ゴメン。

 いきなり声かけて怒らせたんなら謝る」

「……別に怒ってはいませんよ」

「そう?

 ところでキミは、アイシャ=コーザさん、かな?」

「ええ、まぁ。何か私に御用でしょうか。

 ……というか、どちら様で?」

 

 ん? どっかで会ったような。どこだっけ……

 

「っと、名乗らずに失礼。

 俺の名前はウラヌス=チェリー。……昨日、声かけたんだけど」

「……ああ、思い出しました。

 そういえば、昨日ロビーですれ違いましたね」

 

 んん?? この人すれ違った時、なんか言ってたような。

 

「時間があったら、ちょっと話をさせてもらいたいんだけど」

 

 うん? なんだろ。……ハンター関連の依頼で拘束されたら困るな。まさか、親衛隊の勧誘第2弾じゃあるまいな。

 忙しいって言いたいところだけど、いま思いっきり暇そうにしてたからな……この後も時間つぶしにウロつきたいし。

 

「……今は時間ありますけど、何かお仕事のご依頼とか勧誘でしたらちょっと……」

「あ、いや。

 とりあえず話をするだけでいいんだ。無理に誘う気はないよ。

 何かお願いするにしても、今すぐどうこうって話じゃないから。

 ……話ができそうな相手がなかなか見つからなくて、ホント困ってたんだよ」

「はぁ。

 ……ちょっと考えさせてくださいね」

 

 ポケットから携帯を出して時間を確認。いま午前11時。

 んー。ネテロは3日って言ってたけど、すぐ呼びに来ることもありえるんだよなぁ……

 いつでも応答できるようにする必要はある。だからとりあえず自分も協会本部に来てる。

 

 床を指差し、

 

「この建物の中で、なら構いません。

 あと、急な別件がいつ入るか分かりませんので、お話し中にそれが来たら……」

「うん、それで問題ないよ。

 話を聞いてくれるだけでも助かる」

 

 桜髪の男性? は、ちょっとホッとしたようだった。

 背を向けて歩き出したので、私もついていく。うん……男性かな。かなり分かりづらいけど、骨格や重心はそんな感じだ。ひらひらの白いワンピースとか、綺麗に手入れされた桜色の髪の毛はアレなんだけど。ほっそりしてるし、足取りも弱々しいしな……ホントに男性か? なんか自信なくなってきた。

 

 

 

 男性が予約した会議室で、適当な丸椅子に腰掛ける。男性も近くの椅子に腰掛け、

 

「えっと、改めて。

 俺はウラヌス=チェリー。神字ハンターだ」

 

「へぇー……」

 

 神字。簡単に説明すれば、念を籠めて書いた特殊な文字のことだ。大体は念能力を引き上げたり、物品に念能力を固定する為に用いる字で、私も少し書けるけど、時間かかるし面倒くさい。

 

「私はアイシャ=コーザ。

 ……特に活動はしていないので、ただのハンターです」

「ん?

 ……方針を決めてないハンターってのはルーキーでたまにいるけど、ホントに何も活動してないの?」

 

 何もしていないハンターが、会長に選出されるわけがない──そう疑問に思い、尋ねてきただろう男性に、

 

「……。

 調べれば分かることですし、であれば別にわざわざお話しすることでもないかなと」

「うーん。まぁそっか……

 それで時間使うのも何だしな」

「で、神字ハンターさんが私に何か?

 ……あぁ、一つお尋ねしていいでしょうか?」

「うん、なに?」

 

「……昨日、私に向かってデタラメとかなんとか言ってましたけど、アレって」

 

「ありゃ、覚えてたか。

 しまったな……」

 

 渋そうな顔で頬を掻くウラヌスさん。ちょっと可愛い。

 

「……都合が悪いんでしたら、それ以上は伺いませんよ。

 ご用件を言っていただいても」

 

 正直すっごい気になるけど。……心当たりは私のオーラだけど、【天使のヴェール】はあの時も今も使ってるし、特別なにも感じないはず。

 

「んー……まぁ主題を優先するか。

 グリードアイランドって知ってる──

 ん? どしたの?」

 

「……い、いぇ。

 その、えぇ」

 

 うつむいて、痛みに額を押さえる。ぅー、やな思い出、やな思い出が……なんで今日はこんなのばっかりなんだ……

 

「あ、ん? もしかして」

「……。経験者です」

「おおっ、プレイ経験者だったんだ!

 よかったぁ。なら話が早くて助かるよ」

 

 腕を組んで、嬉しそうにうんうん頷くウラヌスさん。

 

「その……えっと」

 

 言いづらそうにする私に、ウラヌスさんは首を傾げ、

 

「あー……。

 その様子だと、かなり痛い目に遭ったクチ?」

 

 私は口許に手を当て、けふんけふんしながら、

 

「ん、んー。まぁ、そうですね」

 

 えぇ。ほんっとムカムカするくらい酷い目に遭いましたとも。私のハンター人生で一番思い通りにならなかった場所だ。

 

「その反応を見る限り、望み薄だけど……

 まぁいいや。話すだけ話すよ。

 正直に言うと、クリアする為に一緒にプレイする仲間を探してるんだ。

 ま、場合によってはクリアしなくてもいいんだけど」

 

 私は首を傾げる。あのゲームにクリア以外の目的で入るって……

 

「クリアしなくてもってことは……

 ゲームの中で、指定ポケットカードを使うとかですか?」

「それしか……ないと思うんだけど。

 それ以外で、グリードアイランドに入る理由ってある?」

「……犯罪者とか? が身を隠す場所とか」

「念能力者しか入れないゲームで、手練れが集まって来るような場所に、身を隠すも何もって感じだけどな。指定ポケットカードで何か企むっていうんならありそうだけど」

「ふむ……

 そうかもしれませんね。整形マシーンとかありましたし」

「……で。

 最近ようやくクリアされて、また再開したっていうのは知ってるかい?」

「再開?」

「……ああ、そもそも止まってたのを知らないのか。

 誰かがゲームクリアした後、しばらくグリードアイランドに入れなくなってたんだ。

 で、最近また入れるようになった。

 やけにクリアから再開まで間隔が空いてたんだけど、指定ポケットカードのイベントを改変したんじゃないかなと思ってる」

「はぁ。

 ……なるほど、そうかもですね。

 取り方がずっと同じだと、プレイヤー同士が協力すれば簡単に繰り返しクリアできそうですからね」

 

 実際、その辺の話は私の仲間うちでもしていたようだ。うまくやれば、繰り返しクリアできるんじゃないかって。

 ……私はもう嫌だから、話に参加しなかったけど。ゲンスルーさん達が非協力的だったみたいで、結局頓挫したようだ。

 

「うーん……

 その辺りは対策されてるだろうな。ま、細かい話は後にしよう。

 俺は前回1人でプレイしてて最高70種くらいまで集めたんだけど、キミは?」

「…………」

 

 うつむく。どうしよっかな……

 

「……ああ、イヤなら無理に言わなくても」

 

 

 

「────クリアしました」

 

 

 

 ウラヌスさんの、動きが固まった。めっちゃ目を丸くしてる。

 

 

 

「…………ぉ?

 ぉうん? わ、ワンモア」

 

「その……

 ……

 クリア、しました。

 けっこう大人数でしたし、クリア報酬でちょっとごたごたしましたけど……」

 

「……。

 はぁーっ!

 ただものじゃないだろうとは思ってたけど、これは驚いた……すっげぇビックリした!

 あのハメ組やツェズゲラ達を出し抜いたんだ。

 まぁ……あいつらがクリアしたんじゃないのは知ってたけど」

 

 頭頂部をぽりぽり掻くウラヌスさん。

 

「これは俺の出る幕じゃないか……

 仮にもう一度となったら、君なら同じ仲間と組んでクリアできるんじゃないか?」

 

「…………

 いえ。

 もう、入らないです。目的が達成できなかったんで」

 

 ウラヌスさんは首を傾げる。そりゃワケが分からないだろう。

 

「ちなみにそれって……

 同じ仲間と、もう入らない? グリードアイランドに、もう入らない?」

「……とりあえず、グリードアイランドに、ですね。

 私が入っても足手まといになります」

「ほーん。

 ……なんか目的が達成できなかったとか、足手まといとか、ずいぶん妙な感じだけど」

 

 それは私が言いたいよ……なんでことごとくあのゲームは、私に逆風吹かせるのさ……

 おのれ、ボス属性ェェェ……

 

 ウラヌスさんはワンピースの肩をなおして、両手を揉みもみし、

 

「悪い。ちょっと興味あるから、答えられる範囲で教えてほしい。

 目的が達成できなかったってのは?」

 

 ……。

 

 ……まぁいっか。ちょっとぐらい愚痴を言っても、バチは当たらないだろう。

 

「指定ポケットカードで欲しいのがあって、それ自体は手に入ったんですけど。

 その……私には効かなくて」

「ん、んー?

 き、か、な、い、ってのは……んー。そういう能力?」

「……当たらずとも遠からず」

「えぇっと……

 いや、効かないっておかしいもんな。能力なら、いくらか融通利きそうなもんだし。

 だとしたら、思いつくのは操作系問題だけど……」

「……」

「ん? それで当たり?

 いやまぁ、別に答え当てしてるわけじゃないんだが」

 

 私は息を吐く。もうほぼ確証持たれてるんじゃ、隠す意味もないか。

 

「……その通りです。

 私には操作系の能力があらかじめ掛かっていて、他の操作系が効かないんです」

「早い者勝ちのルールだね。んー、アレはなー……

 操作即負けに繋がる対念能力者戦を想定したハンターなんかは、わざと無害な操作系を先に食らっとくって防御法を採ることもあるんだけど……

 他の支援効果が受けられなくなるし、外すには術者に解除してもらうか、除念するしかなくなるからねぇ」

「……」

「キミは除念してまで、何とかする気ってある?」

「ありません」

「……スパッと言うね。

 結構厄介だけどな。知ってるかもだけど、ハイレベルな念能力だと操作系を含むことが多いから、強力な支援を受けられなくなるよ」

 

 私は言われて『ん?』と引っかかる。含むって……

 

「……ちょっと待ってください。

 操作系の早い者勝ちって、操作系能力を弾く、だけじゃなくて」

 

「うん、そうだよ。

 対象を操作するタイプの操作系を含むもの、全部ダメになる。

 能力を一系統だけに絞らなきゃいけないなんてルールはないし」

 

 そっか……私、ホルモンクッキーは性別変化の効果だからうっかり変化系だって勘違いしたけど……勘違いじゃなく、肉体の性別を変化させる変化系能力+体内ホルモンを操作する操作系能力の複合だった可能性もあるのか。

 

 操作系が効かないから変化系も効果を発揮せず、ボス属性が発動しなかったのかな? 検証しないと分からないけど。まぁ、どういう結果でもダメなんだけど……

 

 私がぼんやり考えてる間も、ウラヌスさんは色々説明してくれてる。

 

「時間制限付きの操作系を含む支援効果なら、当然その時間内は敵の操作系を弾けるし、なかなか有用なんだけど……

 ま、わざわざハイレベルな支援用の『発』を作る能力者は少ないけどね」

「……。

 その、支援効果っていうのは、グリードアイランドのアイテムにも当てはまるってことですよね?」

「当然そうなるね。

 指定ポケットカードには、阻害効果をもたらす操作系も多いから、後出し操作されないメリットも大きいっちゃ大きいが」

「あー。

 コネクッションとか。レインボーダイヤとか」

「うーん、そうだな。

 ……なんかそのラインナップはおかしい気もするが」

 

 それは私に言われても困る。自分が欲しがってたわけじゃないし。

 

「とりあえず目的が達成できないっていう話は分かった。

 ……除念する以外に、ちょっと解決方法は見つからないかもな。何が欲しかったかにもよるんだけど」

 

 ……んん?

 

「あの、それって……

 物によっては、除念なしに何とかなるかもってことですか?」

「……」

 

 あ。返事できないやつだ、これ。んんー? 気になるなら自分で考えろってことか。

 ……いや……いや。今さらホルモンクッキー使いたいのかって言われると……

 

 ん? ちょっと待てよ。

 

 私が諦めたのって……絶対無理だから。だったはず。

 

 ──え? 希望あるかもとか言われると、ちょっと揺れるんだけど。

 

「……答えないとダメかな?」

 

 うつむいて考え込んでいたので、慌てて顔を上げ、

 

「えっ。いえいえ。

 ……その、気にはなりますけど……」

 

「……。

 もしそれを話すんなら、交換条件かな。

 俺は、物によって除念なしに何とかなるかどうかを言う。

 君は、何が欲しかったのかを言う。

 それに対して俺は、それが何とかなる物なのかを言う」

 

 ウラヌスさん、人がいいなぁ……もうそれ答え言っちゃってるじゃないですか。

 でもホルモンクッキーが何とかなる物に含まれるかは、結局聞かなきゃ分からないしな……

 

 ……まぁ、いっか。後学の為にも言っちゃえ!

 

「ホ、……ホルモンクッキー、です」

 

 中性的な顔立ちのウラヌスさんが「んんっ!?」と目を見開いた。

 

 なんだろう……なんだろう、この妙な恥ずかしさは。うぅ……

 

「……ん。

 あー、うん。

 個人的な事情はいいや、うん。

 えっと……順番が逆になっちゃったけど。

 まず、物によって除念なしでも何とかなるかどうかの答えは……

 そもそも操作系アイテムに限った話じゃないんだ」

「?」

「おそらく指定ポケットのアイテムに限った話でもないんだが……

 グリードアイランド内で入手できる念能力の産物……特殊なアイテムは、全て『改変』可能だ」

 

「あっ──……」

 

 言われて、きゅっと背筋が伸びた。

 

 ……アイテム効果の改変。そう、心当たりがあった。

 

 

 

 ────『死者への往復葉書』。

 

 

 

 葉書に、亡くなった人への手紙をしたためると、次の日その人から返信が来るアイテム。

 私がリィーナにお願いして、クリア報酬として譲ってもらい……私が死なせてしまった母さんとやりとりをしてもらう為に、父さんに渡したアイテム。

 

 それを、父さんは……

 

 独力でそのアイテムを核とし、死者としての意識のみだった母さんを……念獣として、具現化することに成功した。

 葉書一枚につき24時間まで、という条件付きとはいえ、母さんは再びこの世界で身体を持って存在できるようになった。

 

 

 

 実例が、あった────

 

 

 

「なにか知ってそうな感じだけど……

 話を続けていいかな?」

「あ……はい」

 

 ウラヌスさんは、一つ息を吐いた後、

 

「で、ホルモンクッキーなんだけど……

 ちゃんと調べないと断言はしかねるけど、キミに効かなかったっていう時点で、アレが操作系効果を含むのは確定してる」

「……はい」

「あれはすぐ身体を変化させてもいるから、変化系+操作系の複合能力で間違いないとは思うんだけど……」

「……」

 

 ウラヌスさんは、ポンと両手の平を合わせる。

 

「理論だけの話。えっと……

 多分、身体の作りを異性に変化させるだけのアイテムなら、不可能じゃない」

「……」

「でも……アレがホルモン操作を行っているのは確実だろうし、ホルモン操作なしで身体だけ異性に変化させたりすると……」

「……」

 

 もう聞いてるうちに、私の頭は下へ下へ傾いていった。……ええ、そうですよね。

 

「それは、外科手術で無理やり異性の身体にしてるのと、何も変わらない。

 手術の性転換は、更に時間をかけて、ホルモン注入でどうにかするんだけど……」

 

 ……うぅ。

 

「まあ、いびつだな。

 肉体的にも精神的にも変調をきたす可能性が高く、ヘタすりゃ寿命を縮める。……いや、確実に縮むか。

 ……いちおう確認するよ。ホルモンクッキーみたく、一時的に──だよね?」

 

「……はい」

 

「だわな。……じゃあーキツイなー。

 今思いつくのは、身体だけ変化するホルモンクッキーとホルモン注入の合わせ技だけど、1日経って元の性別に戻っても、注入したホルモンはそのまんまだからなー。それが実害ないとは俺思えねーもん」

 

「うぅ……」

 

 やっぱりダメか。……知ってたさチクショウ! いっつもいっつもオチつけやがって!

 

 ものっそ、がっかりを体現して私がうつむいていると、

 

「……調べるだけ、調べておこうか?」

 

「はい?」

 

 私が顔を上げると、ウラヌスさんはやや困ったふうに頬を掻き、

 

「時間はかかるかもしれないけど、ホルモンクッキーさえあれば研究はできる。

 もしかしたら、変化系のみでリスクなく性転換する方法は……

 ちょっと見込みは厳しいけど、絶対に不可能かどうかは分からない」

 

 ぅ……でもこのパターンって、結局ダメでしたチキショウな気がする。

 なんでだろう、そんな予感しかしない。なんでだ。

 

「い……え、その……

 時間も費用もかかるでしょうし、不確実なことに貴重な労力を割かなくても……

 私はもう、諦めてるんで」

 

 うん、諦めてるよ……。私は女性としての幸せを追い求めるのさ……。よく分かんないけど。

 

 ウラヌスさんは難しい顔で、そばのテーブルにとんとんとん、と指を落とし。

 

「……まあ、キミにだけ言わせておいて、黙ってるのもフェアじゃないか。

 元々研究したいアイテムの一つが、それなんだ」

 

「?」

 

 私がよく分からず、首を傾げてみせると、

 

「グリードアイランドで入手できるアイテムの改変は、俺の研究テーマの一つなんだ。

 だから、その……俺も、ね?」

 

 あれ? なんかウラヌスさん顔赤くなってる。

 そういえばこの人、女の子みたいなカッコウしてるけど……

 

「その……性同一性障害ってやつで……

 えっと……

 ……おんなに、なりたいです」

 

 

 

 …………

 

 ……ぉぉ。……ぉぉ、なるほど。

 

 ……世の中って…………うまくいかないんだなぁ。

 

 

 

 顔を赤くし、ヒミツを打ち明けたウラヌスさんの前で、私は悟りを開いたような表情になった。

 

「──えっ!? いや、でも。

 ウラヌスさん、普通にホルモンクッキー食べればいいじゃないですか。ゲームの中で」

「……ゲームの中で一日だけ女性になっても……

 いや、もうとっくにそれはやってて、納得してないから欲しがってるわけで。

 俺はゲーム外で長期間使いたいんだよ」

「んー。

 じゃあクリアするしかないですね……」

「なんだけど……

 アレ、合計で何日性転換できるか、キミは知ってるんじゃないか?」

 

 うっ。

 

 えっと、記憶違いでなければ、1日1個×1箱20個×10箱セットだから……

 

「……200日、ですね」

「ゲームクリアして得られるものとして、その数は充分だと思うかい?」

「あー……」

 

 そうだ。その問題は私も思ってた。ていうか1個で1日しか効かないの知らなかったし……

 

「俺もそうだし、キミもそうだろうけど。

 望んだ性別に200日なれたとして、それで満足できるかどうかは……

 正直びみょーかなって」

「……」

「で、俺はそれもどうにかしたいわけだよ。

 量産できれば万々歳だけど、効果日数を増やすとか、その程度の改変は目指したい。

 だから……

 キミが欲しがってる変化系のみでノーリスクなクッキーも、全く無関係な研究ではないんだ。時間はかかるだろうし、流石にゲームの中で研究しきるのは無理だろうけど」

「なるほど……」

 

 私には、そこまでの情熱は持てそうにないなぁ……修行したいし。

 

 まぁ……

 

 ウラヌスさんは言わないけど、手術で性転換するのはきっと嫌なんだろう。元の性別に戻れなくなるっていうのが、私も拒否する理由だし。彼にはホルモンクッキーが効くわけだから、そこからアプローチするのは当然だな。

 

 ウラヌスさんは暑そうにワンピースのエリをぱたぱたさせ、

 

「ふぅ……。

 まあいっか、これも話しとくよ。

 俺の方はホルモンクッキーがメインじゃなくて、切羽詰(せっぱ つ )まった問題として今すぐにでも欲しいアイテムがあるんだ」

「なんですか?」

「……魔女の若返り薬」

「あー……

 多分、欲しいアイテムランキングがあったら、3位内確実なやつですよね」

「だろうね」

「……ウラヌスさん、今おいくつですか?

 失礼ですが、そんなお歳を気にされるような年齢には見えませんけど」

 

 細身体型だからっていうのもあるけど、ぶっちゃけ見ようによっては子供だ。

 

「……17歳。

 20歳まで後2年半」

「あ、ちなみに私は14歳、今年で15になります」

「ぅわっ! 若ッ!

 つか子供じゃねーか」

「失礼な。

 ……そういうあなたは、とても17歳には見えませんね」

「ぐ……

 見た目のことは言わないでくれっ!」

 

 多分、ハタから見たら私の方が年上に見えるなー。ふふん♪

 

「つかマジで14なのか……

 念能力で若作り……してるわけないか。そんなふうに見えないし」

「む。なんか失礼なこと考えてません?」

 

 ウラヌスさんは改めて、椅子に座ってる私をじっと見る。

 

「……どっから湧いて出てるんだ。

 その人外じみた生命エネルギーは」

 

 ──ぎくっとしつつ。尋ねられている意味がよく分からず、困惑する私。

 

「……どういう意味です?」

「あんた、相当量のオーラ隠してるだろ?

 流石にこれだけの時間、澱みがなけりゃ分かっちまうぜ」

 

 私は視線を逸らす。……言い訳が思いつかない。

 

 指摘された通り、それが【天使のヴェール】の問題点でもある。私のオーラを包み隠し、一般人のような垂れ流し状態に欺瞞できるんだけど、あまりにも澱みが生じなさ過ぎて、逆に隠してるのがバレてしまう。かなりの使い手には、だけど。

 

 ただ……ウラヌスさんも、隠してるオーラそのものは感知できないはずだ。

 なのに、私の潜在オーラ量の見立てができている様子。……一体どうやって?

 

 ウラヌスさんは居住まいをただし、私の方へまっすぐ座った。

 

「……キミにゲームクリアの協力をお願いするかもしれないし……

 ちゃんと説明させてもらう。ただ、他言無用で」

「……はい。

 その代わり、私の方も」

「もちろん。

 キミは操作される心配がないから、俺はいくらか安心できるけど、キミは本当に大丈夫かい?」

「……あなたがすでに分かっていることは、どうしようもないかと。

 それ以上の情報を渡すかどうかは、私が判断します」

「賢明だね……さすがは前会長」

「やめてください。

 ……目立っちゃって、すっごい困ってるんです」

 

 ウラヌスさんは、おかしそうに口許を押さえ、

 

「やっぱりそうか。

 会長になる努力をしそうな感じじゃないし、変だと思ったよ」

「もう! お話の続き」

「悪い。まず簡単に……

 俺のこの目は」

 

 彼は指で下瞼を引っ張り、自身の茶色い瞳を大きく見せ、

 

「目の精孔が開いてれば、普通にオーラも見えるんだが。

 仮に俺が『絶』状態でも、オーラ以外のものが見える。

 この目は、生まれた時からこうだ」

 

 ……オーラ、以外?

 

「俺の目に見えるのは。

 

 念能力、オーラの源とも言える力────生命エネルギーと、精神エネルギーだ」

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 

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第八章

 

 時々言われることではあるし、念能力者なら誰もが実感することではある。

 

 オーラとは、生命エネルギーであると。

 

 ゆえに、全身の精孔が開くことによってオーラが体外へと放出され、それをそのままにしておけば衰弱して死に至ることもある。

 

「生命エネルギーっていうのは、まぁ、説明いる?」

 

 ウラヌスさんが尋ねてくるので、少し逡巡した後、

 

「言葉通りだと思いますけど……

 でも、オーラ=生命エネルギー、ですよね?」

「じゃあ、オーラを操る(すべ)を『念能力』と呼ぶ理由は?」

 

 ぅ……

 

 うーん……かつて6年も瞑想して念能力に目覚めた私としては、あんまり適当に流していい話題じゃないな。

 

「えっと……

 オーラを感じ取ったり、オーラを思い通りにしたりできるから、念能力……

 ですよね?」

 

 ……の、はず。改めて聞かれると、ちょっと自信ないけど。

 

「大体合ってる。

 言ってみれば、オーラを制御する力が精神エネルギーだ。いわゆる固有能力開発の際、上限として問題になるメモリは、この精神エネルギー量に起因する」

 

 お。それは面白い説かも。確かに人によっては、メモリ仕事してないしなぁ……

 

「いちおう言っとくけど、これは俺の目が生命エネルギーと精神エネルギーを感知できるから、自分なりに調べてみたことでしかない。

 大体、オーラのことを生命エネルギーと言ったり、精神エネルギーと言ったり、ヒトによってブレブレだしな。まぁ俺のも、話半分に聞いて欲しい。

 ……で、死者の念ってあるだろ?」

「死後に強まる念ですね」

「念能力者が死亡する際、練り上げられた精神力が、死に瀕した現状を打破しようと自己生存機能を発揮する……ことがある」

 

 ふむ。それはつまり、死後ではなく死ぬ直前ってことか。

 でもその考え方だと、母さんの念獣に当てはまらない気がするな……。母さんが死んで何日も経ってから、私のところに現れたし。

 

「死んだ後だと、死者の念って発現しないものなんですか?」

「んー……

 死の定義にもよるかなぁ。完全に死んでたら、俺は無理だと思うんだけど。

 まず前提として。

 厳密に、人が死ぬっていうのは生命力が0になることじゃないんだ。

 ……甦生が、不可能な状態に陥ることを言う。

 だからヒトは死んでも、即生命力が0になるわけじゃない。

 オーラっていうのはそもそも、生命力のみ精神力のみの構造じゃない。生命力精神力が練り合わさり、意思による制御を可能としたエネルギー体、それがオーラだ」

 

「……」

 

「で、生命維持が困難になり、生命力が著しく減衰すると、自己生存機能が精神力を限界まで増幅し、身体機能をオーラで増強、もしくは自分以外の生命力へ取り憑こうとして、オーラが移動する。

 その結果、死者が自力で甦生したり、増幅した死者の念が特定の生者を害するといった現象が発生する」

 

 

 

 ……もしそうだったとしたら、母さんの場合は……

 

 死んだ母さんのオーラが、死者の念となって私に憑いて……

 

 私が流星街で危機に陥って、それがきっかけで母さんの死者の念が念獣を生み出した、ってことか……

 

 うーん……。そういうの、研究してる人の話って聞かないもんなぁ。いたとしても秘匿してるんだろうけど。命に関わることだしな……

 

 ん? ウラヌスさん、いいんだろうか。それが本当だとしたら、ものすごく貴重な情報だけど。どれだけ価値のあること教えてるか、分かってるのかな?

 

 ……まぁいいや。面白いし、黙って聞こ聞こ。

 

 

 

 考え込んでいた私の様子に、話を止めてくれていたウラヌスさんは、聞く態勢に戻った私を見て話を再開する。

 

「死者の念はいわゆる精神エネルギー寄りの現象で、これを念能力に置き換えると、魔法じみた特殊な作用を起こすのに適している。

 六系統で言えば、特質・具現・操作が精神エネルギータイプだな。具現は少し生命寄りだけど」

「……

 そうすると、残りの3系統は生命エネルギータイプってことですか?」

「うん。

 やっぱり単純に身体能力を引き上げたり、何かを壊したり治したりが向いてる。

 強化・放出は特に顕著だね。変化は……その中でもやや精神寄りかな。

 メモリ問題は得意系統の遠い近いだけじゃなく、そういう要素も影響してくるってのが俺の持論」

 

 私は腕を組んで、また考え込む。

 

 念は何よりイメージが大事というのは、念能力者なら誰もが知るところ。よって精神をおびやかされると、容易に弱体化が起こる。しょせんイメージなんて形あるものじゃないからな。

 

 それもあって、私は戦闘用の『発』の開発に及び腰なところがある。不安定なものに、必勝は望めないから。

 

 ネテロの『百式観音』が常勝たりうる安定度なのは……なんていうかアイツ頭おかしいからだと思ってるし。

 

 まぁ……メモリの問題がなかったら、もう少し戦術の幅を広げる『発』は欲しかったんだけど。死にスキルが多くて……くぅ。

 

 私が自分の系統を水見式で確認した時は、前世が操作系、今は特質系になっている。

 

「その……」

 

 釣られて言いかけ、私は口を噤んだ。

 

 自分の系統について触れてしまうと、情報が洩れた時かなりマズい。弱点が容易く露呈する。特質系への助言はしてくれるかもしれないが、ウラヌスさんは仲間じゃない。

 

 ウラヌスさんもそれが分かったのか、こちらに対して手の平を振る。

 

「生命力と精神力の多寡は個人差が大きくて、必ずしも六系統のそれと一致しない。

 俺から言えるのは、君はかなり生命力の方が高いってことだ」

 

 ……つまり私の場合、系統と真逆じゃん。……でも長所がない代わり、短所もないってことか。

 

 ともあれ、私の力の大きさを彼が見破った理由はこれで分かった。

 

 確かに【天使のヴェール】はオーラを隠してくれるけど、それ以上のことはできない。そんなの想定できるわけないからね。はぁ……意外に見破られるなぁ。

 

「ちなみに俺は、どれにも属さない」

 

「?」

 

 ……どれにもって。

 

 ウラヌスさんは自分の胸に手を当てながら、

 

「俺は、六系統のどれにも属さない。

 得意不得意がない。最大値が全て70%と言えば分かりやすいかな」

 

 ……ほぉー。そんなの初めて聞いたや。クラピカの【絶対時間/エンペラータイム】は発動中に全系統が100%になるけど、初めからどれにも属さないというのはかなり異質だ。

 

 言うなら、無系統か。

 

「この目のせいかな。

 自分の身体を見ると、生命力と精神力がほぼ同じで、それを意識に含んでたからか……俺は何かに寄ることがなかったんだ」

 

 両の手の平をじっと見つめるウラヌスさん。……多分そうやって自分の力を見てきたんだろうな。

 

 もし彼の持つ目が念能力によるものなら、おそらく【ボス属性】が反応して、私の力を見破らせなかっただろう。つまり、念能力でもない。クラピカの緋の眼に近い感じはするけど。

 

「……その目は、生まれつき、でしたよね?

 念能力に目覚めたのって、いつ頃ですか」

「最初から」

「え?」

「……肉親の言葉を信じるなら、俺は生まれた時からオーラを纏っていたらしい。

 正直、出産前後の赤子に『纏』ができてたなんて、まともじゃないと思うが……」

 

 ぁー、ぅー、ぉー。

 

 ……私とかなり近しい境遇っぽいけど、わたし生まれる前から自我ありましたー、とか言ったら変人扱いされそだなー。アハハー……

 にしても、私以外にもあるのか。そういうことが。赤ん坊が念能力者っていうケース。もしかして転生かな……オーラだけ継承して、記憶は引き継いでないとか、そういうの。

 

「長々と話したけど……

 俺はそういった特殊な体質で、子供の頃から相当オーラ量が多かったんだ。

 で、ヤンチャが過ぎてね……

 里のみんなから疎まれた挙げ句、両親と姉に念で呪いをかけられた」

 

 ぅ……

 

 そんなめっちゃ重い話をさらっと。

 

「10歳の頃に呪いをかけられて……

 潜在オーラ量の上限が、増えることなく加齢で減り続ける状態に縛られた。

 俺の潜在オーラ量は今45000で……

 20歳を迎えた時点で、ちょうど0になる計算だ。

 0になれば、オーラの元となる生命力と精神力も枯渇した状態になり、死に至る」

 

 ……呪い……オーラ量……20歳で死ぬ……

 

 ウラヌスさんの語る情報を頭で整理し、ようやく一つ結論が出た。

 

「……なるほど。

 それで若返り薬なんですね」

「そういうこと。ちょっと裏技くさいけど……

 俺の年齢に対して念をかけられてるから、俺の予想が間違っていなければ、若返り薬で10歳未満まで若返った時点で、条件を満たせずに消えるはずなんだ」

 

 ちょっと疑問に思ったので、質問してみる。

 

「……でも、歳をとって10歳になったら、また念が条件を満たして再発動する、かも?」

「かもしれない。

 まぁ除念すればいいんだけど、当然除念すれば露見して里から追っ手がかかるだろうし。俺は里から逃げてきたんだけど、もうじき死ぬだろうってことで放置されてるみたい」

「……除念のアテはあるんですか?」

 

 風間流には、かなり腕のいい除念師がいる。バッテラさんの恋人の『病気に見せかけた呪い』を払うぐらいには力がある。いずれにしろ、熟練の除念師は貴重な存在だ。

 

「……

 自力で出来る。神字で時間をかければ、だけど」

「ほんとに、ですか? 除念って……」

「言いたいことは分かるよ。

 除念はグリードアイランドのアイテムにすら多分存在しない、希少能力だからね。

 本当のことを言えば、今は出来ない。オーラ量が全然足りない。

 ……呪いをかけられる前の潜在オーラなら、なんとかなる」

 

 言って俯き加減に、桜色の後ろ髪を一撮み撫でるウラヌスさん。

 

 多分、除念する為に神字の研究をして……できるようになった頃にはオーラが足りなくなってたのかな。もしそうなら可哀想な話だ。

 

 命懸けか……力になってあげたいけど、私じゃ本当に足手まといになる。

 

「今さら言っても仕方ないですけど、前回プレイされてた時に魔女の若返り薬を入手して、使わなかったんですか?」

 

「……

 今さらかな。まさか誰かクリアした途端ゲームに入れなくなるなんて思わなかったもん。時間はまだ充分あると思いこんでたんだ。

 若返り薬を取りはしたんだけど、使わなかったんだ。……もしかしたら1つ使っただけでも呪いを解こうとしてるのがバレたかもしれないし、研究する時間がほしかったから。

 

 ────本音を言えば、俺はグリードアイランドのアイテムを信用していないんだ」

 

 ……ほぅ。

 

 何というか、ホルモンクッキー1つで振り回された私にとっては、身につまされる言葉です……

 

 父さんも死者への往復葉書をきちんと検証してたし、うぅぅ、ちゃんと考えてなかったわたしが恥ずかしい……

 

「よく分からないものを、勝手にこうだろうと思い込んで使う気にはなれない。

 自分で調べて、うん、大丈夫と判断しないと気が済まないタチなんだ。……納得したいだけだって、分かってはいるんだけど。

 ただ、若返り薬は自分の命に関わるから……慎重にもなる」

 

 なるほどねぇ……

 

 この人の念能力やオーラに対する見地も、その考えから来てるんだ。とても年齢相応の認識じゃない……必死に考えてきたんだろう。

 

「……喋りすぎたな。時間をとらせて申し訳ない。

 キミはもうゲームに入りたくないんだろうし、これで切り上げてくれてもいいよ。

 話を聞いてもらえて、ちょっとスッキリした」

 

 

 

 あ……あ。なんか分かっちゃった。

 

 この人、きっと友達いないんだ。だから不利になるようなことまで、私に喋っちゃったんだ。誰にも話せずにいたから……

 

 ……いいのか、私。この人ほっといて、もし死んじゃったら後悔しないか?

 

 友達になったら、きっと他にも色々教えてくれそう。

 いや、でも、そんな損得勘定で友達になっちゃダメだし……大体向こうがこっちをどう思ってるかよく分かんないし……

 

 そもそも力になりたくても、私は本当に足手まといになる可能性が高い……

 

 前回クリアできたのは、ほとんどみんなの力だ。特にリィーナとゲンスルーさん。……チートに等しい活躍ぶりだった。

 

 でも……元ゲーマーの血が騒いでるのも事実だ。あれだけの困難に当たることなんて、私の今後の人生でどれだけあるか。敗色濃い難敵にこそ、全霊を以て臨む事がゲーマーの……いやいや武人の……いやいや、混乱してるぞ私ちょっともちつけ。

 

 えっと……

 

 ホルモンクッキーの研究はしてほしいもんなぁ……。すがるものが他にないなら、希望だけは残しておきたい。彼がダメなら、それはそれで私も諦めがつく。どうせ自力で解決するのはもう無理なんだから。

 

 

 

 私が腕を組んで、あちこち視線を向けながらうんうん考え込んでると。

 

 ウラヌスさんは、そばにあった自分の荷物袋から、あるものを取り出して、テーブルに置いた。

 

「あ……」

 

 オーラに包まれた、ジョイステーション。

 

 プレイヤー2にはメモリーカードが1枚刺さっていて、プレイヤー1にはマルチタップ、マルチタップには4つの穴が開いたままになっている。

 

 彼はそれらを手で示し、

 

「プレイ経験者のキミなら分かると思うけど。

 正真正銘、本物のグリードアイランドだ。俺が所有しているのは、この1本だけ。

 プレイヤー2側はプレイ中で使えないから、この1本でセーブできるプレイ可能人数は4人になってる。

 俺は必ず入るから、残り3人。いまハンターサイトで仲間を募集してる。

 もしキミに参加の意思があるなら、その募集から応募してほしい。

 募集が見当たらなかったり、消えてたりしたら……

 もう仲間を集め終えて、プレイを開始したと考えてほしい」

 

「……すごいですね。ゲーム自体を手に入れたんですか」

 

 ヘタすれば、クリアの懸賞金より高くつくぞ。リィーナはもう処分したって言ってたし。……こっそり数本残してても不思議じゃないけど。

 

「元々はバッテラ氏の依頼で入ってたんだけどね。今はそれができないから……

 ただ、だいぶ高くついたんで、もうハンターを雇う余裕はないんだ」

「……でも仲間を募集されてるんですよね?」

「ああ。

 いちおうクリア報酬の指定ポケットカード山分け、って形で交渉しようと思ってる。

 残りの予算でどれだけの期間プロハンターを雇えるか、ちょっと微妙だから」

 

 かなりしんどそうだなぁ……

 あぁ、力になってあげたいけど、足引っ張る気しかしない。うぅ……

 

 大体、私がまたグリードアイランドに入ったりしたら、みんな=反性転換連合が妨害に来そう。そうなったら足を引っ張るどころの騒ぎじゃない。ゲームクリアまでとなれば、相応の期間拘束は避けられないだろうし……

 

 ──いや。ちょっと待て。

 

 そもそも私、お医者さんに診てもらわなきゃいけないじゃないか!

 

 なんでこんな時に! 巨大キメラアント並みに達成難度高そうなんだけどコレ!

 うぅぅぅぅ、味方少なすぎぃぃっ!!

 

 ぁ……う。……正直に言うか。

 こんなの、どうしようもないよ……

 

「その……ごめんなさい。

 力にはなりたいんですけど、実は私、いま身体の具合が悪くて……

 ちょっと、普通の病院だと分からない原因かもしれなくて」

 

 ウラヌスさんが私の身体をじっと見る。う、アレかな。生命力精神力を見られてるのか。

 

「……キミが嘘をついてるとは思わないんだけど、とりあえず見た感じ異常らしい異常はないよ。俺も医者ほど知識があるわけじゃないから、アテにはならないけど……

 どこが具合悪いか、言える?」

 

 う……

 

「その……えっと……

 ……おなか、です」

 

 ウラヌスさんはチラッと視線を外して何事か考えた後、私を見直した。うぅ。

 

「……。

 …………うーん。

 俺の目でまんべんなく見たけど、やっぱり異常はない。

 もし問題が念能力絡みだとしたら、オーラの問題かもしれない。俺の目は体内オーラを詳細に見抜けるわけじゃないから。キミは今オーラを隠してるから尚更だけど」

 

 ……そっか。私のこの禍々しいオーラ、もしかしたら影響与えてるかもしれないのか。だとしたら、それ解決できるんだろうか……

 

「まあ、仕方ないな。

 俺は俺でがんばるから、あんまり気にしないでくれ」

 

 諦めの声。う、いや、ちょっと待って。なんか、なんか言え私。希望が逃げる。

 

「えっと! その……

 私も私でがんばるんで……

 募集に間に合ったら、その、よろしく」

 

 ウラヌスさんはちょっと驚いた後、苦笑いしてみせた。あぅ。

 

「分かったよ。正直、仲間のアテがいなくて困ってるんだ。

 何かヤケに足手まといになること気にしてるみたいだけど、キミの実力なら工夫次第でどうとでもなると思うよ」

 

 ……あぁぁ。やっぱりこの人、友達いないっぽい!

 

 そりゃそうだ、神字の研究とかもうじき死ぬかもしれない状況で友達作る余裕あるはずないよ、そもそも前回1人でプレイしてたって言ってたじゃないか!

 

 男性にしては細身でやわい印象だけど、オーラからかなりの実力者であることが窺える。念の呪縛で減衰してこれなんだ。もしかしたら、一流の使い手かもしれない。……いや、でなければ1人で70種類もカードを揃えられたりしないはず。

 

 ウラヌスさんは荷物袋にジョイステーションを仕舞い込んだ後、席を立った。

 座っている私をそのままに部屋から出て行こうとして、

 

「あー、そうだ。

 少し前にキミをどっかで見た覚えあるの、思い出した」

「はい?」

「えっとアレ……ポスター! 俺、選挙行けなかったんだけど、後でサイトに変な情報が上がってたから、見てみたら君のポスターが──」

 

 ────うごおおおおおおッッ!!

 

 もしかしてあのポスター、プロハンター結構な人数が見てるのッ!? ちょっ何それっ、みんな記憶ぶっとべぇぇぇ!!

 

「……あー……そのぉ……

 なんか、嫌なこと思い出させたみたいで申し訳ない」

 

 顔を押さえてうずくまる私に、謝ってくる彼。ぃやめろぉぉぉっ! もう二度とアレに触れるなぁぁぁぁっ!!

 

 

 

「……つまんないこと、言っていいかな?」

 

 

 

 その声に、私はかろうじて顔を上げた。

 こちらを見ていたウラヌスさんは、私に釣られてか顔を紅くして、

 

「その……

 俺、女性になりたいって言ってたじゃん」

 

「はい……」

 

「で、ホルモンクッキーを食べてみて、念願の女性になった……はずだったんだけど。

 全然、納得いかなかったんだ」

 

「はぁ……」

 

「理由は……まぁ色々あったんだけど……一番は、胸。

 俺が食べても……なんつうの? ……貧乳だったんだよ。ちっとも女らしくなくて」

 

「…………」

 

「だから……うん。

 若返り薬で10歳未満になったら。……その状態で、ホルモンクッキーで性転換して。

 それで女性のまま成長すれば、胸が大きくなって……少しは女らしくなれるのかなって。

 ……その……キミがうらやましい。……じゃ!」

 

 ウラヌスさんは耳までまっかっかにして、さっと部屋を出て行った。

 

 

 

 私は、しばし座ったまま、ぼんやりした後。

 

 この、何か間違った世界に、地団太を踏んだ。

 

 

 

 ……ぅ。

 

 ぅぐぅぅぅぅぅぅっ!! なんたる理不尽っ!! なんたる不条理ッ!!

 

 私、こんなに、胸いらないのにッ!! あの人にこの胸、分けてあげたいぃぃぃぃっっ!!

 

 

 

 

 



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第九章

 

 足早に協会本部の入口から外へ出て行く、桜色の髪。

 外の空気を吸って、ようやく徐々に足が遅くなっていく。

 

 ──まだ耳まで赤いのを自覚していた。全身がカッカと熱い。

 

 なんで、あんなこと言ったんだ俺……

 

 ほとんど初めて顔を合わせた相手、しかも子供に……性癖を洗いざらい暴露するような真似をして、心臓がバクバクいってる。

 

「はぐぅ……」

 

 身体の震えが止まらない。涙すら出てくる。あんな恥ずかしいことを、自分から進んでクチにしたなんて、いまだに信じられない。

 

 ……あの子もあのポスター、なんか事情あったんだろうな……

 

 正真正銘、あのポスターを恥ずかしがっているのを見てとれた。自分があのポスターを見た時、本当に羨ましく思ったものだ。……あれだけ女性的で、理想的な体型はちょっとお目にかかれない。

 実際に、彼女の身体を目の当たりにしたから、その直感が正しかったことを理解できた。

 

 でも、彼女はどうも……

 

 男性的な性格をしてるのかもしれない。……思い返せば、さっき着ていた衣服も男性が着るような運動着で、飾り気がなかった。

 

 分かってもらえると……思ったのか。

 いや、分かってもらえたから何だというのか……

 

 頭が混乱したまま、どことも知れず、火照りが冷めるまで、ただ歩いていく。

 

 

 

 ────我に返ると、どことも知れない閑散とした商店街をふらふら歩いていた。

 

 あ、れ……? 俺どこまで歩いてきたんだ?

 

 きょろきょろと見回す。スワルダニシティの地理は、それほど詳しくない。少なくとも現在位置が分からなくなってしまった。

 

 迷子とか、ハンター失格だろ俺……

 

 4年前に取得したプロハンターの証は、ハントの為のものではない。研究した神字で、資金稼ぎをする為のものだ。いつ追っ手が来ても撃退できるよう腕は磨いているが、何か狩る為に必要な資質には欠けていると自覚している。

 

 溜め息を吐き、来た道を戻る。……大体、なんで協会から出てきてしまったのか。他のハンターを勧誘することを考えなきゃいけない。あの子をアテにしたとしても、2人じゃどうしようもない。

 

 ざわっ……

 

 悪寒。視界の中に入った何かを認識し、全身のオーラが一瞬ざわついた。

 

 即座に静める。歩みはそのままに、ただ意識だけを鋭敏に尖らせる。こんな何でもない商店街に、なにが……

 

 少し前方から──

 

 茶色いツナギを着た、2人連れが歩いてきていた。フードを目深にかぶっており、ほぼ素肌は見えない。2人は手をつなぎながら、足早にこちらへ近づいてくる。

 

 お互いこの軌道だと、衝突してしまう。気づかれない程度に歩く軌道を徐々に調整し、横をすれ違える程度まで修正する。

 

 近くまで来ると、分かる。生命力精神力ともに、常人ではない。特に片方は、並大抵のプロハンタークラスですらない、相当なエネルギー量だ。

 

 すれ違う寸前──

 

 偶然か何か、ツナギのポケットから腕を引き抜こうとした。ぶつかりそうだったので、ひょいと避ける。

 

 すると、こちらを驚いた様子で見てきた。──人ならざる目で。

 

「……ぷはっ!!」

 

 突然そいつは大きく息を吐いた。こちらの腕をガッと掴んでくる。

 

「はぁ、はぁ……ちょっとアンタ。

 こっち来て!」

 

 ぐぃっと引っ張っていく。かなりの力──オーラ量だ。抗えないこともないが、敵意があるともないともつかない様子なので、ひとまず引っ張られるままに任せる。もう1人のツナギ姿もおろおろしながら、付いてきている。

 

 そのまま路地裏まで引っ張ってこられ。

 

 ワンピースの襟を掴んで、ドン! と俺を壁に押し付けた。

 

「……んだよ、苦しい。

 ナンパならお断りだぞ」

 

 軽口を叩いてみるが、シャレにならないパワーだ。真剣に『練』をする準備をした方がよさそうだな。

 

「なに言ってんの、アンタ……

 ん? 男なの?

 言っとくけどアタシは女よ」

「……

 だからナンパは」

「あーもう! 男とか女とか、どうでもいい!

 アンタ、なんで!?」

 

 ここまで顔を近づけられるとよく分かる。人間じゃない。顔だけでなく、全身がだ。

 爬虫類と人の合いの子のような姿だ。俺の目で見る限り、念能力ではない。間違いなく生身の姿だ。亜人型の魔獣か? こんな町の中に?

 

「……ちょっと待ってくれ。

 聞きたいことがあるなら答える。だから放せ。

 いったい何をそんなに興奮してるんだ。俺が何かしたのか」

 

 そう告げると、ようやく少し落ち着いたのか、こちらを解放した。全くやめてほしい。気に入りのワンピースが伸びちまう。

 

「ええ、アンタが何をしたのか聞きたいのよ。

 アンタの質問にも答えるから、正直に答えなさい」

 

 真摯な目を向けてくるので、俺も真面目に相対した。

 

 

 

 

 

「アンタ……どうやってアタシの【神の不在証明/パーフェクトプラン】を見破った?」

 

 

 

 

 

 お昼過ぎになっても、ネテロから連絡が来ない。

 

「長期戦かもなー……」

 

 仕方なしに、昼食を摂りに協会本部の外へ向かう。この中でもゴハンは食べられるけど、ちょっとウラヌスさんの話で頭がごちゃごちゃだし、美味しいモノでも食べて気分を切り替えたい。

 

 入口のロビーへ繋がる廊下を歩いていると、探索向きなカッコウをした男性が壁を背に、こちらを見ていた。

 

 手練れだな……

 

 それも上から数えた方が圧倒的に早いほどの。纏ったオーラや立ち姿からもそれが感じ取れる。

 

 こちらから目を逸らそうとしない男性の前を、私がそのまま通り過ぎようとすると、

 

「よう。……ゴンが世話になってるな」

 

 私は、足を止めた。

 

「……」

 

 理由は分からないが、やけに不穏な気配をぶつけてくる。

 ふつふつと湧きあがってくる嫌悪感を隠さず、私はそちらを睨みつけた。

 

「……ジン=フリークス、ですか?」

 

「そうだ。

 アンタに用があってな。アイシャ=コーザ」

 

 ゴンの、父親だ……

 

 ハンターになったゴンが、ずっと探し続けている人。

 くじら島にいるミトさんの、いとこ。

 

「何の用ですか?

 ……あぁ、私もあなたに少し話があったんですが」

「なんだ」

 

 そう言って、彼は壁から背を離した。

 

 ……ポケットから手は抜かないけど、こちらを警戒しているのが見てとれる。立ち居を見ても、尋常ではない練度だと知れる。

 

「どうしてゴンから逃げるんですか?

 ……ゴンは、あなたに会いたがっていますよ」

「会いにくりゃいいさ。見つけられればな」

「……逃げる理由は?」

「ゴンが探しに来るからさ」

 

 ……こいつ、答える気がないな。

 

「……。

 くじら島に帰って、ミトさんに謝ってください」

「何で帰る必要がある。いったい何を謝る必要がある」

 

 ちらちらと、ジンのことを話すミトさんの顔が浮かぶ。

 私が口を挟むようなことではない。……それは分かっている。

 

「ゴンの……父親でしょう、あなたは。

 育児放棄しないでください」

 

 ゴンにとって、母親はミトさんだ。それも分かってる。

 でも……実の母親ではない。

 

「オマエには関係ないだろう。

 ゴンを育てたがったのはミトの方だ」

「……あなたが、くじら島に帰れば済む話です」

「何の為にだ」

 

 目の前の男は……

 ミトさんが、どんな思いでゴンを育ててきたか、分かってないのか。

 ゴンが後を追ってくじら島を出た時、一体どんな思いで見送ったのか。

 ゴンがいない間、どんな思いで、過ごしていたのか……

 

 わたしは……

 

 

 

「ミトが自分から、オレに会いに来てほしいとでも言ったのか?」

 

 

 

 その、あからさまな侮蔑の響きに。

 

 

 

 

 

 ────頭のどこかで、ブチンと音がした。

 

 

 

 

 

 意識せずに消えた【天使のヴェール】から解き放たれた、莫大な量の禍々しいオーラが一斉にジンへと殺到する。

 

 この男の顔面を全力で叩き潰す。──幻視。

 

 胸倉を掴みあげ、拳を握りしめたところで──本当に一瞬手前で、踏みとどまっていた。

 

「あ・な・た・はぁぁぁ……ッ!!」

 

 それ以上、言葉が出ない……

 今からでも殴り倒したいぐらい、ハラワタが煮えたぎっている。……ワケが分からないほどに。

 私のオーラに当てられたジンが、流石に顔色を変えていた。口許を笑みにゆがめながら、

 

「こいつはすげぇな……

 ネテロのジジイを差し置いて、単身で巨大キメラアントを狩りに行けたわけだ」

 

 ぎりぃっ……

 

 歯軋りする。挑発に乗ってしまった。……けど、さっきの暴言だけは。許せない……

 

「……次。

 彼女を侮辱するようなことを言ったら……

 必ず、病院送りにします。

 ゴンには、あなたをお見舞いする形で、会わせますから」

 

 掴んだ胸倉を放し、にじんだ視界を指で拭う。もう【天使のヴェール】は再発動してる。……意味もなく、こんなところで出すべきオーラじゃなかった。あまり長居しないほうがよさそうだ。

 

「はぁ。……せいぜいゴンから逃げ回ればいいです。

 いずれ彼はあなたを越えて、悠々と見つけ出してみせるでしょう」

「そうか、楽しみだな。

 オマエみたいな仲間があいつに何人もいるなら、オレの助けなんていらねーだろ」

「……」

 

 パリストンもそうだけど、ジンには計り知れない部分がある。このまま会話を続けると、私の正体を見破られそうな危機感を覚える。

 

 乱れていた呼吸をようやく整え終える。

 

「……で、私に用ってなんですか。早く済ませてください」

「だったら喧嘩なんて売るなよ……

 ほれ」

 

 ジンがポケットから差し出してきた手には──

 

 見覚えのある指輪と、ジョイステーションのメモリーカード。

 

「……なんですか、それは」

「知ってるだろ?

 グリードアイランドに入る為のものさ。

 オレの仲間が、オマエに渡せと頼んできた。中身までは知らねぇな」

「……」

 

 グリードアイランドは、ゴンの父親であるジンと、ジンの仲間達が制作したゲームだ。

 

 おそらくは、ゴンを強く育てる為。……もっとも、ゴンがゲーム攻略で鍛えられた部分なんて、少ない実戦経験を多少底上げしてくれた程度だろう。ゴンは私達と修行を積み、ゲームに入る前の時点で、かなりの実力を身に付けていた。あの程度のモンスター達じゃ、ゴンの相手としては力不足だったからな。

 

「私が聞いてるのは、なぜそんな物を渡すのか、です。

 ……私が再びグリードアイランドに入るとは限らないでしょう。

 私はゴン達と一緒にゲームクリアし、クリア報酬も受け取っています。今更そんな物を渡されても……」

「そんなことは知らねーよ。

 オレの仲間は、オマエに渡せと言ってきたんだ。

 オレは、オマエにこれを手渡そうとしてるだけだ。

 受け取るかどうかは、オマエが決めろ」

「……」

 

 タイミングが良すぎる──私が警戒しているのはそれだ。さっきの会話を盗聴? いや、こんな準備よく立ち回れるはずはないか……全くの偶然とも考えにくいけれど。

 

「……いいでしょう。受け取ります。

 でもゲームに入るとしても、それを使うかどうかは分かりませんよ」

「別にどっちでもいいさ。

 オレの仲間がこれを渡してきたってことは、グリードアイランドのゲームマスターからオマエに何か伝えようとしてるってことだ。

 それでもゲームに入る時、使わねーと意地を張るなら好きにしな」

 

 ……無視していい情報だとは、確かに思わない。けど。

 

 この男に都合よく動かされているようで、気に食わない……

 

 ともあれ私は、ジンの手から指輪とメモリーカードをひったくる。

 

「オレが聞いてるのは、指輪とメモリーカードのプレイヤー名がアイシャになってるってことだけだ」

「……中身を知ってるじゃないですか。一体どういうつもりで……」

「ほんとに知らねぇよ。

 オレにいくら聞いたって仕方ないぞ」

 

 私が目にするジンのオーラや、立ち振る舞いの諸々は、あきらかに虚偽を口にしている気配だ。わざとそう見せてる気がするけど。

 

「……あなたの意見を聞かせてください。これは一体どういう意図のモノなのか。

 このままじゃ、気持ち悪くて使えません」

「ああ? めんどくせぇこと言いやがる……

 オマエ、変な能力持ってるだろ?」

「……」

 

 多分【ボス属性】のことだな。ゲームで何度も発動したから、ジンが知ってても不思議じゃない。

 

「それがどうかしましたか?」

「そいつが、相当に都合悪いんだろうぜ。

 オレは、ゲーム運営から手を引いてっから知ったこっちゃねーが、ヘタすりゃゲームをぶっ壊しちまう可能性があんだろ」

 

 ……都合が悪い?

 

 私にとってボス属性は、ゲーム攻略を妨げるマイナス要素でしかない。レオリオさんがいなければ、ゲーム内の移動やゲームからの脱出すら……

 

 ──脱出?

 

「あのゲームが、現実世界に存在することは知ってるな?」

「……グリードアイランドが、この世界のどこかにある島ってことですね。

 知ってます」

「島を探し出して、たまに直接乗り込んでくる連中がいる。

 ゲームマスターは、不正入島したやつらを専用の移動スペルで排除することができるんだが」

 

「────ッ!!」

 

 そうか。仮に私が不正入島しても、専用の移動スペルとやらで彼らは私を排除できない。それすらもボス属性は無効化してしまう。

 

 そうなれば、彼らは私を実力行使で排除するしかなくなるけど……

 

 もし排除に失敗すれば、私はグリードアイランドを蹂躙できてしまう。レオリオさんの【高速飛行能力/ルーラ】と組み合わせれば、島内外を自由に行き来して、際限なく指定ポケットカードのアイテムを入手できるかもしれない。

 

 ただ、ゲームマスター達がそれをそのままにするはずもない。

 

 結果……

 ゲーム全体が壊れてしまうことは大いにありえる。

 

「はっ。

 心配しなくてもオマエみたいな甘ちゃんが、ゲームを壊すような真似するとは思えねーけどな」

 

 こいつはこうやって、いちいち癇に障ることを言ってくるな……

 

「誰が甘ちゃんですか。知ったふうなクチを」

 

「……犠牲者を限りなく減らす為、巨大キメラアントを単身で狩りに行くようなヤツが、甘ちゃんでなければなんなんだよ」

 

「……

 何を言ってるんです。私は──」

 

 

 

「まるで、どれほどの被害が出るか分かってたような迅速な動きだ。

 オレは、不思議で、仕方ないね。

 巨大キメラアントが厄災級の危険を孕んでいたことを、オマエが『最初に』動き出した時点でどうやって知りえた?」

 

 

 

 ────ッッ!?

 

 こい、つ……!!

 

「……。

 答える義務は、ありません」

 

「そうかい。オレに対しちゃ、それでもいいがな。

 お前は自分の仲間に同じことを聞かれてもそう返すのか?」

 

「……!」

 

「オレが言ってやれるのはここまでだ。

 ……後は自分で考えろや。ハンターだろ?」

 

 そう言ってジンは、背を向けて歩き出した。

 私は手の中のメモリーカードと指輪を一瞥し、ポケットに収める。

 

 ……言い訳を用意しておけよってことか。腹立たしいほど先読みしてくるやつだな……

 

 これもう、私の正体きっちりバレてんじゃないか? なんなんだアイツは……

 

 はぁ……ゴハン食べてこよ。

 

 

 

 

 

 外へ向かいながらジンは、先ほど当てられたオーラを思い出し、ぶるりと身を震わせた。

 

 ポケットへ突っ込んだ手に、今さら汗がにじんでくる。

 

 ……とんでもなくヤベー女だな……

 

 危うく、一瞬で心をへし折られるところまで追い詰められた。ぎりぎりで自制したが。

 

 ……まあ、なに考えてんのか分かりやす過ぎて、読み甲斐はねーけどな……

 

 何となくミトを思い出して、やりづらい相手でもあったが。

 

 ……あれが人類最高の実力者、か。まったく、上には上がいるもんだ……

 

 

 

 

 

 私が多めの昼食を摂っている最中、ネテロから連絡が入った。すぐ飛行場に来い、と。

 

 とりあえず「タイミングが悪い!」と、怒っておいた。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
・アイシャの【ボス属性】と『排除/エリミネイト』問題



『-003:排除/エリミネイト』
 ゲームマスター専用
 遠距離特殊呪文 ランクなし カード化限度枚数なし
 G・Iに不当な方法で 侵入した者すべてを
 アイジエン大陸のどこかへ 飛ばす



 アイシャのボス属性は、グリードアイランドへ不当侵入した者達をアイジエン大陸まで飛ばす、ゲームマスター専用スペル『排除/エリミネイト』の効果まで打ち消してしまう。
 移動スペルを弾き、進入禁止プログラムをも突破する規格外な存在に、クリア後の指定ポケットカードのイベント再編成より、それにどう対処すべきかという話し合いでゲームマスター達は紛糾した。

 ……元々指定ポケットカードイベントのクリア後再編は、クリア前からそれなりに準備できていたので、グリードアイランド再開が遅れたのは、おおむねアイシャが原因である。スペル攻撃を消しまくったリィーナもだが。流石にチートすぐるだろう。大変迷惑な2人だったりする。何をおいてもボス属性、オマエほんといい加減にしろ。

 ボス属性「解せぬ」

 ちなみにレオリオの【高速飛行能力/ルーラ】で島外脱出によるアイテム持ち出し可能問題は、既に対策が存在する。



『-010:奪還/リキャプチャー』
 ゲームマスター専用
 遠距離特殊呪文 ランクなし カード化限度枚数なし
 G・Iから不当な方法で
 持ち出されたカード・アイテム すべてを
 G・Iに移動させる



 原作諸々には出てないですよ。こういうの無いとおかしいですけどね。そして、やっと仕事する『オリカ』タグ……






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第十章

 

 呼び出された場所へ向かうと、飛行船発着場に見覚えのある2人がいた。

 

 離陸準備をしている飛行船1機を背に、ネテロと……チードルさんがいた。あの人かぁ……

 近づいていくと、ネテロはこちらに歩き出し、

 

「待っとったぞ、アイシャ」

「ネテロ……あらかじめ時間を決めてくださいよ。

 決めてくれれば待たせなかったのに」

 

 そのせいで、こっちもゴハン急いで食べなきゃいけなかったしな。まったく。

 

「……先ほどまで私が時間を取れませんでしたので。

 ネテロさんを責めないでください」

 

 チクチクとこちらに刺さるオーラを放ちながら、チードルさんがフォローを入れてくる。

 なんでか前にも増して視線が痛いんだけど。とはいえ彼女が私を診てくれるのであれば、ここは話を合わせた方がいいんだろう。

 

「そうでしたか。

 ……ごめんなさい、ネテロ」

「ほっほっ。謝らんでよい。

 これから飛行船に乗って、ひとけのないところへ移動する。

 そこで診察するが、よいかの?」

「……そこまでしてくれるんですね。

 お2人とも感謝します」

 

 私は素直に頭を下げた。徹底的に情報を洩らさないようにする為だろう。

 他人に知られるのは絶対ゴメンだけど、これはこれで大事(おおごと)になってる気が……うーん。

 

「ご存知だと思いますが、改めて自己紹介を。

 ハンター協会副会長、難病ハンターのチードル=ヨークシャーです。

 本日はあなたの主治医を務めさせていただきます」

 

 ……ネテロのせいで感覚が麻痺しそうけど、また飛びきりの人連れてきたな。奇しくもゴンの言う通りだよ。十二支んとの付き合いがどんどん増えてくな……

 

「えっと。

 ……ハンターのアイシャ=コーザです。

 本日はよろしくお願いします」

 

 再び頭を下げた私を見るチードルさんのオーラが、心なしか揺らいだ。……なんでだろ。

 

「それでは飛行船で移動しましょう。

 操船お願いします。 →ネテロさん」

「うむ」

 

 

 

 飛行船で30分ほど飛んだ先、見晴らしが良すぎる人工建造物のない岩場の高台で、私はパイプ椅子に座って診察を待っていた。2人とも飛行船の中で何か準備している。

 

 ……なんていうか、うっひゃーです。

 まさかこんなところで、診察を受ける日が来るなんて……パイプ椅子の感触が、非常に寒々しいよ。

 コレかえって、こっ恥ずかしい気もするんだけどなぁ。

 別に誰も見てないし、いいけどさ……

 

 ガチャガチャ医療器具を抱え、チードルさんが。斜め後ろからネテロがこちらへ来た。

 既に置かれていたパイプ椅子に、チードルさんが向かって座る。きちっと姿勢を整えて、

 

「お待たせしました。

 診察を始めようと思いますが……

 その前に、質問よろしいですか? →アイシャさん」

「あ、はい。

 なんでしょう?」

「……いったいどういった経緯で、このような診察をするという話になったのですか?」

「チードル、それは聞かん約束じゃろう……」

「そんな約束してません。

 黙っててください。 →ネテロさん」

「……」

 

 ネテロしょんぼり。……いや面白いけど、もう少し頑張れや。困るの私なんだぞ。

 

「今回の診察については、ネテロさんの紹介でもありますので、診察料はいただきません。

 ……ですが、ろくに経緯も説明されないまま私はこうして伺っていますので、あなたに支障がないようでしたら、お話ししていただきたいのですが?」

 

 あ、ちょっと雰囲気がピリッとしてきた。……お金払います。払いますから聞かないでほしいです。

 

「えぇっと……

 あの……その」

「……。

 お話ししにくいようなことでも、ありましたか?」

 

 なんだろ。勘繰られてる気がする。……イヤまぁ、話しにくいと言えばその通りだけど。別にそこまでのことじゃないしな……

 

「いえ、別にそういうわけでは……

 ……きっかけは、友達との雑談だったんです。

 その雑談で、ちょっと例の件で話が広がっちゃいまして。病院に行くべきじゃないかと忠告されて……

 私は病院に行くほどでもないと断ったんですけど……強引にネテロへ電話をかけられてしまったんです。

 それでやむなしにネテロへ相談した結果、チードルさんをご紹介いただいたという流れでして。はい……」

 

 ……だよね? 間違ってないよね、私?

