ドクターが記憶喪失になったので攻略します! (雨あられ)
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1話

ここ数日、ロドスは比較的平和な毎日を過ごしていたと言っても良いでしょう。

 

 

……それは「レユニオン」たちの襲撃や、暴動は各地で起きていますが……。

 

「ドクター」の指揮下で動くオペレーターの活躍によって、そのことごとくが被害の出ることもなく、鎮圧に成功しています!

 

 

ドクターはとても素晴らしい人です。

 

 

初めは、記憶喪失に陥ったドクターを前に、思わず言葉を失ってしまいましたが……。

今ではそんなことは気になりません。

 

その指揮力と鉱石病に関する知識は健在で、業務への支障は誤差の範囲内です。オペレーターたちからの信頼も以前よりも更に強固になったとすら感じます。

 

それに……ドクターは相変わらず優しい声音で私のことを労ってくれて、頭を撫でて活躍を褒めてくれて、くすぐったくて笑う私を「可愛い」と、そう言ってくれるのですから。

 

「ですから、何も変わりはしないのです」

 

記憶を失ったドクターは、娘のようにではなく、私のことを一人の「パートナー」として扱ってくれている。それが寂しく思うときもあったけれど、それ以上に嬉しいと感じてしまっている自分がいる。

 

トレイに乗せた温かい珈琲。

マグカップは二つ、角砂糖とミルクも少し。ちょっと焦げたカップケーキも二つ……

 

ドクターとゆったりした時間を過ごせることを想像して、ついつい頬が緩んでしまう。

トレイを片手で持つと、コンコンとノックを2つ。

 

中からドクターからの返事はない。

 

「ドクター、お疲れ様です。アーミヤです」

 

また、書類の山に埋もれて眠っているのかな?

そう思い、返事を待たずに鍵のかかっていなかった扉を開けると……。

 

「お疲れ様ですドk……!!?」

 

そこに居たのは椅子に座ったまま眠るドクター……と

 

「すぅ……」

 

……その膝の上で眠る、ロングのケープコートに銀色の美しい長髪、長い睫毛に、羨ましくなるほどのボディラインを持った……。ドクターに身を寄せて眠るオペレーター「スカジ」さんの姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

File1 スカジ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出会ったのは確か……そう、ロドスの甲板の上だった。

 

「私はスカジ、バウンティハンターよ」

 

目の前に立っている奇特な雇い主は、私の言葉を聞いて満足そうに頷くと手を差し出してこちらを見つめる。握手……ね。

 

「あなた、本気で私を雇うつもり?私がいれば、厄災が降りかかるわよ?」

 

仲間を巻き込む巨大な触角に、陰に隠れた両手血まみれの狂ったモンスター……行く先々で戦い、壊し、失くし、歩み続ける。そんな私を、誰かは避けるし、私も誰かを避けて過ごす。私は歩く「厄災そのもの」なのだ。

 

けれど、雇い主はそんなことを気にしていないのか、君の力が必要だ、と更に手を伸ばす。

 

「……そう……あまり私に近づき過ぎないことね」

 

そっと手を触れると、ぎゅと手を握り合う。

 

握手なんて、何年振りかしら。

……変に、手汗を掻いていなかったかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロドスには、多種多様な人材が揃っている。

 

うるさいのに、燃やしてるのに、なんか、大きいの。

 

好奇心で私に話しかけてくるような人もいたが、その大半が、私が拒むと徐々に私を避けるようになった。

 

それに、ここは、私には喧騒がすぎる。

アップルパイ!なんて騒いでいる貿易所、ま、待て、機材に触るな!という必死な声に続いて爆発音まで聞こえてくる製作所。5、5……と虚ろな目で彷徨っている白いのと黒いの。どこも、落ち着かない。

 

……そうして一人になれる場所を探して彷徨っていると、ちょうど廊下を歩いているドクターの姿が目に映った。

 

 

ドクターの指揮は……悪くない。

 

少なくとも、私の邪魔をしないという点において、とても戦いやすいと感じている。戦場での姿も堂々としていて、後処理も迅速だ。きっとドクターがいなければ今頃ロドスの被害はこの程度では収まっていなかっただろう。影の功労者とも呼べるべき存在だが……。

 

そのドクターが挙動不審な動作で周辺を見渡して、気配を殺しながら慎重に歩みを進めている姿はとても奇妙だった。

 

 

見るからに怪しい……。

 

 

だってあまりにも気配を消すのが下手だったから。

 

よし、見られていないな。と一人満足そうにつぶやくドクターを見て、私は、そっと気配を消すと、その後をつけることにした。もしかすると、彼女の、「私の目的」について何かわかるかもしれないと。そう思ったからだ。

 

 

 

 

 

ドクターが使われていない倉庫の中に入っていったので、気を引き締めながらその後に続く。中は、埃っぽくて薄暗かった。

 

その闇の向こうで、ドクターは誰かと落ち合っているというわけでもなく、当然倉庫に用があるわけでもない様子だ。

 

……私はその無防備な肩にそっと手を置いて話しかける。

 

「……こんなところで何をしているの?」

 

途端、ぴょんと飛んで、ゴホゴホと咽(むせ)始めるドクター。

慌てて何かを飲み干すと、はぁと大きく息をついた。こちらを見上げて、恨めしそうな表情を浮かべて口を開く。どうしてここに居るのかと。

 

「さぁ、それはあなたも同じじゃないかしら」

 

それはそうだけど、と不満げに呟くと、ドクターは私のことを見上げながら、聞いてもいない言い訳を始めた。曰く、仕事が忙しくて頭がおかしくなりそうだったこと、逃げようとしたら執務室に鍵をかけられていたこと、逃げ出したら今度は椅子に手錠までつけられたこと……

 

「そ、そう、それは大変だったわね」

 

そういうと、ドクターはうっすらと瞳に涙を浮かべていた。ロドスの最重要人物が、ここまで追い詰められるなんて……一体誰が……?

 

「……え?くれる……?そう、ハンバーガー……?」

 

ドクターから手渡されたのは、赤い包みに入ったハンバーガー。の半分。

もう半分は今もドクターの手の中にある。

 

私が手に取るのを躊躇していると、ドクターが、ハンバーガーを知らないのか?と不思議そうに質問してきた。

 

「え、えぇ!もちろん、ハンバーガーくらい知っているわ。パンの一種でしょう?」

 

ドクターはその通り。というと、自らの分を大口を開けて頬張り始めた。幸せそうに口を動かす姿を見ていると、唾が滲み出てきて、久しぶりに食欲が湧いてきたようだった。知ってはいる、けど食べたことはない……。

 

「……はむ……っ!」

 

一口、ハンバーガーを頬張って見る。

なるほど!こういう感じね?ケチャップと、ハンバーガーと、それに、レタス。パンで挟んだのね、なるほど……。もぐ、うん、うん。うん?

 

「え?美味しいか、ですって?……えぇ、悪くはないわ」

 

薄暗い倉庫の中で、段ボールの上に腰かけて二人でハンバーガーを食べる……

なんだか、変な感じ……!!!?

 

「ひゃ、なに!?く、口についてた?そう……」

 

不意にドクターの手が、私の頬に触れた。

頬についたケチャップを拭ってくれようとしたようだけれど、私はそれよりも、『誰かに触れられるまで接近を許していた』自分に驚いていた。

 

鼓動を沈めるように呼吸をすると、冷静さを取り戻して、ドクターの方を見る。すると、ドクターの頬にも、私と同じように赤い跡が……

 

「……あなたも、ついているわよ」

 

……恐る恐る、ハンカチ越しに頬に触れて、跡を拭う。

ドクターはそれを黙って受け入れて、拭い終わると笑顔を見せて礼を言った。

 

自分でも不思議なほどに、ドクターとの接触に抵抗がない。

 

これは情報共有のための等価交換にすぎないの?けど……

 

「……えぇ、悪くはないわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

透き通った空気の、青黒い星空が見える日だった。

 

いつものロドスとは雰囲気が違う甲板の上、ここには私について話す懐疑的な噂話や訝しんだような視線は届くことはない。

あるのはシンと静まり返った静寂、まるで故郷を思わせるように暗闇、そして何よりは、雲の合間から見える美しい光の星々。

 

「……綺麗」

 

 

…………ドクターにも、教えてあげようかしら。

 

 

ふと頭に浮かんだその人物は、最近私を困らせる人。

 

ドクターは私を見かける度に話しかけてきた。

 

食堂で、

廊下で、

執務室で……

 

人目もはばからず、ただの友達のように。

 

私も初めは、困惑することが多かった。

私には話す話題もないし、それに、あまり近くに寄られると……妙に気恥ずかしかったから。

 

「……」

 

けれど、段々と慣れていくうちに、ドクターと次に話せる機会が楽しみになっていった。自然と、次にドクターと話す話題を決めておくようになったし、偶然出会えるような場所には足を運ぶようにもなってしまった。

 

 

こんなことは、生まれて初めてだった。

 

 

「……~♪」

 

明日は、ドクターと一緒に任務に出る。

なのに、この浮足立った妙な気持ちは、お風呂に入っても、ベットに入っても、静まることはないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドクターの周りには危険が多い。

 

「それ以上は近づかないことをお勧めするわ」

 

「う、うるせぇ!ここでやらなきゃ、俺達は、俺達は……う、うおおおおお!!」

 

剣を振るうと、無謀にも突撃してきた兵士のわき腹を強く打つ。

ぐおぉ、と相手は唸り声を上げながら白目を剥いてそのまま崩れ落ちた。

……死んではいないはずだけれど。

 

「……ドクター。えぇ、これで最後のはずよ」

 

すぐ近くに居たドクターにそう伝えると、ドクターは感謝の言葉を述べて笑顔を見せる。

 

 

あぁ、

 

たったそれだけのことが、どうしてこんなに嬉しいのだろう?

 

「ドクター、この後……」

 

一瞬、遠くで何かが光るのが見えた。

同時にドクターが私のことを突き飛ばした。

 

倒れながら両目で捉えたのは……私がもともと立っていた位置に迫る、白銀の矢。今は、その場所には……

 

ああ、

 

違う、

 

 

ダメヨ。

 

 

ゼ ッ タ イ ニ ・ ・ ・ッ!!!

 

 

 

即座に膝を着くと、そのまま素早く剣を振り抜く。

剣は音を置き去りにし、剣閃が風を駆けて嵐を巻き起こすと矢はドクターへと到達する寸前に吹き飛んだ。

 

「ば、化けも……!」

 

射線の先で、捉えた獲物は……ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター!何をやっているの!」

 

すまない、助かったと、苦笑するドクターのその姿に、私は、怒りとも悲しみともわからない感情が沸々と沸き上がってくるのを感じていた。

 

たとえあの矢が私に刺さろうとも、それは、大したダメージにもならなかっただろう。だけど、普通の人間であるドクターに当たれば、どうなるのか……!

 

そんなことはドクターだって知っているはずなのに!!

 

「どうして……どうして?」

 

咄嗟に、体が動いてしまった。スカジを信頼していたのに、申し訳ないことをした、と再びドクターは困り顔で謝罪をした。

 

「!違うの、私……」

 

私の体の震えは収まらない。

 

それは、凍えるような恐ろしい恐怖によるものだった。

 

今回は守ることが出来た。けれど、私に降り注いだ厄災が、ドクターに飛び火してしまったら?

 

その時、再び私は今回のように……無傷でドクターを守ることが出来るのだろうか?

 

「ドクター、お怪我はありませんか!?」

 

作戦を終えて、他のオペレータたちがドクターに駆け寄ってくる中、私はその声から逃げ出すようにその場を後にした。

 

この程度の不幸なんて、始まりに過ぎないのよ。

いつか、私の存在そのものが、ドクターにとっての重荷になる。

 

 

 

 

…………私は、決断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もうやめてくれるかしら?」

 

私が選んだのは、拒絶であった。

いつものように、私に気さくに話しかけてくるドクター。突然の私の言葉が予想外だったのか、え?と驚いたような声をだす。

 

「だから、そういう気遣い、迷惑なのよ。やめてちょうだい」

 

私が冷たくそう言い放つと、いつもは気さくなドクターも、真剣な顔をして、俯いて、言葉を失くしているようであった。

 

ドクターは指揮官として孤立した私を気にかけている。

きっとそれだけに過ぎないのだ。

 

親切心のようなもので……ただの優しさ。

でも、その優しさが甘い毒のように私の身体を蝕んでいる。

 

ドクターは拳を震わせたまま、黙っている。

任務が上手くいかずに犠牲になった人がいたり、患者の治療が上手くいかなかったときなどに何度か執務室でそういう顔をしているのを見たことはあったが、面と向かってその表情を見るのは初めてだった。

 

痛い。

胸の中が、痛い。

 

どんなに恐ろしくて、巨大な敵に襲われた時よりも……痛くて、苦しい。

胸の中が張り裂けそう……!

 

 

 

 

 

逃げたい。この場から、そして、出来ることならもう二度と……

 

 

 

 

 

「……さようなら、ドクター」

 

そう呟いてから踵を返すと、不意に後ろからドクターに手を掴まれてしまう。

 

「……ど、ドクター?え?もう……気を遣わなくても良いのかって?……あ……!?」

 

 

思考が真っ白になると。ドクターの手が頭に触れていた。

今、されているのは所謂、「良い子良い子」という奴で……ドクターの手が優しく私を撫でている。

 

「気を遣わなくても良いんだろうって?……そういうつもりで言ったわけじゃ……」

 

なかった。けど……

 

胸の痛みは消えていた。

 

頭ではいけないと思っているのに、この、心地良い感覚を、いつまでも味わっていたいと心の奥底が反逆している。

 

「私の髪が長くて綺麗だから、ずっとこうしていたかった?……えぇ、そう、あ、ありがと……もっと触ってみる?」

 

ドクターに赤くなった顔を見られたくなくて、ぷいっと顔を背けたが、そんな姿すらも可愛いと言って、全身が燃えるように熱くなった。

 

……でも、悪くは、ないわ。むしろ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「お、オペレータースカジ!どうしてここに!?」

 

「っ……?」

 

大きな叫び声に目を覚ますと、目の前には耳の長いロドスの最高責任者さんの姿があった。

手にはマグカップにカップケーキ。私とドクターのために持ってきてくれたのだろう、優しい少女だ。

 

「どうしてここに……?そんなの、決まっているわ。ドクターを守るため、よ」

 

「……そ、それがどうしてドクターのお膝の上で眠ることにつながるんですか!?」

 

「これが、一番ドクターを守るのに適した距離だったからかしら」

 

「……そ、そんなはずありません!だいたい、最近スカジさんはドクターとの距離が近すぎます!この前だって……」

 

「ッシ……あまり大きな声を出すと、ドクターが目を覚ましてしまうわよ……?」

 

ハッとしたように両手で口を噤むウサギの少女。

 

良い子ね。どっちも。

 

未だに夢の中に旅立っているあなたの手の甲をそっと撫でる。

 

あなたは。今まで以上に私に近づいてきた。

髪を撫でたり、肩に頭をのせあったり、膝枕、なんてものもした……かったり。そう、私の方から近寄ることも……最近は、多い……。

 

だってもう私。諦めたもの。

 

あなたはいくら突き離しても無駄で、あなたはとっくに、私のかけがえのないものになってしまっている。だとしたら、いっそ自分がいつも近くに居て、守ってしまった方がずっと楽。

 

「は、離れてください。スカジさん。今日の護衛はもう、良いですから……」

 

「……それは無理ね、だって、ドクターの方が私を放してくれないもの」

 

「!?」

 

絶句したように口を開く少女を尻目に、私は眠っているドクターへと再び目を閉じて体の力を抜くと体重を預ける。水面のように浮き沈みするドクターの肺が、漣のように鳴っている心臓の鼓動が、日光に照らされた海面のように暖かなその血液が、私を心底安心させる。

 

ドクターが離してくれないなんて当然「嘘」

眠って力の抜けた人間の拘束なんて、簡単に抜け出せる。まぁ、100人束になっても抜け出せる自信はあるのだけれど……。

 

これはきっと、私の願望。

 

もしものことが起こった時も、ドクターは私に戦え、とは言わず、逃げろ。といって手放すだろう。

 

 

だけど、私もう守るって決めたのよ。

 

 

 

暗闇の底から見つけた、星々の光る……私の海を。

 

 



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2話

スカジさんの件は予想外でした。

 

だってスカジさんは普段、「そう」とか、「わかったわ」くらいしか言葉を交えない方でしたから。あれほどドクターと仲良くなっていたなんて、思わぬ伏兵です。

 

「それでも」

 

現状、私がドクターの一番近しい人物であることに揺らぎはありません!

今日も、山積みの書類を持ってドクターの執務室へとやってきました。そこにはいつも傍にいるスカジさんやグラベルさん、シルバーアッシュさんの姿は確認できません!

 

この部屋に、私とドクターと二人きり……!

 

「お疲れ様です。ドクター。追加の書類を持ってきましたよ」

 

絶望したような顔をしてこちらを見るドクター。ここまでは計算通りです。

 

「ふふ、ドクター。安心してください。私もお手伝いしますから」

 

そう言うと、おぉ!とドクターが嬉しそうな声を上げる。

するとどうでしょうか、私はさりげなくドクターの机の近くに座り、雑談をしながら、お仕事までできるのです!まさに一石三鳥です!

 

「ドクター。そういえば、明日は有給の申請を出していましたね」

 

書類に取り掛かりながら、ドクターと他愛のない話をする。

ドクターがお休みを申請することは少なくはないですが、そのほとんどが私とケルシ―先生によって否認されています。だって、お仕事が片付いていませんから。でも今回は……

 

「今はドクターも頑張っていますし。お仕事もそれほど溜まっていませんから、有給は受理しますよ」

 

ドクターはさっきとは比にはならないほどの笑顔を見せてガッツポーズをとりました。私が手伝いを申し出たときより嬉しそうなのは気になりましたけど、何だか子供っぽくて可愛らしい。

 

「……じ、実は、私も明日はお休みを頂こうかと思っていて、それで、ドクターさえよr」「ドクター!明日のことだけど!」「え?」

 

バンと扉を開けて入ってきたのは、ふわふわの茶色いツインテールに、ダボっとしたコート、快活な雰囲気から健康的な印象を受ける少女。

 

「あ、アンジェリーナさん……!?……ということはドクター。まさか明日の有給は……」

 

「うん!……えへへ、実は明日……ドクターと一緒にデートに行くの!」

 

ドクターのことを見つめて、顔を赤くしながら照れくさそうにはにかむアンジェリーナさん。なんとも可愛らし……。

 

「えッ!!???」

 

で、デデデ、デートッ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

File2 安心院アンジェリーナ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは、仕方がないことなんです。ドクター……」

 

有給は否認されました。

理由としては、急遽、大量の事務仕事が舞い込んできたからです。

 

偶然、本当に偶然です。偶然なんです。やることが、急に増えてしまったんです……。

 

ドクターもアンジェリーナさんも大変残念がっていましたが……これは、仕方がないことなんです。医療に戦術指揮、モチベーターの役割まで担っているドクターを一個人が占有するというのは、とてもとても、いけないことだと思うのです。ですから、私はこれで良かったと……。

 

良かったと……

 

「……」

 

こんなこと、いけないことですよね。

 

アンジェリーナさんは、とても明るくて、優しい人です。

彼女自身、突然鉱石病感染者になってしまったという不幸な生い立ちを持つというのに、笑顔を絶やさず、他者の笑顔のために運送屋(トランスポーター)というお仕事までしている尊敬できる方です。ロドスでこなしてもらった重要な仕事も、一度や二度ではありません。

 

ですが、彼女はもともと普通の女子高生です。

戦闘経験はありませんし、レユニオンとの戦いは、彼女にとってあまりにも残酷で。受け入れがたいものでしょう。

 

そんな、彼女を支えていたのもきっと、ドクターだったのでしょう。

彼女はドクターの前では特別な笑顔を見せている気がします。それはオペレーターやトランスポーターとしてではなく、年相応の普通の少女としての……。

 

……精神的なケアの意味もかねて、今度ドクターと3人で昼食でも……?

 

「あれ?ドクター?」

 

執務室へとたどり着くと、そこにはドクターの姿はなく。なぜかドクターの席で仕事をする……シルバーアッシュさんの姿が……

 

「……シルバーアッシュさん!あの、ドクターは……」

 

「盟友か、盟友なら……今日は暇を貰っている」

 

「え!?」

 

「……あまり、あいつを虐めてやるな。盟友を重用しているのはわかっているが、たまには、羽を休めさせてやれ」

 

そう淡泊に告げると、ドクターにお任せしていた事務仕事を黙々と処理し始めるシルバーアッシュさん……。何だか、いつもは厳しいシルバーアッシュさんが、ドクターには甘いような……

 

っは!ということは……

 

「今、ドクターは……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったの?お仕事抜けて来ちゃって?」

 

代役を頼んでおいたから大丈夫だ。

そう自信満々に言うドクターに、心の隅にあった申し訳なさは消え失せていって、段々と嬉しいという気持ちが膨らんでいく。

 

今日はあたしとドクター、初めてのデート!

行き先は頭が痛くなるほど悩んだけど、やっぱり映画なんてベタで良いかなーって思った。そこからのプランは流れでカフェに行って映画の感想を言いっこして、雑貨屋でお互いに似合うグッズを選びっこして……それで夜にいい雰囲気になったりして……!?

 

「えへへ……あれ?ドクター?」

 

眼を離すと、いつの間にかドクターが居なくなっていた。どうしたのだろうと思い振り返ってみると、ドクターは小さな子供の前にしゃがみこんでいるようだった。

 

「ぐぅ、うええええ!」

 

子供はその場で泣きじゃくっており、言葉の代わりにしゃくりを上げている。ドクターも、なんと声を掛けるべきか考えている。よ~し!

 

「チャオ―。どうかしたのかな、ボク?」

 

「う、ぐす、おがあざんと、はぐ、ぐれて!ぐす」

 

「お母さんと?それは……困ったね」

 

うん、困った。チラと端末で時刻を確認すると、既にチケットを取っていた映画の時間は差し迫ってきている。この子の母親探しに付き合う暇はなさそうだ。

 

まぁ、だけど……

 

ドクターはお母さんを一緒に探そうと言って、子供の手を引いた。

 

子供の手はぐちゃぐちゃの鼻水で糸を引いていたようだけど、ドクターはそれでも手をしっかり握ってあげているみたいで……。

 

あぁ、もう、本当にどうしようもなく、この人は!

子供が安心したように泣き止むのを見て、あたしは、まるで自分のことのように嬉しくなった!

 

「じゃ、お母さんのこと探そうか。大丈夫!この辺りは……あたしたち運送屋(トランスポーター)にとって庭みたいなものだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビルの隙間を縫って跳ぶ!飛んで、走って、また宙に跳ぶ!

 

「すっげー!!」

 

あたしがお姫様抱っこしたドクター、そのドクターにしがみついた迷子の男の子。

軽さと重さを操って、今のあたしたちは綿毛みたいにふわふわと宙を跳ぶことが出来る。

ここからなら、この子のお母さんも見つけられるはずだ。

 

男の子は、目をキラキラとさせて街の景色を見下ろしている。けれど、この高さ、まだ怖いのかドクターに必死にしがみついていて……その小さな手は未だにドクターにしっかりと繋がれている。

 

……あたしがドクターに手を取ってもらった時も。

すっごく心強かったのを覚えてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、鉱石病の感染者だなんて言われて、もう、目の前が真っ暗になった。

体に、見たことないカチカチの鉱石みたいなのが生えてきて、まるで自分の身体じゃないみたいな、そんな息苦しさと痛みがその日を境に頻繁に私を襲うようになった。

……しかも、現代の医療では治らないらしい。

 

鉱石病の感染者はこの世界では迫害されて生きている。

国によっては、感染が拡大しないように感染者たちを隔離して、そして……命を絶つことも珍しくはないという。だから、あたしは当然、感染者であることを隠して生きることになった。

 

ずっと部屋に籠っていたけれど、お母さんに勇気づけられて……何とか運送屋の仕事をまた手伝うくらいには元気が戻ってきた。

 

身体に感じる違和感と新しい力に戸惑いながら、私は運送屋(トランスポーター)としての仕事を続けた。

がむしゃらに仕事をして、その時だけは自分が感染者だってことを忘れられたから。

 

そうしているうちに、ロドスからスカウトが来て……あたしはそこでドクターと出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ!ありがとうございます!なんとお礼を言って良いやら……」

 

「すげーのかーちゃん!!お姉ちゃんとビューンってお空を飛んで、ボク、町を見下ろして!」

 

「はいはい、ほら、あなたもお礼を言いなさい」

 

「ありがとうお姉ちゃんたち!!」

 

「もうはぐれちゃだめよ~」

 

母親と再会した子供に手を振ると、再びドクターと二人で街の中を歩き始める。

さっきまで元気に騒いでいた男の子もいなくなり、人通りも少ないからか嵐が去ったかのような気分。それに、映画はとっくに始まってしまっている。

 

「子供の扱いが上手いって?えへん、すごいでしょ!……あと、映画ごめん?……ううん、良いよ。もっといいものが見られたし!」

 

そう言って、子供たちと別れた方を振り返ると、ドクターも同じように振り返って、今度は自然と顔が向き合って、笑顔がこぼれる。確かに心が通じ合ったのを感じて……。

 

あったかいなぁ。って思う。

 

けどすぐに失敗したことを思い出した。

だってビルの上を飛び回った後だったから、髪が変になっていたかもしれなかったから。どこかで確認したいな……

 

「え?今からでも映画を見に行かないかって?……うん!じゃあその前に」

 

 

 

 

「動くな!そこのお前たち!!」

 

 

 

 

 

怒声のした方を振り向くと。そこには顔をマスクで覆った人たちが……!

 

あれは……れ、レユニオン!?

 

まさか、ドクターと二人しかいないときに限って、こんなことって……

 

いくつもの足音が響き渡り、武装をした集団が次々と奥から現れる。

右も左も、武装兵だけじゃなくて唸り声をあげる犬まで……も、もう取り囲まれてる!?

 

このままじゃあたしも、ドクターも……!?

 

「ど、どうしよう、ドクター……」

 

「……」

 

……逃げるが勝ちだ!

そういうとドクターはあたしの手を取って走り始める。あたしもすぐに能力を使って、ドクターと自身の重さを制御すると一緒に跳びながらその場を離脱し始める!

 

「待て!」

 

何発か銃声が聞こえて、近くの建物に弾が当たった音がする。

今、少しでも遅かったら死んで…!!

 

「ど、ドクター……」

 

トランスポーター。安全なところまで運んでほしい。

 

そうドクターに言われて、信頼しきった目を向けられて、はっとする。

そうだ、あたしはトランスポーター。だけど、それ以上に、ドクターを支えるって決めた、一人のオペレーターなんだって。

なんだか先ほどまでの恐怖が消え失せて、胸の奥から力が沸き上がってくる!

 

だって、ドクターがこんなにもあたしを信じてくれているから。

 

「……オッケ~!このピンチを乗り越えよう!ドクター!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て!!!くそ、逃がすな!」

 

「チッ、なんだか身体が重いな……」

 

「へへ、だが今がチャンスらしいからな、あのオペレーターは戦闘経験が乏しいらしいし、今のうちにあのターゲットをやっちまえば!」

 

「くくく……ん?なん……」

 

 

 

『(エーギル語)……もう喋るな』

 

 

 

「な……!?ぎゃあああ!!」

 

深海に近い暗闇から、姿を現した一対の大剣。

一振り振るっただけで、隊長だったものを削り切る。

 

「た、隊長……!?っく、ここは迂回して……」

 

「逃げていいわよ~?……さて、どこまで逃げ切れるかしら」

 

「へ、うわあああああ!!」

 

眼にもとまらない『白い騎士』の早業に、次々と悲鳴が上がる。

 

そこは阿鼻叫喚の地獄絵図であった。

鉄球が、弓が、大剣が、鳥が、そして、アーツと呼ばれるエネルギーの塊が次々に彼ら(レユニオン)に襲い掛かり、断末魔を上げながらその場に倒れ始める。

 

「……ドクターには指一本ふれさせませんよ」

 

「ば、馬鹿な!罠だったのか?ターゲットは弱い感染者と二人で行動していたんじゃないのか……!どうして、どうしてロドスの部隊がこんなところに!!!ぎゃああっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こ、ここまでくれば大丈夫、だよね?」

 

力をめいいっぱい使って、やってきたのはとあるビルの屋上……。

 

大丈夫、追手は撒いたみたいだ。

 

とのドクターの言葉に、興奮して忘れていた疲労感が一気に押し寄せてきて、体はへなへなとその場に崩れ落ちて行った。

 

「えへへ、あたし、役に立ったかな?」

 

ああ。おかげで助かった。

 

そう言ってドクターはアタシと同じようにしゃがみこむと、あたしの髪をそっと撫でた。

 

あたしはそれが、なんだかくすぐったくって、愛おしくって……。

溢れてきた感情に、目元から涙があふれてくると、ドクターはそれを指で拭って、ほら、と何かを指さした。

 

「あ、わぁ……っ!」

 

ちょうど黄昏時の眼下には、ライトアップされた町と薄暗い空とが交差して、見たことがないような美しい景色を生み出していた。

 

「ドクター、見てみて、すごく綺麗だよ!」

 

見えているよ。というドクターの手を引いて、ビルの縁までやってくると、あたしは、勇気を出してその手をもう少しだけ強く握った。すると……ドクターもギュッと握り返してくれた。

 

……ドクターと手を取り合っていると、あたし、無限に強くなれる!

 

ドクターはあたしの特効薬だった。

鉱石病の治療をしてくれて、感染者としての新しい生き方を教えてくれて、まだまだ生きられるかもしれないという希望をくれて……!

