魔法つかいプリキュア!♦闇の輝石の物語♦ (四季条)
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魔法つかいプリキュア!♦闇の輝石の物語♦ プロローグ
二つの世界を結ぶ魔法陣


 魔法界とナシマホウ界、互いに寄りそうように存在していたこの二つの世界は、終わりなき混沌デウスマストと魔法つかいプリキュアとの戦いの影響により、魔法界はナシマホウ界から弾かれ互いの世界の距離は広がりつつあった。

 

 もはやどのような魔法の力でも魔法界からナシマホウ界にたどり着くことが不可能になろうとしていたこの時、魔法界とナシマホウ界の外側で惑星を覆うほどに巨大な魔法陣が現れ共鳴した。

 

 ナシマホウ界に現れたのは二重円の中に黒の六芒星が描かれた魔法陣、中心には赤の三日月、円と六芒星の間の隙間に赤い六つの星が輝く。そして、外円と内円の間には魔法の呪文が刻まれていた。

 

 一方、魔法界の外に現れた若草色に輝く魔法陣は、内側の小さい円の中にFに似た形の魔法の文字があり、そこから芽吹くように双葉が描かれている。内側の小さな円と外側の大きな円の間には、ハート型と花が順番に描かれていた。

 

 二つの魔法陣は会話でもするように音楽を奏でるような美しい共鳴音をしばらく発していた。そして、それぞれ違う世界の外に現れた巨大な魔法陣から、同時に植物の蔓を思わせるような波動が吹きだした。黒と緑の波動はどこまでもどこまでも伸びていく。まるで、引き離されそうになっていた恋人同士が必死に手を伸ばして求め合うかのように、緑と黒、二つの異なる波動が離れ離れになろうとしていた世界へと蔓を伸ばして、魔法界とナシマホウ界の中間点である漆黒の宇宙空間で絡み合い、しっかりと結びついた。その瞬間に、二つの世界が震えた。

 

魔法学校の校長室で、長い銀髪の男が机の前で腕を組んで考え込んでいた。そのいでたちは変わっていて、白の長袖のチュニックの上に肩から足首の辺りまで覆う襟の立った青いローブを着込み、緑色のショートマントを肩で巻いている。その傍らには魔法の水晶玉が置いてあった。男の見た目は若いが、それは愛飲している激苦い魔法の薬膳茶のおかげで若さを保っているのであり、実際は相当な老齢である。

 

彼は感慨深そうに眼を閉じていった。

「あれからもう一月になるか、時が経つのは早いものだ」

 

 その時、魔法界に振動が走る。校長が目を開くと深い知性の輝きを宿すグリーンの瞳が現れる。

「うん、地震? 大した揺れではないが、これはただの地震ではなさそうだ……」

 

「校長、新たなお告げが」

 彼の手元にあった魔法の水晶から女の声が語りかけた。水晶の中には黒い魔女のシルエットが浮き出ていた。

 

「なに、お告げじゃと?」

 校長は眉をひそめて言った。よほどの事でない限り、水晶からのお告げはないのだ。最大の脅威が魔法つかいプリキュアによって消滅した今、水晶からのお告げがあるのは晴天の霹靂(へきれき)というものであった。水晶の中の魔女はしばらく黙っていた。

 

 校長は彼女が困惑しているのを感じ取る。

「キャシー、どうした?」

 

「それが、いっていいものなのか……」

 キャシーと呼ばれた水晶が躊躇(ちゅうちょ)していると、校長はお告げがナシマホウ界の事であると予感した。今や魔法界からナシマホウ界に干渉する事が難しい状態なので、キャシーは言いあぐねているのだ。

 

「かまわん、教えてくれ」

「では……二つの世界の片割れに闇あふれ滅びの時迫る。その時、光と闇、二つの伝説が交錯するとありますわ」

 

「なんじゃと!?」 

 それから校長は怖いくらいに真剣な眼差しになって考えていた。

 

「二つの世界の片割れとはナシマホウ界のことか。そこに滅びが迫っていると言うのか? それに、伝説とはプリキュアことであろう。光と闇の伝説とは一体……」

 

 校長は自身が持ちうる知識を総動員して、予言の意味を吟味していた。

 

 一方で、魔法界中で地震が起こったその直後、魔法界に住む多くの人々、そして動物も空を見上げていた。魔法学校の噴水のある中庭でも、明るい赤紫色のとんがり帽子を被った魔法学校の制服姿の一人の少女が空を見ていた。

 

 彼女は少しばかり視界の妨げになっている帽子を取った。すると、一部を後ろでテールにしている菫色の長髪があらわになる。少女のきらめく赤紫の瞳には、空の青いキャンバスに光り輝く緑の線で刻まれた巨大な花が映っていた。

 

 魔法界で空を見ていた誰もがこの謎の文様に困惑したが、この少女だけはそれが友達の花海ことはを象徴する魔法陣の一部だとわかった。

「あれは、はーちゃん!? きっと、何かを伝えているんだわ」

 少女は走り出した。

 

 

 

 

「校長先生!」

 何もない目の前の空間に突然姿を現した少女に、考え事をしていた校長は少々驚いた。

「リコ君、そんなに血相を変えてどうしたんだね?」

「校長先生、空を見てください!」

 

 キャシーのお告げについて考えを集中させていた校長は、外の様子にはまだ気づいていなかった。彼が机の後ろの窓に近づいて空を見上げると、そこに描かれた文様を目の当たりにして目を見張った。

 

「なんと!? あれは魔法陣の一部のように見えるが、一体何が……?」

「きっと、はーちゃんです」

 

「ことは君が? ううむ、お告げと関連しているのか?」

「お告げって? なにかあったんですか?」

 

 心配そうに見つめるリコに、校長は一呼吸おいてから言った。

「緊急事態だ、ナシマホウ界に危機が迫っておる。何とかして向こうに行く手立てを考えなければならぬ。君にはもう一度ナシマホウ界に行ってもらうことになるだろう」

 

「行けるんですか、ナシマホウ界に……?」

 

 以前のように気軽にナシマホウ界に行ける状態でないことは、リコもよく知っていた。それだけに、ナシマホウ界にいる親友のみらいの事を思うと、胸が張り裂けそうになるくらいに心配になった。

 

「分からぬ。しかし、あの魔法陣をことは君が出現させたとすれば、何かあるのではないか。まずはあれから調査してみよう」

 

 それから校長は緊急に可能な限りの数の優秀な魔法つかいを集めて、それらを魔法陣の中心へと向かわせた。魔法陣の調査は数日間続いた。

 

 

 

 津成木町にある芝生公園の並木に満開の桜が咲き誇り、春風に花びらが吹雪く。公園の中央には噴水広場があり、周囲には鬼ごっこをする子供たちの楽しそうな声、母娘で手をつないで紡ぐ愛情があふれる声、ベンチに座って寄りそい愛を育む恋人同士の声、そんな人々の幸せが集まるこの公園の中をねり歩く少女がいた。

 

 彼女の名は朝日奈みらい、この春に中学三年生になったばかりの女の子である。

髪はブロンドのボブカットで左右の髪の一部で作った三つ編みを頭の後ろにまわし、両方の三つ編みを頭の右上の方で束ねて赤いリボンで結んでお団子にしている。

 

 みらいのラベンダー色の大きな瞳が陽光の下で輝く。服は濃いピンクの網目ストライプが入ったパフスリーブの袖のある薄ピンク色のブラウス、その襟には赤い紐タイが付いている。そして背中に小さなリボンの付いた水色のキュロットパンツ、白いハイソックスに赤いリボンの飾りが付いたピンクのシューズをはき、肩には過去に友人からもらった薄紫の肩紐のある巾着バッグをかけて、その中からくまのぬいぐるみが顔を出していた。

 

 並みの感覚を持った人間ならば、その可愛らしい少女の姿に目を引かれるだろう。

「ないなぁ」

 みらいは何かを探して公園中を歩いていた。そのうちに、桜の木の枝で怪しく輝く黒いものを見つける。

「あった!」

 

 少し高いところにあったそれを、みらいは腕をいっぱいに伸ばしつま先立ちしてやっとの思いで手に取った。そしてみらいは、その上下が尖ったいびつな多面体の黒い結晶を太陽の光にかざして見つめた。怪しい光を放つ漆黒を見つめていると、吸い込まれるような感覚と共に不安感が押し寄せてくる。

 

 みらいが黒い結晶を最初に見つけたのは、始業式が終わった後の帰り道だった。道端に落ちていた黒い結晶を初めて見た時、言いようのない恐怖に襲われた。そして、これは危険なものだと直感的にわかった。

 

それにもう一つ奇妙なのが、みらい以外の人間には黒い結晶が見えないようなのだ。家の居間で黒い結晶をまじまじと眺めていた時、母親から妙な顔で何をしているのかと聞かれた。説明すればするほど、母の表情は怪訝になっていった。それで、みらい以外の人間に黒い結晶が見えていない事が分かった。

 

そしてもう一つ、最近分かった事が、人間以外の動物は黒い結晶を認識しているという事だ。みらいは昨日、子犬が黒い結晶をくわえているところを見かけた。その時に危険だと思い子犬を可愛がって結晶を譲ってもらっていた。

 

「モフルンはこれ何だと思う? 魔法と関係あるのかな?」

 

 みらいはくまのぬいぐるみに話しかけるが返事があるはずもない。それでもみらいは以前モフルンが自由に動きおしゃべりしていた時と同じように今もお話をしている。例え動かなくてもモフルンには心があり、いつでもみらいの言葉を聞き、みらいと同じ景色を見ている事を知っているからだ。

 

 みらいはバッグのサイドポケットに黒い結晶を入れた。もう十数個の結晶を集めていた。みらいはこの黒い結晶を集めなければならないと素直に思っていた。特に理由はないが、そうしなければ何か恐ろしいことが起こるような、そんな気がしていた。

 

 公園に夕日が落ちる頃に、みらいが次の結晶を探そうと歩き出した時に地面が揺れた。

「うん? 地震だ……」

 

 大した揺れではなかったが、みらいが家に帰った時にニュースで世界中で騒ぎになっている事を知った。その地震は世界中で同時に起きていたのだ。つまり、一瞬だけナシマホウ界全体が揺れたのである。テレビの中で様々な専門家が、世界中で噴火が起こる前兆だとか、まだ人類が認識していない世界を横断する断層があるだとか言っていたが、みらいはきっと魔法の力だと思った。



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リコ、再びナシマホウ界へ

 夕日の差す薄暗い部屋の中で、長い黒髪の少女がジーンズの短パンにピンクのTシャツのラフな姿でベッドの上に座り込み、背中に蝙蝠の翼が付いた黒猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめていた。その黒い瞳は潤み、涙が溜まっている。端正で年の割には大人びている顔には、闇のような陰鬱さが広がり、少女は涙を零した。

 

「お母さん……」

 

 その時、世界中を揺るがす地震が起こった。しかし、小さな振動だったので、悲しみに沈んでいた少女は地震があったことにすら気づかなかった。少女が抱く黒猫のぬいぐるみは穏やかな笑顔を浮かべていたが、どこか悲しそうに見えた。

 

 

 

 魔法界を揺るがす地震があってから三日後の朝に、リコは校長と一緒に魔法の絨毯に乗って、巨大な魔法陣の中心へと向かっていた。彼女の目の前には見覚えのある魔法の文字が広がっている。校長は空飛ぶ絨毯(じゅうたん)を止めて話し始めた。

 

「この数日間の調査で驚くべき事実が判明した」

 

 魔法の箒ではたどり着けない高度の上空で、リコは強く吹き付けてくる風で帽子が飛ばされないように手で押さえながら校長の話に耳を傾ける。校長は魔法陣の中心を指さして言った。

 

「あの魔法陣の中心からトンネルのような空間が広がっておる。そしてそれはナシマホウ界までつながっているらしい」

「ここからナシマホウ界まで!?」

 

 リコは驚愕した。彼女は現在の魔法界からナシマホウ界までの距離は正確には知らないが、それが尋常でない事は容易に分かる。

 

「それだけではないぞ、魔法界はナシマホウ界から離れていくはずだったが、先の地震から魔法界は動いておらん、まるでナシマホウ界と鎖ででも繋がれたようにな。現在、二つの強力な魔法によって、二つの世界は通じておるらしい」

 

「二つの魔法?」

 

「ナシマホウ界側からも魔法のトンネルが伸びている事が確認された。そのトンネルを利用すれば、カタツムリニアでナシマホウ界まで行くことは可能だ、論理的にはな……」

 

 最後に校長が付け加えた言葉が、リコに不安を与える。

「……簡単じゃないんですね」

 

「うむ、現状ではあらゆる魔法を駆使したとしてもナシマホウ界に着くまでに数ヶ月はかかる。それ以前に、ナシマホウ界まで魔法のレールを敷くのに長い時間が必要だろう」

 

「それじゃ間に合いません!」

 

 リコが思わず立ち上がって言うと、ふかふかの絨毯の上でバランスを崩し、ごく小さな悲鳴と共に尻餅をついてしまう。そんなリコに校長は微笑を浮かべた。

 

「まあ、話は最後までききたまえ。実をいうと、トンネル内には既に魔法のレールが存在しておる。そしてトンネルには強力な魔力に満ちておって、それを利用すればカタツムリニアを極限まで加速する事が可能であろう。今なら一週間もあればナシマホウ界まで行けるはずだ」

 

 それを聞いたリコの胸に希望が生まれる。同時に安堵から笑顔が生まれた。

「良かった……」

 

「ことは君がリコ君をナシマホウ界に導いていることは確かじゃな。また苦労をかけることになるが、行ってもらえないかね?」

 

「もちろんです!」

 

 ナシマホウ界で良からぬことが待ち受けていることははっきりしている。それでもリコは親友のみらいに再び会うことができると思うと胸が踊った。



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小百合とラナの出会い

 (ひじり)ユーディア学園に終業のチャイムが鳴り響く。聖沢小百合(ひじりさわさゆり)は席を立ち、誰と言葉を交わすこともなく、たった一人で三年一組の教室を出ていく。彼女は転校してきてから一週間になるが、ほとんどクラスメイトと話をしていなかった。

 

 周りが冷たいというわけではない。小百合に人を寄せ付けない空気があるのだ。自分に近づかないでほしいという意思が、クラスメイトには目に見えるように伝わっていた。そのうえ、小百合が飛びぬけて容姿端麗な少女である事も拍車をかけている。

 

 小百合の鞄の中からは、いつでも黒猫のぬいぐるみが愛らしい顔を覗かせていて、小百合がそういう可愛らしい物が似つかわしくない感じもあり、それは生徒たちの目を引いていた。

 

 小百合はうつむいて、黒い瞳に悲しげな光を帯びながら街中を歩いていく。両サイドに小さな黒いリボンの飾りが付いた白のハイソックスに黒い革靴をはいた少女の美脚が数人の男性の目を引いた。小百合はそんな視線には全く気付かなかった。

 

 事故で母親を亡くして以来、ずっとそんな様子であった。街行く車のクラクションも、人々の雑踏の音も、悲しみに塗りつぶされた彼女の耳には届いていない。

 

 前から歩いてきた奇抜な姿の少女にも気づかなかった。少女は鍔本に赤、ピンク、黄のチェックリボンの付いた赤紫色のとんがり帽子を被っていた。いったん小百合の横を通り過ぎたとんがり帽子の少女は、すばしっこく走って戻ってきて、小百合の前にいきなり顔を出した。

 

「あれあれ? なんかすっごく悲しそう!」

 悲しみに沈んでいた小百合は少女の突飛な行動に面食らった。

 

「な、なに!?」

「そんなに悲しい顔しちゃって、どうしたの?」

 

 とんがり帽子の少女はレモン色の前髪を揺らし、人懐っこい笑顔で大きな碧眼を輝かせながら小百合をじっと見つめていた。そんな様子の少女に小百合は自分の悲しみがもてあそばれているような気がして腹が立ってきた。

 

「あなた何なのよ! いきなり見ず知らずの人に話しかけたりして、失礼よ!」

「だって、気になるんだもん! じゃあ、わたしが何でそんなに悲しい顔してるのか当ててあげるよ!」

 

 勝手なことを言い出す少女に、小百合は呆れて口を閉ざす。

「う~ん、可愛がっていたペットの鳥さんがいなくなったとか~」

 

 いなくなったという言葉に、小百合は過剰に反応した。端正な面立ちが暗い絶望の色に染まり、それを敏感に察知した少女は神妙になった。

 

「もしかして、もっとずっと悲しい事?」

「……先月お母さんが亡くなったのよ、事故でね」

 小百合それを言うつもりはなかったが、思わず口をついて出てしまった。

 

「うわあっ! それじゃあ、元気なんて出せないよね……。わたしもさ、お母さんいないよ! お父さんもだけどさ! でも、死んじゃったのはわたしがずっと小さい時だけどね! 今まではお祖母ちゃんの家にいたんだけど、そのお祖母ちゃんも最近死んじゃったの~」

 

 少女の明るさと話の内容の暗さのギャップに小百合は眉をひそめていった。

「あんた、一人ぼっちなの?」

 

「そういうことになるのかな~。あ、そうだ! わたしの秘密教えてあげるよ!」

 とんがり帽子の少女は小百合の手をつかんで路地裏へと走り込んだ。小百合は迷惑そうな顔をしながらも、少女に付き合ってあげることにした。

 

 少女はマッチ棒のようなものを出して、それを振っていた。小百合は少女の服装に気を取られていた。白のブラウスに裾にフリルの付いた明るい赤紫のスカート、胸元に帽子と同じチェックリボンが付いていて、その服の上にスカートと同じ色のケープをまとっている。そして黒いハイソックスに赤紫色のシューズ。可愛らしいが、どこか浮世離れしている感じがする。それにとんがり帽子を合せると、まるで魔法つかいのようだ。

 

 少女が振っていたマッチ棒のようなものからいきなり白い煙が沸き立って小百合は驚いて目を開いた。煙の中から少女が取り出したものは黄色い柄の箒であった。その箒の先端には夕日色のリボン、根元の部分には銀色の鎖に赤い月と赤い星をあしらった飾りが付いている。

 

「な、なに? 手品?」

「手品じゃないよ、魔法だよ」

「はあぁ?」

 

 唖然とする小百合をよそに、とんがり帽子の少女は箒にまたがった。

「箒に乗って空を飛べば、ファンタジックで気分も晴れるよ! わたし魔法は全然駄目なんだけど、箒に乗るのだけはうまいんだ~。 これ、自分用にチューンナップしたレーシング用の箒なんだよ、すっごい早いんだから!」

 

 小百合はもはや少女の言うことが理解できず、口を開いたまま固まっていた。

 ――この子なんなのかしら? わたしの事からかってるの?

 

 目を細めて疑わしい視線を送る小百合に、少女は無邪気な笑顔で言った。

「後ろに乗って、はやくはやく!」

 

 小百合は少女の大きな碧眼の輝きを見て純粋な好意を感じた。小百合を元気づけようとしている事がはっきりわかるので、無碍に断ることもできない。小百合は仕方なく付き合ってあげることにした。

 

 ――バカらしい、わたし何やってるのかしら。まあ、ここまでやってあげればこの子も満足するでしょう。

 などと考えながら、小百合は箒にまたがり少女の後ろに付いた。

 

「いくよ~、キュアップ・ラパパ! 箒よ飛べ~っ!」

 

 魔法の言葉を唱えると、箒の下で空気が爆ぜ、周囲に気流が起こって小百合の長い黒髪や紺色のブレザーと青と赤と灰色のチェック柄のスカートが激しくはためく。同時に足が地面から離れるのを感じた。

 

「え? え? ええぇーっ!?」

 少女と小百合を乗せた箒がどんどん上昇していた。

 

「本当に飛んでるわ! どうなってるの!?」

「だから飛ぶっていったじゃん」

 

「箒で飛ぶなんて、まるで魔法つかいじゃない!?」

「アハハ、わたし一応魔法つかいだよ~」

 

 箒はどんどん上昇し、見下ろす街はジオラマのように小さくなっていた。

「ちょっと、あんた、高すぎるわよ!」

 

「大丈夫、大丈夫! いっくよ~、ご~」

 箒は凄まじい速力で飛び出した。小百合は強烈な風圧でのけ反り長い黒髪が水平に泳いだ。

 

「きゃあああぁっ!?」

 二人の乗った箒が通り過ぎた後に小百合の悲鳴が残った。

 

「あ、あんた、速すぎるわよ!」

「大丈夫だって、わたし箒乗りだけはうまいんだから。この箒は一人用で二人乗りは絶対いけないって先生にいわれたけど、全然平気でしょ?」

 

「あんた、この状況で何て恐ろしい事いいだすのよ! お願いだから降ろしてちょうだい、落ちちゃうわ!」

「それは心配ないよ。箒と体は魔法でくっついてるから、こんなことしても大丈夫なんだよ」

 

 少女は箒を操って錐もみ回転させる。

「いやぁーーーっ!」

 小百合は目を回しながら悲鳴を上げる。その次はジェットコースターよろしく3回連続の高速大ローリング、小百合は悲鳴をあげっぱなしだった。

 

 箒一本に体を預け、足場もない状態での空中曲芸は小百合にトラウマ級の恐怖を与えた。

 

 

 

 小百合は高い丘の上にある大木の下で倒れてうつ伏せになっていた。もはや精も根も尽き果てたというような有様である。

 

「楽しかったでしょ!」

 とんがり帽子の少女が言うと小百合がばっと起き上がって憤った。

 

「冗談じゃないわ! 本当に死ぬかと思ったわよ!」

「大げさだなぁ」

「決して大げさではないわ! もうあんたの箒なんて二度と乗らない!」

「ねぇねぇ見て、夕日がすっごくファンタジックだ~」

 

 そう言われて小百合が視線を街の方に投げると、真っ赤な輝きが目に飛び込んできた。小百合は無意識に立ち上がり、少女と並んでその光景を見つめた。高台から見下ろす街の後方に沈んでゆく夕日が見える。

 家々や木々は陽光で真っ赤に燃え立ち、斜めに落ちた影が絶秒なコントラストになっていた。少女たちは夕の輝きを受けながらその光景に魅入っていた。

 

「ねぇ、少しは元気になった?」

 少女にそう言われて小百合は心が軽くなっていることに気づいて微笑を浮かべた。

 

「ええ、少しはね。ありがとう、えっと」

「わたしラナっていうの!」

「わたしは聖沢小百合よ」

「ひじりさわさゆり? ナシマホウ界の人は長くて変な名前を付けるんだねぇ」

 

「聖沢は苗字で小百合が名前よ!」

「みょうじ? みょうじってなあに?」

「あんた、本当に苗字がわからないの?」

「魔法界にはみょうじなんてないもん」

 

「その、さっきから言ってる魔法界とかナシマホウ界ってなんなの?」

「ここがナシマホウ界で、わたしは魔法界からやってきたの!」

 

 小百合は少し考えてラナの言うことを理解しようと努めたが無理だった。彼女は頭をおさえて言った。

 

「……何だか頭が痛くなってきた。わたしは街に帰るわ」

「じゃあ箒に乗って、送るから!」

「もう二度と乗らないっていったでしょ!」

「でも、街あれだよ」

 

 ラナは遥か遠くに見える街を指さしていった。歩いて帰れる距離でないのは一目瞭然だ。結局、小百合はもう一度ラナの箒に乗るはめになった。

 

「今度はゆっくり飛んでよ」

「うん、わかった! キュアップ・ラパパ、箒よ飛べ~」

 

 二人を乗せた箒は上昇してから高速で飛び出した。

 

「ゆっくりっていったでしょ!」

「これでもゆっくりだよぅ」

 

 少女二人を乗せた箒は、暮れ行く街へと降りて行った。

 

 

 

 それから数分後に小百合とラナは見事な薔薇の花壇がある広場に着地していた。

 

「とても疲れたわ……」

「じゃあね、小百合」

 

「ちょっと待って、あんたの家はこの近くなの?」

「家は魔法界だから全然近くないよ」

 

「……じゃあ、どこで寝てるの?」

「色々だよ。今日はさっきの丘の上にあった木の下で寝ようと思ってるよ」

 

 当然のように言うラナに小百合は驚愕した。

「の、野宿!?」

「そうだよ~」

「ちょっと一緒にいらっしゃい」

 

 小百合はラナの手をつかむと強引に引っ張った。

 

「うわわ、どしたの?」

「あんたを家に置いてもらえないかお爺様に頼んでみるわ。……いいえ、必ず置いてもらえるようにするわ」

「え、いいの?」

「女の子を野宿させるわけにはいかないわ。それに、あんたが何者なのか教えてもらわないと夜も眠れないわよ」

「小百合って優しいね!」

 

 こちらを見上げて言うラナに、小百合はあらぬ方向を見て目を合わせようとしなかった。優しいなどと面と向かって言われて、なんだか恥ずかしくなったのだった。

 

 それから少しだけ時が過ぎたところから物語は始まる。



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第1話 ミラクルでマジカルな出会い再び!
正義の魔法つかいの噂


 朝日奈みらいは、いつものように登校していた。鞄を前に持ち、歩くのに合わせて彼女のベージュのブレザーや裾に白いストライプの入った明るい紅色のスカートが揺れ動く。

 

 みらいは商店の前で立ち止まり、ガラスに映った自分の姿を見て胸元にあるピンクのリボンタイの位置を少し直した。それからまた歩き出すと、他校の男子生徒が可愛らしい少女が歩いてゆく姿に目を奪われて足を止めた。

 

 彼はみらいの顔と、その次に歩く度に交錯する足に魅入る。みらいは革靴の下に左右にピンクのハートの刺繍が入った白いハイソックスはいていて、その可愛らしいデザインがよく似合っていた。みらいはそんな男子の姿にはまったく気づいていない。最近は前に見た黒いプリキュアのことばかり考えていた。

 

 ――あのプリキュアたちはどこからきたんだろう? どっかの誰かがプリキュアになっているんだとしたら、津成木町に住んでる人なのかな? それに、どうやって変身してるんだろう? やっぱりぬいぐるみ?

 

 下を向いて考えてばかりいたみらいは、前からきた誰かと衝突してしまった。

「わっ!?」

 

 みらいが尻餅をついて見上げると、長い黒髪の美少女がこちらを見ていた。

「あなた、大丈夫?」

「ごめんなさい! ちょっと考えごとしてたらぼーっとしちゃって」

 

 その時、ちょうどみらいの目線に黒髪の少女の鞄から顔を出す黒い猫のぬいぐるみがあった。みらいは思わずそのぬいぐるみをまじまじと見つめた。黒猫の赤い星マークが入った青い瞳に見られているような気がした。

 

「さあ、立って」

 黒髪の少女が手を出し、みらいはそれを握って立ち上がる。

 

「ありがとう」

「気を付けて歩きなさいね。ぶつかったのがわたしだから良かったけど、車だったら大変よ」

 

 彼女はそういってみらいの前を歩きだし、隣にいたレモンブロンドの少女がいった。

「小百合にあたって女の子が吹っ飛んだよ、小百合は鉄の女だね!」

「あんた、失礼ね!」

 

 みらいはそんな二人の少女の後姿を見て微笑する。あの二人はとっても仲がいいんだなと思うと、親友のリコのことを思い出して急に寂しくなった。

 

 

 

 みらいが教室に入り席に座って教科書などを確認していると、黒髪を髪留めで左右に分けてまとめている小柄な少女がすごい勢いで走ってきた。

 

「みらいーっ!!」

「ど、どうしたの、かな?」

「大変よ、近くの中学校で正義の魔法つかいが出て怪獣を倒したんだって! 街中で噂になってるわ!」

「今、魔法つかいっていいました!?」

 

 かなが何度も頷くと、みらいはとても楽しくなり心の底から湧いてくる気持ちを声にした。

「それは、ワクワクもんだね!」

「でしょーっ! 放課後にまゆみと一緒に正義の魔法つかいの真相を究明するわ。みらいも一緒にいくでしょ!」

「もちろんだよ!」

「よーし、やるわよ! 最近、魔法つかいが現れなくなって寂しかったから、もうやる気止まらないわ! 今すぐにでも聞き込みしたいくらいよ!」

「放課後が楽しみだね!」

 

 かなは一年ほど前から魔法つかいを追って聞き込みなどをしていたので、その魔法つかいに対する情熱は半端なものではなかった。一方でみらいは正義の魔法つかいの正体はあの黒いプリキュア達じゃないかと思っていた。もしそうなら、あのプリキュア達が何者でどこからきているのか知りたかった。

 

 

 

 放課後、着替えもせず鞄も持ったままでみらい達は正義の魔法つかいが出たという私立の中学校に向かっていた。

 

「鞄くらいは置いてきても良かったんじゃないの?」

 前髪をお気に入りのヘアピンで止めている栗色の髪の女の子が言った。彼女はまゆみと言って、みらいとかなとは親しい友達であった。

 

「ダメよ、家になんて帰ってたら学校の生徒がいなくなっちゃうわ。なんとしても下校時を直撃するんだから!」

 魔法つかいの出現の噂に燃えまくるかなに、まゆみはもう何もいえなかった。こうなってしまっては、もう黙って付き合うしかないのだ。魔法つかいに対する彼女の情熱はもはや誰にも止められなかった。

 

「聖ユーディア学園って頭もいいし、生徒にはお金持ちが多いって聞いたことあるよ。なんだか緊張するなぁ」

「そんなこといってたら聞き込みなんてできないわ! さあ行くわよ!」

 

 かなはみらいに言って走り出した。かなのテンションについていくのは大変だが、みらいもまゆみも噂の魔法つかいには興味津々だったので、かなと一緒に走って聖ユーディア学園に向かった。

 

 例の学校に近づくと下校する生徒の姿が見られるようになった。かなは手帳とペンを手に臨戦態勢へ移行し、聞き込みの対象を物色しはじめた。

 

「まずはあの二人に話を聞いてみましょう! 黒髪の大和撫子と金髪の美少女なんて、いかにもなにかありそうじゃない」

「あ、あの人、朝ぶつかっちゃった人だ」

 

 かなが最初のターゲットに選んだのは、今朝みらいが出くわした小百合とラナであった。二人は会話しながら歩いていた。

 

「ねえ、小百合、公園によっていこうよぅ」

「そっちは遠回りなんだけど」

「いこうよぅ、公園」

「はいはい、イチゴメロンパンね」

「なんでわかったの!? もしかして本当は魔法つかいでお告げがあったとか!?」

「一緒に生活してれば、あんたの単純な思考なんて読めるようになるわよ」

 

「今、魔法つかいっていいました?」

 

 いきなりみらいに話しかけられて、小百合は少し驚いて立ち止まった。その時、ラナが胸のところに置いたグーに力を込めていった。

 

「はい、いいました!」

「げっ!?」

 

 ラナの予想の斜め上をいく行動に小百合は変な叫び声と一緒に冷や汗が出てくる。

 

「おお、いいましたか!」

「はい、いいましたよ!」

 

 小百合は変なシンクロを見せるみらいとラナの間に割って入った。

「別に深い意味はないわ、話の流れでそういう言葉が出てきただけよ」

 

 小百合が出てくると、みらいはいきなりしゃがんで小百合が持っている鞄の方を見つめる。

「可愛いぬいぐるみだね、黒猫さんだねぇ」

 

 みらいは小百合の鞄から顔を出している黒猫のぬいぐるみを見ていると、やっぱり見つめられているような気がした。小百合は予想外なみらいの行動にさらに焦って鞄を後ろに隠した。

「デビ……」

 

 その声を聞いたみらいの動きが一瞬止まる。

「今、かばんの方から声が聞こえたような……」

 

「まさか、そんなわけないでしょ! きっと空耳よ!」

 

 小百合は冷静さを装ってみらいにいったが、内心は焦りまくっていた。ラナが余計なことをいいそうなので気が気ではない。なんとかこの場を逃れたいが、いきなり走って逃げだしたりすると余計に怪しまれる。どうにかしなければと小百合が考えていると、まゆみがラナの方を見ていった。

 

「その腕輪、可愛いわね」

「いいでしょ、小百合とおそろいなんだよ!」

「ふたりでおそろいの腕輪なんて、なんだか意味ありげね」

 

 小百合の心配が現実のものとなっていく。腕輪のことには一番触れてほしくなかったのに、ラナは平然とそれを見せびらかしていた。

 

「おそろいの腕輪かぁ」

 みらいは胸を押さえていった。制服の裏側にはいつも肌身離さず持っているリコとおそろいのペンダントがあった。みらいは目の前にいる二人が、自分とリコのような親友同士なんだろうなと思った。

 

「もしかして、二人は愛を誓い合った仲とか?」

 まゆみがとんでもない冗談いいだして、小百合はどう返せばいいのか迷った。その隙にラナがいった。

「まあ、そんなようなものかなぁ」

 

『ええーっ!?』

 みらい達は3人で同時に驚き、もう小百合は叫びだしたいような気持だった。

 

「ちょっと、ラナ、いい加減なこというんじゃないわよ!! 誤解されるでしょ!!」

 小百合が本気で怒り出すので、それでラナはびっくりしてしまった。

 

「ご、ごめんね、じゃあいい加減じゃないようにいうよ。この腕輪はね、プリっ」

 間一髪のところで、小百合はラナを捕まえて右手で口を塞いでいた。その手首にはラナと同じ形の腕輪が光っている。

 

「プリ? なに、その先は!?」

 みらいが異常なほどに反応して二人に迫る。追い詰められた小百合は嘘のように焦りがなくなり、心を急速に冷凍でもするように何かを超越した冷静さを宿す。

 

「そんなに知りたいなら教えてあげるわ。これはね、プリンアラモードの誓いの腕輪よ」

 

「プリンアラモード!?」

 

「そうよ、わたしたちはプリンアラモードが大好きなの。このプリンアラモードが大好きな素敵な気持ちを忘れないようにという誓いの腕輪なのよ」

 小百合はラナの口を塞いだ状態でまことしやかに話す。

 

「プリンアラモードの誓いなんて変わってるわね……」

 まゆみは口を半分あけて何ともいえないという表情だった。

 

 小百合はラナを開放すると、その肩を掴んで無理やり自分の方に振り向かせて目と目をしっかり合わせた。小百合の瞳の中にはもはや怒りを通り越し、悪魔的な冷徹さと非情さが(かも)す闇が広がっていた。それに見つめられたラナは命の危険すら感じた。

 

「ねえ、ラナ、プリンアラモード好きよね?」

「ひぃぃ! 好きです、大好きです! もうプリンアラモードには目がなくって~っ!」

「まあ、そういうことだから、この腕輪の話はもう終わりね」

 急に笑顔になっていう小百合の姿に、みらい達は背筋が凍った。

 

 みらいとまゆみは小百合の内なる迫力に圧倒されてしまったが、魔法つかいへの情熱を燃やすかなには恐れなどなかった。

「そんなことよりも、正義の魔法つかいよ! あなた達の学校で出たっていう正義の魔法つかいについて知ってることがあったら教えて!」

 

 顔を引きつらせる小百合の横で、ラナが大きく頷く。

「それならよく知ってるよ~」

 

「本当に!? どんなことでもいいから知ってることを教えて! 見た目とか髪型とか、どんな魔法つかうとか、身長とか体重とか生年月日とか!」

 みらいとまゆみが後半の質問はないなと思っていると、ラナが言った。

 

「生年月日? えっとね、生年月日はね~」

 その刹那、小百合がまたラナの肩を掴んで自分の方に振り向かせる。

「ラナ、公園でイチゴメロンパンが待っているわよ!」

「おお、そうだった! イチゴメロンパン!」

「ホイップがけだろうがチョコトッピングだろうが、何でもかかってきなさい!」

「やった~!」

「さあ公園にいくわよ!」

「お~」

 ラナは手をあげて、さっさと先に歩き出した。

 

「イチゴ! メロンパン! イチゴ! メロンパン! ついでに闇の結晶も見つけよ~」

「余計なこというんじゃないの!」

 

 ラナは小百合にどやされていた。去ってゆく二人をみらい達は唖然として見送った。その時、小百合が振り向いてみらいを見つめた。それは本当に一瞬のことだったが、みらいを見る小百合の目はとても鋭かった。

 

「変わった人たちだったね……」

「あの黒猫さんのぬいぐるみ、もっとよく見てみたかったな」

 

 まゆみとみらいが小さくなっていく小百合たちを見ながら言った。

 

「そんなことより聞き込みよ! すみませんそこの人、ちょっとお話聞かせて下さい!」

 かなは二人を置いて下校中の聖ユーディア学園の生徒たちに突撃していった。

 

 かなの積極的な聞き込みによって、色々なことが分かった。学校に現れたのは獣の骸骨のような仮面をかぶった怪物で、それを倒したのは黒っぽくて可愛らしい姿をした二人組の女の子だとか、その二人が魔法を使って怪物を倒したことや、学校の屋上まで一気にする人を超えた身体能力があるだとか、聞き込みに応じた大抵の生徒はそんなようなことをいっていた。そしてみらいは、その二人の女の子が前に見た黒いプリキュア達であることを確信した。



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白猫フェンリルと強襲のヨクバール

 かなの聞き込みに付き合った後は、みらいは家に戻って着替えて最近の日課になっている黒い結晶を探しに公園に出かけた。モフルンはいつものように巾着バッグから顔を出している。

 

 この日みらいはいつかリコと出会った時のように、桜が満開に咲く公園の中をモフルンと一緒に歩いていた。

 

「今日はぜんぜんないなぁ」

 いつも公園を散歩すればいくつか見つかる黒い結晶が今日は一つもなかった。

 

「他の場所にいってみようか」

 みらいはモフルンに向かっていった。

 

 夕方近くなり公園には花見に集まる客が増えていた。大人たちが桜の美しさを楽しみながら酒を酌み交わし、楽しそうに雑談する姿があちこちに見られる。公園の中で鬼ごっこなどをして遊ぶ子供や、ジョギングや散歩をする人も多かった。その中を白い猫が歩いていた。

 

 野良猫のようだが人など恐れもせず、近づいて触ろうとする子供や少女を巧みな身のこなしで避けていく。その左目は金色、右目がターコイズブルーのオッドアイで、長い尻尾は毛が多くふんわりとしている。その尻尾を優雅に揺らして歩く姿には気品があった。そして白猫は首から黒いタリスマンを下げていた。それは怪しげな黒い魔法陣の形をしていた。

 

「タリスマンが強く反応している、すぐ近くに闇の結晶があるね」

 人の言葉を発した白猫は反応するタリスマンに従ってみらいの背後に近づいていく。

 

「ちょいと待ちな、そこの人間」

「はい?」

 みらいが振り向くと、そこには誰もいなかった。

 

「あれ、今誰かに呼ばれたような……」

「目の前で呼んでるよ!」

「ええ!? 声が聞こえるのに姿が見えないなんて!?」

「どこ見てんだい、下だよ下っ!」

 

 みらいが視線を落とすと、足元に白い猫が座ってこちらを見ていた。驚いたみらいはしゃがんで白猫をよく見た。至宝の宝石のように美しいオッドアイを見つめると驚きは即座に感嘆に代わる。

 

「きれいな白猫さんだね! あなたしゃべれるの?」

「わたしの名はフェンリル、ロキ様のために闇の結晶を探しているのさ。あんたは闇の結晶をたくさん持っているだろ、それを渡してもらおうか」

 

「本当にしゃべってる! そうか、誰かに魔法をかけてもらったんだね」

「ちがうよ、わたしはしゃべれる猫なんだよ!」

 

「すごい! 猫をずっとしゃべれるようにできる魔法なんてあるんだね!」

「ちがーう! 魔法は関係ない、魔法から離れろ! ええい、面倒だね!」

 

 白猫はみらいの想像できない素早い動きで跳んで、みらいの巾着バッグにしがみ付いてポケットの中に頭を突っ込んだ。それはほんの一瞬のできごとで、みらいが気づいた時には目の前で白猫が黒い結晶を口にくわえていた。

 

「その黒い結晶は、わたしのバッグの中からとったの!?」

 

 白猫フェンリルは首を振って近くの桜の木に黒い結晶を投げつけた。桜の木の太い幹に結晶がくっつくと、フェンリルは猫の手でタリスマンを触っていった。

「ロキ様から頂いた闇の魔法とやらを使ってみるかねぇ」

 

「闇の魔法!?」

 みらいにとって信じられない言葉がフェンリルの口から出てきた。

 

 座っていたフェンリルは四肢で立ち、頭を低く地面に前足の爪を突き立てて、相手を威嚇するような態勢になって叫んだ。

「いでよ、ヨクバール!」

 

 フェンリルの声に反応しフェンリルのタリスマンから闇の波動が広がる。その瞬間、フェンリルは苦しそうに顔を歪めた。フェンリルのタリスマンから魔法陣が浮き出て、それがゆっくり回転しながら空へと上昇してゆく。同時に魔法陣は見る間にその面積を増し、ついに上空に巨大な闇の魔法陣が刻まれた。

 

 そして、闇の結晶を宿した桜の木が恐ろしい吸引力で闇の魔法陣に引かれ、地にはった根っこごと引きはがされた。桜の大木と闇の結晶が魔法陣の中心に吸い込まれると、竜の骸骨が現れて巨大な口を開く。竜の骸骨が魔法陣から離れると、同時に闇の魔法陣から恐ろしい影が引き出されていく。その黒い影があれよという間に形を成す。影が長く伸びて両手両足となり、人のような姿になっていく。唐突に影が晴れると頭が竜の骸骨の木人が現れた。

 

「ヨクバアァーーーールッ!!」

 その凄まじい声でみらいの体が震えた。

 

 突然現れた化物の姿を見て辺りにいる人々が声を上げて逃げ出していく。みらいだけがその場から動かずにヨクバールを見ていた。体そのものが凹凸のある樹木そのもので、頭と背中から無数に突き出る枝から桜の花を咲かせ、竜の骸骨はときどき青い炎を吐き出す。そして何もないドクロの目の中に異様に輝く赤い光が現れてみらいを(にら)んだ。

 

「こ、これがヨクバール!? こんなの見たことない……」

 

 目の前にいるのは、みらいがかつて戦ったヨクバールとは次元の違う怪物であった。みらいは心底怖くなって後ずさった。プリキュアであった頃なら強く立ち向かえたが、今はその力は失われているのだ。

 

 フェンリルが歩いてきてヨクバールの足元に座った。

「命が惜しければ、あんたが持っている闇の結晶をおいて立ち去りな」

「闇の結晶って……」

「あんたのバッグにしこたま入ってるだろ」

「これ、闇の結晶っていうんだね」

 

 みらいはバッグを抱き込んでフェンリルと対峙する。彼女の強い気持ちがラベンダーの瞳の輝きに現れていた。

 

「どうしたんだい、さっさとそいつを渡しな」

「これは絶対に渡さない!」

「なんだって? あんた命が惜しくないのかい?」

「あなたが何者かも知らないし、これが何なのかもわからない。でも、あなたが悪者でこれを悪いことに利用しようとしていることはわかるよ。だから、これは渡さない!」

 

 フェンリルは目を細くして侮る笑みを浮かべる。

「まったく人間てのはよくわからない生き物だね。まあいいさ、渡さないというなら奪い取るまでだ」

 

 みらいが走り出してモフルンをバッグごと抱えて逃げる。

 

「逃げられるものか、行けヨクバール! あの娘から闇の結晶を奪い取れ!」

「ギョイ―ッ!」

 

 竜骨の仮面をかぶった異様な木人が一歩ごとに地鳴りを起こしながら動き出す。みらいはときどき後ろを振り返りながら走り続けていた。そして急に曲がって、一本の桜の木の陰に隠れる。ヨクバールはみらいの姿を見失って竜の骸骨を左右に振った。フェンリルがヨクバールの巨体を素早く駆け上がって肩に乗り辺りを見渡しつついった。

 

「隠れたって無駄さ、人間ごときがヨクバールから逃げ切れるはずがない」

 フェンリルは桜の木の陰にみらいの姿を見つけると、口の端を歪めて牙を晒し怖い笑みを浮かべる。

「そこだ!」

 

 敵に見つかったことを悟ったみらいは公園の道を全力で走り出した。フェンリルは遥かに高い場所から逃げてゆくみらいの背中を見つめていった。

 

「ちょこまかと面倒くさい、ヨクバール、一気にやっちまいな!」

「ヨク――ッ!」

 

 ヨクバールが竜の顎を開き、その奥にある黒い渦を巻く空間に急激な勢いで空気が吸い込まれていく。同時に間近にある桜の木から花まで根こそぎ引きちぎって飲み込んでいく。まるで後ろ髪を引かれるような異様な空気の動きを感じたみらいは一瞬後ろを振り返ると、大口を開けてこちらを睨むヨクバールの姿が目に飛び込んできた。みらいは全力を振り絞って走り続けた。

 

「ヨクバァ―――」

 ヨクバールが奇妙な雄叫びと共に、渦を巻く花吹雪をみらいに向かって吐き出す。美しい見た目とは相反する常識では考えられない威力の竜巻がか弱い少女に襲いかかる。唐突に背中から暴風を受けたみらいは、成す術もなく桜吹雪の竜巻に巻き込まれて上空に吹き上げられる。

 

「ひゃあぁ―――っ!?」

 そんな状態でもみらいは巾着バッグを放さずにしっかり持っていた。

 

 フェンリルは強烈な竜巻に巻き込まれて螺旋状に昇っていくみらいを見上げて言った。

「いいかげんに闇の結晶を渡しな! このままじゃ、あんた本当に死んじまうよ!」

「絶対にいや!」

「なんて強情な娘なんだい!」

 フェンリルは舌打ちをして考えた。

 

 ――人間の小娘ごときを殺してまで闇の結晶を奪うんじゃあさすがに後味が悪い。そこまでしなくても、闇の結晶を奪うのはわけもない。いったん攻撃を止めさせるかね。

 

 荒れ狂う花吹雪の中、みらいは凄まじい風圧でろくに息もできないような状態だった。首から下げているピンクのペンダントは強風で空を舞い、次第に腕の力が失われ、ついにモフルンがみらいの腕から離れて巾着バッグから花吹雪と一緒に巻き上げられてしまう。

 

「モフルン!!」

 みらいは離れていくモフルンに向かって必死になっていっぱいに手を伸ばすが、モフルンは無数のはなびらと一緒にそれよりもはるか高い上空へと飛ばされていく。

 

「モフルン……」

 みらいはもう一度その名を呼んだ。ただの少女でしかない今のみらいでは、どうにもしようがなかった。みらいにはこんな時に助けてくれる親友がいる。しかし、彼女がここに現れる可能性は万に一つもない。みらいにはそれが嫌というほどに分かる。このままではモフルンと離れ離れになってしまう、そしてそれはもう避けられない事実となりつつあった。

 

 絶望的な状況にみらいのラベンダーの瞳が潤み、涙が滲んだ。もうみらいは何も考えられなくなり、周囲の音まで感じなくなった。あるのはただ、大切な大切な家族のモフルンが失われるという絶望感だけだった。

 

 その時、別の少女がモフルンに向かって手を伸ばした。そして彼女が空へ舞い上がろうとするモフルンの右手をしっかりつかんだ。その瞬間、花びらと風の中で魔法つかいの姿をした少女の菫色(すみれいろ)の髪がたなびく。

 

 みらいの視界に突然飛び込んできた箒に乗っている魔法つかいの少女、みらいはその少女を誰よりもよく知っている。しかし、驚きのあまり声が出なかった。これは夢か幻ではないかと疑ったほどであった。魔法使いの少女は方向転換して高速でみらいに接近してくる。

「みらいーっ!!」

 

 少女が呼ぶ声でみらいの意識が呼び覚まされ、これがまぎれもない現実であることを悟る。その瞬間に思考を越えた声がみらいの胸の奥からあふれ出した。

「リコ!!」

 

 リコはモフルンを右腕で抱え、左手をみらいに向かってのばす。みらいは右手をのばし、空中で二人の少女の手が重なり合い、しっかりと結ばれた。リコがみらいを引き寄せ、みらいはリコに抱きついた。

 

「間に合ってよかったわ。まあ、計算通りだし」

「リコ! リコっ!」

 

 二人が抱き合うと、みらいとリコが身に着けている同じ形のペンダントにダイヤのリンクルストーンが現れて輝き、モフルンがその光に照らされる。

 

「苦しいモフ」

 抱き合う二人の間から声がもれた。

 

 みらいとリコが少し体を離すと、二人の間に挟まっていたモフルンが姿を現した。その見た目が先ほどまでとは少し変わっている。青くなった目に黄色の星が入り、首元のピンクのリボンの中央に丸いブローチが現れ、手の肉球はピンクのハートに、耳にもピンクの星が現れていた。

 

「モフルン!」

 みらいは考えもしなかった奇跡の連続に心が震え、涙がこぼれた。モフルンは微笑を浮かべ、リコの方を見上げて言った。

 

「リコ、ありがとうモフ。もう少しでみらいとお別れするところだったモフ」

 リコは無言の頷きでモフルンに答えてから言った。

 

「再会を喜ぶのは後にしましょう」

 みらいとリコは箒の上で地上からこちらを見上げる異様な怪物を見つめていた。二人の少女の気持ちが熱く高ぶり、戦いの兆しが強くなっていく。

 

 フェンリルは空を見上げて目を細める。

「いきなり魔法つかいが現れるとはね。だが、人間の使う魔法などヨクバールに通じやしない。わたしが闇の結晶を奪うという事実に変わりはない」

 

 リコとみらいは地上に降り立ち、後に箒から飛び降りたモフルンが二人の間に立った。強大な力を持つヨクバールに二人の少女と一体のぬいぐるみが対峙する。

 

 みらいとリコは見つめあい頷くと、左手と右手を重ねた。そして繋いだ手に金色のとんがり帽子に小さなハートと星をそえたエンブレムが現れ、つないだ手を後ろ手に、みらいは輝きを放つ桃色の衣に、リコは紫色の衣にその身を包み、みらいが右手をリコが左手を上に高く上げて同時の魔法の呪文を唱えた。

 

『キュアップ・ラパパ! ダイヤ!』



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伝説の魔法つかいとヨクバールの戦い

『キュアップ・ラパパ! ダイヤ!』

 

 みらいとリコのペンダントから出た白い閃光が同じ形のダイヤとなってモフルンの胸のブローチの上で重なって一つになる。みらいとリコがモフルンの手を取って三人で手をつなげば勇気あふれる希望の輪に、そして3人はメリーゴーランドのようにゆるりと回転する。

 

『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 みらいとリコが伝説の魔法の言葉を唱えると、モフルンの体に白いハートが現れ同時にブローチのダイヤも光る。ダイヤからあふれた閃光が交錯し、次の瞬間に辺りに星とハートの形のクリスタルをちりばめたような不思議な光に満たされる。その輝きにあふれる世界で、みらいとリコの姿が変わっていく。

 

 みらいの金髪は長く伸びてふわりと広がり、前髪の一部が伸長して頬へと流れる。上半身は白のパフスリーブ、下半身はホットピンク、ピンク、白の3重フリルスカートのドレスが現れ、胴回りに金の指輪を半分に切ったような半円に銀の鎖を繋げた円環のジュエリー、鎖の部分には赤、青、白の球形のクリスタルが数珠つなぎに付いている。足にピンクのハイヒール、縁が花弁のように開いている白のハイソックス、足首には金のリング、続いてブロンドに赤いリボンで結んだサイドテールとハートの飾りが可愛い小さなピンクのとんがり帽子が付いたカチューシャが現れる。

 

 リコの髪は腰の下まで流れるほどに長くなり、前髪の一部が伸長して額から顔にかけて垂髪となる。胸のあたりに白い房飾りが付いたオフショルダーの紫のドレス、背中に白いマントがひらめく、スカートは紫と薄紫の二色の桔梗を重ねたように広がり、その下には白いプリーツスカート、足には黒いヒールのロングブーツ、菫色のロングヘアの上部には赤いリボンと鳥が翼を開いたようなウィングテール、側頭部に小さな星光る黒いミニサイズのとんがり帽子の髪飾りが現れる。二人が手を取りあえばその手が金の腕輪のついた白い手袋と黒いロンググローブに包まれ、そしてみらいの胸に大きな赤いリボン、リコの胸と腰の左側に小さな赤いリボンタイ、二人の胸のリボンの中央にあるダイヤが同時に輝きを放つ。

 

 天からまばゆい光が降り注ぎ、二人は手をつないだままその光の中に吸い込まれていく。

 

 地上に現れしペンタグラム、2重円の内に五芒星、その五芒星と円の間の隙間に五つハートが並び光を放つ。その上にプリキュアとなったみらいとリコが召喚された。みらいは魔法陣の右、リコは左側に、二人のプリキュアが魔法陣から跳躍して地上へと降臨する。

 

 ブロンドの少女は右手を上に人差し指でくるりと円を描き、その手を右下へと振り下ろし、

「二人の奇跡、キュアミラクル!」

 

 菫色の髪の少女は左手を上に人差し指で優雅に円を描き、その手を左下に振り下ろし、

「二人の魔法、キュアマジカル!」

 

 ミラクルとマジカルが左手と右手を後ろ手につなぎ体を寄せ合い、もう一方の手を合わせてハートを紡げば、それは愛と友情の証し。二人が後ろでつないだ手を前に、熱く燃える上がる気持ちと力を声に。

 

『魔法つかい! プリキュア!』

 

 突然、姿を変えて現れた少女たちに、フェンリルは美しい瞳を見開いて驚愕した。

「プリキュアだと!? これはどうしたことだい、ロキ様はプリキュアはもう現れないと言っていたのに……」

 

 ミラクルとマジカル、そしてヨクバール、両雄はにらみ合い、お互いの間に見えない火花を散らしていた。

 

 

 

 

 その頃、小百合とラナは公園を出たばかりで、屋敷へ帰ろうとしていたところだった。

「ラナ、3個は食べすぎよ」

「だって、イチゴメロンパンおいしいんだもん!」

 そう言ってラナは3個目のイチゴメロンパンに食いつく。

 

「今からそんなに食べたら、夕食が入らなくなるわよ」

「大丈夫だよ、イチゴメロンパンは別腹っていうでしょ」

 

「そんな言葉は生まれて初めて聞いたわ。その別腹っていうのは、人間の都合のよさを象徴する言葉よね、牛じゃあるまいし」

「なんで牛?」

「なんでって、説明するのが面倒ね……」

 

 二人がそんな他愛のない話をしていると、公園から大騒ぎしながら次々と人々が逃げ出してくる。

 

「なんだか騒々しいわね」

「公園でなにかあったんじゃなあい?」

 ラナがそう言うと、小百合は気になって逃げてくる一人を呼び止めた。

 

「ちょっと、何があったの?」

「公園に化け物が現れたんだよ!」

 

 若い男性の言葉を聞いた二人は公園で何が起こったのかすぐに理解する。

 

「きっとヨクバールが現れたんだわ。ラナ、行くわよ!」

「うん!」

 

  小百合が走って公園に逆戻りすると、ラナは食べかけのイチゴメロンパンを口にくわえながら付いていった。

 

 

 

 二人のプリキュアとヨクバールがにらみ合っている間に、フェンリルはヨクバールの体を駆け下りて地上に立った。相手がプリキュアでは一方的な展開は望めそうにない。戦いが激しくなれば、ヨクバールの近くにいるのは危険だと判断したのだ。

 

「プリキュアが現れたのにはちょいと驚いたが、ここで倒しちまえばいいだけのこと。行けヨクバール! プリキュアどもを叩き潰しな!」

「ヨクバァーーールッ!」

 獣の咆哮(ほうこう)に近い声が公園中に響き渡る。その姿を見ながらマジカルは言った。

 

「なんなのよあのヨクバールは、今までのとはぜんぜん違うわ」

「ちょっと怖いよね……」

 ミラクルは竜頭の骸骨に睨まれて少しばかり怯んでいた。それから二人は表情を引き締めると同時に地を蹴ってヨクバールに迫っていく。

 

『たあーーーっ!』

「ヨクーッ!」

 

 突っ込んでくるマジカルに対して、ヨクバールは樹木で創成された体を軋ませながら、歪な節のある大きな拳を振りかぶる。そして、マジカルのしなやかな拳とヨクバールの凹凸(おうとつ)のある拳がぶつかりあった。

「ヨクバールッ!」

 

 雄叫びと共に、ヨクバールはマジカルを力でねじ伏せて拳を振り抜く。一方的に力負けしたマジカルは簡単に吹き飛ばされた。

「キャァーッ!?」

 地上に墜落したマジカルは、その身で地面を削りながら蛇を思わせるように長い埃の道を生み出す。

 

「マジカル!?」

 ミラクルはマジカルを心配しつつも、怯まずにヨクバールに向かっていく。

 

「このーっ!」

 ミラクルの飛び蹴りがヨクバールの腹部にめり込むが、それだけでヨクバールは意にも介していなかった。

「ええっ!?」

 

 ミラクルが驚いてまごついている間にヨクバールの巨大な手が迫り、ミラクルを捕まえてしまう。ミラクルは脱出しようともがくが締め付けてくるヨクバールの手はびくともしない。異様な浮遊感と激しい重力の変化の末にミラクルは地面に叩きつけられた。ミラクルのか細い体の下で地面が砕け、粉塵が巻き上がる。

 

「くうぅっ……」

 もうもうと吹き上がる土埃の中でミラクルが苦しそうにうめいた。

 

 

 

 小百合たちは、まさにこの瞬間に戦いの場へと駆けつけていた。叩きつけてくる暴風と土埃を桜の木の陰に隠れてやりすごし、小百合とラナは太い幹から顔を出し、リリンも小百合の鞄から体半分はい出してくる。

「怖そうなヨクバールデビ」

「誰かが戦っているようね」

「うそ!? だれだれ!?」

 と言った後に、ラナはパフっと残り半分のイチゴメロンパンにかぶりつく。それを見て小百合は呆れ顔になった。

 

「あんた、まったく緊張感がないわね……」

 

 ヨクバールが樹木の体から奇妙な音をたてながら足を上げる。その影が倒れているミラクルにかぶる。ヨクバールがミラクルを踏みつぶそうとすると、風を切り花びらを巻いて走ってきたマジカルが跳んだ。

 

「たあーっ!」

 マジカルの跳び蹴りがヨクバールの骸骨の眉間に炸裂、これは少し効いた。片足を上げていたヨクバールはよろけて後退し、上げ足を引いた。だが引いた足を地面に付き、踏ん張りを効かせて平手を打つ。空中にいて無防備なマジカルは腕を十字にして防御の態勢をとるのがやっとであった。ヨクバールの平手で叩き落とされたマジカルは近くの桜の樹に激突し、樹齢数十年の太い樹の幹を真っ二つにへし折った。

 

 マジカルは全身を痺れさせるような衝撃を受けて、折れた樹の幹に体を預けながら辛そうに片目を閉じていた。マジカルは体の痛みを押してミラクルに駆け寄って助け起こす。

「ミラクル、大丈夫?」

「ありがとう、マジカル」

 

 ミラクルはマジカルの手を取り立ち上がる。そして二人のプリキュアが再びヨクバールと対峙する。

「以前のヨクバールとは段違いの強さだわ」

「攻撃が全然効かないよ、マジカル、どうしよう……」

 

「アッハハハハ! わたしのヨクバールを倒すにはパワー不足だねぇ」

 遠巻きに悠々(ゆうゆう)と戦いを見守っているフェンリルがあざ笑う。しかし、ミラクルもマジカルも諦めている様子はなかった。

 

 この時に、小百合とラナはヨクバールと戦っている者の姿をはっきりと見た。ラナは驚いて声もないという様子だったが、小百合は特に何も感じていないような無表情である。

「あれは……」

「プリキュアデビ」

「そうだよ、プリキュアだよ! わたしたち以外にもプリキュアがいたんだよ! やられてるみたいだから助けてあげようよ!」

「ダメよ! 敵か味方かも分からないのに助ける事なんてできないわ」

 小百合がラナに何かの規律にでものっとっているかのように、きっぱりと切り落とす言い方をする。

 

「そんな、どうして!? 味方に決まってるよ、わたしたちと同じプリキュアなんだよ!」

「はっきりとしたことが分かるまでは軽率な行動をするべきではないわ。それに、わたしたちが助けるまでもないわよ」

 

「ええ~、だって、やられてるじゃん。あの二人って、わたしたちより弱いんじゃなあい?」

「そんなことはないと思うわ。一対一で戦ってるから負けてるだけよ。ヨクバールは一人でどうにかなる相手じゃないの」

 

「え? そうだったの? わたしぜんぜん知らなかった!」

「……あんたもヨクバールとガチンコ勝負してぶっ飛ばされてたじゃないの」

 

「あ~、前にそんなことがあった気がするね」

「それがあったのは昨日よ!」

 

 小百合はすっかりラナにペースを乱されてしまったが、とにかく気を取り直して見知らぬプリキュア達を見守る。

 

 ミラクルとマジカルは顔を見合わせて頷く。それで十分だった。この二人は互いに何を考えているのか手に取るようにわかる。

 ミラクルとマジカルが同時に走り出し、二人は大きく弧を描き交差して、そして跳ぶ。

 

「何度やっても結果は同じさ」

 フェンリルが余裕しゃくしゃくで尻尾をやんわり動かしていると、同時に跳躍した二人の拳が気合の一声と共に同時に骸骨の眉間にめり込み、後頭部に衝撃が突き抜けると同時にヨクバールの仮面にひびが入る。

 

「ヨク、バール!?」

 ヨクバールの巨体が(かし)いで地鳴りと共に背中から倒れ込む。余裕を見せていたフェンリルの様子が一変した。

「なにぃ!?」

 

 ヨクバールが起き上ってくると、ミラクルの目の前に不思議なステッキが現れる。それは柄の部分がピンク、ステッキの部分が白、先端にハート型のクリスタルが付いていて、中央にはダイヤのリンクルストーンが入っていた。

 

「リンクルステッキ!」

 ミラクルはステッキを手に取り、それを高く頭上に。

 

「リンクル・ガーネット!」

 ミラクルの魔法の言葉に反応して、中央のリンクルストーンがダイヤからオレンジ色の宝石に入れ替わる。すると、立ち上がったヨクバールの足元が歪んでまるで海上の波のように揺らいだ。バランスを崩されてその場から動けないヨクバールにマジカルが突進し、腹部に拳を叩きつける。しかし、この一発では効果がない。

 

「これならどう!」

 マジカルのラッシュ、拳の連撃で衝撃を与える。最後に一度着地して跳躍。

 

「はあっ!」

 マジカルは敵に美しい態勢の飛び蹴りをくらわせ、その時の反動を利用して空中で一回転して着地、ヨクバールは倒れそうになるが、数歩後退しながら何とか踏みとどまる。

 

 戦いを見ていた小百合は、リンクルステッキとガーネットの出現で、その顔により一層真剣さが増した。あまりに真剣なので、ラナには小百合が怒っているように見える。

 

「リンクルストーンを使うということは、あれも魔法つかいプリキュアよね。フレイア様はわたしたちを伝説の魔法つかいとは別の存在だと言っていたわ。つまりあれが」

 

「そうだよ、伝説の魔法つかいだよ! 伝説のリンクルステッキを使ってるから間違いないよ! すっごいよ、ファンタジックだよ!」

 

 大騒ぎするラナを無視して小百合は鞄から手帳とシャープペンを出し、素早く手帳に何かを書き込んでいく。

 

「なにしてるの?」

 ラナが手帳をのぞき込むと、リンクルステッキとガーネットの形状や特徴が簡単に書き記してあった。

 

「うわ、小百合、絵うまいね~」

「同じ魔法つかいプリキュアのことだから、なにかの参考になるかもしれないでしょ」

 

 戦いは続いている。ヨクバールの態勢が整う前に、再びマジカルが接近して跳び、ヨクバールの眼前へ。ヨクバールがマジカルに向かって手を伸ばしてくる。

 

「リンクルステッキ!」

 マジカルが近くに現れたステッキを取った。形状はミラクルの使ったステッキとほとんど変わらないが、先端のクリスタルは星形になっている。

 

 マジカルはヨクバールに見せつけるようにして右手と左手の間でステッキを橋渡す。

「リンクル・タンザナイト!」

 中央のダイヤが宵闇を思わせる深い青紫色の星型と月型の双子石と入れ替わる。するとリンクルストーンタンザナイトから強烈な光が放たれた。この時にも小百合のペンが素早く動く。

 

「ヨク!?」

 タンザナイトの光をまともに見たヨクバールは、目暗になってミラクルとマジカルを見失った。

 

「今よミラクル!」

「うん!」

 二人のプリキュアがそれぞれのリンクルステッキを手に叫ぶ。

『ダイヤ!』

 

 ミラクルとマジカルは同時に高く跳躍し、右手と左手をつないで輪舞(ろんど)のように回転する。

『永遠の輝きよ! わたしたちの手に!』

 

 二人が舞い降りると同時に光の波が起こり周りに広がっていく。

 

 光の中心に立つ3人、ミラクルが右に、マジカルが左に、そして中央後方にはモフルンが。マジカルが高く掲げたリンクルステッキを鋭角に斜に構えると、モフルンが左手でブローチのダイヤに触れる。そしてミラクルがリンクルステッキを頭上に掲げると、モフルンの右手がダイヤに触れる。次の瞬間、ブローチのダイヤが強く輝き、光が巨大なダイヤの形となり、さらに広がって聖なる光の世界を創る。その輝く世界でミラクルとマジカルは手を繋いだまま、二人で一緒にリンクルステッキで三角形を描く。

 

『フル、フル、リンクル!』

 二人の描いた三角が光を帯びて合体すると、瞬間に七色に輝くダイヤの形になる。その時に視力を取り戻したヨクバールが向かってきて拳を振り下ろした。七色のダイヤに樹木の巨大な拳が衝突して衝撃波が広がり、闇と光の魔法がせめぎ合うと、七色のダイヤが光り輝くハートのペンタグラムに変化する。そして、二人のプリキュアがリンクルステッキを高く上げ、繋いだ後ろ手に力を込めて魔法の言葉を。

 

『プリキュア! ダイヤモンドーッ! エターナル!』

 瞬間、ヨクバールが巨大なダイヤに封印される。二人が繋いでいた手を放して力強く前に押し出すと、それに呼応してヨクバールを封じ込めたダイヤが途方もない勢いで吹き飛んだ。その時に起こった爆風で隠れて見ていた小百合たちは危うく吹き飛ばされるところだった。

 

 ダイヤに封印されたヨクバールは地球外へと誘われていく。

「ヨクバール……」

 

 巨大なダイヤがヨクバールと共に白い彗星となり、宇宙の果てまで吹き飛んで爆ぜる。白い輝きが星雲のように広がり、その中から淡い光に包まれた桜の樹と闇の結晶が現れ出る。

 

 天から降ってきた黒い結晶をマジカルは手にして眉をひそめた。

「これがヨクバールに力を与えていたの?」

 

 プリキュアとヨクバールとの戦いによって刻まれた戦闘の跡が次々と修復されていく。ヨクバールを倒されてしまったフェンリルは悔しくて牙をむいたが、すぐに冷静になっていった。

 

「あいつら、わたしのヨクバールに最初は苦戦していたのに、すぐに戦略を変えて対応してきた。戦いなれているね。どうする、ここでやっちまうか……」

 フェンリルは少し考えて結論を出す。

 

「いや、あのプリキュア共の力がどれ程のものか分からない。いま戦いを挑むのは早計というものだね。今日のところは撤退だ」

 フェンリルは素早く走って近くの茂みに飛び込み姿を消した。

 

 一方、隠れて見ていたラナとリリンは、ミラクルとマジカルが放った必殺の魔法に度肝を抜かれていた。

 

「すっごい魔法だったね~、ヨクバール飛んでっちゃったよ~」

「こっちまで飛ばされそうだったデビ」

「ダイヤモンド・エターナル……。わたしたちの合成魔法よりも強力かもしれないわね。さすがに伝説の魔法つかいといわれるだけはあるわ」

 

「ねぇねぇ、出ていって自己紹介しようよ。同じプリキュアなんだし、きっと仲良くなれるよ」

「それはさっきもダメって言ったでしょ。同じプリキュアだからって仲間になれるとは限らないわ」

「そんなぁ、絶対仲良くなれるのに……」

「ダメと言ったらダメよ!」

 

 小百合が厳しい表情を崩さないので、ラナは自己紹介を渋々諦めるしかなかった。

 

 ミラクルとマジカルは再会を喜び抱き合って、それから二人で手を繋いで一跳びで遠く離れてどこかへ消えてしまった。



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予言の続き

 リコと再会を果たしたみらいは、薔薇の園がある公園のベンチに座ってリコから事情を聞いていた。

 リコはとんがり帽子を膝の上に置いて話し、みらいはモフルンを抱いて耳を傾ける。

 

「校長先生の話によると、このままだとナシマホウ界が滅んでしまうそうよ」

「ええぇっ!? そんなに大変なことになってるの!?」

「それを防ぐために、わたしがきたのよ。多分、みらいが持ってる黒い結晶が関係あると思うの。それでヨクバールがパワーアップしてるみたいだし」

 

 みらいはバッグから黒い結晶を一つ取り出していった。

「これ、その辺を探せばたくさん見つかるんだけど、魔法つかいにしか見えないみたいなの」

「ますます怪しいわね。まずはそれを校長先生に送って詳しく調べてもらいましょう」

「うん、そうだね」

「それと、これを渡しておかないとね」

 

 リコは先にハート型の水晶が付いているステッキをみらいに見せる。

「それ、わたしの魔法の杖!?」

 

「あの時にみらいと別れて魔法界に戻ったら、足元にこれが落ちていたの。魔法の杖は魔法界で生まれたものだから、魔法界に引かれてみらいの手から離れてしまったのね」

 

「ありがとうリコ! またこの魔法の杖と出会えるなんて、ワクワクもんだよ!」

 

 リコは微笑すると大きなトランクを持ちベンチから立ち上がっていった。

「早くみらいの家に行って校長先生に報告しましょう」

 

「リコ、もう一つすごく大切な話があるんだよ」

「なにかしら?」

 

 リコが聞くと、みらいも立ち上がり、声に力を込めていう。

「実は、わたしたち以外にもプリキュアがいるんだよ」

 

 リコは一瞬、自分の耳を疑って黙った。みらいの言葉を正しく理解するのに数秒かかり、それから目を大きく見開いて叫んだ。

「なんですって!? それ本当なの!?」

 

「本当だよ、この目で見たの。ワクワクもんでしょ!」

「モフルンも見たモフ、黒くてかっこいいプリキュアだったモフ」

 

 それからリコは少し考え込んだ。

「……それが本当だとしたら、伝説の魔法つかいがまだいるっていうことなのかしら? それも校長先生に聞いてみましょう」

 

 三人はみらいの家に戻ると、みらいの部屋で勉強机の上に水晶さんを置いてリコがそれに語りかける。

「校長先生」

 すると水晶に校長の姿が現れる。

「おお、到着したか」

 

「校長先生、お久しぶりです!」

「君たちも元気そうじゃな」

 

 それからリコが校長に事のあらましを報告する。みらいを襲ってきたフェンリルのことを聞いた時には、校長は柔和な微笑を消して真顔になった。

 

「謎の黒い結晶、それを狙う闇の魔法を使う白猫、デウスマストの眷属のように邪悪な存在であることは間違いなさそうだのう。まずはその黒い結晶をこちらで調べよう、すぐに送ってほしい」

 

「分かりました。あと、もう一つ報告があります」

 そしてリコは、みらいから聞いたプリキュアの話をそのまま校長に伝えた。すると校長は、先ほどのリコとほとんど同じような反応を示す。

「何と、君たちの他にもプリキュアがいるとな!? 姿は見たのかね?」

 

「はい、二人組の黒いプリキュアです」

 みらいが言うと、校長は顎に手を置いて考え込んだ。

 

「わたしたち以外にも伝説の魔法つかいがいるのでしょうか?」

 リコが聞いてみると、校長は首を横に振った。

 

「伝説の魔法つかいは君たち二人だけだ、それは間違いない」

「じゃあ、その黒いプリキュア達は一体……」

 

「伝説の魔法つかいに他にプリキュアが存在するなど聞いたこともないが、予言が示しているのはこの事なのか……?」

「校長先生、予言って何のことですか?」

 

「実はのう、君に話した予言には続きがあってな。はっきりとした事が分からなかったので伏せておいたのだが、伝えておいた方がよさそうだな。今から教えてしんぜよう」

 

 そして沈黙が訪れる。みらいもリコも黙って校長の次の言葉を待っていた。

 

「二つの世界の片割れに闇あふれ滅びの時迫る。その時、光と闇、二つの伝説が交錯する。光の伝説とはいうまでもなく君たちの事だ。闇の伝説については皆目見当もつかなかったのだが、みらい君が見たそのプリキュア達がそうである可能性が高いな。そして光と闇は交錯するのだ。君たちとその黒いプリキュア達は何らかの形で関係を持つことになる。そのように解釈するのが妥当であろうな」

 

「きっと仲良くなって悪者と一緒に戦うんだよ!」

 みらいが嬉しそうにそんなことを言うが、リコはそれを素直に受け止めることができなかった。

 

 光と闇、この相反する存在同士が手を取り合って戦うことに、どうにも拭えない違和感があった。そして、その先にはもっと恐ろしい予感がある。しかし、リコはそれより先の事は考えないようにした。あるかどうかも分からない事を心配しても無意味だと思ったからだ。

 

「今からテレポッドでみらいが持ってる黒い結晶をそちらに送ります」

「よろしく頼む」

 

 校長に言ったリコは、持ってきたトランクをベッドの上に置くと、先端に星形の水晶が付いている自分の魔法の杖を振った。

「キュアップ・ラパパ、トランクよ開きなさい」

 

 リコが魔法をかけると、トランクの中央にある魔法学校の校章、盾形の中の色が桃色とマゼンダのバイカラー、その中に可愛らしい黒猫が座っている姿が描かれている。それが浮き出て真横になり、また元の位置に戻ると、トランクから鍵が外れるような音が聞こえた。そしてトランクがひとりでに開いた。その中にはリコに着替えや櫛や勉強道具などが入っている。

 

 その中からリコは白い色の小さな壺を出して近くの小さなテーブルの上に置いた。みらいはそれを不思議そうに見ていた。

 

「つぼ?」

「ただの壺じゃないわ、校長先生が特別に用意した魔法の壺よ。この壺に物を入れると、魔法のトンネルを通じて魔法界へ送ることができるの。ちょっとした物なら一日もあれば校長先生に届けられるわ」

 

「魔法のトンネルモフ?」

「魔法界とナシマホウ界をつないでいるトンネルこのとよ。それがあったから、わたしはナシマホウ界までくることができたのよ」

 

 それからリコとみらいは二人で協力して闇の結晶をピンクの布の袋に詰め、口を白いひもで固く閉じて壺の中に入れる。すると壺の中からまばゆい光が出て部屋中が一段明るさを増す。壺の中の光はすぐに消えて、みらいが壺の中を覗き込むと何もなくなっていた。

 

「消えちゃったよ!?」

「すごいモフ~」

 

 リコは壺の中身が消えたのを確認してから、水晶に映る校長に向かっていった。

「校長先生、黒い結晶をそちらに送りました」

「うむ、何かわかり次第すぐに知らせよう」

 

 みらいとリコ、この二人の少女の再会は魔法界の古に隠された伝説へと続いてゆく。

 

 

 

 その夜、聖沢家の屋敷ではディナーの後のデザートに山盛りのプリンアラモードが出現した。その作成者であるメイドの巴が、エプロンの前で両手を重ねて何とも嬉しそうな笑顔を浮かべていた。小百合はボリューミーなプリンアラモードの前で少し引きつった顔をしていた。

 

「これはなんなの?」

 

「巴特製のプリンアラモードでございます。わたくしお嬢様とラナ様の友情がプリンアラモードによって結ばれてたなんて知りませんでした。いって下さればいつでもお作りしましたのに」

 

 それを聞いた小百合は隣で美味しそうにプリンアラモードを食べているラナに鋭い視線を送る。そんな小百合の膝の上にはリリンがいて、プリンアラモードの陰に隠れてスプーンで生クリームをすくって口に運ぶ。小百合の視線に気づいたラナはご機嫌な笑顔でスプーンで天井を指していった。

 

「わたしたちはプリンアラモードの誓いの腕輪をしてるんだもんね、プリンアラモードをいっぱい食べなきゃ!」

「……あんた、そういう知恵は働くのね」

 

「これから毎日プリンアラモードをお作りいたしますわ」

 

「冗談いわないで! こんなもの毎日食べてたらブクブク太っちゃうわ!」

 小百合が巴にいうと、ラナがとても残念そうな顔をする。それを見た小百合は少しばかり不本意ながらも巴にこういった。

「まあ、週に一回くらいならいいわ」

 

「では本日より、毎週土曜日をプリンアラモードの日といたします」

 

「うわ~い、やった~」

 ラナは右手にスプーンを持ったまま万歳して喜んだ。



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第2話 その出会いはファンタジック!
家宝のブレスレット


 みらいとリコの再会から少し時は戻る。

 

 暮れ行く時、夕日が地平線の向こうに沈もうとする頃に、小百合たちは街から少し離れた大きなお屋敷の前に立っていた。外門から屋敷までの距離はまだ遠い。闇に沈みゆく夕日の中でレンガを敷き詰めた広い道の両側に満開の花を咲かせる桜の木が並んでいて、穏やかな風が花びらと花の香を運んでくる。その向こう側にあるまるでお城のようなたたずまいの家にラナの胸はときめいた。

 

「うわぁ~、お城だよ! これはファンタジックだよ! なになに、小百合ってお姫様なの?」

「お姫様って、あんたどこの国の人よ……」

「魔法界の人だよ?」

 そういわれると、小百合は何とも言えない顔で口を開けたまま固まった。

 

「ん? どしたの?」

「何でもないわ、あんたの魔法つかい設定を忘れてただけよ。はっきり言っておくけれど、あれはわたしの家じゃないからね。居候させてもらってるだけなの。だから変な期待は持たないことね」

 

 投げやりに言う小百合をラナは見上げて首を傾げた。小百合は黙ってラナの手を引っ張って歩き出した。

「うわぁっ!?」

 急に手を引かれてラナは転びそうになった。

 

 屋敷の扉を開くと内からあふれるシャンデリアの光が二人に降り注ぐ。広いロビーの床を飾る赤いバラ模様の絨毯、大理石の支柱の上に置いてある高価そう壺や壁には何枚もの見事な絵画、目の前には2階に続く赤い絨毯の階段があるが、その幅は人一人が上るには広すぎた。

 

「うわぁ、やっぱりお城だよ~、ファンタジックだよ~。 本当にこんなところに住んでいいの?」

「はいはい、喜ぶのはまだ早いわよ。とにかく、お爺様にお話ししなければ」

 

 この時から小百合の様子が妙であった。まるで誰かに戦いでも挑むかのように真剣な目をしていた。それを見上げたラナはまた首を傾げた。

 

「お嬢様、いままでどこにいらしていたのですか? お帰りが遅いので心配いたしましたよ」

 メイドの格好をした、おかっぱ頭の黒髪の若い女が小百合に走り寄ってきて言った。掃除中だったらしく、モップを手にしていた。

 

 小百合は鋭い目でメイドをにらんだ。

「お嬢様はやめてって何度いったらわかるの?」

「あ、申し訳ありません、小百合さん……」

 

「すごい、メイドだよ! やっぱりここはお城なんだね!」

「お城じゃないから!」

 メイドを見て喜ぶラナに、小百合が突っ込む。

 

「そちらの方はお友達ですか?」

 

 小百合が何かいおうとする前に、ラナが勢いよく手をあげた。

「はい、小百合の友達のラナです! ついさっき友達になりました! わたし魔法つ…」

 

 小百合が慌ててラナの口を塞いでいた。

 

「魔法?」

 いぶかしい顔をするメイドに、小百合は言った。

「なんでもないわ、気にしないで!」

 

 小百合はラナを連行しながら2階をにつながる階段を上がっていった。

 2階の廊下で立ち止まって小百合はラナを見下ろして言った。

 

「あんた、何も知らない人に魔法つかいなんていったら、頭がおかしい子だと思われるわよ。魔法の事はわたし以外の人にはいわないで」

「そっかぁ。でも、小百合はわたしのこと信用してくれたのに」

「信用したんじゃなくて、信用せざるを得なかったの! いきなり空飛ぶ箒に乗せられたんだからね!」

 

 そして二人は2階にある一番大きな扉のある部屋の前で止まった。

「とりあえず、その帽子は取りなさい。お爺様に絶対怪しまれるわ」

 

 ラナは素直に頷いて、赤紫のとんがり帽子をとった。すると、レモンブロンドの髪と可愛らしいポニーテールが現れた。大きな碧眼も相まって、本当に可愛らしい子だなと小百合は正直に思った。

それから小百合は真剣な顔で扉をノックした。

 

「誰だ?」

「お爺様、小百合です」

「入りなさい」

 ドアを開けると、そこは書斎であった。

 

 広い部屋の左右は本棚になっていて、奥に机が一つ、ドアの対面にはテラスに出られるガラス戸がある。白の背広姿の長い顎髭を蓄えた白髪の老人が机の前で本を開いていて、メガネの奥から鋭い視線を部屋に入ってきた小百合に投げた。小百合は緊張した面持ちでラナを連れて老人の前に立った。

 

「お爺様、お願いがあります。この子はわたしの友達でラナと言います。理由があってしばらく家に帰れないので、このお屋敷に置いてあげたいのです」

 

 見るからに厳格そうな老人が眉間に皺を寄せてラナと小百合を交互に見た。小百合は怯みそうな自分の気持ちを奮い立たせて思い切って頭を下げた。

 

「どうかお願いします! ご迷惑はおかけしません、この子はわたしの部屋に居候させますから」

 真摯に訴える小百合の姿にラナは感動して瞳が潤んだ。まだ会ったばかりで、そのうえ魔法つかいという素性が怪しいラナを小百合は一つも疑うことなく目の前の老人を説得している。小百合はラナと少しの時間触れ合っただけで、ラナの明るさや素直さを感じ取っていた。

 

「勝手にするがいい」

 老人が言うと、二人の少女の顔に同時に笑顔が花咲いた。

 

「お爺様、ありがとうございます!」

「おじいさん、ありがと!」

 ラナは両手を広げて小走りに机の横に回り、いきなり老人に抱きついて頬にキスをした。老人は目を見開いて驚き、想像だにしないラナの行動に小百合は蒼白になった。

「ちょっとあんた、何て恐ろしいことするのよ!」

 

 小百合は慌ててラナの腕を引いて老人から引き離し、そのままドアの方まで引っ張っていった。

「せっかくお許しを頂いたんだから、変なことしないで!」

「変なことなんてしてないよ」

「いいから、こっちにいらっしゃい!」

 

 小百合は出口の前で深々と頭を下げ、ついでにラナの頭も後ろから押さえつけて頭を下げさせた。

「お爺様、申し訳ありませんでした!」

 

 二人はあわただしく部屋を出ていった。老人は驚いた表情のまま少女たちを見ていたが、一人になるとラナにキスされて方の頬を触って微笑した。

 

 

 

 小百合はラナを連れて自分の部屋に直行した。小百合の部屋は屋敷の一階の一番端にあった。小百合はラナと一緒に部屋に入ってドアを閉めると、大きなため息をついた。

 

「ああびっくりした、あんたいきなりとんでもない事するんだもの」

「とんでもない事ってなあに?」

「見ず知らずの人にいきなりキスするなんて非常識でしょ!」

「だって、嬉しかったんだもん。だからお礼がしたかったの!」

 

 輝くような笑顔でいうラナに、小百合は怒るのが何だか悪い気がしてきた。

「……もういいわよ。荷物はその辺に置いて、そっちの壁にフックがあるから帽子をかけておくといいわ。洋服ダンスは空いてるところを適当に使っていいからね」

 

 ラナは言われた通りにとんがり帽子とマゼンダのストールをフックに掛けてから部屋の隅にあるベッドの上に座った。

「このベッド全然フカフカじゃないね~」

「フカフカじゃなくて悪かったわね」

 小百合は襟元にあるピンクのリボンタイを取り、制服のブレザーを洋服ダンスに突っ込みながら言った。

 

 ラナが落ち着いて部屋をよく見た。木造の床は生のままで絨毯などはなく、壁は全面白で丸い掛け鏡以外は飾り気が一つもない。窓は一つで、そんな部屋にベッドと勉強机と洋服ダンスだけがある。間取りは割と広いが、外から見た屋敷の優雅さからは想像できない質素さであった。

 

「がっかりしたでしょ? ここは使用人用の部屋なのよ」

「なんで使用人用なの~?」

 ラナが聞くと小百合は黙ってしまった。小百合はあまり言いたくない様子だったが、ラナの隣に座り短い沈黙を破って口を開いた。

「それはね」

「あ、待って、わたしが当ててあげる! 実はあのお爺さんは血が繋がってなくて、毎日意地悪されてて、それで部屋もこんなんで、毎日の食事は一欠けらのパンと具のないスープ! そしてこき使われる小百合!」

 

「それはいくら何でも悲惨すぎるでしょ! あの方は正真正銘わたしと血の繋がったお爺様よ。それに意地悪なんてされてないわ。わたしは自分から進んでこの部屋に住んでるの」

 

「ふ~ん、そうなんだぁ、変なの」

 ラナは下唇に人差し指を置いて考えて、それから思いついたように言った。

「なんで小百合はおじいちゃんとお話しする時に、あんな怖い顔するの?」

「それは緊張するからよ」

「なんで緊張するの?」

「……お爺様が、わたしを嫌っているからよ」

 

 それを聞いたラナは大仰に驚いた。まるで信じられない気持ちが大きな碧眼の中によく表れていた。

「え~っ!? うっそだぁ! 嫌いなわけないよ! わたしのおばあちゃんは孫は目に入れても痛くないって毎日いってたよ!」

 

「それは、普通はそうなのかもしれないけれど、わたしは普通じゃないのよ」

「何が普通じゃないの? 教えて!」

 小百合はラナから顔をそらしていった。

「今は言いたくないわ」

 

「じゃあ言わなくていいよ。その代わり、わたしの秘密教えてあげる、秘密その2だよ~」

「あんた、話の流れがおかしいわよ……」

「聞いてほしいんだよ~、秘密その2!」

 

 ラナは腰につけているピンクのポシェットを開けて中から美しく輝く石を何個も出してベッドの上に広げた。

 

「じゃーん、すごいでしょ!」

 ラナは得意げな顔で両手を広げて言った。

「これは、本物の宝石だわ」

 

 宝石は全部で六つ、オーバルカットの青色の宝石、夕日のように濃いオレンジ色の宝石、半球形の草色の宝石、同じく半球形で3本の光の線が宝石の中心で交差している赤い宝石、開花した薔薇の形の薄ピンク色の宝石、黒地に七色の輝きを宿す丸形の宝石、全ての宝石が銀の台座にはまっていた。

 

「リンクルストーンっていうんだよ! わたしはこれを探すために魔法界とナシマホウ界を旅していたんだぁ」

「リンクルストーン? そんな名前のジュエリー聞いたこともないわ」

「ジュエリーじゃないよ、魔法を込めた特別な宝石だよ。特別なリンクルストーンがあれば伝説の魔法つかいプリキュアになれるっていう噂もあるんだ~」

「伝説の魔法つかいプリキュア? なんなのそれ?」

 

「ええぇっ、プリキュア知らないの!?」

 ラナは掛け算九九ができない中学生でも見るように目を丸くして驚いた。それに対して、小百合は憮然として言った。

 

「知らないわよプリキュアなんて、聞いたこともないわ」

「魔法界では知らない人はいないんだけどな~」

 

 その時に小百合はラナのポシェットにまだ何か入っているのに気付いた。

「そっちの黒い石は何なの?」

「あれ? 小百合、この黒い石みえるの?」

 

 ラナが妙なことを言うので、小百合は意味が分からず眉をひそめる。

 

「見えるわよ、当たり前でしょ」

「よく分かんないんだけど、この石は魔法つかい以外の人には見えないみたいなんだよ。小百合は魔法つかいなの?」

「そんなわけないでしょ!」

「おかしいなぁ、まあいいや。この黒いのはナシマホウ界のあちこちにあったからついでに集めたの。魔法の力を感じるから、何かの役にたつかな~と思って」

 

 小百合はポシェットに沢山はいっている魔法つかいにしか見えないという黒い石の一つを手に取って見た。それは上下の先端が尖ったいびつな多面体で怪しく黒光りしていた。

 

「何だか嫌な感じのする石ね」

 

 小百合が黒い石を見ている間に、ラナはポシェットから今度は二組のブレスレットを取り出した。両方ともに六芒星の飾りが付いた銀色の腕輪で、中央に真円の台座があり、その上に黒地の中に白の線で六芒星の模様が描かれている。二重円の中に六芒星があり、六芒星の中心に三日月、内円と六芒星の間の隙間に六つの星、内円と外円の間に奇妙な文字が刻まれていた。

 

「これあげる!」

 ラナは片方のブレスレッドを小百合に差し出した。

 

「こんな高価そうなものもらえないわよ」

「おばあちゃんが言うには家に先祖代々から伝わる家宝なんだって!」

「そんな大切なものを軽々しく他人にあげるものではないわ」

「おばあちゃんがね、本当に大好きなお友達ができたら、片方をその人に渡しなさいっていってたの。わたし小百合のことが大好きだよ。優しいし、頼りになるし、一緒にいると安心する」

 

 小百合はラナの言葉に心を動かされ胸が温かくなる感じを覚えながら、冷静さを保って言った。

「あんた、わたしたちはさっき会ったばかりじゃない」

 

「時間なんて関係ない、わたしは小百合のことが大大大好きなの~」

 大きく手を広げて言うラナを小百合は抱きしめたいような気持ちを抑え、代わりに胸に手を置いて言った。

 

「わたしもラナのことが好きよ。一緒にいると明るくなれるし、とても楽しいわ」

「じゃあ、これ!」

 

 ラナが満面の笑みで差し出したブレスレッドを小百合は受け取った。小百合は右手に、ラナは左手にそれぞれブレスレッドを付けた。二人の少女はお揃いのブレスレッドを見せ合って微笑んだ。



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巨人ボルクス登場

 ラナが小百合の屋敷に来た次の日は日曜日だった。長旅で疲れ切っていたラナは昼近くまで寝ていた。ラナは起きてから星マークをちりばめたピンクの寝間着姿のまま、ベッドの上に座り込んで目をこすっていた。それからあたりを見ると部屋には誰もいなかった。ラナばベッドのそばに用意してあった黄色いスリッパをはいて、小百合の姿を探して廊下に出た。

 

右、左と廊下を見渡して、ラナは改めて屋敷の広さを実感した。それから窓に駆け寄って外を見ると、玄関前で黒っぽい服を着て箒ではいている小百合の姿を見つけた。ラナが玄関口まで走って扉を開けると、小百合はすぐ近くにいた。昨日の制服姿とはうってかわって、今日は白いフリルの付いたスカートの黒のワンピースに白いエプロン、頭には白いカチューシャを付けたメイドの姿になっていた。腰には大きな水色のポシェットが付いていて、ラナはそれが気になった。

 

「ラナ、おはよう。よく眠れたみたいね」

「小百合がメイドになってる~。やっぱりこき使われてたんだ~」

 

「違うわよ! 自分から進んで掃除してるの!」

「なんで?」

 

「なんでって、そうする必要があるからよ……」

「ふ~ん、よくわかんないけど、小百合は大変なんだねぇ」

 

 それからラナは、小百合の腰の方に目をやった。

「そのでっかいポシェットなに? なにが入ってるの?」

 

「ああこれね。お母さんの形見のぬいぐるみを入れているの。片時も手放したくないから、ぬいぐるみ用に自分で作ったのよ」

「どんなぬいぐるみ? 見せて見せて~」

 

 ラナは幼子のように純粋な興味を抱いて両腕を開いた。その姿に小百合は思わず笑みをもらす。元気のよい妹ができたような気がしていた。

 

「大切なものだから汚したりしないでよ」

 

 小百合がポシェットを開けると、中から目を閉じて笑みを浮かべる穏やかな表情の黒猫のぬいぐるみが顔を出す。小百合はポシェットからぬいぐるみを取り出してラナに渡した。

 

「うわぁ、なにこのぬいぐるみ、可愛い~、おもしろ~い、背中に黒い羽が付いてるよ~」

「ねこ悪魔よ。名前はリリン」

 

「ねこ悪魔のリリンかぁ、可愛いね!」

 

 小百合が一休みしようと玄関前の階段に腰を下ろし箒を傍らに置くと、ラナもその隣に座りリリンを抱き上げてよく眺めていた。全身のほとんどが黒で背中にはコウモリのような黒い翼が付いていて、手のひらと足の裏と耳の内側に当たる部分だけは桃色である。そして、首の下には青いリボンの飾りが付いていた。

 

「リリンはお母さんがくれた、たった一つの贈り物なの。お母さんはこのお屋敷を出てお父さんと一緒になったのだけれど、わたしが生まれてすぐに別れてしまったわ。それからお母さんは、たった一人でわたしのために頑張ってた。小さくても貧乏でお金が無いのは何となくわかったから、わがままなんて言えなかった。でも、街で見かけたこのリリンだけはどうしても欲しくてショーケースの中のリリンを見つめていたの。そしたらお母さんが買ってくれたのよ、いつもいい子にしてるからってね。リリンはお母さんの優しさと思い出が詰まった大切なぬいぐるみなの。今ではリリンだけがお母さんとわたしをつなぐ唯一のものになってしまった」

 

 リリンを見ながらそういう小百合の姿は寂しそうだった。ラナは笑顔になっていった。

「優しいお母さんだね」

「優しいだけじゃないわ、本当に素敵で心から尊敬する人よ」

「わたしのお母さんも優しかったなぁ」

 

 ラナはリリンの腕を片方ずつ右手と左手で持って、適当に動かしながら言った。

 

「わたしはうんと小さかったけど、お母さんが優しかったのはおぼえてる。あと、お花がいっぱりの棺の中で眠っていた事も。あの時は、もうお母さんには二度と会えないんだってわかって涙が止まらなかったな~」

「ラナ……」

 

 小百合は自然とラナに寄りそい肩を抱いていた。二人の少女は頬を寄せ合い目を閉じて、お互いの心が深く通じ合うのを感じていた。そんな二人を祝福するようにそよ風が吹き、桜の花びらと春の香を運んでくる。リリンは少女たちの間に穏やかな表情で佇んでいた。

 

「お嬢様、昼食の準備が整いました。さあ、ご友人の方も一緒にどうぞ」

 

 後ろの玄関の扉が開いて、白髪の男が声をかけてきた。六〇を過ぎようかという人の好さそうな老人で、黒い背広に蝶ネクタイを付けた執事の姿をしている。

 

「わ~い、ご飯だ! おなかすいた!」

 ラナは嬉しさのあまりバンザイすると、リリンを頭の上にのせて屋敷の中に駆け込む。

 

「ちょっと、ラナ、あんた食堂の場所知らないでしょ!」

 小百合が声をかけた時にはラナの姿はもう屋敷の中に消えていた。小百合はため息をついた後に立ち上がり、目を吊り上げて執事の老人を見つめる。

 

「喜一さん!」

「申し訳ありません。小百合様を見ていると、百合江お嬢様の事を思い出してしまいましてね」

 

「様もいらないわ、小百合でいいです」

「清史郎様のお孫様を呼び捨てにするわけには……」

 

「お爺様はわたしを孫だなんて思っていないわ」

 小百合は無感情に言い放ち、喜一の顔も見ずに玄関から屋敷に入った。

 

「ラナ! どこに行ったの!」

 友達の名を呼んで階段を上がっていく小百合の後姿を喜一は悲しげな目で見つめていた。

 

 

 

 食堂が分からずにさまよっていたいたラナを見つけた小百合は、とりあえず自分の部屋に連れて行って着替えさせた。

 小百合がベルスリーブの裾がフリルになっている黒いブラウスと純白のロングスカートの普段着に着替えた時、ラナは昨日とまったく同じ服に着替えていた。それを見た小百合は苦笑いを浮かべる。

 

「……あんた、その服はないんじゃない?」

「大丈夫だよ、同じの3着持ってるし、ちゃんとお洗濯してるよ~」

 

「そんな事は心配してないわよ! そんな恰好はおかしいでしょ、もっと普通の服を着なさい」

「これ魔法学校の制服だよ、普通でしょ」

 

「あんたの住んでいたところでは普通でも、こっちの世界では変なの! ああ、もういいわ! わたしの服をあげるから、何も言わずにそれに着替えて」

 

 小百合はタンスの一番下の段を開けて、いくつか服を引っ張り出す。

「わたしが小学生の時に来ていた服だけれど、あんたにはちょうどいいと思うわ」

 

 ラナは言われた通りに何も言わずに着替えると、壁に掛けてある楕円の鏡の前に立ってくるりと回ってみた。上は黄色い半袖フレアスリーブのブラウスで、襟元にピンクの花の飾りが付いている。下はフレアフリルのピンクのミニスカート、白いソックスにはワンポイントに黄色の花の刺繍が入っていた。

 

「うわぁ、可愛いお洋服だね~」

「ちょっと子供っぽい服だけど、ラナにはよく似合ってるわ。おなか空いてるんでしょ、食堂に案内するわよ」

「うんうん、もうペコペコだよ~」

「そりゃそうよね、朝ご飯食べてないんだから」

 

 ラナは食堂と聞いて、学食のようにざっくばらんに長机に椅子が並べてあるような場所を想像していたが、屋敷の食堂はそれとはまったく違っていた。広い部屋に白いクロスの敷いてある丸テーブルがいくつもあって、窓から入ってくる太陽の光が白いテーブルとほこり一つない磨き抜かれた石床を輝かせている。一つのテーブルに二人分の食器が用意してあり、花瓶に花までそえてあった。

 

「魔法学校の食堂とぜんぜんちがう~」

「食堂って感じじゃないわよね。ここでの食事はどうにも慣れないのよね……」

 

 小百合はそう言いながら、ラナと一緒に食事の用意してあるテーブルに座った。すると、奥のキッチンの方からメイドが現れて料理を乗せたカートを押してやってくる。

 

「あ、昨日のメイドさんだ。わたしラナっていいます、よろしくね~」

「わたくしは巴と申します。このお屋敷で働かせて頂いております」

 

 巴はラナに向かって丁寧に頭を下げて言った。そして銀の器からカボチャのポタージュを二人の皿に注いでいった。それからサラダやローストチキン、焼きたてのロールパン、デザートのプリンなどがテーブルの上に並んだ。

 

「うわー、すっごいごちそうだよ! これはファンタジックだよ!」

「確かにごちそうだわ。でも、母さんと二人で食べたご飯の方がずっと美味しかった。貧乏で好きなものは食べられなかったけれど、お母さんが一生懸命作ってくれた料理が一番だったわ」

 

 哀愁を漂わせて言う小百合の横でラナは勝手に食べ始めていた。

「わたしもおばあちゃんの料理が一番好きだけど、この料理もすごく美味しいよ、お肉最高!」

 

 ラナはローストチキンを手掴みで豪快に食べている。小百合は感傷に浸っていた自分が馬鹿みたいに思えてきた。

「……ラナ、食べるのは頂きますの後よ。それに手はやめなさい、行儀が悪いわ。ちゃんとナイフとフォークを使って食べるの」

「え~、めんどくさいよ。それに、この方が美味しいし」

「駄目! いう通りにしなさい!」

「はぁ~い」

「じゃあ頂きますするわよ、分からなければわたしと同じようにやって」

 

 小百合が手を合わせるのを見て、ラナをそれを真似する。

 

「頂きます」

「いただきま~す!」

 

 それから食事の間に小百合はラナの故郷について聞いてみた。

 

「その、あんたの故郷、魔法界っていったっけ? いつ頃帰るつもりなのよ?」

「魔法界にはもう帰れないと思うよ」

 

 ラナは何事もないように言いながら、パンにポタージュを付けて食べた。小百合は食事をする手が止まった。

 

「帰れないってどういうことよ?」

「なんでかよくわかんないんだよ。駅に行ってマホカで魔法界に帰ろうとしたら、ピンポーンってなって、ナシマホウ界の魔法のドアに止められて、もうびっくりしちゃった」

 

「……あんたの言ってることは全然分からないけど、何か理由があって魔法界に帰れないことは理解できたわ。あんた一人でどうするつもりだったの?」

「何にも考えてなかったよ! 今は小百合に会えてラッキ~って感じだね~」

「あんた、いくら何でも能天気すぎるわよ」

 

 小百合は呆れかえって言った。しかし、内心ではラナをここに連れてきて本当に良かったと思っていた。目の前にいる明るく元気なラナが路頭に迷う姿など想像したくはなかった。

 

 一方、ラナは食事をしながら周りを気にするような素振りを見せていた。

「ねえ、小百合、なんでおじいちゃんは一緒に食べないの~?」

 

「……お爺様は、わたしと一緒に食事なんてしたくないでしょうね」

「なんでそんなこというの? そんなのおかしいよ」

 

 ラナは難しい言葉が理解できない幼子のように首を傾げていた。ラナにとって家族と一緒に食事ができないことは、それほどに疑問があったのだ。

 

「だから……今はやめましょう、楽しい食事がだいなしになるわ」

 小百合はなにか言いかけてから話を切った。それから食事が終わるまでは静寂が続いた。

 

 昼食の後、小百合はラナを連れて庭に出た。二人で屋敷の門まで続く桜並木をゆっくり歩き、やがて小百合は一本の桜の木に背を持たれて言った。

 

「ラナはわたしとお爺様の関係が気になるんでしょ」

「うんうん、すっごく気になるね~」

 

「いいわ、話してあげる。わたしのお母さんはお爺様の反対を押し切ってお父さんと駆け落ちしてこのお屋敷を出たのよ。その時にお爺様に絶縁されたの。わたしはお爺様がいることすら知らなかった。お母さんが事故で亡くなって途方に暮れていた時に、お爺様がいきなり現れて必要な事はすべてやってくれたわ。それから、わたしのことも拾ってくれた。でもお爺様は、わたしにはとても冷たいの。それに、いつも怖い顔でわたしのことを見つめるわ。でも仕方ないわよね、わたしは絶縁した娘の子供だし、お爺様にとっては他人同然の存在だからね。それでも、例えお爺様に嫌われていても、拾ってもらった恩は返すつもりよ」

 

 ラナは首を傾げて、またもや腑に落ちないという顔をしている。

「何でおじいちゃんは小百合のことが嫌いなの? 嫌いって言われたの?」

 

「はっきりと嫌いとは言われていないけど……」

「じゃあちゃんと聞いてみないとわかんないじゃん。孫が嫌いなおじいちゃんなんて絶対いないよ!」

 

「わたしにはそうは思えないわ……」

 それから小百合は下を向いて黙ってしまった。

 

「小百合、元気なくなっちゃったね。じゃあこれからお散歩に行こうよ! 箒で空を飛べばきっと元気になるよ!」

 小百合はそれを聞いた瞬間に血の気が失せて引きつった笑いを浮かべる。

 

「嫌よ、あんたの箒には二度と乗らないっていったでしょ」

「大丈夫、今度は小百合に合わせて初心者用の箒くらい優しく飛ぶから~」

「なんかすごく馬鹿にされてるような気がするんだけど……」

「はやくぅ、行こうよ~」

 

 ラナは幼子が母親に催促するように体を揺らした。ラナのそんな姿を見ると、小百合はどうにも断り切れない。ため息をついて、仕方なく承服した。

 

「分かったわよ。準備してくるから少し待ってて」

「わたしも箒とリンクルストーン持ってこなくっちゃ」

 

 二人で小百合の部屋に戻り、小百合はリリンを大きな水色のポシェットに入れて腰に付け、ラナはリンクルストーンと黒い結晶の入った小さなピンクのポシェットを身に着けた。

 

「リリンも一緒に連れて行くんだね!」

「ええ、空を飛ぶんだもの、リリンにも素晴らしい景色を見せてあげたいわ」

 

 それから二人で外に出ると桜の木の陰に隠れる。ラナは小さな箒を振って元の大きさに戻すと、誰にも見つからないように注意しながらラナは箒に跨り、小百合はラナの後ろに足を揃えて座った。

 

「よ~し、行くよ~」

「本当にゆっくり飛んでよ」

「大丈夫だよ、小百合は心配性だなぁ。キュアップ・ラパパ、箒よ飛べ!」

 

 箒は二人の少女を乗せて、ゆっくり上昇を始めた。屋敷と庭が二人の下でどんどん小さくなっていく。遮さえぎるものが何もない上空で、強い春風が少女たちの瑞々しい髪を揺らす。小百合が大きく息を吸い込むと微かに花と緑の香りを含んだ春の空気が胸いっぱいに広がっていく。その時に、小鳥の群がすぐ近くと通り過ぎていった。箒一本で空を飛ぶ魔法の素晴らしさと、宙にいるからこそ感じられる春の匂いに小百合は心の底から感動した。

 

「しゅっぱ~つ」

 ラナが片手を上げると箒は前に進みだした。

 

「すごいわ、街があんなに小さく見える。こんなきれいな景色初めて見たわ」

「小百合ったらなにいってるの~、昨日も箒に乗って飛んだじゃん」

「昨日はとんでもない速さで飛んだから景色なんて見てる余裕なかったわよ!」

 

 それから二人は空の散歩を続けた。小百合のポシェットから顔を出すリリンも心なしか楽しんでいるように見えた。

 

「ねえ、あのきれいな建物はなあに?」

 

 ラナが指さした方向に赤い屋根の3階建ての校舎があった。屋根には広いテラスがあり、そこには白い丸テーブルと椅子がいくつか置いてあって休息スペースになっている。校舎の右側には室内プールを完備したドーム型の体育館があり、右側には校舎よりも高いとんがり帽子の時計塔が建っている。そして広い校庭の周りは満開の桜の木で囲まれていた。町から少し離れた自然の中にあるその学校を小百合は良く知っている。

 

「あれは聖ユーディア学園、わたしが通ってる学校よ」

「へぇ、あれが小百合の学校なんだ。魔法学校とは全然違うんだね~。あれも学校?」

 ラナが今度は街の中にある校舎を指さす。

「あれは津成木第一中学校よ」

 

 それから二人は公園に向かって降下していった。すると、上昇気流に乗って満開の桜から無数の花びらが舞い上がってくる。

「本当にきれいね」

 

 小百合が感動している時にラナは公園の中に気になるものを見つけた。

「あれなんだろう、人がいっぱい並んでるよ!」

 

 小百合たちの真下に二つの大きなピンク色メロンパンが屋根になっている可愛らしい車があり、その前に人の列ができていた。店舗の上にはカラフルな文字で「MofuMofuBekary」と看板が立っていた。

 

「あれは移動店舗よ、イチゴメロンパンを売っているの。津成木町の名物らしいわ」

「イチゴメロンパン!? なにそれ美味しいの?」

「さあ、食べたことないから分からないわね」

「食べたい食べたい!」

 

 ラナはイチゴメロンパンが食べたい気持ちを箒ごと体を揺らして表現する。

「ちょっと、揺らさないでよ! 危ないでしょ!」

 

「ねぇ、行こうよぅ、イチゴメロンパン食べたいよ~」

「誰もいないところに降りるのよ、箒で飛んでるところなんて誰かに見られたら大騒ぎになるわ」

「うん、わかった! イチゴメロンパ~ン!」

 

 二人は急降下して地上に降りる。ラナは小百合を置いてさっさと走って行ってしまう。小百合は後からゆっくり歩いていった。そして小百合がお店の近くまで来ると、人の列に紛れていたラナが小動物を思わせるすばしっこさで戻ってきてから両手の握りこぶしを胸のところに置いて言った。

 

「一個150円だって!」

「……お金持ってないのね」

 ラナは力強く何度も頷いていた。

「もう、ちょっと待ってなさい」

 

 そして二人でしばらくお店の前に並んでいた。その頃、怪しすぎる男が公園の中を歩いていた。3メートル近い背丈の男の肉体は屈強で、体中のあらゆる筋肉が盛り上がり、緑色の体の全体が岩のようにごつごつしている。黒いズボンに先の尖った革靴をはき、上半身を覆う服はボロボロの赤いチョッキ一枚、頭に白いターバンをかぶり、尖った耳に見開かれた目は赤く不気味だ。公園にいた人々は彼の姿を見るなり逃げ出していた。

 

「におうぜ、強烈な闇のにおいだ。このボルクス様が闇の結晶を頂くぜ」

 異様な男は足音を響かせながら店の方に近づいて行った。

 

「二つください」

 小百合は苺メロンパンを二つ買って一つをラナに渡す。メロンパンを見つめるラナの目はすごく輝いていた。二人は近くのベンチに座って同時にメロンパンを一口食べる。すると、ただでさえ大きいラナの瞳が感動でさらに大きく開く。

 

「おいしい! イチゴメロンパン、最高にファンタジックな味だよ!」

「本当においしいわ。クッキーの部分はサクサクで苺のいい香りがするわね。微かに酸味もあって、クッキーの生地に本物の苺を練り込んであるんだわ。パンもしっとりとして柔らかで、口の中で苺味のクッキーとパンが溶け合って、舌の上で見事なハーモニーを奏でているわ」

 

「なんか小百合ってむずかしいこというね、普通においしいっていえばいいと思うよ~」

「別に難しくないでしょ、舌で感じたことを素直に言葉にしただけよ」

 

 二人でそんな会話をしながらイチゴメロンパンを食べていると辺りがざわついた。人の悲鳴があがり、続いて周りにいた人や店の前に並んでいた客たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。メロンパン屋の店員は店舗の中で呆然と立ち尽くしている。

 

「なに?」

 

 小百合が辺りの様子がおかしいのに気づいた。地鳴りのような足音に驚いて二人が前を見ると。異様な姿の大男が近づいてきていた。

 

「ねえ、あれも魔法界の人?」

「えっと、人っていうか、魔法界生物の教科書で見たことあるかも……」

 

 男は二人の目の前で止まった。小百合もラナもそのあまりの巨体に驚き、逃げるのを忘れて口をあけっぱなしにして見上げた。

 

「お前らから闇のにおいがプンプンするぞ! 闇の結晶を俺に渡しやがれ!」

 巨人の怒号で二人は悲鳴を上げて逃げ出した。その時にラナのポシェットから黒い結晶が一つこぼれ落ちた。

 

逃げた二人は桜の木の後ろに隠れていた。

「な、何なのよあれ!? どう見ても人間じゃないわ!」

 

「思い出した、あれはオーガだよ。魔法界にいる人種で、体が大きくて力持ちだけど、気が弱くて人の前には滅多に姿を現さないって教科書にかいてあった~」

 

「気が弱いですって!? どう見てもあれは狂暴よ!」

 

 オーガのボルクスは小百合たちの姿を探していた。

「逃げたって無駄だぞ、闇のにおいでわかるんだからな」

 

 ボルクスが足を踏み出そうとすると足元に黒い結晶が転がっているのを見つけた。

「おお、闇の結晶みつけたぜ!」

 

 ボルクスがそれを拾い上げた時、近くで震えている白い子犬が目に入った。ボルクスの顔が歪み、気味の悪い笑顔になる。

「ちょうどいい、真の闇の魔法を見せてやるぜ!」

 

ボルクスは闇の結晶を子犬に投げつけてくっつけると、大きな拳を胸の前で打合せてから屈強な右腕を天に向かって突き上げる。

 

「いでよ、ヨクバール!!」

 

 あたりが暗くなり、小百合とラナは木の後ろから出て上を見上げた。上空に異様な漆黒の魔法陣が現れていた。六芒星魔法陣の中心に今まさに獲物を飲み込まんとするように口を開く狂暴な竜の頭が描かれ、六芒星と円の間にある隙間に六つの異様な文字が刻まれている。そして魔法陣の外側にも一回り大きい円があり、その外円と魔法陣の間にルーン文字に似た奇妙な形の文字がびっしりと刻まれていた。

 

「キャンキャン!」

 子犬と闇の結晶が魔法陣の中に吸い込まれていく。

 

「ああ、子犬が!」

 ラナが叫んだ。小百合は何が起こっているのか理解できず呆然と異様な魔法陣を見上げるばかり。

 

 二人の前で闇の結晶と一つになった子犬が黒く染まり、それを覆うように竜頭骨の仮面が現れる。子犬の体がどんどん大きくなっていく。四肢は異様に肥大し、全ての爪が鎌のように鋭く長く伸び、全身の毛が逆立つ。変容した体から闇が晴れた時、体は犬、頭は竜のドクロの巨大な化け物が現れた。ドクロのアイホールの中心が赤く輝き、大きく開いた竜の口が青い炎を噴き出す。

 

「ヨクバアァーーーールッ!!」

 

 甲高い声で人の言葉を発してはいるが、それは獅子の叫び声に近かった。小百合とラナは凄まじい咆哮に思わず耳を塞いでいた。

 

「子犬が化け物になっちゃったよ!?」

「な、な、何なのよあれ!?」

 

 小百合はラナの手をつかんで走り出す。

「とにかく逃げるわよ!」

 

 二人は桜の木の陰に逃げ込んでから、そこから箒に乗って上昇した。飛んでいく少女たちを見上げてボルクスは言った。

 

「ほう、魔法つかいかよ。だが、この俺からは逃げられないぜ! 追えヨクバール! あのガキどもを捕まえろ!」

「ヨクバァール!」

 

 ヨクバールとなった子犬の背中に白い翼が広がる。巨大な翼の羽ばたきが起こす風圧が近くにある桜の木を何本かへし折った。そして、ヨクバールが小百合たちの追跡を始めた。すると後に残されたボルクスが慌てて言った。

 

「おい、こら、まて、俺をおいていくんじゃじねぇ!」

 

 ボルクスは走ってヨクバールの後を追いかける。その後ろ姿がどうにも間抜けであった。



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キュアダークネスとキュアウィッチの誕生

 曇り空が広がる薄暗い津成木町の上空に漆黒のドレス姿の女性が立っていた。そのドレスは肩がパフスリーブになっている袖がフレアの長袖、腰に漆黒の帯を巻いて背中で蝶結びにし、スカートは地上に立てば裾が地面に付くほどに長い。その足元にはナシマホウ界の外を覆っている魔法陣と同じ形のものが広がっている。

 彼女は両目を閉じて穏やかな笑顔を浮かべていた。紫銀の髪は腰まで届くほど長く、頭を青い花の冠で飾って右手には金の錫杖を持ち、その先端には開花し始めたチューリップの形の赤い宝石が(はま)っている。そして、左の手のひらには金の台座に嵌め込まれた黒いダイヤモンドを乗せていた。

 

「魔法界の歴史から消え去り、悠久(ゆうきゅう)の時を彷徨(さまよ)いつづけた伝説が蘇る。ブラックダイヤのリンクルストーンよ、わたしの大切な子供たちに力を」

 

 彼女は左手を傾けて黒いダイヤモンドを宙に放った。その輝石は不思議な輝きを放ちながら街に向かって落ちていった。

 

 

 

 小百合とラナはヨクバールの追跡から逃れようと必死でだった。ラナの箒のスピードが早いので、ヨクバールとの距離が開いていく。

 

「これなら逃げきれそうね」

 小百合が後ろを見ながら言うと、ヨクバールの竜頭の口が開いて青い火の玉を吐き出す。

 

「危ない、右によけて!」

 ラナに後ろの様子は分からなかったが、小百合の言う通りに体を右に傾ける。すると、火の玉が近くをかすめるように通り過ぎた。

 

「うわあ、なんか撃ってきた!?」

「あんなの当たったらひとたまりもないわ!」

 

 ヨクバールが再び口を開けて火の玉を吐き出す。

「次は左!」

 

 小百合が叫び、ラナは言われた通りに箒を操作する。そして後ろからきた火の玉が通り過ぎたと思った次の瞬間、近くでそれが爆発した。少女たちは爆風を受けて箒から投げ出されて悲鳴をあげる。その時に小百合のポシェットからリリンが飛び出してしまった。

 

「リリン!?」

 

 小百合が叫び、空中で穏やかな笑顔を浮かべているリリンに向かって小百合とラナが同時に手を伸ばす。そして、小百合はブレスレットのある右手でリリンの左手を掴み、ラナはブレスレットのある左手でリリンの右手を掴んだ。その瞬間に、少女たちの間に黒い輝石が落ちてきて光を放つ。

 

その輝きを受けた小百合とラナは不思議な力で落ちずに宙に浮いた。黒い輝石は小百合とラナとリリンの間で光を放ち続ける。やがてその光が二つの道となって、それが小百合とラナのブレスレットの中心に繋がる。光は二つのブレスレットに吸い込まれていく。そして、二人の前から光と輝石が消えてなくなった時、二人のブレスレットの中央に黒いダイヤが輝いていた。

 

「あれれ? これ、リンクルストーン?」

 

 ラナが不思議そうな顔をしていると、今度はブレスレットのダイヤが輝いてリリンを照らす。すると、リリンの胸元の青いリボンの真ん中に丸いブローチが現れた。円の中に二つの三角形が重なる六芒星(ろくぼうせい)があり、その中心に三日月、六芒星を成す二つ重なる三角形の内、片方の三角形の三つの頂点に小さな星マークが付いていた。そしてリリンの閉じていた目が開いて赤い星が宿る青い瞳で小百合とラナを見つめた。

 

「魔法の呪文を唱えるデビ」

 とリリンは言った。小百合は突然声を発したリリンに自分が空中にいる事を忘れるほど驚いた。

 

「リリンがしゃべった!?」

「早く呪文を唱えないと落ちちゃうデビ」

 

 リリンがそう言った途端に、小百合とラナは浮力を失って急激に落下し始めた。リリンは黒い翼を開いて二人を追う。

 

「きゃーっ!」

「あはは、落ちてるよ~」

「笑い事じゃないわ! 魔法の呪文って何よ!」

「キュアップ・ラパパの魔法の呪文だよ!」

「こうなったらやるしかないわ! いくわよラナ!」

「うん!」

 

 空中で小百合が伸ばした左手にラナが右手を合わせて強く握ると再び浮力が戻る。その瞬間、二人が重ねた手に黒い魔女のとんがり帽子の後ろに赤い三日月が重なるエンブレムが現れ、二人の体は七色の輝きが混じる黒い衣に包まれた。そして、つないだ手を後ろに二人で同時にブレスレットのある手を高く上げ、魔法の呪文を唱える。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 二人のブレスレットのダイヤから同時に光があふれ出て、光は全てリリンの青いリボンの中央にある魔法陣に吸い込まれ黒い輝石となる。二人は黒いダイヤが光るブレスレットの手をリリンに向かって開放した。リリンが飛んできて小百合とラナと手を繋げば希望を表す輪となった。リリンの体に黒いハートが現れると三人は穏やかな闇にのまれ、次の瞬間に星々が瞬く宇宙空間へと放たれた。

 

『ブラック・リンクル・ジュエリーレ!』

 

 三人で体と腕をいっぱいに広げて花開くような輪を描き回転しながらどこまでも落ちていく。三人の姿が宇宙の闇の底に消えると、月と星のヘキサグラムが現れて光を放った。

 

 優しい闇に包まれて少女たちの姿が変わっていく。

 

 小百合の黒髪はさらに長くなり、前髪の一部が三日月型に伸びる。服は胸の辺りに黒い羽毛の房飾りの付いた二の腕にリング袖のあるオフショルダーの黒いドレス、背中に赤い裏地の黒いマントが広がり、右足の(すね)から左足の大腿部(だいたいぶ)へと切り上がるシャープラインのスカートは黒、灰色、白の三重フリルになっている。続いて胴回りには赤い三日月のオブジェが付いた銀のリング、足には左右に青い翼が付いた黒いブーツ、黒髪に赤い三日月のヘアピン、開いた瞳は深紅に、右胸に青いリボン、続いてその中央に黒い宝石が現れる。

 

 ラナのレモンブロンドのポニーテールは長く大きくなり、合わせて耳から頬にかかる横髪も伸びて先端がカールになる。黄色いフリルの付いたパフスリーブの黒いドレスに身を包み、裾が黄色い二重フリルになっている黒いミニスカート、背中には黄色い大きなリボンが現れる。足を揃えてかかとを打てば上部に黄色いリボンが付いた黒いブーツ、ポニーテールにピンクのリボン、頭の左上には赤い星のマークと鍔本(つばもと)に黄色いストライプが入ったミドルサイズの黒いとんがり帽子、そして胸に大きな黄色いリボンとその中央には黒い宝石、

 

 最後に二人で手を重ねれば、小百合の手には黒い手袋が、ラナの手には黄色いフリルの付いた黒いフィンガーレスのロンググローブが現れる。二人の頭上で月と星の六芒星が光を放ち、宵の魔法つかいへと姿を変えた少女たちは黒い魔法陣の上にリリンと一緒に召喚された。

 

真ん中のリリンが前に向かって飛んでいくと、魔法陣の左側にいた小百合は右に、魔法陣の右側にいたラナは左に向かって同時に飛んでクロスを描いた。変身した小百合は右、ラナは左に着地して二人は寄りそうように並んだ。

 

 小百合は優美な動作で下から右手のひらで顔をなでるようにして腕を上げ、そこから空を切るような鋭さで右手を横に振る。

「穏やかなる深淵の闇、キュアダークネス!」

 

 ラナは開いた左手を頭の上にかざし、右手を前に出してウィンクする。

「可憐な黒の魔法、キュアウィッチ!」

 

 ダークネスとウィッチが後ろで左手と右手を繋ぎ、体をぴたりと合わせ、もう一方の手も合わせて目を閉じれば無垢な少女の色香が漂う。二人は離れると後ろの手を放し、その手を前に突き出し同時に言った。

 

『魔法つかいプリキュア!』

 

 二人はまだ宙にいて落ち続けている。ウィッチがスカートを押さえながら指を鳴らした。

「箒よ戻ってきて!」

 

 どこかに吹っ飛んでいた箒が高速で戻ってくる。ダークネスとウィッチは箒の上に着地して立ち上がった。

「うわあ、ファンタジックだよ! プリキュアになっちゃったよわたしたち!」

 

 ウィッチは嬉しさのあまり箒の上で飛び跳ねる。ダークネスはすっかり変わった自分の姿に戸惑っていた。

「何なのよこの格好は、ちゃんと元に戻れるんでしょうね」

 

「なんでそんなこと気にしちゃうかな~。プリキュアだよ! 伝説の魔法つかいになったんだよ! もっと喜ぼうよ!」

「喜んでる暇なんてないわ、あいつを何とかしないと」

 

「ヨクバァーーールッ!」

 犬の化け物が巨大な翼で羽ばたいて突っ込んでくる。

 

「うわぁ、こっち来る!」

 

 両手を振って慌てるウィッチ、一方冷静なダークネスは自分の両手を見つめて内からあふれ出る絶対的な力の胎動を感じていた。目の前の化け物が怖くないどころか、負ける気がしなかった。

 

 ダークネスは箒を軸にして前に跳び、ヨクバールに突っ込んでいく。

「たあーっ!」

 

 ダークネスの膝蹴りが骸骨の眉間に炸裂する。

「ヨクッ!?」

 

 ヨクバールがひるんだところへ、さらに蹴りを叩き込むダークネスの二段攻撃、ヨクバールは後方へと弾き飛ばされる。ダークネスは蹴った時の反動を利用して後ろに跳び、箒の上に戻っていた。

 

「うわ、ダークネスかっこいい!」

 横で拍手するウィッチを目を細めて横に見たダークネスは呆れたように言う。

 

「あんたも手伝ってちょうだい」

「うん、頑張るよ~」

 

「プリキュアの力は計り知れないわ。どんなことだって出来る、そのぐらいの強い思いで向かって行きなさい」

 吹っ飛ばされていたヨクバールが再びこちらに向かってくる。

 

「ウィッチは上、わたしは前から行くわ、気合入れなさい!」

「了解!」

 

「ヨクバアールッ!」

 ヨクバールが再び青い火の玉を吐き出す。二人は箒を蹴って火の玉を避け、同時にウィッチが上に跳び、ダークネスは前方へと突貫する。

 

「はあぁーっ!」

 ダークネスの飛び蹴りがヨクバールの顔面にめり込む。それで動きが止まった絶好のタイミングでウィッチが上から仕掛けた。

 

「行くよ~、ウィッチニードロップ!」

 

 ウィッチはヨクバールの背中に膝落としを食らわせた後、続けて両足で背中を踏みつける二段攻撃、ヨクバールは礫のような勢いで墜落し地上に激突した。

 

「ヨクバールッ!?」

 

 林の中から土煙が舞い上がり、ヨクバールは地面にめり込み、ダークネスとウィッチは箒の上に戻った。

 

「今デビ、ダイヤの力を使うデビ」

 リリンが二人の近くまで飛んできて言った。二人は向かい合って頷き、箒から跳んで地上に降り立つ。

 

「何だかいける気がする!」

「やるわよ!」

 

 二人が跳躍し、空中でダークネスの左手とウィッチの右手が繋がる。プリキュアになってから初めて使う魔法だが、二人は不思議とどのようにしたら良いのか分かり、朝起きたらパジャマから制服に着替えるように、無意識のうちに体が動いた。プリキュアとしての本能とリンクルストーンに込められた力が二人を突き動かす。

 

『生命の母なる闇よ、わたしたちの手に!』

 

 ダークネスとウィッチが着地すると、その周囲に闇色の波動が広がった。ダークネスが右手を上げるとブレスレットのブラックダイヤが輝き、ウィッチが左手を上げれば同じくダイヤが輝く。勢いよく飛んできたリリンは空中でクルリと前転して二人のプリキュアの間に降りてくる。ダークネスとウィッチが黒いダイヤの輝く手を前に出せば、目前に赤い月と星が輝く闇色の六芒星魔法陣が現れ、同時にリリンの胸のブラックダイヤから強烈な光が放たれた。そして、リリンがプリキュア達と同じように右手を前に出すと、六芒星に巨大な黒いダイヤの姿が重なった。繋がる二人の手に力が込められ、より固く結ばれる。

 

『プリキュア! ブラック・ファイアストリーム!』

 

 ダークネスとウィッチの力ある声と共に、魔法陣から闇の中に虹のような七色の光を含んだ波動が噴き出し、それが前方にいたヨクバールを一気に飲み込んだ。すると、とんでもない事が起こった。

 

「わたしたちの魔法決まったね!」

「ちょっと待って、何だか様子が変よ」

 

 喜ぶウィッチをダークネスが制する。ヨクバールの体が少しずつ変化していた。

 

「あれれ、何だか大きくなってるような……」

「確実に大きくなってるわ」

 

 ダークネスが右手を降ろして魔法を止めた。ヨクバールが狂暴なうなり声をあげて赤い目で二人を睨む。ダークネスもウィッチもすごく嫌な予感がした。その時に二人の後ろで翼を動かして飛んでいるリリンが言った。

 

「ブラックダイヤは強い闇の力が込められたリンクルストーンデビ、だから闇の魔法から生まれたヨクバールをパワーアップさせてしまったようデビ、これは誤算だったデビ」

 とリリンは平然と言い放った。するとウィッチが大いに取り乱す。

 

「ええええぇっ!? どういうことなの!? ダイヤの力をつかえっていったのリリンだよ!?」

 

「ごめんデビ、こんな事になるとは夢にも思わなかったデビ。とにかく頑張ってヨクバールを倒すデビ、リリンは応援するデビ」

「あんた何しに来たのよ……」

 

 ダークネスがリリンに突っ込んでいる時に、ヨクバールが動いた。強靭な四肢で走り、爪を大地に突き立てて周囲の木々をなぎ倒しながら突進してくる。予想外の素早さに二人は驚き、リリンはその場からさっさと逃げ出した。二人はヨクバールの突進をまともに食らって吹っ飛んだ。

 

『キャアァーーーッ!』



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闇の女神フレイアと二人の願い

『キャアァーーーッ!』

 

 とてつもない勢いで吹っ飛んだ二人は空中で弧を描き、公園の中に落下し、噴火のように土煙が高々と噴き上がる。それを離れた場所で闇の結晶を探していたみらいが見ていた。

 

「なにが起こってるの?」

 

 みらいは公園に向かって走り出した。みらいの中に強い魔法の予感があった。もしかしたらリコに会えるかもしれない、そんな期待を胸に走り続けた。みらいの体の躍動に伴って、巾着鞄の中のモフルンも激しく揺さぶられていた。

 

 ヨクバールに吹っ飛ばされた二人は破壊されてクレーターのようにへこんだ地面の上に倒れていた。

 

「いったぁーい! お尻おもいっきりうったよぉ」

 お尻をさすっているウィッチの横でダークネスは立ち上がる。

 

「これだけの衝撃を受けても傷一つ付かないなんて、これがプリキュアの力なのね」

「感心してる場合じゃないよ! わたしたち大ピンチだよ!」

「要はブラックダイヤの力を使わずにヨクバールを倒せばいいのよ」

「じゃあどうやって倒すの?」

 

 ダークネスは少し考えてから拳を上げていった。

「殴って倒すとか」

「それは無理だと思うな~」

 

 その時、二人の頭上にヨクバールが現れる。

「ヨクバアァール!」

 

 甲高い叫び声と共に急降下してくるヨクバールは、長いかぎ爪の付いた前足でプリキュア達を踏みつぶそうとする。二人は左右に跳んでそれを避けた。

 

「肝心の魔法が効かないんじゃ打つ手がないわ……」

 ダークネスが厳しい表情で言うと、どこからともなく女の声が聞こえてきた。

 

(リンクルストーンを使いなさい)

 

「だれ!?」

「なんか声が聞こえる~」

 

 ウィッチにも同じ声が聞こえていた。

 

(考えている暇はありませんよ。あなた達の持つリンクルブレスレットでリンクルストーンの魔法の力を引き出すことができます。さあ、リンクルストーンに呼びかけるのです)

 

 ダークネスは謎の声が言った意味をすぐに理解した。

 

「そうか、ダイヤの他にもリンクルストーンがあったわ」

「わたしが集めたリンクルストーン!」

 

 ダークネスとウィッチは顔を見合わせて頷き、互いにブレスレットのある手を横に振った。

 

「リンクル・ローズクォーツ!」

 

 ダークネスの呼びかけに応じて、ブレスレットの中央に開花した薔薇(ばら)の形をした薄桃色の宝石が現れる。

 

「リンクル・オレンジサファイア!」

 

 ウィッチのブレスレットには夕日色に輝く宝石が現れた。二人は同時にジャンプして、地上のヨクバールに向かって宝石輝くブレスレットのある手をかざす。するとダークネスの手から切れ味鋭い水晶の花びらが無数に現れ花吹雪となり、ウィッチの手からは螺旋状の炎が吹き出す。そして、炎と花びらがヨクバールに降り注いだ。

 

「ヨ、ヨクバール!!」

 

 この時にボルクスがようやく姿を現した。彼は自分が召喚したヨクバールが二人の魔法を受けて動けなくなっているのを見て目をむいた。

 

「なんだなんだ!? 俺のヨクバールがやられてやがるぞ! あの黒い奴らは何なんだ!? さっきのガキどもはどこにいった!?」

 

 ボルクスの見てる前で二人は同時に着地する。そしてウィッチが言った。

「きいてるきいてる~」

「でも、ヨクバールを倒すには威力が足りないわ」

 

(大丈夫です。あなた達は闇の魔法に対抗する手段を持っています。二つの魔法を一つに合わせてより強力な魔法を創造する事ができるのです。それが宵の魔法つかいプリキュアの持つ力です)

 

「わかりました、やってみます」

 ダークネスが答える。するとまた声が聞こえてきた。

 

(相性の悪い魔法を組み合わせると威力が弱くなったり、最悪の場合は自分たちがダメージを受けたりするので気を付けて下さいね)

 

「あの~、いい魔法の組み合わせとかは教えてくれないの?」

 

 ウィッチが言うと、女の声が少し間をおいて答えた。

(それは自分たちで試しなさい)

 

「無茶ぶりすごいよ~」

「とにかくやるしかないわね。ローズクォーツとオレンジサファイアはいけそうな気がするわ」

「うん、わかった! ダークネスを信じるよ!」

「じゃあ気合入れていくわよ!」

 

 プリキュア達の魔法を受けて苦しんでいるヨクバールにボルクスが近づいていく。

 

「何してやがるヨクバール、さっさとあの黒いのを倒しちまえ!」

「ギョイーーーッ!」

 

 ボルクスの命令でヨクバールが二人に向かって走り出した。迫りくる敵を前に、ダークネスとウィッチは後ろで左手と右手を繋ぎ、ブレスレットを頭上で重ねた。

 

『二つの魔法を一つに!』

 

 ダークネスは上から右に、ウィッチは上から左に向かってブレスレットで半円を描いていく。二人の手が下で重なり合ったとき、赤く輝く半円と薄ピンクの輝きの半円が合わさって美しい円が現れていた。今度は円の中に赤と薄ピンクの正三角が現れて六芒星を作り、その中心に薄ピンクの三日月、六芒星と円の間隙に赤い星マークが次々と現れ、瞬く間に月と星のヘキサグラムが出来上がる。ダークネスとウィッチが魔法陣の前でブレスレットを重ねれば、赤と薄ピンクが織りなす六芒星が輝きを放つ。

 

『赤く燃え散る二人の魔法!』

 二人は繋がる手を更に固く握り合い、ブレスレットの輝く手を同時に前に出して叫んだ。

『プリキュア! クリムゾンローズフレア!』

 

 魔法陣から深紅に燃え上がる無数の花びらが吹き出し、赤い嵐となって迫っていたヨクバールにぶつかった。燃える花びらはヨクバールの周りに集まって凄まじい竜巻になる。そしてヨクバールは深紅に燃える花びらと一緒に上へと吹き飛ばされ、次の瞬間に漆黒の宇宙空間へ誘われた。

 

「ヨク……バール……」

 

 無数の燃える花びらはヨクバールの周りで一瞬動きを止め、一気にヨクバールに向かって集まり大爆発を起こした。そして太陽のように赤く燃え広がる炎の中から闇の結晶と子犬が白い光に包まれて飛び出してくる。

 

「やったやった、倒せたよ!」

 

 ウィッチは嬉しさのあまりその場で飛び跳ねていた。二人のプリキュアがヨクバールを浄化したこの時に、みらいがその場に駆けつけた。ダークネスは空から降ってきた闇の結晶を取り、ウィッチは子犬の方を受け止める。ヨクバールの浄化によって破壊の跡も元通りになっていった。

 

「よかった、子犬はぶじだよ」

「なんとか撃退できたわね……」

 

 ボルクスは地団駄を踏んで悔しがっていた。

「俺のヨクバールが倒されるとは!? あいつら何なんだ!? ええい、覚えてやがれ!」

 ボルクスが指を鳴らすと、彼はその場から忽然(こつぜん)と姿を消した。

 

 人々が逃げ出してしまった公園は静まり返っていた。春風が渡り満開の桜がざわめき、舞い散る花びらが周囲に鮮やかな色をそえる。その中でダークネスは後ろで見ていた少女に気づいた。みらいはラベンダー色の大きな瞳で黒いプリキュア達を見つめていた。

 

「およ?」

 ウィッチもみらいの姿に気づく。

 

「プリキュア……」

 みらいの声はささやくようだったが、ダークネスはしっかり聞いていた。

 

「どうもどうも」

 ウィッチがみらいに手を振る。ダークネスは(きびす)を返し、みらいに背を向けて言った。

 

「行くわよウィッチ」

「は~い」

 二人は公園の外に向かって大きく跳躍してみらいの前から姿を消した。

 

 

 

 二人は芝生公園の外れの方にある菜の花畑に着地した。黄色くて小さな花々が無限のように広がるこの場所では無数の白や黄色の蝶が舞い踊る。そこへ場違いに思える黒猫のぬいぐるみが上から降りてきた。リリンは黒い羽を動かして宙に浮きながら言った。

 

「二人ともよくやったデビ、リリンは二人を信じていたデビ」

 

 それを聞いたダークネスが苦虫を噛んだような顔になる。

「あんた、わたしたちをピンチに追い込んでおいてよくいうわね」

「そういうことは気にしちゃだめデビ」

 

 リリンは微笑を浮かべながら右手を前に出し、ピンクの星型の肉球を見せながら茶目っ気たっぷりに言った。その時、リリンのリボンの中央にある黒いダイヤが離れて、二人は一瞬で元の姿に戻る。

 

「あ、戻った!」

「プリキュアの力が必要なくなれば元に戻るみたいね」

 

 浮遊していた黒いダイヤのリンクルストーンが、ゆっくりとラナの手のひらに落ちてきた。小百合はリリンを胸に抱いてから言った。

 

「それにしても、どうなってるの? リリンがいきなりしゃべったり、わたしたちがプリキュアに変身したり……」

「リリンもわからないデビ、ダイヤが光ったらこうなっていたデビ」

 

「この黒いダイヤのリンクルストーンのせいなのかな?」

「そもそも、このリンクルストーンはどうして空からふってきたのよ」

 

 その時、二人の目の前の地面に月と星の六芒星が広がる。そして、その上に唐突に金の錫杖を持った黒いドレス姿の女が出現した。目を閉じて穏やかな笑顔を浮かべる長い紫銀の髪の女性が何者なのか、小百合もラナもなんとなくわかった。

 

「二人とも見事でした」

「その声は、無茶ぶりの人!」

「はい、無茶ぶりの声の主です」

 

 ラナの失礼とも思える発言に、女性は穏やかな笑顔のまま答える。彼女の持つ優しさが辺りの空気を何ともいえず心地の良いものに変えていた。小百合もラナもそれを感じていて、いきなり目の前に現れた女性に対して警戒もしなかった。小百合は女性に言った。

 

「あなたは何者なんですか?」

「わたくしの名はフレイア、闇の女神です」

 

「女神様!? すごいよ小百合、女神様だって、ファンタジックだね!」

「ラナの気持ちはわかるけど、ちょっと静かにしてて、色々聞きたいことがあるわ」

 

 小百合はラナからリンクルストーンを受け取り、それを女性に見せた。

「この黒いダイヤのリンクルストーンはあなたのものですか?」

 

「それは、わたくしがあなた達に与えたものです。今はもうあなた達のリンクルストーンです。あなた達にはプリキュアになる資格があった、だからブラックダイヤがあなた達を導いたのです。そのぬいぐるみが意思を持ったのも、ブラックダイヤの力によるものです」

 

「このブレスレットやラナの持っているリンクルストーンがあったから、わたしたちはプリキュアになれたっていうこと?」

 

「それは違います。あなた達にプリキュアになる資質があったからリンクルストーンがあなた達の元に集まり、リンクルブレスレットがその力を引き出したのです。プリキュアに最も必要なものは互いを思い合う相手がいることです。あなた達の心は強く結ばれています。故にプリキュアになることができたのです」

 

「はい、わたしも質問!」

 ラナが手をあげて一歩前に出た。

「はい、どうぞ」

 

「わたしたちのことよいの魔法つかいっていってなかった? 伝説の魔法つかいじゃないの?」

 

 フレイアは微笑のまま答える。

 

「あなた達は宵の魔法つかいプリキュアです。魔法界で語られている伝説の魔法つかいプリキュアとは別の存在です。プリキュアであることには変わりありませんが、宵の魔法つかいは魔法界の歴史から消されてしまった存在なのです。七つの支えのリンクルストーン、四つの護りのリンクルストーン、そしてリンクルストーンエメラルド。伝説の魔法つかいにまつわるアイテムは数多く語り継がれていますが、あなた方が持つリンクルブレスレットやリンクルストーンは、魔法界に存在するどのような書物を紐解いても見つけることはできません。宵の魔法つかいに関する手掛かりは、今の魔法界にはほとんど存在しないのです」

 

「何であなたはそんなことを知っているんですか?」

 小百合が聞くとフレイアは黙った。変わらぬ微笑の中に暗い陰が差したように見えた。

 

「わたしは闇の女神です。陰から連綿と続く魔法界の歴史を見てきました。その中には失われた歴史も含まれています」

 

「どうして宵の魔法つかいは魔法界から消えたんですか? その失われた歴史と関係あるんですか?」

 

「それはですね」

 フレイアが言うと、小百合とラナはうんうんと頷く。

「あまりに遠い昔のことなので忘れてしまいました」

 

「ええ~、ここまで引っ張っておいてそれはないよ~」

 ラナが不満いっぱいの顔で言うと、フレイアはやっぱり微笑しながら答える。

 

「そんなことよりも、あなた達にはわたくしのお手伝いをお願いしたいのです。でも、無理強いはしません。あなた達がわたくしを信用できると思うのなら力を貸して下さい」

 

 すると小百合は胸に手を置いてうやうやしい態度を取った。

「あなたはわたしたちの命の恩人です。ブラックダイヤがなければ、わたしたちはきっと助からなかった。わたしたちにできる事なら何でもやらせて頂きます」

 

「ありがとう、感謝いたします。あなた達には闇の結晶を集めてもらいたいのです」

 

 フレイアはラナの方に顔を向ける。フレイアは目を閉じているのに、ラナにははっきりと目で見られているような視線を感じた。

 

「すでにあなたは沢山の闇の結晶を持っているようですね」

 

「闇の結晶って、もしかしてこれ?」

 ラナがポシェットから黒い結晶を一つ取り出すとフレイアは頷いた。

 

「それは、人間が自ら生み出した闇の遺産です。放っておけばナシマホウ界を滅ぼすかもしれません」

「これって、そんなに危ないものだったの!?」

 

「闇の結晶は人間の闇の感情エネルギーが地中に染み込み、長い年月をかけて結晶化した闇のエネルギーの集合体なのです。人間の歴史には多くの悲しみ苦しみがありました。幾度となく戦争も行われ、数えきれない命が失われていった。その為に生まれた闇のエネルギーは膨大な量になります。今、ナシマホウ界に蓄積された闇エネルギーは飽和状態に達しています。その為に、闇の結晶が地上へと現れているのです。幸いなことに、闇の結晶の出現はこの町のみに集中しています。闇の結晶を集めて封印していけば、ナシマホウ界は助かるでしょう。それよりも問題なのは、闇の結晶を狙っている者たちの存在です」

 

「闇の結晶を狙っている奴って、さっき化物を呼び出した大男のことですね」小百合が言った。

 

「あのオーガは闇の王の手先にすぎません」

「闇の王?」

 

「王の名はロキ、強力な闇の魔法を操る男です。闇の結晶は闇の魔法の力を増幅させる媒体となります。あの男が全ての闇の結晶を手にすれば、ナシマホウ界はおろか魔法界まで滅ぼされてしまうでしょう」

 

「だったら、できるだけ早く闇の結晶を集めないといけないわね」

 

「闇の結晶を集めるのならば、必ずロキの部下と戦うことになります。十分にお気をつけなさい」

 

 そこでラナがフレイアの前に出てきてポシェットを手にもってカバーを開ける。

「じゃあこれはフレイア様にあげるね」

 

 フレイアは頷くとを高く掲げた。そうすると錫杖の先端に付いている赤い花の宝石から円が広がって小さな魔法陣となると、ラナのポシェットから次々と闇の結晶が浮き出て魔法陣に吸い込まれて消えていった。全ての闇の結晶を吸い上げた後にフレイアは言った。

 

「必要なだけの闇の結晶を集めてくれたあかつきには、願いを一つだけ叶えて差し上げましょう。何でもとはいきませんが、大抵のことは叶えてあげられますよ」

 

 それを聞いた小百合は視線を落としてしばらく考えていた。やがて小百合は意を決して言った。

「亡くなった人を生き返らせる事は可能ですか?」

 

「それは亡くなった時期によりますね。肉体を失った命は常にどこかの世界へ生まれ変わるものです。ですから、何年も前に亡くなった方を蘇らせることは出来ませんが、つい最近亡くなった方であれば可能です」

 

「それなら!」

 小百合はいいかけていた言葉を飲み込んで急に黙った。ラナが気になって小百合の顔を見つめる。

 

「どしたの、小百合?」

「……わたしだけお願いするわけにはいかないわ」

「だったら、わたしがお願いするよ」

 

 そして、ラナはフレイアに自分の願いを言った。

 

「小百合のお母さんを生き返らせて!」

「ラナ!?」

「小百合はとっても素敵で大好きなお友達だよ。そんな小百合のお母さんに、わたしは会ってみたい。だから、小百合のお願いがわたしのお願いだよ」

 小百合は瞳に涙を溜めてラナを強く抱きしめる。

 

「ラナ、ありがとう」

 小百合が目を閉じていうと涙がこぼれ落ちた。

 

「あなた達の願いを必ず叶えると約束しましょう。闇の結晶を集めたらこの場所に来て下さい」

 フレイアが錫杖で地面を突くと、そこから月と星の黒い魔法陣が現れて彼女の姿は消えた。

 

 プリキュアとなった少女二人、今は胸に大きな希望の光を抱いている。この先に、深い悲しみと激しい戦いが待っていることなど知るよしもなかった。



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第3話 ラナのとっても素敵な魔法!
小百合の涙


 真夜中、ラナは一人窓辺に立って夜空を見上げていた。ベッドでは小百合がリリンを抱いて二人で穏やかな寝息と立てている。

 

 無数の綺羅星を瞳に映すラナは、一年前のことを思い出していた。病気のおばあちゃんがベッドの上で言ったことが忘れられなかった。おばあちゃんは氷漬けの冷凍みかんをだして優しい笑顔でラナにこう言うのだ。

 

「ラナや、このみかんを解凍してごらん」

「うん! いくよ~、キュアップ・ラパパ! 氷よ解けて~」

 

 ラナが魔法のステッキを振って冷凍みかんに向けると、それが突然宙に浮いて暴れだした。あっちへ行っては壁にぶつかって跳ね返り、こっちへ行っては天井にぶつかり跳ね返る。

 

「うわあ、どうしよう!?」

 ラナが慌てていると、おばあちゃんが魔法のステッキを一振り。

 

「キュアップ・ラパパ、冷凍みかんよ止まりなさい」

 空中で止まった冷凍ミカンが、ラナの頭の上に乗っかる。

 

「さすがおばあちゃん!」

「ふふ、お前は本当に魔法が下手だねぇ。でもね、お前はもう、だれにも真似できない素敵な魔法を持っているんだよ」

 

「本当? どんな魔法?」

「そうだねぇ。自分ではその魔法のすごさは、なかなか分からないかもしれないけれど、お前を必ず幸せに導いてくれる魔法だよ」

 

 そう笑顔で言ってくれたおばあちゃんは、それからひと月もしないうちに息を引き取った。

 

 ラナは星降る窓辺で小さくなっている箒を出して言った。

「わたしがちゃんと使える魔法って言ったら、空を飛ぶことくらいだよね。これで幸せになれるのかなぁ」

 

 ラナは急に眠くなってあくびをすると、小百合と一緒のベッドに入ってすぐに眠ってしまった。

 

 

 

 聖沢家の朝は掃除から始まる。メイドの巴や小百合と一緒に、ラナもメイドの服を着て掃除を手伝っていた。その華奢(きゃしゃ)な肩にはリリンがしがみ付いて掃除の様子を見つめていた。小百合は手伝わなくていいとラナに言ったが、ラナは手伝うと言ってきかなかった。結局は小百合の方が折れてラナにぴったり合うメイドの服まで持ってきてくれた。

 

「そりゃ~」

 ラナが猛ダッシュして廊下のモップ掛けをしていた。

「すごい速さデビ、ラナはモップがけの名人デビ」

「えへへ、そうかな~」

 

 リリンに褒められていい気分になっていたのは束の間で、立ち止まって見ると廊下は果てしなく続いていた。

「それにしても広いお家だな~。よし、こういう時は魔法で!」

 

 ラナは先端にひまわりの花のような形のクリスタルが付いている魔法のステッキを出すと呪文を唱えた。

「キュアップ・ラパパ! モップよ床をお掃除して~」

 

 ラナが杖を振ってモップに向けると手に持っているモップが小刻みに震えだす。何やら様子がおかしいので、リリンが首を傾げた。

 

「デビ?」

 唐突にモップは車が急発進するような勢いで爆走した。

「うわーっ!?」

「デビーっ!?」

 

 モップをしっかり握っていたラナは、風に翻弄(ほんろう)される旗のようになってモップの柄にくっ付いていた。ほとんど空中を飛んでいるような状態だ。

 

「ものすごい速さデビ、ジェットコースターみたいデビ~」

「やった、わたしの魔法成功した!」

 

 ラナとリリンが猛スピードで巴の目の前を通り過ぎる。暴風にさらされて髪が揺れる巴には何が通り過ぎたのか分からず口を開けたまま立ち尽くした。

 

 モップはラナとリリンを付けたまま、急に曲がったりその場で円を描いたりして爆走を続ける。もうラナもリリンも掃除のことなど忘れて、遊園地の絶叫マシンに勝るとも劣らないモップアトラクションを楽しんでいた。

 

「あはは、すごいよこれ~」

「楽しいデビ~」

 

 そして爆走するモップは先が行き止まりになっている袋小路に進入した。そこでは窓ふきを終えた小百合が水の入ったバケツをもって立ち上がったところだった。

 

「小百合、どいて! ぶつかっちゃう!」

「え?」

 

 小百合が声のした方の振り向くと、モップと一緒にラナが迫ってきていた。

「ええぇーっ!?」

 

 もうぶつかると思ったラナは、魔法のステッキを出して呪文を唱える。

「キュアップ・ラパパ! モップよ止まれーっ!」

 

 すると、モップはいきなり真横にぶっ飛んで、すぐ近くの窓ガラスを突き破った。

「うわぁ!」

「デビーっ!」

「きゃあっ!」

 ラナとリリンは小百合に激突、その拍子に水の入ったバケツが真上に弾け飛んだ。

「いたたー」

 ラナは尻餅をついた状態だった。そこにリリンが飛んできて何故か楽しそうに言う。

「びっくりしたデビ!」

 

 その近くでびしょ濡れの小百合が立ち上がった。その頭にはうまい具合にブリキのバケツが乗っかっていた。

「どうしたの小百合、バケツなんてかぶっちゃって!」

「小百合、おもしろいデビ!」

「おもしろいですって?」

 

 小百合の中で湧き上がってきた怒りがマグマのように沸々と煮え立つ。静かなる怒りがオーラとなって体中から燃え上がっていた。その姿にラナとリリンは震えあがった。

 

「ふざけんじゃないわよ!! あんた達のせいでこうなったんでしょ!!」

 小百合が怒りを爆発させると、ラナとリリンはごめんなさいと言いながら何度も平謝りした。

 

「小百合さん、どうしたんですか!? 今の音は何です!?」

 その場に駆けつけた巴は唖然とした。床も小百合もびしょ濡れで、割れた窓からは風が吹き込んでいた。

 

「こ、これは一体!? と、とにかく、まずは割れたガラスを片付けないといけませんわ!」

 巴がふと外を見ると、モップが岸に釣り上げたばかりの魚のように跳ね回っていた。

 

「モ、モップが!? モップが勝手に動いてるーっ!?」

 巴はリリンを抱いて立っているラナを見て動いてるモップを指さす。

 

「ラナ様、あのモップ確かに動いてますわよね!?」

 その時、リリンが顔を上げて巴に向かって右手を上げた。

「いやぁーっ、お嬢様のぬいぐるみが勝手に動いたーっ!?」

 

 小百合はラナからリリンを取り上げ、それを巴から見えないように隠すと、もうやけになって叫んだ。

「大変だわ、ポルターガイストよ! この屋敷には悪霊が住み着いているんだわ!」

 

「あ、悪霊!? まあ、どうしましょう! 霊媒師、いえ神父さんかしら!? は、早く連絡を!」

 

 巴は慌ててその場から走り去った。小百合はびしょ濡れのまま近くの窓を開けて窓枠を乗り越えて暴れているモップを捕獲すると、それを家の壁に押し付けてガムテープで動かないように固定した。そして窓枠から家に飛び込むとラナの手を掴んで自分の部屋に引っ張り込む。

 

「あんた達なんてことしてくれるのよ! とんでもない騒ぎになるわよ!」

「ごめんごめん、ちょっとだけ魔法失敗しちゃったよ」

「ごめんデビ、ちゃんと挨拶しないといけないと思ったデビ」

 小百合はため息と一緒に額を押さえる。本当に頭が痛くなってきた。

 

「もう、あんた達は! リリンはここから絶対に出ないで! ラナはもう掃除しなくていいから大人しくしていてちょうだい!」

 

 それから小百合が濡れた服を脱いで制服に着替え始めると、まだメイドの姿のラナがベッドに座って足をふらふら動かしながら見ていた。そして、急に立ち上がると言った。

 

「わたしも小百合の学校に行きたいな」

「無理だと思うわよ。うちの学校は私立の進学校だから編入試験とかあるわよ」

「試験は嫌だな~」

「じゃあ諦めなさい」

 

 小百合がぴしゃりと言うと、ラナは不満そうに頬を膨らませる。その後でラナは何かを思いついて笑顔になった。

 

「小百合のおじいちゃんにお願いしよう!」

「はあ? あんた何いってんのよ、そんなの無理に」

 

 小百合が言い終わらないうちにラナは忙しなく部屋を出ていく。小百合は開けっ放しにされたドアを唖然となって見ていた。

 小百合が制服で部屋を出る時になって、二階から駆け下りてくる足音がどんどん近づいてきた。そして、ラナが満面の笑みで部屋に走り込んでくる。

 

「学校行っていいって!」

「ええっ、嘘でしょ!?」

「すぐに学校行けるようになるって! 一緒に行こうね、小百合」

「あの学校に試験も受けずに入るなんてあり得ないわ……」

 

 小百合はいくら何でも冗談だろうと思ったが、同時にあの厳格な祖父がそんな嘘をつくとはとても思えなかったし、ラナの願いを聞いたことにも驚いていた。それは小百合が祖父を血も涙もない人のように考えていたからであった。

 

 小百合は胸に疑問の渦を巻きながら食堂に入っていった。私服に着替えたラナが小百合の後ろから駆け込んできて、小百合よりも先にテーブルの前に座る。するとラナはなぜか隣の椅子を気にして見ていた。小百合がテーブルの前までくると、料理を運んできた巴が急に青い顔になって言った。

 

「小百合さん、さっきそこにぬいぐるみってありましたっけ?」

 

 小百合がはっとして見ると、小百合の椅子にリリンが座っていた。小百合は慌てて言った

「い、嫌ねぇ、わたしがリリンを大切にしていることは知ってるでしょ、この子はいつでもわたしと一緒なのよ!」

 

 小百合はリリンを素早く抱いて巴に背を向ける。

「ちょっと失礼するわ」

 

 小百合は速足で廊下に出るとリリンを両手で持ち上げて見つめる。

「部屋から出ないでっていったでしょ!」

「リリンも朝ごはん食べたいデビ」

「後でもっていってあげるから、お願いだから部屋にいてちょうだい。誰かに見られたら大変なことになるんだからね」

 

 母の仏前に上げるという理由で巴にお願いしてもう一人前の食事を作ってもらうことになった。亡くなった母に申し訳ないやら、リリンが見つからないか心配やらで心労が絶えない小百合であった。

 

 その後、屋敷では本当に霊媒師を呼ぶ騒ぎとなっていた。小百合は学校があるので、その騒ぎを尻目に外に出ることになった。

 

 

 

 その夜、小百合は制服から私服に着替えると、くたくたになってベッドに倒れ込んだ。朝の一件ですっかり参ってしまっていた。小百合の机の上に座っていたリリンがベッドの上に飛んできて言った。

 

「小百合、大丈夫デビ?」

「ちょっと疲れただけ、大丈夫よ」

 

 そこへ小百合とは対照的に元気いっぱいなラナが部屋に入ってくる。

「小百合、見て、わたしの制服! 明日から一緒の学校だよ!」

 

 ラナはまだビニール袋に入っている新しい聖ユーディア学園の制服を見せつけた。小百合はベッドに倒れたまま顔だけラナの方に向けて言った。

 

「本当に来るのね……」

 小百合は起き上ってベッドの端に座り長い黒髪をかき上げた。

 

「お爺様、どうやって試験もなしにラナをあの学校に入れたのかしら……?」

「小百合のおじいちゃんはすごい人デビ!」

 

「明日から学校、これはもうファンタジックだよ~」

「学校に来るなら苗字がないとまずいわ」

 

「名前だけじゃだめなの?」

「こっちの世界ではどこの国でも苗字は必要よ。何か適当に考えなさい」

 

「小百合のみょうじはひじりさわなんだよね。小百合みたいにかっこいいのがいいなぁ」

 

 それからラナはベッドに座ってしばらく考え込んでいた。その間、疲れていた小百合はまたベッドに横になった。

 

「すっごいかっこいいの考えた! 前に小百合と一緒にファンタジックな夕日を見たでしょ、それを思い出してピンときたよ!」

 

「へぇ、それで?」

 疲れていた小百合が気のない返事をすると、ラナは両手を上げて得意げに言った。

 

「赤い夕陽のラナ!」

「かっこいいデビーっ!」

 リリンも感動のあまり万歳する。小百合は思わず起き上った。

 

「あんた達ちょっと待ちなさい、その名前はおかしいわよ」

「なんで? かっこいいでしょ?」

「それじゃ、まるでアニメか映画のタイトルよ。そんな名前を堂々と名乗ったら笑われるわ」

「むぅ、むずかしいなぁ」

 

 それからまたラナが真剣に考え込む。その時間は20分にも及び、小百合はまたベッドにダウンしてしまった。やがてラナは右手を上げて言った。

 

「すごくいいの考えたよ!」

「……今度はどんなの?」

 ほとんど眠りかけていた小百合が目をつぶったまま言う。

「小百合が考えて!」

「さんざん待たせておいて結局それ!?」

 小百合はまた思わず起き上っていた。

 

「だってむずかしいんだもん」

「仕方ないわね……」

 小百合は少し思考して言った。

 

「夕凪はどう? 夕方ごろに海に吹いてくる風を夕凪というのよ」

「ゆうなぎラナ! かっこいい!」

「素敵な名前デビ!」

「じゃあその名前で決まりね」

 

 小百合そう言いながらベッドの横に立ち上がる。

「ちょっと行ってくるわ」

「行くってどこに?」

「お母さんのところよ」

「リリンも行くデビ」

 

 リリンが飛んできて小百合の肩にしがみ付く。ラナも小百合の後について行くことにした。三人で二階にある一室へと足を運ぶ。その部屋はよく手入れされていて、床から部屋の隅々まで新築のように輝いていた。天蓋のあるベッドや大きな鏡の付いた化粧台、桐のタンスなどがあり、女性の部屋だということが良くわかる。その部屋の奥に仏壇が見えた。

 

「ここはお母さんが使っていた部屋よ」

 

 小百合とラナは仏壇の前に座った。仏壇の中には小百合によく似た長い黒髪の女性の写真が置いてある。小百合の母の百合江であった。小百合が仏壇の前で手を合わせると、ラナが首を傾げた。

 

「なんで頂きますするの?」

 

「頂きますじゃないわよ! 手を合わせるのは、感謝をしたり故人を悼んだり、特別な意味を込める時にすることなの」

 

 小百合が気を取り直してもう一度手を合わせると、ラナも同じように手を合わせて目を閉じた。その間、リリンは小百合の肩から仏壇の写真を見つめていた。

 

「リリンはこの部屋を知らないデビ。リリンは小百合とお母さんと過ごしたあの部屋を自由に歩いてみたかったデビ」

「リリン……」

 

 小百合はリリンを抱きしめた。リリンは小百合とお母さんが住んでいた六畳一間の古いアパートのことを言っていた。畳など擦り減っていて酷い部屋だったが、それでも二人にとっては思い出のある大切な場所だった。

 

「小百合、リリンはずっと謝りたかったデビ」

「謝る? リリンはわたしに謝るようなことなんてしていないわ」

 

「小百合が一人ぼっちになったとき、リリンは何もできなかったデビ。本当はリリンも一緒に泣いてあげたかったデビ」

「リリン、あなたもあれを見ていたものね……」

 

 小百合の中に恐ろしい記憶と音が蘇ってくる。迫りくる車のエンジン音、様々なものが壊され散り散りになる破壊音、人々の悲鳴と怒号が一塊になり、小百合はその中で立ち尽くしていた、何もできなかった。リリンはポシェットの中に入って穏やかな微笑を浮かべているだけだった。

 

 小百合の瞳から涙が伝った。止めどなくあふれてくる涙を小百合はどうしようもできなかった。リリンは右手で小百合の濡れた頬に触れた。

 

「ありがとう、リリン。お母さんが亡くなったのは悲しいけれど、あなたとこうしてお話しできるのが本当に嬉しい。この奇跡を与えてくれた魔法に心から感謝しているわ」

 

「大丈夫だよ、きっと取り戻せる」

 ラナが言うと、小百合は涙を拭いて頷く。

「リリンはお母さんとお話がしたいデビ」

「フレイア様はきっと願いを叶えて下さる。必ずお母さんを取り戻すわ」

 三人の思いは今一つになっていた。



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ラナ、聖ユーディア学園に行く

「ラナ、もう行くわよ! 早くしないと学校に遅れるわ!」

「は~い」

 

 翌朝、ラナと小百合は一緒の制服を着て屋敷を出ると、二人並んでレンガ道を歩いた。ラナは初登校に浮かれてスキップしている。そんな少女たちの様子を屋敷の当主である聖沢清史郎は書斎の窓から見つめていた。そのすぐ近くに執事の喜一が立っていて、彼はどこか嬉しそうな顔をしていた。

 

 登校の道すがら、ラナは愉快そうに小百合に話をした。

「昨日、小百合がいないときに霊なんとか師っていうのが来てね、おもしろいこというんだよ」

 

 そしてラナは、昨日来た霊媒師の真似をして、尊大すぎる威厳と強烈な怪しさと嘘くささを可能な限り力を尽くして表現しながら言った。

 

「この屋敷には無数の悪霊が住み着いておる! すぐに除霊しなければ、末代までたたられることになろうぞ! だって! 全部魔法の力なのに、笑っちゃうよね~」

 

「ほんと、そんなんで高いお金取るなんて、いい加減な商売よね……って、あんたのせいでそんな騒ぎになったんでしょ! 少しは反省しなさい!」

 

 小百合が本気で怒ったので、ラナはしゅんとなって言った。

「ごめんなさぁい」

 

 どう見ても外国人の美少女のラナと容姿端麗な大和撫子の小百合が並んで歩く姿はかなり目立つ。聖ユーディア学園に登校する生徒のほとんどが振り返って彼女たちを見ていた。

 

 

 

 朝のホームルームが始まる前、小百合は教室の一番後ろの窓際の席で参考書を開いていた。いまだに友達は一人もいない。母親を亡くしたばかりで心の整理もつかないうちにクラスメイトと楽しくおしゃべりなど考えることもできなかったし、心配されたり憐れんだりされるのも嫌だったので孤独を通していた。

 

「今日さ、転校生来るんだって、外国人らしいよ」

「マジで!?」

 

 教室の中はそんな会話で持ち切りだ。小百合は黙って数学の参考書を見ている。祖父が何らかの方法でラナをこの学校に入れたのなら、自分と同じクラスになる可能性が高いと思っていたので、そんな噂には驚かなかった。それよりも、あの祖父がラナの願いを聞き入れたばかりでなく、こんなにも早く手を回した事と、ラナをこの学校にどういう方法で入れたのかが気になってしょうがなかった。

 

 教室のドアが開いて、メガネをかけた大人しそうな女性教師とラナが入ってきた。ラナはレモンブロンドのポニーテールを揺らしながら先生の後について歩いていた。途端に教室内が騒めく。そこらじゅうから可愛いという声が聞こえてくる。女生徒のほとんどは子犬か子猫でも愛でるような調子の声をあげていた。

 

 ラナは青い瞳を輝かせながら教室中を見て、小百合の姿に気づくと満面の笑みで両手を振りまくる。自然とクラスメイトの視線が小百合に集まった。小百合は顔を引きつらせて視線をそらした。

 

「恥ずかしいからやめてよね」

 小百合は周りの視線を感じながら小声で言った。

 

「みなさんに紹介します、転校生の夕凪ラナさんです。夕凪さん、みんなに自己紹介して下さい」

「はい!」

 

 教壇に立った先生が言うと、ラナは右手を上げてから黄色いチョークを取って豪快に自分の名前を書き始めた。先生も生徒も唖然となり、小百合は引きつった顔のまま後悔の念を抱く。

 

 ――しまった、名前の書き方教えておくんだった。

 

 黒板いっぱいにひらがなの苗字とカタカナの名前が並んだ。しかもなぜか色が黄色である。

「ゆうなぎラナです、よろしくね!」

 

 既に衝撃的になっている自己紹介で、驚嘆(きょうたん)のために教室は静まり返っていた。しかし、これはまだ序の口であった。小百合の中では嫌な予感が竜巻のごとく渦巻いていた。

 

「ゆ、夕凪さんは、聖沢さんの家から学校に通っているそうです」

 

 先生が余計なことをいって教室が再び騒めく。小百合は頭痛がしてきた。しかし、その程度では終わらなかった。ラナが元気いっぱいに話し始める。

 

「小百合とはとっても仲良しなんだよ! 部屋も一緒だし、寝る時も一緒なの! いつもとっても優しいんだよ!」

 

 聞き方によってはあらぬことを想像してしまうその発言で、教室中から嬌然(きょうぜん)とした声が上がった。女生徒の声など悲鳴に近かった。一方、男子生徒は想像して声も出ない者の方が多い。年頃の男子に美少女二人が一緒に寝ている姿というのは刺激が強すぎた。その中で小百合は毅然とした態度をとっていた。顔はこわばって内心は焦っていたが、何でもないと言わんばかりに冷静さを装った。変に取り乱すと余計に怪しく思われるからであった。

 

「み、みなさんお静かに!」

 そういう先生も取り乱していた。先生は少しずれたメガネを元の位置に戻してからいった。

「それじゃ、夕凪さんの席は……」

「はい、小百合の隣がいいです!」

「そうね、じゃあ聖沢さんの隣で」

 

 このやり取りで小百合とラナの関係に対するクラスメイトのイメージが百合属性に固定されてしまった。ラナが隣の席に座ると、小百合はラナを心底燃える怒りをもって睨み付ける。ラナは意味が分からず唖然としてしまった。

 

 

 

 休み時間になった瞬間に、小百合はラナの机を叩いていった。

「あんたは何もいわないで、わたしが全部答えるから」

「え?」

 

 ラナには意味が分からなかったが、数秒後にその答えがやってきた。あれよという間に二人の周りにクラスメイトが集まって人の垣根ができた。そして、二人は質問攻めにされた。複数の生徒が同時に質問するので、何を言っているのか分からないくらいであった。

 

「ちょっと待って! それじゃ答えようがないわ、一人ずつ質問してちょうだい」

 

 小百合の声と言葉がクラスメイト達の耳に清新に聞こえた。小百合がクラスメイトとまともに会話をしたのはこれが初めてだったからだ。

 

「じゃあわたしからね」

 栗色の髪をツインテールにした少女が手をあげた。

「二人はどういう関係なの?」

「この子はお爺様の友人の娘で、理由があって少しの間預かっているのよ」

「何で二人で一緒に寝てるの?」

 

 ツインテールの少女の直球な質問に、小百合は少し答えに窮した。

「……部屋が狭いからよ」

「うっそだぁ、お城みたいな家で部屋なんていーっぱいあるじゃん」

 

 ラナがもう小百合から言われたことを忘れて横槍を入れてくる。途端に周りで騒ぎになった。もう小百合は怒る気も失せて右手を額に置いて黙った。こうなったら成るようになれとやけになっていた。

 

「聖沢さんの家ってそんなにすごいの!?」

「すっごいよ! 初めて見た時お城かと思った!」

「じゃあ何で二人で一緒に寝てるの?」

 

 また質問が戻る。するとラナは言った。

「小百合のおじいちゃんの許可がないと他の部屋使えないみたいなんだよ」

「そうなのよ! お爺様が厳しい人でね! そういうのうるさいの!」

 

 期せずして出たラナのナイスフォローに小百合はすかさず乗っかった。するとツインテールの少女は言った。

「厳しいっていうより、けちなおじいちゃんね」

 小百合は確かにその通りだなと思った。

 

 今度はショートカットの活発そうな少女が言った。

「ラナちゃんはどこの国から来たの? アメリカ? イギリス? フランス?」

 

「魔法界!」

 ラナが元気よく言うと、一瞬辺りが静まり返った。小百合の中ので嫌な予感が悪夢に変貌した。小百合はなんとか平静を保ちながら言った。

 

「嫌ねぇ、この子ったらアニメの見過ぎで時々おかしなこというのよ。みんなが混乱するから、もう魔法つかい用語を使うのはやめなさいって言ってるでしょ!」

 

 後半の言葉は本気の怒りを含んでいて、ラナはびっくりしていた。

「で、結局どこの国から来たの?」

 

「ロシアよ、ロシアの地図にものっていないような小さな村に住んでいたの」

 

 必死にフォローする小百合の前で、今度は小百合と同じくらい長い黒髪のメガネをかけた真面目そうな少女が言った。

 

「ロシアってすごく寒いんでしょ」

「寒くないよ、だって一年中春だもん」

 

 ラナが当たり前のように言うと、メガネの少女は言葉もなかった。小百合は内心で怒りのボルテージを上げながら言った。

 

「みんな何を驚いてるのよ、一年中春の国なんてあるわけないでしょ! ラナは一年中春だったら素敵だなっていう希望を言っているのよ、ロシアは寒い国だからね!」

 

「そんなことないよ、本当にっ」

 

 小百合は身をていしてラナの口を封じた。身を乗り出して手でラナの口を塞ぐ小百合の姿に、クラスメイト達は開いた口がふさがらない。クラス全体に小百合は物静かな少女だというイメージがすり込まれていたので、天地が覆るような驚きが広がっていた。

 

「さあ、もう休み時間は終わりよ、みんな自分の席に戻ってちょうだい」

「でも、まだもう少し時間あるよ」

 

 ツインテールの少女が言うと、小百合はそれを睨む。ツインテールの少女は迫力に押されてひぃと小さな声を出した。

 

「終わりといったら終わりよ!」

 小百合が怒鳴ると周りにいたクラスメイト達は恐れをなしてそれぞれ自分の席に帰っていった。

 

 その後も休み時間ごとに小百合はラナの意味不明な言動のフォローをしなければならなかった。さらに授業のたびに居眠りをするラナを起こしたり、授業そっちのけで屋上のテラスで遊んでいるラナを連れ戻したりと、散々な一日になった。そして、最後の休み時間にはラナはさらに面倒なことを引き込んだ。

 

 ラナは持ち前の明るさで、クラスの大半の生徒と顔見知りになっていた。中でも最初の休み時間に質問してきたツインテールの海咲、ショートカットで快活な由華、ロングヘアでメガネっ子の香織と特に仲良しになり、最後の休み時間にこの三人に提案した。

 

「今日みんなでお茶を飲もうよ、小百合の家で」

「ちょっと!」

 小百合が怒り出す前に他の少女たちが大喜びする。

 

「いいね!」

「賛成!」

「わたしも聖沢さんの家を見てみたいわ」

 こうなるともう断れなかった。小百合は仕方なく言った。

 

「……わかったわ、みなさんをご招待するわ」

 もう下校するころには小百合は精神的にも肉体的にも疲れ果てていた。

 

 

 

 ラナを含めて四人の少女たちが仲良く下校するそのすぐ後ろを小百合が歩いていた。ラナたちはしばらくは四人で楽しそうにおしゃべりしていたが、やがて小百合の周りを囲んで歩き始める。

 

「聖沢さんって、もっとおしとやかな感じだと思ってたけど、ぜんぜんそうじゃないんだね」

 由華が言うと小百合は微笑を浮かべる。

 

「わたしはお嬢様なんかじゃないわよ。少し前まで普通の中学校に通っていたし、住んでいたのは六畳のアパートだったの」

「お話してみたら頼りになるお姉さんって感じで驚いちゃった」

 

 海咲が言うと、香織が頷いた。

「怒った時はお母さんみたいに迫力があったわ」

「それは言わないで……」

 

 小百合は女子同士でそんな他愛のない会話をしたのは久しぶりだった。どこか懐かしい心温まる感覚があった。母が亡くなる前は普通だったことが、今は特別なことのように感じられた。

 

 屋敷ではラナが連れてきた友達をメイドの巴と執事の喜一が笑顔で迎えてくれた。五人の少女は応接間に通された。その部屋の作りを見た少女たちは声も出なかった。扉を開ければ広い部屋の中央に木目の美しいテーブルがあり、その前に毛皮の敷いてあるソファーが置いてある。扉から向かって右手の壁に暖炉、左手には壁に数枚の絵画が、奥はほぼ全面窓になっていて、レースのカーテンを通して柔らかな光が部屋全体を照らしていた。大理石の床の上には緑色の絨毯が敷いてあり、左奥には100インチの液晶テレビもあった。

 

「外から見たお屋敷もすごかったけど、これは何て言ったらいいんだ……」

「確かにラナちゃんのいう通り、お城みたいな家だね……」

 由華と海咲が言った。

 

「わたしもこの部屋に入るのは初めてよ、お客さんなんて今まで来たことなかったから」

 

 小百合も見た事もない豪華な部屋の作りに少々面食らっていた。その中でラナだけはさっさと部屋に入ってソファーに座っていた。

 

「うわ、すっごいよこれ、ふわふわだよ~。小百合のベッドの100倍くらいふわふわかも~」

「あんたは余計なこというんじゃないの!」

 

 それから少女たちはソファーに座ってテーブルを囲み、楽しいおしゃべりが始まった。小百合は積極的に参加はしなかったが、ラナたちのおしゃべりを聞いているだけでも楽しい気持ちになれた。

 

「失礼いたします」

 巴がノックしてから部屋に入ってくる。

「本日は京から取り寄せた和菓子と干菓子がありますので緑茶にいたしました」

 

 少女たちの前にもはや芸術といっていいレベルの細工が施された生菓子と、工芸品と見まごうばかりのきらびやかな干菓子が並んだ。

 

「うわぁ、すごい、きれい!」

 そういうラナ以外は喜びを通り越して呆然としてしまっていた。

 

「玉露でございます」

 巴がお茶を出し最後にこういった。

「ご主人様にお話ししましたら、ぜひ皆様にお出しするようにと」

 

 それを聞いた小百合は平手打ちされたような衝撃を受ける。

「お爺様が!?」

「孫おもいの優しいお爺様なのね」

 そういう香織に小百合は何も答えられなかった。

 

 巴が去り、由華と海咲が茶菓子を見ながら言った。

「これ、本当に食べていいのか?」

「こんなにきれいだと躊躇しちゃうわね」

 

「これ、すっごくおいしいよ~」

 ラナはきれいな干菓子をばくばく食べていた。

 

「そういう感覚が全くない人もいるのね……」

 小百合がラナを横に見ながら言った。

 

 それからまた楽しいひと時が始まる。少女たちはまたしばらくおしゃべりしていたが、話が途切れて沈黙が訪れる瞬間があり、その時に香織が内なる決意を表す強い表情になっていった。

 

「ずっと気になってたんだけれど、聖沢さんのあの噂って本当なの? その、お母さんがつい最近亡くなったっていう……」

 

「それは本当のことよ」

 

 小百合は穏やかに答えた。亡くなった母のことに触れられても不思議と嫌だという気持ちはなかった。

 

「良かったら、お線香あげさせてもらってもいい?」

「わたしたちも」

 

 海咲と由華が小百合を見つめる。小百合は黙って頷いてみんなを生前母が使っていた部屋に案内した。

 

 由華も海咲も香織も、しばらく仏壇の前で手を合わせていた。三人の少女たちは後ろに座っていた小百合とラナの方に振り返る。香織が涙を零している姿を見て、小百合は胸が締め付けられるような、温められるような、不思議な感じを覚えた。香織は涙を零しながら言った。

 

「お母さんがいなくなったらどんなに悲しいだろうって何度も考えてみたけど、そんなこと想像することもできなかった。聖沢さんはわたしには及びもつかない悲しみや苦しみを耐えて生きているんだって思うと心配でたまらなかったわ。こんなわたしでも、少しくらいは聖沢さんの支えになれるかもしれない、そうできたらいいなって、ずっと思ってたの」

 

 海咲と由華にも同じような思いがある。二人の真剣な眼差しが、ものを言うよりも雄弁に語っていた。香織の言葉を聞き、海咲と由華の心を知ると、小百合は自分の愚かさを恥じて顔をうつむけ床を見つめた。

 

「……ごめんなさい。みんながこんなにわたしのことを思ってくれていたのに、わたしは心を閉ざして誰の気持ちも分かろうとはしなかった。本当に自分が恥ずかしいわ」

 

 小百合は三人の前に手を出した。

「良かったらラナだけじゃなく、わたしとも友達になってほしいわ」

 

 小百合の手に三人の少女の手が重なり、最後にラナの手が重なった。ラナがみんなに笑顔を振りまくと、他の少女たちの顔も自然と笑顔になっていった。

 

 

 

 香織たちが帰って小百合とラナが自分たちの部屋に戻ると、リリンはベッドの上に口をへの字にして座っていた。可愛らしいぬいぐるみの表情は明らかに怒っている。それを見た小百合が言った。

 

「どうしたのリリン?」

「どうしたのじゃないデビ! リリンは一人でつまらなかったデビ!」

 

「ご、ごめんね、ちょっと友達が来てて」

「ずっとこの部屋に一人はもう嫌デビ! リリンはずっと小百合とラナと一緒にいたいデビ!」

 

「ほらほら、リリン、お土産にきれいなお菓子を持ってきたよ~」

 

 ラナが小さな子供をあやすような調子でいって、紙に包んである京の干菓子を出す。リリンはその中から桜の花の形をした小さな砂糖菓子をとって口に入れた。

 

「とっても甘くておいしいデビ。でも、こんなお菓子程度じゃリリンの怒りは収まらないデビ」

「どうしたら許してくれるの?」

 

 小百合が言うと、リリンはへの字の口がにっこり微笑みになる。

「明日からリリンも小百合たちと一緒に学校にいくデビ」

 

「ちょ、ちょっと待って、それはだめよ! あなたのことが学校のみんなに知られたりしたら、どんな騒ぎになるか」

 

 小百合が言うと、またリリンは不満げに口を結んで顔を怒らせる。

「どうしてデビ? 前はリリンを毎日学校につれていってくれたデビ」

「それは、ただのぬいぐるみだったからね……」

 

「いやデビ! いくデビ! リリンも学校にいきたいデビ! つれていってほしいデビ!」

 

 リリンはベッドの上にうつ伏せに身を投げ出し、両手両足、黒い羽まで動かして暴れまくる。小百合は困り果ててしまった。一方、ラナは何やら楽しそうな顔をしていた。

 

「リリン、駄々っ子だねぇ~」

「困ったわねぇ……」

 

「連れて行ってくれないならいいデビ、リリンは公園にいって、みんなにこの姿を見てもらうデビ。そうしたらきっとお友達もたくさんできて楽しくなるデビ」

 

「この子ったら、なんてとんでもない事をいいだすの!?」

「おお、おどしにきた! さすが悪魔だね!」

「どうするデビ?」

 

 小百合は深いため息をつく。リリンの狡猾さの前に、兜を脱ぐ以外にはなかった。

「わかったわ、わたしの負けよ。その代わり、絶対に誰にも見つからないようにしてね」

 

「やったデビ、嬉しいデビ~、明日から小百合とラナと一緒に学校デビ!」

 星形の肉球を見せながら万歳するリリンの前で小百合はまたため息をついた。ラナの転校に続き、悩みの種が増える一方であった。

 



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リリンの学園遊覧

 翌朝、小百合はラナと一緒にいつものように登校する。小百合の鞄の中からリリンが顔をのぞかせているのも以前と変わらないが、そのリリンは前と違って自由に動いておしゃべりする。登校の間、リリンは鞄の中から外の様子を見て楽しそうに頷いていた。そんなリリンの耳に二人の声が届いてくる。

 

「ラナ、魔法つかい用語は禁止ね。もしまた魔法だの魔法界だの変なこといったら、もう学校には連れてこないからね」

「え~、なんでそんなこというの?」

 

「フォローするわたしの身にもなってちょうだい。昨日ボロが出なかったのは奇跡だったわ」

「苦労かけますなぁ、おねいさん」

 

「わかってるなら、少しは考えて話しなさいよ! とにかく、魔法に関することは一切口にしないこと、いいわね!」

「わかった、お口にチャックしておく!」

 

「本当に魔法であんたの口をチャックにできたらどんなにいいかと思うわ。それと、授業中に居眠りするのも止めなさい。うちの学校で居眠りなんてしてるのはあんただけよ、本当にあり得ないわ」

「だって、眠くなっちゃうんだもん」

 

「それは授業に集中していないからよ! ちゃんと聞いてなさい!」

「はぁい……」

「それにしても、先生方は何であんたが寝ていても注意もしないのかしら? 不思議だわ」

 

 リリンはそんな二人の何気ない会話を聞いているだけでも楽しかった。

 

 

 

 朝のホームルームから一時間目の授業が始まるまで小百合は後ろにある自分のロッカーを気にしては見ていた。リリンが動いているところを誰かに見られたらと思うと気が気ではない。リリンは鞄の中から顔を出した状態で大人しくしていた。やがて眼を閉じて眠っているような様子になった。小百合はひとまず安心して英語の授業に集中した。小百合が勉強で発揮する集中力は半端なものではなく、一度スイッチが入ると周りのことなど気にならなくなる。先ほどまで気になって仕方がなかったリリンの事も、たちまち頭の片隅においやられた。

 

 昼休みまでは何事もなく過ぎ去った。校庭の木陰で3人で昼食をとり、その後は学校内で闇の結晶探しを始める。

 

「ほら、あそこにあるよ、あの木の上の方!」

「あれじゃどうしようもないわね」

「わたしが箒に乗って取ってくるよ!」

「駄目よ学校内で箒なんて、目立ちすぎるわ」

 

「じゃあ、リリンがとってくるデビ」

「見つからないようにね」

「大丈夫デビ!」

 

 リリンが木の上の方に飛んでゆくと、小百合は周りを警戒した。学校の裏庭で人が少ない場所だったので、リリンが誰かに見られるような心配はなさそうだ。やがてリリンは闇の結晶を持って降りてくる。ラナがポシェットを開け、リリンはその中に結晶を入れると小百合が言った。

 

「これで四つ目よ。学校内だけでもこれだけ闇の結晶があるなんて」

「放課後も公園とかでさがしたほうがいいよね」

 

「そうね、今日から放課後も闇の結晶を探しましょう」

 

 そして昼休みが終わり、次の授業は数学だった。このぐらいになると、リリンは鞄の中でじっとしてるのが退屈になってきていた。

 

「夕凪さん、この問題を解いてもらえるかしら?」

「はい!」

 

 担任のメガネの先生にさされてラナは元気いっぱいに手をあげて出ていく。小百合もラナの動向に注目した。その時にリリンが鞄の中からはい出していることには気づかなかった。ラナは白いチョークをとり堂々とした態度で黒板の前に立った。そこでラナの動きが止まる。

 

「夕凪さん、どうしたのかしら?」

「先生、ぜんぜんわかりません!」

 

 クラス全体が失笑する。全てが堂々としているラナの態度がとても面白かった。小百合だけはあきれ顔でラナを見ていた。その時に、ラナと先生の視線があらぬ方に集中した。先生は羽の付いた黒い物体が後ろのドアから教室を出ていく瞬間を目撃した。

 

「あ、でてった~」

「今のは一体……?」

 

 あっけらかんとしているラナに対し、先生は呆然と立ち尽くす。二人の妙な様子に小百合の嫌な予感が頭をもたげてくる。ラナが小百合の顔を見て笑顔でウィンクして親指を立てて見せた。その時に小百合は自分のロッカーを見返した。鞄の中にリリンの姿はなかった。

 

 ――何を喜んでるのよ、馬鹿なの!?

 小百合はラナの意味不明な行動に激怒し、リリンがいなくなったことで冷や汗が出てきた。

 

「……気のせいよね」

 先生はそういって授業を再開する。

 

 ラナが席に戻ってくると、小百合は小声て言った。

「すぐに探しにいくわよ」

「授業中だよ、どうするの?」

「わたしのいう通りにやって」

 

 それから二人は密やかに話し合い、ラナが急に騒ぎ出した。

「痛い痛い! 急にお腹が!」

「どうしたのラナ! とにかく保健室へ!」

 

 小百合はうむをいわさずラナを引き連れ、教室を出る時に言った。

「先生、この子を保健室に連れていきます」

 

「はあ、気を付けて……」

 小百合が教室から出ていく時に、先生の間の抜けた声が後ろから聞こえた。

 

 二人は廊下に出るとすぐに走り出す。

「手分けして探すわよ、早く見つけないと大変なことになるわ」

「うん! じゃあわたし向こう探すね~」

 

 二人が必死になって学校中をかけずり回っている時に、巨躯の異様な男が校門から校庭に入ってきていた。

「闇の結晶のにおいがするぜ」

 

 オーガのボルクスだった。ボルクスが校内に侵入すると、体育の授業中の生徒たちがその恐ろしい姿に気づいて騒ぎ始めた。すぐに何人かの教師も彼の姿に気づき、警察を呼ぶ事態にまで発展した。

 

 

 

 リリンは校内を好き勝手に飛んで楽しんでいた。

「学校は楽しいところデビ、もっと色々見てみたいデビ」

 

 リリンは理科室のある方に向かって飛んでいた。一方、小百合とラナは一年生から三年生までの教室はあらかた回って合流していた。

 

「あと残っているのは特殊教室のある四階ね」

「急ごう!」

 

 二人が四階への階段を駆け上がってたころ、リリンは理科室の前を通りかかった。その時、いきなり教室のドアが開いた。

 

「いいですか皆さん、絶対にここから動いてはいけませんよ。わたしは職員室にいって状況を確認してきます」

 

 その白衣の髪の長い女性教師が教室のドアを閉めて振り向くと、目の前でリリンが飛んでいた。

「……え?」

「デビ?」

 

 理科の先生は目の前にいるのが何なのか理解できずに固まっていた。リリンの方も小百合に見つからないようにと言われていたことを思い出して動かなくなった。互いにどうしたらいいのか分からない状態で数秒が過ぎた。そこへ小百合とラナが走ってくる。

 

「うわ、もうだめだよ、見つかっちゃってるよ!」

「とにかく何でもいいからごまかすのよ!」

 

 小百合にそう言われるとラナは全速力で走って現場に飛び込んでいく。

 

「ああ、わたしの超高性能ネコ悪魔ロボットのリリンがこんなところに!」

 

 リリンは時が止まったように急に動きを止めて落下した。それを小百合が走り込んできて受け止める。理科の先生は唖然としたまま動かなかった。

 

「大変だわ、電池が切れてしまったわ!」

「うわあ、大変! 電池さがしに行かなきゃ!」

「先生、どうもお騒がせいたしました!」

 

 小百合は理科の先生に頭を下げると、ラナと一緒に走り去って階段の方に曲がって姿を消した。理科の先生は二人がつむじ風のように消え去った後に言った。

 

「……最近の技術革新はすごいわね」

 

 何とかリリンを見つけることができた二人は屋上に続く階段の途中で息を荒くして座っていた。小百合はリリンを抱きしめたまま言った。

 

「われながら酷い言い訳だったわ」

「でも何とかごまかせたね!」

「二人とも、無茶しすぎデビ」

「原因を作ったあんたがそれを言う!?」

 

 その時、近くの教室から騒ぎが聞こえてきた。それに続いて、何人かが廊下を走ったり階段を上がってきたりと、明らかに異常な空気が漂っていた。

 

「外になんかすごいのがいる!」

 そんな声を察知した小百合が言った。

「何だか様子がおかしいわ、屋上にいってみましょう」

 

 三人が屋上のテラスに出ていくと、校庭でとんでもない騒ぎが起こっているのが見えた。数人の警察官が途轍もない大男を囲んで拳銃を構えていた。

 

「あれ、公園で襲ってきたオーガだよ!」

「闇の結晶を奪いにきたんだわ」

 

 校庭では警察官たちが極限の緊張状態でボルクスに近づいていた。

「貴様、そこを動くんじゃない!」

「うるせぇぞ人間ども、俺の邪魔をするんじゃねぇ!」

 

 ボルクスが闇のにおいをたどって顔を上げる。すると、屋上にいる少女二人が目に飛び込んできた。

「あれはこの前のガキどもじゃないか! ちょうどいい、闇の結晶を頂くぜ」

 

 それからボルクスは鼻をひくつかせ、一人の警官に目を付けて近づいた。

「おめぇからも強い闇のにおいがするぞ、うんん?」

 

「ひ、ひいぃっ!」

 ボルクスに迫られた警官は情けない悲鳴をあげる。この時にボルクスは彼が手にする拳銃に黒い結晶が付いてるのを見つけた。

 

「そんなところに闇の結晶が! ようし!」

 ボルクスは拳を合わせ、野太い腕を天に向かって突き上げる。

「いでよ、ヨクバール!」

 

 天井に現れる黒い魔法陣、さらに黒い雲が見る間に広がり、辺り一帯を暗い色に染めあげる。魔法陣に描かれた竜の頭蓋骨が怪しく輝き、警官の持っていた拳銃と闇の結晶がそこに吸い込まれていった。黒い魔法陣から竜の頭蓋骨が実体化し、吹き出す闇色の霧が形を成していく。長い爪の付いた巨大な二本の腕、トカゲのそれと似た二本の脚、背中の方から生えてきた尻尾が地面に叩きつけられる。全体が青く燃える竜骸骨の口からは銃口が突き出ていた。現れしは胸から頭に拳銃を埋め込まれたような怪物、全体はチラノザウルスのような姿で拳銃以外の部分は黒くメタリックな輝きを帯びていた。骸骨のアイホールが赤く怪しく輝くと、近くにいた警察官は恐怖のあまり逃げ出していた。

 

「ヨクバアァーーーールッ!!」

 

 獣のごときヨクバールの咆哮が辺りに轟いた。

 屋上にいても混乱する生徒たちの声が小百合たちまで届いた。

「なんてこと! 学校のど真ん中でヨクバールを召喚するなんて!」

「小百合!」

 

 ラナが右手を出すと、小百合は頷いてその手を左手でしっかり握る、瞬間に現れる赤い三日月と黒いとんがり帽子の紋章、つながった手を後ろ手に二人の少女は闇の衣に包まれて、互いのブレスレッドを高く掲げる。

 

『キュアップ・ラパパ! ブラックダイヤ!』

 

 魔法の呪文で二人のブレスレッドに黒いダイヤが現れて、そこからあふれる光がリリンのリボンの中心に吸い込まれる。そして現れたのは黒いダイヤのリンクルストーン。二人が手を開くとリリンが勢いよく飛び込んでいく。三人で手を繋いで輪になれば、リリンの胸に黒いハートが現れる。命育む聖なる闇が三人を包み込み、星々が輝く宇宙へと誘う。

 

『ブラック・リンクル・ジュエリーレ!』

 

 三人で手を繋いで輪となり、闇の中に咲いた花のように広がって無限に続く宇宙をダイブしていく。その姿が闇の中に消えた時、月と星のヘキサグラムが現れて輝きを放つ。

 

 次の瞬間には、学校の屋上に現れた月と星のヘキサグラムの上に黒いプリキュアとなった少女たちが召喚された。プリキュアたちは屋上から左右に跳んで交差してから校庭へと着地する。

 

「穏やかなる深淵の闇、キュアダークネス!」

「可憐な黒の魔法、キュアウィッチ!」

 

 少女たちが後ろ手に左と右の手を繋いで体を合わせる。互いのブレスレッドを合わせ目を閉じて優しく互いの手を握り合えば、慈しみ合う少女たちの色香が漂う。二人は離れると、後ろ手に握った手を放して前に出し、力強くも可憐な声が学校中に響き渡った。

 

『魔法つかいプリキュア!』

 

 

 

 現れたプリキュア達に学校中の生徒が色めき立ち、ボルクスは驚きのあまり目を丸くした。

 

「なにぃ、俺のヨクバールを倒した黒い奴らの正体はあのガキどもだったのか!? しかもプリキュアだと!? ロキ様はプリキュアはもう現れないといっていたぞ!?」

 

 ダークネスは校庭を踏みしめてボルクスを睨みつけた。

 

「あんた何考えてるのよ、こんなところでヨクバールなんて召喚して! 人がたくさんいるのよ、何かあったらどうするのよ!」

 

「そうだよ! わたしの友達だっているんだからね!」

 

 ウィッチも両手を拳にしてボルクスを罵る。ボルクスはいきなり不意打ちをくらったように驚かされた。

 

「な、なんだ、何でこいつらそんなに怒ってるんだ? ええい、よくわからんが、やれヨクバール! プリキュアどもをひねりつぶせ!」

 

「ギョイーッ!」

 

 ヨクバールが叫び声をあげ、頭を突き出して突撃してくる。二人の後方には学校の校舎があった。ダークネスは身構えて言った。

 

「何としても学校は守らなければ」

「やらせないよ!」

 

 ウィッチが前に出ると、それに続いてダークネスも走る。

迫るヨクバール、ウィッチの攻撃にダークネスは合わせ、二人は飛んで完璧なタイミングで同時にヨクバールの額に拳を叩き込んだ。

 

『たあぁーっ!』

 

 ヨクバールは吹っ飛んで自身が走ってきた軌跡をたどり、校庭の中心辺りに墜落して地面が陥没する。二人で着地するとウィッチはダークネスに言った。

 

「他にも色んなリンクルストーンがあるから使ってみようよぅ、ワクワク」

「まるで理科の実験にワクワクする小学生のようね。でも、その意見には賛成よ。使ってみないことにはどんな魔法が込められているのか分からないものね」

 

「じゃあ、どんどんいってみよう!」

 二人はブレスレッドの付いている腕を横一文字に振った。

「リンクル・ブラックオパール!」

「リンクル・ジェダイト!」

 

 ダークネスのブレスレッドに黒地の中に七色の遊が宿る楕円の宝石が、ウィッチのブレスレッドには草原の緑を思わせる照りのある丸い宝石が現れる。

 

「ヨクバールッ!」

 

 再び頭突きをしながら突撃してくるヨクバールに向かってダークネスは右手を広げた。すると、目の前に黒い円形の障壁が広がる。そこに突っ込んできたヨクバールは障壁に激突して跳ね返る。

 

「ブラックオパールは防御の魔法ね」

 

 ダークネスの目の前でヨクバールが横なぎの竜巻を受けて後退していく。

「ジェダイトは風の魔法だ!」

 

 ウィッチは言って、再び左手を横に振る。ダークネスもそれに呼応するように右手を横に。

「リンクル・インディコライト!」

「リンクル・スタールビー!」

 

 ウィッチのブレスレッドに青色に輝くトルマリン、ダークネスのブレスレッドには6条の白線が入っているルビーが輝きを放つ。ヨクバールは二人のプリキュアに睨みを効かせながら動きを止めていた。

 

 校舎の3階にある3年一組の教室では窓から外を見ながら由華たちが騒いでいた。

「どうなってんの? あれ、映画の撮影かなにかか?」

「違うんじゃないかな、地面とか壊れてるし……」

 

 そういう海咲の体は震えていた。校庭にいる怪物が本物だとしたら、こんな恐ろしい事はない。その隣で香織は怪物と対峙する二人の黒い乙女を見つめていた。

 

「あの怪物が本物なら、あの黒い女の子たちは正義の味方かしら?」

「がんばれ、正義の味方!」

 

 由華が叫ぶ声がウィッチの耳に届く。するとウィッチは何を思ったか箒に乗って三年一組の教室に向かっていった。

「こっちに来るよ!?」

 

 由華が興奮して言う。ウィッチは彼女らの目の前まで飛んできて人差し指を立てた。

「正義の味方じゃないよ、正義の魔法つかいだよ~」

 

「はぁ……」

 由華が気の抜けた声を出す。そんなことをわざわざいいに来るウィッチに、由華も海咲も香織もその他大勢の生徒達も唖然としてしまった。

 

「あんた何やってんのよ! ふざけてないで戻ってきなさい!」

 激怒するダークネス、その隙を突いてヨクバールが口を開けた。拳銃の銃口がダークネスに向けられる。

 

「ヨクバァーーール!」

 

 銃口から青い光を放つ弾丸が三発立て続けに撃ちだされる。ダークネスが気づいて後ろに跳ぶと、二発は今までダークネスがいた場所に撃ち込まれて爆発する。一発は外れて校舎にの方に飛んでいく。

 

「まずいわ!」

 

 ダークネスは前屈みに跳躍して弾丸を追い抜き校舎の前に立つ。そして目の前に迫っていた青い弾丸を右手で弾き飛ばした。その弾丸は弧を描いて校庭の隅に着弾し爆炎をあげる。ヨクバールは続いてウィッチに向かって弾丸を発射した。青く光る弾がまっすぐにウィッチと三年一組の教室に向かっていき、ダークネスが叫んだ。

 

「ウィッチ、止めなさい!」



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リンクルストーンの合成魔法

「ウィッチ、止めなさい!」

「うわあ、やばい、どうしよう!?」

 

 慌てるウィッチ、その間にどんどん光弾が迫る。ウィッチは覚悟を決めてえいっと前に出て自ら光弾に飛び込んだ。途端に爆発し、ウィッチは煙を上げながら情けない恰好のまま箒と一緒に墜落した。

 

「あうう」

「まったく、馬鹿なことしてるからそんな目に合うのよ! 気合入れて戦いなさい!」

「ごめんなさぁい……」

 弾にぶつかるやらダークネスに怒られるやら散々なウィッチであった。

「いくわよ!」

 

 ダークネスがスタールビーの光る右手を上げると、手のひらから赤く光る球が二つ出てきて、それぞれダークネスとウィッチの胸に吸い込まれて消えた。それから二人の体全体が淡い赤光を放つ。ダークネスは体の中に湧き上がる力を感じた。

 

「これはもしかすると」

 ダークネスが空を切りながら走り、ヨクバールに向かっていく。

 

「ヨクッ、バール!」

 

 ヨクバールが近づいてきたダークネスに、黒光りする長い爪の付いた巨大な右手を叩きつける。それにダークネスは拳で応戦する。

 

「はぁっ!」

 

 化け物の巨大な手と少女の細い拳がぶつかりあい、ヨクバールの右手が大きく弾かれた。一方的に力負けして衝撃を受けたヨクバールの体制が崩れる。その隙にダークネスは回し蹴りを叩き込む。ヨクバールは校門付近まで吹っ飛んで砂で粉塵が舞い上がった。

 

「とんでもねぇパワーだ!」

 ボルクスが赤い目をむいて叫ぶ。

 

「すごい! ダークネスってこんなに力持ちだったんだね!」

 そんなことを言うウィッチにダークネスは呆れかえった。

「スタールビーが力を与えてくれたのよ、状況を見ればわかるでしょ」

「そうだったんだ、じゃあわたしも!」

 今度はウィッチがヨクバールに突っ込んでいく。

「とあーっ!」

 

「ヨクッ、バール!」

 先ほどとまったく同じ状況が再現された。ウィッチの小さな拳とヨクバールの巨大な手がぶつかり、ウィッチの方が力負けして吹っ飛ばされた。

 

「キャーッ!?」

 飛んできたウィッチはダークネスの足元に落ちてきた。

「……強力な魔法なだけに、長続きはしないようね」

「あうう……」

 

 気の毒そうに言うダークネスの足元で、ウィッチはうつ伏せにお尻を上に突き出した情けない恰好で倒れていた。そこへリリンが飛んでくる。

 

「ウィッチ、とってもかっこ悪いデビ」

 リリンにそんなことを言われると、ウィッチは負けじと飛び起きてヨクバールに向かって青い宝石の輝く左手を出す。

 

「まだまだ! これならどうだ!」

 ウィッチの左手から青い閃光がほとばしり、ヨクバールを直撃する。

 

「ヨクッ!?」

 ヨクバールの周囲で青い光がスパークした。

 

「インディコライトは電気ビリビリだ!」

 ウィッチは新しいゲームソフトで遊ぶ子供のように興奮していた。彼女は今まで知らなかった様々な魔法をいとも簡単に使えるのが楽しくて仕方がないのだ。

 

 強烈な電流を受けたヨクバールは動きを止めていた。それを見ながらダークネスがいった。

「今のうちに倒してしまいましょう」

「よ~し、新しい魔法を使うよ!」

「え、新しい魔法?」

 

「そうだよ! わたしたちには二つの魔法を合わせてすごい魔法にするファンタジックな力があるんだよ、いろいろ試さなくっちゃ!」

「学校が危ないからできるだけ早く片付けたいわ、オレンジサファイアとローズクォーツの魔法でいくわよ」

 

「やだやだ! 新しい魔法やるの!」

 駄々をこねはじめるウィッチにダークネスは苦笑いする。

「わかったわよ、じゃあどうするの?」

「オレンジサファイアとインディコライト! 絶対かっこいい魔法でるよ!」

「本当かしら……」

 

 ダークネスは何だか嫌な予感がしたが、ウィッチに駄々をこねられるよりはましだと思って仕方なくやってみることにした。

 

「じゃあ行くわよ。リンクル・オレンジサファイア!」

 

 ダークネスのブレスレッドにオレンジ色の宝石が宿る。ウィッチのブレスレッドには既にインディコライトが輝いている。二人は右手と左手を後ろでつなぎ、二つのブレスレッドを頭上で重ね、二人で力ある言葉を。

 

『二つの魔法を一つに!』

 

 炎と電撃、二つの魔法が重なった時、二人のリンクルストーンが輝きをおびて、二人のブレスレッドの間でクラッカーが弾けるような音がして魔力が暴発した。

 

「キャアッ!?」

「うあっ!?」

 ダークネスとウィッチは衝撃を受けて声を上げる。

「あっつい!」

「びっくりした! しびれたよ~」

 

 彼女らの間抜けな姿に、校舎の方から失笑すら聞こえてくる。教室から見ていた海咲はいった。

「何だか頼りないね、正義の魔法つかい」

「ああ、大丈夫なのか……?」

 と由華がいった。すごく心配そうに見守る海咲達であった。

 

 ダークネスはウィッチと顔を見合わせた。

「この組み合わせはだめみたいね……」

「うん、そうだね……」

 

 二人のプリキュアが喜劇を演じている時に、ボルクスが歓喜の声を上げる。

 

「何だかよくわからねぇが、自滅したぞ! 今だ! やれ、ヨクバール!」

「ヨクバァールッ!!」

 

 ヨクバールが口を開けると、銃口に青い光の球が現れ、それが次第に大きくなっていく。

 

「何かまずい感じがするわ、校舎からはなれるのよ!」

 

 ダークネスが言うと、ウィッチが頷く。二人の背後には校舎がある。ヨクバールがプリキュアを狙うのなら、二人が移動すれば学校への危険は少なくなる。しかし、ボルクスは恐ろしいことを考えつき、二人のプリキュアをあざ笑った。

 

「そうはいくか! ヨクバール、プリキュアの後ろにある建物の方を狙え、これで奴らは逃げられん!」

「何ですって!?」

「ヨクバール、フルパワーで行け!」

「だったら、攻撃を止めるしかないわ」

 

 ヨクバールの銃口の光はすでにヨクバールの頭部を覆い隠すほどに巨大になっていた。ダークネスは右手を上げて力強く叫ぶ。

 

「リンクル・ブラックオパール!」

 

 ダークネスの腕輪に7色の輝きが宿る黒い輝石が現れる。ダークネスがその手を前に出し、円形の黒いシールドが展開された時に、ヨクバールは絶叫と共に巨大な光弾を放った。それは地面を削り、土煙の嵐を起こしながらまっすぐにダークネスに向かってくる。そして、黒いシールドと青い光弾がぶつかった瞬間、凄まじい衝撃を受けたダークネスの両足が地面にめりこんだ。

 

「ま、まずいわ、耐えられない!」

 

 苦し気に表情をゆがめるダークネスの目の前で、黒いシールドにひびが入る。そのすぐ近くでウィッチがあたふたしていた。

 

「大変だ! どうしよ、どうしよ、うう~。あ、そうだ!」

 

ウィッチは名案と言わんばかりに指を鳴らし、それから左手を高く上げる。

「リンクル・スタールビー!」

 その左手に赤い宝石を宿し、ウィッチは跳躍(ちょうやく)して空中で一回転。

「一か八か、やるしかない!」

 

 ウィッチはダークネスの左側に下りてきて右手を出す。二人の間にもう言葉など必要ない。ダークネスは当たり前のように左手でウィッチの右手を強く握った。つないだ手を後ろにウィッチが左手とスタールビーを前に、そして二人のリンクルストーンが共鳴して輝きだす。二人は心の底からあふれる魔法の言葉を声に出し力に変えた。

 

『プリキュア! ブレイオブ・ハートシールド!』

 

 スタールビーがブラックオパールに力を与え、黒いシールドに7色の輝きが現れて巨大なハート型に変化する。二人のプリキュアが力をあわせた防御の魔法がヨクバールの光弾をいとも簡単に跳ね返した。そして、巨大な光弾は来た軌道を逆にたどってヨクバールに迫る。

 

「ヨクッ!?」

 

 光弾がヨクバールの体に激突して爆炎が上がった。その爆発で校庭の真ん中に大穴があき、穴の中心でヨクバールが全身から煙を吹いて動けなくなっていた。

 

 ウィッチは嬉しくなって右手を上げてジャンプする。

「やったぁ、大成功!」

「今度こそ倒すわよ!」

「よ~し、今度はどのリンクルストーンを使う?」

 

 ウィッチがそんなことを言うと、ダークネスが信じられないという面持ちでそれを見つめる。

 

「あんた、まだやるつもりなの!? もうこれ以上の失敗は許されないわ、学校が危険に晒される。オレンジサファイアとローズクォーツの魔法を使うわよ」

 

 ダークネスの声には反論を許さない厳しさが込められていた。するとウィッチは、ダークネスの前で手を合わせて頭を下げた。

 

「お願いします、あと一回だけ! これでだめだったらあきらめるよ」

「ウィッチ……」

 

 新しい魔法の創造に固執するウィッチに、ダークネスは心の中に何かひっかかるものを感じた。必死と言ってもいいくらいに一生懸命に頭を下げるその姿には、なぜか胸を苦しくさせるような哀愁がある。ウィッチの気持ちに答えてあげたい、ダークネスは心底そう思い、失敗したら自分が全ての責任を負う覚悟で彼女はいった。

 

「わかったわ。でも、今度はわたしがチョイスするから」

「うん、ありがとう、ダークネス!」

「ジェダイトとインディコライトで行くわよ!」

「よ~し!」

 

 ダークネスは右手を、ウィッチが左手を横一文字に呼びかけた。

「リンクル・ジェダイト!」

「リンクル・インディコライト!」

 ウィッチがインディコライトの輝く左手を高く上げる。

「箒よ!」

 

 ウィッチの頭上に現れた箒が高速で回転しながら落ちてくる。ウィッチがジャンプして箒の柄の中心を掴み、空中で箒に跨り、ダークネスが高く上げた左手を掴んで二人で急上昇、ヨクバールの頭上でウイッチは箒から飛び降りる。二人のプリキュアが空中で手と手を繋ぎ輪になって、回転しながらヨクバールに向かって落ちていく。

 

『二つの魔法を一つに!』

 

 プリキュア達の言葉に反応して、それぞれのリンクルストーンが強く輝く。そして二人は空中で離れ離れになり、ヨクバールの左右に降りてブレスレッドに宝石が宿る手で地面を叩いた。二人の手からヨクバールの方へと魔法陣が広がり大きくなっていく。そして二つの魔法陣が完全に重なった時、円の半分が緑、もう半分が青、円の中で緑と青の正三角が重なって六芒星となり、その中心に緑の三日月が、周囲には六つの青い星、ヨクバールの足元に色鮮やかな月と星のヘキサグラムが完成した。

 

『風と光の星降る魔法!』

 

 二人のプリキュアが立ち上がり、リンクルストーンの輝く手を高く上に、ヨクバールの足元にある大きな魔法陣から風が吹き上がり瞬間に凄まじい竜巻となった。

 

『プリキュア! スターライトニングストーム!』

 

 二人の強い魔法の言葉で魔法陣から上空に向かって何本もの青い稲光が走った。風と雷が一体となり、途方もない嵐となってヨクバールの巨体を空中へと巻き上げていく。

 

「いっくよ~」

 

 ウィッチが跳躍すると、さっき空中で手放した箒が落ちてくる。それを手にしたウィッチは再び箒に乗って飛んだ。彼女はヨクバールの目の前を通り過ぎて大回転し、一度宙に止まって狙いを定める。同時にインディコライトが輝きを増し、ウィッチの全身が青い輝きに包まれた。箒から小さな星型の青い光が大量に噴射され、一気に速度を上げてウィッチ自身が青い彗星と化してヨクバールに突撃、そしてすれ違い、ウィッチの軌道上に散らばった青い光と星々が集まって巨大な青い星となり、それの中にヨクバールは封じ込められた。

 

「ヨク……バール……」

 

 ウィッチは箒に乗ってウィンクとVサイン。

「フィニッシュ!」

 

 ヨクバールを襲っていた竜巻が細くなり、それに合せて地上から天へ昇っていた数本の稲光が一つに集まる。そして風が消えた時、強烈な雷が地上から天を突きさす青い剣となって星に閉じ込められているヨクバールを貫いた。大きな青い星から電流が飛び散り、小さな無数の星が花火のように広がると、その中から淡い光に包まれた闇の結晶と拳銃が飛び出してくる。ダークネスが闇の結晶をつかみ取り、拳銃は校庭に落ちて転がった。ヨクバールが消え去ると破壊された場所が元の姿を取り戻していった。

 

「とってもきれいな魔法だったデビ」

いつの間にかダークネスの足元にいたリリンが感動して目を輝かせていた。

 

 ダークネスの元に戻ってきたウィッチは箒から飛び降りてダイレクトにダークネスに抱きついた。

 

「ウィッチ!?」

「やった、やった! すごいよ~、新しい魔法できたよ~っ!」

 

 ウィッチの突飛な行動に驚いたダークネスだったが、ウィッチの喜びように感化されて自分も何だか嬉しいような気持ちになった。

 

 プリキュアの戦いの一部始終を見ていた由華たちは、興奮を抑えきれない様子でいった。

「すごい、化物を倒した!」

「正義の魔法つかいかっこいい!」

「わたしファンになっちゃうわ!」

 

 由華と海咲と香織が騒ぎ出すのと一緒に校舎から歓声と拍手が爆発的に起こった。それにはダークネスもウィッチも驚かされた。

 

「さ、さすがに目立ちすぎたわね」

「どうも、どうも~」

 ウィッチはのんきに両手を振って歓声に応えていた。

「手なんて振ってる場合じゃないわ、もういくわよ!」

「は~い」

 

 ダークネスは足元にいたリリンを抱いて、それから二人のプリキュアは一気に校舎の屋根まで跳んで、そこからまた跳んで学校の裏手にある林の中に飛び込んでいった。あとに残されたボルクスは、また地団駄を踏んで悔しがった。

 

「ちくしょうまたやられた! プリキュアどもめ、覚えてやがれ!」

 彼は指を打ち鳴らしその姿を消した。

 

 

 

 下校する頃には正義の魔法つかいの噂がかなり広範囲にまで広がっていた。下校中の小百合たちの間でもその話で持ち切りだった。

 

 正義の魔法つかいの話で盛り上がる由華たち3人の後ろを小百合とラナが並んで歩いていた。笑みを浮かべるラナの様子からは嬉しくて仕方ないという気持ちがよく表れていた。

 

「新しい魔法が二つもできてよかったね!」

「きわどい勝利だったわね、学校が守れて本当によかったわ……」

「小百合、わたしのお願い聞いてくれて、ありがとう」

 

 微笑して礼をいうラナの顔を見て、小百合はどうしてか少し不安な気持ちになる。いまのラナの笑顔にはどこか暗い陰があるように感じた。

 

「……今回はたまたまうまくいったけれど、もうあんな戦い方はだめだからね」

「戦い方ってなに?」

 

 いつの間にか近くに来ていた由華が二人に顔を近づけていた。きょとんとしているラナとは対照的に小百合は焦っていた。

 

「た、戦い方っていうのはあれよ。あの、体育のバスケットボールがあったでしょ、その戦略みたいなのを話しあっていたのよ」

 

「なんだよ。つまんない話してないで、正義の魔法つかいのことを語ろうよ。いま一番ホットな話題だよ」

「そ、そうね……」

 

 それから小百合はラナから目を放さないように気を付けながら、正義の魔法つかいの話からは極力離れるように努力した。なぜなら、ラナが余計なことをいいそうで怖かったからであった。



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ラナのとっても素敵な魔法

 その夜、ディナーの時間に小百合とラナが食堂に入ると、いつも座っているテーブルにはなぜか3人分の食事の準備がしてあった。ラナが先に小走りでいってテーブルの前に座り、続いて小百合が椅子を引いて座りながらいった。

 

「どうしてもう一人分の食事があるのかしら? 巴か喜一さんでもくるのかしらね?」

「ちがうよ、おじいちゃんの分だよ。わたしがお願いしたの」

「な、な、なんですってぇ!?」

 小百合は仰天した。

 

「ど、ど、どういうことなのよ、それは!」

「だって、ごはんは二人より三人の方が楽しいから」

「そ、そんなのお爺様に迷惑でしょ!」

「なんで迷惑なの?」

 

 ラナには小百合の気持ちがまるで理解できないようで、本当にわけが分からないという顔をしている。小百合は言葉が詰まってしまう。

 

「そ、それは……」

 

 この時に清史郎が食堂に姿を現し、小百合は黙らざるを得なかった。彼はイタリア製のベージュのズボンにドルモアの黒いセーターを着て登場した。小百合が背広姿以外の祖父を見るのは初めてだった。相変わらず厳めしい表情であるが、ラフな格好のためかいつもよりは雰囲気が和らいでいた。

 

 清史郎は黙って席に座りナプキンを(ひざ)に置くと小百合とラナもそれにならった。聖沢家のディナーは大抵コース料理になっている。前菜から順番に料理が運ばれてくるわけだが、小百合は何を食べても緊張のために美味しいとは感じなかった。ラナは逆に料理をうまそうに食べながら、清史郎のことを時々気にして見ていた。食事は進み、メインのステーキが皿に乗せられて運ばれてくる。もう小百合は食欲をなくして、ステーキなど食べる気がしなかった。その隣でラナは肉を大きめに切っては食べ、前では清史郎が無言で肉にナイフを入れている。この奇妙な静寂をラナが破った。

 

「小百合のおじいちゃんに質問!」

「なにかね?」

 清史郎な食事をする手を止めて言った。

「おじいちゃんは小百合のことが好き? 嫌い?」

 

 それを聞いた小百合はテーブルを叩いて激高した。

「あんた、いきなりなに言ってるの!?」

 

 小百合はラナのデリカシーのなさに怒って睨み付けた。ラナは迷子の幼子のように不安そうな目で小百合を見上げている。ラナは小百合がそんなに怒るとは夢にも思っていなかったのだ。その時、清史郎が止めろとでもいうように、わざと音を立ててナイフとフォークをテーブルに置いた。それで小百合はびくついて怒るのを止めてしまった。

 

「ちょうどいい機会だ、お前とは一度よく話をしなければならんと思っていたんだ。食事が終わったら、わたしの書斎にきなさい、ラナ君と一緒にな」

 

「はい、お爺様……」

 そういう小百合の心は、絶望しているといってもいいくらいに落ち込んでいた。 

 

 

 

 食事が終わると、小百合は自分の部屋で髪を漉いたりと、軽く身だしなみを整えてラナと一緒に清史郎の書斎に向かった。その途中で小百合は階段を上りながらいった。

 

「なんであんたまで一緒なのかしら?」

「うん~、なんでだろう? お小づかいくれるとか?」

「……なんでそんな思考が生まれるのか不思議だわ」

「ちがうかなぁ?」

「100%ちがうと言い切れるわね」

 

 それから小百合は歩きながら斜め下に視線を送り、すまなそうにラナのことを見ていった。

 

「さっきは怒鳴ったりして悪かったわ。でも、あんたはやること成すことがいきなり過ぎるわよ。もう少し考えてものをいってね」

 

「うん、わかった! そうするね~」

 元気よくいうラナを見て、小百合は絶対わかってないなと思った。

 

「まあ、結果的にはこれでよかったのかも。お爺様との関係をこのままうやむやにしておく訳にはいかないもの」

「これでおじいちゃんが小百合をどんなに思ってるのかわかるよね」

「そうね、覚悟はしているわ」

「へ?」

 

 それを聞いたラナは、訳がわからなくて変な声を出して口を開けっ放しにしていた。ラナが言った言葉の意味と、小百合がそれを聞いて理解した言葉の意味は全く違っていたのであった。そんな話のうちに、二人は書斎の扉の前に来ていた。小百合は呼吸を整えてから軽く握った右手を上げる。

 

「行くわよ」

 まるで戦地に赴く兵士のような悲壮な覚悟を決めて目の前の扉をノックする。

 

「入りなさい」

 

 清史郎の声が聞こえて小百合とラナが書斎に入る。清史郎は仕事机の前で腕を組んで座っていた。二人が目の前まで歩いてくると、彼は立ち上がり、後ろで手を組んで二人の目の前を歩き始めた。小百合とラナの前で右へ行ったり左へ行ったりと、その行動には思うように考えがまとまらないという空気がよく表れていた。その間は小百合にとっては非常にもどかしい時間になった。なかなか清史郎が話し出さないので、小百合はたまらない気持ちになって言った。

 

「お爺様、はっきりとおっしゃって下さい。もう覚悟はできていますから」

「なに?」

 

 小百合の言葉を聞いた清史郎は目を開いた。彼の皺の深い顔は驚きに満ちていた。しかし、そんな顔になったのは一瞬のことで、彼はすぐにいつものしかめ面に戻った。

 

「どうやら、わたしは間違ったことをしてしまったようだ。お前がそんなふうに思い詰めていたとは知らなかった」

 

 清史郎の声と言葉が小百合の心に一条の光を与えた。彼の声には真心がこもっていた。それを感じただけでも小百合は胸がいっぱいになった。清史郎は言った。

 

「小百合、お前は母親を亡くし深く傷ついていた。そのせいで心を閉ざしてしまっているとわたしは思い込み、あえてお前に近づかなかったのだ。時間が経って落ち着きを取り戻した後に打ち解ければよいと考えたのだが、それではいけなかったのだ。わたしがお前の母親にしたように、もっと愛情を注ぐべきだったのだ」

 

「じゃあ、おじちゃんは小百合のことが好きなんだね!」

 ラナが満面の笑みで言うと、清史郎は深くゆっくりと一度だけ頷いた。

 

「もちろん愛しているとも、可愛い孫娘だからな。わたしはこの通りの人間で、感情を表に出すのが苦手でな。そのうえ、初めて会う孫娘をどう扱ったらよいものか分からなくてな。小百合には本当にすまない事をした、許してくれ」

 

 小百合はうつむいたまま無言であった。その時の清史郎の顔は(いか)めしさが解けて微笑が浮んでいた。彼は深い感謝の心を込めて言った。

 

「小百合、お前にこれだけは言っておきたかった。わたしはお前のことも、お前の母の百合江のことも、常に調べて知っていた。百合江がこの屋敷を出てからあの男とすぐに別れてしまったこともな。わたしは百合江がすぐにここに戻ってくると思い心待ちにしていたが、そうはならなかった。百合江はたった一人でお前を育て、共に生きてゆく道を選んだのだ。ここに帰ってくれば、豊かな生活をして心安く子育てもできたというのにな。きっと百合江には豊かさなど必要なかったのだろう。苦しくともお前と二人での生活が幸せだったのだろう。百合江が若くして亡くなったことは不幸だったが、幸せな人生だったに違いない。それはすべてお前がいてくれたからなのだよ。だから、ありがとう小百合、お前という孫娘がいてくれたことに心から感謝している」

 

 この瞬間に、小百合は両手で顔をおおって泣き崩れた。しばらくは声も出さずに泣き続けた。ラナが隣にしゃがんで、小百合の(つや)やかな黒髪をなでていた。やがて小百合は絞り出すような声で言った。

 

「わたしは馬鹿だわ……勝手に勘違いして……」

「よかったね、小百合」

 

 隣でそう言うラナに小百合は腕を絡めて強く抱きしめた。しゃがんでいたラナは小百合の体重を支えきれずに尻をついた。小百合は泣きながら感情に震える声で言った。

 

「全部ラナのおかげよ。わたしを包んでいた闇を光に変えてくれた。ラナがわたしに素敵な魔法をかけてくれたんだわ……」

 

 抱き合う少女たちの麗しい姿を見て清史郎は頷く。

 

「ラナ君、わたしからも礼をいうよ。君がきてから小百合は今まで悲しんでいたのが嘘のように明るさを取り戻した。今の小百合の姿は、まるで娘だった頃の百合江を見ているようだ。ラナ君のおかげで、小百合の本当の姿を知ることができたのだよ」

 

 それから小百合の涙が止まるまでもう少し時間がかかった。小百合は落ち着くと持っていたハンカチで涙をぬぐってからラナと一緒に立ち上がり、清史郎の向かって深く頭を下げる。感謝を言葉にしたかったが、あまりにも思いが深かったため、とても言葉にできるようなものではなかった。そして、言葉もなくただ頭を下げる小百合の姿だけでも、清史郎にはその心が十分に伝わっていた。清史郎は愛情深い眼差しで小百合を見つめていた。

 

「小百合、巴や喜一にも頑なな態度をとっていたようだが、好きなように名を呼ばせてあげなさい。二人ともお前のことを慕っているのだよ。特に喜一は百合江のことを幼少のころから知っている。だからお前への思いも一層深かろう」

「わかりましたお爺様。二人に謝ってそのように伝えます」

 

「それともう一つ、もう使用人用の部屋など使わんでいい。二人ともどこでも好きな部屋を選んで使いなさい」

「いやった~、それはファンタジック~」

 万歳をして喜ぶラナであった。

 

 

 

 小百合が選んだ部屋は、百合江が生活していた部屋の隣にあった。できるだけ母を近くで感じていたいので、その部屋を選んだのだ。

 

「みてみてリリン、すごいよ! 広いお部屋だね~、ファンタジックだね~」

「すごいデビ、お姫様みたいなお部屋デビ」

 

 小百合が服などを備え付けのタンスにしまっている時に、ラナはリリンを頭の上に乗せて部屋の中を駆け回っていた。次は天蓋とレースの仕切が付いているベッドにリリンと二人で身を投げる。

 

「うわ、このベッドふかふかだ~、前の小百合の部屋にあったのとは全然違うね~」

「気持ちいいデビ~」

 

 二人は順番に体を浮き沈みさせながらベッドの柔らかなかな感触を楽しんでいた。小百合はタンスの引き出しを閉じて立ち上がるといった。

 

「ちょっと、なんでラナがここにいるわけ?」

「なんでって、一緒のお部屋だからだよ」

 

「なんで一緒なのよ、部屋は他にいくらでもあるでしょ、あんたも自分の部屋を探しなさいよ」

「やだよ~、小百合と一緒がいいよ~」

 

「あり余るほど部屋があるんだから、二人で一緒の部屋を使う必要なんてないでしょ」

「だって、こんな広い部屋に一人じゃ寂しいでしょ?」

 

「別に寂しくなんてないわよ」

「わたし右側で寝るから小百合は左ね」

「リリンは真ん中で寝るデビ」

「ねえ、わたしの話し聞いてる!?」

 

 小百合が少しばかり語気を強くすると、ラナは自分で乱した布団を整えてベッドから下りる。どうやら自分の話を理解してくれたらしいと小百合が思っているとラナがいった。

 

「枕が一つしかないから探してくるね!」

 ラナが部屋から出ていくと、小百合は体の力が抜けてため息が出た。ラナは小百合のいうことを聞く気はまったくないようだ。

 

「……まあいいか、あの子は何をしでかすか分からないところがあるし、近くで見ていた方が安心はできるわね」

「ここがみんなの部屋デビ」

「そうね、わたしたち3人の新しい部屋だわ」

 小百合は飛んできたリリンを抱きとめて二人で微笑した。

 

 いきなり聖沢家に飛び込んできた魔法つかいのラナは、その明るさと元気さと笑顔で闇の中に沈んでいた小百合を光の園に引っ張り出してくれた。それは小百合にとって何よりも素敵な魔法であった。

 

 

 

 翌朝のこと、小百合は学校に行く前に書斎にいた清史郎に最大の疑問をぶつけた。その時、清史郎は白のスーツ姿で書類にサインをしていたが、制服姿の小百合が入ってくると手を止めた。

 

「どうしたんだね、小百合?」

「お爺様、とても気になっていることがあるのですが」

「ほほう、なんだね?」

「どうやってラナを聖ユーディア学園に入れたのですか?」

「ああ、その事か」

 

 清史郎はペンを置くと、傍らのティーカップをとってコーヒーを一口飲んでから話し始めた。

 

「聖ユーディア学園はな、聖沢一族が経営している学校なのだよ。聖沢一族とはいっても、あそこの学園長は遠縁だが、昔からよく知っている男でな。ラナ君のことを頼んだら二つ返事で受け入れを許可してくれた。どんなことがあっても卒業までは面倒を見てくれるそうだ。あの学校は成績にはうるさいが、ラナ君だけは例外的に成績面の方は目をつぶってくれる。例えテストで0点を取ったとしても怒られんから安心していいぞ」

 

 それを聞いた小百合の顔つきが急に厳しくなる。祖父を睨みつける彼女の内面では怒りの炎が燃え上がりつつあった。

 

「お爺様、それはどういう了見ですか?」

「どうって、あの子は勉強が苦手そうだったから……」

 

 小百合はいきなり机に手を突いた。その衝撃で机の上のティーカップが少し跳ねる。清史郎は驚きのあまり声も出なかった。

 

「それじゃ、ラナが学校を卒業する頃にはダメ人間になってしまいます! お爺様はラナの人生を台無しにするつもりですか!」

 

「い、いや、そんなつもりでは……」

「よくわかりました。授業中にラナが寝ていても先生方が注意しなかったのは、お爺様が圧力をかけていたからなのね」

「そんな、圧力だなんて、お前……」

 

「いいです、ラナの勉強の面倒はわたしが見ますから。あと、今の話はラナには絶対にしないでください! もしあの子がこのことを知ったら、毎日遊び惚けるのが目に見えています!」

 

 小百合は机に手を突いたまま祖父に迫り、相手に恐怖を与える冷たい眼差しの瞳で見つめる。

「もしラナに言ったりしたら、承知しませんからね」

「わ、わかった、絶対に言いません」

 

 さっきから小百合に圧倒されっぱなしの清史郎は、もはや小百合に従順な犬と化していた。小百合は悪魔でも乗り移ったかのように相手に恐怖を与える暗い眼差しを顔から消して、急に笑顔を浮かべる。その変貌ぶりがまた恐ろしかった。

 

「では、わたしはラナと一緒に学校にいってまいります」

「ああ、気をつけてな……」

 

 小百合が書斎から出ていった後、清史郎は底知れぬ恐怖から解放されて大きく息を吐いた。それから彼は言った。

「すごい迫力だったな。あの子は母親によく似ているわい」

 

 その時、外から声が聞こえてきた。

『お嬢様、いってらっしゃいませ』

 

 清史郎が窓辺に近づいて外を見ると、玄関先で巴と喜一が小百合に向かって頭を下げて送る姿が目に入った。もう小百合はお嬢様と呼ばれても文句も言わなければ嫌な顔もしない。小百合が二人に手を振ってラナと並んで学校に向かってゆく姿を見て、清史郎は小百合が聖沢家の本当の家族になることができたのだと実感した。



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魔法つかいプリキュア!♦闇の輝石の物語♦の設定1
宵の魔法つかいのリンクルストーンと合成魔法


宵の魔法つかいとそれにまつわるリンクルストーンに関する説明です。
物語の進行には関係ありませんので、飛ばしても問題ありません。


宵の魔法つかいプリキュア

 

伝説の魔法つかいプリキュアと同様に、リンクルストーンの力を借りて魔法を使用する。闇の魔力ではヨクバールを浄化できないため、二つのリンクルストーンの力を合わせて強力な魔法を発現できるという、伝説の魔法つかいプリキュアにはない能力を有している。宵の魔法つかいプリキュアは魔法界の歴史から消えている為、かつて彼女らが使ったリンクルストーンの存在は知られてはいない。

 

 

 

・ブラックダイヤ

 護りのリンクルストーンの一つ。宵の魔法つかいプリキュアのベースとなるブラックダイヤスタイルに変身できる。伝説の魔法つかいプリキュアのダイヤスタイルと同様に、攻守ともに均衡がとれている。

 ダイヤモンド・エターナルに匹敵する大魔法、ブラック・ファイアストリームを使用できるが、ブラックダイヤは闇のエレメントのため、闇の魔法から生まれたヨクバールをパワーアップさせてしまった。現状は何のためにあるのかよくわからない魔法。

 

・オレンジサファイア

炎の支えのリンクルストーン。強力な炎で敵を攻撃する。

 

・ローズクォーツ

支えのリンクルストーン。薔薇を模した薄ピンク色の水晶で刃の魔法を使える。水晶の花びらの嵐で敵を切り裂く。

 

・インディコライト

青い色のトルマリン、電気の支えのリンクルストーン。青い電撃で敵を撃つ。

 

・スタールビー

半球型の宝石で中心で3条の光線が交差するルビー、力を司る支えのリンクルストーン。魔法つかいプリキュアの攻撃力をごく短い時間だけ強化する。

 

・ジェダイト

草原を駆け抜ける風を司る支えのリンクルストーン。強烈な風を起こすことができる。

 

・ブラックオパール

闇色の中に7色の遊色を宿す、守りを司る支えのリンクルストーン。ムーンストーンと同様にバリアが張れる。

 

 

 

宵の魔法つかいの合成魔法

 

宵の魔法つかいがヨクバールに対抗するための魔法。二つの異なるリンクルストーンの魔法を合成して強力な魔法を生み出す。リンクルストーンには相性が存在して、相性の悪いリンクルストーンを合成すると力を打ち消しあったり、最悪の場合はプリキュアの方がダメージを受けてしまう。

 

・クリムゾンローズフレア

ローズクォーツとオレンジサファイアの合成魔法。水晶の花びらに炎の力を与えてヨクバールを爆砕する。

 

・スターライトニングストーム

インディコライトとジェダイトから生み出される風と雷の合成魔法。竜巻でヨクバールを打ち上げて強烈な雷で浄化する。

 

・ブレイオブハートシールド

ブラックオパールとスタールビーの合成魔法。ブラックオパールのシールドを強化する。大抵の攻撃は防ぐことはできるが、魔力の消費が大きいので使用するタイミングは限られる。



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第4話 ミラクルとマジカルのピンチに参上!? 黒いプリキュア!
芝生公園の猫お姉さん


 リコが魔法界に闇の結晶を送ってから三日後のこと、みらいとリコはテーブルの上にある水晶と覗き込んで話をしていた。

 

「君たちが送ってくれた黒い結晶を調べたところ、恐ろしい事実が判明した。これは闇の魔力の結晶体なのだ」

 

 水晶に映る校長は黒い結晶を手にもってそれを見つめていた。

 

『闇の魔力の結晶体!?』

 みらいとリコの声が重なると、校長は頷いていった。

 

「なぜこのような物がナシマホウ界に出現しているのか、詳しい事まではわからない。いま確実に分かることは、この闇の結晶を放っておけば、ナシマホウ界に闇の魔力があふれ、途方もない災厄を引き起こすということだ。それは天変地異か、または人間同士の争いか、とにかくナシマホウ界を滅ぼすような恐ろしいことが起こる。それを防ぐには、この闇の結晶をできるだけ早く回収して浄化することじゃ。皆で協力して集めてもらいたい」

 

「校長先生、分かりました」

「でも、わたしたちだけで集められるのかな」

 

 みらいがリコに向かって心配そうにいう。

 

「確かに、ナシマホウ界中に結晶が現れているとしたら、わたしたちだけで集めるのは難しいわね」

 

「心配ない、恐らく結晶の出現は津成木町に集中している。一つでもかなり強力な魔力を秘めている代物じゃ、数はそう多くはあるまい。それをみらい君一人であれだけの数を集めたのだからな。津成木町に水晶が集まる確かな理由もある。過去に君たちが闇の魔法使いやデウスマストの眷属と幾度となく戦い、それによって大きな魔力が放出されたことで、いまだに多くの魔力が残留しているのだ。魔力の塊であるこの結晶は津成木町に残留している強い魔力に引き寄せられて現れている。つまり、津成木町はこの闇の結晶を引き寄せる巨大な磁石となっているのだ」

 

「それなら、わたしたちだけでも何とかなるわ」

「津成木町のことならまかせてよ!」

「みんなで闇の結晶を集めて世界を守るモフ!」

 

 リコ、みらい、モフルンがいうと、水晶の向こうの校長が微笑を浮かべる。

 

「3人とも頼りにしているぞ。結晶を集めたらテレポッドで送ってくれ。こちらでは、この結晶を浄化する方法を考えておこう」

 

 そして水晶玉から校長の姿が消える。

「よーし、今日は日曜日だし、一日中街を歩いて闇の結晶をたくさん見つけちゃおう!」

「頑張るモフ~」

「手分けして探しましょう。魔法を使えば効率がよくなるわ、もちろん誰にも見つからないようにしてね」

 

 こうして3人は、闇の結晶を探すために街へと出ていくのであった。

 

 

 

 みらい達が魔法学校の校長を話をしていた時、小百合たちは菜の花の園でフレイアに会っていた。咲き乱れる菜の花の中に立つ少女二人と漆黒のドレスの神秘的な雰囲気の女性、その三人を心地の良い春風が抱擁する。リリンは花畑の中でかけたり飛んだりして遊んでいた。

 

「こんなにたくさんの闇の結晶を集めて頂き、ありがとうございます」

 

 フレイアはいつもと同じ笑顔で目の前の少女たちにいった。すると、神妙な顔をしている小百合が切り出す。

「フレイア様、少し気になることがあります」

「あら、なんでしょうか?」

 

「最近、目星をつけた場所にいっても闇の結晶が見つからないことがよくあります。私たち以外にも闇の結晶を集めている人がいるとしか思えません」

 

「……その事ですが、じつは少し困ったことになっています。伝説の魔法つかいが現れて、魔法界に闇の結晶を送っているようなのです」

 

「伝説の魔法つかいならこの前見たよ!」

「そうですか、あなた達は伝説の魔法つかいを知っているのですね」

 そういうフレイアに、ラナが何度も頷く。

 

「伝説の魔法つかいは恐らく魔法学校の校長に闇の結晶を送ったのでしょう」

「校長先生に? なんで~?」

 

 ラナが首を傾げる。その校長先生を知らない小百合は、ただ黙ってフレイアの話を聞いていた。

 

「それは、彼女たちが魔法学校の校長とつながっているからです。彼ならば、闇の結晶を誰の手も届かないところに封印するくらいのことはできるでしょう。それはわたくしの望まない事態です。わたくしには、どうしても闇の結晶を手に入れたい理由があるのですから」

 

「わかりました、迅速に闇の結晶を回収します。そして、可能であれば伝説の魔法つかいから闇の結晶を奪取します。フレイア様のために、そうする必要があると思います」

 

「ええぇっ!?」

 

 小百合が平然として言ったことに、ラナが驚いて声を上げた。それに対して、フレイアは無言で頷いた。それを見たラナは悲しみと不安が混じった暗い表情になっていく。

 

「そ、そんな、それって伝説の魔法つかいと戦うってことだよねぇ?」

「それは時と場合によるわね。必ずしも戦う必要はないわ」

「でもそれじゃ、伝説の魔法つかいとは仲良くなれないよね……」

「あんたはフレイア様がいったことを聞いてなかったの? フレイア様は伝説の魔法つかいのせいで困ってるのよ、仲良くなんてなれるわけないでしょ」

 

 小百合がいうと、ラナはうつむいて黙ってしまった。

 

「プリキュア同士で戦うことは非常に危険です。戦いは可能な限り避けるべきでしょう」

「わかりましたフレイア様、よく覚えておきます」

 

 フレイアが最後にいった言葉でラナの中に少し希望がわいた。戦いを避けるのならば、伝説の魔法つかいと衝突するようなことにはならない、ラナにはそう思えた。

 

 

  

 フレイアとの対面のあと、小百合とラナは公園の中を歩いていた。いつもうるさいくらいに話しまくるラナが、この時はうつむき加減で黙っていた。小百合にはラナの思いが手に取るようにわかっていた。

 

「あんたの気持ちはわかるけど、わたしは何があってもフレイア様のお望みを叶えるわ。それが正しいことだと感じるのよ」

「うん、わかってるよ。わたしはフレイア様も小百合も信じてるよ」

 

 二人が公園の中を歩いていくと、後ろから幼い子供たちが走ってきて小百合たちを抜いた。そして、子供たちが走っていく先の桜の樹の根元に猫が集まっていた。その数は十や二十ではきかない。

 

その集まった猫たちの中心に少女がいて餌をあげている。それを見たラナの表情から暗さが消え、代わりに青い瞳を輝かせ可愛らしい猫たちを愛でる笑みをうかべる。

 

「あ、ネコお姉さんだ~」

「ネコお姉さん?」

「小百合しらないの? 学校で噂になってるんだよ。公園に集まる猫に餌をあげる美人のお姉さん! 公園の名物になりつつあるって~」

「猫は公園に集まるんじゃなくて、あの人に集まってるんじゃないの?」

 

 二人が近づいていくと、その間にも3人の子供がきて、ネコお姉さんに言っていた。

「猫さわってもいい?」

「勝手にしな」

 

 ぶっきらぼうにいう少女の神秘的な容姿に小百合は衝撃を受けた。見た目は小百合よりも少し年上の高校生くらいに見える。すらりと背が高く、銀の翼の形の飾りのある水色のリボンで長い銀髪をポニーテールに、切長の目は右が金で左がターコイズブルー、恐らく素足に白いブーツ、ミニに近い丈の薄桃のスカートから下に流れるパール色の生足は女性でも思わず見とれてしまうような(なま)めかしさだ。腰のところには動物の尻尾を模した白い房飾りをぶらさげ、上着はスカートに合わせた薄桃色のフレアな長袖のブラウス、その上に短い白マントをはおっている。

 

 その少女の格好が変わっている上に、この世のものとは思えない美しい顔立ち、小百合はオッドアイの人間が存在することに驚いた。それに、彼女から感じる雰囲気もなにか普通ではないなと思った。

 

「うわあ、猫可愛い!」

 ラナは小百合をおいて猫の集団に飛び込んでいく。

 

「もしかして、津成木町中の野良猫が集まってるんじゃないの?」

 

 それから小百合は離れた場所で様子を見ていた。中心にオッドアイの少女がいて、その周りで子供とラナが猫と戯れている。少女はせっせと猫たちに餌をあたえていた。

 

「まったく、ただのキャットフードじゃ嫌だなんて、最近の野良猫は贅沢だね」

 

 少女はぶつくさ言いながらかがんで、側にある買い物袋の中からネコ缶を一つ取り出して蓋を開けて中身をプラスチックの皿に乗せる。すると、猫たちがにゃーにゃー言いながらすり寄ってくる。

 

「わかったわかった、順番にやるからちょっと待って。あ、こら! マントをひっかくんじゃないよ!」

 

 ラナの言うネコお姉さんは、時折まるで会話でもするかのように、まわりで鳴いている猫に向かってしゃべっていた。

 

「なに、ささみのやつじゃないと嫌だって? わがままだねぇ」

 

 そんな様子を見て黙っているラナではなかった。

「お姉さん、猫がいってることわかるの?」

「ああ、わかるよ」

 

 彼女が当たり前のようにいうと、まわりにいた子供たちから歓声があがる。

「ねえねえ、この子はなんていってるの?」

 

 小学校低学年くらいの女の子が白と黒のぶち猫をなでながらいう。その猫がミャーと低く鳴くとネコお姉さんが頷く。

「この人間のガキが! この俺様の体に勝手にさわるんじゃねぇ! うざってぇんだよ! っていってるね」

 

「うわ~」

 喧嘩でも売るようなネコお姉さんの言葉にラナはドン引き、子供たちはびっくりして固まってしまった。猫の鳴き声だけが、その場を支配する。そして、ぶち猫を可愛がっていた少女は泣きだした。

 

「うわーん! ママーっ!」

「お、おい、待て、わたしは猫の言葉を伝えたけだよ」

 

 ネコお姉さんは逃げていく少女の背中に手をのばすが間にあわなかった。彼女は子供たちの異様な空気に気づいていった。

「そんな顔するな、その猫が本当にそう言ったんだから仕方ないだろ」

 

「こら、そこでなにやってるんだ!」

 猫の集会に突然の乱入者が現れる。二人の警察官が近づいてきていた。

「君、猫に餌をやってはいかん! 苦情がきているんだ」

 

「苦情だって? そんなもの知るか! これは大切な仕事なんだから邪魔しないでおくれ」

「なにを訳の分からないことをいってるんだ! とにかく猫に餌をやるんじゃない!」

「黙れ! 人間のくせに、わたしに指図するな!」

 

 警察官二人とネコお姉さんの押し問答が始まると、ラナと子供たちが離れていく。

 

「なんかもめてるわね」

「大丈夫かなぁ、ネコお姉さん」

 

 小百合とラナが二人並んで見守っていると、ついに警察官が強硬な手段にでる。

「いうことを聞かないなら仕方がない、派出所まできてもらうぞ!」

 

 警官の一人がネコお姉さんの腕をつかむ。その瞬間、彼女の表情が鋭くなった。

「邪魔するんじゃないよ、人間ごときがーっ!」

 

 ネコお姉さんがその警官の胸元をつかみ、左足を一歩前へ、踏みつけたブーツの底が地面にめり込む。

「どりゃーっ!」

 

 なんと彼女は警官を片手で投げ飛ばした。小百合とラナは呆気にとられ、自分たちの頭上を越えていく警官を阿呆のような顔になって見上げた。警官は満開の桜の樹に突っ込んで枝に引っ掛かり、逆立ち状態で枝にぶら下がって目を回していた。振り返ってそれを見た小百合とラナが同時に声を上げる。

 

『ええぇーーーっ!?』

 

「ネコお姉さん、お巡りさん片手で投げちゃったよ!?」

「人間わざじゃないわ……」

 

 もう一人の警官も思わぬ事態に唖然としている。

 

「バカな人間め、わたしの仕事の邪魔をするから悪いのさ」

 ネコお姉さんは当然といわんばかりの態度、それに気を持ち直したもう一人の警官が憤怒(ふんぬ)する。

 

「お前、公務執行妨害で逮捕されたいのか!」

「捕まえられるものなら捕まえてみな!」

「待ちなさい!」

 

 ネコお姉さんが素早く走って逃げて近くの茂みに飛び込む。追ってきた警官も茂みに入るが、そこには誰の姿もなかった。

 

「どこに行ったんだ、あの女は……」

 辺りを見ていた警察官は目の前に白い猫がちょこんと座っているのに気付いた。それはフェンリルであった。

 

「なんだこの猫は? 人の目の前に座って逃げも隠れもしないとは……」

 その時、フェンリルが笑った。彼は猫が笑うなど聞いたこともなかったが、目の前の白猫は口端を吊り上げ牙を見せて、にぃっと笑っているようにしか見えなかった。瞬間、そのフェンリルは信じられない跳躍力で警察官の目と鼻の先へと跳びあがり、開いた両前足の爪で警官の顔をバツの字にひっかいた。

 

「ぐあああぁっ!?」

 警官が顔を押さえて転げまわると、フェンリルはクイッと首をふり、無様な人間を見下していった。

「はん、間抜が!」

 

 それからフェンリルは茂みから道に出て、悠々と歩いて去っていった。それを見ていた小百合はいった。

「なんて狂暴な白猫なの……」

「ネコお姉さんはどこいったんだろ~?」

 

 ラナはネコお姉さんの姿を探していたが、それらしい人はどこにも見えなかった。

 



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ミラクルとマジカルの苦闘

 闇の結晶の下に運命の歯車が回りだす。小百合とラナとリリン、みらいとリコとモフルン、種々の思惑と共に、各々が闇の結晶を求めていく。時にはみらいと小百合が道一本をへだてた路地で鉢合わせ寸前であったり、リコとラナが街中ですれ違ったり、ようやく見つけた闇の結晶を野良猫に横取りされたりしたが、不思議と双方が出会う事はなかった。まるで運命がそうさせてでもいるように、プリキュアとなった少女たちの衝突は避けられていた。

 

 

 孤高の白猫フェンリル、彼女は今、街の高層ビルの屋上に座って青空を見ていた。そのしなやかな右足で闇の結晶を踏みつけられている。

 

「そろそろいい頃合いだろう。闇の結晶の反応が強くなっている。たくさんの闇の結晶を持ったやつが街の中にいる。そして、そいつらはもうすぐここを通る」

 

 そしてフェンリルが思った通りに、箒に乗った少女たちが青い空を横断していく。二人は遥か上空、その姿は小さいが、フェンリルが確証を得るには箒で空を飛ぶ二人組というだけで十分だった。

 

「いたなプリキュアども! 今度こそ闇の結晶を渡してもらうよ!」

 

 フェンリルは足下の闇の結晶を口にくわえると、屋上をぐるりと囲む手すりに飛び乗り街を見下ろす。するとビルの間を飛んでいるカラスが目に入った。フェンリルは手すりを蹴り、カラスに向かって跳んだ。そしてフェンリルが空中へと躍り出た後に、その背中から白い光が広がって翼の形になる。フェンリルは光の翼を羽ばたかせて高速でカラスに迫り、それに気づいたカラスは慌てて鳴き声をあげた。

 

「クアーッ!?」

 フェンリルに背中を取られたカラスは四肢で押さえつけられて急降下。

 

「さあて、どれにするかねぇ」

 

 フェンリルはカラスと一緒に急降下しながら地上のものを物色していた。そして、カーショップに置いてある2tトラックに目をつけた。

 

「よし、あれだ」

 

 フェンリルは空中でカラスの背中を蹴ってトラックの空の荷台に叩き込み、続けてくわえていた闇の結晶も荷台に放り込んだ。目を回してひっくり返っているカラスの隣に闇の結晶が転がる。フェンリルは白い翼を大きく開き前屈みになって叫んだ。

 

「いでよ、ヨクバール!」

 

 フェンリルの首にあるタリスマンから浮き出た闇の魔法円が巨大化して空に張り付く。急激に暗い雲が広がり、荷台のカラスや闇の結晶と共に2トンもあるトラックが闇の魔法陣に吸い込まれていく。

 

「ヨクバールは融合する素材が多いほど強力になるが、そのぶん制御も難しくなる。わたしのタリスマンでは三つの素材を融合させるのが限度だ。まあ、やつらを倒すのにはこれで十分だろう」

 

 フェンリルは翼で飛んで元いたビルの屋上へともどっていく。

 

 空に張り付いた魔法陣から黒い闇があふれ出し、それが形になっていく。両腕、鳥の足、そして背後に黒い翼が開く。一気に闇が晴れて、トラックのボディーに黒い翼と鳥の足が生えた怪物が現れる。ちょうどトラックが垂直に立ち上がったような姿で、運転席の屋根の部分に竜の骸骨の仮面があり、前輪のあった部分から黒い腕が伸び、タイヤが肩になっている。手や腕の関節部は複雑な構造で、その部分だけはアニメのリアルロボットのようだ。後輪の部分から生えている鳥の足は巨大でそれぞれ(かかと)にタイヤが入っている。そして車体の背面に開いた大きな黒い翼はカラスそのものであった。ヨクバールの竜の骸骨のアイホールに赤く異様な光が現れる。

 

「ヨクバアァーーーールッ!!」

 その時、小百合たちは別の場所で遠くに突然広がった黒い雲の様子を見ていた。

 

「なあにあれ? 雨でもふるのかな~」

「雨雲はあんな風に急には広がらないわ。たぶん闇の魔法陣が現れたのよ」

 

「ヨクバールが襲ってくるデビ?」

 小百合のポシェットから顔を出しているリリンがいうと小百合は首を横に振る。

 

「わたしたちを狙っているのなら、もっと近くでヨクバールを召喚するわよ。狙われているのはもう一方の魔法つかいプリキュアね。ラナ、箒だして」

 

「うん、助けにいくんだね!」

 

 小百合はそれに対してなにも答えない。それでもラナは、嬉々として箒を出してそれに跨った。

 

「早くいこうよ!」

 

 一方、みらいとリコは急に空が暗くなったので空中で止まっていた。二人で振り返ると、間近に黒い魔法陣が広がっているのが見える。そこから現れた巨大な怪物が黒い翼を広げて赤い双眸で二人を睨む。

 

『よ、ヨクバール!?』

 

 二人が驚いている隙にヨクバールは翼の羽ばたき一つで一気にみらいとリコの目前に迫る。

 

『うわあぁぁっ!?』

 

 二人で同時に声を上げて二人で同時に方向転換、ここまでヨクバールに接近されては変身する余裕がない。みらいとリコは、全速力で箒を飛ばしてとにかくヨクバールと距離を取ろうと考えた。

 

「ヨクバァールッ!」

 

 ヨクバールが黒翼で何度も羽ばたくと、逃げようと背中を見せた二人に豪風があびせられる。

 

「きゃっ!」

 

 みらいの方が風をまともに受けてしまい箒から投げ出される。その時に、闇の結晶を詰め込んだ巾着バッグがみらいの体から離れて落ちていく。そしてそれは街路樹の枝に引っかかり、みらいの箒は歩道に落ちて転がった。

 

「みらいっ!」

 リコが伸ばした手が間一髪でみらいの手をつかむ。みらいの右腕に抱かれていたモフルンは、びっくりして目をパチパチさせていた。

 

「リコ、ありがとう」

 

 中学生の少女のリコでは、みらいを片手で引き上げるのは不可能なので、急降下してすぐ近くのビルの屋上に不時着した。みらいは屋上のフェンスから街路樹を見下ろしていった。

 

「闇の結晶が……」

「まずはあれを何とかしましょう」

 

 二人の頭上に現れたヨクバールが黒い翼を広げる。みらいとリコは目と目を合わせて頷き、左手を右手を重ねた。その瞬間に輝くとんがり帽子のエンブレムが現れ少女たちが輝く衣を身にまとう。そして二人はもう一方の手をあげて呪文を唱えた。

 

『キュアップ・ラパパ、ダイヤ!』

 

 みらいとリコのペンダントに現れたダイヤが光になって移動し、モフルンの胸のブローチの上で重なって一つのダイヤとなる。モフルンがハートの手のひらを上げると、みらいとリコがその手を取って三人で手をつなぎ、光を放ちながらゆるりと回転する。

 

『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 みらいとリコが伝説の魔法の呪文を唱えると、モフルンの胸に白いハートがやどり同時にブローチのダイヤから光が走る。二つのダイヤの光が交わると、二人を包む世界に星とハートの光あふれる。頭上にハートのペンタグラムが現れて二人の姿が強い光の中に消えていく。

 

 地上に現れしハートのペンタグラム、その上にプリキュアとなったみらいとリコが召喚される。二人のプリキュアが魔法陣の上から飛んで地上へと降り立つ。

 

「二人の奇跡、キュアミラクル!」

「二人の魔法、キュアマジカル!」

 

 ミラクルとマジカルが左手と右手を後ろ手に体を寄せ合い、もう一方の手と手を合わせてハートを描けば、それは平和を守る魔法つかいの象徴。二人は後ろでつないだ手を前に叫ぶ。

 

『魔法つかい! プリキュア!』

 

 二人が変身している間にモフルンは街路樹の下へ。まずは小さくなっているみらいの箒を回収し、つぎに見上げると枝に引っ掛かっているみらいのバッグに手を伸ばしてみる。

 

「高いモフ、届かないモフ」

 

 モフルンは闇の結晶の入ったバッグは諦めて大樹の陰から二人のプリキュアを見守った。

 

 一方で白い翼のフェンリルはヨクバールの更に上空から地上を見おろしていた。

 

「出たねプリキュア! ヨクバール、そいつらを潰せ!」

「ギョイィーーーッ!」

 

 ミラクルとマジカルは同時にジャンプして二人並んで空飛ぶ箒の上に立つ。向かってくるヨクバールに対し、二人のプリキュアは箒を蹴って敵に向かっていく。

 

『たあーっ!』

 二人の拳がヨクバールのボディにめり込む。

 

「ヨクッバール!」

 ヨクバールが体を反り返すと、ミラクルとマジカルははじき返されてしまった。

 

「うわっ!?」

「はね返されたし!?」

 

 二人が同時にアスファルトの道路の真ん中に着地すると、そのすぐ後にヨクバールも地上へ、トラックの重量を支える巨大な鳥の足がアスファルトにめり込み道路に亀裂が入った。突然、化け物が現れて街の人々は大混乱、近くを走っていた車なども急停車して運転手が外にとびだし、みんな逃げだした。そんな人々と入れ替わるようにして、小百合とラナが姿を現す。二人はビルの陰から様子を見た

 

「伝説の魔法つかいだよ~、何度見てもファンタジック!」

 

 隣で興奮気味のラナを置いて、小百合は伝説の魔法つかいが相手をしているヨクバールに目を向けていた。

 

「あのヨクバール、前に戦ったやつよりも大きいわ」

「羽なんかもあって、なんか強そうだね~」

 

 ヨクバールの足に付いているタイヤが高速回転し、地上を滑るように走りながら二人に迫る。ヨクバールの予想外の速さに二人は少し驚くが、左右に跳んで体当たりをかわし、同時に地面を蹴ってヨクバールに接近、跳び蹴りの態勢へ。

 

『てあぁーっ!』

 

 二人一体の蹴りがヨクバールの顔面に炸裂するが、少々よろけた程度であった。二人の連携はまだ続く。ミラクルがヨクバールの懐に飛び込み、ボディへのパンチの連打、そしてマジカルがジャンプして側頭への回し蹴り、それが見事に決まるが、ヨクバールはびくともしなかった。ヨクバールは空中のマジカルにパンチを叩き込む。

 

「きゃあぁーーーっ!」

 

 ぶっ飛んだマジカルは、近くのビルに叩きつけられ、凄まじい衝撃が建物の一部を崩壊させる。

 

「マジカル!?」

 

 相方がやられて隙を見せたミラクルに、黒い翼を広げたヨクバールから弾丸のように無数の羽が撃ちだされる。それらがミラクルの周囲に突き刺さり、次々に爆発した。ミラクルの悲鳴は爆音によってかき消された。噴煙が消えると、アスファルトが吹き飛ばされて穿たれた穴の中心で傷ついたミラクルが片膝をついて座り込んでいた。

 

「うぅ、前よりもパワーアップしてる……」

 

 二人のプリキュアがやられているのを、ラナはハラハラしながら見ている。

 

「大変だよ、伝説の魔法つかいがやられそうだよぅ」

「あれは今まで戦ったヨクバールよりも明らかに強いわ。一筋縄ではいかない相手ね」

「小百合、助けてあげようよぅ、ね、ね」

 

 そう言うラナの必死さが小百合に伝わった。

「そんなに助けたいの?」

「うん、うん! そりゃもう!」

 

 何度も頷いたラナに、小百合は少し考えてからいった。

「確かに、あのヨクバールを二人で倒すのは厳しいわ。今回は助けてあげましょうか」

「やった~」

 

「ただし、条件があるわ。リンクルストーンは絶対に使わないこと」

「え? なんで?」

 

「なんでもよ。もし約束を破ったら、巴にいって毎週のプリンアラモードはなしにしてもらうからね」

「うえぇっ!? それはやだやだっ!」

「じゃあいう通りにしてね」

 

 ラナは必要以上に何度も頷いていた。

 

「それじゃあ」

 小百合が左手を返して出すと、それにラナが右手を近づける。

「レッツ、ゴー!」

 

 二人の手がつながると黒いとんがり帽子と赤い三日月のエンブレムが現れる。瞬間に二人が闇色の衣に包まれる。二人はつないだ手を後ろへ、もう片方の手を高く上げ魔法の言葉を高らかと。

 

『キュアップ・ラパパ、ブラックダイヤ!』

 

 リリンが飛んできて小百合とラナの間に入って手を繋ぎ輪になると、三人は暗い世界へと誘われていく。

 次の瞬間に地上に現れた月と星のヘキサグラムの上に、宵の魔法つかい二人が召喚される。地上に降りたウィッチは、拳を突き上げていった。

 

「よーし、伝説の魔法つかいを助けにいこ~」

「待ってウィッチ、ヨクバールはわたしたちの存在に気づいていないわ。奇襲をかければ打撃をあたえられるかもしれない」

 

「早くしないと二人がやられちゃうよ~」

「このままただ突っ込んでいったら、4人まとめてやられるわよ。とにかく、わたしに動きを合わせなさい」

 

「うん、わかった!」

「二人とも、がんばるデビ」

 

 リリンの応援にダークネスとウィッチが頷く。二人が今立っている場所は通りを挟んで高層ビルが向かい合っていた。ダークネスがジャンプすると、ウィッチも同じように跳ぶ。二人は鋭い角度でビルに接近し、壁を蹴ってさらに反対側のビルに向かって跳ぶ。それを何度も繰り返し、ジグザグに跳んでやがて片方のビルの屋上へ至る。二人は着地すると風を切って全速力で走り、向こうに見えるさらに高いビルに向かって跳ぶ。空中で態勢を変え、まるで地上へでも着地するようにビルの壁に足を付け、膝を曲げて力をためる。二人が見下ろす先には伝説の魔法つかいと戦うヨクバールの姿が見えていた。

 

『はあぁーーーっ!!』

 

 二人がビルの壁を思いっきり蹴り、ミサイルが発射されるような勢いで急降下すると同時に衝撃波が起こり、ビルの窓ガラスを激しく震えさせた。

 

 ミラクルとマジカルの戦いは続いていた。

『ヨクバール!』

 

 ミラクルを踏みつぶそうと、巨大な鳥の足が上がる。かかとに付いているタイヤが高速回転しているのが何とも恐ろしい。ミラクルが後ろに跳ぶと、いまさっきいた場所に鳥の足が踏みつけられてアスファルトが砕けてめくれ上がる。そこへマジカルが突っ込んできて顔面にパンチを打ち込む。ヨクバールの動きが止まる。

 

「はあっ!」

 

 続けてヨクバールの顔面にマジカルの蹴りが叩き込まれる。この二段攻撃でヨクバールは少し怯んだ。ここで押し込んで勝負を決めなければ、かなり厳しい状況になる。二人ともそれが分かっていたので、攻撃の手は休めない。ミラクルの前にリンクルステッキが出現する。それを手に取りミラクルは呼びかけた。

 

「リンクル・ガーネット!」

 ヨクバールの足元が歪んで波が起る。

 

「ヨクッ!?」

 ヨクバールがバランスを失ったその隙をついて、ミラクルとマジカルは二人は同時にジャンプ。

 

『たあーっ!』

 

 二人の渾身のパンチがヨクバールのボディに衝撃を与える。それでヨクバールはたまらず後退するが、倒れずに踏みとどまった。このヨクバール、二人の大魔法が決まれば倒せない相手ではないが、魔法を使うための隙を作ることができない。

 

 ヨクバールの黒い翼が広がる。そして羽ばたくと、強烈な風が二人を襲った。近くに放置されている車が吹き飛ばされ、樹の陰に隠れているモフルンやビルの陰で見ていたリリンも飛ばされそうになって、必死に枝やガードレールにしがみ付いていた。何とかしたいがどうにもできない状況に、ミラクルとマジカルは苦しんでいた。その時、ヨクバールの背後にヒューンと何かが空気を裂いて迫ってくる。その音に気付いてヨクバールが振り向いた瞬間、

 

『はぁーっ!』ウィッチとダークネスのパンチが骸骨の眉間にめり込んだ。

 

「ヨグーッ!?」

 

 ヨクバールが悲鳴を上げながら派手に吹っ飛び、地響きと共にミラクルとマジカルの背後に沈んだ。ダークネスとウィッチは着地すると、それぞれポーズを決め、

 

「穏やかなる深淵の闇、キュアダークネス!」

「可憐な黒の魔法、キュアウィッチ!」

 

 ダークネスとウィッチが後ろで左手と右手を繋ぎ、体を合わせて互いの温もりを感じると、もう一方のても重ねて悩まし気に目を閉じる。二人は離れ後ろ手につないだ手を放して前へ。

 

『魔法つかいプリキュア!』



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4人の魔法つかいプリキュア

 突然に現れた黒いプリキュア二人に驚くミラクルとマジカルだが、ミラクルはこの二人を見るのは初めてではなかった。

 

「キュアダークネス!」

「キュアウィッチ!?」

 ミラクルとマジカルがそれぞれ驚きながらその名を口にする。そしてマジカルがミラクルのことを見つめていった。

 

「この二人ってもしかして」

 そういうマジカルにミラクルは頷いた。

 

 唐突な展開に戸惑う二人の心境を考えてダークネスはいった。

「わたしたちは宵の魔法つかい」

 

「宵の魔法つかい……」

 ミラクルがその言葉を口にしてみると、何だか不思議な感じがした。この二人が自分たちにとても近い存在だということを感性で捉えていた。

 

「聞きたいことは色々とあるでしょうけど、それはヨクバールを始末してからね」

「ヨクバール、覚悟! とりゃ~っ!」

「あっ、ちょっとあんた!」

 ダークネスが止める間もなくウィッチはジャンプしてミラクル達を跳び越えて向こうのヨクバールに突っ込んでいってしまった。

 

「しまった、勝手に突っ込まないように釘を刺しておくべきだったわ……」

 もうウィッチとヨクバールの戦いが始まっていた。それにもかかわらず、ダークネスは動かない。そんな状況でミラクルは黙っていられる性格ではなかった。

 

「早く助けなきゃ!」

「止めた方がいいわ、あの子に合わせようとすると大惨事になりかねないから。すぐにやられて帰ってくると思うから、魔法でサポートしてもらえると助かるわ」

 

 ミラクルにとってダークネスの態度は理解し難いものがあった。パートナーが戦っているのに見ているだけで何もしないなんて冷たいと思う。そして、マジカルにはそういうミラクルの気持ちが手に取るように伝わっていた。

 

「ミラクル、彼女のいう通りにしましょう。わたしたちと同じように、ダークネスはウィッチのことを誰よりも理解しているはずよ。その上で最善の選択をしているんだわ」

「その通りよ。ウィッチはちょっと変わった子で普通の人じゃ理解できないところもあるから、無理に合わせちゃダメなのよ。帰ってきたら落ち着かせるわ」

 

 ウィッチは空中でヨクバールの腕にパンチの連打を浴びせている。ヨクバールはもう片方の腕を引き、ウィッチに強烈なパンチを叩きつけた。

「うきゃ~!」

 

 ぶっ飛ばされるウィッチ、それを見ていたミラクルはリンクルステッキを頭上へ。

「リンクル・アメジスト!」

 

 空中で弧を描いて吹っ飛んできたウィッチは、目の前に現れた魔法陣に吸い込まれ、瞬間にもう一つ花屋のビニール屋根の上に現れた魔法陣から吐き出された。尻から落ちたウィッチはビニール屋根の上に乗って跳ね返され、緩やかに着地することができた。

 

「おお、すごい! いまなんかワープした~」

 ウィッチはダークネスのところまで走ってきていった。

「わたし、瞬間移動の魔法を覚えちゃった!」

「あんたの魔法じゃないわよ! このおバカ!」

 

「わたしが魔法で助けたんだよ」

 

 ミラクルがいうと、ウィッチの目が夜に瞬くきら星のように輝く。ウィッチはミラクルの手を握ってブンブンふりまくりながらいった。

 

「ありがとう! えっと……」

「キュアミラクルだよ」

「ありがとう、ミラクル!」

 

 つぎにウィッチはマジカルの手を握って。

「よろしく!」

「キュアマジカルよ……」

「よろしく、マジカル!」

 異常に高いテンションのウィッチに、ちょっとついていけないマジカルであった。

 

「ウィッチ、落ち着きなさい。あんたがそんなんじゃ、ヨクバールを倒せないわ」

「ごめんごめん、嬉しくってつい~」

 

 そんな風に喜んでいるウィッチを見ていると、ダークネスは思わずため息が出てしまう。彼女は気を取り直していった。

 

「四人で力を合わせましょう。そうすればあのヨクバールは倒せるわ」

 

 ダークネスがいうと全員が頷く。その様子を上空から見下ろしていたフェンリルは新たなプリキュアの登場に驚いたが、それ以上に奇妙な不快感を抱いていた。

「なんだあの黒いプリキュアどもは? この嫌な感じはなんなのだ?」

 

 この時にフェンリルの本能がダークネスとウィッチを倒せと訴えかける。

「なにをしているヨクバール! 全員まとめてぶっ潰しちまいな!」

 

「ギョイーーーッ!」

 フェンリルの命令を受けてヨクバールが変形していく。機械質の腕や鳥の足が車の内部に収納され、トラックそのものに黒い翼の生えた姿になり、竜の骸骨は全面のフロントガラスへと移動する。それを見ていたウィッチがいった。

 

「変形した! ちょっとかっこいいかも~」

「バカなこといってないで、気合いれなさいね!」

「は~い」

 

 ダークネスにウィッチはまったく気合のない返事をする。それを見ていたマジカルは少し心配になってきた。ヨクバールがタイヤを高速回転させ、アスファルトとタイヤの摩擦で煙を吹き出しながら爆進してくるとマジカルは身構えて叫んだ。

 

「くるわよ!」

 

「ウィッチ、あんたは上ね! わたしたちがヨクバールを止めるから、その隙におもいっきり攻撃して」

「了解したよ! とーっ!」

 ウィッチはダークネスにいわれた通りに、おもいきって上にジャンプする。

 

「さあ、あいつを止めるわよ!」

 

 目前にヨクバールは迫っていた。ミラクル、マジカル、ダークネスの両手を前に出して突進してきたヨクバールを受け止める。その瞬間に3人は足下でアスファルトを穿ちながら数メートル後退するが、そこで踏んばってヨクバールを完全に止めた。

 

「ヨク!」

 

 タイヤの回転がさらに速くなり、四輪からもうもうと白い煙があがり、三人に凄まじい圧力が押し寄せる。そしてヨクバールが少しずつプリキュア達を押し始めた。

 

「ウィッチ!」

 

 ダークネスが叫ぶのに合せるように、天高く跳んでいたウィッチがヨクバールに向かって落ちてくる。

「ウィッチ、スーパーストライク!」

 

 ヨクバールの脳天、運転席の屋根の上に空から落ちてきたウィッチの渾身の蹴りがめり込む。その衝撃で前輪がアスファルトに埋没し、後輪が浮き上がる。

 

「おお、決まった! わたしかっこい~」

 

 ヨクバールが怯んだ瞬間、ヨクバールを止めていた三人のプリキュアが呼応する。

『隙あり! だあーっ!』

 

 三人同時、一分の狂いもないタイミングでヨクバールを蹴り上げる。すると、ウィッチがヨクバールの上でもたもたしていたので一緒なって吹っ飛ばされていた。

「ヨクバール!?」

「きゃ~っ!?」

「あんたまで一緒にぶっ飛ばされてどうするのよ!!」

 

 突っ込むダークネス、ミラクルとマジカルは口をポカンと開けてヨクバールと一緒に飛んでいくウィッチを見ていた。

 ヨクバールが落ちて地面を揺らし、その近くにウィッチも落ちてくる。

「ふぎゅっ!」

 

 ウィッチはうつ伏せに地面に落ちて、お尻を突き出した情けない姿で目を回していた。そのすぐ近くでヨクバールが変形して再び元の姿に戻っていく。

「あいたた……」

 

 ウィッチが立ち上がってふと上を見上げると、変形を終えたヨクバールの深紅に光る目と目があって背筋が凍る。

「うひゃ~っ!」

 

 ウィッチは走って逃げてダークネスの元に戻ってくるといった。

「びっくりしたよ~、すっごいサプライズだったよ~」

「あんたが勝手にサプライズにしてるだけでしょ! まったく、せっかくのチャンスだったのに、あんたのせいで台無しよ!」

「あう~、ごめんね……」

 

「けんかしている場合じゃないわ、くるわよ!」

 マジカルにいわれてダークネスがヨクバールの方を見ると、鳥の足に付いているタイヤを回転させて、またこちらに突撃してくる気配があった。

 

「あいつの足を止められる魔法はない?」

 ダークネスがいうと、マジカルは少し考えて、

 

「それなら」

 マジカルの前にリンクルステッキが現れる。マジカルはそれを手に呼びかける。

「リンクル・アクアマリン!」

 

 マジカルの声に応じて、リンクルステッキに透き通る水色の宝石が現れる。マジカルがステッキをヨクバールに向けると、氷の花を含んだ強烈な冷気の流れが今まさに飛び出さんとしているヨクバールの足に吹き付けられる。すると、ヨクバールの足が見る間に凍り付いてその動きを封じた。

 

「ヨクッ、バールッ!?」

 動けずもがくヨクバールだが、そのパワーで足を拘束する氷にひびが入っていく。

 

「四人でいこう!」

 ミラクルがそういってぐっと体に力を込める。

 

「ウィッチ、わたしに動きを合わせて!」

「わかったよ!」

 

 この時、いちいちウィッチに指示を出すダークネスがマジカルは気になった。しかし、今は深く考えている余裕はない。マジカルはミラクルの心をつかみ、完璧に動きを合せて跳んだ。

 

『たあーーーッ!!』

 

 四人の気合が一つになり、四人同時の跳び蹴りでヨクバールが盛大に吹っ飛ぶ。気づけば四人の動きはピタリと合っていた。今さっき会ったばかりの別々のプリキュアが見事に連帯している。マジカルは、その要となっているのがダークネスであることに気づいた。めちゃくちゃな動きをするウィッチをコントロールし、その上でミラクルやマジカルと動きを合わせる。何も言わずとも心を一つにできるミラクルとマジカルの連帯とはわけが違う。マジカルは自分が同じ立場になったとき同じことができるだろうかと考えると、ちょっと自信がなかった。ダークネスはそれを当然のようにやってのけている。

 

 ――この人、ただ者ではないわ。

 隣に立っているダークネスを見つめて、マジカルは密かに舌を巻いた。

 

「今よ!」

 

 ダークネスが叫び、ミラクルとマジカルは目と目を合わせて頷きダイヤの宿るリンクルステッキを構える。

『ダイヤ!』

 

 ミラクルとマジカルは一緒に高くジャンプして、空中でつないだ手を中心に回転しながら降りてくる。

『永遠の輝きよ! わたしたちの手に!』

 

 二人が舞い降りると同時に、無数の光の粒が波打ち広がっていく。光の波の源にミラクルとマジカルとモフルンの三人が立つ。マジカルが高く掲げたリンクルステッキを斜に構えると、モフルンが左手でブローチのダイヤに、そしてミラクルがリンクルステッキを頭上に掲げると、モフルンの右手でダイヤに、包み込むように両手をダイヤに重ねる。するとブローチのダイヤが輝き、光は巨大なダイヤの形に広がっていく。ミラクルとマジカルは手を繋いだまま、まるで鏡に映しているように同じ動きでリンクルステッキで光の線を描く。

 

『フル、フル、リンクルーッ!』

 

 二人の描いた光の三角形が一つになると光で描いたダイヤの形になった。そこへ起き上ってきたヨクバールが突進してダイヤの光に激突、闇の魔法をダイヤの光が受け止める。するとダイヤの光がハートのペンタグラムに早変わり、ミラクルとマジカルがリンクルステッキを高く上げ、つないだ手をさらにギュッと力を込めて。

 

『プリキュア! ダイヤモンドーッ! エターナル!』

 

 二人の魔法をこめた言葉と同時に、ヨクバールが輝くダイヤに封印される。二人が繋いでいた手を放して前に出すと、合せてヨクバールを封じ込めたダイヤが宇宙にめがけて吹っ飛んだ。その瞬間の衝撃が周囲に爆風がをまき散らし、近くにいたダークネスとウィッチを揺さぶる。

 

「ヨクバール……」

 

 ダイヤに封印されたヨクバールは宇宙の果てまで飛んで、爆発と同時に無数の光をまき散らした。その中から光に包まれたカラスとトラックと闇の結晶が地上へと降りてくる。

 

「カアーッ!」

 

 カラスは地上に落ちる前に慌てて逃げ出し、トラックは元の場所に戻り、闇の結晶はミラクルの手の中に、ヨクバールとプリキュアの戦いでめちゃくちゃになっていた街は修復されて元の姿を取り戻していった。

 

 空中で見ていたフェンリルは歯を食いしばり牙をむき出しにして悔しがった。

「くぅーっ! なんなんだい、あの黒いプリキュアども! まったく嫌な感じだね!」

 そういい捨てて、フェンリルは瞬間移動の魔法でふっと姿を消した。

 

「ミラクルとマジカルの魔法、すっご~い」

 

 そんなことをいっているウィッチの横を通り、ダークネスが街路樹に向かって歩いていく。モフルンはその街路樹に隠れながら近づいてくるダークネスを見ていた。ダークネスは枝に引っかかっている巾着バッグの薄紫の肩紐を乱暴の引き千切り、バッグの中身を確認した。そして太陽が隠れて急に暗くなるように表情が変わり、陰気な微笑を浮かべる。

 

「モフ……」

 モフルンは瞳に映るダークネスが怖いと思った。そこへミラクルがやってくる。

 

「それ、わたしのバック」

 ダークネスがバックをミラクルの方に突き出すと、ミラクルはダークネスへの感謝と、これから新しい仲間と一緒に戦えるという期待の笑顔でダークネスに手を差し出す。

 

「ありがとう」

 

 その時、ダークネスの顔に三日月のような笑みが浮かんだ。少し離れたところでそれを見ていたマジカルは嫌な予感が押し寄せて叫んでいた。

 

「離れてミラクル!」

「え?」

 

 ダークネスはバッグを持っていた左手を引き、代わりに右手でミラクルの胸に掌底(しょうてい)を打ち込む。無防備だったミラクルは一瞬息が止まり、衝撃を受けて吹き飛んだ。

 

「キャアッ!!」

「ミラクルッ!!」

 

 ミラクルはマジカルの間近を擦過して向かいのビルの壁に背中から叩きつけられ、壁には無数のひびが入った。

 

「うえええぇーーーっ!?」

 

 ウィッチもダークネスの行動に度肝を抜かれて叫ぶ。ミラクルは呆然として、その場にペタンと座り込んで動かなかった。肉体的なダメージよりも精神的なダメージの方がはるかに大きかった。そんなミラクルを追い込むようにダークネスはいった。

 

「笑顔でのこのこ近づいてくるなんて間抜けね」

「わたしたちを騙すために仲間のふりをしたのね!」

 

 怒りをあらわにするマジカルを、ダークネスは嘲笑っていった。

 

「そうよ、この闇の結晶を手に入れるためにね」

 ダークネスはマジカルにバッグを突き付ける。

 

「それをどうするつもり!?」

「あんた達には関係ないわ」

 

 そういってダークネスは立ち去ろうという時にミラクルと目が合った。ダークネスの表情がほんの少し強ばる。ダークネスは今のミラクルのような悲しい目を見たことがなかった。

 

「……いくわよウィッチ!」

「あうあう……」

「ウィッチ!!」

 

 混乱していたウィッチは、ダークネスの一喝で体を硬直させ、それから両目をぎゅっと閉じてミラクルとマジカルに対する申し訳なさと仲間になれなかった無念さを耐え忍ぶ。それから目を開けて胸の痛みで曇った碧眼でダークネスを見つめると頷いた。

 二人はミラクルとマジカルの前から走り去り、途中でリリンも一緒になると高く跳躍してビルの間に間に姿を消した。

 

 

 

 ダークネスとウィッチはあるビルの屋上で立ち止まっていた。ウィッチはダークネスと目を合わさずに黙っている。リリンは羽を動かして飛びながら二人のことを見守っていた。

 

「ウィッチ、何か言いたいことがありそうね」

 ダークネスが沈黙を破るとウィッチはゆっくり顔を上げてからまっすぐにダークネスを見つめる。

 

「あんなのって酷すぎるよ、ミラクルがかわいそう!」

「あんたは伝説の魔法つかいと仲間になれるとでも思っていたの? 残念だけれどそれは無理よ。例え同じプリキュアでも闇の結晶を集める目的が違うのだから、奪い合いになるのは必定よ」

 

「だからって、あんなやり方することないじゃん……」

「じゃあお話合いでもすればよかった? そうしたら向こうが大人しく闇の結晶を渡してくれるとでも?」

 

「それは、無理だと思うけど……」

「無理だったら戦いになるわ。プリキュア同士でお互いに傷つけあって、どちらかが倒れるまで戦うのよ。その方がよかったの?」

 

「そ、それは絶対嫌だよ!」

「あの場合は不意を突いて闇の結晶を奪うのが誰も傷つけづに済む方法だったのよ」

 

 ウィッチはダークネスのいっていることが正しいと分かっているが、納得できない気持ちがぬぐえない。そんなウィッチの気持ちがダークネスにはよくわかった。だから彼女はふと表情に悲しい陰を落としていった。

 

「ウィッチ、無理にわたしに付き合わなくてもいいのよ。わたしはお母さんの事があるから諦めるわけにはいかないけれど、あんたに辛い思いをさせるのも嫌だわ」

「いやいや、何をおっしゃいますか、おねいさん! さっきのはびっくりしちゃったけど、なにがあってもわたしはダークネスと一緒だよ! ダークネスのこと信じてるから!」

 

 ウィッチの言葉に嘘はない。ダークネスにはそれが分かり、微笑みが生まれる。

「ありがとう、ウィッチ」

「でも~、ミラクル、本当に悲しそうだったな~」

 

 ダークネスもミラクルが見せた瞳の輝きを思い出していた。まるで親兄弟でも亡くしたような、全ての希望を断たれて世界から見放されたような、そんな最悪の絶望を感じる目だった。ダークネスは胸を針で刺されたように感じる。それは錯覚だが、その痛みはダークネスの胸の奥深くに染み込んでいった。

 

「キュアマジカルは、わたしがしたことに対して怒っていたわ。それが普通よ。でもあの子は……」

 ダークネスはビルの屋上から青い空を見つめていった。

「なんであんな目をするのよ……」

 

 

 

 翌日、小百合はどうしても気になることがあり、いつもよりも早く屋敷を出て学校にいく前に寄り道をした。それは津成木町のオフィス街、昨日ヨクバールと交戦した場所であった。その一角に人だかりができていて、小百合が目指している場所もそこである。

 

「すごいわね、どうしたらこんなになるのかしら?」

「車でもぶつかったんじゃないのか?」

 

 そこに集まっていた出社途中のOLや商社マンの話す声が小百合に耳に届く。小百合は思い切って人の森をかき分けてその場所を目指す。そして小百合が人だかりから抜け出た時、目の前に蜘蛛の巣を思わせるような細かい亀裂が入りボロボロになっているビルの壁が現れる。小百合がここに来たのは確認のためで、その状況はもう予想していたが、それでも衝撃を受けた。

 

「やっぱり、そうなのね……」

 

 ここはダークネスの攻撃でミラクルが叩きつけられた場所である。

 

「プリキュア同士の戦いでは破壊されたものは元には戻らない。もし戦いになれば、周りを巻き込むことになるわね……」

 

 その時に小百合は、自分と同じ年くらいの津成木第一中の制服を着た菫色の髪の少女が壊れた壁を見つめている姿に気づく。まわりは社会人ばかりで、学生は自分とその子だけだったので気になり、小百合は注意深くその子の様子を観察した。その少女とはリコであったが、お互いにプリキュアである時の姿しか知らないので、今の状況では赤の他人である。しかしリコは相当な衝撃を受けていて、食い入るようにひびだらけの壁を見つめている。その姿は小百合に強い印象を与えた。



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第5話 旅は道連れ!? ワクワクでファンタジックの魔法界へ!
暴走! ラナマジック!


