君と言葉のワルツを (もしじ)
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君と言葉のワルツを

魔界に住む司書の家系の女性。
ひょんな事から、入間達と関わる事になります。


 魔界には様々な場所がある。

志を高める為の学校や、日常を豊かにする物を売る商店街、何処も活気に満ち溢れている。

「確か、この辺りだったわね」

艶やかな黒髪を緩い三つ編みに結ったワンピース姿の女性が、紙片を片手に歩いている。

「いらっしゃい」

煉瓦壁が一際目立つ店の真鍮製の扉が開き、店主が顔を出す。

壁に打ち付けられた看板には、店主の趣味で葡萄と本の絵が描かれている。

「ご無沙汰しております」

店主は、女性に帆布製のエプロンを渡す。

「お父上から話は聞いているよ、今日から宜しく頼むね」

「はい!」

司書の家系に生まれた彼女は、本との生活を生業とし、読む事の楽しさを教え広める一面も持つ。

そして、何よりーー

「店員さん 円滑な 交流を 図るには」

獅子頭の学生が、新刊を並べる女性へ話し掛ける。

「こちらは如何でしょうか?」

「問題提起と 解答迄の 展開が 分りやすい これを下さい」

「ありがとうございます、只今新しい本をお持ちしますね」

本を所望する相手に、ふさわしい一冊を探し当てる。それが、彼女の確固たる能力である。

 

 翌日。ホームルーム前の問題児クラスでは、獅子頭の学生ことアロケル・シュナイダーが、購入した本に没頭している。

「アロケル君は、本当に読書が好きだね」

「感心致しますねえ。因みに私は、女性に付いての本ならば、幾らでも読めます」

「カイム。貴様は心底ぶれないな」

鈴木入間、アスモデウス・アリス、カイム・カムイが言葉を交わす横へ、担任であるナベリウス・カルエゴが現れる。

「粛に。時に貴様ら、読書週間が始まっているぞ。最低でも一冊を読み切り、レポートを提出する様に」

「エギー先生!絵本でも良いですか?」

「好きにしろ。それと、エギーは止めろ」

ウァラク・クララの発言に、カルエゴは額に手を当て、教卓に出席簿を置く。

 

 昼休み。食堂で昼食を取る入間達は、カルエゴからの課題に頭を悩ませている。

「困ったなあ。何を読んだら良いのかな」

「そうですよね、イルマ様」

「でろでろランチ、美味い!」

でろでろランチを頬張り続けるクララの向かい側に、魔牛のパストラミサンドを手にするカイム

が腰掛ける。

「相席失礼します。私は矢張、女性の」

「つくづくぶれないな、貴様は」

セルフサービスの魔茶を啜る三人の背後を、サンドイッチと牛乳を手にしたアロケルが通り掛かる。

「だったら 葡萄書店へ 行くと良い」

「ぶどうしょてん?」

「本を 探してくれる 優しい 女性の 店員さんが 居る」

アロケルの言葉を聞いたカイムが、目を爛々とさせながらパストラミサンドを頬張る。

「本を探して下さるお姉さん、お会いするのが楽しみです!」

「あたしも楽しみです!」

「入間様。アホ二人は放って……」

「何を言う!アズアズ!」

反撃とばかりにクララとカイムに背乗りされたアスモデウスは、心配そうに眺める入間と肩を並べて歩き出す。

 

 放課後の師団(バトラ)が終わり、次々と校門を出る生徒達。

入間とアスモデウス、クララも、何だかんだで仲良く歩いている。

「イルマ様。お時間がございましたら、葡萄書店に行ってみませんか?」

「さっき、アロケル君が教えてくれたお店だよね」

「ええ。絵本から魔術書迄、様々な」

「絵本!ええほん、えって見よう!」

一目散に走り出すクララ、アスモデウスはそれを追い掛け始める。

「ウァラク!貴様は大人しく」

「あ、アズ君、クララ!待って!」

入間も慌てて、二人を追い掛ける。

 

