世界英雄譚 (仮面ピコ)
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第一章
プロローグ


初投稿です。

大した文章を書くことができず駄文ですが生暖かい目で見てくれると嬉しいです。

それでは本編いってみましょう。
レッツ&ゴー!


とある家の何も置かれていない殺風景な白一面に覆われた一室に、少女がベッドで寝ていた。

少女は身体中ボロボロで、腕や足に包帯を巻いていた。

髪は黒色のショートヘアーで、顔も整って美人な方だが、何処かバカっぽい雰囲気を醸し出している。

そんな少女がカーテンから溢れる日の光を浴びゆっくりと目を開けた。

 

?「ん、ぅん…」

 

久しぶりに目を開けたせいか、太陽の光が眩しく感じるようで中々目を開けられない。 

少女は身体を起こそうと力を入れるが、 

 

?「痛っ!?」

 

身体中に痛みが稲妻のように走り、思わず声を上げてしまう。

一回深呼吸をし、痛みが引いたことを確認し、今度はゆっくりと起き上がった。

 

?「身体中ボロボロになってる…。 それにしても、ここは何処なんだろ? なんでここで寝てるんだろ…?」

 

ここにいる以前の出来事を思い出そうと記憶を漁ってみるが、何度やっても思い出せなかった。

 

?「あ、あれ? なんで思い出せないの?」

 

少女は必死に思い出そうと試みたが、何度脳内を整理しても思い出すことはできなかった。

 

?「目ぇ覚ましたみたいやな。無事で良かったわ。なんで思い出せないのかはわしが説明するわ」

 

記憶を模索するなか、一人の青年が部屋へ入室し少女に声を掛けた。

 

 

ー?side

 

 

部屋の中に青年が入ってきた。

歳はあたしと同じくらいで、黒いコートに白いシャツ、黒いズボンに黒い靴を履いてる。

全身ほぼ真っ黒、まっくろくろすけかよこの人は。

そして何よりの特徴は…。

 

?「耳大きい…」

 

?「殺すぞ、おぉん?(^ω^#)」

 

流石に失礼すぎた。

他の人より耳が大きくて横に出ちゃってるせいで余計に大きさが際立ってるから目立つとは思ってたけど、心の声があたしの口から知らぬ間に出ちゃったみたい。

きっと妖怪の仕業だね。

 

失礼極まりない(自覚済み)発言を聞いたこの人は絵に描いたような怒り方しちゃってるし。

っていうか、この人の後ろから白い粒子と一緒にオーラみたいなの出てるんですけど!?

完全にドラ○ンボールだよこれ!?

ヤバいよヤバいよ、あたし人造人間達のように吹き飛ばされて死にたくなんてないからね!?

 

?「ご、ごめんなさい! 冗談だったのでこのか弱い美少女であるあたしを許してください!」

 

?「自分で美少女って言うのかよ。 まぁわしも冗談とは言えやり過ぎたからな、すまない」

 

おー、オーラが消えていく。どんなマジック使ってるんだろ。

 

?「とりあえず自己紹介しとこう。 わしの名前はリョウ。世界の監視者だ」

 

世界の監視者?

なんだろそれ、美味しいの?

政治の人のお偉いさんってところ?

 

リョウ「傷はまだ完全に治ってないとは言え、無事そうでなによりや。 記憶の方は寝ている前の出来事のショックで思い出せないだけだろうが…」

 

急に雰囲気が悲しいものに変わって大きな溜め息をついた。

あたしのことについて何か知ってるのかな?

 

?「あたしに何があったのか知ってるの?」

 

リョウ「あぁ。そのことについてはわしが「私が説明いたします」えっ…フォオン様!?」

 

リョウさんが言葉を発したときには、すぐ側には綺麗な女性が立っていた。

白い衣装を纏った金髪のロングテール、歳は20前半くらいだと思うけど、第一印象で思ったことは、凄く綺麗。

女性であるあたしでも見惚れてしまいそう。

 

フォオンと呼ばれた女性はあたしの方を向き、さっきリョウさんと同じように悲しい表情をした。

 

フォオン「申し訳ありません。 あなたを巻き込んでしまって。 簡潔に言ってしまうと、あなたは魂が崩れ消滅しそうになったんです。 消滅を免れるためには、種族を変える以外に蘇生方法がなく、人間の種族から天使に変わってしまったんです」

 

…Wats'?

ナニイッテンダ! フジャケルナ!

 

リョウ「いきなり言われて混乱するし信じられないのは分かる。 詳しいことは話す前に、今の話が夢でもなければ嘘偽りでもない現実だと確認する方法ならある。 背中の方を触ってみ?」

 

?「背中? 背中に何かあるの…って、えっ、何これ!?」

 

背中に腕を回してみれば、まあびっくり、なんとあたしの背中に白い翼が付いているんだから!

この人達にコスプレされたのかなって思ったけどそんなんじゃぜんぜんなさそう。

あたし自身でもこの翼が自分の身体の一部だって感覚があるから。

へー、凄い。フワフワでふっさふさ。小動物を触ってるような感触。

もっふもふじゃ~…って言ってる場合じゃないよ!

 

?「こ、これどういうこと!? あたしに何が起きたの!? えっ、えええええ~!?」

 

リョウ「白澤愛莉、本当に申し訳ない。これは現実なんや」

 

 

この物語は、ある不慮な出来事により、種族が変わってしまった一人の少女の物語と、それを支え続ける世界の監視者の物語である。

 

 

 




いずれキャラクターの設定集を作りたいと思っています。

ここまで読んでくれた読者の皆様に感謝します。
これからも愛読してくれれば嬉しいです。


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第1話 天・使・転・生

サブタイトルって考えるの大変ですね。

プロローグも様々なジャンルのネタを出しましたが、元ネタは分かりましたか?

今回も様々なネタが飛び交ってます。


 

 

ーアイリside

 

 

リョウ「……で、わざとらしく叫んだところで落ち着いたか?」

 

アイリ「あっ、バレました?」

 

リョウ「お前よくそんなことになっても落ち着いてられるなぁ。 わしやったら泣き出しそうになるのに」

 

アイリ「あたしこれでも焦ってるんだよ?自分の背中にこんな綺麗な純白な翼が生えたら普通びっくりしちゃうよ!?」

 

どっかのファンタジーの作品みたいなことになってるんだから、誰だってびっくりしちゃうよ。

みんなもそうだよね!

でも、こんなファンタジーみたいな展開、憧れてたんだよね~(´∀`*)

 

リョウ「なんで目をキラキラさせてんだよ」

 

フォオン「ど、どうやら調べた限りでは本当にこういった出来事が大好きな部類な人間なのですね」

 

アイリ「えっ、調べたって?」

 

リョウ「あの出来事が起こった後にどういう人間なのかを『コア・ライブラリ』を使い調べさせてもらったのさ」

 

分かんない単語が出てきたけど、あたしの個人情報が丸裸にされたってこと?

スケベ! 変態! 訴えてやる!

 

リョウ「白澤愛莉。 横浜に住む高校2年生。 一人暮らしで趣味はアニメや漫画観賞。 ゲームもかなりの作品をやりこんでありかなりオタクではあるけど学習面では優秀な成績を収めている。 身長は190㎝、髪は茶、筋肉モリモリ「ちょっと! 途中からコマンドーネタになってるよ!?」あと調べた中には、スリーサイズや体重も「いやー言わないで~!!」うおっ!?」

 

言わせてたまるかあたしの秘密を!

身体の傷なんて今はどうでもいい、この人の口を塞がないと、塞がないと…あたしのスリーサイズが…!

 

リョウ「いや、あの、それをわしが知ってるってことはもちろんこの場にいるフォオン樣も知ってるから」

 

アイリ「あっ…」

 

そ、そうか、そうだよね。良く考えればそうじゃん。

もうアイリちゃんのバ~カ(ゝω・)テヘッ

でも、このリョウさんにはあたしのスリーサイズや体重も知ってるってことじゃん!

あうぅ…恥ずかしい///

 

リョウ「まぁわしは気にしてないけぇ大丈夫やで。調べたくて出たわけやないんやし」

 

アイリ「あたしは気にするよー!///」

 

リョウ「す、すまん。あと種族が天使に変わってしまったおかげか、お前の身体の傷、治ってるみたいやな」

 

あっ、ホントだ、ぜんぜん痛くない。

ありがとう、いい薬です。

薬飲んでないけど言いたくなっちゃう。

 

フォオン「あの…そろそろ説明をよろしいでしょうか?」

 

リョウ「すいませんフォオン様、待たせてしまって」

 

フォオン様って人はベッドに腰掛け何処からか取り出した柿ピーを食べてる。

リョウさんがフォオン様って言ってるこの人っていったい誰なの?

柿ピーを一旦置き、流れるように綺麗で長い髪を整え立ち上がりあたしの方を向く。

 

フォオン「紹介が遅れてしまいましたね。私の名は女神フォオン。 全世界を統一する神です」

 

凄いこと言い出したよこの神様。

人のこと言えないけど厨二病の部類の人なのこの神様は?

神様って言ってるところでヤバいんだけど、色々と。

 

リョウ「お前なんか失礼なこと考えてなかった?」

 

アイリ「ナンノコトカナー」

 

リョウ「やれやれ…。フォオン様、説明するの疲れますし文章の短縮も考えて、アイリの頭の中に直接知識をぶちこんでやりましょう」

 

おいコラ働け作者。

 

フォオン「分かりました。そうしましょう。ではアイリさん、失礼しますね」

 

フォオン様は腕を上げあたしの額に指を付ける。

正直大丈夫なのかどうかすっごく不安。

 

フォオン「心配はいりません。 脳の神経が焼ききれなければいいのですが…」ボソッ

 

小声でこっそり言ったつもりなんだろうけど丸聞こえだからね神様!

お願いだからまともな人を呼んで!

全世界を統一する神様に殺されるとか洒落にならないから!

Help me えーりん!!

 

 

~~~~~

 

 

皆さんはパラレルワールドというものがあるのを信じますか?

 

パラレルワールドとは、ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指す。

並行世界、並行宇宙、並行時空ともいう。

異世界、魔界、四次元世界などとは違い、パラレルワールドは我々の宇宙と同一の次元を持つ。

SFの世界でのみならず、理論物理学の世界でもその存在の可能性について語られている。

 

アイリが住んでいた世界は、別世界からは『現実世界』と呼ばれている。

『現実世界』とは、この小説を読んでいるあなた達の世界のことです。

ファンタジー溢れるような世界とは違い、魔法や魔道、世界を滅ぼすような輩や魔物もいない、平和な世界だ。

 

その『現実世界』と間接的に繋がっているのが、天使達の住まう『天界』、悪魔達の住まう『冥府界』などがある。

 

『天界』と『冥府界』は互いに争いあっており、『冥府界』に住まう悪魔達は相容れぬ存在である天使達を滅ぼそうと絶えず攻めこんできていた。

更には『現実世界』にも降り立つ悪魔が現れるため、天使達は下界である『現実世界』に降り、人々を守る闘いを繰り広げていた。

 

『現実世界』ではエクソシストと呼ばれる人間に取り憑いた悪魔を払う者達が存在するが、対処できない緊急の場合は天使達が『現実世界』に降り悪魔達を払う。

現在の悪魔は、エクソシストなどの特別な能力を持った者たちならず、誰にでも実体として目視できるようになっており、極めて危険な存在になっている。

アイリが生きている現在から約1000年前、全世界がバランスを崩すほどの出来事があり、その影響からか、悪魔達が実体化する現象が起き始めたのだ。

 

そしてアイリは天使と悪魔が戦っていたその場に運悪く鉢合わせしてしまい、アイリを逃がそうとした世界の監視者であるリョウの力と、天使と悪魔のぶつかり合う力を諸に受けてしまったため、魂が崩壊し消滅仕掛けたのだ。

 

 

~~~~~

 

 

ー三人称side

 

 

アイリ「消滅を免れるためにあたしは種族が変わり天使になっちゃったってこと、なんだよね」

 

リョウ「…そういうことやな。改めて謝らさせてくれ。本当に申し訳ない」

 

リョウは深々と頭を下げアイリに謝罪した。

何の関係もない彼女を巻き込んでしまった悲しみ、彼女を守れなかった自分自身への怒り、後悔、 悔しさ、様々な感情が入り交じっている表情だった。

 

アイリ「頭を上げてリョウさん。なってしまったものは仕方ないことなんだから」

 

リョウ「そ、そうやけど…」

 

アイリ「突然のことにあたしも驚いちゃってるけど、起こってしまったものはどうにもならないし、くよくよしたって何も変わらないもん」

 

先程のふざけていたような態度とは一変し、顔付きも真面目なものへと変わり、まっすぐな瞳でリョウを見ながら言う。

 

リョウ(この子は思った以上に屈強な心の持ち主なんだな。心があまり傷付いてはいないようだから安心したわ)

 

アイリの反応を見てリョウは安堵の息をつく。

この子は、自分の運命が変わったとしても決して折れない強いということが分かった。

 

アイリ「それに…」

 

リョウ「それに?」

 

アイリ「あたしこういうファンタジーみたいな展開に憧れてたんだ~♪」

 

リョウ「へっ?」

 

思わず素っ頓狂な声を上げた。

真面目な時の表情は何処へやら、目をキラキラと輝かせ笑顔で語り始める。

 

アイリ「転生物の小説やアニメとか良くあるじゃん。 転生するときに特別な力を貰える的なやつ。 あたしも何か力があったりするのかな? クエストを受注してモンスターを狩ったりして、最後には魔王を倒すみたいな王道ストーリーもいいよね♪」

 

リョウ「…(汗)」

 

ただオタク気質なのはどうにもならないようだが。

どんな人物なのか事前に調べている筈だったリョウでさえ度肝を抜かれる程であった。

 

?「非現実的な事か…リョウも最初そういうのに憧れてたんだよね?」

 

リョウ「んなもん前の話やろうが」

 

アイリ「へ? 今の声誰?」

 

この場にはアイリ、リョウ、フォオンの3人だけしかいないのだが、アイリにとっては聞き覚えのない、まだ幼さが残る少年の声が聞こえた。

 

?「いきなりじゃ分かんなかったよね。ここだよ、ここ、リョウの胸のポケットの中にいるよ~」

 

半信半疑ではあったが、アイリは目を凝らしリョウの胸のポケットを見つめる。

するとポケットの中から白い小さな物体が出てきて、ヒョコヒョコとリョウの

体をつたい動き肩へと移動していった。

ポケットから出てきた存在は、顔の描かれてあった消しゴムだった。

それを分かってか分からずか、それを見たアイリは、

 

アイリ「ナニコレ? はんぺん?」

 

?「僕ははんぺんじゃないよ! 僕の名前はピコ。消しゴムのピコだよ」

 

ピコと名乗った消しゴムは胸があると思われる部位がないのに胸を張るような動作を見せる。

 

アイリ「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!」

 

ピコ「え、えらいオーバーリアクションだね…」

 

アイリにとってはこれから驚くことがまだまだあるようだ。

 

 




作者の名前にもありますピコというキャラクターは、私が小学生の頃に描いてた漫画の主人公です。
思い入れが強すぎるせいで是が非でも出したかったキャラクターです。


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第2話 そうだ、天界行こう

今回も様々なネタが多数入ってます。
よくこんなにも尽きないなと自分でも思ってます笑


 

 

ーアイリside

 

 

アイリ「…と、まぁ、また大袈裟に言ってみたりした」

 

リョウ・ピコ「だと思った」

 

今更消しゴムが喋るくらいでビックリなんてしないって。

あたしが転生されることに比べればぜんぜん驚きじゃないもん。

 

とりあえずあたしがこれからどうするかを話し合うことになった。

天使である以上、あたしはもう今まで過ごしてきた故郷とも言える現実世界には帰れなくなってしまったからね。

僕も帰~ろ♪ お家がないよ♪

 

ピコ「流石に一人で天界に住まわすわけにもいかないんじゃないかな?」

 

リョウ「知識は脳内に多少ぶち込んだとは言え、詳しいところまではさっぱりやからなぁ。 やっぱり一人で住まわすのは不味いだろう」

 

フォオン「時空防衛局で一時的に預けてもらうのはどうでしょう?」

 

リョウ「一時的に預けるだけであって、会議などで話し合いを済ませたところでアイリにとっては不慣れな世界に行かされてしまうことに変わりはないので、適切とは思えません。 アイリにとって、快適に過ごせる世界を見つけないと…」

 

ピコ「リョウ、やっぱりやたら気に掛けちゃってるね」

 

リョウ「当たり前や。わしのせいでこんなことになったと言ってもええんや。 わしが、守らなければならなかったのに…」

 

フォオン「リョウ、先程アイリが申し上げたように、あまり自分を責めないことです。 あなたとは長い付き合いなどで、辛く苦しく悲しいのは分かりますが、あなたが一番、そう思ってはいけないと理解しているはずではないんですか?」

 

リョウ「…そう、でしたね。すいません」

 

ピコ「リョウも色々苦労してるもんね。提案なんだけどさ、この天界でリョウとアイリが一緒に暮らすってのはどうなの?」

 

アイリ・リョウ「えっ!?」

 

 

ー三人称side

 

 

ピコの考えにリョウは目を丸くした後に相変わらず滅茶苦茶だな、と息を吐いた。

このすっとんきょうな考えは昔からかわらないのだとつくづく思うが、誰も予想だにしない、奇想天外とでも言う案を出すところがピコの良さなのだが。

 

リョウ「そ、それは色々と大丈夫なのか?」

 

アイリ「大丈夫だ、問題ない」

 

リョウ「そのセリフを聞くとまったくと言っていい程信用できないんだが」

 

アイリ「ダイジョブダイジョブ。ナンクルナイサ~」

 

ピコ「ほら、アイリも大丈夫って言ってるんだから、寛大(笑)な心を持っている世界の監視者(笑)のリョウなら引き受けてくれるよね?」

 

リョウ「(笑)が余計なんだよ! 年頃の女の子ってのもあるし、天界に住むからと言って安全が保証されるわけやあらへんねやから!」

 

アイリ「あたしが危なかったら、リョウさんが護ってくれるんでしょ?」

 

リョウ「えっ…護るのは、勿論やけど…」

 

不安気な表情を浮かべ目線を下に向ける。

 

ピコ「恐れちゃダメだよ、リョウ」

 

リョウ「ピコ…」

 

ピコ「これまでリョウがどれほどの苦難があって、いくつもの人を護れなかったのかは僕が一番知ってる。 でもそれは過去の話。 護れなかったと言う罪は、背負っていかなきゃいけない、僕自身もそうだから。

リョウは昔誰かの言葉を借りて言ってたよね。 男の仕事は8割は決断、あとはおまけみたいなものだって。 例え無謀だって分かってても誰かを護るために戦うって。 今までそうしてきたんだから、今回もできるよ」

 

リョウ「分かっている。分かっていてても、わしは…」

 

フォオン「あなたはもう、何度も失敗をするような人間ではない。 この私でさえ分かっていることなのですから。 それに、あなたが護らなければ、大事なこの子を、誰が護るのですか?」

 

ピコ「そうだよ、だってこの子は「ピコ!!」っ!」

 

自信がなく心許ない表情から一変し、怒気を含んだ声を上げ、下に向けていた目線がピコの目を捉える。

睨めつけるような鋭い視線にピコはその場で固まってしまい、今まで落ち着いた口調で話していたリョウが突然声を荒げた事によりアイリは肩を竦めてしまう。

 

リョウ「あまり余計なことは言わないでよ? 次言うようなことがあれば、流石のわしでも容赦なんてものはないからね?」

 

ピコ「ご、ごめん、気を付けるよ」

 

ピコはやってしまった、というのが顔に出ているような表情を見せ、その場から1、2歩後ずさる。

リョウが肩にいるピコに顔を横に向けて話しかけていたためアイリからは見えなかったが、一瞬だけリョウの左目は金色に輝いていた。

 

リョウ「すまないアイリ、声を荒らげてしまって。 もう躊躇はしたりはせぇへん。

アイリ、お前が良かったら、天界で暮らせへんか? 現実世界のように安全という保証はない、何が起こるか分からんからわしがお前を護衛しながらになるんやけど、それでもええか?」

 

覚悟を決めた目でアイリの目を見つめる。

 

アイリ「うん、分かった、ぜんぜんいいよ~」

 

リョウ・ピコ「かるっ!?」

 

アイリはリョウの申し出を軽く承諾した。今さっきまでの重苦しい空気を突風、いや、暴風の如く吹き飛ばした。

 

アイリ「あたし危ない目にはあいたくないもん。 リョウさんが護ってくれたこの命は、大切にしたい。 まぁ天界に興味があるから、あたしのことだから色々徘徊したくはなるけど、何かあたしの身に危険があったらリョウさんが護ってくれるんでしょ?」

 

リョウ「あ、あぁ、もちろんだ」

 

アイリ「だからあたし、リョウさんと天界に行く。 けって~い!」

 

まだ見ぬ世界で何が起こるかも分からぬ魑魅魍魎とした世界を恐れることもせず、憧れていたファンタジー溢れる世界に行けることに心が騒いでいた。

リョウはアイリの喜ぶ様子を見て思わず頬が緩んだ。

 

アイリ「あっ、でもこの超絶美人のアイリちゃんと一緒にいるなら色々と約束を守ってほしいことがあるからね?」

 

リョウ「(自分で美人って言うなよ…)なんだ?」

 

アイリ「リョウさんは何歳か知らないけど、リョウさんもあたしも御年頃だろうから、あたしのお風呂上がりや着替えてるときは覗かないでね☆」

 

リョウ「覗かないよ!」

 

アイリ「分かんないよぉ。 そんなこと言いながらあたしの身体に欲が芽生えて耐えられずにあたしに襲い掛かって同人誌みたいなことになるかもよ?」

 

リョウ「しないって! この小説そういう感じの小説やないから!」

 

アイリ「メタい! そしてあたしはそんなエロキャラじゃない! 変態という名の淑女なだけ!」

 

リョウ「自分で言うなって」

 

アイリ「もし覗くようなことがあれば 、『ゴットフィンガー』くらわしちゃうぞ~」

 

リョウ「はいはい、ワロスワロスwww」

 

アイリ「軽く流された!? このまっくろくろすけのでか耳お猿~!」

 

リョウ「あぁん?(^ω^#)」

 

アイリ「うわぁゆでダコみたい。 まぁとりあえずあたしと暮らすんだったら気を付けてよね☆」

 

リョウ「『☆』を付けるのが腹立つな」

 

アイリ「キラッ☆」

 

ピコ「何それ?」

 

アイリ「ご存知ないのですか!? あたしも知らないけどね」

 

リョウ「知らへんのかい! いやいやお前のことだから絶対知ってるだろ!」

 

アイリ「あたしはあるゆるネタを言うことを、強いられているんだ! 強いられているんだ! 大事なことなので2回言いました!」

 

リョウ・ピコ(駄目だこいつ早く何とかしないと…)

 

フォオン「私が空気になりつつありますけど、とりあえず天界でアイリとリョウが住む家を準備しておきますね」

 

リョウ「ありがとうございます、フォオン様」

 

フォオン「私は一旦戻り手続きや準備などがありますので、ここで失礼しますね。

リョウ、アイリを連れて天界で待っていてください」

 

リョウ「分かりました。では後程」

 

フォオンの後ろに白く輝く光の扉が現れる。

フォオンは扉の中の光に吸い込まれるように入っていく。

フォオンの姿が見えなくなったと思うと光の扉も消えてしまった。

 

リョウ「よし、わしらも天界に行ってフォオン様を待っとくとしよう」

 

アイリ「『とんでもねぇ、待ってたんだ』って言って銃を乱射するの?」

 

リョウ「フォオン様にんなことできるか!ていうか映画のネタだろうがそれ! …はぁ、アイリのネタにかまってたらキリがねぇよ。 ほら、さっさと行くよアイリ」

 

アイリ「だが断る」

 

リョウ「置いてくぞワレ」

 

アイリ「冗談だよ~分かってないなぁ。 そんな人には某ロボットが使うドラグーンをお見舞いしちゃいますぞよ~?」

 

リョウ「やれるもんならやってみろバカもんが。 わしが本気を出しゃあまりの恐ろしさに某眼鏡を掛けた少年のように逃げ出すことやろう」

 

アイリ「ふんだ、誰がリョウさんなんか…リョウさんなんか恐かねぇ! 野郎ブッコロシャアアアアア!!」

 

リョウ「やかましいわ!!」

 

ナイフを持つような構えをしたアイリがリョウ目掛けて走り寄った。

リョウはいい加減アイリとのネタのやり合いに痺れを切らしたのか、大きく振り上げた拳をアイリの脳天にぶつけた。

 

アイリ「ぴかちゅう!」

 

効いているか効いていないかは定かではないが、リョウの拳を真っ正面から受けたアイリは奇妙な声を上げベッドへと倒れた。

 

皆さんは女性の方を簡単に殴るようなことはしないようにしましょう。

 

アイリ「ダメダメよ☆」

 

リョウ「もうやだこの子…」

 

 




リョウは現時点ではかなり謎が多いキャラです。
最初はよく分かんないかもしれませんがご了承ください。
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第3話 いきなり襲撃とか卑怯だ!

最近の楽しみが小説を書くことになりつつある。


ーアイリside

 

これまでの、あたしに起きた3つの出来事!

 

1つ、魂が消滅仕掛けてしまったところをフォオン様とリョウさんに助けられる!

 

2つ、あたしの身に何があったのかを伝えられる!

 

3つ、リョウさんとピコさんと共に『天界』へ向かうことになった!

 

Count the medal's!