 

でも、それだけじゃなくって……

 

「ドクター!」

 

ぐいっと、ドクターの手を引くと、腕を組んで、カシャリと持っていた端末のシャッターを切る。ドクターは、ちょっと落ちそうになっていて慌てているが……

 

「こんなところで撮る必要あったのかって?もっちろん!これも思い出だからね!」

 

端末に映った驚いた顔のドクターと、満足そうに笑うあたしの写真。

真っ暗で、見えにくい写真だけど、そこには思い出があって、記憶を失ったドクターにとっても、しっかりとした今の記憶になっていく

……あたしにとって、かけがえのない一枚。

 

「ドクター、その……」

 

と、話を続けようとした時だ。

くぅ~と、ドクターのお腹が鳴った。それに共鳴するようにあたしのお腹もキュルキュルなった。

一瞬で顔は熱くなったけど、あたしもドクターも大笑いして……

 

「えへへ……何か食べに行こ!ドクター!だって「デート」はまだ、始まったばっかりだから!」

 

そう言って、ドクターの手を握る。

記憶のないドクターにも、思い出がたくさんあれば、きっと……寂しくないよね?

 



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3話

アンジェリーナさんは……とても危険な存在です。

 

あのデートの日以来、アンジェリーナさんはよくドクターの執務室に遊びに来るようになりました。ロドス内でもドクターと腕を組んで写真を撮る様子が何度も確認されています。

風紀が大変乱れています!!

 

……私だって、ドクターとのツーショットなんてほとんど撮っていないのに……。

 

「いえ……今はそれよりも」

 

ドクターが襲われたという事実の方が重要です。

 

あの日、「たまたま」居合わせたオペレーターのみなさんと力を合わせてレユニオンを退けたものの、ドクターの警護が手薄になっているときに襲撃があったのは紛れもない事実です。……ロドス内に内通者がいたのか、それとも何者かが外部から情報を仕入れたのか……いずれにせよ、油断が出来ない状況です。

 

内部の洗浄については、ケルシ―先生にお任せするとして……今、私にできることは……。

 

「失礼します。アーミヤです」

 

ノックをして扉を開けると、そこには簡素な机と椅子が向き合うような形で設置されており

 

「お疲れ様。これで揃ったね」

 

そう零したのは大きなモフモフの尻尾を持つ、天災研究者であるプロヴァンスさんと

 

「そうね。時間通りだわ」

 

行動予備隊A6の隊長で、日ごろの気苦労からか少し小皺が深くなったオーキッドさん。

今日はこの3人でお仕事をすることになります。

 

「プロヴァンスさん、オーキッドさん。よろしくお願いします。……みなさんの準備ができ次第始めましょうか」

 

机の上に広がるのは評価シートと履歴書に健康診断書、そして小分けに包装された飴玉にチョコレートにジュースやコーヒーが……

 

そう今から行われるのは……!

 

「どうぞお入りください」

 

ノックが響いてきたのでそう声を出すと、中に入ってきたのはガシャガシャと鳴る機械の重装備を身に着け、セミロングの黄色いメッシュの入った髪を持つ少女。

ぺこりとお辞儀をするとベン!と重装備のタレも一斉にお辞儀をする……

 

「初めまして!ライン生命観測員、マゼランです!よろしくお願いします!」

 

ハキハキとした元気な声を出したのは、ライン生命の外勤専門員……マゼランさん。キラキラとしたその金色の目は、緊張よりも、私たちへの好奇心を宿しているように思えます。

 

「それでは、どうぞおかけになってください」

 

「はい!」

 

そう、今から行われるのはロドスの人事採用面接……別名、抜き打ちアーミヤチェックです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

File3 マゼラン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マゼランさん。どうぞ気分を楽にしてください。これは、厳格な面接ではありませんから……あ、コーヒーとジュース、どちらがよろしいですか?」

 

「え!?えっと、じゃあ、ジュースで!」

 

「はいどうぞ。後、敬語等は不要ですよ。マゼランさんの楽にお話を」

 

「そう?良かったー!私、敬語ってあんまり話す機会がなかったから喋り方忘れちゃって!」

 

早速砕けた様子で友好的な笑みを浮かべるマゼランさんに、私やオーキッドさんたちもつられて笑顔になってしまいます。

 

っは!いえいえ!ですが……マゼランさん!

あなたがドクターに近づく「卑しい敵」かどうか、このアーミヤ、しっかりと確認させていただきますよ!これも……この面接において極めて重要なことですから!!

 

「マゼランさん、ロドスで興味をもっていることはありますか?」

 

「うん!この探査船にも興味があるけど、一番は……ドクターかな!」

 

 

 

アウトです。

 

お帰りはあちらになります。

 

 

 

……と、喉元まで出かかりましたがぐっと飲み込みました。

流石にこれだけで判断するのは、早計というものです。私がチェックシートの項目に、やや危険とチェックを入れている間、オーキッドさんが次の質問を始めます。

 

「へぇ、ドクターくんのどういったところに興味を持ったのかしら?」

 

「えっとね、メイヤーちゃんやミューちゃんからお話をよく聞いていて……あ!メイヤーちゃんたちっていうのは……」

 

「えぇ、同じライン生命の仲間よね?」

 

「うん!そう!そうなんです!孤独な観測所でも、二人には何度も励まされて……だから、だから二人とまた一緒に働けるのがすごく楽しみで!」

 

「ふふふ、そう」「わかるなー、その気持ち」

 

裏表がなく、素直に自分の気持ちを話すマゼランさんを前に、どこか表情を柔らかくするオーキッドさんと天災研究者として思うところがあるのか深く頷くプロヴァンスさん。お二人メモもほとんどとらずにコーヒーを飲みながらリラックスした様子で会話をしていますが、それもそのはずです。彼女はライン生命との提携協定でほぼ内定が決まっている、この面接は本当に形式だけのものですから。

 

いえ、ですが待ってください。お二人は重要なことを見落としています!

 

「……『メイヤーさんたち』は……よくドクターのお話を?」

 

「そうなの!通信すると、よくお話してくれるんだ!一緒に工房で仕事したとか、ご飯食べたとか、すっごく嬉しそうに話をするから気になっちゃって!」

 

「そう、ですか……メイヤーさんたちが」

 

備考欄に名前を控えておき、要注意と書いて丸印で2度囲む。

これからはお二人にも気を付けておかなければ……。

 

「あ、次は僕から良いかな。ロドスにはいろんな人がいるけど、例えば……「感染者」についてどう思ってるか、聞かせてもらっても良いかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では質問は以上です、お疲れ様でした」

 

あ、もう終わりなんだ?もっとお話ししたかったな~。と言いながら部屋を出ていくマゼランさん。バタンと、扉が閉まり終わったのを見届けるとふぅとオーキッドさんが息をついたのが聞こえました。

 

「彼女、すごくいい子ね。きちんと自分のすべきことと、やりたいことが分かっている。眩しいくらいだわ」

 

「研究者としては是非聞いてみたい話がいっぱいだったよ!ぜひ、僕の部隊にも来てほしいな!」

 

「そうですね……」

 

オーキッドさん、プロヴァンスさんの評価を参考にして評価シートに項目を埋めていきます。初めこそ、不穏な気配が漂っていましたが……

 

「私もマゼランさんには、是非この先もロドスに力と知恵を貸していただきたいと思います」

 

そこまで大きな脅威にはなりえないと思いました。

マゼランさんの雰囲気から察するに、研究が第一で、ドクターへの興味も友達から聞いていたから程度のものでしょうし。

 

「そうね」「意義なーし!」

 

お二人の返事を聞いてから、マゼランさんの履歴書にポンと赤い朱肉をつけた承認印を押します。厳正な書類選考とメディカルチェックのち、この採用面接が行われ、問題なしとなればオペレーターとして採用される。これが、ロドスの採用試験の流れになります。

 

この仕事はとても重要です。

 

オペレーターになる方はただ、戦える、優秀であるというだけではダメなんです。

ドクターの指揮に命を預け、また、ドクター自身も命を預けられるような、そんな方でなければいけません。もしも、そのオペレーターの方が裏切ったりすれば……ドクターに、ロドスに甚大な被害が及ぶことは想像に難くないでしょう。

 

ですから、私たちのこの面接もロドスの皆の命を預かっている大切な仕事なんです。

後、ドクターに近寄る卑しい存在を排他するという目的もありますが。

 

「それでは、次の方をお呼びしましょうか……次は……単体術師、志望の方ですか……名前は……エイ……!!」

 

……この方はロドスには相応しくないでしょう。

何ですか、この先輩とか言ってドクターにすり寄りそうな卑しいオーラは!不合格です!不合格!!

 

 

 

 

 

 

 

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「うーん!面接も終わったし、暇になっちゃった!」

 

あたしが、んーっと背筋を伸ばして深呼吸すると、暫く極北に居て凝り固まっていた身体もほぐれていくようだった。ここは温かくて良いね、床暖房までついてるし!

 

「長旅で疲れただろうし、自室で休んでろ~って言われたけど……」

 

こんな楽しそうな探査船が目の前にあるのに、休んでいられないよ!

私は最小限の装備だけ整えると、部屋から抜け出し、このロドス・アイランドの中を探検することにした!

 

「へぇ~、こんなになってるんだ」

 

ロドスの内部は、同じ製薬会社にも関わらず、ライン生命とは随分と雰囲気が違っていた。

向こうは凄く大きな研究施設、兼病院だとすると。ここは大きな国のようだった。

 

流通があり、生産があり、そして“人“が居た。

ロボットに乗って発電所を整備している人もいれば、ポッキーを頬張りながらご機嫌に歩く人に、その後ろをストーキングしているちょっとおっかない人……

 

すっごく、すっごくワクワクする!

だって、巨大な地下基地だよ!知らない技術の使われている設備に、未知の文明!そして見たことない人がまた目の前に……?

 

「わ!」

 

ドシン。とぶつかってしまい、私は尻もちをついてその場に転んでしまう。

 

「わわ、ごめんなさい。あまり前を見てなくて……」

 

気にしなくていい。こちらも不注意で……それより、怪我はないか。

そう言って、手を差し出されたので、お礼を言って起き上がらせてもらう。良かった、ぶつかったのが悪い人じゃなくて。

 

「大丈夫!探検家は身体が資本だからね!……それより、君……暇そうだね!」

 

目の前の人物は後ろをわざとらしく振り返った後、自分自身を指さして疑問符を浮かべていたので首を2度縦に動かしてから

 

「ねぇ!良かったらこの施設の案内をしてよ!私、今日ここに来たばかりで入れないところも多いの!だから、ね、お願い!!」

 

手をすり合わせて上目遣いに相手を見つめてみる。こんなお願い通るとは思えないけ……え、いいの!?やったー!!!

 

「ありがとう!……君って優しいね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね、その時イフちゃんがメイヤーちゃんのお気に入りの服を焦がしちゃってね!!」

 

二人でロドスの中を散策しながら、時間も忘れて雑談をする。

この人……なんだかすっごく話しやすい!偶然だけれど、あたしの知っている友達のことはみんな知っているようだった。聞き上手って言うか、私の話をなんでもニコニコしながら聞いてくれるので、ついついこちらも饒舌になってしまう。

 

「それにしても、すっごく広いねーロドスって。……えぇ!?昔はロドスってもっと狭かったんだ!……ふんふん、いろんな人の力を借りて、ここまで大きくなったんだ!すごいな~」

 

探検家として、一人で活動することの多かった私には、みんなで力を合わせて何かをしたことがあまりなかった。ライン生命でも、みんなとおしゃべりはよくしてたけど、一緒に仕事ってなるとそう多くなかったし……。

 

「力を合わせてか~……こほ。あはは。大丈夫、ちょっとおしゃべりしすぎて喉が渇いちゃっただけだから」

 

そう言って頭を掻くと、向こうは何かを考える仕草をした後、

 

良い場所がある。特別に連れて行ってあげよう。

と、親指を後ろに引きながらそう言った。良い場所って……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここって……」

 

あたしたちがやってきたのは、ロドス地下の、更に地下。

暗い通路を持っていた端末で照らしながら歩き、やっと着いた大きな扉を開けた先には……。

 

「ひんやりしてる……あ、ここって冷凍室?……誰も来ないし、よく拝借してる?……君、中々悪だね~!」

 

あの人が冷凍室の中に足を踏み入れると、ガチャガチャと冷蔵庫の中を開けて見せる、まだ中身の入った炭酸飲料がいっぱい入っていた。

それにしてもここ、興味深いなぁ。こんな地下にどうして冷気を引くことが出来るのだろう。氷室の一種なのかな。

 

辺りを見回していると、どれがいい?なんてあの人が言うので私も嬉しくなって近寄って……

 

バタン!!!と、後ろの扉が、律儀にも、

 

閉 ま っ て し ま っ た。

 

 

「うわ、おっきい音!……じゃあ、私はこれにしよっと!……うぅ、流石に寒冷地装備もないしちょっと寒いね、あまりゆっくりはしてられないかも」

 

そう言って、一緒に部屋を出ようとしたが……ガチャガチャと、まるで金庫みたいな重い鉄の扉はノブが回る気配すらなかった。

 

「あ、あれ?鍵が掛かっちゃったみたい。出来たら開けて……え?鍵なんてあるのかって?…………」

 

 

 

 

 

 

「えっ!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寒い寒い寒い!

 

「うぅ、寒いよぉ」

 

鍵がない、電子パッドがない。内側から開ける方法が見つからない!

助けを呼ぼうと持っていた端末に触れてみるも、この地下深くでは圏外になってしまっているらしい。折角極北から帰ってきたのに、これじゃあ、あそこに居たときとそう変わらないよ!

 

「うぅ、あ、あたしのせいだよね。ご、ごめん。あの時扉を閉めちゃったせいで……え、じ、自分が安易にここに連れてきて、か、鍵のことを知らなかったから?……う、ううんそんなこと……ありがとう」

 

ガチガチとお互い震えながら、そう会話をするものの。話した途端から、肺の奥に冷たい空気が侵入してくる!!うぅ、さ、寒い!!

 

このままじゃ……冷凍付けにされちゃうよ!

 

……?

 

「え?……な、なに、にじり寄ってきて……ま、待って。こんな時になんの冗談……あ、あたしそういう経験は……きゃ!」

 

ガバっと、突然私に覆いかぶさってくると!!

……コートの中に私を突っ込み、ギュッと抱きしめられた。

コートの内側は、外気に触れるよりもぬくぬくと温かくて……なんだか落ち着く匂いがした。

 

「ふぁ……うん。あ、ありがとう…………君、やっぱり優しいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗闇と震える寒さの中、身を寄せ合って助けを待つ。

まだ整備の進んでいないこの地下区域には普段人が入らないらしく、誰かが通るような音は聞こえてこない。冒険者から……遭難者。

 

極北でも、こういう寒い夜があった。

深い闇と、吹雪の音、底冷えする冷たい風、底なしの孤独。

けど、今は……ギュっとくっつく力を強める。

温もりに包まれて、楽しい話し相手もいる…………あ!

 

「ね、眠いの?ね、寝ちゃダメっ!ここで寝たら死んじゃうよ!……え?そうでもない?……えへへ、このセリフ一回言ってみたかったんだー」

 

二人でくっついていると、すごく気持ちがいい。それに、冗談を言い合うくらいには、余裕もある。こういう時、絶望に飲まれちゃいけないってことを、この人もよくわかってるみたい。

 

でも、あたしを守るように包み込んでいるこの人は私よりも寒いはず……いつまでもこうして待っているわけにも……。

 

「……こんなことなら、フル装備で来れば……あぁ!」

 

パッと自分の内ポケットに触れる。

そういえばと、取り出したのはコントローラーと……小さなドローン。

 

「これ?これはね、地質調査用の小型ドローンだよ!人が入れないような細い道なんかに飛ばして、塵や雪、砂を採取するために作ったの。これさえあれば……いけーっ!」

 

キョロキョロとあたりを見回し、エアダクトを見つけたのでそこに向かってドローンを飛ばす。そして、十分奥まで入り込んだのを確認してから端末を起動すると、ドローンの主観カメラとこの半径20メートル内のマップが表示される。

 

「すごいでしょ?反響定位の応用だよ。簡単なメッセージも登録しておいたから、後は、誰かが見つけてくれれば……!」

 

流石!これなら助けが呼べる!

そう興奮気味に声を上げると、私を抱きしめる力がギュッ!と強くなった。

……顔も近くて、寒いはずなのにな、なんだか私、熱くなってきちゃった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダクトの中でドローンを操作する。

中には蜘蛛の巣が張ってあったり、潰れていて通れない道もあって、それを避けながら、上の階を目指す。一基しかない頼みの綱のドローン。しかも、あまり耐久力も高くないから少しの操作ミスも許されない……。

 

「め、メイヤーちゃんたちがいるラボはあと少しだよ」

 

ドローンに付けられるメッセージなんてあまりに短すぎて普通の人が見ても気が付いてくれない可能性がある。けど、メイヤーちゃんたちなら、きっとこのドローンの意味に気付いてくれる!

 

「よ、よし、あと少し……!」

 

後、30mほどというところまで来たところで!

 

プツン、とモニターが消えてしまった。

 

「あ!ど、どうして!?さ、寒さのせいかな。それとも、カメラの射程外にはいっちゃった!?こんなこと今まで一度も……」

 

突然の事態に頭の中がいっぱいになる。

ここまで来て、そんな事って!画面がないと……!?

あ、あれ?

 

……ふわふわと、優しく頭を撫でられる。

 

落ち着いて、道なら自分が記憶している。

 

そう、後ろから頼もしい声が聞こえてきて、操作はまだできる?との質問に慌てて応える。

 

「う、うん!で、でも、この辺りから道が迷路みたいに入り組んでたし、上の方はまだ表示しきってなかったから……」

 

大丈夫。自分の言うように動かしてほしい。

 

「……うん。わかったよ。うん!あたしは操作に集中する!」

 

目を閉じて、ドローンの操作に移る、まずはそのまま3秒ほど上昇……。うん。

……言われた通りにコントローラーを動かすと、緊張していた呼吸を少し整える。

 

「次は……7秒前進?……オッケー」

 

……カメラも、マップも見れなくて不安しかないはずなのに、この声を聴くと、不思議と大丈夫だって、そう思える。しかし、それでも、繊細な操作にやってくる不安に、かじかむような寒さに手が震えて……?

 

「……一緒に脱出しよう?……うんっ!!」

 

私を覆うように、手が重なる。手ブレは、とっくに収まっている。

もう、お互いの手はそんなに暖かくないけど、けど、とっても温かい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

驚くほどの記憶力と推察力、そして指示の的確さだった。

 

「ここで、落とせばいいの?う、うん。了解!」

 

この人が言うには目的のダクトについたらしい。そっと、電源ボタンを押して、ドローンを墜落させる。あのドローンに換気扇を破壊する力はない。これで後は……メイヤーちゃんたちがドローンのメッセージに気付いてくれることを信じるしかなくなってしまった。

 

「……うぅ、どうしよっか。もしもこのままここに一生閉じ込められたりしたら……」

 

そしたら、ずっと……このまま?

温いコートの中から頭上を覗き見る。夢中で気が付かなかったけれど、こんなに近くで誰かにくっついたことって、今までなかったかも。それに、こうやって信じあえる人も。

 

「大丈夫か、顔が赤いって?……大丈夫だよ。でも、寒いから、もうちょっとだけ…………くっついてようね…………」

 

……もしも、一生このままでもあたしは……

 

「そ、そういえば、自己紹介がまだだったね!あたしはマゼラン!君は……「ドクター!大丈夫ですか!」え?」

 

がちゃんと扉が開き、そして差し込む待望の光!

あたしはドクターと目を合わせると、助かったー!って叫んでから力の限り抱きしめ合った!

 

「やっぱり君がドクターだったんだ!?ううん、そうだったら良いなって、だってね」

 

遠い地で、君の話をいっぱい聞いていたんだよ?

みんなみんなすっごく楽しそうで、

幸せそうで、

……羨ましくて

 

でも、今はこうして!

ドクターの首元にしがみつくと、自分でも驚くくらいとっびきりの笑顔が飛び出る。

 

 

 

「あたしは極北から君に会いに来たんだからっ!」

 



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4話

「スワイヤー、君は今日来ているロドスの……そう、“ドクター”のことをどう思っている?」

 

「へ!?」

 

久しぶりに上司への報告を終え、去り際に不意打ちを受けたのはツインドリルにサラサラの髪、見え隠れする八重歯と縞々の尻尾が特徴的な龍門近衛局の上級警司、ベアトリクス・スワイヤー……。

 

「ど、どう思うとは?」

 

「そのままの意味だ。深く考えずに、君の感じているままを話してくれればいい」

 

「それは……」

 

隠し事をするなと暗に言っているのではないか。

緊張で強張るスワイヤーを眺めたまま、ウェイ長官は煙管の炭を灰皿に落とし、自身の顎髭を撫でている。

 

「……ウェイ長官、ドクターは傑物です。あれだけのオペレーターを束ねる指揮力には目を見張るものがあります。今後の対レユニオン・ムーブメントにおいても、“龍門としても”協力するべき相手かと」

 

「……」

 

ウェイ長官はその答えを聞いていないかのように、スワイヤーのことをまっすぐには見ずに、煙管を吹いた。

 

「……君がロドスに深く干渉しているとの報告が上がっている。訓練顧問以外にも、商務部の仕事まで引き受けているという報告もある」

 

「……」

 

「ロドスと協力しろとは言っているが、こちらからの過度な干渉は黙認できない」

 

現状、ロドスと龍門は協力関係にある……。

しかし、それはあくまで敵の敵は味方であるというだけの、利害関係の一致によるものだ。だから、もしもの時、ロドスの出方によって、ロドスは龍門の敵になることも十分にあり得る。スワイヤー自身、その現状が理解できていないわけではなかった。

 

「君の「やり方」は理解している。尊重すべきものだとも思っている。だが、今回は些か踏み込みが過ぎる。君がロドスのドクターと夕食に行ったという話も「うぇ、ウェイ長官!!」」

 

上官の言葉を遮ったスワイヤーを見て、ウェイは思わずその重い瞼を見張った。

そこに居たのは、優秀な警官としての彼女ではなく、尻尾を伸ばし、顔を真っ赤にした一人の……

 

「……あぁ、そうか。ふふふ、そうかそうか……いや、なに……そういうことか。

済まなかった。もう行ってくれ。スワイヤー」

 

「………………失礼します!!」

 

バタンと、強めに閉まった執務室の扉を眺め、ウェイは腰を深く降ろし、再び顎髭を撫でた。

 

「……ふふ、虎威将軍も色を知る、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

File4 スワイヤー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マゼランさんには……騙されましたよ。

 

調査や研究が第一と見せかけて、ドクターに対してあんなあからさまな態度をとるだなんて。このアーミヤの目をもってしても見抜けませんでした。

この前なんて、嬉しそうにドクターと一緒にスケートに行ったと報告を受けました……!なんて羨まs……いえ……ドクターが転んで怪我をする可能性だってありました。とても危険な行動だったかと思われます!

 

「ですが、今日は……」

 

大丈夫でしょう。私とドクターがやってきたのは龍門上城区……協力関係にある龍門近衛局の本拠地です。未だ、ロドスとの関係は良好とは言えませんが、それでも脅威に立ち向かう仲間であることに変わりはありません。少なくとも、里帰りのように一緒にやってきたチェンさんやホシグマさん、スワイヤーさんたちはとても信頼できる方々です。それに

 

「今日の面会はこれで終わりですね。ドクター」

 

そうだなと相槌を打ちながら伸びをするドクター……!

そう、今日はこちらでの仕事も終わり、スカジさんたちの姿もなく、ドクターと……二人きり……!!

 

「ど、ドクター入るわよ?……あ、アーミヤもいたのね」

 

に、なれません……!?

噂をすればと客室に入ってきたのは龍門近衛局からの協力者、スワイヤーさん。

普段の頼もしい姿はどこへやら、もじもじと、恥ずかしそうに内股を擦りつけながら、ドクターの方を上目遣い気味に見ていますが……ちょっと待ってください、なんですか?その表情は。

 

ま、まさか……!?

 

「ね、ねぇドクター。少し“二人で”龍門の街中を歩いてみない?た、タダでってわけじゃないわよ?美味しい万頭の店を知っていて……」

 

二人で?……すみません、そんなこと……

 

 

許されるわけないですよね?

 

 

「美味しい万頭のお店ですか~。私も興味があります、スワイヤーさん」

 

ニコリと笑顔を向けるとスワイヤーさんは予想外だったのか、うっと、少し狼狽えました。

 

「え?ああ、そうよね。け、けれどアーミヤは万頭が嫌いじゃなかったかしら!?」

 

「あまり食べる機会はありませんでしたが、嫌いではないですよ」

 

「そう…………うん…………な……ら3人で……」「……失礼。アーミヤ代表、少しお話したいことがあるのですが、よろしいですか」

 

「……え?」

 

のそりとスワイヤーさんの後ろから現れたホシグマさんの言葉を聞き、私の耳がぴくぴくと震え始めます。

 

「……すみません。どのようなお話かわかりませんが、後にしてもらうことはできませんか?今から、少し外出を……」

 

「申し訳ないですが、大変火急な用事でして、是非、アーミヤ代表にお力添えいただきたく……」

 

「でしたらドクターと一緒に」

 

「……いえ、ドクターの力は不要です」

 

「あ、そうです。実は私、アーミヤの双子の妹のイーミヤで……」

 

「代表、お願いします」

 

「うぅぅ……」

 

チラと、後ろを見ると、目に映ったのは目の前に転がり込んできた好機に目を輝かせて尻尾をふるスワイヤーさんと、片手を上げて気さくな笑顔を見せるドクター。

い、いけません。お腹を空かせた雌虎に、そんな……!?

 

「……さぞ、美味しいのでしょうね。その…………万頭は……」

 

私は顔を背けてぷくっと頬っぺたを膨らませると精一杯の反抗の意志を見せる。しかし、ドクターはポンポンと頭を撫でて、お土産なら買ってくるとそう言うばかり……。

 

そうではなくて、私は……っ!!

 

「アーミヤ代表。急いでください」

 

「……ホシグマさん、案内を……お願いします」

 

私の耳は、がっくりと垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一攫千金のチャンスが来たっ!?

 

ドクターと二人、近衛局の廊下を歩く。普段歩いているこの道も、まるでレッドカーペットの上の様だ!

 

ホシグマが空気を読んでくれたおかげで、ドクターと二人で外出する機会が得られた。あれだけ純粋に楽しみにしていたアーミヤを仲間外れにしたのは申し訳ないけれど……

 

アタシは、このチャンスを絶対にものにして見せる!

 

「じゃ、じゃあ、い、行きましょうかドクター!そうね、まず、手始めに……「む、ドクター。それに…………スワイヤー。こんなところで何をしている」」

 

ピタリと、足が止まった。

聞き間違えようのないこの剛健な声、スラリとした体躯にいつも眉間に皺を寄せて険しい表情。血のような紅の瞳に、赤霄(セキショウ)を腰に帯びた……忌々しい相手。

 

「……あなたには関係がないことよ。チェン」

 

「関係がないかは私が決めることではないか?少なくとも、私の目にはドクター……龍門の客人を連れ出そうとしているように見えるが?」

 

「ええ、そうよ?だってこれからドクターと二人で出かけるんだから!」

 

「何?ドクターと……二人?……ふむ」

 

いかに恋愛ごとに疎く、浮いた話の一つもないチェンでもアタシの言っている言葉の意味くらい分かるだろう。

そう思い、勝ち誇るように腰に手を当てていると、少し悩み顔だったチェンが顔を上げて頷いた。

 

「わかった、ならば私も同行しよう」

 

「そうね。アンタも同行……………はぁぁぁあああああッ!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こいつの頭の中には本当に鉄アレイでも詰まってるんじゃないかしら!?

ドクターと二人並んで歩いていると、その数歩後ろからついてくるチェン。一度は気にしないとばかりに無視しようと思ったが、じっとこちらを見張るように見つめるチェンを無視できるはずもなく……。

 

「ちょっと!アンタ本当についてくる気なの!?」

 

「当たり前だ。それとも不測の事態が起こった時、お前だけで対処できるのか?」

 

「…………出来るわよ」

 

「ふん。少し悩む時点で問題外だな」

 

「出来るって言ってるでしょ!?……アンタはいっつもそうよ、独断と偏見ってやつかしら?自分の判断基準を押し付けて!!」

 

「そういうお前は楽観的にすぎるな。……ドクターはつい先日もオペレーターの警護が手薄な時に襲撃を受けている。この龍門での滞在中に襲われたとあっては近衛局の恥だ」

 

それくらいわかっているはずだが?

そう嫌味ったらしく口にするチェンを見て奥歯の方がキシキシと軋んだ。

確かにチェンの言うことも……一理あるかもしれないけれど……それでも、せっかくの二人きりだったのに!

 

……少しくらい、空気を読んでくれても……!!

 

「ドクター。こんな無愛想な仕事人間が近くに居たら、せっかくの外出なのに肩がこっちゃうわよね!?」

 

「それを言うなら、お前のようなキーキーとうるさいお嬢様に引っ付かれた方が耳障りに決まっている」

 

「な!なんですって~ッ!?“龍門スラング”!!」「“龍門スラング!?”“龍門スラング!”」

 

二人とも、そこまでだ。

 

というドクターの言葉を聞いて、我に返る。いつの間にか出来ているのは人だかり。チッと舌打ちをすると顔を背けるチェンに、こちらもフンと鼻を鳴らして眼を逸らす。こいつと居ると……アタシが口汚い女だと思われてしまうわ!!そう今日は、こんな言い争いをしている場合ではないのだ。

 

「ふぅ、もう行きましょ。ドクター!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、スワイヤー。どうして万頭屋ではなく服屋に居るんだ……?」

 

「し、仕方ないじゃない!新しく出来ていて、気になったんだから!」

 

「さっさと目的地に行けば良いだろう……なぁドクター?」

 

別に構わない。スワイヤーの新しい装いも見てみたいし。

そういってくれる優しいドクターをみてチェンに向かって勝ち誇った顔を見せつけてやる。が、チェンは全く気にしていないかのように、そうか。とだけ言って服屋の中を見回していた。

 

「ドクター!せっかくだし、アタシの服を選んでちょうだい!」

 

「服なんぞ機能性が良ければどれでも良いだろう」

 

「アンタには聞いてないわよ」

 

任せてくれ。というドクターの声を聴いて心が弾んだ。折角だし、似合っていると言われるような服を着たい。何パターンかの色とコーデを用意すると、早速試着室へと潜り込む。

 

「ふぅ、奴の買い物は長いぞ、ドクター。……ん?よく一緒に買い物に行くのかって?……たまたまよく行く店が同じだっただけだ」

 

「お待たせドクター!どうかしら?」

 

一番自信のあるコーデとして出したのは赤いドレスにミンクのコート。最上級な素材を使ったセレブリティな服である。きっとこれならドクターも……

 

「派手過ぎる。お前は街に大道芸でもしに行くつもりか?」

 

「は、はぁ!?……んん、ねぇ、ドクターはどう思う?」

 

スワイヤーにとても似合っている。

 

ドクターから返ってきたのはチェンとは違って好反応!