 チードルさんは私の顔をじーっと眺めた後、ネテロを同じような目のまま見やる。

 

「今の話。間違いありませんね?

 →ネテロさん」

「うむ。ワシの知る限り、偽りはないぞ。

 ワシへの相談を促したプロハンターは、ワシが一番アテになると判断したようじゃな。

 良い医者を紹介できると見込んだのじゃろう」

 

 あまり納得していない顔を続けた後、チードルさんは息を吐いた。私へと向き直り、

 

「興味本位でプライベートなことをお伺いして、申し訳ありませんでした」

 

 ぼ、棒読みですよチードルさん……

 正直、まだ不機嫌な感じなんだよな。無理やり納得したというか……

 

「それでは今から診察を始めます。

 ……あらかじめネテロさんから伺ってる内容を確認させていただきます。

 本日は、生理不順の疑いについての診察。

 それ以外の身体的不調はなし。

 念能力による身体治療は、あなたの念能力によって受け付けない。

 間違いありませんか? →アイシャさん」

 

「は、はい」

 

 ううう。なんかめっちゃ緊張してきたぞ。

 チードルさんが、そばにいるネテロの方をちらりと見る。

 

「……ずっとそこにいるつもりですか?

 →ネテロさん」

「う、うむ。

 そのつもりじゃったが」

「……」

 

 あ。険悪なムード。

 

「その……

 後でネテロに話をするのも二度手間なんで、私はそこにいてもらって構わないです」

 

 どうせ黙ってても、しつこく聞いてくるに決まってるしな……

 

 チードルさんは沈痛な面持ちで瞑目した後、

 

「……婦女子の肌をみだりに目にするものではありません。

 そこで構わないので、回れ右を。 →ネテロさん」

「う、うむ」

 

 ネテロが素直に180度回転した。ちょっと可愛い。

 

 婦女子の肌か……

 なんか今朝起きた時のことを思い出して、ヤな気分だな。なんで、あんな胸痛かったんだろ……

 

「初潮から、今日で何日目ですか? →アイシャさん」

「さ……3ヵ月です。大体」

「じゃあ無月経ね……」

 

 おお。ちゃんと専門用語あるのか。

 

「……」

 

 なぜか物凄く険悪な表情で、チードルさんはネテロの背を見た。

 

「念の為、確認します。

 

 

 

 心当たり、ありませんよね? →ネテロさん」

 

 

 

 お、ん? なんかチードルさんすごい怒ってるぞ何でだ?

 そもそも、どしてネテロに聞いてるの?

 

「チ、チードル。

 お主、なんか、おかしなこと疑っとりゃせんか?」

 

「い、い、え。

 ……だいじなことなので、もう一度うかがいますよ」

 

「いやイヤいや、それには及ばん……

 そんなわけがあるまいよ。お主が調べりゃすぐ分かることじゃろうが」

 

「…………」

 

 お、おう。なんか私、置いてけぼりで話が進んでる。え、なにこれこわい。

 

 

 

 ──アイシャは、生理が止まる『よくある理由』の一つに気づいていないので、意味がさっぱり分からない。

 

 

 

 チードルさんは私へ向き直り「はー」と息を吐いた後、

 

「今のところ、あなたのオーラが原因の疑いがありますので、まずそれを確認します。

 上着をめくってお腹を見せてほしいのですが……その前に。

 オーラを念能力で隠されているようなので、それを解除してもらえますか?

 ……もちろん守秘義務がありますので、他言は致しません」

 

 あー。そりゃそうか……てかあっさり見破るなー。

 私はネテロの方を見やる。

 

「チードルや。

 そやつのオーラは、おそらくお主が目にしたことのない異質さじゃ。

 心構えしとった方がよいぞ」

「……分かりました。

 いつでもどうぞ。 →アイシャさん」

「……では、能力を解除します」

 

 私は【天使のヴェール】を解除した。

 いつも通りの、私にとって慣れ親しんだ禍々しいオーラを、チードルさんは眼鏡越しに捉え──

 

 ────ガタッガタタッ!

 

 目を剥いたチードルさんが、椅子ごと後ろに倒れかけた。

 

「なぁぁッッ──!? なっ、な、な……!?」

 

 なんか、申し訳ない気分になるなー。どうしようもないんだけど……

 

 がくがく震えてすらいるチードルさんに、私は申し訳ない気持ちのまま、

 

「あの……チードルさん。

 私、自分の感情に関係なく、生まれつきこういうオーラでして」

 

「生まれつきぃぃっ!?」

 

 あ、わたし余計なこと言った。

 

「その……

 オーラ垂れ流しでこれなんで、この状態で診察してもらわないことには……」

 

「……、……。……」

 

 チードルさん、目を白黒させるばかりで、黙ってしまった。どーしよ……

 

「ふぅー。

 チードルや……

 お主を呼んだ理由、これで分かってくれたか?」

「……。

 はい……

 正直、私がわざわざ簡易診療に駆り出された理由が分からなかったんですけど……

 これなら仕方がありませんね……」

 

 何とか気を取り直して、座り直すチードルさん。深呼吸してる。明らかにまだビビってらっしゃるのに、プロだなー……

 

「……で、では……

 お腹が見えるように、上着をご自身でめくってもらえますか……?

 →アイシャさん」

「は、はい」

 

 ごそごそと上着をめくる。

 

「……もう少し上まで」

「あ、はい」

 

 ごそごそ。

 

「…………」

「…………」

 

 え、チードルさん何でじっと見てるの。早く診察してよ……めっちゃどきどきしまつ。あとネテロ、なんか背中越しにオーラもやもやさせんのヤメテ。気になる。

 

「……ものすごく鍛えられているようですね。

 ちょっと普通じゃないようですけど。 →アイシャさん」

 

 見ただけで分かっちゃうんだ、それ……別に筋肉締めてるわけでもないのに。あんまり筋肉質な身体には見えないはずなんだけどな。

 

「そこかしこに新しい組織が見えますので、ずいぶん大怪我をされたりもするようですね。

 後遺症が出ることもありえますから、あまりご無理なさらないよう。念能力で治せない以上、通常の治療をするしかないんですから」

「は、はい……」

「……。

 ネテロさんの好敵手というお話、半信半疑でしたが、ようやく少し納得しました。

 ……関係ない話、ごめんなさい。

 ちょっとひんやりしますけど、我慢してください」

 

 言ってチードルさんは、ぺと……ぺと……ぺと……と聴診器を私のお腹に当てていく。

 

「……」

「……」

 

 ひゅるりら。あぁ、ぽんぽんさむぃ。

 

 にしても……

 チードルさんが私に向けてた刺々しい感情が、ずいぶん和らいでる気がする。対して、私のオーラは相変わらず禍々しい。何ていうか申し訳ない。あとネテロ、もやもやオーラやめい。

 

「…………

 ちょっと触れますね」

 

 聴診器を外して、私のお腹に直接手を押し当てるチードルさん。おぅふ。あ、でも肉球きもちいい。……へ、肉球?

 

 しばらくその姿勢を続けた後、手を放す。

 

「……もう結構です。 →アイシャさん

 上着を戻して、オーラも隠していただいて構いません」

「あ、はい」

 

 ふぅー。と息を吐きながら上着を下ろしつつ【天使のヴェール】を発動。緊張したぁー……

 チードルさんは目を丸くしながら、

 

「あなたのその能力、すごいわね……

 あのオーラの質を完全に消してしまった」

 

 ……きっと『堅』も『凝』も『円』も『硬』も消せるとか言ったら、のけぞっちゃうんだろうな……言わないけど。

 

 ふー。と息を吐きつつ、チードルさんは振り向き、

 

「お待たせしました。

 ひとまず終わりましたので、こちらを見ていただいて結構です。

 →ネテロさん」

「うむ。

 ……で、どうじゃった?」

 

 黙りこむチードルさん。つかの間、言葉を探した後、

 

「正直に申し上げると、はっきりとした原因は分かりませんでした。

 というよりも、簡易診療では他に原因があったとしても、分かりませんので。

 ……精密検査を受けるつもりはないんですよね? →アイシャさん」

 

「ええ、ええ。

 もうそんな、とてもとても」

 

 私はぷるぷる首を振る。何されるか分かったもんじゃない。

 

「で、あれば……

 今のところ、心因性のオーラによる不調の可能性が最も高そうです。

 調べた限り、確かにオーラの澱みらしき部分が少しありました」

 

 あー。結局オーラなんだ……

 

「ですが……それほど強い働きにも感じられませんでした。

 一度初潮を迎えられていることから、心因性と言ってもそれほど深刻な状態ではないと思われます。精神医療は専門ではないので、原因がコレとは申し上げられませんが……」

 

 言って、チードルさんは黙りこくる。

 

「……。有り得るとすれば……

 あなたのオーラの質に関連して、何か……

 とても気にされていることが、阻害を招いている可能性がありそうです」

 

 ……ぎく。まさか原因アレなのか。

 

「気にされていることを取り除くことができれば、症状は改善される見込みがあります。

 後は、気にされていることを押し流すような、強い心の働きがあれば……

 改善されるかもしれません」

 

 うー。んー……強い心の働き、か。

 

「私から申し上げられることは、それだけです。

 オーラの影響によるものである以上、ひとまずご自身で改善を試みられるのが良いかもしれません」

「……

 分かりました。ありがとうございます」

 

 私はぺこりと頭を下げる。

 そっか、心因性かぁ……身体の病気じゃなかっただけマシかな。

 

「うむ。まぁ大事(だいじ )のうて良かったわい」

 

 ネテロが安心したように言ってくる。……そだね。でも、お前との勝負はもうちょっと後ね。やりたいこと出来たから。そもそも解決したわけでもないし。

 

「こちら、私への直通の連絡先です。

 精密検査を受けたい時、異常が出た時、現状があまりに長引いた場合はご連絡を」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 ガタガタと椅子から立ち上がり、後片付けを始める。

 チードルさんが飛行船へ歩いていき、やや離れている時に、

 

「……ネテロ、ネテロ」

 

 私はちょいちょいとネテロを手招きする。

 

「ほ。なんじゃ?」

 

 こそこそっと耳打ちする。

 

「……えっと……ポスターの件、ほんと、よろしく……」

「うむ……

 チードルの手配に手こずっとったからまだやっとらんが、この後すぐ取り掛かるわい」

「ほんと……よろしく。

 ……その件もですけど、チードルさんの診療の手配、本当に助かりました。あなたには感謝しています。この借りは必ずお返ししますので」

「ほほ。珍しく殊勝ではないか。

 ……気にせんでよい。

 お主と心置きなく手合わせできる日を、楽しみにしとるぞ」

「……はい」

 

 ──2人でこそこそ喋っている気配を耳ぴくぴくさせながら感じ取ったチードルから、また嫉妬のオーラが強まったのはご愛嬌。

 

 

 

 帰りの飛行船で揺られながら、外の風景を眺めてると、浮かんでくる想いがあった。

 

 ……やっぱり、心残りがあるのは、よくないんだな。

 

 うん。よし。

 

 無理して、あきらめたなんて言ってちゃダメだ。

 悔いを残さないよう、ウラヌスさん助けて、魔改造ホルモンクッキーげっとしよう!

 

 

 

 ────その為にも、あのにっくきグリードアイランド再挑戦。やってみますか!

 

 

 

 外の風景をしばらく眺める。

 

 ……色々準備しなきゃなぁ。めんどくさいなぁ。あぁ修行したい……

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
・13代会長総選挙前後の役職推移



【会長】
 12代会長ネテロ→13代会長アイシャ→14代会長ボトバイ

【副会長】
 パリストン(ネテロが任命)→ボトバイ(アイシャが任命)→チードル(ボトバイが任命)

【十二支ん】※非常任協会運営参謀
 メンバー変更なし(パリストン、ジンともに残留)





・総選挙以降の個人近況(一部のみ)



【アイシャ】
 まんまと押しつけられ会長をボトバイに丸投げすることで難を逃れた、パリストン級にヒドイことする子。まぁ吹き込んだのはネテロとリィーナだが。

 いずれはボトバイに謝罪するつもりでいるが、ほとぼりが冷めてからでないと、強引に星を押し付けられるぞとネテロから警告された為、先送りにしている(本来申請しないと星は付かないのだが、他のハンターに示しがつかないといった理由や会長権限でごり押しされかねない)。

 選挙の場で実力を一部暴露されてしまった為、迂闊にネテロと再戦しづらく、そちらもほとぼりが冷めるのを待っていた。

 ただ、当人のあずかり知らぬところで、噂の美少女ルーキー(非公式)から、総選挙後は謎のスーパー美少女ハンター(非公式)に格上げ。実力・実績・美貌を兼ね備えた、ある種トリプルハンターどころではない扱いに。
 早速一部のプロハンターが非公式ファンクラブを作るなど大盛り上がりだったりするが、当人はもちろん知らない。知ってたら速攻つぶし(物理)にいってる。

 あとポスター画像は、有志の手で様々なバリエーションが作られていたりするのだが、世の中しらない方が幸せなこともある。知ってたら速攻ぶっころ(検閲)



【リィーナ】
 元々、風間流合気柔術本部長、ロックベルト財閥会長と著名な肩書き持ちであったが、総選挙での獲得票数から改めてハンター協会での影響力を見せ付けた。……が、多忙な身でもある為、これといったハンター活動はやはり行わず、以前のままとも言える。

 バッテラから返却された『魔女の若返り薬』残り76粒の分配で、ビスケと揉めに揉め、自身は45粒、ビスケは31粒で手打ちとなった。

 例のポスター画像のことには気づいていたが、それをアイシャに伝えれば、
『すぐにけせすぐにけせすぐにけせ』
 と命令されるのが分かりきっていた為、申し訳ないと思いつつ愛らしいアイシャ画像を(め )でていた(コラ画像と知りつつも)。
 へたすれば、ビスケから譲り受けた写真集の件に波及しかねないので、触れずにいたという事情もある。最早家宝としているそれを取り上げられるなんて有り得ないという一心。

 ……敬愛する師のキワドイ写真集を家宝とする弟子の心境とは、如何ばかりのものか。



【ネテロ】
 会長を辞した後も、十二支んへの影響力が衰えない為、引く手数多で結局多忙だったりする。なんでもできる八面六臂の行動力が、裏目に出ている万能ジジイ。パリストンが、そうなるよう仕向けていたりするのだが。プロハンターを辞めたわけではなく、そもそも辞めることはできないので、完全に協会運営と縁を切るのが難しいといった実情もある。

 アイシャとの戦いに集中する為にも、十二支んを迅速に自立させるべく奔走中。無論、打倒アイシャに向けての修行にも余念が無い。ただしパリストンの妨害もあり、アイシャとの再戦は叶っていない。あまりアイシャとの戦いを邪魔するようなら、もうパリストン始末しようかな、などと物騒なことを考え始めている。

 アイシャがダブルやトリプルになると、断れない任務が回ってきて、手合わせの回数が減ることを恐れ、ボトバイとの接触を当面避けるよう警告した。

 なお、ポスター画像の削除及び検閲手続きには、トホホなぐらいの個人資産を削られることになる。バリエーションいっぱいあるからね!

 ……自覚はなさそうだが、アイシャに対してはリィーナを上回りかねない溺愛っぷりである(リィーナのそれは、愛を通り越して狂気だが)。



【パリストン】
 副会長ではなくなったものの、政府への影響力や協専ハンターの実権は健在。十二支んにも在留したままだ。審査部への影響力は希薄になってしまったが、ネテロやアイシャに嫌がらせするには充分な為、本人は別に困っていない。
 最近は、ボトバイやチードルをからかうことにも面白みを見出している。とは言ってもそれはついでで、本命はネテロの仕事を増やして、多忙で困らせる為のモノ。アイシャと勝負するのを邪魔されるのが、ネテロにとって一番こたえると理解しているからだ。

 ポスター画像の直接の犯人ではないが、さりげに非公式ファンクラブを煽って誘導していた。有罪にならないギリギリを攻める、真っ黒さがイヤらしい。非公式ファンクラブを支援して規模を大きくしたり、余計なことをしまくっている。

 とはいえ、強力な敵を作りすぎな上、ネテロも本気でうざがり出したので、地味に攻めあぐねていたりする。アイシャを狙わなければいくらか余裕もあるのに、それができない不器用者。



【ボトバイ】
 アイシャに押し付けられる形で、副会長にされてしまった哀れな人。
 やむなく自ら会長に立候補し、信任投票をもって過半数の支持を獲得、そのまま就任。……ハンター達も、あのどんでん返しによって茶番に過ぎないと思い知らされた選挙で、これ以上拘束されたくなかったのである。ネテロからの依頼も『次期会長は選挙で決めるように』という内容だったので、アイシャが辞めた後の次期会長を再選挙で決める必要はなくなっていた。

 会長就任後、すぐ副会長選抜任命権により、チードルを副会長へ就任させた。その為、パリストンは副会長の座に返り咲けなかった。
 政治力に不安があることは自覚している為、選挙後も十二支んに協会本部へ逗留を要請、運営体制の整備に尽力している。ネテロはこの巻き添えを(てい)よく食らった形。哀れジジイ。

 アイシャの正体が気になって仕方がないのだが、忙しすぎる為に自らは逢いにいけない。何かと理由をつけて呼び出しは何度もしているのだが、アイシャから断られ続けている。強引には呼び出しづらく、ネテロに事情を尋ねてもやたら邪険にされるので、頭を痛める毎日。
 アイシャとネテロが手合わせする気配あらば、無理やりにでも見届けるつもりでいるが……



【チードル】
 ボトバイからの要請を受け、副会長へ就任。
 ミザイストムやボトバイらと協力し、協会の運営体制の構築、及び協会内に根強く残留するパリストン体制の影響力低下に尽力する。
 ……副会長になったら、その権限を使ってネテロと一緒にいられる時間を増やそうとか、色々思惑もある。ほんの少しだが、それは今のところ上手くいっている。

 ネテロとの関係が気になっていたアイシャとコンタクトに成功し、ひとまずホッとしている。今度ネテロとアイシャが手合わせした結果、病院送りになる事態が起きれば、すぐさま駆けつける所存。アイシャも、パリストンとは違う意味で困った人に目をつけられた……

 アイシャに対するネテロの特別アクションが、気になって気になって仕方がない日々を過ごしている。……トリプルの難病ハンターであっても、自らの恋煩い(こいわずら )には無力らしい。



【ジン】
 十二支んを辞めるでもなく、相変わらずフラフラしている。
 読みが外れて、なかなかゴンが探しに来ない為、地味に困惑している面倒くさい父親。

 ゴンやネテロとの繋がりから、アイシャの動きを以前から注視していた。念能力による転生にも精通している為、アイシャの正体にはアタリを付けている。
 そのうち、くじら島への帰還をチラつかせて、一度手合わせしようかと画策している。

 ……いいから早よ暗黒大陸いけよオマエは。



【テラデイン】
 デイン系最強呪文。なにそれ美味しいの?






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第十一章

 

 改めて私がグリードアイランドの攻略に挑む場合、様々な問題が浮かびあがってくる。

 

 長期間ゲーム内に拘束されることが確定するから、父さん母さんに許可をもらわないといけない。黙って行くなんて有り得ないし、隠し事もしたくない。

 

 その上で……うん、リィーナ達に妨害されないよう、事が露見しない工作が必要になる。そっちは全力で隠し通させてもらう。悪く思うな。

 

 もちろん、ウラヌスさんの募集に応募して、私が足手まといになる旨を充分伝えた上で、一緒に参加させてもらわないといけない。

 

 どれも難しい気がするなぁ……。ま、無理だったら諦めよう。仕方ない仕方ない。

 

 

 

 飛行場でネテロとチードルさんにお礼と別れを告げ、ハンター協会本部へ。

 

 共有ルームとして開かれた部屋に置かれている、ハンターサイト専用PCからハンターサイトへアクセス。

 

 仕事仲間の募集項で、最新のモノから見ていくとすぐ目当ての募集が見つかった。

 

 

 

 ────グリードアイランド協力プレイヤー募集、報酬は応相談。採用面接あり。

 

 

 

 入力フォームに私の名前と携帯電話の番号とメアドを打ち込み、備考欄には『いつでも構いませんが、お早めにご連絡いただけると助かります』と記入して、応募を完了する。ハンターサイトにアクセスする際には、ハンターライセンスが必要になる。ライセンスが身分証明になるので、これ以上の情報はいらないだろう。

 

「さて、早く返事が来るといいんだけどなぁ……」

 

 これでウラヌスさんの仲間に入れてもらったら、今度はアームストルへ帰って、自宅で許しをもらい、風間流道場に対して何らかの工作をする必要がある。少なくともゴンには、きちんと事情説明してから行こうと思ってる。誰の協力もなしに、妨害を抑えるのはまず無理だろうしな。

 

 ……ぼんやり待ってても仕方ないので、ハンターサイトのグリードアイランドに関するごく最近の情報を購入してみる。ウラヌスさんも知ってるだろうけど、自分の目でも確認しておきたい。追加情報程度で、情報料500万はちょっと痛いけど……

 

 

 

 

 

・バッテラ氏によってかけられていたクリア懸賞金500億は、クリア者が現れたことにより消滅。

 

・誰がクリアしたかは一切不明。バッテラ氏も行方が知れず、ゲームクリアしたと名乗り出る者も現在までいない。クリア者としてツェズゲラ氏が有力視されていたが、その件について彼は沈黙を貫いている為、他の誰かである可能性が高い。

 

・クリア後一定期間、現実世界からグリードアイランドへのログインが封鎖。

 

・クリア時、ゲーム内にいたプレイヤー達は、脱出しない限りはゲーム内に留まることができた。逆に帰還したくてもできないプレイヤーもいる模様。

 

・クリア後、全プレイヤーのバインダーから全指定ポケットカードが消滅した。変身前が指定ポケットカードであったモノも、同様に消滅した。

 また、ゲインした指定ポケットカードのアイテムが、ゲイン待ちのモノも含めて同様に消滅した。フリーポケットカードも一部消滅したようだが、詳細は不明。

 

・ログイン封鎖期間中、指定ポケットカードの入手イベントは一切発生しなかった。

 

・グリードアイランドへのログインが再び可能に。

 

・ログイン再開時期から、指定ポケットカード入手イベントが発生するように。ただし、一部の入手イベントは仕様変更が入った模様。要調査。

 

・指定ポケットカードの効果には、特に仕様変更がない模様。要調査。

 

・一部スペルカードには、仕様変更があった模様。要調査。

 

・グリードアイランドのゲームソフトは、相場を乱高下させながらブラックマーケットを始めとする取引市場に多く出回っている。異様に安価なモノは、偽物か取引自体が虚偽である可能性が極めて高く、ソフト購入を検討する際には要注意。

 

・複数の富豪や資産家が、ゲームクリアに懸賞金をかけ始めた。これはバッテラ氏の情報封鎖が消え、クリア報酬についての情報が出回るようになった為と予想される。

 

・現在、公式にゲームクリア懸賞金をかけている人物は以下の────

 

 

 

 

 

「ふぅん……」

 

 つまり、バッテラさんがかけてた……まぁ途中でリィーナにすりかわってたんだけど、ゲームクリアの懸賞金は、今でも少ないながら存在はしていると。

 だから、前ほどじゃないにしても、クリアを競うプレイヤーはいるってことか。

 

 ハメ組で、まだゲームから出れてない人もいるんだろうなぁ……実力的にアレだったし。

 

 誰かがクリアしたら、全部の指定ポケットカードとアイテム消滅か……

 大人数で協力しての連続クリアを阻止する為だとは思うけど、これって結局プレイヤー同士でクリアを競わざるを得ないってことか。えげつなー。

 

 やっぱり指定ポケットカードの入手方法変更は厄介かな……ちょこっと変わってるだけならいいけど、前はゲンスルーさんが持ってた入手方法の情報にずいぶん助けられたからなぁ。

 

 今度こそ、あのドッジボールに参加してみたいけど、んぅー……ボス属性ェェェ。

 

 レオリオさんがいないから、私は今回も移動スペルの恩恵にはあずかれないし。

 

 リィーナがいないから、他プレイヤーの攻撃スペルからカードを守るのが難しいし。

 

 あと……やっぱり……

 

 ゲーム開始直後に数時間気絶、おまけに1ヵ月間強制『絶』か……

 

 ……。

 

 ウラヌスさん、ダメって言いそうな気がする……どんだけ足手まといだ私。。

 

 諸々を考えただけで、座っている椅子からずりずりずりと滑り落ちそうになる。

 

 ……大丈夫か私。事前情報だけで心折れかけてますやん。

 

 いや……いや、おおむね分かっていたことだ。それを再確認しただけだ。

 

 こんなことで挫けてたら元ゲーマー……じゃなくてプロハンターの名がすたる。困難に立ち向かうんだ私。がんばれ私。負けるな私。

 

 それに、あのクソ親父(ジン)の挑発に乗るみたいで嫌だけど、指輪とメモリーカードのデータの中身を少なくとも一度は確認しておかないとな。

 

 ──ブルルッ。とポケットの携帯が震えた。

 

 確認すると、メールが入ってる。

 

 相手は……ウラヌスさん。もう来たのか早いな。もしかしてハンターサイトにちょうどアクセスしてたんだろうか。このビルにいるなら、ここから繋いでそうなもんだけど……でもここにはいないみたいだし……うーん?

 

 今日の夕方5時に、協会本部近くの喫茶店、か。なんでわざわざ本部の外で? まあ、いいけど。

 

 まだちょっと時間もあるし、父さんと母さんへのおみやげ探しておこっかな。すぐ帰ることになるかもしれないし。

 世界樹のおみやげはあるから、たまにはハンター協会でハンターらしい珍しいモノでも買っちゃおっか。興味もってくれるといいな。ふふん♪

 

 

 

 約束の時間5分前くらいに、指定の喫茶店の前まで来る。入口には『CLOSED』の札が下がってる。

 

「んー……」

 

 お店の中には、見た目に誰もいない。でも、外から直接見えないトコにウラヌスさんの気配とオーラは感じ取れた。他にひとけは無いかな。

 

「……」

 

 なんだろ。ちょっと違和感あるんだけど……まあ、気にしても仕方ないか。

 中に入ってみる。カランコロン♪ とベルのお迎えはあれど、いらっしゃいませの声はなし。

 

「こっちだよー」

 

 覚えのある声が聞こえたので、お店の奥の方の席へと進んでいく。

 やや奥まった一卓のソファーに、桜色の髪を撫でながら座るウラヌスさんがいた。そこまで歩いていく。

 

「こんばんはアイシャさん。

 ずいぶん早かったね。もう身体、診てもらったの?」

「こんばんはウラヌスさん。

 身体の方は、とりあえず経過観察です。やっぱり原因はオーラだったみたいで」

「そっか……

 ああ、向かいに座って。無理やり貸切にしたから注文は頼めないけど」

 

 うーん……みんな秘密守る為に色々苦労してるなぁ。多分ハンターライセンスを使ったんだろうけど。便利だよね、ホント。

 

 私が向かいのソファーに座ると、ウラヌスさんが空いたグラスにポットから水を注いで、私の前に置く。

 

「どうも。

 ……ウラヌスさん、私の他に応募してきた人っています?」

「うーん。今までにっていう話なら、何人か。

 ただ、無名のルーキーとか、金にガメついヤツとか、あんまりいい噂聞かないヤツとか、そんなのしか来てなくて。面接もせずに断らせてもらってるけど」

「なるほど……

 ウラヌスさんはプロハンターを求めてるんだと思うんですけど、どういう人が必要なんですか?」

 

 場合によっては、ゴン達のうちの誰かに声をかけないといけないからな。今回協力してもらうのは難しいだろうから、したくないけど……

 

「そりゃまぁ……

 最低でも中堅以上の戦闘能力か、ゲーム攻略に適した念能力持ちだね。

 グリードアイランド経験者はもちろん優遇するし、あと……信用できるかどうかかな」

「……。

 そうですか」

「ま、キミの場合は……

 俺の方から手を組むのを断る理由があるとすれば、足手まといになるって言ってたのがどの程度のものか、っていう一点だと思う。できれば、この場で話してほしい」

「えっと……

 お話するのは構わないですけど、私の場合まだ他にも問題があって」

「いいよいいよ。聞かせてくれるなら、そっちも一緒に。

 なんせ俺もアテがなくて、ほんとに困ってて」

「はい……

 それじゃあ、まず──」

 

 

 

 ──少女説明中(両親編)──

 

 

 

「──なので、あまり長期には空けられなくて……」

「うん……

 まあ、両親の了解が得られなかったら難しいのは分かったよ。

 それで?」

 

 

 

 ──少女説明中(仲間編)──

 

 

 

「──今回もそうなっちゃうんじゃないかなって。

 それはもう、嫌なんですよね……」

「そっか……

 もし大人数でゲーム攻略を妨害されたら、相当キツイね……

 他プレイヤーとの争いは、ある程度仕方ないんだけどさ」

「できるだけそうならないように、説得はしてみますが」

「その時はお願いするよ。俺も協力する」

「すいません……」

 

 うん。ここまではいい。ウラヌスさんもそれを理由に、私を拒絶しないだろうと予想はしてた。

 問題は、次だ……

 

 

 

 ──少女説明中(ボス属性編)──

 

 

 

「…………」

 

 テーブルに両肘をついて、完全に考え込んでしまうウラヌスさん。

 

 うん……ですよね。

 私だってそうなります。知った時の虚脱感たるや。

 

「移動スペル無効て……

 

 ……それ……

 

 あまりにハードモードすぎると思うんだけど……」

 

「……ですよねー」

 

 

 

 

 

【ボス属性】

・特質系能力

 自身に作用する念能力による状態異常・特殊能力を無効化する。自分自身の念能力は、無効化の対象にならない。

 

<制約>

①この念能力は常時発動する。オーラが枯渇しない限り、発動を止めることはできない。

②無効化する念能力を任意選択できない。治癒・支援の念能力であっても無効化の対象となる。

③この念能力によってオーラ枯渇に至った場合、枯渇に至らせた念能力は無効化できない。

④死者の念による状態異常・特殊効果を無効化することはできない。

⑤無効化中、オーラを消費する。消費するオーラ量は、無効化対象の念能力に込められたオーラ量×自身にかかるはずだった影響の強度。

 

<誓約>

①この念能力によってオーラ枯渇に至った場合、即座に気絶する。

②この念能力によってオーラ枯渇に至った場合、30日間強制『絶』になる。この間はこの念能力による無効化も発動しない。

 

 

 

 

 

 ……ぐぉぉぉ。なんで私はこんなアホな能力を作っちゃったんだぁ……!!

 

 改めて身もだえする思いだ。せめて……せめてON/OFFできるように、制約と誓約調整すべきだった……!

 

 ウラヌスさんは少し顔を上げ、

 

「……いちおう聞くけど、グリードアイランドに入る時は?」

 

 気づいたか。ぐ……なんで私は気づかなかったんだ。

 

「えっと……それも例外ではなくて。

 ゲーム内に移動する効果も消しちゃうんで……

 その……

 オーラが枯渇するまで、全力で『練』して無理やり入ります」

「ぅわお。ムチャするなぁ。

 ……ゲームから出る時も?」

「ええ。多分……」

「ということは、出る時も問題だけど、入って1ヵ月間も『絶』かぁ……

 で、それが治ったら、今度は移動スペル全部無効、と。

 ……。

 俺、ぜっんぜんイメージできないんだけどさ。

 どうやってクリアしたの?」

 

 どうやったっけ? うーん、と。……私、ゲーム攻略にほとんど貢献してない気がするんだよな。うん……

 

 ……。

 

 あかん……正直に言おう……

 

「……

 仲間の努力の賜物です」

 

「…………」

 

 あ。また顔沈んだ。

 

「ワケがわからないよ……」

 

 ……ダメですよねぇ。やっぱり。

 

 

 

 その体勢で固まっていたウラヌスさんは、顔を上げてソファーに深くもたれかかった。

 

「……うん。まあ、分かった。

 そりゃキミも足手まといだなんだと気にするよな」

「その……

 ダメ、ですよね?」

 

 ウラヌスさんの顔とオーラを見る限り、すんごい悩んでる感じが伝わってくる。

 

「……別にいいよ」

 

「え?」

 

「それで構わない。……それが分かってても、キミは行きたいんだろ?」

「……はい」

「じゃあ連れてく。

 移動スペルが効かないっていうのも、全くメリットがないわけじゃないしな。

 たとえば『離脱』でゲーム外へ飛ばされたり、『同行』でどっか連れ去られたりしなくなるから」

「デ、デメリットの方が大き過ぎないですか?」

「……キミには相当走ってもらうことになると思うけど、足には自信ある?」

「あ、それは大丈夫です。前回はそうしてました」

 

 ソファーから背を浮かせ、頭をかくウラヌスさん。

 

「なら、いい。

 役割分担を考えれば、まだいくらかやりようはある。

 ……ゲームへ入った時に気絶するっていうのは、回復に時間かかるの?」

「えっと、前は6時間かかりました」

「長いな……まぁ気をつければ何とかなるか?

 それって本当に、気絶と強制『絶』だけ?

 他になんか悪いこと起きない?」

「多分……

 誓約で無理やりそうなるだけなんで、他には何も」

「……キミがそう言うなら、俺から言うことはないかな」

 

 ウラヌスさんの難しがってる顔を見て、私は言葉を悩んだ。

 

「本当に、いいんですか?」

「……いいさ、いいさ。

 何だかんだで、キミは仲間とクリアしたんだろ?

 俺もそれにあやかろうじゃないか」

「でもウラヌスさん、命が懸かって……」

「いいって!」

 

 突然怒鳴られ、軽くビクついてしまった。ウラヌスさんは沈痛な面持ちで、

 

「怒鳴ってゴメン……

 ……それが分かってても、キミが俺と組むって言うならね。

 キミのエネルギー量なら大丈夫だろうけど、練を見せてもらえれば納得するよ」

「あ、はい。

 それは構いません」

「……俺も偉そうなことは言ってるけど、キミと組むに相応しいかどうか練を見せなきゃとは思ってたし。……この後移動するから、少し待ってて。

 ああ、もちろん両親にダメって言われたら、俺も組むのは諦めるから」

「……説得します」

「……。うん」

 

 言ってウラヌスさんは携帯を操作する。操作し終えた後、そのままじっとしている。

 

 

 

 ず……

 

 

 

 突然、オーラが減り始めた。

 私の視界に──店内の化粧室から、茶色いツナギを着た2人連れが出てきた。

 店内をこちらへ向かって歩いてくる。減り続けるオーラ。【ボス属性】が発動し続けている。

 

 強烈な違和感。

 

 私はその2人から目を離せない。特に片方は、放つオーラもさることながら、歩き方が人間のそれではない。骨格もおかしい。

 

 ウラヌスさんは座ったまま、じっとしている。

 

 その奇妙な2人が、そばまで来て──立ち止まった。

 

 私の顔をじっと見る。私も見返す。その、人ならざる目を。

 

 ……まさか……こんなところで。

 

「キメラ、アント……」

 

「──ぷはっ!」

 

 片方が息を大きく吐き出した。私のオーラ減少が止まる。

 

「……なんなのよ、アンタ達……」

 

 息を吐き出した方が、私の方をワナワナと震えながら睨んでくる。息が荒い。ウラヌスさんが、明らかに何の動揺もなくそちらを見やる。

 

「アイシャさん。

 キミの能力を聞いて、多分こうなると思ってた」

 

「……。どういうことです?」

 

「それは、こっちのセリフよっ!!」

 

 バン! とテーブルを叩くキメラアントの1人。……ん? なんかやけに人間っぽいな。

 

「なんで、アンタまで!

 ──アタシの【神の不在証明/パーフェクトプラン】が効かないのよっ!!」

 

 ウラヌスさんは、彼女? に、やや同情めいた顔を見せ、

 

「……しょせん、念能力さ。絶対はない」

 

 わなわな身体を震わせるキメラアントの女性に、もう1人のツナギ姿が背に手を当てている。

 

「おねーちゃん……」

 

 えっと、超展開すぎて私ワケわかめなんですけど……

 

 困った顔を私に向けるウラヌスさん。

 

 

 

「この2人も行きたいんだってさ。グリードアイランドに」

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 

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第十二章

 
 
 
・メレオロン(♂→♀)

 原作にも出ていた巨大キメラアント元師団長。フルネームはメレオロン=ジェイル。
 おそらく原作でオスだったと思われるメレオロンの性別は、今作ではメスへと変化。
 基本的な見た目は、原作とさほど変わらず。ただし煙草は吸わない。原作メレオロンはやたら緑色の肌してますが、こちらは多少色変化してやや黄色気味。しっぽは小さめ。
 原作と違い、アイシャとウラヌスの能力で、本来見破られるはずのない【神の不在証明/パーフェクトプラン】をフルボッコにされる、可哀想なヒト。

 原作ではフルネームが公表されておらず(メレオロンとジェイルの2つを名乗っていたのみ)、人間だった頃の名前がメレオロン=ジェイルかどうかは定かではありません。が、いずれにしろ本名はもう出ないでしょう……



・シーム

 メレオロンの弟。フルネームはシーム=ジェイル。
 名前からもそれとなく分かる、原作におけるパームの立ち位置入れ替わり。ただ性格は極めてまとも。ちなみにパームは普通にいます……出てないだけで。
 見た目は12歳程度の、まだ身長が伸びきっていない少年のそれに、半獣人パームが変化していた手足鱗びっしり状態が合わさっている。金髪で、鱗のある部分の肌は青みがかり、それ以外の肌は薄い黄色。
 もっとも、変化はパームほどではなく、ツナギで隠せる程度。腕の鱗は手首から肘まで、足の鱗も足首から膝までで、ヒレもなし。
 メレオロンにとっては前世の弟に当たる。シームは死亡後に転生したわけではないので、厳密には血の繋がり──肉親の関係ではないと言える。



 皮肉なことに、双方に共通するのはともに『蟻』であるということ。







 

「ほら、2人とも。

 能力が解けてる時はすぐ『絶』。頼むぜ」

 

 私がウラヌスさんの横に並んで座り、向かいのソファーにキメラアントの2人が並んで座っている。うん、席替えはいいんだけど。

 

「うっさいわね……

 ほら、シーム。あんたもすぐやって」

「う、うん……」

 

 何がなにやらサッパリです。

 っていうか、2人とも『絶』含めてかなりの隠形だ(おんぎょう )な。あらかじめ気配探ってたのに、化粧室に隠れてるのに気づけなかった。くそ、違和感の正体はこの2人だったか……

 

「えっと……ウラヌスさん、これって」

 

 隣のウラヌスさんが、後ろ頭をかきながら、

 

「んんー。まぁ最初から話すか。

 まず、キミに声をかけてあの話をした後……」

 

 

 

 ──少年説明中──

 

 

 

 ウラヌスさんの話をまとめると、こんな感じだ。

 

 私と話して協会の外へ出た後、道に迷って偶然このキメラアントの2人と商店街で会い。

 見破られるはずのない念能力をウラヌスさんがあっさり見破り、これは捨ておけないとキメラアントの方から接触し。

 情報交換しようにも、そもそもウラヌスさんは巨大キメラアントのことを知らず。

 当人達から説明を聞いてもイマイチ分からないので、実際にハンターサイトで調べ。

 そこで諸々の詳細と、巨大キメラアント討伐に私が関わっていたことを知ったらしい。

 

「その……

 この2人って、もしかして逃げてるキメラアントなんじゃ」

 

 私以外の3人が沈黙で返す。肯定、ですか。

 

「……」

 

 フードを下ろしているので、2人の容姿はよく分かった。女性の方は人型のカメレオン。男性の方は、ぱっと見は問題なさそうな少年の姿だけど、袖から覗く手首から腕にかけてびっしり鱗がついていた。

 

 今、現存する巨大キメラアントは2種類しかいない。

 

 ネテロに降伏して、僻地にて厳重に監視されているキメラアント。

 

 いまだ、逃亡を続けるキメラアント。

 

「つくづく……

 NGLでアンタと出会わなくてよかったわ。さっさと逃げて正解だった」

 

 女性カメレオンのキメラアントが、そう息を吐く。

 

「そうですね。

 ……もし、私が討伐に向かっていた時に出会っていれば、迷わず殺していたでしょう」

 

 沈みがちに告げる。

 ……やっぱりいたんだ。人間みたいな考えのキメラアントも。

 

「迷わず、ね。

 そのワリには、ずいぶんツラそうに言ってるけど」

「……」

 

 多分、ゴン達がいなかったら、仮に生き延びても私は精神を病んでいたんじゃないかと思う。それぐらい、後味の悪い戦いだった。どれだけの命を刈り取ったか。もちろん私が殺さなかったら……もっと多くの人が殺されていたんだけど……

 

「……ま、アンタがその気になったらどの道終わりだろうし、正直に白状しとくわ。

 アタシは元師団長のメレオロン。……前世、人間だった頃の記憶を取り戻してる」

 

 師団長。さっきの顕在オーラ量を見た感じ、確かにそれくらいは……いや、それ以上の強さに見受けられた。元人間……であることを思い出した、か。

 

「……。そちらの人は?」

「シーム、私の弟よ。

 と言っても、この子は純粋なキメラアントじゃないけどね。

 念能力に強制的に目覚めさせられ、無理やりキメラアントと合成された半獣人よ」

「……!」

 

 遠い記憶に何か掠めるものはあった。……が、思い出せない。

 

「……なんですか、半獣人って」

「いま説明した通りよ。護衛軍が試験的に作った……

 この子自身は戦う意思がなかったから、ハンターに降伏したのはいいんだけども……

 人間の実験施設に回されてて、やっとの思いで私が連れ出したのよ」

 

 ……誰だ、そんなことをしてるのは……

 

 ふつふつと悪感情が湧いてくる。巨大キメラアントを討伐、監視、隔離──は分かる。実験とは、なんだ。いったい何の為に。悪い想像しか出てこない。

 

「……よく救出できましたね」

「これがあるからね」

 

 メレオロンという名のキメラアントがクチを噤む。……私のオーラ減少が始まった。

 

「……すいません。

 息を止めて、何かしてるのは分かるんですけど、私には効かない能力なんで──」

「……はぁー。やっぱりか……

 まぁアンタにもソッチにも効かないのはよく分かったわ」

 

 私はウラヌスさんの方を見る。彼は「んー」という顔で、

 

「どうも息を止めてる間は、相手に自分を認識させなくする能力らしい。

 俺の方は生命力精神力を見る力で認識できるようになっちまうみたいで、何してるのか見た目に分からん」

「私もです」

「アンタ達、やめてください……アタシこれすっごい自慢の能力なのに……」

 

 メレオロンさん、ぺちゃーとテーブルに突っ伏した。ああ、もうコレ、自信喪失してる……

 

 ……なるほどね。能力発動中、誰にも認識できないようにできるなら、追っ手から逃げつつ、弟さんの救出も不可能じゃないか。監視カメラとかには、引っかかってそうな気もするけど。まさか機械からも隠し通せるのかな……

 

「でも、弟さんの方はどうやって隠れるんですか?」

「……【神の共犯者】。

 私が【神の不在証明/パーフェクトプラン】を発動中に手で触れた相手も、同じ状態にできる。離れるか、私が息をすると効果がなくなる」

 

 ほぉ。うまくやれば、かなり強力な能力じゃないかな。……なぁんか初めて聞いた気がしないんだけども。

 

「で、どうするのアンタは? 私達をハントするの?」

「……」

 

 もちろんハントする気は、ない。人に害をなす感じはしないし、どこかへ行ってしまうなら追う気はない。けど……

 

「……ウラヌスさん。

 この2人も、グリードアイランド攻略に?」

「そのつもり。

 逃亡を成功させる為に、整形手術で見た目を何とかしたいらしくて。でも普通に考えて、やってくれる医者が見つかるどころか、足がつく方が早いだろうし。

 なんとかならないかって泣きつかれたから……」

「……『マッド博士の整形マシーン』、ですね」

「しかないわなぁって」

「んー」

 

 ……これ、すっごい逃走幇助っていう犯罪だと思うんだけどなー。

 

 でも、まぁ……背に腹は代えられないか。うーん。いや、いいのか……?

 

「危ない橋になりそうだし、無理して渡らなくていいよ。

 一応この2人を仲間として迎え入れるのは、キミを迎える条件の一つにしとく」

「んー……

 ちょっと待ってくださいね……」

 

 私は額を揉んで、考え込む。

 

 心配事があるとすれば、ボス属性について知られることだ。ウラヌスさんはまだいい。彼も自分の命に関わることを私に教えてくれてる。私だけ話さないのはフェアじゃないし、そもそもグリードアイランドに入る以上、伝えないわけにはいかない。

 問題はこの2人だ。ボス属性の致命的な弱点を知られるのは……そこまで信用していいのか? 嘘は吐いてなさそうだけど……特にメレオロンさんは、自分の能力について詳細まで明かしてるしな……

 

 …………

 

「ウラヌスさん。

 どうしてあなたは、彼らを信用してるんですか?」

「ん?

 んー……」

「アタシはもう、アンタ達に任せるわ。

 ……見破る人間が複数いるって時点で、逃げ続けられないって分かっちゃったし。

 煮るなり焼くなりご自由に」

 

 メレオロンさんは、脱力気味にそう言ってくる。

 

「えっと……シームくんでしたっけ。

 あなたは?」

「おねーちゃんに任せます……」

 

 私がウラヌスさんを見ると、彼も見返してきた。何となく困った顔で。多分、私も同じ顔してるな……

 

「その……

 ここで私が、あなた達を信用しますと答えたとしても。

 別れた後に私が通報して、あなた達が捕まることだって……」

 

「好きにしてちょうだい。

 私はコイツなら信用できると思って、そこのウラヌスに洗いざらい全部喋った。

 で、そのウラヌスがアンタなら信用できると思って、私達に引き合わせた。

 見立て違いだったなら、諦めるわよ……」

 

 んー……

 

 少なくとも巨大キメラアントは、その危険性を考慮すれば監視・隔離すべき生物だろう。その認識に間違いはないはず。まぁこれだけ人間性を示されて、前世の記憶もあるなんて言われたら、討伐しろと言われたって私にはできないけどね。シームくんの方は、現在に到った経緯を考えれば尚更だ。

 

 でも……討伐しないなら2人を協会へ引き渡すべきかと聞かれると、素直には頷けない。

 

 さっき聞いた実験施設の問題だ。なぜ降伏したはずの彼がそんなところに居た? その疑問が解消されないうちは、たとえハンター協会が相手でも引き渡すわけにはいかない。実験施設とやらが何なのか判明するまでは、自分達で保護した方が遥かにマシだ。

 

 ……選択の余地はないか。今の時点では。

 

 もし犯罪者扱いされそうになったら、ネテロやリィーナに泣きつこう。そもそも私達は既に、グリードアイランドでゲンスルーさん達という殺人者を取り込んでしまっている。あの島の懐深さにひとまず期待したい。

 今後この2人をどうするか、まずは近くで様子を見たいしな。

 

 ということは……

 

「ウラヌスさん。

 これで私が了承したら、とりあえず暫定メンバーは決定ですか?」

「ああ、これで4人になるからね。

 全員の利害も一致した。

 ────『魔女の若返り薬』『ホルモンクッキー』『マッド博士の整形マシーン』。

 この3つのクリア報酬を目指す」

 

 ……うん。善は急げか。何が善か知らないけど。

 

「分かりました。

 私はあなた達と同行することに異存ありません。

 メレオロンさん、シームくん。よろしくお願いします」

「……アナタの名前、教えてもらえる?

 もう知ってはいるけど、自己紹介をしてもらってないから」

「これは失礼。

 ハンターのアイシャ=コーザです」

「アイシャ、ね。

 私のことはメレオロンでいいわ。

 シームのことは好きに呼んでちょうだい」

「分かりました。

 メレオロン、シーム。よろしくです」

「こちらこそよろしく、アイシャ」

「よろしくお願いしますアイシャさん……」

「なんか俺置いてけぼりで信頼関係結んでるね。いいけどさ……」

 

 ウラヌスさん、ちょっと横でいじけてる。

 

「まぁ本当にいいや。

 じゃ、そろそろ行こうか。

 メレオロン達は隠れつつ、飛行船発着場まで来てくれ。渡した携帯に地図が入ってる。

 ……アイシャさん、キミは俺に付いてきてほしい。

 早いうちに、力量を確認しておきたいから」

「分かりました。

 それでは行きましょうか」

 

 

 

 再び私は飛行船に乗り、またもあの岩場へ。ここ、意外に人気スポット? まぁ今回は高台ではなく、普通に下の岩場だけど……

 

 空は暗さを増し、そろそろ夜に差し掛かろうとしている。おなかすいたなー。

 

 私とウラヌスさんが、ある程度の距離を開けて相対する。

 少し離れたところで、メレオロンとシームがこちらを見守っている。

 

 彼の桜色の長い髪と、白いワンピースの裾がふわりふわりと風で揺れていた。

 なんというか、ホント雰囲気は戦えそうな感じの人じゃないんだよねぇ……念能力者を見た目で判断しちゃ、もちろんいけないんだけども。弱いわけないだろうし。

 

「メレオロンは、さっき言ってた能力の他に、身体を透明化する能力。

 シームは、これといって能力を持たないらしい。せいぜい『練』が限界だそうだ」

「……ウラヌスさん。

 私に能力を見せてくれるって解釈でいいですか?」

「ん?

 そのつもりだけど、キミは見せないつもり?」

「その……

 私はもう見せてるんですよ。さっき話した無効化と、オーラを隠す能力。

 戦闘用の能力は、それ以外にないですから」

「うーん……

 分かった。

 俺は戦闘用の能力があるから、それは見せるけど。

 その前に、手合わせしようか」

 

 やっぱりそのつもりだったか……

 

「ケガしても面白くないから──」

「オーラは無しで、ですよね」

「うん。互いに『絶』で。

 特にキミの場合、一ヵ月間どの程度守る必要があるか確認させてもらわないとね」

「……分かりました」

 

 私は、すっと風間流の構えを取る。

 

「ほぉー。

 ……なにか武術を修めてる感じはしてたけど、心源流拳法……じゃないな。構えを見る限り。

 キミのそれは、ほぼ受けの姿勢だ。『絶』の静けさといい、相当に使えるね」

「……」

「これは真剣にやった方がよさそうだ。

 ……武闘家として、手合わせ願いたい」

「いいでしょう」

「では」

 

 

 

 構えもなく、彼がゆるりと歩き始めた瞬間。

 

 

 

 ────私は急激に距離を取った。嫌な感じに押され。

 

 

 

『…………』

 

 

 

 ────今の一歩目で見抜くか。これは尋常じゃないな……

 

 内心、驚くウラヌス。彼女は今の足運び、重心移動で、既に間合いのうちだったことを悟った。

 

 俺もまだクンフーが足りないな……あと少し我慢すべきだった。

 

 

 

 余分に距離を取ったアイシャは、今のウラヌスの動きにヒヤリとしていた。今の今まで、これほどの技量を欺瞞していたのか。

 

 明らかに距離を詰める為の動きではなかった。間合いを狂わせる歩き方だ。歩速、歩幅のみで、後の先を崩す高等技術。受けに対する立ち回りを、高い水準で解していなければできないほどの。

 

 2人とも動かない。

 

 …………

 

「ずるくないですか?」

 

「あ、やべ。バレた」

 

 アイシャの問いかけに、一歩目を踏み出した姿勢のまま、ウラヌスはさらっと答えた。ハタから見ている2人には、何を言ってるのかさっぱり分からない。

 

 ウラヌスの目が生命力精神力の流動を読み取っている為、アイシャはさっきからやけに読まれてる気配を感じて動きづらかったのだ。やりにくいなと思ったらズルされてた。

 

 無論『絶』状態で戦うのは間違いないので、約束を破ってはいない。が、そういう問題ではない。それでは素の技量による手合わせにならない。

 

「あぁ、うん。ごめん。

 目には頼らないようにするよ」

「私はあなたのオーラを見てないのに、ズルすぎますよ……

 その目の力って、ON/OFFできるんですか?」

「いちおうね。

 あんまりたくさん人を見ると疲れるし」

「まったく……

 武闘家なら武闘家らしく、普通に動きを読み取ってください」

「へーい」

 

 諦めたようにウラヌスは歩を進めた。詰まる距離。

 

 アイシャが一瞬ぴくっと指を動かし、ウラヌスが上下前後左右に重心を微移動。互いに間合いとタイミングを取り合う。

 

 今度はアイシャから距離を詰める。慎重に半歩弱を寄せ、ウラヌスの衣服を取りにいく。大きめに一瞬下がり、即座にさっきより接近するウラヌス。アイシャの指に布地が複雑に絡み、投げを封じてくる。

 

 急激に(たい)を下げ、短く突進するウラヌス。いなすアイシャ。無防備な背へ向けた腕刀の叩き込みを、ウラヌスが胴を(かし)ぐ勢いで弾く。アイシャが引く足の跡に、ウラヌスの踏み付けが空振った。

 その踏み付けの勢いを見逃さず、返す足で柔を仕掛けるアイシャ。──動かない。既に勢いが殺されている。

 

 2人の動きが、止まった。

 

「……

 もういいよ。俺の負け」

 

「……。そうですか」

 

 互いに姿勢を直し、ふーと息を吐く。

 

「無理無理無理。あんだけ崩しに行ってるのに、立て直し早すぎる」

「どんな重心移動させてるんですか、あなたは……」

「防御で精一杯。攻撃できる隙なさすぎだって。無理して攻めたら案の定だったし」

「……シーム、今の分かった?」

「わかんない」

「アタシもよ」

 

 オーラなしの手合わせでこの有様である。しかも互いにケガさせないよう気遣って、だ。

 ウラヌスは2人の方をちらりと見て、

 

「彼女の方が少なくとも数段上だよ。

 俺はかろうじて、歩法で対抗できてただけ」

「……

 どことなく、上半身と下半身の動きが食い違ってる感じがしたんですが」

「そりゃそうだよ。

 目の力、念能力と組み合わせた体術として身につけてんだもん。

 ぶっちゃけ、オーラなしだと上半身の攻め手はゼロ。

 始めから徒手空拳の武術として、動きを最適化させる気がないからね」

「ちゃんと武術としても修めた方が……」

「時間ない。独学だしな。

 ほっときゃ俺、弱って死ぬんよ?」

「……そうでしたね」

 

 アイシャは、もったいない……という思いでいっぱいだった。これも武人のサガか。

 

 ウラヌスは「んー」と身体を伸ばした後、

 

「まー。今の感じだと、ありありルールじゃもっと勝てそうにないけどなー。

 オーラ量にとんでもない差がありそうだし……

 とりあえず能力見せるけど、いい?」

「ええ。練を見せてもらいましょう」

 

 互いに距離を取り直す。すでに『絶』は行っていない。

 

「では、右手をご覧ください」

 

 言ってウラヌスは、肘を曲げたまま右手を上に差し向ける。

 その右手に、黄土色の無骨な拳が出現した。拳と言うより、籠手か。ウラヌスのさほど大きくない手を一回り大きく(よろ)っている。

 透けて見えるウラヌスの右手が閉じて開いてすると、それに合わせて大きな拳も閉じて開いてする。

 

「能力名は【巨人の籠手/ギガースグローブ】。

 出し入れ自由で、具現化する時に10段階までサイズを決められる。これで小さい方から2番目。

 大きいほどオーラ量が増大し、ついでに重量が増す。引っ込めれば、八割がたオーラは還元される。

 頑強だから攻撃にも防御にも向いてる。重けりゃ相手に合わせるのは難しいけどね。

 出すのは右手でも左手でもいける。両手同時は……やれなくはないけど、デメリットが大きすぎるな。消費オーラもさることながら、両手が重いと重心移動に悪影響が出る」

 

「なるほど……

 基本的に体術なんですね」

 

 念能力の高重量を前提とした足捌き、重心移動だったわけだ。あの技量も頷ける。

 

「うん。

 後、これの足版もある。そっちは両足同時が基本だし、あんま使わない。

 で、逆に高速機動する能力もあるけど、そっちはオーラ消費がもっとシャレにならないから、切り札にしてる。

 ……そんなもんかなー」

 

 ウラヌスは念能力の拳を消す。直後、巨大な拳を再具現化した。籠手のサイズは、成人男性の身長並みだ。

 

「これで8番目の大きさ。威力は大体こんなもん。

 ……破片飛んでくかも知れないから、念の為オーラで防御しといて」

 

 高台の岩壁に向かって歩いていき、無造作にゆっくり振りかぶる。

 

 ゴシャッ!!

 

 発泡スチロールのように、あっさり岩壁を削り砕いた。ついでに岩盤まで大きく抉れている。

 

「全然勢い乗せてないのに、それですか……」

 

 砕くだけなら念を籠めた拳でもできる。けど、岩壁と岩盤をまとめて一薙ぎで削り取るほどの威力は生半可じゃない。

 

「ま、重いからね。動く相手にそうそう勢いつけて当てられないよ。

 たとえばキミ相手に戦うなら、俺はこんなの使わない方がマシだと思うね」

「……」

 

 うーん。でも動かない相手への攻撃としては、凶悪すぎる威力だと思うんだけどな。

 

 ウラヌスさんは籠手を消し、こちらへ戻ってくる。

 

「……ありがとうございます、ウラヌスさん。

 少なくとも私の方からは、あなたの実力に疑いはありません」

「どうも。

 じゃあ、こっちからリクエストしてもいいかな?」

 

 ……予想はしてた。

 

「なんでしょう?」

「分かってるだろ?

 ──キミの『練』を見せてもらおうか」

「まぁ……

 そうですよね」

「俺はこの目である程度の見立てはついてるけど、そっちの2人には分からないし。

 そもそもオーラをどこまで制御できてるかで、全然変わってくるからね」

「ええ。

 ……その前に、今も使用しているオーラを隠す能力について説明しておきます。

 能力名は【天使のヴェール】。

 使用中、私のオーラは一般人のような垂れ流し状態としか感知されなくなります。

 これは、私がどんなオーラの状態であったとしても同じです」

 

「……ん? んん?」

 

 ウラヌスさんが、なんかすごい不思議がってる。うーん。

 

「その……

 俺はまだ、この目でいくらか対抗できそうな気がするけど……

 戦う相手のオーラが見えないとか、普通どうしようもなくね?」

「元々、その為に作ったわけではなかったんですけどね。

 私の場合、オーラの質に問題があって、『絶』や『隠』で隠し続けるのもちょっとアレだったんで」

「……反則って言われない?」

「よく言われます」

「ひゃー……。あの体術に加えてソレか。

 まいったな……勝てる気しない」

「ただし、使用中はオーラの消費が跳ね上がりますけどね」

「……どんぐらい?」

 

 言っていいんだろうか。……言わなくてもバレそうなんだよな。あの目で見られると。

 

「……。

 10倍以上です」

 

 メレオロンとシームがギョッとし、ウラヌスさんが「ぶぅーッッ!?」と吹き出した。

 ですよねー。やっぱ言わなきゃよかったかな。

 

「げほっ、げほっ……

 ……マ、ジ、か。

 キミは、そんな燃費の悪さで戦うのか。

 …………いや。なるほど、それでそんなエネルギー量なのか。

 うまいことできてるわー……」

 

 ご納得いただけたらしい。

 

「いや、つったって限度あるだろ。

 そんなんじゃ普通、戦って数分でぶっ倒れると思うけど。

 もちろんキミはそうじゃないんだろうけどさ……」

「流石に全力で長時間戦闘は無理がありますね。

 その時は解除するだけです」

「……うん。そりゃそうだ」

 

 ウラヌスさんが「はー」と息を吐く。

 

「……。では」

 

 私は【天使のヴェール】を解除した。

 

 解き放たれたオーラが禍々しい妖気となって、薄暗くなった空気を(くら)く染める。

 

 予想はしていたけど、メレオロンとシームが総毛だったように顔色を変えた。

 おそらく私のオーラをその目で予想していたはずのウラヌスさんも、表情を強張らせた。

 

「それ……は」

 

「その……色々ありまして。

 私のオーラの質は、生まれてきた時からこうなんです」

 

 更に一段、ウラヌスさんの表情にシワが寄る。

 こちらへ歩み寄り、私が自然と漂わせるオーラへ軽く掌を触れさせる。

 

「……キミの生命力と、真逆の性質だな」

 

「え?」

 

「いや……なんだろう。

 キミの生命力と精神力には、こういった禍々しさは全く感じられない。

 だから、まるで何かのフィルターを通したように、オーラの質が激変している」

 

「……」

 

 やはり、私が転生した時に死者の念として、オーラを引き継いでしまったのが原因なんだろうか。最早、調べようもないことではあるけど。

 掌を触れさせていたウラヌスさんが、つらそうな表情を浮かべた。

 

「そういう、ことか……」

 

「……

 なにか、分かったんですか?」

 

 もしこのオーラについて分かったことがあるなら、ぜひ知りたいな。危険を冒してまで見せた甲斐があった。

 

「いや、その……

 オーラの質が変化してる理由は、俺にもよく分からない。

 近くで浴びてるだけで、ものすごく奇妙な気分にさせられるんだけど……」

 

「あの……

 私以外の人が、このオーラを浴び続けるのは心身にもよくないですから。

 ご気分よくないようでしたら、もうこれで」

 

「……違う」

 

「?」

 

 ウラヌスさんが沈痛な表情を見せる理由が、私には分からない。

 私の目を、じっと見てくる。

 

「こういうオーラは……負の感情を伴った思念だ。

 普通、感情を向ける相手がいる。

 あいつが疎ましい、憎い、殺したい……いわゆる、未練を強めた怨念のたぐい」

 

「あの……」

 

 なんだろう。嫌な予感がする。

 

「多分……自覚はしていないと、思う。

 言うべきか、悩んだけど……放っておくのは正直、気の毒だ」

 

「ぅ……」

 

 ウラヌスさんの瞳が、こわい。背筋に冷たいものが走る。

 

 ……いや。分からないけど、言わないでほしい……

 

 彼の拳がきゅっと握られ、私のオーラがその隙間からすり抜けていく。

 

 

 

「……ごめん。

 

 キミを傷つけることを言う。

 

 

 

 この、悪しき思念は……他の誰にも向けられていない。

 

 

 

 ────キミ自身に向いている」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 何を……言ってるんだろう。

 

 

 

「…………。

 

 

 

 キミは、自分自身を、…………憎悪している」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十三章

 

 研鑽を重ね、常に整えられているはずの呼吸が、乱れる。

 

 落ち着くように命じても、微細な喉の震えが妨げる。筋肉と神経が、痺れたように言うことを聞かない。

 

 彼は今、何と言った? 認識がついてこない。……思考がカラ回る。

 

 いつもと変わりない禍々しい私のオーラが。

 

 ────初めて、得体の知れない不気味な何かに映った。

 

「私が……私を憎んでる?」

 

 どういうことだろう……。

 そう言われても、考えたこともなかった。

 

「……俺にも理由は分からない。

 オーラの性質は……問題ないわけじゃないけど、まだいい。

 でも、キミに対して攻撃性を示してるのは、良くない感じしかしない」

 

「…………」

 

「予想でしかないけど……

 キミは過去、自分自身を許せない何かがあったとか」

 

「────ッ!!」

 

 ある。確かに。

 もうそんな感情は、大分(だいぶ )薄まっていたんだけれど……

 自分自身を、このオーラを、呪わしく思っていたことがある。

 

 

 

 ……母さんを、死なせたから。

 

 

 

「……すまない」

 

 ウラヌスさんが、深く腰を折って私へ謝罪してきた。

 

「俺が口を出すようなことじゃ、やっぱり無かった。

 ……こんなの、余計なお世話だ」

 

 その言葉に私は困惑する。予想外に驚かされたことは事実だし、今も動揺が収まらない。けれど……なら話さないでほしかったかと言われれば、それは違う。私自身は知っておくべきことだ。

 

 ……彼は、何も悪くない。

 

「いえ……

 謝らないでください、ウラヌスさん」

 

「でも……」

 

「話しづらかったでしょうに、わざわざ教えていただいてありがとうございます。

 ……きっと、そのことを自覚できてよかったんです」

 

 ウラヌスさんが顔を上げてくる。私は無理に、笑みを返した。

 

「ホントのこと言うと……

 私、ここのところ幸せなんですよ。たくさんいいことがあって。

 私は、今の自分が好きなんです。

 だから……」

 

 息を大きく吸い、吐く。今度は無理なく笑う。

 

「自分を憎んでる私と、戦います。

 そんなの間違ってるって。

 私は幸せになるって、母さんと約束したんです」

 

 ウラヌスさんは、くしゃりと顔をゆがませた。

 

「そっか……いいお母さんだね」

 

「はい。自慢の母さんです」

 

 彼は腰に手を当て、うんうんと頷いた。

 

「なら、伝えてよかったよ。

 キミならきっと、乗り越えられると信じてるよ」

「……あーのさ」

 

 私達は、ぎょっと声の方を見る。

 

「2人の世界に籠もってるところ、申し訳ないんだけど。ひゅーひゅー、熱いねご両人。そろそろアイシャの『練』を見せてほしいんだけど。もう慣れたから」

 

 メレオロン、いま何か変なこと言わなかった?

