のろとりサン、生誕の日 (翠晶 秋)
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爆☆誕

それは、桜の蕾もまだ眠気に目蓋を閉じていた春の日だった。

春一番に身をそよがせ、一人の作家が産声を上げた日だった。

 

何度目かになるそれを、一人の作家が水を飲みながら受け止めた。

名をのろとり───というのはネット上での名前で、本名はまた別にあるのだがそれはまだ別の話だ。

 

して、彼は作家である。

正式には、作家の卵。作家と名乗るにはまだまだ実力の足りない青二才……と、辛口評価は山ほどあるが、それ以上に、彼の想像する世界は見る人を楽しませた。

そして、ひゅるりと風が抜け、それは赤髪の男の髪を揺らした。

 

「で、ここはどこだい」

「知りませんて」

 

若造───と記すにはいささかオーラのありすぎる男二人が、揃いも揃って首を傾げる。

なんともまあ、珍妙な世界だ。

なぜ自分たちは、誕生日を祝うためだけに世界を越えねばならなかったのだろうか。

どちらともなく、溜息を吐く。

 

「じゃこの、のろとりって人はどこにいるんだ」

「だから知りませんて。まあ僕らが出会った位置的に……」

 

つい先ほどまでゲームの世界で生きていたはずの少年が、口元をひくつかせながら目の前の家を見上げる。

 

「この中に、いるんじゃないでしょうか」

 

 

 

 

女騎士はオレンジジュースを杯に注ぎながら頰に手を当てた。

 

「ハク、遅いわね」

「しょうがないよ。呼ばれた意味も記憶も無いの、ハクと……テロさんって言ったっけ。あの二人だけだもん」

 

魔王の娘───イヴは苦笑しつつ、傍で皿を並べる少女に視線を移した。

 

「セーリャちゃんも、緊張しないでいいからね」

「は、はいっ」

「イヴ、それは逆にプレッシャーになってないかしら?」

 

年齢的にはセーリャも、フィリアもイヴも、同期と言っても差し支えないほどであるが、やはり完結組というのはセーリャにとっては憧れの存在であった。

 

ここまで来たら、もうお察しいただけただろうか。

ここに集められた人物は、皆、のろとりが原案を務めた世界のレギュラーメンバーたちである。

なぜその者がここに集まっているのか?誰が呼び寄せたのか?

それはもちろん。

 

「ワタシの存在があって成立する、なんちゃって」

 

世界の創造者が、呼び寄せたからである。名をアキ。

本当は時間軸がおかしくなってのろとりの生まれる日に事件が起きてのろとりという存在がなくなりかける……というようなハプニングを予定していたが、時間的にも能力的にもそれを書くのは不可能だったので割愛した。

 

「中は綺麗だな……って、フィリア!?」

「あら、来たのね」

「テロさんも。こんにちは」

「セーリャ!突然いなくなるから今度はどんなバグ起こったかと……!」

 

扉が開き、主人公二人が入ってくる。

瞬間アキは二人にペンをシュート。ペンは二人の額に刺さると説明がめんどくさい部分を脳に流し込んだ。

 

「んあー、うん。創造者の誕生日か」

「いやまあ説明が難しいのはわかるけどさ、急に投げるのはやめてほしいです、うん」

「ちくわ大明神」

「ごめんごめん、手っ取り早いから」

「「「誰だ今の!?」」」

 

そうこうしているうちに、メインディッシュの時間である。

フィリアが立たされた状態でガタガタと震える棺桶を鎖で引っ張って登場させ、その扉を開け放った。

 

「んー!んー!」

「……なんだこれ」

 

水色の鎖……オリハルコンチェインでがんじがらめにしばられた人型のなにか。

さて、問題はこれこそが創造者のろとりであるということだ。

鎖から解き放たれ、青ざめた顔で首回りを撫でるのろとり。

 

「た、助かった」

「ごめんねえヤンデレが」

「あ、アキさん!!」

 

創造者アキとしてはやんわり連れてくるよう指示したのだが、代わりに棺桶が連れて来られた時はたいそう驚いたという。

ハクはのろとりに手を差し伸べると、その手を掴んで立たせた。

が、のろとりの視線は別のところに向かっていた。

 

「剣!」

「あ?剣?」

「本物ですか!!」

「いや本物だけど……」

「ちょっ、ちょっと触らせてもらっても」

「ハクの手を煩わせないで」

「ハイスミマセン」

 

創造者がなんたるしおらしさか。

フィリアの声を聞いた瞬間に床に土下寝したのろとりを一瞥し、フィリアはアキに運行を促した。

 