だけど……うーん、あともう一声ほしいわよね?

 

「……じゃ、じゃあとりあえずこれはキープして、次は……」

 

「早くしろ。どれもどうせ馬子にも衣装だろう」

 

「な!!……ふーん?そういう自分はどうなのよ?」

 

「……なんだと?」

 

「いつも同じ制服ばかり着て、どうせ大したファッションセンスがないからひがんでるんでしょう?」

 

「何を言い出すかと思えば……」

 

アタシを一睨みすると、チェンは辺りの服を暫く吟味した後、ズカズカと隣の更衣室へと入っていった。

安っぽい挑発だったけれど、これで自身とアタシの絶望的なファッションセンスの差を自覚できるというものよ。

 

「……よし!ね!ドクター!見て!こっちはどう?」

 

スリットの入ったセクシーな黒いチャイナ服を見てグッと親指を立てるドクターに、そう?そう!?と段々と嬉しさのボルテージが上がっていく。それにしても…

 

「チェン、遅いわね。あんなデカい口叩いたんだから、さっさと出て来なさい……よ?」

 

シャっと開いたカーテンから姿を現したのは赤いチャイナドレスに身を包み、髪を結い上げたチェン……。眩しいほどに美しい太ももが、普段見ることのないうなじ姿がどこか色気を纏っている。

 

「あ……あまり見るな。ドクター……」

 

か、かわ!?

 

「ど……ドクター!あんまり見ちゃダメ!親指?……グッド?!じゃなくて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、今日はこんなはずじゃなかったのに」

 

服屋ではその後も、お互い給仕服を着たり、水着姿を披露したり、なんだか対抗心で凄い格好もしてしまった気がするけれど、その後ドクターを着せ替え人形にして遊んだりして結構面白かった。

 

市場に出ていた屋台をめぐって、目的の万頭屋に着くころにはすっかり夕方になってしまっていた。

 

「え?あ、買ってきてくれたの?ドクター。……ありがとう!」

 

差し出された万頭を受け取ると、粗野なベンチに腰掛ける。

ムワリとした蒸したての万頭を齧ると、ふわふわな触感なのに、びっくりするほど密度の詰まった甘い生地!どこでも食べられるような龍門の下町の味だけれど、アタシが生まれて初めて食べて感動した味だから……ドクターにも、食べてみてほしいとそう思ったのだ。

 

「おいしい?ドクター?……ふふ、良かったわ!」

 

こういうものが好きなのか?と聞かれて、少し悩む。

 

「そうね。好きよ?でも、これを食べたのは特別な日だったから……」

 

……思い出すのは、あのクリスマスの夜のことだ。

とある事件に巻き込まれ、何も食べておらず、どうしようもなくお腹が空いていた時に、アタシのことを抱えて助けてくれた龍門の警官がこの万頭を買ってくれて……アタシに食べさせてくれたのだ。

 

「そして、今日も特別な日を作ってしまったわ!何がって?……もう!……わからない?」

 

うーんと頭を悩ませるドクターにはぁと、ため息が漏れてしまう。

やっぱり……好意って伝えないと、伝わらないのかしら。で、でもそれは、流石に、恥ずかしい…………で、でももたもたしていたら、他の子たちに!!

 

「……うぅぅ……!ドクター!」

 

 

 

 

「がおーっ!」

 

 

 

 

手でポーズをとって、体を大きく見せるとドクターに飛びつき覆いかぶさった!

 

椅子の上で素直に倒れ込んだドクターの顔が、ドクターの吐息とアタシの吐息が混ざり合うほど、近くに……!

 

「ど、ドクター……その」

 

ドクターの手が、アタシ髪に触れる。そして、優しく名前を読んで、その目は、アタシのことを捕えて離さなくて……!

 

「…………な、な、なんちゃって!?びっくりした?」

 

ババっと距離をとると、火照った顔を手で仰ぐ。

む、無理よ無理!無理無理無理!

だ、だって、やっぱりこういうのは勢いじゃなくて、ちゃんと好き同士だって確認してから清いお付き合いをしてから……で、でもこれくらいすれば。ドクターもアタシの気持ちに……

 

「え?ドクターの分の万頭も食べたかったのかって?………………はぁ~」

 

笑いながらそういうドクター……!

どんな防衛拠点よりも鉄壁過ぎるそのガード。

こうなれば、一服盛って既成事実でも……って

 

「……あれ?そういえばチェンは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐええええ!?」

 

「……ふん。その程度の腕で、私と対峙しようというその自信は、どこから湧いて出たのだ?」

 

路地の裏。チェンは剣先についた血を払い、懐紙でそれを拭うとパチパチパチと小さな拍手の音が響いてくる。

影の奥からのそりとその巨躯を現したのは緑色の長髪に、般若の大盾を持つ片目の隠れた鬼人……。

 

「……お見事です。チェン隊長。やはり、気付いておいでだったのですね」

 

「当たり前だ。私を“ツケる”ならば、もう少し護衛の数を減らせ。ホシグマ」

 

「やれやれ……これでも龍門きっての精鋭部隊を揃えたのですが……」

 

「連中(レユニオン)は今ので最後か?」

 

「はい。恐らくは」

 

「わかった……私はドクターたちの元へと戻る。何かあれば通信機で知らせろ」

 

「……そのことですが、チェン隊長。……別に、ドクターたちと行動を共にしなくても良いのではないですか?」

 

「……どういうことだ?」

 

「いえ、レユニオンを炙り出し、殲滅する分には隊長もこうして裏手で働かれた方が動きやすいかと思いますが……」

 

「……」

 

ホシグマからの言葉を受け、顎に手を当て、考える仕草をするチェンであったが……

 

「わからん」

 

「は?」

 

「……私もそう理解はしている。だが、奴が、スワイヤーがドクターと二人きりで出かけるという状況に……ドクターが奴の隣で笑っているというその状況に、なぜか、腹の奥がムカムカとした。だから、私も同行することにした」

 

「…………」

 

「だから、わからんという他ない……ん?どうかしたか?鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」

 

「そう、ですね……正直なところとても驚いていますよ。ですが、そうなると小官が言えることは一つだけとなりますが」

 

「なんだ?」

 

 

 

 

「今度、小官と機能性の悪い服を買いに行きましょう」

 

 

 

 

File4 〇〇〇

 



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5話

「急いで……!イフリータ!」

 

「ま、待ってくれよ。サイレンス!そんなに急いで……いったいどこに行くんだよ……!?」

 

サイレンスに手を引かれて、雨の激しい闇夜の街を歩く。

その繋がれた手はいつも以上に冷たくて、歩く速度もうんと早くて、どこか遠くでは雷まで鳴っていて……いつもと様子の違うサイレンスが、怖いと感じた。

 

「もしかして、あそこにサイレンスの気に入らない奴がいるのか!?それなら、オレサマが全部焼き尽くしてやるのに!」

 

「……」

 

サイレンスは、何も答えない。

黙って水たまりを蹴って、歩みを進めるだけで……

 

「なぁ、サイレンス!……ゴホゴホッ!」

 

暫く歩いた後、サイレンスは軒下で突然立ち止まると、大きく息を吸って、オレサマの方へと向き直った。その顔は、いつも以上に……真剣だ。

 

「…………ロドスに行く。そこに行けば、今よりも落ち着いて暮らせるから……」

 

「ロドス……?どうしてわざわざ……あ!もしかして、そこにサリアがいるのか!?」

 

サイレンスは、一瞬怒った時の顔をしたけど、すぐに目を閉じて息を吐き首を振った。

 

「…………彼女のこと……もう忘れて。それより、イフリータ。これからアナタに“大切なお願い”がある」

 

「サイレンスがオレサマにお願い……!?お、おう!わかった!オレサマなんでも聞くぜ!」

 

シャンと背筋を正すと、サイレンスはオレサマの肩に手を乗せて、その橙色の瞳でまっすぐにオレサマを見上げる……ごくッと息を呑むと遠くの方でまた、雷が鳴った。

 

 

 

「イフリータ。もう2度と……その力を使わないで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

File5 イフリータ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそロドスへ。私たちはあなたたちを歓迎します。サイレンスさん。イフリータさん」

 

嵐の山を越えて、波の高い海を越えて、脚が棒きれになるまで歩いて……オレサマ達は途轍もなくでっかい建物へとやってきた。

昔いたところの方がもっともっとデカかったけれど、あっちよりも少しカッコいい建物な気がする。サイレンスたちが難しい話をしている間、椅子に座ったまま机に乗ったお菓子をぱくつく。暫くすると、話もひと段落したのか

 

ここに来るまで疲れたろう。今日は、ゆっくり休んでくれ。

 

そういって立ち上がり、終わりっぽい空気になった。

にしても……こんな暑い日だってのにフードを被った怪しい奴だ。

それから……さっきからオレサマ達を見て笑顔を浮かべる耳長の少女……。

 

……どうも“うさんくせぇ”

 

こいつらから、オレサマが大嫌いな……白衣の奴らと「同じ匂い」がする。いや、そのものなのだろう。サイレンスも……さっきから強張ってて不安そうだ。

 

どうして、そんな顔してるんだ?

何が不安なんだ?

オレサマはどうすればいい?

……とりあえず、軽く焼いておくか?

 

「イフリータ…………お願い、やめて」

 

「……わかってる。わかってるよ……!」

 

駄目だ。約束した。サイレンスと。ゴォっと、いつの間にか発火し始めていた手を振るって火を消す。

……何を見てやがる。目を見開いて、そんなに面白いか?クソっ!イラつく!こいつらオレサマのことを、舐めてんのか?

 

「イフリータさん……?」

 

その目……オレサマが怖いか?オレサマがおかしいか?

 

「イフリータッ!!」

 

不意に、サイレンスがオレサマの手を握った。

すると、自分の内側から込みあがってきていたマグマみたいな燃える感情が一気に冷え込んで沈下していくのを感じる!

 

駄目だ!ヤメロ!

 

少し焼けたような音がする。そして、皮膚が焦げたようなニオイが、嫌でも鼻の中へと入ってくる。それは、当然オレサマの近くにあったモノで、その近くにあった者ってのは……

 

「……ぁサイレンス」

 

「ごめんなさい。イフリータはまだ……」

 

「……」

 

 

……やっちまった。

 

 

サイレンスは、また何時もみたいな暗い表情を浮かべている。手は、痛々しいほど赤くなり火傷している。オレサマがこうなると、いつもサイレンスが謝ることになる。どうして、そうなっちまうのかわからないけれど、オレサマのせいで、サイレンスは悲しそうな顔をする。

 

そんな顔、オレサマは見たくないのに!

 

「…………オレサマ……ケホケホッ」

 

胸の中が、嫌な感じになっている。

居心地は最悪で、いつもみたいに頭のあたりがきゅっと締め付けられる。歯を食いしばって、下を向いていると……

 

「……ドクターッ!?」「あ!?」

 

な、なんだッ!?

ガシッと、突然サイレンスの握っていない、もう片方の手が強く握られた。

 

火は大分収まっているけれど、今のオレサマに触れたら卵は一瞬で目玉焼きになっちまうくらいには熱を持ってるんだぞッ!?

 

「お、おい、オマエッ!?」

 

これからよろしく、イフリータ。

 

「……ッ!?」

 

「ドクター……」

 

なんだよコイツ!?

オレサマのことを正面から、じっと見つめて……まるで、まるで、サリアやサイレンスと同じで……!

 

さて、部屋に案内しよう。その前に、彼女の火傷の治療を。

 

そういってオレサマから手を離すと、近くに居た白衣に声を掛ける……。すぐに、サイレンスには保冷パックなどが用意されたが、あいつは、治療拒否してポケットに手を突っ込んでいた。オレサマと目が合うと、にっと笑った。

 

「ドクター……」

 

サイレンスがポツリと呟く。

ドクター?……ってことは、コイツ!

 

白衣の奴らの親玉じゃねぇか!!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サイレンス。アイツは信用しちゃ駄目だ!アイツは……きっと悪い奴だ!」

 

部屋につくと、サイレンスと二人きりになったタイミングで声を掛ける。

色々と親切にしてくれちゃいるが、どうにも裏があるような気がしてならない。ああやって、良い奴ぶって、悪いことをするのが“ああいう奴ら“の手口なんだ。

 

オレサマを利用して、手足を縛って暗い部屋に閉じ込めて……そして、そして……ッ!!!

 

「良い悪いなんて関係ない。今、私たちには“ここ“しかない。だから……」

 

「……だからって、アイツらにヘコヘコして暮らすのか?それくらいなら、オレサマが……!」

 

「……イフリータ」

 

ジトーっとオレサマを見る、サイレンス。

こうなると、オレサマはサイレンスに敵わない……。

 

「……わかった、わかった。だから、その目で見ないでくれ。サイレンス……」

 

「…………ん」

 

オレサマの返事を聞いて満足げに頷くと、サイレンスはその場で服を脱ぎ捨て初め……いくつかの道具を整理すると昔ライン生命で着ていた白衣に着替えて部屋を出ていこうとする。

 

「て、おい!サイレンス!どこ行くんだ!?」

 

「ドクターのところ。私に出来る仕事を回してもらう」

 

「はぁ?……今日は休めってアイツも言ってただろ!?だったら」

 

「今は実績が必要。特に私には……」

 

そう言ってオレサマを一目見てから部屋を出ていくサイレンス……。

見慣れない部屋に残ったのは、オレサマだけで……急に、部屋の温度も下がったような気がする。

 

じっと、両手を見つめると、さっきあったことを思い出す。

あんな奴とオレサマたちはこれから……

 

「チッ!……ゴホゴホッ!」

 

全部全部、燃やし尽くしてしまいたいようなイライラした気持ちでベッドに飛び込むと、思いのほか弾んで身体が跳ね返ってきた。

何回か同じように倒れ込んで弾むのを確認してから、その日はいつの間にか眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、サイレンスはよく働きに出るようになった。

事務仕事だとか、戦地医療だとか、そんなことを言っていた気がする。

オレサマと会うことはほとんどなくて。暇だと言っても、まるで構いやしない。部屋に帰ってきたら、シャワーを浴びて、オレサマの容態を見て、そしてさっさと眠ってしまう。帰ってきたのすら、気付かない日すらある。

 

一人で何もない部屋に押し込められた時よりも、この生活自体は確かに穏やかかもしれねぇけど……

 

「なぁ、サイレンス。明日は休みなんだろう?どこに……」

 

「……ごめん。明日の休みはなくなった」

 

「はぁ?……なんでだよ」

 

「ごめん」

 

「や、約束しただろ!次の休みは一緒に出かけるって……」

 

「……ごめん。次こそは……」

 

「おい、サイレンス!」

 

サイレンスは、話をしながらそのままベットに倒れ込んだ!

慌てて駆け寄ると、規則正しい寝息が聞こえてきたので、ホッとして布団を掛けてやる。

 

実績っていうのが、どうして必要なんだ?

それって、こんなになるまで働いてまで、必要なものなのか?

サイレンスの言うことは難しくてイマイチわからない。けど、サイレンスがこんなになるまで働かせるのは……きっと悪い奴に違いないッ!!!

 

 

サイレンスにそんなことをさせてるのは……ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレサマは部屋を飛び出すと、廊下を練り歩き、ようやく食堂でお目当ての人物を見つけた。のんきにコーヒーなんて飲んでいて、夜も更けていたからか辺りにはほとんど人影が居なかった。

 

「おい、オマエ」

 

やぁ、イフリータ。

 

気さくに手を上げるこいつの態度にイラつきを覚える。オマエのせいで、サイレンスは……!

ドンと対面に座ると、机に足を乗せて腕を組む。目の前のこいつは、カップを机に戻すと、オレサマが何か話すのを待っているようだった。

 

「…………いいか?オレサマは強いッ!!」

 

バンと机を叩いて相手に詰め寄る。

 

「オレサマは“力”を持ってる。だから、気に食わねぇ奴がいたら、すぐにだって消し炭に出来ちまう。瞬きすらせず、一瞬だぜ?」

 

ニヤリと笑って見せると、ゴォっと、あいつの目の前で、手の平に炎を宿して握りつぶす。熱風でわずかに被っていたフードが揺らいだ。

 

「だから……そうなりたくなかったら、オマエはオレサマの言うことを聞け!わかったか!?」

 

そうか。それでイフリータの望みは?

 

「……望み?オレサマの望み…………もちろん、決まってる!サイレンスを……もっと喜ばせろ!だからまず、サイレンスの仕事をもっと減らせ!休みも増やして、それから美味いもの食べさせて……わかったかッ!!?」

 

なるほど。わかった。

 

「でなきゃ……ん?お、おぉ……中々モノワカリがいいじゃねぇか」

 

……反発がなくて、正直、肩透かしを食らった気分だった。てっきり、なんだかんだ言ってくると思ったのに……いや、オレサマの力についビビっちまったのか?ヒヒ。

 

ちなみに、他にどういうことをすると、サイレンスは喜ぶ?

 

「他?他…………」

 

サイレンスはどんな時に、笑ったりする?

 

「…………サイレンスが笑う……?」

 

サイレンスは最近……笑わない。

硬い表情で……いつも同じ顔だ……!?

オレサマと話すときも、叱ったり、不安そうにしていることの方が多くて……

 

「……」

 

サイレンスを笑わせたくないか?

 

「んなの当たり前だろッ!?……オマエ、何か知ってるのか?」

 

こいつはコクリと頷くと、いい方法があると、カップに入っていたコーヒーを飲み干して勢いよく立ち上がった。カップを返却口に返した後、そのまま食堂を出ようとしたので、オレサマもその後に続く。

 

……いや、でも待てよ?

廊下を歩きながら、ハッとする。

 

オレサマが知らないのに、どうしてこいつなんかが知ってる?

 

いや、下らねぇ!

嘘に決まってる!?

どうして気が付かなかったッ!!!

コイツもオレサマを実験台にしようとしてるに決まっている!

ならその前に、コイツのことを今すぐ燃やして……!

 

「ヒッ!!?」

 

一瞬で、背筋が凍った。

今、コイツの影から何かがッ!?

 

どうした、イフリータ。

 

振り返ったコイツは、いつもと変わらない隙だらけの態度である……にも拘わらず、コイツの影には無数の何かが潜んでいるような気がした。いくつもの殺気が、オレサマに纏わりついて、一瞬で心臓を握られて……!?

 

「ほ、ほら、いくぞ?……っチ、わかってるよ」

 

また、“アイツ“が出たのか?それとも……

……わかんねーけど。とりあえず、保留だ。こいつを燃やすのは。

……そういう気分でも、なくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んだよ、ここ。……オマエの執務室?んで、そんなとこに……」

 

やってきたのは、こいつの執務室だった。目の前には、良く燃えそうな本棚とか、バカでかい金庫だとか、普段お目にかかれないものがたくさん目に入ってくる。

……オレサマが消火装置の無い部屋に入ったら……いつの間にか焼け落ちちまうからな。

 

「ここに何が……?うお!?」

 

手渡されたのは、なんだこれ?何かの端末か?

 

「……テレビ……ゲーム?……んでそんなもんオレサマが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いけ!そこだ!!おい!そっち行ったぞ!!!」

 

ボンボンボン!とオレサマたちの攻撃が当たると、敵を爆発音と一緒に撃墜した!!

 

「っし!おい、見たか!オレサマの力を!!」

 

凄いぞ、イフリータ。

そう言われて、悪い気はしない!

初めてやったが、結構簡単じゃんか、コレ!

 

「ハハ、おい!次のステージに……何?今日はもう終わり?」

 

そういって、コイツが親指で時計を指さす。

……いつの間に、こんな時間に……もうすぐ夜が明けちまう。

 

「……一回寝て起きたら飯食ってまた来い?…………わかったわかった。オマエがそこまで言うなら、オレサマの力を貸してやる」

 

欠伸をしながら立ち上がると、それからと付け加える。

 

「ゲームのことは秘密?特にアーミヤとかいう奴には?……へぇ、でも……人にものを頼む態度じゃねぇよなぁ?」

 

そう腕を組んで見下ろすと、コイツの本性を見てやろうと思ったが、頼む、イフリータ。これだけは没収されるわけには……そう手を合わせるこいつが、平気で嘘をつくような白衣の奴らとは、とても同じに思えなくて……

 

「ぷ、クフフ……良いぜ、オマエ……意外と良い奴だからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠いけど、約束を思い出したらすぐに目が覚めた!

 

飯を掻き込むと、走ってあいつの執務室に飛び込んでいく。

すると、あいつはまだ布団の中で眠っているようだったので、ゆすり起こす。

 

「おい起きろ!オレサマが遊んでやる。仕事?眠い?まだ朝早い?……オレサマにあいつの在りかをバラされても良いのか?

……フフ、それで良いんだよ!」

 

その後、一緒に飯を食べたり、また別の遊びをしたりしながら、いつの間にか眠っていた。よくわからないが、あんなにも時間が早く過ぎるのは、絶対におかしいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日が経ち……

 

「何ッ!?今日は勉強!!?……嫌だ!オレサマ帰るぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数カ月が経ち……

 

「よっ、今日も来てやったぜ。何?今日は“オリガミ?”を作る?

……よくわかんねーけど、やらせてみろ」

 

オレサマはコイツの部屋に行った。

 

コイツは、白衣の奴らの親玉だ。

 

だけど、サイレンスと同じで、悪い奴じゃない。

だから、オレサマが遊んでやる。仕方なくだ。

 

「なぁ、ドクター」

 

チマチマと、ドクターが紙を折る様子を真似しながら、声を掛ける。

 

「……オレサマ、もっとこの力を使いこなせるようになる。勉強だって……少しはする。だから……」

 

ポンポンとドクターに頭を撫でられる。

目を細めてそれを受けていると、思い出したのは昔のことだった。

 

サリアやサイレンス、マゼランたちも居ない日に、白衣の奴らがデータが必要だと言って、オレサマに力を使わせた。

オレサマは得意になって、力を使ってたけど、本当は苦しくて、アツクテ、つかレて…………

 

「……ドクター、オレサマが必要か?」

 

当たり前だ、と即答されて、目の奥がジンジンしてきて、変な粒が目の中から湧いてくる。

 

あの時と違う。

 

オレサマは自分の意志で、力を使いたい。

サイレンスも、サリアも、ドクターも……みんなを燃やさせねぇためにも!

 

 

 

 

 

その日、作った“ツル”とかいうオリガミをサイレンスにやったら、サイレンスは、穏やかに口元を緩めて笑った。

 

アイツは、“ドクター”は嘘をつかなかった。

 

ドクターの言う通りにしてただけで、サイレンスはよく笑うようになった。不満があるとすれば、サイレンスの休みが相変わらず増えなかったことだ。けど、最近のサイレンスは働いているときも楽しそうで……オレサマもサイレンスが幸せならそれで良いかと思い始めていた。

 

「イフリータ、最近、笑顔が増えたね」

 

そうサイレンスに言われて、オレサマは思わず自分の顔に触れる。

顔が、力を使ってないのに熱を持ったみたいに赤くなっていた。まだ、力を使いこなせていないのかもしれねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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イフリータさんたちも、随分このロドスに馴染んできたようでした。

昔は近寄りがたかったお二人ですが、今ではサイレンスさんは頼れる仕事仲間ですし、イフリータさんも、オペレーターとして力のコントロールが出来るようになってきました。それに、レッドさんを始めとしたお友達まで作っているようなのです!

 

同じ鉱石病に苦しむものとして、彼女が良い方向に向かっているのが、とても嬉しいです。それに……

 

「彼女たちは、“安全“ですから」

 

この前の龍門で散々な目にあった時のことを思いだします。

仕事を押し付けられて、ドクターたちが帰ってきたと思ったら、以前にもまして積極的になったスワイヤーさんに、どこかドクターとの距離が近くなったチェンさん……

 

十分な“警戒対象”だと思います。

龍門とは、仲良くなれると思っていたのですが……?

 

ドクターの執務室の前に行くと、何やら中から声が聞こえてきます。

 

「ドクター。昨日また、イフリータと遅くまで遊んでいた?」

 

サイレンスさんの声に、ドクターは目を逸らします。あれでは答えを言っているようなものです。

 

「最近、イフリータが夜型になってきてる。生活習慣の改善をしないと……え?私は大丈夫。うん、ありがとう、ドクター」

 

そういって、ドクターに気遣ってもらったのを嬉しそうにしているサイレンスさん……?その会話は、まるで子供の教育方針を話し合う夫婦の様で……あれ?

 

「見てこれ、イフリータが私にって……うん、ちょっとへしゃげてるけど、一生懸命作ったんだってわかる……うん、可愛いね。ふふ」

 

あれれ?

 

「あの……ドクター……改めて、ありがとうございます。イフリータが……彼女が幸せそうで……私……え?私も不自由してないかって……う、ううん、私のことは良いから……うん。あ、ありがとう」

 

……ええっと?

 

「ドクター。書類半分もらうね。……うん、気にしなくていいよ。……好きでやってることだし」

 

……サイレンスさん?

 

「ん?いっぺんに持つと危ない?大丈夫、これくらい……きゃ」

 

ああああッ!!?

後ろから、サイレンスさんを抱きとめるような形で支えるドクターッ!!?

な、なんだかサイレンスさんの頬がほんのり朱色に……

 

「あ、ありがとうドクt」「大丈夫ですか!!サイレンスさん!」

 

バンと部屋に入ってお二人に近づくと、パッとドクターと距離をとって眼鏡を直すサイレンスさん。何だか、その仕草まで色っぽく見えますし、危ないところでした。

 

「平気、じゃあ、ドクター。また……」

 

「…………ふぅ、サイレンスさんが“無事”で良かったです。さ、ドクター。お仕事に……」

 

「あ……そうだ」

 

クルリと振り返ると、ドアのところには書類を持ったサイレンスさんがこちらをみて微笑む。歯を出して笑うその笑顔は、今までのサイレンスさんからは想像できない……!?

 

 

 

「……これからも……私たちをよろしくお願いします。ドクター」

 

 

 

 



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6話

水着です。

 

ハッキリわかりました。

ドクターをメロメロにするには、やはり私も一肌脱ぐしかないということが!

 

そう、最近のドクターは無自覚に人を誑しこみ過ぎなんです。

すっかりドクターに懐いたイフリータさんに、毎朝ドクターを起こしに通い始めた占い師、やたら元カレっぽい雰囲気を出してくる匂わせサルカズ人……ドクターの人気があることは大変喜ばしいことですが、そろそろ……我慢の限界です!

 

「私がドクターの隣に一番相応しいことを証明しなければいけません……!」

 

胸元に引き寄せたのはピンク色のオフショルダービキニ。

この日のために、お小遣いを貯めてサベージさんと一緒に購入したものです。

これを着ていけばきっと、ドクターも……!

ビキニを服の上から体に合わせてクルクルとその場で回って、ポフンと、明日のことを想像してベットへと倒れ込みます。

 

「ドクター。明日はきっと、二人の素敵な思い出が作れますよね……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザザーン……

青い空!白い雲!サンサンと降り注ぐ太陽の日差しに思わず目がくらみます。

気持ちのいい潮風を浴びて、裸足のまま暖かい砂を踏みしめると満ち引きを繰り返す海へと駆けだし……。

 

「ドクター!こっちです!」

 

手を上げてドクターの方へと振り返ると…………?

 

「暑いですわね、ドクター……」

 

ドクターの隣で額に手を当てているのは、美しいプロポーションを惜しげもなく見せつけるレオタード姿のスカイフレアさん……!?

サラサラの髪をなびかせて、物憂い気にふぅと息を吐く姿がとても絵になります……!?

 

「海も良いが、夜にライブに行く体力は残しておくんだぞ、ドクター?」

 

その更に隣には、黒の水着にホットパンツ、健康的な腹筋や太ももに思わず目を奪われてしまうほど軽装なチェンさんの姿まで……!!

というより、いつの間にライブの約束を……!

 

お二人に見とれていた自分の頭を振って、再度自らの身体を見下ろします。

 

「…………!?」

 

そこには……悲しい現実が……い、いえ。まだドクターが、こういった体型が好きだという可能性は捨てきれませんよね。それに、記憶喪失のドクターにそう刷り込ませていけば……!

 

「……ドクt」

 

「おいドクター!そんなところでぼさっと突っ立ってないで、オレサマ達のところへ来いよー!」

 

「イフちゃんがね、お肉焼いてくれてるよー!」

 

そういって大声を張り上げるのは、笑顔でバーベキューをしているイフリータさんやマゼランさんなどのライン生命の方々……。ドクターたちも、美味しそうな海鮮物やお肉の匂いに釣られてフラフラと吸い込まれていきます。

 

「あぁ、ドクター……」

 

行ってしまいました。

折角、ドクターと二人で遊べると思ったのに……そう思いながらも私もイフリータさんたちの元へと向かいます。

 

今日やってきたのは南国の独立都市国家、シエスタ。

いつも殺伐とした戦いに身を投じているドクターやオペレーターの皆さんの心と身体、両方を養ってもらうためのリゾートバカンスです。

 

周りには、スイカ割をしているクオーラさんやアンセルさんたち、砂浜でアイスシャーベットを頬張るペンギン急便の皆さんなど、みなさんとても生き生きとした笑顔を浮かべています。

ドクターの元へと追いつくと、イフリータさんが早速焼けた串焼きを私にもくれて……

 

「こういった日がいつまでも続けば良いですね。ドクター」

 

そうだな。もにゅ、本当にそうだ。

 

お肉を頬張りながらそういうドクター。

 

とはいえ。

 

こういった皆で過ごす日も良いですが……二人きりで過ごす夏も……悪くはないと思いますよ?