 

「あー、えと。

 じゃあまず『纏』しますけど、いいですか?」

「あ、うん」

 

 慌てて頷くウラヌスさん。

 

「じゃあ、いきますね」

 

 禍々しいオーラの噴き出す勢いが増大し、私の身体へと纏わりつく。……さっきの話の後だと、やっぱりちょっと違和感あるな。

 

「ぅわ、濃っ……!!」

 

 メレオロンが明らかにキツそうにしている。ウラヌスさんは予測していたものの、身を一歩退いてる感じ。シームは、さぁーっと距離を取った。

 

「その……

 本当に、私の『練』を見せていいんでしょうか?」

 

 ……皆さん、もう完全に私の『纏』で腰引けてらっしゃいます。だいじょうぶか。

 

 顔をしかめながらウラヌスさんは、

 

「認識できてたとは言え、体感すると想像以上だなコレ……

 もちろんお願いする。あ、でもちょっと待って。距離取らせて」

 

 数歩下がるウラヌスさん。メレオロンはぴょんぴょんと後ろへ飛ぶ。シームはもうどこまで行ってんだかってぐらい離れてる。

 

「いきますよ……

 他人に全開の『練』を見せるのは、私も久しぶりです」

 

 ……ジンに見せた気がするけど、アレはノーカン。

 

 ごぉぅッ!!

 

 私の身体から、夜闇を吹き飛ばすような激流を伴い、禍々しいオーラが荒れ狂った。

 ウラヌスさんの砕いた岩が、ガランゴロン鳴ってる。うーん……やっぱり人に見せるの抵抗あるなコレ……

 

「ぅわ、わわわっっ!!」

 

 背中を向けて逃げ出すメレオロン。あ、巻いたしっぽ可愛い。

 

 ウラヌスさんは踏みとどまってるけど、重心制御がもうかなり怪しい。桜色の髪とワンピースがバッサバサとなびいてる。

 

「いやいやいや、ちょっと待て!

 絶対おかしいとは思ってたけど、やっぱコレおかしすぎるだろっ!?

 こんなの、人間のオーラ出力じゃないぞッ!」

 

 ……失礼な。

 

「そんなことないと思いますよー。

 能力で顕在オーラ増やせば越えられるかも」

 

「無茶言うなっ!

 どんだけ制約と誓約重くすりゃ出来んだ、こんなもんッ!!」

 

 ぅへー。ぼろくそですわ。

 

「まぁオーラ量には自信あります。

 ……【天使のヴェール】無しなら、一日中『堅』してたってヘッチャラです」

 

「恐ろしいことをヘッチャラとか可愛く言うなッ!!」

 

 なら、どうしろと。

 

 

 

 これ以上続けても意味がなさそうなので、私は【天使のヴェール】を発動した。ともにオーラも抑える。

 

「……ふー。

 あのオーラの質と量だと、近くにいるだけで削られるな……」

 

 そう言ってウラヌスさんが歩いてくる。メレオロンとシームはどこいったの……?

 

 ウラヌスさんは肩をすくめてみせ、

 

「あー、うん。ごめん……

 正直キミのこと、見誤ってた。

 ハンターサイトでキミのこと軽く調べた時、何か色々おかしなことが書いてあって……

 ネテロを病院送りにしたとか、幻影旅団を壊滅させたとか、巨大キメラアントを1人で狩りに行ったとか……」

 

「……」

 

 おかしなことなんだろうなぁ、ソレ……

 ていうか、アレ? なんで幻影旅団の件、バレてんの?

 

 

 

「話半分に受け取ってたけど、こりゃまいった。

 

 ────『話の方が半分』て何だよ。

 

 実物とんでもねぇわ」

 

 

 

 えぇー……なにその言われかたー。

 

「そんなー。

 これでも14歳の乙女なんですけど?」

 

「……今なら140歳って言われたって疑わないよ」

 

 ぎく。……前世込みなら大体あってるし。

 

「おーい。アンタ達、もう終わったー?」

 

 シームの手を引っ張って、メレオロンがこちらへ歩いてきた。

 

「もう終わりにしましょうよ。充分でしょ?」

 

 私はウラヌスさんの方を見る。

 

「あーうん。

 ……えっと、アイシャさん。

 ぶっちゃけ1ヵ月の『絶』とか安い買い物なんで、ぜひ協力お願いします。

 あ、でも移動スペル無効はやっぱキツイけどね」

 

 ですよねー。

 

「あははは……

 両親の許可がもらえたら、こちらこそよろしくです」

「そうだったね。

 じゃあ家まで送るよ。実家でいいの? 家どこ?」

 

 うーん。……いっか。お言葉に甘えよう。

 

「アームストルってご存知ですか?」

「へぇ、アームストルなんだ?

 もちろん。仕事で何度も行ったことあるよ。

 飛行船で直接行こうか」

 

 ウラヌスさんが飛行船へ向かって歩き出したので、私達もついていく。

 

「……あの飛行船って、もしかして」

「ああ、アレ?

 いちおう個人所有だよ。

 小型のスタンダードタイプを、中古で人から譲ってもらった。そこそこ航続距離あるし、不便はないかな。

 維持コストがアレだし、荒天だと飛べないけど」

 

 人から買った中古か。……じゃあ買った値段聞いても、相場の参考にしづらいな。

 

「どれぐらいコストかかるもんなんですか?」

「んー。

 使わなきゃ大したことないんだけど、飛ばすと結構もってかれるなー。

 ある程度使ってたら、諸々で年間1000万は軽く越える。飛ばしまくったら数千万」

「うわー」

 

 交通費じゃ済まないな。思ったより手が掛かりそうだし。

 

「定期点検レベルのメンテでも、安くて1回数十万だからなぁ……」

 

 父さんも個人で飛行船所有してるけど、結構するのかアレ……

 買えなくはなさそうだけど、維持費がバカにならないのなら、お金を稼ぐアテがないとちょっとなぁ。

 どうしよ。迷うなぁ……

 

 

 

 一度飛行船発着場へ戻って、燃料を充填。近場で食料の買い込みやシャワーを済ませる。そして私達を乗せ、再び飛行船は夜空へと舞い上がる。

 

 窓から、スワルダニシティの綺麗な夜景を眺める。

 やっぱりこういう景色は好きだな。世界樹の星と月の光を散りばめた雲海も素敵だったけど、こういうのも悪くない。

 メレオロンとシームも、別の窓から夜景を見下ろしてる。楽しそうだな。……楽しんでほしいな。

 

「アームストルまではワリと距離あるから、適当なところで寝てくれよ」

 

 飛行船を操縦しながら、ウラヌスさんがそう言ってくる。飛行船の中には数人分の簡易寝台が設置されている。

 

「ウラヌスさんは寝ないんですか?」

「んー。

 高々度安定飛行に入ったら自動操縦に切り替えて仮眠するけど、ほとんど起きてるかな。

 まぁ操縦席から離れることはないよ」

「大変そうですね……」

「パイロットまで雇うと、高いからね……

 特に今回は、赤の他人を関わらせたくないし。たとえハンターでも」

 

 操縦か。……考えてなかった。飛行船所有、意外とハードル高いぞ。

 

 

 

 ──夜中、目が覚める。飛行船の揺れを心地よく感じるけど、どことなく落ち着かない。それはそれとして、少し用を……

 

 あれ? シーム、まだ起きてるな。メレオロンは寝てる。ウラヌスさんは……うとうとしてる。

 

 シームは飛行船の窓から、また景色を見下ろしていた。私は後ろから近づいていき、

 

「どうしたんです? 眠れないんですか?」

「あ……アイシャさん」

 

 私も景色をちらりと見たけど、今はほとんど何も見えない。人工の明かりがない自然の土地なんだろう。

 

「初めての飛行船は楽しいかもしれませんが、休める時に休んだ方がいいですよ」

「……

 初めてじゃない気がして」

「あ、乗ったことあるんですね」

「……それも分からなくて」

 

 おや、どういうことだろ?

 

「少し前まで居た町……」

「スワルダニシティですね」

「ぼく、前はNGLにいたから……

 多分スワルダニって町まで、こういう飛行船で運ばれたんじゃないかなって」

 

 ふーむ。NGLのキメラアントの巣から、飛行船でスワルダニに運ばれたってことか? でも、瀕死だった私を速やかに病院まで搬送した人の能力があれば、そんな必要ないと思うんだけどな。私もその人を詳しく知るわけじゃないから、何とも言えないけど……

 

「……確証はないんですよね?」

「はい……

 目隠しと耳栓されてたんで……。なんとなく、この揺れ方に覚えがあるだけです」

 

 じゃあ、何かの証明にはならないな。……どうしてシームが実験施設に居たのか、知る手掛かりが欲しいんだけど。

 

 ……おっと、用があるんだった。

 

「身体を壊さないように、早く休んでくださいね」

「はい」

 

 素直にシームは窓から離れ、寝台へと歩いていく。さーて、私もさっさと用を済ませて寝直そっと。

 

 

 

 ウラヌスさんが夜通し飛行船を飛ばしてくれたおかげで、朝起きた時には、もうアームストルの飛行船発着場に着いていた。

 

 飛行船から降りた私を見送りに来たウラヌスさんが、大きなあくびをしている。

 

「ふあーぁ……

 んじゃアイシャさん、首尾よく行くよう祈ってるよ。

 俺もアームストルにしばらく滞在するから、結果出たら連絡よろしく」

「はい、ありがとうございます。

 携帯でいいんですか?」

「うん。メールでも電話でも。

 時間かかりそうなら、それも連絡して。

 どうしてもあの2人をうまいこと隠さなきゃいけないから、長居するなら考えたいし。

 まぁ2人とも『絶』はかなりのもんだから、いくらかは粘れるけど」

 

 ……メレオロンとシームは追われる身だからなぁ。確かに大変そうだ。

 

「分かりました。

 私の方が行けるとなったら、すぐにグリードアイランドへ出発ですか?」

「そのつもりだよ。

 いちおう支度はしてあるんだ。

 アイシャさんも、ゲーム内に持ち込む物の準備はしておいてね」

 

 目をこすりながらムニャムニャしてるウラヌスさんに、私は笑いかけた。

 

「了解です。リーダー」

 

「んー?

 リーダーって……いや、俺よりキミの方が」

「いえいえ。

 主導権を握っていただいた方が、私は安心できます」

「んー……

 そんなもんか。……了解。じゃあリーダー命令。がんばって両親説得してきて」

「はい」

 

 そう言って、私は眠そうにしてる彼に背を向け、歩き始めた。

 

 ……実のところ、あんまり自信なかったりする。

 

 

 

 ヨルビアン大陸にある、アームストル。

 

 ここには、私にとって二つの帰るべき家がある。

 

 

 

 一つは、風間流合気柔術本部道場。

 前世で多くの想いを重ねて建立した、ジャポン風の大道場。

 後をリィーナに託し、リュウショウとしての生涯を終えた私にとっては、直接の関係はない。それを言えば、今の私は風間流であるともいえない。……自分の部屋はあるけど。

 それでも私の記憶には、絶え間ない修行を、長い研鑽を積み重ねた地として、深く刻み込まれている。

 そして前世がリュウショウであると明かした今は、私がよく知る愛しい仲間達とともに、ここで腕を磨き続けている。

 

 

 

 もう一つは、コーザファミリーの……マフィアのアジト。遠目にも分かる、大きな白い屋敷だ。

 父ドミニク=コーザと、母ミシャ=コーザの、娘として生を受けた私の──

 本来であれば、生家だった場所。

 ……色々あって、私がここへ足を踏み入れたのは、生まれてから13年も経った後だったけれど。

 

 

 

 私は様々な想いを籠めて、朝日に映える白い屋敷を見上げる。

 

 ……それでもここは、私の家だ。

 

 思い出の地ではない、今の私が『ただいま』と言える場所。

 

 インターホンを、細い指できゅっと押した。

 すぐに声が返ってくる。

 

『お嬢様、お帰りなさいませ』

 

 違和感がなくなってしまったその響きに、なぜかクスッとしてしまった。

 

 そっと声を吹き込む。

 

「……ただいま」

 

 

 

 

 



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アームストル編 2000/9/13 ~ 9/14
第十四章


 

 自室に軽く荷物を置いた後、お土産を持って父さんと母さんの部屋へ向かう。

 よく知る扉前の護衛さんが、私に気がついた。

 

「おはようございます」

「おはようございます、お嬢様。ボスに御用でしょうか?」

「はい。父さんはもう起きてますか?」

「ええ、少々お待ちください。ボス、お嬢様が来られました」

『ああ、入ってくれ』

 

 耳慣れた父さんの声。護衛さんが扉前を譲る。早い時間からご苦労様ですよ、ほんと。

 

「おはようございます。ただいま帰りました」

「おはよう。アイシャちゃん、お帰り。早かったわね」

「ああ、おはよう。もう少し遅くなると思っていたぞ」

 

 父さんと母さんが出かける格好で、私に挨拶を返してくる。

 

「あれ?

 2人とも、どこかへ出かけるんですか?」

「ああ、朝食を外で摂ろうと思ってな」

「アイシャちゃんは、もう朝は食べたの?」

「いいえ。まっすぐ帰ってきました」

 

 そう私が答えると、父さんは少し優しげな表情で羽織ったスーツを整えながら、

 

「ならちょうどいい。一緒に食べに行こうか」

「はい! よろこんで」

「あら。でもアイシャちゃん、その格好はダメよ。

 ちゃんと女の子らしくしなきゃ」

「あははは……」

 

 運動着だもんねー。やっぱり怒られた。着替えてから来ればよかった……

 

「おいおい、めかしこまれちゃ出かけるのが遅れるだろ。

 別にそのままでいい」

「あら、あなた。

 私は可愛いアイシャちゃんを眺めながら朝食を楽しみたいのに。……どうせなら、もうお出かけしましょうよ。そうしましょう」

「おいおい……勝手に決めるなよ。朝食だけって約束だろう?

 俺にも予定が」

 

 ……どうしよっかなー。雲行き怪しいなぁー……

 

「えっと、お土産! おみやげあるから!

 2人ともこれ見てて。その間にパパッと着替えてきます」

 

 私はテーブルにお土産を詰めた袋を置いて、ささーと逃げ出した。

 

「あら」

「おい」

 

 無視無視! 2人だけの時に、いくらでも言い合っててくださいっ。

 

 

 

 自室に急いで戻ってくる。化粧までする時間はないし、する気もないから、とりあえず女性服を適当に見繕う。って、出来ればいいんだけど、急かされるとかえって悩むなぁ。んー。

 

 どうしても、このスカートが……

 

 運動着の時は男物の下着を穿くんだけど、まさかスカートまで男物の下着ってわけにはいかないし……いや穿いてもいいけど、母さんにバレたら何言われるか。

 

「……」

 

 女性として、生きていく、か。

 母さんの与えた罰の重さが、今更ながらのしかかってくる。確かに母さんが言った通り、結構重い罰かもしれない。うぅ……

 

 

 

 

 

「アイシャのやつ、いい顔してるな……」

「ふふ。仲のいい姉弟み(きょうだい )たいね。可愛い顔して……」

 

 間違えてアイシャがおみやげに混ぜてしまった、世界樹で撮影したゴンとの2ショット写真をなごやかに見つめる2人。2人にとって、これが一番のおみやげと言えた。

 

 戻ってきたアイシャが、それを見て悲鳴を上げるのは5分後のことだった。

 

 

 

 

 

 レストランで、モーニングメニューを堪能中。

 

「……いつものことながら、朝からよくそんなに食えるな」

「元気、元気。元気がとりえなのです」

 

 はくり、もぐもぐごくん。

 

「お行儀よく食べてほしいけど、元気なアイシャちゃんも好きよ」

「そう言ってくれる母さんが大好きです」

 

 もぐもぐ。

 

「……。俺としては、ちと嫁の貰い手がいるのか不安になるがな」

「あら、あなた。

 こういうアイシャちゃんを好きになる人も、いるに決まってるわ」

「…………」

 

 ぐ、っふ……

 吹き出すとこだった。危なー。

 

「いきなりそういう話するの、やめてください……父さんキライです」

「あらあら、嫌われちゃったわよアナタ」

「心配してやってるのに、これだよ」

 

 3人で笑い合う。

 

 ……ああ、ほんと楽しいなぁ。一緒に食べるゴハンがおいしい。しあわせ……

 

 

 

 母さんがどうしても、と言うので父さんが渋々折れて、私の服を見に行くことに。

 予想通りというか、アレもいいわコッチもいいわと、母さんが私を着せ替え人形にして父さんを反応に困らせているので、珍しく私は「コレがいい」と一押ししてみた。

 なんとなくウラヌスさんが妙に着こなしていたワンピースが気になってたから、白くてヒラヒラがスゴイのを選んでみた。

 2人とも私が珍しくそういう服を着たいと言ったことにびっくりしたらしく、そのまま買った服を着て3人で散歩することに。

 

 ……うん。いいな、コレ。なんかひらひらさせるの楽しい。

 

「おいおい、あんまりはしゃぐなよ」

「アイシャちゃん、踊ってるみたいで楽しそうね。でも人にぶつかっちゃダメよ」

「はーい」

 

 ぽかぽか陽気の中、私を優しく見守ってくれる2人へ、笑顔で応えた。

 

 

 

 私が護衛代わりの散歩を終えて、昼食も一緒に摂る約束をしてから、私は自室に戻ってきた。白いワンピースのまま、ベッドにポスンと座り込む。

 

「……うん」

 

 かん、ぺきに、わすれてた。

 

 ────話し出すきっかけが全然なぃぃぃぃっ! どうしようぅぅ……

 

 説得以前だよ、まずどう言えばいいの?

 ちょっと男に戻りたいから、数ヵ月ゲームに入りたい?

 ……言えるわけないじゃん! 私、2人の前だと完全に娘じゃん! しあわせすぎて、娘スイッチ入りっぱじゃん!

 

「ぅー」

 

 ……夜かな。今日、一緒に寝たいとお願いしよう。そこで、なんとか、言ってみよう。うん。

 父さん、母さん、なんて言うだろ。うぅー……

 まぁアレか……説得できるっていう前提で、ゲームの中に持って入る荷物の準備はしておこう。そうそう。きっと準備しちゃえば、もう行かなきゃって気になるはず。

 

 

 

 

 

 そんな風に思っていた時期が、私にもありました。

 

 

 

 

 

 その晩。

 

 父さんと母さんに挟まれて、一緒のベッドにもぐる私。じわじわと2人のあったかさが伝わってきて、2人と話している間にも少しずつ眠くなってくる。

 ふふ。こうしてると明日も明後日も、一緒に寝たいなって思っちゃう。

 

 ……あれれ、ほんとに眠くなってきたぞ。

 えっと、あれ、なんだっけ……

 話さ、なきゃ、いけな……こと…………むにゃ……

 

 …………

 

「……可愛い寝顔だと思わない? アナタ」

「ふん……

 こんな歳になっても、親と一緒に寝たいってのがな。

 ずいぶんと甘えてくれる」

「そんなこと言って、うれしいくせに」

「うるせぇ」

「ふふ。素直じゃないんだから……

 ……この子も女の子なんだから、たまには口に出して褒めてあげてね。きっと喜ぶわ」

「そう言われてもな……

 見ただろう? あの写真の顔。……やっぱり元が男だからか、ヤンチャしてる時の方が楽しそうなんでな」

「男の子の友達、いっぱいいるものね。

 ……ちょっと無理させちゃってるかしら」

「急には変われないだろう……。まったく、重たい罰を与えたもんだ」

「そうね……

 許すも許さないも、私は怒ってなんかいないんだけれど……

 なにも罰がないと、この子が納得してくれそうになかったから」

「…………」

「ねぇ……

 女性として生きてほしいとは言ったけど、無理はしなくていいのよ。アイシャ」

「…………はぃ……」

「なんだ、まだ起きてたのか」

「……その……ぅん……」

「アイシャちゃん、何か私達に話したいことがあるんじゃないの?」

「俺にもそんな風に見えたんだがな。

 お前がどこかへ出かける準備をしてると部下が伝えてきたから、気にはしてたんだが」

 

 ぅぅぅ。全然かなわないよっ、この2人には……

 

「……

 えっと、その……

 私の友達が最初遊びに来た日、ゲームの中へ入った時のこと、話してたでしょ……?」

「えぇ、話してたわね……

 苦労したのに、男の子になれるお菓子がアイシャには意味がなかったんだっけ?」

「う、うん。

 みんなは男から女に変われたのに、その、私だけ……」

「なんというか、それもむごい話だとは思ったがな」

「やめて父さん、そんな同情はしないでぇ……」

「恥ずかしがってるアイシャちゃんも可愛いわ」

「やめてぇ……」

「くっくっく。面白いな、本当にお前は。

 それでお前は……その様子だと、気づいちまったみたいだな」

「え?」

 

 父さん、それって……

 

「あなた、気づくって?」

「アレのことさ。グリードアイランドで手に入れたのが、例の葉書だって言ってたろ。

 俺は色々試してるうちに、こいつぁいけるんじゃねぇかと思って必死でいじくってみて──

 こうして夫婦の時間を取り戻せたんだ。

 なら、お前の言ってたやつも、もしかしたら効くように変えられるんじゃねぇかなとは思ってたよ」

 

 ……ぅぅぅぅ。父さんスゴイよ、ほんとにっ……

 

「そう……

 じゃあアイシャは、男の子になりたくてまたゲームの世界へ行きたいの?」

「……」

「気づいちまったなら、そういうことだろうさ。

 俺が教えなかったのは、まぁ……

 娘にそういうことしてほしくねぇっていうのが本音なんだが」

「そういうこと言わないでぇ……」

「あらあら……

 私は別に構わないけれど」

「へっ?」

 

 なんで? 母さんの方が、絶対イヤがると思ってたんだけど……

 

「女性として幸せになってほしいから、ああは言ったけれど……

 アイシャの中にも、男性の気持ちが残ってるんでしょ?」

「……う、うん……」

 

「私は、アイシャちゃんのこと、とっても可愛い娘だと思ってるわ。

 ……でもね。私はアイシャのことを、娘だから愛してるんじゃないのよ。

 私達の大切な子供だから……愛してるのよ」

 

「……。

 ふっ……ぅ……」

 

 かあ、さん……それはずるいよ……

 

 母さんの指が、震える私の涙をそっとぬぐってくれた。

 

「だから……

 母さんは構わないのよ。

 ……まあ、ちょっと気になることはあるけれど」

「え? なに?」

「アイシャちゃんは、ずっと男の子になりたいわけじゃないのよね?」

「う、うん……その……

 言ってたお菓子は、少しの間だけ変われるものだから……」

 

「ふふ。

 じゃあ、相手の人はどうするのかなって、思ったんだけど」

 

 ぐさっ!

 

「ぁ、う、そのっ……」

「アイシャちゃんが男の子になって、それで誰かを好きになるのよね?

 ……でも、アイシャちゃんが女の子に戻った後、相手の人……

 その女の子の方はどうするのかなぁって」

 

 あ、なんだろ。母さんちょっと怒ってる感じがする、あぅぅ。

 

「ふふ。困らせてごめんなさいね、アイシャちゃん。

 でも……男の子になれたら、それはきちんと考えてね」

「は……はぃぃ」

「……。

 あなた、ごめんなさい。

 もうそろそろ時間みたい……」

「……ああ、ちょっと間が悪かったな。少し待っててくれ」

 

 母さんの姿が消えていく。そっか……24時間経ったんだ。

 

 ふわり、と。母さんの眠っていた毛布が沈み込んだ。

 

「すまないな……ちょっと待っててくれ。すぐ」

 

 毛布を下げて、上半身を起こす父さん。私もむくりと起き上がり。

 

 なぜか……

 

 父さんの、寝巻の裾をつかんでいた。

 

「……どうした?」

「えっと……」

 

 なんでだろ。どうして私は……

 

 

 

「父さんと……2人で話したいことが、あって」

 

 

 

 頭が回らないまま、口が動く。

 

 うん……きっとそうだ。母さんがいると、しづらい話……

 

「……ふん……

 まぁいい。

 こうして2人だけで話すのも久しぶりか。なんだ?」

「その……

 父さんは、どうなの? 私が、その……」

「……さっき言った通りさ。

 だが罰を与えたミシャがいいって言ってるのに、俺だけぐずぐず言ってんのはみっともねぇだろ。好きにすればいいさ」

「いや……

 なんだよね? その、父さんは」

「……

 ミシャによく似たお前が、一時的にでも男になるってのは、まぁ、な」

「うぅ……」

「嫌かどうかと聞くから、そう答えただけだ。お前の好きにしろ。

 ……どうせ上手くいくかどうかも分からないんだろ?」

「うん……

 詳しい人に調べてもらうんだけど、そんなに成功率は高くなさそうだった」

 

 父さんは「ふぅー……」と息をつき、

 

「まぁ俺が幸運だったんだろうなぁ……

 調べてダメだったらどうするんだ?」

「……その時はスッパリ諦めるよ。どうしようもないし……」

 

 天井を見上げて、父さんは何事か考えている。

 

「……グリードアイランドに入ったら、しばらく戻ってこれないんだろ?」

「うん……携帯も使えなくなる」

「そっちの方が、俺にしてみりゃキツイかな……

 お前にはまだまだ念の稽古をつけてもらわなきゃいけねぇし」

「あ、それは、その……

 ちゃんとどう修行したらいいか、メモにまとめておくから」

 

 父さんはフフッと軽く笑い、

 

「……方便だよ。分かってくれないかねぇ」

 

 え? う……

 

「…………」

「…………」

 

 話が続かない。えっと、アレ? こういう話じゃなくて……

 

「もう、話したいことはないのか?」

「ぁ、うー……」

 

 なにか、なにかあったはず。なんだろう、出てこない。

 

「ふー……

 ミシャがいるとしづらい話、か。

 ……一つ、お前に聞いてみてもいいか?」

「ん。なに、父さん?」

 

「……。お前……

 なんで、お前を捨てた俺を、恨んでねぇんだ?」

 

 ……うつむくしかなかった。だって、それは……

 

「私は……

 ほんとに、恨んでなんかいません。私に父さんを恨む資格なんて……」

 

 父さんは難しい顔で腕を組む。

 

「なんか食い違ってんだよな、俺とお前は……

 ミシャのやつが何でもかんでも許しちまうから、それに流されちまうんだが……」

「……」

「なぁ。

 お前は別に、ミシャを殺したかったわけじゃないんだろ?」

「……。

 …………はい」

「俺も勢いで、ミシャを殺しただの何だの喚いちまったが……

 殺したのと、死なせちまったんじゃ天と地ほどに差がある。

 捨てた俺のことを恨んでないとか言ってるお前が……殺したはずがねぇんだよな」

「でも……私、母さんを……」

「ミシャのやつは、いいって言ってたろ。

 アイツは、お前が結果的に生まれてくれたなら本望だったろうさ」

 

 ……うん。母さんはそう言ってくれたし、そうだと思うけど……

 

「でも……私は父さんから、母さんを……」

「……まあ、そうだな。

 俺はお前に、最愛の妻を奪われちまった。

 そして、お前が殺したものだと思い、お前を捨てた」

「……当然です」

 

「後悔しなかったと思うか?」

 

「え……?」

 

 父さんは、強く目を瞑っている。何かに耐えるように。

 

「……お前を捨てたこと、俺が後悔しなかったと思うか?」

「え、そ……」

「俺は、お前を捨ててから何年か後に、流星街を部下に調べさせたことがある。

 結果は空振りだったが……」

 

 ……。……

 

「あんな捨て方をしたんだ。とうに死んだものと諦めていた、がな……

 そしたら、ある日だ。

 愛した女の面影があるヤツが尋ねてきたんだ。娘だと、言ってな。

 ずいぶんとまぁ、ミシャによく似て、美人に育ちやがって……

 捨てた俺のことを恨んでねぇ、とか……よ」

 

 とう……さん……

 

「俺の命を救ったお前に、俺はなんて言った?

 娘だと、認めない? ……どの口が言うんだよ……

 そんな出来た娘が、どこにいるんだよっ……!」

 

 父さんっ……!

 

「──なんでお前は、俺を恨まねぇんだっ!!」

 

「だって……! 私、父さんから幸せを奪ったんだもん!!

 捨てられたって……」

 

「……違う! そうじゃないっ!!

 それはお前が、ミシャを死なせた自分を許せねぇからだ!!」

 

「……っ!!」

 

「俺だって同じだ……!!

 お前を捨てた俺が、許せねぇんだよ!! 自分で自分の家族を捨てたんだぞ、俺はッ!!」

 

「……うぅー、ぐぅぅぅ……。だってぇ……」

 

「お前が、俺を恨んでくれなきゃ……

 俺はどうやって、自分を許せばいいんだよ……」

 

「だって、恨めないよぉ……

 父さんは、母さんを殺した私が憎いんでしょ……!」

 

「────憎んでるよッ!!

 でも、それ以上に愛しちゃいけねぇってのかッ!?」

 

「ふぅっ……!?」

 

「お前は……俺とミシャの子供だろうがよ……」

 

「うん……」

 

「俺は、お前を許すも何もねぇンだよ……

 家族は、そろったんだ。

 ミシャは、こんな形でも帰ってきたんだ。とっくにそれは、済んだ話なんだ……」

 

「……、ぅ……」

 

 

 

「……

 

 アイシャ……今すぐでなくて、いい。

 

 いつか……自分のことを、許してやれ。

 

 許せたら……俺に言いにこい。

 

 よくも、私のことを捨てやがったな、ってな……寂しい思いさせたなって……

 

 好きなだけ、恨んで、憎め。

 

 そしたら俺は……お前に謝るよ。ようやくお前に、あやまれる……

 

 アイシャに許してもらえなくても、何年でも……あやまる」

 

 

 

「とうさんん……ずるいよ、そんなのぉ……」

 

「くっく……お互いヒデェツラだな。

 ミシャのやつが見たら、キレちまうぜ……」

 

「ぐす……父さん……

 今日だけ……ふたりで寝たい……」

 

「ミシャのやつ、抜きでか? 悪い娘だな……」

 

「だって、見られたくない……」

 

「まぁな……

 お前に憎いだのなんだの言って泣かせたとか、ミシャのやつ、土下座したって許しちゃくれねぇだろうしな……」

 

 

 

「とうさん……ほんとうに、わたしのこと……

 愛してくれてるの……?」

 

 

 

「……

 くっく。全く……

 ミシャ以外の女に、こんなこと言う日が来るとはな……」

 

「……」

 

 

 

 

 

「……アイシャ。

 

 お前は、俺の…………大切な娘だ。

 

 ……愛してるよ」

 

 

 

 

 

「あああ、とうさんっ……

 

 ……わたしも……、わたしも、愛してるっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 
 ……蛇足かな、と思いつつも。このコーザ親子について少し。



 生まれの因果から、複雑な関係になってしまった、父ドミニクと娘のアイシャ。
 お互い不器用極まる性格な為、母ミシャが間を取り持つことで、ようやく円満な家庭を取り戻しました。
 ただ、ミシャの包容力があまりに振り切れすぎている為か、ドミニクとアイシャはわだかまりを解消できないままでもいました。

 もしこの2人が、わだかまりを解消できるとすれば……
 2人だけで、腹を割って話すしかないんだろうな、というイメージが浮かびました。

 本来なら、こういうのは想像の余地として残しておくのが花なんでしょうけど……
 見えたイメージを文章に起こさない、という選択肢は、私にはありませんでした。

 アイシャが、女性として生きていこうという考えに今ひとつなれない理由の一つが……
 父からの愛をきちんと受け止めていない、というのもあるんだろうなと。

 ……母からの愛は溢れかえっちゃってて、なんというかバランスも悪かったんでしょう。
 ミシャありきの父娘であるのは、疑う余地もありません。



 目にしていただき、少しでも共感していただけるものがあれば、私にとって幸いです。





 ────某日、「君の知らない物語」を聴きながら。



                         サークルらぶそんぐ たいらんと















 あ。お話はまだ続きますです。はい……






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第十五章

 

 少し遅い朝の時間。

 

 白いワンピースに、大きなリュックを背負い。

 そうして旅立つ私を、2人は門の外まで見送りに来てくれた。

 

「父さん、母さん。

 それじゃいってきます」

 

「いってらっしゃい、アイシャちゃん。

 ……男の子になったあなたも、ちょっと見てみたいわ。楽しみね」

「う、く……」

 

「まぁなんだ。俺から言えることは一つだ。

 うまくいかねぇことを祈ってるよ」

「父さぁん……」

 

「はっはっは! 冗談だよ、そんな顔されたら笑っちまうだろうが。

 ……気が済むまでがんばってきな。

 一つアドバイスしといてやる。

 そういうのはな、うまくいくいかないじゃねぇんだ。

 自分が納得できたら、そこがゴールだ」

「うん……

 分かった。納得できるまでがんばる。

 ……あんまり長くかかりそうなら、一度戻ってくるね」

「ああ。

 ……念の修行は、毎日『纏』と『練』で大丈夫なんだよな?」

「うん。

 今みたいに母さんを毎日具現化していれば、具現化の修行にもなるはずだから。

 毎日欠かさずしてほしいけど、『練』の修行はあまり無理しないでね。

 オーラを使いすぎると、次の日になっても回復しないことがあるよ」

「分かってる。

 ……心配しなくても、俺の部下にも念能力者はいるんだ。

 そいつらから助言を聞くなりなんなりして、無茶はしないでおくさ」

「……助言してもらうのはいいけど、念で戦う練習はしちゃダメだよ?」

「これはこれは、武神様の忠告は耳が痛いな」

「もう!

 ……もし護身の為なら、危なくなった時に『練』をして逃げるだけでも全然違うから。

 いつでも慌てず、すぐに『練』をできるようにしておくことくらい、かな」

「母さん、がんばっちゃうわ」

「母さんはがんばらなくていいです。逃げて」

「あらあら」

 

 3人で笑う。……楽しくて、いつまでも話し込んじゃうな。

 

「……待たせてるんだろ?

 そろそろいってこい、アイシャ」

 

 父さんが促し、母さんが笑顔で私を見つめる。

 

 2人とも……。大好き、だよ。

 

「それじゃ、今度こそ。

 父さん、母さん。いってきます!」

「いってらっしゃい、アイシャちゃん」

「気をつけてな」

 

 ……あれ、ちょっと泣いちゃった。……ま、いっか。笑顔笑顔!

 

 

 

 

 

 離れていく娘の背を、名残惜しそうに見送る2人。

 

「……ドミニクさん。

 アイシャと仲直りできたみたいね」

「まあ、な。……ずいぶんと時間がかかっちまったよ」

「……

 私がいない間、2人とも寂しい思いをさせて、ごめんなさいね」

「俺とアイシャもそうだったが……

 お前も自分を責めたりするなよ。

 誰もそんなこと、望んじゃいないんだ」

「……なんだか妬けちゃうわ。

 2人とも、すっかり仲良くなっちゃって」

「ミシャに嫉妬されるとは、アイシャも贅沢なご身分になったもんだ」

「あら、あの子はいいのよ。

 私の前で、あなたがデレデレしてるところを見せつけるなんてどういうつもり?」

「デレデレ?

 ……そんなつもりは無かったんだがな」

「ま、いいわ。

 しばらく私がドミニクさんを独り占めしちゃうんだから」

「全く……お手柔らかに頼むぜ」

 

 腕を絡ませてくるミシャに、ドミニクは苦笑する。

 ずいぶんと遠ざかったアイシャの背を、じっと眺めつつ、

 

「……にしても、すごい量の荷物を背負っていったな。

 あいつ山登りにでも行くのか?」

「ゲームの中に行くって言ってたわね。

 命の危険があるとか、お友達も話していたけど大丈夫かしら?」

「……大丈夫さ。

 俺達の子供は、何があってもちゃんと帰ってくるよ」

「そうね……」

 

 

 

 

 

 家からある程度離れた後。

 

 立ち止まって、リュックから携帯を取り出し、ウラヌスさんへ連絡を入れる。

 勢いよく出てきちゃったけど、まだすぐ行くとは限らないんだよねー、と。

 

「……あ、おはようございます、ウラヌスさん。…………はい、父さんと母さんに許してもらいました。…………はい。お待たせしてすいません。でも、まだやらなきゃいけないことがあって。…………ええ。みんな私がゲームへ入るのは反対だと思うんで。…………それなんですけど、1人、私の友達を紹介したくて。……いえ、一緒に行くわけじゃないんです。こっちに残ってもらって協力してもらおうと思って。…………それは大丈夫です。逢って話してもらえれば分かると思います。……ええ、それじゃ連絡して都合のいい時に。…………はい、じゃあ友達に連絡するんで、一度切りますね。……はい、のちほど。それじゃ。……」

 

 続けて、ゴンに連絡を入れる。

 

「……あ、おはようございますゴン。突然朝早くにすいません。……ちょっと相談したいことがあるので、ゴン1人だけで来てもらっていいですか? ……ええ、申し訳ないですけど他に誰かいらっしゃるようでしたらコッソリ。……ふふ、ごめんなさいね。えっと、場所は飛行船発着場……そうです。アームストルのです。その入口付近で待っています。……はい、お願いします。それじゃ」

 

 携帯を切る。再びウラヌスさんへ。

 

「あ、ウラヌスさん。いま都合がいいって話だったんで、もうそちらに伺おうかなって。……よかった。じゃあ、もう少ししたらそちらに。…………はい、ありがとうございます。それではのちほど。……」

 

 携帯を切り、私は息をついた。

 

「ふぅ……さあ、これが最後の関門かな」

 

 ゴンの協力なしに、リィーナ達を押しとどめることはできないだろう。申し訳ないけど、ゴンにはちょっとがんばってもらっちゃう。

 

「勝手なことしないって……約束したからね」

 

 私は携帯をリュックに仕舞い込み、再び歩き始める。

 

 

 

 

 

 ほんの少し、時間を遡り。

 再びかかってきたアイシャからの電話を取るウラヌス。

 

「はい。…………うん。いいよ準備しとく。……オッケー、待ってるよ。2人には、最初隠れててもらうから。……うん、後でね」

 

 携帯を切り、飛行船の中でくつろいでいる2人に声をかけるウラヌス。

 

「2人とも。

 アイシャが友達連れてくるって」

 

 メレオロンがベッドに足を投げ出したまま、弛緩した顔で聞いてくる。

 

「……さっきの電話でも話してたわね。

 それってもうじき?」

「うん。

 30分から1時間ぐらいじゃないかな」

「そっか、そっか。

 ……どうしようかな」

 

 メレオロンの言葉に、シームは不思議そうに首を傾げ、

 

「おねーちゃん、なに悩んでるの?」

「うーん……

 アイシャの仲間が来るっていうのは分かるんだけど……」

「仲間っつうか、友達って言ってたけど」

 

 ウラヌスが訂正するが、メレオロンは首を傾げ、

 

「そんなのアイシャの基準だろうし、違いなんて分からないわよ。

 その友達とやらは、ゲームの中に入るわけじゃないんでしょ?」

「……こっちで、アイシャの他の仲間が妨害しに来ないよう、ストッパーになってもらうつもりみたいだったな。

 まぁ色々あるんだろう」

 

「なら……

 アタシ達って、最後まで顔出さない方がいいんじゃない?」

 

 メレオロンの言いたいことは、ウラヌスにも分かる。が……

 

「少なくともアイシャは、君達のことを話しても大丈夫だと信用してる友達みたいだね。

 むしろ、こちらの目で信用に値するか、最初は隠れて見定めてほしがってたよ」

「……

 それってアイシャの提案じゃなくて、あなたの提案じゃないの?」

 

 ウラヌスは肩をすくめ、

 

「そのつもりだろうと思って確認とっただけだよ。

 実際、彼女も了承してる」

「……おねーちゃん。

 気持ちは分かるけど、アイシャの判断も信用してあげようよ」

「……。悪い子じゃないのは分かってるんだけどね」

 

 ウラヌスの方を見やりながら、メレオロンは3本しかない左手の指をわきわきさせ、

 

「あんたとアイシャはあっさり見破ってるから実感ないだろうけど……

 本当はアタシの能力って、そんなに弱くないはずなのよ。

 ……バレてさえ、いなければ。

 だから、できるだけ知ってる人は減らしておきたいんだけど」

「別に能力を明かす必要なんてないだろ?

 少なくとも、全部話す必要はないさ」

「じゃあアタシは、せいぜい透明になれるだけのマヌケな蟻ってことよね?

 それを匿うって話を、アイシャはその友達にするわけ?」

「謙遜するなよ……

 メレオロンのオーラ量は、普通に一流のプロハンターと比べても遜色ないぞ」

「……。

 アタシの身体能力は正直言って師団長どころか雑務兵レベルだから、オーラだけでもと思って死に物狂いで鍛えただけよ。特質だから打撃戦もキツイだろうし」

「うーん、そうだな……

 念に頼って身体を鍛えてないんじゃ、技術を要する格闘は厳しいってのは当然だな。

 その不利を補えるような、オーラ量を活かした『発』を開発するとか」

「……ウラヌス。

 あんた分かってて言ってるんじゃないの?」

 

「……。メモリ不足か」

 

「そうよ。特質系能力はおかしな能力が多いから、制約と誓約がキツくないと、メモリをあっという間に使い切っちゃうのよ。

 アタシは、【透明化】【神の不在証明/パーフェクトプラン】【神の共犯者】、この3つが念に目覚めた時点で出来ちゃったから、もう余地がないの」

「そうだな……

 いま持ってる能力に制約なり誓約を課さない限り、メモリ不足の解消は厳しいな」

「嫌です」

「言うと思ったよ」

 

 ウラヌスは腕を組む。当事者がアレも嫌、コレも嫌では、他人からすれば詰みである。

 

「まあ、それは分かったけど、じゃあここから離れとくのか?

 俺はちゃんと話した方がいいと思うぞ」

「誰と?」

「アイシャの友達と」

 

 メレオロンは首を傾げる。

 

「……ごめん。

 よく分からないから説明して」

「俺も大して根拠があるわけじゃないから、断言はできないけど……

 アイシャは一度グリードアイランドをクリアしてる。仲間と一緒にな。

 で、ここに友達を連れてきて紹介したいと言ってるんだ。俺達に。

 その友達は……おそらくグリードアイランドを同じくクリアした仲間の1人だろう」

「うん。

 それは理屈として分かるけど」

「これから俺達は、グリードアイランドをクリアする為に入るんだぜ?

 色々相談する良い機会じゃないか。お前らがいないトコで相談してどうするんだよ」

「そうは言うけど……

 いちおう、アンタが教えてくれたゲームの基本的なことは覚えられるだけ覚えたつもりだけど、まるっと暗記しただけなのよ?

 その程度で、ゲーム攻略に関して大したこと聞けるとは思えないけど」

 

「いや、ゲーム攻略はどうでもいい」

 

 メレオロンとシームは目を丸くする。いったい何を言ってるんだ、という顔。

 ウラヌスは、手を合わせて真面目な表情を返す。

 

「俺が2人をまじえて相談したいのは──

 

 クリア報酬として選択する指定ポケットカードの話さ」

 

 

 

 

 

 飛行船発着場に到着したアイシャ。建物の中へは入らず、入口前でゴンの到着を待っている。

 

「アイシャー!」

 

 声の方を向くと、遠くから相当な速さでゴンが走ってきた。

 手を振るアイシャ。ラストスパートでゴンは猛ダッシュ、アイシャの前でぎゅきゅっと足を止めた。

 

「ゴン、ごめんなさいね。急に呼び出したりして」

「ハァッ、ハァッ……

 アイシャ……どこか、行くの?」

 

 白いワンピース、かたわらに大きなリュックが置いてある。これで場所が飛行船発着場なのだから、どこかへ行くようにしか見えないだろう。

 

「まぁ、そうなんですけど……

 まずはゴンに相談があって。

 申し訳ないですけど、このまま立ち話させてください」

「うん……相談って?」

「えっとですね……」

 

 

 

 ──少女説明中──

 

 

 

 私がゴンに話したことをまとめると、こんな感じだ。

 

 まず、私をグリードアイランドに誘ってくれた人がいて。

 その人は、指定ポケットカードのアイテムを研究しており。

 私が諦めたホルモンクッキーによる性転換が、もしかしたら何とかなるかもしれないと教えてもらい。

 その人と一緒に、もう一度グリードアイランドへ私も入りたいので、リィーナ達が私のジャマをしないよう、うまく言いくるめてほしいとお願いした。

 

「オレにできるかな……」

 

 自信なさげに言うゴンに、私はふふっと笑いかけ、

 

「大丈夫ですよ。

 いちおう言い訳は私の方で考えたので、誰かに聞かれたらその通りに答えてください」

「う、うん。分かった」

「それでは詳しい話をしたいので、一緒についてきてもらえますか?

 私を誘ってくれた人に、ゴンのことを紹介させてください」

「いいけど……

 アイシャとその人、2人だけでプレイするの?

 オレも付いていかなくて大丈夫?」

「大丈夫ですよ。その辺は色々考えています。

 どうしてもゴンには、こちらで皆が来ないようにしてほしいですから。

 それに……」

「それに?」

「こういうことをゴンにお願いするのはですね。

 ゴンとした約束を守りたかったからです。

 ……次は勝手なことしないって」

「アイシャ……」

 

 私は照れくさくて、何となく空を見上げる。

 

「……それに、どうしても皆、私が男になるのは反対だと思うんで。

 その点、ゴンは理解してくれてるんでしょ?」

「え?

 う、うん。まぁ」

「……あれ? ゴンも反対なの?」

「…………」

 

 ありゃりゃ。ゴン黙っちゃった。困ったなぁ……

 

「……アイシャ、その服かわいいね」

「ん?

 褒めてくれるのは嬉しいんですけど、何か含んでません?」

「うーん……」

「……ゴン。正直に言ってくれていいんですよ。

 父さんと母さんにも皆に言い訳してもらうようお願いしてるので、このことは話してるんですけど、父さんは最後まで反対していました」

「うーん……。

 あ、そういえばアイシャ。身体の具合ってどうだったの?」

「あっ、話してなかったですね。ごめんなさい。

 えっと……

 ゴンと世界樹で別れた後、スワルダニシティで──」

 

 

 

 ──少女説明中Ⅱ──

 

 

 

「……気にしてることがあるから、具合が悪いのかもしれないってこと?」

 

 ゴンが尋ねてくるので、私は首肯した。

 

「私はそう考えています。

 心残りがあると、どうしても気になっちゃいますから。

 だから、可能性があるならちゃんとやっておこうかなと思って」

「うん……分かった。

 じゃあ、オレは反対しないよ」

「……ところでゴン、なんで反対だったんですか?」

 

「んー、だって……

 今のアイシャ、すっごい女の子なんだもん」

 

 ……ふぇ?

 

 なにそれ。すっごい女の子ってなに……?

 

「…………」

 

「アイシャ?」

「……え、ぅ? はぁ、ひぃ……」

 

 ふぅぅ顔が熱いぃー……

 なんで。なんでこんな恥ずかしいの? え? え?

 なんで、こんなに身体ぷるぷる震えてるんだろ?

 えーと呼吸呼吸……ふーふー。……ん、ん。大丈夫大丈夫。

 

「えー、うん。ごごごごん」

 

 誰だゴゴゴゴンて。

 

 ゴンが「ぷーっ!」と吹き出した。

 

「ごめんね、アイシャ。

 からかっただけだから、気にしないで」

「……ぇ?

 え、えー、ゴンー。

 そういうの、やめてくださいよぉぉぉ」

「ゴメンごめん。それじゃ、そろそろ行こうよ」

「もうー」

 

 まだ軽く震えの残る手でリュックを抱え、私とゴンは歩き出した。

 

 ……すっごい女の子、ってどういう意味だったんだろ。ごにょごにょ……

 

 

 

 

 



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第十六章

 
 
 
(ピンポンパンポン♪↑)

 あらかじめ、ご案内申し上げます。

 よろしければ、今回のお話は指定ポケットカードを確認できる原作単行本の16・17巻、もしくはネット上の指定ポケットカードリストをお供に御覧ください。

(ピンポンパンポン♪↓)







 

 私はゴンと一緒に、飛行船発着場内を歩いていく。離着陸場をきょろきょろ見回し──

 

 見つけた。可愛らしい、小さなチェリーマークがついた飛行船。

 

「ゴン、あの飛行船です。

 さっき話した人が、あの中で私達を待っています」

「うん。じゃあ行こっか」

 

 特に急ぐでもなく、私達は近づいていく。

 

 あれ? 飛行船の中に気配が3つある。最初は隠れて様子見るんじゃなかったの?

 

「アイシャ……もしかして他にも誰か居たりする?」

 

 当然ゴンも気づく。『円』を使うまでもない。ここまで近づけば普通にオーラを3人分、感知できてしまう。

 

「ん、んー。その……ごめんなさい。

 ちょっと私も、聞いてた話と違うんですよね。

 ゴン、確かめてくるんで少しだけ待ってもらっていいですか?」

「うん。

 ……リュック見てるから、置いてっていいよ」

「ええ、ありがとうございます。

 すぐ戻りますね」

 

 リュックを下ろし、たったったと駆けて行く。あ、ちょっとヒラヒラ恥ずかしい。

 

 

 

 

 

「アイシャ達、来たみたいだよ。いいのか?」

 

 ウラヌスの問いかけに、ベッドに腰かけたメレオロンが諦め口調で返す。

 

「いいわよ……

 今さら『絶』しても、息止めても意味ないし」

「……おねーちゃん、もう信じよ?

 アイシャの友達だよ」

「……」

 

 隣に座るシームが、すっかり元気をなくしたメレオロンを心配そうに見ている。

 やはり心配そうな表情で2人を見るウラヌス。昇降口を操作し、飛行船のすぐ近くまで来たアイシャが入れるようにする。

 

 入口から飛行船内へ、アイシャが飛び込んできた。ふわりと広がったワンピースの裾が、やがて収まる。

 

「……えっと! おはようございます」

 

 きょろきょろと飛行船内を見回すアイシャ。

 

「……。うん、おはよう。アイシャさん」

「……。アイシャ、おはよう」

「……」

「あ、あの……メレオロン達、始めは隠れてるって聞いてたんですけど……

 もしかして早く来すぎちゃいました?」

「いや、その……

 うん。別に大丈夫だよ」

 

 妙な反応のウラヌス。不思議そうにそちらをアイシャが見ていると、

 

「……ちょっと、お姉ちゃん。

 アイシャ、見てみて」

「なによ、もう……?

 ──ほっ!? アンタ、なにその格好!?」

「へっ!?」

 

 メレオロンが驚くのに対し、アイシャも驚き返す。

 

「あれ、なんか変な格好ですか? これ」

「いや……アンタ」

 

 言葉を続けず、ウラヌスを急ぎ手招きするメレオロン。慌てて歩み寄るウラヌス。

 

 審議中。

 

「ちょっと。あれってアンタが着てるのと同じような服でしょ。どういうこと?」

「いや、俺に聞かれても。……つか比べないでくれよ」

「アイシャ、めちゃくちゃ可愛いよね。ぼくビックリしちゃった」

「シーム、アンタああいう子が好みなの? ……アタシから見ても美少女すぎるけどさ」

「……なんか俺ヘコむわー。同じ格好だから、どんだけ違うかすっげぇよく分かる……」

「ウラヌス、アンタああいう風になるのが理想なわけ?」

「いや、アレはもう別の生き物だよ。俺が何をどうしたってああならないって分かるよ」

「でもボク、前にアイシャが着てた服も可愛いと思ったけどね」

「あの子、きっと分かってないでしょうけどね。そういうの」

「……ああやだやだ。持つ者と持たざる者、胸囲の格差社会……」

「ウラヌス、それあの子に言ったらセクハラだからやめときなさいよ」

「あの……」

 

 近くで聞こえた声に、3人がぎょっと顔を上げる。

 

「えっと、その。

 ……色々あってこの格好で来ちゃっただけで、別に深い意味はないですよ……」

 

 3人が向ける疑わしげな目線に、「うぅっ」と身を引くアイシャ。

 

「……アイシャさん。

 その白いワンピース、俺と似たような感じだけど」

 

 ウラヌスのジト目に、アイシャはスぃーと視線を逸らす。

 

「あはは……

 ウラヌスさんの服、可愛いなぁーと思って。ちょっと私も着てみちゃったというか」

「なんかスゲー皮肉っつうか、敗北感すごいっつうか、もう俺ベコベコにヘコむんだけど……」

「同じ可愛いって言っても、男と女じゃ差がありすぎよね」

「どっちかって言うと、アイシャが飛びきりなんだと思うよ。ウラヌスもがんばって」

「シーム、お前それ励ましてるつもりか」

「あははー……。カオス」

 

 アイシャは笑って誤魔化すしかなかった。

 

「あー、アイシャさん。

 待たせても悪いから、友達連れて来ていいよ」

「あっはい!

 ……本当に大丈夫ですか?」

 

 メレオロンとシームに目を向けるアイシャ。

 シームはこくりと頷き、メレオロンは『どーぞお好きに』とジェスチャーする。

 

「じゃあ、呼んできますね」

 

 昇降口から外へ出て行くアイシャ。

 やがて、ゴンとともにリュックを背負ったアイシャが、飛行船内に戻ってくる。

 フードで隠してもいないメレオロンの顔を、ゴンが見てギョッとした。

 

「えぇッ!?

 なんでこんなトコにキメ──」

 

 スッと、ゴンの唇に指を当てて遮るアイシャ。

 

「ゴン、ごめんなさい。

 彼女は敵じゃないから、そう言わないであげて」

「……!?

 アイシャ、どういうことなの……?」

「……別に良いわよ。

 キメラアントであることに変わりはないんだから」

 

 メレオロンの言葉に、ゴンの当惑具合が深まる。

 

「アイシャさん……まず自己紹介しようか」

 

 ウラヌスが落ち着いた様子で声をかける。

 

「ええ。

 ……ゴン、ちゃんと事情を説明せずに連れて来てごめんなさい。

 色々あって、彼女とその弟さんも一緒に、私達とグリードアイランドへ行くんです。

 信用できる人達ですから……」

「……アイシャ、ごめん。オレびっくりして……」

「いえ……

 ゴン、重ねてごめんなさい。

 ……3人にあなたのことを紹介して構いませんか?」

 

「うん……

 いや、オレが名乗るよ。

 オレはゴン=フリークス。こう見えてプロハンターなんだ。よろしく」

 

 ゴンとアイシャが並び立つ前方に、3人が歩み寄っていく。

 

「ずいぶん若いのに、もうプロなんだな……子供の合格者は滅多に出ないって聞くけど。

 俺はウラヌス=チェリー。

 俺もプロハンターで、神字ハンターを名乗ってる」

 

「……アタシはメレオロン。

 見ての通りキメラアントで、元師団長だったわ。前世が人間だった時の記憶を持ってる。

 女王の元から逃げて、ずっと人間社会で逃亡生活の身よ」

 

「ぼくはシーム。

 変な人達に捕まってたんだけど、おねーちゃんに逃がしてもらいました。

 その……キメラアントと人を合成した、半獣人らしいです」

 

 やはりというか、興味津々な様子で3人を眺めるゴン。続けてアイシャを見上げると、アイシャは苦笑してみせ、

 

「もうちょっと紹介させてくださいね、ゴン。

 この子の父親はジン=フリークス──グリードアイランドの製作者です」

 

 ウラヌスが、「げぇっ!?」とうめいた。

 

「前回、グリードアイランドでバインダーに100種類をコンプリートしたのは彼なんです。

 それもあって、今回ちょっと挑戦前に相談もできればと思って」

「うん、いいよ!」

「ま……マ、ジ、か……

 フリークスって聞き覚えあるなと思ってたけど……あのジンの子供……

 アイシャさん……キミ、とんでもない子を連れてきたね」

 

 驚きすぎて軽く目を潤ませるウラヌス。

 

「あはは……じゃあついでに、これも伝えておきますね。

 私、何日か前にジン本人と会ってるんですよ。

 で、これでゲームに入れって言われて、メモリーカードと指輪を受け取りました」

 

 アイシャのセリフに、ゴンとウラヌスが目を剥いて驚いた。

 

「えぇッ!?

 アイシャ、ジンと会ったの!?」

「ええ……

 ちょっと個人的に思うところがあったんで、少し喧嘩しちゃいましたけど」

「うっわぁー……

 製作者じきじきにって何だよ、それ……」

「そういえばオレのも、ジンが置いてったやつだったね」

「そうでしたね。

 アレはメッセージが入ってただけでしたっけ?」

「うん。えーと、確か……

 これはオレが仲間と作ったゲームだ、楽しんでいってくれ、とかそんなの」

「私のもそういうのなんでしょうかね……」

「うわぁ、なにこのグリードアイランドの裏側トーク。

 マジびびるわー……」

「……シーム、私達忘れられてるのよね?」

「おねーちゃん、ぼくに聞かれても……」

 

 

 

 飛行船の中央にふかふかのラグを敷き、色々なお菓子や飲み物を並べて。

 5人は楽な姿勢で円周に座り合う。

 それぞれの手元には、指定ポケットカード100種類のテキストを記載したメモ。

 

 とりあえずウラヌスは、場を仕切る役を買って出た。

 

「それじゃ相談始めるよ。

 お題は、グリードアイランドのゲームクリアでもらえる指定ポケットカードについて。

 これはクリアだけでなく、ゲーム内で使用するケースも想定したいと思う。

 うまく行けば、クリアせずにゲーム内だけで目的が達成できるからね」

 

 

 

 そして5人は、情報の共有を始めた。

 

 

 

 まず前回クリア時に、クリア報酬として選択した指定ポケットカードは『31:死者への往復葉書』『60:失し物宅配便』『65:魔女の若返り薬』であったことを。

 

 

 

 続いてアイシャの父が『死者への往復葉書』を応用し、死んだ母を本物の意識を持った念獣として具現化に成功させたことを。

 

 その話を聞いたウラヌスは、

 

「うおぉ……お父さん、ムチャクチャすごいな。俺、尊敬するわー……」

「え、えへへへ」

 

 アイシャ照れ照れ。

 

 死者の念にも理解があるウラヌスに、『死者への往復葉書』を使わずに母を具現化する助言を期待してアイシャも話したのだが、まさかのベタ褒めである。思わぬ反応だったが、神字ハンターにそこまで父を良く言ってもらえて、悪い気はしないアイシャ。

 

「……けど、『死者への往復葉書』はいずれ使い切ってしまいますから、その前に何とかしないといけないんですよね……」

「あぁ、そっか……確かにそうだね。あれって1000枚セットだから、24時間の効果で毎日消費すると、3年足らずでなくなるのか」

「そうなんですよ……

 なくなったからと言って、またすぐ取れるものでもないですし」

「取ったとしても、また3年経ったらなくなるんじゃキリがないからなぁ……」

「父さんには葉書を使わず具現化できるよう、『練』の修行をしてもらってます」

「うん、オーラ量はあるに越したことはないだろうね。……他には?」

「……これといって。

 母さんを毎日具現化してますから、具現化の修行も出来ているとは思いますが……

 何かあります?」

「うーん……

 それだと葉書なしで具現化できるようになるかどうかは賭けだな……

 もう一手、何か欲しいところだけど。

 そうだな……俺も興味あるし、機会があったらアイシャさんのお父さん、訪ねてみようかな。行ってみてもいい?」

「ええ、ぜひ!」

 

 

 

 そしてゴンは、ジンのところへ行くアイデアはあったが、実行には移せなかったことを。

 

「よくそんなの気づくなぁ……

 ニッグなんて名前見て、そこまで思いつくもんか?」

 

 ウラヌスは感心したように尋ねるが、ゴンは渋い顔で後ろ頭をかき、

 

「んー。

 でもクリア報酬のカードが2枚も必要だし、成功する保証もなかったから無理があったけどね」

 

 ゴン……私を気遣って、そのことを言わないでいてくれたのか。ジンと会えるチャンスだったかもしれないのに申し訳ないな……

 

「ゴン、せっかくジンと会えたかもしれないのに……

 私の為に、すいませんでした……」

「ううん、アイシャは謝らなくていいよ。オレも言わなかったんだし。

 オレはそんなのに頼らず、自力でジンを見つけてみせるって」

 

 屈託のない笑顔でそう返すゴンに、アイシャは静かに微笑み返す。

 

「ええ……

 ジンと一度会って分かりましたが、彼は世界でも類稀な才能を持った実力者です。……ですが、あなたの才能も決して彼に劣るものではありません。

 ゴンならいずれ、自力でジンを見つけ出せると私は信じています」

「うんっ!」

「……ところで『聖騎士の首飾り』って、ゲーム外でもカードの変身を戻せるんでしょうかね?