ここからしばらくはバトルがありません。
小百合とラナを、みらいとリコとしっかり交流させて魔法つかいプリキュアの世界に馴染ませたかったので、本格的な戦いが始まる前に長い尺を取っています。


 魔法界では幼少の子供に親が簡単な魔法を教えるのが習わしになっている。10年ほど前のこと、ラナにも幼い頃に母親から魔法を教わっていた記憶があった。

 

「キュアップ・ラパパ、コップよ少しだけ右に動きなさい」

 

 彼女が魔法のステッキを振ると、水の入ったコップが少しだけ右に動いて止まる。それを見ていた幼いころのラナは小さな手で拍手した。

 

「お母さんすご~い!」

「さあ、ラナもやってごらんなさい」

「よ~し、見ててねお母さん!」

 

 ラナは生まれた時にもらったひまわりのクリスタルが付いたステッキを出し、それを一振り。

「キュアップ・ラパパ! コップよ動いて!」

 

 水の入ったコップには何の変化もなかった。母と娘がじっとコップを見ていると、やがてそれが小刻みに震えだす。二人ともコップがちょこっとでも動くと思って見ていた。しかし、そんな想像を超えるとんでもないことが起こる。水の入ったコップが爆ぜたのだ。

 

「キャッ!?」

「うわあっ!?」

 

 コップが粉々に砕けて中の水が飛び散り、母子は驚きのあまり呆然となった。母親の方はすぐに娘を気遣っていった。

 

「大丈夫ラナ、怪我はない!?」

「う、うん、平気だよ。びっくりした~」

 その時、母がひどく心配そうな顔をしていたのをラナは今でもよく覚えていた。

 

 その翌日に、ラナはなぜか病院に連れていかれた。

 病院の先生はラナの頭に白い花を挿し、それが赤い色に変わると母親を呼んだ。ラナは母から外で待つようにいわれていた。

 

 病院を出て家に帰るときに、ラナは箒の前側に母に抱かれるようにして乗っていた。ときどき母の顔を見上げると、なんだか浮かない顔をしていたのを覚えている。箒が空を走りラナが空中で気持ちの良い風を感じる中で母はいった。

 

「ラナ、わたしはあなたの笑顔がとても好きよ。ラナの笑顔を見ると、とても元気になるの」

 ラナが笑顔になって母を見上げると彼女はどうしてか悲しそうだった。

 

「これから、あなたには辛いことがたくさんあるかもしれない。けれど、その笑顔があなたを幸せにしてくれるわ。それを決して忘れないでね」

 そのとき母のいった言葉の意味の半分は、ラナは魔法学校に入ってから知った。

 

 ラナは庭で夜空の星を見上げて今は亡き母の思い出をたどっていた。ラナは星空に笑顔を浮かべる母を見ていった。

「お母さん、わたし今すっごく幸せだよ! とっても素敵なお友達がいて、こんなお城みたいなお家でくらせて、プリキュアにもなれちゃった!」

 ラナは魔法の杖を出すと今の幸せな気持ちを込めて、ひまわりの水晶を夜空に向けて魔法をかけた。

「キュアップ・ラパパ! あした天気になぁれ!」

 

 

 

 翌朝、津成木町を局地的な豪雨が襲った。制服姿の小百合は玄関にくると革靴をはきながらうんざりしていった。

 

「朝から大雨なんて、まったく嫌になるわね」

「ごめん小百合、わたしのせいだ!」

 

 後からきたラナが鞄を持って小百合の前に立っていた。

 

「はぁ?」

「昨日の夜にわたしが魔法をかけたんだよ、あした天気になぁれって」

「天気どころかどしゃ降りじゃない……」

 

 小百合が白い傘を持ち玄関の扉の前で止まると、建物や地面に叩きつける大粒の雨の音が凄まじく、足元から小刻みな振動まで伝わってくるように感じる。小百合は朝っぱらから降りしきる雨が憎たらしくなった。

 

「もし雲の上で雨を降らせている神様とかいたら、びんたしてやりたい気分だわ」

「え、びんた!?」

 

 ラナは小百合の言葉に怯んだが、勇気を出して靴をはき、小走りで小百合の前にきて頬を向ける。

 

「いいよ、思いっきりやって!」

「あんたは何をやってるのよ……」

「だからぁ、この雨はわたしの魔法で~」

「もういいから、学校に行くわよ。はい、傘持って!」

「あう~」

 

 小百合とラナは白い傘と黄色い傘を開き二人寄りそって、大雨の中登校するのであった。

 

 

 

 リコは水晶玉と向かい合い、それに映る者を見つめていた。その隣にモフルンを抱きながらみらいも座っていて全く元気がなかった。

 

「そうか、そのようなことになってしまったか……」

 

 水晶に映る校長は神妙な顔をしている。事態は彼がそうならなければ良いがと考えていた、悪い方向に進みつつあった。

 

「あの二人がプリキュアであることは間違いないと思います。ブレスレッドにリンクルストーンも付けていましたし……」

「リンクルストーンじゃと? もっと詳しくはなしてもらえんかね」

 

「黒いリンクルストーンでした。あの形は、わたしたちのダイヤと同じ……」

「黒いダイヤのリンクルストーンとは……」

 

「校長先生はなにかご存知なんですか?」

「わからぬな。伝説のリンクルストーンは頂点のエメラルド、四つの護りのリンクルストーン、七つの支えのリンクルストーン、合わせて十二のはずだ。それ以外のリンクルストーンが存在するなど、聞いたこともないが……」

 

「あの二人は宵の魔法つかいと言っていました。そんな名を聞いたことはありますか?」

 水晶を見つめるリコに校長は無言で首を横に振った。

「校長先生でも何も知らないなんて……」

 

「伝説にも語られぬ新たなリンクルストーンの出現に、それに関わる黒いプリキュア、謎は深まるばかりじゃのう」

 

 それから校長は、リコの隣で目を伏せてずっとふさぎ込んでいるみらいを気遣った。

「みらい君の元気がないようだが、大丈夫かね?」

 

 顔を上げたみらいの大きな瞳には涙が溜まっていた。

「校長先生……」

 

「同じプリキュアに攻撃を加えられたのだ、気を落とすのは無理からぬことだ。今はゆっくり休み、心を落ち着けなさい」

 

「……あの人は悪い人じゃないよ。きっと、きっと、なにか理由があるんだよ」

 

 そういうみらいの目から涙が零れていた。同じプリキュアならば、心を通わせて、共に笑い、共に苦しみ、共に戦っていく。それがみらいにとって当たり前のことであり、みらいの信じていた世界だった。それが浜辺に築かれた砂の城が波に洗われるように崩壊してしまった。それを感じたみらいは涙を止められなくなっていた。

 

「モフ、みらい……」

 

 モフルンが心配そうにみらいの顔を見上げる。そんなみらいをリコがそっと抱き寄せると、みらいはリコの胸の中で声を上げて泣き始めた。それを見ていた校長はいたたまれなくなり、とにかくこれ以上みらいを苦しめないように配慮した。

 

「わしは魔法図書館の書を徹底的に調べて新たなリンクルストーンに関する手がかりを探してみよう。後の事は君にまかせるよ」

「校長先生、よろしくお願いします」

 

 校長が水晶の向こうで頷くと、その姿は消えていった。リコはそのまま泣いているみらいを抱いていた。みらいが落ち着くまでそうしているつもりだった。リコだって同じプリキュアにだまし討ちをされて悲しかったが、それ以上にダークネスのことを考えると胸の中心あたりに一塊の熱のようなものを感じた。それはリコが生まれて初めて感じる未知の感情だった。

 

 

 

「わたしはショックだよ~、あ~う~」

 ラナは朝からベッドの上で転げまわっていた。リリンは翼を動かしながら空中でそんなラナを見下ろしている。

 

「朝からゴロゴロするなんて、ラナは自堕落デビ」

 

「自堕落じゃないよぅ、苦しいからゴロゴロしてるんだよぅ」

 

 小百合はそんなラナを無視して机に向かい、宿題をこなしている。その後もラナは何だかんだ騒ぎ続けたが、小百合は宿題が終わるまでは我慢し続け、終わった瞬間に隣の教科書を吹き飛ばすくらいの勢いでノートを閉じてばっと立ち上がる。

 

「うるさいわね! いい加減にしなさいよ!」

「だってぇ……」

 

「あんたの気持ちは分からなくもないけれど、あのプリキュア達との衝突は避けられないわ。その理由は何度も説明したでしょ」

「わ、わかってるよ……」

 

「もう(さい)は投げられたのよ、後戻りなんてできないわ、覚悟を決めなさい」

「サイ? サイを投げて後戻りできないってどういうこと? それに、あんな大きい動物どうやって投げるの?」

 

「そっちのサイじゃないわよ! サイコロのサイよ!」

「ああ、なんだぁ、サイコロなら何となくわかるね、アハ!」

「普通、動物のサイは想像しないでしょ……」

 

 すっかり話がおかしくなってしまったが、ラナは何の気もなしにいった。

 

「はぁ、なにか気晴らしでもしたいな~」

「気晴らしねぇ」

 

 小百合も伝説の魔法つかいとの戦いを望んでいるわけではないので、ラナと一緒に気晴らしをしたい気持ちになっていた。そこで彼女は思いついていった。

 

「そうだ、あんたの魔法を見せてよ。箒で空を飛ぶだけじゃないんでしょ?」

「リリンもラナの魔法を見てみたいデビ」

「いいよ! じゃあお庭にいこ」

 

 小百合はリリンを抱き、3人で外に出て屋敷の裏庭にいく。そこでラナは名もない野の花のつぼみに目を付けた。

 

「これにしよ~」

「その花のつぼみをどうするの?」

 

「魔法で花を咲かせるんだよ!」

「へぇ、そんなことできるのね」

「楽しみデビ」

 

 リリンと小百合が興味深く見つめているところで、ラナが先端にひまわりのクリスタルが付いた魔法の杖を出す。つぼみのすぐ近くに花びらの白い可愛い花が咲いていて、小百合はそれと同じ花が魔法によって咲くのだろうと思っていた。

 

「いくよ~、キュアップ・ラパパ! 花よ咲け~」

 ラナが杖をつぼみに向けて魔法の呪文を唱えると、つぼみが徐々に開いていく。

 

「まあ」

「すごいデビ」

 

 感動して見ている小百合とリリン。しかし、その表情は花が開いた時にこわばった。

 

「ギャシャーッ!」

 花の中央に奇妙な口が付いていて、それが奇妙な鳴き声を上げた。

 

「い、いやぁーっ!」

「デビーっ!?」

 

 悲鳴を上げる二人、花の口には異様に鋭い歯が並んでいて、それを何度もかみ合わせて、ガチンガチンと音を響かせている。それを見たラナは目を輝かせた。

 

「おお、なんかすごいのになった!」

「なんなのよ、この異様な生物は!?」

 

「魔法の力で花は新種の生き物になったんだよ」

「こんな変なものにしないで、普通に咲かせなさいよ!」

 

 憤る小百合にラナは頭をかいた。

「いやぁ、そんなこといわれてもね~」

 

「あ、蝶々が飛んできたデビ」

 飛んできた黄色い蝶を、ラナの生み出した花のような生物が食べようとして襲いかかる。歯をむき出す怪花、フラフラと逃げ惑う蝶々、それを見た小百合が叫ぶ。

 

「このままじゃ蝶が食べられてしまうわ!? 魔法でなんとかしなさい!」

「まかせて! キュアップ・ラパパ! 蝶よずっと上まで飛んでいけ~」

 

 ラナの魔法で黄色い蝶は上昇し始め、悪夢のような花から離れていくが、同時に途方もない変化が起こり始める。上昇と同時に蝶は大きさを増していき、ついに小百合たちは上空の蝶の影におおわれた。

 

「え? え? ええぇーーっ!?」

「めっちゃ高く飛んでる~、わたしの魔法成功した~」

 

 驚愕の叫びをあげる小百合の横でラナは喜んでいる。

 

「ちょっと、なんなのよあれは!?」

「ちゃんと高く飛んだでしょ。まあ、ちょっと大きくなっちゃったけどね~」

 

「大きくなりすぎよ!! あれじゃどっかの映画に出てくる怪獣と変わらないわ!」

「怪獣じゃなくて蝶だよ」

 

「そんなことはどうでもいいから、早く元の大きさに戻しなさい! あんなのが街にいったら大騒ぎになるわよ!」

「わかったよ。キュアップ・ラパパ! 蝶よ元の大きさに戻れ~」

 

 ラナの魔法の光が飛んでいって巨大化した蝶に当たると、真っ白い煙が広がって蝶をおおい隠してしまう。そして、煙の中から巨大な両翼が飛び出し、間抜け面のドラゴンが現れる。

 

「ギャオーッ!」

 

 そしてドラゴンはなんとなく間抜けな雄たけびをあげ、雄々しく飛翔して街の方へ向かっていった。もはや小百合は口を開けっ放しにしたままなにも言えなくなっていた。

 

「おお、すごい! ドラゴンになっちゃったよ! すごいねわたしの魔法!」

「あんた、ふざけんじゃないわよ! どうなってんのよ、あんたの魔法は!?」

 

「いやぁ、わたし箒で飛ぶ以外の魔法って、生まれてから一度も成功したことないんだよね~」

「そういう事は先にいいなさいよね!! どうすんのよあれ!」

 

 小百合が怒りながら街の方に飛んでいくドラゴンを指さすとラナはいった。すでに街の方では騒ぎになりつつあった。

 

「そのうち消えるから心配ないよ」

「消えるって、どれくらいで?」

 

「えっと、十秒から一日くらいの間だよ」

「なんでそんなに差があるのよ!? 今すぐなんとかしなさい!」

「え~、無理だよ~」

 

 そんなこんなしている間に、間抜け面のドラゴンは街の上空に至って火を吐いている。それを見た街の人々は大騒ぎして逃げ惑う。そこへみらいとリコが魔法学校の制服姿で箒に乗ってやってきた。二人は街の人に見られないようにできるだけ高度を上げ、ドラゴンの真上にくるとその巨体に隠れながら下降していく。ある程度近づくとみらいがいった。

「ヨクバールかと思ってきてみたけど」

「どうやら違うみたいね」

 

「魔法界のアイスドラゴンにそっくりモフ」

 

「それよりも随分間の抜けた姿をしているけれど」

 そういうリコは上からドラゴンをしばらく眺めていた。

 

「これってもしかして」

 リコは魔法の杖を出して呪文を唱える。

 

「キュアップ・ラパパ、ドラゴンよ元の姿に戻りなさい」

 リコの魔法を受けたドラゴンがもうもうと白い煙に包まれる。そこから出てくるのは一匹の小さな蝶である。

 

「元は蝶々だよ!?」

「あり得ないし!?」

 

 みらいとリコは二人そろって仰天する。それからリコが急に真顔になっていった。

「小さな蝶をあんな大きなドラゴンに変えてしまうなんて、よほど功名な魔法使いがやったに違いないわ」

 

「どんな魔法つかいなのか気になるね」

「ドラゴンを街に放ったのが少し気にかかるけれど、会ってぜひとも魔法の使い方を教わりたいわ!」

 

 その頃、屋敷の方では小百合が安堵の息をついていた。

「消えてくれたわ……」

「すぐに消えてよかったね~」

 

「よかったね、じゃないでしょ! あんたもう空飛ぶ以外の魔法使うの禁止ね!」

「いや~、ものの弾みってあるじゃないですか~、思わず使っちゃうみたいな」

 

 減らず口をたたくラナを小百合は怒りを抑えて目で威圧する。その圧倒的な無音の迫力の前にラナは硬直して口を閉じた。

 

「……魔法学校で勉強すれば、わたしでも魔法が使えるようになるのかしら?」

「へ、どしたの急に?」

 

「ラナはどう思う?」

「それは無理だと思うよ~。魔法を使うのには魔法の杖が必要なんだ。魔法の杖は生まれた時に魔法の杖の樹からもらうものだからね」

 

「そう、残念ね」

「小百合の気持ちわかるよ! 魔法って使えたら便利でファンタジックだもんね!」

「わたしが魔法を覚えたいのは、あんたのルナティックな魔法を制御したいからよ!」

 と小百合の声が屋敷の裏庭に響くのであった。



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闇の王ロキとその一味

 魔法界の地下の誰も知らない場所に暗黒の城がある。全体が黒い瘴気に包まれたこの城の玉座に闇の王ロキが座っていた。

 

ロキの体から噴出する闇の魔力は凄まじく、普通の人間なら数分も近くにいただけで気が狂ってしまう。逆立つ頭髪は燃え上がるような真紅、白い牙を見せて他人を侮るような笑みを浮かべ、赤い瞳の外側は緑の二重円環になっていて瞳の中心には昼間の猫のような細い瞳孔が存在する。笑ってはいるがその表情からは強い狂暴性がにじみ出ていた。

 彼は全身を黒い服で包み、背中にも漆黒の毛皮のマントをはおり、それで体の半分を隠している。長袖とズボンの裾に沿って目を縦に描いたようなイメージの刺繍(ししゅう)がほどこされ、胸にもその目のような文様を円に並べて描かれた魔法陣があり、気味の悪い花のようにも見えた。そして、彼が座る玉座の横には台座があり、そこには三つの首をもたげる異様な黒龍の石像が置かれていた。

 

 玉座に座っているロキを下段でフェンリルとボルクスが見上げていた。フェンリルはお座りして尻尾を動かしながらいった。

 

「ロキ様、どうしてナシマホウ界から魔法界に移動したんです?」

 

「もうナシマホウ界には闇の結晶がねぇからさ。おめえらとプリキュアでほとんど回収されちまった。そんなことよりも、お前ら例のものを見せろ」

 

 例のものというのは、もちろん闇の結晶のことである。まずはおずおずと巨体のボルクスが前に出てきた。

 

「へぇ、ロキ様、ここに」

 ボルクスが大きな手を開くと、小さな黒い結晶が三つだけ現れる。

「おいボルクス、何の冗談だ?」

「まさか、ロキ様に対して冗談などいいませんぜ。俺が集めた闇の結晶はこれだけです」

 

 すると、ロキの顔から人を小馬鹿にするような笑みが消える。

 

「てめぇ、俺様をなめてるのか!」

「ひいぃっ!? すみませんロキ様!」

「アッハハハハッ! まったくしょうもないねぇ」

 

 フェンリルが笑うとボルクスは頭に血を上らせて小さな白猫を見おろしていった。

「なんだとぉ! そういうお前はどうなんだよ!」

 

「フェンリル、お前まで俺を失望させるなよ」

 

 ただ怒っているだけのボルクスと違い、ロキの言葉に込められた圧力は半端なものではない。フェンリルはそれを受けても余裕な態度を見せていた。

 

「はぁい、ロキ様」

 

 いつの間に出したものかフェンリルの傍らに白い袋があり、フェンリルはそれを前に押し出して猫の手で袋の口の紐を解いた。すると中から大量の闇の結晶が顔を出す。それを見たロキは目を見開き喜悦を浮かべた。

 

「おお、さすがだなフェンリル! よくやってくれた」

「なにぃっ!? どうやってそんなにたくさん集めたんだ!?」

「あんたとはここの出来が違うのさ」

 

 とフェンリルは人差し指で自分の頭を差しながらいった。ボルクスは悔しそうに歯ぎしりする。

 

「なんだと、この俺の頭を馬鹿にするな!」

(のう)足りんが何をいう」

 

「なら見せてやる、この俺の頭の良さを!」

「ほう、おもしろい! 見せてもらおうじゃないか」

「ようし、見てろよ」

 

 ボルクスはその辺を探して、すみの方に落ちていた握りこぶし大の石を拾う。ボルクスのこぶしの大きさなので、普通の人間からしたら相当大きな石だ。ボルクスはその石を天井に突き上げるように高く持ち上げる。

 

「この俺の頭のすごさを見るがいい!」

 

 ボルクスは大きな石を自分の頭の頂点にものすごい勢いで叩きつけた。その石が粉々に砕け、ロキとフェンリルに衝撃が走る。フェンリルはあまりに奇想天外なボルクスの行動にびっくりして体中の毛を逆立てた。一方ボルクスは、してやったりといわんばかりの得意顔で頭をなでながらフェンリルを見おろし、驚愕から覚めたフェンリルが叫ぶ。

 

「アホかーーーっ!! あんたわたしがいった言葉の意味すら理解してないじゃないか! 前言撤回だ、あんたは能足りんじゃなくて能無しだっ!」

 

「なんだと! なんだかよくわからないが、すごく馬鹿にされている気がするぞ!」

「馬鹿にしてるんだよ! この能無し! ど阿呆! 大馬鹿っ!」

 

「なにぃ!? このチビ猫め! 踏みつぶすぞ!」

「はん、やれるもんならやってみな!」

「いったなこいつ!」

 

「お前ら、いい加減にしろ!!」

 暗い城がロキの怒気で震える。フェンリルとボルクスは雷に打たれたような衝撃を受けて黙った。

 

「ただでさえプリキュアに闇の結晶を奪われてむかついてんだ、下らねぇことで俺様をいらつかせるな!」

 ロキは玉座のひじ掛けを強くたたいて怒りを露わにする。

「誰かが道を作ってナシマホウ界にプリキュアを呼び込みやがった。まるで俺様の動向に合わせたかのようにな!」

 

「奴らはやっかいな存在ですねぇ。あんなのが4人もいたら仕事がやりづらくてしょうがない」

 

 フェンリルがいうと、それを聞いたボルクスが首をひねる。

 

「4人だって? 俺は二人しかみてないぞ。二人組の黒いプリキュアだ」

 

 二人の会話を聞いているロキの顔が険しくなり、その表情のままで凍り付いたようになる。

「なにをいってるんだお前ら? 黒いプリキュアとはなんだ? その話を詳しく聞かせろ」

 

 ロキにフェンリルが答える。

「わたしが最初に出会ったプリキュアはピンクと紫のやつですよ」

 

「それは伝説の魔法つかいだ。奴らの動向は常に監視していたからよく知っているぜ。その他にもプリキュアがいるのか?」

「後から二人組の黒いプリキュアが現れました。キュアダークネスとキュアウィッチとか名乗っていました」

 

「ダークネスとウィッチだと!? なんで宵の魔法つかいなんかが今頃になって出てくるんだ!?」

「ロキ様はその二人をご存じで?」

 

「ああ……」

 

 ロキはフェンリルに生返事を返してからしばし考え込んだ。それから突然右腕を上げて、もう一度玉座のひじ掛けをぶっ叩く。先ほどとは比べ物にならないパワーで石製の玉座の一部が崩壊した。

 

「あの女の仕業だ! 宵の魔法つかいが出てきたということは、これはもう確定だ! 伝説の魔法つかいをナシマホウ界に導いたのも奴か!」

 

 一人で怒りまくるロキ。フェンリルとボルクスには何が何だかわからない。ロキは急に表情をやわらげ笑みを浮かべると、かたわらの黒龍の像をなでながらいった。

 

「フレイアめ、何千年もこの俺様を見張っていたというわけか、ご苦労なこったぜ。だが、お前がどうあがいてもヨルムガンドの復活は止められねぇぜ。魔法界もナシマホウ界もこの俺様が支配する! 見ているがいい!」

 

 ロキは右手を高く上げて指を打ち鳴らす。城中に響くような快音と共に闇の波動が急速に広がり、それはあっという間に魔法界全域に及んだ。そしてロキの闇の魔力に反応し、魔法界のそこかしこに漆黒の結晶が現われはじめる。ある結晶は幼い少女が大切にしているウサギのぬいぐるみの中に現れ、またある結晶は空中に現れたまたま通りかかったアイスドラゴンの口の中に入って飲み込まれた。無数の結晶が魔法界に出現すると、フェンリルが首から下げるタリスマンが淡く輝き始める。

 

「おや? 急にタリスマンが反応した。どういうことだ?」

 

「俺も闇の匂いを感じるぜ」

 

「俺様の力で魔法界に蓄積された闇のエネルギーを具現化した」

 

 そういう主を見つめてフェンリルがいった。

「魔法界にもナシマホウ界のような闇エネルギ―があったのですね」

 

「いや、本来の魔法界には邪悪な闇エネルギーなど存在しない。だが、ドクロクシィの野郎が闇の魔力を散々まき散らし、さらにデウスマストが一度魔法界とナシマホウ界を混ぜこぜにして、その時にもナシマホウ界の闇エネルギーが魔法界に大量に流れ込んだ。俺様がそれをちょいと刺激してやったのさ」

 

 ロキは簡単なようにいっているが、一瞬で魔法界に闇の結晶を出現させる魔力はすさまじい。フェンリルもボルクスもそのすごさの前に絶句した。そんな二人にロキはいった。

 

「プリキュア共が魔法界にくるまでにはまだ時間があるだろう。お前ら、プリキュアが現れる前に闇の結晶を集めてこい!」

 

「はっ、ロキ様、お任せください!」

「へぇ!」

 

 フェンリルとボルクスは、それぞれロキに向かって低頭していった。それから二人そろって出口に向かって闇の中に消えていく。

 

 二人で並んで走っている時に、フェンリルがボルクスに向かっていった。

「あんたのせいでわたしまで怒られたじゃないか! ああ、迷惑だ、迷惑だ!」

「なんだと! 全部この俺のせいだっていうのか!?」

 

 二人は立ち止まり、互いにらみあう。

「わたしはロキ様に闇の結晶を十分に献上して褒められていたんだ。お前の方はどうなんだい?」

 

 フェンリルがすでに勝者の笑みを浮かべていうと、ボルクスはうっと言葉が詰まる。いくら頭が悪くても、フェンリルと自分の持ち寄った闇の結晶の数の差くらいはわかる。

 

「な、なにを……」

 

 言葉に(きゅう)しているボルクスを見て取って、フェンリルは勝者の笑みを顔から消し、さも申し訳なさそうにいった。

 

「止めよう、喧嘩なんかしていたら、またロキ様に叱られる。それよりもいい考えがあるんだ、ちょいと耳を貸しなよ」

「おう、なんだ?」

 

 ボルクスが巨体をぐっと下まで傾けて小さな体のフェンリルに耳を近づける。その姿は少しばかり滑稽(こっけい)であった。

 

「あんたは闇の結晶みたいなちまちましたもの集めるのは苦手だろう。わたしが闇の結晶を集めるから、あんたはプリキュアを倒しなよ。そうすればロキ様は大喜びさ」

「おお! なるほどな! おめぇ頭いいな!」

 

「そうだろ、あんたに手柄を譲ってやるよ」

「ありがとよ! よし、待ってろよプリキュア!」

 

 そういってボルクスは一歩ごとに地震を起こしながらフェンリルの前から走り去った。後に残ったフェンリルは口の端を吊り上げ悪い笑みを浮かべていた。

「バカは扱いやすくていいねぇ。さぁて、わたしは闇の結晶を集めるとするかねぇ」

 フェンリルは悠々と歩いて城に蔓延(はびこ)る闇の向こうに消えていった。

 



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フレイアの無茶振り

 芝生公園の外れにある菜の花の園、季節が少しずつ移り変わり、小さな黄色の花々は少し散り始めていた。風渡り草花がざわめき、モンシロチョウが無数に飛ぶこの場所にいると、メルヘンの世界に迷い込んだのではないかと思えてくる。二人の少女と一匹のぬいぐるみがこの花畑の中心に立っていた。

 

「フレイア様、闇の結晶を持ってきたデビ」

 

 小百合に抱かれているリリンがいうと、彼女らの目の前の地面に月と星の黒い六芒星魔法陣が出現し、その上にフレイアが現れる。

 

「みなさん、ご苦労様です」

 フレイアは相変わらずの柔和(にゅうわ)な笑顔で3人にいった。

 

「フレイア様、闇の結晶です」

 小百合がバスケット一杯に入っている闇の結晶を差し出すとフレイアはいった。

 

「まあ、たくさん集めてくれたのですね」

 

「半分は小百合がすんごい卑怯なやり方でミラクルから取ったんだよ」

「ちょっとラナ! 人聞きの悪いこといわないでよ!」

「だって、本当のことじゃん」

 

 ラナは平気な顔でそんなことをいう。彼女に小百合を(おとし)めるような気持ちはまったくなく、ただ正直すぎるだけなのだ。フレイアのためとはいえ、ダークネスであった小百合がミラクルに卑劣なことをして闇の結晶を奪ったのは事実なので、小百合は反論できなくて苦い顔をした。

 

「あなた達が伝説の魔法つかいと接触したことは知っています。小百合の判断は最善であったと思います。例え伝説の魔法つかいプリキュアであっても、この闇の結晶を渡してはなりません」

 

 フレイアにそういわれて小百合は少し安心する。小百合だってあんなことをしたくはなかった。ミラクルが最後に見せた絶望した顔を思い出すと、胸がキュッと締め付けられるように感じる。

 

「もうナシマホウ界には闇の結晶は存在しないようです」

 

「では、ナシマホウ界はもう安全なんですね」

 小百合がいうとフレイアは頷く。

 

「残念なことに、かなりの数の闇の結晶をロキに奪われてしまったようです。それに、魔法学校の校長も闇の結晶を所持しています。いずれはすべての闇の結晶を一つに集めなければなりません」

 

 それを聞くと、小百合とラナは緊張した面持ちで黙っていた。フレイアのいったことは、いつかは魔法学校の校長とつながっている伝説の魔法つかいと戦うことを意味していたからだ。小百合には迷いはなかった。彼女は自分の目的のために成すべきことをするのみだ。

 

「フレイア様、わたしたちに他にできることはありますか?」

 

「じつは魔法界に大量の闇の結晶が出現しています。恐らくロキの仕業でしょう。あなた達はすぐに魔法界に(おもむ)いて引き続き闇の結晶を集めて下さい」

 

「でも~、今は魔法界に帰れないんだよね~」

 ラナはそう言いつつフレイアを期待で輝く目で見つめる。するとフレイアは変わらない笑顔でいった。

「今のわたしの魔法力では、とてもとてもあなた達を魔法界へ送ることはできません。ですから自分たちで何とかしてください」

 

『えっ!?』

 

 驚愕のあまり目を丸くしている二人にフレイアはさわやかな笑顔を向ける。

 

「大丈夫です。あなた達が力を合わせれば何だってできます。わたくしは一足先に魔法界へ行っていますからね、がんばってくださいね」

 

 そういってフレイアは闇の結晶の入ったバスケットを持つと消えていった。後に残された小百合とラナはしばらく黙って突っ立っていたが、やがてラナが放心から戻っていった。

 

「うわ~、すっごい無茶ぶりだぁ……」

「なんてこと……」

 

 また少し沈黙があって今度は小百合がいった。

「まあ、あれよ、フレイア様はわたし達にそれだけ期待しているということよね」

「本当にそうかなぁ……」

「そうでも思わないと前に進まないでしょ! とにかく行動よ! まずはあんたがどうやって魔法界からこっちの世界にきたのか整理しましょう」

 

「二人とも頑張るデビ!」

 とリリンは他人事のようにいうのであった。

 

 

 

 その日の放課後、小百合とラナは津成木駅の自動改札機の前にいた。リリンも小百合のポシェットから顔を出している。

 

「本当にここから魔法界に行けるの?」

「そのはずなんだけど、何度やってもダメなんだよね~」

「とにかく、前にラナがここに来た時の方法を試しましょう」

「よ~し!」

 

 ラナが勢いよく手を上げる。その手には小百合が今までに見たことのないカードを持っていた。ラナが人が行き来する改札口のところでそんなことをするので、二人はすごく目立っていた。少し慌てた小百合はラナの手をつかんで下げさせて、そのまま不思議なカードを見た。それは電車の定期券くらいの大きさで、真ん中の辺りに魔法陣の上に黒猫がちょこんと座った姿が描かれ、その上には見た事もない文字が書いてあった。

 

「なによこれ?」

「マホカだよ! これでカタツムリニアに乗れるんだ」

「か、カタツムリ!?」

 小百合の顔が少し青ざめる、明らかに様子がおかしいのでラナが気にしていった。

 

「どしたの?」

「何でもないわよ……」

 

 小百合の腰のあたりがもぞもぞして、リリンがラナを見上げる。

「小百合はカタツムリが」

 

 リリンがいいかけてるときに、小百合はリリンをポシェットの中に突っ込んで蓋を閉じた。ポシェットの中でリリンは何かいっていたが、ラナには聞き取れない。ラナは不思議そうに首をかしげていた。

 

「とにかく、そのマホカを使ってみなさいね」

「は~い」

 

 ラナは小走りで改札機の前までいってカードリーダーのパネルにマホカを置く。何も起こらなかった。その一回で帰ってくればいいものを、ラナは必要以上に何回もマホカをパネルにかざし、近くの駅員がラナのことを気にし始める。小百合がまずいと思ってラナを連れ戻そうとしたときに、ラナは何かを決意して強い表情になった。

 

「とーっ!」

 ラナは改札口に突っ込んだ。するとラナはゲートに阻まれて同時に音が鳴った。

「うわぁ、ダメだぁ」

 

 ようやく諦めがついたラナ、慌てて走ってくる小百合、そして駅員も速足で二人に近づいてくる。

「ちょ、ちょっと、なにやってるのよ!?」

 

 慌てふためく小百合がラナの手を掴んで改札口から引き離す。後ろに気配があって振り向くと、駅員さんがニッコリしながら二人を見ていた。

 

「どうかしましたか?」

「い、いえ、すみません! なんでもないんです!」

 

 小百合が上ずった声で駅員にいったとき、ラナが駅員の目の前にマホカを出した。

 

「マホカが使えなくてこまっています!」

「はぁ? 何ですかこれは?」

 

 ラナの衝撃的な行動で小百合は悲鳴を上げそうになった。小百合は慌ててラナからマホカを取り上げ、さらにラナの腕をつかんだ。

「気にしないでください! この子ちょっと変わった子で!」

 

 小百合はラナの腕をつかんだまま小柄な体を引きずるようにして駅員の前から逃げ出した。駅員はポカンとした表情で離れていく少女たちを見送っていた。

 

 小百合は駅の支柱の陰に隠れて息を整えようと努めてた。それに向かってラナはあっけらかんとしていう。

「小百合、完全に怪しい人になってたよ」

「誰のせいでそうなったと思ってんのよ!! お願いだから変なものを平気で他人に見せないでちょうだい!」

「変な物じゃないよ、ただのマホカだよ」

「向こうの世界では普通でも、こっちの世界では怪しさ爆発してんの!」

 

 とにもかくにも、ラナの持っているマホカとやらは使えないようであった。

 

 

 

 芝生公園の噴水広場の近くにある木製の公園テーブルの前に並んで、みらいとリコが同時にイチゴメロンパンにかぶりつく。二人とも幸せそうな顔でイチゴメロンパンを食べていた。みらいが一口目を飲み込んで満面の笑みで言った。

 

「またリコと一緒にイチゴメロンパンが食べられるなんて、ワクワクもんだよ!」

「みらいと一緒に公園でイチゴメロンパン、昔を思い出すわね」

「昔っていっても、まだ一年くらいしかたってないよ」

「ま、まあ、そうなんだけど、色々あったから」

 モフルンもみらいのひざの上で嬉しそうな顔でさっき買ってもらったクッキーを食べていた。

 

 別の場所ではベンチに座る少女二人、行き交う人や噴水などを見ながらイチゴメロンパンを片手に話しあっていた。

「魔法界へ行く方法を探すっていっても、途方に暮れるわね……」

 そういって小百合はイチゴメロンパンを半分ずつにして、片方をポシェットから前半身を出しているリリンに渡す。

「ありがとうデビ」

 

 ラナは夢中になってイチゴメロンパンを食べていた。小百合はそんなラナをチラッと見ていった。

「わたしたちは魔法界に行かなきゃならないのよ、他になにか心当たりはないの?」

「イチゴメロンパンは最高においしい!」

 

「人の話を聞いてなさいよ! わたしはこっちの人間だから魔法界に行く方法なんて見当もつかないわ。あんたしか頼れる人がいないんだからね」

「う~ん、他の人に聞いてみるとか?」

 

「他の人って?」

「魔法界からナシマホウ界にきてる人が他にもたくさんいるんだよ」

 

「なんですって? じゃあ他の魔法界の人に聞いてみましょう。あんた、知り合いの一人や二人はいるんでしょ?」

「ぜ~んぜん!」

 

 ラナが元気よくいうと、小百合はガクッと肩を落とした。

「……じゃあまずは、魔法界の人を見つけましょう」

「無理だと思うよ。ナシマホウ界の人に魔法界の人ってバレたらいけないから、みんな魔法界からきたことは秘密にしてるんだよ」

 

「それじゃ、お手上げじゃない……」

「そうだ、いいこと考えた!」

 

 ラナは最後のイチゴメロンパンを口に入れて飲み込んだ後、立ち上がって大きく息を吸い込んだ。小百合の中で嫌な予感のつまった赤い風船が急激に膨らんでいく。小百合は本能的にラナを止めなければいけないと思った。しかし小百合が動く前にラナは大声を出してしまった。

 

「あのーっ!! 魔法界の人いたら手あげて~っ!!」

 

 小百合は本日二度目の悲鳴をあげたい強烈な衝撃を受けた。周囲の視線が二人に集中し、その場から逃げ出したい一心の小百合は人を超越した力を発揮した。

 

「気にしないで下さい! この子ちょっと変なんです!」

 

 小百合はそう言いつつラナの小柄な体をわきに抱えて逃げ出した。公園に集まっていた人々は先ほどの駅員と同じようにポカンとした顔で、走っていく小百合と抱えられて手足をぶらんとさせている垂れ猫状態のラナを見ていた。その中には公園のテーブルの前に座って食べかけのイチゴメロンパンを持っている私服姿のみらいとリコもいた。

 

「びっくりしたー、いまの魔法界の人かな? あの子、どっかで見たような気がするな」

「みんなの前であんなこと叫ぶなんて、おかしいから……」

「お友達になれたら楽しそうだね!」

「どうかしら……」

 みらいに微妙な感じでいうリコであった。

 

「それにしても、闇の結晶ぜんぜん見つからないね」

「ええ。もうナシマホウ界には闇の結晶がないのかもしれないわ」

 それから二人は公園の道を速足で歩いてみらいの家に向かった。

 

 一方、小百合は大木の陰で息を整えていた。ラナを抱えて走ったもので、息が落ち着くまでに時間がかかった。

「小百合、大丈夫デビ?」

「大丈夫じゃないわ……」

 心配そうなリリンに小百合はいった。

 

「すごかったね~。わたしを抱っこして走るなんて、小百合って力持ちだったんだね~」

「あんた、いい加減にしなさいよ! 公衆の面前であんなこと叫ぶなんて、なに考えてんのよ!」

 

 小百合が本気で怒っているので、ラナは慌てた。

「い、いい考えだと思ったんだけどな~」

 

「あんなことしたら怪しまれるだけでしょ! だいたい、魔法界の人は魔法界からきたことを秘密にしてるって、あんたが自分で言っていたんじゃない。あんなことして手をあげる人なんているわけないでしょ、秘密にしてるんだからっ!!」

「それもそうだね、アハハッ!」

 

 ラナが快活に笑うと小百合は急に全身の力が抜けて怒る気が失せた。

「疲れたわ、もう帰りましょう……」

「うん、そうしよう! おなかも減ってきたしね!」

 

 ラナはたった今、小百合が怒っていたことも忘れたかのような笑顔でいうのであった。



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小百合とラナ、みらいとリコに出会う

 外から屋敷の庭に入ってきた小百合は疲れ切ってため息をついた。ラナはその前を鼻歌をうたいながら元気に歩いていく。小百合が何となく空を見上げると、変なものが視界に入った。ずいぶん遠くをマッチ棒のようなものが並んで飛んでいく。何も知らない人が見たらよくわからない謎の飛行物体だが、魔法つかいを知っている小百合には、それが箒に乗っている人のように見えた。

 

「ラナ、あれって魔法つかいよね?」

 

 ラナは小百合が指さした空を見て瞳を輝かせる。

「ほんとだ魔法つかいだ! ちょっと聞いてくるね!」

 ラナが自分の箒に乗ると、星屑の光を散らしながらぶっ飛んでいく。

 

「いってらっしゃいデビ」

 リリンがそういったときには、ラナの姿は空のかなただった。

 

 小百合が目撃したのは箒に乗って魔法界へ向かう途中のみらいとリコである。先ほど校長から魔法界に闇の結晶が現われていることが二人に告げられたのだ。

 

「魔法界にまで闇の結晶が現われるなんて……」

「急がないと大変なことになっちゃうよ」

 

 そういうみらいをリコは心配そうに見つめていた。

「みらい、無理はしないでね」

「この前のことならもう平気だよ。とっても悲しかったけれど、いつまでもくよくよしていられないよ!」

 

「よかった、いつものみらいに戻ってくれて」

「リコ、心配かけてごめんね」

「いいのよ、気にしないで」

 

 箒で空を飛びながら二人の少女が笑顔で見つめ合っていると、その頭上を何かが途方もない速度で通り過ぎた。

 

「モフ!?」

 みらいに抱かれているモフルンが驚き、みらいとリコは無言で顔を見合わせる。

 

「……今なにか通り過ぎたような」

「……気のせいかしら」

 

「行きすぎた~っ!」

 スピードの出し過ぎで数百メートルも行きすぎたラナが戻ってきてみらいとリコの前に現れる。

「こんにちわ!」

 

 とラナは目の前の二人に気楽に手をあげた。みらいとリコは唐突に現れた少女に驚いた。

 

『魔法つかい!?』

 

 二人ともラナの顔には見覚えがあった。みらいが気づいていった。

「この子、さっき公園で叫んでた子だよ!」

 

「わたしのこと知ってるの? わたしって有名人?」

 

 そんな惚けたことをいうラナにリコは苦笑いする。

 

「あんなこと叫んでる姿を見たら、忘れようにも忘れられないわ」

「やっぱり魔法つかいだったんだね」

 

 みらいがいうと、ラナが箒を操ってぐっと二人に近づいてくる。みらいの中で愛嬌(あいきょう)のある笑顔で近づいてくるラナが、尻尾を振って近づいてくる愛らしい子犬のイメージと重なる。リコはどうかわからないが、みらいはラナに強い好感を持った。

 

「ねぇねぇ、わたし魔法界に帰りたいんだけど、帰れなくなっちゃったの」

 

 それを聞いて二人ともピンときた。魔法界とナシマホウ界の行き来ができなくなった原因は、過去のデウスマストとプリキュアの戦いにあったからだ。

 

「あなたは悪いタイミングでナシマホウ界にきてしまったのね」

 

「なあにそれ? どういうこと?」

 

「なんでもないわ、今のは気にしないで」

 事の顛末(てんまつ)を説明することなどできないので、リコは話をはぐらかした。

 

「わたし朝日奈みらい、よろしくね!」

「わたしは夕凪ラナだよ。夕凪っていうのは、友達がつけてくれたんだ!」

 

「わたしは十六夜リコよ」

「みらいとリコだね!」

 

 リコはいきなり呼び捨てなんて慣れ慣れしいなと思いながらいった。

「あなた、なんでナシマホウ界にきたの?」

 

「リンクルストーンを探しにきたの! そしたら帰れなくなっちゃったの!」

 

「ええーっ!?」

「リ、リンクルストーンですって!?」

 

 みらいとリコはまた驚かされた。リコはすぐに状況を整理分析して自分なりの答えをだしていった。

「そんな宝探しみたいなことのためにナシマホウ界にくるなんて呆れるわ」

「むかしのリコみたいだね」

「わ、わたしのは宝探しとかそんなのじゃないし!」

 

 みらいがいったことに過剰に反応するリコ。ラナと一緒にされるのは不本意極まりないというところだが、実際のところ大して変わりはない。

 

 話がよく見えないラナは場の空気を無視して慌てているのか怒っているのかわからない状態のリコにいった。

「リンクルストーンを探してたらいつの間にかこっちの世界まできちゃってたんだよね~」

 

「わたしたちはこれから魔法界に向かうことろだから、一緒にくるといいわ」

「ほんとう!? 魔法界に帰れるの!?」

 

「ええ、あなたはとても運がいいわ」

「じゃあ友達も一緒につれてって、今つれてくるから!」

「え、友達って!?」

 

 リコがそういう間にラナの姿は消えていた。ラナはものすごい速さで急降下したのだ。口を開いたまま固まっているリコの隣でみらいがいった。

 

「いっちゃった、友達ってどんな人かなぁ」

「ただいま!」

「え? はやっ!?」

 

 電光石火の速さで戻ってきたラナにみらいが目を見開いて驚く。戻ってきたラナの後ろにはリリンを抱いている小百合が座っていた。

 

「なにがどうなってるのよ、ちゃんと説明しなさいよ!」

 わけの分からないうちに連れてこられた小百合が、ラナの背後で騒ぐ。

 

「この人たちが魔法界につれてってくれるって」

「そうなの? 本当に大丈夫なのかしら?」

 

 ラナの性格をよく知る小百合の言葉は慎重であった。そうして小百合はみらいとリコの姿をみて無表情で思う。

 

 ――この二人は……。

 

「ちょっ、ちょっと待って、お友達はナシマホウ界の人じゃないの?」

「そうだよ」

 

 ラナが平然と答えると、みらいとリコの表情が変わっていく。二人の様子は明らかに尋常ではなく、その中には人生が終わったかのような絶望感すらあった。

 

「ど、どうしようリコ!?」

「大変だわ、大変なことになってしまったわ!」

 

 小百合は二人の慌て方が異常だったので、なにかとんでもないことが起こっていると思った。

「どうしたの? なにが大変なのか教えてちょうだい」

 

 リコは胸を押さえてなんとか落ち着きを取り戻すといった。

「魔法つかいは、ナシマホウ界の人に魔法を見られてしまったらおしまいなのよ。ばれたら最後、魔法の杖を没収されてしまうわ」

 

「なんですって!?」

 

「わたしたち、もうダメだよね……」

 

「へぇ~、そうだったんだぁ、知らなかった」

 気落ちするみらいに比べて、ラナは落ち着いたものだ。

「へぇって、あんたも同じでしょ! なんでそんな大事なことを知らないのよ! あんただけならともかく、他人まで巻き添えにしてるじゃない!」

 

「そ、そんなこといわれてもぉ……」

「確かにあんたは知らなかったんでしょう。でも、知らなかったじゃ済まない状況になっているわ!」

 

 後ろから怒鳴り散らされてラナはしゅんと小さくなっていく。自分がどんなとんでもないことをしでかしたのか理解してきたようだ。

 

 みらいとリコはすっかり意気消沈して、どんよりと黒い雨雲にでもおおわれたような陰気さと暗さを漂わせている。そんな二人に小百合はいった。

 

「二人とも大丈夫よ、わたしが黙っていれば済むことでしょう」

「そういうわけにはいかないわ。それに、あなたも魔法界に行きたいんでしょう?」

「それはそうだけれど、もうそれどころじゃないでしょ」

 

 リコは思案していった。

「こうなったら、あなたのことも、わたしたちのことも、一緒に校長先生に相談しましょう。どこかに水晶を置くのにちょうどいい場所はないかしら?」

 

「水晶? それならお屋敷の離れにあるカフェテラスがいいわ」

 四人は3本の箒でそろって降下して広い庭に降りる。みらいは目の前に現れた大きな屋敷に目を見張った。

 

「すごい家だね」

「まるでお城モフ!」

 

 いきなり抱いていたモフルンがいうのでみらいは焦った。前にいた小百合とラナが振り向いてみらいを見つめる。

 

「今の、あなたがいったの?」

「モフって、かわいいね~」

 

「そ、そうなんだよ。ちょっとした癖でたまにでちゃうんだ、モフっ!」

 そんなみらいをリコがハラハラしながら見ていた。

 

 その時に、みらいは小百合が自分と同じようにぬいぐるみを抱いているのに気付く。

「あれ、その黒猫さんのぬいぐるみ、もしかしてプリンアラモードの人?」

 

「……前にどこかで会ったような気がしていたけれど、あの時の人だったのね。記憶が確かなら津成木第一中の制服を着ていたわね」

 本当をいうと、小百合は会った時からみらいのことには気づいていたが、とぼけてそんなことをいった。

 

「こんなところで会うなんて奇遇だねぇ。わたしと同じ魔法界のお友達もいるし、親近感わいちゃうな。わたしたちいい友達になれるんじゃないかな」

 

「そういう話は後にしましょう。今はもっと大切なことがあるでしょう」

 

 小百合が突き放すようにいうと、みらいは悲しそうな顔をしていた。ラナに負けず劣らず明るくて元気で人懐っこいみらいに対して小百合は距離を取っていた。

 

「こっちよ、ついてきて」

 

 小百合の後に他の3人が続く。この広い庭の一角に小さなログハウスがある。これは清史郎の趣味で建造したもので、一人で酒を飲んだり、少人数をもてなす時などにも利用されている。小百合も時々ここでお茶を飲んだりしていた。

 

 中に足を踏み入れると、そこは小さな喫茶店そのものの空間になっている。カウンターの背後には高級酒が並んでおり、バーの要素も含んでいる。

 

「あそこがいいデビ」

 

 今度はリリンが声を出してカウンターの方に手を向ける。小百合は焦ってリリンの口を塞いだ。後ろからついてきていたリコが怪訝な顔をする。

 

「どうしたの? 急に声が変わったみたいだけれど」

「いや、その、もしかしたら風邪かしら? ちょっとのどの調子が悪いみたい」

 そういって咳払いをする小百合であった。

 

「小百合、大丈夫? お薬もってこようか?」

「どうぞ、おかまいなく」

 ラナが本気で心配していうので、小百合はちょっと面倒だなと思いながら適当にあしらっていた。

 

 リコは持っていた鞄から水晶さんを出してバーになっているカウンターの上に乗せる。ラナが小走りで近寄り、間近で水晶玉を見つめた。

 

「魔法の水晶だ! これと同じの校長先生の部屋でみたことあるよ」

「これは校長先生からお借りしているものなのよ」

 

 リコがいった後に、水晶に魔女の影が現れる。

「みなさん、ごきげんよう」

 

 水晶から女性の声が響いてきた。

「水晶から声が!?」

「おお~、校長先生の水晶の中には女の人がいたんだね! 噂の真相はこれかぁ」

 驚く小百合の横でラナが訳のわからないことをいっていた。

 

「なにやら大変なことになってしまったようね」

「そうなんです。校長先生に相談したいので、お願いします」

「今お呼びいたしますわ」

 

 水晶から魔女の影が消え、代わりに銀髪の美丈夫が映し出された。

 

「あ、校長先生だ! お~い、校長先生~」

 

 ラナはリコの前に割り込んで水晶に向かって手を振っていた。リコはとても迷惑そうな顔をしている。

 

「おや、君は? ナシマホウ界にきていたのか。姿が見えないので心配していたよ。元気そうでなによりだ」

 

 小百合がいつまでも水晶の前にいるラナの腕をひっぱる。

「ほら、邪魔しないの、こっちきなさい」

 

 ようやく校長と話ができるようになったリコは、心を落ち着けてから一つ一つ今までのことを説明していった。すべてを聞き終えた校長はいった。

「ううむ、複雑至極な状況だのう」

 

 水晶の向こうで校長が考えている時に小百合が前に出てくる。

「ちょっとお話させてちょうだい」

 

 小百合は校長の前で深く頭を下げてからいった。

「校長先生、初めまして、わたしは聖沢小百合と申します」

「うむ、魔法界に来たいというのは君だね」

 

「はい」

「よほど特別な事情がない限りはナシマホウ界の人間を魔法界に入れることはできぬ。まずは、魔法界にきたい理由を聞こうか」

 

 小百合は寄りそっているラナの肩に手を置いて語る。

「この子は闇に閉ざされたわたしの心を救ってくれました。今度はわたしがラナのために何かしてあげたいと思っています。わたしはラナの故郷を知り、ラナと同じように学び、ラナのために私ができることを見つけたいのです」

 

 フレイアからいわれていたこともあるが、これもまた小百合の本心だった。

 

「小百合……」

 小百合の話を聞いたラナの瞳から涙がこぼれ落ちる。ラナはその涙をふいてからいった。

 

「校長先生! わたしからもお願いします! 小百合はナシマホウ界で行くところがなかったわたしを、ずっとお城みたいに素敵なお家においてくれてるんだよ! 小百合はいい人なの! そりゃ、細かいことばっかりいって口うるさかったり、すぐ怒ったりするけど、でもやさしい人なの!」

 

 ――わたしが怒るのは、あんたが変なことばっかりするからよ!

 

 と小百合はよっぽど声に出していいたかったが校長先生の手前我慢した。小百合をフォローをしているのか(けな)しているのかよくわからないラナに、みらいとリコは苦笑いしている。ラナは真剣な眼差しを自分に向ける校長に最後にこういった。

 

「それに、ファンタジックな魔法界を小百合にも見てほしいよ」

 

 ラナの言葉を聞いて校長が微笑を浮かべる。

「なるほどな、二人は親友なのだな。よかろう、君の魔法界への渡来を許可しよう。みなでこちらへ来るといい。それと、みらい君とリコ君の件は不問とする。また教頭先生にはどやされるだろうが、君たちはなにも心配しなくていい」

 

 それを聞いてみらいとリコはそれまで溜めていた不安を長い吐息といっしょにはきだした。その二人にラナが頭を下げていう。

 

「二人とも、本当にごめんね」

「もういいんだよ、気にしないでね」

「そうよ。お咎めなしだし、ノープロブレムよ」

 みらいとリコがいうと、ラナがいつもの笑顔を取り戻す。

 

「校長先生、ありがとうございます」

 小百合が水晶に向かって深く頭を下げると、それまで微笑んでいた校長は急に真顔に戻りいった。

 

「あまり時間がないのでな、急ぎ準備をしてこちらに向かってもらいたい。二人とも待っているぞ」

 そして水晶から校長の姿が消えた。

 

 それから小百合はみらいとリコにいう。

「一日だけ待ってちょうだい。その間に準備をすませるわ」

 

「わかったわ。じゃあ、明日の正午に津成木駅に集合しましょう」

 リコがいった。こうして小百合とラナは魔法界へ行くきっかけをつかむことができた。



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魔法界への旅立ち

 小百合が魔法界へ行くためには、まだまだ問題が残っている。それらを一挙に解決するには祖父の清史郎の力を借りる意外にはない。しかし、その清史郎を説得するのもまた難関である。小百合は決して揺るがない強固な意志をもって清史郎と対峙した。

 

 書斎で小百合の話を聞いた清史郎は眉間に皺を寄せて厳しい顔になる。

 

「ラナ君の故郷へ行くというところまでは分かったが、話が急すぎるぞ。その上にどこへ行くのか言えないとはどういうことだ?」

「申し訳ありませんお爺様、それだけはどうしても言えません」

 

「何故言えないのだ? どこの国かくらいはいえるだろう」

「言えません。そして、わたしは明日立ちます。学校もしばらく休みます。3ヶ月か、長ければ半年くらい休むことになるかもしれません」

 

「あの学校で長期休学などすれば進級はおろか、退学にもなりかねんぞ。お前ならそれくらいはわかるはずだ」

 清史郎の声は落ち着いているが、顔は強面であり、声に含まれる苛立ちと怒りも肌を通して伝わってきている。でも小百合は怯まないどころか、さらに強い態度で答えた。

 

「それでもかまいません。わたしはラナの故郷に行きます。いえ、行かなければならないのです」

 

 小百合の強い態度に何かを感じた清史郎は強面を解いて愛する孫娘を見つめる。

「なんのために行くのだ?」

 

「親友の、ラナのためです。あの子はいつも明るいけれど、底の方に暗い陰を持っています。わたしにはそれがわかります。それを知るためにはラナの故郷にいく必要があると思っています。わたしはラナに心を救われました。ラナのおかげでお爺様の本当の気持ちを知り、友達もできました。だから今度はわたしがラナを助けます」

 

 清史郎は大きく息を吐きため込んでいたものを全て出した。彼の態度には観念したという気持が現れていた。

 

「わかった、もうなにもいわん、ラナ君と一緒に行きなさい。学校の方には短期の海外留学ということで話をつけておこう」

「お爺様、ありがとうございます!!」

 

 笑顔になって頭を下げる小百合を清史郎ななにやら感慨深そうに見ていた。

 

「一度こうと決めたら引かないところは母親と同じだな。百合江はここから出ていったきり帰ってこなかったが、お前は帰ってくるんだ」

「もちろんですお爺様、ここがわたしの家なのですから」

 

 それから小百合が清史郎の書斎を出ると外の廊下でラナが待っていた。小百合は心配そうな眼差しのラナにいった。

 

「お爺様は説得したわ、魔法界にいくわよ」

「うん!」

 

 小百合と一緒に魔法界に行ける! ラナはおさえきれない嬉しさにその場で飛び跳ねて小百合に抱きついた。

 

「ちょっ、ちょっと!?」

「やった、やったぁ! 小百合と一緒に魔法界だ! 最高にファンタジックだよ!」

 

 抱きつかれた時には少しうるさそうな顔をした小百合だったが、ラナの喜びようを見て最後には笑顔になった。

 

 

 

 その夜、みらいは勉強机の上に魔法の水晶を置いてかしこまった様子で椅子に座っていた。握った手をひざの上に置き、体をきゅっと引き締めて、面持ちも緊張している。校長先生からみらいに話があるということでリコはそこにはいなかった。

 

「校長先生、お話ってなんですか?」

「うむ、もっと早く話すべきであったが、こちらに闇の結晶が現われたことで対処に追われていてな。闇の結晶は魔法界に確実に悪影響を与えている。ヨクバールが現れたという話も耳に入ってきている。今の状況から察するに、君にはしばらく魔法界にいてもらわなければならないだろう。そこでだが、魔法学校へ短期留学してもらえんかな?」

 

「今、短期留学っていいました!!?」

「うむ、是非お願いしたい」

 校長先生が言うと、みらいは輝く瞳を閉じ胸に拳を当てて内側にぐっと感激を凝縮し、両手を広げると同時に感激を爆発させた。

「ワクワクもんだぁっ!!」

 

 みらいがあまりに大声で叫ぶので、母の今日子が階段を駆け上がってきて部屋のドアを開けて覗き込み、みらいは慌てて魔法の水晶を隠した。

 

「大声出してどうしたの?」

「な、なんでもないよ」

「そう。そういえば、昼間に作法の学校の先生がきてみらいを短期留学させたいってお話を頂いたわよ」

「うんうん、知ってるよ!」

 校長先生の手回しの良さに感心しながらみらいはいった。

 

「よろしくお願いしますっていっておいたから、気を付けて行くのよ。まあ、リコちゃんも一緒だし心配はしていないけれど、お父さんの方がどうなるか心配ねぇ」

 

 といってから今日子はドアを閉めた。みらいは隠していた水晶をだしてそれを見つめる。水晶の中には笑顔の校長先生が映っていた。

 

「君なら必ず承知すると思って手続きは済ませておいたよ」

「さすがは校長先生! 魔法学校で勉強ができるなんて、もうワクワクが止まらないよ!」

「ほかの者たちも君がくるのを心待ちにしているよ」

 

 校長にそういわれて、みらいは魔法界で友達になったジュン、エミリー、ケイの3人を思い浮かべた。魔法学校への短期留学は、みらいに今まであった嫌なことを一度に払拭するほどの元気を与えた。

 

 

 

 正午頃、津奈木駅の改札口前、魔法の鞄を持つみらいとリコがきてからすぐに小百合とラナも姿を見せる。小百合は青いジーンズの短パンに袖広の黒い長袖のTシャツ、そして白のシューズに黒いハイソックスのラフな格好にいつものように腰にはリリンの入ったポシェットを付けている。ラナは前に小百合にもらった私服を着ていた。背が高く足も長い小百合が速足で歩くと、その後をいくラナは小走りでなければ追いつけない。艶やかな黒髪をなびかせながら赤いトラベルバッグを引いて颯爽(さっそう)とこちらに歩いてくる小百合の姿にみらいの大きな瞳が釘付けになっていた。

 

「すてき」

 我知らずにみらいはそんな言葉をもらしていた。そしてみらいはリコにいった。

「彼女って、美人だし、背も高くてスタイルもいいし、モデルさんみたいだよね」

 

「ま、まあ、それは認めるわ」

 それは紛れもない事実なので認めざるを得ないが、リコの胸の中に奇妙な抵抗感があり、それが言葉の中にも表れていた。

 

「待たせたわね」

「わたしたちも今きたところよ」

 

「よろしくね~」

 リコと小百合が言葉を交わしている横で、ラナはみらいに気楽に挨拶してから、みらいが抱いているモフルンの頭をなでていた。

 

 小百合は目の前にある何の変哲もない自動改札口を見つめていった。

「で、どうやって魔法界に行くのかしら?」

「これよ」

 リコが小百合にカードを見せる。小百合は最近全く同じものを見ている。

 

「ラナもそれで魔法界へ行こうとしていたけれど無理だったわ」

「もう普通のマホカは使えないわ、これは特別製なの。ついてきて」

 

 リコが先行し、その後をみらい、ラナ、小百合と続く。そしてリコが自動改札機のカードリーダーにマホカを置いた瞬間に世界は一変した。自動改札機は消えて代わりにお化けの駅員がいる改札台に変わり、奥には電車のようなものが停車している不思議な空間が広がった。

 

「ご利用ありがとうございます」

 お化けの駅員が可愛らしい声でいった。駅構内に一歩入った小百合は立ち止まり辺り一体を見ていた。その横でラナは満面の笑みを浮かべる。

 

「どうなってるの……?」

「うわぁ、よかったぁ、ちゃんと中にはいれたよ~」

 

「ここから魔法界に行けるのよ。そして、見て驚きなさい!」

 リコは返した手のひらで構内に唯一ある電車のようなものを指した。

 

「あれが夢のカタツムリニア寝台特急よ!」

 それを聞いたみらいとラナが同時に大きな目を輝かせる。

 

「今、寝台特急っていいました!?」

 いつものように質問してくるみらいに、リコはもったいぶっていった。

「まだ驚くのは早いわ。部屋はもちろんお風呂も完備! 極めつけはレストランの車両付きでなんでも食べ放題よ!」

 

「ワクワクもんだぁっ!」

「ファンタジックだぁっ!」

 みらいとラナが感極まって同時に叫んだ。

 

「あんたたち気が合いそうね」

 そういう小百合は一人だけ沈んでいた。リコがすぐそれに気づいていった。

 

「初めて魔法界にいくんだから心配なのはわかるわ。でも大丈夫よ」

「そこは心配していないんだけど、カタツムリニアっていうネーミングがね……」

 

 小百合は不吉なものを感じて奥の電車的な何かをよく見ないようにしていたのだが、真実から目をそらすのは彼女の性に合わない事なので、結局は我慢できなくなって電車的な物を凝視した。すると瞬間に顔から血の気が引いた。

 

「な、なんか巻貝の貝殻みたいなのが見えるんだけど……」

「それは、カタツムリニアだからね」

 

「しかもあれ、動いてない!?」

「まあ、カタツムリニアだからね」

 

 淡白に答えるリコは、小百合の様子がおかしいので察しがついてきた。その時に車両の一番前にいるものがグイっと首を曲げて二本の長い触角の先にある丸い目が小百合を見た。それは紛れもなく巨大なカタツムリである。

 

「ひいいぃぃっ!!?」

 小百合は絶叫すると腰が砕けてその場に座り込んでしまう。

「カ、カ、カ、カタツムリ……」

 

「あれぇ? 小百合ってカタツムリ苦手なの?」

「意外な弱点ね」

 

 ラナとリコがいうと、小百合は立ち上がり足を震わせながらいった。

「な、なに言ってるの、カタツムリなんて怖いわけないじゃない」

 

『へぇ~~~』

 三人の視線が小百合に集まる。

 

「何よあんたたち、その目は!」

「じゃあみんなで前の方までいって見ようよ、小百合は初めてなんだからもっとよく見たいでしょ~」

 

「止めてそれだけはっ!!?」

「やっぱり苦手なんだ」

 ラナの意地悪の前に小百合は観念していった。

 

「そうよ、カタツムリだけは駄目なのよ……」

「じゃあナメクジは平気なんだ~」

「それはもっと駄目っ!」

 

 それから小百合はカタツムリが苦手になったいきさつを話し始めた。

 

「わたしが小学生の頃にいじめっ子がわたしの顔にカタツムリを付けたのよ。それからカタツムリが怖くなってしまったの。そのいじめっ子はギタギタにしてやったけどね」

 

「いじめっ子はギタギタにしたのに、カタツムリは怖くなっちゃったんだね……」

 そういうみらいは、カタツムリが怖い一方でいじめっ子を撃退してしまう小百合に驚きが隠せない。

 

「どうなってんのよあれは! カタツムリが車両を牽引するなんてナンセンスだわ! あんなので本当に魔法界にたどりつけるの!?」

 

 小百合は今度はリコに対して怒り出す。巨大なカタツムリを見たことで冷静ではなくなっていた。

 

「まあ落ち着いて、カタツムリニアはナシマホウ界のカタツムリに形は似ているけれど、まったく別の生き物なの。彼らは体内に魔力を生成する器官をもっていて、通常では考えられない大きな魔法力を発現して高速飛行することができるのよ。あの大きな殻は主に魔力生成器官を守るためのものだといわれているわ」

 

「おお~、さすがリコ!」

「魔法学校で勉強一番なだけあるね~」

 

 みらいとラナが拍手しながらいった。リコにそこまで詳しく説明されると小百合はぐぅの音も出なかった。小百合は思考が論理的なので、納得のいく説明があればとりあえず落ち着ける。

 

「……あれに乗っていくしか魔法界に行く方法がないのでは仕方がないわね。あれがカタツムリとは違う生き物だってこともわかったし」

「どう見てもカタツムリだけどね」

「考えまいとしているんだから、余計なこといわないで!」

 

 ラナは小百合にすごく怒られた。

 

「グズグズしている暇はないわ、早く魔法界に向かいましょう」

 

 四人の少女が車両に乗り込むとカタツムリニアが「カタカターっ!」と汽笛代わりの声を出し、三両編成の車両が動き出した。



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モフルンとリリン

 出発直後、ナシマホウ界を見ようと最後尾の車両の窓に4人が集まってくる。みらいのはモフルンを、小百合はリリンを抱いていた。唐突に予想もしないものが目に飛び込んできて、みらいが驚愕する。

 

「えっ!? あれ魔法陣!?」

「ええ、そうみたいね」

 

 来る時にその魔法陣を目撃しているリコは平静だった。4人の目に直径がナシマホウ界と同じくらいの巨大な月と星の六芒星魔法陣が映っていた。黒い円と六芒星の中にある深紅の三日月と六つの星の印象が鮮烈で、カタツムリニアのレールはその中心から伸びている。暗い色の魔法陣は透けていて向こう側にナシマホウ界の姿がおぼろに見えていた。

 

「あれってフレイア様の」

 ラナが小声で言うと小百合がきっと睨んで唇に人差し指を当てた。

 

 

 ひと段落してからリコが先頭に立って車内を案内した。一両目の車両がレストラン、二両目が宿泊施設、三両目は休息スペースになっている。宿泊施設には部屋が二つあったので、それぞれ分かれて部屋を確認する。ラナは部屋に入るなり、はしゃいで走り回った。

 

「うわぁ、すごいなぁ。わたし寝台列車って初めてだよぉ」

「わたしも初めてよ」

 

 小百合のポシェットの中で大人しくしていたリリンが出てきて飛びあがる。

「素敵な部屋デビ、ベッドは二段になってるデビ」

「わたし上でねる~」

「はいはい、好きなようになさい」

 

 小百合は荷物を部屋の隅に置くと、さっきから気になっていたことをいった。

「あんた、荷物はどうしたのよ? 前に三日分の着替えがあるとかいっていたわよね」

「全部ここにあるよ」

 ラナは小さなポシェットを両手でもって小百合に見せた。

 

「ふざけないで、そんなポシェットに入るわけないでしょ」

「入るんだよ。これは小さいから十日分の荷物しか入らないけど、リコとみらいが持っていた魔法の鞄なら一年分の荷物が入るんだよ」

「そんな便利アイテムだったの!?」

「魔法のポシェットだからねぇ」

「すごいわね、魔法界の技術」

 

 それから小百合は部屋を一つ一つ見ていく。

「お風呂に化粧台、中央のテーブルにはお茶の用意までしてあるわ」

「このソファーもふっかふかだよ~」

 ラナはリリンと一緒にソファーに身を沈めてご満悦だった。

 

「至れり尽くせりね」

「ご飯は食べ放題だしね! おなかすいたなぁ」

「ご飯の前にみんなで集まって話し合いよ。さあ、行くわよ」

 リリンが後について来ようと飛んでくると、小百合はリリンを止めていった。

 

「あなたはここで待っていてね。絶対に外に出ちゃだめよ」

 小百合とラナが出ていくと、リリンは不機嫌そうに口をへの字にした。

「むぅ、つまらないデビ」

 

 小百合とラナは部屋を出ると三両目の休息スペースに向かった。そこは話し合いなどに使えるように大きな丸テーブルとそれを囲むようにある四脚の椅子、この組み合わせが二つあり、いずれの色も白で統一されていた。そのうちの一つのテーブルの前に二人が座ると、すぐにみらいとリコも入ってきて小百合たちの前に座った。全員がそろうと小百合が言った。

 

「まず、魔法界に行くきっかけをくれたお二人に感謝の意をのべるわ」

 それにはリコが答える。

「そんなにかしこまらないで、わたしたちが魔法界に行くついでにあなた達を連れて行くだけなんだし」

 その隣でみらいがうんうんと頷いている。

 

「自己紹介をさせてもらうわ。わたしは聖沢小百合よ。聖ユーディア学園中等部の3年生」

「わたしは夕凪ラナだよ! 夕凪っていうのは小百合がつけてくれたんだ!」

 

「あなたは昨日聞いたし」

 ラナにリコの突っ込みが入る。それからみらいとリコもそれぞれ自己紹介をしていく。一通りそれが済むと、みらいが気になっていたことを聞いた。

 

「ラナちゃん」

「ラナでいいよ~」

「じゃあ、ラナ。きのうものすごくはやい箒にのってたよね?」

「それはわたしも気になっていたわ。良かったらあなたの箒を見せてくれないかしら?」

「いいよ!」

 

 ラナは手のひらサイズの箒を振って普通の大きさに戻すと、それをみらいとリコの前に置いた。それを見たリコは信じられないという目をしていた。

 

「これは間違いない、レーシング用の箒だわ」

「だからあんなに早かったんだね。レーシング用って初めて見るけど、わたしでも乗れるのかな?」

 

「とんでもない! これは誰でも乗れるような代物じゃないわ。レーシング用の箒に乗るためには、魔法学校の過程を終了した後に、さらに箒乗り専門の特別な学校にいって、さらにさらに試験を受けて合格しなければならないの。箒乗りの専門職は色々あって、レーシング用の箒の試験はその中で群を抜いて難しいのよ。わたしと同じ学年でレーシング用の箒に乗れるなんて考えられないことだわ」

 

「ラナってすごいんだね!」

「えへへ~」

 

 ラナは褒められて素直に喜んでいた。その隣の小百合はにやけているラナを半ば呆れるような横目で見ている。

 

 その時に、リコははたと思いついた。

「もしかして、前に街にドラゴンを召喚したのってあなたじゃないの?」

「そうだよ、よくわかったね~」

 

「やっぱりそうだったのね! あなたは魔法の天才よ! どうやったらあんな魔法が使えるのかぜひ教えてほしいわ!」

「わたしって天才だったんだ!? 知らなかったよ!」

 

 会話があらぬ方向へ飛躍していくので小百合がついに横やりを入れた。

「大いなる勘違いをしているわ、二人ともね。ラナの箒のことはよく知らないけど、ドラゴンを召喚したのはたまたまよ。この子は箒乗り以外の魔法はまともに使えないの」

 

 それを聞いたリコが何か思い当たったというように少し目を見開き、それから急に神妙になった。

「……そうだったの。変な勘違いをして悪かったわね」

「いいんだよ、気にしないで」

 リコの態度に小百合は違和感を覚えた。普通ならがっかりする場面だろうが、リコはなぜかものすごく悪いことをしたような顔で謝っていた。

 

「話はこれくらいにして食事にしましょう。みんなお腹が空いているでしょう」

 リコは立ち上がって言った。確かに食事時ではあるが、小百合はリコの話の切り替えに早急な印象を受けていた。

「うわ~い、やったぁ!」

 リコの提案にラナは万歳して喜んだ。

 

 

 

 小百合たちが会話しているその頃、一人で暇を持て余していたリリンは部屋を探検していたが、すぐに飽きて窓の縁に飛んでいくと窓を上に押し上げて外を見た。

 

「星がきれいデビ~」

「お星さまい~っぱいモフ!」

 

 すぐ近くで声が聞こえて振り向くと、リリンは自分と同じように窓から身を乗り出しているクマのぬいぐるみと目が合った。二人のぬいぐるみはしばらく見つめ合っていた。

 

 

 

 小百合とラナが部屋に戻るとリリンの姿がどこにもないので騒ぎになった。

「リリンがいないよ!」

「きっと外に出たのよ! あの二人に見られたらまずいわ! ラナ、すぐに探すのよ!」

 

 二人が慌てて部屋から飛び出してリリンを探し始める。一方、みらいとリコが部屋に戻ると留守番していたモフルンが待ち構えていた。

 

「みらい、リコ」

「どうしたの、モフルン?」

「新しいお友達ができたから紹介したいモフ」

 

 とモフルンはみらいに言ってから、ソファーの後ろに隠れていた黒い猫のぬいぐるみと手をつないで戻ってくる。

「さっきお友達になったモフ」

「ネコ悪魔のぬいぐるみのリリンデビ、よろしくデビ!」

 リリンは二人に向かって片手を上げて星型の肉球を見せた。

 

「いいお友達ができてよかったね……」

「へぇ……」

 

 みらいとリコは唐突すぎる出来事に理解が追いついていなかった。やがて二人は顔を見合わせ。

『ええええぇーーーーーっ!?』

 

 みらいが思わずリリンを抱き上げ、リリンの体をちょっと斜めにしたりひっくり返して背中を向けたりしながらいった。

 

「ぬいぐるみなのにおしゃべりできるの!?」

「なんでそんなに驚くデビ? モフルンと同じデビ」

「これっとどういう……」

 

 そういうリコが考える間もなく、二人の叫び声を聴いた小百合とラナが飛んでくる。中の状況を確認した小百合はとても苦い笑いを浮かべて絶望的という顔になったが、それは一瞬のことだった。黙する小百合に相対してラナは大声をあげる。

 

「うわっ、見つかっちゃってる! っていうか、それなに!? クマのぬいぐるみ!?」

「こんにちわ~モフ」

「しゃべった!? リリンと同じだ!」

 

 ラナが大騒ぎすると、みらいとリコはさらに慌てふためく。もはやひっちゃかめっちゃかの状況になってきた。

「こ、これは、その、えっと」

 

 さすがのリコもこの状況では冷静ではいられない。お互いにごまかそうにもどうにもできない状況だ。その時に小百合がツカツカと部屋に入り、みらいからリリンを抱き取った。

 

「驚いたわね、あなた達のぬいぐるみもおしゃべりするのね。この子はラナの魔法で動けるようになったのよ。ラナの魔法は何が起こるかわからないから、たまたまぬいぐるみがお話しできる魔法がかかったんだと思うの。まあ、あなた達も魔法つかいなんだから、ぬいぐるみを動かしたりしゃべらせたりできてもおかしくはないわね」

 

 その時ラナが余計なことを言いだしそうな気配があったので、小百合は睨みを効かせる。それでラナは開きかけた口を慌てて閉じた。

 

「そうなのよ。モフルンも魔法で、ね」

 リコが同意を求めるようにみらいを見ると、みらいは何度も頷いた。

 

「もうリリンを隠す必要はないわね。あんたも一緒にご飯食べましょう」

「うわーい、みんなで一緒にご飯デビ、うれしいデビ!」

 

「モフルンも一緒もモフ」

「じゃあ、レストランの方に案内するわ」

 

 みらいとラナはまだ衝撃から覚めていないが、リコと小百合は何でもない態度で、リコは部屋を出て先に立ってみんなにいう。

 

「さあ、魔法界の高級食材があつまったスペシャルなディナーにご招待するわ」

 リコのその一言で少し呆然としていたみらいとラナは一気に目が覚めて元気になった。

「魔法界の高級食材があつまったスペシャルなディナー!! ワクワクもんだぁ!!」

「すごくファンタジックだよ~」

 みらいはモフルンを抱き、ラナはリリンを頭の上に乗せてリコの後を歩き出す。二人とも待ちきれないという様子だった。一番後ろを歩いている小百合は誰にもわからないようにほっと息をついた。

 

 

 

 

「うわぁ、すてき!」

 みらいがレストランに入るなり目を輝かせていった。この車両には白いクロスのかかったテーブルが合計で四組あった。それらの中央には小百合がみたこともない花が飾ってある。一つ一つのテーブルは四人で食事するには手狭だ。

 

「テーブルくっ付けてみんなで食べよ~」

「賛成!」

 

 みらいがラナに同意して二人で動き出す。リコと小百合もそれを手伝う。ラナはもうさっきあった事など気にもしていない。小百合は明るくほんわかとした空気を作ってくれるラナが今の状況ではありがたいと思った。

 

 すぐに二つのテーブルが並び、そこに四人の少女と二人のぬいぐるみが向かい合って座った。

「メニューです~」

 コックの格好をしたお化けがそれぞれの前にメニューを置いていった。

 

「モフルンはクッキーがいいモフ!」

「リリンもクッキーたべたいデビ!」

 

「了解しました~」お化けのコックがぬいぐるみたちに答える。

 

 小百合はメニューを開いて顔をしかめた。

「読めないわ……」

「魔法界の言葉で書かれているから、聖沢さんには分からないわよね」

 

「十六夜さんにお願いするわ。何かおすすめのものを頼んでもらえる?」

「わかったわ。お肉とお魚、どちらがお好みかしら?」

 

「お肉にするわ」

「そうね、じゃあ、デリシャス牛のフィレステーキを二人分お願いね」

 

「デリシャス牛? 変わった名前の牛ね」

 小百合は自分が知らないことや分からないことは追及せずにはいられない。聞かれたリコは得意になって説明した。

 

「魔法界にはあらゆる食材を生産しているグルメ島があるんだけど、そのグルメ島のなかで最もおいしくて高級な牛がデリシャス牛なのよ。その生産量は少なくて滅多に食べられるものではないの」

「神戸牛みたいなものかしら、楽しみだわ」

 

「わたしは、これとこれとこれとこれ~」

 小百合の目の前で、ラナがメニューに指をさしていく。続いてみらいも。

「わたしは、これとこれとこれとこれね!」

 

「あんたたち、そんなに頼むの!?」仰天する小百合にみらいがいう。

「とりあえずね」

「とりあえずですって!?」さらに仰天する小百合の前でラナが頷いて同意している。

 

「朝日奈さんはともかく、ラナはもう少し遠慮しなさい。わたしたちは便乗させてもらってるんだから」

 小百合がいうと、ラナは不服そうに「え~」といった。

 

「遠慮なんてしなくていいのよ。なんでも食べ放題なんだから」

 リコの助け舟があって、ラナは強気になる。

「そうだよ、食べなきゃ損だよ」

 

 そしてラナは隣のみらいと顔を見合わせて『ね~』と二人で嬉しそうにいった。小百合はちょっとだけ仲間外れにされたような感じになって、ラナにもう一言いってやりたい気分になったが大人になってここは我慢した。

 

 

 

 楽しい夕食が終わり、それぞれ部屋に戻る。ラナとリリンは部屋に入るなりソファーに寝転がった。

「おなかいっぱいだよ~」

「デビ~」

 

 小百合はリリンの隣に腰を下ろし、はらいっぱいで寝転がっている二人を呆れてみている。

「美味しいもの食べて寝転がって、いい身分ね」

「ここにフカフカのソファーがあるのが悪いんだよ」

 

 仰向けになりながらいうラナに、小百合はさらに呆れた。

 

「……お風呂に入ったら寝ようとおもうんだけど、ベッドには毛布も布団もないわ。あるのは大きな巻貝の殻みたいな謎の物体だけなんだけど」

「それはヤドネムリンだよ~、それで寝るんだよ~」

 

「やっぱりそうなのね、そんな気はしてたけど……」

「その中だとすんごい良く眠れるんだよ」

 

「とてもそうは見えないけれど、これも魔法のアイテムなんでしょうね」

「そうだよ!」

 

 小百合はそれ以上は何も聞かなかった。魔法界のアイテムの性能を少しは知っているし、魔法なんだからどんな常識外れなことがあっても不思議はないと割り切っているところもある。

 

 それからラナと一緒に風呂に入り寝る段になると、ラナは上のベッドのヤドネムリンに頭から飛び込んだ。巻貝のような寝袋から足首から下だけがでている姿は何とも言えず剽軽(ひょうきん)である。小百合は明らかにおかしい寝方をしているラナに言わずにはおれなかった。

 

「あんた、寝方逆じゃない?」

「こっちの方が落ち着くんだよぅ」

 

 巻貝の中からくぐもった声が聞こえてくる。小百合はどうしてもいたずらしたくなって、ラナの足の裏をくすぐった。すると、「やめて~」とラナの足が貝殻の中にひっこんだ。体をまるめたようだ。小百合は貝殻の中に身を隠すヤドカリみたいだなと思った。

 



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リコの疑念

 みんなが寝静まった頃、リコは一人でテーブルの前に腰かけて考えていた。静かな室内にみらいとモフルンの寝息がはっきりと聞こえる。リコはリリンの事を考えていた。

 

「あのリリンがモフルンと似た存在だと仮定したら、そう考えられるわよね……」

 

 リコは疑いをもっていたが、小百合の平静とした態度からそんな疑いを持っていいものか迷いがあった。

「リリンは本当に魔法でたまたましゃべれるようになっただけなのかも」

 

 リコは自分に言い聞かせるように口にしたが、内心では結論には至ってはいない。そう思うようにしたという方が正しい。

 

 

 

 翌日、みらいとリコが起きて歯をみがいたり鏡の前で髪をすいたりしていると、ソファーに座ってゆっくりしていたモフルンが不意に変なことをいいだした。

 

「とっても甘いにおいがするモフ」

 

 リコは髪をとかす手を止めていった。

「厨房にはケーキやクッキーがたくさんあるからね」

 

「そうじゃないモフ、リンクルストーンの甘いにおいモフ」

「リンクルストーンだったら、わたしが全部もってるよ」

 

 みらいがいうと、モフルンは首を横に振った。

「それじゃないモフ」

 

 モフルンがいうと、二人とも困ったような顔をした。エメラルド以外のリンクルストーンはみらいが持っているので、他にリンクルストーンなどあるはずがないのだ。二人の困惑を感じたモフルンは黙ってしまった。

 

 

 小百合たちもみらいたちと同じくらいの時間に起きて身だしなみを整え、寝間着から私服に着替えてからは朝食の時間になるまで適当に休んでいた。その時に誰かが部屋のドアを叩いた。その音はかなり控えめだったが、ラナがすぐに気づいてドアを開ける。

 

「はい、は~い、どなた~?」

 ドアを開けると誰の姿もないのでラナは首を傾げたが、とつぜん足元から声がした。

 

「おはようモフ」

「うわっ、びっくりした~。モフルンかぁ」

 

「モフルン、いらっしゃいデビ!」

「リリン、おはようモフ!」

 

 二人のぬいぐるみがとても親し気に挨拶をかわす。昨日も一緒に仲良くクッキーを食べたりして、ぬいぐるみ同士、気が合うようだ。気になった小百合もドアの前まできて様子を見た。

 

「モフルン、どうしたの? 一人でこんなところにきたら朝日奈さんが心配するわよ」

「と~っても甘いにおいがするモフ」

「甘いにおいって?」

 

 モフルンは走り出し、ラナと小百合の足の間をすり抜けてテーブルの前のソファーによじのぼった。そして、テーブルの上にあるラナのポシェットを見つめて笑顔になった。

 

「ここからリンクルストーンの甘いにおいがするモフ」

「まさか!?」

 

 さすがの小百合もこれには声を大きくした。そばにいたラナはモフルンよりも小百合の大声に驚いてしまったほどだ。モフルンは新たなリンクルストーンを見つけたことを素直に喜んでいた。小百合は速足でモフルンに歩み寄って、ポシェットの中から甘いにおいの元を出した。

 

「あなた、これのにおいが分かるの?」

 小百合がオレンジサファイアのリンクルストーンを見せるとモフルンは目を輝かせた。

「わかるモフ、新しいリンクルストーンモフ!」

 

「どうしよう、小百合……」

 いつものんきなラナも、この時ばかりは深刻そうな顔をしていた。それに対して小百合は冷静で、さらにモフルンの様子からある確信を得た。

「なるほどね」

 

 小百合はポシェットから今持っている全てのリンクルストーンを出した。その時にブラックダイヤだけは上手く手の内に隠してズボンのポケットに入れる。

 

「知らないリンクルストーンがいーっぱいモフ~」

「モフルンはこれをにおいで探すことができるのね。どれも甘いにおいなの?」

「そうモフ、とっても甘いにおいモフ」

 

 小百合はモフルンを抱き上げてからいった。

「ラナ、あの二人に会いに行きましょう。そのリンクルストーンを全部持ってね」

「ええぇ!? どうすんの!?」

「わたしがお話をするから、ラナは何もいわずに見ていて」

「うん、わかった」

 

 ラナには小百合の考えはわからないが、小百合を頼りにしているし、心の底から信頼している。だからラナは愚直に小百合の言うことに従った。ラナはテーブルにちりばめられた宝石をポシェットの中に戻していく。

 

 ――あれぇ、ブラックダイヤがな~い。

 

 ラナは小百合がブラックダイヤを持っていることにすぐに気づいた。小百合が何をしようとしているのか、ラナは興味がわいた。もう不安も心配もない。小百合なら必ず何とかしてくれると信じていた。

「朝日奈さんがきっと心配しているから、モフルンを届けてあげましょう」

 小百合は自信ありげにいった。

 

 

「あれ? モフルンがいない」

「いつの間に出ていったのかしら?」

 

 二人は身だしなみを整えて一段落して、ソファーに座っていたらモフルンがいないことに気づいた。

 

「きっとリリンのところに遊びにいったんだよ。あの子たち、とっても仲良しなんだよ」

 昨日知り合ったばかりのモフルンとリリンが、みらいの目にはもうそういう風に見えていた。

 その時、ドアをノックする音が聞こえてくる。

「はぁい!」

 みらいがドアを開けるとモフルンを抱いてる小百合がいてやっぱりと思った。

 

「この子が部屋にきて気になることがあったから少しお話いいかしら?」

「どうぞどうぞ」

 

 小百合はモフルンをみらいに渡してから、ラナと一緒にソファーに座った。リコとみらいもテーブルを挟んだ向かいのソファーに座り、モフルンとリリンは二人で遊び始める。

 

「お話ってなにかしら?」

 そういうリコは見る者に好感を与える柔い微笑をうかべていた。

 

「モフルンが甘いにおいがするとかいって、こっちの部屋にきたんだけど」

「え?」

 それを聞いたリコの顔から笑みが消える。さっきもモフルンは甘いにおいがするといっていた。モフルンが部屋を出ていった理由をリコは想像した。まさかと思っているリコの前に、小百合は何食わぬ顔でラナのポシェットに手を突っ込んでからラナにいう。

 

「これ、何ていったっけ? リンクルなんとか」

「え? リンクルストーンでしょ?」

 

 ラナは本当に小百合が忘れてしまったのかと思ってしまった。一方で、リンクルストーンと聞いたみらいとリコは声も出ない。そして小百合がポシェットからリンクルストーンを一つづつ出して並べていく。

 

「え、え、ええっ!? 本当にリンクルストーンなの!?」

「こんなことって……」

 

 みらいのオーバーリアクションを見た小百合は心の中でほくそ笑んだ。

 ――この反応は間違いないわ。この二人が伝説の魔法つかい。

 

 二人の驚きは見たことない物に対する驚きではなく、あってはならない物が目の前に現れた時の驚きだった。特にみらいの方がそういう空気が強く、小百合の確信の要因の一つとなった。そして、何度かみらいに出会った時の状況、以前ビルの破壊の跡を見ていたリコの姿が小百合の中で一つになって答えが導き出された。

 

 一方、リコは冷静に目の前に現れたリンクルストーンを見つめている。隣であたふたしているみらいとは対照的だ。

 

 ――ない、あのリンクルストーンがないわ。モフルンはにおいでリンクルストーンの存在がわかるんだから、別の場所に一つだけ隠すことなんてできないはず。ということは、彼女たちが持っているリンクルストーンはこれで全部?

 

「これはラナが旅の途中で拾ったのよ。この子の話から、このリンクルストーンが魔法界でものすごく珍しい宝石っていうのはわかったんだけれど、ラナの説明じゃ要領を得ないところがあってね。あなた達ならもっと詳しいことを知っているんじゃないかと思って聞きにきたのよ」

 

「……そうだったの。基本的なことくらいなら説明できるわよ」

 

 みらいがリコに耳打ちしてくる。

「リンクルストーンって他にもあったんだね」

「そんなはずないんだけど、後で校長先生に聞いてみましょう」

 

「なにをひそひそ話しているの?」

「なんでもないのよ、気にしないで」

 

 リコは少し焦りながらいった。それから彼女は少し考えて、頭の中で話の内容をまとめる。

「リンクルストーンは魔法界の伝説に関係があるのよ」

 

 それからリコが語ったことは、リンクルストーンの数と種類くらいのもので、小百合もそれは以前にフレイアから聞いていて知っていることだった。リコは話が終わるといった。

「これくらいのことは魔法学校で習うから誰でも知っているわ。もっと詳しいことが知りたければ魔法図書館でも調べられるし」

 

「ふ~ん、そうなんだぁ」

「十六夜さんは今基本的なことは学校で習うっていっていたけど」

 ラナが感心したようにいうと、小百合は間髪いれず突っ込んだ。

 

「全然おぼえてないな~」

「あんたの勉強に対する姿勢が垣間見えたわね」

「いやぁ、そんなにいわれると照れるよ~」

「褒めてないわよ! どういう理解力をしてるのよ!」

 

 ラナにペースを乱された小百合は、気を取り直していった。

「ありがとう十六夜さん、よくわかったわ」

 

 リコはよっぽど目の前の謎のリンクルストーンのことを突っ込んで聞きたかったが、それはできないと思っていた。

「ねぇ、このリンクルストーンみたことないんだけど、どんな魔法が使えるのかな?」

 隣でみらいが興味津々にいいだすのでリコは焦りまくった。

 

「魔法って?」と小百合が怪訝にたずねる。

「それは、ほら、伝説ではリンクルストーンには魔法が込められてるっていう話だから、みらいはどんな魔法が込められてるのかなっていう意味でいったのよ」

 

「そう。まるでリンクルストーンに込められている魔法を知っているような言い方だったけれど」

 小百合はすべてのリンクルストーンをポシェットに収めて立ち上がる。

「二人ともありがとう」

 小百合はもう一度礼をいうと、踵を返す。すると艶やかな長い黒髪が宙に流れた。

 

「いくわよラナ」

「う、うん!」

 この瞬間、みらいの脳裏にイメージが走った。小百合たちが部屋から出ていくとみらいはいった。

「……あの人って」

 

 

 小百合は部屋に戻るとソファーに腰を下ろして考え込んだ。

 ――思った通りだったわ。モフルンの能力はリンクルストーンを探すためのものだけれど、一つ一つのリンクルストーンを判別まではできない。全てが漠然とした甘いにおいでしかないんだわ。だからすぐ近くで隠し持っていたこのブラックダイヤはほかのリンクルストーンのにおいに紛れて分からなかった。離れた場所に隠したりしたらばれたでしょうけど。

 

 小百合の思考は続く。

 ――あの二人が伝説の魔法つかいなら、あの部屋にはこれ以外にもたくさんのリンクルストーンがあったはず。むこうも当然疑っているでしょう。けれど、このブラックダイヤを見ない限りは疑いの域を出ることはできないわ。十六夜さんは今頃悩んでいるでしょうね。

 

 ミラクルとマジカルはダークネスとウィッチに出会ったときにリンクルストーンブラックダイヤしか見ていない。小百合があの二人にブラックダイヤ以外のリンクルストーンを見せないようにした意図は他にあるのだが、その事が功を奏していた。

 

「ねぇ、小百合!」

「え? なに?」

「さっきから何度も呼んでるのに! ブラックダイヤ見ながらニヤニヤしてどうしちゃったの?」

「ごめんなさいね、わたし集中すると周りの音が気にならなくなるのよね」

 

「気にならなすぎだよぅ。何考えてたの?」

「色々よ。そのうちにラナもわかる時がくるわ。それよりも、ブラックダイヤのことはあの二人には絶対に秘密にすること」

「どうして?」

「どうしてもよ。もし言ったら大惨事になるからね」

「なんかよく分かんないけど、大惨事はいやだね~」

 

 小百合はこれで大丈夫だと思った。ラナが自分を全面的に信用してくれていることを知っているからだ。

 

 

 

 カタツムリニアの旅が出発より一週間も続くことになっていた。リコの話によれば、それでも今のナシマホウ界から魔法界に一週間で着けるのは奇跡的なことだという。

 

 少女四人が一週間も共に暮らせば仲良くなるのが普通だ。旅が始まってすぐにみらいとラナはすっかり仲良くなっていた。この二人の場合は最初から気が合っていた。

 

 リコと小百合はあえて仲よくなろうとはしなかったが、だからといってよそよそしいわけでもなく普通に接していた。しかし、リコの中には拭えない疑惑があり、それを表に出さないように苦心していた。



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冷凍ミカン、リコの解凍とラナの記憶

「十六夜さん、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」

 朝食の後にリコが休憩スペースに入ると、後ろから声をかけられた。振り返ると小百合の姿があった。

 

「なにかしら?」

「勉強を教えてほしいの。魔法界はナシマホウ界と文字が違うでしょう。魔法界の文字を着くまでに一通り学んでおきたいのよ」

「それはかまわないけれど、お友達に教えてもらった方がいいんじゃないかしら?」

 

 小百合はリコに近づいてその肩を抱いてある方向を指した。小百合のきれいな顔が急に近づいたのでリコは少しドキッとしてしまった。

「あれで人にものを教えられると思う?」

 

 小百合が指さす休憩スペースの奥の方にみらいとラナ、それにぬいぐるみ達があつまっている。

「リリンは羽があって空が飛べてうらやましいモフ」

「モフルンは飛べないデビ?」

「飛べないモフ、飛びたいモフ!」

「モフルンだって飛べるさ~」

 

 ラナはモフルンの頭の上に乗せると猛ダッシュ。

「ラナジェットーっ!」

「すごくはやいモフ~」

「待ってデビーっ!」

 

 頭にモフルンの乗せたラナとそれを追うリリンがリコと小百合の目前を過ぎり、ラナはレストランを一周して部屋の前を通って戻ってくる。

「スーパーラナジェットーっ!」

「楽しいモフ~」

「早すぎるデビ―っ」

 

 ラナはまたリコと小百合の目の前を通り、息を弾ませながらみらいの元に帰った。

「ただいま~」

「おかえりなさい」

「本当にお空を飛んでいるみたいだったモフ」

「よかったね、モフルン」

 

 それを見ていたリコはいった。

「……ちょっと難しいかもしれないわね」

「そんな気を使ったいい方しなくてもいいのよ、絶対無理だからね」

 

 そういうわけで、リコと小百合は一緒に勉強することになった。その時にリコは思った。

 ――もし彼女がダークネスでわたし達の正体にも勘づいていたとしたら、こんな気軽に接触することはできないんじゃないかしら?

 

 リコはそういう考えで割り切ることに決めた。小百合の親しみのある態度に安心した事もあるが、もし小百合とラナが敵だったとしても、狭い電車の中で密に生活している今の状況では知らない方がよい事だった。

 

 小百合が自分の部屋からノートを持ってくると、二人で寄りそってテーブルの前に座った。

「十六夜さん、せっかくの電車の旅なのに悪いわね」

「いいのよ。それと、リコでいいわよ」

 

 リコがいうと、短い間があった。小百合はみらいやリコと親密な関係になる事は避けたかったが、これからリコに勉強を教えてもらう手前そういうわけにもいかない。

「じゃあ、わたしのことも小百合と呼んで」

「そうさせてもらうわ」

 そしてリコの授業が始まった。まずは数字からであった。

 

 

 

 その夜、小百合はソファーに座ってため息ばかりをついていた。ベッドでゴロゴロしていたラナが下りてきて小百合の目の前に座る。

 

「さっきからため息ばかりでどしたの? こんなに楽しい旅なのに~」

「この電車をカタツムリみたいなのが牽いてると思うと憂鬱になってくるのよ。カタツムリニアっていうネーミングもねぇ……」

「そっかぁ。じゃあ、こう考えたら。カタツムリニアじゃなくて、実はナメクジリニアなんだって」

「止めて変なこといわないで! 想像しちゃうでしょ!」

 

 ラナが余計な衝撃を与えて、小百合はさらに気分が悪くなった。そんな時に何者かがドアをノックする。

「はいはい」

 小百合は怠そうに立ち上がって行ってドアを開けた。すると目の前には渦巻殻の上に品物が入ったかごを乗せているカタツムリのようなものがいた。

 

「カタカタ~」

「ひいっ!?」

 小百合は鋭い悲鳴と一緒に誰かに突き飛ばされでもしたように尻餅をついて、その後すごい勢いで後ずさった。

 

「あ、エスカーゴだ!」

 小百合の恐怖など気にも止めずにラナが籠を乗せたカタツムリに駆け寄る。

 

「冷凍ミカンがあるよ~。これちょうだい!」

「お代はいりませ~ん」

「おお、校長先生ありがと~」

 

 ラナは遠くの校長先生に感謝してからソファーに戻って冷凍ミカンをテーブルの中央に置いた。エスカーゴの姿が見えなくなると、小百合は心を落ち着けてから立ち上がる。まだ足が少し震えていた。

 

「売り子までカタツムリなんて悪夢だわ……」

「ねぇ小百合、一緒に冷凍ミカンたべようよ。とってもおいしいんだよ」

「冷凍ミカンねぇ……って、何なのよこれ!? カチコチに凍ってるじゃない!」

「ピーカンミカンをアイスドラゴンのため息で凍らせてるんだよ」

「アイスドラゴンのため息って……」

 

 小百合はもう深く追求する気力はなかった。ラナの前のソファーに座って冷凍ミカンを見つめる。

「こんなカチンコチンのミカンどうやって食べるのよ」

「魔法で解凍するんだよ。でも、校長先生はこのまま食べてるけどね!」

「こ、このままですって!? あの校長先生、肉体派には見えなかったけど……」

 

 ラナが魔法の杖を出して、何やら怪しい雰囲気を漂わせる。ラナにしては珍しく引き締まった顔からは、なにか途方もない事に挑もうとする挑戦者のような強さを感じる。

 

「小百合、机の下に伏せてて! 冷凍ミカンが爆発して破片が刺さるかもしれないから!」

「ちょっ、止めなさい! そんな危険を冒してまで冷凍ミカンなんて食べなくてもいいわよ! ラナは飛行以外の魔法は使っちゃ駄目っていったでしょ!」

 そういう小百合の語気が少し強く、ラナは胸が疼いた。

 

 

 

 ラナが魔法学校に入学したばかりの頃、昼食に全員に冷凍ミカンが配られた時があった。その時の先生は眼鏡をかけた少しヒステリックな感じの女性で、ラナはあまり好きではなかった。その先生が食堂に集まっている全員にいった。

「みなさん、今配られた冷凍ミカンを解凍してみて下さい。これも授業の一環です。うまくできなくても構いません、先生がサポートしますからね」

 

「よーし、キュアップ・ラパパ! 氷よ溶けろ!」

 最初に男の子がやりだすと、みんな一斉に魔法の呪文を唱え始めた。ラナだけはしばらく冷凍ミカンと睨めっこをしていた。やがて自分の杖を出し、意を決して呪文を唱える。

 

「キュアップ・ラパパ、氷よ溶けて~」

 ラナが魔法をかけても冷凍ミカンが溶ける様子はない。しかし、ラナがじっと見ているとミカンが小刻みに震えはじめた。「うん~?」とラナが首を傾げていると、ミカンが少し膨らんで悲鳴のように甲高い爆音をとどろかせて爆ぜた。

「うわぁっ!?」

 

 ラナは飛び散った氷とミカンの破片をくらってひっくり返る。ラナの近くにいた子供たちはラナと同じに破片をあびて泣き出し、他は冷凍ミカンの爆裂音に驚いてパニックになった。

 

「どうしたの!? 一体なにがあったの!?」

 先生も少し混乱していた。床に倒れて目をまん丸くしているラナに先生が駆け寄って助け起こす。

「ラナさん、何があったの!?」

「ミカン爆発しちゃったよ、アハハ」

 

 ラナはその時の先生の顔を忘れることができない。まるで化け物でも見るような恐怖と差別が目に見えるように現れていた。

 先生はその騒ぎを収拾すると、すぐにラナを校長先生のもとに連れていった。食堂から校長室に行く廊下を先生はラナの手を引いて無言で歩く。手がつながっているのに、ラナには先生と自分の間に隔絶する壁があるように感じた。そうすると校長室に行くことが怖くなった。

 

 校長と対面したとき、ラナはうつむいてその顔を見る事ができなかった。先生は校長に向かってはっきりといった。

「校長先生、この子は危険です。今すぐに学校を辞めさせるべきです」

「これこれ、生徒の前でそんなことを言うものではない」

「しかし、この子は病気なんですよ。そのせいで他の誰かを傷つけるかもしれないのです。今日は幸い誰にも怪我などはありませんでしたが」

「その報告は後でよく聞こう。今はこの子と二人で話をさせてもらえないかね?」

 

 先生が出ていった後もラナは下を向いたままだった。校長先生は微笑を浮かべていった。

「君の病気のことは知っておったよ。しかし、君を特別扱いはしたくなかったのだ。あの先生にも君の病気のことは伝えてあったのだが、わしの方でも気を配っておくべきであった。これはわしの落ち度だ、申し訳なかった」

 

 校長先生が頭を下げた時にラナは顔を上げた。一生徒の自分に校長先生が頭を下げるなんて何だか不思議だった。ラナは気が楽になっていつもの調子を取り戻した。

 

「校長先生、わたし学校にいない方がいいんでしょ?」

「この学校に必要のない生徒など一人もおらぬよ。君は自分が魔法を使えないと思っているのだろうが、そうではないのだよ。君の持つ病の特徴として、ある種の魔法に特化しているはずだ。君と同じ病に苦しみながらも、それを乗り越えて魔法界に名を遺した魔法つかいは数多い。できない魔法は無理にやらなくてもよい。学校にいる間に自分にできる魔法を探しなさい。それが君がこの魔法学校で成すべきことなのだ」

 

 校長先生の話を聞いている間に、ラナの顔には満面の笑みが咲いていた。

「校長先生、ありがとう!」

 ラナは校長先生の横に回り込んで抱きつき頬にキスをした。

「おやおや」

 校長先生は少し驚いたものの、ラナが元気になってくれて嬉しそうだった。

 

 

 

 ラナの様子が少しおかしいので小百合は心配になった。

「どうしたの、ラナ? 少し言い過ぎたかしら? 傷ついたのなら謝るわ」

「ちょっと昔のこと思い出しただけだよ。大丈夫、ぜ~んぜん平気!」

 

「そう、らないいんだけど。ところで、この冷凍ミカンなんだけど、あなたが魔法を使わなくっても他にできる人がいるでしょ。リコかみらいに頼みましょ」

「おお、その手があったね! ぜんぜん思いつかなかった!」

 

「それを思いつかないラナがどうかしてるわよ」

「すぐにみらいとリコのところにいこ~」

 

 二人は冷凍ミカンをもって隣の部屋へ、話を聞いたリコがこころよくミカンの解凍を引き受けてくれた。またテーブルの真ん中に冷凍ミカンを置き、今度は4人の少女たちがそれを囲む。

 

「前にリコが解凍した冷凍ミカン、すっごくおいしかったよね」

「わたしの手にかかれば、どんな冷凍ミカンだって最上の味になるんだから」

 

 得意げに言ったリコが星のクリスタルの付いた杖を出し魔法の呪文を唱えた。

「キュアップ・ラパパ、氷よ溶けなさい」

 冷凍ミカンに魔法がかかり、瞬時に氷が解けて湯気が上がり、さらにミカンの皮が白花が咲くようにきれいにむけた。それを見て小百合は感心した。

 

「へえ、見事なものね」

「さあ、どうぞ召し上がれ」

「いただきま~す!」

 

 ラナが真っ先に手を出してミカンを一つ口に放り込む。ラナは目を閉じてよく咀嚼(そしゃく)し、料理評論家のような威厳を演出した。

 

「これは、シャリシャリのシャーベット状で固くて噛み応えがあって冷たくて、さいっこうに美味しい冷凍ミカンだよ~」

「ちょっと待って、それは冷凍ミカンとして間違ってるわよ」

 小百合がいうと、リコがうっと神妙な顔になる。そして、みらいと小百合も冷凍ミカンを口に入れる。二人は食べながら微妙な表情になった。

 

「リコ、まだ解凍に失敗する時があるんだね」

「失敗なんてしてないし!」

 

 みらいがいうとリコは全力で否定した。そして、さもありというように補足を加え始める。

 

「ほら、いつもと同じじゃ飽きるでしょう。だから今日は少し硬めにしたのよ。計算通りだし」

「本当にぃっ!?」

「ほ、本当なんだから!」

 

 小百合の容赦のない突っ込みに焦るリコ。小百合は疑わしい目をリコに向けながらいった。

 

「まあいいわ、そういう事にしておきましょう。それにしても、余計な気を回さなくてもよかったのに。わたしは甘くて柔らかくて冷たい冷凍ミカンが食べたかったのに、本当に残念だわ!」

 小百合はわざとらしくいってから、もう一つミカンを口の中に入れた。リコは、「くうぅ……」と悔しそうにうめいた。

 

「モフルンもミカン食べたいモフ」

「リリンも食べるデビ」

 今度はぬいぐるみたちが甘い解凍のミカンを食べる。

 

「少し硬いけど冷たくておいしいモフ」

「リリン的には、これはこれでありデビ」

 ぬいぐるみたちのフォローに、リコは有難いやら恥ずかしいやらで何とも言えない。そんな様子を見ていたみらいが言った。

 

「リコの計算通りに突っ込み入れてる人なんて初めてみたよ」

「鬼の突っ込みだよね~。わたしなんて、一日百回くらい突っ込まれてるよ~」

「小百合って大変なんだね……」

 気の毒そうに言うみらい。ラナは、「何が大変なんだろう?」と心の中で思っていた。



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リコと小百合の勉強会

 リコと小百合の勉強会は旅の間みっちりと続けられた。魔法界の文字や数字など基本的なところは小百合は一日でマスターしたのだが、彼女が目指すのは魔法界ですぐに勉強が始められるレベルであったので、まだまだ勉強することがあった。

 

 文字が違うだけで言葉はナシマホウ界とほとんど変わらないが、魔法界にしかない言葉が膨大といっていい程にあった。その中で特に重点的に勉強するのが、魔法に関連した言葉である。

 

 二人はいつも隣同士寄りそって勉強していた。これは小百合の提案によるもので、向かい合って座ると文字が逆になってノートを見せる時に反転させなければならないので効率が悪いのだか。

 

 この時も二人で横に並んで勉強していた。いつも側にいながら勉強しているとお互いに親近感がわく。名前で呼び合う事にも違和感がなくなっていた。

 

「もう4時間も勉強しているわ、少し休憩しましょう」

「もうそんなに経ってるの?」

 

 小百合はラナやみらいが騒いでいても、全く気にせずに凄まじい集中力を見せる。この勉強で発揮される集中力にはリコでも密かに舌を巻いていた。

 

「厨房からお茶を頂いてくるわ」

「ありがとう、リコ」

 

 リコが休息スペースを出て寝室の前を通りかかると小百合たちの部屋からモフルンが飛び出してきた。

 

「逃げるモフ~」

「逃げろ~っ!」

「デビ~っ!」

 

 モフルンに続いて、ラナ、リリンも飛び出し、リコは驚いて廊下の端によった。最後にみらいが飛び出してきて先に出てきた3人を追いかける。

 

「まてーっ!」

 

 どうやら鬼ごっこをしているようだ。「はぁっ」とリコは少し呆れたようにため息をついた。猛勉強している小百合に比べてラナは、とそんな思いがあったがリコがどうこう言う筋合いはない。それからリコは厨房から紅茶をもらって戻った。途中でみらい達とすれ違う。今度はラナが鬼役になっていた。

 

 リコがポットからティーカップに紅茶を注ぎ小百合にふるまう。小百合は紅茶を一口飲んで感動した。

 

「この紅茶、美味しいわね!」

「そうでしょう。わたしが選んだのよ、魔法界でも最高級の茶葉なんだから」

「あなたは何でも知っているのね」

「何でもというわけではないけれど、お母さんが料理研究家だから食べ物のことには詳しいのよ」

 

 それから二人は言葉も交わさずに静かに紅茶を飲んでしばしの休息を満喫していたが、ふと小百合が思い出していった。

 

「そういえば、あなたラナに謝っていたわね」

 リコは小百合がなにを言っているのか分からなかった。

 

「あなたがラナをすごい魔法つかいだと勘違いした時に、なぜか謝っていたでしょう、まるで悪いことでもしたというようにね。どう考えても理に合わないのよね」

「あれは別に深い意味はないわ」

 

「そんなはずはないわ、あなたが無意味に謝るとは思えない。ラナに謝らなければいけない理由があったんでしょう」

 小百合に確信めいていわれると、リコは切り返しに困った。

「それは……」

 

「例えば、ラナが魔法を使えない事情を知っているとか」

 リコは黙っていた。その様子から小百合はそうに違いないと思った。

「実はラナには病気があって、そのせいで魔法が使えない、そして余命はいくばくもないとか」

 

「そんな、命にかかわるような病気じゃないわ」

「じゃあ病気なのね!」

 小百合に急に迫られてリコは言葉が詰まる。彼女は小百合にうまく乗せられてしまい少し悔しい思いをした。

 

「ラナがわたしに隠し事をするなんて、よほど深刻なんだと思うわ。お願いよリコ、どんな病気なのか教えてちょうだい」

「それはわたしの口からは言えないわ。本当に病気なのかもわからないし、もし間違っていたら本人に失礼だし」

「……そうよね、本人の口から聞くべきね」

 

 小百合が問い詰めればラナは白状するだろう。けれど、小百合はラナにそれを聞くつもりはなかった。言うべき時がくれば、ラナは自分から真実を教えてくれるだろうと思ったからだ。

 

 それから魔法界に到着するまでは平穏な時間が過ぎていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小百合たちが魔法界へ旅立って間もない頃、一匹の白猫が魔法商店街を優雅に歩いていた。彼女が水路橋にさしかかり、欄干(らんかん)の上を歩いている大人しそうな雄の三毛猫を見つけると、彼女は跳び上がって欄干に乗り三毛猫の行く先を塞いだ。彼は驚いて時が止まったように動きを止め、金色の瞳で見たこともない白猫を見つめていた。その白猫のオッドアイに睨まれて彼は「何かやばい奴にゃ」と思った。

 

「おい、お前、この町のボスのところに案内しな」

「……それは構わないけど、お姉さんは何者にゃ?」

 

「わたしはフェンリル、すぐにこの町の女王になる。よく覚えておきな」

「ぼくはロナといいますにゃ。ボスのところに案内しますにゃ」

 

 ロナは頭を低くしてもうフェンリルの子分という体で言った。ロナが先を歩き、フェンリルが後を歩く。フェンリルの見た目の美しさとその身に纏うただならぬ空気に町中の猫が注目していた。

 

「ボス、きれいなお姉さんが会いたいというので連れてきましたにゃ」

 

 街の中央広場、ランタンを持つ猫の石像の足元に右目が十字の傷でつぶれている大きな猫が座って見おろしていた。体は虎のような縞模様で迫力がある。石像の周りにもたくさんの猫があつまっていて彼はその中に飛び降りた。その図体は周りの猫たちの培近い。ロナが脇によるとフェンリルとボス猫の間に障害物がなくなり2匹の猫の視線がぶつかる。ボス猫は目を見開いて感激した。

 

「ほう、これは美しい! この俺に相応しい女だ!」

「何勘違いしてんだい。今からあんたをぶっ潰して、わたしがこの町の女王になるのさ」

「何だとぉっ!!」

 

 牙をむき出して叫ぶボスの声に周りの猫たちが震えあがる。ボスはニヤリとしてフェンリルにゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「この俺を倒すだと? 言っておくが、俺は生まれた時から体を強化する魔法がかかっている特別な猫だ。俺の物になるというのなら、今言ったことは聞き流してやる」

「ほほう、猫にも魔法かい。さすがは魔法界だね」

 

 フェンリルの目の光が強くなり、頭を低く地面に爪を立てる。ボスの方は立ったまま余裕で構えていた。フェンリルが前に出た瞬間、石畳は穿たれて爪の数と同じだけの傷が残った。フェンリルは猛然と自分よりもはるかに大きなボスに突撃していった。

 

 一分後、ボコボコにされたボスがフェンリルの足元にひれ伏した。

「すいませんでした! 俺が調子にのっていました!」

 

「わたしがこの町のボスだ、文句はないね」

「ありません! もう、どこまでだってついて行きます!」

 

 巨体のボスが細身のフェンリルの前に伏せる姿は面白く、周りで見ている猫たちから失笑がもれる。今までのボスは高圧的で評判が悪かったので、ざまあみろという気持ちもあった。

 

「ロナ、お前がナンバー2だ」

「にゃ、にゃんですと!?」

「そ、そんな、どうしてロナなんぞを……」

 

 ロナが驚き、今までボスだった猫が不平をもらす。しかし、フェンリルが睨むと元ボスは口を閉ざして震えあがった。

 

「必要なのは力よりも知恵だ。ロナはものを見る目がある。このわたしの実力を会ったその時に見抜いたからね」

「わかりましたにゃ。謹んでお受けいたしますにゃ」

 

「よし。そして、お前は3番目だ」

 フェンリルは元ボスに向かっていった。

「3番目、名はなんという」

 

「マホドラといいやす」

「じゃあマホドラ、子分をここに集めな、緊急に頼みたいことがある」

 

 フェンリルの命令により、魔法商店街中の猫が中央の広場に集まってきた。猫の像の周りに様々な猫があつまってひしめき合う。これには人々も驚き、何事かと遠巻きの見物人が増えていく。

 

「フェンリル様、全員集まりましたぜ」

 

 マホドラが言うとフェンリルは猫の像の足元に跳びのり、今や子分となった猫たちにいった。

 

「お前たち良く見な!」

 

 フェンリルはどこからか黒い結晶を出してそれを器用に猫の手で握ると、結晶を下に叩きつけるように置いた。その時に発生した衝撃で強風が起こり、周りの猫たちを吹き晒す。フェンリルの力と女神のごとき神々しさに猫たちは視線を釘付けにした。

 

「いいかい、この黒い結晶と同じようなのを見つけて持ってくるんだ。ただとは言わない、褒美は出す」

 

 それを聞いて猫の間からざわめきがおこる。褒美とは何か、肉か、新鮮な魚か。そんなようなことを口々に言っていた。

 

「肉? 魚? いやいや、そんなちんけな物じゃない、もっとうまい物を食わせてやるよ」

 

 得意になって言うフェンリルに猫たちは喜び興奮した。そんな猫たちの声は周りの人間にはうるさい猫の鳴き声にしか聞こえなかった。

 フェンリルは猫がいる街に行っては、そこを支配して子分となった猫たちに闇の結晶を集めさせていたのだった。

 

 

 

 カタツムリニアの旅が始まってから七日目の昼ごろ、小百合がノートを閉じるとリコは言った。

「すごいわ小百合、この短期間に魔法界の主な言葉を覚えてしまうなんて」

「リコの教え方がよかったからよ。今まで付き合ってくれて本当に感謝してる」

 

 その時、連結部の扉を勢いよく引いてラナがみらいと一緒に休息スペースに入ってきた。その手には箒が握られていた。

「小百合、ついにきたよ! 魔法界だよ!」

 

 手近の窓を開けて4人で顔を出すと、今度は小百合とラナが驚く番だった。

「うわ!? なにあの緑色のでっかい魔法陣!?」

 

 小百合は目を見開いて黙して魔法界を覆う不思議な緑色の魔法陣を見つめていた。カタツムリニアのレールはその中心に向かっていた。

 

「はーちゃん!」

 

 みらいが聞きなれない名を言うと、小百合が何気なく窓から離れてみらいの様子を見た。みらいはまるで目の前にその人がいるように懐かしむような目で魔法陣を見つめていた。

 

「行こう!」

 巨大な魔法陣を越えて魔法界に入った途端に、ラナは小百合と手をつないで走り出す。その勢いがすごかったので小百合はこけそうになった。

 

「ちょ、ちょっと! 行くってどこへ!?」

「魔法界に決まってるよ!」

 

 ラナはそのまま小百合を引っ張っていって、最後尾の扉を勢いよくスライドさせる。新鮮な風が車内に入ると同時に空気が出口の方に流れて小百合の長い黒髪が水平近く宙を泳いだ。ラナは青空を仰いで箒に跨る。

 

「まさか、ここから飛ぶ気!?」

「そうだよ~、小百合だってカタツムリニアから早く出たいでしょ」

「それは、まあ」

 

 そんな曖昧な返事をしたのが間違いだった。

「いざ、ファンタジックな魔法界へ~」

「待ちなさい! わたしまだ乗ってないから!」

 

 身の危険を感じた小百合はラナの後ろに乗らざるを得なかった。小百合は一足先に強制的に魔法の世界へと躍り出た。

「ゴーゴー」

「速いわよ! 少し速度落として!」

 

 小百合とラナの声が遠のいていく。それまでの一部始終をみらいとリコは半分呆けて見ていた。

「……いっちゃったね」

「ものすごい子だわ……」

 リコがぽつりとラナに対する感想を述べた。

 



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魔法学校の校長先生

 ラナの箒が風を切って魔法界を行く。そのあまりのスピードに小百合は恐怖しながら言った。

「速すぎるっていってるでしょ! スピード落としなさいよ!」

「魔法界の有名なところ全部回るんだから、そんなにゆっくり飛べないよ~」

 

「全部なんて見なくていいわよ! それに、こんなスピードじゃ何も分からないわよ!」

「あっ、そっかぁ」

 

 ラナが納得して小百合はようやく恐怖から解放された。スピードがだいぶ落ちて、小百合に周りの景色を見る余裕がでてくる。まず大きく吸い込んだ空気が違った。潮の香と緑の香が一体となり、体中が浄化されるような清々しさがあった。ナシマホウ界でも山奥にいけば空気は良くなるが、それよりもさらに一段上のような気がする。

 

 落ち着いて周りの景色をみて小百合は息をのんだ。青い海に切り立った断崖の島々が浮んでいたり、空中に浮いている島も見えた。大抵の島に巨大な枝葉が茂っている。中には現実とは思えない巨大なキノコが生えている島もある。大きな島には集落も見えた。

 

 上空には三日月が見える。昼なので光はしないが、それでも目で容易にとらえることができる。その大きさはナシマホウ界の十倍はありそうだった。そして、そんな景色のなかに何本も光のレールが走っているのが見え、その上をカタツムリニアが行き来していた。カタツムリが嫌いな小百合だが、それは未知の素晴らしい景観として見ることができた。

 

「これは本当にファンタジックね」

 と小百合が思わずつぶやいていた。

「いっくよ~」

 

 ラナが少しだけスピードを上げて切り立った断崖の島々の間を縫うように飛ぶ。その時に小百合は気づいた。断崖だと思っていたのは巨大な樹の幹だということに。ナシマホウ界では到底考えられない巨大な樹が海から生えて、その上に森や町が繁栄しているのだ。

 

「信じられない、島が全部樹だなんて……」

「これが魔法界だよ、すごいでしょ~」

 

「ナシマホウ界の大地の代わりに、ここには樹があるのね。つまり魔法界の核は鉱物ではなくて樹木の根に相当するもので、そこから巨大な樹が生えて大地を形成している。そういうことよね?」

「へぇ、そうだったんだぁ。早百合ってあたまいいね~」

「あんたに聞いたわたしが馬鹿だったわ……」

 

 それから早百合は何もいわず魔法界の不思議な光景に見入っていた。ラナが箒を急降下させて今度は海面ギリギリを飛んでいく。もう一段スピードを上げ、ラナが通り過ぎた直後に海面が左右に割れるように波立っていく。

 

「やっほ~」

 

 小百合はまた怖くなってきた。

「またスピード上がってるわよ!」

「まあまあ、これくらいは平気でしょ~」

 

 ラナは勝手に決めつけてそのまま飛び続けるが、急に減速した。小百合は自分に気を使ってくれたのかと思ったが、そうではなかった。

 

「お~い!」

 

 ラナが手を振ると海面から顔を出していた3人の少女たちも手を振り返す。それを見た小百合は目を疑った。

「こんな海の真ん中になんで女の子が?」

「女の子だけど人間じゃないよ~」

 

 ラナがゆっくり近づくと少女たちが海から飛び上がった。その下半身には魚のようにヒレが付いていた。

「人魚!?」

 

 人魚の少女たちはラナのまわりでしばらく飛んでいた。

「おお、すごい! そんなに飛べるんだ!」

 

 人魚たちが再び海に入ると、水面から顔を出して薄紫の髪でツインテールの少女がいった。

「わたしたち魔法学校にいきたいから空を飛ぶ練習をしているの」

「人魚さんが魔法学校に? それはファンタジックだね!」

 

 ラナが上昇して海面から離れていくと、人魚たちが見えなくなるまで互いに手を振っていた。

「小百合びっくりしたね~、人魚が空を飛ぶんだって~」

「わたしは人魚の存在自体に驚いてるわよ……」

 

「よ~し、次は魔法の森にいってみよ~」

「そろそろ戻った方がいいんじゃないの? リコ達を待たせたら悪いわ」

「まだまだ大丈夫だよ」

 

 ラナはまたスピードアップする。お次は海を越え、途方もなく巨大な深緑色の花の上でラナが箒を停止させる。小百合は真下に見える緑の花のようなものを見つめた。

 

「あれは何なの?」

「近づけばわかるよ」

 

 ラナが箒を操って近づいていくと、途轍もなく広大な森だということがわかった。密集した樹木や草花が花の形を成しているのだ。

 

「すごいわね……」

 

 森の中心には大穴があいていて何とも言えず奇妙で壮観な光景だった。小百合は黙ってそれを見続ける。

 

「あ~、ペガサスがいるよ~」

「ペガサスですって!?」

 

 ラナは頭上を飛んでいるペガサスを見つけて急上昇。あっという間に追いついてペガサスと並走する。小百合は間近でペガサスをよく観察した。一言でいうなら背中に大きな翼の付いた白馬だが、ナシマホウ界でいう馬とは少し体形がちがっていた。そして白い体毛は普通の馬よりもつやがあるようで、そしてもう少し毛深いように思われた。小百合は草原に住む馬とは違い、ペガサスが森に適応した結果だろうと考えた。

 

 突然、森の方から重厚な咆哮が響いた。名も知らぬ鳥たちが森の中から無数に飛び出し、魔法の森の中心にある大穴から竜巻のように空気が吹き上がり、続いて大きな翼を広げた深緑の巨体が現れた。

 

「うわぁ、森ドラゴンだ~」

 

 ラナが森から飛び立とうとしているドラゴンに近づいていく。次から次へと現れる伝説上の生物を小百合は息をのんで見つめている。ドラゴンに接近しても怖いとは思わなかった。巨体に鋭い爪の付いた手足、尻尾と首は長く、頭には2本の角が生える。意外だったのはそのドラゴンがウロコではなく体毛に覆われていたことだ。

 

「森ドラゴンは大きいけど、とっても大人しいんだよ~」

 

 ラナの説明を象徴するようにドラゴンの目は優し気だった。全身が毛で覆われているので竜というよりは空飛ぶ巨大な獣という方がしっくりくる。

 

「次は学校に戻るついでに魔法商店街にいくよ~」

 

 箒が上昇して雲間を飛翔する。魔法界はナシマホウ界に比べて雲が発生している高度がずいぶん低い。小百合にはその理由がすぐに分かった。魔法界はナシマホウ界以上に海の割合が大きいのだ。島ばかりの魔法界より地続きのナシマホウ界の方が地上面積が広い事は簡単に想像できる。魔法界では海から上がった水蒸気が大量の雲を作り出しているのだろう。

 

 小百合は考えながらも流れていく景色を見て楽しんだ。雲から突き出る島々や、下に流れる雲と青い海とのコントラストもまた神秘的な光景であった。

 

「あれが魔法商店街だよ」

 箒が降下し雲を突き抜け商店街に急速に近づく。商店街の全容はきれいな正八角形で、その形の中に様々な店舗が並んでいる。

 

「これぜ~んぶお店なんだよ!」

「もはや商店街というレベルではないわね……」

 

 低空で商店街の中央広場にさしかかる。広場も正八角形であり、その中心には猫の石像がある。そして、その広場から外に向かって蜘蛛の巣状に水路が広がっていく。魔法商店街を後にするとすぐに別のものが見えてくる。ラナはそれを指さしていった。

 

「あれが魔法学校だよ!」

「えっ!?」

 

 それは小百合が今まで見た中で最も勇壮な樹であり、その巨大さは圧巻でエベレストを連想させる。海から樹の中腹辺りに決して消えない虹がかかり、背後を大きな三日月が飾り、雲を突き抜けて枝葉が広大に茂る。その姿はもはや植物の域を越え、この巨大な樹自体が神域といった風体であった。

 

「あの樹のどこに学校があるっていうの?」

「樹の上にちゃんとあるよ~」

 箒のスピードが上がった。小百合たちは魔法学校にまっすぐに向かっていった。

 

 

 

「本当に樹の上に学校らしきものがあるわ……」

 初めて魔法学校を見た小百合はいった。ここまでくると非常識なことばかりで目が回りそうだ。

 

 ラナと小百合は校門の前に着地した。そこではすでにみらいとリコが待っていた。

「二人ともごめんなさいね。勝手に外に飛び出したあげくに待たせてしまって」

 

「大丈夫、そんなに待ってないよ。それに、ラナが小百合に魔法界を見せたい気持ち、すごくよくわかるもん!」

 みらいが言うと、ラナが笑顔を浮かべる。彼女はみらいが自分の気持ちを理解してくれるので嬉しかった。

 

 小百合が前に出て校門の扉を見上げる。

「大きな扉ね」

 

 魔法界はナシマホウ界に比べて規格外なものが多い。その巨大といってもいい扉の中央には正面を向いている黒猫が佇む校章が描かれている。

 

「それじゃあ扉を開けるわよ。キュアップ・ラパパ、門よ開きなさい」

 

 リコが魔法の杖を振ると、校章から猫の鳴き声がして正面から見て左下に垂れていた黒猫の尻尾が動きだし右側に振れる。すると大きな扉が割れて左右に開いていく。石畳の先の方に洋風の建物が見えた。

 

「さあ、まずは校長先生に挨拶しましょう」

 

 そういって歩き出すリコに他の者が続く。小百合が門を通り過ぎる時にリコにいった。

「ちょっとした疑問がわいたんだけど聞いてもいい?」

「どうぞ」

 

「箒で空を飛べるんだから、門なんて通らなくても上から入れるじゃない」

「そんなことしたら、警備の魔法つかいに捕まってしまうわ」

「ああ、そういうシステムになってるのね」

 

 少女達はそのような他愛のない話をしながら校長室に向かう。みらいはモフルンを抱き、小百合はリリンを抱いて歩いていた。

 

 

 

 扉のない校長室の前から室内に瞬間移動すると、小百合だけ「えっ!?」と驚いてキョロキョロしていた。

 

「みなの者ご苦労であった」

 校長が椅子から立ち上がり小百合たちを出迎える。小百合の目の前に水晶玉の中で見た美男子が立っていた。

 

「うわぁい、校長先生だ~」

 

 ラナがばんざいするような格好でその場で何度か飛び跳ねる。まるで幼い少女が久しく会っていない父親に出会ったかのような喜びようで、他の少女たちはちょっと喜びすぎだろうと思った。

 

「あなたが校長先生なんですね、ふ~ん」

 小百合が不思議なものでもあるように校長を見つめながら上へ下へと視線を送る。

 

「わしに何か言いたいことでもあるのかな?」

「あっ、言いたいことはたくさんあります。今のは校長先生の姿が想像と違っていたので思わず見てしまいました」

「君の想像とは?」

「ラナから氷漬けのミカンをそのまま食べると聞いていたので、体育会系のマッチョな人かと思っていたんです」

 

 それを聞いたみらいとリコは思わず想像してしまう。二人の中で上半身裸の筋肉ムキムキの校長先生が力こぶを作ってにやりと笑った。

「そんな校長先生、いやだね……」

「ええ……」少し青ざめているリコがみらいに答えた。

 

 校長先生は愉快痛快という具合に大笑いした。校長がそんな風に笑う事は滅多にないので、みんなびっくりした。

「いや、失礼。君がおかしなことを言うものでな」

 

「こちらこそ失礼いたしました」

 小百合が丁寧な口調で言ってから彼女はさらに続けた。

 

「校長先生、こちらの世界に来ることを許可して頂きありがとうございました。改めてお礼をいいます」

 小百合は深く礼をする。小百合が頭を上げると校長はいった。

 

「君はここで学びたいといっていたな」

「はい! わたしは魔法は使えません。それでも魔法つかいと同じように勉強をして知識を得ることはできるはずです」

 

「ふうむ、魔法の杖がなければ魔法学校の生徒として認めることはできないのだが……」

 校長の話にはまだ続きがあったのだが、そこでリコが割り込んでくる。

 

「校長先生、小百合はとても勉強熱心なんです。ナシマホウ界からここに来るまでの間も猛勉強して、魔法界の言葉をたくさん覚えました。彼女なら魔法学校でやっていけると思います」

 

「そうか、成績一番の君が言うのなら間違いないな」

 

 リコはかつて苦手だった魔法実技の成績を10番台まで押し上げ、勉学の方は常に一番、そして総合成績でもトップクラスにまでになっているのだ。校長はそんなリコの言葉を受け取っていった。

 

「魔法学校で学ぶことを許可しよう」

「校長先生、不躾(ぶしつけ)ですがもう一つお願いがあります」

 

「なにかね?」

「わたしが今教室に入っても勉強についていくことはできません。しばらくは別の場所で一人で勉強したいんです。例えば、図書館とか」

 

「ならば魔法図書館を使うがよい。それも許可しよう」

 小百合は安心して笑顔を浮かべ、「ありがとうございます!」とまた深く頭を下げた。

 

「よかったわね」

「リコのおかげよ」

 

 話が一段落すると校長は椅子に腰を下ろし、机の上で両手を組んで今まで浮んでいた微笑を消した。

 

「さて、連絡を受けていた重要な話というのを聞こうではないか」

 リコはカタツムリニアから校長にそういう連絡をしていたのだ。その事は小百合たちも知っていた。

 

「実は、彼女たちが見たこともないリンクルストーンを持っているんです」

「なんじゃと!!?」

 校長は仰天して椅子を蹴倒して立ち上がる。

 

「これです」

 小百合がラナからポシェットを受け取って、その中からリンクルストーンを出して机の上に置いていく。ブラックダイヤのリンクルストーンだけは出さずにポシェットの中に残し、平気な顔をしていた。

 

「ぜ~んぶラナが見つけたんだよ~。すごいでしょ!」

 校長は一瞬ラナに目を向けてからスタールビーのリンクルストーンを手に取って、真剣な目で前から後ろから横からとよく観察する。

 

「リンクルストーンの伝説はリコから聞きました。私たちの持っているリンクルストーンは伝説に出てくるどのリンクルストーンにも当てはまらないようです。レプリカという可能性は考えられませんか?」

 

 偽物などではないと知りつつ小百合は校長先生に聞いてみた。すると校長はスタールビーを机の上に戻していった。

 

「レプリカなどではない。これは間違いなく本物のリンクルストーンじゃ、強い魔法の力を感じる」

「どういう事なんですか? 伝説にもないリンクルストーンがこんなにあるなんて」

 

 リコが言うと、校長は分からないというように首を横に振った。

 

「まず、確実に分かることから整理してみよう。これらのリンクルストーンは台座の色から恐らく支えのリンクルストーン。そして魔法界には、ここにあるリンクルストーンに関する文献等は一切存在せぬ。このわしが言うのだから間違いない。しかし、リンクルストーンである以上は魔法界とは切っても切れぬ存在であるはず。それなのに影も形もない。今目の前に現れてようやく存在を認識する事ができたのだ」

 

 校長は顎に右手を置いてさらに考える。

「支えのリンクルストーンがこれだけあるのなら、これと対になる守護のリンクルストーンも存在するかもしれんな」

 

 校長がこの時に小百合のことを見つめる。小百合は平気なように見せていたが、胸の鼓動は早くなり、この人は自分たちの正体を見破るかもしれないと思っていた。そして校長が不意に微笑し、小百合は冷や汗が出てきた。

 

「もっとも重要な点は、君たちがこのリンクルストーンを持っているということだ。それには何か意味があるはずだ。リンクルストーンは見つけようと思っても見つかるものではない。わしの知っている限りでは、リンクルストーンは必要とされる時に選ばれし者の前に現れる、そういう性質を持っている」

 

 小百合は見破られたと思った。

 

「これは君たちが大切に持っていなさい。決して手放してはならぬ」

 

 そう言われて小百合がリンクルストーンに手を伸ばす。リンクルストーンをポシェットに戻す手が少し震えていた。今この瞬間にも、お前たちが黒いプリキュアだ! と看破されるんじゃないかと怖くなった。しかし、校長は何も言わず優し気な微笑を浮かべているだけであった。

 

「明日から学校が始まるからな、今日はよく休むがよい。君たちには寮の2人部屋を開けておいたぞ」

 

 それを聞いたみらいの目が輝く。

「リコと同じ部屋なんだね!」

「そういうことね」

「ワクワクもんだぁ!!」

 

 それからみんなで校長室から出た時、小百合は安堵して長い息をはいた。

 

「あなた達はこれからどうするの? 寮に部屋はないみたいだけど」

「わたしの村は学校の近くにあるんだ」

 

「そうだったの、あなたは家から通っているのね」

「うん、箒でひとっ飛びだよ!」

 

 リコとラナが会話している間、小百合は心を落ち着けていた。まだ鼓動が少し早かった。そして小百合ははっきりと悟っていた。

 

 ――校長先生はわたし達の正体に気づいているわ。気づいても何も言わなかったんだわ。

 

 校長は小百合の想像をはるかに超えて理知的だった。実際に会ったその瞬間に、これはいけないと思った。自分たちの正体がばれているのは疑いないが、小百合が思ったような最悪の展開にはならなかった。校長は小百合達がみらい達に敵対しているプリキュアだと知っても学校に来ることを許可してくれたのだ。

 

「立派な教育者だわ」

 小百合は校長の対応に感服した。

 

 魔法学校を出て校門の前に立ち、小百合はブラックダイヤを日の光に当てて見つめた。

「守護のリンクルストーンはプリキュアに変身するために必要な宝石。伝説ではダイヤ以外にルビー、サファイア、トパーズが存在する。わたしたちにもブラックダイヤ以外の守護のリンクルストーンがあるのかも」

 

「どしたの小百合? さっきからずっと真剣な顔しちゃって」

「あんたはいいわね、なにも考えてなくて気楽で羨ましいわ」

 

「小百合も何も考えないで楽しくなればいいんだよ~」

「それは絶対無理」

 と小百合は強く言い切った。



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ラナの故郷

「校長先生、お呼びでしょうか」

 校長室に凛とした女性の声が響く。

 

「入りたまえ」

 

 校長がいうと目の前に若い女性がぱっと現れる。校長室には扉が存在しない。その代わりテレポートして室内に入る事ができるのだ。

 

 校長の前に現れたのは二十歳そこそこの女性で、顔がリコによく似ていた。瞳の色は同じマゼンダだが、長い髪には少し癖があって髪先がまとまっている。髪色はリコの菫色より少し青味が強い。白いブラウスに新緑色のロングスカート、腰回りに草色の帯、そして同じ草色のケープを纏い、胸元には赤いリボンタイ、その柔和な表情の中に強い意思と深い知性を醸し、彼女の姿を初めて見る人のほどんとはこの人は出来ると思うのだ。おまけに容姿端麗なので余計に人目を引く。

 

 彼女は校長に会釈して言葉を待った。

「忙しいところすまないな、リズ先生」

 

 リズはリコの姉で正式な教員になってまだ間もないが、魔法学校を首席で卒業しており、知識においても魔法においても魔法界で指折りに優秀な魔法つかいだった。

 

「校長先生から大切なお願いがあると聞きました」

「うむ、これから忙しくなりそうなので、君にわしの仕事を手伝ってもらいたいのだ。教員の仕事もあるので無理を承知でお願いするのだが」

 

「よろこんでお受けいたします」

 リズは笑顔で答えた。

「わたしは何をすればよろしいのでしょうか?」

 

「今、魔法界を騒がせている闇の結晶のことは知っておろう。それに関連する仕事を手伝ってもらいたいのだ。まずは君に明かさねばならぬ秘密がある」

 今までやさし気な顔をしていた校長は急に真剣な面持ちになり語り始めた。

 

 

 

 小百合たちは魔法学校からラナの故郷へと向かう。箒にのる二人の少女の頭上に流れる雲が迫り、まるでうごめく白亜の天井のようだ。小百合は上を見て雲があまりに近いので少し怖くなった。

 

「もうちょっと高度下げた方がいいんじゃないの?」

「へいきだよぅ」

 

「いいから下げて、あと速度も速すぎるから少し落として」

「あう~、小百合は怖がりさんだね~」

 

「全部あんたのせいよ。初めて箒に乗った時にひどい飛び方するからトラウマになってるの」

「あんなの普通だよ~」

 

「あんな戦闘機並みのローリングが普通なんていってるのはあんただけよ!」

「この箒でゆっくり飛ぶの難しいんだよ~」

 

「つべこべいわずに言う通りにして」

「わかったよぅ」

 

 ラナは箒を急降下させる。急な重力の変化に小百合の身に怖気が走る。気が付けば今度は海面すれすれに飛んでいて足が水面につかりそうだった。

 

「今度は低すぎよ!」

「え~、いう通りにしたのに~」

 

「なんでそんなに極端なのよ! あんたの中には中間っていうのがないの!?」

「むぅ、小百合はわがままさんだね~」

 

 といってラナは高度を少し上げる。小百合はもっと文句をいいたかったが抑えた。ラナはわざとやっているわけではないので、あまり強くいうのもかわいそうだと思った。

 

 やがて前方にハート型の島が見えてくる。

「あの島にあるリンゴ村がわたしの故郷だよ!」

 

 ラナは嬉しそうにいうと島に向かって降下を始めた。海に浮かぶハート型の島の海岸線付近には小百合が見たことのない植物達の雑木林があり、その内側に赤い果実がたわわに実るリンゴの木が林立している。島の中心に村があり、そこから広大なリンゴ畑に向かって放射状に農道が走っていた。上から見るとマリンブルーの中に燃え立つ深紅のハートで、雑木林の緑の縁取りがリンゴの赤で染まるハートをさらに美しく際立たせていた。

 

「きれいだわ」

 

 小百合は感動を素直に言葉に出した。その一方でラナは急に心配そうな顔になっていった。

「おばあちゃんのリンゴ畑どうなってるのかなぁ……」

 

 たったそれだけの言葉を聞いて、小百合は胸に疼きを覚えた。その言葉や声にはラナの悲しい気持ちが深く浸透していた。そして二人は島の中心の村に向かって降下していった。

 

 

 

 ラナと小百合はレンガ造りの小さな家の前に舞い降りた。ラナが箒を片手に近くのリンゴの木に数歩近づくと大きな碧眼に涙を浮かべた。

 

「おばあちゃんのリンゴなってる!」

「ラナちゃん!?」

 

 ラナが自分を呼ぶ声の主を見ると、リンゴの木の隣にうら若き乙女が立っていた。青い瞳、赤いリボンで長い栗色の髪を束ね、白いカートルに足首まである長い空色のスカート、腰に赤い布ベルトを締め、肩回りを覆う草色のケープをリンゴのブローチで止めている。彼女はラナに向かって走り、そしてラナをきつく抱きしめた。

 

「よかった、みんな心配していたのよ」

「エリーお姉ちゃん……」

 

「急にいなくなって本当に心配したんだから」

「アハハ、こめんね~。わたしリンクルストーン探しにナシマホウ界にいってたんだ~」

「ナシマホウ界に?」

 

 エリーは最初は驚いていたが、すぐに表情が変わって微笑するような、それでどこか悲しみを感じさせるような顔になる。それから彼女は小百合の姿に気づき、小百合がエリーに向かって無言で頭を下げた。エリーが小百合に近づいて手を差し出す。

 

「エリーです。よろしくお願いします」

「聖沢小百合と申します」

 

 小百合がかしこまった口調でエリーと握手をする。エリーはまるで旧知の友人と久しぶりに会ったとでもいうように嬉しそうだった。

 

「あなたはナシマホウ界の人ね」

「わかるんですか?」

 

「変わった服を着てるからそうだと思ったの」

「リリンデビ、よろしくデビ」

 いきなり小百合が抱いているリリンがしゃべったのでエリーは目を丸くした。

 

「ぬいぐるみがしゃべるの!? 一体どんな魔法をかけたの?」

「ラナの魔法でたまたまこうなったんです」

「あの子の魔法は何が起こるか分からないからね。それにしても、すごい魔法がかかったものね」

 

 小百合の言ったことをエリーはすっかり信用していた。ラナのめちゃくちゃな魔法はリリンのことをごまかすのに丁度良い口実になる。

 

 小百合は周りにあるリンゴの木を見てリンゴの赤さが眩しいとでもいうように少し目を細くしていう。

「このリンゴ畑はあなたのものなんですか?」

 

「この辺りはマナリさんのリンゴ畑よ」

「マナリっていうのは、わたしのおばあちゃんなの!」

「おばあちゃんは最近亡くなったっていっていたわね」

 

「亡くなったのは3ヶ月ほど前よ。あの時のラナちゃんは泣いてばかりで心配だったけれど、今は元気そうで安心したわ」

 

 エリーの言ったことが小百合には信じられない。小百合には泣いてばかりのラナを想像することができなかった。たった一人の肉親が死んだのだ、悲しいに決まっている。それでもラナは悲しみに負けずに明るく笑っているような気がしてならない。

 

「エリーお姉ちゃんがおばあちゃんのリンゴ畑を見てくれたんだね!」

「ええ、そうよ。ラナちゃんが帰ってきたら驚かせようと思ってね」

「ありがと~」

 ラナはエリーに飛びつく。抱き合っている姿はまるで姉妹のようだ。

 

 ラナの家は二人住まいだっただけあり手狭であった。あるのは暖炉と木目のある古びたテーブル、2脚の椅子に大きめのベッドが一つ。狭い家の中にキッチンや風呂まであるので居住スペースはわずかだ。小百合がラナの家に足を踏み入れると埃が舞い上がった。あまりの埃っぽさに小百合はむせてしまった。

 

「たった3ヶ月でも人が住まないとこうなるのね」

「あう~、ほこりだらけだよ~」

「みんなでお掃除しましょう」

 笑顔でいうエリーに誰も異論はなかった。

 

 

 

 その夜、小百合はパジャマに着替えてあくびをしながらベッドに近づくとリリンの姿しかない。この家にはベッドが一つしかないのでラナも一緒に寝ることになっていた。小百合は何となく予感があって外に出ると、ラナは夜のとばりが下りたリンゴ畑の中に座って満点の星を見上げていた。小百合が無言で近づいてラナの隣に座ると、みずみずしい果実が弾ける小気味よい音がした。同じような音が不規則に聞こえてくる。

 

「おばあちゃんのリンゴ美味しい……」

 

 ラナがリンゴを食べるのをやめると、果実を持つ手に涙がこぼれ落ちる。小百合にはラナが泣いているのが分かったのでラナの肩を抱いて寄せると、ラナの手から食べかけのリンゴが落ちて転がる。ラナは小百合に体を預けると涙が止まらなくなった。

 

「うえ~ん……」

 

 ラナの中にある悲しみがどんなに大きなものなのか、今なら小百合にも理解できる。こんな悲しみを背負いながら明るく元気でいることがどれ程のことなのか。少なくとも小百合はとても真似できないと思った。

 

「この場所には悲しみが多すぎるわ」

 小百合の声は星降る夜に吸い込まれた。



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第6話 いきなり降臨!? 闇の王VS宵の魔法つかい!
魔法学校へ


「小百合、おっはよ~。今日から学校だよ!」

 

 昨日の夜とはうってかわり、朝いちばんからハイテンションなラナに小百合は圧倒された。昨日の涙はどこへやらである。

 

「今日から魔法学校に一緒に通えるんだよ! 楽しみだね~」

「一緒っていっても、わたしは魔法学校の生徒とは認められていないのよ。それに、まだあんたと一緒の教室で勉強はできないの、残念ながらね。あと、魔法学校の制服もないしね……」

 

「それなら大丈夫! ちゃんとあるよ!」

「いっておくけど、あんたの制服は小さすぎてとても着られないからね」

 

「あれぇ、そうなの? でも試してみたら?」

「無理に決まってるわ、そんなの見ればわかるでしょ」

 

「小百合ってそんなに太ってたんだね~」

「太ってないわよ! 背の高さが全然違うでしょ!」

「そっかぁ、困ったね~」

 

 あっけらかんとして言うラナに思わずため息が出る。小百合は昨日の夜にラナが泣いていたのは夢のように思えてきた。しかし、制服がないのは確かに困る。生徒と認められてないとはいえナシマホウ界の服ではあまりに奇抜すぎる。

 小百合がどうしようか考えていたらお腹がすいてきた。そこへエリーがバスケットをもって現れた。

 

「朝食を持ってきたわよ」

「うわ~い、ありがとうエリーお姉ちゃん!」

 

 ラナが両手を上げてエリーに駆け寄る。それからささやかな朝食は始まった。テーブルの上にパイ生地が網目状に折り重なった四角いアップルパイやホールのアップルパン、パンにはアップルジャムとバターがそえられ、透明のビンには搾りたてのアップルジュースが入っている。さらにエリーはキッチンに入ってリンゴの生果とアップルティーも用意した。

 

「キュアップ・ラパパ、ナイフよパンを切ってちょうだい」

 

 エリーが先端に真っ赤なリンゴのオブジェの付いた魔法の杖を振るとナイフがひとりでに動いてホールのアップルパンを八等分に切り分けた。エリーはさらに魔法の杖を操ってパンを一切れずつそれぞれの皿に乗せていく。エリーの魔法の手際に小百合は感動した。エリーの魔法が今まで見た魔法の中で最も完成されていて優雅さもあった。

 

「さあ、準備できたわよ。遠慮しないで食べてね」

「すごいわ、リンゴ尽くしね」

「美味しそうデビ~」

 

「リンゴ村の食事はどうしてもこうなってしまうのよね」

「とても素敵な朝食です」

「いただきま~す!」

 

 ラナはアップルパイから手をつける。リリンも机の上によじ登り、アップルパンをほおばる。小百合が最初に選んだのは生のままのリンゴだった。リンゴ村やラナのことを少しでも知るために、まずは村でとれた純粋なリンゴの味を知っておくべきだと思ったのだ。まず、フォークで切り分けられたリンゴの果肉を刺してよく見てみる。芯の方だけではなく、白い果肉の中にまで粒状に蜜が入っていて見るからにうまそうだった。それを一口食べて小百合は味わったことのない旨さのリンゴに目を見張った。

 

「おいしい! このリンゴ美味しすぎるわ!」

「そうでしょ~。リンゴ村名物ハッピーアップルだよ! 一口食べたら甘くておいしくて幸せハッピーな気持ちになれるでしょ!」

 

 ラナの言うことは決して大げさではなかった。エリーがアップルティーを入れながらいった。

 

「ハッピーアップルは魔法界ではピーカンミカンに並んでポピュラーな果物なのよ」

 

 小百合はその話を聞きながらアップルパンを手に持つ。するとパンとは思えないずしりとした重みが伝わってきた。よく見ると白いパン生地の間にリンゴの果肉がたっぷり詰まっていた。このパンの重量の半分はリンゴなのである。一口食べるとふんわりもちもちのパンと甘酸っぱいリンゴが溶け合い、口の中でシンプルでありながら深みのある味覚の音色を奏でる。小百合はあまりのおいしさに半分を一気に食べた。そこでアップルティーを一口飲んで一息つくといった。

 

「このパンは今まで食べたパンの中で一番おいしいです。この中に入っているリンゴはハッピーアップルじゃないみたいですけど」

 

「よくわかったわね。アップルパンとアップルパイに使っているのはスカーレットアップルよ。このリンゴは酸味が強くてそのままで食べるのはちょっと辛いんだけど、今味わってもらった通り、料理に使うと素晴らしい味になるのよ。お菓子職人や料理人にはスカーレットアップルを求める人が多いの」

 

「他にはどんなリンゴがあるんですか?」

「色々あるわよ。メロンの味がするマスクアップルとか、いろんな味を楽しめるレインボーアップルとかね」

 

 それから小百合はエリーのリンゴ話を興味深く聞いていた。ラナはそんな話など聞かずにパクパク食べまくる。やがて食事が終わってお茶を飲んでいる時に小百合はため息交じりにいった。

 

「魔法学校の制服はどうにもならないわね。あまり目立ちたくないけど、持ってきた服を着ていくしかないかしら」

「あら、魔法学校の制服だったら昔着ていたのがあるから貸してあげましょうか?」

 

「本当ですか!」

「ええ、あなただったらサイズはちょうど良いと思うわ」

「そうですね、エリーさんは背も高いしスタイルもいいですから合いそうです」

 

 それを聞いたラナがリンゴジュースを飲み干したコップを置いていった。

「うわ~、なにげに自分のこと自慢してる~」

「べ、べつにそういうつもりで言ったんじゃないわよ」

 

 とにかくエリーから制服を借りて魔法学校にいけることになった。ただ、少し問題があった。小百合が制服に着替えてその姿を二人に見せると、最初は二人とも喜んだ。

 

「うわぁ、小百合すっごく似合ってるよ~。もう一人前の魔法つかいみたいに見える~」

「長い髪がいかにも魔女という感じでぴったりね」

「姿だけ立派でも意味はありません」

 

 小百合はラナとエリーに無感動に答える。その後でラナが首を傾げて疑問をあらわにした。

「あれぇ? この制服ちょっと違う~」

 

 その違いには小百合も気づいていた。とんがり帽子にリンゴのアップリケが付いているのと、胸元のストライプのリボンタイの代わりにリンゴのブローチが付いているのだ。

 

「そのリンゴのアップリケとブローチはリンゴが大好きだから付けていたのよ」

 当たり前のようにいうエリーにラナは明らかに腑に落ちないという表情だ。

「これって校則違反だよねぇ? 怒られるんじゃなあい?」

 

「教頭先生には注意されたわね。でもわたしの実家がリンゴ農家だっていう事情からお許し下さったのよ」

「え~、うそぉ!?」

 

 いつものほほんとしているラナが今のようにはっきりと驚くような姿は滅多にみられるものではない。それをよく知っている小百合には、ラナの驚愕から教頭先生の人格がだいたい想像できた。そしてその教頭先生に見つかったらやっかりな事になりそうだと思った。

 

 小百合が腰のポシェットにリリンを入れ、それから二人で箒に乗って学校へ。小百合の魔法学校への初登校であった。

 

 

 

 朝、学校に生徒が集まる前の少し早い時間に、みらいとリコが校長室に入ってきた。リコは校長の隣にいる人を見て少し驚いた。その女性は微笑んでリコのことを見つめていた。

 

「お姉ちゃん?」

「二人とも、朝早くからすまんな。状況を手短に説明しよう」

 

 校長が言いだすと、リコが視線を泳がせてしきりに姉のリズを気にしていた。

 

「二人とも大丈夫よ。あなた達が伝説魔法つかいプリキュアだという事は校長先生から聞いているから」

 

 みらいとリコは声もなく驚き校長を見つめる。

 

「リズ先生にはこれから君たちの補佐をしてもらおうと思ってな。故に、今まで隠していた秘密をすべて打ち明けておいた。リズ先生なら君たちも安心だろう」

 

 リコの疑問に曇っていた顔が瞬間に明るく変わる。

「はい! お姉ちゃがサポートしてくれるなら百人力です!」

 

「リコのお姉ちゃんも一緒で嬉しいモフ」

 みらいに抱かれているモフルンが言った。みらいも嬉しそうだった。それから校長が急に神妙になって話し始める。

 

「闇の結晶が魔法界の各地に出現しておるようじゃ。わしの弟子や教え子達に頼んで集めさせておるが、思うようにはいっていない。各地でヨクバールに邪魔され、せっかく集めた闇の結晶を奪われる事件も発生しておる。君たちには急ぎ闇の結晶を集めてもらいたいのだが……」

 

 校長は少し思考して続ける。

「勉学をないがしろにするわけにもいくまい。勉強もプリキュアも両方頑張るのだ」

 

「はい……」

 ちょっと大変そうだなと思いながらリコが返事をした。

 

「今日から魔法学校でお勉強! ワクワクもんだよ! それにみんなにも会えるし!」

「みらい」

 どこまでも前向きなみらいに、リコは今更ながらかなわないなと思っていた。

 

 

 

 魔法学校に箒に乗った生徒たちが一斉に集まってきていた。学校の近くに家のある生徒は箒通学になる。が入学したての頃はまだ箒に乗れない生徒も多いため、大型の空飛ぶ魔法の絨毯が学校から手配されている。これはナシマホウ界でいうところの通学バスのようなものだ。どの生徒も校門の近くに降りてきて徒歩で門をくぐって校内に入っていく。

 

 小百合たちは一番に登校してくる生徒の集団に入っていた。ラナは地面に降りるなり大きなあくびをする。

 

「ふわ~、何もこんなに早く来なくてもよかったんじゃなあい?」

「わたしはあんたと違ってやることが山ほどあるの。少しでも早く図書館で勉強を始めたいわ」

「本当にそれ全部もってくのぉ?」

 

 ラナは小百合が持っている桃色の手提げかばんを見つめた。彼女らの近くを飛んでいたリリンが小百合の肩に乗って手足の力を抜いて垂れ猫になる。

 

「本がいーっぱいデビ!」

 

 桃色の鞄にはラナが一年生から2年生まで使っていた教科書が全て入っている。

 

「できるだけ早くこれを全部勉強して、ほかの生徒と同じスタートラインに立たないとね」

「本当にそれ全部やつるもりなの?」

 

「当然よ」と小百合が言うと、ラナが奇怪な生物にでも出会ったような異様な目つきをする。

「それ全部って、すっごく大変だよねぇ」

 

「どうってことないわ。人の10倍勉強すればいいだけのことよ」

「あわわ、小百合が神様に見えるよ……」

「なにを訳の分からないことを言ってるのよ」

 

 それから二人は校舎に向かって歩きながら話をする。

 

「それにしても、フレイア様はどこにいるのかしら?」

「先に魔法界に行くっていってたのにねぇ」

「小百合、リリンはずっとこのままデビ?」

「ばれたら絶対めんどくさいから、そのままぬいぐるみのふりしてて」

「了解デビ……」

 リリンは小百合の肩から落ちないようにただのぬいぐるみのふりをするのが大変そうだった。

 



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教頭先生の詰問

 チャイムが鳴り響き授業の始まりを告げる。魔法図書館に足を踏み入れた小百合は、その圧倒的な書量の前に呆然自失となっていた。

 

 図書館の外見は非常に巨大な樹の幹なのだが、内部は本棚によって塔が築かれていた。本がぎっしりと詰まった本棚が円筒状に並び、それが視界がかすむ程の高さまで積みあがっている。

 

 図書館には数十という机が並んでいて、そのスペースと本棚の高さを考えると、その規模はナシマホウ界にある一般的な図書館の数百倍はありそうだ。

 

「……これほどの規模の図書館なら、本を検索するシステムがあるはずだわ」

 

 小百合は冷静になって辺りを見ていく。すぐに入り口の近くに直立している丸太のようなものを見つける。近づくと少し斜めになっている丸太の切断面にタッチパネルのようなものがあって、そこに魔法界の文字が浮んでいる。

 

「あったわ」

 

 それはタッチパネルと同じで指で触るだけで操作できた。

 

「これで必要な本は探す事ができる。でも……」

 

 小百合が見上げると、館内は本棚2段ごとに階層が分かれていて、各階層の本棚の周囲に円を描くように回廊があり、回廊の円の中央を渡り廊下が走る。そして無数に浮かぶヘチマのような細長いランプが館内を照らしていた。

 

 小百合がいくら探しても上階に行くための階段が見当たらない。それどころか、本棚一つにしても小百合の背丈の倍の高さがある。普通の図書館には高い場所の本が取れるように脚立など置いてあるが、そんなものはないし、あっても本棚が長大すぎて役に立たない。

 

「……これって、魔法を使って本を探すことが前提の構造ね」

 

 必要な本を探し当てても、空でも飛べなければその本を手にすることは叶わないのだ。小百合はため息をつくと、近くの机の前に落ち着いて机上にピンクの鞄ととんがり帽子を置いた。小百合の肩でじっとしていたリリンは机の上に飛び降りて端の方で足を伸ばして座る。

 

「知りたいことは色々あるけど、まずはこれからね」

 小百合はラナから借りてきた一年生の分の教科書を鞄から全部出した。

 

 小百合は速読で魔法力学の教科書を読み、ノートにペンを走らせ、時々手の中でペンを回しては教科書を読み、ノートを書く。そうして30分ほどしてのってきた頃に邪魔が入った。

 

「あなた、こんなところで何をしているのですか!? もう授業はとっくに始まっているのですよ!」

 

 そのキンキン声に当てられて、小百合は悪寒がして肩をすくめた。すぐに立ち上がって振り向くと、図書館の入り口に威厳をまとった女性が立っていた。紫のとんがり帽子に同色のケープ、薄紫色のドレスはくびれた腰から膨み足首に向かってすぼんでいく瓜実型(うりざねがた)のスカートになっている。体格がぽっちゃりしているせいで威圧感もある。

 

 彼女は両手を腰に当てて大股で小百合に近づいてくる。小百合は会釈して彼女を見上げた。女教師は目を怒らせていた。

 

 ――きっと、この人が教頭先生だわ。

 

 小百合の目の前にいる人はラナの話から小百合が想像していた通りの人だった。

 

「どういうつもりですか? それに、その帽子のアップリケとケープのブローチは何なのです? 校則違反ですよ!」

「申し訳ありません、校則違反のことは謝ります。実はわたしは、この学校の生徒じゃないんです。校長先生から特別に許可を頂いて、ここで勉強させてもらっています」

 

「生徒じゃないですって? でも魔法学校の制服を着ているじゃありませんか」

「この制服はお借りしたものです」

 

「借りた? ……そういえば、そのリンゴのアップリケとブローチは見覚えがありますね」

 教頭先生は嫌そうな顔をしていた。リンゴのアップリケとブローチに何やら因縁があるようだ。

 

「この学校の生徒でもないのに校長先生が図書館の利用を許可するなんて、あなたは何者なのですか?」

「わたしはナシマホウ界から魔法界のことを勉強するためにやってきました。名前は聖沢小百合と申します」

「まあ、ナシマホウ界ですって!!?」

 

 教頭の絶叫に近い声が図書館の隅々まで響く。あまりに声が大きかったので小百合はびっくりしてしまった。それからも教頭先生はぶつくさ言った。

 

「何ということでしょう! あの校長先生は、またとんでもないことを!」

 教頭先生は怒りながら早足で図書館から出ていった。後に残った小百合は唖然とした。

 

「……何だったのかしら」

 とにかく気を取り直し、小百合は再び勉強に打ち込むのであった。

 

 

 

「あったわ、こんなところにも闇の結晶が」

 お昼休み、小百合とラナは学校の庭で小石のように転がっている闇の結晶を見つけた。

 

「へぇ、結構あるもんなんだねぇ」

「あの二人もきっと探しているはず、出会ったら面倒だわ」

 

「え、あの二人って?」

「何でもないわよ。それよりも、昼休みが終わるまで気合入れて闇の結晶を探すのよ」

「うん、まかせておいて~」

 

 学校にいる間は外には出られないので、せいぜい学校の中で闇の結晶を探すしかない。リリンは少し高く飛んで上から探していた。そして闇の結晶とは関係のないものを見つける。

 

「あ、モフルンデビ! おーいデビ!」

 

 リリンが急降下していく。モフルンには当然付随している者がある。

「何でこうなるのよ……」

 

 小百合はあまりの間の悪さに嫌気がさした。リリンはみらいに抱かれているモフルンの前で手をあげていた。

「お~い、みらい! リコ!」

 

 ラナまで二人に向かって走っていく。非常に危険な状況が生まれつつあることを感じた小百合もラナの後を追った。

 

「あら、あなたたち、散歩でもしているの?」

「ま、まあ、そんなところ」

「わたしたち探しものしてるんだ!」

 歯切れの悪い小百合の声をかき消してラナがリコに答えた。

 

「そうなんだ、何を探してるの?」

 みらいが言うとラナが口を開きかける。そんなラナの行動を熟知している小百合はビシッと指を差して叫ぶ。

 

「リリン、行きなさい!」

「デビーっ!」

「うわっぷ!?」

 

 降下したリリンがラナの顔に貼りつく。突然のことに、みらいとリコは開いた口がふさがらない。

 

「リリンが着地に失敗してしまったようね」

「今行きなさいって命令してなかった?」

 リコの突っ込みを小百合は聞こえないふりをしてラナの手をつかんで引っ張る。

 

「わたしたち急いでるのよ、またね」

「うわわ、小百合どうしちゃったの!?」

 小百合はラナを無理矢理引っ張って去っていくのだった。

 

「モフルン、ばいばいデビ!」

「リリン、ばいばいモフ~」

 

 ぬいぐるみ二人はのんきに別れの挨拶、みらいは去っていく小百合の背中を見ながら言った。

「なんであんなに急いでるのかな?」

「さあ」と言いつつリコは、真剣な目で校舎の中に消えていく二人を見つめていた。

 

 

 

 放課後になると、通学の生徒たちが一斉に魔法学校から箒で飛び立っていく。小百合は校門の前でラナと待ち合わせていた。

 

「お~い、さゆり~」

 

 小百合が待っていると、箒を片手に持ったラナが解放されている扉を通って走ってくる。

「お待たせ、早くかえろ!」

 

 ラナが箒に跨ると、小百合は子供を叱る母親のような厳しい目で見つめる。

「今まであんたに流されて一緒にその箒に乗ってたけど……」

 

「あなたたち!」

 小百合が苦言をいう前に背後から激しい声を浴びせられて二人とも思わず背筋を伸ばしてしまう。ついさっき、それと同じ調子の声を小百合は聞いていた。

 

「うわぁ、教頭先生だぁ……」

「ラナさん、教師に対して何ですかその物言いは」

「ごめんなさぁい……」

「まさかあなたたち、その箒に二人で乗って帰ろうというのでは?」

「うん、そうだよぉ」

 

 ラナがほわんとして言うと教頭先生の眉が吊り上がる。小百合は全身に冷や汗がにじみでた。

「教頭先生、冗談です! この子がたまにおかしなことを言うのはご存知でしょう?」

 

 ラナは掛け値なしの変わり者だ。教頭先生は名前を知っているし、恐らくラナは学校では有名な存在に違いない。小百合はそういう予想をたてて言った、もはや賭けだ。教頭先生は吊り上がっていた眉を少し下げた。

 

「まあ確かに、ラナさんは教師の間では有名ですからね。魔法学校が始まって以来あなたほど変わった生徒はいないでしょう」

 

 何とかごまかせたと思って少しほっとする小百合だったが教頭の詰問はまだ続いた。

 

「ではラナさん、魔法界飛翔法規(まほうかいひしょうほうき)第6条を言ってごらんなさい」

「うええぇ!?」

「あなたは学校で唯一レース専用箒の免許を持っています。この程度の事が分からないようなら、免許の返上も考えなければなりません」

 

 ラナの顔が青ざめる、これこそ最大の危機だ。

 

「魔法界飛翔法規第6条には、一人用の箒に二人で搭乗、あるいは限度を超える積載を行った場合にあたえられる罰則について書かれています。未成年者の場合は7日から60日の飛翔停止、成年者の場合はさらに罰金が課せられます。そしてレーシング用の箒など特殊な箒の場合は罰が重くなります」

 

 すかさず答えたのは小百合だった。教頭は思わず感心して言った。

 

「その通りです。あなたはナシマホウ界から来たのによく勉強していますね。しかし、今のはラナさんに質問したのです」

「もちろん、ラナもそれくらいのことは知っています。でもこの子はあわてんぼうですから、急に質問されたりすると焦ってど忘れしてしまうんです。第6条のことをわたしが知っているのは前にラナに教えてもらったからなんです」

 

 よくこんな出まかせが言えるものだと、小百合は自分自身に呆れながら言っていた。

 

「……まあいいでしょう。あなたに免じて今回は許しましょう」

 そうして教頭はようやく去っていった。今度こそ重い緊張が去り、息を大きく吐き出す3人。

 

「怖い先生だったデビ」

 今まで小百合に抱かれて黙っていたリリンまで教頭先生を前に緊張していたのだった。

 

「わたし小百合に飛翔なんちゃらなんて教えたっけ?」

「飛翔法規よ! それすら分からないあんたが教えられるわけないでしょう。飛翔法規第6条はさっき図書館で勉強したのよ」

 

「そんな難しい勉強してるの?」

「第6条は箒実技の教科書の最初の方に書いてある基本中の基本よ。交通ルールが分からなかったら車にだって乗れないでしょ」

「ぜ~んぜん覚えてない!」

「偉そうにいうことじゃないわ……」

 

 呆れ返っている小百合の前でラナは再び箒にまたがる。

「早く一緒に帰ろう」

「あんた今の話聞いてなかったの!? それは一人乗り用の箒でしかもレース仕様よ! 二人乗りして捕まったら、一番重い2ヶ月の飛翔停止! 2ヶ月も箒に乗れなくなるのよ!」

 

「ええ、そんなの怖すぎるよぉ……」とラナは体を震わせる。

「やっと理解してくれたようね。それにしても、よくそんなんでレーシング箒の免許が取れたわね。学科試験だってあったでしょうに」

 

「免許もらった時は、君すごすぎるからテスト受けなくていいっていわれたよ」

「……なんでラナは箒ばっかりそんなにすごいのかしらね、奇妙だわ」

 

 小百合は次々と生徒が飛び乗っている空飛ぶ絨毯バスを見て言った。

「もうラナの箒には乗らないからね。わたしはあれで帰るわ」



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闇の女神の使いバッティ

 ラナは早々にリンゴ村の島について小百合を待っていた。待ちすぎて海沿いの原っぱで眠ってしまった。そのうちにサラサラと顔に冷たいものが降ってくるのでラナは目を覚ます。小百合がその辺の葉っぱをむしってラナの顔にふりかけていた。

 

「お目覚めかしら?」

 

 ラナが起き上って頭を振ると、頭のてっぺんに乗っていた葉っぱがどっかに飛んでいった。

 

「小百合おそいよぉ。遅すぎて寝ちゃったよ」

「魔法商店街やら知らない街やら回り回ってここに着いたからね」

 

 二人は並んでリンゴ畑の間にある農道を歩いていく。

 

「ラナの箒の乗れないとなると、二人で闇の結晶を探せないわね」

「それなら大丈夫! わたしにいい考えがあるんだ~」

「いい考えってなによ」

「それは見てのお楽しみだよ~」

「あんたがそんな自信満々に言うと逆に心配になるわ……」

 

 そんな二人の様子を上空から見ている黒い影があった。

「あの少女たちか」

 

 彼は全身をくるむ黒いマントを広げ、滑空して小百合たちの前にゆっくりと着地する。

 

「誰!?」小百合が身構えて右手のリンクルブレスレッドを胸の高さまで上げる。ラナも敵が現れたと思って両手の拳を胸に当てて固くなっていた。

 

 彼がマントをひるがえすと血色の裏地と長身が露わになる。彼の耳は三日月形に長く、鋭い瞳は深紅、顔は青白い。どう見ても人間ではなかった。着こなしには品があり、黒いスーツに似た服の下に紫の燕尾シャツ、首周りにはオレンジ色のたっぷりとした毛皮のストールを巻いている。どれをとっても普通ではないが、小百合たちを特に警戒せたのは彼が持っているドクロの付いている魔法の杖であった。

 

「そう構える必要はありません。わたしはフレイア様の使いで君たちを迎えに来たのです」

「フレイア様に使いの方がいるとは知りませんでした」

 

 小百合が冷静になって返すと彼は微笑した。まるで蝙蝠のようないでたちの彼が二人の少女と一体のぬいぐるみを見つめていった。

 

「君たちが宵の魔法つかいプリキュアですね。わたしはバッティと申します、以後お見知りおきください」

 

 会釈するバッティの紳士的な態度には好感が持てた。ラナはまだ少し怖がっているが、小百合は彼を信用した。

「フレイア様はどこにいるの?」

 

「すぐにお連れしましょう、フレイア様の闇の神殿セスルームニルへ」

 バッティが右手を差し出す。

「わたしに触れていれば一緒に移動することができますよ」

 

 小百合がバッティの手に自分の手を重ね、その上にラナが手を重ねると、バッティは呪文を唱えた。

「イードウ!」

 

 瞬間に小百合を取り囲む世界が変化した。リンゴの木に囲まれた農園の道が薄暗い石の廊下に転じる。

 

「ここは……」

「ここが闇の神殿セスルームニルです」

 

 闇の神殿とはいっても、真っ暗闇というわけではなかった。空中に球体の光源がいくつか浮んでいる。それはランプではなく光そのもので、弱い光を放つとても小さな太陽というところだ。薄暗い神殿のどこからか遠い歌声が聞こえてくる。それは寂し気だがどこか蠱惑的(こわくてき)で黙って聞いていると引き寄せられるような感覚になる。

 

「この歌なあに? もっと近くで聞いてみたいなぁ」

 

「それはやめた方がいいでしょう。これはセイレーンの歌です。この神殿は海の底にあり、近くでセイレーンたちが歌っているのですよ」

 今にも歌に向かって歩き出しそうなラナにバッティが説明する。

 

「セイレーンて、神話なんかに出てくる歌で人を惑わせて海に引きずり込む人魚ですよね」

「おおよそは合っていますよ。見た目は人魚に似ていますが、人魚とは全く別の者です。セイレーンは人間と友好的な人魚とは逆に人間から恐れられています」

 

 バッティは前に出ると首だけ回して赤い目で少女たちを見据えていった。

「参りましょう、フレイア様がお待ちかねです」

 

 石廊を歩く3人の足音が薄闇の中に高く響く。暗さの中にも神殿を支える巨大な支柱や壁に彫り込まれた壁画のようなものが見える。高い天井は闇に埋もれて見ることはできない。そこにセイレーンの歌がそえられ、闇の神殿の名に相応しく昏い中にも優雅さがある。

 

 ラナがセイレーンの歌にやられて酔ったような足取りになっていた。小百合はラナの後ろから歩いて、ふらつくラナの背中を時々押したり支えたりしていた。そうしているうちに急に開けた場所へと出た。そこは非常に広い部屋で巨大な数本の石柱が等間隔に並び、ずっと奥には玉座のようなものが見える。この場所の光源は大きく、廊下よりもいくらか明るかった。薄闇の中で高い天井も何とか見ることができる。

 

小百合たちはどんどん奥へと歩いていく。そして一番奥の玉座にフレイアはいつもの笑顔で座っていた。今までと違うのは漆黒の鎧をまとった騎士が右隣にいることであった。騎士はもはや黒い鉄の塊にしか見えないような分厚い鎧で身を固め、大剣と一体になっている巨大な盾を持っている。兜の隙間から金髪の前髪が少しだけ見えていた。

 

「お連れしました」

 バッティはフレイアの前で膝をついて低頭した。

 

「バッティ、ご苦労様でした」

 

 フレイアの言葉を受けてバッティは立ち上がり、横によけて二人に道を開ける。二人は前に進んでフレイアに近づいた。

 

「二人ともわたしの期待通りに魔法界にきてくれましたね」

「何ていいますか、ものすごく幸運でした」

「運も実力のうちといいますからね」

 

 フレイアがにこやかに言うと小百合はなんかちょっと違うなと思ってしまった。小百合に抱かれていたリリンが飛んでフレイアに近づく。

 

「フレイア様なんだか元気なさそうデビ」

「まあ、そんなことはありませんよ。わたしはとても元気です」

 

 リリンは何だか心配そうにしているが、小百合とラナには変わらぬ笑顔のフレイアが元気そうに見える。

 

「ねぇ、フレイア様ぁ。こっちの蝙蝠みたいな人と、そっちの黒い塊みたいな人は?」

「ちょっとあんた、何よその失礼な言い方は!」

 

 ラナの適当極まりない言い回しに小百合は突っ込まずにはいられない。フレイアは特に気にもせずに笑顔のままいった。

 

「紹介しましょう。わたくしの側に立っているのがダークナイト、そちらが闇の魔法つかいのバッティです。二人はわたくしに仕える者たちなのです。二人ともとても頼りになりますよ。あなた達の力にもなってくれるでしょう」

 

 誰の言葉もなくなり、薄闇に静寂が沈滞する。微かなセイレーンの歌声の中で淡い光に浮かぶフレイアの姿はいつもより増して美しく幻想的であった。

 

「引き続き闇の結晶を集めて下さい。ロキ一味はすでに闇の結晶をかなり集めているようです。これ以上、彼らに闇の結晶を渡してはなりません。もちろん、伝説の魔法つかいも同様です」

 

 この時にバッティが少し顔を歪めた。

「伝説の魔法つかいプリキュア……」

 

「ねぇ、ダークナイトさんとバッティさんはどれくらいフレイア様の召使なの?」

 ラナがその場の空気を無視して質問する。まずダークナイトが答えた。

 

「わたしはもう年月など忘れたな……」

 ダークナイトは小百合の想像とは違って若々しい青年の声で言った。

 

「わたしがフレイア様に仕えたのはつい最近のことです。わたしとフレイア様は魔法の森で出会い、そこでフレイア様が」

「バッティ!」

 

 フレイアの強い声にその場の全員が緊張した。

「申し訳ありません、少ししゃべり過ぎました」

 

 一瞬だけフレイアの顔から笑顔が消えていた。小百合はバッティが何を言おうとしていたのか気になった。フレイアはもういつもの笑顔に戻っていた。

「二人とも、これからもお願いしますね」

 

「それで終わりかよ。もっとお前には話すべきことがあるだろう」

 唐突に異質な声が飛び込んできた。それは小百合たちの背後から聞こえた。小百合とラナが振り向くと、薄闇の中に邪悪で強烈な魔力を放つ男が腕を組んで立っていた。

 

「あなたは、ロキ……」

 

 フレイアの顔からいつも変わらなかった笑顔が消えていた。代わりに今にも押しつぶされそうな程の不安と悲しみにより、涙でも零しそうな顔になっていた。

 

「こいつがロキ!」

 

 小百合の中で敵意が燃え上がる。ラナも小百合に合わせて身構え、二人の間にリリンが降りてくる。ロキは自ら敵地に乗り込んできただけあって余裕の笑みを浮かべていた。

 

「暗黒騎士に闇の魔法つかい、それに宵の魔法つかいプリキュアか。フレイア、いい部下をもっているじゃねぇか、少し分けてもらいたいくらいだぜ」

 

「彼らは部下ではありません、同士です」

「何が同士だ、お前がきれい事なんて言うなよ。俺の言っている意味はわかるよなぁ?」

 

 フレイアは声を殺して身を震わせていた。ロキの言葉の中には、フレイアにとって非常に痛烈な何かが含まれているようであった。ロキはそんなフレイアの様子を見て心の底から愉快そうに笑い声をあげた。

 

「ギャハハハハハ!! いいねぇ、その顔! 俺はよぉ、闇に堕ちたお前の姿をみているとマジで心の底から楽しくなってくるんだぜ!」

 

「あんた、いい加減にしなさい!」

「もう許さないんだからね!」

 小百合とラナが胸に大きな怒りを秘めてロキを睨む。

 

「ほほう、この俺とやろうってのか? いいだろう、お前たちの力を見せてみろ!」

 

 二人はロキに対する怒りを言葉にかえて同時に放った。

『フレイア様を悲しませるなんて、絶対に許さない!!』

 

 小百合とラナが左手と右手を強く握ると、黒いとんがり帽子の背後に赤い三日月が光る紋章が現れる。握った手を後ろへ、同時に全身がオーロラのような輝きを織り込んだ黒い衣に包まれて、二人はリンクルブレスレッドを頭上に上げる。

 

『キュアップ・ラパパ! ブラックダイヤ!』

 

 二人のブレスレッドの黒いダイヤから溢れた光が一条の光線となって弧を描き、リリンの胸のブローチに吸い込まれると中央に光り輝くブラックダイヤ現れる。そして二人の少女の間にリリンが飛び込んだ。3人で手を繋いで輪となると、リリンの胸に黒いハートが現れて明滅する。つぎの瞬間に少女たちは無数の星がまたたく宇宙空間へ放たれた。

 

『ブラック・リンクル・ジュエリーレ!』

 

 体を大きく開いた3人は互いを見つめあい、希望の輪を描いたままゆっくり回転しながら星空と暗闇の海の中へと消えていく。そして闇の中に月と星の六芒星が浮んで輝く。

 

 神殿の中に月と星の六芒星の魔法陣が広がって輝き、薄暗い内部を瞬時に煌々と照らした。魔法陣の上リリンとにダークネスとウィッチが召喚される。リリンが前に進んで離れると二人は魔法陣の上から跳んで、ダークネスは右、ウィッチは左側に着地する。

 

「穏やかなる深淵の闇、キュアダークネス!」

「可憐な黒の魔法、キュアウィッチ!」

 

 二人はポーズを決めて、強く握り合った左右の手を後ろ手に体を触れ合せ、もう片方の手は互いを愛でるように優しく握りあって悩まし気な少女の色香を醸し出す。二人が離れると後ろの手を前へ、軽く開いた優美な手で敵を指す。

 

『魔法つかいプリキュア!』

 

 それを見たバッティは深紅の瞳を開いた。

「その姿はまさしくプリキュア!」



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ロキの急襲とフレイアの困惑

 ロキは腕を組んで仁王立ちの姿で不気味な笑みを浮かべながらプリキュアとなった二人を見ていた。

「ほう、懐かしいな! お前たちを見ていると昔を思い出すぜ」

 

 ロキは玉座にいるフレイアを見上げる。

「なぁ、フレイア、お前だってそうだろう? どうして今頃になって宵の魔法つかいなど復活させたんだ? 郷愁にでも駆られたか?」

 

 何もいわないフレイアの顔に笑みはなかった。

 

「黙りなさい! それ以上なにか言ったら承知しないわ!」

「威勢がいいな、ダークネス」

 

 ロキは人差し指を自分の方に向かって何度も動かして、いつでもかかってこいと無言で挑発した。今にもロキに向かっていこうとする二人を見てフレイアは玉座から立ち上がって言った。

 

「いけません! ロキに闇の力は通用しないのです、今のあなた達では……」

「お待ちください、フレイア様」

 

 傍らのダークナイトが悲痛な姿を晒すフレイアに言った。そんなダークナイトの姿を見てフレイアは胸に手を当てて少し落ち着くことができた。

 

「やらせてみましょう。あの者たちの気迫はなかなかのものです。ロキに一矢報いるやもしれませぬ。それに、わたしはあの二人のフレイア様に対する忠義を見てみとうございます」

 

 バッティもフレイアを守るために傍らへと参じる。

「プリキュアの力は計り知れません。それはわたし自らが何度も体験していることです。彼女たちは我々の想像を超える力を見せてくれるでしょう」

 

「あなた達がそのように言うのならば、わかりました。少し様子を見ましょう」

 

 バッティの右手にドクロの杖が現れる。彼はそれを握ってマントをひるがえす。

「フレイア様は我々はお守りする! 君たちは存分に戦いなさい!」

「バッティさん、ありがとうございます!」

 

 ロキとプリキュア達との間に戦いへと誘う目に見えない焔があがった。

「ウィッチ、あいつをぶっ飛ばすわよ!」

「うん!」

 

 二人は爆発的な勢いで走り出し、空気を切ってロキに迫る。そして同時に跳躍してロキに向かってパンチを繰り出した。ロキが手を広げると、そこから中央に竜の骸骨が刻まれた六芒星の闇の魔法陣が広がっていく。二人の拳が魔法陣に激突して火花が散った。

 

「はあぁっ!」

「だあぁっ!」

 

 ダークネスとウィッチの気合と拳を受け止めた衝撃でロキは足がずり下がり少し後退させられる。

「はっ!!」

 

 ロキが魔法陣を押し返し、二人は魔法陣から噴出した爆風で吹っ飛ぶ。ロキは両手に黒いエネルギー弾を召喚し、それを空中にいるプリキュア達に投げつけた。エネルギー弾がそれぞれに当たって爆発する。

 

「キャアァッ!?」

「うわぁっ!?」

 吹っ飛んだ二人は炎を纏いながら墜落して煙と粉塵が舞い上がる。

 

「ダークネス、ウィッチ、大丈夫デビ!?」

 リリンが心配して近づくと、もうもうと上がる煙の中から二つの影が飛び出す。速すぎてリリンにはその姿が見えなかった。刹那、ロキの左右に気配が迫った。

 

「くらえっ!」

「てやーっ!」

 

 左側からダークネスが飛び蹴りを、右側からウィッチがパンチを仕掛けてくる。二人は薄闇を隠れ蓑に利用してロキに接近したのだ。

 

「なにっ!?」

 

 ロキはとっさに両腕を立てて防いだ。少女たちの拳と足が彼の腕に食い込む。

「こしゃくな!!」

 

 ロキは両腕を広げてプリキュアを力で圧倒して吹き飛ばした。うまく着地したダークネスが石床に靴を滑らせながら右手のブレスレッドを胸の辺りに上げて叫ぶ。

 

「リンクル・オレンジサファイア!」

 火色の輝石がリンクルブレスレッドに輝く。

「炎よ!」

 

 ダークネスの右手から渦を巻いて吹き出す炎がロキに迫る。ロキは無造作に左手を出し目に見えないバリアでいとも簡単に防いだ。

 

「この程度の炎など」

 

「リンクル・インディコライト!」

 ロキがその声に振り向くと、ウィッチが目の前に立っていた。ダークネスは隙を誘うためにロキに攻撃をしかけたのだ。ウィッチは地面に手を付いて魔法を解き放った。

「電気ビリビリーっ!」

 

 いくらロキが凄くても地面を伝ってくる電気は防ぎようがない。足から全身へと駆け巡る電気の魔法にロキは怯んだ。

「ぐおっ!?」

 

 その隙にダークネスとウィッチは並んでバク転を繰り返しロキとの距離を開ける。

「受けてみなさい、わたしたちの魔法を!」

 

 ダークネスが左手を返すと、ウィッチが右手でそれをぎゅっと握る。二人は強く握った手を後ろに、頭上で手をクロスさせてリンクルブレスレッドを重ねる。

 

『二つの魔法を一つに!』

 

 ダークネスは上から右に、ウィッチは上から左に向かって半円を描いていく。二人のブレスレッドの軌跡に光が残され半分が薄ピンクで半分が赤の真円が完成する。それから一瞬にして円の中にピンクと赤の三角で六芒星が描かれ、中央に薄ピンクの三日月、周りに赤い星をちりばめた魔法陣が完成する。

 

「合成魔法か!」

 ロキが身構えて言うと2色の魔法陣が眩い光を放つ。

 

『赤く燃え散る二人の魔法!』

 二人は後ろで握る手に力を込めて魔法を放った。

 

『プリキュア! クリムゾンローズフレア!!』

 魔法陣から燃え上がる花びらが無数に吹き出し、深紅に輝く花吹雪がロキに降り注ぐ。

 

「ふん!」

 

 ロキは右手から竜骸の魔法陣のバリアを展開した。大きく広がったロキの魔法陣に凄まじい勢いで燃える花びらが叩きつけられる。魔法陣を押さえるロキの右腕が少し震えていた。しかも魔法陣にぶつかってきた炎花は消えずに留まって魔法陣の上で密度を増していく。そして時が止まったかのように一瞬だけ全ての花びらが停滞し、次に一気に真紅に燃える花びらが魔法陣の中央に集まり大爆発を起こした。その瞬間にダークナイトは巨大な盾で、バッティは杖の先から展開した奇妙な魔法陣を盾にしてフレイアを守る。

 

バッティは地響きまで起こす強烈な魔法に驚愕した。

「何という威力ですか!? 二つの異なる魔法を合わせるとは、伝説の魔法つかいプリキュアとは明らかに異質な力!」

 

 ロキは石床を溶解させる程の業火に包まれ、その炎は渦を巻いていた。その中に見えるロキの黒い影が次第に姿を変えていく。その体は膨らんで二回りほど大化し、背中に巨大な翼が現れる。そして荒れ狂う炎が急に掻き消えてしまう。炎が消えた後には何者もいなかった。

 

 ダークネスとウィッチがロキの姿がないことに驚いたその瞬間、目の前に巨躯ともいえる体になったロキが現れる。ウィッチは巨大な翼を叩きつけられ、ダークネスは強烈な蹴りを腹部に受けて左右に同時に吹っ飛んだ。二人とも悲鳴を上げ、ダークネスは石の支柱に叩きつけられて柱は粉々になって崩れ、ウィッチは壁に叩きつけられて小柄な体で石の壁を大きく陥没させる。

 

フレイアの前には背中に巨大な蝙蝠のような翼のある鋼のような肉体のロキが腕を組んで立っていた。頭の角も相まってその姿は悪魔そのものだ。上半身の中心、胸筋から腹筋にかけて人の目を縦にしたような異様な文様が刻まれ、両腕の上腕にも同じようなものがあった。下半身は膝から下の衣服は燃え尽き、その足は丸太のようで筋肉で張っている。そして四肢の爪は鋭く尖っていた。

 

「今の魔法は中々だった。この俺が少し本気を出しちまったぜ」

 

「ダークネス! ウィッチ! しっかりするデビ!」

 リリンがどうしたらいいのか分からずに右往左往していた。

 

 リリンが瓦礫の中に埋もれているダークネスに近づくと、彼女は目を開けて地面に手を付いた。苦し気な表情を浮かべながらもダークネスは片膝をついて起き上る。反対側ではウィッチも力を振り絞って立ち上がろうとしていた。ロキはそんな二人をあざ笑う。

 

「まだやろうってのか? 今ので力の差はわかったはずだ」

「ざけんじゃないわよ、誰があんたなんかに負けるものですか」

 

 ダークネスがそういって立ち上がる。二人とも立つのがやっとなのに、覇気はまったく失われていない。にやけていたロキが真顔になった。

 

 ――何だこいつらは? ボロボロのくせに負けてるって気配じゃねぇ。

 

「ウィッチ!」

 ダークネスの呼びかけにウイッチが頷く。そして二人は別々の場所で同時に走る。

 

「リンクル・スタールビー!」

 ダークネスの腕輪にスタールビーが宿る。その瞬間にダークネスとウィッチは同時に跳び、そして二人は空中で出会った。

 

「スタールビーよ、プリキュアに力を!」

 ダークネスの腕輪から出た赤い光の玉が二つに分かれてそれぞれダークネスとウィッチの胸の辺りに吸い込まれる。力を得た二人は黒い炎を纏いながら急降下してロキに迫る。

 

「ちぃっ、こりない奴らだ!」

 ロキは右手一つで同時に急接近してきた二人の蹴りを受け止める。

 

『はあぁーーーっ!!』

「ぬおっ!?」

 

 二人の蹴りの衝撃で周囲の床が陥没し、ロキは後方へ弾き飛ばされた。ずり下がる勢いが止まらず、ロキは床に爪を立ててようやくその身を静止した。

 

「今のは痺れたぜ」

 ロキは攻撃を止めた右手を振りながら言った。

 

「闇の力で俺様に衝撃を与えるとはな。お前たちが光の力を持つプリキュアだったら確実にダメージを受けていただろう。褒美にちょっとした昔話をしてやろう、お前たち宵の魔法つかいのな」

 

 それを聞いたフレイアは身を震わせた。ウィッチとダークネスがその様子を心配そうに見つめる。

 

「それ以上のフレイア様に対する無礼は許しませんよ!」

「次は我々が相手になろう」

 

 バッティは右手にドクロの杖、左手に黒い牙と白い羽根を出した。ダークナイトは盾から巨大な剣を抜いて構える。そしてダークナイトがいった。

 

「わたしが命と引き換えにすれば、お前を半殺しくらいにはできよう」

「なぁにぃっ? そいつは笑えない冗談だな!」

「わたしは生まれてから冗談など一度もいったことはない」

 ダークナイトがクールに答えるとロキは黙った。

 

 ――はったりじゃねぇ。それに、闇の魔法つかいも妙なもの持ってやがる……。

 

 ロキは笑いを浮かべてもう終わりだと言うように両手を返した。

「こいつは本当に火傷しそうだ。まあ、今日はあいさつに来ただけだ。これで帰るとするぜ、あばよ!」

 

 ロキが指を鳴らした瞬間にその姿が消え、同時にプリキュアとロキが戦い破壊された跡も元通りになった。ロキがいなくなっても、フレイアに笑顔が戻らなかった。

 

「あなたたち……」

 

 ダークネスとウィッチに見つめられ、フレイアはそれ以上言葉が出なかった。フレイアは二人が自分に疑いを持つのはもう避けられないと思った。しばらくの間、遠く儚げなセイレーンたちの歌だけがそこにあった。ダークネスは苦し気なフレイアにいった。

 

「フレイア様、過去に何があったとしても、わたしは気にしません。フレイア様はわたしたちを助けてくれました。それだけで十分です。わたしはフレイア様を信じます」

「わたしもフレイア様が好きだよ。ちょっと無茶ぶりすごいけどねぇ」

「リリンもフレイア様がだーいすきデビ! フレイア様はきれいで優しくて素敵デビ!」

 

 みんながいうと、フレイアの顔にもいつもの笑顔が戻った。

「皆さん、ありがとうございます」

 女神の眼尻には涙が浮んでいた。

 

 

 

 バッティの魔法で元の農道に帰った時はもう日が暮れかけていた。バッティは別れの前に小百合たちにいった。

 

「君たちの力は伝説の魔法つかいプリキュアに匹敵する。君たちが側にいればフレイア様も安心できるでしょう」

 バッティが手のひらをだすと、その上に奇妙なものが現れる。

「これを持っていきなさい」

 

 それをもらった小百合の顔が引きつった。それは異様な魔法陣で、角の生えた三つのドクロが円の形に組み合って、外円は骨組み、内円は蛇が自らの尻尾を噛んでいる形になっている。

 

「これ、何ですか?」

「闇の魔法陣のタリスマンですよ」

 

「闇の魔法陣!?」

「安心しなさい、君たちに害を与えるようなものではありません。そのタリスマンを上にかかげるとセスルームニルに瞬間移動することができます」

 

「バッティさん、ありがとうございます」

「君たちを導くのもわたしの使命ですからね。闇の結晶はお任せしますよ」

 

「はい、必ずフレイア様のご期待に応えて見せます」

「では、次はセスルームニルでお会いしましょう。イードウ!」

 

 バッティの姿が消えると小百合とラナは重い足取りで歩き出す。

 

「疲れたわね……」

「今日はもう闇の結晶さがせないねぇ」

「早く帰って寝ましょ」

「明日も学校だぁ」

「明日からどうやって学校にいこうかしら……」

 

 暗い紅に染まりゆく農道にリンゴの樹の影が落ちる。少女たちは黄昏の中を歩いていった。



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魔法つかいプリキュア!♦闇の輝石の物語♦の設定2
主要人物の紹介


*魔法つかいプリキュア! 本編の内容を少々含みますのでご注意下さい。

登場人物がだいたい出そろったので、紹介させていただきます。
魔法つかいプリキュア! に登場する人物には、いくらか筆者が創造した設定が入っています。
物語の進行には関係ありませんので、飛ばしても問題ありません。


朝日奈 みらい(あさひな みらい)

明るくて元気なとっても可愛い女の子、自分よりも他人の幸せのために頑張っちゃう良い子である。伝説の魔法つかい、キュアミラクルに変身する。宵の魔法つかいと敵対してからは、ずっと悲しい思いを胸に抱き、何とか分かり合おうと行動する。小百合の事情を知ってからその気持ちはさらに強くなり、何度はねつけられても諦めずにダークネスに言葉と心を重ねていく。

 

 

十六夜 リコ(いざよい リコ)

努力家でしっかり者の女の子、ちょっと前まで魔法が苦手だった。勉強はいつでも一番でとっても頭がいい。みらいと出会う前には、辛いことがたくさんあったようだ。今では魔法も上達し、魔法と勉学の総合でも上位に食い込むようになっている。それでも魔法に関してはまだまだ思うところがある。伝説の魔法つかい、キュアマジカルに変身する。宵の魔法つかいと敵対してからは、頭脳派のダークネスに対抗するために前面に出て戦い、同時に思い悩むミラクルを強く支えていく。

 

 

花海 ことは(はなみ ことは)

最初は小さな妖精だったけれど、おおきくなって今は神様みたいになっている。みんなからは、はーちゃんと呼ばれている。元気で明るい無邪気な女の子だけれど、ちょっと常識はずれなところもあって、以前はリコとみらいを困らせたり心配させたりしていた。すごい魔力があって、遠く離れていた魔法界とナシマホウ界の間に道を開いた。キュアフェリーチェに変身する。魔法界では校長先生を助けたりロキの力を抑えたりと陰でみらい達をサポートする。

 

 

モフルン

みらいが大切にしているクマのぬいぐるみ、リンクルストーン・ダイヤの魔力でお話しできるようになった。ずっとみらいの近くにいただけに、素直だし友達思いの良い子。モフルンがいないと、みらいとリコは変身できない。同じ動くぬいぐるみのリリンとは気が合い、伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいが敵対しても関係なく仲よくしている。

 

 

チクルン

蜂の姿をした妖精の少年で、モフルンとリリンがピンチの時に助けてくれる。お調子者で怠け癖があるけれど、自分よりも大きな敵に向かっていく勇気を持っている。リコ達と小百合達が敵同士であることを知って、彼女らを心配して奔走する。

 

 

聖沢 小百合(ひじりさわ さゆり)

長い黒髪に黒曜石の瞳の大和撫子然とした少女で気が強くてはっきりとものを言う。突っ込みもかなりきつい。母親を亡くしてから人との関りを絶ち、ほとんど誰とも口をきいていなかったため、その見た目からクラスメイトは小百合をおしとやかなお嬢様だと思っていた。宵の魔法つかい、キュアダークネスに変身する。伝説の魔法つかいと敵対し、似た性格のマジカルと激突する。一方、ミラクルはダークネスをを敵視しないどころか、心配したり思いやったりする行動に出て、それがダークネスを深く悩ませることになる。

 

 

夕凪 ラナ(ゆうなぎ ラナ)

魔法界から来た少女で魔法をつかうとなぜか必ず暴走してしまう。ついでに勉強も大嫌い。けれど箒で空を飛ぶのだけは得意で、魔法学校の生徒の中でただ一人だけレーシング用の箒を持っていて乗りこなしている。そして、斜め上をいく言動と行動で小百合を度々困らせる。宵の魔法つかい、キュアウィッチに変身する。ダークネスと行動を共にし、伝説の魔法つかいと敵対関係になるが、本当は仲よくしたい。時折、ウィッチのそういう気持ちが行動や言動に現れて、落ち込んでいるミラクルを思いっきり励まして元気にしてダークネスに怒られたりする。

 

 

リリン

小百合が大切にしているネコ悪魔のぬいぐるみで母親の形見でもある。リンクルストーン・ブラックダイヤの魔力によってお話しできるようになった。リリンがいなければ、小百合とラナは変身できない。小百合が幼少の頃から一緒にいたので、小百合の事情をよく知っている。悪魔だけに少し性格の悪いところがあり、小百合に何度か脅迫まがいの脅しをかけてくる。モフルンとはとても仲がいい。

 

 

校長先生

魔法学校の校長先生で魔法界の礎ともいわれている。もしこの人がいなくなると魔法界が大変なことになる。見た目は若いけれど、実はお爺さんという噂がある。なんでもその姿を見た生徒がいるとか。深い知識とすごい魔法で消えた魔法界の歴史に迫っていく。その途上で魔法図書館の最深部にて想像を絶するものと出会い戦うことになる。

 

 

教頭先生

校長先生、リズ先生と共に、魔法界の古の歴史について調査する。厳しい人だが、その実は生徒思いで常に生徒と魔法学校のことを一番に考えて行動する。リズ先生を校長代理に推すのもその思いからであった。

 

 

リズ先生

リコのお姉さんで新任の教師、まだ先生になったばかりだけど、すでに魔法の実力は魔法界でも指折りだし美人だ。校長先生が調査のために魔法図書館入る前に校長代理の要請があり、戸惑ってしまう。教頭先生の勧めもあり、教頭先生に支えられながら一時的に魔法学校の校長になって活躍する。

 

 

フレイア

自らを闇の女神といっている女神様、この人が小百合とラナにブラックダイヤを与えてプリキュアにした。とっても優しいんだけど、すごい無茶ぶりをする。魔法学校創設以前の古い魔法界の歴史を知っているが、いつもニコニコ笑顔でなにも話そうとはしない。ロキとは深い因縁がある。

 

 

ダークナイト

ずっと大昔からフレイアに仕えている黒い騎士、見た目からしてすごく強そう。あまり物言わずにフレイアの側にいる。

 

 

バッティ

魔法の森ででフレイアに出会う。そこでフレイアの話を聞き、それからは自分の意思でフレイアに仕えている。元は伝説の魔法つかいとも戦った闇の魔法使い。今は悪者ではないけど、正義の味方でもない。以前の経験とフレイアとの出会いにより高次元の闇の魔法を扱えるようになっている。彼が小百合とラナの助けとなってくれる。

 

 

エリーさん

ラナの家のお隣さんで、魔法の杖を巧みに操り、リンゴを収穫するリンゴ農家のお姉さん。彼女が作るリンゴたっぷりのアップルパンは魔法商店街で大人気である。優しく快活な人で小百合とラナの世話を焼いてくれる。リズとは同級生で魔法学校時代はリズと首席争いをするほど優秀だった。一度だけリズに勝って一番になったことがある。

 

 

ロキ

自らを闇の王と名乗り、超強力な闇の魔法を操る。元はデウスマストの眷属だったが、元々デウスマストが気に入らなかったロキは、眷属では想像できない方法でデウスマストとの因果を断ち切り、マザー・ラパーパの封印から逃れてしまう。そして彼が魔法界の古い時代に恐ろしい災厄をもたらす。フレイアとは過去に因縁がある。

 

 

フェンリル

地下深くに封印されていたけれど、ロキが封印を解いて部下にした。白猫の姿をしている事が多いけれど、本当の姿はきれいなお姉さん。口も悪いし手も早い。魔法商店街の猫たちを子分にして闇の結晶を集めさせたり、人間の本を読みあさってプリキュアの本質を見抜いたり、ボルクスに戦略を与えたりと、かなり頭が良くプリキュアたちの前に何度も立ちはだかる。彼女自身もプリキュアに匹敵する戦闘能力を持っている。後に子分の猫たちに恩返しするために料理研究家リリアに弟子入りして料理を学ぶ。

 

 

ボルクス

ロキの部下で魔法界でオーガと呼ばれる種族、すごく体が大きい。力は強いが頭は悪い。フェンリルとは仲が悪かったが、失敗続きのボルクスにフェンリルが同情するようになり、協力してプリキュアと戦うようになる。



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第7話 届けこの思い! ラナの秘密と魔法の杖!
リズ先生の助力


 ラナは早朝から家の裏にある小さな物置小屋でがさごそやっていた。探しに来た小百合が物置の入り口に顔を出す。

 

「ラナ、わたしは絨毯のバスで行かなくちゃならないから先に出るからね」

「そんなに急がなくてもだいじょーぶだよ、いいもの見つけたから!」

 

 ラナが赤い柄の箒をもって物置から出てきた。魔法学校の生徒たちが乗っている箒よりも大型で柄の部分など倍くらい長く、穂の部分もかなり大きい。

 

「ずいぶん立派な箒ね」

「これ、おばあちゃんが使ってたリンゴを出荷する時に使う箒だよ。荷物をいっぱい運ぶのにつかってたんだけど、二人乗りもできるんだ」

 

「それは助かるわ!」

「だから~、ゆっくりお茶でも飲んで~」

「時間まで勉強するわ」

「え~、おしゃべりとかしようよぉ」

「今のわたしには遊んでいる暇なんてないの」

 

 小百合は家の中に戻ってしまった。ラナはつまらなそうにため息をついた。魔法界にきてからというもの、小百合にかまってもらえないのだ。

 

 

 

「ちょっと、速すぎるわよ!」

「大したことないよ~、わたしの箒に比べたら!」

 

 ラナが箒で雲の中に突っ込むと、小百合が悲鳴をあげる。

 

「やめなさいよ! 怖いっていってるでしょ!」

「全速力だけど、わたしの箒の五分の一くらいの速さだよ~」

「全速力の時点で危ないわよ! あんたの箒を基準にしないで!」

 

 小百合のポシェットに入っているリリンは気持ちよさそうに風を感じていた。

「お空を飛ぶのはとっても気持ちいいデビ」

 ラナは小百合に怒られて渋々スピードを半分くらいにしていた。

 

 この日から小百合の猛烈に勉強をする日々が始まった。学校で勉強、帰ったら闇の結晶を探して夜は勉強、早朝に起きては勉強という感じで、ラナは小百合に構ってもらえないのでとてもつまらない。学校ではみらいやモフルンと一緒に遊べるが、小百合がいないのは寂しかった。

 

 

 

「キュアップ・ラパパ! 葉っぱよ舞いなさい!」

 

 お昼休み、小百合がその辺で拾った棒を振って校庭の樹に向かって呪文を唱えていた。魔法界にきて何日かすると、小百合はできもしない魔法の訓練まで始めていた。当然、ただの棒ではいくら振っても魔法は使えない。

 

「小百合、なにやってるの~?」

 ラナが探しにきて、そんな様子の小百合を見つけた。

 

「イメージトレーニングよ」

「ふえぇ? イメージぃ?」

「魔法の杖がなくてもイメージトレーニングをすることで魔法の精度を上げたり、集中力を高めることができるのよ」

「へぇ~、そうなんだぁ」

 

 小百合が棒切れを下ろしてラナを見つめる。

「これ、魔法実技の教科書に書いてあるんだけど」

「教科書なんて、わたしほとんど読んでないし~」

「あんたねぇ……」

 

「でもぉ、魔法の杖もないのに魔法のイメージトレーニングなんて意味あるの?」

「意味はあるわ。魔法が使えなくても魔法つかいと同じ勉強をすることでその気持ちが分かる。わたしは魔法つかいとしてのラナの気持ちとか悩みとかちゃんと理解したいの」

「小百合……」

 

「キュアップ・ラパパ! 木の葉よ舞え!」

 小百合が力強く呪文を唱えると樹の葉が揺れて葉っぱが一枚舞い上がった。

「おお~」

 

 ラナは空高く舞う葉っぱを見上げた。辺りに強い風が吹いてきていた。小百合は微笑していった。

「魔法界の自然が魔法を与えてくれたようね」

 

 その時に近くを通り過ぎた数人の少女たちが小百合にはっきりと聞こえるようにあざ笑った。魔法の杖もないのに魔法の訓練をする小百合が、彼女たちにとっては滑稽なのだろう。ラナは頬を膨らませて怒った。

 

「むぅ、いま小百合のこと笑った!」

「放っておきなさい。笑いたい人は笑えばいいのよ、わたしは気にしないわ。それどころか、今は魔法の勉強をするのがとても楽しいの」

 

「勉強が楽しいなんて、わたしには一生かかっても理解できないね!」

「あんたはもうちょっと勉強頑張りなさいよ……」

 

 

 

 小百合は図書館ではひたすら勉強していた。どうしても必要は本がある時はラナに頼んで取ってきてもらう。みらいやリコに助けてもらおうとは思わなかった。二人が敵対する伝説の魔法つかいだと分かっている以上、これ以上近づくのは危険だった。でも本当は、リコに勉強を教えてもらえたらとも思っていた。

 

「数学はナシマホウ界と大して変わらないわね。まあ、魔法に関する数式は謎だらけだけど……」

 

 いくら勉強が得意だといっても、異世界の学問が相手では限界がある。小百合は分からないところは飛ばして勉強を進めていたが、そんなやり方をしているとどうしても行き詰る。

 

「魔法力学はこれ以上は無理そうね。あーっ! いっそのこと校長先生に聞きに行こうかしら。でも、さすがに校長先生にいきなり聞くのはねぇ。ラナじゃ相手にならないし、リコには聞けないし……」

「どう、勉強は進んでる?」

 

 勉強に集中していた小百合は、その人が近づいていたことにまったく気づいていなかった。びっくりして見上げると女の人が見つめていた。小百合はその人がリコにどことなく似ていると思った。

 

「あなたはもしかして、先生ですか?」

「ええ、そうよ。校長先生から図書館で一人で勉強している子がいると聞いて来てみたのよ」

 

 これこそ渡りに船と、小百合は慌てて立ち上がって頭を下げた。

 

「お願いします、わたしに勉強を教えてください。もしお暇だったらでいいんですけど……」

「そのつもりでここに来たのよ」

 

 小百合が珍しく満面の笑みを浮かべる。今の状況で先生に勉強を教えてもらえることはそれ程嬉しく価値のある事だった。

 

「わたしは聖沢小百合と申します」

「あなたのことは校長先生から聞いています。ナシマホウ界から来たのですってね。わたしはリズです」

「よろしくお願いします、リズ先生!」

 

 小百合はリズに対する深い感謝を込めて頭を下げた。その時にリズは机の上に置いてある帽子を見て言った。

「あら? それはエリーの帽子じゃないの? そのリンゴのブローチもそうよね?」

 

「あ、はい、そうです。この制服はエリーさんからお借りしたものです。リズ先生はエリーさんと知り合いなんですね」

「知り合いも何も、彼女は同級生よ」

 

 リズはそういって、急に口元を押さえて失笑する。小百合は訳がわからず小首を傾げた。

「ごめんなさいね、ちょっと思い出してしまって。エリーは校則違反のアップリケとブローチを入学してから卒業するまで付け続けていたの。彼女、魔法学校で有名だったのよ」

 

「そう言えば、教頭先生がこの帽子を見て変な顔をしていました。あの教頭先生が校則違反を見逃すとは思えませんけど……」

「そこが面白いところなのよ。当然だけれど、教頭先生は注意したわ。そしたらエリーがどうしてもアップリケとブローチを付けていたいって引き下がらなくて大騒ぎになってね。今度は校長先生が現れて、エリーが教頭先生の納得する成績を取れたら許してあげようって」

 

「あの教頭先生が納得する成績って、トップクラスじゃないと無理じゃないんですか?」

「そうよ。そしてエリーは次のテストで一番を取ってしまったの。それで教頭先生は何も言えなくなってしまったのよ」

 

 それを聞いた小百合は少し目を大きくして驚き、それから考え込んでいた。

「……あの人、やっぱりすごい人だったんだ」

「エリーの魔法を見たのね」

 

「はい! あの人の魔法はとても優雅で、なんて言ったらいいのか、口で説明するのは難しいんですけど……」

「あの魔法はちょっと真似できないわね。エリーは魔法の実技がいつも一番だったのよ。わたしは勉強の方が得意で、彼女とはいつも首席争いをしていたのよね、懐かしいわ」

 

 何となく昔話をしているリズの横顔を見て小百合は心の中でガッツポーズしていた。

 ――リズ先生もすごいじゃない! 休みの日はエリーさんに勉強を教えてもらえばいいし、勉強するのに最高の環境を手に入れたわ!

