小説の中の僕たちは戦場のあとの楽園に沈む (ソウブ)
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1話 閉鎖的な日常 1/2

 

「え!? 選んでくれたんだ。ありがとうー! 嬉しいな! じゃあ、わたしはあなたを愛するね」

 

 

 

 意識が虚無から、有へと変遷(へんせん)していく。

 

 ん……あ……?

 

 僕……は…………。

 

 目の前が、白光に溢れた。

 

 (はじ)ける感覚と共に、色鮮やかな視界が開ける。

 

 目の前には、女の子がいた。

 僕の顔を覗き込んで、丸い宝玉の様な深緑の瞳を瞬きさせている。

 

「あ、起きた?」

 

「え……あ……?」

 

「寝ぼけてる? おーい起きて―!」

 

 僕の眼前に白くて小さな手を振ってくる。

 

 少女は、白に近い黄緑の髪をしていた。少女が手を振って体を揺らす度に長い髪がさらさらと妖精の踊りの如く揺れる。

 身に纏う服は若草色のパーカー、白いスカートに白いニーソックスと、薄く清らかな色の連鎖は王族のようでもあり、パーカーのフードとミニスカートにより少女性が前面に表れている。

 

 部屋も、少女と同じような目に優しい薄い緑色で統一された外観だった。

 薄い緑色の壁紙。木製の机、本棚。深い緑色のテレビ。テレビの前にゲーム機。ゲームが大量に積まれたゲーム棚もある。そして観葉植物が机の上や部屋の隅に設置されている様子は、部屋の色と相まって清涼感を感じさせる。

 

「おーい!」

 少女の声量と手を振る速度が増す。

「はっ」

 ぼーっと目に見えるものを観察してしまっていた。

 

「とりあえず自己紹介っ。わたしはリーネ、よろしくねー!」

「……僕は橘素名(たちばなそな)

「素名くんだねっ。よろしくー!」

 ぐいぐい来るが、不快感はない。少女の笑顔と明るさは、人に安心と好感を抱かせるタイプのものだ。

 

 …………。

 

 それで、僕はなんでこんな所にいるんだろう。

 

 意識が目覚めるまでの記憶を辿ってみる。

 ……なんということだ。驚いた。

 

「何も、思い出せない……」

 自分の名前は分かったのに。それ以外がぽっかりと何もない穴だ。

 でも記憶喪失とかそういうのじゃなくて、都合よく記憶がロックされているような不可思議な感覚。

 現に、全ての知識を忘れて小さな子供に戻っているような状態ではなく、現代高校生の感覚のままだ。

 

「思い出さなくてもいいんだよ! あなたは頑張った! 楽しく遊ぼー!」

 

 頑張った?

 僕は何を頑張ったんだろう。

 

「リーネは、何か知ってるの?」

「あ、あー、知ってるというか知らないというかー……どっちにしろ知らない方がいいと思うよ!」

 リーネは両手の人差し指をツンツンと突き合わせながら、何も答えたくない意思を見せている。

 

「そこをなんとかならないかな?」

「んー、無理!」

 

 こういう場合は、追求してもただの徒労に終わる場合が多い、かな。

 そんな気がする。

 別のことで情報収集すればいい。

 

「わたしは何があっても素名くんの味方だから。それだけは絶対だから。信じてほしいな」

「…………」

 その言葉を言う声音と表情は、真剣で。信じてほしいという思いは伝わった。

「……とりあえず、わかった」

 暫定的に、リーネが味方だということは信じることにしよう。

 信じるということを前提にしていくことに、決めた。

 自然と、そう思えた。

 リーネかわいいし。

 かわいいは正義だ。

 

「それじゃあ、まずは何をしよう」

 この部屋から出て、まずこの建物がどうなっているのか調べようか。

 それともこの部屋を調べようか。でもリーネの自室っぽい雰囲気なんだよね。あまり調べるのも気に触らせてしまうかも。

 それかリーネと話して、直接の質問以外で情報を集めるか。

 

「とりあえずカードゲームしない?」

「とりあえずでカードゲームとは?」

「好きだったでしょ?」

「好きだった……? ……うん」

 

 名前以外思い出せなかったけど、トレーディングカードゲームが趣味だったことは、言われて思い出した。

 TCG関連の記憶だけ次々と浮かんでくる。

 

「じゃあ、遊ぼー!」

「でも僕カード持ってないよ」

「わたしの貸すから大丈夫! ほとんど揃ってるからどんなデッキも作り放題だよ!」

「ほんと!?」

「ワクテカしてきたねー!」

 

 どんなデッキも作り放題なんて言われたら、TCG好きとしてはテンションが上がってしまう。

 

「それじゃあ、ここから好きにピック(デッキ構築)してね」

 リーネが指を鳴らすと、壁の一部が開き別の部屋がその先にあった。

 覗き込めば、その部屋にはカードが並び、箱に保管されていて、さしずめカード専用部屋といった様相だ。

 

「緑のカードはどこ?」

「この棚一帯がそうだね。って、素名くんも緑使いなんだ?」

「緑単しか使わない」

「生粋の緑使いだね! わたしも緑単ばっかり使うからお揃いだねっ!」

「あー……。そうすると、リーネとデュエルするときは緑単ミラーになるのかー」

「どしたの?」

「緑単ミラーはあんまり好きじゃないんだよね」

「なんでー?」

「勝てないことが多いから」

「正直!」

「リーネはなんで緑単使うの?」

「わたしの髪緑色だからね! キャラに合ったデッキにするのは大事!」

「そっかー。確かに」

「素名くんが緑単使う理由は? 髪黒色だけど」

「戦い方が好きなんだ。デカいファッティ(高いパワーを持つカード)をバーンと出してドーンと殴るのが気持ちいい」

「脳筋だね!」

「あと、緑のファッティは強い化け物感がかっこいい」

「わかる」

 

 話しながら、カードを手に取り、デッキに入れるカードを選んでいく。

 

 そうして、60枚のデッキが完成した。

 

「じゃあさっそくデュエルしよー!」

 

 元の緑色部屋に戻り、対面で座る。リーネはトンビ座り、もとい女の子座りで。僕はあぐらだ。

 お互いデッキをシャッフルする。よく見る切り方、下から取って上に乗せるヒンドゥーシャッフルだ。

 でもこれだけでは混ざり切らないので、僕はいつもリフルシャッフルもどきも織り交ぜる。

「ショット・ガン・シャッフルはカードを痛めるZE!」

「このやり方なら大丈夫。折り曲げてないからね。軽く両手に半分ずつ掴んで、中央に落としてるだけなんだ。あと正確にはリフルシャッフルだね」

「そっかー。わたしは堅実にディールシャッフルするね」

 ディールシャッフルは一枚一枚場に置いていって重ねていく、時間がかかるが確実に混ぜられるシャッフル法だ。ちなみに本当にショットガンシャッフルと呼ばれるのはこちらの方。まああの王様が言ったのはショット・ガン・シャッフルだから、明確に間違いではない。紛らわしくはあるけど。

 ディールシャッフルのみだとイカサマができてしまう場合もあるシャッフルだけど、ヒンドゥーシャッフルなどと組み合わせれば問題ない。リーネはちゃんとディールシャッフルの後、ヒンドゥーシャッフルをしていた。

 あと何気にリーネのシャッフルは流麗で、見ていて気持ちがいい。

 最後に相手のデッキを軽くシャッフルした後、カードを七枚引いてゲームスタートだ。

「デュエル開始ー!」

 

「「先攻後攻じゃーんけんっ!」」

 

 僕がチョキで、リーネがパー。僕の勝ちで、先行だ。なんで負けたか、明日までに考えといてください。

 

 僕は序盤、ファッティを出す為にコストを作り出せるカードを並べていった。

 

 けれどリーネは、アグロデッキ(速攻デッキ)だった。

 リーネは小型のクリーチャーを並べていく。しかも緑の小型はパワーを上げる効果を持ったりして小型でなくなるのが多い。

 

「ドラララララララララララァッ!」

「ぐへえ!」

 

 僕がファッティを出せた頃には手遅れ。殴り殺された。

 

「これマッチ戦だから」

「ふふふ、いいよ。次もわたしが勝つからね」

 一回負けても三回戦中二回勝てばいいんだ。僕はまだ負けてない。

 

 ………………。

 

「とどめー!」

「ぐへあ!」

 

 負けた。また準備している内に殴られまくって殺し切られた。

 くそう……。

 

「わたしの勝ちー!」

「待って、まだだ」

「マッチ戦ならもう終わったよ」

「マッチ戦は僕の負けでいい。ただデュエルをしよう」

「うん! しよう!」

 リーネは楽しそうに、笑顔で応えてくれた。

 

 だが僕は負け続けた。

 

 リーネは緑単アグロを使うが、僕はどデカいファッティを出すのが好きなので緑単ランプを使う。相性最悪だ。だからなかなか勝てない。

 

 でも、カードゲームは運の面もある。リーネが手札事故を起こし、僕の手札と引き運が神がかっていた一戦もあった。

 

 今やっている一戦がそれだ。

 

「ぎゃー! 全然土地引けない!」 

「今の僕、手が光ってるわ」

「でもこのドローであのカードを引ければ、まだわかんないよ。ドロー! いや最初の方に来てよこのカード! 今じゃない!」

「このデカいので、アタック、アタック、アタック! 24点ダメージ!」

「負けたー!」

 

「僕はこのままでいいんだろうか」

 なにも思い出せないまま、ただカードゲームをする。

 まあ今はいいか。楽しいし。

 腹の虫が鳴った。

 

「そろそろご飯食べようか」

「そうしたいけど、今は昼なのか夜なのか」

「お昼だよ。あの時計に書いてあるでしょ?」

 

 リーネが指差した壁掛け時計に、昼という字が書いてあった。針が指し示すのは、13時30分。

 

「ご飯作ってくるねーっ!」

 

 リーネが部屋を出て行き扉が閉まると、途端にこの緑の部屋は静かになった。静寂が耳に痛いくらいだ。

 デッキを見直したりしながらリーネを待つ。

「もっとマナ加速入れた方がいいかな……いや、序盤を耐えられるように……」

 

「できたよー! 召し上がれ!」

 しばらくすると、リーネが戻ってきた。その手にはお盆、その上にはハンバーグセットが乗っている。テーブルの上に二人分置かれた。

 

「うまそう」

「でしょでしょ」

 でもリーネみたいな雰囲気の子は料理が下手だってお約束がある気がする。

 

「いただきます」

「いただきまーす!」

 ハンバーグを切り分けて、一口。 

「美味い!」

 口の中にジューシーななんやかんやが広がって幸福感だ。

「ふっふーんっ。わたしのキャラ的に料理下手だと思ったでしょ? 実は得意なんだよねー」

 ドヤ顔。リーネは滅茶苦茶ドヤ顔を近づけて来る。

「近い」

「あははー」

 

 ここは閉鎖的な日常。悪いとは思わないけど。

 

 

 



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1話 閉鎖的な日常 2/2

 

「食後の運動、しよう!」

 食事を終え、食器を片づけた後、リーネがそんなことを言った。あと食器の片づけを手伝おうとしたけど断られた。

「それともだらだらする? わたしはだらだらしたい!」

「前言撤回しないで」

「だってだらだらする方が楽だし―。わたしどちらかというとインドア派だし―」

「なまけ気質がよー。まあだらだらでいいけど」

「じゃあスマブラしよ!」

 

 スマブラというEスポーツに興じることと相成(あいな)った。

 

 テレビの前に二人で座り、コントローラーを握る。前と同じようにリーネは女の子座り、そして僕はあぐら。いつもの体勢になりそうだな? いつもって程過ごしてないけれど。

 

 僕はバウンティハンターを選択、リーネはピンク色の風船だ。

「おら、遠距離ビーム!」

「あ、チクチク逃げ逃げ戦法ひどい! 陰険! 極悪人!」

「言い過ぎでしょ!?」

「正面から戦えー!」

「わかったよ……」

 

 正面から戦ってボコられた。

 

「夜ご飯もわたしが作るよー!」

 カレーだった。

「美味しい」

 

 食後。

 

「お風呂入る?」

「あるの?」

「あるよ」

 

 部屋を出ると、広く長い廊下が左右に広がっていた。

 廊下の隅が、小さく見える、遠い。

「お風呂こっちだよ」

 

 リーネの部屋から二つ隣のドアを開けると、洗面所と脱衣所があった。広い。

「ここは高級な物件かなにか?」

「ここにはなんでもあるよー」

「なんでもはないでしょ」

「ごゆっくりー!」

 

 リーネは去っていった。

 僕は服を脱いで、

 

「あ、着替えはその籠に入ってるからねー!」

「僕脱いでる途中なんだけど、というかもう脱いでるんだけど」

「ごめん!」 

 

 僕は脱いだ服を籠に入れて、別の籠に着替えが入っていることを確認してから浴場のスライドドアをガラガラと滑らせ開けた。

 

 白い。そしてここも広い。ライオンの口からお湯が出ている。

 