 現実でスペルカードが有効かも分からないですし」

 

 アイシャが首を傾げつつ疑問を口にすると、ウラヌスはアゴを擦りつつ、

 

「……あんまり意味がない前提だけど、2回クリアするつもりなら、1回目で『聖騎士の首飾り』を持ち出しておいて、次はそれを利用できるな。

 クリア報酬って3種だけど、これを使えば『大天使の息吹』を2つ選んだりもできる」

「あー。なるほど、それはできるかもしれませんね」

「うん……

 とは言え、繰り返しクリアしようなんて思わないし、確かめる気にはなれないけどね」

 

 

 

 最後に、今回のクリアで目指す報酬は『33:ホルモンクッキー』『65:魔女の若返り薬』『72:マッド博士の整形マシーン』であることを。

 これが相談のメインテーマだ。

 

 

 

 1つ目、『33:ホルモンクッキー』。

 このクッキーを食べると24時間の制限付きで性別が変わる。1箱20枚入り。10箱セット。

 

「これは、俺とアイシャが必要なアイテムだね」

「ウラヌスも必要なんだ?」

 

 ゴンが不思議そうに言ってくる。ウラヌスはちょっと渋い顔をしつつ、

 

「まぁ……アレだよ。色々あるんだよ……

 で、俺はいちおう効くんだけど、クリアして取っても、たった200日分じゃ全然足りない。

 アイシャはそもそも操作系の早い者勝ち問題で効かない。

 だから、俺が神字でこの効果を改変できないか研究したい。ゲーム内でも研究するけど、おそらく時間が足りないから、やっぱりクリア報酬で手に入れてじっくり調べたいんだ」

 

 アイシャは「んー」という顔で、

 

「もしゲーム内で研究中に、誰かがクリアしちゃったら……」

「うん。

 指定ポケットのアイテムが消えるらしいから、おそらく巻き添い食らうね」

「やっぱりクリアして確保した方が良さそうですね……

 ……でもウラヌスさん。足りない分を量産したり効果日数を増やしたりするのは分かるんですけど、本当に変化系のみで性転換できるクッキーって、私の為以外に研究する意味あるんですか?」

 

 アイシャの疑念に、ウラヌスはちょっと得意そうな顔で、

 

「……って思うじゃん。これがちゃんとあるんだよ。

 ほら、実際クッキーを使ってみたとするでしょ。

 そしたら現実問題として性別をすぐ戻したい時があると思うんだよ。24時間後に戻ると都合が悪かったり」

「あー……」

 

 キル子ちゃん可愛い……じゃない、可哀想なことになってたなぁ。としみじみ思い返すアイシャ。

 

「でも『ホルモンクッキー』って、性転換の効果中にもう1回食べても効かないんだよ。

 性別は戻らないし、時間も延長できない」

 

 ウラヌスがそう言い、アイシャがポンと手を打った。

 

「操作系は早い者勝ち。なるほど」

 

「そういうこと。

 ずっと性転換してるとかならまだ工夫もできるけど、ちょこちょこ戻ったりするのに、その戻るタイミングを選べないんじゃ困るからね。

 だから、変化系効果のみの『ホルモンクッキー』の研究には意味があるんだ」

 

「……よく分かりました。ありがとうございます。

 あなただけが希望の光ですので、ぜひともお願いいたしまするー」

 

 アイシャ、DO・GE・ZA。

 

「いや、その……

 プレッシャーかけられると困るんだけど……

 正直、操作系なしで作れるメド立ってないし」

 

 ゴンが不思議そうに首を傾げ、

 

「ウラヌス、それってそんなに難しいの?」

「まあねぇ……

 このクッキー、かなりハイレベルな念能力でホルモン操作してるんだろうし。

 実際に手術で性転換する場合でも、身体の作りよりホルモンこそが一番の問題なんだ。すっごいコレ危ういんだよ。……せっかく性転換したのに、ずっと不健康だったり寿命が縮んだりするから。多分だけど、男性ホルモンや女性ホルモンを変化させたくらいじゃ、上手くいかない。

 無理やりなら作れなくもないけど、やっぱりリスクの除去が最大の課題になると思う」

「…………」

「アイシャさん。

 聞くまでもないけど、リスクのあるクッキーならお断りだよね?」

 

 ウラヌスが念押しで尋ねる。アイシャは少し沈んだ顔で、

 

「……ええ。

 それはもう、その通りです。

 やっぱり身体は大事にしたいですし……」

「だよね。

 なら、何とか研究するしかないな……」

 

 

 

 ひとまず『33:ホルモンクッキー』は、ゲームクリアでゲットする方針で確定。

 

 

 

 2つ目、『65:魔女の若返り薬』。

 1粒飲めば1才若返る薬。若返るのは肉体のみで、知識、経験はそのまま残る。

 年以上の数を飲むと死んでしまうので要注意。1ビン100粒入り。

 

「これはまぁ……俺だな」

 

 ウラヌスは全員の顔を見やる。

 

「いちおう確認なんだけど、いる?」

 

 ゴンはそもそも参加しないので反応しない。アイシャは首を左右に振って否定。

 メレオロンとシームが、少し考えている。

 

「……これってさ。

 アタシが飲んで、元の人間の身体に戻れる可能性って」

 

 メレオロンの問いかけに、ウラヌスは否定の表情。

 

「ないだろうな……

 多分、メレオロンがキメラアントとして生まれた年齢までだろうから」

「今の時点で1粒でも飲んだらアウト、か。

 ……試す気にもならないわ」

「ボクの場合はどうなんでしょう?」

「シームは……死なないかもしれないけど、元に戻れる気もしないかな。

 いずれにしろ、命懸けで試すことじゃないと思う」

 

 そう言いながら、ウラヌスは自分の頬をかきつつ、

 

「まぁ俺の場合も、これを使いたいのは年齢うんぬんじゃなく、年齢に対してかけられた念を外したいからってのが問題なんだけど」

「……ウラヌス、何か念をかけられてるの?」

「その話、アタシも初耳なんだけど」

「ぼくもです」

 

 ウラヌスは、アイシャと顔を見合わせる。

 

「……ウラヌスさん。

 お話ししておいた方がいいと思います。

 本当のこと言うと、私それが心配で今回参加したいと思って来ましたから」

 

 アイシャの言葉に、軽く泣きそうな顔をするウラヌス。

 

「……。

 ありがとう、アイシャさん。

 えっと……俺は色々あって、生まれ故郷や肉親から疎まれる存在だったんだ。

 一番の理由は、オーラ量。……アイシャさんには全く敵わないけど、超一流の念能力者でも太刀打ちできないくらいには、オーラ量が元々多かったんだ。

 ……で。10歳の誕生日、俺は家族に念をかけられた。

 歳をとるごと……半年に1回ずつなんだけど、俺の潜在オーラ量はごそっと減るようになった。いくら訓練しても潜在オーラ量を増やすこともできなかった。

 タイムリミットは、20歳の誕生日。

 それを迎えた時点で、俺のオーラ量は0になり、確実に死ぬ。

 俺は今17歳と半年。潜在オーラ量は数値に直すと45000。あと半年で30000に減る。

 そもそもタイムリミットが20歳なだけで、19歳になったらオーラ量が10000になるはずだしな……

 そこまで減ると、おそらくまともに動けないくらい衰弱状態になる。俺の身体がなんか見た目ガリガリっぽいのも、多分この念によるオーラ減衰が理由。

 だから……言うほど余裕があるわけじゃない。

 ……まぁ若返り薬で10歳未満になれば、条件を満たせなくなったこの念は外れるだろうっていう算段なんだ」

 

 しん。と場が沈む。

 

「……クリアと言わずに、ゲームに入ったらすぐ取りに行って使った方がいいと思うよ」

 

 ゴンが、さらっとそれを告げる。

 ウラヌスは難しい表情をし、

 

「残り時間が少なければ、俺もなりふり構わないんだけどね……

 それをしない理由がいくつかあって。

 他人にかける念っていうのは、外そうとすると術者にバレるケースがある。

 仮に俺が1歳だけ若返ったとしても、念を外そうとしてるのがバレる可能性はゼロじゃない。10歳未満まで若返れば尚更だしな。

 俺は今、生まれ里から逃げ出してる身なんだけど、もうじき死ぬからいちいち追っ手をかけられてないみたいなんだ。

 で、念を外そうとしてるのがバレたら、里から追っ手がかかるかもしれない。

 そうなると、まぁ面倒だから。

 10歳未満まで若返って、仮に念が外れなかったとしても、いちおう自力で除念できる」

 

「除念って……念を外せるってことでいいのよね?

 アンタ、今すぐ除念ってできないの?」

 

 メレオロンの問いかけに、ウラヌスは首を横に振る。

 

「神字に大量のオーラを注ぎ込んで除念するしかないんだけど、それに必要なオーラ量が今の俺だと足りないんだ。最低でも、若返ってオーラ量を回復させてからじゃないと」

 

 ゴンが、アイシャの方を見る。

 

「……アイシャ」

「ゴン、もしかして風間流の除念師のことを考えていますか?

 ちょっと、このレベルの除念は難しいんじゃないんかなと思ってるんですけど……」

「ううん、そうじゃなくて。

 アイシャって、神字かけたでしょ?」

「……ゴン、よくそういうこと思いつきますね?

 ああ、でも無理なんです。私は神字を少し書けますけど、とても専門家には敵いません。それにウラヌスさんは、自分にかけられている念だからこそ除念が可能なんだと思います。かけられた念の性質を熟知しているでしょうから。

 その理解のない私が、いくらオーラ任せに書いたところで……」

「……それはアイシャさんの言う通りだね。

 神字も除念も、普通の念能力と同じで、強いイメージが必要だから。

 っていうか、アイシャさん風間流だったのか。道理で」

「あ、そういえばお話ししていませんでしたね。

 と言っても、以前修めたというだけで、今は風間流そのものに所属していませんけど」

 

 そう話すアイシャを、ゴンは意味ありげに見る。アイシャはちょっと強めに口を噤む。

 それでゴンも分かったようで、特に触れなかった。

 

「あと確率はそう高くないと思ってるんだけど、俺が若返っても減った潜在オーラが回復するとは限らないからね。

 その場合、除念ができなくなるから、クリアして若返り薬を手元に置いて、まめに10歳未満を維持するようにしないといけない。流石に若返りすぎると生活できないし。

 場合によっちゃ、若返り薬を使っても全くこの念には効果がないっていうのもありうるけど、それはもう考えないことにする。

 不安の種なんて探したらキリがないから、できるだけ若返り薬も研究しておきたいっていうのが本音かな」

 

 

 

 ……ということで『65:魔女の若返り薬』も、ゲームクリアでゲットする方針で決定。

 

 

 

 3つ目、『72:マッド博士の整形マシーン』。

 なりたい顔の写真をインプットすればその通りに整形してくれる。

 何度でも手術可能だが、5%の確率で手術が失敗し、1%の確率でマシーンそのものが壊れる。

 

「これはアタシってことでいいのよね?

 っていうか、なんなの? この失敗とか壊れるとか……」

 

 メレオロンが不機嫌そうにボヤく。

 

「うーん。

 どっちにしろ、これは研究必須かな。このままじゃ問題ありすぎる」

 

 ウラヌスが難しい顔で告げ、メレオロンが窺うような目を向ける。

 

「……その心は?」

「これだと頭部しか整形できないから。

 メレオロンの場合、顔だけじゃなくて他も整形しないとダメだと思ってる」

「……」

「しっぽとか完全アウトだろうしさ。他にも関節とか色々あるだろ?

 見た目だけでも変えた方がいいと思うけど」

「まぁ、ね。

 もし変えられるなら、シームの手足についてる鱗とかも取ってあげたいし」

「おねーちゃん……」

「ただ、顔だけなら元々整形できるから、もうゲーム内で先にした方がいいと思ってる」

「……それってアタシの話よね?

 シームじゃなくて」

 

 メレオロンの問いかけに、ウラヌスは顔を曇らせる。

 

「そうだけど……

 もしかして追っ手から逃れる為に、シームの顔を整形するのか?」

「アタシは……してほしくないけど。

 この子、手足が見た目変わってるだけで、顔は普通の人間だった時と同じだから」

「……」

 

 沈黙するシーム。アイシャは軽く手を上げ、

 

「そのことなんですけど……

 私個人としては、シームのことを実験してた連中を、直接どうにかした方がいいんじゃないかなって」

「……ずいぶん過激ね。

 それじゃなに? アイシャはその連中を殺しちゃうつもり?」

「そんなつもりじゃ……

 でも、その実験をしていたのが犯罪者集団なら、どうにかして捕まえたいですけど」

「……表向き犯罪をしてるように見せてないってこともあるし、国家規模で隠蔽されてるケースだったら、相手が大きすぎると思うけど」

「……」

 

 メレオロンの懸念に、アイシャは知識と記憶を掘り起こして考える。

 

 ──巨大キメラアントは、発見次第駆逐の方針で、抵抗の意思がない場合は監視隔離。巨大国家がキメラアントの実験なんてことは……しないはずだ。もし人体実験をしていたなんて露見すれば、国際社会から深刻なレベルで非難を浴びせられるだろう。

 

 あるとすればNGLとか……。ハンター協会そのものが実験を容認してたなんてことは……ないと思いたい。

 

 ウラヌスも軽く手を上げ、

 

「……そういうことは、ゲームクリア後にでも考えよう。

 ここで確認しておきたいのは、ゲーム内で整形するのはメレオロンの顔だけでいいのかってこと」

「アタシとしては、それで問題ないけど。

 ……たださ。この整形に必要な写真ってどうしたらいいの?

 アタシ、人間だった頃の顔に戻りたいんだけど」

 

 メレオロンの質問に、ウラヌスは腕を組み、

 

「えっと……

 確か、他の指定ポケットカードで……」

「……。

 もしかして『思い出写真館』ですか?」

 

 アイシャがそう言うと、ウラヌスは「あっ、うん!」と反応し、

 

「そうそう、それでいける──

 アレ? ちょっと待てよ……ホントにいけんのか?」

 

 メレオロンが、指定ポケットカードのメモをぱらぱらめくる。

 

「カード番号いくつだっけ?」

「56」

「うん……

 んー……?

 昔の思い出の姿を写真にする、ってことみたいだけど……

 これじゃあ、アタシがキメラアントとして生まれ変わった時点までしか遡れないんじゃない?」

「あー。

 それは多分そうだと思います……」

 

 アイシャが頷く。転生による記憶の途絶は、どうやっても大なり小なり発生してしまうものだ。

 

「うんー? それってどうにかなんのか?

 んー……」

 

 頭を捻るウラヌス。

 場の面々が、これといって良い案を出せずにいる中。

 指定ポケットカードのメモを見ていたシームが、

 

「あの……ちょっと自信ないんですけど。

 もしかして、『失し物宅配便』って使えませんか?」

 

 ウラヌスがそちらを見るが、あまり思わしくない顔。

 

「それ……

 たとえばメレオロンの昔の写真とかを届けさせるとか?

 でも多分、それも転生した時点で……」

「いえ、そうじゃなく。

 ボクがこれを使って、おねーちゃんと一緒に写ってる写真を……」

 

「──シーム! アンタ、あったまいい!

 それでいけんじゃん!」

 

 シームの背をバンバン叩くメレオロン。

 

「……う、うまくいけば、だよ。

 ボクが持ってた写真で、おねーちゃんも写ってるやつって、そんなに多くなかったし」

 

 ウラヌスは「んー」と考え、

 

「家族の写真アルバムとかは?」

「あっ、それボク一冊持ってました!

 おねーちゃんが成人した時、一緒に撮った記念写真、確か入れてたはず──」

 

「シーム、ぐぅぅぅぅっど!!」

 

 めっちゃ興奮してるメレオロン。

 

「でも……今もちゃんとあるかなぁ。

 もし完全に無くなってたら、失し物宅配便って使えないですよね?」

 

 シームの問いかけに、アイシャが少し首を捻り、

 

「多分、そうだと思います。

 現存さえしていれば大丈夫でしょうけど、それでも現物を取り寄せるだけだから、中の写真がダメになってたりしたら……」

 

 ウラヌスが人差し指をくるりと回し、

 

「あー。それであれば何とかなるよ。

 えっと、『リサイクルーム』。

 あれなら傷んだ写真も、撮りたての新品に直せるはず」

 

「──ひゃああああっ!! アンタ達、さいっこうぅぅぅ!!」

 

 メレオロン最高潮、周りドン引き。

 

「お、落ち着け落ち着け。

 えっと、メレオロンの顔整形はそれでいいとして、後は俺が整形マシーンを研究して、身体の整形もできるようにすればいいんだよな?」

「ウラヌスさん、それって出来そうなんですか?」

 

 アイシャが尋ねると、自信ありげにウラヌスはうなずく。

 

「クッキーや若返り薬に比べたら、かなり楽だと思う。

 そもそも整形は顔だけにするものじゃないからね。あと失敗したり壊れたりも、確率で設定された故意の制約だか誓約だろうから、これも何とかなるはず。

 ……で、2人に確認」

 

 ウラヌスは、メレオロンとシームを見やる。

 

「頭以外の胴体や手足を、全く前と同じに戻す、だとかなり厳しいんだけど。

 見た目を何とかするだけなら、ぶっちゃけ他人の身体の写真でよさげなのを持ってきて、それに整形すればいいと思ってる。

 ……それで構わない?」

「いいわよ。

 そこまで贅沢言わないわ。むしろ前より良くしてちょうだい」

「ボクもそれで構いません」

「おっけ。キマリだね」

 

 

 

 ……いずれにしても『72:マッド博士の整形マシーン』も、ゲームクリアでゲットする方針で決定。3つとも、当初の予定通りとなった。

 

 

 

 クリア後の報酬については話がまとまったので、後はゲーム内で指定ポケットカードを有効利用できないか相談を続けた。

 

 

 

「アイシャは移動スペル効かないんだし、『プラキング』で乗り物作ってそれに乗れば?

 アタシこういうプラモなら、多分がんばったら作れるわよ」

 

 メレオロンがバイクのアクセルを回すような仕種をする。アイシャは頬をかきつつ、

 

「いえその。

 ……私の場合、目的地が遠くても、走った方が乗り物より何倍も速いんですよね」

『いや、それは色々とおかしい』

「えぇぇぇ、なんで息ぴったりなんですかっ!?」

「……俺も言っててビビッた。

 それはともかく、念能力者が本気で走ったら時速数百キロぐらいはそりゃ出せるけど、長距離でも乗り物に勝つとかスタミナお化けにもほどがあるよ」

「ぐ……」

 

 

 

 ゴンがイマイチそうな顔をしつつ、

 

「んー……

 ちょっと気が長い話だけどさ。『きまぐれ魔人』の望み1000コの中に、アイシャを男の子にするっていうのを入れておいて、『複製』で願い引けるまで繰り返すとか」

「……なんでしょう。いつまで経っても、そのきまぐれが訪れる気がしないです……

 よしんば引けたとして、ボス属性で打ち消しちゃいそうな悪寒しかしませんが。

 あと仮にうまくいっても、性別を戻したい時が大変です」

「うん、やめよ。却下、却下!」

「……ゴン。なんか私、腑に落ちないんですけど」

 

 

 

「アタシ、『美肌温泉』がちょっと気になってるのよね。

 すぐブツブツ荒れてきちゃって……

 アイシャもどう?」

「いえいえ……

 私、肌に関する悩みなんてないですから」

「ぅわムカつく。この天然美少女」

「うん。俺もちょっとムカついた」

 

 バッと、メレオロンがアイシャのワンピースの裾をめくり上げ、素足を曝け出した。

 

「えっ!?」

 

 全く意図できないその行為に、不意をつかれたアイシャ。ここぞとばかりメレオロンとウラヌスがその足をぺちぺち叩く。

 

「ちょっ、ちょっと、やめてください!?」

「かあー! もうこの天然美肌ムカツクーッ!」

「うわ、マジでうらやましい。ちょっと俺にくれよん」

 

 調子に乗って、アイシャの足を揉んだり摘まんだりする2人。ヘタに動くと危険域までめくれそうなワンピースの裾をアイシャは押さえながら、

 

「ゴ、ゴン! タスケテッ!」

「ゴメンよアイシャ。オレは……弱い!」

「もうダメおなかイタイ!」

 

 かたわらでシームが、お腹をかかえて笑いだす。

 

 

 

 …………おおむね、アイシャがいじられてるだけだった。

 

 

 

「はぁー……」

 

 突然アイシャがついた大きな息に、場の4人が思わしげに見る。

 4人の視線を受け止め、アイシャは後ろ頭をぽりぽりしながら、

 

「その……

 こういうのって、すごく楽しいなと思って」

「うん! オレもそう思う。

 友達同士でワイワイするのっていいよね!」

 

 ゴンの無邪気な言葉に、他の3人が顔を見合わせた。

 

「……ともだち、か」

 

 ウラヌスのつぶやきに、ゴンとアイシャが目をやる。

 

「いや、ゴンとアイシャって仲いいなと思って。

 メレオロンとシームもかな。

 俺は家族と仲悪かったし、里にいた時も、出てきた後も、友達とか居なかったからなぁ……」

 

「え?

 だからオレ達、友達でしょ?」

 

 ゴンのまっすぐな視線に、「んっ!?」という顔をするウラヌス。

 何となく予想できていた展開に、苦笑するアイシャ。

 

「ウラヌスさん。

 ……この子にかかっちゃえば、あっという間ですよ」

 

「オレ、一緒についていけないのは残念だけど、応援してるからね!

 絶対クリアしてよ!」

 

 混じり気の無い、澄み切ったゴンの声援に対し──

 

 一言も発しないウラヌス。ただ呆然としている。

 

「……ウラヌスさん。

 最初にお誘いいただいた時、言い出せなかったことなんですけど……」

 

 アイシャは微笑みながら、彼へ手を差し出す。

 

「お友達に、なってもらえませんか?」

 

 身体をびくーんっと跳ねさせるウラヌス。目を見開き、見るからに硬直している。

 

「……シーム、なんか様子おかしいわよね」

「あれじゃない?

 今まで友達いなかったから、どうしたらいいか分からないとか……」

「そりゃ白いワンピースの似合う美少女に以前からお友達になりたかったとか言われたら、ああなっちゃうかもねぇ……」

「アイシャ可愛いもんねー」

 

 2人の会話に反応するように、身体の揺れが大きくなっていくウラヌス。

 

「……あ、う。その、えっ……」

 

 みるみる顔を紅潮させるウラヌス。見てる方が恥ずかしくなってくる。

 

 おそるおそる、彼は震える手を差し出し……

 

 アイシャは肘を伸ばし、その手を握った。

 

 握手したまま。ゆっくり、返事を待つ。

 

「……

 ……お……お願い、します……。こちら、こそ。

 アイシャ、さん……」

 

 笑みを深め、少女は言葉を返した。

 

「アイシャでいいですよ。

 その代わり私も、ウラヌスって呼びますね?」

 

「ぅ、うん……

 よろしく。……アイシャ」

 

「ええ。

 よろしく、ウラヌス。

 一緒にグリードアイランド、楽しみましょう」

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 

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第十七章

 

 メレオロンが、パンッパンッと膝を叩いた。

 

「よーし! フレーンド、フレーンド、たーのしぃー!

 ってなわけで、もっと盛り上げてきましょー!

 シーム! お菓子と飲み物追加ぁー!!」

「らじゃー!」

 

 飛行船備え付けの冷蔵庫へ走ってくシーム。

 

「ちょっと、2人とも勝手に……」

 

 アイシャが制止しかけるものの、ウラヌスは気弱な声で、

 

「……え、うん、別にいいけど……

 どうせ食料は残さないつもりだったし」

 

 ゴンが面白そうな顔で、2人がしたままの握手を見る。

 

「ぅえっ!?」

「ひゃあっ!?」

 

 それに気づき、びっくりして手を離す2人。ちなみにウラヌスの方が悲鳴は可愛かった。

 

 

 

 

 

 指定ポケットカードの話も終わり、なぜか能力の暴露大会を始める5人。それもこれも、ゴンの素直に尋ねる性格がきっかけである。

 

 当人達の意思に関わらず秘密が洩れることもある為、できるだけ自身の念能力は他人に伝えないことが望ましいとされる。

 ──が、それでは連携を取る際に上手くいかない。

 

 その観点からも、信用できる間柄であれば逆に伝え合った方が円滑にコトは運びやすい。特に戦闘技術であれば、向上や維持に相手を要することが多く、隠し続けるデメリットも小さくない。

 

 ……まぁアレである。みんな自慢の能力について、話したくて仕方ない一面もあるのだ。『使用する能力について相手へ説明しなければならない』という制約が選ばれやすいのも、こういった理由だったりする。そこから相手をミスリードする話術もあるので、要は工夫次第だろう。

 

 

 

 

 

 操作系は早い者勝ちについて話している時、

 

「そういえば、アイシャって操作されてたんだね」

 

 ゴンが確認してくる内容に、アイシャは渋々うなずき、

 

「……そうなんですよね。

 その、母さんのしつけがきびしくて……

 なんか刷り込まれたというか」

 

 ごにょごにょ言うアイシャ。

 あまり詳しく話すわけにもいかないので、この辺が限界だろう。

 

「しつけの為に操作してくるとか、すごいお母さんだね……」

 

 ウラヌスの感想にも「アハハー」と誤魔化すしかないアイシャ。……事実だし、否定もできない。

 

 

 

「メレオロンの能力って、誰かと組んだらすっげぇ強いよね」

「まぁその為の【神の共犯者】だから……

 どうしたって、アタシが能力使って息止めながら殴っても、たかが知れてるもの。

 ゴンの【ジャンケン】となら、相性バツグンでしょうけど」

 

 メレオロンの言葉に、首を振って否定するゴン。

 

「オレよりアイシャの方が絶対強いと思うよ」

「あー……ゴン。

 私に【神の共犯者】は多分効かないです。打ち消しちゃいます」

「あっ、そか」

 

 そのやりとりに、メレオロンは首を傾げつつ、

 

「……アイシャの打ち消す能力、確か【ボス属性】って言ったっけ?

 そのネーミング、良く分かんないんだけど」

「え、あ、ぅ……」

 

 ウラヌスが「くっくっ」と笑いながら、

 

「もう一つの能力が【天使のヴェール】なだけに、ギャップがね」

 

 メレオロンもおかしそうに、

 

「今の格好は天使のヴェールっぽいのに、ボス属性とはこれ如何に」

「ぅうー。ネーミングをからかわないでくださいよぉ」

「おねーちゃんの【神の不在証明/パーフェクトプラン】とか、かっこいいじゃん」

「……いやーねぇー。

 絶対誰にも認識されないのがウリなのに、全く効かないのがここに2人もいるからねー。

 いったい【神の不在証明】とは何だったのか」

 

『はっはっは』

 

 アイシャとウラヌスが誤魔化し笑い。……正直すまんかった。

 

「あ。

 でもウラヌスさん、じゃなくてウラヌスになら【神の共犯者】が効くから、きっと強いですよ」

 

 アイシャがそう言うと、ウラヌスも首肯し、

 

「多分、ここぞというところで役に立つだろうね。

 俺の能力は、威力あげようとするほど当てにくいから、かなり相性は良いと思う」

「ただ、息止めてる間っていうのがねぇ。

 アタシが仮に動かなくても息止めるの1分が限界だし、吸うのも吐くのもダメって結構キツくて」

「……メレオロン。風間流の呼吸法、少し修めてみませんか?

 動いてる時の無呼吸時間、いくらか延ばせるかもしれませんよ」

 

 アイシャの提案に、メレオロンはやはり首を傾げ、

 

「呼吸法なのに、無呼吸って関係あるの?」

「ありますよ。みだりに呼気吸気をしては自在に身体を動かせませんし、動き始めの意を容易く読まれてしまいます。

 そもそも、あまり酸素を消費しない動きというのがあって──」

 

 こそこそと言葉をかわすウラヌスとゴン。

 

「……ゴン。

 こうなると彼女、話長い?」

「うん。

 風間流と修行のこと語り出したら、長引きやすいよ」

「別にいいんだけど、見た目とのギャップがなぁ……」

「ウラヌスだって可愛い格好してるじゃん」

「……

 ゴンがどういうつもりで言ってるか分からんから、オレ反応に困る」

「ウラヌスはホルモンクッキー使うんでしょ?

 可愛いんだから、自信持っていいよ」

「ああ、そう? ……ありがと」

 

 男の娘、ちょっと照れてる。

 

 メレオロンは修行うんぬんについて、とりあえず返答を保留にしたようだ。

 ゴンは一つ気になっていたことを尋ねる。

 

「アイシャって、やっぱり今回も最初1ヵ月『絶』なの?」

「それはもう、どうしようもないですからね……

 ウラヌスに無理を言ってるのは分かってるんですけど」

「ああ、それは別にいいよ。

 ……気になってたんだけど、前回はその期間どうしてたの?」

「えっと……

 修行ですね」

「ほぅん。

 ……なんか俺バカなこと聞いた気がするんだけど、気のせいか?」

「ウラヌスも、アイシャのことがよく分かってきたね!」

「ゴン?」

 

 剣呑な気配を見せるアイシャに、ウラヌスが制止をかけ、

 

「あ、えっと。

 修行の内容、差し障りがないなら聞きたいんだけど」

「んー。

 私自身、オーラが出せないなりに、身体能力を伸ばす修行をしてたんですけど。

 私の仲間、ゴン達の修行を見てあげた時間が一番長かったですね」

「……キミのその修行漬けって、仲間にも適用されんの?」

「む、無理やりじゃないですよ。

 ちゃんとお互い了承の上で……」

「……ゲンスルーさん達、結構しぶしぶやってたけど」

「ちょっと、ゴン!」

 

 ウラヌスはその名前を聞いて、

 

「ゲンスルー? んー……」

「……おねーちゃん、どう思う?」

「保留にしておいて良かったと思ってるわ」

 

 そのやりとりを聞き流しつつ、1人得心するウラヌス。

 

「……あぁ。ゲンスルーって、ハメ組の主力メンバーか。

 いたな、なんか怪しげなメガネのが。

 やけにエネルギー多かったから、何で徒党組んでんのか不思議に思ってたけど」

「ゲンスルーさん達も、オレ達と一緒にクリアしたんだよ」

「ほぉぉ。

 ハメ組で見かけなくなったと思ったら鞍替えしてたんだ。知らんかった」

 

 ウラヌスは腕を組み、

 

「なんか聞いてる感じだと、キミら結構な大所帯でプレイしてたんだね。

 今回4人だから、攻略と居残りで分散するとキツいな……」

「仕方ないんじゃない?

 アタシとウラヌスはいいにしても、シームも『練』だけじゃキツいだろうし」

「せめて、目の『凝』は覚えてほしいかな……

 敵のオーラ見落とすようじゃ、逃げるのも難しい」

「私がシームを鍛えようと思ってますけど。

 1ヵ月動けないんで、いい機会かなと」

「えぇぇぇぇ……」

「あっはっは! シームおつ」

 

 弟にぷぎゃーしてるメレオロンを横目に、ウラヌスは呆れ顔で、

 

「いや、アイシャもまず相手の同意確認しなよ……」

「あ……

 はい、すいませんでした……

 えっと改めて、よかったらメレオロンとシーム一緒に──」

 

 息を止めるメレオロン。アイシャのオーラが減っていく。

 

「……だから効かないですって。

 私のオーラ削らないでください」

「かみのふざいしょーめーっ!!」

 

 謎の叫び声を上げながら、バンバン床を叩くメレオロン。

 

「んー。

 しっかし、1ヵ月も攻略に参加しないってどうなんだろうね。

 いっそアイシャも、最初っから普通にゲームすればいいんじゃないか?」

 

 ウラヌスの提案に、アイシャは少し身を引きつつ、

 

「その……アレですよ?

 私はウラヌスと違って、目の精孔も閉じた状態だと、相手のオーラも何も見えなくなるんですよ? そんな状態で……」

「身体鍛えるのもいいけど、ぶっちゃけそういう実戦も、いい修行になるんじゃないかなって」

「ぅう?」

 

 あ、この方向から攻めると弱いんだな、と理解するウラヌス。

 

「危ないっていうのは、もちろん分かってるんだ。

 でもそれは、チームをバラけさせて、キミが身体能力伸ばす修行してたって同じだろ?

 ゲームの中に完全な安全地帯はないんだから。それならいっそ、全員で固まって一緒にゲームしてた方が安全かなって。

 それにボス属性が切れてる状態なら、移動スペルだって有効なんだろ?」

「んんー……」

 

 腕を組んで考え込むアイシャ。移動スペルが有効というのは、確かに魅力的ではある。が、

 

「でも、その……

 念を使えない状態でモンスターとか倒せないでしょうし」

「倒せなくたって、逃げればいいさ」

「あの……ぅ……」

「……ああ。そりゃ不安だよね。

 まず、これを言わなきゃいけなかったか」

 

 すー、はー、すー、と一呼吸半するウラヌス。桜色の髪を軽く一束ねし、

 

「信用してほしい。

 オレがキミを──必ず守るから。……これでいい?」

 

 ちょっと、ウラヌス顔赤い。

 

「……ふ?

 へぇ? はぅぅぅ……」

 

 なんかおかしな反応してるアイシャ。

 

「ひゅーひゅー♪」

「ヒューヒュー♪」

 

 ここぞとばかりに冷やかす姉弟。苦笑するゴン。

 

「……ここまで言ってダメなら、もう最初の1ヵ月は攻略を捨てるさ。

 それはそれで──」

 

「ぁ、ぅ、その……

 ……わかりました、分かりましたよ! 一緒に動きます!」

 

 なかばヤケになって、そう返答するアイシャ。ウラヌスは笑いをこらえながら、

 

「ごめんね、アイシャ。

 ……守るっていう約束はちゃんと果たすから。ま、1ヵ月の辛抱だよ」

「は、はひ……」

 

 そう何度も守る守るって言わないでほしい……とぶつぶつ言うアイシャ。実際グリードアイランドで前回も1ヵ月守られていたが、それとはまた別の感覚である。なんというか、距離が近い。

 

「ひゅーひゅー♪」

「ヒューヒュー♪」

 

 まだやってる姉弟。そちらをじーっとウラヌスは見た後、

 

「アイシャ。

 その代わり、お願いがあるんだ」

「は、はい。

 なんでしょう?」

 

「────最初の1ヵ月、俺達3人を鍛えてくれ」

 

 どこかで2人分、こきーんと固まる音が聞こえたが、無視。

 

「あ……!

 はい、もちろんです!

 念が使えなくたって、修行を見るくらいお安い御用です!」

 

 むしろご褒美です。

 

 やたら喜んでるアイシャに、一抹の不安を感じつつもウラヌスは、

 

「うん……

 ゲーム攻略と同時に、かつキミを守りながらだから、タイトなスケジュールになりそうだけど、アイシャほどの達人なら俺も学べることは多いと思う。よろしく頼む」

「こちらこそ、1ヵ月お世話になります!

 なんなら1ヵ月経った後も修行見ますよ!」

「あ、それはちょっと考えさせて……」

 

 どんどん進んでいく話に、

 

「ちょっと! アタシまだ了承してない!」

「そうだそうだ!」

「あきらめなよ、2人とも……

 こうなったアイシャは、もう誰にも止められないから」

 

 抗議する姉弟に、遠い目で語るゴン。

 強くなることに一途(いちず )なゴンですらコレである。常人の神経でアイシャの修行を受ければどうなるか、推して知るべし。

 

 ……まぁなんだ。イ㌔。

 

 

 

「そういえば、指定ポケットの話はしたけど、ゲーム攻略って相談しなくていいの?」

 

 ゴンの質問に、メレオロンとシームが、腕を組むウラヌスの方を見やる。

 

「……正直、あんまり意味が無いと思ってる。

 状況が流動的すぎるから、具体的にこれといったプランを立てようがない。

 いつ動けるようになるかで、最初全然変わってくるし……」

 

 ちょっと小首を傾げてアイシャが、

 

「その感じだと、ノープランというわけでもなさそうですけど。

 動くタイミングって重要なんですか?」

「ああ、まぁ……

 そりゃタイミングや状況に応じて色々考えちゃいるけど、やるかどうか分かんないこと話して、混乱させたくないんだよな……

 ……たとえば、今日が何月何日か分かる?」

「うーんと。9月14日だね……

 あっ、もしかして月例大会?」

 

 ゴンがそう言うと、ウラヌスは「ピンポン♪」と返し、

 

「9月15日は、懸賞都市アントキバで月例大会がある。

 今は変わってるかもしれないけど、クリア前はジャンケン大会で、景品は『真実の剣』だね。できれば取っておきたいんだけど……」

「あーでも……

 防御スペルが充分ないと盗られちゃうんじゃないですか? 目立ちすぎるみたいですし。

 それに無理しなくても、ランクBの指定ポケットカードは」

 

 アイシャの指摘に、ウラヌスはいくらか考え、

 

「盗られるのに関しちゃ、いちおうスペルカードなしでも防げなくは無い。

 確かに店でランクBの指定は買えるんだけどね。でも月例のは他のに比べて販売価格が高いし、そもそも指定ポケットカードとして欲しいわけでもない」

 

 ゴンとアイシャが首を傾げる。どーゆー意味?

 

 まぁそういう反応するだろうなと思いつつ、ウラヌスは両手を合わせ、

 

「そもそもあのゲームのカードは、同じ番号のカードでも入手方法によって、店での売却価格が変わるんだ。

 例えば変身した『複製』のカードが、指定ポケットカードのオリジナルと同額で売れるはず無いだろ?」

「……それはそうでしょうね」

「月例大会のオリジナルカードは、奇数月のなら1000万以上で売れるんだよ。

 入手が年1回だから。

 いきなりこれで金を稼げると、かなり楽になる」

「へぇー」

「そんなに高いんだ。すごいね」

 

 アイシャとゴンが交互に納得する。

 それに気をよくしたのかウラヌスは続けて、

 

「懸賞都市アントキバは、かなり金を稼ぎやすい場所だしな。積極的にバトルするなら、他にもあるけど。

 指定ポケットカード以外でも売れば良い金になるカードが多いから、戦闘に自信のないプレイヤーが根城にしてることも多い」

 

「その……ウラヌスさん。

 あっ、じゃないじゃない、ウラヌス……

 もしかして」

 

 アイシャの問いかけに、意味深な視線だけ返すウラヌス。

 

「私のせいで……

 9月の月例大会に、行きたくても行けない、とか?」

 

 用意していたように、ウラヌスは肩をすくめた。

 

「別に取れなくても構わないさ。

 ……急かしたくないから、黙ってたんだよ」

 

 話を聞いていたメレオロンは、ようやく納得した。ゲームの攻略を事前に相談したがらなかったのは、そういう理由だったのかと。

 

「慌てて入っても、別にいいことないからさ。

 いずれにしろ流動的な要素が多いから、あまり事前の相談は意味ないかなと思ってる」

 

 そう言われても、アイシャの顔色は冴えない。

 

「みんな、ごめんなさい……」

「謝らなくていいよ。その辺は俺の方で調整するから。

 ま、早ければ今日中にはゲームへ入るだろうし、それなら間に合わなくも無い」

 

 ウラヌスの言葉に、アイシャは一つ頷き返す。

 

「……あ、そうだ。一つ気になってたことがあって。

 さっき、『リサイクルーム』で傷んだ写真を直せるって言ってたじゃないですか」

 

 ウラヌスは「んー」とうなじをかきながら、

 

「確かに言ったね。

 カードには、壊れた物を修理し、新品同様にするって書いてある」

「ですよね。……その」

 

 妙な話の流れに、メレオロンが不安そうな顔をする。

 

「仮に、傷んだ写真を入れた場合、新品ってどの状態を指すのか?

 ……だろ。気になってるのは」

 

「はい。

 場合によっては、写真を撮影する前の状態に戻るんじゃないかなって」

 

「えっ!?」

 

 シャレにならない疑惑に、メレオロンが目を剥く。

 

「さっきシームが言ってた、家族の写真アルバムを入れたとしても……

 本当にまっさら新品な、写真が入ってないアルバムに戻るかもしれないねぇ」

 

 疑惑を後押しするウラヌス。

 

「ちょっとちょっと!

 それって!?」

 

 慌てまくるメレオロンを、苦笑の気配を見せたウラヌスが手で制する。

 

「それはもう検証済みなんだ。写真で試したわけじゃないけど、色々な物でね。

 正解は──1個前の状態に戻る」

 

 全員がその言葉に首を傾げ、ゴンがパンと膝を打った。

 

「そっか!

 傷んだ写真を入れたら、撮った時の写真になって。

 それをもう1回入れたら……」

 

 ゴンの言葉に、ウラヌスが2本指を立ててみせる。

 

「撮影前の写真──画像を焼く前の状態に戻る。

 新品と見なしうる状態が2段階以上ある場合は、1個手前に戻るんだ。

 壊れた物、新品の解釈がブレる以上、そりゃそうだわなって話」

 

「なるほど……

 だとすれば、結構使い道ありそうなアイテムですね」

 

 アイシャの言葉に、ちょっと渋い顔をするウラヌス。

 

「……部屋じゃなければ良かったんだけどね。

 持ち運びできないのが痛い」

「ちょっと、ビックリさせないでよぉ……」

「よかったね、おねーちゃん」

 

 安心する姉弟に、ウラヌスは忠告を飛ばす。

 

「あーでも、今のは写真を入れた場合の想定であって、アルバムは入れない方がいいかも。

 アルバム自体で判定されて、写真が全部消えるかもだから」

「つまり、アルバムから写真を抜いて、写真だけ入れればいいわけね」

「うん」

 

 一連のやりとりを聞きながら、アイシャは内心舌を巻いていた。

 

 ────グリードアイランドのアイテムを信用していない。

 

 あのウラヌスの言葉は、本物だと。目的そのものではない指定ポケットカードですら、ここまで検証しておく疑いぶり。研究して改変を目指す、その本気の度合いが窺える。

 

 

 

「あっ、そういえばジャンケンの必勝法って知ってる?」

 

 ゴンの質問に、4人ともが「?」という反応。

 

「月例大会に出るんだったら、ジャンケンで絶対勝てる方法、知ってた方がいいって」

 

 ウラヌスは少し考えた後、

 

「えっと……まず今も9月の月例がジャンケン大会とは限らないんだよなぁ。

 もちろん、ジャンケン大会かもしれないけど。

 で……それ多分、絶対勝てるってことはないよね?」

「え?」

 

 ゴンは不思議そうに返す。

 

「だって、相手もその方法知ってたら」

 

 ウラヌスの指摘に、ゴンが「あー」と言い、

 

「うん、そうだね。

 キルアに教えたら、決勝でオレ負けちゃったんだよね……」

「そういえば、ジャンケン大会でキルアが優勝したと言ってましたね」

 

 アイシャが思い出しながら、そう確認する。カードを盗られてくやしそうにしてたのを、よく覚えてる。

 

「そうそう。

 ……ところでウラヌス、ホントに勝ち方知ってるの?」

「相手の手を見る。

 ぎりぎりで手を変える、だろ?」

「うん!」

「相手も同じことしてきたら、五分五分だしなぁ……

 まぁ、後はオーラを見るとかかな。

 ハンター専用ゲームなんだし、ジャンケン大会だからって単なる運ゲーなワケがない」

 

 単なる運ゲーだと思ってました! などとアイシャはちょっぴり恥じたが、大会の場にいたわけでもないので、それは仕方ない。ゴンとキルアは詳細を教えてくれなかったのだ。

 

「アタシ、それ言われても、やれる自信ないんだけど」

「ジャンケンでズルするのは、なんかやだな……」

 

 メレオロンが渋げに、シームが素直にそう言う。

 ウラヌスは少し考え、

 

「シーム。老婆心ながら言っとくけど、勝負事ってのは基本フェアじゃないぞ。

 不公平な上で、どう確実に勝つか、どう引っくり返すかがキモなんだから。

 純粋な五分の勝負なんて、現実には夢物語だからな」

「うーん……」

 

 それを聞いてアイシャは、なんかこの人ほんと苦労人なんだな……と感じていた。

 もちろん念能力者としては間違っていない。念能力はいくら警戒してもキリがないからこそ、それぐらい疑り(うたぐ )深い方がいい。こういう指摘をしてしまう人の良さは気になったが。

 

「しかし、ゴンの【ジャンケン】を必殺技にするってのは、いい発想だよな。

 単純すぎて、逆に思いつかない」

「そうかな」

「ジャンケンの勝ち方と同じだろ?

 相手の手を見る、ぎりぎりで手を変える。戦闘の駆け引きそのものだ。

 殴る、斬る、放つの基本攻撃を『発』で威力を跳ね上げるってのは、真っ当かつ上手い考えだしな。……本当は、グーチョキパー以外にも奥の手があるといいんだけど」

 

 ウラヌスの指摘に、ゴンは笑顔だけ返す。

 

「お? その分だとちゃんと考えてるか。

 これは余計なお世話だったな」

 

 そんなやりとりをアイシャは微笑ましく見守っていた。自分達だけでなく、こうやって外から刺激を受けるのはいいことだ。広い発想は、戦術をゆたかにする。

 

 強化系は純粋戦闘に特化しやすい分、他系統のように片寄った能力に振り回されることなく、汎用的な思考を持つ余裕がある。安定した強さは、かなりのアドバンテージとなるだろう。

 

「俺とゴンじゃ、オーラ量にもそう差はないしな。

 実際ゲンコで殴り合ったら、俺もやばそうだ。……つか多分負けるな」

「?

 ウラヌスって、オレのオーラ分かるの?」

「まぁね。今も自然にやってる『纏』と生命力精神力から見て、潜在オーラは50000前後ってとこかな。ハンターとしちゃ、充分一流クラスのオーラ量だよ」

「ふぅん。オーラって数字にできるんだ。……そう言えば、さっきも言ってたね。

 ウラヌスの目って、そういうのが分かるの?」

「さっきも話したけど、念能力じゃない生まれつき見えるもんで、『絶』状態の相手でも体内の生命力と精神力が見える。

 ……近くで目を凝らせばほぼ正確に分かるし、意識するのをやめれば分からなくなる」

 

 ゴンは、クラピカの緋の眼みたいだなと考えていた。……が、それを軽々に口にしない程度には戒めている。他言無用とは、そういうことだ。

 

「ねぇ、アタシはアタシは?」

「……今『絶』してるから、ちょっと自信ない。

 潜在オーラ鍛えてるなら分かってるだろうけど、『堅』でどれぐらいの時間(も )つ?」

「あ、そっか。じゃあ今だけ『纏』する。

 ……えっと『堅』は10時間保ったことないわね。最高9時間40分だったかな?」

 

 メレオロンの『纏』を眺めて、『わぉっ……』と思うアイシャ。透き通るような美しいオーラだ。これが鍛えられた師団長の素質かと、改めてキメラアントの末恐ろしさを知る。

 

「そうだな……

 なら70000だと思う。完全に一流クラスだよ。オーラ量だけはね」

「引っかかる物言いね……」

「オーラの多寡で勝負が決まるなら、苦労ないよ。

 ……彼女くらい別格なら話は変わるけど」

 

 アイシャを見やるウラヌス。「あははー……」とだけ返すアイシャ。

 

「ねえ、ボクはボクは?」

「まず『纏』やってみ。ああ、もうメレオロンは『絶』してくれ。割とキツイ。

 シームは『堅』っていうか、『練』のままでどんだけ保つ?」

「30分保たないかなー」

「いや、うん……30分は何とか保たせた方がいいぞ。

 そんなんで戦ったら、5分でオーラ切れるぞ」

「うぅん。

 ……それでいくつなの?」

「んー……

 まあ、3000かな。

 お世辞を言わなきゃ三流すわ」

「うぇーん」

 

 じわーっと背に冷や汗をかくアイシャ。この潜在オーラ量発表会は、凄く嫌な予感しかしない。

 

 

 

【潜在オーラ量】

 メレオロン:70000

 ゴン:50000

 ウラヌス:45000

 シーム:3000

 

 

 

 じっとアイシャを見る4人。

 目を凝らしながらウラヌスは、

 

「はい、アイシャ。

 ……キミの『堅』が保つお時間は?」

 

 この場にゴンがいなければ、たぶん誤魔化しただろう。……戦いを教える立場として、念に関する嘘はつきたくない。

 

 ウラヌスの目がなければ、いくらか誤魔化せただろう。制御できない体内エネルギーを直視されては、ぼかしようがない。体内オーラであれば、まだ何とかなるのだが。

 

「えー、うん。まぁその……」

 

 アイシャが口ごもってると、

 

「3人とも、アイシャのオーラって見たことあるの?」

 

 ゴンの質問。ウラヌス、メレオロン、シームがうなずき返す。

 

「アレは有り得ないよね……

 ぼく、近くにも居られなかったよ」

「アタシ、護衛軍より上のオーラ感じたの初めてだったけど……」

「初めてアイシャの生命力感じ取った時、オレ背筋めっちゃ凍ったからな」

 

 ゴンがメレオロンの方を見ながら、

 

「護衛軍って、あいつらのこと?

 あの猫みたいなのとか……」

「それはネフェルピトーのことね。

 そうよ。あとシャウアプフと……なんとかユピーだったかしら。

 どいつもこいつも、必死でアタシがオーラ量増やしたのに、余裕で今の10倍以上あったみたいだけど……」

「え? 70万てなにソレこわい」

 

 ……あげく、護衛軍の圧倒的オーラを知る者が2人もいたのでは……

 

「ところでウラヌス、オーラってどうやって計算してるの?」

 

 ゴンの質問。ウラヌスは少し頭をひねり、

 

「潜在オーラっていうか、全オーラ量の計り方だよな?

 まず戦闘中に『纏』だけしてる状態で、1秒1オーラ消費する。これが基準だな。

 で、戦闘していない平時の『堅』だと1秒2オーラ。

 よく潜在オーラ量の比較基準にされる『堅』の持続時間はこれだね」

「うん。オレも『堅』がどれだけ保つかが基本だって教わったよ」

「……ただ、この『堅』の消費計算は言うほどアテにならないんだ。『練』で練り上げたオーラ量が大きいと、どうしても消費量が増えてくから。『纏』がヘタクソだと尚更」

 

 ぐ……とアイシャは歯噛みする。『堅』にも段階があるとバレてる。

 

 アイシャがオーラ量を増やす修行時にしている全開の『堅』だと、基本の『堅』の倍は消費する。そもそも10倍を抜きにしても、【天使のヴェール】使用中の『纏』は『練』と同等に消費する。当然『纏』と『練』の複合である『堅』も影響を受けてしまう。

 

「で、アイシャ。

 ……キミの『堅』が保つお時間は?」

 

 アイシャはそっぽを向きつつ、

 

「ええっと……

 大体8時間くらいですかねぇー」

 

 いちおう嘘は言ってない。直近、全開の『堅』でオーラ修行をした結果はそうだった。

 

「ほうん。

 それは【天使のヴェール】ありで、だね」

 

 ……あぁぁぁぁ! やっぱり10倍とか言うんじゃなかった!!

 ていうかウラヌスの目がある以上、誤魔化しても絶対補正される……アレ反則すぎるょ。

 

「天使のヴェール10倍×28800秒×堅2倍……

 だと576000だから、護衛軍とやらの70万より低いし、全然違うな。えっと、仮に戦闘時の堅6倍消費の方だとして……

 172万か。

 は? なにこれ、オレ計算おかしい?」

 

 ゴンとメレオロンが嫌そうな顔を返す。聞かれたって困る。判断材料がない。

 シームはよく分からないのか首を捻りながら、

 

「ウラヌスの目で見た場合はどうなの?」

 

 ちょっと渋い顔をしながら、ウラヌスはアイシャをじっと見る。身を引くアイシャ。

 

「んー……

 オレの目か頭がおかしいんじゃなかったら……

 精神力が50万近くで、生命力……100? ……140万、近い?

 いや、ちょっと待て。計算より多い。うわ、もう見てると色々込み上げて来てツライ」

 

「あはははは。そんなわけないじゃないですかー」

 

 もしかしたら誤魔化せそうなので、笑っておくアイシャ。

 ウラヌスは腕を組み、首を傾げながら、

 

「でも、俺が念をかけられる前の精神力が25万以上だったから、確かにその倍ぐらいには感じるんだよな……

 で、アイシャの場合、生命力と精神力の比率が大体3:1だから……」

 

 残念。誤魔化せなかった。

 

「……でもアイシャ。

 戦ってたキメラアントの王って、もっとすごかったよね?」

 

 うぅぅ……ゴンがトドメ刺しにきたよ。とアイシャはがっくりする。

 

「……ええ、まぁそうですね。私よりオーラが多い相手は、彼ぐらいでしたよ。

 多分、私の倍以上はありましたね」

 

「えっ!? なにソレこわい。

 

 ────えッ!? しかもアイシャそれに勝ったのッッ!?」

 

「あははー……」

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 ※目が滑る内容ですので、以下の後書きは無理せず読み飛ばしていいです



・『纏』と『練』と『堅』

 多分、原作を読んでる人でも『練』と『堅』って同じじゃないの? と思っている方も居るでしょう。私もその認識でとりあえず問題ないと思う1人ですが。

 ただ、厳密には異なります。

 『纏』とは、体外へ常日頃垂れ流しているオーラを、身体の周囲へと留める技術です。個人差はあれど、意識しない垂れ流し状態と異なり、オーラそのものの体外放出量は増加します。
 強制的に精孔を開かれたことによるオーラ大量流出の状態に限り、『纏』をすることでオーラの放出量を抑えられますが、基本的にオーラの放出を抑えるのは『絶』に相当する技術です。

 『練』とは、意図的にオーラを練り上げ、通常より多く体外へと放出する技術です。

 『堅』とは、『練』によって放出したオーラを『纏』で身体へと留め、かつその状態を維持する技術です。

 その違いが、『練』が基本であり、『堅』が応用であるとされる理由です。

 『練』ができれば『堅』もできるわけではないのです。過剰に『練』でオーラを練ったところで、『纏』でオーラを留められないのならば、それは『堅』たりえないからです。



・生命力+精神力=オーラ量?

 ウラヌス自身の説明で、オーラの枯渇→生命力+精神力の枯渇→死と語っていますが、基本的にオーラの枯渇は死と直結しません。
 (オーラを過剰放出した結果、衰弱して死ぬことはありますが)

 死なない理由は単純で、生命力と精神力が不十分ならオーラを練れない為です。無理をしたところで、先に気絶します。そもそも生命力が0になる前に人は死んでしまう(甦生不可能な生命力帯域になる)為、生命力と精神力を全てオーラ化するのは通常不可能です。死者の念は、理論上全てオーラ化可能ですが。

 原作のドッジボール対決で、ゴンは限界を越えてオーラを練っていました。が、本来であれば生命維持に影響しない範囲で、オーラが練れなくなります。これは生存本能により無意識的なブレーキが働くことによるもので、この制動を無視してオーラを消費すると、それこそ『百式の零を放った後』のネテロや『もうどうなってもいい』ゴンさんの末期のような状態となります。

 また無能力者が強制的に精孔を開かれた場合も、まだブレーキシステムが身体にできていない為、精孔からオーラが過剰放出されてしまい、通常のオーラ枯渇より深刻な著しい衰弱を招きます。無理なく精孔を開いた場合は流出も穏やかでしょうが、念による攻撃を受けた場合は精孔が過剰に開いてしまい、生命維持できないほどオーラが大量流出して、死に至る現象が起きます。

 つまり、生命力+精神力の総量と、潜在オーラ量は、厳密にはイコールとなりません。

 そもそもオーラへの変換ロスがどうしても発生する為、オーラ制御の練度が低いと更に潜在オーラ量は低下することになります。ゆえにウラヌスは『纏』も見ないとオーラ量を判断できないと語っています。『纏』状態で分かるオーラ制御の練度と、生命力精神力の消費──変換ロスを加味して、彼は潜在オーラ量を見積もっています。

 アイシャとウラヌスに関しては、それぞれの特殊な事情もあり、ほぼロスなくオーラを練り上げる制御レベルに達しています。人が生命維持に必要とする基本生命力と精神力はそれほど多くない為、この2人について言えば『生命力+精神力≒潜在オーラ量』という図式が成立します。コンディションによって増減することも多く、厳密な潜在オーラ量の値というのは存在しないとも言えます。なので、あくまでも目安です。



・オーラの数値について

 原作でナックルがした説明は非常に分かりにくいと言うか、疑問が残る説明でしたので、いくらかまとめなおしています。原作及びとんぱさんの解釈とは異なる可能性がありますので、ご了承のほどを。

 臨戦態勢の『纏』=1秒1オーラ消費。ナックルが臨戦態勢時は基本的に1秒1オーラ消費と言っている為、最低限行う『纏』の基本消費量を示していると思われます。

 通常時の『纏』は個人や状態によるところが大きく、戦闘を意識した『纏』でなければ、1秒1オーラを下回ると思われます。いずれにしろ基準にはしづらいです。
 そもそも立って構えている状態の『纏』と、座って落ち着いている状態の『纏』が同じ消費であるはずがないですから。

 通常時の『堅』の維持=1秒2オーラ消費。こちらは原作で通常時3時間『堅』を維持したゴンのオーラが、ナックルに21500と推測されていたことから(実際はもう少し上か)。基本的に念能力者が自分のオーラ量を測る場合、この通常時の『堅』で測るのが一般的かと推測されます。でないと、『堅』の維持時間の比較に意味がないですからね。アイシャはね、うん……天使のヴェールが絡むと消費量が複雑怪奇なんで。。

 戦闘時にはオーラ消費が6倍~10倍という解説がありますが、おそらく実際は上ブレも下ブレも相当激しく、『発』が絡むなどするとほぼ意味が無い倍率でしょう。ほら、ほぼ『絶』で戦う人もいますし……ユピーとか8分で20万ものオーラ消費してましたし……



・天使のヴェールのオーラ消費

 まず天使のヴェールの<制約>がこちら。

①この能力の発動時、『纏』の状態でも通常時の『練』と同じ量のオーラを消耗する。
②天使のヴェール発動中、念を使用するのに必要なオーラ量は10倍になる。
③体から離れたオーラには、この能力の効果は及ばない。

 ①の制約における、『纏』=通常時の『練』、この部分をまず読み解いていきます。

 通常時の『堅』は1秒2オーラ消費です。
 通常時の『纏』は、臨戦態勢時の『纏』よりは少ないでしょうから、単純に半分の1秒0.5オーラ消費と見積もります。

 『堅』は『纏』『練』の複合技なので、通常時の『纏』1秒0.5オーラ+通常時の『練』1秒1.5オーラで、通常時の『堅』1秒2オーラ消費と解釈します。

 天使のヴェール中は、『纏』が通常時の『練』と同じ消費になる為、通常時の『堅』の消費量は1秒3オーラになります。
 更にアイシャは『堅』の全開モードがある為、単純に2倍消費として全開の『堅』1秒6オーラ。
 これに天使のヴェール10倍が乗り、1秒60オーラ消費となります。

 あのアイシャが、オーラ量を増加させる修行をダラダラとするはずもなく、それを自己申告で約8時間(ボス属性のせいでオーラ切れまで粘れないので、正味は8時間40分)耐え抜く潜在オーラ量は、31200秒×60オーラ=1872000となります。





・潜在オーラ量比較リスト(絶対値ではないので、あくまで参考程度に※特に高い値)

3000:シーム(今作十七章時点)
22000:ゴン(ナックル最終戦※原作)
45000:ウラヌス(17歳半/今作十七章時点)
50000:ゴン(今作十七章時点)
70000:モラウ
70000:メレオロン(今作十七章時点)
190000:ネテロ(メルエム戦※原作)
250000:ネテロ(アイシャ戦)
310000:リュウショウ(全盛期)
320000:ネテロ(全盛期)
400000:アイシャ(0歳/誕生時)
710000:シャウアプフ
720000:ネフェルピトー
730000:モントゥトゥユピー
960000:ネフェルピトー(死者の念)
1250000:ゴンさん(ネフェルピトー戦※原作)
1300000:アイシャ(11歳/天空闘技場)
1810000:アイシャ(14歳/メルエム戦)
1870000:アイシャ(14歳/今作十七章時点)
2800000:メルエム(ネテロ戦※原作)
3780000:メルエム(アイシャ戦)
5200000:メルエム(復活覚醒※原作)






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アムリタ編 2000/9/14 ~ 9/15
第十八章


 

 なんだか食欲のなくなりそうな話題を終え、そろそろ移動を始める為、ゴンへ説明するアイシャ。

 

「1人で世界各国ぶらり旅をしたいので、しばらく連絡を絶ちます。心配しないで下さい──と、私が言っていたと伝えてくれれば問題ありません。

 以前から世界を旅したいと私は話してましたし、実際旅行したこともありますからね」

「うーん……

 それで大丈夫かなぁ」

「父さんと母さんにも、そう伝えるようにお願いしています。

 あとレオリオさんの御守りも、自宅に置いてありますので。

 携帯は……どうしようもないですね。この後、電源を切りっぱなしにしておきます」

「……やっぱり、長引くと難しいと思うよ」

「そうですね……

 私もあまり長引くようなら、一度帰ろうと思います。

 みんなにジャマされてしまうぐらいなら、私が離脱した方がいいでしょうし」

「いちおう聞くけど……

 バレちゃったら?」

「……

 その時はその時、ですね。また戦いますか。はぁ……」

「オレ、その時はどうしたらいい?」

「ゴン自身の判断にお任せしますよ。

 だって、私が男になるの反対なんでしょ?」

「いや、オレは反対しないって言ったよ?」

「アレそうでしたっけー」

 

 からかわれていると気づき、ゴンは苦笑する。

 

「アイシャ、オレを困らせないでよ」

「ふふ、ごめんなさい。

 ……でも、本当にしばらくの間、迷惑をかけてしまうと思います。

 無理のない範囲で協力してくれれば充分です。お願いします」

「うん、分かった。

 ……じゃあオレ、そろそろ戻るね」

「ええ、みんなによろしく。

 ゴン。相談にも乗ってくれてありがとう」

「うん! オレもまた遊んでるみたいで楽しかった!

 みんな、グリードアイランド頑張ってね!」

 

 

 

 ゴンが立ち去り、散らかった中央を一通り片づけ終えた後。

 くるりくるりと回りながら、

 

「さぁて、今日ものんびり昼寝しますかー」

 

 メレオロンがベッドに「オフトゥン」と言ってダイブする。

 

「おいコラ。もうグリードアイランド行くっての。

 気構えしろぃ」

「おねーちゃん、もうあきらめなって」

「ゲームに入ったら、楽しい修行の始まりですよー」

「しばきたい、この美少女」

 

 メレオロンがベッドに突っ伏したまま、呪いを吐いた。

 

 

 

 昼の時間ではあったが、もう食事は充分だったので、そのまま飛行船で移動を開始。

 

 アームストルから数時間ほど空の旅──

 

 一行は、小さな港町アムリタへと到着した。

 

 

 

 メレオロンとシームは、茶色いツナギをしっかり着て、フードを目深にかぶっていた。この状態で『絶』をしているので、おそらくほとんど普通の人の目には留まらないだろう。命が懸かってるだけあって、見事な隠形だ。

 ただ、私とウラヌスがワリと人目を引いてるから、一緒にいたら意味ないんだけど……。なので、少し離れて行動している。

 

 私達は飛行船を降りて、軽く買い物をしながら荷物を持って移動。ウラヌスの案内の元、ある建物の中にいた。

 

「……以前、ゲームでアムリタ港を選択した時は、この建物に戻された。

 おそらくグリードアイランド製作者の所有物件なんだろうな。ただの空き物件みたいに見えるけど、設定された帰還ポイントなんだと思う」

 

 何もない、ひらけたスペース。転落防止の柵の向こうに、質素な街並みと綺麗な港湾が望める。今は(あけ)に染まっているから、本当にいい景色。港に吹く潮風に私は鼻をむずむずさせた。海か……

 

「ゲームの港から戻ってくる時は、基本的にアムリタ港を選んでくれ。

 ここは、俺達がゲームを開始する拠点と最も近い場所だ。

 今から徒歩で拠点まで移動する。不測の事態が起きて、一人でゲームの中に戻らなきゃいけない時に備えて、道を覚えておいてほしい」

 

「どれぐらいの距離なんですか?」

 

 シームが不安そうに尋ねる。

 

「うーん、まぁ100kmかな」

「ぅ……」

「改めて言っとくけど、多分今日は寝れないぞ。

 明日どっかで仮眠は取るけど、強行軍は覚悟しとけよ」

 

 ウラヌスの脅しに、メレオロンもちょっと嫌そうな顔をする。

 

「……」

 

 私が微妙な顔をして黙ってると、ウラヌスがこちらを見やり、

 

「アイシャ。

 分かってると思うけど、君の『あの時間』と睡眠のタイミングを(かぶ)せにいく。

 大丈夫ならいいけど、起きた後も眠気があったら言ってくれ。善処する」

 

「……はい」

「あらまぁ、お優しいことで」

 

 メレオロンが、肩をすくめてぼやく。ウラヌスが不機嫌そうに、

 

「……つつくなよ。

 ここからは、どれだけ慎重でも足りないぐらいなんだ。

 どう転んでも、アイシャはこのチームが行動する際の要だ(かなめ )

 基本的に指針の中心として据えてくから、そのつもりで」

 

 うぅぅ。本当に私は、グリードアイランドと相性が悪いんだよな……

 

「ま、こんなトコで大事な話はそろそろやめよう。

 拠点への移動を優先する。行くぞ」

「はい」

「あいよ」

「ボクついていけるかなぁ……」

 

 

 

 徒歩と言っても、町の中は道を覚えられる程度に早足で駆け抜けた。

 

 町を出てからは、メレオロンとシームも『絶』から『纏』へと移行し、未整地の荒野を疾走、ハイペースで移動する。

 

 やはりというか、オーラ量で遥かに劣るシームがペースダウンを招いていた。薄暗い、不安を掻き立てる道中を私達は遠慮気味に駆け抜けていく。ていうか、ちょっとヒラヒラがね。うん……

 

「グリードアイランドの中じゃ、嫌でもこの手の移動が増えるからな。

 ちゃんと身体慣らしとけよ」

「っふ……っふ……っふ」

 

 全然余裕そうな感じで、シームに声をかけるウラヌス。すぐに先頭へ戻り、集団の疾走ペースを整える。本当に急ぐのであれば、シームを抱えていくべきなんだろうけど、もうすでに修行は始まっているということだ。私も飛行船の移動中に、少し『点』と『纏』の指導をさせてもらった。一生懸命説明してたら、なんか嫌がられたけど……

 

「シームー。あんた男の子なんだから、頑張んなさいよぉ。

 ほら、見てみなさい。アイシャなんて、あんなアホみたいな大きいリュックを背負って走ってるのに、汗一つかいてない」

「っっふぅ……っふぅ……っふぅ」

 

 メレオロンもそういうつつき方しないであげてほしい。私とシームじゃオーラ量に差がありすぎる。身体能力も、相応にひらきがあって当然だ。あとアホみたいとか言うんじゃない。

 

「ん?

 なに、アイシャ?」

「……そういえば、2人は荷物ないんですか?」

「逃亡中の身だから、せいぜい服と金ぐらいよ。

 必要なものは全部ウラヌスに預かってもらってる」

 

 先頭を走るウラヌスへ目を向けると、彼は彼でかなりの量の荷物をリュックに詰めて、背負っている。多分、私とそう変わんないと思う。なんで私だけアホって言われるんだ。

 

「どしたの? アイシャ」

「……なんでもありません」

 

 怪訝そうにするメレオロンから視線を逸らして雑念を消し、先頭を走るウラヌスに追いつく。

 

「ウラヌス。私の荷物なんですけど……」

「ああ、その話はしようと思ってたよ。

 キミがゲームへ入る時、荷物は持たなくていい。俺達が持って入る。

 ただ、入る前に荷物整理はしてくれよ。いくら何でも1人分の量としちゃおかしい」

「あ、はい……」

 

 なんか遠回しにアホって言われた。ぅぐぐ。

 

「ん? どうしたの?」

 

 やっぱり怪訝そうにしてくるウラヌス。今の私、顔に感情出しすぎかなぁ……

 

「なんでもありません」

「そもそも、何でそんな荷物量なんだ?