 

このシエスタに滞在している限りまだチャンスはあると思うのです。

例えば、明日になれば皆さん遊び疲れて、きっと……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます。ドクター。一緒に朝食にいきませんか?」

 

次の日の朝、昨日はグムさんの屋台の手伝いなどに駆り出されてしまい、一日会えなかったドクターの部屋を訪れます。このホテルには美味しい朝食バイキングが付いているのです。それを、ドクターと二人で……ふふ、ちなみに私のおススメはシェフの方が目の前で作ってくれるふわふわオムレツです!ネギやベーコンなど好きなトッピングをお願いできるのですが、今日は二つほど頂きたいと思っています……?あれ?

 

「ドクター?」

 

ガチャリとドアを開けると……座って紅茶を飲むドクターの隣に、見知らぬ女性が立っていて……!?

 

銀色のボニーテールにときよりピクリと動く耳、水着と見間違うほどの軽装で鍛えぬかれた身体にはいくつかの傷跡が散見されます。そして、その金色の鋭い眼光はドクターを守るようにして私を威圧して……!?

 

「ど、ドクター!……離れて……」

 

ああ、おはようアーミヤ。大丈夫、こっちは……

 

「おはようございます。アーミヤ代表。私はセイロン様のボディガードを務めさせていただいております、シュヴァルツと申します。よろしくお願いします」

 

お手本のような美しいお辞儀をする女性……。

ドクターもこう言っていますし、刺客の方ではなさそうですが……とても近寄りがたい冷たい機械のような表情が少なからず私を緊張させます。

 

「よ、よろしくお願いしますシュヴァルツさん…………えっと、どうしてセイロン様?のボディガードであるあなたが、ドクターの部屋に……?」

 

「はい。今日からドクターの周辺を警護するよう、セイロン様からご指示いただきましたので……」

 

視線でドクターに説明を求めると、

 

彼女たちまとめてウチで引き取ることになった。頼もしい人たちなので期待していてくれ。

 

そう笑いながら言うドクター。私の耳が、ピーンとイキリ立ちます!

 

「ドクター。私はそのような報告を受けていませんよ?」

 

えっと、それは……うん、この後しようと思っていて……。

 

「そうですか……シュヴァルツさん。ドクターには既に優秀なオペレーターの皆さんが近辺を警護しています。ですから、ボディガードなど特にはふy……」

 

そう話をしていると、バァンと扉が開け放たれます。

こ、このタイミングの悪さは……!

 

「ドクター!一緒に朝食を食べに行こうよ!それから、お昼は古城を見に行って……えっと、デートしよ!」

 

アンジェリーナさん!?

私の隣を抜けてドクターへと近寄ると、いつものように腕を組みに……!?

 

「あ。あれ?」

 

アンジェリーナさんの手が空を切ります。

よく見ると、シュヴァルツさんがドクターの前へと躍り出ていて、アンジェリーナさんを制しています!

 

「申し訳ございませんが、ドクターは午前中からアーミヤ代表と打ち合わせが入りましたので……午後からはシルバーアッシュ様との会食があり、それ以降も予定がございますので朝食はご一緒出来るかと思いますが、“デート”はまたの機会にお願いします」

 

「そんな~!」

 

……!!

な、なんと素晴らしい!

アンジェリーナさんの急接近をいともたやすく跳ねのけるシュヴァルツさん。ドクターに近寄った“危機”を見事に防ぎ切ったではないですか!しかも、さり気なく私とドクターの二人きりの時間まで……!!

 

他のドクターの護衛の方々と言えば、二人きりになれば逆にドクターに襲い掛かりそうな方々ばかりですから……

 

この方こそ、私が、ロドスが求めていた人材なのでは……!?

 

「すみません、アーミヤ代表。お話がまだ途中「採用です!」え?」

 

「正式な加入はまだ手続きが必要ですが……ロドスはあなた方を歓迎します!シュヴァルツさん、よろしくお願いします!」

 

「?……はい、お嬢様ともども、よろしくお願いします」

 

私は確信しました、彼女はドクターの護衛にピッタリです!

その後も、朝食を一緒に食べに行きましたが、グラベルさんやスワイヤーさんなど、ドクターに忍び寄る“危険”を悉(ことごと)く退けるシュヴァルツさん……本当に瀟洒で忠実な信頼できる従者なのだと確信しました!

 

彼女が傍に居れば、ドクターの“安全”は保障されたようなものです!

 

その後、ドクターと浜辺でイチャイチャしていたら、変なおじさんにドクターを取られてしまいました……。

 

ドクター、ヘラグさんといい、もしかして、そういうナイスミドルがお好みなんですか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

File6 シュヴァルツ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……本来お嬢様の従者である私が、なぜドクターの警護を任されたのか。

それは、お嬢様の突拍子もない一言によるものです。

 

(シュヴァルツ!あなたはまだ、ほとんどロドスのことを知らないでしょう?ドクターと一緒に居れば、きっと勉強になると思うの!)

 

そう言って、お嬢様はプロヴァンス様などの新しく出来たお友達と出かけてしまい、私は同行を許されなかった……。単純に見れば、厄介払いにも見えますが……。

 

(あなたにも、視野を広げてほしいのよ。シュヴァルツ)

 

「……」

 

「なるほど。それで、好き勝手に暴れてアーミヤに絞られていたと……くくく、相変わらずお前は…………面白い奴だ」

 

ドクターと対面し機嫌よくワイングラスを傾けている男性のコードネームはシルバーアッシュ……あのイェラグ三族議会に名を連ねる大貴族のシルバーアッシュ家の若き当主だ。

現在はカランド貿易という国営企業を運営しているようだが、裏では歯向かうものには容赦をしない冷徹な男だとして有名であった。しかし……今、目の前のこの男は……

 

「どうしたドクター?このワイン……なかなかの上物だ。遠慮はするな」

 

……厳格さが砕け、親しみやすさすら感じる柔和な笑みを浮かべている。

それは、ドクターが気を許した友人であるが故か、或いはその笑顔の下には私には計り知れない本性が隠されているのか……。

私が一人警戒態勢を強めている中、シルバーアッシュはこちらを一瞥もせずにドクターとの談笑を続けていた。

 

「ほう、良い飲みっぷりだ。肴も美味い?……あぁ、それはクーリエとマッターホルンが用意したものだ」

 

噂によると、ロドスとカランドで結んだ条文は明らかに不平等であったが、シルバーアッシュはそれを受け入れ、今もこうして協力関係にあるという。

お嬢様も、そして、これほどの威光を持つ男までもが惹きつけられる何かが、ロドスにはあるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター。次のスケジュールですが……!!」

 

街を歩きながら次の目的地へと向かっていると、周囲から複数の視線を感じる。

一つ……二つ……いや、これはもっと複数の……。

 

シュヴァルツ?

 

「ドクター……何者かに監視されています。ですが、そのまま気にせず歩みを進めてください」

 

わかった。と答えるドクターとスケジュールの話をしながら気配の元を探っていく。

建物の上、看板の後ろ……いや、他の観光客にも紛れて……?

気配を掴もうとすると、たちまちそれは立ち消えてしまう……。

 

「ドクター……かなり手練れのようです。殺気は感じませんが、ずっとこちらの様子を伺っています……」

 

もしや、クローニンの件で解雇された者たちが腹いせに……?

いや、あそこに居たのははごろつきのような者ばかりだった。とても私が気配を見失うような者が居るとは思えない……

もしかしたら、計画失敗の復讐のために、秘密裏に殺し屋を雇っていた?

あの蛇のように執念深い男ならば……やりかねない。

 

「ドクター……申し訳ございません。少し、スケジュールを変更させていただく必要があるようです」

 

わかった。セイロンの信じている、君を信じよう。

 

っ!…………卑怯な人だ。

私ではなく、行動を共にしていたお嬢様を引き合いに出すなど……。

既に、ドクターは私の薄暗い過去については知っているはずだ。

であれば、ドクターの必要としている私はお嬢様のわがままに困り笑いを浮かべる従者ではなく……

 

「……では、まずはそこの路地を曲がって、まっすぐに駆け出してください。いざとなれば……戦闘の覚悟を」

 

殺し屋であったころのような、本来の私だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

想像以上の相手だ!

 

こちらは複雑な路地と、この地に詳しい者でしか入り込めない屋内、時には溢れ返す人ごみの中に紛れて追手を振り払おうとしているが、一向に撒くことが出来ない者が複数いる。

 

不気味なのは、相手はこちらに干渉することなく、ただひたすらに静観を決め込んでいることだ。幾度か、挑発を仕掛けてみたが、いずれも乗ってくることはなかった。

 

相手の目的はなんだ?こちらの隙を伺っている?

……このままでは、ドクターの体力にも限界が来る。

 

「ドクター。ここで……」

 

更に複雑に曲がった路地で、ドクターの手を強く引っ張ると、その体を覆うようにして壁に身体ごと押し付け、気配を殺す。

 

これ以上、追跡を振り切るのは不可能だ。

であれば、ここで誘い込むか、やり過ごすことに期待するしか……。

 

「ドクター?……ああ、すみません。暑いうえに、苦しいかと思いますがもう少し我慢を……」

 

お互いの汗ばんだ身体が密着しているのだ、気持ちがいいものではないだろう。

ドクターの体温を身体の全体で受けながら、呼吸をすると、互いの吐息が混ざり合う……。

 

「ドクター?……ん!あ、あまり動かれると」

 

……!!!

殺気!!!?

 

気付かれた、いや、どうして今頃になってこちらを!?

咄嗟にドクターを抱きかかえてその場を飛びのくと何発か弓矢が壁に刺さっている……。

すると、更に鋭い殺気が身体を貫こうとしているのがわかる……。

 

「く、ドクター。こちらに、あなたの安全が第一ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ~、プラチナ~?あなた、今ドクターごと撃ったわよね~?」

 

「……手が滑った」

 

「危険。警戒された」

 

「そうそう危ないわよ~……それに、何かあったらどうするの?」

 

「イライラしてやった、反省はしてない」

 

「……はぁ、もういいわ。それにしても、すごいわね~私たちの追跡をここまで振り切るなんて」

 

グラベルの後ろに控えていた部隊は既に目標を見失い、追跡の放棄を命じている。

新しいボディガードを迎え入れるということだったので、専門チームで遠巻きに様子を伺っていたが、相手の感覚が予想以上に鋭く気取られてしまったのだ。

 

そこからは先の顛末の通り、こちらとしてはドクターを見失うわけにも行かないために“本気の鬼ごっこ“の始まりである。

こちらから攻撃することは一度もなかったが、要所に挑発するように殺傷能力のあるトラップまで仕込まれていたのだからたまらない。

 

「……撤退する」

 

「そうね、これ以上はシャレにならないわ~」

 

「……」

 

今の一射は、完全に彼女の眠っていた“魔物“を刺激してしまっただろう。

下手をすると、味方同士で理由もなく殺し合いをすることになる。

また、今日一日の行動を見て、彼女が「信頼」はともかく「信用」の出来るボディガードであることは確認できた。

 

「……ドクター」

 

「何をしているの~?もう行くわよ~」

 

「私だって、ドクターと一緒に居れば……あれくらいできる」

 

「そうね~。私ならあそこからベッドの上まで行ってみせるわよ~」

 

「……そ、そういう意味じゃなくて」

 

「うふふ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター。追手は完全に引いたようです」

 

陽が沈み、店の明かりがつき始めたころ、……あの“当てる気のない一射”を最後に、追手はこちらへの監視を完全に諦め、姿を消したようであった。

 

「ドクター。普段からあのような存在に狙われているのですか?」

 

そう尋ねると、ドクターは、まぁ、よくあることだよ。とそう言ってのける。

 

……なんと危うい人だろう。

無防備にもほどがある。

 

「ドクター。もうこの仕事から手を引かれることをお勧めします。先ほど連中が、もし本気で襲って来れば次は私が居ても逃げ切れるかどうか……」

 

いや、そういうわけにはいかない。

 

「なぜそこまでして」

 

そう聞くとドクターは笑った。

 

 

 

 

「―――――――………」

 

 

 

 

「…………それは」

 

それに、自分は一人で戦っているわけではない、例えば……

 

「ドクター……奇遇ね、こんなところで」

 

突然、声を掛けてきたのは黒のケープコートにハット、携えているのは漆黒の大剣……。

 

「ちょ、スカジ!どうしたの、急に走り出して、はぁはぁ……あ、ドクター!」

 

今度現れたのは小柄なクランタ人の少女で、先ほどの発言の通り、急に走ったためか膝に手を突き、息を切らせている。かなりの距離を走ってきたことが窺える。

 

「そうだ。ドクター!今からスカジとピザを食べに行こうって話をしていたの!一緒にいかない?」

 

それは良い、グラニ。今日はちょうど良い運動をしたところだ。

 

ドクターが腰を屈めて少女に目線を合わせて答えると、グラニと呼ばれた少女はやった!とその場で指を鳴らした。

 

「………………あなたも来る?」

 

そう聞かれ、驚いてしまう。

あの“厄災“と呼ばれた彼女からそんな言葉を聞く日が来るとは……。

 

「そうそう、来てよ!食事は大勢で食べた方が美味しいよ!えっと……」

 

「シュヴァルツと申します」

 

「うん、シュヴァルツさん!どうかな?」

 

「私は、ドクターの護衛として付き添っていますので、ドクターが行かれるということであればご一緒したいと思います」

 

「……護衛?」「やった!じゃあ、決定だね!」

 

そう言って、楽しそうに私の背中を押す少女……。

 

ドクター。

 

あなたがどういった人か、私にはまだわかりません。

ですが、ロドスに人が集まってくるのは、その信念が素晴らしいものであるということだけではなく、あなた自身の魅力によるところが大きいのだと思います。

 

それに、先ほど見た“あの目”……あの目が出来る……あなたになら

 

「今から行くお店はマルゲリータピザが有名らしいんだ!それから……アップルパイも!」

 

「……ドクター。その、夜は時間あるかしら?この後、少し海辺を散歩しましょう……?」

 

 

いつの日か、私の内に眠る“魔物”も飼いならせるかもしれません。

 

 

ドクター。私は、アナタのことを護り続けましょう。

セイロン様と同じ夢を……いえ、その更に先を見つめる、あなたのことを……。

 



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7話

『お父様、お母様、どうぞよろしくお願いいたします』

 

少女が笑顔を浮かべてお辞儀をすると、目の前の“両親”は両手を叩いて拍手をした。

 

いや素晴らしい!こんなに小さいのに、何と礼儀正しい良い子なのだろうか!

 

そう言って満足そうに、少女の腕についている“バーコード”を読み取らせると、隣に居たガラの悪い男に金貨を握らせ“買い物”を済ませる老夫婦……。

ほっと、緊張が解かれたのは一瞬で、“母”に突然骨ばった手で痛いほどに手を握られると、その顔は歪んだ笑みを浮かべる……。

 

あなたには、期待をしているのよ?“グラベル“?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寒いわねぇ……」

 

降り注ぐ雪を眺めながら、血だまりの中で思い出したのは幼少期の事だった。

走馬燈と呼ばれるものだろう。

いくつもの出来事が浮かんだと思っては、まるで霞のように消えていく。

 

“両親の助け”もあり、あたしはついにはカジミエーシュにおいて、最も高い身分とされる騎士になることが出来た。騎士階級のランクは4と決して高くはなかったが……騎士であるということそのものがステータスであるこのカジミエーシュにおいては誇るべきことだろう。

 

目が霞んできた。

 

騎士になるのは、決して、綺麗ごとばかりの道ではなかった。

卑しい身分から這い上がってきたのだから、後ろ指をさされた回数など数えることすら面倒なほどで、中には倫理的に問題のあるような任務を行ったこともあった。

 

しかし、それが“グラベル”にとって、生きるということであった。

誰が何と言おうと、それ以外の道はなかったと言えるし、ここまで上手くやってこられた自分を寧ろ褒めてやりたいくらいだ。

 

血に浸かった自らの身体は、次第に寒さを忘れはじめた。

指の先一つ、動かなくなっている。

 

「…………!」

 

ピクリと、何者かの気配に身体が反応すると、続いて微かに、声が聞こえた。

 

ここまでかと……瞼を閉じた。

長いようで、短い人生だったと思う。

残念なことがあったとすれば……自分は一度も人を愛せなかったことだろう。

家族、友人、恋人……愛を与えられたことがなく、果たして、どうして人を愛せようか……?

 

……中々襲ってこない白刃に、痺れを切らして眼を開けると……

あたしの手を握り、温めようとしているフード姿がぼやけて映る。

 

「…………――――?」

 

聞こえてきたのは、自分を心配したような早口で、優しい声音……

 

瞼を閉じると、今度こそあたしの意識は血の底へと沈み去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと、見慣れぬベッドの上であった。

 

流石に体はピクリとも動かなかったが、全身を襲っていた耐えがたい痛みはなくなっている……。

身体を見下ろすと質の良い毛布が掛けられており、随所に包帯やガーゼが……適切な医療処置を受けたらしい……一体誰が?

 

コンコンと扉が叩かれる。

かろうじて動く左腕を伸ばし付近に何か武器になりそうなものがないか探るが、見つけることが出来ないままベッドの縁を握ると扉が開く。

 

……目が覚めたか。

 

「えぇ~おかげさまで……あなたはだぁれ?」

 

そう警戒しなくていい、皆からはドクターと呼ばれている。

 

ドクター……?

そう言ってゆっくりとした足取りでドクターは近くの椅子に腰を下ろすと、手に持っていた器をあたしに見せる。中身は……ミルク粥?

 

まぁ、まずは食べることだ。そうしないと、治るものも治らない。

 

「……そのまえに、いくつか質問しても良いかしら?」

 

粥が冷めるまでなら構わない。

 

「……ふふ、ありがとう」

 

そう笑顔を浮かべながらもじっと、目の前の人物を観察する。

深々と被ったフードに、こびれついた医療薬の匂い、そして、ほんのりと香る……戦場の匂い。

少なくとも、あたしを助けたことも含めてまともな人間でないことは間違いがない。

 

「ドクターさんはどうしてあたしを助けたのかしら~?」

 

命を救うのに理由が要るのか?

 

「え」

 

目を見開いて面食らっていると、はい、と口元までスプーンを近づけられる。

反射的に口を開いてそれを受け入れると、何度か咀嚼をして飲み込んだ。

……甘いような苦いような……食べたことのない味がする……。

 

「……ここはどこ?」

 

ここは自分の宿泊所だ。まぁ、ほとんど使っていなかったがね。

 

そう言うと、再びスプーンに粥を掬って、ふぅふぅと何度か冷ましてから粥をあたしの口元へと近づけられる。黙ってそれを口に含んで、再び飲み込むと相手が次の粥をスプーンに掬う前にすかさず質問を挟む。

 

「ということは、ドクターさんが、あたしの身体をじ~っくりと“視て”くれたのね?ふふふ、照れちゃうわ~」

 

そうだ。数十にも及ぶ矢創に刺創、君の身体はボロボロだった。あと少し遅ければ、手遅れだった。

 

と、そこで、はい、あーん。とスプーンを向けられて、こちらも慌てて口を開く。

……飄々とした態度には自信があったはずなのに、ペースを完全に相手に握られている。

 

「あなたって、変わった人ね……今まで会ったことのないタイプだわ」

 

よく言われるよ。

 

カチャカチャと粥をかき集めたスプーンを再び口へと入れる。

流し込むようにそれを飲み込むと、たったこれだけ動いただけなのに、瞼は重く、そして体は言うことを聞かなくなってきた。

 

目を閉じていると、ドクターは、あたしの毛布をそっと首元まで直して空になったお椀を持ったまま、静かに部屋を出て行った。

 

もはや記憶にはない"誘拐される前の両親"の……後姿が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、忙しい日が多かったために、ベッドの上で寝たきりの生活は存外に退屈であった。

 

窓から眺める空は、曇り空にシンシンと雪が降っていて。

部屋の中にはパチパチと音を立てる暖炉くらいしか物音がしない。

 

ドクターはここにずっといるわけではなかった。いつもどこかに出かけていて、ここへとやって来るときには何度も嗅いだことのある……死の匂いを運んでくる。

 

やることもなく、ぼーっと窓の外を眺めていると、コンコンと扉が叩かれたので、慌てて布団から体を起こして衣服の乱れを整えると、どうぞ~と声をあげる。雪をかぶったドクターが、ぱっぱと衣服とフードについた雪を払いながら中へと入ってくる。

 

「ふふ、おかえりなさ~い」

 

……ただいま。

 

おふざけ半分でそう挨拶をしていたつもりだったのに、今ではドクターが帰ってくるのが待ち遠しくて仕方がない。じっと、ドクターのことを観察していると、何を見ているんだと不思議がられてしまったけれど、自分でも不思議なほどにドクターを見ていると飽きが来ない。

 

?観察を続けているといつもとは少し違った所作がある、ドクターは少し頭の裏を掻くと、あたしの前にやってきてごそごそと懐から包みの入った袋を取り出した。

 

「あらぁ?何かしら?」

 

開けてみてくれ。

 

そう言いながらもドクターは夕食の支度をするために台所へと向かう。

……突然の不意打ちに心臓が高鳴る。言われた通りに包みを開けると、中に入っていたのは1冊の赤い本……表紙も綺麗で……巷で流行りの恋愛小説のようであった。

 

「これは……あたしに?」

 

興味がなければ、読まなくていい。一応人気があるらしいが……

 

「う、あ、い、いいえ!そんなことはないわ……天井のシミも数え飽きていたところだったの」

 

カラカラと笑うと、ドクターは暖かい飲み物の入ったマグカップを持ってあたしの近くに腰を下ろす。そして、そのままその大きな手をあたしのオデコへとくっつける……ひんやりとしていて、気持ちいい。

 

「顔が赤くて熱い?それは……」

 

あなたが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドクターの献身的な介護もあって、何日か経つと次第に身体の傷は癒えていった。ドクターは驚異的な回復力だと驚いていたが、それ以上にあたしも自分の身体に起きた変化に戸惑っていた。

 

確かに、体は丈夫な方だったけれど、ここまで治りが早いなんてことはなかった。もしも、心当たりがあるとすれば、それは……一つしかない。

 

「これで、ドクターとの約束通り一緒に“外出“をしても良いでしょう?」

 

そう言うと、ドクターは困ったような顔をした。

 

 

黙って後をつけるか、ここを出るなりしても良かったのだが、そうしなかったのはここまでしてくれたドクターの厚意に反すると思ったから。

ドクターと出歩く為に、1日でも早く治りたかった。

 

「もう一人で歩けるくらいには回復をしているし、リハビリを兼ねて歩くのは悪くないと思うの。それとも、ドクターは患者との約束を破るようなつれない人なのかしら~?」

 

しかし……

 

と迷っているドクターの目をじーっと見つめる。

きっとあたしの顔も赤くなっているけれど、それでも、おねだりをするようにドクターのことを見つめ続ける。だって、そうすればきっとこの人は……

 

……はぁ、わかった。しかし、決して楽しいものではないぞ?

 

「えぇ、もちろん!」

 

必ず、そう答えてくれるから!

 

ドクターに優しさを注がれて、それは何時しかあたしの中で“信頼”となっていった。そして、もっと信頼し合いたいと、少しづつでも良い、心を通わせていきたい。

 

いつの間にかそんな気持ちが生まれていた。

 

ドクターが昼食にと今日はビーフシチューを出してくれたようだけれど……あたしは、再びドクターの顔を見つめて、今度は口を開いてあ~んと声を出す。

 

「ん~?もう一人で食べられるんじゃないかって?ふふふ、まだまだ腕は上手く動かせないの~。だから……ね?ドクター」

 

そう言うと、ドクターは仕方がないと、シチューをスプーンで掬って、それを冷ましながらあたしに食べさせてくれる……。

 

「うふふ、あ~ん……えぇ、とっても美味しいわ~。本当、今までで一番」

 

……レトルトだ。とそう言いながらも照れている優しい人。

 

こんなに優しくされたのは初めてで……この人といると、時間が経つのを忘れてしまう。

 

嬉しくて、楽しくて、初めて心の底から誰かに甘えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔を隠すと良い。

 

そう言われてドクターのパーカーを被せられる。ドクターの匂いがする、大きなパーカーだった。

 

その匂いを堪能したのも束の間、ドクターについていき宿場を抜けると、慣れた足取りでやってきたのは人通りの少ない貧民街……。

確か、ここには……

 

「あ、ドクターだ!」「ドクター!!」

 

そう言ってねこじゃらしをもったまま近づいてきたのは小さな少年と少女……。

むき出しとなった肘や膝にはっきりと“鉱石”が浮き出ていて……彼らが感染者であることを証明している。そして同時に、彼らのような存在がこのカジミエーシュでどのような生活を強いられるかをこの寂れた貧民街は如実に物語っているようだった。

 

「ドクター。今日は何して遊ぶ!」

 

今日は、他の人を診に行かなければならない。

 

「ちぇー」「……あー!」

 

小石を蹴ってふくれっ面を浮かべたかと思えば、少年たちとにバッチリと顔を見られてしまう。

 

「ドクターが女の人つれてる~!」「だれだれ~!?」

 

彼女はと、ドクターがあたしを紹介をする前に、膝を屈めて二人の耳元に囁いた。

 

「うふふ。初めまして」

 

「「わぁっ!!美人さんだ!!」」

 

二人の子供は顔を見合わせて目をキラキラとさせる。

 

「わかった!ドクターの彼女だ!」

 

「ううん、奥さんかも!」

 

「えぇ!?」

 

私がドクターの彼女!奥さん!?

そ、そう見えるのかしら…?

子供たちはみんなにも知らせなきゃ!と一斉に走り出してしまい、もう止められない。

取り残されたドクターは、目をパチパチとして不思議そうにしている。

 

「ふふふ、困ったことになったわぁ……ねぇ、あなた?」

 

私は顔を真っ赤にしながらそうからかうように、ドクターに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽が沈み、貧民街を後にしてドクターとあたしの二人の影法師が伸びていく。

 

あそこでドクターが行っていたのは、想像していた単なる医療ボランティアではなかった。

 

鉱石病や様々な患者を診察することのほかに、生活の苦しい彼らのためお金を稼ぐのに必要な一意なスキルを身に付けさせ、教養と知恵を授けているようだった。おかげで、彼らは貧しいながらも確かにそこには幸福と希望をみいだしている。本来はカジミエーシュ当局が解決すべき問題……

 

しかし、受け入れられるだけではない。

中にはそれを快く思わずに、拒絶したり、言いがかりをつけたり、時には暴力に物を言わせる人たちもいるという。

 

「どうしてそこまでするのかしら?……彼らは、あなたとは何の関係もないのでしょう?まして、感染者なら……」

 

きっと長くは持たないのに。

そんなあたしの考えを読み取ったかのようにドクターは首を振った。

 

彼らの病気は“治す“ことが出来るよ。

 

「……どうかしら、鉱石病は不治の病……人から人へと感染するって聞くわ~」

 

それは、間違った知識が広まっただけで、“生きた人間”から鉱石病が感染することはない。

 

「……」

 

彼らに必要な治療はもっと根本的な所にある。

 

「それって……」

 

遠くを見つめるドクターの瞳に、クシャクシャと、心の奥が揉まれて熱くなってくる。

 

あぁ……この人はなんと純粋で尊い人なのだろう。

 

遥か先を見据えているのに、その行動原理は私を助けた時と同じ、ただの一つしかない。

単純で、困難で、馬鹿げてる。

 

でも、だからこそ、そんなあなたがこんなにも愛おしい!

もしも、もしもこんな人が”主”であったのならば……あたしは、喜んでこの命を燃やすというのに……。

 

…………向かい側から、不自然な影が夕日の奥で揺らめいていることに気が付いていた。

影は5つ。いずれも血の香りを漂わせている。

 

「……ドクター。ここでお別れみたいね~」

 

取り出したのは隠し持っていた刃の欠けた双剣。

相手は、いずれもカジミエーシュの騎士たちで間違いがないであろう。

歩けるほどに回復したとはいえ、流石に5人もの騎士を相手に今の自分が勝利する自信はない。

利己的で、騎士道も何もない本当に腐りきった組織……けれどせめて、ドクターだけでも……?

 

「ドクター……?」

 

ぐっと肩を引き寄せられると、力強い眼差しでこちらを射抜くドクター。

 

「あたしと一緒に戦う……の?自分の指示に従えば、必ず……勝てる……!」

 

そうだ。と力強く頷く。

それは、初めて見るあなたの新しい一面。ずっと嗅いでいた戦場の匂い。

勝利を確信している頼もしくも、危険な指揮官の眼……

 

あぁ……あなたは何度あたしを喜ばせるのか!

 

その言葉には何も根拠はないけれど

あなたを信じて戦いたいと、全身が震えている。

勝てるのではという希望が鼓舞となって駆け巡り

守り抜きたいと、忘れかけていた騎士の誇りが叫んでいる!

 

「えぇ、なら……我がカジミエーシュ騎士の名において、あなたに……勝利を!」

 

剣を抜くと、ドクターの指示を受けて廃墟へと走り抜ける。

あなたの為であれば、どんなに深い傷を受けようと、この命がある限り何度でも立ち上がってみせる!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ドクターまた……会えるかしら」

 

騎士にも様々な派閥がある。

今回、追手だと思っていた5人のうち、2人はこちらの派閥の騎士であった。

二人の裏切りもあり、ドクターの指示のもと状況を打開することに成功したまでは良かったが……迎えが来た以上、もうこの地にとどまる理由もない。

 

また、ドクター自身もロドスという組織に戻るようで……ここに戻ってくることはないという。

 

……それは二人の長い別れを意味していた。

 

「騎士なら……一緒に居るべきではない……どうして?」

 

君は君の世界で生きるべきだろう。今まで君の“生きてきた努力”を無駄にすることはない。

 

「……」

 

確かに、そうだろう。

騎士という破格の地位を捨ててまで、出来たばかりという怪しい製薬会社に入るなど正気の沙汰ではない。

 

「早くしろ。置いていくぞ、グラベル」

 

後ろで声を荒げる派閥の騎士を無視すると、ドクターのすぐ近くまでやってきて貸してもらったフードを返そうとする……しかし、ドクターは首を振って、

 

君のものだ、風邪を引くなよ。

 

……また、そんなこと!!