 手前の洗い場で体を洗ってから、湯船に浸かる。

「あ~」

 気持ちいい。

「良い風呂だ」

「わたしはここでお風呂に乱入するというテンプレをこなすよー!」

「なにぃ!?」

 ガラガラとリーネがタオルを巻いて乱入してきた。

 飛沫(しぶき)を上げながらお湯に飛び込んでくる。

 僕は頭からお湯を被るはめに。

「もっと静かに入ってほしい」

 

 長い黄緑色の髪に、真っ白い肌に滴るお湯が艶っぽい。エロい。おっぱい結構ある。なんかいい匂いする。

 

「そんなことして僕に襲われたらどうすんの?」

「それはNG!」

「なら入ってこないでよ……」 

「入るの!」

 

 しばらく、無言で浸かった。ライオンの口からお湯が流れる音だけが浴場に響く。

 

「でも、ちょっと恥ずかしいね……」

 リーネは結局隅の方にスススっと移動し口まで浸かった。

 ほんとになんで入ってきたんだ。

 

 風呂から上がり、パジャマに着替えると、もう就寝時間だ。

 

「一緒に寝よー!」

「いやいやいやいや」

「一緒に寝るの!」

「でも襲われるのは?」

「NG!」

「あほくさ」

「うう……じゃあわたしの部屋の隣に使ってない部屋あるから使っていいよ」

 

 リーネの部屋の右隣の部屋が僕の部屋になった。

 

 ドアを開けると、殺風景な部屋に天蓋付きの豪華なベッドが一つ。

 ベッドさえあれば寝れるから問題ない。というよりもいい部屋だ。

 

 僕はふかふかのベッドに身を横たえて、眠りに就いた。

 

 

 翌日。リーネの部屋。

「今日はこの【タワー】内部を案内するよ!」

「【タワー】?」

「わたしたちがいるこの建物のことだよ」

「【タワー】ってことは高い建物だったんだ」

 廊下の長さから広い場所だとは思っていたけど。

「100階ぐらいあるよ」

「たっか」

「それじゃあわたしについて来てー!」

「いやほんとどこなんだろう此処(ここ)

 

 リーネに先導されて廊下に出る。

「今わたしたちがいる三階は居住区だよ!」

 長い廊下に扉がいくつも並んでいる。

「居住区ってことは僕たち以外にも誰かいるの?」

「いないよ!」

「これから来る予定がある?」

「ないよ!」

「じゃあなんでこんなに部屋が?」

「居住区だから!」

 

 階段を上って、四階へ。

「四階はカードゲームエリア!」

「うおおおおおおお!」

 一面カードにデュエルスペース!

「すごい!」

「ふふふ、わたしの部屋のカードは極一部ということだよ」

「あの部屋のカードだけでどんなデッキも作り放題って言ってなかったっけ?」

「あれは誇張表現!」

 

「五階はゲームセンターエリアだよ!」

 格ゲーやクレーンゲームやシューティングゲーム、その他さまざまなゲームが広いフロアを埋め尽くしている。

 

「六階はスポーツエリア! トレーニング器具とかグラウンドとかあるよ」

 

「七階はプールアリア!」

 

「八階は料亭エリア!」

 

「九階はギャンブルやダーツやビリヤードがあるよ!」

 

「十階動物園エリア」

 

「十一階水族館エリア」

 

「十二階自然エリア」

 

「滅茶苦茶お金かかってそうな施設だね」

 森林で(たたず)みながら風を感じる。建物内なのに。

「お金はかかってないんじゃないかな」

「え? こんな施設お金なしにどうやって建てるの?」

「【タワー】は【タワー】だから。世界がそう在るの」

「何を言っているのかわからない」

 詳しく()いても答えてくれないだろうけど。

「こんな所勝手に利用して後で莫大な額請求されない?」

「されないされない。わたしたちが楽しく過ごす為だけに存在する場所だから!」

 

 木の陰から、何かが出てきた。

 それは人型で、黒色で、昆虫のような頭をしていた。

 

「は?」

 なんだ、あれ。

「化け物……? 怪人?」

 怪人っぽい。

 人型の化け物だから、怪人。

 あんなのが、現実にいるのか……?

 目に見えているのだから、いるのか?

 

 化け物が走ってきた。

 殺気を直接叩きつけられてる感覚。

 殺される? 殺されるのか?

 状況に追いついていけない。

 だが迫る怪人。

 恐怖に硬直した。

 

「素名くん下がってて」

 

 リーネが前に出た。

 

「変身」

 

 リーネがエメラルド色の光を纏い、すぐに光が発散する。

 光が消えた後、リーネが荘厳な装備を身に纏っていた。

 

 機械の羽のよなものが背に装備され、足も機械の装甲が覆い、腕にはガントレットが装着される。それらは全て、緑色をしている。

 

「なにそれ……」

 

 リーネのガントレットから、光の剣が伸びた。

 目の前まで迫った怪人へすれ違いざまに振り切った。

 

 緑色に光る切れ込みが体に入った怪人は、僅かな硬直の後爆散した。

 

 リーネの装備が、緑色の粒子となって消失する。

 

「ふー、楽勝だったね! やっぱりわたしは最強ヒロイン!」

「あれはなんだったの?」

 わけがわからない。

 恐怖から解放された安堵感と、状況の理解不能さで心が不安定だ。

 非日常が続き過ぎて、もう混乱が極地なんだけど。

「この【タワー】を破壊しようとする敵だよ! 無関心や批判、自然の圧力ってやつ」

「え、なに? なんて?」

 無関心? 批判? 自然の圧力?

「詳しく説明して?」

「まあ敵だから倒さないといけないんだよ!」

「もっと適当になったな?」

「わたしに任せてもらえば大丈夫!」

 

 

 



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2話 リーフカリバーン 1/3

 

 

 ――ふざけるなふざけるなふざけるな。

 なんでこんなことになった。なんでこんな状況にいる。なんで悠里(ゆうり)が。

 

 絶望の中に、僕はいた。

 

「お兄、ちゃん…………」

 

 妹が、【ウーズ】に組み伏せられている。

 

 スライムのような形状の、石灰色(いしばいいろ)の化け物。人類を絶滅の危機に追いやっている宇宙人。それが【ウーズ】

 

 妹を助けたいのに、僕は地べたに這い(つくば)っている。 

 

 奴らを倒せる最強の剣は、既に折られた。遠くに転がっている。

 

【ウーズ】が軟泥(なんでい)の体を一部、固体化させて針状にした。

 その針を、妹の腕に突き刺す。

 

「いっっ!? 痛い! 痛いです……っ! お兄ちゃん……!」

 

「あ、あああああああ」

 僕の口からは怒りと慟哭(どうこく)(うめ)き声が漏れるだけで、体は動いてくれない。

 

【ウーズ】が、次は軟泥の体を剣に変えて、妹の右腕を切り飛ばした。

 

「ああああああああああああああああああああ」

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 右腕から噴き出した血が、妹の薄いピンク髪を深紅に染めていく。

「うえぇ……ああぁ……」

 涙や鼻水が妹の顔中を濡らしている。

 

 妹の左腕が【ウーズ】の(のこぎり)状に変えられた体でじっくり時間を掛けて切り落とされた。

 

「いぎぃぃいいいいいいいいいいい!!! はぁ……はぁ……はぁ……っっ」

 

 妹は虫の息だ。

 

 僕はなにもできない。

 なぜなにもできない。

 なんでなんでなんで。

 助けたい助けたい助けたい。

 

 妹の右足が斬り飛ばされた。

 妹の左足がハンマー状の体に潰された。 

 

 そうして、

 

「あ」

「お兄……ちゃ……」

 

 妹の頭がハンマーで潰された。

 

 妹が、死に落ちる。ピンクが、深紅に染まり切る。

 

 僕は、何もできなかった。

 大切な妹を、守ることができなかった。

 

 絶望で、幕は下りる。

 

 

 

「お兄ちゃん!」

 ドアが勢いよく音を立てて開かれる。

 リーネの部屋で一緒にテレビゲームをしていたら、突然妹の(たちばな)悠里が入ってきた。

 

 記憶のロックが解除されて浸透した感覚。

 

 そうだ。

 僕には、妹がいたんだ。

 大切な、大切な、妹が。

 

 いや意味わかんないよ。

 でもそうとしか思えなかった。

 僕には妹がいるんだ。

 

「逢いたかったです! お兄ちゃん!」

 

 悠里が飛びついてくる。ピンク色のお下げの髪がふわりと揺れて僕の頬をくすぐった。

 

「え、なに……聞いてない。妹なんて聞いてないよ!」

 悠里の頭を撫でていると。リーネが立ち上がり地団太を踏んだ。

「ここはわたしと素名くんがイチャイチャするための世界なんだから出てってよー!」

 

「ゆーりはお兄ちゃんの妹なので、一緒にいるのは当然なんです」

「ぐぬぬぬぬ!」

 

「どういう経緯で僕の所に来たの? 正直さっきまで悠里が僕の妹だって覚えていなかったし、最後に過ごしたのがいつだったかも思い出せないんだけど」

「ゆーりは、よく覚えてませんけど死んでしまったんです。だから、また逢えて嬉しいんです」

「死んだって……ならなんで今息をして僕の目の前に? 嫌だとかじゃなくて、僕も逢えて嬉しいけど、死んだら息なんてできない」

 

 死んだというキーワード。

 

「それとも」

 

 悠里は死んで、ここに来た。僕もここに来た。

 つまり僕も死んだ?

 ということなら。

 

「ここは、あの世とかいうやつなの? リーネ」

 

 あり得ないという思考を一切排除して、今までの情報から推測を立ててみた。

 

「……流石に隠せないよね」

 リーネは観念したように両手を上げて言った。

「うん。素名くんが想像してる通り。ここは死んだ人が来る場所だよ」

「それにしては人が少な過ぎませんか?」

 悠里が疑問を零す。確かに、僕たち三人だけしかいない。

「全ての人がここに来るわけじゃないからね。ここは素名くん専用の場所なの。だから妹ちゃんは想定外!」

「ゆーりがここに来れたのはお兄ちゃんに対する想いが強かったからですね。愛の力です」

「はあ~? 素名くんに対する想いはわたしの方が強いんだけど~?」

 

 とりあえず、この二人には仲良くしてほしい。妹の悠里は大切だし、リーネは悪い奴じゃないと思う。こんなところで三人きりなんだから、仲が良い方がいい。

 

「まあまあ、一緒にゲームでもしようか」

 さっきまでやっていたスマブラを三人ですることにした。

 悠里は、この中では一番ゲームが下手だった。

 

「やーいわたしの勝ちー! おべべんべおべべんべおべべんべべべ!!」

「この煽りカスぶち殺がしてもいいですか!? もう一回です!」

「仲良くしてね」

 

 リーネ(煽りカス)と悠里の戦いは続く。

 リーネは勝ち続けた。

 

「わたしの方が強いということが証明されたね」

「ゲームで勝ったくらいでなに言ってるんですか。今に目にもの見せてやりますよ」

 

「もう夜になってきたし、一緒にお風呂入ろうよ」

「いいですけど」

 いいのか。

「素名くんも一緒に!」

「やめとくよ」

 

 一人でカード片手に頭を捻ってデッキ調整をしていたら、二人が部屋に戻ってきた。

 リーネと悠里の湯気を上げる柔肌が色気を醸す。緑とピンクのパジャマ姿がかわいいな。

 

「背中の流し合いっこしたよ! あーあ、素名くんも一緒に入ってれば背中流してあげてたのに!」

「気持ちよかったです」

 

 こいつら本当は仲がいいんじゃないのかな。

 

「悠里ちゃん一緒に寝よう」

「いいですけど」

 いいのか。

「素名くんも」

「寝ない」

「寝ないと体に悪いよ」

「一緒には寝ないという意味! それに既に死んでいるのに体に悪いとかあるのか」

「死にはしないと思うけど、眠気はあると思うからすごく眠くなるんじゃないかな」

「だったら寝ないといけないね。まあ元々寝るつもりではあったけど」

 

 

 次の日。リーネの部屋にて。

 

「それじゃあ今日は悠里ちゃんにも【タワー】を案内するねー!」

「くるしゅうないです。案内されてあげます」

「お~ん? 案内しなくてもいいんだけど~?」

「君ら仲いいの? 悪いの?」

 

 リーネの部屋から廊下に出る。

 リーネを先頭にして、長い廊下を歩いて行く。

 

 歩いていた時だった。

 

 爆砕。破砕音。

 

 突如、廊下の壁が破壊された。外側から凄まじい力で崩されたように。

 

 

 



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2話 リーフカリバーン 2/3

 

「なになになになに!?」

「なにごとですかー!?」

 

 崩れた壁からは、漆黒の巨体が入り込んできた。

 身長三メートルは越えているだろう。二足歩行の獣の様な姿形。目が赤い。そして目と口が無数に、全身へ瞼と口腔を開けていた。

 

 地獄を徘徊する化生(けしょう)の如き、深淵を感じさせる恐怖の権化。

 以前リーネが瞬殺した怪人とは一線を画す怪物だと、一目で思い知らされる異様をしていた。

 

「今日は案内する予定だったのに! 変身!」

 

 リーネの体各所に緑色の装備が装着される。

 

「なんですかそれー!?」

「悠里下がるよ」

 

 悠里の手を引いて下がらせている内に、リーネと怪物の激突は起こった。

 