現在、アイリの使えるメダルは…!

 

アイリ「…なんてあるわけないけどね」

 

リョウ「なに一人でぶつぶつ言ってるんだよお前は」

 

包帯を外し服に着替えたあたしは『天界』に行く準備をしていた。

リョウさんはフォオン様と同じ白く輝く扉を出した状態であたしの前に立っている。

これは某青い猫型ロボットが使うどこでもドアみたいなやつ?

それとも何処に出るか分からないどこかのドア?

 

アイリ「この扉って壊せたりするの?」

 

リョウ「どうやったらいきなりそのぶっ飛んだ考えになるんだよ」

 

アイリ「冗談だよ~。 これをくぐればゴートゥーヘヴンできるの?」

 

リョウ「向かう世界的には強ち間違ってないからつっこみができんな。 そうだ、これは今は天界へと繋がっている。 取り敢えず天界の中で唯一存在するシェオルって都市に行くからな」

 

リョウさん曰く、この扉は『ワールドゲート』と呼ばれる、世界を行き来できるものらしい。

名前は単純だけどある一定の人だけが使用できる凄い代物みたい。

世界を誰もが容易に渡れるようになったらまずいため、特別な人にしかこの扉を出せる能力は持てないってでか耳…じゃなくてリョウ君が言ってた。

 

ディケイドに出てくる灰色のオーロラみたいなもんなんだね。

 

アイリ「よし、早速行ってみようよ! 他の世界に行けるなんて、あたしワクワクすっぞ!」

 

あたしは楽しみすぎて子供のようにその場でピョンピョン跳ねて喜んでた。

こんなことしてあたし子供みたい。

まだ17歳で子供だけど。

 

アイリ「さぁリョウさん早く! 輝きの向こう側へ!」

 

リョウ「はいよ。そう急がせるなよ」

 

あたしはリョウさんの手を引いて『ワールドゲート』の中へと入っていく。

 

ー三人称side

 

 

白い雲が延々と広がる大地、と言うより雲海とも呼べる純白の景色が広がるなかに、白く輝く扉が出現した。

扉が開き光の中からアイリとリョウが出てきた。

 

アイリ「新大陸だー!」

 

リョウ「もはや大陸ですらないけどな。ここが天界だよ」

 

アイリは瞳をキラキラさせ異世界に来たことに胸を踊らせる。

因みに足場は雲になってはいるがすり抜けることはなく地面のように足をつけることはできる。

 

リョウ「おかしいな。こんな場所で出るつもりなんてなかったんやけど…」

 

アイリ「ミスは誰にでもあることだよ。…フッ( ´_ゝ`)」

 

リョウ「お前後でキン肉バスターの刑だからな」

 

アイリ「酷い! 冗談だとは思うけど許して~!」

 

雲の上なので頭をおもいきりぶつけたとしても致命傷にはならないと分かっていたからか、鼻で遇われ額に青筋を浮かべるリョウにアイリはその場で跳び上がり見事なジャンピング土下座を決めてみせた。

リョウはそんな無駄な勇姿を見せているアイリを余所に顎に手を当て自分のミスと思われる原因を考えていた。

 

リョウ「……っ、そこにいるの誰だ!」

 

?「流石世界の監視者、バレてしまいましたか。」

 

リョウが睨み付けた雲の大地がふっくらと盛り上がった。

そして雲の中から異形な存在が姿を現した。

頭部は日本の妖怪にいるぬらりひょんのようになっており、口からは二本の鋭い牙が下に生え、背中からは黒く大きな翼を生やしている、真紅色のタキシードを着た存在だった。

 

アイリ「うわ何こいつ!? 強キャラ臭が漂ってるよ!?」

 

リョウ「たしかにこいつは強キャラだな。お前、悪魔のベレトだな。 お前なら空間をいじくることくらい容易いやろうなぁ」

 

ベレト「そのとおりです。 その娘をシェオルに連れて行く前に殺しておかなければならないのでね」

 

リョウ「何が目的でアイリを殺そうとしているんだ。 アイリは何の力もないただの女の子だったんだぞ」

 

ベレト「人間を殺すのに理由なんていりますか?」

 

ベレトが右腕を上げると、それが合図だったのか、雲の中から次々と槍や剣を持った悪魔の兵士達が現れ、殺気に満ちた目をアイリとリョウに向けていた。

リョウはできれば事を穏便に済ませたかったが、悪魔達に言葉による交渉が通じるわけもないと分かってはいた。

悪魔の乱暴かつ横暴なやり方には溜め息をつくしかなかった。

 

リョウ「そっちから喧嘩売ってきたんや。 殺るからには、殺られる覚悟もあるんよね?」

 

リョウは右手を左側の腰へと動かす。

コートで見えてはなかったが、腰には剣を納めるための鞘が装備されていた。

特異な箇所を上げるとすれば、他の鞘とは違い極端に短いということだ。

短剣やナイフでも納まらないような短い鞘に納められている剣の柄を掴み鞘から引き抜いた。

引き抜かれた直後は鍔から先は刀となるものは存在しなかったが、鍔から黄金の電気のようなエネルギーが放出され剣の形を生成したと同時に電気のようなエネルギーは長剣を生成した。

 

リョウが使用する武器である剣、その名はアルティメットマスター。

 

リョウ「全員纏めて掛かってこんかい!」

 

リョウの挑発に軽々と乗った悪魔達は獣のような咆哮をあげ武器を振り上げ一斉に襲い掛かる。

リョウはアルティメットマスターの剣先を悪魔達に向け剣の形をした光弾、『ソードバレット』を数発撃ち込む。

何人かに光弾が命中し悲鳴を上げながら悪魔達は消滅していった。

光弾をすり抜けた悪魔達はそれぞれの武器を降り下ろしリョウに攻撃を仕掛けた。

リョウはアルティメットマスターを振るい武器を払っては相手の体を斬り裂き、攻撃をアクロバティックに避けては斬りつけていき次々と悪魔達を倒していく。

 

アイリ「おー! 抜刀斎並の強さだ!」

 

リョウ「おい! 下がってろ危ないぞ!」

 

アイリ「あたしにも戦える力があったらなんとかできるのに…。 ユクモノ装備とかないの?」

 

リョウ「んなもんあるわけねぇだろ!」

 

「余所見してちゃいけないぜぇ!」

 

隙を狙った一人の悪魔兵がアイリに近付き剣を突き刺そうと間合いを詰めていった。

 

アイリ「う、嘘っ!? うおおお神回避!」

 

アイリは身を捩らせなんとか悪魔兵の攻撃を避けることに成功した。

安堵の表情を浮かべている暇はなく、悪魔兵は次なる攻撃を繰り出そうとしていた。

 

リョウ「アイリ! うおおぉら離れろゴミがぁ!」

 

悪魔兵「ぐがぁっ!?」

 

リョウは右足を地に着け膝を少し曲げる動作をすると、ふくらはぎが左右に展開し、機械の内部が見える箇所から小型のミサイルが数発発射され、悪魔兵へと命中していく。

断末魔を上げながら爆発の衝撃と共にその身を消滅させた。

 

リョウ「おまえら動くなよ! 動くと痛いぞ! 『テオ・ソードスラッシュ』!!」

 

リョウは接近してきた悪魔兵を斬り払った後にアルティメットマスターを両手に持ちパワーを集める。

光が集まり光がアルティメットマスターを巨大化させたと同時に大剣と化したアルティメットマスターを振るい一気に周囲にいた悪魔兵達を一掃した。

 

ベレト「おやおや、あれだけの数をもう…」

 

リョウ「そんなしたっぱばっかりを寄越したのが悪いんだよ。 どうする? 直接殺り合うか?」

 

アルティメットマスターを雲の大地に突き刺し挑発気味にベレトに語りかける。

 

ベレト「良いでしょう。 では、失礼して…先手を取らせていただきます!」

 

フルーレを取り出したベレトが落ち着いた口調に似合わない速度でリョウに間合いを詰め剣先をリョウの心臓を目掛け突き出した。

 

ピコ「はいドーン!」

 

ベレト「ぐはっ!?」

 

リョウの胸元のポケットに潜んでいたピコがベレトの攻撃が直撃する前に跳び出し人間サイズへと巨大化、自身の武器である『ピコピコハンマー』を取り出しベレトの顔面を思い切り殴った。

 

手がないのにピコはどうやってハンマーを持っているかは触れないことにしておこう。

 

流石に予想外だったらしく、強力な打撃を受け後方へと吹っ飛ぶ。

そこをリョウは見逃す訳もなく、リョウは素早く剣を構え先程よりも多い数だが小さいの剣の形をした光弾、『ソニックソードバレット』を繰り出す。

マシンガンのように放たれる光弾をベレトは数発を受けてしまったが、流石悪魔の幹部と言ったところか、体勢を立て直しフルーレを振るい光弾を弾き、翼を広げ空中へと逃げ去った。

 

ベレト「ぐぅっ!相棒である消しゴムまでいたとは…」

 

ピコ「あちゃー。 もう一発くらいぶっとけば良かったかな。 まさか不意打ちがこうも上手くいくとスッキリするね♪」

 

アイリ「見た目に反して怖いこと言うね。某ロボットと名前はかぶるけど、正に白い悪魔」

 

ピコ「いや~それほどでも」

 

リョウ「誉めてねぇよ。 さぁどうするね? ピコもいるのにまだ一人で殺る気?」

 

ベレト「今日は分が悪いですね。退かせていただきましょう。 覚えておいてください、次こそは必ずその娘を殺しに来ますからね」

 

ベレトはフルーレをしまい翼を広げ何処かへと飛んで行ってしまった。

リョウは特に深追いすることもなく、アルティメットマスターを鞘の中に納めた。

 

アイリ「あれ、終わり? 幹部の人っぽかったけど結構あっさりと帰って行ったね」

 

ピコ「相手が悪かったんだと思うよ。 僕とリョウは色んな世界でもそれなりに名前が知られてるくらい強いんだから」

 

ピコは胸があると思われる部位がないのに再び胸を張るような仕草を見せた。

 

リョウ「自慢話はええよ。なんであんなにすぐに去っていったのかも気になるところやけど…。 それよりも、アイリ、大丈夫やったか?」

 

アイリ「突然だからびっくらこいたよ~。 anotherなら死んでた」

 

リョウ「ネタを言うくらいやから大丈夫みたいやな。すまなかった、護ることができなくて…」

 

アイリ「大丈夫だよリョウさん! あたしは昔から逃げるのは早かったんだから! 今のあたしなら青鬼からも逃げ切ることも可能だよ!」

 

リョウ「ふふ…そうか。ありがとうアイリ。 次こそは必ず護るよ、指一本触れさせやしないから」

 

アイリ「期待しとくね♪ ガードナー並の防御力を見せてね♪」

 

アイリはくるりとその場で回り、スキップをして目的地へと向かおうとする。

 

リョウ「そっちやないよ!何処行くね~ん!」

 

アイリ「ほえ?」

 

~~~~~

 

 

?「間違いはなかったのだな」

 

ベレト「えぇ、あなたの言った通りの娘でしたよ。 まさか、本当に生きていたとは思いませんでしたが」

 

ベレトが跳び去った場所は先程とは打って変わった黒い雲が広がる雲海だった。

ベレトと話をしているのは、ベレトと同じく悪魔であった。

長く黒い髪に白い肌、そして何よりも異彩を放っている黒く巨大な手を持つ悪魔だ。

 

?「あの場で死んだと思っていたが、監視者に救われたようだな。 まさかあの小娘が後の脅威となる存在とはな」

 

ベレト「サタン様はご存知なのか?」

 

?「気付いているかは定かではないが、言う必要もなかろう。 邪魔な監視者さえいなければ、即座に片付けれる」

 

ベレト「ほう、アンドロマリウス直々に動くと言うことかな?」

 

アンドロマリウスと呼ばれた男は不敵な笑みを浮かべ巨大な右手を握りしめた。

 

アンドロマリウス「時は近いだろうな。 我々の脅威となる小娘を潰し、絶望の色に染まる監視者の姿を拝みたいものだな」

 

天使の対となる存在、悪魔。

彼等の陰謀が、動き始めようとしている。

 

 

~~~~~

 

 

アイリ「リョウさ~ん、ここは何処でしょうか~?」

 

リョウ「……」

 

天界の都市、シェオルまで黙々と歩き続けること数分。

沈黙に耐えきれず痺れを切らしたアイリが言葉を発した。

声は当然聞こえてはいたが、リョウは敢えて返答せず右から左に受け流し無視をする。

 

アイリ「プロデューサーさ~ん、ここは何処でしょうか~?」

 

リョウ「……」

 

アイリ「あれ? リョウさん?」

 

リョウ「……」

 

アイリ「リョウさ~ん❤」

 

リョウ「あーもうやかましいね! お前のネタに突っ込んでたらキリがないってことはもう分かってんだから、静かにしててくれよ。 今は天界の中央都市であるシェオルに向かってるんだから」

 

無視をしようと決心していたが、アイリのネタ発言の騒々しさに折れてしまい止む無しにツッコミを入れる。

 

アイリ「楽しみだな~♪ 着いたらとりあえず盗んだバイクで走りだそう!」

 

リョウ「……」

 

アイリ「あー、無視するんだ。 良いのかな~そんなことしちゃって? あたしの頭に付いてる見えないアイスラッガーが飛んでくるかもだよ?」

 

リョウ「……」

 

アイリ「ぐぬぬ…。このでか耳お猿ー!」

 

リョウ「あぁん?(^ω^#)」

 

アイリ「あ、やっぱり聞こえてるんじゃん! 耳にバナナが刺さってて聞こえてないのかと思ってたよ」

 

リョウ「黙らっしゃいこのアホガール!! 『老若男女無差別拳』!」

 

思わず拳が出てしまった。

技名を言っているが、ただの拳骨に過ぎず、本気を出していないため痛みは多少和らいでいる。

 

アイリ「にゃーす!」

 

二人は天界の中央都市、シェオルへと向かうのであった。

めでたし、めでたし。

 

ピコ「めでたいの?」

 

リョウ「めでたくない、全く」

 

 

 




絵文字とかあんまり使わない方がええんですかね?
教えてエロい人。


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第4話 ようこそ、新たな我が家へ

携帯アプリのゲームやあつ森で忙しい日々でした。
それでは第4話どうぞ!


アイリ「あーホントにでけぇな、あーホントにでけぇな。何で二度も言うのよって言われたから、言ってないよって返したの」

 

リョウ「二度目は木霊やったんやろ? もうどんな話か分かるからやめてくれ。 しかもお前そんな経験してないだろ」

 

アイリ「まぁたしかにしたことはないよ当たり前だけど」

 

リョウ「お前のいうことはアホらしい嘘しかねぇからホントの事を言ったところで信じれんがな」

 

アイリ「そんな!? リョウさんはずっとあたしを信じ続けてくれるナイトだって言ってくれたのに!?」

 

リョウ「一言も申したことがないんやけど…」

 

アイリ「あたしを裏切って寝返るの!? 360度も」

 

リョウ「180度だこの歴史的バカもんが」

 

アイリ「オンドゥルルラギッタンディスカー!!」

 

リョウ「…お前やかましいから後で波動拳をお見舞いしてやる」

 

アイリ「じゃあアタシは滅・波動拳をお見舞いしてやる!」

 

リョウ「はいはいワロスワロスw」

 

アイリ「ぐぬぬ…。あっ、そういやリョウさんって猿の惑星って映画に出てたよね?(笑)」

 

リョウ「耳を見ながら言うな! やかましいわいアホガール!!」

 

アイリ「えんぺると!」

 

リョウの耳は他人と比べても大きい部類に入り、更には横に出ているので尚更目立っている。

生まれつきのものなのでもどうしようもないのだが、この耳のせいで仲間や友人からは『でか耳』やら『猿』などと散々な言われよう。

勿論、悪乗りで言っていることは承知なので嫌悪感はまったくないが、冗談ばかりを唱えるアイリに対しては罵られカチンと来てしまい、ついつい悪乗り感覚で拳が出てしまった。

当然だが手加減はしてある。

 

リョウ「ったく…。おっ、見えてきた」

 

ベレトとの戦いの後、暫く歩き続けること数十分したところで目的地である天界にある都市、シェオルが目視できるほどの場所までやって来た。

見えたとは言ったものの、目の前にあるのは100メートルはあるであろう石で作られた巨大な壁だった。

 

アイリ「何これ?ウォールマリア?」

 

リョウ「違うから。まぁ役割としては同じかもしれへんな。 異界から来るやつら、悪魔とかそこら辺の輩を入れさせないようにする壁やね。壁の上の方には見えないバリアみたいのが貼られてるから飛んで入ろうとしても無理みたいよ」

 

アイリ「あの壁の中にシェオルがあるんだね。 それにしても凄い高いし大きいんだね。怪獣王もビックリだよ」

 

アイリは壁を見上げながらリョウの横を離れることなく歩みを進める。

壁に近づくにつれ、高さと幅が10メートルはあるであろう巨大な門が二人の進行を阻んだ。

門の目の前には槍を持った一人の男が立ちアイリ達を見据えていた。

 

リョウ「やあザキエル。門番ご苦労様やね」

 

ザキエル「ん、良く見りゃ世界の監視者じゃないか。 どうしたこんなところに。

いつもなら直接『シェオル』に入ってきてるじゃねぇか」

 

監視者説明中…

 

ザキエル「そいつは大変だったな。まぁ事情は分かったから入りなよ。 今護衛の奴等の警備も解除させるからよ」

 

アイリ「えっ、ラシエルさん以外にも誰かいるの?」

 

リョウ「何も知らないなら気付かんやろうな。 門の上の方を見てみ。所々穴が空いた箇所があるから。 そこからわしとアイリは今天使兵達からボウガンで狙われてるから。」

 

アイリはリョウに説明された箇所である上の方を見上げた。

リョウが言った通り門の上部には穴が横に幾つも空いていた。

穴からはボウガンを持った天使兵達が矢先をアイリ達に向け構え警戒体制に入っていた。

ザキエルは目を瞑り天使兵達に警戒を解くようテレパシーを送ったためかすぐに警戒は解け、天使兵達はボウガンを下ろした。

 

アイリ「あたし達もう少しで蜂の巣になってたかもね」

 

ザキエル「随分と冷静なお嬢ちゃんだな。とりあえず門は開けるから通ってもいいぞ」

 

アイリ「門を潜る時に入門表は書かなくてもいいの?」

 

リョウ「言っとくが某忍術学園のような制度ではないからな。 ありがとうザキエル。門番引き続き頑張ってな」

 

リョウはザキエルの隣を横切る際に礼を言うと、それに答えるようにザキエルは軽く手を上げた。

アイリはリョウの後を小動物の様にヒョテヒョテと歩いて着いていき、リョウの隣に来ると同時に巨大な門が動きだし、天界の都市であるシェオルの街並みが目の前に広がった。

 

アイリ「おー!すごーい! あたしの思ってたのとぜんぜん違う!」

 

アイリの目の前に広がっているのは東京などの都市のように建ち並び天高く延びている建物がビルのような建物等だった。

地上には翼を生やした人、文字通り天使が街路を歩き、上を見上げれば白銀の翼を広げた天使が空を駆けている。

周りには宙に浮かぶ島々が浮いており、島の上にも建造物が幾つも建てられてある。

 

アイリ「でもこういうの見たことある気がする! 幻想的な魔法都市ってやつ?」

 

リョウ「簡単に説明したらそんなところやな。 割りと文明は発達してて現実世界とは唯一違うところがあるとしたら魔法みたいな力を使ってるってことぐらいだ。 魔法と科学が一緒に使用できるってところやね」

 

天使達が行き交う街路を歩きながらシェオルの街について簡潔に説明をした。

 

アイリは人間から天使に種族が変わったため背中からは翼が生えており、誰もが視認しても天使だと分かるためすれ違う天使達は特に気にもすることなく通りすぎていくだけだったが、アイリの隣を歩くリョウには、怪奇な目を向ける者達が何人もいた。

 

アイリ「あたし達なんか周りの人達から見られてない? やっぱり余所者とか思われたりしちゃってるのかな?」

 

リョウ「いや、あの目を向けられてるのはアイリやなくてわしにだ」

 

アイリ「どうしてなのかな?人間だから?」

 

リョウ「それもある。でもそれ以外にわしが世界の監視者ってのがある。 あまり良い目で見られるものではないからな。わし自身の存在そのものが」

 

何処か寂しそうな目をして呟いたのをアイリは見たが、触れるのは禁忌な気がしてしまい今の話を耳に入れておくだけし、慌てて別の話題を振る。

 

アイリ「と、ところで今から行く家って何処にあるの?」

 

リョウ「あぁ、それならあそこだ。 あそこに浮いている島の上にある豪邸みたいな家や」

 

リョウが上を指差す場所には他の島とは更に上空にある島だった。

流石に下から見上げているため、家を視認することはできなかったが。

 

アイリ「あんなに上にあるんだ。 それで、どうやって行くの?」

 

リョウ「もちろん飛んで行くんよ。 アイリも天使なんやから飛ぶことはできるはずやからね」

 

アイリ「おー!あたしもアイキャンフライできるんだ! じゃあ早速…セイリングジャンプ!\(^q^)/」

 

天に手を大きく広げ、勢い良く地を蹴り大空へと羽ばたく!

 

アイリ「はずだったのに…何で飛べないの~? orz」

 

リョウ「いきなりは無理だって。 元々人間やったのに突然天使になって翼の感覚をまだ持ってないアイリが飛べるわけあらへんやん。 翼をまだ動かすことできないでしょ?」

 

リョウが言うように、アイリはまだ翼を動かすことはできなかった。

アイリは背中の方に力を込めるような感覚を試してみたが翼は微動だに動かなかった。

生まれたての子鹿と同じで、練習をしなければ上手くいかないようだ。

 

アイリ「そんな~。 すぐにでも光の巨人のようにアクロバティックに飛べるものかとばかり思ってたのに」

 

リョウ「まぁ練習すればすぐにでも飛べるようになるから、そう気を落としなさんな。 とりあえず飛ぶ練習は後で教えるとして、フォオン様が待っておられる筈だから急いで新居に向かうとしよう。 わしが今から連れていくから」

アイリ「連れていくって、リョウさん飛べるの?」

 

リョウ「もちろん。まぁ見てろよ」

 

リョウがそう言うと、一瞬背中が白く輝き白い翼が展開された。

天使の翼とは違い、羽毛で覆われた翼ではなく白い粒子で生成された翼だった。

 

アイリ「うわぁ、綺麗…。 一瞬リョウさんも天使かと思っちゃったけど、そんな訳ないよね」

 

リョウ「一応聞いとくけどなんでだ?」

 

アイリ「すぐおふざけでぶってくるようなでか耳が天使な訳ないよね(笑)」

 

リョウ「ネタばっかり言って人を誹謗中傷するようなアホに言われたくはないな」

 

ピコ「それはリョウに同感だわ~」

 

アイリ「ピコさんまで酷いよ~」

 

リョウは目に手を当て泣くような仕草をするアイリを見てつくづくアホな子だと思い苦笑いした。

 

リョウ「さて、じゃあ早速行くぞ。 ほらアイリ、わしの背中に乗れ」

 

リョウはアイリに背を向け姿勢を低くしアイリを背中に乗せようとする。

 

アイリ「え、リョウさんの背中にあたしが乗るの!?」

 

リョウ「そうに決まってるやんか。他にどうやって運ぶんよ」

 

アイリ「そ、そんな、いきなり男性の背中に身を預けるなんて…恥ずかしいよ~///」

 

アイリは両手を赤く染まった頬に当て身を捩らせていた。

 

リョウ「なにいきなり乙女の顔を出してるんだよ。 じゃあ他の持ち方する? お姫様だっこくらいしか思い浮かべへんけど」

 

アイリ「よ、余計に恥ずかしいよ! じゃあおんぶで良いからしっかり持っててよね!」

 

リョウ「キャラがブレブレになってるぞ、お前」

 

アイリはわざとらしく膝を大きく上げ怒っているような歩き方でリョウに近付き背中に身を預け両手を首の後ろから回し落ちないように自身で固定する。

リョウはアイリの脚を持ち立ち上がり翼を広げ飛び立つ準備をする。

 

アイリ「それ以上脚の上のところは触らないでよ! 触ったら首にジャガーショックするからね!」

 

リョウ「しないっつーの。 じゃあしっかり捕まっとけよ。そいっ!」

 

勢い良く地を蹴り翼を広げ大空に飛び立った。

リョウはアイリが落ちないように体制を整えながら上昇していき、街路を歩いていた天使達は蟻のように見えるほどの高さまでやって来た。

アイリは高所恐怖症ではないので目を瞑ることなくシェオルの街並みを上空から見て目を星のように光らせていた。

 

アイリ「うわぁ凄いよ! あたし達ホントに飛んでる! あたし空を飛んでみるの夢だったんだよね!」

 

リョウ「…そうか。そう言えばそうやったな…。 これからは飛べるようになればいつでも好きなときに空を飛び回ることができるようになるよ」

 

アイリ「あー楽しみだな♪ あっ、リョウさん、絶対に落とさないでね? ぜっっったいに落とすようなことはしないでね?」

 

リョウ「えっと、それはフリとして捉えてええってことよね?」

アイリ「リョウさん目が笑ってないよ! やめてリョウさん今度あたしの残飯を分けてあげるから!」

 

リョウ「おもしろいやつだな、気に入った。殺すのは最後にしてやる」

 

リョウは微笑んだまま掴んでいたアイリの脚を放し背中を地面に向けるようにしてアイリをビル並みの高さがある場所から落とした。

飛ぶことができないアイリは当然だが重力に従い落下していく。

 