 大概のものはゲームの中で手に入るから、そこまで……」

「あなただって、私と変わらないじゃないですか」

「うん……

 俺は神字の研究用品が、ちょっと荷物になるんだよ。

 最初の方で使い捨てにするつもりの、生活用品も多いし。後は、今日の夕食」

「……

 私は半分くらいが服です。それがかさばってて」

「服? 服なんて、中で買えるじゃん」

「その……

 あんまり……あ、合う服がなくて……」

「……

 …………

 ごめん。俺、キミをうらやましいとか言ったの、ちょっと反省する」

 

 分かっていただけて何よりだけど、ちっとも面白くない。ほんっと、こんな胸いらないんだけど……リィーナからもらった服も、胸元キツくなってきたのがあるしな……くっ。

 

「まぁ言っても、俺もこの服が気に入ってるから、予備何着も入れてるけどね。

 ……っと、そろそろだな」

 

 ウラヌスが右手を上げて、くるりと回す。合わせてペースダウン。一行の疾走が緩まる。

 ほとんど平たい岩盤しかなかった荒野から、見上げるほどの大きな岩が乱立する岩場に入っていく。このへんは石切り場かな。あちこち崩れてて、放棄されてから年月が過ぎた感じだ。

 

「このペースで後1分!」

 

 全員に聞こえるよう伝えるウラヌス。港から徒歩で戻ってくることを考えると、地形を記憶した方がいいんだろう。あちこちに目をやりながら疾走を続ける。……あ、でも私はどうだろうな。簡単にゲームから出たり入ったりできないし。

 

「ストーップ!」

 

 ウラヌスが急速に速度を落とし、立ち止まった。

 私が続けて止まり、メレオロンが「ふー」と言いながら、タッタと停止する。シームは離れたところから歩いてこちらへ近づいていた。

 

「この四角い岩、目印な。よく覚えておいてくれ」

 

 ウラヌスの指差す先、やけに綺麗な立方体の岩がある。他にも岩がゴロゴロしてるので分かりにくいけど、知ってさえいれば目印にはなりそうだ。

 シームはやっぱりというか、かなりヘトヘトになっていた。ウラヌスは全然平気そう。私も全く疲れてはいない。メレオロンは……やけに呼吸が荒い。

 

「メレオロン、走るのは苦手ですか?」

 

 オーラ量の割に疲れてる感じなので、聞いてみる。

 

「んー。やっぱり身体能力が低いから、でしょうね。特にスタミナは……

 アタシ特質だから……強化、向いてないもん」

 

 ……私も特質なんだけどなー。

 

「つったって、俺は無系統だぞ。得意でも何でもない。

 身体鍛えなさすぎだろ」

 

 あ、無系統って言い方で合ってた。

 

「……そんなこと言ったって、アタシ常に命の危険があんのよ?

 オーラ量増やすのも寝る前に怖々やってるのに、くたくたになるまで身体鍛えられないわよ」

 

 ウラヌスは反論せず、後ろ頭をかく。確かにそうだろうなぁ……

 仲間に守られて修行してた時と同じワケにはいかない……結構考えないといけないなぁ。最初の1ヵ月……

 

「メレオロン。

 それは俺達がお前を守るって言えば、身体鍛えるってことか?」

「…………」

 

 答えないメレオロン。視線を逸らして、どう答えたものか悩んでる。

 

「……アイシャ。

 俺、勢いで言っちゃったけど……

 キミは、彼女が身体を鍛える為に守ってほしいって言われたら、付き合える?」

 

 ウラヌスが私に振ってくる。んー……

 

「……やぶさかではありません。

 余裕がない時はお約束できませんが、助けを乞われれば尽力しますよ」

 

 とは言っても、キメラアントを匿うのが現実的にどれだけ厳しいかは想像に難くない。……どうしても、見た目の整形は成功してもらわないといけないかな。ゲームの外では、だけど。ゲーム内は、多分そこまで気にしなくてもいいだろう。

 

「……アタシ、あなた達のことをそんなに信用していいの?」

 

 メレオロンの言葉に、私はちょっとドキッとした。

 ウラヌスは首を傾げ、

 

「……それを俺達に聞いてどうするんだよ」

「え、アレ? なんか違うな。

 えっと……

 あなた達は、なんでアタシのことそんなに信用してるの?

 アタシはキメラアントだって、良く分かってるんでしょ。

 裏切られたら、とか……その、そういうこと考えないの……かなって」

 

 声をしぼませるメレオロン。

 ウラヌスは「くっくっく」と含み笑いした後、

 

「自分で言ってて無理があるって思うぐらいには、俺達信用されてるんだな」

「え、うぅ……

 そんなこと言ったって、アタシ達は命懸かってるのよ!

 そんな……」

「……メレオロン。もう無理するな。

 疲れたんだろ……疑うのに」

 

 ウラヌスがそう言ってあげると、メレオロンは目を潤ませた。……ぅ……私も貰い泣きしそう。彼女の後ろで、シームはもう泣いちゃってる。

 

言質(げんち )がほしいなら、言ってやるよ。

 ……信用していい。命が懸かってるのは俺も同じだ。だから……

 キミの力を、俺達に貸してくれ」

 

 ウラヌスの言葉に押され、私もメレオロンへ歩み寄る。

 

「メレオロン……

 私のこと、信じていいですよ。

 さっきは助けを乞われれば、なんて言っちゃいましたけど……

 あなたが何も言わなくたって、困っていれば助けますよ。

 ……友達じゃないですか」

 

 彼女は……膝を折り、顔を押さえて泣き始めた。あ、ダメだ。私も泣けてきた……

 見ると、ウラヌスも右手で顔をこすっている。

 なんでだろ……悲しいわけじゃないのに、涙が止まんないな……

 

 

 

 気がつくと、もうすっかり周りは暗くなっていた。

 シームが、メレオロンのことを心配そうにしている。

 

「……

 守ってくれるんだったら……鍛える」

 

 静かに立ち上がり、彼女は涙の名残を拭った。

 

「ホントのこと言うと、自分1人で戦えるようになりたいのよね。

 せっかくこんな強い能力持ってるんだから……あなた達には効かないけどさ。

 ……でも、まずは。

 ゲームクリア、目指しましょう」

「ああ……

 それじゃ、ちょっとここから離れてくれるか?」

 

 ウラヌスは、自分の足下をくるっと指差した後、そこから後ろ歩きで離れる。

 それにならって、私達も彼が指した場所から距離を置く。

 ウラヌスはリュックから携帯を取り出し、何かPiPiPiPiPi♪ と素早く操作している。

 

 ガコンッ!

 

 突然地面に、金属音を立てて大きな四角い(あな)が開いた。

 軽く覗きこむと、金属製のハシゴが壁の一面に張り付いて、降りていけるようになっている。

 パッパッパ……と、孔の中で明かりが点いた。

 

「ここからハシゴで少し降りて、横穴を進んだ先がグリードアイランドを設置する部屋になってる。……まだ俺が持ち運びしてるから、置いちゃいないんだけどな。

 今はロックを解除したけど、この後ロックはかけない。

 その代わり、隠し扉に念を籠めた手を当てれば開くようになってる。ちなみに、下から地上へ出る時も、同じく隠し扉に念を籠めれば開く。

 3人とも先に降りてくれ。俺が最後に入って、ここを閉める。ほっときゃ1分で閉まるんだけど、念の為な」

「ここまでするんだ……」

 

 ぼんやりとメレオロンがつぶやいた。私が見る限りでも、ここまですれば警備なしでも大丈夫だろうなという気はする。

 ウラヌスは肩をすくめ、

 

「元々は、神字の研究成果を隠す為に用意したんだ。ただ作ったはいいけど、使う機会があんまりなくてね。ちなみにこの辺り一帯の土地も俺が所有してる」

 

 私はウラヌスの方を見て、

 

「……不粋な質問かもしれませんが、神字ハンターって儲かるんですか?」

「あ、まぁ答えてもいいんだけど、先に降りてくれる?

 扉が閉まるから」

「あ、ごめんなさい!」

「慌てて降りなくていいよ。

 そろそろ閉まるし、ちょっと時間延長する」

 

 ウラヌスは開いた穴のフチに手を当て、軽くオーラを籠める。

 

「ん、いいよ。

 降りて、腰を落ち着けてから話そう」

 

 

 

 思ったよりも深い竪穴をハシゴで降りていき、下に着いた後はこれまた大きな横向きの通路を歩いていく。床はラバー製のようで、結構な手間がかかりそうな作りをしている。

 

 これ、全部自分で作ったんだろうか。業者とかに頼んじゃうと秘匿性(ひ とくせい)に問題があるし、かと言って自分でやるのは大変すぎる。

 ……ま、それも後で聞こっと。

 

 それなりに歩いた通路の突き当たりの壁に、中央で閉じるタイプのスライドドアがある。ちょうど中央辺りに、何か赤字で書かれている。

 

 私はその前まで歩いていき、目を凝らした。

 

 神字。意味はそのまま、『封』。一定以上のオーラで触れれば開く仕掛けだろう。最も多いタイプの神字なんだけど、この1文字だけで封じるのは実はかなりすごい。物によるけど、普通は同じ神字を複数か、補助的な神字を書き加えて、数文字から数十文字で行うものだ。

 

 後ろから3人の足音が聞こえる。メレオロンが隣まで来て、

 

「ん? なに見てるの」

「扉の神字を見ています」

「神字って、この赤い模様?」

「ええ。意味は『封』です。

 よくあるタイプなんですけど……」

 

 一般人に対する念能力の秘匿に一役買ってる、出入口のオーラ開封。物に念を残すのであれば、神字の助力なしにはかなり難しいだろう。物体に籠めた念能力やオーラは、時間経過で著しく減衰する。それを抑えて長期安定させる為には、神字は必須と言ってもいい。

 

「本当は、中に埋め込んだ方がいいんだけどね」

 

 ウラヌスとシームが並んで歩いてきた。ウラヌスは続けて、

 

「どうせ内扉だし、隠すこともないかと思ってそうしてある」

 

 それを聞いて、私は「あれ?」と思わず口にする。

 

「でもそれなら、わざわざ神字で閉めておく必要もないんじゃないですか?」

 

 私が指摘してみると、ウラヌスは少し考え、

 

「んー。確かにね。

 ……何となくやっちゃってるな、俺。言われてアホって気づいた」

 

 なんか真面目に言ってるので、思わず私は笑ってしまった。

 

「かなり知識がないと出来ないことしてるのに、そんなアホって」

「えーうんー。

 ……いじらないでくれよ」

 

 恥ずかしそうにしながら、ペシッと手で神字に触れるウラヌス。ドアが中央から左右へスライドして開いた。

 ドアの向こうは部屋のようだけど、暗い。通路側の明かりだけだと、ちょっと見通しが悪い。

 

「んー?

 あれ、照明死んでる?」

 

 ウラヌスが言い終える前に、部屋の天井がパァッっと明るくなった。

 

「なんだ……しばらく使ってなかったからかな」

 

 そうつぶやきながら、部屋の中へ歩いていくウラヌス。

 私達もついていきながら、部屋の中を見回す。

 

 室内は、言ってみれば大きなワンルームだった。

 

 キッチンや冷蔵庫、食卓。大小問わず木製棚や金属棚がズラりと並び、書籍をぎっしり詰めた本棚が壁の一部を占拠している。大きめのベッドが一つ備え付けられて、いつでも寝れそうだ。

 キッチンの横には曇りガラスの扉があり、見た感じ水場へ繋がってるっぽい。

 部屋の一角には金庫が複数並べて積んであり、ありありとお宝が入ってますアピールをしている。

 物が置かれているスペースは狭っ苦しい印象だけど、部屋そのものが大きくて、中央に何も置かれてないので、広々としていた。

 

 私達の背後で、ゆっくりとスライドドアが閉まった。

 

「とりあえず、荷物置こうか。ちょっと部屋の中央に集まろう。

 あ、そこの一段床が高いトコから土足厳禁だよ」

 

 ウラヌスはそう言って靴を脱ぎ、フローリングの上を靴下で歩いていく。

 私もそれに(なら)おうとした時、メレオロンが固まってるのが目に入った。シームがそれを心配そうに見ている。

 

「どうかしたんですか?」

「……。

 いや、靴ぬがなきゃなって思って」

「?」

 

 メレオロンは鈍い動きで、靴紐を解く。靴を脱いだ。

 現れたのは、太い二本指の足。

 

「……気にしてたんですか?

 飛行船の中でも出してたじゃないですか」

「……あの時は気にならなかったんだけどね。

 なんか、改めて気になっちゃって」

「メレオロンは、その足も整形したいんですよね?」

「そうよ?

 こんなの、人間の足じゃないもん」

「……私は可愛いと思いますけど」

 

 そう言うと、メレオロンは複雑な顔をした。ぴこぴこと指を動かし、

 

「人間の足じゃないもん……」

「でも、メレオロンの足じゃないですか。

 そこまで気にしなくてもいいと思いますよ?」

 

 もちろんコレは私の認識だ。もし凶暴なキメラアントの足だと思えば、また別の感想を抱いただろう。

 彼女は私を怪訝そうに見て、

 

「アイシャは、アタシにこのままでいた方がいいって言うの?」

「いいえ。

 ……それは、ホルモンクッキーを欲しがってる私に、言う資格はないと思います」

「……。

 なんでアンタがそんなの欲しがってんだか、アタシにはちっとも分かんない」

 

 そう言い捨てて、メレオロンはさっさと靴を脱ぎ、中央へ歩いていった。

 

「ボクにもよく分かんないです。

 ウラヌスは分かるんですけど……」

 

 シームもそう言い残して、メレオロンの後をついていく。

 私は唇を締めたまま、靴を脱いで、裸足でお邪魔する。

 

 

 

 ……そうは言われましても、ですね。

 

 もう誰にも、ほんとの理由を教えるつもりはないのですよ。うん……

 

 

 

 でも……ちょっと嬉しいかな。

 

 今の今まで、気を使って聞かないでいてくれたことも。

 

 いま、遠慮なく聞いてくれたことも……

 

 

 

 

 



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第十九章

 

 荷物を降ろした私達は、低い長方形テーブルを囲み、ウラヌスが用意したクッションの上でくつろいでいた。

 そばには、木製棚を台にした古い型のモニターがあるけど、画面には何も映っていない。

 ウラヌスは壁時計にチラリと目をやり、

 

「ちょうど午後8時だな……

 そろそろメシにするか。

 この後の準備状況次第だけど、0時を回った時点でグリードアイランドへ入ろうと思う。

 強行軍になるけど、アイシャの回復に問題なければ、アントキバの月例大会がある明日午後1時に間に合わせる予定だよ」

 

 私は少し考えた後、

 

「……私の気絶が6時間で回復すれば、という前提ですね」

 

 ウラヌスはうなずき、

 

「誓約で時間を定めてるわけでもないみたいだし、多少は前後するだろうけどね。

 俺の予想を言わせてもらえば、多分気絶はもっと早く回復してると思う」

 

 さらっと飛び出した予想に、私は「ほ?」と反応する。

 

「アイシャ。

 キミがボス属性で気絶したのって、グリードアイランドへ入った1回きりかい?」

「……その通りですね」

「じゃあ検証はしてないね。そうそうできるとも思えないし。

 誓約で定めてるのは『即座に気絶する』だろ?

 気絶からの回復に時間がかかる、なんて内容じゃない。

 本来気絶っていうのは、短時間で回復する意識の喪失のことを指す」

 

 ……確かに。言われてみれば、それもそうだな。

 

「だからキミが目覚めるのに6時間もかかった理由は、おそらくオーラ枯渇による極度の疲労だ。気絶をきっかけにして、睡眠という形で身体が強制的に休養を摂らせてるんだと思う。生命力がある程度回復するまでね」

「……」

「キミの普段の睡眠時間は、6時間?」

「……それぐらいか、ちょっと短いぐらいです」

「うん。

 じゃあ7~8割がた、また6時間になると思う」

 

 ……それだけの情報で、そこまで判断しちゃいますか。

 正しいかどうか分からないけど、一理あるな。特にオーラ枯渇からの回復は、私自身もほとんど経験がない。怖くて試せないからね。

 でも、それだったら……

 

「ウラヌスさん、でしたら気絶した私を──」

「起こさないからね」

 

 さくっと差し込まれた。口を噤んだ私をまっすぐに見据えながら、

 

「検証って意味では有効かもしれないけど、俺はその6時間は必要なものだと思ってる。

 必要かもしれない睡眠を中断するなんて、後に響きそうなことをするもんじゃない」

「……はい」

 

 うぐぅ。正論すぎて言い返せない……

 

「あと、ウラヌスさんって言わないで」

「……すいません」

 

 きっちりしてらっしゃる。。

 

「分かったから、早くごーはーんー」

「ごーはーんー♪」

 

 メレオロンとシームが訴えてくる。

 

「……おまえら、今から作るんだからそこそこ待たないとダメなんだぞ。

 どう見たって手伝う気ねぇし。ったく……」

 

 そう言って、ウラヌスが立ち上がる。

 

「あ、料理するなら私も手伝いますよ」

 

 私も腰を上げる。

 

「……うん。2人でやった方が早いからね。お願いする。

 その前に、ちょっと水回りの説明するから、みんな来て」

 

 キッチンの方へ歩いていくウラヌスに、私達はついていく。

 ウラヌスは、キッチンの蛇口前で足を止め、

 

「この蛇口からは、普通に飲める水が出る。

 別にうまくもまずくもないけど」

「水道と繋がってるわけじゃないんですよね?」

 

 私が尋ねると、ウラヌスは首肯する。

 

「雨水を貯めて、濾過と蒸留をして、ついでに貯水タンクで防腐滅菌してる。神字でね。

 長いこと使ってないから、貯水タンクは満タンだし、いくら使ってくれても大丈夫」

「使った水はどこ行くの?」

 

 メレオロンが尋ねると、ウラヌスは下を指差し、

 

「濾過して、地下水脈に流してる。

 元々雨水が水脈へ流れ込むルートから、この地下室へ引き込んでる形なんだよ」

 

 そう説明した後、ウラヌスはキッチン脇の扉へと歩き、

 

「あんまり使うことはないだろうけど、他の水用事は大体ここで出来る。

 ついてきて」

 

 扉を押し開いて、中へと入っていくウラヌス。

 

 四角く区切られたやや狭い室内に、洗濯乾燥機が設置されていた。他には扉が2つ。

 

「見ての通り、汚れ物はそこで洗濯と乾燥ができる。まぁ1時間で終わるかな。

 真ん中のドアは脱衣所と風呂場、右はトイレ」

 

 それで説明は終わりらしく、ウラヌスはすぐ出て行く。

 んー。今さらだけど、電気どうしてるんだろ。それも神字?

 

 再びテーブルのところまで戻ってきて、

 

「じゃ、メシ作るか。

 メレオロンとシームは適当に暇潰しててくれ」

「なんかゲームないの、ゲーム」

 

 メレオロンの発言に、露骨に変な顔するウラヌス。

 

「……お前、これからゲーム入んのに、まだあらかじめゲームすんのかよ」

 

 言われてみると、たいへん妙な感じではあります。

 

「ジョイステーションでよければありますよ」

 

 そう言った私を、ウラヌスはやっぱり変な顔で見る。

 

「それって……」

「私のですよ。

 ウラヌスのジョイステはグリードアイランドをプレイ中だから、他のゲームは遊べないでしょうし」

「いや、なんで持ち歩いてるの?」

 

 習慣のようなものです。とは言えず、そっぽ向いておいた。

 いやまぁ、なんでグリードアイランドへ行く荷物にジョイステが入ってるかっていうと……うん、習慣です。いやはは。

 

 とりあえずリュックをごそごそ漁り、奥に沈んでたジョイステを引っ張り出す。えーと、ソフトソフト……

 ウラヌスも自分のリュックを漁って、食料類を出している。んー、ソフトを入れた袋、袋……お、あった。

 

 無理に袋を引っ張り出すと、ブラやら何やらが引っかかって一緒に飛び出しかけたのをシャシャっと素早く外し、リュックに押し込めなおす。

 

 袋からゲームソフトの束を抜いて、ジョイステのそばに置く。一緒に入れてた付属品やコード類も出す。

 

「それで好きに遊んでてください。繋ぎ方、分かりますか?」

「あ、ボク分かります」

 

 シームが私のジョイステとコード類を手にして、モニターとの接続を始める。

 

「ウラヌス、これって繋げられるモニターですよね?」

 

 食料類を出し終えたウラヌスが、私を見返しながら、

 

「同じくらい古い型のだから、大丈夫だと思う。

 グリードアイランドもそれに繋ぐつもりだし」

 

 メレオロンがソフトをずらっと並べ、

 

「んー。格ゲーばっかし……しかも、ちょー古い。

 ……○カポン? これって何ゲー?」

 

 友情破壊ゲーです。

 

「やめた方がいいです」

「え?

 でもアタシ、この手だとちょっと格ゲーきついし」

「やめておいた方がいいです。

 ……というか、それ始めると普通に何時間もかかっちゃいますし」

「あー、それじゃダメねぇ。

 またの機会に」

 

 ……なんだろう。とても嫌なフラグが立った気がする。なんでだ。

 

 

 

 2人並んでキッチンに立ち、ウラヌスの料理を手伝いながら、思っていたことを尋ねてみる。

 

「ウラヌス。

 ……あの2人、NGL出身ではないかもしれません」

 

 水音や包丁がまな板を叩く音に紛れて小声で言ってみると、彼はちゃんと聞き取り、

 

「ああ、やっぱキミも気にしてたか。

 NGLで生まれ育った人の生活習慣ではないだろうね」

 

 ──NGLは建前上とは言え、機械文明を捨てた人達が集まって自治する団体の国だ。

 写真とかゲームとか、NGLで生活していたらまず触れないはずのモノに、あの2人は馴染んでいる。一般的な文明水準の生活をしていたとしか思えない。

 

「その……

 巨大キメラアント事件は、NGLの中で終息しましたから……

 転生にしろ何にしろ、犠牲者がその外の人とは思えなくて。

 ……野菜、洗い終わりましたよ」

「ありがと。包丁もう一本あるから、芋の皮むきお願いできる?

 ……あんまり深く考える必要はないよ」

「はい。

 え? そうですか?」

 

 私はキッチンの下から果物ナイフを取り出しつつ、尋ね返す。

 

「NGLにいるのは、ずっとそこに住んでる人達ばかりじゃないから」

「あー……

 そっか、後から移住したってことですね」

「多分ね。

 むしろ、機械文明に疲れてNGLへ移住する人達も多いだろうし。

 あの2人がどうだったか知らないけど。

 ……芋の皮むき終わったら、生米を軽く洗ってくれる?

 ゴハン焚くと時間かかるから、ピラフ作る」

「うーん。そうかもですね……

 ちょっと2人に聞くのは抵抗ありますけど。

 ピラフって、お米洗ってよかったですっけ?」

「あーちょっと味落ちるけど、やっぱり衛生面で気になるしさ。

 だからホントにサッと洗って、水切るだけ。ガシャガシャやんなくていい。

 ……時期が来れば、聞いてみたらいいさ。どうせしばらくは一緒だからね」

「ええ、そうですね。

 ……芋むき終わったんで、お米洗いますね。他、何かあります?」

「んー。サラダ作るくらいかな。

 レタスとキュウリ切って、トマト切って、ツナ缶開けて……

 後、リンゴを一口サイズ」

「はーい。ドレッシングあります?」

「マヨネーズしか買ってないかな。

 ……しまったな。キミが手伝ってくれるんなら、もうちょっと手の込んだ料理の食材を買えばよかったよ」

「ふふ」

 

 自炊が長かったけど、こうやって誰かと話しながら料理するのって、やっぱり楽しいな。

 

 

 

 

 

 ジョイステを接続したモニターが、対戦前のローディング画面を表示している。

 古いハードにありがちな長い読み込み待ちの間、キッチンに立つ2人の後ろ姿を見る。

 

 2人とも、お揃いに見える白いワンピースに身を包み、白ゴムでまとめて腰まで伸びる長い黒髪と、背中を覆う桜色の髪を揺らしながら、料理していた。

 

 ウラヌスも遠目には女の子にしか見えない。身長も高くなく、細身で髪の毛もきちんと手入れされている。所作も男性らしい粗野な感じは受けず、むしろ弱々しい。

 

 アイシャは、文句なしに女性的だ。身体つきは言うまでもなく、髪の手入れも毛先まで行き届いている。所作はやや力強い印象だが、それはそれで魅力的に映る。時折り見せる幼い仕種は、年齢相応なのだろう。

 

 前世の自分を思い浮かべる。自分は2人のような、ああいう女性だったんだろうか……

 

『ROUND1 FIGHT!!』

『フンッ!』

 

「おおおっ!? シームあんたいきなりなにすんの!」

「おねーちゃん余所見してっからだよーん」

「開幕スクリューとか初戦で成功させんなッ!!」

「はい、ケーオー」

「ぐっへぇ……この手で慣れるヒマも与えねぇし」

 

『ROUND2 FIGHT!!』

『フンッ!』

 

「おおおっ!? シームてめぇ!」

「アッハハハ!

 ……おねーちゃん、そんなに2人のこと気になる?」

「ちっ! くんなくんな!

 ……そりゃそうよ。アタシはいくら整形したって人間に戻れないし、ああも理想的なの見せられちゃうとね」

「と、と、と、と、あっミス」

「しゃあ! ぅわ誤爆!」

「はい、ケーオー」

「ぐっふぇ……2P側のコマンド入力ェェ」

 

『PLAYER1 WIN』

 

 対戦終了後のローディング画面が映る。

 

「ぐぅぅ……キャラ変えよ。

 ……でも2人とも、なんか重たい事情ありそうだしさ。

 あんまり甘えるわけにはいかないかな……」

「おねーちゃん、今のぼくらじゃ……」

「……そうね。どうしようもない。次は野生児っと。

 アタシ達、強くなるわよ。2人に頼らなくても済むくらいには」

「うん、がんばろうね。

 ……じゃあボク、これ」

「シーム、オマエなに軍人とってんの?」

「へ?

 だってそんな露骨なメタキャラ使われたら、変えるに決まってんじゃん」

「ていうかアタシが決めた後に、メタってんのアンタでしょーが。

 きったねぇ流石シームきったねぇ」

 

 シームが笑いながら、目をこすった。

 

「……面白いね。

 やっぱりおねーちゃんだ」

「……うん。覚えててくれたんだ。なんか今思い出したの。

 昔、おんなじことやってたなって。

 ほんっと懐かしい……」

 

 対戦前の長いローディング画面が、にじんで映る。

 

 

 

 

 

「あっははは! かくかくポリひでー!

 しかも処理オチしてるし!!」

 

 シームが1人で格ゲーしてるのを、メレオロンがケタケタ笑って見ている。

 

「はーい。お待たせ。

 ゴハンできましたよー」

 

 なんか自分のゲームをバカにされると色々思うトコがある。……あるけど、バカゲーはバカにされてなんぼだしな……と自分に言い聞かせつつ、ピラフを2つテーブルに置く。

 

「ういー。

 なんかキャッキャ騒いでるけど、何やってんだ?

 あ。うぉ、初代とかなっつぅ!

 なんでアイシャこんなん持ってんの?」

 

 同じようにピラフを2つ置きながら尋ねてくるウラヌス。

 

「えー、いやー、そのー。

 ……ネタ?」

「絶対面白半分じゃないと、こういうのって買わないしやらないよな」

 

 ジト目で向けられる視線をさっと避ける。

 

「アイシャ、これ全然面白くないんだけど」

 

 実際遊んでるシームからクレーム。知ってます。

 

「蹴る殴ーるだけの簡単なお仕事です」

 

 事実を告げて、他の料理を取りに行く。

 

「いいからもうメシ食うぞ。ゲームやめれ」

 

 そう言って、ウラヌスも私について料理を取りに行く。

 サラダの盛り合わせを手に取り、ウラヌスはサラダの取り皿とフォークを数本手にして、再びテーブルへ。

 

「アイシャ。

 このクソゲー、ジャンプとか意味ある?」

 

 容赦なくクソゲー呼ばわりしながら、やめないシームはなんなんだと思いつつ、

 

「気分転換に。

 その気になれば、立ちパンしゃがみパン立ちパンだけでもクリアできます」

「アッハハハハ!」

 

 後ろでツボったらしいメレオロンが笑い転げてる。

 

「面白いのやりたかったら'96やればいいのに、なんでそんなネタゲーするんだか……」

 

 ぶつぶつ言いながら、残りの料理を取りに行く。

 

「アレは、ああいう遊びなんだよ」

 

 ウラヌスも笑いをこらえながら、一緒についてくる。

 

 いや分かるんだけどね、それは。うん……解せぬ。

 

 

 

「うん、ピラフいけるじゃない!

 どうせならカレーピラフとかエビピラフが良かったけど」

 

 メレオロンがカチャカチャ美味しそうに食べつつ、贅沢言うのに対し、

 

「……

 こういうの食べれるか聞こうと思って忘れてたんだけど、バカなこと聞くトコだったよ。

 その分だと、人間の食べ物は全部いけるんだな」

「そうねー。

 むしろ虫食えとか言われたら、お断りしまーす」

 

 う。……ちょっとヤなこと思い出した。

 

 私は軽くお水を口にして、自分のぶんのサラダを取り分ける。マヨネーズかけかけ。

 ちゃんと料理したのはピラフとサラダぐらいで、後は出来合いを焼いたり炒めたりしただけ。手短に作った即席スープが一番時間かかった。

 

「ウラヌスって、自炊するんですね」

 

 ぱりぱり。もぐもぐ。

 

「まぁ手軽に作れるやつはね。

 煮込みとか時間かかるのは流石にやらない。

 アイシャは?」

 

 もくもく。しゃりしゃり。ツナとリンゴ合うなぁ。

 

「……んー。私もそうですねぇ。

 作れなくはないですけど、時間がかかるのは好んでやらないです。

 焼き料理、炒め料理は手早く出来ますし、お腹にも溜まりますから」

「分かる分かる、やっぱりそうだよねー。

 煮炊きする料理は店で食うに限るよ」

 

 うんうん頷きながらウラヌスも、自分の皿にサラダを取り分ける。

 ……と思ったら、シームの前に置いた。

 

「えー」

「何となく食べなさそうな感じだったからな。

 ちゃんと野菜食え。マヨネーズいくら使ってもいいから」

 

 言って、シームの何もない皿は自分の手元へ寄せるウラヌス。

 サラダを再び取り分けるのを横目に、私は唐揚げを摘まんでピラフに乗せる。

 

「ここの電気とか火って、神字を使ってるんですか?」

 

 尋ねてみる。ウラヌスは首を縦に振り、

 

「何年か前に神字の研究がてらね。

 オーラを込めればチャージされるタイプだから、ちょっと面倒なんだけど」

「その……

 神字で重しって作れますか? あると、修行が捗るんですけど」

「ああ、ウェイトトレーニング用ね。

 むしろ重くするだけなら得意分野かな。軽くしろって言われると困るんだけど」

「軽くするって難しいんですか?」

 

 重力操作できるミルキは、別にそんなこと言ってなかったような。

 

「……俺は得意じゃないかな。

 むしろ浮かせろって言われた方が楽」

 

 ──? ──??

 

 なんか今、さらっとスゴイこと言った気がするんだけど。

 

「ま、どっちにしてもすぐには無理だよ。

 ゲーム内で時間あるときに用意するから、どれに引力の神字を書けばいいか指定して」

「はぁ……」

 

 重力──ではなく引力、か。ミルキの重力操作とは違うのかもしれないな。ウラヌスとミルキを引き合わせたら、面白い話が聞けそうな気がするぞ。

 そんなことを考えながら、唐揚げとピラフを一緒に頬張る。もぐもぐもぐ……んまー。

 

「そういえば、ここってアンタが全部作ったの?

 なら、めちゃくちゃスゴイじゃない」

 

 メレオロンがそう言った後、スープをかき込む。

 なんとなく微妙な顔をするウラヌス。

 

「まぁ、そうなんだけどさ……

 思い出したくもないぐらい、手間と金かかったからなぁ……」

「前にプレイしてた時は、ここ使ってないんですよね?」

 

 私が尋ねると、ウラヌスはこれも微妙な表情のまま、

 

「前回はバッテラのとこから入ったからね。

 ……あの古城も大概警備がザルで、大丈夫かと思ったけどな。

 最新の防犯システムっつっても、念能力者に通じるか微妙なレベルだったし」

「……」

 

 リィーナがゲームを全部手放したのは、その辺が理由かな。プレイヤーが全て出払えば、ジョイステからグリードアイランドのソフトを取り出せるけど、そうでなければいつ誰が出てくるか分からないジョイステをずっと確保し続けなきゃいけない。それは厄介すぎるだろう。

 

「アイシャは前、どこから入ったの?

 やっぱり、バッテラと契約して古城から?」

 

 ウラヌスの質問に、私は少し考える。普通はそう思うよね。

 

「んー。

 ゴン達はそうですね。……私は、買ってもらいました」

 

「……。

 それって……

 グリードアイランドを、って解釈で合ってる?」

 

「……えぇ、まぁ」

 

「……。いくらで?」

 

「その……

 買ってもらったんで、私も知らなくて」

 

 ほんと、いくらだったんだろ……。

 

 結局リィーナにゲームは返したし、別に気にしなくても……いいんだろうか……。あの子のことだから、やっぱり嫌な予感がするなぁ。

 

「あ。でもクリア後に返してるんで、手元にはもうないですよ?」

「…………

 ああ、なるほど。そういうことか」

 

 なにやら納得したらしい。なんだか分かんないけど。

 私はスープをスプーンで一掬いし、口に含む。

 んー……もうちょっとお塩足した方が好みかな。

 

「キミは入った直後に気絶しちゃうから、バッテラに雇われてゲーム入るのはハイリスクだもんな」

「……ええ、そうです」

 

 バッテラさんの選考会の後、みんなゲームへほぼ同時に入ったらしい。まさに懸念通りだったと言える。そういう意味では、今回も幸運なのだろう。

 

 春巻きを一撮みし、パリパリもぐもぐする。んまい。んー、揚げ物ってピラフに合うー。

 シームは食べにくそうに、キュウリをフォークでつつきつつ、

 

「でもウラヌスもゲーム買ったんでしょ。

 結構お金持ちじゃん」

「買ったから、いま貧乏なんだけどなー。

 金稼ぐ暇、もうねぇし」

 

 愚痴るように返すウラヌス。

 

「……さっきも聞きましたけど、神字ハンターって儲かるんですか?」

 

 尋ねてみると、ウラヌスは斜め上をぼんやり見上げる。

 

「なんつうか、色々あってねぇ……

 神字自体は元々扱えたんだけど、それだけじゃ足りないから、神字を刻んだ遺跡を調査して、文献かき集めて、研究して。これが結構金かかるんだわ……

 天空闘技場で荒稼ぎした金を元手に、何とかなったけど。

 神字関連は念能力者相手にしか基本売れないのが、難点と言えば難点なんだよね。高く売れるけど、買ってくれる相手を見つけるのがホントに面倒くさい」

 

 そうだろうなぁ。私が多少修めた神字も、道場でいくらか使った程度で、日常ではまず使わない。積極的に使おうにも、一般人の目に触れるところでは使えないからな。念能力自体にも言えることだけどね。

 

 それにしても、天空闘技場のシステムってホント欠陥だらけだな。散々お世話になっておいて、こう言うのもなんだけど……

 グリードアイランドでクリアの懸賞金目当てだった人達って、なんで天空闘技場を利用しないんだろ。あそこの方がよっぽど手軽に大金が稼げるのに。……ま、どうでもいいか。

 

「ウラヌスも、天空闘技場でお金稼いだんですね」

「……ああ、やっぱりキミもか。

 アレ、金稼ぐ為にわざと負けたりしてると、ファイトマネーが10億に近づいた頃合いで警告してくるみたいだね」

「あっはっは……」

 

 ちゃんと検証されてまーす。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 今回、色々ゲームが出てきましたが、いずれも元ゲームがあります。細部違うところは魔改造ということでw

 ちなみに、アイシャが天空闘技場(無印・第九話)でやってた格ゲーは○OF'96と予想。






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第二十章

 

「ごっそさーん。

 あー。久しぶりにこういう料理食べたー」

 

 食べ終わったメレオロンが、くたーっと床に寝転がる。

 そんな姉の様子を、シームは嫌そうに残りの野菜をもぐもぐしながら見やる。

 

「2人とも、こうやって食べる機会ないだろうなと思ってね。

 ゲームの中に入れば、そんなに難しくないだろうけど」

 

 そのウラヌスの言葉で、わざわざ時間を割いて料理したのはそういう理由か……と納得する。誰かの家とかレストランには連れていけないもんな。

 

 分かっていたつもりではあるけど、見た目が人間じゃないというだけでも、逃亡生活を続けるのは相当厳しいだろう。……心情的には協力してあげたいんだけどな。

 

「……ねえ。ちょっと聞いて」

 

 寝転がったままのメレオロンが、腕で目を覆ったまま、声を出す。

 

「もし……

 アタシだけが捕まったとして。その時、シームってあなた達に預けられる?」

 

「……。

 …………」

 

 答えられずに沈黙していると、ウラヌスはシワを寄せた表情で、

 

「……色んな状況が考えられるから、一概には答えられない。

 仮の話、シームが手足の整形に成功した状態なら、それほど難しくないと思う。

 国際人民データ機構だと、今は行方不明扱いなんじゃないかな」

 

「そうね……

 実際、シームは死んだわけじゃないし。アタシは……死んだけど」

 

 その言葉に、私は込み上げてくるものがあった。

 

 ……どういう形であれ、記憶を持って転生した者に付きまとう『死』の経験。

 色んな形があるだろうけど、アレは……思い出して気分のいいものじゃない。

 

「アタシの場合……

 仮にハンターに捕まったとして、投降しても殺される可能性が低くないのよね。

 多分、アタシのこの能力がバレたらダメね。容易に逃亡が図れると見なされるだろうし、今まで逃げ延びてるのも悪材料になる。

 ……別に、隔離されて監視されるだけならいいのよ。シームも一緒か、せめて無事なら。

 でも、アタシとシームじゃ事情が違うから、難しいのよね……」

「…………」

 

 ネテロかリィーナにお願いして、何とかできないものか……とは考えてしまう。けれど、やっぱり難しいという現実が透けて見える。特にメレオロンは。

 

 シームの方は、実験うんぬんといった組織がどこかによって、また変わってくるだろう。彼の為にその組織をハントする必要があるのなら、実行に移してもいいと思ってる。……法の裁きに委ねられる相手なら躊躇(ためら)いはない。

 

「……おおむね首尾よくいけば、だけど。

 ここでしばらく匿うぐらいはするつもりだよ」

 

 ウラヌスが告げる。

 

「今だってそうだけど……

 そんなことしたら、あなた完全に犯罪者じゃない……」

 

 弱々しく返すメレオロン。……気にしてるんだよね、やっぱり。

 

「おいおい、俺はプロハンターだぜ。

 ちょっとやそっとのことなら、罪になんて問われないよ。

 ……キメラアント2人に同情して匿ったってのが、いったいどれだけの罪だって言うんだよ……」

 

 ウラヌス……

 もちろん本心から言ってるんだろうけど、彼が気づいていないはずがない。たとえプロハンターであったとしても、ただでは済まないことくらい。……私にも言えるけど。

 けど、ウラヌスは現実に命が危うい状態なのに、どうしてそこまで……

 私が軽くまぶたの端をこすっていると、シームは震えながら頭を下げてきた。

 

「──もし、ボクだけ捕まったら!!

 おねーちゃんのこと、よろしくお願いしますッ!!」

 

 涙声で、彼はそう叫んだ。

 ……その想いには。どうしても応えてあげたい。

 

「シーム。その時は私が……

 必ず助けに行きます。だから待っててください」

 

 私がそう言うと、メレオロンは震えた声で、

 

「待って、アイシャ……

 それはアタシの役目だから……」

 

「……だったら私は。

 もうシームが捕まらないようにします。その方がいいですよね」

 

「アイシャには悪いけど、そっちは俺の仕事だよ……」

 

 ウラヌスが、うつむき加減にそう言ってくる。すぐ首を横に振り、

 

「いや、相手次第かな……

 確実性を言えば、君が連中を逆に捕まえた方がずっといい。

 でも、殺さなきゃいけないヤツラなら……俺がやる」

 

「待ってください、ウラヌス。それは──」

 

「……相手はキメラアントじゃない。十中八九、人間だ。

 キミに殺せるのかい? そんなの」

 

「…………」

 

「……どうせ俺は、里の連中と決着をつけるからね。そっちは、殺し合いになる可能性が高い。

 今までにも、殺してやりたいぐらい、汚い連中も腐るほど見てきた。

 ……若返って力を取り戻したら、本当にそいつらを殺して回ろうかとすら考えてる。

 手を汚すのは……俺だけでいい」

 

 それを聞いて……

 私は分かってしまった。

 

 彼は……

 私なんかよりずっと。

 不幸な目に遭い続けてきたんだと。

 

 疑うのに疲れたのは……彼自身なんだ。

 

 

 

 しばらく、誰も動かなかった。

 

 時計の秒針音が響く。

 

 ふとウラヌスが、そちらに目をやった。

 

「ああ……ちょっと時間つまってきたな。

 そろそろ片づけようか。準備もあるし……」

 

 私も時計を見ると、時刻は午後9時を回っていた。あと、3時間弱。

 

「シーム。メレオロン」

 

 彼がそう声をかけると、2人ともそちらを見た。

 

「……悪いようにはしない。

 いま約束できるのは、それだけだ」

 

 言って、食器の片づけを始めるウラヌス。

 

「あ、手伝います……」

「いや、俺がやっとくよ。

 アイシャはそろそろ荷物整理を始めて。

 ……衣類とか整理しづらいだろうから、脱衣所使っていいよ」

「あ。はひ……」

 

 変な声でた。恥ずい!

 

 

 

 苦労して大きなリュックを狭い扉に押し込んで、脱衣所まで引っ張り込む。

 

 さて……

 どうしよっかな。荷物、減らさないといけないんだけど……

 少なくとも、いま着てるワンピースは着替えないとな。いつもの運動着をしばらく着るつもりだし。これ……いま着てるの、ほっといたらマズイな。洗濯しないと。

 

 ……どうせ着替えるなら、お風呂もらっちゃおうかな。

 

 お風呂の曇りガラス戸を、ガラリと開けてみる。

 

 思ったよりは大きな風呂場だった。家や道場のもかなり立派だったけど、一人で使う分には上等なサイズの浴槽が据えられている。複数人は狭いかな。シャワーもある。流石に石鹸とかシャンプーはないか……長期間、置いとけないだろうし。

 

 でも、まぁ。全然いいや。

 

 私は水場から出て、キッチンで食器洗いしてたウラヌスに尋ねる。

 

「ウラヌス。

 いま着てるのを洗濯するついでに、お風呂もらいたいんですけど。いいですか?」

「え?

 ああ、いいよ。……ていうかそりゃそうだよな。忘れてた。

 うん使って使って。

 普通のタオルと大きいバスタオルは、脱衣所のタンスの下の引き出しに入ってるから。

 石鹸とかシャンプー、リンスは、上の引き出しに新品あるから、よかったら使って」

「ありがとうございます。

 それじゃ遠慮なく」

 

 言って、私は水場に引っ込んだ。

 ……えーと、そうするとまず服脱いで、洗濯乾燥機に……って裸でそんなことするの、ちょっとヤダな。

 んー。なら先にお風呂もらって、着替えた後に洗濯?

 でもそうすると、3人とも洗濯しようとしたら、時間足んなくなっちゃうか。ゆっくりお風呂浸かりたいしなー。

 

 ……よし。バスタオルを使おう。脱衣所で服を脱ぐ。身体にバスタオルを巻く。水場で洗濯乾燥機に服入れてスイッチON。脱衣所でバスタオル取って、お風呂へGO! よし、かんぺき。

 

 

 

 ──少女脱衣中──

 

 

 

 

 

 俺が食器片付けをしてると、メレオロンがやけにニヤニヤしている。

 

「んふふー」

「……なんだよ、気持ち悪い笑い方して」

「アンタ、アイシャがお風呂入るって聞いて動揺したわね?」

「してねぇよ。風呂入るぐらい普通じゃねーか、なに言ってんだ……」

 

 無視してキッチンに洗い物を持っていく。──後ろからメレオロンも付いてきて、俺の耳元で囁いてくる。

 

「今そこで、あの子が服を脱いでるんじゃない?」

 

 俺は怪訝な目をちらりと向け、小声で返す。

 

「……当たり前じゃないか。風呂入るんだから」

「何も思わないの?

 あの子が、壁一枚隔てた向こうで裸なのよ?」

「……何も思わねーよ」

「えー。うそばっかりー」

「ああもうっ、片付け手伝わねーならアッチ行ってろ」

「ちぇー」

 

 なんなんだ、全く……余計なこと言うんじゃねーよ。気にしないようにしてんのに……

 

 

 

 ──少女洗濯中──

 

 

 

 手早く食器を片づけ終えて、俺がくつろいでると、シームが部屋の隅の方を見ながら、

 

「気になってたんですけど、あの金庫の中って……」

「ああ、アレ?

 別に大したもん入ってねーよ。カラッポのやつも結構あるしな」

「またまたー。金銀財宝がたんまり入ってるんじゃないの?」

 

 アホなことを言ってくるメレオロンに溜め息を吐きつつ、

 

「なんでそんなもん、ここに隠さなきゃいけねーんだ。

 俺はプロハンターなんだから、堂々と口座に金入れときゃいいんだよ。

 ……別にやましいことなんかしてねーんだし」

「そんなこと疑ってるわけじゃないけどね。

 でも、何を入れてるの?」

「んー……

 あんま他人に触られたくないもんかな。神字を刻んだ念の物品とか」

「あー、なるほど。

 アンタ神字ハンターだから、当然そういうのもあるわけね」

「念能力者が意識せず触ったりすると、オーラに反応して効果が発揮されるのもあってさ。中にゃ危険物もあるから。

 そういう事故の防止かな」

「ふぅん。ということは、ここってアンタ以外の誰かが来ることもあるんだ?」

「……

 その通りだけど。秘密の隠れ家ではあるけど、誰も来ないわけじゃないよ」

「へぇー」

 

 それ以上メレオロンもシームも、詳しくは聞いてこない。……ま、いいけどな。

 

 

 

 ──少女浴槽にお湯張り中──

 

 

 

「時間もまだあるし、ゲームでもやりましょうよ」

「おねーちゃん、もう大体のゲームはやっちゃったよ?」

「そう? なんか他にないわけ?」

「んー」

 

 がちゃがちゃアイシャのゲームを漁る姉弟。……別にいいけど、扱いが雑じゃねーかな。友達のゲームいじるのって、こういう感覚なのか?

 

「これ。良さげなのがあるじゃない」

「え?

 でもそれ、アイシャはやめた方がいいって……」

「何のゲーム?」

 

 メレオロンが示したパッケージイラストを見て、

 

「あー……○カポンな。

 それも怒りの○剣かぁ……」

 

 そりゃアイシャもオススメせんわな。いや、だったら何で持ってるんだって話だけど。

 

「面白いの?」

「……。ヒトによる」

「ほほー。興味湧くじゃないの。

 シーム、やりましょうよ」

「えぇー。いいのかなぁ……」

「ほら、アンタも」

「俺も?」

「アンタ、やったことあるんでしょ?

 解説しなさいって」

 

 はぁ。どうなっても知らんぞー。

 

 

 

 ──少女シャワー中──

 

 

 

「結構面白そうじゃない。どのキャラがいいの?」

「そんなの直感で選べって。

 のんびりしてると、遊ぶ時間なくなるぞ」

「じゃあボクこれー」

「お、シームなかなかエロいの選ぶじゃない」

「いいじゃん、別に」

 

 ……シーム、なかなかエグイの選んだな。俺はまぁ堅実に行くか。

 

「このゲームって、どうやったら勝ちなの?」

「一番金持ってるヤツの勝ち」

「コミカルな雰囲気なのに、欲望ド直球なゲームね……

 じゃあコイツにしよっと」

 

 あーあ、そいつ選んじゃったか。キツイと思うぞー? 教えてやらんけどな。さっき、俺をおちょくった仕返しだ。

 

 

 

 ──少女入よ……すとっぷ。

 

 

 

 

 

「はぁー。もうじきかぁー……」

 

 ゆったりとした浴槽で、存分に足先まで伸ばしながら、溜め息まじりにそうつぶやく。

 

 もう散々見飽きた自分の身体を見て……はぁぁぁ、と息が出る。

 

 ……これがね。自分の身体じゃなかったら、『おおっ』て言いたいのも分かるんだよ。

 でも、これが自分の身体だとめんどくさいわけだよ、色々と。別に誰かに見せるわけでなし……見せたいわけでもなし。

 

 まぁ修行で鍛えて絞って、自然にこうなってるんだから、維持コストなんてあってないようなもんだけどさ。……母さん譲りのこの髪だけは、ちゃんとしないとな。

 

 チードルさんは、医者の目で見抜いてみせたけど……私の身体もよくよく見ると、傷かどうか分かんない程度にはうっすら痕がある。こうやってお風呂で身体が赤くならないとちょっと自分でも分かんないぐらいの、だけど。時間が経てば消えちゃうだろうし、特に気にはしていない。触ると少し疼きがある。……ホントよく生きてたよなぁ……

 

 ……メルエム、か。

 

 彼に対しては様々な想いがある。巨大キメラアントの王。……捨て置けば、必ず人類をおびやかす最大の厄災へと成長しただろう。彼だけではなく、巨大キメラアントにはそれだけの潜在性がある。……でも、それとは比較にならないくらい、王には脅威を感じた。

 

 私との戦いの中ですら、目に見える速度で成長した、恐るべき学習能力。あれは肉体の頑強さ任せに成し得た狂気の習熟ではあった。だが、それも含めて王だ。

 

 こと強くなる速さにおいて、彼に並ぶ者はこの世には居ないだろう。合気のみならず、念能力をも含めた私の百余年に亘る研鑽に、あれだけ迫る存在はもう現れない気がする。

 

 武人として、あれだけの難敵を破ったことを私は誇りに思う。……純粋に嬉しい。私が長年培ってきた武の精髄を、あの戦いでは出し切れたんじゃないかと思う。敗北の予感に身を震わせながら、全力を揮い続けることがあれほど楽しいとは思わなかった。

 

 あの充実感は、今でも私の身のうちに残っている。

 

 

 

 それだけに──彼の未来を潰えさせてしまった、その後悔もある。

 

 

 

 もう二度と、彼と戦うことはできない。命を懸けた戦いだったから、それは当たり前だ。

 

 けれど……考えてしまう。もし、もう一度戦えば。

 

 答えは出ている。

 おそらく、勝てない。戦闘序盤においてはそれなりに与えられた痛撃も、百を越える頃にはかなり軽減されていたようだ。意図的に近似の攻撃を繰り出していたからとはいえ、アレは危険な賭けでもあった。自分とて、ネテロの百式観音を受け続ければイヤでも反応できてしまう。あの状態から再戦すれば、到底最後まで持ち堪えることはできないだろう。

 

 私もあの戦いを経て、武人として更なる成長をしたと自負している。

 

 だから、分かる。

 ……それでも勝てないだろうと。十戦して私が二本も取れればいい方だ。むしろ、あの一度限りの勝負であったからこそ、私は勝てたのだと思う。全てを──懸けて。

 

 もし、私が敗れていたらどうなっていたか……

 

 これは想像するだに恐ろしかった。おそらく私はメルエムに喰われ、最早人類には手に負えない存在へと王は成長していたかもしれない。多分、私の仲間達とネテロが、十全の状態で力を合わせて挑んだとしても、どうにもならなかっただろう。

 

 人類を代表して戦った……なんて、言うつもりはないけれど。

 

 私の敗北が、人という種において取り返しのつかない結果を生んだ可能性は……決して低くない。

 ……かと言って、私以外が戦う選択肢もなかった。彼がもう少し成長していれば、私の勝機はほとんど消えていただろう。あの時点で戦ったからこその、勝利でもあった。

 

 

 

 余の配下となれ、か……

 

 

 

 あの闘いで示された、唯一の選択肢──IF。

 

 彼にとって、アレは私に対する最大の賞讃だったのだろう。それまで戦ってきた相手に、手を差し伸べすらしたのだ。あの生まれながらの暴君が。……彼が人の作法を知るならば、手を叩き、惜しみ無く褒め称えすらしてくれたのではないだろうか。

 

 私が積み重ねてきた武の研鑽を、あれだけの存在が掛け値なしに称えてくれたことを、嬉しく思わないわけではない。

 

 狂気にすら近い感情──ではない。

 全力で修行を楽しむ。そんな狂気そのものに百年も身を委ねたからこそ、私はこの領域へと至れたのだ。……いや、もうあそこまでは嫌だけどね。ほんと頭おかしかったよ。

 

 だからこそ、だろう。

 

 彼の手を取った可能性は、微塵もない。

 

 あるとすれば、急場の一時凌ぎとしての恭順。ほんのひとときだけ彼に従う振りをする。仲間も見逃してもらう。……おそらくその先にあるのは、最早誰の手にも負えなくなった暴君に絶望する未来だけだ。

 

 もう一つは、本当に彼へ付き従う。巨大キメラアントの王国を建国し、蹂躙されていく人類を王の横に立って眺める自分──想像の埒外にもほどがある。そのとき私は、人の心など残してはいないだろう。

 

 ……なにより。

 

 決してもいない雌雄が決したように語る王を、私は赦せなかった。アレは、彼にとって最大の賞讃であり──私の武人としての矜持を傷つける、最大の侮辱でもあった。

 

 だから、微塵もない。彼とともに歩む未来など。

 

 

 

 ……そのはず、なんだけど。

 

 

 

 頭のどこかで、掠める何か。

 彼が、人の心を学んでいれば。暴君の殻を破り、他者に対する慈愛を知れば。

 王とその配下という繋がりではなく──師として彼を導き、私が知る限りの武を伝えていれば。

 彼が、王であることをやめ、一個の生命として生きる道を選んだのであれば。

 

 何かが変わったのだろうか。

 その先にあったのは、必ずしも人類にとって不幸な未来ではなかったのかもしれない。

 

 彼は、最悪の厄災に成長したかもしれない。

 

 彼は……最良の希望に成長したのかもしれない。

 

 いずれの未来の芽も……摘んだのは私自身だ。

 彼の手を取らなかった私の選択は、間違っていない。今でも、きっと同じコトをする。

 

 それでも……その選択に対する後悔は、やまない。

 ……考えても仕方のないことなんだろう。

 

 けれど……

 

 誰にも冥福を祈られることのないメルエムの魂を……

 こうして私が心を痛ませることで、少しでもなだめられるのなら……

 身を焦がすこの後悔の念を、私は受け入れたいと思う。

 

 湯船から右手を出し、彼の手を取らなかった手の平を見つめる。

 

 メルエム……

 

 武人として、最大の幸福を与えてくれた、あなたと逢えたことに……感謝します。

 

 

 

 私は、今の今まで……

 

 彼の冥福を一度も祈っていなかったことに気がつき……

 

 震える両手を合わせて、心から……祈った。

 

 

 

 メルエム……死なせてしまってごめんなさい……

 

 どうか安らかに……

 

 ありがとう、ございました……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 この章に敢えて副題を付けるとすれば、『神の祈り』────です。











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第二十一章

 

 いつもと違う、うっすら柑橘の薫り漂う髪の水気を、バスタオルで丁寧に拭き取った後。

 

 脱衣所に鎮座する大きなリュックを改めて目にし、深く溜め息を吐いた。

 

「そうだった……

 荷物整理しないと……」

 

 そもそも着替えも出してないし、私。……どんだけお風呂入りたかったんだ。

 半分諦めの境地で、私はリュックの中身を全部引っ張り出した。まず、きーがーえ。

 

 

 

 ──少女着衣中──

 

 

 

「はぁー……」

 

 いそいそといつもの運動ルックに身を包んで、ひと心地ついた後。

 

 こんもりと山になった衣類を見て、なんでこんなアホほど持ってきたのか、改めて後悔しつつ。

 

「はーいはいはいはい……

 やればいいんでしょー……」

 

 誰にともなくブーたれて、整理を始めた。

 

 

 

 ──少女整理中──

 

 

 

「んぅぅー……

 ……こまった。削れなぃ」

 

 一通り衣類を畳んで、他の雑貨品もまとめはした。

 けど、どれが不要かと言うと、どれも要る。どれも絶対要るとも言えない。優先順位がつけられないから荷物を減らせない。

 

「うーん」

 

 荷物をそのままに、裸足でぺたぺた歩いて脱衣所から出る。

 

 水場から出て、室内に顔を覗かせる。

 おや、3人ともモニターの前に固まってるな。ゲームしてるのか。……んん? 何だか3人から不穏な気配を感じるぞ。

 私は嫌な予感がしつつ、そちらへ近づいていく。

 

「お? アイシャ、お風呂あがったの?」

 

 ウラヌスが声をかけてくる。

 

「ええ、まぁ。

 その……荷物整理なんですけど。

 ちょっと荷物減らすのが上手く行かなくて、どうしよっかなって」

「あー……

 ならいいや。時間もないし、無理せずそのまま持ってっていいよ。

 洗濯してるやつ、持って行くなら詰め忘れないでね」

「あ、はい」

 

 そーだ。洗濯、まだ終わってなかった。……いま10時前か。もうちょっとかな。

 ……それはそれとしてだ。

 

 じーっと3人を見る。とっても聞き覚えのあるBGMなんだけどなー。イヤーな意味で。

 

 ウラヌスは普通の顔してるけど、メレオロンとシームの目が据わってる。

 

「……アイシャ。

 このゲーム、ひどすぎない?」

 

 メレオロンがげんなりと言う。私は警告した。それ以上のことは知らん。

 

「ぼく、おねーちゃんに本気で引っぱたかれたんだけど」

 

 シームのほっぺたに、うっすら3本指の痕がある。こらこらこら……

 

「メレオロン……」

「こいつ、クッソうっとうしいタイミングで、バスバス魔法ぶっぱしてくるから」

「だって使わなきゃ負けるもん!」

 

 あぁぁ、姉弟仲の崩れる音が……

 

「アイシャ。……デビルって、なった方がいいの?」

 

 ……メレオロン4位独走なのね。

 私が何か言う前に、

 

「俺はやめといた方がいいと思う」

 

 さらっとウラヌス。きさま、このゲームやり込んでいるな。

 

「えっと……

 ほどほどにしてくださいね。もうじきグリードアイランドですよ」

 

 私は3人に背を向け、水場へと戻っていく。

 

「シームまたテメーッ!!」

「だって!」

 

 ……なんでみんな、好き好んで友情壊そうとするんだ。

 

 

 

 

 

 アイシャが水場の扉を閉めた後。

 妙に冷めた様子で、3人がモニターを眺めている。

 

「……なんかアイシャ、泣いてなかった?」

 

 シームの言葉に、軽く首を傾げながらメレオロンは、

 

「アタシ達も結構泣いてるけどね。アイシャ、お風呂場でも泣いてたんじゃない?

 目ぇすっごい赤かったし」

 

 ウラヌスは黙っている。

 

「……湯あがりアイシャ、めっちゃ可愛かったね」

「シーム、あんたもたいがいタラシよね。

 ……否定はしないけど。

 なんかぽやーんとした感じだったし、あの子だいじょうぶなの?」

 

 メレオロンは、ウラヌスを見て尋ねる。

 

「いや、俺に聞かれても」

 

 言葉短いウラヌスを、じーっと見るメレオロン。

 

「ウラヌス。

 ……あんた、お風呂上がりの濡れたあの子見てドキドキしてるとか」

「してねぇよ!」

「ひゅーひゅー。湯あがりアイシャにドッキドキー」

 

 ここぞとばかりに煽るシーム。ウラヌスは慌てて手をブンブン振りながら、

 

「ドキドキなんかしてねぇっつってんだろ! なんなんだ、2人して!」

「えー。あんなアイシャ見て、ドキドキしなかったの?」

「別にいいのよ? 可愛い女の子に興奮しても。

 だって男の子だもん♥」

「オマエラ、マジヤメロッ!!」

 

 ドカポ○の恨みを晴らさんとばかりに責め立てる姉弟。恐るべき盤外戦術。友情破壊の真骨頂である。

 

 

 

 

 

 ひとまず荷物はリュックに仕舞い直したんだけど、二つ考えなきゃいけないことがある。

 

 一つは洗濯物。あのワンピース持ってくの? というのがある。別にあってもなくてもだけど……ここに置いてくと忘れそうなんだよね。いつ取りに来れるか分からないし。

 

 もう一つはジョイステ。グリードアイランドに持っていけるか、ちょっと気になってる。これは試してもいいだろう。ウラヌスも検証として興味持つだろうし。

 

 ……うん。全部持ってくか。

 

 乾燥が後2分くらいで終わるので、私は水場にリュックを置いて、のんきにそれを待つ。

 

 

 

 荷物を持って、ようやく室内に戻ってこれた。

 どすんとリュックを置き、

 

「お待たせしましたー。

 ウラヌス、お風呂ありがとうございます」

「うん……

 じゃあ、この後どうしようかな」

 

 ……とりあえず、○カポンやめてほしいわけですが。ウラヌスまで目が据わってきてるじゃないか。何があったんだ、この短時間で──友情破壊ですね、分かります。

 

「3人とも洗濯はしなくて大丈夫ですか?

 ……と言っても、もう時間が怪しいですけど」

 

 今は午後10時を回ってる。出発まで後2時間弱。そこまできっちり動こうとしなくてもいいだろうけど、のんびり構えるのも良くないだろう。月例大会には参加したいしな。

 

「うーん。

 メレオロンとシーム、風呂入ったら? 今着てるの洗っとくから。

 もう時間もないし」

 

 ウラヌスがそう言うと、メレオロンとシームが顔を見合わせ、ちょっと微妙顔。

 

「……姉弟でお風呂入らせるの?」

 

 メレオロンの返しに、ウラヌスがきょとんとする。

 

「なんか、おかしいっけ?」

「いや……

 別に気にしなくていいんだけどさ。アタシはもうこんな身体だし」

「あれ? そういうもんなのか」

 

 ウラヌスの反応が妙なので、ちょっと聞いてみる。

 

「ウラヌスって、誰かと一緒にお風呂入ったりしてたんですか?」

 

 うっ、と反応するウラヌス。ようやく普通の感覚じゃないことに気づいたらしい。

 

「……

 姉貴と風呂入るのが当たり前、だったから」

「……なるほど」

 

 そっか。言ってたね、お姉さんが居るって。……この2人に特別感情いだいてるのも、多分それが理由かな。んー、姉かぁ……

 

「時間もないし、お風呂も洗濯もしたいからアタシは構わないけど。

 シームは?」

「……おねーちゃんがいいなら、別にいいよ」

「言っとくけど、色気もクソもないからね。今のアタシは。

 ……ウラヌス。アンタはどうすんの?」

「俺はもういいよ。

 時間ないし、ゲーム内でどうとでも──」

 

「アンタも一緒に入らないの? って聞いてるんだけど」

 

「は?」

 

 ……なんか妙な雲行きになってきたぞ。

 

 メレオロンが口の端をゆがめながら、

 

「時間ないんでしょ。アンタもお風呂と洗濯したいんでしょ。

 じゃあアタシ達3人で入ればいいじゃん。不可抗力、不可抗力」

「はぁっ!? オマエなに言ってんだ!

 俺ぁ別にいいっつってんだろ!」

 

 慌ててるウラヌスがやけに可愛い。なんか私の方が、妙にドキドキしてきたぞ。

 

「いいじゃん、いいじゃん。

 アンタ、心は女なんでしょ? シームは同性だから問題ないし、アタシも人間じゃないからオールオッケー」

「俺がよくねぇっつってんだろ!!」

「アハハハハハ!」

 

 シームが笑い転げてる。ごめん、私も見ててスッゴイおかしい。

 

「ほらー。

 アタシ、あなたに全身整形してもらわなくちゃいけないじゃなーい……

 ぜひとも、今のうちに改めておいてもらおっかなーって」

 

 ……メレオロン、言ってることは分かるんだけど、やたら色っぽいぞオイ。言葉だけな。見た目については言うまい。

 

「そ、れは、分かるが……

 別に俺が、一緒に風呂入る必要なんざ」

「なに言ってんの。そんなの一方的じゃん。

 アンタも見せろって言ってんのよ」

「オマエはアホかぁぁぁッッ!!

 俺は自分の身体にコンプレックス持ってるって言ってるだろ!

 見せたくねぇっつってんの!」

 

「貧乳はステータス、希少価値とも言いますし……」

 

「────アイシャアァァァッッ!! オマエが言うなぁぁぁぁッッ!!

 男の貧乳の何が希少価値だぁぁぁぁッッッ!!」

 

「あっははははははッ!!」

 

 私もシームと一緒に笑い転げる。めっちゃ面白い。

 

「ほらほらー。

 言ってたら時間なくなっちゃうじゃなーい。いこいこ」

「ぅわ。ちょ、メレオロン、オマエ本気か!

 待て待て引っぱんな! おい!」

「シームー。ちょっと手伝ってー」

「はーい」

「おおおっ!? シームてめぇ裏切んのかッ!?」

「ぼくは始めっから敵でーす」

「ぎゃああああッ! 待って待って、いやいや!