 

「少し話しすぎたわね、始めましょうか」

「実は、ここのところが分からなくて」

 

 リズは小百合の分からない部分を丁寧に分かりやすく教えてくれた。リズには担当の授業があるので合間に小百合の勉強を見てくれることになった。小百合がリズと一緒に勉強できる時間は長くはないが、それでも小百合にとってリズは救世主になった。

 

 

 

 水晶を見ている校長の目の前にリズが現れる。校長は水晶からリズに視線を移して言った。

「どうであった?」

「小百合さんは優秀な生徒です。よく勉強していて、魔法界にきて間もないとはとても思えませんでした。あの一生懸命に勉強に打ち込む姿はリコによく似ています」

「そうか」

 

 校長は席を離れて後ろの窓から外の景色を眺める。

 

「わしの見立てでは、あの子には魔法の才能がある」

「校長先生がそう言うのでしたら間違いないでしょう。でも、魔法の杖がなければ……」

「うむ、惜しいのう」

 

 校長はもう黒いプリキュアの正体が小百合たちだと知っている。しかし、それを誰にも明かしてはいなかった。今はただ魔法学校の校長として、一人の教育者として、生徒たちを見守ることに徹していた。



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リコの気持ち

 あくる晴れの日には、小百合は誰もいない校庭の隅でラナから借りた初心者用の箒に跨っていた。

 

小百合は箒で飛ぶことはできないが、目を閉じて自分が空を飛んでいることをイメージしている。そんな自分が意図しない大ローリングをして空中に投げ出されてしまう。恐怖のイメージで小百合が目覚めると恨めしそうな顔をした。

 

「ラナのせいで箒に乗るのだけうまくイメージできないわ……」

 渡り廊下からそんな小百合の姿を見た生徒の何人かは笑って言った。

 

「なにあれ、バカみたい」

「あの子、図書館でずっと勉強してる子でしょ。魔法も使えないのにあんなことして、どうかしてるわよ」

 

 その日、リコとみらいも渡り廊下から小百合の姿を見ていた。二人の友達でブロンド三つ編みの大人しそうなメガネの少女エミリー、セミロングの栗色の髪にふわふわウェーブの可愛らしいケイ、ショートの青髪で見るからに勝気そうなジュンも一緒だった。

 

「小百合すごいね、一生懸命練習してるね! あんなに頑張ってるんだもん、きっと魔法だって使えるようになるよね」

「みらい、それは無理よ。どんなに頑張っても魔法の杖がないと魔法は使えないの。あなただってわかっているでしょう」

 

 リコが言うと、みらいは自分のハートの杖を出して大きな笑みを浮かべる。

「頑張っていればきっと小百合の願いは通じるよ! わたしだって、魔法の杖もらえたもん!」

 みらいらしい前向きな意見だが、リコはそうねとは言えない。リコにはあんな奇跡が二度も起こるとは思えなかった。

 

「ぷふふ」

 小百合の姿を見てジュンが吹き出す。

 

「笑ったりしたらいけないよ」

 みらいが注意すると、ジュンは笑うのをこらえて言った。

 

「わかってる、わかってるんだ。あんな一生懸命なんだから笑っちゃいけないよな。でもさ、あの姿を見るとどうしても……」

 ジュンは笑いをこらえるのが辛いというように、小百合から視線をそらした。

 

「わたしにはあんなこと絶対できないよ」

 ケイが怖いものをみるような目で小百合を見つめる。一方でエミリーは神妙な顔をしている。

 

「わたしはあの人が本当にすごいと思う。魔法も使えないのにあんなに真剣に箒に乗る練習をするなんて、尊敬する」

 

 エミリーは箒に乗るのに苦労しているので、その言葉は重い。みんな黙って小百合が箒に乗る姿を見つめた。その時、リコは恐れている自分に気づいた。小百合が自分の背後に迫ってきている。努力している小百合の姿が自分と重なって、そう思わずにはいられない。そして自分の本当の気持ちが分かった。

 

 ――ちがう、わたしは小百合に魔法の杖を手に入れてほしくないと思っているんだわ。あんなに頑張っているんだから、みらいみたいに魔法の杖を手にしてほしいと思うのが本当よ。

 

 そう思ってもどうしても素直になれない。それは、リコが魔法に対して持っているコンプレックスが原因だった。昔に比べればリコの魔法は上達しているが、まだまだリコの理想には遠い。もし小百合と成績を争うことになって、勉強は負ける気はしないが、魔法では負けるんじゃないか。それが小百合に対する恐怖となって現れていた。

 

 周りの生徒が小百合をバカにする程にリコは恐ろしくなった。

 

 ――みんな何も分かってないわ。彼女が図書館で勉強を終えて教室に来たら、バカに何てできなくなる。小百合と一緒に勉強したわたしには分かる。

 

 そしてリコは、これから勉強にも魔法にもますます力を入れて頑張ろうと心に誓うのであった。

 

 

 

『キュアップ・ラパパ! キュアップ・ラパパ!』

 校庭に生徒が集まって老齢の教師アイザックの指導の元に魔法の呪文を唱和していた。ここにいるのはリコたちよりも一学年下の二年生だ。それを小百合が遠くから見ていて、彼らに合わせて拾った枯れ枝を振っていた。

 

「キュアップ・ラパパ! キュアップ・ラパパ!」

 小百合に恥ずかしいなどという気持ちはなかった。ただラナのことを思って、真剣に枝を振って呪文を唱えていた。

 

 ――例え魔法が使えなくても、やるからには全力よ。どうせなら自分は大魔法つかいだと思って、正々堂々と自信をもってやりなさい!

 

 小百合はそう自分自身に言い聞かせて、力強く枝を振って唱える。

「キュアップ・ラパパッ!!」

 

 小百合の声があまりにもよく通るので、アイザック先生が生徒に教えるのを止めて小百合の方に近づいてきた。彼は皺だらけの人の好さそうな顔をほころばせて、きょとんと立っている小百合に言った。

 

「素晴らしい、あなたの呪文は完璧です」

「あ、ありがとうございます!」

 

 小百合は自分が授業の邪魔になって注意されるのかと思っていたので、褒められて嬉しいと思う前に面食らった。

「あなたも一緒にやりませんか?」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 アイザック先生は、小百合をみんなの前に連れていくと言った。

「彼女は魔法が使えません。それでも真剣に勉強しています。彼女の唱える呪文には、魔法つかいに必要な自信、魔力を高める集中力、そして自然と一体となり精霊に呼びかける声、全てがそろっています。みなさんも負けないように頑張って下さい」

 

 生徒たちの間にざわめきが起こり、変な空気が流れ始める。素直に小百合を尊敬して褒める生徒もいれば、魔法が使えないのにそんなこと頑張ってもと思う生徒もいた。

 

 

 

 それから少し後のこと、リコが調べ物があって図書館に来た時に小百合と出会った。それを見たリコは強烈な衝撃を受けた。小百合が図書館で勉強をしていることは知っていた。だが、リズに勉強を見てもらっていることは知らなかった。

 

「お姉ちゃん……」

 

 リコは図書館の入り口に立ち止まって動けなかった。真剣な顔で教科書をめくっている小百合を見守るリズは、どことなく楽しそうだ。リコの心の底から妙な感情が押し寄せてくる。リコが今までに経験したことのない嫌な気持ちだった。リコは図書館に入ることができずに走り去った。そして、中庭の大きな池の前で立ち止まって半ば呆然としてしまう。

 

「……そうよ」そしてリコは考えた。

 ――あんなに頑張っている小百合を、お姉ちゃんが見過ごすはずないじゃない。

 

 そう思ってもリコの中に割り切れない思いがある。中学生になってからしばらくの間はリコとリズは疎遠になっていた。今はそうでもないが、いまだに尾を引いている部分がある。リコはまず姉を越える魔法つかいになる事を目標にしていて、リコのプライドの高さから目標である姉に教えを乞うことは今までに一度もなかった。こと勉強に関しては、ほとんど独力でやってきたといってもいい。そんなリコを差し置いて、小百合はリズから直接教えを受けている。リコは小百合に姉を取られたような気持になった。それはリコが初めて経験する気持ちで、自分が小百合に嫉妬しているということには気づかなかった。

 

 リコがそんな気持ちを抱えたまま放課後になり、みらいと一緒に寮に向かって廊下を歩いている時に、またおかしなことが起こった。

 

「さっき図書館で小百合を見たよ。魔法が使えなくてもあんなに一生懸命勉強して偉いよね。昔のリコにちょっと似てるね」

 みらいがいつもの調子で楽しそうに話すとリコはうつむいた。

 

「違う」

「リコ?」

「小百合とわたしは全然違う! 違うのよ!」

 

 その激しい否定の言葉の底に憤怒が込められていた。近くを歩いていた生徒たちも驚いて少し立ち止まった。みらいは驚くよりも心配そうな顔をしていた。思わず大声を出したリコは後悔して、今度は落ち着いていった。

 

「小百合は魔法の杖さえあれば魔法を上手く使える、そういう絶対の自信を持っているわ。だから何を言われても平気なのよ。わたしとはぜんぜん違う……」

「リコ……変なこといってごめんね」

「わたしの方こそ、大声出してごめんなさい」

 

 この程度のことで二人の友情が壊れることはないが、みらいはリコや小百合の気持ちが見えていなかった自分を反省した。

 

 

 

 図書館に行けば大抵は小百合の姿があるので、魔法学校ですぐに噂になった。魔法の杖がないのに魔法の勉強をする変わり者というのが生徒たちの間にあるおおむねの認識であった。だから大抵はバカにされる。小百合はまったく気にしていないが、ラナは気になっていた。

 

 朝のこと、ホームルームの前に廊下にたむろして少女たちが談笑していた。

「ねえ、レティア聞いた? 図書館のあれ」

「知っているわ。魔法の杖がないのに無意味な勉強をしている人でしょう」

「笑っちゃうよね」

 少し太った女の子が気位の高そうな長い赤髪のレティアにいった。その近くにいるレティアよりも少し背の高いやせた女の子が同意して頷く。

 

 それをたまたま近くで聞いていたラナは我慢できなくて叫んだ。

「小百合はすごいんだからね! ちょー頭いいんだからっ!」

 

 少女たちが怪訝な目でラナを見つめる。それからレティアは相手をバカにして笑みを浮かべた。

「あら、誰かと思ったらラナじゃない」

「へぇ、あんた学校に戻ってきてたんだ、逃げ出したと思ってたよ!」

 太った方が言ってくっくと笑った。

 

「小百合の悪口は許さないんだからね!」

「そう。じゃあ、魔法も使えないのに一生懸命お勉強している貴方のお友達の小百合さんは、どんなふうにすごいのか説明してちょうだい」

「え? それはその……」

「どうしたの? 早く説明して」

 

 ラナは黙ってしまった。説明しようにも言葉がまとまらない。レティアはラナが頭の良くないことを知っていて、わざと言葉で追い詰めて楽しんでいた。取り巻きの二人の少女も面白そうに笑っている。

 

「何をしているの?」

 リコの声だった。リコとみらいが近くを通りかかったのだ。

 

「優等生だ」

 とりまきの痩せてる方がレティアに小声で言った。レティアも成績は上位なので、髪をかき上げてリコになんて負けないという気持ちを偉そうな態度に出した。

「ラナの方から因縁をつけてきたのよ」

 

 ラナは指わすらをしながら言った。

「みんなが小百合のことをバカにするから……」

 

 それを聞いてリコは何があったのか大体を察した。そしてリコは、レティアの目を見ていった。

「わたしは小百合のことを少しは知っているわ。きっと彼女は近いうちに首席争いに入ってくる。わたしも、あなたも、敵わないかもしれない」

 

 レティアは驚きのあまり声も出なかった。学業成績トップのリコがいうその言葉は雷撃のように鋭く強烈にレティアの胸を貫いた。

「……行きましょう」

 レティアはろくな言葉も返せずに取り巻きと一緒に去った。

 

「ありがとう、リコ!」

 ラナは胸がすっとしてリコに抱きついた。リコは少し窮屈そうにして、ラナが離れると咎めるように言った。

「あんな人たちに関わったらだめよ」

 

「でも、ラナの気持ちすごくわかるよ! わたしだってリコの悪口言われたら怒る!」

「モフルンだって、許さないモフ!」

 

 みらいに続いて、みらいに抱かれているモフルンまで怒った顔で言うと、リコは苦笑いを浮かべる。

「気持ちは嬉しいけど、平和的にね」

 その時にホームルームが始まるチャイムがなり、リコたちは慌てて教室に入っていった。

 

 

 

 小百合はすでに授業が終わって生徒たちが帰り始める時間になっても図書館で勉強していた。前の時間はリズの担当の授業がなかったのでずっと付きそっている。小百合が何度か手の中でペンを回してから素早くノートに何事かを書き込んでいると、女の子が図書館の入り口に現れて、なにか言いたそうな顔でまごついていた。リズがその様子に気づく。

 

「どうしたの?」

 

 リズが気さくに声をかけると、少女は邪魔をするのが申し訳ないという控えめな様子で近づいてくる、ケイだった。小百合は彼女のことを何度か見かけたことがあった。

 

「リズ先生、教えてほしいところがあって。リコに聞こうと思ったんですけど、何だか忙しそうで……」

「いいわよ、あなたも一緒に勉強する?」

「はい!」

「あなたがリコと一緒にいるところを何度か見かけたわね」

 小百合がペンを置いて言うと、ケイは蛇にでも睨まれたような感じでおずおずと答える。

 

「リコは友達なんです」

「小百合といいます、よろしくお願いします」

 小百合が手を差し出すと、ケイがようやく笑顔を浮かべる。

 

「ケイです、よろしくね」

 小百合とケイが握手をすると。近くで座って見ていたリリンが立ち上がって手をあげる。

 

「リリンデビ、よろしくデビ」

「ええぇっ!? ぬいぐるみがしゃべってる!? モフちゃんと同じ!?」

「モフルンは友達デビ」

「モフちゃんにこんなお友達がいたんだ、よろしくね」

 

 ケイは最初は驚いたものの、動くぬいぐるみはモフルンで見慣れているので、リリンとも握手してすぐにうち解ける。そしてケイがリズに教えてもらいながら勉強を始めると、小百合はその様子を見て一瞬だけ悪女のような暗い笑みを浮かべた。

 



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いじめっ子と杖の樹

 放課後になりラナが図書館に小百合を迎えに行くと、まだ勉強が終わらないと言われたので校内をブラブラしながらお気に入りの場所に向かった。

 

「ここでねてよ~っと」

「草が気持ちいいデビ~」

 

 ラナはリリンと一緒に柔らかい草の上に寝転がった。辺りには森といって差支えないくらいに大きな樹が並んでいるが、ここは校舎に隣接して建っている円柱状の塔のような建物の屋上であった。ラナが中でも一番大きな樹の下に大の字になって真上を見つめると風で(こずえ)が揺らいで葉の間から漏れる光がラナの視界で明滅し、眩しさで半分目を閉じる。

 

 ラナは休み時間に一人で暇なときは、いつもここで寝ていた。以前はここにいることが多かったが、今はみらいとおしゃべりしたり、リリンやモフルンと遊んだりして、この場所にくるのは久しぶりだった。

 

 ラナが次第に眠くなって目を閉じると誰かが草を踏んで近づいてくるのを感じた。足音は複数あった。

「うん~?」

 

 ラナが目を開けると前にレティアと二人の取り巻きが立っていた。

「いたいた」

 

 やせてる方がラナを見おろして歯を見せて嫌な笑いを浮かべる。ラナは立ち上がると、不安そうな顔になり萎縮してしまった。そんなラナに取り巻きの小太りの方がいった。

 

「あんたもう学校くるなっていったでしょ、きたって意味ないんだから」

「アハハ~、そうだよねぇ。でも、今は小百合がいるから~」

「なにをヘラヘラ笑っているの? (しゃく)に障る」

 

 レティアが睨みを効かせていうと、ラナは息が止まったようにしゃべるのを止める。取り巻きの痩せてる方が魔法の杖を出して振った。

 

「キュアップ・ラパパ! 浮いちゃえ!」

 魔法がラナにかかって小柄な体が浮き始める。

 

「うわぁ、やめてよぅ」

「自分の魔法で何とかしたらいいじゃん」

 ラナがどうしよもできなくて空中で足をジタバタさせると取り巻きの二人が大笑いする。

 

「酷いことしちゃだめデビーっ!」

 リリンが飛び上がってやせてる方の杖を持っている腕に組み付く。

 

「な、なによこのぬいぐるみ!? 動いてる!? しゃべってる!?」

「やめるデビ!」

「離しなさいよ!」

 

 やせてる方が思いっきり腕を振ると、リリンが勢いで吹き飛ばされて草の上に転がる。

「デビッ!?」

「やめてよ! リリンに乱暴しないで!」

 

 ラナは何とかしようともがくが、宙に浮いているのではどうにもならない。リリンが起き上って怒った顔でいじめっ子たちを見てから、そこから飛んで森の外へ出ていった。

 

「アハハ、見捨てられちゃったね!」

 太ってる方が笑い、それからやせてる方が言った。

「ほら、もう魔法が解けるよ」

 

「きゃっ!?」

 急に魔法が解けてラナは一メートルくらいの高さから落ちた。

「あうぅ、いたぁい……」

 

 また取り巻きの二人が笑った。レティアは少しにやけているくらいで笑いはしないが、その眼には嗜虐的(しぎゃくてき)な光がある。取り巻き二人がラナをいじめるのを見て彼女は楽しんでいた。

 

 その頃、リリンは図書館に飛び込んで小百合が勉強している教科書の上にダイブしていた。

「ちょ、ちょっとなに!?」

「小百合、たいへんデビ! ラナがいじめられてるデビ!」

「なんですって!!」

 

 小百合は図書館から飛び出し、飛んでいくリリンの後を走った。体育の成績も優秀な小百合は長い脚でハヤテのごとく廊下を駆け抜けていく。途中で校長室に向かっていたリコたちとすれ違った。小百合の様子が必死だったので、二人とも思わずその姿を目で追いかけた。みらいが心配そうに言った。

 

「なにかあったのかな?」

「ちょっと気になるわね」

 みらいとリコは後を追いかけてみることにした。

 

 ラナに対するいじめは続いていた。

「キュアップ・ラパパ! 足よ地面にくっついちゃえ!」

 太ってる方の魔法でラナの足が地面から離れなくなってしまう。

「うわっ、うう~、足が離れない~」

 

 太ってる方がラナに近づいて胸を押した。

「ほら」

「うわぁっ!」

 

 両足が動かないラナは後ろに倒れて尻餅をつくしかなかった。またレティアの取り巻きから笑い声があがった。その時、彼女らの背後から小百合が早足で近づき、まるでレティアたちが空気でもあるかのように無視して横を通り過ぎ、かばう様にしてラナの前に立った。ラナのすぐ近くにいた小太りの少女が小百合に睨まれ我知らずに後ろに下がっていた。

 

「いじめっ子というのはどこにでもいるものなのね」

 

 レティアたちが突然現れた闖入者(ちんにゅうしゃ)を見つめる。ラナは輝くような笑顔を浮かべていた。

「小百合!」

 

 小百合が睨むと取り巻き二人が少し怯んだ。小百合が怖い顔をしているわけではないが、その美しい容姿に秘めたる凄味がオーラとなって外に出ていた。この時にリコとみらいの姿が屋上の入り口に現れる。この森はみらいにとって思い出深い場所だった。

 

「あれ、ここって確か……」

「見て、杖の樹の下」

 リコとみらいの視線の先に向かい合う少女たちの姿があった。

「なにしてるんだろう?」

 

 二人が様子を見守っていると小百合が言った。

「あんたたち、これ以上わたしの友達を傷つけたら許さないわよ」

 

 取り巻き二人は完全に小百合をバカにして笑っていた。いくら凄味があっても相手は魔法が使えないのだから怖くない。そんな余裕を見せている者たちに小百合が衝撃を与える。

 

「校則第3条、魔法で他人を傷つけてはならない。この校則を破った場合、最も重い処罰が下されるわ。退学になってもおかしくない」

 

「な、なにを偉そうに! この学校の生徒でもないくせに!」

 レティアが敵意をあらわにして言った。やせてる方がまた杖を振る。

 

「あんたも同じ目に合わせてやる。キュアップ・ラパパ! 浮いちゃえ!」

 その魔法が小百合の前で弾けて消える。実際の魔法は目には見えないが、何も起こらないのでやせた少女が唖然とする。

「な、なんで? なんで浮かないのよ!?」

 

「魔法実技の教科書に魔法は強い精神力で跳ね返せると書いてあったわ。あんたの精神力がわたしの精神力よりも劣ってるってことでしょ」

 

 小百合が言うと、やせた少女は悔しさのあまり今にも泣きそうな顔になって叫ぶ。

「なんですって!? こいつ、生意気!」

 

 レティアは朝にリコから聞いた言葉を思い出していた。先端に小さなダイヤの形の赤い飾りの付いた杖を出して小百合に向ける。

 

 ――こんな子が、そんなはずないわ!

 

 レティアは小百合の後ろにいるラナが腰にある小さなポシェットを大事そうに隠しているのに気付いた。彼女は笑みを浮かべて杖を振った。

「キュアップ・ラパパ! ポシェットよこちらにきなさい!」

 

 ラナのポシェットが腰からほどけて浮き上がる。ラナは慌てて飛んでいこうとするポシェットにつかみかかった。

「これはだめーっ!」

 

「よほど大切なものが入っているのね、見せなさい!」

 小百合もラナと一緒にポシェットをつかんだ。レティアの魔法は強力で、ポシェットと一緒に二人の体が引っ張られて浮き上がりそうになる。

 

「アハハッ! 無様ね! ろくに魔法が使えない人と魔法も使えないのに意味のない勉強をする人、いい取り合わせだわ!」

 レティアに罵倒されて、ラナの瞳に涙が浮かんだ。

 

「小百合、ごめんね、わたしのせいで、わたしがダメだから、魔法が使えないから」

「あんたはダメなんかじゃないわ! 卑屈にならないで!」

 小百合の声はみらい達にも届いていた。

 

「大変だよ!」

「助けに行きましょう!」

 二人で駆けだそうとするとモフルンがみらいの懐から飛び降りて、でんぐり返しの勢いで草の上に立ち上がる。

 

「モフルン?」

「くんくん、甘いにおいがするモフ」

『ええ!?』

 みらいとリコは同時に驚き、そして小百合たちのすぐ近くにある大樹の上の方で何かが光るのを見た。

 

 小百合はポシェットを引き寄せる引力に抵抗しながらラナを叱咤するように叫ぶ。

「魔法が使えないのが何だっていうの! もうラナは誰よりもすごい魔法をもっているじゃない! その魔法でわたしを救ってくれた! ラナの笑顔と明るさは、どんな魔法よりも素敵よ!!」

 

 その時、ラナの大きく見開かれた碧眼から涙が零れた。母と祖母と暮らした記憶が駆け巡る。おばあちゃんは、ラナには素敵な魔法があると言った。母は決して笑顔を忘れないでと言った。この瞬間にラナはその意味が分かった。小百合が教えてくれた、そして小百合だけがラナの全部を分かっていてくれたのだ。

 

 二人の気持ちが通じ合った時、樹の上から何かが落ちてきて、小百合の目の前で止まった。これは小百合の物だとでもいうように、細い純白の棒の先に三日月形のクリスタルの付いている魔法の杖が浮いていた。その存在に小百合が驚いたのはほんの一瞬で、すぐに凛々しい表情で杖をつかみ取り、勢いよく振った。

 

「キュアップ・ラパパ! 魔法よ跳ね返りなさい!」

 

 引っ張られたポシェットが急に軽くなる。ラナは自分の手に戻ったポシェットと小百合が持っている魔法の杖を交互に見て目を白黒させていた。

 

「そんなバカな!? なんで魔法の杖が!?」

 レティアが驚いていると、すぐ近くで呆然とつっ立っていた取り巻きの小太りの方の体がふいに浮き上がり焦る。

「え!? な、なにこれ!?」

 

 小百合がレティアを魔法の杖で指して言った。

「あんたのポシェットを引き寄せる魔法をお友達に跳ね返したわ。よって、お友達の方があんたに引き寄せられる」

 

 小太りの方がレティアに飛んでってぶつかった。二人とも悲鳴をあげて一塊になって倒れる。

 

「どきなさい!」

 

 レティアが怒りをぶつけると、小太りの少女は怯えていた。レティアは強気を保つのが精いっぱいで言葉が出なかった。代わりに様子を見ていたリコがレティアが心の中で思ったのと同じことをいった。

 

「目に見えない魔法を跳ね返して別の物にぶつけるなんて、相当な経験を積んだ魔法つかいじゃないとできないことなのに……」

 

 レティアは憎悪で燃える瞳で小百合を睨み、小百合は相手になるとでも言うように一歩前に出る。今まで人に危害を加える魔法を取り巻きにやらせてきたレティアだったが、小百合のことはどうしても許せずついに自ら杖を振るった。

 

「キュアップ・ラパパ!」

 レティアが地面に杖を向けると、小石が一つ浮き上がる。

「そのきれいな顔にぶつけてやる!」

 小百合は黙って見ていた。その冷静さがレティアの憎悪を増長する。

「石よ飛んでいきなさい!」

 

 石が高速で飛び出した瞬間に、小百合が杖をまっすぐ前に出して呪文を唱える。

「キュアップ・ラパパ! 石よ止まりなさい!」

 透明な三日月の前で石がピタリと止まる。小百合は力強い言葉と共に杖を振った。

「キュアップ・ラパパ! 石よ飛べ!」

 

 レティアには小石が消えたように見えた。瞬間、なにかが顔の近くをかすめて横髪を突き抜けていく。レティアがまるで壊れた人形のようなぎこちなさで後ろを見ると、背後の樹木に小百合がお返しした小石がめり込んでいた。レティアは腰が砕けてその場に座り込んでしまった。そして彼女は震える声で言った。

 

「リコのいったことは本当だわ……」

 

 レティアを置いて取り巻きの二人が逃げ出す。小百合は右手で持っている魔法の杖の三日月を左手の上に置いていった。

 

「イメージ通りね」

 

 ずっと様子を見ていたリコとみらいは『すごい……』とつぶやいていた。

 

 レティアはゆっくり立ち上がって顔を見せないように下を向き敗残者の体を晒し、おぼつかない足取りで去っていく。レティアは必然的に入り口に立っていたリコとみらいのすぐ近くを通ることになった。悪いのはレティアの方だが、それでも気の毒になってしまうような姿だった。

 

 杖の樹の下には小百合とラナだけが残った。小百合は杖の樹を見上げて言った。

「この樹の上から魔法の杖が落ちてきたのね」

「びっくりだね、普通は生まれた時にもらうものなんだけどね。でも、小百合が魔法の杖をもらえて本当によかった! うれしい!」

「きっとラナのおかげよ」

 

 それからラナはうつむいて小百合の顔を見ずに言った。

「助けてくれてありがとう。それでね、わたし小百合にかくしてたことがあるんだ。ずっといえなかったけど、いまいうね」

「ええ」

 

 ようやくこの時が来た。ラナは本当の意味で小百合に心を開こうとしている。

「わたしが魔法をちゃんとつかえないのって、病気のせいなんだぁ……」

「もっと早く言ってくれればよかったのに」

「さゆりぃ……」

 小百合の温かい言葉にラナは涙が出そうになる。小百合は可愛い妹でも見るような目をしていた。

 

「ラナのことが全部わかったわ。あんたがナシマホウ界に来たのは、リンクルストーンを探すためじゃないでしょ。おばあちゃんが亡くなったり、いじめられたり、辛いことがたくさんあって、あんたは逃げ出したんだわ。わたしにはあんたの気持ちよくわかる。その辛い気持ちが消えるこはないけれど、二人一緒なら乗り越えていけるわ」

 

 ラナが顔を上げて小百合をまっすぐに見た。大きな瞳に溜まっていた涙が輝く雫になって次々と頬を伝って流れ落ちる。ラナは小百合の胸に飛び込んで大声で泣いた。みらいとリコがその姿を黙って見つめていると、二人の後ろに気配があって同時に振り向く。

 

『校長先生!?』

「魔法の水晶が杖の兆しがあると言うのできたのだ。やはり彼女は魔法の杖を手に入れたか」



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小百合の決意

 校長室に4人の少女が集まっていた。校長の側にはリズがまるで社長秘書のように立っている。校長は小百合に向かって言った。

 

「まずはおめでとう。その魔法の杖は魔法界が小百合君を受け入れたという証しじゃ。君を正式な魔法学校の生徒として認めよう」

「校長先生、ありがとうございます」

 

「あなたは努力していたもの、当然の結果だと思うわ」

 今度はリズが嬉しそうな顔をする。リコの胸が疼いて思わず姉から目をそらしてしまう。

 

「これは君のために用意した魔法学校の制服じゃ」

 校長の言葉を合図にリズが用意しておいた制服と生徒手帳を机の上に置いた。

 

「頂いていいんですか?」

「うむ、これからは二人で一緒にやっていきたまえ」

「それって、小百合と一緒でいいってこと?」

 

 ラナに校長が頷く。ラナは「やった~」といってその場で飛び跳ねて校長に向かっていく。

「校長先生、だぁいすきっ!」

 

 ラナは校長に飛びついて頬にキスをする。その唐突過ぎる衝撃行動に他の3人は固まり、リズは微笑んだ。校長は特に動じたりはせず、まんざらでもないという顔だった。

 

「小百合は何であんなにうまく魔法が使えるの?」

 みらいに聞かれると、小百合は手に持っている杖の三日月のクリスタルを見つめる。

「よく分からないわね」

 

「イメージトレーニングをしっかりやっていたからよ。普段から魔法をイメージすることは、実際に魔法をつかうことと同じくらいに効果的なのよ」

 そう言ったのはリズだった。

 

「そうなんだ! わたしもやろう、イメージトレーニング!」

 

 いくらイメージトレーニングしても、魔法をうまく使えない人もいる。楽し気なみらいの隣でリコはそう思う。実際に、リコはイメージトレーニングにも力を入れていたが、二年生のある時期までは魔法がうまくいかなくて悩んでいた。そこに自分と小百合との差を感じざるを得ない。

 

「校長先生はラナの病気のことを知っているんですよね?」

 小百合が真摯(しんし)に校長を見つめていった。

「もちろん、知っているとも」

 

「ラナって病気だったの?」

 みらいが心配そうに隣のラナを見つめると、ラナは頭の後ろに手をやって言った。

「うん、じつはそうなんだぁ。なんていったっけな~、確か大魔王大将軍?」

 

「明らかにその名前は間違っているわね……」

 自分の病気のこともよく知らないラナに小百合が呆れる。見かねたリコが口をはさんだ。

「大魔力症候群でしょう」

 

「それはどんな病気なの?」

「普通では考えられない大きな魔力を生まれつき持っていて、そのせいで魔法が制御できないの。百万人に一人くらいのとても珍しい病気なのよ」

 リコの説明によって、小百合はようやくラナの病気の正体を知る事ができた。

 

「この子は並みの魔法つかいの五倍以上の魔力を有しておる。故に魔法によって起こる現象が拡大してしまうのだ」

「確かに、小さな蝶がものすごく大きくなったりドラゴンになったり……」

 小百合は校長の言葉から過去を思い出す。

 

 校長はラナに向かって言った。

「あのことも話しておいた方がよいのではないか?」

 

 校長が言うと、小百合の方が早く反応した。

「まだ何か隠してることがあるの?」

「別に隠すつもりはなかったんだよ。なんていったらいいのかなぁ……」

 

「わしから話そう」

 言いあぐねているラナを校長がフォローしてくれる。してほしいと思うことを校長は先回りしてやってくれるので、それがラナにはありがたかった。

 

「この子は自分の魔法を封印することを決めている」

 

『魔法を封印!?』

 みらいと小百合が同時に声を大きくする。リコはやっぱりという顔をしていた。

 

「大魔力症候群の魔法つかいはある種の魔法に特化し、それによって魔法界に名を残した者も多い。その一方で、魔法の暴走を起こして惨事を引き起こしたという歴史的な事実も存在するのだ。大魔力症候群の魔法つかいが取るべき道は二つ、危険を承知で自分の得意な魔法を活かすか、魔法を完全に封印して危険を取り除き静かに暮らすか」

 

 それを聞いた小百合は気持ちが抑えきれなくなり、机を叩いて校長に迫ってくる。

 

「待ってください! 魔法界で魔法を封印するなんて、片翼もがれるようなものじゃないですか!」

 

「その通りじゃ。魔法界で魔法が使えぬことの辛さは、ナシマホウ界の人間にはとうてい理解できまい。それでも、この子は封印を望んでいるのだ」

 

 校長の真剣な目を見て小百合は弾かれるように一歩下がる。小百合は校長の瞳の底に悲しみを見た思いがした。生徒を思う校長の痛みが小百合にも伝わった。

 

「仕方ないよ、わたしの魔法あぶないんだもん。小百合にもいっぱい迷惑かけたし……」

「だからあの時……」

 

 小百合は言葉を続けられなかった。前にプリキュアになって戦った時に、ラナが新しい魔法にこだわった事を思い出したのだ。あの時は不思議に思ったが、今ならその理由が分かる。

 

 ――もう二度と魔法が使えなくなるから、だから新しい魔法にこだわっていたのね。

 

 小百合がラナの両方の肩をつかみ、その手に少し力を入れる。ラナはびっくりして上を向き小百合を見つめた。

 

「あんた、全然仕方ないなんて顔してないわ」

 

 それから小百合は校長の前に歩むと姿勢を正して言った。

「校長先生、ラナの魔法を封印する必要はありません。ラナの魔法が暴走したら、わたしが責任をもって止めます」

 

 校長は無言で微笑した。その表情の裏には「よくぞ言ってくれた」という言葉が声に出すようにはっきりと表れてた。

 

「そのように言っておるが、君はどうする?」

 

 ラナは本当にそれでいいのか迷ってしまった。自分では決められずリズやリコ、みらいの顔をみていくと、みんなそれでいいと言うように頷いてくれた。

 

「小百合、本当にいいの?」

「安心しなさい、ちゃんと止めてあげるから」

 

「よかったね!」

 みらいが目に涙を浮かべながらラナを抱きしめる。

 

「うん! 本当にありがとう!」

 ラナはみらいと抱き合ったままに言った。その場にいる全員に感謝していた。

 

 

 

 ラナがスキップしながら歌っていた。彼女の後を三人が歩いてくる。

「あんなにはしゃいじゃって、よほど嬉しいのね」

「そりゃそうだよ、小百合のおかげでこれからも魔法が使えるんだから」

 リコとみらいが話していると、前にいるラナが今度はかけだした。

 

「わ~い」

「走ったら危ないわよ!」

 

 ラナが走って外に出ていくと小百合が早足になる。後ろからそれを見ていたみらいが言った。

「小百合ってラナのお姉さんみたいだね」

「本当ね」

 

 リコが微笑んでみらいに答えた。二人よりも一足先に外に出た小百合がラナの姿を探す。すると、上から妙な鳴き声がするので見上げた。空にどっかで見たような間抜けが姿をした白いドラゴンと黒いドラゴンが飛んでいた。

 

「ええぇ!?」

 

 小百合の嫌な予感が一瞬でレベルマックスになる。周りを見ると、馬だか牛だかよく分からない大型の獣が走っていたり、真ん中に口の付いた巨大な花が奇妙な声を出していたりした。

 

「キュアップ・ラパパ!」とラナがその辺の樹に魔法をかけると、あっという間に巨大化して根っこが足になり枝が腕のようになりおまけに気持ちの悪い顔まで現れる。

 

「ブモォーーーッ」とそのよく分からないモンスターが雄たけびを上げる。

「ラナっ!! 何やってるのよ!!」

「小百合、わたし一度でいいから思いっきり魔法つかってみたかったんだ~」

 

 小百合は真っ青になって叫んだ。

「みんな、大変よーっ!!」

 

 幸いに放課後なので生徒はいなかったが、この騒ぎに教師達が駆けつける。

「まあっ!?」と教頭先生は今にも卒倒しそうになり、

「これはこれは」とアイザック先生は意外に落ち着いていた。

 校長やリズも出てきて大騒ぎになった。それからしばらくして、教師たちの尽力もあって事態は収拾された。校長とラナ以外は疲れ切って校庭で倒れたり座り込んだりしていた。

 

「はーちゃんの時よりも疲れたよ……」

「ヨクバールより恐ろしいわ……」

 息たえだえで地面で伸びているみらいとリコが言った。

 

「あー楽しかった! おかげで夢がかなったよ~」

「そう、よかったわね……」

 

 ラナの近くに倒れている小百合が言った。少し間があって小百合はばっと起き上がる。

「じゃなくて、バカーっ! あんたは何でこんなとんでもないことするのよ!」

「だってぇ、小百合が止めてくれるっていったからさ」

 

 それを聞いた校長が大笑いする。

「校長、笑いごとではありません!」

 教頭先生が目くじらを立てると校長は声を出すのは抑えたがまだ笑っていた。

 

「君は面白い子だな。しかし、人に迷惑をかけてはいかん。彼女の話をよく聞いて、これからは気を付けるのだよ」

 校長の言う彼女が怒り心頭でラナに迫る。

 

「わたしがあんたの魔法を止めるとはいったけど、好き勝手に魔法を使っていいなんて一言もいってないわ! だいたい、あんたが好きに魔法を使ったらどんな大変なことになるのか想像できないの!?」

 

「小百合が止めてくれるから平気だと思ったの」

 

「なにかの間違いで魔法を使ったら止めるわよ。でも、あんたが好き勝手適当に魔法を使ったら、わたし一人で止められるわけないでしょ! いい、使っていいのは箒で飛ぶ魔法だけ! それはこれからも同じだからね!」

 

 小百合に散々怒られて、ラナは自分が悪いことをしたのが分かってしゅんとなった。小百合はラナの頭を押さえて下げさせ、自分も頭を下げて教師やみらい達に何度も謝った。その姿を見てリコとみらいは、今度は小百合がお母さんみたいだなと思うのであった。



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第8話 リコと小百合がテストで勝負!? 魔法商店街でハチャメチャバトル!?
小百合、教室に来る


「校長先生、何かわかったんですか?」

 校長の机の前にみらいとリコがそろって立っていた。質問したリコが校長の言葉を待つ。

 

「何もはっきりとはしていないが、リズ先生が興味深い仮説を唱えたので、それも含めて聞いてもらおうと思ってのう。まずは魔法界の歴史に触れてみよう」

 

「魔法界の歴史だったら、教室でも勉強してるね」

 みらいが何気なく言うと、校長が彼女を見て穏やかに話し始める。

 

「これから話すこと学校では教えてはいない。魔法学校ができるよりも前の魔法界の古の時代に関することだ。歴史家でも目指さぬ限りはこの知識に触れることはない」

 

「今、大昔の歴史っていいました?」

 校長先生が頷くと、みらいが目を輝かせる。

「魔法界の大昔の歴史! ワクワクもんだ!」

 興味津々のみらいが落ち着くのを待って校長は話し始めた。

 

「最古の魔法界では理想郷が広がっていたといわれておる。君たちから以前に聞いた魔法界とナシマホウ界が一つであった頃の世界によく似ておる。だが、そんな平和な世界が唐突に闇の魔法に支配されてしまうのだ」

 

「闇の魔法って、そんなに大昔からあったんですか?」

 みらいの質問に校長が答える前にリコが言う。

 

「闇の魔法の大元はデウスマストの眷属が魔法界とナシマホウ界が分かれると同時にばらまいたのだから、大昔から闇の魔法が存在していてもおかしくはないわ」

 

「そっかぁ、そうだよね」

 みらいはもうワクワクが抑えきれないとう様子で校長に近づく。

「それで、闇の魔法に支配された魔法界はどうなるんですか!?」

 

「闇の魔法から生まれし黒き竜が人々を脅かし恐怖に陥れる。対抗するために魔法つかいが集まり、聖なる白き竜を召喚する。光と闇の戦いは百年にも及び、2体の竜は相打って共に滅んだが、ついに闇の魔法は打ち破られて封印されるのだ」

 

 楽しそうなみらいの隣で、リコも知らない話だったので真剣に聞いていた。

 

「実はこの最古の歴史の成り立ちはあまりにも不自然であり、魔法界の歴史で最大の謎と言われておる」

「別に不自然なところはありませんでしたけど」

「話で聞いただけではわからぬ」

 

 校長が右手を広げる錫杖のように長い杖が現れる。校長はそれを取ると一振りした。

「キュアップ・ラパパ、本よここへ」

 

 校長室の奥に並んでいる本棚から数冊が浮遊して次々に校長の机の上に積まれた。どれも色あせていて相当に古そうな本だった。校長は杖を床に立てて言った。

 

「これらの歴史の書を紐解くと歴史のつなぎ目に不自然な部分がある事が分かる。今までに魔法界にいた全ての歴史家がこの問題にぶつかり、証拠を探し求めた。しかし、まだ何も見つかってはいない」

 

「えっと、話が難しくてよく分からないんですけど……」

 みらいは確信の部分が見えなくてやきもきしていた。

 

「そうじゃのう。分かりやすく説明すれば、古の時代と闇の魔法の時代との間には境目が存在しないのだ。まるで本のページが白から黒に変わるように世界が一変する。古の時代が終わる時に何があり、どのようにして闇の魔法の時代が訪れたのか分かっておらん。多くの歴史家が古の時代と闇の魔法の時代の間に隠された時代が存在すると推察しているが、何千年も謎のままなのだ。研究者の間では虚無の時代と呼ばれておる」

 

「そこでわたしは考えたのだけれど」

 校長の横に立っているリズが話し始める。

「虚無の時代が存在すると仮定して、何も証拠がない事が証拠になるんじゃないかしら」

 

「どういうこと?」

 リコが怪訝な表情をするとリズは微笑した。

 

「本当にその時代があるとすれば、何千年も証拠が見つからないなんておかしいわ。でも、証拠となる物が意図的に消されたと考えると色々なものがつながってくるのよ。例えば、あなた達が前に見た謎のリンクルストーンとかね」

 

「それって、小百合たちが持ってたリンクルストーン? なんでそれがつながるの?」

 みらいが言っている脇でリコは何かが分かりかけてきていた。

 

「あのリンクルストーンも謎だらけで何も分からない、校長先生でさえなにも……」

 下を向いて考え込んでいたリコが、あっと思って顔を上げる。

 

「虚無の時代には証拠がなにもない、あのリンクルストーンも何も分からない。この二つは似ているわ。もしかしたら、虚無の時代とあのリンクルストーンは関係があるのかも」

 

 穏やかにリコを見守るリズの表情には慈しみがあふれていた。それに気づいたリコは胸の辺りが温まるように感じる。

 

「さすがね、リコ。リンクルストーンは魔法界を象徴する存在よ。伝説にないリンクルストーンがいくつもあるなんて、どう考えても不自然だわ。でも、それらのリンクルストーンに関する記憶が意図的に消されたのだとしたら」

 

 リズがそこまで言うと静観していた校長が口を開く。

「もしこれが真実だとすれば、何者かが歴史を消し、リンクルストーンの伝説を改ざんしたことになる。しかし、今の段階では仮定にしかすぎぬ。二人とも、一応この話を覚えておいてもらいたい」

 

 その時、魔法学校にチャイムの音が響いた。

 

「話は以上よ。そろそろ授業が始まるわ、二人とも急いでね」

 リズに急かされると、みらいとリコは校長室を出て走って教室に向かった。途中で二人は教頭先生に睨まれて走るのを止めて早歩きになった。

 

 

 

「いやデビ! 小百合と一緒に行くデビ!」

 図書館で早朝の勉強を終えた小百合の前でリリンが駄々をこねて転がっていた。机の上をゴロゴロ行ったり来たり、小百合は小さな子供を持つ母親の気持ちが分かるような気がしてきた。

 

「そんなこといったって、ぬいぐるみを持って教室に入るわけにはいかないわよ」

「大丈夫デビ! なにも問題ないデビ! モフルンは毎日みらいと一緒に教室にいるっていってたデビ!」

 

 それを言われると困る。しかし、今日が小百合の転校初日のようなものなので、あまり目立ちたくなかった。

「お願いだから少しだけここで待ってて、一時間目が終わったらすぐに迎えにくるからね」

 

「……分かったデビ。リリンは小百合に見捨てられた傷心のあまり家出するデビ」

「またそんなこと言って……」

 小百合が大きくため息をつく。この勝負はリリンの勝ちらしい。

 

 

 

「みなさん、今日から一緒に勉強する新しいお友達を紹介しましょう」

 

 授業を始める前にアイザック先生が言った。教室が静まり返り、みんな新たなクラスメイトの登場を待った。すり鉢を半分に割った型になっている教室の上の方から小百合が少し早い歩調で階段を下りてきた。何人かの男子生徒は小百合の横顔と水が流れるように輝く黒髪に見とれていた。しかし、それ以上に目を引くのが抱いている蝙蝠の翼のある黒猫のぬいぐるみである。小百合は仕方なしにアイザック先生に許しをもらってリリンと一緒に教室に入ってきたのだった。

 

 教室には教壇をぐるりと囲むように長い机が配置されている。小百合が教壇の前に立ってとんがり帽子を取ると彼女に視線が集まった。

 

「モフルン!」

「リリン、おはようモフ~」

 

 リリンが小百合の腕から抜け出して飛びあがる。教室中の生徒が固まり、モフルンとリリンが出会ったところで大騒ぎになった。

 

「ああ、もう! こうなるから嫌だったのよ!」

 小百合は一番前の席にリコと並んで座っているみらいの前に駆け寄り、隣のモフルンと遊んでいるリリンを抱き上げる。

「騒がせて悪いわね、ハハ……」

 

 小百合が自暴自棄に近い笑いを残してみらいの前から黒板の前に走って戻る。やがて教室は静かになるが、変な空気になってしまった。気を取り直して小百合はいった。

 

「聖沢小百合です、よろしくお願いします」

 

 リコが小百合の姿を見つめて、ついに来たと思った。これから小百合がこの教室でどんなことをするのか、リコの目には見えていた。

 

「知っている方も多いと思いますが、彼女は図書館で勉強し努力を重ねてこの教室にやってきました。もちろん、魔法の杖もちゃんと持ってます」

 

 その瞬間に教室が一気にどよめきに包まれる。ほとんどの生徒が小百合が魔法を杖を手に入れた事実を知らない。そもそも、どうやって魔法の杖を手に入れたのかと謎が謎を呼んでちょっとした騒ぎになった。

 

「皆さんお静かに」

 アイザック先生の一言で教室が再び静まる。

 

「お~い、小百合! やったねぇ! おめでと~っ!」

 

 今度はたった一人の生徒によって静寂が破壊される。アイザック先生はやれやれと思う。ラナが教室の端の方で立ち上がって小百合に向かって両手を振っていた。恥ずかしいことをしているのはラナなのに小百合の方が恥ずかしかった。

 

「まったくあの子は……」

 

「ラナさん、お静かに」

 先生に注意されたラナは「はぁい」と嬉しそうな笑顔のまま座った。

「小百合さんのたっての希望で、ラナさんの隣の席に座ってもらいます」

 

 それを聞いたラナが感動のあまり目を潤ませる。小百合が颯爽と歩いてきて隣に座ると、ラナは胸に込みあがる嬉しさを抑えるように握った手を胸に当てて言った。

 

「小百合、隣にきてくれてありがとう」

「どうせあんたの事だから授業中に寝たりしてるんでしょ、自分は魔法なんて使えないから勉強なんていいや~って感じで」

「あ、え~とぉ」

 ラナの目が完全に泳いでいた。

 

「安心しなさい、叩き起こしてしっかり勉強させてあげるから」

「ああ~、小百合、やっぱりリコの隣の方がいいんじゃなあい?」

 

「わたしにはあんたの魔法を止めるという使命もあるから、いつでも近くにいなくちゃねー」

「あう~、わたしの楽園が消えていくよぅ……」

 ラナは涙ながらに言うのであった。

 

 

 

 1時間目は魔法力学の授業である。これは主に物を動かす魔法に関する勉強で、ナシマホウ界の物理学に相当する。ラナが5分もしないうちにうとうとし始めるので、小百合は授業を聞いてラナを起こしての繰り返しになり、なかなか大変だった。授業が終わりに近づいてきた時に、アイザック先生が杖を振る。すると黒板に式が現れた。

 

「これは球体に対する魔力の作用を現す問題です。ちょっと難しい問題ですが、できる人」

 

『はい』と二人の返事が聞こえた。難易度の高い問題はいつもリコが前に出て解くのが常であったが、今日はもう一人手をあげていた。

 

「ほうほう」

 アイザック先生は手をあげているリコと小百合を順番に見て言った。

「では小百合さん、やってみて下さい」

 

 小百合は無言で立ち上がり、早足で黒板の前へ。小百合がチョークを持つと、すこし教室がざわついた。小百合は素早く手を動かして式を完成させていく。

 

「なんで魔法を使わないんだ? 魔法の杖もってるんだろ?」

 ジュンが疑わしい目で小百合を見つめていた。

 

「できました、どうでしょうか?」

 

「正解です」アイザック先生が満足げに頷いて言った。

 

「すごいよ小百合、わたしなんて全然わからなかったのに」

 ジュンの隣でケイが尊敬を込めて言っていた。ジュンは「なんで呼び捨て?」と思っていた。

「あいつ、もしかしたらリコと同じくらい頭いいのか?」

 

 魔法の杖を手に入れた小百合をもうバカにする生徒はいなかった。しかし、まだ誰も小百合の魔法を見ていないので疑っている者はいた。

 

 授業が終わって休み時間になると、小百合の周りにわっと人が集まってくる。

「そのぬいぐるみなに? どうなってるの?」

「どこから来たの?」

「なんでずっと図書館で勉強してたの?」

 次々と飛んでくる質問に小百合はよどみなく的確に答ええていく。

 

 リコたちは近づけずに取り巻きの外にいた。

「これじゃお話しできないね」

 

 みらいが少し残念そうに言うと、小百合の方が気づいて席を立った。

「ちょっと失礼」

 

 小百合が席を離れてみらい達に近づいてくる。その後ろにラナもくっついていた。

「ケイも同じ教室だったのね」

 

 誰も小百合がケイに話しかけるとは思っていなかったので、みんな驚いた。みらいがさっそく突っ込んでくる。

 

「ケイと小百合って知り合いだったの?」

「図書館でお友達になったんだよ。小百合にわたしの友達を紹介するね。こっちがジュンで、こっちがエミリーよ」

 

 ケイが順に紹介していく。

「小百合です、よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします、エミリーです」

「よろしく」

 

 少し恥ずかしそうに頭を下げるエミリーに対して、妙に丁寧な小百合がジュンは少し気にくわなかった。そんなジュンが小百合の隣で笑顔をふりまいているラナを見て言った。

 

「で、隣の爆箒(ばくそう)ラナはあんたの知り合いなのか?」

「爆箒ラナ?」

 

「そいつのあだ名だよ。一部の魔法つかいの間では有名なんだ。なんもかんも魔法はダメなのに、箒に関してだけは天才的なんだからな」

 

 みらいもリコもそれは知らなかった。聞いた小百合は感心してしまった。

「爆箒ラナとは言い得て妙ね」

 

「わたしって、そんなふうに呼ばれてたんだ~」

「あんた、自分のあだ名も知らないのね」

 

「初めて聞いた~」

「のんきな奴だなぁ」

 と呆れ気味に言ったのはジュンだった。

 

「ラナはわたしの親友よ」

「小百合とはナシマホウ界でお友達になったんだよ! お城みたいな家に一緒に住んでたの!」

「ラナ、余計なこと言わないで!」

 

「なにぃっ、マジか!?」

 ラナの話にジュンが食いつく。その声が大きかったのでまた周りに生徒たちが集まってきて休み時間が終わるまで始末に追えなくなってしまった。

 

 その日の授業では、難しい問題が出されると常にリコと小百合の二人が手をあげて、それぞれ見事に正解を答えていた。この一日で小百合の頭の良さがクラスメイトに示された。

 



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傷心のリコ

 この日の魔法の実技では上級者用の箒を操る訓練が行われた。2年生から始まっている授業なので今が最終段階で、大抵の生徒は柄が緑色の箒で空を自由に飛んでいた。小百合はというと、ラナの指導の元に地面の上で柄がピンク色の初心者用の箒にまたがっていた。

 

「後は簡単! 魔法の呪文を唱えてお空に向かってゴーだよ!」

 

 小百合は必要以上に緊張して体が震えている。顔は苦しいのを我慢でもするようにこわ張っている。ラナはそんな変な状態の小百合を今まで見たことがなかったので首を傾げてしまった。

 

「小百合、どしたの?」

「な、何でもないわ、行くわよ!」

 小百合は柄を握る手に力を入れて言った。

 

「キュアップ・ラパパ! 箒よ飛びなさい!」

 小百合の足元から空気の波動が起こり、舞い上がった埃がドーナツ状に広がる。そして小百合の足が地面から離れた。

 

「浮いた! そのまま思い切って飛ぼう!」

 

 小百合は地上から1メートルくらいの高さまで上昇したものの、その後は1メートルの高度を維持しながらゆっくり飛んでいた。ラナにひどい目に合わされた記憶がよみがえって足がすくむ。

 

「駄目だわ……」

「行け~、上昇だ~、上昇だ~」

 ラナが小百合の周りを高速でグルグル回ってすごく目障りだった。

 

「ちょっと静かにして! 集中できないでしょ!」

「あれれ、どうしちゃったの? いつもの小百合ならなんでもバーンってやっちゃうのに~」

 

「誰にだって苦手なものの一つくらいあるのよ」

「こんなダメダメな小百合はじめて見た~」

「うるさいわね! 全部あんたのせいなんだからね!」

 

 その様子をみらいとリコとジュンが箒に乗りながら上から見ていた。

「なんだよあれ、全然ダメじゃないか」

「仕方ないよ、初めてなんだもん」

 

 みらいがジュンに言った。リコはこの二人とはまったく別の観点から小百合の飛行を分析していた。

「みんな初めて箒に乗った時はどうだった?」

 

 リコに聞かれてみらいとジュンは思い出す。

「わたしはものすごーく高く飛んじゃって、すごくびっくりしたよ。その後は少しうまく飛べたけど、最後はリコと一緒に墜落しちゃったよね」

 

「よく墜落するな、リコは」

「あれはみらいを助けようとしてそうなったのよ! 不可抗力だし!」

 

 ジュンがにやけながら少し意地悪な言い方をして、リコは思わぬところで恥をさらし慌てて全力否定する。ジュンはリコをからかった後に真面目な顔になって答えた。

 

「あたいは変な方向にすっ飛んでって先生に止めてもらったな」

「わたしもそうよ。低空を維持しながら安定して飛ぶなんて、最初からできることじゃないわ。小百合はもう箒を操るだけの技術は持っているのよ。何か理由があって高く飛ぶのを拒んでるみたいだけど」

 

「そういう見方もあるのか。じゃあ、あいつ結構すごいのか?」

「それは、そのうち分かると思うわ」

 リコはジュンに言った。リコはあまり小百合の魔法の事には触れたくなかったのだ。

 

 箒実技の授業が終わって教室に戻り休み時間になると、小百合の魔法を疑っていたジュンが立ち話のついでに少し意地悪な質問をした。

 

「なあ、あんた。どうやって魔法の杖を手に入れたんだ?」

「どうって、きのう樹の上から落ちてきたのよ」

「それマジなのか? そんなことってあるのかよ?」

 

「わたしの時もそうだったよ。樹の枝が光って、この魔法の杖が落ちてきたの」

 みらいがハートの杖を見せながら言った。少女たちは教室の片隅で輪になってお話ししていた。

 

「そっか、あんたもみらいと同じでナシマホウ界から来たんだもんな、みらいと同類ってわけか」

「校長先生は魔法界がわたしを受け入れたと言っていたわ」

「ふーん」

 

 それからジュンは小百合を見たまま微笑する。その笑みに小百合は人を侮るようなちょっと嫌な空気を感じた。

 

「あんたさ、少しくらいは魔法を使えるんだろ? いまここで見せてくれよ」

「そんなこといったら小百合が困るよ。きのう杖を手に入れたばっかりで魔法なんてうまく使えるわけないもの」

 ケイが小百合を擁護するように言っている時に小百合が自分の杖を出した。杖の三日月の部分にみんなの視線が集まる。

 

「それが小百合の杖なんだ、きれい」

 エミリーが見とれていると小百合はいった。

 

「もちろんうまく使える自信なんてないけど、みんなにわたしの魔法を見てもらって、改善すべき点を教えてもらいたいわ」

 小百合は隣にいるラナのとんがり帽子に三日月を向ける。

 

「キュアップ・ラパパ、帽子よ浮きなさい」

 ラナの頭から帽子が浮き上がって離れていく。

 

「わあ、わたしの帽子ぃ」

「ちょっと借りるだけよ」

 

 小百合は一同を見て言った。

「ナシマホウ界にはユーフォーというものがあるんだけど、ラナの帽子でその動きを再現してみるわ」

 

「ユーフォー? なんだいそれ?」

「ユーフォーっていういのは宇宙人が乗ってる円盤型の宇宙船で、ものすごい速さでビューンて飛んで、ピューって上がっていくんだよ!」

 みらいの説明にジュンが苦笑いする。

「すまん、みらいの言っていることが全然わからん」

 

「わたしわかる~。円盤がビューンて飛んでピューって上がっていくんでしょ~、目に見えるよ~」

「なんなんだこの二人は……」

 変にシンクロするみらいとラナを見て、ジュンは珍獣でも見つけたような気持になった。

 

「見てもらえばわかると思うわ。できるだけ上手くやれるように努力するからね」

 

 小百合が杖を真上に上げると、ラナの帽子が急上昇する。勢いが凄かったので少女たちに風圧がかかってきた。小百合が杖を動かすのに合わせてラナの帽子が回転しながら相当な速さで教室中を縦横無尽に移動する。立ち話をしているクラスメイトの間を見えないくらいのスピード通り過ぎてみんなを驚かせたりもした。

 

「な、な、なんだこの魔法の切れは!?」

 

 ジュンが驚きのあまり叫んでいた。それが余計にクラスメイトの注目を集めることになった。小百合は真剣な表情で杖を振っている。帽子は急に空中で止まって床近くまで急降下したかと思えば、今度は天井近くに急上昇し、最後は高速で戻ってきてラナの頭の上へ。勢いが余って帽子が目深になり、ラナの顔が半分くらい隠れてしまった。

 

「うわぁ~、見えない~」

「ごめんなさいね。まだうまく調節できないわ。どうだったかしら、わたしの魔法は?」

「いやぁ、どうだったって言われても……」

 

 ジュンはそれ以上の言葉が出ない。2年以上も魔法の勉強をしている自分よりも上だとは、さすがに言いずらい。ケイとエミリーに至っては幻でも見ているような目をしていた。小百合が自分の魔法はあまり良くなかったのかと思ったその時に、ケイとエミリーの声が上がった。

 

「うそ、なんでそんなに上手なの!?」

「ええっ!? 杖を手に入れたのが昨日だなんて信じられない!?」

「やっぱり小百合の魔法すごいね」

 

 小百合の魔法を既に見ているみらいだけは落ち着いていた。そんな誉め言葉を聞いた小百合は何故か不機嫌そうに言った。

 

「そんな社交辞令はいらないわ。ちゃんと正直な感想をいってちょうだい」

「いやいや、おねいさん。普通の人は最初からこんなうまくできませんから」

 

 ラナにそう言われると、小百合は自分の魔法は本当にすごいのかもしれないと思い始めた。ジュンが狐につままれたような気持で言った。

 

「驚いたな。いきなりこんなに魔法が使えるなんて、リコとは正反対だね」

 

 ジュンが言った瞬間にリコの周りの空気が凍った。小百合がえっと思ってリコを見ると、リコは目をそらしてしまう。リコはいたたまれなくなって無言で輪から離れて自分の席に戻った。その後も誰とも目を合わせようとしなかった。そんなリコを見てみらいも心が痛くなる。それからみらいはジュンを向かって片方の頬を膨らませてプンプン怒りだす。

 

「ジュン、デリカシーなさすぎだよ!」

「す、すまん。でもさ、リコだって今は魔法の実技上の方だろ。なんであんなに落ち込む必要があるんだよ?」

「きっと、わたしたちには分からないことが色々あるんだよ」

 

 リコはプライドを傷つけられたのだ。同じくプライドの高い小百合にはその気持ちがよくわかる。

 

「リコは魔法が苦手だったのね?」

 ジュンは小百合に頷いて言った。

「ああ、一年の終わりごろまではビリケツだったんだ」

 

 みんなの意識がリコに集まっている時に小百合は少し目を細くして悪心のあらわな笑みを浮かべた。

 

 ――これは利用できそうね。

 

「ええ~、そんなはずないよ! ビリはわたし、リコはビリから2番目だよ!」

 ラナが出てきてフォローにもならない事を言うと、小百合が冷たく言い放った。

「あんたの場合は数にも入ってなかったんでしょ」

 

 ラナは特異中の特異だったので小百合の言ったことは的を射ていた。



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中間テストとリコの涙

 その日からリコと小百合の戦いが始まった。と言っても、周りからはそう見えるという話で、本人たちの間にはそこまでの意識はない。今までは難解な問題を率先し答えていたのがリコだけだったのが、そこに小百合も加わるようになったので二人で競争しているように見えてしまうのだ。そのうちに生徒たちの間では二人はライバル同士という認識になっていく。

 

 ある時、小百合は職員室まで行ってリズ先生にお願いした。

「リズ先生、今までの魔法の実技の試験を全部やらせてください」

 

 それを聞いた周りの教師は驚いていた。リズは小百合の無理とも思えるお願いに笑顔で答える。

「いいわよ。一度に全部は無理だから、放課後に少しずつやっていきましょう。でも次の試験には間に合わないわね……」

 リズは残念そうに言った。

 

「期末試験には間に合います」

「そうね、あなたならそれで十分ね。さっそく今日からやる?」

「よろしくお願いします!」

 小百合のやる気に満ちた声が職員室に響き教師達を感心させた。

 

 魔法実技の試験は勉学の試験とは違って、一年生から今までの課題をすべてクリアしなければ受けることができない。魔法実技は危険もある為、実績が求められるのだ。

 

 誰もいなくなった放課後の教室にリズが入ってくる。そこには数人の少女が残っていた。小百合が黒板の前で待っていてリズに頭を下げる。ラナを始めにみらいとリコ、ケイ、ジュン、エミリーも様子を見守っていた。

 

「魔法実技の試験は1年生で6回、2年生で6回、合わせて12回よ。今日から放課後に一つずつ小百合さんの実技のテストを行います。合格出来たらこれにハンコを押すわね」

 

 リズは12個のマスがある用紙を小百合に見せて言った。他の少女たちは固唾をのんで見守っている。

 

「まずはこのテストからよ。キュアップ・ラパパ」

 リズがタクトのような杖を振ると教壇の上にランプが現れる。

「このランプに火をつけて炎を燃え上がらせた後に消せたら合格よ」

 

「それだけですか?」

「1年生の最初の実技試験だからこんなものよ」

 

 リズが言うのを聞いてリコは胸に苦しさを感じる。この試験はリコにとっては苦い思い出がある。リコはランプを爆発させてしまったのだ。

 

 小百合はランプの前で黙っていた。

「どうしたの? あなたなら出来ると思うけど」

「あの、自分がどこまで出来るのか最大限の力でやってみたいんです」

「それは良いことだと思うわ。どうしたいの?」

 

 小百合の願いにより、リズの魔法で教壇に5つのランプが並べられた。何をするつもりだろう? 誰もがそう思った。

 

「キュアップ・ラパパ、炎よ燃え上がれ!」

 真ん中のランプの白い芯に火がつき、炎が大きくなってランプの外まで吹き出す。

 

「炎が少し大きすぎないか?」

 ジュンが燃え上がる炎を見つめて言う。小百合が杖を振ると、炎の一部がプロミネンスのように弧を描いて隣のランプに移った。

 

「炎を移動させた!?」

「なんだそりゃ!?」

 リコとジュンが同時に驚愕する。

 

 小百合は火がともった二つ目のランプの炎を燃え上がらせてその隣に移す。それを繰り返してすべてのランプに火をつけた。最後に杖を一振りして5つのランプの炎を同時に消した。

 

 魔力と集中力を消費した小百合は大きく一息ついた。リズが控えめな拍手をしていた。

「ここまで出来るなんて正直驚いたわ、試験は合格よ」

 

 リズが用紙にハンコを押して小百合に渡す。するとラナが大騒ぎした。

「小百合やったね! ちょ~すごいよ~、最高だよ~」

「よろんでくれるのは嬉しいけど騒ぎすぎよ」

 

 小百合は言いながらリズから受け取ったものを見た。

「……先生、ハンコが二つ押してありますけど」

 

「魔法で物を移動させる物体移動の実技試験があるのだけれど、質量のない炎を移動させる方がずっと難しいのよ。ですから物体移動の試験も合格とします」

 

「一気に二つも、すごいよ小百合!」

 みらいもラナと一緒で自分のことのように喜んでいた。

 

「テストは一週間後だから、魔法の実技のテストには間に合わないね」

「もし小百合がテストを受けられたら一番になるんじゃないかな」

 ケイとエミリーが言うと、リコは浮かない顔をしていた。

 

 

 

 まもなく学校内で小百合の魔法がすごいらしいと噂になっていた。それはラナを始めに、みらい、ケイ、エミリーの口から広まっていったものだ。それから放課後の小百合のテストに少しずつ人が集まるようになった。どのテストでも小百合はみんなを驚かせたが、特に水を操る試験では水でリリンの形を作ってそれを自由に飛ばし喝采を浴びた。

 

 テスト直前のこの日も小百合の試験を見に校庭に生徒が集まっていた。今度は何をやってくれるんだろう? とみんな少し楽しみにしている。リコだけはいつも難しい顔で小百合の試験を見学していた。彼女は小百合と自分の魔法を比較していた。昔の自分とは比べ物にならないが、今の自分と比べてどうか? と。

 

 小百合は自信満々の姿で校庭の中央で待っているリズに向かって歩いていく。その右手には魔法の杖がある。

 

「先生、今日はどんな試験ですか?」

「今日の試験には魔法の杖は必要ないのよ」

 

 リズが右手を上げるとボンと白い煙に巻かれて箒が現れる。リズはその箒を持って小百合に見せた。

 

「今日は魔法の箒のテストよ」

「ほ、箒!? そ、そうですよね、当然それもありますよね……」

 

 小百合の全身に冷たい汗がにじむ。他人のせいにしてはいけないと思う反面、ラナが恨めしくなってしまう。そんな小百合の気も知らずにリズは箒を小百合に渡していった。

 

「あなたなら上級者用で行くわよね」

 

 生徒が周りに集まっている状況で最悪の展開になる。

 

「小百合~、がんばれ~っ! 小百合なら上級者用でも楽々だよ~っ!」

 小百合の箒の実力を一番知っているはずのラナが大声て叫ぶと生徒たちの期待が高まる。

 

 ――ラナのバカーーーっ!!

 

 小百合はよっぽど大声で叫びたかった。小百合は恥ずかしいやら情けないやらでもう死にたいと思いながらリズに言った。

 

「初心者用でお願いします……」

「あら、そう」

 

 リズは意外そうに言って、小百合から箒を返してもらうと上級者用の箒はまた白い煙をあげてリズの手の中に消え、今度は初心者用の箒を出して小百合に渡した。

 

「あなたが思うように自由に飛んでみて」

「自由にですか……はい」

 

 小百合が初心者用の箒にまたがり必要以上に力んで言った。

「キュアップ・ラパパ、箒よ飛びなさい!」

 

 これ以上恥をさらしたくはない。小百合は心の中で呪文のように唱えた。

 ――気合入れなさいわたし、気合いれなさいわたしっ!

 

 小百合が思い切って箒を上昇させると箒が今にも制御不能になって暴れだしそうに思える。

 

「ひいぃ、やっぱりだめ!」

 

 小百合は情けない声を出して高度を下げると、あとは自分が安心できる低空で飛んでいるしかなかった。みんなの視線が集まって小百合は死ぬほど恥ずかしい。そんな小百合を見てエミリーは瞳をうるませる。

 

「小百合の気持ち、すごくよくわかる」

「あいつはエミリーと違って度胸ありそうに見えるんだけどなぁ」

 ジュンが不思議そうな顔をしていた。

 

 小百合は校庭に降りるとすごすごとリズに近づいていく。恥ずかしくて目を合せることができなかった。

 

「箒の制御は完璧にできてるけど高度が足りないわね。箒の試験は最後にもう一度やりましょう、それまでにしっかり練習して下さい。大丈夫よ、あなたなら必ずできるから」

 

「はい、がんばります……」

 

 リズの優しさが小百合の胸に痛かった。小百合からいつもの自信満々な姿が消え失せて、肩を落としてすっかり元気をなくしてしまう。集まっていた生徒たちは期待していたアトラクションが思いのほかつまらなかったとでも言うように不満を残して去っていく。小百合のところには、みらいとラナが駆け寄ってきた。

 

「小百合、残念だったね。わたし箒の練習に付き合うよ」

「みらい、ありがとう。あなたはいい人ね」

 

「小百合も失敗する時あるんだねぇ。わたし見直しちゃったよ~」

「そんな風に見直されたくないわ……」

 

 ラナの一言で余計に小百合の元気がなくなる。もうラナに言葉を返す気力もなかった。

 

 

 

 恥をさらして散々な小百合だったが、翌日のテストにはしっかりと気持ちを切り替えてのぞんだ。魔法界では魔法力学、魔法界数学、魔法界地理、魔法界歴史、魔法界生物、占星、魔術、飛翔術の8教科のテストが行われる。そして上位の10人までは校内の掲示板に名前が載るのだ。小百合は今の自分がどれだけできるのか試すつもりでテストに臨んだ。

 

 テストの翌日の朝、掲示板の前に生徒たちが集まる。掲示板といっても張り紙などはなく、白いスペースの上に魔法で文字が浮かび上がっているのだ。

 

「みらい、すごいじゃないか! 9番だってさ!」

 

 ジュンの声に反応して何人かの生徒が振り向いてみらいに注目する。思いもしなかった好成績に、みらいは最初は信じられないという顔をしていた。

 

「そんな上の方だとは思わなかった、びっくりだよ」

 嬉しいやら驚くやらのみらいと一緒にケイもその喜びを分かち合った。

「リコと一緒に毎日遅くまで勉強していたもんね」

 

「ケイはどうだったんだい?」

「わたしはいつも通りだよ」

 

「いつも通り、リコが一番ね。やっぱり、リコはすごいわ!」

 エミリーがリコにメガネの奥から尊敬のまなざしを送ると、

 

「ありがとう。でも、わたしよりもみらいの方がすごいと思うわ。短い時間でよく頑張ったと思う」

「リコがいてくれたからだよ!」

 

 なぜか一番を取ったリコはあまり嬉しそうではない。みらいにはそれが気になる。

 

「うわ! 見て小百合、2番だって~」

「あんた、よくそこから見えるわね、どんな目してるのよ」

 

 人だかりの後ろの方から声が聞こえると、そこに注目が集まった。ラナが額に手をかざして掲示板の上の方を見つめている。

 

「リコと3点差だよ~、惜しかったね!」

「そう、まあまあね」

 

 小百合は無感動に言った。一方、リコは死地から生還できたような安堵感に包まれていた。

 

 ――よ、よかった。勉強で負けたら立つ瀬がないもの。

 

 それにしてもとリコは思う。小百合はたった2ヶ月ほどで2年分の勉強をこなしてきたのだ。リコにもナシマホウ界で似たような経験はあるが、リコの場合は一年遅れでのスタートだった。小百合はその時のリコより2倍勉強したことになる。違いと言えば、リコが一番の成績を取ったのに対して、小百合は2番だということくらいだ。この差は微々たるものと言える。

 

 ――小百合はすごいわ、それは素直に認めなければ……

 そうして前に進まなければ、次は小百合に負けるとリコは思った。

 

「なんだいあの態度、いやな感じだな。あいつは好きになれないタイプだね」

 

 小百合の「まあまあね」という言葉にジュンがむかついて言うと、リコが小百合に向かって歩き出してジュンはその姿に視線を引っ張られた。リコは一番になった者の貫禄をもって小百合の前に進む。

 

「あなたはすごいわ、短い期間でここまで成績を上げてくるなんて」

「リコ、前にあなたから勉強を教わっていなければ、ここまで来ることはできなかったわ」

 

「わたしは大したことは教えていないわ」

「小さな事のようだけれどスタートが肝心よ。あなたに最初に勉強を教わることができたのは幸運だったと思っているわ」

 

 小百合の言ったことは変に対抗心を燃やされるよりもずっと重くリコの胸にのしかかってくる。リコは身の引き締まるような思いがして、心を新たに、そして小百合に負けないように勉強を頑張ろうと思うのであった。

 

 

 

 数日後に実技のテストも終わり、総合の成績が発表された。リコは自分の席で手渡された成績表を見つめている。そこには全てのテストの点数と総合得点が記載されている。リコは全体で4番の成績だった。前回は実技が足を引っ張っての10番だったので、この成績からはリコの魔法が上達していることがうかがえる。ついに主席の座が見えてきて本当なら喜ぶところだが、リコはどうしても喜ぶ気持ちにはなれない。それどころか、自分の中で見えている現実に悩まされていた。

 

 ――もし小百合が実技のテストを受けていたら間違いなく首席だったわ。わたしは負けていた……。

 

 今まで小百合の実技の試験を見てきて、リコはそれを認めざるを得ない。小百合はテストを受けていないから関係ないと言えばそれまでだが、真面目なリコはそんなふうに割り切ることはできなかった。魔法の成長に個人差があるのは分かっているが、それでも自分と小百合との間にある格差に打ちのめされてしまうのであった。

 

 その日の授業が終わり、リコはみらいと一緒に寮に向かう。

 

「ねえ、リコ、次は一番になれそうだね!」

 何となくリコの元気がないので、みらいは元気づけようとあれこれ言っていた。

 

「ええ……」

 

 やはりリコの反応が薄い。どうしたらリコが元気になれるのか、みらいは一生懸命考えていた。その時に廊下でリズとすれ違った。リコは姉に大して嫌な気持があって下を向いて目をそらす。小百合に直接教えを与えていた姉が自分のことなど忘れてしまっているような気がしてしまう。

 

「リコ」

 後ろから呼ばれ、リコは思わず顔を上げて振り向いた。

 

「ついに一番が見えてきたわね。あなたなら必ずできると信じているわ」

「お姉ちゃん……」

 

 リコの胸にこみあげてくる思いがあり、同時に涙が溢れてしまう。

 

「リコ?」

 リズが近づいてきて心配そうに妹のことを見つめる。

 

 ――わたしはバカだわ。お姉ちゃんはこんなにも、わたしのことを見ていてくれたのに……

 

「その涙は少し早いんじゃないかしら」

「お姉ちゃんの言ってくれたことがうれしくて、もう大丈夫だから」

 

 リコは涙を拭いてから姉の目をしっかり見つめていった。

「お姉ちゃん見てて、わたし絶対一番になるから」

 

 リズは嬉しそうに微笑を浮かべて頷いていた。そんな姉妹の姿を見ていたみらいは、リコが元気になって本当に良かったと思った。



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リンゴの収穫と商店街の女王

 薄暗いの世界の中で全身が闇色のヨクバールとダークネスが戦っていた。激しい戦いの末に、ダークネスはヨクバールの手にとらわれてしまう。ヨクバールの手に力が入り、身動きの取れないダークネスが全身を締め上げられる。彼女はもうおしまいだと思った。

 

 小百合が夢にうなされて目を開けると、お腹に変な重圧を感じる。頭だけ起こして見てみるとラナが小百合のお腹の上に覆いかぶさって眠っていた。

 

「なんでこんなに寝相が悪いのよ、ええいっ!」

 

 小百合がラナを押しのけて起き上ると、ラナは転がって仰向けになった。その後もラナは気持ちよさそうに眠りこけていた。

 

「小百合おはようデビ」

「おはよう」

 

 一緒にベッドで寝ていたはずのリリンはもう起きていて、テーブルの上に座って小百合のことを見ていた。

 

 着替えた小百合がリリンを抱いて外に出てくる。その姿はコバルトブルーのカートルに同色のロングスカート、そして白いエプロンと白いケープ、ラナのおばあちゃんが若い頃に着ていた服を借りたのだ。

 

 まだ早朝で朝焼けが差してきている。小百合はリリンと一緒に散歩しようと思って歩き出した。そうするとすぐにエリーに出会った。彼女は早朝からリンゴの収穫に勤しんでいた。今日は休日だが、リンゴ農家の収穫期に休みなどない。

 

「キュアップ・ラパパ、さあハサミたちよ、チョッキンチョッキン収穫よ」

 

 5つの(かご)と5本のハサミが同時に操られて、ハサミが枝から真っ赤なリンゴを次々と切り落としていく。枝から切った後のリンゴはふわりと浮いて、傷がつかないように優しく籠の中に積まれていった。様々なものを同時に動かす為なのか、エリーがリンゴの杖を振る動きが指揮者のようにしなやかで複雑だ。小百合はしばらくエリーの魔法に見入っていた。

 

「すごくきれいデビ~」

 リリンがエリーのたおやかな姿に感動して、エリーはその声で小百合の存在に気づいた。

 

「おはよう、小百合ちゃん」

 エリーは杖を動かしなら言った。

 

「おはようございます。エリーさん、わたしにも手伝わせて下さい」

「手伝ってくれるの? でも、魔法でリンゴの収穫は難しいわよ」

 

「やってみます」

「じゃあ、予備の籠とハサミがそこにあるから使って」

 

 小百合は杖を出してリンゴの木の下に積んである籠に向かって唱える。

「キュアップ・ラパパ!」

 

 小百合の魔法でハサミの入っている籠が動き出す。小百合はゆっくり杖を動かして慎重に籠をリンゴの木の下に持っていく。

 

「ハサミよ収穫して」

 

 小百合の命令でハサミが動き出す。リンゴをハサミが切り落としたところまではよかったが、リンゴが籠に勢いよく落ちてしまった。

 

「しまった……」

 

 ――複数のものを同時に動かすのがこんなに難しいなんて

 

 リリンがリンゴの樹の根元に座ってリンゴをかじりながら収穫の様子を見ていた。

 

 それから小百合は苦心しながらもリンゴの収穫に慣れていった。だいぶ時間がたって日が強くなってきた頃に、小百合は二つの籠とハサミを同時に動かすことに挑戦したが、それはうまくいかなかった。収穫がひと段落する頃に小百合は五つの籠をリンゴでいっぱいにするのがやっとだった。エリーはその10倍以上のリンゴを収穫していた。

 

 リンゴの木の下で息を切らしている小百合にエリーは言った。

「魔法が使えるようになったばかりでここまで出来るなんて大したものだわ」

 

「もっとお役に立てればよかったんですけど」

「十分よ、手伝ってくれてありがとう」

 

「複数の物を魔法で同時に動かすのって難しいんですね」

「そうね、慣れが必要よ。でも、小百合ちゃんなら少し練習すれば籠二つくらいは使えそう」

 

「リズ先生の水で作った像の玉乗りもすごかったけれど、エリーさんのリンゴの収穫は圧巻でした」

「実技ではリズに勝っていたもん。その分勉強では負けていたんだけどね」

 

 小百合は山積みになっている籠一杯のリンゴを見ながら言った。

「それにしても、この大量のリンゴはどうやって出荷するんですか?」

 

「カタツムリニアで運ぶのよ。この時期は出荷用の定期便がくるの」

 

 エリーと小百合が話していると、パジャマ姿のラナがあくびをしながら農道を歩いてきた。

 

「あ、エリーお姉ちゃんと小百合だ。なにやってるの?」

「あんたが眠こけてる間にリンゴの収穫を手伝っていたのよ」

 

「ふ~ん。それよりもお腹空いたよぅ」

「あんたリンゴ農家の娘なんだから、少しは興味持ちなさいよ」

 

 エリーは微笑みながらラナの頭をなでて言った。

「じゃあ、ご飯にしましょうか」

「うわ~い!」

 

 食事はいつもエリーが用意してくれていた。小百合は悪いので自分たちで何とかすると言っても、エリーは気にするなと食事を持ってきてくれる。

 

 朝食の時間にラナがエリーに言った。

「エリーお姉ちゃん、今日はアップルパンの日だよね」

「ええ、そうね。仕込んだアップルパンを魔法商店街に卸さなくちゃ」

 

「それ、わたしたちにやらせて下さい。いつもお世話になっているのでお礼がしたいんです」

「いいのよ、そんなに気を使わなくても」

 

 エリーが言うとラナが手をあげる。

「わたしアップルパンのお店ぜ~んぶ知ってるよ!」

「それなら丁度いいわ。ぜひわたしたちにやらせて下さい」

 

 恩返しがしたいという小百合の気持ちがエリーに伝わる。それに、エリーはまだまだリンゴの収穫や出荷などで忙しいので、小百合の申し出はありがたい面もあった。

 

「それじゃあ、お願いしようかしら」

「ラナと一緒に行ってきます」

 

「もう一つお願い。校長先生にもアップルパンを届けてほしいの」

「わかりました。帰りに魔法学校によっていきます」

 

 それから小百合たちは魔法学校の制服に着替えてから、二人用の箒にアップルパンの入った大きな籠を下げて魔法商店街へと向かった。

 

 

 

 みらいとリコも小百合たちも学校で忙しかったが、闇の結晶集めもしっかりやっていた。闇の結晶は人が集まるところに多く出現するらしく、魔法商店街ではよく見つかる。リコたちも小百合たちも度々商店街に闇の結晶を探しに来ていたが、小百合の方で気を付けて避けていたので、ばったり出会ったりはしなかった。

 

「あっちに行ったよ、リコ!」

「待ちなさい!」

 

 賑やかな商店街を少女たちが風を切って箒を飛ばしている。二人は空中から一匹の猫をおいかけていた。

 

「なんで猫が闇の結晶なんかをくわえているのよ」

 リコが急降下して逃げる猫に近づく。すると、猫は急角度で曲がって建物の間にある細い隙間に入ってしまった。

 

「リコ、危ない!」

 みらいの鬼気迫る声が飛んでくる。リコが前を見ると街路樹が迫っていた。

「うわあっ!?」

 

 リコはとっさに急上昇して樹にぶつかるのは回避できたが、茂った葉の中に突っ込んでしまう。その後リコは深い枝葉の中から葉っぱをまといながら突き出てきて止まった。

 

「リコ、大丈夫?」

「はぁっ、何とかね。久々に墜落するところだったし……」

 

 リコのとんがり帽子に葉っぱが乗っかっていた。モフルンがみらいの懐から身を乗り出して商店街を見おろしていった。

 

「猫はどっかいっちゃったモフ~」

「仕方ないわ、諦めましょう」

「プリキュアにでもならないと猫にはおいつけないよ」

 すんなり諦めるリコに対して、みらいは少し悔しそうだった。

 

 

 

 路地裏の少し開けた場所に沢山の猫があつまっていた。猫たちは一段高い木箱の上に君臨する白い女王にくわえてきたものを献上している。

 

「集まってきたね」

 

 フェンリルは木箱の下に小山になった物の近くに下りてくる。

 

「フェンリル様、今日はこれで全部ですにゃ」

 群れの中にいるロナが言った。

 

「よしよし、よくやったお前たち」

 小山の物をよく見たフェンリルの表情がかげる。

「なんだいこりゃあ」

 

 フェンリルが手に取って見たのは銀色の鈴だった。それをポイと捨てて小山の内容を確認していくフェンリル、見る程にイライラが増してくる。闇の結晶に大量の異物が混ざっていた。

 

「鈴やただの石ころはまだわかる。魚の骨が混ざってるのはどういうことなんだ!?」

 

 フェンリルが前足をすごい速さで動かして闇の結晶じゃない物をポイポイ投げて、群れの猫たちはフェンリルが不機嫌になっているのが分かって怖くなった。ロナがそんなフェンリルに近づいて頭を垂れて言った。

 

「自分からもよく説明しているんですにゃ。でもなかなか理解してもらえませんのにゃ」

「まだ理解できないのかい!?」

 

 フェンリルは思わずロナを怒鳴り散らした。すぐに彼女は怒りを鎮めて言った。

 

「これが猫の感覚ってやつなのかねぇ。まったくわからないね。……まあ、わたしも今は猫だけどな」

 

 フェンリルが闇の結晶の中から大きなネズミを引っ張り出した。

「これはお前か、マホドラ?」

 

「へい」

「聞いていいか? なんでネズミなんだい?」

 

 群れの一番前にいる巨体のマホドラがフェンリルに精いっぱい媚びをうって言った。

「フェンリル様に喜んでもらおうとおもいやして」

 

「こんなものいるかーっ!! 闇の結晶を持ってこい!!」

「ひいぃっ、すみませんフェンリル様ぁっ!」

 

 体の大きなマホドラが頭を押さえて伏せると群れの中に恐怖が伝搬していく。その空気を感じてフェンリルは失敗したと思った。

 

「まあ、それなりには集まった。よくやったね、お前たち」

 

 フェンリルは闇の結晶をかき集めながらなるべく優しく言った。それを聞いても猫たちの緊張が解けない。

 

「これからもよろしく頼むよ」

 

 猫たちが去った後にフェンリルは闇の結晶を袋に詰めて口紐を縛ってから言った。

「鞭だけじゃいけないね、そろそろ飴も与えないと」

 

 その時、フェンリルが首から下げているタリスマンが光りだした。

「闇の結晶の反応だと? かなり強いな」

 

 

 

 みらいとリコが商店街の道を並んで歩いていく。辺りは買い物に来た客やお店の呼び込みなどで賑わいつつあった。

 

「アクシデントはあったけど、それなりに見つかったわね」

「朝早く来たかいがあったね!」

 

「せっかくここまで来たんだから、カフェテラスによっていきましょう。この辺に有名なお店があるの」

「今、カフェテラスっていいました?」

 

「アップルパンが有名で、行列ができるほどの喫茶店なのよ」

「魔法界の喫茶店! ワクワクもんだぁ!」

 

 みらいが大きな声を出すので通りがかりの人々が振り向いて、リコは恥ずかしい思いをしいた。



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赤き情熱のルビースタイル!

知っている方は、ルビースタイルの変身シーンは読まずに脳内再生して台詞だけ読むことをお勧めします。読んで頂ければうれしいですが、無理に読むと疲れると思います。

手抜きはしたくないので、可能な限りやれることは全部やろうと思っているのですが、
プリキュアの変身シーンを文章で再現するのは無理がありますかね……


 カフェ魔法瓶の開店にはまだ時間があった。表通りには人が並び始めている。ラナはお店の裏口に箒を降ろして二人で着地する。裏口の前でお店のオーナーが待っていた。

 

「おや、今日はラナちゃんが持ってきてくれたんだね。それにしても久しぶりだね」

「おじさん、久しぶり~」

 

 小百合がホールで3段のアップルパンを籠から取り出してオーナーの男性に近づく。リンゴたっぷりのパンなので、ホール三つは結構な重量がある。小百合は落とさないように慎重に運んできた。

 

「お待たせしました、アップルパンです」

「おお、ありがとう。キュアップ・ラパパ、移動」

 

 オーナーが杖を振ると、小百合の持っていたアップルパンがひとりでに浮いてお店の奥へと移動する。それが終わるとオーナーは言った。

 

「いやあ、きれいなお嬢さんだね。ラナちゃんのお友達かい?」

「そうだよ! 小百合っていうの、親友なの!」

 

「ラナちゃんの親友か、そりゃあいい。仕事が終わったら二人で店によりなよ、お茶とケーキをごちそうするからさ」

「やった~っ、おじさん、ありがと~」

 

 ラナとオーナーが話している時に小百合が裏口から店の外の方に目をやると、店の前の行列の中にみらいとリコの姿を見つけた。

 

 ――あの子たち、きっと闇の結晶を探しに来ているのね。

 

 自分たちは闇の結晶を探しに来ているわけではないので、小百合は特に警戒はしなかった。喫茶店への配達が終わると次は高級宿屋に向かった。

 

 

 

 その頃、商店街の一角が騒然としていた。巨体のボルクスが街を歩き、その一歩ごとに地面が振動する。人々はその姿を見ては逃げ出し、慌てて店を閉め出す人もあった。

 

「強い闇の匂いだ。どこにいるプリキュア」

「なんだい、騒がしいと思ったらボルクスだったのかい」

「うん? 誰だ?」

 

 ボルクスが足元を見ると白猫がちょこんと座っていた。

 

「フェンリル? おめぇ、こんなところでなにやってるんだ?」

「そりゃこっちの台詞だ。あんたみたいのがこんな街中に出てきたら大騒ぎになるだろう、迷惑なんだよ」

 

「なにぃっ! 俺様はプリキュアを倒すためにここに来たんだ! つえぇ闇の匂いを感じるから、近くにいるはずだ!」

「あんたにしちゃあ、頭を使ったね。恐らくビンゴだろう。近くに闇の結晶を集めてる奴らがいるよ。闇の結晶の反応が複数ある」

 

「どこだ、プリキュア! 姿を見せろ!」

「落ち着きなって! 叫んだって出てきやしないよ。それよりもいい方法がある。二人でヨクバールを召喚するんだ」

 

「何だと? それの何がいいんだ?」

「いいから言われた通りにやりな!」

「チビのくせに、この俺に命令するな!」

 

 フェンリルがむっとして牙を見せる。飛びついてボルクスの顔をひっかいてやりたくなったが、自分の利益のために思い止まった。

 

「まったくわかんない奴だね! プリキュアを倒すのに協力してやるって言ってるんだよ。それがあんたの望みのはずだ。安心しな、プリキュアを倒した手柄は全部あんたに譲ってやるからさ」

「本当だろうな?」

 

「嫌ならいいよ、わたし一人でプリキュアを倒すから」

「ま、待て、それは困る! プリキュアを倒してロキ様に認めてもらわなくちゃならねぇんだ」

 

 フェンリルが隠し持っていた闇の結晶を地面に置いて手で弾くと、それがうまい具合にボルクスの手の中に入る。

「そいつを使いな」

 

 ボルクスは辺りを見て人が逃げ出して無人になっている店先に冷凍ミカンが置いてあるのを見つけた。ボルクスがそれに向かって腕を一振りすると凍ったミカンの表面に黒い結晶が突き刺さった。

 

「さて、わたしはどれにしようかね」

 

 フェンリルが見上げると、道の真ん中に幼い女の子がウサギのぬいぐるみを抱いて立ち尽くしていた。女の子はボルクスを見て震えていた。

 

「何だ? タリスマンがあのぬいぐるみに反応しているぞ」

 

 フェンリルは状況を理解するとニヤリと笑った。

「そういうことかい、丁度いい!」

 

 フェンリルが獲物を狙う獅子のように前屈みになり地面に爪を立てる。同時にボルクスは拳同士を合わせ、右腕を天に向かって突き上げた。そして二人が同時に唱える。

 

『いでよ、ヨクバール!』

 

 一瞬で空が黒い雲で覆われ、天井に巨大な闇の魔法陣が現れる。闇の結晶が突き刺さった冷凍ミカンと、結晶を内包するウサギのぬいぐるみが魔法陣に吸い込まれていく。間もなく、魔法陣から2体の黒い影が引き出されてくる。一体は氷におおわれた丸いミカンの体に竜の骸骨の仮面、背中に骨だけになったような氷の翼、それに氷の鳥の足がはえている。もう一体は竜骸の顔に長い耳の付いた巨大なウサギのような姿で、手の爪が異常に長く鋭い。足は動物のウサギそのもののような形をしていて、見た目で脚力に優れていることが分かる。

 

『ヨクバアァーーーールッ!!』

 

 2体のヨクバールの声が街中に響き人々を震撼させた。

 

 幼い少女は優しいぬいぐるみの感触を失い呆然と目の前の化け物を見ていた。

「わたしのうさちゃんが……」

「危ない、逃げるんだ!」

 父親がきて少女を抱いてそこから逃げ出した。

 

 フェンリルはウサギ型のヨクバールの体を駆け上がり、その肩に座ると言った。

「プリキュアどもを呼び寄せるのは簡単だ。ヨクバール、街を破壊しろ!」

「ヨクバール!」

 

 ヨクバールが近くの建物に長い爪を叩きつけて破壊する。一方、冷凍ミカンから生まれた丸形のヨクバールは空を飛んでプリキュアの姿を探した。街中の人がヨクバールを目撃してたちまちパニックになった。お店でくつろいでいたみらい達がその騒ぎに気付いて外に出てくる。

 

「リコ、あれ見て!」

「ヨクバール!?」

「あそこにもいるよ!」

「2体も!? このままじゃ街がなくなるわ!」

 

 みんな慌てて逃げ出して、みらいとリコだけその場に取り残される。その時に小百合たちもヨクバールの姿を見てすぐに箒で駆けつけていた。小百合は二人乗りの箒の上から道の真ん中に立っているみらいとリコを見つけていた。

 

「あそこにみらいとリコがいるわ」

「あ、本当だ! あんなところにいたら危ないよ! 早く変身して助けようよ!」

 

 ラナが後ろの小百合に振り向いて言うと、小百合は首を横に振る。

「しばらく様子を見ましょう」

「小百合、なにいってるの!? あのままほっとくつもりなの!?」

「いいから黙って見ていなさい、そうすれば全部わかるわ」

 

 リコとみらいが互いを見て頷き、右手と左手をしっかりつないで互いにその手に力を込める。二人が強くつながった場所に小さな星とハートをそえたとんがり帽子の光る紋章が現れる。少女たちは即座に光の衣をまといつないだ手を後ろに、もう片方の手を天へと向けて高らかに呪文を唱えた。

 

『キュアップ・ラパパ!!』

 

 二人の背後からあふれ出た深紅の光が螺旋を描く。

 

「モフ―ッ!」

 

 深紅の光が宙返りするモフルンの胸のリボンに接触すると、光が焔のように燃え上がり、

 

『ルビー!!』

 

 少女たちの声に合わせてモフルンの胸に力を司る真紅の輝石ルビーが輝いた。着地したモフルンは全力疾走、そしてジャンプ、みらいとリコの間に勢いよく飛び込んで3人が繋がった。

 

『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!!』

 

 輪となった3人が高速回転し、深紅の波動がかまいたちのように鋭い衝撃となって周りに広がる。小さな体のモフルンは高速の回転で体が高く浮き上がり、その身に赤いハートが刻まれると、モフルンの手からルビーの力が流れ込み、二人の身を包む衣の光が深紅に変わった。みらいとリコが手を放すと二人の手と手の谷間に光の帯で巻き上げられたリボンが現れる。リボンは解けて二人の体を伝わり頭上で大きなハート型になって弾けると、真紅の薔薇そのもののような不思議な花びらを散らした。舞い踊る深紅の花吹雪の中で二人の姿が変わっていく。

 

 みらいの右の手首に金の腕輪が現れ、真紅の花びらが螺旋となってみらいの体にまとわり流れていく。背中に長い帯の付いた赤いリボンが現れ、首には中央にピンクのハートのある白いフリルの付いた赤いネックリボン、体に燃え上がった炎が一瞬で消えて純白のロンググローブとパフスリーブの真紅と白が彩るドレスに変化する。丈が膝上程のスカートの縁には細い赤の帯がありその上下に幅の広い白のフリルがついていて、その片隅には真ん中にピンクのハートが光る赤と白のストライプリボンが現れる。

 

 リコの左の手首にも金の腕輪が現れる。真紅の花びらがリコの体に集まって輪になって巡り、花びらの消失と共に全身が燃え上がる。右腕の方から炎が消えて真紅のドレスが現れていく。長袖のオフショルダーで袖口が花を思わせる形のベルスリーブ、胸部、左腕のベルスリーブの長袖の順にドレスの姿が現れていく。ドレスの二の腕の袖口から背中にかけて白いファーの縁取りになっていた。同時に首には上部に黒のフリルの付いた紅のネックリボンが現れる。続いて胴部と下半身の一部の炎がはがれ、ドレスの黒い部分が現れ、続いてブラッドオレンジのフリルスカートと腰回りに赤と白のストライプのツインリボンが飾られ、それにそえられた二つの星が輝きを放つ。

 

 二人の足元に深紅の花びらが舞い、ミラクルのピンクのハートを飾った赤い靴と裾に赤いフリルのある純白のハイソックスが、マジカルの星が光る赤い靴と足首に白いフリルとカーターベルトの付いた紅のレッグドレス、そしてミラクルとマジカルが左手を右手を合わせると、二人の頭部にピンクのとんがり帽子のカチューシャと黒いとんがり帽子の髪飾りが。二人の髪が燃え上がって後ろに長く流れ、炎が払われた時にはロングツインテールの髪となった。最後に二人の胸に一枚の真紅の花びらが落ちてくる。それぞれの胸で花びらが激しく燃え上がり、爆炎の中から現れた中心にルビーが輝く赤と白のストライプリボン、それがミラクルの左胸とマジカルの胸の中央に彩をそえた。

 

 ミラクルとマジカルとモフルンが手を繋いで再び輪となり、体を水平に高速回転しながら下から広がる光の中へ。

 

 地上に現れたハートのペンタグラムが超高速回転で飛び去り、魔法陣から真紅の輝きと共にプリキュアとなった少女たちがモフルンと一緒に躍り出る。三人は高く跳んで、着地と同時に焔を上げ、モフルンは二人から離れていく。右側のミラクルが右の人差し指で力強く天を突き、前を指し、空を裂く勢いで右上へ振り抜き、

 

「二人の奇跡! キュアミラクル!」

 ミラクルの周囲で猛き焔が爆裂する。

 

 左側のマジカルが左の人差し指で空を射抜き、前を突き、敵を切り裂くように左へ振る。

 

「二人の魔法! キュアマジカル!」

 マジカルの背後で熱き炎が燃え上がる。

 

 ミラクルとマジカルは体を合わせ、目の前の敵を押しのけるような力強さで同時に左手と右手を前へ。

 

『魔法つかい! プリキュアッ!!』

 

 赤きプリキュアとなって現れた二人を小百合は冷静に見ていた。

「守護のリンクルストーンによってスタイルが変化するのね。変わっているのは見た目だけじゃないはずよ」

 

 ラナは驚きすぎて大きな目をさらに大きくしたままで、まだ声が出ない。しかし、次の瞬間にラナの中でくすぶっていたものが爆発した。

 

「うええぇーーーっ!? みらいとリコがプリキュアだったの!? しかも超かっこいいあのプリキュア!! 赤くてかっこよくて、さいっこうにファンタジックだよっ!!」

 

「うるさいわね……」

「小百合はこのこと知ってたの!?」

 

「だいぶ前に気づいていたわよ」

「なんで教えてくれないの、ひどいよ~っ!」

「あんたに教えたら大惨事にしかならないからね」

 

 小百合が感情なしに冷たく言い放つ。その間もミラクルとマジカルの姿を見つめていた。

 

「動き出したわ、追いかけて」

「ねぇ、助けないの?」

「動くのはあのプリキュアの能力を確かめてからよ」

 

 ラナは言われた通りにマジカルたちを上空から追いかけた。二人は屋根伝いに丸形のヨクバールに接近していた。



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フェンリルの分断作戦

「2体同時に相手にする必要はないわ、一体ずつ素早く確固撃破しましょう」

「わかったよ!」

 

 マジカルにミラクルが頷く。二人は屋根から跳んで丸型ヨクバールに急接近する。

 

『とあーっ!』

 

 二人同時のパンチがヨクバールのボディーに炸裂する。ヨクバールは氷の破片を散らしながら街の中ほどから中央の広場まで吹っ飛んでいく。

 

「ヨクバール!?」

 

 氷に覆われた丸い体が広場の階段に激突し、破壊して地中にめり込む。上空から見ていたラナは驚いていた。

 

「うわっ、すっごい飛んだよ~」

「ダイヤスタイルにはないパワーだわ。あれがルビーの能力なのね」

 小百合は淡々とルビースタイルの能力を分析していた。一方別の場所では、ボルクスがルビーの力の前に愕然としていた。

 

「おい、どうなってんだ!? 俺のヨクバールがとんでいっちまったぞ!」

「こりゃあ驚いたね、とんでもないパワーだ」

 

 フェンリルはそう言いつつも冷静で余裕がある。それとは真逆なボルクスは頭に血を上らせた。

 

「こうなったら俺様が相手になってやる!」

「まあ、待ちなよ。まだお前のヨクバールはやられていないよ。それに、あんたが出るまでもないさ。2体のヨクバールをうまく使えば奴らを倒すのはそう難しいことじゃない」

 

「本当か?」

「以前の戦いで奴らの力の本質は見抜いている。プリキュアってのは協力することで、その力が何倍にもなる。逆を言えば分断しちまえばその力は何分の一かになるってことだ」

 

「お前の言っていることは難しくて全然わからんぞ」

「どんだけ阿呆なんだい! 仕方ない、分かりやすく言ってやる。お前はヨクバールにマジカルを攻撃させろ。わたしのヨクバールはミラクルを狙わせる。あの二人は一緒に戦おうとするだろうが、執拗(しつよう)に攻撃を繰り返して分断させるんだ、それで勝てる」

 

「マジカルを狙えばいいんだな、ようし!」

 ボルクスが街の中央広場に向かって走り出す。フェンリルは近くで暴れているヨクバールに命令した。

 

「ヨクバール、キュアミラクルを狙え!」

「ギョイィーーーッ!」

 

 ウサギ型のヨクバールがその強靭な脚力で大きく跳躍する。それを3度繰り返しただけで、ヨクバールは中央広場に到達した。新たなヨクバールが現れ、丸型ヨクバールと対峙していたミラクルとマジカルに緊張が走る。そこへ今度はボルクスが現れる。それを見たマジカルが怪訝な顔をした。

 

「なんでオーガがこんな所に?」

「オーガ?」

 

 ミラクルはオーガのことがすごく気になったが、今はそんなことを聞いている余裕はない。

 

「行け、俺のヨクバール! キュアマジカルを倒せ!」

 その命令を聞いて二人はそのオーガが敵であることを知る。

 

「ヨクバール!」

 

 丸型ヨクバールの氷の翼が開き、全身からツララが突き出す。氷の翼が羽ばたくとツララがミサイルのように発射されてマジカルに迫る。マジカルがその場から飛び退くと石床にツララが突き刺さった。

 

「このーっ!」

 

 ミラクルがマジカルをフォローしようと丸形ヨクバールに向かっていくと、唐突にウサギ型ヨクバールが割り込んできた。

 

「ええっ!?」

「ヨクバールッ!」

 

 ウサギ型が巨大な腕を振りかぶり、空中のミラクルに長い爪を叩きつける。虚を突かれたミラクルはその攻撃をまともに受けた。

 

「うあぁっ!?」

 

 吹っ飛ばされたミラクルは剛速球のような勢いで広場の外側に飛んで商店の建物に激突した。轟音と共に土煙が上がる。ミラクルは3軒先の店まで突き抜けて建物を倒壊させて瓦礫の中に埋もれてしまう。

 

「ミラクル!」

 

 マジカルがミラクルに向かって大きくジャンプすると、そこへ丸形ヨクバールが突進してくる。

 

「ヨクーッ!」

「キャアッ!?」

 

 固い氷の体に弾き飛ばされたマジカルは広場の石階段に叩きつけられ、その身で階段を粉みじんにして埋没する。

 

「くぅっ、片方ずつ狙っているの!?」

 

 マジカルは片目をつぶって全身の痛みに耐えながらいった。それから立ち上がり、空中からこちらを睨む竜骸骨の真紅の瞳を見つめていった。

 

「このままじゃまずいわ、何とかしてミラクルと合流しないと」

 

 ウサギ型ヨクバールが一跳びでミラクルの目前に移動して地響きと共に降り立つ。ミラクルは瓦礫を押しのけて立ち上がっていた。

 

「このままじゃ街が……」

「ヨク!」

 

 ヨクバールが長大な爪の付いた手を伸ばしてくる。ミラクルが跳んで避けると同時に道路の方に出ていくと、中央広場の方で爆発のように煙が上がり、マジカルの悲鳴が聞こえてくる。ミラクルは前屈みになって目の前の敵に向かってまっすぐに飛んでいく。

 

「どいてーっ!」

 

 ヨクバールの腹部に飛び込んできたミラクルのパンチが沈み、その衝撃で巨体が後退する。

 

「リンクルステッキ!」

 虚空に現れたリンクルステッキをミラクルは手に取り、高く上げる。

「リンクル・アメジスト!」

 

 ステッキにハート型の紫色の宝石が現れると同時にミラクルの背後に魔法陣が開く。ミラクルが後ろに跳んで魔法陣の中に入ると、一瞬後にヨクバールの上に魔法陣が開きミラクルが飛び出してくる。

 

「たあーっ!」ワープしてきたミラクルの飛び蹴りがヨクバールの顔面に決まった。

 

「ヨクッ!?」ヨクバールの巨体がぐらついて後ろに倒れていく。高い建物の屋根からの様子を見ていたフェンリルは言った。

 

「一人でもヨクバールを圧倒するパワーか。二人一緒になったら2体のヨクバールでも負けるね」

 

 ヨクバールが倒れて石畳の道路にヒビが入る。ミラクルはヨクバールを跳び越え、マジカルのところへ向かおうとした。しかし、ヨクバールの巨大な手が伸びてきてミラクルの足をつかんでしまう。

 

「ああっ!?」

「ヨクッバールッ!」

 

 恐ろしいかけ声と共にヨクバールが腕を振ってミラクルを道路に投げつける。

 

「キャアアァッ!!」

 

 ミラクルは道路の石畳を破壊してバウンドし、再び道路に接触した後は何度も転げまわってから止まった。それを見ていたフェンリルは痛快に笑った。

 

「いいぞヨクバール! ミラクルとマジカルの距離をもっと開けろ! 絶対に一緒にさせるな!」

 

 埃だらけでうつ伏せに倒れているミラクルが前を見ると、立ち上がったヨクバールが周りの店を破壊しながら近づいてきていた。

 

「や、止めて! 街を壊さないで!」

 

 ヨクバールに向かっていくミラクルを見ながら、フェンリルはさっきとは違い神妙な顔をしていた。

 

「このまま伝説の魔法つかいを倒せればそれに越したことはないが、本当の目的は違う。奴らも闇の結晶を集めていたんだから魔法界にきているはずだ。出てこないのか、黒いプリキュア」

 

 

 

 小百合とラナはまだ空から街を見おろしている。ラナはミラクルとマジカルの戦いを何度も交互に見て死ぬほど心配していた。

 

「小百合、このままじゃ二人ともやられちゃうよ!」

「プリキュアの力を発揮できないように分断しているようね。敵は考えているわね」

「さゆりぃーっ!」

 

 ラナがそわそわしながら叫ぶ。もう我慢できないという感じだが、小百合は黙って目下で繰り広げられているマジカルの戦いを見ていた。

 

 

 

「いけーっ、ヨクバール!」

「ギョイーッ!」

 

 丸型ヨクバールが超低空を飛び、氷漬けのミカンの体で突進する。マジカルは両手を前にヨクバールを受け止める。衝撃で受け止めた態勢のまま後退していく。

 

「くうぅ!」

 

 次第にヨクバールの勢いが衰え、マジカルの踵が階段の際に接触した時にヨクバールを受け止めた状態で完全に止まった。それを見てボルクスは赤い目を見開く。

 

「げげっ、一人で止めやがった!?」

 

 しかし、マジカルはヨクバールを止めるのがやっとで反撃に転じることができないでいた。

 

「ええい、押し込めヨクバール!」

 

「ギョイ!」ヨクバールが氷の翼を広げて羽ばたく。マジカルにさらなる重圧が加えられ、ついに耐え切れずにヨクバールの体の下敷きになってしまう。ヨクバールが飛び上がって離れると、マジカルは段が砕けてほとんど平坦になった階段の中に埋もれてしまっていた。

 

「ううっ……」

 

 ダメージが大きいのか、マジカルが苦しそうにうめく。ボルクスは好機と見るやヨクバールに命令する。

 

「これでとどめだ! ヨクバールッ!」

 

 ヨクバールが高度を上げてからミラクルに向かって急降下、その時にマジカルが目を開けて素早く起き上る。

 

「まだまだなんだから!」

 

 マジカルは目の前に出たリンクルステッキを左手に取り、剣で敵を切るように強く横に振る。

「リンクル・ペリドット!」

 

 マジカルの呼びかけに乗じてリンクルステッキに若葉色のドーム型の宝石がセットされる。マジカルがリンクルステッキをヨクバールに向けると、無数の葉が螺旋の竜巻になってヨクバールに襲いかかる。まともに食らったヨクバールは、あっという間に葉っぱに全身を包まれて身動きが取れなくなった。マジカルは墜落してくるヨクバールに向かって思い切りジャンプ、

 

「はあーーーっ!」

 

 マジカルの渾身のパンチでヨクバールは葉っぱをまき散らしながら吹っ飛び、弧を描いて墜落する。とどめを刺せると思っていたボルクスはマジカルのパワーにまた驚かされる。

 

「何て奴だ!?」

 

 着地したマジカルは広場の外に向かって疾走した。

「今のうちにミラクルのところに!」

 

「ヨクバール!」

 マジカルの頭上からツララの雨が降ってくる。

「キャァーッ!?」

 

 マジカルに大したダメージはなかったが、地面に突き刺さったツララが目の前に壁を作っていた。

 

「ミラクルのところには行かせんぞ」

 ボルクスが腕を組んでマジカルの前方に仁王立ちしていた。空からはヨクバールが近づいてくる。

 

「どうしたらいいの……」

 ミラクルもマジカルも、たった一人で敵と戦う苦しさに心が疲弊していった。

 

 

 

 箒の上のラナが握った両手を胸に当てて、息が苦しいような変な声を出しながらウサギ型ヨクバールとミラクルの戦いを見おろしていた。ミラクルは懸命に攻撃を加えるが、ヨクバールの爪の一撃を受けて近くの建物に叩きつけられてしまう。その建物が崩壊して煙が舞い上がるとラナは叫んだ。

 

「もう我慢できない! わたし一人でも助けにいくから!」

「あんた一人じゃ何にもならないわ。3人そろわないと変身できないんだからね」

 

「それでも助けにいく~っ! わたしが魔法を使いまくれば、ヨクバールを倒せる魔法がでるかもしれない!」

 ラナそういうと途端に小百合は慌てた。

 

「そ、それはやめなさい! 今より恐ろしい状況になるわ!」

「このままじゃミラクルとマジカルがやられちゃうよぅ……」

 

「もう観察は十分よ、わたしたちも行きましょう」

 泣きそうなラナの顔がたちまち笑顔に変わる。

「二人を助けるんだね!」

 

「勘違いしないで、あの二人はどうでもいいわ。ただ、このままだと人的被害が出る、さっさと片付けてしまいましょう」

「そんな、どうでもいいだなんて、友達なのに……」

「あの二人は敵よ。友達だなんて気持ちは捨てなさい」

 

 小百合に言われるとラナは目伏せて黙っていた。

 

「変身するわよ、街に降りて」

「うん……」

 ラナは言われた通りに箒を降下させた。



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ダークネスとウィッチの援軍

「大変モフ、二人が危ないモフ、どうしたらいいモフ?」

 

 モフルンが苦戦するミラクルを物陰から見ていた。今ヨクバールの前に立っているミラクルは傷だらけで、見ていると涙が出そうだった。

 

「モフルンいたデビ」

「モフ!?」呼ばれて振り向くと、リリンが羽を動かしながらすぐ近くに浮いていた。

 

「リリンモフ~、今ミラクルとマジカルが大変モフ、力を貸してほしいモフ」

「それならもう大丈夫デビ」

 

 ぬいぐるみたちの間近を黒い影が風を切って走り抜ける。疾走するダークネスとウィッチが、ミラクルに攻撃しようとするウサギ型ヨクバールに向かって跳び、敵の胸部に同時に飛び蹴りを叩き込む。

 

『はぁーっ!』

「ヨクバールッ!?」

 

 吹っ飛んだヨクバールは道路に叩きつけられ、後は勢いに引きずられて巨体で街路樹をなぎ倒していく。そして二人の黒いプリキュアがミラクルの目の前に舞い降りる。

 

「助けにきたよ!」

「ウィッチ!?」

 

 振り向いて笑顔を振りまくウィッチの姿に、ミラクルは喜びを交えた驚きを示す。しかし、ダークネスはミラクルを黙って見据えていて、それが少し怖かった。

 

「あれはわたしたちが倒すから、あんたはマジカルと合流してもう一方のヨクバールを倒しなさい」

 

 ダークネスがいうとミラクルが笑顔を見せる。

「ありがとう、ダークネス!」

 

 以前、ひどい目に合わされている相手にミラクルがどうしてそんな笑顔になれるのか、ダークネスには不思議だった。

 

 ミラクルはジャンプすると屋根伝いに中央の広場に向かっていった。

 

 

 

 戦いを見ていたフェンリルは、宵の魔法つかいが現れ憎しみが込み上げてくる。

「出たか、黒いプリキュア! ヨクバール、そいつらを何としても倒せ!」

 

 フェンリルは離れたところにいたが命令は届いていた。倒れているウサギ型ヨクバールがむくりと起き上がり、新たな標的に向かって足を踏み出し近づいていく。ダークネスとウィッチに怪物の巨大な影がさしかかる。

 

「一気に片付けるわよ、ウィッチ!」

「うん! やっちゃうよ~っ!」

 

「ヨクバァール!」

 二人に長い爪が叩きつけられる。それぞれ左右に広がって攻撃を避け、二人が別々の建物の側面を踏み台に同時にヨクバールに突っ込む。

 

「はっ!」ダークネスのパンチがヨクバールの腹部に決まってよろめく。

 

「それ!」動きの鈍ったヨクバールの側頭にウィッチが蹴りを入れる。ヨクバールはたまらず一歩二歩と後退するが、その状態で空中のウィッチに爪を払う。

 

「うわわっ!?」

 

 ヨクバールの体制が悪かったので攻撃は当たらないが、爪を払った風圧でウィッチは飛ばされ、スカートを押さえながらくるくる回る。ウィッチは尻から着地して何ともなかったのでほっとした。ダークネスは腕輪を胸の前へ、隙ができたヨクバールに魔法を使おうとしていた。

 

「うさちゃん!」

「ルミ、行くんじゃない!!」

 

 突然、異質な声がダークネスの耳に飛び込んでくる。ダークネスの横を通って幼い女の子がウサギ型ヨクバールの前へ。ダークネスは想定外の事に驚き、次に戦慄した。幼い少女はヨクバールの前に立ったまま動かない。ヨクバールはその場で暴れだし、近くの建物を破壊してはがれ落ちた壁の一部が少女に迫る。ダークネスはすぐに冷静になり自身が黒い風となって走った。後ろから父親が叫ぶ声があったが、風を切る音にかき消された。

 

 ダークネスは崩れた壁が落ちてくる直前に少女を抱き、その場から離脱する。ダークネスに抱かれていた少女が地面におろされる。少女の体は震えていたが、その顔は悲しんでいるように見えた。

 

「ルミ、無事か!?」

 父親が走ってきて、息を切らせながら言った。その顔は蒼白になっていた。

 

「大丈夫です、怪我はありません」

 ダークネスは父親を安心させてから、少女の肩を抱くように優しくつかんで言った。

 

「どうしてあんな化物の前に立ったりしたの? あなたはあれが怖くないの?」

「わたしのうさちゃんなの、お母さんのうさちゃんなの……」

 

 少女は涙を流しながら言った。父親は顔を歪めて辛そうな顔をしている。

「あのぬいぐるみは、一年前に亡くなったこの子の母親の手作りなんです」

 

 それを聞いたダークネスはすっと立ち上がる。父親は幼い娘を抱きしめて言った。

「もうあきらめるんだ……」

「やだぁーーーっ!」

 

 幼い少女の泣き声が高くなる。ダークネスはまるで自分自身を見ているように感じる。歳は違えど母親を亡くした境遇は同じだ。ダークネスには少女の気持ちが自分の事のようにわかる。

 

「大丈夫よ、わたしが取り戻してあげる」

 

 少女はピタッと泣くのを止めて、涙に濡れた顔でダークネスを見上げる。

「お姉ちゃん、本当に取り戻してくれるの?」

 

「約束は必ず守るわ。だってわたしはプリキュアなのだから」

「プリキュア、伝説の魔法つかい……」

 

 父親がほとんど呆然として言うと、ダークネスは無表情のまま不本意な気持ちを声色に乗せて言った。

 

「伝説の魔法つかいではありません」

 

 そしてダークネスはヨクバールに向かって走り出す。スタートダッシュの勢いが凄まじく、親子は風圧を受けた。

 ウィッチは四苦八苦しながら一人でヨクバールの相手をしていた。

 

「ダークネス、手伝ってよ~っ!」

 

 ウィッチは攻撃はせずにひたすら逃げ回っていた。彼女はダークネスと一緒じゃないと敵が倒せないと本能の部分で分かっている。だから一人で頑張って戦うという思考は生まれないのだ。

 

「もう少し頑張りなさい」

 ダークネスが右手を横に呼びかける。

「リンクル・インディコライト!」

 

 ダークネスの右腕のブレスレッドにブルーのトルマリンが現れ輝きを放つ。

 

「ウィッチ、離れて!」

 

 ウィッチは大きくジャンプしてダークネスの隣に戻ってくる。そしてダークネスが前に向けた右手から青い電流がほとばしり、ヨクバールを直撃する。敵が痺れて動けなくなっている時にウィッチが左手を天に向け、

 

「リンクル・スタールビーっ!」

 ウィッチのブレスレッドに宿ったスタールビーの赤い光が二人の体に吸い込まれる。

 

「同時に行くわよ!」

「了解だよ!」

 

 パワーアップした二人は走り出し、ヨクバールにスライディング、足をすくわれた巨体がゆっくり前に傾くと、少し後ろに下がった二人はぐっとかがんで力をため、思い切り地を蹴ってとび出す。二人の気合と共に突き上げられた拳が倒れてきたヨクバールの腹に炸裂し、巨体がくの字に曲がって真上にぶっ飛んだ。

 

「ヨクバールゥッ!!」

 

 地上に降りたダークネスとウィッチは、もう一度かがんでさらに高く跳躍する。二人は豪速で真上に飛んでいるヨクバールに追いつき、

 

『はあーっ!!』

 

 同時の気合と共に同時の空中蹴りをヨクバールにお見舞いする。

 

「ヨクーーーッ!?」

 ヨクバールはウサギの耳をなびかせながら中央広場の方に吹っ飛んでいった。

 

 その戦いの一部始終を見ていたフェンリルがオッドアイを見開いて驚愕する。

「あいつら、前より強くなってないか!?」

 

 フェンリルの視界の中でダークネスとウィッチが道路を疾走して吹っ飛ばしたヨクバールに向かっていった。

 

 

 

 中央広場の猫の像近くではマジカルが丸型ヨクバールに苦戦していた。上空のヨクバールが骸骨の口から氷のブレスをはき、マジカルはそれを身に受けて耐えていた。続けてヨクバールが急降下してくる。マジカルは動こうとして自分の足が凍り付いていることに気づいた。

 

「しまった、さっきの攻撃で!」

 

 ヨクバールが氷の翼を開き、凍ったミカンの胴体を下に急接近してくる。

 

「マジカル!」

 

 その声を聴いた時にマジカルの胸に希望の火がともる。ミラクルが階段の上から跳んできてマジカルの横に立った。ヨクバールは目前まで迫っている。二人は一瞬視線を通わせ、両手でヨクバールを受け止める。二人の足元に紅蓮の炎が噴き出し、マジカルの動きを封じていた氷が一瞬で溶けて蒸発した。

 

 ボルクスが二人そろったプリキュアを見てうろたえる。

「なにぃっ、どうしてミラクルがここに!? フェンリルのやつ失敗したのか!?」

 

『はぁーっ!!』

 ヨクバールを軽々と受け止めた二人がボルクスに向かってヨクバールを投げつけた。

 

「うおーっ、やべぇ!?」

 ボルクスは尻を向けて走り、辛くも落ちてきたヨクバールから逃れる。

 

「マジカル、遅くなってごめん」

「心配したわよ。でも、無事でよかった。あのウサギみたいなヨクバールは?」

 

「ダークネスとウィッチが助けに来てくれたんだよ!」

「何ですって、あの二人が!?」

 

 ミラクルは嬉しそうな顔をしているが、マジカルは事ダークネスに関しては嫌なイメージしか持っていない。大量の闇の結晶を奪われているのだから、そういう感情を持つのは当然だ。マジカルは少し嫌な予感がしたが、今は考えている時ではなかった。

 

「くっそーっ! ヨクバール、二人まとめて倒しちまえ!」

 

 ボルクスが地団駄を踏んで命令すると、ヨクバールは口を開き、また氷のブレスで攻撃してくる。それをミラクルがリンクルステッキを片手に迎え撃つ。

 

「リンクル・ムーンストーン!」

 

 突き出したリンクルステッキの先から白く光る円形のバリアが広がって氷片の混じった吐息を遮断する。攻撃を受け止めているミラクルの背後からマジカルが跳躍し、宙返りしてヨクバールの斜め上から襲撃した。

 

「てやーっ!」マジカルの飛び蹴りがヨクバールの眉間に食い込んだ。

 

「ヨックッ!」ヨクバールがぐらついて攻撃が途切れる。その隙にミラクルが突っ込んで固い氷の体にパンチ、その衝撃で丸い体のヨクバールが転がりだす。二人は素早く移動してヨクバールが転がってくる軌道上に立つ。そして雪玉のように転がってくる丸くて巨大な冷凍ミカンを、

 

『はあーっ!!』

 

 二人同時の回し蹴りでヨクバールはピンボールのように弾き飛ばされ、ゴロゴロ転がってすり鉢型の中央広場に転げ落ち、猫の像の間近を通って凄まじい勢いで階段を転がり昇り、ジャンプ台の要領で空中に投げ出された。そこへ跳んでくるミラクルとマジカル、二人は両手を組んで背中の方まで腕を引き絞り、

 

『どりゃ―っ!!』

 

 二人で同時に組んだこぶしをヨクバールの氷の体に叩きつけた。ハンマーで打ち壊すような強烈な衝撃でヨクバールは地面に叩きつけられ石床を砕いて体の半分ほどが地面に埋まった。そしてヨクバールの氷の鎧に亀裂が入る。

 

「ヨクゥ……」丸型ヨクバールは目を回していた。

 

 ボルクスはプリキュアの凄まじい力の前に驚きを越えて脱力して肩を落としてしまった。

「強すぎる、二人そろったら手が付けられん……」

 

 その時、ボルクスの背後に巨大なものが落下して、ボルクスの体を下から跳ね上げるような衝撃が走る。巨躯のオーガが恐る恐る振り向くと、ウサギ型ヨクバールが目を回しながら倒れていた。

 

「げげーっ、これはフェンリルのヨクバール! どうなってるんだ!?」

 

 ボルクスの目と鼻の先にある商店の屋根に二人の少女が現れる。その二人の姿を見てボルクスは脂汗が出てくる。

「お、お前らは、キュアダークネスとキュアウィッチ!」



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ダークネスの奸計とミラクルの看破

 宵の魔法つかい二人は目の前で大騒ぎしているボルクスの姿など見ていなかった。彼女たちの視線の先には赤き二人のプリキュアがいる。今再び、光と闇の魔法つかいプリキュアが交わったのだ。

 

「先に決めるわよ、ウィッチ!」

「ほいさ~」

 

 右にダークネス、左にウィッチ、二人は触れ合っている手を強くつないで後ろに引き、頭上でもう片方の手を重ねる。ダークネスのブレスレットに薄ピンクのローズクウォーツ、ウィッチのブレスレットには炎のようなオレンジサファイアが光を放った。

 

「あのリンクルストーンは!?」

 マジカルが声を上げる。かつて小百合に見せてもらったリンクルストーンを二人の黒いプリキュアのブレスレットに見た。

 

『二つの魔法を一つに!』

 

 ダークネスとウイッチがそれぞれの手で半円を描き、下でピンクとオレンジの光が重なり合た時、その2色で描かれた色鮮やかな月と星の六芒星魔法陣が輝く。ミラクルとマジカルは今戦っていることを忘れて、その幻のようにきれいな魔法陣を見つめていた。

 

『赤く燃え散る二人の魔法!』

 

 二人は繋いでいるてにさらに力を込め、輝く2色の魔法陣に手をそえると魔法の呪文を唱えた。

 

『プリキュア! クリムゾンローズフレア!』

 

 ウサギ型ヨクバールが跳ねるように起きて跳躍し、ダークネスとウィッチに迫ってくる。二つの輝きを持つ魔法陣から焔を放つ花びらが大量に吹き出し、燃え上がる螺旋の衝撃にヨクバールが巻き込まれる。舞って燃える焔の花々はヨクバールを包み込むように渦を巻き、一気に天空へと昇華する。炎に包まれて宇宙へと向かっていくヨクバールはまるで隕石が逆行しているかのようだ。

 

「ヨク……バール……」

 

 ヨクバールが宇宙に至ると緋色の無数の花びらが一瞬止まってヨクバールに収束し爆発する。ヨクバールを消滅させると共に炎は燃え広がり太陽のように強い光を放った。

 

 ダークネスとウィッチの大魔法によって地上に光が降り注ぐ。ミラクルとマジカルは赤く燃え上がるような空を見上げて言った。

 

「すごい!」

「全く違う二つの魔法を合わせるなんて、そんな魔法が存在するなんて……」

 

 空からふってきた闇の結晶とウサギのぬいぐるみをダークネスが高く跳んでいち早く確保する。戻ってきた彼女は屋根に着地すると、隣のウィッチに押し付けるようにしウサギのぬいぐるみを持たせた。ダークネスには油断がなく、ヨクバールを倒しても戦闘態勢を崩さなかった。

 

 丸型ヨクバールが動き出し、アイホールに赤い目が現れてミラクル達を睨む。

 

「マジカル、わたしたちも!」

 ミラクルの呼びかけにマジカルが頷きで答える。

 

 虚空にダイヤのリンクルストーンが輝く二つのリンクルステッキが現れてクロスする。ミラクルとマジカルはそれぞれのリンクルステッキを手に、

 

『リンクルステッキ!』

 

 リリンと並んで戦いを見ていたモフルンの胸のルビーが激しい輝きを放つ。それに隣にいたリリンがちょっと驚いた。

 

『モッフ―――ッ!!』

 

 モフルンのルビーから深紅の光線が放たれて大きな流れとなり、ミラクルとマジカルに接近する。二人が交差させているリンクルステッキのダイヤに深紅の閃光が衝突し吸い込まれる。凄まじい衝撃に二人は耐え切れず、リンクルステッキを持つ手が外へと弾かれた。その瞬間にダイヤがルビーに入れ替わり、マジカルが左手に持つリンクルステッキの星のクリスタルと、ミラクルが右手に持つリンクルステッキのハートのクリスタルに赤い輝きが灯る。

 

『ルビー! 紅の情熱よ、わたしたちの手に!』

 

 二人はつないだ手を上へ、赤く輝くリンクルステッキをまっすぐにヨクバールに向ける。モフルンの胸のルビーがまた輝き、赤炎のような光が広がっていく。

 

『フル! フル! リンクルッ!!』

 

 二人がリンクルステッキで描いた真紅のハートが一つに重なり、炎が渦となってハートに集まる。二人がリンクルステッキで上を指すと、燃え上がる深紅のハートは天に向かって撃ちだされ、後を追うようにミラクルとマジカルも跳び上がった。赤いハートは空中で五つに分裂し、並んで輪になり円を描く。空中でミラクルとマジカルが輪に並んだハートを踏み台にした瞬間に、赤い五芒星魔法陣が現れ五つのハートと一体となった。垂直に立った魔法陣の上でミラクルとマジカルは身をかがめ、結んだ左手と右手を上に互いに強く握り合う。そしてリンクルステッキを前方で交差させて強き呪文を唱える。

 

「プリキュア! ルビーパッショナーレ!!」

 

 二人が前へ飛び出すと同時に魔法陣から爆炎が吹き出し二人の姿は炎の中に消える。爆炎から矢のような一条の炎が突出し、その炎をかき消して真紅の光をまといし赤き乙女たちが飛翔する。そしてヨクバールは闇の波動をまとって突撃していく。真紅と闇が激突し、赤き乙女たちが闇を打ち払い、深紅の光を引きながらヨクバールとすれ違う。刹那に真紅が螺旋の帯となってヨクバールを包み込み、光のリボンを織りあげると、ヨクバールは赤いリボンの結び目に封印されていた。

 

「ヨクバール……」

 

 深紅に輝くリボンの長い帯が引かれると結び目が急速に収縮し、ヨクバールは凄まじいパワーで圧縮されて光のリボンが解けると同時に消滅した。2体のヨクバールが消滅したことで、破壊された街並みは元に戻っていった。

 空から冷凍ミカンと闇の結晶が降りてくる。ミラクルとマジカルがそれを見上げると、ダークネスが跳んで闇の結晶だけをつかみ取った。

 

「ああっ!?」

 マジカルが声を上げる。ミラクルの方は黙って悲しい顔をしていた。

 

「うわぁ!? ダークネスったら、またあんなことして!」

 

 ウィッチが慌てて屋根から跳び下りてミラクルとマジカルの方に走っていく。その時にヨクバールが消えて安心した街の人々が中央の広場に集まってきた。

 

 ダークネスはミラクル達の近くに着地すると言った。

「強力な魔法だったわね」

 

 ダークネスそう言って相手を小馬鹿にするような笑みを浮かべる。それが挑発だと分っていても、マジカルは言わずにはいられなかった。

 

「ふざけないで! 横取りするなんて卑怯よ! あなたそれでもプリキュアなの!」

「なんとでも言いなさい。わたしは目的のために手段なんて選ばない」

 

 ダークネスの後ろに来たウィッチが、ミラクルとマジカルを見て自分が悪いことをしているとでもいように申し訳なさそうな顔をしている。ダークネスは奪った闇の結晶をマジカルに見せつけて言った。

 

「これは頂いていくわ。悔しかったら力づくで取り返したらどう?」

 

 マジカルの握る手に力が入る。ミラクルがその姿を不安そうに見つめた。ミラクルにはマジカルが苦しんでいるのが分かった。まるで追い詰められている、そんな空気を感じる。

 

 集まってきた街の人々はプリキュア達の間から漂ってくる不穏な気配に戸惑っていた。その中のブラウンの帽子をかぶった小柄な老人が杖をつきながら言った。

 

「前に見たプリキュアは2人だったが、今度は4人、仲間なのか?」

「俺にはもめているように見えるぞ」

 老人の隣にいた大柄な箒店の店主が言った。

 

 ダークネスはどこか苦しそうなマジカルに余裕の笑みを交えて言う。

 

「あんた達はチェスでいえばチェックメイトされているようなものよ」

「どういうこと?」

 

 ミラクルにはダークネスが何を言っているのか分からない。

 

「マジカル、あなたは分かるわよね。だってあなたは、破壊されたビルの壁を見ていたのだから」

「あなたもあそこにいたのね!」

 

 ミラクルとウィッチにはまったく話が見えない。しかし、次のダークネスの話に衝撃を受けた。

 

「プリキュア同士で戦った場合、破壊されたものは元には戻らない。わたしたちが本気で勝負したらこの街は消滅するかもね」

 

『ええーーーっ!?』

 ミラクルとウィッチが同時に叫んだ。

 

「だからあなた達は、この闇の結晶を取り返すことはできない」

 

 ダークネスは見せつけていた闇の結晶を手の内に隠し、マジカルにさらに近づく。二人の間にほとんど距離がなくなった。ダークネスはマジカルの目を射るように見ながら言った。

 

「闇の結晶を持っているでしょう、全部渡しなさい」

「そんなこと言って渡すとでも思っているの?」

「わたしは手段を選ばないと言ったわ。渡さないというのならば攻撃も辞さない」

 

 そんな事は出来ないとマジカルは思う。ダークネスの正体が小百合だということはもう分かっている。あの小百合が街を巻き込んでまで攻撃してくるとは思えない。だが一方で、この人なら本当にやるかもしれないという気持ちもあった。ダークネスの徹底した合理性をマジカルは理解しているし、つまらない脅しなどかけてくる(たち)ではないとも思う。100%攻撃をしてこないという保証はない。

 

 ダークネスとにらみ合っていたマジカルの視線が下がる。手ごたえを感じてダークネスは薄く笑った。

 ――マジカルはわたしと同じ合理的な考えの持ち主、この街に危険が及ぶ可能性はすべて回避してくる。

 

 ついにマジカルが目を閉じる。その表情に辛い気持ちがよく表れていた。ダークネスは勝ったと思った。

 

「そんなこと、できるわけないよ」

 ダークネスが思ってもみないところから声が起こった。声を聞いたマジカルは不思議な安心感が広がって目を開けた。

「ミラクル……」

 

 今度はミラクルがダークネスの近くまで進み出て言った。

「ダークネスは優しい人だよ。友達を家族みたいに思いやれる人に、この街を壊すことなんてできるわけない」

 

「あなたにわたしの何が分かるというの?」

「それは、分からないことだらけだけど……」

 

 責められるように言われたミラクルは一瞬目を伏せるが、すぐにダークネスを見つめて友達に見せるような笑顔で言った。

 

「わたし、カタツムリニアの中でダークネスが小百合だって分かって嬉しかった。あんな酷いことしたのは、とっても大切な理由があるからなんだって思えるようになったから」

 

 それを聞いたダークネスはさすがに驚いた。

「……どうしてわたしの正体が分かったの?」

「それは、ダークネスがウィッチを呼ぶ姿と、小百合がラナを呼ぶ姿が同じだったから」

 

 ダークネスはミラクルの研ぎ澄まされた感覚に一種の恐ろしさを感じる。つまりみらいは、校長よりも先に小百合がダークネスだということを見抜いていたのだ。それにもかかわらず小百合とは友達として普通に接していた。それにまったく気付けなかった事がダークネスに敗北感を与えた。

 

「なるほどね、注意すべきはあなたの方だったのね」

 ダークネスは踵を返してミラクル達に背を向け、少し離れたところに立って見ていたウィッチの方に歩き出す。

「作戦は失敗ね、うまくいくと思ったんだけどね」

 

 ダークネスはウィッチの隣にくると手のひらを返して言った。

「ウィッチ、ぬいぐるみ」

「はいっ!」

 

 ぬいぐるみを受け取ったダークネスが階段の上に集まっている人々を見上げる。街の人たちの不安と困惑が重い空気となってよどんでいた。ダークネスが跳躍して人々の前に降りると、ダークネスの姿が闇をイメージさせる事も手伝って人々は恐れを抱いた。ダークネスが群衆の中にいた幼い少女に近づく。周りの人々は思わず後ろへ下がってしまった。ダークネスは少女の背丈に合わせて膝をつくと、ぬいぐるみを手渡した。

 

「約束通り、ぬいぐるみは取り返したわ」

「ありがとう、プリキュア!」

 

 少女のその一言とダークネスの優しい対応で、人々の間に安心感が急速に広がった。この乙女もプリキュアなんだと、みんな確認する事ができた。

 

「行くわよ、ウィッチ!」

 ダークネスに呼ばれたウィッチは妙に慌ててミラクル達に向かってしどろもどろに言った。

「な、なんていうか、ミラクル、マジカル、ごめんね!」

 

 ミラクルが気にしないでというように首をふり、

「ウィッチ、助けてくれてありがとう」

「わたしたち、こんな関係じゃなかったら、もっと良かったのにね」

 

 その言葉には、ミラクルは悲しい顔で返すしかなかった。ウィッチはダークネスの方に向かって跳び、二人の前からいなくなった。

 

「帰りましょう、ミラクル」

「うん……」マジカルに答えるミラクルは元気がなかった。

 

 

 

 プリキュア達の一部始終をフェンリルはよく見ていた。彼女は自分のヨクバールが負けたにも関わらず勝者のような笑みを浮かべて言った。

「あいつら敵対してんのかい。こりゃあ利用できそうだねぇ」

 

 一方、ダークネスとウィッチの大魔法に巻き込まれそうになって街外れまで逃げてきたボルクスは地団駄を踏んでいた。

「くっそーっ、プリキュア! 次は絶対倒すからな!」

 

 

 

 夕方ごろにリズは校長室の掃除をしたり書籍を整理したりと雑用をこなしていた。校長は机を前に考え事をしている。最近はこういう姿の校長を見ることが多くなった。

 

 リズが窓の辺りを掃除しようとした時に、窓辺になにか置いてある事に気づいた。

「あら、これは?」

 

 それは白い紙に包まれた円形のもので、リズが持ち上げてみると柔らかい感触で割と重さがあった。

 

「校長先生、窓のところにこんなものが置いてありました」

 リズがそれを校長の机の上に置いて紙を開くと、ホールのアップルパンが姿を見せる。

 

「まあ、これはエリーのアップルパンです。とても人気があってなかなか手に入らないんですよ」

「ほう、なぜそんなものが窓辺に?」

「きっとあの子たちだわ。どうして直接届けなかったのかしら?」

 

 それからリズがお茶の用意をすると、校長はお茶請けのアップルパンを一口食べて言った。

「うまし!」



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第9話 ついに激突!? 光と闇の魔法つかいプリキュア!
闇の王ロキの正体


 みらいとリコは校長室で商店街であった事を報告していた。水晶を片手に聞いていた校長は話が終わると言った。

「やはりあの二人が黒いプリキュアであったか」

 

「やはりって、校長先生は知っていたんですか?」

 リコがまさかと思って聞くと、校長は頷いていった。

 

「ここで初めて会った時にな。互いの学校での生活を考えて、あえて君たちには明かさなかった。それに、わしの考えが間違いであってほしいという気持ちも何処かにあったのかもしれぬ」

 

「みらいはもっと前から知っていたのよね」

 

「うん……」

 伏し目がちなみらいに校長は微笑を見せて言った。

 

「そうか。それでも友達として接してくれた君に、あの子たちは感謝しているだろう」

 

「本当にそうなのかな?」

 

「うむ、間違いない」

 

 校長が断言すると、みらいはようやくいつものような明るい表情に戻った。それとは逆にリコが陰のある表情で深刻そうに言った。

「プリキュアが敵になるなんて……」

 

「本当に彼女らは敵なのだろうか?」

 校長が言うと、みらいとリコが同時に校長を見つめる。

 

「真に君たちの敵となる者を魔法界が受け入れるとは思えぬ。しかし、謎が多すぎるな。宵の魔法つかいプリキュアが何のために存在するのか。必ず意味があるはずだ。それに君たちが見たという彼女たちの魔法も気になる」

 

「全く違う二つの魔法を合わせて強力な魔法を生み出すなんて、そんな魔法が存在するのでしょうか?」

 

 そういうリコに校長はしばし考えてから答える。

「そのような魔法が使われたという証拠は魔法界には存在せぬ。だが、ほんのわずかだが、そのような魔法を目撃したという記述ならある」

 

「お願いします、それを教えてください!」

 リコは我知らずに前に進み出て校長に迫っていた。彼女はダークネスとウィッチに関する情報を少しでも得たいと思っていた。その時、校長の右手の上に浮かんでいる水晶から魔女のシルエットが現れた。

 

「それならわたくしがお答えしますわ。これは闇の魔法の時代、草創期の非常に古い書物の一説ですわ」

 みらいとリコが緊張しながら水晶の声に耳を傾ける。

 

「二つの魔法から生まれし比類なき力、我が闇を滅せん。我、もはや恐慌なり。以上ですわ」

 たったのそれだけ? みらいとリコはそんな言葉が分かるような顔をしている。

 

「それらしき記述はこの一文のみ。しかし、これだけでも分かることはある。記述者は自分の闇が滅ぼされたと言っているところから、恐らくその時代に生きていた闇の魔法つかいであろう。その者は比類なき力を恐れていたのだ。つまり、二つの魔法から生まれし比類なき力を持つ者は、当時の闇の魔法つかいと戦っていたと考えられる。やはり、古き時代には何かがありそうだのう」

 

 それはあまりにも漠然とした話でリコは少しがっかりした。彼女は敵になるかもしれないダークネスとウィッチのことをもっと知りたいと思っていた。

 校長は水晶を傍らに置き、みらいとリコがを順番に見ていく。その顔が少し怖い感じで二人は怒られるのかと思った。

 

「よいか、あの二人とは戦ってはならぬ」

 その場の空気が緊張して二人が固唾をのむ。プリキュア同士の戦いが危険であることは二人ともすでに承知しているが、校長の話はそんな単純なものではなかった。

 

「プリキュアの力は絆の強さで決まる。君たちも、そしてあの子たちも、互いに強いきずなで結ばれておる。恐らく力は互角、戦えば勝者などなく互いに滅するのみ」

 

「戦わないで済むならそれが一番です。でも、戦闘になる可能性は考えなければいけないと思います。いくらわたしたちが戦わないようにしても、向こうから襲ってきたら応戦せざるを得ませんから」

 リコがはっきりそういうと、校長は目を閉じて瞑想するように考え込んだ。

 

「わたし、小百合やラナと戦いたくないよ……」

 

「わたしだって出来れば戦いたくないわ」

 

 リコが言った後に校長が目を開けると言った。

「戦いがどうしても避けられぬ時は大きな魔法は使わぬことだ。君たちの全力の魔法がぶつかりあえば、君たちはおろか、周囲のものまで消えてなくなるだろう」

 

「よく肝に銘じておきます」

 リコは校長の言うことを絶対に守ろうと心に誓った。先刻見たダークネスとウィッチの合成魔法を思い出し、それと自分たちの大魔法がぶつかりあったらと考えると身の毛がよだった。

 

 

 

 間もなく学校が始まる時間に小百合はリンゴ畑で二つの籠と2本のハサミをつかって収穫していた。ラナはリリンを抱きながら家の壁によりかかってぼーっと小百合の姿を見ていた。やがて二つの籠がリンゴでいっぱいになり浮いていたのがゆっくり降りてくる。小百合は籠を完全に地面におろすと魔法の杖を下げて一息ついた。

 

「ねえ小百合、本当に学校にいかなくていいの?」

「行かないんじゃなくて、行けないのよ」

「どうして?」

 

「わたしたちの正体が明らかになって、わたしたちがリコとみらいの敵だとはっきりした以上、学校に行けないことくらいわかるでしょ」

 

「せっかくお友達がたくさんできたのに……」

 

 ラナが残念そうに言うと、小百合がリンゴの入った籠を両手に持ってきて、それをラナの前においた。朝の光が籠のリンゴを燃え立たせ、小百合の白い肌や長い漆黒の髪を宝石のように輝かせていた。

 

「校長先生は伝説の魔法つかいの味方よ。その敵であるわたしたちが魔法学校に行けるわけないわ」

 

「小百合は本当にそれでいいの?」

 

「……よくはないわよ。お世話になった校長先生やリズ先生には申し訳ないと思ってるわ。でも、今はその事は忘れて、わたしたちがやるべき事に集中しましょう」

 

「今やれることっていったら、その美味しそうなリンゴを食べる!」

「闇の結晶を集めんのよっ!」

 

 暴風のような激しさで言葉を浴びせられて、ラナは気合が入るどころかお腹を押さえて可愛らしい顔に最大限のやる気のなさをにじませる。

「はう~、お腹すいたよぅ」

 

 小百合は胸のふくらみの下で腕を組んで仕方ないというように、

「朝食を作るわ。このリンゴでアップルパイをね」

 

「うわ~い! ラナも手伝うよ~」

 家の中で小百合とラナの共同作業が始まった。リリンがベッドの上に座って二人の様子を見ていた。

 

「小麦粉は下じゃなくて上の棚よ」

「う~っ、手が届かないよぉ」

 ラナが一生懸命背伸びしても上の棚の扉の縁に触れるのがやっとだった。背の高い小百合が代わりに小麦粉の袋を取り出す。

「お砂糖はどこだっけな~」

「砂糖は左下の棚よって、なんで自分の家なのに、こんなに何も知らないのよ」

「お料理はおばあちゃんが作ってたからね~」

 

 小百合はこういう状況を予想していたとはいえため息が出た。この家に10年以上も住んでいるラナよりも、ここにきて3ヶ月にもならない小百合の方が家のことを熟知していた。それからも共同作業が続く。生地を作ってこねたり、リンゴを切って並べたり。小百合は作業に魔法を一切使わなかった。アップルパイ程度に魔法など必要ないという考えもあったが、一番はラナと一緒に最後までやりたかったからだ。

 朝食には遅いが、昼食には早い時間にアップルパイが完成した。オーブンから取り出し、テーブルの上に出された熱々のパイは生地が小麦色に焼けて甘い匂いを昇らせてくる。

 

「美味しそうデビーっ!」

 リリンが円形のアップルパイの横に立って両手を上げる。

 

「ばんざ~い、ばんざ~い」とラナも何度か両手を上げた。

 

 小百合がアップルパイをきれいに八等分にして、アップルティーと共に遅い朝食が始まる。リリンは一切れ、ラナは三切れ、小百合は二切れのアップルパイを食べて楽しいひと時を過ごした。小百合は残り二切れのアップルパイをフレーザーに入れた。フレーザーとは魔法界の食糧保管庫で、冷蔵庫を木製にしたような姿をしている。もっとわかりやすく言えば冷蔵庫ならぬ鮮蔵庫で、魔法の力で鮮度を100年も保管しておけるという、ナシマホウ界の人間からしたら夢のようなアイテムである。

 

「闇の結晶、いっぱい見つかるといいね!」

 食事がひと段落してラナが言うと、小百合は視線を泳がせて珍しく煮え切らない態度になる。

「すごく大切な用事を思い出したから、闇の結晶探しは明日からにしましょう」

「へぇ? 探さなくていいのぉ?」

「今日はゆっくり休んでなさい、明日から大変になるからね」

「いやったぁ~っ!」

 

 小百合はラナを喜ばせたいわけではなく、ある意味では闇の結晶探しよりも重大な要件があるのであった。

 家にラナを置いて小百合が向かったのは、すぐ近くのエリーの家だった。リンゴ畑の方には姿が見えなかったので家まで来た。若い女性の一人住まいで小さな家だ。みためはリンゴそのもの。形は普通の小屋だが色彩がリンゴそのものなのである。ただ赤いだけではなく、屋根から下に行くにつれて緑が混じってきて、完全に熟れる前に若々しいリンゴを思わせる。小百合がリンゴの飾りが付いているドアをノックすると、すぐに開いてエリーが姿を見せる。

 

「こんにちは、突然訪ねてすみません」

「小百合ちゃんが一人で来るなんて珍しいわね」

「どうしてもエリーさんにお願いしたいことがあって……」

「わたしに出来ることなら何でも言って」

 

 小百合はエリーが目をそらして、右や左を見て迷っているような仕草を見せる。エリーは今まではっきりと物を言う小百合の姿しか見たことがなかったので、すぐに何かあるなと思った。

 

「困っていることがあるのね」

「ええ、実はそうなんです……」

 

 小百合は迷っていても仕方ないと、いつものはっきりとした態度にもどって頭を下げる。

「お願いします、わたしに箒の乗り方を教えてください!」

 

「あらあら! 小百合ちゃんが箒に乗れないなんて以外ね」

 

 小百合が顔を起こすと、エリーは少し前に小百合がリズに初心者用の箒がいいと言った時と同じような顔をしていた。小百合はかっと顔が熱くなるのを感じた

 

「お安い御用よ」

 

 エリーが快諾してくれて小百合は胸が軽くなるが、まだ負い目がある。

 

「あの、ラナに習った方が早いって思ってますか?」

「ラナちゃんに習ったら逆効果よ。あの子は最初から箒が出来すぎて、箒に乗れない人の気持ちは分からないでしょうから」

「そうなんです! その通りなんです!」

 

 小百合はエリーが全部わかってくれてる事に感動して思わず大きな声を出してしまった。

 

 

 

 その日の放課後にリコは単身で校長室へと足を運んだ。待ち受けていた校長とリコは差し向かいで話をする。

 

「小百合とラナが学校にきていませんでした。二人はもう学校にはこないと思います。そして闇の結晶の収拾に集中するでしょう。このままでは差を付けられてしまいます。だからわたしたちも授業を返上して闇の結晶を探したいんです。校長先生の許可が頂ければですけど……」

 

 考え込む校長にリコは力を込めて訴えた。

「二人でしっかり勉強して遅れは必ず取り戻します!」

 

「そこについては何も心配はしておらぬよ。心配なのはあの子たちと君たちが衝突する可能性が高くなることだ」

「校長先生に言われたことは必ず守ります」

 

「……うむ、許可しよう。だが、くれぐれも無理はせぬようにな」

「ありがとうございます!」

 

 リコが頭を下げてから姿を消すと、校長は表情を変えずにまた考える。その顔からは分からないが、リコやみらいの身を案じていることは間違いなかった。

 

 

 

 小百合は夕方ごろになって帰ってきた。ラナはベッドの上で寝てはいなかったが、脱力して十分に体を休めているようだ。小百合も疲れていてそうしたい気分だったが、今は停滞している暇などないと自分に鞭を打った。

 

「小百合、お帰り~」

 

 ラナは寝た状態で頭だけを小百合に向けて言った。その自堕落さに小百合は一言いってやりたい気分になるが、自分が休んでいいと言っているのでそれは出来ない。代わりに小百合は別の言葉でラナを起こした。

 

「ラナ、今まで集めた闇の結晶をフレイア様に届けるわよ」

「うん、わかった!」

 

 ラナは起き上って元気よく返事した。学校も行かずに一日休んで上機嫌だった。

 

 小百合はリリンを抱いてラナと一緒に外に出ていく。そしてラナのポシェットから以前バッティにもらった不気味なタリスマンを引っ張り出した。

 

「これを上にかざせば神殿に行けるって言っていたわね」

 

 小百合がラナと手を繋いでバッティから聞いたとおりにやってみると、瞬間に辺りが薄暗くなって心を(とろ)かすような遠く甘やかな歌声が聞こえてくる。二人は神殿の奥に転送されていた。少し先の方にフレイアたちの姿が見える。二人が前に進み、小百合は闇の女神に一礼して言った。

 

「フレイア様、闇の結晶をお持ちいたしました」

 

 フレイアが笑顔のまま頷くと、ラナがポシェットから小さな袋を出した。その中に闇の結晶が詰まっていた。袋が小さいのでそれ程の数ではないが、フレイアは感謝して言った。

 

「二人とも、ご苦労様です」

 

 フレイアが赤いチューリップの輝石が先端になっている錫杖を上げると、その前に闇色の月と星の六芒星が現れ、ラナの持っている袋の口が自然に開いて複数の闇の結晶が浮遊し、フレイアが出現させた魔法陣に吸い込まれていった。闇の結晶の献上が終わると小百合が言った。

 

「あの、フレイア様、聞いてもいいですか?」

「何でしょうか?」

「ロキとは何者なのでしょうか? 教えて頂くことはできませんか?」

 

 小百合が言うのに乗じてフレイアの側にいるバッティもその場にひざをついて口を開く。

「恐れながら、わたしからもお願い申し上げます。あの男は闇の魔法を使っていました。同じ闇の魔法を扱う者として、奴の正体を知っておきたいのです」

 

 前にロキが現れた時のフレイアの様子から、この質問を切り出すのは勇気がいった。フレイアは穏やかな微笑みのままに話し始める。

 

「そうですね、あなた達には話しておかなければなりませんね、あの男のことを」

 フレイアがしばし黙る。小百合の目にはその微笑を浮かべる顔に薄闇がはったように見えた。

 

「あの男のことを語るには、魔法界の成り立ちから話す必要があります。魔法界とナシマホウ界は元々は一つの世界だったのです」

 

「魔法界とナシマホウ界が元は一つだった?」

「ふえ!? そうだったんだね、びっくりだね~」

 

 学校で授業でも受けているように無感動な小百合に対して、ラナは少し驚いていた。バッティは無表情のままフレイアの話を拝聴していた。フレイアは話し続ける。

 

「その世界は生命の母マザー・ラパーパに見守られながら人も動物も穏やかな心を持ち、永遠とも思われる平和を謳歌していました。しかし、平和は永遠ではありませんでした。終わりなき混沌デウスマストが多数の眷属を従えて襲ってきたのです。デウスマストはあらゆるものを無に帰す存在です。マザー・ラパーパは世界を守るためにデウスマストに立ち向かいます。長き戦いの末にデウスマストとその眷属の封印には成功しますが、自らも力尽き、マザー・ラパーパを失った世界は均衡が破れて二つに分かれてしまいまうのです。その二つに分かれた世界が現在の魔法界とナシマホウ界です」

 

「あの、マザー・ラパーパというのは?」

 小百合はフレイアの話を切るのが申し訳ないと控えめに言った。

 

「あなたに分かりやすく言えば、大昔の世界を見守っていた女神というところです」

「今の話とあのロキめとどのような関係があるのでしょうか?」

 

「ロキは、元はデウスマストの眷属だった男なのです」

 バッティにフレイアが答える。それを聞いた小百合には違和感がある。

 

「眷属もマザーラパーパに封印されたと言っていましたが」

 

「ロキはデウスマストに従うことを良しとせずに離反し、人間の体を乗っ取ってデウスマストとのつながりを断絶しました。彼は人間となった為にマザー・ラパーパの封印から逃れる事ができたのです。そして今に至るまで長い時を生きているのです」

 

「奴の目的は何なのでしょうか?」

 バッティの声が神殿内に響く。しばらくはセイレーンの美しくも(みだ)らな歌声が細く聞こえてくるだけだった。

 

「ロキの目的はムホウを越える闇の魔法で二つの世界を支配することです」

「なんですと!?」

 

 バッティが一人だけ驚いていた。小百合とラナにはムホウというのが何だか分からない。フレイアは二人の心の声を聞いているかのように続けた。

 

「ムホウとは道理を超越した力です。ナシマホウ界の人間にとっては魔法も道理を越えた力ですが、それをさらに上回るものと思えばいいでしょう」

 

「ムホウが魔法よりも上の力で、ロキはそれよりさらに上の闇の魔法を使う……」

 独り言のように囁く小百合にフレイアが頷く。

 

「ロキはその完全なる闇の魔法で封印を解いてやがて現れるデウスマストに対抗しようと考えていたようです。何もかも無にされてはロキの支配する世界がなくなってしまいますからね。しかし、デウスマストは伝説の魔法つかいプリキュアによって倒され、宇宙で新たな生命に生まれ変わりました。デウスマストがいなくなったところでロキの目的は変わりません。デウスマストを倒すために用意した力を世界の支配に使うだけです」

 

 小百合はロキの目的よりも、伝説の魔法つかいがデウスマストを退けた事実の方を重くとらえた。

 

 ――あの二人が世界を救っていたのね。伝説の魔法つかいは、わたしが思っている以上にすごい力を秘めているのかもしれない、十分に気を付けなければ……。

 

 小百合の中で注意が必要だと思うのはロキよりも伝説の魔法つかいの方だ。敵の大将であるロキが現れることはそうそうないが、同じ目的をもって動いているリコとみらいに出会う可能性は高い。

 

 フレイアの話は続く。

「ロキの生み出した闇の魔法の正体は、わたくしにもよくわかりません。ただ一つだけ確かなことは、ロキが闇の結晶を使ってさらに強大な力を生み出そうとしていることです。もしそれが成功してしまったならば、もはや誰にもロキを止めることはできないでしょう。例え、プリキュアでも」

 

 そしてフレイアは黙する。微笑を浮かべたまま、もうこれ以上は何も言う気配がなかった。そこまで話を聞いて、小百合にはフレイアが闇の結晶を集めている意図が見えた。ロキのさらなる力の覚醒を阻止することが目的の一端であることは間違いなかった。

 

「わかりましたフレイア様、もっと気合を入れて闇の結晶を探します」

 

 小百合が言っている横でラナが大きな欠伸(あくび)をする。その頭を小百合が軽くはたいてびっくりしたラナが変な声を出すと、

 

「ウフフッ」

 

 フレイアが声を出して笑った。基本が笑顔なので分かりずらいが、今の瞬間にフレイアが心の底からの笑顔を見せたことが小百合とラナには分かって心が温まった。



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魔法工場街

 誰も見知らぬ地の底の世界にある闇の城、その玉座に座るロキの前にフェンリルが横に白い袋を置いて白猫の姿で座っていた。その横には巨漢のボルクスがいる。フェンリルがボルクスの横にいると豆粒のようにちっぽけに見えるが、その姿はボルクスよりも遥かに威厳に満ちている。そんな彼女が言った。

 

「ロキ様、闇の結晶でございます」

 

 フェンリルが白袋を前に押し出すとロキが口の端を吊り上げる。

「相変わらずよく働くな、お前は」

 

 フェンリルがくいと小さな頭を下げる。次にロキはとなりのデカブツに向かって言った。

「お前はどうなんた、ボルクス」

 

「へい、もう少しでプリキュアを倒せそうだったんですぜ、本当にあとちょっぴりで!」

 

 ボルクスは胸を張って堂々とした態度で言った。ロキは眉をひそめてあからさまに不機嫌な顔になる。

 

「闇の結晶はどうした!?」

「俺はプリキュアを倒してロキ様に認めてもらおうと思いやして!」

「バカかてめぇはーっ!!」

 

 ロキの一喝でボルクスが瞬間冷凍されたように硬直する。ボルクスの足元でフェンリルは顔を背けて声を殺して笑っていた。

 

 ロキが玉座から立ち上がると、ボルクスの恐怖から巨体にどっと汗が吹き出す。

 

「プリキュアを倒すというのは悪くはねぇが、お前は失敗した。ごたごたとつまらねぇ言い訳は必要ない、結果が全てだ」

 

 ロキが目の玉だけを動かしてボルクスを見下げる。見られた方は圧倒的な眼力で臓腑が縮むような感覚と胃のむかつきを覚えた。

 

「俺は気が短い、次はないものと思え」

「へへぇっ!?」

 

 ボルクスは巨体を丸めて頭を下げていた。ロキに対する恐怖がそのように体を突き動かした。そんな情けない姿のボルクスの横でフェンリルが顔を上げて言った。

 

「ロキ様、報告があります」

「何だフェンリル、言ってみろ」

「伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいは敵対関係のようです。これを利用しない手はないかと」

「そうか。奴らは光と闇、対極の存在だ。相容れぬのは当然だろう」

 

 ロキは玉座に落ち着き傍らの台の上の黒龍の像をお気に入りのペットのように愛おし気になでて言った。

 

「フェンリル、お前に任せよう。ボルクスはフェンリルの命令に従え」

「うぐぐ、へい……」

 

 ボルクスは体を丸めたまま悔しそうにうめいた。

 

 

 

 翌朝から闇の結晶の捜索が始まる。小百合とラナは今までに何度かいっている商店街から探してみたが、あまり見つからない。代わりに闇の結晶らしきものをくわえている猫を何度か見かけた。

 

「また猫が闇の結晶みたいのくわえてるよ~」

 ラナが指す方向に堀の縁を歩く猫がいた。確かに黒い物をくわえている。小百合が近づいていくと、今まで見た猫と同様に一目散に逃げてしまう。

 

「どうして猫が闇の結晶なんかを?」

「たまたまなのかなぁ」

 

 小百合が考えていると、空から闇の結晶を探していたリリンが降りてくる。

 

「小百合、くやしいデビ!」

 リリンが小百合に胸に飛び込んでくる。

 

「何がくやしいの?」

「木の上に闇の結晶を見つけたのに、猫に取られたデビ」

「また!?」

 

「商店街の猫はきっと黒い物が好きなんだね」

 

 ラナが安易なことをいうと、小百合の頭に閃きが降りてくる。

 

「猫が好きなのは魚でしょう。あんな石ころをくわえている猫が何匹もいるなんておかしいわ。何者かが猫を統率して闇の結晶を集めさせているのかもね。そうだとすると敵の仕業ね」

 

 その時に小百合はさらに閃きがあって微笑した。

 

「次の場所に移りましょう。他に街はないの?」

「あるよ! 魔法工場街!」

「魔法工場?」

 

 ラナが笑顔でうんうん頷いてから言った。

 

「いろんな魔法の職人さんがお仕事している街なんだ」

「魔法の職人さんのお仕事みてみたいデビ」

「さっそく行ってみましょう」

 

 それから小百合たちは二人用の箒に乗ってラナの言う魔法工場の街に向かった。

 

 

 

 ラナは全速力ではないが、相当な速さで飛ばしていく。小百合は少し怖かったが、さすがに慣れてきた。リリンはラナの膝の上で抱かれて一番前の特等席で風を切る感覚と流れていく魔法界の景色を楽しんでいた。

 

「あそこにお空に浮かぶ島があるデビ!」

 リリンが黒い手で指した方角に空中に浮いている大きな島があった。

「あれが魔法工場街だよ~」

「大きいわね」

 

 ラナが箒を傾け横滑りしながら島に近づいていく。その箒操作に小百合の足がすくんだ。

「ひっ!? なんでそんな変な飛び方するのよ!」

「ちょっと方向まちがっちゃったからさ」

 

 小百合はそれっきり何も言わない。自分が箒に乗れるようになるためにも、すこし足がすくむ程度のことは我慢しようと思いなおしたのであった。

 

 街に近づくと、魔法商店街とは一味違った街並みが見えてくる。魔法商店街の全容が八角形なのに対して、魔法工場街は正方形であった。大型の建物が多く、道も広く商店街の3倍はありそうだ。網の目状に走ったその道が長方形のエリアをいくつも作っている。小百合はまるで工業団地だなと思った。工場の屋根は三角だったり平らだったり斜めだったり様々な形のものがあり、それらは赤や黄色や緑など色付きのおもちゃの積み木のような色彩で見た目にも楽しい。

 

 背後から動物の鳴き声らしきものが聞こえてくる。それは鳥の鳴き声をもっと太く勇ましくしたような声だった。

「危ないよ、お嬢さんたち!」

 

 後ろから来た巨大な生物が小百合たちを抜かしてゆく。

「おっきいデビ!」

「あれは、ドラゴン!?」

「ウィンドドラゴンだよ。重い荷物を運ぶドラゴンの運送屋さんだね~」

 

 ラナが言った。それは緑色の体に大きな翼と長い尻尾の付いた翼竜であった。首の根元の鞍に乗って男性が操っていた。その背中には山積みの丸太がくくりつけてある。

 

「ドラゴンが降りられるように道が広くなっているのね」

「それだけじゃないよ、ほら、あれ」

 

 ラナの示した方を見ると、荷物満載の大きな空飛ぶ絨毯が広い道に降りるところだった。遠くの方にはカタツムリニアのレールも見える。魔法界の工業の中心地だけあって、材料の搬入にあらゆる運送手段が用いられているのだ。

 

 小百合たちは広い道の隅の方に降りた。

「さ、闇の結晶を探すわよ」

「うわ~」

「デビー」

 ラナとリリンは小百合の言うことなど聞いておらず、近くの工場を覗き始めた。小百合は目的を忘れている二人をジト目で見るが、自分も職人の魔法には興味があった。

 

 そこは木工所で丸太を職人が木材に変えていた。数人の職人が魔法の杖を振り、複数のノコギリやカンナが勝手に動いて丸太から木材を切り出し、角材や平材に仕上げていく。熟練した職人の魔法による製材は素早く、まるでオートメーションの工場を見ているようだった。

 

 職人の姿は長袖に長ズボン、鍔のない丸い帽子というような成りが多く、商店街ではよく見かけたとんがり帽子やケープはほとんど見当たらない。

 

 次の訪れたのは家具工場で、二人の職人が木材で何かを作ろうとしていた。

 

「キュアップ・ラパパ、組み上げろい!」

 中年の職人が杖を振ると材料が一気に組みあがって椅子の形になる。

 

「キュアップ・ラパパ、トンカチよ釘を打て!」

 もう一人の若い青年職人が杖を振ると、トンカチと釘がひとりでに浮いて必要な場所に次々と釘が撃ち込まれていく。始めて見る魔法の制作を小百合は食い入るように見つめていた。

 

「共同作業なのね」

「うちの親方なら一人で全部仕上げちまうけどな」

 青年の方が小百合に向かって言うと、

「こら、きれいなお嬢さんだからって仕事中に話しかけるんじゃない!」

 中年の職人に注意されて青年は謝っていた。

 

 今度こそ闇の結晶を探そうと小百合たちが歩き出すと、街の低空に垂れこめている雲に人が集まっているのが見えた。小百合は興味が抑えきれずにラナに聞いた。

 

「あれは何をしているの?」

「人が雲にあつまってるね~」

 小百合が聞きたいのはそんな事ではない。ラナに聞いても無駄だと思った小百合は、ラナを促してそこまで行くことにした。二人箒に乗って雲に集まる職人たちに近づいていく。

 

「キュアップ・ラパパ、綿になりなさい」

 小百合たちは呪文を唱えている若い女性の近くまできた。

「雲を魔法で綿にしているの!?」

「すごいデビ! 雲をちぎっているデビ!」

 

 小百合とリリンが驚いて声を上げると、綿にした雲を丸めながら若い女は笑顔で教えてくれた。

「クモーメンカを作っているのよ。これで職人がベッドや布団を作るの」

「魔法界の綿は雲が原料なのね!?」

 小百合は理解を越えた魔法界の物づくりに目を見張った。

 

 職人の街は刺激が多すぎて闇の結晶探しが遅れてしまった。気を取り直して懸命に結晶を探し始める二人の少女と一体のぬいぐるみだったが、ここでもあまり見つからなかった。

 

「あ、あそこに落ちてる!」

 ラナが闇の結晶を見つけて拾おうとすると、その前に猫が来て闇の結晶をくわえて走り去ってしまう。

「あっ! まて~っ!」

 

 小百合は猫を追いかけるラナの姿を見ながら言った。

「また猫?」

 

 猫に逃げられてしまったラナが無念そうに肩を落としながら戻ってくる。

 

「せっかく見つけたのに取られちゃったよぅ……」

「さっきも闇の結晶らしい物をくわえている猫を見かけたわ。どうやら猫を操っている者がいることは間違いなさそうね」

 

 小百合が不敵な笑みを浮かべてからラナに言った。

 

「もう帰りましょう」

「え、もう帰るの? まだ時間あるんじゃなあい?」

「もう闇の結晶を手に入れる算段が付いたから、早めに帰って休みましょう」

「どういうこと?」

「あとで教えてあげる」

 

 それから二人は箒に乗って魔法工場街を後にした。

 

 

 

 時間は昼を少し過ぎたところで、工場街で見つけたパン屋の菓子パンをみんなで食べなが飛んでいった。ラナが食べかけのパンを持ちながら言った。

 

「今日はあんまり闇の結晶みつからなかったね」

「こういう日もあるわよ。他に集めている敵も多いしね」

 

「敵って?」

「決まってるでしょ、ロキの一味と伝説の魔法つかいよ」

 

「やっぱりそっちも敵なんだね……」

 ラナの言うそっちもというのは伝説の魔法つかいの方である。

 

「あんたはまだ分からないのね。あの二人を敵と認めなければフレイア様の願いを叶えることはできないのよ」

「わ、わかってるよぅ」

 

 小百合の言うことを頑張って分かろうとするラナだったが、なかなか心がついていかなかった。それから会話がなくなり、リンゴ村に向かってしばらく飛んでいると、小百合がずっと後ろの方に小さな二つ人の姿を見つけて言った。

 

「ラナ、上昇して」

「うん、上?」

「高度を上げて雲の中に隠れるのよ」

 

 ラナが言う通りにすると、彼女たちのずっと下の方を箒に乗った二人組の少女が通り過ぎていく。

 

「みらいとリコだわ。あの二人を見つからないように追いかけて」

「う、うん……」

 

 小百合がまた二人に何か仕掛けるつもらしいと分かってラナは心配になってくる。でも小百合を信用しているので言う通りにリコたちを上から追いかける。ラナの箒の技術なら二人に見つからないように追跡するのは簡単なことであった。みらいとリコは近くの無人島へと降りていった。

 

「追うのよ」

 

 背後から声をかけられたラナは嫌な予感しかしない。

 

「どうするつもりなの?」

「あの子たちの闇の結晶を頂くわ」

 

「それってもう完全に悪役だよ、アニメだったら負けパターン入ってるよ~」

「あんたのアニメ的考察なんでどうでもいいわ。わたしは目的のために出来ることをやるだけよ」

 

 ラナにもう言葉はなかった。小百合がそうしたいと言うなら協力する。自分の中に戦いたくない思いや友達に申し訳ない気持ちなど色々なものがあるが、ラナを一番に突き動かすものは小百合に対する信頼であった。二人は家族と同じか、それ以上の絆で結ばれているのだから。

 

 ラナが箒を急降下させて無人島へ。二人が地上に降りると目の前には高い木の生い茂る森があった。リリンを抱いている小百合とラナが森に入っていく。中は思ったよりも広々としていた。大きな木ばかりだし下草が短いので歩きやすい。異様な静けさの中で緑が強く香り、たまに鳥の鳴き声が聞こえてきたり、風が枝葉を鳴かせたりした。二人が注意しながら歩いていると、女の子が話し合っている声が聞こえてくる。小百合は一度止まってから声の聞こえる方に歩きだした。後ろからついていくラナは緊張していた。



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ルビー VS ブラックダイヤ

「見つけたよ! そこの木の枝にくっついてた!」

「モフルンも見つけたモフ」

「リコの言った通り、闇の結晶があったね」

「だからあるって言ったでしょう、狙い通りだし」

 

 みらいとリコの声がかなり近い。さらに緊張が高まるラナの足の先に何か当たった。見ると黒い石がラナの足元に転がっている。ラナが笑顔になってそれを拾う。

 

「小百合、闇の結晶みつけたよ~っ!」

 

 ラナの大声に前を歩く小百合はちょっとびくつき、みらい達も振り向く。

 

「小百合!?」

 みらいが目を大きくして驚く。リコは逆に少し目を細めて身を硬くした。モフルンはみらいの足元で小百合が抱いているリリンと目を合わせていた。

 

 小百合はラナの大声に少し驚かされたが、みらいとリコに見つかったことは何とも思っていない。最初から堂々と二人の前に現れるつもりでいた。後ろから来たラナが小百合の左側に立つと、小百合が左手を出して言った。

 

「変身するわよ」

「え? へ、変身!?」

「早く!」

「う、うん!」

 

 ラナが小百合の左手に右手を重ねて握ると黒いとんがり帽子と赤い三日月のエンブレムが光る。

『キュアップ・ラパパ、ブラックダイヤ!』

 

 リリンの胸の青いリボンに黒いダイヤが輝くと、リリンは二人に向かって飛んでいって手と手をつないで輪となる。

『ブラック・リンクル・ジュエリーレ!』

 

 リリンの体に黒いハートが現れると、小百合たちの姿が闇色に包まれて消失した。すぐに地上近くに月と星の六芒星が広がったかと思えば、その上に二人の黒いプリキュアとリリンが召喚される。そして二人が魔法陣から跳んで地上に降りる。

 

「穏やかなる深淵の闇、キュアダークネス!」

「可憐な黒の魔法、キュアウィッチ!」

 

 小百合とラナが変身し、宵の魔法つかいとして現れた時にプリキュアとしての圧倒的なパワーが空気を震わせ、生身の人間のリコとみらいの肌に痺れるような感覚を与えた。

 

 ――先手を取られてしまったわ!

 

 リコは自分の判断の遅さを呪った。最低でも小百合たちの変身に合わせてこちらも変身するべきだったと思った。ダークネスとウィッチは目の前にいる。この距離では変身しようと動いた瞬間にやられてしまう。

 

 リコがどするべきか考えていると、ダークネスが腕を組んで余裕を見せながら言った。

 

「今のあなた達から闇の結晶を奪うのは簡単だけれど、人間に危害を加えるのは正義の使者であるプリキュアの倫理に反することよ。だからあなた達が変身するのを待って、正々堂々と戦って奪ってあげる」

 

「プリキュア同士で戦おうというの!?」

 リコがダークネスに攻めるような調子で言った。

 

「ここは無人島よ、なくなったって誰も迷惑しないわ」

 

「そんな、ひどいよ! 人はいないかもしれないけど、鳥や動物はたくさんいるよ。それがなくなっても構わないだなんて!」

 

「あなたらしい言葉ね。鳥や動物の事まで心配するなんて、みらいは心の優しい良い子だわ。でも、どうしようもないお人よしね。あなたはその性格のせいで、きっと苦しむことになるわ」

 

 ダークネスの言っている意味は漠然としているが、みらいの胸を圧迫するものがあった。もうすでにダークネスのいう苦しみは始まっているのかもしれない。

 

 リコが周囲にだわかまる嫌な空気を追い出すように手を払って言った。

「何を訳の分からないことを言っているの!」

 

 ダークネスは余裕を示す薄い笑みを崩さない。

「安心しなさい、この島がなくなったりはしないわ。危険なのはプリキュア同士が互角の力でぶつかりあう時よ。わたしたちが圧倒的にあんた達を上回るから何も問題はないわ」

 

「いったわね!」

 負けず嫌いなリコが頭にきて叫んだ。リコは乗せられてはいけないと、冷静さを取り戻すように努力した。今どうすることが一番正しいのか。

 

「戦うのが嫌なら闇の結晶を置いて消えなさい。わたしたちにとってはその方がありがたいわ」

 

「闇の結晶はとても危険な物よ。あなた達の目的が分からない以上は渡せないわ」

 

 リコのこの言葉でプリキュア同士の対決は決定的なものとなった。リコがみらいの顔を見ると迷いがあるのが一目瞭然であった。リコはまっすぐにみらいの目を見つめていった。

 

「みらいの辛い気持ちはよく分かるわ。でも、闇の結晶を全部集めて浄化しないと、魔法界が危険なの。魔法界の平和のために一緒に戦ってほしいの」

 

 リコに言われると、みらいは可愛らしい表情に凛々しさをそえて頷く。迷いがなくなったわけではないが、今はリコと一緒に戦おうと決心した。

 

 みらいとリコが手をつなぐと、とんがり帽子と箒のエンブレムが輝く。二人は光の衣をまといもう片方の手をあげて呪文と唱えた。

 

『キュアップ・ラパパ!!』

 二人の背後から薔薇色の光の柱が立ち、それが螺旋に形を変えて流れていく。

 

「モフ―ッ!」

 宙返りするモフルンのリボンに薔薇の光が吸い込まれて輝くルビーが生まれた。

 

『ルビー!!』

 

 走ってきたモフルンと二人が手をつないで輪になると、

「ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!!」

 

 高速回転と同時に炎に包まれてその姿が消える。そして空中に垂直に立つ真紅のハートの五芒星が現れ、その前に炎と共にモフルンと赤い二人のプリキュアが召喚された。着地と同時にモフルンは離れていく。

 

「二人の奇跡! キュアミラクル!!」

「二人の魔法! キュアマジカル!!」

 

 二人の背後に強烈な炎が燃え上がった。赤きプリキュアたちの姿を見てダークネスの笑みが端に吊り上がって大きくなる。

 

「そのスタイルでくるのね」

「もう一度聞くわ、本気で戦うつもりなの?」

 マジカルの質問にダークネスはまるで下らないとでも言うようにうんざりした。

「躊躇する理由がないわ。わたしたちの勝利は確実なのだから」

 ダークネスの言葉も態度も全てがマジカルの癇に障る。

 

「ウィッチも戦うつもりなの?」

 ミラクルがラベンダーの瞳を悲し気に輝かせながら言うと、ウィッチは頬をかいて碧眼であさっての方向を見だした。

「う~、本当は戦いたくないんだけど、ダークネスがやるっていうから。わたしはダークネスを信じてるから、やるからには本気だよ!」

「やるしかないんだね……」

 

「ミラクルはウィッチをお願い、わたしはダークネスの相手をするわ」

「うん。マジカル、気を付けて」

 

 二人が身構えるとダークネスは組んでいた腕を解き、ウィッチもそれに合わせて構える。

「かかってきなさい」

 

 ダークネスが言うのを合図にミラクルとマジカルが突出する。ウィッチも同時に前へと動き出すが、ダークネスは腕を下げて脱力した格好のままマジカルを待ち受けた。

 

「たあーっ!」

「とあーっ!」

 

 ミラクルとウィッチのストレートの拳がぶつかり合う。ミラクルの拳から炎が揺らいでウィッチが一方的に吹き飛ばされた。

 

「ウキャーッ!? ダメだよこれ~、ぜんっぜん敵わないよ~っ!」

 飛んでったウィッチが低い草の茂みの中に突っ込んで姿が見えなくなる。

 

「はぁーっ!」

 

 マジカルはダークネスにキックとパンチの連携で攻める。ダークネスはそれを避けていたが、最後の回し蹴りは腕を十字に組んで防御した。ルビーの圧倒的なパワーで防御したダークネスの体が低空にはじけ飛ぶ。

 

 彼女の長い黒髪と背中の黒いマントの赤い裏地が吹っ飛ばされる勢いに乗って水平に流れる。ダークネスは途中で地面を蹴って後方に宙返りし、後ろに迫った巨木を踏み台にしてから着地した。すぐ近くでウィッチがお尻をつきだした情けない姿でたお倒れている。上向きになっているレモンブロンドのポニーテールが動物の尻尾みたいだった。

 

「あう~、全然かなわないよ、ダークネスぅ」

 

「パワーは向こうの方が圧倒的に上よ。正面から戦ったら勝ち目はないわ。しばらくは攻撃せずによけながら相手の動きを見ていなさい」

 

「え、攻撃しないの?」

「いう通りにやってみて、そうすればきっと分かるからね」

「うん、わかった!」

 

 ウィッチが立ち上がり、ダークネスと並んで身構え、二人は少し前屈みになって走り出し、今度はこちらから向かっていく。そして、ミラクルとマジカルが構えて迎え撃つ。二人のキックとパンチのラッシュが始まった。

 

「うわ~っ! こわい~っ! すっごい風が~っ!」

 

 ウィッチがミラクルの回し蹴りをしゃがんでよけながら、まるで絶叫アトラクションで怖がっている子供のような声を上げていた。とんでもないへっぴり腰だが、それでも攻撃を避けている。ダークネスも嫌らしい薄笑いを浮かべながらマジカルのパンチと蹴りの連続をひょいひょいと避けている。

 

 モフルンとリリンは二人一緒で大樹の幹に隠れて戦いを見ていた。

 

「やめるモフ! どうして同じプリキュアなのに戦うモフ!?」

「リリンにもよく分からないデビ。悲しいことデビ……」

 

 ミラクルはウィッチがあんまり情けない声を出すので手加減していたが、攻撃がまるで当たらない。少し本気になってもまだ当たらない。ついに全力の力で攻撃し始めるがそれでも当たらなかった。

 

 マジカルにも異変があった。

 

 ――攻撃が当たらない、全部読まれているの!? そんなことって!?

 

 最初は怖がっていたウィッチが、先ほどのダークネスの言った意味が分かり始める。

 

「あれぇ、攻撃が見える~」

 

 マジカルの気合と同時に放たれた右の拳がダークネスの左手で弾かれ、同時に懐に踏み込まれる。ダークネスの寸勁(すんけい)のような近距離のボディーブローがマジカルに決まった。

 

「くはっ!?」

 

 マジカルは足下を引きずるようにして吹っ飛び、止まった場所で腹部を押さえて片ひざを付いた。

 

 ミラクルも回し蹴りをウィッチによけられて、

 

「ほいっ!」

 

 ミラクルが作った隙にウィッチの変な気合で放たれた蹴りが入る。

 

「キャアッ!」

「ミラクル!」

 

 マジカルから少し離れた場所にミラクルが落ちて衝撃で地面が少しへこんだ。

 

「そろそろ理解できたかしら?」

 ダークネスが笑みを浮かべながら赤い瞳に冷酷な光を映して言った。

 

 ミラクルはあまりのことに訳が分からなくなる。

「何で? どうして攻撃が当たらないの?」

「まさか……」

 

 ミラクルが助けを求めるようにマジカルを見つめる。

「ダークネスとウィッチより、わたしたちの方が劣るってことなの?」

「いえ、力は互角だと思うわ、でも……」

 

「マジカルは少しわかってきたようね」

 

 ダークネスが近づくとマジカルが立ち上がって身構える。ダークネスは少し距離をおいてミラクルとマジカルの中間あたりに立つと言った。

 

「あなた達は今まで、ダイヤとは別のスタイルになる事で、単純にパワーアップできると思っていたんでしょう。ヨクバール程度が相手ならば気づかなくても仕方がないわ。でも、同じプリキュアを相手にした時にそれは一変して致命的な弱点になる」

 

「弱点? 弱点てなんなの!?」

 

 底知れないダークネスに弱点などと言われて、ミラクルは少し怖くなっていた。

 



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スタイルチェンジの弱点

「分からないなら教えてあげるわ。プリキュアとしての総合的な能力はどのスタイルも一緒なのよ。スタイルが変化すると能力の割り振りが変わる。ルビースタイルはパワーが上がる代わりにスピードが下がっているわ。だから動きを簡単に見切ることができた」

 

「そんな、ルビーにそんな弱点があったなんて……」

 

「サファイアとトパーズがどんな能力を持っているかは知らないけれど、秀でた能力と引き換えに弱点が存在することをよく覚えておきなさい!」

 

 ダークネスの確信に満ちた言葉がミラクルの胸に突き刺さり愕然とさせる。今までの敵では知りえなかったスタイルチェンジの弱点がダークネスたちと戦ったことで露見したのだ。ダークネスはマジカルの方を強く指さして言った。

 

「どんなにすごいパワーでも当たらなければ意味はないわ。そのスタイルになった時点で、あんたたちの敗北は確定している!」

 

「まだ勝負が決まったわけじゃないわ!」

 マジカルが地を蹴り、そのパワーで靴跡が地面に深く刻まれる。

「はぁーっ!」

 

 ダークネスに向かって右、左、右とパンチを繰り出していくが全てギリギリでかわされ、最後のパンチの右手首をダークネスが左手で捉えて引っ張ると、マジカルが前につんのめるようにして態勢を崩す。再び懐に入ったダークネスが右腕の肘鉄をマジカルの胸に打ち込んだ。

 

「ああっ!」

 

 途轍もない勢いで吹っ飛んだマジカルは後方の大木に激突して華奢な体で太い幹をへし折った。木が倒れると土煙が舞い上がり、マジカルの姿がその中に消えてしまう。

 

「マジカル!?」

 

 ミラクルの悲痛な叫びがあがる。土煙が次第に消えていくと、直立するマジカルの姿が現れる。マジカルが左手に持ってるものを見てダークネスが目をひそめた。

 

「それはリンクルステッキ!?」

 

「リンクル・ガーネット!」

 

 リンクルステッキにセットされたオレンジ色の宝石が輝きダークネスとウィッチの足元の大地が歪む。

 

「油断させるためにわざと攻撃を受けたわね!」

 地面のうねりに足を取られながらダークネスが叫ぶ。

 

「うわああぁっ!? なにこれ足元ぐにゃぐにゃだよ~っ!?」

 

 ウィッチは手をブンブン振り回して何とかバランスを取ろうと頑張っていた。そこへミラクルとマジカルが同時に向かってくる。

 

「ウィッチ、インディコライトを使いなさい!」

「リ、リンクルっ! インディコライト~っ!」

 

 ウィッチの左の腕輪の黒いダイヤが青い宝石と入れ替わる。ウィッチは足元が揺れて狙いが取れない状態で魔法を放った。彼女らの目前まで迫っていたミラクルとマジカルに青い閃光が襲い掛かる。二人は小さな悲鳴を上げ、全身が痺れて立ち止まってしまう。

 

「インディコライトは拡散する電気の魔法、至近距離なら狙いがずれても問題ないわ」

 

 もうダークネスたちの足元は普通の地面に戻っていた。ミラクルとマジカルは危険を感じて後ろに跳んで下がる。接近戦で勝ち目のない事はもう明確になっている。

 

「リンクルステッキ!」

 ミラクルがリンクルステッキを出現させて、それを右手に握ってジャンプした。

「リンクル・ペリドット!」

 

「そうよね、あなた達が出来ることはそれしかないわ」

 そう言うダークネスに向かってミラクルが空中から深緑の葉の竜巻を放った。それに対してダークネスが右手を上げて呼びかける。

「リンクル・オレンジサファイア!」

 

 ダークネスの手の平から放たれた炎と木の葉がぶつかり、無数の葉に炎が次々と燃え移っていく。

炎は葉を伝って一気にミラクルに迫る。

 

「ええっ!?」

 

 燃え上がる無数の葉がマジカルの視界を遮った。驚いているマジカルの目の前に炎を追い払ってダークネスが現われる。

 

「木の葉と炎がぶつかり合ったらそうなるわよね」

 

 ミラクルは初めて敵が怖いと思った。今まで出会ったどんな敵にもそんな感情を抱いたことはなかった。声も出ないミラクルの腹部にダークネスの蹴りが食い込む。ミラクルは悲鳴を上げながら超スピードで墜落して地面に叩きつけられた。

 

「ミラクルっ!」

 

 マジカルが駆け寄ると、ミラクルは大きく陥没した地面の中心で苦しそうにうめいていた。マジカルは着地したダークネスを睨む。

 

「なら、これならどう! リンクル・アメジスト!」

 

 マジカルの前に紫色の魔法陣が開き、そこにマジカルが飛び込んで姿を消す。ダークネスは右手を前に叫んだ。

 

「リンクル・ブラックオパール!」

 ダークネスの前に黒い円形のバリアが現われる。

 

ダークネスの上方に魔法陣が現れて、そこからマジカルが蹴りの態勢で飛び出してきた。

 

「てやぁーっ!」

 

 ダークネスが手のひらを上に向けて黒いバリアでマジカルの攻撃を止めた。

 

「ムーンストーンと同じ防御の魔法!?」

 

 マジカルの攻撃を跳ね返したダークネスは矢のように走りだし、

 

「はぁっ!」

 

 着地する寸前の無防備な状態のマジカルに拳を打ち込む。その身に衝撃を受けて礫のように飛んだマジカルは木に背中から叩きつけられ、少女の身で表皮を大きくへこませ、大木をしならせた。

 

マジカルがゆっくり木からはがれ落ちるようにして地面に倒れ込む。すぐに上半身だけ起こしたが、苦し気に片目を閉じていた。

 

「どうして攻撃が読まれるの……?」

 

「もしわたしが同じ魔法を使って攻撃するとしたら、プリキュアとしての誇りがあるから後ろからは攻められない。あんな魔法を使って正面切って攻めるなんていうのは問題外。だとすれば残りは上か左右しかない。その程度の選択肢なら見てからでも防御できるわ」

 

 ダークネスの話を聞きながら、マジカルは勝てないと思った。悔しいが今は勝ち目がない。これ以上戦いを続けるのは危険だとも思う。諦めが肝心という言葉もある。マジカルがそう考えていると、ミラクルが立ち上がってリンクルステッキを構えているのが見えた。ミラクルは今の今まで何かを諦めたりしたことがない。だが、ダークネスとウィッチは今までの敵とは違う、プリキュアなのだ。

 

「リンクル・アクアマリン!」

 

 ミラクルがステッキを上へ、するとステッキに透き通った湖水のような色の宝石が宿る。ミラクルは距離の近いウィッチにステッキを向けた。身構えるウィッチにダークネスが叫ぶ。

 

「ウィッチ、ジェダイトよ!」

 ダークネスの声を聞いてウィッチは愚直に行動に移す。

「リンクル・ジェダイト!」

 

 ウィッチの左手のブレスレッドに草色の丸い宝石が現れ、油でも塗って磨いたように照かった。ミラクルのステッキから撃たれた氷の粒を無数に含む冷気とウィッチの左手から撃たれた旋風が二人の中間でぶつかり、空気の渦が冷気を巻き込んで近くの樹に吹き付ける。葉や梢から根っこまで瞬く間に樹全体が凍り付いた。それを目の当たりにしたミラクルは半ば呆然としてしまった。

 

「そんな、わたしたちの魔法が全部きかない……」

 

 ダークネスが一度の跳躍でウィッチの隣に戻る。マジカルも同じように跳んでミラクルの隣へ降りてくる。二人がそろうとダークネスが言った。

 

「あなた達はこのリンクルストーンで、さらなる絶望を味わうことになる。リンクル・スタールビー!」

 

 ダークネスが高く上げた右手のブレスレッドに3条の光の線が中心で交わる真紅の丸い宝石が現れる。

 

「ルビー!?」

 

 マジカルのマゼンダの瞳に映る宝石は見たことがない姿だが、その色合いはルビーそのものだった。

 

スタールビーから生まれたピンポン玉大の赤い光がダークネスとウィッチの胸に吸い込まれる。すると二人の全身に燃え上がるような赤い光が現われた。

 

「スタールビーの魔法はほんの短い時間だけプリキュアのパワーを上昇させる。これで互いの力の差はなくなり、あんた達の弱点だけが残る」

 

「まずいわ! ミラクル、防御に集中して!」

「防御!?」

 

 マジカルのとっさの判断がミラクルには分からなかったが、判断が理解できるかどうかなど問題ではない。ミラクルはマジカルを信じる。互いに信じあって今までの敵と戦ってきた。どんな苦境になろうと、敵が誰であろうとそれが変わることはない。

 

 ダークネスとウィッチが息を合わせて突っ込んでくる。ミラクルとマジカルは胸で両腕を固く組んで集中し、ダークネスとウィッチの同時の飛び蹴りを防いだ。それでもすさまじい衝撃を受けて二人一緒に鉄砲玉のようにぶっ飛んで、背中から激突した大木を次々とへし折ってから地面に叩きつけられる。その後も体で地面を穿って進み、彼女らが通った後に吹き上げた粉塵が蛇のように長く連なった。

 

「モフ―ッ!? ミラクル、マジカル!?」

 

 モフルンが粉塵の中を走っていくと、目の前に防御の態勢のまま土に埋もれているミラクルとマジカルの姿が現れた。モフルンが口の辺りに両手を持ってきて震えていると、マジカルが思いの外元気に立ち上がった。モフルンは安心して星の宿る瞳に涙を浮かべた。

 

「あんな攻撃をまともに受けたら立ち上がれなくなるところだったわ」

 

 後から立ち上がったミラクルには、もうどうすればいいのか分からなかった。二人に向かってダークネスがゆっくり歩いてくる。

 

「スピードに決定的な差があるのだから、対抗して戦えば確実に攻撃を受けてしまう。最初から防御に集中してダメージを最小限に抑えるのは最良の選択だったわ。マジカルは冷静ね」

 

 歩いていたダークネスが途中で立ち止まって桃色の小さな袋を拾い上げる。

 

「あ!? わたしたちの闇の結晶!」

 

 ミラクルが叫ぶと、ダークネスが弦月的な笑みを浮かべた後に言った。

 

「これはもらっておくわ」

 

 ミラクルがどうしようと言うようにマジカルのことを見つめた。

 

「後わたしたちに出来ることといったら……」

 

 マジカルは校長の言葉を思い出すと、ミラクルの手を握って言った。

 

「撤退しましょう」

「マジカル……」

 

 撤退というマジカルの言葉がミラクルには衝撃だった。相手に手も足も出せず、その挙句に逃げるなど、プリキュアとしての誇り傷ついて悲しくなる。うつむき加減で目を伏せているミラクルとは逆に、マジカルは笑みを浮かべて言った。

 

「これは戦術的撤退よ、負けじゃないんだから」

 

 普通なら完全な負け惜しみにしか聞こえないが、微笑するマジカルを見ているとミラクルは安心して胸がずっと軽くなった。ミラクルがモフルンを抱き上げ、二人同時に森の大木を跳び越える大ジャンプをしてダークネスの前から去っていった。

 

 後から歩いてきたウィッチがダークネスと並ぶと言った。

 

「いっちゃったね」

「マジカルは……」

 

 ダークネスが手のひらに乗せた桃色の袋見つめる。

 

「マジカルはわたしたちの攻撃を受けた時に、わざとこの袋を落としたのよ」

「え、そうなの!? なんで!?」

 

「ミラクルはどんなに追い詰められても諦める気配がなかったわ。今までそういう気持ちで戦ってきたんでしょうね。マジカルがこうしなかったら、ミラクルは力尽きるまで戦い続けたかもしれない。マジカルがこの袋を落として、それをわたしが手にしたことで戦う理由がなくなった」

 

「そんなことしないで普通に渡せばよかったのに」

 

「そんなことしたら完全に負けを認めることになってミラクルの心が傷つくでしょう。マジカルはミラクルの身と心の両方を守ったのよ。あんなに追い詰められた状況でそこまで配慮できるなんてね」

 

 ダークネスが硬い表情で袋を握りしめる。彼女には勝者の余裕といったものは一切なかった。

 

 

 

 みらいとリコは無人島の先端から緩やかに波立つ海を見つめていた。プリキュアになって初めての敗北を味わい、さすがに二人とも元気がなかった。みらいに抱かれているモフルンが心配そうに上を見て、みらいの顔をのぞいた。みらいが海を見つめたままに言った。

 

「わたしたちの魔法がぜんぜん通用しなかったね。むこうの魔法の方が強いってことなのかな……」

「そうじゃないのよ」

 

 みらいが右を向いて、はっきり断言するリコを見つめる。

 

「小百合はわたしたちに勝つためにずっと研究していたのよ。今思えば、あの二人とは二度一緒に戦ったけれど、リンクルストーンの魔法を一度も使わなかった。それに対してわたしたちは、ほとんどの魔法を小百合に見せてしまった。小百合は自分たちの手持ちの魔法で、わたしたちの魔法にどう対抗するか考えて、完璧に対策を練って挑んできたのよ。向こうに手の内を晒してしまったのがわたしたちの敗因よ。迂闊(うかつ)だったわ」

 

 二人の視界に飛び去って行く2人乗りの箒が入ってくる。リコは小さくなってゆく小百合たちの姿を強い光を灯すマゼンダの瞳で見つめていった。

 

「次は負けないわ」

「リコ……」

「負けっぱなしじゃ悔しいでしょ、次は絶対に勝ちましょう」

「うん!」

 

 リコが自信満々に言うと、みらいの顔に明るさが戻った。

 

「さあ、帰って校長先生に報告しましょう」

 

 リコが言った。それから二人は箒に乗って大空へ向かって飛翔した。



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みらいの涙

「う~ん」

 

 その夜、ラナは帰ってきてからベッドに転がってずっとうなっていた。リリンを膝にのせてテーブルで勉強していた小百合がついに我慢できなくなって言った。

 

「さっきから変な声出してなによ?」

「みらいとリコ、迷ってるよね。さっき戦ってる時に迷ってるって感じしたんだ」

 

「それは結構なことだわ。迷いは弱さにつながるからね」

「そんなのずるいよ! ちゃんと闇の結晶を集めてるわけを話そうよ。そしたらもっと気持ちよく戦えるでしょ~」

 

「なんですって? そんなことしたら……」

 小百合があごに手をそえて考え込んだ。そして考えがまとまると笑みを浮かべる。

「そうね、妙案かもしれないわね」

 

「妙あん? 妙なあんこ?」

「なんであんたは、いつもいつもそんな変な方向にいっちゃうのよ!」

 

 小百合に少し強く言われると、ラナが珍しく考えだした。小百合が黙って見ていると、何か閃いたのかラナの難しい顔がふっとゆるむ。

 

「小百合の家で食べたいちご大福おいしかったよね!」

「なんの話よ!?」

 

「だって、妙あんでしょ?」

「妙案っていうのは、いい考えかもしれないってことよ!」

 

「そうでしょ~っ! いい考えでしょ~っ!」

 ラナがベッドから降りて小百合に接近し、碧眼をキラキラと輝かせた。

 

小百合は少しだけうざったそうに言った。

「明日の放課後あたりに魔法学校に行きましょう」

 

 

 

 魔法学校の終業のチャイムが鳴り響く。通学の生徒たちが箒や絨毯のバスで飛び立っていく。それとは入れ違いに魔法学校の制服姿の小百合たちが二人乗りの箒で校門の前に降りた。小百合はラナにリリンを抱かせてから言った。

 

「ラナはリリンと一緒にここにいて」

「一人で行くの?」

 

「あんたと一緒だと面倒なことになりかねないから、ここで待っててね」

「はぁい……」

 

 ラナは残念そうな顔をしていた。本当はリコとみらいに自分の気持を伝えたかったのだった。

 

 生徒がほとんどいなくなって学校が静まり返った頃に、みらいが一人で校舎の中を散歩していた。小百合たちとの戦いがあり、それを思い出すとやるせない気持ちになり、気を紛らわすのにモフルンを抱いて歩いていた。みらいは窓辺に立ち止まり、暮れ行くオレンジと影の黒に染まった外の景色を無心で見つめる。

 

「みらい!」

 

 唐突に呼ばれてみらいが振り向くと、とんがり帽子と魔法学校制服姿の長い黒髪の少女が窓際に立っていた。彼女が顔を上げると帽子の鍔に隠れている瞳が見える。

 

「小百合!?」

「リコはいないのね。まあ、あなただけでもいいわ。お話をしにきたのよ」

 

「お話って?」

 

「ラナがどうしてもってうるさいから、わたしたちが闇の結晶を集める理由を教えるわ。それが分かった方が、あなた達もすっきりするでしょう」

 

 小百合がみらいに向かってくる足音が静寂の中に際立つ。小百合は窓から注ぐ夕日と窓と窓の間にある影で交互に明暗に姿を変えながら、最後はみらいと同じ窓の横に立って夕日を浴びた。

 

「モフ」

 みらいと一緒にモフルンも小百合の顔を見つめる。

 

「わたしたちはフレイア様という闇の女神様の元で働いているわ。その方がわたしたちにプリキュアになる力をくれたの」

「闇の女神……」

 

「フレイア様は闇の結晶を集めたあかつきに願いを一つだけ叶えてくれると約束して下さった」

 

 二人の間に沈黙があった。小百合はみらいの夕日で輝く目をしっかり見つめていった。

 

「わたしは最近亡くなったお母さんを蘇らせてほしいとお願いしたわ」

 

 みらいが口を少しあけて目を見開く。小百合はショックを受けるみらいを見て心の中では笑みを浮かべていた。

 

「……本当なの? 本当にお願いを叶えてくれるの?」

 

「あなたはフレイア様に会ったことがないから分からないでしょうね。心の優しい深い慈愛を持ったお方よ。嘘なんか言わないわ、それははっきりと分かるの」

 

 夕日の下で悲し気に光る小百合の瞳から、みらいは目を放すことができなかった。

 

「モフゥ……」その場の空気に耐えかねてモフルンが声を出すと、小百合が言った。

 

「わたしのお母さんは四ヶ月前に事故で突然いなくなったのよ。歩道を歩いている時に暴走した車が突っ込んできて、お母さんはわたしを守り、わたしの代わりに犠牲になった。あんな死に方をしていい人じゃなかった。だからわたしは、どんな事をしてでもフレイア様の望みを叶えて、お母さんを取り戻すわ。話はそれだけよ」

 

 みらいの眼尻から涙がこぼれ落ちた。とめどなく出てくる涙が彼女の頬を伝い、あごまで流れて落ちていく。涙の雫が夕日を吸ってルビーのように輝いていた。小百合は悲しみに打ちひしがれたみらいの姿を見てから身をひるがえして去っていく。

 

「フッ」

 小百合は後ろで立ち尽くしているみらいの悲しみの気配を感じると声を出してにやりとした。

 

 リコはみらいの帰りが遅いので、寮の部屋から出て校舎内を探し回っていた。

「いくらなんでも遅すぎる。このままじゃ夜になってしまうわ」

 

 黄昏て夕日はオレンジ色から暗赤色に変わっていた。リコが廊下を小走りして探していると窓辺に立っているみらいを見つけることができた。

 

「みらい、なにやってるの、もう遅いから寮に……」

 親友の涙に濡れる顔を見てリコの言葉が止まった。

 

「どうしたの?」

「リコ!」

 

 みらいがリコの元に飛び込んで、淡く膨らんでいる胸に顔を押し付けて泣き出す。

 

「わたし戦えないよ、小百合とは戦えない……」

「なにがあったの!?」

「みらいは小百合とお話ししたモフ。とっても悲しいお話だったモフ」

 

 モフルンが言うと、リコはやられたという気持ちになった。直情的で感じやすいみらいは、自分を抑えきれなくなることがある。小百合がそこを攻めてきた、リコにはそう思えてならなかった。

 

「とにかく寮に戻りましょう。落ち着いたらでいいから、ちゃんと話を聞かせて」

 

 リコは自分の胸でみらいが頷くのを感じた。みらいの肩を抱くリコの手には嗚咽の震えが伝わっていた。

 

 

 

 夜が更けて大きな大きな三日月が魔法界の夜空に輝く。魔法のランプのやわい光が照らす部屋で、みらいとリコはベッドに並んで座っていた。触れ合っている部分から互いの熱が伝わる。モフルンはそこから離れたみらいの机の上に座って二人の様子を見つめていた。

 

 みらいから話を聞いたリコは、みらいに何の言葉もかけることができなかった。ほのかな明かりの中で沈黙の時間だけが流れていく。その間、みらいはずっと下を向いていた。

 

「わたし……」

 みらいの口から声がもれる。

 

「お母さんがもしいなくなったらって、想像してみたけど……無理……」

 みらいのひざの上の手に涙がぽつぽつと落ちてくる。

 

「そんなの、悲しすぎるよ……」

「みらい……」

 

 リコはみらいの頭に手をそえて自分の懐に引き寄せた。慰める言葉は浮かばないが、みらいを少しでも安心させたかった。

 

「リコ、ごめんね……」

「謝らなくていいわ。わたしは誰かのために頑張っているみらいが好きだし、誰かのために悲しんでいるみらいも好きよ」

 

 我ながら何てつまらないことを言っているんだろうとリコは思う。もっとみらいを元気に出来る言葉が欲しいと思うが、そういうのはリコよりもみらいの方が得意だった。いつも明るく励ましてくれるみらいのこんな姿を見るのは初めてで、どうしていいか見当もつかなかった。

 

 やがて消灯の時間がきて学校が完全に近い闇に包まれると、リコは一人で起き出して月明りを頼りに制服に着替えた。それからベッドで寝ているみらいを見て、布団をかけなおしてやって廊下に出ていく。

 

 校長室で校長がランプの明かりの元で本のページをめくっていると、突然リコが目の前に現れて驚かされた。

 

「こんな夜遅くにどうしたのじゃ? もう消灯の時間は過ぎているが」

「どうしても校長先生にお話ししたいことがあって、みらいが……」

 

 リコの表情から不安を感じ取った校長は本を閉じて眉をひそめた。

 

「何かあったのじゃな?」

 

 リコはみらいから聞いた話をそのまま校長に伝えた。そしてリコは最後に言った。

 

「小百合は……小百合はきっと、みらいを惑わせるために嘘を……」

 

 そう言うリコの表情には自信が感じられなかった。

 

「そうか」

 

 校長は席を立って窓辺に行くと、夜空の三日月を見つめた。

 

「本当に嘘ならばいいのだが……」

 

 それから校長はグリーンの瞳に三日月を映しながら考えていた。

 

「わしは用事を思い出したので出かけようと思う。君は早く寮の部屋に戻りたまえ」

「今から出かけるんですか!?」

 

 校長はリコのことを見て、いつもの穏やかな表情で言った。

 

「大事な生徒たちが苦しんでいるというのに何もしないではおれん。わしも出来ることを全力でやろう。君たちと一緒に戦わせてくれ」

 

「校長先生! ありがとうございます!」

「見回りの教頭先生には見つからぬようにな。見つかったらどうなるのか、言わなくても分かるじゃろう」

「そ、それはもう……」

 

 リコはみらいの事が気になりすぎて教頭先生のことをすっかり忘れていた。今頃になって冷たい汗が出てきた。

 

 

 

 早朝の霧深き森の中を銀髪の美丈夫が歩いていく。不思議な雰囲気をもつ森の景色とうすい霧の中に立つ校長は絵に描いたように美しかった。やがて霧が晴れて枝葉の隙間から指す日の気配が強くなって来た頃に、校長の目の前に大木が現れた。根元に色とりどりのキノコが生えていたり、表皮に窓のような穴が開いていたり、普通の樹木とは明らかに異質のものがある。

 

「人間がどうやってここまで来たのですか?」

 

 校長が見下ろした先に小人が前で手を組んで立っていた。背中にはトンボに似た4枚の翅があり、草葉を思わせる緑色のドレスと頭には大きく開いた桃色の花びらの上に可愛らしい白花を乗せた冠をかぶっていた。彼女は妖精の里の女王である。

 

「騒がせてすまぬ。わしは魔法学校の校長じゃ」

「まあ、魔法学校の校長先生でしたか。よくここがお分かりになりましたね」

 

 魔法学校の校長と聞いて女王は納得した。普通の魔法つかいでは妖精の里にたどり着くのはまず無理なのだ。

 

「レジェンド女王に尋ねたいことがあって参じたのだが、お会いできるだろうか?」

 

「レジェンド女王様は日光浴をしておられますわ。はるばる校長先生がここまで来たのです、きっとお会いになられるでしょう」

 

 校長は鎧姿の妖精兵士の案内で無限に広がると思われるような広大な花の平原に出た。虹のような色彩の野の花の中に台座が設けられ、レジェンド女王がそこに座って目を閉じていた。周りには数人の護衛の兵士もある。先ほどの女王とは違って丸顔で等身が短く翅も小さめで、全体的に丸っこくて可愛らしい印象である。団子にした薄紫の髪とパフスリーブの小さなドレスがその体躯によく似あっていた。このレジェンド女王は自分でも分からなくなるくらい遠い昔から生きている。

 

「お休みのところ申し訳ない」

 

 校長が頭を下げて言うと、深い皺の中にある二つの真ん丸の目が開いた。陽光で輝く瞳の中には小さなピンクの花模様が入っていた。

 

「あなたがこんな場所まで訪ねてくるなんて、よほど大切な用事なのでしょう」

「さよう、あなたに教えてもらいたいことがあるのです」

「わたしの分かる事であればお教えしましょう」

 

 少し肌寒い風が吹いて色とりどりの花びらが二人の間で舞った。

 

「あなたは有史以前から魔法界の歴史のすべてを目撃しているはず。わしが知りたいのは魔法界の有史と闇の時代の間にあると言われている虚無の時代についてなのです」

 

「そんな時代は存在しません」

 レジェンド女王ははっきりと言った。濁りのない一言であった。

 

「本当に何も知らぬのか? はっきりとしたことでなくても構わない。断片的な記憶でも何でもいいのだ」

 

 校長の必死な思いが伝わって、レジェンド女王の顔にはっきりとした戸惑いが現れる。

 

「わたしは魔法界の全てをこの目で見てきました。そんな時代の記憶はございません。それに、昔のことはあまり思い出したくないのです。とても恐ろしい記憶なので……」

 

 校長が残念そうに目を伏せる。校長にとってレジェンド女王の記憶が一つの希望であったが、逆に謎を深める結果になってしまった。

 

「あの時、どうして闇の魔法があんな風に広がってしまったのでしょう……?」

 レジェンド女王が下で咲き乱れる野花を見つめて独り言のように話し始めた。校長はそれに神経を集中して耳を傾ける。

 

「穏やかな光の下で誰もが幸せに暮らしていたのに、全ての人が魔法をつかい、魔法を愛して、平和に暮らしていたのに、人々は突然に狂いだし、瞬く間に魔法界は闇に覆われました。何があんな風に人々を狂わせたのでしょうか……?」

 

 レジェンド女王は顔を上げて、そこに何者かがいるかのように宙を見つめる。

 

「とても温かなあの光は……」

 

 レジェンド女王の丸くて小さな瞳が輝いて涙がこぼれ落ちた。

 

「なぜ泣いているのですか?」

「よくあるのです、昔のことを思い出すとふと悲しくなることが。どうして訳もなくこんなに悲しくなるのでしょう、おかしなことです」

 

 もうこれ以上話すことはなかった。校長はレジェンド女王に黙礼して花園から去っていった。

 

 渡る風で花吹雪が乱れる。レジェンド女王は空に精霊のように舞う花びら見つめてまだ悲しそうな顔をしていた。可愛らしい真ん丸の瞳からまた涙がこぼれ落ちた。



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第10話 プリキュア大ピンチ!? モフルンとリリンがさらわれちゃった!
料理研究家リリア


 翌朝もみらいは元気がなかった。寝間着から着替えもせず、自分を慰めるようにモフルンを抱きしめて下を向いていた。光を移すラベンダーの瞳は潤んでいるのかキラキラと光の具合が変わっていた。制服姿のリコが自分の机の椅子に座って少し離れた場所からみらいを見守っていた。

 

「モフ、みらい……」

 

 モフルンが呼びかけても、みらいは無反応だった。こんなに悲しみに暮れているみらいの姿を見ると、リコは絶望的な気持ちになってくる。リコはこうなって、みらいが自分に対して持っている影響力の大きさを思い知る。いつも明るく元気で事あるごとに励ましてくれるみらい。そのみらいが元気をなくしただけで、リコの周りの世界は闇が降りたように暗くなってしまった。

 

 ――いつもみらいには元気をもらっているんだから。だから今度はわたしがみらいを励ますのよ。

 

 リコはそう思うが、小百合がみらいに与えた衝撃はあまりにも大きく、今のみらいから悲しみを取り除くことは不可能であった。リコは決心して立ち上がった。

 

 リコがみらいの前に立って、彼女の肩に静かに手をそえる。それでようやくリコの存在に気づいたというように、みらいがはっとなって顔を上げた。リコとみらいの目がしっかりあった。

 

「みらい、あなたの悲しむ気持ちは、わたしにはどうにもできないわ。戦えないならそれでもいいから、この話だけ聞いて」

「リコ……」

 

「これはわたしが勝手にそう考えてるんだけど、闇の結晶はわたしたちが思っている以上に危険なものだと思うの。今はまだ分からないけれど、あのデウスマストのように二つの世界を脅かすような、そんな恐ろしいものにつながっている気がする。ナシマホウ界にはみらいの家族だっているし、ともだちだってたくさんいるわ。それを守るためには、わたし一人じゃ無理なのよ。みらいがいてくれないと何を守ることもできない。どうしてもあなたの力が必要なの。これからも辛い戦いがあると思うけれど、みらいにはずっと隣にいてほしいと思っているわ」

 

「リコ、ごめんね」

 

 みらいは瞳に溜まった涙を払って立ち上がり、濡れた瞳でリコと見つめ合った。

 

「わたしはいつでもリコと一緒だよ。どんなことがあっても離れないから」

 

 みらいの表情が変わってモフルンは喜びでいっぱいになった。

 

「みらいが笑ったモフ」

 

 一応は元気を取り戻したみらいだったが、内面では悲しみに耐えていることをリコは痛いほどわかっていた。

 

 

 

 ――なんだあの女の子は、さっきから様子がおかしいぞ……。

 

 店主がその女の子をじっと見ていた。魔法商店街のとある食料品店で銀色の髪をポニーテールにした金色とターコイズブルーのオッドアイの少女が何かを探し回っている。しかし探しているものが見つからないようで、店の中を何周も回っている。見た目がきれいなだけに余計に挙動が目立っていた。

 

「ない、ない、ここにもないのかっ!!? だーっ!!」

 

 人の姿のフェンリルが頭をかかえて悶絶すると、近くで買い物をしているお客が変な目で見て離れていく。営業に差し障りありと判断した店主が彼女に近づいた。

 

「お客さん、なにをお探しで?」

「おい、お前! ネコ缶はないのか!?」

 

 フェンリルが店主の胸倉をつかんでガクンガクンと振りまくる。店主が目を回しながら言った。

 

「お、お客さん、落ち着いてください!」

 ようやく解放された店長は死ぬかと思った。

 

「ネ、ネコ缶なんてものは聞いたこともありませんよ」

「な、ないのか……。じゃあ、百歩譲ってちょっと高級なキャットフードでもいい!」

 

「なんですかそれは? 猫に関係している物ということは何となくわかりますが……」

「猫の餌だよ! なんかないのか、そういうの!?」

 

「猫の餌だったら、肉か魚でも食べさせればいいでしょう」

「今さらただの肉や魚なんて食わせられるか!」

 

 フェンリルはいきなりその場に崩れて四つん這いで絶望した姿をさらす。

 

「なんてことだ、魔法界にネコ缶がないなんて、わたしはどうすればいいんだ。このままじゃあ、あいつらに愛想をつかされて、わたしの女王としての地位が……」

 

 わけの分からないことを言っているフェンリルに店長もお客さんもドン引きした。

 

「あの、お客さん。ただの肉や魚がダメなら、自分で美味しい餌を作ってやるというのはどうですか? この本がおすすめですよ」

 

 店長が懐から杖を出して振ると、レジの隣にある山積みの本から一冊の本が飛んでくる。なんで食料品店に本が置いてあるのかというと、特別よく売れる料理本だからである。

 

 フェンリルは少し希望がわいて立ち上がり、店主から本を受け取ってパラパラとめくっていく。

 

「よし、この本をくれ!」

「まいどあり!」

 

 店に迷惑をかけていたフェンリルにうまく本を売った店主は満面の笑みを浮かべていた。

 

 フェンリルは商店街を歩きながら料理本に目を通した。

「材料とか色々あってめんどくさいな。こんなのいちいち覚えてられないよ……」

 

 フェンリルはパタンと本を閉じて少し考えて本の裏側を見始める。

「そうだ、この本を書いた奴に教えてもらえばいいんだ。その方が手っ取り早い」

 

 フェンリルは走り出すと、途中で白猫の姿になりその背中に本を乗せた状態で光の翼を開いて空に向かって飛んでいった。

 

 

 

 フェンリルはしばらく飛んで商店街からかなり離れた場所まできていた。ここは春の領域の北端辺りで魔法学校のある辺りより少し気温が低い。

 

「あの島か」

 

 フェンリルの真下に高く切り立った樹木の上にある大きな街が見えていた。全体としては山のように巨大な樹を途中で伐採して、切り口の平坦な部分に街を置いてあり、街に至るまでの幹の部分にはいくつも枝が伸びている。枝と言っても普通の樹木に例えれば樹齢百年はあろうかという太さで、それが無数に枝分かれして先端の方で葉が茂る。一本の枝から茂る葉だけでも緑色の雲とでもいうような壮大さで、そういうのがいくつもあって島の端から下を見おろしても海が見えないほど緑が深かった。

 

街にはなかなか立派な建物が集まっていて、街全体がきれいな六角形の中に納まっていた。街の中央には杖の樹があってその周囲には建物がなく、六角形の緑の草原の広場になっている。フェンリルはその草原に面した屋敷の前に降りて光の翼を消すと、全身が白い光に包まれて人の姿に戻った。

 

「この家だな」

 

 フェンリルが片手に本を持って開け放たれている門の前に立つ。相当広い真四角の敷地を白い石壁が囲っていて、その中に見えるグレーの屋根の屋敷は立派で歴史を感じさせる格式の高さがあった。門からその家の玄関まで砂が敷いてある白い道が続く。玄関までの道沿いに立派な樹木に混じって赤や白の花を咲かせる樹花、桃色の果実のなっている樹なども見える。

 

フェンリルが中に入って玄関に向かって歩いていくと、厚く茂っている植物の向こうに広場があり、白いテーブルと椅子のが何組か置いてあるのが見えた。フェンリルがなかなかしゃれた庭だと思ってみていると、なにかの鉱物の結晶のようなものが集まっている巨大な石が置いてあったりして、石として見れば美しいがこの庭には場違いな感じのものがあったりもする。

 

フェンリルは玄関の前に立った。見上げる程に大きい立派な木製の扉だ。そして、玄関の小さな屋根をゴシック調の白い柱が支えていた。

 

「たのもーっ!」

 

 玄関で声をだせば魔法で中の人に聞こえるようになっている。フェンリルが待っていると扉が開いて白いエプロン姿の女性が姿を見せる。

 

「どなたですか?」

 

 声も言葉づかいも柔らかで、見た目は優し気な感じの人だった。瞳の色はマゼンダで長い青髪の一部をロールにして薄紫のリボンで結び、残りの髪は結わえて背中に流してある。

 

「この本を書いたのはあんた、じゃない、あなたですか?」

 

 本を見た女性は、「まあ」と言って嬉しそうに微笑む。

「これはわたしが書いた本よ。手に取ってくれてありがとう」

 

「実はあんたに料理を、じゃない、あなたに料理を教えてもらいたいんです!」

 

 フェンリルはそう言って頭を下げた。普段はボルクスを口ぎたなく罵ったり、部下の猫たちを怒鳴ったりしている彼女だが、必要に応じて礼儀正しい振る舞いもできるのだ。

 

「あら、お料理教室の申し込みかしら?」

「いや、そういうんじゃなくて! もっとこう、あれだ、弟子! そう、弟子にして下さい! 料理を真剣に勉強したいんです!」

 

 フェンリルは少し心にもない事を言っているが、自分の地位を守るのに真剣なのは確かだ。青い髪の女性は考えていた。

 

「特定の人を弟子にして料理を教えたりはしていないんだけれど、あなたは本気で料理を勉強したいみたいだから教えてあげましょう」

「フェンリルです、よろしくお願いします、師匠!」

 

「その呼び方はなんだか硬いわね。リリアでいいわよ」

「いやいや、教えてもらうのに呼び捨てになんてできません。じゃあ、先生と呼ばせて頂きます!」

 

 フェンリルはひょんなことから、魔法界とナシマホウ界で名を馳せている料理研究家リリアの弟子になってしまった。

 

 リリアの案内でフェンリルは広い玄関ホールから右側の部屋に入る。そこは居間になっていて広い部屋に長いテーブルと椅子が並んでいた。そして居間の先にある部屋に入った時にフェンリルが声を上げた。

 

「な、なんだこのキッチンは!?」

 

 キッチンの広さが居間と同じだった。料理台が部屋を囲むようにコの字型になっていて、壁には大小のフライパンやフライ返しなど様々な料理道具がきれいに並んでいる。中央には六角形の回転式の食器棚が置いてあり、どこにいても好きな食器が取り出せるようになっていた。料理台の下のシンクや食器棚の引き出しにも鍋や包丁や小物などが詰まっているに違いない。この大掛かりな料理設備を見てフェンリルは弟子にしてくれなどと言ったことを後悔し始めた。

 

「さあて、どんな料理を作りましょう。最初だから簡単なのがいいわね」

「あ、あの、できれば肉か魚を使った料理をお願いします!」

 

「じゃあ、7色サーディンのフリッターにしましょうか」

「7色サーディン??」

 

 リリアは部屋の片隅にある高さが天井くらいまである大きなフレーザーに向かって箸のように先細りになっている白い杖を振った。

 

「キュアップ・ラパパ、7色サーディンよ出てきなさい」

 

 フレーザーの扉が開いて白い皿の上に円に並んだ虹色の魚が料理台まで浮遊してくる。目の前に降りてきたそれを見てフェンリルの顔が引きつった。

 

 ――魔法界には変わった魚がいるな……。

 

「じゃあ、お手本を見せるからね。キュアップ・ラパパ」

 

 リリアの魔法で底の深いフライパンやボウルなど必要な道具が一か所に集まる。それから包丁が勝手に動いて魚をさばき、同時にボウルには小麦粉や卵、調味料などが入ってホイッパーがひとりでにかき混ぜていく。天辺に穴のあるヤシの実に似たオイールの実がフライパンの横で傾いて穴から良質の油が注がれた。フライパンに火などは必要ない。魔法をかければあっというまに適温になるのだ。

 

 リリアの魔法の料理さばきは素早く正確で、横で見ているフェンリルは目が回りそうだった。もう熱した油に衣の付いた魚が入る。リリアが中央の食器棚に向かって杖を振りキュアップラパパの呪文を唱えると、棚がひとりでに回転して一枚の大皿が料理台の上に移動してくる。その皿に火の通ったサーディンの方が移動してきれいに盛り付けられていった。

 

「はい、できあがり!」

 

 あっという間に料理ができた。正直、フェンリルには何が起こったのか分からないくらいだった。しかし、驚くのはまだ早い。リリアは両手の親指と人差し指でハート型を作ってそれを料理に近づけて、

 

「仕上げに、愛情は・い・れ❤」

「……先生、それは料理に必要なことなんですか?」

 

「もちろんよ。愛情は料理にとって一番大切な要素なの、よく覚えておいてね」

 

 フェンリルは自分もそれをやらなければいけないと思うと震えてしまった。

 ――料理って思っていたよりもずっと難しいな……。

 

「さあ、お味を見てちょうだい」

「あ、はい」

 

 フェンリルが作りたて熱々の魚のフリッターを一つ口に運ぶ。ものすごい旨さで黙って二つ三つと食べてしまった。

 

「先生、美味しいです!!」

「よかったわ。じゃあ、次はあなたの番ね」

 

 急に言われてフェンリルの動きが止まる。

「先生と同じの作るんですか?」

 

「大丈夫、わからないところはちゃんと教えるから」

「わかりました。魔法でやればいいんですよね」

 

 フェンリルが右手を上げると、その手首に銀の腕輪が付いていた。中央には宝石がはまりそうな円形の台座があって、台座には真ん中に白いシルエットの猫が座る六芒星の魔法陣が描かれていた。

 

「フェンリルちゃん、魔法の杖は持っていないの?」

「杖はありませんけど、この腕輪で魔法が使えます」

 

「まあ、腕輪で魔法を使うなんて変わっているわね」

 

 フェンリルは人差し指を包丁に向けて唱えた。

「キュアップ・ラパパ! 包丁よ魚を切れ!」

 

 空中に浮いた7色の魚にすごい鋭さで包丁が入り、魚が見事に真っ二つの開きになった。しかし、リリアのフリッターに開きになった魚など入っていない。

 

「それじゃダメよ。取るのは頭と内臓だけでいいの。まずは包丁の使い方から始めましょうか」

 

 フェンリルは魔法が使えても料理を全く知らないので、油の温度や調味料の分量など、一つ一つリリアに教えてもらわなければならなかった。リリアが10分足らずで作ったものに、フェンリルは2時間近くかかった。そして、ようやくおいしく食べられるものが出来上がった後に最大の難関が待っていた。

 

「素敵なフリッターができあがったわね」

「あ、ありがとうございます……」

 

 両手を柔らかく組んで笑顔を浮かべるリリアに、フェンリルはぜえぜえと肩で息をしながら言った。初めての料理に魔力も神経も使ってもうへとへとである。

 

「じゃあ、仕上げよ」

「や、やっぱりやるのか……」

 

「あなたがこんなに一生懸命に料理を作ったのは食べてもらいたい人がいるからでしょう。その人のことを思い浮かべるよの。あなたきれいだから恋人かしら?」

 

「いえ、そんなのはいません」

「じゃあ家族かしら?」

 

「まあ、なんというか、猫……です」

「ペットの猫ちゃんね! ペットも家族の一員だもの、あなたの愛は伝わるわ。その猫ちゃんのことを思い浮かべてやってみましょう」

 

 フェンリルはなんか違うなと思いながら言った。

「わかりました、やってみます!」

 

 フェンリルはぎこちない手つきでハートを作り、それをフリッターに向けて手下の猫たちのことを思い浮かべた。

 

「愛情! はいれーっ!」

 

「それじゃ、怒ってるみたい。もっと猫ちゃんを可愛がるように優しい気持ちで」

「あ、愛情は・い・れ!」

 

「う~ん、まだ愛情が足りないわね」

 

 フェンリルは頭を振って明らかに邪魔になっている手下猫たちのイメージを追い出す。

 

 ――この試練を乗り越えなければ、本当においしい料理はできないんだ! 覚悟を決めろ、フェンリル!

 

 ただ猫の餌になるものを作りたいだけだったフェンリルの中に料理に対する情熱が燃え上がった。フェンリルは少女らしい可憐な動きで白くてしなやかな指で描いたハートを愛を注ぐように魚のフリッターに急接近させて、

 

「愛情は・い・れ❤」

 

 可愛らしいウィンクまでしてリリアを感動させた。

 

「素晴らしいわ、フェンリルちゃん! あなたの料理に込められた愛情は必ず届くわ」

「あ、ありがとうございます、先生……」

 

 フェンリルは恥ずかしくてリリアの顔が見られなかった。それからフェンリルは、もう一つ料理を習ってリリアの家を出た。彼女は広々とした草原の広場に立ち青い空と白い雲を見ながら感慨深い気持ちになって言った。

 

「人間って毎日あんな風に料理作ってるのか、こりゃバカにできないね」

 

 それから何日後かに、魔法商店街の野良ネコに美味しそうな料理を食べさせる美少女のことが噂になり広まっていくのであった。

 

 

 

 夜の魔法商店街に二つの人影が躍る。影が商店の屋根に飛び移り、一方の影が背中のマントを泳がせて疾走し、その後をとんがり帽子をかぶった影がついていく。二人は屋根から屋根へと飛び乗り、ひときわ高い商店の屋根の上に舞い降りた。大きな三日月を背景に二人の少女の黒い影が青白い月光の中に浮んでいた。

 

「この時間なら闇夜に紛れて行動できるわ」

「わたしたち黒っぽいもんね~」

 

「猫を片っ端から捕まえてみましょう」

「プリキュアだったら猫なんて簡単に捕まえられるね!」

「さあ、狩りの時間よ」

 

 ダークネスの声が宵の闇に吸い込まれる。二人は散開して夜の魔法商店街を駆け巡った。ある猫は人の気配を感じて逃げようとした瞬間に首根っこを捕まえられた。

 

「フにゃーッ!?」

 

 びっくりして鳴き声をあげると口にくわえていたものが落ちた。ダークネスがそれを拾って月明りに照らす。闇の結晶だった。

 

「いきなり当たりだわ」

 

 ダークネスが猫を放してやると一目散に逃げていった。

 

「まて~」

 

 ウィッチも何かをくわえている猫を追いかけていた。その猫が人が通れない細い路地に逃げ込むと、ウィッチは商店の屋根に飛び乗り上から追いかけて、猫よりも早く走って猫が別の路地から出てくるところを待ち伏せして捕まえた。すると猫は爪を出して暴れまくる。

 

「引っかいたってむだだよ。猫の爪なんてぜ~んぜん痛くないんだから」

 

 ウィッチが手を出すと猫が諦めて口にくわえていた闇の結晶を放した。

 

「ごめんね」

 

 と言いながらウィッチは猫を放した。二人は次々と猫を捕まえていった。闇の結晶を持っていない猫の方が多かったが、それでも十数個は集まった。魔法工場街でも同じことをしてかなりの収穫を得ることに成功した。

 

 

 

 翌朝、フェンリルがいつもの路地裏の集会場に行くと、集まってきた手下の猫たちに元気がないので気になった。

 

「どうしたお前たち? 今にも死にそうな顔をしているよ」

 

 群れの中からロナが出てきて言った。

「フェンリル様、それが……」

 

「はっきりいいな」

「闇の結晶を奪われましたにゃ」

 

「なんだと!? 誰に奪われたっていうんだい!?」

「みんなの話だと、黒っぽい服を着た二人組の女の子らしいにゃ。猫よりもずっと早くて、あっという間に捕まったそうにゃ」

 

「なああぁっ!?」

 フェンリルが歯を食いしばり牙をむく。

 

「こっちの作戦の裏をかいてきたか、プリキュアめ!!」

 

 フェンリルは腹が立ってどうしようもなく、近くの壁をバリバリ引っかきまくった。

 

「くっそーっ! プリキュアめ! 頭にくるっ!」

「フェ、フェンリル様……」

 

 フェンリルの怒りに触れてロナの心が凍り付く。手下の猫たちは自分たちは終わったと思う。しかし、フェンリルはこの怒りを手下の猫たちにぶつけるわけにはいかなかった。それは自分の首を絞めることにしかならないと彼女は心得ている。フェンリルは壁に一通り怒りをぶちまけると、手下たちの前に座って言った。

 

「お前たちは気にしなくていい。奪われちまったものは仕方がない。これからも今まで通りやっておくれ」

「りょ、了解にゃ!」

 

 ロナが答えると他の猫たちは安心しすぎて魂が抜けそうな息を吐いた。手下の猫たちがいなくなるとフェンリルは光の翼で飛び上がり、商店街を見おろしながら思った。

 

 ――プリキュアが邪魔してくるんじゃあ、わたしも動かなきゃいけないね。



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フェンリルの誘拐作戦

 朝にエリーがノックする音を聞いて扉を開けると、外に半分目を閉じている小百合が立っていた。

 

「今日もお願いしますぅ」

 ちょっと寝ぼけているのか言葉づかいが変だった。

 

「小百合ちゃん、大丈夫? 眠そうだけど」

「寝るのが夜中になってしまって……。大丈夫です」

「中に入って」

 

 エリーが小百合をテーブルの前に座らせると、小百合は座ったままうとうとしてしまう。そんな小百合の前にエリーはコップにジュースを注いで出した。

 

「はい、しぼりたてのリンゴジュースよ」

 

 小百合は目を開けて少し赤い目で申し訳なさそうにエリーを見る。

「ありがとうございます」

 

 一口飲めば甘くてさわやかなリンゴの果汁が小百合の体に染み渡るように感じる。あまりにも美味しくて殆ど一気に飲んでしまった。これで少し目が覚めた。その時にエリーが小百合の対面に座って言った。

 

「ずっと小百合ちゃんに言いたいことがあったのよ」

「なんでしょうか?」

「ありがとうね」

「え?」

 

「ラナちゃんのことよ。あの子、おばあちゃんを亡くしてから落ち込んじゃって、ご飯もろくに食べなかったのよ。たった一人の肉親を亡くしたんだから、そうなるのは当たり前なんだけど、わたしも村の人たちも明るくて元気なラナちゃんしか知らなかったから、どうしていいか分からなくてね。そしたら今度はラナちゃんがいなくなって大騒ぎ、村の人総出で探したりもしたのよ。そうかと思えば、ひょっこり小百合ちゃんと一緒に帰ってきてびっくりしたわ」

 

「そうだったんですか。申し訳ありませんでした」

 

 それを聞いたエリーがクスッと笑った。

「小百合ちゃんて、ラナちゃんのお姉さんよね。小百合ちゃんが謝ることないのに」

 

「確かにわたしが謝るのは変ですね」

 

「ラナちゃんが帰ってき一番うれしかったのが、いつものラナちゃんに戻っていたこと。それはきっと小百合ちゃんのおかげだから、だからありがとう」

 

「そんなこと……」

 

 救われたのは自分の方だと小百合は思う。小百合はラナを自分が救ってやったという感覚は持っていなかった。

 

「今日の箒の練習はお休みね」

「え? どうして?」

 

「小百合ちゃんは頑張りすぎだから、たまにはお休みしないとね」

「そんなことありません。今は魔法学校だって行っていませんし」

 

 言ってから小百合はあっと思って手で口を塞いだ。それからエリーの顔を見て小百合は言った。

「エリーさんは、わたしたちが学校に行っていないこと気にしてますよね」

 

「気にならないと言えば嘘になるけど、理由もなく学校を休むような子たちじゃないって分かってるつもりだから。きっと、それ以上に大切な理由があるんでしょう。それは聞かないでおくわ」

 

「エリーさん……」

 

 エリーの心づかいに小百合は胸が温まるように感じる。でも少し眠かった。そんな小百合にエリーは言った。

 

「今日は帰ってすぐに寝ること」

「はい、そうします……」

 

 

 

 ロキの居城、暗黒の城。城の廊下に瞬間移動してきた白猫フェンリルはロキに闇の結晶を献上するために歩き出した。すると、途中でボルクスに出会った。図体はでかいのに、ちみっこい猫の前で萎縮していた。

 

「あんたこんなところで何やってんだい?」

「今ロキ様のところにいっても怒られるだけだからよお……」

 

 彼はプリキュアが倒せなくて悩んでいるのであった。元は自分の闇の結晶集めを邪魔されたくないフェンリルが彼に提案したことだが、半分はボルクスをからかうつもりで言ったことなので、そんなに真剣に悩まれるとフェンリルは彼が少し可哀そうになってきた。

 

「とりあえずプリキュアは置いといて、あんたも闇の結晶を集めなよ。そうすりゃ、ロキ様も少しは認めてくれるさ」

 

「いや、俺はプリキュアを倒す! プリキュアはロキ様にとって邪魔なんだ。俺はそれを倒してロキ様に認められたいんだ」

 

 フェンリルは目を細めて白い尻尾を動かした。

 ――こいつはこいつなりに真剣なんだな。

 

「おい、フェンリル。俺はお前の命令を聞かなきゃならねぇ。だから命令してくれ、プリキュアを倒せと」

「……まて、お前はわたしが何にもいわないからこんな所にいたのか?」

 

「ロキ様にそういわれたからな」

「アホか! そういうのを指示まち人間っていうんだよ! いや、お前は指示まち巨人か。とにかく、プリキュアを倒したいんなら行動しろ!」

 

「そうか! よし、今からプリキュアを倒しに行くぜ!」

 ボルクスが急に元気になって屈強な腕を天井に突き上げて言った。

 

「まてまて、闇雲にいってもダメさ。わたしがいい作戦を考えたからお前も手伝え」

「なにをするつもりだ?」

 

「名づけて、プリキュアに変身させないで倒しちゃおう作戦だ」

「なんだか卑怯な作戦だな」

 

「うるさい! 卑怯だろうが何だろうがプリキュアを倒せばロキ様は喜ぶ! そうだろう!」

「お、おう、確かにお前のいうとおりだ」

 

「プリキュアはお前に倒させてやるよ。まあ、変身させないからただの小娘だけどな」

「しかし、変身させないってのはどういうことなんだ?」

 

「そこんところは、わたしが何とかする。とにかくお前はプリキュアを倒せ」

 フェンリルが牙をむき出しにして狂暴な笑みを浮かべた。

 

 

 

 テーブルの上のリリンは口をへの字に曲げて小百合とラナを見ている。二人は向かい合ったままくっついて眠りこけていた。リリンは朝からほったらかしにされて、もう昼が近づきつつあった。まだ二人が起きる気配がなかった。

 

「リリンはつまんないデビ! おなかすいたデビ! 小百合、ラナ、おきるデビ!」

 

「……ついに飛べたわ………」

「むにゃ…みんな一緒だぁ……」

 

 小百合とラナの寝言が帰ってきた。

 

「デビーっ!」

 

 リリンが癇癪を起して机を両手で何度もはたく。ぬいぐるみの手なのでパフパフいうだけで小百合たちを起こせるような音は出なかった。

 

「もういいデビ」

 

 リリンはドアに飛んでいって外に出ていく。外にはリンゴがたくさんなってるので、それでも食べようと思ったのだ。そして外に出ると心ときめく匂いがリリンの鼻に触れる。

 

「くんくん、甘い匂いがするデビ!」

 

 リリンが匂いをたどると地面に白い小皿に乗った一枚のクッキーが見えた。

 

「クッキーデビ!」

 

 リリンは少し形の悪い丸いクッキーを手に取って一口食べる。サックリ甘いクッキーが口の中でほろりと溶けて天にの昇るような気持になった。

 

「とってもおいしいクッキーデビ~」

 

 美少女姿のフェンリルがリンゴの樹に隠れてリリンの様子を見ていた。彼女は闇の結晶の反応をたどってこの場所を発見したのであった。

 

――どうだい、リリア先生直伝のふわりんクッキーの味は! 一口食べたらもうやめられないよ。

 

 まだクッキーの匂いがするのでリリンが辺りを見ると、白い小皿のクッキーが点々と置いてあった。明らかに怪し気だが、リリンは何も疑わずにクッキーを食べては移動した。そしてついに見つける、リンゴの樹の横に大皿にのった山盛りのクッキーを。

 

「すごいデビ! おいしそうデビ!」

 

 リリンがクッキーまで走って夢中になって食べ始まると、リンゴの樹の後ろから伸びてきた手がリリンを素早く捕まえて、樹の陰に引っ張り込んだ。

 

「デビーッ!?」

 

 リリンの叫び声はすぐにぷっつりと消えてしまった。それからリンゴの樹の後ろからフェンリルが現れて、手に持っている白い袋を持ち上げて見た。中でリリンが暴れて袋が動いていた。

 

「まずは一匹」

 

 フェンリルは弧の笑みを浮かべると、背中に光の翼を広げて上昇し、魔法学校のある方向へ飛んでいった。

 

 

 

 それからしばらく後、今度は魔法学校の校庭にある噴水の縁で誘き寄せられたモフルンが山盛りのクッキーを食べていた。

 

「とってもおいしいクッキーモフ~」

 

 近くの支柱に潜んでいたフェンリルがそろりと出てくる。後ろから近づく人影にクッキーに夢中のモフルンは気づかない。捕まる直前に水にフェンリルの姿が映ってモフルンは振り向いた。

 

「モフ―ッ!?」

 

 袋をかぶせられてモフルンが悲鳴をあげる。モフルンを探していたリコとみらいが悲鳴を聞いて噴水の前に駆けつけた。みらいが辺りを探しても誰も見当たらなかった。

 

「モフルンどこにいるの!? モフルン!!」

「みらい、これを見て」

 

 リコが噴水の縁のところに置いてある手紙を見つける。リコがそれに近づくと、清らかな水面には鏡のように自分の姿が映り込む。リコは手紙を拾い上げて見た。

 

「これって……」

「なんて書いてあるの?」

 

 手紙には魔法界の文字で「ぬいぐるみは預かった。返してほしければ、このはな島に来い」と書いてあった。

 

「大変だわ! モフルンは誰かにさらわれたのよ!」

「すぐに助けに行かなきゃ! でも、このはな島って?」

 

「このはな島は妖精の聖地と言われている場所よ。人が立ち入ってはいけないことになっているから、校長先生に許可をもらいに行きましょう」

 

 二人が全力で走って校長室に向かった頃に、小百合たちもリンゴの樹に貼りつけてある手紙を見つけていた。

 

「寝ている間にリリンがさらわれるなんて不覚だわ……」

「どうしよう、小百合……」

 

「どう考えても敵の罠があるけれど、それでもこのはな島に行くしかないわね。ラナ、このはな島って知ってる?」

 

「知ってるよ、名前は!」

「……場所は?」

「わかんない!」

「……エリーさんに聞いてくるから、あんたは出発の準備ね」

「はぁい」

 

 ラナが緊張感のない返事をする。小百合はラナが事の重大さを理解していないように思えて不安になった。それからすぐに二人は箒に乗ってリンゴ村から飛び立った。

 

 

 

 モフルンとリリンが二人一緒に樹に縛り付けられていた。その前に白猫のフェンリルが座っている。地面では丈の低い野の花が満開になっているので、フェンリルの体は半分くらい花に埋もれていた。

 

「リリンもモフルンも捕まってしまったモフ、大変モフ」

「プリキュア大ピンチデビ」

 

 地面を軽く振動させて巨体がフェンリルに近づく。

 

「なんだぁ、そのぬいぐるみ共は?」

「こいつらを捕まえておけばプリキュアは現れないのさ」

 

 フェンリルが言うとボルクスが首をひねる。

 

「本当なのか?」

 

「後はここにやってくる小娘どもをつぶすだけだ。それはあんたに任せるよ」

「おう、任せておけ!」

「わたしは見物させてもらうよ」

 

 フェンリルは少し離れた場所にある樹の幹を素早く駆け上がって太めの枝の上に座った。ボルクスは地面の花を押しつぶしてあぐらをかいて待ち構えていた。

 

 

 

 みらいとリコが箒で島の先端部に降りてくる。そこからもう広大で鮮やかな色彩の草花の平原になっていて、遠くの方が霧が濃くなっていて見えなかった。この島はほとんどの土地は草花に覆われているのだ。

 

「うわぁ、すごく広いお花畑だね」

「前に行った妖精の里は、ずっと遠くに見えるあの霧の中にあるって、校長先生が言っていたわ」

 

 その時、二人は誰かが草花を踏みながら近づいてくる音を聞いた。振り向いた二人の視線の先に小百合とラナが立っていた。

 

「小百合、どうしてここに?」

 

 リコが言った。みらいは小百合の姿を見たとたんに辛い気持ちになって表情を曇らせた。小百合がそんなみらいの姿を見つめて、彼女がいつも抱いているモフルンの姿がないことを確認した。

 

「あんた達もやられたのね」

「もっていうことは、そっちもリリンがさらわれたのね」

 

 小百合は頷いてからリコに言った。

 

「協力しましょう。お互いに2人じゃどうしようもないでしょ」

「ええ、そうね。4人でも心配だけど、2人よりはましね」

 

 それを聞いたみらいとラナの表情がぱあっと明るくなる。しかし、みらいの胸の奥には決して抜けない棘のような悲しみが疼いていた。

 

「4人のプリキュアがそろったらどんな敵でも楽勝だよね!」

 ラナが言うとみんな妙な顔で黙ってしまう。

 

「あれ? みんなどしたの?」

「あんた、重大なことがわかってないわね」

「なあに、重大なことって?」

 

 まるで理解していないラナに小百合は腕を組んで物分かりの悪い子供をさとす母親のように言った。

 

「わたしたちがプリキュアに変身する時にどうしているのかよく思い出してみなさい」

「えっと、変身するときは二人で手をつないでキュアップ・ラパパ~っていってからリリンが飛んできて……」

 

 ラナが急に黙り、徐々に顔が青ざめてくる。そして最後に震えあがって言った。

 

「うわ~っ!? リリンがいないと変身できな~い!? どうしよう小百合! ちょうやばいよ!」

「今頃それに気づくあんたの方がやばいわよ」

 

 思わず笑ってしまうみらいに、呆れ顔のリコ、二人とも先行きが不安になった。急に元気をなくして萎縮するラナは、天敵を怖がる小動物を思わせる。

 

「プリキュアに変身できないのに、どうやってリリンとモフルンを助けるの……?」

「だから4人で協力するんでしょう」

 

 小百合が言った。不安でいっぱいのラナが目で何かを訴えるようにリコとみらいを見つめる。

 

「大丈夫よ。きちんと作戦を立てていけば必ずチャンスはあるわ」

「そうだね! でも、この広い島のどこを探せばいいんだろう?」

 

 みらいが広大な花畑の前で途方に暮れると小百合は言った。

 

「敵はわたし達をおびき寄せたいはずだから、わざわざ探させるような真似はしないと思うわ」

 

「なにか目印になるようなものが置いてあるかもしれないわね」

 

 リコの言うことに同意するように小百合が頷き、みんなでその目印を探して歩き出した。

 

「あ、なんかたってる」

 

 目の良いラナがさっそく何かを見つけると、それに駆け寄った。ラナは矢印の形をした白い看板に書いてある文字を読み上げる。

 

「ぬいぐるみはあっち、だって~」

「すごくわかりやすい目印だね」

 

 みらいがそう言うと、危機的な状況のはずなのに、このちょっとしたコミカルさを感じる文字入りの看板のせいで緊張がゆるんでしまいそうだった。小百合が看板の横に立って言った。

 

「この矢印の方向だと、あの森の中ね」

「作戦を立てましょう」

 

 リコの提案でその場の空気が再び緊張した。



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妖精チクルン登場!