アイリ「きゃあああああ!! 最後にしてやるって言ったじゃん! やだやだ転生したばかりなのにこんなことで死ぬのはごめんだよー! ごめんなさいリョウさん!いやリョウ様! 成層圏から地上にダイブしてもあたしはゲームみたいにはいかないし君のためなら死ねないよ! お願いしますから助けてー!!」

 

アイリは涙目になりながら落下していく。

リョウは直ぐ様急降下してアイリの片足を掴み落下を阻止した。

初めから手を離した後にすぐに助けるつもりだったのだ。

 

リョウ「お前は最後に殺すと約束したな、あれは嘘だ」

 

そう言うと掴んでいた足を離しアイリは再び落下していく。

 

アイリ「うわああああああ!!」

 

リョウ「コマンドーごっこはこれくらいにしとこうか」

 

リョウは再び急降下してアイリの片足を掴み落下を阻止した。

 

アイリ「酷いよリョウさん! 本当に怖かったじゃんか~!」

 

リョウ「事の発端はお前だろうが」

 

アイリ「とりあえず早くおんぶしてよ~!逆さまになってて頭に血は上るしスカート捲れてパンツ丸見えなんだから!///」

 

リョウ「…あ、すまん!」

 

リョウはアイリの片足を掴んでいる腕を物を放り投げるような勢いで振り上げアイリの体制を整え背中に乗せ上昇し始めた。

 

アイリ「はぁ~、怖かった。 世界の監視者に殺されるところだったよ」

 

リョウ「本気でやるわけないやんか。お前の言う冗談ってやつだ」

 

アイリ「洒落にならないよ~。 あたしスペランカー並に弱いんだから。 そういやリョウさん、さっきあたしのパンツ見たんじゃないの?」

 

リョウ「えっ、いや、見てないよ」

 

下着を見たことを否定するが、リョウの目が泳いでいたことをアイリは見過ごさなかった。

 

アイリ「じゃああたしのパンツ何色だった?」

 

リョウ「ラムネ色みたいな色。あっ…」

 

アイリ「あー!やっぱり見たんじゃん!もーう! フタエノキワミ、アッー!」

 

某喧嘩屋も驚く、巨岩や大木をも木端微塵にするような破壊力(笑)の拳がリョウの後頭部に直撃した。

 

リョウ「いった!? まぁ不可抗力だったとは言えわしが悪かったからな。 ごめんねアイリ」

 

アイリ「ま、まぁあたしは寛大だから許してあげる。 今度見たらライダースティングするからね!」

 

アイリは頬を赤く染め膨らまし、下着を見られた怒りを露にするが、上を向き上昇し飛び続けるリョウには見えることはなかった。

 

飛行するスピードが速かったため到着するのに1分と掛かることはなかった。

宙に浮かぶ島の地に足を着けたとき、アイリだけでなくリョウとピコも鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。

 

目の前にあったのは、レンガ造りのアプローチがある3階建ての白い家だった。

家の目の前には芝生が生い茂る庭もあり、映画に出てきそうな雰囲気がある豪邸。

木製でできたベランダにはフォオンが木製の椅子に座り、紅茶が入っている高価そうな白いコップを持ちアイリとリョウを待っていた。

 

リョウ「お、お待たせしてすいませんフォオン様」

 

ピコ「いくらなんでも豪華すぎやしませんか、フォオン様?」

 

フォオン「どうせ暮らすのならいい家の方が良いと思ったので」

 

飲みかけの紅茶が入ったコップをテーブルに置き、アプローチを通りアイリとリョウの前に歩いていく。

 

フォオン「それに、たまにリョウの元を訪れる方々もおられるでしょうから、大人数が入れるようにしておいたんです。 あっ、因みに地下室もありますからね」

 

リョウ「確かにその通りですね。 寛大なるご配慮を賜り、誠にありがとうございます」

 

フォオン「いえいえ、世界の監視者であるあなたにはお世話になっていますからね。これくらいは当たり前です」

 

アイリ「神様ってやっぱり凄いなぁ…」

 

フォオン「では早速中に入りましょうか。 既にあなた達を待っている方々がいらっしゃるので」

 

ピコ「えっ、誰なんだろ?」

 

フォオンが先導しアプローチを通り家の扉を開ける。

扉を開けると玄関ホールがあり、右手には螺旋状になっている2階へと続く階段がある。

通常の家の倍の広さの三和土で靴を脱ぎ玄関ホールを通りリビングへと繋がっている扉を開ける。

リビングは20畳はある広さで、テーブルやソファーなどの生活必需品とされる家具は既に置かれており、何不自由ない生活が送れる状態だった。

 

テーブルの両端にある椅子には凛とした茶髪の女性と、幼稚園児くらいであろう赤色が混じった黒い髪の少年が座っていた。

 

?「あら、随分と遅かったわね。 世界の監視者であるあなたが遅刻なんていけないわね」

 

女性は美麗な茶髪を掻き上げながら澄んだ声でリョウに話し掛ける。

リョウ「誰かと思ったらお前か結愛(ゆあ)。 それと…何故カイがここにいるんだ」

 

目を見開き驚いたような表情を見せたと思うとリョウは早歩きで結愛と呼ばれた女性に近付き耳元で周囲には聞こえないように耳打ちする。

 

リョウ「何故連れてきた? アイリがいると分かっていて何故?」

 

結愛「色々と事情があるのよ。 ここに、この天界に連れてこなければいけない訳が。 それに、カイの事に関してはあなたの信じる人がどうにかしたのだから、もう大丈夫なんでしょ? あなたが信じたのあの力なら。 リョウ、私はあなたを信じたからここに早急に連れてきたのよ」

 

リョウは結愛が言ったことを黙って聞き頷いてから結愛に近付けていた顔を遠ざける 。

先程まで黙って椅子に座っていた少年がリョウに近寄り足に抱き付いた。

 

?「あー!リョウ!」

 

リョウ「ようカイ。 元気そうだな」

 

リョウはしゃがみカイと呼ばれた少年と同じ目線になり頭を撫でた。

 

アイリ「えっと、リョウさん、この人達は?」

 

カイ「んー?」

 

アイリがリョウの側へと近付いていく時に、ふとアイリとカイは目線があった。

お互い目を暫く見続け沈黙が部屋を覆っていた。

 

フォオン「…リョウ、カイをアイリに紹介してあげたらどうですか?」

 

沈黙を破ったフォオンがアイリの隣に歩み寄りリョウに指示をした。

 

アイリ「た、たしかにそうだね。 あたしこの男の子のこと初めて会うわけだから知らないしね」

 

リョウ「あぁ…。 この子の名前はカイ。 他の世界に住む妖怪なんやけど色々あって時空防衛局で預かっているんだ。 まだ幼いから言葉は上手いこと話すことはできへんねや。 妖怪なのにさ、優しくて、泣き虫で…そして…」

 

紹介をしている途中でリョウは口を閉ざし目を瞑り、下を向いてしまった。

後ろから見ていた結愛は心配するような眼差しでリョウを見つめていた。

 

アイリ「…リョウさん、そして…?」

 

リョウ「…わしの大切な人の、一番の友達だ」

 

誰からもリョウの表情は見えてはいなかったが、フォオンと結愛には、リョウの顔を見ずとも分かっていた。

 

アイリ「凄い、この子妖怪なの!? まぁリョウさんになついてるってことは悪い妖怪じゃないよね。 よろしくねカイ君!」

 

アイリはリョウが少なからず哀情を抱いているのに気付いてはいたが触れるべきではないと判断し、アイリなりの考えで明るい表情を見せカイに手を伸ばした。

 

カイ「えへ! よろし~!」

 

カイは笑顔で答えて小さな手でアイリの手を掴み握手をした。

アイリもそれに答えるように小さな手を包み込むようにして握手を交わした。

 

アイリ「あ、リョウさん、言っとくけどあたしショタコンじゃないからね! ロリもショタもどっちも好きだけどね!」

 

リョウ「えっ、そんなこと思ってないから。…ぷ、あははははははは!」

 

アイリ「どしたのリョウさんいきなり笑いだして。某大佐みたいだよ」

 

リョウ「いやいやそんなかんじやないやろ! まぁ、ちょっとわしが想うところがあっただけやから、気にせんでええよ。」

 

リョウはうっすらではあったが目に溜まった涙を手で拭き払い笑顔で答えた。

 




皆さんコロナウイルスにならないように気を付けましょう。


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第5話 光弓ガーンデーヴァ

コロナウイルス怖いですね。
皆さんも、周りの人の事も考え自分がコロナウイルスにかからないよう自粛しましょう


 

 

ーアイリside

 

 

スラマッパギー!

永遠の17歳、アイリだよ♪

画面の前で鼻で笑ったそこのあなた!

ガキ使みたいにタイキックするからね!

さて、あたし達がこの『天界』で住む家に着いたと思ったら謎の二人の人物が!

あたしの物語はまだ始まったばかり!

これからどうなっていくのかみんな見物だよね?

答えは聞いてない!

 

結愛「そう言えばまだあなたには自己紹介していなかったわね。 私の名前は光明寺結愛(こうみょうじ ゆあ)。 時空防衛局の第一時空防衛役員の一人よ」

 

また分からない単語が出てきたけど今はスルーしとこう。

リョウさんが教えてくれるから。たぶん。

長い茶髪を靡かせあたしの前まで歩いてきて優しい笑みを浮かべ手を差し伸べてきた。

ここは勿論握手するよ。

ライダー部みたいに友情の握手は流石にできないけど。

 

フォオン「では話を…したいところなんですが、アイリ、あなたは私と共に部屋の外で待つことにしましょう。 リョウと結愛はこれから重要な話があるので」

 

アイリ「重要な話? はっ、まさか、結婚!?」

 

リョウ「今度余計なこと言うと口を縫い合わすぞ?」

 

アイリ「ちょ、冗談だってリョウさん。 はーい先生、あたし廊下に立ってまーす、なんて」

 

…ふぅ、平静を装うので精一杯だった。

リョウさんネタのセリフを言ってたけど、目がぜんぜんっての笑ってなかった。

ピコさんに向けていたあの目と同じだった。

何て言うのかな、あの全てを圧倒する、言葉にできない力が込められてるようなあの目。

しかも初めて会ったときと同じでまたリョウさんの背中辺りから白い粒子出てたし。

何か、あたしに聞かれたくない重要なことなのかな?

 

兎に角、これ以上刺激したら憤怒したお猿さんを見ることになりそうだから言われた通りフォオン様と一緒に部屋の外に出て、扉を音が立たないようゆっくり閉めとこう。

 

フォオン「アイリ、あなたはリョウの力に気が付いているようですね」

 

アイリ「力って、リョウさんが出していた白い粒子の事ですか?」

 

フォオン「それもあるのですが、先程リョウに目を向けられたときに、何かを感じ取ったとのではないのですか?」

 

流石神様、あたしのことは何でもお見通しってことなんだ。

読心術でもあるのかな?

もしそうだったら覚妖怪もビックリだよね。

 

フォオン「反応を見る限り、やはりそうなのですね。 思った以上に力の成長が早いようですね」

 

成長って、何の?

あたしの体のこと?

まだまだ成長中よあたしのボディーは!

フォオン様よりはまだ小さいけどね。

何処が小さいかって?

言わなくても分かるよね~そんなこと言わせないでよ。

くっ。

 

フォオン「貴方には天使に種族が変わった際に、あらゆる力を読み取るという能力が備わっているようですね」

 

アイリ「おー。幻想郷に住んでる人みたいに言うと、力を読み取る程度の能力ってところですか?」

 

フォオン「そうです。そして貴方にはまだ他の能力が備わっているようですね。 今の貴方にはまだ使用したり発動させる事はできないようですが、貴方の中には、光の力が感じ取れます」

 

アイリ「あたしの中に、光の力があるんですか? 他にもあったりするんですか!? 火属性や水属性とか!?」

 

フォオン「どこかのRPGのようですが、残念ながら今貴方に使えるのは光の力だけですね」

 

ちぇー、メラやヒャドとか使えると思ったのにな。

ん? でもさっきフォオン様は今使えるのはって言ってたよね?

 

フォオン「誰でも修行を重ね極めれば他の属性を使うことは可能です。 アイリ、貴方も同じです。 努力家の貴方ならば、きっといつか使いこなせますよ」

 

アイリ「フォオン様に言われると自信が沸いてきますね。 あたしも早く使えるよになりたいな!わくわくもんだぁ! 早くリョウさんの戦力になれるようにあたしも頑張らないとね!」

 

フォオン「リョウの戦力に?」

 

アイリ「はい。 恩返しになるんでしょうけど、あたしはリョウさんに助けられたから、今度はあたしがリョウさんを助けられたらなって思ったんです。 まだ初めて会って間もないのに、まるであたしの友達、家族みたいに接して、手を差し伸べて助けてくれるのが凄く嬉しかったんです」

 

あたしは、物心が付いたときからずっと一人だった。

 

横浜にある孤児院で育ったあたしには友達や親戚、家族は一人もいなかった。

両親は不慮な事故で亡くなったと聞いていて、写真も残っていなかったから両親の顔を見たこともなかった。

何故だか探そうという気持ちにはならなかった。

当時のあたしは人見知りで引っ込み思案で、孤児院にいた職員さんと最低限必要なことを話す程度で誰とも話もせずに伸う伸うと暮らしていた。

小学校になり学生となってからも、あたしは相変わらず誰とも接することなくゆっくりと過ぎていく日常を過ごしてきた。

 

そしてある日、楽しみもない日常を過ごしているときに、あたしを夢中にさせるものがあった。

それは漫画やアニメ、ゲームだった。

 

正直言って友達がいないあたしには暇潰しの物でしかなかったけど、充分楽しめた。

中学生になってからも相変わらず二次元の世界の虜になって楽しんでたけど、この歳になるとあたしは周りから言われるオタクだってことは分かってはいたけど、そんなのは気にはならなかった。

 

自分で言うのは皮肉だけど、友達なんてぜんぜんいないあたしにはそんなこと指摘する人はいなかったからね。

人見知りは相変わらず直らなかったけど、妄想の中のあたしは明るくて活発で良く冗談を言う性格っていう設定で楽しく自分で描く世界を堪能していた。

 

自分でも痛いって思ってきた。

でもそんなの関係ねぇ!

 

高校に入ってからも人見知りで気弱なのは直らなかったなぁ。

直そうと思えばできたんだけど、今更直したりしたら周りから急にキャラが豹変したとか思われるのが嫌だったから。

 

…あたしは逃げてただけなんだよね。

 

友情も愛情も知らないような寂しいあたしが逃げる場所が二次元の楽しさだったのかもしれない。

唯一あたしを受け入れてくれるただひとつの居場所だったから。

 

勉強は割りとできている方だったから、将来的には安定して大丈夫かなって思って何事もない、悪く言えばつまらない、良く言えば平和な日常が流れていたときに、今回の出来事が起こった。

どんな事が起こったのかはショックのせいか全く思い出せなかったけど、非現実的な事が起きてわくわくしていた自分がいたな。

 

ベッドで目が覚めたときは夢だと思った。

だからつい、リョウさんが夢の中の登場人物だと思って妄想の時のあたしが出ちゃった。

だから初めて会った、知らなかったとは言え命の恩人であるリョウさんにでか耳とか言っちゃったし。

リョウさんが優しい人じゃなかったら今頃あたしはマミっていたかも。

 

久し振りなのか、初めてなのかはもう分からないけど、誰かと話して心の底から楽しめた。

自然と誰かと話しててここまで楽しくなるのは初めてだった。

 

天使に種族が変わっちゃったけど驚き半分、嬉しさ半分だったな。

ピコさんを見たときに更に驚いたけど、これであたしは本当に非現実的な世界にこれたのかなって実感して嬉しさもあった。

 

非現実的なこの世界に来てから事の進むのが激流の如く早く感じたけれど、時が進むのが早く感じるのは、きっと、楽しいからかなって思ってる。

楽しいことやってる時ってあっという間に時間が過ぎちゃうよね?

それと同じだとあたしは思ってる。

 

こういう体験はしたことはなかったら凄く新鮮だから大事にしていきたい。

あたしに二次元以外の楽しみと、友情とかそんなかんじのもの(語彙力不足)を感じさせてくれたリョウさん達には感謝しないといけない。

 

だから今は無力なあたしでも、努力して、心身共に強くなってリョウさん達の手助けをしたい。

世界の監視者ってのがどんな仕事かは分からないけど、少しでも役に立ちたい。

フォオン「なるほど。 私も貴方の過去を知る者なので、貴方の思いは痛いほど分かります」

 

アイリ「分かっていただけたのは嬉しいんですが、あたしの個人情報をなんで知ってたんですか? あたしのスリーサイズまで」

 

フォオン「そこまで細かいところまで調べるつもりは無論なかったのですが、経歴を調べていくうちに表記されていたためついつい目を通してしまい、分かってしまったことなんです。 申し訳ありません。恨むのならば世界の監視者であるリョウを恨んでくださいね☆」

 

この神様、偶然犯してしまった失態を人に擦り付けちゃったよ。

こんな大人にはなりたくない。

でもリョウさんがあたしのスリーサイズを知っていることには変わりはないから後でトルネードフリップをぶっ放しとこう。

悪く思わないでねリョウさん☆

 

フォオン「兎に角、貴方がリョウの手助けをしたいのは分かったのですが、恐らく、リョウはあなたを巻き込ませたくはないと思います」

 

アイリ「え、どうして…あ、もしかして、あたしが戦えるようになったら、シェオルに着く前に起きたような戦闘にあたしをすることになるから?」

 

フォオン「その通りです。 貴方は一度危険な目に会い消えかけてしまった。 リョウは再びあなたが消滅したりするのを恐れているのです。 リョウはもう今現在は気付いているのでしょうが、貴方は特異体質であらゆる魔の力を退ける力を持っておられます。 光の力があるのもそうなのですが、光の力を持っているのが特別ではないのです。 光の力は正直言って天使と言う種族なら誰でも取得しているものです。 ですがそれぞれ個人が持つ光の力には個体差があり、誰もが全ての魔の力を退けれる訳ではないのです」

 

そうだったんだ。

あたしだけの力かと思っていたけど、天使と言う種族は相反する悪魔と戦うために生まれた時から既に光の力を体に宿してるってことなんだね。

でもどうしてあたしだけそんなに凄い力を持っているわけ?

転生ものの作品によくあるチート能力ってやつがあたしにもあるわけ?

 

フォオン「アイリの場合は異端中の異端なのです。 種族が変わり天使になったときには既に、あらゆる魔の力を退けれる程の力が備わっていた。 天使と悪魔の力がぶつかった時のエネルギーと、更にそこにリョウの力、正確には貴方を助ける時に使用したワールドゲートから流れ出ている時空の力がぶつかり発生したエネルギーが貴方の魂に何らかの影響を与えたか、もしくは貴方が本当にそれ程の力を持つ特異体質の持ち主だったか。 その二つしか私には考えられません。 計りきれないような力を持つからこそ、悪魔は恐れていたのでしょう。 新たなる驚異となる貴方を消すために早速攻撃をされたはずです」

 

アイリ「確かに攻撃を受けましたね。 ちょっぴり怖かったですけど、非現実的な事が起きたことに興奮してたあたしがいますし、リョウさんが必ず護ってくれると信じてましたから大丈夫でしたよ」

 

フォオン「ふふ、貴方らしい答えですね。

これから先、悪魔のどのような攻撃が来るか計り兼ねません。 貴方を守る為に、リョウは命を掛けてでも守るはずです。 貴方には傷一つ負ってほしくはないでしょうから」

 

アイリ「そこまでして、あたしのことを…」

 

フォオン「それでも、リョウの為に役に立ちたいですか? 悪魔達と合間見え恐れることなく戦う事はできますか?」

 

アイリ「はい、できます! やってみせます!」

 

フォオン「迷いがない、随分と早い返答ですね」

 

だって迷うことなんて何一つないもん!

あたしはあたしの考えを信じて突き進むだけだから。

 

アイリ「あたしの中に凄い力が眠っているなら、それを呼び覚ましたい。 あたしがリョウさんと同等の強さになれるまで努力して強くなってみせる。 そしてリョウさんの隣に立って助けていきたいと思ってる。 自分が強くなれれば自衛だってできるし、悪魔達が襲ってきても返り討ちにできるんだから問題ナッシングだしね。 あたしは天使だから、天使らしく使命を尽くして悪魔達をやっつけていける。 リョウさんの役に立てて、あたし自身が強くなって自衛もできて、悪魔達も倒せる、一石三鳥ですよ!」

 

フォオン「数多の戦いをすることになります。 辛い現実とも向き合わなければならないときもあるのですよ? それでも恐れはしませんか?」

 

もうフォオン様、そんなのアニメや漫画を読んでたりしてるんですから分かってますよ。

そんなこと経験したこともないあたしが言うのもなんだけど、今のあたしになら言える事がある。

それは、

 

アイリ「あたしは恐れずに立ち向かいますよ。 あたしには支えてくれる人が、リョウさんやピコさんがいるから何も怖くなんかないです!」

 

今までいなかった、あたしの側にいてくれる大切な人達がいるから。

まぁピコさんに至っては人ですらないけど。

 

フォオン「…貴方の覚悟は本物のようですね。 真の貴方は自信に満ち溢れ、人を思いやる心とどんなことも恐れず立ち向かう勇気ある人物なのですね。 流石、あの人の娘ですね」

 

アイリ「ほえ?」

 

フォオン「い、いえ、何でもありません。 アイリ、戦うと決めた貴方に答え、私から贈り物をしたいと思います。 この先、未来永劫必要となる、貴方を導いてくれる物になるでしょう」

 

フォオン様は右手を前に出すと、手の平に光の球体が出現した。

 

贈り物ってなんだろ?

あたしが今欲しいPS4だったら嬉しいな。

まぁ誕生日プレゼントじゃないんだから、こんな真面目な場面に現実世界の遊具なんて出てこないよね。

もしPS4が出てきちゃったらあたしはこのまま部屋に閉じ籠ってバイオハザードを始めちゃうよ。

ゲームセンターCXの某課長の如く長時間ゲームをすること待ったなし。

この小説の内容が、天使になった少女がゲームするだけの誰得なのか分かんない、ただでさえしょうもない小説が更に面白くなくなっちゃうからまずいよね?

 

って、あたしは何を言ってるんだろ。

早いところ今現在あたしの目に映っている出来事を実況(?)しないと。

そうしないと話が進まないもんね?(笑)

あたしがしょうもない洒落を今この文章にして話していたこの間、僅か0.5秒!

驚き桃の木!だよね?

 

閑話休題。

 

フォオン様の手の平に浮いている光の球体はみるみる形を変えていき細長くなっていく。

最終的には素人のあたしでも分かる弓の形へと変形した。

 

良くテレビ等で見る弓とは違い、全体的に本体が太く、弓の両端の先端部分、末弭(うらはず)は羽の形をしており、矢を放つ際に持つ部位、握(にぎり)は普通の弓であれば下部にあるのだが、この弓は中心に弓体を持つための取っ手があり、弓本体の前側にはオーロラ状のドームがあるという弓体中(きゅうたいちゅう)、弓の放たれる中心部分を覆っているという変わったデザインだ。

オーロラ状のドームがある上下に中央に沿って突き出しているというのもまた歪なデザインだけど、全体的に白とラムネ色を基調とした大型の弓は、神秘的なオーラを放っていた。

 

フォオン「この弓の名前は、ガーンデーヴァ。 とある世界で、放った矢で空間をも切り裂いたとも言われる伝説の弓です。 悪しき者には決して使用する、況してや触れることすらできず、天使のように心優しく勇気ある者にしか触れることを許されない代物です。 この弓を持てたとしても、弓の持つ力に耐えられず手放す者もいれば命を落とした者もいました」

 

アイリ「そんな代物を、あたしに授けてくれるんですか?」

 

フォオン「貴方なら使いこなせると見越しました。 ガーンデーヴァは自身を使いこなせる者を選びます。 私は、私の目で見て、貴方の事を聞いたからこそ信じて差し上げることができるのです。 私の勘ですが、外れることは6割りくらいはないので大丈夫ですよ」

 

アイリ「それってつまり4割程の確率で外れるってことじゃないですか!? 4割ってそこそこ高い方ですからね!? せめて10割大丈夫って言い切ってくださいよ! と言うより勘はやめてくださいよ!」

 

ホントにこの神様誰かどうにかしてよ!

あたしのことを見込んでくれてサーヴァントが使用しそうな宝具を託してくれるのはありがたいんだけど命がなくなるのは流石にゴメンだよ!

いつかこの神様のせいで本当にゴートゥーヘブンしそう…。

ダレカタスケテー!