 葡萄書店に着いた三人は、真鍮製の扉を慎重に開ける。

「こんにちは、お邪魔します」

「おや、皆さんお揃いで」

「やはり貴様は来ていると思ったぞ、カイム」

既に本を購入し、店員と談笑していたカイムが三人に手を振る。

「アスモデウス君、イルマ君、クララ嬢。こちらの店員さんが、噂の御方ですぞ」

カイムが右手を差し出した先で、女性が何度も頭を下げている。

「お、恐れ入ります」

「店員さん!ええほん下さいな!」

カウンター越しに右手を挙げ、女性へ呼び掛けるクララ。

その元気さに押されつつも、女性は笑顔で応対する。

「はい!どんな本が好きですか?」

「バーンで、ドーンな、ワハハハな本です!」

「貴様、もう少し分かりやすく」

「それでしたら、これはどうですか?」

魔界の仕組みを仕掛け絵本に仕上げた物を渡されたクララは、その出来映えに納得したようだ。

「うむ!これを買ってあげよう!」

仕掛け絵本を高く掲げたクララは、女性に胸を張る。

「お買い上げありがとうございます。新しい本を持って来ますね」

「見事だな」

アスモデウスの呟きに気付いたカイムは、包装した本をクララに手渡す女性を見つめる。

「彼女は『司書』の家系で、どんな本でも探し当てますぞ」

「成程」

アスモデウスは軽く息を吐き、女性へゆっくりと近付く。

「恐れ入ります。あちらにいらっしゃるイルマ様がお気に召される御本を、探しては頂けないでしょうか」

「は、はい!」

女性は新刊コーナーを眺める入間を見つめ、店内から暖かな色合いの書籍を二冊手にする。

「ハードカバーの書籍が魔界料理大全、文庫本版の書籍が植物園ガイドとなります」

「分かりました。イルマ様、こちらにいらして下さいませんか?」

「どうしたの、アズ君」

「是非とも、お目通し下さい」

女性が紹介した二冊を、入間に開いて見せるアスモデウス。入間は文章をじっくり眺め、彼に微笑む。

「魔界の料理って色々あるんだね。植物園も気になっていたから、二冊共買って読むよ。お会計はあっちかな?」

「お会計は私が致します、イルマ様」

本を見せたのは自分なので、入間に進呈したいと考えていたアスモデウスだが、クララとカイムが何やら妙な物を手にしている。

「アズアズ、あたしのも!」

「私はこちらを!」

「淑女入門書と1から始めるダンディズム?何を買う気だ、貴様らは!」

「あの、これを下さい」

三人のやり取りを聞きながら、入間は女性に本を手渡す。

「ありがとうございます、早速新しい本をお持ちしますね」

包装を終えた女性は、レジカウンター奥の引戸を開け、入間達を手招きする。

「本をお買い上げ頂いたお客様には、魔茶と溶岩ケーキをお楽しみ頂きます」

「よ、溶岩ケーキ?」

「イルマ様、先程お買い求めになりました御本に載っておりますよ」

アスモデウスの助言を受けた入間は、魔界料理大全を開いて安堵する。

「カラメルが掛かったチーズケーキなんだね、美味しそうだなあ」

溶岩ケーキを想像しつつ、女性に続いて階段を上る入間達。

「こちらへどうぞ」

 

 階段を上り切った彼らの目に映った物は、ガラス張りの部屋に六脚の椅子と一台のテーブルだった。

「ご購入頂いた本をお読み頂けるコーナーです。魔茶のおかわりも、お申し付け下さいね」

「失礼。暫し、お待ち頂きたい」

魔茶と溶岩ケーキをテーブルへ置いて立ち去ろうとした女性を、アスモデウスとカイムが呼び止める。

「宜しければ、私達とお茶を一服なさいませんか。店長様にもご了承を頂いて参りますので」

「は、はい!」

彼らの言葉通り、女性も茶席に加わり、本や各々の話へと花が咲いて行く。

「あたし、ウァラク・クララ!この子は入間ち!これはアズアズ、これはカムカム君!お姉さんの名前は何ですか?」

「ウァラク様、宜しくお願い致します。私は」

女性が名前を告げようした時、何やら煌めく物がゆらゆらと窓の前を横切る。

「おお!窓の外を見よ、皆の衆!」

「雪ですかな?」

クララとカイムのやり取りに、入間が穏やかな口調で加わる。

「あれは、風花だよ」

「カザハナ!イルマ様が咲かせたお花ですか?」

「え?」

アスモデウスは、入間が以前咲かせた桜と勘違いした様だ。

「流石はイルマ様、季節をも彩るとは!貴女もそう思いますよね!」

「あ、あの、アスモデウス様?」

無意識に女性の手を取って踊ったアスモデウスは、平静を装おうと息を大きく吐く。

「失礼、心が踊った余り……それにしても貴女のステップ、以前」

「アスモデウス君!先駆けはなりませんぞ!」

「そうですぞ、アズアズ!」

「貴様らもか!」

カイムとクララも踊りの輪に加わり、良く分からない光景が繰り広がる。

「あの、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だと思います……」

「はいはい!皆で踊ろう!」

結局五人は輪になって三十分程踊り、店主の呼び掛けで漸く我に返ったのだった。

 

 後日。入間達のレポートも無事に提出出来た事を、書店の常連客と成ったアロケルとカイムから聞いた女性は、魔茶を飲みながら一息吐いている。

「良かったですよね、皆さん」

「オレも そう思う」

「私もですぞ。故に」

真鍮製の扉が開き、入間とアスモデウス、クララが顔を出す。

「お邪魔しますね」

「はい、いらっしゃいませ……」

「思い出すのが遅れました。改めて宜しくお願い致します、ステップの綺麗なお嬢さん」

アスモデウスの柔らかな笑みに、女性も笑顔で頷く。

「こちらこそ、宜しくお願い致します。アスモデウス様」

相手の望む本を探す彼女の日々は、まだまだ続くのであった。




閲覧頂き、誠にありがとうございます。
名前がないキャラクターさんではありますが、彼女の幸せな話を書けたら良いなあと思いつつ。

ご感想頂けましたら幸いです。


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