 このはな島の花の平原では蜂のような姿の妖精が花の蜜を集めていた。妖精には働き者が多いが、その中にやる気のないのが一人いた。彼は頭全体を覆うピタリとした黄色い帽子の上に蜂の触角を付け、黒いタンクトップの上に黄色と黒の横しま模様のストラップ付の半ズボン姿で、背中にある蜂の翅で羽音をたてて飛んでいる。彼は適当にちょろっと蜜を集めてから仲間から離れて寝る場所を探していた。

 

「ま、いちおう蜜は集めたしな。後は適当な場所で昼寝でもすっか」

 

 彼が寝るのに丁度いい場所を探し求めていると、森の中でどんと座っているボルクスを発見した。

 

「な、なんだあのでかいのは!?」

「モフゥ……」

 

 ボルクスの後ろから聞き覚えのある声が彼の耳に聞こえてきた。気になった彼はボルクスに見つからないように隠れながら近づいていく。

 

「あ、あいつは!?」

 彼はボルクスの背後で樹に縛られているモフルンに気づいて慎重に近づいていく。

 

「モフルンじゃねぇか、こんなところで何やってるんだ?」

「あ、チクルンモフ~っ!」

「しーっ! でかい声出すな、あいつに気づかれるぞ!」

 

 チクルンが慌てて後ろを見ると、ボルクスは背を向けてじっとしていた。

 

「だれデビ?」

 

 モフルンの横からリリンが顔を出すと、チクルンが驚いてリリンの前に飛んでくる。

 

「なんだ? こいつもぬいぐるみなのか?」

「リリンモフ、モフルンのお友達モフ」

 

「チクルンとやら、助けてほしいデビ」

「このままだとみらいとリコが危ないモフ」

 

「まってろ、いま助けてやるからよ」

 チクルンはモフルンたちの後ろ側に回って縄の結び目に手をかけて解こうとするが、びくともしない。

 

「ぬくく、かてぇ……」

 

「キュアップ・ラパパ! 草よ巨人を捕えなさい!」

 

 いきなり魔法の呪文の声が森に響いた。ボルクスの周囲の草が急に伸びて巨体に絡みつく。それはリコが不意打ちで放った魔法だった。突然のことにボルクスは慌てる。

 

「な、なんだこりゃ!?」

 

「今よ、みらい、ラナ!」

 

 みらいは走り、ラナは箒に乗ってボルクスを出し抜こうとする。

 

「そうはさせるか!」

 

 ボルクスは全身に巻き付く草を引きちぎって立ち上がり、まず手をあげて上を飛んでいこうとするラナの進入を防いだ。ラナはボルクスの大きな手のひらにあたって跳ね返る。

 

「うわぁっ!?」

 

 ボルクスの横をすり抜けようとしたみらいも、目の前にいきなり大きな手の壁が現れて慌てて止まる。

 

「この小娘ども!」

 

 少女たちを捕まえようと二つの大きな手が伸びてきて、みらいとラナに迫る。

 

「キュアップ・ラパパ! 石よ飛んでいきなさい!」

 

 小百合の魔法で飛んだ複数の小石がボルクスの顔に当たって少しばかり彼の動きを止める。ボルクスにダメージはほとんどないが、当たってくる小石がうっとうしくて顔をしかめていた。さらに小百合が魔法を使う。

 

「キュアップ・ラパパ! 枝よのびなさい!」

 

 ボルクスの周囲の木の枝が激的にのびて、葉の付いた枝が左右から迫って巨体を絡めとる。枝はどんどん伸びて複雑に交差し、ボルクスを閉じ込める樹木の檻になった。

 

「キュアップ・ラパパ! 草よのびて!」

 とどめとばかりにみらいが魔法を使い、地面の草が伸びてボルクスの足に厚く巻き付いた。ラナもひまわりの杖をだして振ろうとした。

 

「よ~し、わたしも! キュアップ」

「あんたはダメーっ!!」

 

 小百合が慌ててラナの手を押さえて魔法を阻止した。

 

「わたしにもなんかやらせてよ~っ!」

「だったら箒で何とかしなさい!」

「むぅ、やってやる~っ!」

 

 ラナはほとんどやけになって箒にまたがると、急上昇して上をおおう葉の天井を突き抜けていく。小百合は予想外のラナの行動に卒然となってしまった。小百合は気を取り直してまっすぐ前を見つめる。今はラナの謎の行動にかまっている暇などなかった。みらい、リコ、小百合がボルクスに向かって走り出す。巨人の横をすり抜けてモフルンとリリンのところに行こうとしていた。

 

 少し離れて様子を見ていたフェンリルは苛々する。

 

「人間相手に何やってんだい! さっさとヨクバールを召喚しろ!」

「こんな小娘どもにヨクバールなどいらん! ぬおーーーっ!」

 

 フェンリルの声が聞こえたのか、ボルクスが叫んで全身に力を込める。接近してきた少女たちの目の前でボルクスは剛力で枝の檻を引き裂いて吹き飛ばした。少女たちに折れた枝や葉っぱが降りかかって小さな悲鳴が上がる。さらにボルクスが片手を思い切り振ると、その手が起こした風圧で少女たちは吹き飛ばされた。3人は悲鳴をあげて草花の園に転がった。

 

「よし、いいぞボルクス、そのまま潰しちまえ!」

 

 フェンリルが少女たちとボルクスの攻防に熱中している時に、チクルンがようやく縄の結び目を解いていた。

 

「よし、外れたぜ!」

 

 モフルンとリリンを縛る縄がゆるんだ。

 

 ボルクスは足元の草など意にに介せず、草の縄を断ち切って足を踏み出す。

 

「もう少しだったのに」

 

 小百合が立ち上がって魔法の杖を構えると、みらいとリコもそれにならった。しかし、状況は厳しい。先ほどは不意打ちでボルクスにうまく魔法で攻撃できたが、今度はそうはいかない。

 

「覚悟しろ娘っ子ども……あれ一人足りねぇな。まあいいか」

 

 ボルクスが大股で一歩踏み出した時、リリンが彼の肩の上あたりを飛んで越え、モフルンが彼の足元を横切っていく。

 

「モフ、モフ」

「デビ~」

 

「リリン!?」

「モフルン!?」

 

 小百合とみらいが同時に叫ぶ。

 

「なあにぃっ!? どうやって縄を抜けやがったんだ ぬいぐるみども!?」

 

 ボルクスの巨大な手が2体のぬいぐるみに迫り、もう捕まる寸前だ。小百合たちにはどうしようもできない。

 

「このやろーっ!」

 

 チクルンが飛んできて小さな白い花をボルクスの鼻に突っ込んだ。

 

「チクルン!?」

 

 今度はリコが叫んだ。ボルクスは盛大なくしゃみをして鼻の異物とチクルンを吹き飛ばした。小百合とみらいがぬいぐるみに向かって走り出す。

 

「ええい、逃がすかーっ!」

 

 ボルクスが両手を伸ばして走り出すと、その背後に箒に乗ったラナが葉っぱにまみれて降りてくる。

 

「とりゃ~っ!」

 

 ラナは箒の筆から星屑を噴射してとんでもない勢いで飛び出し、ボルクスの後頭部とラナの箒の柄先が激突し、ラナは箒と一緒に前に吹っ飛んだ。

 

「うわ~っ!?」

 

 ラナが小百合の真横に花びらを散らしながら転がり込んだ。同時にリリンは小百合の胸に飛び込み、モフルンはみらいに抱き上げられて元の鞘に収まった。

 

「あ~、びっくりしたぁ」

 

 頭の上に花びらを乗せたラナが起き上って見ると、ボルクスは後頭部を押さえてうずくまっていた。

 

「ぐおお……」

 

「あれ? おっきいおじさんどしたの?」

「ラナ、よくやったわね!」

「なんかわかんないけど、ほめられた~」

 

「小百合、変身するデビ」

「みらいも変身モフ」

 

 4人の少女が頷き、それぞれが左手と右手を結んで残った手を上に。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 4人の声が重なった。みらいとリコは光の衣を身にまとい、モフルンと3人で手をつないでゆっくりまわる。

 

『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 モフルンの体に輝くハートが点滅すると、ダイヤからあふれた光が周囲を照らし、星とハートが降り注いだ。

 

 小百合とラナは黒い衣を身にまとい、飛んできたリリンと手をつないで3人で輪になると、リリンの体で黒いハートが点滅する。3人は星降る闇の中に回転しながら落ちていく。

 

『ブラック・リンクル・ジュエリーレ!』

 

 宙に星と月の六芒星とハートの五芒星が隣り合って現れ、その上に宵の魔法つかいと伝説の魔法つかいが召喚された。

 

4人が魔法陣の上から同時に跳んで着地してからポーズを決める。

 

「二人の奇跡、キュアミラクル!」

「二人の魔法、キュアマジカル!」

 

「穏やかなる深淵の闇、キュアダークネス!」

「可憐な黒の魔法、キュアウィッチ!」

 

 四人のプリキュアが現れ、それを見たチクルンが目を丸くする。

 

「なんだ、数が増えてるぜ!?」

 

 離れたところ様子を見ていたフェンリルは呆れてしまった。

 

「ボルクスめ、あそこまでお膳立てしてやったのに失敗するとは……」

 

 その時に巨体の影が4人のプリキュアにおおいかぶさった。

 

「プリキュアめ、俺の力を思い知るがいい!」

 

『はーっ!!』

 

 4人同時の跳び蹴りがボルクスに炸裂した。

 

「ヌオ――――ッ!?」

 

 巨体が折れ曲がって超速飛行して、屈強な体で激突した樹木を次々とへし折ってから大の字に倒れた。ボルクスは完全に目を回していた。

 

「いくら力自慢のオーガでも、4人のプリキュアが相手じゃそうなるわな……」

 

 フェンリルは少し気の毒そうに言った。彼女は樹の枝から降りると少女の姿になって手の中にあるものを放った。三つの闇の結晶が空中で怪しく光って再び彼女の手の中に戻る。

 

「まあいいだろう。プリキュアを倒す手立てはまだある。見せてもらおう、人の非情さというやつをね」

 

 フェンリルは三つの闇の結晶を上空に投げて首にかけているタリスマンをかざした。

 

「いでよ、ヨクバール!」

 

 タリスマンから放たれる闇の瘴気を浴びたフェンリルが苦し気に呻く。このはな島が広がっていく黒い雲におおわれ、4人のプリキュアの頭上に広がる闇の魔法陣に三つの闇の結晶が吸い込まれた。異変を感じたプリキュア達が森から出て漆黒の天上を見上げると、闇の魔法陣から竜の骸頭がうまれいずる。

 

竜頭骨の仮面の下で闇がうごめき、仮面が魔法陣から引き出されていくと黒く燃え上がる体が徐々に現れてくる。長い腕の先に鋭い爪のある巨大な手が開き、背中に黒い翼が広がる。それが地上に降りた時、重厚な体を支える豪脚が平原の花を踏みしだき、長い尻尾が地上を鞭うつとえぐられた大地と共に花が散る。

 

竜頭骨の仮面以外、全身が黒い炎に包まれた暗黒のドラゴン現れ、その周囲にある花々が黒い炎に焼かれて消えた。

 

「ヨクッバアァーーーールッ!!」

 

 漆黒の怪物の咆哮が島全体に広がり、花の平原で蜜を集めていた妖精たちが一斉に逃げ出した。空気が震え、細かい針が肌を刺すような感覚を受けてプリキュアたちが構える。

 

「な、なんだよあれ!?」

 

 今までに見たこともない異形の怪物にチクルンは震えた。



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光と闇のエレメント

ここからエレメントというワードが時々出てきますが、この小説はヒープリが始まるずっと前から書いているもので、ヒープリからパクったわけではありません。

エレメントの概念もまったく違っていると思います。この小説でのエレメントは、ゲームでよく出てくる属性に近いです。


 ヨクバールは虚空の目に現れた怪しげな赤い光で、口から黒い炎を吐き出しながらプリキュア達を睨んだ。するとウィッチが怯んでしまった。

 

「うわぁ、なんか怖そう、あのヨクバール……」

 

「さっきの巨人が召喚したの?」

「あの巨人じゃないと思うわ。きっと他にも仲間がいるのよ」

 

 ミラクルにマジカルが言った。ヨクバールが歩みだし、こちらに近づいてくるとダークネスが前屈みに足元に力を込めた。

 

「先にしかけるわ、ウィッチ!」

「え~、あれと戦うの?」

 

「あんた、びびってる場合じゃないでしょ!」

「わ、わかってるよぅ」

 

「行くわよ、しっかり合わせなさい!」

「うん! いっくよ~っ!」

 

 ダークネスとウィッチがその足で花びらを巻き上げながら疾走する。そしてヨクバールの前で二人が同時に跳び、ダークネスの蹴りとウィッチの拳が竜骸の仮面に一寸の狂いもなく同時に当たる。

 

「ヨクゥ」

 

「なんですって!?」

「ええ~っ!?」

 

 二人同時の攻撃を受けてもヨクバールは微動だにしなかった。黒く燃える手が二人を弾き飛ばした。

 

「キャッ!?」

「ふわーっ!?」

 

 吹っ飛ばされた二人が宙返りして着地した時に、ミラクルとマジカルがヨクバールに突撃していく。

 

『はあぁっ!』

 

 二人同時の拳がヨクバールのボディーに食い込む。

 

「ヨクッ、バール!」

 

 衝撃を受けたヨクバールが後退する。それを見ていたダークネスが解けない設問にでもぶつかったように眉をひそめた。それから彼女はウィッチに目で合図して二人同時に走る。今度はヨクバールの横に回ってダークネスが跳び、ウィッチが懐に入っていく。

 

「とりゃ、とりゃ、とりゃーっ!」

 

 ウィッチの連速パンチがヨクバールの脇腹に決まる。ダークネスもヨクバールの頭部に空中蹴りを何度もあびせた。

 

――やっぱり、わたしたちの攻撃は効いてないわ。

 

 ヨクバールはダークネスたちの攻撃を受けても直立不動で毛ほども感じていないようだった。

 

「たあーっ!」

「てやーっ!」

 

 ミラクルとマジカルの同時の蹴りにはヨクバールが反応して動いた。黒い炎に包まれた腕で二人の攻撃を防ぎ、腕から受けた衝撃で一歩後退する。その瞬間にヨクバールの真紅の目が燃え上がるように強く輝いた。まだ空中にいるミラクルとマジカルに黒く燃え上がる拳を叩きつけ、ダークネスは黒い翼で吹き飛ばされ、ウィッチはかぎ爪の付いた足でけり上げらた。4人同意に吹っ飛んで悲鳴と共に花園に墜落し、土煙と花びらが爆発するように吹き上がった。

 

 4人のプリキュアがクレーターのように陥没した大地に一か所にかたまって倒れていた。真っ先に立ち上がったダークネスはヨクバールが大きく開いた口に黒い炎が渦巻いて球になり、その火弾が大きくなっていく様を見た。

 

「まずいわ!」

 

 ダークネスが叫んだ時に、ヨクバールが真っ黒な火球を吐き出した。よける暇はなく、黒い火の玉が4人の目の前で爆発し、轟音と一緒に黒い炎がドーム状に広がっていく。それは4人のプリキュアの悲鳴まで飲み込み、草花を消し去って平原の一部を焦土にする。プリキュアたちは黒い炎に巻かれながらバラバラに吹き飛んで、全員が花園の中に沈んだ。森の入り口からフェンリルが直立して戦いの様子を見つめていた。

 

「あれは三つの闇の結晶から生まれた究極のヨクバールだ。わたしが召喚できる中では最強だ。それだけじゃない。あのヨクバールの攻撃で面白い状況が生まれるはずだ。どうなるのか楽しみだね」

 

 最初に花の中から立ち上がったのは防御の態勢がとることのできたダークネスだった。

 

「あのヨクバール、今までのやつとはけた違いの強さだわ……」

 

ダークネスは他のプリキュア達がはたして攻撃に対してどう動いたのか、それを見る余裕はなかった。草花はダークネスのひざ上くらいまでのびているので、倒れているほかのプリキュアたちの姿が見えない。

 

「いったぁ~い……」

 

 ダークネスの近くでウィッチが立ち上がる。

 

「ウィッチ、大丈夫?」

「うん~、大丈夫みたい!」

「ミラクルとマジカルは?」

 

 ダークネスから少し離れた場所で草花が動くのが見えた。その辺りを飛んでいた黄色の蝶が、立ち上がってきた二人の少女に驚いて上へと逃げる。ミラクルとマジカルは一緒に立ち上がったのだが、ミラクルはマジカルの肩を借りて立っている状態で、ダメージが大きいようだ。ダークネスとウィッチよりも、ミラクルとマジカルの方がダメージを受けていることが見た目でわかる。その様子からダークネスはさっきから感じていた違和感に答えを出した。

 

「あれ、なんかミラクルとマジカル、すごく苦しそう……」

 

 あまりものを深く考えないウィッチでも二人の様子がおかしいのに気付いていた。ダークネスが近づいてくるヨクバールに注意を向けながら言った。

 

「エレメントの影響よ」

「エレメントって??」

 

「魔法にはエレメントというものがあるの。そして物や生物にもエレメントがあり、人間も生まれついてエレメントを持っているわ。人は持っているエレメントによって得意な魔法が変わってくる。そして、わたしたちプリキュアにも強い影響を受けるエレメントが存在している。わたしたち宵の魔法つかいのエレメントは闇よ。伝説の魔法つかいのエレメントは恐らくそれとは真逆の光。そして、あのヨクバールは強力な闇のエレメントを持っているんだわ」

 

 話を聞いていたウィッチは頭の中が完全にこんがらがってしまった。

 

「ダークネスのいってることぜんぜんわかんないよぅ。それがミラクルとマジカルが苦しそうなのと関係あるの?」

 

「光と闇の場合は同じエレメントは互いに与える影響が小さくなり、逆のエレメントは互いに与える影響が大きくなるのよ。つまり、あの強力な闇エレメントのヨクバールの攻撃によって受けるダメージは、同じ闇エレメントのわたしたちには大したことはないけれど、逆の光のエレメントを持つミラクルとマジカルはとても大きなダメージを受けてしまうのよ。わたしたちの攻撃が通用しなかったのもエレメントの影響よ」

 

 それで何となく理解できたウィッチが言った。

 

「あのヨクバールと戦ったら、わたし達の攻撃はきかなくて、ミラクルとマジカルは先にやられちゃう?」

「そういうことね」

 

「ど、どうしよう、ダークネス!? それじゃあのヨクバール倒せないじゃん!」

「ウィッチ、それは逆よ。むしろ勝機が見えるわ」

 

 ダークネスが言うとウィッチがまったくわからない顔をしていた。ダークネスがマジカルと目を合わせると、その直後にマジカルがミラクルに何かを伝えた。その時、距離と詰めていたヨクバールが口を開き口腔に再び黒い火の玉が現れる。

 

「マジカルはわたしの意図に気づいてくれたようね。ウィッチ、説明している暇がないから、わたしの動きを見ていて!」

 

 ウィッチが声をかける暇もなくダークネスが跳んだ。同時にヨクバールが黒い火の玉をミラクルとマジカルに向けて発射する。ダークネスが二人の前に跳び込み火の玉を受けて黒い爆発の中に消えた。ウィッチはその行動に驚きつつも、何となく理解してヨクバールに突っ込んだ。ミラクルとマジカルも黒い炎を突き抜けてヨクバールに接近する。

 

「ヨクバール!」

 

 ミラクルとマジカルに漆黒の拳が迫る。そこに跳び込んできたウィッチが、

「リンクル・ブラックオパール!」

 

 円形の黒いシールドでヨクバールの拳を防いだ。その隙をついてミラクルとマジカルがヨクバールに迫る。

 

『はあ――っ!』

 

 ミラクルの右ストレートとマジカルの左ストレートがヨクバールの顔面に叩き込まれた。竜頭骨の仮面が内側にへこみ、ヨクバールの顔面が歪む。

 

「ヨクッ!?」

 

 ミラクルとマジカルの防御をまったくかえりみずに攻撃に全力を置いた一撃で、ヨクバールが頭をのけ反らせて後退する。相当な衝撃にもかかわらず倒れずに踏んばるところにこのヨクバールの強さが現れていた。

 

 4人のプリキュアの協力戦が展開されるとフェンリルは目を疑った。

 

「なぜ協力する!? 宵の魔法つかいがあのヨクバールから受けるダメージは少ないはずだ。だったら、伝説の魔法つかいを見捨てて逃げりゃあいいじゃないか。そうすれば邪魔者を排除できるというのに、どうしてリスクを覚悟してまで一緒に戦う必要がある!?」

 

 フェンリルはプリキュアたちの戦いが自分の予想とまったく違う方向に展開するので混乱していた。

 

 ヨクバールがミラクルとマジカルに向かって口から黒い炎を吐き出す。ミラクル達の前にダークネス達が走り込んでくる。

 

「リンクル・スタールビー!」

 

 ダークネスの腕輪に深紅の輝石が輝くと、二人で手を握り合い、その手を後ろに力を込める。二人は腕輪のある手を前に呪文を唱える。

 

『プリキュア・ブレイオブハートシールド!』

 

 スタールビーとブラックオパールが輝き、漆黒の中に虹色のブレイオブカラーの宿るハート型の盾が二人の前に現れて黒い炎を吹き散らす。そして、黒い炎のブレスが途切れた瞬間を狙ってミラクルとマジカルが前に出てヨクバールの懐に入って跳んだ。

 

『たあ――っ!』

 

 放たれた矢のように飛んできた二人の飛び蹴りがヨクバールの腹部にめり込んだ。

 

「ヨクッ、バールッ!?」

 

 ヨクバールは両手の拳を前に体が前屈みの状態になり、かかとで大地を削り草花をなぎ倒しながら滑っていく。その巨体が止まった時に真紅の双眸が怪しく光り怒りを燃え上がらせた。ジャンプして大地を震撼させながらミラクルとマジカルの前に着地する。真紅の目で睨まれた時に二人は危険を感じた。ヨクバールの黒く燃え上がる尻尾が鞭のようにうなる。ミラクルとマジカルの前に現れたダークネスとウィッチが、二人の胸に手を触れて攻撃の範囲外へと押し出した。代わりにダークネスとウィッチが尻尾攻撃をまともにくらって悲鳴をあげながら吹っ飛ぶ。

 

「ダークネス、ウィッチ!?」

 

 ミラクルが叫ぶとヨクバールの意識が再び伝説の魔法つかいへと向いた。

 

 するとヨクバールの横から薄ピンク色の無数の花びらが吹き付けてきた。ヨクバールが振り向き意識が攻撃者のダークネスへと変わった。

 

「さあ、こっちに来なさい!」

「ヨクバール!」

 

 草花を踏みつぶし花を蹴り上げながらヨクバールが走り出す。ダークネスとウィッチは目の前で腕を交差させて防御の態勢で迎え撃った。

 

「ヨク! バールッ!」

 

 ヨクバールはむきになってダークネスとウィッチに何度もパンチを叩き込んだ。二人は防御しながらじっと攻撃に耐え続けていた。

 

 それを見ていたフェンリルが叫ぶ。

「そいつらに気をやるのはまずい!」

 

 ヨクバールの背後からミラクルとマジカルが空を切り花びらを逆巻いて走ってくる。

 

「ミラクル、はりきって、がんばって、思いっきりいくわよ!」

「うん、まかせて!」

 

 ミラクルとマジカルがヨクバールの左右に走り込み、ジャンプした。

 

『でやあ――っ!』

 

 ヨクバールの顔の高さでミラクルとマジカルが同時にバレリーナのように回転し、ミラクルの右足とマジカルの左足の回し蹴りが同時に炸裂した。ヨクバールの竜頭骨の仮面が変形し全体に細かい亀裂が入った。

 

「ヨクバールッ!!?」

 

 大きなダメージを受けたヨクバールが三歩四歩と後退するが、

 

「まだ倒れない!?」

 

 マジカルの声に反応するように、ミラクルとダークネスが動いた。二人は隣り合って立っていた。

 

「リンクルステッキ!」

 

 ミラクルは虚空に現れたリンクルステッキを右手に取って高く上へ。同時にダークネスもリンクルブレスレッドのある右手を胸の高さまで上げる。

 

「リンクル・ペリドット!」

「リンクル・オレンジサファイア!」

 

 無意識の中で二人の魔法の動作が重なった。そして、ミラクルがステッキを前へ、ダークネスが右手を前に出した時、二人の前に黄緑色のハートの五芒星魔法陣とオレンジ色の月と星の六芒星魔法陣が現れた。二つの魔法陣が互いに引かれ合うように転がると、ミラクルとダークネスの間で重なった。

 

「なっ!?」

「えっ!?」

 

 ダークネスとミラクルの驚く声が重なり、二人の前に見たこともない魔法陣が現れていた。形状は伝説の魔法つかいのハートの五芒星魔法陣に近いが、それよりもサークルの中にある五芒星が大きくなり、周りにある五つのハートが小ぶりになっている。その中心の五角形の中に三日月があり、魔法陣は黄色に輝いていた。それを見たマジカルもウィッチも声が出なかった。

 

 ダークネスが驚いたのはわずかな時間で、彼女はすぐに真顔になって叫んだ。

 

「行くわよミラクル!」

 

 その声を聴いたミラクルの胸が熱くなる。

 

「うん!」

 

 二人の中に新たな魔法の伊吹が流れ込んでくる。

 

『プリキュア・メープルリーフブレイズ!』

 

 二人の魔法陣から燃え上がる無数の葉が吹き出し、それらがヨクバールの周りで渦巻いて漆黒の体に一気に貼りついて燃え上がった。

 

「ヨク、バァルゥッ!!?」

 赤炎に包まれてヨクバールが苦しんでいた。

 

「あのヨクバールはわたしたちじゃどうにもできない、あんた達の魔法に頼るしかない!」

 

 ダークネスが言うと、ミラクルとマジカルが頷いた。二人の前にダイヤが輝くリンクルステッキがクロスした状態で現れ、それぞれがステッキを手にして宙に舞う。

 

『ダイヤ! 永遠の輝きよ、わたしたちの手に!』

 

 二人が空中で手をつないだまま輪舞を踊って地上に降りると、彼女らの周囲に無数の光の粒が高く波だった。マジカルが高く上げた左手にリンクルステッキを構えると、少し離れて見ていたモフルンが胸のダイヤを左手で触り、ミラクルが右手のリンクルステッキを高く上げて構えると、モフルンは右手でダイヤに触れた。ダイヤからあふれた聖なる光が広がり、近くにいたリリンとチクルンはその眩しさに目を閉じた。

 

『フル、フル、リンクルーッ!』

 

 ミラクルとマジカルがリンクルステッキで三角形を描くと、それが具現化して光り輝く二つの三角形が宙に浮き出る。ミラクルとマジカルの創造した三角形の間にもう一つ三角形が現れ、三つの三角形が結合して光り輝くダイヤの形になった。

 

「ヨクバールッ!!」

 

 炎を振り払ったヨクバールがミラクルとマジカルに向かってくる。ダイヤの光が見る間に大きく広がり、2人を守る聖なる盾となって突撃してきたヨクバールを受け止めた。光と闇がせめぎ合い、光が闇を打ち払っていく。

 

『プリキュア・ダイヤモンドーッ!』

 

 ミラクルとマジカルのつないでいる手にギュッと力がこもる。その瞬間にダイヤの盾が白いハートの五芒星魔法陣に変わり、ヨクバールの闇が完全に打ち払われ、黒く燃え上がる体が巨大なダイヤの中に封印された。

 

『エターナルッ!』

 

 二人がつないでいる手を放すと同時に、その手を力強く前にかざして魔法を放った。巨大なダイヤが回転し、魔法陣から撃ちだされ、すさまじい衝撃波が起こって周囲は花弁の嵐となった。ダークネスとウィッチは彩花の嵐の中で空の彼方に消えていくヨクバールを見つめていた。

 

 ヨクバールを乗せたダイヤは白い光を放ちながら彗星のように白い尾を引いて一気に宇宙の闇の彼方へと飛んでいく。

 

「ヨクバール……」

 

 無限の闇に光が爆ぜ、ヨクバールの浄化と共に星雲が現れ、そこから広がる光の中から現れた三つの闇の結晶が地上に向かって降りていった。



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第11話 光と闇、再び! どうしちゃったのミラクル!?
ダークネスの謀、マジカルの過去


「やったぁ、倒せたよ!」

 

 ウィッチがその場で飛び跳ねて喜んでいると、空から闇の結晶が降りてきて3人が同時に跳ぶ。ダークネス、ミラクル、マジカルがひとつずつ闇の結晶を手にした。それに伴ってヨクバールとプリキュアの戦いの爪痕が修復されて、元の平和で美しい花の平原に戻った。

 

「おお~、ナイスキャッチ~」

 

 そんなことを言っているウィッチの隣にダークネスが着地する。

 

「あんたは何でぼーっと突っ立ってるのよ!」

「いやぁ、のりおくれましたなぁ」

 

 ウィッチがそんなとぼけたことを言っても、ダークネスは怒ったりはしなかった。彼女は玄人が素人を相手にするような尊大な余裕をもってミラクルとマジカルに対峙して言った。

 

「ヨクバールを倒してくれてありがとう。おかげで闇の結晶を三つも手に入れることができたわ」

 

 ダークネスの物事を確定させた言い方にマジカルの胸がざわつく。三つの闇の結晶の内二つはミラクルとマジカルで持っているのだ。しかし、マジカルは言葉が返せなかった。そして、ダークネスの戦う意思を感じたミラクルは、態度が一変して怯える子犬のように萎縮してしまう。そんなミラクルが悲しみに歪んだ顔で言った。

 

「そんな、どうして? 一緒に協力してヨクバールを倒したのに……」

 

「だから仲間になれるとでも思ったの? どこまでおめでたい人なの。協力したのは闇の結晶を手に入れるためよ。そのためにあんた達を利用しただけ」

 

「わたしとダークネスの魔法が一つになって新しい魔法が生まれたんだよ! わたしたちは戦っちゃいけないんだよ!」

 

「あんなことが起こった以上、わたしたちは無関係ではないでしょう。光と闇の違いはあるけれど、どちらも魔法つかいプリキュアなのだから、つながりがあると考える方が自然だわ。けど、そんなことはどうだっていいの、わたしには関係ない。わたしは目的のために必要なことをやるだけよ」

 

 ダークネスのすっぱりと相手を斬るような言葉の前に、ミラクルが不安に満ちた顔のまま黙ってしまう。今にも震えそうなそのミラクルの姿が野の花の中で妙に可愛らしく見えた。

 

「腰が引けているわよ、ミラクル」

 

 ダークネスが一歩踏み出して草花を踏む音に、ミラクルの肩が震える。ダークネスは相手の反応を見ていかにも楽しそうな笑みを浮かべていた。ミラクルとは対照的にマジカルはダークネスを強く見つめていた。ダークネスがそんなマジカルに手のひらを返して見せる。

 

「今のあなた達ではわたし達に勝つことはできないわ。戦っても無駄に傷つくだけよ。だから大人しく闇の結晶を渡しなさい」

 

 肩を落とし、沈み切っているミラクルの右手が少し開いた。指の隙間から黒光りする結晶が見えていた。ミラクルの手がダークネスの方に動くとマジカルが言った。

 

「ミラクル、渡しちゃダメよ!」

 

「あなたがそんな愚かな選択をするとは思わなかったわ。ミラクルがそんな状態でまともに戦えると思うの?」

 

 ダークネスの言うことはマジカルも嫌というほどにわかる。わかるに決まっている。マジカルはある側面ではミラクルの家族以上にミラクルのことを理解している。しかし、今逃げるのはいけないと思った。確かな理由があるわけではないが、そういう気がする。マジカルは勘とか何となくとか、そういう曖昧なものに頼るのは好きではない。ミラクルのように鋭い感覚は持っていないし、その必要があればミラクルに任せればよかった。けれど、今だけはこの感覚を信じようと思う。今逃げれば、ミラクルの心は深い迷路に迷い込んで簡単には抜け出せなくなる、そんな気がしてならないのだ。

 

「わたしは、ミラクルのことを!」

 

 マジカルが言った瞬間、ダークネスの顔から薄ら笑い消えた。来ると思ってマジカルは身構え、その先のことが言えなかった。一歩踏み出すような短い跳躍でダークネスがマジカルの眼前に迫った。

 

「はーっ!」

 

 左から頭を狙ってきた蹴りを、マジカルが腕を立ててガードした。ダークネスが空中で反転してマジカルの胸に回し蹴りを打ち込む連撃、マジカルはそれをもう一方の手で巧みに防ぐが、その威力が凄まじく吹っ飛ばされた。

 

「マジカル!?」

 

 悲鳴のようなミラクルの声が上がり、その刹那にダークネスの思考が過ぎる。

 

――あなたが最後に言いたかったのは、信じてる! よ。その一言だけでもミラクルは少し心を持ち直すでしょう。それでもこちらの優位は変わらないけれど、わざわざ敵に希望を与える必要はない!

 

 ダークネスにも心から信じている仲間がいるので、マジカルがミラクルに何をしようとするのか読めてしまうのだった。

 

「ウィッチ、あんたはミラクルの闇の結晶を奪いなさい!」

 

 いきなりマジカルに襲いかかったダークネスに目を丸くしていたウィッチが、今度は悲痛な顔になる。そんな姿のウィッチを見ても、ダークネスは少しも心配にならなかった。彼女は心置きなくマジカルが飛んでいった方に向かってジャンプした。

 

 その場に残った二人の視線がぶつかる。ミラクルもウィッチも絶大な力をもつプリキュアなのに、小動物のように小さく見えた。

 

「もうやめて……」

 

 まったく戦う意思の感じられないミラクルに対して、ウィッチは表情をきりっと引き締めて構えた。

 

「どうして戦おうとするの!? ウィッチだって戦うのは嫌なんでしょ!?」

「いやだよ。でも、ダークネスにいわれたからさ」

 

「なんでもダークネスの言いなりなの?」

「いいなりじゃないよ。わたしはダークネスが正しいって信じてるよ。だから、ダークネスのいく道が、わたしのいく道なんだよ」

 

 仲間を信じ切っているウィッチの言葉を聞いて、ミラクルはもう何も言い返せなかった。ウィッチの信じる心がミラクルにはよくわかる。だからこそ余計に悲しかった。ミラクルの手から力が抜けて、握っていた右手が解けて闇の結晶の姿が見える。これを渡してしまえば戦わずに済む。ミラクルはそう思って、自分の弱い心に負けそうになった。その時にマジカルの姿が脳裏を過ぎる。マジカルが闇の結晶を渡さなかった理由がミラクルにはわかっていた。

 

「この闇の結晶は渡せない……」

 

 ミラクルは再び右手にぎゅっと力を入れて闇の結晶を握り込んで、ウィッチに相対した。ウィッチはミラクルが少し元気になったように見えて、うれしくなって微笑を浮かべる。

 

「いくよ、ミラクル!」

 

 ウィッチが脱兎のごとく走り、彼女の後を追うように走力で巻き上げられた花びらが舞う。それを迎え撃ったミラクルの動きがさえない。十分に力を込めて打ち込んだウィッチのパンチに対して、ミラクルはその動きに反応して無造作にパンチを打った。まるでウィッチの動きに仕方なく合わせたという具合だった。二人の拳がぶつかり合った途端に、ミラクルの方が圧倒的に力負けして吹っ飛ばされた。

 

「あれぇっ!?」

 

 ミラクルが弧を描いて花園に落ちていくのを見て、ウィッチはびっくりしてしまった。ミラクルとの熱闘を想像して気合を入れていただけに、簡単にやられてしまうミラクルに対する違和感が半端ではなかった。

 

 

 

「おい、どうなてるんだよ!? あいつら仲間じゃないのか!?」

 

 いきなりプリキュア同士の戦いが始まってチクルンが騒いでいた。言葉を投げかけられたモフルンとリリンは困ってしまう。

 

「ミラクルとマジカルは、魔法界を守るために闇の結晶を集めてるモフ」

「ダークネスとウィッチは、ダークネスのお母さんのために闇の結晶を集めてるデビ」

 

「それぞれ何とかの結晶を集める目的が違うのかよ。だからって、仲間同士で戦わなくてもいいじゃねえか……」

 

 どちらもプリキュアなので、チクルンには仲間同士に見えていた。

 

 

 

 ダークネスの攻撃で宙に投げ出されたマジカルが宙返りして体を立て直し花の絨毯に着地すると、間もなく跳んできたダークネスが少し距離を置いた場所に降りてくる。互いに直立し、構えもせずに相手を見やる。にやりと弧月を浮かべるダークネスに、マジカルは我慢できなくなって言った。

 

「あなたはっ!」

 

 勢いよく切り出したその言葉とマジカルの姿に、彼女の底に沸騰する怒りが現れていた。しかし、その先に声が続かなかった。マジカルの中で何かが邪魔をして言葉が殺されていた。その理由をはっきりと悟っていたダークネスがいった。

 

「あなたの言いたいことはわかるわ。ええ、そうよ。わたしはミラクルを惑わせるために嘘をついたのよ。あなたがミラクルから聞いた話は、なにもかもまるっきり嘘よ。どう、これで安心したかしら?」

 

「っ…………」

 

 マジカルは渋面のまま黙っていた。ダークネスは小さく笑っていった。

 

「あなたはもう何もかもわかっているんだわ。ただ、わたしの話が嘘だったら良いという希望を抱いていただけよ」

 

 それを聞いたマジカルが拳に力を込めて震わせた。

 

「あなたの身に起こった不幸は気の毒だと思うわ。でも、それを利用してミラクルを苦しめたことは許せないわ! あなたは自分の行為で亡くなったお母さんを恥ずかしめているわ!」

 

「きれいごとだけれど、正しい意見だと思うわ。マジカルは冷静ね。ミラクルはあんなに傷ついているのに、どうしてあなたは平気なのかしらね? 同じ話を聞いているのに不思議だと思わない?」

 

「なにが言いたいの!?」

 

「わたしたちにはあって、ミラクルにはないものがある。ミラクルの弱さはそこから来ているのよ。あの子は本当に苦しいっていうことを知らないのよね」

 

「そんなことはないわ! ミラクルだって今まで苦しいことを散々乗り越えてきているんだから!」

 

「その苦しい時には常にあなたが一緒だったでしょ。わたしが言っているのは、もっと暗くて深い場所にある苦しみよ。孤独と向き合い、一人で戦う苦しみよ。ミラクルは、みらいは、いつも元気で明るくて、あの子を見ていると幸せが透けて見えるのよ。素敵なお母さんに、優しいお父さん、おばあちゃんや、おじいちゃんもいるかもしれない。そんな幸せな家庭に、ともだちにも恵まれていて、なにもかもが楽しい。あの子のそういう姿を見ていると憎らしくなるくらいよ。本当の苦しみを知らず、そのうえ他人のためにがんばちゃう良い子だから、ミラクルはわたしの不幸を自分の事のように受け止めて壊れてしまったの」

 

「ミラクルのことをそこまでわかっていて!」

 

「あなたが冷静でいられる理由も教えてあげましょうか? あなたのことも色々知っているのよ。エミリーやケイやリズ先生からも情報をもらったからね」

 

 ダークネスのその言葉が、今にも向かってこようとしていたマジカルの体を止めた。マジカル自身がその理由を知らないはずがないのだが、ダークネスはあえて声に出して言った。

 

「あなた、一年生の頃から付き合っているお友達が一人もいないでしょう。仲がいいのはかつての補習組が主だけれど、2年生から知りあった何人かのクラスメイトとも交流がある。これって普通じゃないわ。魔法学校に入って最初の一年間に友達が一人もいないなんて異常よ」

 

「黙りなさい!」

 

 マジカルは自分の心に暗雲が立ち込めるような嫌な気分になって叫んだ。ダークネスはかまわず話し続けた。

 

「あなたは勉強は一番だったけれど、魔法は最低だった。これって最悪よ、確実にいじめられるわ。ラナのように魔法も勉強もなにもかもダメな方がはるかにいいわ。それだったら周りの人たちも仕方ないって思ってくれる」

 

 マジカルは過去の嫌な記憶が無理矢理掘り起こされ、無意識のうちに視線が下がり視界に野花が入ってきたが、花の姿など見えてはいなかった。

 

「あなたは頭がいいから、みんな一応は尊敬するような態度をとるでしょう。でも陰ではあなたの悪口を言うのよ。友達を装って近づいてくるクラスメイトの瞳の奥には、常にあなたを憐れむ光がある。中には本当に意地の悪い人がいて、あなたにわざわざ聞こえるようにこう言うのよ。いくら勉強ができても、魔法ができないんじゃ意味ないじゃない!」

 

 ダークネスの態度も言葉も、かつてマジカルを傷つけ苦しめた人間達にそっくりだった。忘れたい過去の記憶、クラスメイトの間に漂う空気に圧し潰されそうになっていた自分を思い出し、マジカルは本当に痛むとでもいうように片手で胸を押さえた。



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ミラクルの悲しみ、ウィッチの応援

「あなたは周りの人間の心が見えていたから、自分の殻に閉じこもって誰も寄せ付けなかったんだわ。そして孤独と戦いながら努力して、勉強だけは一番をとり続けた。その経験があなたの心を強くしたのよ。わたしにも似た経験があるわ。ウィッチもいじめられたり家族を亡くした辛い記憶がある。ミラクルだけが心に闇を持っていない真っ白な状態なのよ」

 

 マジカルが苦しみに耐えて、ぎゅっと目を閉じて胸のドレスをわしづかみにする。それから目を開けて胸から手を下ろした時には、いつも通りのマジカルに戻っていた。

 

「言いたいことはそれだけ? わたしの心を乱そうとしても無駄よ」

「あら、残念ね。少しは効くと思ったんだけどね」

 

 ダークネスはマジカルの反応が自分の予想と違っていたので少しだけ驚いていた。二人とも同時に構えて、マジカルの方が爆発的な勢いで飛び出した。そしてダークネスは迫ってきたマジカルの右ストレートをあっさりと受け止め、その拳をしかりと握り込んでしまう。声もなく驚くマジカルにダークネスが言った。

 

「力がだいぶ落ちているわよ」

 

 ダークネスがその手を捻じって引き上げると、マジカルが片目を閉じて苦悶を浮かべる。

 

「計算通りに戦えないのは辛いでしょう、特にあなたの場合はね」

「わたしはあなたに感謝しているわ」

「なんですって?」

 

 マジカルの意外すぎる台詞にダークネスが虚然となる。刹那、マジカルが足を出してダークネスは危うく食らうところだった。マジカルから手を放して後ろに跳んだダークネスは、マジカルの真意が計れずに黙っていた。さっきまでの勝者のような笑みが顔から消えていた。

 

「わたしは今まで過去の記憶から逃げていたわ。過去なんて気にしなくていいと思ってた。今を頑張って未来に向かっていけばいいって思うようにしていた。でも、それは間違いだったわ。あなたが過去を思い出させてくれたから、とても大切なことがわかった。ミラクルが、みらいが、わたしを辛い過去から救ってくれたのよ。そうでなければ、わたしは今でも自分の殻に閉じこもっていたと思うし、魔法だってきっと……。あなたのおかげで、ミラクルがどんなにかけがえのない存在なのか再認識させてもらえたわ」

 

 自分の奸計によりマジカルの中に想定外の論理が構築され、ダークネスは自分の浅はかさに腹立ち舌打ちした。こんな事なら余計なことは言わずに、ミラクルの弱さに対する分析を披露した時点で攻撃を仕掛けた方が効果的だった。過去に触れたマジカルがミラクルに対する思いを強め、心の上ではダークネスを上回ってしまった。

 

 ――プライドを刺激すればマジカルを崩せると思ったけど、まったくの逆効果になってしまったわ。わたしとしたことが、信じる者同士の絆を軽く見てしまった。でも、こちらが優位であることには変わりはない。

 

 戦いの気運が一気に高まり、二人が同時に跳躍した。マジカルとダークネスが空中でぶつかり、マジカルがパンチ、キックと連続で繰り出すが、どちらも軽く弾かれて隙を作ってしまう。そこにダークネスが強烈なキックを叩き込んだ。腹にまともに蹴りを受けたマジカルが空に斜線をぬって花園に墜落する。同時に大量の花びらが上空へと爆散した。

 

「ぐうぅ……」

 

 打ち倒れた花々の中に倒れているマジカルに近づいてきたダークネスが見下して言った。

 

「なるほどね。片方がダメだともう片方にも影響があるのね。プリキュアは二人の心が一つにならなければ力が発揮できないんだわ。あなたを見ていると、それが良くわかるわね」

 

 ダークネスの態度は実験動物を見つめる科学者のように淡々としていた。そんな風に見つめられて、マジカルの中に言いようのないむかつきが突き上げてくるのであった。

 

 

 

 ウィッチの攻撃で花畑の中に倒れたミラクルはその場に座り込んで動こうとしなかった。ウィッチが心配になって近づくと、ミラクルのラベンダーの瞳から輝く露がこぼれ落ちた。

 

「どうしたらいいか分からないよ……」

「どうしちゃったのミラクル!?」

 

 まさか泣いているとは思わなかったので、ウィッチはひどく慌てた。ミラクルの涙が小さなピンクの花に落ちて花弁が揺れた。

 

「マジカルの期待に答えたい。でも、ダークネスの邪魔はしたくない。お母さんに会わせてあげたいよ……」

 

 それを聞いたウィッチがミラクルをひどく苦しめる理由を何となく理解してきた。

 

「ダークネスのお母さんのことで泣いてるの? それ、話した方がいいっていったの、わたしなんだよね! ミラクルを苦しめるつもりなんて全然ないんだよ!」

 

 ウィッチは必死に言い訳するが、ミラクルはそんな単純な言葉が通じる状態ではなかった。ウィッチはすっかり戸惑ってしまった。下を向いて泣いているミラクルを見ていると、ウィッチはどんどん訳が分からなくなって、ついに叫んだ。

 

「そんなんじゃダメだよぅ、ミラクルっ!」

「……え?」

「ダークネスはお母さんのために一生懸命やってるんだよ! だからミラクルも一生懸命やってよ!」

「え? ええっ??」

 

 まったく意味のつながらないウィッチの言葉に、ミラクルは涙が失せてぽかんとしてしまった。ウィッチは胸に当てた小さな拳に力を込めて、前屈みでミラクルに迫ってきて言った。

 

「ダークネスはお母さんのためにすごく頑張ってる! ミラクルもなんかのためにすごく頑張らなきゃだめだよ! ダークネスと戦いたくない気持ちがあるんでしょ。そんなめそめそしてたら、なんにも伝わらないよ! いつもの元気なミラクルになって、ミラクルが本当にやりたいことを頑張って、ダークネスにそういう気持ちをちゃんと伝えてよっ!」

 

 ウィッチの言っていることはめちゃくちゃだが、その気持ちはミラクルの胸に透くように伝わってきた。

 

 ――わたしが本当にやりたいことって……

 

 そんなのはもう決まっていた。マジカルと一緒に魔法界とナシマホウ界を守る。それがきっと、ダークネスと理解し合うきっかけにもなる。ミラクルは素直にそう思うことができた。

 

 ミラクルが立ち上がってウィッチに微笑した。その表情がさっきまでとは嘘のように変わっていた。さしずめ大嵐が急に去って晴れ間が広がったという様相だ。

 

「あ~、なんかミラクル元気になったみたい!」

 

「ウィッチ、ありがとう。プリキュアの大切なことを忘れていたよ。プリキュアは二つの世界をつなぐ存在だったんだ。ウィッチとダークネスだってそうに違いないんだよ。だからいつかきっと、理解し合える時がくるって信じてる」

 

「うん、そうなるといいね! でも、今は戦わなきゃね! 闇の結晶をもっていかないとダークネスに怒られちゃうもん!」

「これは渡さないよ」

 

 ウィッチがミラクルに突っ込んでいく。至近距離からの肘打ちにミラクルも同じ技で答えた。二人の肘がぶつかり合い交差した瞬間に、衝撃波があって虹色の草原に波紋が広がった。二人はその場で拳や蹴りを撃ち合い、神がかった反応で互いの攻撃を避けては打つ。そして、迷いを振り切ったミラクルの攻撃が冴えわたる。ウィッチのパンチを避けた刹那に鋭いカウンターパンチを繰り出す。それが見事にウィッチにクリーンヒットした。

 

「ウキャーッ!?」

 今度はウィッチの方が弧を描いて吹っ飛んでいった。

 

 

 

 ダークネスの攻撃で花々に埋もれていたマジカルは、痺れる体に鞭を打って立ち上がると言った。

「ミラクルはあなたが思うほど弱くないし! わたしはミラクルを信じるから!」

 

「あなたがどんなに信じても、ミラクルがあの状態では伝わらないわ」

「そんなことない! はあーっ!」

 

 マジカルが突き出してきたパンチをダークネスが手のひらで止める。途端にすさまじい衝撃がありダークネスは押し切られた。

 

「パワーが上がっている!?」

 

 ダークネスは防御の態勢のまま数メートル後方に滑った。すると、ウィッチがダークネスのすぐ横に落っこちて色とりどりの花弁が舞い上がった。

 

「ウィッチ!?」

「うう、いたぁい……」

 

「ウィッチ、大丈夫!?」

 

 ミラクルの声を聞いてダークネスが振り向き、その顔に驚きが広がった。

 

「いたたた……」

 

 尻をさすりながら起き上るウィッチに走ってきたミラクルが言った。

 

「ごめんね……」

「いや、あやまんなくていいよ! わたし敵だしっ!」

 

 敵であるはずのミラクルに謝られているウィッチを、ダークネスが鋭い横目で睨む。その視線を敏感に察知したウィッチが変に姿勢を正して震えあがった。

 

「ミラクルが元気になっているわ。あんた、なんか余計なことしたでしょ」

「よ、余計なことなんてしてないよ、ミラクルを全力ではげましただけだよ~」

「そういうのを余計なことっていうのよ!!」

 

 ダークネスにものすごく怒られたウィッチは、瞳に涙を浮かべて今にも泣きそうになっていた。今までダークネスの作戦で苦戦させられていたマジカルは、ウィッチがミラクルを元気にしてくれたようでありがたい反面、敵の行動に救われた現実には打ちのめされた。

 

 ダークネスはミラクルとマジカルを交互に見てから言った。

 

「今日のところは大人しく引き下がりましょう。でもね、わたしがミラクルに打ち込んだ楔は簡単には消えないわ。いつまでもあなたを苦しめ続けるでしょう」

 

 ダークネスは隣でめそめそし始めているウィッチに言った。

 

「ほら、行くわよ。もう怒らないから」

 

 それを聞いたウィッチは泣いた顔に笑みをのせてダークネスについていく。リリンが飛んできてダークネスの肩につかまると、二人はそろって大きく跳躍してミラクルとマジカルの視界から消えていった。

 

 フェンリルは花園に立って遠目にプリキュアたちの戦いを見ていた。

 

「やはり協力してヨクバールを倒したところが釈然としないね。闇の結晶を手に入れるためと言えば一応理由は立つが、わたしならヨクバールを伝説の魔法つかいにぶつけて倒させるね。プリキュアは本質的に共通の敵がいれば協力するものなのか?」

 

 協力したり敵対して戦ったり、伝説のまほうつかいと宵のまほうつかいの関係がフェンリルには奇妙で仕方がなかった。

 

 

 

 その夜、リコはどうしても眠れなくて一人で起きて魔法のランプに火をともし勉強をし始めた。それがどうにも手につかなかった。先刻あった戦いのことばかり考えてしまう。ダークネスに見下され、プリキュアの性質を見極める実験道具にされたことが何よりもリコのプライドを傷つけた。リコの胸に今までに感じたことのない嫌な気持ちが重くため込まれていく。それは闇のように暗く、地底に溜まっているマグマのように熱かった。初めて経験するその嫌な気持ちをリコは短い言葉で吐露した。

 

「くやしいっ……」

 



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第12話 リコが自信喪失? 勝利を導くワクワクのリンクルストーン!
落ち込むリコ


 みらいはラナのおかげでだいぶ元気を取り戻していたが、今度はリコの様子がおかしくなっていた。前の戦いがあった日からリコは酷く落ち込んで下を向いて考えていることが多くなった。今度は元気になったみらいが心配する方になった。

 

「リコ、この頃元気ないみたいだけど悩みでもあるの?」

 

 ある時に寮の部屋でベッドの上に座りリコに寄りそってみらいが聞いてみた。少し前にみらいが落ち込んでいた時とは全く逆になっていた。すると想像もしないリコの答えが返ってきた。

 

「わたしは自信がなくなってしまったわ……」

「リコ、元気出すモフ~」

 

 みらいのひざの上にいるモフルンがリコを励ます。一方、みらいはリコの衝撃告白で思考が乱されていた。いつも自信たっぷりなリコに自信がないなどと言われるとは思いもしなかったのだ。

 

「ど、どうしたの? 前の戦いで何かあったの?」

 

 リコがみらいに頷いて話し始めた。

 

「わたしはあの時に小百合の実験材料にされたのよ。最初はくやしくて夜も眠れないくらいだったけれど、それがだんだん怖いって気持ちに変わってきたの」

 

「怖い? 小百合が?」

「そうよ。小百合には人間味の欠けているところがあるわ。人を実験の材料にするなんて……」

 

 小百合の怖さはみらいも体験済みで、今でもそれに苦しめられているところがあるので無口になってしまった。小百合の優しさや聡明さを知っているだけに、時々現れるその人間味の無い部分が異様だった。

 

 みらいがリコを鼓舞する言葉を探そうと必死に考えていると、リコが先に口を開く。

 

「わたしはずっと完璧を目指してきたけれど、小百合と接しているとわたしが目指していた完璧って何だったんだろうって思う時があるの。わたしは完璧なんかじゃない、完璧になんてなれないって、小百合に思い知らされているようだわ」

 

「リコは完璧だよ! いつだって成績は一番だし! しっかりしているし! わたしが悲しんで落ち込んでいる時も、それを受け止めて励ましてくれた! わたしすごく心強かった!」

 

 みらいが力を込めて言うとリコは曖昧な微笑を浮かべる。

 

「わたしは完璧なんかじゃない。それはみらいが一番わかってくれていると思ってる」

 

「確かに時々失敗はするけど、わたしからしたらリコは完璧だよ。それに、本当に完璧な人間なんて世界中に一人もいないと思う」

 

「みらいの言う通りだと思うわ。でも、小百合はわたしよりもずっと完璧に近い人だと思う。自分の不幸を利用してまで戦いに勝とうとするなんて、普通の人にはそんなことできないわ。それ以外にも早くからわたしたちとの戦いを想定して手の内を見せないようにしたり、こちらのリンクルストーンの研究をしたり、わたしの情報まで陰で集めていたし、みらいに対する見立ても完全に一致していた。前の戦いでは運よく勝てたけれど、内容では完全に負けていたわ。ラナの変な行動がなければ、また闇の結晶を奪われていたわよ」

 

「……リコは小百合に負けたのがくやしいんだね」

 

 確信を突く一言だった。下を向いてしゃべっていたリコが顔をあげてみらいを見つめる。しかし、そのマゼンダの輝きの中にくやしいという思いが感じられない。

 

「そうよ、とてもくやしかったわ。でも考えれば考える程、小百合に勝てないという気持ちが強くなってしまったの」

 

 あんなに負けず嫌いのリコが、他人にやられてただ落ち込んでいるのを見ているのが、みらいは辛かった。

 

「リコ、気晴らしに魔法商店街にでも行こうよ!」

 

 みらいは励ます言葉が見つからないので思い付きで言うと、今度はリコがはっきりと分るように微笑した。

 

「ありがとう、みらい。わたしなら大丈夫だから、闇の結晶を探しに行きましょう」

「じゃあ魔法商店街で闇の結晶探し! それならいいでしょ!」

 

 みらいの元気さで弾むような声に、リコは微笑のまま無言で頷いた。そんなリコがみらいはたまらなく心配になり、前に自分が元気じゃなかった時もリコは同じくらい心配してたんだろうなと思った。

 

 

 

 小百合は時々、半日ほど勉強に打ち込む事がある。普段の日は朝に一時間、寝る前に2時間必ず勉強するのだが、足りない分を半日の勉強で一気に補うのだ。魔法学校の勉強はエリーに分からないところを教わりながらやっている。さらにナシマホウ界の方の勉強も授業の進み具合を想定しながら進めていた。小百合の通う学校は進学校なので勉強の遅れは致命傷になる。おろそかにする訳にはいかなかった。

 

 小百合は半日の勉強をするときは魔法学校の制服を着ている。彼女いわく、その方が勉強に身が入るのだという。小百合の勉強が始まるとラナが暇になる。この時もラナは暇で胸に黄色い花の刺繍のある白いワンピースの姿でベッドで寝ながら魔法界生物図鑑を見ていた。間近の窓が開いていて、時折ほのかなリンゴの香りを乗せた春の風が入ってくる。

 

小百合は勉強に集中しだすと周りの事が気にならなくなるので、ラナが何をしているかも見えていない。しかし、小百合の周りで変な気配があって、小百合がベッドの方を見るとラナの姿がなく図鑑だけがそこにあった。がさごそとテーブルの下の方で何かが動いている音がする。

 

小百合が勉強する手を止めて黙っていると、対面の机の下からぬっと腕を組んであぐらをかくチクルンの姿が現れ、小百合は片方の眉を逆の弧にし、その下に腹ばいになっているリリンが現れ、今度は小百合が引きつった笑みになり、最後にリリンが腹ばいになっている頭が出てきて、机の下から半分だけ顔を出したラナに怖がるような目で見つめられ、小百合の気が抜けてため息が出た。

 

「何なのそれ、ブレーメンの音楽隊?」

「小百合、まだ怒ってる?」

「ラナを許してあげてほしいデビ」

 

 リリンがラナのために手と羽を動かしながら言うと小百合がペンを置いた。

 

「もう怒ってないわよ。あんたにミラクルを任せたのは、わたしの判断だしね。実質はわたしのミスと言えるわ。だから、怒鳴ったりして悪かったと思ってるわよ」

 

 ラナの怖がる目にたちまち明るい光に満たされる。

 

「よかった~」

 

 ラナはテーブルの前に立ち上がって本当に嬉しそうに言った。

 

「ところで、天辺にいる彼がなにか言いたそうなんだけれど」

「おう! いいたいことが山ほどあるぜ!」

 

「言ってみなさいよ、ニワトリ属性」

「おいらニワトリじゃねえ、チクルンだ!」

 

 チクルンがテーブルの上に飛び降りて小百合の目の前まで歩くと、両手の拳を脇腹に当てて偉そうにふんぞり返った。

 

「あなたはわたしたちを助けてくれたから、話は聞いてあげるわ」

「おい、お前!」

 

「小百合よ」

「んじゃあ、小百合! なんで仲間同士で戦ったりするんだよ!」

 

「仲間同士? みらいとリコのことを言っているの?」

「そうだよ、仲間だろ?」

 

 そういうチクルンが小百合の睨む視線に射抜かれて怯んだ。

 

「あの二人は敵よ」

「だ、だって、みんなプリキュアなんだろ!?」

 

 ラナは頭の上にリリンを乗っけたまま、チクルンに少し期待して会話の行方を見守っている。小百合がチクルンに答えた。

 

「あの二人はわたしたちと同じプリキュアであることは紛れもない事実だけれど、それと敵味方はまったく別の問題よ。同じプリキュアでも目的や考え方が違えばぶつかり合うことだってあるのよ。あなたはそこの所がまったく分かっていないわ」

 

「どっちも闇の結晶とかいう黒い石ころを集めてるんだろ? 協力すればいいじゃねえか!?」

 

「わたしたちの主は全ての闇の結晶を欲しているわ。リコとみらいがこっちに闇の結晶を渡してくれるのなら喜んで協力するけれど、彼女たちには彼女たちの考えがあって闇の結晶を集めているの。だからいずれは彼女たちが持っている闇の結晶も奪い取らなければいけない」

 

 冷たく言い放つ小百合の前に、チクルンは先ほどの偉そうな態度が一変して、魂を打ち砕かれたかのように呆然としてしまう。小百合の言葉の中には貫徹した意思があった。やがてチクルンの表情が徐々に変わり、歯を食いしばり行き場のない気持に小さな体が固まった。

 

「……おいらには何がなんだかさっぱりわからねえ。けどよ! お前はみらいやリコとは戦っちゃけねえって気がするぜ!」

 

「みらいも同じようなことを言っていたわ。何の根拠もない無意味な言葉だわ」

 

 チクルンは小百合に完全に言い負かされてぐうの音も出なかった。体の震えで悔しい気持ちを表して、チクルンはテーブルの上から飛び去り、開いている窓から飛び出していく。

 

「ちっくしょーっ!」

「あっ、チクルン!」

 

 ラナがリリンを頭に乗っけたままドアから出ていく。誰もいなくなった部屋で、小百合は軽いため息と共に再びペンをとった。

 

 

 

 外に出たラナは、すぐに空中で止まっているチクルンの姿を見つけた。

 

「あ、いた~」

 

 チクルンはくるりと振り向くと、腹を触りながら言った。

 

「おいら腹減っちまった」

「それならいいものがあるよ!」

 

 ラナは近くの樹からリンゴを三つもぎって樹の根元に座った。その左と右にリリンとチクルンが降りてきて同じように座ると、ラナがリンゴをそれぞれに渡す。チクルンは自分の体より大きいリンゴにかぶりつくと、そのうまさに顔を上気させた。

 

「うめえ! このリンゴ、花の蜜くらい甘いぜ!」

「おばあちゃんのリンゴ最高でしょ~っ」

「いつ食べても最高デビ!」

 

 そして3人仲よく並んでリンゴを食べ始める。チクルンは小百合にもの申すためにリリンについてきたのだが、ラナともすぐに仲良くなったのであった。

 

 チクルンはリンゴを食べながら言った。

 

「なあラナ、小百合ってなんか怖くないか?」

「そんなことないよ~、小百合はとっても優しいよ。わたしうんとたくさん助けてもらったんだ」

 

「そうなのかよ。おいらには優しそうには見えないぜ」

「小百合は優しいけど厳しいんデビ」

「どっちなんだよ……」

 

 それからチクルンは腹いっぱいになると、飛び上がってラナとリリンを見おろして言った。

 

「おいらモフルンのところに行ってくるぜ!」

「うん、きをつけてね!」

 

 チクルンは空に向かって飛んでいったかと思うと、途中でUターンして戻ってくる。

 

「魔法学校ってどっちだ?」

「あはは~、あっちの方だけど、チクルンのハネじゃすんごい時間かかると思うよ~。わたしの箒で送ったげるよ!」

「本当か、助かるぜ!」

 

 それからラナが小さな箒を一振りして元の大きさに戻すと、それにまたがって言った。

 

「二人とも、しっかりつかまってないと落ちちゃうからね!」

 リリンはラナのひざの上に座り、チクルンはラナの肩につかまった。

「いっくよ~」

 

 ラナが箒を斜め上に空に向けると、筆の部分から小さな星が無数に噴出し、爆音と共に凄まじい勢いで飛び出した。筆から飛び出す星々はロケットの噴射さながらで、想像だにしない勢いでチクルンは振り落とされそうになった。

 

「は、はええっ!??」

「いやっほ~っ!」

 

 今日は小百合が後ろにいないので、ラナは遠慮なしに飛ばし、周りの雲を吹き飛ばしながら進んでいった。

 

 

 

 間もなく魔法学校の正門にラナが着陸した。

 

「とうちゃく~」

「も、もうついたのかよ!?」

「本気出して飛べばこんなもんだよ」

「とっても早くて楽しかったデビ~」

 

 ラナに抱かれて言うリリンを見て、チクルンも前の方に座ればよかったと少し後悔した。止まった場所が悪かったので、ラナにつかまっているのに必死で楽しむ余裕などなかった。

 

「じゃあ、チクルン、元気でね! みらいたちによろしく!」

「なんだ、一緒にこないのかよ?」

 

 チクルンに言われるとラナが首をふった。

 

「みらいたちに勝手にあったりしたら、小百合を裏切っちゃうから」

 

 とても行きたそうに言うラナが、チクルンには寂しそうに見えた。

 

「わかったぜ、世話になったな!」

「また遊びにくるデビ」

「おう! またな!」

 

 チクルンはリリンと右手を上げ合い、魔法学校の門をくぐっていった。

 

 

 

 みらいたちが魔法商店街から帰ってくると、意外な訪問者に驚かされた。チクルンが半分開けてあった窓から入ってきたのだ。

 

「やっときたな、待ってたぜ」

 

 みらいに抱かれているモフルンが最初にチクルンを見つけて手をあげる。

 

「チクルン、こんにちわモフ。遊びにきたモフ?」

「ちっと話したいことがあってな」

 

 リコはチクルンの姿を認めると言った。

 

「あなたにはまだお礼を言っていなかったわね。この前は助けてくれてありがとう」

 

「気にすんなって。それより、お前らが小百合とラナの敵っていうのは本当なのか?」

 

「それは……」

 

 リコの表情が途端に曇る。チクルンは黙っているリコにむきになっていった。

 

「どうなんだよ!」

「しーっ、しーっ! 今そんな話しちゃダメっ!」

 

 みらいが慌てて唇に人差し指を当てて言うと、チクルンが不審げにそれを見つめる。するとリコが気力を失ったように肩を落として歩き出し、自分の机の前に座ると突っ伏してしまった。菫色の長い髪が周りに広がり、顔は完全に見えなかった。そんなリコの姿を見たチクルンはびっくりしてしまった。

 

「おい、リコはどうしちまったんだ!?」

「それが……」

 

 みらいがチクルンに耳うちする。

 

「なんだってぇっ、リコが小百合を怖がってるだって!?」

「声が大きいよ! リコに聞こえちゃう! 今落ち込んでるんだから!」

「す、すまねぇ」

 

 チクルンは急に小声になって言った。

 

「でもよ、リコの気持わかるぜ。早百合って確かに怖いよな」

 

 チクルンが言うと、みらいはどこか納得できない気持ちを下げた眉に現した。

 

「小百合は本当は友達思いの優しい人なんだよ。ただ、お母さんのためにすごく一生懸命なだけなんだよ」

 

 まっすぐにそう思うみらいの気持はチクルンに十分に伝わった。それでも今度はチクルンがどこか納得のいかない顔をしていた。

 

 

 

 魔法商店街の中央の広場に向かってオッドアイの美少女が鼻歌混じりに歩いていく。彼女の姿とそこから漂ってくる匂いが商店街の人々の視線を釘付けにしていた。フェンリルが両手に乗せている銀の大皿の上に巨大なステーキが乗っていた。ほのかに温かいミディアムレアの大肉は小さめのサイコロ状に切ってあり、特製のソースと焼けた肉の合唱する香りが人々をたまらない気持ちにさせた。フェンリルがその立派なステーキをどこにもっていこうとしているのか誰もが気になった。

 

 フェンリルが中央の広場に姿を現すと、街のシンボルの猫の像の周りに集まっていた猫たちが騒ぎ出す。

 

「来たにゃ」

 

 ロナが言うと、他の猫たちがフェンリル様、フェンリル様と口々に叫ぶ。その言葉が理解できるのはフェンリルだけで、周りで見ている人間たちにはニャアニャアとしか聞こえていない。

 

「ようお前たち、待たせたね」

 

 フェンリルが猫の集団の中に銀のさらを置くと、周りで見ていた人々は仰天した。猫にやるくらいなら自分に食わせろと思った人は一人や二人ではなかった。猫たちは夢中になって肉を食べて食べて食べまくる。その様子に見ていた何人かが唾を飲み込んだ。

 

「フェンリル様、こんなごちそうもらっていいのかにゃ? このごろは闇の結晶がぜんぜん見つかっていないのにゃ」

 

 ロナがフェンリルの足元に座って言った。

 

「これは今まで頑張ってくれたお礼さ。お前も遠慮しないで食べろ」

「はい、いただきますにゃ!」

 

 フェンリルは無数の猫の鳴き声を聞きながら夢心地な気分になった。猫の鳴き声がフェンリルの耳には、美味しい美味しいという言葉に聞こえる。彼女はそこに宝物があるとでもいうように、大事そうに胸に両手を置いて言った。

 

「ああ、なんだこの気持ちは、美味しいと聞くたびに胸の辺りが温かくなる。料理って楽しいなぁ」

 

 猫たちに餌をやった後は、読書の時間になった。フェンリルはプリキュアたちの訳の分からない行動を理解しようと、人間たちの本を読みあさっていた。

 

 彼女は広場のベンチに座って猫たちに囲まれながら本を読んでいる。子猫がフェンリルの体をよじ登って頭の上に乗っかった。それにも気づかないフェンリルが、片手に持った本を勢いよく閉じるとパンと音がなる。

 

「愛してるだの友情だの書いてあるかと思えば、やれ恨めしいだの憎いだのと意味が分からん。どっちなのかはっきりしろ!」

 

 フェンリルは本を横に置いて考えた。

 

「人間の本を読んでいる限りだと恨みや憎しみで協力して敵を倒せるとは思えない。しかし、あいつらはやりあっていたぞ、憎み合っているってことじゃないのか? けど、それじゃあ協力はできないしな……」

 

 考えた末に、フェンリルは頭を抱え込んだ。

 

「あーっ、もう、わからん!! ……もう少し人間の書いた本を読んでみるか」

 

 この時にフェンリルは頭の上に子猫が乗っているのに気づくと、小さくてふわふわの体を両手で包んで静かに下に置いてから立ち上がった。

 

「ほら、お前たちどきな、踏みつぶしちまうよ」

 

 フェンリルはそう言いつつ、集まっている猫たちを踏まないように気を付けて歩いていた。

 



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箒の練習とチクルンの情報

「ただいま~っ!」

「ただいまデビ!」

 

 家に帰ると小百合は相変わらず勉強に打ち込んでいた。二人が入ってきても気づかず黙ってペンを動かす。

 

「小百合がんばりすぎだよ~、少し休もうよ」

 小百合は無言で教科書のページをめくる。

「お~い、小百合っ!」

 

 小百合はペンを動かしノートに何事か書き込み始めた。ラナの声などまったく聞こえていない。ラナはまるで無視するような小百合の態度に「ぷうっ!」と頬を膨らませた。

 

 ラナはキッチンの方に行くとガチャガチャやり始める。そして小百合の目の前、教科書の上にリンゴジュースの入ったコップをドンと置いた。

 

「はぁっ!?」

 

 無心に勉強していた小百合がペンを放して声をあげる。面食らって目を丸くしている小百合をラナがふくれ面で睨んでいた。珍しく小百合の方がラナに怯んだ。

 

「な、なによ……」

「小百合ったら、さっきから呼んでるのに全然気づいてくれないんだもん!」

 

「わるかったわね。集中すると周りが見えなくなる質なのよ、あんただって知ってるでしょ」

「見えなすぎだよ! わたしさびしいよぅ……」

 

「わ、わるかったって言ってるでしょ」

「じゃあ、お休みしよう! 一緒にお茶のもう!」

 

「仕方ないわね……」

「罰として今日はお勉強禁止だから~」

「なんでそうなるのよ!?」

 

 ラナは小百合の意見など聞かずに、キッチンにいって自分の分のジュースを持ってきて小百合の正面に座った。そしてにぱっと笑顔になると、小百合は文句がいえなかった。ラナのあまりにも無邪気な笑顔の前に小百合は敗北したのだった。

 

「はぁ……」

 

 すっかりラナのペースにはまった小百合はため息をついた。仕方ないと思って小百合がリンゴジュースに手を伸ばすと、ラナはしゃべり始める。

 

「さっきね、チクルンを魔法学校まで送ってあげたんだよ」

「魔法学校に?」

「大丈夫だよ、みらいやリコとは会ってないから」

 

 慌てて言うラナを小百合が見つめる。そこへリリンが小さなコップを持ってきて飛んでくる。小百合が自分のコップのジュースをリリンの小さなコップに注ぎ分けてあげる。

 

「ありがとうデビ!」

 

 それから小百合が言った。

 

「別にそんなこと心配してないわよ。あの蜂みたいな妖精はみらいとリコとも知り合いなのよね?」

 

「チクルンだよ。モフルンとすごく仲がいいみたいなんだ~」

「ふうん」

 

 小百合は興味なさそうに言った。それからラナは次から次へとおしゃべりしまくった。最初は勉強を邪魔されて少し機嫌の悪かった小百合だったが、ラナの話を聞いているうちにいつの間にか楽しくなっていた。

 

 

 

 ラナから今日の勉強を禁止されてしまった小百合は、それならばとエリーの家へとおもむいた。

 

 エリーの指導の元に小百合はだいぶ箒で飛ぶのがうまくなっていた。彼女にとってまったく出来ない事があるのは屈辱で、ものすごく努力したのだ。

 

「いいわよ小百合ちゃん! その調子よ!」

 

 箒にまたがる小百合の下からエリーの声が聞こえる。それで下を見た小百合は足がすくんだ。下から見上げているエリーとラナの姿は豆粒くらいになっている。

 

「うう、こ、この程度の高さで何を怖がっているの! もっと気合を入れなさい、小百合!」

 

小百合は叫びながら思い切ってさらに上昇する。春風に打たれて恐怖を感じて体が震える。普通の精神状態なら心地の良い風だが、小百合にとっては自分を箒から落とそうとする狂風だった。

 

「ひいぃっ!? こんなに高く飛ぶんじゃなかった!」

 

 弱音をはく小百合を下から追い抜いてきたラナが周りをグルグルまわる。

 

「すごいよ小百合、こんなに高く飛べるなんて!」

「くうっ、目障りな……」

 

 今の小百合はそういうのが精いっぱいで、怒ったり怒鳴ったりする余裕などない。今度はエリーが箒に乗って飛んできて、小百合のすぐ隣に止まって言った。

 

「やったわね、小百合ちゃん。ここまで出来ればもう大丈夫よ」

「エリーさん、本当にありがとうございました」

 

 その時、少し強い風が吹いてきて小百合は悲鳴をあげて体を揺らした。情けない姿の相方にラナは呆れてしまう。

 

「おおげさだなぁ。そんなに怖がらなくてもだいじょーぶだよ」

「大丈夫じゃないわよ!」

 

 エリーが小百合の体を支えると、それでようやく人心地になれた。

 

「後はしっかり飛ぶ練習をすればいいから、ラナちゃんが見てあげてね」

 

「まっかせて~」

「そ、そんな!?」

 

 小百合は見捨てられた子猫のように哀れな姿をさらす。

 

「大丈夫よ。飛ぶことに関してはラナちゃんは魔法界一だから」

 

「本当に大丈夫なんでしょうか……」

 小百合はものすごく心配だった。

 

 

 

 翌日、闇の結晶探しがてら小百合はラナと一緒に箒で飛ぶ練習をしていた。ラナは小百合が飛ぶのを見て色々注文を付けていた。

 

「小百合は重心が変なんだよ。そんな前かがみじゃなくて、もっと背筋を伸ばして!」

「こ、怖いのよ」

 

「そんなかっこうしてたらあぶないよ~、おちちゃうよ~」

「そ、それはいやっ!」

 

 ラナに脅されて小百合が背筋を伸ばす。

「そうだよ、やればできるじゃん」

 

 ラナにそんな風に言われて小百合は悔しかったが、今は圧倒的にラナの方が立場が上なので黙っていうことをきくしかなかった。

 

「じゃあ~、もう少しスピードだしてみよ~」

 

 と言ってラナはぶっ飛ばし、小百合の目の前から一瞬にして離れてマッチ棒くらいの大きさになってしまった。

 

「こらーっ!!」

 

 小百合が叫んでいる間にラナはものすごいスピードで戻ってくる。

 

「小百合、おそいよぉ」

「そんなバカげたスピードについていけるわけないでしょーっ!!」

 

 小百合の激怒する声がすぐ近くに漂う雲間に響き渡った。

 

 帰って来る頃には、小百合はラナの適当な指導のせいで疲れ果ててしまった。地上に降りると足が鉛のように重く感じる。

 

「疲れたわ、もう寝たい……」

「小百合ったら、おばあちゃんみたいだねぇ」

 

 ラナに言われて小百合が目を細めてジト目で睨むが、教えてもらっている立場なので文句は言えない。ラナは元気に夕日の落ちるリンゴ村の農道を走り、リンゴの樹の影と夕日のコントラストを越えて家のドアを開ける。すると視線の先にあるテーブルの上にチクルンが立っていた。

 

「よう、窓が開いていたから勝手に入ったぜ。お前が色々心配してると思ってきてやったんだぜ、感謝しろよ」

「チクルン!」

 

 後から小百合が入ってくると、その腕に抱かれているリリンが笑顔を浮かべる。

 

「チクルンが遊びに来たデビ!」

 

 リリンが小百合の腕の中から飛んでいってチクルンの前に降りていく。疲れ果てていた小百合はもうかまう気力もなかったが、ラナとチクルンの会話を聞いて意識がそちらに向いた。

 

「みらいたちは元気だった?」

「それがよ、リコが落ち込んでんだよ」

「リコが落ち込んでいる?」

 

 言ったのは小百合だった。チクルンは小百合の顔を見るなり口をつぐんでしまった。まずいことを言ったという顔をしていた。それで小百合は鋭く察した。

 

 ――前の戦いで与えた過去のトラウマが効いたんだわ。

 

 小百合は前の戦いで墓穴を掘ったと思っていたが、今になってあの時に与えた言葉がリコを苦しめている、そう結論付けた。

 

「わたしは疲れたからもう休むからね」

「ごはんは?」

 

「もう食事をする気力もないわ……。フレーザーに今朝焼いたパンと、あとリンゴのサラダがあるから、みんなで食べなさいね」

 小百合はそういって、奥の風呂場に入っていった。チクルンは小百合がさっき言ったことなど気にしていないように見えたので安心した。

 

 

 

 小百合はラナと一緒に闇の結晶を探しながら飛行の練習をして、三日目にはようやく普通に飛ぶことができるようになっていた。

 

 この三日間、散々飛び回ってもあまり闇の結晶が見つからないので、ラナは少し嫌になってきた。

「闇の結晶、ぜんぜんないね~」

 

 小百合が黒い布袋の中身を見て言った。

「三日間かかってたったの7個」

 

 すると小百合のポシェットの中から顔を出しているリリンが言った。

「もっと他の場所を探すデビ?」

 

「いえ、もういいわ。練習のためにもう少し散歩してから帰りましょう」

 小百合が先行し、高度を上げて飛んでいく。

 

 ――あれれ、この方向って?

 

 ラナは小百合が魔法学校の方に進んでいることに気づいた。なんだか嫌な予感がした。小百合と横並びになって様子を見ると、明らかに小百合は何かを探すように視線を動かしていた。これはもう決定的だった。みらいとリコの姿を探しているのだ。ラナはどうか出会いませんようにと心の中で祈っていた。

 

「いたわ」

 

 ラナの願いも空しく、二人は出会ってしまった。眼下に広がる青い海が斜陽を返して宝石のようにキラキラと光る。その上に箒に乗って並んでいる二人の姿があった。ラナは胸が苦しくなって言った。

 

「小百合、やめようよ。いまリコは落ち込んでるんだって」

「だからやるんでしょう。闇の結晶を奪える機会を見逃すつもりはないわ」

 

 抑揚のない小百合の声を聴いて、ラナは小百合から視線を自分のひざの上に落として無言になった。潤む碧眼が彼女の悲しさを伝えていた。それを見た小百合の表情が少し動いた。

 

「あんたがどうしても嫌なら止めるわ」

 

 今度の小百合の声には感情がこもっていた。冷徹だった彼女の表情にラナを慈しむ温かさともの悲しさが表れていた。するとラナは半分閉じていた目を開けて顔を上げ、小百合を強く見つめる。

 

「小百合が本当にやりたいと思うことをやって! わたしはぜったいついていくから!」

 

 小百合はきっとラナがそう言ってくれると思っていた。

「行くわよ」

 

 小百合たちは高高度からみらいたちを追跡する。海面ではみらいたちの影を小百合たちの影が追っていた。注意すれば追跡に気づけたかもしれないが、リコはうつむき加減で時々ため息をつき、みらいはそれを心配して、注意が散漫になってしまっていた。

 

「闇の結晶みつからないね」

「ええ……」

「あれだけ探してもたったの5個だよ」

「ええ……」

 

 魂が抜けたようなリコの返事にみらいの表情が悲痛に染まる。

 

「モフ……リコ、元気出すモフ」

 

 みらいに片手で抱かれているモフルンが、みらいの心に呼応して心配そうに隣を飛んでいるリコに声をかける。みらいはリコが持ち前の負けん気で立ち直ってくれると信じているのに、何日たってもリコの元気は回復しなかった。

 

「……みらい、あの島に寄ってから魔法学校に帰りましょう」

 

 みらいがうんと頷くと、リコがか細い笑みを見せる。リコがみらいに元気を誇示しようと時々見せるそんな笑いが痛々しかった。二人は先に見える巨大な赤い傘のキノコが生えている無人島に向かって斜め下方向へ旋回した。

 



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トパーズ VS ブラックダイヤ

トパーズスタイルの変身シーンは読まずに脳内で映像再生することをお勧めします。


 至るところに巨大なキノコが生えている無人島をみらいたちは歩き回り闇の結晶を探す。しかし、これがなかなか見つからなかった。途中で疲れてしまったみらいは腰かけるのに丁度いいキノコをみつけてリコと一緒に座った。

 

「ぜんぜん見つからないね、闇の結晶」

 

 うんともすんとも言わないリコの横顔をみらいが見つめる。何だかぼーっとしていて精彩がない。いつものリコと比べるとまるで別人だった。

 

 ――どうしたらいいんだろう……。

 

「モフ、モフ」

 

 悩んでいるみらいを他所に、モフルンは足音を鳴らしながらその辺を歩いていた。黄色いキノコの傘の下に黒光りするものを見つける。

 

「あったモフ! 闇の結晶モフ!」

「やったね、モフルン!」

 

 モフルンがみらいの足元まで歩いてきて闇の結晶を渡した。

 

「これで6個目だね」

 

「闇の結晶は見つかったのかしら?」

 

 みらいがその声に振り向くと、視線の先に小百合がいて、そのすぐ近くをリリンが翼を動かしながら飛んでいた。

 

「さ、小百合!?」

 

 小百合の背後からラナの姿も現れる。小百合は初心者用の箒の先端で地面を軽く突いた。

 

「小百合、箒で飛べるようになったの?」

「おかげさまでね」

 

 リコはみらいと会話する小百合が幻ででもあるかのように呆然と見つめていた。小百合が箒を一振りすると、それがギュッと小さくなった。その小さくなった箒を小百合は右手の中に隠した。それから左手を返すと、ラナが右手を重ね、結ばれた二人の手に力がこもった。

 

 みらいとリコが立ち上がると、二人は小百合たちが変身する光に照らされた。次の瞬間に黒いプリキュアになった二人が現れていた。

 

「あなた達に戦う気力があるのなら変身しなさい」

 

 ダークネスがいうと、みらいの身が強張る。

 

「今はリコが……」

「トパーズよ」

「え?」

 

 みらいが見つめた先に見慣れた親友の姿があった。霧がかかったように曇っていたマゼンダの瞳には知的な輝きが戻り、凛々しい表情に負けたくない強い気持ちがあることが一目でわかる。みらいの胸に暗雲が晴れて光が差してくるように希望が湧いてきた。

 

「リコ!」

 

 リコが頷くと、みらいの顔が少し曇る。

 

「でも、ダイヤ以外のスタイルには弱点が……」

「大丈夫よ、わたしを信じて」

 

 心配そうなみらいの目が親友を信じるまっすぐな目に変わった。

 

 みらいの左手とリコの右手が重なって互いの温もりが伝わると、その場所に黄色い輝きの尖がり帽子が現れる。強くつないだ手を後ろに引いた瞬間に二人は輝きのドレスに身を包む。そして残った方の手を同時に高く上げると魔法の呪文を唱えた。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 二人の背後で大地から突き出した4本の光の波動が天へと走り、大地が砕ける。みらいとリコがチャーミングな姿で甘いお菓子のただよう不思議な空間へと落ちていく。お菓子と金色の世界の中でモフルンが楽しそうに両手をあげると、青と水色のストライプでラッピングされた大きなキャンディがやってきた。モフルンがキャンディと一緒に空中でクルクルと可愛いダンスを踊り、最後にキャンディを捕まえる。

 

『トパーズ!』

 

 青い包みから飛び出したハート型の黄色い輝石がモフルンのリボンの中央に嵌り、トパーズから眩い光が溢れて広がる。

 

 みらいとリコがモフルンの手を取ると、3人は輪になって清流に流れる花のように優雅に回って金色に輝く空間をさらに降下していく。

 

『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 モフルンの体に現れた黄色のハートが点滅すると、3人は金色の世界にとどまり光のリングに抱かれる。リングがハート型に変わって光を舞い上げながら回転すと、今のみらいに少し成長したみらいの姿が重なり、今の姿のリコにも少し大人びたリコの姿が重なった。

 

 無数の黄色い光のリボンがみらいの足を包み込んで、光が足首の部分にキャンディ―の形をした黄色のリボンと、トゥシューズのように甲にクロスのリボンが付いたオレンジ色のブーツになった。さらに次々と黄色の光が集まってみらいとリコの姿が変わってゆく。

 

 一番上に黄色いキャンディリボンが付いた、ガーター付きのクリーム色のロングソックスがみらいの足に現れ、上部がレモン色で下部が黄色の、お辞儀をした月見草のように可愛らしいスカート、その正面に一枚の花びらに当たる部分があり、その花びらの境目にあたる2か所に青と紫のキャンディリボン、スカートの下には両端にオレンジ色のツインリボンの付いたクリーム色のパンプキンスカート、背中に2本の長いリボンがなびく黄色のキャンディリボン、胸に赤いリボンのある半袖のフリルの付いたパフスリーブの黄色のドレス、その腹部にはオレンジ色のハート型のボタンが一つ、首に黄色のネックリボンと手首には白いフリルのレースカフスが。

 

 リコの体に袖がオレンジ色のランタンスリーブの黄色のドレス、胴部にはストラップの付いたブラッドオレンジの帯、中央上部に綿飾りのついた胸を覆う大きな赤いリボン、オレンジの中指止めのリボングローブの指元には小さく絞ったメレンゲのような可愛らしい飾りがある。背中にはオレンジ色のリボン、揚羽蝶の翅に似た型の黄色のスカートにはホイップデコレーションのようなレースのウェーブが飾られ、2枚の翅の間隙から中央に星のマークの入った薄紫のスカート、さらにその下に可愛らしい黄色いパンプキンスカートが現れ、ゆっくりと伸ばした美脚に光のリボンが巻き付く。ひざの辺りに星飾りのあるオレンジのロングソックス、足首にレモン色のふわふわリング、一点に多めに絞って付けたようなメレンゲの飾りのある真っ赤なヒール、光はそれらに刹那的に変化した。

 

 二人はメルヘンのお姫様のように可愛らしいドレスをまとうと、繋いでいた右手と左手を放すし周囲で回転していたハートの囲いが弾けて消えて、モフルンがとても楽しそうな笑顔を浮かべた。その瞬間に髪型も変化する。

 

ミラクルは黄色のカチューシャに、頭の左右にはドーナツのフレンチクルーラーのように巻いた三つ編み、そして二つのフレンチクルーラーからリング状の三つ編みが肩の辺りまで垂れていた。マジカルはオレンジのカチューシャに長い髪の左右で作った三つ編みを後頭部の星の髪留めで円を編み、重なった二つ円が無限を現す形を成し、残りのストレートヘアは腰を越えて流れる。二人は可愛らしくも不思議な髪型になった。

 

 ミラクルの胸のリボンとネックリボンの下に黄色い輝きが集まって弾けると、胸に菱形の黄色い輝石、首元のネックリボンにピンクのハートの奇跡が輝く。続いてマジカルの胸の綿飾りに光が宿って菱形の黄色い輝石が姿を現す。

 

ミラクルとマジカルが離していた右手と左手をつないでモフルンと再び輪の形になると、二人の手首に金の腕輪が現れ、続いてミラクルの頭部の左のフレンチクルーラーの髪の下に丸い光が現れ、そこに青い光の帯が集まって青いキャンディリボンと、カチューシャの上にはミニサイズのピンクのとんがり帽子が乗り、左のフレンチクルーラーの髪の下に現れた丸い光は赤い帯の光でラッピングされて赤いキャンディリボンに変化した。

 

マジカルのカチューシャの左側に小さな黒い魔女の帽子が現れ、右側には淡い青の花形のリボンが現れる。そこに小さな卵型の光がやってきて、それが二つに割れ消えて産み落とされた黄色い光が花のリボンの上で形を変えて、上にホイップクリームと苺をデコレーションしたプリンの髪飾りになった。

 

 ミラクルとモフルンとマジカルは手をつないで、前からくる色とりどりのキャンディの流れに逆らって飛んでいく。三人はクッキーやカップケーキを背景に映し出す金色の世界をただよい、そして後ろから飛んできた大きな大きな青いキャンディに乗って心から楽しんでいる笑顔を浮かべつつ、現実の世界につながる黄色いハートの五芒星に向かって降下した。

 

 上空に現れた黄色い魔法陣からミラクル、モフルン、マジカルが飛び出してくる。モフルンは大きなプリンの上にお尻から落ちて、ポヨンと跳ね返されてプリンが揺れる。そしてミラクルとマジカルが同時に地上に降りた。右側のミラクルが右手を上げて人差し指でクルリと小さな円を描き、バックフリップしてから右手を横に弾く。

 

「二人の奇跡、キュアミラクル!」

 瞬間にミラクルの周りに色とりどりのキャンディーが現れ、瞬間に消えていく。

 

 左側のマジカルが右手を上に人差し指で小さな円を描き、その手を右下に勢いをつけて高速スピン、着地と同時に左手を横に振る。

 

「二人の魔法、キュアマジカル!」

 瞬間にマジカルの周りにメレンゲのイリュージョンが現れ消えていく。

 

 ミラクルとマジカルは右手と左手をやんわりとつなぎ、頬を寄せて目を閉じる乙女たちの姿は眠り姫のように可憐だ。二人は右手と左手を放し、楽しい笑顔でずっとつながっている方の手を同時に上げて、バレリーナのような片足立ちになる。それから互いに背を向け合って足を高く上げ、手を放して地上に足を揃えると、二人は離した左手を右手を前にして再び手を握る。

 

『魔法つかい! プリキュア!』 

 

「トパーズのプリキュアモフ!」

 

 モフルンが黄色い斑点のあるキノコの上で両手をあげて言うや否や、ミラクルとマジカルの姿に感動したウィッチが叫ぶ。

 

「うわぁ、かわいい!!」

 

 ミラクルとマジカルの周りに二つの黄色い球体が現れると、さらにウィッチの目が輝いた。

 

「なにそれ!? なんでそんなのついてるの!? いいなぁ、それ!」

 

 騒いているウィッチの隣ではダークネスが怪訝な表情を浮かべていた。

 

 ――ダイヤ以外のスタイルを選んでくるですって?

 

 ダークネスは以前ミラクルとマジカルに、はっきりとダイヤ以外のスタイルには弱点があると明言している。サファイヤやトパーズのプリキュアとは戦ったことはないが、ダークネスはそれを確信していた。少なくとも、マジカルはそれをはっきり認識しているはずだと思った。考えられることは二つ、我を忘れて愚かな選択をしているか、勝てる確信があって選択しているか。

 

 ダークネスは真意を確かめるためにマジカルの目をまっすぐに見つめた。マゼンダの瞳の輝きは強く敵の影に怯えている気配などみじんもない。

 

「わたしたちの力を見せてあげるんだから!」

 

 マジカルの声から絶対の自信を感じる。ダークネスは後者だと思った。それに気づいたダークネスが笑みを浮かべる。

 

「面白いわ。トパーズの力、見せてもらいましょう」

「かかってきなさい!」

 

「ウィッチはミラクルの相手をしなさい!」

 ウィッチの返事を待たずにダークネスが足に力を込め、地面の土を削り飛ばしてダッシュする。

「とあぁーっ!」

 

 ダークネスの右の拳を直前で避けたマジカルの髪が拳圧で巻き上がる。さらに左の拳、回し蹴りの連撃でマジカルが押しまれる。そして、回し蹴りをよけた瞬間にマジカルが反撃した。

 

「はあぁーっ!」

 

 ダークネスに向かって突き出したパンチはあっさりと手の平で受け止められてしまった。ダークネスの手がマジカルの拳を包み込み、先の戦いの場面が再現される。

 

「攻撃が軽いわ」

 

 余裕な表情を浮かべていたダークネスが、上空から来るものを察知してはっと見上げる。槍先のように細く尖った黄色の物体が迫っていた。ダークネスがバク転し地面に片手を付いたときに、数舜前に彼女がいた場所に黄色い槍が突き刺さった。

 

ダークネスが少し距離をとって着地すると、マジカルが黄色い槍を両手に持ち、それが中ほどで別れた。二つに分裂したそれが、マジカルの手の中でブーメランの形になった。

 

「はっ!」

 

 マジカルが同時に黄色いブーメランを放つと、それが高速回転しつつ左右に弧を描いてダークネスに向かっていく。ダークネスは一つ目を蹴り上げ、二つ目を踵落としで真っ二つに割っていなした。ダークネスがブーメランに気をとられていると、マジカルが彼女の斜め上方向に跳躍してくる。すると、吹っ飛ばされて空中に漂っていたブーメランと割れて地上に転がっていた黄色の欠片が球体に変化して高速でマジカルの背後に集まり扁平の円になる。マジカルはそれを踏み台にして突出した。

 

「たあっ!」

 

 ダークネスはマジカルの予想外の動きに虚を突かれて、空中で回転を加えてのマジカルの蹴りに対応できずまともに食らった。

 

「ぐうっ!?」

 

 衝撃を受けて後方にはじけ飛んだダークネスがえびぞりに地に手を付き、バク転して態勢を直してマジカルを見つめた。その時にマジカルの肩の上あたりに二つの黄色い球体が浮んできた。

 

「これがトパーズの能力。あの球体、やっかいだわ」

 

 マジカルが高く跳んでダークネスの頭上へ。

 

「上から来る気? なら、狙い撃ちよ」

 

 ダークネスが右手を腕輪と共に上げて呼びかける。

「リンクル・オレンジサファイア!」

 

 ダークネスが向かってくるマジカルに手のひらで狙いをつけると、その手の周囲に次々と火の玉が表れて連続で撃ちだされた。するとマジカルは黄色の球体を合わせて平らにし、空中でそれを足場にして巧みに火の玉を避けた。マジカルが移動する先に黄色のクッションが先回りして足場になる。それを繰り返して次々に襲ってくる火の玉を避けていく。そして、ダークネスが間近で放った一発を今度は黄色のオプションを硬質化し盾に変えて防いだ。ダークネスの目の前で爆発が起こり目くらましになる。

 

「はあっ!」

 

 炎を突き破ってきたマジカルの急降下蹴りを前腕でガード、衝撃で後退する。ダークネスがマジカルと再び対峙すると言った。

 

「これじゃ敵が二人いるようなものだわ。けれど、ダイヤスタイルに比べると本体のパワーが落ちているわね。そしてもう一つ、恐らくその黄色い物体の能力はそれほど高くはない」

 

 ダークネスが右手を横に叫ぶ。

「リンクル・スタールビー!」

 

 ダークネスの腕輪のブラックダイヤがスタールビーに入れ替わり、深紅の輝石から生まれた赤い輝きがダークネスの胸に吸い込まれる。そして爆走、彼女はマジカルに迫る。それに対してマジカルが黄色い盾を前に出した。ダークネスはかまわずに思い切りパンチを盾に叩き込む。するとそれが粉々に砕けて黄色い欠片が散った。マジカルはさして驚きもせずに後方に跳び、ダークネスがそれを追う。

 

「逃がしはしない!」

 

 マジカルが着地すると、ダークネスはもう目の前に迫っていた。彼女の前に黄色い破片が集まって丸い形になる。

 

「何度やっても同じよ!」

 

 ダークネスが拳を後ろに引いて力を込めると、黄色い球体が平面に大きく広がった。ダークネスは瞬間的にまずいと思ったが、もう攻撃の勢いは止められなかった。ダークネスの拳が柔らかな黄色い物にめり込む。すると黄色の物体はダークネスの勢いを受け止めてぐっと長く引き伸ばされて円錐に近い形になり、ダークネスの視界が黄色に阻まれる。間もなく膜状になった黄色い物がダークネスの攻撃に耐えきれずに突き破られた。ダークネスが一瞬視界を失った隙に、マジカルの姿は消えていた。

 

「上ね!」ダークネスの勘は当たったが、マジカルが既に次なる攻撃への手を打っていた。

 

「リンクルステッキ! リンクル・ガーネット!」

 

 マジカルが地上に向けたリンクルステッキの先にオレンジ色に輝く蝶が現れ、それが羽ばたくとダークネスの足元がうねる。

 

「しまった!?」

 

 マジカルはうねっている大地にまっすぐに降りてくる。そして、地上すれすれで黄色い球体が足場を作ってマジカルを受け止めた。マジカルはそこから前に向かって跳び、ダークネスに迫る。

 

「はあ――っ!!」

 

 今までやられた分のお返しとばかりに、マジカルの思い切りのいい拳がダークネスにヒットした。ダークネスが悲鳴をあげて吹っ飛び、大きなキノコの茎に背中から激突してそれを押し倒した。



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リコの戦略

 モフルンとリリンは空中からプリキュア達の戦いを観戦していた。リリンがモフルンを後ろから抱いて空を飛んでいる。

 

「ミラクル、マジカル、がんばるモフ!」

「今回はダークネス達が負けてるデビ」

 

 この二人にはプリキュア達が戦っても悲愴感がないどころか、プリキュア同士敵対しているのに、妖精同士は仲が良かった。彼女らはプリキュアの本質の部分を体現した存在なのであった。

 

 

 

「ミラクル、元気になったね!」

「ウィッチのおかげでね」

「よ~し、おもいっきりいくよっ!」

 

 二人は同時に走りだし、出会った瞬間に同時に突いた拳がぶつかり合った。二人の間から衝撃波が起こって土煙が舞い上がる。

 

「とあーっ!」

 

 ウィッチがさらに力を込めると、ミラクルは押し出されて少し態勢が崩れた。

 

「うあっ!?」

「お? わたしの方が強い?」

「力で負けてる。やっぱりトパーズにも弱点があるんだ。でも!」

 

 ミラクルが後方に高く飛ぶと、ウィッチも跳躍する。

 

「まて~っ!」

 

 ウィッチの行動はミラクルの予想通りだった。迫ってきたウィッチの回し蹴りをミラクルの前に現れた黄色い盾が防いだ。

 

「うえ、なにそれぇ!?」

 

 ミラクルの眼前の盾が丸くなって二つに分かれ、それが足の方に移動して広がる。ミラクルはそれを蹴ってウィッチに向かって急降下、空中のウィッチはびっくりした。

 

「うわぁ、やばい!」

「はぁっ!」

 

 ミラクルの蹴りがガードしたウィッチの腕に強い振動を与える。ウィッチが弾丸のように下降して瞬間的に地面に叩きつけられ、土片と煙が舞い上がる。

 

「いったぁっ!」

 

 ウィッチが大げさに言いながらクレーター状にへこんだ地面の中央に立ち上がる。予感があって上を見ると、土煙の間から空中にいるミラクルの姿が見える。彼女は頭上で形を成した黄色いハンマーをつかんで振りかぶった。ウィッチは空中から迫るミラクルに対して左手をあげる。

 

「リンクル・ブラックオパール!」

「とぉりゃーっ!」

 

 ウィッチの手から広がった黒い盾にミラクルのハンマーが炸裂した。その時にまき散らされた圧力で辺りにただよっていた大量の土煙が一気に吹き飛ばされた。二人は同時に逆方向に跳んで距離をとった。休まずミラクルの方が攻める。真正面から疾走して迫るミラクルをウィッチが待ち構える。するとミラクルは、ウィッチの目の前で横に飛んだ。

 

「えっ!?」

 

 目を丸くするウィッチ、ミラクルが跳んだ先に黄色い玉がきて円に広がる。ミラクルはそれをまるで垂直の壁でもあるかのように蹴り、次の瞬間にはウィッチに急接近していた。

 

「やあーっ!」

 

 ミラクルの肘鉄をウィッチがまともにくらって飛んでいった。

 

「うわぁ~っ!?」

 

 ウィッチは墜落してから長い距離を滑って土煙をあげて、体が止まった途端に跳び起きてミラクルを睨んだ。ミラクルは今まで散々苦労させられてきたウィッチを圧倒できて、なんだか不思議な気持ちになった。

 

「マジカルの言うとおりだ、トパーズならいけるよ!」

「ずっこいよそれーっ!!」

「え?」

 

 ウィッチがミラクルをすごく恨めしそうに見ていた。ミラクルの近くに二つの黄色い玉が浮遊してくると、ウィッチの表情に羨む子供のような味が混じる。

 

「なにその黄色いの!」

「そ、そんなこと言われても、これがトパースの能力なんだよ」

「その黄色いのかわいい! わたしもほし~」

「え? ええぇ……」

 

 純真無垢な心で碧眼を輝かせているウィッチを見ていると、ミラクルはふと悲しくなり、もうこれ以上は戦えないと思った。

 

「ミラクル、もっとトパーズの力をみせてよ!」

 

 ウィッチが元気いっぱいに向かってくる。そしてミラクルにむかって右左のパンチ、回し蹴りと攻撃を仕掛ける。それを避けたミラクルがウィッチの頭上に跳び、彼女の上で黄色い天井のように置かれた四角い板を蹴り、頂点の鋭い三角の形に跳んで一瞬でウィッチの背後に回る。予測不可能なミラクルの動きにウィッチが慌てて振り向く、そこへミラクルの足払いが決まり、ウィッチは尻餅をついて倒れた。

 

「きゃっ!?」

「ごめんね、ウィッチ」

 

 ミラクルが手を前に出すと、彼女の意思に従って黄色い玉がウィッチの近くに飛んでいって、にゅーっと長く伸びた。それがウィッチの体にまとわり黄色いリングになって小柄な体を拘束した。

 

「うわ~」

 ウィッチは観念してその場に座り込んだ。

「あう~、動けない~、負けた~」

 

 ミラクルとウィッチの勝負は決まった。しかし、マジカルとダークネスの勝負はまだ続いていた。

 

 

 

 巨大なキノコが倒れて地鳴りがする。その前に座り込んでいたダークネスが立つと、彼女から少し距離を置いた場所にマジカルが二つの黄色い玉と一緒に舞い降りた。

 

「やってくれるわね。ここまで追いつめられるとは思わなかったわ」

「トパーズならいけると思っていたわ、計算通りだし!」

 

 マジカルの計算通りを聞いて、ダークネスは追い詰められているにも関わらず少し楽しそうだった。

 

「優れた対人能力だわ、それに戦略性も高い。あなたにはおあつらえ向きね。それにしても戦いもしないでトパーズスタイルが有利だとよくわかったわね」

 

「ルビースタイルであなた達と戦っている最中に、勝てるとしたらトパーズしかないと考えたわ。自信がなかったから勝てると確信できるまで何度もシュミレーションしたんだから」

 

「あなたの努力には素直に敬意を評するわ。けれど、もう勝った気ではいないでしょうね」

 

 ダークネスが右手を上げて唱える。

「リンクル・ジェダイト!」

 

 腕輪の黒いダイヤが草色の宝石と入れ替わると、ダークネスはその手を地面に向けた。地面に叩きつけられた暴風で埃がわきたち、一瞬にしてマジカルの視界がなくなる。ダークネスの想定外の行動に、さすがのマジカルでも面食らった。

 

「たあーっ!」

 

 マジカルの間近で気合の一声があり、視界のない中でマジカルがダークネスの蹴りを食らって真横に飛ばされる。

 

「うああっ!?」

 

 煙の中から躍り出たダークネスが吹っ飛んだマジカルを追いかける。二つの黄色い球体がマジカルよりも先に飛んで先回りし、二つが合体して広がる。マジカルは空中で一回転して黄色いクッションに足を付いた。それが硬すぎず柔らかすぎず、トランポリンくらいの弾力でマジカルを受け止める。マジカルは足を曲げて力をため、黄色いクッションが押し戻す力を跳躍に加えて飛び出す。後を追いかけてきたダークネスが立ち止まり、薄い笑いを浮かべた。拳を突きだしたマジカルが空を引き裂いて迫る。ダークネスはわきの下にマジカルの拳を通し、刹那マジカルの左腕を右腕で組んで捕える。

 

「はっ!」

 

 ダークネスはマジカルの腹に膝を入れて、巴投げの要領でマジカルの攻撃を受け流すと同時に投げ飛ばした。マジカルの攻撃の威力を100%利用した完璧な反撃だった。

 

 ――この勢いならトパーズの能力でも対応はできない!

 

 ダークネスのその計算は間違いではなかった。マジカルは地面にしたたかに叩きつけられるか、障害物に激突して大きなダメージを受ける。ダークネスがそれを確信して振り向いた時、マジカルが空中で黄色い円に足を着いた瞬間だった。

 

「!?」

 驚愕するダークネス。

 

先ほどと同じ柔らかさの黄色いクッションにマジカルの足が深く入り、先ほどの2倍程伸長した。ダークネスの反撃の勢いを更に加えて、マジカルが突出する。先ほどと全く同じ攻撃だが、勢いと威力が格段に上がっていた。瞬間と言ってもいい短い時間でマジカルが接近、ダークネスは腕を組んで防御するのが精いっぱいだった。

 

「はあーっ!」

 

 マジカルの攻撃が炸裂し、ガードの上からでもダークネスを盛大に吹っ飛ばす。ダークネスは腕が痺れて表情を歪めた。

 

「くう、わたしの攻撃を完璧に読んでくるなんて!」

 

 そう、マジカルはダークネスの攻撃を予測して先に黄色いオプションを配置していたのだ、自分が飛ばされるであろう場所に。

 

 吹っ飛んだダークネスが地面に足を着き、そのままの状態でかなりい長い距離を踵で地面を穿ちながら後退した。そして、ようやく止まったその場所の近くには、向かい合っているウィッチとミラクルの姿があった。ダークネスはウィッチが黄色いリング状のものに捕らわれている姿を見るなり、跳躍してウィッチの前に降りると同時に手刀を打ち下ろす。

 

「はぁっ!」

 

 黄色いリングが断たれ、ウィッチが自由になる。黄色い円盤の上を何度か跳んで後を追いかけてきたマジカルが、ミラクルの隣に着地した。そして二人の側に二つの黄色い球体が寄りそってくる。ダークネスが二人を睨みつけ、ウィッチはダークネスがどうするつもりなのか分からず不安な顔をしていた。

 

 今にも糸が引きちぎられそうな緊張した空気の中で、マジカルが右手を前に出してダークネスに見せつけた。彼女の手には黒い袋が握られていた。瞬間に変化したダークネスの表情には、驚き、憎悪、自分に対する怒りなど、様々な負が含まれていた。

 

「それは、わたしたちの!? いつの間に!?」

 

 マジカルはダークネス達が集めた闇の結晶の入った袋を持っていたのだった。マジカルは余計なことは何も言わずに、ただ黙ってダークネスたちに黒い袋を見せつけていた。すると、悔しそうなダークネスの表情が和らいで笑みが浮かぶ。

 

「今回はわたしたちの完全な敗北ね。ウィッチ、撤退よ」

 

 ウィッチは負けたのにも関わらずほっとしていた。ダークネスは飛んできたリリンを抱くと、二人で同時に跳躍し、大きなキノコの傘の上に乗ってから、もう一度跳躍して姿を消した。

 

「借りは返したわ」

 

 マジカルが言った直後に、いきなりミラクルが抱きついてきた。

 

「マジカル、良かった」

 

 頬を寄せてくるミラクルの眼尻に涙が浮んでいた。マジカルはミラクルを優しく抱いて言った。

 

「心配をさせて悪かったわ。わたしは大丈夫だから」

 

 慈しみの深い二人の姿をモフルンはキノコの傘の上に座って嬉しそうな笑顔で見つめていた。

 

 

 

 小百合とラナが無人島を出た時には、もう夕方になって空は赤くなっていた。二人は箒で横並びに飛んでいく。ラナはしきりに小百合の横顔を見ていた。小百合は負けて落ち込んでいるんじゃないかと思ったが、無表情なので心情を読み取ることはできない。そのうちに小百合が言った。

 

「今回はリコにしてやられたわね」

「え? どういうこと?」

 

「トパーズで有利に戦えると分かっていても、自分たちからこちらを攻めれば、わたしは警戒するわ。わたしたちの方から攻撃させることが、リコの戦略の要だったのよ」

 

「はいぃ??」ラナには小百合の言っている意味が全然わからなかった。

 

「リコはね」それに続く小百合の話の内容に、ラナは大いに驚くのだった。

 

 

 

「演技だったの!!?」

 

 みらいの声がオレンジ色に染まる雲間に渡る。みらいとリコは箒に乗って晴れやかな気持ちで魔法学校に向かっていた。

 

「ええ、そうよ。わたしが落ち込んだふりをすれば、小百合が必ずその隙をついてくると思ったから」

 

「ぜんぜんわからなかったよ。わたし本気で心配してたんだから!」

 

「モフルンもぜんぜんわからなかったモフ」

 

 穏やかなモフルンとちょっとだけ怒ったふうなみらいにリコは申し訳なさそうに言った。

 

「本当に悪かったと思っているわ。わたしもみらいが心配してくれる姿をみるのが辛かった。でも、中途半端じゃ小百合を騙すことはできないわ。それにほら、敵を騙すにはまずは味方からって言うでしょ」

 

「でも、なんでそんな演技をする必要があったの?」

 

「こちらから仕掛けるのはみらいが望まないと思ったし、もし仮にこちらから攻めていったとしたら、警戒した小百合がどんな手を打ってくるかも分からないし、色々な観点から見て向こうから攻撃してもらう方が効果的だったのよ」

 

 みらいがうんうんと頷くと、リコは自分の講義に酔いしれる学者のような心持になって言った。

 

「小百合はその性格上自分から攻撃してきたからには、多少不利になっても引かないと思ったわ。その予想は的中したわね」

 

 小百合が不利でも戦い続けたからこそ、リコは闇の結晶をもぎ取ることができたのだ。相手の性格まで計算に入れていたリコに、みらいは驚くばかりだった。

 

「すごいよリコ! 完璧だよ!」

「ねらい通りだし!」

 

 みらいに抱かれて二人のやり取りを見ていたモフルンが心の底から嬉しい笑顔になった。

 

「みらいもリコも元気になって嬉しいモフ!」

 

 そんなモフルンを見ていると、みらいもリコも嬉しくなり、二人は顔を見合わせると同時に笑顔になった。

 

 

 

 その夜、みらいとラナはそれぞれの居場所で同じ月を見つめていた。ナシマホウ界の倍はある大きな三日月は、闇に抱かれた魔法界に淡い光をふらせる。まるで静かな水の底にいるような群青の大地に、木々や建物の薄い影が落ちていた。二人は別々の場所で、大切なものを探し求めるように三日月に向かって手を伸ばした。

 

 みらいは少しの悲しさと大きな希望を胸に言った。

「わたしたちは分かり合える」

 

 ラナは訳もなくうれしい気持ちになった。

「うん、そうだよ、みんな一緒になるんだよ」

 

 遠くのみらいに答えるようにラナは言った。互いの声が聞こえるはずがない。けれど、互いの心が触れていた。二人の思いが一つになり、別々の場所で二人の声は重なっていた。

 

『いつか、きっと!』



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第13話 フレイア様のために! プリキュアに仕掛けられた罠!
フェンリルの人間考察


 暗い石畳を白猫の姿のフェンリルが、口に闇の結晶の入った袋をくわえて尻尾を揺らしながら早足で歩いていく。すると、道の端の方でぐずぐずしているボルクスが見えた。フェンリルは袋を廊下に置いて言った。

 

「お前、こんな所でなにやってんだ? ロキ様がお呼びなんだよ」

「フェンリルよう、俺はもうだめだ……」

 

 ボルクスは失敗続きで落ち込んでいるのだった。巨体がしゃがんで地面をいじっている。その状態で通路のほとんどを占領していて目障りだった。猫のフェンリルが通るのに不自由はなかったが、それでも何だかいらついた。

 

「でかい図体して情けないね! 失敗しちまったものは取り返しようもないだろう。ロキ様の前で平謝りするんだね」

 

 フェンリルは再び袋をくわえると鼻をならしてボルクスの横を通り過ぎる。彼女は少し歩いて振り返り、薄闇の向こうでまだしゃがんでいるボルクスを見ていると哀れに思えてきた。ボルクスはフェンリルの協力でプリキュアを倒すチャンスを得ながら失敗した。

 

 ――奴の気持はわからなくもない。今回の失敗は許されないだろう。ロキ様に始末されるかもしれないね。

 

 そこまで考えるとフェンリルは袋を下に置いて口紐を解いた。

 

「仕方ない。ま、あんな奴でも一応仲間だからね」

 

 フェンリルはそこに数個の闇の結晶をばらまいて立ち去った。後からとぼとぼ歩いてきたボルクスは下を向いていたのでそれを見つけて大喜びした。

 

「なんだ、こんなところに闇の結晶が落ちてるぞ!? すげぇ! これでロキ様に怒られずに済むぞ!」

 

 ボルクスは闇の結晶を拾うと一転して意気揚々と歩き始めた。その頃にフェンリルはロキと対面し、うやうやしく小さな頭を下げているところだった。

 

「ロキ様、申し訳ありません。今回は闇の結晶を持ってくることができませんでした」

「そうか。お前が闇の結晶を見つけられないとなると、いよいよ煮詰まってきたな」

 

 ロキは玉座の上で腕を組み考え込んでいた。フェンリルが手ぶらで来たことなど気にしていない。そこへボルクスが軽く地面を揺らしながら歩いてきた。

 

「ロキ様、聞いてくだせえ! 闇の結晶を見つけてきましたぜ!」

「ほう! お前の方が闇の結晶を持ってくるとはな」

「そこの廊下に落ちてたんですぜ、おらあ運がいい!」

 

 ボルクスがそう言うのを聞いて、フェンリルの全身に冷や汗が流れる。

 

 ――どあほーっ!! そのまま廊下に落ちてたなんて言いうやつがあるか! というか、こいつ気づいていないのか、わたしが闇の結晶を譲ってやったということに!?

 

 フェンリルはボルクスが頭が悪いといっても、そのくらいのことは気づくだろうと思っていた。しかし、その考えは甘かった。

 

「……珍しいこともあるもんだな」

 

 ロキの声が急に変わった。異様な瞳の底の方に強大な圧力が潜み、それは確実にフェンリルに向けられていた。

 

「い、いやあ、本当ですね」

 

 フェンリルは思わずロキから目を背けてしまった。

 

「ボルクス、闇の結晶を」

「へい!」

 

 ロキはボルクスから数個の結晶を受け取ると、それを強い力で握り込んで言った。

 

「お前はもういっていいぞ。フェンリルはここに残れ」

 

 ボルクスが上機嫌に妙な鼻歌を鳴らして去っていく。ロキは残ったフェンリルを高圧的に睨みながら言った。

 

「お前、どういうつもりだ? なぜ奴に情けなどかける?」

 

 フェンリルは隠し立てするのは余計にまずいと考え、全部正直に打ち明ける覚悟を決めた。彼女はさらなる誠意を見せるために少女の姿になり、ロキの前に片ひざを付いてからはっきりとよどみなく言った。

 

「人間の言葉で言えば、情にほだされたということです」

「おいおいおい! お前がそんなことでどうする!?」

 

「わたしはプリキュアの本質を知るために人間の書物を読みあさっています。恐らくその影響でしょう。しかし、ご安心下さい。ロキ様に対する忠誠はいささかも変わりありません。なんなら、今すぐにプリキュアを仕留めてごらんにいれましょうか?」

 

 ロキはフェンリルの真意を知り側においてある竜の像をなで始めた。その動作に彼の安心感が現れていた。

 

「いや、お前が出る必要はない。疑って悪かったな」

 

「もう魔法界には闇の結晶はほとんどありません。そろそろプリキュア共と決着をつけた方がよろしいのでは?」

 

「その事なんだがな、考えていることがある」

ロキは自分の中にある記憶と情景を思い起こして言った、

「フェンリルよ、人間の書を読んでいると言ったな。人間というのは一人の女のためにどこまでやるんだ?」

 

 ロキの言い方は抽象的だったが、フェンリルは今まで本を読んで得た知識から推察をして言った。

 

「その女の立ち位置にもよりますが、例えば一人の女をめぐって二人の男が命を懸けて決闘したという記録があります」

 

「女同士ならどうだ?」

 

「そうですね、人間の書の中に献身という言葉があります。他人のためにその身をささげるのです。時には命すらかけることもあります。献身に性別は関係ありません」

 

 それを聞いたロキの顔に異様な笑みが浮かぶ。彼のかたわらにある黒い竜の像が怪しく光っていた。

 

「あっ、やばい!?」

 唐突にフェンリルが変な声をあげた。

 

 ロキが不審げに片方の眉を下げてフェンリルを見た。

「何がやばいんだ?」

 

「いや、料理をならう時間、じゃなくて! ちょいと用事がありましてね!」

 

 フェンリルが慌てている姿などロキは初めて見たので、彼の不審が余計に深まる。

 

「何を慌ててるか知らねぇが、俺様は仕事さえしてもらえればそれでいい。お前が俺の知らないところで何をしていようと興味はねぇ」

 

「そ、そうですか。それじゃあ、わたしはこの辺で」

 フェンリルはほっとしてロキの前から去っていくのだった。

 

 

 

 二人の心情を現すような寂し気なセイレーンの歌が聞こえてくる。フレイアは小百合とラナの話を穏やかな表情で聞いていた。

 

「申し訳ありません。伝説の魔法つかいに負けて闇の結晶を奪われました」

 

 淡々と話す小百合に対して、小百合に抱かれているリリンと隣に立っているラナはうつむき加減で元気がない。小百合だけは平気そうな顔をしているが、フレイアには小百合の悔しい気持ちが手に取るようにわかった。

 

「まあ、わざわざそのようなことを伝えに来たのですか。いいのですよ」

 

 フレイアは負けて落ち込んでいる小百合たちが可愛くなり、玉座から立ち上がってゆっくり彼女らに近づいた。小百合とラナは顔を上げ、フレイアの顔を瞳を潤ませて見つめる。今までこれほど間近にフレイアを見たことはなかった。ただこうして近くにいるだけで、青空のように心が広がり辛い気持がもれそうになる。フレイアはそんな二人の頭に手を置いた。

 

「闇の結晶を奪われてしまったことは残念でした。けれど、あなた達の無事な姿を見ることが、わたくしは何よりも嬉しいのです」

 

 ラナが笑顔になって、フレイアの体にひしと抱きついた。その瞬間の動作から、「ずっとこうしたかった!」という気持ちが口で言うように伝わった。その時に小百合は、何も考えずに行動するラナが羨ましいと思った。そう思っていると、フレイアの手がゆっくり動いて小百合を抱き寄せていた。小百合がフレイアの体に頬が触れると、温もりと一緒にとても懐かしい匂いがした。それは小さい頃に母に抱かれた時に感じたのと同じ匂いだった。さっきまで寂し気だったセイレーンの歌が、今は小百合の耳に心地よく聞こえている。小百合とラナの間にいるリリンも満面の笑顔だった。

 

 

 

 天気が良く雲の少ない日には、天空に巨大な魔法陣の一部が青空の中にかすんで見えることがある。みらいたちは今、魔法学校の上階をつなぐ渡り廊下でそれを見上げていた。

 

 みらいはしょっちゅう小百合たちのことを考えては胸を痛めていた。

 

「はーちゃんがいてくれたらなぁ」

 

 みらいがほとんど無意識に言った。彼女らの親友の花見ことはなら、今のいかんともし難い状況を何とかしてくれると思えた。リコが今にもため息の出そうな顔のみらいを見つめる。

 

「きっとはーちゃんは、わたしたちには出来ない大切なことをしているのよ。わたしがナシマホウ界に行けたのも、はーちゃんのおかげだと思うし」

 

「うん、そうだね。近くにいてくれてるって、何となく感じるよ」

 

 春風が少女たちに触れていく。リコが再び空を見上げると、一欠けらの雲が巨大な魔法陣の下を流れていた。

 

「はーちゃんの魔法陣とナシマホウ界の黒い魔法陣がつながっているのはどういうことなのかしら?」

 それはリコの独り言だった。みらいもずっとそれが気になっていた。

 

「あの時見た黒い魔法陣って、小百合たちが魔法を使う時に出るのと一緒だよね?」

「ええ。はーちゃんは何か知っているかもしれないわね」

 

 そうは言っても、ことははいない。遠くの空に彼女の痕跡があるだけだ。けれど、みらいとリコには確信があった。

 

「また会えるよね」

「会えるわよ、絶対に」

 

 根拠などなにもない。けれど、二人とも心の底からそう信じられた。

 

 

 

 ラナがリリンと並んでベッドの端に座り、楽しい夢でも見るように両手で頬を包んでうっとりしていた。それとは全く逆に小百合は開いた教科書とノートを前にして口を一文字に引き結びペンの先でノートを何度もつついている。眉を寄せたまま表情を変えない小百合は、まるで怖い構えの置物のようで、ラナと彼女の間の空気に奇妙な隔たりがあった。

 

「はぁ、トパーズのプリキュアいいなぁ」

 

 さっきからぼーっとしているラナの前で、チクルンが飛びながら腕を組んでみていた。

 

「おめぇ、負けたんじゃねえのか?」

「負けたよ~、トパーズのプリキュアちょーつよい!」

「なんでそんなに嬉しそうなんだよ……」

 

「だってさあ、ちょうかわいくて、ファンタジックなんだよ! きいろポヨンまで付いてるし! いいなぁ、わたしもあんな可愛いプリキュアになりたいなぁ」

 

「何だよきいろポヨンて……。のんきというか、なんというか、ここまでいくと何もいえないぜ」

 

「あんた、いい加減にしなさい。さっきからうるさいわよ」

 

 ずっと考えてるふうだった小百合が目だけをラナに向けて言った。

 

「小百合だってかわいいと思うでしょ、トパーズのプリキュア」

「冗談いわないで、かわいいわけないでしょう。トパーズは優れた対人戦能力を持っているわ。対抗する方法を見つけなければ」

 

「そんなの簡単だよ。わたしたちもトパーズみたいなプリキュアになればいいんだよ!」

「なれないわよ、おバカ!」

 

 それから小百合が考えて出した結論は、もうみらい達には手出しをしないことだった。いくら考えても現状ではトパーズのプリキュアにはかないそうにない。今できることといえば、方々飛んで闇の結晶を探すことくらいだった。

 

 

 

 小百合たちは当所もなく魔法界をさまよう。闇の結晶はなかなか見つからなかった。それはみらいたちも同様で、どちらの組も闇の結晶を頑張って探していた。そして数日が経った。

 

 そこはいくつかの村が点在する大きな島で、草原の中に森が点在している。上空から眺めると、森が緑色になった海に無数に浮かぶ島のように見える。そして、その島の中央にはひときわ大きな樹、杖の樹があった。杖の樹は魔法界の各所に点在しているのだ。

 

 この島で小百合たちとみらいたちが箒に乗って別々の場所で闇の結晶を探していた。この二組が同じ島に来ているのは偶然だった。いま彼女らが出会ったとしても、どちらも闇の結晶がないので戦う理由はないはずだ。そんな状況をあざ笑うように、邪悪な意志によって島の中央の空から暗雲が急速に広がった。小百合とみらいは別々の場所で同じものを見つめる。黒い雲はまるで生きているかのように(うごめ)き、島全体を覆っていった。

 

「え、なになに? どうなってるの?」

「見て!」

 

 きょとんとして辺りを見ているラナに小百合が言った。

 

「なんだよあれ」

「魔法陣デビ」

 

 チクルンとリリンは遠くに見える島の中央、杖の樹がある場所を見つめていた。その上空が黒い雲の中心になっている。そこから魔法陣が広がっているのが見えた。

 

 みらいとリコとモフルンの目にも魔法陣が映っている。遠くからなので形まではわからなかったが、そこから何が出てくるのかは予感していた。

 

 黒い魔法陣の中央に描かれている竜の骸骨が形を成し、魔法陣の中から体がひきずりだされていく。黒い塊から腕と足が伸びて、背中に漆黒の翼が開く。その姿は人型の漆黒の影で、頭の竜の骸骨の上に黒いリングが浮んでいた。

 

 遠くからその姿を目撃したみらいが声をあげる。

 

「ヨクバール!?」

「どうしてあんな遠い場所にヨクバールが現れるの?」

「さゆりとラナが狙われてるんじゃ?」

 

 そう言うみらいにリコが何か答えようとしたその時に、

 

「ヨクバアァーーーールッ!!」

 

 召喚された怪物の叫び声が空気を震わせた。その瞬間に、別々の場所にいたみらい達と小百合達が同時にふっと消えた。気づいた時には四人の少女の目の前にヨクバールがいて、アイホールの真紅が彼女らを睨みつけていた。リコはそれにも驚いたが、それ以上に小百合たちがすぐ横にいたことにさらに驚愕した。

 

「ええっ!? あなたたち!?」

「どうなっているの!?」

 

 小百合もリコを見て同様に驚く。みらいとモフルン、ラナとリリンとチクルンは訳が分からず口をあけて呆然としていた。

 



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闇の結界と滅びのお告げ

「ヨクバールゥ……」

 怪物の唸り声に全員の体に怖気が走った。

 

「迷っている暇はないわ!」

「そうね、考えるのは後にしましょう」

 

 小百合がリコに同意して言うと、四人が箒で急降下、草原に柔らかい草の上に立って全員が身構える。みらいとリコ、小百合とラナがそれぞれ手をつないで力を込める。

 

『キュアップ・ラパパ! ダイヤ!』

『キュアップ・ラパパ! ブラックダイヤ!』

 

 みらいとリコが光の衣に包まれてモフルンと手を取り合って輪になると、天井に白いハートの五芒星が現れて姿が消える。小百合とラナが星を散りばめたような七色の煌きのある黒い衣に包まれてリリンと手をつなぐと、足元に黒い月と星の六芒星が現れて、彼女らの姿も消えた。次の瞬間に空中に白と黒の魔法陣が同時に現れ、その上にプリキュアとなった少女たちが召喚された。全員が魔法陣の上から同時に飛んだ。ミラクルとマジカルが舞い降りる。

 

『二人の奇跡、キュアミラクル!』

『二人の魔法、キュアマジカル!』

 

 それと同時にダークネスとウィッチも地上に立った。

 

『穏やかなる深淵の闇、キュアダークネス!』

『可憐な黒の魔法! キュアウィッチ!』

 

 彼女らの前に黒い人型のヨクバールが黒い翼を広げて降りると、巨体の足が地面を破壊して振動が伝わってくる。

 

「ヨクバール!」

 

 拳を振り上げるヨクバールにミラクルとウィッチが飛び出していく。黒い拳が二人に迫る。最初のワンツーパンチをウィッチは上に跳び、ミラクルが横に引いてかわす。次の攻撃をウィッチが腕をクロスに組んで防ぎ、ミラクルは肘で防御すると同時にはじき返す。

 

「ヨクーッ」ヨクバールが二つの拳を同時に突き出してくると、ミラクルとウィッチは同時に上に飛んでヨクバールの拳の上に同時に乗った。二人がヨクバールの腕を駆け上る。ヨクバールの赤い目から光線が出ると、二人が跳んで一緒に避ける。そして、同時にヨクバールの眼前に迫った。

 

『だあーっ』ミラクルの右の拳とウィッチの左の拳が同時にヨクバールの顔面に叩き込まれた。

 

「ヨクッ!?」

 

 ヨクバールの頭がのけ反ってぐらついているところへ、マジカルとダークネスが駆け込んでジャンプ、二人同時の空中回し蹴りがヨクバールの腹に決まった。

 

「ヨクバール!?」ヨクバールは体を折り曲げて吹っ飛び、大地を揺るがしながら仰向けに沈んだ。

 

「大したことはないわ、一気に倒してしまいましょう」

 ダークネスが言って右手を斜め下に向かって振る。

 

「リンクル・スタールビー! プリキュアに力を!」

 

 ダークネスの腕輪に現れたスタールビーから赤い光の玉が四つ飛び出して、プリキュアたちの胸に吸い込まれていく。全員が赤いオーラに包まれて力がみなぎった。

 

「わたしたちにまで魔法が!?」

 

 マジカルは自分たちにまでダークネスの魔法が適応された事に驚いていた。

 

 ――やっぱり、伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいには関連性があるんだわ。

 

 ダークネスの方は既にその関連性を認めているところがあったので、ミラクルとマジカルにも意識を向けて魔法を使ったのだ。彼女の予想通り、全員がスタールビーの恩恵に与った。

 

 ミラクルとウィッチはあまり深くは考えず敵に向かっていく。起き上ったヨクバールが二人を睨んだ。

 

「ヨクバール!」

 

 迫ってきた真っ黒い拳をマジカルはよけると同時に手首の部分を両手でつかんだ。

 

「つあーっ!」

 

 巨体をミラクルが軽々と投げ飛ばしていた。

「すごい! ルビーと同じくらいすごい力だよ!」

 

 とミラクルが驚いていると、ジャンプしたウィッチが飛んできたヨクバールに合わせて背中に蹴りを入れる。

 

「たーっ!」

 

 今度はヨクバールが垂直に落下すると、ダークネスが地上を蹴って下からヨクバールに、「はぁっ!」と拳を突きさした。ヨクバールはまた上空に弾き飛ばされる。

 

「リンクルステッキ!」

 マジカルが虚空に現れたステッキを左手でつかみ、自身の前で斜に構える。

「リンクル・アメジスト!」

 

 ハート型の紫の輝石がリンクルステッキに輝くと、マジカルの頭上に魔法円が開く。マジカルは思いっきり力を込めてジャンプして魔法円に飛び込んだ。同時にヨク―バールが飛んでいく先に開いた魔法円からマジカルが飛び出し、空中で半回転して態勢を変える。

 

「はぁっ!」

 

 マジカルの飛び蹴りが下から飛んできたヨクバールの背中に食い込む。ヨクバールはまた凄まじい勢いで垂直に落下し、地面に叩きつけられた。戦いを見ていたチクルンがおもわず言った。

 

「すげぇ!」

「みんな強いデビ!」

「4人で協力すれば、どんな敵にも負けないモフ!」

 

 リリンとモフルンは嬉しそうだった。

 

 四人のプリキュアがそれぞれいた場所から戻ってきて半分地面に埋もれているヨクバールの前に並んで立った。

 

「ここはわたしたちに任せてもらうわ。ウィッチ、行くわよ!」

「よ~し、キラキラ星の魔法にしようよ!」

 

 ウィッチが右、ダークネスが左に立ってブレスレッドを二人同時にそろえて上げると、二人の腕輪の黒いダイヤが消えて、ダークネスの腕輪がジェダイト、ウィッチの腕輪がインディコライトに代わって光を放った。

 

 ウィッチがパチンと指をならすと頭上にボンと白い煙が広がって、高速回転する箒に煙が吹き飛ばされる。

 

「ほい!」ウィッチがジャンプして回転する箒の真ん中をつかんで、そこから空中で箒に乗った。ダークネスが高く上げている右手をウィッチが左手でしっかりつかんで急上昇、二人はヨクバールの頭上へと至る。その時、ヨクバールは緩慢な動作で起き上ろうとしていた。

 

 ウィッチが箒から跳び下りて、ダークネスと手をつないで輪を作る。ジェダイとインディコライトが強く輝き、二人が体を水平に高速回転すると、腕輪の光が緑と青の円を描いた。

 

『二つの魔法を一つに!』

 

 二人は離れ離れになると、ヨクバールの左右に着地、腕輪ある手を地面に当てる。すると二人の手元から緑と青の魔法円が広がり、二つの円が完全に重なると、ヨクバールの足元に緑と青で描かれた月と星の六芒星が現れていた。二人が立ち上がってリンクルストーンが輝くブレスレッドを天に向けると、

 

『風と光の星降る魔法!』

 

 魔法陣から一挙に螺旋が目に見えるような凄まじい竜巻が起こり、ヨクバールの体が少し浮いた。

 

『プリキュア! スターライトニングストーム!』

 

 二人の強き言葉と意思により、魔法陣から無数の青い稲妻が上空に向かって走る。竜巻と稲妻が一体となってヨクバールを高く巻き上げていく。その青く輝く竜巻の外側を、先ほどウィッチが乗り捨てた箒が落ちてきていた。

 

「ほっ!」ウィッチがジャンプして箒をとって再びまたがる。

「いっくよ~っ!」

 

 彼女は箒でローリングしてヨクバールとの距離を開けると、一度止まって狙いを定め、箒の筆からたくさんの星形の光をまき散らして高速で飛び出す。ウィッチのインディコライトが輝きを増し、電気の光がほとばしり、すぐにウィッチを完全に青い光で包み込んだ。青い彗星が竜巻の前を通り過ぎると、地上から天に昇る青い竜のように輝く竜巻と青い星屑の帯が十字を描く。

 

 小さな星々がヨクバールにギュッと集まってくっついて、巨大な星になってヨクバールをその中に封印した。すると竜巻が次第に細くなり、それに伴って地上から天に逆流する無数の稲妻が収束していく。そして一条の強烈な稲妻が星に封印されているヨクバールを貫いた。

 

「ヨク……バール……」

 

「フィニッシュ!」

 

 ウィッチが箒の上でウィンクとVサイン。ヨクバールが青い光の中に消えていくと大きな星が砕けて無数の小さな星々が花火のように広がっていった。ミラクルはその眼に青い星々の光を映しながら嘆息した。

 

「きれいモフ~」

 ミラクルの心を映すようにモフルンが言った。

 

 ヨクバールの消滅と共に、淡い光に乗って黒いリングと闇の結晶がふわりと降りてくる。4人がそれを見上げたその時に、闇の結晶から衝撃が走った。体の小さなチクルンとモフルンとリリンが弾き飛ばされた。

 

「うわぁ!?」

「モフ―ッ!?」

「デビ―ッ!?」

 

 黒いリングが急速に広がって地上に落ち、4人のプリキュアは暗い円の囲いの中に入った。闇の結晶が砕けて暗い幕がリングの外側に向かって垂れていく。外に弾かれたチクルンたちが立ち上がった時、異様な光景を目にした。

 

「な、なんだよあれ!?」

 

 モフルンとリリンはいい知れない恐怖のために震えて声をだせなかった。4人のプリキュアがドーム型の闇の結界の中に閉じ込められていた。

 

「ななな、なにこれぇ!?」

「わたしたち、閉じ込められちゃってる!?」

 

 ウィッチとミラクルが慌てていた。マジカルとダークネスが敵の攻撃を予測して身構えている。すると、地面に光の線が走った。黒いサークルの内側に次々に線が引かれ重なって模様を描いていく。円の中にいる彼女らには、なにが描かれているのか分かりづらいが、ダークネスだけは即座に理解した。

 

「こ、これは!?」

 

 ダークネスの声が結界の中に響く。闇の結界を上空から見ると、円の中には月と星の六芒星が描かれていた。宵の魔法つかいとフレイアを象徴する魔法陣だ。

 

 結界の外にいきなり黒い人影が現れる。彼はマントをひるがえし赤い裏地を見せつけた。

 

「あ、あなたは!?」

 

 予想もしない者の登場にミラクルが声を上げ、マジカルは息をのむ。

 

「バッティさん……」

 

 ダークネスが彼の名を呼ぶと、ミラクルとマジカルが振り向く。その表情には驚きが広がっていた。まさかこの二人が知り合いとは!

 

 バッティは結界の外からドクロの杖でダークネスを指して言った。

 

「伝説の魔法つかいを今ここで倒すのです! フレイア様がそれを強くお望みです!」

「伝説の魔法つかいを……フレイア様が……」

 

 

 

 時同じくして、校長室。校長は宵の魔法つかいに関する知識を探してひたすら古書を研鑽していた。以前読んでいる本ばかりだが、見落としがないか何度目か同じ本を開いている。それを手伝っているリズは、校長に指示された本を本棚から探し当ててもっていくところだった。

 

「校長、大変です! お告げが!」

 

 校長の手元にある水晶に映った影の魔女が言った。

 

「一体、何ごとだ?」

 

 抜き差しならぬ空気を感じが校長が表情を強張らせる。

 

「大いなる力、闇の罠に落ち、手を差し伸べるもの無くば、光と闇が打ち消しあい伝説は消えると」

 

「なんじゃとっ!!?」

 

「お告げの通りなら、手を差し伸べる者があれば、伝説の消滅は回避できる可能性がありますわ」

 

 校長の近くでバラバラと数冊の本が落ちた。校長のすぐ近くにリズが立って悲愴な顔をしていた。

 

「校長先生、わたしに行かせてください!」

 校長が難しい顔をしていると、リズが近づいてきて言った。

 

「妹が、リコが危ないのでしょう。必ず助けてみせます!」

「論じている暇はないな。君に任せよう。水晶よ、場所を教えてくれ!」

 

 

 

 暗い結界の中でミラクルとマジカル、ダークネスとウィッチが向かい合う。バッティの言葉を聞いたダークネスは拳を強く握りしめ、黒い手袋の生地が締め付けられて微かな悲鳴をあげる。ウィッチも急に雰囲気が変わってミラクルとマジカルを鋭い目で射抜いた。二人の戦う意思を見届けたバッティは、その身を黒いマントに隠して消え去った。

 

「フレイア様が望むというのなら、あんた達を倒す」

 

 危険な空気におされてマジカルが自然に身構えていた。ミラクルはそれとは逆に棒立ちで、普段と様子がまるで違っているダークネスとウィッチを不安そうに見つめていた。

 

「二人ともだめデビ! やめるデビ!」

 

 結界の外側にいるリリンが黒い壁を叩いて必死に叫ぶが、薄闇の向こう側にいる二人に声は届いていなかった。ぬいぐるみの手ではいくら叩いても音は出ない。明らかに異常な状況になっていた。

 

 ついにダークネスが疾駆して、一瞬でマジカルの目前に移動する。

 

「はあっ!!」

 

 ダークネスのパンチをマジカルが防いだ瞬間に、近くのミラクルにまで衝撃で起こった風圧が吹き付けた。マジカルが弾き跳ばされ、地面に足を着いたまま後退する。彼女はダークネスの拳を防いだ腕が痺れて顔を少ししかめた。そこにダークネスが突っ込んでくる。

 

「やめて、ダークネス!」

「たあーっ!」

 

 ダークネスに気をとられていたミラクルがウィッチの攻撃をまともに受けてしまう。ミラクルは悲鳴をあげながら吹っ飛んで結界の壁近くに墜落した。

 

 マジカルはミラクルの悲鳴を聞いても、それを気遣う余裕もなかった。つぎつぎとダークネスが繰り出す拳や蹴りの連撃を避けつ防ぎつしていた。ダークネスの攻撃は鋭く、二人の体がぶつかるたびに衝撃があった。攻撃のたびに度に互いの黒と白のマントが激しくはためいた。

 

「はあぁっ!」

 

 ダークネスの回し蹴りがマジカルの腹部に決まり、つぶてになったマジカルは背中から結界の黒い壁に叩きつけられ、マジカルの翼のように開いた髪が乱れた。壁からずり落ちたマジカルが苦しそうに片目を閉じながらも前に出てダークネスの懐に入る。それに少し慌てたダークネスがとっさに出した右拳の手首をマジカルがつかみ、左から来た拳は残りの腕で外に弾く。ダークネスの間近に迫ったマジカルが訴えるように言った。

 

「冷静になりなさい! あなたらしくないわ! さっきのヨクバールのせいでこんな事になってるのよ、おかしいと思わないの!?」

 

「黙りなさい!」

 

 ダークネスが急に身を引くと、マジカルがダークネスの右手を押さえていた力が前に送られて、マジカルが前にのめるような感じになって態勢が崩れる。刹那、ダークネスが一歩踏み込んでマジカルに強烈な肩当を食わせた。弾け飛んだマジカルは再び黒い壁に叩きつけられた。

 

 

 

 ウィッチの攻撃を受けたミラクルは、起き上がりと同時にさらにウィッチに攻撃を重ねられた。今度は簡単には当たらない。ミラクルはウィッチの攻撃をよく見て打ってきた右手を捕えると、それを引くと同時にウィッチの側面に回り込む。

 

「うぁっ、とっと!」

 

 攻撃をすかされたウィッチは勢い余って前に倒れそうになる。ミラクルは後ろからウィッチの左手を捕えて捻り上げ、背中に片ひざを乗せて小柄な体躯を押しつぶす。瞬間にレモン色のポニーテールが強く揺れて、ミラクルの心が痛んだ。

 

「ぐううぅ……」左腕が完璧に決められていて、ウィッチは身動きが取れない。

「ウィッチ、やめて!」

「ううーっ! リンクル・インディコライトっ!」

 

 ウィッチの左のブレスレッドに青いトルマリンがセットされ、途端に左手から青い電気が火花を散らす。左腕を捕えていたミラクルは電気の魔法をまともに受けた。ミラクルが悲鳴をあげると拘束が緩んだすきにウィッチが抜け出し、まだ痺れの治りきらないミラクルにドロップキックを放った。

 

「とぉ~っ!」

 

 キックを胸に受けたミラクルは、ビリヤードの玉のように弾かれて地面に落ちた後も勢いが止まらず数メートル地面を滑った。立ち上がったミラクルのサイドテールの長いブロンドが少し乱れ、胸を押さえて苦しそうだった。

 

 

 

 

 セスルームニルではフレイアが虚空に映る熾烈なプリキュアたちの戦いを見ていた。その前にバッティが跪いて二人目の主を見上げ、何ごとかを告げる。ダークナイトはいつものようにフレイアの脇に石像のようにたたずむ。フレイアはプリキュアたちが傷ついても面色をかえず、普段通りの微笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 闇の城でもロキが同じように空中に開いた円形の空間に映るプリキュア達の戦いを、さも満足そうな笑みを浮かべながら見物していた。

 

「いいぞ、戦え! 互いに倒れるまで戦いつづけろ!」

 

 そういう主の下で、フェンリルが腕を組んで真剣な眼差しで円の中でに展開される映像を見ていた。

 

 

 

 

「モフ……ミラクル、マジカル……」

「おい、もうやめろ! いい加減にしろよ!!」

 

 追い詰められているミラクルとマジカルを心配するモフルンの横でチクルンが叫んでいた。どんな声も結界にはばまれて届くことはなかった。

 

 ダークネスの当身で壁に叩きつけられたマジカルのダメージは大きかった。彼女は壁際から三歩前に出て崩れるように両ひざを付いた。

 

ダークネスは間断なく攻め続ける。しゃがんでうつむいているマジカルに容赦のない勢いの拳を突き出す。瞬間、下を向いていたマジカルの顔が上がった。鋭くなっている瞳に闘志がみなぎっていた。

 

マジカルは体を少し捻って紙一重でダークネスの拳をかわし、同時に両手でダークネスが突き出した腕をつかんだ。

 

「はっ!」座した状態からの見事な合気、ダークネスはプリキュアのパワーを丸ごと返されて投げられ、逆立ちに近い状態でマジカルの後ろの黒壁に叩きつけられた。同時にダークネスの長い黒髪が乱れて広がった。

 

「くはぁっ!?」ダークネスが壁から跳ね返ってうぶせに四つんばいにちかい状態で倒れると、壁際の戦いに危険を感じたマジカルが跳んで魔法陣の中央まで移動する。立ち上がったダークネスが黒い壁を背にしてマジカルを見つめる。その赤い瞳には憎悪の炎が燃えていた。マジカルはダークネスの突き刺さるような視線を浴びながら言った。

 

「冷静さを失っているわ。こうなったら戦うしかない。ダークネスをあそこまで豹変させるなんて、フレイアって何者なの……」

 

 一方、ウィッチは前に出ながら無数のパンチを繰り出していた。それはがむしゃらで滅茶苦茶な攻撃だった。ミラクルが攻撃を見切ってウィッチが左の拳を突いた時に回避と同時に手首を掴み、左腕の第一関節に掌底を当てる。流れるような連帯でウィッチは左腕を引き延ばされ逆に曲げられてひざを付いた。

 

「どうしてそんなにしてまで戦うの!?」 

「うるさい! うるさいっ!」

 

 ウィッチが関節を決められている状態で無理矢理立ち上がろうとする。このままでは腕がどうにかなってしまうので、ミラクルは技を解くしかなかった。そしてミラクルとウィッチの目が合った。ウィッチの必死さで激しいきらめきの瞳を見た瞬間にミラクルは分かってしまった。ウィッチは大切な人のために必死になっているのだと分かってしまった!

 

「うあーっ!!」

 

 ウィッチが向かってくる。ミラクルは動くことができず、その攻撃をまともに受けた。

 



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光と闇の衝撃

「ダークネス、ウィッチ、こんな戦いはやめてデビ……」

 

 結界の外に立ってリリンが涙を零した。彼女の視線の先でマジカルとダークネスの戦いが再び燃え上がった。ダークネスは軽く飛んで後ろの壁を蹴り、マジカルの急接近する。マジカルは目の前に現れたリンクルステッキを手にした。

 

「リンクルステッキ! リンクル・ムーンストーン!」

 

 右手をそえた斜のステッキの前に白亜の円盾が現れる。そこにダークネスが大砲の射撃のような凄まじさで突っ込んできて拳を叩きつけた。その衝撃でマジカルはムーンストーンの盾ごと数メートル後退させられた。ダークネスはすかさずマジカルの頭上に飛び、ムーンサルトでマジカルの背後に着地する。マジカルは素早く反応してダークネスの回し蹴りを避けつつ後ろに跳んだ。ダークネスがその隙を狙う。

 

「リンクル・ローズクォーツ!」

 

 ダークネスが顔の前に持ってきた手の腕輪に薄ピンクの水晶がセットされる。彼女はその手を前に出すと、無数の水晶の花びらが舞って着地際のマジカルを襲った。

 

「くうぅっ……」刃のような花びらに襲われたマジカルは、片腕で目を覆って呻いた。ドレスに少しずつ切れ目が入っていく。マジカルはリンクルステッキで前方を突いた。

 

「リンクル・アメジスト!」

 

 マジカルの前に紫色の魔法陣が開き、水晶の花びらがそれに吸い込まれていく。そして、ダークネスの頭上に開いた同じ魔法陣から、吸い込まれたものがそのまま降り注ぐ。それに気づいたダークネスが後ろに跳んで回避、再びマジカルとダークネスの視線がぶつかった。その時、ウィッチの一撃で吹っ飛ばされてきたミラクルがマジカルの背後に墜落した。

 

「ミラクル!?」

「どこを見ているの、あなたの相手はわたしよ!」

 

 ダークネスがミラクルの前に走り込んでくる。次々と撃ち込まれる連続攻撃をマジカルが避けて、隙をついたパンチが見事にダークネスに決まった。悲鳴をあげてダークネスが吹っ飛ぶ。

 

「冷静さを失ったあなたなんて怖くないわ!」

 

 マジカルはミラクルの元に走って助け起こした。その時にミラクルは言った。

 

「マジカル、二人ともフレイアっていう人のために必死に戦ってるんだよ」

「ええ、わかっているわ」

 

 ミラクルとマジカルの対面で、ウィッチがダークネスを助け起こしていた。ダークネスは憎しみで夕日のように暗く燃えている瞳でミラクルとマジカルを見つめて言った。戦いによってミラクルとマジカルのピンクと紫のドレスは埃のまみれ、ダークネスとウィッチの黒いドレスも乱れていた。

 

「伝説の魔法つかいを倒す」

 

 ダークネスの思いがウィッチに伝わり、二人は自然と寄りそい、ダークネスの左手とウィッチの右手が後ろ手につながった。

 

「まずいわ……」

 

 マジカルが苦し気に言った。ミラクルにもダークネスとウィッチが最大の魔法を使おうとしていると分かった。結界に阻まれて逃げ場はない。

 

「どうしたら……」

「ミラクル、こっちも魔法で対抗しましょう」

「でも! 校長先生が強い魔法は使っちゃだめだって!」

 

「そうだけれど、今はそれしか方法がないし、やらなければわたし達はここで終わりよ。ダイヤモンドエターナルで彼女たちの魔法を封印して外に吹き飛ばすのよ。そうすれば安全だから」

 

 マジカルの提案はミラクルにもベストのように思われた。ミラクルはマジカルに頷きを返し、

 

『リンクルステッキ!』

 

 目の前に対になって現れたダイヤが輝くリンクルステッキを、ミラクルとマジカルが手にして跳び、空中で手をつないだ。

 

『永遠の輝きよ! わたしたちの手に!』

 

 ミラクルとマジカルが同時に舞い降りると、そこを中心に光の波が広がっていく。

 

『生命の母なる闇よ、わたしたちの手に!』

 

 ダークネスとウィッチの周囲にも闇色の波動が広がり、光と闇の波がぶつかると、正反対の力によって起こった反発で嵐のような大風が結界の中に荒れ狂い、プリキュア達の美しい髪やドレスが翻弄される。

 

ダークネスとウィッチが黒いダイヤが怪しく輝く腕輪のある手を開いて上に向けると、ダイヤの輝きが増した。そして二人は、まるで先に見えるミラクルとマジカルの魂をつかもうとでもするかのように、その手を前に出した。すると少女たちのしなやかな手から中央に赤い三日月、周囲に赤い星マークの入った黒い六芒星の魔法陣が広がる。

 

それを外から見ていたリリンは恐ろしさのあまり震えていた。

「二人ともやめるデビ、その魔法だけは……」

 

 リリンの声は消え入りそうだった。もう二人の声を伝えることを諦めていた。そんなリリンの隣にモフルンが走ってきて、黒い壁に両手を付けて叫んだ。

 

「ミラクル、マジカル、だめモフ―ッ!!」

 この二人のぬいぐるみには、この先にある運命が見えているかのようだった。

 

「なんでこんなことになっちまうんだよ……」

 チクルンは呆然して、自分の無力さに打ちひしがれていた。

 

 ミラクルとマジカルには大魔法で対抗するしか手がないのは確かだった。二人はリンクルステッキで描いていく。

 

『フル、フル、リンクル!』

 

 二人の描いた三角形が具現化して光を放つと、二つの三角形の間にもう一つの光の三角形が現れ、それらが繋がってダイヤの形になり、そこから五芒星の周囲にハートをを散りばめた白い魔法陣が広がる。その時についにダークネスとウィッチの魔法が放たれた。

 

『プリキュア! ブラックファイア!』

 二人のつながる手に力が込められ、暗い魔法陣の中に巨大な黒いダイヤが現れる。

『ストリームッ!!』

 

 黒いダイヤからあふれ出た闇色の激流が、ミラクルとマジカルの白銀の魔法陣に叩きつけられた。今までに経験のない光と闇の凄まじいせめぎ合いが、二人に途方もない圧力を与える。リンクルステッキを持つ二人の手が震えていた。

 

「ミラクル、耐えて!」

「うん、負けない!」

 

 二人のつながる手に強い思いが込められる。その時、ダークネスとウィッチの魔法が途切れて、膨大な闇の力を白い魔法陣が受け止め切った。

 

『プリキュア! ダイヤモンドッ!』

 白い魔法陣の前に強大な闇を封印したダイヤモンドが現れる。それが回転すると同時に、ミラクルとマジカルはつないでる手を放し、この瞬間に人生をかけるくらいの気持で思い切ってその手を前に出した。

『エターナルッ!!』

 

 次の瞬間、ミラクルとマジカルの表情が苦し気に歪む。ダイヤが目の前から動いていない。

 

「お、重い!!?」

「くっ、こんなことで!」

 

 二人はあらん限りの力を込めて、もう一度目の前のダイヤを押し出した。

 

『はあ―――ッ!!』

 

 爆発するような風を残してダイヤが飛んだ。

 

「やった!」

 

 ミラクルが喜んで見上げた顔が、まるで崖から叩き落とされるように絶望の色に染まる。中で闇がうごめく巨大なダイヤが空中で止まっていた。黒い結界の天上にも届いていなかった。

 

 4人の少女たちの視線が頭上のダイヤに集まる。ダイヤが小刻みに震える。その姿は病に苦しみ抜いてこと切れる瞬間の人を連想させる。容量を超えた闇の圧力に耐えかねたダイヤ全体に細かい亀裂が入った。そして、ダイヤが粉々に砕けた瞬間に、反発する光と闇の魔力によって、想像を絶する爆発力が生まれた。巨大な力が発した爆発の瞬間に何かが光った。そして広がろうとしていた光と闇の炎が一瞬だけ収束し、また広がった。白と黒が複雑に絡み合う炎が急速に拡大して少女たちに迫る。

 

「マジカル、危ない!」

 ミラクルがマジカルに抱きついた。

「ミラクル!!?」

 

 同時にウィッチがダークネスの前に立って両腕を広げた。

「ウィッチ!!?」

 

 マジカルとダークネスの叫ぶ声が光と闇の爆発の中に消えた。爆発は闇の結界を内側から砕き、その衝撃でモフルンとリリンとチクルンが吹き飛ばされる。爆発はさらに広がっていった。

 

 モフルンとリリンは緑の草の上に転がっていた。二人が顔を上げた時、星の宿る瞳に現実とは思えない光景が映った。彼女らがいる場所から先には何もなくなっていた。地面は大きくえぐられ、黒々とした大地を見せつけていた。土の焼ける音が大地の悲鳴のように聞こえて、一帯から無数の細い煙が上がっている。

 

 小百合とリコは別々の場所でほとんど同時に目を覚ました。二人とも大きな衝撃のせいで変身が解けて元の魔法学校の制服姿に戻っていた。二人の隣には、傷ついて倒れている親友の姿があった。二人とも幻でも見るように呆然としたが、すぐにその表情が絶望で埋め尽くされた。

 

 小百合は半分土に埋もれているラナを抱き寄せて叫んだ。

 

「ラナ!!?」返事はない。ラナはまるで人形のように全身の力がなくなっていた。

「ちょっとあんた!! 返事しなさいよ!! 返事を……」

 

 遠くの方から小百合の耳に悲劇的な悲鳴が聞こえてくる。

 

「みらい!!? みらい!!? 目を開けて!!」

「モフ―ッ!!? みらい、しっかりするモフ!!」

 

 リリンも小百合の近くに飛んできてラナの体をゆすった。

「ラナ! しんじゃダメデビーっ!!」

 

 そのリリンの叫びが小百合におぞましい衝撃を与えた。悲愴な悲鳴が飛び交う中で、小百合は深く傷ついたラナとみらいの姿を順に見て慄然とした。

 

「わたしは……何をしているの……」

 

 唐突に、地に響く重い衝撃があった。小百合とリコの目の前に終焉的な絶望が降ってきた。彼女たちの視界の中で目の赤い目の巨人が立ち上がる。

 

「ぐはは! これでプリキュアも終わりだ! この俺がとどめを刺すぜぇ!」

 

 最悪のタイミングで現れたボルクスに、小百合は絶望に打ちひしがれ、リコは悲しみの涙にくれながら、二人とも魔法の杖を構えた。どちらの手も震えていた。

 

「どうしてこんな時に……」

 

 小百合から声が零れた。彼女の気の強さは完全にくじかれて、もう戦う気力はなくなっていた。

 

「まずはこっちからだ!」

「やめろーっ!!」

 

 小百合の方を睨んだボルクスにチクルンが向かっていく。その小さな体にある全ての力を込めて巨人の耳を引っ張った。

 

「ええい、うるさいぞ!」

「うあっ!!?」

 

 チクルンはボルクスの手で払われて黒い土の上に転がり落ちた。

 

 ボルクスが足音を響かせながら小百合に向かってくる。小百合は夢うつつのように呆然としていて、魔法の呪文すら唱えることができずにいた。ボルクスの手が伸びてくる。それを見ている小百合には現実感というものがなかった。そして、小百合の目の前が暗黒に染まった。

 

「やらせませんよ!」

 

 小百合の聞き覚えのある紳士の声、小百合の視界を黒くしたのは彼のマントだった。マントをひるがえしたバッティが右手に現れた杖を持ち、迫ってくる巨人の手に対抗するように突き上げる。彼の杖の前に現れたドクロの魔法陣が盾となってボルクスの手を強烈な衝撃と共にはね返した。

 

「うおおっ!? ちくしょう! なら、あっちだ!」

 

 ボルクスが向きを変え、今度はリコの方に向かう。するとリコの前にも美しい天使が舞い降りた。

 

「お姉ちゃん!!?」

 

「どきやがれ、おんなぁーっ!」

 

 リズは襲ってくる巨人を恐れもせず、タクトの杖を振った。

 

「キュアップ・ラパパ! 吹雪よ巻き起こりなさい!」

 

 リズの魔法で白雪と共に極寒の冷気が竜巻になって巨人を包み込んだ。

 

「ぐおぉ!?」ボルクスが足を止めた。しかし巨人は憎々しげにリズを睨んで再び足を踏み出し、「人間の魔法なんぞに!」

 

 そこへ飛んできたバッティが空中でマントを広げ、ボルクスにドクロの杖を向けた。

 

「少し大人しくしてもらいましょう」

 

 バッティの杖から出た黒い煙のようなものが巨大な手の形になり、ボルクスの巨体を一握りにして倒した。巨人が子供に捕えられたバッタのように足をジタバタさせた。

 

「くそーっ!! 闇の魔法つかいめ!!」

「今のうちに逃げなさい」

 

 リズは意外な救出者に深く感謝して言った。

 

「ありがとう」

 

 リズが杖を振ると魔法の絨毯が降りてくる。

 

「さあ、早く乗りなさい!」

 

 リズが激しい口調で言うと、それに気圧されたリコとモフルンが先に絨毯に飛び乗り、次にチクルンが、最後にみらいを抱いたリズが乗った。

 

「絨毯よ、素早く魔法学校に飛んでいきなさい!」

 

 バッティは絨毯が飛んでいくのを見届けてから、再び小百合の前に降りた。彼がラナをわきに抱え上げると、リリンが黒いマントにしがみ付く。

 

「わたしの手を取りなさい」

 バッティが手を出しても、小百合は呆然としたままうずくまっていた。

「何をしているのですか!」

 

 怯えた目で見上げる小百合を見てバッティは手を引くと、マントで小百合を包んで呪文を唱えた。

 

「オボエテーロ!」

 

 バッティ達の姿は瞬間に消えてなくなった。後に残されたボルクスはバッティの魔法から解放されると、悔しさのあまり大地を拳で何度も打って叫び声をあげた。

 

 

 

 虚空に広がる映像の一部始終を見ていたロキは渋面のまま黙っていた。

 

「ボルクスめ、なんてざまだ! わたしだったら確実に仕留められていたものを」

 

 口惜しそうにフェンリルが言うと、ロキが重い口を開く。

 

「確かにボルクスのヘマは許しがたい。だがよ、本当だったら奴が出る必要もなかったんだぜ」

「どういうことですか?」

 

 フェンリルは、驚いて振り向いた猫のように、ロキをじっと見つめていた。

 

「あの爆発にはプリキュアどころか島のすべてを消し去る威力があった」

「そんなバカな!? しかし、実際には島のごく一部を破壊した程度ですよ」

 

「爆発の瞬間に干渉してきた奴がいる」

「それが本当なら、その者は神」

 

「そんなようなもんだ。あの爆発の瞬間、ほんの一瞬だが見えたぜ」

「見えたとは?」

 

「リンクルストーンエメラルド」

 

 それを聞いたフェンリルは言葉が見つからなかった。ロキの顔が怒りと憎悪の為に仁王のように強張った。その中で激しく燃える瞳は見ただけで人が殺せそうだった。

 

「忘れていたぜ、一番厄介な奴の存在を。奴を消さない限り、この世界を支配することはできねぇ」

 

 ロキが傍らの黒龍の像を触ると、嘘のように今までの狂暴な表情が消えて微笑すら浮んだ。

 

「こいつを完全体として復活させればどんな奴も怖くねぇが、闇の結晶が足りねぇ。そろそろ俺様が動く時か」

 

 ロキは表情こそ穏やかになっているが、その目は異様にぎらついていて、人を射殺すような炎は消えていなかった。



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第14話 リコ最大の危機!!? 二人の力で乗り越えろ!!
時には非情になることも必要なのです


 セスルームニルの箱部屋のベッドで傷ついたラナが眠いっていた。小百合がいくら名前を呼んでも、ラナは目覚めなかった。眠っているラナとずっと泣いている小百合を、リリンが宙に浮いて上から極度の不安に身を沈めて見つめていた。

 

「デビ……」

 

 今のリリンにはどうしようも出来ない。ただ涙しながら自分を呪う呪文を唱える小百合を見ているしかなかった。

 

「何が友達よ、何が親友よ……わたしは最低だわ……」

 

 目の前に自分のせいで傷ついた親友がいる。それに追い打ちをかけて小百合は絶えず脳裏から消えない傷ついたみらいの姿やリコの叫び声に責められていた。

 

「全部わたしが、壊してしまったんだわ……」

 

 顔を上げ、ラナの顔を見つめた小百合の顔に涙が細く流れた。

「ラナ、お願いだから目を覚まして……いつもみたいに笑ってよ……」

 

 答えがあるはずもなく、ただどこからともなく聞こえてくるセイレーンのいやに寂しい歌声だけがそこにあった。

 

 

 

 魔法学校の医務室、そこは医務室というには広く、陽光の差す白い部屋の中は四つの仕切りがあって、それぞれにベッドが配置されていた。その中の一つにみらいが眠いっていて、周りに人が集まっていた。リコはベッドのわきにある椅子に座ったまま、泣きはらした顔でただ黙ってみらいの顔を見つめていた。ベッドの上によじ登ったモフルンが間近でみらいを見つめる。少し離れたところに立っている教頭先生の魔法の杖から光の雫が無数に散ってみらいの上に降り注いでいた。

 

「怪我は心配するほどではありませんが、強いショックを受けているようです。精神が完全に閉ざされています」

 

 包み隠さずに言う教頭先生の両隣で、校長とリズが傾聴する。リズは気の毒そうで、校長は生徒をこんな目に合わせてしまった自分に怒り少し怖い顔をしていた。状況が状況なので上からみらいを見つめているチクルンを誰も意識していなかった。

 

「して、彼女はいつ目覚めるのだ?」

 

 校長が言うと、教頭は死の床にいる人を見ている医者のように難しい顔をしていた。教頭はリコのことをしきりに気にしていた。

 

「いいんです、はっきりと言って下さい。リコもそれを望んでいます」

 リズが言うと、教頭は意を決したとでも言うよう話し始めた。

 

「詳しいことは分りませんが、この状態は普通ではありません。どういったらいいのか、何か途方もない事がみらいさんの身に起こったのではないでしょうか」

 

「光と闇の衝撃……」

 

 リコの口から言葉が零れる。教師たちの視線が小さくなっているリコに注がれる。それ以上何も言わないリコに代わって、モフルンが大人たちを見上げて言った。

 

「光と闇が大きくなって、みんなを襲ったモフ」

 

 こんな時はモフルンの方がしっかりしている。それを聞いた校長が今まで誰も見たことがない怖い表情になった。モフルンの話を聞いただけで、彼には何が起こったのか想像できた。

 

「はっきりいいますよ」

 

 教頭の声でその場に緊張の糸が張り詰める。その糸は今にも切れそうだった。

 

「みらいさんの精神は眠っているのとは違います。まるで死んでいるように精神の動きが感じられません。このままでは永遠に目覚めないでしょう。目覚めさせる方法を探す必要があります」

 

 それを聞いたリコの体が震えて、ひざの上に置いた手に力が入った。彼女はあふれてくる涙に任せるに言った。

 

「わたしのせいだわ……みらいは魔法を使うのを嫌がっていたのに……」

 

「それは違う。リコ君の判断は間違ってはいなかった。何もしなければ、君たちの方が一方的にやられてしまっていだのだろう。そうなれば二人とも命はなかったかもしれぬ」

 

 校長はまるで全てを見ていたかのように言った。

 

「違うわ! わたしのせいだわ! 全部わたしが悪いのよ!」

 

 リコは感情に任せて叫んでいた。親友を守れなかった、傷つけてしまった自責の前で、ただただ自分が許せなかった。

 

「モフ……」

 

 リコを見上げるモフルンの瞳には慈悲と悲哀の光があった。モフルンにはすぐ近くで眠っているみらいよりも、リコの方が危なげに見えた。

 

「妹をすこし一人にしてあげて下さい」

 

 リズが気遣って言うと、校長と教頭は頷き、教師たちは静かに医務室から出ていった。そして、ずっと状況を見守っていたチクルンは、これから最大の敵と対峙でもするような強い気持になって、教師たちが扉を開けた時に一緒に出ていった。

 

 

 

 小百合は薄暗い箱部屋で遠いセイレーンの歌を聞きながら、ベッドを背にひざを抱えて座っていた。その隣にリリンも座っていたが、小百合の目はうつろでリリンの存在にも気づいていないようだった。

 

 何も考えまいとしていた小百合の中に、不意にきらめく思考が現れた。バッティが助けてくれた時の情景が浮んで、それから思考が回り始める。みらい達との戦いは思いだしたくなかったが、小百合の中に現れた違和感がそうさせた。

 

「あんなタイミングで敵が現れるなんておかしいわ……」

 

 おかしいのはそれだけではなかった。バッティは闇の結界が現れた時に伝説のまほうつかいを倒せと言っておきながら、再び現れた時にはみらい達まで助けたのだ。どう考えても理屈に合わない。

 

「あれは敵の罠だったの……?」

 

 あの時、ダークネスだった小百合は冷静でなかったが、マジカルの冷静になりなさいという声は覚えている。あの時現れたバッティの姿と、闇の結界の土台になっていた月と星の六芒星を見て、小百合はそれがフレイアの意思だと信じて疑わなかった。しかし、いま冷静になって考えると、あのフレイアがこんな悲惨な戦いを望むとはとても思えない。しかし、あれが敵の罠だったとしたら、フレイアから何か話があってもよさそうなものだ。

 

 小百合はいてもたってもいられなくなり立ち上がると、箱部屋の扉を開けた。リリンが寂しそうに出ていく小百合の背中を見ていた。

 

 セスルームニルの薄明りの廊下に小百合の足音が妙に響く。小百合は弱った心のせいで微かな音にも恐れを抱いてしまう。一度は自分の足音に驚いて立ち止まってしまった。フレイアに会いに行くのが恐ろしい。もし真実にフレイアがあの罠を仕掛けていたのだとしたら、そう思うと小百合はまた立ち止まってしまった。

 

「……怖がっていてもしょうがないわ。真実を知らなければ前に進めない」

 

 小百合は気持を強く持って足を踏み出した。その時に小百合の足音が廊下に大きく響いた。

 

 

 

 フレイアはいつものように玉座で微笑を浮かべていた。少しうつむき加減で、微かなセイレーンの歌を聞いて楽しんでいるようにも見えた。闇の女神の元へ小百合が歩み寄る。ダークナイトとバッティはフレイアより一段低い場所で左右に分かれて黙って立っていた。

 

 小百合はフレイアの前で黙っていた。どうしても話を切り出すことができずに苦しんでいた。

 

「わたくしに言いたいことがあるのでしょう」

 フレイアの方から声をかけた。

 

 小百合はフレイアの優しい声を聴き、微笑している姿を見ると、フレイアがあんな卑劣な罠を仕掛けるはずがないと確信めいた。

 

「フレイア様、わたしたちと伝説の魔法つかいを戦わせたのは、あれはフレイア様の意思なのでしょうか」

 

「その事ですか。あなたはバッティが勝手にあんな命令をするとでも思っているのですか?」

 

 フレイアから小百合の想像とは全く違う、そして最も恐れていた答えが返ってきた。小百合は心が凍りついた。

 

「もちろん、わたくしがバッティに命令したのです」

 

「そんな……。でも! 黒い結界を生み出したのはヨクバールです!」

 

「ヨクバール程度のものならば、闇の女神であるわたくしにも召喚することはできます」

 

 小百合は悲しみと恐怖に押し出され、無意識に何歩か下がってフレイアから離れていた。

「そんな、どうして……。あの戦いで、ラナとみらいが犠牲になったんですよ……」

 

「どうしてあなたは敵である伝説のまほうつかいの事まで気にしているのですか?」

 

 小百合は自分に伝説の魔法つかいが敵だと言い聞かせていたが、フレイアからそれを言われると息が苦しくなるほど胸がしめつけられる。

 

 ――目の前にいるのは本当にフレイア様なの?

 

 小百合は本気でそう思った。小百合が知っているフレイアとはまるで別人のように見える。言いようのない怖さが底の方からコップから零れる水のようにどっとあふれてきた。そんな小百合にフレイアがよくとおる声で言った。

 

「時には非情になることも必要なのです」

 

 そのフレイアの言葉は小百合の心をいじめるようで後に残る痛みを与えた。小百合は目が虚ろになると、フレイアに背を向けて去っていった。

 

 箱部屋に向かって来た廊下を戻っている時に、小百合はフレイアからもらった言葉を口にした。

 

「時には、非情になる事も必要」

 

 小百合はその声が持つ恐ろしい響きと暗い魔力に触れて身震いした。

 

 

 

 フェンリルはリリアの厨房で自分で作った青空鯛(あおぞらたい)のお造りを見ていた。青空鯛はその名の通り空のように青い色をした鯛で、トビウオのように大きなヒレがあって数百メートルも飛行することができる。見た目は奇抜だが、身がしまっていて非常に旨い。猫を喜ばせるには最高の素材だ。

 

 一つ一つが輝きを放つ薄青い切り身が魚の形の中で理路整然と並んでいて美しい。リリアが横からそれをのぞき込んでいった。

 

「フェンリルちゃん、腕をあげたわね」

「ありがとうございます、先生」

 

「素敵な料理を作ったのに、なんでそんなに怖い顔しているのかしら?」

「怖い? そ、そうでしたか。ちょいと考え事をしていましてね」

 

「愛の悩みかしら?」

「そうです」

 

「まあ! わたしで良ければ相談にのるわよ」

 

「……先生、わたしにはその愛というやつが良くわかりません。先生にとって愛とは何なのですか?」

 

 リリアは思っていたのとフェンリルの悩みの方向が違ったので少しばかり戸惑った。しかし、愛について聞かれれば、彼女の中には無限の泉がある。

 

「そうね、愛と一言でいっても様々な形があるわね。わたしにとって大切な愛は、夫、娘たちへの家族愛。もちろん料理も心から愛しているわ。わたしのお友達や、わたしの料理を美味しいと言ってくれる人も愛しているし、わたしが住んでいる魔法界も愛しているわ」

 

 リリアから次々と愛が飛び出してくるので、フェンリルは余計に混乱してしまった。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。それじゃあ、何でもかんでも愛せるってことじゃないですか」

 

「その通りよ、愛は無限なのだから」

「愛は無限、無限か……」

 

 その無限という言葉がフェンリルには妙にひっかかった。

 

「どうかしらフェンリルちゃん。愛について少しは分かってもらえて?」

「ま、まあ、何となくは……」

 

 フェンリルは全然分からなかったけどそう言った。するとリリアは嬉しそうに、

 

「じゃあ、いつものやりましょう」

「はい……」

 

 リリアが手を組んで微笑を浮かべてフェンリルを見守る。フェンリルはかっと顔が熱くなるのを感じた。彼女が今まで生きていた中で、もっとも勇気と思い切りを必要とする瞬間が訪れる。しかし、料理を好きになっていたフェンリルに迷いはない。

 

「愛情、は・い・れ❤」

 

 フェンリルの指で描いたハートが活け造りに輝きを与えた。少なくとも、リリアの目にはそういうふうに見えた。

 

 ――あ~、恥ずかしい……。

 

 これをやった後のフェンリルは決まってもどかしく所在ないような変な気持になってしまうのだった。愛というものが分れば、この気持ちも少しは変わるのかもしれないと彼女は思っていた。



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リコと小百合、揺れる心

「リコ、一人はダメモフ、危ないモフ」

 

 リコは魔法学校の制服姿で持ち物の点検をしていた。そんなリコの足元からモフルンが何かを怖がっているような目で見つめていた。

 

「このままじっとしてなんていられないわ。闇の結晶をたくさんあつめて、みらいが目を覚ましたら驚かせてあげるんだから」

 

「今はダメモフ、プリキュアになれないモフ」

「大丈夫よ、敵がいたらすぐに逃げるし」

 

 それはいくら何でも楽観的すぎる。その軽はずみな行動は、いつものリコからかけ離れていた。リコはみらいが倒れたことで自分を責めて、みらいの為に何かしようと必死で大切なことが見えていなかった。逆にモフルンにはリコのそういう心の変化がよく見えていた。

 

「どうしても行くなら、モフルンも一緒に行くモフ」

「あなたは、みらいの近くにいてあげて」

「いやモフ! リコと一緒に行くモフ!」

 

 モフルンが怒った顔で入り口のドアのところに立った。そこに一人では絶対に行かせないという強い意志が現れている。リコはそんな姿のモフルンを見るのは初めてだったので驚いてしまった。

 

「わ、わかったわ。それじゃあ、ちょっと待ってて」

 

 リコは壁に設置してある魔法の収納スペースの扉を開けて何かを探し始めた。実際、壁の向こうにあるスペースはわずかなものだが、その中に物を置くと10分の1程度の大きさになるので、10倍多く収納できる。箒を小さくする魔法を応用しているのである。リコは小さな家具の引き出しをいくつか開けて、薄紫の古いバッグを引き出した。バッグは外に出されると、たちまち元の大きさに戻った。

 

「あったわ、昔フランソワさんに作ってもらったバッグ」

 

 それはリコが小学生低学年くらいの年に、当時見習いだった仕立て屋がプレゼントしてくれたバッグだった。リコはしゃがんで星形のピンを外してバッグを開けると言った。

 

「みらいのバッグより居心地はよくないと思うけど、この中に入って」

「モフ!」

 

 モフルンは可愛らしい足音を鳴らしながらリコの所に走って、バッグの中に入った。具合が良いようで、嬉しそうに笑顔を浮かべている。リコは一人で闇の結晶を探すのにモフルンを抱いて片手を塞ぎたくなかったので、丁度良さそうなバッグを探し出したのだった。

 

「リンクルストーンも持っていくモフ」

 

「変身できないんだから、リンクルストーンを持っていっても意味がないわ」

 

「だめモフ! リンクルストーンはプリキュアの大切なお守りモフ! ちゃんと持っていくモフ!」

 

 これも珍しくモフルンが強く言うので、リコはみらいの机の上にある桃色の袋をバッグの開いているスペース、モフルンの隣に置いた。袋にはリンクルストーンがつまっていた。

 

 

 

 深い霧の中をチクルンが飛んでいた。彼は休みなしに飛び続けていたので疲れ果てていた。

 

「はぁはぁ、もう少しだぜ」

 

 やがてチクルンは見慣れた大木の前に降りた。

「帰ったぜ! おいらチクルンだ!」

 

 木の枝た幹にいくつもある窓のような形の隙間から妖精たちが顔を出す。それから、妖精の女王が大木の陰から姿を現した。

 

「まあ、チクルン!? お前はまた勝手にいなくなったりして! 今までどこに行っていたのですか!」

 

 女王が怒った顔で両方の人差し指を針のように突き出してチクルンに近づいてくる。

 

「女王様! お仕置きなら後でいくらでも受けるぜ! いまはおいらの話を聞いてくれ!」

 

 妖精の女王はチクルンの真剣な目を見て心を打たれた。

 

「チクルン、お前何だか大きくなったようにみえますね」

「なにいってんだ? おいら大きくなんてなってないぜ」

 

 チクルンがそんなことを言うと、女王は柔和な顔に微笑を浮かべた。

「お話を聞きましょう」

 

 

 

 ところ変わって、雪と氷に覆われた極寒のひゃっこい島。寒風の中で人の姿のフェンリルが背中に白い翼を開いて前方を飛んでいくアイスドラゴンを鋭い目で見ていた。アイスドラゴンのトカゲを思わせるフォルムの体は青くウロコの代わりに薄い氷に覆われて光沢がある。頭の上から首の後ろと尻尾の先の方に水晶のように透明な角が何本かはえていた。翼は自身の巨体を覆うほど大きく広く、それを動かして飛んでいく姿は勇壮だ。そんな姿かたちに似合わず目は優し気である。

 

「あいつだ」

 

 フェンリルは牙を見せて楽し気な笑いを浮かべた。彼女は翼を開き、一気に飛んでアイスドラゴンの前に立ちはだかった。腕を組んでいる細身の少女から放たれる異常な圧力を受けて、アイスドラゴンは宙に止まって翼を開き、大きく吠えて威嚇した。

 

「お前、飲み込んでいるな、闇の結晶を!」

 

 フェンリルは首飾りになっている闇の魔法陣のタリスマンを目の前にかざした。

 

「いでよ、ヨクバール!」

 

 タリスマンから闇の衝撃が発すると、それを浴びたフェンリルの顔が苦し気に歪む。タリスマンから浮き出た闇色の魔法陣がアイスドラゴンの頭上で大きく広がり、空が一瞬で暗雲に覆われる。魔法陣の中央にたたずむ竜の骸骨の目が光ると、闇の結晶を飲み込んでいた巨大なアイスドラゴンが成す術もなく竜のあぎとの奥に吸い込まれていった。

 

 魔法陣の竜の骸骨が現実のものとなって現れると、一気にその体が魔法陣の中から出てきた。体が青黒いアイスドラゴンよりも二回りも巨大になった怪物が翼を開いて吠えた。

 

「ヨクバアァーーーールッ!!」

 

 その手と足には鋭い氷の爪が異様に光り、頭や尻尾にある無数の角も太く恐ろしい凶器になっていた。

 

「こいつは使えそうだねぇ」

 フェンリルは猫の姿になってヨクバールの背中に降りると言った。

「いけ、ヨクバール!」

 

 フェンリルを乗せたヨクバールが大きな翼を羽ばたかせ、控えめに海上に漂う無数の浮島や、巨人が横たわるように厚く低く垂れこめる雲の間にある水平に向かって飛んでいった。

 

 

 

 薄い闇の中で玉座に座っていたフレイアが顔を上げる。

 

「バッティ」

「はっ!」

 

 バッティはどこまでも紳士的な態度でその場で身を低く主をあがめた。そんな彼にフレイアは静かに言った。

 

「小百合がセスルームニルを出ていきました」

「なんですって!? プリキュアにもなれないというのにバカなことを……」

 

「追いかけて、もしもの時は助けてあげて下さい。正し、本当に危なくなるまでは手出ししてはなりません」

「御意!」

 

 バッティは主をあがめる姿のまま消えていなくなった。

 

 

 

 小百合はまだあまり慣れていない箒で精いっぱいスピードを出して飛んでいく。闇の結晶をとにかく集めたいと思っていた。小百合は自分が無鉄砲だと分かっていたが、そうせずにはいられなかった。ラナを傷つけてしまった贖罪として、自分の愚かさを戒めたくて、何かせずにはいられない。それは同時に今の小百合の気持を慰め、落ち着かせることにもつながっていた。

 

「何なのこの感覚は、まるで体の一部がないみたいだわ……」

 

 ラナが近くにいないことで、小百合はどうしようもない違和感に襲われる。ラナはいつも変なことばかり言って、小百合を怒らせたり困らせたりしているのに、それがなくなると途轍もなく空虚だった。ラナがいなくなって、自分にとってラナがどんな存在だったのか殴られるくらいの衝撃と一緒に小百合は理解した。

 

「ブラックダイヤが悲しんでるデビ」

 

 小百合の腰の大きなポシェットからリリンが顔を出して両手で持ったリンクルストーンを眺めていた。

 

「どうしてリンクルストーンなんて持ってきたのよ。プリキュアになれないんだから余計な荷物になるだけでしょう」

 

 小百合の自分に対して苛ついている気持ちが出てついきつい言い方になっていた。

 

「そんなこと言っちゃだめデビ! プリキュアになれるとかなれないとか関係ないデビ! リンクルストーンはいつでも持ってなきゃいけないんデビ! それはプリキュアに選ばれた小百合の責任デビ!」

 

 リリンが眉を怒らせて言った。小百合はリリンに怒られるなんて思ってもみなかったので、たじたじになってしまった。

 

「わ、わかったわよ」

 

 それから小百合はラナのいない違和感の中で闇の結晶を一人で探し始めた。すると、すぐに小さな島にある大きな樹を見つけて近づいた。それは杖の樹だと小百合にはすぐにわかる。全ての杖の樹はほかの植物とは明らかに異なる雰囲気を持っていた。その感じ方は人によって違うが、まるで母親のような温かさを杖の樹から感じる。小百合はまるで子を抱こうとする母親のように枝葉を開いている大樹に吸い寄せられた。

 

「こんな小さな島にも杖の樹があるなんて……」

 

 人のいない場所に杖の樹があるのは珍しいことだ。杖の樹は魔法界の新しい命に魔法の杖という息吹を与える存在だ。だから人と共にあるのが普通だった。

 

 小百合は人のいない小島にあるこの杖の樹が寂しそうに見えた。しばらくそれを見つめていると、春風にのって何かが聞こえた。

 

 ――あなたは酷い子だわ。

 

「だれ!?」

 

 ――大切な人を傷つけた、それは許されないこと……

 

 その不思議な声に小百合は胸を鷲づかみにされる苦しさを味わった。

 

「あなたなの? お願い、やめて……」

 

 小百合は杖の樹に向かって言った。声はまだ聞こえていた。

 

 ――あなたは優しい子、あなたは聡明な子、あなたは人の痛みがわかる子。だから、もう間違えないで……。

 

 小百合は杖の樹のささやきに耐えられず、箒に乗ってその場から去ってしまった。杖の樹の声は死んだ母親にそっくりだった。

 

 

 

 一人で箒に乗って空を飛んでいると、どうしてか体が震えてくる。リコはその奇妙な感覚に戸惑いながらも、その原因がみらいが近くにいないことは理解していた。

 

「わたしは怖いの? プリキュアになれないから?」

 

 リコが自分に問いかけ、薄い雲を突き抜けた時に、その問いかけは自分の心に正直でないと強く感じる。リコは心に穴が開いたような虚無感の中で訳の分からない恐怖の正体を悟った。

 

「プリキュアになれないとか関係ないわ。みらいが近くにいないから……」

 

 みらいがいない事と、みらいは永遠に目覚めないかもしれない現実が、リコに無意識の恐怖を与えている。リコがどんなに気を強く持っても体の震えが止まらなかった。

 

「リコ、やっぱり戻った方がいいモフ」

 

 リコの異変を見たモフルンが、彼女を下から見上げていった。そんなことを言われると、リコはつい意地になってしまった。

 

「ここまできて戻れるわけないでしょ!」

 

 リコも小百合と同じように一人で闇の結晶を探したが、なかなか闇の結晶を見つけられないで箒で駆け回っていた。しばらくそんな時間が続き、小さな無人島でリコはようやく一つの闇の結晶を見つけることが出来た。

 

「あったわ」リコは黒い塊をしっかり握ってその手を胸に当てた。結晶を一つ見つけたところで、リコの心は何も変わらない。死んだように眠っているみらいが思いだされて、その不吉な映像を頭を振って追い出した。

 

 

 

「ロキ様はプリキュアなど探しても無駄だと言った。変身できないから外になんて出てこないという御考えだろうが、人間っていうのはそんな単純じゃあない。だからこそだ、だからこそ今探すんだ」

 

 白猫フェンリルがヨクバールの上に座る姿は優雅で、まるで空の散歩を楽しんででもいるようだ。彼女は今まで人間の書いた本を読みあさり、リリアの愛の論理に触れて、人間への理解をかなりのところまで深めていた。フェンリルは自分の頭の中で今まで本から得た知識を突き合わせて思考した。

 

「人間は予想もしない行動をする時がある。とくに親や兄弟、仲の良い友人、こういうのがいなくなったり倒れたりした時に、人間は理解の範囲をこえた行動をとる。わたしが今まで読んだ本の中にはそういう人間が山ほどいた。恐らくこれは真実だ。今がプリキュアを潰すチャンスなんだ」

 

 ヨクバールが厚い雲の中に突っ込み、フェンリルの視界が白く煙る。強靭な翼のはばたきが雲を押しのけ吹き飛ばし、巨体が細く雲を引いて陽光を返してくる海上に出てきた。ドラゴンの首の付け根から下を覗き込んだフェンリルは会心の笑みを浮かべた。

 

「ビンゴ」フェンリルの視線の斜め下、海面に近い低空をリコが飛んでいた。

 

 突然リコの上に大きな影が落ちてきて辺りが暗くなる。リコがはっと上を見上げると、こちらを見おろしているフェンリルのオッドアイと視線があった。

 

「いよう、散歩するには良い日和だねぇ」

「そんな、ヨクバール!!?」

 

 リコは一瞬、深く絶望した表情を浮かべてから。すぐに前を見て箒の速度を上げた。

 

「おやおや、つれないね!」

 

 アイスドラゴンから変態したこのヨクバールなら、リコに追いつくのは簡単なことだった。しかし、フェンリルはわざとリコを先に行かせて後ろから言った。

 

「お友達が倒れてるっていうのに、こんなところで散歩なんてのんきだねぇっ!」

 

 フェンリルの言葉が必死に逃げるリコの胸を傷つける。さらにフェンリルはオッドアイを細く狂暴に輝かせて言った。

 

「お友達が目覚めた時には、あんたはもうこの世にはいないんだ。可哀そうにねぇ」

 

 リコの全身に怖気が走り、箒を持つ手に必要以上の力が入った。

 

 その時、たまたま通りかかった小百合が雲の間に隠れて追われているリコを見おろしていた。

 

「敵に見つかってしまったのね。とても逃げきれない、リコはもう終わりだわ」

 

「小百合、リコを助けないデビ?」

「助けるなんて自殺行為だわ。いったらわたしまで一緒にやられてしまう」

 

 リリンは悲しそうな目でポシェットから小百合を見上げていた。

 

「リコはわたしの敵、そうよ時には非情になる事が必要なのよ」

 

 小百合がフレイアの言葉を反芻(はんすう)してみると、小百合の胸には明らかに嫌なわだかまりが出来ていた。それと同時にベッドで眠っている親友の顔が思いだされた。



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リコ最大の危機

「ヨクバール、攻撃しろ、かるーくな」

「ヨクバール!」

 

 フェンリルの命令で竜の骸骨の仮面があぎとを開き冷気を吐き出す。それがリコの背後から吹き付けてきた。寒さに震え、苦しそうにな顔のリコを見てモフルンは目に涙を浮かべていた。

 

「リンクルストーン! リコを助けてモフ!」

 

 モフルンが祈るような気持でリンクルストーンダイヤを見つめる。何も起こらなかった。それでもモフルンは目を閉じて念じているようだった。リコは寒さに耐えながらそんなモフルンを見て思った。

 

 ――無理だわ、リンクルストーンはみらいがいないと反応しない。このままじゃモフルンまで一緒に……。

 

 リコは自分のことよりも、モフルンの事を考えてたまらない気持ちになった。自分の軽はずみな行動が、みらいから大切な家族を奪ってしまうかもしれない。もし、みらいが気づいた時にモフルンがいなくなっていたらどんな気持ちになるだろう。容赦ない冷気が、そう考えているリコの体から感覚を奪っていく。

 

 リコは追われながらある島の上空に入り、島の中心にある大きな湖の上を飛んでいく。リコは逃げるのに必死で自分がどこを飛んでいるかなどわからなかった。そして、リコが湖を越えて森の上に差しかかった時にフェンリルは言った。

 

「遊びは終わりだ。やれ、ヨクバール」

 

 ヨクバールが吠えて巨大な翼を羽ばたかせる。そこから起こった旋風が振り向いたリコに襲い掛かった。吹き飛ばされた少女の体は箒と分離して宙に投げ出された。フェンリルはその姿に満足した残酷な笑みを浮かべた。

 

「プリキュア、終了のお知らせ」

 

 リコは自分の体が落ちていく速度がひどくゆっくりに感じた。さらにゆっくり落ちている自分のとんがり帽子が視界の中で泳いでいる。同時に瞬間に様々な記憶が巡り、誰かに助けを求めるように空に手を泳がせた。

 

「リコ、諦めちゃだめモフ―ッ!!」

 

 必死に叫ぶモフルンの声もリコには届いていなかった。

 

 ――わたし、ここでおしまいなの? お父様、お母様、お姉ちゃん、

 

 リコの目からあふれた涙が散ってダイヤのように輝く。彼女はその人が目の前にいるかのように精いっぱい手を伸ばした。

 

「みらい―――っ!!」

 

 その瞬間、リコは確かに伸ばした手に温もりを感じた。それは紛れもなく現実的な感触だった。リコは自分の手をしっかりと握っている感触の先に、あるはずのない親友の姿を描いた。見上げたリコに瞳には、別の意味で信じられない少女の姿が映っていた。

 

「小百合……」

 

 箒の上からリコの手をつかんでいた小百合は、自分がやらかした愚かな行為に苦しめられて険しい顔をしていた。彼女が箒を森に向かって急降下させると、リコは浮力を得てうまく小百合の後ろに乗ることができた。その救出劇を見ていたフェンリルはあまりの出来事に唖然としてしまった。

 

「……おい、何だこれは? 夢じゃないのか?」

 フェンリルが突然口を歪めて狂気的に笑いだす。

 

「もう一方のプリキュアも現れやがった! いいぞ、最高だ! こりゃ飛んで火にいる夏の虫、いやそんなもんじゃあない。狼の口に自から飛び込んできた獲物だ! アッハハハハハ!!」

 

 フェンリルの痛快な笑い声が湖の上に響き渡る。

「ロキ様お喜びください! プリキュアは今日ここで終わります!」

 

 フェンリルが上空から少女二人の姿を求めて森に近づいていく。リコと小百合は大木の陰に隠れていた。

 

「小百合、リコを助けてくれてありがとうモフ!」

 

 驚きのあまり言葉がでないリコに代わってモフルンが言った。

 

小百合が何も言わないで上ばかり見ていると、リリンが代わりにしゃべった。

 

「小百合は、どういたしまして、気にしないでって思ってるデビ」

「そんなこと思ってないわよ!」

 

 いい加減なことを言いうリリンに小百合が怒り出す。その時になってリコは少し落ち着きを取り戻して言った。

 

「どうしてわたしを助けてくれたの?」

 

「自分でも愚かなことをしたと思うわ。けれど、もしあんたを見捨てたら、ラナはわたしを決して許さない。わたしたちの友情はおしまいになるわ。それは絶対に嫌よ」

 

 それから小百合はリコのことをしっかり見つめて言った。

 

「あんたはわたしを殴りたいでしょうね。殴ってもいいわよ、正し無事に帰ることができたらね」

 

 小百合は上空を警戒しながらこの難局をどうすれば乗り切れるのか考えていた。

 

「魔法の箒が一つしかないのが痛いわね。二人乗りじゃあのヨクバールから逃げ切ることはできない。脱出する為には2本の魔法の箒があることが絶対条件だわ」

 

 リコに頭に先ほど自分が乗っていた箒の事が過ぎるが、それを探す暇をくれる程敵は甘くない。二人がどうすべきか考えていると、リリンがポシェットの中から何か出してきた。

 

「これを使うといいデビ」

 

 それを見た小百合の顔に驚きが満ちる。

 

「それ、ラナの箒じゃない!」

「ラナから借りてきたデビ。ラナは小百合の力になりたいんデビ」

 

 小百合はリリンから箒を受け取ると、感銘と一緒に申し訳ない気持ちが胸を突き上げた。小百合は正直にいって、リリンをプリキュアに変身するためのマスコットくらいに思っているところがあった。今この時に、リリンが小百合やラナに対して心を砕いていたことがわかった。

 

「ありがとう、リリン」

 

 小百合は今までの感謝も込めてリリンに言った。それからラナの箒を一振りして元の大きさにすと、自分の乗っていた初心者用の箒をリコに押し付けるようにして渡す。

 

「あんたはわたしの箒を使いなさい」

「その箒に乗るつもり!?」

 

 リコは小百合と彼女が持つレーシング用の箒を交互に見つめた。

 

「これに乗れなきゃ、わたしたちはおしまいよ」

「どうするつもりなの……?」

 

「あのヨクバールから逃げ切るのは不可能よ。倒して隙を作るしか方法はないわ」

「倒すって、そんなの無理よ。人間の魔法でヨクバールが倒せるわけない……」

 

 上を見ていた小百合は振り向くと、その眼に怒りと嫌なものを見るような光を乗せてリコの両肩を強くつかんだ。

 

「あんた、どうしちゃったのよ!? いつもの自信はどこにいったの!? みらいがいないとそんなに弱くなるの!?」

 

 小百合は不安に押しつぶされそうな顔のリコの肩から手を離すと今度は水の流れるような調子で言った。

 

「あんたの自信は努力に裏打ちされた本物よ。どんなに辛くても苦しくても努力し続けて、自信をもって今までで前進してきたんでしょう。あんたのそういうところを、わたしは尊敬しているわ」

 

 今の危機的状況が、小百合の言葉が本物であることを証明していた。リコは胸の内で美しい音律が響いているような気持になった。

 

「いつものリコに戻りなさい。それが出来なければ、わたしたちは二人ともここで終わりよ! そんなのは絶対にごめんよ! わたしはラナに謝りたいのよ!」

 

「わたしだってそうよ! みらいに謝りたいわ! いいたい事だってたくさんあるんだからっ!!」

 

 その時、烈風がリコたちから少し離れた樹の何本かをなぎ倒した。周りに散った風が小百合とリコの長い髪と制服を激しく揺さぶる。

 

「隠れても無駄だよ! さっさと出てきな! でてこないなら、その辺の樹を全部ぶっ倒してやる!」

 

 上から威嚇するフェンリルの声が聞こえてくる。そんな状況でもリコと小百合は真剣な目をぶつけ合っていた。小百合はマゼンダの瞳に負けん気の強さを認めると微笑した。

 

「いつもの調子が出てきたわね。作戦を話すわ。わたしが囮になってヨクバールを引き付ける。リコがその間にできるだけ強力な魔法を使ってヨクバールに一撃を与えて、その隙に乗じて二人で逃げるの」

 

「強力な魔法って言われても、ヨクバールを倒せるような魔法なんて……」

 

 リコはそんな強力な魔法を使ったこともないし、その知識すら持ち合わせていなかった。リコが迷いを見せるのは当然だった。小百合はそんな彼女に言った。

 

「わたしはリズ先生を尊敬しているわ、校長先生よりもよ。あのリズ先生が、リコはすごい魔法つかいになるって自慢気に言っていたのよ。あんたなら必ずできるわ! できないはずがない! リズ先生がそこまで言っているんだからね!」

 

 リコはそれを聞くと姉の顔を思い出し、むくむくと自信がわいてきて誇らしい気持ちにもなった。刹那的に弱気が消えて、リズに必ず答えてみせるという強い強い気持ちになった。そしてリコは言った。

 

「あの白猫に見せてあげましょう、人間の底力を!」

「一人で無理でも、二人なら大丈夫モフ!」

 

「一人と二人の間には天と地くらいの差があるデビ!」

「わたしたちはそれを誰よりも良く知っているわ!」

 

 最後に小百合が言った。二人は顔を合わせて頷き、ぬいぐるみ達の顔にも絶対に負けないという強い気持ちが出ていた。リコと小百合は同時に箒にまたがり、同時に飛翔した。二人とも手に魔法の杖を握りしめていた。その姿を認めたフェンリルは狩人としての余裕を見せていた。

 

「あきらめて二人で仲よく天国に行く相談でもしたのかい?」

 

 その時、小百合が悲鳴をあげて燕のようにフェンリルの目の前を過ぎていく。

 

「なにっ!? 一人を囮にして逃げるつもりか!?」

 

 フェンリルは驚かされながらも、自然と残ったリコの方に視線がいく。リコはフェンリルとヨクバールを見おろす位置で胸の辺りで星の杖を構えていた。その表情に恐れなどない。リコは小百合が敵を目の前にして逃げるような人でないことを知っていた。フェンリルは二人の少女が生きることを諦めて出てきたと思っていたので、怪訝な顔になった。

 

 高く上昇してた小百合は雲の中に突っ込んで凄まじい速力に耐えていた。できるだけ体を低く、箒の柄を持つ手の指が握力で白くなっていた。

 

「でたらめな速さだわ!? あの子、こんなのに平気で乗ってたの!?」

 

 小百合はこの滅茶苦茶な箒はまるでラナそのものだと思った。そう思うと、ラナにバカにされているような気がして腹が立ってきた。

 

「気合いれなさい、わたしっ!!」

 

 小百合は状態を起こし、馬の手綱を力いっぱい引くように箒の柄を引き上げた。小百合は箒で雲の中で半円を描き、雲を突き抜け一気に湖に向かって急下降、そしてヨクバールとフェンリルを前にして止まった。



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共闘! リコと小百合の戦い!

「戻ってきただと?」

 

 小百合が三日月の杖をヨクバールに向けると、フェンリルは信じられないものを見て顔を歪め、次の瞬間には笑いだしていた。

 

「面白いねぇっ! いい悪あがきだ! それでこそ人間だ!」

 

 小百合は上方向にいるリコと一瞬だけ目を合わせた。

 

 ――この難局を乗り越えられるかどうかは、全てあんたの魔法の一撃にかかっているわ。頼んだわよ、リコ!

 

 小百合の気持を受け取ったかのように、リコが動き出した。リコは下に広がる湖を見て、自分たちに運があることを悟る。追い詰められて、たまたまこの場所に来たことに運命すら感じた。

 

「わたしにヨクバールを倒せる魔法があるとしたら、氷の魔法しかないわ」

 

 リコは氷の魔法を少し使うことができる。それでヨクバールを退けるとなると、まったく次元の違う話になるが、覚悟を決めたリコはそんな余計な事は考えなかった。

 

「キュアップ・ラパパ! 水よ集まりなさい!」

 

 リコが湖に星を向けて呪文を唱え、今度は杖を頭上に上げると、湖の水面が波立ち、シャボン玉のような丸い水の塊が次々に宙に浮き出て、それが飛んで星の杖の上に集まって大きくなっていく。

 

 フェンリルは小百合に気を取られてリコの事は見ていなかった。

 

「ヨクバール、あの小娘を叩き落とせ!」

「ギョイィーッ!」

 

 ヨクバールが咢の虚空から吐き出したブリザードが小百合に迫る。

 

「ラナ、力を貸してね!」

 

 小百合がキュッと箒にまたがるひざに力を込めると彼女が一瞬でヨクバールの側面に移動した。

 

「なに!? 速い!?」

 

 フェンリルが驚いてる間に、小百合は左手に持っているジッポのライターの炎に杖の三日月を近づける。小百合はナシマホウ界から色々な道具を持ち込んでいて、今手にしているライターは祖父からこっそり借りてきたものだった。

 

「受けてみなさい!」

 ライターの炎が三日月に移って大きくなる。

 

「キュアップ・ラパパ! 炎よ逆巻け!」

 小百合の杖の上で炎が渦になって大きくなっていく。

 

 「もっと大きく!」小百合の声に応えて炎がさらに大きくなり、一抱えもあるほどの大きな火の玉になった。「炎よ! ヨクバールを焼き尽くせ!」

 

 小百合が撃ちだした火の玉がヨクバールの首に命中し爆発した。無数に降りかかる火の粉でフェンリルが目を細くし、体が震えるような衝撃を受けた。ヨクバールには大したダメージはないのにフェンリルの驚きは大きかった。

 

「あり得ない!? 人間の、しかもあんな小娘が、こんな強力な魔法をつかうなんて!? 何が起こっているんだい!?」

 

「キュアップ・ラパパ! 炎よ!」小百合の強気な呪文の後に飛んできた炎が今度はヨクバールの翼に命中し、爆炎があがった。

 

「くそ! ヨクバール、さっさと撃ち落とせ!」

 

 その時、リコの頭上には巨大な水の球が出来上がっていた。

 

「キュアップ・ラパパ! 水よ凍りなさい!」

 

 リコはぎゅっと両目を閉じて、全ての魔力と気力をこの魔法に注いだ。巨大な水玉がどんどん凍り付いていく。

 小百合はヨクバールの氷の吐息を箒の速さに任せて避けていた。

 

「ヨクバール! 翼を使え!」

「ヨクバァールッ!」

 

 フェンリルの命令でヨクバールの翼の羽ばたきから広範囲に暴風が吹き荒れる。それで小百合は吹き飛ばされて錐もみに落ちていった。フェンリルは勝利を確信して言った。

 

「よし、よくやった!」

 

 小百合は悲鳴をあげながら何とか立て直そうをするが、激しい回転で均衡がおかしくなり、目の前が暗くなっていく。小百合がもうだめだと思ったその時に、箒の穂から無数の星の光が吹き出て箒が安定した。小百合は世界が回るような感覚の中で箒から出る星の光を見た。

 

「ラナ!」

 

 小百合はラナがすぐ近くにいるような気がして闘志が燃え上がった。急上昇して再びヨクバールに向かっていく。

 魔法に集中しているリコの方は、今にも倒れそうなマラソンランナーのように苦し気だった。

 

「凍れ! 凍れ! 凍れ――っ!!」

 

 リコは最後の魔力を振り絞ったが、まだ水玉が半分程度しか凍っていない。

 

「ダメだわ、もう魔力が……」

 

 その時、リコの背中に誰かが触れて体が急に楽になった。

 

「みらい!」

 

 リコが名前を呼んだその時に、水球が一気に芯まで凍り付いた。

 

 小百合はヨクバールの近くに貼りついて周囲を高速で周って翻弄していた。

 

「くそ、こざかしい!」

 

 フェンリルはたかだか人間の少女一人を始末できずに苛ついていた。小百合がタイミングを計り急にヨクバールから離れていく。

 

「逃がすな! 追え、ヨクバール!」

 

「ギョイィッ!」その時、小百合にばかり気を取られていたフェンリルは、信じがたいものを見た。小百合が逃げていく先に、丸くて巨大な物体が陽光を吸ってダイヤのように複雑に輝いていた。

 

「今よリコ! 撃ちなさい!」

 

 小百合はそう叫ぶのと同時に、箒を上に向けて90度近い角度で曲がり急上昇、フェンリルの目にリコの姿が飛び込んでくる。リコが星の杖の先に浮かせている巨大な氷の塊を見て、さすがのフェンリルも戦慄した。

 

「やばい!!」

 

「キュアップ・ラパパ! 氷よ! ヨクバールに飛んでいきなさいっ!!」

 

 リコが杖を振ってヨクバールに向けた。空中で止まって翼と腕を開いたヨクバールに氷塊がまっすぐに飛んでいく。フェンリルが白い翼を開いてヨクバールから離れた瞬間に、生物を鈍器で叩き潰すような重々しい音がなった。

 

「ヨクッ、バールッ!?」

 

 叫び声をあげるヨクバールは、氷塊を抱きながら湖に墜落した。高い水柱があがり、飛び散った無数の水滴が辺りに豪雨のように降り注ぐ。すぐに戻ってきた小百合が水を浴びながらリコの手を引いた。

 

「逃げるわよ!」リコが小百合の後ろに飛び乗ると、ラナの箒が豪速で飛び出して、少女たちの姿はフェンリルの瞳の中で瞬間的に豆粒程度の大きさになり、すぐに消えていった。

 

 フェンリルは地面にいるように空中に立ってリコと小百合が消えた水平を見ていた。白猫の表情には悔しさというものがなく、避けようのない不幸にでも見舞われたように、ただただ神妙だった。

 

「………」

 

 オッドアイの中で動く巨大な生き物のような雲の動きが水平線を途切れさせた。フェンリルの小さな頭の中で様々な思考が巡り、いくつかの答えが導き出された。

 

「そうだったのか。奴らの間に憎しみはない。それどころか、尊敬とか友情とか、そういうものがある。それは間違いない。憎しみもないのに敵対しているところが謎だが、そう考えるしかないな、小娘がたった二人でヨクバールを退けたんだからな」

 

 フェンリルはリコと小百合がたまたま運が良かったなどと安易には考えなかった。それどころか、人間の持つ力の偉大さを認識した。その時に彼女の中で人間の理解を越えた力ががまっすぐにプリキュアに結びついた。

 

「わかったぞ! 人間の力の本質とプリキュアの力の本質は同じだったのだ! さっきの小娘どもは恐らく愛とか友情とか、そういうわけの分からんもので大きな力を発揮した。プリキュアもそれと同じだ。正し、力の大きさは人間の比ではない」

 

 フェンリルは急に表情に陰を落として言った。

 

「この状況はまずい。光と闇のプリキュアが敵対しているのならいいが、憎しみがないのなら、手を結んで協力する可能性がある。そうなればロキ様の脅威になる。早いところどちらか片方のプリキュアを始末しなければ」

 

 下の湖面が大きく盛り上がり、水幕を破ってヨクバールが飛び上がった。巨体から滝のように水を流し、怪物がフェンリルの強い敵意に呼応するかのように翼を開いて吠えた。

 

 

 

 フレイアの命令を受けていたバッティは、遠くから勇敢な少女たちの戦いをずっと見ていた。

 

「わたしの出る幕はありませんでしたか。それにしても驚きましたね。人間の身でありながらヨクバールから逃げおおせるとは……」

 

 彼もまた人間の強さを知り、人間のよき理解者となりつつあった。

 

 

 

 命からがら逃げてきた小百合とリコが、弱った羽虫のように曲がりくねった軌道で飛んできて魔法学校の門の前に降りてきた。レーシング用の箒で長距離を二人乗りしてきた小百合の魔力はほとんど残っていなかった。リコに至ってはそれ以前に魔力が尽きている。もう二人ともへとへとで、地上に立った途端に仲良く倒れてしまった。二人とも息を整えるのに時間がかかった。しばらくしてから、倒れたまま顔だけリコに向けて言った。

 

「ナイスな魔法だったわ」

「け、計算通りだし」

「この状況で強がりとか、ある意味尊敬するわ……」

 

「くるしいモフ……」

 モフルンがリコのお腹の下敷きになっていた。

 

「ごめんなさい」

 リコは転がって仰向けになった。

 

小百合は少し苦心して上体だけ起こして座り込んだままリコを見おろす。二人ともまだ息が荒かった。小百合はリコの胸の辺りに光る物を見つけていた。

 

「リコ、胸のペンダントが光ってるわ」

 

「え?」リコも起き上って座ったまま、制服の下に隠していたペンダントを引き出した。すると見慣れた宝石が目に入る、「アクアマリンのリンクルストーン!?」

 

 リコがもしやと思って見ると、小百合の右腕にも光る物があった。

 

「あなたの腕輪にも」

 

 小百合は腕輪を見ても、それを予期していたかのように落ち着いていた。

 

「オレンジサファイアのリンクルストーン……」

 

「リンクルストーンが力を貸してくれていたなんて……」

 

 二人で泣きたいような顔を見合わせる。それから小百合が言った。

 

「リンクルストーンは一人の力では使えないわ」

 

「わたし、みらいの存在をすぐ近くに感じたのよ」

「わたしもよ。ラナがすぐ近くにいてくれた。それを実感する瞬間があったわ」

 

 二人のリンクルストーンがそれぞれのアクセサリーから離れて、飛んできた宝石がモフルンとリリンの両手の上に乗った。

 

「みらいの思いがリコを助けたモフ」

 モフルンがアクアマリンを持ちながら言った。

 

「ラナの思いにリンクルストーンが答えたデビ」

 オレンジサファイアを両手にリリンが言った。すると小百合は感謝すると同時に自分を深く反省する。

 

「リリンがリンクルストーンを持ってきてくれなかったら、わたしたちは助からなかったわ」

 

「わたしもよ。モフルンがリンクルストーンを持っていくように言ってくれたから……」

 

「わたしたち助けられてばかりね」

「本当にね」

 

 そして、リコと小百合の感謝の言葉が重なった。

 

『ありがとう』

 

 今度はモフルンとリリンの笑顔が重なった。



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第15話 生徒たちの為に!! 校長先生と魔法の図書館!
チクルンと妖精薬


 ロキが玉座の上で頭に手を置きながら二人の部下を見おろしていた。赤い髪をかき上げようとして、何かに驚いて途中で止めたというような姿だった。巨体のボルクスはロキの前で目に見える程に恐怖して震え、フェンリルの方は猫の姿で堂々と主を見上げていた。

 

「ボルクス、お前はもういい。俺が呼ぶまですっこんでろ」

「へ、へい!」

 

 何のお咎めもない事にボルクスはすっかり安心して石床を振動させながら去っていく。ロキはフェンリルとさしになると、頭の手を玉座のひじ掛けにおいた。

 

「まさかお前までへまをするとはな。見損なったぜ、フェンリル」

「それについては返す言葉もありません。しかしロキ様、収穫はありました」

 

「ほう、なんだ言ってみろ」

「プリキュアの力の本質が分かりました」

 

 それを聞いたロキの表情は鋭くなる。フェンリルはロキの反応を見てから言った。

 

「プリキュアも人間だということです。人間は愛だの友情だの思いやりだの、そんなようなもので大きな力を発揮する時があります。プリキュアはそれらの感情からもたらされる力を、もっと強大に、そして安定的に発現することができるのです。怖いのは、例え敵対していてもプリキュアの間には憎しみなどは存在し得ないというところです。奴らの本質から考えると、そういう結論にならざるを得ません。宵の魔法つかいと伝説の魔法つかいが手を結ばないうちに対処するべきです」

 

「おまえは何を下らねぇことを言っているんだ! 奴らは光と闇、対極の存在だ。手を結ぶなとありえねぇし、憎しみもなしにやりあう事などもっとありえねぇ! そんなつまらんことを言っている暇があったら、もっとましなことを考えろ! 俺様の為に命をかけて働きやがれ!」

 

 ロキを見上げるフェンリルの目は予想外な悲しみにでも出会ったかのようにオッドアイに暗い輝きをおびた。

 

「ロキ様、申し訳ありませんでした。もちろん、あなた様の為に誠心誠意尽くします」

 

 フェンリルは小さな頭を下げてロキの前から去った。それから彼女は暗い廊下を歩きながら口にした。

 

「ロキ様にはプリキュアの恐ろしさが理解できないのだ。それも仕方がないか、あのお方に愛だの友情だの分かるはずもない。あのお方にとって、そんなものは考えるにも値しない塵芥(ちりあくた)同然のもの。そこが恐ろしいんだ、そこが」

 

 このままでは主が危険だとフェンリルは強く感じていた。

 

「やはり、わたしがやるしかないな。片方のプリキュアを始末する」

 

 フェンリルは宝石の如き両眼に廊下の闇を貫くような強い敵意を込めた。 

 

 

 

 つい最近、伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいが死闘を演じた現場の上に一反の絨毯が浮いていた。その上から校長が大きくえぐられた大地を表情を石のように強張らせて見つめていた。この一帯だけが世界が終わったかのように何もなくなっていた。

 

「なんということだ……」

 

 校長は局所的に終わった世界を見ながら決断した。

 

「これ以上、生徒達の苦しむ姿を見てはいられぬ。やはり、あの場所へ行かねばならぬ!」

 

 

 

 魔法学校まできた小百合はすぐにでも学校から出ていきたかったが、魔力をほとんど使い果たしていたので少し休む必要があった。小百合は休むついで校門の前でリコにお願いをした。

 

「もし許してもらえるなら、みらいに会わせて」

 

 その申し出にリコは少し黙ってしまった。嫌だったのではない。今のみらいの姿を見て小百合がどんな気持ちになるのか考えると迷ってしまったのだ。その沈黙をどう受け取ったのか、小百合が言った。

 

「わたしは自分のしたことを、ちゃんとこの目で見たいのよ」

 

 リコは小百合らしいと思ってうなずいた。

 

「わかったわ、ついてきて」

 

 校門の前で動けないでいた二人は、少し体力が回復してようやく歩けるようになった。

 

 二人で並んで学校の校舎に入ってすぐにリズが飛んできた。

 

「リコ! 今までどこに行っていたの!? 心配してずっと探していたのよ!」

「えっ、えと……」

 

 リコは焦ってしまった。まさか、闇の結晶を探しに行ってヨクバールに襲われたなどとは言えない。リズは今度は小百合の方も見て咎>とがめるように強い口調でいう。

 

「小百合さんまで一緒で何をやっていたの?」

 

「リズ先生、リコとはさっき外で会いました。わたしはどうしても、みらいの様子を確かめたいんです」

「そう、そうなのよ! 気晴らしに散歩していたら、たまたま小百合に会ったの」

 

 リコが言うと、リズは眉を寄せたまま黙った。怒っているのと心配しているの半々みたいな顔をしていた。リズはみらいの身に起こった悲劇の原因を知っている。みらいの事で落ち込んでいたリコが気晴らしに散歩というのは分からなくもなかったが、小百合が一緒にいるのが普通ではないと思った。でもリズは何も聞かないで二人を行かせることにした。

 

「事情は分かったわ。危ないからもう一人で外に出たりはしないで」

「ごめんなさい、お姉ちゃん」

 

 それから二人と二体のぬいぐるみで、みらいが眠っている医務室に向かった。

 

 

 

 春風にみらいのベッドの周りに引いていあるレースのカーテンが揺れていた。カーテンの内側にきた小百合は、ラナと全く同じ状態で眠っているみらいの姿を見て胸がつぶれるような気持になった。自分の行動がどんな結果を招いたのか、さらに実感することになった。モフルンが足音を鳴らしてベッドの周りを走り、ベッドによじ登ってみらいの顔をのぞき込んだ。小百合は後ろに立っていたリコの方に向いて言った。

 

「殴らないの?」

「そんなことできないわよ」

 

 リコが即答すると小百合はどこか辛そうな顔をしていた。リコは小百合が本当は殴ってほしかったのだとわかった。そうする事で小百合の気持が少しは楽になれたのだろう。でもリコにはできなかった。友達の事を真剣に思っている小百合の気持が分かり過ぎて、小百合が望んでいたとしても殴ることなどできはしないのだ。

 

 小百合は自分にさらに苦しみを与えるように、みらいを見つめていった。

「今回のことは謝るわ。こんなことになったのは全部わたしのせいよ」

 

 リコは自分よりも背の高い小百合の背中が妙に小さく見えた。小百合はフレイアという人のために我を忘れて戦った。その事もリコは知っていたので、恨むような気持にはなれない。

 

「あなたを許すとは言えないけれど、このことで一番苦しんでいるのは小百合自身だわ。自分で自分の友達を傷つけてしまったのだから。だからわたしは、あなたを責めないわ」

 

「そう……」

 

 リコが見ている小百合の後ろ姿からでも苦しんでいる感情がひしと伝わってきた。

 

「おーいっ!」

 

 どこからともなく誰かの呼ぶ声が聞こえてくる。その声は何度も「おーい!」といいながら近づいてくる。リコも小百合も声を追って開いている窓の方に目がいった。すると、そこから荷物を手にぶら下げたチクルンが飛び込んできた。彼は部屋に入ってきた途端に飛行機が突然止まったかのように、ぴゅーっと下に落ちた。

 

「ふぎゅっ!?」

 

 小さなな体の力をすべて使い果たしたチクルンが、床に落ちる前に体の割には大きな荷物を投げ出した。二つ重なっていたそれがばらけて床に転がった。それは楕円形のパンのような形をしていて、草の葉にくるまれていた。つぶれたカエルみたいな恰好でうつ伏せにおちたチクルンは、顔だけ前を見て何か言いたそうに口をパクパクしていたけど、息が辛くて声が出せないようだ。

 

「チクルン!?」 

 

 リコが駆け寄ってチクルンを両手ですくって持ち上げる。彼はまだつぶれたかえるみたいだったけれど、リコを見るとカラカラの喉から声を絞り出した。

 

「はらへった……」

「どうしたっていうの?」

 

 リコの隣で小百合がチクルンをのぞき込んでいた。チクルンはリコの手の上であぐらになって二人の少女を見上げる。

 

「小百合もいたのか、ちょうどよかったぜ! 女王様に頼んで妖精の秘薬を作ってもらったんだ。どんな病気にもきくすんごい薬なんだぜ!」

 

 チクルンはリコの手から飛んで床に降りると、葉っぱにつつまれている秘薬の一つを両手で持ち上げた。

 

「ほら、リコ」

 

 リコがしゃがんでそれを受け取ると、奇跡がそこにあるような顔で手のひらの秘薬を見つめる。

 

「ありがとう!」

 

「おまえらのために命懸けで妖精の里までいったんだからな、感謝しろよ」

 

 チクルンは少しオーバーにいってから、リコの後ろで棒立ちの小百合を見上げて妙な顔になる。

 

「おい、小百合、なにぼーっとしてんだよ」

 

 チクルンはもう一つの秘薬をもって飛び上がり、不安の混じる顔で漫然と立っていた小百合の手に秘薬を持たせた。

 

「ラナも怪我してんだろ。それで治してやれよ」

 

 小百合が手の上の緑色の包みを見ていると、彼女の黒い瞳が揺れた。チクルンがあり得ないものを見たというように目を見張り、リコも立ち上がって小百合を見つめる。小百合が秘薬を優しく握って手の中に入れると、少し細めた瞳から溜まっていた涙が零れた。

 

「ありがとう、チクルン……」

 

 小百合が初めてチクルンの名を呼んだ。いつものクールさなどどこにもない思いやりのこもった優しい言葉だった。

 

 それから少しばかり時間が流れた。リコは窓際に、チクルンは窓枠に立って箒に乗って空に向かっていく小百合の姿を見つめていた。その時、チクルンの心に音が響き渡った。それはまるで心が現れるような、優しい気持ちになる音色だった。

 

「あいつ、いいやつなのかもな」

 

 チクルンがそう言うと、リコは悲しい気持ちになった。

 

 

 

 小百合が魔法学校から去った後くらいに校長が外から戻ってきた。彼は帰るなりすぐにリズを呼び出した。

 

 校長室に瞬間移動してきたリズは、いつになく真剣な校長の顔を見ると、思わず上官を前にする軍人のように身を正していた。校長の隣には教頭先生まで立っていた。これはただ事ではなかった。

 

「リズ先生、折り入って話があるのじゃ。ちょっとしたお願い事なのだが」

「はい、わたしの出来ることであれば何なりと」

 

 校長は安心したと言うように微笑を浮かべ、手に持っていた水晶をリズの目の前に置いた。

「わしはこれから魔法図書館にゆく。数日は帰れぬだろう。その間君に校長代理をお願いする」

 

 リズは実際に平手で叩かれるくらいの衝撃を受けた。聡明な彼女でも、話がとっぴすぎて校長の言っていることが飲み込めない。彼女は苦い物でも喰わされたような顔のまま言った。

 

「ま、待って下さい! わたしが校長代理だなんておかしいです。代理を頼むのなら教頭先生にお願いするべきです」

 

「校長代理の件は、わたしから校長先生にお願いしたのです」

 

 教頭が口を挟む。この一言で、リズは教頭がこの場にいる意味が分かった。リズはまだ少し苦いような顔をしながら教頭に言った。

 

「どうしてわたしなのですか? わたしはまだ教師になったばかりです」

 

「確かにあなたの経験は浅いですね。しかし、重要なのは生徒たちをまとめる、それにもまして生徒たちに信頼してもらえる人格者であるかどうかです。リズ先生は十分にその素養を持っています。ですから、わたしから校長に進言しました。あながた校長代理となれば、生徒たちは進んであなたに協力してくれるでしょう。あなたはそれくらい生徒達から信頼されているのですよ」

 

 教頭にはっきりと言われると、リズは純粋に嬉しかった。それにしても、自分がそこまで生徒たちから信頼されているとは思ってはいなかった。それをちゃんと知っている教頭には頭が下がる思いだった。

 

「心配ごとはあるだろうが、安心したまえ。教頭がしっかり陰から支えてくれる」

 

 校長が言うと、リズは迷いを捨ててはっきりと返した。

 

「わかりました。校長代理はつつしんでお受けいたします。それから、校長先生が図書館に行く理由を教えて下さい。魔法図書館から何日も帰れないなんて、普通の事ではありません」

 

「そうじゃな、校長代理の君には聞く権利がある。今から話すことは、決して生徒には言わないでもらいたい。もちろん、リコ君にもだ。これ以上あの子に心配をかけさせたくないからのう」

 

「わかりました」リズが言うと校長は話し始めた。

 

「わしがこれから向かうのは、魔法図書館の最深部じゃ。図書館の扉から先へ行くことが禁じられ、ずいぶんと長い時がたつ」

 

「扉の向こうへ行くと迷って出られなくなってしまうというお話は聞いています」

 

 リズが言うと、校長の顔が急に変わった。彼は恐ろしい記憶に触れて顔が強張ったのだ。

 

「実は、あの扉を封じた理由はそんな事ではない。図書館の最深部に行くための地図も存在している。時間はかかるが、それがあれば誰でも最深部へ行くことはできるのだ。実際に、多くの魔法つかいが知られざる真実を求めて魔法図書館の最深部を目指した。だが、そこから帰ってきたのはたったの一人、その者も図書館の扉を出たところで力尽き、命を落とした。彼は死す前に言った、闇が襲ってくると。図書館の最深部には何者かがいる。帰ることのできなかった魔法つかい達は恐らくは……」

 

 校長から想像もしない恐ろしい話が飛び出してきて、教頭もリズも固まってしまった。その時に水晶から魔女の影が現れた。

 

「図書館の最深部には、魔法界の歴史の始まりから闇の魔法発祥の歴史までの古い書物があるはずですわ。校長は宵の魔法つかいに関する歴史的な事実がそこに記されているとお考えなのです」

 

「これ以上の悲劇を起こさぬためにも何としても古の書を手に入れる。それが、今わしが生徒たちのために成さねばならぬ事なのだ」

 

 校長の声は静かだが、何者も曲げることは叶わない強い意志があった。校長は今まで長期間でかけるとしても、校長代理など誰にも頼んだことはない。今回に限って代理を立てるところに校長の覚悟が表れていた。

 

 リズは胸にとても嫌な予感を抱いたが、それを言葉に出すことはできなかった。

 

「二人とも、わしが帰るまで学校を頼む」

 リズも教頭も校長に「はい」と答えるしかなかった。

 



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真実の記憶

 銀髪の流麗な男が図書館の巨大な扉を見上げる。彼が右手を広げると、そこへ輝きをまとった杖が現れいでる。その丈は長身の校長の肩をこえる程に長く、先端に金環を仰ぐつぼみのような形の群青の水晶が輝き、それを口を開いた金竜のようなオブジェがくわえていた。

 

 密かに見送りに来たリズと教頭は、不安を隠しきれない様子だった。

 

「校長先生、どうかご無事で」

 

「リズ先生は何をそんなに心配しているのだ? わしは必ず帰ってくる。当然じゃ、そうでなければあの子らを守れぬ」

 

 校長の中にはみらいとリコのみならず、小百合とラナの姿もあった。彼は扉に向かって杖を上げると呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ、扉よ開け!」図書館の奥に通じる巨大な扉が中央で割れて内側に開いていく。校長は振り返らずに奥へと入っていった。その後に扉は再び閉じてリズと教頭だけが図書館の寂寥とした静けさの中に取り残された。

 

 

 

 小百合はラナを家の方に移して様子を見ていた。エリーも一緒にかいがいしくラナの世話をしてくれるので、とても助かっていた。ラナはまだ眠っていたが、チクルンが持ってきた薬を与えてから少し様子が変わった。

 

「顔色が良くなったわね」

 

 エリーがベッドの横に立って言った。小百合はベッドの近くに椅子を置いて、そこにリリンを抱いて座っている。小百合はほとんどつきっきりでラナの様子を見続けていた。

 

「ラナは帰ってきたデビ。今はただ寝ているだけデビ」

 

 リリンの帰ってきたという言葉には実感がこもっている。小百合もそれを感じていた。薬を飲ませる前のラナは息はしていても屍を見ているように生気がなかった。きっとみらいも大丈夫だと思うと小百合は胸が少し軽くなった。

 

 

 

 魔法学校で授業の終わりを告げるチャイムが響く。リズはその音を聞きながら校長がいつもいる机の前で黙って座っていた。彼女の目の前にある水晶に魔女の影が現れて言った。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですわ」

「そんなこと言われても、何だか変な感じだわ、ここにわたしが座っているなんて」

 

「校長のように泰然自若としていればいいのですわ」

「それは難しい注文ね……」

 

 そんな話をしているとリズの前にリコがふっと現れた。

「噂は本当だったのね!!?」

 

 驚きつつもどこか嬉しそうなリコをリズがにらんでいった。

 

「まず最初に言うことがあるでしょう」

 

「あ、ごめんなさい。失礼します! おねえちゃ、じゃなくて、校長代理!」

 

 最後の校長代理にはリズは背中をくすぐられるような、恥ずかしいような妙な気持ちになってしまった。リコはそんな姉をちょっと面白そうに見ていた。リズは校長代理から妹を思う姉に戻って言った。

 

「あなたのその様子だと、みらいさんは大丈夫そうね」

「ええ、教頭先生はもう心配ないって。チクルンが持ってきてくれた薬のおかげよ」

 

「あの妖精さんには恩返しをしなければね」

「もう美味しい物をお腹いっぱい食べさせる約束をしたわ」

 

 それからリコは急に真面目な顔になって言った。

 

「ところで、聞きたかったことがあるんだけれど」

「なにかしら?」

 

「前にお姉ちゃんが助けてくれた時に、すごい吹雪の魔法をつかっていたから、ずっと気になってて」

 

「ああ、あれね……」リズは間違いをごまかすような空気で妹から目をそらし、「自分でもよくあんな魔法を使えたと思うわ。あの時は必死だったから、よく覚えてないのよ」

 

「ええ、そんな落ちなの……」

 

「あんな魔法はまぐれでもないとできないわよ。何もないところから強力な魔法を使うことができるのは校長先生くらいね」

 

「校長先生と言えば、なんでお姉ちゃんが校長代理になったの? いつもは出かけても代理なんていないのに」

 

「大したことじゃないわ。今回は少し長くかかるから代理をお願いされたの。あのお方はいつも気まぐれに旅にでてしまうから困ってしまうわね」

 

 リコは校長代理になった姉を前にして妙なやる気を出していた。妹としては姉が校長代理に抜擢されたのが嬉しいのだ。

 

「お姉ちゃん、わたしに出来ることがあったら何でも言って、手伝うわ!」

「ありがとう、頼りにしているわ」

 

 それからリコは鼻歌混じりに校長室から出ていった。リズは一人になると、悪いことをしたような気持ちになった。妹を始め生徒たちに嘘をつくのは心苦しい。それに加えて校長のことも心配でならなかった。

 

「水晶さん、校長先生は図書館の奥にいるものと戦うつもりなの?」

 

 水晶は何も言わない。魔女のシルエットも消えていた。するとリズの雰囲気ががらりと変わった。水晶を真摯に見つめ、校長のような威厳を持って言った。

 

「水晶よ答えなさい。校長先生の魔力が下がっていることは、ずっと近くにいるわたしには分かっています」

 

 水晶の中の魔女が姿を現し観念して言った。

 

「校長からは決して言ってはならないと釘を刺されています。しかし、あなたには話しておくべきでしょう、もしもの時のためにも」

 

 それを聞いたリズは心にいきなり重しをかけられた。それでも、何も言わずに水晶の次の言葉を待った。

 

「校長は禁呪を使うつもりですわ」

「校長先生が禁呪を!!?」

 

「実は、校長の得意とする光の魔法には多くの禁呪が存在するのです。光の魔法の禁呪は、闇の魔法とは真逆で、使用者自身に害を与えます。使い過ぎれば命はないのですわ」

 

 水晶が淡々と言うところが世にも恐ろしかった。水晶は辛い気持ちを押し殺しているのだ。リズは震える手で水晶に触れた。

 

「校長先生はどんな魔法を使うつもりなの?」

 

「生命転魔、自らの命を魔力に変換する魔法ですわ。強大な魔法力を得る代わりに命が削られてゆくのです」

 

「そんな……。校長先生、あなたはそこまでしてあの子たちのことを……」

 リズは目を固く閉じて校長の無事を一身に祈った。

 

 

 

 校長の目の前には宇宙を彷彿とさせる深い闇が広がっていた。普通の闇ではなかった。見ていると魂が吸い込まれそうな闇、母のかいなのように包み込んでくる優しい闇、あらゆる命を生み出す大いなる闇、侵入者の命を容赦なく砕く恐ろしい闇、そして凄まじい拒絶の意思、校長は闇が突如叩きつけてきた突風と共に恐怖の衝撃を受け、無意識に足が下がりその背が石造りの壁に支えられた。彼の目の前にあるアーチを描く入り口の先に何も見えぬ闇があり、それは禁を犯すものを捕食しようとする獣の口のようにも見えた。

 

 はるか昔に闇に触れた記憶と感覚は決して消えない傷のように校長の脳裏に刻まれていた。校長はゆっくりと目を開けた。彼は丸一日図書館を歩き続け、今は本棚を背にして座っていた。そして十分に体を休めると、立ち上がり再び奥へと歩を進める。一人で図書館をさまよい歩いていると昔のことが次々と思いだされた。

 

 ――わしは多くの魔法つかいと共に図書館を調査した。その目的は多岐にわたったが、一番の眼目は虚無の時代に関する書を探すことにあった。わしと共に図書館に入った魔法つかいは、みな優秀な者たちだった。誰もが魔法界の知られざる歴史への探求に胸を躍らせておった。事実、魔法界の歴史に関する書はいくつも見つかった。だが、もっとも肝心な虚無の時代に関わる書はどうしても見つけることができなかった。探求心の深き魔法つかいたちは諦めずに探索を続け、ついにあの扉を見つけてしまった。

 

 遠い昔のお話し。闇とまみえた校長を数多くの魔法つかいが待ちかねていた。校長が魔法陣の上に姿を現すと待ちきれずに何人かが駆け寄ってきた。

 

「校長先生、いかがでしたか?」

「ここから先へは行ってはならぬ」

 

 魔法図書館の奥の奥、周囲を本棚に囲まれた薄暗い場所で校長と共に来た魔法つかいたちが沈黙した。図書館の荘厳な空気も手伝って異常に重い雰囲気になっていた。

 

「それはどういうことですか?」

 一人の魔法つかいがようやく重い口を開いた。

 

「あの場所には何かがある、危険じゃ。ここから先へ行くことは禁ずる」

 

「そんなバカな!」

 

 その魔法つかいが吐き捨てるように言うと、別の一人の魔法使いが校長に迫っていった。

 

「校長先生、これだけの魔法使いがいるんです。多少の危険など問題になりませんよ。あなたは分かっているはずだ、この先にある物の価値が! 未だ知られざる魔法界の歴史が分かるかもしれないのです! それを目の前にして行くなとはあんまりだ!」

 

「まさか校長は、この貴重な発見を自分一人のものにしようというのでは?」

 

 さらに別の魔法使いが心無い言葉を吐き出す。それを皮切りに魔法つかい達は口々に叫んだ。彼らは校長に怒りの言葉をぶつけ、丁寧な言葉で説得しようとする者もいれば、泣きながら懇願するものもいた。

 

「ならぬ!!」

 

 校長は野鳥の群れが騒ぐような魔法つかいたちを一言で制した。魔法つかい達は黙ったが、誰もが校長を恨むような目で見ていた。校長はその時に見た彼らの顔が忘れられなかった。

 

 たった一人の足音が薄暗い図書館に響いていく。周りに無数にある巨大な本棚が時々動いて校長を惑わそうとする。校長はこの本棚の動きに規則性があることを知っていた。彼は現在の魔法界で魔法図書館の最奥に到達できるたった一人の人間だった。

 

 ――わしが魔法図書館の扉を封印すると知った彼らは、あの場所へと行ってしまった。そして、一人として生きて帰ることができなかった。

 

 校長は立ち止まり、目を閉じて犠牲になったかつての同志を悼んだ。そして校長が開いたグリーンの瞳の底には悲しみが沈み込んでいた。

 

「わし自ら封じた禁忌を自ら冒そうとしているとは皮肉なものだ」

 

 

 

 魔法図書館の最奥に行くには丸三日は歩かなければならない。それ程に深く広い場所だった。校長は常識では考えられない胆力でまったくペースを落とさずに歩き続けた。そして何ごともなくたどり着く、かつて歴史の真実を求め、同士と袂を別った場所へ。

 

 ここまでくると動く本棚は存在せず、その代わりとでも言うように明かりも一切なくなる。魔法図書館は奥へ行くほどに闇が深くなっていくのだ。校長の杖の先には強い光源があり、あたりをくっきりと白く照らし出す。闇の中に校長が生み出す光の空間には、望まれずに生まれてきた人間のような異物感があった。

 

 校長が杖を高く上げると光の範囲が広がった。そこには上が見えないほど高い本棚がいくつも並んで大きな円になっていた。ひとつの本棚に白い物が寄りかかっていた。校長はそれに近づき、ひざを付いてそれと同じ目線になった。それがかぶっている半分崩れているとんがり帽子を取ると、少し黄ばんだ白色のドクロが現れる。ボロ布になっているローブで全身はほとんど見えず、指が半分崩れている白骨の手元には半分に折れた杖が転がっていた。

 

「戦わずに逃げていれば死すこともなかったであろうに……」

 

 しかし、彼らはそれが出来なかった。校長には散っていった者たちの気持がよくわかる。知識は魔法つかいにとっては何物にも勝る至宝なのだ。彼らは歴史の真実の探求の為に勇気をふるい、勇敢に戦った。そして、それが最悪の結果をもたらしてしまった。

 

「魔法つかいの悲しき(さが)じゃのう」

 

 校長は目を閉じて胸で手刀を立てると、目の前の遺体に祈りを与えた。次に目を開けた時、校長の顔つきが変わった。生徒たちを愛する心が戦いへの意思と直結してグリーンの瞳に激しい光が燃え上がった。彼は立ち上がり、杖を高く呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ! 扉よ開きたまえ!」

 

 校長の杖の光の強さが増すと、それに答えるように本棚に囲われた円の中に桃色の魔法陣が現れる。五芒星の外側に五つのハートマークが並ぶ、彼が良く知る魔法陣。伝説の魔法つかいを象徴する魔法陣だ。校長が歩み魔法陣の中央に立つと彼の姿は消えた。

 

 瞬間的に校長は別の場所に移動していた。彼の足元には先ほどと変わらず、伝説の魔法つかいを示す魔法陣が花のような輝きを放っている。そこは天上が高い円筒形の部屋で、唯一ある奥へ続く出入り口がぽっかりと闇色のアーチ型の口を開けていた。校長は華やかな光の世界から薄暗い闇の世界へと足を踏み入れた。

 

 真の闇へと続く廊下にはささやかな光源がある。淡く光る球が天井近くで等間隔に浮いていた。その廊下は長くはない。校長はすぐに闇を抱くアーチ型の門の前で二人の魔法使いの遺体を見つけた。一人は壁に寄りかかってうなだれ、一人は門から少し離れたところで助けを求めるように白い骨の手を伸ばしていた。校長は死体を越えてかつて見た闇の前に立った。瞬間、嵐のごとき強風があって校長の銀髪や深緑のマントを激しくはためかせた。この閉鎖された空間ではあり得ない現象だった。そして以前感じた以上に凄まじい拒絶の意思。

 

 ――こないで!!