 

まぁおふざけはここまでにしておいてと、あたしは深呼吸をして心を落ち着かせて、覚悟を決め、ガーンデーヴァの持ち手を掴む。

するとガーンデーヴァは白く輝き始めた。

あまりの眩しさにあたしは目を瞑ってしまい周囲にどのようなことが起きているのか分からなくなってしまった。

目を瞑ってしまってはいたが、ガーンデーヴァを触る感触だけは残っていた。

その触れていたガーンデーヴァが突然消えてしまった。

持ち手の感覚に流石に驚いたので目をゆっくり開け確認してみると、ガーンデーヴァは先程フォオン様が手の平に出した時と同じ様な球体に変わっていた。

その球体は蝶の様に周囲を小さく飛び回るとあたしに向かって来て、あたしの体の中に入っていった。

 

アイリ「えっ、どうなったの? もしかしてだけどあたしの体に入っちゃっていつでも出せることができるって感じなのかな?」

 

フォオン「どうやら貴方が疑問に思っていることが正解のようですね。 おめでとうアイリ、ガーンデーヴァは貴方の事を受け入れ主人と認めたようです」

 

フォオン様は優しい笑みを浮かべながら微笑んでくれた。

あっという間に終わってしまったけど、正直言ってあたしには砂時計が落ちていくくらいの時間の流れに感じたよ。

天界に来てから一番緊張しちゃったな。

フォオン様から授かったガーンデーヴァがあたしの中にあるのを感じ取ることができる。

うーん、言葉で言うならどんなのだろ。

胸の中に温かい光があるって感覚、みたいな。

 

アイリ「ありがとうございますフォオン様! いつかリョウさんを抜かすくらい強くなってみせますから、見ていてくださいね!」

 

フォオン「うふふ、楽しみにしておきますね。 この私すらも一度倒してしまったリョウを抜くのは、生半可な努力では成し遂げられないでしょうけど」

 

アイリ「えっ!? リョウさんってフォオン様を倒したことあるんですか!?」

 

フォオン「えぇ。昔に色々有りまして、ぶつかり合った事があるのですが、彼は全世界を統一、創造したこの私を九分殺しにまで追い込んだ事があるので。」

 

え…一体何がどうなってそんな出来事になっちゃったのよ。

神様とバーサスする時点で世界の監視者だとしてもリョウさんヤバすぎでしょ。

 

フォオン「リョウにとっては私には勿論苦戦をしてはいましたが、他の異世界の神とも戦ったこともあるんですよ。

当時の彼ならば、『所詮、神如きか…』と言うでしょう」

 

ホントに何があったのよリョウさん。

今日あたしと話してたのと全くと言っていいくらい雰囲気が違う力を使い回し暴れまくる悪キャラになってるよ!?

 

アイリ「な、なんか到底信じることができないですね。 あの温厚なリョウさんが邪悪さてんこ盛りみたいなんて」

 

フォオン「昔の話ですから、大丈夫ですよ。 多くは語りませんが、現在は改心し、世界の監視者としての使命を全うしています。 貴方は今の心優しいリョウを信じてあげてください」

 

あたしの両手を優しく握り、全てを包み込むような優しい声で言ってくれた。

あたしの知る心優しいリョウさんの事を信じて一緒に歩んでほしいということを伝えたかったのは分かった。

 

でも、その反面、話に出てきた昔のリョウさんを忘れてほしいと言っているようにも思えた。

 

フォオン様、貴方が本当に忘れてほしいと思っていたのかは分かりませんが、あたしはリョウさんの事を信じていますから大丈夫ですよ。

どんな過去があったとしても、それはもう過去にあったこと、いつまでも気にして引きずってばかりじゃキリがないもんね。

あたしは今まで通り接してくれたリョウさんを信じ続けるよ!

 

アイリ「フォオン様、あたしなら大丈夫ですよ。 それはフォオン様が一番分かっているんじゃないんですか?」

 

フォオン「…そうだったのかもしれませんね。 若者である貴方に言われてしまうなんて、私もまだまだ未熟なのですね。 ふふ、貴方は本当に素敵な魅力を持った人物ですね」

 

アイリ「誉め言葉ありがとうございます。必ずフォオン様の期待に答えられるようにできますんで期待しててくださいね♪」

 

ウインクしてヒロインみたいにきめてみる。

あたし完璧、なんてね♪

 

 

ー三人称side

 

 

アイリとフォオンが話を終えて暫く時間が立つと、リョウとの話を終えた結愛が扉を開き玄関ホールにいた二人を迎え入れた。

 

結愛「フォオン様、アイリ、お待たせしてしまって申し訳ありません」

 

フォオン「大丈夫ですよ。 リョウとは、納得のいく話ができましたか?」

 

結愛「はい。事情が事情だけに、納得していただくには難儀でしたが最終的には解決したので」

 

リビングには両肘をテーブルに着け手を顔に当てているリョウが席に座っていた。

余程大切な話だったのか、疲労が感じ取れる。

カイはソファーで横になり寝ていた。

 

アイリ「リョウさん、オツカーレ」

 

リョウ「よぉアイリ。 …フォオン様、アイリに何かされましたか?」

 

疲れ表情から一変し、真面目な顔になり目を少し細めアイリを見ていた。

体内に収めたガーンデーヴァの力を読み取ったのだ。

フォオンは隠すことなく先程アイリと話したこと、ガーンデーヴァを授けたこと等を全て話した。

 

リョウ「そうですか…。 自分のために、そしてわしのために強くなりたいのは嬉しいことなんやけど、アイリはホンマにそれでええんよな? 後悔はないな?」

 

アイリに危険な出来事が増え、彼女の身を守れるか不安が過ったのか、心配そうな目でアイリに問い掛けた。

 

アイリ「後悔なんてあるわけないじゃん!あたしはリョウさんのことを信じてるから、リョウさんもあたしのことを信じといてね?」

 

リョウ「…覚悟はできとるみたいやね。分かった。 精々わしを超えられるよう修行をすることやね。わしも全力でサポートするで」

 

アイリの決して折れることのない強い決意を受け入れたリョウは親指を立て笑顔でサムズアップした。

アイリも嬉しそうにリョウと同じようにサムズアップをした。

結愛は二人の様子を見て思わず笑みが溢れた。

二人が仲の良い友達の様に、家族の様に見えたから。

 

リョウ「あぁそうや。 わしとアイリ、ピコでこの家に住むことになるんやけど、カイもこの家でわし等と共に住むことになったから。 カイは時空防衛局で保護されてるんやけど、何故かわしに一番なついているみたいやから一緒に住むって言う結論になったんよ」

 

アイリ「そうなんだ。 まぁこの家広いから問題ないっしょ。 住む人は多い方がドンパチ賑やかになるからね」

 

リョウ「ドンパチはするなよ?」

 

結愛「さて、私は用が済んだからそろそろ本部へ戻るわ。 また別の世界の調査やら防衛やらに行けと命令されるでしょうから」

 

アイリ「結愛さんはあたし達とここで住まないんですか?」

 

結愛「ごめんなさいアイリ。 私には私のすべき事があるから行かなくちゃいけないの。 でも、またリョウに用がある時や、空いている時間があればこの世界に寄らせてもらうから、その時にゆっくりお話をしましょう。 次に会う時に貴方がどこまで成長しているか楽しみだわ。 それじゃ、またね」

 

アイリにウインクをし、踵を返し長い茶髪を靡かせながら歩いていき、フォオンの前で一礼しリビングを出ていった。

 

フォオン「それでは私もここで御暇させてもらいますね。 私にも成すべき事がありますので」

 

リョウ「どうせ帰って溜まっているドラマを見るだけですよね?」

 

フォオン「あらあら、バレてしまいましたか。 続きが見たくて夜も眠れないんです」

 

アイリ「さっきまでの神様の威厳はどこへやら…」

 

フォオン「そ、それでは失礼しますね。リョウ、アイリをよろしくお願いしますね。

アイリ、修練し日々精進して頑張ってくださいね」

 

フォオンは白い光に包まれたかと思うと一瞬で消えてしまった。

 

アイリ「リョウさん! あたし早速強くなるための修行してみたいんだけど、あたしまだ飛べないからまず飛び方を教えてほしいでーす!」

 

アイリはやる気に満ちた目で片腕を上げその場でぴょんぴょん跳び跳ねながらリョウに指導を懇願する。

目は漫画で描いたかの様に星が映っている様にも見えるが、やる気に満ち溢れた炎が燃えているように見えた。

 

リョウ「よし、じゃあ早速やるか! アイリの思いはしかと受け止めたからな、それを無駄にするわけにはいかへんな!」

 

リョウもアイリの誠意に答えるためにテンションを高める。

庭に出るためリビングを出る際にソファーで寝息を立てすやすやと眠るカイに毛布を掛け、アイリは足早に庭に向かって行った。

そして家を出て玄関の扉を閉めるときピコはあることを思い出したかの様に呟いた。

 

ピコ「あー、前向きな姿勢で望んでいるところを悪いんだけど…」

 

アイリ「なにーピコさん? あたし今やる気まんまんでボイスミサイルだって出せそうなのに。」

 

ピコ「ごめんごめん。そういやここの家の鍵をフォオン様から貰ってないよね?」

 

アイリ・リョウ「あっ…」

 

住居に住まう際に最も必需品と呼べる物がないことに気付いた時、アイリとリョウは奇遇ながらも同時に心の中で同じ事を呟いた。

 

『あの人って本当に神様なの?』

 




一日中家にいると小説書くのがはかどります。

コロナウイルスが落ち着くまでは外出は控えましょう。
お兄さんとの約束だ☆


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第6話 シビれるが憧れはしない天使

今年のプリキュアのピンクの子かわいいですよね


リョウ「まぁ家の鍵は後々わしがフォオン様と話をしとくから練習に入ろうか。 家の庭でやるんやし盗っ人がいたところですぐに分かるし、天界には盗人するような心が汚れた者はおらへんからな」

 

アイリ「やっぱり天使のみんなは清らかな心を持ってるの?」

 

リョウ「全体的に見たらそうやね。 人間と同じ様に個性はあるから、悪戯好きなのもいれば喧嘩っぱやいのもいるし、アイリみたいにちゃらんぽらんなのもおるよ」

 

アイリ「その言い方じゃあたしの心が汚れてるみたいな言い方じゃん!」

 

リョウ「え、アイリの心って綺麗だったの?」

 

アイリ「もう!リョウさんの意地悪!はっぷっぷ~」

 

あまりにも下衆な顔で言われ機嫌を損ねた様で、頬を膨らませ口を尖らせ某笑顔の伝説の戦士の様な仕草をする。

 

アイリ「まぁいいや。 パパッと終わらせちゃお。 今からすぐにでもピーターパンみたいに飛べるようになるから!」

 

リョウ「期待せずにしとくわ。 アイリの熱意に応えて指導はしっかりするけどな。 さて先ずは、…ん?」

 

練習を開始しようとした直後、冒頭にも入っていない状況で何かを察知したリョウが斜め上の空を見上げた。

アイリも何かの気配に気付きリョウと同じ方向を向き正体不明の何かが分からず首を傾けた。

 

ピコ「誰かが飛んでこっちに来てるみたい」

 

アイリ「えー、あっ、ホントだ!鳥だ!飛行機だ!」

 

リョウ「いや人だっ !敵じゃなさそうやな。あれは…天使みたいやな」

 

家の庭目掛けて一直線に飛来してきていたのは天使だった。

相当スピードが出ており、姿が見えるまでは数秒と掛からなかった。

姿が視認できたのも束の間、一気に距離を縮め庭へ隕石の様に突っ込んできた。

 

リョウ「まずい! アイリ伏せろ!」

 

アイリ「えー!そんなこと急に言われても!ぜ、絶対回避!!」

 

アイリは横に飛び退く様に回転し回避したと同時に、何者かが庭の地面へ着地した。

着地した時の衝撃で浮いている島全体が揺れ、砂煙が舞い上がり視界を奪う。

 

アイリ「あーびっくりした。ゴルゴムの仕業?」

 

アイリは翼を羽ばたかせ宙に逃げたことで被害を受けずに済んでいた。

 

リョウ「お前はなに平然と空を飛んでるんだよ。 咄嗟の危機回避で空を飛べてるじゃないか」

 

砂煙の中から服に付着した砂を払いながらリョウが姿を現した。

髪に付着してしまった砂が不快だったのか、頭を横に振るい砂を振り落とした。

 

アイリ「あれ? あっ、ホントだ! あたし飛べてる! やった! YATTA!」

 

アイリは飛べたことに歓喜し空中でアクロバティックな動きをし喜びを表していた。

その様子を見ていたリョウは、自分の役目がなくなってしまった悲しさもあったが、初めて飛ぶにも関わらず俊敏な動きで飛び回る離れ業をするという才能があることを悦楽し、思わず笑みが溢れた。

 

?「おーい、俺のことスルーしないでくれよ、世界の監視者さん」

 

砂煙が晴れた頃には、周囲の状況が見渡せるようになっていた。

何物かが着地した場所にはクレーターができており、クレーターの中心には一人の天使が仁王立ちしていた。

 

上に逆立っているツンツンした茶髪に、額には赤い鉢巻きを巻いてあり、黒色のシャツに赤いジャケット、両手には手の甲に黄色の十字架のデザインがある赤い手袋をした青年だった。

 

アイリ「筋肉モリモリマッチョマンの変態じゃなかったみたい。クレーター見たときターミネーターかと思ったよ」

 

?「たーみ、なんだ? まぁいいや。 俺は世界の監視者、あんたに用事があって来たんだ」

 

人差し指を突き付け真っ直ぐな瞳でリョウを見る。

 

リョウ「わしに? まぁお前のことやから何をしに来たかは聞くまでもないけど。 どうやってわしが天界にいるのが分かったんだ、ラミエル?」

 

ラミエル「そりゃ勿論ミカエルに教えてもらったんだよ」

 

リョウ「流石、四大天使の一人だ。 わしが来たことをもう知っているとは。 で、それを聞いたラミエルはわしと勝負をしに来たと?」

 

ラミエル「御明察だぜ!さぁ、俺と勝負しろ! リョウとは一度も戦ったことがないからな。初陣を飾らせてもらうぜ!」

 

ラミエルは指をポキポキ鳴らし闘志を燃やしている。

指を鳴らす度に手の周囲に電撃がビリビリと流れていた。

 

リョウ「相変わらずだな。 まぁせっかく来てくれたんやし、お前の熱情を無視するのも悪いからな。 ええよ、相手になろう」

 

リョウは肩を回し体をほぐし始め戦闘をする準備に入る。

リョウの上着の胸ポケットに入っているピコは正々堂々と戦闘をする二人の邪魔にならないようポケットから出て距離を取った。

 

アイリ「二人ともここで戦うの!? ラミエルさん、だっけ? リョウさんに勝てる力があるの? リョウさんってあのフォオン様に勝ったことあるんだよ」

 

リョウ「アイリ、フォオン様がどこまでわしのことを話したかは知らんけど、わしはその当時よりは力が半分は落ちているからね?」

 

声を低くしていっているあたりで、アイリにはリョウが体に秘めてある力を高めてあるのが能力を使用し分かっていた。

 

リョウ「表情を見る辺り、わしのパワーが上がってるのが能力で分かってるみたいやね。 力も読み取れるようになってるあたり、能力が開花されてるみたいやな。 試しにこのラミエルの能力を読み取ってみてや」

 

突然言われ困惑したが、アイリは空中から観察するようにラミエルを凝視する。

アイリはまだ能力を上手く使用できない、と言うより使用方々を知らないため、感覚的にやってみるしか効率の良い方法がなかった。

 

ラミエル「な、なんだよ俺の方をジッと見つめて」

 

ラミエルの体から相当大きなエネルギーが感じ取れる。

実際に目に見えるものでもなければ触れられるものでもないため、感覚的なことなのだが、確かに感じる。

肌を電流が迸るピリピリと疼痛にも似た感覚。

 

確証できる根拠もないため自信はなかったが感覚を頼りに答えた。

 

アイリ「うーん、たぶんだけど、雷属性の力を使うんじゃないかな? 強さ的には今力を出しているリョウさんと同等くらいの力だとは思うんだけど…」

 

ラミエル「初めて会うのにそこまで分かるんだな。 雷を使うってところは正解だ。 強さまでは俺には推測なんてできやしないけど、俺はリョウと同じくらいなんだな。おもしろいぜ!今からお前を抜いてみせるからな!」

 

拳を握り締め戦闘体制に入ると、更に強い電気が大気中に走り始め、空中にいて尚且つ距離があるにも関わらずアイリの肌は電気がピリピリと走るのを感じ取っていた。

 

アイリ「リョウさん頑張ってー! 間違えて世の中までぶっ壊さないようにねー!」

 

リョウ「どこの映画の題名だよ。 んなことするかよ」

 

ラミエル「こっからはお喋り瞬き厳禁だぜ! 先手必勝!『雷拳』!」

 

体から放出していた電気の何十倍の電気を帯びた拳を振り翳し一気に距離を詰めリョウに殴り掛かる。

リョウは反射的に腕でラミエルの拳を防ぎ後方に一歩だけ下がると、右足を後ろに振り上げ、思い切り足をラミエルの横腹目掛けて振るう。

ラミエルは辛うじて防ぐことはできたが、鉄柱で殴られたような凄まじい威力のある蹴りを受け思わず苦痛な表情を見せた。

戦いの冒頭を最初から見ていたアイリだったが、先程の蹴りを見てリョウのあることに気が付いた。

 

ラミエル「いってぇ、でもこの程度じゃまだまだ! 『エレクトリックブラスト』!」

 

片手の手の平から電撃を纏った突風が放たれ大きくバランスを崩される。

 

ラミエル「『スタティッククロウ』!」

 

電撃を手の全体に纏わせ獣の様な巨大で鋭い爪を生成し、電光石火の速さで接近する。

 

リョウ「バランスを崩したからといって隙ができたわけではないんやで、ラミエル?」

 

ラミエル「んな!?」

 

体制を崩していたリョウの右足裏から突如青い光弾が放たれた。

予想外の攻撃に一瞬焦りの表情が出たが、巨大な爪と化した左手で光弾を防ぐ。

防いだ拍子に技の効果が切れ爪が喪失したのをリョウは見逃す筈はなく、腕を伸ばしラミエルの左を掴み自身の方へと引き寄せ右足で強力な膝蹴りを腹にくらわせた。

この技には其処らの天使達より強固な体を持つラミエルにも答えたようで、身体中の空気が全て出されたような一撃を受け体がくの字に折れ曲がる。

 

リョウ「悪いけどこれで終わりね。 早いところ終わりしたいから。 あと新居の庭を滅茶苦茶にしたわしのほんの少しの怒りね」

 

青筋を浮かべ怒りを露にしているリョウの右足のふくらはぎの左右が横に展開、数発の小型ミサイルがラミエルの体にゼロ距離で放たれた。

爆発が起きラミエルの体は紙切れの様に吹き飛び固い地面に落ち倒れた。

アイリは戦闘の一部始終を見ていたが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

 

アイリ「え、もう終わったの? カップラーメンがまだ出来上がるまでの時間も立ってないのに? っていうかリョウさんさっきの右足は何なの? 悪魔兵と戦ったときにもやってたけど」

 

リョウ「あー、えっとねぇ、話そうと思ったけどちょいと待ってね。 まだラミエルは戦えるみたいやから」

 

アイリの方へと向けていた視線をラミエルの方へ移すと、そこには足を震わせながらも立ち上がるラミエルの姿があった。

 

ラミエル「勝手に終わりにすんじゃねぇよ。俺はまだいけるぜ。そう簡単に負ける俺じゃないぜ。 自分をぶん殴ってでも俺は立ち上がるぜ」

 

ミサイルを諸に受けてでも立ち上がり、拳を構え戦闘を続行しようとする。

 

自分自身に敗北と言う二文字を刻みたくないが故なのか、熱い闘志が彼を動かしているのかもしれない。

 

リョウは立ち上がるラミエルを見て腰にあるアルティメットマスターに右手を伸ばしたが、途中で使用するのを拒むように左で右手を掴んだ。

リョウも武器を使用せず、正々堂々と直接ぶつかり合うべく拳を構えた。

ミサイルや光弾を先程使用しておいて、とは思ってはいたが、相手が生身であるのに剣等のリーチがある武器を使うのは相手の意に反したと思ってはいたようで、リョウなりに考えた結論だった。

 

ラミエル「アルティメットマスターは使わないのか? 俺は本気のリョウと戦いたいんだけどな」

 

リョウ「まぁ先ずは拳で行かせてもらうわ。 これもわし自身の修行みたいなもんやから、付き合わせてもらうで」

 

ラミエル「いいぜ、リョウの言う修行ってやつに付き合ってやるぜ!」

 

ラミエルは再び電光石火の速さで接近し電撃を帯びた拳を振るう。

リョウは拳を腕で凪ぎ払うようにして防ぎ、手の平を前に突き出し掌底をラミエルの腹に叩き込む。

強烈な一撃を受けたのにも関わらず怯むことなくリョウの顔面に電撃を帯びた拳が直撃した。

リョウの体は横に大きく揺らぐが、振り返り様に裏拳を放つがその一撃も防がれてしまい横腹に電撃を帯びた拳を当てられ怯んでしまう。

ラミエルは更にパンチの連打をリョウに放ち反撃の隙を与えず攻撃を繰り返す。

リョウは防戦一方で、素早い殴打の全てのを防ぎきる事は出来ず、何発かは命中しじわじわとダメージを負っていた。

 

アイリ「うわぁ凄い。ドラゴンボールみたいになってるよ」

 

アイリはいつの間にかベランダに移動しており、椅子に座りリビングの棚にあったおにぎり煎餅をバリバリと食べながら観戦していた。

ピコはアイリの肩に乗りリョウとラミエルの戦いを観戦していた。

 

リョウ(見せ物じゃないんだぞおい…)

 

ラミエル「『ギガスパーククラッシュ』!」

アイリを横目で一瞥した刹那、ラミエルは両腕に今まで見せた技の何十倍もの電撃を纏わせ、後ろに両腕を下げた後に、勢い良く前に突き出し構えて溜めていた力を勢い良くぶつける。

リョウは腕を体の前で交差しラミエルの二つの拳を真っ正面から防ごうとするが、強力な電撃を纏ったラミエルの最大級の威力の技を完全には防ぎきることは出来ず、交差した腕はいとも簡単に崩され、二つの拳を胸に受け地面に激突し、地を削りながら吹き飛んだ。

 

アイリ「決着! ってか、リョウさん大丈夫~?」

 

アイリはおにぎり煎餅を一つ口にくわえ翼を羽ばたかせリョウの元へと飛んでいく。

このくらいの事で世界の監視者であるリョウはやられないと軽い気持ちで考えていたので、アイリは特に心配という思いは特になかった。

 

リョウ「大丈夫やけど今のは痛かったわ」

 

地面の方から声がしたのでアイリはその地点に着地する。

盛り上がった地面からリョウが姿を現したが立ち上がったが、足取りが覚束ないようだった。

それもそのはず、先程のラミエルが放った一撃で吹き飛ばされたダメージで、リョウは頭部に傷を負い出血しており、胸も強い電撃を浴びたことにより火傷を負いそれなりのダメージを受けていたからだ。

 

アイリ「うわっ!? た、大変!! 治療しないと! ピコさーん! 110番して!!」

 

アイリはリョウの損傷した姿を見て、くわえていたおにぎり煎餅を落としたのにも目も暮れず慌てはじめる。

 

リョウ「110番は警察だから。 あとこれくらいの怪我なら自然に回復するから大丈夫やって」

 

アイリ「これくらいって、頭から血が出てるんだよ!? そ、そりゃいつもふざけてるあたしでも心配しちゃうよ!?」

 

リョウ「心配してくれるのはありがたいんやけど、これくらい、わしにとっては日常茶飯事なんだよ。 安心せい」

 

アイリはリョウの安否を心配しているが、杞憂だと諭す。

 

今まで人間として争い事のない何気ない日常を過ごしていたアイリには、まだ人が血を流し傷付くのに当然だが耐性がない。

況してや見知った人が酷い傷を負っているのだから、心配と同時に大事になったらどうしよう等の気持ちが溢れ不安になるのは当然だった。

 

リョウ「本当はこんなこと言いたくなんてないけど、いずれ慣れてくる」

 

ごめんな、とアイリの頭を撫でその横を通り過ぎラミエルとの戦闘を続行しようとする。

 

リョウは今言った事を後悔していた。

 

何故あの様な言い方しかできなかったのか。

 

もっと良い言葉を掛けることはできなかったのか。

 

アイリが自分の力を開花したいということは、戦闘は決して逃れられない道だ。

いずれ何度も誰かが傷付き、血を流し倒れていき、最悪な場合、死を目撃することにもなるかもしれない。

 

戦いになれば必ず目にすること、そんなのは当たり前、と言えばそれまでだが、アイリにはこれから何度も自らの目の前で起こる惨劇を見続けて心が保つことができるだろうか?