 アイシャタスケテッ!」

「ゴメンねウラヌス。わたし……弱い!」

「こ、ここでそれ……!

 ほん、ヤメてぇぇぇぇッ!! きゃーッ!!」

「はーい。3名様ごあんなーい」

 

 水場の扉が開き、ばたむ。と地獄の扉が閉まった。

 

 ……なむなむ。

 

 扉の向こうから悲鳴とか聞こえるけど、無視。

 さて、ジョイステかたづけっかぁ。

 

 ……私も一緒に入った方が面白かったのかなぁ。……まぁいいや。

 

 

 

 ジョイステも片付けたし。荷物も何とか収め終えたし。

 

 うん。

 

 ……ヒマだ。

 

 広々とした部屋に私1人。……さびしいなぁ。

 

 時計は、午後10時20分。3人がお風呂上がってくるまで、まだ結構かかりそうだしな。喋る相手もいないのは困るな。今更ゲーム機引っ張り出して遊ぶ気にもならないし、退屈しちゃうよ。

 

 手持ち無沙汰で、目の前のテーブルをこつこつ指で叩く。んー、禅を組むのも何か違うしな。気分が乗らない。

 

 …………。

 

 あれよあれよと言う間に事態が転がって、こんな状況になっちゃったな。数日前まで、グリードアイランドにまた入ることになるなんて夢にも思わなかったよ。

 

 しかも会ったばっかりの3人とだ。ずいぶん長生きしてきたつもりだけど、人生なにがあるか分からないもんだな……

 

 ウラヌスは信用できる人なのは、すぐ直感的に分かったことだ。信じられるというか、優しいんだよな、基本的に。助けを求めたキメラアントにすら、親身になって面倒見てるぐらいしだし。

 

 そしてメレオロンとシームの2人。お互いを庇い合うあの姉弟愛は疑う気にもなれない。感情的になった時うっすら洩れ出るオーラを見た限りでも、嘘偽りの気配はなかった。

 

 やっぱり何とかしてあげたいな。ハンター協会が黒幕じゃないことを祈るばかりだけど……もしハンター協会を敵に回すことになったら、どうしようか。あまり考えたくもない。

 まぁ協会も一枚岩じゃないだろうし、充分有り得るんだよな……。いずれにしろ調べてみないことにはどうしようもないか。

 

 ……そういえばここ、本棚あったっけ。なにか読ませてもらおっかな。

 

 立ち上がり、本棚の方へと歩いていく。

 

 壁際にある本棚には、ぎっしりと書籍が収められていた。装丁からして高価そうな本もずらりと並んでる。これ、読んでいいのかな……まぁダメだったら謝ろう。

 

「んー」

 

 手近にあった本棚の、背表紙タイトルを視線で撫でていく。

 

 

 

『神字 その起源に迫る』

『今日から始める神字解読の本』

『神字辞典』

『神字 図解書』

『現存する神字』

『古代遺跡に刻まれし 忘れられた神字』

『遺跡文化博物館』

『出土品博物誌』

『ルルカ遺跡に学ぶ 遺跡管理マニュアル』

『一度は行ってみたい 世界遺産トップ100』

 

『全世界史』

『世界言語起源』

『東西医学発展録』

『世界の国民食』

『各国の有名家庭料理レシピ』

『命を救った保存食の手記』

『世界の宝石100選』

『世界の三大怪スコアに迫る -狂えるロンド・闇のソナタ・死出の羽衣-』

『世界地図 -1998年版-』

『新世界紀行 東』

 

『民明書房シリーズ 人といふもの』

『民明書房シリーズ 武道達人逸話集』

『民明書房シリーズ 世界の怪拳・奇拳』

『民明書房シリーズ 氣-その効用と実践』

『民明書房シリーズ 大磁界』

『民明書房シリーズ EYEこそ全て』

『民明書房シリーズ 現代麻薬集成』

『民明書房シリーズ 肉体の神秘とスポーツ』

『民明書房シリーズ 分子核構造その理論』

『民明書房シリーズ かき氷屋三代記-我永遠に氷をアイス-』

 

『武芸百般シリーズ 様々な縮地法』

『武芸百般シリーズ 柔よく剛を制す』

『武芸百般シリーズ 心源流拳法入門』

『挑戦をやめた時が 人生の終わる時』

『アイザック流 自己啓発本 -心が大事-』

『伝説の武人・リュウショウ=カザマの謎にせまる』

『天空闘技場 攻略読本』

『知られざる超能力の世界』

『浄霊 高名霊能力者100』

『除霊術入門 -宗教における作法の違い-』

 

『性同一性障害者の日記』

『ホントは危ない 性転換の罠』

『美少年手稿 -少女を演じる舞台へ-』

『女装のススメ』

『あなたも今日から男の娘 ファッション編』

『隣にある日常シリーズ 盗聴最前線』

『隣にある日常シリーズ 軍産複合体と噂される企業群』

『隣にある日常シリーズ 貧者の薔薇が咲いた都市』

『ブラックリスト 犯罪白書95年度版』

『ハッカー 電脳ページに巣食う魔物達』

 

 

 

 ……なんだこのカオス。

 

 どこから突っ込めばいいか分からないけど、異様な存在感だぞ民明書房シリーズ。これ確か信憑性的にダメなヤツだろ。氷をアイスとか完全に出オチじゃないか。

 

 あと、なんか精神衛生に悪いタイトルが見えたけど、そこは一切見ないことにする。

 

 ……ていうか、なんか人ん家のエロ本漁ってるような背徳感あるんだけど……。これ、タイトル見てるだけでも申し訳ない気がする。……とは言え、ただ待ってるのもヒマだしなぁ。

 

 うーん。どうせ読むなら、ちょっとお目にかかれない本がいいんだけど。……あ、民明書房はいいです。ネタ臭ハンパない。

 

「んー……」

「アイシャー」

 

 どきぃっ!!

 

 びっくりして声のした方を見ると、メレオロンがすっぽんぽんでこっち来た。

 

「な、な、なんです?」

「いや、そういえば着替えと洗濯物、持ってってないなーと思って。

 ……なに見てんの?」

「えっと……

 ヒマなんで、何か読み物を、と」

「ふーん。

 あ、そうだアイシャ」

「は、はい。

 なんでしょう?」

 

 ニヤーと笑うメレオロン。なんだなんだ。

 

「あいつ、穿いてなかった」

 

 ん?

 

「……何を? 誰が」

 

「下着。ウラヌスが。……普段から」

 

 んん?

 

「──え?

 えっ? ────ええええええええええええぇぇぇッッッ!?」

 

 なんっ……だと……!! 穿いてない……だと……!!

 

「やっぱり、はぁぁっ!? って思うわよね?」

「え、ええ……

 いったいどうしてですか?」

「気になるわよね? それがなかなか言わなかったんだけどさー。

 無理に聞き出したら、男物の下着は穿きたくない、女物の下着は穿きたくても穿けないって」

 

 ────やめたげてよぉぉぉッ!!

 

 他人事とは思えず、私は顔を押さえて震える。

 

「え、なんでアンタがそんな反応すんの?

 面白いと思わない? あんなヒラヒラさせてんのに穿いてないとか。ぷぎゃーはっは」

 

 ────もうやめて、ウラヌス死んでしまいますッッ!!

 

 風呂場で展開する地獄絵図を想像すると、身も凍る思いだった。

 

「あ、待たせてもいけないし行くわ。

 30分ぐらいしたら出てくるから」

「は、はい……」

 

 メレオロンはしっぽフリフリしながら、どたどた荷物を持って、水場へ消えていった。

 

 ……私もあんまり言えた義理じゃないけど、完全に女やめてるなメレオロン……

 

 

 

 ……。

 

 だいじょうぶか、このチーム。

 

 

 

 

 



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第二十二章

 

 水場の扉が開く。

 

 やたらテカテカしながら、肩にタオルかけたメレオロンが。

 おかしそうに笑ってるシームが。

 ……どんよりと負のオーラを発して、今にも死を選びそうなウラヌスが。

 

 テーブルで本を読んでいた、私のところへぞろぞろやってくる。

 

「やー! さっぱりしたー!」

 

 分かったけど、メレオロンあなた服は?

 

「アーッヒャッヒャッヒャ、ひー! もう腹筋が破けて離れるぅー」

 

 シーム、それは一大事だよ?

 

「あいしゃあ……オレもう嫁にも婿にもいけないぃ……」

 

 ……何があったのか。

 

 でもゴメンね? めそめそぷるぷるしてるウラヌス、とっても可愛いのです。言ったら死んじゃいそうだから言わないけど。しっとり濡れた桜の髪はきゅーとですよ。言わないけど。

 

 ひとまずパタンと本を閉じて、テーブルに置く。

 ただいまの時刻、11時前。出発まで、後1時間と少し。

 

「えっと……

 ウラヌス? だいじょうぶですか?」

 

「……へぇ……

 アイシャには大丈夫そうに見えるんだ……?」

 

 見えませんよ? クッションの上でふにゃりと座り込んだアナタは、のぼせたニャンコ並みの頼りなさです。

 

「アタシはいつでも行けるよー! どーんと来ーい!」

 

 メレオロンには聞いてません。服きろ。

 

「ん? アイシャ、この本なに?」

 

 シームがテーブルの上に置いた本に注目する。

 

 ──『武芸百般シリーズ 様々な縮地法』。

 

 何となく『縮地』という名前が気になって読んだ本だけど、理想論や空論が多いながら、移動一つでみんなよく考えるものだな、と感心しながら読んでいた。まぁ出来ないこと、やる意味がないことばかりだったので、退屈しのぎにしかならなかったけど。念能力の本じゃないし、それは仕方ないか。

 

「あ、ウラヌス。勝手に本読んですいません」

 

 ウラヌスはどんよりとした目でテーブルの上にあった本を見て、また視線を落とす。

 

「……うん。別に、いいよ」

 

 これ、出発延期した方がいいんじゃないだろうか……

 

 突然バッと顔を上げるウラヌス。

 

「……っ!!」

 

 テーブルの本を掴んで立ち上がり、本棚の方へと急ぎ歩いていく。

 やがて、その本が収まっていた本棚の前で立ち尽くし──

 

 ヘタりこんで、しくしくしてるウラヌス。

 

 あー、うん……何冊かあったアッチ系の本のタイトルを見られたのがショックだったんだね……スマンカッタ。いや、ほんとに。

 

 

 

「洗濯って、まだ終わってないんですよね?」

 

「……ぇ。ぅん。まぁね……」

 

 蚊の鳴くような声で返事するウラヌス。

 

 なんかで気を紛らわさないとダメだな、こりゃ……

 

 とりあえず全員外出用の格好はしてるけど、まだグリードアイランドを繋げてもいない。ちょっとまだ気が早いしな。洗濯物をウラヌスの荷物に詰めたら終わりかなー。

 

「そういえば、あちこち散らかってますけど、このまま出発していいんですか?

 お風呂場とか……」

「ぐ……」

 

 呻き声。嫌なことを思い出したっぽい。

 

「えっと、その……

 大丈夫。基本的にオートメンテが1ヵ月に1回入るから……

 石鹸とかも所定の場所に置いとけば、勝手に処分される……処分って言っても、ゴミとしてまとめて置いとくだけだけど」

 

 キッチンに行ったメレオロンが戻ってきて、水の入ったグラスをことん。とテーブルに置いた。

 その水に、なにか浮かべる。

 

「なんですか、これ?」

 

 なんとなくしたいことは分かるけど、変だぞコレ。

 レタスの切れっぱし?

 

「まだ時間あるし、水見式でもやんない?」

 

 視線をテーブルの上へ向けるウラヌス。

 

「メレオロン……

 水見式はいいけど、おまえ、レタスて……」

 

 力ないツッコミ。うん、気ぃ抜けるねコレ。

 普通は葉を浮かべてやるし、別になんでもいいんだけど、これはないかも。

 

「ふふーん。

 じゃ、アタシから行くよー」

 

 メレオロンが、レタスを乗せた水入りグラスに『纏』をする。……確かにメレオロンの『練』だと過剰オーラだから、『纏』でいいね。

 

 水の上から、フッとレタスが消えた。

 

『はぁっ!?』

 

 私とウラヌスの声が被る。シームはよく分からないようだ。

 メレオロンが『纏』から『絶』に切り替えると、レタスが再び水の上に現れた。

 

「特質……だね」

「……特質ですねぇ」

 

 見たことないよ、こんな結果。例外は特質だから、分かるっちゃ分かるけど。

 にしても、メレオロンだとこんなんなるのか。透明化しただけなんだろうか。て言うか、私のボス属性とウラヌスの目まで突破したのか。すごいな水見式、甘く見てた。

 

 ……もしかしてメレオロンなら、『隠』を相当なレベルまで鍛えられる? 普通よほど実力がかけ離れていない限り『凝』で見破れてしまうが、彼女のハイレベルな『絶』から推し量るに、オーラを隠蔽する『隠』を実用段階まで磨けそうな気がする。その利便性は、何より私が理解している。

 

「じゃ、次ぼくやりまーす」

 

 シームが挙手する。

 

「やり方わかります?」

 

 私が尋ねると、シームはうなずき、

 

「グラスに手を近づけて『練』ですよね?」

 

 言って、実際やってみせるシーム。

 

 グラスの水が、じわーっと減り始めた。

 

「んっ!?」

「へ? これって……」

 

 ウラヌスが目を剥き、私は記憶を辿る。

 

 減る……水の量が変化する、だから強化系か。でも……

 

「……珍しいな。

 確かに強化系は水の量が変わるんだが、普通増えるだろ」

 

 ウラヌスの言葉に、私も首肯する。

 

「そうですよね。減るってことは……」

 

 水を強化するから、水が増える。ゆえに強化系だ。

 しかし水見式では『水の量が変化する』=『強化系』とされている。つまり減ることもあるということだ。

 水を劣化させている、から減る?

 

「……吸収してるんでしょうか」

 

 私の推察に、ウラヌスが驚きの目を向ける。

 

「アイシャ、こういうの見たことあるの?」

「いえ……

 でも、オーラを吸収する能力は存在しますから、それかもしれないなって。

 強化系なら……オーラをよそから吸収して、自分を強化する感じでしょうか。

 あくまで予想ですけど」

「ふぅーむ」

「アイシャ、ウラヌス。これってすごいの?」

 

 シームの問いかけに少し答えを悩み、

 

「……珍しいです。

 これからシームが身につけられる念能力に、関係あるかもしれません」

「ふーん」

 

 メレオロンは、神妙な顔でこのやりとりを見守っていた。

 

「じゃ、次オレやるわ。

 ちょっと水足してくる」

 

 グラスを手に取り、キッチンへ向かうウラヌス。蛇口を捻り、しばらくして戻ってくる。

 ことんとグラスを同じ位置へ置く。

 

「……そういえば、ウラヌスは無系統だって言ってましたね。

 どうなるんですか?」

「ま、見ててよ」

 

 言って、ウラヌスはグラスへ『纏』をする。

 

 グラスには、何も変化がない。

 

 水の量に変化なし。水の色に変化なし。

 水の中には何も現れず、乗ったレタスはそのまんま。

 

「……ちょっと失礼」

 

 私はグラスの水に人差し指を付け、それを舐める。……ただの水だな。

 ウラヌスは『纏』を続けているが、これといった変化は現れない。

 

「なるほど、確かにこれは無系統と呼べますね……」

 

 オーラを当てた水が何の変化もしないというのは、よっぽどオーラが微弱でない限りはありえない。無論ウラヌスは『纏』であっても、そんなレベルの顕在オーラじゃない。

 

「これって、どういう理屈か分かります?」

 

 こういうことはちゃんと調べてそうなので、私はご本人に尋ねてみる。

 

「オレも確証はないけど……

 全ての系統の変化が起きようとして、でも全てが拮抗してるから変化がないんだと思う。変な例えだけど、右手と左手が押し合って、その場で留まってる感じかな」

「はぁ……なるほど」

 

 クラピカの緋の眼──『絶対時間/エンペラータイム』の全系統100%でも、水見式では特質系だからな。水の色が変わって、葉っぱが回っていた。本当に根っからの無系統だとこうなるのか。

 

「ちなみに、これが『練』だとこうなる」

 

 ウラヌスはグラスに両手を向けたまま、『練』でオーラを放った。

 

 グラスの水がゴボゴボゴボッと溢れ、水は赤く染まり、小さな赤い粒がポコポコ現れ、レタスが二つに割れた。割れた後、その場でグルグル回る。

 

 おおぉい、なんだこの怪奇現象。

 

 ウラヌスは『練』をやめ、グラスから手を放す。

 溢れるのをやめたグラスの水に指を付け、また舐めてみる。

 

「……うっは、しょっぱー!」

 

 思わず変な声出た。すっごい塩っからい。なんの味だコレ。毒じゃないだろうな?

 

 ……ていうかすごいな、6系統が全部出てきてるのか。

 拮抗状態が限界を越えると、こんなことになるんだ……

 

「な、面白いだろ?」

 

 ウラヌスが苦笑いしながら聞いてくる。

 

「なんて言うか変態チックよね」

「おぉい!」

 

 メレオロンの指摘も、あながち的外れじゃない気がするな。でも、ウラヌスを変態って言うのはやめてあげて? ……真の変態はそんな生易しくないから。

 

 うん。この3人、面白い。鍛えたらスゴイ特殊な念能力者になりそう。まぁウラヌスはある程度完成してる気もするけど……。シームは原石だな。どんな念能力者になるやら。メレオロンはせっかくのオーラを、応用技で活かした方がよさそう。

 

 ……でも私、1ヵ月の『絶』だから、念能力は指導しづらいんだよなー。仕方ないけど。どの道【天使のヴェール】を使いながらだと、やりづらい部分はあるんだけどね。

 

 メレオロンが、溢れた水の中にある赤い粒を一摘みし、

 

「ウラヌス、この赤い粒なんなの?」

「うーん……

 何かのツボミみたいなんだけど、なんだろ。

 すぐダメになるし、植物なんて種類が多すぎて、どう調べればいいか良く分からん」

「ふーん。……あむ」

「おいおい、食うなよ。

 腹壊しても知らないぞ」

「んー……塩っからー」

 

 渋い顔のメレオロン。私は含み笑いし、

 

「それは水がカラくなってるから、その味でしょうね」

「っと、ちょっとテーブル拭くわ」

 

 ウラヌスは立ち上がり、キッチンではなく、水場の方へ向かう。

 水場に入り、戻ってきたウラヌスはタオルを持っていた。そのタオルでテーブルの赤い水やらをぎゅぎゅっと拭き取る。

 テーブルのグラスを持ってキッチンへ行き、水を捨てた。蛇口をひねり、再びグラスに水を満たす。

 戻ってきて、ことんとグラスをまた置いた。新しいレタスのカケラを1枚浮かべる。

 

「では、アイシャどうぞ」

 

 ウラヌスが促してくる。……まぁここまで来て、私だけ晒さないわけにはいくまい。

 できるだけ静かに『纏』をし、右手の人差し指だけグラスに近づける。

 

 水が渦巻き、レタスが水中へぐるぐる回りながら沈んでいった。

 

 あー。いま私がやると、こんなことになるのか……

 なんかグラスの底で、ぐるぐるぐるぐるレタスが踊ってる。てか渦巻き怖いな。

 

「うーん。特質なんだろうけど……

 こうまでおかしなものを見せられると、特質? って感じだな」

「えー。ウラヌスに言われたくないですよ」

「……しっかしまぁ、揃いも揃って、まともな水見式じゃねぇな。

 なんだこれ?」

 

 テーブルに頬杖して、おかしそうに笑うウラヌス。

 視界の端で、メレオロンが器用にこちらへウィンクしてくる。

 うん。まぁ……

 元気付けてくれたんだろうけど、そもそもアナタお風呂場でどんな目に遭わせたの……

 

 

 

 洗濯も終わって、一通り荷物を全員がまとめ終わり。

 雑談をしたり、体調を整えたりと、それぞれが心身を良好な状態へと持っていき。

 

 ウラヌスは、いよいよグリードアイランドを、モニターに接続した。

 

 午後11時45分。

 

 私のポケットには、ジンに押し付けられた指輪とメモリーカードが収まっている。特にメモリーカードは他のカードと混ぜるわけにいかないから、ぎりぎりまで出さないつもりだった。何か目印を付ければよかったんだけど、適当な物が手元にない。もうリュックを開けたくないし。

 

 グリードアイランドが入っている、ジョイステーション。今も念で覆われている。

 

 プレイヤー1側にマルチタップ、今はまだ1枚もメモリーカードは刺さっていない。

 プレイヤー2側には、本体に直接メモリーカードが1枚刺さっている。

 本体のかたわらには、新品のメモリーカードが3枚置かれている。

 

「……これって何なんですか?」

 

 シームがモニターを指差して尋ねる。

 モニターの画面右下には『Now playing』の表示が出ている。まあ、これを聞いてるわけじゃないだろう。

 

 画面中央には、プレイヤー1人が大きく表示されていた。中央左寄りに、やや線の細い男性の顔が表示されている。その右側に枠が表示されているけど、その枠の中には文字も何も表示されていない。念能力者でない者が見れば、その画面が目に映ることになる。

 

 でも、シーム以外の私達3人には、そこに別のものが見えていた。

 

「これは目を『凝』らさないと見えないものですね。

 今のシームには残念ながら見えません」

 

 私がそう説明する。ウラヌスが続けて、

 

「こいつは、今プレイヤー2のメモリーカードでプレイしてるやつのパーソナルデータだ。

 表示されてる情報は枠内の上から、プレイヤー名、最終ログイン日時、ログイン回数、指定ポケットカード所有種類数、だな」

 

 その説明を聞いて、シームが首を傾げる。

 

「……足りなくないですか?」

 

 苦笑しながら、ウラヌスは首肯する。

 

「その通り。

 シームが見ても分かる通り、枠は5つ。でも表示されてるのは上4枠ぶん。

 下1枠には何も表示されてないよ」

 

 全員が押し黙る。

 大した意味はないのかもしれないけど、気にならないと言えば嘘になるな。

 

「……その様子だと、アイシャも知らないんだよね?」

 

「ええ。その……

 そもそも私は、この画面を見るのも初めてなんですよ。

 ……厳密には『凝』をして見るのは初めて、です」

 

 予想通りというか、ウラヌスが意外そうな顔をしてくる。うぅ……

 

「えっと……

 私が最初に入った時って、実際入れるかどうか分かんないとか、色々余裕がなくて。

 恥ずかしながら、さっきシームに聞かれてようやく『凝』をしました……」

 

 なんだろなぁ……。弟子には散々、念を甘く見るな、念能力者との戦いは注意を怠るな、と言っておいて、ことグリードアイランド関連だと私グダグダなんだよね。みんなにどれだけ迷惑かけたか……

 

 いや、仕方ない。私も人間、苦手なことの一つや二つや三つはある。……あるのだよ!

 

 ウラヌスは、小さく苦笑を浮かべ、

 

「……アイシャも、いちいちそういうこと気にせず。

 シーム。ていうか、みんなもちゃんと覚えといてくれ。

 このパーソナルデータ、『プレイヤー名:アーカ』『最終ログイン:1996/5/10』『ログイン回数:1』、『指定ポケットカード所有種類数:0』……

 まぁ現実に帰還することを諦めたプレイヤーだな。

 もしコイツが『離脱』のスペルカードを使うと、この地下室へ飛んできちまう」

 

『あ。』

 

 私とメレオロンが反応。シームはいまいち分からず。

 

「滅多なことでコイツが戻ってくることはないと思うけど、港からでなくスペルで戻ってこられると、ここの安全性が担保されなくなる。

 なにより、プレイヤー2の枠がごそっと開くから、グリードアイランドを本体ごと高く売れちまうしな。言うまでもなく、そんな懸念は早く消したい。

 だから『アーカ』ってプレイヤー名を見つけたら、すぐ知らせてくれ。交渉して港から帰らせる」

 

 ……はぁーっ。よく気がつくなぁ、そういうこと……

 

 そっか、それでホントは必要ないのに、わざわざモニターに繋いだんだ。

 

「さて……そろそろ各自、靴を手元に置いてくれ。

 グリードアイランドへ行く前にちゃんと履いてくれよ」

 

 言ってウラヌスは立ち上がり、土足厳禁と告げて脱がせた靴の置いてあるところへ行く。私達もならって取りに行く。

 

 

 

 午後11時50分。

 

 

 

 みんな、静かに時が過ぎるのを待っている。

 

 3人がオーラを高ぶらせているのを肌で感じながら、自分が気絶して眠りにつくことに、不安と申し訳なさがにじんでくる。

 

 ……分かってる。私にグリードアイランドへの適正はないんだ。仲間には必ず、小さくない負担を強いることになる。

 

 それでも、行くと決めた。

 

 それでも、連れて行くと言ってくれた。

 

 強い謝意はあれど、迷いはない。……私が気を失っても、彼らになら委ねられる。

 その覚悟に、揺るぎはない。

 

「はぁー……

 まあ、なんだ」

 

 緩んだ顔で、ウラヌスは後ろ頭をかきながら声を出す。

 

「これから俺らは遊びに行くんだ。

 ……楽しんでこーぜ」

 

 彼がみんなへ振りまく笑顔を見て。

 

 私は、この人と友達になれて、本当によかったと思えた。

 

 

 

 午後11時55分。

 

 

 

「アイシャ。

 ……前回、オーラが枯渇するまでにどれぐらいかかった?」

 

 ウラヌスの質問に、私は難しい顔をし、

 

「……ごめんなさい。正確な時間までは……

 おそらく数分程度を要したはずです」

「……うん。分かった。

 0時ちょうどになったら始めて。まずはキミから。

 その後、すぐオレが。

 ……シーム、メレオロン。

 2人が入る順番は任せるけど、もし移動した後の荷物が一部こっちに残ったら、それが何か教えてくれ。ゲーム内に持っていけなかった物が何か知りたい。

 それと、必ずメモリーカードを差してから入ること。

 じゃないとセーブできなくなるから。いいね?」

 

 ウラヌスの指示に、2人がうなずく。

 流石に荷物の量が量なので、2つあるリュックは2人に分けて運ぶ。私は除外されてるから、ウラヌスと、もう1人先に入った姉弟のどちらかが持っていくだろう。

 

 グリードアイランドの特殊なゲーム性──念能力の性質上、どんな物でも持って入れるわけではないんじゃないか、というのが私達の見解だ。

 

 たとえば、グリードアイランドのゲームソフト。……これを持っていけると、グリードアイランドからグリードアイランドに入るという珍現象が起こせる。それはまず無い。

 

 念能力によって具現化したものも怪しい。それが出来るとズルできるアイテムを作って持っていけてしまうかもしれない。念能力は本当に奥が深い。何ができるか、その全貌を知る者は誰もいない。ゆえにそれらは、しっかりガードされて持ち込めない可能性がある。

 

 ……なにせ私自身が、自分の念能力でガードされて入れないのだ。まぁうんざりする。

 

 

 

 午後11時58分。

 

 

 

「……私がゲーム内への移動を試みる際は、【天使のヴェール】を使い、全開の『練』を行って、【ボス属性】で断続的にオーラを減少させます。

 数分というのはあくまでも以前の話なので、今回も同じとは限りません」

 

 私の説明に、やや険しい表情で耳を傾けるウラヌス。

 

「おそらく途方もない消耗速度だと思うけど……

 キミはそれ、大丈夫なんだね?」

 

 返事に窮する。……もう、今さら嘘はつけないだろう。

 

「途中までは……

 後半はかなりキツかったと記憶してます」

「そうか……

 もし異変を感じたら、すぐ中断してくれ。失敗はしたくない」

「……はい」

 

 そう答え、私はゲーム機の前であぐらをかいたまま、靴を履いた。

 履き終えた後、右手の人差し指に、ポケットから取り出した指輪を填める。

 プレイヤー1のマルチタップの一番左に、ジンから預かったメモリーカードをしっかり挿入する。

 

 静かに、その時を待つ。

 

 

 

 

 

 2000年9月15日、午前0時0分0秒。

 

 

 

「……始めます」

 

 呼吸を改めて整え、あぐらをかいた姿勢を崩さず、ジョイステーションへ両手をかざす。

 

 ──『練』。すぐに、全開まで引き上げる。

 

 急激に減少するオーラ。【ボス属性】と【天使のヴェール】の相乗効果で、莫大な量のオーラが飲み込まれていく。恐らくはかつてのどんな強敵との戦いよりも激しい消耗に、心身がじりじり締められていくのを実感する。今はまだ、大したことないけど……

 私の生命力精神力をその目で見ているであろうウラヌスが、なかば青褪めながら、それでも黙って見守っていた。

 

 

 

 午前0時5分。

 

 

 

「ふーっ、ふーっ、ふぅー……」

 

 かなり息が切れてきた。全身から湧いてくる汗もかなりの量だ。

 一切緩めずに行っている『練』を、気力で維持し続ける。

 そして私を見ているウラヌスも、額に汗を浮かべながら私を凝視し続けている。

 何かをつぶやき始めたけれど、今の私には聞き取れない。

 

「……3秒ごとに約15000消費、あと24……23……22」

 

 彼が何か叫んだ。

 

「メレオロン、風呂場からバスタオル3枚!

 急いで!」

 

 走っていく音。私は意識を逸らさず『練』を続ける。

 

「……14……13……12……」

 

 ようやく彼が何を言っているか、私は理解した。

 

 彼はボス属性が発動する度にカウントし、後何回でオーラが枯渇するか数えているのだ。その目の力で、私の生命力精神力の減少から割り出してみせた。

 その数の減少に合わせ、急激に呼吸と意識が重くなっていく。もう全身汗で濡れてない箇所はないだろう。床の上にもボトボトと滴って水たまりになっている。

 

「……6……5……4、ぁ。

 

 ────アイシャ、ストップ!!」

 

「ッッ!!」

 

 遠ざかりかけた意識に冷や水。全身が急激に凍りつく感触に、『練』が解けてしまった。

 

「ぜっっぜぇっっ。

 ぜぇーぜぇー、はぁーはぁーっはぁーっはぁぁー……」

 

 とても呼吸を整えられない。それでも、こんな状況で制止した理由を問う為、暗くなりかけている視界をウラヌスへ向ける。

 

 彼は、力の入らない私の身体をしっかり掴んで。

 

 ゆっくりと、横倒しに寝かせた。

 

「ごめん、アイシャ……

 今、ギリギリで気がついた。

 ……この姿勢でも、同じように『練』できるかい?

 気絶した時に、頭を打たないようにしないと……」

 

 

 

 あぁ……

 

 なんでこの人は、そんなことに気づいてしまえるんだろう……

 

 優しすぎて、泣いちゃうじゃないか……

 

 

 

 彼の想いを……無駄になんかしたくない。

 

 私は、震える手を伸ばし、最後の力を振り絞る。……見える世界が、黒く沈んでいく。

 

 

 

 

 

 ……ふわりと。

 

 とてもここちよく、いしきをてばなした……

 

 

 

 

 



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シソの木編 2000/9/15
第二十三章


 

 ついにアイシャの身体が光に包まれ、ゲーム機の前から消え去った。

 

 モニター画面右下表示が『Now loading』に切り替わる。

 

 間違いなく、アイシャはゲーム内への移動に成功した。

 

 迅速にリュックを背負い、自分のメモリーカードをマルチタップに差す。メレオロンが差し出したバスタオルの束を受け取り、

 

「2人とも、荷物の取り残され状況だけ確認頼む。

 先に入った方が、アイシャのリュックを持ってくること。

 必ず、メモリーカードを差してから『練』。

 できるだけ早く来てくれ」

 

 メレオロンもシームも、言葉なくうなずく。

 俺は躊躇なく、ジョイステーションへ『練』をしながら触れた。

 

 約3秒後、視界が一瞬光り、暗転する。床の感覚が消え、そのまましばらく続く浮遊感。

 

 

 

 すぐ視界が回復する。

 

 床にいくつもの円を描いた模様。何度か見た景色。

 

 

 

 目の前に────力なく横たわる、少女の身体。

 

 

 

「アイシャ……!」

 

 声をかける意味がないことは分かっていても、自然と口をついた。

 

 すぐさまリュックを下ろし、彼女の容態を見る。

 

 分かってはいたことだが、あれだけ漲っていたアイシャの生命力と精神力は、見る影もないほど衰えている。生命維持に問題はない……はずだ。その程度には残っている。

 

 けれど、急激な損耗に心身が耐え切れたかは別だ。

 

 聞く限り、オーラ枯渇はこれで二度目。彼女の膨大極まるエネルギー量に改めて身震いしながら、それだけにその支えを失った彼女がどうなったか、気がかりで仕方ない。

 

 慎重に、彼女を仰向けに寝かせる。後頭部に畳んだバスタオルを敷き、髪の毛や頭皮を傷めないよう、彼女の美しい黒髪を身体の横へと流す。後ろ髪をまとめる白いヘアゴムの位置を、少し調整する。

 

 ……意識はない。汗まみれになったその表情は、思ったよりずっと穏やかだった。

 まだ呼吸は荒いが、少しずつ落ち着いてきてるように聴こえる。彼女の身体の躍動が、緩やかに静まっていく。

 

 2枚目のバスタオルで、彼女の顔の汗を丁寧に拭き取る。白い額に貼りつく黒髪。……不謹慎だけれど、本当にこの子は愛らしい。こうして無防備に寝息を立て始めた姿を傍で見ていると、そういった感情をほとんど持たない自分でも、何かくすぶるものを感じる。

 

 自分も知らず掻いていた汗を拭く。彼女の汗を拭いたタオルでうっかり拭いてしまい、ぅわッとなる。やばい……すごい良いニオイする。何で俺と同じ石鹸やシャンプー使って、こうも違うの?

 

 背後に気配が現れた。慌てて顔からタオルを離し、

 

「──ウラヌス、アイシャは!?」

 

 メレオロンの方を振り向き、

 

「静かに。

 ……多分もう、容態は落ち着いてる。

 睡眠導入の段階だと思うから、そっとしておきたい」

「うん、分かった。

 ……遅くなってゴメン」

 

 そういえば来るのに時間かかったな、と思っていると、メレオロンはリュックを降ろし、その上にバスタオルを更に何枚も置いた。持って来てくれたのか……

 

「あんたも汗びっしょりよ。風邪引かないうちに拭いて。

 ていうか、着替えて」

「う……」

 

 ずけずけ言ってくれるなぁ……俺の羞恥心をなんだと思ってるんだ。

 いや、うん。分かってるよ。恥ずかしがったら思う壺なんだろ……はぁもうヤダぁ……

 自分のリュックから、力ない手付きでごそごそと着替えを漁る。いま着ているのと同じ柄の白いワンピース。……着替えるのか、ここで。

 

「ウラヌス。

 あんた、よく自分の格好見なさい。……見えちゃいけないものが見えそうよ」

「……ッ!!」

 

 汗まみれで身体に貼りつくワンピースが、指摘通りの状態になりかかってることに気がつき、慌てて新しいワンピースとバスタオルを掴んで、壁際へ走っていく。

 

 う……くそ。やっぱりメッチャこっち見てる。部屋そんなに広くないんだよな……

 

 …………仕方ない。まさかこのままってわけにもいかない。

 ぐぅぅぅ。このハンパな状態がうらめしいぃぃぃ!

 

 覚悟を決めて、ワンピースを一気に脱ぐ。急ぎ、全身の汗を拭き取りにかかる。

 

「あっ、おねーちゃん。

 アイシャ、どうしたの!?」

「しっ! 静かに」

 

 背中越しにシームの声。やばいやばいやばい急げ俺の身体マッハでやばい!

 ばたばたしてると、シームの視線もこちらへ向いたのに気づいた。ぎゃああああーッ!!

 バスタオルを放り捨て、どたどたしながら新しいワンピースを身体に通す。ぅわ、ひっ……ひっかか、通れ通れ、うぉぉぉっ!

 

 …………。ふぅぅぅぅー。うん……まぁサッパリしたよ。

 

 べちゃべちゃのワンピースとバスタオルを拾い上げ、何食わぬ顔で3人の元へ歩く。

 

「あんた、もう全身くまなく見られてるんだから、今さら恥ずかしがらなくたって」

 

 ────言うなぁぁぁぁぁッッ!! アレは一刻も早く消去したい記憶だぁぁぁッッッ!!

 

 一歩も動けず、顔を押さえてうずくまる。

 ぐぎぎ、くっそぉぉ……生まれて初めてだよあんな辱め……

 

 羞恥に震えながら、かろうじて顔を上げる。

 シームがにっこりと俺に笑いかけ、

 

「ウラヌス、穿いてないとか結構大胆だよね」

 

 ────きゃあああああああああああああッッッッッ!!

 

「……シーム。あんたトドメ刺さない」

 

「え、なんで? すごいじゃん」

 

 ────やめ、やめて、もうやめてぇぇぇぇぇぇッッッッッ!!

 

 

 

「すごいねぇ……これ、ゲームの中なんだ……」

 

 ただ純粋に感動の声を上げるシーム。

 ようやくぷるぷる小動物状態が抜けてきた俺は、改めて周囲を見やる。

 

 床の中央には、いくつもの円を重ねた模様。

 

 壁と天井は、全面に幾何学的な模様がびっしりと張り付いている。黒を基調に、模様が青白い光を放っており、四方開きの扉が一つある。

 

 何度も訪れた部屋だ。────グリードアイランド、始まりの部屋。シソの木の内部だ。

 

「……戻ってきた、か」

 

 立ち上がり、3人のそばへ行く。

 

「メレオロン、シーム。

 荷物どうだった?」

「アタシは大丈夫だった。荷物は全部移動したみたいよ」

「うん。ボクが見た時も、何も残ってなかった」

「……そっか。よかった」

 

 試しに色々持ってきたんだが、思ったよりは許容されるか。……人数いるってホントに助かるな。俺1人じゃ確認が難しい。

 

「……この子、ずっとここに寝かせておいていいの?」

 

 メレオロンが、アイシャを気遣わしげに見つめながら尋ねてくる。

 

「……。

 いや、部屋の壁際へ移動させよう。

 もし他のプレイヤーが来た時、できるだけ目に付かないようにしたい」

 

 彼女の秘密が露見することは、俺達にとってもデメリットしかない。何より『守る』と約束した内容に、間違いなく『このこと』は含まれる。

 

 改めて、アイシャの生命力と精神力をこの目で見る。……微弱ながら、穏やかに巡っている。もう気絶状態は終わったのだろう。睡眠に入ったことで、僅かずつ回復が始まったようだ。

 

 リュックの上にあるバスタオルを3枚掴んで、部屋の壁際まで歩く。その辺りに1枚を折り畳んで枕状に、2枚を重ね広げて敷いた。

 

 眠り始めたアイシャの元へ戻り、しゃがみこむ。

 身体の下にそっと手を差し入れて、できるだけ慎重に、少しずつ持ち上げる。

 

 ……こうして触れると、ほんとシャレになんないぐらい良い身体をしてることが分かる。抱っこし心地よすぎるよ。ああ、うらやましい。このふんわりたっぷり柔らかい身体が、ほんとにうらやましい……

 

 くだらないことを考えながら、彼女を壁際にまで運んで、そっと静かに寝かせる。髪や頭皮に負担がいかないよう、長い黒髪をうまい具合に身体の横へと流す。この子にしては珍しく飾り付けている白いヘアゴムが、黒髪に映えて似合ってるな、などと余計なことを考える。

 

 ひとまず起こさずに済んだようだ。気絶状態ではないだろうが、それでも衰弱していることに変わりはない。当分は揺すったところで目覚めたりはしないだろう。ただ、眠りを浅くする可能性があるから、余計なことはしたくない。

 

 いや……

 

 メレオロンとシームが、置いたリュックを持って自分達の方へ歩いてくる。

 

「ねぇ、その子……」

 

 メレオロンが言いかけて、俺の顔を見つめる。

 目を逸らし、眠る彼女の身体を見る。

 

 どうしよう……

 

 気づかないふりをしたかったけど……そうもいかないか。

 

 アイシャの運動着が、全身汗まみれでべったり貼り付いてるのだ。顔は拭いてあげたが、さっきの俺以上に汗だくなので、放っておくと風邪を引くかもしれない。おそらく眠っている彼女自身も不快だろう。安眠妨害になりかねないし、このままにするのは可哀想だ。

 

 アイシャのリュックを調べれば、着替えはあると思う。

 

 ……問題はその後だ。

 

 脱がす? 全身の汗を拭く? リュックから下着を含めた着替えを取り出す? 着替えさせる?

 

 誰がするんだ、それ……

 俺は医者じゃないんだぞ。シームには荷が重いし、消去法でメレオロンなんだろうけど……

 視線を向けると、予想通りのニヤニヤ笑いを返してくるメレオロン。知ってた。

 

「さて、どうする? この子、このままにしておけないわよね?

 アナタがする? アタシにさせる?」

 

 こいつ悪魔や……カメレオンの姿した悪魔や……

 

 同性だからというのは、何の好材料にもならない。さんざ風呂でいたぶられた俺だから分かる。こいつ絶対イランことする。汗拭きと着替えだけで済ますわけがない。つうか、ホントに女かコイツ……

 

「あなた、心は女なんでしょ?

 じゃあいいじゃない。お服を脱がせてぇ、身体ふきふきしてぇ、着替えさせてあげれば。

 彼女もゆるしてくれるわよ」

 

 ……それはオメーの決めることじゃねぇよ。場合によっちゃ一生なじられるよ。もしも途中で起きたらガチでオレ首つるわ。

 

 ……真面目な話、きちんとケアはしてあげたい。彼女に異常があれば、それに気が付く可能性が一番高いのは俺だ。

 

 ただ……

 

 それを躊躇う理由は一つだ。アイシャの裸を見たい、という欲求が自分の中にあるのは自覚している。うらやましい気持ちが半分、もう半分は……

 

 その欲求がある以上、純粋にケアだけしたいと言えば嘘になってしまう。彼女の信頼を裏切るような真似はしたくない。……アイシャは間違いなく委ねてくれたんだ。気絶している間の自分のことを。俺達に。

 

 メレオロンがくすくす笑っているのが聞こえる。

 

「まったく、真面目ちゃんね。

 着替えさせたのはバレちゃうだろうけど、実際はあなたがしても、この子にはアタシがしたって言えばいいじゃない。

 その方が理に適ってるでしょ?」

 

 ……それを信用しろって? むしろ弱み握られるようにしか思えねぇんだけど?

 

 ……。

 

 虫のいいこと考えてるんだろうな、オレは。どうすべきかなんて分かってるじゃないか。

 

「……いや、いい。

 俺がする。俺がしたと言う。アイシャに嘘をつきたくない」

 

 メレオロンは穏やかに笑んでみせた。

 

「そ。じゃあ、お願いね。

 ……シーム。しばらく2人のこと、見ないであげて」

「うん。分かった」

 

 2人は逆の壁際に歩き、壁に向かって座る。

 見ていると、何やら雑談を始めた。

 

 ……やりゃいいんだろ、やりゃあ! クソッ!

 

 改めてアイシャの身体を見る。

 うん、俺しばらく自分が男だってこと忘れる。じゃないと多分最後まで(も )たない。

 

 ……。

 

 まず、アイシャのリュックを開けて、着替えを出すところから、か。

 アイシャのリュックの上にあるのを含めて、未使用のバスタオルは2枚しか残ってない。メレオロンのファインプレーでかなりたくさんあったが、もうこれだけしかない。

 

 ……うん、まぁやるか。

 上のバスタオルを横によけ、アイシャのリュックを、慣れない留め金を外して、開く。

 

 リュックの中身。一番上に、ジョイステーション。

 

 ……持ってきたのか。持ってこれんのか。どっちもビビるわオイ。ゲーム内にゲーム機持ってくんなや。これ絶対ソフトも入ってるな。

 いやまぁ、検証としては面白いけど、カオスすぎるだろこれは……

 

 ……それはいい。どうでもいい。えっと、アイシャの運動着があればそれを出して、後……ブラと……肌着は? ん、あるな。つか薄いな。

 ……。男物の下着があるんだけど、これは……そういうことか、そういうことなのか? 女物の下着は? 探せばあるのか? ンなことしてたら俺の精神力が音立ててガリガリ削れるんだけど。

 

 

 

「ふぅー……」

 

 ……なんとか着替えは取り出せた。

 

 とりあえず今アイシャが着ているのと同じ、運動着の上下。

 スポーツブラ。……男物の下着。あと薄っぺらい肌着。こんだけか。できるだけ、いま着てるのと同じにしてあげたいから……まぁ脱がさないと分からんな。

 

 むしろ、本番はこっからなんだよな……いや、本番という表現いくない。着替え着替え。

 

 ……汗拭きもしないとだしなぁ。うぅぅ、お願いアイシャ、目を覚まさないでね……

 

 なかば祈る気持ちで、彼女の運動着のチャックを、少しずつ下ろし始めた。

 

 

 

 心を平静に(たも)つことのみに全力を注ぎながら、服を脱がせた彼女の汗を拭き取ることに専念する。まだ全身が紅潮しているアイシャの身体は、その……たとえようもなく、綺麗だった。異常がないか凝視せざるを得ないから気づいたんだけど、ちょっと奇妙に感じた箇所がある。

 

 よくよく見ると、うっすら腹部を中心に傷跡のようなものが浮かんでいる。……これはおそらく致命傷レベルの重傷を治療した痕跡だ。普通なら死んでいたのではないだろうか。手足にも相当な傷を負った痕が、やっぱりうっすらと見える。それも傷が癒えてからまだあまり時間が経っていない様子だ。そこまで分かるのは、丁寧に汗を拭いてるからだけど……

 

 彼女がそれほどの手傷を負う相手、というのがイメージできない。正直この子より強いやつっていんのか? 最強の念能力者と謳われるネテロですら──戦ったり共闘したことあるから分かるけど、この子そんなレベルじゃねーだろ絶対。

 

 ……ゴンが話してた、巨大キメラアントの王、か。他にいないだろうしな。

 

 このアイシャのオーラに倍するというのが、どれほど絶望的な強さなのか、まるで計り知れない。メレオロンから聞いたことだが、巨大キメラアントは身体能力や強度において人間の比ではなく、それが王ともなれば、どれほどの強度であったか想像すらできない。

 

 彼女が尋常じゃない鍛え方をしてるのは、これだけ見ていれば分かる。あのオーラ量を支える肉体だ。それに伴い、驚異的な水準にあることは容易に想像がつく。一度手合わせしたが、彼女が本気を出していれば、オレは10秒と(も )たなかっただろう。衰弱状態に近いオレの身体能力は、この4人の中で間違いなく最低だ。オーラなしでは通常の長時間運動にも事欠く。

 

 そのアイシャに重傷を負わせた、キメラアントの王。不謹慎ながら一度見てみたかったもんだ。暗黒大陸を含めても、世界最強の生物だったのではないかと思う。

 

 それに勝つアイシャは、最早なんなんだとしか言えないが……

 

 

 

 ────全身の汗を、バスタオル2枚で丁寧に拭き終え。

 

 起こさないように細心の注意を払いながら、服を一通り着させる。肌着は着てなかったので、やはり着せずにしまいこんだ。

 

 昏々(こんこん)と眠るアイシャは、ずいぶんと落ち着いた様子だった。汗を拭いて、着替えさせた甲斐はあったのだろう。健やかな寝息を立てて、全身を弛緩させている。体内の生命力もやや増してきていた。オーラは全く感じないけど……やっぱり強制『絶』なんだな……

 

 汗だくになった彼女の服を丁寧に折り畳み、比較的汚れていないバスタオルに包んで、彼女のリュックに詰め直す。

 

「ふぅ……」

 

 がんばったオレ。ホントがんばったオレ。もう今の時間の記憶なくしたい。色々網膜に焼きついてるわ、やわらかい感触が残ってるわ、思い出すだけでアイシャに申し訳ない。ああいうトコやこういうトコ拭いた時にアイシャがちょっとあげた声とか俺のドタマぶん殴って消し去りたい。脳髄に直撃するような甘酸っぱい芳香が、ガチでシャレになんない……何度自分の鼻もぎたいと思ったか。

 

 2人がこっちに歩いてくる音。

 

「お疲れさん」

 

 メレオロンが言ってくる。

 

「……見てたな」

 

 じゃないと、こうもタイミングよく来ないだろう。

 

「ずいぶん時間かかってたし、チラチラとね」

 

 ……気づいてたよ。凝視してたわけじゃないから、文句言わなかっただけで。それドコじゃなかったしな。

 

「えーと、うん。

 ごめん……」

 

 なぜか後ろ頭をかきながら謝罪してくるメレオロンに、怪訝な目を向ける。

 

「なに謝ってるんだ?

 ちらちら見てたぐらい、別にいいよ」

 

「あー、いや。そっちじゃなくて。

 その……

 ホントのこと言うとね。アナタ達2人、お似合いだと思ってるのよ」

 

「……」

 

「で、まぁ……

 汗拭きとかお着替えさせたら、もうちょっと何かあるかなーって思ったんだけど」

 

 何か、とはなんなんだ。

 

「……真面目に身体拭き、してるなと思って……

 からかってごめん……」

 

「……。

 まぁイジリの一環なのは分かってたよ。

 メレオロンの言う通り、この子に対して思うところがないと言えば、多分ウソになる。

 けど……

 アイシャは俺達のこと、信用して身を委ねてくれたんだぞ……

 それなのに……」

 

 自分で言いながら、アイシャへの申し訳なさで胸が締めつけられる。くそっ……

 

「あっ……ごめん。ホントすいませんでした!

 その、……ん」

 

「おねーちゃん、ウラヌス泣かせたー」

 

「ごめんなさい! 許してってば、ウラヌス!」

 

「……大声出すなよ……アイシャ起きるだろ……

 別にいいよ。オレが勝手に泣いてるだけなんだから……

 アイシャに、起きたら謝ってくれよ……オレもあやまるから……」

 

「あ、うん。分かった。約束します」

 

「……おねーちゃん、ほんと余計なことするよね」

 

「ぐ……」

 

 

 

 

 



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第二十四章

 

 使用済みバスタオルを、畳んでかたわらに置いたまま。

 

 いまだに眠るアイシャから拝借した白いヘアゴムを、俺は少しいじらせてもらっていた。

 

「なにしてんの?」

「……教えね」

 

 感心ありげなメレオロンに、そっけなく答える。こいつ口軽いから、ぜったい言わね。

 仰向けに横たわるアイシャの身体を、シームがじーっと見てる。

 

「アイシャってさ」

「……」

 

 そこで言葉を切る理由は、予想がつく。どう言おうか悩んでしまうんだろう。

 

「すっごぃオッパイだよね」

「言い方」

 

 悩んでそれかい。

 分かってるよ、んなこと。俺は長時間それを間近で見てたんだよ。つか拭きましたわ。谷間とかエライことになってたぞ。思い出さすな。

 

「アタシが見てる限り、この子はうっとうしがってるみたいね。

 そういう女の子は確かにいるんだけど」

「……」

 

 ぜいたくな悩みとは言うまい。無い物ねだりは世の常だ。なけりゃないで嘆き、あればあったで面倒なんだろう。……貧乳は希少価値とかワケわかんないこと言ってたけど。

 

「……でもさ。なんでこの子、男になんかなりたいんだろ?

 あっ、ゴメン。あんた達オトコでしたー」

「おねーちゃん、うぜー」

「……メレオロン、お前いい加減にしてくれよ。

 都合よく男扱い女扱いされんの、ホントきついんだぞ」

「てへぺろー」

「おねーちゃん、ちょーうぜー」

「絶対反省してないし、これからもする気なのは良く分かったよ」

 

 言い捨てて、アイシャの方を見る。

 

 俺がヘアゴムを外してしまったせいで、床に彼女の黒髪がやや広がってしまっていた。汗は充分に拭き取ったし、床も拭いてあるから大丈夫だとは思うが、あまりそのままにはしたくない。

 ……いや、これを付けたまま寝かせる方が良くないか。これはこれで髪を傷めそうだ。かなり上質な素材みたいだから、気にしすぎかもしれないけど……

 

「で、あんた達はどう思う?」

「何の話だよ」

「さっきの続きよ、男になりたい理由。

 ウラヌスはこの子から事情聞いてないの?」

「……聞いてないよ。

 言いたくなさそうだったし」

「んー……

 でもさ。ゴンは何か知ってそうだったわよね」

「そりゃ付き合いが長いからだろう。

 ずいぶんと親しそうだったし」

 

 アイシャを流し見るメレオロン。

 

「不思議よねぇ。

 普通こんなに可愛くなれたら、男になりたいなんて思わないんじゃない?」

「……」

 

 メレオロンは、ヘアゴムをいじる俺の方をじっと見てくる。

 

「……なんだよ。

 何してるかは教えないぞ」

「ああ、それは気になるけど別にいいわ。

 そういえば、アンタが女になりたい理由は聞いてなかったなって」

「……むしろ今まで何で聞かなかったかって考えりゃ、予想がつくからだと思うんだが」

 

 メレオロンの表情に笑みが混ざる。

 

「そうね。

 アンタが自分で思ってるよりは、可愛いと思うわよ」

「……今の見た目はそうかもな。

 つーか、そういうふうにしてるんだよ。

 でも……見たから分かるだろ。

 中身はガリッガリの骨身だよ。男としても女としても、魅力なんざカケラもない」

 

 実際はそこまでじゃないが、筋肉も脂肪も大して付いてない。男と女、どちらで見たとしても貧相な身体だ。……こうして改めて見ても、そう思う。

 

「もう一度言うわよ。

 アンタが、自分で思ってるよりは、可愛いと思う」

 

 真意が分からずに目を向けると、メレオロンは真面目な顔でこちらを指差す。

 

「ウラヌス。

 あんた自分の姿、ほんとはよく分かってないでしょ。

 鏡に映して見た自分だけが、自分の姿全てじゃないのよ」

 

「……そんなこと言うけど、鏡以外で自分を見れないだろうよ。

 水とかガラス窓とか、そういう話か?」

 

「違う違う。

 アンタは、他人から自分がどう映ってるか分かってないって言ってんの」

 

 ……どうなんだろうな。

 

 俺は、ワリと他人のそういう機微には(さと)いと思ってんだけどな。

 

「おねーちゃん……

 あんまり言わないであげた方がいいと思うんだけど」

「アタシはハッキリ言ってあげた方がいいと思うわよ?

 まぁさっきもしてた話だけど、平行線ね」

「だから何の話だよ」

 

 メレオロンは、人ならぬ顔でも分かるくらい優しく微笑んでいた。

 

「アンタ見てると思うのよね。

 なんで女の子じゃないんだろって」

 

「……」

「ほら、アイシャ見てて思わない?

 なんで男になりたいんだろって」

「……。

 それは確かに、疑問に思うけどな」

「でしょ?

 そう思う理由は、いかにもアイシャは女の子だから。

 男の子っぽい性格ではあるけど、流石に見た目がこれじゃね」

「これ言うな」

 

 アイシャは正直なところ良く分からない性格をしている。何と言うか、色々混ぜこぜになってる感じで、不安定だ。

 ただそれは性格の話であって、見た目は女性らしさしかない。何を着ていても、それは変わらない。……男物の下着を穿かせた時、思いのほか似合っててビビったしな。

 

「で、アンタ見てても思うわけよ。

 なんで女の子じゃないんだろって」

「さっきと同じこと言ってるぞ」

「からかってるわけじゃなくて、褒めてるって分かってほしいのよ。

 アンタが女の子なら、その見た目で充分可愛いっての。

 女がみんな可愛い美しいってわけじゃないのよ。アタシを見てごらんなさい」

「んな自虐してまで力説する理由が分からん」

 

 ふっふーん、とメレオロンは自信ありげに、

 

「ウラヌスが理想とする女性像は、つまるところアイシャみたいな子なワケでしょ?

 で、それと自分がかけ離れてるから魅力がないと。

 でも、みんながアナタを見て魅力的と感じるかどうかは、それとは別問題なワケ。

 分かる?

 女の魅力は一つじゃないのよ」

 

 こいつ、やけに語るな……

 

「……どう言われても、俺は男だしな」

「ホルモンクッキーで女になりたがってるアンタの心は、女じゃないの?」

「……女のつもりだよ。

 だから性同一性障害だって始めに言っただろ」

「便利な言葉よね」

 

 思わず舌打ちしそうになる。……その言葉を使って、(てい)よく理解を押し付けているのは自覚してる。だからと言って、他にどう理解を求めりゃいいんだ。

 

「で、結局なにが言いたいんだよ」

 

「そうね……

 今のアンタは、普通の女の子より可愛いって言いたいの」

 

 顔が少し紅くなるのを自覚する。

 

「……あんまりいじらないでくれよ。

 俺は……」

「アンタは、自分が男だとか、そういう身体だとか気にしすぎ。

 別にいいじゃない、可愛い男の子で。

 もっと自分に自信持って」

 

 ……自信を持て、と言われてもな……

 

 どうしてもアイシャの方に目が行ってしまう。比較対象が居るとな……

 

 

 

 全員が起きていても仕方ないので、1人一時間半ずつ交代で仮眠を取る。

 

 ウトウトしかけていたシームを最初に寝かせ。

 眠そうにウトウトしだしたメレオロンを次に寝かせる。

 結局シームは、起こした後また眠ってしまった。

 だから自分1人で、3人の睡眠を見守り続けている。

 

 アイシャのヘアゴムを手にしたまま、それぞれの寝顔を見る。

 

 なんだろな……

 

 数日前までは1人ぼっちだったんだけど。

 気づけばこんな仲間と一緒か。……人生なにがあるか分かんないな。

 メレオロンはやたら褒めてくるけど、俺はこの見た目で散々な目に遭ってきてる。男の格好をすりゃ、いくらかマシだったんだろうが……

 

 蔑まれるのに、すっかり慣れっこになってしまった。どいつもこいつも──というのが俺の見解だ。俺が男である自分を嫌いなのは、他の男がもっと嫌いだからだ。

 

 厳密に言えば、男の……女に対する考え方が嫌いだった。自分の中にも少しだけあって、その部分を嫌悪している。……おかしいのは、そういうのを嫌う自分の方なんだろうけど。

 

 アイシャは……

 

 男と女の友情を信じてるクチなんだろうか。

 

 彼女が友達になってほしいと口にした言葉を、信じないわけじゃない。けど、なかなかそういう純粋な関係が築けないのが世の常だ。男と女の友情なんて無い、とかいう台詞は聞き飽きた。

 

 

 

 アイシャは……

 

 俺の何が気に入って、友達になりたいとか言ったんだろう。

 

 

 

 

 

「ん……うーん、ん」

 

 なんだか身体が軽い。ふわっと目を開けると──

 

 見覚えのある、幾何学模様の天井が見えた。

 

「あっ! アイシャが起きた!」

 

 シームの声。

 視線を向けると、メレオロンとシームが嬉しそうに私を見てる。

 

「おはようございます……」

 

 挨拶して、上半身を起こす。後頭部に違和感。あれ、ゴムないや。

 

「おはようアイシャ。

 身体の具合、どう?」

 

 メレオロンの問いかけに、身体のあちこちを少し触ってみる。

 

「……えっと。

 なんだか、やけにスッキリしてるんですけど」

 

 全然、前回と違うな。あの時はやたら気だるくて、寝足りない感じだったんだけど。

 今はむしろ来る前より元気かも。

 ああ、でも『絶』は『絶』だけどね。こればっかりはどうしようもない。

 

 視線を巡らせると、横になって寝息を立てているウラヌスの姿がある。なんでか右手に私のヘアゴムを握っていた。

 

「えっと……

 いま何時ですか?」

「さっき時計見たら、午前5時半ちょっと前だったわ」

 

 5時間半か。それにしては快眠だった気がするけど、なんでだろ。

 

「アイシャ。

 ……ウラヌスを起こす前に、ちょっと話したいことがあるの」

 

 神妙なメレオロンの声に、私はうなずく。

 

「あなたがここへ来た後、全身汗だくだったから。

 ……身体を拭いて、着替えさせたの」

 

「……」

 

 ほぅ。それはそれは。なるほど、なんかサッパリしてますわ。

 

「で……ホントはアタシがするべきだったんだろうけど。

 ほら、アタシだと悪乗りしそうじゃない?

 だからウラヌスが……がんばって汗拭き取ったの。その後、着替えもね」

 

「……。はぁ」

 

 ふぅん……ウラヌスが私の全身の汗を拭いて、着替えさせたと。ほぅ……

 

 ……私はどう反応すればいいんだろう。感謝すればいいのか、怒ればいいのか。

 

 別に不問にしていいんだけどな。……下の世話されるのに比べれば、どうってことないですよ。あれだけはホント慣れない。

 

「その……ごめん」

 

「え? どうしてメレオロンが謝るんですか?」

 

「その……アタシがそそのかしたのよ。

 ウラヌスに、あんたの身体を拭かせるように」

 

「……なんでまた」

 

「……」

 

 そこでメレオロンが黙っちゃうと、私もどうすればいいか分かんないだけどな。大体、怒る前に謝られたら、もう怒れないっていうか……

 

 なんとなく察するとすれば、もしかしてコレ、私が悪い? なんかすっごいウラヌスを申し訳ない目に遭わせてる?

 

 ……いや、本当のことを言えば感謝したい。ここから大変という状況で、体調は完璧に整ってる。あ、ちょっとお腹は空いてるけど。

 

 私に遠慮して、汗だくのまま放置されてたら、おそらく前回の気だるい状態を再現していただろう。今回は私も最初から動くことを考えると、ああなっていたらツライ。

 

 しかしまぁ……多分これ全部着替えてるな。運動着だけじゃないぞ。私全部脱がされたのか。流石にキツイな。マジっすか。

 

 ……うん。でも、そのことでウラヌスを責めるのはあんまりだとは思う。メレオロンにそそのかされて、だし。……むしろ、よくそこまでやったよ。彼が甲斐甲斐しく世話してくれたであろう様子が目に浮かぶ。いやダメだ、イメージしちゃダメだ。恥ずいハズい! ぎゃーっ!

 

 ウラヌスの寝顔を見る。安らかな寝顔、とは言えない。くたくたに疲れているのだろう、憔悴の色が残っている。私の白いヘアゴムをきゅっと握ってる姿は、力ない。

 

 ……見つめていると、申し訳ない気持ちしか湧いてこない。

 

 彼が承諾しなかったら、私はここにいないんだから。

 

 ふぅ、と息をつく。怒るにしたって今じゃない。……そんな話、後でいいじゃないか。

 

「メレオロン、気にしないでください。

 短いですけど、2人とも6時まで休んでいいですよ。

 後は私が起きてますから。6時になったら、みんな起こします」

 

 

 

 それなりに仮眠を取っていたらしく、6時になる少し前にメレオロンもシームも起きてきた。ウラヌスは……まだ起きてこない。

 あまり起こしたくはないけれど、起こさず出発が遅れれば、彼は自分を責めるだろう。で、あれば……

 

「メレオロン、シーム。

 まず私から入ります。そこの扉から行ける奥の部屋で、最初にゲームの説明をされます。

 説明を聞いた後、その部屋からこの建物の外へ出られるのですが……

 私は話を聞いたら、外へ出る前にここへ戻ってあなた達に声をかけますので、どちらか1人が部屋に入ってください。

 その1人は説明を聞いた後、私と同じようにここへ戻り、次の人に声をかけてください。

 最後の1人は、説明を聞いた後ウラヌスを起こしに来てください。それまでは起こさず、そっとしておいてほしいです」

 

 2人がうなずくのを確認してから、私は立ち上がる。

 

 んー。後ろ髪が広がって気になるな。ウラヌスの手にあるのを……いや、やめておこう。ゴムを取る時に起こしてしまったら、彼に悪い。となると、リュックが背負いにくいな。背負えなくはないけど……

 

「……あと申し訳ないですけど、私のリュックをどちらかお願いします」

 

 オーラが出せない以上、私が荷物を背負ったりするのは避けるべきだろう。体力温存の意味でも、突発的な事態に備える意味でも。

 

 私は扉へと向かう。ジンから渡された指輪にチラリと目をやる。

 

 さて……鬼が出るか、蛇が出るか。

 

 私はやや緊張しながら、自動で開く扉の向こうを見た。通路の先にある、もう一つの扉。

 

 二つ目の扉を潜ると──

 

 

 

「グリードアイランドへようこそ……」

 

 

 

 室内には、例の女性が宙に浮く椅子に座っていた。相変わらずだな。

 

 ……ん? でも何かちょっと眠そう?

 

 階段を降りて立ち止まると、右手の人差し指に填めた指輪が音を放ち、緑色の光を明滅させた。

 

「あなたは……

 もしやアイシャ様では?」

 

 彼女が尋ねてくる。

 

 最初ここへ来た時と違うな。セーブデータから再開したから? それともジンに貰ったのを使ったから? 分かんないな……

 

「ええ、そうです」

 

「おお……!