 怪物が腕を振るう。リーネがガントレットから黄緑色に発光する剣を伸ばし、怪物の腕を受ける。リーネがふっ飛ばされた。壁に激突して転がる。

 

「リーネ!?」

「これは、とてつもない批判力だよ……!」

「だから批判力ってなんだ!?」

 

 怪物は僕と悠里の方に足を踏み出した。

「怖いですお兄ちゃん」

 悠里がしがみ付いてくる。僕は守るように抱き寄せた。

「ふーんっ!」

 リーネは何とか立ち上がって、僕らの前に立つ。

 

 腕が振るわれ、剣が(ふる)われる。

 リーネは怪物と幾度(いくど)も切り結ぶ。正面からぶつかれば先のようにふっ飛ばされるから、剣で怪物の手を流していなしている。

 それでも怪物の攻撃は重いのか、リーネの顔は苦悶に歪んでいた。

 

 腕を振るえばあらゆるものが破壊される膂力(りょりょく)を、何とかギリギリで(しの)いでいる。

 

「こんなことで、負けないよー!」

 

 リーネの剣気が、増した。先までも本気ではあったのだろうけれど、更に集中が研ぎ澄まされる。技巧が限界突破。

 

 怪物の黒い手を、腕を、光る剣で逸らして、逸らして、流麗な川のように逸らし続け。

 

「すごいです」

 

 そうして、僅かな隙が出来る。

 

「いまーーーーーっ!」

 

 リーネはその隙へ、剣の突先(とっさき)を突き入れた。

 技巧の一撃。

 確実な命中。

 

 実際、命中した。怪物の表皮に浮き出た目に、黄緑色の刃が刺さった。

 ほとんどの生物の弱点である眼球に、致命の一撃を入れたのだ。

 

 ――しかし、怪物はほとんど無傷だった。

 

 目に刃が僅かに食い込んだ程度で、血も出ない。そもそもこの怪物に血が流れているのかもわからないけれど。

 そして、怪物の動きも止まらなかった。

 この怪物にとって、眼球は弱点にならない。

 

 腕がリーネを薙ぐ。

 リーネは咄嗟に左の剣、突き出した方とは別の剣を攻撃と自分の体の間に出すことで防御した。力の入っていない簡易的な防御、だからリーネは叩き飛ばされる。また壁に激突して、壁が陥没した。

 

「二人とも、逃げて……! こいつ、強過ぎる! 今勝てるかどうかわからない」

「リーネも逃げるんだよ」

「わたしもすぐ行くから、信じて!」

「……わかった。絶対にすぐ来てよ」

「うん!」

「え……お兄ちゃん、いいんですか……? リーネさん、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。信じる。なんか信じられるんだ」

 

 僕は悠里の手を引いて階段の方へ走る。

 

 後ろでリーネが戦う音が聞こえる。

 振り返りたくなるが、信じて階段を目指す。

 

 そうして、階段に辿り着いた。

 上るか下りるか、一瞬迷う。こういう時のセオリーは、下のはずだ。上だと建物から出られないで追いつめられる。でもこの【タワー】から出られるのか?

 

「上に行って!!」

 

 リーネの声が聞こえたと認識すると同時、僕は即決し悠里の手を引いて階段を全速力で上がった。

 

 途中蹴っ躓きそうになりながら上の階に着く。

 そこまで行って、僕はようやく振り向いた。

 

 リーネがふっ飛ばされるようにして階段の前に現れた。地面を転がるが、すぐに立ち上がって階段を上ってくる。

 

 リーネも上の階に着いた。

「閉じろー!」

 リーネのその声と共に、"階段が閉じた"。

 階段と天井の距離がゼロになって、階段が無くなり僕の目の前が壁になったのだ。

 階段が、完全に閉鎖された。

 

「ふー……なんとかなったよー……」

 リーネは大の字にぶっ倒れて額の汗を拭い息をついていた。

 

「これでもう上ってこれないから大丈夫! なはず!」

「はずって……あの怪物がここまでやってくる可能性があるんですか?」

「なくはないと思う!」

 

「どうすんの?」

「その内には倒さないといけないね」

「倒せるんですか」

「倒せるね。素名くんなら」

「僕が……?」

 

 どういうことなんだ。僕に戦闘能力はないと思う。さっきも何もできなかったし。記憶がないから、それさえ取り戻せばわからないけど。

 リーネはやっぱり何かを知っている。教えてくれないけど。

 

「さっきの、階段の前に急に転がってきたのはどうやったの?」

「あいつが腕を叩き付けてくるのをガードして、その勢いのまま後ろに跳んで叩き飛ばされるのを利用したんだよー!」

 

「というかそれより、リーネは大丈夫なの? 結構壁に叩き付けられてたけど」

「大丈夫大丈夫ー! わたし頑丈だから! そこら辺の人間と一緒にしてもらっちゃ困るよー!」

 確かに、ピンピンしているようには見える。動きに乱れもないように見える。 

 

「何はともあれ、全員無事でよかったよ」

 本当に。

 

「なんであんなのが出たんですか? 怖すぎですよ」

「悠里ちゃんが素名くん専用であるこの【タワー】に来たことによるイレギュラーが、こんなバグを作り出してしまったのかもしれない! っていうかそれ以外考えられない!」

 

「いやほんとにあいつどうしよう。どうやって倒そう。本当に倒す必要あるの? 危なすぎるしまた来たとしても逃げてるだけじゃ駄目かな?」

 さっき、一歩間違えば誰か死んでたと思う。

 それは、絶対に回避しないといけない。

 誰にも死んでほしくない。

 人間の当然の感情として以上に、強くそう思った。

 

「いや、そもそもここは死後の世界なんだから死ぬとかあるのか?」

「あるよ。わたしたちは批判力に殺されるから」

 また批判力。

 

「どっちにしろ放っておいたらタワー壊されちゃうよ。だから倒さないと」

「……やっぱり、そうか」

 倒さなきゃ何も解決しないということは、なんとなくそうだろうと思ってはいたけれど。

 

「あーあ。これ萌え萌えなラブコメだったはずなんだけどなー」

「何を言っているんだ?」

 

「とりあえずデュエルしながら対策考えようー!」

「自然な流れだ」

「自然ですか?」

 自然だ。答えはデュエルの中で見つけるしかない。

 

 三階居住区の一つ上の階だから、ここはカードゲームエリア。カードもデュエルスペースもいくらでもある。

 

「ゆーりカードゲームやったことないんですけど」

「わたしがデッキ貸すから大丈夫だよー!」

 

 リーネがさくらに赤単速攻のデッキを渡した。初心者にも使いやすいデッキだ。

 

「デュエルスタートー!」

 リーネの掛け声と共に、リーネVS悠里、僕VS悠里を主としたデュエルが始まった。初心者にいっぱい遊んでもらいたいからね。

 

「全然勝てません……初心者に容赦なさすぎませんか?」

「「デュエルで手加減はしたくない」」

「このカードオタク共!!」

 

 でも、しばらく何戦もデュエルを続けている内に、悠里の赤単は僕の緑単ランプに少し勝てるようになってきた。

 

「悠里、結構センスあるな」

「わたしのピック(デッキ構築)が元々良かったのもあるけどね! 素名くんのランプとも相性がいいしね」

「真のデュエリスト足り得るかもしれないな」

「殺し合いのデュエルなんてしたくありませんが」

 真のデュエリスト同士のデュエルはクリーチャーが実体化し、負けた者は死ぬのだ。

 

 次の僕と悠里とのデュエルでは、苦しい一戦になった。

 最後の一ドローで切り札を引かなければ僕が敗北する、という状況になった。

 そして僕は、ディスティニードローでなんとか勝利する。

 

 ディスティニードローとは、窮地に陥った状況で、その状況を打開するキーカードを引き当てるという、神がかった奇跡のドローのことである。

 

「よっしっっ! やった勝った! 右手光ってたぜ!」

「お兄ちゃんカードゲームに勝ったぐらいではしゃぎすぎですよ」

 

 リーネが、こちらを見た。

 

「そのディスティニードロー、本当に偶然だと思う?」

「運命だとでも言いたいの?」

「カードゲームアニメですか?」

「ううん。でも、それに近い。素名くんが強く望んだから、いいカードが引けたんだよ」

 

「どういうこと?」

 

 得意げに人差し指を立てて、リーネは言う。

 

「つまり、これがあの怪物を倒す切り札なんだよ」

 

 

 



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2話 リーフカリバーン 3/3

 

 閉じた階段をリーネが、「開け―!」と直して下の階に降りた。

 

 そうして僕たちは、また怪物の前に立った。

 リーネが悠里も来た方がいいと言ったので、三人で来ている。

 悠里を危ない目に遭わせるのは避けたかったけど、リーネを信じることにした。

 

「変身ー!」

 

 リーネがエメラルド色の光を纏い、すぐに光が消失すると、端麗な装備を身に纏っていた。

 機械の羽のよなものが背に装備され、足も機械の装甲が覆い、腕にはガントレットが装着される。それらは全て、緑色をしている。

 そして最後に、ガントレットから黄緑色の光剣が伸びた。

 

「それじゃあ、素名くんよろしくねー!」

 

 言って、リーネが突撃していく。

 

 僕は怪物への詰めの一手を託された。

 

「二人とも頑張ってくださいっ」

 

 先に話し合った作戦はこうだ。

 まずリーネが戦って時間を稼ぐ。その間に僕があの怪物を倒す武器を望む。そうしたら、僕の望んだとおりに武器が手に入るらしい。リーネの言う通りになるのならだけど。

 荒唐無稽で、信じられない気持ちはあった。

 でも、僕は最初にリーネを信じると決めた。

 決めたからには、とことん信じてみようと思う。

 荒唐無稽は今さらだし。これまでも意味不明で荒唐無稽な出来事ばかりが起きていたんだ。

 あるがままを受け入れ、恐れる必要はない。

 

 リーネは僕ならできると言った。ならば、そうしよう。

 

 ――強く望む。

 怪物を倒せることを。

 ――想像する。

 あの怪物を倒せる武器を。

 

 強く強く、集中力を総動員し、望む。

 望む。

 望む。

 

 望み続ける。

 

 ……すると、忘却の記憶、その一部が再生された。

 過去に、現実に在ったことを、僕は今垣間見る。

 

 

 ――――僕は、戦っていた。

 人類の敵。(そら)から来る宇宙人。【ウーズ】と戦闘していた。

 

 人類は殺戮され、滅びる寸前だ。国外への連絡すらままならない状況。日本が大混乱にい陥っていて、他の国も【ウーズ】の襲撃を受け悲惨な状態というぐらいしか、わからないほど。

 着実に、滅びへと向かっている地獄。終末を現実に体感し実感している絶望。

 

 そんな中、抗う力を手にした僕は、妹の悠里を背にして強大な宇宙人と戦っていた。

 

 緑色の剣を携え、【ウーズ】と牽制し合いながら一定の距離を取る。

 

 この剣は、僕の想いを強くすればするほど威力をどこまでも上げていく。例えば。今みたいに悠里を守りたいと強く想っているときは、どのような敵も一撃で屠るほどの威力になっている。

 威力だけは、強い。

 威力だけは。

 

 だがこの【ウーズ】は速いし技量も僕より遥か上だ。

 だから一撃すら入れられないでいる。相手は剣を打ち合わせてすらくれない。

 

【ウーズ】は特殊な異能をそれぞれ一つ保有している。こいつは恐らく、"速い剣技"とかそういうのだろう。

 今まで僕は何度も【ウーズ】と戦って来た。そして倒してきた。こいつは今までの奴らとは強さの桁が違う。

 上位個体というやつだろう。【ウーズ】には下位個体と上位個体がいる。上位個体は、どの個体も何人もの異能力者を殺していると聞いている。

 僕が上位個体と戦うのは、これが初めてだ。

 

 しかし向こうもこちらの剣が危険だと理解しているのか、なかなか決めの一手を打っては来ない。

 

 勝機は、あるはずだ。

 

 僕は一つの手を思いついた。大した手じゃない。

「せいやああ!」

 

 剣を思い切り地面に振り下ろし、コンクリートの地面を砕いた。

 破砕されたコンクリートは散弾のようにばら撒かれ、【ウーズ】を襲う。

 これは【ウーズ】への攻撃でもあり、本命は大量に撒き散らされた瓦礫で視界を塞ぐことだ。

 

【ウーズ】が湾曲した刃で薙ぎ、散弾を払う。

 奴がその瓦礫を払った瞬間、僅かな隙ができた。

 

 その隙を突いて、足を前に出し踏み込み、剣を突き出した。

 

 一撃を入れる。

 

 ――だが、相手の方が上手だった。

 

 軟泥の体を逸らし、【ウーズ】は紙一重で剣先と刃を回避。

 さらに、【ウーズ】の動きは止まらない。

 卓越した技量と速度。

 僕は剣を突き出した硬直で、次の動きまでタイムラグがある。

 

【ウーズ】は湾曲した刃を、僕の剣の腹に、剣の弱い部分に、それも腹の中でも最も弱い部分に強打した。

 

 僕の相棒。緑の剣はいとも簡単に――これまで戦ってきた歴戦の剣、最強の剣というイメージが嘘だったかのように――折れた。

 