 

そんなことを言われたら、あたしは…………

 

「……ねぇドクター……なら、約束をしましょう?」

 

約束?

 

「そうよ。ふふ、次に会うときはね……」

 

トンと更にもう一歩足を進めて顔を上げると、ドクターの顔が文字通り目と鼻の先まで迫っていた。

 

クシャクシャの目でドクターと見つめ合う。

ドクターは、あたしのことを理解しかけていたようだけど、まだ完全には理解していないようだった。

 

確かに、普通に考えれば騎士の地位を捨てることはあり得ない……並大抵の努力ではここまで上り詰められなかったという自負もある。

 

だけど

 

「ドクター。いつか、必ずあなたに会いに行きます。その時は患者ではなく……あなたに仕える1人の騎士として……」

 

驚くドクターを尻目に、ドクターの首へと腕を回す。

 

 

命を懸けてでも守りたい人に出会ってしまった。

 

 

それは虚栄と欺瞞に満ちた騎士の地位なんかよりもよっぽど魅力的で得難いもので……

 

それに例え騎士の地位を捨てたとしても、いままでの"グラベル"の生きてきた価値が無駄になるわけではない。

だって、こうしてあなたに巡り合えたのも……"グラベル"として生きてきたおかげなのだから。

 

だったらあたしはその全てに胸を張って……あなたの剣となり、影となって生きよう!

 

それは、小さなころからの憧れ、騎士に行われる叙任式よりも……もっと美しい愛と忠誠の儀式。

 

つま先立ちをすると、そっとその頬に口づけを落とす。

次に出会うその時には……

 

「ドクター……あなたに……"私"の永遠を捧げる口づけを……」

 

 

 

 

File7 〇〇〇〇

 



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8話

-任務完了-

 

そのアナウンスを聞いて、ドクターの元へと駆けだします。

 

「ドクター!お怪我はありませんか!?」

 

……いや、助かったよ。完璧なアーツだった。

 

そう言ってドクターは私の頭の前に片手を上げました。

こ、これは……私を撫でてくれる時の……!

ドクターの前で目を瞑ると、期待を胸にほんの少し頭を傾けます。

ふふふ、私も頑張りましたから、たまにはご褒美があっても……

 

「あれ?」

 

???

片目を開けてみると、ドクターは私を素通りして……別の方の頭を撫で始めています!?

 

「あ……えへへ、くすぐったいですよ”先輩!”」

 

ッ!!?

もこもこしたワンピースに、クルリとまかれた白い角、焦げ茶色の髪をドクターに撫でられて照れくさそうな笑みを浮かべているは私と同じくらいの背丈の少女……!?

 

素晴らしい活躍だった。これからも期待している。

 

「はい!先輩に褒めていただけるなんて、すごく嬉しいです!」

 

「……あの、ドクター……?」

 

裾をグイグイと引っ張ってドクターのことを呼んでみると、ドクターはこちらを見たにもかかわらず、気にせずに少女の頭を撫で続けます。

 

あぁ、居たのかアーミヤ。

 

「…………え?」

 

くるりと、ドクターがこちらへと向き直ると、今度は彼女の肩を抱き寄せます!?

 

「せ、先輩!?」

 

突然の行動に少女は驚いてはいるものの満更でもなさそうで……。

 

アーミヤ。今まで君には戦場でもオペレーターとして頑張ってもらっていたが、これから術師は彼女とイフリータが居れば十分だ。君は後方支援に徹してくれ。

 

「っ!?そ、そんな……!?ど、ドクター、突然何を言って……!」

 

「……アーミヤ代表もお疲れでしょうし、暫くは先輩と私にお任せください!」

 

胸を叩いてそういう少女を笑いもせず真顔で見返すと、少女は怯えてドクターの腕の後ろに隠れてしまいます。

 

「……どうか、考え直してくださいドクター。私はまだ戦えます……」

 

しかし、君は彼女のように戦場で戦えるのか?

君に出来て、彼女に出来ないことが何か有るのか?

 

「そ、それは……」

 

先ほどの戦場で見せた彼女のアーツ能力は……まるで火山そのもの。

“天災”と呼べるほどの圧倒的な力で戦場を支配していました。それは、私の能力を遥かに凌駕していて……

私が俯いて黙ってしまうと、ドクターの後ろに隠れていた少女はそのまま抱き着き、頬ずりまで始めました!!?

 

「あ……!?」「えへへ~、先輩~」

 

全く、可愛い奴だ……さぁ、一緒に執務室に行って本を読もうか。

 

「はい!もっとご指導をお願いします!先輩!」

 

……あぁ、ドクターと腕を組んだ”彼女”の背中がどんどんと遠のいていきます!

 

「待ってくださいドクター!ドクターが誤った選択をしないことを私は……ドクター!」

 

そう、必死に叫んでいるのに声は届かなくて、

歩き出したいのに、足が金縛りにあったかのようにまるで動きません!!

 

そんなことって、そんなことって……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター!見捨てない……で?……きゃあ!?」

 

ドシンと、衝撃が走ります。

……頭の中が急激に覚醒していくと……目に映るのは静かな自室に、まだ暗いお空。

そして、ベッドから転げ落ちた…………パジャマ姿の自分自身。

 

「ゆ、夢……?」

 

汗だくになり。そっと目元に触れると濡れています……。

冷静に考えれば、ドクターがあんなことを言うはずがありません……なのに、どうしてこんな夢……

ごしごしと目元を拭って、ベッドへとよじ登ると、膝を抱えて再び布団に包まれる。

 

そう、これは悪い夢。

もう一度眠って起きれば、忘れてしまうような些細な事。

 

ですが、あの夢の少女は……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

File8 エイヤフィヤトラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……その後、上手く寝付けないままに朝を迎えました。いえ、朝と呼ぶには些か早すぎますが、太陽は丁度上り始めています。

身体を起こして身だしなみを整えると朝の空気を吸いに甲板へと向かいます。

 

いつもはこのままドクターに会える朝の時間を待ち焦がれていたはずなのに……今日は会えなければ良いのにとすら思えてしまいます。

 

「大丈夫ですよね、ドクター。私のことが必要だと……きっとそう言ってくれますよね……?」

 

垂れた耳を指で立たせながら、自分にそう言い聞かせて廊下を曲がると

 

「……え?」

 

目に飛び込んできたのは手を繋いで、歩くドクターと……

 

 

え、“エイヤフィヤトラ”さんっ!?

 

 

クラリと軽い眩暈を覚えます。

どうして彼女が、こんな時間にドクターと二人で手を繋いで?

 

そんなの、理由は一つしかありません。

ドクターたちが、私たちに言えない秘密の関係だからに違いがありません。

 

そうなると、そのうちに……ドクターは夢で起こったことのような……。

 

泣きそうな気持になっていると、エイヤさんが何かを感知したかのようにこちらを振り向いて、ドクターにも気づかれてしまいます。けれど、今更もう、どうだっていい気分です。

 

「ドクター。二人で手を繋いで何をしているんですか……?」

 

涙を拭って鼻水をすすりながらそう聞くと、

 

おはようアーミヤ。何、エイヤが補聴器をどこかになくしたらしくてね。

 

そう言いました。

 

 

 

 

 

 

…………そうですか。補聴器を失くして一緒に探していただけ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え、これですか、いいえ、心配は……

 

心配する?私をですか?頼りにしてるから、当たり前……ですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふふ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうですよね!!

 

ドクターが大事な私が泣いたりしてたら気になりますよねっ!!

ピコピコと耳が勝手に動いてしまいます。えへへ、そうですよね!ドクター!

 

「エイヤさん、補聴器をお探しでしたね。私も探すのをお手伝いしますよ」

 

エイヤフィヤトラさん、火山学者であり天災研究者。卓越したアーツ適正を持つ単体術師オペレーターの一人で、同時に、原石融合率が極めて高い鉱石病感染者の一人でもあります。

 

感染症状は原石の発現個所の痛みや呼吸の息苦しさ、頭痛などが主とされていますが、彼女の場合は特に聴覚神経への影響が大きく……今私が発言したことも補聴器がないからか上手く聞き取れていないようです。ぼんやりした表情をしていて、困ったような顔をしています。そこへ、ドクターが屈んでエイヤさんに伝えてあげるとぱっと喜びの色を示します。

 

「ありがとうございます!助かります!」

 

「いえいえ、当然ですよ。だって私は、“ドクターの””頼れる””パートナー”ですから!」

 

まぁエイヤさんもお困りの様ですし、一肌脱ぎましょう!

補聴器なんて、すぐに見つかるでしょうし!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「アーミヤさん。とてもご機嫌でしたね。何かいいことがあったのでしょうか」

 

さぁ?と、ジェスチャーをする先輩と手を握りながらロドスの廊下を歩きます。

 

今朝は不思議なことばかりおきています。

何だか怖い夢を見たなと思ったら、いつも枕元に置いていた補聴器と、近くで寝ているはずの母の忘れ形見……黒い羊たち(ちびめーちゃんたち)が居なくなっていたんです。

 

ちびめーちゃんたちが居なくなることはままあれど、補聴器がなくては普通に会話をするのも大変困難です。早速、忘れていそうな場所に探しに出たらすぐそこの壁に気付かず廊下で頭をぶつけて、うずくまって困っているところをちょうど先輩が助けてくれて……。

 

ふふ、今もこうして、私が頭をぶつけないように誘導してくれています。

 

「先輩、ありがとうございます。私のためにこんな……」

 

なに、朝の運動にちょうどいいよ。

 

そう、先輩に耳元で声を出されると、くすぐったいような恥ずかしいような、そんな気持ちになります。

 

でも全然嫌じゃないです!

ドキドキしちゃいますけど、むしろ、この胸の痛みは心地良いというか……

 

「え?えっと、失くしたタイミング……思い当たる場所はないかですか?うーん……」

 

あるとすれば昨日行ったところ……食堂、事務室、製造所、宿舎に先輩の書斎……。

 

「……色々と思い浮かびはするのですが、昨日の時点では全て補聴器をしっかり持っていた気がします」

 

あれ、でも……

 

「……あ、あの、ですが、よくよく思い返してみると自信がなくなってきて……すみません」

 

気にしなくていい。では、何か落とし物が届いていないか総務に確認して、後は虱(しらみ)潰しに候補地を探してみよう。

 

「先輩……!はい!ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして手を繋いで歩いていると、私は両親のことを思い出す。

 

両親は二人とも、自慢の出来る素晴らしい人たちでした。

父はアーツ学部の教授であり研修生の指導教官、母は自然環境と生態系の研究者。

二人は同じ大学で働き、同じ志を持って惹かれ合い、私の両手を握って歩いてくれて……そして……私を置いて……同じ火山調査中に火砕流に巻き込まれて死んでしまった。

 

初めは、ただただ悲しかった。

あまりにショックで、寂しくて、不安で……

学校にいくのもやめてしまって塞ぎ込んでしまった。

 

 

 

 

 

そんなある日の事。

 

こんこんと、扉が叩かれたので、誰だろうとのぞき穴を除いてみると、外には誰も居なくて……不思議に思って扉を開けると。

 

「めぇ~」「めえ」「めぇえ」

 

「え?きゃあ!?」

 

たくさんのもこもこした黒い羊たちが突然家になだれ込んできて、私を部屋へと押し込んだかと思うと、あっという間に取り囲まれてしまいました。

 

「な、なに?」

 

「めぇ」

 

ベロン、と頬を舐められて、めぇめぇと、家の中に羊たちの声が響いて……

私は、わけがわからなくなって、けれど、久しぶりに大笑いした。

これは死ぬ前にお母さんが調査に連れていた羊たちだった。

 

「そっか、まだ、ちびめーちゃんたちが居たんだ!」

 

この子たちは、お母さんが調査の時に連れていたペットである。

私はめーめーと鳴くから、ちびめーちゃんたちと名付けていた……。

 

「めぇ~」「めぇ」「めぇ~~」

 

みんな私のことを、心配してくれてるように鳴いていて……。

私の流れる涙を拭ってくれて、その暖かいから身体でくっついてくれて……

 

「……えへへ、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たくさんのちびめーちゃんたち!

 

取り合いをしながら一緒に朝ご飯を食べる。

野菜もパンもなんでも食べるちびめーちゃんたちに負けじとご飯を詰め込んだ。

洋服を引っ張られるようにして外へと飛び出す。かけっこしたり、かくれんぼしたり……毎日一緒に野原を駆けずり回った。

 

そして、疲れたらそのふわふわの背中を借りてするお昼寝がすごく、気持ち良くて……。

 

 

 

 

私は……ようやく両親の死を受け入れることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し、休憩しようか。

 

そう先輩がメモ帳を使って筆談をするとダクト管の上へと腰を下ろした。

私もそれに習って隣に座る。体力が少ない私にとって、とてもありがたい申し出だ。

 

けれど……先輩に無理に気を使わせているようで……申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

「先輩……あの」

 

そう言えば、この前のシエスタの件で、君が書いた論文を読んだよ。

 

「え!?本当ですか!?」

 

思わず立ち上がると、ドクターは再びサラサラとペンを走らせる。

 

とてもよく書けていて、勉強になったよ。

 

「そ、そんな、先輩に比べれば私になんてまだまだ……」

 

けれど、お世辞でも先輩にそう言ってもらえると……えへへ、嬉しいな。

 

「あの論文のもとになった理論はですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちびめーちゃんたちの次に、私に希望をくれたのは両親の遺した研究だった。

 

二人の部屋を掃除しているときに偶然見つけた、火山調査の研究記録。

 

「えっと……?」

 

初めて読んだときは内容が難しくてわからなかったけれど……。

 

源石鉱脈、天災、そして鉱石病……。

少しずつ読み進めると、そこに書かれているのは新聞やテレビで悪いニュースとして流れている単語ばかりで、両親の資料には、それらが火山と密接に関係していることを証明していた。

 

そして、改めて両親がどんなに危険な研究をしていたかを知る。

 

火山の研究は火山が噴火する前後でのフィールドワークが必要だった。

その期間中は火山地帯に長期的に滞在しなくてはならないし、火山地帯には源石の顆粒を含む煙や溶岩が冷やされる過程で湧き出す源石鉱脈などが多数分布していて……非常に"鉱石病"に感染しやすい環境であったから。

 

二人は、そんな危険を冒しながらも研究を続けていたのだ。

 

 

でも、一体、何のために……?

 

 

気が付くと私は、両親の足跡をなぞるように学府への門戸を叩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おーい、リ……ー!」

 

再びドクターと二人で歩いていると、今度は甲板へとやってくる。

すると、何かが聞こえたような気がして先輩の目線を追う。

走ってこちらへと向かってくるのは赤い影。あれは……人懐っこい笑顔に、そして、ラテラーノの……サンクタ族の特徴である頭の光輪に背中の翼。ペンギン急便のエクシアさんではないでしょうか。

 

「どうし…のさ、……どっ、ま……デ…ト?」

 

……友好的な笑顔を浮かべる彼女が何を言っているか、上手く聞き取ることができません。

先輩も何かを話しているようですが、こちらも聞き取れません。

 

エクシアさんは先輩からの回答に満足そうに大きく2回頷くと、ポンポンと私の肩を叩きます。

 

「ま…あたし…任…てよ!大船に乗っ…気でいてもらっていいよ~!!」

 

そう言って大きな声を出したあと、鼻歌交じりに走っていきます。

……えっと、探してくれるのでしょうか?

颯爽と去ってしまったためにお礼を言いそびえてしまいました。

 

いこうか

 

そう言って、再び先輩が私の手を包み込むようにして握って歩みを再開する。

眼は見えにくくなり、耳も遠くなったけれど、代わりに先輩の体温はとてもよく感じられる。

 

力強くも、暖かくて、私たちを包み込むような……そんな優しい温もり。

 

「先輩は……そうやっていつも私の道を照らしてくれます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の進む道がぱったりと見えなくなってしまった。

 

両親の研究していた内容を、全て調べつくしてしまったのだ。

それに、幾度となく火山へと赴いたのも良くなかった。

少しずつ、私の身体は鉱石病(オリパシー)の病魔に蝕まれ始め、学府からも、鉱石病の研究を進めているとなぜか、圧力をかけられ始めるようになった…………私は、自身の活動に限界を覚え始めていた。

 

 

 

けれど、私は進むことが出来た。

 

 

 

きっかけをくれたのは、とある天災研究の文献だった。

 

書かれている内容は鉱石病の危険性や、実体験を通した感染者たちが無害であることの証明。難しい言葉が使われておらず、少し読む気があれば、小さな子供でも読み進められる内容。

 

けれど、私はその内容を通して、確かに両親の文献と同じ熱意を感じ取っていた。

 

きっと、この人も、両親と同じように……誰かを救う研究をしている。

 

私は、この人の書いた文献を読み漁り、心の中で"先輩"と想い慕うようになっていった。

 

先輩の文の最後には……必ずこう綴られている。

 

 

 

"この世界で苦しむ、全ての人のために"

 

 

それこそがきっと……両親の、そして、私自身の……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宿舎にはなかった」

 

「食堂にも訓練所にもあらへんかったわ~」

 

「うーん、じゃあドクターの執務室とか!?」

 

「テキサスの部屋じゃないかなぁ!」

 

「……」

 

ペンギン急便の皆さんに、ライン生命や、ここ、ロドスの人々……。

起きた人たちが次々と通路を行き来し、気が付くと、とてもたくさんの方たちが私の探し物を探してくれているようでした。

あまり普段お話をしたことがない一般オペレーターの方まで…………思わず、少し泣いてしまいます。

 

「……私、助けられてばかりですね」

 

それだけ、君が愛されている証拠だ。

 

!?……う~っ!!!!!

こらえきれずに、ドクターへと抱き着くと。よしよしと背中をあやすように優しくドクターの手が背中を撫でる……。

 

「……たまに思うんです。ちびめーちゃんたちが突然いなくなるときがあるのは……もう僕たちは居なくていいよね……って、そう、言っているような気がして……」

 

ムースたちや、アーミヤさんたち、そして……いつも先輩が居てくれる……

 

「!居たぞ黒羊たちだ!」

 

「あぁ!先頭のが補聴器を咥えちゃってる~!」

 

遠くの様子が騒がしい。

ちびめーちゃんたちが補聴器と一緒に見つかったのかもしれない。

 

「先輩、私、もっと頑張ります。ですから……たまにでいいのでこうして……私のことを構ってくれますか?」 

 

どんな返事が返ってくるのかなんて、目を開けなくてもすぐにわかった。

 

先輩、私の両親は同じ研究をしていて惹かれあったらしいです。

だから、もしかしたら私と……先輩も……



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9話

誰も居ない厨房に、一人の少女が立ち尽くす。

ピンク色の髪に、青いパーカー、手に持っている大皿には、独特な青と紫の配色が施されたホールケーキ……。

 

 

『ケーキ?……い、いや結構です。今は、お腹がいっぱいですから……はは』

 

『え?…………すみません今ダイエット中なので……』

 

そうですか。では、またの機会に……

 

『……ふぅ、危ない危ない。あんなもの食べさせられたら、一体どうなるか……』

 

『あなたも知ってるでしょ?あの子がなんて呼ばれてるか…………そう』

 

 

“毒物”

 

 

それが少女の通り名であった。

“毒”とは、生物であるならば誰もが恐れ、無意識的に忌避するもの。

本来ならば、天敵や外敵から自らの身を護るために必要な自衛手段であるはずなのに……少女にとっては他者を遠ざける“呪い”に他ならなかった。

 

死んだ目をした少女は歩みを進める……

やがて、生ごみの入ったゴミ箱の前に辿り着くと……

 

ボスっと

 

鈍い音とともに、ごみ袋に吸い込まれていくケーキだったもの。

 

こんなもの、作ったところで……。

"毒物"であるという事実が消えるわけではないのに……。

 

 

少女の視界が滲む。

この"毒"の苦しみに耐えられずに、その場にうずくまってしまう。

痛みはちっとも収まらなくて……持っている毒理学の知識を全て用いても、解毒薬など作り出すこともできなくて……。

 

 

 

 

これは、もういらないのか?

 

 

 

 

?……誰……?

ばっと少女が顔を上げると、目に入ったのは、先ほど捨てた……!?

 

「!な、なにをしているんですのっ!?」

 

何って、勿体ないじゃないか。

 

そう言って、袋の中から手づかみでケーキを拾い上げると……ぱっぱと他のゴミを払ってケーキを頬張り始める……黒いフード姿の人物。

 

いつの間に、そんなところに?

呆気に取られている間も、その人物はケーキをバクバクと食べ進める……。

 

これは美味い!

 

そういって笑顔を浮かべると、更にゴミ袋に右手を伸ばし始めたので、少女は慌てて腕を掴んでそれを止める。

 

「こ、こんなもの、食べてはいけませんわっ!?」

 

……そうか。こんなにも美味しいのに。

 

「お、お腹を壊してしまいますから……」

 

残念だ。と本気で、肩を落として落ち込むその姿を見て……先ほどまで、あんなにも苦しかった毒が、自身の身体から引いていくのを感じた。

いや、むしろ悪化していた。

 

少女の胸の中には激しい感情の嵐が吹き荒れ始める。

 

困惑、感謝、怒り、焦燥、悲しみ、期待……幸福感。

 

突如去来した数多の感情に処理に追い付かず、腕を掴んだまま固まっていた少女であったが、じっとこちらを見つめる視線に気が付いて慌てて手を離す。

 

「ご、ごめんなさい。私なんかが触れてしまい……?」

 

ポンと、ケーキを掴んでいなかった左手が少女の頭の上に乗った……。

 

ご馳走様。とても美味しかったよ。

 

背を向けて、厨房を去っていくと閉まってしまう自動ドア。

少女は触れられた頭に手を乗せると、そのまま閉まったドアを見つめて立ち尽くす。

 

彼女の"毒"の疼きは収まっていた。

代わりに少女の胸の内では花が咲き誇り、止めようのない鐘の音がいつまでも響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

File9 アズリウス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロドスにも、梅雨の季節がやってきました。

 

空はのっぺりとした重たい雲に覆われていて、雨がいつまでも降り続いています。

湿気の籠った暑さがロドスの艦内を支配していて、心なしか耳もしっとりとして垂れています。

 

暑くてジメジメとした嫌な季節ですが、雨には雨の良いところがあります。

窓の外は、小さなコンサートのように縁や甲板に当たって音を鳴らしていますし、排水管を通って流れる水音はどこか心地がよいです。それに、コーラスをするようにドクターも、潰れたヒキガエルのような声を上げていますから。

 

ぐぅ、アーミヤ、そろそろ休憩を……

 

「駄目ですよドクター。まだ、お仕事が片付いていませんよね」

 

ドクターの前には山のように積まれた書類。日頃、お仕事をサボりがちなドクターにとって、雨の日は最適ともいえるお仕事日和なんです。

 

野球で遊びたがるクオーラさんに、デートに連れ出そうとするアンジェリーナさん、山狩りに誘うシルバーアッシュさん等々、雨の日はドクターを妨げる不安要素の多くが排除されているんです!

 

「ですから、ドクターは何も不安に思うことなく事務仕事に集中してください」

 

ニコニコと笑顔が漏れてしまいます。

えへへ、だって少なくとも仕事中は私とドクター、二人きりですから!

 

「……」

 

ばっばっばっと、周囲を見回します。

 

いえ、私もそろそろ学習していますよ?

 

ぱかっとロッカーを開けると、きゃ、えっち~♪なんていって当然のように不法侵入していたグラベルさんを見つけたので摘まみだし、天井裏にいたシラユキさんにお饅頭をちらつかせて退散させ、その隙に堂々とドクターの膝の上に座ろうとしていたスカジさんの背中を押して部屋から追い出して、素早く部屋の鍵を掛けます!

 

……完璧です!

 

パンパンと手を払うと、自らの額の汗を拭いとる。

……まだ影のあたりに誰か居そうな気がしますが、これでドクターと私を邪魔する人は……「あの……」

 

「きゃ!?」

 

「あら、ごめんなさい。ドクターに、差し入れをお持ちしたのですが……お邪魔しても?」

 

青いパーカーから桃色のおさげが2つ垂らりと下がり、透き通った青い目はまるで水晶玉のよう……上品なお辞儀をしたこの女性はアズリウスさんっ!?

毒性の薬剤の扱いに長けた、ロドスの射撃オペレーターの一人ですが……一体、いつの間に部屋の中に……。

 

アズリウスさんの小さな手には、長方形のトレイを持っていて、甘い香りの漂うシナモンティーの入ったポットに銀色の食器、それから……妙に毒々しい緑色のフルーツケーキ……。

 

「こ、これは……」

 

アズリウス!ささ、こっちに来て一緒に休憩にしよう。

 

「あら、私などがご一緒しても……?」

 

当たり前じゃないか。さぁ。

 

「……ふふ、では失礼いたしますわ」

 

「あ、ドクター!まだお仕事が……」

 

見ると、いつの間にか作業机を離れて来客用のソファに腰かけ手招きをするドクター……。

そして、対面が空いているにも関わらず。トレイを机の上に置くとちょこんとドクターの隣をキープしたアズリウスさん……!?

 

「ドクター、今回のケーキは自信作ですのよ?」

 

そう言って、見たことがないほど乙女な表情で上目遣いにドクターを見つめるアズリウスさん!?

 

……ドクター!

アズリウスさんのその穏やかな笑顔に騙されてはいけません!

 

アズリウスさんはこう見えて……危険人物です!

毒物?いえ、そんなことは関係ありません!

だって、手作りケーキを持ってきて、疲労のたまったドクターをお茶に誘って好感度稼ぎなんて…………卑しすぎるじゃないですかッ!

 

「……わー、美味しそうなケーキですね。アズリウスさん」

 

「ふふ、もちろん、アーミヤさんの分もご用意していますからご安心くださいまし……」

 

「ありがとうございます」

 

ポスンと腕を組んで大人しくドクターの対面に腰を下ろします。

良いでしょう。戦いましょう。アズリウスさん。

 

「では、ドクターの分のケーキは私が取ってあげますね。ドクターの好きなフルーツを、私は把握していますから」

 

「なら、私はその間にお茶のご用意を……ドクターのお入れになる砂糖の数を掌握しておりますので」

 

てきぱきと準備をするアズリウスさん……今のところ互角の動き。

ですか……ですが、負けません。

 

どちらが、より高い正妻パワーを持っているか……今日こそ決着を付けますっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーミヤさん……ケルシ―先生に急に呼び出されるなんてついていませんわね」

 

全くだ。と、ドクターは私の淹れたシナモンティーに口を付けて満足そうに頷きます。

アーミヤさん、よほどケーキをお召し上がりになりたかったのか、レッドさんに呼び出されると目が虚ろになって歯を食いしばってとても悔しそうにしていました。少し残しておいてあげないと……。

 

私がケーキを取り置いている間も、ドクターは自身のケーキに手を付け始めます。

一口切り分けたそれを口に運ぶと、幸せそうな顔を見せてくれて……私は、それだけでお腹が満たされたような錯覚を覚えます。

 

「ふふ、お口に合いましたこと?」

 

ああ、とても美味しいよ。流石はアズリウスだ。

 

……えぇ、だって、あなたを想って作ったものですもの。

 

その言葉は、そっと胸の内にしまっておく。

なぜならそんなことを口にして……ドクターとの関係が変わってしまったら……怖いから。

 

もしも、ドクターに拒まれてしまったりすれば……優しいドクターの事、態度こそ変わらないとは思いますが……お互いにどこか気まずくて、まともに顔も合わせられない灰色の日常……想像するだけで息が苦しくなり、吐き気がする。

 

そんな状態で生きるくらいなら、私は、自らの毒を飲んでこの命を絶つでしょう。

 

 

けれど、

或いは、

もしかしたら……?

 

 

ドクターが私を受け入れてくれる可能性も……?

 

 

シナモンティーをスプーンでかき混ぜ、香りを楽しんだ後に口を付けるドクター。

こういった景色が、当たり前になったら……そうなったら……そうなったらどんなに幸せでしょう。

 

恋人のように手を繋いで歩き、二人だけの記念日を作って、朝焼けが来るまで抱きしめ合う……。

 

嬉し過ぎて、秘蔵の毒薬を飲み干してしまうかもしれない!

 

……ふふ、どちらにしろ死んでしまいますのね。

 

アズリウス?

 

「!あら、ごめんなさい。ぼーっとしていましたわ」

 

いや……それより、何かないか?

 

「何かとは……?」

 

アズリウスにはいつも美味しいケーキを作ってもらっているから、何かお返しがしたいのだけれど。

 

「……お返し」

 

そんなもの……もう十分に貰っていますのに。

ですが、せっかくドクターがご厚意で提案してくれるのであれば。

 

「では一つ……私のわがままを聞いていただけないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケルシー先生……」

 

「アーミヤ…………何をそんなに膨れている」

 

ケルシー先生の診察室はいつも薄暗い。

Mon3trがケルシー先生の助手を務めるように器具の設置を終えると、私は言われるまでもなく服をまくり上げ、ケルシー先生は手にした聴診器で私の心臓の音を聞き始めます。

 

「ケーキを食べそこなってしまいました」

 

「今日は定期健診だと伝えてあったはずだが?」

 

「それでも、食べたかったんです。アズリウスさんのケーキを……」

 

「フ……」

 

聴診器を耳から外すとカタカタとパソコンを動かすケルシー先生。

正確にはドクターと一緒に食べることが一番重要なことでしたが、実際、アズリウスさんの焼いてくれるケーキは絶品でとても美味しいです。ふわふわのスポンジに滑らかなクリーム、乗っているフルーツが良いコントラストになっていて……少し配色に難があることを除けば、これほど美味しいスイーツは他にありません。

 

「あれ?ケルシー先生。そこにあるのは……」

 

「…………食べたければ食べると良い」

 

「いえ、それはケルシー先生の頂いたものですから。ですが、ケルシー先生も頂いていたんですね、アズリウスさんのケーキ」

 

机に置かれているのは先ほども見たアズリウスさんのケーキ。改めて見ても、個性的な配色がされています……。初めて食べるのであれば、遠慮したくなってしまうかもしれませんが、もう彼女のケーキの味は知れ渡っていますから。

確か、このケーキが美味しいと知ったのは……

 

「…………最近は少しマシな色になった」

 

「え?そうなんですか?」

 

「腕も上げた……恐らく、食べてほしい人がたくさん居るのだろう」

 

「それは……」

 

「……」

 

カタカタと、キーボードの音だけが響きます。

ケルシー先生との会話が途切れることは珍しくありません。

ですが、いつも難しい顔をしているケルシー先生が……いつもよりほんの少しだけ優しい表情をしているような……そんな気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなもので良かったのか?