 

ただの高校生だった一人の少女がショッキングな出来事を見るのはなかなか酷な事ではあるが、いつかは慣れてくる、慣れなければならなかった。

 

自分は慣れているからお前も慣れろ、と言っているようなものだと思い深く反省した。

 

ラミエル「まだやれるなんて流石だなぁ。わりと本気の技だったんだけどなぁ」

 

ラミエルが両手をブラブラと揺らせながら近付いてくる。

最大級の技を放った影響か、手からは白い煙が立ち込めていた。

 

ラミエル「本気の一撃与えたつもりだったのに殆ど効いてないあたりみると俺もまだまだってところだな」

 

揺らしていた手を上に上げ降参といった仕草をする。

真剣に勝負をしていたときの堅い表情は消え、朗らかで明るい表情へと変わっていた。

 

ラミエル「っつーか、お前本気を出さずに戦ってただろ? 本気のお前だったら俺の高速のパンチくらい防げた筈。 だろ?」

 

表情は崩してはいなかったが、少々不安そうに眉を寄せリョウに質問をする。

 

リョウ「出してあげたいところだったけど今は無理なんだよ。 色々あって力が制御されてるんだから勘弁してくれよ。 わしは訳あって弱体化してるのを、四大天使の誰かから聞いてたんじゃないのか?」

 

ラミエル「んなこと俺は聞いちゃ…あ、そういや俺がリョウの所に行こうとした直前にガブリエルが言ってたような、言ってなかったような…」

 

冷や汗をかきながら頭をポリポリとかき苦笑いをするラミエルを見てリョウは溜め息をついた。

 

リョウ「直球一本槍で脳筋は相変わらずなのが良く分かったわ。 まぁそういうことだから、今のわしと戦ったところでおもしろくはないからさっさと帰ってくれ」

 

ラミエル「確かに、本気のリョウと戦えないのなら、俺としては戦う意味はないな。 でもせっかく来たんだから何かしないとな! 庭をぶっ壊した詫びとして晩飯作ってやるからよ!」

 

ラミエルは勝負を諦め、リョウと肩を組み笑顔で話し掛ける。

本当に詫びる気持ちがあるのかとツッコミを入れたいところだが、こういう奴なんだと分かっているリョウは特に何も言うことなくラミエルに家へ連れられていく。

 

アイリ「リョウさーん庭はどうすんのー?」

 

リョウ「後でラミエルに整備させとくから置いといていいよ」

 

ラミエル「ちょ!? なに勝手に決めてんだよ!」

 

リョウ「ここまでした原因はお前なんだから、当たり前やろ? 飯作る程度の償いでこのわしが許すとでも?」

 

下衆な笑みを浮かべ語り掛けるリョウを見てラミエルは肩を掛けていた腕を離し距離を取る。

 

ラミエル「お、俺はやりたくてこうなった訳じゃないんだから知らないぜ!」

 

リョウ「ほう、偶然起こった事にして逃げ切ると? 天使がそんな弁解してええんかなぁ?」

 

下衆な笑みを浮かべたまま近付いてくるリョウに対し、苦笑いをしながら一歩ずつ下がりながら距離を取るラミエル。

事情を知らない外部の人がこの状況を見たら、一般人に迫る不審者に見えてしまうだろう。

 

それを見ているアイリは、リョウが本当に怪我が大丈夫かどうかはまだ心配はしていたが、下衆な笑みを浮かべられる冗談ができる元気があれば惨事にはなってないと勝手に自分の中で判断していた。

大分落ち着いたのか、先程落としてしまったおにぎり煎餅を広い、付着していた砂埃を息で吹き飛ばし口にくわえるという余裕まで見せていた。

 

皆さんは落ちてしまった食べ物を無闇に食べないようにしましょう。

 

ラミエル「しょうがないなぁ! こうなったら俺が本気を出して作るデミグラスソースが掛かったハンバーグを作ってやる! 最近できた新作なんだZE☆」

 

リョウ「反省する気はなしか。 仕方ない。最大級の技である『ソードスパーク』をぶっ放してやる」

 

アイリ「ラミエルさんハンバーグ作れるんですね! あたしも作れるけどどんなの作れるか見たいし食べてみたいな~。 でもあたしはハンバーグより、ハンバーガーが大好きなんだ♪」

 

リョウ「教祖様がやって来そうだな。 因みに、わしの気の短さはハンバーガー4個分だ」

 

アイリとリョウは互いに現実世界にあるネタを披露し始め意気投合、笑顔でハイタッチをする。

何のことかさっぱり分からないラミエルは頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

 

ラミエル「は、ハンバーグ作りはまたにしとくぜ! そういうことで、じゃあな! 庭の整備もまた来たときにしとくからよ!」

 

純白の翼を広げ、家に来たときと同じ豪速の勢いで飛び立って行く。

天使であるにも関わらず自らの罪を償わず逃走するラミエルをリョウは許すはずがなく、冷たい目線を向けながらアルティメットマスターを鞘ごと掴み、ラミエルが飛び去った方角へと向け構える。

 

リョウ「さっき言ったようにやらせてもらうからな? わしが今出せる最大級の技を」

 

アルティメットマスターを構えている手に黄金のエネルギーが電撃の様にバチバチと音を立て溜まっていく。

アイリは今までに感じたことのない力量を感じ取り、身の危険を感じリョウと距離を取り庭にある岩の後ろへと隠れる。

 

リョウ「『ソードスパーク』!」

 

アルティメットマスターの鍔(つば)の下、縁(ふち)に装飾されてある赤い宝石から黄金色の極太レーザーが放たれた。

豪快かつ高威力な一撃必殺の技なので、反動に耐えられず後方へと下がっていく体を両足を地面に貼り付くような勢いでなんとか保っている。

飛距離がかなりあるらしく、遥か遠くに飛んで去ってしまったラミエルに直撃した。

空の彼方でラミエルの叫びが山彦の様に聞こえた。

 

リョウ「はぁ、流石に今の状態じゃこの技を使うのは疲れる。 程々にしとこ」

 

制裁の一撃を与え満足したのか、エネルギーを出し終え未だにバチバチと音を立てエネルギーが迸るアルティメットマスターを腰に戻した。

 

アイリ「今のヤバすぎでしょ!? 魔理沙のマスタースパークみたいだったよ!」

 

アイリが『ソードスパーク』の威力に興奮しながら岩の後ろから出てきた。

 

アイリ「あたしもいつかあんな攻撃できるのかな!? やってみたいな~。 かめはめ波! みたいにさぁ!」

 

リョウ「さぁどうやろ、できるかどうかは自分次第や。 わしもこれは大事な人の技をまるパクリした技やからね。 悪いけど今日は修行はなしで。 この技、わしの力の7、8割くらい使う半端ないくらい威力ある技だから疲れちゃうのよ」

 

疲労を隠せないようで、額に汗をが滲む引き攣った笑顔を見せ家の方へと覚束ない足取りで歩いていく。

アイリはリョウの横にテトテトと歩いていき自分の肩を貸し、歩くのを補助する。

 

アイリ「一発撃っただけでヘロヘロになるなんて、爆裂魔法を使う紅魔族みたいだね」

 

リョウ「あの子よりはまだ他の技も使えるわしの方がなんぼかマシやろ。 それよりすまないな、今日は色々と教えようとしてたのにこの様で」

 

力を使い果たし醜態を晒した挙げ句、修行をするという約束を破ってしまった。

自身の愚行に冷笑してしまう。

 

アイリ「大丈夫、ぜんぜん気にしてないから! 間近で戦闘を見れてこんな感じなんだなぁって実感できたし。 あたし的には空を飛べることもできたんだし、今日のノルマはクリアってところだよ♪」

 

約束を守れなかった事を気にも留めておらず、向日葵の様な笑顔を向ける。

可愛らしい輝く笑顔に思わず笑みが溢れた。

 

アイリ「さて、とりあえずお腹空いたしご飯の準備でもしようかな。 材料はさっき冷蔵庫の中を漁ってたら色々あるのは分かったことだし、さっき話に出てたハンバーグでも作ろうかな」

 

リョウ「一人暮らしやったから料理もそれなりにできるんやったな」

 

アイリ「もっちろん! 中学生の頃にNHKの料理番組見たりDSお料理ナビを使って一生懸命覚えたから、ジャイアンシチューみたいな料理にはならないから心配しなくて大丈夫だからね!」

 

リョウ「期待しとるで。わしは疲れたからゆっくりしとくわ。 今のわしならアイリにも負けそうだから」

 

アイリ「えっ、そんなに貧弱しちゃってるの? …ふふ、今のリョウさんにならあたしでも勝てるか、ふふふ…」

 

先程のリョウとはまた違う雰囲気で不気味な笑みを浮かべ始める。

他人から見てみれば小悪魔の様な感じで可愛げがあるが、リョウは決して口にはしない。

言えば調子に乗ってしまうから。

 

アイリ「と、言うことで…野郎オブクラッシャー!」

 

リョウ「冗談だってことくらい分かれこのアンポンタンスカポンタン!」

 

アイリ「えあーむど!」

 

襲い掛かってくる前にリョウはアイリの額にデコピンを当てる。

アイリは奇妙な声を上げ額を抑えその場で地団太を踏むようにしてもがいている。

 

ピコ「殴られなかっただけ良かったねアイリ」

 

アイリ「こ、これはこれで痛いんだからね…」

 

アイリの肩に跳び乗ったピコが笑顔で語り掛ける。

リョウは何だかんだ言ってやり取りが楽しかったのか、笑みを浮かべたまま家へと入っていった。

 

 

翌日、ラミエルが泣く泣く庭を直すべく整備をしたそうだ。

 

 

 




自粛してると小説を書くのがスムーズに進みますね


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第7話 スターレッスン(物理)

コロナウイルス怖いですね


アイリが天使へと種族が変わり、天界へやって来て一日が経過した。

 

現実世界では決して起こることのない様々な非現実的な経験を経て、常時ハイテンションになっていたせいか、精神的にも身体的にも疲労が貯まっていた。

晩飯を食べ終えシャワーを浴び決められた自室へ行くと早々寝床に着き昏々と眠りに入ってしまった。

 

そして、転生した日から一日が経過した。

早速トラブルが発生した。

 

リョウ「おーいアイリ!起きてるのは分かってるんやから出てこい! 一日経っただけで引きこもりになるなよ!」

 

午前11時、未だに眠りから目覚めていないと思われるアイリを起こしに2階にある部屋へ向かったリョウは、 部屋の前の扉に着くなり眉間にしわを寄せた。

 

部屋の中からは銃声が聞こえ、人のものとは思えない奇声や禍々しい声が聞こえてきたからだ。

部屋の中で何が起こっているか察しのついたリョウは扉をコンコンと数回ノックし呼び掛けるが、なかなか返事が帰ってくることがない。

 

リョウ「…はぁ、強行手段として扉をぶっ壊して入ることもできるんやぞ~」

 

アイリ「あわわわ!待ってね! 今あたしはゾンビを駆逐するのに忙しいところだから…ひゃあ! レポティッツアがキモすぎるよ~! 終わったら出てくるから待ってね!」

 

リョウ「別にゲーム見るくらいなら部屋に入ってもええやろ?」

 

アイリ「乙女の部屋に入ってくるなんてダーメ! デリカシーないな~。 …あー!こっちじゃ弾がなくなっちゃったよ!」

 

リョウ「…兎に角、終わったら早く出てこいよ。 今日やるべきことを伝えたいんやから。 三分間待ってやる」

 

アイリ「無理よ! ムリムリ! あたしの実力じゃ難しすぎて進めないよ! エンドオブエタニティみたいに動き回って射てるようになればいいのに~!」

 

数分後、額に少し汗をかいたアイリがようやく扉を開け姿を現し、扉の前で仁王立ちしていたリョウにピースサインをした。

 

アイリ「はぁー、やっと終わった。 あたし勝ったよ、ブイ!」

 

リョウ「お前は起きて朝っぱらからゲームしていたのかよ。 はぁ、まさかフォオン様が現実世界にあるアイリの私物を送り込んでいたとは思わなかった」

 

デリカシーがどうとか言っていたが、扉を開けたときにはっきりと分かる程部屋の中が見渡せてしまっていた。

 

最初に目に入ったのは、テレビとその前に置かれてあるPS3だ。

視認はできてはいないが恐らく他の多々あるゲーム機器は何処かに収められているのだろうと考察したが、無駄なことだと思い考えるのをやめる。

 

アイリ「フォオン様にはマジ感謝だよ! こっちに来てからゲームとかなかったらどうしようかなって思ってたんだよ! なかったら今頃あたしはカラータイマーを取られたジャックみたいに萎んじゃってたよ」

 

リョウ「へいへいそうかい。 じゃあさっさと私服に着替えてリビングに来いよ」

 

アイリ「もうスルースキルが高いんだから~。 着替えてくるから、絶対に覗かないでよね! もし覗いたりしたら、『千鳥』をお見舞いするからね!」

 

リョウは軽く手を振り遇い、背を向けリビングへと向かっていった。

アイリは頬を膨らませ、リョウの背を見ながら愚弄するかのように舌を出し部屋の中へ入った。

 

数分後、私服に着替え寝癖がついた髪を直したアイリがリビングに入ってきた。

 

テーブルにはリョウが準備しておいた香ばしい匂いがする食パンが準備されていた。

席には既にリョウとカイが座っておりアイリを待っていた。

 

カイ「アイリ、おはよー」

 

アイリ「あはよう、カイ君。 朝から純粋な心を持つ可愛い男の子に挨拶してもらえるなんて、ショタコンなら鼻血もんだね」

 

リョウ「アホなこと言ってないで冷めないうちに早くパン食えよ。 ジャムは何がいい? リンゴ、オレンジ、イチゴ、ピーナッツと色々あるみたいやけど…。」

 

アイリ「じゃあイチゴで。 飲み物は牛乳でお願いね☆」

 

棚からジャムを取ってきたリョウに笑顔でウインクをして頼むアイリ。

リョウはアイリの殴りたい笑顔を見て若干額に青筋を浮かべ握り締めた拳を上に上げるのを堪え、冷蔵庫から牛乳を取り、ジャムを取る際に序でに取ったコップに注ぎアイリに手渡す。

ジャムをスプーンで掬い食パンに塗り付けて食べ始める。

 

アイリ「ん~、ヤミヤミ! 美味でございます~」

 

カイ「アイリ、パン、ちょーだい!」

 

アイリ「食べたいの? いいよ、はいあ~ん」

 

アイリの隣にひょこひょこと歩いていき、大きく口を開いたカイに食パンを持っていく。

カイは大きな一口で食パンの三分の一を食べ、嬉しそうな顔を見せた。

 

アイリ「あややや~、結構食べちゃったね。 あ、口にジャム付いちゃってるよ」

 

食べたときに口に付着したジャムをアイリはティッシュで優しく拭き取った。

拭いてもらい喜ぶカイの頭を笑顔で撫でる。

 

アイリ「あたし目覚めちゃうかも~」

 

リョウ「何にだよ。 取り敢えず食べながらでいいから聞いてくれ。 今日は早速アイリの力を解放させるためにシェオルの街を出て実戦で学んでもらおうと思ってる」

 

アイリ「おっ、ホントに早速だね! クエストとかやったりするの? 初めはスライムあたりの弱っちいのでお願いね? いきなりゴーレムとか来るような敗北確定な負けゲーは嫌だからね?」

 

リョウ「んなことしねぇから。 モンスターとかは勿論外にはいたりするけどシェオルの周りには基本いないから大丈夫や。 出るとしてもシェオルを囲む壁の近くだ。 遠く離れすぎると昨日みたいに悪魔が出てきたりするからな」

 

アイリ「流石に今のあたしにはまだ戦うのは早いか。 今日の目標は…そうだな~、光の力っていうのを使えるようになりたいな。 光の力を使えるようになって応用できれば色々できそうだし」

 

リョウ「おー、もう目標を立ててたのか。

アイリにしてはそれなりに考えているんやな。感心、感心」

 

アイリ「あたしにしてはってどういうことよ!? あたしこの作品の主人公なんだから少しはしっかりしとかなきゃいけないんだから考えて当然だよ!」

 

ピコ・カイ「メタ~」

 

リョウ「ま、まぁメタいことはあまり言わない方向で。基本タブーなんだから」

 

ここできちんと止めないあたりで、リョウにはまだ甘さがあったのだった。

注意したところでアイリがネタに走ることはなくならないだろうが…。

※作者の匙加減です。

 

時間的に朝飯であり昼飯でもある食事を終えたアイリはリョウと共に家を出る。

家の目の前にある庭には、スコップを持ち庭の整備を黙々としているラミエルの姿があった。

服には砂や泥が付着しているのを見る限り、真面目に作業に取り組んでいるのが分かる。

 

リョウ「よぅラミエル、ごくろうさん。 昨日のダメージはもう大丈夫そうやね」

 

ラミエル「ったく、あんなドでかい攻撃しておいて他人事みたいによく言うぜ。 今から行ってくるのか? えらい遅いじゃねぇか?」

 

リョウ「ぜんぜん部屋から出てこずゲームをしてた小娘がいたからね」

 

リョウは細目で悪戯っぽく隣にいるアイリを横目で見る。

アイリは目線に気付き頬を膨らませそっぽを向く。

 

ラミエル「誰かなのは聞いておかないでおくぜ。 世界の監視者もこんな子の面倒を見なきゃいけないなんて大変だな」

 

アイリ「ラミエルさんまで酷いよー! あたしには仲間はいないの~?」

 

カイ「アイリ、泣かない。よしよし」

 

アイリ「う~、あたしの味方はカイ君だけだよ~」

 

嘘泣きでしゃがみこんでいたアイリをあやす様に頭を撫でるカイを抱き上げ頬をすりすりと寄せる。

カイはアイリとリョウと一緒に行きたいと駄々をこねたため連れていくことになったのだ。

ピコは留守番兼ラミエルの見張り役として家に残ることになった。

 

ラミエル「アイリはちゃんと飛べることはできんのか?」

 

アイリ「うーん、あの時は咄嗟に飛んだらできたってかんじだったから、上手くできるかちょっと不安かな」

 

昨日のように偶然とは言え、綺麗に飛べるかどうか不安がっているアイリに、リョウは手を取り優しく語りかける。

 

リョウ「心配すんなアイリ。 ゆっくりでええから、昨日の感覚を思い出してみろ。

仮に落ちそうになったとしても、わしが支えてあげるから心配すんな」

 

アイリ「昨日コマンドーみたいに落っことしてパンツ丸見えにさせたのによく言うよ~。 でも、真面目に言うあたり信じとくね。 よぉし、やってみますか。 先ずは素数を数えて落ち着こう」

 

リョウがカイを抱き抱え、アイリは神経を集中させ飛行する準備に入っていた。

畳んであった翼が展開され、ゆっくりと羽ばたく動きをし始める。

勿論人間であるリョウは自身の翼を持ってはいないので、教えることは容易にはできないが、翼を持つ存在であるラミエルは敢えて何も言わずにアイリを見つめていた。

何回か羽ばたいたとき、地面から足が離れ、少しずつだが浮き始めた。

 

アイリ「この調子なら、飛べる。 ア~イキャ~ンフラ~イ!!」

 

大きく羽ばたいたと同時に、アイリの体は宙に浮き上空へと飛んでいった。

飛翔したアイリの姿を見て歓喜する気持ちを抑えたリョウは直ぐ様背中に光の粒子の翼を展開、上空へ飛び上がりアイリの元へと羽ばたく。

アイリの元へ飛んできたリョウの支えを借りることなく、バランスを保ちその場で翼を羽ばたかせ浮遊をすることができていた。

 

アイリ「やった!YATTA! あたし今度は自分の力で飛ぶことができたよね!?」

 

リョウ「ちょっと出だしが危なっかしかったけど、できてたよ。 おめでとう、アイリ。上手くできてわしも嬉しいよ」

 

アイリ「ありがとうリョウさん! よし!このテンションで行けば何でも出来る気がするよ! 元気があれば何でも出来る!ってね」

 

リョウ「ふっ、調子ええな。 まぁちゃんと飛ぶのは初めてやろうから、自分のペースで飛んでええからな」

 

アイリ「了解!地図なき冒険が始まるぞ~! それじゃマッハ500で行くからついてきてよ! 超スピード!?」

 

刹那、アイリは目にも止まらぬ速さで門がある方角へ一直線に飛んでいった。

飛行するのが初心者とは思えないほどの速度に口を開け驚愕していたリョウであったが、すぐに気を取り直しアイリの後を追い始めた。

 

リョウ「ピコー!留守番と見張り頼むなー! ラミエル!逃げるなよー!」

 

伝言を言い、アイリ以上の速度で飛び去っていき、庭にはピコとラミエルだけが残った。

 

ピコ「逃げちゃダメだからね~」

 

ラミエル「だから逃げたりしないっつーの。 逃げねぇからそのでかいハンマーを下ろせよ」

 

ピコは既に自身の武器であるピコピコハンマーを取り出しており、見張り役として早速成すべき事を成そうと気合いを入れている。

ラミエルは渋々スコップを持ち、庭の整備に取り掛かるのだった。

 

 

~~~~~

 

 

リョウ「お前に才能があるのは分かったけど、いきなりあんなスピード出すやつがあるかよ加減を知れ。 初心者マーク付けた人が公道で180キロの速さで走っているもんだよ」

 

アイリ「凄かったでしょ? これなら頭文字Dのアーケードステージでも優勝待ったなしだね!」

 

リョウ「事故待ったなしだな。 次勝手に行ったりしたらぶっちゃうからね」

 

アイリ「女の子をぶっちゃう様なことをしていいのかな~? もしそんなことしたら、今思い付いた必殺技、『エンジェルスラップ』をお見舞いしちゃうよ!」

 

リョウ「やっぱりうざいから一発殴っとこうか」

 

アイリ「やれるもんならやってみな~♪」

 

ウインクをし舌を出すアイリに苛ついたリョウは腕を振り上げ極力力を入れずに頭を殴った。

 

アイリ「ぽにーた! う~、酷いよ~」

 

リョウ「自業自得だよバカヤロ~。 殴られないように気を付けないように…ん、あれは?」

 

飛んでいると、リョウはビルに備え付けられてあるモニターに目が止まった。

アイリも同じ様にモニターに目を移すと、画面には桃色を基調とした白色の衣装を身に纏った狐色の髪をポニーテールにした天使の少女が、マイクを片手に綺麗な歌声を響かせ踊っている映像が流れていた。

 

その美声にアイリは魅入られ、モニターに釘付けになっていた。

 

『ただいま見ていただいた映像は、全世界で活躍する天界出身の歌姫、サリエルのニューシングル、『ミルフィーユ・ハート』のミュージックビデオでした!

今月にはこの天界でコンサートが開かれる事になっており、同じWSDでもあるミケナもゲストとして登場するということで話題沸騰中です!

ニューシングルは天界の音楽店はほぼ売り切れという状態!

まだ買っていないファンの方やファンではない方も、音楽店へ急げ!』

 

流れてくる音声を聞くあたり、どれほど彼女が人気なのかが伺える。

 

リョウ「この世界に戻ってきてたのか」

 

アイリ「凄いねこのアイドル。あたし魅入られちゃってたよ。 他の世界でも活躍してるアイドルなの?」

 

リョウ「そうやで。 あらゆる世界を周り巡り、歌を歌い、夢や希望、笑顔、愛を届けるアイドル、WSDの一人や」

 

アイリ「えっと、そのWSDっていうのはなんなの?」

 

リョウ「WSDってのは、ワールド・ソアー・ディーバの略で、世界を翔ける歌姫って意味やね。 みんなは彼女達の事をディーバって読んでて、WSDはユニットの名前。

ディーバは誰でもなれるわけやないから、4人しかおらんのんよ」

 

アイリ「あんまりいないんだね。 あたしもいつかフリフリの衣装来て歌えたりできるかもね♪ キラッ☆」

 

リョウ「絶対ねぇよ。 あまりでかい声では言えないし詳しいことも言えないけど、ディーバってのは世界のバランスを保つ存在でもあるんだ」

 

アイリ「そんなに重要なんだ。 後でツイッターに流しとこw」

 

リョウ「やめいアホ!!」

 

再び放たれた拳はアイリの脳天に直撃した。

 

アイリ「るんぱっぱ! もう!冗談なのにぶたないでよ~!」

 

リョウ「冗談やったとしてもやめてくれ、マジで。 こんな極秘の事実ばらしたら時空防衛局に全世界に指名手配されちまうぞ」

 

アイリ「でも、あたしがもしそうなったとしてもリョウさんは助けてくれるんでしょ?」

 

リョウ「…まぁな。アイリを守るのがわしの役目、やるべきことやからな」

 

アイリ「かっこいいこと言う~! あたし嬉しいよ、ありがとね」

 

アイリはアイドルにも負けない笑顔を送るが、リョウは下を向き手を振り軽くあしらうように見せた。

 

アイリ「ありゃ、照れてる? そりゃあたしみたいな空前絶後の超絶怒涛の美少女に言われたら照れちゃうよね~?」

 

リョウ「…右手でぶたれるのと左手でぶたれるの、どっちが良いか選べ」

 

アイリ「ちょ、からかっただけで怒らないでよ~。 怒っちゃや~よ☆」

 

リョウ「…覚えとけよ。行くよ~」

 

リョウが先導して飛び、アイリは元気よく返事をし後に続いていった。

モニターには未だサリエルが歌っている映像が流れていた。

 

 

~~~~~

 

 

数分後、門に到着した三人は、門番であるラシエルから、最近壁の付近に出没したと言われる、ヘルハウンドという冥界から送られてきたモンスターの情報を聞き、門を通過しある程度離れた広く空いた場所に警戒しつつやって来た。

 

リョウとアイリは向かい合うように立っており、少し離れた場所にはカイが地面に座り込み二人の様子を伺っていた。

 

リョウ「力を引き出すってのもなかなか口で説明するのは難しいからなぁ。 感覚的には内に秘めてあるものを外にバッと出すようなかんじなんよ。 まぁ実戦で学んだ方が早いと思うから、先ずはガーンデーヴァを出してみてや。 たぶんガーンデーヴァを頭の中で思い浮かべて出すように念じれば実態として出てくるはずやから」

 

アイリは頷き、目を瞑りガーンデーヴァを頭の中で想像しようとしたのだが…。

 

『元グリーンベレーの俺に勝てるもんか』

 

『あの世で俺にわび続けろオルステッドーーーーッ!!! 』

 

『 俺たちは人間をやめるぞ! ジョジョ―――ッ!!』

 

『だーれが殺したクックロビン♪』

 

『君の体がそうなったのは私の責任だ。だが私は謝らない』

 

『あなたの愛に溺れちゃう~♪』

 

集中しようとすればするほど雑念が頭の中を埋めていき、ガーンデーヴァを全く想像できずにいた。

 

アイリ「あーーー!! いらないことばかりが頭の中をミキサーしちゃってるよ!」

 