 僕の手から離れていく。折れた最強の刃――最強だったはずの刃も、(つば)も柄も、手から離れて、遠くに転がった。

 

 衝撃。

 

 湾曲した刃で振り払われ、僕は吹き飛び転がった。瀕死。

 振り払われた時刃が腹に()り込んでいた。血が止めどなく流れ出ている。

  

「どうして……」

 僕の相棒。簡単に折れるわけなんてない。今まで何体もの【ウーズ】を倒してきた。それほどまでに、【ウーズ】の上位個体というものは規格外なのか。

 

 緑の剣はただの剣じゃない。剣という武器でありながら、話すことができない無機物でありながら、僕は友達だと、いやそれ以上の、正に相棒だと思っていた。一生のパートナーだと思っていた。

 

 ただ武器が壊されただけの事ではない。ただ剣が折れただけの事ではない。

 僕は、相棒を殺されたんだ。

 

「うあああああああああああああ!」

 動けない。今すぐに【ウーズ】を殺してやりたいのに。口から出るのは、情けない大声だけ。

 

「お兄ちゃん……!」

 

 悠里が僕を呼ぶ。

 

 そうだ。僕にはまだ妹がいる。

 悠里を守らないと。

 悲しみは溢れてくる。悲しみは抑えられない。

 でも悲しんではいられない。それはあとにしろ。悠里を守らなければ。

 

 でも、身体は動かない。

 なんでだ。

 なんでなんだよ。

 動けよ。

 血が出ている。

 動けない。

 

【ウーズ】は僕に止めを刺すでもなく、悠里の方へ向かっている。

 なぜ僕を狙わない。

 僕をさらに絶望させたいのか。

【ウーズ】にそんな知能があるのか。

 だとしたら悪辣だ。残虐だ。化け物だ。人とは相容れない宇宙人。化け物共め。

 

 そうして、僕は相棒と妹を失った。

 自分の命も、ついでのように失った。

 

 それは、敗北の記憶。

 それは、絶望の記憶。

 

 汚泥の中で、苦しみ足掻いて、足掻いて足掻いて、その結果苦しんで苦しんで、辛い闇の中で死んだんだ。

 

 

 ――意識が現在へと戻った。

 

 僕はもう、知っている。

 リーネへと覚えていた親しみ、自然と信じることができた理由。

 リーネは、僕の相棒だ。

 なんで擬人化しているのかは分からないけれど、リーネは僕の剣だ。

 

 そしてリーネはここに居る。

 僕はまた、守る為に戦えるんだ。

 

 そう思った時には、僕の手には緑色の剣が握られていた。

 

 リーネはまだ怪物と時間稼ぎの為に戦っているから、リーネが剣になったわけではないみたいだけど。

 それでもこの剣は、リーネと同じだ。

 

 信緑の想剣(リーフカリバーン) 

 それがこの剣の銘だ。

 僕の異能力の名前だ。

 

 信じた強い想いによって、何処(どこ)までも威力を高めていく。

 

 あの時踏み躙られた想いを、また宿すんだ。

 

 僕は、リーネと悠里を、もう失わない。守るんだ!!

 

 信緑の想剣の刀身が、黄緑色に光る。

 

 黄緑色の綺麗な刃。黄緑色の綺麗な髪。同じ綺麗な、黄緑色だ。

 

「素名くん復活! 流石主人公! 絶対にこうなるってわかってた!」

「なんだかよくわかりませんけどお兄ちゃんすごいです! やっちゃってください!」

 

 僕は攻撃しようと、前に踏み出そうとした。

 でも出来なかった。

 リーネが戦ってくれているとはいえ、隙があまりない。危険で迂闊に近づけない。

 以前の記憶の恐怖から、僅かな可能性に賭けた一手を打つのも躊躇ってしまう。

 

 怖い。

 また失敗するかもしれない。

 また守れないかもしれない。

 また失うかもしれない。

 

 取り戻した記憶の中で、無茶をして失敗した経験が、迂闊な行動を躊躇ってしまう。踏み込むべきだと思えたチャンスさえ、一瞬の判断ができずに不意にしてしまう。

 

「僕は……」

 

 上手く戦えなくなっている……のか。

 

「大丈夫! 今度も一緒に戦おう!」

 リーネが、怖気づいた僕の心に光で照らすように、元気な声をかけてくれた。

 

「今の素名くんは、以前よりもどこまでも、強くなれるから」

 

 怪物の攻撃を凌いで後退してきたリーネが、僕の手を握ってきた。

 

 そのまま、僕たちは前に出る。

 

 手を繋ぎながら、時には手を離し、また繋ぎ、踊るように紙一重で怪物の攻撃を逸らし避けていく。

 

 繋いでいる手から、暖かさが伝わってくる。本当にどこまでも、強くなれる気がした。このまま、どこまでだって戦える。

 

 怪物が腕を薙いでくればリーネが左のガントレットから伸びた剣で逸らし、腕を振り下ろしてくれば、一度繋いだ手を離し避け、僕たちの間の床を怪物の腕が砕く。

 

 そうして避けながら前に進み、怪物に肉薄する。

 

 あと一歩踏み出せば、僕の剣が届く。

 

「行って、素名くん!」

 

 リーネに背中を支えられ、押されて、一歩踏み出す。

 目の前には、腕を振り下ろした攻撃直後の怪物。

 怪物が次の動きに移るまで、僅かな時間が在る。

 

 ――僕は、リーネを、悠里を、もう絶対に失わない!

 

 想いを乗せて、信緑の想剣(リーフカリバーン)を振り下ろした。

 

 視界が黄緑色の光に染まる。

 光の爆発。

 莫大なる威力が怪物を襲う。

 

 光が晴れた後には、何も残っていなかった。

 

 跡形も無く、怪物は消滅したんだ。

 

 

「やったね素名くんきみはすごい!」

「みんな無事で終わってよかったです、本当に……」

 悠里が心底安心したというように胸を撫で下ろしていた。

 

「相棒……」

「んっ」

 リーネは、すべてを知っているというように笑顔を向けてくる。

「また、よろしくな」 

「よろしくダーリンっ!」

 ダーリンではない。

 

 

 



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3話 読者の視線。そんなものは存在しない。

 

 数日経った。

 僕たちは、リーネの部屋で三人過ごすことが日常化していた。

 

 二人と過ごせる時間は、奇跡みたいなものなのだろう。

 一度僕らは死に分かれているのだから。

 本来なら、二度とこんな時間は過ごせていないんだ。

 二人ともっと楽しく過ごしたい。

 といっても、やれることなんて今までと変わらないかな。

 

「どこかに旅行とか行けたらいいんだけどなあ」

「旅行、ですか? 流石にこんな塔に押し込められてる状態で無理なのでは?」

「行けるよ! いいね旅行。素名くんナイスアイデアだよー!」

「行けるんですか!?」

「この【タワー】は色んなフロアがあるからね。疑似的な旅行は何度でもできるよ!」

「それじゃあ三人で行こう」

「うんうんいつ行くー?」

「早ければ早いほどいいんじゃないかな」

「じゃあ今から行こー!」

「今からですか!?」

 

 

「と、いうわけで」

 

 照りつける陽射し。波の音。潮の香り。足裏から伝わる砂の感触。

 

「海だー!」

 

 両手を上げて走るリーネ。

 僕たちは海へとやって来ていた。

 この塔の十五階にあるビーチフロアだ。海の家までビーチに鎮座している。本当になんでもあるなこの塔。

 建物内のはずなのに海がどこまでも続いているもの不思議だ。

「実はこの水平線が張りぼての映像だとか?」

「そんなことはないよ。見えてる通りに全部海だよー!」

 

「でも旅行でなんで海なんですか?」

「まずは海でしょー。ねー素名くん?」

「意味がわかりません」

 

「ねえねえ素名くん」

「なに」

「ほら、水着姿! 水着回だよー!」

 

 リーネと悠里は水着姿になっている。リーネはエメラルド色のビキニで、悠里は薄いピンク色のスカートみたいなのがついたワンピースタイプの水着だ。

 リーネの胸は、結構ある。なにより形がいい。悠里は、平坦だった。いや、ちょっとは女の子らしいふくらみはある。多分。

 

「ねえ素名くん見て見て! このかわいさを見て―! そして楽しんで―!」

 リーネは僕の前でくるくる回る。

 黄緑色の綺麗な髪が躍る。踊る。おっぱいも揺れる。お尻も水着が食い込む白い肌が眩しい。

「かわいいよ」

「いいヒロインでしょ? わたしかわいいヒロインでしょ?」

 

「ゆーりの水着姿にも、なにか言うことないんですか?」

「ロリロリしくてかわいいよ」

「ロリロリしいってなんですか! いつかナイスバディになるんですからね!」

 

「さーてっ!」

 リーネがパンと音を立てて手を合わせて言う。

「萌え萌えラブコメを取り戻そうキャンペーンを実施するよ!」

「萌え萌えラブコメを取り戻そうキャンペーン?」

「なんですかそれは」

「元々は萌え萌えラブコメだったんだよ! だから軌道修正しないと!」

「だから元々ってなんなんだ。メタ発言なの?」

「事実だよ」

 リーネは軽く笑顔でそう言い放った。

 

 多分、リーネはメタみたいな発言が趣味なんだろうな。

 

「じゃあまずは、水のかけ合いっこしよっか!」

 

 

「えーい!」

 リーネが両手で海水を(すく)って僕にかけてくる。冷たい飛沫(ひまつ)が僕の体にかかった。

「食らえ!」

 僕もリーネに水をかける。

「ゆーりもっ」

 悠里が水を掬い上げてジャンプし、僕とリーネに水を浴びせた。

 

「あははははっ!」

「はっはっは」

「えへへへへへっ」

 

「これ何が楽しいんだ?」

「急に真顔にならないでください」

「好ましい相手とやるとテンションが上がるから意味があるんだよー!」

 

 

「次は泳ぎ競争だよー!」

 言いながらリーネが海に飛び込んで泳いでいってしまった。

「フライングすなー!」

 僕は急いで追いかけた。

 

 泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。

 リーネの背を追いかけ、泳ぎ続ける。

 結果。

 

「ぜえ……はあ……ぜえ……はあ」

 僕とリーネは砂場で大の字になってバテていた。

 ガチで泳ぎ過ぎて、危うく溺れかけてしまった。

 

「なにやってるんですか……」

 呆れたように見下ろしてくる悠里。垂れたピンクのお下げが揺れている。

「なんで悠里は疲れてないんだ……?」

「泳いでませんからね、ここで眺めてました」

「ずるいよー!」

「懸命だ……」

 僕もムキになって泳がず放っておけばよかった。ノリで追いかけたあと止めどきが見つからなかったのが良くない。

 

「次はビーチバレーしよう!」

「三人しかいないんですが」

「わたしは一人でもいいよ」

「随分な自信ですね。その鼻へし折ってやりますよ」

「ビーチボールはあるのか?」

「あるよっ」

 近くにあった海の家からビーチボールをリーネは取ってきた。

 

 ビーチバレーが始まる。

「食らえわたしの、スマーーッシュッ!」

 勢いよくボールが飛んでくる。

「なんのー!」

 僕はトスの構えで受け止めた。が、ボールは横に跳ね飛んでいってしまった。

 

 悠里の顔にビーチボールがぶち当たる。後ろにドサッと倒れた。ビーチボールは軽いはずだけど、リーネの人外パワーで結構なダメージが入ったみたいだ。

 悠里はプルプル震えながら立ち上がる。

 

「ふーたーりーとーもーっ!」

「ごめんごめん! ごめんて!」

「怪我はなかったか?」

「痛いだけです! でも痛いんですー!」

 

 

「次は砂のお城を作ろー!」

 悠里は器用で、その道のプロではないかというほどの造詣が細かい城をを作った。

「すごーい!」

「ふふん。ゆーりは天才ですからね」

 リーネはおっぱいを作っていた。

 

 

「次はスイカ割り!」

「スイカはどこに?」

「ここに!」

 また海の家から取ってきた。

 

「割っちゃるよー!!!!!!!」

 リーネは外した。

「なら僕が割ってやる!!!!!!」

 僕も外した。

「なにやってるんですか」

 悠里が割った。

  

 

「ちょっときゅーけい。かき氷食べよ」

 海の家の飲食スペースに来た。古びた木の椅子とテーブルが風情あっていいな。

「素名くん、あーん!」

 リーネがメロン味のかき氷を乗せたスプーンを差し出してきた。

「なんで」

「なんでじゃないよ! あーんって言われたら疑問を持たずに口を開けるものだよっ!」

「わかったよ……」

 口を開けたらスプーンを入れられ、メロン味の冷たい感覚が広がった。

「おいしい?」

「おいしいよ」

 

「むむむっ……」

 悠里がいきなりスプーンを僕の口に突っ込んできた。

「もがっ」

 イチゴ味。

 でもスプーンが歯と口の中に思い切り当たって痛い。

 

「なにするんだ」

「お兄ちゃんが悪いです」

「なんでだ」

 

 リーネが僕の口にスプーンを突っ込んできた。

「だから痛いって!!」

「素名くんが悪い」

「突然物理ダメージを与えられてこの仕打ち」

 悪いのは人の口にスプーンを突っ込む趣味を持つ二人だ。

 