 

「えぇ…………嬉しいです。本当に……。大切にいたしますわね、ドクター」

 

やってきたのは町の小さな雑貨屋さんであった。

そこでドクターに買ってもらったのは菓子パンと同じくらいの値段しかしない青いへアゴム……。

早速身に着けてみると、ドクターも、似合っていると忌憚のない言葉をくれる。

 

着飾ることが楽しいと、教えてくれたのはあなただった。

ケーキの作り甲斐を教えてくれたのも、美味しいお茶の淹れ方を教えてくれたのも……全部が全部、あなたがきっかけだった。

 

 

 

 

『彼女のケーキは、とても美味しいよ』

 

 

 

「…………」

 

雨粒が、ドクターと私の間に差した、傘の上で飛び跳ねている。

ドクターは、私が濡れないようにと気を使って雨だれから零れ落ちた滴や風が運んだ飛沫をたくさん肩に浴びていて……

 

「ドクター。あまり私に気を使わないでくださいまし」

 

早なる鼓動を隠したまま、そっと身体を寄せると傘は、ちょうど二人の間に……見上げると、ドクターの優しい顔……。

 

 

私に触れてくれる人。

 

 

私が触れてほしい人。

 

 

 

 

 

私が、触れたいと想う人……

 

 

 

 

 

 

「あら、雨が……」

 

あれほどまでに主張していた雨音は静かになり、気が付くとぱったりと止んだ。

雲の合間からは太陽の光が差し込み始める……。

 

傘を閉じようとしているドクター……。

 

このままでは、終わってしまう。

 

この気持ちが伝えられなくても、せめて、せめて……!

"毒"の疼きを抑え込み、かすれた声を絞り出すと、恐る恐る、ドクターの手に触れる。

 

「あの、ドクター……少しだけ……ほんのもう少しだけ……回り道を致しませんこと?この雨が……降り止むまで……」

 

 

 

 

 

濡れた髪をかき分けて微笑む少女。

雨は……まだ降り続いていた。



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10話

裏切りは重罪です。

 

例え、生み出した傷跡がどんなに小さなものであろうと、そこを穿たれてしまえば亀裂が生じ、いつかは修復不可能なほどに大きな綻びへと変わってしまうのです。

 

 

 

ですから……断罪は徹底的に。

どんなに小さな可能性の芽であっても見過ごすわけにはいきません。

 

 

 

そうですよね……ドクター?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

File10 ブレイズ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ、おかけになってください……ブレイズさん」

 

……私、完全に終わった……!?

 

反射的に尻尾はビンッと警戒態勢を整え、背中からは滝のような冷や汗が噴き出てきている。“ソレ“によって室温も限界知らずに上がっているはずなのに、アーミヤちゃんは汗一つ垂らさずニコニコと対面の席を勧めている……

 

いや、怖すぎでしょ!?

 

とても私よりも年下の少女が出す威圧感じゃない!?

まるで背後に巨大な怪物を背負っているかのような“圧”を放つアーミヤちゃんに身震いが止まらない!

 

今日は事務所でロドスの目標管理面談。

去年設定した目標が達成できたのか、また、今後はどんな目標を持って働くのか決める重要な面談。エリートオペレーターとして卒なくこなしてきた自信があるだけに、怒られるなんてことそうそうないと思うんだけど……。

 

「えっと~、うさぎちゃん?一応確認なんだけど…………どうしてそんなに怒っているの?」

 

「怒る?…………ふふ、おかしなことを言いますね、ブレイズさん。私は別に怒ってなんていませんよ?」

 

……。

 

あ!あれかな?

この前力加減を誤って発電機を壊したこと?

……それとも任務の時に派手に建物をぶった切っちゃったこと!?

……心当たりがいくつか出てきた……ただ、それでも正解がわかりそうにないので、何度か深呼吸をしてから覚悟を決めて席に着く。

アーミヤちゃんは私が座ったのを確認すると、手元の書類を眺めてから笑顔を崩さずに私の方を見た。

 

「さて……ブレイズさん。最近、とても調子が良さそうですね」

 

「え?ん~…………確かに、言われてみれば調子が良いかな?」

 

あれ?

 

もしかして、普通に面談が始まった?

 

……当たり障りのない返事が出たが、調子についてはすこぶる良い!

頭を空っぽにして、戦えるようになったお陰で、体が軽くて頭の中もスッキリしてる。

まぁ、指摘されてようやく気が付く程度のもので、とくに確証があるわけではなかったけど。

 

しかし、目の前のウサギちゃんは私以上に自信を持って首を縦に振る。

 

「以前自らで課題としていた感情的な行動や事務仕事のサボりも減って、エリートオペレーターとして貫禄が出てきたと、みなさんからも報告があがっています。私個人としても、そう思います」

 

「ハハッ、そうなんだ!」

 

な~んだ、もしかしてさっきまでの恐ろしい雰囲気はこうやって私を褒める前振りだったわけ?照れくさいけど、認められるのは素直に嬉しいね!

 

……うん、まだまだ、”彼ら”の背中は遠いけど、少しでも私が近づけたのなら……。

 

「そして。調子が良いときは大抵…………”ドクター”が傍にいるという報告もあがっています」

 

ピタリと照れ隠しに髪を掻いていた手が止まった。

錆びついた動きで顔を上げると、

 

「そうなんですか?……ブレイズさん」

 

アーミヤちゃんは……笑っていなかった。

 

「い、いや、ドクターとは仕事で話す機会が増えただけで……」

 

「そうですよね。部隊長を務めるブレイズさんが、ドクターの傍にいる機会が増えるのは当然のことだと思います」

 

っほ。

 

「……ですが、挨拶がわりに抱き着いたり、暇だからとドクターの背中に飛び乗って胸を押し当てたり、寝ているドクターを部屋に連れこんだりと……不必要な接触が増えているようですが???」

 

「な、ちがっ!?」

 

あまり意識していなかった行動を咎められ、急激に顔が熱くなるのを感じる。

 

「前者はスキンシップの範疇でしょ!?アーミヤちゃんにだってよくやっているし!で!後者はドクターが寝てたから部屋まで運んであげただけ!」

 

「ふーん…………そうですか」

 

……ま、まぁ、確かに最近、ドクターの前で良いところ見せようと張り切っていたのは事実だし、仕事終わりに飲みに行ったりすることが増えたけど……そ、そんなつもりは……。

 

「……そ、そういうアーミヤちゃんこそ、最近はドクターと仲が良いみたいじゃない?」

 

「え!?」

 

「ほら、いつも廊下を一緒に歩いているし、任務でも息がぴったり!以前にもまして、距離が近くなったんじゃないの?」

 

「そ、そんなことはありませんよ!?も、もう~!いきなり何を言い出すんですか!?もう!」

 

テレりテレりと、赤い顔をしながら自らの耳を掴んで顔を隠すアーミヤちゃん。

ほんっと~うにわかりやすい!

 

「ふふふ……。ところでブレイズさんはこの前の特殊任務でも大活躍だったそうですね」

 

「……あぁ!あの時は大変だったよ!大量のドローン兵器に、うじゃうじゃ湧いてくるオリジムシの群れ!暫く夢に出てくるかと思っちゃった!」

 

「あは」

 

口元を抑えて微笑むその顔を見て安堵する。

よかった。すっかりいつもの優しいウサギちゃんだ!

この調子なら、面談なんてすぐに終わっちゃいそう。

 

「でも、無事に切り抜けられたんですよね?」

 

「うん!ドクターの指揮と私たちオペレーターが力をあわせて無事に任務は大成功!それから、”ドクターと二人で遭難する”なんてピンチもあったけど、それだって私たち二人が力をあわせ……れ……ば?」

 

ん?待って、私今なんて!?

慌てて口を紡いだがもう遅かった。

 

「……」

 

再びアーミヤちゃんから笑顔が消えていた!

 

「ドクターと二人で………それから、どうなさったんですか?……どうぞ続けてください泥棒ねk……ブレイズさん」

 

「ご、誤解だって!?別にそっちが考えてるようなことは何もなかったから!」

 

そう、別に、な、なにも…………あれ?あの時って確か、割と……。

 

「顔を赤くしながら言われても説得力がありませんよブレイズさん????」

 

ああ~~!!もうっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなはずじゃなかったのにッ!?」

 

お腹の底から大きな声を出すと、はぁと息を吐いたまま砂の海へと倒れ込む。

 

空には雲一つ流れてなくて、ただただ丸くて大きな太陽が輝いているだけ……そして、不意に影になったかと思えば、見えたのは私のことを心配そうにのぞき込むドクターの顔。

 

「ん?あぁ安心して!ちょっとしたストレス発散だから。だって、こんなに大きな声出せる機会なんて滅多にないでしょ?」

 

バッドガイ号に乗って、任務の帰路についている時だった。

私たちは運悪く雷の吹き荒れるストームに巻き込まれてしまったのだ。

 

車内はひどい揺れで、どこから飛んできたのかわからない巨大な岩がぶつかると、ドアは吹き飛ばされて、風がゴォゴオと船内で吹き荒れ始める。

そして、ひときわ強い突風が起きて一人のオペレーターが懐にしまっていた何かを落としてしまった。

 

すぐに拾おうとして安全ベルトを緩ませたのが悪かった……そのままベルトが外れるとあわや落下しそうになったのだが、それを咄嗟にドクターが庇った。

 

代わりに落ちるような形で。

 

そして、落ちて行ったドクターを追って私も紐なしスカイダイビング……。

ドクターを空中でキャッチしてハリウッド並みのスーパー着地を決めたまでは良かったものの、落ちた先はただただ何もない広いだけの砂漠地帯……。

 

どうせ不時着するならリゾート都市とかが良かったなー。

あの時私は留守番だったし。

 

「……さて、どうしよっか」

 

起き上がって砂を払う。

持っているのは咄嗟に手にした愛機のチェーンソーとケースに入っている少量の水だけ。

 

余裕がなかったとはいえ、せめて野営用のキットくらい持って飛び降りるんだった。

 

すまない。自分のミスだ。

 

「…………まぁそうかもね。ドクター。君は無茶しすぎ」

 

そう言うと、素直に落ち込んでしまうドクター。

 

「……けどね……私は見直したよ!」

 

バシっと背中を叩くとドクターの曲がっていた背筋が伸びる。

あの状況で、私が動くよりも早く行動をとったドクター。結果的に言えば誰かが落ちたという事実は変わらなかったけれど、ドクターが稼いだ数秒のおかげで、私も安全ベルトを外して飛び降りることが出来たのだ。

 

それに、あの状況で自分よりも他人を優先するような君だからこそ、私たちはいつも安心して命を預けられる!

 

「……みんなも無事だと良いけど」

 

きっと大丈夫だ。

 

ドクターと一緒に何もない空を眺めていたが、やがてドクターが歩き出したので、私もそれに続いて歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザクザクと、砂に足を沈めながら砂漠を歩く。

周囲の乾燥した空気に喉は乾き、いい加減に煩わしい太陽の光、砂埃まで舞っていて口の中はじゃりじゃりで……気分はもう最悪だ。

 

私たちは日射を避けながらロドスの皆の救援を待つことにした。方角もろくにわからない場所で、下手に歩きまわるのは危険だというドクターの判断によるものだ。私も特に異論はなかった。

 

通信機も携帯端末も繋がらず、食べ物はドクターのポケットに入っていたパサパサしたクッキーだけ、水は500mlのペットボトルの半分が残っているが、二人で1日と持たないだろう……どれだけ体力の消耗を抑えて助けを待つかが”鍵”になる。

 

それでも、今私が歩いているのは、もしかしたら何か助けになるものがあるかもしれないという僅かな希望からだ。砂の山を登っては降りるを繰り返して、もう9回……。

 

「はぁ~、残念だけど。この辺りには砂しかないね」

 

ドクターが自分のパーカーを屋根にして作った簡易的な避暑地に戻ってくると、陰になっていた地面へと座りこむ。

ドクターは、お疲れ様。と手に持っていた端末でパタパタと私を仰いでくれた。

暑さも限界だったから、風が、汗を冷やしてくれて気持ちがいい。

 

「あぁ~……ロドスの空調が効いた宿舎が恋しい~!」

 

服を引っ張って胸元に風を送り込んでいると、ドクターが私のチェーンソーを手に持っていることに気が付いた

 

「……ねぇ、私の相棒に何をしてるの?……ドクター」

 

もしかして、一人でも食い扶持を減らそうとしているわけじゃないよね?

 

ああ、太陽の光を当てて、パイロットへの目印にしている。

 

「あ!へぇ、なるほどね!」

 

確かに、チェーンソーの胴体が日光をチカチカと反射して、光が中空へと走っている。

空には何かが通るような気配は微塵もないけれど、ドクターは、ドクターに出来ることを頑張ってくれているんだ……少しでも疑いの言葉を掛けようとした自分が恥ずかしい。

 

「…………よ~し!もうちょっと捜索範囲をひろげてこようっと!……え?下手に歩き回らない方が良い?

あのね、私は”身体を動かす”のが仕事!ドクターは“頭を動かす”のが仕事!そういう役割分担でしょ?」

 

少しでも、何か状況が好転するものが見つかれば良いと、私は再び砂の大地へと足を踏み出した。

 

例え、私が力尽きたとしても、せめてドクターだけでも助けてあげたい……!

だって、ドクターは彼らの、ロドスにとっての……希望の星なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜を迎えた。

 

砂漠の夜は、昼とは真逆で、冷たい風が吹く極寒の地だった。

 

容赦のない寒気と暗闇が地表の熱を時間とともにどんどんと奪っていく、あれだけ憎らしかった太陽が今は恋しいほどに……。

 

「ドクター。もう寝ないと明日の日中を越える体力が戻らないよ」

 

そう崩れた壁に腰を下ろしているドクターに声を掛ける。

私たちは幸運なことに、数時間の探索を経てこの廃墟を発見することが出来た。

 

天災が来る前に建造されたものなのだろう。

建物と呼ぶにはあまりにもそれは無骨だった。ただ、壁と屋根があるだけの風化した石の集合体。

ドクターが言うにはこういった建物が歴史的にとても価値があるものらしいけど、今の状況では捻って水の出る蛇口の一つでもついていてほしかったかな。

 

「え?私が頑張ってくれたおかげで夜を越えられそうだって?そ、それはそうだけど……」

 

確かに、壁に屋根もあるこの空間はサソリや毒蛇なんかも出る砂地に比べたら快適そのもの。

 

だというのに!

 

ドクターは昼間と同じように今度は携帯端末を空に向けてチカチカと光らせている。

……わざわざ建物を出て、私たちの助けを呼ぶために。

 

「ドクター、じゃあ、交代で助けを待つのはどう?私が今度はそれ、光らせておくから」

 

いや、ブレイズには昼間がんばってもらったし、いざというときのための体力を残しておいてもらいたい。

 

「いざってときって何時?私からしたら今がその時だよ……!それとも、私が寝かしつけてあげようか?」

 

ポキポキと指を鳴らす。これくらい脅せば、ドクターだって!

って、うわ!?何?これって……ドクターのパーカー?

 

「なら交代するとして今は自分の番だって……あのね、そういうことじゃなくて私はドクターに少しでも休んでほしいから」

 

こちらだって同じだ。ブレイズが休むべきだ。

 

 

ああもう!頑固なんだから……!!

 

 

「………………ぷ、くふふ、アハハッ!」

 

ハハハ!とドクターも笑った。

 

私たち、結構似た者同士みたい。

 

ファサっとパーカーをドクターの肩に引っ掛けると自分もそれにくるまるように、ドクターの隣に腰を下ろす。

 

「見て、ドクター。月が綺麗だね」

 

遮蔽物一つない空は、まるで宝石箱をひっくり返したみたいに星たちが煌めきあっている。

美しくもくっきりと浮かんだ三日月は……幻想的で、残酷だと思った。

 

あっちが、ロドスだ。

 

そうドクターが指を指した先は、砂がどこまでも続く地平線の向こう側。

 

「どうしてわかるの?」

 

星座を見れば、ある程度の方角がわかる。

 

「ふ~ん……じゃあ、あっちの方に歩いていけばロドスに帰れるってわけだね」

 

……。

 

「じょ、冗談だって!?そんな疲れた顔しないでよ、もう」

 

……半分本気だったけどね。

それから、助かったらまず何を食べるか話して、良い機会だったから、いつも暑いのにどうしてパーカーを絶対に脱がないのか聞いてみた。そしたら……驚くような返事が返ってきて……。

 

なんだろう、この感じ……ぽかぽかして懐かしく感じる。

な、なんだかこのままじゃ、泣いちゃいそう……。

 

「ね、お酒はないけど、代わりに最後の水、飲んじゃおっか」

 

大事にとっていた水だけど、話をしているとそろそろ喉が限界だった。

先にドクターに水を勧めると、ドクターは水を口に含んでペットボトルの容器を返してきた。

 

「全部飲んじゃうと思ったのに」

 

そんなことしないって?……うん、知ってるよ。

証拠に、君は口を湿らせる程度しか……。

 

「あ!?」

 

今度はどうした!?

 

「う、ううん!なんでもないよ……」

 

しまった~!?先に飲ませてもらえばよかったかも。

キャップの空いているペットボトルを見つめて口元を拭うドクターを見ていると、体が燃える様に熱くなり始める。

 

…………

……

……ごめんね、アーミヤちゃん……!

 

ぐいっと水を流し込むと、味のわからない水をゆっくりと飲み干した。

カラカラの身体に、水分が染みわたっていく!

 

「美味いかって?そんなこと聞かないでよバカ!」

 

ばしりとドクターの背中を叩く。

……叩いた手は、そのまま、ドクターの身体を掴んで。

私とドクターは、至極当然のように肩を寄せ合って暖を取り…………長い眠りについたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズルルルッ!と、顔より大きなドンブリにちゃぷちゃぷと浸かった細麺を勢いよく啜りあげる!

煮込んだチャーシューのダシが、完璧なタイミングで湯切りされた乾麺が程よい弾力でプツプツと!!

 

ズゾゾ……ッ!!っと、今度はドンブリを持ち上げて縁に唇をつけると、今度は真っ白い熱々のスープを啜る!

熱い食べ物は苦手だけど、啜りながら飲むスープは寧ろ適温で……!

 

「はぁ!美味しい~!!」

 

最高だ!

 

もにゅもにゅと口を動かすドクター。

信じられないよね。ついこの間まで砂漠で餓死しかけた二人でこうして、サラリーマンたちが足を運ぶような立ち食いラーメン屋に居るなんて!?

 

「けど、大変だったんだからね!?怒ったアーミヤちゃんを誤魔化すの!」

 

仕事を抜け出すときも怪しまれてたみたいだし……!

そう強く主張したのに、ドクターは麺を貪るのに夢中みたいだった。

 

「聞いてる?」

 

聞いてるから、ソレ、取ってくれないか?

 

ソレ?ああ、いつものコショウ缶?

しょうがないとばかりに、缶を取ってあげると、ドクターは代わりに私がいつも入れている一味唐辛子が入った赤い瓶を置いてくれた。

 

あの出来事をきっかけに、ドクターとの信頼が確かに強固に結びついた。

戦闘中も、目だけでお互いの考えてることわかるようになっちゃったし、どんなことが有っても、ドクターが私たちを裏切らないと確信をもって戦えるようになった。

 

あと……一緒に寝たりしてたからか、傍にいて臭いを嗅ぐ癖がついちゃったのはまずかった。傍にいるだけ安心してる自分がいて……。

 

「あ~……こういうこと続けてるのってあまりよくないのかな?」

 

こういうこと?

 

「……変に勘違いされちゃうってこと!ドクターだって困るでしょ!」

 

特には?自分たちは”仲良し”なんだし構わないじゃないか。

 

……そういうことさらっというかな。

…………もしも、私が本気にしちゃったらどうするの?

 

 

「キャーー!?」

 

 

!?突然、絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえてくる。

私たちは目だけ合わせると、ラーメンを一気に頬張ってお金をカウンターに叩き置くと、風のない夏の夜空の街へと駆けだした!

 

例えこの悲鳴の先で、どんな厄介ごとや事件が待っていようと、私たち……”ロドスのベストコンビ”ならきっとだいじょーぶ!

 

そうでしょ?ドクター!

 

 

 



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11話

ひとーつ!足を止める。

 

 

「うおッ!?……な、なんだ!?パンクか!?」

 

「おいおい、冗談だろ。たしか、替えのタイヤが……」

 

 

ふたーつ!装甲を砕く。

 

 

「いや、違うぞこれは……!おい、お前たちすぐに車をッ……!」

 

「ぎゃッ!!」

 

「ガフッ!!」

 

 

みっつ……

 

 

「くそ!待ち伏せか!!…………!いた!窓の外に……うがっ!」

 

「お、おい!っち、窓の外だって?……!少なくとも、見えてる範囲にはそんなやつは……ま、まさかあの豆粒みたいな……そんなはずは」

 

ビィン!と白銀の矢は風に乗り、車からわずかに顔を覗かせた兵士の仮面を貫いた。

二つに割れた仮面の間から白い眼を剥いた顔が露になると同時にがくりと項垂れ卒倒する。

 

 

 

 

「……チェックメイト」

 

目を閉じて息をつくと、可変式の黒弓を膝で叩いて元に戻し、風でなびいた長い白髪を手の甲で軽く整えて立ち上がる少女……。

 

「すげぇ、流石はプラチナさんだ!視界が悪くて風も強いっていうのに、あれだけの距離を正確に射抜くなんて……」

 

「カジミエーシュ騎士の名は伊達じゃないってことか……ただ、俺は頼もしいと感じると同時に……怖いな」

 

「え?」

 

「……そこ、何してるの。さっさとあの伸びてる奴らと物資、回収してきて」

 

「は、はい!了解しました!…………恐ろしいって、プラチナさんの何が」

 

「いや……俺も噂で聞いただけなんだが、彼女は騎士の中でも元々暗殺部隊出身らしい。だから、今は味方かもしれないが、もしかすると時期を見て裏切る可能性だって……」

 

「……それは大丈夫じゃね?」

 

「……どうしてそう言い切れるんだ?俺達ロドスと協力しているのだって、一時的なものかもしれないのに」

 

「決まってるだろそれは。プラチナさんが……」

 

空を見上げたまま無表情に大きく欠伸をする少女であったが、クランタ族独特の白い尻尾は右へ左へ、ご機嫌に揺れる。

彼女の頭の中にはいつも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

File11 プラチナ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窓から差し込む夕焼けが、ロドスの広い廊下を赤く染め上げます。

最近は暑さのピークも過ぎて、少しずつ日が傾くのが早くなってきています。夏の終わりが近づいてきている証拠なのかもしれません。

 

この夏、それはもう大変でした……

 

ブレイズさんはドクターのことをただの仕事仲間だと……そう言っていましたが、ドクターと二人で飲みに行ったり、楽しそうにトレーニングしたりしている姿が度々目撃されています。おまけに、なんだか妙に甘酸っぱい雰囲気が流れていることが有ることも……。

 

他にもこの前やってきたヴィクトリア出身のリードさんが“診察をするならドクターじゃないと嫌だ事件“というものを引き起こしました。

 

ドクターにつきっきりで診察してもらえる。それは、とんでもない権利です。

スカジさんやシルバーアッシュさんなどもドクター以外の診察を拒否し始めて……一時はどうなることかと思いましたが、何とか極力ドクターに診てもらうというという形で何とか落ち着きました。

 

このように、オペレーターの皆さんのドクターへの信頼は日増しに厚くなる一方です。

 

それはとても喜ばしいことだと思うのですが……皆さん、ちょっと盲目的過ぎだと思うんです。

私のように、一歩引いたパートナーとしての余裕を持ってほしいですね。

 

しかし、余裕を持ちすぎて、カメとのレースでゴール前で眠ってしまうウサギになるわけにも……。

 

「……大丈夫。大丈夫です。まだ慌てるような時間ではありませんから……」

 

何度か大きな呼吸を繰り返してから、両手を胸の前でグっと構えて気持ちを引き締めます。

 

 

私は、ゴールするそのときまで全速力を出すと、そう決めています。

 

そういう意味では、今日は特別ついています。

エリートオペレーターの皆さんはケルシ―先生の特別任務で長期の出張に出ていますし、他のオペレーターの方々も大多数がお盆休みで実家に帰省しています。この間に、みなさんが入り込めないほどに私とドクターの仲を深めておけば……!

 

ふふ……時刻は既に夕方ですが、ドクターにはまだたくさんデスクワークが溜まっています。私はそのお手伝いしつつ、ドクターが休みたそうにしているときに、そっとこの膝を差し出すんです……おつかれのドクターに安心感を与えて……そして甘えたように抱き着いてきたドクターとそのまま……!!

 

「……えへ。ドクター。お疲れ様です。アフターファイブからもお仕事がんばりま……しょう?」

 

お疲れ様。アーミヤ。

 

……ど、ドクターッ!??

扉を開けると、そこにはトントンと書類をまとめて椅子から立ち上がり、大きく伸びをするドクターの姿が!?

この仕草をしているということは……

 

「ドクター?まさかもうお仕事が終わったんですか!?」

 

あぁ。ちょっと無理をしたが、何とか終わったよ。

 

コキコキと肩を鳴らして腕を回すドクター。

私は、未だに信じられなくて終わっている書類に全て目を通してみます……が、どれもきちんと処理されていて手を抜いた様子はありません。

 

「すごいです!ドクター!今日の分のお仕事が本当に全部終わっています!」

 

ああ。じゃあ、今日の仕事は終わりで。そろそろここを出ないと……。

 

「はい!お疲れ様で…………え、ちょっと待ってください。今からどこかへ出かけるんですか?」

 

もうほとんど夜のようなもの、出かけるにしては少々遅すぎるような気がします。

それに、ドクターがこんな時間に一人で出かけるとは思えませんが……。

 

言ってなかっただろうか?……実は今日「ドクター!お仕事終わったー!?」

 

バン!と、豪快に扉を開けて部屋に飛び込んできたのはアンジェリーナさん!?

っということは、ま、まさか……

 

「あ!」

 

アンジェリーナさんの服装がいつもと違います!

赤い金魚のあしらわれた白い反物に、腰回りには大きな赤い帯が後ろで結ばれていて、ヘアゴムで止めた髪を前に一つにまとめて垂らしているその姿は……いつも明るいアンジェリーナさんに女性らしい落ち着いた印象を加えています。

 

「アーミヤちゃん!どうかな?似合う?」

 

「は、はい。とてもよくお似合いです。えっと、それは……」

 

「ありがとう。これはね”浴衣”っていう極東の着物だよ!お母さんのお古なんだけど、綺麗でしょ~」

 

アンジェリーナさんがその場でふわりと一回転すると、ひらひらして涼しそうなだけでなく、細部まで模様が縫い込まれていて本当に美しい服です。

 

とてもよく似合っている。可愛いよアンジェリーナ。

 

「か、かわ!?……う、うん!ありがとぅ……ドクター」

 

……もじもじと恥ずかしそうに顔を赤くするアンジェリーナさん。

あれれ~……おかしいですね~。私の時と反応が違いすぎませんか~?

……こ、こうなったらドクターに今から大量のお仕事を用意してお二人のデートのじゃm「そうだ!」

 

「浴衣、アーミヤちゃんも着てみない?ちょうど着付けをやってくれる呉服店があるの。折角、”お祭り”に行くなら精一杯おめかししていこうよ~!」

 

「え?……わ、私がですか!?……あの、でも、お二人でどこかに出かけるんじゃ?」

 

え?とドクターたちの頭に疑問符が浮かびます。

 

「……ドクター。アーミヤちゃんに説明してないの?はぁ~しょうがないなぁ。

えっとね、今日は縁日っていう極東のお祭りがあるから、アーミヤちゃんも誘って一緒に行こうって、ドクターとそういう話になって」

 

おずおずとドクターの方を見ると、ドクターは頭を掻いてすまない、既に誘ったものとばかり……と、申し訳なさそうに頭を下げています。つ、つまり、ドクターは私とお祭りに行くのが楽しみでお仕事をあんなに頑張って……?それに、もしもアンジェリーナさんのような衣装を着れば、私もドクターに……

 

私は……私の耳がピコピコと動きだします!

 

「アンジェリーナさん!わ、私もその“浴衣“を着て見たいです!」

 

「……ふふ、オッケ~!そうと決まったら、さぁ二人とも急いだ急いだ!他のみんなはもう現地で待ってるんだから!」

 

「はい!……え?他のみんなって……アンジェリーナさん!!?」

 

アンジェリーナさんは私とドクター、二人の手を掴むと、開いた窓の縁に足をかけて、そのまま赤い空へと大きく跳びだしました!!?