リョウ「やれやれ…先が思いやられる」

 

アイリにとって無心になることが余程困難だったらしく、ガーンデーヴァを取り出すのに数分は掛かってしまった。

 

アイリ「ふぅ、やっと出すことができたよ」

 

リョウ「出すときの感覚は掴めたね? じゃあ次のステップに移ろうか。 アイリは弓の構え方はなんとなくでも分かるか?」

 

アイリ「うん。テレビとかでも何回か見たことあるから、形くらいならちょちょいのパーだよ」

 

リョウ「よし、まぁ形さえ出来ればなんとかなるような代物やからな。 ガーンデーヴァには矢がない。 矢は自らの力で生み出して使用するんや。 構えた状態で光の矢が出てくるように念じてみて。 さっきやってた思い浮かべるよりは、出てきてって念じた方が手っ取り早いかもしれないから」

 

アイリは厨二病なので、常に二次元のことを思い浮かべているようなので無心になるのは到底無理と思い考案した。

頭の中で想像するのではなく、その場に自らの求む物を出すと念じるという方法だ。

正直、考え付いたこの方法を上手くいくかはリョウ本人も分かっておらず、一か八かで実際に試そうとしており、駄目ならまた他の方法を思案すればいいという計画性のない考えだ。

 

アイリは目を閉じ弓の矢を出るよう念じると、ガーンデーヴァの弓体の両方の先端から光の線、弦(つる)が張られ、構えていた手には黄金に輝く矢が光と共に出現した。

 

今まで現実世界に住んでいたごく普通の少女が、ここまで強力な能力を瞬時に使用できるほど開花したことに、リョウはただただ驚かされていた。

無論、ガーンデーヴァに選ばれた時点で、アイリはただ者でないのは重々理解していたが。

 

アイリ「わぁ! ホントに出てきた! 以外と簡単に出てきたね!」

 

リョウ「ペースが早いな。 最初を除いて。

じゃあ、試しにわしに射ってみろ」

 

アイリ「初めて射つのにリョウさんを狙うの!? あたしが成功しちゃったらリョウさんにぶっ刺さっちゃうよ!?」

 

リョウ「的がないんやからしゃあないやんか~。 ちゃんと防ぐから大丈夫よ。何処でもええから狙ってみ?」

 

アイリ「えっと…じゃあ折角だし股間を」

 

リョウ「射ったらどうなるか分からせてやろうか?」

 

光のない目でにこやかに笑うリョウを見て思わず背中に悪寒が走る。

手は既に剣の柄にあり、何時でも刃が姿を現れる体勢に加え、気のせいか、後ろに修羅が見えたので、直ぐ様狙いを胸の中心へと変更すると伝える。

 

両腕を横に広げ当てやすい姿勢を取る。

アイリは心臓が近い部位を狙うのを躊躇しながらも標準を合わせるため微調整をする。

 

現実世界では部活には入っておらず、帰宅部だったアイリは弓の使い方は熟知はしていないとはいえ、なんとなくである見せ掛けの構えは綺麗にできており、力強く引き始める。

そして最大まで引いたところで右手を放した。

自他共に唖然とする程の高速の速さで光の矢は空を斬り裂き進んでいく。

想像を遥かに絶する速さに驚愕し反応が遅れたが、右足を大きく振り上げ、心臓を射ぬく筈だった矢はリョウの右足に弾かれ、空中を回転し地面へと落ち、光になり消滅した。

 

遠くで見ていたカイは矢を射ったアイリと矢を防いだリョウを見て無邪気に笑いながら拍手を送っていた。

 

リョウ「おいおいマジかよ…。 弓のド素人のアイリが初めて射ったのにこのスピードかよ。 流石、伝説の弓だけあって、弓のド素人や初心者だったとしても、存分に力を発揮してくれるといったところか」

 

アイリ「び、ビックリした…。 あ、リョウさん大丈夫なの!?」

 

自身が射った矢の凄さに驚愕し尻餅を着いていたアイリは勢いよく立ち上がりリョウの元へと駆け寄る。

 

リョウ「ちょっとビックリしたけど、この程度なら問題ないよ」

 

リョウの言う通り、黒のズボンが破れている程度で、矢が直撃した箇所の肌には一切傷はついていなかった。

アイリは確認のため直撃した箇所を見たが、確かに肌に傷がなかった。

だが、アイリが見たのはとても人間の肌とは思えない、銀色で光沢があるものだった。

 

アイリ「やっぱり、リョウさんの足って…」

 

リョウ「あぁ、そうや。 アイリが思ってる通り、義足なんよ」

 

リョウは太股あたりのズボンを掴み、下へ力を入れ引っ張り一気にズボンを引き裂いた。

露になった右足全体は、特殊合金で作られた光沢を放つ銀色の義足だった。

 

リョウ「昨日言おうとしてたのに忘れてたな、悪い。 ちょっとショッキングやったか?」

 

アイリ「け、結構今のは流石のあたしでもきちゃったな。 でも、ごめんなさい。 あたし何も知らずに、昨日はリョウさんの右足のことを興味津々に聞いちゃって」

 

リョウの身に何が起こったのかアイリは当然知りはしないが、災難な出来事が起こり右足を失ってしまったのは明らか。

昨日の生半可に聞いてしまった事に罪悪感にとらわれ頭を下げた。

 

リョウ「謝ることなんて何一つないわいねアイリ。 知らんかったんやからしゃあないよ。 アイリも同じ立場やったらきっとわしと同じことを思うんやないかな? だからアイリ、頭を上げてくれ。 わしはぜんっぜん気にしてへんから、アイリも気にせんといてや」

 

アイリ「う、うん。リョウさんがそう言うなら…」

 

まだ困惑はしていたが、アイリは頭を上げ笑顔を見せた。

 

リョウ「そうそう、アイリは笑っているのが一番や。スマイルスマイル♪」

 

アイリ「リョウさんがそれ言うと気持ち悪いよ~。 あたしみたいに可愛い女の子じゃないと合わないよね☆」

 

リョウ「否定できないのが腹立つな。 まぁわしの足の事は置いといて、何回か繰り返し射って練習して命中率、威力の精度を上げていこう」

 

カイ「くる! わんわん、くる!」

 

地面に座り込んでいたカイが突然立ち上がり、シェオルの反対側、延々と広がる雲海の地平線を指差しながら叫んでいた。

リョウもカイの言っていることを理解したようで、カイが指差す方向を向き、腰にあるアルティメットマスターに手を伸ばした。

 

アイリ「どうし…何か来る? あまり良くないものの気がする」

 

リョウ「大当たり。当たってほしくなんかなかったけどね」

 

少し会話している間にも、そのなにかは高速で近付き姿が目視できるほどの距離にまで迫ってきた。

 

背中からは上に突き伸びた棘のような何本もの骨、灼熱に燃える体に鋭い爪と牙を持ち感情が見えない白い眼をアイリ達に向け走ってくるのは、地獄の番犬とも言われるヘルハウンドだ。

 

ヘルハウンド達は群れとなり猛スピードで雲海を走りアイリ達の元へやってきて、囲むように陣を組んでいった。

 

カイは怯えるようにアイリに走り寄り、リョウは二人を守るようにアルティメットマスターを引き抜き戦闘体勢に入った。

 

アイリ「こいつらがラシエルさんが言ってたヘルハウンドなんだね…。 餌あげたらなついたりしないよね?」

 

リョウ「餌撒いて大人しくするなら苦労はしないよ。 今すぐカイを抱いて空中に逃げろ。 あいつら空は飛べないけど、跳び掛かってきたりするから注意してくれよ」

 

アイリ「逃げるなんてしないよ。 あたしは戦う。ちょうどいい練習台になるんじゃない?」

 

アイリはガーンデーヴァを構え、戦闘をする意思を見せる。

だが初めての戦闘に緊張し、僅かではあるが禍々しい敵に恐怖し声が震えている。

 

リョウ「馬鹿! 今日初めて修行して弓をいることができるようになったのに戦うなんて無茶だ! アイリを危険な目には合わせたくはない!」

 

アイリ「もう既に危険な目に合ってる真っ最中なんだから、なんとか切り抜けてみせるよ。 あたしから戦いたいって言ったのにバカみたいだけど、本当は戦うのが恐くて、逃げたいところだよ。 でもね…」

 

アイリは矢を召喚しガーンデーヴァを構え標準を合わせ始める。

声は震えているものの、ガーンデーヴァを持つ手は震えてはおらず、覚悟を決めた強い意思を秘めた瞳で的を見据える。

 

アイリ「リョウさんの気持ちはありがたいんだけど、逃げていちゃダメなんだよ。 逃げてるだけじゃなにも始まらない、自分の恐れに逃げてちゃ、自分に問いかけてた答えもなにも見つからず、成長することもなく後悔することになる。 戦って後悔するか、逃げて後悔するか、リョウさんならどっちを選ぶ方がマシ?」

 

アイリの恐れを感じない勇敢な真っ直ぐな瞳を見て、リョウも守るために戦う決意を固くする。

 

リョウ「…勿論、戦ってに決まってるやんか。 だが、安心しろ、後悔なんて絶対させないと約束する。 わしがサポートしてやるから、アイリは自分の戦い方で全力を尽くせ!」

 

アイリは力強く頷き、お互い背中を合わせ背後の敵を任せる様に構え、アイリにとっての初陣が始まろうとしていた。

 

 




休日が暇なおかげで小説を書くのがはかどりますね


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第8話 悪魔、襲来

土日の休日はどうしてもゲームをしてしまうので小説が書けない…


アイリ「リョウさん、時空防衛局のみんなには内緒だよ?」

 

リョウ「なに初っぱなからネタかましてんだよ」

 

アイリは標準を合わせ矢を放つ。

矢は一直線に飛び、ヘルハウンドの頭部に命中、その場に倒れ消滅した。

 

アイリ「おーヘッドショット! バイオハザードみたいにやれば案外弱かったりするのかな?」

 

リョウ「対策や弱点に関しては間違ってはいないが、ゲーム感覚でやるなよ」

 

一体目が倒されたのが合図のように、ヘルハウンド達は地を蹴り一斉に襲い掛かってきた。

 

アイリはもう一度矢を放つが、俊敏な動きで狙いが定まらず矢を放てずにいた。

焦りが見せる余裕など与える暇なく、ヘルハウンドはアイリに接近し鋭い爪で切り裂こうとしたところをリョウがアルティメットマスターで防ぎ、ヘルハウンドの前足を掴み他のヘルハウンドへと投げ飛ばした。

 

アイリ「ありがとうリョウさん! 遠距離戦が無理な時は、接近戦で挑んだ方が良さそうだね」

 

アイリは頭の中で接近戦で挑もうと思考していると、ガーンデーヴァの弓体の前側が藍白色に光り始めた。

刃の様な輝きを放つガーンデーヴァを振るい、襲い掛かってきたヘルハウンドを吹き飛ばした。

ヘルハウンドの体には刃物で斬られた痕が残っており、血を流しながら吹き飛び地面に落ちたと同時に消滅した。

 

アイリ「思い付きだったけど、以外となるようになるし上手くできた! この調子で討伐してクエストクリアだ!」

 

先程の恐がっていた目は、自信に満ち溢れた目に変わっており、襲い掛かるヘルハウンドを返り討ちにしていた。

リョウも遅れを取るまいとアイリの背後から襲い掛かるヘルハウンド達を斬り倒し着実に数を減らしていく。

 

そして最後の一匹となったヘルハウンドは二人から距離を取り、唸り声を出し警戒していた。

 

アイリ「最後は任せて。 あたしの初めての戦闘にて、初めての必殺技を出してみたいから。 いくよ、あたしの必殺技!」

 

リョウは「必殺技?」と首を捻る。

アイリは矢を召喚し構えると、光の力を矢に溜め始め、矢がより一層輝きを増していった。

 

アイリ「いっけー!『ストレートアロー』!!」

 

先程から射っていたものとは比べものにならない程の速さと威力をもった矢がヘルハウンドに向けて一直線に飛んでいく。

俊敏な動きをするヘルハウンドでも反応できない速さの矢は、ヘルハウンドの体に刺さるどころか貫通し、見えなくなるまで直進していった。

ヘルハウンドは自分の身に何が起こったのかを悟ったときには消滅してしまっていた。

 

アイリ「やったー! あたし初陣を飾れたよね! 勝利のポーズ!決めっ!」

 

リョウ「…マジで信じられねぇ。 ホンマに戦うのが初めてなんかってくらいの強さなんやけど。 調べた中にはアイリは格闘技とかは習ってなかったはずなんやけど」

 

アイリ「習ってないよ~。 習うとしたら中国拳法を取得してチュン・リーみたいに戦いたいなぁ。 自分で言うのもあれだけど運動神経はいい方だよ。 アニメとか見ててどんな風にして振る舞って戦えばいいとかは分かってるつもりだし、もっと努力すれば伸びていくもだよね♪」

 

中国拳法を真似るような動きを見せ始める。

足を大きく振り上げた時に見えてしまったものを気にせずリョウはアルティメットマスターを納め、労いの言葉を掛けようと近寄ろうとする。

 

アイリ「今の強さとテンションがあれば、リョウさんを倒せる! もう何も怖くない!」

 

リョウ「そのセリフ言うだけで死亡フラグが立ってるんだが」

 

アイリ「モーマンタイ! そういうことで、野郎オブクラッシャー!」

 

ガーンデーヴァを構えたアイリはリョウに走り向かってきた。

ただ走って向かってくるだけの攻撃を避けるなどリョウにとっては容易いことの様で、横に一歩移動するだけで避けることができた。

避ける際にアイリの足に自分の足を絡ませ、アイリはその場に豪快に前のめりに倒れた。

 

アイリ「ぐれっぐる! 雲の地面じゃなかったらたんこぶできてたよ~」

 

アイリは顔を上げ、リョウの方を向きものを言おうとしたが、目の前に起こっている出来事に言葉が出ずに硬直した。

 

リョウは銀色のハンドガンを片手で持ち構えており、銃口を顔に向けられていたからだ。

 

アイリが気付いた時には、リョウは銃の引き金を引いていた。

銃口から火が吹き、耳をつんざくような銃声があたり一帯に響いた。

放たれた弾丸はアイリの綺麗に整った顔に傷を付けることはなく、顔の横スレスレの地面に着弾した。

 

アイリ「りょ、リョウさん、流石のあたしでも、これはビクっちゃうよ」

 

生と死の瀬戸際を味わい、震える声で恐怖で引きつった顔で言うが、リョウは表情一つ変えることなく、射ぬくような鋭い目線で銃を構え銃口を向けている。

 

リョウ「戦いに油断は禁物、命を落とすかもしれん、最後まで気を抜かずにいけんとあかんってことやな。 すまんかったな、手荒な真似して。 まぁ他にも理由はあるが…」

 

銃を持つ手の力が強まり、表情も強張るものとなっていく。

 

リョウ「そこにいるの、出てこい!」

 

怒声を荒げるリョウにアイリは驚いたが、能力で背後に何かがいるのを感知し、翼を広げ飛び上がりその場から離れた。

 

そしてその場に黒い霧が漂い始め、姿を現したのは頭から二本の黒い角が生え、漆黒の翼を持つ長い金髪の女性だった。

黒いバラが飾り付けられたワンショルダーの腰から下の生地がないロングドレスを着ており、肘まであるロンググローブを付けている、妖艶な雰囲気をかもし出している。

 

リョウ「お前はたしか、悪魔のリリスだな。目的はアイリの抹殺か?」

 

リリス「ご明察。大人しくその子を渡してくれないかしら? 大丈夫よ、痛い目には合わせないから。一瞬で楽になるもの」

 

リリスは舌なめずりをし口角を上げる。

リョウはリリスの存在が分かると冷や汗をかき始め、銃を持つ手にも汗が吹き出る。

 

リョウ「アイリ、今すぐカイを連れてシェオルに戻れ。 こいつはさっきのヘルハウンド達とは比べ物にならないほど強い。 アイリじゃ絶対に勝てない」

 

アイリ「それはやってみないと分からないよ? たしかにこの人から感じる力は凄いけど、あたしの実力、まだまだ試してみたいところだから!」

 

自信満々なアイリはリョウの指示を流し、ガーンデーヴァを構え矢を召喚し、リリスに向け『ストレートアロー』を放つ。

高速で放たれた矢が迫っているにも関わらず、リリスは避けようとせずその場から微動だに動こうとはしなかった。

 

リリス「私が気付かないとでも思って?」

 

光の矢が当たる直前に腕を振るい、飛ぶ虫を払い除けるかのようにいとも簡単に矢を叩き飛ばした。

 

リリス「このようなものは攻撃とは言えないわね。 そんな貧弱で魅力のない攻撃で、サタンフォーの私に迎え撃とうとするとは、いい度胸をしているわね、元人間」

 

リリスの腰あたりから、先端が銀色の特徴的な形をしており、先端の中心に光の球体がある触手が飛び出しアイリを捕らえようと猛スピードで向かっていく。

触手が姿を見せたと同時に、リョウが正に高速とも呼べる速さで動き、右足で触手を蹴り飛ばし、手にしていた銃をリリスに向け全弾射ちつける。

 

リョウが使用している銃は『マグナム44M』と呼ばれる超大型回転式拳銃だ。

装弾数は5発で、先程1発射ってしまったので、残りの弾数である4発が放たれ、1発がリリスの肩をかすめ、残りの3発は回避されてしまう。

 

リリス「その弾、銀の弾丸ね。 私達の苦手とするものはその小さな脳に知識として入っているようね」

 

西洋の信仰では、狼男や悪魔等を撃退できるとされ、装飾を施された護身用拳銃と共に製作されており、実際に現在行われている悪魔との戦闘で確実にダメージが通るので、リョウだけでなく現実世界に住むエクソシスト達が使用しているのだ。

 

リョウ「痛い目にあいたくなきゃさっさと冥界に帰れ。 次は当てるぞ?」

 

目の前の相手を睨み付けながら銃を射ち切った弾の薬莢をその場に捨て、新たな弾を装填し始めるが、その内の一発は手から滑り雲の平原へ落ちてしまった。

 

表情をあまり出さないよう極力努力しているリョウですらも、焦燥感を隠せずにいた。

リリスがリョウの感情を知っているかは定かではないが、脅しは全く効果はなく、妖しげな笑みを浮かべている。

 

リョウが後にアイリに説明することにはなるだろうが、リリスはサタンフォーと呼ばれる、悪魔族の王、サタンに仕える悪魔族の中でも優れた実力を持つ四人衆だ。

帝釈天に仕える、四天王とも呼べる存在に当たる。

 

敗北という二文字が嫌でも浮かぶ、無謀とも言える戦いになる。

戦闘慣れしているリョウはとある事情で力が半減しており、満足には戦えない不利な状況。

 

アイリを守りながら戦闘するとなると更に難易度が上がり、殺されるという最悪の結末を想像したくなくても脳裏を過ってしまい、リョウにとっては焦るなと言われるのが無理な話だった。

 

リリス「銀の弾丸は悪魔にとっては有害な代物でしかないけれど、防ぎ避けきれれば、脅威にはならないわ。」

 

リリスは腰から更に3本の触手を出し、合計4本の触手を操りリョウに攻撃を仕掛ける。

リョウは引き金を連続で引き射つが、機敏に動く触手には弾は一発も当たることなく空を切る。

弾を撃ち切り荷となる銃を投げ捨て、アルティメットマスターを抜き迫り来る触手を斬り払う。

触手は非常に頑丈で、斬れることはなく弾かれただけで、先端は再びリョウに向かっていき体を貫こうとする。

 

リリス「『テンタクルレイ』! さぁ、逃げながら守ることができるかしら?」

 

触手の先端の特徴的な形をした部位が上下に開き、光の球体から黄色の細長い光線がリョウと空中にいるアイリに放たれた。

 

リョウは光線をアクロバティックで華麗な動きで避け、一本の触手を踏み台にし翼を広げ飛び上がり、アイリの盾になるように前に飛びアルティメットマスターを構え光線を防いだ。

リョウを逃がした触手はアイリの背後へ回るように俊敏に動いていき、奇襲を仕掛けようとしていたが、能力で気配を察知したアイリがガーンデーヴァで斬りつけることで危機は免れた。

 

アイリ「危なかった~。 あっ!リョウさん前からリリスが来るよ!」

 

リリスが翼を広げ自分達の元へ向かっていることに気付いたアイリは声を上げた。

リョウも気付いてはいたが、触手から放たれる光線を自身の身とアイリの身を守るのに徹しており手が出せずにいた。

 

リリス「今、楽にさせてあげるわ」

 

リリスは剣を手元に召喚し、切っ先を向け真っ直ぐに飛んでくる。

 

アイリ「させない!リョウさんを傷付けさせやしないんだら! お願い、当たってください! 『トリックアロー』!」

 

光の矢を召喚し、リリスへと標準を合わせ力強く引き矢を放った。

矢はリョウの真横を通り抜け直進していくが、誰がどう見ても飛んでくるリリスに当たるような軌道ではなかった。

リリスは戦闘において素人が放った技だと捉え、驚異とは感じず矢を無視しリョウへと飛んで行く。

 

アイリはリョウに傷を負わせないために闇雲に技を出したわけではなく、自分の才能を信じた、意図による行動だった。

予想通りの反応を見せた事にアイリは思わず頬が緩んだ。

 

アイリ「さっきリョウさんが言ってた通りだね。 戦いに油断は禁物だよ!」

 

目を輝かせながら人差し指を突き出しかっこよく言い放った。

放たれた矢は突然軌道を変え曲がり、リリスの横腹に命中した。

精神を弛緩する事のないリリスだが、弱者からの予想外の攻撃にリリスは怯んでしまい、触手から放たれた光線が一瞬弱まったところをリョウはアルティメットマスターにエネルギーを溜め巨大化、『テオ・ソードスラッシュ』を発動させ、光線を斬り裂きながら進んでいき触手を斬り払いリリスへと剣を降り下ろす。

リリスは片手で持っていた剣で巨大化したアルティメットマスターを受け止め斜め後ろに払い、リョウはバランスを崩しリリスの身に体を授けるように倒れこむ形になる。

 

リリス「楽しかったわよ、世界の監視者」

 

妖しげな笑みを浮かべ、剣をリョウの腹に突き刺し体を貫通した。

深々と突き刺さった腹部からは鮮血が溢れ出ており、口からは吐血し、致命傷を負っているのは明らかだが、刺さる直前に微妙に体をずらし急所を外すように避け、世界の監視者として数多の戦闘を繰り返し得た経験が僥倖を手にしていた。

 

巨大化したアルティメットマスターは光が消え元の大きさへと戻ってしまった。

 

アイリ「あ、あ、あぁ…リョウさん!!」

 

アイリは銀色の刃物がリョウの背中から飛び出しているのを目の前で見て、ガーンデーヴァを落としてしまうのも気にせず、両手を口で抑え動揺を隠せずにいる。

 

リリス「避けようともせずに突撃してくる方が悪いのよ。 それに、大事なあの子まで悲しませてしまって、最低で無様ね。 よくそんなのでこの子を守るなんて約束ができたものね」

 

リョウ「あぁ、そうだな。 でもそんなのは重々承知なんだよ。 わしが今まで、どれ程の人間を悲しませてきたと思ってるんだ?」

 

左手で自らの身体に刺さった剣を掴む。

掴んだ手から血が出るのも構わずに、離すまいとばかりに力強く掴んだ。

 

リョウ「お前ら悪魔の人の心の奥底に潜む闇を探り、傷付け堕とすやり方はこのわしには通用なんてしない。 何故ならわしは、過去の過ちを全て受け入れこうして過ごしているからだ。 自分が滑稽でどれほど残酷かをいっそのこと受け入れた方が気持ちが楽だからな。 心の闇は存在しても泥棒のように覗き見て奪うことなんてできやしないよ。 それに…」

 

リリスを睨み付ける左目が徐々に金色へと変わっていく。

 

リョウ「わしがこういう存在だからだよ。 言わなくても分かるよな?」

 

リリス「えぇ、充分すぎるわ。 だからこそおもしろいのよ。 貴方のような人間を相手にできて心喜ばしいわ。 でも、私達の邪魔をするようなら遠慮せず抹殺させてもらうわ。 今の貴方なら、可能でしょうから」

 

四本の触手を操り先端をリョウに向け、『テンタクルレイ』を再び撃とうとしている。

リョウは透かさずアルティメットマスターの剣の面となっている樋部と呼ばれる部位をリリスに向け、エネルギーを溜め始める。

 

リョウ「わしをこんな近距離に追い込んだのが運の尽きだったと思えよ? 『ソードエクスプロージョン』!」

 

リョウが力を込めると、アルティメットマスターは目映く輝いたと同時に、光の爆発が起きた。

爆発の目の前におり、持っていた剣をリョウに掴まれ身動きが取れなかったリリスは爆発を諸に受け、後ろに大きく吹き飛ばされ雲の平原へ体を打ち付けられた。

追い撃ちを掛けるように右足の脹脛が左右に展開され、小型のミサイルが発射された。

反動で動けないリリスの体に雨のように振り撒かれたミサイルが命中し爆発が起きる。

 

リョウ「それなりにダメージは入ったはず…。 それにしても幾つになっても刺されるのは痛いもんやわ」

 

苦痛の表情を浮かべ身体に刺さった剣を勢いよく引き抜いた。

引き抜いたことで傷口から更に多量の血が溢れ出るのを止血するために応急処置として手で抑える。

 

リリス「今の攻撃は、私の体にも応えたみたいね」

 

爆煙が晴れ、横たわっていたリリスが腕を押さえながら立ち上がった。

四本の触手はゆっくりとした動きでリリスの元へと戻っていった。

 