 また二人がスプーンで突きを放ってきたから、口を閉じてガードした。

 顔中氷塗れになった。

 もうかき氷ヤダ。

 

 

 夜。

「今日はめっちゃラブコメしたねー」

 三人で砂浜に寝っ転がって星空を眺めていた。

「あれはラブコメだったのか?」

「まごうことなき百パーセントラブコメだよ」

 

 綺麗な星空だ。

「でも、この星空って、本物じゃないよな」

 ここは外ではなくて、【タワー】という建物の中のはずだ。

「どうやってこの星空が見えてるんだろう」

「この【タワー】が創り出してくれてるんだよ。わたしたちの為に」

「僕たちの為?」

「だから、偽物だからって価値の無いものじゃなくて、わたしたちを想って用意してくれた、優しくて綺麗な星空なんだよ」

 

 もう一度星空を見る。

 そう言われれば、確かにそう見える。

 綺麗な星空だ。

 今度は素直に、そう思えた。

 

「あ、悠里ちゃん寝ちゃったね」

 横を見ると、悠里がすぅすぅと寝息を立てていた。

「このままじゃ風邪ひいてしまうし、帰るか」

「この【タワー】で風はひかないと思うよ」

 そうだ。僕たちは死んだんだっけ。

「じゃあ今日はここで寝るのもいいかな」

 

 こんな時間が永遠に続けばいい。

 退屈で閉鎖的な萌え萌えラブコメが。

 元々萌え萌えラブコメなんだってリーネも言ってたし。意味は分からないけど。

 

 

 

「雪だー!」

 

 リーネが雪だるまを作り始める。

 

 海で遊んだ次の日に、僕たちは雪山フロアへとやって来ていた。

 

「季節感死んでるね」

「この【タワー】はいつでもどの季節にも行けるのも売りなんだよ!」

「温度差で風邪ひきそうです」

「ここでは風邪ひかないから大丈夫ー!」

 

 視線。

 

 突然、リーネと悠里以外の視線を、感じた。

 

 振り向いても、誰も居ない。

 当然だ。リーネ曰くこの【タワー】には僕たち三人しか居ない。

 それなら敵か? 今まで襲って来た怪人に怪物のような、リーネが批判力と言っていた化け物たち。

 

 だけど、どれだけ見回しても誰も居ない。

 

「ねえ二人とも、なんか見られてない?」

「ん? 敵がいる様子はないけどー?」

 リーネも見回してくれるけど、何もいないみたいだ。

「自意識過剰お兄ちゃんになっちゃったんですか?」

「違う。確かに視線を感じたんだ」

 

 変な確信がある。不思議な視線だ。不気味とも違う、けれど心を覗かれるような、そんな視線。

 

「気にしない気にしない。それよりスキーしようよ!」

 

 言われるままにスキーをする。

 

 風を感じながら滑っている時、また視線を感じた。

 スキーに慣れていない僕は、気が散って操作を誤り転んだ。

 ゴロゴロと転がる。

 視界は回る。滅茶苦茶。

 

「素名くんが雪だるまになってくー!?」

「何ですかあの状態!? 一昔前のギャグ漫画ですか!?」

 

 

 雪の中からリーネに助け出された後、山荘であったかくしていることにした。

 暖炉の火が、暖かい。

「はいお兄ちゃん。コーヒーです」

「ありがとう」

 砂糖を入れたコーヒーが体に染み渡って美味しい。

 

 ふと窓を見ると、影が横切ったような気がした。

 

「敵か!?」

 驚いて立ち上がったら、コーヒーカップの落としてしまった。黒い液体がテーブルとカーペットを濡らしていく。

 

「なにもいないよ。大丈夫」

 リーネはいつも通りの調子でそう言った。

 

「いや、だって、影が見えたんだって」

「気のせいだよ」

「どうしてそんな暢気なんだよ!? また敵かもしれないだろ!」

「落ち着いてよ素名くん。大丈夫だから」

「落ち着けって……」

 そうだ。僕はリーネを信じると決めたじゃないか。

 リーネが大丈夫といったなら、信じるべきだ。

 きっとリーネは何かを知っているのだろうし、知っているうえでそういうのなら、本当に大丈夫なんだ。

 

 そうは思っても、不安は拭えなかった。

 

 

 寝ている時も、視線が消えなかった。

 

 ガサゴソ。ガタゴト。

 

 物音が聞こえた。

 

「リーネ? それとも悠里?」

 

 返事はない。

 

 ガサゴソ。ガタゴト。

 

 僕は部屋を出た。電気をつける。誰も居ない。

 

 この視線は、いつまでたっても襲いかかってくるわけでもない。見られているだけだ。意味がわからない。

 

「くそっ……なんなんだよ……」

 

 精神は蝕まれる。

 恐怖が広がっていく。

 

 ずっと見られている精神的負荷がストレスを増大させていく。

 

 苦しくて、うずくまる。

 

「誰か……助けて……」

 

「――素名くん」

 

 顔を上げると、リーネがいた。

 

「素名くん、よく聞いて」

 

 リーネは膝を突いて視線の高さを合わせ、僕の肩を掴んで顔を間近で見つめて来た。

 

「素名くん、読者はね、主人公なんだよ」

 

「……なにを、いってるんだ?」

 

「素名くんはギャルゲーをやるときどの視点から楽しむ? ラノベを読むときどの視点から楽しむ? 主人公として、女の子と過ごすのが楽しいんでしょ?」

 

「ギャルゲー? ラノベ? なぜ急にそんな話に……?」

 

「ハーレムだって、自分が二次元美少女から好意を向けられるのが楽しい。(はた)から見てるだけとか苦痛でしかないよ」

 

 リーネは僕の戸惑いも置いてきぼりにして話し続ける。

 

「あなたがどんな容姿や年齢や性格や性別や名前をしていても、その世界を楽しんでいる間は、その容姿でその年齢でその性格でその性別でその名前でいるのが真実」

「それ以外の楽しみ方をしている人は除外するね。少なくともこの世界(小説)では関係ないから」

「自分がその世界で過ごせてこそだよ。見ているだけなんてもどかしくて苦しくて辛くてやってられない」

「だから、自分は主人公であり、すべての読者であるという意識を強く持つんだよ。そうすればその視線は消える」

 

 最後の言葉だけは、強い意味を持って僕の心に浸透した。

 この視線が、消える。

 その方法を、リーネは伝えてくれていたんだ。

 

「僕が主人公で、僕はすべての読者であるって、思えば良いんだね?」

「うん。そう。そうすれば、素名くんを今苦しめている視線は消えて無くなるよ」

「……やってみる」

 

 

 僕は、僕である。

 僕は橘素名である。

 僕は読者である。

 読者は僕である。

 僕は僕でしかなく、読者は僕であり、この世界では読者は僕以外にはありえない。

 

 世界は主観。僕の視界は読者の視界。僕の思いは読者の思いとなり、読者の思いはこの世界には関係がない。この世界で読者は僕として生きる。僕という生命。読者という精神と同一となり僕の生命を通して読者はこの世界を感じる。

 

 強く思い込もうとする。完全にそう思えなくてもいい。思おうとすることが大事なんだ。

 そう思って、その認識で世界を見る。

 僕は読者だ。読者は僕だ。

 そう思ってこの世界を生きるんだ。

 

「…………」

 

 視線は、驚くほど簡単に消えた。

 影も見えない。物音も聞こえない。

 

「ありがとう、リーネ」

 さっきまで蝕まれていた精神が嘘のようにスッキリとしている。

「素名くんが元気になってくれてよかったよ」

 リーネは笑顔で、安心したといった風に一息ついた。

 

 僕は、さっきまでのリーネの言葉から一つ思った。

 

「ねえ、ここって……」

 この世界って。

 

 僕はそれ以上、訊くことができなかった。

 

 

 



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4話 この世界は

 

 雪山フロアから帰ってきた後、僕たちはまた普段通りにリーネの部屋でデュエルをしていた。

 

「探索する獣を召喚! アタックだよー!」

「先行三ターン目に獣走らせるのは犯罪!!」

 

「まあいいさ。僕も獣走らせるからね」

「緑単ランプの誇りを忘れたの!」

「ランプでも獣くらい入れるわ!」

 

 悠里は寝っ転がりながらカービィをやっている。

 

 音。

 

「ん……?」

「素名くんどうしたの?」

 

 遠くから破壊音のような音が聞こえる。

 

「なんか、音聞こえないか?」

「音? ……確かに」

「だんだん近づいてきてませんか?」

 

 破壊音が、近づいてくる。

 どん、どん、と音を響かせながら。

 近づく度に、振動も大きくなっていく。

 

「これ、やばくないか?」

「やばいね」

「やばいんですか」

 

 天井が崩壊した。

 

 僕は咄嗟に悠里に覆い被さった。そしてリーネが僕たち二人を掴んで跳んだ。

 後ろで瓦礫が落ちていく。何か巨大なものも、落ちて来た。僕とリーネのカードが踏み潰される。

 

 蠢く石灰色の軟泥。

 

「こいつは、【ウーズ】……!」

 なんでこの【タワー】に【ウーズ】が出るんだ!?

【ウーズ】は地球を脅かしていた宇宙人だろ!? この【タワー】とは何の関係も無いはずだ。

 

「それに、この【ウーズ】は……っ」

 僕たちを殺した上位個体の【ウーズ】だ。

 

 軟泥の体から湾曲した刃を二本腕のように生やしたのがその証拠。

 

「リーネ、これはどういうことなんだ!?」 

「とりあえずこいつを倒そう! 神聖なデュエルを穢したのは許せないからね」

 僕たちのカードは【ウーズ】の下敷きにされている。

「うん……確かにそうだね」

 カードを大切にしない奴は、許せない!

「ゆーりにはデュエリストがわかりません……」

 

【ウーズ】が斬りかかってくる。

 

「変身!」

 

 リーネが前に出て、変身しながら緑の刃で受け止めた。

 

「素名くん、今のわたしたちなら勝てる! 一緒にいこう!」

「わかった」

 

 ――信緑の想剣(リーフカリバーン)

 

 思っただけで、その剣は手に在る。

 

 総てが黄緑色の剣を携え、リーネの手を取る。

 

 前回と同じ、リーネとのコンビネーションで戦う。手を離し、繋ぎながらの剣戟(けんげき)

 

 この上位個体【ウーズ】は、動きが凄まじく速く、剣の技巧が達人並だ。僅かな隙が命取りになる。

 だから隙を作らないようにしなければならない。

 間断なくリーネの剣と僕の信緑の想剣(リーフカリバーン)を振るい続ける。

 信緑の想剣(リーフカリバーン)で一撃を入れれば致命傷を与えることができるのは前回同様相手も分かっているのか、リーネの剣とのみ【ウーズ】は打ち合っている。

 

 隙を作らないというのは、難しいなんてものではないくらいに難しい。

 何度も、【ウーズ】の刃が僕やリーネに届きそうになる。 

 だから僕らは、戦いの中でシンクロ率を高めていく。

 コンビネーションの動きをすり合わせながら、速さを上げていく。

 リーネは僕の異能力から生まれた、もう一人の僕といってもいい存在だ。

 一心同体の相棒同士なんだ。

 だから自分の体の延長線上のように、シンクロ率を高くしていける。

 

 死線という極限状態が、そんな理論を現実にしていた。

 とっ、とっ、とステップを踏み、キン、キン、と刃をいなす。  

 僕らは、一つ。

 隙など作らない。

 

 そうして、信緑の想剣(リーフカリバーン)の黄緑色の輝く切っ先が、【ウーズ】に届く。

 

 以前の雪辱を晴らしてやる。

 

 ――【ウーズ】の体から砲口が生えた。

 

 敵も進化していた。新たな能力。

 

 砲口からビームが放たれた。僕へ向けて。

 遠距離ビーム。熱線。

 

「剣士じゃ、なかったのかよ……!」

 

「殺させない!」

 

 リーネが左の剣でビームを弾いた。 

 

 弾かれたビームは、僕らではなく、明後日の方向へ飛んでいった。いや、明後日の方向じゃない。

 九十度方向転換、軌道が変えられた。ビームの軌道は変幻自在なのか。でも僕らの方に再び向かってくるわけではないから追尾型ではない。ある程度軌道操作ができる程度なんだ。

 だけどビームが向かう方向は、行ってはいけない場所。

 悠里がいる場所だ。

 

「え」

 

 悠里の胸を熱線が貫いた。

 

 信緑の想剣(リーフカリバーン)も【ウーズ】を貫く。

 

【ウーズ】が(たお)れ消えていく。

 

 悠里も倒れた。 

 

「悠里……?」

 

 妹の元へ走る。

 胸に大きな穴が開いている。血がいっぱい。

 

「おにい、ちゃん……」

 

 それ以降、悠里は何も喋らなくなった。

 瞳に光がない。

 

 なんだこれは。

 なんでだ。

 

 僕は、また守れなかったのか……?