 お待ち申し上げておりました」

 

 う、うん。なんだろ。こういうもんなの? それとも特別なの?

 

 私が戸惑っていると、彼女は一旦言葉を止める。

 

 やがて無表情とも取れる顔に、神妙な色が混じった。

 

 

 

「──アイシャ様。あなたがご利用になったメモリーカードのセーブデータは、こちらでスタッフアカウントとして登録させていただいたものです」

 

 

 

「────ッ!?」

 

 スタッフ!? なんだそりゃ?

 

「まず、アカウントについてご説明させていただきます。

 よろしいでしょうか?」

 

「あっ、はい」

 

「グリードアイランドでは、ゲームに入っている全ての人物が、4種類あるアカウントのいずれかに割り振られます。

 1つ目はプレイヤーアカウント。メモリーカードを利用してゲームに参加された方達が、このアカウントに登録されます。

 2つ目はゲストアカウント。メモリーカードを利用せずにゲームへ参加された方達が、このアカウントに登録されます。このアカウントは、ゲーム外へ出た際にセーブデータが残らず、またクリア条件を満たすこともできません」

 

 ふむふむ。

 

「3つ目はゲームマスターアカウント。

 ゴン君から伺ってるかもしれませんが、グリードアイランドにはゲーム開発に携わったジンの仲間、初期メンバーが数名駐在しています。

 ゲーム運営に必要な初期スタッフ達が、ゲームマスターアカウントに登録されています。

 このアカウントは、プレイヤーとして参加することはありません」

 

 ……。これはアレかな。私がクリアプレイヤーであるゴンの仲間だから、こういう話をされてるんだろうか。じゃないと、喋りすぎだろうし。

 

「4つ目はスタッフアカウント。

 開発の初期メンバーではありませんが、ゲーム運営に随時必要なスタッフ達がこちらへ登録されます。ゲームマスターとしての権限は持たず、各自の役割に応じた特別な措置を取らせていただくアカウントとなります」

 

 役割、特別な措置、ね。

 私は先に確認しておくべく、軽く挙手する。

 

「質問よろしいですか?」

「なんでしょう」

「……。

 そのスタッフアカウントは、プレイヤーとしてゲームへ参加することはできますか?」

「ええ、もちろんです。

 本来であればスタッフがプレイヤーとして参加することはありませんが、アイシャ様にご利用いただいておりますスタッフアカウントは、通常通りプレイヤーとしてプレイすることが可能です。クリア条件を満たせば、クリア報酬が受け取れる点も同様です」

 

 ……ふむ。ならいいか。問題は何のスタッフか、だけど。

 

「それでは、アイシャ様への特別な措置についてご説明します。

 まずあなたは、ご自身の念能力によってゲーム内外の出入りや移動の効果が制限されているとお見受けします。……その認識でよろしいでしょうか?」

 

 多分、念押しの確認なんだろう。そこまで分かってるなら、とぼける意味もない。

 

「……その通りです」

 

「また、おそらく同様の念能力によって、進入禁止区域への立ち入りもされていることを確認しております。

 当方運営スタッフと致しましても、そのような想定外の状態でのプレイを望ましいとは考えておりません」

 

 ……言われてるよボス属性。オマエいい加減にしろよ。……解せぬ? 知らねーよ。

 

「その為アイシャ様がスタッフアカウントを使用されている際に、3つの措置を取らせていただきます。

 1つ目は、ゲームから脱出される時。

 通常グリードアイランドからゲーム外へ出る際は、『離脱/リーブ』の効果か、港から脱出することで、ゲーム外へ移動することになります。

 このうち『離脱/リーブ』については対処できませんが、港から脱出される場合のみ、こちら側でアイシャ様が問題なく脱出できるように処置を取らせていただきます」

 

 そういえば……私、真っ当な方法でゲーム外に出てないもんな。レオリオさんがいない状態で脱出するのは、入る時より面倒だろう。今の強制『絶』状態なら出るだけだったら簡単だけど、すぐにゲーム内へは戻れなくなる。『練』が出来ないからね。

 

「……方法を伺っても、よろしいでしょうか?」

 

 聞いておかないと、ゴメン無理でしたテヘペロでは困る。

 

「はい。アイシャ様は自分の身体を直接移動、もしくはワープさせる効果を無効化されているようですので、まず移動する力を持った念獣を作り、その念獣にアイシャ様の身体を拘束し、その上でゲーム外まで移動する、といった対処を取ります。

 その方法であれば、アイシャ様は移動可能であると考えております」

 

 ……つまり。

 

 私がレオリオさんに抱えられて【高速飛行能力/ルーラ】してもらってる、あの状態にするってことか。

 

 まあ、それならいけるか。レオリオさんで実験済みだしな。万が一ダメだったとしても、オーラが復活している状態なら危険回避できるだろう。

 

「分かりました。それで大丈夫だと思います」

 

「では2つ目です。……その説明の前に、確認させていただきます。

 アイシャ様がゲーム内に来られている以上、何らかの方法で移動制限を解除されているのだとお見受けしますが、それには問題が伴うものと思われます。

 その認識でよろしいでしょうか?」

 

「……」

 

 流石に肯定するのをためらう内容だ。ただ……この人、把握はしてるんだろうな。私がゲーム内へ入ってきた時点で、気絶していることを。しかも2回やっちゃったし。

 否定したところで、あまり意味がないのも事実だ。

 

「……その通りです」

 

「ありがとうございます。

 その為やや条件付きとはなりますが、ゲームへと入られる際にゲーム機本体で『練』をして移動するという手段では問題を回避できませんので、スタッフ用の措置として個別のログイン手段をご用意させていただきます」

 

「はぁ」

 

 お? これもしかして、スゴイ助かる話をされてるの?

 

 ……その代わり、レオリオさんの【高速飛行能力/ルーラ】を使わないでほしがってる気配を感じるけど。妙に手が込んでるもんな。

 

「条件をご説明します。

 まず、港から脱出すること。最初の脱出時に、当方運営スタッフから専用バインダーをお渡しします。

 グリードアイランドの入ったゲーム機に、アイシャ様のメモリーカードが刺さっており、かつアイシャ様がその指輪を填めている状態であれば、ゲーム外でも『ブック』を唱えていただくことで、その専用バインダーが出現します。

 その専用バインダーには、一枚の特別スペルが入っています。そのスペルカードは何度ご利用いただいても、その度にバインダーへ補充されます。

 ご利用いただく際は、他のスペルカードと同じく使用をご宣言下さい。但し屋内などの移動を妨げる障害物のある場所では効果を発揮しません。必ず屋外の開けた場所でご使用下さい。

 スペルカードが効果を発揮すると、移動用の念獣が出現します。ゲームからの脱出時と同様の方法で、ゲーム外からこのシソの木へと移動することができます」

 

 ……んーと。

 

 つまりゲームを出たり入ったりするのは、レオリオさんの【高速飛行能力/ルーラ】と似たような方法で出来るようにするよってことか。

 あれだもんな。ゲームマスターやスタッフも、ずっとこのゲーム内にいるわけじゃないだろうし、特別な移動手段があってもおかしくないもんな。これはその一環なんだろう。

 

「分かりました。……3つ目は?」

 

「はい。

 3つ目ですが、アイシャ様が進入禁止区域への立ち入りなど、なんらかの不正規行動を取られた際、私の方から指輪を通じて交信をさせていただきます。

 この交信は、スペルカードの『交信/コンタクト』と同じようにバインダーが出現し、バインダーからお話しさせていただきます。この時、あまり他のプレイヤーに交信内容を聞かれない場所に移動して下さい。その方が誤解も招かないと思いますので。

 交信の用件はその時々で変わりますが、その不正規行動に問題がないかどうかの相談をさせていただくことになります」

 

「……」

 

 不正規行動と言われると、私の心当たりは一つなんだよな。尋ねとこう。

 

「たとえば、その交信の結果ソウフラビのスポーツ対決を行うことはできますか?」

 

 彼女は小さく笑みを浮かべた。お、アタリだな。

 

「以前のプレイで該当イベントを担当していたレイザーから、連絡を受けております。

 あの状況であれば、問題なくご参加いただけるという回答になります。

 但しそれは、アイシャ様が現在のスタッフアカウントを使用されている場合に限ります。通常のプレイヤーアカウントであれば、以前同様ご参加いただけないことになります」

 

 私は自然、頭が下がる思いだった。

 

 なんというか、ご迷惑おかけしてるようで……。ボス属性、オマエも謝れ。特に私にな。オマエのせいで私マッパにむかれたんだぞ、くっそ……この疫病神め(やくびょうがみ )

 

「以上3つが、アイシャ様への特別な措置となります。

 なにか質問ございますでしょうか?」

 

 んん? 肝心なことが説明されてないぞ。これじゃおおむね、私は得しかしてない。

 

「えーと……

 措置については分かりましたが、私のスタッフとしての役割って何なんでしょう?

 不正規行動に対する交信である程度制限を受けるのは分かるんですけど、私は何か要求されたりすることがあるんでしょうか?」

 

 後出しでアレをやれコレをやれと言われても困るので、そこはハッキリさせておきたい。

 

 彼女はつかの間、回答を迷ったようだった。無表情に沈黙しているが、オーラが見えずとも揺らいでる気配が伝わってくる。

 

「……アイシャ様の扱いについては、ゲームマスターの間でも意見が分かれておりまして……

 いっそアカウントを凍結して、ゲーム内への立ち入りを禁止した方がいいという意見も出ていました」

 

 おぉう。マジか。

 

 ……前回、かんしゃく起こして暴れなくてよかったよ。何かやらかしてたら100%アウトだったな……

 

「今回の措置につきましても、正直に申し上げると苦肉の策といったところです。

 アイシャ様へ直接スタッフとしての作業は要求いたしませんが、当方運営としては今後アイシャ様のような方が他にも現れた場合に備え、相談相手になっていただけないか、とお願いしたい次第です」

 

「……」

 

 つまりアドバイザーか。なるほどね……私の対処が困難だから、いっそ味方につけようって腹か。意外に食えないな……

 

 私みたいな能力──ボス属性はホントあれだけども、似たような能力でまた問題が発生しないとも限らない、という危惧は分かる。

 

 ……つぅか、ジン。お前が考えたゲームだろが。なんで運営から離れてるんだ。お前が責任持って考えろや。あいつマジふざけてんな。

 

「……分かりました。ゲーム内にいる間だけであれば、支障のない範囲でお話しするのは構いません。

 その代わり、いくつか聞かせていただいてもよろしいですか?」

 

「ゲーム攻略以外についてでしたら、なんなりと」

 

 うん、しっかりしてらっしゃる。ゲームマスターの鑑だね。ジンしね。

 

「えっと……

 あなたは確か、イータさん……だと思うんですけど。

 あなたはここから動かれたりとかするんでしょうか。ずっとここにいる感じですけど」

 

 目をぱちくりさせた後、彼女は面白そうな笑みを浮かべた。

 

「ゴン君から聞いたんですね。そうです、私はイータと申します。

 私がここから動くことはほとんどありません。が……

 実はしばらくの間、ここを離れていました」

 

 ほぅ。そうなんだ。

 

「ゴン君のゲームクリア後、準備期間を設ける為しばらくゲームへのログインを行えないようにしていました。その間にゲームマスター同士で集まり、相談する必要がありましたので。

 13年間誰もクリアする人が居なかったこともあり、スタッフを交代するかどうかなどの話し合いも行いました」

 

 ……ゲームの運営ってホント大変なんですね……

 

 私は少し気になっていたことを尋ねてみる。

 

「その……

 もしかして、私が起きるまでずっと待ってたりしました?」

 

「お気になさらず」

 

 はっはー。何にも言えませーん。

 

 さて、後は……ていうかあんまり長話すると、メレオロン達まちくたびれるか。んー。

 

「では……最後に一つだけ。

 ジンとのご関係は?」

 

 見た感じ、イータさん若いしな。それが13年間もここにいたって、どういうことよ? 念能力者の見た目うんぬんはあるかもだけど。

 

 イータさんは、おかしそうに口許を手で抑えつつ、

 

「まだ小さかった私をここに縛りつけた、ゲーム好きの変なおじさんです」

 

 ……あの野郎、次会ったらマジでぶっ飛ばす。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 ボス属性対策、説明回ですた。うん、ほんまコレ厄介の極みすわ。



 ボス属性「遺憾の意を表明する次第」

 アイシャ「やろう、ぶっころしてやる」






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第二十五章

 

「それではこれよりゲームの説明をいたします。

 アイシャ様、ゲームの説明を聞きますか?」

 

 事務的な口調に戻ったので、いよいよ話は終わりなのだろう。

 

「えーと……

 クリア前と同じ内容の説明なら結構です」

 

 あの説明、地味に長いからな。流石に同じ内容を繰り返し聞かされるのは面倒だ。何か変更点があるなら聞きたいけど。

 と考えていると、部屋の床が音を立てて開き、降り階段が現れた。爽やかな空気が流れ込んでくる。

 

「それでは、ご健闘を──」

「あ、その前に。

 ちょっと仲間に声かけてくるんで、手前の部屋に戻っていいですか?」

「ええ、どうぞ。

 但しアイシャ様がここを降りられるまでは、後の方はこの部屋に入れませんので」

「分かりました」

 

 よかった。戻っちゃダメとか言われたら、どうしようかと思ったよ。

 私はさっき入ってきた扉から、部屋を出て行く。

 

 急いで元の部屋に戻ると、ちょっと退屈そうにしていた2人がこちらを見た。……まだウラヌスは起きてないか。

 

「メレオロン、シーム。お待たせしました。

 私が奥の部屋の階段を降りたら、どちらか1人が奥の部屋へ入れるようになります。

 ……ちなみにいま何時ですか?」

「んー。6時10分かな」

 

 メレオロンが携帯を見て答える。……時間を聞いておいてなんだけど、そうやって時計代わりに携帯電話を使ってると、充電できないから困ったことになりそうなんだけどな。私は電源切ってるから関係ないけど。

 

「それでは下で待ってますね」

 

 私は奥の部屋に戻る。

 

「お待たせしました」

 

 私は彼女に声をかけ、そのまま足を止めず階段に向かう。

 

「それでは、ご健闘をおいのりいたします」

 

 何となく彼女の目を見返し、もう一声かけてみた。

 

「イータさんもお元気で」

「……ええ、アイシャさんもお元気で」

 

 柔らかい笑みで応えてくれる。

 ふふ。彼女、ホントはテンプレ以外も喋りたいんだろうな。

 

 シソの木と呼ばれる建築物。その螺旋階段を降りていく。やがて上の方で床の閉じる音。

 

 さくり、と。

 

 最後の一段を降りた私の足に、踏みならされた草が改めて抗議の音を鳴らした。

 

 見渡す限りの大平原。まだ薄暗いけど、早朝の静けさに彩られ、いっそう爽快な気分にさせてくれる。

 

 ……うん。前回来た時は視線を感じたけど、今回はそれもない。

 

 快適な空気をいっぱいに吸い込み、吐く。ふふ、なんだか緊張感なくなっちゃうな。

 ふわりと風が吹き、まとまっていない私の黒髪を景気良く広げていく。

 

 さーて、みんなが来るのをのんびり待ちますか。んー、ほんっと気持ちいいー。

 

 

 

 柔軟体操で身体を(ほぐ)しながら、ぼんやりと今後のことを考える。メレオロンがなかなか降りてこないところを見ると、ちゃんと説明を聞いてるんだろう。

 

 現実問題として、私を守りながらゲーム攻略を進めるのは難しいと思う。前回も、私が強制『絶』だった頃は全然カード集め出来なかった。まぁゲンスルーさんから得た情報のおかげで調べる手間が省けたのと、私達の修行を優先したからっていうのもあるけど……

 

 あ。考えてみたら、私1人が先に降りてくるのは迂闊だったな。もしこのタイミングで襲撃を受けたらどうしようもないじゃないか。せめて出来るだけ早く降りてくるように、メレオロンに頼んでおくべきだったよ。あーくそ、やっぱりグリードアイランドは苦手だ……ちゃんと頭が回ってくれない。

 

 まぁ開始地点を見張ってる人は誰も居ないし、大丈夫だと思うけどね……。仮に居たとしても、私が今『絶』状態だからといって、まさか全く念を使えないなんて誰も思わないだろうし。

 

 むしろ、ハッタリを利かせないといけないんだよな。わざわざ狙いやすい獲物だなんて教えるメリットはない。強者のフリ、か。なんだかなぁ。

 

 まぁ普段通りに振る舞うしかないか……

 

 今回、拠点はどこがいいだろう。前みたいにアントキバの近くはマズイと思うんだよね。防衛力に不安があるから、もっとバレにくい場所がいい。前は人数多かったからバレないように潜むのは無理があったんだよな。その……トイレとかね。痕跡を消しきれるはずもないし。ああー、今回それどうしよっかな。前も1ヵ月間、すっごい悩まされたんだよ。常に私のそばに誰かいるから……

 

 

 ……。やめやめ、1人で悩むのはヤメ。みんなと相談しよう、うん。

 

 そんなこんな考えているうちに、上の方で床の開く音がした。

 

 シソの木の階段を見上げる。

 

「よ。待たせたわね」

 

 リュックを背負ったメレオロンが、階段を降りながら笑顔を向けてきた。

 

 悩んでいたのがバカバカしくなり、私も笑顔で応じる。

 

「リュックありがとうございます。

 ……ようこそ、グリードアイランドへ」

「なんのなんの。

 お姫様の為なら、えーんやこーら」

「あははー」

 

 申し訳なさから、誤魔化すように苦笑する。オーラを発しない私は、よっぽどアレなんだろうか。ま、そのお姫様とやらは今回ただ守られてるだけでなく、あっちこっち動くんだけどね。

 

「……ふぅー。絶景よねぇ。

 NGLも似たような景色だけど、あそこは意外に開拓が進んでて、こんな気持ちのいい風景じゃないのよね」

「あははは……」

 

 再び苦笑を返す。だってNGLって麻薬製造の巣窟だもんな。岩場岩山も多かったし。私がNGLに滞在した時は、キメラアント討伐と調査に来たハンターを避難させる目的で走り回り続けたから、風景を眺めるゆとりなんてなかったけどさ。

 

「それにしても……」

「なんです?」

「……ここって、ホントにゲームの中なの?

 ちょっと現実感ありすぎて、信じられないんだけど」

「どう思います?」

 

 ウラヌスが話してないらしく、メレオロンは知らないようだ。そういえばウラヌスは、ここが現実って知ってるんだろうか? 見解を聞いてみたいから、あえて尋ね返してみたけど。

 

「……。

 ゲームにしては大掛かりすぎるかなって」

 

 私は答えを口にせず、笑みだけ返しておいた。常識的に考えればそうだよね。これらを全て、ゲームのプログラムや念能力で──っていうのは無理がありすぎる。メレオロンの答えは至極真っ当だ。

 

「多分グリードアイランドを訪れたキメラアントは、メレオロンが初めてでしょうね」

 

「ふぅん……」

 

 感慨深そうに、遠くへと目を向けるメレオロン。

 

「そういえば、イータさんはどういう反応してました?

 メレオロンを見て」

 

 ん? と首を傾げるメレオロン。フードを被ってたくらいで気づかないことはあるまい。私の同行者を注視しないなんてこともないだろうし。

 

「ああ、イータってあの子のこと? さっき上で、ゲームの説明してくれた……」

「ええ、そうです。

 彼女は私達と同じ、生身の……人間です」

「ふぅん。てっきりゲームキャラかと思ったんだけど、そっか。違うのか……

 別に何にも反応してなかったけど? 普通だった」

 

 ほー……常にあの場にいることによる平常心の賜物なのか、巨大キメラアントのことを知ってたのか、それとも内心気にはしていたのか。

 場に居合わせなかった私には、分からないことである。

 

 

 

「お待たせー」

 

 シームも、ウラヌスのリュックを背負って、足取り重く階段から降りてきた。

 

「ようこそ、グリードアイランドへ」

「うん!」

「シーム。

 ウラヌスのこと、ちゃんと起こしてあげた?」

 

 ざくざくと草の上に足を下ろしたシームは、

 

「ううん。ボクが説明聞いて戻ったら起きてた。

 早く降りてきてね、って言っといたよ」

 

 感心感心。シーム、なんだかんだでしっかりものだね。

 そう思いながらシームを見ていると、シームは意味ありげに見返してくる。

 

「どうしました?」

「んー。

 そうやって髪をまとめてないアイシャも可愛いなって」

 

 ふむ。あんまり人には見せないもんな。

 着る服によっては束ねないこともあるけど、やっぱり広がってると気になっちゃうし。普段ならともかく、今はちょっとね。

 

「ありがとうございます。

 でもこれだと少し動きにくいですからね。すぐにまとめちゃいます」

「どっちも可愛いと思うよ」

「これはこれは、お褒めにあずかり」

 

 全く……そう自然に言われると素直に受け入れちゃうな。子供だからって言うのもあるけど。でもゴンに言われると、なんだか照れちゃうんだよね。

 

 ……さてさて、ウラヌスが来たら何て言おうか。

 

 

 

 しばらく3人で雑談していると、上の方で床の開く音がした。

 

 階段を降りてくる軽い足音とともに、ウラヌスが姿を見せる。

 白いワンピースの裾をふわふわさせながら、少し眠そうな表情で降りてきて。

 私達の顔を見ないまま、草地へ降り立った。

 

 視線を上げてくる。

 

「みんな、お待たせ。

 シーム、リュックありがとな。預かるよ」

「うん」

 

 素直にリュックを渡すシーム。ウラヌスがそれを背負い、私に目を向けてくる。

 

「……アイシャ。その……」

 

「……

 例のことなら、メレオロンからお話は伺っています。

 でも、とりあえず細かい話は今晩にしませんか?

 これからゲーム攻略をするのに、ここで長話するわけにもいきませんから」

 

 そう。何はともあれ、最優先は月例大会だ。この時点でも上手くいく算段がウラヌスにあるなら、急がないといけない。あとお腹も空いてきたしな。

 

「……うん、分かった。

 改めて今晩謝るけど、ごめんなさい。アイシャ」

 

 こんな顔で謝られたら、かけらも怒る気になれないんだけどな……

 

「……いえ。おかげさまで体調は良好です。

 ありがとうございます」

「うん……それはよかった。

 あ、これ。ずっと持っててゴメン」

 

 ウラヌスは、白いヘアゴムを差し出してきた。私は何も言わずに受け取る。

 んー。暖かくなってる。……それはいいとして。

 

「ウラヌス。

 もしかして何かしました?」

「……

 ないしょ」

 

 ほー。何か細工したのか。それも内緒と。

 ……私に断りなく何かしちゃうのはウラヌスらしくないし、何か準備したのは彼らしいとも言えるかな?

 

 別にゴムの見た目は何も変わってないし、手触りも同じ。どうせ今の私はオーラも感知できないから、何だか分かんないしな。ま、いっか。

 

 私は後ろ髪をまとめくくる。

 

 ……ふぅ。落ち着いた。

 

 内緒ってことなら、私もスタッフアカウントの件は、しばらく伏せようかな。みんなに話していいか、ちょっと分かんないし。……あまり余計なことで、気をわずらわせたくもない。

 

「それじゃウラヌス。

 リーダーとして、最初の方針を決めてください」

 

「……オーケー。じゃあ」

 

 ウラヌスは大平原に視線を映す。風に煽られ、彼の桜色の髪が泳いでいる。

 行き先はアントキバで間違いないだろう。けど街のある方向が分からないんだよね。

 

「んー。監視の目がないのか……

 今の時間、分かる?」

「6時半くらい」

 

 メレオロンが即答する。それを聞き、陽の差してくる方へ眩しげに目を向けるウラヌス。足下を見て、伸びる影を目で追っていく。

 

 やがて、一方向を細い指で差し示す。

 

「ここから北へ約10㎞。……懸賞都市アントキバを目指す」

 

 ──その言葉に肌がザワついた。

 

 時刻と太陽の位置から、北を割り出せるということは……

 

 彼は、ここが現実で、しかも世界のどこに位置するかまで知っているんだ。

 

 

 

 私達4人は、まだ早朝の空気が残る大平原へと踏み出した。

 

 正確に北の方角を把握しているのはウラヌスだけなので、彼が先頭を歩いている。

 私は少し遅れて後ろを付いていくつもりだったけど、彼がどの辺りを目印にしているか視線で分かったので、横に並んで歩き出した。

 後ろにメレオロンとシームが並んで歩き出す。リュックを背負ってるのは、ウラヌスとメレオロン。まぁ順当かな。

 

「そういえばウラヌスは──」

 

 尋ねようとして、彼がスッと手で制してきた。彼が外そうとしない視線の先を追う。

 

 影。4本足の動物……犬? が歩いてる。

 

 リュックを背負ってるとは思えない軽やかな歩みで、彼は30m以上離れた先にいる犬の元まで進んだ。もう犬の背に手を置いている。その犬が、カードに変じた。

 

 速いな……いや、巧い。手合わせの時、私に対して乱調を誘う歩法を披露していたけど、彼が今見せたのは言わば早歩きだ。私には見えないけれど、もちろんオーラ有りだろう。

 

 彼が扱う念能力の性質上、重心移動の修行は充分積み重ねているであろうことは分かるけど……にしても洗練が過ぎるな。……17歳で到達できる水準なのか、アレは? 普段はむしろ弱々しく歩いてすらいるのに。

 

 徒手空拳の武術として、動きを最適化させる気がないって言ってたけど……

 

 彼は、その気と時間があれば最適化できる──と言いたかったのか。

 

 たおやかな手付きでカードを二本指に挟んだウラヌスは、私達へと普通に歩いてくる。3人とも足を止め、彼が戻るのを待つ。

 

 そばまで来て、彼はカードを示した。特にメレオロンとシームの方へ。

 

「カード化できるアイテムは、今みたいに入手条件を満たすことで手に入る。このケースなら、さっきの犬に触れることでカード化する。

 入手後、もしくはバインダーから取り出すと、1分で勝手にカード化が解けるから──ブック」

 

 彼が填める指輪からバインダーが出現する。宙に浮いたバインダーを、慣れた手付きでサッと開き。

 開いたページをこちらへと向けながら、フリーポケット枠へ入手したカードをカチリと収めた。と思ったら、すぐ取り出す。

 

「これで1分延長される。

 時間切れによるうっかりアイテム化はありがち事故だから、充分気をつけてくれ。

 後こうやってカードを持ってる時に、うっかり『ゲ』と『イン』を繋げて言わないこと。そのつもりがなくても、指輪が音声に反応してカード化が解けるから。

 ……ま、やっちゃったら仕方ないけど」

 

 言って、再びフリーポケットにカードを収めるウラヌス。相当手慣れてるな。しばらくゲーム内にいればみんな出来るようにはなるんだけど、久しぶりに戻ってきて、いきなりこれか。

 

 ウラヌスは、シームへ開いたままのバインダーを渡そうとする。受け取るシーム。

 

「メレオロン、シーム。

 良く見て欲しいんだけど、そのカードに数字が書いてあるだろ?」

 

 2人とも、そのフリーポケットに収まったカードをまじまじと見る。……私も、こんなところで入手できたカードが何なのかちょっと気になるけど、初心者への説明が優先だろう。

 

「ゲーム外でも説明したけど、左上の数字がカードナンバー。

 右上のF-215は、カードのレアリティ──ランクと、カード化限度枚数だ」

 

 

 

『1308:たずね犬』

 ランクF カード化限度枚数215

 子供に恵まれなかった 老夫婦が大切にしている飼い犬

 放浪癖がある

 

 

 

「……大体わかったけど、このカードっていうか、アイテムは何?」

 

 メレオロンの質問に、ウラヌスはちょっと微妙な表情を浮かべる。

 

「本当なら、順番が逆なんだよ。

 懸賞都市アントキバで、この犬を探してくれっていうイベントがあるんだ。

 壁に貼られた懸賞ポスターで、たずね犬見つけてくれた方に『呪われた幸運の女神像』さし上げますってのがあって。

 指定された場所にこのカードを持ってくと、そのアイテムと交換してくれるんだ」

 

 ……ん? あれ。

 

 ウラヌスの言葉を聞いて、私は首を傾げる。

 

「ふぅん。で、その『呪われた幸運の女神像』ってのは?

 名前的にイミフなんだけど、どういうアイテムなの」

 

 ウラヌスは肩をすくめつつ、

 

「そのままなら、ただの換金アイテムだな。何の効果もない。

 ゲーム内通貨の2万ジェニーで売れるだけ。

 おまけに、この交換イベントは1回きりだしな」

 

「……そのままなら?」

 

 私の上げた疑問の声に。ウラヌスが口許に笑みを浮かべて、反応した。

 

「気づいた?」

 

 そういうことか……!

 

 私は思わず大声で、

 

「────『呪われた幸運の女神像』は、『聖騎士の首飾り』で呪いが解ける!」

 

 ウラヌスが笑みを深めて、親指を立てた。

 

「YES。それが『幸運の女神像』の入手条件。

 そのアイテム自体は、幸運を招くとだけ書いてあって具体的な効果は分からないけど、トレードショップで売れば70万ジェニーになる」

 

 私に向けて、まだ意味ありげな視線を向けるウラヌス。やっぱり、そうなのか……

 

「そのイベントこそが……

 指定ポケットカード『奇運アレキサンドライト』入手のヒントだったんですね」

 

「ん。満点」

 

 おぉー。久しぶりだなぁ……こういう謎を解いた時のカタルシス。

 やっぱり私はゲーマーだったか。ふふふ。

 

「このイベントの必要アイテムが、シソの木からアントキバまでで取れるから、ヒントで間違いないだろうね。奇運アレキサンドライトは、アントキバから少し進んだところだし。

 指定ポケットカードじゃないからって無視してると、こういうヒントを見逃すんだ。

 一度ゲームクリアされて、入手条件が変わった指定ポケットカードもあるだろうから、ちゃんと気をつけないといけない」

 

 あははは……この人すごい。歩く攻略本だ。

 しかも答えだけ書いてあるんじゃなくて、答えまでの流れを教えてくれるメッチャいい教科書だ。申し訳ないけど、ゲンスルーさんとはそこが違うな。

 前回ウラヌスが1人でプレイなんてしてなかったら、かなり強敵だったかもしれないな……

 奇運の入手条件になってる『物乞いさん達の病気が実は呪いで、それを解呪する』っていうのも、バッテラさんの恋人の病気が、実は念の呪いだったっていうのに繋がってるし。もちろんそれは偶然だろうけどね。はぁー……色々あるなぁ。

 

 黙って、私達のやりとりを聞いていたメレオロンとシーム。

 メレオロンが口を開く。

 

「その……アレキサンドライトって、どうやって取るの?

 聖騎士は月例って聞いたけど」

 

『あ、ぅ』

 

 なぜか私とウラヌスが、同じように呻いた。

 思わず顔を見合わせる。

 

 

 

 あ。これは……

 

 私達、ぜったい同じ目に遭ってる。

 

 

 

 それに気づいた、私とウラヌスは。──次の瞬間、2人して吹き出した。

 

「──ぶはっ!! えぇ、アイシャも?」

 

「う、ウラヌスもですか? アハハハッ」

 

 ウラヌスに釣られて、私も笑いが止まらなくなる。突然爆笑する私達に、目が点になるメレオロンとシーム。

 

 ごめんね、2人とも。揃いも揃って、物乞いに身包み剥がされたとか、説明しづら──「ぶふっ!」

 

「アハハハハッ、おなかいたい!

 すいませ……アハハハ! いたいイタイ!」

 

「ぅわ、もうっ! おんなじの引っかかってたし!

 あっははははッ! やっべぇ! ぶはは!」

 

 お腹を抱える私、膝を叩きまくるウラヌス。当分、笑いの衝動は収まりそうになかった。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
・グリードアイランドゲーム開始時フロー(特殊なセーブデータ・クリアデータを除く)
 ※状況に応じてメッセージは若干変わりますが、そこは簡略



 <ゲーム開始前>
 グリードアイランドのソフトが入ったゲーム機に『練』をする。
 ↓
 ゲーム開始、シソの木内部へワープ。
 ↓
 扉を抜けた先の部屋へ移動する。
 ↓
 メッセージ「グリードアイランドへようこそ……」

 ↓↓状況に応じて分岐

 分岐A:
 指輪を填めて、かつその指輪に紐づくセーブデータが入ったメモリーカードを『練』で入ったジョイステーションに差している状態で開始した
 ⇒①へ

 分岐B:
 指輪を填めていない、またはその指輪に紐づくセーブデータが入ったメモリーカードを『練』で入ったジョイステーションに差していない状態で開始した
 ⇒②へ



 ①
 メッセージ「あなたは……もしや○○様では?」

 ↓↓返答

 分岐A:
 そうであると肯定した
 ⇒③へ

 分岐B:
 そうではないと否定した
 ⇒④へ



 ②
 メッセージ「まず、あなたのお名前を教えていただけますか?」
 ↓
 名前入力
 (ジョイステの無線パッドを渡され、目の前に現れた仮想モニター上で名前入力)
 ↓
 メッセージ「○○様とおっしゃるのですね。御来島を歓迎いたします」
 ↓
 ⑤へ



 ③
 メッセージ「おお……! お待ち申し上げておりました」
 ↓
 ⑤へ



 ④
 メッセージ「そうでしたか……」
 ↓
 メッセージ「もし以前に入島されていた場合、今後その続きから始めることはできなくなりますが、よろしいですか?」
 ※セーブデータの上書きをしていいかの確認

 ↓↓返答

 分岐A:
 続きが出来なくても問題ないと肯定、もしくはその名前の人物ではないと否定する
 ⇒②へ

 分岐B:
 やはり自分は○○(聞かれた名前)であると認める
 ⇒③へ



 ⑤
 メッセージ「ゲームの説明を聞きますか?」

 ↓↓返答

 分岐A:
 説明を聞くと答えた
 ⇒⑥へ

 分岐B:
 説明は不要と答えた
 ⇒⑦へ



 ⑥
 メッセージ※ゲーム説明
 ↓
 ⑦へ



 ⑦
 メッセージ「それでは、ご健闘をおいのりいたします」
 ↓
 シソの木内部と外部を繋ぐ階段が開く
 ↓
 シソの木の外へ(ゲーム開始)





・グリードアイランドゲーム開始時の名前入力ルール

 1.
 新規ゲーム開始時のみ、名前を入力することができる。
 以前のセーブデータを使って、名前を変更することはできない。
 (原作でもヒソカは名前を変更できるとは言っておらず、それに相当する描写もない)

 2.
 自分自身の名前とプレイヤー名を同じにする必要はなく、任意の名前を入力できる。

 3.
 名前入力に使える文字は、ハンター文字と補助文字のみ(「=」など)。

 4.
 名前入力をせずに、ゲームを開始することはできない。
 ※発声できない名前であった場合、発声できない部分はスペル使用時などに許容される
  例1:入力「クロロ=ルシルフル」→音声「くろろるしるふる」
  例2:入力「もょもと」→音声「ももと」または「もよもと」どちらでもいい

 5.
 1文字だけの名前入力は却下される。
  例:入力「あ」→選択「決定」
   →メッセージ「名前が短すぎます。2文字以上の名前を入力して下さい」

 6.
 10文字を越える名前は入力できない。
  例:入力「あいうえおかきくけこ」→入力「さ」
   →メッセージ「名前が長すぎます。10文字以内の名前を入力して下さい」

 7.
 発声音が1音以下の名前入力は却下される。
  例1:入力「===」
   →メッセージ「発声できる名前を入力して下さい」
  例2:入力「ひゃ」
   →メッセージ「名前が短すぎます。2音以上で発声できる名前を入力して下さい」

 8.
 「ブック」もしくは「ゲイン」を含む名前入力は却下される。
 ※都市名・スペル名を含む名前は許容される。既に登録されているプレイヤーと同名も許容される
 (同名が2人以上存在するプレイヤーに、発声で対象指定するスペルを使用した場合は、スペルを使用したプレイヤーにより近い位置のプレイヤーだけが対象になる)



 名前入力のルールがシビアな理由は、不正防止や誤発声誘発防止の為です。





・名前入力こぼれ話

 シーム「早口言葉みたいに言いにくい名前にしたら、スペル攻撃されにくいとか」
 アイシャ「仲間が嫌がりますよー」

 メレオロン「思わず口にしたら恥ずかしい名前を」
 ウラヌス「そんなん、相手が割り切ったら終わりですー」
 アイシャ「……仲間が嫌がります」





 わんわんお|=ω)っ日

【挿絵表示】







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第二十六章

 

 私達はひとしきり爆笑した後、

 

「ま、まぁ今回も奇運が、同じ入手方法とは限らない、し?

 いちおう、調べられたら調べよ、か。っくっく……」

 

「……ですね。

 同じだったら、それはそれで困っ、ははは」

 

「アンタ達、いい加減落ち着きなさいよ。

 ほら、シームも呆れてるじゃないの。そんなの、よっぽどのことよ?」

 

 そう言って、自分も呆れ顔のメレオロン。ごめん、ツボりすぎて……。でもやっぱり、あのイベントひどいよー。

 

「2人とも、早く出発しないと……

 月例大会に間に合わなくなっても知らないよ?」

 

 心配そうにシームが急かしてきたので、ようやく笑いの衝動が収まってきた。ん、んー。

 

「……すいません、もう大丈夫です」

「あー、ごめん。そうだった……

 どっちにしたって、この『たずね犬』はすぐ金にはならないからね。

 このまま持っとく。ブック」

 

 ウラヌスはそう言って、バインダーを消した。

 

「聖騎士を取ってから、アイテムを渡しに行くってことですか?」

 

 私が尋ねると、ウラヌスは頷いてみせる。

 

「いちおう『呪われた幸運の女神像』も金にはなるからね。

 持ち歩いて、もし奪われたりしたら馬鹿馬鹿しいし」

「なるほど……

 いま防御スペルが1枚もありませんからね」

「うん。それもあるし、これって初心者向けの懸賞だから、交換イベントやってるトコを誰かに見られたりすると……」

 

 狙ってくれって言ってるようなもんだな……。警戒するに越したことはないか。

 

「でも『たずね犬』自体がイベントクリアに使えるなら、それを奪われる可能性もあるんじゃないですか?」

「交換イベントが1回きりだから、わざわざ奪うプレイヤーはそんなに居ないと思う。

 ちなみに交換イベントを発生させなければ、『たずね犬』を持ってない時ここへ来ると、また犬が出てくるんだよ。

 だから奪われたところで大した痛手じゃないよ」

「……それも調べたんですか」

「うん。『初心/デパーチャー』が余ってた時に」

 

 笑顔で答えるウラヌス。……はぁ。几帳面なことで。

 

 

 

 再びアントキバに向かって歩き出す私達。

 

「そういえばアイシャ。

 さっき俺に、何か聞こうとしてなかった?」

「あ、そうだった。

 ウラヌスって、今回新規で始めたんですか?

 前のセーブデータって……」

 

 私の質問に、ウラヌスは「うん」とうなずき、

 

「カードは全部消えてて、金もほぼ残ってなかったからね。

 都市を訪れた履歴とかは10日経っても消えないモノだから、利用できたんだけど……

 指定ポケットカードの入手方法が変わったみたいだし、前に発生させたイベントとかが再発生させられなかったりしたら、調査の邪魔になって困るしさ。

 完全新規の方が、調べものはしやすいかなって」

 

 そこまでウラヌスは言った後、

 

「ま。俺はメモリーカード回収しそこねたから、結局続きからは出来ないんだけどね」

「メモリーカード回収?」

「……俺は前、バッテラのトコから入ってたからさ。

 ハメ組のせいでスペルカードが不足してたし、港からゲーム出たんだよ。

 で、後日メモリーカード取りに行こうとしたら、もうバッテラがゲーム機を手放してて、どこに行ったか分からなくなった」

「あー」

 

 リィーナがバッテラさんの恋人助けた影響って、結構大きいんだなぁ。

 

 ……そりゃそうか。ゲームクリアする目的が根底から引っくり返ったんだもんな。

 

 

 

「しっつもーん」

「ん。なにメレオロン?」

 

 後ろからの声に、ウラヌスが返す。

 

「新しくセーブデータ作ると、前のってどうなるの?」

「あー、えっとな。

 まず今填めてる指輪とメモリーカードのセーブデータって、セットなんだよ。

 で、新規に始めると、また指輪がもらえるんだけど。

 新しく指輪を填めると、それまでのセーブデータに上書きされるんだ。そうなると前の指輪も、前のメモリーカードのセーブデータも、持ってたところで使えなくなる」

「ふーん」

 

 ふむ。ゲンスルーさんもそんなこと言ってたかな。……いや、違うか。ゲンスルーさんからの情報を、クラピカに教えてもらったんだったか。ややこしいな。

 

 

 

「……ウラヌス」

「うん? なに、アイシャ」

「もうちょっと早く歩きません?

 その、私おなかが空いてて……」

「あ、そっか。

 キミの場合は限界まで消耗した後だし、特にちゃんと食べた方がいい──ん?」

「どうかしました?」

「……いや、別に」

「?」

 

 

 

 

 

 ────ウラヌスは、改めてアイシャの生命力と精神力を確認し、あることに気づいた。

 

 強制『絶』になる前より、えらく増えてんだけど……なんぞ?

 

 特に生命力が140万近くだったはずなのに、今は完全に140万を越えているようだった。

 

 ……ボス属性でオーラ枯渇すると激増させる効果でもあるとか? いや、でも気のせいかもしれないしな。強制『絶』の影響もありえるし、元々多いから単なる誤差ってことも……

 

 ともあれ、その辺りのことをアイシャへ伝える気にはなれなかったが。なんとなく。

 

 

 

 

 

「ホントにどうしたんです? ぼんやりして」

「いや、なんでもないって。

 それより急ぎたいって話だったね。

 でもこの2人に、もうちょっと説明しときたいんだよ、道すがらに。

 だから後少しだけガマンしてくれる?」

「……はい」

 

 仕方ないか。街に着いてからだと説明しにくいこともあるだろうしな。人目があるから。

 ウラヌスは歩きながら後ろへ視線をやり、

 

「メレオロン、シーム。

 足下にある石でもなんでも、何かあったら拾ってみてくれ」

 

 背後の2人が、足下に視線を落とす。

 

「んー。石、石……」

「……石ねぇ。草ばっかなんだけど」

 

 そうそう。探すと意外になかったりするんだよね。「あー」とウラヌスは後ろ頭をかき、

 

「この辺の草はダメかなぁ。自生してるっぽいし。

 拾えるやつ、取りやすいやつじゃないと」

 

 なんだよな。ゴンが色々拾ってたみたいだけど、カード化するのとしないのがあって、違いがよく分からないって言ってた。私はそれどころじゃなかったし、全然調べてない。

 

 んー……あった。アレは大丈夫かな。

 

「2人とも。

 あの辺りに何個か落ちてるみたいですよ」

 

 私から見て、前方右斜めの地面を指差す。

 そのまま歩いていき、指差した辺りで私達は足を止める。

 

「お。ホントだ、あった」

 

 メレオロンが石を拾うと、煙になって、カード化した。

 続けてシームも拾う。ついでに私も。拾った石は全てカード化した。

 

 

 

『21449:石』

 ランクH カード化限度枚数∞

 道端にある 何のへんてつもない石 人に向かって投げれば

 そこそこのダメージは 与えられる

 

 

 

「なにこれ?」

 

 メレオロンが半眼でぼやき、

 

「クソカード?」

 

 シームが首をひねり、

 

「せめてクズカードと言ってください」

 

 私が訂正した。

 

「……アイシャも結構クチ汚いよね」

 

 ウラヌスの指摘に、私は「うっ」と呻く。私じゃないもん、言ってたのゲンスルーさんだもん……

 

「じゃあウラヌスは、なんて言ってるんですか」

 

 私が唇を尖らせて抗議気味に尋ねると、ウラヌスはちょっと困った顔で、

 

「……

 不要カード。いらないカード。穴埋めカード」

 

 真っ当な例をいくつも返してくる。……がーん。

 

 ウラヌスはこめかみをかきながら、

 

「……いや、まぁ。

 誤解なく伝わるなら、クズカードでいいんだけどさ。

 ただの石だから、ひどい言われようなのかなって気はしてるし。

 ま、いいからバインダーにみんな入れといて。1枚もないとカッコつかないだろ?」

 

「ちなみにこれって、いくらで売れるの?」

 

 メレオロンの質問に、ウラヌスは肩をすくめ、

 

「真面目な話、道端で拾った石が金になると思うか?」

「……思わないけど」

「そういうこと。

 試しにトレードショップで売ろうとすると、そんなの買い取れないよって言われる。

 よって問答無用で0ジェニー」

 

 そうウラヌスが答えた。

 

「クズカードじゃん」

「アタシもクズだと思う」

「ね、そう思いますよね?

 こういうのって、クズカードの代表だと思うんですよ。やったー。3対1」

「アイシャ……」

 

 アントキバへの道すがら、そんな馬鹿話もまじえて進んでいたところ。

 

 私とウラヌスが同時に空を見上げた。──音に反応し。

 

 音のする方を見ながら、一瞬だけ視線を交わす。身構える私とウラヌス。

 

 バシュンッ!!

 

 と音を立て、煙とともに眼前へ誰かが着地した。

 

「ぅわっ!?」

「え、なになに!?」

 

 メレオロンとシームが驚く。見覚えのある男と私が認識した時、もうウラヌスは動いていた。

 

「──ごっ!?」

 

 ズシャアッ!

 

 男の口許を塞ぐように掴み、側面から足を刈りながら、男の後頭部を地面に叩きつけるウラヌス。そのまま口許をぎりぎり締めつつ、素早く馬乗りになる。

 

 うまい──相手の両腕を、両脚で(き )めて動きを封じている。

 

「よぉぉぉ、らたぁぁざぁぁぁ。

 おっひさぁー」

 

 私から顔は見えないけど、聞いたことがないネチッコイ声を出すウラヌス。

 ウラヌスは空いてる手で、男のヘッドホンを毟り取る。

 

「ぐごぉっ!? うごごごっ!」

 

 呻きながら、じたばたもがく男。ひどいな……色々と。

 

「お前、この状態であがくなよ。

 無理だろ? カードも手にできないし、ブックを唱えてバインダーも消せない。

 ついでにヘッドホンがなけりゃ念能力も使えねぇよな?」

 

 イヤらしーなぁ……

 まぁ私が前にも会った初心者狩りプレイヤーだし、相応の(むく)いな気もするけど。

 ウラヌスは何だか楽しげな様子で、

 

「アーイシャー。

 ラターザのバインダーから、カード全部持ってってー♪」

「ブゴォッ!?」

「え……」

 

 うわ、全部いっちゃう? それは流石にやりすぎじゃないか? 恨まれるぞ、そこまですると……

 

 ……とはいえ、ゲーム開始直後に少しでもカードがあると、かなり助かるのは事実か。ひとまずマウントポジションのウラヌスに近づく。

 

 覗きこむ。うん、やっぱりあの人か。何かもう色々ヒドイ有様だけど。そばへ転がったバインダーに手を伸ばし、

 

「それじゃ、ちょっと拝見しますね」

「うごーっ!?」

「るせーぞコラ。顔面、握りつぶすぞ」

 

 ウラヌス、スゴイ握力ありそうだな。念能力もそれっぽかったし。

 ラターザという、現在進行形で可哀想な人のバインダーをめくっていく。

 

 ふむ……指定ポケットカードは2枚。フリーにスペルカードが結構入ってるな。お金は全く無い。多分マサドラで、スペルを補充した直後なんだろう。

 

「えっと…………

 指定ポケットは『37:超一流スポーツ選手の卵』と『93:人生図鑑』。

 フリーは……

 『盗視/スティール』3、『透視/フルラスコピー』2。

 『防壁/ディフェンシブウォール』1、『磁力/マグネティックフォース』1。

 『掏模/ピックポケット』2、『窃盗/シーフ』1、『再来/リターン』2。

 『衝突/コリジョン』……9。

 『追跡/トレース』4、『密着/アドヒージョン』2、ですね。

 後は水と食料……不要カードです」

 

「相変わらず片寄ってんなー、オマエ」

「ぐごご……」

「で?

 アイシャがわざわざそれを言うのは、カード全部は取りたくないってこと?」

「……

 はい、それは流石にちょっと。必要な分だけにしませんか?」

 

 私の状態が状態だから、積極的に喧嘩売ってほしくないんだよね。……私の言葉を吟味した結果か、ウラヌスの全身からやや力が抜けた。

 

「……

 オーケー。じゃあ最低限に妥協するよ。

 んー……

 『盗視』と『防壁』を1枚ずつ、『追跡』と『密着』を全部」

「分かりました。

 ……申し訳ないですけど、それだけいただきますね」

「うごぉ……」

 

 遠慮していてもこの状態が長引くだけなので、私はラターザのバインダーからカードを取って、

 

「ブック」

 

 自分のバインダーのフリーポケットに、それらを収めていく。

 

「ブック。

 ……ウラヌス、もういいですよ」

 

 私はバインダーを消しながら、2人から距離を置く。メレオロンが、スッとカバーしてくれた。

 

「ふぅー……

 ほらよっと」

 

 ウラヌスが飛び退き、ラターザから距離を取る。私の正面を阻む位置で。

 

「……っくそぉ!!」

 

 口許を真っ赤にしながらヘッドホンを掴み取って立ち上がり、バインダーからカードを取り出すラターザ。

 

 ごきり、と。

 

 ウラヌスの右手が、警鐘を鳴らした。

 

「……っ!」

 

 ラターザは声を発しない。……残りのスペルカードは、私達にとってそれほど脅威ではないけれど、彼の念能力は何かあるかもしれない。うかつな言動は、ウラヌスの再攻撃を招くだろう。

 

「り……『再来/リターン』オン!

 マサドラへ!!」

 

 光に包まれたラターザが、空の彼方へと飛んでいった。

 

 はぁ……何か悪いことした気分だ。仕掛けてきたのはラターザで間違いないだろうけど、こっちは用件も確認せずに問答無用だったからな。

 

 臨戦態勢を解いて、しょんぼりした様子のウラヌスに声をかける。

 

「……ウラヌス。

 あなたは他のプレイヤーに対して、ああやって好戦的なんですか?」

 

 尋ねると、彼は弱々しく首を振った。

 

「いや……

 アイツは前に、一方的に嫌なこと言われてね。個人的にやり返したかっただけ。

 そうでなくてもアイツ、完全に敵対行動(と )る気だったし」

 

 うん。おそらく、来たばかりのプレイヤーにスペル攻撃をすることで有名なプレイヤーなんだろう。なら、ウラヌスの対応も当然か。彼の目の力があれば、相手の敵意を敏感に察知できるだろうしな。

 

「分かりました。

 そのことについては、私から特に何も言いません。

 ……それより『追跡』と『密着』をやたら取らせましたけど、これって使うんですか?

 単に使わせない為に取ったんですか?」

 

 ウラヌスは、ワンピースをぽんぽん払いながら、

 

「両方かな。

 その2種類のスペルカードは使い道がある」

 

「はぁー……緊張したぁー」

 

 シームが心底ほっとしたように声を出す。

 

「あんなふうに、いきなりやってくんのね……

 警戒するクセつけとかないとダメね」

 

 メレオロンが頭をかく。まぁ2人にはいい経験になったか。

 

「残念ですが、アレは慣れるしかないです。いついかなる時でも突然プレイヤーがやってくる可能性があります。

 常日頃から安全な状態はない、と心に留めておいてくださいね」

「わかった……」

「怖いところね」

 

 かくいう私も、ちょっと気が抜けてたのは認めるところ。ウラヌスの反応は見事だった。まぁ先手必勝というか、色々アレだったけども。ウラヌスが他人を(おど)す時ってあんな感じなのか……

 

「まー、あんなコリジョンバカはアイツくらいだけどなー。

 自分1人しか飛べねーのに、よくあんなもん愛用するよ。

 っとに、朝っぱらから何やってんだアイツ……」

 

 後ろ頭をかくウラヌス。確かに『衝突』はちょっと使い勝手が分からない。初心者狩り以外に、使い道なさそうだし。後はプレイヤーキラーか……。他に何かあるんだろうか。

 

「でもウラヌス。

 私が言うのもなんですけど、『再来』や『磁力』って貰わなくてよかったんですか?

 アレは使えるスペルカードだと思うんですけど」

 

 尋ねると、ウラヌスは微妙な顔を返してくる。

 

「……俺達のうち誰かが、マサドラに行ったことがあれば、ね。『再来』は使えたけど。

 『磁力』も居場所を知ってるプレイヤーと遭遇してないし。……ラターザがマサドラへ飛んでいったけど、どこへ行くかは事前に分からなかったから。

 今回みんな新規だから、結局マサドラには自力で行かなきゃいけない。なら1人でしか使えない『再来』も『磁力』も使いづらい。俺だけ先行してマサドラに行くのもリスクが高すぎる。

 ラターザが逃げられるようにしたかったから、どっちにしろ全部は取れなかったし」

 

「……、なるほど」

 

 そっか。ラターザってソロプレイヤーだろうし、私達にとって有用なスペルを持ってる可能性は低いのか。特に『同行/アカンパニー』は誰かと交換しちゃうかもな。『衝突』とかと……

 

 ……個人的な恨みがある、みたいに言ってたのに、ラターザを逃がす気だったっていうのは……ラターザに対して非情になりきれなかったのか、私達の安全の為なのか。

 

「さてアイシャ。

 別に『密着』はどっちでもいいんだけど、『追跡』は使っときたいかな。早めに」

 

「? ……ブック」

 

 ウラヌスに急かされてるようなので、ひとまずバインダーを出して、フリーポケットのページを開く。

 

 

 

『1027:追跡/トレース』

 近距離攻撃呪文 ランクE カード化限度枚数90

 対象プレイヤー1名の現在位置を常に知ることができる

 (対象プレイヤーがゲーム外へ出るまで効果は継続する)

 

 

 

『1033:密着/アドヒージョン』

 近距離攻撃呪文 ランクC カード化限度枚数50

 対象プレイヤー1名の指定ポケットの全データを

 常に知ることができる

 (対象プレイヤーがゲーム外へ出るまで効果は継続する)

 

 

 

 んー?

 早めにと言われても、これは攻撃スペルだ。いったい誰に……

 私のバインダーを覗き込んだメレオロンが、少ししてうんうんとうなずく。

 

「ああ、そういうこと?

 敵対してる相手とかにじゃなくて、仲間同士で使うってことね。アリじゃない?」

 

「……あ。なーるほど」

 

 攻撃用のスペルって先入観があるせいで、そんなの思いつかなかったよ。

 ふむ……言われてみれば、確かにいい使い道だな。

 

 私達の反応に、満足げにうなずくウラヌス。

 

「その通り。

 普段は気にしなくていいけど、はぐれたり別行動した時に合流するのには便利。

 後は『同行』で他プレイヤーに連れ去られた時、直接プレイヤーへ飛ぶスペルカードがなかったりした場合に有効かな?

 ぶっちゃけランクCの『密着』より、『追跡』のがよっぽど便利だよ。味方同士で使うなら、だけど」

 

 言われてふむふむと思いつつも、私は首を傾げる。

 

「うーん……

 でも『追跡』は4枚しかないから、4人で掛け合うには足りないですよね?」

 

 首肯するウラヌス。

 

「4人がお互いの位置を把握するには、12枚いるね。

 だから誰が誰にかけるか、決めないといけないんだけど……」

「……ぼくの意見、言っていいですか」

 

 シームが話に参加してくる。

 

「どうぞ」

 

 ウラヌスが促すと、シームは少し考えながら、

 

「ボク達の中で一番速く動けるのはウラヌスだから、ウラヌスの方からボク達と合流する為に使っておいた方がいいかな、って」

「……。

 まぁ素早く合流するなら、俺がみんなの場所を把握してる方がいいわな。

 みんながそれでよければ、だけど」

「私は構いませんよ」

「アタシも。どうせ今だけの話で、『追跡』がまた取れたらすぐに掛け合うんでしょ?

 じゃあ別にいいんじゃない」

「……そっか。

 みんながいいなら、俺もそれでいいよ。

 じゃあ3枚は俺が使うとして、後1枚は……」

 

 シームが挙手。お、なんか積極的だな。

 

「最後の1枚は、いま決めずに後で決めた方がいいと思います」

「……オッケ。そうしよ。

 今からみんなにスペル使うけど、構わないかな」

「ええ、いいですよ」

「スペル使う時って、どんなのか見てみたかったのよね」

「ボクからボクから!」

 

 楽しそうだな、シーム。……きっとゲーム大好きなんだね。そういえば、ジョイステで一番遊んでたもんな。

 私は自分のバインダーから『追跡』を3枚外し、ウラヌスに渡す。

 

「うん。では早速。

 ちょっと3人ともそこにいてね。ブック」

 

 言って、ウラヌスは少し距離を開ける。2枚をバインダーに収めつつ、

 

「じゃ、よく見ててくれよ。……いや、ちょっと待て。

 アイシャ、『盗視』も貰える?」

「え? あ、はい」

 

 私は『盗視』のカードも取り出し、ウラヌスにヒュッと投げる。キャッチするウラヌス。

 

「さんきゅ。

 念の為、名前確認しとかないと……

 うん。アイシャ、メレオロン、シーム。来た順だな。

 じゃあ行くよ。

 

 ────『追跡/トレース』オン、シーム」

 

 スペルを使用したウラヌスから光が────

 

 出なかった。

 

 いきなりシームの身体が光る。そして、すぐに光は収まった。

 

『は?』

 

 私とウラヌスが、目を丸くしてシームを見る。

 

 え。なんか違くね? スペルで攻撃した時って、こんなあっさりしてたか?

 

 様子のおかしい私達2人を、メレオロンとシームが交互に見る。

 

「どうしたの? 2人とも」

「なにかあったんですか? 今ので終わり?」

 

「……ウラヌス。

 攻撃スペル使った時って、こんな感じでしたっけ?」

 

 私が自信なさげに尋ねると、彼は首を横に振った。

 

「いや、違う。

 この手のスペルを使ったら、まず俺から光が出て、その光がシームに当たる。

 それで効果が発揮される。

 その過程抜きで、いきなり効果が発揮されてるけど……」

「……ですよね。おかしくないですか?」

 

 ウラヌスは腕を組んで「んー」と唸りつつ、

 

「おかしいっちゃおかしいけど……

 ただ、これでも問題はないと思う。どうせあの光って避けられなかったし。

 仕様が変わったのかな……? なんでか分からないけど」

 

 …………防ぐ余地が消えとる。────まさか! リィーナ対策かっ!?

 

 あの子1人の為に、スペルカードの仕様変えやがった! そこまでするかッ!?

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
・リィーナの【貴婦人の手袋/ブラックローズ&ホワイトローズシャーリンググローブ】問題

 ※能力詳細については、無印の第四十八話後書き参照



 ゲームクリア後、いっぱいクレーム入ったのです……

 特にクリアを逃したハメ組から。スペル攻撃が念能力で防げるとか、ふざけんなし! ゲームバランス崩壊にもほどがある! だのなんだの……

 港のエレナがうんざりするほどクレームを聞くハメになり、ゲームマスター間で揉めた案件。

 防ぐ余地があるのは問題だ、光が飛んでいかないと見た目がよくない、今さら直すのは面倒だ、もっと光を飛ぶ速さを上げろ、誰がやると思ってんだソレ気軽に言うなよ、あの速さぐらいが見た目に美しいんだ、下らないコトこだわるな、速くしたって防がれるかもしれないだろ、だいたい防げるのが1人だけなら別にいいだろ、そんなこと言って他にも出てきたらどうするんだ……

 ゴチャゴチャと話し(揉め)合った結果が、もうシステムで強制処理しちまえという酷い結論だった。ちなみにそれを言ったのはジン。運営参加しないくせにロクなこと言わない。それを言ったジンをボロクソに貶した挙げ句、アイデア採用する運営陣も大概だが。



 クソゲー、クソ運営、詫び石|・ω)<はよ






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第二十七章

 

 私とメレオロンに対しても、ウラヌスは『追跡』を使ってみたが、やっぱり光が飛んでいく演出もなく、スペルを使われた側の身体がいきなり光るようになっていた。

 

 あ、味気ないな……リィーナ対策なのは理解できるけど、もう少し何とかならなかったのか?

 

「ねえねえ。

 いま、アイシャの時だけ長く光ってたけど何で?」

 

 質問するメレオロン。

 ウラヌスが『追跡』を使用した際、私はバインダーを出していた為、『防壁』を使うかどうかの時間が与えられていたのだ。だから15秒経つまで、私の身体はピカピカ光った。地味にうざいし、恥ずいな。私は電飾か。

 

「えっとな。アイシャのバインダーに防御スペルが入ってたからだよ。

 バインダーを出してなかったら同じ結果だったけど、バインダーを出してる状態で防御スペルを持ってると、スペル攻撃を受けた時に最大15秒の待ちが発生するんだ。

 その15秒間、対象者は防御スペルを使うかどうか決められる」

 

 説明するウラヌス。ゲームに入る前、メレオロン達に説明してるはずの内容なんだけど、その辺って分かりづらいんだよね。いかにもゲーム的なルールだし。

 メレオロンは考える素振りを見せた後、

 

「今使った『追跡』って、近距離スペルよね?

 半径20m射程って聞いたけど、その15秒待ちの間に射程外になったらどうなるの?」

 

 あ、それ知らないや。

 歩く攻略本様は人差し指をくるりと回し、

 

「どうもならない。半径20mはスペル使用時の射程。

 15秒待機中に移動スペルで逃げたとしても、15秒後にきっちり食らう」

 

 ほー。そうなんだ。

 聞いてみれば、そりゃそうだよねとは思うけど、検証怠らないなぁウラヌスは……

 

「で? 『追跡』を使った後、具体的にどうやって居場所を調べるの?」

 

 メレオロンが尋ねると、ウラヌスは私達を手招きし、自分のバインダーをこちらが覗きやすい向きにしてページを指し示す。

 

「いま開いてるのは、バインダー最後のページなんだけど。

 右側、今ここに『盗視』が入ってるだろ。

 ……アイシャ、バインダー貸して」

「あ、はい」

 

 出したままのバインダーを、ウラヌスの横へと差し出す。バインダーが宙に浮いてるのって便利なんだけど、ちょっと扱いに慣れがいるんだよな。ヘタにいじると浮力が消えて、バインダーが落ちてしまう。

 

 ウラヌスは、私のバインダーも同じように最後のページを開いて、そちらへ『盗視』のスペルカードを付け直す。

 

 ブン。とページ上部の黒い画面が(とも)り、

 

 ────『盗視の呪文を使用します 対象プレイヤーを選んで下さい』と表示される。

 

 そして画面左上からプレイヤー名が表示。ウラヌス。メレオロン。シーム。ラターザェ……

 

「普段は何も出てないんだけど、『盗視』みたいなスペルカードを入れると、こうやって誰に使うか、今まで遭遇したプレイヤーから選択する画面になる。

 でも『追跡』や『密着』なんかを使用して、攻撃に成功したことがあると──」

 

 ウラヌスは自身のバインダーページを再び指す。『盗視』カード外してるのに、なんか表示が出てるな。

 

「ここに『追跡』って表示されてるだろ?

 これを十字キー中央の決定キーで選択する」

 

 電子音が「ピ♪」と鳴る。

 

「今までに『追跡』のスペルで攻撃成功したプレイヤー名が表示される。

 攻撃成功した順にシーム、アイシャ、メレオロン。で、試しにシームを選択すると」

 

 再び「ピ♪」と鳴る。

 表示が切り替わり『シームは シソの木の北にいます あなたと同じ場所にいます』と表示された。

 

「これは今、同じ場所だからこう出てる。

 距離が離れていれば、あなたから南に何m、東に何mの場所にいます、って感じで表示される。

 対象プレイヤーがゲーム外へ出るまで、無条件で何度でも確認できる」

 

 ふーん。……今更ではあるけど、これって敵対プレイヤーに使われたら、かなりヤバイ呪文だな。気をつけないと。これに比べたら、『密着』の方がまだマシなんじゃないか? どっちも食らいたくなんかないけど。

 

「あー、あとアイシャ。

 いま最後のページに入れてる『盗視』、そのままにしておいていいよ」

 

 ……ん? そういえばここって……

 

「え? もしかしてここ、入れっぱなしにできるんですか?」

「うん、そう。

 そこへ入れられるスペル限定だけど、バインダーに入ってる扱いだから、1分経っても無効にならないんだ。

 スペル使用待機中だから、そのカード自体スペル攻撃の対象にもならなくなる」

 

 ぅわ、えぐっ!