 

 校長は目を見開いた。校長の頭の中に悲鳴をあげるような悲愴な響きを持った女の子の声が聞こえた。二人が同時に声を発したような、重複した響きだった。

 

「わしは行かねばならぬ、生徒たちのために!」

 

 校長の杖に強い光が灯る。しかし、先にある闇はその光を食い尽くしているかのように晴れなかった。明らかに異常な闇だ。

 

「この程度の光ではダメか。ならば、キュアップ・ラパパ! 光よ照らしたまえ!」

 

 杖の先に球体の白い光が現れ、校長はそれを深い闇の中に放った。それは闇を裂いて高く上がり、そしてそこに太陽が現れたかのように白い光を放った。闇が一気に晴れて室内があらわとなった。

 



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守護者、昏き炎の乙女

「ああ……」

 

 机の上の水晶に影の魔女が現れ、すすり泣きを始める。リズはそれをこれ以上ない恐怖とでもいう目で見つめた。

 

「どうしたというの?」

 

 水晶はすすり泣くばかりで、なかなか言葉が紡がれなかった。そんな水晶を見れば校長の身によくない事が起こっていると嫌でもわかる。

 

「魔法界の古き礎が崩れ去り、新たな礎が生まれるとお告げが……」

 

 それを告げた後も水晶は泣き続けていた。リズはあまりに絶望的なお告げに声も出せずに顔を歪めていたが、すぐに気を静めた。彼女は自分でも信じられないくらいに冷静になっていた。

 

「水晶よ、泣くのはおやめなさい。校長先生は必ずお帰りになります」

 

「……わたくしは確信しましたわ。魔法界の新たな礎とはあなたのことですわ、リズ先生」

 

 そう言う水晶にリズが予言のように確信的に告げた。

 

「校長先生は必ずお戻りになります。生徒をおいていくような方ではないわ。わたしたちは校長先生がお戻りになるまで、やるべきことをしましょう」

 

 リズは水晶を片手に持って立ち上がった。

 

「何をするつもりなのです?」

「教室を見回ります。生徒たちを安心させたいんです」

 

 あんな恐ろしいお告げを聞いても平常なリズに水晶さんは驚いていた。まるで校長が目の前にいるようだと、彼女は思わずにはいられなかった。

 

 

 

 校長は部屋の中に死屍累々と遺体が積みあがっている状況を想像していたが、足を踏み入れた巨大なドームの部屋には何もなかった。

 

「人の存在を消すなど造作もないということか。この部屋で命を絶った者は幸運だったのかもしれぬ。恐らく、痛みを感じる間もなく消されたことだろう」

 

 今まで校長が見てきた遺体には明らかに苦しんで死んでいった痕跡があった。

 

 部屋の一番奥に大きな扉が見えた。校長がそれに向かっていくらか歩んだ時に、円形の石床全体に巨大な魔法陣が刻まれていることに気づいた。それはあまりに大きく全容を把握するのに少し時間がかかった。そして校長はそれの正体に気づくと声をあげた。

 

「これは!!?」

 

 六芒星の周りに赤い六つの星が配置された途方もなく大きな魔法陣、そして六芒星の中心にある六角形の中に、伝説の魔法つかいを現す五芒星魔法陣が描かれていた。ただ一点違うところがあり、五芒星の中央に赤い三日月が入っている。つまり、伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいを現す二つの魔法陣を合わせた形になっていた。それを見て校長は自分が求めている答えがここにあると確信した。

 

 彼は扉に速足で近づいた。長い歴史を感じさせる重々しい黒い扉の中央には、白い線で宵の魔法つかいの六芒星の魔法陣が描かれていた。校長はその扉の前に立つと、それを待っていたかのように扉の魔法陣が赤く輝く。重い扉が内側に開いていくと中央に漆黒の線が入り、扉の動きと共に向こう側にさらなる闇が現れる。校長の召喚した強力な光でもその闇を食い破る事ができない。まるでそこに黒い壁があるかのような異様な空間が扉の向こうに広がっていた。

 

 扉が完全に開ききった刹那、校長は身を押しつぶすような空気に襲われる。かれは反射的に杖を前に出して叫んだ。

 

「キュアップ・ラパパ! 光よ守りたまえ!」

 

 校長の前に白き光の壁が現れるのとほぼ同時に、真っ黒いものが襲いかかってきた。さながらドラゴンの体当たりのような強烈な圧力が光の壁に押し寄せ、校長は凄まじい衝撃で杖を構えた状態のまま光の壁と一緒に後退した。

 

「ぬううっ!!」

 

 床がくつ底を削り、白い煙があがる。校長の目の前が漆黒に染まっていた。襲いかかってきたのは黒い炎の塊(かたまり)だった。弾かれた校長は壁の手前で踏んばった。光の壁にはね返された黒い炎の玉は、獣の姿に形を変えて宙を走り、半円を描き、開いた扉によって創造された闇をさらけ出す四角の空間の上で二つの炎に分かれ床に燃え移った。燃え上がる2本の黒い火柱が急速に形を変えて人型になっていく。

 

「これは一体!?」

 

 漠然とした人型の黒い炎はさらに形を整えていった。二人が影のように黒い顔を上げた時、校長は目を見張った。一人はすらりと背が高く、もう一人はそれと比べると頭二つ分は低い。二人の細くしなやかなシルエットは少女のものだと分かる。背の小さい方が小さめのとんがり帽子をかぶっている事だけは、その形から分かった。

 

「これがみなの命を奪った闇の正体か。なんということだ、この姿はもしや……」

 

 二人の黒い少女が同時に床を蹴り、獣のように素早く走って校長に迫る。

 

「キュアップ・ラパパ! 光よ盾に!」

 

 校長の杖の前に白い魔法陣が広がる。それの中央には太陽の中に座す猫の姿があり、その外側には相対した太陽と三日月の紋章がある。その魔法陣に黒い影の二人が右と左の拳を同時に打ち込んでくる。その衝撃に校長は歯を食いしばって耐えた。

 

「はああぁーっ!!」

 

 校長の一括で光の魔法陣から衝撃が広がり、二人の影を吹き飛ばす。二人は宙返りして態勢を整え、二人並んで着地した。

 

「この息も乱さぬ連帯、そして完璧な拍子での攻撃、間違いない! 彼女らはプリキュアだ! なぜプリキュアがあのような姿に!?」

 

 校長は黒く燃え上がる二人のプリキュアと対峙する。

 

「一つだけ確かなことがある。彼女らは誰かのためにここを守っているのだ。この場所を犯すことこと自体が間違いなのかもしれぬ。しかし、そうだとしても引けぬ! わしは何としてもこの先へ行かねばならぬのだ!」

 

 校長が強靭な力で杖を石床に突き刺した。

「光の秘術、生命転魔!」

 

 校長の足元に純白の魔法陣が現れ、校長自身の体が光明を帯びる。

「ゆくぞ! キュアップ・ラパパ! 光よ闇を切り裂け!」

 

 校長の杖に巨大な光球が現れ、放たれる。それに対して闇そのもののような少女たちは後ろで固く手をつなぎ、一方の手を前へ。すると二人の前に大きな黒いハートが現れ、盾となったそれに校長の光球が叩きつけられる。ハート型の闇の盾と光の魔法がせめぎ合い、白い光が炸裂して部屋の中に暴風が吹き荒れた。

 

 無数の光の粒が混ざる白い煙の中から二つの黒い影が跳ぶ。闇の少女たちは全く同じ態勢で空中から空を切る鋭い蹴りを同時に放ち、急降下する飛行機のような勢いで校長に向かってくる。校長が前に飛ぶと、彼が元居た場所を二人の急降下蹴りが穿つ。二人の足が石床に足首ほどまでめり込み、大きく陥没して亀裂が広がり、飛翔した校長は部屋の中央辺りでふわりと着地した。そこへ二つの黒い影が攻め込んでくる。

 

 身体能力の強化と防御の魔法を同時にかけていた校長は、空を裂いて襲いくる蹴りや拳の連続を少しずつ後退しながら紙一重で避けていく。小さい影の回し蹴りが校長の頬をかすめ、長い銀髪の一部を断ち切る。そして長身の影の鋭いパンチに校長は右手を広げ、そこから輝く円盾を出して防ぐ。その強力なパワーに押され、校長は再び立ったまま後方へ弾かれる。そして闇少女二人が跳躍、それぞれ右腕と左腕を引いて力をためる。校長は上から襲ってくる彼女らに杖を向けた。

 

「キュアップ・ラパパ! 光の盾よ!」

 

 杖の先端から白い魔法陣が広がり、それに二人の拳が同時にぶつかった。凄まじい衝撃があり、校長の両足が石床に沈み、彼の周りがクレーターのように陥没した。

 

「はあっ!!」校長は気合と共に少女たちの攻撃を押し返し、同時に力ある呪文を唱えた。「キュアップ・ラパパ! 光よ貫け!」

 

 校長の魔法陣から噴き出した白い光の流れが竜の形となって螺旋を描く。光の竜が大きく口を開け、空中にいた二つの影をくわえ、プロミネンスのような雄大な弧を描いて地面に衝突する。瞬間に光の爆発が起こり、白い輝きが半球状に広がっていく。強力な魔法を連続で使い、校長は苦しそうだった。

 

「どうだ……」光が消えて煙が渦を巻くと、校長の左右にいきなり気配が現れた。間近にある黒い気配に校長の体が凍り付く。

 

「しまった!?」

 

 二人同時の回し蹴りが校長の腹を痛烈に打った。

 

「ぬおっ!?」校長は靴底を引きずりながら踏みとどまり、止まったところで腹を押さえて片ひざをついた。その時に、校長の体をおおっていた光の守りがガラスが割れるような音をたてて崩れ落ちた。二人少女の何もない暗黒の顔が校長を見ている。二人とも体中から煙を吹いていた。彼女らは大きなダメージをものともせずに校長に反撃してきた。

 

 闇色の少女たちが左右別々の場所に飛ぶ。そして、二人同時に壁を蹴って、二人同時に校長に迫っていく。その時、校長が杖の底で床を強く突いた。そこから白い魔法陣が広がり、

 

「秘術! 閃光の障壁!!」

 

 校長の魔法陣の周囲から高く吹き上がった光の壁が一瞬で周りに広がり、校長に迫っていた黒い少女たちは白い閃光にのまれて消えた。光はドーム型の部屋いっぱいに広がった。

 

 部屋から目の眩むような閃光が薄れていくと、禁呪に禁呪を重ねた校長が刃物が突き刺さるように痛む心臓を押さえてうずくまった。険しい顔で苦しそうにうめきながらの、辺りの状況を確認する。そして彼に絶望を与える二人の黒い影が、互いの傷ついた体を支え合ってひざを付いていた。

 

「くおおぉっ!」

 

 校長が魔法の杖を支えに立ち上がろうとすると、それよりはるかに素早く闇に塗りつぶされた少女たちが立ち、後ろで手と手を握る。同時に二人が出した手の前に三日月と星の黒い六芒星魔法陣が現れた。校長が痛む胸を片手で押さえた状態で杖を構える。黒い魔法陣から暗い色の炎が噴出し、大きな流れとなって校長に向かってくる。

 

「キュアップ・ラパパ! 光よ守りたまえ!」

 

 光の壁に黒い炎がぶつかり、焔を広げて光を飲み込まんとする。校長が杖を持つ手は震え、そしてついに光の守りは破られた。校長の苦痛の叫びは黒い炎に飲み込まれた。

 

 校長は必殺の炎を受けた後も気力だけで立っていた。全身から煙を上げ、グリーンの目は光を失い虚ろだった。

 

「倒れるわけには……いかぬ……」

 

 彼のかすむ視界に黒い者が近づいてくるのが見える。倒れそうになっている彼の体を痛烈な衝撃が襲う。闇そのものとなったプリキュアの二人同時の飛び蹴りが校長の体を打っていた。

 

「ぬあああぁっ!!?」

 

 校長は壁に叩きつけられ、崩れた石壁と一緒にずり落ちた。手放された金色の杖が床に一度跳ねて、高い音がドーム内に響いた。校長は失われつつある意識の中で考えた。

 

 ――強き思いだ。君たちは誰のために戦っている? わしは生徒たちのために戦っている。しかし、わしは負けた。あの子らの思いの方が強かったのだ……。

 

 もう校長は指一本動かすこともできなかった。ぼやけてほとんど見えない視界の中に、二つの黒い影の存在だけが際立っていた。そして、部屋を照らしていた魔法の光が力を失い全てが闇にのまれる。彼は、リコ、みらい、小百合、ラナの顔を順番に思い浮かべていった。

 

 ――ここまでか……すまぬ……。

 

 彼は目を閉じると、どこまでも続く深い闇に落ちていった。体の痛みも、息の苦しさも、あらゆる感覚が次第に遠ざかってゆく。その過程が意外に心地よく、心を穏やかにしてくれる。校長はこれが死なのだと認識し、そう悪いものでもないなと思った。そして、落ちてゆく闇の先に希望の光が見えた。光は次第に近づいてきて、ついに校長の見ている世界の全てに満ちた。目を開けると、やはりその場所にも光が満ちていた。校長はついに天に召されたかと思う。だが、目の前で光を放つものを見た瞬間にあらゆる思考が吹き飛び、叫んだ。

 

「なんと!!?」

 

 校長が目覚めた場所は先ほどと何も変わっていなかった。校長の目前で緑色の宝石が温かい光を放っていること以外は。

 

「リンクルストーンエメラルド!!?」

 

 校長はエメラルドの力で体の傷が癒されていることを知った。エメラルドはひとりでに宙を移動して、床に倒れている杖の先端の中に入った。驚きに満ちていた校長の顔が急に凛々しく引き締まる。彼は金色の杖をつかんで立ち上がった。杖に宿ったエメラルドの優しい光が闇を追い払い、黒い影の少女たちの姿まで照らしていた。

 

(この子たちを許してあげて。ただ大切な人を守りたかっただけなの)

 

「ことは君!?」

 

 それは確かに花海ことはの声だった。校長は悲し気な瞳で漆黒の少女たちを見た。二人は足元で黒い炎を散らして疾走した。そして同時に高く跳ぶ。校長はエメラルドの宿る杖を上に向けた。

 

「キュアップ・ラパパ! 光よ守りたまえ!」

 

 二つの影が光の壁を鋭く蹴った瞬間に、白い衝撃が広がって二人同時に吹っ飛び、双方壁に叩きつけられてめり込んだ。二人は怯まず壁から降りて再び後手に右手と左手をきつく結ぶ。そして、先ほどとほとんど同じシーンが繰り返される。再び黒い魔法陣から噴き出した炎が校長に襲いかかった。

 

「キュアップ・ラパパ! 光よ貫け!」

 

 校長の杖からでた光の波動と黒い炎がぶつかり合い、光が闇を打ち払い闇色のプリキュアたちをおおい尽くす。二人は同時に床に倒れるが、倒れたまま手をつないで起き上ろうとした。その決してあきらめない姿に校長は胸が熱くなった。

 

「もうよい。もうやめるのだ。君たちの気持はよくわかった。君たちが長い間守り続けてきたものが必要なのだ。今プリキュアとなって戦い、苦しんでいる少女たちのために」

 

 校長の心が届いたのか、闇色に燃える少女たちは立ち上がるともう動かなった。ただ、仲の良い姉妹のように片方の手だけはつないだまま離さなかった。

 

 校長は菩薩のように胸で片手を立て、エメラルドが輝きを放つ杖で少女たちを示し、そして彼は慈悲の心で呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ! 光よプリキュアの魂を天へと導きたまえ!!」

 

 校長の杖の先端がさらに強く輝き、そしてエメラルドを挟んで二つの白い光輪が現れる。杖から放たれた穏やかな光の流れが黒い少女たちを包み込む。光の流れの外側を飛んできた光輪が少女たちの頭上に移動しゆっくりと下降した。輪をくぐった部分から少女たちの闇が晴れていく。そして、校長は彼女たちの本当の姿を見た。

 

「黒いプリキュア……」

 

 桃色の長い髪の少女はキュアダークネス、金髪のショートヘアの少女はキュアウィッチそのものの姿だった。二人は淡い光の中でやんわりと両手を合わせて寄りそい、悲し気な、そしてどこか安心したような表情を浮かべた。やがて少女たちは光となり、人の姿を崩して散っていく、光はまるで春に舞い上がる綿毛のように可憐だった。

 

 

 

 大きな三日月の夜に小百合は椅子に座ってラナの寝顔を見つめていた。ラナが起きたらどんな言葉をかけようか、ずっと考えていた。その時、誰かに呼ばれたような気がして顔を上げた。小百合は立ち上がり、誰かに引かれるように歩いて外に出る。リリンもその後についていった。

 

 夜空に無数の星のようなものが見えた。しかし、星ではない。それは星よりもずっと近くにあって、小百合を見つめてでもいるように同じ場所にいつづけた。そして、小百合には微かに声のようなものが聞こえた。

 

「え? お願いって? あなた達は誰なの? お願いって何なの?」

 

 無数の光が流れとなって名残惜しそうに円を描いてから夜空に舞い上がっていく。小百合には彼女たちが何を言いたかったのか、何となくわかるような気がした。

 

 

 

 闇に沈む白い神殿が存在するとある島で、フレイアもまた三日月の上を流れていく光を見ていた。無数の星のような光の流れが形を変えて、二人の人間が手をつないでいるような姿になった。

 

「そうですか、ようやく母なる宇宙に帰ることができるのですね。どなたかは存じませんが、二人を救って頂いたことを感謝いたします」

 

 目を閉じているフレイアには、解放された親友たちの命の光が見えていた。フレイアに感謝の言葉はなかった。言葉などではとても言い表すことはできない。二人は永遠ともいえる長い時間を、魂だけの存在になって生き続けたのだ、友を守るために。フレイアは赤い宝石の付いている錫杖を三日月に向かって高く上げ、そして唱えた。

 

「消えゆく命に希望の光を!」

 

 花をかたどった赤い宝石が強い光を放った。その輝きは様々な場所に届き、見た人を悲しい気持ちにさせた。それが二人対するフレイアの別れの言葉であり、感謝のしるしであった。

 



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第16話 いきなり出現!? 白い月の塔と二つのサファイア!
みらいとラナの目覚め


 校長がドームの部屋から奥へと進むと、床に描かれた宵の魔法つかいの魔法陣から放たれる光が柱になって天井にも同じ形の魔法陣を映していた。その光の中に、黒、白、金の3冊の分厚い本が浮いている。

 

「これが古の歴史を記した書か」

 

 校長は光の中に手を入れて本を一冊ずつとり、もう片方の手の上に置いていく。本は魔法で校長の手の上に浮いていた。そして彼が3冊全ての本を手に入れた時、杖の中のエメラルドが眩い輝きを放ち、校長は思わず目を閉じた。光が落ち着いてから目を開くと、そこは魔法図書館の扉の前だった。

 

「エメラルドがここまで連れてきてくれたのだな」

 

 校長が杖の先端を見ると、もう水晶玉の中からエメラルドの姿が消えていた。

 

「校長先生!」

 

 走ってくるリズの後を水晶が浮遊してついてきていた。更にその後には教頭先生の姿もあった。

 

「おお、教頭、リズ先生……」

「よくご無事で」

 

 リズは安心しきって今にも涙が零れてしまいそうだった。

 

「魔法界の礎は奇跡の光によって帰還すると、お告げがあったのですわ」

 

 水晶がリズの肩の上あたりに浮きながら言った。その時、リズの目の前にいた校長が急に意識を失って倒れる。

 

「校長先生!!?」

 

 倒れてきた校長をリズが抱きとめると、自分が思っていたよりも校長の体がやせていて驚く。校長の手から3冊の本が図書館の床に滑り落ちた。

 

「すまぬ、このような体たらくで……」

 

 意識を取り戻した校長の細い声がリズの耳元に聞こえた。リズはとりあえず校長をその場に寝かせて、自分のひざの上に彼の頭を置いてやると少しだけ驚いた。校長のつややかな銀髪は白髪に変わり、無数の皺が刻まれた顔には長い白髭がたくわえられていた。

 

「校長先生、しっかりなさって下さい!」

 

 校長がいきなり老人になったことでリズはその身を案じた。

 

「寝ている場合ではない……本を……」

 

 校長が手探りで落とした本を探していると、それを教頭が拾い上げる。

 

「校長、そのお体では無理です。お休みになって下さい」

「だめだ。今すぐに虚無の時代の謎を解き明かさねば……」

 

 校長が苦しそうに教頭の持つ本に向かって手を伸ばすと教頭は厳しい顔で言った。

 

「あなたにこれ以上無理をさせるわけにはいきません。そのお役目はわたしとリズ先生にお任せ下さい」

 

 校長は諦めて伸ばした手を下におろした。

 

「……わかった、君たちに任せるとしよう。その本にいか様な事実が書かれていようとも、どうか冷静に事を進めてもらいたい」

 

「お任せください」

 

 教頭は厳しい顔のまま事務的に答えた。彼女のぶれない姿は校長を安心させた。それから校長は、心配そうに自分の顔をのぞき込んでいるリズに言った。

 

「君には今少し校長代理でいてもらわねばならぬようだ」

「わかっています。しっかりとお役目をはたしてみせます」

「頼んだぞ……」

 

 それから校長は目を閉じて動かなくなった。

 

「そんな、校長先生……」

 

 悲愴な顔をするリズに対して、教頭は診察する医者のような目で校長の顔を見つめる。

 

「寝ているだけです。よほどお疲れになったのでしょう」

 

「そうでしたか、わたしはてっきり……」リズが心臓の鼓動を押さえるように胸に手を置く。

 

 教頭がため息をついていった。

「まったく人騒がせな」

 

 そして教頭は拾った3冊の本の内、一番上になっている伝説の魔法つかいの魔法陣が表紙になっている金色の本を手に取って返した。裏表紙には宵の魔法つかいの魔法陣が描かれていた。

 

 

 

 魔法界に朝日が昇る。朝早くからみらいの様子を見に来ていたリコは部屋の空気を入れ替えようと窓に近づく。彼女がやわらかな春の日差しに目を細めると後で衣擦れと人の動く気配がした。

 

「みらいが起きたモフ―ッ!」

 

 リコが振り向くと起き上ったみらいが眠そうに目をしばしばさせて、ベッドの上に立っているモフルンが両手を上げて体いっぱいに喜びを表していた。

 

「うーっ、なんかお腹すいた」

 

 リコはみらいに近づくごとに、その表情をかえていった。喜びの笑顔から瞳に喜びの涙が溢れ、そこに申し訳ない謝りたい気持ちがたくさん注がれた。

 

「リコ~っ?」

 

 寝ぼけ眼のみらいにリコが抱きついた。

 

「みらい……ごめんなさい……」

「リコ……」

 

 静かに涙を流す親友を背中を抱いて、みらいは満たされた気持ちになる。

 

「また、心配かけちゃったんだね。わたしの方こそごめんね」

 

 同じ時、別の場所でも穏やかな喜びに満ちた瞬間が訪れていた。小百合は起き上ったラナを強く抱きしめて何も言えずに泣いているばかりだった。言いたいことはたくさんあるのに、うまく言葉にできなかった。いきなりの事に驚いていたラナは、すぐに笑顔になって小百合の絹糸のように滑らかな黒髪をなでた。

 

「よしよし」

 

 リリンは近くのテーブルの上に立ち、強く触れ合う少女たちの姿を輝く星の瞳で見ていた。

 

 開いている窓から春風と一緒に小鳥のさえずりが入ってくる。一年中春の魔法界の天気は今日も穏やかであった。

 

 

 

 いまの魔法学校は何となく色めきだっていた。

 

 教室に集まった生徒たちの視線が教壇の前に立っているリズに集まっている。大切な話があるというので、みんな緊張して若き校長代理を見つめていた。

 

「今日はみなさんに重要なお話があります。校長先生が先日お帰りになりました。けれど、少し体調が良くないので、もう少しの間わたしが校長代理を引き継ぐことになりました」

 

 生徒たちの間からざわめきが起こる。みんな不安そうな顔をしていた。校長がまだ旅に出ている事にすればよさそうだが、リズはこれ以上は生徒に嘘をつきたくなかったので正直に打ち明けた。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。旅の疲れがあって寝込んでいるだけですから」

 

「あの校長先生が寝込むなんて、よっぽど大変な旅だったんだな。まあ、リズ先生がまだ校長でいてくれるのは嬉しいよな」

 

 ジュンが言うと、教室中が何となく明るくなって楽しそうな話声が広がる。するとリズは少し強い調子で言った。

 

「あなたたち止めなさい。それじゃ校長先生が寝込んでいるのを喜んでいるみたいじゃない」

 

「校長先生はもちろん心配だけど、代わりにリズ先生が校長先生でいてくれるのが嬉しいんです」

 

 ケイが言うと、リズは嬉しい反面、校長に申し訳ないような気持にもなってしまった。

 

 その日も授業の合間に教頭と一緒に学校の廊下を歩いていると、リズ先生! リズ先生! と生徒たちが手を振ったり挨拶したりしてくれる。生徒たちの中にはリズを敬愛すると同時に、一流の女優か人気のアイドルでも見ているような楽しさがあった。

 

「リズ先生の人気はすごいですね。校長先生が廊下を歩いていても、生徒たちがわざわざ教室から出てきてまで挨拶はしていませんでしたよ」

 

「何だか校長先生に悪い気持ちになります。生徒達からちやほやされているような私が、校長の役目など引き受けてよかったのでしょうか? わたしには校長先生のような威厳はありませんし」

 

「あなたはあなた、校長は校長です。リズ先生が校長と同じ威厳を持つ必要などありません。校長が持っていてリズ先生に足りないものはたくさんあります。逆にリズ先生が持っていて校長が持っていないものもたくさんあるのです。あなたはあなたらしく校長の役目を全うすればよいのです」

 

「教頭先生……ありがとうございます」

 

 教頭の言葉はリズの胸に深く響いた。リズはこの時に教頭が生徒だけではなく、魔法学校の全てに考えを巡らせ正しい判断をしているのだと知り、教頭に対する尊敬がより深くなった。

 

 

 

 リコが湯気と良い匂いを漂わせるチーズと卵のリゾットをスプーンですくって、それをみらいの口に運んだ。

 

「はい、あーんして」

「そんなことしてもらわなくても大丈夫だよ。一人で食べられるから」

 

「ダメよ! 病み上がりなんだから安静にしてなくちゃ」

「リコのいうとおりモフ」

 

 リコが本気で心配しているし、モフルンもそう言うので、みらいはあーんと口を開けて卵リゾットを食べさせてもらった。

 

「おいしいっ! すごくおいしいよこのリゾット!」

「ペガサスのミルクのチーズとフェニックスの卵で作った特製リゾットよ」

 

「フェニックスの卵!? それはワクワクもんだぁ!」

「ナシマホウ界のフェニックスと違って燃えたりはしていないけどね。体全体が燃えているように赤い大きな鳥なの」

 

「すごいなぁフェニックス、見てみたいなぁ」

 

 リコは久しぶりにみらいのワクワクもんを聞いて安心することができた。みらいの食事が終わる頃になって、リズが顔を出した。

 

「調子はどう、みらいさん」

 

 リコが急に立ち上がって背筋を伸ばし、リズに向かっていやに丁重に頭を下げる。

 

「お勤めご苦労様です、校長代理!」

「え? え? えっ!?」

 

 リコのおふざけに、みらいがびっくりしてリコとリズの何度もいったりきたりして見た。リズは思わず苦笑いしてしまった。それからみらいは詳しい話を聞いて大声を上げた。

 

「リズ先生が校長先生!!?」

「ほんの短い間だけの代理よ」

 

「それでもすごいよ! リズ先生が校長先生の代理なんて! でも、あれ? じゃあ校長先生は今どうしてるの?」

「その事なんだけど、二人にお話があるのよ。そのままでいいから聞いてね」

 

 みらいとリコが黙ってリズの顔を見上げる。みらいがモフルンを抱く腕に少しだけ力が入った。

 

「心配はいらないのだけれど、校長先生は少しお疲れになって休んでいます。それで、校長先生があなたたちとお話ししたいそうよ。落ち着いてからでいいから、後で校長先生に会いにいって下さい」

 

 みらいはそう言うリズの姿を見て感動していた。リズの姿は以前とは明らかに違っていた。以前の理知的な美しさに加えて、魔法学校を背負っている者の大きさと風格があった。

 

 

 

 ラナはベッドでぐでっとうつ伏せに寝ている。小柄な体の全てからだらしのなさをにじませていた。

 

「あ~う~、お腹すいたよぅ。アップルパン~、お肉~、リンゴジュース~、美味しいお菓子も~」

 

「はいはい、わかったわよ!」

 

 ラナは起きてからというもの、小百合が優しくしてくれるので、わがままいい放題だった。小百合にはラナをひどい目に合わせた責任があるので、しばらくは我慢しようと思っていた。

 

「まったく、調子に乗ってるわね……」

 

 魔法の杖を振って料理しながら言う小百合の声がラナの耳に届く。

 

「あう~、からだいたいよ~」

 

 ラナがさらに調子にのって言うと、小百合が魔法で操っていたフライパンやフライ返しが浮力を失って大きな音をたてて落ちた。ラナがびっくりして見ると小百合が血相を変えて駆け寄ってきていた。

 

「大丈夫!? どこが痛いの!? 手当するから痛い場所を教えて!」

 

 小百合の心配の仕方があんまりすごいので、ラナはまたびっくりしてしまった。

 

「ご、ごめん、冗談だよ。そんなに心配すると思わなかったの」

「なんだ、驚かせないでよ……」

 

 ラナは小百合が怒ると思ったので心底ほっとしているその姿を見てまたまたびっくりした。

 

「小百合どしたの? なんでそんなに心配してるの?」

「何でって、あんた自分に何があったのか覚えてないの?」

 

「う~んとね、黒いのと白いのがどーんてきたのは覚えてるよ」

「その後あんたは怪我してずっと眠っていたのよ」

 

「へ~え、そうだったんだ~」

「何も分からないでわがまま言ってたの?」

「いつもより小百合が優しいから、ラッキーって思ってた」

 

 それを聞いた小百合は呆れてしまったが、後からラナを思いっきり抱きしめたい気持ちになった。

 

「あんな事があっても、あんたは何も変わらないのね」

「変わってるよ~、お腹ペコペコだよ~」

 

 ラナが微妙に意味の通らないことを言いだすと、小百合は嬉しくなって笑った。そして、ラナの存在が自分の活力になっていることを肌で感じるのだった。

 

 

 

 リコはみらいを一日休ませてから、次の日に校長に会いにいった。

 

 みらいとリコが校長の自室に入った時、校長が老人の姿なので少し驚いた。二人は今までも年老いた校長を見たことはあるが、それはいつも魔法を使った直後の事であり、それも苦い薬膳茶を飲めばすぐに元の若い姿に戻るのだ。それが今は老人であるのが当たり前というように最初からその姿だった。

 

「おじいさんになってるモフ」

 

 みらいに抱かれているモフルンが言うと、二人を心配させまいと校長が微笑する。

 

「少々無理をしすぎてな。なかなか元の姿に戻らんのだ」

 

 校長はベッドの上で半身起きた状態で言った。その手には湯飲みがあって、薬膳茶を一口すすっる。リコが校長にいった。

 

「校長先生、なにがあったんですか?」

 

「多くは語るまい。知らない方がいい事もあるのだ。ただ、君たちにこれだけは伝えておきたかった」

 

 そういう校長の緑の瞳はどこか悲し気だった。彼はしばらく黙っていて、思いを馳せていた。

 

「近いうちに宵の魔法つかいと魔法界の歴史との関りが明かされるだろう。それは君たちを惑わせ、悩ませるものかもしれぬ。それでも君たちは正しい道を選択すると、わしは信じている。もし道が分からなくなった時は、君たちが正直に正しいと思うことをしたまえ」

 

「校長先生、わかりました!」

 

 みらいが元気よく言うと、校長は満足そうに頷いた。

 

「言いたいことはそれだけじゃ。わしも元に戻り次第君たちに協力しよう」

 



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校長先生代理リズ

 リコとみらいが校長と話をしている頃、リズは校長室で事務的な仕事をこなしていた。

 

「キュアップ・ラパパ、サイン」

 

 リズの魔法で十数枚の書類に羽ペンが次々とサインを書き込んでいく。その作業が終わった時に、手元に置いてある水晶に紫の頭髪で片眼鏡の男の顔が現れた。彼の鼻の下と顎には髭があり、整った顔立ちの中に精悍さも持ち合わせる。彼は中年の男の魅力を存分に発揮していた。

 

「校長、早急にお話ししたいことがあります」

「お父様?」

「なっ、リズ!? どうしてお前がそこにいるんだ!?」

 

 水晶に映ったのはリズとリコの父親のリアンだった。彼は考古学者で今は魔法界に突然現れた遺跡を調査していた。

 

「校長先生が少し体調を崩されて、校長先生の代理を頼まれたんです」

「な、なにぃっ!!?」

 

 リアンはリズが校長代理になった事と校長が体調を崩した事の両方に驚いていた。

 

「校長が倒れるとは、何があったんだ?」

「倒れるなんて大げさよ。旅の疲れが出て休んでるだけなの」

 

「そうだとしても、あの校長が寝込むとは……」

「お父様、校長先生に伝えたいことがあるのでしょう? 代わりにわたしがお話を聞きます」

 

 リアンは今まで知らないリズの姿を見せつけられ言葉を失ってしまった。

 

「お父様、どうかなさいまして?」

「いや、少しばかり驚いてな。お前、なかなかに校長が板についているぞ」

 

「そ、そうかしら?」

 

「うん、ではお前に話すとしよう。何日か前に魔法界にいきなり謎の島が現れてな。今その調査をしていることろだ。まずはこれを見てくれ」

 

 映像がぐるりと回って止まったところで純白の塔の一部が水晶の中に映し出された。

 

「相当な高さの塔だ。こんなものがいきなり現れるなど、前代未聞の事だ」

 

「中に入ることはできるの?」

「扉はあるのだが、どんな魔法でも開けることができない」

 

 また映像が動いてどんどん塔に近づいていく。そして、アーチ型の白い扉が映し出された。

 

「扉には見たこともない魔法陣がかかれている。相当に古い時代のものであることは間違いない」

 

「この魔法陣は……」

 リズはすぐに呪文を唱えた。

「キュアップ・ラパパ、メモ」

 

 机の上に重なっておいてあるメモ用の紙に羽ペンが扉の魔法陣を写していく。

 

「お父様、お願いがあります」

「なんだ、あらたまって」

 

「近いうちにその塔に入る資格のある少女たちがやってきます。その時はどうか、何も言わずに中に入れてあげてください」

 

「お前、何か知っているのか?」

 

「校長先生の許可がないので詳しくはお話しできません。校長先生が寝込んでいる原因が、その扉に刻まれている魔法陣に関係しているとだけ言っておきます」

 

「ううむ、複雑な事情がありそうだな。わかった、よく覚えておこう」

 

 話が一段落すると、リアンの硬い表情が崩れて父親の顔が出てきた。

 

「それにしても、お前が校長代理とはな。リリアにも話して後でお祝いしよう」

「何のお祝いですか。代理の役職でお祝いなんて恥ずかしいからやめて下さい」

 

 リズは慌てた。こんなお祝いは心底恥ずかしいと思った。しかし、リアンはかなり真面目だった。

 

「校長がお前を認めているというだけでも十分祝うに値する。リリアには話しておくからな、じゃあまたな」

 

 そして水晶の映像が消えてしまった。これは本格的に祝われるなと思うと、リズはため息がでてしまった。それから彼女は気を取り直し、すぐにリコとみらいを校長室に呼んだ。

 

 二人が校長室に瞬間移動してくると、リズは何を言う間も与えずにメモ用紙に書いた魔法陣を二人に見せた。

 

「それ、小百合たちの魔法陣だ!」

 みらいが言うと、リズはメモ用紙を置いた。

 

「扉にこの魔法陣が描かれた遺跡が、何日か前に魔法界に突然現れたわ。あなた達に場所を教えます。小百合さんとラナさんは必ずこの遺跡にくるでしょう。それに対してどうするべきなのか、それはあなた達が自分で決めなさい」

 

 どうすると言われても、リコは正直に言ってわからなかった。自分たちには関係のないその場所にいって何の意味があるのか。だからリコは言った。

 

「みらいが決めて」

「わたしが決めちゃっていいの?」

 

「みらいはいつも正直だし、そして正しい道を歩んできたわ。だからあなたに決めてほしいの。それがどんな結果になっても、わたしは後悔しない」

 

「リコ……」

 

 みらいは抱いているモフルンの顔を見つめた。

「みらいが一番したいことをするモフ」

 

 モフルンの言葉で、みらいの顔に笑顔が生まれる。

「行こう! わたしたちが出来ることがあるかもしれないから!」

 

 それを聞いてたリコは、みらいに任せてよかったと思う。みらい自身を傷つける原因を作った小百合たちを助けたいという思いが、いかにもみらいらしいし、みらいにしか出来ない選択だ。それはきっと正しい道につながっていると信じられる。

 

 

 

 小百合はラナのわがままに付き合ってちょっとだけ疲れていた。元気いっぱいのラナはリリンと一緒にベッドに寝ながら魔法界生物図鑑を見ている。ぬいぐるみと愛らしい少女が並んで転がっている姿がとても微笑ましい。

 

 小百合の方はテーブルの上に英語の参考書を開き、ペンを休めて少しぼーっとしながら何となく宙を眺めていた。するといきなり目の前に楕円の異空間が現れて、そこに黒いドレスの女神が映る。

 

「え!? フレイア様!?」

「おくつろぎで中したか」

 

 楕円の中のフレイアが言うと、小百合は慌てて姿勢を正した。気づいたラナがベッドから降りてフレイアの姿を見上げる。

 

「フレイア様、ちょっと元気なさそう?」

「そんなことはありませんよ。わたくしはいたって元気です」

 

 フレイアにそう言われても、ラナは心配そうに女神の姿を見上げていた。小百合の目にはフレイアはいつもと変わりなさそうに見える。

 

「みなさんにお願いしたいことがあるのです」

「なんでしょうか?」

 

「宵の魔法つかいを司るリンクルストーンがあと二つ残っています。それを集めて下さい。どちらも存在する場所はわかっています。一つ目のリンクルストーンは白い月の塔の天上にあります。ここから南に向かって飛んでいけば塔を見つけることができます」

 

「わかりました、すぐに向かいます」

 

 小百合が立ち上がって言うと、フレイアが優しい笑顔で付け加えた。

 

「塔はリンクルストーンを求める者に与えられる試練ですから、塔の中では変身することができません。少し大変だと思いますけど、がんばって下さいね」

 

 それを聞いた瞬間に、小百合は嫌な予感がしてきた。そんな小百合の隣にラナが寄りそって言った。

 

「フレイア様~」

「はい、なんでしょう?」

 

「そのとうには、どんなリンクルストーンがあるの?」

「それは手に入れてからのお楽しみということで」

「え~」

 

「ロキも白い月の塔の出現には気づいているでしょう。敵もくるかもしれませんから、気を付けて下さいね」

 

 フレイアが言った後に、中空ある彼女の映像がぼやけて消えていった。小百合はフレイアの最後の言葉が衝撃的で少し呆然としてしまった。

 

「……じょ、冗談じゃないわ! 変身できないのに敵に襲われたら洒落にもならないわよ! ラナ、すぐに出るわよ。敵が来る前にさっさと終わらせるのよ」

 

「あいあいさ~。じゃあ、わたしの箒でばばっと行っちゃおう!」

「………」

 

 正直言って、小百合は全速力のラナの箒に乗るのは嫌だったが、変身できない状態で敵に襲われるよりはいいので文句はいわなかった。

 

 

 

 リアンが口ひげを触りながら白い塔を見上げていた。彼のすぐ横で浮いている紙に羽ペンがすごい速さで動いて塔の姿を描き上げている。すると、彼のすぐわきをものすごい速さで何かが通り過ぎた。それが起こしが風で彼の青いマントと若草色の上着が激しくゆらぎ、マントなど吹き飛ばされそうなくらいだ。そして、塔を書き写していた紙とペンはどこかへ吹っ飛んでしまった。

 

「とうちゃ~く」

「デビー」

 

 リアンが驚いたまま固まった顔で振り向くと、箒から降りたラナとリリンが並んで両手を上げていた。後から降りた小百合は千鳥足で、狂気的なスピードにやられて頭がくらくらしている。小百合が倒れそうになると誰かがその体を支えた。

 

「君、大丈夫かね?」

「ありがとう……」

 

 小百合は彼の姿を見た瞬間に、きゅんと胸が鳴った。

 

 ――この人すてきかも。

 

 リアンの知性を兼ね備えた精悍さが小百合の胸に迫る。

 

「す、すみません!」

 

 小百合は意味もなく謝ってリアンから顔をそらす。父親のいない小百合はリアンのようなかっこいい大人の男性に憧れてしまうのだ。

 

 ラナとリリンがそんな小百合の姿をじっと見ていた。

 

「どしたの? 小百合なんか変だよ」

「顔が真っ赤デビ!」

「うるさいわね、あんたたち!」

 

 リアンは小百合の近くでふわふわ飛んでいるリリンと見つけると思わず駆け寄っていた。

 

「その黒猫君は、もしやぬいぐるみでは!?」

「そうでデビ。リリンはぬいぐるみデビ」

「ううむ、そうか」

 

 リアンは顎ひげを触りながらモフルンのことを思い出していた。彼の頭脳なら、モフルンとリリンを照らしあわせて答えを導くのは簡単だ。

 

「リズが言っていたのは君たちのことか」

 

 いきなりリズの名前が出てきて小百合は戸惑った。この人は誰なんだろうと思っていると、後ろから声がした。

 

「ねえ小百合! この扉にわたしたちの魔法の円があるよ!」

 

 小百合がリリンと一緒に駆け寄ると、ラナが塔の入り口の白い扉をぺたぺた触っていた。後からきたリアンが後ろからのぞき込む。ラナが軽く扉を押したら動いて隙間ができた。

 

「あ、開いた~」

「なっ!? どんな魔法でも開かなかった扉がいとも簡単に……」

 

 小百合はすぐ近くで驚いているリアンが気になったが今は時間がない。

 

「行くわよ、ラナ、リリン」

 

 小百合は扉を押し広げると、やっぱりリアンの事が気になって一度振り返った。

 

「気を付けて行きたまえ」

 

 そんな何気ない彼の言葉が小百合の胸に温かく響く。

 

「はい、おじ様」

 

 小百合は思わずそんなふうに言った後に、体がかっと熱くなるのを感じた。

 

 

 

 白い月の塔という名の通り全てが白い、壁も階段も。二人は脳みそが空にでもなったような顔で螺旋に続く階段を見上げていた。二人がどんなに目を凝らしても、階段の終わりが見えなかった。さらに恐ろしいことに、そんな高さの階段にもかかわらず、手すりというものがなかった。

 

「フレイア様はちょっと大変っていってたよねぇ。これって、すごく大変じゃなあい?」

 

「……あの人の言葉を信じたのが間違いよ。いきなりナシマホウ界から魔法界に行けって言うような人だからね。お願いは基本的に無茶ぶりなんだわ」

 

「こんなのどうってことないデビ、二人とも早く行くデビ」

「あんたは飛べるからいいわよね!」

 

 小百合が得意なリリンに突っ込んでから、二人は並んで階段を上がり始めた。階段の左手にある壁に空洞になっている小さな窓が等間隔にあって外が見える。塔自体が淡い光を放っていて内部は明るかった。

 

 二人は最初は軽快にすすんでいたが、だんだんペースが落ちていく。そして二人の息も上がっていく。そして限界まで頑張ると、階段の踊り場に二人同時に倒れた。

 

「もだめ~。そろそろつくんじゃなあい?」

「まだ上も見えていないわよ……」

 

 小百が息を切らせながら言うと、絶望したラナは体の力が抜けた。

 

「二人とも、この程度で情けないデビ」

「あんたにわたしたちの大変さは分からないでしょうね!」

 

 平気な顔をして飛んでいるリリンに小百合がまた突っ込んだ。とにかく二人はがんばって、休みながら階段を上るのだった。

 

 

 

「あれか、ロキ様が言っていたのは」

 

 氷の竜から生まれたヨクバールの背に乗って猫の姿のフェンリルが白い塔を見つける。それとほとんど同時に、箒に乗ったリコとみらいも別の方向から塔に近づいていた。

 

「お父様!」リコが塔の前にいるリアンの下に降りてくる。

 

「リコ! それに君達まで」リアンがモフルンを抱いているみらいを見ていった。

 

「お父様、あの塔に誰か入って行かなかった?」

「黒猫のぬいぐるみを連れている女の子が二人入っていったよ。リコの知り合いなのか?」

 

 それにリコがなんて言おうか迷っていると、みらいがはっきりと言葉にする。

 

「二人とも友達なんです!」

「友達モフ!」

 

 モフルンもみらいと一緒になって楽しそうに言った。それにリアンが何か答えようとすると、

 

「ヨクバァーーールッ!」

 

 二人が見上げると塔白い壁をに沿ってヨクバールが上昇していく。それを見たリアンが目をむいた。

 

「何だあの怪物は!?」

 

「あのヨクバールは!」リコは飛んでいく暗く強大な姿を知っている。

「大変だよ!」みらいは突風のように言った。

 

 ヨクバールが翼を大きく開き、塔の白い壁を前にして止まる。フェンリルが怪物の肩に上がってきて言った。

 

「宵の魔法つかいはこの中か。ヨクバール、ぶっこわせ!」

 

「ヨクバールッ!」ヨクバールの前に巨大なツララが3本現れ、冷気の白煙を吹いて撃ちだされ、壁に次々と突き刺さった。

 

 階段を上がっていた小百合たちを強い振動が襲う。

「うわっ!? ないなに!?」ラナが壁に寄りかかって怯える。

 

「まずいわね、たぶん敵がきたのよ」

「別になんにも起こってないデビ」

「あんたは飛んでるから分からないのよ!」

 

 小百合がまたリリンに突っこみを入れたその瞬間、小百合たちがさっき通った階段の壁が吹っ飛んで竜の頭が中に突っこんできた。そして、竜の骸骨が小百合たちを睨み、アイホールの赤い光が強くなる。

 

「いやーっ!!?」

「でた~っ!!?」

「デビーッ!!?」

 

 小百合とラナとリリンが同時に叫び、みんなに階段を駆け上がった。ヨクバールの頭の上にフェンリルが飛び乗って小百合たちの姿を捉える。

 

「いたなプリキュアども! 新しいリンクルストーンなど与えてたまるか!」

 

 ヨクバールが塔の中から頭を引いて姿を消すと、今度は壁伝いに走っていたラナのすぐ横に衝撃があり、壁に亀裂が入りラナが横に飛ばされる。

 

「うわぁッ!!?」

「ラナ!」

 

 階段から落ちラナの手を間一髪で小百合がつかんでいた。ラナは宙づりに近い状態で下を見て息が止まった。高すぎて底が見えなかった。

 

「あうあうあう……」

「離すもんですか!」

 

 小百合がラナを何とか階段の上に引き上げた時に、また背後の壁に衝撃があった。

 

「やっと天井が見えてきたっていうのに、このままじゃ……」



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もう一つのサファイア

サファイアスタイルの変身シーンは読まずに脳内映像再生をお勧めいたします。


 外では塔を攻撃し始めたヨクバールを見てリアンが険しい顔をしていた。

 

「あの子たちを狙っているのか!」

 

「二人とも変身モフ!」

 

 モフルンがみらいに抱かれながら言うと、リコとみらいは目と目を合わせて頷いた。

 

 みらいとリコが左手と右手をつなぐと、そこにリングでつないだ可愛らしいハートと星を背景にした光のハットが現れる。つないだ手を後ろへ、みらいが輝くピンクのローブに、リコはきらめく紫のローブに身を包み、二人で同時に手を高く上げる。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 二人の頭上に水が弾けるような波紋が広がり、そこから湧き出た青い閃光が飛翔する燕のよな鋭さで屈折しながら上昇し、最後の上に向かっていく。

 

「モ~フ~」

 

 モフルンが水が吹き出すような光の周りを螺旋に飛んでいくと、青い光が一か所に集まって青き輝石現れ、モフルンの胸のリボンの中心で海のように輝いた。

 

『サファイア!』

 

 泡のような不思議な光が下から湧いて、海の底のような青い世界が広がる。モフルンを真ん中に、みらいが左側、リコが右側で手をつなぎ、二人は背中合わせになった。そして、シルクのように美しい無数の帯と、水玉のような青い光を広げながら華麗に回る。

 

『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ』

 

 モフルンの体に青いハートが現れると、彼女らの周囲に柔らかいシルクの帯で紡いだような大きな白いハートが現れた。3人が手をつないだまま飛翔すると、足元から尾を引く光が高速の世界へと導く。流れゆく水のような景色の中で、みらいとリコが青い光に包まれて、少し大人になった姿に変わった。

 

 3人は青く輝くリングの中心に立った。みらいとリコが手をつないでいるモフルンを高く高くかかげると、二人の後ろに星を散らした天の川のような光が流れ、頭上で輝いた青い光が輪になって下降し、3人をくぐっていく。海底から上へと昇る泡のような無数の光の中で、みらいとリコの姿がプリキュアへと変わっていく。

 

 みらいの胴回り、へその上部に赤いハートを飾ったピンクのリボンが現れると、同時にネックリボンから胸を包み腰にフィットしたところから膝上の高さにふわりと広がる青いドレス、その下にピンクのトップス、神話の女神を思わせるピンクのスカートがひざ上程までらめく。

 

 リコの胴回りに白金のリングが現れ、リングに通った大きなパールが、へその左下で淡く光る。同時に群青のネックリボンと同色のトップス、ふわりと左肩に巻き付く青い生地の袖が現れ、その左肩の袖の斜め下に水色のリボン、そこから体の中心に向かってV字に分かれる衣服が形成される。腰下まで青、そこから下はシャープなラインの群青のドレスになり、ひざ下の丈程までマントのように広がる。その下に深い切込みのある青のスカート、さらにその下のピンクのスカートが柔らかい花弁のように揺れる。

 

 ミラクルの両腕と両足に水の輝きが宿り、それが泡のように消えていくと、足に黄色のサンダル、ひざ下、足首に金環、ひざ下の金環と足の甲を飾るピンクコーラルの間に、淡い青のレッグドレスが繋がる。中指にもピンクコーラルがあり、そこから肘の上まで、開いた袖口が波型の白いフィンガーレスの手袋が包む。

 

 マジカルの両腕と両足に水の輝きが宿り、それが泡のように消えていくと、足に群青のサンダル、ひざ下に青のリボンタイ、その下から足首辺りまでは金の縁取りのある群青のレッグドレスとなる。同時に腕には、わきの下から二の腕まで、竹を斜めに切った形の袖口の群青のグローブが、人差し指にある金の指輪まで長くつながっていた。

 

 ミラクルとまじかるが右手と左手をつないで向かい合い、モフルンと3人で輪の形になると、二人の長い髪が青に包まれ、形が変わり、泡が弾けるように光が消える。

 

 ミラクルのふんわりとした髪は、後頭部で青いパールが数珠つなぎの髪紐にしばられ、左側の三つ編みの部分と一緒に、先の方でピンクの真珠とハートの髪留めで一つにまとめられる。そのピンクの髪留めから先に広がった残り髪が、青い世界で人魚の尾ひれのように跳ね、まとまったテールが金色の人魚のように泳いだ。

 

 マジカルの髪は、水色の帯と一緒に頭の上から少し高いところまで硬く巻き上げられ、そこから垂れる水色の帯を含んだ菫色のポニーテールが水を帯びたように輝く。

 

 髪が変わると二人は跳び上がるイルカのように背をそって再び手を放す。すると、一本の青い光の帯が二人の両腕にまとわり、光が泡になって消えていくと、天女の羽衣が水底のような世界でゆらめいた。

 

 穏やかに目を閉じているミラクルのネックリボンとドレスの交点に菱形の青い宝石が現れ、静かに目を閉じるマジカルの左肩のリボンにも同じく青い宝石が現れて輝きを放つ。

 

 ミラクルとマジカルがモフルンとつないでいる手に白いリングが現れ、モフルンが心から楽しい笑顔で左右を順番に見ていくと、白いリングが小さくなって、ミラクルとマジカルの手首で金色のリングになった。

 

 ミラクルの頭に真珠のような水滴が現れて、それが広がって形となり、水がはじけ飛ぶと、水色のカチューシャと小さな羽飾りのあるピンクのミニハットが現れる。ゆっくり瞳の輝きを見せるマジカルの姿は穏やかなる水の女神。

 

 マジカルのカチューシャのように編み込まれた髪の上に真珠のような水滴が現れ、それが広がって形となり、水がはじけ飛ぶと、二つの真紅の細月のような羽飾りが付いた黒い魔女のミニハットが現れる。ゆっくりと目を開けるマジカルの姿は悩まし気な美の女神。

 

 青きプリキュアとなったミラクルとマジカルが、モフルンと手と手をつなぎ、川のようにつながる星々と、青くきらめくシャボンの流れる水の世界を飛翔しいく。そして3人は青い魔法陣に飛び込んだ。

 

 天上に現れし伝説の魔法つかいの青い魔法陣から3人が舞い降りる。モフルンが先に着地して、ピョンと前に跳んだ後に、二人が同時に舞い降りた。

 

 ミラクルが人差し指を右上に、その指で柔らかく円を描いてから胸の前に戻して優雅に右に回転し、開いたしなやかな右手が斜め下へと流れる。

 

「二人の奇跡、キュアミラクル」

 ミラクルの下から輝く無数のシャボンが舞い上がる。

 

マジカルが横向きに美しい背中を見せて、返した右手に立てた人差し指を頭の後ろへ、曲げた右腕の間から美しい顔を覗かせる。最高峰の彫刻家が創造したような美しい指で斜め上を指し、その指がため息の出るような動きで円を描く。マジカルは左へ周り、右手を腰に左の人差し指を横へと流す。

 

「二人の魔法、キュアマジカル」

 マジカルの足元から無数の泡のような光が散りばめられる。

 

 ミラクルとマジカルが左手と右手を合わせると、二人の羽衣が同時にはためく。二人は寄りそい、その身にお互いの存在を感じながら、後ろ手に合わせていた手を放し、少女たちの柔らかく開いた美しい手が前で重なり合った。

 

『魔法つかい、プリキュア』

 

 二人は同時に飛翔して、白い塔に沿って上昇していった。それを見上げるリアンは、リコたちと小百合たちがどんな関係なのか考えていた。モフルンはリアンの足元で塔が突き刺さる刺す雲の中にミラクルとマジカルが消えていくのを見つめていた。

 

 

 

 小百合たちは死力を尽くして塔の階段を上がっていく。小百合よりも体力のないラナは息も絶え絶えでもう限界だった。

 

「あうっ!?」

 ラナがつまづいて倒れてしまう。

 

「ラナ!?」

「はぁ、はぁ、はぁ、小百合わたしもダメ……先にいってぇ……」

 

「バカッ! 行けるわけないでしょ! それにリンクルストーンの試練なんだから、二人で行かないと意味がないわよ」

 

 小百合が階段を少し降りてラナに肩を貸そうとしていると、

 

「二人とも、急ぐデビ!」

 

 小百合がラナを支えて前を見ると、壁が突き破られて石の破片が飛び散った。粉塵が煙る中に氷のように冷たい輝きの爪のある竜の手が、小百合たちの前に壁となって立ちはだかっていた。リリンが小百合の後ろに隠れて、小百合とラナはこの世の終わりのような顔になった。

 

「もう少しだっていうのに……」

 

 氷竜の背中に乗っているフェンリルが牙を見せて笑う。

 

「この状況でも変身しないということは、この塔の中では変身できないんだな。勝った!」

 

 その時、ヨクバールの左右を青い人影が通り過ぎた。フェンリルがはっと見上げると、陽光の中で美しく輝く海のプリキュアの姿に目を見張った。

 

「何だと!!?」

 

 ミラクルとマジカルが急降下する。

 

「はぁーっ!」

「たぁーっ!」

 

 マジカルとミラクルの同時の蹴りがヨクバールの広い背中を打ち、巨体が下にずり落ちて塔に突っこんでいた手も離れた。

 小百合は目の前からいきなり障害物がなくなって、喜ぶより胸がざわつくような予感を覚えた。ラナと一緒に突き破られた壁から外を見ると、空中に立ってこちらを見ている二人のプリキュアと目が合った。

 

「ミラクルとマジカルだ! うわ~、すっごいきれいなプリキュア! あんなプリキュアにもなれるなんて、うらやましいな~」

 

「どうして……」

 

 素直に感動しているラナの横で、小百合はどうにも抑えきれない苦しい気持ちが胸に広がっていた。ミラクルを見ていると、その気持ちが強くなった。

 

「二人とも、今のうちに行くデビ!」

 

 ミラクルの姿を見ていたくない小百合は、リリンに従っていつまでも突っ立っているラナの手を引っ張った。

 

「うわっ!? いきなりひっぱんないでよぅ!」

 

 ラナは転びそうになりながら小百合に引っ張られていった。

 

 ミラクルとマジカルは急降下して止まり、青黒い竜のヨクバールと向かい合った。彼女らの下には白い雲がくまなく敷き込まれた絨毯のように広がっていた。ヨクバールと共に塔を背にするフェンリルが言った。

 

「お前たち、どういうつもりなんだい? 宵の魔法つかいがお前たちに何をしたのか忘れてはいまい。特にキュアミラクル! 生きるか死ぬかの憂き目にあったお前が、なぜ助けに入る!? わたしにはお前の事がまったく理解できん!! 憎くないのかい、宵の魔法つかいが!!?」

 

 フェンリルはミラクルへの不快感を隠さずにまくしたてた。するとミラクルは当然のように言った。

 

「わたしは小百合を恨んでなんていないよ」

 

「……そうかい」

 

 無表情で聞いていたフェンリルは急に目の前に獲物が現れた猛獣のように狂暴な目になった。

 

「よーくわかったよ。お前が救いようのないバカだということがな! お前を見ているとむかついてくる! ここで消えろっ!!」

 

「ギョイィーーーッ!」

 

 ヨクバールがフェンリルの気持に応えて竜の翼を開いて前に出る。その動きが予想外に速く、ミラクルとマジカルは避けられずに体当たりを受けてしまう。二人が悲鳴をあげて左右にはじけ飛んだ。フェンリルはミラクルの方を追撃し、ヨクバールの鋭い棘のついた尻尾を叩きつける。

 

「うあっ!?」

 

 吹っ飛んだミラクルが白い塔の外壁に叩きつけられ、壁が大きくへこみ放射状に亀裂が広がる。ヨクバールが口を開いて大きく息を吸い込む。

 

「はあーっ!」

 

 上からきたマジカルが拳をヨクバールの額に叩き込む。

 

「ヨクッ!」

 

 マジカルの攻撃に動じないヨクバールが頭を上げてマジカルを押し返す。

 

「く……あのフォルムだと、ベースはアイスドラゴンに違いないわ。やっかいなものをヨクバールにしてくれて!」

 

 マジカルが下に見ている敵にミラクルが向かっていく。ミラクルの回し蹴りが竜の首に決まるが、それとほとんど同時に氷の爪の一振りでミラクルは吹っ飛ばされていた。

 

「ミラクル!」

 

 マジカルが高速で飛び、ミラクルに追いついてその背中を受け止める。

 

「あのヨクバール、すごく強いよ」

 

 フェンリルがヨクバールを従えて再び迫る。

「そんなへなちょこな攻撃などきかないね!」

 

 ミラクルとマジカルが真上に飛んで突っ込んできたヨクバールを避け、再び降下して今度は二人同時にヨクバールに向かう。気合の声と一緒に、二人同時のパンチをくり出す。それに対してヨクバールは目の前で大きな両翼を合わせて盾とした。二人の拳が同時に翼にめり込み、ヨクバールが力任せに翼を開くと二人は押し負けて吹っ飛んだ。その隙にヨクバールの極寒の吐息が竜巻になってミラクルとマジカルを襲った。

 

『きゃーぁっ!』

 二人同時に悲鳴と一緒に竜巻に巻き上げられていった。

 

 

 

 小百合たちはついに塔の屋上にたどり着いていた。白い円形のスペースの真ん中に黒い線と赤い三日月と赤い星で魔法陣が描かれていて、その上に大きな赤い三日月が浮び、そして三日月の弧になっている下側の先端に赤い星が浮いていた。

 

 3人で魔法陣の上に浮くオブジェに近づいて見上げてみる。

 

「リンクルストーンはどこにあるの?」

 

 小百合がオブジェを見ても、周りを見ても、リンクルストーンらしいものはどこにもなかった。

 

 突然、吹雪に巻き上げられてきたミラクルとマジカルが塔の天上の上空に現れた。小百合たちの視線が二人のプリキュアに釘付けになった。そのプリキュアたちのまえに上昇してきたヨクバールが現れ、竜の骸骨の(あぎと)を大きく開く。

 

「おや、お前たち屋上まできたのかい。リンクルストーンは見つかったのかい?」

 

 そう言うフェンリルに、小百合は何も答えずに黙っていた。

 

「その様子だとまだみたいだね。人間のままのお前たちを始末するのは簡単だ。だが、わたしには知りたいことがある。お前たちプリキュアの間には、どんな軋轢(あつれき)があろうと憎しみが生まれないのか、もう一度確認する」

 

 フェンリルがミラクルを見つめて言った。

 

「キュアミラクル、お前の後ろにはお前を殺そうとした奴がいる。憎んでいないなんて嘘なんだろう? やっちまいなよ、今なら簡単だ、簡単に恨みがはらせる。奴は今ただの人間の小娘なんだ」

 

 ミラクルは振り向いて、一度小百合と目を合わせた。ミラクルの瞳は無風の湖面のように静かに澄んだ目をしていた。小百合はそんなミラクルの目をいつまでも見ていられなかった。小百合が目をそらすと、ミラクルはフェンリルに言った。

 

「さっきも言ったでしょう、恨んでなんかいない。小百合はとても大切な人のために戦っていたんだよ。ただ、大好きなお母さんに会いたくて頑張っているんだよ。どんな事があったとしても、そんな人を恨んだりなんてできない! わたしは小百合がお母さんに会えたらいいなって思ってる!」

 

「ミラクル……」

 

 マジカルは瞳が熱くなった。ミラクルの言葉は、まるで素晴らしい音楽の一小節のように響き渡った。

 

 小百合は下を向いて酷く苦しそうな顔をしていた。言いようのない嫌悪感と腹立たしさが同時にわいたが、それが誰に向けられているのか小百合は自分でもよくわからなかった。

 

 ラナとリリンの瞳はミラクルの思いに当てられて輝いていた。そして、リリンが赤い星の宿る青い瞳で空を見上げて言った。

 

「ミラクルの心が広がっていくデビ」

 

 ずっと上の青空に青い光が生まれた。ラナがその光を見つめていた。ひかりはどんどん大きくなっていく。ラナはその光が何なのか直感的にわかって叫んだ。

 

「リンクルストーンだ!」

 

 敵も味方も、全ての視線が降りてくる青い光に注がれる。小百合も空を見上げた。光はまっすぐに小百合の下に降りてきた。小百合が両手を出すと、青い光が手の中に落ちて、銀の台座の上に涙型の二つの青い宝石が寄りそうリンクルストーンになった。それぞれの宝石には中央で交差する3本の光があった。

 

「青空のリンクルストーン、スターサファイアデビ!」

「スター……サファイア……」

 

 小百合が口にしてみると、どこか懐かしいような不思議な響きがあった。



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4人のプリキュア、空に舞う

 

「みらいが小百合を思う心が、スターサファイアに通じたデビ」

 

 そんなリリンの言葉を小百合は頭から追い出し、心を殺してラナに言った。

 

「変身するわよ!」

「うん!」

 

 小百合の左手とラナの右手が重なると、赤い三日月に魔女の黒い帽子が重なるエンブレムが現れる。二人がつないだ手を後ろに、体が星のような七色の光が宿る黒いローブに包まれて、二人同時にもう一方の解放されている手をあげる。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 二人の腕輪のダイヤからあふれた暗い輝きが交差して、螺旋に絡み合いながらリリンの胸のブローチに吸い込まれ、黒く輝く輝石になる。

 

『ブラックダイヤ!』

 

 小百合とラナは手を広げてリリンを迎え入れる。飛んできたリリンと手をつないで輪になると、3人の下に星々の瞬く闇が広がり、輪になって回転しながらどこまでも落ちていく。

 

『ブラック・リンクル・ジュエリーレ!』

 

 リリンの体に黒いハートが点滅すると、月と星の六芒星が現れる。3人はその中へと吸い込まれると魔法陣が強く輝いた。

 空中に現れた魔法陣の上にリリンと宵の魔法つかいプリキュアとなった二人が召喚される。リリンが前に飛んでいくと二人は魔法陣の上から跳んで塔の天上へと降りた。

 

「穏やかなる深淵の闇、キュアダークネス!」

「可憐な黒の魔法、キュアウィッチ!」

 

 新たに二人のプリキュアが現れ、フェンリルの表情が険しくなった。

 

「なんてことだい。恨まないどころか、伝説の魔法つかいが宵の魔法つかいにリンクルストーンを与えるとはね。これではっきりと分った。わたしが悟ったプリキュアの本質はやはり正しかったのだ。プリキュアの間には、どんな事があっても、マイナスの感情は生まれ得ないのだ! プリキュアの本質の下ではエレメントが対極などということは問題にならないのだ!」

 

 フェンリルの背中に白い翼が現れ、彼女はヨクバールの背中から飛んでもっと高いとろこまで行くと言った。

 

「ヨクバール、プリキュアどもを叩き潰せ!」

「ヨクッバアァァールッ!!」

 

 4人のプリキュアを威嚇するようにヨクバールの翼が開き、竜の仮面の赤い目が光る。怪物の巨体の前に無数のツララが現れ、低温の白い煙を吹きながら次々と発射される。ミラクルとマジカルは襲いくるそれを鮮やかに避けつつヨクバールに接近し、二人でバレリーナのようにスピンして二人同時に一糸乱れぬ華麗な蹴りを竜の胸板に叩きつける。ヨクバールは衝撃を受けて上体を反らすが、ダメージは少ない。

 

 ツララは塔の天上に雨のように降って突き刺さっていく。ダークネスはそれをよけながら、ミラクルとマジカルの連携攻撃をしっかり見ていた。

 

「ここじゃ逃げ場がないわ。ウィッチ、外に飛ぶわよ」

「えっ!? そんなことしたら落ちちゃうよ!?」

「大丈夫よ」

 

 ダークネスはそれだけしか言わないが、ウィッチはそれで十分に安心できた。ダークネスが大丈夫っていうなら大丈夫なんだ! と。

 

 二人は塔の屋上を駆け抜けて宙へと躍り出た。それを見たフェンリルが驚愕する。

 

「どういうつもりだ!?」

 

 重力が二人をつかむ前の一瞬の停滞時、ダークネスの思考が冴える。

 

 ――ミラクルとマジカルのスタイルは最後に残されたサファイア、その能力は飛翔。わたしたちが手に入れたスターサファイアの魔法は間違いなく。

 

 二人が落ち始める頃にダークネスはリンクルストーンに呼びかけた。

 

「リンクル・スターサファイア!」

 

 ダークネスとウイッチの前に現れたスターサファイアが二つに分かれると、それぞれブレスレッドのブラックダイヤと入れ替わった。その瞬間に、ダークネスとウィッチが原点になって風が周囲に広がり、二人は地上へ着地でもするように宙に立った。

 

「なにっ、飛んだだと!? あれが新たなリンクルストーンの能力なのか!?」

 

 フェンリルが声を上げると、ダークネスとウイッチが急上昇し、ミラクルとマジカルに攻撃を続けているヨクバールに接近する。

 

『でやーっ!』

 

 ダークネスとウィッチのダブルパンチがヨクバールの腹にめり込み、巨体を少し後方へと押し出した。

 

「ヨクッ!?」

 

 ダメージは大きくないが、怯ませるのには十分だった。

 

「わたしたち空飛んじゃったよ!? ファンタジック~っ!」

 

 ウィッチが笑顔にウィンクをそえてパチンと指をならす。ミラクルは空中戦に介入してきた黒いプリキュア達を、驚きと嬉しさを交えた顔で迎えた。

 

「すごいよ! 二人も空を飛べるんだね!」

 

「あんたのくれたリンクルストーンのおかげでね」

 

 ミラクルにいうダークネスの声の響きがとても冷たかった。それからダークネスは、やりなれた仕事の段取りを仲間と話すように機械的に言った。

 

「マジカル、サファイアスタイルはスピードに優れる分パワーが落ちているわ。攻撃はわたしたちが担当する」

 

「わかったわ。わたしとミラクルで敵の注意をひきつけるから」

 

 4人の共闘が決まって、ミラクルとウィッチは嬉しくて胸が弾む。しかし、マジカルはダークネスの赤い瞳に異常な冷たさがあるのに気づいて、またミラクルが辛い思いをするんじゃないかと心配になった。

 

 ――今は戦いに集中しないと。

 

 マジカルは気持ちを切り替えてミラクルに目で合図した。二人が同時に飛翔してヨクバールに接近する。

 

「こっちよ、つかまえてみなさい」

 

 マジカルが小馬鹿にするように言うと、ヨクバールが爪で切り裂いてくる。マジカルがそれを難なくよけると、今度はミラクルが両手を振って、

 

「ほらほら、こっちだよ!」

 

 ヨクバールが口から吐いた冷気をミラクルがさっと避けると、揺らいだ羽衣が陽光で透けて見えた。

 

 マジカルとミラクルがヨクバールの相手を始めると、ダークネスがウィッチに言った。

 

「塔を利用して攻撃力を上げるわよ」

 

 ダークネスは説明もなしに白い塔に向かっていく。ウィッチは素直に後について飛んだ。そして、ダークネスと一緒にくるりと回って態勢をかえ、塔の白い壁に足をつく。ウィッチは何も考えず、ただ何となくダークネスに動きを合わせているだけだった。

 

「思いっきり、気合入れていくわよ!」

「よ~し! がんばるよ~っ!」

 

 二人が蹴った瞬間に白い壁に亀裂が入った。壁を蹴った勢いに飛翔の速力をのせて、ロケットみたいに飛んでいく二人をリリンが羽を動かしながら上から見つめていた。

 

「てやあっ!!」

「とおっ!!」

 

 ヨクバールに急接近したダークネスとウィッチのダブルパンチがヨクバールに炸裂した。

 

「ヨクバール!?」

 

 真横に吹っ飛んだ巨体が竜の長い尾を引いて下降し始める。それにミラクルとマジカルが素早く接近する。

 

『リンクルステッキ!』

 

 二人は同時にリンクルステッキを手にすると、同時にリンクルストーンを呼んだ。

 

「リンクル・ペリドット!」

「リンクル・アクアマリン!」

 

 ミラクルとマジカル、同時の魔法で木の葉の流れと冷気がからみあい、螺旋になってヨクバールに命中した。巨体を包み込むように貼りついた葉っぱが瞬く間に凍り付き、ヨクバールの動きを完全に封じる。

 

 青と黒、4人のプリキュアがヨクバールの一点を目指して集まってくる。全員が下に広がっていた雲を突き抜けて、二組のプリキュアがそれぞれのパートナーと右手と左手を固く結んだ。4人の気合が一つになって、結合した二つの拳がヨクバールの胸と腹を打つ。

 

「ヨクーーーッ!!?」

 

 いなないた怪物が凍った葉と氷の破片をまき散らしながら海に墜落した。上空にいるプリキュアたちに届くほどに水しぶきが高く上がった。

 

 地上にいたリアンとモフルンが雲を抜けてきたプリキュアたちを見あげていた。リアンは二人の黒いプリキュアを見つめていった。

 

「あれが彼女たちのプリキュアとしての姿なのか」

 

 ダークネスとウィッチの姿は闇を連想させるが、リアンの目にはそれが神聖なもののように映った。そして、二人がミラクルとマジカルと一緒にいても違和感がなかった。

 

「みんな一緒モフ!」

 

 モフルンがプリキュアたちの姿を見つけて走り出すと、ミラクルとマジカルが気持を一つにして頷いた。

 

『リンクルステッキ!』

 

 まっすぐに立てたリンクルステッキを、右側のミラクルが右手に、左側のマジカルが左手にそえる。二つのステッキにダイヤが存在していた。二人の動きに合わせるように、モフルンの胸のサファイアが青い光線を四方に放つ。

 

「モッフ~~ッ!」

 

 可愛らしい姿で両手と両足をいっぱいに開いたモフルンのサファイアがさらに強く輝き、光の波紋を広げるのと一緒に、サファイアから細く吹き上がる噴水のような青い閃光が天空へと放たれる。同時にサファイアの光が、満月の昇る深く青い空間へと誘う。

 

 空中にいるミラクルとマジカルがリンクルステッキを合わせると、交差したステッキの間から青の中で輝く満月がのぞく。モフルンから放たれた青き閃光が、下から二人のリンクルステッキにぶつかった。瞬間、光と清水で織ったかのような輝きの羽衣が広がり、それが二人のステッキのダイヤを包み込み、サファイアへと姿を変えた。

 

 リンクルステッキの先端に穏やかな青い光りが灯り、ミラクルとマジカルはそれを手にしながら向かい合い、もう一方の手をやわらかくつないだ。二人の間から水を打つような青い波紋が広がっていく。

 

『サファイア、青き知性よわたしたちの手に』

 

 ミラクルとマジカルが手をつなぎ、花束を捧げるように出したステッキの光がより強く美しく輝いた。

 モフルンの胸のサファイアが再び閃光を放ち、輝く水のような涙の形の光を広げていく。

 

『フル、フル、リンクル』

 

 ミラクルとマジカルが一緒にステッキ振って、光の線で描いていく。そして、完成した二つの涙の光が強い輝きを放ち、二つの涙が一つに重なって大きくなり、青く澄んだ涙型の青玉を召喚した。

 

 海から飛び出してきたヨクバールが闇色の波動をまとい、ミラクルとマジカルに向かっていく。ヨクバールが宙に広がった青く輝くハートの五芒星と重なり、その動きを完全に封じられて時が止まったように停滞する。

 

 飛翔したミラクルとマジカルは、満月を背にして涙型の青玉の頂点に立った。青い宝石の上でミラクルとマジカルの手がつながり、二人の手首にある金の腕輪を月光が照らす。

 

 二人が輝くリンクルステッキをヨクバールに向けると、足元の宝石が落涙のごとく落ちて青く輝く高波が立ち、その輝きは一瞬だけ青い真珠のように真円に形を変え、さらに青いハートの五芒星魔法陣に変化する。青い魔法陣の頂点にたたずみ月光を浴びるミラクルとマジカルの姿は人魚のように華麗だった。

 

『プリキュア・サファイアスマーティッシュ』

 

 無数の青い光線が魔法陣の中央に集まっていく。最後に海岸の白砂のようにきらめく魔力の輪が円陣の中央に収束した。そして次の瞬間に、青い光が円の高波となって広がり、魔法陣の中心から噴出した青い光が五条の激流となって放たれた。中央を貫く青い流れに、弧を描く他の流れが次々に合流すると、海竜サーペントのように長大な光のうねりとなり、真上からヨクバールを飲み込み、闇の波動を消し去る。

 

 次の瞬間には輝く衣が幾重にも重なり、球状に織り上げられた衣の中にヨクバールは封印されていた。ミラクルとマジカルが手をつないだまま海の上に舞い降りて頭上で交差させているリンクルステッキを左右に広げると、陽光を受ける雫のように輝く衣の球がぎゅっと小さくなってヨクバールを圧迫する。

 

「ヨ!? クッ!? バアァールッ!?」

 

 ヨクバールの浄化の瞬間に虹のような光が広がり、後に起こった爆発がメシエ天体のように神秘的な光景を作り出した。その中から出てきたアイスドラゴンが、ゆっくり地上へと落ちていった。

 

「負けか」

 

 上から戦いの様子を見ていたフェンリルが短く言った。特に悔しがるわけでもなく、無表情なところが少し不気味だった。彼女が首から下げている黒いタリスマンを口にくわえると、その姿は消え去った。

 

 マジカルが海の上でふってきた闇の結晶をその手に収める。その近くにダークネスとウィッチが降りてきた。

 

「ファンタジック! さいっこうにきれいな魔法だったね!」

 

 ウィッチがパチンと指をならして高揚する気持ちを伝えると、ミラクルとマジカルが微笑を浮かべる。

 

 ミラクルは今度こそ分かり合えると思ってダークネスに近づこうとした。だが、赤い瞳にある激しい光が彼女の身を縛った。ダークネスは両手の拳に力を込め、突き刺さるような視線をミラクルに浴びせながら叫んだ。

 

「あなたはどうかしているわ!!」

 

 その言葉に打ちひしがれたミラクルは瞼を下げて穏やかに揺れる海の波を見つめた。マジカルはダークネスの表情を注意して見ていた。

 

 ミラクルに背を向けたダークネスが飛翔して、近くを飛んでいたリリンを回収する。後に残ったウィッチはミラクルが可哀そうで涙が出そうだった。ダークネスが離れていくと、ウィッチも飛んでその後を追った。

 

 海上に獣の声が響く。マジカルはひゃっこい島の方向へ飛び立っていくアイスドラゴンの姿を見た。ミラクルは悲しい気持ちで水面を見続けていた。



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第17話 こんな無茶ぶりあり得ない!? 探せ永久凍土のリンクルストーン!
ロキと闇の魔法の真実


 小百合は決して忘れることができない母からもらった言葉がある。それはずっと前、まだ小さかった頃の小百合がリリンを買ってもらった日に聞いた。

 

「ねえお母さん。わたしね、この子リリンって名前にしたの」

「リリン、いい名前ね」

 

 その時に母の優しい笑顔とキラキラと輝く長い黒髪は今でも小百合の記憶に鮮明に残っている。

 

「わたしリリンに会えてとっても幸せ!」

「リリンがあなたを幸せにしてくれるのなら、買ったかいがあったわね」

 

 小百合の母、百合江はリリンを抱いて満面の笑みの愛娘を、満たされた気持ちでしばらく見つめていた。やがて百合江は言った。

 

「小百合には本当の意味で幸せになってもらいたいわね」

「本当の幸せって?」

 

 黒い羽のある黒猫のぬいぐるみを抱きながら幼い小百合が首を傾げる。

 

「何だと思う、考えてごらん」

 

 小百合は難しい顔になって考え始める。そして、しばらくしてから言った。

 

「大好きなお菓子が毎日たべられる!」

「それも確かに幸せかもね。でもね、それは本当に幸せだとはいえないわ」

「そうなの?」

 

 小百合は悔しそうな顔をすると、また考え始めた。彼女はこの頃から負けず嫌いで、すぐに諦めたりはしなかった。そんな微笑ましい姿の娘を見ていると百合江は嬉しくなり自然に笑みが浮かぶ。

 

「本当に幸せなことは、よかったと思う人生を送ることよ。最後によかったと思えれば、それが本当に幸せということなのよ。人生に後悔はつきものだけれど、あなたに取り返しのつかない後悔はしてほしくない。そういう瞬間がきたら正しい選択をしてほしい。最後に後悔する人生はきっと悲しいと思うから」

 

 百合江は娘にそういいながら、自分にも同じことを言い聞かせていた。小百合は難しい顔をしながら母のいうことを理解しようと頑張っていた。そんな娘の姿に気づいた百合江が声を出して笑った。

 

「まだ小百合には難しい話だったわね。あなたは頭がいいから、いつかきっとわかるわ」

 

 小百合は小さい頃に見たその時の母の笑顔と言葉をずっと覚えている。メモなどないし、言葉をくれた母はもういない。それでも小百合は一言一句違えることなく、その時の母の言葉を記憶していた。

 

 

 

「まさか、こんなことが……」

 

 リズと教頭が校長室で古書の分析を進めている時に水晶に現れた魔女の影が言った。リズが黒い本のページをめくる手を止めた。

 

「なにかあったの?」

「リンクルストーンの兆しですわ」

 

 リズは黙って水晶の次の言葉を待った。

 

「極寒の地にて永久凍土の底に眠りし藍より青し輝石あり」

「極寒の地ということは、ひゃっこい島ね」

 

 リズが言っている時に、教頭は黙々と金色の本の文字に目を落としては、ひとりでに動く魔法のペンで用紙に文字を刻んでいた。

 

 

 

 みらいは窓を背にベッドの上にひざを抱えて座っていた。視線は下を向いて、ずっとクモー布団の一点を見つめている。寮に帰ってきてからは、ずっとそんな状態だった。隣に座っていたモフルンが立ち上がって、ぬいぐるみの柔らかい手でみらいの体を押した。

 

「みらい、元気出してほしいモフ」

「モフルン……わたし、小百合に何か悪いことしたのかな……」

 

 みらいはダークネスの言葉に傷ついて、そんなことまで考えてしまう。

 

「みらいは悪いことなんてしてないモフ」

「モフルンのいう通りよ」

 

 リコがベッドに上がって、みらいの隣にみらいと同じように座った。ぴたりと体がくっついた互いの熱が伝わり、みらいは少しだけ心が安らいだ。モフルンはリコとは反対側に座り、二人でみらいを挟む配置になった。

 

「みらい、そんなに落ち込まないで。みらいの気持は、ちゃんと小百合に伝わっているわ」

 リコが言うと、みらいが伏せていた目を上げる。そして宵闇を照らしていく朝日を見上げるように、

「本当なの? 小百合、すごく怒ってたよ」

 

「わたしには小百合の気持がよくわかるの。みらいが計算外のことばかりするから、小百合は混乱しているのよ」

「それって、わたしが小百合を悩ませてるってことじゃないの?」

「そういう見方もできるかもしれない」

 

 リコは包み隠さない言葉でみらいに伝えた。多少みらいに苦しい思いをさせても、真実をありのままに、今はそれが一番いいと思った。

 

 みらいはまっすぐに前を見つめてリコの言葉を待っていた。

 

「例えば、難しい数学の式を解くと、途中の計算を見ても何がなんだか分からないわ。けれど、最後にはちゃんとした答えが出る。今は数学の式で言えば計算の途中で、小百合の本当の気持は誰にもわからないし、これからどうなるのかもわからないけれど、確実に答えに近づいているわ。わたしはそういうふうに感じてる」

 

「どうしたらその答えがでるんだろう」

 そういうみらいをモフルンが見上げた。

「みらいが小百合のために、したいと思うことをするモフ」

 

「そうね。みらいの行動のおかげで状況は変わってきているわ。きっと答えは出るわ」

「ありがとう、二人とも」

 

 みらいは二人の気持が嬉しくて、眼尻に玉になっている涙をふいた。二人のおかげで自分は正しいことをしていると自信を持つことができた。

 

 

 

 魔法界の地下深く闇に包まれて城にて、ロキは玉座に座して眠るように目を閉じていた。彼の前には呼び出された少女の姿のフェンリルと巨人ボルクスが立っていた。

 

 ロキは目を閉じながら、いらついて眉間に皺を寄せた。

 

「チッ、闇の結晶の気配がだいぶ足りねぇ。魔法学校の校長め、うまく隠していやがる」

「ロキ様の力をもってすれば、それを見つけるのも難しくはないでしょう」

 

 フェンリルが言った。すらりとした彼女の白い姿が、薄暗い白の中で目立つ。彼女はこの城の中にあって明らかな異物感がある。彼女自身も、この城の中にいるといつも気分が悪くなった。

 

 ロキがフェンリルのターコイズブルーとゴールドのオッドアイを上から見ていった。

 

「魔法学校の校長はちとやっかいだが、フレイアの所持している闇の結晶はいつでも手に入れられるぜ」

 

「ロキ様、わたしはプリキュアを始末します。あれはロキ様にとって非情に危険な存在です。ロキ様はそこのところを理解しておられない」

 

「ほう、はっきり言うな、フェンリル」

 

「愚物の戯言としてでも良いので、どうか心にとどめて頂きたい」

「わかった、わかった、覚えておいてやる」

 

「宵の魔法つかいを始末します」

「待て、宵の魔法つかいはボルクスにやらせる。お前は伝説の魔法つかいを倒せ」

 

「伝説の魔法つかいを? しかし、わたしは伝説の魔法つかいとはエレメントの相性が良くありません。倒すのは難しいかと」

 

「問題ない。俺様が与えたタリスマンに込められている闇の魔法を使え。そいつを破壊すれば、お前に特殊な魔法がかかるようになっている。その魔法さえあれば、お前なら必ず伝説の魔法つかいを仕留られる」

 

「わかりました、おっしゃる通りにいたします」

 

「そしてボルクス! 貴様にはこれを与える!」

 

 ロキがばっと手を振ると10個の闇の結晶が空中で怪しく光った。立ったまま呆然をそれを見ている巨人にロキが手のひらを向ける。

 

「ボルクス、お前の望みは強くなることだったな。与えてやるぜ、最高の力をな!」

 

 空中の闇の結晶が円の形に並ぶと、それがボルクスの広い胸に吸い込まれていく。

 

「グオオォーーーーーッ!!?」

 

 体内で逆巻くすさまじい闇の波動に侵され、巨人が城を揺るがす雄たけびを上げた。彼の屈強な全身の肉体がさらに盛り上がり、肌の色が暗くなっていく。

 

「ぬぐおおぉ……」

 

 呻くボルクスの口から、真っ黒な煙のような息が吐き出された。彼の体はさらに強固となって巨大化し、全身の肌色が完全なる黒になった。フェンリルが彼の変化を恐れるような目で見ていた。

 

「お、おい、お前、大丈夫か?」

「ウオオォーーーーーーーーーッ!!」

 

 心配するフェンリルの声をボルクスの雄叫びがかき消した。同時にフェンリルは強烈な闇の力に当てられ、顔をしかめてボルクスから何歩か離れていた。

 

「行けボルクス! ダークタイタンとなったお前に敵はない! 宵の魔法つかいプリキュアを倒せ!」

「プリキュアアァッ!! 倒すぅーーーーッ!!」

 

 ロキの命令を受けたボルクスは、赤い瞳を見開き血管の浮いている異様な顔のまま歩き出す。力があふれすぎて歩くごとに城の石床を破壊していった。

 

 後に残ったフェンリルは大嵐を無事に逃れた旅人のように開放された気分になった。彼女にそんな感覚を抱かせるほどに、ボルクスに与えられた闇の力はすさまじいものだった。

 

 フェンリルは気分が落ち着くと主を見上げて言った。

「ロキ様、わたしはあなたのお役に立てたと自負しております。ですから、褒美をいただきたい」

 

「何がほしいんだ、言ってみろ」

「ロキ様がこの世界を支配する目的をお聞かせください」

 

「いいだろう。お前にはそれを聞かせるだけの価値がある」

 ロキは即答した。

 

 

 

 魔法界とナシマホウ界が一つの星として生まれるよりも、はるかな時をさかのぼる。宇宙の生命は混沌を源に無限に生まれ、無限に広がっていく。全ての混沌は宇宙の創生と引き換えに消滅するはずだったが、それがわずかに消えずに残ってしまった。やがてデウスマストを生み出す混沌は、アンドロメダの星々をすべて暗雲に代えたような姿で宇宙の闇をさまよっていた。その超大な混沌が長い時をさまよううちに、一つの暗黒惑星のように整然とした球体の混沌を飲み込んだ。ロキの生命の奥底に、その時の感覚が残っていた。デウスマストの眷属はすべてデウスマストの混沌の一部から生まれた、いわばデウスマストの完全なる分身だ。しかし、ロキは元々はデウスマストとは別に、宇宙に孤立してただよっていた混沌だった。デウスマストに飲み込まれた暗黒惑星は、やがて眷属の一人として生を受けた。ロキは生まれた瞬間から本能的にデウスマストを憎んだ。そして、いつかデウスマストを倒してやろうと考えて、手段を選ばずその関係を断ち切った。

 

「デウスマストにとっても眷属どもにとっても、人間などは無いにも等しい存在だ。そんな人間に乗り移るなど眷属共には到底考えられねぇことだ。だから俺様はあえてそれをやって、マザー・ラパーパの封印から逃れ、デウスマストのやろうを出し抜いたのさ。あの時は痛快だったぜ!」

 

 胸のすくようなロキの声が闇に響き渡る。フェンリルは主に視線を釘付けにして話に聞き入っていた。

 

「しかしだな、人間の体になったせいで、俺様の力の大半が失われちまった。それから俺様は、眷属のオルーバがばらまいたムホウの欠片を長い時間かかって全て集め、組み上げた。だがそれはムホウでしかねぇ。ムホウの力じゃあ、デウスマストは倒せねぇ。それ以上の力を手にいれなくっちゃなぁ。そして、その時の俺様には確かな道筋があった。ムホウの欠片を探す長い旅で、俺様は人間にムホウを越える可能性があること見出していた。それから俺様がやったことは、おもしろい実験よ。ムホウを人間でも使えるように改造して、人間どもに与えた。人間どもはそれを闇の魔法と呼んだ」

 

 それを聞いたフェンリルの目に感情が走り、そして彼女はロキをこの世で最も価値ある存在とでもいうように愛おしいげに見つめ始める。

 

「俺様は闇の教団の王となり、うまいことやって闇の魔法を魔法界に広めてやった。人間てのは最高だぜ! 奴らは不安定な存在ゆえに、闇の魔法はその身に余り、手にした奴は自滅していく。その様がおもしれぇんだよ。 怒り、悲しみ、憎しみ、欲望! 人間どもの抱える闇が無限に広がっていった! その無限の闇が俺様のムホウを超える闇の魔法を完成させてくれたのさ」

 

 腕を組んでいたロキが玉座の腕置きにひじをつき拳であごを支えると勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「ムホウは完璧な力だが、完璧すぎてそれ以上というのがねぇ。人間は不完全な存在だが、そこが重要なんだなぁ。不完全だからこそ、感情を抑えきれずに爆発させ、時に想像を絶する力を生み出す。ムホウをあえて不安定にし、代わりに人間の際限のない負の感情から生まれる闇を加えたのが、俺様の闇の魔法ってわけよ」

 

「……なるほど、ロキ様のもつ闇の魔法の力はよくわかりました。ロキ様の目的は何なのです?」

 

 フェンリルは、はやる気持ちが抑えられず、まるでおとぎ話の続きを母親にねだる子供のような無垢さが表情に現れていた。

 

「まあ焦るな、今話してやる。デウスマストはすべての世界を無にして取り込もうとした。俺様はそんなもったいねぇことはしねぇぜ! もっともっと楽しくやる! かつて俺様が創った闇の魔法の時代を再現し、人間どもがどうなっていくのかじっくりと観察する。人間どもが闇の魔法によって自ら滅びるその瞬間までな! 魔法界にもナシマホウ界にも闇があふれ、人間どもは全ての負の感情を爆発させ、陰惨な歴史を刻んていくに違いねぇ。どうだフェンリル、面白そうだろう!」

 

 フェンリルは目を細めて艶やかな唇を吊り上げる。もし獲物をみつけた狼が笑うとしたら、今のフェンリルのような笑みを浮かべるのではないか。

 

「ロキ様、あなたの考えは最低最悪です。しかし、最高に美しい! わたしはあなたの創る世界を見てみたい。そのためにも、伝説の魔法つかいプリキュアを全力で倒します」

 

 フェンリルはロキに背を向け、颯爽と歩き、闇の中に消えていった。ロキは頬杖をついてフェンリルを飲み込んだ闇を見つめながらいった。

 

「そうさ、お前はそういう奴だ。かつて魔法界を震撼させた破壊の閃光の化身。あの女が自ら生み出した白い時代の遺物よ」



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リンクルストーンアウィン

 朝からラナの家でため息と同じような言葉が繰り返されていた。

「はぁ~、いいなぁ」

 

 ためいきをつくラナはリリンを両手で持ち上げて、下からそれを見つめていた。

「青くてきれいで空飛ぶプリキュア」

「サファイアのプリキュアデビ!」

 

「赤くてかっこよくて強いプリキュア」

「ルビーのプリキュアデビ!」

 

「きいろくてかわいくて、ポヨンの付いてるプリキュア」

「トパーズのプリキュアデビ!」

 

 さっきからそういう会話が何度も繰り返されている。お茶しながら本を読んでいた小百合が、ティーカップを壊れそうな勢いでおいて、中に残っていたアップルティーが飛び散った。

 

「うるっさいわね! さっきから、何度も何度も何度も同じことばっかり言って!」

「だってさ……」

 

「だってもカフェラテもないわ!」

 

「なによぅ! 小百合はうらやましくないの!? 小百合だって、かわいくて、きいろポヨンの付いてるプリキュアとかになりたいでしょ!?」

 

「何よ、黄色ポヨンって!?」

「トパーズのプリキュアに付いてるのあるでしょ、きいろくてポヨンとしてるから」

 

 小百合がトパーズのプリキュアとの戦いを思い出すと、苛つきがMAXになった。

「また変なことばかり言って! もう黙ってなさい! うるさくて本が読めないのよ!」

 

 ラナは頬をぷくっとふくらませると、リリンを横に置いて暴れ出す。

「やだやだっ! わたしも違うプリキュアに変身したいよ~っ!」

 

 手足をじたばささせるラナを見て小百合は疲れ果てた呆れ顔になっていく。

 

「まるで他人の玩具を欲しがる子供ね。ない物ねだりはやめなさい。わたしたちには、わたしたちのやり方があるんだからね」

 

 暴れていたラナがピタッと動きを止めると、口をとがらせて小百合に言った。

「じゃあトパーズのプリキュアにどうやって勝つの~?」

 

「それは……今考え中よ……」

「ほら~、むりだ~、勝てないんだ~」

「あんたね!!」

 

 小百合がテーブルと叩いて立ち上がると、それに抵抗するというように、ラナはベッドの横に立つ。小百合がラナに怒った顔を近づけて言った。

 

「いい加減にしないと本気で怒るわよ!」

「もう怒ってるもん! いーっだ!」

「ああっ!?」

 

 二人はにらみ合って一触即発リリンだけが冷静だった。赤い星のある青い瞳が喧嘩している二人から離れて別の方向を見つめる。

 

「君たち」

 

 小百合がいきなり後ろから声をかけられて振り向くと、ベッドのわきでラナと二人で並ぶかっこうになった。二人を異常に巨大な赤い目が見つめていた。

 

『うわああぁ!!?』

 

 二人で同時に仰天して、同時にベッドに座り込む。楕円の鏡のような空間に映っている目が離れるとバッティの顔になった。状況を理解した小百合が言った。

 

「バ、バッティさん!? びっくりさせないでください!」

 

「失敬、フレイア様より君たちに話があるそうだ」

 

 楕円の中にフレイアの姿が現れる。彼女はぐっと迫って楕円が闇の女神の微笑でいっぱいになった。

 

「あなたたちが喧嘩をするなんて、珍しいこともあるものですね」

 

「小百合が悪いんだよ」

 

 ラナがぼそっと言うと、また小百合の怒りに火がいた。

 

「あんたが出来もしない事をいつまでもぐだぐだ言ってるからでしょ!」

「うえ~ん! フレイアさまぁ~、わたしも違うプリキュアに変身したいよ~」

 

 フレイアに泣きつくラナに小百合は呆れてものも言わなくなった。

「違うプリキュアになりたいのですか?」

 

 それを聞いた瞬間のラナの笑顔といったら、希望があふれ出て仕方がないという感じだった。

 

「なりたい! なりたい! なりたいですっ!!」

 

 小百合はとなりでラナがぶんぶん頷いている姿を見て思わず苦笑いが出てくる。

 

「ありますよ、あなた達のスタイルチェンジを可能にする守護のリンクルストーンが」

「本当に!!? それはドキドキで、ワクワクで、ファンタジックだよ!!」

 

 テンションMAXで大騒ぎのラナに反比例して小百合のテンションは下がっていく。

 

 ――支えのリンクルストーンのスターサファイアを手に入れるのにもあれだけ苦労したのよ。それよりも上位の守護のリンクルストーンなんて言ったら……。

 

 嫌な予感しかしない小百合にフレイアは笑顔のままに言った。

 

「そのリンクルストーンの名はアウィン。理性をつかさどり、ルビーと対極の関係にあります。そして、宵の魔法つかいプリキュアに比類なき力を与える守護のリンクルストーンなのです。これからの戦いに必要不可欠なものですから、必ず手に入れて下さい」

 

 そしてフレイアはリンクルストーンアウィンのある正確な場所を小百合たちに告げた。

 

 

 

 みらいとリコは箒に乗ってリズから聞いた場所に向かっていた。

 

「藍より青しリンクルストーンって、どんな宝石なのかな」

「サファイアみたいに青い宝石だとは思うけれど」

 

 リコが言った。二人にぶつかってくる空気が冷たくなってきている。目的のひゃっこい島に近づいている証拠だった。

 

「急ごう!」

 

 みらいが箒のスピードを上げる。抱かれているモフルンが見上げると、はつらつとした少女の顔が彼女の目に映った。

 みらいは小百合に会いたいという気持ちが強くなっていた。リコに励まされて元気になったこともあるが、みらいは小百合の心に近づいている事を何となく感じていた。

 

 

 

 小百合とラナは魔法学校の制服の上に、猫の耳つきフードのある赤紫色のコートをはおって銀世界の中で立ち尽くしていた。寒風が吹きすさび、少女たちの体をすっぽりとおおっている可愛らしいコートを揺らす。このコートはまるで布一枚かのように薄いが、魔法の布で織ってあり常に熱を発しているので、コートに覆われている部分はストーブにでもあたっているように温かい。

 ひゃっこい島に上陸してから黙って立っていた小百合がついに言った。

 

「どうなってんのよ、これ……」

「広いね~、白いね~、雪だね~」

 

 何だか楽しそうなラナの声を聴くほどに、小百合の気持がブルーになった。

 

「何のんきなこといってるのよ! あんた、アウィンのリンクルストーンがどこにあるのか分かってるの!?」

「知ってるよ~。フレイア様いってたじゃん、氷の火山の底にあるってさ。早く取りに行こうよ!」

 

「行けるわけないでしょ!」

 

 プンプン怒っている小百合を、ラナは口を開いたまま見つめた。意味の分からないことに遭遇している子供みたいだった。

 

「どしたの小百合? いつもなら気合いれなさいって、突っ込んでいくのに~」

「気合でどうにかなることならそう言うわよ。相手が火山の底じゃ、どうにもならないわ!」

 

「よくわかんないけど、気合で行ってみようよ!」

「行ったら命がなくなるわよ!」

 

 小百合の様子から、ラナはどうやら本当に無理らしいと分かって急に悲しそうな顔になった。小百合は優しい微笑みで無茶ばかり言うフレイアの顔を思い出すと背筋が寒くなる。

 

「わたしは最近フレイア様の笑顔が怖いわ……」

「あれこそ闇の女神のほほえみだね!」

 

 ラナが珍しくうまいこと言って得意になると、小百合の真っ白いため息が空中をただよって流れていく。

「笑えない冗談だわ……」

 

 リリンが小百合のコートの隙間から顔だけ出して二人に言った。

「ここに立ってても仕方ないデビ。きびきび歩くデビ」

 

 小百合はリリンのいう通りだなと思い、とにかく二人で白雪を踏みしめて歩き出した。

 

 小百合は寒気に透けてさえわたる青空を見上げると、またため息をついた。彼女は最近、心の一部が自分の物でないような違和感に悩まされている。今の小百合にはフレイアの意思に素直に従えない気持があった。フレイアのあの一言が小百合を深く悩ませていた。

 

 

 

 二人とも小一時間もサクサクと雪をふむ音しか聞いていなかった。雪と寒さが清らかな景色と静けさをもたらしていたが、ラナはそれがどうにも退屈で耐えられなかった。

 

「つかれたよぉ、おなかすいたよぉ」

「あんたね、まだ大して歩いてないわよ」

 

 小百合は子供のわがままを適当にあしらう母親のようにそっけない。

 

「え~、もう半日くらい歩いてる気がするよぅ」

「どんだけ大げさなのよ……」

 

 そして無言、またサクサクと雪をふむ音だけになる。それから数分もしないうちにラナが変な緊張感に耐えられなくなった。

 

「ねぇ~、わたしたちなんのために歩いてるの?」

「リンクルストーンを探すために決まってるでしょ」

 

「じゃあもう箒で飛んでこうよぉ。その方が早いよ!」

「箒で氷の火山の底までいくなんて不可能よ」

 

 小百合は先の方にそびえたつ白い山を見つめた。

 

「それだったら、歩いてたっておなじじゃん!」

「止まっているよりはリンクルストーンに出会える確率が高いわ」

「むぅ……」

 

 感情なくマシンのように言う小百合の言葉でラナは息がつまってしまった。その時に小百合のコートの中から顔を出しているリリンが遠くの方で動いているものを見つける。

 

「あそこに人がいるデビ」

「こんなところに人が?」

 

 小百合が視線を巡らせていくと、確かに遠くの方で人が長い列を作って歩いているのがみえる。そして、全員が背中に何かをしょっているのがはっきりとわかった。

 

「いってみようよ!」

 

ラナが白い大地に足跡を残しながら走っていく。小百合もその後を速足で追いかけた。人の行列に近づくと、みんながオレンジ色の果実がいっぱいの(かご)を背負っているのが分かる。

 

「何でこんなところにミカンを?」

「ピーカンミカンだよ! 冷凍ミカンを作ってるんだね~」

 

 小百合の疑問にラナが答えてくれる。それからラナは手を振って行列に向かって走っていく。

 

「お~い!」

 

 勝手にどんどん行ってしまうラナの後を小百合は迷惑そうな顔で追いかける。

 

「こんにちわ~」

「あら、こんにちわ」

 

 もうラナはフレンドリーに狐耳フードの青いコートのお姉さんとお話ししていた。

 

「まだ冷凍ミカンになってないんだね」

 

 ラナがお姉さんがしょっている籠の中をのぞいた。後からきた小百合は背が高いので、のぞかなくても凍ってないピーカンミカンが見えた。

 

「確か、アイスドラゴンの吐息で凍らせるとか」

 

「そうなんだけれど、アイスドラゴンが寄ってこないから、こうして探して歩いているのよ。いつもならアイスドラゴンの方がピーカンミカンの匂いをかぎつけて来てくれるんだけれど、今日はどうしちゃったのかしら? 本当に困ったわ……」

 

「何か普通ではない。何か異常なことがおこっておる」

 

 お姉さんの隣にいた白いひげの老人が言って雪山の方を見上げる。氷の火山の頂の辺りに無数に飛んでいる大きな生き物が現れていた。

 

「アイスドラゴじゃ。あんな山の上の方に集まっていたとは」

「まさか、ブリザードがくるんじゃ……」

 

 アイスドラゴンが高く飛ぶのは、ブリザードの来る予兆と言われている。

 

 老人はお姉さんに「いや」と答える。「今日はブリザードは起こらんよ。ひゃっこい島には何度も来ているから、天気のことはだいたいわかるんじゃ。ブリザードでないとすれば、アイスドラゴンは何から逃げている?」

 

 体の大きなドラゴンが群れを成して逃げるなど普通ではない。お姉さんは急に怖くなってしまった。

 

「あんなたくさんのアイスドラゴンを怖がらせるなんて……」

 

 突然、銀色の世界に異常な音が響いた。低く唸るような叫びが人々の足を凍り付かせる。その恐ろしい叫び声が何度も続いて、純白の山々の間にとどろく。小百合とラナの二人は恐れずに叫び声の元を探していた。

 

「何なの……?」

 

 小百合の目がずっと遠くで動いている人の形をした巨大なものを見つけた。

「プリキュアああぁっ!! 倒すぅーっ!! どこだぁーっ!!」

 

 今度ははっきりとそういう叫び声が聞こえてきた。

「なにあれぇ、真っ黒い巨人だ~」

 

 ラナが珍しい動物でも見たようにのほほんとしている横で小百合は慌てて叫んだ。

「みんな、早く逃げて!」

 

 たくさんの人の姿を見つけた巨人ボルクスが走り出した。

「そこかあっ!? プリキュアぁぁっ!!?」

 

 巨人は小百合とラナの姿を見つけたわけではない。体が強い闇の魔力に侵食されて思考の能力は崩壊しつつあった。ただ見境なく人間を襲おうとしていた。

 

 巨木のような黒い体が全身の筋肉を唸らせ、氷の大地を砕き、大量の雪を蹴り上げて走る。小さな町くらいなら一歩でまたいでしまいそうな歩調である。その恐ろしい巨人の姿に気づいた人々は悲鳴をあげて逃げ出す。何人かはピーカンミカンのつまった籠を投げ出し、白い雪の上にオレンジ色の果実が鮮やかに広がった。

 

 小百合とラナは目と目を合わせて頷き、左手と右手を重ねる。そこに赤い三日月に黒いとんがり帽子が重なる紋章が現れる。二人が自由になっている手を上に。

 

『キュアップ・ラパパ! ブラックダイヤ!』

 

 二人が星が輝く宇宙空間のような黒いローブに包まれて、リリンと手をつないで三人で輪になると、足元から噴き出した闇に三人が包み込まれ、消え去った。

 

 積もった白雪に触れるか触れないかの位置に、中心に赤い三日月と周囲の隙間の六つの赤い星が刻まれた、黒い六芒星の魔法陣が現れる。そして、その上にリリンと二人の黒いプリキュアが召喚された。二人は魔法陣の上から同時に跳び、宙で交差を描いて雪の上に同時に着地した。

 

「穏やかなる深淵の闇、キュアダークネス!」

「可憐な黒の魔法! キュアウィッチ!」

 

 二人は迫りつつある黒い脅威を見つめる。

 

「あれは、いつもわたしたちの邪魔をしてきたオーガだわ」

「ええぇっ!? 前とぜんぜんちがうよ!? 前よりもずっと怖そうだし、大きいし、色も黒いよ……」

 

 そう言うウィッチは夜にトイレに行くのが怖い子供みたいな顔をしている。ダークネスにそんなウィッチのを気遣っている余裕はなかった。今はミカン農家の人々を逃がすのが第一だ。

 

「こっちよ! わたしたちを倒したいんでしょう!」

 

 ダークネスの声を聞いて、ボルクスの赤い目が黒いプリキュア達を捉える。

 

「見つけたぞ!! プリキュアあぁ―――ッ!!」

 

 ボルクスは筋肉の塊の上腕を前に、大地を揺るがしながらタックルの態勢で突っ込んでくる。

 

「リンクル・スタールビー!」

 

 ダークネスが右手を斜め上に振り、スタールビーがその手の腕輪に宿る。真紅の輝石から出た輝きがダークネスとウィッチの胸に吸い込まれた。二人は両手を前に出し、突撃してきた巨人の剛腕を受け止める。しかし、想像を絶する巨人のパワーで二人は弾き出された。

 

『きゃあぁぁ…………』

 

 巨人の前から吹き飛んだ二人の悲鳴が遠くなっていく。

 

 黒いプリキュア達が純白の地面に墜落した瞬間に、衝撃で雪が白い高波を上げた。厚い氷に体を埋め込まれた黒いプリキュアたちに舞い上がった雪が降り積もっていく。

 

「ダークネス! ウィッチ! 大丈夫デビ!?」

 

 飛んできたリリンが黒い羽を動かしながら心配そうに上から二人を見ていた。ダークネスが無数の亀裂が入った氷の上に立ち上がる。その顔にはいつもの余裕がなかった。



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ひゃっこい島の氷火山

「何て力なの。スタールビーでパワーアップしても歯が立たないなんて……」

「うう~、あたまくらくらだよ」

 

 ダークネスの隣でウィッチはぺたんと座り込んでいた。

 

「プリキュア――ッ!!」

 

 ボルクスの叫び声と足音がどんどん近づいてくる。ダークネスはウィッチに言った。

 

「あの図体の大きささだから、パワーはあっても動きは鈍いと思うわ。隙を見て攻撃しましょう」

 

「了解だよ!」

 

 二人のプリキュアも走り出し、寒気と雪を巻いて黒い巨人に向かっていく。

 

「ぬおぉ―――っ!!」

 

 黒い巨人と黒いプリキュアたちがぶつかり、巨人が次々と拳を繰り出す。それを避けているダークネスとウィッチが、岩のように大きな拳の風圧を受ける。巨人の動きを目の当たりにしたダークネスは自分の予想と違っていたことに苛つきを覚える。

 

「思ったよりも動きが速い!? けれど、隙はある!」

 

 身をかがめたダークネスの上を巨人の拳が通り過ぎる。瞬間にダークネスが突出し、巨人の懐に潜り込み、渾身のパンチを盛り上がった腹筋の中央に打ち込んだ。同時にウィッチの空中回し蹴りが巨人の肩にヒットする。ダークネスは手応えのなさに嫌な予感を抱く。そしてまったくダメージのないボルクスは、空中にいるウィッチを平手で叩き落とした。

 

「うあっ!!?」

「ウィッチ!?」

 

 ダークネスが叫び、白い地面に埋まって苦しそうなウィッチに向かって巨人が足を上げる。

 

「リンクル・ローズクウォーツ!」

 

 ダークネスの腕輪の黒いダイヤが薄ピンクの宝石と入れ替わり、彼女の手の平から出た水晶の花びらが舞う。

 

「ぐおっ!」

 

 顔面に鋭い花びらを浴びたボルクスが声を出してて上げた足を後退させる。その隙にダークネスはウィッチを抱き起こし、ジャンプして敵との距離を取る。

 

「ウィッチ、大丈夫!?」

「うう~、何とかぁ」

 

 ダークネスはウィッチの小柄な体を支えながら言った。

 

「あの巨人は強力な闇エレメントになっているわね」

「それって、わたしたちの攻撃がきかないってこと?」

 

 ダークネスが頷くとウィッチが首を傾げる。その時、目つぶしを食らっていた巨人が振り向いてプリキュア達を睨んだ目が赤く光った。

 

「でもぉ、あっちのビンタはすごく痛かったんだけど……」

 

 ダークネスにはウィッチの言いたいことがわかった。

 

「闇エレメント同士ならダメージは軽減されるけれど、あの巨人はあり得ないパワーでその不利を克服している。プリキュアも圧倒するあの力なら、同一エレメントの壁を越えて十分に衝撃を与えられるわ」

 

「じゃ、じゃあ、どうすればいいの……?」

「大丈夫よ、合成魔法なら闇以外のエレメントになるから倒せるわ」

 

 それを聞いたウィッチの顔が明るくなる。

「そっかあ、黒いのはダイヤだけだもんね!」

 

 それからダークネスがウィッチに耳うちすると、再びボルクスが叫びながら走ってくる。二人が左右に分かれて円を描くように走ると、ボルクスはどっちを追うべきか迷って動きが止まる。

 

「こっちだよっ!」

 ウィッチが呼ぶと、巨人がその方に振り向く。その時にウィッチは左手を高く上げて呼びかける。

「リンクル・インディコライト!」

 

 腕輪に青いトルマリンが現れ、ウィッチの手から走る閃光が黒い巨体に接して全身にまとわりつく。

 

「ぬうぅ!」

 

 一瞬怯んだ巨人の後ろに回ったダークネスが唱える。

「リンクル・スタールビー!」

 

 力を増したダークネスが走り、身を低くして足から雪の中に突っこんでいく。雪をかき分けて高速のスライディングで巨人の足をすくう。

 

「うおお……」

 

 巨体がかしいで後ろに倒れていく。ダークネスは巨人の足の下から跳び出し、ウィッチの隣に着地した。

 

「今よウィッチ!」

「うん!」

 

 ダークネスとウィッチは後方で左手と右手で握り合い、頭上で二つのブレスレッドを交差させる。ダークネスの腕輪には薄ピンクのローズクウォーツが、ウィッチの腕輪には夕暮れの太陽のようなオレンジの宝石が光を放っていた。

 

『二つの魔法を一つに!』

 

 二人が宝石の輝く腕輪で半円を描き、下で重なり合うと、薄ピンクと赤色に近いオレンジの輝きが一つになって半分ずつ色の違う真円が描かれる。円の中に光の線が走り、中央に薄ピンクの月、円に沿って六つのオレンジ色の星々が並んだ。

 

 二人の前に薄ピンクと深いオレンジに彩られた月と星の六芒星が光り輝いていた。ダークネスとウィッチが腕輪を重ねた手を前に出すと魔法陣の輝きがさらに強くなる。

 

 二人は目の前の魔法陣に触れるほど近くに手のひらをかざし魔法の呪文を唱えた。

 

『プリキュア! クリムゾンローズフレア!』

 

 焔を放つ無数の花びらが横なぎに渦巻き巨人にぶつかる。黒い巨体が瞬く間に熱い真紅の花びらに覆われ、そしてそれが一気に巨人に集まった。瞬間、黒い巨体の中心から太陽がそこに降りてきたかのようにすさまじい光を発する。そして、爆発し真紅の炎が広がり、高熱で蒸発した雪が白くわきたつ。巨人の姿は炎と蒸気の中に埋もれて消えた。

 

 

 

 ロキは闇の城で玉座に座り、頬杖をついて宵の魔法つかいとボルクスの戦いを見ていた。遠視の魔法で目の前で展開されている映像に歯を見せて勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 

「奴らは分かってねぇ。宵の魔法使いの合成魔法は2エレメントではなく闇を交えた3エレメントの魔法だ。闇の力をもったプリキュアである以上、その魔法に闇が強く影響するのは当然だぜ。今のボルクスなら闇エレメントの攻撃は完全に無効化できる。そして、パワーアップした奴の肉体ならば、他の二つのエレメントにも耐えうる。貴様らの魔法はボルクスには通用しねぇぜ!」

 

 

 

 消滅した大量の雪が発した湯気が寒気で一気に冷えて、その場で雲となってただよう。ダークネスとウィッチは地上に沸いた雲の中に見える黒い影を見つめていた。

 

「ふおぉぉっ」

 

 ボルクスが口から闇の魔力が生み出す黒い瘴気をはきながら、雪と氷が蒸発してむき出しになった土の上を歩き出す。その全身からは煙を吹いていた。それを見たウィッチが天敵に狙われる小動物のように震えてしまう。

 

「うそぉ……」

「合成魔法まできかないですって……」

 

 さすがのダークネスもボルクスのあまりの強固さに絶望的な気持ちになる。もはや打つ手がない。

 

 巨人が身を沈めて大腿の筋肉を膨らませ、強大な筋力が爆発する。その巨体からはあり得ない跳躍力でボルクスが一気にダークネスとウィッチに迫る。

 

「むおお!!」

 

 巨大な岩のような拳が雪に覆われた地面を打ち、氷の粒が間欠泉のように吹き上がる。既にボルクスの攻撃から逃げて上に跳んでいた二人のプリキュアの視界を舞い上がった雪がさえぎる。そして宙に吹き上げられた大量の雪が渦巻き、その中に黒い巨体が見えた。再び跳躍したボルクスが体をひねって縦回転し、その勢いに雪を巻き込んで、豪脚の回転蹴りがプリキュアたちに迫る。二人はその攻撃を防御するのが精いっぱいだった。大木のように太い巨人の(すね)が、黒いプリキュア達に炸裂し、二人同時に同じ軌道でぶっ飛んだ。

 

 少女たちは黒いつぶてとなり悲鳴を引きながら飛んでいく。途中で二人で氷山に激突して、それを粉々に砕き、銀色の大地に突き刺さると、その体で氷と地面を削り、周囲に白い高波を上げながら長い距離を滑っていった。

 

 ボルクスの攻撃で痛烈な衝撃を受けた二人は元いた場所のあたりまで押し返されていた。近くには倒れたり置き去りになっているピーカンミカンの入った籠がいくつかあった。そして、闇色の衣をまとっている小百合とラナが雪に半分埋もれた状態で倒れていた。

 

「うっ、くうぅ……」

 目を開けた小百合は自分の姿に気づいて真に絶望した。

「そ、そんな、変身が……」

 

 ボルクスの攻撃の衝撃で変身が解けてしまっていた。

 

「あうう……」

 

 次に気づいたラナは変身が解けたことよりも、絶望している小百合の姿を見て心配になった。その時に飛んできたリリンが、二人の間に入ってきたはいいが、どうしたら良いのかわからず、口元を両手でさわってオロオロしていた。 

 

 二人の少女を下から突き上げるような衝撃が大地に走る。ボルクスがひざを折り、着地した状態で口から黒い煙を吐いた。彼の赤い瞳の照準が小百合とラナをしっかりと捕えていた。黒い巨人た立ち上がると、体躯に合わせた影が少女達にかぶさり圧倒した。

 

「か、勝った! 終わりだ、プリキュアああぁぁっ!!」

 

 辺りを震わせるようなボルクスの暴力的な叫びがとどろいた。プリキュアの魔法も通用せず、変身まで解け、さすがの小百合も心が折れそうになる。

 

「本当にここで終わりなの? お母さん……」

 

 その時、ラナが小百合の前に出て両手を大きく広げた。その瞬間、小百合の脳裏に身をていして自分を爆発から守ってくれたラナのイメージが重なる。

 

「あきらめるもんか! 闇の結晶を全部集めて、小百合のお母さんにぜったいにあうんだっ!」

 

 ラナの声を聞いた小百合は、弱気になっている自分に腹がたった。ラナに守られてばかりいる自分が情けなくなった。そして、小百合は勇気を取り戻して立ち上がる。

 

「そうよ、ラナのいう通りよ! あきらめたらいけない! 絶対にあきらめない!」

 

 その時、リリンが空を見上げた。

「二人の心が広がっていくデビ」

 

 地の底から凍てついた大地が躍動する振動と地鳴りが起こる。

 

「な、なんだぁ??」

 

ボルクスは謎の振動を本能で恐れて表情を歪める。地鳴りがさらに大きくなり、上空から竜の雄叫びが降ってきた。小百合とラナとリリンは、目の前にボルクスがいるのも忘れて、氷の火山のある方を見つめる。さっきまで山の上空を飛んでいたアイスドラゴンの群れが山から離れてこちらに大挙して押し寄せていた。

 

「なにが起こってるの?」

 

 飛んでいくアイスドラゴンの群れを呆然と見上げていた小百合が言うと、更に振動と地鳴りが激しさを増す。そして、遠くにひときわ高く突き出ている山の頂が、白い煙とクリスタルのように輝く無数の氷の粒を高く吹き上げた。ひゃっこい島の氷の火山が数千年ぶりに爆発した瞬間だった。

 

 空に広がっていく冷気の煙と輝く破片の中に、深く青い輝きが生まれる。その輝きは遠くにいる小百合たちやボルクスの目にもはっきりと見えた。その光は凍てつく噴火の勢いに飛ばされ、弧を描いて小百合たちに急接近してくる。

 

 群青の輝きが小百合とラナとリリンの前に降りてきた。その青い光がちりぢりになって消え去ると、3人の前にはハート型の黄金の台座の上で群青の輝きを放つリンクルストーンが現れていた。

 

「二人とも、変身するデビ!」



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華冷なる理性のアウィンスタイル

 小百合とラナはリリンの声に合わせて頷くと、左手と右手を合わせる。そこに赤い三日月を後ろに抱く黒のとんがり帽子のイリュージョンが現れ、もう片方の手を高く上げて呪文を唱える。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 黒いローブ姿の二人の少女の背後から、群青色の光がまっすぐ天上へと打ち上げられる。飛び上がったリリンがコウモリのような翼と両手を広げると、雲を突き抜けた群青の閃光が鋭角に屈折してリリンの胸のブローチにまっすぐに降りてくる。そして、リリンのブローチに群青の光が集まり、その周りを氷の結晶が囲う。その結晶が粉々に砕けて光の粉を散らすのと同時に、リリンの胸に群青の宝石が現れた。

 

『アウィン!』

 

 周囲が一瞬で凍てつき、青い氷に覆われた世界が現れる。氷の世界に花のような氷の結晶と、ふんわりとした綿雪が無数に漂い、下から吹き上がる吹雪が氷の花と一緒に小百合とラナを上空へと運ぶ。そして、二人の下に大きな氷の結晶が現れると、その上で少女たちは手をつなぎ、そこへリリンが飛んできて二人と手と手をつないだ。

 

『ブラック・リンクル・ジュエリーレ!』

 

 3人は輪になって氷の上をすべるように華麗に円を描き、降り注ぐ氷の結晶の中で踊ると、リリンの体で深い青のハートが明滅する。リリンの手から二人の手へ青い光が伝わり、その光が二人の黒いローブを群青色にかえていく。

 

 群青のローブ姿になった小百合とラナが左手と右手を放して手の平を上に向けると、辺りを漂っていたたくさんの綿雪が彼女らの頭上に集まって、ふわりとした白くて大きなハートの形になる。そのハートがはじけてに白薔薇の花吹雪が氷の世界に舞い上がる。

 

 小百合の首に白い花吹雪が円を描いてまとわり、それが消えると下に向かって尖った形の黒のネックリボンが現れ、飛来した一枚の花弁がネックリボンの尖った先で消えて氷の結晶のオブジェに変わる。続いて無数の白い花びらが少女のしなやかな身体をめぐり、それが消えると雪のように白い光が小百合を包み込む。そして雪が吹き散らされるように白い輝きが散り散りになると全身にドレスが現れる。肩から胸元まで広く開いた群青色のドレスの袖はツララのように鋭く尖ったフリルになっていて、胸の部分は黒地に覆われ、右の腰から左の足元に向かって片側に長く垂れるスカート、その下に外側が黒いフレアスカート、内側が群青のミニスカートのダブルスカートになる。

 

 続いて白い花びらがダークネスの腰回りに集まって円に舞うと、花弁が消えて青い帯に変化し、その右側に黒と群青の小さなストライプリボン、それから長く垂れる余りの部分の先はツララのように鋭く尖っている。そして、ストライプリボンの中央にある赤い月が光った。

 

 白い花びらがラナの首を巻くように踊ると、青いフリル付きの中央に赤い星のついた黒いネックリボン、たくさんの氷の結晶がクルクル回りながらラナの前を通り過ぎると、群青に輝く衣がドレスに早変わり、袖に黒いフリルの付いたパフスリーブ、黒のスカートは短く内側にさらに群青色のスカートが見える。ドレスはほぼ青に統一されるが、胸の下からスカートまで青、黒、青の縦のストライプになっている。

 

 ダークネスの両足が凍り付き、瞬間に氷が粉々になると、群青の宝石を飾った黒いハイヒールと、足首から大腿部までを群青色のレッグドレスにつつまれる。ウィッチが氷におおわれた両足を合わせてキンと高い音をたてると、砕けた氷が履き口の周囲にツララのフリルがある青いブーツに変わり、上からふってきた氷の結晶が足首のところで群青の宝石が光る黒いリボンになった。

 

 ダークネスとウィッチが左手と右手を触れるか触れないかの感覚でふんわりとつなぐと二人の腕が同時に氷におおわれて、それが粉々に砕けた。するとダークネスの手甲から肘にかけて裾がツララのように鋭いフリルになっている青いサテングローブ、手首には銀色の腕輪が現れる。ウィッチの手に現れた黒いフィンガーレスグローブの裾は、先が鋭くなっている青と黒の2重フリル、手首には中心に群青の宝石が輝く小さな青いリボンがあった。

 

 二人の髪型が同時に変化する。ダークネスの長い黒髪は左側に群青色のリボンに結わえられてサラリと流れるサイドテールになり、続いて頭の右側に赤い三日月のアピンが現れる。ウィッチのレモンブロンドは青いリボンで結わえられたふんわりサイドテールになり、テールからは何本かツララのように先の尖ったくせ毛が飛び出している。続いて頭の左側にミドルサイズの黒いトンガリ帽子が現れて、帽子の真ん中に赤い星が出現した。

 

 回転する氷の結晶がダークネスとウィッチの胸に飛来する。ダークネスの肩回りを白い光が包み込んで、シクルの布のように薄く広がった光が、縁が黒いファーになっている青いショートマント変わる。マントの合わせ目になっている左胸に飛んできた氷の結晶が砕けて消えて、氷の結晶を模した六枚のリボンが開き、中央にある群青のアウィンが光を放つ。もう一つの氷の結晶はウィッチの胸で弾けて消えて、中央に群青の宝石が宿る大きな青リボンになった。

 

 ダークネスとウィッチは深く青い氷の世界でリリンと再び手をつないで輪になると、鶴のように左足を上げ、バレリーナのように右足のつま先で立って華麗に円舞し凍てついた青い世界の底に消えていく。

 

 白い大地にに現れた群青色の月と星の六芒星が高速に回転しながら舞い上がり、垂直の状態で落ちてきて回転を止めると、魔法陣の前にダークネスとウィッチとリリン召喚される。二人は後ろに壁のように立っている魔法陣を蹴って前に飛ぶと、二人の間にいたリリンは魔法陣から現れた氷の架け橋を滑って離脱した。

 

 雪の上に青き乙女たちが舞い降りる。右側のダークネスがダイヤモンドダストのようなきらめきをまとった右手をゆっくり動かして、顔をなでるような軌道を描いて、演舞するスケート選手のようにその手を高く上げ、輝く冷気の尾を残しながら高く上げた手を右下へと振りおろし、

 

「穏やかなる深淵の闇、キュアダークネス!」

 ダークネスの周囲に無数の氷の結晶が舞い上がる。

 

 左側のウィッチは左手にキラキラと光る冷気をまといながら、その手で大きな円を描くと、極低温によってそれと同じ形の輝く円が宙に残った。彼女はその手を頭の上にかざし、右手を前に出して可愛らしくウィンク、

 

「可憐な黒の魔法、キュアウィッチ!」

 ウィッチの上から回転する氷の結晶がたくさん降り注ぐ。

 

 ダークネスとウィッチは左手と右手をつないで後ろ手にし、冷たい体を触れ合わせ、もう一方の手はその中に無垢な命でも存在するかのように優しく触れ合いながら両目を閉じる。そして背後でつないでいた手を前に、手のひらを返して華美な姿で言った。

 

『魔法つかいプリキュア!』

 

 リリンは新たなプリキュアとなって現れた二人を見て瞳を輝かせて言った。

「アウィンのプリキュア、きれいデビ」

 

 リリンが空中で両手を上げて喜ぶと、黒い巨人は新たなるプリキュアの出現に混乱した。

「お、俺は、おまえらのようなプリキュアは知らないぞ!?」

 

 ダークネスとウィッチが自分たちの姿を見つめる。

 

「これがアウィンのプリキュア」

「やったよ! ついに違うプリキュアになれたよ! ファンタジックだよ~っ!」

 

 それからダークネスとウィッチは、自分たちの周りをゆっくりとした速度で円を描いて周回している青い球体に気づいた。ウィッチが清水を救い上げるように両手を合わせると、まるでよくなついた小鳥のように、手の中に青い玉が降りてくる。

 

「うわぁ! こういうの欲しかったの!」

「喜んでいるところで悪いんだけれど、敵がくるからね」

 

 黒い巨人が雪に大きな足跡を叩きつけ、ダークネスとウィッチに急接近してきた。

 

「うおおおぉっ!」

 

 ボルクスが拳を打ち下ろす。二人のプリキュアは真上に跳んでそれをさけると、大きな拳によってえぐられた雪が飛散した。

 

 ダークネスとウィッチの後からついてきた青く輝く球体が空中で円に動くと、それと同じ形に青い線が描かれ、青い真円の中に氷の結晶が現われる。二人はその上に着地して驚いてしまった。

 

「うわっ、すごいよ! トパーズのプリキュアと同じだよ!」

「確かに似ているけれど、アウィンにはトパーズとは違う可能性があるはずよ」

 

 ダークネスがいうとウィッチが頷き、

『はっ!』ふたりで同時に跳んだ。そして、真下にいるボルクスに向かって急降下!

 

 見上げたボルクスの頭に二人一緒のキックが命中すると同時に、ダークネスとウィッチの側にいる青い玉が光を強くする。するとボルクスの頭が一瞬で氷漬けになった。

 

「つ、つめてぇっ!?」

 

 ボルクスがおもいっきり頭を振って貼りついた氷を吹き飛ばすと、彼から離れた場所に着地したところのアウィンのプリキュアたちに向かっていく。ダークネスとウィッチが同時に地面に手を付くと、二人の前からまっすぐに氷の道ができて、その上を走った巨人は足を滑らせる。

 

「ぬおお!?」

 

 ダークネスとウイッチが再びジャンプして、先回りした二つの青い玉が協力して円を描いて、空中に大きな氷の結晶を生み出すと、暗い青色のプリキュアたちは、天井になっている氷の結晶を蹴って宙返りし、キラキラ輝く氷の輝きをまといながらボルクスに接近!

 

『はあぁーーーっ!』

 

 氷の道の上で倒れまいと腕をブンブン振っている巨人の胸板に二人同時の空中蹴りが炸裂した。

 

「うおっ!?」

 

 ボルクスの巨体が氷の上に倒れ伏す。

 

「決めるわよウィッチ!」

「うん!」

 

 二人の中に魔法のイメージが自然にあふれ、リリンの胸のアウィンが強烈な輝きにみちる。

 

「デビ―ッ!」

 

 リリンが叫ぶと胸のアウィンから、ポンと群青色に輝く玉が出てくる。リリンがそれを両手で持って地面の置くと、転がし始めた。すると、雪の上で雪玉を転がすように群青色の球が大きくなっていく。

 

「デビデビデビデビ、デビッ!」

 

 リリンは2倍くらいに大きくなった群青の光玉を頭の上に持ち上げておもいっきり投げた。それが途中で二つに分かれると、ダークネスとウィッチが高くあげたリンクルブレスレッドのアウィンにそれぞれ吸い込まれる。

 

 二人の足元が凍りつき、せりあがって、天を突くように氷柱が立ち上がる。その上に乗っていたダークネスとウィッチも必然的に高い場所へと持ち上げられる。ダークネスとウィッチはそこから跳躍してさらなる高みへ。

 

『アウィン! 冷厳なる理性よ、わたしたちの手に!』

 

 ダークネスとウィッチは空中で交差した瞬間に左手と右手を背後でつなぎ、ブレスレッドの手を二人一緒に前に出して広げる。二人の手の内に群青の光の粒が集まっていく。そして、二人の手から五つの凍てつく光線が放たれた。

 

『プリキュア! アウィンレクイエム!』

 

 漆黒の巨人ボルクスの上に、五つの群青色の魔法陣が広がる。それらは宵の魔法つかいを象徴する、中央に三日月、周りに六つの星が散りばめられた六芒星魔法陣だった。上からふってきた五つの群青の光線は、五つの魔法陣の中に吸い込まれる。そして、五つの月と星の魔法陣が強く輝いた。

 

 ボルクスが見上げたその時、五つの魔法陣から無数の氷の結晶を散りばめた群青の波動が吹き出し、五つの凍てつく波動は地上に向かって収束し、ボルクスに撃ち込まれる。一瞬にして巨人は氷漬けになった。

 

 世界の全てが氷に覆われると、巨人の足元にひびがはいり、鏡が割れるように氷の大地が砕ける。その向こう側に現れた暗黒の空間に全てが吸い込まれていく。

 

「うおおぉ……」

 

 氷の巨像と化したボルクスは無限の闇に落ち、その姿が闇にのみ込まれると、粉々に砕け散って漆黒の中に輝く氷の花が咲いた。そして、氷の輝きの中から淡い光に包まれた10個の闇の結晶が飛び出してきた。

 

 雪の大地に降りたダークネスとウィッチの周りに闇の結晶がふってくる。

 

「やったぁ! 闇の結晶がいっぱいだぁ!」

「こんなにたくさんの結晶を取り込んでいたのね」

 

 二人の前にリリンが飛んできて言った。

「二人ともよくやったデビ! リリンは必ず勝つと思っていたデビ!」

 

 黒猫のぬいぐるみが何だか偉そうに言うと、ダークネスは微笑した。それから3人は雪の中でうずくまって震えている緑色の巨人を見つめた。服装は以前のボルクスと変わらないが、体が少したるんで全体的に丸っこくなっている。ダークネスが彼の前まで歩いて腕を組むと、巨人が頭だけで動かして上を見た。垂れぎみの目に青い瞳、厚いたらこ唇には愛嬌がある。身体は大きいばかりで妙に弱々しくて怖さというものが少しもない。

 

「ひいぃ!」

 

 巨人はダークネスの赤い瞳に見下されて顔を伏せてしまった。ダークネスは少しイラっとした。

 

「すっかり毒気が抜けたわね。それがあんたの本当の姿というわけね」

 

「ゆ、ゆるしてくれ。俺は強くなりたかっただけなんだ」

 

「きっと、強くなりたい気持ちをロキに利用されたデビ」

 震えているボルクスを見かねてリリンが言うと、ダークネスの中に納得できないものが生まれてくる。

「そんなでかい図体してるのに強くなりたいって、どういうことなのよ?」

 

 ボルクスがまた恐る恐る顔を上げ、ダークネスの見上げて話し始める。

 

「お、俺は空にある緑島の山の中に住んでいたんだ。山のふもとの村に行くとよぉ、人間の子供がバカにするんだよぉ。俺に石を投げたり、悪口いってきたりしてよぉ。俺は何にもしてないのに、いじめるんだよぉ。だからよぉ、強くなって見返してやりたかったんだ」

 

 その話の聞いたダークネスの中で何かが切れる音がした。

 

「そんなでっかり図体しているのに、何でそんなに気弱なのよ! そんなんだからいじめられるんでしょ!」

 

「ひいぃ、すみません! すみません!」

 

「体が大きいくせに気が弱いから余計に面白がっていじめられのよ! それじゃあ宝の持ち腐れどころか、宝の持ち痛手よ! 男なら、もっとしゃきっとしなさいっ!」

 

「すみません! すみません!」

 

「まあまあ、ダークネス、そんなに怒らないで。オーガはそういう種族だから仕方ないんだよ」

 

 ボルクスが可哀そうになってウィッチが止めに入ると、まだまだ言いたいことがあったダークネスは、言葉を留めて消化不良の思考を抱えて言った。

 

「体が大きくて気が弱いって、どういう種族なのよ、釈然としないわね……」

 

 その時になって散り散りに逃げていた商人たちが様子を見に戻ってきた。そして、ダークネスとウィッチの姿を見た白髭の老人が言った。 

 

「あなた方は、もしや伝説の魔法つかいプリキュアでは?」

 

「その通り! わたしたちはプリキュアだよ! でも、伝説の魔法つかいの方じゃないけどね!」

 

「は?」

 

 老人は不思議そうな顔をしていた。できるだけ当たり障りなくやり過ごしたいダークネスの気持をウィッチがあっさりと裏切ってくる。

 

「あの、そこの巨人は……?」

 

 最初にラナとあいさつを交わした若い女性が尻をつき出して震えている巨体を指していた。その時にダークネスは名案を思い付いて言った。

 

「そうだわ。あんた、みんなに迷惑かけたんだから手伝いなさい」

「へ? 手伝う?」

 

「まずしゃきっと立つ!」

「はいぃっ!?」

 

 ダークネスの一喝でボルクスが立ち上がってきおつけをする。

 

「みんなの荷物を持つ!」

「はいっ、持ちます、持たせていただきますっ!」

 

 ボルクスは商人たちからピーカンミカンの籠を次々受け取っていくと、腕一杯に抱え込んだ。そんな巨人の姿を見てダークネスがうんうんと頷いていると、近くにあつまっていた商人たちの話声が聞こえてくる。

 

「完全に氷漬けだ」

「まるで水晶にように硬くて美しい氷だ。これはアイスドラゴンの吐息によるものではないぞ」

 

 商人たちが逃げた時にその場に置き去りにしたピーカンミカンが一つ残らず氷漬けになっていた。ウィッチはそれを興ありげに見つめていて、その隣にきたダークネスの顔は次第に青ざめていく。そして、ウィッチが心底疑問に思ったことを口にする。

 

「知らない間に凍っちゃったんだって、不思議だね~」

「バカッ! わたしたちの魔法で凍ったに決まってるでしょーっ!」

 

 商人たちの商品を台無しにした責任に追い込まれたダークネスは、ウィッチの頭を後ろからガシッとつかんで、自分と一緒に強制的に頭を下げさせた。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 商人たちはピーカンミカンの籠三つ分程度の損失など気にしなかった。なにしろ、ダークネスとウィッチには命を助けてもらったのだ。むしろ感謝の気持ちの方がずっと大きかった。

 

 ダークネスとウィッチが去った後に、白髭の老人は凍ったミカンを拾い上げて見つめる。ミカンをおおった氷が鏡面のように光を反射して老人の目を撃つ。

 

「プリキュアが凍らせた冷凍ミカンか」

 

 

 

 小百合とラナはひゃっこい島の縁に立って無数の氷山が浮ぶ海を見つめていた。

 

「アウィンのリンクルストーンが見つかってよかったね」 

「ラナのおかげよ、ありがとう」

「わたしはただ、小百合のお願いをかなえたいって思っただけなんだ」

「わたしは……」

「うん?」

 

 小百合は助けられてばかりで情けないと言いたかったけれど止めた。ラナに余計な気を使わせてしまうと思ったからだった。次の瞬間には小百合の気持ががらりと変わり、攻撃的な笑みを浮かべる。

 

 ――アウィンスタイルならば、トパーズスタイルに対抗できるわ。

 

「闇の結晶がいーっぱい手に入ったから、フレイア様のところに行くデビ」

 小百合とラナの後ろに付いて飛んでいるリリンが言った。小百合が頷いて闇の魔法陣のタリスマンを出すと、3人の姿がその場からスッと消えてなくなった。

 

 

 

 ひゃっこい島でのプリキュアとボルクスの戦いを最後まで見たロキは少しばかり渋い顔をしていた。

 

「アウィンのリンクルストーンを手に入れて、ボルクスの闇の守りを破ったか。ま、奴には最初からあまり期待はしていなかったがな」

 

 ロキが指を弾くと、小気味よい音が辺りに響き渡る。そして、彼の目の前の空間に広がっている映像が切り替わった。

「フェンリルの方はうまくやっている。伝説の魔法つかいは確実に倒せるぜ」



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魔法つかいプリキュア!♦闇の輝石の物語♦の設定3
アウィンスタイルと宵の魔法つかいのリンクルストーン


これは本編のストーリーとは関係ありませんので飛ばしても問題ありません。

宵の魔法つかいの新たなリンクルストーンとアウィンスタイルに関する説明です。特にアウィンスタイルは、物語の中で一生懸命変身シーンを書いてはみましたが、かなりの文章量になってしまい、読んでも分かり辛いと思います。ですので分かりやすくなるようにざっと説明いたします。


・スターサファイア

 空の支えのリンクルストーン。サファイアの飛翔の能力だけを体現する支えのリンクルストーンで、宵の魔法つかいのスタイルには関係なしに飛翔を可能にする。つまり、このリンクルストーンの魔法でブラックダイヤスタイルでもアウィンスタイルでも飛翔することができる。

 一見すると利便性の高い魔法に思えるが、後にマジカルから大きな弱点のあることを指摘される。 

 

・アウィン

 宵の魔法つかいプリキュアのスタイルチェンジを可能にする守護のリンクルストーン。小百合とラナの手に渡るまでは、ひゃっこい島の氷の火山の底で長い間眠っていた。永久凍土の力を込めた理性のリンクルストーンで、情熱のルビーとは対極の関係にある。

 

 

 

 

アウィンスタイルについて

 

冷気と氷を自在に操るルビースタイルとは真逆の魔法の力を持つ。能力的にはトパーズスタイルに近く、いつも近くを飛んでいるアウィンの精霊の力で空中に氷の円盤の足場を作ってその上に乗ったり、氷で物を作り出すことも可能。しかし、トパーズスタイルほど変幻自在ではなく、汎用性は劣る。その代わり、冷気を操り特殊な状況を生み出したり、ツララで遠距離から攻撃したりと、トパーズスタイルとは違った戦い方ができる。

 

 

 

見た目はルビースタイルに似ています。ルビースタイルの色違いですね。ルビースタイルのドレスを群青や青を基調の寒色系にしたイメージを浮かべると分かりやすくなると思います。

 

 

 

キュアダークネスのアウィンスタイル

 

肩から胸にかけて青いショートマントを羽織ってて、ちょうどキュアミラクルのリボンのある左胸の位置で青いリボンでマントを合わせています。マントの縁取りは黒いファーで、よくサンタクロースの帽子の縁取りとして使われている、フサフサした感じのやつです。

 

ドレスの胸の部分だけを覆うように黒くなっていて、それ以外の部分は群青色です。マジカルが長袖なのに対して、ダークネスは半袖です。その代わり長い手袋をしています。

 

腰回りのリボンはマジカルは二つあるのに対して、ダークネスは左側に一つだけです。マジカルはリボンの中央が星ですが、ダークネスは三日月になっています。

 

下半身のスカートはマジカルとだいぶ様子が違います。3重のスカートで、一番上の群青色のスカートは左の腰の下辺りから右側の足首あたりに向かって広がっています。その下が短めの二重のスカートで、黒いスカートの下に、それより少し長い青いスカートがあります。今までのプリキュアのイメージで言うとキュアスカーレットに近いです。

 

足回りのレッグドレスは群青、ハイヒールは黒で、マジカルの色違いという感じです。最後にドレスの半袖周りや手袋の裾周りのフリルは、ツララをイメージして尖った感じになっています。

 

 

 

キュアウィッチのアウィンスタイル

 

ウィッチの場合は、ほぼミラクルの色違いです。ただ、ドレスの全体像が少し違っています。ミラクルのルビースタイルはスカートがふわりと広がっているのに対して、ウィッチはスカートがもう少しタイトでコンパクトな感じです。

 

全体像はミラクルの色違いです。ミラクルのルビースタイルをイメージしてもらい、赤い部分が青、胸の下からスカートに向かってストライプを描いている白い部分は黒になっています。パフスリーブの袖口には黒いフリルが付いています。

 

ミラクルと大きく違うのが胸のリボンで、そこはマジカルの胸の中央にある赤いストライプリボンと同じ位置で、ウィッチは中心にアウィンをあしらった大きな青いリボンがあります。

 

手袋はフィンガーレスの黒い長手袋で、フィンガーレスの手袋はスイートプリキュアでも採用されています。手首に当たる部分に青い宝石のある小さなリボンが付いています。手袋の袖口にはツララをイメージした尖ったフリルが付います。

 

背後の大リボンは青、形はミラクルのルビースタイルと酷似しています。

 

ミラクルのルビースタイルのスカートの下の方には、上下にたっぷりとした白いフリルの出ている赤い帯と、その左端には中央にハートの飾りのあるストライプリボンがあります。ウィッチのスカートにも似たようなものが付いていますが、ミラクルよりもずっと細くて、スカートの右下から左上に向かって巻き付いています。帯の部分は青で、上下に広がるフリルは黒です。ストライプリボンはミラクルとは逆で帯の右下に付いていて、ミラクルのものよりも小さく、中央には星の飾りが入っています。

 

最後に足回りですが、これはシンプルな黒いリボン付きの群青色のロングブーツです。ブーツに関してはスマイルプリキュアを参考にしています。



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第18話 驚愕! 脅威! ダイヤと白き魔法の戦士!
驚愕のコピーリンクルストーン


この話はミラクルとマジカルがひどく傷つきます。
なので随分悩んで、書き終わるまでに長い時間がかかりました。
自分は本当に魔法つかいプリキュアを愛しているのか、それとも自己満足のためにこの小説を書いているのか、未だにはっきりしていないところがあります。


 みらいとリコは魔法の箒に乗って、水晶さんがリンクルストーンの出現を預言したひゃっこい島に向かっていた。目的は小百合とラナを助けることだ。みらいはどんなに小百合に邪険にされても、助けたいという気持ちは変わらない。そういう自分の気持に正直に行動していた。

 

「だいぶ寒くなってきたわね。ひゃっこい島はもうすぐよ」

「うん!」

 

 みらいがリコに答えたその時だった。リコが魔法の気配を感じて空を見上げると、昼間に星が降りてきたような無数の光が視界に入ってきた。

 

「危ない!!」

 

 突然に白い輝きを放つ光の矢が上から降り注ぐ。

 

「キャッ!?」

「うわっ!?」

「モフ―ッ!?」

 

 3人の驚きが一つの悲鳴になって空に響く。リコたちが焦っていると、その前に光り輝く翼をはためかせつつ白猫が現れた。

 

「覚悟しな、プリキュアども!」

「あなたはフェンリル!?」

 

 みらいが眉尻を上げて言うと、フェンリルはにやりと笑った。

 

「落ちな!」

 

 フェンリルが白く輝く翼を開くと、その周りに無数の光の矢が現れ、その鋭い切っ先がリコとみらいを狙う。フェンリルがかっと輝石のようなオッドアイを見開くと一斉に放たれた光の矢が二人に襲いかかる。

 

『うわあぁぁっ!?』

 

 二人が同じように叫び、次々にふってくる白い矢を辛くも避け続ける。その中の一矢がみらいの箒の筆に突き刺さってしまう。すると魔法の箒のコントロールが失われ、みらいの体がふらつく。

 

「ああっ!? 箒が!?」

「落ちるモフ―っ!?」

「みらい、モフルン!?」

 

 箒に乗ったまま落ちてゆくみらいにリコが追いすがって手を伸ばす。相変わらず嫌な笑いを浮かべているフェンリルがさらにその後を追って下降した。

 

 空中でリコとみらいの手がつながる。下の方には若葉色の無人島が見えていた。リコは下降の速度を速めてみらいの横に並ぶと、親友の体を引き寄せて自分の箒へと誘う。急降下中に一人乗り用の箒に急に二人分の重量が加わり、なかなか箒の制御が利かない。

 

「くううっ!」

「リコ、わたしが箒を操作するから!」

「お願い!」

 

 箒の制御をみらいに任せて、リコは箒を浮かせる事に魔力を集中する。緑に覆われた無人島の地面がどんどん迫り、前にいるみらいが箒の柄先を引き上げると、地面にぶつかる寸前で箒が前へと飛び出した。筆を地面にこすりつけながら箒はなお飛び続け、そしてついに体制を維持できなくなって少女たちは地面に投げ出された。

 

 リコとみらいやわらかい草むらの上に転がり込んだ。同じように飛んできたモフルンは見事に3回でんぐり返してから草むらの上に立ち上がった。

 

「みらい、リコ、大丈夫モフ?」

「いってて」

「大丈夫よ。下が草で助かったわ」

 

 みらいは片方の目を閉じて少し痛い頭をおさえ、リコは冷静に辺りを確認する。

 

「ここって?」

 

 みらいの目には広い草原に突き出すいくつかの大岩や、切り立った断崖が映っていた。大地が樹木の魔法界であまり見ない景色だった。

 

「ここは最果て島みたいな空中に浮かぶ無人島よ」

 

「おまえたちを葬るには丁度いい場所だな」

 

 その声を追ってリコとみらいが振り向いた視線の先に、フェンリルが白い翼を開いて浮んでいた。そしてその白猫が眩い白光に包まれて、その光が次第に人の形を成してゆく。そして光が消え去った後にはリコとみらいよりもいくらか年上の少女が腕を組んで立っていた。

 

 フェンリルの金の左目とターコイズブルーの右目から発する研ぎ澄まされた視線がリコとみらいを貫く。彼女のポニーテールの結元に翼の形をした髪飾りが陽光を返して光り、短めの薄ピンクのスカートと腰の尻尾飾りが風に揺られる。リコとみらいの魔法学校の制服のスカートと胸元のストライプリボンも同じように揺れた。

 

「それがあなたの本当の姿なのね」

 

「どうなのかねぇ。猫の姿が本当なのか、あるいは人の姿が本当なのか。妖精だから猫の姿が本当と言うべきなのか? それともどちらもわたしの本当の姿だと言うべきなのか?」

 

 フェンリルはリコに言葉遊びでもしているように答える。その間も終始、口角を上げて攻撃的な笑みを浮かべていた。そしてフェンリルは最後にこう言った。

 

「ある意味これから見せるわたしの姿が本物だと言えるだろう。さあ、プリキュアに変身しな、相手になってやる」

 

 リコとみらいは目で合図して手をつなぐ。

『キュアップ・ラパパ! ダイヤ!』

 

 モフルンがリンクルストーンダイヤを胸に、みらいとリコと手をつないで輪になると、

『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 全身が7色の光に覆われたリコとみらいは、つぎの瞬間に現れた魔法陣の上にプリキュアの姿となって現れる。

 

「二人の奇跡、キュアミラクル!」

「二人の魔法、キュアマジカル!」

 

 二人のプリキュアが寄りそい決めのポーズで、

『魔法つかい、プリキュア!』

 

 現れた二人のプリキュアを前にフェンリルは笑みを消し、組んでいた腕を下げていた。そして彼女が右手を上げるとミラクルとマジカルは必然的にその手首にある腕輪を見ることになった。

 

「え!? その腕輪、小百合とラナがしているのとそっくりだよ!」

「どういうことなの?」

 

 驚くミラクルに怪訝なマジカル、その二人にフェンリルは不敵な笑みを浮かべて今度は左手をプリキュア達に向けてまっすぐ突き出して、手の内に隠していたものを見せつけた。その宝石は太陽の光を受けて7色に燃え上がった。

 

『!!?』

 

 あまりに驚いてミラクルもマジカルも声が出なかった。フェンリルの手の中には二人が最も見慣れたリンクルストーンと同じものが輝きを放っていた。

 

「モフ!? ダイヤのリンクルストーンモフ!!」

 モフルンが叫ぶ。

 

「な、なんで!? どうしてダイヤが二つもあるの!?」

 

「落ち着いて、伝説のリンクルストーンが二つもあるわけないわ。考えられるとしたら、あれは本物そっくりに作られた偽物のリンクルストーンよ」

 

 混乱するミラクルを抑えるようにマジカルが言った。二人のプリキュアを見つめるフェンリルのオッドアイがさらに鋭くなり、狂暴な光を帯びる。

 

「その通り、これはコピーリンクルストーンさ。だが、その力はオリジナルに劣るものではない! 見るがいい! 古代超魔法の力を!!」

 

 フェンリルは右手の腕輪のくぼみにダイヤのリンクルストーンをセットすると、その手を高々と天に向けて呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ!」

 

 フェンリルの足元から白い魔法円が広がっていく。円の中心に太陽を現す文様があり、さらにその中に白抜きの猫がちょんと座った姿が描かれる。そして太陽の周囲に歯車と可愛らしい肉球の文様が三つずつ順番に並び、三つの歯車が魔法陣の回転に合わせて動いてゆく。同時に偽のリンクルストーンダイヤが本物に劣らない眩さの輝きを放つ。腕輪からあふれた光は2方向に細い帯状に広がって、包帯のようになってフェンリルの全身に巻き付いた。

 

 フェンリルの体に巻き付いた光の帯が半袖パフスリーブの白いドレスに変わる。ミニスカートは白、薄ピンク、ピンクの3重フリル。パフスリーブの袖口には白のフリル、腹部に薄ピンクのリボンが二つ現れる。

 

 両足に巻き付いた光はひざ下あたりまである白のブーツに変化し、左右の靴の外側には3枚の白い羽根飾りのついた真円に六芒星の描かれたアクセサリーが現れる。

 

 左右の腕に巻き付いた光は白いフィンガーレスのグローブに早変わり。手の甲には菱形のダイヤが輝き、袖はふさふさの柔らかい毛におおわれていた。

 

 フェンリルの背に集まった光の帯が織り上げられ、腰のあたりで大きな白いリボンに変わり、そのリボンから先の尖った2本の長い帯が斜め下に垂れ下がった。

 

 腰の下まで伸びた長い銀色の髪の根元に光の帯が絡みつき、それが水色のリボンに変化して狼の尻尾のようにフサッとしたポニーテールにまとめ上げる。

 

 フェンリルが右手で自分の髪をなでると、そこに薄ピンクに白抜の猫が座っている円平のヘアピンが現れた。

 

 胸の中心に集まった光が大きな白いリボンになり、その中心に菱形のダイヤが現れて光を放つ。最後に腰に付いていた白い尻尾のアクセサリーが輝きながら伸長すると蛇のように彼女の右足に巻き付いて太腿から足首まで届く長い尻尾の飾りとなった。

 

 フェンリルが閉じていた瞳をゆっくり開き、右手の中で白い炎を燃え上らせる。その手を横に一閃させると、一瞬だけ彼女の背中に白い炎が翼のように燃え広がった。

 

 光と共に姿を変えたフェンリルを見て、ミラクルとマジカルは驚嘆の至りに達した。

 

「その姿はまるでプリキュア!!」

 

 そう言うマジカルをあざ笑うようにフェンリルは言った。

 

「これからお前たちの悪夢が始まるのだ!」

 

 フェンリルはロキからもらった闇の魔法陣のタリスマンを出して放り投げると、落下してきたそれを蹴り上げた。

 

「はあっ!」

 

 タリスマンが真っ二つに割れて、そこから黒い闇の魔法が噴出する。そして闇がフェンリルの手足にまとわりついて一体化した。フェンリルは黒い靄のようなものに包まれた自分の手足を見て口角を上げた。

 

「わたしの光の力を害することなく闇の力を得ることができるとは! 素晴らしい魔法ですロキ様!」

 

 フェンリルが身を低くした瞬間にミラクルとマジカルの視界からその姿が消えた。変身したフェンリルに驚いていた二人は完全に虚を突かれる。ミラクルがあっと思った瞬間にはフェンリルが目の前にいて、強烈な拳をまともに受けていた。悲鳴をあげて吹き飛ぶミラクルは墜落すると土と砕けた岩を吹き上げながら長い土埃の道を作った。

 

「ミラクル!!」

 

「油断するなよ、戦いはもう始まっている!」

 

「このっ! はぁーーーっ!」

 

 すぐ近くまで来たフェンリルにマジカルが連続パンチで応戦する。フェンリルはそれを軽い身のこなしで避けて、マジカルが打点の高い上段蹴りを出した時に身を低くして地面に片手を付き、相手の腹部に痛烈な蹴りを叩き込む。

 

「キャアァァッ!?」

 

 マジカルも吹っ飛ばされ、フェンリルは蹴った勢いを利用して片手で地面から跳躍して立ち上がる。その時にマジカルは地面に叩きつけられて土煙を上げていた。フェンリルは腕を組み二人が立ち上がってくるのを待った。岩陰から様子を見ていたモフルンは、ミラクルとマジカルがいる土煙の向こうを心配そうに見つめていた。

 

 

 

 暗い海底の神殿で密かに伝説の魔法つかいの戦いを見つめていたフレイアはその美しい顔からいつも浮かべている笑みを消して震えていた。

 

「何ということでしょう、封印されていない閃光の魔法戦士がまだいたなんて……」

「フレイア様、奴は何者なのですか?」

 

 バッティが問うてもフレイアは険しい表情のまま無言を通した。言わないのではない言えないのだ。バッティにはフレイアの様子からそれがすぐにわかった。しかし彼は、プリキュアのように変身し、プリキュアを圧倒する戦闘力を持つフェンリルの存在があまりにも異様で看過することはできないと思った。そんなバッティの気持を汲むようにダークナイトが語り始めた。

 

「フレイア様が口にするにはあまりにも酷な話。しかし、同志であるバッティ殿に黙っているわけにはいくまい。閃光の魔法戦士は人が神を越えようとして生み出した古代超魔法の遺物だ」

 

「古代超魔法とは一体!?」

 

 バッティが赤い瞳を見開いて問うと、ダークナイトは粛々と答えた。

 

「失われし時代に災厄を生んだ閃光の魔法、その恐ろしさは闇の魔法など足元にも及ばない」

 ダークナイトの冷たい声が薄闇に響き渡り、バッティはその声に静かに耳を傾けた。フレイアの錫杖を持つ手が震えていた。

 

 

 

「おまえたちが持っている闇の結晶をすべて渡せ。そしたら命だけは助けてやるよ」

 

 もうもうと上がる二つの土煙に向かってフェンリルが言うと、ミラクルとマジカルが煙の中から姿を現す。

 

「バカにしないで」

 マジカルがフェンリルを睨みつけて言った。

 

 ――フェンリルは強いわ。それにさっき使っていた魔法も気になる。ここは力を合わせないと。

 

 マジカルがミラクルに視線を送ると、ミラクルは頷きで返した。それを合図に二人は同時にフェンリルに向かって疾走する。その戦いの様子を大きな岩の後ろに隠れて見ている少女たちがいた。

 

「どうなっているの? セスルームニルに戻らずにこんな場所に瞬間移動するなんて……」

「そんなことよりも、ミラクルとマジカルが戦ってるよ!?」

「あの白いプリキュアは誰デビ?」

 

 リリンがラナの頭の上でフワフワ浮きながら言った。ラナは訳が分からないながらもすごく嫌な予感がして、心配そうにミラクルとマジカルの戦いを見つめている。一方、小百合の目は冷ややかで輝きが薄く感情が欠落していた。

 

 ――ミラクルとマジカルが戦っているところに瞬間移動するなんて、意図的なものを感じる。そうだとすればバッティさんがタリスマンに細工をしたということになるけれど、何のためにそんなことを……?

 

 小百合は思考しながらフェンリルに向かっていくミラクルとマジカルの姿を見つめていた。

 

「たあーーーっ!」

「でやぁっ!」

 

 マジカルとフェンリルの気合と攻撃が重なる。二人の蹴りや拳が重なるたびに衝撃が起こり、離れた場所で見ている小百合たちの足元にまで振動が伝わる。マジカルの表情が苦し気に歪んでいる。フェンリルと攻撃を撃ち合うだけでもダメージがあった。

 

 マジカルの背後からミラクルが空中に躍り出る。

「リンクル・ペリドット!」

 

 ミラクルのリンクルステッキから出た深緑の葉の渦をフェンリルはまともに受けた。

「なにっ!?」

 

 全身に葉っぱがはりついて動きが鈍ったフェンリルに、マジカルの渾身の回し蹴りが入った。ざざっと靴の底がないてフェンリルのしなやかな身体が地面をすべる。フェンリルが通った場所に跡が残り、いくらか土煙が上がった。マジカルは確かな手ごたえの割に吹き飛びもしないフェンリルの姿に眉をひそめる。フェンリルは顔を下に向けたまま不気味な笑みを刻んだ。

 

「効かないねぇ」

 

 顔を上げたフェンリルにミラクルとマジカルの視線がぶつかる。ミラクルはとても嫌な空気を感じた。

 

「どうして? マジカルの攻撃を思いっきり受けたのに……」

「あなた、やはり光の戦士なのね」

 

「その通り。正確には閃光の魔法戦士という」

 

 フェンリルは嫌な笑みを崩さずにマジカルにいった。そしてさらに言葉を重ねる。

 

「伝説の魔法つかいは強力な光のエレメントを持つ魔法つかいだ。だから混沌や闇の魔法を退けることができた。だが、相手が同じ光のエレメントを持つ場合はその力は激減する。その条件はわたしにも適応されるので、本当ならわたしたちが戦っても勝負はつかない。しかし、今のわたしにはロキ様の魔法により、攻撃にのみ闇のエレメントが付加されているのさ。そろそろ自分たちの置かれている絶望的な状況が理解できてきたかい?」

 

 話を聞いていたマジカルの背中に嫌な汗が伝わった。

 

「手と足にだけ闇のエレメントを付加しているとでもいうの? 光のエレメントに闇のエレメントを重ねたら、普通なら反発し合って暴発してしまうわ」

 

「それこそがロキ様の偉大さだ。あのお方は闇の魔法を真に極めている。闇を自由自在に操ることができるのさ」

 

 フェンリルの戦意が燃えて彼女らの間に緊張の糸がぴんと張り詰める。再び戦いが始まる直前にマジカルは言った。

 

「閃光の魔法戦士って何なの?」

 

「消えゆくお前たちが知る必要はないね!」



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脅威! 魔法戦士フェンリル!

「閃光の魔法戦士って何なの?」

「消えゆくお前たちが知る必要はないね!」

 

 ミラクルとマジカルが来ると思った瞬間に、フェンリルが目前に迫っていた。

 

「うおーーーっ!!」

『たあーっ!!』

 

 ミラクルとマジカルの気合が重なり、次々と繰り出されるフェンリルの攻撃を迎撃する。ミラクルとマジカルは、フェンリルの攻撃を受けるたびに手足が痺れるような衝撃に襲われた。しかし、フェンリルの実力はプリキュア一人と同じくらいだ。二対一なら攻撃する隙はいくらでもある。ミラクルが決定的な隙を見つけてフェンリルのお腹に拳を叩きつける。すると拳が跳ね返るような感覚があった。同時にフェンリルと目が合って背筋に寒気が走る。

 

「ふんっ!」

 

 ミラクルと相打ちに近い形でフェンリルのパンチが決まる。同じような攻撃を同時に受けたのに、ミラクルは悲鳴をあげて吹っ飛び、フェンリルは微笑のままその場に止まっていた。

 

 マジカルとフェンリルのさしでの勝負となり圧倒的不利な状況に追い込まれた。もうフェンリルの攻撃をいなすだけで精いっぱいだ。フェンリルが縦回転すると、マジカルはとっさにリンクルステッキを持って魔法を発動する。

 

「リンクル・ムーンストーン!」

「てやーーーっ!!」

 

 フェンリルの強烈な気合! それと同時に放たれた回し蹴りがマジカルの光のバリアに炸裂、そして瞬間にムーンストーンの守りが砕け散った。魔法を破られた時に衝撃があり、マジカルも悲鳴をあげて吹き飛んだ。

 フェンリルの背後に白く光る翼が広がり、彼女はその翼で舞い上がると、周囲に現れた黒い矢を草原に倒れたマジカルに向けて放った。マジカルが立ち上がった時に黒い矢が上から降り注ぎ、無数の爆発が起こって黒煙が上がった。

 

「マジカルっ!?」

 

 ミラクルの心痛な叫びが辺りに渡る。黒煙が晴れると傷つきながらひざを付くマジカルの姿が現れる。それを見たミラクルが怒ってジャンプし、空中のフェンリルに向かって拳を突きだす。

 

「たあっ!」

 

 フェンリルは不用意に空中戦を仕掛けてきたマジカルをしてやったりという笑みで迎え撃つ。マジカルが突き出してきた拳の手首をうまく両手で捕まえ、腕から肩にかけて両足を絡ませて瞬間的に関節技を決める。フェンリルが捕えた手首を少しひねると、

 

「くうぅっ!?」

 

 可愛らしいマジカルの表情に苦痛が広がる。フェンリルが翼を羽ばたいて回転すると、ミラクルは時計の針が高速で動くようにぐるりと位置を変え、技を解いたフェンリルによって地上に投げ捨てられた。そしてフェンリルは輝く翼を開いて空を走り、

 

「だあぁっ!」

 

 ゆっくりと落ちていくミラクルに上から強烈な蹴りを叩き込んだ。瞬間にミラクルは矢のように飛んで悲鳴と共に地上に叩きつけられていた。

 

「ミラクル!!?」

 マジカルの悲鳴にちかい叫びが起こった。

 

 

 

 その戦いを岩陰から見ている小百合は物事を冷静に分析する科学者のように無感情に言った。

 

「戦いが一方的すぎるわ。これは何かあるわね」

「小百合、助けてあげようよぉ」

 

 懇願するラナを小百合はぞっとするような目で見下した。

 

「どうして敵を助ける必要があるの? ここであの二人が倒れてくれた方が好都合じゃない」

「ほ、本気で言ってるの?」

「当然でしょう」

 

 その時、ラナの目には小百合が別人になったように見えた。なにか恐ろしい悪霊のようなものが取りついて、小百合を支配している。そんな風に思えて怖くなる。そして、苦しんでいるリコとみらいを助けようとしない小百合に悲しくなり、碧眼が潤んで湖面のように光った。

 

【時には非情になる事も必要なのです】

 

 小百合の中では、かつて聞いたフレイアの言葉が繰り返されていた。

 

 ――フレイア様のいう通りよ。今は非情になるべき時だわ。それが正しいわ。

 

 小百合はそんな言葉を心の中で繰り返し言って自分の心を殺していた。

 

 強い風が吹き抜け、小百合の長い黒髪がさらわれる。草原の草々が無情な小百合を非難するかのように騒いだ。その時、マジカルがミラクルを助け起こす姿を見ていたラナの瞳から涙が零れた。

 

 

 

 傷だらけのミラクルとマジカルは二人で並んで立ち上がった。

 

「バラバラに攻撃していたらダメね」

「二人で一緒にいこう!」

 

 ミラクルにマジカルは頷きで返し、二人で一緒に走り出してフェンリルに迫っていく。

 

「何をやっても無駄さ!」

 

 フェンリルは嬉々として二人のプリキュアを迎え撃った。再び両者の気合と攻撃がぶつかりあい、周囲のものを震わせた。

 

 ――属性で優位に立っているフェンリルに勝てる可能性があるとしたら、こちらは数の優位を活かして、そして最大限の攻撃をすること!

 

 そんなマジカルの考えを知っているかのようにミラクルが動きを合わせる。フェンリルの作った隙に、二人同時のパンチが炸裂、

 

『でやーーーっ!!』

「ぬあっ!?」

 

 攻撃を受けたフェンリルの流麗な身体が折れ曲がって大きく後退する。地上に足は付いているものの、靴底が草原の草を削り取り、衝撃の大きさを物語る。ミラクルとマジカルはフェンリルを追って跳び、息を合わせた飛び蹴りで追撃した。

 

『はあーーーっ!!』

 

 フェンリルは二人同時の飛び蹴りを胸に受けて吹っ飛んだ。

「うあーっ!?」

 

 フェンリルの墜落地点から土と石片が巻き上がる。

「クッハハハハ! 驚いたな!」

 

 フェンリルは倒れたまま笑い声をあげてから、地震が落ちた衝撃で少し陥没した地面の上に立った。

 

「エレメントの守りがあるのにこれだけの衝撃を与えるとは大したもんだ。もし相手が闇のエレメントを持つロキ様であったと仮定するならば、今の攻撃は恐れるに値する。お前たちは間違いなくロキ様の脅威となる。おまえたちは何としても今ここで始末しなければならない!」

 

 フェンリルはしなやかな指をミラクルとマジカルに向けると、駆け足の初動で地面に深く靴跡を穿って風のように疾走する。ミラクルとマジカルが身構えて迎え撃とうとすると、フェンリルは彼女らの前で立ち止まり、大地を足で踏みつけた。途端に靴がめり込んだ地面から四方八方に亀裂が走り、高い土煙が上がった。思わぬ目くらましに二人は焦り、土煙の中から繰り出されるフェンリルの攻撃を次々に受けて、二人はほぼ同時に後方に弾き飛ばされた。

 

「ミラクル! マジカル!」

 

 小百合たちとは別の小さな岩の陰で見ていたモフルンが叫び、二人の乙女の細身が墜落と同時に地面を破壊する。

 

 フェンリルはダイヤ光る腕輪のある右手の人差し指で天をさした。

 

「ダイヤモンド・エンジェル・ハイロゥ!」

 

 フェンリルの指先から闇の魔力が広がって、巨大な黒いリングになった。フェンリルの使う魔法は本来は聖なる属性だが、それすら闇化されていた。フェンリルの腕の動きに合わせて黒いリングも動く。

 

「そおら、これがよけられるか!」

 

 フェンリルが右腕を横なぎに振ると、漆黒の輪が高速で回転しながら再び立ち上がったミラクルとマジカルに接近していく。

 

『はっ!』

 

 二人同時にジャンプして闇のリングをさけると、フェンリルの顔に勝者の笑みが浮かび上がる。彼女はもう一度、指先を高く上げてから、下に向かって振り下ろした。すると、闇色のリングがミラクルとマジカルの上から降りてきて、二人をすっぽりとリングの内側に閉じ込めた。

 

「えっ!?」

 

 ミラクルが困惑して声を上げた時にフェンリルが開いた右手をぎゅっと握ると、リングが反応してすぼまり、ミラクルとマジカルを捕えてきゅっと締め上げる。

 

「しまった!!?」

 

 マジカルはリングから抜け出そうともがいてみるが、びくともしなかった。

 

「終わりだ」

 

 そう言うやフェンリルが指を鳴らす。ミラクルとマジカルの足元から黒い魔法陣が広がって、そこから猛烈な勢いで黒い炎が吹き上がり、黒炎の柱が天を貫くほど高く上がった。黒き炎は二人の苦痛と悲鳴も飲み込んで燃え続けた。

 

「ミラクルッ!! マジカル―ッ!!」

 モフルンが隠れていた小さな岩の陰から身を乗り出して叫んでいた。

 

 

 

「あう、ああ……」

 

 ラナが言葉にならない声をあげた。ミラクルとマジカル飲み込む黒い火柱を見上げて涙を流していた。そしてラナは小百合を見上げ、小百合の右手を両手でギュッと握って訴えた。

 

「お願い小百合、ミラクルとマジカルを助けてよぅ!」

「必要ないわ」

 

 冷たい、感情のない声が、ラナの心をおののかせる。リリンも星の宿る瞳を瞬いて悲し気に小百合を見下ろしている。

 

 ――違う、こんなの小百合じゃない。小百合が変になっちゃってるよぅ。

 

 ラナは今目の前にいる小百合に言いようのない怖さを感じる。それでも勇気を振り絞って言った。

 

「みらいもリコも友達でしょ! 助けようよ!」

「友達じゃないわ、敵よ」

 

 無情な言葉を投げつけられたラナは、濡れて宝石のように輝く瞳を見開いてポロポロと涙を零した。小百合はそんなラナを見おろして言った。

 

「泣くぐらいなら見なければいいのよ」

 

 まるで別人のように冷酷になった小百合、そして傷つけられていくミラクルとマジカルの姿、打ちのめされたラナは言葉を紡ぐ気力を失ってしまった。

 

「あっ、モフルンデビ!」

 リリンは視線の先でモフルンが別の岩陰から飛び出してくるのを見た。

 

 

 

 黒い炎の柱が消え去った跡にミラクルとマジカルは倒れ、その体からはいくつもの細い煙があがっていた。もうろくに動けない二人のプリキュアに、フェンリルが一歩ずつゆっくりと近づいていく。

 

「もうやめるモフ―ッ!!」

 

 モフルンがミラクルとマジカルの前に立って両手を広げた。彼女の胸で輝くダイヤが太陽の光を反射し、モフルンの拒絶する意思を示すかのようにフェンリルの目に強い光を撃ち込んだ。その光にフェンリルは目を細めつつ、恐ろしい笑みを刻んだ顔でさらに近づいてくる。

 

「おやおや、勇敢なナイトさんだねぇ」

 

 フェンリルは立ち止まると、強く輝く瞳で見上げてくるクマのぬいぐるみに言った。

 

「モフルン、だめ、逃げて……」

 ミラクルが絞り出すような声で言っても、モフルンは動かなかった。

 

 

 

「モフルン……」

 勇敢なモフルンの姿を見つめていたリリンが小百合の目の前に飛んできた。そして彼女は不意に笑顔になると信じられない言葉を口にした。



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激突! フェンリルとダークネス!

そして彼女は不意に笑顔になると信じられない言葉を口にした。

 

「伝説の魔法つかいがいなくなれば、きっと闇の結晶がいーっぱい取れるデビ。そうしたらきっと、フレイア様も喜ぶデビ」

 

「な、なに言ってるのリリン!?」

 

 思わずリリンを見上げたラナの瞳から湧き水のように涙があふれ出る。小百合は感情のない目でリリンを見つめていた。リリンの顔から笑顔が消え、幼子が母親に疑問を投げかけるような無垢な表情になって言った。

 

「でも、小百合は本当にそれでいいデビ? 後悔しないデビ?」

 

 耳朶から衝撃を受けた小百合が目を大きく見開き、とたんに顔が苦し気に歪んだ。そして、心の奥から聞こえる母の言葉が小百合に苦悶を与えてくる。

 

【あなたに取り返しのつかない後悔はしてほしくない。そういう瞬間がきたら、正しい選択をしてほしい。最後に後悔する人生はきっと悲しいと思うから】

 

 そして、フレイアの声も小百合の中で繰り返される。

 

【時には非情になる事も必要なのです】

 

 母とフレイアの声が小百合の中で重なると同時に、胸の底から様々な思い出が湧き上がってきた。短かった魔法学校での生活でみらいとリコが友達として接してくれたこと、小百合の境遇を聞いて涙を流すみらいの顔、リコと協力してヨクバールと戦ったこともあった。

 

 小百合はぎゅっと目を閉じて、引き結んだ唇から苦し気に息と感情をもらす。小百合は水がせき止められて溢れる寸前の(せき)のように、感情が流れ出すのを必死に抑えつけていた。フレイアの期待に答えたい、フレイアの願いを叶えなければ母は戻らない、でも母の思いを裏切りたくなかった。

 

 最後に小百合の内に鳴り響いたのは母百合江の送ってくれた言葉であった。

 

「ラナ」

 

 小百合が右手を出すと、泣いていたラナが輝く太陽のような笑顔になる。そしてラナは小百合の手の平に左手を重ねた。

 

 

 

フェンリルはにやけた顔でモフルンを見おろしている。モフルンは身のすくむ恐怖と戦いながら、強い気持ちでフェンリルの前に立ち続けていた。

 

「そういうのは勇気とは言わないんだよ、くまちゃん」

 

 フェンリルはにやけ顔を無表情に変えていった。モフルンの後ろで倒れているマジカルが、顔だけを上げてフェンリルを見上げる。そして言いようのないフェンリルの嫌な雰囲気に目を細める。

 

「あなたは何なの? 光の戦士でありながら、そんな邪悪な気配を持っているなんて……」

 

「冥土の土産に教えてやろうか。閃光の魔法とは、あらゆるものを破壊する神域の魔法だ。その魔法の根源は行きすぎた光の感情」

 

 それを聞いたミラクルとマジカルはろくに動けない体で立ち上がろうとした。フェンリルの話の中にこのままでは終われない、このままにしておくことはできない、譲れないものを感じたのだ。フェンリルはそんな二人の姿を見つめながら言葉を続けた。

 

「愛も過ぎたれば狂気となり、優しさも過ぎたれば堕落につながる。そして、勇気も過ぎたれば無謀に転じる。それらは恐怖や憎悪などの闇の感情と似て非なるもの。光はどこまでいっても光なのだ。そこから閃光の魔法は生まれた。これだけは本能の部分で理解している」

 

 ミラクルとマジカルはフェンリルが話し終えるまでにひざを付いて起き上るので精いっぱいだった。フェンリルはモフルンだけを見つめて再び笑みを浮かべる。

 

「くまちゃんの無謀な姿には感激するよ」

 

「モフッ……」

「違う! モフルンは無謀なんかじゃない! モフルンはわたしたちのことを心配して!」

 

 必死な姿で訴えるミラクルを見つめるフェンリルは柔く組み合わせた両手を片方の頬に押し当て、男を誘惑でもするかのような蕩けた表情になった。

 

「愛情の上の自己犠牲か。素晴らしいな、無謀よりもさらに甘美だ」

 

 フェンリルの背後に白い翼が広がり、そして彼女は光そのものの羽根を散らして飛翔した。そして上空で彼女が手をあげると、空に向かった手のひらの上に真っ黒い玉が現れる。それはフェンリルの手の上で急速に膨れ上がり、彼女の体よりもはるかに大きな球体となった。

 

「プリキュアが消えてぬいぐるみ一匹が残されるのは不憫だろうよ。せめてもの慈悲だ、みんなまとめて消してやるよ」

 

 フェンリルの顔から笑みが消え、神秘的な二色の瞳に獲物を狩り殺す狼のような鋭さが冴えた。

 

「ダイヤモンド! カタストロフ!」

 

 上体を大きく反らしたフェンリルが巨大な暗黒の球体を二人のプリキュアと一体のぬいぐるみに向かって投げつけた。常識から逸脱した闇の力が大気のあらゆる成分を焼き尽くし、空間が歪んで地鳴りのような重々しい音響が辺りに広がる。迫りくる闇の前で、ミラクルはモフルンを抱きしめ、マジカルはただただ隕石のように落ちてくる闇を見つめていた。そんな彼女の思考は完全なる空白、なぜだか絶望的な気持ちにはならなかった。

 

 その時であった。ミラクルとマジカルの前に二人の黒い人影が現れる。

 

「なにぃっ!!? お前たちは!!?」

 

 ミラクルとマジカルに、そうフェンリルが叫ぶのが聞こえた。

 

『プリキュア! ブレイオブハートシールド!』

 

 強き魔法の言葉の後に続いたのは凄まじい衝撃と音、フェンリルの魔法の爆裂が辺りを黒く塗りつぶす。

 

「モフ―ッ!?」

 

 モフルンの声だけが暗闇の中に起こった。ミラクルとマジカルは声もなく闇の中に埋もれてしまった二人の姿を見つめていた。

 

 フェンリルの魔法がかき消され、闇が晴れ、上空に青空が広がった時、ミラクルのラベンダーとマジカルのマゼンダの瞳に、黒いプリキュアの後姿が映った。マジカルの目には黒いマントにかかる足元に届くほど長い黒髪のダークネスの後姿、ミラクルの目には頭に突き出るミドルサイズの黒いとんがり帽子とピンクのリボンに束ねられたレモンブロンドのポニーテール、そして黒いドレスの中で腰のあたりに咲く黄色の大きなリボン、そんなウィッチの後姿が見えていた。

 

「ダークネス!?」

「ウィッチ!」

 

 マジカルの衝撃的な声とミラクルの希望に満ちた声が重なる。

 

「もう大丈夫だよ!」

 

 ウィッチが後ろを振り返って言った。そして、リリンがモフルンの前に飛んでくる。

 

「モフルン、最高だったデビ! 君の勇気を尊敬するデビ!」

「リリン! ありがとうモフ!」

 

 空中のフェンリルは歯を食いしばり、鋭い犬歯をむきだしにした。

「きさまらっ、どうしてここに!!? ボルクスのやつ、また失敗したのかい!!」

 

 まくしたてるフェンリルを無視しでダークネスが言った。

 

「ウィッチ、あんたはここで二人を守りなさい。あいつはわたしが倒すからね」

「うん、わかった! ダークネスにぜんぶ任せた~」

 

 それを耳にしたフェンリルの中に猛然と戦意が膨らむ。

 

「このわたしを一人で倒すだと? 何の冗談だ?」

「わたしは冗談というのが大嫌いよ」

 

「言ってくれる。目的は何だ? 何のために伝説の魔法つかいを助ける!」

「この二人はわたしたちの手で倒すわ。余計な手出しはしないでくれる」

 

「ふっ、ままごどだな。まったく説得力のない言葉だ。お前たちプリキュアは、本質的に同士討ちできないのだ。どんなに敵対するふりをしていても、憎しみは生まれない。恐らくお前たち四人は共に戦う運命なのだろう。わたしにはそれが分かる」

 

「……あんたの今の言葉は胸に刺さったわ。よく覚えておく。わたしたちは何としても伝説の魔法つかいを倒さなければならないの。そうしなければならない目的があるんだからね」

 

 それを聞いたフェンリルの表情が和らぎ、狂暴さに代わって楽し気な笑みが浮かぶ。

 

「ほう、それは難儀だな。理由はわからんが、おまえの覚悟は本物のようだ。お前のその覚悟がプリキュアの本質を壊すというのなら、それはそれで好都合だ。だが! その可能性は低いと考える! ゆえに宵の魔法つかいも、伝説の魔法つかいも、ここで消し去る!」

 

「かかってきなさい」

 

 ダークネスの静かな言葉がミラクルとマジカルの耳朶に染み入るように深く響く。フェンリルが再び戦闘への狂気をまとって犬歯をさらして細月のような笑みを刻んだ。

 

「わたしはお前たち宵の魔法つかいを見た瞬間に宿敵だと分かった。お前たちとわたしの間に何があったのかはわからん。あるいは、なにもなかったのかもしれない。まあ、過去の事などはどうでもいい! わたしの本能が訴えるのだ! 宵の魔法つかいを何がなんでも倒せとな!」

 

「まるで血肉に飢えた猛獣ね」

 

 ダークネスが辟易と目を閉じてため息混じりに言うと、フェンリルが両手を強く握ってロキの闇の魔法を解除した。フェンリルの手足から黒いオーラが消え去る。

 

「闇のエレメントを持つ宵の魔法つかい対して、闇のエレメントをまとっていてはこちらが不利だ。これでわたしのエレメントは光となり闇と相反となった。お互いに受けるダメージは倍加する。一瞬で片が付く!」

 

 ダークネスは深紅の瞳で空中のフェンリルを鋭く見据えると、右手を横に呪文と唱えた。

 

「リンクル・スターサファイア!」

 

 ダークネスの腕輪に三条の白線が中央で交錯するカボションの青い宝石が宿る。それからダークネスは飛翔してまっすぐにフェンリルに向かっていった。

 

「空飛ぶリンクルストーンか! おもしろい、この私に空中戦を挑むとはっ!」

 

 急上昇してきたダークネスとフェンリルの目線が合った。

 

「はあぁぁっ!!」

「どりゃーーーっ!!」

 

 ダークネスとフェンリルの覇気が重なり、最初の一撃の拳が空中で衝突する。重なったダークネスとフェンリルの拳の間から反発する力が広がり、上空の雲、地上の草や土や小石、それらが怒りを爆発させるような空気の烈流で荒れ狂う。ダークネスとフェンリルの戦いを見上げたマジカルは思わず口にしていた。

 

「何てすさまじい……」

 

 ダークネスとフェンリルの間で空中戦が展開される。目にもとまらぬパンチとキックの応酬、それらがぶつかる度に衝撃が起こる。

 

「てりゃーっ!」

 

 気合と共に繰り出されたフェンリルの強烈な上段蹴りに、ダークネスが防御を合わせる。堅く十字に組み合わせた腕で頭部を守ったにも関わらず衝撃が突き抜けてめまいがした。

 

「くあぁ……」

 

ダークネスが怯んだ隙をのがさずフェンリルは背後に回り込んだ。

 

「くらえーっ!!」

 

 フェンリルが組んだ両手を大槌のように振り下ろし、ダークネスを叩き落とす。そしてダークネスが地上にぶつかった瞬間に地面がめくり上がり、クレーターを形成した。

 

「うっ、くふう……」

 

 クレーターの中心で苦痛にうめくダークネスに、フェンリルが華麗に片足立ちする鶴のような態勢で突っ込んでくる。ダークネスは身を転がしてフェンリルの攻撃を直前で避け、同時に反撃に転じた。

 

「はあっ!!」

 

 ダークネスは低い態勢で地を蹴り、片足が地面に突き刺さってる状態のフェンリルに会心のパンチを打ち込む。その一撃でぶっ飛んだフェンリルは、すり鉢型になっているクレーターの中腹に激突し、細身で大きく地面を穿ちながら10メートル以上突き進んだ。

 

 盛り上がった土と石の塊の中からフェンリルが飛び出し、低空を飛翔してダークネスに接近、そして再びぶつかり合う。今度は地上すれすれの空中戦、高速の蹴り合い、それがしばらく続いた後、ダークネスが上段を狙うと見せかけ、途中で下段に軌道修正する技巧の蹴りがフェンリルの腹部に食い込む。

 

「ぐはっ!?」

「たああぁっ!」

 

 ダークネスはフェンリルにくらわせた足を振り抜いて相手を地面に叩きつけた。

 

 ダークネスが地上に降りると、地面に叩きつけられたフェンリルが土煙の中から突き抜け、神速でダークネスに迫る。そのあまりの速さにダークネスは防御の態勢をとることしかできない。

 

「せりゃーっ!」

 

 フェンリルはダークネスのガードの上に跳び膝蹴りを喰らわせると、背中の翼を羽ばたいて勢いを止めずにダークネスの体ごと後方に押し込み、そしてさっきまで小百合とラナが隠れていた大岩にダークネスを叩きつけた。ダークネスの体に凄まじい圧力がかかり、背中に接触した大岩が粉々に砕け散る。そしてダメージを受けて防御を解いたダークネスをフェンリルが蹴り上げた。

 

「うああぁっ!?」

 

 無数の石片と一緒に黒い乙女が宙を舞う。フェンリルは光をまとった翼でダークネスに追いつき、

 

「落ちろっ!」

 

 上からダークネスの胴部に両足の靴底を打ち込み叩き落とした。再びダークネスの体が地面に小さなクレーターを穿つ。

 

「うぐっ……くうぅ……」

 

 大きなダーメージを受けたダークネスが苦し気に片目を閉じる。その隙にフェンリルは上空高くへと上昇していく。

 

 それを見たマジカルが険しい顔になる。

 

「このままではダークネスが危ないわ」

「ダークネスを信じて」

 

 守護神となってミラクルとマジカルの前に立つウィッチが言った。ダークネスが劣勢でもウィッチは落ち着いている。彼女にしか分からないダークネスの雰囲気みたいなものがあるのだ。本当にダークネスが危険なときは肌で感じる。今はそれがなかった。



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わたし絶対にあきらめないから

彼女にしか分からないダークネスの雰囲気みたいなものがあるのだ。本当にダークネスが危険なときは肌で感じる。今はそれがなかった。

 

 フェンリルは高高度から立ち上がろうとしているダークネスに狙いを定めると、翼の羽ばたき一つで周囲の空気を爆ぜて超高速で急降下する。輝きを放つ拳を突きだし、ダメージを受けて肩で息をしているダークネスの背中に接近し勝利を確信する。

 

「ダイヤの光で天へと導いてやろう!」

 

 その瞬間に立ち上がったダークネスが後ろを振り向き、オッドアイと真紅の瞳の視線が重なった。ダークネスの燃え上がるように赤い瞳には、相手を確実に倒すという確固たる信念の光があった。本能からフェンリルは背中に蛇が這うようなぞっとした感触が駆ける。

 

 ――攻撃を止めないとまずい!!

 

 フェンリルがそう思っても、止めとばかりに放った一撃だったので勢いが付きすぎていた。音もなくすっとダークネスの体が動き、光をまとったフェンリルの右の拳を鼻先を掠めるような近接で避け、それとほとんど同時に突き出されたフェンリルの右手首がつかまった。そしてダークネスがつかんだ手首にひねりを加える。

 

「はっ!」

 

 ダークネスは相手の攻撃してきたパワーを全て返してフェンリルを投げた。プリキュア二人分に相当する威力で放たれた壮絶なる合気であった。

 

「うわあああああぁっ!!?」

 

 下に叩きつけられたフェンリルは地面を破壊しながら転げまわり、その身で粉塵を叩き上げながら万里の長城のように高々とした土埃の壁を作り上げた。その勢いは止まらず、切り立った岩壁に叩きつけられたフェンリル自身が、大きな崩落を引き起こす。砕けた岩がフェンリルの上に降り積もって山となっていく。

 

「いぃやった~っ!」

 

 ウィッチが片方の手をあげるのと一緒に飛び跳ねて喜ぶ。

 

「いいえ、まだよ」

 

 ウィッチの背中にマジカルの硬い声が投げつけられた。

 

 ダークネスは崩落してできた岩山を無言で見つめている。すると、岩山の隙間から強烈な白い閃光がもれた瞬間に、無数の巨大な岩が吹き飛ばされ、フェンリルが上昇していく。その姿を見上げていくダークネスの視界が青空の色に染まり、その中で唯一の異物であるフェンリルが白き翼を大きく開いて叫ぶ。

 

「おのれプリキュアァーーーーっ!! なにもかも消し去ってやるっ!!」

 

 フェンリルの高く上げた手のひらの上に光の玉が現れ、急速に膨れ上がり見ていられない程に輝く球体になる。先ほどとは真逆に白い輝きの中にダイヤのようにキラキラとした7色の光が入り込んでいる。

 

「これこそが閃光の魔法! あらゆるものを破壊し尽くす光の魔法だ! 受けてみろ!」

 フェンリルが光の球を乗せた手を後ろに引いてダークネスに狙いを定める。

 

「ウィッチ、お願い!」

「はぁ~い」

 

 鬼気迫るダークネスの呼びかけに、ウィッチが素直にお母さんの言うことを聞く子供みたいな返事をしてミラクルとマジカルの前からジャンプしていなくなる。同時にダークネスもジャンプして、ウィッチと空中で手を取り合った。

 

『生命の母なる闇よ、わたしたちの手に!』

 

 ダークネスとウィッチが着地すると闇が広がり大地を星の瞬く宇宙に塗り替えていく。ダークネスとウィッチが右手と左手を上げれば、二人のブレスレッドのブラックダイヤが輝く。飛んできたリリンは空中ででんぐり返しして二人のプリキュアの間に降りてくる。ダークネスとウィッチが手を前に出せば、中央に赤い三日月、周りに赤い星が輝く闇色の六芒星魔法陣が現れ、同時にリリンの胸のブラックダイヤから光が広がり、それが六芒星と重なると、巨大な黒いダイヤが現れた。後ろでつながるダークネスの左手とウィッチの右手に力が込められ、より強く身体と心がつながる。

 

『プリキュア! ブラック・ファイアストリーム!』

 

 ダークネスとウィッチの魔法の呪文と共に、巨大な黒いダイヤから闇夜に7色の星が強く輝くような奔流がフェンリルに向けて放たれた。

 

 一方、フェンリルもダークネスとウィッチに向けて巨大な輝く塊を投げつける。

 

「ダイヤモンドッ! カタストロフ!!」

 

 二つの魔法が空中でぶつかり、凄まじい魔力の衝撃が島全体の草木やはるか下の海面まで激しく揺さぶる。ミラクルとマジカルは光と闇のせめぎ合いに刮目していた。

 

 やがて闇を引き裂いてダークネスとウィッチに迫っていた光球の勢いが衰えていく。

 

「フェンリル! あんたの魔法じゃわたしたちには勝てない!」

 

 ダークネスがいい放つと同時に、フェンリルの魔法は宇宙の闇の波動に突き破られて霧散する。成す術のないフェンリルは声もなく闇にのみ込まれ、宇宙に向かって昇る黒い彗星となって飛ばされていく。

 

「うわああぁーーーっ!!?」

 

 フェンリルが地球を越え、宇宙の果てまで吹き飛ばされたその先で無限の星々が広がると、さらにその向こう側に闇よりもなお深い真円の空間が口を開け、広がった星々を飲み込んでいく。一変の光も残さずに全てを飲み込んだ闇が口を閉ざすと、暗黒から淡い光に包まれた偽のダイヤと元の少女の姿に戻ったフェンリルが現れて、もと居た場所へと召喚される。

 

「優しい闇が怖い光を包み込んでいく」

 

 ミラクルは世界が変わってゆくのを感じながら言った。フェンリルが振りまいていた肌が泡立つような刺々しい魔力が払われ、何とも言えぬ穏やかな魔力が広がっていく。

 

「これが、宵の魔法つかいの持つ力なんだわ」

 

 マジカルはこの瞬間に宵の魔法つかいが存在する意味が分かりかけてきた。

 

 それはダークネスも同じだった。彼女は空からふってきて倒れたままのフェンリルに近づいていく。

 

「わたしたちの持つ闇の魔力はヨクバールを強くしてしまう。どうしてそんな力をもっているのかずっと不思議だった。けれど、あんたと戦って、その意味が分かった気がする」

 

 ダークネスはそこに真実があるかのように自分の手のひらを見つめて言った。

 

「必要とされていたんだわ、この力が」

 

「……そいつはよかったね、おめでとう」

 傷だらけのフェンリが倒れたまま皮肉を込めて言った。

 

「あんたは一体何なの?」

 

「……実のところ、わたしにもよく分からない。記憶がないのさ。この世界で目覚めた時に覚えていたのは、生きるのに最低限必要なことと、自分の名前と、わたしの持つ力が古代超魔法ということだけだ」

 

「そう……。それにしても闇の王であるロキに光の戦士が従っているなんて奇妙ね」

 

「ロキ様はわたしをこの世界に解き放ってくれた。だから、その恩を返したかったのさ。ただそれだけの話だ」

 

 フェンリルは自分のすぐ近くで光っている宝石を手に取って見つめると、悲し気に眉を八の字に下げた。ダイヤのコピーリンクルストーンには亀裂が入っていた。

 

「わたしの力は完全に失われた、もうお前たちの邪魔をすることはできない。だから、もうかまわないでおくれよ」

 

「邪魔をしないなら戦う理由はないわ」

 

「そうかい。なら、これからは好きに生きていくさ、ロキ様に始末されずに済めばの話だけどね」

 

 フェンリルが痛む体で苦心して起き上ろうとすると、ダークネスが手を差し出す。フェンリルは素直にその手を取ってダークネスの手を借りて立ち上がった。それから彼女は少しふらつく足で島の外に向かって歩き出し、途中で白猫の姿になって光の翼で飛び上がった。負けたにもかかわらず、飛んでいく白猫の後姿はどこか晴れ晴れとしていた。

 

 

 

 ウィッチがミラクルとマジカルの前に走ってくると、浮き浮きした感じで両手を上げていった。

 

「二人ともだいじょうぶ?」

「大丈夫よ。ありがとう、あなた達が来なかったらどうなっていたか」

 

 そういうマジカルにウィッチが笑顔の花を咲かせる。

 

「お互い様だよ~、この前は二人に助けてもらったしね!」

 

「モフルンも無事でよかったデビ」

「ちょっとだけ怖かったモフ」

 

 ようやく緊張から解放されたモフルンがリリンに向かってふぅと息をつく。そんな和気あいあいとしたところに歩いてくるダークネスにミラクルが小走りで近づいて笑顔になる。

 

「ダークネス、助けてくれてありがとう」

「わたしはあなた達を倒すと言ったわ、聞いていなかったの?」

 

 ダークネスの言葉は落ち着いていたが、彼女の赤い瞳にはミラクルに対する拭いきれない嫌な気持ちが現れて、必要以上に燃え上がる炎のように激しい輝きがあった。それに対してこれまでは悲し気だったミラクルは、今までとは全く違う反応をする。笑顔でありながらもラベンダー色の瞳に強い強い輝きを持ってダークネスを見つめていた。

 

「わたし絶対にあきらめないから」

「あきらめない……ですって……?」

「うん、あきらめない! ダークネスといつか分かり合えるって信じてる!」

「下らないことを……」

 

 こともなげに言うダークネスの内心は荒れていた。まっすぐに信じて見つめるミラクルを見ているのと胸が苦しくなる。

 

「ウィッチ! 敵と馴れ合ううんじゃないの!」

「は、はいぃっ!?」

 

 肩を震わせたウィッチが慌ててダークネスの方に走ってくる。リリンもモフルンの前から飛んでダークネスの腕の中に納まった。ダークネスは踵を返すと速足でミラクルとマジカルの前から去っていった。

 

 

 

 みらいとリコとモフルンは無人島から箒に乗って飛んでいく小百合たちの姿を見上げていた。言葉はないが、見つめる3人の瞳には感謝の気持ちがこもっていた。その頃には日が傾き、魔法界の空が朱に染まりつつあった。



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第19話 負けたくない思い! トパーズ VS アウィン!
溶けない冷凍ミカン


 深夜、少女たちの穏やかな寝息に外から聞こえる虫の声がかすかに混じる。平和で静かな夜だった。窓際のベッドに魔法界の月が淡い光を落とし、向かい合って寝ている小百合とラナを照らしていた。

 

 その時、闇の中に別の異質な光が灯った。テーブルの上に置いてあるきんちゃく袋の中の闇の結晶の一つが怪しく光りだしていた。

 

 小百合は母親の夢を見ていた。真っ黒に塗りつぶされた空間の中に母の百合江が立ってこちらを見ているのだ。

 

「お母さん!」

 

 小百合が手を伸ばして走っても、ただ立っているだけの母との距離が縮まらない。

 

「……小百合、苦しい、早くわたしを助けて」

「お母さん!!?」

 

 百合江は本当に苦しそうに胸を押さえて今にも倒れてしまいそうだ。小百合はたまらない気持ちになって走り続けた。なのに百合江の姿が小百合からどんどん離れていく。

 

「早く助けに来て、小百合……」

 

 百合江が闇の奥底に消える前に聞こえた言葉が耳朶に残る。

 

 母の姿が消えてもなお走る続ける小百合は、何もないはずの闇に足を取られて転んでしまう。だが、完全に倒れてしまう前に誰かが手をつかんで支えてくれた。

 

「大丈夫、小百合?」

「えっ!? お母さん!!?」

 

 今度は小百合の目の前に百合江が立ち、しっかりと小百合の手をつかんでいた。その手から確かな温もりが伝わってくる。

 

「お母さん!!」

 

 小百合が母の懐に入ると優しい(かいな)に抱きしめられた。夢の中なのに確かに存在する母に触れて小百合の目に涙が溢れる。

 

 百合江は愛娘を抱きしめながら言った。

 

「あなたがわたしの為にしてきたことは全部見ていたわ。もうこれ以上わたしの為に苦しまないで」

「お母さん、わたしはどうしたらいいの……」

「小百合、あなたはどうすればいいのか、もうわかっているはずよ」

 

 百合江の体が徐々に闇に溶け込んでいく。

 

「行かないで、お母さん!」

 

「今のわたしは命だけの存在よ。この世界に長くとどまることはできないの。最後にあなた達に希望の光を託します」

 

 その言葉を最後に、母は無限の闇に抱かれて姿を消した。その瞬間に小百合は目を覚まして現実に帰ってくる。彼女は窓から差し込んでくる朝日の眩しさに目を細め、日の光を手でさえぎった。間近にはラナの寝息が聞こえる。

 

「お母さん……分からないわよ。苦しいって、助けてって、言っていたじゃない……」

 

 夢にもかかわらず小百合はすべてをはっきりと覚えていた。故に、その夢が突きつける矛盾に苦しめられることになった。

 

 

 

 闇の底に沈む城の玉座でロキは苦々しい顔をしていた。

「チッ、ダークネスの夢の中に入って操り人形にするつもりだったが、何かが邪魔してきやがった……」

 

 ロキはボルクスに与えた大量の闇の結晶の中の一つに闇の魔法で罠をしかけていた。その闇の結晶を通じて小百合の精神に入り込み、良からぬことをするつもりだった。しかしそれは失敗に終わった。ロキの念力ですらはね返す強力な力が働いたのだ。

 

 ロキは欲しい玩具が手に入らなかった:我儘な子供のように、いつまでも口惜しそうな顔で言った。

 

「さすがにプリキュアだ、あの男のように簡単にはいかんか。だが完全に失敗したわけじゃあねえ。ある程度の暗示を与えることには成功している。影響はあるはずだ」

 

 

 

 魔法学校の廊下にたくさんの生徒が集まっていた。みんな夏休み前の期末テストの結果を見に来たのだ。壁に貼りつけてある古風な木枠の魔法の掲示板をみんな見つめていた。上から上位10人の名前が流れ落ちるように降りてくると、生徒たちの中から控えめな歓声が起こる。廊下なのであまり大きな声は出せないが、生徒たちは先生方に注意されない範囲で思い思いの事を口にしていた。

 

「すごいよリコ!!」

「リコ、ついにやったな!!」

 

 魔法の掲示板を見つめていたリコは近くで急に大声を出されて焦ってしまった。

 

「ちょっと、みらいもジュンも声が大きいわ。ここは廊下なんだからお静かに!」

「あっ、ごめん」

 

 みらいが片方の手で口を塞ぐ。もう片方の手ではモフルンを抱いていた。そのモフルンが嬉しそうにバンザイするように両手を上げる。

 

「リコが一番モフ」

「リコがついに一番になったんだね!」

「おめでとう、リコ」

 

 ケイ、エミリーも続けて祝福の言葉を送ってくれた。

 

「ええ、みんなありがとう」

 

 礼を返すリコのことを見て、みんなあれっと思った。ケイもジュンもエミリーも、リコが一番になったあかつきには、もっともっと大喜びすると思っていたからだ。リコは微笑して嬉しそうではあるが、3人の友達の想像と比べたら喜んでいるとは言えないくらいだ。

 

 みらいは気づいていた。掲示板の一番上にある自分の名前を見るリコの中に納得していない気持ちがあることに。

 

「勉強と魔法の実技を合わせたら一番だけれど、魔法の実技だけで見たらまだ3番目よ。まだまだよ」

「それはいくら何でもハードル上げすぎなんじゃないのかい?」

 

 ジュンが言うとケイもエミリーも頷く。魔法最下位だったリコがここまで上がってきただけでもすごいことだ。3人ともリコが努力している姿をずっと近くで見ていたので、言葉を尽くして讃えたい気持ちでいっぱいだった。

 

「リコは小百合がいないから一番になった気がしないんだよね」

 

 みらいがはっきり言うと、リコはほのかに悲し気な顔でみらいを見つめる。そしてリコは感情を交えず客観的に答えた。

 

「もし小百合がいたとして、勉強では負けないけれど、魔法の実技では彼女が一番になると思うわ。小百合がここにいたら、わたしが一番になれたかどうか……」

 

 リコはそう言ったものの、正直言って小百合がいたら今の自分では負けると思っていた。前回のテストの学科試験で2位だった小百合との点差はたったの3点だった。魔法の実技の方は小百合は受けられずノーカウント。もし今度の期末試験で小百合が魔法実技で一番になるとすれば、4位になるリコとの点差は少なくとも10点くらいになる。

 

 リコはそんなつまらない想像の上で負けなど認めたくはない。けれど、どうしても一番上にある自分の名前に上に小百合の名前が見えてしまう。

 

 一番になったのに、しょんぼりしてしまったリコに、みらいが歓喜する笑顔を送った。

 

「でも、リコはやっぱりすごいよ! リコが一番になって、わたしすごくうれしい!」

 

 みらいは我が事のように喜んで、リコに抱きついた。

 

「本当におめでとう、リコ!」

「みらい、ありがとう」

 

 みらいのおかげでリコの中に素直に嬉しいという気持ちが生まれた。今は目標にしていた首席になれた喜びを友達と一緒に分かち合うことが大切なのだ。

 

「今度は魔法の実技も一番を目指すわ」

「リコなら絶対できるよ」

「当然よ」

 

 リコが自信満々に言うと、いつも通りの彼女の姿にみらいは安心して笑顔になった。

 

 それから話題がシフトしていく。

 

「小百合とラナはどうして急に学校にこなくなっちゃったの? みらいとリコは何か知らない?」

 

 ケイがふってきた話に、みらいとリコは思わず顔を見合わせた。

 

「ど、どうしてだろうね?」

「わたしたちは別に何も知らないし」

 

「なんか怪しいな」

 

 ジュンがみらいとリコにずいっと顔を近づけると二人とも目をそらしてしまい、余計に怪しまれてしまうのだった。

 

 みらいはジュンから距離を取ってごまかすように苦笑いした後に、水平線の先を見るような目で、どこまでも素直にまっすぐな気持ちになって言った。

 

「二人ともきっともうすぐ帰ってくるよ。何となくそんな気がするんだ」

 

 

 

 授業が終わって寮の部屋に帰ると、みらいのベッドに小さき者がいびきをたてて眠っていた。みらいとリコとモフルンが集まって彼を上から見下ろす。

 

「チクルンモフ」

「妖精の森に帰るって出ていったのに、また戻ってきたのね」

 

 リコがチクルンの小さな体を指でつつくと、彼は目を覚ましてむくりと起き上った。それから大きな欠伸と背伸びをしてからリコたちの姿に気づく。

 

「よう、おめえら。来るのが遅いから寝ちまったぜ」

 

「チクルン、妖精の森にいなくても大丈夫なの? 女王様に怒られる~って出ていったのに」

 

 そう言うみらいに、チクルンはえへんと胸を張る。

 

「女王様におめえらの事が心配だっていったらよう。そばにいて役にたってあげなさいってさ。これって女王様に認められたってことだよな」

 

「チクルン、わたしたちのことたくさん助けてくれたもんね」

「チクルン大活躍モフ~」

 

 みらいとモフルンに言われると、チクルンはこそばゆそうな顔になる。

 

「そんなに言われると照れるぜ」

「これからも期待しているわよ」

「おう、任せておけよ!」

 

 チクルンは小さな拳で自分の胸を叩いてリコに答えるのだった。

 

 その時、扉をノックする音が聞こえてくる。

 

「二人ともいるのでしょう?」

「リズ先生の声だ」

 

 みらいが言うと、リコが頷いて魔法の杖を取り出す。

 

「キュアップ・ラパパ、扉よ開きなさい」

 

 リコの魔法で扉が開くと明るい雰囲気のリズが立っていた。

 

「二人ともそろっているわね。校長先生がお呼びよ」

 

『校長先生が!?』

 リコとみらいの声が重なる

 

「校長先生、元気になったのね」

 リコに微笑のリズが頷く。すると今度はリコとみらいの笑顔が重なった。

 

 

 

 みんなで校長室に行くと、はたして机の前に校長先生が座って待っていた。普段通りの若々しい美丈夫の姿に戻っていた。

 

「校長先生が元気になってよかったぁ」

 

 みらいが心からの言葉を吐露すると校長が薄い笑みを浮かべる。

 

「心配をかけたな、もう大丈夫じゃ」

「もう無理はしないでくださいね、年なんですから」

「なあに、まだまだ若い者には負けんよ」

 

 冗談めいたリコの言葉に校長がやり返すと、校長室に少女達の明るい笑いが弾けた。校長はそんな歓談の後に少し真面目になって話し始めた。

 

「君たちをここに呼んだのは、少々気になるものを手に入れてのう。それを見せたかったのじゃ」

 

 校長先生は机の引き出しを開けてがさごそやってから、それを取り出して机の中心置いた。硬い音を立てて転がったのはリコもみらいも見慣れた冷凍ミカンだった。校長先生が何かすごい物を出すと期待していたリコは首を傾げてしまった。

 

「冷凍ミカンがどうかしたんですか?」

「リコ君、解凍してみたまえ」

「ミカンの解凍なら任せて下さい」

 

 リコが星の杖を出して呪文を唱える。

「キュアップ・ラパパ、解凍!」

 

 リコの魔法の光が水晶のような厚い氷に覆われているミカンに当たってはじける。ミカンには何の変化もなくカチコチに凍っていた。

 

「え、うそっ!?」

「リコ、失敗しちゃったの?」

「し、失敗なんてしてないし!」

 

 リコはみらいに思わず言ってしまったが、氷がまったく溶けてないのでさすがに無理がある。リコは引きつった笑みを浮かべながら、もう一度呪文を唱える。

 

「キュアップ・ラパパ! 氷よ溶けなさい!」

 リコが2度まで魔法を使ってもミカンは凍ったままだった。

「そ、そんな。冷凍ミカンの解凍はもう完璧なずなのに、はうぅ……」

 

「この冷凍ミカン変だよ。今度はわたしがやってみるね」

 みらいもハートの杖を出して呪文を唱える。

 

「キュアップ・ラパパ! 氷よ溶けて!」

 やっぱり冷凍ミカンは溶けなかった。

 

「リコの魔法が失敗したんじゃなくて、この冷凍ミカンに魔法がきかないんだよ!」

「な、なんなの、この冷凍ミカン!?」

 

「ハッハッハ、何を隠そう、わしの魔法でもこの冷凍ミカンは解凍できんのじゃ」

 

『ええぇっ!? 校長先生でも!?』

 

 みらいとリコの声が見事にハモる。モフルンがみらいの腕の中から校長先生の机に乗って、冷凍ミカンを両手で持って見つめた。水晶のような氷の表面にモフルンの顔が映り込んだ。

 

「とっても冷たいモフ~。でもこの氷ぜんぜん溶けないモフ」

 

「ひゃっこい島の永久凍土の地下深くには、決して溶けない氷がある。このミカンをおおっている氷はそれと同じものなのじゃ」

 

「どうして永久凍土と同じ氷がミカンなんかに……」

「話によれば、これはプリキュアが魔法で凍らせたミカンだそうな」

 

 校長先生がリコの疑問に答えると、しんと静まり返った。みらいもリコも硬い表情になって黙ってしまった。

 

「確か君たちが持つアクアマリンのリンクルストーンは冷気を操る魔法じゃったな」

 

「わたしたちじゃありません。それに、アクアマリンの魔法はそんなに強力じゃないわ。魔法で溶かせない氷を生み出すことなんてできないと思うし……」

 

 リコは校長先生に言いつつ考え出した。それをみらいが心配そうに見つめている。そんな二人に校長先生が真顔になって言った。

 

「わしの言いたいことはもう分るだろう。これをやったのが君たちでないとすれば答えは一つ。小百合君とラナ君は新たな力を手に入れたのだ」

 

 みらいは戦いを予見させるこの出来事を前に、ため息をつくように言葉を紡ぐ。

「魔法でも溶かせない氷だなんて……」

 

「支えのリンクルストーンではこんな強力な魔法は使えないわ。きっと二人は新しい守護のリンクルストーンを手に入れたのよ」

 

「うむ、わしもリコ君と同じ考えだ。君たちがスタイルチェンジできるのなら、同じ魔法つかいプリキュアである彼女らも出来てしかるべきであろう。あの二人と君たちとで戦ってほしくはないが、もしもの時は気を付けるのだ」

 

「わかりました」

 

 リコが校長先生に答えた時に悲し気だったみらいの表情が急に変わった。その薄紫の瞳には窓から見える眩い光体が映っていた。

 

「なにあの光!?」

 

 校長先生とリコも気づき、みんなで窓辺に駆け寄る。窓の向こうに太陽を小さくしたような焔の光が現れていた。

 

「あの方角は魔法商店街じゃな」

 

「リコ、すぐに行こう! 魔法商店街に!」

「ええ!」

 

 みらいとリコは校長先生に(いとま)も告げずに出ていくと、校内を走り渡り廊下から箒に乗って飛び立った。

 

 

 

 小百合とラナは久しぶりに穏やかな日常の中にいた。

 

 小百合はエリーが持ってきてくれた奇妙なものを疑るような目で見つめていた。テーブルの上に置かれたそれは鋼鉄のボウルの中に入っている黒い物体で、全体に長くて鋭い棘が無数にはえていた。

 

「エリーさん、これは?」

「ハリマンゴーよ。魔法界の最高級果実の一つなの」

「おお~、ハリマンゴ~、たべた~い!」

 

「見た目は狂暴な栗ね……」

 

 ラナがもろ手を挙げて喜んでいる隣で小百合がつぶやいた。小百合に抱かれていたリリンが飛んできてテーブルの上に立つと、ボウルの中のハリマンゴーをまじまじと見つめる。

 

「これ本当に食べられるデビ?」

「美味しいわよ。わたしの農園で少しだけ作ってるの」

「最高級っていうなら、たくさん作った方がいいんじゃないですか?」

 

 小百合がエリーにもっともな進言をする。

 

「ハリマンゴーは高く売れるけれど育てるのが難しいのよ。たくさん作るには人手が必要なの。それに、本業はリンゴ作りだから」

 

「ここはリンゴ村ですものね」

「そんなことより~、はやく食べようよ! ハリマンゴー食べたいよ~」

「はいはい」

 

 こらえ性のないラナに小百合は答えてから改めてハリマンゴーを見つめる。

 

「どうしてこんなにすごい棘があるの?」

「ハリマンゴーは食べようとして手を出すとね、食べられるのが嫌だから、ハリを伸ばして攻撃してくるんだよ。刺さるとめっちゃ痛いんだって! だから魔法じゃないと皮がむけないの」

 

「何なのよ、その危険生物みたいな果物は!?」

 

 ラナの説明に小百合は驚くのと一緒にハリマンゴーを食べるのが少し怖くなった。

 

「ハリマンゴー、ハリマンゴー、ハリマンゴー、は~や~く~」

 

 ラナからハリマンゴーコールが起こる。小百合は仕方なく魔法の杖を出した。

 

「はいはいはい、わかったわよ。キュアップ・ラパパ! 果物の皮よむけなさい」

 

 小百合が杖を一振りすると、ハリマンゴーが真ん中から割れて、パカッと上の皮が取れた。その中にはミカンのように別れている真っ白な果実が詰まっていた。

 

「これはマンゴスチンね」

「小百合なに言ってるの、マンゴーだよ」

 

「中身はナシマホウ界のマンゴスチンっていう果物に似てるって話よ」

「へぇ、ナシマホウ界にもハリマンゴーみたいなのあるんだ~」

「こんな恐ろしい棘はないけどね……」

 

 小百合とラナが話しているとリリンが足音をたてて果物に近づいて、白い果実を一つつまんで口に入れた。するとその赤い星の宿る瞳が輝きに満ちる。

 

「これはとーっても美味しいデビ!」

「そんなに美味しいの? どれどれ」

 

 小百合も白い果実を口に放り込む。すると果物とは思えない濃厚な味が口の中いっぱいに広がっていく。

 

「美味しい! これはまるで生クリームね。甘さの中にほのかな酸味もあって、濃厚だけれど後引く味だわ。食べてみるとマンゴスチンとは別物ね」

 

「魔法界では森の生クリームって呼ばれているのよ。ハリマンゴーの油分はお肌に潤いを与えてくれるから美容にもいいの」

 

「こんなに美味しくて美容にもいいなんて、完璧な果物ですね」

 

 小百合が感心しているすぐ横でラナとリリンがハリマンゴーを競って食べまくっている。小百合が気づいた時には果物の皮しかなくなっていた。

 

「ちょっとあんたたち! わたしの分も残しておきなさいよね!」

「ごめん小百合、おいしくってつい~」

「油断した小百合が悪いデビ。美味しいものの前では油断は禁物デビ」

 

 謝るラナに対してリリンは悪魔的に尊大な態度に出る。小百合は怒るのを通り越して呆れてしまった。

 

「あんた最低ね」

「悪魔にとってそれは誉め言葉というものデビ」

「くぅ、生意気な……」

 

  小百合が握りこぶしを作ってもリリンはテーブルの上に座って平然としていた。その様子を見ていたエリーが思わず吹き出してから言った。

 

「まあまあ、ハリマンゴーならもう一つあげるから」

「い、いえ、そんな高級なもの二つも頂けません」

 

「その代わり」

 

 とエリーは小百合の言葉を止めるようにかぶせてくる。

 

「お使いお願いできないかしら。ハリマンゴーを魔法商店街に卸したいんだけれど、まだまだリンゴの収穫で忙しくてなかなか身動きがとれないの」

「そんなのお安い御用です」

 

 小百合が即答するとエリーはにこやかに手を合わせた。

 

「助かるわ。魔法商店街の果物屋さんよ。場所はラナちゃんが知ってるから」

 

 そんな訳で小百合とラナは魔法商店街に向かうことになった。



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業火のヨクバール

 小百合とラナはそれぞれ魔法の箒に乗って飛んでいく。リリンは小百合のひざの上に乗って足を伸ばしてリラックスしていた。

 

 青空を背景にたくさんの綿あめみたいな雲が低くたれこめる海の上を二人の影が走っていく。ラナの箒の筆の根元から縄がたれていて、その先には銀色の大きなボウルに入っている複数のハリマンゴーがあって刺々しい山になっていた。

 

 小百合は自分の箒にぶら下がっているものが気になって何度もそれに目をやる。

 

「ちょっとラナ、エリーさんからもらったハリマンゴーまで持っていく理由をそろそろ聞かせてほしいんだけど」

 

 小百合の箒にぶら下がっている鉄の網に入っているハリマンゴーが、海からの上昇気流で棘鉄球のつぶてさながらに小百合の方に迫ってくる。

 

「ひいいぃっ!?」

 

 小百合が情けない声を出して慌てて上昇した。

 

「おおげさだなぁ。さすがに小百合のところまでは上がってこないよ」

 

「あんなのが迫ってきたら誰だって怖いんだからね! それよりもあれを持っていく理由を聞かせなさい! さっきからはっきりしないわね!」

 

 ラナはなぜかエリーからもらったハリマンゴーを持っていくと言ってきかなかった。そこまで言うのならよっぽどの理由があるだろうと小百合がたずねると、どうも歯切れの悪い返事しか返ってこない。と言っても、小百合はラナが何をしたいのかは大体わかっていた。

 

「えっとぉ、うっとぉ、もしさあ、小百合が良ければでいいんだけどさあ」

「なによ、はっきり言って」

「そのハリマンゴー、わたしがもらってもいいかなぁって……」

 

 ラナの声がどんどん小さくなって最後の方の言葉は風の音に負けて聞こえなかった。

 

「それで、ラナはそのハリマンゴーをどうしたいの?」

 

 小百合がラナの横に並んでその横顔を見つめると、彼女のサラサラの黒髪が海風に流れてほおをなでた。ラナは一瞬だけ小百合と目を合わせてから言った。

 

「プレゼントしたい人がいるんだよ」

 

 ラナは今度ははっきりと大きな声で言う。もう覚悟を決めたというようにまっすぐ前を向いて箒に乗る姿勢を正していた。

 

「あんたね、そういうことをして逆に相手を苦しめることもあるのよ」

 

「へ? ハリマンゴーもらって苦しむ人なんていないよぉ。あ、でも、まちがって棘が刺さったら痛くて苦しいね~」

 

 ラナがいつものように、ほわんとした感じで答えると、小百合のため息が出た。

 

「わたしが言いたいのはそういうことじゃないんだけれど、まあいいわ。あんたの好きにしなさい」

「ありがとう、小百合!」

 

 ラナが笑顔で言った時に、下の方に魔法商店街の街並みが見えてきた。

 

「低空を飛ぶときはハリマンゴーが人に当たらないように気を付けないと。棘がむき出しの状態だともはや凶器だわ」

 

 小百合が持っているハリマンゴーは網に入って全身の針がむきだしなので気を使わされた。その上、小百合は魔法の箒に乗るのが苦手なので苛々してくる。

 

「何でこっちのハリマンゴーはボウルに入れてこなかったのよ!」

「ちょうどいいのがなかったんだよ~」

 

 ラナは小百合の気など知らずにのんびりと答えながら魔法商店街の果物屋さんを目指していた。

 

「小百合、大変デビ、ハリマンゴーが人に当たってるデビ」

「えっ!? うそっ!?」

「うそデビ」

「あんたねーーーっ!!」

 

 リリンにおちょくられて怒鳴る小百合、ラナはそんなの気にしないで降下を始める。

 

「あった~、あそこだよ~」

 

 ラナの後ろで小百合がまだ怒っていた。

 

「リリン、次にこんな嘘ついたら晩ごはん抜きにするからね!」

「小百合が緊張していたみたいだったから、リラックスさせようと気を利かせたんデビ」

「リラックスどころか体が凍りついたわよ!」

 

 少女たちは魔法商店街で数百年も続く果物屋さんに向かって降りていった。

 

 

 

 上空で正八角形の魔法商店街の街並みを見下ろしている燃え上がるような赤い髪の男がいた。彼は体半分をおおっていた漆黒の毛皮のマントを後ろに送り、にやりと笑う。

 

「さてと、いよいよ俺様が動くわけだが、どう手を打つか」

 

 闇の王ロキは、先にあったフェンリルとプリキュアたちとも戦いを思い返した。

 

「宵の魔法つかいがあの場所に現れたのはフレイアの奴がなにかしたんだろう。問題は宵の魔法つかいがフェンリルを倒し、伝説の魔法つかいを助けたというところだが、これはお互いの利害が一致していたからにすぎない。フェンリルはどちらにとっても敵だったからな。伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいを直接ぶつければ戦いになるに違いねぇ。まずは4人のプリキュアをここに集める。ついでにあの街を消し去って絶望の大地を戦いのステージにしてやろう」

 

 ロキの左の手のひらに炎が燃え上がり、同時に弾いた右手の指が反響を呼ぶ。するとロキの目の前に導火線の付いた黒い球体の爆弾と、真っ黒な小石程度の闇の結晶が現われる。ロキが右手を空へと振りかざすと上空に巨大な黒龍の魔法陣が広がった。

 

「いでよ、ヨクバール!」

 

 闇の結晶と爆弾と火の玉、この三つが魔法陣に吸い込まれる。その直後に魔法陣から引きずり出された黒い影が翼を開いて鳥の形になった。その全身が燃え上がって黒い影が薄紙が消し炭になるように消え去ると、身体の中心に爆弾を抱えた火の鳥が現れて頭になっている竜の骸骨から雄叫びが上がった。

 

「ヨクバアァーーーールッ!!」

「てめえの役目はプリキュアを呼び寄せることだ。さあやれ、ヨクバール!」

「ギョイイィーーーッ!!」

 

 火鳥のヨクバールは翼を開き、燃え盛る全身から光を放ち始めた。

 

 

 

「トッドさん、ひっさしぶり~」

「やあ、ラナじゃないか」

 

 果物屋さんのお兄さんが上空から手を振るラナを見上げていた。

 

「エリーさんのお使いでハリマンゴーもってきたよ~」

「まっていたよ」

 

 ラナと小百合が店の前に降りてくると、トッドはさっそくボウルの中のハリマンゴーを目利きしていた。

 

「うん、エリーのハリマンゴーはいつも出来がいいね」

 

 トッドは懐から魔法の杖をだした。

 

「こいつは危険があるから慎重に運ばないとな。キュアップ・ラパパ、ハリマンゴーよ並べ」

 

 トッドが杖を振ると棚の空きスペースにハリマンゴーが順序良く並んでいった。

 

「次は魔法学校ね」

 

 小百合が何気なく言うとラナが目を丸くした。

 

「え!? なんでわかるの!?」

 

 ラナのその問いに答えは帰ってこなかった。小百合は強張った表情で上空を見つめていた。小百合だけではない、魔法商店街にいる大半の者がそうしていた。魔法界の上空に突如現れた太陽のような輝きに目を奪われていた。

 

「ふえ? なあにあれぇ?」

 

 ラナもそれを見上げるが、さらに輝きが強くなって見ていられなくなった。そして輝きの中から甲高い獣のような叫び声が上がる。

 

「ヨクバールだわ!」

 

 小百合が箒に乗るとラナもそれに合わせる。言葉もなく二人は同時に上昇した。そして、滑るように低空で街の上を飛び、同時に商店の屋根の上に着地する。

 

 小百合とラナが左手と右手を重ねると、赤い三日月を背後に背負った黒いとんがり帽子が輝きとなって一瞬だけ現れる。二人がつないでない方の手を天に向けると、瞬時に黒いローブの姿に変わり、

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 魔法の呪文と共に昇った群青の光線が雲を突き破り、鋭い角度で曲がると一瞬で空中を飛んでいるリリンの首元のブローチに落ちてくる。群青色の氷の結晶がはじけると、ハート型の台座の上で輝く群青のリンクルストーンがリリンのブローチに現れる。

 

『アウィン!』

 

 世界は瞬間的に永久凍土となり、小百合とラナとリリンが手と手とつないで輪を作ると、竜巻状に吹き上がる無数の綿雪と氷の結晶にのって上空へ。空中に大きな氷の花が咲き広がると、3人はその上で輪のまま向かい合った。

 

『ブラック・リンクル・ジュエリーレ!』

 

 リリンの体に群青色のハートの光が現れて点滅すると、3人は氷の花の上で回りながら華麗に舞い踊る。無数の氷の結晶が上から斜めに流星群のように降りてきて3人の姿はその向こう側に消えていく。

 

 魔法商店街に群青色の三日月と星の六芒星が現れると、それは回転しながらいちど上空へと舞い上がり、再び同じ場所に落ちてきて止まる。そして、空中で垂直に立っている六芒星の前に黒と群青に彩られた二人の乙女が召喚された。

 

 ダークネスとウィッチは背後の魔法陣を蹴って前に飛び、そして商店の屋根の上に舞い降りる。

 

「穏やかなる深淵の闇、キュアダークネス!」

「可憐な黒の魔法! キュアウィッチ!」

 

 二人は左手と右手をつないで後ろ手に、目を閉じて冷気をまとう体で触れ合いながら、別の手は愛おしい者にふれるように柔らかく重ね合わせた。そして背後でつないでいた手を前に、手のひらを返して高貴な姿を見せる。

 

『魔法つかいプリキュア!』

 

 アウィンスタイルに変身したダークネスとウィッチが天高く輝き続けるヨクバールを見つめる。

 

「あのヨクバール、攻撃してくる気配がないわ」

「なんなんだろうね~。光りたいだけなのかなぁ」

 

 ウィッチが首を傾げる。

 

「輝きを放つことに何の意味があるというの?」

 

 そう言ってダークネスはすぐにはっとなった。

 

「わざと目立って呼び寄せているの?」

「よぶってなにを?」

 

「わたしたちと、あとあの二人も。だとしたら、4人まとめて倒すつもりなのかしら」

「じゃあ、めっちゃ強いんじゃん、あのヨクバール」

 

「……それにしては変ね。今ここにプリキュアは二人しかいない。今のうちに攻めた方が有利なのに」

 

 ヨクバールは光っているだけで全く動かない。

 

「もっと近づいてヨクバールの姿を確認しましょう」

 

 二人の周囲を惑星の衛星のように周回している群青色の光の球が舞い上がり、真円を描いて空中に氷の結晶で足場を作る。ダークネスとウィッチは群青の光が次々咲かせる凍てつく花に飛び移ってヨクバールの真上まできて見おろした。その時にヨクバールの鳥の姿を見ることができた。ダークネスは油断なく敵に集中しながら言った。

 

「ここまで近づいても攻撃してこない……」

「本当に光っていたいだけみたいだねぇ」

 

 ウィッチも特に何もしないヨクバールを見おろしていた。

 

 

 

 その頃、リコたちも魔法商店街の上空へと至る。

 

「どこか人目のないところで変身しましょう」

「あそこがいいよ」

 

 みらいが魔法商店街のとある広場を指さした。二人は箒を降下させて、以前ルビーを手に入れた猫の石像の陰に降りると、右手と左手を合わせた。そこに金色のとんがり帽子が現れ、もう一方の手を二人同時に上げると、リコは紫に輝くローブ、みらいはピンク色の輝きのローブに身を包まれる。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 金色の光に満ちた世界が広がると、みらいとリコの周囲から、大地よりいでる噴泉のごとく4本の光の柱が噴き上がり、二人が立っている金色の大地が爆発して崩れると、二人とも深く広がる金色の空間へと放り込まれる。そこに現れたモフルンが青いキャンディーを捕まえて包みを広げると、飴玉の代わりにトパーズのリンクルストーンが飛び出して、モフルンの胸のブローチに収まった。

 

『トパーズ!』

 

 みらいとリコとモフルンが手をつないで輪になると、大輪の花のように広がって回転しながらさらに金色の中を下っていく。

 

『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 モフルンの体に金色のハートが現れて点滅すると、金色の円環が3人を囲い、それがハート型になって回転すと、無数で色とりどりの大きなキャンディーがふってきて、3人の姿はその中に消えていった。

 

 

 広場の上空に金色のハートの五芒星が現れると、そこからミラクル、モフルン、マジカルの順に飛び出してくる。

 

「二人の奇跡、キュアミラクル!」

「二人の魔法、キュアマジカル!」

 

 ミラクルとマジカルは静かに目を閉じて可憐な乙女の姿になり、その中にか弱い命があるかのようにやんわりと手を合わせる。次の瞬間には一転して二人は楽し気な笑顔で後ろにつないだ手を上にあげ、くるりと回って背中合わせになると、二人で一緒に美脚を高く上げてから、

 

『魔法つかい、プリキュア!』 

 

 二人の強き絆を示すように、ミラクルの左手とマジカルの右手が強く前で結ばれた。

 

 黄色のプリキュア二人の近くに二つの黄色い玉が現れる。二人は球で扁平円の足場を作って高い場所に移動した。ミラクルは光に照らされる街を見下ろしてほっとした。

 

「よかった、商店街は無事みたいだね」

 

「何だよありゃ、光ってるだけかよ」

「まぶしいモフ」

 

 チクルンとモフルンが太陽のように光るものを見上げて言った。

 

「まずはあの光の正体を突き止めましょう」

 

 そう言うマジカルにミラクルが頷き、二人はトパーズスタイルのオプションで足場を作って光の元凶に向かって急いだ。

 



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トパーズとアウィンのプリキュア

 大きな買い物袋を抱えた銀髪の少女が足を止めてまぶしい空を見上げる。彼女の後ろからついてきていた数匹の猫たちも同じように空を見上げた。

 

「フェンリル様、あれはなんにゃ?」

 

 足元の三毛猫のロナがニャーと鳴く声がフェンリルには言葉として届く。彼女は黙して商店街に現れた光の眩しさに目を細め、猫たちは怖くなってフェンリルの後ろに隠れ始めた。

 

「ついにロキ様が動き出したか。この世界が闇に染まるのも時間の問題だね」

 

 フェンリルは足元に集まる猫たちを見つめると、全てを諦めた空虚な笑みを浮かべる。

 

「魔法界が闇にのまれるその日まで、お前たちにはうまいものを食わせてやる。それがせめてもの礼だ」

 

 フェンリルが歩き出すと猫たちもその後に続く。彼女は歩きながらふと思った。今のフェンリルにとっては魔法界が平和であった方がありがたい。子分の猫たちには生きてほしいし、まだまだ料理の勉強もしたかった。

 

「希望がないこともないか。あいつらが手を組んだのなら、わずかだがロキ様に勝てる可能性が生まれるだろう」

 

 

 

 ダークネスはじっと相手の出方を見ていた。向こうが攻撃してこないのなら迂闊に手は出さない。相手がどんな能力を持っているのか分からない状態でしかけるのは危険だからだ。

 

「なんもしてこないねぇ」 

 

 退屈なウィッチがあくびをした。その時にヨクバールに変化が起こる。そして、ダークネスの目が鋭くなった。

 

「今ヨクバールが一回り大きくなったわ」

「え? ほんと?」

 

「大きくなったデビ、リリンも見たデビ」

 

 リリンがダークネスとウィッチの間で翼を動かしながら言った。

 

 3人が見ている前で、またヨクバールの体が膨らんだ。同時にヨクバールをおおい尽くす炎の勢いも強くなる。ウィッチがくりっとした青い瞳をさらに大きくした。

 

「うわあ、ほんとだ大きくなった!」

「様子を見ている場合ではなさそうね。すぐに倒しましょう」

 

 ダークネスとウィッチは足場にしている氷の結晶から同時に高く跳び、それを二つの群青の球が追尾していく。途中で群青の球が円に動いて作り出す大きな氷の結晶をもう一度足場に、二人はさらに高く跳んだ。群青と黒のプリキュア達の背後に雲が迫る。

 

 リリンの胸にあるディープブルーの輝石が輝き、ポンと群青色に輝く玉を生み出す。リリンがそれを両手で持ってコロコロ転がしていくと、どんどん大きくなっていく。そしてそれがリリンの体と同じくらいになると、リリンは頭の上に輝く玉を持ち上げた。

 

「ダークネス、ウイッチ、受け取るデビ!」

 

 リリンが投げた群青の輝きが二つに分かれ、ダークネスとウィッチが胸の前に置いたリンクルブレスレッドのアウィンに吸い込まれていく。

 

「行くわよウィッチ!」

「うん! やっちゃうよ~っ!」

 

 二人の姿が上空で交差し、位置を入れ替えてダークネスが右、ウィッチが左側に、後方で左手と右手をぎゅっと合わせる。

 

『冷厳なる理性よ、わたしたちの手に!』

 

 二人がはるか下に見えるヨクバールに向かって、つないでいない方の手をかざす。そして、二人が後ろでつないでいる手にはさらに力がこめられる。

 

『プリキュア! アウィンレクイエム!』

 

 ヨクバールに向けられている二人の手に群青の光が集まり、解き放たれた群青の光が光線になって下っていく。光線が五つに分かれると、ヨクバールの上空を覆うように群青色の五つの魔法陣が開く。五つの光線はそれぞれ五つの魔法陣に落ちる。すると光線を吸い込んだ面の反対側、ヨクバールに向いている方の魔法陣の面から、氷の結晶を無数に含んださらに強力な光線が五つ同時に放たれた。

 

「ヨ、ヨクバールゥ……」

 

 凍てつく五つの光線を同時に受けたヨクバールが弱々しく鳴く。火炎と冷気がぶつかって商店街をおおうほどに凄まじく蒸気が発生した。

 

 ヨクバールに向かっていたミラクルとマジカルは、突然吹き荒れた白い蒸気を前に思わず足を止めていた。ミラクルは迫ってきた蒸気を防ぐように片手で顔を隠して言った。

 

「なにこれ、真っ白で前が見えない!」

 

「あの二人がヨクバールに攻撃をしかけたんじゃないかしら。もっと高く跳んで蒸気の上に出ましょう」

 

 ミラクルとマジカルがトパーズの能力で空中に足場を作ってさらに高い場所に移動すると、真白な霧でおおわれた街を見おろした。

 

「商店街が雲の中にあるみたい」

「どんな攻撃をしたらこんなことになるの……」

 

 ミラクルとマジカルはそれぞれ感想をもらしてから、再びヨクバールのいた方を目指す。

 

 モフルンとチクルンは大分遅れて二人の後を追っていた。チクルンが自分よりもずっと大きいモフルンの背中をつかんで移動している。モフルンはぬいぐるみなのでそんなに重くはないが、それでも体の小さなチクルンにとってはかなりの重量だ。

 

「ふたりとも行っちゃうモフ」

「しょうがねぇだろ。お前と一緒じゃ、あんなのおいつけねぇよ」

 

 

 

 街を渡る風が地上に沈み込んだ霧を洗い流していく。ダークネスとウイッチは氷の結晶の上からヨクバールがいた場所を見続けていた。やがてその姿が現れる。ヨクバールは先ほどよりだいぶ小さくなり、体中をおおっていた炎が消えたかわりに、爆弾の体と白い骨だけの翼があらわになっていた。

 

「ヨクッバアァーーールッ!!」

 

 狂気の叫びが街に響き渡る。それを聞いたダークネスとウィッチは絶望的な気持ちになった。

 

「倒しきれてない!!?」

「うえぇ。ど、どうしようダークネス」

 

「永久凍土の冷気を込めたアウィンの大魔法でも倒せないなんて……」

「もう一回やったら倒せるんじゃなあい?」

 

「無理よ、大魔法は魔力の消費が大きいから連続で使うことはできないわ」

「そ、そんなぁ」

 

 ウィッチが不安げにダークネスを見つめる。ダークネスでもヨクバールを倒す方法は思いつかなかった。そうこうしているうちに、ヨクバールの体が再び燃え上がる。それにはさすがのダークネスも焦りを見せた。

 

「そんな、再生能力まで持っているの!?」

 

 そう言うダークネスの姿と復活しつつあるヨクバールの姿をウィッチがさらに不安になりながら交互にみつめる。

 

「あれは今までのヨクバールと桁違いの能力をもっているみたいね。そして自分から攻撃する力をもたないぶん、防御の能力に優れているんだわ」

 

「でもお、防いでるだけじゃ意味ないよねえ?」

 

「あいつは多分、自爆してこの街ごとわたしたちを吹き飛ばすつもりなのよ」

 

「ええぇっ!? やばいよそれぇ!」

 

 混乱したウィッチが両手で頭をかかえて叫び出す。ダークネスは下唇を噛んで胸の内に押し込んでおきたい事実を思わずつぶやいてしまっていた。

 

「今なら後一度の大魔法であのヨクバールを倒すことができる。ミラクルとマジカルがこの騒ぎに気付いて来てくれることを願うしかないわね……」

 

 かくして、ダークネスの願いは叶えられるのであった。空中を移動してくるミラクルとマジカルが、ヨクバールと群青のプリキュア達の姿を視界にとらえていた。

 

「あなたたち!」

「うわぁっ! きたぁっ! 二人ともまってたよ~っ!」

 

 マジカルが呼びかけたとたんに、ウィッチがばんざいして大喜び、ダークネスも安堵して少しだけ表情が和らいだ。いま来たばかりのミラクルとマジカルには何が何やらわからない。

 

「説明をしている暇はないわ。このままでは商店街が危険なの。あんたたちの魔法でヨクバールに止めを刺して」

 

「任せなさい」

 

 マジカルが即答する。ミラクルとマジカルはダークネスを疑わなかった。今までの戦いの中で、ある意味では心を通わせている。だからダークネスに悪意がないことくらいはすぐにわかる。

 

「わたしたちがサポートするわ! ウィッチ、一緒に来て!」

「りょうかいで~す!」

 

「マジカル、わたしたちも行こう!」

「ええ!」

 

 再び炎をまとったヨクバールが商店街の道の真ん中で翼をひらいてまた光を放ち始めていた。それを挟み撃ちにするように、それぞれのペアが道に降りた。ミラクルとマジカルはヨクバールの正面、ダークネスとウィッチは背後を捉えていた。まずはダークネスがサポートに動く。

 

「二人に向かってヨクバールを弾き飛ばすのよ!」

 

 ダークネスにウィッチが頷き、二人で一緒に前方に突出した。

 

『はあーっ!』

 

 二人同時のパンチがヨクバールの背中にヒットして、爆弾を抱えた巨体が前にぶっ飛ぶ。ミラクルとマジカルはどんどん近づくヨクバールに対して、ダイヤが宿るリンクルステッキを構えた。

 

『リンクルステッキ!』

 

 ようやくモフルンとチクルンが追いついた時に、ミラクルとマジカルが大魔法を使おうとしていた。モフルンは焦ってしまった。モフルンがいないとミラクルとマジカルは大魔法が使えないのである。

 

「二人ともモフルンがいないのに気づいてないモフ! チクルン、モフルンを投げるモフ!」

「え? いいのかよ?」

 

「はやくしてほしいモフ!」

「わかったよ、いくぞ! そりゃーっ!」

 

 チクルンはモフルンを力いっぱい前に向かって投げた。モフルンが手足を大きく開いてミラクルとマジカルに向かって落ちていく。その時、モフルンの胸の黄色い宝石から光があふれて、黄色に輝く大きな玉となった。同時に世界が金色の光に染まり、モフルンは光の球にしがみ付いて一緒に転がっていく。

 

「モフゥ~ッ!」

 そしてモフルンが途中で玉から離れて地上に立つと、

 「モフッ」と上から落ちてきた黄色い光の球を頭でポヨンと弾いた。

 

 途中で二つに分かれた黄色い光の球に、ミラクルとマジカルは走って追いつき、テニスのラケットでボールを打ち返すようにリンクルステッキを一振りして黄色く光る弾を受け止めた。ミラクルのステッキのハートのクリスタルと、マジカルのステッキの星のクリスタルが金色の染まり、同時にに二人のステッキに宿っていたダイヤが黄色い宝石と入れ替わる。

 

『トパーズ!』

 

 二人は同時に地上から姿が見えなくなるほど高くジャンプして、ミラクルは右側で左手を、マジカルは左側で右手を後ろで合わせてつないだ。

 

『金色の希望よ、わたしたちの手に!』

 

 地上に着地したミラクルとマジカルが、つないでいない方の手にもっているリンクルステッキを高くかかげると、モフルンの胸のトパーズが金色の光を強く放つ。

 

 ミラクルとマジカルは金色に光るステッキの先端を合わせて一緒に金色の線を描いた。

 

『フル、フル、リンクル―ッ!』

 

 二人でステッキを回して円を描くと、それに合わせて描かれた金色の線が変形して渦を巻いていく。やがてそれが二人の頭上で巨大な金色の竜巻になった。

 

 高く上げたリンクルステッキのハートと星のクルスタルが合わさって、神秘的な響きと共に金色の閃光が竜巻の中心に吸い込まれていく。次の瞬間、金色の竜巻が一気にかき消されて、ミラクルとマジカル近くに、リンクルステッキが巨大になった幻影が現れた。それはまるで並び立つ2本の巨大な柱であった。それらと比べると、ミラクルとマジカルの姿はまるで小人だ。

 

 ダークネスとウィッチの攻撃で吹っ飛んできたヨクバールが、ミラクルとマジカルの目前に迫る。巨大になった2本のリンクルステッキがゆっくりと前に倒れて、そこに突っこんできたヨクバールは2本のリンクルステッキの間に挟まれ、そこで動きが止まった。とたんに金色のハートの五芒星がヨクバールの前に現れて動きを封じ、巨大なリンクルステッキの周囲に金色の光の円が連なってバネのような形になった。

 

 ミラクルとマジカルが後ろ手につないだ手を高く上げて力を込め、リンクルステッキを持っている腕を斜め前で合わせて交差させると、強く温かな魔法の言葉を唱えた。

 

『プリキュア! トパーズエスペランサ!』

 

 ミラクルとマジカルが体を引く動きに合わせて、巨大なリンクルステッキの方に巻き付いている金色の魔法のバネが縮んで途方もない力を蓄積させる。そして二人が同時にリンクルステッキを前に力強く突き出すと、それに合わせて魔法のバネに蓄積されていた力が解放される。瞬間、金色の魔法陣で封印されているヨクバールが豪速で弾き出された。

 

「ヨクバァーーールッ!!?」

 

 金色の球と化したヨクバールが大地を跳ねるたびに地面を大きくえぐり、最後は大地に深くめり込むと、周囲の地面に亀裂が走り、その亀裂から金色の光りが噴出した。そして大爆発が起こってすべてが金色の光に飲み込まれる。その時に一塊の炎と爆弾と闇の結晶が光の中から現れていた。

 

 炎はすぐに空中で消え去り、闇の結晶と爆弾だけが残った。闇の結晶はマジカルが拾い上げ、危険な爆弾はミラクルが拾ってすぐに導火線を抜き取った。

 

「二人ともモフルンがいないのに魔法つかっちゃダメモフ! モフルンが追いつかなかったら大変なことになってたモフ!」

 

 モフルンがかわいい足音をたてながら怒った顔で二人に近づいてきた。

 

「あ、ごめんねモフルン」

「すっかり失念していたわ。変身した後に移動したから、モフルンをおいてきぼりにしてしまっていたのね」

 

 ミラクルとマジカルが申し訳なさそうに言うと、モフルンの機嫌が戻ってくる。

 

「チクルンがいなかったら間に合わなかったモフ。感謝するモフ」

「いやあ、大したことねえって。でもよ、また役に立てたのなら嬉しいぜ!」

 

「チクルンはやる男デビ」

「そんなに褒めるなよーって、誰だよ!?」

 

 チクルンが後ろからかけられた声に振り向くと、蝙蝠の羽を動かしながら浮いているリリンが挨拶代わりに片手を上げた。

 

「リリンじゃねえか。それにお前らも」

 

 ダークネスとウィッチが一緒になってすぐ近くまで来ていた。そこでマジカルは落ち着いて二人の姿を見ることができた。当然、今までに見たことがないプリキュアの姿だ。

 

 ――やっぱり新しい守護のリンクルストーンを手に入れていたわね。どんな能力なのかしら?

 

「すごい、すごい! 二人ともすごくかっこよかったよ~っ!」

 

 ウィッチがいきなり走ってきて、並んで立っているミラクルとマジカルに同時に抱きついてきた。

 

「ちょ、ちょっとーっ!?」

「ウィッチ!?」

 

 マジカルは考える間も与えられずに驚き、ミラクルは少し嬉しそうだった。それを見たダークネスは少しだけ顔をしかめたが、今回は何も言わなかった。

 

 ミラクルは妹でもあるかのようにウィッチの頭をなでていた。そうするとウィッチは嬉しそうな顔で子猫のようにすり寄っていく。ダークネスはため息をつきながらも、それを見なかったことにしてマジカルに言った。

 

「今回は感謝するわ。わたしたちだけでは、あのヨクバールを倒すことができなかったの。今までの奴とはまるで違っていたわ」

 

「ヨクバールがさらにパワーアップしているっていうことね。何が起こっているのかしら……」

 

 ダークネスがマジカルと対峙したこの瞬間に、あの声が聞こえてくる。

 

(苦しい、助けて、早くわたしを助けに来て)

 

 夢で見た母の声が異常な鮮明さでダークネスの頭の中に響くように入ってきた。



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マジカルとダークネス、因縁の対決

「ぐっ……」ダークネスが頭を押さえると、マジカルの表情が硬くなった。彼女の目の前で唐突にダークネスが奇妙な違和感に包まれたのだ。そしてダークネスが顔を上げた時に、マジカルは驚いてしまった。顔つきがまるで違っていた。ダークネスが今までに見せたことがない攻撃性が表れていた。

 

「マジカル、戦いはこれからよ。あなたが持っている闇の結晶をかけて戦うのよ」

 

「なにを言っているの!? あなた、わたしたちが本気で戦ってどんなことになったのか、忘れたわけではないでしょう! あなたはあのことをとても後悔していたはずよ!」

 

「わたしはあなた達を倒さなければならない。お母さんを蘇らせるためには、そうするしかない」

 

 ダークネスの声はまるで呪いの魔法でも唱えるような異様さを含んでいた。マジカルにとって、それはもうダークネスの言葉ではなかった。ある方面ではマジカルはダークネスを誰よりも知っている。なぜなら、度々本気で衝突してきたからだ。だからこそ分かることもある。

 

「ダークネス、何があったの? あなた絶対おかしいわよ」

 

 ウィッチもダークネスの雰囲気が変わったのに気付いた。まるで知らない人が急に目の前に現れたようで、ウィッチは戸惑っている。

 

「ダークネス?」

 

「ウィッチ、伝説の魔法つかいを倒すわよ。協力しなさい」

「だ、だめだよお、こんなところで! 街があるんだよ! たくさん人がいるんだよ!」

 

 ダークネスを元凶にしてプリキュア達の間に嫌な空気が漂い始めていた。それを見ているモフルンたちも少し怖くなってくる。

 

「ダークネスはどうしてあんな怖い顔しているモフ?」

 

「あんなダークネス見たことないデビ。なにやら黒いオーラが出てるデビ」

 

「名前からして黒いオーラ出てそうだけどな。っていうか、あいつらまだ仲直りしてないのかよ?」

 

 チクルンが言うと、リリンが赤い星マークがまたたく青い瞳で小さな妖精を見おろした。

 

「モフルンのプリキュアとリリンのプリキュアは最初から仲間じゃないデビ。ずっと敵同士デビ」

 

「でも助け合ってるモフ。敵同士でも心はつながっているモフ」

 

「なんだそりゃ、よくわかんねえな……」

 

 モフルンとリリンの話を聞いて、チクルンは片方の眉を下げて珍妙な気持ちを表情に表していた。

 

 この時、マジカルはこの状況を収めるのに最善の決断をした。

 

「ここであなた達と争うくらいなら、この闇の結晶は譲るわ」

 

 マジカルが手のひらの闇の結晶を差し出すと、ダークネスはそれを見てマジカルをすごい形相で睨む。その表情には明らかな憎しみが込められていた。今までのダークネスには到底あり得ないことだった。普段のダークネスであれば、あっさりと闇の結晶を受け取って無駄な戦いは避けるだろう。

 

「それは許さないわ。その闇の結晶は戦って所有者を決める。ここで決着をつけるのよ」

 

 ミラクルもマジカルもダークネスの言葉と変わりように凍り付いた。ウィッチはもうどうしていいのか分からずに、ついに限界を迎えてわけのわからないまま口走ってしまう。

 

「あ~、つまりね~、こういうことなんだよ。ダークネスは前に負けたのがちょう悔しいから、もう一度勝負してほしいんだって!」

 

 それを聞いた瞬間にダークネスの表情が変わって嫌な違和感が吹き飛んだ。

 

「いつ誰がそんなこといった!? ねえ!?」

「いや~、ダークネスの顔にかいてあるよ~」

「くぅ、あんたは余計なことばっかり言って……」

 

 ダークネスは一度目を閉じて感情を落ち着かせてからもう一度マジカルと対峙する。

 

「そうね、ウィッチの言うことは当たってる。このさいだからはっきり言うわね。わたしはあなたに2度も負けている。それが悔しくて夜も眠れなかった時もあったわ」

 

「2度ってどういうこと?」

「なによ、はぐらかすつもり? すごく苛つくわ」

 

「わたしがあなたに勝ったのは、前にトパーズスタイルで戦ったあの一度きりだし」

「ちがう! その前にわたしはあなたにテストで負けているんだからね!」

 

「え!? あそこから始まってるの!?」

「何よその物言い、勝者の余裕っていうわけね」

「そ、そういうわけじゃないし……」

 

 ダークネスの恨めしい目は本気だった。まさかの展開にマジカルは言葉を失ってしまった。

 

「わたしは一番をとるつもりだったけれど、あなたに負けた。内心は悔しくて仕方がなかったのよ!」

 

「あなたがそんな気持ちだったなんて想像もしなかったわ。わたしも負けず嫌いだけれど、あなたも相当なものね」

 

 そしてマジカルの中にも、ダークネスから受けた色々な悔しい思いが胸を突くように湧いて出てくる。特に期末テストで受けた印象には未だに悩まされいた。マジカルは無意識にダークネスを睨み返していた。

 

「ならわたしも言わせてもらうけれど、こっちはあなたに何度もやり込められたせいで、いつも苦い思いをしているわよ。この前もやっとテストで一番になれたのに、どうしてもあなたの姿を思い出して一番になった気がしないし! ちゃんと学校に来て正々堂々と勝負しなさい!」

 

「それができないことくらい、あなたには分かるでしょう。まあ、学校にいってテストが受けられれば、あなたを完膚なきまでに打ち負かしてすっきりする事だけは確かね」

 

「最初から勝った気でいるなんて、自信過剰もそこまでいくと病気ね! あなたのそういう上から目線なところも嫌いよ!」

 

「嫌いで結構よ。勝負するならその方が都合がいいわ」

 

 どんどんヒートアップしていく2人の言い合いに、ミラクルとウィッチはとても口など挟めなかった。ミラクルは心配し、ウィッチは口元にやんわりと作った小さな握りこぶしを当てておろおろするばかり。そんな二人の気持など蚊帳の外にして、ダークネスは顎を上げて視線を斜め下に、本当にマジカルを見下して言った。

 

「あなたも白黒つけないとすっきりできない性格でしょう。勝負を付けましょう、はっきりとね」

 

 ダークネスの態度にマジカルは苛つきがかくせない。マジカルはそれがダークネスの作戦だとちゃんとわかっている。戦う前にマジカルを怒らせて冷静さを失わせようというのだ。わかっていてもマジカルには抑えきれないものがあった。

 

「いいわ、わたしもこれ以上あなたに悩まされるのはまっぴらだし」

 

「やっぱり戦うのか~」

「二人ともお願いだからやめて……」

 

 ウィッチとミラクルが続けて言うと、寄りそって立っているその二人をダークネスが一瞥した。

 

「これはわたしとマジカルの私怨による勝負よ。それにパートナーまで巻き込むのは建設的ではない。戦いたくない人たちは見ていればいいわ。それに一対一の勝負なら、前みたいな魔法の暴走も起こらないでしょうしね」

 

「どうやらいつもの冷静なダークネスに戻ったみたいね」

 

 マジカルがそう言うと、ダークネスがまるで知らない噂話を突然聞かされでもしたように怪訝な顔をした。ミラクルとウィッチも何か言いたそうな顔をしていて、ダークネスはそっちの方も気になった。だが今の彼女にとって、マジカルとの対決が最優先事項である。

 

「勝負は人のいない街外れで行いましょう。勝てる自信がなければ、今ここで辞退することをお勧めするけど」

 

「冗談じゃないわ」

 

「ちょっとまってよ、勝負だったらテストで決めればいいじゃない。ダークネスとウィッチだって、いつかは魔法学校に戻ってくるんでしょう!? それに、テストで負けた事まで戦って決めるなんて絶対おかしいよ!」

 

 どうしても二人の戦いを止めたいミラクルが自分の希望も込めた言葉を聞いて、マジカルは申し訳ないと思いつつも、もうこの戦いが止められないものであることも承知していた。

 

 ダークネスがわずかに口端を上げて、ミラクルに対して物分かりの悪い子供を呆れて見下げる大人のような目を向けた。

 

「勝敗を決するのに戦うことこそが最善なのよ。テストでは知性の上下しか決められない。わたしたちが求めているものはそれだけではないわ。プリキュアとしての実力の上下もはっきりさせる必要がある」

 

「戦いに知性なんて関係ないよ!」

 

「ミラクル、あなたはそうでしょう。考えるよりも体が先に動くタイプよね。あなたはそれでいい。けれど、その分マジカルが考えて支えてくれていることに気づくべきだわ。戦いに知性は必要よ。実力が同じならば、戦略で勝った方が勝つ。特に魔法つかいプリキュア(わたしたち)は、数々の魔法を使うことができる。その魔法を使った戦略こそが勝敗を決めるのよ。力よりもむしろ知性の方が重要だわ」

 

 理路整然と語るダークネスにミラクルは何も言えなくなってしまった。

 

「ついてきなさい、マジカル」

 

 ダークネスの肩の上に浮いていた群青色の輝く光の球が宙に上がって階段状に薄氷の足場を作っていく。ダークネスはそれに次々と跳びのって魔法商店街の外に向かっていく。

 

 マジカルは俯いてしまっているミラクルに近づいて言った。

 

「ミラクル、ごめんなさい」

「マジカル……」

 

「ミラクルとウィッチが持っている感覚とでもいうのかしら。あなたたちは相手のことを何となく分かり合うことができるみたいだけれど、わたしには難しいわ。お互いに意見をぶつけあって、良いところも悪いところもはっきりさせないと友達になんてなれないし」

 

 ミラクルが顔を上げると、マジカルは安心させるように微笑して見せた。

 

「わたしもダークネスもお互いに負けたくないとは思っているけれど、憎んだりはしていないわ。勝負するのは目に見える結果がないとお互いに納得できないから。分かり合うためにそれが必要だからなのよ」

 

 ミラクルはマジカルに微笑を返して頷いた。そして自分を安心させるために言葉を尽くしてくれたマジカルを見て、先ほどダークネスがいった言葉の意味をかみしめていた。

 

「よ~し、勝負がついたらみんな仲間になるんだね!」

 

 変な勘違いをしたウィッチが目をきらっきらに輝かせていた。

 

「そ、それは難しいと思うわ」

 

 マジカルは苦笑いしながらそう言うしかなかった。

 

 

 

 マジカルは魔法商店街と周囲に広がる森の間にある草原地帯に降りた。

 

 ミラクルとウィッチは遠くに見える魔法商店街を背景にして互いのパートナーを見守り、少し後からきたモフルン達はミラクルとウィッチの前に集まってくる。

 

 先にきていたダークネスは乙女らしくしなやかな腕を組んでマジカルを見つめ、微笑を浮かべる口元とは対照的に真紅の瞳からは鋭い眼光を放っていた。

 

「今度は負けないよっ! そっちには黄色ポヨンがあるけど、こっちにだって青色フワンがあるんだからねっ!」

 

 と外野のウィッチが手のひらに群青色のフワフワした光を乗せながら言った。

 

 戦いを前にしてまったく空気を読まないウィッチの割り込みにマジカルもダークネスも呆気にとられてしまう。

 

「黄色ポヨンって、もしかしてこれ?」

「うんうん、それそれ!」

 

 隣のミラクルが近くに浮いている黄色い球を指さすと、ウィッチがこくこくと頷きまくる。それをダークネスがうざったそうに見つめる。

 

「あら、ずいぶんやる気じゃないの。戦いたければ参加してもいいのよ、ウィッチ」

「え? いやぁ、それはちょっとぉ……」

 

「なら黙って見ていなさい」

「ごめんなさい、自慢したかったの、青色フワン」

 

 素直すぎるウィッチにミラクルとマジカルは思わず吹き出してしまう。ダークネスは戦いの前だというのに調子を狂わされてため息がでてしまった。しかし、それもいつもの事だと思いなおし、すぐに気持ちを切り替えてマジカルと対峙する。

 

 高まっていく緊張の中でチクルンが言った。

 

「あいつら本当にやる気だぞ。いい加減に仲良くできないのかよ」

「大丈夫モフ」

「なにが大丈夫なんだよ?」

「なんとなくモフ」

「なんだよそれ……」

 

「やりたいなら勝手にやらせておけばいいんデビ。一対一の勝負なら問題ないデビ」

「お前やさしくねえなあ」

「悪魔に優しさなんて求めてはいけないのデビ」

「いや、猫だろ」

「悪魔デビ!」

 

 半ギレで悪魔を主張するリリンに、チクルンは苦笑いを浮かべた。それから再びマジカルとダークネスに目をやると、まだ睨み合いを続けていた。

 

「新たに手に入れたアウィンの力がどれ程のものなのか、試させてもらうわね」

「嫌な言い回しね、わたしは実験用のマウスじゃないんだから」

 

 ダークネスとマジカルはお互いに軽口をたたきながらも、裏腹に緊張感が極端に高まっていく。見ているだけのミラクルとウィッチの方がドキドキしたり固唾をのんだりしていた。

 

 一呼吸の短い沈黙があった。その瞬間に、ミラクルとウィッチは緊張が途切れる、布を引き裂くような感覚的な音を聞いた。

 

 マジカルとダークネスは同時に構え、そしてマジカルが叫んだ。

 

「いつでも来なさい!」

「では、遠慮なくいかせてもらうわ!」

 

 ダークネスが前屈みで走り出すと、アウィンの魔力によって彼女の周囲に生み出される超低温が空気を凍らせて、無数の目に見えない小さな氷の粒がそれぞれダイヤのように輝き、元の気体に戻って消えていく。そんな世にも美しい軌跡を残しながらダークネスがマジカルとの距離を詰めて、そして跳躍する。

 

「はっ!」

 

 群青に輝く玉が円を描き空中に氷の足場を作ると、ダークネスはそれを蹴って鋭角に曲がり、上空からマジカルを攻める。それに対してマジカルが手をあげると、トパーズの能力、二つの黄色い球が一つに合わさり硬質化して盾を(かたど)る。

 

「たあっ!!」

 

 気合ととともに鋭角から燕のように舞い、突き刺さるように鋭い跳び蹴りが黄色い盾に炸裂する。

 

その時のマジカルは疑うような目をしていた。彼女はダークネスにしては単純すぎる攻撃だと思った、ダークネスの顔を見るまでは。黄色い盾に足を叩きつけた彼女は勝ち誇った笑みを浮かべていた。マジカルが何か来ると思ったその瞬間に黄色い盾が凍り付いた。

 

「ええっ!?」

 

 マジカルを守る盾は完全な氷漬け、ダークネスはそれにもう一度足下を叩き込む。

 

「はああぁっ!」

 

 マジカルを守っていた黄色い盾が鏡のように粉々に砕けた。そして、黄色い破片がマジカルの周囲にパラパラと落ちていく。

 

 ――なんていう能力なの!?