リリス「満身創痍の今なら殺すことも容易いかもしれないけれど、生憎私も相当ダメージを負ってしまったから、今日のところは帰るとするわ」

 

リョウ「満身創痍? 勝手に思ってろ。 人間相手に調子に乗るのも大概にしておくんやな。 剣をぶっ刺された程度で戦えなくなったなんて一言も言ってないじゃろうが。 それと、サタンフォーのお前をわしがはいそうですかと見逃すわけがないやろ!」

 

白いオーラがリョウから溢れ出し、表情も険しいものとなっていく。

アルティメットマスターを構え、地面に立つリリスへと急行下する。

 

正直傷を負ってしまったダメージが大きく、思い通りには身体は動かせず戦闘を継続すれば間違いなく今より深手を負ってしまうだろうが、今のリョウには自身を心配する余裕と思考は毛頭ない。

逃がしてしまえば現実世界に住む人間達と、特殊な力を兼ね備えたアイリにとって脅威となり続けてしまう。

悲劇が起きるのを事前に防ぐためにも、多少の無茶を覚悟の上で立ち向かっていく。

 

リリスは黒い霧を出し中へ入っていったところをリョウはアルティメットマスターを斬りつけたが、既にリリスはその場から姿を消し、形のない霧を払っただけに終わった。

 

リョウ「くそっ、逃がしたか。 あまり逃がしたくなかった相手やったんやけどな」

 

苛立ちを隠しきれず、腹から滴り落ちた血が滲んだ地を蹴り、アルティメットマスターを一振りし鞘に納めた。

 

アイリ「リョウさん!! 怪我は大丈夫なの!?」

 

身動きが取れていなかったアイリはショックで体を震わせながらも物凄いスピードでリョウに飛び寄り腕に抱きついた。

 

リョウ「痛てててて!? 今の衝撃が痛かったよ。 痛いっちゃ痛いけど、こういう怪我は良くあるから、気にせんで大丈夫よ」

 

アイリ「気にするよ!!」

 

鋭い目付きでリョウの瞳を見つめ、今まで会話した中でも聞いたことのない怒声を上げた。

急に怒鳴ったことにリョウは驚き、アイリの怒りと悲しみを感じ取れる炯眼を見つめる。

 

アイリ「目の前で大事な人が危険な目にあってたら、誰だって心配するに決まってるじゃん! あたしは大事な人が危険な目にあってるのを見て見ぬふりをするほど腐ってなんかいないよ! リョウさんだったらどうする? 大事な人が殺されそうになったり、怪我をして苦しんでるのを傍観しているだけなんて、そんなことできるの?」

 

張り上げる声は震えてはいたが、心からの思いをぶつけた。

そこに雲の平原で戦闘の一部始終を見ていたカイが泣きながら駆け寄り、リョウの足にしがみついた。

 

カイ「リョウ! いたいいたい! しぬ! いや!」

 

涙で濡れていくズボンに顔を埋め更に大声で泣き始めてしまった。

 

リョウはアイリの言った言葉の一つ一つを漏らすことなく聞き入れ、何か思うところがあり、目を大きく開かせた。

下を向き、自分の言動が間違っていたことを反省するかのように自らの頭を1発殴り顔を上げた。

 

リョウ「確かにアイリの言う通りや。 わしも馬鹿やなぁ。分かってたつもりやのに、アイリに心配を掛けせたくないがために、思いやりのないことを言ってしまった。 ごめんアイリ、ありがとう。 心配してくれて嬉しいよ。 カイもありがとうな」

 

リョウは痛みを堪えながらもしゃがみ込み泣いているカイの頭を優しく撫で、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をポケットから取り出したハンカチで拭き取ってあげた。

カイは安心したのか、向日葵の様に咲き誇る笑顔を見せた。

 

リョウ「アイリ、すまんけど門のところまで肩を貸してもらってええか?」

 

アイリ「うん、うん! あたしので良かったら幾らでも貸すから!」

 

抱きついたいた腕を頭の裏に回し持ちリョウを支え、カイはリョウのズボンの裾を掴み、帰るために門に向けて歩き始める。

 

リョウ「すまないなアイリ。 今日は特に教えることもなくこんな形で終わってしまって」

 

アイリ「いきなり悪魔が来ちゃったのは事故みたいなもんなんだから仕方ないことだよ。 でも、おかげで色んな危機に直面して、ほんのちょっとだけど強くなれた気がする」

 

リョウ「たしかに、この短時間であそこまで上達するとは…尋常じゃない速さで成長してるな。 リリスに放ったあの技って、思いつきで作った技なのか?」

 

アイリ「そうなるかな~。 リョウさんが危なかったから、あたしがなんとかしないとって思って、咄嗟に思いついた攻撃をしようと体が動いちゃってたよ」

 

リョウは改めてアイリの実力に驚かされた。

頭で想像すればできると断言したものの、短時間でコツを掴み、早々に習得した技を応用し使用できるようになる者は決して多くはなく、大体は頭の中で完成したものが思い描かれるだけで具現化することができず失敗に終わってしまうものだ。

アイリが短時間で成長できたのは、自身の才能だけではなく、どんなことにも恐れず自信を持ち立ち向かう強い思いと、 誰かを思いやり誰かのために戦う優しい思いがあったからこそではないだろうか。

 

アイリ「今日ここまでできるようになったのはリョウさんのおかげでもあるんだよ? リョウさんがどうやって矢を出すのかとか教えてくれなかったら、あたしここまでなんて絶対できてないもん」

 

リョウ「そう言ってもらえるだけでもわしにとっては救いだよ。 何はともあれ、アイリの身に怪我とかなくて良かったよ。 命を賭けてでも守った甲斐があるってもんや」

 

賛辞の言葉を受けリョウは思わず微笑んだ。

アイリは自分で述べた事が恥ずかしかったのか、頬を赤く染めリョウと同じ様に微笑んだ。

 

アイリ「さーて、帰ったらバイオハザードの続きをするぞ~!」

 

リョウ「ゲームのやりすぎは目に良くないから今日はもう駄目だ」

 

アイリ「駄目!? そんな~。今日は厄日だわ!」

 

アイリは娯楽の時間を楽しめないことに不満を爆発させていた。

 

 

 




マスクを着用して外出しましょう(切実)


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第9話 共同ミッション? 報酬は多めにね!

頼むから会社休みになってくれー


リリスの襲撃を耐え凌ぎ、本日の修行を終えたアイリ、リョウ、付き添いで来たカイはシェオルの街へと戻り、空を飛び家へ戻っているところだ。

 

街に着くまでに、リョウがリリスが所属しているサタンフォーの事を端的に説明した。

 

悪魔族を率いて統一する悪魔の王、サタン。

サタンに支える側近であり、悪魔族の中でも並外れた戦闘能力を誇る四人の実力者、サタンフォー。

 

サタンフォーの一人一人が四大天使に匹敵するであろう実力で、天使なら誰もがその名を知る恐れ戦く存在。

世界の監視者でもあるリョウ一人でも苦戦を強いられる強敵揃いの集団に好んで挑もうとする輩は、この天界では誰一人としていないであろう。

 

アイリは自分はとんでもない相手に喧嘩を売ったのかを知り、浅短な行動を取り自らとリョウを危険な目にあわせてしまったことを反省していた。

自信があるのは、迷いなく自分の意見を尊重し前を向き進んでいけるのは精良なこと。

だが、過信しすぎて後先考慮せず突き進みすぎ、見えるものも見えなくなってしまう実例が誰にでもあるはずだ。

そうならぬよう、微塵でも理解してもらえればとリョウは願っていた。

 

アイリ「あたしももうちょっと成長しないとだね。 戦うときの強さもだけど、心の方もね。 あと序でに胸も」

 

リョウ「ソウデスネー(棒)」

 

アイリ「なんで棒読みで言うのよ~! あたしの成長するところ、しっかりじっくり見ててよね!」

 

リョウ「胸の方はどうでもいいけど、アイリの成長、見届けさせてもらうよ」

 

アイリ「家帰って牛乳飲みまくってやるんだから! 胸に関してはカトレアみたいになるまで大きくなろうかな~?」

 

リョウ「それはでかすぎるからやめてくれ」

 

牛乳を飲み過ぎ腹を下しトイレに駆け込む図がリョウの脳内で再生されたが、それが現実のものになるかどうかは定かではない。

 

そうこう話をしている間に、家に到着した。

先日ラミエルとの勝負で荒れ果てていた庭は元通りになり、始めて見た時と同じ美観な光景が広がっていた。

整備された庭には作業をやり終えジャケットを脱いだラミエルが大の字に体を広げ倒れ込んでいた。

家から引っ張り出してきたのであろう麦わら帽子と白いタオルを首に巻いている姿はまるで田舎の農家の人の様だ。

 

リョウ「ようラミエル、お疲れ様。 おぉーええ感じに元通りになってるやんか」

 

ラミエル「ん? えらい早いお帰りだな。 まだ3時間とちょっとしか経ってねぇのに…って、どうしたんだよその服、めっちゃ血付いてるじゃねぇか?」

 

上体を起こし汗だくの顔を向け力ない声で喋り掛けアイリ達を見ると、一番目に入ったのはリョウのリリスに刺された腹部だった。

剣で刺された箇所の服は破れ血も付着していたが、傷は何事もなかったかのように消え去っていた。

 

リョウ曰く、元々自然治癒能力が高いらしく、軽微な被害、例えるなら転けて擦り剥いてしまった程度の怪我ならば瞬時に完治させてしまう。

疲労は溜まるが、集中すれば刺された箇所も普通の人間の何倍もの速さの治癒能力で忽ち治ってしまうようだ。

 

現在は腹部を刺された傷は消えてはいるが、貫通した時の背中の傷はまだ完全には塞がってはいない状態だ。

 

リョウ「まぁ斯々然々あってな…」

 

~少年説明中~

 

ラミエル「サタンフォーのリリスが出てきたのか!? 俺でもタイマンで勝てるかどうか微妙なのに、お前ら良く無事に戻ってこれたな」

 

アイリ「やっぱりそんなにヤバい悪魔だったんだね。 さっきまでは全然知らなかったよ…」

 

ラミエルも天界の中では強者の部類に入るが、勝算が薄いと断定するあたり、サタンフォーの一人一人がどれ程の実力があるのかが伺えた。

 

ラミエル「サタンフォーがお出でになるなんて、リョウ、なんかヤバい事に絡んでんのか? 良く考えてみりゃ何の用事もなしにこの世界に滞在することなんてないしな」

 

リョウ「脳筋のお前にしては洞察力が働いてるな。 そうや。わしはある指名があってこの世界に来たんや。 話せば長くなる、とりあえず家に入ろうか」

 

ラミエル「おーそうだ。お前らが出てる間にお客さんが来てるぞ。 今頃ピコと楽しく会話…してれば良いんだけどな…。 黒い眼帯付けた怖そうなねぇちゃんだったぞ?」

 

リョウ「あぁ~、もう誰か分かったわ。兎に角家に入るか」

 

リョウを先頭にアプローチを通り、血が付着した手を、先程カイの顔を拭いたものとは別のハンカチで拭き取り扉の取っ手を掴み開ける。

玄関には雑に脱いだと思われる黒いヒールが四散されており、品の無さが伺われる。

リョウは溜め息を付きつつヒールを並べ、靴を脱ぎホールを通りリビングの扉を開け入ろうとした瞬間、家全体に響き渡るような銃声が轟いた。

突然の銃声に全員驚き、アイリは体をビクリと震わせ、カイはアイリの足にしがみつき、ラミエルに至っては拳に電撃を纏わせ戦闘体制に入っている。

 

リョウ「あっぶな…。 おいムッキー! わしじゃなかったら誰かが射たれてたかもしれんやろうが! 当たったらどうすんだよ!」

 

?「そりゃ当てるつもりでやったんだからよ。 お前じゃなきゃ顔の中心に射ったりはしねぇから安心しな」

 

射たれた銃弾を額に当たる直前で銃弾を手で止め危機を免れたリョウはリビングのソファーに座っている黒い眼帯を付けた黒い軍服を着た女性に目を写した。

 

手には先程射ったであろう銀の銃が握られており、銃口からは硝煙が立ち昇っていた。

硝煙を息で吹き消し、腰のホルスターに戻し立ち上がった。

 

ラミエル「リョウの知り合いだよな? 随分とおっかなそうな人間だな」

 

?「おっかねぇとは失礼な。 俺よりあの四大天使のウリエルの方がよっぽどおっかないと思うぜ?」

 

ラミエル「…まぁ否定はしないぜ」

 

リョウ「それで、ムッキーは何しに天界に来たの?」

 

?「だー、もう! そのムッキーって呼び方やめてくれって毎回言ってるだろうが! 初めて会う奴もいるから丁度いいぜ、名前を言っといてやる。 俺の名前は篠崎 睦月(しのざき むつき)。 良く覚えとけよ!」

 

ニカッと白い歯を見せ笑顔を見せ、男勝りな口調で自己紹介をする。

 

リョウ「彼女は結愛と同じ時空防衛局の第一時空防衛役員に所属してるんだ」

 

アイリ「結愛さんと同じ時空防衛局の人なんだね。 よろしくお願いします、ムッキーさん。 あ、レンゲルっていうあだ名も良いかもしれないね!」

 

リョウ「それならフロート(笑)もありだな」

 

睦月「お前ら馬鹿にしてるだろ?」

 

眉間にしわを寄せ怒りを露にしている睦月は何処からともなくサブマシンガンを取り出しセイフティを解除しアイリとリョウに銃口を向けた。

アイリは映画の見すぎであろうが、自然と両腕を上げ降参の姿勢をとっていた。

 

リョウ「冗談やからそんな物騒な物はしまってくれ。折角の新居が蜂の巣になっちゃうよ」

 

睦月「蜂の巣になりたくなけりゃんなこと言うなっつーの」

 

悪い悪い、宥めるとサブマシンガンを下ろし腰の後ろに隠すように納めると、手品の様に消えてしまった。

 

リョウ「それで、何しにここに来たんだ?」

 

睦月「そうそう、それを言いに来たんだよ。 上の奴等から命令されて俺はこの世界に来たんだが、俺一人だと色々と面倒事が多くて厄介だからリョウに手助けしてもらいたいんだよ。 今回任された任務は、グニパヘリルの奥にあるフサキノ研究所を調査することなんだよ」

 

ラミエル「グニパヘリルに行くのか? あそこにはシェオルの都市を動かすための科学の…何て言うか忘れたけど、資源があるんだよな?」

 

睦月「そうだ。 あそこにはこの街を動かす源、E資源がある。 グニパヘリルの奥にはE資源を生み出すフサキノ研究所があるんだが、その研究所から謎のデータを時空防衛局が受信したんだ。 何故だか分かんねぇけど、データの送信先が時空防衛局になっていた。 データを開いて見てみると、別世界の言語で『見つけてくれ…』と記されてあった。 データの内容と送信先を指定されてるあたり、何者かが研究所にいるみたいだ」

 

リョウ「ほぅ、ガブリエルの結界を破り何者かが入ったということか?」

 

アイリ「あの~、聞いたことのない単語が出すぎてもうあたし頭がオーバーヒートしそうなんだけど…」

 

天界のことを全く知らないアイリが分からないのは無理はないので、リョウが簡潔に説明することになった。

 

天界の都市、シェオルは魔法科学で作られ成り立っており、都市を動かすためのエネルギーとなっているのがE資源と呼ばれるエネルギー物質。

E資源は元々シェオルから採れる物質ではなく、グニパヘリルと呼ばれている都市から離れた場所にある洞窟があり、その最深部にあるフサキノ研究所で発見され、天使族が使用するようになった。

 

フサキノ研究所は現在から約900年程前に、天使の一人がグニパヘリルを探索中に偶然発見した人工の建造物だ。

 

何故天界に人工の建造物があるかを調査するため、直ぐに天使達がフサキノ研究所の捜査を始めようと施設の内部へと入ったが、内部には人はおらず、動力だけが動き続いている状態だったと言う。

施設の内部は相当広く、入ることができない部屋が幾つもあり、迷路のような構造をした内部を長時間探索し遭逢した物質がE資源だった。

 

E資源は研究所の内部のとある一室に設置されてある巨大な装置により無限に製造されているようで、天使族の知識を結集させても、どのように製造されているかは解明できなかった。

どのような仕組みで、どの物質を材料にE資源が作らされていたのかは現代に至っても未だに解明はできてはいないが、無限に精製されているということだけは分かっていたため、天使族はE資源を使用し、シェオルの街を活性化させていったのだ。

 

シェオルの街並みが現実世界の都市の様なものになったのは天使族の歴史の中でもかなり最近の方だと言う。

 

その後も何度も調査を進めてはいたが、此れと言った進展がなかったため、数年で調査は打ち切りとなり、悪魔族などの悪しき存在の手にE資源が悪用されないよう四大天使の一人であるガブリエルがグニパヘリルの周辺に結界を張った。

現在では特に用件がなければ誰も近付かない、近付いてはならない立ち入り禁止区域になっている。

 

アイリ「不思議な研究所なんだね。 数百年も動き続けているのに未だにエネルギーが切れないなんて」

 

睦月「今回はそう言った事を調査するのも任務のうちだからな。 時空防衛局がフサキノ研究所を調査するのは初だからな」

 

ラミエル「行くんならガブリエルの所に寄らねぇと駄目だぜ。 あの結界は強力だから解いてもらうしか方法はないからな」

 

リョウ「そうやな。 仮に結界が破られたりしているなら、ガブリエルが気付いてもう行動を起こしているかもしれないしな。 あの結界を破るのは到底無理やからそれはないとは思うが」

 

アイリ「リョウさん、そういうのフラグって言うんだよ。 映画じゃ良くあるもんそんなシーン」

 

リョウ「本当にフラグやったら困るな、割りとマジで。 じゃあ早速行こうか、ブレイザブリク宮殿に」

 

アイリ「えっと、それってあたしも行ってもいいのかな?」

 

リョウ「そうやなぁ…ガブリエルの結界が何者にも破られてなかったらそのまま同行してきてええよ。 調査だけやからね」

 

アイリ「やった! ピコさんはどうする?」

 

リョウ「あれ、お前いたのか?」

 

ピコ「ずっといたよ!! 小さくなってたから気付かなかっただけでしょ!」

 

アイリ達がリビングに入室する前からピコは消しゴムサイズでテーブルの上にいたようで、漸く気付いてもらえたピコは人間サイズになり床に下り立つ。

 

ピコ「僕は今回も留守番しとくよ~。 カイの面倒も見なきゃ行けないだろうし」

 

リョウ「最悪な場合になったときにカイの身が危ないもんな。 助かるよピコ。 また留守番を頼むわ。 カイ、今回は留守番をしてもらいたいんや」

 

カイ「えー! カイもいく! いきたい!」

 

アイリやリョウと常に行動していたいカイは不機嫌になり地団駄を踏む。

アイリはしゃがみ込み、カイの頭を優しく撫でながら話し掛ける。

 

アイリ「カイ君、今回は危ないかもしれないから待ってもらいたいの。 一緒に来てくれるのは嬉しいけど、もしカイ君が危ない目に会って怪我でもしちゃったら、あたしは悲しくなっちゃう。 今回は我慢して、あたし達を信じて待っていてほしいの。 大丈夫! あたしは絶対に無事に帰ってくるから! お願いできる?」

 

カイ「…うん! まってる!」

 

笑顔で言うカイの頭を撫で、自分の小指をカイの小指と繋ぎ、指切りげんまんをして約束を交わした。

 

アイリ達は庭へ出て翼を展開させ飛び立つ準備をしていた。

 

睦月「んじゃ行くか! 久々に冒険みたいな感じでわくわくしてきたぜ! リョウ、俺は飛べないから乗せてけよな!」

 

リョウ「人にものを頼むときの態度がそれか? その言い方じゃ乗せられねぇなぁ、ムッキーw」

 

睦月「なっ、くっそ~! こういうときばっかり強気になりやがって~!」

 

顔を林檎の様に赤く染め怒り歯を食い縛る睦月を見てリョウは下衆な笑みを浮かべ揶揄い楽しんでいた。

 

ラミエル「あの乱暴なねぇちゃんを揶揄うなんてやるなぁ」

 

アイリ「仲良いんだね~あの二人」

 

二人のやり取りを見てアイリとラミエルはひそひそと聞こえないよう小声で話していた。

リョウは下衆な笑みを浮かべたまま更に攻めていく。

 

リョウ「ずっと言わないつもりか? ほらほら~言わないと留守番だぞ~?」

 

睦月「ぐぬぬ…。 あーもう分かったよ!の、乗せてください!!」

 

リョウ「はい、良く言えました」

 

睦月はドシドシと地面を踏みながら勢い良くリョウの背中に飛び乗る。

勢いが強かったためリョウはバランスを崩しそうになり前によろけた。

 

睦月「覚えてろよ~! いつかRPG-7でパリィしてやるからな!」

 

リョウ「物騒なこと言うなって、折角の美人が台無しだよ?」

 

睦月「ふん、ほっとけ!!」

 

まだ怒っているからか、美人と言われて嬉しかったのか、睦月の顔はまだ赤く染まったままだった。

 

補足として説明しておくが、パリィとは、ゲームにおいて回避率の高さ等で攻撃が当たらない、攻撃を受け流すことである。

 

ラミエルが先導するようで、先に飛び立ち、アイリとリョウも続くように地を蹴り飛び立つ。

立ち並ぶビルの間を潜り抜けながら飛び目的地へと向かっていく。

アイリは先程修行をするために家から飛んだ時よりは、翼の羽ばたきの動作やバランスの取り方の感覚を掴めたようで、リョウと並走するように宙を楽しそうに駆けていた。

ブレイザブリク宮殿に向かう途中、モニターが備えられてあるビルを通る度に、綺麗な歌声を響かせ踊る天使族のアイドル、サリエルの映像が目に入った。

 

アイリ「いつかあたしもこんな風にアイドルになりたいな~♪ その内765プロに声掛けられたりしたりするかもね!」

 

リョウ「だからないっつーの」

 

ラミエル「俺もライブ行きたかったんだけどハズレちまったからなぁ。 俺はサリエルよりプリシー推しだなぁ」

 

睦月「あの天然娘が良いのか?」

 

リョウ「あぁいう天然なのも可愛さの1つなんだよ」

 

アイリ「プリシーって人はまだ見たことないな~。 天界にライブに来ることはあるの?」

 

リョウ「あまりないな。 ディーバは世界中を駆け巡りライブをしてるから、自身の世界に来るってなるのは何千、何万分の確率だから、ライブが開催されるってなるとお祭り騒ぎになるからなぁ。 況してやサリエルが天界出身のアイドルってなると余計に今回のライブは盛り上がることになる」

 

ラミエル「あーサリエルのライブに行きたかったぜ! 次はディーバの誰でもいいから当たってほしいぜ!」

 

余程ライブに行けないのが悔しいのか、拳を握り締め腕を上下に振り回していた。

リョウとラミエルのディーバの素晴らしさ(ラミエルに関しては殆どプリシーの話題)に関して熱く語っていると、ビルの立ち並ぶ風景がなくなっていき、街から外れた場所へとやって来た。

 

そして目の前に白い巨大な宮殿が姿を現した。

 

現実世界に存在する、ギリシアの首都アテネのアクロポリスの丘に建てられたパルテノン神殿に風姿が酷似した建造物を初めて見たアイリはその美しさに魅了されていた。

護衛の鎧を装備した天使兵が数人配置されており、守りは充実といったところ。

天使兵達はアイリ達の姿を視認したが、存在を既に知っているのか、警戒するようなことはなくブレイザブリク宮殿に立ち入ることができた。

入り口の床へ足を着け宮殿内に入ると、絨毯が引かれた真っ直ぐに廊下が続いており、左右には天井まで届く白い柱が何本も並行に建てられてあり、電気や蝋燭等の光源があるわけでもないのにも関わらず、宮殿全体が光で包まれているかの様に明るく神秘的な雰囲気を出している。

周りには幾つか部屋があるようで、扉があったが入ることはなく長い廊下を進んでいくと、一人の女性がアイリ達を待っていたかの様に廊下に立っているのが見えた。

額には緑色の宝石が嵌め込まれたヒッピーバンドを付けた水色の長い髪の女性女性の天使だ。

 

?「あらあら、 漸く来たんですね。 遅すぎて私から伺おうとしていたところだったんですよ?」

 

ラミエル「やっぱり気付いてたのかよ。 俺達が待ってりゃ良かったな。 無駄に体力使っちまったぜ」

 

?「まぁ、毒のある言い方ね。 ウリエルの教育が間違っているんじゃないでしょうか?」

 

リョウ「ガブリエル、ラミエルが冗談で言ってるだけだから気にすんなって」

 

アイリ「え、この人が四大天使のガブリエルなの!?」

 

優しい口調で大人な雰囲気を出しながら話しているのが、四大天使の一人であるガブリエルだ。

 

ガブリエル「はい、この私が四大天使の中で最も慈愛に溢れ、誠実で勇敢で凛々しく、慈愛に溢れ…。」

 

ラミエル「それはもう言ったぜ。 っつーか全然どれも1つも当てはまってないぜ」

 

ガブリエル「あら、慈愛に溢れていることは当てはまっている筈ですよ? 初めて会ったアイリちゃんには、た~っぷり時間を掛けて分かってもらいますから♪」

 