 

 ……ここ、そんなに便利なポケットなのか。1枚しか入らないけど。

 

「対象プレイヤーを選択できる、遠距離通常スペルだけなんだけどね。

 ちなみに関係ないカード入れても反応しないから、普通に1分経つとゲインされる」

 

 ウラヌスの説明を聞いて、メレオロンがまた思案顔をしてる。

 

「ブック。

 じゃあ、こうすると……」

 

 バインダーを出したメレオロンが、石カードを最後のページに入れ直す。カチリと音がしない。強引にバタンとバインダーを閉じ、

 

「ブック」

 

 ぼぅんと煙とともにバインダーが消え──そこに石カードが残っていた。カードが下に落ちる。

 

「なるほどねぇ……」

 

 メレオロンの言葉に、肩をすくめるウラヌス。試し済みだなコリャ。……みんな考えるなぁ。

 

「じゃあ……」

 

 そう言ったメレオロンが口を噤み。──居なくなった。

 

 おおー。これが話に聞いてた【神の不在証明/パーフェクトプラン】か。完璧に気配も消えてるぞ。今の私にはメレオロンを全く捉えられない。ちょっと新鮮だな。

 ウラヌスが不自然に視線を彷徨(さまよ)わせ、

 

「今アイシャって、メレオロンがどこに居るか全然分かんない感じ?」

「ええ。全く分かりません」

「そっか……

 やっぱり個人の認識に干渉する能力か。

 メレオロン、手を叩いてみて。

 ……アイシャ、聴こえた?」

「さっぱり聴こえません」

「ふぅん、なるほどね……確かに相当強い能力だよ。特質系ってコレだから怖い」

「あ、なんか暗くなってますよ」

 

 そう言ってきた、シームが指差すところを見てみる。

 私のバインダーで、メレオロンの左のライトが暗くなってる。これはゲーム内に居ないプレイヤーの状態だ。ほー……グリードアイランドのシステムにまで通じるのか。これは驚いた。

 

「すごいですね。

 ライトが暗くなってますから、ゲーム内に居ないことになって──」

 

「おい、メレオロン?」

 

 ウラヌスが、私の目の前辺りを見ながら声をかける。

 

「む?」

 

 違和感。

 

 いきなり現れたメレオロンが、私の左胸を思いっきり指でつついてた。

 

「──ひゃあッ!?」

 

 慌てて飛び退く。シームが目を丸くしながら、

 

「わー。アイシャも消えてたー」

「お、マジで?

 じゃあ今のアイシャになら【神の共犯者】も有効なんだな」

 

 ウラヌスがうんうん感心したように分析する。が、私はそれどころじゃない!

 

「ちょっとメレオロン! いきなり何するんですかッ!?」

 

 私が抗議すると、メレオロンは私をつついた姿勢で呆然と固まったまま、

 

「……いやー、アイシャ。

 アンタ、それはダメだわ。犯罪的だわ。……もっと試していーい?」

 

「なにをですかッ!?」

 

 反射的に胸を隠す。メレオロンの視線と声が怖すぎる。

 

「……おい、メレオロン。

 お前のそういうオッサンくさいトコ、ホントなんとかならんのか」

 

 ウラヌスが心底うんざりそうに言うと、

 

「なによ、ウラヌス。

 ……アンタはいいわよね。もうアイシャのを充分堪能しただろうし」

 

「誰が堪能しただコラァァァッッッ!!」

 

 やめてやめて……何の話か分かっちゃったから。想像させないで、恥ずかしい……

 

 

 

 顔を赤くしながら私達2人は並んで歩き、その後ろをメレオロンとシームが付いてくる。

 

 ぐぬぬ、くっそぅ……

 メレオロンの修行プラン、最初からキッツぃのを用意してやるからな。覚えてろよ!

 

「……アイシャ、ほんとにゴメン」

 

 顔を赤くしつつ、ヘコみながらそう言ってくるウラヌス。うぅぅ恥ずかしい……

 

「気にしないでください。

 今晩にしましょう、あの件は……

 その……メレオロンにされるくらいなら、ウラヌスの方が……ぐ」

 

 言ってて、自爆を悟る。これはアカン。

 

 見ると、更に顔を赤くするウラヌス。ふぅぅ、ダメだダメだ恥ずかしすぎて何か泣けてきた……

 

 これが普通の男性相手だったら、まぁ思うトコはあれど我慢できたかもだけど。

 ウラヌスって、こんな可愛い見た目だからな……なんか余計にイケナイことされた気がしてくる。

 

「ひゅーひゅー。お2人さーん」

 

 茶化す声に、『ギンッ!!』と音がするような殺気を籠めて振り返る私達。メレオロンがたじろぎつつ、

 

「おっ、ほ……

 え、えっとね。その……

 聞きたいことがあるんだけど」

「なんですか」

「なんだコラ」

「ボクから見ても、2人とも仲いいなーって思うんだけど……」

 

 シームが何か言ってるけど、無視。

 

「えっと……

 ほらほら、まだ聞いてなかったなーと思って。

 アレキサンドライトの取り方。教えてくれない?」

 

『……』

 

 顔を見合わせる私達。……真面目に説明しろって言われると、笑い事じゃないんだよな、あのイベント……

 

 ウラヌスは、私の顔を意味ありげにしばらく眺めた後、メレオロンに目をやり、

 

「……別に今じゃなくてもいいだろ? 直前になったら話すよ」

「え?

 そんなに説明するの、面倒なイベントなの?」

「面倒っつーか、その……」

「気になるじゃない、あんた達さっき2人だけで笑ってたし。

 複雑な手順とかあるわけ?」

「んー。……複雑ってほどでもないかな。

 早いうちにやっとかないと、後々やるのが面倒なイベントではあるけど」

 

 だな。手持ちのカード全部渡すなんて、後になればなるほどやりにくくなるだけだ。

 

「だったら、いま聞かせてくれたっていいじゃない。

 どうせすぐにやるつもりなんでしょ?」

「まぁ……

 アントキバからマサドラへ行くついでには、やるだろうな。

 でもクリア前と同じ入手方法とは限らないしさ」

「同じかもしれないじゃない。

 いいから教えてってば」

 

 ウラヌスの顔が何かゲンナリとした。あ、諦めたなコリャ。

 

「奇運アレキサンドライトは……

 アントキバから北へまっすぐ山道を進むと、途中で山賊達と出くわすんだ」

 

 その説明を聞いて、私は『ん?』と思う。山賊?

 

「山賊ねぇ……

 そいつらと戦って、勝ったら手に入るの?」

「いや、ぜんぜん戦わない。そこまで単純なイベントでもないよ。

 襲ってくるかと思いきや、いきなり『助けて下さい!!』って土下座してくる」

「へぇ。

 ……ぜんぜん山賊っぽくないわね」

「まぁな。

 で、その山賊達に付いていくと村があって、小屋の中で子供が熱で寝込んでるんだ」

「なんだか雲行きが怪しくなってきたわね……

 それのどこが山賊なのよ」

「あの……」

「ん。なに、アイシャ?」

「さっきからウラヌスが言ってる山賊って、物乞いさん達のことですよね?」

「も、物乞い?

 ……あ、なるほど。言われてみりゃ物乞いか。

 アイシャ、前回の時に聞かなかったの? あいつらが山賊だって」

「え、えっと……

 そういえば山賊業がどうのと言ってたような」

「あーもしもし、ちょっとゴメン。

 もし助けを求める山賊達を無視したら、どうなるの?」

 

 メレオロンの質問に、ウラヌスは頬をかきながら、

 

「どうもならないよ。

 土下座したまま襲ってこないから、そのまま無視できる。

 微妙に良心は痛むけどね」

「あの土下座、見事ですよね……

 アレって、普通はみんな無視してるんですかね?」

 

 私が尋ねると、ウラヌスは「んー」という顔で、

 

「とりあえず付いてく人は多いんじゃないかなー……。何も渡さずに終わる人が大半だと思う。最初に有り金ぜんぶ要求されるし。

 いちおう俺は確認の為に、一度無視したんだよ。

 すぐ同じ場所に戻ってみたら、また山賊達が襲ってくる、と見せかけて土下座した」

「あー……」

 

 シュールだなー。土下座ループ。

 

「で、小屋の続きな。

 子供の熱がー風土病がーって話をされた後、色々要求されるんだよ。必要だとか言って。とりあえずバインダーのカードを全部要求されるんだけど……

 カードだけじゃなく、身の回りのモンっつうか多分アレはアイテムとして認識されてるんだろうけど、最終的に全部よこせって言ってくる。

 んで全部渡しても、別に何もくれない。ゲームのヒントもくれない」

 

 そこまで聞いたメレオロンは、途端に不機嫌な顔になる。

 

「なにそれ、ひどくない?

 助けを求めておいて、人の良心に付けこんでくるわけ?」

「……まぁヒドイとは思うけど、ゲームのイベントだからどうせ見返りあるだろうって、こっちの下心を見透かしてるとも言えるしな。

 身包み剥がされるって意味では、確かに連中は山賊だよ。はぁ……」

「ホントに身包み剥がされちゃいますよね……」

 

 私達がしみじみ嘆息していると、

 

「たとえば、何も持たずに山賊達と遭ったらどうなるんですか?」

 

 シームが尋ねてくる。回答をためらうウラヌス。

 

「その……

 試してはいない。……奪われるものに、上着が含まれてるし」

 

 メレオロンが目を見開く。

 私はさりげに視線を逸らす。

 シームは、きょとんとした顔で、

 

「へ? 上着なんて渡したら、ウラヌスすっぽんぽんになっちゃうじゃん」

 

 しーん。

 

 青ざめた顔のウラヌスが、私の方を見た。逸らしたまま、視線を泳がせる私。

 

 やっぱりそうか……。ワンピースしか着てなかったか、ウラヌス……

 

「……おい誰だ、喋ったの」

「て、てへぺろー」

 

 メレオロンの声が聞こえる。

 

「おまえ殺すぞ。……いやもういっそ俺を殺せ」

「お、落ち着いて落ち着いて……」

「いいから今すぐ俺を殺してくださいお願いしますぅぅぅわぁぁぁぁぁーん」

 

 ヘナヘナとしゃがみこんで、顔を覆い隠すウラヌス。

 メレオロンがおろおろしながら、

 

「ア、アイシャも何か言ってあげて、ほら」

 

 ……えぇぇ。私に振るの? なに言えばいいの?

 私が何にも思いつかず困ってると、

 

「ウラヌスって、野球拳したら一発アウトだよね」

 

 シームが一撃する。ひどっ!

 てか野球拳とか、何でそんないかがわしい遊びを知ってるんだ! メレオロンかッ!?

 いきなりウラヌスが立ち上がり、

 

「シームッ!! ほら見てみろ!

 オレ靴下はいてるだろ! 一発アウトじゃないからなッ!!」

 

 あ、錯乱してはる。これはヤバイ。

 

「ひゅー。まっぱ靴下とか、ちょーまにあっくー」

 

「ふぎゃああああああッッッ!!」

 

 ……昨日お風呂場で大体どういう展開だったか、もう分かっちゃった。うん。

 

 この姉弟を同時に敵に回しちゃダメだな……手に負えない。

 

 

 

「──で、山賊に一度全部渡した後に、聖騎士の首飾りを持って山賊のところへ行くと、山賊達がみんなカードに変身するんです。

 山賊のカードに触れると、首飾りの効果で山賊達の病気が治り、お礼として奇運アレキサンドライトが貰えるんですよ」

 

 ひとまずウラヌスが立ち直るまでの繋ぎで、私が後の手順を説明する。

 うん。彼をフォローする言葉なんて思いつかないから、こっちの方が楽なのさ。

 

「……ありがと、アイシャ。

 その……ウラヌスも」

 

 メレオロンが殊勝に礼を言うけど、ウラヌスはしゃがみこんでぷるぷるしてはるだけで、聞いてるかどうか。

 そんなに、私に知られてたのがショックだったのか……いや、うん。分からなくはないけど。

 

 やがてふらふらと、立ち上がってくるウラヌス。

 

「……うん。もう行こう。

 さっき何か話してた気がするけど、オレ忘れた」

 

 ふらふらと歩き始めるウラヌス。

 

 ……現実逃避でなんとかなるならいいけど、大丈夫だろうか。後、微妙に北からズレて歩いてる気がするんだけど、イマイチ大丈夫な気がしないな。

 

 ていうかウラヌス、あの山賊イベントで全部渡すの一度やったみたいだから……身包み剥がされた状態になったってことだよね。

 その時も今のワンピース着てて、穿いてなかったんだとしたら……服を入手するまでの間って。

 

「……アイシャ、何か変なこと考えてない?」

「へ?

 いや、何も考えてないですよ?」

「……そう。

 ……。

 …………

 アントキバまで戻って、トレードショップで金下ろして、着替えを買っただけだよ。

 全・速・力・で」

「あ、アハハそうですかー。

 私の時は仲間のところまで急いで走っていって、すぐ着替えを貰いましたー」

「……

 お互い大変だったね」

「そ、そうですねー」

 

 私の時は、着てる服に関しては運動着の上だけで済んでるから比較にならないんだけど、そこに言及すると傷つけそうだしな。やーホントひどいイベントだった。今回どうなってんだろ……

 

 

 

 ようやく説明らしい説明もなくなったので、移動速度を上げる私達。と言っても、私はいま身体能力をオーラで強化できないから、せいぜい早歩き程度だけど。

 

 それでも──

 

 平原の遠くに、街並みが見えてきた。

 はー。目的地が見えてくると、余計にお腹が空いてきたよ。少し陽も高くなってきたな。

 

「──気をつけて。

 街の方から、まっすぐこちらに近づいてきてる。手練れが3人」

 

 ウラヌスが警戒を促す。後ろから付いてきてる2人が、ピリッと警戒した空気を出す。

 ……本当は警戒してる気配なんて出すべきじゃないんだけど、その辺りもまた教えないとな。口で言って出来るほど簡単じゃないし。

 その点、ウラヌスは問題なかった。自然体で歩き、警戒を促した時も視線一つ動かしてない。私も視線を動かさず、視界の端で人影を捉えようとする。

 

 

 

 ……な、に?

 

 

 

 ────ちょっと待て、なんでアイツラがここにッ!? そんなバカなッ!?

 

 一瞬で全身の血の気が引く。その反応を感じとったのか、ウラヌスが私の方をちらりと見る。

 

「……アイシャ。

 俺、あいつら見覚えあるんだけど」

 

「……

 そうですか。……私もです」

 

 なぜ? どうしてこんなところに──……彼らが。

 

 疑問だけが、頭の中を渦巻く。

 動揺を出さないよう努めていたが、ウラヌスの溜め息に集中が乱された。

 

 彼の声にも、緊張が混じる。

 

 

 

「……見間違いなら良かったんだけど。

 

 アイシャも気づいたんなら、それはないわな……

 

 

 

 アレは──……幻影旅団だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二十八章

 

 ────二度と遭うことはないだろう、とすら思っていた。

 

 一年前の様々な出来事が頭を過ぎる。

 幻影旅団。かつてA級賞金首だった、少数精鋭の犯罪者集団。

 ヨークシンシティでの二日間にわたる死闘の末、私と仲間達の手により幻影旅団は壊滅した。

 

 そして、クラピカの鎖によって心臓へ楔を撃ち込まれ、多重の掟に縛られて。

 深い檻の中、屈辱に塗れながらも一縷の望み──復讐の機を得る可能性にしがみつき、法の裁きを受けることを余儀なくされていたはずだ。

 

 当然、偶然などではあるまい。何らかの方法で私の居場所を突き止め、ここまでやって来たのだろう。目的は分からないが……

 

 幸いと言うべきか、こちらに歩いてきているのは幻影旅団全員ではなかった。

 

 シャルナーク。

 シズク。

 コルトピ。

 

 3人とも私が直接交戦した相手だ。──旅団においては非戦闘員扱いだったとは言え、シャルナークとシズクは間違いなく一流の使い手だ。しかもシャルナークは、相当に頭が切れる男でもあった。ちょっと可哀想な目には遭わせたが。

 

 私が正常な状態であれば問題にならない相手だけど……今の私では。

 

 クラピカが彼らに定めた掟で、現在も有効なものは確か4つ。

 

 

 

 ──今後一切の念能力の使用を禁ずる。

 

 ──私たちに関する情報の一切を他者に伝えることを禁ずる。

   当然だが筆談だろうが他人の念能力によって情報が漏れた場合もこの法に触れる。

 

 ──他者を傷つける行為を禁ずる。

 

 ──大人しく法の下に裁かれろ。

 

 

 

 念能力の使用を禁じられ、他者を傷つけられない彼らは、本来なんの脅威もない。

 

 但しそれは、彼らが掟を遵守しているからだ。もし掟を破り、命を引き換えにする気があれば、おそらく一度だけ念能力の発動は可能だろう。

 

 そんなことをするとは思えないが……彼らにそういった良識を期待するのは危険すぎる。絶対に、私が念で戦えない状態であることを悟られてはいけない。

 

 仮にバレていたら。命と引き換えに攻撃された時、念なしで切り抜けなければいけない。今の私に出来るだろうか……

 

 それに、もし彼らが除念に成功していたら────

 

 そもそも念能力を使えない彼らが、『練』をしなければ入れないグリードアイランドにいる理由は──……

 

 

 

「……メレオロン、シーム。

 俺達があいつらと接触する少し前に、立ち止まって離れててほしい。

 万が一闘いになったら、メレオロンはアイシャとシームを連れて、何とか逃げてくれ。どこに逃げてもいい。俺は3人の居場所が分かるから、後で合流する」

 

 ウラヌスは俯き加減に口許を手で抑えながら、2人に話しかける。まだ距離はあるけど、読唇を警戒しているのだろう。

 

 私は……彼の指示に異論を挟まなかった。けど納得はしていなかった。ウラヌスも幻影旅団のことを知っているようだが、どう考えても私の招かれざる客だろう。まさかこんな最悪のタイミングで……くそっ!

 

 自分が害されるだけなら、まだ自業自得と納得がいく。でも何の関係もないこの3人が犠牲になったりしたら、私は……

 

「……アイシャはどう思う? 連中がここにいる理由」

 

 ウラヌスに問われるが、正直どう答えていいか分からなかった。

 情報が足りなさ過ぎる。できるだけ深く俯き、口許を前方から隠す。

 

「今の私には判断できません。

 極力情報を与えたくないので、私を守るような素振りはギリギリまで見せずに」

 

「ああ、それはそのつもり。

 ……先に言っとく。俺は連中にかかってる念の掟を知ってる」

 

 ウラヌスの顔を覗く。──普段なら可愛らしいとすら言えるその表情は、今は凛々しく締まっていた。

 

「幻影旅団の護送に、俺はネテロの依頼で付き合ってる。

 キミだったんだね。ネテロに蜘蛛の連行を依頼したのは。

 ……ああ、いま思い出した。そういえばネテロが、電話口でキミの名前を出してた気がするよ」

 

「そうでしたか……

 あの時ウラヌスは、ヨークシンにいたんですね」

 

「俺はネテロと一緒にヨークシンへ来たから、いたと言えるか微妙だけど……

 ネテロ経由で、連中を縛る掟については聞き及んでる」

 

 ──本来ならクラピカの能力について、たとえネテロであっても伝えるべきではない。どこから洩れるか分からない以上、生命線となる情報を秘匿するのは当然のことだ。

 

 だが彼らを縛る掟はかなりシビアでもある。もしネテロに伝えなかったら、彼らの掟を知らない人間との接触で、法の裁きを受けるという掟とそれ以外の掟の板ばさみになり、彼らが望まずして死ぬこともありえるだろう。除念師との接触を禁じてもいない為、絶対ソレを阻止してほしかったのもある。ソレまで掟で縛ってしまうと、安易に死を選びかねなかったしな。

 

 ゆえに私とクラピカで相談し、ネテロには限定的に伝えた。情報不足が理由で、護送に不手際があっても困るからね。

 

 無論ネテロがウラヌスにそれを伝えたのは、必要な処置であったのだろうと信じている。ウラヌスが信頼に足る人間なのは、私にも分かるしな。

 どちらかというと、ウラヌスがネテロとそれほど近しい関係であったことに驚いていた。……まぁアイツ会長だったからね。手練れの神字ハンターと懇意にしていても、不思議はないか。

 

「ネテロと知り合いだったんですね」

 

「ハンター試験で、ちょっとジイさんとごたごたあってね……

 それ以来の腐れ縁だよ。俺の神字を買ってくれる上客だから、邪険にもできなくて」

 

 そうつぶやいた後、ウラヌスが口許を隠していた手を下ろした。そろそろ声が聞こえる距離までお互い近づいている。

 

 私は疑念を押し殺し、目前に迫る狂人達から一切意識を逸らさないようにする。

 

 ウラヌスが背後に合図を送る。後ろの2人が足を止めた。

 

 幻影旅団の3人も、こちらをまっすぐ見据えて歩いてきている。それぞれが無表情で。

 

 ────接触する。

 

 

 

 

 

 少し前。

 

 アントキバを後にした旅団の3人は、足取り重く南へ向かっていた。

 

「はぁ……」

 

 力なく息を吐くシャルナーク。

 

「どうしたの? シャル」

 

 並び歩くシズクが、不思議そうに尋ねる。

 

「どうって……

 こんなところでまたあの子と会わされるなんて、ホント(バチ)でも当たったんじゃないかと思うよ」

 

 シズクは首を傾げるだけで、意図を解さない。

 詳しく説明する気にもなれず、またするわけにもいかず、つくづくうんざりしていた。

 

 捕らえられて一年。紆余曲折あって、久々に娑婆の空気が吸えたのもつかの間。

 何とかして除念師か除念の方法でも見つけられないかと、掟に触れない範囲でグリードアイランド内にて情報集めをしていたのだが……

 

 上から指示が来た。アイシャという少女と顔合わせしろ、と。

 

 ろくに詳しい情報も伝えてこなかったので、同じ名前の別人という可能性もあったが、本来ここは念能力者しか入れない場所だ。別人の可能性は低いだろう。……念も使えない自分達を強引に連れてきて(こ )き使う、ここの連中の神経も分からないが……。何の因果でここまで来て怨敵と顔を合わさねばならないのか。

 

 無論一人きりで牢の中にいるより、圧倒的にマシではある。いかに雇い主には絶対服従とは言え、仲間も連れ立っているこの状況であれば、成し得ることは格段に多い。しかも減刑という見返りすら期待できる。

 

 プロハンターだったおかげで懲役200年程度で済んでいる自分は、うまく減刑を重ねれば人生が終わる前には出所できるかもしれない。……あまりに淡い期待だが。

 

 いずれにしろ、その可能性をゼロにする気はない。他の仲間が減刑で出所できるような懲役年数ではないだけに尚更だ。一部の仲間はその可能性すらなく、死刑執行待ち状態である。団長はプロハンターだが、罪状が重すぎたゆえに相殺できず、死刑執行待ちだった。

 

 本来なら全員が死刑であったとも聞いている。幻影旅団としての罪状を考慮した場合、当然と言えば当然だろう。

 しかし全員が揃って何ら抵抗もせず、大人しく罰を受ける姿勢を見せたことが、自分を含めた一部の団員の減刑に繋がったようだ。悔しいかな、これはクラピカの鎖に縛られたおかげだと認めざるを得ない。もしかしたら、流星街出身者であったことが判決を慎重にさせた可能性もあるが、この辺りは想像の域を出ない。

 

 自分に次いで懲役が少ないのはこの2人だ。シズクは旅団での活動期間が短いおかげ、コルトピは戦闘に参加することがほとんどなかったおかげで。場合によってはこの3人で蜘蛛再生をも視野に入れて動く必要があるだけに、慎重にならざるを得ない。

 

 ともあれ、こうして外に出られたことは、旅団全員の脱獄を為しうる千載一遇の機会だ。牢獄では期待できない、類稀な好機。

 

 ……だが。だが、彼女と顔を合わせれば、その機をも潰してしまいかねない。

 

 必ず危険視するだろう。どんな理由であれ、牢の外にいる自分達を。

 そうなれば、今より強い掟で縛り直されるかもしれない。

 

 僅かな希望に(すが)り、屈辱を糧に思考を重ねた一年間の努力が、水泡に帰すかもしれないのだ。それも二度と好機が訪れない形で。そう思えば、気が気でなかった。

 

 遠目にも、こちらへ歩いてくる4人の姿が見える。

 

 先頭を歩く2人には見覚えがある。片方は、やはりあのアイシャだった。忘れるはずもない。もう片方は……また別の意味で忘れるはずもない相手だった。

 

 後ろの2人は、目深にフードを被っている為よく分からない。

 

「シズク。お願いだから迂闊な発言は避けてね」

「なんで?」

 

 相変わらずのピンボケっぷりに気が抜ける。この一年で拍車がかかったようだ。

 

「少しは自分で考えた方がいい」

 

 後ろから付いてきているコルトピが、そうポツリと零す。

 

「えー。考えてるよー」

 

 シズクが何やら言ってるが、不安しか湧いてこない。頭が悪いとは言わないが、平時における考えの足りなさはウボォー並みというアレな子である。本人には絶対言えないが。

 

 ピリッとしてほしいんだけどなぁ……

 

 何しろ命が懸かっているのだ。更には蜘蛛の未来も。

 

 ……自分が頑張るしかないんだろうけど。

 

 表情の分かる距離。向こうは先ほどまで何かコソコソ話していたようだが、それ以上は分からない。こちらも無駄な雑談はやめる。

 

 さぁ。接敵だ。

 

 

 

 

 

 10mほどの相対距離で。

 

 両陣営とも、自然に歩みを止めた。……話をするのに適切ではないが、戦いの間合いとしてはこれ以上詰めたくない距離だ。

 

 戦いたくはないのだが。お互いに。

 

 

 

 

 

 互いに、足も言葉も一歩たりと踏み出せない張り詰めた空気の中。

 

 溜め息とともに、私は距離を歩み詰める。

 

 私が過剰に警戒していることを見破られると、弱体化を悟られるおそれがある。泰然と構えなければいけない。危険な距離だが、3mほど手前まで行って立ち止まり、腕を軽く組んで声を発した。

 

「ご機嫌よう。お久しぶりですね」

 

「キミも、お元気そうで何より」

 

 気負いなく、シャルナークが返してくる。まぁ彼とやりとりすることになるだろうとは予想していた。クロロを除けば、最もリーダーシップを発揮するのは彼だろうしな。……むしろ話し相手としては、クロロより厄介かもしれない。

 後ろから来たウラヌスが横に並び、足を止める。

 

「よ、覚えてるか?」

「キミも久しぶり。相変わらずかな」

「え? だれだっけ?」

 

 私とウラヌスの、肩がコケた。頭を垂れるシャルナーク。

 シズクの発言にコルトピが呆れた口調で、

 

「忘れる?

 フツーそういうこと」

 

「え? いや、こっちの黒い髪の子は覚えてるよ、もちろん。

 でもそっちの……ん? 女の子? あれ、どっかで会った?」

 

 指を差されたウラヌスが乾いた笑いを浮かべ、

 

「こりゃホントに忘れてんな……

 そんなにツラかったのか、この一年」

 

 やや皮肉めいた言葉に、シャルナークはシズクの顔を見つつ、

 

「いや……単に覚えてないだけだと思う。

 関心の無いことは、万事こんな調子だし」

 

 私は私で、毒気の抜けた彼らに少し戸惑っていた。

 

 人格矯正の余地もない狂人集団だと認識していたが……一年の牢獄生活程度でこうなるならば、もしかして矯正が可能だったのか? 今更だけど……

 

 固まっていれば、彼らは蜘蛛として動くだろう。それは疑いようがない。

 しかし……バラけていれば、存外こんなものなのだろうか。気を赦せる相手では決してないが。

 

「オレ達としては、長々と喋りたいわけじゃないんだ。

 さっさと用件を済ませたいんだけど」

 

 シャルナークの告げてきた内容を吟味する。長く接触したいわけじゃないのはコチラも同じだ。……だが聞くべきことは聞いておかないと、後々の不安が大きすぎる。危険ではあるけど……

 

 腕組みを崩さぬまま、視線を強める。

 

「そうはいきません。

 あなた達がこんなところにいる理由を話しなさい」

 

 苦い顔をするシャルナーク。嘘を吐くのが相当ヘタになっているようだ。感情を隠せていない。やはり多少なりと性格が変わってしまったのだろうか。

 

「──スタッフ。これで分かって欲しい」

 

 それを聞いて、いくらか得心する。私と同様に、彼らもスタッフアカウントでログインしているのだ。でなければ、念能力を使えない彼らがここにいる理由が説明できない。

 

 おそらく私もスタッフであるという意図の発言をすると『私たちに関する情報の一切を他者に伝えることを禁ずる』条項に触れる可能性があったから、端的に語ったのだろう。そのことからも、除念は出来ていないと見て間違いなさそうだ。それに除念されていれば、クラピカが気づくはずだしな。

 

 ……しかし困ったな、これ。私と情報をやりとりするのにも、掟が妨げになるぞ。私とシャルナークだけで話すぶんには抵触しないだろうけど、身の安全を考えればウラヌスと離れるわけにもいかない。

 

 自然体で話を聞いていたウラヌスが、

 

「アレかな?

 死刑囚や超長期刑囚が雇われるってヤツ」

 

 私は、そう語る彼の方を見る。

 

「プロハンターが、ハンターライセンスの効力で出来ることの一つだな。

 絶対服従を条件に、重大な罪を犯した服役囚や死刑囚を雇い入れる。このゲームの中に長期間拘束しやすい人材って意味では、おそらく珍しい事例ではないんだろうけど。

 ……ま。にしたって、オマエラを雇うバカは大概だと思うが」

 

 そう、か。確かにそういう話はネテロから聞いたことがある。

 

 でも相手はそこらの重犯罪者じゃない。元A級賞金首の幻影旅団だぞ。誰だ雇ったのは……

 

「あなた達の雇い主は?」

「守秘義務」

 

 当然の答えが返ってきた。くそっ! ……まさかジンじゃあるまいな。一番有り得そうだから困る。

 

 だったら首輪でも着けといてほしい。もちろんゲームマスターが監視を怠っているとは思えないが、牢の中に居てすら安心できない連中を、誰も直接監督してないっていうのは……

 

 色々聞きたいけど、ほとんど突っぱねられそうなんだよなぁ……

 

「あなた達の雇用期間は?」

「知らない。向こうの都合次第」

「あなた達の管理者は?」

「守秘義務」

「……牢の外にいる旅団は、あなた達3人だけですか?」

「かもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 互いに連絡は取れないし、安否確認すら自由にできない」

「……このゲーム内にいる旅団は、あなた達だけですか?」

「多分ね」

 

 ……。

 

 旅団の現状に関しては、囚われている彼らの元へ、私が足を運ぶべきかもしれないな。一度も確認せず放置してるのは迂闊だった。こういうことが無いとは限らないもんな。

 

 ただ……彼らの掟は私達と密接に関わっている。接触することで、不本意に彼らを死に至らしめる結果へ繋がるのは極力避けたい。

 

 クラピカと相談して、掟を変えた方がいいんだろうか。絶対服従にした方が融通も利くからな。……いや、彼らのことだ。一度鎖を外して再び縛ろうとする隙を衝くことぐらい考えるだろう。さりとて、囚われの身である彼らを一方的に無力化するというのも……

 

 ……まぁ、いま考えることじゃないか。

 

 私は腕組みを解く。

 

「もう聞きたいことはありません。

 用件があるならどうぞ」

 

 そう私が告げると、シャルナークは安心したように一息ついた。

 

「オレ達も、具体的に指示をもらってるわけじゃないんだ。

 キミと接触しろ。

 それ以上のことは聞いてない」

 

 ……?

 

 どういうことだろう。つまり私達が顔を合わせること、お互いに認識させておくことが目的?

 理由はいくつか思いつくけど……また曖昧な指示だ。

 

「あれ? そうだっけ?」

 

 間を空けてからの、シズクの一言。

 コルトピが、がっくりと肩を落とす。シャルナークが顔をひきつらせている。

 私とウラヌスは、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 伏せていた理由は分かる。おそらく私の情報に関わってしまい、掟に触れるからだろう。

 けれど、それを説明することもできない。これはちょっと同情してしまう。

 

 

 

 

 

 ────シャルナーク達が指示を受けた内容は、正確にはこうである。

 

『アイシャという名の少女が、スタッフとしてゲームに参加する。

 接触を図り、自分達もスタッフであると伝えろ』

 

 よって、目的はもう達成できている。早く離れさせてくれと、シャルナークは心の中で叫んでいた。

 

 

 

 

 

「……ともかく、オレ達からこれ以上話すことはない。

 さっさと終わりにしてくれ」

 

「……。

 今でも私達に復讐したいと考えていますか?」

 

「……ああ、そうだね」

 

「脱獄したいと考えていますか?」

 

「……考えるくらいはいいんじゃないかな。

 具体的に何も思いつかないけど」

 

「除念できると思っていますか?」

 

「……答えられない」

 

 ふむ……これは私の聞き方が悪いか。

 

「では……

 あなた達から、私に聞きたいことはありますか?」

 

 これは単なる興味本位だ。探りでもあるけど。

 

「……また胸が大きくなったかい?」

「殺しますよ」

 

 こんな状況なのに、ロクなこと言わないなコイツ。私がワリと本気で殺意を向けると、シャルナークはたじろぎ、

 

「ええと、すいません……

 ……髪の毛、ずいぶん長くなってるみたいだね。もう元に戻ったんじゃないかな」

 

 今ちょうど風が吹いているから、なびいている私の髪の長さに気が付いたようだ。その観察眼に私は感心しながら、

 

「あぁ……まだ少し足りませんけど。

 早く元の長さまで伸ばせないか、色々試してるんですよ。大切にしてますので」

「へぇー。

 ちなみに何カップ?」

「シャル……」

 

 懲りないな、この野郎……。ちょっと気を赦したら、すぐコレだ。コルトピも呆れてるじゃないか。あとウラヌス、なんで目を逸らした?

 私は怒気を隠さず、指をパキパキ鳴らしながら、

 

「当ててごらんなさい。

 正解者には洩れなく目潰しをくれてやります。外れても、抽選で関節をいくつか外してあげましょう」

「やめてください」

「ほら、早く答えなさい。あなたの関節が外されるのを待ってますよ」

「ゆるして」

 

 ちなみに当ててしまうと『私たちに関する情報の一切を他者に伝えることを禁ずる』に引っかかる可能性が有るという罠。シャルナークが自覚していれば、だが。

 

 ウラヌスが隣で肩を痙攣させてるので、もうそろそろ潮時だろう。私も気が抜けてきた。

 

「……私からも聞きたいことはありません。

 これで用が済んだなら、さっさと別れましょう」

 

「ああ、そうしてくれると助かる。

 もうキミには会いたくないよ」

 

 シャルナークの言に、私は軽く眉をひそめる。

 

「もう会いたくないのに、復讐はしたいんですか?」

 

「……正直、キミとは会いたくないってのが本音」

 

 ああ、そういうことかと納得する。彼らはクラピカにこそ復讐したいわけだ。掟で縛り、屈辱を味わう直接の原因になったから。

 

 でも、分かっているんだろうか? クラピカに復讐しようとすれば──もしくは復讐を果たせば、必ず私と戦うことになると。

 

「それじゃ」

 

 シャルナークが、脇に避けて南へ歩き始める。それに付いていく2人。

 

 シズクとコルトピが、思わしげに私達の顔を見ながら、すれ違う。

 

 ウラヌスが後ろの2人に手招き。急いで駆け寄ってくるメレオロンとシーム。

 

 

 

 私達は、南へ去りゆく旅団の背を、しばらく見守っていた。

 

 無言で顔を見合わせる。やがて、私は視線を落とした。

 

「……申し訳ないです。彼らを招き寄せたのは私のようです。

 みんなを無用な危険に晒してしまいました……」

 

 私が謝罪すると、ウラヌスは否定するように首を振り、

 

「アイシャ、謝らなくていいよ。

 別にアイシャが望んで遭遇したわけじゃないんだし。そうだろ?」

「そ、それはそうですが……」

「こういうこともあるのが、グリードアイランドの怖いところだよ。

 俺だって因縁のある相手だったし、アイシャだけ悪いなんて言えないよ。……ともかく、何事もなくて良かった。不幸中の幸いだと思おう」

「そうですね……」

 

 再び、去っていった旅団の方を見た後、私達も目的地であるアントキバへと歩き始める。

 

 

 

 

 

 …………彼らはどこへ行くんだろう。

 

 

 

 そんな想いが、ぽつりと浮かんだ。

 

 

 

 

 



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ヨークシン編 1999/9/1 ~ 9/7
外伝一章


 
 
 
 今回は一年前、ヨークシンで幻影旅団が護送される少し前のお話。







 

 1999年9月1日。ヨークシンシティ。

 

 その一画にて、毎年のように開催されているマフィアンコミュニティー主催の地下競売。世界中から大勢のマフィアが集うこの催しで、闇の世界を震撼させる大事件が起きた。

 

 A級賞金首、幻影旅団による地下競売襲撃。

 

 この日ヨークシンは、世界中に強固なネットワークを持つマフィアンコミュニティーを真っ向から敵に回すという驚愕の蛮行に見舞われ、ビルが2つ崩落するほどの物的被害と、多数の有力マフィアがその犠牲となった。

 

 だが、闇の者達にすら恐れられた蜘蛛の跳梁は、その日を境に終わることとなる。

 

 ある少女達の手によって──……

 

 

 

 

 

 1999年9月2日。スワルダニシティ。

 

「────では手筈が整い次第、そちらへ向かうとしよう。

 次にワシが連絡するまで、しばし待っておれ」

 

『はい。こちらも身柄を引き渡す前に手落ちがないよう気をつけますが、出来るだけ早くお願いしますね?』

 

「うむ。くれぐれも頼むぞ」

 

 好敵手との通話を終え、上機嫌でニヤニヤ笑いを浮かべるネテロ。

 

 突然入ってきた一本の電話。──アイシャからの連絡に、一体何の用かと思って電話に出れば、あの幻影旅団を全員捕らえたと来た。

 捕らえた連中はどうすればいいかという相談だったので、意気揚々と己が出張(で ば )ると返答した次第だ。

 当然の結果と思いはするが、好敵手がこうも鮮やかにA級賞金首の一味を壊滅させたと聞けば、心も躍ろうというもの。

 

 しかし、冷静になって考えもする。

 

 会長たる自分が出張るのは、まぁいい。むしろ幻影旅団全員の護送であれば、過剰戦力とも言えまい。が、充分かと言われると、ちと不安もある。

 

 何が襲ってこようと(おく)れを取るつもりは無論ないが、確実に護送できるかどうかは別だ。逃走はもちろん、マフィア連中相手であっても、念の掟で縛られた旅団が殺されることは充分ありうる。

 

 A級賞金首の護送。失敗が赦されない任務であることは間違いない。

 

 しかし自分が行くと言った手前、ぞろぞろ人数を連れて来た姿を好敵手に見せるのは、あまりに無様すぎる。少し保険を掛けておくぐらいがよい塩梅(あんばい)だろう。

 

 どうせ自分もすぐには動けない。思い当たる手練れ数名に、駄目元で連絡を入れておくことにした。

 

 

 

 

 

 1999年9月3日。グリードアイランド。

 

 俺は、ある男から『交信』で連絡を受け、ブンゼンの近くにある森の中へ来ていた。

 

 そして直接会った男から、一つ依頼を受けてくれないかと相談されていた。

 

「──熟慮した末、キミが最も適任だと判断したんだ。

 申し訳ないが、引き受けてくれないか? ……ウラヌス」

 

「んー……また面倒な話だなぁ」

 

 俺は困った顔を隠しもせずに、うなじをぽりぽりかく。

 

 ゲーム内で片付く用事ならまだいいんだけどな……

 だがこいつの頼みごとは、島の外に出る必要がある。流石に軽々しくは受けられない。

 

「どうしてもイヤだと言うなら、無理強いはしないが……」

「……そもそも、そこまでして確認したいようなことか?」

「気にはなる。事後ならともかく、これから起こることだからな。

 我々もゲームクリアを諦めたわけではないんだ。尚更だよ」

「ん、ん、んー……」

 

 そりゃ俺も、こいつの立場だったら気になっただろうな。でも、他人に頼んでまで確認しようと思うか?

 

「つーか、そんなに気になるなら自分で行きゃいいじゃん」

「……我々か、他の誰かがゲームクリアを果たすまで、島の外には出ないと誓ったのだ。

 何より、当の私がその場にノコノコ顔を出すのはみっともないだろう?」

 

 しらんがな、と言ってやりたいところだけど。まいったなぁ……

 

「俺が外に出てる間、カード預かっててもらってるし、断りにくいんだよな……」

「恩に着せようとは思わんがね」

「結果的にそうなってるよ」

 

 まったく。二週間ぐらい前に外からようやく戻ったところだってのに……。とはいえ、最近ちょっと手詰まり感はあるんだけどな。

 

「もちろんタダとは言わんよ。そうだな……」

 

 その後、男が提示した報酬を吟味し、俺は溜め息混じりに依頼を引き受けることにした。

 

 

 

 

 

 1999年9月4日。アムリタ港。

 

 ゲームから現実に戻ってきた俺は、あまり気乗りしないままホームコードを確認した。

 

 連絡は3件。うち2件は期日が過ぎていた為、謝罪の連絡を返す。残り1件は2日前にネテロからだった。

 詳細な話もなく、重要な案件があるからスワルダニシティへ来い──とだけ端的に吹き込まれている。

 

 俺は首を捻りながら、一息吐く間も惜しんでハンター協会本部へと向かうことにした。飛行船なら一日で着けるだろう。ヨークシンに用事はあったが、そちらはまだ日に余裕があるしな。

 

 

 

 

 

 1999年9月5日。スワルダニシティ。

 

「……はぁぁ? んだよ、その用件は」

 

 ジイさんからの話を聞いた後、俺は不機嫌にそう返した。

 

「なんじゃ、引き受けてくれんのか?

 薄情なヤツじゃのう」

 

 ──協会本部のネテロが占拠する一室で。俺は突拍子もない話を聞かされ、正直言ってバカバカしい気持ちでいっぱいだった。

 

 ソファーに座ったまま、パンパンとワンピースの裾を払いながら問いただす。

 

「いきなりする話じゃねーだろが、幻影旅団の護送手伝えとか。

 ジイさんアタマ大丈夫か?」

 

「お主もクチが悪いのぅ……

 なんでワシの回りにはこういう連中が多いんじゃ」

 

「日頃の行いが悪いからに決まってんだろうが。

 大概にしろよ」

 

 イタズラを咎められた子供のように、ジイさんは嫌そうな顔をし、

 

「なんでワシ、怒られとるん? お主はワシのかーちゃんか?」

 

「……たびたび好き勝手やってるからだろ。

 ビーンズが神字の依頼持ってくるたびに、ジイさんに対する不満をぶつぶつ俺に言ってくるんだぞ。お前、いい加減にしろよ」

 

「……アヤツも口が軽いのぅ。秘書、解任しようかな」

 

「すりゃいいだろ。

 誰も後任引き受けねぇだろうけど、な!」

 

 ムカついて悪しざまに強く言ってやると、思いのほかジイさんはヘコんだ顔をする。

 

「……かものぅ」

 

 なんだよ、いきなり弱気になって。……こっちがイジめてるみたいじゃないか。

 

「ったく。自覚があるんなら、もうちょっと配慮しろっての。

 オマエに付き合わされるビーンズの心労も半端じゃねぇんだろうし、愚痴ぐらい好きに言わせてやれよ」

 

「……解任なんて冗談に決まっとるじゃろ。心配せんでよい」

 

「フン。……で、具体的には?」

 

「ぅん?

 お主、結局引き受けるんかい」

 

「話によっちゃ、な。

 詳しい話をする気があるなら、だけど。

 聞いた後、断るのが無しって言うんなら、俺は忙しいから断りたいね」

 

 ネテロは難しい目つきでヒゲをさする。

 

「そうは言うても、部外の人間に話すわけにはいかん内容でな。

 なにせモノがA級賞金首じゃ。

 捕らえた状況も尋常とは言えん」

 

 今度は俺が難しい顔を返す。

 

「……別に護送くらい、アンタなら1人でもどうにかなるだろ。

 世界最強の名が泣くぞ」

 

 そう言ってやると、何やら微妙そうな表情を覗かせる。……なんだ?

 

「ワシも1人でやるつもりではおる。

 ……が、万に一つもしくじれん任務じゃ。保険を掛けておきたいんじゃよ」

 

「それは分かるんだけどな……

 ん? つぅことは、なにか?

 特に問題なければ、俺は付いてくだけで他に何もしなくていいのか?」

 

「いや、そういうわけではない。

 護送車に防護神字を組み込んでほしくての。突貫工事でやってのけるのは、お主ぐらいしかおらん。それプラス、ワシが敵を捌ききれんかった時の援護じゃ」

 

 ……はぁぁぁぁ、と。長い溜め息をつく。

 

「ジジイ。……オマエ、俺を何だと思ってんだ」

 

「うむ。一家に一台、便利な高速神字製造機。

 ぅゎオトコのムスメっぉぃ、ウラヌス一号じゃ!」

 

「ぶっころすぞ」

 

「冗談じゃよ」

 

「……冗談抜きで、ぶっころすぞ」

 

「いや、うん。すまん。そう怒るな」

 

 カリカリと額をかく。調子狂うんだよな、このジイさんはホント……

 

「次オトコの娘とか言いやがったら、マジでぶん殴るからな。

 ……大体、今の俺はそんな強くねぇよ」

 

 ネテロは気遣わしげな表情を見せる。

 

「お主のソレは、まだ治りよらんのか?」

 

「……

 それを治す為の努力をしてたところに、お前が横槍いれてんだよ。

 ……いや、これは八つ当たりだな。

 今は全盛の2割の力も出ない」

 

「……それでも、一流のハンター並みなんじゃがのぅ。

 よぅ分からんやつじゃ」

 

「どうだかな……

 オーラ量だけならそうかもだけど、身体能力の衰えだけは何ともな。ダブルパンチで、かなりヘタってきてるんだよ」

 

 力なく息を吐く。

 

「じゃあ、やめとくんかい?」

「いや、別に引き受けてもいいさ。

 危険手当を弾んでくれるんならね」

「それは期待してもよいぞ。元が1人20億の賞金首の大量護送じゃからな。

 マフィアどもが狙ってくることはまず確実、後は念能力者がどれだけ来るかじゃな」

「……ジイさん。

 俺が突貫で神字(か )くってことは、事前にオーラ消耗させた上で、回復の間もなく援護に駆り出すってことだからな? ヒトを平然と扱き使ってんじゃねーぞ」

「シングルが泣きごと言うでない」

「っせぇよ。めんどくせぇな……

 分かったよ。受けてやるし断らねぇから、さっさと詳しく話せ」

 

 

 

 ジイさんから詳しい話を聞き終えた後、俺は猛烈に不機嫌な声音で告げた。

 

「……そんなずさんな計画なら、俺は断る」

 

 ネテロは心底困った顔をし、

 

「お主、断らん言うたじゃろが。何を今さら」

 

「ふっざ、けんな。

 なんでジイさんの享楽に、命懸けで付き合わなきゃならねぇんだ。

 万一にもしくじれない任務だって、自分で言っただろうが。

 俺も言い出した手前、断る気はねぇけど、護送計画を練り直せっつってんだ」

 

「ふむ……練り直しのぅ。

 そうは言うても、捕らえてからもう3日は経っておる。あまり時はかけられんぞ。

 妙案があれば賜りたいのォ」

 

 ……くそ。結局ジイさんのペースだな。

 乗せられてる自分にイラつきつつ、何だかんだでネテロとの会話を楽しんでいる自分に呆れてもいた。

 

「他にも声はかけてたんだろ? 誰が協力してくれるんだ」

「……数名に声はかけたが、お主とノヴくらいじゃな」

「お前、マジで人望ねぇな」

「それは誤解じゃ。

 並みの使い手では危うい案件ゆえ、厳選しとるんじゃよ。……返事がないのはたまたまじゃ」

「……お前に足りないのは、人望じゃなくて自覚だよ」

「ひどいのぉ。

 言うて、お主は付き合っとるではないか」

 

 頬をかく。仕方ねーだろ、短期間で金稼いどく必要があるから断れないんだよ……

 

「まぁいいや。ノヴがいるなら大分(だいぶ )やりやすいしな。

 で、肝心のノヴは?」

「もうこの街で待機しておる。呼び出すか?」

「いや……

 アイツと相談すると、また話がこじれそうだ。

 俺とアンタで計画を練り直して、それをアンタからノヴに伝えてくれ。

 ……俺がアンタの計画にクチ挟んだとか知れば、ごちゃごちゃ言うに決まってる」

 

 ジイさんはひとしきりヒゲをさすった後、

 

「まぁよかろ。

 ……で、お主の案とはなんじゃ」

 

「えっとな……

 まず普通の護送車を使うな。変装が必要なのはアンタじゃなくて、護送車の方だ。……ヨークシンで街中をよく走る中型か大型のバンがあれば、この街ですぐ手に入るかどうか調べてくれ。向こうに行ってから、突貫で防護神字組み込むなんざゴメンこうむる。

 なけりゃ、よくある車種にしとくしかないか。いかにも護送車でござい、は無しだ」

 

「ふむ……

 じゃがそれでは、マフィア連中が気づかんかもしれんではないか」

 

「何でお前は襲われること前提なんだ。真面目に偽装しろバカヤロウ。

 バレるのは仕方ないにしても、ちょっとは迷いを持たせて、向こうの(さぐ)りを逆探し(ぎゃくたん )たりやれることあるんだよ。マフィアンコミュニティーなめてんのか」

 

「それはよいが、お主は変装せんでよいのか?

 マフィア連中に目を付けられれば面倒じゃぞ」

 

「ハッ!」

 

 一笑する。屋内でなければ唾棄してたところだ。

 

「上等だ。

 こちとら凶悪犯の護送って大義名分があるんだ。返り討ちにしてやるよ。

 親類血縁を狙ってくれるんなら、俺から金を払いたいぐらいだ。ぜひとも殺してくれ」

 

 ネテロは眉をひそめ、

 

「……お主も大概ではないか」

 

「ぅるせえ。

 どっちにしろ、俺はギリギリまで援護しないからな。

 ジイさんも、出来れば一人で楽しみたいんだろ?」

 

 ネテロが口の端を釣り上げてみせる。やっぱり、コイツはこういうやつだ。

 

「もちろんじゃ。

 ……護送車の件はすぐに取りかかろう。他には?」

「んー。まぁ後は細かいことだな。

 計画の要に(かなめ )なる車の用意と、ノヴさえ居てくれれば……

 結局、相手が念能力者だと臨機応変にやるしかないしな。護送計画を細かく立てても、どっかから洩れたらシャカだ。俺の方で準備して、事前に伝えるよ。……ノヴにバレないように」

「……よかろ。では早速動くか。

 お主の前向きな協力、感謝するぞ」

「……。

 礼なら上手くいってからにしてくれ」

 

 

 

 

 

 1999年9月6日。スワルダニシティ。

 

 忙しなく幻影旅団の護送計画を進めながら、別件の依頼も進めておく。具合よく両方の案件がヨークシンで良かったよ。でなけりゃネテロの依頼を蹴らざるを得なかったしな。

 顧問弁護士に面会の約束も取り付けたし、もうじき俺も飛行船でこの街を発つ。万が一なにかあっても、ノヴが居てくれりゃ逃げるのも楽だしな。あいつマジ便利。あの中なら内緒話もしやすいし。○ラえもんサイコー。

 

 

 

 

 

 1999年9月7日。ヨークシンシティ。

 

 俺はネテロやノヴと一緒に、ハンター協会専用の大型飛行船に乗船していた。もうじきヨークシンの飛行船発着場に着く。協会の大型飛行船だけあって、航行速度はハンパじゃない。朝7時には、街の上空へと差し掛かりつつあった。

 

 一緒に積んである偽装済の護送車には、がっちり防護神字を組み込んである。中からも外からも容易には破れないし、『周』をすれば防御力は跳ね上がる。ネテロの『周』ならバズーカで一撃されても、車は無傷で済むはずだ。

 

 ま、見た目はよくある観光バスだけどな。護送開始の出発予定地点がホテルらしいから、偽装としてはうってつけだろう。スワルダニ観光の文字が、ちと気になるが。ジイさんも運転手に変装してるから、微妙にマヌケだ。

 

 ──その当のネテロに、そろそろ到着時刻を向こうに伝えとけと言ってやると、何やらウキウキ顔で電話をかけ始めた。その様子が気になったので、部屋を出るフリして物陰に隠れる。

 

『はい、もしもし』

 

「おお、アイシャか。

 連絡が遅くなってスマンのぅ」

 

 ……なんか口調が柔らかいな。

 これって、蜘蛛護送の連絡だろ? 相手、誰だ? 名前をちゃんと聴き取れなかったな……聴力を強化するか。ネテロにバレない程度に……

 

『まあ、あなたの立場が立場ですからね。

 ヨークシンに行きます、はいどうぞ。とは行かないのは分かっていますから』

 

「うむ。

 組織の長などと言っても、自由な時間も少なく、縛られる毎日よ」

 

『よく言いますね。

 あなたの突拍子のない行動で、ビーンズがどれだけ苦労したことか。

 昔、酒の席で愚痴られたのを忘れていませんよ』

 

 ……ジイさんがしばし黙りこむ。聴き取れた内容は途切れ途切れだが、電話向こうからビーンズという名前が聴こえた。やっぱりネテロも思うところはあるんだな。

 

「そうは言うがの。ワシも協会の為に動きつつ、僅かな時間を自由に使っておるんじゃ。

 だから少しくらい、ハメを外してもいいじゃろう?」

 

『それが他人に迷惑を掛けない外し方なら、誰も文句は言わないでしょうね』

 

「厳しいのぅ。いいかげんワシも隠居しようかの?

 歳じゃし、集中してやりたいことも出来たしな」

 

 やけに強い口調だ。聴いてて首を傾げる。

 

 物陰から覗き込む。……なんかジイさん、くっそいい顔で笑ってやがんな。

 

『歳、ね。

 私に負けても歳のせいにしないでくださいよ、お爺ちゃん?』

 

「抜かせ。

 そっちこそ負けを歳のせいにするなよ、小娘が」

 

 ジイさんと電話向こうの低い笑い声が重なる。いや(こえ)ぇんだけど。何このプレッシャー。

 

『再戦を楽しみにしていますよ』

 

「こっちの台詞じゃわい。首を洗って待っとれよ。

 ではな」

 

 ……。

 

「おい、ジジイ」

「む? なんじゃ聞いとったんか?」

「今の電話。

 いつ到着するか、向こうに伝えてねーだろ。しばくぞ」

「はっ!?」

「……はよ掛け直せ」

 

 ネテロが慌ててリダイヤルする。手元が狂ったようで、慌てて再操作。どんだけ慌ててんだ。

 

『えっと……もしもし』

 

「あ、今日……

 ホテルに昼頃到着予定じゃ」

 

『あ、はい。

 その、待ってます』

 

「……じゃあ、また後での」

 

『……ええ、また後で』

 

 通話を終えたネテロが、こちらから視線を逸らす。

 

「さて、そろそろ着く頃じゃな。

 準備を始めるとするか」

「おい、ジジイ。ごまかすな。

 つか今の相手、誰だよ」

「……お主には関係ないわい」

「ほぉん。

 俺が聞いてるぶんには、ノロケてるような感じだったんだけどな」

「誰がノロケとるんじゃ!

 ふざけおって」

 

「……お前、自分がどんだけニヤけて電話してたか自覚ないだろ」

 

 

 

 

 



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外伝二章

 
 
 
 前章の続き、ヨークシンで幻影旅団が護送される時のお話。

 無印の第四十六話~第四十七話で言及されていた、ネテロと暗殺者やマフィアによる、壮絶なバトル(笑)をお送りします。今回いつもに比べてえらく長くなっちゃいました……

 護送開始~戦闘終了までの執筆BGM:FFⅦ『更に闘う者達』







 

 一緒に移動してマフィアに勘づかれても困るので、ヨークシンに着いてからはネテロと別行動を採ることにした。……ノヴとは後ほど合流するが、ネテロには護送開始時刻まで近づく気はない。

 

 何もなきゃいいんだけど、そうはならないだろうな……

 

 ヨークシンで起こったセメタリービル等の崩落事故の影響で、街中(まちなか)はまだ平穏とはほど遠い空気を醸し出していた。今は朝の時間帯だが、場所によってはまだ焦げくさい。酷いところはクレーターになっているらしく、これが幻影旅団の引き起こした惨事かと思うとうんざりしてくる。こんな有様では隠す気にもならないのか、コワモテな方々がピリピリした様子でうろちょろしていた。

 

 そんなキナ臭いどうこうはさておき、俺は元々ゲーム外へ出てきた用件を済ますべく、サザンピースオークション会場へと向かっていた。

 

 

 

 1999年9月6日──つまり昨日のことだが。

 

 ジョイステーション専用ソフト『グリードアイランド』が、ヨークシンのサザンピースオークションに出品された。

 

 このソフトの本来の持ち主は、ジェイトサリ。僅か100本しか販売されなかったG・Iを7本も入手し、きっちり7人でプレイを開始したという変人プロハンターだ。……マルチタップを使えば56人までセーブできたのにな。ゲーム機の周りに、死体がごろごろ転がるかもしれないが。

 

 彼が顧問弁護士に残していた契約書の内容を要約すると、こうだ。

 

 2000年1月1日までに、グリードアイランドのゲームクリアを誰も公表しなかった場合、サザンピースオークションに無償で、所有するグリードアイランド7本を提供する。

 

 ……そう。出品されることに問題はないが、日時が問題だ。期日までまだ4ヵ月ある。なのに、サザンピースオークションへ彼のソフト7本が競売申請登録された、という話が出たのだ。

 

 競売情報を確認したところ、やはり昨日1本出品されたようだ。……案の定、落札者はバッテラ氏だった。落札価格500億とかお茶吹くんだけど。ゲームクリアの懸賞金と同じて。アレ、元は58億だぞ? ……俺いま貯蓄が十数億だっけ。あぁイヤんなる。

 

 ともかく、ゲーム内でその話を聞きつけたジェイトサリが、俺に顧問弁護士と面会して事情を聞いてきてくれと依頼したのだ。

 

 彼としては、4ヵ月のフライング自体はそこまで気にはしてないらしい。ただ契約書の内容通りに履行されていないので、何かあったのかソッチを気にしているようだ。イヤ、自分で行けよとは俺も言ったが、クリアできていない自分がノコノコ顔を出すのは体裁が悪いだのなんだの……またしょーもないことを気にするもんだ。

 

 色々あったが、もうじきその顧問弁護士と面会する予定だ。会場内だから、カタログ代1200万出さないといけないけど……。やだなー。持ってない指定ポケットカード4枚くれるっつってたから、別にいいけどさぁ。

 

 

 

 ──会場内で顧問弁護士と話をしてきた。ジェイトサリから依頼された代理人であると伝えて、俺のハンターライセンスを提示すると、渋々といった様子で事情を説明してきた。

 

 直接的な表現は避けていたが、脅迫されてやむなく賄賂(わいろ )を受け取らされ、契約の期限を前倒しして出品させられたとのことだった。彼は弁護士を引退するらしく、契約不履行による訴訟でも何でも勝手にやってくれという態度を見せた。その辺は俺とジェイトサリも予想していた範疇の事情だ。

 

 妙に投げやりな態度だったのでいちおう問いただしてみたら、まさか長年に(わた)る契約をたかが4ヵ月早めた程度で、ゲーム内のジェイトサリが現実にシングルハンターを使いに出すほど怒るとは思わなかったようだ。内心かなりビビってたしな。星付きライセンスが効果バツグンすぎたらしい。ちとマズかったか。

 

 まぁその弁護士の見立て通り、契約内容や契約期間を考慮しても、期限を4ヵ月早めた程度でジェイトサリがどうこうすることはないだろう。どうせ残りの期間で誰かがクリアすることもあるまい。発売から12年も経つのに、未だクリア公表者が出ていないのだから。

 

 ちょっと気になるとすれば、わざわざ脅迫と賄賂をしてまで誰がそんなものを無理やり競売へ早く出させたかって点だが……バッテラとは考えにくいしな。

 

 オークションが開催されているヨークシンは、半ば公然の秘密と化している地下競売が毎年開催されていることからも分かる通り、清廉潔白な都市じゃない。今年は幻影旅団に狙われたぐらいだし、まぁ色々あるんだろう。

 

 

 

 個人的な用件は片付いたので、ノヴと合流する。

 

 午後0時過ぎには護送開始予定なので、やや高級なレストランで少し早めの昼食を摂り始めた。客は俺達以外にいないので、気兼ねなくブリーフィングもできる。

 

「ずいぶんと覇気がないじゃないか」

 

「……ぅん?」

 

 ノヴが不信半分、心配半分くらいの口調で指摘してくる。まぁそうか。ネテロを除けば、唯一の相方が俺じゃあな。

 

「……ノヴも見ただろ、あの街中(まちなか)のぶっ壊れ具合。

 あんなモンやらかした連中の護送に付き合えとか、マジ勘弁なんだけど」

 

 言いながら、鴨肉のステーキをフォークでつつく。

 

「フッ。何を言うかと思えば……

 ヤツラはもう無力化されているのだろう。

 第一、あの程度であればキミもできるはずだ」

 

「バカヤロウ。出来る出来ないじゃねーよ。

 あんなバカげたことを実行できるイカレ加減にうんざりしてんだよ」

 

 大体あの程度ってなんだよ。たぶん今の俺じゃ無理なんだけど……出来たとしても絶対やらねーけど。

 

「情報を集めていたが、十老頭の子飼いだった陰獣は全滅したらしいな。

 連中もそれなりの手練れと聞いていたが……存外もろかったようだ。

 所詮マフィアの手先だな」

 

 マフィア側の追っ手に、陰獣が含まれないというのは助かる話だ。……が、別の懸念も湧いてくる。

 

「……。

 陰獣が全滅してて、蜘蛛が全員生存したまま捕縛されてるっつーのが、良く分かんねぇんだよな……。どうしてこうなった?」

 

 妙な不穏さを感じて、うなじの髪を軽くさする。

 

 ネテロのジジイ、その辺ボカしてやがるしな……。詮索されたくないのは分かるんだが、謎すぎるぞ。

 

「私も問いただしたが、会長もそこまで詳しく聞いてはいないらしい。

 全面的に相手を信用していたようだがな」

 

「……」

 

 幻影旅団を全員殺害した、なら話も分かる。念能力者同士が全力戦闘すれば、そういう結果も有り得るだろう。

 

 だが捕縛は、殺害より遥かに難度が高い。念の掟で縛ったと言っても、それを戦闘中に為すのは至難だ。余程の戦力差がなければ、そんな結果になるとは思えない。多分ネテロお抱えの十二支ん総出でも無理だろう。ネテロもセットなら有り得るかもだが、いずれにしろ今回は違う。

 

「マフィアンコミュニティーが血眼になって旅団を探してるっつーことは、捕まえたのはそっち絡みじゃないってことだろ。

 ま、ジイさんに連絡行ってる時点で、プロハンターってことは分かるんだが。この街にいま大勢いるのか?」

 

 ノヴがわざとらしくコーヒーを優雅に啜った後、一息吐いて答える。

 

「サザンピースオークションで、確かハンター専用ゲームが売り出されているのだろう?

 富豪バッテラがプレイヤーを公募していたから、それなりにプロハンターは居るんじゃないのか?」

 

 ……言いたいことは分かる。が、意外に『プロ』は少ないんだよな、G・Iは。

 

 プロが参加したくても、現実に帰還すらできない程度のプレイヤーが、ごまんとたむろしてるのが現状だ。プロハンターの実力なら、過半数は現実に帰還できるだろう。

 

 そして、もう入ってこない。

 

 クリア難度が高すぎて、ワリに合わないからな。バッテラと契約してると、守秘義務があるからハンターサイトにも情報を売れない。

 

 ジイさんの様子を見る限り、ハンターを大量投入して旅団を捕縛したわけでもなさそうだし……そんなことをすれば相当数のプロが殉職してそうだが、そういった話も聞かない。

 

 ……まぁいいや。情報が足りないことを、いくら考えても仕方ない。俺は溜め息を吐き、

 

「そもそも、何で手伝いが俺らだけなんだよ。

 ジイさんホントに声かけたのか?」

 

「ああ、その件か」

 

 眉をひそめながら、コーヒーカップをソーサーに戻すノヴ。

 

「モラウから私に連絡があってな。

 嫌な予感がするから断っといてくれ、と伝えてきた」

 

「……あの海人は(うみんちゅ )、徹底的に内陸の厄介ごと嫌うよな。

 スワルダニじゃなくてヨークシンだって知れば、まだ来たかもしんねーけど」

 

 スワルダニシティは内陸の街だが、ヨークシンシティは港街だ。盗聴の心配があるから、来ないヤツには伝えようがないが。

 

「他には?

 ナックルとかシュートは?」

 

「連中はモラウの弟子だ。私は関知しない。

 ……と、言いたいところだがな。

 会長から声はかかっていたようで、モラウからそれも言伝(<