 

 

 

「素名くん」

 

 リーネが横に立っていた。

 

「大丈夫だよ」

 

 そんなことを言う。

 

「大丈夫…………? 何が大丈夫なんだ。悠里は、死んだんだぞ……」

 

「確かに死んじゃったけど、生きてるから」

 

「何を言ってる……」

 

「ここは小説の中だから」

 

「……そんな馬鹿な」

 

「この世界が小説であることを理解していたら、ある程度は本文を(いじ)ってあり得ない事象を起こせるんだ。こんなふうに」

 

 ”悠里はそこにいた。会話に加わってくる。”

 

「お兄ちゃん」

 

「は?」

 

 悠里が、いつの間にか間近に立っていた。

 今、僕を呼んだ。

 声を聞けている。

 薄いピンク色のお下げの髪が現実感を持って揺れる。

 薄いピンク色の瞳が僕を見ていた。

 小柄な妹が生きている。

 ついさっき、死んでしまったはずなのに。 

 

「悠里……大丈夫なのか? どこも痛くない? 悠里は自分が死んだことに気づいているの? 記憶は? どういう認識なんだ?」

「お兄ちゃんちょっと落ち着いてください。ゆーりも混乱してはいますけど」

 

 肩を掴んでいた手を離し、僕は深呼吸した。

 

「ゆーりは、死んでしまったことは覚えてます。胸を貫かれる感触も、熱さも。意識が無くなって終わる感覚も。でも、そのすぐ後に、気がついたらここに立ってました」

「なんだそれ」

 

「文章を生み出すことで、それが現実になって、悠里ちゃんの死が歪んだんだよ。なかったことにはなってないけどね。ただ、死んだのは事実として、生きているんだよ」

 

 死んだらもうそこにはいないという現実の理論が消失した世界。

 

「そんなの、もう」

 

 なんでも、ありじゃないか。

 

「この世界は、小説なんだよ」

 

 リーネがもう一度真実を言う。

 

「素名くんには、知らないでいてほしかった。この楽園で、ずっと笑っていてほしかったよ」

 

 リーネは寂しげに、今にも泣きそうに微笑んでいた。

 

 この世界は、小説。

 

 雪山の時、リーネが読者だの主人公だの言っていた時から予感はしていた。でも怖くて訊けなかった。そして今突き付けられた。

 

 

 ――この世界は、小説だ。

 

 

 

 



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5話 虚構意志の価値

 

 この世界は、小説。

 僕は先日、そんな事実を知った。

 

 ふざけるな。

 

 なら、一度死んで簡単に生き返った悠里の命とはなんなんだ。

 この世界の命ってなんだ。

 命に意味はあるのか。

 

「ああ! そのムーブは犯罪ですよ! インチキ! 運ゲー!」

 

 悠里とリーネはいつものようにカードゲームをしている。

 悠里は二度も死んだ。けれどこうして元気に、感情豊かに生きている。

 

 この世界の、死への恐怖への意味ってなんだ。

 生きることと死ぬことへの意味は。

 この小説の世界の何に、価値がある?

 

 リーネを相棒だって思う気持ち。悠里を大切な妹だって思う気持ち。全部嘘なのか? 偽りだっていうのか?

 虚構の産物。

 僕のすべては、塵と変わらない。

 

「素名くん、考えても辛くなるだけだと思うよ……」

「考えずにいられるわけがない」

 

「とにかく、デュエルしよ? 楽しく遊んでれば気になんないよ!」

 目の前にデッキが置かれた。僕の緑単デッキだ。手に取る。

 デュエルをして、なんになるんだ。勝敗の結果も、全部決められているんだろう。

 このカード一枚一枚も、ただの紙切れだ。

 

「こんなのもう、意味ないよ!!」

 デッキを投げ捨てる。空しくばら撒かれ落ちるカードたち。

 少し胸が痛んだ。

 カードを大切にしない奴は許せないなんて思っていた自分が随分遠く感じる。

 

 リーネの部屋から飛び出した。

「素名くん!」

「お兄ちゃん!」

 走って逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。

 廊下を走る。階段を走り上がる。

 息が切れても走る。

 

 心臓が早く鼓動を打つ。ドクドクドクドクドクドク。

 この鼓動も、全部虚構なんだろう。

 流れる汗も、ぜえぜえと吐く息も、全部全部!

 

 疲れた頃に、ぶっ倒れた。

 

「はあ……はあ……」

 

 そこは以前来た浜辺で、今は夜で。

 一緒に、星空を眺めた時を思い出す。

 穏やかだった。楽園だった。あの時は。

 真実は、毒になる。

 知る必要のないことなんて、知りたくないことなんて、いくらでもある。

 

 

「素名くん」

「お兄ちゃん……」

 

 何もする気が起きなくて、ただ偽りの星空を前に呆けていたら、二人がやって来た。

  

「リーネはなんで平気なんだ」

 この世界が小説であるという事実を知っていて、どうして正気でいられるんだ。

 

「この感情が嘘じゃないからだよ」

「創られた感情だよ。全部嘘だ。無いものだ」

「でも、わたしにはそれがあるって定義づけられた。そして、今感じている。そう見えている。なら、あるんだよ」

「それもそう思うように文章に書かれているだけだ」

「なら、なんでそんなに素名くんは苦しんでるの? 本当になかったら、そんなに苦しまない」

「これさえも、偽りだっていうことだよ。そういう反応をするだろうって、文章に書かれているだけ。だから僕には何もないんだ」

 

 リーネは深呼吸して、僕の左隣に座り、星空を見上げる。

 

「素名くん、世界は認識なんだよ」

「わかりやすい有名な例えで言うとね、目隠しされた人が、今から熱湯をかけるぞと言われたら、冷水をかけられても火傷をするっていうやつと同じ。脳が熱湯をかけられたと認識するから、肌が火傷の反応を起こすんだよ」

「だからね、人間の認識なんてそんな曖昧なものなんだよ」

「認識で簡単に変わってしまう」

「そう思えてしまったら、それが現実になる」

「なら、自分がそう認識できたことを真実にできる」

「わたしが感情があるって思えてるんだから、あるんだよ」

「今は、素名くんを苦しみから救いたいって思ってる。素名くんが悲しんでてわたしも悲しいって思ってる」

 

 そう語るリーネの横顔は可憐で、美しささえ湛えてて。

 でも全部、無いもので。

 それが悲しくて。

 

「リーネはなんで存在するんだ」

「望まれて、生み出されたからだよ」

「作者に?」

「そう。作者に」

「それが、とてつもなく、僕は嫌なんだ」

「なんで?」

「だって、虚構じゃないか。僕は存在しない。そして作者の気分次第で性格も思っていることも出来ることも変えられてしまう。僕が頑張る意味ってなんだ? 何かを思う意味ってなんなんだよ!」

 

「作者もそう簡単に性格を変えたりしないはずだよ」

「そんな保証はない」

「仮に変えられたとしても、その都度それが真実になるだけだよ。その時はその時で楽しんで生きればいい」

「でも今の僕は死ぬも同然じゃないか。僕はそんな簡単に切り替えらんないよ」

 

 簡単にいうリーネに怒りが湧いてきた。

 

「リーネにも大切なものはあるだろ!? それが簡単に無くなるかもしれないんだぞ!?」

「でも、仕方ないじゃん。わたしたちはそういう存在なんだから。それでもわたしは悲しいことだなんて思わない。望まれて生まれた存在なんだから」

「指先一つで殺されるかもしれなくても?」

「指先一つで殺されるかもしれなくてもだよ。もしそうなっても、意思を持ってわたしがここに居た事実は変わらない」

 

「なんでそこまで言い風に考えられるんだ。何をそんなに信じられるっていうんだ」

「素名くんのことが、そして素名くんでもある読者のことが好きだからだよ。この好きって感情に誇りを持っているから。わたしは素名くんの剣であることに、相棒であることに誇りを持ってるから」

「だから、それが植え付けられた感情だっていってるんだ!」

「ううん。違うよ。三次元の人だって、自分の感情がどこから来るのかなんてよくわかってないはずだもん。自分がそう思ったなら、それが真実なんだよ」

 リーネは言い募る。

「もちろん、なんでも信じるんじゃなくて疑うことも大事だけど、この感情については別だよ。だってこれを疑ったら、わたしたちはどうにもならなくなるから」

 

 そう。僕はどうにもならなくなっている。頭がおかしくなりそうだ。いや、もうなってるのかな。

 苦しい。

 辛い。

 偽りの心臓が締め付けられる。

 なんでこんな目に遭わなければならないんだ。

 最初から生み出されなければ、こんな苦しみ味わわなくて済んだのに。

 作者が憎い。

 

 

「お兄ちゃん……」

 会話に入らず黙っていた悠里が、僕の右隣に座った。

「悠里は、不幸だと思わないのか」

「ゆーりは、複雑な気持ち、ではあります……」

「そうだよな……」

「でも、ゆーりがお兄ちゃんの、橘素名の妹だっていう事実は変わりません。この大切な事実さえあれば、ゆーりは幸せなんです。たとえその設定が変わってしまったとしても、お兄ちゃんの妹であった事実はいつまでも変わりません。永遠の宝物を、もうゆーりは得ているんです」

 悠里は一拍置いて。

「と、思いたいです……」

 そう付け加えた。

「とりあえず今は、それで心を保ってます」

 

「そうか……」

「ゆーりは、絶望なんてしたくないです。どんな世界や真実でも、強く生きてやりますよ」

 その体は震えていたけれど、悠里はそう言い切った。

「逞しいな……」

 手を伸ばし、悠里の頭を撫でる。

 

 僕には、無理だ。

 リーネのように受け入れて強くあることも、悠里のように怖くても負けないように頑張ることもできない。

 この中で、僕は一番弱い。

 

 

 

 



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6話 それだけは、本当の無意味になってしまうから。

 

 

 

「ゆーりの勝ちです!」

「わたしが負けた、だと……! 悠里ちゃんやっぱデュエリストセンスあるね。この短期間でわたしに運なしで勝てるようになるなんて」

 

 運。

 運ってなんだろう。

 この小説の世界に運なんて存在するのか。

 起こることは全て必然なんじゃないか。

 

 今日も今日とてリーネと悠里はデュエルをして、僕は鬱屈した思いを抱えながらぼうっとする。

 お互いにこの世界について話して、それでも納得できなかった日からそんな日々が続いている。

 なんの気力も湧かないんだ。

 暇も嫌だけど、TCGもテレビゲームもやる気が起きない。

 ただただ絶望が蝕んでいく時間。

 この世は地獄だ。

 すべてが決められたディストピア。

 

 突然轟音が響く。

 震動が近づいて来る。

 またか。

 

「これはまずいね、映像出すよ」

 リーネが手を(かざ)すと、部屋の壁にスクリーンが投影された。【タワー】の各階層の光景が映されている。

「そんなことできたんだ」

「他のエリア見れないかなって思ったら見れたよ」

「ガバガバ設定め……」

「そういうこと言わないの! この【タワー】はわたしたちの為にあって、施設も自由に使えるんだから監視カメラぐらい使えても不思議じゃないよ!」

 

 スクリーンを見ると、【ウーズ】の大軍が一階の入り口から入り込んで攻めてきている。建物は壊されていないが、数が多すぎる。数え切れないが、百以上はいるだろう。床を這い、壁を這い、天井を這い、階段を上り、近づいてきている。

 僕たちのいる三階の居住区へ、もうすぐにでも到達するだろう。

 

「どうせこれも、小説のイベントだ」

「それもあると思うけど、この前からメタ発言な会話をしまくった結果批判力が莫大な量発生してしまったからだよ!」

 

 あと数秒もすれば、大軍がこの階層へ雪崩れ込む。

 

「来るスピードやばい! もう行かないと!」

 走って出て行くリーネ。

 

 僕は出ず、監視カメラのスクリーンだけを無気力に眺めた。

 変身したリーネが階段前の廊下で【ウーズ】を迎え撃っている光景が見える。

 宇宙人たちを斬って斬って、舞う緑色。

 だけどやはり、敵の数が多くて苦しそうだ。

 何とか踏みとどまっている程度に過ぎない。

 すぐに限界が来るだろう。

 

「お兄ちゃん! リーネちゃんが!」

「どうせ死んだところで死なないんだ……」

 悠里が腕を引っ張ってくる。

「行ってください!」

「行かないよ」

「意気地なしです! 全員死んじゃったらどうなるかわかんないのに!」

 

 悠里が戻ってきた時は、リーネが文章を弄った。

 なら僕らが全員死んだら、作者が何もしなければ、このまま終わるのか……?

 全部終わっていいのかもしれない。

 こんな偽りの世界。小説の世界。最初からあってないようなものだろう。

 終わったって、いいはずだ。

 

「お兄ちゃん!」

 スクリーン先のリーネが腕を斬られた。血が舞っている。

 足も斬られた。腹も貫かれた。リーネは苦しみながら、戦っている。

 

 終わったっていいはずだ。

 

「お兄ちゃん……」

 リーネが弱々しく僕の腕を引く。

 

 終わっていい無価値な世界だ。

 

「お兄ちゃん」

 

 そのはずなのに。

 心が痛む。

 無いはずの心が痛む。

 胸が苦しい。

 リーネと悠里を失いたくない。

 その思いだけ肥大していく。

 これも全部作者がやっていることなのか?

 これも全部嘘なのか?