 

 マジカルはアウィンの能力に驚きながらもきっちり後ろに跳んで逃げていた。しかし、ダークネスはその動きを予測して追撃してくる。

 

「逃がしはしない!」

 

 ダークネスが手から群青の光球を放つと、それがマジカルの着地に追いつき、マジカルの周囲をぐるりと円に回る。途端に群青の玉の軌跡と同じ形に氷柱が次々と地面から突き上げて、地面から生えた巨大な氷の檻にマジカルは閉じ込められてしまった。

 

「こ、これって!?」

 

 空中に開いた氷の結晶の上にダークネスが降りてきて氷牢の中のマジカルを見おろす。そして手をあげると、その手のひらの中に群青の光が戻ってきて輝きを強くする。そしてそこから氷が生まれ、ダークネスの手の上で急成長していく。それを見上げたマジカルは目を見開いた。ダークネスは巨大な氷の球を手にしていた。

 

「このままじゃ!」

 

 マジカルは背一杯の気合を込めて目の前の氷の柱に拳を叩きつけるが、

「か、かたい、びくともしない!」

 

「あなたから受けた屈辱を倍にして返してあげるわ!」

 

 ダークネスが放った巨大な氷塊の影がマジカルを覆い尽くし、氷の牢獄が粉々に砕けて冷たい衝撃が周囲に広がった。

 

「マジカルっ!?」

 

 ミラクルがマジカルを心配する声にウィッチは痛々しい表情を浮かべる。

 

「きゃああぁっ!!?」

 

 無数の氷の破片と一緒に吹っ飛んだマジカルが地面に叩きつけられ、同時に大きな氷の破片も次々と降ってくる。

 マジカルがすぐにひざを付いて立ち上がろうとすると周囲に再び氷の柱が立った。

 

「アウィンはトパーズの上を行く。それは間違いなさそうね」

 

 氷柱の牢獄の外からダークネスの声が聞こえてくるとマジカルの表情が険しくなった。

 

「トパーズの能力を封じられていたらとても対抗できないわ。早く戻ってきて」

 

 マジカルが目を閉じて集中する。氷の牢の外ではダークネスが手のひらを返し、その上に群青の光球を乗せていた。

 

「もう一度氷の洗礼を受けなさい!」

 

 ダークネスの手の上で群青の球が光を強くしたその時、背後に接近する気配を感じた。ダークネスが振り向くと、黄色い球が目の前に迫っていた。身をかがめてそれをかわすと、彼女の頭の上を通り過ぎた黄色い球が星形に変化して高速回転し、氷柱の牢を切り倒していく。

 

「完全に凍らせたはずなのに、もう復活したのね」

 

 全ての氷柱が倒れ、姿が現れたマジカルの元に黄色い星型の刃が戻り、マジカルはそれを捕まえてダークネスの方に向けた。

 

「結論を出すのが早すぎるんじゃないかしら? トパーズの能力は、まだまだこんなものじゃないから!」

 

「フッ、ならばじっくり試してあげましょう」

 

 マジカルとダークネスは同時に駆け出し、一直線に互いへと突き進んでいった。

 



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意地とプライドをかけた戦い

 マジカルとダークネスは同時に駆け出し、一直線に互いへと突き進んでいった。

 

「たあーっ!」

「はあーっ!」

 

 マジカルとダークネスの気合が重なる。地上でぶつかった二人は拳と蹴りの乱打、互いの攻撃を華麗な身のこなしで防御、回避し、時には拳や蹴りが衝突して見ているマジカルたちの方にまで風圧がきて乙女の身をなでていく。目にもとまらぬ打ち合いににもかかわらず、マジカルもダークネスも相手の攻撃を一撃も受けていなかった。

 

「すごい……」

「ナシマホウ界で見たアクション映画みたい!」

 

 ウィッチの言うことは相変わらずとぼけているが、ミラクルの方は二人の戦いに見入ってしまっていた。モフルンたちは3人そろって拳を握りしめて、正に手に汗握るという様子だ。

 

 しばらく打ち合いを続けたマジカルとダークネスは、同時に真上に跳んで空中で距離を取り、黄色い毬のような球が広がって円盤の形になった足場と、群青の光球が円を描いて咲かせた氷の結晶の上にぞれぞれ着地する。ダークネスが手の上に乗ってきた群青の光を前に飛ばすと、群青色の光の尾を残して飛んでいく玉の後に氷の道ができあがっていく。ダークネスはその上を走り、マジカルの方も空中にいながら目の前に道があるかのように走り出す。するとマジカルの足場になっていた黄色い円盤が細かくちぎれてマジカルの行く先に足が丁度乗るくらいの小型の円盤をマジカルの走りに合わせて展開していく。そして、空中を駆ける二人のプリキュアがまたぶつかり合った。

 

 ダークネスが先に仕掛けた。剣の刺突のように鋭い右ストレート、マジカルはそれを無駄のない動きで左手で内側から外へと払った。ダークネスの右の手首とマジカルの左手の甲が接触し、腕が手甲の上をすっと流れていく。ダークネスは不用意な攻撃を悔いる間もなくわきの下を右の掌底で打ち上げられる。下から突き上げる衝撃と一緒に体が氷の道から少し浮き、その隙にマジカルの右の掌底が胸に打ち込まれた。

 

「はっ!」

「うあっ!?」

 

声を上げてまっすぐ後ろへと吹っ飛んだダークネスを群青の光球が追う。そしてダークネスが落ちようとする地点に氷の道を開く。その上に着地して落下を免れたダークネスは、吹き飛ばされてきた勢いが余って、着地の態勢で薄氷の上を滑って後退していく。そしてその動きが完全に止まった時に、マジカルの姿を憎々し気に見据えた。

 

「あなたにしては単調な攻撃だったわね。アウィンの能力を過信しすぎているんじゃないかしら?」

 

「黙りなさい!」言い放ったダークネスがリンクルブレスレッドのある右腕を空を切るように真横に呪文を唱えた。

 

「リンクル・スタールビー!」

 

 ブレスレッドに輝く黒いダイヤが3本の白線が中心で交錯する丸い真紅の宝石に代わる。そしてスタールビーから生まれた深紅に輝く小さな球体がダークネスの胸へと吸い込まれていく。マジカルはダークネスを迎え撃つ構えを取って思考を走らせた

 ――スタールビーは短い時間だけれどルビースタイルと同じパワーを得る。そしてその能力を伝説の魔法つかい(わたしたち)にまで分け与えることができる。その魔法はすべての支えのリンクルストーンの中で最高峰と言えるわ。もしこの魔法を止めることができれば、わたしは大きなアドバンテージを得られる。トパーズの能力を最大限に活かせばできるかも。

 

 マジカルはトパーズスタイルでルビースタイルに匹敵するパワーを得る可能性をつかんでいた。しかし今までそれを試したことはないし自信もない。

 

 ダークネスがマジカルの視線の先で高くジャンプする。彼女がマジカルの目の前に降りてきた時が勝負だった。

 

 ――自信はないけれど迷いもない。やってやるわ。だって、あの人にだけは負けたくないし!

 

 マジカルは右の拳を引いてさらに体にひねりも加える。その瞬間に目の前にダークネスが降りてきた。

 

「愚かな! あなたに勝ち目はない!」

「はあーーーっ!!」

 

 空中で放たれたマジカルとダークネスのパンチが正面から激突した。同時に起こった衝撃波に二人とも弾かれるように吹き飛んだ。そして離れ離れになった二人は同時に黄色い円盤と氷の花の上に着地する。マジカルは顔をしかめて痺れている右手を振った。

 

「くぅっ、強烈っ」

「相打ちですって、そんな……バカな……何をしたの?」

 

 呆然としているダークネスを見て、マジカルは攻めるならここしかないと思った。

 

 ――こういうのはあまり好きじゃないけれど、戦うだけが勝負じゃないわ。

 

 マジカルはダークネスの斜め上に移動すると、相手を睥睨して言った。

 

「さて、わたしは何をしたでしょう? 当ててごらんなさい」

「このわたしをコケにするつもり! 許せない!」

「なんて、あなたに考える時間を与えるつもりなんてないし!」

「このっ!」

 

 マジカルはわざと相手をバカにするように笑みを浮かべる。

 

 ――ダークネスは頭がいいし思慮深いけれど怒りっぽくって火が付きやすい。それが弱点よ。

 

 マジカルは宙に躍り出ると、背後に展開された黄色い円盤を蹴って急降下しダークネスに接近する。ダークネスの間近に降りてきた黄色い球が扁平に広がると、その上にマジカルが着地し同時に思い切って右の拳を引いた。その時に二つある黄色い球のもう一方がマジカルの背後に配置されて、丸いクッションを思わせるような形になっていた。それがマジカルが引いた右腕の肘を受け止めて伸長していく。

 

 ――トパーズの能力で弾力のある物を生み出して!? これは弓の弦を引き絞るのと同じ原理!

 

 ルビースタイルに匹敵する威力を引き出す方法を見抜いたダークネスは手元に戻していた群青に光る球体を手のひらにそえて前に出す。球体が輝きを増すと、宙に氷が現れ瞬時に成長して凍てつく壁になった。

 

「氷の盾?」

 

 ダークネスの前に現れたそれがマジカルを少しだけ驚かせた。トパーズの能力で生み出される盾と全く同じ形をしていたからだ。マジカルは構わずに攻撃を続行した。

 

「はあーーーっ!!」

 

 後ろの黄色いクッションに肘を限界までめり込ませ、パンチにクッションの弾力が撥ね返す力を加えて放つ。マジカルの拳が氷の盾を割り砕き、両腕をクロスさせたダークネスのガードに炸裂し、弾き飛ばした。

 

「計算通りだし!」

 

 マジカルは会心の笑みを浮かべた。

 

「くっ、マジカル、なんてことを考えるの」

 

 ダークネスは吹っ飛びながら口にしていた。群青の光が先回りして作った薄氷の上にダークネスは背中から落ちて倒れ込んだ。すぐに起き上って片ひざを付いた状態で、かなり距離が開いてしまったマジカルの姿を見つめる。

 

「マジカルはトパーズの能力を最大限に引き出している。くやしいけれど、能力を活かすという点ではマジカルの方に分があるわね。わたしがアウィンスタイルを手に入れたのはつい最近のことだけれど、マジカルはトパーズスタイルで長く戦ってきているからね。この経験の差は大きいわ」

 

 ダークネスはマジカルから目を放さずに立ち上がると言った。

 

「接近戦では向こうの方が有利ね。逆に遠距離戦ではこちらに分がある。見ていなさいマジカル、今度はこちらがアウィンの力を思い知らせてあげるからね」

 

 一方、マジカルはダークネスの出方をうかがいながら考えていた。

 

 ――さっきの氷の盾、アウィンとトパーズは似たところがあるわね。伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいって、わたしが考えている以上に近しい存在なのかも。例えば姉妹のような関係とか。

 

 その時、上から空を切る音が聞こえてマジカルが空を仰ぐ。

 

「えっ!?」驚いて開眼するマジカルに向かって無数の氷柱(つらら)が落ちてきていた。マジカルはトパーズの能力で足場と作って移動しつつそれらを避けていく。

 

「あれは魔法陣!?」上空で群青色の光が大きく円を描き、その内側に群青色の線で月と星の魔法陣が浮んでいた。そこから氷柱が次々と現れては落下していた。

 

「氷柱が落ちてくる範囲は決まっているんだから、ここから離れれば!」

 

 遠くで傍観していたダークネスがタイミングを計って呪文を唱える。

 

「リンクル・オレンジサファイア!」

 

 ブレスレッドのブラックダイヤが夕日のような輝きをもつサファイアと入れ替わり、ダークネスがマジカルに向けた手の周囲に複数の火球が現れ、撃ちだされていく。氷柱の範囲外に逃れようともがいているマジカルはその動きに気づいた。

 

「来る、オレンジサファイアの魔法が!」

 

 氷柱を避けながらダークネスの魔法にも注意していたマジカルだったが、火の玉は狙いが外れてマジカルの上空で着弾し次々に爆発した。すると爆炎と共に噴き出した白いものがマジカルの視界をさえぎる。

 

「なにこれ、蒸気で何も見えない!?」

 

 前が見えなくとも氷柱が落ちてくるのはわかる。マジカルはリンクルステッキを手にして即座に魔法で対応した。

 

「リンクル・ムーンストーン!」

 

 マジカルはリンクルステッキを真上に白く輝くバリアを展開する。パラソルのように広がったバリアに氷柱が次々と叩きつけられて砕けていく。

 

「ダークネスはあえて氷柱を狙ったんだわ! わたしの視界を奪うために!」

 

 マジカルがダークネスが次に起こす行動を予測した時、もうどうにもできないと気づいて背筋が寒くなった。彼女の周囲の蒸気を消滅させて無数の火の玉が現れて、しなやかな乙女の身体に熱と衝撃を与えた。

 

 マジカルは爆炎に吹き飛ばされ、炎と煙をまといながら悲鳴をあげた。その体は黄色い球が大きく広がった円形の薄膜に拾われて、トランポリンの上にでも落ちたように少し跳ね返った。

 

「よかったわねマジカル、氷柱の雨から脱出できて」

 

 ダークネスがマジカルを見おろす位置で腕を組み、氷の花の上に立っていた。マジカルは悔しくて歯軋りししたいくらいだったが、胸に手を置いて自制心を取り戻す。

 

「そうね、あなたには感謝するべきかもね。あの状況ではあなたの魔法を受けるか、あなたの魔法を回避して氷柱をこの身に受けるかの2択しかなかったから、あなたの魔法でここまで吹き飛ばされたのは不幸中の幸いだった。氷柱の雨の中に止まっていたら状況は今よりもっと悪くなっていたわ」

 

「ふん、減らず口を」

 

 ダークネスの不快さに歪んだ顔が、マジカルが言ったことがただの負け惜しみではないことを裏付けていた。

 

 ダークネスはマジカルを睥睨しながら強く指さして言った。

 

「マジカル、あなたはわたしに近づくことはできないと宣言しましょう。あなたはわたしの魔法に狙い撃ちにされ、何もできずに敗北するのよ」

 

「それはどうかしら」

 

 と言いつつも、マジカルには見た目ほど余裕がなかった。

 

 ――距離を取ったのは明らかな失敗だわ。アウィンスタイルがこれほどの能力を持っているなんて。それに、あれだけ挑発したのにぜんぜん乗ってこない。怒って不用意な攻撃をしかけてくると思っていたんだけれど甘かったわね。ほんと計算通りにいかない人だわ。

 

 マジカルは普段決して口にはしない言葉を心の中でつぶやいた。

 

 にわかに風が強くなって、空中で対峙するマジカルの菫色(すみれいろ)の髪とダークネスの濡烏色(ぬれからすいろ)の髪が美しくたゆたう。それを見上げるウィッチは白熱する戦いに興奮していた。

 

「二人ともすごいね! どっちが勝つんだろ~?」

「そんなのどっちだっていいよ。わたしはただ……」

 

 ミラクルはただただ二人の無事を祈っていた。

 

 ダークネスの顔に絶対的優位を確信する三日月のような笑みが浮かんだ。そしてダークネスの前で群青に輝く球が光の尾を引いて円を描くと。その円の範囲内から先が鋭く尖った氷柱が生えてきて、ミサイルのように撃ちだされていく。マジカルは矢継ぎ早に迫る氷柱をトパーズの能力で作った足場に移動しながら避けつつ、ダークネスに近づこうとする。

 

「無駄よ、近づけやしないわ! リンクル・オレンジサファイア!」

 

 氷柱のミサイルに火の玉が加わる。しかもダークネスはマジカルの動きを読んで完璧な波状攻撃をしかけてきた。マジカルはダークネスの攻撃をよけるのが精いっぱいで、とても近づくことなどできなかった。

 

「このままじゃ本当に狙い撃ちにされて負ける。何か手があるはずよ、考えるのよ」

 

 マジカルは一度大きくジャンプして、さらにダークネスの射程外まで離れた。攻撃を止めたダークネスは少し不機嫌になって相手を非難する色の目を細めた。

 

「戦う気が無いのなら負けを認めなさい」

「これから先輩プリキュアの年季の違いを見せてあげるわ」

「あら、それは楽しみ」

 

 ダークネスが余裕を見せて笑み、マジカルは覚悟を決めて敵を見据える。

 

 ――リンクルストーンの魔法を上手く使えばダークネスに接近することはできるわ。でもそのためにはある程度は近づかないと。信念よ、必ず敵を討つという信念がなければこの方法は成功しない!

 

 マジカルは弾力のある黄色い壁を背後に作り、それを蹴るとダークネスに向かって矢のように飛び出した。

 

「行くわよ!」

「強行突破するつもり? あなたらしくもない」

 

 マジカルがダークネスの射程に入り攻撃が再開される。火の玉と氷柱が乱れ飛ぶ中をマジカルが巧みにかわしながら距離を縮めていく。ダークネスに近づくほどに攻撃の命中精度が上がって回避が難しくなっていくが、マジカルは被弾を覚悟して突っ込んでいく。ついにマジカルの右腕に氷柱がぶつかって砕ける。

 

「いったい!? けど気合よ!」

 

 今度は正面からきた火球を受けて爆炎に身を包んだ。

 

「その調子で強行突破なんてしたら、わたしの前に来る頃にはボロボロになるわよ!」

 

 マジカルはダークネスは忠告を無視して更に前に出てくる。

 

 ――一体なにを考えているの? マジカルが無意味にこんな無謀なことをするとは思えないけれど、万が一接近されたとしてもブラックオパールの護りの魔法もあるし、ジェダイトで吹き飛ばすことだってできる。わたしに死角はない。

 

 ダークネスはさらに氷柱を生み出して、かなり接近してきているマジカルを正確に狙い撃った。マジカルは黄色い円盤の足場を蹴ってさらに前進する。そして球になった二つの黄色い物体を合わせて扇風機の羽のような四枚刃のカッターに変形させ、それを高速回転して前からきた無数の氷柱ミサイルをかき氷のように細切れにして削りきった。

 

「そこまで変幻自在だとはね。ならば、これならどう! リンクル・オレンジサファイア!」

 

 ダークネスの手から三つの火球が撃ちだされる。その瞬間にマジカルの瞳が鋭く煌いた。

 

「それを待っていたわ! リンクル・アメジスト!」

 

 マジカルのリンクルステッキに紫の宝石が輝き、マジカルの前にハートの五芒星が開く。火の玉はその中に吸い込まれ、同時にダークネスの目の前にも同じ魔法陣が開いた。

 

「なあっ!?」ダークネスが虚を突かれて声をあげる。そんな状態でも彼女は機転を利かせて目の前に氷の盾を作り出した。

 

 魔法陣から三つの火の玉が出てきて氷の盾に当たって爆発した。そして、氷の盾が見る間に溶けていく。

 

「しまった!? 相反エレメントの魔法で氷の盾が!?」

 

 氷の盾の消滅と同時に目の前の炎を振り払ってマジカルが姿を現す。

 

「はあっ!」

 

 ダークネスはマジカルの上から踏みつけるような蹴りをその身に受けて、悲鳴と一緒に墜落して地上に叩きつけられた。マジカルは即座に移動して地上へと舞い降りる。ダークネスは彼女自身が落ちた衝撃で周囲に亀裂が走っている場所の中央でうずくまって近くに降りてきたマジカルを憎々し気に睨みつけた。



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総力戦

「あなた何かいっていなかったっけ? わたしには近づくことなどできないとか何とか」

 

 マジカルはいくら何でも意地悪いなと思いながらもダークネスを挑発した。

 

「うるさいわね!!」

 

 ダークネスは下唇を噛んで心底悔しがった。そして即座に反撃に転じた。マジカルはダークネスは距離を開けてくると予想していたが逆に突っ込んできた。

 

 ――離れた方が有利なのになんで!?

 

 マジカルは焦って不用意に手を出してしまった。ダークネスは単調なパンチをよけると同時にその腕をつかんでマジカルを投げ飛ばした。

 

「てやーっ!」

 

「きゃっ!?」仰向けに倒れたマジカルの上で群青の光球がその輝きを強くする。すると地鳴りがしてマジカルの背中を何かが突き上げた。

 

「ええっ!? ちょっ!?」

 

 マジカルの体が急速に上へと持ち上げられていた。なんと地面から突き上げられた氷の柱がマジカルを先端に乗せたままどんどん高くなっていた。

 

「せっかくあんなに苦労して近づいたのに!」

 

 ダークネスとの距離がまた開いてしまった。できるだけ距離を狭めたいマジカルは、氷の柱の上から跳び出し、真上に広がった黄色い円を蹴って、まだ地上にいるダークネスに急接近する。しかし巨大な氷の柱の側面から樹の枝のような氷柱が伸びてきて空中のマジカルを弾いた。

 

「きゃあっ!?」

 

 マジカルが落下の途中で足場を作って着地すると、巨大な氷柱の側面から樹木が急速に成長するように次々と氷柱が突き出し、さらにその突き出た氷柱からも別の氷柱が何本も突き出て、その中の一本がマジカルの足場になっている黄色い円盤を下から突き破って破壊した。マジカルは仕方なく移動して巨大な氷の柱から離れた。ダークネスは樹のように成長した氷の柱の根元で少し余裕を取り戻して微笑していた。

 

 マジカルはアウィンの力で生み出された巨大な氷の樹木を見て息をのんだ。

 

「わたしたちには守護のリンクルストーンが四つあるのに対して、宵の魔法つかいは二つしかない。きっと数が少ないかわりに能力が高くなっているんだわ」

 

 地上のダークネスが右手を振り、新たなリンクルストーンを呼び出す。

 

「リンクル・スターサファイア! マジカル、どんな魔法を使ってでもあなたに勝つ!」

 

 そしてダークネスが飛翔した。マジカルはダークネスが近づくまでの短い時間、腕を組んで考える。

 

「遠距離が強力なアウィンスタイルに飛行を可能にするスターサファイア、最悪の組み合わせね。さて、どうしようかしら?」

 

 マジカルは上を見て、うんと一つ頷いた。それから彼女が二つの黄色い球を複数にちぎってブロックにして階段状に並べると、その上を駆け上がっていく。マジカルを射程に捕えたダークネスが再び氷柱のミサイルを撃ってきた。

 

「そう簡単には当たらないわ!」

 

 マジカルは途中から足場を二つの円盤に切り替えると、それを空中に縦置きにして次々蹴って稲妻のような形に上空へと昇っていく。

 

「何を考えてるのかは知らないけれど、狙い撃ちよ!」

 

 ダークネスは先を見てマジカルが配置した黄色い円盤に向かって氷柱を発射した。そこへちょうどマジカルが飛び込んでくることになり、無数の氷柱をまともに食らってしまった。

 

 空中に投げ出されたマジカルは落下しながら態勢を整えて、真下に黄色い四角形の膜状の足場を作る。

 

「落ちてたまるものですか!」

 

 黄色い膜はマジカルを包み込み、ゴムのように下に伸びて強靭な弾力をもってつぶてのようにマジカルを撃ちだす。ただまっすぐ真上に飛んでいくマジカルはダークネスにとって良い的だった。再び氷柱の弾丸がマジカルに迫ってくる。

 

「リンクル・ムーンストーン!」

 

 光のバリアがマジカルを守って氷柱をはね返す。ダークネスは苦々し気に舌打ちした。マジカルはさらに上へと跳躍する。

 

「なぜ上へ逃げるの?」ダークネスは不審に思いながらも飛翔してマジカルを追跡した。

 

 マジカルは空中で大きな雲を背にしてダークネスと向かい合う。

 

「やっとここまできたわ」

 

「こんなところにまできて、空中戦でも挑むつもり? あなたに勝ち目はないわよ」

 

「戦いに知性が必要と言ったのはあなたでしょ!」

 

 マジカルが背後に広がった黄色い円盤を蹴ってダークネスに向かって直進する。

 

「正面から向かってくるなんて、バカにしてるの!?」

 

 ダークネスが無数の氷柱を撃ちだすと、マジカルがリンクルステッキを振った。

 

「リンクル・アメジスト!」

 

 マジカルが正面に広がった魔法陣に吸い込まれて消える。その魔法陣が縮んで小さくなって消え去った後に、ダークネスが撃った無数の氷柱が通り過ぎていく。

 

「どこに行ったの!?」

 

 ダークネスが辺りを見てもマジカルの姿が見当たらない。

 

「アメジストの魔法は物体を吸い込む魔法陣と、吸い込んだものを排出する魔法陣が同時に出現するはずなのに……」

 

 ダークネスは目の前に広がる雲を見て赤い瞳を見開いた。

 

「まさか!」

 

 ダークネスの嫌な予感が高まったその瞬間に、雲の中から冷たい旋風が吹き出してダークネスに襲いかかった。旋風は大量の雲を巻き込んでダークネスの視界を白く染め上げる。

 

「これはアクアマリンの魔法!?」

 

 視界を失ったダークネスに雲の中から飛び出したマジカルが接近し、黄金のハンマーを振り上げた。

 

「はあーっ! たあーっ!」

 

 ハンマーを叩きつけられたダークネスは凄まじい勢いで墜落していく。

 

「うああぁっ!!?」

 

 墜落していくダークネスの先に回って群青色の光球が滑り台のように緩やかなカーブの薄氷の道を作っていく。その上に落ちたダークネスは大した衝撃も受けずに氷の上を滑って地上まで導かれた。そして彼女が地上に降りたとたんに、上から何かが降り注いでくる。氷の盾を屋根にしてそれを防いだ時に、降ってきているのが無数の緑葉であることに気づいた。すぐに氷の盾の上に緑の葉が降り積もって上が見えなくなった。そして、唐突にマジカルがダークネスの目の前に降りてくる。ダークネスの肌がぞくりと粟立った。

 

「たあぁーっ!」

 

 ダークネスはマジカルの回し蹴りをまともに食らって悲鳴を上げながら吹っ飛んだ。そして地面に叩きつけられて倒れたダークネスは屈辱に打ちひしがれて硬く拳を握りしめる。

 

「空を飛べるスターサファイアの魔法は一見便利なように見えるけれど、その魔法を使っている限りは他のリンクルストーンが使えないわ。それって見方によっては不利よ」

 

「スターサファイアの弱点を見抜いていたというわけね……」

 

 ダークネスが立ち上がってマジカルを見つめる。その表情には明らかな苛立ちが感じられた。

 

 ――怒ってる怒ってる。さすがのダークネスも冷静ではいられないみたいね。

 

 マジカルとダークネスが攻撃を受けている割合は大して変わらないが、火の付きやすい性格がダークネスの不利になりつつあった。

 

 不意にダークネスが地面に右手を付いた。そこから地面が氷に覆われて急速に広がり、まるで生き物のように増殖する氷がマジカルの足元にまで達した。

 

「しまった!?」

「覚悟しなさい!」

 

 足元が凍って動けないマジカルにダークネスが突進していく。マジカルはリンクルステッキを構えて呪文を唱えた。

 

「リンクル・ガーネット!」

 

 マジカルがガーネットのセットされたリンクルステッキを凍った地面に向けると、氷がせり上がって凍てつく巨大な手になった。

 

「なんですって!!?」

 

 覆いかぶさってくる氷の手をダークネスが慌てて後ろに跳んでよける。

 

「ガーネットは地面のエレメントによって魔法の性質が変わるのね。なら、これでもくらいなさい!」

 

 ダークネスのリンクルブレスレッドにブルーのトルマリンが宿る。

 

「リンクル・インディコライト! 電流が氷を伝ってあなたを撃つ!」

 

 氷の手が邪魔でマジカルの姿は見えない状態でダークネスは青い電撃を放った。しかし、電流が届く前に脱出したマジカルが丘のように横たわる氷の手を跳び越えてくる。

 

「はっ!」

 

 ダークネスが空中にいるマジカルに手のひらを向けてもう一度電撃を放とうとすると、

 

「リンクル・タンザナイト!」

 

 マジカルのリンクルステッキから放たれた眩い光がダークネスの視界を奪う。ダークネスは身の危険を感じて後ろへ飛び退くが、追撃してきたマジカルが目の前に迫った。

 

「このっ! リンクル・ジェダイト!」

「はあーっ!」

 

 ダークネスの腕輪に緑色の丸い宝石がセットされる。次の瞬間にマジカルのパンチがダークネスを痛打し、同時にマジカルもダークネスの手から放たれた爆風をまともに受けて、互いに逆方向に吹き飛んで、同時に地面に叩きつけられて二つの場所で土煙が吹き上がった。

 

 ミラクル達は意地と意地がぶつかりあう激戦から目が離せなかった。

 

「うわあ、めっちゃすごい戦い!」

「……」

 

 何だか楽しそうなウイッチに対して、ミラクルは真剣な顔で見守っている。もうミラクルに心配する気持ちはなくなっていた。二人の戦いには殺伐とした雰囲気はないし、清々しささえ感じるのであった。

 

 土煙が落ち着いてミラクルとダークネスの姿があらわになる。傷だらけの二人は同じように肩で息をしていた。やがてお互いを見据えたまま同じタイミングで立ち上がる。

 

「自信満々だった割には大したことないわね」

「なんですって!? マジカルぅっ!」

 

 ダークネスは完全に頭に血をのぼらせた。その姿をみたウィッチが震えた。

 

「ダークネスめっちゃ怒ってるよぉ。あんなに怒るの週に一回くらいだよぅ」

「ウィッチ、あんまりダークネスを怒らせたらだめだよ……」

 

 週に一回もあんなふうに怒ってると思うと、ミラクルはダークネスが少し気の毒になるのであった。

 

「もう小細工はなしよ! 正面から叩き潰してあげるからね!」

「望むところよ!」

 

 ダークネスの周囲を回る群青の光球が縦に走ると、光球が通った軌道に棒状の氷が現れる。マジカルは黄色い球を二つ合わせて棒状に伸ばして硬質化させた。その時に棒の先を少しちぎってテニスボールくらいの黄色い球を残して側においた。

 

「おい、もういい加減にしろよ!」

 

 チクルンが叫んでも、マジカルもダークネスも戦いに集中していて聞こえていなかった。そして、それぞれの武器を手に駆けだし再び激突する。氷の槍と黄金の棒が目にもとまらぬ速さで打ち合い、飛び散る氷と黄金の破片が陽光できらめく。その戦いが始まるとウィッチは興奮した。

 

「わたしナシマホウ界でああいうの見たよ! カンフー映画っていうんだよね!」

「カンフーでもなければ映画でもないよ……」

 

 ウィッチがおかしなことを言うのでミラクルは汗がでてしまった。



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決着

「はあっ!」ダークネスの3連突き、ミラクルがひらりと身をかわし、

「てやーっ!」マジカルの胴を狙った横からの叩き込みをダークネスが氷の槍を縦に突き刺して受け止める。

 

 続いてダークネスがマジカルの足元を狙って払うと、マジカルは軽くジャンプしてよけて、同時に金色の棒を地面に突き立てた。そして側に浮いてる黄色いボールを後ろに移動させ、それを蹴って勢いよく自分の体を前に押し出し、棒を軸にした飛び蹴りをダークネスにみまう。ダークネスは縦に橋渡した氷の槍の中心でマジカルの蹴りを受け止めた。その衝撃で二人の距離が少し開く。

 

「はあぁーっ!」

「でやぁーっ!」

 

 渾身の力で武器を合わせ、氷の槍と黄金の棒がクロスした瞬間に両方とも砕け散った。

 

 ダークネスが手をあげると今度は氷の剣が現れる。マジカルも砕けた黄色の破片を集めて黄色の球に戻した後に、それをさらに変形させて黄金の剣を作り出した。少女たちの鮮烈な掛け声が周囲を震わせて二人の乙女が剣を合わせると鋭い響音が見ている者たちの耳朶に触れた。

 

「がんばれダークネス!」

 

 鍔迫り合いを続ける二人のプリキュアにウィッチの声援が飛んだ。ミラクルもマジカルを応援したい気持ちになったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。そんなことをしたら、まるで二人の戦いを楽しんでみているようでよくないと思った。

 

 マジカルとダークネスの激しくも華麗な戦いに、ギャラリーはすっかり見入ってしまっていた。

 

 二人が勝負がつかない鍔迫り合を止めて距離と取ると、

 

「はあっ!」

「やあっ!」

 

 互いの剣が閃いて目に見えないくらい速い打ち合いが開始された。剣がぶつかる度に金と氷の破片が散り、ミラクルとダークネスの周囲はたちまち美しい煌きに満ちた。

 

 打ち合いも勝負がつかずに二人は再び離れて距離を取る。マジカルは黄金の剣を正眼に構え、ダークネスは氷の剣を斜め下に下ろして上がった息を整えていた。この時、ウィッチが興奮のあまり余計なことをしでかした。

 

「ダークネス、がんばれ~っ!」

 

 ウィッチは応援がてら自分で作った氷の剣をダークネスに投げてよこしたのだ。それを反射的に空いてる方の手で受け取ったダークネスはウィッチに非難めいた視線を投げる。

 

「あっ、ずるい!? だったらわたしも!」

 

 ミラクルは自分の側に浮いている2つの黄色い球をマジカルの方に移動させて、黄金の剣と一体化させた。そしてマジカルの剣は2倍の大きさになった。その状況にチクルンが怒りだす。

 

「おいおい、おまえら何やってんだよ!」

 

「だって、ウィッチが……」

「ごめ~ん、思わずやっちゃったよ」

 

 すまなそうに言うミラクルに対して、ウィッチは後ろ髪をなでながらあっけらかんとしていた。

 

 お互いの武器が強化され、ダークネスはおもしろいとでも言うように笑みを浮かべると2本の凍てつく剣を構え、黄金の大剣を持つマジカルに突貫した。

 

 ダークネスの手数が格段に増えたのに対して、マジカルは武器が大きくなり攻撃の鋭さが減少している。次々と襲ってくるダークネスの斬撃をマジカルは幅が広くなった剣の刃を盾にして防御した。マジカルは防戦一方でダークネスが好きに打ち込んでいるように見えたが、マジカルが少し後ろに下がってダークネスの攻撃範囲外に逃れると、一瞬の隙をついて打ち込んだ。

 

「はあーっ!」

 

 マジカルのバレリーナのような綺麗な回転から放たれた一閃、それを2本の剣で受け止めたダークネスは強烈な衝撃を受けて後退させられた。マジカルは手数が少ない代わりにパワーが段違いに高い。

 

「くうっ……」

 

 ダークネスは痺れるような衝撃を受けた手で2本の剣を構えなおしてジャンプした。

 

「だあぁーっ!!」

 

 ダークネスは上空から襲って2本の剣を叩きつけ、マジカルがそれを大剣で受け止める。剣を打ち込んだまま着地したダークネスが身を引くと、2本の氷の剣と黄金の大剣が擦れて高い響音が広がり、ぬいぐるみ達がびっくりして思わず耳を塞いだ。

 

 そして、互いに勝負をかけた一瞬が訪れる。凛とした気合の声が重なり、互いに一歩踏み込んで渾身の斬撃を放とうとする。

 

「いい加減にしろーっ!!」

 

 マジカルとダークネスの前に小さな姿が飛び込んできて、二人は慌てて攻撃を止めた。黄金の刃と氷の刃の間でチクルンが目を閉じて震えていた。二人ははっと息をのんで剣を引く。

 

 マジカルもダークネスもチクルンの想像外の行動に驚いて言葉を失くしていた。チクルンはその二人に向かって言った。

 

「もうやめろよ! おまえらはこんな事しちゃいけないんだ!」

 

 そしてチクルンが今度はミラクルとウィッチを指さしていく。

 

「お前も! お前も! 戦いをあおるような真似しやがって! それでも友達なのかよ!」

 

『ごめんなさい……』

 

 チクルンに怒られて二人ともしゅんとして謝った。

 

 少し怖い顔をしたダークネスがチクルンに近づいてくる。

 

「これはわたしとマジカルの問題よ。邪魔をしないでちょうだい」

 

 ダークネスに見おろされたチクルンは言葉がつまってしまった。ダークネスの姿は穏やかなようでいて、言いようのない迫力があった。その時チクルンにこれ以上ない助け船がやってきた。

 

「彼の言う通りだ、もうよかろう」

 

 天より声が降ってきて、みんなえっと思って見上げる。そこには空飛ぶ絨毯にのっている校長先生の姿があった。

 

『校長先生!?』

 

 ミラクルとマジカルの驚く声が重なった。銀髪の美丈夫はにこやかに言った。

 

「心配になって見にきたのだ。君たちの勝負はあえて止めなかったが、これ以上戦いを続けることは許さぬ。商店街から離れているとはいえ、これ以上この地を傷つけるのもしのびなかろう」

 

 マジカルとダークネスは校長先生に言われて初めて自分たちの戦いで荒れ果てた大地に目を向けて罪悪感に襲われた。二人の様子が落ち着くのを見て校長先生はこう付け加えた。

 

「それに、これ以上勝負を続ける必要がないことはお互いに分かっているのではないかな?」

 

 それを聞いたダークネスの表情がいきなり悲愴に染まり、氷の剣を手放してその場に崩れ落ちた。

 

「え?」

「ふえ?」

 

 ミラクルとウィッチから間抜けな声が出る。二人にはダークネスがそんなに落ち込む理由がよくわからなかった。

 

 ダークネスは肩を落としたまま立ち上がるとウィッチに背を向けたまま言った。

 

「ウィッチ、帰りましょう……」

「う、うん」

 

 ウィッチはダークネスの急な変わりようについていけずに戸惑ってしまった。

 

「ウィッチなにしてるデビ、はやくくるデビ」

 

 ダークネスの後に付いたリリンに促されて、ウィッチは小走りでミラクルから離れていった。やがてダークネスたちの姿が見えなくなると、マジカルは緊張が解けてふうと吐息をついた。

 

 

 

 みらいとリコが寮の部屋に戻る頃には、魔法学校は夕日で燃え上がるように赤く染まっていた。寮の部屋の窓から差し込む朱の斜陽が部屋を温かい色に染めていた。少し薄暗いけれどランプに火を入れて部屋を明るくするのがもったいないような風情があった。

 

 疲れ果てたリコは夕陽に沈む部屋のベッドにもたれてため息をついた。それをみらいが心配そうにのぞき込む。

 

「リコ、大丈夫?」

「へっちゃらよ、少し疲れただけ」

 

 その時いきなり窓が開いてみらいの足元にコロンと黒いものが転がってきた。

 

「え? えっ!? 窓からおっきいウニが入ってきたーっ!?」

「大きいウニ?」

 

 少し怯えて立ち尽くしているみらいの足元に、棘だらけの黒くて丸い物体が転がっていた。

 

「それはウニじゃなくてハリマンゴーよ」

「ハリ、マンゴー??」

 

「魔法界で果物の女王と呼ばれているの。棘が鋭いから絶対にさわっちゃだめよ」

 

「今、果物の女王っていいました!?」

 リコが大きく頷くと、

「魔法界の果物の女王様!? ワクワクもんだぁ!」

 

 それからみらいは首をかしげた。

「でも、どうして果物が窓から?」

 

 みらいが窓から外を見つめると学校から離れていく二つの人影があった。もう遠くて人の形ははっきりしないけれど、二人の乗っている箒が暮れなずむ太陽に照らされて赤く輝いているのが分かる。みらいはその人影が見えなくなるまで窓辺にいた。その背後でリコが魔法のランプに灯を入れて部屋を明るくする。

 

「せっかくだし頂きましょう」

 

 リコが魔法でハリマンゴーをテーブルの上に乗せて二つに割った。その周りにみんなで集まって中の白い果実をつまむ。チクルンが一口食べて夢心地のような顔になった。

 

「うめぇ~」

「お口の中でとろけるモフ~」

「魔法界に住んでいるわたしでも年に一度くらいしか食べられないのよ」

「おいしい……」

 

 みらいの眼尻に涙が浮んでいた。こんな贈り物をしてくれる友達と敵対関係でいることが苦しかった。そんなみらいにリコは言った。

 

「わたし小百合たちとは近いうちに分かり合えるんじゃないかなって思うわ。今は敵対しているとしても、わたしたちが最後に目指す場所は一緒なんじゃないかって、そんな気がするの。もしそうなら論理的に考えてもわたしたち4人は協力して戦うことになるでしょう」

 

「わたしもそうなるって信じてる」

 

 みらいは瞳に溜まった涙をぬぐってリコに笑顔を見せた。

 

「いってえーっ!? 手に棘がささったーっ!」

 

 チクルンが急に大声を出して、リコもみらいも目を丸くする。

 

「気を付けてって言ったでしょう。ちょっと待ってて、その辺に薬箱があったはずだから」

 

「確か押し入れにあったと思うよ」

 

 みらいとリコが薬箱を探し出し少しだけあわただしくなった。おいしいハリマンゴーと少しの悲しみとチクルンの災難と共に魔法学校に夜が訪れるのであった。



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第20話 ミラクルとダークネス 奇跡は暗闇を越えて
リンクルストーン、真実の姿


 翌日の朝、みらいとリコが教室に入ると友人たちが待ち構えていた。二人にケイとジュンとエミリーが集まってきて言った。

 

「みんなで話し合ったんだけどさ、リコが一番になったお祝いをしようと思ってさ」

 

 そういうジュンに気が引ける思いがするリコだったが、みらいがいち早く反応する。

 

「今、お祝いっていいました!?」

「ああ、みんなでパーッとやろうぜ」

「いいね! やろうよ! リコにとってこの一番は特別だもん!」

「やっぱりみらいもそう思うよな!」

 

 ケイとエミリーもその通りと深く頷いていた。

 

「モフルンもリコのことお祝いするモフ」

 

 みらいに抱っこされているモフルンまで言った。リコは思い悩んでいた昨日よりもずっと素直な気持ちになれた。

 

「みんな、ありがとう」

「まだ礼をいうのは早いって」

 

「もうすぐ夏休みでしょう。だからみんなでリコの家に集まれたらと思って、リズ先生にも聞いてみたんだけど、ぜひみんなで遊びにきなさいって言ってもらえたから」

 

 ジュンの後にエミリーが言うと、みらいが大喜び。

 

「リコの家でお祝いなんて、ワクワクもんだ!」

 

 みんなが笑顔になり、リコも祝福してもらうことに心からの喜びを感じる。もう小百合の影に悩まされることはなくなっていた。

 

 

 

「ええっと……」

 ラナは打ちひしがれてテーブルの上に伏せっている小百合を見て首を傾げてしまう。

「小百合どしたの?」

 

 昨日、家に帰ってきた時から小百合の様子が変だった。とにかく元気がない。ラナが変なことを言っても怒らないどころか無気力で無反応だった。

 

「おーい、さゆりーっ!」

 

 小百合は伏せたまま動かない。そこにリリンが飛んできてラナの頭の上に腹ばいにのって言った。

 

「リリンが思うに、小百合はリコとの勝負に負けたデビ」

「え? 負けた? ぜんぜんそんなふうには見えなかったけどなぁ」

 

「この様子だときっと完敗だったデビ」

「え~っ!? ぜんぜんわかんないよ~」

 

 その時にむくりと小百合が頭を上げる。彼女の顔を見てラナま思いっきり引いてしまった。

 

「あわわ、小百合が仕事がなくなって絶望したおじさんみたいな顔になってる。もう別人みたいだよ……」

 

「リコにコテンパンにやられてめちゃめちゃかっこ悪かったから仕方ないデビ」

 

 リリンが言うと小百合が急に眼を吊り上げて怒りだす。

 

「うるさいわね! そこまで酷くないわよ!」

「わあ、小百合が急に元に戻った!」

 

 ラナが安心したとたんに、小百合は大きなため息と一緒に下を向いてしまった。

 

「また元気なくなっちゃった。なんでそんなに落ち込んじゃうの? 小百合もリコも同じくらい強くてかっこよかったよ」

 

「あんたは表面でしか物事を見ていないからそう思うのよ。あの戦いは完全にわたしの負けよ、文句のつけようもないわ」

 

「ぜんぜんわかんないから説明おねがいしま~す」

 

 まるで先生に質問する小学一年生のようなラナに小百合の疲れはてたようなため息が出る。

 

「……あまり思いだしたくないけれど今後のために添削は必要よね。負けた理由はいくつかあるけれど、まずはトパーズスタイルとアウィンスタイルの能力の違いね。アウィンスタイルの方が能力が明らかに高いわ。これはたぶん向こうよりもこちらの守護のリンクルストーンの数が少ないせいだと思うんだけれど、それにもかかわらず表面上の勝負は互角だった。次に見た目は互角に見えても戦いの内容で負けていたわ。わたしはアウィンの能力に頼りきった戦い方をしていたけれど、リコはこちらのリンクルストーンの性質を利用したり、弱点をついてきたり、戦略的にわたしの上をいっていたわ。そして極めつけは、わたしが冷静さを失って最後に接近戦をしかけてしまったことね。トパーズの方が接近戦は優れていると分かっていたにもかかわらず、リコの挑発に乗って熱くなってしまったわね。チクルンが戦いを止めなかったら、わたしはもっと確実な形で負けていたでしょうね」

 

 小百合はうつむき加減で一気に説明してから顔を上げると、テーブルの対面で椅子に座っていたラナが難しい顔のまま頷いていた。

 

「なんだかよくわかんなけど負けたってことなんだね」

「あんた、それじゃ身も蓋もないじゃない!」

「だって説明ながいんだもん」

「あんたが説明しろっていったんでしょ! まったく!」

「もういいや~、小百合元気になったみたいだし」

 

 言われてみれば小百合はいつもの調子に戻っていることに気づいた。ラナの持つ独特の性格と空気感がいつも小百合に元気や活力を与えてくれる。小百合は不思議な子だなと思った。

 

「ラナちゃん、小百合ちゃん、リリンちゃん、アップルパイ焼いたから一緒に食べましょう」

 

 お隣さんのエリーの声が聞こえてくるとラナの顔が喜びで輝いた。

 

「食べる食べる~っ!」

 

 もうさっきの小百合の小難しい説明などラナの中には欠片ものこっていない。小百合はものすごく損をした気分になった。

 

 ラナはテーブルから離れて窓を開けるとお隣さんに向かって大声で叫んだ。

 

「小百合は元気ないからいらないって! わたしが全部食べるから!」

「わたしは一言もそんなこといってないわよ!」

 

「え~、食べるの~?」

「何でそんな嫌そうな顔するのよ! 食べるに決まってるでしょ!」

 

 小百合はラナの手をつかんで言った。

 

「いつまでも負けたことを悔やんでいたって仕方ないわ。美味しいアップルパイを食べてリフレッシュよ」

「じゃあいこ~」

 

 そんな小百合とラナのやり取りに聞き耳をたてながら、エリーがリリンの前にアップルティーをそそいだ小さなカップを置いた。リリンはちゃっかり先にきてアップルパイを頂戴していた。

 

「あの二人は相変わらず賑やかね」

「いつも通りデビ」

 

 リリンがアップルパイを食べるとエリーが微笑み、小百合とラナの話声がドアのすぐ近くにまで近づいてくるのであった。

 

 

 

 校長先生が魔法図書館最深部で見つけた金の書、白の書、黒の書の解読は校長先生の指導の下で教頭先生とリズ先生の手によって進められていた。これらはかつて魔法界に存在した古い言葉で書かれている。金色の書は魔法界の始まりの時代、白の書は全てのページが白紙であり、黒の書は闇の魔法の時代の歴史がつづられていた。調べていくと白の書は金の書と黒の書の間の時代に関する記述があったと推測された。たとえ白の書が白紙でもその前後の時代の記述からかつて白の書にはその時代に関する記述があったことは確実で、つまり虚無の時代が存在したことは間違いなかった。

 

 校長先生がとくに解読に力を入れたのが時代と時代の境目の記述だ。金色の書の後半、魔法界の有史から白の書の時代の始まる直前、白の書の時代の終わりから闇の魔法の時代の始まり、ここに何かがあると校長先生は確信していた。

 

 金の書の後半と黒の書の前半には虫食いになっている部分が多く、解読には時間がかかった。虫食いといっても本の劣化によるものではない。本自体は魔法の力で新品同様の美品に保たれている。ある種の文字だけが跡も残さず綺麗に消えているのだ。

 

 校長先生は虫食いになっているページを見てリズと教頭先生にこう言った。

 

「これらの文字が魔法の力で消されていることは間違いない」

 

 教頭先生とリズはそれぞれ金と黒の書の穴あきのページをめくりながら考え込んだ。そして教頭先生が眉をひそめる。

 

「魔法で歴史書の文字を消すなんて、よほど知られたくないことが書いてあったのでしょうね。全てが消えている白の書はともかく、金の書と黒の書は一部の文字しか消えていないことが何とも奇妙ですね。一部を消すにしても、普通なら文字だけではなく知られたくないことが書かれたページごと消すでしょう」

 

「わたしはこう考えました」

 

 リズが口を開くと校長と教頭の視線が彼女に集まる。

 

「これらの歴史書の文字の消失は何か大きな事象に関連しているのではないでしょうか? つまりこの歴史書の文字は意図的に消されたのではなく、歴史をも変えるような途方もない変革があって、その影響でこれらの歴史書の内容も変わってしまった。こう考えると文字が虫食いになっている理由にも説明がつきます。歴史の変革にともなって存在してはならない言葉だけが消えたのです」

 

「うむ、リズ先生は優秀だな」

 

「さすがは校長先生の代理を任されるだけはありますね」

 

「そんな、これはただの憶測にすぎませんし」

 

 リズは校長と教頭に褒められると、幼い頃に母に褒められて嬉しかった時のように顔が火照ってしまった。そんなリズに校長先生が言った。

 

「君の憶測は正しいと思う。その線で虫食いになっているページを集中的に解読してゆこう」

 

 そして、みらいとリコが奮闘している間にも金の書と黒の書の解読が進められた。解読は困難な作業であったが、虫食い部分の前後の言葉からその内容が少しずつ明らかになっていった。そして、リズは黒の書の解読を終えたその瞬間に、まるで悪魔が突然目の前に現われでもしたように恐怖し、椅子から立ち上がって黒の書から離れた。その時に彼女が座っていた椅子が倒れ、机の上に置いてあったインク壺が羽ペンごと倒れて黒いインクが机の端から滴り落ちた。金の書を解読していた教頭先生が怪訝な目で彼女を見つめる。リズは体を震わせてしばらく立ち尽くしていた。

 

「どうしたのですか、リズ先生」

「教頭先生……」

 

 それからリズは半ば呆然としながら言った。

 

「もしこれが本当のことだとしたら、魔法界の歴史は根底から覆ってしまうわ……」

 

「リズ先生、落ち着きなさい。わたしたちの役目はこれらの書を解読し、真実を校長先生にお伝えする事です。後の事は校長先生にお任せしましょう」

 

「はい……」

 

 リズは教頭先生の言葉によって心を落ち着けた。それでもまだ手が震えていた。

 

 

 

 みらいとリコは授業の前に校長先生に呼ばれていた。二人が校長室に瞬間移動すると、校長先生が机の前で水晶を片手に待っていた。

 

『校長先生、おはようございます!』

 

 みらいとリコが同時に頭を下げると、校長先生は微笑混じりに片手をあげる。

 

「おはよう。朝早くからすまぬな。君たちにすぐにでも伝えねばならぬことがあってな」

 

 みらいとリコは緊張して背筋を伸ばし校長先生の言葉を待つ。そんな二人の前に校長先生は金の書を置いた。

 

「わしが魔法図書館で手に入れた歴史書の解読が済んだ。これが魔法界の始まりの時代に見つけたリンクルストーンの本当の姿じゃ」

 

 校長先生が金の書を開くと本の中から浮き出た魔法陣がみらいとリコの前で大きく広がっていく。それを見てみらいもリコも目を瞠った。

 

「大きな魔法陣にリンクルストーンがいっぱモフ」

 

 みらいに抱っこされているモフルンが大外に魔法の言葉が刻まれている巨大な魔法陣を見上げていた。

 

 伝説の魔法つかいを現す内に五つのハートを抱く五芒星、その外側を宵の魔法つかいを現す六つの星を抱く六芒星がおおっている。つまり六芒星の中央にある六角形の中に伝説の魔法つかいの魔法陣が納まっている。そして五芒星の中心になっている五角形の中に三日月が入っていた。要は伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいの魔法陣を融合させた形になっているのだ。その上にリンクルストーンが円形に配置されて遊園地の観覧車のようにゆっくり回っていた。

 

 外から六芒星魔法陣の大外の円に灰色で塗りつぶされた7つのリンクルストーンが並び、六芒星の中心になる六角形の周囲にピンクトルマリンを初めとする伝説の魔法つかいの7つの支えのリンクルストーン、そして五芒星魔法陣の円の上に六つの守護のリンクルストーンが配置されている。そのうちダイヤの正面とルビーの正面に位置する守護のリンクルストーンが灰色になっていた。

 

「間違いないわ、灰色になってるのは小百合たちが持っているリンクルストーンよ」

 

 それからリコはふと目にした魔法陣の中心から目が離せなくなった。魔法陣の中心になっている三日月の周囲を二つのリンクルストーンが異常な存在感をもって回っている。一つはよく知っているエメラルドで、その正面にやはり灰色で塗りつぶされたリンクルストーンがある。

 

「ちょっ、ちょっとまって!? エメラルドの隣にもなにあるわ!」

 

 それからリコとみらいはエメラルドと一緒に回っているリンクルストーンを声も出さずに凝視した。その二人に校長先生が言った。

 

「わしもこれを見た時は驚いた。エメラルドと対になるリンクルストーンがあるとはのう」

 

「……あんなものすごい魔力をもったリンクルストーンがもう一つあるっていうの?」

 

 にわかに信じがたい事実の前にリコは呆気に取られてしまった。みらいも言葉が出ない。一人冷静な校長先生が話し始めた。

 

「金の書の解読から二つの真実が垣間見えた。一つはこの二十二のリンクルストーンが魔法界の全てを現わしているということじゃ」

 

「もう一つは?」

 

 みらいが問うと、校長先生はここからが重要だと言うように二人を見つめる。

 

「外側に宵の魔法つかいの支えのリンクルストーンがあり、その内側に君たち伝説の魔法つかいが持つ支えのリンクルストーンがある。宵の魔法つかいは無限の闇を示し、伝説の魔法つかいは無限の光を示す。さすればこの魔法陣が表すものは無限の闇に内包される無限の光、そしてさらにその中枢にはエメラルドとその対となるリンクルストーンによって示される無限の生命」

 

 校長先生はここで一呼吸置くと、みらいとリコを真剣な目で見つめながらいった。

 

「これすなわち宇宙なり」

 

 静かだった。みらいとリコの胸に校長先生の言葉が深く吸い込まれていく。校長先生は二人から目を放し、大きな魔法陣を見上げた。

 

「君たちは対極などではない。宇宙には光と闇が共存している。つまり伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいは表裏一体の存在なのだ」

 

「やっぱり、わたしたちは戦っちゃいけなかったんだ……」

 

 みらいはうつむき加減になると、ほんのり涙が乗ったラベンダー色の瞳を輝かせた。それから顔を上げると強い瞳でリコを見つめた。

 

「わたしこのことを小百合に伝えて説得するよ」

 

 それを聞いたリコは一瞬みらいから視線を外して思考する。

 

「小百合はリアリストだから歴史的な事実なんて伝えたところで心は動かないと思うわ」

 

「わたしもう小百合やラナとは戦えない。だから必ず説得するって決めたの。リコも力を貸して!」

 

「……わたしじゃ小百合を説得することはできないわ。説得するどころか衝突してしまうと思うし。小百合の心を動かせるとしたらまったく違うタイプの人間、つまりみらい、あなたじゃないとダメなのよ」

 

 リコに言われてみらいは明るい笑顔を浮かべる。でもすぐに迷いのある表情になってしまう。

 

「どうすれば小百合を説得できるかな……」

 

「難しいことは考えなくてもいいと思うわ。みらいが小百合のことを思っているのなら、その気持ちを思い切りぶつけたらいいのよ。小百合にはそういうのが一番効くと思うの」

 

「そっか! よおし、絶対に小百合を説得してみせる!」

「みらいがそう決めたのなら、わたしは全力でサポートする」

 

「ありがとう、リコ!」

「みらいならきっとできるモフ」

 

 モフルンがみらいを見上げてそう言ってくれた。それでますます勇気をもらって、みらいは何があっても小百合を説得しようと固く心に決めた。

 

 校長先生は無言でやる気を出すみらいをみていた。その表情には少しばかり陰があった。授業の始まりが近づいてリコたちが校長室から出ていくと、水晶に魔女の影が浮んでくる。

 

「黒の書に記された真実は伝えなくてもよろしかったのですか?」

 

「ううむ、あれは扱いを間違えると魔法界が転覆しかねんからな。それにわしが伝えずとも、いずれは知ることになるだろう。その時リコ君とみらい君は、それにも増して小百合君とラナ君はどのような心境になるだろうか。それを考えると……」

 

 校長先生は水晶の魔女を見つめていた目を閉じて深くため息をついた。



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最果て島へ

「俺がダークネスにかけた暗示は少しは効いているようだが、やはり不十分だな。それにしてもマジカルとダークネスだけで勝負するとはな。なぜ全員で本気で戦わない? お互いに闇の結晶を集めているのなら決着をつける必要があるはずだ……」

 

 ロキは闇に沈む玉座で傍らの竜の石像を触りながら考える。

 

「……街か。街にいる人間どもを巻き込まないために本気で戦わなかったんだな。ならばそんな事など気にせずに戦える場所を提供してやろう」

 

 それからロキはしばらく黒龍の石像をなでていると、鋭い牙をむき出して喜悦に満ちた悪魔の笑みを浮かべる。

 

「ただ戦わせるだけじゃ面白くねぇ。とびきりの花を添えてやろう、お互いに死力を尽くせるようになぁ」

 ロキの非道をにじませる笑いが暗闇に染み渡った。

 

 

 

 小百合とラナはセスルームニルに来ていた。ボルクスを倒して取った大量の闇の結晶を届けにきたのだ。

 

 微弱な光を放つ球体が宙に浮いて石造りの廊下を照らす。薄暗いが廊下から天井まで純白の空間が淡く青白く輝いて神秘的だった。小百合とラナはその神秘的な空間に足音を響かせて歩き、リリンがその後から飛びながらついていく。

 

「フレイア様のお城にくるのちょっと久しぶりだねぇ」

「最近、闇の結晶があまり手に入らなかったからね」

 

 急に空間が開いて天井をささえる無数の巨大な石柱が現れる。2本ずつ立ち並ぶ石柱の間に道があり、それがまっすぐフレイアのまつ玉座へと続いていた。玉座に続く短い階段の下にはバッティとダークナイトが左右に分かれて立っている。

 

「フレイア様、闇の結晶をお持ちいたしました」

「ご苦労様です」

 

 小百合とラナが階段を上がってフレイアの前までいって、闇の結晶を収めた布袋を差しだす。フレイアがそれに触れるといつも変わらず浮かべている微笑が消えた。

 

「……この闇の結晶からは邪悪な闇の気配がします。二人とも何か変わったことはありませんでしたか?」

 

「いえ、特にかわったことは……」

「あ~、そういえば~」

 

 小百合の言葉を遮るようにラナが言った。また変なことを言い出すんじゃないかと小百合は疑わしい目でそれを見つめる。ラナは小百合が少し苛々するくらい長く考えてから口を開いた。

 

「小百合なんか変だったよ」

「変てなにがよ?」

 

「ほら、きのうリコと勝負する前にさ、別の人みたいになって皆で戦うっていってたじゃん。あれちょっと怖かったからよく覚えてるんだ」

 

「なに言ってるの? わたしそんなこと言ってないわよ」

 

「絶対絶対いったよ!」

 

「確かにいったデビ、リリンも聞いたデビ」

 

 小百合の背筋に冷たい汗が流れ、言いようのない気味の悪さが全身を駆け抜けた。その時のことを懸命に思い出そうとするが、ヨクバールを倒した後からリコと勝負をする前の記憶が曖昧になっていた。

 

「わたしいったい……」

 

「この闇の結晶はロキの部下が持っていたものなのでしょう。きっとロキが闇の結晶によからぬ魔法をかけたのでしょう」

 

 フレイアが玉座から立ち上がって小百合に顔を近づけた。その一瞬、小百合はとても懐かしい温もりのようなものを感じる。フレイアは母親が子供の熱をみるように額と額を合わせていた。小百合はこの時に非情を肯定するフレイアの姿を思いだして辛い気持ちになった。今の母親のようにやさしいフレイアと以前に見せた冷酷なフレイア、どちらを信じてよいのかわからなかった。

 

「今のあなたからは邪悪な気配は感じられません。けれど心配ですね。少しでもおかしいと思ったらここに来なさい」

 

 フレイアは小百合から離れて玉座に腰を下ろすと、まるで疲れ果てたかのように長い息をはいた。小百合たちが一礼して去っていく。彼女らの姿が完全に消えるとフレイアは言った。

 

「バッティ、わたくしを魔法の森に連れていってください」

「承知いたしました」

 

 

 

 この夜、二つの場所で事件は起こった。

 

 みらいとリコが寮の部屋でそれぞれ机について勉強をしていると、いきなり窓が開いて邪悪な気配を含んだ風が入り込んできたのだ。ベッドの上にいたモフルンとチクルンが飛ばされそうなくらいに激しく空気が渦巻く。驚いたリコとみらいが窓辺に駆け寄ると夜の闇に紛れて何者かが空中に立っていた。それが近づいてきて窓から漏れるランプの光でその存在が闇から浮き出てくる。

 

「ダークネス!?」

 

 みらいが叫んだ。その姿は確かにキュアダークネスそのもの。そして彼女は気を失った若い女性を肩にひっかけて抱きかかえていた。

 

「お姉ちゃん!!?」今度はリコが叫ぶ。

 

「この女を返してほしければ最果て島にきなさい」

 

 そしてダークネスは飛翔して闇夜の中に消えていった。みらいはこの上ない悲壮感に包まれてしまった。

 

「どうして、どうしてダークネスがこんなことするの……?」

「お姉ちゃん……」

 

 リコはショックを受けながらも、先ほど現れたダークネスに拭いきれない違和感を感じていた。

 

 ――ウィッチの姿がないのはおかしいわ。あの二人が別行動するなんて考えられない。

 

 リコはそこまで考えると、悲しみを抱えて目に涙を浮かべているみらいにいった。

 

「さっきのダークネスはたぶん偽物よ」

 

「偽物? 本当に?」

 

 リコはみらいにはっきりと頷いた。

 

「とにかくこのことを校長先生に伝えて、すぐに最果て島に向かいましょう」

「うん、リズ先生を早く助けてあげないとね」

 

 そして二人は急いで校長室へと向う。

 

 それから半刻ほど後には、小百合とラナの前に気を失ったエリーを抱えたキュアマジカルが姿を現したのだ。窓の向こうに立つマジカルを見てラナは目を白黒させた。

 

「エリーさんを返しなさい!!」

 

 小百合の怒気がラナの混乱を吹き飛ばす。小百合が変身しようとブレスレッドを胸の高さまで上げたときにマジカルが嘲笑った。

 

「この女を返してほしければ最果て島にきなさい」

 

 その言葉を残してマジカルは大きく跳躍して闇の中に溶け込んでいった。

 

「な、なんでマジカルがこんな酷いことするの??」

 

「違う、あれはマジカルじゃない。マジカルはこんな卑怯な真似はしないわ。それにミラクルの姿もなかった。これは敵の罠よ」

 

 それを聞いてラナは少し安心したが、エリーがさらわれてしまったショックも大きい。

 

「でも最果て島にはいかなきゃ、エリーお姉ちゃんを助けなきゃ!」

「ええ、罠と分かっていても行くしかないわね。ところで最果て島ってどこにあるの?」

 

「行ったことないけどすっごい遠いのはしってる。わたしの箒でも丸一日はかかると思うよ~」

「ラナの箒で丸一日…ですって……」

 

 小百合は心の底から絶望した。最果て島に着く前にどうにかなってしまいそうだが、それでも行くしかないのであった。

 

 

 

 ラナは鼻で歌を奏でながら最果て島に行く準備を整える。

 

「魔法のコンパスを箒につけて、できた~」

「あんた最果て島の方角がわかるの?」

 

 ラナの箒の先っちょに付いたものはどう見ても方位磁石だった。

 

「ぜ~んぜんわかんない」

「だったら方位磁石なんて役に立たないでしょ」

 

「これは魔法のコンパスだよ。魔法をかけると針が目的の場所に向くの。おばあちゃんが遠くの街に行くときに使ってたんだ」

「へえ、魔法界のカーナビってところね」

 

「わたしは使ったことないけどね~」

「あんたが魔法なんてかけたら、針が逆向きになるわよね」

 

「ぜんぜんそんなんじゃないよ。針がくるくる回ってどこいったらいいかわかんないの!」

「相変わらず想像を絶するわね……。で、どうすればいいの?」

 

「コンパスに魔法で行きたい場所を教えてあげるの」

 

 小百合は魔法の杖を出すと月の光を吸って怪しく輝く三日月をコンパスに向けた。

 

「キュアップ・ラパパ、最果て島へ!」

 

 ふらふら動いていたコンパスの針が小百合の魔法で一方向に定まる。

 

「この方向に向かえばいいのね」

「そういうこと! 出発するからのってのって~」

 

 ラナが箒にまたがると、リリンには専用のポシェットに入ってもらって小百合はそれを腰に付けた。

 

「夜の旅立ちって、とってもファンタジックだよね」

「リリンも楽しみデビ」

 

「あんたたち状況を理解してる? エリーさんがさらわれてるんだからね」

 

 小百合がラナの後ろに乗ると箒が浮いてゆっくり上昇を始める。ラナは魔法界の空に浮かぶ月を見て笑顔のままにいった。

 

「わかってるよ。暗い気持ちでも楽しい気持ちでも最果て島に行くのはおなじじゃん。だったら楽しくいこうよ~」

 

「この状況で楽しくって、どんだけ能天気なのよ」

「ゴ~」

 

 ラナは前触れなく箒を爆進させると小百合が振り落とされそうになって変な悲鳴をあげた。

 

「ちょっとおっ!? 行くなら行くっていいなさいよねっ!!」

「箒でとぶだけでいちいちそんなのいわないよぉ」

 

「あんたの箒は普通じゃないの! 速すぎるの! いきなり猛スピードだしたら後ろに乗ってるわたしが落ちるでしょっ!」

「一気に全速力だあ~」

 

 ラナは後ろで小百合がいろいろ言ってるのをほとんど聞き流してぐんとスピードを上げた。箒の筆の部分から小さな星の形をした光が無数に噴き出しては消えていく。小百合がまた悲鳴を上げてラナの体にしがみついた。

 

「いやーっ!? もう少しゆっくりにして!」

「だめだよぅ。エリーお姉ちゃんを助けるんだから早くいかなきゃ」

 

 ラナにそういわれるともう何も言えなかった。

 

「速くて気持ちいいデビ。闇夜をかける悪魔の気分デビ」

 

 小百合の下のほうから上機嫌のリリンが言っても小百合の耳には全く入らない。彼女はラナにつかまりながら目を閉じて、いかれたスピードの恐怖に耐えていた。

 

 ラナは高度を下げて海面近くを飛び夜を映す群青色の水面を波立てながら進んでいった。

 

 

 

 小百合たちは一日以上かけて最果て島の近くまできていた。今は最果て島の直前に広がっている渦巻く嵐雲の中を突き進んでいた。最果て島は浮遊島なのだ。この雲を越えた先にある。

 

「ほとんど何も見えないわ」

「雲の中だからね~」

 

「何があるかわからないからスピードを下げて慎重に進みましょう」

「一気にいくよ~っ! それ~っ!」

「ちょっと! ひとの話をききなさいよね!」

 

 ラナは全速力で雲の中をぶっちぎった。視界もなく鯉の滝登りのように垂直の状態での超スピードの恐怖は半端ではない。小百合はもう声も出せなかった。それからほどなくして小百合たちは雲を突き抜けた。

 

 視界が開けた先にある無数の浮遊島が小百合たちの目に飛び込んでくる。ラナは箒のスピードを落として垂直から水平の状態に箒を戻した。恐怖から解放された小百合は全身の力が抜けそうだった。

 

「……死ぬかと思ったわ」

「大げさだなぁ」

「大げさじゃないわよ!」

 

 さんざんな目にあった小百合はラナに思いっきり突っ込まずにはいられなかった。

 

 ラナはゆっくり飛んで物珍しそうに浮遊する島々を見ていた。小百合もようやく気持ちを落ち着けて周囲を見ることができるようになった。

 

「島がたくさんあるわね」

「最果て島どこ~?」

 

 二人とも最果て島がどんなものか知らない。けれど小百合は明らかに異質な島を見つけてすぐにそれだと分かった。

 

「きっとあれだわ」

 

 小百合が浮遊島の中でひときわ大きな島を指した。ラナは箒をあやつってそれに近づいていく。周囲の緑に覆われた島々と違ってその島だけ荒れ果てている。

 

「まるでテキサスの荒野みたいな島ね」

 

 小百合たちは最果て島に上陸した。小百合は箒から降りると地面にいきなり倒れこんだ。

 

「お尻痛い、体だるい、休みたい……」

 

 リリンが飛んできてそんな小百合を上からのぞき込む。

 

「この程度で情けないデビ」

「ポシェットの中でのんびりしてただけの人にはわからないわよ! この辛さはっ!」

 

「快適な旅だったデビ」

「むかつくわね……」

 

「あ~っ、あれ、ペガサス」

 

 小百合は立ち上がってラナと同じ方向を見た。ペガサスが翼をはためかせて小百合たちが上陸した場所の反対側から外に出ていくところだった。

 

「どうしてこんなところにペガサスがいるの? あれは森の生き物でしょう?」

 

「わかんないなあ。ペガサスの翼でなら最果て島に行けるっていうのは聞いたことあるけど」

 

「それが本当なら、わたしたち以外にも最果て島に上陸した人がいるのかもしれないわね」

 

 それから小百合たちはさらわれてしまったエリーの姿を求めて最果て島の中心部を目指して歩き始めた。

 

 

 

 小百合たちと時同じくして最果て島に上陸したリコ達もリズを探し求めていた。彼女らにはここで闇の魔法つかいと戦った記憶がある。敵と正々堂々と戦い苦戦はしたが仲間のおかげで勝つことができた。今度の敵はリズをさらうという非道な手段に出た。ここに罠があることもわかりきっているので、以前よりも苦しい戦いになるのは目に見えていた。

 

「リズ先生ーっ! いたら返事してくださーい!」

「お姉ちゃん、どこ!」

「リズ先生どこモフーっ!」

 

 みらいたちの声が最果て島を見下ろす青空にむなしく響いていく。リズの返事もなければ姿も見えなかった。あきらめずに声を張り上げていると、どこか遠くから声が聞こえてきて二人とも立ち止まった。

 

「リズ先生かな?」

 

 みらいが期待を込めて言うと、リコが耳をそばだてる。

 

「……違うみたい。誰かを呼んでいるみたいね」

 

 みらいもリコも予感があって声のするほうに走り出した。

 

「エリーさ~ん! ど~こ~!」

 

「ラナ、もう呼ばなくていいわ。敵はわたしたちを罠にかけるためにエリーさんをさらったんだから、呼んで返事ができるような場所にはいないわよ」

 

 その時に小百合は荒涼とした大地を走って近づいてくる人の姿をとらえる。

 

「お~い! みらい~、リコ~」

 

 その姿がはっきりしてくるとラナが笑顔になって手を振った

 

「あなたたちも来ていたのね」

 

 リコが目の前に現れると、小百合は驚きよりもやはりという気持ちの方が強かった。

 

「いつもお世話になっているエリーさんが、マジカルに化けた敵にさらわれてしまったのよ」

 

「わたしたちもそうよ。ダークネスの姿をした誰かにお姉ちゃんがさらわれてしまったの」

 

「そう、嫌な予感がするわね……」

 

 すると小百合のその予感を体現するかのように空に暗黒の雲が広がり、あっという間に島全体が薄暗い闇におおわれてしまった。そして暗黒の雲が渦巻くと、その中心から黒く塗りつぶされた真円の空間が広がって、その中から二つの垂直に立つ黒い魔法円がしたから引き出されるように姿を現してゆく。

 

「お姉ちゃん!」

「エリーさん!」

 

 リコと小百合は同時に叫んだ。二つの黒い魔法円に二人の女性が十字架の形に磔にされていた。二人とも気を失ってぐったりしている。

 

「探し物はこれだろ」

 

 暗い雲をスクリーンにして映し出された邪悪な男の巨大な顔が少女たちを見下ろしていた。小百合は射貫くような強い視線でロキを睨み据える。

 

「ロキ、やっぱりあんただったのね」

 

「おやおや、予想通りってか」

 

「あなたがロキ!?」

 

 リコは前触れもなく途方もない困難に出会って厳しい表情になっていた。リコとみらいはロキを見るのは初めてだったが、幻影の魔法によって映し出された姿からもその邪悪な精神と破滅的な闇の魔力が伝わってきた。

 

「伝説の魔法つかいの二人にはお初にお目にかかる。この俺様がいずれ世界を支配する闇の王だ」

 

「そんなこと絶対にさせない!」

「そうだよ! わたしたちが力を合わせれば怖いものなんてないんだから!」

 

 みらいに続いてラナが勢いづいて言うと、ロキは口角を引き上げてぞっとするような笑みを浮かべた。

 

「おまえらが協力するなんてありえねぇことだ。なぜなら、今日ここでどちらかが消えるからだ」

 

「何をするつもり!?」

 

 リコが可愛らしい顔に精いっぱいの強気をのせるとロキの笑みが消えた。

 

「俺様はお前たちには何もしねぇ。ただ条件を出すだけだ。お前たちで勝負をしてどちらか一方が勝てば、その二人の女は無事に解放してやる。勝負を拒むのなら二人とも消えてもらう」

 

「なんですって!? ふざけないでよ!!」

 

 ロキが出した衝撃的な条件にリコが怒りをあらわにし、みらいは苦し気な表情になる。

 

「いいでしょう。あんたの罠にはまってあげるわ」

 

 小百合が言うとロキの顔に再び狂気的な笑みが浮かんだ。

 

「小百合どうして!?」

 

「リズ先生とエリーさんを助ける方法はこれしかない。それにあなた達とはいずれは決着をつけなければならなかった。ちょうどいい機会だわ」

 

 悲痛な声を上げたみらいに小百合は淡々と語った。

 

 リリンが飛んできて小百合とラナの後ろにくると、小百合はラナに左手を返して差し出す。ラナは悲し気な表情で小百合の左手に右手を重ねた。そして三日月を背後にした黒いとんがりぼうしが浮かび上がる。二人が結んだ手を後ろに引いてもう一方の手を天にかざすと、二人の乙女は瞬時に宇宙に広がる闇のようなローブに身を包んだ。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 魔法の呪文で闇のヴェールが彼女らを覆い隠し、そして闇ごと彼女らの姿は消える。次の瞬間には空中に広がった三日月と星の黒い六芒星の上にダークネスとウィッチが召喚された。そして地上に黒いプリキュアたちが舞い降りた。

 

「穏やかなる深淵の闇、キュアダークネス!」

「可憐な黒の魔法! キュアウィッチ!」

 

『魔法つかいプリキュア!』

 

 先に変身した二人を見て、みらいとリコも覚悟を決めるとモフルンが彼女らの足元まで走ってくる。そして二人手を重ねるととんがり帽子に魔法の箒をそえた金色の光が現れ、つないだ手を後ろにしてもう一方の手を高くかかげる。みらいは桃色の輝きのローブをその身にまとい、リコは紫に輝くローブで身を包む。そして二人で高らかに呪文を唱えた。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 聖なる輝きが彼女らの姿を覆い隠し、次の瞬間にすべてが消えてなくなる。それと同時に白い光で描かれたハートを抱く五芒星が空中に現れ、その上にミラクルとマジカルが召喚された。

 

 菫の色の魔法のプリキュアと桃の色の魔法のプリキュアが地上に舞い降りる。

 

「二人の奇跡! キュアミラクル!」

「二人の魔法、キュアマジカル!」

 

『魔法つかい、プリキュア!』

 

 四人のプリキュアが向かい合うとロキのさも楽し気な笑い声がこだました。

 

「戦え! プリキュア共!」

 



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ミラクルの覚悟

「戦え! プリキュア共!」

 

ミラクルがマジカルを見つめた。マジカルはその瞳の中には強い覚悟の気持ちを感じる。

 

「何があってもわたしを信じて」

「わかったわ」

 

 そしてミラクルはダークネスの前へ、マジカルはウィッチの前に立つ。

 

「あら、ミラクルがわたしの相手をするの? どういう心境の変化なのかしらね」

 

「あなたの相手はわたしよ」

「むむむ、マジカルと戦うのかぁ……」

 

 ウィッチが不安そうにダークネスのことをちらちら見ている。

 

「いつもとは違う相手をぶつけて混乱を誘う作戦かしらね」

「そんなんじゃないよ。ダークネスの相手をするのはわたしじゃないとだめなの」

「そう、ならば心してかかってくるのね!」

 

 ダークネスはミラクルが動かないとみるや前に突出した。

 

「でやあーっ!」

 

 ミラクルが十字に組んだ腕にダークネスの先制パンチが炸裂する。ミラクルの体が地面に足をついたままかなりの勢いで吹き飛ばされる。

 

「ここで何もかも全て終わりにする!!」

 

 ダークネスはダイヤのように固い意志をもって叫び、前に跳躍してミラクルを追跡した。そのダークネスの意志はウィッチにも強く伝わった。そして彼女はいきなりマジカルに向かって舌をだした。

 

「べーっ! マジカルになんて負けないんだから!」

「はあぁっ!? あなたどういう神経してるのよ……」

 

 このプリキュア同士の真剣勝負に子供の喧嘩みたいな態度のウィッチにマジカルは呆れを通り越して困惑してしまう。

 

 ――調子狂うわね。けれどウィッチは単純だからダークネスのような戦略はないでしょう。できるだけ早く抑え込んでミラクルのサポートに回らないと。

 

「だあーっ」

 

 マジカルにウィッチが襲い掛かってきて、パンチとキックをやたらめったら打ち込んでくる。マジカルはそれを冷静に見て避けていく。

 

「やっぱり攻撃は単純!」

 

 マジカルのカウンターパンチが決まってウィッチが吹っ飛ばされる。

 

「うわあーっ!?」

 

 ウィッチの小柄な体は大地から突き出た岩に叩きつけられた。岩が砕けて立ち上る埃の中にウィッチが目を回して倒れこむ。

 

「きゅうぅ……」

 

 マジカルが追撃のためにウィッチに接近していく。

 

「かわいそうだけれど、動けなくなるくらいのダメージは与えないと」

 

 土埃の中から足をふらつかせながら出てきたウィッチに、マジカルは心を鬼にして全力のパンチをくりだした。その瞬間にウィッチの目を見て意識が震えた。ウィッチはマジカルの拳を体を海老反りにして避けると、鼻先を通った拳を両手で捕まえ、一緒に両足でマジカルの腕も取った。

 

「だあーーーっ!」

 

 ウィッチがマジカルの腕を軸に体を回転させ、マジカルはそれに合わせて体をもっていかれる。そして背中から地面にたたきつけられた。

 

「うあ!?」

「リンクル・インディコライト!」

 

 ウィッチはマジカルの腕を固めた状態でリンクルブレスレッドに青いトルマリンを宿した。

 

「やめなさい! そんなことをしたらあなたまで!」

 

 ウィッチは躊躇なく魔法を発動する。そしてマジカルがウィッチもろとも電流に撃たれて悲鳴をあげた。ウィッチの手足が緩み、マジカルが横に転がって脱出する。

 

「くうっ、なんてことを……」

「うぐぅ……」

 

 二人は体の痛みに耐えながら立ち上がる。そしてマジカルはウィッチの目を見て思わず一歩下がってしまった。その碧眼を燃え立たせるものはウィッチが今までに見せたことがない攻撃性だった。

 

「わたしはダークネスみたいに色々うまくできないから、だから何でもやってマジカルを倒す! そしてダークネスのお母さんを取り戻すんだ!!」

 

 そのウィッチの姿をみてマジカルは自分の間違いを悟った。

 

 ――わたしはウィッチをかわいそうだと言った。完全に下に見ていた。愚かだったわ。この子は覚悟が違う。ダークネスのために命をかけてる。油断なんてしたら負ける。

 

 しかしマジカルはミラクルのことがどうしても気になってそちらの方に目を向けた。そして思ってもみないことが起こっているのを知って心を乱す。

 

「であーーーっ!」

「きゃあぁーっ!?」

 

 マジカルはその隙をつかれウィッチの攻撃をまともに受けてしまった。その体が大きく弧を描いて飛んでいった。

 

 

 

 ダークネスの攻撃を受けて飛ばされたミラクルは、ダークネスが目の前に降りてくると構えを解いて腕を下げた。

 

「なんのつもり?」

 

「ダークネス聞いて! わたしたちは戦っちゃいけないんだよ。伝説の魔法つかいと宵の魔法使いは表裏一体で姉妹みたいな関係なの。校長先生が色々しらべてくれて、それがわかったの!」

 

「……だからなに? どうしてそんなつまらない事をわざわざ伝えるの? それでわたしが戦いを止めるとでも思ったの?」

 

「そうは思ってない。ただわたしの意志を伝えたかったの。わたしはもうダークネスとも、ウィッチとも戦わない、絶対に!」

 

 それを聞いたダークネスの真紅の瞳が一瞬見開かれ、そしてつぎに襲ってきた正体のわからない嫌悪感と憎悪に表情が変わり、刃物を思わせるほどに鋭い視線がマジカルに突き付けられた。

 

「ミラクル! ふざけるのもいい加減にしなさい!」

 

「わたしはふざけてなんていないよ」

 

「そう、あなたの気持ちはよくわかったわ。あなたがどう出ようと、わたしは目的の為にやるべきことをするだけよ!」

 

 ダークネスの拳をまともに受けたミラクルの悲鳴が尾を引く。ダークネスはミラクルが墜落する方向に風を切って疾走し、地面に落ちてから立ち上がったミラクルにとびかかる。

 

「はあぁっ!」

 

 ミラクルは横からの回し蹴りを腹部に受けて弾けると倒れた状態のまま地面の上を滑っていった。その場面を見たマジカルがウィッチの攻撃で吹っ飛んでいった。

 

「ううっ……」

 

 ミラクルは苦痛に耐えながら再度立ち上がりダークネスと向かいあった。

 

「戦いなさい! ミラクル!」

「いやだ! 戦わない!」

「なら、あなたはここで終わりよ! 本当にそれでいいの!?」

 

 ミラクルは言葉にはせず自分の意志をラベンダー色の瞳に込めて伝えた。ダークネスの拳に力がこもる。しかしその手は震えていた。

 

 ――腕が上がらない……。

 

 彼女の体がミラクルに攻撃することを拒絶しているようだった。その時にまたあの声が聞こえてきた。

 

(苦しい、助けて、早くわたしを助けに来て)

 

 心の奥底から呼びかける怪しい声でダークネスの意志がかき乱される。まるで自分が自分でないような感覚になり、同時に母を助けるという一念だけに支配されていく。

 

 ダークネスの瞳から光がなくなりミラクルは心臓を直に握られるような恐ろしい気持になった。そしてダークネスが瞬時にミラクルに接近し躊躇のない全力のパンチをあびせた。

 

「きゃあぁーーーっ!!」

 

 ミラクルの悲鳴が最果て島にこだました。

 

 その戦いを傍観し続けるロキはダークネスの変化を見て笑いが止まらなかった。

 

「いいぞ! 魔法がいい具合に効いていやがる。俺様の闇の魔法はダークネスの奥底に潜んで精神をあやつる。この魔法を見つけて除去することなど誰にもできない。こりゃあ宵の魔法つかいの勝利で終わりそうだな」

 

 

 

 マジカルはウィッチと交戦しながらミラクルの悲鳴を聞いて胸がざわついた。

 

「ウィッチ! あなたは何も感じないの!? 無抵抗のミラクルをあなたの親友が攻撃しているのよ!」

 

 ウィッチはマジカルと拳を交えながら返す。

 

「つらいよ! 胸だって苦しいよ! でもわたしはダークネスについていくの!」

「道を間違えていたらそれを正してあげるのが友達でしょう!」

 

「わたしはダークネスを信じてる! 間違えてるように見えて正しいことだってあるよ!」

「無抵抗の相手を平然と攻撃するのが正しいというの!? それじゃ救いようがないじゃない!!」

 

 マジカルの怒りの回し蹴りがウィッチの胸を突き上げる。

 

「うわあぁっ!?」

 

 ウィッチが吹っ飛ばされるとマジカルは向きをかえてミラクルの悲鳴が聞こえた方角を目指して疾走した。

 

 

 

 ダークネスは自分の攻撃で飛んでいったミラクルを追いかけていた。そしてミラクルに迫り墜落する前に背中に飛び蹴りを入れて前方に弾き飛ばす。弱って細くなった悲鳴があって、ミラクルは前方にあった崖から投げ出されてしまった。その時、ダークネスは罪悪感に襲われて胸に強い痛みを感じるが、それらを心の奥から聞こえてくる声が壊そうとする。ダークネスの中でロキの魔法と自分の精神とのせめぎあいが起こり、きんと頭が痛くなった。

 

 ダークネスはミラクルを追って崖下へと飛び降り、気を失って倒れているミラクルの前に立った。傷だらけのミラクルを見ているとさらに頭痛がひどくなった。

 

「ううぅ…ぐっ……」

 

(苦しい、助けて、早くわたしを助けに来て)

 

 ダークネスの頭の中で母の声で何度もその言葉が繰り返される。

 

「うるさいっ! うるさい、黙りなさい!! お母さんはそんな簡単に助けなんて呼ばない! そんな弱い人じゃない! あんたは偽物よ!!」

 

 その瞬間にダークネスに寄生していたロキの魔法は打ち砕かれた。ミラクルは闇の魔法を破ったダークネスの強い声に導かれて目を覚ましていた。

 

 マジカルが切立った崖の上から跳躍してきて、ミラクルから少し離れた場所に着地した。

 

「ミラクル!」

「とあーーーっ!」

 

 マジカルはミラクルに近づく間も与えられずに上空からウィッチの急襲を受ける。スターサファイアの魔法で空中で翻(ひるがえ)りながらのウィッチの連続回し蹴りをマジカルは受けきれずに真横に吹っ飛んで砂の地面に飛び石のように何度も打ちつけられる。そしてマジカルが体制を戻して立ち上がったところにウィッチが突っ込んできた。

 

「たあーーーっ!!」

「邪魔をしないでよっ!!」

 

 マジカルはウィッチが突き出してきた拳をとらえて投げ飛ばした。ウィッチの小柄な体が叩きつけられた岸壁が大きく陥没して崩れ落ちていく。

 

 二人の激しい戦いを目の当たりにしたミラクルは涙が止まらなくなった。

 

「もうやめて……」

 

 ダークネスは悲しみの海の底に沈んでいるミラクルを見下ろしていた。

 

 ――もうミラクルに戦う力は残されていない。あと一撃で勝負が決まる。これでお母さんを取り戻せる。何も考えず心を消して遂行するのよ。

 

 その時だった、ミラクルがダークネスの前で両ひざをついて神にでも祈るように手を組んで見上げた。

 

「ダークネス、わたしを倒せばお母さんに会えるんだよね」

 

 ミラクルが目を閉じると目じりから涙が零れ落ちる。彼女の覚悟を知ったダークネスの胸が打ち震えた。

 

 マジカルはダークネスにその身を差し出そうとしているミラクルを見て、考えるより先に体が動いていた。猛然とダークネスに向かっていく。

 

「だめよ! それはだめよ! ミラクルっ!!」

「うああーーーっ!!」

 

 怒涛のごとく突っ込んできたウィッチがマジカルに抱きついて押し倒す。

 

「何をするの!? 放して!!」

「大丈夫だよ! そんなことできるわけないんだ!!」

 

 ダークネスは最上の苦悶で表情を歪めたまま拳を振り上げる。そしてその状態のままでミラクルにそれを振り下ろすことができないでいた。

 

 

 

 セスルームニルでフレイアたちもこの戦いを見守っていた。

 

「なぜダークネスは止めをささないのだ?」

 

 黒い鎧の騎士が虚空に映し出されたミラクルとダークネスの姿を見つめながら感情のこもらない声でいった。

 

「それは不可能なのです」

「フレイア様、それはどういう意味でしょうか?」

 

「プリキュアとは何者にもひるまぬ勇気と人を思いやる心ある乙女だけがなれるものです。ですから相手を思っている者を倒すことなどできはしないのです」

 

「それではダークネスには決してミラクルを倒すことはできない」

 

 フレイアが無言で頷くとダークナイトがフレイアの前に出てきて跪いて低頭した。

 

「ならばこのわたしが始末をつけましょう。フレイア様、よろしいですかな?」

「お任せします」

 

 フレイアの顔からいつもの笑顔がなくなっていた。

 

 

 

 ダークネスはついに振り上げた拳を下ろし苦渋のあまり目を固く閉じて項垂れた。

 

「できない……ただひたすらにわたしのことを思ってくれる人を倒すことなんて……」

 

 ダークネスの赤い瞳に涙が滲んだ輝きが下から見上げるミラクルの瞳に映る。

 

「もっと恨んでほしかった、もっと憎んでほしかった。でもあなたは、どんな目にあってもわたしのことを心配して悲しい目で見つめてくる」

 

 ミラクルは立ち上がるとダークネスと体を重ねて優しく抱き寄せた。

 

「わたしたち、きっと分かりあえるよ」

「ミラクル……」

 

 長い時を経てようやく分かりあえた少女たちを邪魔するように闇の気配が濃くなってゆく。

 

「そうかい、それがお前たちの出した答えか。ならば処刑を開始する!」

 

 邪悪な男の声が最果て島を席巻する。プリキュアたちの戦いを見て楽しんでいたロキが、すさまじい形相になっていた。その表情が唐突にぎょっとした驚きに満ちる。

 

「てめえら、いつの間に!?」

 

 マジカルとウィッチがすでにリズとエリーを捕らえる魔法陣の真下まで走りこんできていたのだ。二人は同時にジャンプして闇色の魔法陣に接近する。

 

「させるかよ!」

 

 リズとエリーの頭上に開いた暗黒の空間から黒い雷が走りマジカルとウィッチを撃つ。強烈な衝撃を受けたマジカルとウィッチが声を上げながら墜落していく。

 

「そこで見ているがいい! お前らの仲間が消えていく様をなぁ!」

 

「お願いやめてーっ!!」

 

 天に祈るようなミラクルの叫びが奇跡を呼び起こす。黒い魔法陣に磔にされているリズとエリーの間に突然まばゆい光が生まれてロキを驚愕させた。

 

「な、なんだ、この光はっ!!?」

 

 見るものをやさしい気持ちにさせる緑の輝きがさらに強くなっていく。プリキュアたちはその光の元となっているリンクルストーンを認めるとミラクルとマジカルの驚く声が重なった。

 

『エメラルド!?』

 

 聖なる光によって空中に映し出されているロキの幻影は消えかけていた。

 

「またてめえか、マザーラパーパの分身! なめるんじゃねぇっ!! この程度の干渉では俺様の魔法は止められん!!」

 

 天井にぽっかり空いた暗黒空間から闇そのもので作り上げた鎖が幾本も出て天上から地上に走り、リズとエリーを黒い鎖の牢獄に閉じ込めた。鎖に囲まれた円柱状の空間が少し狭くなってエメラルドの輝きが小さくなる。エメラルドがロキの魔法に抵抗してリズとエリーを守っている。ミラクルとマジカルにはそこにキュアフェリーチェがいて必死に戦ってくれているように見えた。

 

「エメラルドの光が消えた時がこの女どもの最後だ!」

 

 ロキの勝ち誇った笑い声が響いて広がっていく。消えかけていたロキの幻影は今やはっきりと映し出されている。

 

 ミラクル以外のプリキュアたちがジャンプして闇の鎖に攻撃を加え始める。ミラクルはダメージが大きすぎて動くことができずに、それを見ているしかなかった。プリキュアたちがどんなに攻撃を加えても闇の鎖はびくともせず、それどころかさらに空間を狭めてリズたちに接近した。彼女らは諦めずに攻撃し続けた。

 

「こんな時になにもできないなんて……」

 

 ミラクルの目に涙が浮かぶと不意にリンクルストーンが目の前に現れて華やかに光る。

 

「どうしてピンクトルマリンが……」

 

 刹那的にミラクルはフェリーチェからのメッセージを理解した。

 

「ピンクトルマリンは生命の花から生まれたリンクルストーン! わかったよフェリーチェ!」

 

 ミラクルは虚空に現れしリンクルステッキを右手に持ち、

 

「リンクルステッキ! リンクル・ピンクトルマリン!」

 

 花の形をしたピンクの輝石を宿したステッキを高くかかげた。

 

 ステッキの先端のハートのクリスタルから華やかな光が広がり、エメラルドがそれに共鳴する。そして二つのリンクルストーンの相乗効果で互いの光が強く大きくなっていった。

 

「なっ、なあにいぃーーーっ!!? こんなバカなぁーーーっ!!?」

 

 聖なる光によって闇の鎖は次々とちぎれ、リズとエリーを捕えていた漆黒の魔法陣も粉々に砕けて消え去る。そして最後にロキの幻影が光に浄化されて完全に消滅した。

 

 マジカルがリズをダークネスがエリーを空中で抱きとめて静かに着地する。そして暗黒の雲が瞬時に消えて晴れ渡った。



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第21話 闇から生まれし新たな光! 魔法と慈愛のリンクルストーン!
襲来、ダークナイト!


 マジカルとダークネスが気を失っている二人の女性をそっと地面に寝かせて立ち上がる。

 

「ダークネスよかったね!」

「何がいいというの……」

 

 笑顔で語りかけるウィッチにダークネスは顔をそむけていった。冷たくされてウィッチはしょんぼりしてしまう。ウィッチはダークネスとミラクルがようやく分かりあえて嬉しかったけれど、そんな簡単に終わる話ではなかった。

 

 空気が何となく重い。物陰に隠れていたモフルンとリリンがプリキュアたちの前に出てきて様子を窺うと、

 

「みんな仲良しになったモフ?」

「まだちょっと微妙な感じデビ」

 

 ダークネスは無言で誰も言葉が見つからない。いつもまっさきに口を開くウィッチまで黙ってていた。

 

「おーい! 君たち!」

 

 遠くから声が聞こえてきた。全員の目がそちらに向くと、魔法の絨毯に乗って校長先生が空から近づいてくるのが見えた。

 

「校長先生モフ、お~い!」

「お~い、こっちデビ!」

 

 意気消沈しているプリキュアたちの代わりに、ぬいぐるみたちが元気に手を振った。やがて校長先生が絨毯を低空で止めて降りてくると彼にマジカルが近づいていく。

 

「校長先生がどうしてこんな所に?」

「わしも出来るだけのことはしたいと思ってのう。戦うことはできずとも、君たちの補助くらいならやれるぞ」

 

 今度はダークネスがマジカルの横に並んで校長に頭を下げる。

 

「とても助かります。早速で申し訳ないのですが、リズ先生とエリーさんを安全な場所まで連れていってもらえませんか」

 

「相分かった。それにしても君たち雰囲気が変わったな。ようやく分かりあうことができたのかな?」

 

 そんな校長の言葉から逃げるようにダークネスは視線を泳がせる。

 

「そう簡単ではないのは分かっている。君たちの場合は時間をかけなければ解決できなことも多かろう。焦らぬことだ」

 

「校長先生、ありがとうございます」

 

 マジカルはここに校長先生がきてくれて本当によかったと思う。みんなどうして良いかわからない状態だったのに、彼が緩衝材となって的確な言葉で導いてくれた。

 

 その時に風が止まって空気が沈み異様な静けさが訪れた。

 

「なにか来るデビ! とても恐ろしい奴デビ!」

 

 リリンが突然騒ぎ出して急激に異常な空気が広がる。

 

 地面に漆黒の円が広がり、円の中に黒い線で瞬時に魔法陣が描かれる。現れたのは六芒星でその中心には黒盾に斜になった黒い剣が重なる文様がある。魔法陣から黒い霧が吹きだしその中に何者かが現れた。

 

「フンッ!」

 

 黒い大剣の一振りで霧を吹き飛ばし現れしは黒き鎧の騎士。

 

「ダークナイト!?」

 

 いきなりフレイアの側近が現れたのを見てダークネスは恐れを抱いた。ダークナイトは全身を覆う鎧を黒光りさせながら大剣をダークネスとウィッチに突き付けた。

 

「キュアダークネス、キュアウィッチ、お前たちには失望した。フレイア様に対する忠義は本物だと思っていたが買い被りであったか」

 

「校長先生、早く逃げてください! リズ先生とエリーさんをどうかお願いします!」

 

 ダークネスが黒い騎士の前に立ちはだかるように出てきて叫ぶ。

 

「わかった。二人は任せてもらおう」

 

 マジカルとウィッチが二人の女性をそれぞれ抱き上げて絨毯の上に乗せると上昇を始める。校長先生は離れていくプリキュアたちと黒騎士の姿を下に見て渋面を浮かべた。

 

「あの黒い騎士は只者ではないな……」

 それが分かっても今の校長先生にどうにかできる相手ではなかった。

「どうかみな無事に戻ってきてくれよ」

 

 モフルンとリリンは近くの岩陰に隠れると頭だけだしてそれぞれのパートナーを心配そうに見つめる。するとダークナイトが剣を真上に振り上げた。

 

「ダークネス、ウィッチ、お前たちはもはやフレイア様にとって不要の存在だ。だが、まずは最もダメージを受けているお前から消えてもらおう!」

 

 ダークナイトが剣を振り下ろすと黒い斬撃が海面に出て獲物に向かっていくサメのヒレのように地面を裂きながら飛んでいく。その先にはミラクルがいた。

 

 爆発が起こってミラクルの姿が粉塵の中に消えてしまった。

 

「ミラクルっ!!?」

 

 マジカルの悲痛な叫びが起こり、ウィッチはどうしようもできなくて体が震えてしまう。やがて吹いてきた風に粉塵がさらわれていくと、赤や緑の遊色を含んだ黒い盾が現れ、それを掲げる黒い乙女にミラクルは守られていた。

 

「ダークネス!」

 

 ミラクルはダークネスが自分を守ってくれたことが嬉しくてつい笑顔になる。それとは真逆にダークネスはフレイアを裏切る自分の行為に苦悩が隠せなかった。

 

「ミラクルを守ったか。前言を撤回しよう。お前たちはフレイア様にとってもはや危険な存在だ。ここで消えてもらう」

 

「ミラクル、逃げなさい! 今のわたしたちにダークナイトと戦う力は残されてはいない!」

 

「逃げるなんて、そんなことできないよ!」

 

 ミラクルがダークネスの背中に強く言葉をぶつけると、相手を思いやる静かな音律の声が反ってくる。

 

「ミラクル聞いて、ダークナイトは闇のエレメントの騎士だから光のエレメントを持つミラクルとマジカルでなければ倒せないの。そしてロキも同じなのよ。わたしとウィッチでは決してあの男には勝てない。あなた達だけがこの世界を救える。だから二人は生き残らなければいけない」

 

「ダークネス……」

 

「最初から全部わかってた。自分がどうすることが正しいのかもわかっていたの。でも、お母さんのことを諦めきれなかった……」

 

 ダークネスの赤い瞳から一粒の涙が零れ落ちた。その一滴にはミラクルとマジカルに対する悔恨や母に対する無念の思いなど様々なものが込められていた。

 

「わたしとウィッチで時間を稼ぐ。その間に二人で逃げるのよ」

 

「いやだよ! わたしは絶対に逃げない! ダークネスと一緒に戦う!」

 

「このわからずや! マジカル、ミラクルを連れていって! あなたなら、わたしの言っていることがわかるでしょう!」

 

「わかるわ。あなたの判断が正しいということもね」

 

 マジカルがミラクルの隣にくると、ダークネスは感謝の意を頷きであらわす。

 

「けれどわたしもミラクルと同じ気持ちよ」

 

「なんですって!? あなたまでそんなことを……」

 

「この先にさらに強大な敵がいるのなら、友達を見捨てて逃げるような人に勝つことなんてできない! 4人の力を合わせてこの難局を乗り越える、それしか道はないわ!」

 

 ダークネスはマジカルのその言葉に胸を撃たれた。

 

「あなたの言う通りだわ。プリキュアが誰かを見捨てて逃げることなんてできるはずもないわね」

 

 ダークネスに呼応するようにウィッチも来て4人の魔法つかいプリキュアが集まった。

 

「4人で力を合わせれば怖いものなんてないよね!」

 

 ウィッチが言うとみんな頷いてから敵の黒騎士を見定める。

 

「来るか」ダークナイトが剣と盾を構えた。

 

「ここはミラクルとマジカルの魔法にかけるしかないわね。わたしとウィッチで時間を稼ぐからその間に準備を!」

 

 ダークネスとウィッチは爆発的な勢いで走り出してダークナイトに向かっていく。

 

「行くわよウィッチ!」

「うん! がんばっちゃうよ~っ!」

 

 ダークナイトが自分の体ほどもある巨大な盾を構えると、そこにダークネスとウィッチのダブルパンチが衝突し、黒曜の騎士を後ろに押し出す。

 

「無駄だ! 闇の魔力ではわたしは倒せない!」

 

 二人はダークナイトの盾で押し返されると即座に敵の左右に回って攻撃を仕掛けた。

 

「はあぁーっ!」

「とおーっ!」

 

 それに対してダークナイトは腕を上げただけで、片方ずつの腕だけではダークネスとウィッチの攻撃を半分も防げない。ダークナイトを挟み撃ちにした二人の連続攻撃は黒い鎧を小刻みに震えさせた。

 

「フンッ!」

 

 ダークナイトが攻撃を受けながら無造作に大剣を大振りする。黒い剣が走った後に残る残影が円に近い形に残り、ほとんど同時に斬撃を受けたダークネスとウィッチが左右に吹き飛んだ。

 

「キャッ!?」

「うああぁっ!?」

 

 二人同時に砂地に叩きつけられて、同時に二つの砂煙が高く上がった。すぐに立ち上がったダークネスが胸を押さえて表情を歪める。

 

「同じ闇のエレメントならダメージが半減するはずなのに、それにも関わらずこれだけの衝撃を受けるなんて……」

 

 この攻撃をミラクルとマジカルが受ければ一巻のおしまいである。何としても二人を守り切る必要があった。

 

 一方でダークネスの反対側に飛ばされたウィッチはまた立ち上がらないで蹲っている。

 

「ふううぅ……」

 

 ウィッチの苦しんでいる姿に気づいたダークネスは考えるよりも先に走り出していた。

 

「ウィッチはマジカルとの戦いで大きなダメージを受けているから、もう耐えられないんだわ!」

 

 ダークネスが跳躍して上からダークナイトに蹴り込むと、それは軽く片腕で止められた。しかし、ダークネスの狙いは攻撃することではない。彼女は黒騎士を踏み台にしてさらに跳躍し、いっきにウィッチの目の前まで降りてきた。

 

「ウィッチ、しっかりしなさい」

「大丈夫だよ。まだまだがんばれるっ!」

 

 ウィッチは元気に答えるが、ダークネスには近くにきて彼女が限界に近いことがはっきりと分かった。

 

 

 

 その頃、作戦が失敗して玉座の上で歯軋りしていたロキは予想外の展開を見て奇声をあげていた。

 

「おいおい、面白いことになってるじゃねぇか!」

 

 ロキは闇色のバックスクリーンに映し出される映像を見て口角を上げた。

 

「フレイアの奴め、あいつらを見捨てたのか。お互いにやりあってダメージを受けているプリキュアどもではダークナイトには勝てまい。こうなると俺様の策は失敗ではなかったといえるな」

 

 ことはに邪魔された口惜しさが一転して、ロキは楽しくてたまらない気持ちになった。

 

 

 

『リンクルステッキ!』

 

 ダークネスとウィッチが戦いを始めると、ミラクルとマジカルはリンクルステッキを呼び出して手にした。ステッキにセットされたダイヤが輝き、二人は一緒に高く跳躍すると、

 

『ダイヤ! 永遠の輝きよわたしたちの手に!』

 

 二人は手をつないで蝶のように華麗に舞い地上に降り立つ。彼女らの周囲から光のウェーブが波紋のように広がっていく。

 

 マジカルがリンクルステッキを斜め上に構えるとモフルンの左手がリボンの中央のダイヤに触れて、ミラクルがリンクルステッキを頭上にかざすとモフルンの右手がダイヤに触れる。そしてふわふわの両手に包まれたダイヤからまばゆい光が広がっていくと、ミラクルとマジカルはリンクルステッキからあふれる光で線を描いていく。

 

「フル、フル、リンクルーッ!」

「フル、フル、リンク…ル……」

 

 ミラクルの意識が遠のいて呪文の途中で崩れ落ちてしまう。倒れる前にマジカルがその体を受け止めた。

 

「モフーッ!? ミラクル、しっかりするモフーッ!」

「ミラクル、あなた……」

 

 モフルンが今までにない取り乱しようで意識を失いかけているミラクルを下から見上げていた。

 

 ――無理もないわ。ダークネスの攻撃を無防備な状態であれだけ受けたのだから。

 

 ミラクルが意識を取り戻してマジカルを見て微笑する。心配かけまいと無理をしているのが丸わかりで見ている方も辛くなる。

 

「ミラクル、無理はしないで」

「大丈夫、みんなで帰ろう魔法学校に」

 

「何をやっても無駄だ! 諦めるがいい!」

 

 ダークネスたちと戦っていた黒騎士がマジカルたちに向かって剣を振り下ろす。黒い衝撃波がが3人に向かってくると、ダークネスは弱っているウィッチの首根っこをつかんで一緒に跳躍っした。そしてダークナイトとマジカルたちの中間に降りるとウィッチを放して呪文を唱える。

 

「リンクル・ブラックオパール!」

 

 ダークネスの手のひらから広がった黒い障壁が衝撃波を打ち消して霧散させた。

 

「またその魔法か、こざかしい!」

 

 ダークナイトが刺突の構えで突撃し、ブラックオパールのバリアに黒い剣を突き立てた。固い音が響き渡って火花が散る。

「ぬおおおおおっ!!」

 

 ダークナイトの怒号のような声と共に凄まじい力が剣に込められて魔法のバリアに亀裂が入った。そしてバリアを突き破った剣の先端がダークネスの頬の間近を通り過ぎた。さらに腹の底から震えるような気合があって、ダークナイトは振り上げた剣をダークネスに袈裟懸けに振り下ろした。ダークネスはウィッチを背中に隠しながら身を低くして斬撃を避けると、素早く前に出て黒騎士の懐に入り、胴部の鎧に右手をあてる。

 

「リンクル・ジェダイト!」

 

 ダークネスのブレスレッドに深緑色の丸い宝石が宿り風の魔法が発動した。とてつもない風圧を腹部の一転集中で受けたダークナイトが重い鎧を引きずって両足で砂地に線を描きながら後退した。彼は止まった場所に剣を突き立て柄の上に両手を乗せた。

 

「ダークネスよ、魔法の完成にはまだ時間がかかりそうだぞ。はたして守り切れるかな?」

 

 ダークネスはミラクルがマジカルに支えられているのを見て下唇をかんだ。すべて自分自身がまねいたことだ。

 

 ――4人の中でわたしだけがほとんどダメージを受けていない。わたしが盾になってみんなを守る!

 

「ダークネス、わたしまだ戦えるよ!」

 

「ウィッチ、あんたはわたしの後ろで体力を温存しなさい。本当に危なくなったら一緒に戦って」

 

「うん、わかった……」

 

 ダークナイトが突き刺した剣を引き抜いて縦一文字に構える。

 

「はあぁっ!」

 

 虚空を斬った大剣から黒い斬撃が放たれ、ダークネスに迫った。



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誕生! 青きダイヤのプリキュア!

 ダークネスは腕でクロスガードして全身で斬撃を受け止めた。衝撃が彼女の全身を駆け抜け、黒いマントがウィッチの目の前で激しくはためき真っ赤な裏地が鮮明に映る。ダークネスは微動もせずに立ち続けていた。

 

「どこまで耐えられるかな?」

 

 ダークナイトの剣から黒い斬撃が次々と放たれて、それがすべてダークネスに叩きつけられる。

 

「このわたしの攻撃の前では同じエレメントによるダメージの半減など問題にはならん。むしろ苦痛が倍になって苦しみが増えるだけだ」

 

「くううぅっ…………」

 

 ダークネスは片目を閉じ、歯を食いしばって黒い斬撃をその身に受け続ける。それを目の当たりにしたミラクルは最後の力を振り絞って立ち上がった。

 

「大丈夫、まだいけるよ」

「わかったわ。これが最後のチャンスよ」

 

 マジカルにミラクルは頷き、そして足元で心配そうに自分を見つめているモフルンにいった。

 

「モフルンもお願いね」

「わかったモフ! 必ずみんなを助けるモフ!」

 

 モフルンがそういうとミラクルもマジカルも不思議と勇気と力がわいてくる。二人は寄りそい再びリンクルステッキを構えた。

 

 岩陰から戦いを見ているリリンは酷くやられているダークネスを見て黒騎士に怒りを燃やしていた。彼女は怒った顔で小さな岩の上に立った。首元の青いリボンの中心にあるブラックダイヤがリリンの気持ちを鼓舞するように輝いた。

 

 ダークネスはどんなに傷ついても、何度攻撃を受けても、その場を一歩も動かずに立ち続けていた。その姿は敵の黒騎士にまで感銘を与えた。

 

「ぐうぅ……まだ……まだっ!」

 

「見事な覚悟だ。お前がフレイア様と(たもと)を分かったことを残念に思うぞ。その覚悟に免じてこの一撃で楽にしてやろう」

 

 ダークナイトは大剣を空に突き立てるように高く上げた。日の光が黒い刃を怪しく輝かせる。

 

「リンクル・スターサファイア!」

 

 ダークネスの背後で声がしてウィッチが飛び上がる。そして空中で鋭角に曲がって一気にダークナイトに接近した。

 

「ウィッチ!? 無茶をしないで!」

 

 ダークナイトが剣を下におろし、上から来たウィッチの飛び蹴りを盾で防御する。

 

「だああぁーっ!!」

 

 ウィッチは盾の上から何度も踏みつけて、その衝撃でダークナイトの足元は砂に埋もれていく。

 

「こざかしい!」

 

 ダークナイトはあえて盾をどけて兜でウィッチの蹴りを受ける。そして驚いたウィッチの足をつかんで引き寄せ、剣の柄で少女の腹部を強打した。

 

「くはぁっ!!?」吹っ飛んできたウィッチがダークネスの近くに墜落して砂煙が上がる。

 

「ウィッチ!?」

「はあううぅ……」

 

 大ダメージを受けたウィッチが仰向けに倒れていると、彼女の視界を黒い影が横切っていく。

 

「え? 今のって?」

 

「いっちゃだめモフーッ!!」

 

「だめよリリン! 戻ってきなさい!」

 

 モフルンとダークネスのただならぬ声があってウィッチが起き上がると、黒い騎士にリリンが接近していた。

 

「うわあ、リリン危ないよ!」

 

「ダークネスとウィッチに酷いことばっかりして、もう許さないデビ!」

 

 リリンがダークナイトの兜の前面に張り付くと、ぬいぐるみの手で固い兜をポカポカと何度も叩いた。ダークネスもウィッチもすぐに助けにいきたかったが体が思うように動かない。

 

「なんだお前はうっとおしいぞ」

 

 ダークナイトがリリンを無造作につかんで引き離して空中に投げ捨てる。ダークネスとウィッチにはその一瞬が止まったように感じた。そして、リリンは黒い盾で叩き落とされた。

 

「ふぎゃ!!?」

 

 リリンはピンポン玉のスマッシュのように地面に強烈に叩きつけられ、大きくバウンドしてダークネスの足元に転がった。

 

「うああぁーーーぁっ!!?」

 

 ウィッチの悲鳴に撃たれてダークネスの体が震える。リリンの変わり果てた姿を前にして声が出なかった。何が起こったのか理解できずに呆然としてしまう。

 

 リリンはもう動かなかった。両方の目がバツの字になって黒い翼の片方はなくなり、右手と左足が千切れる寸前で引き裂かれた場所から白い綿が飛び出していた。形も半分つぶれて歪(いびつ)になっていてもはや見る影もない。黒いダイヤのリンクルストーンだけが元のままリリンの首元で輝いていた。

 

「うわああぁぁっ!! リリンがぁーっ!!」

 

 ウィッチは地を這うような格好でリリンに顔を近づけて号泣する。ダークネスは全身の力が抜けてリリンの目の前で両膝をついた。すると二人の胸にある黒いダイヤが消えて、二人とも変身が解けて元の魔法学校の制服姿に戻ってしまった。

 

 ラナがリリンを抱きながら小さな子供のように泣きじゃくる。

 

「うわあーん、さゆりぃ、リリンが死んじゃったよぅ……」

 

 死んだという言葉を聞いて小百合の瞳から(せき)を切ったように涙があふれ始める。小百合は震える手でラナからリリンを受け取って、自分の腕の中で変わり果てたリリンを見つめる。リリンの体に二人の涙が雨のように滴り落ちていった。

 

「死に急ぐとは愚かな。そう悲しむな、お前たちの命もすぐにそのぬいぐるみの元に送ってやる」

 

 ミラクルとマジカルは衝撃的な光景と敵の心ない言葉によって怒りと悲しみでいっぱいになった。だからこそぐっとこらえて魔法の構築に努めた。この機会を逃せばリリンの犠牲も無駄になってしまう。

 

 ずっと言葉をなくしていた小百合が声を紡ぎはじめる。

 

「……わたしのするべきことがやっとわかった。過去を取り戻すことじゃない。今ある大切なものを、家族を、友達を守ること! それが正しい道だったんだわ……何もかも手遅れになってから気づくなんて……わたしはバカだわ……」

 

 ラナがいっそう声を上げて泣いた。二人の涙の雫がリリンの黒いダイヤにいくつも滴り落ちてはじける。その時、ダイヤが光を放った。今までに見たことがない青白い輝きが涙にくれる少女たちを包み込む。

 

「この輝きは!? これは闇の魔力ではない!」

 

 ダークナイトの兜の奥から発せられた驚愕の中には、野生の動物が本能で天敵を見分けるような恐れが含まれていた。

 

 光の中でリリンの姿が変わっていく。その光は小百合とラナに悲しい気持ちを忘れさせるほどに懐かしい温かさに満ちていた。やがて光がダイヤに吸い込まれるように引いていくと、元の姿に戻ったリリンが小百合の腕の中で閉じていた目を開けた。

 

「リリンが元にもどったぁ!」

「信じられない……」

 

 リリンが小百合の腕から離れて空中で手足を伸ばして元気になった姿を見せてくれた。

 

「二人の思いがダイヤに通じたデビ」

「リリン、そのダイヤは?」

 

 リボンの中にあった黒いダイヤが青いダイヤに入れ替わっていた。

 

「ブレスレッドのダイヤも青くなってる~」

 

 ラナが左手を見つめて言うと、小百合も右手のブレスレッドを確認する。

 

「本当だわ、どうなってるの?」

 

「今はとにかく変身するデビ!」

 

 二人一緒に頷くと小百合とラナは右手と左手を合わせて強く握る。その瞬間、赤い三日月に黒い魔女のとんがり帽子が重なるエンブレムが現れ、小百合は白い輝きのローブに包まれ、ラナははレモン色の輝きのローブをまとう。そして、つないだ手を後ろに二人で同時にブレスレットが輝く手を高く上げて魔法の呪文を唱えた。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 二人のブレスレッドのダイヤから青白い光が氾濫して、それが全てリリンの青いダイヤに吸い込まれて輝きを放った。

 

『ダイヤ!』

 

 リリンが飛んできて小百合とラナと手を繋げば聖なる天使の輪の形になる。

 

『セイント・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 輪になった3人で回転するとリリンのその身に青白いハートが現れて点滅し、そして青いダイヤから放たれた閃光が新たな世界を照らし出す。

 

 無限に広がる宇宙の闇に聖なる白い三日月が輝き、星の形をした無数の光が落ちてくる。その光と闇が共演する世界で少女たちの姿が変わっていった。

 

 小百合の黒髪はさらに長くなり、前髪の一部が三日月型に伸びる。服は襟に沿って薄水色のファーの付いたオフショルダーの白いドレスで二の腕にリング状の袖が付いている。背中に青いマントが広がり、右の足元から左足の太腿部へと切り上がるシャープラインのスカートは外側から青、ライトブルー、淡い水色で三重フリルになっている。

 

 胴回りには青銀の三日月のオブジェが付いた銀のリング、足には左右に白い翼が付いた青のブーツ、黒髪に赤い三日月のヘアピン、それとは逆側の側頭部に小さな銀色の王冠が乗った。開いた瞳は深紅、右胸に百合の花のような形の青いリボン、続いてその中央に青白い宝石が現れる。

 

 ラナのレモンブロンドのポニーテールは長く大きくなり、合わせて耳から頬にかかる横髪も伸びて先端がカールになった。白いフリルの付いたパフスリーブの黄色いドレスが身を包み、白いフリル付きのの黄色のミニスカート、背中にはオレンジ色の大きなリボンが現れる。足を揃えてかかとを打てば上部に白いリボンが付いた黄色いブーツ、ポニーテールに白のリボン、頭の上には鍔本に黄色いストライプが入った赤い星付きのミドルサイズの黒いとんがり帽子、そして胸に大きなオレンジのリボンとその中央には青白く輝く宝石、最後に二人で手を重ねれば、小百合の手には白い手袋が、ラナの手には白いフリルの付いた黄色のフィンガーレスのロンググローブが現れる。

 

 二人の背後で白い三日月が輝きを放ち、聖なる光の中に姿を消した二人は、新たなプリキュアへと姿を変えて白く輝く月と星の六芒星の上に召喚された。魔法陣の左側にいた小百合は右に、魔法陣の右側にいたラナは左に向かって同時に飛んでクロスを描く。変身した小百合は右、ラナは左に着地して二人は寄りそうように並んだ。

 

 小百合はたおやかに下から右の手で顔をなでるようにして腕を上げ、聖なる光で線を描いてしなやかに右手を横に振る。

 

「光さす慈愛の聖女、キュアプリーステス!」

 

 ラナが開いた左手を頭の上にかざすと、星の形をした白い光の雫が零れ落ちる。そして右手を前にウィンクして、

 

「メラメラの黄昏の魔法! キュアルーン!」

 

 プリーステスとルーンが後ろで左手と右手を繋ぎ、体を重ねてもう一方の手も合わせて目を閉じれば純真なる少女の息吹があふれる。二人は離れると後ろの手を放し、その手を前にかざして新たなプリキュアの産声をあげた。

 

『魔法つかい、プリキュア!』



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二つのダイヤの魔法

 二人の姿を見たダークナイトが狼狽のあまり数歩後ろに下がっていた。

 

「バカな!? 光のプリキュアになっただと!? そんなリンクルストーンは宵の魔法つかいには存在しないはずだ!」

 

「青いダイヤの光のプリキュアモフ!」

 

 モフルンの声が希望そのものとなってミラクルとマジカルの胸に届いた。そしてプリーステスとルーンがジャンプして二人の横に並んだ。4人のプリキュアに向かってダークナイトが盾を前に構えて叫ぶ。

 

「姿が変わったとてダメージが回復するわけではない! むしろ光のプリキュアになったことで、このわたしの攻撃に対する耐性がなくなった! 一撃で片が付く!」

 

「先手必勝よ!」

 

 マジカルの凛とした声が砂漠を渡ってダークナイトの耳を撃つ。すでに二人の魔法は完成していた。ダークナイトが刺突の構えをとる。

 

「立っているのがやっとの状態の貴様らに、このわたしを倒すことなど叶わぬ!」

 

 ダークナイトが黒い闇の魔力をまとって激走する。

 

『フル、フル、リンクル!』

 

 二人がリンクルステッキで描いた光の線が具現化してリンクルストーンダイヤと同じ形の光の障壁となった。突っ込んできたダークナイトがそこに漆黒の剣を突き立てる。

 

「ぬおおおっ!」

 

 光と闇がぶつかり合って覇を競う。その時に光の障壁に白い魔法陣が現れて大きく広がった。

 

『プリキュア!』

 

 ミラクルとマジカルはリンクルステッキで天を突き、後ろ手につなぐ手に力を込めて、残された魔力の全てを魔法に込める。しかし魔法陣の前にダイヤが召喚される瞬間に、ダークナイトは自分と魔法陣の間に大盾を差し込んで隔たりをつくる。魔法陣から召喚されたダイヤは盾に衝突してダークナイトの封印を阻まれてしまった。それでもミラクルとマジカルはつないでいた手を開放し、その手を前にかざしてダイヤを叩きだした。

 

『ダイヤモンドーッ! エターナルッ!』

 

 凄まじい勢いで発射された巨大なダイヤがダークナイトを押し出す。

 

「無駄だ! この程度の魔法など!」

 

 ダークナイトが凄まじい力で押し返してダイヤの勢いが急激に減速されてついに止まってしまう。

 

「まだよ!」

「わたしたちの番だね!」

 

 二人が跳躍して空中でプリーステスの左手とルーンの右手が繋がる。

 

『ダイヤ! 聖心なる輝きよ、わたしたちの手に!』

 

 プリーステスとルーンが舞い降りた場所から焔のように立った青銀色の光が円状に燃え広がっていく。プリーステスが右手を上げるとブレスレットのブルーダイヤが輝き、ルーンが左手を上げれば同じくダイヤが青く輝く。飛んできたリリンが空中でクルリと回って二人のプリキュアの間に降りてくる。

 

『プリキュア!』

 

 プリーステスとルーンがブルーダイヤの輝く手を前にかざせば、目前に三日月月と星を抱いた青銀色の六芒星が現れ、同時にリリンの胸のブルーダイヤから鮮烈な光が放たれた。リリンがプリキュア達と同じように右手を前に出すと、六芒星の前に巨大な青いダイヤが召喚される。そして繋がる二人の手に力が込められて、より強く結ばれた。

 

『ダイヤモンドッ! ファイアストリーム!!』

 

 ダイヤから青白く燃え上がるような聖なる光が噴き出し、大きな光のうねりとなってダークナイトが止めているダイヤの後方に撃ち込まれた。

 

「むおおぉ!」

 

 ダイヤが光の波動に押されて圧力が加わり、同時に聖なる光がダイヤに力を与えていく。ダークナイトは徐々に押され、ダイヤが強く輝いたその瞬間に輝石の檻に閉じ込められた。

 

「これはまずい!」

 

 ダイヤの中に封印されたダークナイトが大剣を突き立てて内側からダイヤを貫き通す。瞬間にダイヤ全体に亀裂が入って爆発が起こった。直視できないような白光がドーム状に広がり、その中心にいたダークナイトの姿が見えなくなる。衝撃波が広がりたちまち砂嵐が巻き起こり、モフルンとリリンは飛ばされそうになってマジカルとプリーステスのマントにつかまって宙を泳いだ。

 

 光の爆発が収まっていくと全身から煙をあげるダークナイトが姿を現す。漆黒の鎧や盾には亀裂が入っていた。

 

「何ということだ、闇の鎧を破壊されるとは……」

 

 ダークナイトが地面に大剣を突き刺すと、そこから黒い魔法陣が広がり彼は姿をけした。そしてダークナイトとの激戦の跡が修復されていった。

 

 プリキュアたちは全員がその場に座り込んだ。そして魔力を使い果たしたために全員の変身が解けていく。

 

「やったぁ、みんなの力を合わせてやっつけたよ! でもすっごいつかれたぁ……」

 

 ラナが仰向けに寝て動かなくなる。みらいは倒れ込んで隣のリコに寄りかかった。

 

「みらいが大変モフ!」

「みらい、しっかりして!」

「これで……みんなで帰れるね……」

 

 みらいは意識を失ってしまった。その姿を小百合が悔恨に耐えないという面持ちで見つめていた。

 

「このままではまずいわ。早くどこかで休ませないと」

 

「もうみんな精も魂も尽き果ててる。最果て島から魔法学校に帰ることなんてとてもできないわ。どうしたらいいの……」

 

 リコが悲嘆にくれるとみらいの懐で何かが輝きを放ち、それが小さくなって消えていくと代わりにリコの目の前に紫色の輝石を抱くリンクルストーンが現れた。それがふわりと舞い上がっていく。

 

「アメジストのリンクルストーンが……」

 

 リンクルストーンアメジストはリコたちの姿を見下ろす高さで紫の閃光を放ち、そして少女たちの前に大きな扉が現れる。アーチ形の扉は温かみがあって木製に見える。扉の中央より少し上には伝説の魔法つかいを象徴するハートの五芒星が刻まれて、さらにその上の頂点にちかいところにある小さな五芒星の真ん中でアメジストが輝いていた。

 

「な、なんなのこのメルヘンチックな扉は?」

 小百合がそう言っているすぐ横でリコが目に涙を浮かべていた。

「はーちゃん、ありがとう」

 

 リコのその様子から、この扉が自分たちにとって大切なものだということが小百合には分かった。リコは気力を取り戻して元気な声で言った。

 

「この魔法の扉で魔法学校に帰れるわ!」

「この扉の向こうに魔法学校があるとでもいうの?」

 

「そういうこと! ただみんなの力が少しだけ必要なの」

「わかったわ。ラナ、起きなさい! 魔法学校に帰れるって!」

 

 熟睡しかけていたラナが小百合の声でぱちくりと目を開けて起き上がる。

 

「え、ほんとうに!?」そして魔法の扉が目に入って、「うわあ、なあにこれ!? でっかいドアだぁ」

 

「みらいはわたしが連れていくわね。こうなったのは全部わたしの責任だからね」

 

 小百合はリコの手を借りて、みらいをおんぶして立ち上がった。そして全員で魔法の扉の前に並んだ。リコが扉に手を置いていう。

 

「行きたいところをみんなでイメージするのよ」

 

 小百合とラナもリコと同じように扉に手をそえてイメージした。

 

「魔法学校モフ……」

 

「魔法学校! 魔法学校! 魔法がっこう~っ!」

 

「魔法の扉よ、この大悪魔リリンを魔法学校に連れていくデビ! いうこときかないと燃やしてしまうデビ!」

 

 二名ほど必要以上にしゃべる人がいて、リコと小百合はちょっとだけ気が散った。

 

 やがてみんなの願いが通じると魔法の扉が内側に向かって開いていく。少女たちが扉から一歩踏み出せば、そこは魔法学校の校門の真下であった。

 

「ほんとうに着いたわ……」

「やったぁ! バンザーイ!」

 

 両手を上げているラナの横で、小百合は懐かしの学び舎を見て心の底から安堵した。少女たちの後ろにある魔法の扉が閉まり、そして消えていく。あとに残ったアメジストがリコの手の中に落ちてきた。

 

 この時、リコたちの部屋で留守番していたチクルンが暇つぶしに窓から外を眺めていた。そうしているといきなり校門の下にリコたちが現れるので彼は驚いて窓から飛び出していった。

 

「おい、お前ら、何がどうなってんだよ!」

「あ~、チクルン、久しぶりだね~」

 

 ラナがまるで近所の友達にあったように軽く挨拶してきて、チクルンは余計に混乱してしまった。

 

「チクルンお願い! すぐに先生を呼んできて!」

 

 リコの切羽詰まった様子でチクルンは緊急事態を悟った。

 

「待ってろ、すぐに呼んでくるぜ!」

 チクルンはぴゅっと飛んで校舎の方に戻っていった。

 

 

 

 「どうなっているのですかこれは? みらいさんの疲労は普通ではありませんよ。これでは動けなくなるのは当たり前です」

 

 保健室に運ばれたみらいはベッドに寝かされていた。その傍らで、みらいの具合を見た教頭先生が眉を吊り上げて攻めるような目でリコと小百合とラナを見つめていた。チクルンとぬいぐるみ二人は少し離れたところで心配そうに見守っている。

 

「全部わたしが悪いんです」

 

 小百合が言うと教頭先生がため息をついた。

 

「あなたたちはずっと学校を休んでいましたね。急に現れたかと思えばこんな問題を持ち込んで……。それにいくら校長先生がお許しになっても、これ以上学校を休むのなら退学も考えなければなりませんよ」

 

 それを聞いた小百合が教頭先生の目が希望の光そのものであるかのように見つめる。教頭先生は怒った顔から一変して、子供を見守る母親のようにやさし気に言った。

 

「あなたたちのことは校長先生から色々とうかがっています。ですから多くは聞きません。ただ、今の話だけは肝に銘じておいてください」

 

 それから教頭先生はその場にいる全員の顔を見てから厳しい口調で言った。

 

「みらいさんは絶対安静です! いいですね!」

 

『はいっ!』と全員同時にきをつけして、全員同時の返事をした。

 

 教頭先生が出入り口の扉に向かって魔法の杖を振ると扉がひとりでに開いた。

 

「後のことは校長先生が帰ってきたらこちらで相談します。あなたたちも帰ってお休みなさい」

 

 そして出ていこうとする教頭先生の背中に向かって小百合は深く頭を下げた。

 

「教頭先生、ありがとうございます!」

「ございます!」とラナも慌てて小百合の隣にきて頭を下げる。

 

 教頭先生は二人に向き直って言った。

 

「小百合さん、ラナさん、一日も早く魔法学校に戻ってきて下さい」

 

 教頭先生の優しさに触れて小百合は目頭が熱くなった。

 

 教頭先生が出ていくと、緊張が解けて全員が強烈な疲労感にみまわれた。みらい程ではないにしろ、ほかの3人も立っているのが辛いくらいの状態であった。しかしリコは、みらいの近くに椅子を持ってきて座り、休む気配を見せなかった。

 

「リコ、あなたも休んだほうがいいわ」

「もう少しだけここにいるわ」

 

「そう……。わたしはすぐに出ていくわ、ここにいて良い人間じゃないからね」

「小百合……」

 

 リコが悲しそうに小百合のことを見つめる。するとリリンが足音をたてて小百合の足元に歩いてきた。

 

「小百合、お話ししたいことがあるデビ」

「どうしたの急に?」

「リリンは一度命をなくした時にお母さんに会ったデビ」

 

 小百合は声が出なくなった。リリンがお母さんと呼ぶ人は一人しかいない。小百合の母の百合江だ。リリンは凍り付いたように立ち尽くしている小百合を見上げて言った。

 

「このリンクルストーンはお母さんがくれたデビ」

 

 リリンは両手で包み込んでいたリンクルストーンを小百合に見せた。青い輝きのダイヤのリンクルストーンだった。

 

「お母さんは小百合に言いたいことがあったデビ。それを今伝えるデビ」

 

 リリンは黒い翼で飛んで小百合の目の高さまで浮かんでから言った。

 

「いままでありがとう」

 

 小百合の顔が悲しみに染まり黒い瞳から涙が溢れてくる。小百合は目の前のリリンを抱きしめてその場に座り込んだ。

 

「ああ……」

 

 小百合は声も上げず誰にも顔を見せずに泣き続けた。彼女の中でたくさんの悲しみが押し寄せ、一緒にたくさんの苦しみが洗い流されていった。

 

(あなた達に希望の光を託します)

 

 百合江は小百合の夢の中で確かに言った。青き輝きが希望に続く道を照らす。リンクルストーンブルーダイヤこそがその希望であった。

 

 

 

 セスルームニルの広間に続く薄明かりの通路を黒い鎧の騎士が体を引きずるようにして歩いていく。彼は時間をかけてフレイアの待つ玉座の前まで来ると、主の前で膝をつき頭を垂れて敗残の姿を晒しながら無念の思いを吐き出した。

 

「申し訳ありません、フレイア様に仇成す者を討つことができませんでした……」

 

 フレイアからは何の言葉も返ってこなかった。主の不興を買ったと思い込んだダークナイトはこの命をもって償う覚悟で女神の尊顔を仰ぐ。そして彼は女神の笑顔を見て息をのんだ。それはいつも浮かべている仮面の笑顔ではなかった。フレイアが闇の女神となったあの日以来見たことがない心の底から歓喜する微笑みだった。フレイアと共に永遠に近い時を生きている彼にはそれが分かった。

 

「あなた様はもしや……」

 

 フレイアは何も語らずに満ち足りた笑顔を浮かべていた。ダークナイトは再び顔を伏せ、バッティも彼の隣で膝をつく。二人の従者は闇の女神に最大の敬服を示した。

 



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第22話 新ペア誕生!? ごめんなさいで友情の輪!
引き裂かれる二人


「ちっつくしょーっ! ダークナイトの奴余計なことしやがって! 光のプリキュアが4人にふえちまったじゃねぇかっ!!」

 

 ロキは石の玉座を蹴り壊して粉々にした。小百合とラナまで光のプリキュアとなった事で最も大きなダメージを受けるのはロキだった。彼はこんなことが起こるとは夢にも思っていなかったので、その衝撃たる凄まじいものだった。

 

「くそっ! くそっ! くそーっ!!」

 

 ロキは玉座を原型がなくなるまで蹴り続けた。しばらくは半狂乱の状態が続いていた。それから少しばかり落ち着いて、何がどうなったのかもう一度整理することにした。

 

「闇のプリキュアが光に転換するってのがあり得ねぇ。どうしてこんな事が起こった……」

 

 そんなことをいくら考えてもわかるはずもなくロキは奇声をあげた。その時に彼はふと思いいたった。

 

「まさかフレイアはこれを狙っていたのか? 奴が闇の結晶を集めていたのはブラフだったんじゃねぇのか……?」

 

 考えれば考えるほどそうと思えてきた。なぜならロキを倒したいと一番思っているのはフレイアだからだ。

 

「間違いねぇ。あの女は宵の魔法つかいが闇から光に転換できることを知っていたのだ。だとしたら、俺様は奴に踊らされていたってことじゃねぇか! うがあああぁーっ!!」

 

 ロキはもはや石くれになっている玉座をさらに踏みつけて粉みじんにしてしまうのだった。

 

 

 

 暖かな光降る早朝のリンゴ畑で小鳥がさえずる。小さな家から飛び出してきた魔法学校の制服姿のラナが笑顔で走り、その後ろを蝙蝠の翼をもつ黒猫のぬいぐるみがついていく。

 

「エリーお姉ちゃ~ん!」

 

 ラナが手を振ると、ずっと先の方のリンゴの木の下で作業していたお姉さんが手を振り返した。

 

「おはよう、ラナちゃん」

 

 エリーは走ってきたラナににこやかに言った。

 

「お姉ちゃんだいじょうぶ? 体とか痛くなあい?」

「どうしてそんなこと聞くの?」

 

「いや~、なんていうか~、黒い魔法陣につかまった夢とか見てたりしないかな~って」

「心配してくれてるのね。大丈夫よ、なんともないわ」

 

 エリーはラナのよくわからない質問にもちゃんと受け答えしてくれる。彼女にはロキにさらわれた後に記憶はないようだった。

 

「これから小百合と一緒に魔法学校にいってくるね!」

「あら、学校に行くのね。よかったわね、ラナちゃん」

 

 ラナがにぱっと満面の笑顔になった。エリーは小百合とラナが学校に行けなかった理由は知らないし、それをあえて聞くこともなかった。その上で二人の面倒をよく見てくれた。小百合とラナにとって彼女は今やかけがえのない存在になっていた。

 

「本当によかった」

 

 エリーは家に向かって走っていくラナを見つめて言った。ラナの楽しい気持ちが走っていく体の躍動にもよく表れていた。

 

「さゆり~、学校に行こ~っ」

 

 意気揚々に言うラナとは真逆の姿で小百合はパジャマ姿でベッドに座って膝を抱え込んでいた。膝の間に顔をうずめて表情も見えない。

 

「あれれ? 学校いかないの~?」

「行きたくないわ……」

 

「え~っ!? なんでぇ~っ!?」

「なんでって……」

 

 顔を上げた小百合が胡乱(うろん)な目でラナを見つめる。

 

「じゃあ逆に聞くけど、ラナは何とも思わないの? 平気な顔して学校にいけるのね?」

「え、楽勝だよ。なんでそんなこときくの?」

 

「あーっ! ほんっとにあんたが羨ましいっ!」

「えぇ……どしたの、きゅうに?」

 

 小百合の様子がころころ変わるのでラナはびっくりしてしまった。

 

「わたしがリコとみらいにどれだけ酷いことをしたのか考えてみなさいよ」

「ひどいこと~? う~ん……」

 

 ラナは腕を組み首をひねって考え出した。そして、

 

「ミラクルをだましてどついて闇の結晶をとったり~、みらいをいじめて泣かせたり~、ルビーのプリキュアの時はい~っぱい蹴ったり殴ったりしてたね!」

 

「いちいち言わなくていいからね……」

 

 小百合はラナから打撃をもらってまた膝の間に顔を埋めてしまった。

 

「行きたければ一人で行って」

 

 飛び上がったリリンがさゆりを見下ろして顔を怒らせる。

 

「過去の自分の行いから逃げるなんて意気地なしデビ、ふがいないデビ」

 

「なんとでも言いなさいよ……」

 

「ここまで言っても小百合が怒らないなんて、これは重症デビ」

 

「早くいかないと遅刻しちゃうよ~」

「勉強する気なんてないくせに」

 

 小百合に冷たく返されるとラナはぷっと頬を膨らませて、それから小百合の隣に同じように膝をかかえて座った。

 

「行けばいいじゃない、学校……」

「小百合と一緒じゃなきゃやだっ!」

 

 それからしばらく無言が続いて、学校が始まる時間になってラナが珍しくため息をついた。

 

「みらいとリコに会って、ごめんなさいしたいな~」

 

 ラナが言ったとたんに小百合が立ち上がってベッドを降りた。そして壁にかかっている魔法学校の制服を手に取る。ラナがたちまち笑顔になった。

 

「学校いくの!?」

「ラナのいう通りだわ。わたしのしたことは許されることじゃないけれど、けじめはつけないとね」

 

「やった~、もう遅刻だけど~」

「……今日はみらいとリコに会って話ができればいいわ」

 

 少し遅い登校になってしまったが、二人は箒に乗って魔法学校を目指すのだった。

 

 

 

 魔法学校ではリコが空いている隣の席を時々気にしながら授業を受けていてた。

 

 みらいは寮の部屋のベッドで寝ていて、だいぶ回復してきたがまだ体がだるかった。暇だなと思って窓から外を見たりしていると、

 

「みらい、ちゃんと寝てなきゃだめモフ」

 

 モフルンが怖い顔で注意してくる。

 

「そんなに心配しなくても、もう大丈夫だよ」

「だめモフッ!」

「心配性だなぁ、モフルンは」

 

 みらいは素直に言うことを聞いてベッドに入って天井を眺めると思い出す。

 

「小百合とラナはどうしてるかな」

「さっき教室を見に行ったけどきてなかったぜ」

 

 リコのベッドの上であぐらをかいているチクルンが言った。みらいはそれを聞くと少し悲しい気持ちになった。

 

「二人が来たら、ちゃんとお話ししたいな」

 

 みらいはまだ疲れが残っているので急に眠くなって目を閉じた。

 

 

 

 魔法学校を見下ろす怪しき影があった。その男は背中に悪魔のごとき翼を開いて校舎を見下ろしていた。ロキであった。

 

「今思うと、フェンリルが何だかんだうるさく言ってきたことが身に染みるぜ……」

 

 ロキにとって事態は以前フェンリルが危惧していたよりもさらに深刻だった。小百合とラナがロキには決してかなわない闇のプリキュアから、ロキの天敵ともいえる光のプリキュアになってしまったのだ。

 

「まあ恐れるには値しねぇ。光エレメントのプリキュアとはいえ4人程度いつでも捻りつぶせる。だが、もう少し遊んでやろう」

 

 ロキの手のひらに二つの闇の結晶が現れる。彼はそれを上に放り投げてから、右手を上に左手を下に向けた。すると上空を通りかかっていた巨鳥ロックの動きはピタリと止まる。

 「クアァ……」巨鳥が苦しそうに呻き、ロキが右手を下げると引き寄せられていく。同時に左手は学校の庭に転がっていた蔦が絡まっている掃除用の箒を捕捉し、それを魔法の力で浮遊させる。

 

「大盤振る舞いだぜ!」

 

 ロキが軽快に指を鳴らすと、上空に竜の骸骨が刻まれた黒い魔法陣が現れて、その中心に巨鳥 と蔦の絡まった箒、最後に二つの闇の結晶が吸い込まれていく。

 

「いでよ! ヨクバァールッ!」

 

 黒い魔法陣から二つの黒い塊が出現する。二つの形を成した黒い塊が闇の表皮を吹き飛ばしてその姿を現す。一体は頭に竜の骸骨をかぶった暗褐色の巨鳥で竜の骸骨の口腔から長いくちばしが出ている姿が異様だった。もう一体は巨大な箒の柄の先端に竜の骸骨を付けた異様な姿をしている。太い蔦が柄に複雑に絡まっていて、外側に飛び出ている複数の蔦のうねりが蛸の足を連想させた。

 

『ヨクバアァールッ!』

 

「ヨクバール、全てを破壊しろ!」

 

『ギョイィーッ!』

 

 ロキの命令に従って2体のヨクバールが魔法学校の校舎に向かっていった。

 

 

 

 教室では授業中にいきなり大きな振動が起こって蜂の巣をつついたような騒ぎになった。リコは嫌な予感しかしなかった。

 

「みなさん落ち着いてください。順序良く教室を出て避難してください」

 

 アイザック先生の落ち着いた声が聞こえた。リコは騒ぎに乗じて一足先に教室を出ていく。同じ時にみらいも振動に起こされてパジャマ姿のままモフルンを抱いて外に出ていた。

 

「ヨクバァール!」

 

 巨鳥のヨクバールが長いくちばしで校舎を突き壊す。校舎内では壁や天井が崩れて生徒たちの悲鳴が上がる。このままでは危険な状態だ。

 

 リコはみらいが心配で寮に向かって走っていた。そして寮に続く渡り廊下でみらいと出会って二人で校舎を攻撃するヨクバールを目の当たりにした。

 

「ちょっとくらいは休ませてよ!」

 

 リコは忌々しそうにヨクバールに向かって叫ぶ。回復しきっていないみらいを心配する気持ちがヨクバールに対する怒りに変わっていた。

 

「リコ、わたしなら大丈夫だから」

「でも……」

「みんなを助けなきゃ!」

 

 他に選択肢はない。この事態を解決できるのはプリキュアしかいないのだ。リコはみらいを心配する気持ちを抱えながら頷いた。

 

 二人は手をつなぎ白き光のとんがり帽子の刻印が現れる。合わせた手を後ろに引くのと一緒にリコが紫の光のローブを、みらいが桃色の光のローブを身にまとう。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 二人で一緒に手を高く上げれば、二人の胸のペンダントからダイヤの聖なる光が放たれる。白き2条の閃光がモフルンのリボンに集まってリンクルストーンダイヤになる。

 

『ダイヤ!』

 

 モフルンと二人が手を取って輪になって、

『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 モフルンのお腹に銀色に輝くハートが現れると、ダイヤの白い輝きが満ちていく。次の瞬間には白い輝きの魔法陣が現れ、その上にミラクルとマジカルが召喚された。

 

「二人の奇跡、キュアミラクル!」

「二人の魔法、キュアマジカル!」

 

『魔法つかい、プリキュア!』

 

 ダイヤスタイルに変身したミラクルとマジカルがジャンプしてヨクバールに向かっていった。

 

 

 

「何としても生徒だけは守らねば!」

 

 校長先生が校舎を背にして箒ヨクバールと見上げていた。彼の後ろでは逃げ惑う生徒たちの声が聞こえる。

 

「ヨクバール!」

 

 先の尖った無数の蔦がしなって校舎に向かっていく。

 

「キュアップ・ラパパ! 光よ護りたまえ!」

 

 校長が魔法の杖を振って出現した白き光の壁に巨大な蔦が突き当たって跳ね返る。すぐに光の壁が突き破られ校長が倒れてしまった。そして蔦が次々と校舎の壁に突き刺さっていく。

 

「校長先生!」

 

 リズが駆け寄って校長を助け起こすと、彼は老人の姿になっていた。

 

「ぬう、不甲斐なし……」

「生徒達ならもう大丈夫です。校長先生もお早く!」

 

 校舎の壁が崩れ落ちて大きな破片がリズたちの頭上をおおった。

 

「たあーっ!」

 

 跳んできたマジカルが破片を蹴り飛ばしてリズと校長先生の前に着地する。

 

「お姉ちゃん、校長先生、早く逃げて!」

「ありがとう」

 

 リズは校長先生の体を支えてそこから離れていった。マジカルは一安心してヨクバールと対峙する。

 

「ヨクバールが2体もいるなんて、ミラクルが本調子じゃないっていうのに……」

 

 マジカルはもう一体のヨクバールとにらみ合うミラクルを心配そうに見つめた。

 

 

 

 突然学校に襲い掛かった2体のヨクバールを小百合たちも空から目撃していた。

 

「大変だわ!」

「うわ~、2匹もいるよ」

「昨日の今日じゃ、みらいはまだ寝込んでいるはずよ、すぐに助けにいかないと!」

 

 小百合とラナは校門の前に降りて箒を置くと即座に手をつないだ。そして赤い三日月にそえられた黒いとんがり帽子の刻印が現れる。つないだ手を後ろ手に小百合が白い光のローブ、ラナがレモン色に輝くローブに身を包む。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 二人が高く上げた手にあるブレスレッドの青いダイヤから一条の光が打ち上げられる。二つの光の流れがリリンの青いリボンに集まってリンクルストーンブルーダイヤが現れる。

 

『ダイヤ!』

 

 リリンを加えて3人で手をつないで、

『セイント・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 リリンのお腹に青銀のハートが現れると、ブルーダイヤの聖なる光がすべてを照らす。そして青白い魔法陣が現れて白と黄色の二人のプリキュアが召喚された。

 

「光さす慈愛の聖女、キュアプリーステス!」

「メラメラの黄昏の魔法! キュアルーン!」

 

『魔法つかい、プリキュア!』

 

「二人とも急ぐデビ!」

 

 リリンが先に飛んで、二人はそれを追う形で魔法学校に向かっていく。

 

 ミラクルは思うように力が出せずに苦戦していた。ダメージが残っている上にマジカルなしでヨクバールと戦うのは厳しかった。

 

「ヨクバァァールッ!」

 

 甲高い獣のような声といっしょに強靭なくちばしでミラクルを狙って素早く突いてくる。ミラクルはそれを避けながら徐々に後退していく。そして、ヨクバールが鳥の翼を丸めて拳のようにして殴ってくる。ミラクルはそれに対抗して拳を突き出した。

 

「やあーっ!」

 拳が激突してミラクルが力負けして飛ばされてしまう。

「ああぁっ!?」

 

 ミラクルが倒れると巨鳥のヨクバールが周囲に爆風を散らして低空を飛び、ミラクルに巨大な鳥の足が迫る。

 

「!?」ミラクルは一瞬何が起こったのかわからなかった。

「モフッ!? ミラクルーッ!」

 

 気づけば鳥の足につかまって目下の魔法学校の姿がどんどん小さくなっていた。そしてモフルンがすぐ目の前で鳥の爪の先に捕まってぶら下がっていた。

 

「モフルン!?」

 

 ミラクルがモフルンの手をつかんで抱き寄せる。

 

「ミラクル!」

 

 マジカルがヨクバールに捕まったミラクルを助けにいこうとして駆け出すと、後ろからのびてきた蔦が胴にぐるりと巻き付いてくる。

 

「あっ、しまった!」

 

 そして箒ヨクバールがマジカルを捕まえたまま勢いよく飛び出して飛翔した。

 

「わたしとミラクルを分断するつもりなの!? まずいわ! この、放しなさい!」

 

 マジカルは蔦が引き千切ろうとすると、さらに別の蔦が来て体をぐるぐる巻きにされて動けなくなってしまった。

 

 ミラクルとマジカルわ別れ別れにされたこの時にプリーステスとルーンが駆け付ける。

 

「二人を分断するなんて、相変わらず汚い真似をするわね」

「どうしよう、プリーステスぅ……」

 

 プリーステスは考えながら口にした。

 

「ここは別れて助けに行きましょう。ルーンはミラクルと相性がいいと思うから、ミラクルの方に」

 

「わたしあっちいくね~」

 

 ルーンのその声は妙に遠かった。

 

「えっ!?」とプリーステスが見上げれば、ルーンはマジカルが連れ去られた方向に箒でぶっ飛んでいく。

 

「ちょっとあんたーっ! 勝手に行くんじゃないわよ!」

 

 プリーステスが怒って大声を出した時には、もうルーンの姿はほとんど見えなくなっていた。

 

「……仕方ないわね。今は一刻を争う時だし、こっちはミラクルを助けに行きましょう」

 

 プリーステスは箒に乗って少し考えて思いとどまった。

 

「わたしの場合こっちの方が早いわね。リンクル・スターサファイア!」

 

 プリーステスの右手の腕輪のブルーダイヤがスターサファイアに変わる。彼女は飛翔してミラクルを追いかけた。

 



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交わる二つのダイヤ! ハートシェイプ・スマッシュ!

 ロキはずっと高い場所で二手に分かれていくプリキュアたちを見下ろしていた。

 

「昨日まで敵だった奴らが組んだところでまともに戦えはしまい。どうなるか見ものだぜ」

 

 

 

 巨鳥のヨクバールはミラクルを枯れ果てた無人の地に放した。ミラクルが赤茶けた大地に着地すると休む間もなくヨクバールが攻撃してくる。

 

「ヨクッバァール!」

 

 急降下してきたヨクバールが木杭のように尖ったくちばしで突っ込んでくる。それをミラクルがジャンプしてかわすと、彼女がいた場所に巨大なくちばしが突き刺さって朽ちた樹木の破片が大量にはじけ飛んだ。

 

 魔法界の島々は海からせりあがった巨大な樹木なので、ここは文字通り枯れた樹木の大地なのだ。着地したミラクルの足に朽ちた樹の妙なやわさが伝わってくる。ミラクルはここで抱いていたモフルンを下におろした。モフルンは隠れる場所がなかったので、足音をならしながら走ってミラクルから離れていった。

 

「モフゥ、ミラクル……」

 

 モフルンが心配そうにミラクルを見つめていた。

 

 ヨクバールが巨大な翼を開いてはばたくと、強風と一緒に無数の鳥の羽が吹雪く。ミラクルがそれをバク転してよけると、羽が大地に刃物のように突き刺さる。ヨクバールは次々と強風に羽を乗せて放った。

 

「ヨクバァル!」

 

 鳥の頭になっている竜骸のアイホールの赤く燃えるような目が光を増して光線を放つ。ミラクルは羽吹雪に邪魔されて、それをまともに受けてしまう。

 

「キャアッ!?」

 

 ビームの衝撃で勢いよく跳ばされて背中から落ちたミラクルに、

 

「ヨクゥーッ!」怪鳥がいなないて巨大な鳥脚の鋭い爪がミラクルに上から襲いかかる。

 

「はっ!」ミラクルは後ろに手をついて地面を蹴りバックフリップで何とか回避、しかし抜けきっていないダメージが足に来てふらついてしまった。

 

「ヨクバアル!」

 

 鳥の翼を丸めた拳が迫る。ミラクルはもう避けられないと思った。

 

「ミラクル、危ないモフ!」

 

 モフルンの声が飛び、そして拳がミラクルの視界を覆って激突するかという瞬間に、ヨクバールの側面に白いものが飛び込んできた。

 

「てやぁーっ!!」

 

 ヨクバールは砲撃のような勢いで突っ込んできた白いプリキュアに頭を蹴っ飛ばされた。

 

「ヨグゥーッ!?」

 

 吹っ飛んだヨクバールが地面に落ちるのと同時に白いプリキュアがミラクルの前に降りる。

 

「ああっ、プリーステスモフ!」

 

 天から舞い降りし白いプリキュアを見てモフルンの心に希望に満ちる。

 

「ミラクル、無事ね」

「プリーステス! 助けに来てくれたんだね!」

 

「あなたとマジカルにどうしても言いたいことがあってね。まあ、それは後にして、あいつを倒しましょうサクッとね」

 

 プリーステスがウィンクすると、ミラクルは心の底から嬉しくて光輝くような笑顔になる。歓喜のあまり体の辛さなど忘れていた。

 

「うれしい。ずっと夢見てた光景だよ」

「夢なんかじゃないわ。でも、向こうのペアは悪夢になってるかもね……」

「え……それってどういう意味?」

 

「ヨクバァールッ!」

 

 二人の会話の隙をついてヨクバールがくちばしを突いてくる。二人はピッタリ並んで後ろに跳んでプリーステスが空中でミラクルに言った。

 

「マジカルが心配ということよ」

「マジカルにはルーンが付いてるんじゃ?」

「だから心配なのよね!」

 

 二人は同時に着地して同時にジャンプしてヨクバールに飛び込んでいく。ヨクバールは地面に深く突き刺したくちばしが抜けずに苦労していた。

 

『はああぁっ!』

 

 ヨクバールの顔面に二人のダブルパンチが炸裂、衝撃で竜の骸骨が変形し、地面からくちばしがすっぽ抜けて吹っ飛ぶ。

 

「ヨクゥーッ!?」

 

 ミラクルとプリーステスは示しを合わせたように同時に走り、墜落して翼をばたばたしてるヨクバールに接近する。起き上がったヨクバールが目の前で二人の姿を捉え、頭を上げてくちばしを振り上げてから、叫び声と一緒に勢いをつけて突き出した。二人は同時にヨクバールの懐に入り、裏側からくちばしを捉えた。ミラクルは右手で、プリーステスは左手でくちばしの先の方をつかみ、もう一方の手でくちばしの裏側に掌底を当てて二人で投げ飛ばした。

 

『はぁっ!』

 

「ヨクウゥーーーッ!?」

 

 ヨクバールはくちばしを突いた勢いを利用されて速球のごとく飛んで叩き落されて地面に頭が埋まってしまった。

 

「二人ともすごいモフーッ!」

 

 モフルンの声が聞こえると、ミラクルとプリーステスは微笑の顔を合わせた。そしてミラクルが学校の休み時間に他愛のない話をするような調子で言った。

 

「前にペリドットとオレンジサファイアで新しい魔法ができたでしょ。あれってプリーステスが何かしたの?」

 

「ええ、宵の魔法つかいには魔法を合成する能力があるのよ」

「他のリンクルストーンでもできないかな?」

「面白そうね、やってみましょうか」

 

 戦っている最中だというのに二人の会話はなにやら楽し気なものになっていた。

 

「じゃあ~、アクアマリンにする!」

「なら、わたしはこれでいくわ」

 

 ミラクルは目の前に現れたリンクルステッキを手にしてリンクルストーンを呼び出す。

 

「リンクル・アクアマリン!」

「リンクル・ジェダイト!」

 

 ミラクルのステッキに穢れなき海色の宝石が輝き、プリーステスの腕輪には草原で風に吹かれる青草のように鮮烈な緑の宝石が光る。二人はステッキとブレスレッドをまっすぐ前にかざして魔法を発動した。そして二人の前に青緑に輝く魔法陣が現れて、二つの魔法が一つの力となった。

 

『プリキュア! アイシクルインパクト!』

 

 強烈な冷気を含んだ烈風が地面から頭を抜いて立ち上がったヨクバールを翻弄する。吹き付ける風がヨクバールの巨体を少しずつ後退させて、強風によって冷気の威力が増す。ヨクバールの足元から体の半分までが厚い氷に覆われていく。

 

「ヨヨッ!!?」

 

 凍り付いたヨクバールは動けなくなって翼をばたつかせていた。その時にプリーステスは理解した。

 

「ミラクル、今の魔法を見てわたしは確信したわ」

 

 ミラクルもプリーステスの得た天啓を肌で感じていた。

 

「伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいが出会ったとき新たな魔法の扉が開かれる! 二つのダイヤの力を合わせましょう!」

 

「うん!」ミラクルは強く頷いて大切な友達を呼んだ。

「モフルン!」モフルンが走っきてミラクルとプリーステスの足元に立った。

 

 ミラクルは右に、プリーステスは左に二人で寄り添うように並んで立ち、そしてリンクルステッキとリンクルブレスレッドに聖なる光が宿る。

 

『ダイヤ!』

 

 光に満ちる世界が広がり、ステッキの白いダイヤとブレスレッドの青いダイヤから上に向かって光線が放たれた。流れ星のように尾を引く白と青の輝きが重なり合って一つになる。

 

 プリーステスが右手のブレスレッドを天上に向けて叫ぶ。

「降りそそげ! 奇跡の光よ!」

 

 そしてミラクルがステッキで光の線を描いて魔法の言葉を唱えた。

「フル、フル、リンクルーッ!」

 

 ミラクルが光の線でハート型を創造し、その中心に二つのダイヤが一つとなった光が落ちてくる。青白い光で満ちたハートが巨大化し、その背後にさらに巨大な青白い魔法陣が広がった。そしてモフルンのリボンに輝くダイヤが強い光を放って魔法を完成させる。

 

 魔法陣の前に巨大なハート形のダイヤが召喚された。ミラクルが左手をプリーステスが右手を同時に突き出して魔法を発動させた。

 

『プリキュア! ハートシェイプ! スマーッシュ!』

 

 爆発するような衝撃波と共にハート形のダイヤが打ち出されヨクバールに衝突する。瞬間にヨクバールを中に閉じ込めたダイヤがその場に止まり高速で回転を始めた。

 

「ヨ…ヨクバァール……」

 

 ハート形のダイヤが回転しながら真上に打ち上げられた。そして光の雫を散らしながら天上に消えると、光の粒が空いっぱいに花火のように広がった。そして3人はその美しさと新たな魔法を創造した感動に浸るのだった。

 

 空から淡い光に包まれた巨鳥ロックと闇の結晶が落ちてくる。巨鳥は途中で翼を開いていずこかへと去り、闇の結晶だけがミラクルとプリーステスの足元に落ちた。

 

「やったね!」とミラクルがプリーステスに抱きついた。

「ミラクルのおかげよ」

 

「二人とも息ピッタリだったモフ」

「ほんと、マジカルが隣にいるみたいだったよ」

 

「わたしはマジカルと似たところがあるからね。ミラクルとだったらうまくやれると思っていたわ。問題は向こうのペアよ。急いで向かいましょう」

 

 それから箒に乗って飛んでいく二人のプリキュアを遠くからロキが苦い顔で見下ろしていた。

 

「昨日まで敵同士だった奴らが、なぜあれほどのコンビネーションを生み出せる? まったくどうなってやがるんだ……」

 

 

 

 

 箒ヨクバールに連れていかれたマジカルは、しばらく緑の蔦で手足を縛られた状態で空の散歩をすることになった。

 

「おおい、大丈夫か!」

「えっ!? チ、チクルン!?」

 

 チクルンがマジカルのマントにしがみついていた。

 

「そんなところにいたら危ないわよ!」

 

 水平飛行から急降下が始まってマジカルの体に奇妙な重力の変化が起こる。鮮やかな緑の苔と背の低い羊歯類(しだるい)に覆われた無人島に向かってヨクバールが接近していく。

 

「ヨクバール!」

 

 マジカルを捉えている蔦が鞭のようにしなる。

 

「ふああぁっ!?」

 

 マジカルの景色がぐるぐる回って変な声をあげてしまう。そしてヨクバールがマジカルを捉えた蔦を島に叩きつけた。その衝撃でチクルンは吹き飛ばされてしまう。

 

「うわぁっ!!?」チクルンは柔らかい苔の大地に落ちて転がっていく。

 

「いたっ……よくもやったわね!」

 

 マジカルが叩き落された場所は苔や羊歯が吹き飛んで黒土がむき出しになっていた。マジカルは立ち上がって苦い表情を浮かべた。

 

「早くあいつを何とかしてミラクルのところに行かないと」

「おいらも手伝うぜ!」

「手伝うって言われても……」

 

 飛んできたチクルンが息巻いて言うとマジカルは少し困ってしまった。強大なヨクバールに対して小さな妖精のチクルンに何をさせればいいのかわからない。

 

「ヨクバァール!」

 

 箒の胴体から生えている無数の蔦がうなりをあげて叩きつけられる。マジカルがそれを横に跳んで避ける。息つく間もない連続の鞭打にチクルンがたまらず逃げだし、マジカルはヨクバールに近づけずにいた。マジカルが攻撃をよけるたびに蔦を打ちつけられた緑の大地が裂かれ黒い傷となって残る。

 

「こんなことしてたら、いつまでたってもミラクルのところに行けないわ」

 

 マジカルは多少のダメージを覚悟してヨクバールに突っ込み、次々と襲ってくる蔦を防御しながら突き進む。

 

「あのフォルムだとボディが弱そうね!」

 

「ヨクバァーーー」

 

 箒の柄の先に飾りみたいについている竜の骸骨が口を開いて炎を吐き出す。

 

「キャア!?」

 

 いきなり炎を吐きかけられてマジカルの足が止まってしまった。マジカルは思ったよりやっかりな能力のヨクバールに苛立ち、ミラクルを助けに行きたい思いから焦りもでてくる。そんな時にヨクバールに急接近してくる黄色い物体があった。

 

「ひっさぁつ! ホウキジェットキーック!」

 

 音速で飛んできたルーンが箒に乗ったままヨクバールの顔面にキックを炸裂させた。

 

「ヨクバァールッ!!?」

 

 不意打ちをくらったヨクバールが悲鳴を上げてぶっ倒れる。ウィッチは丸くなってくるくる回転しながらマジカルの隣にしゅたっと両腕を広げて着地した。

 

「決まったぁ!」

「ルーンかっこいいデビー」

 

 いつの間にか近くにいたリリンがぬいぐるみの手でパフパフ拍手していた。

 

「あ、あなたたち!?」

「おおぉっ!?」

 

 マジカルもチクルンも意外な救援の登場に驚いてしまった。

 

「マジカル~、助けにきたよ~。わたしが来たからには~、もう大丈夫!」

「助けてくれてありがとう。まあ、来てくれたのはありがたいんだけど……」

 

 マジカルはルーンが目の前にいることで大きな希望に思い当たる。

 

「もしかして、プリーステスはミラクルを助けにいってくれてるの?」

「そうだよ~」

 

「よかった……」マジカルは今一番の心配事がきれいさっぱりなくなって心が軽くなった。けれど、ルーンを見ていると新たに心配の種が植えられていくように感じてしまう。

 

「プリーステスに言われてわたしの方に来たの?」

「ちがうよ~、何となくこっちにきたの」

「ああ、そういうこと……」

 

 マジカルの中で一気に嫌な予感が膨らむ。それも仕方のないことで、マジカルはルーンと一緒に戦うイメージがまったくつかめなかった。さらに火に油を注ぐようにリリンが笑顔で言った。

 

「こっちの方が面白そうだからついて来たデビ」

「それどういう意味よ!?」

 

「リリンはチクルンと一緒に応援してるデビ、せいぜいがんばるデビ」

「お、おう、がんばれよ」

 

 マジカルは黒猫のぬいぐるみにひきつった笑みを浮かべる。

 

「この子っていつもこんな感じなの?」

「うん、そうだね~。悪魔ですから!」

 

 ルーンが元気よく言うと、マジカルはどんよりしてしまう。

 

「モフルンとはずいぶん違うのね……」

 

 マジカルの中では動くぬいぐるみというのは、可愛くて素直でその実はしっかり者で、という至高の存在だったのでショックを受けてしまったのだった。



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交わる二つのダイヤ! スターシェイプ・ストライク!

「ヨクバアァーーールッ!」

 

 複数の蔦を一塊にした重い鞭が二人のプリキュアに振り下ろされる。その攻撃を二人で後ろに跳んで難なく避けてからマジカルが言った。

 

「二人で同時にいきましょう」

「だあぁーっ!」

「え!? ちょっと!?」

 

 ルーンが一人で走って突っ込んでいく。彼女は次々と襲い来る蔦の鞭を避け、蹴ってそらし、手ではじいてそらし、ヨクバールに接近する。そして蔦の一撃であっさりなぎ払われた。

 

「うわぁ~っ!?」飛ばされたルーンがマジカルの隣に落ちる。

「落ち着いてルーン。先走っちゃだめよ」

「うん、わかった! とぉ~っ!」

 

 ルーンはジャンプして突っ込んでいく。

「はあぁっ!? ちょっとーっ!?」

 

 ルーン一人で倒せる相手ではないのでマジカルは仕方なく走り出した。

「何なのよあの子!」

 

 上から攻めてきたルーンに対し、ヨクバールは3本の蔦を束ねて腕のように太くしてガードする。

 

「だあーっ!」

 

 ルーンは無暗矢鱈にパンチを打ち込んでいた。下から攻め込んだマジカルはが襲い来る蔦をよけながらヨクバールに肉薄する。

 

「ルーンのおかげで攻撃の手数が半分になってる、これなら!」

 

 しかし息の合っていない二人ではヨクバールを倒すのは無理だった。いい加減な攻撃をしていたウィッチの片足が蔦の一本に捕まり、ヨクバールの細い胴部に向かって跳躍したマジカルの前に吊るされた。

 

「うわ~ん、マジカルぅ、つかまっちゃったよ~」

「ええぇっ!? ちょ、あなた!?」

 

 マジカルは咄嗟の判断で蹴りをルーンを捕まえている蔦に打ち込んで断ち切り、ほとんど同時に空中でルーンの体を抱き寄せる。その後がどうにもならなかった。空中で無防備の二人は束になった蔦にぶたれて元いた場所に叩き落されて二人で悲鳴をあげた。

 

 それを見つめていたリリンが何食わぬ顔で言った。

「これは想像以上にエキサイティングな戦いデビ」

 

「お前応援する気あるのか? どう見てもピンチだぜ……」

「まだぜんぜん平気デビ。この程度の見せ場で終わる二人ではないデビ」

「信用してるのか楽しんでるのかよくわからねぇな……」

「どっちもデビ」

 

 それを聞いたチクルンが何とも言えない複雑な表情になった。応援? する彼らの視線の先でマジカルとルーンが動き出した。

 

「あうぅ……」

「いたたっ、ルーンちゃんと人のいうこと聞いてよ!」

 

「え~、ちゃんときいたじゃん」

「聞いてないからこういう事になってるんでしょ! 全部あなたのせいなんだから!」

 

「ちゃんと言う通りにしたよぉ! 走るなっていうからジャンプしたんじゃん!」

 マジカルはルーンの斜め上を行き過ぎる発言に絶句した。

 

 ――ど、どうしたらいいの!? この子をどう扱えばいいのか全然わからない……っていうか、プリーステスはどうやってこの子と動きを合わせてるの? ルーンはこっちに動きを合わせる事なんてまったく考えてないし……。

 

 そうして出た答えにマジカルは開いた口が塞がらない思いになった。

 ――つまりこういうこと? プリーステスはルーンの動きを常に先読みしている……。

 

 それはずっとルーンと一緒に戦ってきたプリーステスだから出来る芸当である。そもそも、ミラクルとマジカルのコンビネーションと、プリーステスとルーンのコンビネーションは海と山ほど性質が違うのだ。それを一朝一夕でどうにかすることなどできない。マジカルは頭をかかえたくなった。

 

 マジカルに怒られたのを根に持ったルーンが頬を膨らませる。

 

「マジカルこそちゃんとやってよっ!」

「ええ!? わたしのせいなの!?」

「プリーステスだったら、もっとちゃんとやってくれるもん!」

 

 ルーンがそう言って口を尖らせるとマジカルは一気に頭に血が上ってしまった。

 

「わたしがプリーステスより下だって言いたいの!?」

「だって~、本当のことだも~ん」

「なんですってぇ!」

 

「ヨクバアァールッ!!」

 

 喧嘩する二人に放置されたヨクバールから強烈な制裁が加えられた。全ての蔦を一つに束ねた一撃が二人をバラバラに吹き飛ばす。

 

「キャアァーッ!?」

「うああぁーっ!?」

 

 それを見たリリンがチクルンに振り向いて言った。

「なんか危ない感じになってきたデビ。チクルン隊長お願いするデビ」

「おおっ! 任せておけ!」

 

 チクルンが羽を動かして飛び上がるとリリンも後に続いてヨクバールに向かっていく。そして二人で竜の骸骨の周囲をぐるぐる回り始めた。

 

「ヨ、ヨヨ……」ヨクバールはうるさく飛び回る二人に気を取られた。

 

 マジカルとルーンが立ち上がり、マジカルが思考を巡らせる。

 

 ――喧嘩なんてしてる場合じゃないわ。もっとよく考えるのよ。何か大切なことを忘れている気がするわ。

 

 マジカルは二人がダークネスとウィッチだった頃の戦いの記憶を呼び起こす。

 

「大変だ! リリンとチクルンが危ない!」

 

 ルーンが動き出そうとするとマジカルが思考を切って叫ぶ。ルーンに勝手に動かれるとまた滅茶苦茶になるのでマジカルは必死だった。

 

「ルーン動かないで! そこでじっとしてて!」

「はいぃっ!」ルーンがぴしりと気を付けをする。その姿を見てマジカルに閃きがあった。

 

 ――そうだ、思い出したわ。プリーステスはルーンによく指示を与えていたわ。わたしとミラクルの間では絶対にないことだから気になってた。ルーンは素直だからこちらの意志をはっきり伝えれば、その通りに動いてくれるんじゃないかしら。

 

 それに気づいた瞬間にマジカルの中にルーンと共に戦うビジョンが広がった。

 

「ルーン、わたしに攻撃を合わせて!」

「了解だよ!」

 

 マジカルとルーンがチクルン達に気を取られている箒ヨクバールに同時に突っ込んでいく。そして細い胴部にマジカルのキックとルーンのパンチが同時に決まった。箒の柄にあたる部分がくの字に曲がってヨクバールが吹っ飛ぶ。

 

「ヨグーッ!?」

 

「やったぜ!」

「盛大に飛んでったデビ」

 

 チクルンとリリンが飛んでったヨクバールを見下ろしていた。二人の視界に敵を追跡するマジカルとルーンの姿が入ってきた。

 

「あいつの蔦を利用しましょう! ルーンはとにかく攻撃に当たらないようにして、わたしが呼んだらすぐに来て手伝って!」

「は~い!」

 ルーンもいつものリズムになって生き生きしてきた。

 

 ホウキの筆を足のように二股にして立ち上がったヨクバールが竜骸の口から火の玉を次々と吐き出してくる。二人は疾走しながらそれを避け、次々と爆炎が上がった。そしてヨクバールに接近すると今度は蛸足のように複数の蔦の鞭が襲いかかる。ルーンは言われたとおりに回避に専念していた。そしてマジカルが敵の攻撃を見切って蔦の一本を抱え込む。

 

「ルーン! お願い!」

「はいは~い!」

 

 ルーンは蔦の攻撃を軽々よけながら来てマジカルと一緒に蔦を抱えた。

 

『はあぁーーーっ!』

 蔦を取った二人は同時に力を込めてヨクバールをぶん回す。

 

「ヨヨヨーッ!?」

 

 二人のプリキュアのパワーのジャイアントスイングで竜巻が起こりそうだった。ヨクバールが目を回したところで二人同時に手放してぶん投げた。

 

「どうだぁ、みたか~」

 

 ウィッチが拳を突き上げると、遠くにヨクバールが墜落して大地の一部が吹き飛んだ。ルーンの姿を横に見てマジカルは思った。

 

 ――この子すごいわ。こっちからお願いしたことは完璧にこなしてくれる。絶対失敗しないでやってくれるっていう安心感がある。

 

 マジカルが感心していると調子に乗ったルーンが妙なことを言い出した。

 

「わたしには二つの魔法を合わせてすっごい魔法にしちゃうファンタジックな力があるんだよ。だからさ、二人の魔法を合わせてみようよ! きっとすんごい魔法が出るよ!」

「話は分かったけれど成功するかしら?」

 

「ダメだったらもう一回挑戦すればいいんだよ~」

「どう考えてもそんな気軽に何度もできるようなことじゃないわ。チャンスは一度きりよ」

 

「大丈夫! きっとその一度で成功するよ~」

「あなたが大丈夫って言うと心配になるのはなぜなのかしら……」

 

「だめぇ? やらない?」

 ルーンが寂しそうな目になるとマジカルが自信ありげに言った。

 

「やりましょう。校長先生は伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいは表裏一体だと言っていたわ。表裏一体なら成功する可能性は高いでしょう」

 

「よ~し! 二つのダイヤの力を合わせよ~」

「いくわよ、準備はいい?」

「お~っ!」

「リンクルステッキ!」

 

 マジカルは虚空に現れしリンクルステッキを左手に持って構え、ウィッチは左手のリンクルブレスレッドを胸の辺りまで上げる。そして飛んできたリリンが二人の間に収まった。ルーンは右に、マジカルが左に二人で並んで立つ。そしてステッキとブレスレッドのダイヤが輝き、

 

『ダイヤ!』

 

 一面が青い輝きが広がり、ステッキの白いダイヤとブレスレッドの青いダイヤから溢れた光が上に向かって放たれる。そして上空で二つの光が重なり合って一つになる。

 

 ルーンが左手のブレスレッドを空に向けてウィンク。

「魔法の光を集めて集めて~」

 

 マジカルがステッキの先で輝く星の光で描いていく。

「フル、フル、リンクルッ!」

 

 マジカルが光で描いた星型の枠に、二つのダイヤの光が融合した青白い流星が落ちてくる。星型の中に流星の光が広がり満ちると、青白く輝く星が巨大化した。その後ろ側に星を包むようにさらに大きな魔法陣が広がった。そしてリリンのリボンで輝くブルーダイヤの閃光が広がって魔法を完成させる。

 

 魔法陣の前に巨大な星形のダイヤが召喚された。ルーンが左手をマジカルが右手を同時に出して魔法を発動させた。

 

『プリキュア! スターシェイプ! ストライクッ!』

 

 周囲に衝撃を広げて星形のダイヤが発射された。

 

「ヨクバアァールッ!」

 

 二人に向かってきたヨクバールに星型のダイヤが衝突して強き輝きを発する。ヨクバールはダイヤの中に封印されてその場に止まった。そしてダイヤが高速で回転を始める。

 

「ヨ…ヨクバァール……」

 

 激しく回転する星型のダイヤが上空に打ち上げられた。そして輝きの欠片を残しながら天空へと昇っていき、無数の光の欠片が大輪の花のごとく広がっていく。

 

「おお~、た~まや~っ!」

 ウィッチが変なことを言うので、新たな魔法の発見に感動していたマジカルが思わず苦笑いを浮かべた。

 

 空から淡い光に包まれた蔦の絡んだ箒と闇の結晶が落ちてくる。そしてヨクバールとの戦いの痕跡が次々と消えていった。

 

「ありがとうルーン。あなたはよく頑張ってくれたわ」

「マジカルだぁーい好き! 大好きになった!」

 ルーンが急に抱きついてきてマジカルは少し驚いたけれどすぐに笑顔になった。

 

「一時はどうなることかと思ったぜ」

「二人ともよくやったデビ」

 

 チクルンとリリンが二人の前に飛んでくると、マジカルはこの小さくも勇敢なる二人に心から感謝した。

 

「あなたたちもありがとう、助かったわ」

 それからマジカルがリリンを見つめる。

「あなたは口は悪いけれどやる時はやる子なのね。その辺りはモフルンと同じね」

 

「もっともっと褒め称えるがいいデビ」

「……あなたはモフルンから謙虚さを学んだほうがいいわ」

 

 その時、近くで二人分の控えめな拍手が聞こえた。マジカルとルーンが振り返るとミラクルとプリーステスが拍手を送っていた。

 

「さすがだわマジカル」

「あなたたち、いつからいたの?」

「ヨクバールを二人で投げ飛ばした辺りからね」

 

 プリーステスが言うとマジカルはなぜか安心するようにほっと息をついた。

 

「すごかったね、二人の魔法!」

「ミラクルとプリーステスに負けてなかったモフ~」

 ミラクルとモフルンが言うと、

 

「狙い通りだし!」

 

 マジカルが人差し指を立ててこれ以上ない得意さを見せつける。そんな彼女の隣でウキウキした気持ちを何度も背伸びして表現しているルーンにプリーステスが訊ねた。

 

「ルーン、マジカルと一緒に戦ってみてどうだった?」

「めっちゃけんかした~、でも楽しかった~」

 

『喧嘩?』

 ミラクルとプリーステスが顔を見合わせて言うと、マジカルが慌てふためく。

「そ、そういうこと言わなくていいから!」

 

「ふーん、喧嘩ねぇ」

 プリーステスがじっとりした目で見つめると、マジカルは開き直ってもう一度指を立ててはっきり言った。

「それも計算の内だし!」

「そうなのか~、マジカルってすごいね!」

 

 ルーンがマジカルの言葉を心の底から純粋に信じて瞳を輝かせると、マジカルはすごく悪いことをしている気持ちになってしまうのだった。

 

 最後にプリーステスがマジカルに質問した。

 

「あなたはルーンと組んでみてどうだった?」

「ま、まあ、そう悪くはないけれど、今後は遠慮したいわ……」

 

 ルーンに気を使ったマジカルははっきり拒否することもできず、複雑な気持ちが言葉にも表情にも表れていた。

 

「当然の結論ね」プリーステスがはっきりとそう断じても、ルーンはのほほんとしているだけで気にもしていない。

 

 突然マジカルがプリーステスの両肩に手を置くと、まるで度重なる不幸に身をやつした人でも見るような悲愴感のただよう目をして言った。

 

「プリーステス、今まで本当に苦労してきたのね。それが身に染みてわかったわ」

「理解してもらえて嬉しいわ……」

 

 何だか変な感じになっている二人をルーンが変な目で見ていた。

「なになに? どしたの、あの二人?」

「さ、さあ、なんだろうね」

 ミラクルは答えに困って適当にごまかすのだった。

 

 プリキュアたちの様子を空から見下ろしていたロキは異様な心持になっていた。

「こっちのペアも結局勝っちまいやがった面白くもねぇ……」

 

 ロキは顔をしかめると胸焼けでもしているように胸に手を当てる。

「なんだこれは……今まで味わったことがない嫌な感覚だぜ……」

 

 それが何なのかロキにはよくわからなかった。昨日まで敵同士だったプリキュアたちが、まるで旧知の戦友でもあるかのように力を合わせて戦う姿。それを見たロキは本能的に恐れを抱いていたのであった。

 

 

 

 放課後、寮の部屋に魔法学校の制服姿の少女4人が集まっていた。二人のぬいぐるみと一人の妖精が周りで少女たちの様子を見つめていた。

 

『ごめんなさい』

 

 小百合とラナがみらいとリコに深く頭を下げた。二人はただ謝っているだけではない。今までリコとみらいにしてきたことを悔いる気持ちが長く頭を下げる姿に滲んでいた。リコとみらいは何も言わずにその気持ちを素直に受け止める。そして二人が頭を上げて小百合とラナがリコとみらいに向かい合う。それから小百合が伏し目がちに言った。

 

「これで許してもらえるなんて思っていないわ。ただ一言謝りたかった。二人にちゃんとこの気持ちだけは伝えておきたかったの。あと、それから……」

 

 小百合が近くに置いてあった自分のカバンから巾着ポーチを出してみらいに差し出す。

 

「ずっと返さなきゃって思っていたの。ずいぶん遅くなってしまったけれど……」 

「わたしのポーチ!?」

 

 それは薄紫色の肩紐と同色のポケットが付いた巾着ポーチ。みらいがずっと大切にしていたもので、ミラクルとダークネスが初めて出会ったときに、ミラクルからダークネスが闇の結晶ごと奪ったものだった。切れた肩紐だけではなく、綻んでいてみらいが直そうと思っていたところまできれいに仕立ててあった。

 

 それを受け取った時、みらいは今まであった辛いことや悲しいことにも意味があったのだと心から思うことができた。そして涙があふれて止まらなくなった。みらいはポーチを抱きしめると小百合の胸に顔を置いて涙を零した。

 

「小百合を恨んだことだって、悪いと思ったことだって一度もないよ。誰も責められないよ、お母さんのために頑張っていたんだもん……」

 

「みらい……」

 

「ただ、悲しいよ……小百合のお母さんのことが……悲しい……」

「ありがとう、みらい。あなたの優しい心が、わたしを変えてくれた」

 

 小百合は愛おしそうにみらいを抱きしめて、彼女の金色の髪に頬を押し当てた。

 

「わ~い、ラナも~」

 

 ラナがすごい勢いで二人の横から飛びついてきて、抱き合っていたみらいと小百合が傾いでしまう。

 

「ちょ!?」

「うわ!?」

「危ない!」

 

 リコがラナの反対側から二人に抱きついて止めようとするが、4人でそろって倒れてしまった。小百合がそこに座ったままラナを怒り出す。

 

「ラナ、危ないでしょう! いきなり何するのよ!」

「だってぇ、二人だけで仲良さそうにしてるからさぁ。ラナも仲間に入りたかったの!」

「あんたね、小さな子供じゃあるまいし……」

 

「ウフッ! アハハハ!」

 

 みらいが目じりに涙をためたまま笑いだした。するとリコも同じように笑い、小百合とラナも笑った。少女たちの歓喜溢れる晴れやかな笑い声が部屋に満ちて、二人のぬいぐるみと一人の妖精もその喜びを分かち合った。

 

 

 

「なんと!?」

 校長室で金の書をめくっていた校長先生が声を上げる。

 

「消えていた文字が復活してゆく」

 

 金の書から魔法陣が浮かび上がり、校長先生は満足そうにそれを見上げていた。大きな魔法陣の上で円を描く二十二のリンクルストーン。その中で灰色に塗りつぶされていたリンクルストーンのほとんどが本来の輝きを取り戻していた。

 

「そうか、君たちはようやく分かり合うことができたのだな。しかし……」

 

 校長先生は魔法陣の中心を注視した。エメラルドの対面にあるリンクルストーンだけはまだ灰色のままだった。

 

「エメラルドと対になるリンクルストーンだけは未だ明かされぬままか。宵の魔法つかいと関連があることは間違いないが、一体どこに……」



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第23話 夏休み! 久しぶり!? 楽しいお茶会!
久しぶりの登校


バトルなし回です。


「フレイア様……」

 

  魔法界の夜空に浮かぶ月を見ると小百合は思い出さずにはいられない。小百合は家の外壁によりかかって月を見上げていた。

 

 みらいやリコと分かり合うことができた半面、フレイアの元を離れることになってしまった。後悔はしていないが今すぐにフレイアの元に行って謝りたい気分だった。しかし、それも叶わぬ願いだ。バッティからもらっていたセスルームニルに移動するためのタリスマンは、いつの間にか消えてなくなってしまった。

 

 小百合は月を見るのを止めて立ち上がった。みらいやリコと共に行くと決めた。迷いがないと言えば嘘になるが、小百合は今の自分が正しい道を歩いていると実感できるのであった。

 

 

 

 小百合とラナは久しぶりに魔法学校に登校した。まだ時間が早いので教室にいるクラスメイトの数は少なかった。小百合はあまり目立ちたくないので早めに来たのだが、それはラナがいるの意味がなかった。

 

 まもなくリコとモフルンを抱いているみらいが登場すると、ラナはなぜか机の上に座っていたリリンを持ち出すと、それを頭の上にあげて大声をあげる。

 

「みらい~っ! リ~コ~っ! きたよ~っ!」

「おはようデビ」

 

 リリンもノリノリになって両手を振ると小百合たちは強烈に目立ってしまった。小百合は穴があったら入りたいような気持になってくる。

 

「おはよう!」

「おはようモフ!」

 

 みらいとモフルンもラナに負けないくらい元気にあいさつした。小百合は立ち上がってみらいとリコを見つめる。

 

「みらい、リコ、おはよう」

「二人とも、おはよう」

 

 リコが返すと小百合は帰ってくることができたと思う。そして自分は魔法学校で友人たちと共に在りたかったのだと実感した。

 

「わ~、みらい、久しぶりだね~。会いたかったよ~」

「わたしもラナに会いたかったよ!」

 

 二人が感動の内に抱き合うと、小百合がそれを冷めた目で見下ろす。

 

「あんたたち、昨日も会ってるでしょ」

 

 そんなことを言った小百合は、みらいとラナに非難めいた目で見られてしまった。

 

「ほら、学校で会うのは久しぶりだから、また違った感動がね」

「そうだよ~。小百合って感動が分からない人なんだね~」

 

「うるさいわね……」

 

 ラナに可愛そうな目で見られてイラっとしてしまう小百合だった。さらに見ていたリコが軽く吹き出して小百合がそれをにらむ。リコは目をそらしてごまかした。そこに教室に入ってきた女生徒たちが声をかけきた。

 

「おお? おまえたち久しぶりだな」

「ずっといないから心配してたんだよ」

 

 ジュンとエミリーだった。二人の後から入ってきたケイも小百合とラナの姿を見つけて笑顔になった。

 

「二人とも今までなにやってたの?」

 

「ちょっと事情があってね」

 小百合が言うとラナが同意するように頷く。それから小百合は3人の前に出ていって手を差し伸べた。

「改めて、よろしくね」

 

 ジュンが微笑を浮かべてその手を取って握手をする。

 

「ああ、よろしくな。っていっても、あと二日で夏休みだけどな」

 

「……え?」ジュンの一言に小百合は衝撃を受けた。

 

 長い間、学校に来ていなかった小百合は月日の感覚が抜け落ちていたのであった。毎日、闇の結晶集めやら戦いやらで必死だったので、今日が何日なんて気にしている余裕がなかった。よもやあと二日で夏休みとは考えもしなかった。

 

 ラナは大喜びして抱っこしていたリリンをまた万歳するように頭の上にあげる。

 

「やったね小百合! 学校にきたらもう夏休みなんてラッキーだね~」

「止めて、そういうこと言わないで、恥ずかしいから……」

 

 ほとんど魔法学校に来なかった挙句に夏休みの二日前に登校など、小百合にとっては自分のダメさ加減を突き付けられる嫌な現実でしかない。

 

「小百合の狙い通りデビ」

「わたしはそんなの狙ってないからね!?」

 

 リリンに陥れられた小百合が慌てて周囲に訴えると、みらいとリコはリリンの口の悪さと小百合の慌てようを見て笑っていた。

 

 

 

 今日は夏休みも間近とあって、気が緩んで授業に集中していない生徒が多い。リズ先生はそんな生徒たちのことを考えて、授業は進めずにゲーム感覚に楽しんで頭を使える問題を出したり魔法の薬に関する面白い話などして生徒たちを楽しませていた。いつも眠くなるラナまでも真剣にリズの話を聞いていた。

 

「時間が経つのは早いわね。じゃあ残りの時間でこの問題がわかる人はいるかしら? すごく難しい問題だけれど、遊び感覚で気を楽にして考えてみてね」

 

 リズはさっきまで話していた魔法の薬に関する問題を出した。それは、【エリクシル剤の材料とその作成法】

 

 みんな難しい顔になって考え出した。ラナに至っては眠り始める。考えてどうにかなる問題ではない。リズは残りの時間を消費するための遊びくらいの感覚で異常な難易度の問題を出していた。

 

「はい!」いつものようにリコが手を上げる。そしてもう一人無言で手を挙げた少女がいた。

 

「驚いたわ、二人もわかる人がいるなんて」

 

 二人と聞いてリコ以外の誰がいるのかと生徒たちの視線が泳ぐ。そしてみんなの驚く視線が小百合に集まった。

 

「じゃあリコさんは材料を、小百合さんは作成法を答えてください」

 

 リコが咳ばらいをしてから人差し指を立てて答え始める。

 

「小瓶のエリクシル剤に対して竜燐(りゅうりん)の粉末を小さじ一杯、ナガイキ茸一本、エリスグリの実のエキス少々、エリル草の葉が2枚程度、生魂石(しょうこんせき)の粉末小さじ一杯、ファインフローラの花が一つ、それと不老人参一欠けらと妖精のはちみつ小さじ一杯、最後は適量の魔法の森の地下から汲み上げた清水が必要です」

 

「その通りです」

 リズの肯定で生徒たちから尊敬の念を込めた声が上がる。

「では、次は小百合さん」

 

「はい。材料によって煮出す時間が違います。竜燐の粉末と生魂石の粉末を合わせたものを弱火で煮詰めて水を足しながら一日ほど、ナガイキ茸と不老人参は適量の清水で半日ほど、エリル草とファインフローラは適量の清水で二時間ほど煮出します。そして煮出した三種類の液体を合わせて火にかけて小瓶一つ分になるまで凝縮し、妖精のはちみつとエリスグリの実のエキスを加えます。最後に魔法の森にあるという生命の花の輝きを三日三晩あてれば完成です」

 

「お見事、正解です。二人に拍手」

 

 リズが拍手するとその後から生徒たちの拍手が起こり、同時に二人をたたえる声も上がった。

 

「リコも小百合もすごいよ!」

「や、やるわね……」

 

 二人を称えるみらいの隣でリコが言った。彼女が見ている小百合は特に何の感情も現さずに目を閉じて静かに座っていた。

 

 お昼休みになると学校の食堂で長いテーブルに集まった少女たちは食後にたあいのない会話で盛り上げある。ジュンが開口一番で言った。

 

「リコと小百合は何であんな難しい問題がわかるんだ?」

「あれは高等課程から入ってくる錬金術の問題よ。予習をしていなければ解くことはできないわ」

 

 リコが得意になって言うとジュンが納得していないような雰囲気だった。

 

「まあ、リコが分かるってのは頷けるんだけど、ずっと学校にきていなかった小百合まで分かるっていうのがな」

 

 すると小百合がいかにもつまらなそうに話し始めて、ジュンに少し嫌な思いを抱かせる。

 

「答えは言うまでもないでしょう。わたしもリコと同じように予習していたからよ」

「じゃあ、学校に来ていない間も勉強してたのか?」

 

「もちろんよ。いつでも学校に戻れるように体制は常に整えていたわ」

「まじか……」

 

 ジュンは勉強熱心すぎる小百合に尊敬を通り越して苦笑いしてしまった。

 

「小百合ってば、ずっと勉強ばっかりしてて、ちっとも遊んでくれないの。ここまでいくと病気だよ」

 

「かもな」ジュンがラナに同意して頷く。

 

「失礼ね! 勉強しなすぎのラナに言われたくないわよ!」

 

「せっかくそんなに勉強していたのに、期末テストが受けられなかったのは残念だね」

 

 ケイがそんなことを言うと、小百合が目を閉じて大きなため息をつく。

 

「ほんと残念だわ。一番になる自信があったのに」

「それはどうかしら。あなたに一番を譲る気はないわ」

 

 リコがすかさず反応すると、小百合がにやけて絶対的優位者の威厳を醸す。

 

「テストではそうかもね。でも、実技はどうかしらね。ああ、あなたの悔しがる姿が見られなくて本当に残念だわ」

 

「うぐっ、次の試験では実技も一番になるし! あなたになんて負けないし!」

 

 いきなりリコと小百合がやりあって、みんなびっくりしてしまった。

 

「えっと、この二人って仲悪かったの?」

 

 エミリーに言われて、みらいは困ってしまう。

 

「そういう訳じゃないんだけど、勉強のことになるとちょっとね……」

 

 まだリコと小百合の言い合いは続いている。

 

「あらそう、次の試験が楽しみね。せいぜい……」

 

 小百合は言いかけて急に悲し気にうつむいた。

 

「よく考えたら、そんなに長く魔法界にはいられないわね。残念だわ……」

 

「そうよね、小百合にはナシマホウ界での生活があるんだもの。本当に残念ね……」

 

 二人とも寂しそうだった。みらいは知っている、二人が互いに尊敬しあうライバル同士だということを。

 

 少し重くなってしまった空気をみらいの一言が変えてくれた。

 

「ねえねえ、夏休みにリコの家でリコが一番になったお祝いをするんだけど、小百合とラナも一緒に行こうよ!」

 

「お祝い! いきた~い!」

 

 ラナが大喜びしている横で、小百合は目を脇の方に泳がせていた。

 

「リコが一番になったお祝いねぇ。コンセプトがあれだけど行ってあげてもいいわ」

 

「何よその言い方! 別に来たくなければ来なくていいから!」

 

「あらそう! だったら」

 

「うわぁ~っ!! お祝いいきま~す!」

 

 ラナがリコと小百合の間に飛び込んでテーブルの上に転がった。その奇想天外な行動に二人は絶句する。ラナがテーブルの上で横向きになって小百合の方を見ると、その目の前にリリンを突き付ける。

 

「リリンもお祝い行きたいデビ」

「モフルンもお祝い楽しみモフ」

 

 止めとばかりに、みらいに抱かれているモフルンまで言った。

 

「ナイスフォローだよ、ラナ!」

 みらいが感動的に言うと、

 

「そうかぁ?」

 ジュンが呆れ顔で返すのだった。



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はーちゃんと幸せのリンゴ

ここでようやくはーちゃんが登場します。
予定ではもっと後にするつもりだったのですが、私自身がはーちゃんの存在がないことに耐えられず、ここで登場させることにしました。


夏休みの初日、小百合たちは魔法学校でリコ達と待ち合わせて、そこからリコに実家に向かう予定になっていた。

 

 早めに起きた小百合が魔法学校の制服姿で色々と準備をしているとエリーが訊ねてくる。彼女はいつも束ねている髪をおろし、ホットピンクのとんがり帽子に青リンゴの飾りをつけ、コバルトブルーの長袖ロングスカートのドレスに腰には若草色の帯リボンを巻いていた。薄ピンクのショートマントの結び目は赤いリンゴのブローチで止めてある。小百合はリンゴ農家の娘として質素な衣服で働くエリーしか見たことがなかったので一瞬誰だか分らなかった。

 

「小百合ちゃん、わたしは先にリズの家にいって準備しておくから」

「あ、はい! そんな姿のエリーさん見たことないから少し驚きました」

 

「農園の作業着で行くわけにはいかないでしょう」

「とてもきれいです」

 

「ありがとう。じゃあ、先に行くからね」

「はい、よろしくお願いします」

 

「あ、そうだわ。さっきラナちゃんとリリンちゃんが走っていくのを見かけたわよ」

「準備が終わったら連れ戻します……」

 

 小百合は準備も手伝わずに遊んでいるラナの首根っこを今すぐに捕まえたい気分だった。

 

 それからエリーは軽く手を振ってから自分の家の方に歩いていく。リズの希望でエリーもお茶会に誘われていたのだった。

 

 

 

「は~、おいしそー」

 

 ふわりとした桃色の髪を肩の辺りまで垂らしている女の子が、低いところに実っている赤いリンゴを指でつついていた。可愛らしい感じの髪は少し癖があって先の方が丸まっている。見た目は中学生くらいで、優し気なグリーンの瞳に普通の人間にはない神秘性を宿す。そして魔法学校の制服姿で黒いハイソックスの上の方にエメラルドグリーンの帯リボンが付いていて、その結び目が蝶の形になっていた。

 

「ラナ、こっちデビ!」

「リリンはやいよ~」

 

 ラナがリリンの後を追う形でリンゴを見つめている少女に走って近づいてくる。

 

「フレイア様~っ!」

 

 桃色の髪の少女が振り向くと、両手を上げて走ってきたラナが今にも抱きつかんとする態勢のまま止まった。

 

「あれぇ? ちが~う……」

 

 ラナはすぐ隣を飛んでいるリリンに向かって口を尖らせた。

 

「フレイア様じゃないじゃん! ぜんぜん知らない子だよ~」

「本当にフレイア様じゃないデビ。それにしてもそっくりデビ」

 

「全然にてないよぉ……」

「似てるのは見た目じゃないんデビ」

 

「は~っ! 空飛ぶぬいぐるみっ!」

 

 リリンとラナの言い合いが桃色の髪の少女の元気な声によって中断された。少女は飛んでいるリリンを捕まえて胸にぎゅっと抱きしめる。

 

「モフルンと同じだね!」

「デビ?」

「モフルンをしってるの~?」

 

「知ってるよ! わたしの大切なお友達なの! みらいもリコもお友達だよ!」

「おお~っ!? わたしもみらいとリコとお友達~、同じだ~」

 

「は~!」と少女が両手を上げると、

「わ~い!」とラナも同じように両手を上げて答えた。

 

「みらいとリコのお友達は、わたしのお友達だよ。わたしは花海ことはっていうの。はーちゃんって呼んでね!」

 

「よろしくね~、はーちゃん!」

「よろしくね、ラナ!」

 

 ラナはことはが見つめていたリンゴを両手でもぎ取る。

 

「このリンゴ食べていいんだよ~。エリーお姉ちゃんが、しゅっかは終わったから、残ってるリンゴは食べてもいいっていってた」

 

「は~!? ありがとう!」

 

 ことはの腕から離れたリリンが気を利かせて別のリンゴをもぎってきてラナに渡す。ことはとラナは二人で一緒にリンゴをかじった。

 

「あま~くておいし~!」

「でしょ~、リンゴ村のハッピーアップルは最高でしょ~」

 

 意気投合した二人はリンゴを食べながら自然にラナの家に向かって歩いていた。その後からついていくリリンは珍しく控えめだった。

 

 小百合は出かける準備を終えてラナを探しに行こうとしていた。少し苛ついて出入り口のドアを勢いよく開けると、ラナと見知らぬ誰かが一緒に歩いている姿が目に入ってくる。

 

「ラナ! 何やってたのよ!」

 

「さゆり~」ラナはのほほんとした顔で走ってきてから言った。

 

「リリンがフレイア様がいるっていうから行ったら、はーちゃんだったの!」

 

 フレイアの名を聞いた小百合は目を見開いて固まってしまった。

 

「こんにちは!」

 

 ことはの姿を見た小百合は白けてしまった。見た目は何となくフレイアに似てる気はしたが、どう見ても自分と同じかそれ以下の少女で年かさがフレイアとは全く違っている。

 

「はーちゃんは、みらいとリコとモフルンともお友達なんだって~」

 

 ラナが言うと小百合は思い出した。

 

「そういえば、リコがそんな名前を口にしていたわね……」

 

 どうしてリコが言っていたはーちゃんが今ここにいるのか、小百合の疑問が一気に深まって黒い瞳がことはを見つめる。ことはは人好きのする笑顔を浮かべていた。

 

「わたし花海ことはっていうの! よろしくね、小百合!」

「ええ、よろしく……」

 

 急に小百合が怖いような目でことはを見つめた。

 

「どうしてわたしの名前を知っているの?」

 

「は~……」ことはが小百合から思いっきり目をそらした。

 

「分かりやすい反応ね。ちゃんと話してもらうわよ」

 

「さっきラナがはーちゃんに小百合の名前を教えたデビ」

 

 リリンが言うとラナが首をかしげる。

 

「あれぇ? わたし小百合のこと話したっけ?」

 

「まったくラナはさっき話したことをもう忘れているデビ」

「アハハ~、ごめんね~」

 

 そんなやり取りがあっても、小百合は先程のことはの様子から疑いが晴れなかった。でも彼女は言った。

 

「わかったわ。少なくともリコ達がことはの友人であることは間違いないでしょう。それはあなたを見ればわかる」

 

「は~、ありがとう、小百合」

 

 ことはが小百合に抱きつく。ことはの温もりを感じた小百合の中に、花の海が広がっていくような穏やかさと優しさの息吹が入ってきた。

 

 ――この感じは……。

 

 ことはと小百合の体が離れて、ことはが笑顔を浮かべる。小百合はそれに微笑で答えた。

 

「これからリコが成績一番になったお祝いに行くんだけれど、あなたも行くでしょう」

 

「もちろん!」

 

 ことはが満面の笑みで答えた。それからことはは、近くに浮いているリリンに小声で言った。

 

「さっきは助けてくれてありがとう」

「どういたしましてデビ」

 

 

 

 二人の少女を乗せた箒が高速で空を切り雲を突き抜けていく。

 

「は~、はや~い、た~のし~い!」

「よ~し、スーパーローリングだよ~」

 

 ラナの後ろでジェットコースターもびっくりな大ローリングの連発にことはが大喜びする。小百合は見ているだけで気分が悪くなった。

 

「リリンもラナの箒に乗ればよかったデビ」

「あんなのに乗ったら確実に振り落とされるわよ……」

 

 穏やかに飛んでいく箒の上で小百合の膝の上に乗っているリリンは少し不満そうだった。小百合は遠くの方で信じられない軌道で高速飛行するラナとことはを見て言った。

 

「ラナの箒に乗って楽しむなんて只者じゃないわ……」

 

 やがて魔法学校が見えてくると、ことはの目の輝きが強くなった。小百合たちが遠くから近づいてくる様子をリコとみらいは大きな校門の扉の前で見上げている。

 

「来たわ」

「あれ? ラナの後ろにだれか乗ってるような……」

 

 いつもの巾着バッグに入って見上げていたモフルンが最初にその姿に気づく。

 

「はーちゃんモフ~っ!」

『えええぇーーーっ!!?』

 

 みらいとリコの、ここ最近で最高度の驚愕と叫び声が魔法界の空に響き渡った。

 

 ラナの箒が着地すると、ことははリコとみらいの前に来て両手を上げた。

 

「みらい、リコ、モフルン、久しぶり!」

 

 信じられないものを見るようなリコとみらいの瞳が揺れた。そして二人は涙を散らしながら、ことはに駆け寄っていく。

 

『はーちゃーーーん!!』

 

 二人は今まで辛いことや悲しいことが山ほどあって、今まで何度もことはが居てくれたらと思っていた。そういう気持ちを抱えたまま二人で今までの試練を乗り越えてきた。いま目の前にことはの姿を見て、安心して母親に辛く悲しい気持ちを打ち明けるような気持になって涙が溢れてしまった。

 

 ことははリコとみらいの頭を胸に押し付けて二人の頭をなでていた。

 

「ふたりとも、ごめんね、辛かったよね」

 

 モフルンだけは、みらいとことはの間に挟まれて嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

 

 ことはを中心に寄りそいあう3人の少女たち。小百合はそれを見つめて、ことはがリコとみらいにとってどれ程に大きい存在なのかを知り、同時にことはの器の大きさも知った。

 

 ――あのリコが子供のように泣いて身を任せるなんて……。

 

「はーちゃんが二人のお母さんみたいだ~」

 

 ラナが言うと、小百合はまったくその通りだなと思う。見た目は自分たちと同じ中学生くらいなのに、ことはは明らかに何かが違っていた。

 

 小百合たちは抱き合っている3人の姿をしばらく見ていた。ことはからリコが先に離れて手のひらにハンカチを出して涙を拭いた。

 

「ごめんなさい。感情が抑えられなくて」

「はーちゃんがいるなんて思わなくて、びっくりだよ」

 

 まだ涙を零しているみらいの顔をリコが自分のハンカチで拭いてあげる姿がまるで姉妹のようだった。そんな二人の前で、ことはが少し表情を曇らせる。

 

「本当はみんなの力になりたいんだけど……」

 

「いいんだよ。はーちゃんには大切なお仕事があるんでしょ。こうして会えただけで十分だよ」

 

「今のわたしたちには小百合とラナもいるから大丈夫よ。はーちゃんは何も心配しないで自分のやるべき事をやって」

 

 みらいとリコの言葉を聞いて今度はことはの緑の瞳が潤みを帯びる。

 

「みらい、リコ……」

 

「みんなはーちゃんに会えて元気百倍モフ!」

 

 モフルンが言うと、その場にいる全員に笑顔の花が咲いた。



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勇者チクルン

 それからは皆でそろって校長室に向かった。廊下を歩きながら少女たちの間に会話の花が咲いていく。

 

「わたしたちは校長先生に用事があったから、ジュンとケイとエミリーにはお姉ちゃんと一緒に先に行ってもらったわ」

 

 リコが小百合に言った。そして色々聞きたくてうずうずしていたみらいが口を開く。

 

「どうしてラナとはーちゃんが一緒だったの?」

「会ったんだよ、リンゴ村で~ たまたま~」

「そう、たまたま会ったの。それでラナとお友達になったんだよね」

 

 ラナがことはに頷くと、

 

『たまたまねぇ……』

 

 リコと小百合の声が見事に重なった。あんな辺境の村で、ことはとラナが、たまたま会うなんてどう考えても変だった。二人とも言葉にはしないが、ことはに何か意図があるんじゃないかと考えていた。

 

 そんな会話をしていたら、もう校長室の前に着いた。

 

「はーちゃんがいるって知ったら、校長先生びっくりするよね」

「でしょうね。どんな顔するのかしら」

 

 みらいとリコが悪戯っぽい笑みを浮かべ、五人そろって校長室の前から姿が消える。

 

『失礼します』

 

「君たち、少し遅いから心配して……」

 

 少女たちがとんがり帽子を取って一礼すると、校長先生は五人の真ん中で笑顔を浮かべている子を見て目を見開いた。

 

「ことは君!!?」

 

「は~、校長先生~、久しぶり~」

「これは驚いた! まさか君に会えるとは!」

 

 校長先生は薄い笑みを浮かべると落ち着いた態度で、ことはを迎え入れた。

 

「君には助けてもらった礼を言わねばな」

「お礼を言うのはこっちだよ。校長先生はわたしのお友達を苦しみから救ってくれたの」

 

「助けたとかお友達とか何のこと?」

 

 みらいが言うと校長とことはが二人して口をつぐんでしまった。

 

「こちらの話だ。君たちは気にせずともよい」

 

「え~、気になる~」ラナが言うと校長はダメだと念を押すように首を横に振る。彼は前に出会った影のような姿のプリキュアのことは誰にも話さないと心に決めていた。

 

「それよりも君たちがここに来た目的を果たしたまえ」

 

 校長が手元の水晶玉を机の前の方に押し出すと、みらいと小百合がその前に進み出た。

 

「本当に水晶がナシマホウ界とつながるんですか?」

「大丈夫だよ。わたし前にこれでお婆ちゃんとお話ししたから」

 

 みらいが小百合に言った。それから二人はそれぞれ水晶に現れた意中の人とお話をした。

 

 

 

「おじい様、夏休みが終わるまでには帰れると思います」

 

「そうか、こちらの方は心配するな。決して悔いの残らぬようにしろ。中途半端は許さんぞ」

 

「そう言って頂けることが嬉しいです」

 

 水晶の向こうで小百合の祖父が微笑みの一つもなしに淡々と話をしていた。

 

「喜一と巴も話をしたいと言っているから代わるぞ」

 

「お嬢様! お体の調子はいかがですか? 痛いところはありませんか? 熱はありませんか?」

 

「いくら何でも心配しすぎよ。どこも悪くないわ」

 

 水晶の向こうに見えるメイド姿の女性が安心してほっと息を吐いた。そして今度は白髪の執事の男が水晶に映る。

 

「お嬢様がいないと屋敷がまるで死んだようで、巴ともども毎日涙に暮れております」

「またオーバーな物言いね」

 

「いえいえ、決してオーバーなどでは」

「そこはさすがに否定してほしわ……」

 

「我々はお嬢様の帰りを首を長くして待っております。どうかご自愛くださいませ」

「二人とも、ありがとう」

 

 水晶に映った人の姿が消える。すると隣で見ていたみらいが言った。

 

「メイドさんと執事さんがいるなんて! 小百合は本物のお嬢様だったんだね!」

 

「いえ、それは違うわ。向こうが勝手にそう呼んでるだけだからね……」

 

「確かに小百合は言葉使いはがさつだし、お嬢様って感じじゃないわよね」

 

 そのリコの一言に小百合はカチンときた。

 

「言葉使いだけで人を判断するなんて、うすっぺらい人間のすることよね」

「なんですって!」

「なによ!」

 

 リコと小百合がにらみ合って周りがあたふたすると、

 

「は~! リコと小百合は喧嘩するんだね! じゃあ仲良しなんだね!」

 

 ことはの意味不明な発言にリコと小百合が眉を寄せる。

 

「喧嘩するほど仲がいいっていうもんね!」

 

 ことはの一言で二人とも喧嘩する気などすっかり失せた。

 

「はーちゃんには敵わないわね」

 そう言うリコの表情はどこか嬉しそうだった。

 

 

 

「夏休みが終わるまでには帰れると思うんだけど……」

 

 みらいが話しかける水晶の向こうに母の今日子の姿があった。みらいより少し濃色の髪の紫の目をしたきれいな女性だ。顔立はみらいとは反対で気が強そうな感じだった。

 

「わかったわ。しっかり英気を養っておきなさいよ。こっちに来たら大変なんだから」

 

「うん……」

 

 みらいは今日子の大変という言葉が引っかかってそれを聞こうとすると、

 

「みーらーいーーーっ!!」

 

 その叫び声と一緒に眼鏡をかけた人の好さそうな男性が水晶に映った。彼は目に涙を浮かべていた。

 

「お、お父さん!?」

 

「そんな、夏休みも帰ってこないなんて!!? お父さんは、心配で心配で! どうにかなりそうだよ!」

 

 そんな錯乱しているような父親の姿を見て、周りの少女たちの顔が引きつっていた。

 

「お父さんごめんね、まだこっちでやらなきゃならないことがあって」

「みらい、辛かったらいつでも帰ってきていいんだぞ!」

「ぜんぜん辛くないよ、すごく楽しいよ」

 

 その無邪気な娘の一言が父大吉にさらなる衝撃を与える。

 

「まさか!? ずっと家に帰ってこないなんてことはないよね!?」

 

「お父さん、心配なのはわかるけど、みらいが困ってるでしょう。おばあちゃんが話すからこっちに来て」

 

 今日子の声が聞こえて水晶から大吉がいなくなり、代わりに優し気な白髪の老婆が現れた。その姿を見たラナの胸が疼き碧眼には悲し気な光が満ちていく。

 

「元気そうね、みらい」

「お婆ちゃん!」

 

「お父さんのことは心配しなくても大丈夫だから、みらいの思う通りにやりなさい。後悔のないようにね」

 

「ありがとう、お婆ちゃん!」

 

 みらいは、いつも後押ししてくれる祖母のかの子の言葉が嬉しかった。

 

 水晶から映像が消えると隣で見ていた小百合が言った。

 

「みらいのお父さん、本気で泣いていたわね。心痛のあまり病気にでもならなきゃいいけれど」

 

「心配だなぁ……」

 

 その時、子犬が悲しがるような言葉にならない声が聞こえる。かすかな声だったが、小百合には誰の声かすぐに分かった。うつむいているラナの目じりに涙が光っていた。

 

「いいなぁみらいは、あんな優しそうなお婆ちゃんがいて……」

 

 みんなの胸に悲しみがのしかかってくる。ラナはいつも明るいのでついつい忘れてしまうが、最近祖母を亡くして天涯孤独の身になっている。それを思い出した少女たちは、どんな言葉をかければいいのか分からなくなる。

 

 悲し気なラナの前で、ことはが両腕を大きく広げて小柄な体を抱擁した。

 

「うわっ」いきなり抱きしめられてラナが目をぱちくりさせる。

 

「大丈夫、一人じゃないよ。ラナにはわたしたちがいるよ。だから安心して」

 

「はーちゃん……」

 

 ラナの中に温かい気持ちが広がって涙が引いていく。ことはは満開の花を思わせるようなにこやかさでラナを見つめ、そしてラナのレモンブロンドの髪の上に手を置いた。

 

「かわいいね~」

「えへへ~」

 

 ことはがラナの頭をなでている極限に愛おしい姿に、他の少女たちはほっこりしてしまった。ラナを中心に滞留していた悲しみはすっかり消えてなくなっていた。この時に小百合は、ことはがもつ特別な力を強く感じる。

 

 ――ラナの心痛が消えていくのが分かる。これは優しい言葉で悲しみを忘れさせるとか、そういう表面的なものじゃないわ。ことはが持っている何かがラナの心の傷を癒している。ことはが言葉を紡ぐと闇が光に照らされるように嫌なものが全部消えていく。

 

 小百合は、ことはに出会った時はラナに似て破天荒な少女だなと思ったが、そういう考えがほんの短い間に別のものに変わっていた。

 

 

 

 校長先生にお願いしていた用事が済むと、少女たちは揃って校門の前に立った。そこにいた者に、小百合に抱かれていたリリンが宙に飛び出して言った。

 

「小さき者よ、こんな所で何をしているデビ」

「小さくて悪かったな。お前らにさよなら言うために待ってたんだよ」

 

「は~、チクルン! こんにちは!」

「なんだ、お前もいたのかよ! これで全員そろったってわけか」

 

 チクルンは少し高く飛んで少女たちの顔の位置までくると、感慨深そうに見ながら指で鼻の下をこすった。

 

「おまえら、よかったな、仲良くなれてよ」

 

「あなたには計り知れない恩があるわ。いつか恩返しさせてもらうから」

 

「そんなの気にすんなって、友達なんだからよ」

 

 友達と聞いてリコとみらいとモフルンに笑顔が浮かぶ。

 

「わたし、あんたにずっと言いたいことがあったのよね」

「うん? なんだよ怖い顔して……」

 

 振り向いたチクルンに、小百合の顔が近づいてくる。

 

「あんた、わたしとリコが戦っている時に割って入って止めたでしょう。もし攻撃が止まらなかったら、どうなっていたか分かるわよね」

 

「そ、そりゃあ……」

 

 チクルンの顔が少し青ざめる。そんなことは考えもしなかったが、考えてみるとうすら寒くなる。

 

「あんな無謀なことはもう二度としないで。あんたがたいなくなったら、悲しむ人のことも考えなさいね」

 

「お前……やっぱりいい奴だな」

 

 チクルンが笑みを浮かべると、小百合も怖い顔を崩して微笑む。

 

「でも、その小さな体で大きな敵に向かっていく貴方の勇気には敬意を表するわ。わたしはチクルンを尊敬してる」

 

「よせやい!」

 

 照れたチクルンは反転して小百合から顔をそむける。

 

「チクルン、みんなを助けてくれてありがとう」

 

 その声にチクルンがまたくるりと振り向いて、ことはを見つめる。他の少女たちの視線も、ことはに集まっていた。

 

「あなたがしてくれた事は、この世界を守ることにもつながってるんだよ」

 

 ことはの話があまりにも飛躍していて、チクルンはぽかんとしていた。そして次の瞬間に、ことはの破天荒な行動がみんなを驚かせる。

 

「勇者チクルン、ばんざ~い!」

 

 笑顔のことはが両手をいっぱいにあげる。

 

「ばんざいモフ~」

「ばんざいデビ~」

 

 ことはにぬいぐるみ二人が続き、みらいとラナも声と手をあげた。そして最後にはリコと小百合も同じことをする。小百合たちとリコたちの間を心配し走り続けたチクルンに、みんな心の底から感謝していた。

 

「おいおい、やめろよ~」

 

 チクルンが顔を真っ赤にしていた。それから彼は少女たちを改めて見つめて言った。

 

「おいら妖精の森に帰るぜ、達者でな!」

 

 そして小さな勇者は妖精の森の方角に去っていった。5人の少女と二人のぬいぐるみは彼の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。



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はーちゃんの魔法とリコのお祝い

「さて、わたしたちも向かいましょうか」

 

 リコが仕切って言うと、みんなが小さくなってる魔法の箒を手にして振り始める。小百合が箒を元の大きさに戻してから柄先で地面を突いて言った。

 

「ことははまたラナの後ろに乗っていく?」

「わたしもみんなと一緒の箒に乗っていくよ」

 

 ことはがペンのような形の短い魔法の杖を出して、鉛筆を持つように指の間に挟んだ。小百合は今までに見た魔法の杖とあまりにも様子が違うので、穴が開くかと思うくらい凝視する。ピンク色で先の方がボールペンのように尖っていて、後ろには赤くて小さな花のつぼみが付いている。

 

「キュアップ・ラパパ~」

 

 ことはが魔法の杖で空中に光の線を描く。小百合は道端で突然踊りだす人でも見るような目をしていた。

 

「魔法の箒よでろ~」

 

 ことはが魔法の杖で描いた箒が白い煙をあげながら実体化し、ことはが緑色の柄の部分をその手に収めた。ぽけーっとそれを見ているラナの横で小百合がすごい声を上げた。

 

「へ? はあぁっ!? なによその魔法!?」

「かわいいホウキが出たね~」

「そこじゃないでしょ! あんた、ことはの魔法を見て何とも思わないの!?」

 

 小百合がラナに叩きつけるように言葉を浴びせると、彼女は無邪気な笑顔で言うのだった。

 

「なんか空中に絵とかかいて、かわいいと思った~」

 

「ああ……もういいわ。魔法は何でもできるわけじゃない。道理に従った現象しか起こらないはずなのよ。もともと存在している魔法の箒の大きさを変えることはできるけれど、何もないところから魔法の箒を出すなんて絶対に不可能なはず」

 

「はーちゃんの魔法は特別だから、そういうものだと思って深く考えない方がいいわ」

 

 論理的に考えるリコがそう言うのなら小百合もそれで納得するしかない。同時に小百合は、ことはが特別な存在であることを現実として受け止めた。なにせ、ことはの魔法は人間の領域を超越しているのだから。

 

 5人の少女たちが魔法学校から箒に乗って飛び立つ。モフルンはいつもの巾着バッグに、リリンは専用のポシェットに、それぞれ入って顔を出していた。

 

「やっほ~」

 

 ラナが好き勝手に飛んで行ったりきたりして小百合を苛々させる。

 

「ラナ、うるっさい! みんなと並んで飛んでちょうだい!」

「だってぇ、みんな遅いんだもん」

 

「みんな普通に飛んでるわよ。あんたの箒が普通じゃないの! こっちが軽自動車だとしたら、あんたの箒はフェラーリみたいなものよ」

 

「ぶ~っ、わかったよぉ。げんそく、げんそく、げんそく、いっ速~っ! ほ~ら、みんなと同じになったよ~」

 

 小百合の横に並んだラナは完全に小百合のことをバカにしていた。

 

「何かむかつくわね……」

「いいなぁラナの箒は、そんなに速く飛べて」

 

 ことはが小百合の横に並んで言うと、

 

「さっきの魔法で同じ箒を出せばいいんじゃないの?」

 

 小百合が当然のように言った。それにことはが首を横に振る。

 

「なんでも出せるっていうわけじゃないんだ。心をもっているものや、心とつながったものは出せないの。例えば、小百合がしてるその腕輪とか、みらいとリコのおそろいのペンダントとか、こういうのは、はーちゃんの魔法でもだせないよ」

 

「なるほどね。ラナにとっての魔法は箒が全てだからね」

「そう。だからラナがのってるその箒は、ラナだけのものなの」

 

 人の領域を超越したことはの魔法だが、その制約にはどこか人間らしさがある。そして小百合は明らかに人を超えた存在のことはを、普通の女の子として受け入れることができた。そこが不思議だった。

 

「ことはとリコ達がどうして出会ったのか気になるところね」

 

 それを聞いたリコとみらいが横に並んでくる。そしてラナも興味津々という顔で近づいてきた。箒にのった5人の少女が横に並ぶとリコとみらいの話が始まった。彼女らの魔法図書館での出会いから、ことはの育成の経緯までを聞くと、驚いていた小百合がしばらくぶりに声を上げる。

 

「妖精の赤ちゃんだったことはを、みらいとリコが育てたと……。今さら何が起こっても驚かないと思っていたけれど、これには驚くわね……」

 

「みらいとリコは、はーちゃんのお母さんだったんだね~。でもさっきは、はーちゃんがお母さんみたいに見えたよ」

 

「まあ、なんていうか、見ない間にすっかり成長しちゃって……」

 

 ラナの言うことにリコが恥ずかし気に目をそらして答えた。さっき、ことはに泣きついた自分を思い出していた。リコが成長したというのは見た目ではなく心の話だった。みらいとリコにだけは、ことはの成長ぶりが分かる。

 

 突然、リコが人差し指を立ててツンとして偉そうな態度になる。

 

「驚くのはまだ早いわよ。何をかくそう、はーちゃんは伝説のリンクルストーンエメラルドのプリキュアになれるのよ!」

 

「何ですって!? 本当なの!?」

「本当だよ、ほら!」

 

 ことはが小百合の前にあっさりとエメラルドを出して見せた。癒しの輝きを放つ緑色の輝石、それは小百合の記憶にも新しい。ロキの闇の魔法からリズとエリーを守ってくれたリンクルストーンだ。

 

「あの時リズ先生とエリーさんを助けてくれたのは、ことはなのね」

 

 ことはが頷くと、小百合がみらいとリコの方をにらんで怒り出した。

 

「どうしてそれを早く教えてくれなかったの! ことはにお礼を言うのが遅れたじゃない!」

 

「ご、ごめんなさいね。なかなか言うタイミングがつかめなくて」

 

「お礼なんていいの。わたしは大したことしてないし~」

「そんなことない!」

 

 小百合は、ことはがエメラルドを乗せた手を強く握って言った。

 

「あなたはわたし達と一緒に戦ってくれた、感謝してる」

「はーちゃん、助けてくれてありがと~」

「ありがとうデビ」

 

「小百合、ラナ、リリン……」

 ことはが大きなグリーンの瞳を輝かせ、そして嬉しさを爆発させた。

「は~~~!」

 

 ことはがいきなりバンザイして手放し運転になって、目の前にいた小百合は焦ってしまった。

 

「ちょ、ちょっと危ないわよ!」

 

 それから、ことはが箒のスピードを上げて前の方に出ていく。

 

「リコのお家でお祝い! ワクワクもんだし~!」

 

「はーちゃん、まってよ~」

 

 ラナがことはの後を追いかけていった。そんな様子を見守っていたみらいとモフルンが笑顔になる。

 

「はーちゃん、とっても嬉しそうモフ」

「今、みんなの心が、はーちゃんとつながった感じがしたよ」

 

 

 

「あれがリコの家なんだね」

「は~」

「立派なお家モフ~」

 

 みらいとことはが、上から立派なお屋敷を見下ろしていた。かなり高い場所にある六角形の都市には大きな佇まいの屋敷が多かった。都市の中心に大きな杖の樹があり、杖の樹の周囲は六角形の草原になっていて、公園として人々の憩いの場になっている。リコの実家はその公園に面していた。

 

「でも小百合のお家の方が大きいね~」

「失礼なこと言うんじゃないの!」

 

「ごめ~ん」小百合に怒られたラナが特に悪びれもせずに言うと、すぐ近くでリコが咳ばらいをする。

 

「みんな待ってるわ、行きましょう」

 

 5人の少女たちが由緒のありそうな少し古びた感じのお屋敷に降下していった。

 

 外門から家に続く通路には銀閣寺を思わせる白砂が敷いてある。少女たちがそこを歩いていくと、庭に置いてある巨大な石に驚かされる。歪な形の石には何だかよくわからない鉱物の結晶がたくさん付いていた。

 

「は~! おっきいね~」

「おお~」

 

 楽し気に石を見るラナとことは以外は、ちょっと微妙な表情だった。

 

「なにこれ、すごいとは思うけど……」

「何だか場違いなオブジェね」

 

 変な空気になっているみらいと小百合にリコが目を合わせずに説明した。

 

「それ、お父様の趣味だから……」

「そっか、リコのお父さんって考古学者だもんね」

「まあ、考古学者のお父様なんて素敵ね」

 

 それを聞いたリコが急に意気を取り戻して言った。

「そうでしょう! 後で小百合にも紹介するから!」

 

 父親を褒められて自慢げになるリコを、小百合は少し羨ましく思った。

 

「お、きたきた! おーい、こっちだ!」

 

 ジュンが屋敷の前で手を振っていた。みんな待ちききれない気持ちになって、ジュンのほうに走っていった。

 

 

 

『はーちゃん!?』

 

 ケイとエミリーが、ことはを見るなり二人して驚いた声がハモった。

 

「みんな久しぶりだね~」

「ほんとに久しぶり!」

「はーちゃんもリコのお祝いに来てくれたんだね」

 

 エミリーもケイも、ことはに会うと元気をもらって輝くような笑みを浮かべた。

 

 家の方から大人たちが出てくる。リリアと共に、リズとエリーはエプロンを付けてパーティーの準備を手伝っていた。庭に白いクロスがかけられた長いテーブルがあり、そこに様々な料理が並び、周りに白い丸テーブルと椅子のセットがいくつか配置されている。

 

「うわー、広いお庭だねー」

「おいしそ~」

 

 庭の広さに感心するみらいの横で、ラナが料理を見つめている。

 

 エリーが大きなアップルパイを長テーブルのほうに置いて言った。

 

「まだ準備が整ってないから、その辺りで休んでいてね」

 

「わたしリコのお部屋見てみたいな」

「わたしの部屋なんて見ても面白くないわよ」

「はーちゃんも見てみたい!」

 

 リコはあまり気乗りはしないが、みらいとことはに言われては無下にも断れない。

 

 その時、厨房の方から両手に料理の乗った皿を置いている銀髪ポニーテールの少女が出てくる。彼女は上機嫌の鼻歌まじりに居間を横断する。

 

「デリシャス牛のローストビーフも、ハートフィッシュのパイ包み焼きも、なかなかの出来だぞ」

 

 そして彼女が外に出ようとすると、見覚えのある少女たちが目に入って体が凍り付く。

 

「げっ!? あの娘どもはプリキュア!?」

 

 フェンリルは料理を持ったまま壁を背にして隠れた。

 

「ど、どういうことだ? 勢ぞろいしているぞ。今日は先生の娘さんのパーティをやるとかで、その友達もたくさん来るとか何とか……」

 

「リコの部屋だったら案内しますよ。みんないらっしゃい」

「もう、お母様ったら」

 

 隠れているフェンリルの耳にリリアとリコの会話が聞こえてくる。

 

「な、なんてことだい。先生の娘がプリキュアだなんて……」

 

 その後、上の階に上がっていく複数の足音がして、フェンリルは今がチャンスと外に出ていく。

 

「これが最後の料理だ。こいつを置いたらどっかに隠れよう」

 

「フェンリルさん、ありがとうございます」

 

「ひっ!?」リズに声をかけられてフェンリルがびくつく。

 

「どうかしまして?」

 

「い、いやあ、お姉さん、何でもないですよ。ちと用事を思い出しまして、わたしはちょいとばかり外に出ますので」

 

「あら、そんなこと言わないでパーティーに参加してください。あなたがいなくなったら、お母様はきっとがっかりするわ」

 

 恩師のリリアががっかりするとあっては、フェンリルはとても断りずらい。しかし、パーティーに参加することはどうしてもできない。

 

「先生にはこうお伝え下さい。先生の大切な娘さんのために料理を作らせて頂いた、これだけでわたしは幸せいっぱいの気持ちです。この素晴らしい気持ちを忘れないうちに、新たな料理に取り組みたいのです!」

 

 フェンリルはリコ達が戻ってこないかと後ろを気にしながら言った。

 

「まあ、さすがはお母様が弟子に選んだだけはありますね。わかりました、そのようにお伝えしておきます」

 

「ではっ!」フェンリルはすごい勢いでリズの前から去っていった。そして、庭の茂みに飛び込んで白猫の姿になって近くの庭木を駆け上がり、樹から樹へと移動して屋敷の屋根に乗った。

 

「後片付けがあるから帰るわけにはいかん。ここで娘どもがいなくなるのを待つとするか」

 

 この時にリコ達が外に戻ってきていた。

 

「お母様ったら! ベッドでおねしょしたなんて言うんだもの、恥ずかしい……」

「別にいいじゃない。おねしょの一つや二つ、小さい頃なら誰だってするわよ」

 

 小百合が顔を赤くしているリコをフォローしていた。

 

「リコ、遅くなってしまったが、首席おめでとう」

「お父様! ありがとうございます」

 

 リコの父リアンが現れて、小百合が固まってしまう。

 

 ――この方は塔の下にいた素敵なおじさま……。

 

「君たちは前に白い塔に登っていった子たちだね」

 

「この方が考古学者のリコのお父様……」

「おじさん、なんか見たことあるような気がする~」

「いま白い塔って言ったデビ。ラナは忘れっぽすぎるデビ」

 

 ラナがリリンに突っ込まれている横で小百合が呆然と突っ立っている。

 

「そうよね、こんな素敵なおじ様だもの、素敵な奥様がいるに決まっているわよね……はふぅ……」

 

「え? どしたの小百合?」

 

 小百合が変なため息をついて変に落ち込んだので、周りの少女たちは首をかしげてしまうのだった。

 

 そして、ついに料理が出そろってパーティーが始まる。少女とぬいぐるみたちは搾りたてのアップルジュースを注いだコップを、大人たちはスパークリングのリンゴ酒のワイングラスを片手に持ち乾杯した。そしてわいわいと会話の花が咲いていく。

 

「おっと、忘れてはいけなかった! このパーティーはリズの校長昇格記念も兼ねているのだった」

 

 リアンが大声で言い出すとリズが慌てだす。

 

「い、いいわよそれは!? 恥ずかしいからやめてください!」

 

「あら、それは素敵ね! おめでとう、リズ!」

 

「エリー、お願いだからやめて。代理で少しの間だけ校長先生の仕事を引き継いだだけなんだから」

 

「リズ先生が校長先生やったときって楽しかったよな」

 

「うんうん、よく教室に来てくれて、色々お話ししてくれたよね。悩みもたくさん聞いてもらったし」

 

 過去を思い出したジュンとケイの後に、エリーがからかうように言った。

 

「次期校長は間違いなしね」

「あり得ません!」

 

 真面目に答えるリズにみんなが笑った。

 

 

 

 みらいとラナが大皿に山盛りの料理を置いて食べまくっていた。その隣ではフルーツを食べていることはと、クッキーを食べているモフルンとリリンがいる。

 

「あんたたち、いくら何でも取りすぎでしょ」

「ぜんぜん平気だよ~」

「こんなの普通に食べられるよね」

 

 小百合が信じられないという目で二人を見つめる。

 

「は~! このリンゴおいし~っ! いろ~んな味がする!」

 

 ことはの食べているリンゴは輪切りになっていて、綺麗に7等分の虹色に分かれていた。

 

「それはレインボーアップルよ。七種のフルーツの味がするリンゴなの」

 

 エリーが説明すると、みんながリンゴの乗っている皿に集まってくる。

 

「噂には聞いていたけれど、初めて見るわ」

 

 リコの声が聞こえて小百合も7色のリンゴを手に取った。

「これ、魔法界の人でも見たことないの?」

 

「レインボーアップルは作っている農家が少なくて、市場にはあまり出回らないのよ」

 

 エリーの話を聞いて少女たちが一斉に7色のリンゴを口にして、

 

『おいしい!』みんなでほとんど同時に言った。

 

「リンゴなのにオレンジの味がするわ。柑橘系はさわやかでいいわね」

「わたしは、ここのメロンの味のところが好みだわ」

 

 小百合とリコがそれぞれリンゴを食べながら感想を言い合った。それから小百合がリコの隣の席に座ると、リリアからチョコレートケーキが振舞われた。

 

「たくさん食べてね」

「ありがとうございます」

「お母様の得意なお菓子なの。特別な日には必ず作ってくれるのよ」

 

 ケーキを一口食べれば、チョコレートとスポンジが溶け合って、雪のように口の中から消えていく。

 

「おいしい……」

 

 ただ味が良いというだけではなかった。小百合の胸の奥に温かさと少しの疼きが生まれる。

 

「リコが羨ましいわ。あんな素敵なお母様がいて……」

「小百合……あなたにだって、待っていてくれる素敵な人たちがいるじゃない」

「ええ、そうね。わたしにはお爺様や巴や喜一さん、それにラナもいる」

 

 リコは小百合の本当の気持ちを分かっていた。こうして母を目の前にすれば、その存在がどれ程に大きなものなのか。小百合にはそれがないのだ。これだけはどうにもならない。それは小百合自身が乗り越えていくしかないものだし、リコには小百合なら必ず乗り越えられるという確かな気持ちがあった。



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はーちゃんとフレイア

「あれ? モフルンとリリンがいない」

 

 みらいは山盛りの料理をたいらげ、今度は何を食べようかと席を立った時に気付いた。クッキーのお皿が空になっていて二人の姿が消えている。

 

「モフルンとリリンならあそこだよ」

 

 ことはがプリンを掬っていたスプーンで上を指す。みらいが見上げるとリリンがモフルンを抱えて飛んでいた。

 

「あの二人は相変わらず仲がいいね」

 

 二人の姿を見て安心したみらいは、空いたお皿を持って料理の物色に立っていった。

 

「お空のお散歩楽しいモフ~」

「こうして人間どもを見下ろしていると、大悪魔になった気分デビ」

 

「そういうこと言っちゃダメモフ」

「あくまで気分デビ」

 

 二人がリコの家の周りで空中散歩を楽しんでいると、屋根の上で眠っている白猫を発見する。

 

「愚かな白猫が眠っているデビ。悪魔のいけにえになるがいいデビ」

「いけにえなんてダメモフ。白猫さんがかわいそうモフ」

「気分だから心配しないデビ。モフルンは優しいデビ」

 

 白猫フェンリルは屋根の上で晴天の光を浴びながら丸くなって寝ていた。その前にモフルンとリリンが降りてきてじっと見下ろす。

 

「うん? なんか妙な気配が……」

 

 フェンリルが頭だけ上げると、クマと黒猫のぬいぐるみと目が合った。

 

「ぬあーーーっ!?」

「モフーッ!?」

「デビーッ!?」

 

 フェンリルがぬいぐるみに驚き、モフルンとリリンは飛び退いて毛を逆立てる白猫の姿と声に驚く。屋根の上で三つの叫び声が起こった。

 

「な、なんだ貴様らは!?」

「モフ?」

「デビ?」

 

 モフルンとリリンが同時に同じ方向に首を傾げる。

 

 ――こ、こいつらはプリキュアと一緒にいたぬいぐるみ共だ!? ま、まずい!