「ほら早く」

「あっ、はい。……ごほん。本日皆様にお集まりいただいたのは」

「強制的に呼ばれたんだけどね?」

「うるさいぞ魔王の娘。……えっと、のろとり様の誕生日ということで。残念ながら次元的かつメタァ的な理由で本日のパーティーは皆様の記憶には残りませんが。えー、まずは、のろとり様、お誕生日おめでとうございます」

「「「「「おめでとうございます!」」」」」

「創造者代表として、ワタシ、アキから感謝の言葉を」

 

そうしてアキは、息を吸い込んだ。

 

「えー、のろとり様。この度はお誕生日おめでとうございます。ワタシの人気となっているこの二つの作品の原案をくださり、感謝してもしきれません。どうかのろとり様が……いや、のろとり()()、新しい一年を幸福に過ごせますように。友人&創造者代表、アキより」

「……【国殺し】の勇者ハクだ。アンタのおかげで、この世界は造られたんだってな。正直あんまりいい思い出はないけど、アンタの原案がなくちゃ俺とフィリアは会えず仕舞いだった。もちろんイヴとも会わなかった。アンタが世界の火種を提供してなけりゃ、俺は永遠に塞ぎ込んだまま……いや、俺の内情はどうでもいいんだよ!とにかくありがとうな!次!」

「バグゲームプレイヤー・テロです。大好きなゲームの世界に入り込める機会をくれてありがとう。生のセーリャに合わせてくれてありがとう。ワイバーンに乗れせてくれてありがとう。色んなありがとうがあるけど、言いはじめたらキリがないのでこれだけ言わせてください。……生まれてきてくれてありがとう。お誕生日、おめでとうございます」

 

そしてそのまま、マイクはヒロイン勢に投げられる。

 

「……何を言ったらいいのかしら。他人の誕生日なんて本当は興味が無いのだけれど……まぁいいわ。えっと……え?名前?……あぁ、フィリアよ。王国の騎士だったけど、今は銀行員をやっているわ。まず伝えるべきことは、私をハクに会わせてくれてありがとうということかしら。ハクのおかげで私は変われたわ。ということは、あなたがいなかったらハクは生まれなかったの。死にたいときは依頼しなさい、楽に殺してあげるから」

「セリフだけだと犯罪者だよそれ……。ええと、イヴでーす。私はフィリアちゃんっていうライバルができたから正直なところなにしてくれてんだって思ってたけど、あなたのおかげで私はライバルとして……一人の主人公として生まれることができたんだよね。お礼に羽でもあげちゃおっかな?あ、やっぱだめ。爆発するから。……ええと、とにかくありがと!お誕生日おめでとうね!!」

「完結組はなかなかに辛辣ですね……「なによ」ふわっひゃあ!?フィリアさん、どこ触ってるんですか!殴りますよ!?……ふぅ。セーリャウス・アインツベルです。セーリャって呼んでください。あちらの世界がゲームだなんて思ってもいませんでした。でも、この記憶は消えてしまう。所詮は、束の間の夢……ですが、あなたのことはずっとここに残り続ける。私たちの世界が広がる限り、どこまでも。胸を張ってください。あなたはちゃんとした、創造者ですよ。そのインスピレーションを、いつまでも失わないでくださいね」

 

……これにより、現在出ているレギュラーメンバーによるスピーチは終わった。

が、そこで終わらせないのがアキクオリティである。

アキが指を鳴らすとフィリアがもう一つ棺桶を持ってきた。……これは横に寝ているが。

鎖を解くと棺桶の扉がギィと開き、中から……童顔の少年が出てきた。

俗に言う、ショタ、というやつである、

……ここまできたらもうおわかりだろう。

 

「……あー……我が、創造主よ、とでも言ったほうが良いのだろうか?……魔王だ。俺は元々たいした功績はあげていないし、こんなに喋らないし、そもそもこちらの世界の住人ではないのだが……ちょっ、こらっ、そこの銀髪の娘、マント引っ張らないで……!……ごほん。……俺は感謝している。……いや、絶賛お前に苦しめられている最中なんだが、まぁ、充実感というのだろうか?少なくとも、今の暮らしには満足してるよ。……これからも、俺を楽しませてくれ。えーと、スペシャルサンクス、かな。名も無き魔王でした……ちょっ待っ、終わった瞬間にお役御免とか悲しすぎないかそれええええぇぇぇぇぇぇ……

 

ショタ魔王が、棺桶に消えていった。

……まぁそれはどうでもいいとして、

 

ここに集まった全員が伝えたいことは。

 

 

「「「「「「のろとりさん、誕生日おめでとう!!!」」」」」」

 

 

つまりは、こういうことである。




ちなみにのろとりさんの誕生日は投稿日の前日です。
間に合わなかったんだよなんか文句あっか!!!!


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