 

沈みかけた夕日が、私たち3人の影を一直線に伸ばして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぁ~…………あ~、ドクター、遅いな。

 

暗闇の広がる神社の参道。

石畳みの並んだ道には、色とりどりの提灯に火が灯っている。

活発な屋台の客引きと、楽しそうな人々の声、美味しそうな匂いが並んだ屋台から夜風に乗せて運ばれてくる……。

 

ここ龍門で開かれているのは、“縁日”いう極東のお祭りだ。

一件、なぜと思うかもしれないが、ウェイ長官の奥方、極東出身のフミヅキが主催者らしく、店員たちは裏がありそうな強面の鬼や荒くれものが多いのもあって何となく事情も見えてくる。まぁ、私には関係ないけど……。

 

ぐ~……

 

「あ!今何か聞こえたよ!?」

 

「バカ、それはお前の腹の音だ!?」

 

キュルルル……

 

「また聞こえた!!」

 

「……今度は、オレサマの腹の音だ……」

 

隣で縁石に座ったまま足をブラブラさせているのは、青い甚平姿のイフリータ―と最近ドクターが拾ってきたという「ケオベ」とかいうペッローのオペレーター。

二人の精神年齢はほとんど同じらしく、目の前で大人たちが美味しそうに何かを口にしているのを見るたびに二人は涎を垂らしてツバを飲み込み、子供たちが面白そうなおもちゃ……水ヨーヨーや光るリングで遊んでいるのを見かけるたびに口を半開きにしたまま目を輝かせている。

 

「なぁサイレンス!ドクターはまだか!?」

 

「後もう少し、だと思うけど……」

 

緑色の落ち着いた色をした浴衣の裾を引っ張られて、改めて手首の時計を眺めるサイレンスさんに

 

「ヴァルカンお姉ちゃん、おいらもあれ!あれ欲しい~!」

 

「…………ドクターが来たら、見に行こう」

 

「うん!やった~!!」

 

困ったように苦笑する黒い浴衣のヴァルカンさん。

私は頬杖をついたままその様子を眺めて、はぁと深いため息をつく。

 

“プラチナ、暇なら一緒にお祭りに行かないか。”

 

……なんてこっちが勘違いしちゃうような誘い方されてホイホイついてきた私も馬鹿だったけどさ……これじゃ子守とそう変わらないじゃん。

折角、私も”浴衣”を着てみたのに…………一番見せたい相手が居ないんじゃ……意味ないよ。

 

「……あ!ドクターの臭いがする~!」「本当か!?どこだ!?」

 

ピクリと耳が反応する。

おーいと、手を振りながら人混みの中から走ってきた少女二人とフラフラした大きな黒い影。

 

「ドクター来た!ドクタ~!!」

 

「遅いぞドクター!それにお前たちも!!

 

「ごめんね!ちょっと寄り道してて……」

 

「みなさん、大変お待たせしました!」

 

すまない。遅くなった。

 

ドクターはいつも通りロドスの黒いパーカー姿で……隣に居るアーミヤが普段あまり見ない水色の浴衣を着ているところを見るに、彼女の着付けのために寄り道していたというところかな。

……文句の一つでも言ってやりたかったけど……う~ん、これは流石に言えないなぁ。

 

「ヒヒ……まぁ許してやるよ。なんたって、今日はオレサマ、すこぶる機嫌が良いからな!さっさと行こーぜ!ドクター!」

 

「ドクター早く~!早く行こ~!」

 

ドクター。子供に人気あるんだよね。

この調子じゃ二人の時間なんて…………あれ?

ドクター……こっちに来てる?

 

プラチナも、お待たせ。今日は来てくれてありがとう。

 

「あぁ…………うん……それだけ?」

 

わざわざ催促するなんて、らしくないけど……でもこうでも言わないとこの朴念仁は気が付かないのだから仕方がない。

結い上げたポニーテールに手を触れて、白い浴衣の袖元を持ったままアピールすると、ドクターは何度か頷いて、

 

似合っている。

 

と簡単な言葉をくれた。

……まぁ、それは嬉しいけど、そんなのきっと誰にでも……

 