 

 絶望的ともいえる事実に気づいたフェンリルが、どうするべきか考えていると、

 

「どっかで見たような白猫デビ」

「わ、わたしはお前たちなんて知らないよ! 別の猫と間違えてるんだろ!」

 

「おしゃべりする猫さんモフ~」

「し、しまったぁっ!!?」

 

 その後フェンリルは動揺のあまりオッドアイの焦点が合わなくなり、混乱のあまり鳴いた。

 

「ニャー、ニャー」

「いまごろ猫の鳴きまねしてるデビ。間抜けデビ」

「うっさいわーっ!」

 

 フェンリルは思わず怒鳴ってしまった。その声が少し下に響いてパーティーに参加していた人たちが上を向く。

 

「今なんか聞こえなかった?」

「猫でもいるんじゃないの」とリコがみらいに言った。

 

 フェンリルはこのピンチを何とか切り抜けようと足掻いていた。

 

「ほ、ほら、ここは魔法界なんだし、猫がしゃべったって不思議はないだろう」

 

「それもそうデビ。よく見たらリリンの見間違いだったデビ。こんな間抜けな白猫、リリンは知らないデビ」

 

「くっ」間抜けと言われてフェンリルは頭にくるが、ここは我慢しなければいけない。

 

「モフルンとリリンにフワフワのクッキーを持って来るデビ。そうしたら小百合たちには黙っててあげるデビ」

 

「お前わたしの正体に気づいてるんじゃないか!」

 

「そんなこと言ったらフェンリルに悪いモフ~」

「お前もかーいっ!!」

 

「モフルン、もう忘れたデビ? この薄汚い白猫がモフルンの大切なみらいとリコに何をしたか、デビ」

 

「薄汚いは余計だっ!」

 

 フェンリルが鋭く突っ込み、モフルンは考え込む。そしてモフルンが怒った顔になるとフェンリルは冷汗がでてきた。

 

「そういえばそうだったモフ。思い出したモフ」

「よせ! その悪魔の言うことに耳を貸すな! ダークサイドに落ちるぞ!」

 

「フワフワクッキーの契約が成立したデビ」

「勝手に成立させるな!」

 

「じゃあいいデビ。お前の存在をみんなに知らしめるデビ」

「ま、まて! わかった、フワリンクッキーを作れば本当に黙っててくれるんだな」

 

「ぬいぐるみに二言はないデビ!」

「……仕方ない、ちょっとそこで待ってろ」

 

 フェンリルが屋根から降りて姿を消すと、モフルンは彼女が可哀そうに思えてくる。

 

「みらいとリコは、もうフェンリルを怒ってないと思うモフ」

 

「いいんデビ。散々悪いことしたんだから、リリンたちに美味しいクッキーを作っても罰は当たらないデビ」

 

「クッキー作ってくれるのに罰が当たったらかわいそうモフ」

 

 しばらくしてからフェンリルが人の姿で屋根に飛び乗ってくる。彼女は焼き立てのフワリンクッキーの乗っているお皿をモフルンとリリンに見せる。

 

「これでいいだろ」

「おいしそうモフ~っ!」

「これは、芸術的なクッキーデビ!」

 

「そ、そうか?」自分の料理が褒められて嬉しいフェンリルは、気恥ずかしさからそっぽを向いた。

 

「そうだ、大切なことを忘れていた。お前たち、これを持ってろ」

 

 フェンリルはモフルンとリリンに皿を持たせると、両手の親指と人差し指を合わせてハート形を作り、

 

「愛情、は・い・れ❤」

 ウィンクして急に可愛らしくなったフェンリルをぬいぐるみたちが見上げる。

 

「モフゥ……」

「キャラ崩壊してるデビ」

 

「うるさぁいっ! これは料理の基本なんだ! 愛情が入って初めて料理は完成するのだ!」

 

 熱を込めて語るフェンリルの前で、モフルンとリリンが顔を見合わせていた。

 

「よし、もう食べていいぞ」

 

 それから二人はとても美味しいクッキーを食べて幸せいっぱいの気持ちになるのでした。

 

 

 

 食事が一段落すると、みんなで集まって写真をとった後にゲームをしたり、それぞれやりたいことをして楽しんでいた。小百合はその時に隙を見て、ことはを外門から玄関に続く白砂の通路に連れ出した。パーティーの会場から見える場所でだれの目にも二人の姿が見える。はた目には仲良くお話ししているように見える。

 

「ことは、単刀直入に言うわね。あなたフレイア様のことを知ってるんじゃないの? さっき校長先生に言っていた友達って、フレイア様のことなんじゃないの?」

 

「は~……」ことはが思いっきり目を泳がせた。

「……あなた、今まで嘘ついたことないでしょう」

 

 ことはの顔から笑みが消えて、不安げな表情になっていく。常にみんなに元気を与える笑顔を浮かべていたことは、その彼女が笑うのを止めた。

 

「ことはと抱き合った時に、まるで無限に広がる花畑を見ているような、そんな不思議な感覚があったわ。そして、とてもやさしい気持ちになれた。フレイア様に抱かれた時にも似た感覚があったの。あなたが花畑なら、フレイア様は……そう、星。夜空に広がる無限の星々。どちらもわたしを、やさしい気持ちにしてくれた」

 

 小百合はことはの両肩に手を置いて少しだけ力を入れると、黒い瞳で緑の瞳をしっかり捉えて言った。

 

「ことは、お願いよ、フレイア様のことを知っているなら教えて」

「……ごめんなさい。それは言えないの、約束だから」

 

「そう……ならもう何も聞かないわ。あなたがフレイア様の友達でいてくれた、それが分かっただけでも十分だしね」

 

「小百合……」

 

「わたしやラナじゃ、フレイア様の全部を分かることはできない。それができるのは、多分ことはだけなのよね」

 

 寂し気に言う小百合の姿を見て、ことはは申し訳がないような、いたたまれない気持ちになってしまった。

 

「こんな所に呼び出して悪かったわね。戻ってパーティーの続きを楽しみましょう」

 

 小百合がその手をつなぐと、ことはに笑顔が戻り、二人はみんながいる場所に戻っていった。

 

 

 

  草原に風渡り、少女たちに緑の香を運んでくる。この都市は高いところにあって少し肌寒いが、抜けるような青空が広がり、昼下がりの太陽が穏やかな光を杖の樹の広場に注いでいた。

 

 リコの案内で、5人の少女と二人のぬいぐるみが杖の樹の近くに集まっていた。彼女たち以外に周囲に人はいない。

 

「わたしはこの杖の樹から魔法の杖をもらったのよ」

 

 リコが語る出生の話にみんなで静かに耳を傾けていた。不意に、ことはが杖の樹の前に出てきて見上げる。ことはには、まるでそこに誰かがいて会話でもしているような、そんな空気感があった。そして彼女は振り返ってリコたちを見つめた。

 

「は~! みんなありがとう! 今日はとっても楽しかった!」

「はーちゃん……」

 

 リコの声色にはどこか悲し気な韻があった。みらいとリコに別れの予感が訪れる。二人は悲しげだけれど、ことはと長い時間は一緒にいられないことは分かっていた。

 

 ことはは、いつもみんなに元気を与える輝くような笑顔で言った。

 

「わたしが最初に小百合とラナに会いにいったのは、フレイアがあなたたちを心配していたからなの」

 

 フレイアの名が、ことはの口から語られると、小百合とラナは彼女から目が離せなくなった。

 

「小百合、ラナ、リリン、これだけはどうしても伝えたかった。フレイアは、あなたたちを心から愛しているよ」

 

 ことはの言葉が3人の胸に広がっていく。誰もが言葉をなくして、しばらくは草原を走る風の音だけが聞こえた。食い入るように、ことはを見つめる小百合とラナの瞳から、やがて涙が零れ落ちる。

 

「は~ちゃぁん……」

 

 ラナは、ありがとうと言いたかったが、そこまで言葉が続かなかった。

 

「ありがとう、ことは……あなたは、わたしたちにとって一番大切なものを……はこんできてくれた……」

 

 小百合の胸に灯った情愛の炎が止めどのない涙を誘う。ことはは、感涙の少女たちに包むようにやさしい視線を送りながら右手にエメラルドを顕現させる。そしてそれを両手で包み込んで胸に押し当てた。ことはの背中に、透明感のあるエメラルド色の4枚の翅が広がっていく。彼女の足が地面から離れて高く上がってゆくと、杖の樹の上でエメラルドが強き輝きを放ち、ことはの体が生命の輝きに包まれる。

 

「これからも、たくさん辛いことや悲しいことがあると思う。けれど、4人の力を合わせれば何も怖くない。なんだって乗り越えられる。わたしは一緒には戦えないけれど、いつでもみんなのそばにいるから」

 

「はーちゃん!」

 

 みらいが悲しくなって、モフルンを抱きながら杖の樹に駆け寄ると、優しい光の中に、ことはの笑顔が見えた。

 

「みらい、リコ、わたしは二人にたくさん愛されて、たくさん守ってもらって育ててもらった。だから今度は、わたしがみんなを愛して、みんなを守るの、みらいとリコがわたしにしてくれたように」

 

「わかってる。はーちゃんはそのために行くんだよね」

 

 みらいの頬に涙が伝うと、ことはも一瞬だけ悲しそうな顔になり、それから友達を慈しむ笑顔を浮かべる。

 

「みらい、リコ、モフルン、またね!」

 

 エメラルドがさらに強く輝き、光の中にことはの姿が消えた。そして後に残った雫のような緑の光の欠片が雪のように降って杖の樹に輝きを広げていった。

 



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第24話 受験勉強真っ最中!? ラナのテストとヨクバール!
数学の衝撃、再び


このお話が書いてて一番楽しかったです。


 リコの首席パーティーの翌日、みらいとモフルンが夏休みに入り誰もいない学校ないを探索していた。

 

「静かだねー」

「誰もいないモフ」

「なんか学校全体が、わたしたちだけの空間って感じでワクワクするね!」

 

 みらいは校舎から外に出て抱いていたモフルンを下におろした。

 

「モフ~!」

 

 モフルンが楽しそうにその辺りを駆け回る。その時にみらいの視界に触れるものがあって見上げる。すると箒に乗って学校に近づいてきている二人の姿が見えた。みらいはモフルンと一緒に校門の方に歩いていった。

 

 校門から入ってきた二人を見たみらいは、何だか不穏な空気を感じる。小百合がひどく怒っているようで、それに手を引かれているラナは怯えて震えていた。そして、小百合のもう片方の手には勉強道具の入ったカバンが握られていた。

 

「二人とも遊びに来た、わけじゃなさそうだね……」

「みらい助けて~っ! 小百合にころされちゃう~っ!」

 

「ええぇっ!?」

「人聞きの悪いこと言うんじゃないの! みらい、気にしないでね。リコはいるかしら?」

 

 小百合はラナを怒った後に、穏やかになって言った。どうもただ事ではなさそうだった。

 

「リコなら寮の部屋にいるよ。わたしもこれから戻るところだから一緒にいこう」

 

 みらいの後を小百合とラナが歩く。さゆりは逃がさないとでも言うように、ラナの手をしかり握っていた。

 

 みらいがキュアップ・ラパパの魔法でドアを開けると、リコは部屋の真ん中にあるテーブルの前でソファーに座ってお茶を一口飲んだところだった。

 

「ふぅ」彼女は誰もない学校の静けさと落ち着きを一人で楽しんでいたのだった。

「あら、二人ともどうしたの?」

 

 リコは小百合とラナの姿を見るなり言った。小百合がラナの手をきっちり握ったまま答える。

 

「何かあった時に4人一緒の方がいいから、わたしたちは毎日学校に来ることにしたからね」

 

「ちょうどよかったわ。わたしもそれを考えていたの。あなたたちに、わざわざここに来てもらうのは悪いとも思ったのだけれど」

 

「それはいいのよ。重要な要件はここからなんだけど」

「まだ何かあるの?」

「リコ、悪いんだけれど、この子に勉学を叩きこんで欲しいのよ」

 

 小百合がラナの手を引っ張って前に引き出す。

 

「もちろん、無理には頼めないわ。あなたさえ良ければでいいんだけれどね」

「そんなこといわれたって、リコめいわくだよねぇ。無理しないでいいから~」

 

「べつにかまわないわよ」

「はぐぅっ!!? そ、そんなあっさりぃ……」

 

 ラナはリコの答えがよほどショックだったのか、ナイフでも突き刺されたかのように胸を押さえた。しかし、ラナはあきらめなかった。

 

「わたし、ちょ~頭よくないから、すっごいすっごい大変だよ~。ぜったいやめたほうがいいよ~」

「見苦しい! いい加減諦めて勉強机へなおりなさい!」

「ふう~……」小百合に一喝されて、ラナが今にも泣きそうな顔になる。

 

「ラナは箒実技以外の教科は全部免除されていたはずよね?」

 

 リコが言うと、ラナはまるで目の前に救世主が現れたかのように瞳を輝かせ、今にも祈らんとするように両手を組む。

 

「そう、そうなんだよ~。だって、わたし箒で飛ぶ魔法しか使えないんだもん」

 

 そんなラナを怒りを秘めた瞳で小百合が後ろから見下ろす。

「それは誰よりもよく知っているわよ」

 

 ラナが振り向いて小百合と向かい合うと、許しを請うように両手を組んだまま言った。

 

「だから~、勉強なんかしても意味ないんだよぉ。だって、魔法がつかえないんだも~ん」

 

 すると小百合が満面の笑みを浮かべる。それをラナの後ろから見ていたリコは背筋が寒くなった。

 

「そう、そういう考えなのね」

「そう、そうなの! 小百合ならわかってくれるでしょ~」

 

「ラナは箒で飛ぶしか取り柄がないんだもの、仕方がないわね」

「よかった~、わかってくれたんだね」

 

 ラナが安心すると、満面の笑顔の小百合から部屋を瞬時に冷却するような異様な空気が広がる。

 

「なーんて言うと思ってんの!! たとえ魔法が使えなくても、生きていくのに必要最低限の教養は必要でしょ! あんたは人生をなめすぎよ!」

 

 いきなり激怒し人生まで引き出してきた小百合に、ラナは青くなって震え、みらいとリコは慄然としてしまい、モフルンとリリンはいつの間にかベッドの上で並んで座って穏やかに見守っていた。

 

「どうして今になってラナに勉強させようと思ったの?」

 

 リコが言うと小百合がカバンの中に手を突っ込む。そしてテーブルの上に数枚の用紙を叩きつけた。

 

「これを見なさい!」

 

 それは一学期の魔法学校の中間テストの答案用紙だった。みらいとリコがそれを上からのぞき込み、8教科の点数を見ていく。

 

『ひええぇ……』

 

 そのあまりの点数の酷さに驚愕した二人から奇声があがった。

 

「ラナの家でこれを見つけた時に、わたしは自分の甘さを痛感したわ。もっと早く勉強させるべきだった」

 

「いくら免除されているとはいえ、これは酷すぎるわね……」

 

 リコが言っている隣で、みらいが一枚の答案用紙を取り上げる。

 

「魔法界生物は55点だ。生物は得意なんだね」

「そうなの~。おばあちゃんが、いつもがんばったね~って、ほめてくれたんだ~」

 

 そう言うラナを見て、リコが呆れかえってしまう。

「得意っていう程の点数じゃないし……」

 

「ラナは、おばあちゃんに随分甘やかされて育ったようね。まあ、こういうわけだから、リコお願いね」

 

「わかったわ、任せておいて」

 

 リコと小百合の間でどんどん話が進み、ラナが世界が終わるような絶望感を漂わせる。

 

 リコが少し考え込んでから言った。

 

「勉強するにも目標が必要よね」

「まずは8教科平均点50点にしましょうか」

 

 小百合が目標を決定した瞬間に、ラナが小百合のスカートにすがりついて、お代官様に許しを請う罪人のような姿になる。

 

「ゆ、ゆるして~、わたし、し、し、しんじゃうぅっ……」

「なに言ってるの!? 平均点50点よ! 50点っ!」

 

 リコは本気で泣いているラナの姿を見て可哀そうになってきた。

 

「この点数から平均点50点は少しハードルが高いかしら。とりあえず赤点以上にしたらどう?」

 

 ラナがリコを女神でもあるかのように感謝して見上げ、小百合は顎に手を置いて考える。

 

「リコがそう言うなら、それでいいわ」

「リコ~、ありがと~っ!」

 

「今のラナの成績だと、平均点30点でも楽じゃないわよ。早速始めましょう」

「え~、もうやるの~? ラナ、ちょっとのど乾いたな~」

 

 そう言うラナを小百合が射殺すような目で見つめる。このままだと小百合の小言でラナの気力が砕かれそうで、リコは少し慌てて言った。

 

「丁度お茶を淹れてたところだから、みらいと小百合もどう?」

「のむのむ! リコの淹れたお茶おいしいんだよねー」

「わたしも頂くわ」

 

 みらいと小百合もテーブルの周りに座って、それでずっと厳しい顔をしていた小百合の表情が少しほぐれた。お茶を飲み終わると小百合は立ち上がって言った。

 

「わたしは図書館で自分の勉強をやらせてもらうわ。リコがラナを見てくれるなら、安心して勉強に打ち込める」

 

「小百合は本当に勉強熱心だね」

 

 みらいが感心して言うと、小百合は変人でも見るような目になった。

 

「なに言ってるの、当たり前でしょう。受験勉強なんだからね」

 

 瞬間、みらいの心が凍り付いた。

 

「……今、受験…勉強って…い…いました……?」

「みらい、あなたまさか……」

 

 みらいの顔に玉の汗がたらたらと流れ出し、そして頭を抱えていきなり叫んだ。

 

「うわあぁーーーっ! どうしよう!? 受験勉強忘れてたぁ……」

 

 みらいはふらつきながら自分の机の前に崩れるように座ると、バタンと机の上に倒れてしまった。ラナは何食わぬ顔でポッドからもう一杯お茶を注いで、小百合は呆れて、リコは気の毒そうな顔をしていた。

 

「お母さんが言ってた大変って、受験勉強のことだったんだね……」

「でも、ナシマホウ界の勉強もちゃんとやっていたじゃない。わたしも手伝ったし」

「あれは帰ってから勉強が遅れないようにっていう……」

 

 みらいは消え入りそうな声でリコに言った。

 

「必要最低限の勉強はしていたということね。ということは、3年生の教材は持っているのね」

「うん……」

「それがせめてもの救いね」

 

 小百合の容赦のない言葉が、みらいに打撃を与える。

 

「ふぐうっ、魔法学校の勉強が楽しすぎて、受験勉強のことなんてすっかり忘れてたよ……」

 

 みらいは少し元気を取り戻して顔を上げると、小百合に向かって言った。

 

「でもほら、この前の期末テストなんて頑張って10番以内に入ったんだよ!」

 

「その努力は素晴らしいけれど、ナシマホウ界の受験では何の役にも立たないわ」

 

「ぐふぅっ、ですよねぇ……」みらいは小百合の言葉で一刀両断にされて、また机の上に倒れてしまった。

 

「しょうがないわね、わたしと一緒に勉強しましょう」

「いいの!?」

 

「いいわよ。わたしは1年生から3年生までの教材を全部持ってきているし、参考書もあるしね」

「よろしくお願いしますーっ!」

 

 みらいが椅子の上で、土下座だったら地面に額が付くくらいに頭を下げて、その姿に小百合は少し引いてしまった。

 

 リコとラナは、みらいと小百合のやり取りを興味深そうに見つめていた。小百合がその二人を見て少し怖い顔になる。

 

「そっちも見てないで勉強っ!」

 

「そ、そうね。じゃあ始めましょうか」

「う、うん」

 

 小百合はラナに向かって言ったのだが、リコまで少し恐怖を感じてしまうのだった。

 

 

 

 同じ寮の部屋でみらいとラナの勉強が始まる。リコの方は最初から全部教えるので考える必要もないが、みらいの方は受験勉強なのでそうもいかない。

 

「まず、みらいが苦手な科目を教えて」

「数学以外は好きだよ」

 

「数学ね」小百合は鞄から一枚のテスト用紙を出して、みらいの前に置く。

「模擬テストをやってちょうだい」

 

「え!? いきなりテスト!?」

「そうよ。今のみらいの実力と傾向が分からないと勉強する範囲が決められないからね」

 

「ううぅ、数学のテストかぁ……」

「60分よ。はい、今からね」

 

 小百合は鞄から出した懐中時計を見ると、物怖じするみらいに容赦せずスタートを宣言した。それからみらいは、「う~」とか「あ~」とか言って悩みながらテストと向かい合っていた。60分はあっという間に過ぎた。

 

「はい、そこまで。じゃあ、採点するからちょっと待っててね」

「うう、だいぶ忘れちゃってる……」

 

 小百合が採点をしている間、みらいはまるで先生が目の前にいるように緊張する。小百合は足を組んで大人びた魅力を交えながらテストに丸とバツを付けていく。それをリリンがモフルンを抱えて飛びながら、上から二人で見下ろした。

 

「むむ、これは丸とバツのせめぎあいデビ。いい勝負デビ」

「バツの方が多いモフ~」

 

「うあ~」みらいが頭を抱えた。

 

 みらいはテストを受けた感触から予想はしていたものの、ぬいぐるみ達に言われるとショックだった。そして唐突に小百合がテストをひっくり返して、みらいに残酷な現実を見せつける。

 

「42点」

 

「みらい、わたしと一緒に勉強している時は80点以上は取れてたのに……」

 

 リコが悲し気な目でみらいを見つめていた。慌てたみらいが両手をわたわた動かして言い訳する。

 

「あ、こ、これは違うんだよ!」

「なにも違わないでしょう。これが現実よ」

 

 小百合の一言がみらいの胸にぐさりと突き刺さる。

 

「ううっ、何と言いますか。リコと一緒に勉強しないと数学はワクワクしないんだよね……」

 

「受験勉強にワクワクなんて必要ありません」

「はうぅ……小百合は厳しいなぁ……」

 

「でも、わたしと勉強し始めた時は数学26点だったし、それに比べればはるかに希望があるわ!」

 

 リコがみらいを元気づけようとして言ったことが逆効果になった。

 

「それは言わないで~」

 

 それを聞いた小百合は前途多難な道のりが見えてため息をついてしまうのであった。

 

 

 

 小百合はみらいと本格的に勉強を始める前に、どこから調達してきたのか縄の束を寮の部屋の片隅に置いた。みらいはそれが気になる。

 

「小百合、そのロープって……」

「絶対に切れない魔法のロープよ」

「いや、そうじゃなくて、なんで魔法のロープをそこに置くのかなって」

「それはすぐに分かるわよ。こんなの気にしないで勉強に集中しましょう」

「気になるなぁ……」

 

「むぅ、こんなのわかんない~っ!」

 ラナの声が寮の部屋に響く。

 

「あなた最初から考える気ないでしょう! ちゃんと問題に向き合って!」

「ちゃんと向き合ってるよ、ほら~」

 

 ラナが開いてある教科書に顔を近づける。

 

「屁理屈いってないで、ちゃんと考えなさいよ!」

 

 リコが怒るとラナは口を尖らせてそっぽを向く。その姿を見たリコがさらに苛々を募らせた。

 

 その時だった。足音もなく近づいてきた彼女がラナの両肩に手を置いて少し痛いくらいの力を入れてくる。怖気を感じたラナが見上げると、満面の笑顔の小百合が見下ろしていた。

 

「リコ先生を困らせたらダメでしょう」

 

 小百合が普段は絶対に出さない猫なで声が、噴火寸前の火山を連想ささる。

 

「ひいいぃ!!? ご、ごめんなさいぃっ! ちゃんとやりますぅ~っ!」

 

 ラナが大魔王に睨まれるような恐怖の中で必死に叫んだ。そして小百合がみらいの机に戻っていく後姿を見送るリコが唖然としながら言った。

 

「あの笑顔は本当に恐ろしいわ……」



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ヨクバールとクイズで勝負!?

 魔法学校よりもはるか上にある魔法の樹の、厚く茂った枝葉の上に、ロキが寝そべって空中に映っている少女たちの姿を見上げていた。

 

「プリキュア共め、部屋に閉じこもって何をやってやがるんだ?」

 

 彼はテーブルの端の方に重ねてあるテスト用紙を見つけると、口角を引き上げて邪悪な笑みを浮かべる。

 

「今回は趣向を変えてみるか」

 

 

 

「遅い! いくら何でも時間がかかりすぎよ!」

 

 リコが怒るような調子で言った。ラナがトイレに行くといってから、もう結構な時間が過ぎていた。リコは嫌な予感がして見に行こうかなと思っていると、みらいの隣で勉強を教えていた小百合がいきなり立って、バンと勢いよく窓を開ける。

 

「キュアップ・ラパパ! ロープよ、ラナを捕まえなさい!」

 

 小百合が魔法の杖を振って魔法のロープの先端が外に出ていくと、何重にも厚く巻いてある縄がほどけてどんどん小さくなっていく。そして、ある瞬間に縄がぴんと張る。

 

「捕まえた! ロープよ戻ってきなさい!」

「うわ~~~」ラナの叫び声がだんだん近づいてきた。

 

 ラナが箒に乗った状態で逆再生しているみたいに後ろ向きで窓から寮の部屋に入ってきて着地した。箒の筆の根元の方に魔法のロープが巻き付いていた。それを見たリコはやれやれとため息をつく。

 

「やっぱり逃げ出していたのね」

「このためのロープだったんだね……」

 

 みらいはロープの用途が分かって少しすっきりすると同時に、これからラナを襲う災難を思うと少し心配になる。

 

 小百合が腕を組んで仁王立ちでラナを見つめる。ラナはぎこちない動きで周囲を見ながら言った。

 

「いやぁ、みなさんおそろいで……」

「あんたのやる事なんて全部お見通しなのよ! さっさと机に戻って勉強しなさい!」

「もう疲れたっ! 休みたいのっ!」

 

 ラナが開き直って騒ぎ出すと、小百合は怒りを通り越してため息が出てくる。

 

「休みたいならそこのテーブルで休みなさい。いい、次に逃げ出したら2度とおやつ作ってあげないからね!」

「あう~、それはやだ……」

 

 ラナは乗っていた箒を小さくしてポシェットに入れると、観念してリコの机に戻るのだった。

 

 

 

「このまっすぐな方は簡単なんだけど、こっちのにゅーんて曲がってる方は苦手なんだよねぇ」

「みらい、それは二次関数っていうのよ」

「むうう、よくわかんないなぁ……」

 

 二次関数に苦戦するみらい、しかも小百合の教えるペースはかなり早かった。すぐにみらいは頭がパンクしてしまった。

 

「うああ! なんでこんな変な計算するの!?」

「平方完成ね。そんなに難しくないわよ。一つずつ落ち着いて計算すればできるわ」

「うう、本当にできるのかな……」

 

 その後、みらいは計算と格闘して本当に頭から湯気が出そうなほど疲弊してしまった。小百合もさすがに見かねて勉強を一旦中止にした。

 

「少し休みましょうか」

「うん……」

 

 同じタイミグでリコとラナも来て、リコが全員にお茶を淹れてくれる。ソファーに並んで座っているみらいとラナは、すっかり元気をなくしていた。

 

「みらい、二次関数の前に因数分解の復習をしましょうか」

「はい……。ああ、なんで数学ってこんなにワクワクしないんだろ……」

「ワクワクすればいいのね」

 

 小百合は手近にあったラナのテストの裏面の白紙に16の2分の1乗という数字を書いた。

 

「数学にはこんな数もあるのよ。どう、ワクワクしない? これの答えはすぐに分かると思うけれど4ね」

 

「な、なにそれ!? 何乗なんて2とか3だけで十分だよ……」

「うわ~、みらいの元気がどんどんなくなってく~」

 

 項垂れるみらいをラナが本当に心配そうに見ていた。リコが思わず苦笑いを浮かべて小百合に言った。

 

「それって、高校生の修学範囲でしょう」

「そうだけど、面白いと思ったんだけどね……」

 

「そんなのでワクワクできるの小百合だけだよ。まったくどうかしてるね~」

「あんたにそんなこと言われたくないわよ!」

 

 小百合はラナに突き刺さるような鋭い突っ込みを入れて、ついでに手元にあった終末的な点数のテストのを見せつけた。すると、それを合図にでもするようにいきなり窓が全開に空いて、部屋の中に暴風が吹き荒れる。

 

「いきなり、何なのよ!?」

「敵の攻撃じゃないの!?」

 

 そう言うリコと小百合の声がかき消されるほどの暴風だった。

 

 モフルンとリリンが飛ばされないようにベッドにしがみついて窓の外を見る。

 

「なんか怪しい奴がいるデビ!」

「なんか飛んでいくモフ!」

 

 窓からラナのテストが次々と出ていって、最後に小百合が持っていた答案用紙もすごい力で引っ張られ、小百合の手から離れて窓の外に飛んでいく。そして部屋に吹き荒れていた風が嘘のように収まった。

 

「わたしのテストとんでっちゃった」

 

 少女たちが窓辺に駆け寄ると、空中に浮かぶ怪しい男の姿が見える。

 

「ロキ!」小百合が眼光鋭くかの男を見据える。

 

 彼の前で8枚のテストが円形に並んで回っていた。

「よう、小娘ども。これは俺様からのサプライズだぜ! 十分に楽しめ!」

 

 ロキが黒い結晶を上に投げて指音を響かせる。

「いでよ! ヨクバーーールッ!」

 

 空に暗黒の雲が一気に広がり、その雲の下に真円の黒い魔法陣が現れて、円の中央に刻まれた竜の顎が口を開く。そこに闇の結晶とラナの8枚のテストが吸い込まれると、魔法陣から暗黒を全身にまとった存在が引き出されていく。テスト用紙と同じ四角の体に丸い頭らしきものと細い手足が付いている。その右手には長細くて先が尖っているものを持っていた。

 

 それが地上に降りて全身を染めていた暗黒の衣装が引きはがされると、少女たちが今までに見たことがない怪物が現れる。

 

「デスヨクバール!」

 

 少女たちが魔法学校の校庭に降りたその姿を見つめる。

 

「え? なんかいつもと様子が違うわね……」

「ちょっとかわいいかも~」

 

 ラナがそんなことを言うと、小百合は少し拍子抜けしてしまう。

 

 デスヨクバールは8枚のテスト用紙を重ねた極薄の体に、丸い骸骨の頭を持ち、妙に細い腕と足の先に丸っこい手と靴が付いていてコミカルか感じだった。右手には自分の体よりも長い鉛筆を持ち、アイホールには子供が落書きしたような愛嬌のある怒る目があった。

 

 それを見たリコとみらいが言った。

 

「わたしたちは見慣れた感じだけど……」

「あんまり強くなさそうだね。4人で戦うのが可哀そうになるくらいに……」

 

「油断は禁物よ!」

 

 小百合がみんなに喝を入れるとモフルンが言った。

 

「みんな変身モフ!」

 

 みらいとリコ、小百合とラナがそれぞれ手をつないで心を一つに唱える。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 4人の少女が光の衣をまとい、モフルンとリリンのブローチに輝く二つのダイヤが現れる。

 

『ダイヤ!』

 

 みらいとリコがモフルンと手をつないでゆるやかな輪舞を踊る。

『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 小百合とラナがリリンと手と手を取って、たおやかに人の輪を回転させる。

『セイント・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 モフルンとリリンのダイヤが同時に強く輝き氾濫した光の中に少女たちの姿が消えていく。

 

 二つ同時に顕現せし五芒星と六芒星の魔法陣、その上に4人のプリキュアが召喚されて、魔法陣の上から4人同時に跳んで校庭へと降り立ち、

 

「二人の奇跡、キュアミラクル!」

「二人の魔法、キュアマジカル!」

 

「光さす慈愛の聖女、キュアプリーステス!」

「メラメラの黄昏の魔法! キュアルーン!」

 

 4人のプリキュアはそれぞれのパートナーと繋がって、強く可憐な乙女の姿を見せる。

 

『魔法つかい、プリキュア!』

 

 デスヨクバールは鉛筆を地面に立てて以外に可愛い怒った目でプリキュアたちをにらむ。

 

「でましたデスね、プリキュア!」

 

「しゃ、しゃべった!!?」

『ええぇーっ!!?』

 

 マジカルが仰天し、ミラクルとルーンがうるさいくらいの声を上げた。プリーステスはこの奇妙なヨクバールを胡散臭そうに見ていた。

 

「みんな惑わされてはダメよ!」

「そうね。ここは慎重に、わたしとプリーステスで仕掛けてみましょう」

「マジカル、了解したわ」

 

「じゃあ、わたしはミラクルと一緒だね~」

「がんばろうね、ルーン」

 

 ルーンは小さな子供みたいにその場で跳ねて嬉しさを表現した。そしてマジカルとプリーステスが同時に走り、一緒に跳躍する。

 

『はぁっ!』

 

「それはルール違反デス!」

 

 デスヨクバールが空中のマジカルとプリーステスに鉛筆の先を向けると、二人の周囲に黒いリングが現れて、それが縮んで締まって両腕が拘束されてしまう。

 

「な、なによこれ!?」

「ちょっと、どうなってるの!?」

 

 二人は情けない声をあげながら急転直下に落下して、ミラクルとルーンの前で無様に地面に転がった。

 

「あ、おちた~」

「落ちてないし!」

 

 ルーンの言葉にマジカルが地面に寝たまま条件反射みたいに反応すると、ルーンは口を半分あけたままで固まってしまう。

 

「……いやぁ、それは無理がありますよ~、おねいさん」

「落ちてないから!」

 

 あくまでも落ちたことを認めないマジカルに、隣で同じように転がっているプリーステスが残念な物を見る目を向けていた。

 

「フッフッフ、そっちの二人にはこれデス!」

 

 デスヨクバールがミラクルとマジカルに鉛筆の先を向けると、二人の前にピンク色とレモン色の立机が出てきた。机の上には変なボタンが置いてある。

 

「なにこれ~?」

 ルーンがボタンを押すと、ピンポーンと軽快な音が鳴った。

 

「アハハ~、おもしろ~い」

 ウィッチは何度もボタンを押して何度も音を鳴らした。

 

「こら! いたずらするんじゃないデス!」

 

 一方、この趣向に気づいたミラクルが言った。

「これってもしかして、クイズ?」

 

「フフッ、その通りデスっ! このわたしを倒すには、クイズで勝負しなければならないデス。これが7枚の赤点テストと一枚の微妙なテストから生まれしデスヨクバールの能力デス!」

 

「おお~っ! すっごいね、わたしのテスト」

「すごくないわよ! 最低よっ!」

 

 喜んでいるルーンにまだ地面に転がっているプリーステスから突っ込みが飛んできた。

 

 しかし、こんなおかしな状況でもマジカルとプリーステスは慌てなかった。二人は両腕を縛られたまま立ち上がり、決して得意になりすぎずに、その内に秘めた深き知性を醸しながら言った。

 

「まあ、いいでしょう。この勝負受けましょう」

 

「わたしたちにクイズで挑んできた事を後悔させてあげるわ」

 

 マジカルは瞳を閉じ、微笑を浮かべ、その台詞には彼女の知性が光っていた。けれど縛られている状態なのであまり格好よくない。

 

「ダメデス、お前たちはそのままデス」

 

『なんでよーっ!!?』縛られた二人が一緒になって憤然と叫んだ。

 

「なんデスお前たちは? クイズに参加してそんなに自分たちの頭のよさを見せびらかしたいんデスか? まったくあさましい奴らデスね」

 

「べ、別にそういうわけじゃないし!」

「そうよ、そんなこと……」

 

 プリーステスがはっと気づいてマジカルを諭す。

 

「ダメよマジカル、向こうのペースに乗せられては!」

「そうね! だいたい、ミラクルとルーンにだけクイズで勝負させるなんて卑怯よ! 正々堂々、わたしたち4人と勝負しなさい!」

 

「なに言ってるデスか! そっちは四人! こっちは一人! これでもまだ二対一でハンデがあるデス!」

 

 それを聞いたマジカルとプリーステスが衝撃を受けた。

 

「そんな……わたしたちは今まで卑怯な戦いをしていたっていうことなの……?」

「しっかりしてマジカル! ヨクバールは一人じゃ絶対倒せないからね!」

 

「そ、そうよね!? 騙されるところだったわ……」

「理攻めでくるなんて新しいわね、このヨクバール……」

 

「ジャジャーン! キュアルーンに問題デ~ス!」

「うえぇ!? いきなりぃ!?」

 

 マジカルとプリーステスが混乱している間にクイズが始まってしまった。

 

『しまった!』と二人で後悔しても時すでに遅し。

 

「キュアルーンは頭悪そうだから、簡単なのにしてやるデス。猿も木から落ちると同義のことわざを答えなさいデス。弘法も~なんデスか?」

 

「え~? えっとぉ……」

 ルーンがレモン色の立机の前で一生懸命に考える。

 

「どうぎって確か、ナシマホウ界で戦う人が着る服だよねぇ?」

「そっ、そこから分からないの!!? いい加減にしてよ!」

 

 プリーステスが怒り出すとルーンが涙目になってしまう。

 

「うえぇ、だって分からないんだもん……」

「わ、悪かったわ! もう怒らないから、弘法もから後の言葉を考えなさい、ね!」

 

 またルーンが考え出した。そして数分が過ぎてから、

 

「こうぼうって、お菓子とか作るところだよねぇ? だから工房もクッキーとチョコレートとぉ」

「何なのよそれ!? 弘法も筆の誤りよ!」

 

 プリーステスが我慢できずに答えを言ってしまった。

 

「ブブーーーッ!! 外野が答えたらアウトデス! キュアルーンに罰ゲーム!」

 

 デスヨクバールが手に持っている巨大な鉛筆で天を突くと、無数の爆弾でも投下されたかのような空気を裂く高音が空から降りてくる。そして、無数の白いミサイルがウィッチに降りそそいだ。

 

「ウキャーッ!?」

 

 ミラクルの隣で白い煙がもくもくと上がり、彼女は開いた口が塞がらない状態で見つめていた。

 

「ふうぅ、いたぁい……」

 

 白い煙の中から全身真っ白のルーンが痛めた頭を触りながら立ち上がる。そして彼女は頭と体を思いっきり振って白い粉を飛ばし、隣のミラクルに少し迷惑をかけた。

 

「ま、まさかそれ……チョーク……?」

 

 プリーステスが怯えた瞳でまだ少し粉をかぶっているルーンを見つめた。

 

「その通りデス。必殺チョークミサイル! 勝手に答えたお前も罰ゲームデス!」

 

 デスヨクバールは鉛筆でプリーステスを指した。

 

「や、やめてーっ!?」悲鳴をあげるプリーステスにもチョークの洗礼が訪れる。

 

「うう……先生にほめられたことしかないのに……」

 

 隣で真っ白になって倒れたプリーステスをマジカルも怯えた瞳で見つめる。

 

「な、なんて恐ろしい攻撃なの……」

 

「へぇ? そうかなぁ? ま、けっこう痛かったけどさぁ」

 異常に怯えるマジカルをルーンがチョークの当たった頭をなでながら見ていた。

 

「ジャジャーン、キュアミラクルに問題デス」

「は、はい!」ミラクルは思わず背筋を正す。

 

「この式を計算して答えよ、デス!」

 デスヨクバールが鉛筆の黒い線で空中に数学の式を書いた。



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デスヨクバールの恐怖

 デスヨクバールが鉛筆の黒い線で空中に数学の式を書いた。

 

3x+12=3 x=

 

「す、数学!?」

 

 ミラクルが絶望感に打ちひしがれると、プリーステスが力を込めて励ます。

 

「大丈夫よミラクル! 今のあなたなら、この程度の問題はなんてことないわ」

「ミラクル、落ち着いて考えて」

 

 マジカルの声が聞こえて、ミラクルが数学の問題とじっくりと向き合う。

 

「あ、これならできるよ」

「5秒前!」

「えっ!? ええ!?」

 

 デスヨクバールの無情のカウントダウンにミラクルが焦りまくる。

 

「4、3、2、1、ブブーーーッ! 時間切れデス」

 

「ちょっと! さっきは時間切れなんてなかったし!」

「汚いわよ! ルーンには考える時間をさんざん与えてたくせに!」

 

 マジカルとプリーステスが抗議すると、デスヨクバールがフンと鼻をならす。

 

「外野がピーチクパーチクとうるさいでデスね。じゃあなんデスか、お前たちはこの計算を5秒以内にできないとでもいうのデスか?」

 

「まあ、わたしは5秒もあれば十分だけどね」

「だ、だめよプリーステス!?」

 

 マジカルの声が校内に響き渡り、デスヨクバールが怒った目を少し細くして、してやったりという気持ちを表情にも浮かべた。

 

「やはり5秒で十分ではないデスか!」

「し、しまった!? まさか誘導されるなんて……不覚……」

 

 プリーステスが精神的ダメージを受けて肩を落とすと、デスヨクバールのターンが訪れる。

 

「キュアミラクルに罰ゲーム!」

 

 デスヨクバールがミラクルに鉛筆を向けると、再び上から白亜のミサイルが降ってくる。

 

「あわわわ!?」

 

 ミサイルの形をした白いチョークが次々とミラクルに当たって、石灰の煙の中から悲鳴が聞こえた。そして立ち上がったミラクルは、ドレスが石灰の白と混ざって薄ピンク色になっていた。

 

「真っ白だよぉ……」ミラクルが頭と体を叩い石灰を落とすと、隣のルーンが煙たそうな顔をしていた。

「ごめんごめん」

「いえいえ~」

 

 ミラクルとルーンにはまだまだ余裕がありそうだ。

 

「パートナーのキュアマジカルにも罰ゲームデス!」

「ちょっとぉっ! そんな話聞いてないわよ!?」

「今わたしが決めましたデス」

「ふざけないで! そんなの認められないから!」

「うるさいデス! このわたしがルールなんデス! くらえデス!」

 

 無数のチョークミサイルが空気を突き抜けてくる高音がマジカルに近づいてくる。

 

「い、い、いやぁーっ!!?」

 

 その身にチョークのミサイルを受けたマジカルが白い粉とチョークの破片に埋もれて倒れた。

 

「はぅ……屈辱だわ……」

「マジカル!? 寝ちゃダメよ! 気をしっかり持って!」

 

 ルーンが大騒ぎしているプリーステスを見ながら首をかしげると、隣のミラクルに言った。

 

「二人とも、どうしちゃったの?」

「頭のいい人程ダメージが大きいみたいだね……」

 

「変なの~」そんな何気ないルーンの言葉が、頭のいい二人に無情に響く。

 

 そんなプリキュアたちの様子をぬいぐるみ達がギャラリーとして見ていた。

 

「プリキュアが見るも無残な姿デビ」

「みんな真っ白モフ~」

 

 真っ白になったマジカルが息も絶え絶えに立ち上がって足をふらつかせる。

 

「あいつの狙いはミラクルとルーンじゃなく、わたしたちよ」

 

「間接的にこちらを狙ってくるなんて、なんて狡猾な奴なの。これ以上この攻撃を受けるのはまずいわ。わたしたちの精神がもたない……」

 

 そんなやり取りをしている二人を、ルーンがバカを見るような目で見つめてくる。

 

「こんなの大したことないじゃん。二人ともだいじょうぶ~? おかしくなったんじゃなあい?」

「この苦しみは、あんたには理解できないわよ!」

 

「プフッ! あたま真っ白で縛られて怒ってるプリーステスおもしろ~い」

「あんたがクイズに失敗するからこんな姿になってんの!」

 

「もうコントはそれくらいで終わりにするデス」

「コントじゃないわよ!」

 

 デスヨクバールはプリーステスをいじってから、プリキュアたちに鉛筆の先を突き付けて、その立ち居姿に勝利の確信が満ちる。

 

「次の問題でお前たちは終わりデス。パートナーの頭の悪さを呪いながら散ってゆくがいいデス!」

 

 鉛筆の先がルーンの方に向けられる。

 

「ジャジャーン! キュアルーンに問題デ~ス!」

 

「プリーステス、今度はがんばるからみてて!」

「未だかつてこれほどの絶望感を味わったことはないわ……」

 

 プリーステスが落ち武者のような姿になっていうと、ルーンは何も気にしないで握り拳に力をいれた。

 

「キュアルーンよ、お前は超レア魔獣スカイホースを知ってるデスか~?」

 

 デスヨクバールがバカにした口調で言うと、ルーンが即答した。

 

「知ってる~。空色のとってもファンタジックなお馬さんだよ~」

「なあにそれ? どんなお馬さんなの?」

 

「魔法界の草原に住んでてね、空色で見ると幸せになれるって言われてるんだ~。あと、めっちゃ足が速すぎて、絶対に人は乗れないの!」

「すごい! そんなお馬さんいるんだ! ワクワクもんだね!」

 

「こら! お前たち勝手に二人で盛り上がるんじゃないデス! わかってるんデスかキュアルーン、お前がこの問題を間違えたらプリーステスは終わりなんデスよ!」

 

「へ? そうなの?」

 

「では問題! 魔法界の草原を駆け抜けるスカイホース! そして魔法界の空を駆け抜けるペガサス! このふたつの生物には大きな違いが二つあるデス。一つは翼の有無! もう一つはなんデスかね~」

 

 出題が終わるや否や、ルーンはすごい勢いで目の前のボタンを連打する。そしてピンポーンと景気のいい音が鳴った。

 

「ずいぶん勇んでボタンを押したデスね。答えられるものなら答えてみるがいいデス」

「は~い! スカイホースとペガサスは(ひづめ)がちがいま~す。スカイホースは奇蹄類(きているい)でペガサスは魔蹄類(まているい)です~」

 

 その答えを聞いたプリーステスの心の闇を裂いて光のごとき希望が射しこんでくる。

 

「まているいって、魔法の魔に蹄?」

 

「そうだよ~。ペガサスの蹄には魔法がかかってて、森のしゃめんとか、岩場とかを普通に歩けるの」

 

「へえ、そうなんだ!」

 

 ミラクルの目が興味で輝きだすと、ルーンが楽しそうお話しする。

 

「ついでに~、ペガサスの翼にも魔法がかかってるんだよ~。ペガサスは翼の力じゃなくて翼の魔力で飛んでるの!」

 

「すごい! ルーンて物知りなんだね!」

「生物好きだから図鑑とかいつも読んでるの~」

 

 呆然としていたデスヨクバールが、信じがたい現実の前にコミカルな瞳を大きく開き。

 

「バ、バカな!? おバカキャラのルーンがこの難問に正解したデスとぉっ!?」

 

「やったねルーン!」

「いえ~い!」ミラクルとルーンが両手を合わせて喜んでいた。

 

 さっきまで魂が抜けたようになっていたプリーステスは安堵のあまり長い溜息をはいた。

 

「ありがとうねルーン。わたしあなたを全然信じてなかった、謝るわ」

「プリーステス、気にしないで~」

 

「ぬぬ、正解者にはこのわたしを攻撃する権利が与えられるデス。さあ、いつでも来るがいいデス!」

 

「わたし攻撃ためる!」

 

「はあ? お前はなにを言ってるデスか?」

 

「ためてミラクルと一緒にパンチする~」

 

「勝手に変なルールを作るなデス! しかし、こっちも好き勝手やってる手前ダメとは言えないデスね……」

 

 そしてデスヨクバールが巨大鉛筆でミラクルを指す。

 

「愚かなりキュアルーン、デス! ミラクルがこの問題を外したら、お前の攻撃権は失われるデス! 頭の悪いお前たちに、まぐれなど二度も続かないデス!」

 

「ミラクルがんばって! あなたならできるわ!」

「まかせてマジカル! 数学以外だったら……」

 

「ほほう、数学以外なら出来るとでもいうのデスか? ならば希望に答えてやるデスよ。正し、難易度はあげあげデス!」

 

 そして運命のお題が出される。

 

「江戸の無血開城を行った人物とその理由を述べよ、デス!」

 

 マジカルもプリーステスも理由までなんて酷いと思ったが、ミラクルはすぐにボタンを押した。

 

「フン、玉砕覚悟であてずっぽうに答える気デスね。そんなに甘い問題じゃないデスよ」

 

「江戸の無血開城をしたのは勝海舟(かつかいしゅう)だよ。理由は確か……江戸の民の命を守りたかったのと他国に侵略されないためだよ。幕府はすごい海軍の戦力を温存していたんだけど、それでも勝海舟は戦わない道を選んだんだよね。戦争なんてして日本が疲れたら他の国に攻められちゃうもんね」

 

「な、なぁにぃーーーっ!? 正解などありえないデス!?」

 

「わたし歴史大好きなんだ! 歴史上の有名人ってワクワクするよね!」

 

 ルーンがミラクルの正解を喜んでぴょんぴょん跳ねる。

 

「やった! やった!」

「いえ~い!」ミラクルとルーンはまた二人で両手を合わせた。



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逆転回答

「な、なぜこんな事に!? おバカなプリキュア二人が連続正解などあり得ないデス……」

 

「言っておくけれど、ミラクルは頭いいから」

 

 マジカルが言うと、デスヨクバールが歯を食いしばって鉛筆で地面を突いて、恨みがましい目でプリキュアたちを見据えた。

 

「なんデスとぉっ!? そんなのずるいデスよ! 一人が頭良かったら、もう一人は頭が悪いのが相場じゃないんデスか!? ミラクルはどう見たって頭良くなさそうデスよ!」

 

「さんざん卑怯なことしておいて、変な言いがかりつけないでよ!」

 

 マジカルがデスヨクバールに怒りをぶつけた後に、ミラクルとルーンが立机の前からジャンプしてデスヨクバールの直線状に二人で並んで立った。

 

「攻撃していいんだよね」

「二人でパンチだ~」

 

「ヨクーッ!?」

 

 ミラクルとルーンが同時にはやての如く走り出し、デスヨクバールに肉薄する。

 

『プリキュア! ミラクルルーンパーンチ!』

 

 二人でそろってミラクルの左アッパーとルーンの右アッパーが、デスヨクバールの顎に炸裂!

 

「ヨクバァルゥーーーッ!?」

 

 デスヨクバールが真上にぶっとんでから、答案用紙の体が空気に乗ってひらひらとゆっくりめに落ちてくる。

 

「き、効いたデスよ……」

 

 デスヨクバールが目を回し、マジカルとプリーステスを拘束していた黒い輪っかが弾け飛ぶ。

 

「外れたわ!」マジカルの喜ぶ声でデスヨクバールが目を覚ました。

 

「ぬあ!? し、しまったデス!」

 

 そしてデスヨクバールがマジカルとプリーステスに睨まれて思わず震えた。二人は背後に燃え上がる炎が見えそうなくらいに凄まじく怒っていた。

 

「まずこの格好を何とかしましょう」

 

 プリーステスが右手をまっすぐ横に振り、チョークの粉で白くなっているブレスレットにリンクルストーンを呼び出す。

 

「リンクル・ジェダイト!」

 

 プリーステスが右手のブレスレットを高く上げると、強風が起こって渦を巻き、プリキュアたちを白く染め上げていた粉をあっというまに上空へと吸い上げていく。

 

「ああ、すっきりしたし!」

「体から重荷が取れたようね」

 

 気分爽快なマジカルとプリーステスをルーンが変な目で見ていた。

 

「そんなに重くないよね、だって粉だもん」

「ええっと……」

 

 同意を求められたミラクルは答えに困ってしまった。

 

「覚悟しなさいよ! このヘンテコのヨクバール! もう絶対に許さないんだから!」

「今度はわたしたちが相手よ!」

 

 プリーステスが腕組みしながら言うと、デスヨクバールは不敵に笑った。

 

「フフッ、いいデスよ! こんな事もあろうかと、回答不可能な難問も用意してあるデスからね!」

「それにわたしたちが答えられたら、それ相応の攻撃を受けてもらうからね」

「回答など不可能デス!」

 

 デスヨクバールが自信満々にプリーステスに言い放つ。

 

「わたしから行くわ!」

 マジカルが一歩前に出た。

 

「ジャジャーン! キュアマジカルに問題デ~ス! 魔法界には様々な星座がありますが、実は魔法の望遠鏡でしか観測できない隠された星座がいくつかあるのデ~ス、それを全て答えよデス!」

 

「黒龍座、像の玉乗り座、フラスコ座、錬金釜座、スカイホース座、ペガサスの親子座、パパラチヤ座、ラコニウム座、セイレーン座、ケルピー座、ゴブリン座、オーベロン座!」

 

「な、なにぃーっ!!? 全て、しかもよどみなく答えよったデス!!」

「占星術は得意なの」

 

 マジカルは言葉通りにおしげもなく得意げな態度を見せつける。デスヨクバールは青ざめてしまった。

 

「バ、バカな!? 得意とかいうレベルを超えてるデス! 占星学者でも答えるのが難しい問題デスよ!」

 

「次はわたしの番よ。さっさと問題を出しなさい」

「お、おのれ! キュアプリーステス、お前だけでも道ずれにしてやるデスよ!」

 

 デスヨクバールがやけくそ気味に叫んで鉛筆をプリーステスに向ける。

 

「ジャジャーン! キュアプリーステスに問題デ~ス! 大宇宙の真理の前にひれ伏すがいいデス! ブラックホールは光すら飲み込む超重力空間デス! その光が逃げ出せなくなる超重力の境目を何と言うか! 答えてみるがいいデス!」

 

「相対性理論の問題ね。答えはイベントホライズン、または事象の地平線ね」

 

 デスヨクバールがあんぐりと骸骨の口を開けたまま、わなわなと震えている。ミラクルとルーンは見ていて気の毒なくらいだった。

 

「な、何なんデスか、おまえたちは……」

 

 プリーステスが腰に左右の手を当てて態度を強める。

 

「あなたはその性質上クイズに正解されたら攻撃を必ず受けなければならない」

 

「つまり、これからわたしたちが繰り出す魔法は絶対に回避できないということよ」

 

 マジカルから死の宣告に等しい言葉を突き付けられて、デスヨクバールがさらに青ざめる。

 

「ヨ、ヨ、ヨクッ……」

 

「ミラクル、ルーン、こっちに来て手伝いなさい」

「え? でも、正解したのはマジカルとプリーステスでしょ」

 

 プリーステスに呼ばれたミラクルが疑問を口にすると、マジカルが震えている敵を一切容赦しない意志が見える怖い瞳で見つめながら説明する。

 

「問題ないわ。わたしたちが正解したのは4人で攻撃してもお釣りが来るくらいの難問だから」

「そういうことね」

 

 そしてマジカルとプリーステスは二人で一緒に満面の笑顔になると、世にも恐ろしい穏やかな声で言った。

 

『お仕置きの時間ね』

 

「ヨクーーーッ!?」

 

 デスヨクバールは必死に押し寄せる恐怖と戦いながら、巨大鉛筆を竹槍のように構えて叫ぶ。

 

「こうなったらクイズなんてもう関係ないデス! お前たちに一矢報いてやるデス!」

 デスヨクバールが4人のプリキュアに向かって突進する。

 

 4人のプリキュアが同時に跳躍し、それぞれのパートナーと手をつないで高く舞い上がる。

 

『聖なる光よ!』

 プリーステスとルーンの声が一つになり、

 

『奇跡の光よ!』

 ミラクルとマジカルの心が一つになる。

 

それぞれのパートナーと寄りそった二組のプリキュアが飛鳥の如く舞って降りると、4人のプリキュアの足元からダイヤのように7色の輝きを秘めた光が無限に広がっていく。そこにモフルンを抱えたリリンが飛んできて、二人でプリキュアたちの後ろに並んだ。

 

 プリーステスとルーンの左手と右手が後方で繋がれ、前方で二人の手が重ねられる。さらにミラクルとマジカルの左手と右手が後方で繋がれ、前方で2本のリンクルステッキがクロスする。

 

『二つのダイヤの光よ!』

 プリーステスとルーンの腕輪にある青いダイヤが光を放ち、

 

『二色のダイヤの輝きよ!』

 ミラクルとマジカルのリンクルステッキの先端が白銀の輝きを放つ。

 

『いま一つとなりて! 聖なる輝きの魔法となれ!』

 

 4人のプリキュアの声が一つになると、プリーステスとルーンはリンクルブレスレットの付いている手を前に出し、ミラクルとマジカルはリンクルステッキで前方を突く。するとプリキュアたちの後ろに控えていたモフルンとリリンのダイヤから強き光が広がっていく。

 

 寄りそいあう二組のプリキュアの前に巨大な青白い輝きの魔法陣が姿を表す。周囲に六つ星マークの入った六芒星の中心に、五つのハートの五芒星が入り、さらにその中心に三日月が入る。宵の魔法つかいと伝説のまほうつかいの魔法陣が融合し、二つのダイヤの魔法が一つとなる。

 

『プリキュアッ!』

 

 4人の心が一つとなり、二組のプリキュアの後方でつなぐ手がさらに強い力で結ばれる。そして巨大な魔法陣の前に青い輝きと白い輝きの巨大なダイヤの姿が並んで現れた。

 

『ダイヤモンドッ! スーパーファイアストリームッ!!』

 

 二つのダイヤに輝きが収束し、二色の波動が同時に放たれた。

 

「デスヨクバールッ!」

 

 青と白が螺旋に絡み合った光の流れに、黒い魔力に身を包んだデスヨクバールが突っ込み、流れに逆らってプリキュアたちに向かっていく。そしてデスヨクバールは完全に二色の光に飲み込まれた。

 

 デスヨクバールは青白い輝きに抱かれて天空へと流れ、彗星のように輝いて宇宙の果てまで飛んでいく。

 

「……ヨクバール……」

 

 デスヨクバールが無限に広がる暗闇の果てで弾けると無限の光が広がる星雲となり、その輝きの中から淡い光に覆われし8枚のテストと一つの闇の結晶が降りてきた。

 

 テストはルーンの両手の上に順番に落ちて重なり、闇の結晶はミラクルがキャッチした。それを見届けたロキは憤懣やるかたなしに舌打ちしてその姿を消した。

 

「うわ~、すっごい魔法出たね! ファンタジックだね!」

「うん! 4人の魔法! ワクワクもんだね!」

 

 マジカルとプリーステスは静かに頷いていた。そして二人はヨクバールが消えていった空を感慨深そうに見上げた。

 

「今までにない強敵だったわね……」

「ええ、危ないところだったし……」

 

「そうぉ? ぜんぜん大した事なかったんだけど~」

 

 ウィッチが疑問符が浮かぶような顔をしている横でミラクルのテンションが少し下がっていた。

 

「わたしってそんなに頭悪そうに見えるのかな……」

 

 ミラクルは敵に先ほど言われたことが軽くショックだった。

 

「そんなことは気にしない方がいいわ。見た目なんて頭脳の優劣には関係ないんだし」

「そうだよね! ありがとうマジカル!」

 

「さあ、さっさと寮に戻って勉強再開よ」

 

『えぇ~~~~っ!?』

 

 プリーステスにミラクルとルーンから不満いっぱいの声がぶつけられる。

 

「戦いが終わったばっかりなんだし、少し休もうよ」

「そうだよ~、もうつかれたよ~、勉強はまた明日からっていうことで~」

 

「ルーン、どさくさに紛れて勉強を打ち切ろうとするんじゃないの。だいたい、あんたたちに休んでる暇なんてないの! さあさあ、寮に戻って!」

 

『はうぅ~~~っ……』

 

 ミラクルとルーンが肩を落とし、見ているマジカルは二人がちょっと気の毒になった。

 

「スパルタね……」

 

「暇だからリリンとモフルンは二人でお茶会するデビ」

「食堂のコックさんがフワフワのクッキー焼いてくれるモフ~」

 

『いいなぁ~~~っ!』

 

 二人のぬいぐるみの悪意のない言葉が、ミラクルとルーンにいらない刺激を与える。

 

「もちろん、みんなにもクッキーもっていくモフ」

 

『モフルン様ぁ~っ!』ミラクルとルーンから歓喜のあまり零れた台詞に、マジカルとプリーステスはおかしくて少し吹き出してしまった。



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第25話 理性と情熱で迎え撃て! 豪ヨクバール現る!
魔法商店街の感謝祭


 夏休みに入って十日ほど経った。みらいとラナは強制的に勉強に明け暮れる日々を過ごしていた。二人とも日に日に元気がなくなっていく。

 

「疲れたなぁ……」

「そろそろ休みましょうか」

 

 小百合とみらいがテーブルの方に移動して、みらいがテーブルに覆いかぶさるように寝込む。

 

「リコ~、もう無理~、お勉強止めていい?」

「いいわけないから。ラナは諦めるのが早すぎよ」

 

 だいたい休む時は二組とも同じタイミングだった。小百合が先にお茶を淹れて後から来た二人を迎える。

 

「お茶うけにドライアップルを持ってきたから食べてね」

 

 リリンとモフルンも並んでソファーに座って、小百合からドライアップルを受け取る。

 

「ありがとうモフ~」

「くるしゅうないデビ」

 

 そう言うリリンを小百合が何か言いたそうに見つめていると、ラナもみらいと同じようにテーブルの上に上半身を寝かせた。二人はつぶれたスライムみたいにぐでっとした姿になって、寝たままドライアップルを食べて一緒になって言った。

 

『おいちい……』

 

「あんたたち、いくら何でも元気なくなりすぎよ」

「だって、毎日勉強ばっかりなんだもん」

 

「受験勉強なんだから当たり前でしょう。まあ、みらいはだいぶ良くなっているわよ。この調子なら夏休みの間に数学は仕上げられそうね。みらいが志望している高校のレベルだと、数学以外が得意なことを考慮しても60点は欲しいわね。だから模擬テストで70点以上が目標ね」

 

「ええ、60点じゃダメなの?」

 

「苦手な教科は目標より点数が下がるから10点底上げするの。わたしも苦手な英語はいつも100点を目標にしているわよ」

 

 その一瞬、その場の空気が停滞して変な静けさがやってくる。

「……え? 小百合って英語のテストいつも何点くらいなの?」

 

 みらいが恐る恐る聞くと、小百合が頬に手を添えて言った。

 

「そうね、いつも90点前後ね」

「あなたが英語が苦手なんて以外ね」

 

 リコが普通にそんな会話をすると、みらいが不興気な顔で起き上がる。

 

「それ苦手って言わないよ! わたしより点数高いよ!」

「やだね~、二人して頭いいの自慢しちゃってさ~」

 

 まだつぶれたスライムみたいになっているラナが、ドライアップルを口にしてもごもごやりながら言った。

 

「別にそういうつもりじゃないのよ……」

 

 みらいの目が小百合に強く抗議する。それが小百合を黙らさせた。それからみらいは、リコの方に目をやって言った。

 

「そういえば、リコは受験勉強しなくていいの?」

「魔法学校には高等過程に進むのにテストなんてないのよ。ナシマホウ界で言うところのエスカレーター式ね」

 

 みらいは一瞬呆けた顔で固まった後に、くしゃっと表情を崩す。

「う、う~ら~や~ま~しぃ~っ!!」

 

「他人をうらやむ暇があったら、数学の公式の一つでも覚えなさい」

「うう、小百合は厳しいなぁ……」

 

 リコは本当に疲れてしまっているみらいとラナの為に何か良いものはないかと、お茶を飲みながら考えていた。

 

「そうだわ。明日から魔法商店街で感謝祭が始まるから、一日くらい休ませてあげたらどうかしら? あまり根を詰めすぎるのもよくないと思うし」

 

 それを聞いたみらいとラナの目がきらっきらの輝きを放つ。けれど小百合が何と言うか気が気ではなかった。

 

「そうね、リコの言う通り適度な休息も必要だわ。今日の勉強は早めに切り上げて、明日の遊びに備えましょうか」

 

『ほ、本当にいいの!?』

 

 みらいとラナが身を乗り出して、神がかった奇跡でもそこにあるように小百合を見つめる。小百合は軽く驚いて身を引いた。

 

「い、いいって言ってるでしょ」

 

『い~っ、やったぁ~っ!!』

 

 みらいとラナが二人で立ち上がって両手をあげた。

 

「感謝祭は出店なんかも多くて、見るだけでも楽しいわよ」

「魔法界の出店!? ワクワクもんだぁ!」

「ファンタジックだ~!」

 

「……勉強にもせめてその十分の一くらいのやる気は出してほしいわね」

リコの話に狂喜乱舞する二人に、小百合がため息交じりに零した。

 

「そんなの絶対むり、一生むり、世界がなくなってもむり~」

「いくら何でも否定しすぎよ……」

 

 小百合はラナに呆れ果ててしまうと同時に、ラナをリコに押し付けていことが心底悪いと思うのだった。

 

 

 

 魔法の箒で少女たちが空を行く。モフルンとリリンはいつものバッグとポシェットに入って顔を出して下に見える魔法商店街を星の宿る瞳で見つめていた。

 

「わあ、なんかいつもの魔法商店街と違うね!」

「きれいな光が浮いてるモフ」

「あれは魔法のランタンよ。ナシマホウ界の提灯(ちょうちん)みたいなものね」

 

 リコがみらいとモフルンに説明する。

 

「昼間でもこんなに輝いて見えるのね」

「夜になるとすっごくファンタジックにきれいなんだよ~」

 

 ラナが言うと小百合は夜が楽しみになった。商店街の通りに沿って無数の色彩の無数のランタンが宙に浮いて並んでいる。闇が訪れれば、それらが街をより美しく輝かせる。

 

 彼女らは期待を胸に魔法の箒を商店街に向かって降下させた。

 

 

 

 商店街にはリコのいった通りに様々な出店があった。肉、魚介、果物にお菓子から装飾品まで、ありとあらゆるものが売っていた。そして普段の商店街よりも数倍多い人がいて、どのお店も盛況で活気のある声が飛び交っていた。

 

「クラーケンの足焼きだよ! 柔らかくておいしいよ!」

 

『クラーケンの足焼き!? おいしそーっ!』

 

「ドラゴンの卵で作った鈴カステラーっ! ふわふわでおいしいわよ!」

 

『ドラゴンの卵で作った鈴カステラ!? おいしそーっ!』

 

 みらいとラナが二人で出店に目移りしながら興奮していた。リコがそんな二人を楽し気に見ていた。

 

「相変わらずね、あなたたちは」

「明日からまた勉強だから、今日はしっかり遊びなさいね。遊びも勉強も中途半端はだめだからね」

 

 小百合が後押しするようなことを言うと、二人のテンションがさらに上がる。二人で屋台に向かって走っていくと、リリンが小百合のポシェットから抜け出してラナの背中にとりついた。

 

 それから少し時間が経って戻ってきたみらいとラナを見て、リコと小百合は少し顔が引きつる。二人して両手にいろいろ持っていた。

 

「……あんたたち買いすぎよ、もう少し落ち着きなさい」

「そうよ。出店は逃げたりしないんだから」

 

「どれもこれも美味しそうでついつい」

 

 みらいがそう言ってクラーケンの足焼きにかぶりつくと、ラナも全く同じタイミングで同じことをする。リコと小百合は一緒に似た者同士だなと思った。

 

 それからみんなで猫の像がある中央の広場に移動すると、そこも人でにぎわっていた。空いているベンチを見つけてみんなで座る。いつもの魔法商店街にはない喧騒が、みんなの心をウキウキさせた。

 

「カステラ美味しいモフ~」

「むむ、なかなか良い仕事をしているデビ」

 

 ぬいぐるみたちと一緒にリコと小百合も袋に入ったドラゴンの卵入り鈴カステラをつまむ。みらいとラナはすでに両手に持っていたものをほとんど食べつくして、次に食べるものを探し始めていた。するとラナが知っている顔を見つける。

 

「あ~、エリーさんだ~」

 

 広場をぐるりと囲むようにある出店の一つにエリーがいた。みんなでそこに集まると、エリーが愛想のよい笑顔で迎えてくれる。

 

「あら、小百合ちゃんたちも来ていたのね」

 

 エリーの出店のケースには小さな果実にキャンディをコーティングしたものが沢山入っていた。

 

「これ、もしかしてりんご飴?」

 

 そう言うみらいに抱かれているモフルンがケースに手をついて見つめる。

 

「きれいモフ、宝石みたいモフ」

 

「新作のアップルキャンディーよ。みんなで食べてみて」

 

 エリーが魔法の杖を一振りすると、浮き上がった三角形の袋が開いて、そこへ小さなりんご飴が次々と入っていく。そしてキャンディーがいっぱいになった袋が飛んできて、モフルンの両手の間に静かに降りてきた。さっそくみんなで一つまみ、両手が塞がっているモフルンは、みらいが口に運んであげる。小百合がすぐに食べた感想を口にした。

 

「さわやかなミントのキャンディーにリンゴがよく合うわね。しかもこのリンゴ種も芯もないわ」

 

 それを聞いたみらいが、不思議そうな顔をする。

 

「あれ? わたしはリンゴとミカンの味がするけど」

「モフルンはリンゴとグレープモフ」

 

「クルクルキャンディーでコーティングしてあるのね!」

 

 リコが気付くとエリーがにっこりする。

 

「クルクルアップルキャンディーよ。リンゴといろんな味のコラボが楽しめるの」

 

「すてき!」みらいが二つ目に手を出すと、みんなも同じように袋に手を伸ばし、美味しく楽しく食べている間にどんどんエリーのお店に人が来て列ができはじめた。

 

「よう! リコたちも来てたんだな」

 

 その声に、アップルキャンディーに舌鼓を打っていた少女たちが顔をあげる。ジュンとケイとエミリーの姿がそこにあった。

 

 

 

 それから合流した少女たちは、ジュンの勧めで夜に感謝祭のメインイベントが開かれるという場所に向かった。

 

「なんでも、とつぜんそれが商店街の外に現れたって話でさ。すごくきれいなんで、観光名所にしようって商店街の人たちが息巻いてるらしいよ」

 

「どんなものなんだろう、楽しみ!」

 

 ケイが手を組んで乙女らしくしている横で小百合が言った。

 

「いきなりそんなものが現れるなんて、不思議なこともあるものね」

「いくら魔法界でも、いきなり物が現れるなんてただ事じゃないわ」

 

「本当に何があったんだろうね?」

 

 真剣に言うリコの横でエミリーが首をひねった。そして少女たちは商店街の外にでていく。浮いている魔法のランタンの列が、例のものにむかって道を作っていた。そこを歩いていくと、ふとみらいが言った。

 

「あれ? この辺り見たことあるような……」

 

 やがてそれが見えてくると、リコと小百合が総毛立つ。

 

『キヒッ!?』二人は思わず変な声をだして立ち止まってしまった。

 

 そんな二人をジュンたちが振り向いて怪訝な目で見る。そしてみらいは、それが何なのか理解した。

 

「あれって……」

「キラキラのツリーモフ~」

「永遠に溶けない氷のツリーデビ」

 

 リリンが意地悪っぽく微妙に核心を突く。

 

「ああ~、リコと小百合が喧嘩してできたやつだ~」

『ヒイイィッ!?』

 

 ラナが大声で言うと、リコと小百合がまた変な声を出して、二人で慌ててラナの口を塞ぐ。

 

「はぁ? リコと小百合が喧嘩してってどういうことだ?」

 

 わけのわからないという顔のジュンの前で、リコと小百合が冷汗を垂らしながら言った。

 

「い、いい、ちょっと、リコと、今朝意見の相違があってね! 喧嘩しちゃったのよね! ラナはそのことを言ってるのよ!」

 

「そ、そそ、そう! 魔法界とナシマホウ界のイデオロギーと生命観について話し合ってたら、つい熱くなっちゃってね!」

 

「そんな訳のわからんことでよく喧嘩できるなぁ……」

 

 リコが適当にでっち上げた難しそうな話でジュンは納得してくれた。しかし、ケイが遠くに見える氷のツリーを指さして言う。

 

「でも、ラナはあれができたっていってたよ」

 

「あんなもの、ただの人間がどうにかできるわけないでしょ! ラナの話はいい加減だから信用しないでね!」

 

「それもそうだね」

 

 みんな納得してくれると、リコと小百合はほっとした。それでラナの口をふさぐ手から力が抜けてしまう。

 

「わたし嘘なんてついてないよ! 本当に」

 

 またリコと小百合は慌ててラナの口に手を重ねるのだった。



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究極融合! 豪ヨクバール!

 商店街の感謝祭が行われていたこの日、妖精の里がある花と森のこのはな島に、今までにない災厄が襲い掛かった。

 

 妖精たちが住まう森をロキが上から見つめていた。彼は探し物を見つけると悪意で歪んだ笑みを浮かべながら、指を鳴らしてその姿を消す。

 

 次の瞬間に、花の蜜を集めている小さな妖精たちの前にロキが現れる。妖精たちは途方もない邪気を浴びて大混乱に陥り、ただ一人の除いてみんなそこから逃げ出した。彼はみんなよりもずっと勇気があったから、ロキと対峙することができた。

 

「だ、誰だ……」

 

 ロキに上からにらまれてチクルンは蜜の入ったポットを落とした。チクルンは目の前の男が放つ邪悪な空気を知っていた。以前にも似た空気を持った者たちに苦しめられたことがある。

 

「ようチビ助。お前は俺様のことを知らねぇだろうが、俺様はお前のことをよぉく知ってるぜ」

 

 ロキの円環と細い瞳孔のある瞳が細められ、チクルンは恐怖に襲われて震えた。

 

「てめぇはプリキュア共を何度も助けてこの俺様の邪魔をした。だからこそ消したりはしねぇ。滅びゆく妖精の里を見ながら絶望しろ。それが俺様の糧となろう」

 

「な、なんだって!? やめろ!」

 

 ロキは背中に大きな蝙蝠の翼を広げると上空へと至る。そして彼は森に住まう者たちに目星をつけて闇の結晶を上に放り投げ、指を弾いて闇色の音を響かせた。

 

 空に広がりし暗黒の魔法陣に次々と吸い込まれていく、巨大なトカゲ、大岩、大きなクワガタ、そして最後に闇の結晶が。

 

「究極融合! いでよ! 豪ヨクバールッ!!」

 

 魔法陣に刻まれた竜の骸骨が実体化して雄叫びをあげる。そして暗黒の魔法陣から漆黒の体が引き出され、全身があらわになると闇の魔法陣が閉じた。全身に闇をまとった怪物が背中に翅を開くと、闇の衣が消え去って真の姿が現れる。

 

「ゴウヨクバアァァーーールッ!!」

 その咆哮で妖精の里が震えた。

 

 トカゲの体の怪物は、全身に黒い岩の鎧をまとい、背中には虫の翅が生えている。頭には竜の骸骨をかぶり、竜の顎の虚空からは一組のクワガタのハサミが突き出していた。

 

「全てを破壊しつくせ、豪ヨクバール」

「ギョイイィーーーッ!!」

 

 ロキの命令を受けて、豪ヨクバールのアイホールに凶暴性を表す真紅の光を宿す。そして、黒い岩に覆われている巨大な尻尾の一振りで地面から草花を根こそぎ剥ぎ取り、大量の樹木を一気になぎ倒した。森の動物や妖精たちが悲鳴をあげて逃げ惑う。

 

「よせ! やめろーっ!」

 

 チクルンは故郷を傷つける破壊者が許せずに、何も考えずに突っ込んでいく。豪ヨクバールが虫の翅を開いて激しく動かすと、その時に起こった風圧はチクルンを遠くまで吹っ飛ばした。

 

「うわぁーーーっ!?」

 

 飛び上がった豪ヨクバールが空中で静止すると、ハサミが突き出す竜の口の奥に真紅の光が生まれて強く大きくなっていく。そして口の中から赤い光線が吐き出されて、それがこのはな島の大地を焼いて長大な線を描き、数瞬後にその線にそって炎が吹き上がり、灼熱の壁となった。それを目の当たりにしたチクルンは、絶望する前に自分のやるべきことをしっかりと見定めた。

 

「妖精の里からあいつらに助けを求めに行くのは無理だ。だったら、おいらが今できることをやるんだ」

 

 チクルンが向かったのは自分たちの住処になっている大樹だった。その樹の根元では妖精の女王が妖精の兵士たちに指示を出していた。

 

「森に残っている者を早く避難させるのです!」

「女王様、おいらにも手伝わせてくれ!」

 

「チクルンや、お前は安全な場所にお逃げなさい」

「いやだ! こんなことになったのは、おいらの責任なんだ! だから、おいらは逃げちゃいけないんだ!」

 

 女王はしばし無言でチクルンを見つめ、そして彼女はチクルンに強い決意を認めた。その時、遠くに火の玉が落ちて轟音と共に火柱が上がった。

 

「わかりました。森に残っている者をここに連れてきて下さい」

 

 そしてチクルンは炎が燃え広がる森の中を飛び、力の限り仲間を助けて回った。ただ必死に、がむしゃらに、自分の成すべきことをやり通した。そして妖精の女王は全ての妖精が避難するまで大樹の下に居続けた。彼女の元に最後にやってきたのはチクルンだった。

 

「女王様、もう大丈夫だ! 森にはもう誰もいない!」

「そうですか。ではわたしたちも避難しましょう」

 

 もう炎は妖精の家の大樹にまで迫り、熱風が二人の妖精に吹き付けてきていた。

 

「ヨクバァール!」ついに宙にいるヨクバールが大樹に向かって火炎弾を吐いた。火の玉は大樹の中腹に炸裂し、爆風が妖精の女王を襲って吹き飛ばした。

 

「女王様っ!?」

 

 チクルンは素早く飛んで女王に近づくと、彼女の後ろから腰に腕を回して飛び上がる。散々飛び回って体力の限界に近いチクルンは、女王の体重を支えて飛ぶと、急に降下して落ちそうになる。そうすると傷ついた女王がいった。

 

「チクルンや、わたしを置いてお前だけでも逃げなさい」

 

「それだけはできねぇ! だれも犠牲になんてしない! 何があっても全員助けるんだ! そうしなきゃ、おいらあいつらに顔向けできねぇ!」

 

「チクルン……」女王の瞳に涙がにじんだ。

 

 チクルンは力を振り絞って女王を抱いてそこから飛び去った。その直後に大樹が悲鳴をあげてへし折れ、さっきまで女王とチクルンがいた場所に重音をあげて倒れた。チクルンは燃え広がる炎を下に見ると目に涙が浮かんだ。

 

「おいらたちの家が……妖精の里が……」

 

 妖精たちは小高い岩山に避難して未だに燃え広がって森を焼いている炎を見つめていた。彼らの間にあるものは絶望と諦めと悲しみ。妖精の里の消失という唐突すぎる悲劇の前に、呆然自失となる者もいれば、涙を流す者もいる。その中でたった一人だけ落ち着いていたレジェンド女王が、可愛らしい丸い瞳を潤ませながら言った。

 

「まるで昔の悪夢を見ているようです。闇の魔法が支配したあの古の時代を……」

「おいらのせいだ、全部おいらが悪いんだ……」

 

 涙に暮れるチクルンの頭を妖精の女王が触る。

 

「チクルンや、お前のせいではありません。お前は立派に人のお役に立って大きく成長して帰ってきました。わたしはお前のことを誇りに思っているのですよ」

 

「……女王様……すまねぇ……」

 ぎゅっと閉じたチクルンの目からたくさんの涙が零れ落ちた。

 

 

 

 リコ達が氷の大樹の根元に近づくと、氷のツリーの周りには箒にのった魔法つかいが何人もいて、氷の枝に魔法のランタンを飾っていた。それを見上げる小百合とリコは憂鬱な気分だった。その二人に作業をしていたいかつい感じの箒屋の店主が近づく。

 

「リコじゃないか。隣にいるのは友達か?」

「グスタフさん、こんにちは」

「リコの友人の小百合と申します」

 

 リコの紹介を待たずに小百合が頭を下げると、グスタフさんは感心して顎を触った。

 

「礼儀正しいお嬢さんだな。よろしくな。魔法の箒の修理だったら、いつでもうちに来な」

「グスタフさんは、魔法の箒店の店主なのよ」

 

「昔はリコがよく箒で墜落してなあ。店にしょっちゅう修理に来ていたんだが、最近はめっきりこなくなって寂しいよ」

「ちょ、ちょっと、今そんなこと言わないで!?」

 

「ふ~ん、そこまで酷かったなんてね」

 小百合が意地悪してリコの耳元でささやく。

 

「なによ! 小百合だって箒に乗るのは苦手でしょう!」

「それは否定しないけれど、少なくとも墜落したことはないわね」

 

「くうううっ……」リコが声を詰まらせて悔しさをにじませる。

 

 小百合はリコをからかうのをその辺で止めておいて、自分がアウィンの力で出現させた氷の大樹を見上げた。

 

「なんて言ったらいいか、本当に申し訳ありません」

 

 小百合はどうにもしようがない気持ちを目の前のグスタフさんに向けて頭を下げた。

 

「なんでお嬢さんが謝るんだ? 何だかよくわからんが、こいつは魔法商店街の宝になるぞ! 永遠に溶けない氷のツリーなんて素晴らしいじゃないか! これは絶対に観光の目玉になる!」

 

「小百合、もう気にしなくてもいいんじゃない。みんな喜んでいるみたいだし……」

「これが魔法商店街の名所になると思うと複雑な気分ね……」

「それはわたしも同じよ……」

 

 ジュンたちが美しい氷のツリーの前で意気消沈気味のリコと小百合の背中を見て首を傾げていた。みらいとラナは何も考えずに、ただなんとなく立っていた。その二人が急に周囲を見始める。

 

「いまなんか声が聞こえなかった?」

「聞こえた~、なんだろう?」

 

(みんな聞いて!)

 

 今度はリコ達とぬいぐるみ二人にもはっきりと聞こえた。

 

「はーちゃんの声だわ」

 

「なにいってんだよリコ」

 

 ジュンがリコを奇態な目で見る。リコは何も答えずに頭に響いてきた、ことはの声に集中していた。

 

(妖精の里が襲われているの。チクルンが泣いてる。助けてあげて! わたしがみんなを連れていくから!)

 

 4人の少女たちの雰囲気が急に変わって、みんな怖いくらい真剣になった。

 

「みんなごめん! わたしたち用事を思い出したから!」

 

 みらいがモフルンを抱きながら森の方に向かって走り出すと、みんな後に続く。

 

「ジュン、ケイ、エミリー、あなたたちは先に商店街に戻っていて! わたしたちも夜までには戻るからね!」

 

 しんがりになった小百合がジュンたちに言い残して走り去る。その後ろからリリンが飛んでついていった。後に残された3人は訳が分からずに、しばらくその場に立って離れていくみらいたちを見ていた。

 

 

 

 頭の中に直接語り掛ける、ことはの指示に従って森の中に入っていくと、少女たちの前に魔法の扉が現れた。手を触れずとも扉が開き、少女たちが扉の向こうに飛び込んでいく。

 

 刹那的に彼女らの前に広がった光景は、焼き尽くされて黒く焦げた森と大地だった。周囲ではまだくすぶっている炎が小さな舌を出し、焼け焦げた臭いが鼻腔をを強く突く。

 

 遠くの方ではまだまだ炎が燃え上がっていて、空にいる恐ろしい怪物が炎を吐き出して咆哮した。

 

「ゴウヨクバアァァーーールッ!!」

 

 あまりの酷さにみらいとラナは呆然としてしまったが、リコと小百合は拳を強く握り、表情を険しくして怒りを爆発させた。

 

『絶対にっ! 許せない!!』

 

 二人の怒りに触れて、みらいとラナの炎も燃え上がる。妖精の里を焼き尽くし、親友のチクルンを苦しめる破壊者に、少女たちの怒りが頂点に達した。

 

 リコとみらいが右手と左手をつないで互いに痛みを感じるくらいに力を込める。二人が強くつながった手に、とんがり帽子に小さな星とハートをそえた金の刻印が現れる。その手を後ろに引いて、みらいは輝く桃色のローブ、リコは輝く紫のローブをまとい、もう片方の手を天をつかむように上げて高らかに唱る。

 

『キュアップ・ラパパ!!』

 

 二人の背後から真紅の閃光が放たれ、それが円を描き途中で焔をあげて、真紅の炎の中から真紅の宝石が現れる。

 

「モフ―ッ!」

 

 空中で宙返りしたモフルンのピンクのリボンブローチに真紅の輝石がはめ込まれた。

 

『ルビーッ!!』

 

 勢いよくジャンプしてから着地したモフルンが可愛い足音と一緒に疾走し、前に向かってジャンプ、みらいとリコが開いた手に飛び込むと、3にんでつながって円になる。

 

『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!!』

 

 3人が高速で回転し、深紅の熱い衝撃が周囲に広がる。モフルンが速い回転で高く浮いて、その身に赤いハートが点滅すると、真紅の炎が広がって少女たちを包み込む。

 

 白きハートの五芒星が現れ、後方に飛び去った魔法陣より真紅の光が撃ちだされ、真紅の光が弾け飛んで焔に変わり、炎をまといし真紅のプリキュアたちとモフルンが召喚される。

 

 高い場所から降りてきたプリキュアたちが着地すると、その足元に炎が噴き出し、モフルンは前にジャンプして離脱していく。

 

 右側のミラクルが右の人差し指で天を突き、熱く燃えたぎる気持ちで前方を指し、闇を払うように右腕を力強く右上に振り抜く。

 

「二人の奇跡! キュアミラクル!」

 ミラクルの背後で友を思う熱き心の炎が燃え上がる。

 

 左側のマジカルが左の人差し指で天をさし、情熱的な強さを持って、しなやかな指で前方を射る。そして、闇を切り裂くように左腕を力強く横に振り、

 

「二人の魔法! キュアマジカル!」

 マジカルの背後で邪悪に対する怒りの炎が爆発する。

 

 ミラクルとマジカルは体を寄りそいあって、情熱と強さを込めた左手と右手を前へ。

 

『魔法つかい! プリキュアっ!!』

 二人の背後で真紅の炎が爆裂した。



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理性と情熱のプリキュア

 小百合とラナも左手と右手をつないで後ろ手にして、小百合には輝く白のローブ、ラナは輝くレモン色のローブを身にまとい、もう一方の手を上に向けて呪文を唱える。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 二人の少女の背後から、群青色の光が天上へと打ち上げられ、飛び上がったリリンがコウモリのような翼と両手を広げる。遥か上空へと至った群青の光が屈折し、リリンの青いリボンブローチに撃ち込まれる。そしてリリンの胸に群青の宝石が現れ、その周囲で無数の小さな氷の結晶が輝きを散らす。

 

『アウィン!』

 

 周囲が一瞬で凍てつき、青い氷に覆われた世界が現れる。花のような氷の結晶と、ふんわりとした綿雪が漂う氷の世界で、下から吹き上がる吹雪が氷の花と一緒に小百合とラナを上空へと運んでいく。そして、二人の下に大きな氷の結晶が現れると、その上で少女たちは手をつなぎ、そこへリリンが飛んできて二人と手と手をつないで輪になる。

 

『セイント・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 3人が氷の上をすべるように華麗に円を描き、舞い散る雪と氷の結晶の中、リリンの体に群青色のハートが現れる。リリンの手から二人の手へ青い光が伝わり、その光が二人のローブを群青色にかえていく。

 

 群青のローブ姿になった小百合とラナが左手と右手を放して手の平を上へ、辺りを漂っていたたくさんの綿雪が彼女らの頭上に集まって、綿を集めて作ったような白くてフワフワのハートになる。白雪のハートが弾けると、冷たい白薔薇の花吹雪が舞い上がる。

 

 小百合の首に白い花吹雪が円を描いてまとわり、それが消えると下に向かって尖った形の青いネックリボンが現れ、飛来した一枚の花弁がネックリボンの尖った先で消えて氷の結晶に変わる。無数の白い花びらが少女のしなやかな身体をめぐり、それが消えると雪のように白い光が小百合を包み込む。そして雪が吹き散らされるように白い輝きが散り散りになると全身にドレスが現れる。肩から胸元まで広く開く青味のある白のドレスの袖はツララのように鋭く尖ったフリルになっていて、胸の部分は青地に覆われ、右の腰から左の足元に向かって片側に長く垂れるスカート、その下に青いフレアスカートと白のミニスカートで二重になる。

 

 続いて白い花びらがプリーステスの腰回りに集まって円に舞うと、花弁が消えてライトブルーの帯に変化し、その右側に青、白、青の小さなストライプリボン、リボンから長く垂れる余りの部分の先はツララのように鋭く尖っている。そして、ストライプリボンの中央にある赤い月が輝く。

 

 白い花びらがラナの首を巻くように踊ると、青いフリル付きの中央に赤い星のついた黄色のネックリボン、たくさんの氷の結晶がクルクル回りながらラナの前を通り過ぎると、群青に輝く衣がドレスに早変わり、白いフリルの付いたパフスリーブ、スカートは短く内側にさらに水色のスカートが見える。ドレスはほぼ青色に統一されるが、胸の下からスカートまで青、黄、青の縦のストライプになっている。幅の広い黄色のフリル付きの青い帯リボンがスカートを一周していて、いて、その帯リボンにそってスカートの右端に青、黄、青の小さなストライプリボン、その中央には赤い星型が付いている。そして背中にはライトブルーの大きなリボン、そのリボンから長く垂れる余りの部分は先が鋭く氷柱をイメージさせる。

 

 プリーステスの両足が凍り付き、瞬間に氷が粉々になると、群青の宝石を飾った白いハイヒールと、足首から大腿部までを青みのある白色のレッグドレスにつつまれる。ルーンが氷におおわれた両足を合わせてキンと高い音をたてれば、砕けた氷が、履き口の周囲にツララのフリルがあるライトブルーのブーツに変わり、上からふってきた氷の結晶が足首で群青の宝石が光る黄色のリボンになった。

 

 プリーステスとルーンが左手と右手を触れるか触れないかの感覚でふんわりとつなぐと二人の腕が同時に氷におおわれて、それが粉々に砕けた。するとプリーステスの手甲から肘にかけて裾がツララのように鋭いフリルになっている青いサテングローブ、手首には銀色の腕輪が現れる。ルーンの手に現れた黄色のフィンガーレスグローブの裾は、先が鋭くなっている白と青の2重フリル、手首には中心に群青の宝石が輝く小さな青いリボンがある。

 

 二人の髪型が同時に変化する。プリーステスの長い黒髪は左側で青いリボンに結わえられてサラリと流れるサイドテールになり、続いて頭の左側に赤い三日月のアピンが現れる。ルーンのレモンブロンドは水色のリボンで結わえられたふんわりサイドテールになり、テールからは何本かツララのように先の尖ったくせ毛が飛び出す。頭の左側にミドルサイズの黒いトンガリ帽子も現れて、帽子の真ん中に赤い星型が出現した。

 

 回転する氷の結晶がプリーステスとルーンの胸に飛来する。プリーステスの肩回りを白い光が包み込んで、シクルの布のように薄く広がった光が、縁が青いファーになっている白いショートマント変わる。マントの合わせ目になっている左胸に飛んできた氷の結晶が砕けて消えて、氷の結晶を模した六枚の青いリボンが開き、中央にある群青のアウィンが光を放つ。もう一つの氷の結晶はルーンの胸で弾けて消えて、中央に群青の宝石が宿る大きなライトブルーのリボンになった。

 

 プリーステスとルーンは氷の世界でリリンと再び手をつないで輪になると、左足を上げて流麗に右足のつま先で立って、きらめく冷気をまとって円舞し、青き氷の世界の底に消えていく。

 

 現れた群青色の月と星の六芒星が回転して高く舞い上がり、垂直の状態で落ちてくると、魔法陣の前にプリーステスとルーンとリリン召喚される。二人は後ろで壁になっている魔法陣を蹴って飛翔し、二人の間にいたリリンは魔法陣から現れた氷の架け橋を滑って離脱、そして青き乙女たちが舞い降りる。

 

右側のプリーステスが低温で凍った空気をまとう右手をゆっくり動かして、顔をなでるような軌道を描いて緩やかに、そしてしなやかに美しく手を高く上げ、きらめく氷の粒を散らしながら高く上げた手を右下へと振りおろし、

 

「光さす慈愛の聖女、キュアプリーステス!」

 プリーステスの周囲に無数の氷の結晶が舞い上がる。

 

 左側のルーンは左手に輝く冷気をまといながら、その手で大きな円を描くと同じ形の輝く円が宙に残る。彼女はその手を頭の上にかざし、右手を前に愛らしくウィンク、

 

「メラメラの黄昏の魔法、キュアルーン!」

 ルーンの斜め上から回転する氷の結晶がたくさんふってくる。

 

 プリーステスとルーンは左手と右手をつないで後ろ手にし、寄りそいあって、もう一方の手は中に凍った薔薇でもあるかのよう柔く触れ合いながら両目を閉じる。そして背後でつないでいた手を前に、返した手のひらを重ねた可憐な姿で、

 

『魔法つかいプリキュア!』

 二人の背後で大きな氷の花が開いた。

 

「ルビーと」

「アウィンのプリキュアデビ!」

 

 モフルンとリリンの声により、焼き捨てられた大地に理性と情熱のプリキュアが顕現したことが知らされた。

 

 色も性質も対極のプリキュアが四人そろう。そしたらルーンは心配になった

 

「ちょっと思ったんだけどさあ。炎と氷って合わないんじゃなあい?」

 

 それにマジカルが安心させるような微笑を交えて答える。

 

「そんなことないわよ」

「真逆だからこそいいんじゃない」

 

 プリーステスが言うとルーンは無条件に安心できた。

 

 ヨクバールの近くで腕組みして宙に直立していたロキがプリキュアを見下ろし、憎しみの色に染まっている異様な目を見開き命令する。

 

「ようやくお出ましか、プリキュア! 行け、豪ヨクバール! 奴らを八つ裂きにしろ!!」

 

「ゴウヨクバアァァーーールッ!!」

 

 虫の翅を激しく動かして耳障りなおとを立てながら、巨大な怪物がプリキュアたちに向かって急降下していく。

 

「くるわよ!」プリーステスが叫び、乙女たちは二組に分かれて散開する。

 

 プリキュアたちが飛びし去った後に、ヨクバールの竜の骸骨の口から飛び出しているクワガタのハサミが地面に深々と突き刺さる。そして尋常ならざるパワーでハサミが地面を深く切り裂くと、そこから縦に亀裂が走り、地面が大きく口を開けて大きな岩や焼け焦げた倒木を飲み込んでいく。

 

 後ろに跳んだミラクルとマジカルは着地した状態で灰と化している地面を少し滑りながら前かがみになり、踏み込みと同時に地面の灰と土を爆発させて突出する。空中に逃げたプリーステスとルーンは、空中に咲かせた氷の結晶の上に乗り、その上から二人で同時に跳んでヨクバールに接近する。ヨクバールの岩に覆われたごつい腹にミラクルの右ストレートとマジカルの左ストレートが一部の狂いもなく同時に叩きこまれ、二人の拳から炎が噴き出る。プリーステスとルーンは空中で縦回転して、プリーステスが右からの回し蹴りを、ルーンが左からの回し蹴りを、同時の蹴りでヨクバールの竜の骸骨を左右から挟撃する。そしてヨクバールの顔が瞬時に凍り付いていく。

 

「ヨクバールッ!」

 

 豪ヨクバールが胸を張るように体を沿ってすべての攻撃を一気に跳ね返した。ミラクルとマジカルは後方に押し返され、プリーステスとルーンは骸骨から剥がれて砕けた氷の破片を浴びて後退する。

 

「なんて硬い体なの!? ルビーのパワーが全く通用しないなんて!?」

「ゴウヨクッバール!」

 

 ミラクルと一緒に踏みとどまった場所でマジカルが言うと、豪ヨクバールの岩そのもののような拳が襲ってくる。ミラクルとマジカルは腕を固くクロスに組んで防御すると、全身を砕かれるような途轍もない衝撃を受け、二人で一緒に悲鳴をあげながら吹っ飛んだ。

 

 空中で円形の氷の上に立っていたプリーステスとルーンには、鱗の代わりに岩を張り付けたような巨大なトカゲのしっぽが叩きつけられる。二人で協力して目の前に大きな氷の盾を作るが、粉々に砕かれて尻尾の一撃で叩き伏せられた。

 

 地上に沿って吹っ飛ばされたミラクルとマジカルは、焦げた大地に落ちると水面を跳ねる飛び石のように何度も地面に叩きつけられ、最後はその身で破壊した地面の土を波立たせる。尻尾に叩き落されたプリーステスとルーンは、即座に地面に叩きつけられて、まるで噴火でも起こっているように粉塵が高く吹き上がった。それを地上で見ていたモフルンとリリンは青ざめるような心持になった。

 

「ミラクル、マジカル!?」

「あわわ、あれはやばい奴デビ」

 

 危険を感じたリリンがモフルンを背中からつかんで飛び上がり、上空からプリキュアたちがいるはずの場所を見下ろした。

 

 同じく上空から戦いを傍観していたロキは会心の笑みを浮かべる。

 

「フハハハ! 俺様の豪ヨクバールに勝てるはずがねぇ。あいつはプリキュアの力を遥かに凌駕している! プリキュア共はここで終わりだ!」

 

 その頃、避難して離れていたチクルンにもヨクバールが何者かと戦っているのが見えていた。

 

「あいつらだ、プリキュアが来てくれたんだ!」

 

 彼は居ても立ってもいられずに、プリキュアたちがいる戦場へと飛んでいった。

 

 えぐれた大地に埋もれていたミラクルとマジカルが負けじと立ち上がり、二人で同時に風を切って走り、途中で別れて弧を描いてヨクバールの左右から近づく。

 

『リンクルステッキ!』

 

 別々の場所で二人で同時にステッキを手に持って構える。

 

「リンクル・ペリドット!」

「リンクル・アクアマリン!」

 

 ミラクルの緑葉の魔法とマジカルの氷の魔法がヨクバールに同時に向けられる。

 

 大きく陥没した地の底に倒れていたプリーステスとルーンも高く跳躍し、二人で並んで氷の足場に乗るとリンクルストーンに呼びかける。

 

「リンクル・ローズクォーツ!」

「リンクル・インディコライト~!」

 

 プリーステスの手から水晶の花びらが舞い、ルーンの手から青い電流がほとばしる。

 

 4人のプリキュアの魔法が同時に豪ヨクバールを捉えた。怪物の巨体を木の葉と水晶の花びらが覆っていく。そして冷気が一気にそれらを凍らせて、最後に身動きの取れなくなったヨクバールに電流が撃ち込まれる。

 

「ヨ、ヨ、ヨッ……ゴウヨクバアァールッ!!」

 

 強烈な咆哮と共に4人のプリキュアの魔法が全てかき消された。麗しき乙女たちの顔に暗い驚愕が満ちる。

 

「なんて奴なの!? これに比べたら、今まで戦ったヨクバールなんて物の数ではないわ!」

 そう言うプリーステスにいつもの余裕がなく、ルーンは怖くなってきた。

 

 上空から心配そうに見ているぬいぐるみ達の前にチクルンが現れる。

 

「おい、おまえら!」

「チクルン! 大丈夫だったモフ?」

「ああ、この通りピンピンしてるぜい」

 

「おお、勇者チクルンよ! 今こそ汝の力が必要な時デビ。あの怪物と戦うデビ」

「無茶言うなって……」

 

 この瞬間、ミラクルとマジカルの気合一斉と共に小さな者たちに衝撃が襲ってくる。赤きプリキュアたちが怪物に攻撃しただけで、上空まで衝撃波が飛んできたのだ。彼らの目下ではミラクルとマジカルが接近戦で豪ヨクバールに執拗に攻撃を加え、プリーステスとルーンは遠距離から氷柱のミサイルを飛ばして攻撃していた。

 

「ここにいるのはあぶねぇ! あそこに隠れろ!」

 

 チクルンが巨大な倒木を指さし、3人で倒木の陰に移動すと、3人で倒木の後ろから頭だけ出してプリキュアたちの戦いを見つめた。

 

 マジカルが豪ヨクバールの足に蹴りを打ち込み、ミラクルは骸骨の側頭部に跳び蹴りを決めるがびくともしない。

 

「ヨクバァールッ!」

 

 ミラクルが豪ヨクバールの手で叩き落され、マジカルは蹴り上げられる。

 

「うああぁっ!?」

「キャアァーッ!?」

 

 二人とも地面に叩きつけられて焼かれた大地の灰と火の粉が舞い散る。

 

「ヨクッバアァーーールッ!」

 

 ヨクバールが竜骸骨の口から吐き出した火炎がプリーステスとルーンを巻き込み、二人の足場になっていた氷の花が蒸発し、氷の乙女たちが煙をあげながら墜落した。

 

 隠れてみているぬいぐるみたちは、圧倒的な豪ヨクバールの強さに震えてしまう。

 

「ミラクル、マジカル……」

「プリーステス、ルーン……」

「やべぇ、まじでやべぇよ……」

 



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ルビーとアウィンの大魔法

このお話を投稿した6月12日は、みらいちゃんのお誕生日です。おめでとうございます!


 空で戦いを見ているロキは、笑いが止まらないという気分だった。

 

「終焉の時だ。止めをさせ! 豪ヨクバール!」

 

 竜の骸骨の赤い目が光り、大きく開いた竜の顎の奥に真紅の光が滞留する。

 

「ゴウヨクバアーーールッ!」

 

 豪ヨクバールが叫びながら真紅の光線を口から撃ち、自分が回って周囲を焼き溶かして円を刻む。そしてヨクバールを囲う真紅の円から炎が噴き出して暴力的な勢いで周囲に広がた。炎が迫り、モフルンとリリンとチクルンは身を縮めて大木の陰に隠れる。そして倒れていた4人のプリキュアたちも炎に飲み込まれていく。ロキは炎熱の地獄と化した妖精の里を見下ろして高らかと勝ち誇った笑い声をあげた。

 

「う、うそだろ……」

 

 隠れていたチクルンが顔をあげ、燃え上がる世界を見て絶望する。さすがの彼でも、プリキュアたちはもう駄目かと諦めかけた。モフルンとリリンは信じる心で周囲に燃え上がる炎に目を凝らす。そして二人のぬいぐるみに可愛らしい笑顔が浮かんだ。

 

「ミラクル! マジカル!」

「プリーステス! ルーン!」

 

 炎の中より現れし4人の乙女たち、ミラクルとマジカルのペアと、プリーステスとルーンのペアが別々の場所に立っていた。マジカルのリンクルステッキの先端とプリーステスの手の平からムーンストーンとブラックオパールのバリアが広がっていた。しかし、防御には間に合ったものの、完全に防ぐことはできずに、みんなドレスが少し焼け焦げていた。

 

「チッ、しぶとい奴らだぜ」

 

 プリキュアたちの姿を見たロキが不快そうに舌打ちした。

 

「どうしようプリーステスぅ。こんなの無理だよ~、勝てないよ~」

 ルーンがプリーステスの後ろで涙を浮かべる。

 

「大丈夫よルーン、わたしたちは負けない。わたしを信じなさい」

「わかった、信じる!」涙目だったルーンが急に本当に光って見えそうなくらいの笑顔になった。

 

 4人のプリキュアたちが同時に高く跳んで、強大で凶悪な豪ヨクバールの前に着地して横並びになる。その行動にロキは興味がわいて、彼女らに近づいて上から声をかけた。

 

「何の真似だ? 倒されるなら4人で仲良くってところか?」

 

「はあ? なに寝ぼけたこと言ってんのよ! チクルン見てなさいよ、今からそのでか物をぶっとばすからね!」

 

 プリーステスがロキを罵倒して豪ヨクバールを強く指さすと、他の少女たちの怒りも噴火のごとく爆発した。次にルーンが両手を拳にして怒りだす。

 

「わたし激おこなんだからね! 友達のチクルンをいっぱいいじめたの、絶対許せない!」

「大切な友達の故郷を、妖精の里をこんなふうにして、絶対に許せない!」

 

 ミラクルも激怒し、ロキはプリキュアたちの怒りの集中砲火を浴びて無意識のうちに身を引いていた。マジカルは他の3人とは違って、怒りを声には出さなかった。

 

「チクルンはわたし達にとって、かけがえのない友達よ。そして返しきれない程の恩があるわ。そのヨクバールを倒せば少しはその恩が返せるかしら」

 

 プリキュアたちの声を聴き、姿を見ていたチクルンは涙が溢れた。

 

「おまえら……」

 

 ロキには先程までの余裕がなくなり、忌々し気に顔をしかめていた。

 

「正気か貴様ら? 豪ヨクバールはてめえらのパワーを遥かに超えた存在だ。散々戦ってもまだ理解できねぇのかよ」

 

「それは理解しているわ。その上で倒すと宣言する!」

 

 プリーステスがはっきりと言った。するとロキの表情がさらに醜くゆがむ。

 

「なぁにぃーっ!?」

 

 プリーステスが手の平を前に豪ヨクバールに向ける。

「情熱に理性が加われば!」

 

 マジカルが豪ヨクバールを力強く指でさす。

「怖いものなど何もないわ!」

 

「小賢しいっ! 叩き潰せ! 豪ヨクバール!!」

「ゴウヨクバアァァーーールッ!!」

 

 その瞬間にマジカルがプリーステスと言葉を交わす。

 

「それぞれのスタイルで得意なことだけに集中しましょう!」

「それがベストね! 行くわよルーン! まずはわたしたちの出番よ!」

「よ~し、がんばるよ~」

 

 プリーステスとルーンが左手と右手を合わせると前に突出していく。豪ヨクバールは羽音をたてて低空を飛び、巨大なクワガタのハサミを突き出して向かってきていた。プリーステスとルーンはリンクルストーンを呼び出す。

 

「リンクル・ブラックオパール!」

「リンクル・スタールビ~」

 

 迫りくる怪物の前で二人は寄りそい結んだ手に力を込める。

 

『二つの魔法を一つに! 堅牢なる黒き盾よ!』

 

 目前のヨクバールを止めるとでもいうように、二人一緒にブレスレットのある手を前に出す。

 

『プリキュア! ブレイオブハートシールド!』

 

 神秘的な7色の輝きを宿す黒いハート形の盾がプリーステスとルーンの手から広がり、豪ヨクバールの凶悪なハサミを受け止めた。瞬間、強い圧力があって二人の両足が地面にめり込んだ。

 

 後方に控えているミラクルとマジカルはパワーを集中させていた。

 

「二人を信じて、わたしたちは全力で攻撃する!」

「ええ!」マジカルはミラクルと目を合わせて言った。

 

 こんな時にルーンが泣き言をいいだす。

「うう、無理だよ~、壊されちゃう~っ!」

 

 ハート形の黒いシールドに亀裂が入っていく。

 

「完全に止める必要はないわ! できるだけ敵の勢いを削いだらタイミングを見計らって逃げるの! わたしが合図したら横に跳びなさいね!」

「わ、わかった~」

 

 ヨクバールがさらに翅を早く動かして推進力をあげてくる。黒いハートのバリアにさらに圧力がかかり、プラスチックの下敷きを折り曲げるように変形し、ハサミの先端を止めている場所から亀裂が一気に広がる。

 

「ミラクル、マジカル、後は任せるわ! 今よルーン、跳びなさい!」

「とお~っ!」

 

 右側にいたプリーステスがヨクバールを避けて右に跳び、ルーンもそれに釣られて右に跳んだ。その一瞬、プリーステスの目にヨクバールの前に飛び込んでいくルーンの姿が見えて凍り付いた。

 

 ルーンは横っ飛びの態勢でベシッと前に出てきたヨクバールの両目に張り付いた。

 

『ええぇーっ!!?』

「なにやってるのよ!!? バカーッ!!」

 

 ミラクルとマジカルが同時に驚愕する声と、プリーステスの罵声が混じりあった。ルーンはヨクバールの顔面に張り付いて涙目になっていた。

 

「だってぇっ! よこにとべって言ったもん!」

「わたしと同じ方向に跳んだらぶつかるでしょうがっ!」

 

「ヨ、ヨクッ!?」

 いきなり視界を遮られたヨクバールの勢いが止まる。

 

「マジカル、どうしよう!?」

「構わず攻撃よ! ここでやらなければ、反撃の機会がなくなるわ!」

 

 ミラクルとマジカルはルビーに秘められたパワーを最大限にまで高める。

 

『はぁーーーっ!』

 

 二人は足元で炎を爆裂させ、ヨクバールの向かって跳躍した。

 

『だあぁーっ!!』

 

 ミラクルとマジカルのダブルパンチが竜の骸骨の鼻面にめり込み、突き出た鼻がひしゃげる。そして衝撃が怪物の後頭部に突き抜けて頭から後ろに向かって吹っ飛んだ。

 

「ヨクバァールッ!?」

 

 ルーンは張り付いていた態勢のまま空中にとり残されていた。落ちてきたルーンをミラクルが受け止める。

 

「ルーン、大丈夫?」

「あ~、びっくりした~」

 

「びっくりしたのはこっちよ!」

「まあまあ、おかげでヨクバールに攻撃の隙ができたんだし」

 

 マジカルが激おこのプリーステスをなだめた。それに、いまはルーンを叱っている暇なんてない。プリーステスはすぐに気持ちを切り替えた。

 

「わたしたちは徹底的にサポートするからね」

「よろしく頼むわ。わたしとミラクルは攻撃する事だけを考えるから」

 

「ルーン、先行するからね! ついてきなさい!」

「は~い!」

 

 プリーステスとルーンが先に走り、その後をミラクルとマジカルが疾走した。並走するミラクルとマジカルを中心にして、その左右にルーンとプリーステスが走るⅤ字型のフォーメーションで豪ヨクバールに向かっていく。

 

「ヨクバールッ!」吹っ飛ばされて大地に打ち倒れていたヨクバールが立ち上がろうとする。

 

 プリーステスとルーンが手の平に乗せた群青色に輝く球体を同時に前に飛ばす。そして光り輝く二つの群青色の球はヨクバールの周囲で大きな円を描き、そして描いた円の内側の範囲が瞬時に氷の大地に変わった。立ち上がろうとしていたヨクバールの巨体が氷に足を取られて傾ぐ。

 

「ヨッ!? ヨヨヨッ!?」

 

 ルーンが左手をあげると、そこにあるブレスレットのスタールビーが燃え上がるように赤く輝いた。

 

「ミラクル、マジカル、受け取って~!」

 

 スタールビーが生み出した真紅に輝く光が二つに分かれて、ミラクルとマジカルの胸の中心にすっと入っていくと、二人の周囲に真紅の炎が燃え広がる。

 

『はああぁーっ!!』

 

 氷で滑って倒れそうになった豪ヨクバールの翅が高速で動き出して羽音が広がる。そして怪物の巨体が少し浮き上がったところにミラクルとマジカルが滑り込んでくる。二人が氷の上でしゃがんだまま手を強くつなぐと、周囲に炎が広がって一瞬で氷が蒸発した。そしてミラクルとマジカルは思いっきり大地を蹴って、真上で飛び立とうとする豪ヨクバールに向かって突撃する。

 

『いやああぁーーーっ!!』

 

 ミラクルとマジカルがつないでいない方の手を硬く握ると、二人で同時に怪物の腹に拳を叩きこんだ。少女の華奢な体から放たれた鬼神の拳が豪ヨクバールの腹に深々とめりこみ、次の瞬間に激烈な衝撃がヨクバールの背中から突き抜けて、腹部と背面の岩の鎧を同時に粉砕した。

 

「ヨグバァルゥーーーッ!!?」

 怪物の巨体が真上に吹っ飛んでいく。

 

「ミラクル~!」

「マジカル!」

 

 プリーステスとルーンが手から放った群青の光の玉が真上に飛ばされたヨクバールを追って舞い上がり、その途上に円盤型の氷の足場を作っていく。ミラクルとマジカルがそれに次々飛び移ってヨクバールを追跡する。そして群青の光の球がヨクバールを追い抜いてさらに高く上がり、二つの光で大きな円を描いて氷の天井を作る。次にヨクバールを追い抜いてきたミラクルとマジカルが宙返りし、円形の氷の天井に並んで足を付いて屈むと、再び左手と右手をつなぐ。

 

『だああぁーっ!』

 

 二人が氷の天井を蹴って下に向かって突出すると、炎が広がって氷が一気に蒸発した。

 

『やあぁーーーっ!!』

 

 ミラクルとマジカルのダブルパンチが今度は岩の鎧を失った怪物の背中にめり込んだ。

 

「ヨグゥーーーーーーッ!!?」

 

 豪ヨクバールの悲鳴が長い尾を引き、巨体が地面に叩きつけられる。爆発した大地から土と灰と火の粉が空高くにまで舞い上がった。

 

「い~やったぁ~っ! 二人ともさいっこうにファンタジックだよ~!」

「ルビースタイルにスタールビーの魔法、力だけならこれ以上のものはないわね」

 

 プリーステスとルーンが高揚するのとは真逆に、ロキは空中で青ざめていた。

「バカな! こんなバカな! なぜこんなことが起こる!?」

 

 ミラクルとマジカルが地上に降りてくると、4人のプリキュアたちは豪ヨクバールを囲むように再びⅤ字型フォーメーションを組む。そこにリリンがモフルンを抱えて飛んできて、モフルンをミラクルとマジカルの前に放した。

 

「行くわよルーン!」

「ほいさ~」

 

 プリーステスとルーンの足元から凍てついて氷の世界が広がっていく。リリンはリボンの中心で輝くアウィンから群青色に燃える球体を取り出し地面に置いて転がして雪玉のように大きくしていく。

 

「デビーッ!」

 

 リリンは大きくなった群青の光の玉を、頭の上に持ち上げてプリーステスとルーンに向かって投げた。それが途中で二つに分かれて、二人が高く上げた腕輪の中心に吸い込まれるとアウィンのリンクルストーンが輝きを放つ。

 

『アウィン! 冷厳なる理性よ、わたしたちの手に!』

 

 二人の足元から氷の柱が突き上げられ、二人同時に高い場所へと誘われていく。そして二人で一緒に氷の柱の上から跳んで、さらに高みへと昇華する。

 

 プリーステスとルーンは空中で出会うと後ろで左手と右手をつないで体で触れ合い、もう片方の手を真下のヨクバールに向ける。

 

『プリキュア! アウィンレクイエム!』

 

 プリーステスとルーンの手から敵に向かって放たれた群青の光が途中で五条の光線に分かれる。同時にヨクバールの上に五つの魔法陣が開き、それらの魔法陣の中心に光線が撃ち込まれた。五つの魔法陣が凍てつく群青色の炎で燃え上がり、豪ヨクバールに向かって魔法陣から無数の氷の結晶が渦を巻く五つの冷たい波動が撃ち込まれた。

 

「ヨ……ヨクッ……」

 

 豪ヨクバールは立ち上がった状態で完全な氷漬けになって動けなくなった。

 

「二人とも、今よ!」

 

 ミラクルとマジカルが目と目を合わせて頷いた。

 虚空に現れしリンクルステッキがクロスすると、ミラクルとマジカルがそれぞれのリンクルステッキを手にして構える。

 

『リンクルステッキ!』

 

 モフルンのリボンの中心にある真紅の宝石から強烈な輝きがあふれ出す。

 

「モッフーーーッ!」

 

 モフルンのルビーから放たれた赤い波動がミラクルとマジカルの背後から迫る。二人は振り向き、交差した二本のリンクルステッキで波動を受け止めると、強い衝撃がプリキュアのパワーを凌駕する。二人ともステッキごとに倒れそうな程に体を弾き出される。その瞬間に、ステッキにセットされているダイヤがルビーに変わり、ステッキの先端にある星とハートのクリスタルが真紅に輝く。

 

『ルビー! 紅の情熱よ! わたしたちの手に!』

 

 ミラクルとマジカルは左手と右手をつないで高く上げ、リンクルステッキはそろえてまっすぐ前にかざす。モフルンのルビーから真紅の光が広がって、二人にさらなる力を与える。

 

『フル、フル、リンクルーッ!』 

 

 二人がステッキの輝きで描いたハートが一つに重なり、そこに真紅の輝きが渦を巻くように集まって、ハートが真紅に燃え上がる。二人がリンクルステッキを天に向けると、真紅に燃えるハートが打ち上げられて爆風が起り、ミラクルとマジカルも上空へと跳躍する。

 

 真紅のハートは五つに分裂し、五つのハートを内に宿す真紅の五芒星へと変化する。垂直に立っている五芒星の魔法陣に、ミラクルとマジカルた着地して身を屈め、ずっとつないでいる手を上へ、リンクルステッキは目の前でクロスさせる。

 

『プリキュアッ! ルビーパッショナーレ!!』

 

 赤い魔法陣から爆炎が吹き出し、そして火炎の中より真紅のルビーの輝きをまとった乙女たちが躍り出る。赤き二人のプリキュアが氷漬けの豪ヨクバールと衝突し、通り過ぎていくと、彼女らの軌跡に残った真紅の光の帯が渦を巻いてヨクバールを上へと持ち上げていく。そして怪物が真紅の光の帯で織り上げられたリボンの結び目に封印される。

 

「ヨクバール……」

 

 光のリボンから垂れる2本の帯が同時に引かれ、結び目が小さくなり、豪ヨクバールが強靭な魔力で圧縮され、光のリボンが解けると同時に浄化された。

 

 怪物の元となった四つのものが、淡く輝きながら降りてくる。マジカルがその中から闇の結晶だけをその手に収めた。

 

「やったぁ~」

 バンザイしているルーンにミラクルが両手を合わせ、マジカルとプリーステスも笑顔で右手同士を合わせて軽快な音を鳴らした。

 

「やった~モフ!」

「やった~デビ!」

 モフルンとリリンもプリキュアたちの足元で両手を合わせていた。

 

 ロキは歓喜するプリキュアたちを見下ろして汗を垂らしていた。

「ありえねぇ! 豪ヨクバールはプリキュア共の力を間違いなく超えていた! それなのになぜ倒される!? 何がどうなってやがるんだ!?」

 

 混乱するロキの脳裏にフェンリルの姿が浮かぶ。

「フェンリルの奴が何だかんだ言っていたのはこれか? あいつはプリキュアが何らかの方法でパワーを上げることを知っていたんだ。今となっちゃあ、それを知る術はねぇが……」

 

 4人のプリキュアの突き刺さるような視線がロキに集まった。彼は指を弾くと逃げるようにその姿を消した。

 

 4人のプリキュアたちの足元から、焼けて消失した森や花々が元の姿を取り戻して広がっていく。無残に焼け落ちた妖精たちの住処の大樹も、元の美しい姿を取り戻していった。

 

 

 

 草花の咲き乱れる森には色とりどりの無数の蝶が飛び、穏やかな風が花の香を運んでくる。

 

「助けてくれて、ありがとよ」 

 

 4人のプリキュアの前に妖精たちが集まっていた。チクルンが一番前に出て彼女らを見上げていた。

 

「助けに来るのが遅くなってしまったわ」

「ごめんね、チクルン」

 

 プリーステスとルーンが済まなそうに言うと、チクルンの見上げる顔に笑みが浮かぶ。

 

「なにいってんだよ! みんなも無事! 妖精の里も無事だい! 謝ることなんて何もねえって!」

 

 するとマジカルが両目を閉じてツンとした感じになる。

「それじゃ、わたしたちの気が済まないわ。恩返しはまだまだこれからよ」

「チクルンも一緒に魔法商店街の感謝祭に行こう!」

 

 ミラクルとマジカルの言葉を聞いて、チクルンは半ば呆然としてプリキュアたちを見上げていた。

 

「チクルンや、よき友を持ちましたね」

「女王様……」

 

 チクルンはプリキュアたちの前に飛び上がると、笑顔と涙を浮かべて言った。

「しょうがねぇな、そこまで言うなら行ってやるぜ」

 

 彼のそんな軽口に、強く優しく美しい乙女たちは笑顔で答えた。

 

 

 

 魔法界に夜の帳が降りる頃に、氷の大樹の近くにたくさんの人々が集まっていた。リコたちも用意されたベンチに座って闇の中に居座る冷たいツリーを見つめている。

 

「チクルン、クラーケンの足焼き美味しいよ!」

 みらいが差し出した足焼きをチクルンが一口食べて、

「うめぇ!」

 

「ドラゴンの卵入りの鈴カステラもおいしいよ~」

 ラナが差し出したそれを食べてチクルンはまた「うめぇ!」と言い、さらにモフルンが小さなりんご飴を出してくる。

 

「これも美味しいモフ~」

「ありがたいけどよ、そんなに一気に食えねぇって」

 

 その時、会場のざわめきが小さくなっていった。氷のツリーに飾られた魔法のランタンの一つに明かりが灯されていた。これがイベント開催の合図だった。

 

「みんなちゅうもーく!」

 箒店のグスタフの大声が闇の中から聞こえてくる。

「ライトアーップ!」

 

 氷の大樹に飾られた無数の魔法のランタンが一気に点灯する。途端に感動と感嘆の声が沸き上がった。色とりどりのランタンの光が氷の樹木の枝や幹に反射して複雑で優美な光彩が地上に落ちる。集まった人々はまるで万華鏡の中にでも迷い込んだような幻想的な景色の中で、透き通るような輝きの大樹を見上げていた。

 

 チクルンは幻想の中で、ふと今思っていることを素直に口にした。

 

「おいら魔法界に生まれて本当に良かった。おまえらみたいな最高の友達に出会えたからな」

「わたしたちも同じ気持ちよ」

 

 神秘の輝きの中でリコが言った。チクルンは四人の少女と二人のぬいぐるみの姿を見て、笑顔の内に涙を零した。心の現れる輝きと共に魔法商店街の夜は過ぎていった。



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第26話 ついに決戦!! 闇の王と魔法つかいプリキュア!!
闇の王降臨


 闇の中でロキはボロの木製の椅子に座り腕組みしていた。玉座は自分で壊してしまったので、こんな椅子に座っているのだ。

 

「あの4人のプリキュアに下手な攻撃を仕掛けるのはまずい。理由はよくわからねぇが、あいつら4人で戦う程に強くなっていやがる。全く意味がわからねぇ。元は敵対してやりあっていたっていうのによ……」

 

 ロキがどんなに頭をひねっても、それを理解することはできない。そして彼にはその必要もなかった。

 

「遊びは終わりにするか」

 ロキは立ち上がると、指を鳴らしその姿を消失させた。

 

 

 

 ロキは転移先で口角を上げて牙を見せる。そして邪悪な笑みのまま薄暗い通を歩き出した。やがて開けた場所に出ていくと、彼の前に黒いマントの闇の魔法使いと漆黒の鎧の騎士が立ちはだかった。

 

「よう、フレイア、闇の結晶をもらいにきたぜ」

 

 ロキの視線はバッティとダークナイトを越えて、玉座にいる闇の女神を見ていた。

 

「無礼者め!」

「フレイア様には指一本触れさせませんよ!」

「どけ、雑魚どもが!」

 

 ロキが手を一振りした衝撃で、バッティとダークナイトが吹き飛ばされ、二人とも近くの石柱に叩きつけられる。闇色の騎士と魔法つかいが、石の破片と共に崩れ落ちる。

 

 ロキは悠々と歩き階段の上の玉座にいるフレイアを見上げる。彼の笑みが口が裂けたかと思うくらい大きく歪んだ。それを見下ろす目を閉ざした闇の女神からはいつもの笑顔が消えていた。

 

「フレイア、おまえの闇の結晶はいつでも奪うことができた。けどよ、面白そうだから泳がせておいたんだ」

 

「……」

 

「だんまりかよ。まあ、俺様と話したくないのは当然か。だがよ、あのプリキュアたちの命を奪ったのは俺様じゃねぇ、お前自身だ。そこのところは分かってるよなぁ!」

 

 フレイアは膝の上にある手を握り締め、唇を固く引き結んで辛い気持ちに耐えていた。

 

「渡せ、闇の結晶」

 

 ロキがフレイアに向かって右手をかざすと、フレイアの目の前に強制的に六芒星の黒い魔法陣が開く。

 

「っく、あああっ!」

 

 フレイアが苦痛の呻きと一緒に、黒き魔法陣に刻まれた中央の赤い三日月と周囲の赤い六つ星が光る。そして魔法陣から無数の闇の結晶が次々と引き出されてロキの手の中に消えていく。

 

 フレイアの前から魔法陣が消えると、ロキはにやけた顔のまま言った。

 

「おまえの命など簡単に消せるが、そんなことをしても面白くもねぇ。だから見せてやるぜ、お前の可愛い可愛い宵の魔法つかいが滅んでゆく姿をなぁ!」

 

 ロキは指を弾きフレイアの前から消えていった。

 

 倒れていたバッティとダークナイトがフレイアの前に来て跪く。

 

「本当にこれでよろしかったのですか? 奴に全ての闇の結晶をくれてしまうなど……」

 

 バッティが失礼を承知で主への疑いを吐露(とろ)すると、フレイアがいつもの微笑に戻っていった。

 

「いいのです、これで」

「奴は次に闇の結晶を所持している魔法学校の校長を狙うでしょうな」

 

 ダークナイトの意見にフレイアは頷いた。

 

「そこには4人のプリキュアもいます。ロキが校長から闇の結晶を奪うことは叶いません」

 

 そう言い切るフレイアに、二人の従者はもう何も言わなかった。

 

 

 

 魔法学校では相変わらず4人の勉強会が続けられていた。

「68点」

「おしいっ!」

 

 小百合がひっくり返して見せたテストの点数を見て、みらいが両手をグーにして悔しがる。でも心の中では数学ができるようになってきて嬉しかった。

 

「三週間でここまで点数を上げるなんて大したものね」

「小百合の教え方がいいだよ、ちょっと厳しいけど」

「みらいのことを思って厳しくしてるんでしょう」

 

「うそつき~、いつも怒りんぼのくせに~」

 

 ラナが、ぬっと二人の間に顔を出してくる。予想外のことにみらいは少しびっくりして、小百合は顔が引きつる。

 

「それはあんたが怒らせるようなことばっかり言うからでしょ! っていうか、自分の勉強はどうしたの!?」

 

「何やってるのよ! 目を離すとすぐにさぼるんだから!」

 

 リコがやってきて、ラナの首根っこをつかんで自分の机の方に引きずっていく。

 

「ぶぅ~っ」とラナは不満いっぱいの表情だった。

 

「……向こうは大変そうね」

「でもリコ、勉強を教えるのは自分のためになるし、楽しいっていってたよ」

「頭が下がるわね。ラナ相手に勉強を教えるのが楽しいなんて……」

 

 小百合はもし自分がラナに勉強を教えたら、しょっちゅう怒ってしまいそうだと思う。そして、さっきラナがいった怒りんぼうというのも、あながち間違いじゃないと感じて、もう少しラナに優しくしてあげようと思うのだった。

 

 お昼を知らせるチャイムが閑散とした魔法学校内に鳴り響く。

 

「もうお昼休みなのね」

「やった~! ごは~ん!」

 

 リコとラナが席を立つのに合わせて、みらいと小百合も立つと、ぬいぐるみたちも合わせて6人で寮の部屋を出て食堂に向かった。

 

 普段は休み中に食堂は開いていないのだが、この夏休みの間だけリリアの弟子が修行のために厨房に入り、リコたちに食事を作ってくれていた。食事の時は妙なルールがあって、厨房は絶対に覗かないようにとコックからお達しが出ていた。

 

 みんなこのお昼時をとても楽しみにしている。料理を提供するのが小人数ということもあって、リクエストしたものなら何でも作ってくれるのだ。

 

 食堂に入った少女たちは厨房の前に並んで注文を言っていく。その時、コックさんは厨房の奥に隠れて絶対に姿を見せなかった。

 

「わたしはオムライスにするわ」

「わたしはパスタね」

「わたしもパスタにしようかなー」

 

 リコ、小百合、みらいの順に注文を言っていくと厨房の奥から声がする。

 

「はい、オムライスにパスタ二つね」

 

「わたしはホットケ~キ~! 大きくてふわふわで2段のやつ~」

「いいね! ワクワクもんのホットケーキだね! パスタ止めて、わたしもそれにしよう!」

 

 ラナの注文にみらいが惹かれて、また奥から声がする。

 

「パスタ一人前止めにして、ホットケーキ二人前ね。そっちのぬいぐるみのお二人は、いつものでいいね」

 

「よろしくモフ」

「さすが、わかっているデビ」

 

 6人で近くの長いテーブルに向かい合って座ると、やがて料理が魔法で宙に浮いて運ばれてくる。

 

『おいしそ~っ!?』

 

 みらいとラナは昼食のたびにこの台詞を繰り返していた。コックは二人が大食いなのを理解していて、大皿にいっぱいの大きさの、スポンジケーキみたいにふわふわのホットケーキが2段に積み重なっている。ラナはカスタードクリームとチョコレートのデコレーションで、みらいは生クリームとイチゴのデコレーションになっていた。

 

「どっちもおいしそ~」

「半分ずつにしようよ」

「いいね~、そうしよ~」

 

 ラナが大喜びでみらいに賛成した。

 

「あんたたち、本当に仲がいいわね」

 小百合がほほえましい気持ちになると、

 

「二人して勉強で苦しめられてるからね~、だから仲良しなんだ~」

 

 イチゴのホットケーキを食べながら言うラナに、隣のみらいが何とも言い難い笑みを浮かべる。

 

「それじゃ、わたしとリコが悪者みたいじゃない」

 

 少し不機嫌になった小百合がナポリタンを口に運ぶと、その美味しさに声も出なくなって、口の辺りを押さえた。隣でリコもまったく同じことをしていた。

 

「美味しい! 厚切りのベーコンの旨味にたっぷり入った玉ねぎの甘さ、そしてトマトソースの絶妙なマッチング……」

 

「口の中でケチャップライスと卵が溶けあうわ。ケチャップライスにはブロックのデリシャス牛のお肉が入ってて、食べ応えも抜群よ」

 

「さすがはリコのお母様の弟子ね」

 

「料理の中にワイルドさがあって、お母様の作る料理とは少し感じが違うわね。これも好きだわ」

 

「わたしたちも半分こにしない?」

「賛成」とリコは小百合に笑顔で答えた。

 

 ぬいぐるみたちはみらいの横で、いつもお気に入りのフワリンクッキーを食べていた。

 

 リコと小百合が味わって食べている時に、みらいとラナはもう食べ終わっていた。

 

「おいしかった~」

 

「あんたたち、食べるの早すぎるでしょ。量にしたら、わたしたちの3倍はあったわよ」

 

 小百合が言うと、ラナが今リコと交換したばかりのオムライスを食べたそうに見つめてくるので、自分の方にオムライスを引き寄せて、絶対にあげないという意思を見せつけた。

 

 悲しそうな眼のラナの横で、みらいが立ち上がる。

「わたしコックさんにお礼いってくるね」

 

「厨房は絶対に覗いちゃいけないって言われてるでしょ」

「毎日こんなに美味しいお料理作ってくれるんだもん、感謝の気持ちは伝えなきゃ」

 

 リコはそれ以上は咎めはしなかった。コックが厨房を見られたくないのは、料理を邪魔されたくないからだと思っていた。だから礼をいうくらい問題ないと思ったのだ。

 

「あのー」

「ひぃっ!!?」

 

 みらいが声をかけると、料理の後かたずけをしていたコックさんがびくりと体を震わせる。背中を見せていたので、みらいに顔は分からない。長いコック帽の下から銀髪のポニーテールの先の方が見えていた。

 

「なっ、な、なんでしょう?」

「一言お礼がいいたくて、いつも美味しいお料理作ってくれて、ありがとうございます!」

 

「いやあ、そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいなぁ。愛情を込めて料理を作ったかいがあるってもんですよ。これは先生が与えてくれた修行の一環なんで、これからも好きなものをジャンジャン注文してくださいね!」

 

 そう言う彼女の後姿からでも、心の底から嬉しいと思っているのが伝わってきた。みらいが満足して席に戻っていくと。フェンリルが振り向いて、ほっとするのと同時に眉を下げてオッドアイを少し細くした。

 

「はぁ~、心臓に悪いな。まさかプリキュアたちの飯を作ることになるとはな……」

 

 そうは言いつつも、フェンリルはみんなが喜んで料理を食べてくれることは嬉しかった。

 

 

 

 校長先生は机の前で黒の書を開いて何度も目を通していた。そこに書かれている内容があまりにも信じ難く、彼は何度も見直して、どうするべきなのか考えていた。そんな時に魔法の水晶に魔女の影が現れる。

 

「校長、お告げですわ」

「なに?」

 

「災厄の魔王が魔法界に現れし時、かの世界は闇に沈むであろう。交わりし二つの伝説と、それに連なる言霊のみが闇を打ち砕く。二つの伝説に言霊なくば、双子の世界もまた闇に呑まれるであろう」

 

「ついにそのようなお告げが現れたか……」

「なにか途方もない、あのデウスマストにも匹敵する邪悪が迫っていますわ……」

 

「魔法界と双子の世界、ナシマホウ界までもが闇に呑まれるとはっきりを示唆されておるとは……。それはつまり、二つの伝説、あの4人の少女たちが負ける可能性があることを示している。二つの伝説に連なる言霊(ことだま)が闇を砕く。この言霊の正体を知る必要がある。これは、わしがやらねばならぬことだ。必ず突き止めてみせよう」

 

 

 

 リコたちが食堂から寮の部屋に帰る途中、急に影がさした。みんなで見上げると上空に黒い壁が広がっていた。

 

「リコ、あれって!?」

「あの時と同じだわ……」

 

 みらいとリコには見覚えのある光景だった。闇の壁がどんどん広がってドームになり、魔法学校全体を完全に覆ってしまう。

 

「何なのよこれ!? 知っているなら教えなさいよ!」

 

 小百合に迫られたリコは上空に広がる暗黒を見て恐怖を感じていた。

 

「あれはデウスマストの眷属が使う結界よ。ただ、前に見たのはこんなに大規模じゃなかった。結界が張られたのは、あそこに見える杖の樹のある尖塔だけだったわ」

 

 リコの指さす方向をみて小百合が言葉をなくす。そして、異変に気付いた校長が杖の樹のある尖塔の広場に姿を現していた。

 

「これは……」

「なんという邪悪な気配……」

 

 水晶から聞こえる声が震えていた。校長が見下ろすと、校庭に少女たちの姿があった。

 

 空中に暗黒の球体が現れ、それを内側から粉々に砕いてロキが姿を現す。その瞬間の衝撃が魔法学校全体に広がり、草木や校長、少女たちに強風を叩きつけた。

 

「よう、今日こそプリキュアを終焉の炎で焼き尽くしてやるぜ」

 

 少女たちが強い視線でロキを見上げると、モフルンとリリンが前に出てきた。

 

「二人とも変身モフ!」

「二人とも変身デビ!」

 

 みらいとリコが手をつなぐと金色のとんがり帽子に小さな星とハートをそえた刻印が現れ、小百合とラナがそれぞれ手をつなぐと赤い三日月と背にした黒いとんがり帽子の刻印が現れる。そして四人で一緒に魔法の呪文を唱えた。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 みらいは桃色の輝きのローブに、リコは紫色に輝くローブに身を包む。そして小百合は白く光るローブに、ラナはレモン色の光のローブに身を包む。同時にモフルンのブローチには白い輝きのダイヤ、リリンのブローチには青い輝きのダイヤが顕現した。

 

『ダイヤ!』

 

 みらいとリコがモフルンと手をつないでゆるやかに回り、平和を愛する人の輪になり、

『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 小百合とラナがリリンと手と手を取って穏やかに回り、希望をもたらす人の輪となり、

『セイント・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 モフルンとリリンのダイヤからあふれた光が広がっていく。輝きに包まれた少女たちはプリキュアの姿にかわっていった。

 

 白きハートの五芒星が現れて、その上にミラクルとマジカルが召喚される。二人は魔法陣の上から跳んで着地してそれぞれポーズを決める。

 

「二人の奇跡、キュアミラクル!」

「二人の魔法、キュアマジカル!」

 

 青白い月と星の六芒星が現れて、その上にプリーステスとルーンが召喚される。二人は魔法陣の上からクロスを描いて地上に降りる。

 

「光さす慈愛の聖女、キュアプリーステス!」

「メラメラの黄昏の魔法! キュアルーン!」

 

 4人のプリキュアはそれぞれの相方と手と手をつなぎ、寄りそいあって、輝くように強く美しい姿になり、勇気と正義を胸に叫んだ。

 

『魔法つかい、プリキュア!』



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闇の魔法の脅威

 紫とピンク、黄色と白のプリキュアが並ぶと、ロキはゆっくりとした速度で上空から降りてきた。彼は腕を組み、プリキュアたちを侮る笑みを浮かべる。

 

「おまえたちを倒し、校長を亡き者にすれば、全ての闇の結晶が俺様の元に集まる。その時こそヨルムガンドが完全体となってこの世界に顕現するのだ!」

 

「何なのよ、ヨルムガンドって……」

 

 プリーステスにロキが牙を見せて笑う。

 

「せっかくだから教えてやるぜ、俺様の最高傑作だからな! ヨルムガンドは真の闇の魔法によって生み出された暗黒の竜、奴が持つ意志は破壊のみ。余りの凶暴さと強大な魔力ゆえに、この俺様でも制御することができず一度は封印した。あのときゃマジで焦ったぜ。何もかも破壊されちゃ、支配もくそもないからなぁ。そこで必要になるのが闇の結晶よ。こいつで俺様の魔力を最大限に引き上げればヨルムガンドの制御が可能になる。ヨルムガンドさえいれば、あのうざってぇマザーラパーパの分身もぶっ潰せるぜ」

 

 それを聞いたミラクルが目を吊り上げてすごく怖い顔になって、プリーステスは驚く。ミラクルがそんな表情になるなど思いもしなかった。

 

「そんなことさせない! 校長先生も、はーちゃんも、わたしたちが守る!」

「そうだよっ! ヨーレルガムなんて、絶対絶対ふっかつさせないよ!」

 

「ヨルムガンドよ……」

 マジカルがルーンに静かに突っ込みを入れた。

 

「吠えるな小娘ども。俺様は闇の結晶の氾濫を五千年以上も待っていたんだ。必ず手に入れるぜぇ!」

 

 その時であった、突如として予想外の人物が乱入してきた。空中に月と星の六芒星が浮かび、その上に金の錫杖を持つ黒いドレスの女神が現れたのだ。

 

「フレイア様!?」

「フレイア様だ~、おひさしです~」

 

 プリーステスが驚き、ルーンは嬉しそうに手を振る。

 

「あれが闇の女神フレイア様……」

 

 ミラクルがフレイアの持つ穏やかさと美しさに触れて見とれていた。そしてすぐにある事に気づいてマジカルに言った。

 

「フレイア様って、フェリーチェに少し似てない?」

「ええ、見た目よりも雰囲気がそっくりだわ」

 

 フレイアの登場に一番驚いているのはロキだった。

 

「てめぇ、こんな所に姿を現してどういうつもりだ?」

「おまえの最後を見届けにきました」

 

「なぁんだとぉーっ!? そんなクソ面白くもねぇ冗談を言うためにきたのかよ!」

 

「お前は4人の光の魔法つかいプリキュアに勝つことはできません。小百合とラナが闇から光へと生まれ変わったあの時点で勝負は決したのです」

 

 ロキの顔から笑みが消えて、牙をむき出す凶暴な表情がフレイアに向けられる。

 

「ほざいてろ! てめぇの可愛いプリキュアをぶっ潰して、そのにやけ顔を凍り付かせてやるぜ! その次は魔法学校の校長! そして最後はてめぇだ、フレイア!」

 

 ロキは獲物を順番に指しながら言った。フレイア微笑んだまま何も言わないと見るや、ロキはプリキュアたちと対峙する。

 

「かかってきな。この俺様を倒せなければ、魔法学校の校長もフレイアも終わりだ」

 

 ロキは剥ぎ取った黒い毛皮のマントを宙に投げて構えた。

 

「行くわよ!」

 

 プリーステスの合図でプリキュアたちは三日月型のフォーメーションになって三方向からロキに接近する。

 

 ミラクルとルーンが二人一体となってロキに目にもとまらぬ連続攻撃を加える。ロキは神がかった身のこなしで二人の蹴りや拳を避けてかすりもしない。そして、ロキがミラクルとルーンのお腹に手を当てる。

 

「はっ!」

 

『うあっ!?』ミラクルとルーンはお腹に衝撃を受けて同時に後ろに飛ばされた。

 

『はぁーっ!』マジカルとプリーステスが膝蹴りでロキを左右から挟撃する。

 

 ロキが右腕を左腕を交差させて、二人の膝蹴りを同時に手の平で受け止める。

「ふんっ!」ロキの魔力の衝撃でマジカルとプリーステスは左右に吹き飛んだ。

 

 マジカルは背中から校舎にぶち当たって壁を粉々にし、プリーステスは樹木に叩きつけられて太い幹をへし折る。

 

 今度は前からミラクルとルーンが向かってきて、同時の回し蹴り、ロキはミラクルの右足とルーンの左足を受け止めてつかんだ。

 

「そぉーら!」

『うわあぁーっ!?』

 

 ロキがミラクルとルーンを頭上に振り上げて投げ捨てる。二人同時に地面に叩きつけられ、地面に長い傷跡をつけて校門の壁に痛烈にぶつかる。見上げるように高い壁に下から天辺にまで大きな亀裂がいくつも入った。ミラクルとルーンは苦し気に壁の近くに倒れていた。

 

『たあぁーっ!』

 

 ロキがその声に振り向くと、マジカルとプリーステスが接近していた。同時に繰り出される二人一体の拳をロキが手の平に黒いバリアを出して防ぐ。二人は腹の底から気合の声を出して、黒いバリアに押し付けた拳に力を入れた。

 

「そんなもんかよ!」

 

 ロキのバリアから衝撃波が広がって、吹っ飛ばされたマジカルとルーンは近くの建物に激突し、さらにそれを貫通して、建物の向こうにある清水の沸く池に突っ込んで水しぶきを上げ、池のふちを破壊して対岸の渡り廊下の支柱にぶつかって止まった。その衝撃で二人が激突した2本の支柱が崩れかける。マジカルが片膝をつき、苦痛で片目を閉じたまま言う。

 

「っつう……このままじゃ学校なくなるわ……」

「そうはいっても、あの結界がある限り外には出られないわね……」

 

 塔上の杖の樹の森でも水晶が、マジカルと同じような懸念を校長に伝えていた。

「校長、あの男の力は魔法学校を崩壊させますわ」

 

「それは一時的なものじゃ。プリキュアは負けぬよ。幸い今は夏休みで生徒はおらぬ。むしろ魔法学校があの子らの足枷になる方が問題じゃ」

 

 校長が広場の縁から下を見下ろしていると、腕組みするロキの前に4人のプリキュアが集まってくる。校長が大声で叫んだ。

 

「君たち! 今はその男を倒すことだけを考えるのじゃ! 全力で戦え!!」

 

『はい!』一つに重なった4人の乙女の声が校長に届いた。

 

 その様子も見ている者がもう一人いた。戦いの音に気づいて食堂から外に出てきたフェンリルだった。

 

「あれはロキ様……」

 フェンリルのオッドアイに映るロキが腕組みを解いた。

 

「プリキュア共よ、一気に勝負をつけようぜ。お前たちの最強の魔法を撃ってこい。俺様がよけずに受け止めてやるよ」

 

「なんですって? バカにしてるの!」

 

「ごたくはいらねぇ。さっさと撃ってこい」

 

 くってかかるプリーステスをロキが真顔で挑発する。

 

「そんなにいうんだから見せてあげようよ!」

 ルーンの言葉に他の三人が頷いた。

 

 4人のプリキュアがそれぞれのパートナーと手をつないで跳躍する。

 

『聖なる光よ!』

 

 プリーステスとルーンの声が重なり、

 

『奇跡の光よ!』

 

 ミラクルとマジカルも同時に叫ぶ。

 

 二組のプリキュアが降りると4人のプリキュアから輝きが広がり、それぞれのペアがパートナーに寄りそう。

 

『二つのダイヤの光よ!』

 

 プリーステスとルーンの腕輪にある青いダイヤが光を放ち、

 

『二色のダイヤの輝きよ!』

 

 ミラクルとマジカルのリンクルステッキの先端が白銀の輝きを放つ。

 

『いま一つとなりて! 聖なる輝きの魔法となれ!』

 

 4人のプリキュアの声が一つになると、モフルンとリリンのダイヤから二色の光が広がっていく。二組のプリキュアの前に宵の魔法つかいと伝説のまほうつかいの魔法陣が融合した巨大な魔法陣が広がる。そして二つのダイヤの魔法が一つになった。

 

『プリキュアッ!』

 

 二組のプリキュアの後方でつなぐ手がに力が籠められる。そして巨大な魔法陣の前に青い輝きと白い輝きの巨大なダイヤが召喚される。

 

『ダイヤモンドッ! スーパーファイアストリームッ!!』

 

 二つのダイヤに輝きが収束し、白と青の波動が撃たれる。二色の光が絡み合い、らせん状になってロキに向かっていく。その光の波動はロキ一人など優に呑みこむ大きさだった。ロキは交差させた腕を固く組んでダイヤの聖なる光を迎え討つ。

 

 ロキの前で強烈なダイヤの魔法が拡散し、彼に魔性を押しつぶす衝撃を与えてくる。

 

「くおおぉっ!」

 

 魔法の衝撃でロキの衣服が少しずつ千切れ、踏ん張る足の靴が地面に埋め込まれていく。

 

「ぬおおおおぉっ!!」

『はあぁーーーっ!』

 

 大地に轟くようなロキの叫びと勇猛な乙女たちの声が重なる。

 

 ロキの体に変化が起こり始める。徐々に全身の筋肉が膨張して体全体が大きくなっていく。ダイヤの光に耐える肉体が急速に肥大し、強靭な背中に黒い翼が生えて広がる。それはドラゴンの翼に酷似していた。

 

 彼の赤い頭髪は逆立って凶暴性を際立たせ、頭に猛牛のような黒い角が出てくる。手と足の黒い爪も伸びて鋭くなった。

 

「でぃやあああああぁっ!!」

 

 魔法学校そのものを震わせるような雄叫びがあがり、二つのダイヤから放たれた魔法がかき消されていく。逆流した衝撃が二つのダイヤと巨大な魔法陣まで粉砕した。プリキュアたちは息の止まるような爆風を受けて身を護る態勢で徐々に押されていく。

 

 呆然とするプリキュアたちの前でロキが両手の拳を握ると腕の筋肉が盛り上がり、上腕、胸、額の4か所に、まるでそこに縦型の目があって開いたかのような気味の悪い文様が浮き出た。これがロキの闇の王としての真の姿だった。

 

「お返しだぜ!」

 

 ロキが両手を前に出すと、手のひらから闇の魔法が放たれ、暗黒の波動がプリキュアたちを飲み込んだ。闇の塊が悲鳴と苦痛を包み込み、プリキュアたちを吹き飛ばして爆発した。

 

 その爆発で無数の破片が飛び、食堂の入り口に立って戦いを見ていたフェンリルが腕輪をしている右手を前に出してバリアを出現させる。

 

「あれがロキ様の真の姿か。何という力だ!」

 

 食堂を守っているフェンリルの姿にロキが気づく。

「フェンリルじゃねぇか。魔法学校なんぞで何をしてやがる?」

 

 今や巨躯とも言っても差し支えない筋肉隆々のロキが彼女に近づいていく。フェンリルはいつも通りの調子で言った。

 

「ロキ様、わたしは始末されると思っていたんですがね」

「力を失ったお前を始末する理由なんてねぇ。労力の無駄だ」

 

 ロキは二重の円環と細い瞳孔のある恐ろしい目でフェンリルを見下ろした。

 

「お前、力を失ってなかったら、今ここでどう行動する?」

「もちろん、ロキ様に加勢いたしますとも」

 

「嘘ではなさそうだな。おめぇはいい部下だよ、これ以上ないってくらいにな。なんでこんなちんけなもんを守っているのかは知らねぇが。大事なもんならしっかり守るんだな。プリキュア共を倒す頃には、この辺りには何もなくなるぜ」

 

 そしてロキは4人で固まって倒れているプリキュアに向かっていく。

 

「あう……まけたぁ……」

「4人の魔法が効かないなんて……」

 

 ルーンとプリーステスが絶望的な気持ちになっていると、ミラクルが立ち上がって闘志を燃え上がらせる。

 

「みんな、諦めちゃだめ!」

「そうね、これくらいのピンチなら前にもあったし」

 

 マジカルも立ち上がると、プリーステスの負けじ魂が燃えてくる。

 

「さすが、経験者は違うわね」

 

 プリーステスも立って、まだ寝ているルーンの手を引っ張って起き上がらせた。

 

 傷ついたプリキュアたちに近づいたロキが腕を組み歯を見せて勝ち誇った気持ちを笑みに表す。

 

「立ってどうする? お前たちの最強の魔法は敗れたのだ。もう勝負はついた、大人しくして楽に消えろ」

 

「わたしたちは負けない!」

 

 ミラクルに睨まれると、ロキが痛快に笑って、その声が魔法学校中に響き渡った。

 

「いいねぇ! せいぜい悪あがきして俺様を楽しませてくれよ!」

 

 ロキがプリキュアたちに襲い掛かり、何度も拳を打ち込んでくる。身を砕かれるような衝撃を全員で身を固めて防御して耐え忍ぶ。そしてロキが思い切り振りかぶって打ち込んできた拳は、4人で上にジャンプして逃げた。ロキの拳は地面に叩きつけられ、そこを中心に地面が波立って亀裂が広がる。

 

「上に逃げたら狙い撃ちだぜ!」

 

 ロキが両手に黒いエネルギー弾を作り出し、上空のプリキュアたちに向かって投げつけると、プリーステスとルーンがブレスレットを上に唱える。

 

『リンクル・スターサファイア!』

 

 ブレスレットに3条の白い線が交錯するドーム型のサファイアが現れると、プリーステスはマジカルを、ルーンはミラクルを脇に抱えて飛翔して、黒いエネルギー弾を回避した。

 

「チィッ、空飛ぶリンクルストーンか、こざかしい」

 

 ロキが距離を取って着地したプリキュアたちを睨んで舌打ちした。そしてプリキュアたちを狙い、両手から暗黒の魔法の波動を撃ちだす。

 

「リンクル・ムーンストーン!」

「リンクル・ブラックオパール!」

 

 ミラクルとプリーステスが白と黒のバリアでロキの魔法を防ぐ。

 

「そんなちんけなバリアで止められると思ってるのかよ!」

 

 ロキの両手に更なる魔力が込められ、闇色の光線の体積が増し、ミラクルとプリーステスのバリアにひびが入り始める。

 

「はっ!」マジカルが跳躍し、

「とうっ!」ルーンも跳ぶ。

 

 二人は空中で出会うと、ルーンがマジカルの手を取って、スターサファイアの魔法で飛翔してロキに接近する。

 

「だあーっ!」

 

 ルーンがまるで背負い投げでもするようにしてマジカルをロキに向かって振り落とす。

 

「はあぁーっ!」

 

 上空からの、ルーンがぶん投げる速力を加えたマジカルの踵落とし、ロキは魔法を止めて丸太のような腕でそれを止める。周囲に風圧が広がってその威力の凄まじさを物語った。

 

「ぬうぅ」

 

 マジカルが踵落としの態勢からバク転すると、ルーンがマジカルをつかんでいた手を放してロキに突っ込んでくる。

 

「たあぁーっ!」

 

 ロキが胸の前で組んだ腕にルーンの靴底が押し付けられ、それとほぼ同時に着地したマジカルがロキに向かって突出、この流れるような連帯が活路を開く。

 

「はぁっ!!」

 

 マジカルの拳がロキのボディーにクリーンヒットし巨体が震えた。

 

「ぬぅ、効くかよ! この程度の攻撃!」

 

 ロキが全身に力を込めて組んでいた腕を開くと、爆風が起こってマジカルとルーンを押し戻した。

 

「くそ、なんだこいつら!? 最強の魔法を破られたってのに、諦めないどころか、戦意を増してやがる!」

 

 マジカルとプリーステス、ミラクルとルーン、それぞれのペアで顔を見合わせて頷き、寄り添うように並んでリンクルステッキとリンクルブレスレットを前に出す。そしてマジカルとプリーステスがリンクルストーンを呼び出す。

 

「リンクル・ペリドット」

「リンクル・オレンジサファイア」

 

 ミラクルとルーンも呼びかける。

 

「リンクル・アクアマリン!」

「リンクル・ジェダイト~」

 

 二つの力が一つの魔法となりマジカルのステッキとプリーステスの手から放たれる。

 

『プリキュア! メイプルリーフブレイズ!』

 

 二つのリンクルストーンの力を合わせて、ミラクルとルーンが魔法の呪文を唱える。

 

『プリキュア! アイシクルインパクト!』

 

 燃え上がる木の葉の渦と、凍てつく烈風がロキに迫る。

 

「合成魔法か」

 

 ロキがそれぞれの魔法を片方ずつの手で受け止めた。

 

「伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいの魔法を合成したことはちと驚いたが、所詮はこの程度よ!」

 

 魔法を止めるロキの手のひらから黒い魔力が噴出し、プリキュアたちの魔法を押し戻していく。そして互いを結ぶ中間の距離でロキの二つ黒い波動と、プリキュアたちの炎と氷の魔法が衝突しながら停滞する。

 

「づああぁーーーっ!」

 

 ロキが雄叫びを上げると、黒い波動が威力を増してプリキュアたちの魔法を一気に押し込んだ。乙女たちの無残な悲鳴があがり、4人のプリキュアたちは黒い波動の衝撃に呑まれながら後方の校舎に激突し、黒い炎が爆裂して校舎を吹き飛ばした。その衝撃は校長がいる塔の天辺にまで突き上げて、塔の壁に亀裂が入っていく。

 

 傷ついたプリキュアたちは瓦礫の中に倒れて動く気配がなかった。それを見たロキが笑い声をあげてから叫んだ。

 

「見ろフレイア! これでも俺様が負けるというのか!」



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反撃

「見ろフレイア! これでも俺様が負けるというのか!」

「……」

 

 フレイアは微笑みを消して、ただ黙っていた。ロキにはフレイアが慄いているように見えた。

 

「プリキュアども! 最後に面白い話をしてやるからよ、よく聞いてろよ!」

 

 ロキは宙に浮いて、そこにいる全ての者に言葉を叩きつけた。

 

「古の魔法界に闇の魔法の時代を築いたのは、この俺様だ!」

「おぬしが闇の魔法の権化……。闇の魔法は人間が生み出したものではなかったのか……」

 

 校長先生はすべての憎しみがそこにあるという、そんな険しい表情をロキに向けていた。

 

「闇の魔法を人間が生み出したというのも間違いじゃねぇ。俺様はきっかけを与えてやったのよ。闇の魔法の教団を作り、人間どもに闇の魔法を与えてやった。あとは勝手に人間どもが広めていった。みんなこの俺様に感謝していたぜ、素晴らしい魔法をありがとうございますってなぁ」

 

「おぬし、許せぬ……」

 

 校長先生は親友クシィの命を闇の魔法によって奪われている。それだけに闇の魔法に対する怒りと憎しみは強かった。そんな校長先生に、ロキはさも楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「まだ怒るところじゃないぜ、本当に面白い話はこれからだ。闇の魔法を手にした人間どもは例外なく自壊していった。面白かったんで、俺は教団の一人に特別強力な闇の魔法を与えた。その結果、そいつは魔法で闇の竜を生み出し、魔法界を長い戦いに導いた」

 

「だが、魔法つかいたちは光の竜で闇の竜を打倒し、闇の魔法を封印した。そして魔法の力を正しき方向へと導くために魔法学校が創設されたのじゃ。だからこそ、今の光り輝く魔法界がある。闇の魔法などに我々は二度と負けはせぬ!」

 

「よく言うぜ。お前は闇の魔法で世界を支配しようとしていた奴を知っているだろう。つい最近の話だぜ」

 

 校長が目を見開いてロキを見つめる。

 

「闇の魔法には全てこの俺様が関わっている。奴も例外じゃねぇ」

「おぬし、まさかクシィを!?」

 

「お前だっておかしいと思っただろ? 闇の魔法で混沌に対抗するなんてよぉ。混沌ってのは闇の親玉みてぇなもんだからなぁ」

 

「クシィに何をした!!?」

 

「別に大したことはしてねぇよ。夢の中に入って魔法で暗示をかけてやったんだ、混沌に対抗できるのは闇の魔法だけだってな!」

 

 それを聞いた校長先生は、怒りと悔しさのあまり言葉を紡ぐことができず、血が出る程に歯を食いしばってロキを睨んでいた。

 

 ロキは大きな声は出さないが、腹をかかえて笑っていた、まるで子供がバラエティーの番組でも見ているように。

 

「クシィは自らの意志で闇の魔法に染まったわけではなかったのか……」

 

「いや、半分は奴の意志だ。奴は混沌に対抗する力が欲しいと心の底から願っていた。だから俺様が後押ししてやったのよ」

 

「黙れいっ!!」

 

「あいつがドクロクシィになって闇の魔法をばらまいてくれたおかげで、闇の結晶の氾濫がだいぶ早まった。想定以上に役に立ってくれたぜ」

 

「そんなことのためにクシィをっ!」

 

 校長先生は苦痛の呻きとも怒りの叫びっとも取れる激しい声をあげ、近くに現れた魔法の杖を右手に握る。

 

「校長、いけません……」

 校長の傍らに浮く水晶が涙に震える声で言った。

 

「いいぜ、この俺様に怒りをぶつけてこい」

 

 校長先生が杖を握る手にあらん限りの力を込め、血を吐くような声をあげた。そして彼は、魔法の杖を地面に突き刺して手放した。

 

「なんだよ、撃ってこないのかよ、面白くもねぇ」

 

「……おぬしを倒すのはわしの役目ではない。わしの成すべきことは他にある」

 

 ロキは自分の思ったような展開にならずに、つまらなそうに舌打ちした。だが、彼の遊びはまだ終わりではなかった。

 

「もう一つ面白い話をしてやろう」

 

 そしてロキはフレイアを指し示して言った。

 

「そこにいるフレイアも、闇の魔法の時代に深い関りがある。こいつのせいで闇の魔法の時代が到来したと言っても過言じゃねぇ。そうだよなぁ、フレイア」

 

「……」

 

「まただんまりか。いいぜ、お前が黙ってるなら俺様が全部しゃべってやる。こいつはなぁ! 自分で招いた過去の汚点を消すために仲間の命を犠牲にしたんだ!」

 

 ロキの悪意にまみれた言葉が闇の結界の中で反響して隅々まで届いた。そして、フレイアが錫杖を持つ手が震えて、目を閉じる女神の目じりから涙が零れ落ちた。

 

「その口を閉じなさい」

 

 下から途方もない大きさの怒りを押し殺した、静かな声が聞こえた。瓦礫の中にプリーステスが立っていた。それに続いて他の3人のプリキュアたちも立ち上がってくる。

 

 ミラクルとマジカルが恩師の痛みを知り、怒りの炎を燃え上がらせる。

『校長先生を悲しませるなんて』

 

 プリーステスとルーンがフレイアの悲しみを知り、憤怒のマグマが煮えたぎる。

『フレイア様を泣かせるなんて』

 

 4人のプリキュアの大切な人を思う心とロキへの怒りが一つになる。

『絶対に許せない!!』

 

 4人のプリキュアの怒りが爆発した。

 

「ほう、まだそんな元気があるのか。楽しませてくれるじゃねぇか」

 

 ロキは腕組みして空中から地上に降るとプリキュアたちからの火花の散るような視線を浴びる。

 

「足掻け」

 

 ロキがにやけ顔を消してそう発すると、プリーステスが右手を横一文字に振り、ブレスレットにリンクルストーンを呼び出す。

 

「リンクル・スタールビー!」

 

 スタールビーが現れたリンクルブレスレットをプリーステスが高く上げると、深紅の輝石から生まれた四つの輝きが、4人のプリキュアの胸に吸い込まれる。

 

『はああぁーっ!』

 

 プリキュアたちの体が熱く燃え上がり、ロキへの怒りが更なるパワーを与えた。

 

「パワーを上げるリンクルストーンか。その程度の魔法で俺様に対抗できると思っているのか!」

 

 ミラクルとマジカルが正面からロキに向かっていく。

 

「やああぁっ!」

 

 二人で連携する連続攻撃をロキは回避していく。ミラクルのパンチが頬をかすめて、マジカルのキックが顎をかすめ、ロキに強い風圧を与える。ミラクルとマジカルの攻撃の切れが先程とは別世界で、ロキから余裕のにやけ顔が消えていた。

 

 周囲の空気が震えるような気合の声があり、ミラクルとマジカルが同時に拳を打ち込む。ロキが両手を合わせてそれを防ぐと、発生した衝撃が彼の周囲に土埃を爆発させる。

 

「ぬううぅっ!?」

 

 ロキは予想を超える衝撃を受けて顔をしかめ、防御の態勢のまま後方に弾き飛ばされる。

 

『でやあぁーっ!』

 

 プリーステスとルーンがロキの左右から同時に攻めてくる。白きプリキュアの蹴りと黄色いプリキュアの拳をロキは左右の二の腕を立てて防御する。その時にも闇の王は強い衝撃に顔をしかめた。

 

 そこへミラクルとマジカルが呼吸を合わせて突っ込んで、ロキの盛り上がった腹筋に気合一声のダブルパンチを叩きこんだ。

 

「ぐおっ!?」ロキの体がさらに後退する。

 

『はぁっ!』さらにミラクルとマジカルの左右の回し蹴りの連携、ロキはたまらず上に逃げて黒い翼を開いた。

 

『たぁーっ!』

 

 スターサファイアの魔法で飛翔したプリーステスとルーンがロキの真上から二人同時の急降下蹴りをおみまいする。

 

「ぐあっ!?」プリーステスとルーンの攻撃が見事に決まり、ロキは真っ逆さまに落ちた。

 

 重い振動と同時にロキが地面に大の字に叩きつけられた。怒りで目を血走らせ、歯を食いしばって立ち上がったロキに、プリキュアたちが殺到する。

 

「時間切れだぜ!」

 

 ロキは前からきたミラクルとマジカルをまとめて蹴り飛ばし、上空からきたプリーステスとルーンのパンチを片腕一本で防いでからカウンターパンチの一撃で二人一緒に吹き飛ばした。ミラクルとマジカルは地上に叩きつけられ、プリーステスとルーンは空中に浮いている建物に壁を破壊して突っ込んだ。

 

「短い夢だったなぁ」

 

 浮遊建造物に突っ込んでいたプリーステスとルーンが飛び出し、まっすぐにロキに向かって同時の飛び蹴り。それはガードされるが、反撃の隙を与えずにミラクルとマジカルも同時に跳び蹴りを撃ち込んでくる。ロキは腕を組んでそれを防ぎ、反発力が生まれてプリキュアたちとロキの間に少し距離が開いた。

 

「諦めの悪い奴らだ! づあぁっ!」

 

 ロキは手のひらから爆風を起こしてミラクルとマジカルを吹き飛ばした。

 

『だぁーっ!』プリーステスとルーンがロキに肉薄して攻撃を始めると、最初は余裕のにやけ顔で回避していたが、すぐに嫌らしい笑みを消されて防御を交えるようになった。

 

「スタールビーの魔法はもう切れているはずだ! なのに何だ、この攻撃の切れは!?」

 

 ロキは苛ついて舌打ちすると、思い切り振りかぶった拳の一撃を二人に叩きつけた。二人で一緒に防御して、体の小さいルーンの方が遠くに飛ばされ、プリーステスは弾き出されて止まった場所で片膝をついた。

 

「いい加減にくたばれ!」

 

 ロキがプリーステスに向かって回し蹴りを放つと、俯いていた彼女が顔をあげて赤い瞳で鋭く敵を見つめる。

 

「はっ!」

 

 プリーステスは迫ってきたロキの足首をつかんで捻り、合気で打倒した。ロキの巨体が半回転して背中から痛烈に叩きつけられる。

 

「ぐほぉ!?」叩きつけられた衝撃で巨体が跳ね上がり、そこにルーンが突っ込んでくる。

 

「とりゃ~っ!」ロキはわき腹にルーンの蹴りを食らって吹っ飛んだ。

 

 落ちた先で起き上がったロキが瞳を飢えた獣のようにぎらつかせた。

 

「このガキどもがぁーっ!」

 

 続けてミラクルとマジカルがロキに迫り、同時攻撃を仕掛けた。マジカルがロキの顔面を狙って拳を打ち込み、それをガードさせる。その隙にミラクルがロキの懐に入り込んだ。

 

「だあああぁっ!」ミラクルのボディーブローの連打がロキの巨体を震わせる。

 

「ぐっ、調子にのるなぁーっ!」

 

 ロキが両手を組んで背中の後ろまで引き上げる。そして、それをミラクルに向かって打ち下ろす寸前に、ロキの組んだ両手の上にマジカルの手が置かれた。

 

「はっ!」

 

 マジカルが下に向かって力を入れるとロキの体が後ろに傾く。

 

「うおぉおっ!?」

 

 ロキは組んだ両手に込めた力を利用されて無様に仰向けにぶっ倒れた。虚を突かれた攻撃に焦ったロキは、起き上がりざまに重ねられたプリキュアたちの攻撃をまともにくらった。

 

『てやぁーーーっ!!』

 

 プリキュア四人一体の蹴りがロキの胸に炸裂する。

 

「うおおぉーーーっ!?」

 

 巨体が校舎に叩きつけられて建物が音を立てて崩れていく。ロキはすぐさま唸り声をあげてのしかかっていた石の壁や瓦礫を押しのけて立ち上がった。

 

「なぜだ!? なぜ俺様がこんな奴らに追い込まれている!?」

 

 プリキュアたちが4人揃い立ちしてロキに怒りを直にぶつけるような視線を集中させている。そんな少女たちに対してロキは際限のない憎しみが沸き上がる。

 

「小娘どもが! 生意気だあぁーーーっ!!」

 

 ロキが組んだ両手を地面に向かって打ちつけた。そこから粉塵を瓦礫を巻き上げる衝撃の高波が立って、地面を捲り上げながらプリキュアたちに迫り、呑みこんでいく。

 

「おい、おまえら! こっちにこい!」

 

 フェンリルが近くに隠れていたモフルンとリリンを呼ぶ。二人は急いで走ってきてフェンリルの後ろに隠れた。

 

 凄まじい威力が杖の樹のある塔を破壊し、食堂を崩壊させる。校長やフェンリルは自分たちを魔法のバリアで守るのが精いっぱいだった。

 

 様々なものが壊され、暗い結界の中は土埃で満たされた。校長が壊れかけた塔の上から見下ろすと、次第に落ち着いてきた土埃の中からプリキュアたちの姿を認める。同じくその姿を見たロキは、牙をむいて憎しみと恐れを狭間で額や頬に汗をたらした。プリーステスとルーンの手から広がる黒くて大きなハート形のバリアによって、ミラクルとマジカルは守られていた。

 

「いい加減にして!」マジカルの怒りが更に大きくなり、

 

「学校がなくなっちゃうでしょ!」ミラクルの怒りが更に燃え上がる。

 

 ミラクルとルーン、マジカルとプリーステスでコンビになり、ミラクルの左手とルーンの右手がつながり、リンクルステッキとリンクルブレスレットが前に向けられる。

 

 プリーステスの左手とマジカルの右手が後ろで結ばれ、リンクルステッキとリンクルブレスレットを前にかざす。

 

「また合成魔法か! さっき跳ね返されたってのに、懲りない奴らだ!」

 

 ミラクルとルーンが呼びかける。

 

「リンクル・アメジスト」

「リンクル・インディコライト~」

 

 ロキの頭上に五芒星の魔法陣が現れる。

 

『プリキュア! ディメンションライトニング!』

 

 ロキの真上の魔法陣から地面に向かって雷電が降り注ぎ、電撃の嵐がロキを襲う。

 

「ぐおおおおぉっ!?」

 

 マジカルとプリーステスが魔法の呪文を紡ぐ。

 

「リンクル・ガーネット」

「リンクル・オレンジサファイア」

 

 ロキの足元の地面が赤く熱を発して波立ち始める。

 

『プリキュア! スカーレットウェイブ!』

 

 地面から真紅に煮え立つ溶岩と炎が吹き上がりロキの身を焦がし、さらなる苦痛の悲鳴を与えた。

 

「ばっ、バカな!? 新たな魔法だとぉっ!? なぜ対極であるはずの貴様らの魔法が、こうもやすやすと合成できる!!?」

 

 ロキは魔法学校を覆いつくす闇の結界を震わせるような声を上げる。

 

「ぬうおあああああああぁっ!!」

 

 ロキの周囲に嵐のように空気が逆巻いて、プリキュアたちの合成魔法はかき消された。ロキは肩で息をしていて、確実にダメージを受けていた。

 

「伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいは対極ではなく表裏一体なのです」

 

 フレイアの声が降ってきてロキが彼女を見上げる。

 

「なんだと? そんなはずはねぇ! 俺様は宵の魔法つかいを知っている! 俺様はてめぇと同じ時代を生きているんだぞ!」

 

「わたくしたちの魔法でも、強大な力を持つお前の記憶を書き換える事は不可能でした。ですから、ほんの一部だけの記憶を消しました。伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいが表裏一体である事実だけを、お前の中から消し去ったのです」

 

「それが何だってんだ!? そんなの俺様には何の影響もねぇ! 無意味だ!」

 

 この時、ずっと真顔だったフレイアにいつもの微笑が戻る。それを見たロキの体に薄ら寒いような感覚が走る。

 

「お前は伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいを対極と決めつけて、何度も卑劣な罠を仕掛けてきました。それが彼女たちの絆を強くし、成長させたのです。そして、お前が小百合とラナを闇から光へと導いたのです。もしお前に伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいが表裏一体の認識があったのなら、もっと慎重に行動したことでしょう。そうであれば、新たな光の魔法つかいプリキュアが生まれるのは困難だったでしょうね」

 

 それを聞いたロキが目を見開き脱力して肩を落とす。

 

「何を言っているんだお前は、意味が分からねぇ!? 戦いで生まれるのは怒りだろう! 憎しみだろう! 絆だの成長だの胸糞わりぃ言葉を使うじゃねぇっ!」

 

「その答えはプリキュアたちに聞きなさい」



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二つの貴石の輝き! ダイヤモンド・エターナル・クロス!

 ロキが疲弊した表情でプリキュアたちと再び向かい合うと、凛々しき乙女たちの強い視線に射貫かれて体が震えた。そしてプリーステスが言った。

 

「わたちたちは確かに敵対して戦っていた。でもね、憎みあったことなんて一度もない」

 

 ミラクルの瞳が揺れる。

「わたしお母さんのために一生懸命なプリーステスが好きだった」

 

 プリーステスがミラクルから言葉を受け取る。

「わたしは友達を支え、たゆまぬ努力を続けるマジカルを心から尊敬していた」

 

 プリーステスから言葉を受け取ったマジカルが微笑する。

「わたしはルーンのどこまでも友達を信じぬく姿に心を打たれたわ」

 

 マジカルから送られた言葉にルーンは周囲を明るくするような満面の笑みを浮かべる。

「わたしは友達思いでとっても可愛いミラクルが大好きだったよ!」

 

 そんなプリキュアたちの声を聞いたロキに憎悪の黒い炎が燃え上がった。

 

「くだらねぇーーーっ!! 目障りだ! てめぇら全員消えろーっ!!」

 

 ロキが黒い竜の翼をいっぱいに開いて飛び上がる。そして全身に漆黒の闇の魔力をまとって、プリキュアたちに向かっていく。

 

 ミラクルとマジカルがリンクルステッキを構える。そしてミラクルがみんなに言った。

 

「みんなの心と魔法を一つに合わせよう!」

 

 ミラクルの一言で4人のプリキュアの心は一つになる。

 

「モフルン!」

「リリン!」

 

 ミラクルとプリーステスの呼びかけに、ぬいぐるみたちが走ってくる。

 

「モフ~ッ」

「デビ~ッ」

 

 二人ともプリキュアたちの中へと飛び込んでいった。ミラクルとモフルンとマジカルが手をつなぎ、プリーステスとリリンとルーンが手をつなぐと、モフルンとリリンのダイヤが輝きを広げて、周囲を聖なる光の世界にかえていく。そして二組のプリキュアたちが跳躍し、上昇中にマジカルとプリーステス、ミラクルとルーンが手をつないで、6人で輪になって回りながらさらに上昇していく。

 

 ミラクルとマジカルの魔法を込めた声が輝きの世界に広がる。

『永遠の輝きよ!』

 

 プリーステスとルーンの魔法を込めた声が光の世界に澄み渡る。

『聖心なる輝きよ!』

 

 上昇が頂点に達したところで再びプリキュアたちは二組に分かれ、宙を舞いながら降下していく。そして、魔法を込めた4人の声が一つとなる。

 

『わたしたちの手に!』

 

 ペアになったプリキュアたちが舞い降りると、白い輝きの波と青い光の波が同時に起こって混ざり合い、輝きの高波が波紋のように広がっていく。

 

 ミラクルとマジカル、プリーステスとルーンが後ろに手をつなぐ。そしてミラクルとマジカルがリンクルステッキを頭上に構え、プリーステスとルーンは頭上で手を交差させ、リンクルブレスレッドを一つに合わせた。その瞬間に二組のプリキュアに間に立ったリリンとモフルンのダイヤが強く輝く。

 

『二つの魔法を一つに!』

 

 プリーステスとルーンの手が外側に向かって半円を描いていくと、二人の腕輪にある青いダイヤの輝きが線になって残り、やがて線は一つに重なって円となる。円の内側に青い光が走って六芒星を描き、その中心に三日月、周囲に六つの星型が現れる。

 

 ミラクルとマジカルはリンクルステッキの先端で光の線を引いていく。

『フル、フル、リンクルーッ!』

 

 光の線で描かれた二つの三角形が白い輝きを放って具現化し、重なり合ってリンクルストーンダイヤと同じ形の光の結界になり、それが巨大化した瞬間に衝撃波が起こる。さらにダイヤの光の結界が白く輝くハートの五芒星に変化する。

 

 プリーステスとルーンがブレスレットを天上にかざすと、二人が描いた月と星の六芒星が前に出て巨大に広がり、ハートの五芒星をその内に秘め、伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいの魔法が一つとなった。

 

「うおおおおおぉーーーっ!!」

 

 ロキが闇の衝撃となって巨大な魔法陣に衝突すると、光と闇のせめぎあいで白く輝く魔法陣が震えて甲高い音が響き渡る。

 

 ミラクルとマジカル、プリーステスとルーン、それぞれのペアが後ろ手に結んでいる手に強い力を込めて、互いの手袋がきしむような音をたてた。

 

『プリキュア!』

 

 巨大な魔法陣の前にダイヤが召喚されてロキをその中に封じる。そのダイヤがあまりにも巨大で、中に入ったロキはまるで小人のようだ。

 

『ダイヤモンドーッ! エターナル・クロス!!』

 

 ペアになったプリキュアたちが、後ろ手につないだ手を放し、目の前のダイヤを押し上げるかのように手を前に突き出した。

 

 巨大なダイヤが回転し、凄まじい衝撃を伴って放たれ、魔法学校を覆っていた闇の結界を粉砕して、天空へと打ち上げられていく。

 

「バカなっ!!? この俺が! この俺様があぁーーーっ!!」

 

 ダイヤの輝きの中にロキの断末魔が響く。ロキを運ぶダイヤは巨大な白い彗星となって宇宙の果てへと誘われ、眩いばかりに白い光の爆発が広がり、その中から数えきれない程の闇の結晶がが飛び出してきた。

 

 ロキが消滅し、魔法学校に闇の結晶の雨が降る。フレイアが先端にチューリップを模った赤い宝石の付いた錫杖を上げて、赤い月と星の六芒星魔法陣を出現させる。その魔法陣に落ちてくる無数の闇の結晶が全て吸い込まれていく。

 

 無残な程に破壊された魔法学校も修復されていき、最後に校庭に白い光の玉が落ちてきた。そしてシャボン玉が弾けるように光が消えてなくなると、布製の長いポンチョを着た浅黒い肌色の小さな男の子が現れた。

 

『え?』プリキュアたちは思いもしないものが落ちてきて面食らった。

 

「あれ? ここどこ? お父さん、お母さん、どこ!?」

 名前も分からない男の子は混乱して泣き出してしまう。

「おとうさぁん! おかあさぁん! うわーん!」

 

 プリキュアたちのすぐ近くにフレイアがふわりと降りてきて言った。

 

「この子は遥か昔にロキに体を乗っ取られた人間です。世界が二つに分かれる前の時代から、一万年近い時を超えてこの時代に……」

 

「そんな……」プリーステスが悲愴な表情になり、他のプリキュアたちは残酷で非常識な現実の前に呆然としてしまう。そこに一人の少女が割り込んできた。

 

 フェンリルが幼い少年の前に膝をついて、少年の鼻先にチョコレートバーを突き出した。甘い匂いの魅力的なお菓子を前に少年の涙が止まる。

 

「食え。フェンリルさん特製のチョコレートバーだ」

 

 チョコレートを一口食べた少年に笑顔が広がった。

 

「わあ、おいしい!」

 

 フェンリルが少年の頭に手を置いて言った。

 

「わたしはお前の親から、お前の面倒をみるように頼まれているんだ」

「ほんとう? お姉ちゃん、お父さんとお母さんを知ってるの?」

「今すぐには無理だが、そのうちには会えるかもな」

 

 フェンリルは立ち上がり、プリキュアたちを見つめていく。

 

「こいつは旧時代の遺児、わたしと同じ境遇さ。だからわたしが連れていくよ」

「ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」

 

 フレイアが丁寧に頭を下げると、フェンリルは少年の手を取った。

 

「腹が減ってるんだろう。何か食わせてやるよ」

 

 フェンリルは食堂に向かって歩きながら言った。

 

「わたしの名前はフェンリルだ。お前の名前を教えろ」

「僕の名前はハティ」

「ハティか、よろしくな」

 

 そして二人は食堂の扉を開けて中に入っていった。

 

 リリンとモフルンの胸から白と青のダイヤが離れて、プリキュアたちの姿が元の魔法学校制服姿の少女たちに戻る。

 

 小百合とラナがフレイアの前に立って、抱きついていきたい衝動を抑えて黙っていた。

 

「二人とも……わたくしには、あなた達に言葉をかける資格はありません」

 

 それを聞いたラナと小百合が悲し気に瞳を揺らす。そして小百合がフレイアをまっすぐ見つめていった。

 

「どうしてそんなことを言うんですか? もしかしてダークナイトさんの事を気に病んでいるんですか?」

「一歩間違えれば、あなたたちはダークナイトに討たれていました」

 

「フレイア様は小百合とラナを信じていたんでしょう」

 

 そう言うみらいにフレイアの閉じている目が向いた。みらいの隣にいるリコも言った。

 

「わたしたちと小百合たちを戦わせた理由が今なら分かります。小百合とラナが光の力を手に入れるためには、その方法しかなかったんじゃないんですか?」

 

 フレイアは暫しの沈黙の後に答えた。

 

「ロキを倒すのは伝説の魔法つかいだけでは不可能なことでした。そこでわたくしは宵の魔法つかいを復活させて光に転換する事を考えたのです。しかし、全ては可能性でしかありませんでした。プリキュアを生み出したマザー・ラパーパですら、そんな事は想定していなかったのです。ただ、表裏一体の存在ゆえに、宵の魔法つかいが伝説の魔法つかいと同じ光のエレメントを持てる可能性は高いと思っていました」

 

「その方法が、プリキュア同士で戦わせることだったんですね」

 

 小百合が言うとフレイアが頷く。

 

「プリキュアは試練を乗り越える事にその力を高めてゆきます。宵の魔法つかいを闇から光へと導く為には、これ以上ない最大の試練を与える必要がありました。そして伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいを戦わせるという結論に至ったのです。しかし、プリキュア同士を戦わせるなど、わたくしには悪魔の所業としか思えず、それを実行する勇気もありませんでした。そんなわたくしの背中を押してくれた人がいたのです」

 

 みらいのラベンダー色の瞳が輝く。

 

「それってもしかして!」

 

「そうです、あなた方二人が誰よりもよく知っている」

 

「はーちゃん!?」

 

 まさか思ってリコが口にした名前にフレイアが頷いた。

 

「ことはは、あなたたちなら絶対に大丈夫だと、どんな辛い試練でも必ず乗り越えると、確信をもってわたくしに語りました。それで決心することができました。そして多くの力を失っているわたくしに代わり、ことはが様々な事を請け負ってくれています。そのせいで自由に動くことができないのです」

 

「ことはが裏で動いてくれていたから、わたしたちはここまで来られたのね」

 

 小百合は、ことはとフレイアにつながりがあるのは知っていたが、ことはの存在の大きさは彼女の想像よりも遥かに大きかった。

 

「ことはは、あなた方が気づいていないところでも何度か手助けしています。彼女がいなければ魔法界は寸刻の間にロキに支配されていたでしょう」

 

「うう、なんか話が大きすぎて、はーちゃんが離れていく感じがするよ……」

「仕方がないわ。子供は親離れしていくものだもの」

 

 ことはの見た目はみらいとリコと大して変わらないので、小百合とラナは親離れという言葉にすごい違和感があった。それは差し置いて、小百合にはどうしてもフレイアに伝えなければならないことがあった。

 

「フレイア様、わたしもラナも、あんな奴が言ったことなんて気にしてませんから」

「フレイア様が仲間をぎせいになんて~、どうかしてるよね~」

 

 それを聞いたフレイアの顔から微笑みが消えた。小百合はそれを見た瞬間に、胸に氷柱でも刺されたように心がひやりとした。

 

「あなたたちに嘘は言えません。ロキが語ったことは真実なのです」

 

「うそぉ……」ラナは衝撃を受けすぎて固まってしまった。

「わたしは例えフレイア様のお言葉でも、それは信じません」

 

 小百合がはっきりと言うと、フレイアの顔に微笑が戻る。

 

「わたくしには、まだやるべき事があります」

 

 フレイアは校長のいる杖の樹の森を見上げると歩き出し、まるで空気に溶け込むように姿を消していった。みらいと小百合は予感があって先程のフレイアと同じように見上げると、杖の樹の近くに校長先生とフレイアが向かい合って立っている姿が見える。

 

「もうあんなところに!?」

「まさか、フレイア様……」

 

 小百合とモフルンを抱いたみらいが走り出す。

 

「ちょっと、二人とも!」リコとラナとリリンも二人の後を追いかけた。

 

 

 

「あなたの持つ闇の結晶を渡して頂けませんか?」

 

 校長先生の前に現れたフレイアが言うと、彼は地面に突き刺してある魔法の杖を手にしながら悠然とした態度で答える。

 

「闇の結晶を奪いにきたのかね?」

「いいえ。校長先生、わたくしの話を聞いて、あなたが納得したのなら譲って下さい」

 

 フレイアの水を打つような清らかな声音が途切れると、校長のグリーンの瞳が見開かれ、大宇宙の真理でも見つけたかのように神秘性に打たれる驚きに満ちた。

 

「あなたは一体!?」

 

 間をおいて、少女たちが現れて校長のそばまで走ってくる。

 

「校長先生!」先頭を走るみらいに、

 

「心配はいらぬ」校長先生が答えて少女たちを制した。

 

「フレイア様は?」

 

 小百合が子供が母親でも探すようにせわしなく周囲を見始めると、校長先生が魔法の杖の先端にある卵型の宝珠で何もない空中を指した。フレイアが宙に浮いてみんなを見つめていた。

 

「今までに集めた闇の結晶は全て彼女に譲った」

 

「フレイア様……」

「フレイア様、いっちゃうの?」

 

 小百合とラナが寂しそうな顔で闇の女神を見つめている。

 

「まだわたくしには語らなければならない真実があります。ですがその前に、あなたたちには最後の試練を受けてもらいます」

 

「最後の試練!?」驚いているリコにフレイアが即答する。

 

「そうです。この先にロキよりもさらに強大な敵が現れます。あなたたちにそれを倒せる力があるのか試します。最後の試練を乗り越えたその時には、全ての真実をお話ししましょう」

 

 フレイアが空中を歩き出すと、先ほどと同じように姿が消えていく。そして後に耳に清く響く声だけが残された。

 

「明朝、魔法学校を支えるこの大樹の頂上においでなさい。場所は伝説の魔法つかいのお二人が知っています」



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第27話 プリキュアの最後の試練! 聖なる騎士の審判!
花の海の少女


 久遠の昔の時代、空に浮かぶ白亜の神殿の祭壇に3人の黒いプリキュアが寄り添っていた。

 

「申し訳ありません。世界を救うにはもうこの方法しか……」

 

 彼女に気にするなと言うように、共に戦い続てきた二人のプリキュアが頷いた。そして、先に青い花の付いたワンドと二つの腕輪が重なって、二つの腕輪の黒いダイヤとワンドの赤い輝石が眩い輝きを放つ。その輝きは深く傷ついた魔法界に降りそそぎ、平和のために必死に戦いを続けてきたプリキュアたちの記憶は魔法界から消失した。

 

 祭壇にいた3人のプリキュアのうち二人はその場で命を失い倒れ、最後に残った一人はいつまでも涙を流し、永遠に消えない悲しみを胸に刻んだ。

 

 

 

「なになになになに!!? 何なのよあれ!?」

「うわ~ん!! こわいよ~っ!!」

 

 小百合は冷静さを失い、ラナはマジ泣きしながら逃げていた。

 

「だから嫌なのよ、ここを登るのは!」

「前も思ったけど、さすがにあのサイズはないよね!」

 

 リコの声は震えていて、みらいは他の3人より少し余裕がありそうだ。みんなで巨大な毛虫に追いかけられていた。

 

「あんなのいるって知ってるなら教えなさいよね!」

「ごめんなさい! 教えてたら怖がるかと思って、あえて黙っていたのよ!」

 

「こっちにだって、心の準備っていうものがあるんだからね!」

「だから、謝ってるでしょう!」

 

 逃げながらリコと小百合の言い合いが始まる。リリンはモフルンを抱えながら空を飛んでいて、上から見ているこの二人は余裕だった。

 

「この悪魔の罠にかかった哀れな小娘どもデビ、せいぜいがんばって逃げるがいいデビ」

 

 リリンが調子にのっていると、怖い顔の小百合が振り向く。

 

「そんな冗談もう一度言ったらクッキー禁止にするからね!」

 

「ごめんなさいデビ。もう二度としないデビ」

「クッキー禁止はいやモフ。許してほしいモフ……」

 

 小百合に剣幕にモフルンまで震えあがてしまう。リリンは自分がすごく悪いことをした気分になった。

 

「モフルンには言っていないから大丈夫デビ」

 

 ラナが魔法の箒を出してジャンプして空中で箒にまたがる。

 

「もうむりぃ~!」

「あっ、ダメだよラナ!」

 

 みらいの警告も聞かずに箒に乗って先の方に飛んで行ってしまったラナは、みんなが見ている先でビュンと飛んできた木の枝に叩かれて、どっかに飛んで行ってしまった。

 

「うわぁ~っ!?」

 

 その後、ようやっとの思いで3人が巨大毛虫を振り切った先の草むらで、ラナは横になって気持ちよさそうに眠っていた。

 

「あんたは何をしている……」

「あっ、小百合~、みんなくるの遅いから寝ちゃったよ」

 

 巨大な大樹の頂上に続く幹や枝を駆け上がってきたみらいとリコは、ぜいぜいと荒い息をしていた。

 

 ラナが起き上がって欠伸をしてから自分の箒を肩にかける。

 

「箒に乗ったら枝がビューンってきてここまで運んでくれて~。みんなもそれでくればよかったのに」

 

 それを聞いた小百合の怒りが瞬間的に爆発した。

 

「運んだんじゃない! たまたまここに飛ばされたの! 一歩間違ったら外に飛ばされて大変なことになってたんだからね! だいたい、最初にリコが説明してくれたでしょ! 箒で飛んだら樹に邪魔されるってね! もう忘れてるの!?」

 

「あう~、なんでそんなに怒るの~?」

「怒るに決まってるでしょーっ!」

 

 まくし立てる小百合の前でラナがたまらず耳を塞いだ。

 

「まあまあ、無事だったんだし、もうそれくらいでいいじゃない」

 

 リコが見かねて止めると、小百合はまだ何か言いたそうな顔をしていた。そんな小百合の気持ちをみらいが代弁して優しくラナに言う。

 

「小百合はラナのことが心配だから怒ってるんだよ」

 

「ごめんなさい……」

 

「わかってくれればいいわよ」

 

 小百合はずれたとんがり帽子を深くかぶり、ラナの背中を優しく押した。そしたらラナがすり寄ってくっついてきた。

 

「さあ、もう少しで頂上につくわよ」

 

 リコが先に立って歩き、他の少女たちが後を追う。小百合がリコの後ろから言った。

 

「ある意味、今までで最大の試練だったわね……」

「魔法界では毛虫はあの大きさが普通なのよ」

「ちょっと、やめてよ……」

 

 リコは冗談なんて言わないので、小百合は青ざめた顔になって周囲を警戒した。

 

 やがて開けた場所に出た。短い下草の生える空き地でそこまで広くはない。周囲には灌木が茂っていて、それが途切れている頂上の端からは魔法界を一望することができた。全員でそこに立って景色を見つめた。そして、みらいはラベンダー色の瞳を輝かせた。

 

「うわあ!」

「すごい……」

 

 小百合はほとんど無意識に言った。

 

 魔法学校は遥か下にあり、この場所から見るのは難しい。壮大な範囲に海の上の島々や宙の浮遊島が見えて、遥か遠くの水平線まで波立つ海の輝きが続いていた。時々強い風が届いて少女たちの瑞々しい髪や制服をはためかせ、青空に浮かぶ雲はゆっくりと形を変えながら泳いでいく。

 

「前に来たときは、こんなふうにゆっくり景色を見る余裕なんてなかったわね」

「きれいだね~」

 

 魔法界に住んでいるリコとラナでも、この場所から見える景色には心を打たれた。

 

 その景色の中に、雲を貫いて一筋の白い光が現れる。その光が頂上の広場に照射されると、白い魔法陣が浮かんだ。

 

「リコとみらいの魔法陣モフ」

 

 モフルンがみらいに抱かれながら言った。少女たちの前に五つのハートを抱く五芒星が現れたのだった。

 

「みんなで行くデビ」

 

 リリンが先に魔法陣の中に入ると、少女たちも向かい合って頷いてから、魔法陣に足を踏み入れた。すると少女たちを乗せた魔法陣が浮き上がって、雲間から続く光の線にそって移動していく。それは言うなれば、周囲の景色を害する仕切りのないエレベーターというところだ。

 

「どこまで上がっていくのかしら?」

 

 一つの雲を越えたところで小百合が言った。

 

「まだまだありそうね」

 

 リコのその言葉通り、魔法陣の上昇はしばらく続いた。そして分厚い雲の層に入り、そこを抜けると見えてくる。

 

「あれ、なにか見えるよ!」

「おっきな島モフ~」

 

 モフルンを抱きながら、みらいが指をさす方向に浮遊島が見えた。下から見る空の島は山をひっくり返したような形で、ごつごつした岩肌しか見えない。リコが近づいてくる島を目の当たりに言った。

 

「あんな大きな島が魔法界の空にあったなんて……」

 

「最果て島の数倍はあるわね。誰もあの島の存在には気づかなかったのかしらね?」

 

「この高さだとペガサスの翼でも届かないと思うわ。それにこの辺りは雲が多いみたいだから、きっと島の姿が雲に隠されて見ることもできなかったのよ」

 

 リコの考察に小百合が納得して頷く。

 

 その島がいつからそこにあって、何のために作られたのか、今の魔法界にそれを知る人間はいない。

 

 やがて少女たちを乗せた魔法陣は浮遊島の平地と同じ高度で止まった。同時に少女たちの前で島の全容がつまびらかになった。

 

「花の海……」

 

 みらいが瞳を大きく見開いて感銘のあまり口にすると、島に風渡り少女たちに花吹雪を運んだ。その言葉は決して大げさではなかった。色とりどり、種々の草花の園が海原のように広がっていた。その終わりがどこにあるのか、目で見ただけでは分からなかった。

 

 花の海の向こうには、ずっと高い場所に白い神殿が見える。神殿に至る道は二つに分かれていて左右の二本の階段が下から神殿まで続いていた。

 

 少女たちは魔法陣の上から島の南端に降りた。そこからもう豊かに咲き乱れる花々が出迎えてくれる。小百合が飛んでいるリリンを抱くと、先頭にたって神殿の見える北へと歩き始めた。フレイアに会いたいという気持ちが強くなって、歩調が速くなっていた。

 

 少女たちが歩き続けると、前に見える神殿の姿が大きくなっていく。神殿、神殿に至る階段の周囲、階段の途中に開けた広場、そういった場所全てにも草花が咲き乱れていて鮮やかな色彩を放っていた。

 

 神殿の威容が近づくのと一緒に、花園と神殿の領域を隔絶する湖が現れる。その前に誰かの姿が見えた。みらいとリコがその人に引かれるように小走りになる。

 

 金色のローブをまといし少女が湖を見つめていた。彼女のピンクの髪にグリーンのカチューシャが映えている。そして肩の下まで垂れる髪の先が、植物の蔓を思わせるような巻き髪になっていた。

 

 少女の背中に向かってみらいとリコが同時に声をかけた。

 

『はーちゃん?』

 

 彼女は振り向くと緑色の綺麗な瞳でみんなを見つめた。

 

「は~、こんにちは!」

 

 ことはが学校で会ったみたいなに気軽な挨拶をして、試練を前にして和やかな雰囲気に包まれる。みらいとリコとラナは笑顔になった。

 

「はーちゃん、こんにちは~」

 

 そう言うラナに、ことはが笑顔で答える。ただ一人、真剣な表情を崩さない小百合が、ことはに近づいて言った。

 

「ことは、あなたはフレイア様とどういう関係なの?」

 

「フレイアは、わたしのお姉さんみたいなものだよ」

 

『はーちゃんのお姉さん!?』みらいとリコが同時に驚愕する。

 

「フレイアは、わたしよりもずっと早く生まれて、この世界を見守っていたの。けれど、いろんな悪いことがあって、マザー・ラパーパも知らなかった敵と戦わなければならなくなったの。そして闇の王が現れるまでの長い時間をがんばって生きてきた」

 

 ことはの話を聞き、小百合は湖の向こうにある神殿を見上げる。

 

「フレイア様はあの神殿にいるのね?」

 

 ことはが大きく頷き、友達の一人一人の顔を見ていく。

 

「フレイアに会うためには試練を越えなければいけないの。とても、とても、大きな試練だけれど、力を合わせれば必ず越えられる」

 

 少女たちの顔から笑顔が消えて緊張が高まっていく。ことはだけが、みんなの心を癒す笑顔を浮かべていた。

 

「試練を越えて、みんなでフレイアのお話を聞いてあげて。それは、とても、とても、悲しいお話しだけれど、わたしたちが知らなければいけないことなの」

 

 その瞬間、その場にいる全員の心に痛みが走った。ことはが瞼を下げて悲しい目をしたからだ。みらいとリコですら、ことはのそんな顔を見るのは初めてだった。

 

「最後の試練への扉が開くよ」

 

 ことはが笑顔に戻って両手と両腕を開く。それは愛する人を迎え入れるかのようで、黄金のローブ姿も相まって神々しくもあった。

 

 ことはの左右の手が示す方向に二つの魔法陣が現れる。左手の方には中心に赤く輝く三日月と周囲に六つの星が宿る黒き六芒星魔法陣。右手の方には周囲に五つのハートが並ぶ桃色の五芒星魔法陣。それが、それぞれの行く道を示していた。

 

「フレイア様のもとで会いましょう」

 

 小百合の言葉にリコとみらいとラナが頷く。

 

「行くわよ、ラナ!」

「うん!」

 

 小百合とラナとリリンが黒い六芒星の上に乗って姿を消す。

 

「みらい!」

「リコ!」

 

 みらいとリコが名前を呼び合って頷いてから、桃色に輝く五芒星の上に乗ると姿が消えて、ことはだけが、その場所に残った。彼女は振り返って神殿を仰ぐと、手のひらにリンクルストーンエメラルドを出現させ、神殿に向かって高くその手を上げる。するとエメラルドが浮いて神殿へ向かって飛んでいった。

 

「みんな、がんばって」

 

 ことはの友達を思う声が、花吹雪に乗って湖の方向へと流れていった。



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光の騎士

 校長先生が机の前で黒い本のページをめくっていた。そしてとあるページで手を止めて、そこに記されてある穴の開いた文章を手でなぞって瞳を閉じる。

 

「遥か古の時代に闇の教団に奉られし3人の闇の女神、その名前だけが消えている」

 

 校長先生は悪いものでも出すように長い息を吐いた後にそっと口にした。

 

「3人の闇の女神の名とは恐らく……」

 

 

 

 小百合とラナ、みらいとリコは別々の場所で白くて長い階段を上がっいく。

 

 小百合とラナは緊張の中で一言の言葉も交わさずに階段の中腹にある広場へと着いた。

 

「うわぁ、ここもすっごいお花だね~。なんかでっかい岩とかもあるけど~」

 

 のんきなラナの横で、小百合は警戒して辺りを見ていた。草花で埋め尽くされる広大に開けた土地に、小山のように巨大な大岩がいくつか突き出ている。それにもたくさんの草花が根付いて、岩を着飾る鮮やかな衣装になっていた。

 

 二人で並んで岩の間を歩いていくと、まるで場違いな漆黒の騎士が巨大な盾を地面に置いて立っていた。

 

「ダークナイトさん……」

「来たか」

 

 黒い騎士の姿を見てラナが嫌そうな顔になる。

 

「はう~、二人で黒騎士さんと戦うの~?」

「そうに決まってるでしょう」

 

 相変わらずのボケをかますラナに、小百合がいつものように突っ込みを入れると、黒騎士の兜の奥から含み笑いが漏れた。

 

「この闇の鎧は、私の持つ本来の力を封じるためのものだ」

 

 ダークナイトの兜の向こうから穏やかな青年の声が小百合まで届く。

 

「ダークナイトさんの今の姿は、本来の姿ではないの?」

「見せてやろう」

 

 ダークナイトが足元の大盾から黒い大剣を抜き取り、それをまっすぐに上の空に向かって突き立てた。すると、黒い剣から眩い光が放たれる。そして剣の表面にこびりついていた闇が切っ先から壊れていって白刃が現れていく。同時に黒い鎧にも変化が起こった。全身に亀裂が入っていって、一気に崩れていく。

 

 純白の騎士が光り輝く剣を横に振り、周囲にまとわる闇の残滓(ざんし)を斬り払う。

 

「我が名はルークス! 究極の光の騎士なり!」

 

 黒い鎧の下から想像外の美丈夫が現れて、小百合もラナも半ば呆然としてしまった。彼の金色の髪は少し長めのショートヘア、ツンと突き出る弦月型の前髪が整った鼻の辺りにかかって、それが妙に魅力的だった。強く輝く切り長の目はブルー、色白で女性だと言っても通るくらいに顔立ちが整っている。さっきまでの全身を覆っていた黒い鎧とは真逆に、胸と腹部、後は関節部を保護する純白のライトメイル、背中に広がるマントも純白で、左腕には円形のスモールシールドが装着してあった。

 

「それがあなたの本当の姿!? どうして闇の女神であるフレイア様の従者が光の騎士なの!?」

「それはフレイア様の話を聞けばわかる。その前に、この私を倒せるかどうかが問題だがな」

 

 小百合とラナの表情は引き締まり、二人のフレイアへの尽きぬ思いが気持ちを奮い立たせる。

 

「わたしたちは必ず勝つ!」

「絶対にフレイア様のお話し聞くんだから~っ!」

 

 騎士ルークスは微笑を交えながら剣を少女たちに向けた。

 

「光の騎士であるこの私を光のエレメントで倒すことはできん。お前たちの本来の姿でくるがいい!」

 

「二人とも、変身デビ!」

 

 リリンが飛び上がり、小百合は右、ラナは左側で、二人は目を合わせて頷く。そして小百合の左手とラナの右手が重なると、そこに赤い三日月をバックグラウンドに黒いとんがり帽子の紋章が現れ、つないだ手を後ろに引いて、二人の体が星がきらめくような輝きを内包する黒いローブに包まれていく。

 

 小百合とラナはリンクルブレスレットの付いている手を高くかざして魔法の呪文を唱えた。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 二人のブレスレットに現れた黒いダイヤから宇宙の闇の波動が撃ちだされて黒い曲線になり、リリンの胸のリボンのブローチに一つに集まって黒いダイヤのリンクルストーンになった。

 

『ブラックダイヤ!』

 

 リリンが飛んできて小百合とラナと手をつなぎ、輪になって穏やかな宇宙の闇へと旅立つ。

 

『ブラック・リンクル・ジュエリーレ!』

 

 輪になって花のように広がった三人は回転しながら深き宇宙の闇へと落ちていく。リリンの体に黒いハートが点滅すると、少女たちは星広がる暗黒の中に消えていった。

 

 次の瞬間に赤い月と星の宿る黒い六芒星魔法陣が現れて、左側にダークネス、中央にリリン、右側にウィッチが召喚される。リリンが前に飛び出すと、二人は魔法陣の上から跳んで空中でクロスして降り立つ。

 

「穏やかなる深淵の闇、キュアダークネス!」

「可憐な黒の魔法! キュアウィッチ!」

 

 ダークネスの左手とウィッチの右手が後ろ手重なり寄り添って、腕輪のある手を前で握り合って目を閉じれば、闇に愛されし少女たちの昏い魅力が漂う。それから二人は少し離れて後ろ手につないだ手を放し、前で重ね合わせる。

 

『魔法つかいプリキュア!』

 

 リリンが飛び上がって二人のプリキュアを見下ろした。

 

「久々の黒いダイヤのプリキュアデビ」

 

 ルークスは白銀の剣を両手で持ち目の前で斜に構える。

 

「行くわよウィッチ!」

「お~う!」ダークネスに答えたウィッチが右手を上げる。

 

 二人は同時に走ってルークスに迫っていった。

 

「はああぁっ!」

「とぉ~!」

 

 ダークネスとウィッチの息もつかせぬ連続攻撃、ルークスはそのすべてを紙一重でかわし、防御というものを一切しない。そして攻撃の回避と同時に身をひるがえして、白いマントでダークネスとウィッチの視界を遮った。ダークネスがウィッチの手をつかんで一緒に後ろに下がる。

 

「つあぁーっ!」

 

 空気を震わせる声と同時に弧を描く白刃がダークネスとウィッチのドレスの一部を裂いた。ダークネスが下がらなければまともに食らうところだった。リリンが二人のプリキュアの頭上に飛んできて言った。

 

「す、すごく速いデビ。全然見えなかったデビ」

 

「ダークナイトだった時とは太刀筋がまるで違うわ。これは剣術よりも刀術に近い」

「とうじゅつって?」

「昔のお侍さんの刀を使った剣術よ。一撃必殺の素早い太刀筋を旨とする」

 

 ウィッチに説明しながら、ダークネスは開手を前に構え、ルークスは中段の横一文字に白銀の剣をえた。

 

「強い……」

 

 ダークネスの様子を見てウィッチが唾をのみこむ。刹那、ルークスの瞳が開眼した。

 

「はぁっ!」

 

「ウィッチ、防御!」

 

 声を聴いてウィッチは本能的に防御の態勢へ、瞬間的に二人に衝撃が襲い、横一線の閃光を受けながら吹き飛ばされる。そして二人同時に突き出た岩に叩きつけられ、凹凸のある表面を大きく陥没させて破壊し、跳ね返って花園に倒れこんだ。

 

「あわわわわ……」二人がいきなり吹っ飛んでリリンは震えてしまった。

 

 二人の体に鋭い痛みがあった。ダークネスが片手を付いて身を上げると、ルークスの中段の剣が右から左に移動して、振り抜いた形になっていた。

 

「はふぅ……」

「なんて速い太刀なの……」

 

 ダークネスとウィッチは一緒に立ち上がると、ルークスは右上段に剣を立てる八双の構えになった。ダークネスの赤い目が鋭くなる。

 

「光と闇のエレメントは相反でダメージが倍加する。一方的に攻撃を受ける程不利になる」

 

 ウィッチが左手を横に振ると、ダークネスも合わせて右手を横へ。

 

「リンクル・インディコライト~!」

「リンクル・オレンジサファイア!」

 

 ウィッチとダークネスの手から発した電流と火炎の魔法が2方向から迫ってくると、ルークスは左腕に装着されているスモールシールドを胸の高さまで上げた。その円形の盾は小さすぎて盾として機能するかも怪しげなものだが、それから光が広がると、円盤型の光の盾へと変貌を遂げる。電気と炎の魔法は光の盾で防御されて拡散されていく。

 

「光の魔法の盾!?」驚いているダークネスの視界からルークスの姿が消えた。

 

「うおぉっ!」その声にダークネスが振り向くと、ルークスがウィッチに斬りかかっていた。

 

「うひゃぁっ!?」

 

 ウィッチは変な声をあげてルークスの素早い太刀を2度まではよけたが、3度目の横薙ぎの斬撃を腹部に受けて後ろに弾かれた。

 

「あううぅ……」ウィッチが腹を押さえて前に倒れ込む。

 

「まずい!」ダークネスがルークス横っ面に跳び蹴りを打ち込むが、必要最低限の動きでよけられ、蹴りは彼の鼻先を掠めた。

 

 ダークネスの着地するや、ルークスから身のすくむような唸り声があがり、上段から袈裟に斬る一刀を浴びせてくる。ダークネスはそれを避けるが、次々と撃ち込まれてくる素早い斬撃がダークネスに反撃を許さない。そしてついに避けきれなくなって、斜め下から斬り上げる一刀を防御する腕に撃ち込まれた。その衝撃でダークネスは少し後ろに下がり、片膝をついた。

 

「くっ、ぐうぅ……」

「相反エレメントの斬撃だ、防御の上からでも痛かろう」

 

 そしてルークスは剣を地面に突き刺し、柄に両手を置いた。

 

「これで終わりなのか? ここでお前たちが負けるとなれば、フレイア様は悲しむだろうな」

 

 それを聞いた瞬間に、ダークネスとウィッチの瞳が燃え上がるように煌めいて、二人で同時に立ち上がった。

 

「うん? 雰囲気が変わったか?」

 

「わたしたちは負けない! わたしたちはフレイア様に会いたい! 会ってお話がしたい!」

 

 ダークネスの思いを聞き、二人の姿を見てルークスは気持ちの強さに気圧された。

 

「リンクル・スタールビーッ!」

 

 ダークネスが上にかざしたブレスレットに真紅の宝石が輝き、赤い光がダークネスとウィッチの体に吸い込まれる。

 

「ウィッチ! 気合入れていくわよ!」

「気合いだ~っ!」

 

 ダークネスがルークスに向かって突貫、その速度が聖騎士の予想を越えてくる。素早く懐に入ってきたダークネスのパンチを、ルークスは左腕に出現させた光の盾で防いだ。

 

「でやああぁっ!!」

 

 ダークネスが光の盾に拳を当てたまま突出してルークスを押し込む。そこへムーンサルトで跳んできたウィッチの上からの飛び蹴り、

 

「やあぁ~っ!」

 

 ルークスは横に寝かせた剣を盾代わりにして上からの攻撃を防いだ。そして彼に予想だにしない衝撃が加わって、足元から周囲が大きく陥没して無数の花びらが舞い上がった。

 

「ぬうぉっ!」

 

 ルークスが二人の黒いプリキュアを押し返して後ろに跳ぶ。それをダークネスが追跡した。

 

「はっ! はっ! たぁっ!」

 

 ストレートパンチから上段蹴り、さらにそこから変化しての踵落とし、ルークスはそれらの攻撃を当然のように紙一重で避けて反撃に転じる。ダークネスはその動きを読んでルークスの射程外まで下がっていた。そしてダークネスの背後からウィッチが飛び出してくる。

 

「なにっ!?」

 

 ダークネスとウィッチの体が完全に重なっていて、ルークスはウィッチの接近を見逃していた。

 

「とりゃ~っ!」

 

 ウィッチの上空からの踵落としをルークスが輝く魔法の盾で防御する。彼がまずいと思った時には、目の前にダークネスがいた。

 

「はぁっ! でやぁーっ!」

 

 ダークネスは二つに合わせた開手を腰まで引いて力を溜め、爪を立てて合わせた、虎の顎のように見える双手をルークスの腹の中心に叩きつけた。

 

「ぐはあぁっ!!?」

 

 まっすぐ礫のように吹き飛んだルークスは、上に繋がる階段の周囲に切立っている岸壁に打ちつけられた。落ちてきたルークスが片膝をついて剣でその身を支え、崩れてきた大きな石片が彼の背後に落ちて大きな音を立てた。

 

 跳躍してきたダークネスとウィッチが白き騎士の前に立つ。

 

「階段が通せんぼされているデビ」

 

 リリンが羽を動かして断崖に挟まれた神殿へと続く階段に近づいていく。階段の前に宵の魔法つかいの六芒星の魔法陣が立ち上がって壁になっていた。

 

「宵の魔法つかいと伝説の魔法つかいが試練を越えた時に神殿への扉は開かれる」

 

 ルークスが立ち上がり、ダークネスとウィッチに剣の先を向ける。

 

「今の攻撃は見事だった。お前たちの全力を尽くせ! そうでなければ、この私を倒すことははできぬ!」



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黒きダイヤの煌めき! ブラック・ファイアストリーム!

 ダークネスとウィッチが勝負をかけてリンクルストーンを腕輪に呼び出す。

 

「リンクル・ローズクウォーツ!」

「リンクル・オレンジサファイア~!」

 

 二人は左手と右手をつないで後ろへ。体をくっつけてリンクルブレスレットを頭上で重ねる。

 

『二つの魔法を一つに!』

 

 二人の手が半円を描いて腕輪の宝石が発する線が重なって円になり、その中に薄ピンクとオレンジの二つの光線で月と星の六芒星が現れていく。そして二人は2色で描かれた鮮やかな魔法陣の前に手を置いて、後ろにつないでいる手に力を込めた。

 

「プリキュア! クリムゾンローズフレア!」

 

 二色の魔法陣から吹き出た無数の燃え上がる花びらが、横薙ぎの竜巻に乗って舞う。ルークスが光の盾を前に構えると、彼に向かって燃える花びらが収束してゆく。そして、爆発の瞬間に白騎士の聖剣が閃いた。

 

 凄まじい爆裂音と赤炎が広がり、周囲の花々を焼き尽くしていく。ダークネスとウィッチが炎のうねりを見つめていると、突然、炎が横に裂けて二人を衝撃が突き上げてくる。

 

「キャアァッ!?」

「うあぁっ!?」

 

 三日月型の白い閃光が二人の胴を横薙ぎに打って、宙へと吹き飛ばしていた。二人は同時に墜落したが、地面に片手をついてバク転して態勢を立て直す。

 

 炎をかき消して現れたルークスは、また中段の構えで左に剣を引いた。再びの斬撃を警戒してダークネスとウィッチが寄りそって左と右の手をつなぐ。そして、それぞれのブレスレットにブラックオパールとスタールビーを宿らせ、ルークスの攻撃の瞬間に合成魔法を発動させた。

 

『プリキュア! ブレイオブハートシールド!』

 

 ダークネスとウィッチの前に7色の輝きを秘める黒いハートのバリアが現れるのと同時にルークスが動く。彼は斬撃を放つのではなく、跳躍して迫ってきた。

 

 魂を震わせるような大喝の下に放たれた一刀が、黒いハートの盾を真っ二つにした。

 

「わたしたちの合成魔法をこうも簡単に!!?」

 

 ダークネスは驚愕しながらも、間近にいる敵の挙動を見逃さないように細心の注意を払う。するとルークスは剣が役に立たない近接にまで突っ込んで、ダークネスもウィッチも虚を突かれた。彼の盾と剣の柄がプリキュアたちの腹部を打って、華奢な乙女の体を左右に吹き飛ばした。ダークネスもウィッチも近くに岩に叩きつけられ跳ね返って花園に没する。

 

「ダークネス!? ウィッチ!?」

 

 二人が倒れる姿にリリンが胸を痛めて赤い星の宿る瞳を濡らしていた。ダークネスとウィッチは残り少ない力を尽くし、歯を食いしばって立ち上がった。二人とも息が早くなっていて辛そうだった。

 

『リンクル・スターサファイア!』

 

 ダークネスとウィッチは別々の場所で同時に同じリンクルストーンを呼び出して飛翔する。そして、空中で手をつなぎ共に急降下してルークスに向かっていく。

 

『うああぁーっ!』

「愚かな。不用意だぞその攻撃は!」

 

 ルークスの剣が閃き、瞬間的に光の線が現れ、白光の十字架が放たれて空を裂く。

 

「クロスエンド・ディバインスラッシュ!」

 

 ルークスに迫っていたダークネスとウィッチが二人で十字架の斬撃を受けて、耳をつんざくような悲鳴をあげる。二人は十字の輝きを身に受けながら吹き飛んで、大きな岩に背中から激突し、同時に二人の背後にある岩が十字に裂けて崩れ落ちた。

 

 それを見ていたリリンの目には、ダークネスとウィッチがひどくゆっくりと落ちていくように思えた。二人が一緒に落ちると花びらが舞い上がる。攻撃を受け倒れてもなお、二人は手をつないだままだった。

 

「ダークネス、ウィッチ!!?」

 

 リリンが二人に向かって飛んでいく。

 

「二人とも、しっかりするデビ!」

 

 リリンが呼んでも、草花の中に沈んでいるダークネスとウィッチはピクリとも動かなかった。そして、リリンの涙が零れた。

 

「二人とも起きるデビ! みらいとリコだってがんばってるデビ! フレイア様だって待ってるデビ。ここで負けたら、もうフレイア様には二度と会えないデビ!」

 

「残念だが、もう戦う力は残されてはいまい。相反エレメントの攻撃を連続で受けたのだからな」

 

 その時、ダークネスとウィッチがつなぐ手に思いが宿り、より強くつながった。二人はもう片方の手をついて徐々に起き上がってくる。

 

「これは、なんという気力だ!? それに、お前たちのその眼は……」

 

『うあああぁーーーっ!!』

 

 魂を揺さぶるような叫び声をあげながら、ダークネスとウィッチはついに立ち上がった。その姿を目の当たりにしてルークスは目を見開いた。

 

「お前たちはフレイア様に何を見ているのだ……」

 

 ダークネスはルークスをきつく見据えて言った。

 

「こんなところで負けてたまるものですか! みらいとリコは必ず試練を越える! だから、わたしたちも勝ってフレイア様のところに行く!」

 

 ダークネスとウィッチは手をつないだ状態で跳躍して舞い上がった。

 

『生命の母なる闇よ! わたしたちの手に!』

 

 ダークネスとウィッチが舞い降りた場所から黒い炎が昇り、波紋の如く円の形に広がっていく。 ダークネスが右手を上げ、その腕輪の黒いダイヤが輝き、ウィッチが左手を上げ、同じ腕輪のダイヤが輝く。

 

 二人にめがけて飛んできたリリンが空中でクルリと回って二人のプリキュアの間に入った。

 

 ダークネスとウィッチはブラックダイヤの輝く腕輪を前に出してその手を広げる。彼女らの手から赤い月と星が輝く闇色の六芒星魔法陣が広がり、同時にリリンの胸のブラックダイヤから鮮烈な輝きが放たれた。リリンがプリキュア達と同じように右手を前に出すと、六芒星の前に巨大な黒いダイヤが召喚され、後ろで繋がるダークネスとウィッチの手がより固く結ばれる。

 

『プリキュア! ブラック・ファイアストリーム!』

 

 ダークネスとウィッチの完成した魔法が放たれる。六芒星から撃たれた闇色の波動は星のような無数の輝きを内包しつつルークスに迫っていく。

 

「はぁっ!」ルークスの気合の下に十字の剣閃が放たれた。

 

 白き十字の刃が闇の波動を引き裂いていく。その威力は衰えぬように見えたが、

 

『フレイア様ぁーーーっ!!』

 

 ダークネスのウィッチの思いが秘めたる力を呼び起こす。闇の波動の勢いが一気に高まり、十字の輝きを粉砕した。ルークスは咄嗟に光の盾を展開して襲い来る闇から身を守った。

 

「これはプリキュアの! いや、人の思いの成せる業か!」

 

 闇の流れに逆らう光の盾に亀裂が入っていく。ルークスは目を閉じて潔く敗北を受け入れた。黒い波動が彼を飲み込み、宙へと打ち上げられる。ルークスを取り込んだ黒い流星が宇宙の果てへと飛んでいく。

 

 闇の彼方へと消えた流星が爆発し、無数の白い輝きが拡散していく。その背後に現れた宇宙の闇よりも深い空間が、外に広がる光を引き寄せて全てを呑み込んでいった。そこから唯一、傷ついた白騎士だけが吐き出されて地上へと落ちていった。

 

 ダークネスとウィッチは力を使い果たして二人で両ひざをついてその場に座り込んだ。ウィッチはまだ心配そうな顔をしていた。

 

「か、勝ったんだよね?」

「ええ、何とかね……」

「二人とも、本当によくがんばったデビ」

 

 リリンが二人の前で涙を浮かべていた。

 

「ありがとうリリン。あんたが喝を入れてくれたおかげで立ち上がることができたからね」

 

 戦いによって傷ついた花園や破壊された岩山が元通りになっていく。花の中に埋もれていた白い騎士が剣を突いて起き上がる。彼はようやく片膝をつき、プリキュアたちと同じ低い姿勢のままで言った。

 

「お前たちの勝ちだ。よくぞ最終試練を乗り越えた」

 

 ルークスのその言葉を合図にするように二人の変身が解けて、リリンのブローチにあるブラックダイヤと、ラナの腰のポシェットに入っているリンクルストーンの全てが小百合たちから離れて宙に浮いた。

 

「リンクルストーンが!」

「うわぁっ!? とんで行っちゃう~!?」

 

 小百合とラナが見上げていた無数のリンクルストーンが、神殿の方に飛んでいった。二人がそれを追おうとすると階段の前に障害が現れた。

 

「……わたしたちが勝ったのに、まだ扉が開かない」

 

 小百合が神殿への階段の入り口を封印している魔法陣を見つめて言った。

 

「言ったはずだ、伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいの双方が試練を越えなければ扉は開かんと」

 

「みらいとリコはまだ戦っているっていうの……?」

 

 遠くの方から爆裂音が響く。小百合たちが音の聞こえた方向を見ると、空に向かって蠢く黒煙が黒い大蛇を思わせた。不吉な予感が駆け抜けて、小百合もラナもリリンも声が出なかった。

 

「伝説の魔法つかいに試練を与えているバッティ殿の強さは、私よりも一段上だ」

 

「何ですって!? あなたよりもバッティさんの方が強いっていうの!?」

「そんなぁ……わたしたちだってやっとの思いで勝ったのに……」

 

 ルークスは立ち上がり、階段を封印する魔法陣の前で地面に剣を突くと言った。

 

「可哀そうだが、これは試練だ。もし伝説の魔法つかいが負けるようなら、お前たちも潔く諦めよ」

 

 ラナが両手を拳にして全身に力を込めて言った。

 

「みらいとリコは絶対に負けないよ!」

 

「そうよ、負けるはずがない! わたしたちは4人でフレイア様に会わなければならない。ことはの悲しい目を見た時に、わたしはそれをはっきりと悟ったわ。わたしたちが勝ったのなら、みらいとリコも必ず勝つ!」

 

 小百合の強い思いの言葉を聞いた聖なる騎士は微笑を浮かべた。

 

 少女たちは花の香りが立つ中で、共に戦う友達を信じて待ち続けた。



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第28話 プリキュアの最後の試練! 闇の魔法の真理!
闇の竜魔人


 みらいとリコがその場所に出た時、のどの奥がぎゅっと締め付けられるような感じがした。そこには言葉では言い表せない悲しみが漂っていた。

 

「これは遺跡?」

「大きい……」

 

 満開の花畑の中に北欧の神話にでも出てきそうな白亜の神殿の残骸が点在していた。その一つ一つが常識では考えられない大きさだった。柱一つとっても途方もない巨大さで、みらいとリコがその下に立って見上げると、杖の樹の幹を思わせる太さの白い柱の遥か先に崩れかけている天井があった。

 

「何だか寂しいところモフ……」

 

 中には完全に崩れて大量の石くれの中に支柱だけが突き出ている神殿もある。

 

「なんでこんなに大きいのかな? こーんなに大きな人が住んでいたとか?」

 

 みらいが両手をいっぱいに使って体で表現すると、それを見たリコは一瞬だけ微笑を浮かべてから言った。

 

「もしかしたらこの神殿にいる人の権勢を示すための建造物なのかも。上に見える神殿とは別の意味があって建てられたんじゃないかしら?」

 

「なるほどー」

「モフ? 行き止まりモフ……」

「あれは……」

 

 リコが断崖の間にある神殿に続く階段の入り口を塞いでいるものを見つめる。みらいがそれに駆け寄ってぺたぺたと手で触った。

 

「わたしたちの魔法陣?」

 

「いかがですこの遺跡は、実に寂しい場所だと思いませんか?」

 

「だれ!?」

 

 リコが振り向くと、音もたてずに髑髏の杖を手にした黒いマントの男が上から降りてきた。

 

「あなたは!?」

 

「久しぶりですね、伝説の魔法つかいプリキュア」

 

 少女たちの目の前に現れたのは蝙蝠の怪人バッティだった。みらいがリコの隣にきて邪悪に向かっていく強さを表す。彼女に抱かれているモフルンの方は、以前のバッティからかけ離れた空気を感じていて不思議そうな顔をしていた。

 

 バッティは崩れた神殿の一つを見て紅一色に染まる瞳を細くした。まるで人が懐かしい思い出にでも浸るような、そんな感慨深い態度だった。

 

「この遺跡はかつて、人々がフレイア様を称えて建造したものです」

 

「人がこんな巨大な遺跡を作ったっていうの? こんなの魔法を使ったって無理よ」

 

「かつての魔法界には、今では考えられない高度な魔法文明があったそうです」

 

 それを聞いたリコは黙して瞳の輝きに複雑な感情を乗せる。その時彼女は、かつてフェンリルが言った古代超魔法という言葉を思い出した。

 

 バッティの赤い瞳が少女たちに向いた。彼が髑髏の杖を構えると、黒いマントが(ひるがえ)って裏地の血色が少女たちの目に飛び込んでくる。

 

「あなたはフレイア様の味方になって、いい人になったんだよね?」

 

 以前とはあまりにも違うバッティの雰囲気を感じて、みらいは言わずにはいられなかった。

 

「これは異なことを言いますね」

 

「少なくとも最初に会ったときは、あなたは悪い人だったよ。悪い魔法つかいドクロクシィの味方だった」

 

「我が主への愚弄は止めて頂きましょう!」

 

 バッティが赤い目を見開き怒りを露わにすると、みらいは驚いて口をつぐんだ。

 

「ドクロクシィ様への忠誠は今でも変わっていません。あの方はこの私に命を与えてくださったのです」

 

「……じゃあ、フレイア様はあなたの何なの?」

 

 バッティは元の紳士的な態度に戻って、みらいに答えた。

 

「フレイア様もまた我が主。あのお方は私に新たな世界を与えて下さった。ドクロクシィ様からは命をもらい、フレイア様からは闇の真理を頂いた。どちらも私にとって掛け替えのない使えるべき君主なのです」

 

 みらいとリコは彼の背後から立ち昇る強大な気配を感じて我知らずに後退りしていた。相手が持っているのが邪悪な魔力であれば、二人がそんなものを恐れることは決してない。しかし、今のバッティが持っている力は邪悪とは程遠い別の何かだった。

 

「闇とは邪悪のみにあらず、広大無辺の力なのです。フレイア様より授かったこの魔法で、それを君たちに教えてあげましょう!」

 

 バッティは右手に髑髏の杖、左手に白い羽根と黒い牙を持って、その三つを宙に放つ。

 

「魔法! 入りました!」

 

 そして彼は宙に浮いて蝙蝠の如きマントを広げてた。その背後に、三本の骨組みで描いた円の中に、自らの尾を喰らう蛇で描かれた円と角の生えた三つの髑髏が組み合わさる絵の入った闇の魔法陣が現れる。暗く深い闇が渦を巻いて、バッティの体に髑髏の杖と白い羽根と黒い牙が取り込まれた。

 

「ぬおおおおおぉっ!!」

 

 バッティの体が闇に覆われ影のように黒く塗りつぶされ、細身の体が急速に膨らんでいく。手足体は影の状態でも屈強な肉体の形が露わとなり、顔面から顎が突き出て鋭い牙が生えていく。先細りの長い尾に打たれた地面には亀裂が走り、背中には2枚の翼が広がる。そして姿を変えたバッティの背後を飾る異様な骸骨の魔法陣に7色の輝きが宿った。そして、彼を包み隠す闇が一気に消え去った。

 

 腕を組んで立つその姿は悪魔か竜人か。背丈は3倍ほどになり、漆黒の体は細身ではあるが程よく付いている筋肉が強くしなやかな肉体を形作っている。竜のように突き出た顎には黒光りする牙があり、背中に広がるは漆黒の蝙蝠の翼と白鳥のごとき翼、足元には蛇のように先細りの尻尾が垂れている。そして、背後で7色に輝く異様な魔法陣はゆらゆらと色彩が揺れて常に変化していた。その中でバッティの面影として残っているものは、血潮のように赤い瞳と三日月型の尖った両耳だけだった。

 

「フレイア様の命により、この私が最後の試練を与えます!」

 

 みらいは抱いていたモフルンを下におろして言った。

 

「リコ!」

「みらい!」

「二人とも変身モフ!」

 

 みらいとリコが頷いて左手と右手を重ねると、金色のとんがり帽子に小さなハートと星をそえた刻印が現れる。つないだその手を後ろに、みらいは輝く桃色のローブに、リコは輝く紫色のローブにその身が抱かれていく。みらいが右手を、リコが左手を、天上に掲げて同時に魔法の呪文を唱えた。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 みらいとリコのペンダントから天へと打ち上げられる白い二条の閃光が曲線を描いた先で二つのダイヤの姿を現す。それがモフルンの胸のブローチの上で重なって一つになる。

 

『ダイヤ!』

 

 みらいとリコがモフルンの手を取って三人で手をつなげば勇気あふれる希望の輪、そして3人はメリーゴーランドのようにゆるりと回転する。

 

『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 みらいとリコが伝説の魔法の言葉を唱えると、モフルンの体で白いハートが明滅し、同時にブローチのダイヤから眩い輝きがあふれ出す。

 

 現れし五つのハートを抱く光の五芒星、その上にプリキュアとなったみらいとリコが召喚された。ミラクルは魔法陣の右、中央にモフルン、マジカルは左側に、二人のプリキュアが魔法陣から跳躍して舞い降りた。

 

「二人の奇跡、キュアミラクル!」

「二人の魔法、キュアマジカル!」

 

 ミラクルとマジカルが左手と右手を後ろ手につなぎ体を寄せ合い、もう一方の手を合わせて作ったハート形は、少女たちの深く美しき友情を示す。ミラクルとマジカルが背後でつないだ後ろ手を放して前へ、少女たちの細くやわらかな手が重なって、寄り添う二人のプリキュアの姿が華麗に冴える。

 

『魔法つかい! プリキュア!』

 

 ダイヤの輝きと共に現れたプリキュアと、神々しき輝きの魔法陣を背負うバッティが対峙する。

 

「なつかしいですね。あなたたちから受けた辛酸の日々を思い出しますよ」

 

 バッティは憎しみや恨みではなく、感慨深さをもって言った。二人のプリキュアと一人のぬいぐるみがそれを見上げる。

 

「この感じ、わたし知ってるよ。ダークネスとウィッチにそっくりな感じ……」

「それに、あの白い翼はまるで……」

 

「あなたには分かりますか? 遥か古に伝説の白き竜と黒き竜の戦あり。この魔法界に伝わる伝説の竜たちの消滅と同時に闇の魔法は封印されたのです。フレイア様はこの伝説の竜たちの力を、私に授けて下さったのですよ」

 

 バッティの途方もない話の前に、プリキュアたちは衝撃を受けて少々の畏怖すら感じる。すこしの間があって、深々と崩れた遺跡の花園にそよ風が吹いてくる。

 

「白い竜は聖なる魔法の竜よ。闇の魔法つかいのあなたが、その力を取り込んだというの?」

 

「おや? それをわざわざ聞くのですか? 君たちはもう知っているはずですよ」

 

 バッティは赤い目を少し細くして、見上げてくるプリキュアたちを見つめた。

 

「伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいは光と闇にして表裏一体の存在なのでしょう。それと同じことです。光と闇は本来は二つで一つのものなのです。フレイア様と出会い、わたしはそれを知りました。そしてわたしの闇の魔法も変化を遂げたのですよ」

 

 モフルンは小首をかしげて口元に手をそえてバッティを見上げていた。

 

「まえと違って怖くないモフ」

 

 モフルンはバッティに邪悪な気配がないので、逃げも隠れもしないでプリキュアたちの前にいた。しかし、ミラクルとマジカルにとってはその方が異様だった。邪悪な闇の魔法や混沌との戦いを運命づけられた彼女らは、悪に対してはまっすぐに立ち向かって行けるが、そうではないダークネスとウィッチには散々に苦しめられた。そういう敵が再び目の前に現れたのだ。

 

「さあ、戦いが始まります。君は早くどこかに隠れなさい。巻き込まれれば、ひとたまりもありませんよ」

 

「わかったモフ」

 

 バッティがモフルンへの優しい配慮を見せた時、ミラクルとマジカルの胸に電撃的な衝撃が走り、その身を引き締める。

 

『強い……』

 

 二人同時にささやいていた。二人とも本当の強さとは何なのかを良く知っている。だから、今のバッティが本当の強さを身に着けていることを悟る。

 

 バッティは身構えるプリキュアたちの前でモフルンが離れていくのを見届けると、両腕を開いてミラクルとマジカルの前に無防備な姿をさらして言った。

 

「かかってきなさい、伝説の魔法つかいプリキュア!!」

 

 両者の間で緊張によって出来上がっていた壁が破壊され、戦いに導く高揚感が爆発する。

 

『はぁーっ!』気合と同時にミラクルとマジカルの足元の草花が吹き飛んだ。

 

 瞬間で距離を詰めてきたミラクルとマジカルの拳がバッティのボディーに食い込む。続いて二人で地を蹴って、同じ高さで同じ回転をして、二人で同時の回し蹴りがバッティの胸に入った。

 

「むうぅっ!」

 

 木偶の坊のように動かないバッティは、ミラクルとマジカルの連続攻撃で少し後退した。プリキュアたちが黒き魔人を見上げる。

 

「あなた今わざと攻撃を!」

「どうして!?」

 

「久しぶりに戦うのです。鈍った体を目覚めさせる為に、あえて攻撃を受けました。しかし!」

 

 バッティの赤い目が開き、その目力がミラクルとマジカルに圧力を加える。

 

「何ですか! その蚊の鳴くような攻撃は!」

 

 バッティの拳がミラクルとマジカルに叩きつけられる。巨体に似合わぬ速力のパンチで、防御するのがやっとだった。

 

『うわあぁーーーっ!』

 

 二人同時に草花を巻き上げながら後ろに吹っ飛び、背中から倒れるとその状態のままさらに花園の上を引きずられて、地面から引き千切られた花や葉が噴泉のごとく高く舞い上がる。

 

「う、受け止めたのにすごい衝撃っ……」

「くっ、こっちが光でむこうは闇、エレメントが相反だからダメージが大きいのよ」

 

 そう言ったマジカルが手をついて立ち上がると、ミラクルもほとんど同時に立ち上がった。

 

「ふおおおぉっ!」

 

 バッティが白と黒の翼を開き、低空を高速で飛翔し、寸秒の間にミラクルとマジカルに迫る。

 

『いやああぁっ!』

 

 両者の気合と拳が激突する。ミラクルとマジカルの小ぶりな乙女の拳と、バッティの大きな拳が何度もぶつかる。そのたびにミラクルとマジカルは骨を砕くような衝撃に襲われ、表情が苦し気に歪んだ。

 

「はあああぁぁっ!」

 

 バッティが手を組んで叩きつける。ミラクルとマジカルはそれを左右にばらけて避けると、バッティの両手が地面に埋まり、次の瞬間にそこから広範囲の亀裂とクレーター状の陥没が広がった。二人は即座に魔法で反撃に転じる。

 

「リンクルステッキ!」

 

 マジカルが虚空に生まれしリンクルステッキを左手に持って構える。

 

「リンクル・タンザナイト!」マジカルのステッキに深い紫色の宝石が宿り、光を放つ。

 

「むっ!?」バッティの視界に強い光が射して赤い目が細くなり、

 

「たああぁっ!」

 

 その隙にミラクルの渾身のパンチがバッティの腹部に食い込み、巨体を何歩か後退させた。

 

「リンクルステッキ! リンクル・ガーネット!」

 

 続いてミラクルがリンクルステッキを持ってガーネットを呼び出すと、黒い魔人の足元が海の水面のように波打って巨体が揺れ動いた。

 

「はああぁっ!」

 

 高くジャンプしたマジカルが前宙した勢いを乗せてバッティの肩に踵落としを打ち下ろした。

 

「むう……」魔人の巨体が片膝をついて沈み込む。

 

 ミラクルとマジカルが揃ってピッタリ同じ動作でバク転を繰り返してバッティとの距離を少し開ける。そして跳躍、

 

『でやぁーっ!』花園に乙女の凛とした気合が渡り、二人でバッティに迫っていく。

 

 バッティが前に出した前腕にミラクルとマジカルのパンチは激突し、光と闇のエレメントの衝突で起きた衝撃波が周囲に広がって花々を激しくはためかせた。

 

「はあぁっ!」バッティの腕の一振りで払い除けられたミラクルとマジカルが空中に放り出された。そこへ翼を開いて飛んだバッティの太く強靭な尾が、二人のプリキュアをまとめて打ち飛ばした。

 

『キャアァーーーッ!?』

 

 二人は悲鳴の尾を引きながら、遠くにすっ飛んで崩れた遺跡の巨大な石くれに叩きこまれ、石片と粉塵が吹き上がると、破壊された岩のように巨大な石片が崩れていく。

 

 バッティは悠然と歩いて埃立つ神殿の瓦礫に近づいていく。

 

「どうしたのですか? あなた達の力はこの程度ではないはずです。もっと本気でかかってきなさい!」

 

 その言葉を受けてプリキュアたちが瓦礫の中から立ち上がる。

 

「わたしたちは本気で戦っているわ」

 

 マジカルが言うと、バッティは腕を組んで不興気な空気を漂わせる。

 

「なんですって? そんなはずはありません。わたしの知っているプリキュアの力は、こんなものではありませんでしたよ。それとも、見ない間に腕が落ちたとでも言うのですか?」

 

「わたしたちが弱くなったんじゃなくて、あなたが強くなったんだよ」

 

「わたしが強く……?」

 

 バッティのミラクルを見る目が見開かれる。それから彼はプリキュアたちから目をそらし、ぬけるような青い空を見上げていた。

 

「そうでしたか……。少しは腕を上げたつもりではいましたが、我が主より賜ったものは、私の想像よりも遥かに大きいものだったのですね」

 

「今のあなたは、とてもやさしい目をしているわ」

 

「この私が優しい?」

 

 空を見つめていたバッティの顔がマジカルに向いた。そこに隠れていたモフルンが走ってきて言った。

 

「前は怖かったけど、今はぜんぜん怖くないモフ」

 

「きっと、慕っている人がフレイア様になったからだよ」

 

「おっしゃっている意味がよくわかりませんね」

 

 ミラクルがバッティの目をまっすぐに見上げて言った。

 

「悪い人に従う人は、どんなに善人でも悪者になっちゃう。良い人に従う人は、悪者でも良い人になっていくんだよ。フレイア様はとっても優しい女神様だから、あなたも優しくなったんだ」

 

「闇の魔法を操るこのバッティが善人とは、あなたはどうかしていますよ。私はただ、主の命に従うのみ! 一匹の蝙蝠として彷徨っていたこの私に使命を与えて下さったフレイア様の為に、身命を賭して仕える! ただそれだけなのです!」

 

 バッティの優しげだった赤い瞳に覇気が灯った。新たな戦いの風を感じたモフルンが足音を鳴らしながら離れていく。

 

「それが君たちの今の実力というのならば、気の毒ですが、私に勝てる可能性は限りなく低いでしょう。死に物狂いでかかってきなさい!」



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白きダイヤの輝き! ダイヤモンド・エターナル!