 わからない。

 

「僕は」

 

 でも。

 それでも。

 今動かなければ、いけないと思った。

 

 疑問ばかり追いかけても、最後にはなにもできなくなって、それだけは、本当の無意味になってしまうから。

 

 立ち上がり、部屋を出て走る。

 走っていると、心が少し晴れた。

 

 リーネと悠里、二人のことが好きで、二人の為に動くと生きてるって感じがした。

 結局止められないんだ。二人が大切だという気持ちも、二人に関することに対して動きたいという気持ちも。

 それが僕なんだ。絶望だけしてても何も動かないだけ。ならせめて、動こう。

 

 絶望を抱えたまま、ただ動くことを決意した。

 

 ――こうして僕が動くことも、決められているんじゃないか。

 一瞬、そんな考えが過ぎる。

 それでも、二人が失われるよりはましなんだ。

 

 階段前の線上に辿り着く。

 

「リーネ、来たよ」

 

 信緑の想剣(リーフカリバーン)を手に持ち加勢する。

 

「素名くん、元気になったんだね!」

「元気ではないよ」

 気分は重いままだ。でも動くんだ。

「どっちにしろ戦ってくれるなら助かるー!」

 

 リーネに振り下ろされようとしていた軟泥の刃を剣で受け、破壊する。想いによって無限の破壊力を纏った信緑の想剣(リーフカリバーン)とまともに打ち合えば、相手は破滅する運命にある。

 緑の刀身を一閃させれば、【ウーズ】の一体は消滅した。

 

「素名くん、手を」

「ああ」

 

 リーネと手を繋ぎ、また踊るように剣を振るっていく。

 僕たちの戦闘スタイルは、やはりこれが一番合っている。

【ウーズ】を何体も斬り伏せた。

 

 だが、それだけで旨くいってくれるほど今回の状況は甘くなかった。

 

 敵の数が多すぎる。とてもではないが二人でどうにかできる量ではない。

 もうすぐにでも、飲まれそうだ。

 

 軟泥の体に切り裂かれ生傷が増えていく。

 

 このまま死んだらどうなるんだろう。

 生き返ってまた空しい思いをしなければならないのか。

 それともこの物語は終わるのか。

 それとも書き直されて全く違う世界になってしまうのか。

  

「そうだ、ここは小説なんだ!」

 リーネが急に叫んだ。

「何を言ってるんだ?」

 そんなわかり切った最悪を。

「だから、悠里ちゃんを生き返らせたとき文章弄ったでしょ? なにも蘇生だけに使える手段じゃないんだよ。見てて、ここを、こうすれば」

 

 "リーネが振り抜いた緑閃光(りょくせんこう)の刃は、目の前の【ウーズ】たちを一瞬で蒸発させた"

 

 リーネが生み出した文章通りに、階段を埋め尽くしていた宇宙人たちは消え去る。

 

「いけるよ! このご都合書き換えなら! ほら素名くんも」

「これも凄く空しいやり方だけど……まあ、みんな死ぬよりはいいかな」

 

 見える範囲の【ウーズ】は消えたけど、まだまだ下の階層から出てきて出てきて途切れない。

 

 "僕が信緑の想剣(リーフカリバーン)を振るうと、その【ウーズ】たちも死んだ"

 

 本当に死んだ。なんだこれ。

 

「悠里ちゃんも来て―!」

「なにごとですか!?」

 悠里がリーネの部屋から出てきてここまで走ってくる。監視カメラで今までのことは見ていたんだろうけど困惑気味だ。

 

「悠里ちゃんも文章弄れば、戦えるよ」

「や、やってみます」

 

 "悠里はどこからともなく巨大なミニガンを取り出し、撃ち続けて【ウーズ】を蹴散らしていく"

 

「で、できました。すごいです! これでゆーりもお兄ちゃんたちと一緒に戦えます!」

 

 この小さな体躯に見合わない巨大な銃器を無反動で撃ち続ける悠里。

 その光景は僕に目眩さえ覚えさせた。

 

 多銃身を回転させながら無数の弾を撃ち続けるガトリングガン。無数の弾の一発一発が、一体一体の【ウーズ】を四散させていく。

 これがもしただの物理的な兵器としてのミニガンだったなら、弾を撃ち尽くしても一体の【ウーズ】すら倒せなかっただろう。

 本来【ウーズ】とは、それほどの強敵だったはずだ。

 でなければ地球を滅ぼされかけていない。

 それが今は見る影もないんだ。

 

「いいね悠里ちゃんイカしてるよー! やっぱ美少女に機関銃は似合うね! わたしもまだまだやっちゃるぜー!」

 

 また文章を弄り出すリーネ。

 これを続けていって、簡単に宇宙人たちは倒し切られた。

 

 

 

 



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7話 批判力に潰される

 

「ねえねえ、そろそろ一緒にデュエルしない?」

 リーネは悠里とデッキをシャッフルし合いながらまた誘ってきた。

「ほーら、楽しいよ~!」

 ドローしながら言ってくる。

 

 二人の命が危ない時なら、とりあえず悩む前に動くという意思は固めたけど、それ以外で動く気には、未だになれない。

 

 どうしても意味を問うてしまう。

 このデュエル内容も決められているのだろう。

 心が熱くなれない。

 カードゲームは、何が起こるかわからなくて、実力と運をぶつけ合うから楽しかったんだ。

 

「さっきみたいに文章弄りまくればディスティニードロー連発できるし、ゲームバランスの壊れたクソゲーだよ」

「失礼な! そんな無粋なことしないよ! ちゃんと正々堂々デュエルしてるに決まってるじゃんデュエリストなんだから」

「悠里も?」

「当然です」

「最近勝ててきてるのは実は文章弄ったイカサマしてるんじゃ?」

「酷いですお兄ちゃん! 流石にそんなことしても楽しくないことぐらいわかります!」

「そうだよ今のはデュエリストにあるまじき発言だよ反省して!」

 

 

 

 昼時。

 今日の昼食はリーネが作ってくれた。

 僕の前に置かれたどんぶりの中身はグロテスク。

 まるで人の臓物を腐らせたような見た目だ。目玉も交じっている気がする。

 

「なんてもの用意してるんだ。こんなもん食べられない。さっきは確かに酷いこと言ったけどさすがにこの仕返しも酷いよ」

 

「?」

 悠里が首を傾げた。

 

「それは素名くん自身の批判力のせいだよ」

「僕自身の?」

「認識や考え次第でどこまでも見える光景が悪くなってしまうんだよ」

 リーネがどんぶりを手で指し示す。

「これは、実際は美味しい牛丼だよ」

 

 確かによく見たら牛丼だった。白いご飯に、味付けされた牛肉や玉ねぎが乗っている。

 僕はもう駄目かもしれない。

 

 食べてみたらいつも通り美味しかった。

 

「結局、批判力ってなに?」

「そのまんまだよ。この小説世界への批判の感情が形になった怪物。読者の批判。作者の批判。物語のレールから外れる異常。それらが主な理由だよ。この【タワー】に定期的に怪人が現れるのは、常に作者の批判力が少しづつ溜まるからだよ。まあこの小説では怪人は最初の一回しか登場してないけど」

 リーネが瞬殺した昆虫の頭の怪人か。

「あと、前に悠里ちゃんが来た時に出た強い怪物は、悠里ちゃんがこの【タワー】に来るというレールから外れた現象が起きてしまったから生まれてしまったんだよ」

 

「悠里を殺した【ウーズ】はなんで出て来たの?」

「それは素名くんが生きてた地球でこの世界に入れる能力を持った【ウーズ】がいたからだよ。それがわたしたちを殺した【ウーズ】だったってだけで」

「現実の地球が宇宙人に侵略されてるとかいう設定生きてたんだ」

「この世界が小説だからって、今までのことが無くなったわけじゃないからね」

 

 今考えると元居た世界も現実じゃなくて小説の中の地球だったと思うと更にいやになる。

 

 ――――待てよ。

 

「その理屈で行くと、この前の戦いで文章書き換えまくったのって、まずいことなんじゃ?」

「……そうだね」

「そうだねって。なんで言ってくれなかったんだ!」

「だってしょうがないじゃん! あのときはそうするしか乗り切る方法なかったし!」

 

 

 

 地響き。

 地響き。

 地響き。

 地響き。

 まるで地震のよう。

 今までにない轟音と揺れ。

 

「嫌な予感がする」

「わたしも」

「ゆーりもです」

 

 リーネが呼び出したスクリーン見る。

 来た。

 また【ウーズ】共が来ている。

 前回でも多かったのに、それの比ではない数が攻めてきている。

 何体だ? 数百か、千以上か、それとももっと多いか。

 

「素名くん、悠里ちゃん、戦おう」

「でも文章改変したら、また批判力が増えるんだよな」

「それでもこの量を普通に戦って勝てる可能性はないよ」

「なら増える批判力はどうする?」

 リーネはサムズアップして答えた。

「わかんない! けど今は戦うしかないよ! すぐそこまで敵は来てるんだから!」

「ゆーりも、戦います。お兄ちゃんたちばかりに任せておけませんから」

 ふんすと両拳を握る悠里。

 

 僕たちは前回と同じく階段前の廊下で【ウーズ】を待ち受け、戦う。

 

 文章を何度も改変し、宇宙人たちを殲滅していく。

 

 何度も蹴散らした。

 

 そこで、気づく。 

 

「あれ、減らない?」

 

 宇宙人が無限に迫る。

 途切れない。

 前回のように、一度倒し切ることすらできない。

 

「戦闘で文章書き換えをする代償は思ったよりも高かったみたい……」

 リーネの顔は青くなっていた。

 

 敵はどんどん増えて、文章改編で対処して、そしてまた増える。

 無限に戦い続けなければならない悪夢。切りがない。

 

 悠里が、ミニガンから無数に放たれる弾丸の一発につき、何体もの【ウーズ】を蹴散らし続けている。にもかかわらず、絶えず進軍してくる宇宙人共。

 僕が信緑の想剣(リーフカリバーン)を薙ぐだけで数百の【ウーズ】が消滅するけれど、濁流は途切れない。

 リーネが踊るように【ウーズ】を斬り刻んでいくけれど、バラバラになった宇宙人の体が消えるよりも早く後続が進軍する。

 

 一度倒し切りさえすれば、前回のように批判力がまた襲来するまでの期間が開くかもしれない。

 でも一向に減る気配のない宇宙人。

 僕らには、休む期間すら与えられない。

 

 

 疲労が蓄積してきた。

 このままじゃ、本当に押し切られる。

 

「これ余裕ぶってちまちま文章改編するより、一瞬で宇宙人たちは消え去りましたって書けばいいんじゃないか」

「それができないからちょっとずつ文章弄ってるんだよ! わたしたちは小説の中のキャラだから、弄れる文章にも限りがあるんだよ!」

 そういえば、この世界が小説だと認識できたから文章を生み出せるようになった、って前にリーネが言ってたか。

 

 …………。

 

 この事態について、作者はどう思ってるんだ。

 このまま僕たちが潰され消えてバッドエンドがお望みなのか? それともご都合主義の奇跡でも起こすのか?

 本当にそんな物語を書きたいのか?

 

「批判力の設定については作者自身でもどうしようもないみたいだよ! そこは世界の核だから絶対に変えたくないって! その結果わたしたちが潰れるならしょうがないと思ってるらしい!」

「なんでそんなとこだけ頑固なんだ! そんな設定なんかより僕たちの方を大事にしろ!」

 

 批判力を消せないなら、どうする。

 考えろ。

 考える時間がない。

 

 新しい消えない設定を創ればいい。

 でも僕たちが生み出せる文章はごく僅か。

 どうやって設定を作る。

 

「おい、創れよ作者! お前この世界の神みたいなもんだろ! プロ根性見せろ!」

「素名くん、ここはアマチュア作家が書いた。アマチュア小説の中だよ」

「このド三流アマチュア作家モドキが!!!!! どうせ小説の中ならプロが書いた小説の住人が良かった!」

 そうだ。よく考えたら、話のしょっぱなからカードゲームやり始めるカードゲームジャンルでない小説なんて、ありえない。

 僕の口調も安定しないし、コメディとシリアスの境界も曖昧だ。

 あとこんな自虐をしていることが一番のご法度なんじゃないか。

 自虐は人を不快にさせるだけの自己満足である。

「それにさっき言ったように批判力に潰されるならそれまでと決めてるから絶対に助けてくれないと思うよ」

 

 だったらどうすれば。

 何か方法はないのか。

 

 とりあえず文章を生み出してみる。

 

 "【ウーズ】たちは一匹残らず消え――"

 

 最後まで書けない。

 

「くそっ」

 

 "宇宙人は全m"

 

 書けない。

 

「そうだ素名くん! 目標を設定すれば無理のある文章改変も旨くいく可能性もあるんじゃない!?」

「それだ」

 

 "【タワー】の屋上に行けば宝珠があり、それに触れれば批判力は消滅する。新しい批判力も生まれない"

 

 なんとか頭を捻って、この設定を考えた。

 最後まで書けたし、成功したはずだ。

 あとは条件を満たすだけ。

 

「屋上を目指そう!」

「うん!」

「はい!」

 

 僕たちは、【ウーズ】と戦いながら後退し、階段を上っていく。

 

 ある程度慣れてきたら、戦いながら階段を走り上がる。

 

 階段を一階層分上る度、それより下の階層を【ウーズ】の大軍が蹂躙した。

 

 いつも過ごしていた居住区。

 よくデッキ調整をするときにカードを取りに来たデュエルスペース。

 三人で遊び、星空を見上げた浜辺。

 スキーをした雪山。

 思い出が脳裏を駆け抜けていく。

 思い出の場所が壊されている。

 

 でも、そんな感傷さえ、どうせまた一瞬で思い出の場所も直されるという事実に消え去る。悠里が簡単に生き返った時みたいに。

 

 屋上に辿り着いた。

 風が吹き付ける。この外には何も無いはずなのに。

 屋上から見える外の景色は森がどこまでも広がっているように見えるが、嘘の景色だろう。

 この世界(小説)は【タワー】内で完結している。

 

 そんなことより、見つけた。あれだ。屋上の中心にある、よくわからない豪奢な台座に乗っている宝珠。

 あれを触ればなんとかなるはず。

 走り寄る。

【ウーズ】が邪魔をして来る。

 リーネと悠里が緑剣やミニガンで護ってくれた。

 

「素名くん、早く!」

「お兄ちゃん行ってください」

「助かる」

 

 僕は宝珠の元へ走り、手を伸ばし、触れた。

 

 ――――。

 

「…………」

 

 何も起きない。宇宙人は一匹たりとも消えない。

 今も絶え間なく襲ってきている。 

 

「駄目だったの!?」

「駄目だった……」

「お兄ちゃん、そんな、嘘ですよね?」

 

 この文章改変には無理があったのか……?