いつも以上に綺麗だ。プラチナ。

 

~~~ッ!!??

 

「おい!みんな揃ったならさっさと行くぞ!あっちの良い感じの屋台がオレサマを呼んで……って、あん?なに顔赤くして突っ立ってんだ!置いてくぞッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違う。

 

あ~。今のは違う。卑怯すぎ……。

 

「ドクター!見て!あそこすごい!あ、見てみて!あっちもすご、ふあぁぁぁッ!!?

あっちも!あれなにドクター!?」

 

「ケオベさん!そんなにドクターの腕を引っ張ると千切れてしまいま……ケオベさん!?む、胸を押しつけすぎです!」

 

……ちょっと不意打ちを食らっただけ。

なのに、どうして私こんな……あ~。ムカつく。

 

「イフリータ、また口についてる」

 

「もぐもぐ……んん!ん!」

 

「なに?」

 

「サイレンス!楽しいな!!お祭りって!」

 

「…………うん」

 

そもそも、不公平なんだよね。

 

私だけこんなに……で、私の頭の中をいっつも占拠してて、心臓まで破裂しそうなのに。向こうは涼しい顔しちゃって。

……よし、決めた。今日は絶対ドクターの慌てた顔をみてやろう……ん?

 

「あいつら…………感染者……邪魔……ね」

 

行列の向こう側で、僅かに殺気を感じて気配を辿る。

皆の話し声や周りのお客の声を遮断し、耳の神経を集中させると、ぼそぼそと話をする男たちの声が聞こえてくる。

 

「……あいつらみてーな感染者が、どうしてこんなところに居るんだぁ?ヒック」

 

「本当……せっかくの祭りだってのに酒がまずくなるぜ。……よぉ、なら、こういうのはどうだ?あの嬢ちゃんたちにワザとぶつかって、酒を自分の服に零すんだよ。それで難癖付けてよ……」

 

「うわ~悪の、天才!ひっく!面白そうじゃねぇか、へへへ」

 

……はぁ~、心底くだらない連中だ。

馬に蹴られて死ねばいいのに。

 

プラチナ?

 

「んんッ!?」

 

囁くように聞こえる優しい声が、集中していた耳元に吐息ごと直撃する。

私が変な声を出して、腰砕けになったのを見て、皆の目線も集中する。

 

とりあえずドクターを一発叩いておいて、何でもないからと、みんなにも声を張り上げる。

 

はぁはぁ、今の~~ッ!!

よし、決めた、さっきの奴ら全員”殺ろう”。

 

みんなが別のことに集中し始めた隙を見つけて、気配を消しながら列から外れると、私は悪だくみをしていた男たちの方へと足音を殺しながら流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んじゃま、さっそくあの気弱そうな眼鏡辺りを狙ってみるか……」

 

「くくく、よく見りゃ結構いい顔してるし、遊んだ後売り飛ばしちまうってのも……」

 

……反吐が出るほどくだらない連中。

どうせこいつら弱いんだ。みんなまとめて……?

先客……私が出て行こうとしたその前に、誰かがその物騒な男の前へと立ちはだかった。

あの灰色の長髪は……

 

「失礼、少し良いだろうか?」

 

「あ~ん?なんだ~姉ちゃん。ひっく、逆ナンかぁ?」

 

「ぎゃは、無理もねぇよ。俺はこう見えても、”極東の種馬”と女たちを震えさせて……」

 

 

「……害虫が」

 

 

「「へ?うわらば!!」」

 

あ~あ。死なないと良いけど。いや、やっぱり死んでいいや。

私が踵を返して反対側に歩き始めると、すぐに背後で歓声が上がった。

野次馬が集まりぐるりと喧嘩が始まったところを取り囲むと、あるものは賭けを始め、あるものは喧嘩を肴に酒を飲み始める。

 

「やっぱり極東の祭りはこうでないとな!」

 

「あの姉ちゃん、つえーぞ!?」

 

「おいおい、男の方も根性見せろ~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、ドクター?」

 

皆のグループから離れた後も、私は私なりにその辺を散策していると息を切らしているドクターに腕を掴まれる……。

 

プラチナ。急にいなくなるから心配した。

 

「ああ…………ごめん」

 

見つかって良かった

 

そう言うドクターはどうやら一人で私のことを連れ戻しに来てくれたらしい。

ふ~ん、わざわざ私を探しに……。

 

端末を使ってアーミヤ達と合流しようとしているドクター、けれどこちらとしてはこんなチャンスをみすみす逃すつもりはない。

ドクターの端末をひょいと奪い取ると、ドクターはポカンと間抜けな顔をする。

 

「何でって……そんなことわざわざ聞いてくるなんて、相変わらず乙女心のわからない人だね……」

 

……他の良い子ちゃんたちがどういう手段を取ってるかは知らないけど、私は……

 

狙った獲物は逃がさない。

 

赤みがかった顔で挑発的な笑みを浮かべると、ドクターの腕に自らの腕を絡めて、ついでに、尻尾が勝手にドクターの腰に巻きつく。

 

「ねぇ、あそこの射的で勝負しようよ。……そうだね、負けた方が言うこと"なんでも聞く"っていうのはどう?それとも尻尾を巻いて逃げる?

……可愛いドクターさん」

 



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12話

「え!?知らなかった?」

 

私がまずいなと気づいたのは、酒瓶の中身がほとんど無くなりかけた時だった。

訓練終わりにドクターと居酒屋で飲んでいると、たまたまそれはドクターの秘書の話になった。

 

秘書についてはケルシ―先生からもオペレーターの中から誰かが、”ドクターの指名制”で選ばれることを予め聞いていた。

だから、当然ドクターも自分の意志で秘書を選んでいると。

つまりは、”アーミヤちゃんを秘書”に選んでいるのはドクターなんだと、そう思い込んでいた。

 

「えっと、初めに説明を受けたりしなかったの?ほら、記憶を無くしてたわけだし」

 

顎に手を当てて黙り込むドクター。つまり、アーミヤちゃんはドクターに説明をしていなかった……?

だ、だとすると……!?

私の背中に嫌な汗が一筋伝って落ちる。

 

「あのさ、一応確認しておくけど。秘書をアーミヤちゃんから変えようだなんて……思ってないよね?」

 

もちろん、検討している。アーミヤにばかりそんな役目(貧乏くじ)をさせるわけにはいかない。

 

ブレイズなら誰を秘書にするのが良いと思う?と、私の杯にトクトクとお酒を注ぎながら、とても純粋な顔で相談を持ち掛けてくるドクター。私はそれを受け取りながらも、お酒の酔いも醒めきっていて、いよいよ肝まで冷え始めていた。

 

「……いままで通りアーミヤちゃんでいいと思うよ。うん、下手に変えると他のオペレーターも困っちゃうだろうし」

 

主に私のメンタルが。

私の言葉を聞いて、そういうものだろうか?と首を傾げるドクターに、そういうもの!と、今度は私がドクターの杯にお酒を注いでから、小鉢に入った味の染みた大根の煮つけを箸で口の中に放って、ぐしゅぐしゅと流し込む。それからお酒の杯をあおると、いくらか酔い心地も戻ってきた。

 

「あ~!これ、たまんないよドクター!!……ね、だからさ。この話は聞かなかったことにして……」

 

ああ、じゃあ、ブレイズ。君に秘書を頼めないだろうか。ブレイズなら安心して任せられる。

 

「ぶっ!?けほ!けほ!……ば、馬鹿じゃないの!?」

 

体中にアルコールが駆け巡って、耳と尻尾と一緒に一瞬で体温が跳ね上がったようだった。

なんだかんだドクターは秘書を交代する意思を固めたらしく、私は熱が収まらないままに、冷静な部分では既に身の安全のためにも長期出張の任務に出ることを心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秘書の交代……ですか」

 

そうドクターが申し出たとき、私はとても落ち着いていました。

何時かこういった日が来ることを予想していたというのもあります。その時のことをいくつか脳内シミュレートしていた成果でしょう。

適当な理由で却下を申し出ようかと思いましたが、ドクターは予め秘書交代についての規定文章まで見つけていたようで、流石にそうなると一蹴するわけにも行きません。ドクターにアドバイスしてくれたどこかの誰かには”お話”をしないといけませんね……。

 

どうして突然そんなことを言うのですか?

 

と、問いただしい気持ちをぐっと飲み込むと。笑顔を作ってドクターに問いかけます。

 

「ドクター?ちなみにどなたを新しい秘書になさるおつもりですか?」

 

……アーミヤは誰が良いと思う?ですか?

どうやら、誰を秘書にするかは決まっていないようですね。

 

「……私なら、特に今の生活に不自由を感じているわけではありませんから。ドクターの秘書を続けることに何ら問題はありませんよ?」

 

しかし、アーミヤにばかり、こんな損な役回りをさせるわけには行かないじゃないかって……?

ふふ、それはドクターの気持ちは嬉しいですが。私は寧ろ好きで……と、そこでピンと私の耳が立ちました!

 

「でしたら、こうされてはいかがですか?これからドクターの秘書候補をオペレーター中から複数人お選びしますので、その中で一番ドクターが気に入った方を長期で秘書に指名するというのは?」

 

ニコニコとそう提案する裏側には、秘書の座をそのまま奪われるのではという不安な気持ちと、コレについては絶対に他のオペレーターに負けるはずがないという自信の両方を持ち合わせていました。

 

例え、初めはもの珍しさで別のオペレーターを秘書に選ぼうとも……ドクターは、最後には必ず私の元へと戻ってくる。

 

……そして!

 

やはり、秘書はアーミヤしかいない!

アーミヤさんには敵わなかったッ!!

流石はロドスのC・E・Oッ!!!

 

……と、晴れて、私は万年秘書。

しかも、周り回って、ドクターのお嫁さんになるということも……!?

 

ドクターも私の意見に賛成してくれたのか、そうしようと、手を打った。

 

「では早速式場の手配……もとい、秘書の候補を何人か見繕ってきますね」

 

立候補で集めたらとんでもないメンバーが集まってそのままドクターと夜の演習作戦にもつれ込むかもしれませんから、ここは慎重に選びませんと。えーと、ケオベさんとカーディさんとそれからイフリータさん辺りにでも……と、そう指を折って考えていると、コンコンとノックの音が響いてくる。ドクターが返事をすると、失礼します。と若くも落ち着いた声音が聞こえてくる……この声は

 

「失礼致しますわ。ドクター。それからアーミヤさん」

 

「ナタ……ロサさん?こんにちは、本日はどういたしましたか?」

 

入ってきたのは白いブロンドの髪をなびかせる、赤と青の対照的なオッドアイを持った品格の高い女性……ロサさん。

あの、ウルサス自治団のメンバーの一人です。

 

「ごめんなさい。先ほどの話、実は聞こえてしまって……」

 

「あぁ……大丈夫ですよ。先ほどの話は、いずれロドス艦内にもすぐに広まることでしょうから」

 

人の口に戸は立てられないと、ドクターもそう言ってフォローをすると、彼女は俯いたまま何かを考えこんでいるようでした。

 

ロサさん、本名・ナターリア・ロストワさんは、あのウルサスの惨劇を経験した被害者の一人です。最近は笑顔を見せて、気丈に振舞ってはいますが……その根底に潜むトラウマ、心の傷跡はまだ癒えることはないみたいで……。

そんな彼女が、意を決したようにそのオッドアイを光らせ、私とドクターを交互に見ます。

 

「あの……とても厚かましいお願いだとは思うのだけれど、先ほどのお話、私に任せていただけないかしら?」

 

「え?…………ドクターの秘書を、ですか?」

 

「はい」

 

「…………そうですか」

 

……不安と、途方もない後悔、そして、果てしない無力感を宿した眼をするロサさん。

少しでも、ロドスの役に立ちたい。少しでも多く、自分がここに居る理由を見つけたい。

彼女から伝わってくる感情はあまりに切実です。でしたら、私からは……何も言うことはできません。

 

ドクターとアイコンタクトで頷き合うと、

 

よろしく頼む、ロサ。

 

と、ドクターは立ち上がって手を差し出した。

パッと表情を明るくすると、ドクターの手を両手で包み込みめいいっぱい握りしめるロサさん。

 

「あぁ、私、ドクターの力になれて光栄よ!」

 

既に、秘書の仕事をやり終えたかのような感嘆の声をあげました。

ふふ、まぁ、良いですよ。それでロサさんのメンタルケアに少しでもつながるというのであれば、それに、ドクターの秘書という大役は……そうやすやすとこなせるものではありませんよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

File12 ロサ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

底冷えする寒さに足を戸惑わせながら、名残惜しいベットから身を乗り出すと、ロサは姿見の前にやってきて顔を洗い、髪を整え、朝のルーティンを開始する。

いつもよりも念入りに鏡の前でチェックを終えると、早速第一の仕事をすべくドクターの寝室を訪れる。

 

「ドクター?……起きているかしら?」

 

控えめにノックをして、ドクターの部屋の中へと踏み込むと、そこには布団をかぶり、規則正しい寝息を立てているドクターの姿があった。

 

「ドクター朝よ。起きて……」

 

そう身体を揺らしてみるものの、う~ん、と身を捻ってしまうだけで、起きる気配はない。

 

アーミヤさんは、あまりにも起きない場合はとりあえず布団を引っぺがしてたたき起こすと言っていたけれど……。

 

「ドクターの寝顔……どこか可愛げがあるわね」

 

いつも、戦場であんなに凛々しいドクターが、寝ている姿は本当に無防備で……。

見ているだけで飽きがこない。

 

そうして、寝顔を鑑賞していたら早速朝の予定を30分もオーバーしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、ドクター。……次はちゃんとやるわ」

 

気にしなくていい、そもそも朝起きられない自分が悪い。というドクターの言葉を噛み締めながら、今日のスケジュールを読み上げていく。書類の処理が終われば、今日は近隣の山村から依頼のあった住み着いたオリジムシとレユニオンの鎮圧……そして、帰ってきたら少しの夕食休憩をはさみ、そしてまた書類の整理……と後方支援に居たときから知ってはいたけれど、発展途上のロドスだからこそ、ドクターが目を通して印を押さなければいけない書類がたくさんあるようだった。

 

「ドクター?」

 

ああ、うん。聞いているとも。

 

「ドクター……目が覚めるコーヒーでも淹れましょうか?」

 

……頼めるだろうか。

 

と、首をカクカクと動かすドクターにクスリと笑みが漏れる。

 

ドクターの秘書なんてキチンとできるか不安だったけれど……。

 

そんなに肩ひじ張らなくていいと、そう励ましてくれているのかもしれない。

近くにあったコーヒーメーカーで豆を砕いてお湯を入れると、ほんのりと朝の匂いが執務室に充満し始める。

 

こんな風に迎える朝も、そう悪くはないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村の近くを拠点にしていたレユニオンとの交渉は決裂し、早くも現場は緊迫したムードが漂っていた。

 

硝煙の匂いがあがり、そこかしこで戦火の音が響いている。

 

「ドクター、潜伏していたプロヴァンスさんのチームが作戦通り敵の奇襲に成功したわ!」

 

入ってきた通信をもとに戦局の報告を行うと、見晴らしのいい山の上の本陣から、戦局を眺めて顎を摩るドクター。

たまに、ドクターのことを恐ろしいとする人がいることを、私もわかる気がする。

 

ドクターの指揮は本当に神がかっている。

戦局の把握能力、未知の敵への落ち着いた対処、そして何よりはオペレーターの犠牲を一人も出さずに生還してみせるその卓越した戦闘指揮。まるで、これから何が起こるのかわかっているのかと、そう思えるほどに……。

 

不味いな。

 

「え?」

 

いや、少し配置をシミュレーションより改変して見たのだけれど……

 

『ザザー…ま、不味いよドクター!そちらに敵クラッシャーの小隊が向かっている!!誰も止められる人が居ないよ!?うわビー……ガガ』

 

と捲し立てるようなプロヴァンスさんの声が!

ど、ドクターのような人でもミスをするの!?

 

「ど、ドクターッ!?ど、どうすれば……え?まだ何とかなる。ロサ、君の力が必要だ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

構えたのは、鍛冶師・ヴァルカンさんの手によって生まれ変わった愛機。

以前は、身を護るためだけに使っていた虚仮威しの攻城兵器に過ぎなかったけれど……今は、誰かを守るための……本物の武器。

 

森林を蹴散らしながらこちらへと向かっているクラッシャーの小隊、人数はそう多くない。

私の目的は時間稼ぎ。そうすれば、こちらに向かっている前衛部隊が到着する。

 

だけど、高台から奇襲が出来るのはこの初撃だけ。

 

外すわけにはいかないッ!!

 

「ロサ、自分を信じなさい、あなたならできるわ」

 

逸る鼓動を押さえつけて、何度も深呼吸をして、そう自分に良い聞かせて、教官たちとの訓練の光景を思い出す。

相手が姿を見せたと同時に、バリスタの狙いを定めて……ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター、やったわ!……あっ、うーんと、コホン、本当に喜ばしい勝利ね」

 

任務完了。そのアナウンスが響いたのとほぼ同時に、私は嬉しさのあまりに武器を投げ捨てて近くにいたドクターへと抱き着いた!しかし、すぐに冷静さを取り戻してその体を引き離すと、咳ばらいを一つして勝利の喜びをドクターと一緒に笑顔で分かち合う。

 

……ありがとうロサ。君の協力があったおかげだ。

 

ドクターにそう言われて、更なる幸福感が全身を包み込む。

けれど、今の私はドクターの秘書。再び飛びつきたくなるような衝撃を抑え込んで、戦況の確認と報告へと切り替える……。

これ以上の戦火が燃え広がらないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター。今日は本当にお疲れ様」

 

偶然手に入れた特別な紅茶を淹れると、ドクターも流石に疲れたのか肩を回してから唸って、お礼を言う。

 

「今日は一日どうだったかですって?……えぇ、とても楽しかったわ」

 

慣れない業務で大変なことも多かったけれど、今日という一日を一言で表すのに相応しいのはそれだった。

村の人たちからお礼に振舞ってもらったちょっと豪勢な夕食も、クタクタになって帰ってきてから見た書類の山の絶望感も、ドクターと一緒にこなしているとすべてが楽しく、そして輝いて見える。

それは、ドクターが私の事情を全て吐露した"かけがえのない友人"だからか。若しくは、忙しさのあまり感覚がおかしくなってしまったのか。

 

「ウフフ、きっと両方なのかしら」

 

そうポツリと呟くと、冷ましながら紅茶を飲んでいたドクターが不思議そうな顔をする。私は……

 

「ねぇ、ドクター。私が渡したナイフは、未だ、持っているかしら」

 

あぁ、持っているよ。そう言って、おそらくナイフが入っていると思わしき机の引き出しを一瞥するドクター。

それは、かつて私が自らの犯した罪に耐え切れずに使おうとしていた自傷用のナイフ。幾度となく死を求め、それでも許されるはずがないと、自分を戒める贖罪の顕現……。

 

「ドクター。いつか、いつか私が過ちを犯したら、その時は……」

 

その時は……一緒に怒られよう。

 

「……え?」

 

ロサ。君はかつてあのような惨状であっても自らの手を汚していないと嘆いていたが……それは、自分も同じだ。

 

驚いてドクターを見ると、そこに映ったのはとても真剣な眼をしたドクター……。

 

ドクターは言った。

自分自身、この戦いのさなか、自らの手を汚したことが一度もないと。

でも、だからこそ、オペレーターやロドスのみんなと一緒に罪も、喜びも、悲しみも、全てを分かち合う必要があるのだろうと。

 

家族とは、そういうものではないだろうか。

 

そう言って、私の手を握って、優しく微笑んでくれる姿に、私の、私の奥底に眠っていた全てが溶け出していくのを感じて……

 

「ドクター……!」

 

崩れ落ちる様にドクターの背に手を回すと、顔を崩してナターリア・ロストワは小さな子供のように慟哭をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ。やっぱりドクターの秘書は私にしか務まりませんよね」

 

あれから一週間か経ち、ロサさんから秘書の辞退の申請がありました。

まぁ、色々と激務をこなしてもらいましたからね、無理もないかもしれません。

 

けれど、これでドクターもわかったはずですよ。

 

「おはようございます。ドクター」

 

そう言って元気よくドアを開けると、どこか落ち込んでいる風なドクター。

……それは、朝早くから布団を引っぺがして大量の書類の束を見せつけたのは悪かったと思いますが、これもドクターの為を想ってのことです。

それに、今日は比較的楽で簡単なお仕事を回そうと思っていますから安心してください。

 

「え、ロサさんの淹れるコーヒーが恋しいですか?それくらい、私が淹れてあげますよ」

 

隠し味に理性回復剤を溶かしこんだコーヒーを淹れてドクターの前へとカップを置くと、はぁと露骨なため息をつくドクター。

……ちょっとあんまりな態度にムッとしましたが、ここでしっかりとフォローしてあげるのが正しい正妻としての姿でしょう。

 

「ドクター。ロサさんの件は残念でしたね」

 

再び重いため息をつくドクター。

 

「ですが、気落ちすることはありませんよ。これからも私が傍で……」

 

「ドクター。い、いるかしら」

 

?どこかしおらしくなったロサさんがドアの影に隠れながらこちらの様子を伺って、ドクターが手をあげると、もじもじした様子でこちらへとやってきます。

 

「ごめんなさい。ドクター。秘書を突然辞めたりしてしまって。別にドクターのことが嫌いになったとか、秘書の業務が嫌だったとか、そう言うわけではないの」

 

「ただ、その……」

 

チラリとロサさんがドクターと目を合わせると、ボッと顔を赤くしてさっとその潤んだオッドアイの瞳を逸らすロサさん。その割に、小さな尻尾はピコピコと揺れていますね?

 

「ず、ずっと傍にいると……お仕事にならなさそうだったから……」

 

え?とドクターが聞き返すほどの小さな声。

……私の大きな耳にはバッチリとその卑しい発言が聞こえていますよ?

 

「な、何でもないわ!だ、だから……ま、またお茶会を開きましょうね!ドクター!」

 

言うだけ言って、私への挨拶もなしに足早に執務室を出ていくと、まだこっちを見ていて、ドクターが軽く手を振ると、嬉しそうに手を振り返して今度こそ部屋を出ていくロサさん……。

 

 

 

「ドクター。今日のノルマは上級源岩100個と合成コール200個ほどです。頑張りましょう」

 

 



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13話

商売の原則は等価交換である。

 

それがミノスの、コリニアでの常識である。

商品、財産、将来性や人情を天秤に乗せ、秤に乗せた均衡が保たれた時、初めて商談は成立する。

 

……けれど、それは相手が『同等の価値』であると認めた一部の商人達だけのもので……。

 

相手が愚鈍であるのなら、天秤の傾きを誤魔化すことは問題にならない。

騙され、搾取される者こそが無能である。それもまた、コリニアでの常識だった。

 

少女は見てきた。

不平等と搾取的な行為で、涙に濡れる人々の姿を目にしてきた。

 

他人の不幸の分だけ、人は幸せになれる。

信頼が懐疑心に変わり、損益で憎悪が生まれる。

真実は隠ぺいされ、嘘つきだけが私腹を肥やす。

 

でも……こんな嘘だらけの世界は間違ってる!

 

少女は故郷を離れ、外の世界へと踏み出した。

いつか、この心を本物に出来る場所を求めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

File 13 シデロカ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シデロカさん……ですか?」

 

食堂で偶然同席することになったドーベルマン教官は、カップの中に入ったコーヒーで唇を湿らせるといつもと変わらない能面のような表情で頷いた。

 

「彼女のことは知っているな?」

 

「はい、それはもちろん」

 

シデロカさんはミノス出身の傭兵であり、要員と貨物の護衛を得意とした前衛オペレーターです。ロドスとは長期雇用契約を結んでおり、地獄と評されるドーベルマン教官の訓練にも”前向き”に取り組む脳k……真面目な方です。

 

「実は最近の彼女はオーバーワーク気味でな。前線から外れて身体を休ませる口実が欲しい」

 

「口実ですか……」

 

「ああ、一時的に激しい運動のない仕事を与えたい。普通に休めと言っても聞かないのでな……」

 

シデロカさんは非常に仕事熱心な方です。

休暇の日にも自主的に訓練を行っているとお聞きしていますから、身体を休ませる機会がほとんどないのでしょう。それも、ドーベルマン教官が言うなんてよっぽどです。

 

「でしたら、暫く事務室で……」

 

 

「そこで、彼女にはしばらくドクターの秘書を任せたいと思っている」

 

 

「…………はい?」

 

ひしょ?……ドクターノヒショ?そう言いましたか?ドーベルマン教官。

秘書の交代についてはこの前の話でしたばかりですよ!?

 

「既に、ドクターには話を通してある。快く、承諾してくれた」

 

……ドクター?

 

「後は、念のため現秘書であるアーミヤにも話をと思ったが……」

 

そう、秘書と言えば以前の、ロサさんの件があります。

彼女はあれからというもの、度々ドクターに依存するような行動を見せています。いつもどこからかドクターを見つめていて……二人きりになるチャンスを伺っています。ドクターもドクターですよね、誘われたら仕事をほったらかしてコーヒーや紅茶を飲んで楽しそうに談笑したりなんかして……。

 

「あ、アーミヤ……?」

 

「……いえ、大丈夫です………………ですが、ドーベルマン教官。なぜ秘書なのでしょうか?他にも貿易所や後方支援部隊などのお仕事もあるかと思いますが……。そうです、秘書とは言わずシュヴァルツさんやスカジさんのような護衛の仕事だって……」

 

想定していた質問なのでしょう、ドーベルマン教官は小さく息を吐くと首を横に振る。

 

「これは、他でもない本人の希望によるものだからだ」

 

「シデロカさんの……?」

 

嫌な予感がします。

 

「ああ、ロサの一件を聞いて志望する気になったらしい。私としては、彼女は普段あまり自己主張をするタイプではないから、出来れば希望を叶えてやりたいと思っている」

 

「……それは」

 

「アーミヤ、これは良い機会だ。……君も休暇をとると良い。ここのところ、働きづめだろう?」

 

「……え、えっと」

 

で、ですが、そんなことになれば……きっと!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シデロカです。改めて、よろしくお願いします。ドクター。それから、アーミヤも」

 

紫色の髪に、フォルテ族独特の大きな角。豊満な体ではち切れそうなロドスのオペレーター服に身を包んだのはシデロカさん。いつもとかわらない、睨みつけたような目つきで私とドクターを見比べます。

ドクターはそんなシデロカさんに少しも怯んだ様子はなく笑顔を見せ、片手を上げながら気さくな挨拶を返しています。そして、私自身もよろしくお願いしますとお辞儀を一つ……。

 

ええ、休みは取りますよ。ドクターやケルシ―先生にも心配を掛けたくはありませんから……。

 

ですが、その前に私は見定めなければいけません。

 

シデロカさんが、ドクターに迫り寄る卑しい人材でないかどうかを……!

 

「……?」

 

……既にそのお体が卑しいですよね?

 

シデロカさんの素行に問題があるとは思っていません。むしろ、他の一級危険人物たちよりも遥かに”信用”出来る方なのですが……全てが”はみ出そう”なほどの彼女の凶悪な身体によって、その信用が崩れ落ちていきます。

 

「あぁ、ドクター。動かないでください、服にゴミが……」

 

傭兵稼業をしているうちに身についたというムスッとした不機嫌そうな顔はあまり愛想が良い方だとは言えません。ですが、彼女は周りの小さな事にも気が利き、表情とは裏腹にとても優しい方……って

 

や、やっぱり危険ですよ!!ドクター!!

 

こ、ここはなるべく厳しく秘書の仕事を教えて諦めていただきましょう。

 

「……それでは、シデロカさん。早速秘書の仕事をお教えしますね」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

「……ではまず、コーヒーの淹れ方ですがこれにはコツがあって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、私から教えることはありません……!ドクターを、よろしくお願いします」

 

「はい!ありがとうございました!!」

 

はぁ、はぁ……私は確信しました。

彼女は、シデロカさんは……安全です!

 

私の厳しいしごきにも、目をキラキラとさせてついてくるシデロカさん。もっと仕事はないのかと、進んで残業まで……!

このように真っすぐで素晴らしい方が、卑しいはずがありません。

 

それに、オペレーターとしても経験豊富な彼女のことです。きっと、彼女ならドクターと適切な距離感を保ち、きっちりと秘書の仕事を十分にこなしてくれることでしょう!

 

私は初めての弟子を持ったような気持ちで秘書のいろはをバッチリと教えると、気分良く自分の仕事へと向かいました。

シデロカさんの表情を見ても、そこまでドクターに関心があるとは思えませんし……

 

 

後は彼女を信じて送り出すとしましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、既にドクターのことは好ましい人物だと思っている。

 

前線での指揮、他のオペレーターの皆との円滑なコミュニケーション、何よりは、戦場で自ら率先して救助活動に参加するあの慈愛の精神……ドクターは私が見習わなければいけない長所をたくさん持っており、尊敬している。

 

だから、この特別な機会を与えてくれたドーベルマンとアーミヤにはとても感謝している。

自らの雇い主が一体どういった人物なのか、改めて身近で確かめるまたとないチャンスをくれたのだから。

 

「ではドクター、これが本日のお仕事になります」

 

ドサドサっと、事前に”師匠”から言われていた書類の山を積み上げていく。

それにしても、流石はドクターですね。こんなにたくさんのお仕事をたった1日でこなしてしまうなんて……。

 

「ドクター?どうかしましたか?顔色が優れないようですが?」

 

……大丈夫だ。それより、シデロカ、今日は君も手伝ってくれるのだろうか?

 

「はい!任せてください。外で門番になって見張りをし、ドクターのお仕事の邪魔になりそうな不要な案件は全て断っておきます!ですのでドクターは安心して一人で業務に集中してください!」

 

ドクターは、口を大きく開けて喜んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊びに来たというシルバーアッシュやイフリータといった来訪者に全てお引き取り頂き(中には実力行使したものもあった)、私が門番をしてから数刻が経った。

 

「よし、異常なし……そろそろドクターの新しいコーヒーを……?」

 

……む、何か、ドアの隙間から音が聞こえる……?

それに、微かに女性の声まで……!?

きゃー?やめて、逃げて?しんじゃう!?……ッ!???

 

「ドクター、失礼しますッ!!」

 

バキっとドアを蹴破って中へと突入すると、そこに居たのはテレビゲームを遊んでいるドクターと、その隣に座って見ているだけなのに楽しそうに声を上げている白騎士・グラベルの姿が……ッ!?

 

「ドクター、これはいったい……!?」

 

いや、これはなんというか……息抜きで。

 

「息抜き……?!まだお仕事が終わっていないようですが……」

 

ドクターの机の上には今朝よりほんの少しだけ減った書類の山が。

あれだけ時間があったのに、これだけしか仕事が進んでいないのは明らかにおかしい。

 

「でも、あんまりコンを詰めるのもあたしは良くないと思うわ~。ドクターは普段たくさん頑張っているのだから、ちょっとくらい息抜きさせてあげてもいいと思うのよね~」

 

サボっていたドクターの頭を撫でて全面的に肯定するグラベル。

そもそもあなたはいったいどこから、どうやってこの部屋に侵入を!

 

「……とにかく、息抜きは終了です。午前中の仕事だけでも終わらせなければいけませんから」

 

「きゃ!もう……乱暴ね……ふふ、ドクター、また一緒に遊びましょ~」

 

軽く手を上げたドクターに対して、チュっと、投げキッスを返すグラベル。

でも、少し意外です。”あのドクター”にこんな不真面目な一面があったなんて。

部屋から侵入者を追い出し終えると、今度はドクターの遊んでいたゲームのコードを引き抜いてゲーム機を片付けます。

 

「え?せーぶ?……それは大切なことだったんですか?」

 

ふむ。どうやら、私は片付けにおいて間違いをしてしまったようだ。

 

「安心してください。こういう時は叩けば直ると聞いたことが……はぁーー!!」

 

バキっと、ゲーム機が真っ二つに割れました。ドクターが、声にならない悲鳴を上げています。

 

「…………よし、きっとこれで大丈夫です。応急処置は致しましたので、後は修理業者に見てもらいましょう。どうか、ドクターは安心して業務の続きを行ってください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター、なんですかその食事は……野菜もお肉も少なすぎです。栄養バランスが偏ってしまいますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター、本棚にある本についてですか……え?気に入ったものがあれば、お借りしても良い、ですか!ありがとうございます。良い重りになりそうです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター。この書類で聞きたいところがあるのですが……ふむ、どうしてそこまで熱心なのか?ですか。いえ、新しい知識を随時取り入れることは、傭兵としての必須科目です、それができなければ、いつ敵の新戦法に倒れてもおかしくありません、つまり、少しの怠慢も許されないというわけです。理解いただけましたか、ドクター。ドクター?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なるほど……。

ドクターは……私が思っているよりも相当だらしのない生活を送っているようですね。

 

執務机やパーカーのそこかしこに変なおやつを仕込ませており、業務の合間に隠れて食べているようですし、身体を動かす運動と呼べるようなものも、艦内の散歩などしか行っておらず不健康極まりないです。

 

秘書になった以上、私がドクターにしてあげられることと言えば……。

 

「今日は一日お疲れ様です。ドクター……僭越ながら言わせてください。ドクターには、適当な鍛錬が必要かと思います。……いえ、健康体操は体を解すだけです。私が言ってる鍛錬とは、健康的な食事や体脂肪を減らし筋肉をつけると言った、全面的な鍛錬のことですよ」

 

なるほど、と頷くドクター。

 

「ですからドクター。私と一緒にトレーニングをしませんか?はい、そうです。集中鍛錬です。安心してください。いきなり難しいことはしませんから、まずは基礎体力作りで足腰を中心に鍛えて軽くランニングから……え?嫌?」

 

身体を動かすのは苦手なので、遠慮しておく……?

 

「そ、そんなこと言わずッ…………ぁ!」

 

 

『……面倒くさいやつだ』

 

 

……

 

「い、いえ…………そう、ですか……すみません。越権行為でした。どうか、忘れてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バタンと、自室に帰ってくると、冷たいベッドへと横たわり、肘裏で目元を覆う。

 

 

『君はあれだな。』

 

『傭兵としては、2流だな』

 

『余計なお世話までして、あれこれ聞いてくるのが好きで面倒くさい』

 

『そんなことは、知る必要もなければ、やる必要もない』

 

『君たち傭兵は、与えられた任務をただ淡々とこなせばいいんだ。ただ、淡々とね』

 

 

以前、とある雇い主から言われたことだ。

結局その雇い主のもとはすぐに離れることとなったが、実際……私のこの性格は傭兵としては向いていないのだろう。他の寡黙で従順な傭兵たちを見ていると、そう思わずにはいられない。

 

今だって、本当はドクターに疎ましく思われているのかもしれない。余計なことばかりして、結局のところ、雇い主の本当の役には立てていない。

どれだけ、身体を鍛えたりしても、私には……本物なんてないのかもしれない。

 

口惜しさと、無力感からめいいっぱいシーツを握りしめているとコンコンと、ノックの音が響いてくる。

 

「……はい。今出ます……!ど、ドクター!?」

 

な、なんで……!?

見慣れない運動着を着たドクターは、いつものように気さくに手を上げた。

 

「そ、その格好……!」

 

さっきは試してもいないことを、いきなり断るのは失礼だと思った?

今からでも良ければ一緒にトレーニングしないかって……

 

 

「………フフっ」

 

 

「アハハハハっ!!」

 

 

何時振りかわからないくらい、大きな声を出して笑った。

 

いつもむすっとしている私が突然大笑いしたものだから、ドクターも口を開いてポカンとしている。

 

だって、こんなことって……嬉しすぎる。

あの頑なに服を着替えたがらないドクターが、仕事で疲れているはずのドクターが、わざわざスポーツドリンクまでもってやってきたのだ。

 

……私のために。

 

「ありがとうございます。ドクター。では、すぐに用意するので、早速トレーニングにいきましょう!」

 

私はすぐにでも走り出したい気持ちを抑え込みながら準備に取り掛かろうとすると、

 

ガシッと

 

ドクターに二の腕を掴まれる。

 

心拍数が、上がっていく……。

 

「ど、ドク……ター?」

 

……その代わり、シデロカ。やるからには君には――――

 

「……え、えぇッ!!?」

 

それは、つまり…!!??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドーベルマン、私はもう上がります」

 

「……ふむ、そうか。まぁ、既にノルマは終わっているようだから好きにすると良いが……」

 

「はい。では、失礼します!」

 

そそくさと去ってしまったその背中を見て、私は複雑な気持ちを抱かずにはいられない。

あれだけ苦心していたシデロカの自傷行為とも言えるあのオーバーワークが、こうも簡単に止まってしまったのだから。

 

「見た?あの表情……趣味が定時後の鍛錬だった彼女が……信じられないわ」

 

そう言って近寄ってきたのはトレーニングを終え、タオルで額の汗を拭うA6の苦労人、オーキッド……。

 

「あぁ……すっかり疲れは取れてきているようだし、表情も柔らかくなった。秘書の業務は良い気分転換になったのだろう」

 

「……それだけじゃないでしょ”アレ”は」

 

「……」

 

聞いた話によると、シデロカは秘書の任を降りた後も、献身的にドクターの身の回りの世話をしていて、掃除に洗濯、なんと慣れない手料理まで振舞っているという。一体どういう心境の変化なのか……。

 

「差し詰め、通い妻と言ったところかしら」

 

「か、通いッ!?」

 

そ、そんな破廉恥な……!!

 

「……ふぅ、なんだか飲みたい気分だわ、ラテラーノの良いワインが手に入ったの。この後……」

 

「……同席しよう」

 

訓練所を後にする二つの背中は、どこか哀愁を帯びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター。今日も食事をご用意しました。シュヴァインスブラーテンです。甘い豚肉と酸味のあるザワークラフトが美味しいですよ……え?匂いだけでも既に美味しそうだって?ふふ、それは用意した甲斐があるというものです」

 

今日もドクターの部屋へとやってくると二人で料理を囲んで食事をとります。

 

確かに食事も重要だとは言いましたが、こんなにちゃんとした料理をするのなんて人生で初めてのことでした。

 

レシピ通り作るために、いろんな人に協力してもらって……初めはそこまで美味しく出来ませんでしたが、少しずつ練習を重ねて……やがて、ドクターがおかわりまでして喜んで食べてくれるようになりました。

 

私は、頬が緩んでしまうほどにそれが嬉しくてたまりません。

 

「もう食べ終わったんですか?はい、おかわりです。その代わり、約束は守ってくださいね」

 

頷いてお皿を受け取ると、再び料理にかぶりつくドクター。

食べ終わって休憩したら、また鍛錬です。ドクターはサボり癖があるので、私がちゃんと見てあげないといけません。まぁですが、ドクターは、約束をして破ったことは一度もありませんから、料理を振舞った今日逃げたりすることはないでしょうけど。

 

「……フフ」

 

少しずつ、筋肉のついてきたドクターの身体。

毎日、楽しみになっているドクターと一緒にとる食事。

何をしていても、いつの間にか笑ってしまう私自身……。

 

こんな楽しみを知ってしまった傭兵を、もう雇ってくれる雇い主なんていませんよ。

ですから……どうか、最後までお傍に置いてください……。

 

「え……何かいいことでもあったのか?ですか、はい……それはもう」

 

そうして、シデロカは再び幸せそうにはにかんで見せる。

 

 

偽りのない、本物の気持ちで。

 

 

 



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14話

トットットッと、信号で止まった原動機付の自転車が鼓動のような音を立てています。

 

「ねぇ、次はどっち!?」

 

前に止まって居た原付自転車、ヘルメットから赤い前髪を覗かせたエクシアさんがこちらに振り返りながら大きな声を上げます。

私は再び、端末に表示されたマップの目的地と現在地を見比べてから……

 

「はい!このまま真っすぐ進んで、二つ目の信号を右です!」「オッケー!!」

 

信号が青に変わったのとほぼ同時にロケットスタートを切るエクシアさん。私もその後を追うようにアクセルを握ると、ブルンと機体が一度鳴いて走り出します。

 

肌を刺すような冷たい風を切りながら、見習い宅配人アーミヤ……風になります!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いですか?外は寒いですし、防寒具をお忘れなく。そして、凍った路面は滑りやすく、荷物を運びながらだと何かと事故を起こしやすいです。細心の注意を払ってください」

 

ロドスの厨房。

エプロン姿のマッターホルンさんが左手を腰に当て、右手で指を折って一つ一つ注意事項を上げていきます。その間、私はメモを取り、エクシアさんは大きな欠伸をしています。

 

「ですが、さむいということは同時に料理も冷めやすくなっています。いくらクロージャさんの作った保温バッグが機能的に優れていたとしても、鮮度や温度の低下は避けられません。迅速かつ、丁寧に運搬を…………それから」

 

パシッと、こっそり料理をつまみ食いしようとしていたエクシアさんの手を軽くたたくとため息をつきながら私たちのことを見渡して

 

「いったーい!」

「つまみ食いも、もちろん禁止です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとくらい食べても、気づかれないと思うんだけど……そう思わないー!」

 

「そ、それよりも!!エクシアさん!は、早すぎます!このままだと、道路交通法に違反を…」

 

「え~!?なんて~!?」

 

「飛ばしすぎです!!!」

 

「アハハハ!それにしても意外ー!!」

 

そういうと、速度は変わらないままにエクシアさんが私のほうを向き口元を吊り上げて笑う。

 

「だって、アーミヤがまさか"コレ"の運転できるなんてさー!」

 

「はい、いつか役に立つかもしれないと……ですが、こんな速度で運転したことはありませんので……!」

 

「え?じゃあ、もっと飛ばしてみる!?」

 

「っ!?ど、どうしてそうなるんですか!?」

 

「スピードに慣れた方が良いって!!大丈夫!安心して!昔校舎に突っ込んで爆発した時も、死んだりしなかったからー!」

 

「そういう問題じゃ、エクシアさん!!」

 

気のせいでなければ、ファンファンファンと後ろから龍門警察のパトカーの音が聞こえています。

それを見て、青ざめる私とは対照的に、ヤバ、こっちこっち!とどこか楽し気に路地へとハンドルを切るエクシアさん!?

 

あぁぁぁぁ、つ、捕まったりしたら、ドクターやケルシー先生に合わせる顔がありません!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お届け物でーす!」「あ、暖かい食事をお持ちしました……」

 

どうして、ペンギン急便の皆さんとお仕事をするといつもこうなるのでしょう。

ピンピンした様子のエクシアさんとは対照的に、私はもうフラフラです。

そのまま荷物をテーブルの上に乗せると、早速寒々と手を擦り合わせながら野営地の皆さんが集まってきました。

 

「お、来た来た」

 

「待ってました!」

 

今、この野営地ではとある集落の感染者の方々とコンタクトを取ろうと頑張ってくださっている方が集まっています。

感染者の閉鎖的な集落では余所者の私たちのような存在は拒まれがちです……。

差別、疑心暗鬼、トラウマ。心を閉ざしてしまった感染者の皆さんを救うためにも、まずは私たちという存在を受け入れてもらうところから始めなければいけません。

 

なるべく近くに停泊することで私たちに"慣れてもらい"、何日も説得を続け、こちらも本気で集落の方々の力になりたいのだと、そう心から伝える必要があります。根気のいる仕事なんです。

 

「くぅ、あったけぇ!この魚団子のスープ!やっぱり携帯食なんかとは違って遥かに美味いぜ!」

「この任務が終わったら食堂でグムちゃんの手料理も食べたいなぁ」

 

料理に舌鼓を打ち、活気にあふれた表情を浮かべる皆さん。頑張ってくれているみんなの力になれるのなら、寒さに耐えて急いで運んできた甲斐もありました。もしかしたら、エクシアさんもそう思って道中を急いでいたのかも?

 

私も是非現場で頑張っているドクターに、この暖かい料理を食べてほしいという一心で……?

 

「あの、ところでドクターの姿が見当たらないようですが……」

 

「え?ドクター?ドクターなら、昨日モスティマさんが来て一緒に……「モスティマ!!?」」

 

離れた場所で談笑していたはずのエクシアさんが突然大きな声を上げて会話に割り込みます。

 

「彼女が来てるの!?」

 

「あ、あぁ、昨日ドクターと二人で出てったが……ロドスに戻ったんじゃなかったのか?」

 

「「リーダー(ドクター)とモスティマ(さん)が一緒に……!?」」

 

私とエクシアさんは顔を見合わせてうなずくと直ぐにお互いの愛機にまたがり、エンジンを吹かせて走り出します!さっきの2倍の速度です!!

 

 

き、危険です!!まずいです!!!だって、モスティマさんとドクターは……!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

肩まで青い髪が伸びた少女が銀色のナイフをパンへと刺し入れると、ザクッザクッ……と耳当たりの良い音が部屋の中に響く。

鼻歌を口ずさみながら、慣れた手つきでボウルサラダを軽く水で洗うと、チチっとフライパンに火を入れ、十分に暖かくなったのを確認してからカツンと卵を二つ割る。

 

「~♪ん?……ラッキー♪」

 

思わず三つになった卵をブチュブチュと焼きながら、片手間に電気ケトルの電源を入れると、匂いに釣られたのかもぞもぞっと、ベッドで眠っていた人物が身じろぎをし始める。

 

「……ふふ」

 

目玉焼きが出来たのと入れ代わりに、今度は先ほど切ったパンを網の上で焼き始めると、ジリジリとした音と独特の焼けた小麦の匂いが部屋の中に充満し始める。

そして、コポコポと煮立ったお湯をインスタントのコーヒーを入れたマグカップに注いで……

 

これにはたまらず、二度寝を決め込んでいた影も起き上がる……。

 

 

「おはよう。ドクター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

File14 モスティマ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パンに念入りにバターを塗っているドクターに声を掛ける。

 

「さて、ここが何処か気になっている頃かな?」

 

うん、と短い返事をした後に、ドクターはパンをひっくり返すと、そちら側にも再びバターを塗り始める。

 

「へぇ……そういう風に食べるんだ?」

 

美味いよ。と言ってザクザクと器用に耳の端っこを持ってパンに噛り付くと、ずずっとコーヒーを飲んで近くに置いてあった新聞紙に手を伸ばすドクター。

 

「うーん、それやめておいた方がいいんじゃないかな?」

 

私のことを見た後に新聞に目を通し始め、その後すぐに何かに気が付いたのか、ピラリと私にも日付を見せる、日付は今からちょうど3年前、やっぱり古い新聞だったらしい。

それでも手持無沙汰だったのか、ドクターはその新聞を広げて読み始めた。

 

「ここはコーテーがいくつか持ってる秘密基地の一つだからね。たぶん、この様子だと本人も忘れてるだろうけど」

 

少し埃っぽい部屋の様子がそれを物語っている。

 

……自分たちは襲われた。

 

「……そうだね。見ず知らずの覆面集団に突然襲われるだなんて……。一体どんな悪事を働いたのかな、ドクターは」

 

そうからかい口調で言ってみると、ドクターはブンブンと首を振って、そんなことはしていないと、声を高くする。

私はその様子に満足しながら、目玉焼きの黄身に切り込みを入れると、トロリと、溶け合うように黄色が白の上に広がっていく。

 

「ふふ……もちろん、君が望んでそんなことをしないことを、私はよく知っているよ。

けれど、君が良かれと思ってやったことも、別の誰かからすれば”余計なお世話だった”なんてことも、よくある話だよね」

 

そう告げると、ドクターははっとした様子で顎に手を当てて思考を張り巡らせ始める。

 

やがて、纏まったのか、スッキリした様子でうん、何となくわかった。ありがとうモスティマ。と一人納得したように頷いてから再びマイペースに朝食を取り始めるドクター。私は、そんなどこか冴えているのか、抜けているのかわからない”少し変わったかけがえのない友人”の姿に笑みを浮かべると、同じように食事を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バラージュ!」

 

「ひぃ!!」

 

「私が……怖いですか?」

 

「ひぃいいいい!!」

 

路地に重たい爆発音と銃声が響きます。

エクシアさんが近くに倒れていた暴徒の一人の胸倉をつかむと、顎に銃口を突き付け引き金に手を掛けます。すると、死んだふりを辞めて慌てた様子で、い、命だけはおたすけ!?と両手を上げて震えた声を出す。

 

「それで、その黒い天使はどこへ行ったの!?」

 

「わ、わからない。お、俺たちもあいつに邪魔されて見失って……ほ、ほんとだ!」

 

「ふーん、あっそ!」

 

カチッと銃口を引くと。はぁ!っと暴徒の方はその場で失禁してズルズルと倒れ込みます。

もちろん、弾はもう入っていなかったので、何も起きてはいませんが……。

 

「ねぇアーミヤ。何とか場所がわからないかな。その不思議な力で……」

 

「……難しいです。特に、ドクターやモスティマさんは心の乱れがほとんどありませんから、目立たなくて……」

 

「うぅ~!」

 

やきもきした様子で地団太を踏むエクシアさん。

私も、内心穏やかではありません。

というのも、モスティマさんは……大変危険な人物ですから……!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「こんにちは、ドクター。私はモスティマ。コーテーから聞いてるかもしれないけど、私はロドスとペンギン急便の契約対象外だから、自由に行動できるんだ。

……でもまぁ、暇な時にはロドスにいさせてもらうよ。それじゃ、よろしくね」

 

そう友好的な笑みを浮かべて手を差し伸べたモスティマさんに、ドクターは一拍遅れてから、あぁ、よろしく。と手を握り返していた。

 

初めて見たモスティマさんの印象ですが……そうですね、ミステリアスでクール、それでいて……少しだけ怖い人だと思いました。

 

青い髪に生えた黒い角、透き通った青い瞳に何より目を引かれるのはラテラーノ出身の証であるその天使の光輪……が黒ずんでいること。

ロドスにも何人か同じ特徴を持った人が居ますが、その中でも、彼女はひと際黒い輪と翼を持っているように感じます。

 

「アーミヤちゃんも、よろしくね」

 

友好的な笑顔を浮かべているのに、彼女から伝わってくる感情はほとんど、何もないに等しくて……空気や水と同じ、これではまるで……死人のようだと、私は彼女の冷たい手を握り返しながらそう思っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モスティマさんはロドスに居る間もそう変わりはしませんでした。

 

たまに、同じ所属であるペンギン急便の方々に出くわすと、いつもより嬉しそうな感情を感じ取れましたが、その実、彼女からの接触を極力避けている節があり、特にエクシアさんと顔を合わせてたくないのか、あまりロドスに長期で滞在することはありません。

 

トランスポーターとしてのお仕事を任せたときも、しっかり仕事はこなしてくれていましたが、一緒に任務に赴いたオペレーターの皆さんからの評判はそう良くはありませんでした。

仕事としての評価は高かったのですが、心の底から信用できないと、やや心象的な面での評価が低い様子です。

 

私も、そんな彼女と何度か友好を深めようと画策したのですが……実りがあったことは一度もありません。誘いを断られたりはしないのですが、ふわふわと雲をつかむような人なので心の距離がある一定を境にそれ以上は縮まらないのです。

 

ただし、決して非協力的というわけではありませんでしたから、問題視もされていません。

徐々にロドス内でも、モスティマさんとはそういう人だ、という括りで片付けられることが多くなり、彼女に真の意味で歩み寄る人は居なくなってしまいました。

 

 

ただ、一人を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター……それはいったい……」

 

モスティマ用のお菓子だ。

 

と、そう言って執務机の上に乗ったお盆を見せてくれるドクター。中には、キャンディやチョコレート、いつもドクターの食べている変わったおやつなども入っています。

 

正直言って……嫉妬してしまいました。

 

ドクターがこれほどまでに特定の個人に拘るなどということ、今だかつてなかったことですから。

 

モスティマさんは、相手がドクターであってもその飄々とした態度を崩すことはありませんでした。

 

攻略できなかったんです。

スカジさんやシルバーアッシュさんと言った、コミュニケーションをとるのが比較的難しい相手でも、無自覚に攻め落としてきたあのドクターがです。ですが、それが逆にドクターに火をつけてしまったらしく……

 

「わざわざお菓子まで用意して、ドクターはモスティマさんを”どうしたい”のですか?」

 

いつもとは違うドクターの距離感にそう、恐る恐る聞いてみると、ドクターは自信満々に

 

もちろん、彼女と友達になる。とそう答えました。

 

友達……そうですか、友達ですか……。

まだ引っ掛かりを覚えながらも、私は

 

「なれるといいですね、モスティマさんとお友達に」

 

決意を固めて目を輝かせるドクターを見て、私は、そういう他ありませんでした。

けれど、心のどこかでは、相手があのモスティマさんではいくらドクターでも仲良くなるのは難しいだろうと、そう思っていたんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

次に私がモスティマさんを見たのはドクターの執務室でした。

ドクターと机を挟んでお菓子を食べながら談笑する彼女に、私は面食らわずにはいられません。だって、その時彼女から感じとった感情は、楽しいという、リラックスした純粋な喜びでしたから。

 

「おっと、お邪魔だったかな。それじゃあ、私はこの辺で」

 

ぜひ、また来てくれ。珍しいお菓子を用意して帰りを待ってる。

 

とそう返すドクターに驚きながらも、優しい笑みを浮かべて出ていってしまうモスティマさん……。

 

もう信じられない気分です!

あのモスティマさんの姿は、今まで見てきたどのモスティマさんよりも気を許していて、明らかにその態度は友人と呼ぶのに相応しいものでした。

 

いえ、もしかしたらそれ以上の……。

 

「……どうやら私の方こそお邪魔だったようですね。ドクター」

 

いや、そんなことはないよ。

 

「……それにしても、すごいです!ドクター!あのモスティマさんと本当に友達になってしまうなんて!」

 

ですが、焦ることはありません。

そうです。どこまで行っても、モスティマさんは結局のところ、ドクターにとっての友達。恐れることなんて……

 

……まだだ

 

「え?」

 

“まだ”本当の友達ではない。もっと仲良くならないと……。

 

「ドクター?」

 

私はその時から、ものすごーく嫌な予感がしていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ふぇひにんほってほらおうかな」

 

カシャカシャと歯ブラシを動かしながらそう零すと、並んで歯を磨いていたドクターは不思議そうに私の方を見る。

 

「なんでもないよ」

 

口を濯いで水を吐き出すと、一足先に洗面台を後にする。

実のところ、ドクターを逃がすだけならさっさとロドスへ連れ帰るなり、野営地に戻るなり、もっと優良な選択肢はたくさんあった。

 

けれど、私が無意識的にそうしなかったのは……まぁ、きっと、そういうこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い部屋、二人で部屋にあったボードゲームをしたり、謎かけをして遊びながら時間をつぶし、今はソファに腰かけながら、昔流行った映画の再放送をぼんやりと眺めて怠惰な時間を過ごす。

チラリと横目にドクターを見ると、私は心の中でため息をつく。

 

確かに、言ったね。

 

『ドクター、どうやって私といい関係を築くか考えこむ必要はないよ。私に言わせれば、友情も、家族愛も、恋も、嫌いじゃないけど不要なものさ。……でも、ふふ、こう言っても君は諦めないんだろうね。私は気にしないから、試してみるといいよ』

 

それは、私自身諦めていたことでもあった。

きっと、この先の人生でも、彼女以外にそんな感情は持ちえないと,

そう思っていたからこそ、自棄的に口にした台詞だった。

 

だけど、試された結果がコレだ。

 

幾度となく交流を重ねるうちに、まんまと人と接する温もりを教えられ、心地良い帰る場所を作られて、すっかり心の一部を占拠されてしまっている。

……そして、それがたまらなく大切になっていて……。

 

「……そろそろかなぁ」

 

時計を確認すると、時刻は午後5時30分……。

 

カチ、カチと、秒針が進む音が聞こえるほどに耳を澄ませると、ヒューと、打ち上げ花火が上がったような音が聞こえてくる。

 

パリン!とガラスが割れたと共に景色が止まる。

そのまますぐにアーツで天井を破壊すると、ドクターの服を掴んで更に上の階へと跳躍して逃れる。次の瞬間、景色が動き出し、部屋のガラスが割れた音とともに、強烈な爆発で部屋の家具を吹き飛ばした。

 

「ムーブ(進め)!!」

 

ドアから突入してきたのは、ボリバルにある特殊部隊の一つ。

昨日絡んできた暴徒たちとはレベルの違う相手のようだ……舞台の裏で静かに陰謀が渦巻き始めた音がする。

 

 

「……さて、ドクター。君はこれからどうしたい?」

 

 

悪戯の提案をするように、堕天使は手を差し伸べながら静かに微笑んだ。

 



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