 ミラクルとマジカルが少し前かがみになって跳ぶ。そして二人の空気を震えさせる声が重なって、バッティに二人一体のダブルパンチが放たれる。黒い手のひらがそれを受け止めると、両者の間で空気が爆発し、バッティの方が少し後ろに下がった。

 

 今度はバッティの獣が低く吠える声が上がり、プリキュアたちに拳の乱打が撃ち込まれる。体の大きさに似合わぬ素早いパンチの連打が、防戦一方のプリキュアたちに容赦のない打撃と与える。

 

「どうしたのですか! 反撃をしてきなさい!」

 

 バッティの拳が黒いオーラをまとい、鬼神の如き一撃がミラクルとマジカルのガードを打ち崩した。衝撃で後ろに下がった二人の腕が痺れて下がってしまう。

 

 バッティがスタート前のスプリンターのように身を屈めて片手をつき、体中に闇の魔力を巡らせる。そして翼のはばたき一つで飛び出し、黒いオーラをまとう巨大な礫となって、プリキュアたちをぶちかます。ミラクルとマジカルはバラバラに吹き飛んで、マジカルは遺跡の石柱に背中からぶつかり、ミラクルは草花の中に墜落した。

 

「ミラクル、マジカル!?」

 

 石柱の陰に隠れているモフルンの声が飛んでくると、ミラクルとマジカルは負けじと立ち上がり、バッティに向かっていった。

 

「やぁーっ!」

「おおぉっ!」

 

 ミラクルとバッティの叫びが重なって、拳と拳がぶつかりあう。バッティの二発目の拳をミラクルが前腕でガードし、三発目の拳はジャンプでよけて同時に回し蹴りの反撃、それがバッティの右首に決まる。そこにマジカルが突っ込んでくる。

 

「はぁーっ!」マジカルの飛び蹴りが、バッティの足を打った。

 

「うおぉ……」バッティの体が少し前に傾ぐ。

 

 その隙にミラクルとマジカルが跳んで離れて二人一緒になると、同じタイミングで突出し、跳躍してバッティに跳び蹴りの態勢で突っ込む。その時、魔人の赤い瞳が鋭く輝いて手を前に出した。その手の前に髑髏を組み合わせた闇の魔法陣が展開される。ミラクルとマジカルの飛び蹴りはその上に炸裂した。光と闇のせめぎあいが起こり、白い光と黒い闇が異様な魔法陣の上で飛散する。

 

「ふん!」バッティが魔法陣を乗せた手にさらなる魔力を込めた。

 

 ミラクルとマジカルは、バッティの魔法陣から吹き出た闇の霧に呑み込まれ、一気に宙に巻き上げられた。ミラクルとマジカルにまとわる黒い霧が巨大な手の形になって、二人をまとめて掴んで弓なりに飛び、下に向かって真っ逆さまに落ちる。花園の遺跡に黒い爆発が起こった。闇が全てを消滅させた場所に、ミラクルとマジカルが折り重なるように倒れていた。そこにモフルンが近づいてくる。

 

「ミラクル、マジカル……」

 

 今までにない強敵を前に、モフルンも励ます言葉が見つからず、ただ傷つく二人の姿をみて心を痛めることしかできない。

 

「つ、強い……」

「でも……負けられないよっ!」

 

 ミラクルが諦めずに立ち上がると、マジカルにも立ち向かう力が湧いてくる。

 

「リンクルステッキ!」

 

 ステッキを手にしたミラクルが呪文を唱える。

 

「リンクル・アクアマリン!」

 

 透明感のある水色の輝石がミラクルのステッキで輝き、ステッキの先端のハートのクリスタルから出た極寒の吹雪がバッティの足元に吹き付けて凍結させる。

 

「魔法で足止めとは、つまらない真似をしますね」

 

 ミラクルとマジカルが足並みをそろえて疾走する。その時、バッティが右手を高く上げた。二人ともバッティに必死に立ち向かっていた。モフルンだけが冷静に状況を見つめることができた。

 

「危ないモフ!」

 

 目の前の敵に集中していたミラクルとマジカルにモフルンの声は届かなかった。上に青く輝く髑髏の魔法陣が現れていた。そこから地上に向かって走る雷が二人のプリキュアを貫いた。

 

『あああぁ!!?』

 

 二人のドレスから煙があがり、足元がふらついた。

 

「うぐっ……これは……闇の魔法じゃないわ」

 

 マジカルが片目を閉じて苦し気に言うと、バッティが凍り付いた足を軽く上げて、張り付いていた氷を破壊した。

 

「そんな……簡単に……」

 

「この程度の魔法など、今の私には通用しませんよ」

 

 冷静に返すバッティに睨まれて、ミラクルは震えてしまった。彼はプリキュアたちに絶望を与える説明を滔々(とうとう)としはじめる。

 

「真の闇とは宇宙を支配するものです。あらゆる生命を生み出す宇宙の闇からは、いかなる力でも引き出すことができるのです。とは言え、闇の魔法つかいである私では、さすがに光の魔法までは引き出すことはできませんがね」

 

 再びバッティに右手が上がり、再びミラクルとマジカルの頭上に髑髏の魔法陣が開いていく。この魔法陣は群青色の輝きを持っていた。

 

「無数のエレメントを支配する宇宙の闇の魔法を受けなさい!」

 

 魔法陣の冷気が空気を凍らせて白く煙る。そして、ミラクルとマジカルに無数の氷柱が降り注いできた。それに素早くマジカルが反応した。

 

「リンクルステッキ! リンクル・アメジスト!」

 

 アメジストがセットされたステッキが上に向けられると、先端にある星のクリスタルから五芒星の魔法陣が広がる。そして次々降ってくる氷柱が魔法陣に吸い込まれて、バッティの頭上に開いた五芒星から吸い込んだ分と同じ数の氷柱が降ってくる。

 

「なんですって!?」

 

 無数の氷柱がバッティの全身に当たって砕けていく。

 

「今よ、ミラクル!」

「うん!」

 

 マジカルの機転によって反撃の機会が訪れた。二人のプリキュアが再び疾走してバッティに迫る。しかし、急に二人同時に足が止まってしまった。

 

「なぁっ!?」

「ええぇっ!?」

 

 ミラクルとマジカルは驚愕と同時に絶望を味わった。二人の足元に若葉色の輝きを放つ髑髏の魔法陣が現れていて、そこから伸びる青草が二人の足に複雑に絡みついていたのだ。どう見てもただの草なのに、プリキュアの力でも引き千切ることができない。

 

「これは、ペリドットと同じ草木のエレメントの魔法!?」

 

「覚悟しなさい!」

 

 バッティの声を聞き、姿を見てマジカルの背中が冷たくなる。竜のように長く突き出た顎が大きく開き、その中にある火の玉がどんどん大きくなっていた。

 

「はあぁーっ!」バッティの口から巨大な火の玉が放たれる。

 

 身動きがとれないミラクルとマジカルにはどうしようもできなかった。ただ、自分たちを焼き尽くさんと近づく火炎弾を絶望と恐怖の中で見ているしかなかった。

 

「ミラクルッ! マジカルーッ!」

 

 モフルンの叫び声と一緒に爆炎が上がった。二人の麗しき乙女が業火に焼かれて悲鳴をあげる。

 

 バッティは腕を組み、直立不動で燃え上がる炎を見つめていた。一気に炎が掻き消えて、草花が焼き尽くされた大地に立つ全身から煙を上げる二人のプリキュアが、両膝をついてゆっくりと前に倒れていった。モフルンが目に涙を浮かべて二人に駆け寄っていく。

 

「ミラクル! しっかりするモフ!」

 モフルンがミラクルの体を揺らしても動かない。

 

「マジカル! 起きるモフ!」

 モフルンがマジカルに呼びかけても返事がなかった。

 

「こんなの、無理……勝てないよ……」

 

 モフルンはミラクルの声を聞いて一瞬嬉しそうになるが、その言葉を聞いてまた瞳に涙が浮かんできた。倒れているミラクルの目にも涙が浮かんでいた。

 

「そ、そんなことないモフ! 二人で力を合わせてば勝てるモフ! 今までだってそうだったモフ!」

 

「今までの敵とは違う……」

 

「モフ、マジカル……」

 

「あの人は大切な人のために全力で戦ってる……」

 ミラクルの弱々しい声がモフルンの胸をえぐる。

 

「わたしたちは気持ちで負けてる……」

 マジカルの諦めた声を聞いてモフルンは俯いてしまった。

 

「どうやらこれで終わりのようですね。君たちが試練を越えられなかったことが残念でなりません」

 

 それを聞いたモフルンが怒った顔になった。

 

「まだ終わりじゃないモフ!」

 

「……そうですか。再び立ち上がるというのなら、いくらでも相手になりましょう」

 

 バッティに啖呵を切った後に、モフルンは怒った顔のまま力尽きて倒れているミラクルとマジカルを見つめた。

 

「情けないモフ! 情けないモフッ!! たとえどんな相手でも! たとえどんな戦いでも! 諦めるなんてプリキュアじゃないモフ!」

 

 モフルンの叱咤でミラクルとマジカルの胸に小さな熱が生まれる。

 

「モフルンは、モフルンは! はーちゃんのあんな悲しい顔は見たことないモフ! ここで諦めたら、はーちゃんの気持ちはどうなるモフ!?」

 

 ミラクルとマジカルの外に向かって投げ出されている手が地面の土を掻いて固く握られる。

 

「小百合とラナは、きっと勝って二人を待っているモフ! ここで負けたら二人の気持ちはどうなるモフ!? マジカル! ここで負けたら小百合に笑われるモフ! ミラクル! ここで負けたらラナが泣いちゃうモフ!」

 

 モフルンは息を大きく吸い込むと、ありったけの声で叫んだ。

 

「二人とも、それでいいのかモフーーーッ!!?」

 

 モフルンの声が響き渡ると、ミラクルの左手とマジカルの右手が動いて二人の手が重なってつながった。そして二人は固く握っていた拳で地面を突く。

 

「小百合に笑われる……それだけは、絶対に嫌っ!」

 

 マジカルが頭を上げて少しずつ体を起こしていく。

 

「はーちゃんとラナを……友達を悲しませるなんて絶対に嫌っ!」

 

 ミラクルもマジカルと同じように力を振り絞り、ついに二人は手をつないだまま立ち上がった。

 

「ミラクル! マジカル!」

 

 強張っていたモフルンの顔がやわらかな笑顔になり、黄色い星の宿る瞳から涙が零れ落ちた。そんな彼女にマジカルが微笑を見せる。

 

「モフルン、ありがとう。こんなところで諦めるなんて、らしくないわよね」

 

「わたしたちは、あなたには勝てないかもしれない。でも、もう諦めない! 最後の瞬間まで、全力で戦う!」

 

 ミラクルの覚悟を込めた瞳の輝きを見て、バッティの真紅の目が少し細くなった。

 

「立ち上がった以上は、こちらも全力でいきます。君たちがどんなに傷ついていようが、手心を加えるつもりはありません!」

 

 バッティは二つ重ねた手のひらを前に突き出した。

 

「宇宙の闇より生まれし究極の魔法をお見せしましょう!」

 

 バッティの手のひらの前に背後にあるのと同じ七色に輝く髑髏の魔法陣が現れる。

 

「宇宙の闇より命を与えられし七つエレメントよ! 我が手に!」

 

 外から飛んできた六色の光と黒い闇が髑髏の魔法陣の中心に集まってくる。

 

「受けなさい! セブンエレメント・ダークフォース!」

 

 七色の髑髏の魔法陣から、周囲に六色の光線を絡めた闇の波動が撃ちだされる。それに対してミラクルとマジカルはリンクルステッキを手に叫んだ。

 

「リンクル・ムーンストーン!」

「リンクル・ガーネット!」

 

 ミラクルの前に展開された白いバリアと、マジカルの前に突き出た大岩が二人を守る。それに煌びやかな輝きをまとう闇がぶつかって、バリアと岩に亀裂が入った。

 

「そんな魔法では防ぎきれませんよ。その魔法の守りが破られたその時こそ、君たちは真に敗北するでしょう。残念です」

 

 バリアと岩の亀裂がさらに広がっていく。その時、ミラクルが足元にいるモフルンに気づいた。

 

「モフルン、逃げて!」

「このままだと、あなたまで巻き込まれてしまうわ!」

 

 ミラクルとマジカルが言ってもモフルンは動かなかった。

 

「モフルンは逃げないモフ! モフルンはミラクルとマジカルを信じているモフ!」

 

『モフルン……』

 

 勇気をもらった二人のつないでいる手に力が入る。そして二つのリンクルステッキが交差して一つになった。瞬間、そこに強い輝きが生まれた。その輝きを見たバッティが顔をしかめた。

 

「これは、何が起こっているのですか!?」

 

 眩き輝きの中で二人のプリキュアから新たなる呪文が紡がれる。

 

「プリキュア! ムーンライトクリスタル!」

 

 ムーンストーンとガーネットの魔法が一つになり、白く輝くクリスタルがプリキュアたちの前に現れて、輝きをまとった闇の波動がそれに衝突して霧散していく。

 

「なんですって!? 伝説の魔法つかいが合成魔法を!?」

 

 バッティの魔法が完全に払われ、輝きのクリスタルが消えて、ミラクルは思わず自分のリンクルステッキをまじまじと見つめた。

 

「どういうこと?」

 

「二人で魔法の力を合わせて、すごい魔法にしたモフ~」

 

 喜んでいるモフルン見ながらマジカルが言った。

 

「伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいが表裏一体なら、わたしたちが合成魔法を使えても不思議はないわ」

 

 ミラクルとマジカルが目を合わせて頷き、二人は心の赴くまま流れるままにリンクルストーンを呼び出す。

 

「リンクル・ペリドット!」

「リンクル・アクアマリン!」

 

 二人が再びリンクルステッキを合わせると、新たなる魔法の息吹が広がる。

 

「プリキュア! コールドリーフストーム!」

 

 ペリドットとアクアマリンの魔法が一つになり、凍てつく木の葉の嵐がバッティを襲い、雪のように白い葉がバッティの体に張り付いていく。

 

「ぬうううぅっ!?」

 

 バッティが凍った木の葉に厚く覆われた体に力を入れると、少しずつ氷の葉が落ちていく。

 

 ミラクルとマジカルは地を蹴って跳躍すると、今ある全ての力を込めてバッティの胸に二人で一緒の蹴りを叩きこんだ。

 

『はあぁーっ!!』

 

 大量の白い木の葉が宙を舞う。

 

「ぐおぉっ!」

 

 バッティは吹っ飛んで遺跡の巨大な柱に背中から叩きつけられた。そして、背中の白い翼から幾枚かの羽根が舞い落ちた。

 

『うあああぁっ!!』

 

 ミラクルとマジカルは必死だった。大切な友達の思いと悲しみを背負って、残った力を全てをもってバッティに向かっていく。そして二人の渾身のダブルパンチが石柱に寄りかかるバッティのボディに入った。

 

「がああぁぁっ!?」

 

 黒い魔人の背後にある巨大な白い支柱が粉々に砕けて崩れ落ちる。バッティは腹を押さえて片膝を付きながら、プリキュアたちの前に手のひらを出した。そこから深い緑の魔法陣が広がり、爆発的に空気のうねりが起こってプリキュアたちを吹き飛ばした。二人とも着地もできずに深く茂る草花の中に落ちた。

 

「ぬうぅ……」バッティが苦し気に表情を歪ませつつ立ち上がる。

 

 ミラクルとマジカルも固く手をつなぎながら立ち上がった。

 

「驚きましたね。凄まじいまでの気力です」

 

 バッティが白と黒の翼を開くと、はばたいて上昇していく。

 

「君たちに敬意を表し、私も全ての力を使いお相手しましょう!」

 

 バッティ自身から闇の魔力が噴き出て、魔人の巨体が黒いオーラに包まれていく。

 

「行きますよ」

 

 バッティが両翼を大きく開き、ミラクルとマジカルに向かって急降下した。 

 

「この攻撃を受けきれますか!」

 

 ミラクルとマジカルがダイヤの宿るリンクルステッキを横に構えて高く跳んだ。

 

『ダイヤ! 永遠の輝きよ! わたしたちの手に!』

 

 ミラクルとマジカルは空中で右手と左手をつなぎ、天使と見紛うごとく舞う。

 

 二人の着地と同時に、白い光の波が広がっていく。マジカルが左手にするリンクルステッキを左上方で鋭く斜に構え、モフルンの左手がブローチのダイヤに添えられる。そしてミラクルが右手のリンクルステッキを頭上に掲げると、モフルンが右手をダイヤに添える。するとモフルンのダイヤから、リンクルストーンダイヤそのものの形の光が放たれ大きく広がっていく。

 

 ミラクルとマジカルは手を繋いだまま、二人で一緒にリンクルステッキの光で三角形を描いていく。

 

『フル、フル、リンクルーッ!』

 

 二人の描いた光の三角形が具現化し、一つになって七色に輝くダイヤの形になる。そして瞬時に巨大化して衝撃波を起こし、二人のプリキュアの前で光の壁になった。そこに闇のオーラをまとったバッティが凄まじい速力で衝突し、途轍もない圧力がミラクルとマジカルを襲う。二人はダイヤの光の壁ごと後ろに押し込まれていく。

 

『くううぅっ!?』

 

 二人でリンクルステッキを前に出し、両目を固く閉じて体ごと押しつぶしてくるような闇の魔法の圧力に耐える。そして、二人の前にある光の壁に亀裂が入った。

 

「うおおおおおおぉっ!!」

 

 バッティのまとう闇がダイヤの光を圧倒する。

 

『まけ、ないっ!!』

 

 ミラクルとマジカルが友達の姿を思って叫ぶ。すると押し込まれていた二人が止まり、同時にダイヤの白き光が力を増してバッティの闇を押し返していく。

 

『プリキュアッ!』

 

 二人の強い思いと声が、五つのハートを宿すに光の五芒星を呼び出す。ミラクルとマジカルは後ろでつないでいる手にありったけの力を込めた。

 

『ダイヤモンドーッ! エターナルッ!!』

 

 瞬間に光が闇を打ち払い、五芒星の前に召喚された巨大なダイヤの中にバッティが封印される。二人が後ろに繋いでいた手を開いて宙に向かってかざすと、ダイヤが回転し暴風を残して超高速で飛び去った。

 

 ダイヤに封印されたバッティは地球を越えていく。

 

「フッ、見事です」

 

 バッティを乗せたダイヤが白く輝く彗星となり宇宙の闇の奥へと消えていく。そして髑髏の魔法陣が花火のように輝き広がって、それを強烈な光の爆発がかき消した。光が星雲の如く広がり、その中から淡い光に包まれた三つのものが出ていく。

 

 空からバッティが花園へと落ちると、色とりどりの花吹雪が舞い上がった。そして、プリキュアたちとバッティとの激しい戦いの痕跡が消えて元通りの姿になった。



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赤き生命のリンクルストーン

 ミラクルとマジカルは余りの疲労感と大きな安堵の中その場にペタンと座り込んだ。

 

「か、勝った……」

「勝てたのが不思議なくらいだわ……」

 

 呆然としている二人の前にモフルンが走ってきてバンザイする。

 

「やった~モフ~! かった~モフ~!」

「モフルン、ありがとう」

 

 ミラクルがモフルンを抱き寄せて顔を押し付けた。

 

「勝てたのはモフルンのおかげだよ」

「モフルンがあんな怖い顔で怒るのは初めて見たわね。おかげで気合が入ったわ」

 

 マジカルが笑顔で言ったその時に、モフルンのブローチからダイヤが離れて二人の変身が解けた。さらにみらいの巾着バッグの中にあるリンクルストーンが勝手に飛び出していく。

 

「あっ!? リンクルストーンが!?」

「神殿の方に飛んでいくわ」

 

 花園の中に動く気配と音があり、三人の視線がそちらに向いた。バッティが膝を付いて起き上がり、目の前にある髑髏の杖と白い羽根と黒い牙を拾っていた。

 

「君たちは試練を乗り越えました」

 

 少女たちが近づいてくると、バッティは杖を持って立ち上がり、二人に向かって一礼した。そんな彼にリコがため息をついた後に言った。

 

「あなたには、わたしたちに止めを刺すチャンスがいくらでもあったのに、何もしないで見ていてくれた。どうしてなの?」

 

「情けをかけたわけではありませんよ。我が主の望みは、君たちを倒すことではなく試すことでしたからね」

 

 バッティは花園を颯爽と歩き、神殿への階段の入り口を塞ぐ五芒星の前に立った。そして彼の後ろになった桃色の五芒星の輝きが薄くなって消えていく。

 

「神殿への道は開かれました」

 

「ということは!」

「小百合とラナも勝ったということね」

 

 笑顔を浮かべるみらいとリコにバッティが言った。

 

「神殿に行く前に少し私の話を聞いて頂きましょう。私は当てもなく魔法界を彷徨ううちに、魔法の森でフレイア様に出会いました。あのお方は力尽きて倒れていらしたのです」

 

「……倒れてたって、どういうこと……?」

 

 みらいが唖然としてしまう。バッティは淡々と話をつづけた。

 

「フレイア様は生命の花の光を求めていたのですが、自分の想像以上に消耗が激しく、途中で倒れてしまわれたのです。わたしが生命の花の下にお連れし、そこでフレイア様の話を聞き、御身を主と仰ぐことを許して頂きました」

 

 それからバッティが話したことは、小百合とラナもルークスから聞くことになる。

 

 

 

 小百合とラナも階段の入り口を塞ぐ魔法陣が消えたのを見て喜んでいた。

 

「神殿に行けるようになったデビ!」

「みらいとリコが勝ったんだ! やった~!」

「当然よ、わたしたちだって勝ったんだから」

 

 小百合はそんなことを言いつつも、内心は二人が勝ったことに胸をなでおろしていた。

 

「神殿に行く前に一つ話を聞いてもらおう」

 

 白騎士ルークスが言うと少女たちの笑いが消える。そしてルークスは何のためらいもなく機械的に声に出した。

 

「フレイア様の命はもう長くはない」

 

 小百合が真顔のまま固まり、ラナは碧眼を見開いて固まった。そして寸秒の後に二人の表情が悲愴に染まり、悲しみのあまり歪んだ。

 

「今……なんていったの……?」

 

 小百合がふらつく足取りでルークスにゆっくり近づいていくと、

 

「フレイア様の命はもう長くはないと言った」

 

 小百合の顔がくわっときつくなって、ルークスの襟首につかみかかった。

 

「あなたはっ! それをずっと前から知っていたんでしょう!? どうして教えてくれなかったのよ!? どうしてっ!!?」

 

 小百合は全身の力を込めてルークスを揺さぶった。彼はされるがままに体を揺らしていたが、やがて小百合の手をつかんで悲しい目で言った。

 

「お前たちがそれを知ったらどうなったと思う」

 

 ルークスの落ち着いた声を聞いて小百合とラナの瞳から涙が零れた。リリンの瞳も潤みを帯びていた。

 

「もしお前たちがそれを知ってしまったなら、決してフレイア様から離れず、伝説の魔法つかいと戦い抜くことを決意してしまっただろう。それはフレイア様にとって最悪のシナリオだ。だから、お前たちに知られるわけにはいかなかった」

 

 ルークスの襟をつかんでいた小百合の手から力が抜けて、ぶらりと垂れ下がった。

 

「フレイア様がわたしに冷たい態度をとったのは、そのせいだったのね……」

 

「そうだ」

 

「……あの時、光と闇がぶつかって大爆発したあの時の罠は……」

 

「あれはロキが仕掛けた罠だ。フレイア様はあえてその罪をかぶたのだ、お前たちの心を御身から乖離(かいり)させるために」

 

 小百合が力なくその場に座り込んで両手で顔を覆うと、リリンを抱いたラナも隣にきて同じように座った。小百合はラナの頭を抱き、頬を寄せ合って二人の少女の涙が流れ落ちる。そんな少女たちを見下ろしていたルークスは、見たくない現実から目をそらすように両目を閉じた。

 

「ナシマホウ界と魔法界の間に道を開くため、フレイア様は残されていた魔力のほとんどを使われ、そのお命を縮められた。それからは、おのが使命を果たすために生命の花の光で命をつないできた。だが、それも限界にきている」

 

 ルークスがゆっくりと目を開けると、少女たちはずっと同じ姿で寄り添って泣いている。

 

「私の話はこれで終わりだ。フレイア様のもとへ行くがいい」

 

 小百合は涙を拭って立ち上がると、少し赤みの差した瞳で神殿を見上げる。

 

「ラナ、もう泣くんじゃない。フレイア様に会うときは笑顔よ」

 

「うん……」ラナが座ったまま指で目をこする。

 

「行きましょう、フレイア様が待ってる」

 

 ラナも立ち上がり、二人で並んで手をつなぐと、二人で一緒に踏み出して階段の一段目に足をかける。そして少女たちは白い階段を一歩ずつ上がっていった。

 

 

 

 二組の少女たちは同時に階段を上り切って、同時に白亜の神殿の前に来た。

 

「みらい、リコ~!」

 

 ラナがいきな両手を振ると、抱かれていたリリンが落ちそうになって羽をばたつかせた。

 

「小百合、ラナ!」

 

 みらいとリコが駆け寄ってきて4人の少女が再び一堂に会した。

 

「この先にフレイア様がいるわ」

 

 小百合が先に歩き出して、他の少女たちが後に続く。広く口を開いている神殿の入り口に続く数段を階段を上がり中に入っていく。

 

 神殿は全てが白亜の石造りで、壁というものが一切なくて明るかった。屋根だけが複数の石柱に支えられていて、生命力の強い草花が石畳の間から生えて花を咲かせる。石柱の中には沢山の花の付いた蔦が絡んでいるものもある。風が神殿内を吹き抜けると、外から花吹雪と花の香りが運ばれてきた。

 

 しばらくは少女たちが石畳を踏む音が響いていた。やがて神殿の最奥にある祭壇の前に、黒いドレスを着た女性の後姿が見えてくる。小百合とラナの足は自然と速くなった。

 

 フレイアの後ろに4人の少女たちが並んだ。モフルンはみらいに抱かれ、リリンは小百合のすぐ横で羽を動かして浮いていた。

 

 フレイアが振り返り、少女たちにいつも変わらぬ微笑を見せる。

 

「あなたたちは必ずここにくると信じていました」

 

 フレイアが右手に持つ金の錫杖で地面を突くと、上から輝きを放つ無数の宝石が降りてくる。宵の魔法つかいの七つの支えのリンクルストーンが大外に広がって円に並び、伝説の魔法つかいの七つの支えのリンクルストーンはその内側で円に並ぶ。そして伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいの合わせて六つの守護のリンクルストーンが三段目の円になって並んだ。最後にリンクルストーンエメラルドが三つの円に囲まれた中心にきて止まる。そしてフレイアが錫杖の先についている、チューリップの形の赤い宝石を外す。その赤い宝石は緑色に輝く台座の上に乗っていた。

 

「これがエメラルドの対となるリンクルストーン、レッドエメラルドです」

 

『赤いエメラルド!?』みらいとリコの声がぴたりと重なる。

 

 フレイアがレッドエメラルドを手放すと、それはエメラルドの隣に寄り添うように並んで止まった。そして、三重の円に並んだリンクルストーンがゆっくりと歯車のように回転を始めた。

 

「これが、リンクルストーンの本来の姿なのです。エメラルドとレッドエメラルドは、どちらもあまねく命を示しますが、表現する命の状態が違います。エメラルドは生き行く命を、レッドエメラルドは命の誕生と終焉を、エメラルドとレッドエメラルドがそろって初めて命の全てが表現されるのです」

 

「リンクルストーンレッドエメラルド……それを持っているあなたは何者なんですか?」

 

 リコが訊ねると、閉ざされていたフレイアの目がゆっくりと開いてゆく。

 

「その瞳は……」小百合が半ば呆然として開かれた瞳を見ていると、

 

『あああぁっ!!?』隣のみらいとリコがいきなり大声を出した。

 

 小百合はびっくりした後に、迷惑そうに眉を寄せた。

 

「なんなのよ!」

「フェリーチェと同じだ……」

 

 今度はみらいが細い声でもらした。少女たちが見つめるフレイアの緑の瞳の下の方に花が開いているような色彩が入っていた。その花びらは青く花の中央に当たる部分は赤い点になっている。

 

「そんなに似ていますか?」

 

「目を閉じている時は少し似ているくらいだったけれど、今のフレイア様はよく似ています」

 

 リコが言っていることが小百合とラナには理解できない。

 

「なにが似ているの? ちゃんと説明して」

「はーちゃんがプリキュアに変身した姿とフレイア様が似てるんだよ」

 

 みらいからそれを聞くと、小百合がフレイアの目を見つめて言った。

 

「……ことはがフレイア様は姉のようなものだと言っていましたね」

 

「そうですね。人間で例えるならば、姉妹という言葉を使うのが正しいでしょう」

 

 フレイアは微笑を消して再び目を閉じた。そして空気が一気に重く沈み込んで、4人の少女たちにフレイアの苦悩が流れ込んできた。暫しの沈黙の後にフレイアは再び目を開けて言った。

 

「わたくしが知る全てをお話ししましょう」



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魔法界の消えた歴史とプリキュアの魔法

 少女たちが唇を引き結んで緊張すると、フレイアはおもむろに語り始めた。

 

「わたくしは魔法界の文明の始まりと同時に、マザー・ラパーパの命の欠片から妖精の姿となって生まれました。そして、光の女神と運命を共にする聖騎士ルークスの手によって育てられたのです」

 

「光の女神って? フレイア様は闇の女神さまでしょ~?」

 

 ラナが空気を読まないで割り込んでくる。フレイアはそんなラナに、母親が娘を見るような優しい眼差しを送る。

 

「わたくしは光の女神として生を受けたのです。その使命は、マザー・ラパーパを継ぐ者が現れるまで魔法界を見守る事と、いつか現れる伝説の魔法つかいプリキュアに力添えをすることでした。しかし、その使命を果たすことはできませんでした。わたくし自らの行いにより、マザー・ラパーパも想像していなかった恐ろしいことが起こってしまったからです」

 

 それからフレイアは少し俯き加減になって黙ってしまった。彼女はできるだけ心を落ち着けるように努めていた。そしてこれから話すことには勇気が必要だった。

 

「……わたくしは人々に光の女神として崇められ、魔法界に尽きぬ豊かさを与えました。世界がまだ一つであった時にマザー・ラパーパも同じことをしていたのです。わたくしはそれで良いと安易に考えていました。しかし、世界が二つに分かれた時に、人の本質は変化していました。世界が一つであった時には人が持っていなかった、怒りや欲望といった闇の部分が生まれていたのです。やがて魔法界の人間たちは、尽きぬ富と魔法の力で高度な魔法文明を築き上げていきました。この神殿にも、わたくしを称えるために巨大な建造物が建てられました」

 

「わたしたちがバッティさんと戦ったあの場所だね」

 

 そう言うみらいにフレイアが頷いた。

 

「そうです。伝説の魔法つかいのお二方が戦ったあの場所から、魔法文明の崩壊が始まっていきました。人々の光の女神への祈りが狂気じみたものへと変わっていったのです。そして、欲望にまみれた人間たちが女神への信仰を歪曲させ、尽きぬ豊かさと魔法の力で古代超魔法を生み出してしまいました」

 

 フレイアがためらうように息をつくと、その間に小百合が言った。

 

「フェンリルが古代超魔法という言葉を口にしていました。あの人はプリキュアのような姿に変身していました」

 

「彼女は閃光の魔法戦士の唯一の生き残りでしょう。古代超魔法は人が神に近づくために生み出された禁忌の魔法です。その実態は魔法兵器の開発とそれによる世界の支配でした。魔法の空飛ぶ要塞や魔法で動く鉄巨人、中でも最も恐ろしいのが閃光の魔法戦士でした。高度に発展した魔法はリンクルストーンまで模倣し、プリキュアに匹敵する魔法の戦士を生み出してしまったのです。正しき心を持つ人々は、古代超魔法に苦しめられ、支配されていきました。わたくしが気付いた時には、何もかも手遅れになっていました。そして宵の魔法つかいプリキュアを召喚せざるを得ない状況に追い込まれたのです」

 

「まるで宵の魔法つかいが現れたらいけないような言い方ですね」

 

 リコが鋭い言葉で、一瞬彼女に全員の視線が集まる。

 

「プリキュアは魔法界とナシマホウ界をつなぐ魔法であると同時に、その存在は宇宙を体現しています。光を示す伝説の魔法つかいプリキュアは混沌と戦う使命を帯びていましたが、宵の魔法つかいは伝説の魔法つかいの対となる存在として伝説でのみ語られ、この世界に現れることはないはずでした。しかし、わたくしがそれを狂わせてしまったのです。古代超魔法は閃光の魔法とも呼ばれ、狂気的な光の魔力を持っていました。ですから光を鎮める闇の力が必要だったのです。わたくしは宵の魔法つかいプリキュアになる資格を持つ二人の少女を探し出しました。わたくしも闇を取り込んで宵の魔法つかいとなり、3人で閃光の魔法に戦いを挑みました。そして、何十人といる閃光の魔法戦士や恐ろしい魔法兵器を倒していったのです。ようやく魔法界に平和が戻った時、人々は喜び、わたくしたちを称えました。元はと言えば、わたくしの過ちが原因だというのに……」

 

 みんなフレイアの過去を知っていくと胸が苦しくなったが、魔法界が平和になったと聞いて安心していた。

 

「本当に恐ろしいことが起こったのはここからです。闇の王ロキが現れたのです。彼は闇の魔法を広める機会を虎視眈々と狙っていました。そして、古代超魔法の滅びと同時に闇の教団なるものを作って人々を誘惑し、わずか一年でその勢力を爆発的に広げたのです。魔法界に闇の魔法が蔓延し、目も当てられない程に悲惨な状態になりました」

 

「……たった一年で、どうしてそんな事に……」

 

 声を発したリコだけではなく、他の3人からも急に悲愴感が漂い始めた。

 

「ロキはある方法で教団の信者を集め、瞬く間に闇の魔法の教団は魔法界を席巻しました。その方法とは教団のシンボルに3人の闇の女神を掲げることでした」

 

「3人の闇の女神って、まさか……」

 

 フレイアを見つめる小百合は奈落へと突き落とされるような悲愴感の中で、これ以上ない恐ろしい悲劇を予感した。他の少女たちも絶望するような暗い表情になっていた。

 

「3人の闇の女神とは宵の魔法つかいプリキュアです。ロキの卑劣な策略により、プリキュアが闇の魔法の象徴にされてしまったのです。人々の信仰は光の女神から闇の女神に代わり、プリキュアの名の下に深く浸透していきました。わたくしたちがいくら声をあげても、もはやどうすることもできませんでした。絶望的な状況の中で闇の魔法との戦いが始まりました。わたくしたちは新たな魔法の力、合成魔法を生み出し、次々と襲ってくる闇の魔法つかいに何とか対抗していました。けれど、プリキュアが闇の魔法の象徴にされてしまったことで、人々の希望が失われ、わたくしたちの力も日増しに衰退していきました」

 

「……闇の魔法が相手だったら、伝説の魔法つかいと一緒に戦ったんですよね?」

 

 みらいが言うとフレイアは首を横に振った。

 

「プリキュアの力が失われていく状況で伝説の魔法つかいプリキュアを召喚させる。それがロキの狙いであることは明白でした。あの男は全ての魔法つかいプリキュアを一網打尽に消し去ろうとしていたのです。宵の魔法つかいだけで対抗するしか術はありませんでした。そして、わたくしたちは追い詰められていくうちに、ロキの真の目的を知ります」

 

 重い静寂の間に風が吹き込んで祭壇に花びらが舞った。フレイアは目を閉じて苦しみを吐き出すように言った。

 

「ロキはマザー・ラパーパのかけたプリキュアの魔法を断絶しようとしていたのです。そしてあの時、プリキュアが闇の魔法の象徴にされたことで、マザー・ラパーパの魔法が現に失われつつあったのです。3人のプリキュアはそれを阻止するために、最後の魔法をかけました、この祭壇で」

 

 フレイアの瞳から涙が溢れた。

 

「フレイア様……」小百合は絶望的な気持ちだった。

 

 少女たちは悲愴に満ちた表情で涙を流すフレイアを見つめていた。

 

「魔法によって宵の魔法つかいプリキュアが関わった歴史は全て消え去り、わたくしたちの存在は人々から忘れ去られました。そして、3人のプリキュアのうち2人はその場で命を失って亡くなりました。わたくしの中にだけ消えた魔法界の歴史と宵の魔法つかいの戦いの記憶が残されたのです」

 

 少女たちは声を殺して泣いていた。ぬいぐるみたちも泣いていた。ロキの悪辣な罠に追い詰められた末に、一度に親友を二人も失ったフレイアの悲しみ、彼女らはそれを直に体験するように理解できた。もし目の前にいる親友がいなくなったらと考える程に、悲しくなって胸が張裂けそうだった。

 

「こんなの……酷すぎるよ……」みらいから息の詰まるような声が漏れて、

 

「フレイア様……かわいそう……」ラナが嗚咽混じりに言った。

 

 フレイアは決して癒えない悲しみを抱えながら、今まで何千年も生きてきた。その苦しみはとても想像できるものではなかった。

 

「決して忘れてはならないことがあります。全てはわたくしの愚かさが招いたことなのです。女神として称えられ、いい気になって、人々に寄り添おうとしなかった。宵の魔法つかいを召喚して過去の歴史を歪め、ロキに付け入る隙を与えてしまった。その挙句に闇の魔法の台頭を許し、全ての過ちを清算するために、友達の命を犠牲にした。それでもわたくしは、恥を忍んで今まで生きてまいりました。ロキとそれにかかわる闇の魔法の遺産を全て消し去るために。それだけが、今の魔法界でわたくしが生きる意味なのです」

 

「……違う」

 

 小百合が涙を流しながら敵に向かっていくような強い表情になっていた。

 

「いい気になってとか、人に寄り添わないとか、そんなの嘘! 本当はどうしようもなかったんでしょう? フレイア様は優しすぎるから、人間の悪いところがいつか無くなるって、信じていたんでしょう? 例え何千年も前のことだとしても、わたしとラナにはそれが分かるの!」

 

 小百合の声が神殿の中に響き渡る。

 

「うわぁん……フレイア様ぁ……」

 

 ラナが泣き声をあげながら近づくと、フレイアは金の錫杖を手放して小さな体を抱きしめた。倒れた錫杖が跳ねて石床に清らかな響きを与えた。

 

「悪いのはロキよ! あいつが何もかも全部滅茶苦茶にしたんじゃない! フレイア様は魔法界を守るために戦って! 戦って! 友達までなくして……」

 

 小百合の黒い瞳が揺れてとめどなく涙が溢れ、頬を伝って流れ落ちていく。

 

「……わたしがその友達だったら……命を失っても後悔なんてしません! でも、フレイア様がずっとずっと苦しんでいたら、心配で天国になんて行けない……」

 

 小百合もフレイアに近づいて懐に入った。小百合とラナは女神に抱かれて泣き続ける。小百合の涙に震える声が女神の胸元から聞こえてきた。

 

「お願いです、もう自分を責めないで下さい……そんなに苦しまないで……」

 

「フレイア様はわるくないよぅ……」ラナの声も聞こえる。

 

 フレイアは宙に浮いて涙を浮かべているリリンにも手を差し伸べた。そして黒猫悪魔のぬいぐるみが小百合とラナの間に飛び込んでいく。

 

「ありがとう。あなたたちに出会えて、昔を取り戻したようでした。本当に嬉しかった」

 

 フレイアは二人を好きなだけ泣かせて、その間はずっと頭をなでてやっていた。そして小百合とラナが落ち着いてくると、二人の肩を触ってゆっくりと離れた。

 

 フレイアが右手を開くと倒れていた錫杖が浮き上がって彼女の手に納まる。フレイアの体にまだリリンが張り付いていたので、小百合がそっとそれを引きはがした。みらいとリコも涙を拭いて、濡れた瞳でフレイアを見つめる。

 

「これで全てお話ししました。ロキの残したヨルムガンドがもうじき復活するでしょう。強大な力を持つ魔竜ですが、あなたたち4人が力を合わせれば恐れる敵ではありません。後はよろしくお願いします」

 

 フレイアが錫杖を高く上げると、レッドエメラルドが元の位置に戻り、他のリンクルストーンも散り散りになって、持ち主のポシェットや巾着バッグの中に入る。エメラルドだけはすごい速さで神殿の出口に向かって飛んでいった。

 

「わたくしはここで最後の使命を果たします」

「フレイア様……最後の使命って……」

 

 小百合とラナが心配そうにフレイアの顔を見ていた。闇の女神は微笑をうかべて言った。

 

「あなたたちはもう聞いているのでしょう。わたくしの命の灯はまもなく消えます。その前に全ての闇の結晶を浄化します。これは闇の女神である、わたくしの役目です」

 

 フレイアは小百合とラナに背を向けた。

 

「ここで成すことはもうありません。魔法学校にお戻りなさい」

 

 小百合とラナはフレイアの背後で黒いドレスをつかんだ。そして小百合が囁くような声で言った。

 

「……お母さん……」

 

 フレイアは衝撃を受けて目を見開くと、振り向いて二人を見つめた。

 

「なんていうことでしょう。あなたたちは、わたくしに母親を見ていたのですね。そんな事にも気づいてあげられないなんて……本当に駄目な女神ですね……」

 

 フレイアはもう一度、小百合とラナをきつく抱きしめる。そして、二人の耳元で温かな声が聞こえた。

 

「二人とも心から愛しています。さようなら」

 

「……行くわよラナ」

「いやだ行かない! ラナはずっとここにいる! フレイア様と一緒がいいの!」

「わがまま言うんじゃないの!」

 

 小百合はラナの手をつかむと、無理やり引っ張って連れ出した。

 

「いやだぁ~っ! フレイア様ぁ~っ!」

 

 ラナの叫び声が響き渡った。小百合は涙を零しながらラナを連れて神殿の出口に向かっていく。

 

 みらいとリコは、古の魔法界を守ってくれたフレイアに深い感謝を込めて、礼儀正しく頭を下げてから小百合とラナの後を追って歩いていった。

 

 フレイアの名を呼ぶラナの声がまた響いてくる。必死に悲しみを堪えていた闇の女神の花咲く瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

 



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第29話 悲しき運命と共に! キュアフェリーチェ登場!
邪悪な気配


「ふうぅ……」

 

 ラナがみらいのベッドの上で膝を抱えて丸くなっていた。

 

「もういい加減に泣くのは止めなさい」

 

 リリンを抱きながらソファーに座っている小百合の声が、寮部屋に胸を締め付けるような余韻を残す。

 

 リコは小百合の隣に、みらいはモフルンを抱いて自分の机の椅子に座って、いつまでも泣き止まないラナを見つめていた。

 

「……小百合は悲しくないの……?」

 

 弱々しくかすんだ声がラナから聞こえると、小百合がソファーから立って歩き、ベッドの前で右手を腰に当てて膝を抱え込んでいるラナを見下ろす。

 

「悲しいわよ。けど、いつまでもめそめそしていたら、フレイア様に申し訳ないでしょう。フレイア様はいつ果てるともしれないお体で使命を果たそうとしている。だからわたしたちも使命を果たすのよ。フレイア様との約束を守るの!」

 

 ラナが無言で顔を上げると、小百合は涙で輝く碧眼を見つめる。

 

「あんたが悲しむのは当り前よ。でも泣くのはそれが終わってからにしなさい」

 

「今はロキのクソ野郎が残していった、ヨルムガンドとかいう竜を倒すことだけを考えるデビ」

 

 かわいいぬいぐるみの口からそんな言葉が飛び出して、みらいがびっくりした。

 

「くそ野郎って……」

「リリン、お口が悪いモフ~」

 

「じゃあうんち野郎にするデビ。ロキは最低最悪のうんち野郎デビ! フレイア様をいっぱいいじめて許せないデビ!」

 

 それを聞いた少女たちに笑みが浮かんだ。

 

「うんち野郎って」小百合がこらえきれずに失笑する。

「ロキのうんちやろ~~~っ!」

 

 いきなりラナが叫んでみんな一斉に吹き出した。

 

「なんで笑うの~?」

 

「笑うでしょ、そんなこといきなり叫んだらね!」

「もう止めて、シリアスな雰囲気が台無しだし」

 

 笑うまいと真顔を貫いていたリコも、ラナの叫びには負けて崩壊していた。

 

 小百合が気を取り直して咳払いしてから言った。

 

「ヨルムガンドがいつ現れてもいいように、態勢を整えておきましょうね」

 

「さっき校長先生に会って許可をもらってきたわ。隣の部屋を小百合とラナで使っていいって」

 

「さすがはリコ、用意周到ね」

 

「食欲はないかもしれないけれど、しっかり夕食を取ってから早めの消灯でしっかり体を休めましょう」

 

「異論ないわ。早速食堂に行きましょう」

 

「わたしめっちゃお腹すいた~」

 

 ベッドの上に立ってお腹を触ったラナを、小百合が唖然として見つめた。ラナの目はまだ少し赤いけれども、もう悲愴感の欠片もなかった。

 

「……あんた大物になれるかもね」

「おおもの?」首を傾げるラナの手を小百合が取ってベッドから下ろした。

 

 この二人が手をつないで並んで歩いていく姿をみらいとリコがおいかけて、二人とも小百合とラナが姉妹のようだなと思う。

 

 

 

 日が暮れて花の海の神殿に落ちた朱が燃えるような輝きを与える。フレイアは夕日が射しこむ祭壇の前で倒れそうになる体を金の錫杖で支えていた。

 

「まだ倒れるわけにはいきません。レッドエメラルドよ、今少しだけわたくしに命を……」

 

 錫杖の先にあるリンクルストーンから赤い輝きが放たれてフレイアを照らす。真紅の命の輝きがフレイアに少しだけ気力を与えてくれた。

 

 闇の女神は両手で錫杖を持って石床を突いた。そして白亜に黒い六芒星魔法陣が広がり、その中心に赤い三日月、周囲に六つの赤い星が現れて輝きだす。その宵の魔法つかいを象徴する魔法陣の中から、漆黒の結晶が浮き上がってくる。そして、祭壇の周囲を埋め尽くすほどの数の闇の結晶が現れた。

 

「二人とも見ていますか。何千年にも渡って受け継がれてきた、わたくしたちの思い。それがようやく遂げられるのです。これで魔法界は長きに渡る闇の魔法の脅威から解放される……」

 

 フレイアは時と共に体を蝕む苦しみの中で、最後の力を使って両手に持つ錫杖を高くかかげた。

 

「……生涯最後の魔法です……」

 

 生命の灯が消えかかるフレイアの視界が霞を帯びる。最後に彼女の命が燃え上がった。

 

「生まれる命に喜びを! 消えゆく命に希望の光を!」

 

 錫杖のレッドエメラルドが燃え上がるように強烈な赤光を発し、全ての闇の結晶が邪悪を滅する聖なる光を浴びる。光から闇へ、波乱と苦悩の中を彷徨ってきた女神の生が終わりを迎えようとしていた。

 

 刹那、不意に白亜の石床に刻まれていた魔法陣が消えて、別の黒い魔法陣が浮かび上がってきた。その六芒星の中心には、口を開く凶暴な竜の姿が描かれていた。それを見たフレイアは長い生涯の中で最悪の絶望に包まれた。同時に金の錫杖のレッドエメラルドの輝きが、何かに抑え込まれて失われていく。

 

「そんな……どうしてお前がここに……」

 

 黒い竜の魔法陣から三俣の首を持つ漆黒の竜の像が、水面から浮き出てくるように現れた。同時に邪悪で下卑た笑い声が神殿の中に響き、霧状の暗黒が集まり人の形になった。不定形な人型を取る者の顔に当たる部分に紅一色の目と鋸の歯のように歪に裂ける口が出現する。

 

 フレイアは絶望の中で錫杖で床を突き、片方の手で胸を押さえた。女神の息はもう途切れ途切れで、今にも消えてしまいそうだった。

 

「いようフレイア! 驚いたかよ!」

 

「おまえ……は……ロキ……」

 

「プリキュア共にやられた時は流石の俺様もダメかと思ったが、体だけ捨ててギリギリで逃げ出せたぜ。おかげさまでこんな姿になっちまったがな!」

 

 もう声も出せないフレイアを見ている赤い目が細くなり、この上ない嫌らしさを醸す。

 

「何千年も先の戦いを予測してこの俺様の記憶を消すとは恐れ入ったぜ。しかも消された記憶はほんのちょっぴりだ。それで俺様は負けた。正直言ってぞっとしたぜ。だがよぉ、最後に勝ったのは、この俺様だぁっ! お前はこのロキ様に負けたのだ!」

 

 フレイアの前で人の形になっていた暗黒の霧が崩れて雲のような形になる。

 

「こんな姿でもよ、死にかけのお前の魔法を邪魔することくらいはできるぜ!」

 

 黒い霧が蠢きフレイアを包み込む。そして、女神の絶望と苦痛に満ちた最後の悲鳴が上がった。その手から錫杖を手放しフレイアは倒れ、石床で跳ねた錫杖からリンクルストーンレッドエメラルドが零れ落ちた。

 

「この姿じゃあ、ヨルムガンドを制御することはできねぇ。だからよぉ、俺様はヨルムガンドと一体化し、全ての闇の結晶を取り込んで最強の存在になってやるぜ! 俺様の支配を望まない世界など全てぶっ壊してやる!」

 

 フレイアにまとわりついていた黒い霧が黒龍の像に吸い込まれていくと、その石像に向かって空気が渦を巻く。そして空中に漂っている闇の結晶を吸い込み始めた。

 

 フレイアはもう力尽きて声を出すこともできず、彼女の閉じかけた瞳から流れる涙が石床を濡らしていく。

 

 ――わたくしたちの戦いも、二人の友の命も、思いも、全てが無意味だったというのですか……。

 

 フレイアは遠くなっていく意識の中で小百合とラナを思う。もっともっと二人の思いに応えてあげたかった。その後悔が最後に残った。

 

 ――ごめんなさい……。

 

 フレイアが目を閉じる。その時、彼女の中に思いの強い声が届いた。

 

《無意味なんかじゃない! わたしが必ず守るから! 必ず思いは届くから!》

 

 その声がフレイアにほんの少しだけ、ほんの一言だけ声を上げる命を与えてくれた。

 

「……ありがとう……ことは……」

 

 黒龍の像に無数の闇の結晶が吸収されていく。そして石像からロキの声が発せられた。

 

「闇の女神フレイア、お前もヨルムガンドの血肉となれ!」

 

 フレイアの体が闇の如く黒く染まり、砂のように崩れていく。全ての闇の結晶が黒龍の像に吸収され、黒砂と化したフレイアも渦を巻く空気に乗って竜の石像の向かって流れていく。黒い砂の中には真紅の輝きが混じっていた。黒龍の像がその全てを呑み込んだ時、夕暮れだった神殿に闇が降りて夜が訪れた。

 

 

 

 魔法界からナシマホウ界まで続く宇宙を貫く魔法のトンネルがあった。魔法界の外に出現した若葉色の魔法陣から出ている緑光に満ちるトンネルと、ナシマホウ界の外に出現した黒い魔法陣から出ている穏やかな闇が満ちたトンネル、その二つが魔法界とナシマホウ界の中間点となる宇宙で植物の蔓が絡み合うような形で連結されている。フレイアの存在が消えたことにより、ナシマホウ界側に異変が起こった。

 

 星を覆う程に巨大な月と星の六芒星魔法陣が徐々に消えて、ナシマホウ界から魔法界に向けて走る闇色のトンネルがまるで植物が枯れて朽ち果てるように崩れていく。黒いトンネルが完全に消えてしまうと、中間点でつながっていた緑色に輝く巨大な蔓が、萎れていくように物悲し気に垂れ下がった。

 

 魔法界を覆う程に巨大な若葉色の魔法陣に緑光のトンネルが急激な速さで引き込まれる。その様はまるで、蔓草の成長を逆再生にしてみているようだった。やがて緑光のトンネルも消えて、魔法界の外に広がる魔法陣が小さくなり、最後には消失した。

 

 

 

 校長先生が何度目か黒の書に目を通していると、いきなり予想だにしない変化が起こって目を見張る。

 

「なんと、文字が!?」

 

 消えていた文字が次々と現れていた。校長先生はもしやと思い、白の書をすぐに開く。彼が見ている前で、白紙だったページに文字や絵が次々と出現していた。

 

「虚無の時代の歴史が現れてゆく。魔法界の歴史の干渉者、あの女神の存在が消えたということか……」

 

 校長先生はフレイアの命が短いことを知っていたが、どうも胸に何かがつかえるような嫌な感じがしていた。

 

 

 

 朝がきて、ざっと窓のカーテンが開いて、日光がみらいの顔に容赦なく射しこんでくる。

 

「うんん……」

 

 みらいがクモ―布団をかぶって日差しをガードすると、リコが容赦なく布団を引きはがした。

 

「みらい朝よ、起きなさい!」

 

「休みなんだからもう少し寝かせて……」

 

「みらい、起きるモフ」

 

 今度はモフルンが体を揺らしてくる。

 

「みらい、大変よ! 敵がきたわ!」

「え、うそっ!? どこ、どこに!?」

 

 跳び起きるみらいを、リコが両手を腰に置いて見つめていた。

 

「そうなっても慌てないように、みんなでそろって早起きするって約束したでしょう」

「ああ、そうでした……」

 

 みらいは起き出して魔法学校の制服に着替えると、しばらく鏡の前でつんつん出ている寝癖と格闘していた。

 

 

 

「校長先生、どうなされたのですか?」

 

「なんじゃこの暗雲は? わしは未だかつて魔法界でこのような曇り空は見たことがない」

 

 校長先生とリズが校舎の間をつなぐ渡り廊下から急激に黒く染め上げられた天空を見上げていた。

 

「確かに魔法界でこんな曇り空は珍しいですけれど……」

「ただの曇り空というものではなさそうだ。嫌な気配がする……」

 

 まるで生き物のように動く厚い暗雲が、魔法学校に迫るように低く垂れこめていた。

 

 

 

 曇りで薄暗くなっている校庭を四人の少女たちが歩いていく。

 

「まったく! あんたのせいで朝食が遅くなったじゃない!」

 

 先頭を歩く小百合がラナの腕を半ば強引に引っ張っていく。

 

「眠いれぇす……」

「いい加減に目を覚ましなさいね!」

 

「まだ半分寝てるし……」

 

 リコが呆れ顔になる。一番最後に起きたラナは、半分目を閉じた状態で小百合に引っ張られていた。

 

「それにしても、嫌な空だね……」

「さっきまで晴れてたのに」

 

 みらいが立ち止まって見上げると、リコも同じようにして言った。

 

「魔法界でこんな曇り空は見たことがないわ……」

 

「……」黙して見上げる小百合の脳裏にはフレイアの姿が浮かんだ。

 

「お腹すいた~、はやくいこ~」

「あんたは……さっきは眠いって、まともに歩いてなかったくせに!」

 

 空気も読まず、ころころと様子が変わるラナに、小百合は毎度のように呆れる。しかし、ラナの破天荒な行動や言動は、暗くなっている他の友達を明るい気持ちにしてくれた。

 

 少女たちが食堂に近づいて小百合が扉に手を伸ばすと、扉の方が先に開いてフェンリルが出てきた。その足元には浅黒い顔の幼い少年がいて、フェンリルの不安そうに服をつかんでいた。

 

「お姉ちゃん?」

 

 フェンリルは黙って暗雲を見上げていた。その様子から、少女たちは何か普通ではないと感じ始める。

 

「どうしたの?」

 

 リコが聞くと、フェンリルのオッドアイが曇り空から少女たちに向けられた。

 

「朝飯なんて食ってる暇はなさそうだぞ。何かくる!」



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黒いヨクバール

 フェンリルが言うや否や、暗雲の中から黒い六芒星の魔法陣が浮き出てきた。その中央でアギトを開く竜の紋章の目が赤く光り、口から黒い炎が吐き出されて大きく広がっていく。そして四つの塊に分かれた黒い炎が形を変え、鳥、人、獣、蜥蜴、四つの姿になり、それぞれの顔に当たる部分に竜の骸骨の仮面が現れ、アイホールに赤い光りが灯る。

 

『ヨクバアァーーーールッ!!』

 

 甲高い獣のような咆哮の四重奏が黒い空に響き、魔法学校を震撼させた。

 

 渡り廊下から黒い怪物の集団を見るリズが恐怖心で固まり、校長先生は厳しい顔をしていた。

 

「なぜあのような怪物が!? 闇の魔法の脅威は去ったのではないのか!?」

 

 食堂の前にいる少女たちは突然のヨクバールの襲来に身構える。

 

「どうしてヨクバールが現れるの!? ロキはもういないっていうのに!」

「しかも四体も……」

 

 小百合が嫌な予感と共に声を荒げ、リコは真顔でヨクバールの集団を見つめた。

 

「変身しよう!」

 

 みらいが黒い集団を見つめて闘志を燃やと、小百合とリコ、そしてモフルンとリリンが頷く。ラナだけお腹を押さえてうつむいた。

 

「はう~、おなかすいたなぁ……」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

 

 小百合に怒鳴られて腹ペコのラナが切なそうな顔になる。

 

「朝飯ならたっぷり準備しておいてやるから、とにかくあれを片づけてこい。また食堂を壊されたらかなわないからな」

 

 フェンリルの言葉を聞いたラナが両手をグーにして可愛らしい顔を引き締めた。

 

「すご~くやる気でた!」

「ああ、そう……」あまりにも現金なラナに、小百合は苦笑いを浮かべる。

 

「改めて変身モフ!」

「デビ!」モフルンが手を上げるのにリリンも合わせた。

 

 4人の少女たちが向かい合って、『うん』と頷いて各々のパートナーと手を合わせ、4人の呪文が唱和された。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

 みらいとリコが輝きの衣をまとい、モフルンとも手をつないで輪になって回る。

『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 モフルンの体に白く輝くハートが点滅すると、ダイヤからあふれた光が全てを照らし、輝く星とハートが降り注ぐ。

 

 小百合とラナは光の衣を身にまとい、飛んできたリリンと手をつないで3人で輪になって回る。

『セイント・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 リリンの体にライトブルーのハートが点滅すると、ブルーダイヤから放たれた光が宇宙の闇を照らし、二人の背後に白い月光を放つ大きな三日月が現れる。

 

 白きハートの五芒星と青白く輝く三日月と星の六芒星が並んで現れ、その上に伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいが召喚された。

 

 魔法陣の上から跳んだ4人の魔法つかいプリキュアが着地して綺麗な横並びになり、

 

「二人の奇跡、キュアミラクル!」

「二人の魔法、キュアマジカル!」

 

「光りさす慈愛の聖女、キュアプリーステス!」

「メラメラの黄昏の魔法! キュアルーン!」

 

 ミラクルとマジカル、プリーステスとルーン、乙女たちは二人ずつで体を重ね、後ろ手をつなぎ、解放されている手は前で重ねて情愛溢るる麗しき姿を見せる。そして4人のプリキュアの声が一つになって凛と響き渡った。

 

『魔法つかい、プリキュア!』

 

 人型、獣型、蜥蜴型のヨクバールが校庭に降りて重音と振動を響かせ、鳥型ヨクバールは低空を飛行している。すべてのヨクバールが黒一色で全身から暗黒の炎を燃え上がらせていた。マジカルが迫りくるヨクバールの集団を見て難解そうに眉を寄せた。

 

「一人一体といきたいところだけれど」

「恐らくそれは厳しいわ」

 

 プリーステスの意見に同意してマジカルが頷くと、その隣のミラクルが言った。

 

「何とかして二人で一体ずつ倒したいね」

 

「わたしとルーンで3体を引き付けるから、その間に一体を倒してちょうだい」

 

 ミラクルとマジカルが頷くのを見て、プリーステスとルーンがヨクバールに向かって走り出す。

 

「ルーン、あんたは飛んでるやつの相手をお願い。地上の2体はわたしが引き受けるからね」

「りょうか~い! リンクル・スターサファイア!」

 

 ルーンは左のブレスレットにスターサファイアを呼び出し、漆黒の魔鳥に向かってジャンプした。プリーステスは右から回り込んで怪物たちの背後を取る。すると蜥蜴型だけがプリーステスの方を向いた。

 

「リンクル・オレンジサファイア!」

 

 夕日色のサファイアがプリーステスの右のブレスレットで輝く。彼女の右手から撃たれた数発の火の玉が、蜥蜴型ともう一体、背を向けている人型ヨクバールに命中して爆発する。ミラクルとマジカルに向かっていた人型が振り向いて、竜の骸骨の中で光る赤い双眸がプリーステスに向けられる。

 

「さあ、こっちにきなさい!」

 

 いきなり獣と人のヨクバールが跳躍し、ミラクルとマジカルに接近した。

 

「先に攻撃したわたしを無視してマジカルの方に!?」

 

 プリーステスは人型の予想外の行動に不意を突かれて隙を作った。そこに蜥蜴ヨクバールの尾が唸りをあげてプリーステスを襲う。

 

「キャァッ!?」

 

 プリーステスは瞬間的に校門を支える外壁に叩きつけられ、分厚い壁に亀裂が入った。

 

「プリーステス!?」

 

 空中にいるルーンが動きを止めると、背後から鳥型の突撃を受ける。

 

「うやぁ~っ!?」衝撃を受けたルーンは校舎の壁を破壊して建物内に突っ込んだ。

 

 ミラクルは獣型の踏みつけを後ろに跳んで回避し、マジカルは目の前に降りてきた人型が拳を振り下ろしてきて、それを片腕で防御した衝撃で後ろに下がり、立った状態で靴底を引きずった。

 

「確実に一人ずつ狙ってきてるし。まるで誰かが命令でも与えているみたいだわ」

 

 マジカルの視界の中でミラクルが獣型の突進を受けて吹き飛ばされてしまう。

 

「ふあぁっ!」

「ミラクル!?」

 

「ヨクバァール!」

 

 人型がマジカルに拳を叩き落してきて、ミラクルを助けに行くどころではなかった。マジカルが地上を蹴ると、その場所に黒く燃える拳がめり込んだ。

 

「はあーっ!」マジカルの蹴りが人型の左首に叩きこまれる。

 

「ヨッ、クッ!?」人型ヨクバールの黒い巨体が真横にぶっ倒れた。

 

「一体一体の強さはそれ程でもないみたいだけれど、それでも完全に倒すには二人で力をあわせないと」

 

 ミラクルの気合が飛んで、獣型の脳天に踵落としが入り、獣の前足が折れて前身が沈んだ。ルーンは鳥型と空中でぶつかり合い、プリーステスは叩きつけられていた壁を蹴って蜥蜴型に接近し、空中から連続攻撃を仕掛ける。

 

「はぁっ! たぁ! いやぁーっ!」

 

 顔面へのストレートから首への二段蹴りで、黒い炎をあげる蜥蜴の体がぐらついた。

 

「ヨク! バァール!」

 

 蜥蜴型が口から黒い炎がプリーステスに吐きかけられる。それを合図にするように、他の三体も黒い炎を吐き出して、プリキュアたちを苦しめた。みんな防御の形をとっていたが、闇の炎がが光のプリキュアの体力を確実に削っていた。

 

「まずいわ。分断されたまま戦い続けたら、こっちが先に消耗して負けるわ!」

 

 プリーステスに焦りが見え始める。

 

「このヨクバールたちは、わたしたちを分断すれば有利になるって理解しているみたい! 誰かが指示を与えているのかも!」

 

 マジカルの分析がプリキュアたちの間に暗い影を落とした。

 

 この膠着した状況を最初に打開したのはルーンだった。空中で黒い炎を受けていたルーンは、左手を横に振って叫んだ。

 

「リンクル・ブラックオパール!」

 

 手のひらから黒いバリアを出して炎を完全にシャットアウトする。ほかのプリキュアたちは上にジャンプして炎から逃れた。

 

「てやぁ~っ!」バリアを前に炎を打ち消して突き進んだルーンが、鳥型ヨクバールの横っ面を殴って打ち飛ばした。

 

 ほかのプリキュアたちの反撃も始まる。蹴って殴って善戦するが、個人では決定打を与えることができない。

 

「リンクルステッキ!」

 

 ミラクルがステッキを右手に魔法を発動する。

 

「リンクル・アクアマリン!」

 

 逆巻く冷気が獣型の四肢を凍り付かせて動きを封じた。その隙にマジカルの方に向かおうとすると、上から黒い火の玉が降ってきて、ミラクルはその爆発に巻き込まれた。

 

「うああぁっ!?」

「ミラクルッ!」

 

 マジカルが叫ぶと、人型が素早く移動してマジカルの視界を遮ってくる。火の玉を撃ったのはルーンと交戦していた鳥型ヨクバールだった。

 

 その状況を見たプリーステスの顔つきが一層厳しくなった。

 

「これは決まりね。こいつらは確実に誰かの意志に従って動いているわ。しかもそいつは、この戦いを見ながらヨクバールに指示を与えている。そんなことができる奴っていったら……」

 

 一番考えたくない名前がプリーステスの脳裏に浮かんできた。

 

「ヨクバァールッ!」蜥蜴型が鋭い爪のある手を叩きつけてくる。

 

 プリーステスは胸をひっかかれてその場に膝をついた。

 

「ぐうぅ……ヨクバールと一対一では消耗が激しい……」

 

「うわ~~~!?」ルーンが鳥型の体当たりを受けて墜落して土煙が昇った。

 

『ヨクバァールッ!』獣型と人型ヨクバールの叫び声が重なる。

 

 ミラクルは獣の前足の一撃を、マジカルは黒い拳の一撃を同時に喰らって吹っ飛んでいた。ミラクルは地面に叩きつけられ、マジカルは校舎の壁に打ちつけられて、別々の場所で同時に悲鳴が聞こえてくる。

 

 亀裂の入った校舎の壁からずり落ちたマジカルが苦しそうな表情を浮かべた。

 

「こ、このままじゃ……」

 

 渡り廊下から 見下ろしていた校長先生は両手の拳を指が充血するほど強く握って、隣のリズが怖くなるくらい険しい表情になっていた。可愛い生徒たちを助けてやりたいが、今の彼にその力はない。それに、今少しでも消耗すれば、自分の成すべきことができなくなるのだ。

 

「……あれは?」リズが不安に満たされた心のまま校門を見つめていた。

 

 校長先生もそれに目をやると、校門の巨大な扉が開いていく。そして、そこに現れた少女を見た時、見開かれた校長の瞳に希望の輝きが現れた。

 

「おお、あの子は!」

 

 魔法学校の制服姿のその少女が顔を上げると、とんがり帽子の鍔に隠れていたエメラルド色の瞳と桃色の髪が、はっきりと校長の目に見えた。

 

『はーちゃん!!?』少女の姿を見たミラクルとマジカルが同時に叫んだ。



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エメラルドのプリキュア

 校門に、ことはが姿を現すと、フェンリルの後ろに隠れていたモフルンとリリンが前に出ていく。その姿をフェンリルの足にしがみついて震えている少年ハティが目で追った。

 

「とっても、と~っても甘い匂いするモフ!」

「命が萌えて広がるのを感じるデビ!」

 

 ことはが胸の辺りで右手を広げると、腰に付いているホルダーからピンク色の本、リンクルスマホンがひとりでに動いて、ことはの右手の上に縦に立った状態で浮いて止まった。その表紙の上部にはリンクルストーンをはめ込める空白のサークルがあり、下の方には伝説の魔法つかいを表す五つのハートを内包する五芒星が描かれる。さらにその下部に小さな赤い花のつぼみと横に広がる若葉の装飾があった。

 

 ことはが顔の辺りに上げた左手の指の間に、輝く桃色の台座に嵌め込まれた緑色の宝石が癒しの光を放つ。

 

 命の輝石エメラルドが放った癒しの光によって、世界が緑光に満ちると同時に、ことはの身が金色の衣に包まれた。

 

 リンクルスマホンの表紙が開き、上の方にある蔓草のような模様に囲われたサークルと、下の方にはマートフォンの液晶のように光沢のある長方形の鏡面が現れる。

 

 ことはは、右手の指先に赤い花の蕾の付いたタッチペンのような姿の魔法の杖を持ち、それを額の辺りに掲げる。そして、小さな魔法の杖で外に向かって大きく円を描き、天を仰ぎ杖の小さな花の蕾を天上に捧げて呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ! エメラルド!」

 

 宙を舞うリンクルストーンエメラルドから命の輝きが萌え上がり、リンクルスマホンの上部のサークルにセットされた。

 

 ことはが、魔法の杖のペンのように尖った先端で、スマホンの鏡面に緑色の線で魔法界でFを表す文字を書き込む。そしてF後ろに新たな文字が現れて、フェリーチェという言葉が浮かんだ。

 

「フェリーチェ・ファンファン・フラワーレ!」

 

 ことはが魔法の杖で大きな円を描き、緑光の軌跡が円陣となる。そしてことはが、魔法の杖の先端で円陣の中心を指すと、緑色の光が弾けて円陣の中に模様が浮かんで魔法陣になった。

 

 魔法陣の中心にはFを表す文字、その外側に蔓草が絡み合う円陣があり、そこか伸びる蔓の線が四つのハートを描く。魔法陣の中に十字に配置された四つのハートの間には、双葉を広げるマーガレットのような四つの花文様があった。

 

 その緑色の輝きを放つ魔法陣が傾斜すると、魔法陣の中心から複数の若芽が生まれ、その中の一つが成長して可愛らしい双葉を広げた。そして他の若芽も次々と成長して蔦になり、ことはの姿を覆い隠した。

 

 金の衣に身を包んだことはが、膝を抱えてうつむき加減に目を閉じている。彼女は長く成長した無数の蔦に囲まれながら徐々に大人びていく。そして瑞々しいしなやかさに溢れた少女の肢体を緑の輝きの中に泳がせて、長くなった桃色の髪が広がった。

 

 ことはの金色のローブのそよぐスカートが丸く膨らむと、花の蕾の飾りのあるピンクのレースに包まれた白いバルーンカートが現れ、ウエストの中央に緑色の輝きが萌えて、そこから輝く緑葉が芽吹いて成長し、ことはの胸に赤い花の蕾を付ける。さらに花の蕾から伸びる光の蔓草が肩から手へと巻き付いて、それが弾けて緑色の光を散らすと、胸部から胴部が若葉色で肩から袖口までがゆったりとした白のドレスが現れる。二の腕を緑色のバンドで留めて、その上が大き目のランタンスリーブ、下は水芭蕉の花のような形に下に向かって大きく開いていた。そして緑のリストバンド、中指にホットピンク小さな花の指輪が咲いた。

 

 光の蔦は足の方にも伸びて弾けて、大きな白い花飾りのある緑のハイヒールと足首からひざ下へと編み込まれた若葉色のリボンの上に牡丹の葉に似た二枚の緑葉が開いて白い花の蕾が付いた。

 

 彼女のドレスに付いた花の蕾が開いていく。ひざ下から牡丹のように大きな白い花、バルーンスカートには赤とオレンジの小さな花々、胸の赤き蕾は大輪の花と開き、その中央には緑色の玉の宝石が輝いた。

 

 背中に流れる淡く光る桃色の髪が二つに分かれて先端に小さな白花の髪留めの付いた三つ編みのツインテール、同時に前で垂れる後れ髪の中ほどに黄色の蝶を模した髪留めが現れる。そして後頭部に二つのサクランボを付けた双葉の髪飾りが姿を現し、双葉から光の蔓が頭部に沿って前に伸びていく。光の蔓が消えると額には中央にエメラルドの小玉を付けたイチョウの意匠のある金のチェーンサークレット、側頭は透き通る薄緑色のレースを下げる緑のリボン、サークレットのリボンの間にある桃色の後れ毛の上に合わせて二つの白い花の蕾が芽吹いた。そしてその花の蕾が開き、両耳に小さな葉の飾りを下げる真珠のイヤリング、右側の横髪のリボンの上に二枚の葉を付ける大輪の白花が咲いた。

 

 優しく美しい姿となった少女がバレリーナのように回って踊ると、桜の花吹雪を思わせるような無数の淡い光がはじけた。そして彼女のスカートの左上に蔓草の如き緑の光が渦巻きになり弾けて光の木の葉が無数に舞うと、リンクルスマホンを収納するピンクの蝶結びのリボンの付いたポーチが現れた。

 

 七色に輝く大きな蝶が飛んできて、少女の左の横髪のリボンと下にひらめくレースの間に止まって黄色い蝶の意匠となる。彼女がゆっくりと開いたグリーンの瞳の中にきらめきが現れ、そこから桃色の花が咲いた。そして彼女は舞いながら、かけがえのない命を抱くように胸に両手を置くと、鶴の片足立ちで肢体を反らす極美の姿になった。そして天井が放射状に割れて日の光が射しこんで、それを浴びて輝きに満ちる少女は閉じた瞳をゆっくりと開いていく。

 

 大きな大きな桃色の花が徐々に開いていき、その中からプリキュアとなった、ことはの姿が現れ、反った体の背後に現れた四枚の翅が陽光の中で透き通った。

 

 乙女らしいたおやかなる姿で大輪の花の上に座したるプリキュアが右手の上に花の輝きを宿して言った。

 

「あまねく命に祝福を」

 

 右手の花の輝きが彼女の甘やかな吐息で舞い上がり、天上で無数に散って光の花びらが降りしきる。その中で高く上げられた命のプリキュアの両手が、花びらが舞うように緩やかに動き、顔の前で合わせて花のように開いた手から、ゆったりと二の腕まで交差させて、最後に全ての命を受け入れるように両手を大きく開いた。

 

「キュアフェリーチェ!」

 

 新たなプリキュアが地上に舞い降りる。

 

『フェリーチェ!』

 

 その姿にミラクルとマジカルは希望が満ち溢れる。

 

「あれが、ことはのプリキュアとしての姿! エメラルドのプリキュア!」

 

 プリーステスとルーンは驚きと希望に満ち溢れていた。

 

「ヨクッバァールッ!」

 

 プリーステスとルーンに向かって鳥型ヨクバールが急降下すると、フェリーチェが背中に妖精の翅を開いて飛ぶ。

 

 電光石火の速さでヨクバールの目の前に飛び込んだフェリーチェは、竜の骸骨の鼻ずらに片手をそえると敵の勢いを利用して軽々と振り回し、下に向かって放り投げた。

 

「はぁっ!」

 

 豪速で投げ飛ばされた鳥型が地上の蜥蜴型に激突し、二つの黒い巨体が丸く固まって転がった。

 

「すごい!」プリーステスが素直に感嘆する。ルーンはその隣で驚きのあまり口をあけっぱなしにしていた。

 

 フェリーチェが舞い降り、プリーステスとルーンはその顔を間近に見て少し切なげに息をついた。

 

「なるほど、本当に似ているわね、フレイア様に」

 

 二人の気持ちを感じたフェリーチェは、瞳の輝きを一瞬だけ悲し気に揺らした。

 

「あの二体は、わたしに任せて下さい」

「一人で二体のヨクバールを相手にする気なの!?」

「むちゃだよぉ~」

 

 驚くプリーステスと心配するルーンに、フェリーチェが微笑する。

 

「大丈夫です。わたしを信じて下さい」

 

 その声と姿が二人の心に深く染み透る。まるでフレイアにそう言われたように感じた。

 

「わかったわ。じゃあわたしとルーンは、ミラクルとマジカルに協力してあの二体を!」

 

「よろしくお願いします」

 

 プリーステスとルーンがフェリーチェに頷くと、風を切って走りミラクルとマジカルの戦闘に入っていく。

 

「やぁーっ!」

「とおりゃ~!」

 

 プリーステスが人型に、ルーンが獣型のヨクバールに向かって跳んで蹴り付ける。両方のヨクバールが同時に横倒しになった。

 

 フェリーチェの方では立ち上がった蜥蜴型が尻尾をしならせて攻撃する。フェリーチェがそれを上空に飛んでかわすと、背後から燃え上がる黒鳥が迫る。

 

「ヨクバァル!」

「はぁっ!」

 

 鳥型の全身に痛烈な衝撃が走って急に止まった。後ろを向いたままのフェリーチェの肘鉄が骸骨の眉間にクリーンヒットしていた。

 

「ヨックッ!!?」

 

 凄まじい衝撃で鳥型ヨクバールは目を回し、骸骨の目を固く閉じていた。フェリーチェはその場でスピンして花びらを散らし、回し蹴りで鳥型を上空に吹き飛ばした。更に妖精の翅を開いて追撃する。そして拳を固く握りしめると、全てを滅茶苦茶に壊した闇の存在に対する無量の怒りを込めた。

 

「はあああぁっ!!」

 

 正義の鉄槌が鳥型ヨクバールの腹にめり込むと、生命の魔力を込めた強烈な衝撃波が起こり、黒く燃え上がる魔鳥が空に向かって吹き飛び、同時に大量の白い花びらが舞い狂う。

 

「ヨクバァールゥーーーッ!!?」

 

 鳥型ヨクバールは断末魔の声を上げると、地上から目に見えなくなるような高度で粉々に砕けて無数の黒い破片となって消えていった。

 

 それを目の当たりにしたプリーステスは度肝を抜かれた。

 

「魔法も使わずに素手でヨクバールを!!?」

 

「フェリーチェ、すごく怒ってるみたい……」

 

 プリーステスの近くでミラクルが、不安げに空中にいるフェリーチェを見つめていた。

 

 フェリーチェに向かって蜥蜴型が黒い火の玉を吐き出す。エメラルドのプリキュアは、無言のまま火の玉を軽く手で弾き飛ばした。そして数瞬、急降下したフェリーチェの足が蜥蜴型の骸骨の眉間にめり込んでいた。

 

「ヨクーッ!?」吹っ飛んだ巨体が地面に落ちて転げまわった。

 

 地上へと降り立ったフェリーチェの右手に、リンクルスマホンの小さな魔法の杖が高速回転しながら落ちてくる。フェリーチェはそれを握り込んでから右と左の親指と人差し指でつまみ上げると、杖の下の方をつまんでいる左の指を小さな花の蕾のある右にむかって這わせる。するとタッチペンのような杖が桃色の光を放ち、下から可愛らしい小さな葉の付いた蔓草が螺旋に巻き付いていくと、杖が大きくなり、巻き付いている蔓草に色とりどりの小さな花々が咲いていった。

 

 蔓草に無数の花が付いて満開になると、大きくなった魔法の杖を包んでいた桃色の輝きが弾けて、その姿が露わとなる。ワンドの先端は蕾が開きかけている赤いチューリップの形をしていて、持ち手の柄の部分は純白、少しふくらみのある中央上部には翅を開く黄金の蝶の中に白いサークルが存在していた。フェリーチェはそれを右手に持つと、左手をそっと添えるような形に構えた。

 

「フラワーエコーワンド!」

 

 リンクルスマホンのエメラルドから放たれた光がエコーワンドの金色の蝶に撃ち込まれると、輝きを伴って生を得たかのよう一つはばたき、翅が広がると蝶の中にあるサークルにエメラルドが顕現した。

 

「エメラルド!」

 

 フェリーチェはエメラルドの宿ったワンドを両手で優しく包み込むと、

 

「キュアーアップ!」

 

 ワンドの花から生命の魔力が放たれ、その広がりとともに世界が光を放ち始める。フェリーチェがワンドを下から少しずつ上げる都度に生命の力が広がり渡る。それを受けた光の地に眠りし無数の種が次々と芽吹いて幼き双葉を広げていく。さらに生命の魔力の波が広がり、双葉が急成長して一本一本に無数の花が咲き誇り、光の大地に花の海が広がった。

 

 無限とも思える色鮮やかな海より、全ての花々から放たれた生命の輝きが天空で一つに集まり、ワンドの赤い花に向かって無限の生命の流れが生まれる。無限の花々の生命がワンドの蕾の花に無限の魔法の力を与えた。

 

 ワンドの赤い花が大きく開き、中の蕾の形をしたクリスタルが現れる。フェリーチェは無限の生命の輝きを放つワンドのクリスタルで桃色の線を描いていくと、リングを二つ合わせた形の無限を表す文字になった。さらに無限を表す文字が二つにわかれて、フェリーチェの左右で桃色の光のリングとなり、光りが取り払われていくと、鮮やかな緑の蔦で編み込まれた無数の花を付ける二つのリングに生まれ変わる。

 

「プリキュア、エメラルドリンカネーション!」

 

 フェリーチェがワンドを前に出すと、赤き大輪の花より桃色に輝く生命の閃光が放たれ、一緒に無数の花びらが舞い上がる。それに合わせて左右の花のリングが高速に回転し、命の閃光を間に挟んでヨクバールに向かって駆けていく。花のリングはやがて生命の輝きを受けて緑光を放った。

 

 花びらを伴って桃色の閃光がヨクバールを包み込む。そして二つのリングがヨクバールの周囲で車輪のように転がり舞うと、下から伸びてきた双葉が開き、成長してヨクバールの周囲を這うように何本もの蔓が伸びてきて、小さな蕾から寸秒に大きくなって成長した赤い花の蕾がヨクバールの姿を隠す。そして蕾の中に優しい光が灯り、花が開くと命の輝きが現れて、その輝きを囲むように二つのリングが重なった。そして満開の花の上で緑光のリングが左右に転がると、ヨクバールはどす黒い闇の塊と漆黒の結晶体に分離されて消え去った。

 



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ことはの謝罪

 プリーステスはあっという間に2体のヨクバールを倒してしまったフェリーチェの強さに脱帽してしまう。

 

「これほどとはね、次元が違うわね……」

 

「ヨクバール!」

 

 倒れていた人型と獣型のヨクバールが起き上がってくる。その姿をプリーステスは余裕をもって見上げた。

 

「おっと、見とれている場合じゃないわね」

「わたしたちもフェリーチェに負けていられないよ!」

 

 ミラクルの言葉に他の3人のプリキュアが頷いた。獣型が踏みつけてくる足をミラクルとルーンが、人型が撃ってきた拳をマジカルとプリーステスが、うまく捉えて4人の気合が重なった。

 

『そりゃーっ!』

 

 2体のヨクバールの巨体が投げ飛ばされ、空中で衝突して2体が固まって落ちた。

 

「パートナーチェンジよ!」

 

 プリーステスの言葉を受けて、ルーンとマジカルがジャンプして、それぞれのパートナーの下に着地した。

 

「二つのダイヤの魔法を合わせよう!」

 

 ルーンがウィンクして人差し指で天を突くと、みんなの顔に微笑が生まれた。

 

 プリキュアたちはそれぞれ心安き相方と寄りそいあい、プリーステスとルーンの左手と右手が後方で繋がれ、前方で二人の手が重ねられる。ミラクルとマジカルも左手と右手を後ろ手に結び、前方で2本のリンクルステッキが合わさった。

 

『二つのダイヤの光よ!』

 

 プリーステスとルーンのブレスレッドのブルーダイヤが光り、

 

『二色のダイヤの輝きよ!』

 

 ミラクルとマジカルのリンクルステッキの星とハートのクリスタルが白き輝きを放つ。

 

『いま一つとなりて! 聖なる輝きの魔法となれ!』

 

 4人のプリキュアの声が一つになると、プリーステスとルーンはリンクルブレスレットの付いている手を前に出し、ミラクルとマジカルはリンクルステッキで前方を突く。

 

 プリキュアたちの後ろに控えていたモフルンとリリンのダイヤから二色の輝きが広がっていく。

 

 四人のプリキュアの前で二つの魔法陣が一つになり、宵の魔法つかいと伝説のまほうつかいの魔法陣が融合し、二つのダイヤの力が一に重なる。

 

『プリキュアッ!』

 

 二組のプリキュアの後方でつなぐ手に強い力でが込められる。そして融合した魔法陣の前に青き光のダイヤと、白き輝きのダイヤの姿が現れた。

 

『ダイヤモンドッ! スーパーファイアストリーム!』

 

 二つのダイヤの間に青と白の輝きが生まれ、二つの光の閃光が同時に放たれた。

 

『ヨクバールッ!』

 

 二色の光が螺旋に絡み合った波動に、黒い魔力に身を包んだ二体のヨクバールが飲み込まれた。そして二体のヨクバールが青白い輝きに乗って空へと打ち上げられ、さらに宇宙へと誘われる。

 

『……ヨクバール……』

 

 二体のヨクバールが光に包まれた青白い彗星となって闇の広がる果てへと消えて、強い光が闇に生まれた。爆裂して広がった無限の輝きの欠片が星雲を形作り、その内より淡い光に抱かれた二つの闇の結晶がいでて地上へと降った。

 

 上空に存在する竜の闇の魔法陣から嫌な気配が噴き出し、四体のヨクバールの元となっていた四つの闇の結晶を吸い込んで消えていった。

 

 プリキュアとヨクバールの戦いによって傷ついたものが元の姿に戻ると、学び舎の庭で5人のプリキュアが集まった。

 

 ミラクルとマジカルは語りつくせぬ情愛をもってフェリーチェを見つめる。近づいてきたモフルンがミラクルに飛び込み抱き止められる。リリンはプリーステスとルーンの間に飛んできた。

 

 ミラクルとマジカルとモフルンは、言葉なしにフェリーチェと抱き合った。この三人にもう言葉など必要なかった。

 

 親友たちの抱擁から離れた後のフェリーチェは少し様子が変だった。悲し気に目を伏せて、誰とも顔を合わせようとしない。ミラクルとマジカルはすぐに何かあると思った。そんな姿のフェリーチェを見るのは初めてだった。

 

「その……」

 

 彼女は意を決したようにようやく顔を上げると、何故かミラクルとプリーステスを順に見て、その美しい顔の眉根が下がり悲し気なる。言いようのない重苦しい空気が流れ始めて、みんなが不安な気持ちになった。

 

 その時、フェリーチェの腰に付いているスマホンからエメラルドが出てきて、命のプリキュアの姿が桃色の光に覆われると、縮んで元の少女のシルエットになり、光が弾けて桃色の花びらのような輝きを飛ばすと、ことはが現れた。

 

 モフルンとリリンのブローチからも白と青のダイヤが離れて四人のプリキュアたちも元の姿に戻る。

 

「おーい! 朝飯できたぞ!」

 

 食堂からその場の空気を無視するようなフェンリルの声が飛んでくる。

 

「は~! はーちゃんお腹すいた!」

「わたしも~!」

 

 ことはが笑顔になって両手をあげて言うと、それにラナも合わせて両手をあげた。その姿に小百合が激しい違和感を覚える。

 

「ことは、あなた」

「よーし! みんなで朝ご飯にしよう!」

 

 小百合の言を遮って、みらいが大きな声を出す。むっとした小百合に、みらいが微笑と共に気持ちの入った短い言葉を伝える。

 

「ね、そうしよう」

 

 みらいのその姿を見て小百合は気づいた。みらいは小百合の邪魔をしたのではなく、そうする必要があるから遮ったのだ。ことはとみらいの間に、二人にしかわからない以心伝心がある。小百合はそれを悟って開きかけた口を閉ざした。

 

 少女たちはそれぞれに色んな気持ちを抱えて食堂に向かった。歩き出してから、みらいの耳にことはの小さな声が聞こえてきた。

 

「まだ……時間がある」

 みらいだけがその声を聞いた。

 

 

 

 食道のテーブルには豪勢な朝食が並んでいた。少女たちはいつものように楽しく食事をした。ことはは、まるでラナと小百合とも旧知の仲のように溶け込んでいた。ただ、少女たちは、ことはの出現に重大な意味がある事を何となく分かっていて、少し空気が緊張していた。

 

 

 

 校長先生はリズ先生と校庭に出て黒い空を見上げていた。その時、校長が右手に浮かせている水晶に魔女の影が現れた。

 

「校長、お告げですわ。古の時よりありし、聖なる神殿を抱きし花園が邪悪の闇に堕ちると……」

 

「何が起ころうとしているの……」

 

 途方もないことが起ころうとしている。リズははっきりとそう分かる空気の震えのようなものを感じる。校長先生はただ黙って暗雲に覆われた空を見上げていた。

 

 朝食を終えてから一休みした少女たちが、校庭に出てきて校長とリズに近づき、真ん中で一番前の、ことはが校長先生を見上げた。

 

「……ことは君、これから何が起こるのか、君には分かるのだろう?」

 

 校長が言うと、ことはが黙って頷いた。そして振り返り、みらいと小百合に視線を向けて、緑色の瞳に涙を浮かべた。

 

「はーちゃん!?」

「急にどうしたのよ……」

 

「二人とも、ごめんなさい」

 

 ことはにいきなり頭を下げられて、二人とも面食らった。うまく言葉の出ない二人に、ことはが胸に申し訳ない気持ちをいっぱいにして言った。

 

「わたしがここに来たせいで、二人はナシマホウ界に帰れなくなってしまったの」

 

「はーちゃん……」

「そうなのね……」

 

 二人ともあっさりした態度だった。ことはは、二人とも驚いたり悲しんだりすると思って覚悟していたので、きょとんとしてしまった。

 

「何となくそんな気がしてたよ」

 

「ことはは、フレイア様に代わって大切な役目を負っていたんでしょう。そのせいで、わたしたちと一緒に戦うことができなかった。そのことはが、ここに来たということは、フレイア様から託された役目を放棄しなければならない重大な理由がある」

 

 小百合がことはに迫り、華奢な肩を両手で掴んだ。彼女の表情は恐ろしく険しかった。

 

「フレイア様に何があったの、教えなさい!」

 

 ことはが頷くと、小百合は少し離れて、ことはの顔を下に見つめた。小百合の隣にリリンを抱いているラナも来て、いつでも明るい少女が不安のあまり表情をなくしていた。

 

 ことはが俯き加減で話し始めた。

 

「わたしとフレイアで協力して、魔法界からナシマホウ界まで魔法のトンネルをつなげたの。わたしがそれを維持して、みらいと小百合にナシマホウ界へ帰ってもらうつもりだった。でも……」

 

 顔を上げたことはの悲しい目を見ると、小百合に言いようのない苦しい気持ちが溢れて瞳が熱くなった。

 

「フレイア様に何かあったのね……」

 

「フレイアは最後の魔法で全ての闇の結晶を浄化するつもりだったの。それをロキが邪魔したの」

 

 それを聞いた瞬間に、他の少女たちの間に底の見えない悲愴感が広がっていく。

 

「そんな……わたしたちが倒したはずなのに……」

 リコが呆然としてしまう。

 

「ロキはわたしたちが考えているよりも、ずっとずる賢い人だった。リコたちの魔法を受けた時に人間の体を捨てて、実態のない闇の魂になってフレイアから闇の結晶を奪う機会を狙っていたの。そして神殿でフレイアから全部の闇の結晶を奪ってヨルムガンドと一体になって、命が消えかけていたフレイアまで吸収してしまった」

 

 その話を聞いたラナが泣いてしまう。隣の小百合は歯を食いしばり、拳を震わせながら憎い相手が目の前にいるような怖い表情になっていた。

 

「ロキッ! あいつがっ!」

 

「小百合、ラナ、わたしがもっとしっかりしていれば」

 

「謝らないで! ことはは一つも悪くない!」

 

 小百合は、ことはをびっくりさせるほど強く言い放った。その後に小百合は目を固く閉じて涙を流し始めた。

 

「なんでっ……こんな酷いことになるのよ! フレイア様は……何千年も友達を亡くした悲しみと思いを背負って生きてきた! この世界の平和のために苦しみの中を生き続けてきた! それなのに……あんまりだわ……」

 

「うああぁ……」ラナが泣き崩れてその場に座り込んで泣いた。抱かれていたリリンが心配そうにその顔を見上げると、零れてきたラナの涙がリリンの顔に落ちた。

 

「ロキ! 絶対に許さないっ!!」

 小百合は涙しながら怒りの炎を燃え上がらせた。

 

「フレイアの思いも苦しみも絶対に無駄なんかじゃない。わたしたちでそれを証明するの」

 

「はーちゃんがいれば、どんな敵がきても怖くないよね!」

 

 みらいがその場を明るくしようとして言うと、ことはが首を横に振ってリコとみらいが氷ついたように固まってしまった。

 

「ロキと全ての闇の結晶を取り込んで力を増したヨルムガンドはデウスマストに匹敵する」

 

「でも、はーちゃんのすごい力でデウスマストだって倒せたじゃん!」

 

「あの力は使えないの。ロキはデウスマストに対抗する闇の魔法を完成させていた。それはわたしの受け継いだマザーラパーパの力も抑え込んでしまうって、フレイアが言っていたから……」

 

「そんな……」

 

 みらいが不安感を露わにするとリコが微笑していつもの自信を見せた。

 

「いいじゃない。その代わり、今はプリキュアが5人もいるんだし、力を合わせればどんな敵だって楽勝よ」

 

 リコが言うとラナが立ち上がって涙を拭いた。そして5人の少女と二人のぬいぐるみが、お互いの顔を見て強く頷いた。

 

 ことはは、もう一度振り返り、校長先生の前で丁寧に頭を下げる。それはみらいとリコでも見たことがない、ことはの大人びた姿だった。

 

「校長先生、この戦いはプリキュアだけでは勝てません。どうか、よろしくお願いします」

 

「うむ、心得た。こちらは気にせずに、心おきなく戦ってくれたまえ」

 

「リコ、みんな、気を付けて」

 リズが不安の拭えない表情のままに言葉を送った。

 

 ことはが仲間に頷いて歩き出すと、他の少女たちが後に続く。彼女らは校門の扉を越えて並んで立った。右からリコ、モフルンを抱いたみらい、ことは、リリンを抱いたラナ、小百合、少女たちは邪悪の蠢く黒い空を見上げた。



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第30話 ラストバトル!! 暗黒魔道竜ヨルムガンド!!
闇の魔法の結界


「わたしはみんなで一緒にご飯が食べたかったの、まだ時間があったから」

 

 ことはが振り返ってみんなを見つめる。背後に広がる暗雲と薄闇が降りている魔法界の景色を背景に、ことはの存在が煌めくように新鮮だった。

 

「ご飯を一緒に食べたら、みんな仲良しになれるし」

 

 ことはが満面の笑顔で言うと、他の子にも笑みが浮かんできた。

 

「みらいとリコとモフルンは、わたしのことを何も言わなくても分かってくれる。でも、小百合とラナとリリンとは、あんまりお話ししてないし、お互いに知らないことが多かったから」

 

「はーちゃんは友達だよ~」

 

「そうデビ。リリンは、はーちゃんを他人だなんて思えないデビ。すごーく親近感があるデビ」

 

 ラナとリリンの言葉で、ことはの笑顔の中にある瞳の輝きが強くなった。そんなことはに、微笑をうかべていた小百合が言った。

 

「あなたは不思議な子ね。ほとんど話したこともないのに、ずっと昔から知っている友達のように思える。そう、ラナに出会った時と同じ感覚だわ。わたしは、ことはと友達になりたい。心からそう思うわ」

 

「は~~~っ!」

 

 両腕をいっぱいに広げたことはが、小百合とラナとリリンを抱き込んだ。

 

「小百合もララもリリンもだ~い好き!」

 

 それからことはは、リコたちにも飛びついた。

 

「みらいもリコもモフルンもだ~い好き!」

 

 リコが心より嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

「はーちゃん」

「モフルンもはーちゃん大好きモフ~」

「これでみんな友達だね!」

 

 みらいの元気な声で、少女たちの笑顔がより一層輝いた。

 

「戻ってきたら、またみんなでご飯食べたいな~」

 

 ことはがしみじみと言うと、小百合がウィンクして指を弾き、胸がすくような音を鳴らした。

 

「それだったら、食堂のコックにお願いしましょう。あの人は弱みがあるから、きっとごちそうを作ってくれるからね」

 

「は~! みんなでごちそう! ワクワクもんだし~」

 

 もうすぐ最後の戦いがあるというのに、ことはのおかげでみんなの気持ちが解れて和やかな雰囲気になった。そこにみんなの笑顔があって、全員の心がつながったという確かな感覚があった。

 

 ことはが振り返り、再び暗黒の空を見上げる。その瞬間には、みんな真剣な表情になった。

 

「くるよ」

 

 重々しい空気の唸り、ジェット機の音を重低音にしたような音が、少女たちを越えて魔法界の中心となっている魔法学校と大樹をも震えさせる。音だけにもかかわらず、地震と錯覚するような凄まじい轟音だった。

 

「あれは!?」

 

 小百合が叫ぶ。少女たちの見ている方向に途方もなく巨大なものが暗雲を突き抜けてくる。最初は逆さになっている山のように見えたが、すぐに全てが明らかになる。それを見た小百合とラナは特に衝撃を受けた。

 

「あれって最後の試練を受けた神殿!?」

 

 みらいが声をあげると、小百合は怒ればいいのか悲しめばいいのか分からない複雑な気持ちになった。

 

 かつて花々に満ち溢れていた巨大な浮遊島がゆっくりと落ちてゆく。白亜だった神殿から花の海まですべてが黒く染まり、花は一つ残らず枯れてしまっていた。

 

 切立った岩山のようになっている浮遊島の下部の先端から広大な魔法界の海へと徐々に沈んでいく。そして巨大な島の沈殿と共に、周囲に高波が広がって広大無辺の波紋となって広がっていく。そして島は完全に魔法界の海の一部となった。

 

 かつて光の女神フレイアを奉っていた神殿から闇が盛り上がった。それは内側から神殿を破壊して巨大化していく。瞬間、そこから周囲に闇が広がった。

 

 半球形の闇の壁が急速に広がり魔法界を覆っていく。それは少女たちにも迫っていた。その時、魔法界の礎となっている大樹の頂きに光が生まれて広がった。球になった光が大樹から魔法学校まで包み込み、さらに広がっていく。そして、巨大な光と闇が衝突し、お互いに広がる動きに歯止めがかかる。

 

「止まったわ……」

 

 闇の壁を目前に見てリコがほっとしていた。

 

「何が起こっているの?」

 

 後ろから小百合の声が聞こえて、ことはが言った。

 

「この世界に広がろうとしている闇を魔法界が嫌がって止めたの。長くはもたない。あの光が闇に壊されたら、もう誰にも止めることはできない。魔法界は闇に覆われて、やがてはナシマホウ界まで広がってしまう。そうなる前にわたしたちで止めなきゃ」

 

 少女たちは、ことはの呼びかけに頷く。そして魔法界とナシマホウ界の命運を背負った少女たちが魔法の箒に乗って校門から飛び立った。

 

「みんな、気合入れていくわよ!」

「えい、えい、お~!」

 

 小百合に答えて、ラナがのりのりで鬨の声を上げて拳を突き上げると、他の少女たちも手と声を上げた。少女たちの間にはこれから戦地に赴く者のような暗さはなく、みんな希望と勇気を胸に花の海の島を囲む闇の結界へと向かっていった。

 

 

 

 闇の壁が近づいてくると、少女たちの間に躊躇う気持ちが生まれてくる。しかし、ことはがどんどん先にいって、さらに闇の壁が迫ってきていた。

 

 リコが我慢できなくなって、ことはの後ろから声をかけた。

 

「ちょ、ちょっと、このままいって大丈夫なの!?」

「大丈夫! 心配しないでついてきて!」

 

 ことはがそう言うならと、みんな迷いを捨てて後についてゆく。すると、闇の壁をあっさりと通り抜けることができた。結界の中は黒い雲に覆われた魔法界よりもさらに暗かった。

 

 少女たちは黒い結界を通り抜けた後に空中で止まり、小百合は方向転換して向こう側が透けて見える暗い色の壁を見つめる。

 

「この結界は何のためにあるのかしらね?」

「見掛け倒しとはこのことね」

 

 リコが言うと小百合が闇の壁にむかってバカにするように笑う。

 

「この結界は大きな力にしか反応しないの」

「大きな力?」

 

 みらいが首を傾げると、彼女の巾着バッグから宝石が浮き出てくる。それはダイヤと似た輝きをもつ三つ子石のリンクルストーンだった。

 

「なにそれ~? リンクルストーン?」

 

 ラナが気づいて言うと、それがみらいの目の前まで浮いてくる。

 

「え? アレキサンドライト!?」

「モフーッ!」

 

 みらいの懐にいたモフルンがいきなり出てきたリンクルストーンに飛びつくが、リンクルストーンアレキサンドライトはぬいぐるみの手の中から飛び出し、闇の結界の外に弾き出されてしまった。

 

「ど、どういうことなの!!?」

 

 リコがひどく狼狽し、小百合が怪訝な顔になる。計算高いリコはアレキサンドライトの消失の痛手が誰よりも分かっていた。

 

「あのリンクルストーンは何だったの? 今までに見たことがなかったけれど」

 

「……あれは、わたしとリコとはーちゃんの三人で、すごい魔法が使えるリンクルストーンだったんだけど……」

 

 みらいもショックを受けて少し呆け気味になっていた。

 

「これが、ロキがデウスマストを倒すために生み出した闇の魔法の結界だよ。大きな力を持っているものは、この中には入れないの。もし無理やり中に入ろうとすれば、すごいダメージを受けて力の大半を失ってしまう」

 

「だから、ことはのマザーラパーパとしての力が使えないのね」

 

 ことはは、小百合に頷いて言った。

 

「ロキは自分よりも弱い人だけしかこの中にはいれないんだ」

 

「なるほどね。最低最悪の小汚い手だけれど、あの男らしいわね」

 

 小百合はロキのことを思うと胸がむかついた。そして、まだぼーっとしているリコとみらいの背中を強くたたいた。

 

「ほら! いつまでも呆けてんじゃないの!」

 

『ひぎっ!?』不意に衝撃を受けた、みらいとリコから変な声がもれる。

 

「そんなにショックを受けてるってことは、最初からアレキサンドライトを当てにして三人で片を付けるつもりだったのね」

 

 小百合はリコの鼻先に人差し指を突き付ける。

 

「プリキュアが5人いれば楽勝だって言ったのは、リコ! あんたでしょう! わたしとラナをのけ者にするつもりだったのね!」

 

「そ、そういうわけじゃないし! 攻め手は一つでも多い方がいいでしょう!」

 

「まあ、それは認めるけれども、アレキサンドライトはもうないんだから、5人で片を付ける計算をしなさいね」

 

「わ、わかってるわよ……」

 

 リコが煙たそうな顔をして小百合から目をそむける。小百合に喝を入れられて、リコはいつもの感じに戻っていた。

 

「大丈夫だよ。わたしたちにはアレキサンドライトにも負けないすごい魔法がある。フレイアが残していってくれた希望の魔法だよ」

 

 それを聞いたみんなが、ことはを見つめる。

 

「希望の魔法、それは合成魔法のことね。でも、この中じゃ大きな力は使えないんでしょう?」

 

 そう言う小百合に、ことはが満面の笑みで答えた。

 

「それはね、すぐに分かるよ。フレイアがどんなに聡明で素敵な人か、すぐに分かる。そして、ロキは思い知ることになるんだから」 

 

 後半の言葉と共に、ことはの表情が変わって、かつて神殿のあった場所を見つめていた。

 

「みんな行こう!」

 

 ことはが先行し、後にみんなが続いた。少女たちは箒に乗って枯れ果てた大地へと向かっていった。

 

 

 

 そこに足を着くと、少女たちの足元で生命を失った花々が砕けて乾いた音をたてた。

 

「ひどい……」

 

 有様を見たことはは、その場で泣きたいくらい悲しくなった。その悲しみを邪悪に対する正義の心にかえて、少女の瞳が怒りに燃えて強く輝く。もう一人、ことは以上に怒っている小百合が言った。

 

「これ全部あいつがやったの?」

 

「ロキが宿ったヨルムガンドの闇の魔力のせいだよ」

 

「同じことね。見つけたらただじゃおかない! こうよっ!」

 

 小百合が雑巾を絞る手真似をすると、その迫力に圧されてラナが一歩離れ、みらいとリコは苦笑いを浮かべていた。

 

 少女たちが枯れた花園を歩いていくと、薄暗いさみしい世界に、枯れ花を踏みしだくむなしい音だけが続いた。

 

 ことはが何かを感じたのか、立ち止まって神殿のあった場所を見上げた。他の少女たちも同じように顔を上げると、この薄暗さの中でも神殿のあった場所に黒い塊があって動いているのが見えた。

 

 神殿を食い尽くした塊になって動いている闇が広がっていく。それがすぐに少女たちの視界に入りきらない程の巨大な翼の形に開いた。二枚の闇の翼の中心にある黒い塊も急激に巨大化しながら変形していく。大樹の幹の如き太さの強靭な二本の足、後ろに伸びていく闇色の尻尾は魔法界に浮かぶ島の一つや二つ一撃で破壊しかねない程に長大だ。上半身に生えてきた両手は心臓でも握りつぶすように爪の付いた五本の指が手の平の内側に向いていた。そして、三俣に分かれた首が伸びてゆく。三つの竜の首は神殿のあった場所から、花の海の領域と神殿の領域を隔てる湖を優に超えた。その途方もない大きさの竜の全身から黒い炎が燃え上がり、尻尾の上部から背中の中央、三本の首の上部までさらに激しく炎が萌え上がり、黒い焔が長いとさかのように立ち上がった。

 

 かつて光り輝く神殿のあった場所が、途方もなく巨大な黒龍の自重に耐えきれずに崩壊していく。二つの中庭から神殿に続く階段も、それを囲う断崖もたちまち崩落した。崩壊が止まり闇の竜ヨルムガンドが一歩前に踏み出すと、かつてフレイアの為に築かれた巨大な神殿の遺跡の数々が、まるで壊れやすい玩具のように踏み砕かれた。そして三つの竜の頭がかっと目を開き、闇の中にある六つの真紅の瞳が5人の少女たちを睨みつけた。

 

 あまりにも異様、あまりにも巨大、あまりにも邪悪、そんな狂竜を前にしても少女たちは恐れはしなかった。ぬいぐるみたちも少女たちと同じ気持ちで言った。

 

「これが最後の戦いデビ!」

「みんな! 変身モフ!」

 

『うん!』全員の心と声が一つになった。



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激震! 闇の魔法の竜!

 みらいの左手とリコの右手がつながり、そこに小さなハートと星を添えたとんがり帽子の輝きが現れる。小百合の左手とラナの右手が結ばれ、そこへ赤い三日月に重なる黒いとんがり帽子が刻まれる。二組の少女たちがつないだ手を後ろに引くと、その身が光のローブに包まれていく。

 

 同時に宙に浮かんだエメラルドが輝くと、ことはは金色のローブでその身をおおった。

 

 みらいとリコ、小百合とラナがつないでいない手を高く上げ、ことはは右手にした小さな魔法の杖を頭上に天を仰ぎ、5人で魔法の呪文を唱えた。

 

『キュアップ・ラパパ!』

 

みらいとリコのダイヤのペンダントから銀の輝きが上へと放たれ、小百合とラナのブレスレットのブルーダイヤからは青銀の光が天上に撃たれる。そして四人の声が合一して輝石の魔法の力が解放される。

 

『ダイヤ!』

 

 みらいとリコのペンダントから放たれた曲線を描く二条の光が二つのダイヤに変わり、モフルンの胸の上にあるピンクのリボンブローチの上で重なって一つになった。

 

 小百合とラナのブレスレットから放たれた二条の光は、螺旋に走ってリリンの胸の上にある青いリボンブローチに撃ち込まれ、青い光が弾けて青銀の光を放つダイヤになる。

 

 輝きのローブ姿のみらいとリコがモフルンと手をつないで輪になって回る。

『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 モフルンのお腹に銀色に輝くハートが現れる。

 

 光のローブ姿の小百合とラナがリリンと手と手と取って円になって回転する。

『セイント・マジカル・ジュエリーレ!』

 

 リリンのお腹には青銀色に輝くハートが現れた。

 

 そして、ことはのリンクルスマホンの表紙が開いてサークルにエメラルドがセットされると、その下のスクリーンに魔法界の文字でFが書かれる。Fの後ろに文字が浮かんでつながると、

 

「フェリーチェ・ファンファン・フラワーレ!」

 

 ことはが、タッチペンのように先鋭な杖で大きく円を描くと、同じ軌道に若葉色の輝きの線が引かれて円陣になる。彼女がその中心を魔法の杖で指すと、無数の光が弾け飛んで円陣の中に模様が現れ、生命の輝きを宿す若葉色の輝きの魔法陣になった。その魔法陣が少し斜めに傾くと、中心から何本もの蔦のような青い光が萌え立ち、双葉が開いてさらに成長し、蔦がことはの姿を覆い隠していく。

 

 蔦はさらに成長して桃色の大きな花の蕾を付ける。閉じていた蕾がゆっくりと開いていくと、その中からプリキュアとなった、ことはの姿が現れる。

 

 結界の中に広がる闇を払い、銀色の輝きの五つのハートを宿す五芒星魔法陣と、青銀色の中央に三日月と周囲に六つの星を宿す六芒星魔法陣が現れ、その上に二人ずつのプリキュアが召喚される。四人のプリキュアは魔法陣の上から跳躍し、それぞれのパートナーと寄りそって着地した。

 

「二人の奇跡! キュアミラクル!」

「二人の魔法、キュアマジカル!」

 

「光さす慈愛の聖女、キュアプリーステス!」

「メラメラの黄昏の魔法! キュアルーン!」

 

「あまねく命に祝福を」

 

 大輪の花の上に座るフェリーチェが右手の輝きに息を吹きかけると、それは旋風に巻かれた花びらのように宙を舞って、天空で美しく散って桃色に輝く花吹雪を降らせた。

 

「キュアフェリーチェ!」

 

 二組のプリキュアは、つないだ手を後ろに寄りそい合う。

 

 ミラクルとマジカルは二人で親指と人差し指を合わせて描いたハート熱い気持ちを込めて、後ろでつないだ手を前に重ねる。

 

 プリーステスとルーンが体を触れ合わせながら、前で柔らかく手を合わせ指を絡めて、清純なる少女の色香を醸し、後ろにつないだ手を前に重ねる。

 

 フェリーチェは大輪の花の上から飛翔して、二組のプリキュアの間に蝶のように優雅に舞い降りて、光の園に淑やかに座り、5人の乙女の声が闇の世界に清らかに響き渡った。

 

『魔法つかい! プリキュア!』

 

 エメラルド、ダイヤ、ブルーダイヤ、生命と光を司るプリキュアたちは薄闇の中で鮮烈なる彩と存在感を示した。

 

 フェリーチェを真ん中に横に並んだ5人のプリキュアが、三つの頭をもたげる暗黒竜に粛然とした姿で歩いて近づいていく。

 

 真ん中にある竜の赤い目が笑っているように細くなり、その頭の上に黒いものが蠢いて上半身だけの人の形になった。全身が黒い炎に包まれているが、その姿は紛れもなく闇の王ロキだった。その顔に当たる部分に開かれた目は、暗黒竜と同じく真紅一色だった。

 

 真ん中の巨竜の首が下がって、立ち止まったプリキュアたちをロキと竜の四つの赤い瞳がにらみつける。その竜の頭だけでもプリキュアたちが小人に見えるような大きさだった。

 

「きたか、プリキュア共! 長かった! 四千年だ! 宵の魔法つかいに邪魔され、俺様は世界の支配を四千年も待つ羽目になったのだ! 今ここに、全てのプリキュアを! マザーラパーパの意志を継ぐ者を! 全てを消し去り、俺様の闇の魔法が世界を覆う!」

 

「そんなこと絶対にさせないわ! この魔法界を、私の故郷を、あなたになんて汚させはしない!」

 

 マジカルが乙女の胸に清き怒りを燃やして叫ぶ。

 

「魔法界にも、ナシマホウ界にも、大切な友達や家族がいるの。それを壊させはしない、絶対に守ってみせる!」

 

 ミラクルが友を思い家族を思う愛情を闇に対する怒りに変えて叫ぶ。

 

「世界の支配だの何だのと、あんたのその言葉は聞き飽きたわ。わたしはただ、あんたが許せない! フレイア様の友達を奪い、傷つけて、最後の最後までを苦しめ続けた! だからフレイア様の仇を討つ!」

 

 プリーステスがフレイアへの愛慕をロキに対する純粋な怒りに変えて叫ぶ。

 

「フレイア様、可愛そうだよ。わたしはフレイア様の為に何かしてあげたい! フレイア様が喜んでくれることをしたい! だから戦う!」

 

 ルーンはフレイアの優し気な顔を思い出し、心のままに涙を浮かべて叫ぶ。

 

「闇の王ロキ、あなたを倒します。そして、魔法界の古より続いてきた悲劇の連鎖を断ち切り、わたくしがフレイアの思いを遂げます!」

 

 フレイアと常に寄りそい、その心を誰よりも知っているフェリーチェが、フレイアの思いを胸に叫んだ。

 

 ロキの暗黒そのものの顔面に、三日月の形にさらに深い闇が現れた。闇の王は異様極まる笑みを浮かべると叫んだ。

 

「いざ! 戦いの舞台へ!」

 

 ヨルムガンドの巨体から邪悪な魔法の衝撃が広がり、吹き荒れる風がプリキュアたちのドレスをはためかせ、枯れた花々を飛散させ、同時に結界の闇が少し晴れて一段明るくなった。プリキュアたちに竜の頭に寄生するロキが言った。

 

「戦いやすくしてやったぜ。暗くちゃあ、お前らの苦しみもがく様がよく見えねぇからなぁ!」

 

 ヨルムガンドの三つの頭が上に持ち上げられ、遠大なる漆黒の翼が大きく広がる。その羽ばたきによって生まれる風が、島全体に広がり、その風圧から身を守るようにプリキュアたちは片腕を盾にして神殿の領域から浮き上がる強大な闇の竜を見上げる。世界を覆うように巨大な竜の影に沈んだ五人の乙女たちは、危険を察知して左右と後ろに散った。乙女たちが消え去った後のその場所を闇のように深く黒い竜の両足が踏みつける。そこから地面がめくれ上がって広がり、外に向かって逃げるプリキュアたちに石や土塊が弾幕となってぶつかってきた。視界を遮られたミラクルとマジカル、プリーステスとルーンのペアに、横から黒く巨大なものが襲ってくる。それは地面を広く抉りながら4人のプリキュアたちを吹き飛ばした。

 

 ミラクルとマジカル、プリーステスとルーンのペアは、それぞれ逆方向に島の外に向かって宙に高く舞い上がり、悲鳴と一緒に地面に衝突し、その後も相当な勢いで枯れ花の園を穿って進み、4人とも海に突っ込んで高い水しぶきが上がった。プリキュアたちを襲ったものは、ヨルムガンドの外側にある二本の首だった。ロキが下卑た笑い声をあげてから得意げに言った。

 

「おっとすまねぇ。俺様が制御できるのは真ん中の首一本だけなんだぜ。それ以外の部分は、ひたすら破壊衝動のままに動く。目に見えるものは全て破壊する! プリキュアだろうが何だろうがなぁ!」

 

 最後の真ん中の首がまっすぐ後ろに逃げたフェリーチェに覆いかぶさった。

 

「消えろ! キュアフェリーチェ!」

 

 フェリーチェに迫る影が濃くなり、竜の巨大な顎が地面に落とされる。

 

「もう終わりかよ、あっけねぇ」

 

 ロキが口角を上げてにやりとすると、彼の背後に乙女が舞い降りる。

 

「なにっ!?」気配を感じて振り向いたロキは背筋が寒くなった。

 

「はああぁっ!」

「やべぇっ!?」

 

 焦ったロキがヨルムガンドの中に溶け込むように消えて、その後に唸りを上げるフェリーチェの回し蹴りが通り過ぎた。フェリーチェはそこからヨルムガンドの長い首を伝って走り、途中で地上に降りて巨竜の懐に入った。フェリーチェの背中に妖精の翅が現れ飛翔する。

 

「たぁっ!」フェリーチェは黒い巨体の中心に拳を打ち込み、そのまま連打した。

 

「だあああぁっ!」

 

 闇を払う生命の魔力が黒竜の巨体に衝撃を与える。攻撃のスケールから考えるとフェリーチェのパンチなど蟻の一穴に等しいが、竜の頭が苦しそうに呻き怯んでいた。鋭い爪の付いた竜の手が襲撃者を捕まえようと動き出す。フェリーチェは一旦離れて、迫りくる巨大な二つの手を巧みに避けていた。その時、巨竜の胸の辺りが盛り上がってロキの上半身が出てくる。

 

「無駄だ!」

 

 ロキの予想外の場所からの攻撃にフェリーチェは対応しきれず、ロキが手から放った黒い火の玉の直撃を受けた。黒い炎が燃え上ってフェリーチェの動きが止まってしまう。その隙に迫ってきた竜の強靭な手のひらがフェリーチェを打ち飛ばした。

 

「キャアァーーーッ!?」

 

 吹き飛んで大きく後退したフェリーチェが枯れた大地に打ち沈み、命を失った野の花や草が吹き上がった。

 

 心臓を凍らせるような竜の咆哮が迫り、倒れていたフェリーチェが目を開けると、ヨルムガンドの左右の頭が巨大な顎を開いてその奥に存在する虚空の闇を見せつけていた。それが花の乙女を食しようと迫ってくる。さすがの彼女も恐怖心が芽生えた。

 

『たあぁーっ!!』

 

 上空高くからきたミラクルとマジカルの踵落としが右の頭の脳天に炸裂して地面に叩き落す。

 

『でやぁーっ!!』

 

 横から跳躍してきたプリーステスとルーンの跳び蹴りが左の竜頭の横っ面に入り、外側へと弾き飛ばす。4人のプリキュアがフェリーチェの左右に着地して綺麗に並んだ。

 

「みなさん!」フェリーチェの顔に希望と信頼が笑顔となって咲いた。

 

「チッ、もう戻ってきやがったか。もう少しでフェリーチェを血祭りにあげられたのによ!」

 

 ロキの上半身が再び真ん中のヨルムガンドの頭の上に現れていた。その顔の中にあるブラックホールのように深い闇色の口が歪んだ。

 

「だがよ、お前たちに勝ち目はないぜぇ!」

 

「わたしたちは負けない!」

 

 ミラクルが声を張り上げると、遠くで枯草の陰に隠れていたモフルンとリリンが姿を現す。

 

「そうモフ! プリキュアは負けないモフ!」

「お前なんか、ちょちょいのちょいの、くるくるぽんデビ!」

 

「ああん!?」ロキが睨みを効かせると、ぬいぐるみたちは思わず抱き合って震えた。

 

「負けないだと? ヨルムガンドと一体になった今の俺様に?」

 

 ロキが爆笑する声がプリキュアたちの耳に嫌な余韻を残す。

 

「そこまで行くとバカを通り越して、奇跡的な楽観主義者だぜ。この俺様に勝つ気でいるなんてよぉ、めでてぇ奴らだ! 勝てるって言うんなら、ならかかってこいよ!」

 

 一斉に起こったプリキュアたちの気合が空気を伝ってロキに届き、闇の王は体が痺れるような感覚を受ける。そして彼の顔から嫌らしい笑みが消えた。

 

 三つの竜の頭をプリキュアたちが同時に攻撃する。ミラクルとマジカルが右の頭の眉間に同時に拳を打ち込み、プリーステスとルーンが左の頭の首の付け根に同時の蹴りで強襲する。フェリーチェは中央の頭の顎を下から蹴り上げた。それからプリキュアたちは猛烈に攻撃を仕掛けていく。プリキュアたちの凄まじい気合で少しビビッていたロキが、また嫌らしく笑った。

 

「すげぇ、すげぇぜこのパワーっ! プリキュア共の攻撃になどびくともしねぇ!」

 

 空中にいるミラクルとマジカルに空気を引き裂く轟音と共に巨竜の頭が迫る。マジカルがリンクルステッキを手に呪文を唱えた。

 

「リンクル・ムーンストーン!」

 

 二人の前に白い光が円形に広がって守りの盾となる。巨大な竜の頭のぶちかましが、それを薄氷のように粉々に砕き、ミラクルとマジカルは凄まじい衝撃を受けて上に吹き飛んだ。

 

『うああぁっ!?』

 

 ゆっくりと落ちてきた二人に竜の巨大な頭が覆いかぶさる、そしてミラクルとマジカルは今度は上から顎の下の部分を叩きつけられ、その状態で地面に落とされて竜の巨大な頭と地面の痛烈な板挟みにあった。

 

「ミラクル、マジカル!!?」

 

 フェリーチェの悲鳴のような声があがる。中央の頭が口を開けて獲物を呑み込もうと襲ってきて、フェリーチェはそれを素早く横に動いて避けた。ミラクルとマジカルを助けに行く隙など与えてはもらえなかった。

 

 左側の頭と戦っていたプリーステスとルーンは、顎をいっぱいに開いた口の中の虚空を見ていた。

 

「まずいわ!」

 

 プリーステスが素早く反応して右手を横に叫ぶ。

 

「リンクル・ブラックオパール!」

 

 プリーステスが右の手のひらを上にかざし、そこに闇色の魔法の円盾が広がる。その時に黒龍の洞穴のように開いた口から黒い炎が吐き出された。ブラックオパールの守りの魔法は、ほんの一瞬だけ炎を止めただけで崩れ去り、二人の乙女が暗黒の業火に焼かれ悲鳴をあげて倒れる。

 

「プリーステス、ルーン!!?」

 

 フェリーチェが悲痛な叫びをあげて隙をみせると、ロキは笑みを大きくして中央のヨルムガンドの頭が地面に突っ込んだ。そしてフェリーチェは、下から地面ごとヨルムガンドの頭に突き上げられて宙に投げ出される。

 

「なっ!?」

 

 すぐさまフェリーチェは背後に妖精の翅を出してバランスを取るが、上から巨大な何かが迫ってくる。

 

「フラワーエコーワンド! リンクル・ピンクトルマリン!」

 

 ワンドのサークルに桃色の輝きのトルマリンがセットされ、ワンドの先端から光り輝く桃色の花が開いて闇を阻む障壁となる。しかし、迫りしものがあまりにも強大強烈で、それを防ぐことは不可能だった。花の守りはあっさりと砕け散り、黒く長大な尾の鞭の一撃でフェリーチェは地面に撃ち込まれ、乙女のたおやかな体が地面を穿って巨大なクレーターになった。

 

「あ……ぐ……」

 

 フェリーチェだけではなく、他のプリキュアたちも大きなダメージを受けて苦し気な声がもれる。

 

 ミラクルとマジカルは蜘蛛の巣状に広がった亀裂の中に倒れ、プリーステスとルーンは体から煙を上げて倒れていた。

 

 ロキは倒れているプリキュアたちを見下ろしていると、愉快でたまらない気持ちになった。

 

「すげぇ! すげぇぞ! プリキュアがゴミのようじゃねぇか! リンクルストーンの魔法など、今の俺様にとっちゃあ、ないも同じのクズ魔法だぜ! ギャハハハハハハッ!!」

 

 ロキの痛快な笑い声が闇に囲われる寂れた島の隅々にまで広がった。



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合成魔法の秘密

 シェフの白衣姿のフェンリルがハティを伴って校門の先に立っていた。彼女の目線の先に闇の結界に覆われた島がある。

 

「お姉ちゃん……」

 

 ハティがフェンリルの横にちょんと立って不安げに見上げていた。フェンリルは幼い少年の顔と闇の中にある島を見比べて言った。

 

「こいつの人生はようやく動き出したばかりだ。ここで世界が滅びるっていうのは、どうにも忍びない。ロキ様、申し訳ありませんが、今回はプリキュアの勝利を祈りますよ」

 

 同じころ、校長先生とリズは杖の樹のある塔の上に移動していた。校長は剣呑とした雰囲気の中で常に険しい表情をしていた。

 

「リズ先生、君を呼んだのは、わしにもしもの事があった時に代わりを願いたいからじゃ」

「校長先生、またそのようなことを……」

 

「生徒たちの為に、もう一度この命をかけよう。そうせねばならぬ理由がある。もしもの時は後を頼む」

「そんな……校長先生……」

 

 リズの目じりから涙が溢れそうになると、校長の緑の瞳が驚いたように少し大きくなり、それから彼は慌てて口にした。

 

「いや、言い方が悪かったな。命をかけると言っても死ぬつもりはない。ただな、年老いた姿になってしまうと、わしは何もできぬ故……」

 

 それを聞いたリズは涙をハンカチで拭って安心して微笑が浮かんだ。

 

「まあ、そういうことでしたか。わかりました。わたしのできる事であればなんなりと」

「うむ、よろしく頼む」

 

 校長先生がふと目を細めた。彼の見ている黒い雲の上に輝きを放つ何かが現れる。それはどんどん近づいてきた。

 

「あれは何でしょうか?」リズもその存在に気付いた。

「むっ!? あれは!?」

 

 輝きを放つ三つ子の宝石が校長の目の前に止まり、彼がそれを手にした。

 

「これは、13番目のリンクルストーンアレキサンドライトか……」

 

 校長先生がそれを握りしめ、より一層厳しい顔つきになった。

 

「このリンクルストーンがこんな場所に飛ばされてきたということは、何かよからぬ事が起こっているのか……」

 

 校長先生の言葉と様子にリズの不安も募った。

 

 

 

 倒れ伏す5人のプリキュアを巨大な黒竜の三つの頭が見下ろしていた。

 

「ヨルムガンドと一体になった俺様にもう自由はねぇ。こいつの持つ破壊衝動と共に生きていくだけだ。けどよ、それはそれでありって奴だぜ。この竜の頭上(とくとうせき)で人間どもが滅びゆく様をゆっくりと見られるんだからなぁ!」

 

 5人のプリキュアは傷つきながらも動き出し、一様に苦し気な表情を浮かべながらも立ち上がってくる。

 

「がんばるねぇ」

 

 ロキが黒い口をにやけた形にバカにしていると、5人の視線がこの男に集中した。圧倒的パワー、圧倒的優位、にもかかわらずロキはプリキュアたちの顔を見ていると不安になってくる。

 

「気に入らねぇ、その眼っ! 全然諦めてぇねその眼! 見ているとむかついてくるぜ! 今度こそプリキュアを完全に消し去ってやる!」

 

 ヨルムガンドの三つの頭が大きく口を開ける。プリキュアたちがステッキやワンドを構え、プリーステスがルーンの胸を肘で押した。

 

「あんたは後ろに下がりなさい」

「え? ど、どうして?」

 

「これで終わりだぁーっ!」

 

 三つの竜の巨大な顎から黒炎のブレスが吹き出す。プリキュアたちは同時にリンクルストーンを呼び出した。

 

「リンクル・ピンクトルマリン!」

「リンクル・ムーンストーン!」

「リンクル・ガーネット!」

「リンクル・ブラックオパール!」

 

 聖なる花の結界、白と黒の魔法の円盾、地面からせり上がった岩の障壁、プリキュアたちの守りの魔法が辛くも荒れ狂う黒炎のブレスを止める。しかし、みんな苦し気な表情で必死に魔法を維持していた。すぐに破綻が迫って魔法の盾や守りの岩に亀裂が生じてゆく。

 

「あわわ!? どうしよう!? どうしよう~っ!?」

 

 守りを固める4人の後ろでルーンが慌てふためく。

 

「え~と、え~と、よ~し、これだ~!」

 

 ルーンは特に深く考えずに左手を横に、何となく感覚でリンクルストーンを出した。

 

「リンクル・スタールビー!」

 

 ルーンの左手のブレスレットに3条の光の線が交錯するルビーが出現する。ルーンがブレスレットと共に真紅の輝石を高く上げる。すると、その場にそろった五つのリンクルストーンが同時に光り、守りの魔法を使う4人の前にフェリーチェの魔法陣が大きく広がり暗黒の業火を防ぐ。その魔法陣はピンク、白、オレンジ、黒、赤、この五色がキラキラと移り変わっていく不思議な輝きを持っていた。

 

「な、なにいぃーっ!?」

 

 ロキが驚愕して見ている前で、四つの守りの魔法がスタールビーから力を得て変化していく。地面を突き破って無数の光り輝く蔦が生えて無数の葉が開き、そして蔦に付いた二つの蕾から白い光と黒き闇の二つの大花が開いてプリキュアた守る鉄壁の結界になった。

 

「おお~、なんかすごいのきた~!」

 

 4人のプリキュアが真剣に敵を見上げている後ろでルーンが陽気な声を上げていた。魔法から生まれた白と黒の二輪の大花が凶悪な闇の炎を完全に払ってプリキュアたちを守り切った。その一部始終を上から見ていたロキは凄まじく狼狽した。

 

「バ、バカな!!? ヨルムガンドを越える力は俺様の闇の結界の下では使えねぇはずだ!!?」

 

 見上げるフェリーチェの目力を受けてロキの心に小さな恐怖が生まれる。フェリーチェが前に出てくると、ロキは足があったら後ろに下がりたい衝動に駆られた。

 

「あなたの闇の魔法の結界は、最初から大きな力を持つものを拒みます。しかし、合成魔法は小さな魔法の力を合わせて大きな魔法の力にするのです。それならばこの闇の結界の中でも発動は可能です!」

 

「な、なんだ、とっ……!?」

 

「フレイアは闇の魔法に対抗する為だけに合成魔法を生み出したのではありません。何千年も先にあるこの戦いを見つめていたのです」

 

 ロキの目に滔々(とうとう)と語るフェリーチェがフレイアの姿と重なった。

 

「ぐぬううぅ……フレイアの奴め、俺様の邪魔ばかりしやがって!!」

 

 状況を理解できないほど混乱したロキは変なうめき声を上げて、その後に憎しみを爆発させた。

 

 冷静さを失ったロキにプリキュアたちが攻め込む。マジカルとルーンが左右に散り、ミラクルとプリーステスがフェリーチェを間に挟んだ。

 

「リンクル・ピンクトルマリン!」

「リンクル・タンザナイト!」

「リンクル・インディコライト!」

 

  フェリーチェ、ミラクル、プリーステスがリンクルストーンを呼び出し、ステッキとワンドとブレスレットが飾る右手がヨルムガンドに向けられる。

 

『プリキュア! ホーリーナイトレイ!』

 

 花の魔法陣、五つのハートの五芒星、三日月と六つの星の六芒星、この三つの魔法陣からそれぞれ光の魔法が放たれ、それが途中で一つに合わさり新たな聖なる光の魔法が生まれる。閃光が空を突き抜け黒竜の腹の中心に撃ち込まれ、大きな光の流れが途轍もなく巨大なヨルムガンドを後退させた。

 

 マジカルとルーンは一緒に跳躍し、

 

「リンクル・ペリドット!」

「リンクル・ローズクウォーツ!」

 

 ロキの頭上に至る。左手のステッキとブレスレットが竜の頭の上に居座る者に向けられた。

 

『プリキュア! フォレストフラワーストーム!』

 

 マジカルとルーンの魔法が一つになり、若葉と花びらが乱れる旋風が起こる。思考を鈍らせていたロキは、それをまともに喰らった。

 

「ぐがあああぁぁっ!!?」

 

 竜の頭の上にいるロキの上半身が、背骨が折れると思うくらいにのけぞって苦しんだ。

 

「畜生めがぁっ! やりやがったなぁーーーっ!!」

 

 ロキが赤眼を醜く見開くと、ヨルムガンドはそれに反応してか両手で3人のプリキュアの聖なる光の魔法を受け止める。

 

「合成魔法が使えるからって何だってんだ! そんなもん屁でもねぇんだよぉっ!!」

 

 ロキが両手を前に出すと、二人でそろって空中にいたマジカルとルーンが闇の衝撃波を受けて吹き飛んで墜落していく。そして光の合成魔法を受け止めているヨルムガンドの両手から闇の波動が撃ちだされ、光の魔法が一気に押し戻された。合成魔法を破られたプリキュアたちは左右と上に危うく逃れる。

 

 マジカルとルーンが着地し、ミラクルとプリーステスが左右に逃げたタイミングを狙ってヨルムガンドが巨体を半回転させる。そして、途轍もなく長く巨大な黒竜の尾が地上にいる4人のプリキュアを一気に攫った。4人の乙女が悲鳴をあげ、一度に吹き飛ばされた。空中に逃げたフェリーチェだけが無事だった。

 

「みんな!!?」

 

 フェリーチェの視界のずっと先に4人が落下して四つの土煙が高く上がった。

 

 ロキが真っ黒な手のひらを広げると、それと同じ形の巨大な闇の手がフェリーチェの頭上に現れた。

 

「つああああぁっ!」

 

 ロキが開いた手のひらを虫でも叩くように振り下ろすと、フェリーチェの上にある闇の手も同じ動きをしてフェリーチェを叩き落した。防御が間に合ったのでダメージは大したことはない。フェリーチェは片膝を付く形で着地した。その彼女を黒い影が覆う。見上げてフェリーチェは息を呑んだ。ヨルムガンドの足の下が頭上に迫っていた。

 

 巨竜の足が重々しい音と共に落とされ、ロキの顔に再び愉悦が浮かんだ。

 

「勝った! ついにマザーラパーパを継ぐ者を倒した! これで俺様の邪魔をするものはもういねぇ!」

 

 その時、ロキは体が少し傾いた気がして赤い目をひそめる。

 

「はあああぁーーーっ!!」

 

「な、なんだとぉーっ!?」

 

 なんとフェリーチェは、巨竜の足の底に両手をついて持ち上げていた。

 

「なんて奴だっ!? いい加減につぶれろぉっ!」

 

 刹那的に四つの色彩の風が空中を駆け抜ける。

 

『だあぁーーーっ!!』

 

 正に疾風の如き速さで迫った4人のプリキュアの一体の跳び蹴りが、ヨルムガンドのわき腹にめり込んだ。

 

 ついにダメージを受けたヨルムガンドの三つの竜の頭から凄まじい声が上がった。打撃を受けた黒竜の巨体が横に傾ぎ、ゆっくりと倒れていく。体から先に横倒しになり、後からしなった三つの首が折り重なって大地に打ち沈んだ。枯れ花と土埃が吹き上がり辺り一帯に広がった。

 

「くそぉっ! なにしてやがる! 起きやがれヨルムガンド!」

 

 ロキの苛立ちに反応するように、ヨルムガンドは漆黒の翼を羽ばたかせ、その翼力で島中に暴風を呼び起こした。山のように巨大な黒竜の体が浮き上がり、そして両足を地上につけて立ち上がる。ロキの胸の深淵より忌々しさが噴き上がり、歪んだ黒い虚空の口と真紅の怒る目によく表れていた

 

「なんなんだっ、てめぇらは!? なんでこんなに喰らいついてきやがる!? 普通諦めるだろうが!?」

 

 ロキをねめつける5人のプリキュアの瞳の強さに、彼はさらに苛立ちを募らせた。

 

「ぬああああああああぁっ!!」

 

 ロキは胸を突き上げるよく分からない気持ちの悪さを追い出すように、狂気的な叫び声をあげた。それに連なるように、ヨルムガンドの三つの竜の頭から起こった強烈な咆哮がプリキュアたちに向けられた。



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赤い命の輝き

 その時だった、島に胎動する狂気を打ち破るようにヨルムガンドの左側の首に劇的な変化が起こった。

 

「ぐああぁーっ!? なんだ、これは!?」

 

 途端にロキが苦し気な叫び声をあげ、ヨルムガンドの左側の長い首の中間点に激しく赤い光がが現れていた。闇そのものであるヨルムガンドの体の中から、真紅の光が夜空に現れた一等星のように小さくとも強く輝いていた。

 

 ヨルムガンドの右側と中央の首が上に伸び切って、巨大な竜の頭が雄叫びをあげた。そして内に赤い光をもった左側の首は勢いよく下がり、地面に頭を叩きつけて苦しみのたうち回る。

 

「く、苦しい……ヨルムガンドの中に、俺様の中に、何かいやがるっ!」

 

 突然ヨルムガンドの中に現れた光は、寄生するロキまで苦しめていた。

 

「めっちゃ苦しんでる~、これってチャンス?」

 

 ルーンが言うと、他のプリキュアたちが顔を見合わせる。

 

「あの光は……助けを求めています」

「どういうことなの?」

 

 何かを感じているフェリーチェにマジカルが問う。

 

「何が起こっているのかはわかりません。ただ、微かな声のようなものが聞こえるのです。ヨルムガンドの中からあの光を助けます。みなさんの力を貸して下さい!」

 

「わかったわ!」

「まかせてよ、フェリーチェ!」

 

 プリーステスとミラクルが答えて、4人のプリキュアがそろって身構え、フェリーチェは赤い花のワンドを構える。

 

「フラワーエコーワンド!」

 

「キュアフェリーチェ! てめぇ、何をするつもりだ!」

 

 ロキが中央の頭を操って、大きく開いた竜の口の中に黒いエネルギーが生まれて大きくなってく。エコーワンドを構えるフェリーチェに狙いを定めていた。

 

 ミラクルとマジカルがリンクルステッキでヨルムガンドを指して魔法を呼び出す。

 

「リンクル・アクアマリン!」

「リンクル・アメジスト!」

 

 プリーステスとルーンがリンクルブレスレットが飾る手をロキが操る中央の首に向ける。

 

「リンクル・ジェダイト!」

「リンクル・スタールビ~!」

 

 ヨルムガンドの頭上に五つハートを抱く氷の五芒星魔法陣が現れる。

 

『プリキュア! アイシクル・カルテット!』

 

 アクアマリンの氷の魔法がジェダイトの風とスタールビーの力の魔法で飛躍的に強化され、絶対零度の凍てつく竜巻が、氷の五芒星から下に向かって吹き荒れた。常識の次元を超えた長さと巨大さの竜の頭と首が、寸秒の下に氷漬けになった。当然、ロキも一緒に氷漬けである。

 

「ながががっ!? ヨルムガンドの力が落ちてやがる! くそおっ、あの光のせいかよ!」

 

 その時、フェリーチェのワンドにエメラルドがセットされた。

 

「エメラルド!」

 

 フェリーチェはエメラルドの宿ったワンドを野の花でも触るように両手で優しく持った。

 

「キュアーアップ!」

 

 フェリーチェが段階的にエコーワンドを上げるごとに、先端の赤い花のオブジェから生命の魔力が広がり、枯れた花園が輝きを放つ大地に変わっていく。そして、光の大地に現れた無数の種が芽吹いてたちまち成長し、ヨルムガンドの周囲に花の海が広がっていく。

 

 そのフェリーチェを狙って右側の竜頭が大口を開けて迫る。そこへ上空より4人のプリキュアが飛来した。

 

「リンクル・スタールビ~!」

 

 ウィッチのブレスレットにセットされていた赤い宝石から、ピンポン玉大の赤い光が次々と出てプリキュアたちの胸の中心に吸い込まれ、焔の如き真紅の光が乙女たちの体から燃え上がった。

 

『だあぁーーーっ!!』

 

 パワーアップした4人のプリキュアの拳が巨竜の脳天に炸裂した。フェリーチェに向かっていた竜の頭が、上から受けた痛烈な一撃で地面に叩き落とされ、プリキュアたちの拳と地面に挟まれて開いていた大口が強制的に閉じられる。

 

「グオォアアァーッ!!」

 

 怒ったヨルムガンドの右の頭が力任せに首を振り上げ、上に乗っていたプリキュアちを振り落とした。4人のプリキュアが着地して横に並ぶと、ヨルムガンドの赤い双眸が彼女らに向けられ、フェリーチェから狙いを逸らすことに成功した。

 

 その時、フェリーチェの花のワンドに、咲き乱れる花々から集められた生命の光が流れ込み、ワンドの先端で蕾となっている赤い花が咲き開いた。赤い花の中央で生命の光を放つクリスタルで、フェリーチェが無限を表す文字を書く。桃色の光の線で文字が浮き出ると、それが二つに分かれて光のリングとなり、フェリーチェの左右に止まった。そして光の円環が、蔦が絡み合う緑の円環に変化し、それに複数の花が咲いていく。

 

「プリキュア! エメラルドリンカネーション!」

 

 フェリーチェがワンドを前に出すと、その先にあるチューリップの花より、桃色の生命の波動が放たれる。それに合わせて左右の花のリングが回転し、命の波動を間に挟んでヨクバールに向かって空中を走っていく。そして緑と花の円環の回転が高速になると緑光を放った。

 

 花びらを散らせる生命の波動がヨルムガンドの左首の中心、ちょうど赤い輝きが現れている部分に撃ち込まれる。すると、赤の輝きがより強くなり、同時にワンドにセットされているエメラルドも反応して輝きを強くした。その瞬間、桃色の生命の光が一気に広がって、余りにも長大なるヨルムガンドの左の頭から首までを覆いつくした。これには魔法を放ったフェリーチェ自身も驚いてしまった。

 

 下から無数の蔦が伸びてきて葉が開き、芽吹いた花の蕾が刹那的に雄大に成長して、その中にヨルムガンドの首の一本を封じた。そして蕾の中に穏やかな光が灯り、花が開くと命の誕生を象徴するように、巨大な桃色の光の球体が現れる。重なった二つの花と緑の円環が、光の球体を囲んだ。勇壮に広がった赤い花の上で、花と緑の二つの円環が左右に転がり、ヨルムガンドの左の頭から首の付け根までが形を亡くして煙のように消え去った。そして、左の円環の中心に赤く強い光が、右の円環の中心には今にも消えてしまいそうな小さな光が入ってた。

 

 二つの光は空中を漂い、赤く強く輝く光が明確な意思を持って動き、弱った蝶のように危なげな動きの小さな光を中に取り込み、次の瞬間にはフェリーチェのウェストに付いているポーチに燕のように飛び込んできた。

 

「スマホンの中に!?」

 

 

 

 フェリーチェの戦いと同時進行で、4人のプリキュアたちも右側の頭と戦っていた。

 

 黒く巨大な竜の頭が低く(いなな)き空気から振動が伝達する。ヨルムガンドの右の首に付いている竜頭が、4人の乙女など一飲みにしてしまう巨大な顎を開けて向かってくる。

 

 プリキュアたちは互いに目で合図をして頷いた。

 

「モフルン!」

「リリン!」

 

 ミラクルとプリーステスの呼びかけで、リリンがモフルンを抱えて飛んでくる。

 

「モフ~ッ」

「デビ~ッ」

 

 二人がプリキュアたちの間に飛び込んでいく。そして、モフルンとリリンのダイヤが強く輝いて、花園の島に聖なる輝きをもたらす。プリキュアたちが跳躍し、二人のぬいぐるみも交えて6人で輪になって回転し上昇していく。

 

 ミラクルとマジカルの魔法を込めた声が輝きの世界に広がる。

 

『永遠の輝きよ!』

 

 プリーステスとルーンの魔法を込めた声が光の世界に澄み渡る。

 

『聖心なる輝きよ!』

 

 空中でプリキュアたちは二組に分かれ、3人で手を取り合って降下していく。そして魔法を紡ぐ4人の乙女の言葉が一つに重なる。

 

『わたしたちの手に!』

 

 プリキュアたちが舞い降りると、白い輝きの波と青い光の波が同時に立って融合し、青銀に輝く高波が波紋を広げていく。

 

 ミラクルとマジカル、プリーステスとルーンが後ろに手をつなぐ。そしてミラクルとマジカルがリンクルステッキを頭上に構え、プリーステスとルーンは頭上で手を交差させ、リンクルブレスレッドを一つに合わせた。

 

『二つの魔法を一つに!』

 

 プリーステスとルーンの手が外側に向かって半円を描いていくと、中心に三日月、周囲に六つの星が宿る六芒星の魔法陣が現れる。

 

 ミラクルとマジカルはリンクルステッキの先端で光の線を引いていく。

 

『フル、フル、リンクルーッ!』

 

 光の線で描かれた二つの三角形が合体してリンクルストーンダイヤと同じ形の光の壁になり、ダイヤの壁から白く輝く五つのハートを宿す五芒星の魔法陣が出現して大きく広がる。

 

 プリーステスとルーンがブレスレットを天上にかざすと、二人が描いた月と星の六芒星が突出して大きくなり、ハートの五芒星をその内の六角形の中に納め、伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいの魔法陣が融合した。

 

「グウルオオオォーーーッ!!」

 

 ヨルムガンドの途方もなく巨大な頭が、伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいの力を結集した魔法陣にぶち当たった。魔法陣を通してプリキュアたちの体に強大な圧力と衝撃がのしかかってくる。それでも彼女らは臆せず一歩も引かずに魔法の力を高めていく。

 

 巨竜の頭部がまといし闇と魔法陣から広がる光がぶつかり合い、ミラクルとマジカル、プリーステスとルーン、それぞれのペアが後ろでつないだ手にぎゅっと力を込める。

 

『プリキュア!』

 

 魔法陣の前に巨大なダイヤが召喚され、ヨルムガンドの右側の首から頭までを中に封じる。その途端に、ヨルムガンドの頭から首まで溶けるように崩れてダイヤの中で闇の塊になった。

 

『ダイヤモンドーッ! エターナル・クロス!!』

 

 プリキュアたちは後ろ手につないだ手を放し、目の前のダイヤを押し出すように手のひらを前方に突き出した。

 

 巨大なダイヤが回転して、それが放たれた瞬間の衝撃波が花びらの嵐を巻き起こす。ヨルムガンドの一部であった闇がダイヤに乗って宇宙の果てまで飛んでいき、爆発と同時に無限の闇に遠大なる星雲が広がった。

 

「やったぁ!」

「やったねっ!」

 

 ルーンがミラクルに飛びついてきて抱き合い、マジカルとプリーステスは微笑のままにか手当を打ち合わせて軽快な音を鳴らしていた。

 

 左右二つの首と頭まで失ったヨルムガンドはどうにも情けない姿になっていた。

 



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第31話 現れる最後のリンクルストーン!! フェリーチェの怒り爆発!!?
みんなの魔法


 スマホンのポーチの内側で何かが赤く輝いて、フェリーチェがスマホンに手を近づけた。その行為を完遂しないうちに、フェリーチェが闇と悪意の膨張を感じ取り、頭と首が一つになってしまったヨルムガンドを見上げる。他のプリキュアたちの間には、もう勝利したような空気があって油断が生まれていた。

 

 ヨルムガンドの首元から頭、そこに寄生しているロキまで厚い氷に覆われている。苦し気だったロキの赤い目が力強く見開かれると、それに連動してヨルムガンドに残された一対の真紅の双眸が光を放ち、氷の内側で反射して拡散する赤光をフェリーチェは見た。彼女があっと息を飲み、花咲く瞳が瞬間の恐怖を映した。

 

「いけない!!」

 

「カアアアァーーーッ!!」

 

 氷の中からロキの怒れる叫び声が起こり、口を開いた状態で氷漬けになっていたヨルムガンドが暗黒の魔砲を吐き出した。強大な闇の力が分厚い氷を内側から粉砕し、ヨルムガンドを覆っていた氷が一気に崩れ落ちる。そして、近距離からの不意打ちにプリキュアたちは無防備な状態で攻撃を受けることになった。

 

 ヨルムガンドの口腔から膨大な闇のエネルギーが大地に撃ち込まれ、数瞬後に爆発し円柱状に闇の壁が噴き上がり、闇の結界の天井にまで達した。闇の壁が一気に広がりプリキュアたちに迫ってくる。ミラクルはその時に、身の安全など二の次にしてモフルンとリリンの姿を探した。そして空中にいる二人を見つけると、ジャンプして二人のぬいぐるみを抱き込んで守る。それとほとんど同時に5人のプリキュアが上へと吹き上がる津波のような闇に巻き込まれた。

 

 乙女たちの上げる悲鳴など上に向かう激流となった暗黒の轟音に砕かれて消え去った。円柱の闇の壁は外側に向かって広がり、闇が通り過ぎた後にはフェリーチェの魔法によって再び命を取り戻した花々が見る間に萎れて枯れ果てていった。そして、下から吹き上がる膨大な闇の魔力を受け取った結界の闇の色が濃くなり、薄く外の世界が見えていた状態から完全なる暗黒となった。

 

 闇に呑まれて上空に高く打ち上げられたプリキュアたちは、次々と枯れた花園に墜落していく。全員が激しく傷つき、ぬいぐるみたちを庇っていたミラクルの腕の力もなくなり、ぬいぐるみ二人の上からミラクルの両手が滑り落ちた。

 

「モフーッ!? ミラクル!? マジカル!?」

「プリーステス!? ルーン!? しっかりするデビ! 起きるデビ!」

「フェリーチェ! 目を覚ますモフ!」

 

 モフルンとリリンがプリキュアたちの体を揺らしても、なかなか目を開けなかった。

 

「ハッハッハハハ!」

 

 唯一残ったヨルムガンドの頭の上で、ロキが自分の両手を見て笑っていた。最初は驚きを通り越して思わず出たというような、感情が定まらない乾いた笑い方だった。やがてそれが爆発して空前絶後の絶笑に急変した。そんなロキの笑声を聞いて、モフルンとリリンは少し怖くなってしまった。

 

 ロキの叫び声に近い笑いがしばらく続き、やがて収まってくる。プリキュアたちはまだ倒れていた。

 

「クハハハハ! イーッヒャハハッ! こいつはすげぇ! 奇跡だっ!!」

 

 ロキの顔に大きく弦月型の黒い笑みが刻まれ、まるで顔が二つに裂けているように見える。赤い二つの目は嫌らしい弓形になって、あまりにも異様な笑顔を呈していた。

 

「ありがとよプリキュア共! おめえらがヨルムガンドの首二つ吹き飛ばしてくれたおかげでよお! 分散していたヨルムガンドの意識が消えて、俺様は完全にヨルムガンドを支配することができたぜ! おめえらの魔法のおかげでなぁ! ハアッハハハハハハッ! こりゃあ、笑いが止まらねぇぜっ!!」

 

 モフルンが口の辺りに手を置いて震えていた。

 

「た、大変モフ……」

「これはまずい感じデビ……」

 

 ぬいぐるみたちの背後で人の動く気配がする。二人が振り返ると、フェリーチェが手をついて起き上がろうとしていた。他のプリキュアたちも息絶え絶えに起き上がろうと動き出す。

 

「モフッ!? ミラクル、マジカル、フェリーチェ!」

「デビッ!? プリーステス、ルーン!」

 

 二人のぬいぐるみが見ている前で、5人のプリキュアたちが力を振り絞って立ち上がる。疲弊しきった乙女たちの姿に二人の星の宿りし瞳に涙が浮かんだ。

 

「大丈夫です。二人とも心配しないで下さい」

 

 傷ついた姿に反して、フェリーチェの目は強く輝いていた。こんな状況になっても、彼女の中には一欠けらの絶望もなかった。フェリーチェの心が他のプリキュアたちにも伝わっていく。

 

「何があってもあんな奴には負けられないから!」

「わたしたちが諦めたら、この世界が終わっちゃう!」

 

 マジカルとミラクルが立ち上がり、

 

「フレイア様の仇を討つまで倒れることなど許されない!」

「絶対に負けないよっ!」

 

 プリーステスとルーンも立ち上がった。

 

 5人のプリキュアがロキとヨルムガンドを睨みつける。しかし、眼光は強くとも、みんな肩で息をしているような状態だった。

 

「相変わらず諦めの悪い奴らだ。はたしてこれを見ても、そんな世迷い事をのたまっていられるかな?」

 

 ロキが突然、獣じみた雄叫びをあげ、それが島中に轟いた。そして、ロキと一体になっているヨルムガンドの壮大な体躯がみるみる縮んでいく。ヨルムガンドを形作っていた無限大の闇が凝縮されて邪悪なる黒い肉体に変成されていく。

 

「ウオオォーーーッ!」

 

 ヨルムガンドだったものが、雄叫びとともに人型の黒炎となって現れた。上半身から黒い炎が消えていくと、黒き肉体美の巨人が姿を現す。全身に躍動する筋肉はヘラクレスの彫刻の如く壮観で、手足の形は竜のまま変わっておらず、五指には刃物のように鋭い爪が生えている。黒い炎がズボンのように下半身だけを覆い、頭部には燃え立つような真紅の髪から水牛のように立派な黒い角が突き出ていた。そして彼は口元から白い牙を見せて他人を侮るような笑みを浮かべ、目を開けた。同時に目を縦に描いたような奇妙な文様が額から眉間、左右の上腕筋と胸筋から腹筋にかけて、そして背中から展開する巨大な黒竜の翼の内側にも出現する。その身の丈はプリキュアたちの倍ほどあるが、ヨルムガンドの巨大さに比べれば小人に等しい。しかし、今のロキからプリキュアたちに向かって吹き付けてくる闇の気配はヨルムガンドのそれよりも遥かに強大であった。

 

 ロキの二重の円環に囲われた赤い瞳がプリキュアたちをねめつけ、自身の肉体美を見せつけるように両腕を上げ両手を拳にして上腕に石のように硬い力こぶを作り、それに合わせて全身の筋肉も躍動した。

 

「フシュゥーーーッ」

 

 ロキが息を大きく吐き出すと、全身に充実する闇の魔力が一緒に出て黒い吐息となった。そして生まれ変わった闇の王ロキは満面の笑みを湛えて叫んだ。

 

「これぞ闇の魔法の究極系! 力がみなぎるぜ! 俺様はヨルムガンドの力を我がものとした! そして今、デウスマストを越える存在となったのだ!!」

 

 

 

 フェンリルは校門の前でずっと空から落ちてきた島を見下ろしていた。先ほどまでは島を覆う結界の闇が薄く島の形が見えていたが、今は結界の闇が濃く黒く塗りつぶされて何も見えない状態になっていた。

 

「闇の気配が強くなっている、吐き気がするほどだ……」

 

 フェンリルは片手で口を押えて、本当に気分がわるそうだった。それをハティが心配そうに見上げている。

 

「あの中で何かとんでもないことが起こっているな。負けるなよ、プリキュア」

 

 杖の樹の塔から闇の雲を見上げる校長も強烈な闇の魔法の気配を察知していた。

 

「闇が魔法界を覆い尽くそうとしておる、今がその時か」

 

 校長先生が右手を横に出して手を開くと、魔法の杖が現れてその手のひらに納まった。

 

「リズ先生、君の力が必要になるだろう。何が起こっても冷静に対処してもらいたい」

「はい」

 

「予言によれば、交わりし二つの伝説と、それに連なる言霊のみが闇を打ち砕く。二つの伝説に連なる言霊とはすなわち! 皆の魔法だ!」

 

 校長先生は魔法の杖を持ち上げてから、強く地面を突いた。

 

「光の秘術、生命転魔!」

 

 校長先生の足元から白い魔法陣が広がっていく。それを認めたリズが戦慄して声を上げた。

 

「その魔法は!? 校長先生、いけません!!」

 

「この魔法が危険なことは重々承知の上、それでもやらねばならぬのじゃ! わしがここで命をかけなければ、魔法界も、生徒たちも救うことは出来ぬ!」

 

 校長先生の凄まじい気迫の前にリズは絶句した。そして校長は、杖の先の宝玉と円環を闇の群がる空へと向けて呪文を唱える。

 

「キュアップ・ラパパ!!」

 

 上空に巨大な光の魔法陣が広がっていく。白い魔法陣の中央には月食で半分欠けている太陽を示す紋章があり、その大きな太陽の外側に対称に小さな太陽と三日月が描かれている。その魔法陣が太陽そのものであるかのような光を放ち、周囲の黒い雲を消していった。

 

「むおぉ……」

 

 老人の姿になった校長が両膝をついて魔法の杖で体を支えた。

 

「校長先生!!?」

 

「リズ先生、わしのことはいい! 君が皆に呼びかけてくれ!」

 

「わたしが……呼びかける……?」

 

「プリキュアが闇に打ち勝つには、皆の魔法の力が必要なのだ。あの魔法陣に向かって呼びかければ、魔法界中に君の声が届く。今のわしでは皆に声を届けることは叶わぬ」

 

「わたしが……」

 

 リズはいきなり途方もない大役を任されて迷いが生まれてしまった。そんな彼女を校長先生が優しい目で見つめて言った。

 

「君はわしの後継者になる資格がある。水晶がそれを予言した。とは言え、校長の椅子を譲る気などは毛頭ないがね」

 

 冗談めいた校長の言葉で強張っていたリズの表情が解けて笑みが浮かんだ。

 

「校長先生ったら」

 

「少しは気が楽になったかね? よく聞き給え。これはわしの後継者の資格のある君にしか頼めぬことなのだ。魔法界が認めた君の声ならば、皆の心に必ず届く。自分を信じるのじゃ」

 

「校長先生、わかりました!」

 

 リズは校長先生と同じきりっとした指導者の表情になり、タクトのような魔法の杖を空で白く輝く魔法陣に向けた。

 

「キュアップ・ラパパ! 声よ、響き渡れ!」

 

 

 

 闇の雲は魔法界全土に広がっていた。今の魔法界を宇宙から見れば、闇に覆われた漆黒の惑星だ。魔法界中の人々がこの異変に不安を感じて空を仰ぐ。魔法界が生まれてからこれほど不吉な現象に見舞われたことはない。魔法の森では動物たちが安全な場所を求めて大移動を始めていた。

 

《みなさん、聞いてください!》

 

 凛としたうら若き乙女の声が魔法界の隅々まで響き渡る。その声を聞いた人々の不安が和らぎ、逃げ惑っていた動物たちはぴたりと足を止めて耳をそばだてた。魔法界で生きる意志ある者の全てが声の響いてくる暗い空を仰いでいた。

 

《今、魔法界の、この世界の生きとし生ける全てを守る為に、伝説の魔法つかいプリキュアが邪悪な闇の魔法と戦っています! その中にはわたしの妹もいます。みんな魔法学校の生徒です。そして、みんな普通の女の子なのです。そんなあの子たちが、勇気を振り絞って強大な敵と今戦っているのです!》

 

 魔法界のあらゆる場所で全ての魔法つかいがその声を聞いていた。そして大部分の人々がリズの声を聞きながら自然と魔法の杖を手にしていた。

 

《これはあの子たちだけの戦いではありません! 魔法界に住む全ての人間にとっての戦いなのです! わたしたちが戦わなければ、きっと魔法界は闇に閉ざされるでしょう! どうか、みなさんの力を貸してください! みなさんの心と魔法を届けて下さい、あの子たちに!》

 

 

 

 杖の樹の近くで空にある光の魔法陣を見上げるリズは、天に届けとばかりに魔法の杖を高く上げて可愛い妹や教え子たちへの思いを乗せて魔法の呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ!!」

 

 闇に閉ざされた魔法界の空に力強くも清らかな乙女の声が渡る。

 

 校門の前でリズの姿を見上げていたフェンリルも右手のブレスレットを高くあげて唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ!」

 

 その姿をハティがぽかんとして見上げていた。

 

「ハティ、お前も唱えろ、魔法の言葉を。こんなところで魔法界がどうにかなっちまったら、これから山ほどある楽しいことがなくなっちまうよ」

 

「うん!」

 

 ハティは生まれた時に授かった青い宝石の付いている魔法の杖を両手で持って上に掲げる。

 

「キュアップ・ラパパ! プリキュアがんばれ!」

 

 

 

 

《キュアップ・ラパパ!!》

 リズの呪文が魔法界に住む人々の心に、大地に沁み込んでいく。

 

 リズの言葉と魔法に感化された魔法界の全ての人間が魔法の杖を闇の空に向けて、キュアップ・ラパパの呪文を唱える。言葉を持たない動物たちも、心の中でキュアップ・ラパパの魔法の言葉を唱えていた。

 

 人々の少女たちを応援する心、闇の魔法に立ち向かう勇気、魔法界を愛する気持ち、そういう思いが一つになった時、魔法界中でバラバラに紡がれていた魔法の言葉も一つになった。

 

「「「キュアップ・ラパパ!!!」」」

 

 人々の心のこもった魔法が闇の結界で隔絶された島へと通じてゆく。フェンリルとハティがその様子を見ていた。まるで雪のようにも見える小さな光の粒が無数に降ってきていた。その数と密度が見る間に増していき、その様子は半球形に広がる闇の結界にのみ集中する降雪のように見えた。



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闇の魔法の王・覚醒

 闇の密度が増した邪悪な結界の内側では、ロキが絶対王者としての自信をもって笑みを浮かべ、口元に鋭い牙を覗かせながら一歩ずつ5人のプリキュアに近づいていた。

 

「キュアミラクル、お前は奇跡のプリキュアなんだよなぁ。俺様がヨルムガンドの力を手に入れることが出来たのは、お前のおかげかもなぁ。だって、こいつは奇跡だろう! ありがとうよ! キュアミラクル!」

 

 どこまでも人をバカにした態度だが、ロキの凄まじい力を感じて怒りよりも緊張の方が勝っていた。そして、ロキが揺さぶりをかけているに過ぎないと分かっていても、ミラクルは居たたまれない気持ちになってしまった。

 

「あなたに奇跡などあり得ません!」

 

 プリキュアたちの間に漂う嫌な空気を、フェリーチェの清絶な声がかき消した。

 

 ロキが足を踏み出し、枯れた草花を踏みしだき、充実した闇の魔法の力によって足が更に大地にまでめり込む。その状態で彼は足を止めた。

 

「じゃあ今のこの俺様な何なんだ? お前たちのお蔭で、俺様はデウスマストを越える力を手に入れた! 貴様らの敗北はもはや確定している! これを奇跡と言わずに何という!」

 

「ここにいる誰一人として、あなたに負けるつもりなど微塵もありません!」

 

 それを聞いたロキが顔を上に向けて痛快な笑い声をあげた。その声が闇の結界に反響してプリキュアたちの耳朶に不快感を与えた。それからロキは真顔になって言った。

 

「その心意気は大したもんだ。まじで感心しちまったぜ。お前たちが決して絶望したり諦めたりしないということが、よおく分かったぜ。だったらよお、完全に動けなくなるまで完膚なきまでに叩き潰すまでだ!」

 

 5人のプリキュアが構えを取り、その後ろに隠れているモフルンとリリンまでもが、これからロキに立ち向かっていくような精悍な顔つきになった。

 

「行きます!!」

 

 フェリーチェの声を合図にプリキュアたちの戦いが再び始まった。

 

「リンクル・スタールビー!」

 

 プリーステスが右手を横に叫び、スタールビーのリンクルストーンを腕輪に呼び出す。リンクルブレスレットで真紅の輝石が光を放ち、プリキュアたちに力を与えた。

 

「その程度のパワーアップなど何の意味もねぇ。すぐに思い知らせてやるぜ」

 

 ロキは直立不動で拳を固く握りしめてプリキュアたちを待ち構えた。

 

 乙女たちは声を上げ、凄烈な気合を込めて闇の魔法の王に迫っていく。プリーステスとルーンは左右からロキを挟み込んで攻撃する。

 

「だぁーっ!」

「とぉ~っ!」

 

 プリーステスとルーンの回し蹴りがロキの両腕に決まり、

 

「たぁーっ!」

「やぁーっ!」

「はぁーっ!」

 

 ミラクル、マジカル、フェリーチェが正面から突っ込み、ロキの厚い胸板に3人の拳が同時に入った。その瞬間の状態でプリキュアたちの動きが止まった。ロキは神殿を支える石柱のように微動だにせず立っていた。

 

「はっ!」その一呼吸の気合でプリキュアたちは散り散りに吹き飛ばされた。

 

 5人のプリキュアがバク宙して着地し、プリーステスとルーンが先に向かっていく。そして二人の気合が充実し、ロキの左右から膝蹴りで迫る。こんどはロキが腕を上げ、二の腕で二人の膝蹴りを同時に防御した。まるで鉄柱にでも攻撃したような硬質な感触がプリーステスとルーンの足に伝わる。そして二人の腹部に瞬間的にロキの黒く大きな竜の手が押し当てられた。

 

「喰らいな!」ロキの手から闇の衝撃波が撃たれる。

 

『くはぁっ!!?』

 

 二人とも腹に痛烈な一撃を受けて吹き飛び、枯れ果てた花園に沈む。二人ともすぐに起き上がろうとしたが、腹の中心から激痛が広がって動けなくなってしまった。

 

『はあぁーっ!』

 

 続けてミラクル、マジカル、フェリーチェが再びロキの正面から攻め込む。ミラクルとマジカルの蹴りがロキの両わき腹に入って挟撃し、フェリーチェの拳は笑みを浮かべる黒い竜魔人の顔面に撃ち込まれる。フェリーチェの拳を受けた顔に笑みが浮かんだ。

 

「ふうん!」

 

 ロキの右と左の拳がミラクルとマジカルの腹にめり込み、ロキの頭突きがフェリーチェの腹部を痛打する。3人がほとんど同時に苦し気な声を上げながら吹っ飛び枯れ園の中に落ちた。

 

 ロキは今まで散々にやり返されてきた5人のプリキュアが苦しみ倒れる姿を見て、確実なる勝利という実感をものにして声を上げる。

 

「なってこった! プリキュアがまるで塵芥(ちりあくた)じゃねえか! もはや負ける要素など一欠けらもねぇっ!」

 

 ロキは高揚する気持ちの全てを込めて叫んだ。

 

「素晴らしいぞ! この力っ!!」

 

 そんなロキの愉悦を邪魔するように、プリキュアたちが立ち上がる。

 

「いいぜ、いくらでもかかってこい!」

 

 どんなに力の差を見せつけられても、全く諦める気配のない魔法つかいの乙女たちを、ロキは何の憂慮もなしに迎えた。ヨルムガンドの力を手にする前は、プリキュアの諦めない姿を見る度ごとに恐怖心を感じていたが、今の彼にはそれがまったくなく、胸の底から爽快な気分だった。

 

 闇色の竜魔人に5人のプリキュアが殺到する。ロキはわざわざ両腕を上げて、無防備に体をさらしてプリキュアたちに好きに攻撃させた。ミラクルとマジカルが盛り上がって割れている腹筋にパンチを連打し、フェリーチェは胸に足で踏みこんで、そこから連続ので踏みつけ攻撃、プリーステスとルーンは岩のような肉体から黒い翼のはえている背中に高速パンチを連打する。

 

「かああぁっ!」

 

 ロキの気合の一声で周囲に衝撃波が広がり、プリキュアたちは全身に痺れるような衝撃を受けて宙に浮かんだ。

 

「そらそらそりゃーっ!」

 

 ロキが空中に漂うプリキュアたちに次々と攻撃を加えていく。目の前にいたミラクル、マジカル、フェリーチェは拳と蹴りで打ち飛ばし、背後にいたプリーステスとルーンは足を捕まえてて前方に投げ飛ばす。そして5人全員まとめて地面に叩きつけられ、土埃に混ざって無数の枯れ花が高く舞い上がった。

 

 その様子をロキがにやついて見ていると、もうもうと立ち昇る土煙の中から紫と白のプリキュアが飛び出した。

 

『やあぁーっ!』

 

 マジカルとプリーステスが上から攻めてくる。ロキは不興気に眉を少し動かし、腕を組んで上からの二人の蹴りを止めた。マジカルとプリーステスはそこからロキの腕を踏み台にして飛び越え、黒い翼の見えるロキの背後に回る。

 

「何の真似だ?」

 

 立ち昇る埃が消えると、そこにミラクル、フェリーチェ、ルーンの姿が現れる。ミラクルは右手にリンクルステッキを持ち、フェリーチェはフラワーエコワンドを両手で握り、ルーンはブレスレットのある左手を胸の辺りまで上げた。

 

 マジカルもリンクルステッキを左手に持ってロキを指し、プリーステスはリンクルブレスレットのある右手を同じようにロキに向けた。

 

 プリキュアたちの行動の意味を知ったロキが笑みを浮かべる。

 

「なるほど、そういうことか。合成魔法には今まで散々やられてきたが、今の俺様に通用するかな?」

 

 ロキは腕を下げると、顔を醜く歪めて憎々し気に言った。

 

「フレイアの生み出した小賢しい合成魔法を打ち破り、フレイアが何千年も前からしてきた努力など全て無意味だったと証明してやろう。あの女神が道化だったと教えてやろう!」

 

「黙りなさい!」

 

 プリーステスが怒りを露わにすると、他のプリキュアたちの気持ちも熱くなった。

 

 ミラクル、フェリーチェ、ルーンが先に動く。

 

「リンクル・タンザナイト!」

「リンクル・ピンクトルマリン!」

「リンクル・インディコライト!」

 

 それに合わせてマジカルとプリーステスもリンクルストーンを呼び出した。

 

「リンクル・ガーネット!」

「リンクル・オレンジサファイア!」

 

 そしてロキの前方と背後から合成魔法が放たれる。

 

『プリキュア! ホーリーナイトレイ!』

『プリキュア! スカーレットウェイブ』

 

 ロキの前方から三つの光が融合した魔法が放たれ、背後からは大地と炎が融合した魔法が赤く燃えたつ地走りとなって迫る。マジカルとプリーステスから地面を走ってきた炎がロキの周囲を囲んで真円になり、その内側の範囲の地面が熱く煮えたぎるマグマに変化する。そして前から迫っていた光の魔法をロキはまともに受けた。さらに地面から高く噴き上がったマグマがロキの体にまとわりつく。

 

「こいつは丁度いい熱だぜ。まるで風呂にでも入っているようだ」

 

 ロキがにやけ顔で言うと、さすがのプリキュアたちも少し寒気がする。そしてロキが、今度はふっと目を細めて不快そうに言った。

 

「だが、この光の魔法はちとうざいなぁ!」

 

 ロキが右手を振ると手刀から黒い斬撃が出て光の魔法を真っ二つに裂きながら突き進む。そして光の魔法の元にいたプリキュアたちが斬撃をまともに受けて、バラバラに散って倒れた。

 

「ミラクル、フェリーチェ!?」

「ルーン!?」

 

 マジカルとプリーステスが叫び、ロキが赤く焼けた地面から跳躍する。そしてプリキュア二人が上空を仰いだ。鋭い爪が黒光りする竜の足が迫る。二人が左右に飛ぶと、その直後にロキが降りてきて両足が地面を破壊した。マジカルとプリーステスは着地するとすぐさま攻撃に転じる。

 

「はぁっ!」

「でやぁっ!」

 

 左右から同時に撃ち込まれたパンチを、ロキは両方の手のひらで軽々と防いだ。

 

「づあ!」

 

 ロキの両手から漆黒のエネルギー波が出て、近距離でそれを受けたマジカルとプリーステスは爆発し、吹き飛んだ。

 

『キャアッ!?』二人とも同時に悲鳴をあげて、別々の場所に墜落した。

 

「フハハハハハハァッ! これでフレイアが道化であることが証明されたなぁっ!」

 

 乙女たちは強き心の力だけで再び立ち上がる。遠くからそれを見ていたモフルンとリリンの瞳から涙が零れ落ちた。

 

「もうこれ以上はむりモフ……」

「でも、リリンたちには止められないデビ……」

 

 それを聞いたモフルンは涙ながらにプリキュアたちと心を一つにして表情を引き締める。

 

「そうモフ。モフルンたちは最後までみんなを信じるモフ!」

「その通りデビ! どんなことがあっても信じるデビ!」

 

 乙女の大喝が闇の結界の中に響き、ミラクルとルーンが二人でロキに向かっていく。二人のプリキュアを迎え撃つ彼は、両腕を上げて手を開き、柔道選手のような構えになる。懐に入ってきたミラクルとルーンの拳が彼の腹に炸裂した。

 

「バカめ! 何度やっても無駄だ!」

 

 全くダメージを受けていないロキは頭上で両手を組み合わせ、それをミラクルとルーンに向かって振り下ろす。その瞬間に後ろからロキの左右にマジカルとプリーステスが入ってきて、ロキの手首に手を置き、筋肉隆々の腕を下から押し上げて投げ飛ばした。

 

『でやぁーっ!』

 

「なにぃっ!?」

 

 ロキの両腕を打ち下ろす力が投げ飛ばす威力に変換されて、黒い巨体が盛大にぶっとんだ。そして、彼が墜落した場所が大きく陥没して土埃が噴火を思わせるほどに高く上がった。

 

「ぬうぅ……」

 

 土埃の中で片膝を付いていたロキが立ち上がって歩き出すと、目の前にフェリーチェがいた。

 

「お前ひとりで戦おうってのかぁっ!」

 

 ロキが爪を立てた竜手を突き出すと、その手首をフェリーチェに取られた。

 

「はぁっ!」

 

 攻撃を合気で返されたロキの巨体が凄まじい回転を伴って宙に投げ出される。

 

「うおおぉっ!?」

 

 ロキは顔面から地面に叩きつけられた後に腹ばいになって寝そべった。

 

「ヘヘッ、ハッハッハ!」

 

 ロキが笑いながら立ち上がると、フェリーチェの周りに他のプリキュアたちが集まっていた。

 

「またそれかよ。それで俺様に一泡吹かせたつもりか? 一回や二回投げ飛ばしたくらいでなんだって言うんだ? そんなもん一千回繰り返したって俺様は倒せねぇぜ!」

 

 ロキの右手の拳がどす黒い闇をまとう。

 

「貴様らにあるのは、この圧倒的な闇の魔法にひれ伏す未来だけだ!」

 

 ロキが地面に拳を叩きつけると、無数の黒い亀裂が入り、そこから地面の裂け目が八方に広がって黒い瘴気が噴き上がった。次の瞬間、ロキのいる場所から外に向かって闇の瘴気の噴出が激しくなり、噴き出る闇と一緒に地面がめくれ上がった。プリキュアたちは成す術なく噴泉のような闇に巻き込まれて無数の石くれと一緒に宙に投げ出された。そして全員が天上になっている闇の結界の壁に叩きつけられ、それから落ちてゆく。

 

 みんな大きなダメージを受けて意識が朦朧(もうろう)としていた。プリーステスだけが何とか意識を保って、近くにいたウィッチの手を握った。

 

「……っつう、ルーン、気合入れなさい!」

「……うぐぅ、プリーステス!」

 

 ルーンはプリーステスの声で覚醒し、二人で一緒に魔法を発動した。

 

『リンクル・スターサファイア!』

 

 二人の腕輪に三条の光線がクロスするサファイアが生まれ、飛翔の魔法が発動すると、プリーステスはフェリーチェとマジカルを両脇に抱え、ルーンはミラクルを後ろから抱いた。伝説の魔法つかいの三人が浮遊感の中で目を覚ます。

 

「ルーン……」

「プリーステス……」

 

 ミラクルとマジカルが少し呆然としながら同胞の顔を見る。名前を呼ばれた二人は笑顔を見せた。

 

「まだ行けるでしょ」

 

 プリーステスが言うと、マジカルも笑みを浮かべた。

 

「当然よ」

 

 プリーステスとルーンの機転によって、プリキュアたちは墜落を免れて緩やかに着地することができた。

 

「二人とも、ありがとうございました」

 

 フェリーチェが礼に対してプリーステスが首を振って言った。

 

「礼を言うなら、あいつを倒してからね」

 

 5人のプリキュアの視線がロキに集中する。彼は小島のように残った地面の上に立っていた。自身の闇の魔法の威力によって周囲が広範囲に崩れ落ちていた。

 

 ロキが翼を開いて飛び上がり、そこから飛翔してプリキュアたちの前に降りた。

 

「みんな、もう一度行くわよ!」

 

 プリーステスの声に他のプリキュアが強く頷く。プリーステスが右手を上げて、ブレスレットに再び真紅の宝石を宿らせた。

 

「リンクル・スタールビーッ! プリキュアに力を!」

 

 プリーステスのブレスレットから放たれた真紅の光がプリキュアたちに降りそそぎ、5人のプリキュアが体に炎のように燃え上がる真紅の光をまとう。

 

「こりない奴らだ」

 

 ロキは腕組みして悠然とした態度で言った。

 

『はあぁーーーっ!!』

 

 5人のプリキュアの気合が重なると、ロキは構えを取った。

 

「遊びは終わりだ。次の攻撃で引導を渡してやるぜ」



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集約するリンクルストーン! 5人の宝石の魔法!

 宵の魔法つかいの二人が跳躍し、3人の伝説の魔法つかいはロキに向かって疾走した。

 

 プリーステスとルーンは宙返りを繰り返して高速で回転し、ロキの頭上から攻め込んでいく。

 

『いやぁーーーっ!!』

 

 二人の気合にロキの心が震えて、身をもって受けてやろうと考えていた彼を防御の態勢へと導いた。ロキが頭上で組み合わせた腕に、高速回転からプリーステスとルーンの踵落としが打ち下ろされる。受け止めた瞬間の衝撃で、ロキの両足が地面に沈み込み、その周囲に無数の亀裂が走る。そこにミラクル、マジカル、フェリーチェが突っ込んできた。

 

『はあぁーーーっ!!』

 

 三位一体で放たれた三つの拳が相手の胸にめり込む。ロキは少しばかり顔をしかめた。

 

「その気迫は見事だ、少しばかり衝撃を受けたぜ。だがっ!」

 

 ロキの胸の中心辺りに黒い球が現れ、それが一気に広がって闇の膜がプリキュアたちの体を通過した瞬間に、全員の体が動かなくなった。

 

「プリキュア共! ここまでよく戦った、ほめてやるぜ!」

 

 ロキが体を回転させ、丸太のように太く重量のある足が伝説の魔法つかいの3人の腹部に、横一文字の形に撃ち込まれた。3人とも悲鳴をあげながら吹っ飛んだ。

 

 次の瞬間にロキは、頭上にいるプリーステスとルーンの足をつかみ、二人同時に地面に叩きつける。

 

「くはあぁっ!?」

「あぐうぅっ!?」

 

 背中から叩きつけられた二人の乙女の肢体が地面を粉砕した。この一撃で完全に戦う力を無くした二人を、ロキは前に向かって無造作に投げた。

 

 先にミラクルとマジカルが墜落して枯れた花々の中を長い距離引きずられるように滑って止まり、そのすぐ後にプリーステスとルーンが二人の隣に落ちてくる。フェリーチェだけは吹っ飛ばされている途中で妖精の翅を開き、宙返りして態勢を立て直した。

 

 フェリーチェは一人だけでもう一度ロキに向かっていく。

 

「はあぁっ!」

 

 フェリーチェの鳩尾への正拳突きから空中で半回転しての回し蹴りのコンビネーションが見事に決まる。それを受けたロキは一寸も動いていなかった。

 

「まだ向かってくるとは、やはりお前は他のプリキュアとは違うな」

 

 ロキが言うや否や、フェリーチェは腹に強烈な衝撃を受けた。

 

「くはっ!?」ロキの目に見えないほど素早いパンチが入っていた。

 

「今度こそ終わりだ」

 

 ロキは組み固く組み合わせた両手でフェリーチェを叩き落し、地面に打ちつけられて跳ね上がった優美な乙女を容赦なく蹴り飛ばした。精も根も尽き果たフェリーチェは細い悲鳴をあげてすでに倒れている4人のプリキュアの間に落ちた。

 

 ロキは痛快な笑みを浮かべつつ両手を高く上げる。ロキの手と手の間に暗黒の球体が現れ、大きく膨らんでいく。それはすぐに巨体のロキを凌ぐ大きさになった。

 

「プリキュア共! 終焉の時だっ!」

 

 ロキが上体を大きく反らすと、闇の魔法によって生み出された邪悪なエネルギーの塊をプリキュアたちに向かって投げ放った。

 

 巨大な暗黒球が5人のプリキュアの上に落ちて大爆発を起こした。黒い爆炎が広がり、凄まじい爆風が島の外側へと広がっていく。

 

「モフーッ!?」

「デビーッ!?」

 

 モフルンとリリンは爆風に飛ばされまいとその辺の草に必死に喰らいついていた。

 

 風が収まり、二人が目を開けた時、目の前に絶望的な光景が広がっていた。黒い瘴気が湯気のように立ち昇る大地の上に、深く傷つき力尽きたプリキュアたちが倒れていた。二人がぬいぐるみの足で必死に走ってプリキュア達の元に着くと、見るも無残な姿に心が痛んで自然に涙が溢れた。

 

「ミラクル、マジカル、フェリーチェ……」

「プリーステス、ルーン……」

 

 ロキが足音を響かせながら近づいてくる。

 

「ついに終わった」

 

「モフーーーッ!!」

「デビーーーッ!!」

 

 恐ろしい闇の王に、モフルンとリリンが立ち向かう。モフルンはロキの足にしがみつき、リリンは飛び上がってロキの胸にぬいぐるみの拳で柔いパンチを打った。

 

「行かせないモフーッ!」

「今度はリリンが相手デビ!」

 

 ロキは動きと止めてモフルンとリリンを片方ずつの手でつかみ上げた。二人は動けない状態で闇の王に睨まれても、邪悪に立ち向かう勇気を消さなかった。

 

「プリキュアは絶対に負けないモフ!!」

「プリキュアは絶対に勝つデビ!!」

 

「お前らはプリキュアと一心同体の存在だ。そう言うしかねぇよなぁ」

 

 ロキがぬいぐるみたちをポイと投げ、モフルンとリリンはプリキュアたちの近くに転がった。

 

「お前らを消すのは簡単なことだ。だが、それをするとこいつらはプリキュアではなくなる。それじゃあ意味がねぇんだ。俺様を散々コケにしやがったプリキュアをこの手で完全に消し去る! それを成した時、俺様は真の支配者となる! そして魔法界もナシマホウ界も、俺様の闇の魔法に蹂躙されるのだ!」

 

 ロキが再び歩み始めると、モフルンとリリンがプリキュアたちを守ろうと前に出てくる。その時、雪が降った。

 

「はあぁん?」

 

 ロキが見上げると、白い雪のようなものが結界内のいたるところに降り始めていた。

 

「雪とはな。プリキュア共の最後には相応しい演出じゃねぇか」

 

 ロキが勝者の余裕の下に口角を上げて笑う。この時、モフルンとリリンは深々と降る雪を見上げて星の宿る瞳を輝かせた。

 

「とっても、とーっても甘い匂いがするモフ!」

「みんなの思いを感じるデビ!」

 

 一粒の雪がロキの体に触れる。するとその場所に痛みが走った。

 

「何だこの雪は!?」

 

 それからロキは倒れているプリキュアたちを見ると、驚愕のあまり目を見開いた。

 

「な、なんだこりゃあっ!!?」

 

 結界の中に降る雪の全てがプリキュアたちに集まっていた。そしてその一粒一粒がプリキュアたちの体に触れるとすっと体に吸い込まれるように消えていく。

 

「こりゃ雪なんかじゃねぇ! 光だ!!」

 

 無数の光の粒がプリキュアたちの傷を癒していく。光の雪はなおプリキュアたちに降り続き、強き乙女たちが閉じていた瞳を開けて立ち上がる。淡い輝きをまとう5人のプリキュアを見たロキに恐怖が生まれた。

 

「バ、バカな!? どうなってやがるっ!!? あの状態から立ち上がれるはずがねぇ!!」

 

 5人のプリキュアが一度にロキを睨みつけ、少女たちの眼力がロキに底知れない悪寒を与える。

 

「みんなの思い! みんなの魔法! 確かに感じたよ!」

 

 ミラクルが元気で可愛らしい笑顔を浮かべて言った。

 

「魔法界の全てがわたしたちの味方をしてくれている。今それを実感したわ」

 

 マジカルは神妙に、そして自分たちを助けてくれた全てに感謝をして言った。

 

「みんな闇の魔法なんてごめんだってさ。だからそろそろ消えなさいね」

 

 プリーステスがロキの胸に突き刺さるような鋭刃のごとき目力で見つめて言った。

 

「みんなの魔法で元気百倍だよ~っ!」

 

 ルーンが元気いっぱいに言って、片手を上げてぴょんと跳ぶ。

 

「わたしたちには魔法界の生きとし生ける者の思いと魔法があるのです。あなたのヨルムガンドの力などに負けはしません!」

 

 フェリーチェの花咲く可憐な瞳に射抜かれて、ロキは心底震え上がってしまった。

 

「ふ、ふざけるなぁーーーっ!!」

 

 フェリーチェの右手に、ペン型の魔法の杖が回転しながら落ちてきた。フェリーチェは右手に握った魔法の杖の中心を右と左の親指と人差し指でつまみ、指を左右に広げるように滑らせる。フェリーチェは魔法の杖が変化して現れた赤い花の蕾のワンドを右手に持ち、それに左手をそっとそえた。

 

「フラワーエコーワンド!」

 

 ミラクルとマジカルも虚空に現れたステッキを手にして構えた。

 

『リンクルステッキ!』

 

 ミラクルとマジカルはフェリーチェの右側に寄り添って立ち、プリーステスとルーンはフェリーチェの左側に寄り添って立っていた。そしてモフルンとリリンが5人のプリキュアの前に出てきた。

 

 彼女らの姿を目の前にしたロキは、冷たい汗をたらしながら後退った。華奢な5人の乙女とちっぽけな二人のぬいぐるみが、今までに出会ったことのない強大な敵に見えた。

 

「人々の魔法界を思う気持ち、家族や友達を思う気持ち、その思いが無限の力を呼び起こすのです!」

 

「うぐあぁ、がああぁ……」

 

 フェリーチェから叩きつけられた言葉がロキに精神的な大打撃を与えて、プリキュアたちの迫力の前にまともな言葉も出なくなってしまった。

 

「全部の魔法の力を合わせよ~っ!」

 

 ウィッチがウィンクして一本指を黒い天井に向かって突き上げると、全員が『うん!』と強く頷いた。

 

「モッフーッ!」

「デッビーッ!」

 

 モフルンとリリンが雄叫びを上げると、胸元で輝くダイヤとブルーダイヤが強く輝き、強烈な聖光が周囲に一気に広がって、大地に沈み込んでいた闇の魔力の瘴気から島を覆う闇の魔法の結界までをも打ち消していく。そして女神の島は、まるで生まれ変わったように光が満ちた。魔法界の人々の思いと魔法がリンクルストーンにも宿って力を与えていた。

 

 ミラクルとマジカルがリンクルステッキをまっすぐにロキに向けて、最初の魔法の呪文を唱える。

 

『万物の命の輝きよ!』

 

 プリーステスとルーンは金色のブレスレットが輝く手をロキに向けて魔法の呪文をつなぐ。

 

『森羅万象の命の光よ!』

 

 フェリーチェがワンドを両手で包み込むように持って先端の赤い花をロキに向けると、さらなに魔法の呪文を紡いでいく。

 

「生きとし生けるものの思いよ! 命を照らす魔法よ!」

 

 そして5人の呪文の詠唱が一つになった時、あらゆる魔法の力がそこに集まった。

 

『わたしたちの手に!!』

 

 フェリーチェのワンドの花が大きく開いて中のクリスタルから命の輝きが萌え上がる。ミラクルとマジカルのステッキの先端にあるハートと星のクリスタルからはダイヤの輝きが放たれ、プリーステスとルーンの腕輪のブルーダイヤも強き光を放つ。

 

 そして最後に、モフルンとリリンがピンク色のハート型との星型の肉球模様の両手を前に出して、きりりと表情を怒らせた。

 

「モフッ!」

「デビッ!」

 

 二人の胸元のダイヤとブルーダイヤがさらに強く輝くと、プリキュアたちの前に五つのハートを内に秘める、伝説の魔法つかいの桃色に輝く五芒星が広がり、五芒星の大外の円からさらに大きな黒い円が広がって別の魔法陣が創造されてゆく。そして六芒星の外側に六つの赤星を散りばめる、宵の魔法つかいの魔法陣の六角形の中に、ハートの五芒星が納められた。五芒星の五角形の中心に赤い三日月が現れ、宇宙の光と闇を現すプリキュアの魔法陣が一体となった。そこにリンクルストーンが出現する。六芒星の大外の円に沿って宵の魔法つかいの七つの支えのリンクルストーン、五芒星を囲む円に沿って伝説の魔法つかいの七つの支えのリンクルストーンが等間隔に並び、五芒星を構成する五つの三角形の中に、ルビー、トパーズ、サファイア、ブラックダイヤ、アウィン、五つの守護のリンクルストーンが入る。最後に中央の赤い三日月の中にエメラルドが出現し、宵の明星のごとく輝いた。

 

『プリキュアッ!!』

 

 二十二のリンクルストーン全てが眩く光を燃え立たせ、宇宙から与えられ魔法界を構成する全てのエレメントの魔法が巨大な魔法陣に収束する。そして5人のプリキュアの声と、二人のぬいぐるみの意志により、究極の合成魔法が完成した。

 

『ユニバース・レインボー! ジュエリー・ストリーム!!』

 

 全てのリンクルストーンから輝きがあふれ出し、巨大な魔法陣から彩光の波動が放たれた。

 

「うおおおぉーーーっ!!?」

 

 恐怖のあまり声を上げたロキが、二十二もの光色が織りなす極光に呑まれた。そして全身を焼かれる苦痛の中でおぞましい悲鳴をあげる。

 

「あがあぁーーーーーーっ!!」

 

 しかしロキはその苦しみの中で、何故か気味の悪い笑みを浮かべた。

 

「み、認めてやろう、友情だの愛だの思いだの、人間のもつ光が無限の力を生み出すということを! だがなあ、お前らはだあいじな事を忘れてるぜぇっ!」

 

 強大な光の流れの中で悶絶するロキの周囲に次々と闇の結晶が出現していく。その数がロキの周囲を埋め尽くすほどの密度になると、全ての闇の結晶からあふれ出た濃密な黒い魔力が壁となり、全てのリンクルストーンの力を込めた光を遮断した。そしてロキが叫ぶ。

 

「人間の邪悪もまた無限だということをなぁっ!!」

 

 ロキが両手を前に広げると、無数の黒い結晶からあふれた闇が彼の両手に集まり暗黒の流動となって放たれた。光の魔法が闇の魔法に押し返され、ロキとプリキュアたちの中間点で光と闇の力が拮抗してせめぎ合った。

 

「人は邪悪になど屈しはないわ!!」

「みんな、気合いれなさい!!」

 

 マジカルが負けられない思いを声にして、プリーステスの激が飛ぶ。

 

『はあぁーーーーーーーっ!!!』

 

『ぬうおおおおぉーーーーーーーっ!!!』

 

 プリキュアたちとロキの叫びが混合し、闇と光の流れがより一層、強く激しくなった。そして反発しあう光と闇の魔力が生み出すエネルギーが臨界点に達した。ロキとプリキュアたちの間で魔力爆発が起こった。

 

 光と闇が融合し、闇の漆黒と光の白亜がマーブル状に混在する魔法のエネルギーが一気に拡大した。ロキもプリキュアたちも、光と闇の衝撃に襲われた。

 

『キャアアアアァッ!!?』

 

『うおわああああっ!!?』

 

 暴走した魔力の爆発は島全体に広がっていった。

 

 

 

 ロキとプリキュアたちの魔法の衝突で起こった爆風は魔法学校にまで届いた。

 

 枯れ果てた花園の上にロキが大の字に倒れて、その上に無数の闇の結晶が雨となって降った。

 

 一方、プリキュアたちはフェリーチェ以外の6人は倒れ、二十二のリンクルストーンが少女たちの周りに落ちてきて跳ねて輝き、痛ましい光景に花を添える。フェリーチェは両膝を付いて俯いている状態で動かず、フラワーエコーワンドは手元に転がっていた。

 

「くぅっ……ロキは!」

 

 プリーステスが気づいて起き上がろうとするが、体が言うことをきかなかった。他のプリキュアたちも、モフルンやリリンまで同じような状態だった。先ほどの魔法で全ての魔力を使い尽くしていた。

 

「……きます」

 

 フェリーチェの弱々しい声が、他の者たちに直に打撃するような衝撃を与えた。そして上空より黒い巨体がプリキュアたちから少し離れた場所に衝撃と共に落ちてきた。

 

「ぬぐあぁ……」

 

 上から降りてきたロキが、着地するなり片膝をつき苦し気に呻く。

 

「そんな……」さすがのミラクルも絶望的な気持ちになり、

「うそぉ……」ウィッチは泣きそうな顔になった。

 

 立ち上がったロキは、足をふらつかせながら一歩ずつ確実に、動くことのできないプリキュアたちに近づいてくる。

 

「さすがの俺様も、もうダメかと思ったぜ」

 

「どうしてなの! みんなの思いが、みんなの魔法が、こんな人に負けるって言うの!?」

 

 マジカルが手元にある枯れた草花を鷲づかみにしてマゼンダの瞳に涙を浮かべた。その隣に倒れているプリーステスは、無念さのあまり声を殺して涙を流していた。そんなプリキュアたちの姿を見ても、ロキは笑わなかった。彼はプリキュアたちの底力を見せつけられ、完全に止めを刺さない限りは安心できなかった。

 

「そう悲観するなよ。お前たちは負けてねぇ、相打ちだ。ただ、ちいとばかし俺様の方が頑丈だった。ほんのわずかな差だったぜ」

 

 ロキは勝利を目前にして喜悦が抑えきれずに、真顔を少し崩して口角をあげて笑む。

 

「俺様も大きなダメージを受けたが、てめぇらを潰すくらいの力は残ってるぜぇっ!」

 

 ロキはプリキュアたちを目前にすると、まずフェリーチェに狙いを定めて拳を振り上げた。

 

「まずは貴様からだ、キュアフェリーチェ! お前さえ、お前さえいなくなれば、全てが俺様のものになる!」

 

 その時、フェリーチェが手元に転がっていたフラワーエコーワンドをつかみ、顔を上げてまっすぐに相手の目を見つめた。ロキの全身の悪寒が走り、黒い竜の魔人の巨体が拳を上げた状態で凍り付いたように動けなくなった。



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燃え上る命! エメラルド・ライフノヴァ!

 フェリーチェが音もなくすっと立ち上がると、他の4人のプリキュアと二人のぬいぐるみに希望と笑顔があふれ、ロキはそれとは逆に恐怖して震え上がる。

 

「バ、バ、バカなっ!? なぜ立ち上がれる!? 他のプリキュア共は、そんな状態だって言うのによぉっ!?」

 

「二つのエメラルドが、わたしを守ってくれたのです」

 

「ふ、二つのエメラルドだとぉっ!!?」

 

 ロキは全身から汗を流して、二歩三歩と無意識のうちに後退する。

 

 フェリーチェが右手に持つワンドの赤い花の下でエメラルドが緑の癒しの輝きを発し、それに反応して、バルーンスカートの左上にあるポーチの中のスマホンに赤い輝きが顕現した。

 

「な、なんだその光りはぁっ!?」

 

 フェリーチェはワンドを前に出し、ロキにリンクルストーンエメラルドを見せつけて言った。

 

「その昔、フレイアと共にいた二人のプリキュアが命と引き替えに放った魔法は、魔法界の歪んでしまった歴史を消し去り、あなたから一部の記憶を奪いました。その中には、このレッドエメラルドの存在も含まれていたのです」

 

 ワンドにセットされたエメラルドが強い光を放ち、その優しい緑光が瞬間的に強烈な赤光に変化した。すぐに宝石の光が引いてその姿を現す。エメラルドがチューリップの花の形をした真紅の宝石と入れ替わっていた。

 

「そ、その威圧感は!? もしかして、ヨルムガンドの中にあったやつじゃねえのか!?」

 

「リンクルストーン・レッドエメラルド。エメラルドの対となるリンクルストーンです。もしあなたが、フレイアがエメラルドと同等のリンクルストーンを持っていると知っていたのならば、まっさきにその命を狙ったでしょう。フレイアはそれをさせないために、あなたからレッドエメラルドの記憶も奪ったのです」

 

「ぐああぁ……」

 

 ロキはフレイアの用意周到さの前に愕然として肩を落とした。

 

「このレッドエメラルドは、本来ならばフレイアの命と共に消えるはずでした」

 

「なんだと? そりゃどういう意味だ!?」

 

「フレイアはレッドエメラルドを破壊し、自分の命と引き替えにして、生命の魔法の爆発で闇の結晶を浄化するつもりだったのです。かつて彼女の友達であった二人のプリキュアがそうしたように。けれど、あなたがフレイアの魔法に横槍を入れたおかげでレッドエメラルドは消えずに残り、フレイアと共にヨルムガンドの中に取り込まれました」

 

「そ、それじゃあ、俺様が自らレッドエメラルドを守ったってことじゃねぇか……」

 

「そうではありません。あなたの意志や行動など、大きな運命の流れの一片にすぎません」

 

 静かに語るフェリーチェの心に、花咲く瞳の輝きに、途方もない怒りが燃え上がった。ロキの全身に鳥肌が立ち、フェリーチェの怒りを体で思い知らされて彼は震え上がった。

 

「魔法界の人々の思い、わたしたちの思い、四千年もの間、魔法学校に受け継がれてきた人々の意志、闇の魔法に滅ぼされてきた人々の無念、そして数千年も続いたフレイアの苦しみや悲しみも、遥か昔に魔法界を救うために失われた二人のプリキュアの命も、無駄なものなど何一つありません!」

 

 フェリーチェはこの瞬間に、フレイアの長く苦しい生に思いをはせ、フレイアのために命を尽くした二人の友の心を思い、全てを滅茶苦茶にしたロキに対する怒りが爆発した。

 

「全てはこの瞬間に、つながっていたのです!!」

 

 ロキはもはや蛇に睨まれた蛙の如しで、体が大きいだけに目に涙を浮かべて震える姿が余計に惨めだった。

 

「や、やめろぉーっ!」

 

 フェリーチェはレッドエメラルドがセットされたワンドを勢いよく高く暗い空に向けた。

 

「キュア―アップ!」

 

 真紅のエメラルドが燃え、ワンドの花が開き、強き命の魔法が広がった。そしてフェリーチェの足元から命がよみがえり、地面から芽吹いた新たな命が急速に成長して花開いた。花の息吹が波紋状に広がっていく。まるで朝日が暗い大地を照らしていくように、寂しく枯れ果てた花園に次々と彩る命が蘇り、瞬く間に島全体に輝くような色彩の花々があふれて花の海となった。

 

 倒れているプリキュアたちは周りを花々に囲まれ、レッドエメラルドの生命の魔力に触れて元気をとり戻した。

 

「何だこの強烈な魔力は!? エメラルドとは全然ちがうぅーっ!!?」

 

 ロキは命あふるる世界に慄きながら叫び狂う。

 

「レッドエメラルドは、あまねく命の誕生と終焉を示すリンクルストーンです。命の始まりと終わりの瞬間には、膨大なエネルギーが生まれます。その力を秘めたこのリンクルストーンは、エメラルドのように優しくはありません」

 

 穏やかに言うフェリーチェの姿を、ロキは地獄がそこにでもあるような目で見つめていた。彼の瞳の中では、フェリーチェとフレイアの姿が重なって見えていた。

 

「ち、ちくしょう!」

 

 フェリーチェがワンドを下ろして前に向けると、赤い花の中から出てきたクリスタルが赤く輝いた。目を閉じたフェリーチェが緩やかに回転する。ワンドの先端から発する眩い光が赤い線を描いてそれがつながると、赤い円環がフェリーチェを囲って浮かんだ。

 

 フェリーチェが右手で持つフラワーエコーワンドに触れるか触れないかの位置に左手を置いて高く上げる。するとフェリーチェの周囲に大きく広がっていた赤い輝きの円環が上昇してすぼまり、ワンドの頂点に咲く花に、小さくなった赤い円環がそえられる。その姿は土星を連想させた。

 

 満開の花に円環のかかったワンドがロキに向けられた。

 

「じょ、冗談じゃねぇ! やめてくれぇーっ!!」

 

 ロキが命乞いするように情けない声を上げる。慈悲深いフェリーチェでも、目の前の邪悪な存在には一片の情けもなかった。ロキは情けをかけてもらうには悪行を重ねすぎた。

 

 ワンドの花の中心にあるクリスタルが強烈な真紅の命の光を発した。

 

「ぐがああぁ……」

 

 その光を浴びただけでも、ロキは肌に焼けつくような痛みを感じた。そしてフェリーチェのワンドに宿ったレッドエメラルドの命の魔法が萌芽する。

 

「プリキュア! エメラルド・ライフノヴァ!!」

 

 ワンドに咲く花からあふれた赤光が真紅に輝く光の激流となってロキに襲い掛かった。ロキにぶつかった命の光が滞留してロキを包み込み、球状に大きくなっていく。ワンドの花からあふれる赤い命の流れが止まった時、ロキを包み込む真紅に輝く命の美玉は太陽そのもののような姿をしていた。最後にワンドの花にかかっていた真紅の円環が発射され、大きく広がって太陽のように赤く燃える光球をすっぽりとおおった。

 

 まるで土星が恒星に生まれ変わったかのような神秘的な姿に、他のプリキュアたちは目を奪われていた。

 

「ちっくしょおーーーっ!! フレイアの奴! 最後の最後まで、この俺様の邪魔をしやがってぇーーーっ!!」

 

 真紅の命の輝きの中から、ロキの口汚く罵る断末魔の声が上がった。

 

 赤き命の美玉にかかる赤い円環が一気に小さくすぼみ、それに合わせて命の美玉も小さくなる。そして、凄まじく圧縮された生命のエネルギーが途方もなく強大な爆発力を生んだ。

 

「ウゲエェーーーッ!!?」

 

 そんなロキの汚い叫びも強烈な生命の爆発の中で燃え尽きた。そして、爆発によって生まれた生命の光が魔法界中を照らし、生命の息吹を乗せた爆風が魔法界中に広がっいく。それは魔法界を覆い尽くしていた邪悪な暗雲を一瞬にして消し去った。

 

 蘇った花の海に、さんさんと太陽の光が降り注いだ。プリキュアたちは魔法界に広がった抜けるような青空を見上げた。

 

 フェリーチェの前に真っ黒の雲のような塊が残されていた。他の4人のプリキュアとモフルンとリリンも、フェリーチェの近くにきてそれを見つめる。

 

 黒くてもやっとした塊に赤い目が現れてプリキュアたちを見上げた。

 

「くっそぉーっ! こんな姿になっちまったじゃねぇか!」

 

 それは闇の王ロキの成れの果ての姿であった。わずかに残った闇の欠片にしがみつき、ロキはその存在を何とか保っていた。

 

 フェリーチェは小さくひ弱な存在となったロキにエコーワンドを向けた。

 

「あなたも元はデウスマストと同じ混沌です。混沌とは本来は、宇宙を創生の元を成す存在です。あなたもデウスマストと同じく、宇宙に新たな命として転生させます」

 

「必要ないね! てめぇの情けなど受けてたまるか!!」

 

 ロキは浮き上がってプリキュアたちを見下ろすと、雲のような体の中にある二つの歪んだ目に無尽蔵なプリキュアへの憎しみが込めた。

 

「こうなったら、俺様に残された全ての魔力を使って闇の結晶を暴走させてやるぜ!!」

 

「おやめなさい! そんなことをすれば、あなたの命は完全に消えて転生することすら出来なくなります。命の消失は本当の意味での死です。あなたの存在の全てがこの宇宙から完全に消えてしまうのですよ!」 

 

 フェリーチェは深い悲愴感をもって諭した。闇の魔法を生み出し悪行の限りを尽くしたロキの命の消失を、慈悲深い彼女は憂いていた。それに向かってロキは嘲笑うように言った。

 

「てめぇらとこの世界を消せるならぁっ! それで本望よぉっ!!」

 

 小さな闇雲の赤い目が固く閉じられて、ロキの周囲に黒い電気のようなエネルギーがほとばしった。

 

「ぬがああぁーーーーーーーっ!!!」

 

 ロキが絶叫すると、小ぶりな雲の体から猛烈な闇の電流が走り、落雷のように地上に降り注いだ。プリキュアたちの周囲にも黒い雷が落ちた。

 

「ウヒヒ! ヒャッハハハハ! ヒャァーッハッハッハッハ!!」

 

 ロキはいかれた笑い声を上げながら、雲のような体を少しずつ散らしていった。その姿がどんどん小さくなり両方の赤い目だけが残った。そしてロキは、消える瞬間に真紅の双眸を見開き、プリキュアたちに最大最後の憎悪をぶつけた。

 

「滅びよ! プリキュア共っ!!」

 

 ロキの目が黒い霧に変わると風に吹かれて消失した。

 

 その後、プリキュアたちの周囲から島の隅々に至るまで黒い結晶がばらけて浮かび上がた。

 

「闇の結晶が!?」

 

 プリーステスが声を上げ、マジカルが周囲を警戒する。プリキュアたちの周りにもいくつか空中に浮かんで停滞する闇の結晶が見えていた。

 

「みんな、気を付けて!」

「なあにこれ!? 怖いよぅ!」

 

 ミラクルとウィッチは嫌な予感が募るばかりに体を寄せ合い、二人の足元にいるモフルンとリリンも怖がっていた。

 

「モフ……」

「デビ……」

 

 島中に散らばった闇の結晶が漆黒の電流を発生させて、島中に黒い雷が落ちて、闇の結晶と闇の結晶の間にも黒い電撃が走っり、再び女神の島に闇の魔力が満ち始めた。

 

「このままでは魔法界が……」

 

 ロキがその命と引き替えにして放った闇の魔法がどんなものなのか、フェリーチェは即座に理解した。そして苦しくなって目に涙が滲んだ。フェリーチェがロキに情けをかけた為に、取り返しのつかない事態になっていたのだ。

 

 フェリーチェの後ろで彼女の背中を見ていたプリキュアたちは、フェリーチェが振り向くとはっとなって彼女の表情に視線を釘付けにした。フェリーチェの花を添えた緑の瞳から涙が零れていた。説明をしている暇はなかった。彼女はフラワーエコーワンドを目線の上にかざし、ただ一言。

 

「みなさん、わたくしに力を貸して下さい」

 

 他の4人のプリキュアたちは何も問わず、迷わず、当然というように動いた。その時に、モフルンはミラクルに、リリンはプリーステスに抱き上げられた。

 

 ミラクルとマジカルのリンクルステッキがフラワーエコーワンドと交差し、そこにプリーステスとルーンのリンクルブレスレットも重ねられる。それぞれにセットされているリンクルストーンが光り輝き、5人のプリキュアの魔法の力が一つに集まる。そして重ねられた五つの魔法の呪物から光の膜が広がって、それが数秒の間に広大な島全体を包み込んだ。その間にも一つ一つの闇の結晶から発生する闇の力が強くなっていた。

 

 

 

 魔法学校から女神の島の様子を見守っていた校長先生やフェンリルは、想像だにしない途轍もないことが起こって、驚愕で口を半分開けた顔のまま唖然としていた。

 

空から落ちてきた島がシャボン玉のような光の膜に包まれて浮かび上がり、再び空に向かって上昇を始めたのだ。

 

「リコ!?」

 

 リズが思わず叫んだ。今や女神の島は青空の中にあって、その姿がどんどん遠くなっていた。

 

「なんじゃ!? 一体、なにが起こっているのじゃ!!?」

 

 さすがの校長先生も取り乱さずにはいられなかった。

 

 島が上昇する速度がどんどん増していき、やがてその姿は青空の彼方へと消えてしまった。

 

 

 

 プリキュアたちの魔法でどこまでも上昇していく女神の島は、魔法界の外まで飛んで宇宙空間で止まった。プリキュアたちは女神の島から海の青さと樹木の島の緑が織りなす星を見つめて感嘆のあまりため息をついた。

 

「地球よりもずっと美しいわね」

 

 プリーステスが素直な気持ちで言うと、緑と青の惑星の陰から太陽が顔を出して命の光が女神の島を照らした。その光景がもたらす究極的な神秘性に打たれて、ルーンがさらにため息をもらす。

 

「うわぁ……」

 

「とってもきれいモフ」

「この大悪魔を感激させるとは、なかなかやる奴デビ」

 

 ミラクルとマジカルはずっと泣いているフェリーチェを温かい目で見つめていた。

 

「申し訳ありません。魔法界を救うにはもうこの方法しか……」

 

 ミラクルの手がフェリーチェの顔に触れて、指で優しく目元の涙を拭ってあげる。

 

「泣かないで」

「はーちゃんが責任を感じる必要なんてないわ」

 

 ミラクルとマジカルが二人でフェリーチェを抱きしめて、母親が娘を慰めるように頭や背中をなでた。心と体で二人の温かさに触れて、フェリーチェの胸に溜め込まれていた重い苦しみが消えていく。

 

「ことはがいなければ、わたしたちはロキに勝つこはできなかったわね。だから、感謝しているわ」

 

「そうだよ~、はーちゃんは悪くないっ!」

 

 この状況を恨むどころか、感謝してくれるプリーステスとルーンに、フェリーチェは悲涙とは別の涙を浮かべた。

 

「みんな、ありがとう……」

 

 闇の結晶からほとばしる闇の雷がさらに強く大きく広がり、女神の島全体を覆うように幾千もの黒い雷が生物のようなうねりをもって走っていく。

 

 この絶望的な状況で4人のプリキュアと二人のぬいぐるみがフェリーチェに笑顔を送った。

 

「ああ~、それにしてもお腹すいたなぁ~。早く魔法学校に帰ってご馳走たべようよぉ」

 

 ルーンがお腹を触って言うと、プリーステスが信じがたい発言に顔を引きつらせる。

 

「あんたね!? さすがにここは空気読みなさいよね!」

「アハハ、ちょっといってみただけだよ~」

 

 ルーンが快活な笑顔で言うと、プリーステス以外の3人がくすりと声を出して笑った。ミラクルがそんなルーンに、可愛い妹でも見ているような気持ちになって言った。

 

「ルーンは相変わらずだね」

「えへへ~」

 

 へらへらと気の抜けた笑顔のルーンを見て、プリーステスはため息が出てしまった。でも、ルーンのおかげで空気が明るくなった。

 

 さらに女神の島を覆う闇の力が強くなり、いよいよ最後が近づくと、ミラクルは両手を出して言った。

 

「みんなで手をつなごう」

 

 全員で頷いて、5人の少女と二人のぬいぐるみが輪になって向かい合った。ミラクルが左手でフェリーチェの右手を取り、モフルンがジャンプしてミラクルの右手と左手を、マジカルの左手と右手をつなぐ。マジカルは右手でプリーステスの左手を握り、飛び上がったリリンの左手がプリーステスの右手と繋がる。ルーンは左手でリリンの右手をつかんで、最後に彼女の右手がフェリーチェの左手と繋がった。

 

「この手は絶対に離しません」

 

 フェリーチェが決して揺るがない気持ちで言うと、ミラクルが続いた。

 

「わたしたちは何があっても一緒だよ」

「みんな一緒モフ!」

「仕方ないわね」

 

 マジカルは微笑のままに余裕のある態度を崩さない。プリーステスの同じように微笑を浮かべて、いつものように冷静な態度で言った。

 

「わたしは今まで悪いことも酷いこともした。色々言いたいことはあるけれど、今はただ、みんなへの感謝しかない」

「みんな、ありがとうデビ!」

「みんながいてくれれば、怖いものなんてなにもない!」

 

 最後にルーンが笑顔で言い切った。次の瞬間に、島中に浮かんで凄まじい邪気を放っていた闇の結晶が、次々とひび割れて粉々に砕けた。一つ一つの闇の結晶に押し止められていた闇の魔力が一気に放出され、島中に黒い爆発が起こった。小さな無数の爆発が融合して巨大な爆発となって広がり、プリキュアたちは黒い爆炎の中に消えて、女神の島の全てが闇の炎に焼き尽くされていく。そして島の中心でさらなる大爆発が起こり、全てが崩壊していった。

 

 

 

 校長先生とリズは、黒く燃え広がる闇の炎の爆発を見つめていた。遥かに遠い魔法学校からでも、その様子がはっきりと見えていた。

 

 無言で見上げるリズの瞳から涙が零れ落ち、老体の校長先生は全身の力を失い膝を付いて項垂れた。

 

「なぜじゃ、どうしてこんなことに……」

 

 命よりも大切な生徒を失った喪失感と悲しみが押し寄せ、校長先生は胸に押し寄せる抑え切れない感情をむき出しにして悲痛な叫び声を上げた。

 



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エピローグ
おかえりなさい


 あの日、起こった黒い爆発を、魔法界中の人々が見ていた。それから魔法の世界に重く沈んだ悲しい空気に包まれた。伝説の魔法つかいプリキュアは、魔法界を守るために闇の魔法と共に消えてしまった。そんな噂が人々の間で囁かれていた。それを聞いた妖精の少年は、小さなリュックサックを背負って旅に出た。

 

「おいら信じないぞ。あいつらが消えたりするもんか。魔法界中探してでも必ず見つけるからな、待ってろよ!」

 

 チクルンが小さな体で魔法界の広大な海上を渡っていく。遠くの方には魔法界の中心にそびえる大樹が見えていた。

 

 

 

 黒い蝙蝠の紳士と聖なる白銀の騎士は、共に魔法の森に訪れて、周りに動物たちが集まる生命の花を遠巻きに見つめていた。フレイアはよくこの場所に訪れていた。かつて闇の女神に仕えた二人は、今は亡き主をその場所で偲んだ。

 

 フレイアがこの場所にくると、必ず動物たちが集まってくる。みんなフレイアの優しさと生命の闇に惹かれてくるのだ。特に永劫に近い時をフレイアと共に過ごしたルークスは、そこにいるかのように動物たちと戯れるフレイアの姿が浮かんだ。

 

「あの子らは本当に闇の魔法と共に消えてしまったのだろうか……? もしそうならば、フレイア様が浮かばれぬ……」

 

「残酷な現実ですね。しかし、プリキュアの存在がそう簡単に消えるとは思えません」

 

「プリキュアと何度も剣を交えた貴殿がそう言うならば、希望もあろう」

 

 ルークスがその希望が現実であるように願うような気持で微笑を浮かべた。それから彼はバッティに向うと、感謝と敬意をもって頭を下げた。

 

「バッティ殿、貴殿には礼を言う。フレイア様に忠義を尽くしてくれた事、その感謝と敬意の気持ちは言葉では語り尽くせぬ」

 

「何を今さら。礼を言うのはこちらの方です。再び真に使えるべき主を得て充実した日々を送ることができました。惜しむらくは、そのような主を二度も失ってしまったということです……」

 

 バッティは真っ赤な瞳を閉じて、フレイアやかつての主であったドクロクシィにも思いを馳せた。そんな同胞が過去の思慕から戻って目を開くのを見てルークスが言った。

 

「貴殿はこれからどうするつもりだ?」

「再び一匹の蝙蝠としてこの地を彷徨うのみです」

 

「そうか……」

「あなたはどうするのですか?」

 

「そうだな……殉教も考えたが、フレイア様はそれを許すまい。この魔法界で穏やかに生活し、人並みの幸せを手にするとしようか。それこそが、我が主を喜ばせることと確信する」

 

 それを聞いたバッティが微笑を浮かべる。自分の為ではなく主を喜ばせるために幸せになる、そんなルークスの言葉がバッティには快かった。

 

「互いの行く道は違います。あなたとはここでお別れですね」

「うむ」

 

 フレイアに忠義を尽くした二人は、そこで別れてそれぞれの道を行く。バッティは蝙蝠の翼を彷彿とさせるマントを大きく開いて飛翔し、ルークスは徒歩で生命の花から離れて生い茂る木々の中へと消えていった。

 

 

 

 魔法学校の食堂はまだ夏休み中でからんどうになっている。もうじき夏休みも終わる。そうすれば、ここは昼時には魔法学校の生徒で賑わう場所になる。

 

 ハティがフェンリルから大皿の料理を受け取り、それを頭の上に持ち上げて一生懸命運んでいた。彼はフェンリルと同じ料理人の白衣を着てお手伝いをしていた。

 

「うんしょ」

 

 ハティが背伸びして大皿に山盛りの料理を長いテーブルの上に置いた。魔法界の珍しい野菜と香草の炒め物から湯気が上がって良い香りが漂う。

 

「よし、これで最後だ」

 

 フェンリルが最後の料理を持ってきてテーブルの上に置いた。魔法界で重宝されているモッチリコーンのスープと焼き物だ。トロトロのコーンスープはナシマホウ界のそれよりもさらに甘くて重厚感のある味わい、モッチリコーンの粉を水で固めて焼いたものはお餅のような触感と弾力で、それに甘くて美味しいコーンの味わいがあって、単純ながら子供達には大人気のメニューだった。

 

 テーブルの上には様々な料理が並んでいた。

 

「お姉ちゃん、どうしてこんなにお料理を作るの?」

「なんとなくな、そろそろ必要になりそうな気がしてね」

 

 それを聞いたハティが首を傾げた。

 

 

 

 校長室では教頭先生とリズが、机の前に座る校長先生と向かい合って神妙な顔をしていた。この一週間、校長先生はほとんど誰とも言葉を交わさず、ずっと辛そうな顔をしていた。そんな校長先生にさらなる苦しみを与えると分かっていても、教頭先生は教育者としての責務を果たすべく言わねばならなかった。

 

「あれからもう一週間になります。そろそろ親御様に連絡するべきでは」

 

 一週間前、あの悪夢のような黒い爆発があって、五人の生徒が行方不明になった。彼女らの存在を示す手掛かりは、今になっても何一つなかった。

 

 それを聞いた校長の顔が強張り、鋭い瞳が机上を見つめる。彼は水晶に触れていた右手を引くと、組んだ両手を額に当てて目を閉じた。その姿からリズと教頭に校長先生の苦悩が痛いほどに伝わった。

 

「……もう少し、もう少しだけ待とう」

 

「わかりました」

 

 教頭先生は納得はしていなかったが、校長がそう言うならと指示に従った。

 

「わたしは学校の見回りにいってきます。リズ先生、後はよろしくお願いします」

「はい」

 

 教頭先生の姿が消える。校長先生はしばらく同じ格好のままでいた。リズはその姿をただ黙って見つめていた。そうしていると、急に校長先生が大声をあげて両手を机の上に叩きつけた。彼はいつも清流の如き心で動じることなど殆どない。そんな校長先生が見せる苦悶にリズの心が痛んだ。

 

「わしは……わしは愛する生徒たちを助けることができなんだ! あの子らに何もしてやれなかった! わしは校長失格じゃ……」

 

「そんなことはありません。校長先生、あなたはその命をかけてまで、あの子たちを助けたではありませんか」

 

 真摯に言うリズに校長は首を振って答えた。

 

「あの子らが無事にこの場にいなければ、何の意味もないっ!」

 

 校長先生が固く握った両手の拳を机の上で震わせていると、リズが彼の後ろから肩に触れた。

 

「校長先生、あの子たちは帰ってきます」

 

 それを聞いた校長先生は、少し心が穏やかになって傍らに立っているリズを見上げた。

 

「なぜそう思うのじゃ?」

 

「あんなことがあって、リコが居なくなったというのに、悲しいという気持ちがまったく起こらないんです。そして、あの子が帰ってくるというのがわかるんです」

 

 リズの確信に触れて校長は驚き、グリーンの瞳で目の前にいる彼女を見つめていた。リズは微笑を浮かべた。

 

「姉妹ですから」

 

 校長室が静まり返ると、机の上の水晶玉に魔女のシルエットが現れた。彼女はリズの確信を証明するように言った。

 

「校長、リンクルストーンの兆しですわ」

 

「なにっ!!?」

 

「魔法界の中心に全ての魔法の輝石と二つの伝説が舞い戻ると」

 

 それを聞いた校長は立ち上がってリズを見つめる。

 

「言ったでしょう、帰ってくるって」

 

 

 

 黒いマントを広げて魔法の森から飛び立ったバッティが、ペガサスに跨り空に舞い上がったルークスが、別々の場所で同じ輝きを見た。ずっと高い空から魔法界の中心を成す大樹の頂上に向かって無数の彩の輝きが降りくる。

 

 海の上を飛んでいたチクルンも、大樹の頂に降りてくる輝きを見た。彼の顔に大きな笑みが浮かび、目には涙があふれた。

「帰ってきた! 帰ってきたぞーっ!!」

 

 

 

 空に浮かぶ五人の少女はリンクルストーンのゆりかごの中で眠っていた。一番外側に円環を形作る宵の魔法つかいの七つの支えのリンクルストーン、その内側で円に並ぶ伝説の魔法つかいの七つのリンクルストーンは惑星の自転のような軸回転をして球体を描いていた。その宝石の輝きが描く小さな惑星の内側に六つの守護のリンクルストーン、魔法学校の制服の5人の少女、クマと黒猫のぬいぐるみが浮かんでいた。そして緑と赤のエメラルドのリンクルストーンが輝石の惑星の中心にあって核となっている。この二つのリンクルストーンが発する輝きが、少女たちを温かく照らしていた。

 

 モフルンとリリンだけが意識を取り戻していて、ゆっくりと降りてゆく宝石の惑星の中から、近づいてくる魔法界の景色を見下ろして笑顔になった。

 

 5人の少女と二人のぬいぐるみは、リンクルストーンと共に魔法界の中心にある大樹の頂上へと至る。少女たちはまるで宙を漂う綿毛のように、ごくゆっくりと青草の絨毯の上に下ろされ、それと一緒に二十二のリンクルストーンも頂上の広場に落ちて、エメラルドとレッドエメラルドから眩い輝きが失せた。ただ一人、まだ空中にいたラナが浮力を失った。そして小百合のお腹の上にドフッと落ちた。

 

「ぐはっ!? ちょっ、ちょっとなに!?」

 

 小百合が目を覚ますと、ラナがうつ伏せで小百合のお腹の上に被さっていた。小百合は上半身起こすと周囲をぱっと見てからラナの体を揺らした。

 

「ラナの起きなさい!」

 

「みらい、リコ、はーちゃん」

 

 モフルンが三人の名を呼びながら体を揺すっていく。リリンもなかなか起きようとしないラナの頭の上に立って、その頭をペシペシと叩いた。

 

「ラナ、起きるデビ! ご馳走があるデビ!」

「うえぇ!? ごちそうぅ~っ!?」

 

 一瞬で覚醒して起き上がったラナに小百合は呆れかえった。

 

 ことはとリコとみらいも目を覚まして体を起こす。

 

「う~ん、ここは?」

 

 まだ寝ぼけ眼のみらいが目を瞬き、リコは周囲の状況を冷静に確認していた。

 

「ここは……」

 

「残念ながら、我々は天に召されてしまったようデビ」

 

 リリンが悲しそうな顔を作ってラナに言うと、

 

「うええぇーーーっ!!? じゃあここ天国~っ!?」

 

 近くで凄まじい声を出されて、小百合は心臓が止まりそうになった。それからラナは目に涙を浮かべて言った。

 

「ご馳走食べたかったなぁ……」

「天に召された後の言葉がそれなのね……」

 

 小百合の顔から苦い笑いが収まらなかった。それから彼女はため息混じりにラナに言った。

 

「安心しなさい。あんたの体重は死んだって感じじゃなかったわ。周りの景色を見てここがどこだからわからないかしらね?」

 

「うん~?」

 

 ラナはキョロキョロするが、どうやら思い出せないようだった。

 

 それまで無言だったことはが立ち上がって歩き、頂上の広場の端から先に広がる景色を見つめて目を輝かせた。

 

「はーっ! きれい~!」

 

 ことはが両手を上げて感動する。その周りに自然と他の少女たちが集まった。ことはを真ん中に、左側にリコとみらい、右側にラナと小百合が立ち、一番外側にいるみらいと小百合はモフルンとリリンを片手で抱きあげていた。

 

 少女たちは以前にもここから魔法界の広大な海や空や島々を見た事がある。それなのに以前とは全く別の景色をみているようで、深い感動が胸に沁みた。その穏やかな景色を見ながら5人の少女たちは自然に手をつないでいた。

 

「本当にきれいだね」

「なんだか不思議な感じね。まるで生まれ変わったような気分だわ」

 

 みらいとリコがラベンダーとマゼンダの瞳を潤ませて言った。

 

「帰ってきたのね、わたしたち……」

「よかった~、ご馳走が食べられる~」

「ああっ! もう、あんたは!」

 

 ラナに感動をぶち壊しにされて、小百合は怒ってしまいそうだった。そんな空気をラナがさらに急角度の発言で破壊した。

 

「フレイア様がいないよ……わたしたちは帰ってこれたのに……」

 

 それは小百合も考えていた。どうしようもないことなので、もう何も言うまいと心に決めていた。素直で直情的なラナには、その気持ちを抑えることはできなかった。

 

「フレイアならここにいるよ~」

 

 ことはが、こともなげに言うと、全員の視線が彼女に集まる。ラナと小百合は思考が停止して鳩が豆鉄砲を喰らったようになり、しばし呆然と、ことはを見つめていた。

 

『え? ええっ? ええぇーーーっ!!!?』

 

 二人の感情と言葉が爆発した。

 

「どこどこどこどこ!!? フレイア様どこ~!!?」

 

 ラナが訳もわからず、ことはの周りをぐるっと歩いて隅々まで見て、最後に四つん這いになり、ことはの足を上げて靴の底を見た。それを見ていた小百合は急に興奮が冷えて突っ込んだ。

 

「あんた、さすがにそこはないでしょ。まあ、気持ちはわかるけどね」

 

「はーちゃん、まさか」

 

 リコには思い当たる節があって言うと、ことはが頷いてリンクルスマホンを取り出した。

 

「フレイアはここだよ」

 

 ことはがスマホンの表紙を開けると、サークルの下にあるディスプレイの中で小さな存在が眠っていた。それを目の当たりにしたリコはやはりと思う。後からのぞき込んだみらいの目が輝いた。

 

「うわぁ! 昔のはーちゃんみたいだね!」

 

 小百合とラナがスマホンに顔を近づけて、まじまじと中で眠っている小さな妖精を見つめた。二人の疑るような目が次第に見開かれ、黒と碧眼の瞳が煌めいてゆく。

 

 妖精の赤子の大きさは親指程で、紫銀の髪の生える頭の上に青い桔梗のような形の小さな花飾りがある。ピンク色のベビー服の胸の中心に青い球の宝石があって、その周りに小さな葉っぱの飾りが四枚付いていた。ベビー服の袖から出ている小さな小さな手足が時々動いた。

 

「間違いないよ! すんごいちみっこくなっちゃってるけど、これフレイア様だよ!」

 

 例え姿かたちが変わっても、それがフレイアだと二人には分かった。

 

「……ことは、どういうことなの?」

 

 小百合はフレイアの無事を知ると、喜ぶよりも前に疑問をぶつけていた。

 

「ヨルムガンドの中にいる間は、レッドエメラルドがフレイアをずっと守っていてくれたんだよ。闇の魔法からレッドエメラルドがフレイアを守るためには、小さな命に戻す必要があったの」

 

「そう……よかった……」

 

 小百合の表情がくしゃっと歪んで目からポロポロと涙が零れ落ちる。感極まった小百合は、ことはをきつく抱きしめて言った。

 

「ありうがとう……」

 

「これはわたしの力じゃない。小百合とラナのフレイアを思う気持ちに、レッドエメラルドが答えてくれたの」

 

「でも、あなたがフレイア様とつながっていてくれなければ、こうはならなかった。だから、ありがとう」

 

 抱き合う二人の姿をみらいとリコは笑顔で、ラナは涙を浮かべて見ていた。

 

「う~」

 

 スマホンから声が聞こえて小百合は、ことはから離れた。

 

「起きたみたいだよ。二人とも、フレイアを見てあげて」

 

 スマホンの液晶のような画面から、小さな光が浮かび上がり、それが移動してゆっくりと小百合の手のひらに上に降りた。光が弾けて消えると、妖精の赤子に戻ったフレイアの姿が現れる。

 

「うわ~、かわいい……」

「こんなに小さいのね」

 

 小百合とラナが小さな命を見つめていると、リリンが羽を動かして小百合の手の高さまで浮き上がってきた。

 

「このかわいさには、さすがのリリンも敵わないデビ」

 

 小さなフレイアは小百合たちの姿を見ると、小さな手足を動かして可愛らしい笑い声を出した。そんな愛らしい姿を一緒に見ていたリコが言った。

 

「小さくなっても、ちゃんと小百合とラナのことがわかるみたいね」

「赤ちゃんになって喋れなくなっても心は通じ合ってるよ」

「とっても嬉しそうモフ」

 

 みらいに続いてモフルンが言った。小百合とラナは胸の底から温かい気持ちが湧いてきて、赤子のフレイアを何よりも愛おしく思う。ラナがフレイアのほっぺをつっつくと、小さな顔に満面の笑顔が咲いた。

 

 可愛らしいフレイアの姿はどれだけ見ても飽きなかったが、そのうちに欠伸をしてコロンと寝てしまった。小百合はそれを見守りながら言った。

 

「まだ眠いみたいね」

 

 ことはがスマホンを開くと、フレイアがまた小さな光になって、今度はスマホンの中に戻っていった。そして画面の向こう側に寝ている赤子の姿が映った。

 

「さあ、魔法学校に戻りましょう。きっと、みんな心配しているわ」

「戦いが終わってから、どれくらいの時間が経っているのかしらね?」

「そうね、一日くらいじゃないかしら?」

 

 とリコが予想して小百合に言った。

 

「いこう! いこう! ごちそうだ~!」

 

 ラナが拳を上げて意気揚々と歩き出す。

 

「わたしもお腹すいたよ」

「はーっ! はーちゃんも~」

 

 ラナの後を、ことはとみらいが歩き、最後尾にリコと小百合が並んで歩いていく。みんな遠足にでも行くように、うきうきとした楽しい気持ちだった。

 

 魔法学校に戻り、校長先生を始めとする教員たちと感動の内に再会した時、あれから一週間も経っていると知らされて、みんな驚くのだった。



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また会う日まで

 それから残り少ない夏休みを、少女たちは精いっぱい楽しんだ。ご馳走を食べ、たくさんの友達と会い、魔法商店街や魔法工場街に出かけたり、エリーの家に集まってリンゴのお菓子作りなんかもした。もうすぐ別れの時が来る。みんな分かっていた。だからこそ、それを忘れて思いっきり楽しんだ。

 

 

 

 ことはとフレイアが魔法界とナシマホウ界の間につないだ道はなくなってしまった。それを知った校長先生が、リズを始めとする優秀な魔法つかいを集めて、みらいと小百合をナシマホウ界に帰還させる方法を探ってくれた。ことはもそれに協力して、一つの方法が導き出された。

 

 夏休み最後の日、リコとラナを筆頭に、みらいと小百合に縁を結んだ人たちが魔法学校を抱く大樹の頂上に集まった。普段は立ち入り禁止の場所だが、今日この日だけは特別に入ることが許された。こんなにも多くの人間がここに足を踏み入れるのは前代未聞のことであった。

 

 青草の敷き詰められた頂上の広場に魔法の扉が立っていた。その前に、ことはがいて、その後ろにみらい、リコ、小百合、ラナが並んで見ている。モフルンとリリンはみらいと小百合に抱かれていた。更に彼女らの周囲を数人が囲んでいた。校長先生にリズ、教頭先生、生徒ではケイ、ジュン、エミリー、妖精のチクルン、そして小百合とラナがお世話になったエリーもいた。

 

 ことはが手のひらに乗せるアメジストのリンクルストーンが宙に浮いて、魔法の扉の一番上にある魔法陣の中に納まった。

 

 ことはが振り向いて、みらいと小百合に言った。

 

「アメジストとエメラルドの魔法を合わせて、ずっと遠くの世界まで行けるようになるって」

 

「この扉で宇宙空間を隔てたナシマホウ界まで行けるなんて……」

 

 小百合はみんなを信用はしているが、話が遠大すぎて心配になってくる。その方法を発案した校長先生が、みらいと小百合の隣にきて言った。

 

「アメジストとエメラルドと皆の魔法を使う。二つのリンクルストーンに、ここにいる者たちの魔法が合わされば可能となる。正し、これは一回限りの魔法じゃ。ナシマホウ界と強くつながる君たちの思念があって初めて成せる魔法なのじゃ」

 

 校長先生の理路整然とした説明に小百合が安心する。

 

「びえーん!!」

 

 ことはのところから、いきなりすごい泣き声が聞こえた。スマホンが浮かび上がって、それから飛び出した小さな光が、ことはの手の上で妖精の赤子の姿になる。フレイアが大声をあげて泣いていた。それを見てリコが寂し気に言った。

 

「お別れするってわかるのね」

 

 ことはは何も言葉にせずに小さなフレイアを見つめる。その目は娘の成長を見守る母親の目だった。

 

『ええぇーん!!』

 

 今度はケイとエミリーがもらい泣きして声を上げる。それをジュンがうざったそうに見て言った。

 

「二人とも、泣くなって!」

「だって、みらいと小百合にもう会えないかもしれないんだよ!」

「ジュンは寂しくないの!?」

 

 ケイとエミリーに責め立てるように言われて、ジュンは自分の気持ちをごまかすように二人から目をそらして言った。

 

「そういう辛気臭いのはなしだ! 明るく見送らないと、みらいと小百合が帰り辛いだろう!」

 

「みんな、今までありがとう」

 

 小百合の感謝に3人の少女が頷いた。ジュンも瞳に涙を浮かべていた。

 

 そして、別れの時が近づく。

 

「では始めよう。皆のもの、準備はよいか?」

 

 校長先生の号令で、みんなが魔法の杖を持った。そして、ことはの手からエメラルドがセットされたリンクルスマホンが浮かんだ。エメラルドとアメジストが同時に輝いて共鳴し合うと、そこにいる全員が魔法の杖を扉に向けて呪文を唱えた。

 

『キュアップ・ラパパ! 魔法の扉よ! ナシマホウ界へ!』

 

 みんなの魔法で大きな扉の下に、伝説の魔法つかいの五芒星と宵の魔法つかい六芒星が合一した魔法陣が現れる。それは周りで見ている者たちの足元にまで届くほど大きかった。

 

「校長先生、これを」

 

 みらいと小百合が校長先生に魔法の杖を差し出す。

 

「うむ、預かろう、君たちが再び魔法界に来るその時までな」

 

『よろしくお願いします!』

 

 みらいと小百合は二人で頭を下げた。それから、みんながみらいと小百合の周りに集まってくる。

 

 小百合はまず、エリーに向かって言った。

 

「今までお世話になりました。エリーさんと一緒に生活していた時は、お姉さんがいたらこんな感じなのかなって、いつも考えていたんです」

 

「わたしもよ。かわいい妹たちができて、とても楽しい毎日だったわ。あなたたちが居なくなると寂しくなるわ」

 

「エリーさんから受けたご恩は一生涯忘れません」

「小百合ちゃん……」

 

 エリーが小百合を抱きしめる。少しの間そうしていた。

 

 それから小百合は、教員たちに向かって改まって言った。

 

「校長先生、教頭先生、リズ先生、本当にお世話になりました。短い間でしたが、色々なことを学ばせて頂きました」

 

「あなたのような優秀な生徒がいなくなるのは残念なことです。魔法学校にいてもらいたいくらいですよ」

 

 いつも難しい顔の教頭が、この時ばかりは柔和な笑顔を浮かべていた。

 

「おやおや、教頭がナシマホウ界の子にいてほしいとは、これは明日は虹色の雪でも降るのではないか?」

 

「校長!」教頭先生がいつもの怖い顔に戻った。

 

「いやいや、冗談じゃ。小百合君は本当に優秀な生徒じゃからな」

 

 校長の冗談が悲しい雰囲気を緩和してくれた。

 

「教頭先生の言う通りだわ。あなたには、魔法学校でもっと沢山のことを学んでほしかった」

 

「リズ先生が勉強を教えてくれたから、あそこまでやれたんです」

 

「あなたが努力したからよ。リコもずいぶん焦っていたものね」

 

「お姉ちゃん! わたし別に焦ってなんていないし!」

 

 リズがくすりと笑うと、リコが頬を不服そうに膨らませた。

 

「そんなにやっきになって否定することないじゃない。このわたしが相手なんだから、焦って当然よ」

 

 リコの不服顔が小百合に向けられる。

 

「焦ってなんてなかったし。別にあなたのことなんて、何とも思ってなかったから」

 

「よく言うわね。ああ、残念だわ! もう少しここにいて、テストであなたをけちょんけちょんにして、吠え面かかせてやりたかったわね」

 

 心の底から残念そうに言う小百合にリコの顔が引きつった。

 

「今帰って正解よ。テストでけちょんけちょんにされて吠え面かくのは、あなたの方だから」

 

「あーら、言ってくれるわね」

 

「わたしは客観的な判断の上で、冷静に現実を見据えているだけよ」

 

「主観的な判断の間違いでしょう。対抗意識を燃やしすぎて、思考がカオスになっているわね」

 

「そ、そんなことないし、わたしは冷静だし」

 

 二人の言い合いを周りがポカンとしてみていた。対抗心を燃やしまくっていた二人が不意に笑顔になった。

 

「本当に残念だわ、リコのいない世界にいくのはね」

 

「わたしが一番になれたのは、小百合がいてくれてからよ。あなたに足元をすくわれそうになって気合が入ったもの」

 

「リコがいないと張り合いがないけれど、わたしも向こうの世界で一番を目指すわ。あなたも他の誰かに足元をすくわれないようにね」

 

「まかせなさい。次はもっと実技を磨いて、完璧な一番を目指すわ」

 

「あなたならなれるわ、完璧な一番に」

 

 最後はお互いに素直な気持ちにを分け合った。

 

 それからチクルンが小百合の目の前に飛んできて言った。

 

「わざわざ妖精の里から見送りに来てやったんだぜ、感謝してくれよな」

 

 チクルンのそんな小生意気な態度にも、小百合は笑顔で答えた。

 

「わたしはあんたという友達を誇りに思っているわ」

「な、なんだよ急に!?」

 

「体が小さくても、力が弱くても、勇気をもって立ち向かえば状況は変わる。あんたがわたしたちを何度も助けてくれたことは決して忘れない。さようなら小さな勇者」

 

 チクルンは恥ずかしがったりせずに、その言葉をしっかりと受け止めて言った。

 

「達者でな」

「小さき者よ。これからもせいぜい足掻くがよいデビ」

 

 小百合に抱かれているリリンが言うと、いい感じで終わった空気をぶち壊しにされたチクルンが苦笑いする。

 

「お前、最後までそんな嫌味なこと言うのかよ。まあ、リリンも元気でやれよ」

「チクルン、さらばデビ」

 

 小百合の会話が終わると、みらいが近づいて、ことはとリコと三人で抱き合った。

 

「さよならは言わないよ、また会えるって信じてるから」

「また会えるその日まで」

「元気でね、みらい! モフルン!」

「みんな、体には気を付けるモフ」

 

 みらいは目の奥が熱くなって涙が出そうになるが、ぐっとこらえていた。

 

 3人の別れが済むと小百合は、ことはと彼女の手の上にいる小さなフレイアを順に見つめる。

 

「ことは、フレイア様のことをお願いね」

 

「まかせて! みらいとリコがわたしにしてくれたみたいに、愛情いーっぱいに育てるから!」

 

「あ~っ、う~っ!」

 

 小さなフレイアが小百合に向かって小さな両手をのばしてくる。小百合は指でフレイアの頭を綿毛にでも触れるようにやさしくなでた。

 

「お母さんの言うことをよく聞くのよ」

 

 その横でラナが小百合を見上げていた。小百合はラナに向かって、ごく普通の日常の会話をするように言った。

 

「あんたも一緒にくるでしょ」

「えっとぉ。……わたしは魔法界に残るよ。おばあちゃんのリンゴもあるし~」

 

 それを聞いたみらいたちは驚愕してしまった。ラナが小百合についてゆくのが当然のように思っていたからだった。

 

 小百合は悲しいとか辛いとか言う気持ちを飛び越えて唖然としてしまっていた。

 

「……そう。あんたが自分でそう決めたのなら、何も言わないわ」

 

 小百合はいつもと同じ口調で淡々と言った。小百合らしいと言えばそうだが、ラナと小百合の関係を考えるとその態度はあまりにもドライで、みらいたちの驚きが心の痛みにかわっていく。

 

「行きましょう、みらい」

「え? う、うん……」

 

 みらいは小百合とラナの顔を何度も往復して見た。これでいいはずがないと、みらいは確信的に思う。リコとことはも同じ気持ちだった。モフルンとリリンも悲しげだった。でも、小百合の真顔には強い決意が現れていた。それが、みらいたちに声を上げさせなかった。

 

 みらいと小百合はぬいぐるみを抱きながら、一緒に歩いて魔法の扉の前へ。二人が扉に手を触れて故郷の風景を浮かべると、扉がゆっくりと開いていった。

 

 その時、ラナの瞳からあふれた涙が流れ落ちた。堰を切ったように流れる涙で顔を濡らしながら、小百合と共に歩み続けた小柄な少女が言った。

 

「小百合……行かないで……」

 

 ラナは誰にも聞こえないように声を抑えていた。けれど、すぐ近くにいたエリーがそれを聞いていた。

 

「ラナちゃん……」

 

 扉が完全に開いて少女たちの足元に広がる二つの魔法陣が輝きを放った。そして、扉の向こうに、みらいと小百合がよく知る風景が見えてくる。もう一度みんなの顔を見ようと振り向いた時、みらいの目に泣きじゃくるラナの姿が映って胸が強く締め付けられた。

 

「小百合、本当にこれでいいの?」

 

 みらいが祈るような気持ちで聞くと、小百合は俯き加減で黙っていた。目は前髪に隠れていて見えなかった。

 

「いいわけないでしょ」

 

 小百合は突然、走り出した。彼女は俊足であっという間にラナの目の前にきて、その手をつかんだ。驚いて顔を上げたラナから涙が飛び散る。

 

「小百合っ!?」

「あんたは連れていく。たとえ嫌だと言ってもね」

 

 驚いて見上げるラナの目じりから涙が止めどなく零れていた。小百合はその顔をじっと見つめて言った。

 

「なんで今さら遠慮なんてしてるのよ、あんたらしくもない!」

「小百合……わたし……」

 

「何も言わなくていい。あんたの考えていることなんて全部わかるんだからね」

「ほんとにいいの……?」

 

 小百合を見上げるラナの背中に温もりが伝わる。リコがラナの背中を押してくれていた。

 

「あなたは行くべきよ」

「はーっ! よかったね、ラナ!」

 

「リコ、はーちゃん……」

 

「ラナちゃん、お婆ちゃんのリンゴ畑はわたしが守っていくから安心して行って」

 

「エリーお姉ちゃん……」

 

 もう一度、ラナの碧眼から涙があふれて流れる。その涙の意味は先ほどとはまったく違っていた。

 

「わたしはずっと前からラナを友達だなんて思っていなかったわ」

 

 小百合の唐突すぎる発言を、ラナはあどけない顔で見上げている。

 

「わたしはラナをずっと家族だと思って接してきた。迷惑だなんて誰も思わない。巴も、喜一さんも、お爺様も、みんなあんたの帰りを待ってる」

 

 ラナは歓喜と共に押し寄せる涙を思いっきり流して声を上げた。

 

「うわあぁ~~~ん! さゆりぃ~っ! ほんとは一緒にいきたかった~!」

 

 小百合はラナを抱きしめる。

 

「まったく、あんたは……」

 

 二人の姿は誰の目から見ても家族だった。

 

「行くわよ、ラナ!」

 

 小百合がラナを引っ張って魔法の扉に向かっていく。小百合がラナの手を握る強さは痛いくらいで、いつも強い意志と言葉で引っ張ってくれる小百合は、ラナにとって姉か母親のように頼りになる存在だった。

 

 ラナは扉の前で小百合とみらいの間に立つと、両手をいっぱいにあげて喜びをみんなに届けた。

 

「小百合とずっと一緒にいられるなんて、さいっこうにファンタジックだよ! みんな、本当に! 本当に! ありがと~!!」

 

 小百合とラナは思い残すことなく扉の向こうのナシマホウ界に向かって歩き出す。みらいは名残惜しそうにリコとことはの顔をもう一度見て微笑を浮かべた。そして背を向けると、リコが扉に向かって走り出す。魔法の扉が閉じる寸前の時、リコは手を伸ばしたい衝動を抑えて立ち止まった。目の前にあったのは、いつもと変わらない姿の魔法の扉であった。

 

「……前みたいに急な別れじゃないから、今回は大丈夫」

 

 誰かが肩に触れてリコが振り向くと、リズが立っていた。リコの抑えきれぬ涙が頬を伝い、耐えがたい悲しみをぶつけるように姉の胸に飛び込んだ。

 

「お姉ちゃん……」

 

 リズは妹を抱いて言い聞かせた。

 

「リコ、よく頑張ったわね。姉として誇りに思うわ。あなたはもう立派な魔法つかいよ」

 

 リコとは対照的に、ことはは涙の一粒も見せなかった。彼女は手の上にいる小さな妖精のフレイアに顔を近づけて言った。

 

「はーちゃんは泣かないからね。お母さんは強くなくちゃいけないの」

「ふうぅ?」

 

 小さなフレイアが首を傾げると、ことはは満面の笑みを浮かべた。



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二つの世界、少女たちの歩み

これが最後のお話しになります。

ずいぶん長い話になりました。至らぬ点も多くあると思いますが、精いっぱい力を尽くして書きました。

ここまで読んでくださった方々に心からの感謝を申し上げます。

本当に、ありがとうございました。


「ええっと、ここは……」

「さっき教えたでしょ。一度戻って公式をちゃんと覚えて」

 

 みらいの部屋で小百合が厳しめに言っていた。二人で数学の勉強をしている。ラナはそこから少し離れたテーブルの上で、やっぱり勉強を強いられていた。みんなそれぞれの学校の制服姿だった。

 

 ナシマホウ界に帰ったみらいと小百合に気の休まる暇などなかった。魔法界の楽しかった日々の反動のように、受験戦争という容赦のない戦いに放り込まれた。

 

「この貝の公式って難しいよぉ。それに食べられそうな感じ」

 

「そっちの貝じゃないからね。冗談言ってる場合じゃないでしょう。平方完成の計算が苦手だって言うから、解の公式を教えたのよ」

 

「これも難しいよぅ……」

 

「まあ、式によっては普通に計算した方が楽なんだけどね。でも、これさえ覚えれば、どんな問題でも解くことができるわ。とにかく、つべこべ言わずに覚えてね」

 

「はい……」

 

「うわあぁーっ!」

 

 いきなりラナが頭を抱えて叫び出す。

 

「なによ! うるさいわねぇ!」

 

「小百合~、むりぃ~、これ覚えられない~」

 

「覚えなきゃナシマホウ界で生活できないの! 何としてでも絶対に覚えなさい!」

 

「はうぅ……」

 

 ラナがやっているのは、ナシマホウ界の言葉を覚える勉強だった。学校の勉強の前に、これができなければどうしようもないのだった。

 

 ドアをノックする音が聞こえてから、お茶とお菓子の乗ったお盆を手に置いた今日子が顔を見せた。

 

「紅茶とケーキを用意したから、少し休んだら?」

 

 今日子がお茶の用意が整っているお盆をテーブルに置いた。

 

「うわ~い! ケーキ~!」

 

 ラナがもろ手を挙げて子供みたいに喜ぶと、小百合の顔が赤くなる。

 

「やめてよ。子供じゃないんだから、そんな大声出さないで」

 

「元気があるのはいいことよ」

 

 今日子から温かい目で見られると、小百合はさらに恥ずかしくなった。

 

「気を使って頂いて、ありがとうございます」

 

 小百合が頭を下げると、今日子がその姿をまじまじと見ていた。

 

「あの、なにか?」

 

「礼儀正しい子だと思ってね。小百合ちゃんは、リコちゃんに似ているわね」

 

「リコに……確かに似ているところはあると思います」

 

「小百合はリコに負けないくらい頭もいいんだよ! ちょっと、怖いけど」

 

 みらいが最後に余計な言葉を付け加えるので、小百合は素直には喜べない微妙な気持ちになった。

 

「それはそれは、ありがたいことこの上なしね。リコちゃんがいなくなってから、みらいの成績少し落ちていたものね」

 

「ええっと、それはその……」

 

 みらいが目をそらしていると、今日子が満面の笑みをたたえながら小百合に頭を下げた。

 

「娘をよろしくお願いします」

「はぁ、はい」

 

 まるで家庭教師にでもお願いするような今日子の態度に、小百合は少し面食らっていた。

 

 今日子が一階に降りると、テレビを見ていた大吉が眼鏡の奥から優し気な眼差しを妻に向けて言った。

 

「みらいの新しいお友達かい?」

「ええ、今みんなで勉強中よ」

 

「あの子たちの着てる制服って、お金持ちばっかりの私立の学校のだよね。みらいはどこであんな子たちと知り合ったんだろう?」

 

「そんなこと、どうだっていいじゃない」

 

 キッチンの方から声が起こる。みらいのおばあちゃんが急須(きゅうす)を持って出てきた。彼女はテーブルの上に出してある三つの湯飲みに順番にお茶を淹れていく。

 

「大切なのは、みらいに素敵なお友達が増えたっていうことでしょう」

 

「うん、うん!」と今日子が嬉しそうな顔でおばあちゃんの言葉に頷いていた。

 

 その頃、二階ではお茶会が始まっていた。

 

「この紅茶、だいぶ冷めちゃってるね」

「まあ、飲みやすくていいんじゃないの」

 

 みらいに言ってから、小百合が一口紅茶をすする。そして、まずいものでも食わされたような表情になった。紅茶は小百合の想像以上に冷めていた。

 

「温かい紅茶をご所望でありますか~っ!」

 

 ラナが二人に顔を迫らせて言った。なぜだか妙な迫力があって、二人ともびっくりして身を引いた。

 

「ま、まあ、できれば温かい方がいいわね」

「おまかせあれ!」

 

 ラナが先にひまわりのクリスタルが付いている杖を出した。

 

『え?』みらいと小百合は、一瞬状況が理解できなかった。

 

「キュアップ・ラパパ~、紅茶よ温かくなぁれ~」

 

 ラナが魔法の呪文を唱えて杖の先をティーポットに向けた。その瞬間、みらいと小百合は蒼白になった。

 

「うわぁーっ!?」

「ちょぉーっ!?」

 

 慌てた二人の少女から悲鳴とも絶叫ともつかない声があがった。そしてティーポットの蓋が上にぶっ飛んで、途方もない量の湯気が噴き出した。瞬く間に湯気が充満して、みらいの部屋が真っ白になった。

 

「うわぁ、大変だーっ!?」

「はやく窓を開けるのよ!」

 

 みらいと小百合が部屋中の窓を開けると、白いものがもくもくと外に出ていく。たまたまそこに通りかかった通行人が目を丸くして立ち止まる。

 

「火事か!? 火事なのか!?」

 

 通行人に向かって小百合が慌てて大声で言った。

 

「ちっ、違います! 気にしないで下さい! 本当に大丈夫ですから!」

 

 部屋に発生した大量の湯気が失せると、みらいは精神的な打撃を受けてその場にへたり込み、小百合は怖い顔になってラナに迫った。

 

「あんた! なんで魔法の杖持ってるのよ!」

 

「なんでって、持ってるから持ってるんだよ~。それよりもほら、紅茶温かくなったよ。ちょっと熱すぎたかもだけど~」

 

「蒸発してほとんど残ってないじゃない!? 一歩間違ったら本当に火事になるところだったわよ!」

 

 怒っている小百合の近くで疲れ果てた顔のみらいが言った。

 

「別れの感動に紛れて、ラナの魔法の杖を校長先生に渡すの、すっかり忘れちゃってたね……」

 

「なんてこと……」

 

 小百合は心底絶望してしまった。そしてラナから有無を言わさず魔法の杖を取り上げた。

 

「あ、なにするの~?」

「これは危険すぎるから、わたしが封印するわ」

 

「そんな、ミサイルか爆弾みたいに言わなくても~」

「あんたの魔法はミサイルや爆弾よりも危険よ!」

 

 小百合のヒステリックな大声は一階にまで響いた。そんな少女たちのやり取りを、みらいのベッドの上でモフルンとリリンが仲良く寄りそって見ていた。可愛らしいクマのぬいぐるみと、穏やかに目を閉じる猫悪魔のぬいぐるみ、二人共もう喋ることもなければ動くこともない。でもみらいと小百合は、ぬいぐるみたちが自分たちと同じ景色を見て感じていることを知っている。たとえ普通のぬいぐるみに戻ったとしても、心がつながっている家族だった。

 

 

 

 校長先生が机の上に白の書を広げて文章の一つ一つを読み解いては、時々難しい顔になって唸っていた。

 

「虚無の時代にありし閃光の魔法。その正体は今の時代よりも遥かに進んだ魔法の技術。魔法で動く鉄の巨人、魔法の力で空を飛ぶ巨大要塞、そしてコピーリンクルストーンによって生み出される閃光の魔法戦士か……」

 

 フレイアの魔法が解けたことにより、魔法界の過去に隠された歴史が今に現れた。とは言え、それは大昔の出来事であり、今の時代にそれを知り得るのは魔法界最古の歴史書を目にしたわずかな人間だけだった。この事実をどう扱うべきなのか。隠すことは簡単なことである。

 

「……近いうちにこの事実は公表せねばなるまい。特に、魔法界を守るためその命を落とした二人のプリキュアの存在は、皆に知らしめねばならぬ」

 

 すべてを有りのままに受け入れる。それが正しいと校長先生は考える。その過去がどんなに辛く悲しいものであっても、今の魔法界の人々ならしっかりと受け止めることができるだろう。校長先生はそう確信していた。

 

 

 

 魔法学校には清水に満ちた池がある。そこには清冽な水が噴水となって沸き上がり、池の中心には真円の浮島があった。生徒たちが休めるように、円形の浮島を縁取るようにつながった椅子があって、そこに魔法学校の制服姿の二人の少女が、傍らにとんがり帽子を置き、寄り合って座っていた。その姿をまたまた通りかかった校長先生が見つける。

 

 ことはがリンクルスマホンを開き、小さな花の蕾のあるペン型の魔法の杖を指の間でくるりと回してから、スマホンの長方形のディスプレイに、ペンのように尖った杖の先で光りの線を描いた。ディスプレイの上に小さなマグカップが描かれて、それが浮き出てことはの手の上で現実の物となる。

 

「ふぅ~っ!」

 

 リコの手の上に乗っている小さなフレイアが、空色のマグカップに向かって手を伸ばすような仕草をする。フレイアは少し大きくなっていて、背中に小さな四枚の翅が付いていた。二人の少女がその姿を見て、生まれたての赤子を見つめる母親のように目を輝かせた。

 

「はーちゃんも空色のスープ大好きだったんだよ」

 

 ことはがスプーンでスープをすくって近づけると、フレイアはそれを夢中になって飲んでいた。

 

「はーっ、か~わい~! はーちゃんも昔はこんなに可愛かった?」

 

「ええ、今のフレイアに負けないくらい可愛かったわ」

 

 微笑みを浮かべる二人の少女に、銀髪の美丈夫がいつの間にか近づいてきた。

 

「ほう、少し大きくなったのだな」

 

「校長先生、そろそろ飛ぶ練習も始めようかと思っているんです」

 

 リコの話を聞きながらその手の上にいる幼い妖精を見て、校長も愛おし気に微笑んだ。

 

「この子も、ことは君のように特別な魔法つかいになるのかのう」

 

「絶対になりますよ! はーちゃんがしっかり教育しますから!」

 

 ことはがトンと自分の胸を叩いた。

 

「はりきっちゃって。はーちゃんったら、すっかりお母さんね。ここ最近は、言葉使いまで変わってきているわ。もう昔のはーちゃんとは違うみたいね」

 

「みらいとリコみたいに、優しくてしっかりしたお母さんになって、フレイアをちゃんと育てるの」

 

 ことはがスプーンから空色のスープを飲みほしたフレイアを見つめると、幼い妖精の口の周りに、白い泡が付いて髭のようになっていた。

 

「大きくなったら、はーちゃんのお仕事手伝ってね~」

 

 青くて小さな花模様のあるグリーンの瞳で、ことはを見つめる小さなフレイアは、愛らしい顔に笑顔の花を咲かせて声を上げた。

 

「うんまっ!」



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