 

 ここから先、どうすれば。

 

 僕たちは、追い詰められたのか。

 

 ここは屋上だ。逃げ場もない。

 

 

 

 



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最終話 虚構は美しい

 

 

 絶体絶命。

 絶望。

 

 そんな言葉ばかりが頭を過ぎ去っていく。

 

 僕らは死ぬのか。

 いや死ぬことはないだろう。潰されるならそれまでと思っていたとしても、そんな意味のないバッドエンドで完結させるほど、アマチュア作家とはいえ馬鹿ではないはず。

 なるとしたら、大幅に改変された改稿だ。

 つまり世界が改変される。

 今までの僕とリーネと悠里ではいられなくなるかもしれない。

 関係や性格が変えられてしまうかもしれない。

 今までの思い出は確実に消えてしまうだろう。

 

 嫌だ。

 今を変えられたくない。

 このままの三人で、日々を続けていきたい。

 

「素名くん……」

「お兄ちゃん……」

 

「一つ、思いついたんだ」

 

 リーネと悠里は、戦いながら耳を傾けてくれている。

 

「こうなったらもう、ただ戦おう。潰れるならそれまでと思われてるなら、絶対に潰されてなんてやらない」

 僕も信緑の想剣(リーフカリバーン)を振って戦いながら言った。

「苦難の道だけど、一緒についてきてくれるか」

 

「もちろんだよ」

「みんな一緒なんだったら、ゆーりは耐えられます」

 

 絶望があるという事実を受け入れるところから救いは始まる。

 

 僕たちは絶望に立ち向かい続ける。戦い続ける。

 

 戦い続けられるように、鍛えた。

 

 鍛え続けて強くなり続ける。

 文章も少し弄って、成長促進もした。

 

 その最果てに、信緑の想剣(リーフカリバーン)の進化に成功した。

 異能力の最上位形態。

 地球で戦っていたころの異能力設定を最大まで研ぎ澄ませた結果。

 

 信緑の想剣(リーフカリバーン)・アーマードフォームへと至る。

 

 緑の剣を携え、頭までも覆う緑の鎧を纏う。これは信緑の想剣(リーフカリバーン)の攻撃力を鎧の防御力と装着者の体力に変換する力だ。これによって無限に戦える。

 荘厳なる緑の装甲。

 

 僕たちは宇宙人の大軍と戦うことを日常化していく。

 

 

 

「素名くん、また一緒にデュエルしてくれる?」

「もちろん」

 

 僕はまたカードゲームを始める。

 以前投げ捨ててしまったデッキを取って。

 

 何度もデュエルをする。

 何度目かの、デュエル。

 

「ドロー」

 

 宇宙人を破壊しつつ手札にカードを加える。

 

「トロールを召喚してターンエンド」

 

 同時に宇宙人の命もエンドさせた。

 戦いながらカードゲームだ。

 何度も繰り返して、敵を倒すのとデュエル進行の流れが自然になってきている。 

 

「いいねいいね慣れて来たね! わたしのっ、ターンっ!」

 リーネはドローしながらそのカードに緑色の光を纏わせて宇宙人を切り裂く。

 

 これが現代のデュエルだ。

 

「やっぱり、楽しいな」

 

 一度否定したけれど、やっぱりデュエルは楽しかった。

 僕は根っからのデュエリストなんだ。

 

 

 

「このクッキー美味しいな」

 リーネの作ったクッキーを咀嚼しながら宇宙人を殴り殺した。

「紅茶も美味しいです」

 悠里はミニガンを片手で乱射しながらティーカップを傾ける。

 

 戦いながら優雅なティータイムもこなしていく。

 

 

 

「ぐがー」

「すぴー」

「くぅー」

 

 寝ながらそれぞれの武器を無意識に振り回し宇宙人を殲滅。

 休めないという最大の問題も解決した。

 

 

 

 こうして僕たちは、戦闘を完全な日常化に成功した。

 どうだ。ざまあみろ。勝ってやったぞ。

 僕は作者や世界の理不尽に対して中指を立ててやった。

 

 目の前に、一つのボタンが転がり出てきた。

『もうテーマを見せてもらったから、そんな戦いする必要はない』そう書かれたボタン。

 

「なんですかこれ?」 

「作者が転がしてきた、のかな?」

 悠里とリーネが首を傾げて赤色のボタンを見つめる。

 

「書かれていることからして、このボタンを押せば批判力はもう来なくなるってことかな」

「ゆーりたちの頑張りが認められたんですか!」

 悠里が顔を輝かせて万歳三唱しかけるのを、手を握って止めた。

「待って、これは罠だ」

 

 僕は剣を突き立て、ボタンをぶっ壊す。

 

「ああー!? お兄ちゃんなにするんですか! もう戦わなくてもよくなるところだったのに!!」

「違うんだ。絶望があるという事実を受け入れるところから救いは始まる。そして絶望と戦い続ける。それがこの小説のテーマの一つ」

「よくわかったね素名くん、この世界への適応率がわたしと同レベルになってるんじゃない?」

「うん。だから、そのテーマを崩すようなことをしたら、より悪い状況にされるってなんとなくわかる」

「そう、なんですか」

「もう戦い続ける覚悟はできてるんだから、これでいいんだ」

「はい……まあ、そうですね。三人一緒なら大丈夫です」

 悠里は持ち直してくれたようだ。

 

 僕たちは、この日常を続ける。

 

 ここが僕の場所なんだ、何が起こっても、僕は二人と共に在る。もう、それだけでいい。

 僕は小説の中の存在なんだから、その事実は受け止めなければならない。

 僕は小説の主人公で、読者とほぼ同一の存在だ。

 それを受け入れつつ、二人と一緒にいたい。

 それが今にも失われる可能性があるとしても。

 僕は、そういう法則がある世界に生まれてしまったんだから。

 

 

 

 

 おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってください!!!!!!!」

 

 悠里が叫んだ。

 

「あ、あのこれ、このままこの小説完結したら、ゆーりたちどうなってしまうんでしょうか」

「どうなるんだろうな」

「終わってしまうんじゃないですか。消えてしまうのと同じなんじゃないですか。死んでしまうのではないんですか」

「リーネ、どうなんだろう」

 ゆーりが今言ったようなことが、僕は嫌で嫌で仕方がなかったはずなのに、絶望を受け入れてから耐えられるようになっていた。

 戦い続けることは、もう決めたから。

 

「悠里ちゃん、物語が終わっても、消えるとか死ぬとかじゃないよ。終わっても生きてる。作者と読者の心に。読んだという記憶は、忘れたとしても消えたりしないんだよ」

「それ、『僕らの心の中で生きてる』とかいう、納得させる為だけの詭弁ですよね」

「違う。あらゆる物語、そこに生きている命、それは生まれた時点で永遠なんだよ。よく物語が終わっても登場人物たちはその先も生きていくっていうじゃない。その先を想像するのを楽しむ人だっている。だからわたしたちは永遠だよ」

 

 悠里は顔を歪めた。

 

「でも」

「でもぉ……」

「終わらせたくありません」

「終わらないでほしいです」

「二人と一緒にいたいです」

「ずっと過ごしていたいです」

「ずっと存在していたいです」

「本当は、ゆーりも真実を知った時、お兄ちゃんと一緒で嫌だったんです。でも我慢してただけなんです!」

「今この世界の終わりを前にして、急に怖くて怖くて仕方なくなってしまったんです」

「もう耐えられません! 無理です! 限界です!」

 

 悠里は納得しなかった。

 我慢していたものが、決壊したんだ。

 妹の瞳から涙が流れていた。

 

「うわああああああああああああああああああん」

 

 号泣してしまう。

 

 僕は大切な妹を抱きしめた。リーネも悠里を抱きしめた。

 

「ごめんな。大丈夫だからな。僕たちが一緒だから、大丈夫だ」

「よしよし、よしよし」

「こんなこと、知りたくなかったですよおおおおおおおお……」

 

 知りたくなかった、か。

 そうだよな。こんな事実、知りたくない。

 知らなくていいことがこの世にはある。

 でも知ってしまった。苦しいよな。辛いよな。何もかも嫌になるよな。

 僕だって、知らないままならその方が良かったかもしれない。

 でも知ったからには、僕は知ったままでいたい。

 知ったままで、希望を掴みたい。

 でも、悠里はそう思えないんだろう。

 辛くて辛くて堪らないんだろう。

 知ることで絶望しかなくなってしまったんだ。

 知ることで。

 

 ――――。

 そうか。悠里を救う手はある。

 

 僕は文章を弄った。

 

 "悠里の記憶からこの世界が小説だということに関するものは消失した"

 

 この文章を、僕は生み出し、現実にする。

 

 

 

「あれ……? なんでゆーり泣いてるんですか? それでなんで抱きしめられてるんですかね?」

「かわいい妹を抱きしめたくなったからだよ。それよりお菓子でも食べるか?」

「なんだかすごく誤魔化されてる感がありますけれど、とりあえずショートケーキが食べたいです」

 

 悠里は笑ってくれた。

 思えば、久しぶりに見る妹の笑顔だった。

 この世界が小説だということを知ってから、悠里は笑えなくなっていたのだろう。

 

 リーネがショートケーキを作って、悠里が「おいしいです」とケーキに夢中になっている内に、リーネと話す。

「これで、ハッピーエンド、だよね?」

「わたしは、そうだと思う。みんな笑えてる。この時間は永遠だよ」

 

 絶望と戦い続けることがこの小説のテーマの一つだけど、絶望に耐えられない人だっている。

 絶望を受け入れられなくて死んでしまう人がいる。

 悠里もその一人だった。

 なら、絶望を知らないままでいい。考えなくていい。

 救われることが、第一なんだ。

 

「これで、この小説も終わりか……」

「うん。終わりだね」

「本当に、終わったらどうなるんだろう」

「大丈夫だよ。わたしたちはこの【タワー】で過ごしていける。多分、変わらない永遠の幸せが待ってるよ」

「そうかな……」

「信じられない?」

「んー……どうかな」

 

「素名くん好きだよ」

「急になに?」

「相棒の剣としても、異性としても好きだよ。この想いは、わたしの存在理由でもあるからね」

「つまり?」

「この愛をどう思う? 小説の中のわたしの愛を、どう思う?」

 

 リーネは、僕という読者を愛する。

 そういう存在として生まれた。

 けれど、そう強固に定義づけられて僕を好きという感情を強く持っているのである。

 それは曖昧な脳の誤作動、電気信号に過ぎない僕の定義する三次元という現実と呼ばれる場所での愛とは一線を画した真実の愛ではないかと思える。

 そもそも現実というのが曖昧で、強固に価値のある認識の方を現実とするのなら、この世界こそが現実ではないか、リーネの愛こそが現実の事実ではないかと思うのだ。

 

 絶望を受け入れた僕に、その考えは希望としてあった。

 今ここにある希望。

 いつか消えてしまうかもしれなくても、変えられてしまうかもしれなくても、読み終わって忘れ去られてしまったとしても、今ここに確実に存在している愛。

 いや、この小説が完結された時点で、改稿は為されない。

 だったら、消えることもない、変わることのない、摩耗したりしない永遠の愛。

 確実な愛。

 

 僕はリーネの問いに答える。

 

「真実の愛」

「うん」

「虚構は美しい」

「うん」

 

 リーネは満面の笑みを浮かべた。

 

「わたしたちは変わらない永遠の幸せ。だからこの小説が終わっても、わたしたちは幸せなままでい続けることができるんだよ」

 

 

 

 

「最後に、ここまで読んでくれてありがとう! この小説(世界)を選んでくれたときから愛してるよ、読者さん(素名くん)!」

 

 

 

 

 

 

 

 



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