ガブリエルはアイリの頭に手を置き微笑みながら撫で始めた。

アイリはラミエルの様な一般の天使ではなく、天使族の中でも地位も力も上位に立つと言われる四大天使とは初対面だが、アイリが想像していた威厳のあるものとは違ったので、拍子抜けしており苦笑いを浮かべていた。

 

リョウ「アイリが天界に来たのはフォオン様から聞いてるみたいやね。 説明をする必要がないから助かる」

 

ガブリエル「あら? リョウ以外の人間がいるということは、もしかして貴方が時空防衛局の方ですか?」

 

睦月「そうだぜ。 時空防衛局、第一時空防衛役員の篠崎睦月だ。 四大天使であるガブリエルのあんたが今回の件を知ってるってことは、説明は不要みてぇだな」

 

ガブリエル「えぇ、貴方の言うように説明は要りません。 私がグニパヘリルの周辺に張った結界に歪みを感じ取り、あなた方達とほぼ同時に異変を感じ取りました」

 

リョウ「歪みを? 結界が破られたのではないということは、歪ませて抉じ開けて入ったという可能性があるな」

 

ガブリエル「そういうわけでもなさそうなんです。 感じられた歪みは外からではなく、中から通り抜けられる様に触れられたような感じなのです」

ガブリエルが張る結界は相当強力なもので、余程の力がなければ破られる様な柔な代物ではない。

シェオルを守るように建造された壁の上に張られた目に見えぬ結界も、ガブリエルの結界に四大天使の残りの3人が上乗せするように力を注ぎ、より強化されたもので、結界に何かしら変動があればガブリエルは瞬時に察知することができるため、時空防衛局にメッセージが届く前より気付くことができたのだ。

 

ラミエル「中から結界をいじられたのか? となると…ガブリエルの結界を、どうやったかは知らねぇけど触れることなく潜り抜け、グニパヘリルを出るときに結界に触れ出たってことか?」

 

アイリ「若しくは、最初からグニパヘリルの中に誰かいたかだよね」

 

ラミエル「最初からって、何百年という時の中をあの薄暗い洞窟と何もねぇ研究所で過ごすのは無理があると思うぜ?」

 

アイリ「やっぱりそうだよね。 でも、フサキノ研究所って調べたけど開かなかった部屋も多いんでしょ? もしかしたらそこに誰かいたんじゃないかな~とか思ったりしちゃってさ」

 

リョウ「まぁなんにせよ、行って調べてみんと分からんやろ。 ガブリエル、グニパヘリルまでは着いて来てくれよ?」

 

ガブリエル「えぇ勿論。 なんだか四大天使らしい仕事ができてわくわくしますね。 私がいればちょちょいのちょいって異変も収まるから安心してね」

 

約一名、一番頼りになる筈の天使が楽観的なため、全員が危惧の念を抱きつつもグニパヘリルへ向け出発した。

 

 

~~~~~

 

 

E資源を効率良く供給するためにシェオルはグニパヘリルの近況に造られた様で、街を離れ数分と掛からない時間で辿り着いた。

アイリ達の目の前には怪獣が口を開けたかのような巨大な入り口が広がっていた。

 

ガブリエル「では結界を一時的に解くので、調査の方を宜しくお願いしますね」

 

睦月「あんたは来ねぇのか?」

 

ガブリエル「はい。 私は結界を張った後、宮殿に戻りたいと思います。 ミカエルさんったら、私にあなたができる仕事を成せと五月蠅いんですから」

 

リョウ「そりゃガブリエルがサボって寝てばっかりだからでしょ」

 

ガブリエル「あら、バレてましたか。 てへっ☆」

 

アリス「殴りたい、この笑顔」

 

リョウ「お前が言うな」

 

舌を出し頭に手を置く仕草を見て、超絶の美女だが見た目が20後半の天使がしたところでリョウは全く魅力を感じるとは思わず、寧ろウザさしか感じず殴りたい衝動を抑えていた。

姿勢を正したガブリエルは手を前にかざすと、先程まで目に見えてなかった結界が見え、手を前にかざした場所から徐々に消え始め、数秒で結界は消え去ってしまった。

 

アイリ達は洞窟内に入るのを確認すると、ガブリエルは再び結界を張った。

 

ガブリエル「これで洞窟内に入ることができます。 出るときはあなた方だけが結界を通れるように細工を施しておくので、ご心配なく。 それでは皆さん、またお会いしましょう。 天使の御加護がありますよう。

アデュ~♪」

 

ガブリエルは翼を広げ鼻唄を歌いながらシェオルの街へと戻っていった。

 

アイリ「最後の『アデュ~♪』さえなかったらかっこ良かったのに。 あれが四大天使ならあたしでもなれたりできそう」

 

リョウ「アイリが四大天使の一人になったら一日で天界が滅びるわ」

 

アイリ「どういう意味よ!? あ~なるほど。 あたしの力が天界を滅ぼすくらい強いってことだね!」

 

リョウ「お前今度からあだ名は『⑨』にするわ」

 

アイリ「あたしはバカじゃないもん! バカを演じてるだけの女の子だよ!」

 

リョウ「成る程、バカを演じてるアホか、ふむふむ」

 

アイリ「憎いあんちくしょうの顔めがけ、あたしの星心大輪拳が火を噴く! ホワタァー!」

 

リョウ「やかましいわい」

 

アイリ「ごるばっと!」

 

繰り出したパンチを避けられ、額にチョップを受けたアイリは倒れてしまった。

 

睦月「この嬢ちゃん明るい奴だな」

 

ラミエル「賑やかで良いじゃねぇか」

 

アイリ達は所々にライトが設置された洞窟、グニパヘリルの最新部、フサキノ研究所へ向け歩き始める。

 

 

 




頼むからコロナ終息してくれ

皆さんも天に祈って!(切実)


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第10話 研究所ってヤバいもの作ってそう

久々の投稿!
ちょっとのんびりしすぎたけどおかげでめっちゃ話が溜まった♪


アイリ「あたしが暮らしてた孤児院の人がくれた初めてのキャンディ、それはヴェルタースオリジナルで、その時のあたしは4歳でした。 その味は甘くてクリーミーで、こんな素晴らしいキャンディーを貰えるあたしは、きっと特別な存在なのだと感じました。 今ではあたしがあげる側、リョウさんにあげるのは勿論ヴェルタースオリジナル。 何故なら、彼もまた特別な存在だからです」

 

どこか安心感を感じる優しい口調で唐突に呟き、スカートのポケットからクリーム色の小さな袋を出しリョウに手渡した。

リョウは半強制的に渡された袋を受け取り袋を破くと、中にはクリーム色のキャンディが入っていた。

 

リョウ「台詞を聞くからにヴェルタースオリジナルのキャンディだと思ったよ。 家にあったのか?」

 

アイリ「そうだよ~。 フォオン様ったらネタが分かってるのか知らないけど良く準備してたよね。 あっ、4歳の時に食べたのは本当だからね」

 

リョウ「頗るどうでもええわ」

 

瑣末な事を言うアイリに対しリョウはわざとらしく素っ気ない態度を取り、貰ったキャンディを口に放り投げた。

アイリは冷たい態度をとるリョウに向けて『にらみつける』を発動させるが、見ていなかったため全く効果がなかった。

ツッコミが来ないので諦めたアイリは再びポケットを探り、2つのキャンディを取り出した。

 

アイリ「ラミエル君とムッキーもキャンディ食べる?」

 

睦月「おぅ! 甘いものは乙女の味方だぜ!っつーかまたムッキーって呼んでるじゃねぇか!」

 

ラミエル「俺に関しては『君』が付いてるな」

 

アイリ「その方が親近感が湧くかなぁって思ったんだけど、嫌だったかな?」

 

ラミエル「いや構わねぇよ。 特に呼び方なんて気にしてねぇし、好きにしろって」

 

ラミエルは受け取ったキャンディの袋を直ぐ様破り中身を口に放り投げ、自分に発言した事が気恥ずかしかったのかアイリから目線を反らした。

 

アイリ「じゃあ好きにするね♪ じゃあリョウさんのことも『君』って呼ぼうかな?見た感じ同い年に見えて親近感が湧くから」

 

リョウ「かまわんよ。ラミエルと同意見やから」

 

アイリ「うん分かった! じゃあ今度からお猿さんって呼ぶね!」

 

アイリが発言した台詞を聞いた途端穏やかだったリョウの態度が一変、鬼瓦の様な悍ましい顔へと変化し隣にいたアイリの後頭部に向けて握りしめた拳をお見舞いさせた。

 

アイリ「ぺろっぱふ!? いったーい!」

 

リョウ「次またわしのことをお猿さんって呼んだらぶん殴るからな」

 

この場の誰もがもう殴ってます、と言いたいところであったが、下手な事を言えば二次被害をくらい兼ねないので誰もが発言を控えた。

アイリは殴られた箇所が未だに痛むのか、涙目で後頭部を摩っていた。

その様子を見ていたラミエルは苦笑い、睦月に至っては腹を抱えて笑っていた。

 

ガブリエルと別れ洞窟を進み続けて十数分と経つが、未だにフサキノ研究所には辿り着けずにいた。

壁や地面に点々と設置されたライトの小さな灯りが周囲を照らしているが、それでも視界を十分に照らすには心許なく、躓かないよう細心の注意を払いながら足場が悪い洞窟を歩いていく。

重要な事がなければ立ち入ることのない洞窟、グニパヘリルには人気が全くと言って言い程なく、互いの歩く足音だけが響き、どこか不気味さを感じさせる。

ガブリエルが結界を張っているため一般人や不届き者、悪魔といった輩や天使までもが立ち入ることはないため最も安全な場所とも言えるが、誰もが望んで食料も水もない沈黙が支配する薄暗い洞窟に居住しようとは思わないであろう。

 

ラミエル「随分と長いな。 こんなに長い洞窟なんて聞いてねぇぞ」

 

睦月「確か全長は約1㎞はあったはず。 資料に書いてあった話によると、約1000年前に突然なんの前触れもなく現れた洞窟らしい。 洞窟を作り出した張本人は恐らくフサキノ研究所の所有者であるシロウ・フサキノっていう人間らしいぜ」

 

ラミエル「人間がこの洞窟を作りやがったのか。 無駄に長いっての。 っつーか何で人間が天界に来ることができたんだ?」

 

リョウ「天使達がE資源と呼ぶエネルギーを無限に増殖できる機械を作り出す程のテクノロジーと知識を供え合わせてるんだから、世界を渡る機械を作れたとしても不思議ではない、かもしれへんな」

 

アイリ「もしかしたら22世紀の猫型ロボットも作れたりするかもだね! タケコプターとか…ん?」

 

アイリが急に足を止め後ろを振り向いた。

彼女の異変に気付いたリョウ達も足を止めた。

 

ラミエル「ん、どうしたんだ?」

 

アイリ「後ろから何か感じる。 何だろう…リリスの時に感じたのと同じような感覚。でもそれより小さい何かを…」

 

いつになく真面目な表情で語るアイリを見たリョウは、アイリ自身の能力で感付いたものと推測し後ろを振り向くことなく警戒した。

 

睦月「みんな、このまま進むぞ。 研究所の入口前には拓けた場所があるみてぇだから、そこで方をつけようぜ」

 

睦月はホルスターから愛用の銀の拳銃、ピースメーカーを抜き撃徹を上げ何時でも射てる準備をする。

 

早足で進むこと更に数分すると、数多のライトで照らし出されたフサキノ研究所が姿を現した。

睦月が言ったように入口前は大きく拓けてあり、研究所の入口の隅の方には物資を運ぶために造られたであろう浮遊型のトラックが並べられてある。

入口である扉には1~9までの数字が記されたボタンがあり、パスワードを入力し開く仕組みであることが目に見て分かる。

 

睦月「7桁の数字を打ち込むことで開くようになってる。 アイリ、お前がパスワードを入力してくれ。 その間に俺達は後ろを片付けておくからよ」

 

アイリ「アラホラサッサー!」

 

睦月はパスワードが書かれたメモを手渡し、もう片方の腰に装備してあるホルスターからもう一丁のピースメーカーを抜き銃弾を込めて構える。

 

リョウ「敵は7時方向、少しずつ近付いて来てるのがわしでも分かる」

 

リョウも懐からマグナムを引き抜き、いつ何時でも狙撃できる準備をする。

 

睦月「オッケー。 撃つときができたら合図頼むぜ」

 

リョウ「おう。 っと、もう来たな。 行くぞ………今っ!」

 

合図と共に二人は後ろを向き引き金を引いた。

洞窟内だけあって音が響き渡り耳を劈く様な銃声と、銃から出た薬莢が地面に落ちる音が残響する。

二人によって狙撃された何かは既に息絶えており横たわっていた。

その存在はリョウや天使達が良く知る魔の存在であるヘルハウンドだった。

 

?「おや、バレてしまいましたか。 一人でも傷を負えれば良かったのですが、残念な結果ですねぇ」

 

リョウ「その声は、ベレトか!」

 

声に答えるかのように岩陰から昨日アイリとリョウを襲撃したベレトが姿を現し、続くように周囲の岩陰から悪魔兵とヘルハウンドが次々と現れた。

リョウ「何故グニパヘリルに入ることができたんだ?」

 

ベレト「結界を解いた一瞬の隙を付き入ることができたのですよ。 初めからあなた達を付けて来た甲斐がありましたね。 そのお嬢さんがシェオルから出れば私達は忌々しい光の力に気が付くことができるのでね。 迂闊に行動すれば命取りになりますよ」

 

アイリは悪魔達に常に監視されているかは定かではないが、シェオルの街を離れると感付かれてしまい危機が増してしまうようだ。

リョウは危機感が薄かったという自覚をしてはいないが、悪魔達にここまで見透かされているとは思いもしなかったようで、連れてくるべきではなかったと後悔はしていた。

 

だが今は自省している時ではないと承知しており、左手に銃を持ち右手でアルティメットマスターを引き抜いた。

 

睦月「金魚の糞みたいに付いてきてゴキブリみたいに入り込んでくるんだなぁ悪魔ってのは」

 

ベレト「口を慎んでいただけますかな人間。 あなた方の様な下劣な存在には口の聞き方を教えてあげた方がよさそうですね」

 

リョウ「やれやれ、散々な言われようやな」

 

睦月「その下劣な存在にやられる気分を今から味合わせてやるぜ! 弾け飛んでも文句なしだぜ!」

 

睦月はベレトに2つのピースメーカーの銃口を向け引き金を引き銃弾を放つ。

ベレトはフルーレで銃弾を弾くように切り裂き後方へ跳び下がり、悪魔兵達が前に出て個々がそれぞれ武器を持ち、ヘルハウンドは牙を剥き出し一斉に襲い掛かって来た。

 

襲い掛かると同時にラミエルが真っ先に動き、電撃を溜めた拳を構え走り数人の悪魔兵をラリアットをするように殴り飛ばした。

ラミエルに続くようにリョウも駆けだし、アルティメットマスターを振るい悪魔兵の武器を払い除け隙ができたところに銃を射ち込み倒していく。

睦月はその場で動くことなく2つの拳銃を構え、相手を錯乱させる素早い動きを続けるヘルハウンドの額を的確に射ち抜き倒していく。

素早い動きのヘルハウンド達へ放った弾丸の全てが頭部に命中し、更に自分へあらゆる方向から接近しつつあるヘルハウンド達をレーダーの様に的確に視野に捕らえ、一発も外すことのない完璧な狙撃を繰り広げていた。

 

自らの生まれの世界での経験と、時空防衛局で鍛え上げられた銃の腕前は相当なのが見て取れる。

 

睦月が使用する銃はピースメーカーと言う装弾数が6発のリョウが使用するのと同じく回転式拳銃で、弾が切れれば当たり前だが弾を装填しなければならないのだが、不思議なことに、睦月が何発も銃を射ち続けているにも関わらず、弾が切れることはなかった。

 

アイリ「ムッキーさん凄い! 全部の弾が命中してるよ!」

 

リョウ「アイリ! まだパスワード打ててないのか!」

 

アイリ「打ち込みたいんだけどメモしてある文字が掠れて読めないの! 読みずらかったから何となくで打ち込んでみたけど駄目だったし…」

 

リョウ「なんて打ち込んだんだ?」

 

アイリ「『7538315』です!」

 

リョウ「んなもんで開くわけないやん! パスワードは、『0451028』や!」

 

悪魔兵の攻撃を防ぎながらパスワードを分かりやすいようにゆっくりと丁寧に言うと再び戦闘に戻る。

アイリは教えられたパスワードを呟きながら入力していき最後の数字を打ち込むと、扉が淡い緑色にの光に一瞬輝き、真ん中が割れるように開いた。

 

アイリ「おー開いた! この扉の奥にはもう一つの世界が広がってるんだ!」

 

ラミエル「アホな事言ってないでさっさと行くぞ! 『エレクトリックブラスト』!」

 

電撃を纏った突風を放ち周囲の悪魔兵を吹き飛ばしリョウと共に扉の前へと向かう。

 

ベレト「扉が開く瞬間を待っていたんです! 今回は私はもう一つ成すべき事があるのですよ! 『レッドメテオ』!」

 

後方へ下がっていたベレトが身体中に赤いオーラを纏わせ流星の様な速さで悪魔兵達を巻き込むのを気にもせずフサキノ研究所の入口目掛けて飛んできた。

睦月はベレトへ銃を放つが、銃弾を全て弾き無視するように通り抜けリョウとラミエルを通り抜け様に殴り飛ばしフサキノ研究所の中へ入って行った。

 

アイリ「一番手なんてさせないよ!くらえー! 『ストレートアロー』!」

 

ガーンデーヴァを召喚し黄金の光の矢を力強く引き放った。

高速で迫る矢をベレトはいとも容易く避け赤いオーラを纏ったまま長く続く廊下を進んで行ってしまった。

 

リョウ「不味いな、先に入られてしまったか。 あいつに機械を触る技術力があるかどうかは知らんけど、どっちにしろ不味い状況だ」

 

ラミエル「どういうことだ?」

 

リョウ「さっきもう一つ成すべき事があると言ってたやろ? あれは恐らくこの研究所でE資源を製造されている機械の破壊だ。

機械が壊れれば勿論E資源は製造されなくなる。 そうなるとシェオルに送られる資源が絶たれ都市機能が動かなくなり生活に支障をきたす。 街を動かすための原動力を失い絶たせ天使達の勢力を着実に落とそうとしているんだ」

 

ラミエル「やべぇじゃねぇか! さっさとあの野郎を追わねぇと!」

 

悪魔兵「簡単には通さないぞ!」

 

残っていた悪魔兵が槍を持ち襲い掛かってきたが、リョウはアルティメットマスターで斬り落とし機械となっている右足を前に突き出し悪魔兵の顔面を蹴り飛ばした。

 

リョウ「先に行け、追っ手でこの悪魔兵が来たら面倒やろうから片付けとくわ。 マップはあるんやろ?」

 

睦月「ちゃんと持ってるぜ。 じゃあここは任せるぜ、世界の監視者さんよ」

 

アイリ「リョウ君…無茶だけはしないでね。 絶対後でハンターみたいに追い掛けて来てよね!」

 

リョウ「超スピードで追いかけてやんよ。 はよ行け」

 

アイリ達はその場をリョウに託しベレトを追うため走りだした。

リョウは悪魔兵を研究所へ入れさせないよう入口の目の前に立ち塞がった。

 

「馬鹿な奴だ、世界の監視者だろうとこの数は難しいだろう?」

 

悪魔兵の周囲の宙にはいつの間にか約50㎝程の体長の小柄な悪魔の様な容姿をした存在が数十という数で羽ばたいていた。

グレムリンという名前の悪魔達に遣える妖精で主に戦闘のサポートをしており、悪魔兵が何時でも召喚できる使い魔のような存在。

生き残っている悪魔兵やヘルハウンドも多く、数の暴力でリョウを捩じ伏せようとしていた。

 

リョウ「調子に乗ってるところ悪いけど全く危機的状況ではないんよ。 雑魚は雑魚、どれだけ束ね群れたところで強大な力にはなりえない。 どっかの漫画やアニメじゃないんや、仲間がいたり戦闘途中から加勢したからって勝てるわけやない」

 

「貴様! 悪魔の力を侮っていると痛い目に会うぞ!」

 

リョウ「人間の力を侮っていると痛い目に会うと言いたいところやわ。 …甘く見すぎなんだよ蛆虫供が。 油断が死を招くってことを身を持って知れ」

 

リョウ本人も気付かないうちに声のトーンが落ちており、殺気に満ちた目で悪魔達を睨み付ける。

左手に持っていた銃を懐へ戻しアルティメットマスターを両手で持ち金色のエネルギーを溜め始め体からも白い粒子状のエネルギーが立ち込める。

 

リョウ「さぁわしを倒し通ってみろ。 それだけでかい口を叩くくらいの威勢があるんやから勿論倒せるんよね?」

 

悪魔達はリョウから向けられる殺気に満ちた目と得体の知れぬ力に恐れ足が竦み動けずにいた。

 

異常とも呼べる、人間とは思えない殺意やあらゆる負の感情が籠った冷酷無残な眼差し。

 

悪魔達は武者震いではなく心の底から目の前にある恐怖に怯え震えていた。

ヘルハウンド達も唸り声をあげていたが、今では声一つあげることなく後方へ少しずつだが下がり始めている。

 

リョウは口角を上げ地を蹴り高速で接近しアルティメットマスターを振るった。

洞窟内には悍ましい悪魔達の悲鳴が響き渡り木霊が響き渡った。

 

 

~~~~~

 

 

ラミエル「しっかし広いし部屋の数も多いな。それに…」

 

何百年という気が遠くなるような間、老朽化はしてはいないが、無人だったためか整備がされておらず砂埃が目立つ廊下をベレトを追うために走り進んでいた3人だったが、それを阻む障害物に当たってしまっていた。

 

ラミエルは現在、自らに向け射たれているレーザーを避けていた。

横ではアイリと睦月も同じような状況に陥っていた。

 

ラミエル「何で俺達は攻撃されてるんだよ~!」

 

睦月「研究所の防犯システムが発動してるみたいだ! 以前天使達が調査したときに防犯システムは切っていた筈だったんだが、こればっかりは分かんねぇ!」

 

アイリ「こんな攻撃、そうめんみたいなもんだよ! あたしの回避力をなめないでよね! ひぇ~!」

 

3人の周囲には鳥程の大きさの菱形の物体が多数浮遊しており耐えずレーザーを放ち続けている。

遠距離戦を得意とする睦月がピースメーカーを使い銃弾を放ち浮遊物体を射ち落としていたが、回避行動を行いながらの銃撃は厳しいのか、悪魔兵の時とは違い全弾命中というわけにはいかなかった。

 

アイリ「これが発動してるってことはベレトも足止めをくらってるんじゃない?」

 

ラミエル「だといいだがな。 こうも沢山いると厄介だな。 …巻き添えくらわすからあんまし使いたくはないがやむを得ねぇ、アイリ、睦月、伏せろよ!」

 

避ける動作をやめその場に止まりレーザーが体に直撃するのも気にもせずラミエルは両手に電気を溜め始める。

アイリは嫌な予感がしその場に踞る様にしゃがみ込み、睦月もアイリの真似をするように慌ててしゃがみ込んだ。

 

ラミエル「『エレキトリックフラッシュ』!」

 

両手を勢い良く降り下ろし床に拳を着けると、拳から電撃がドーム状に展開され広がっていき浮遊物体に電撃が直撃し吹き飛ばされ壁に激突し爆破していった。

3分の2以上の数の浮遊物体が破壊され行く手を阻むものがなくなったのは良かったが、放たれた電撃は走っていた廊下全体を覆い尽くしていたため、踞り攻撃を避けようとしていたアイリと睦月にも命中してしまい身体中が電撃により痺れ倒れてしまっており動けずにいた。

 

ラミエル「だからやりたくなかったんだよなぁこの技。 おーい、大丈夫か~?」

 

睦月「て、てめぇ、お、覚え、とけよ…!状況を、打破する、には丁度いいけど、よ…俺達が、こうなっちゃ意味ねぇ、だろうがよ!」

 

アイリ「シビレビレ~」

 

睦月は痺れているせいで滑舌が上手く回らずアイリは目を回していた。

 

ラミエル「あっはは…悪い悪い。 他の浮いてるレーザー射ってくる小さいのは俺が引き受けとくから、痺れが治ったら追い掛けて来てくれよな。 それじゃお先にだぜ~!」

 

ラミエルは浮遊物体の囮となるよう前に出ると、浮遊物体は思惑通りにラミエルを集中的に攻撃し始めた。

攻撃し始めたのを確認したラミエルは翼を広げ飛び立ち浮遊物体をアイリと睦月から離すために奥へと進んで行った。

 

ラミエルが離脱し暫く経った頃、痺れが治まってきた睦月は漸く立てるようになった。

 

睦月「う、うぅ…やっと痺れが治まってきた。 ったく、手荒な真似してくれるぜ。」

 

アイリ「手荒だけどラミエル君っぽいやり方だよね。 あたし達を痺れさせちゃったのはあれだけど、動けないあたし達に被害を与えないために自分を犠牲にするのは優しいよね」

 

睦月「犠牲になって仮に死んじまったら意味はねぇけどな…。 まぁそんな事にはならないって俺は信じてるから大丈夫だろ。

さぁ、俺達も先を急ごうぜ」

 

睦月はピースメーカーを戻しやっとの思いで体を起こしたアイリへ手を伸ばした。

アイリは睦月の手を取り起き上がり服に付いた砂埃を払った。

睦月は後ろの腰にあるポーチに手を伸ばし中からポーチに納まりきるとは思えない大きさのアサルトライフルを取り出した。

マジシャンが披露する手品のようなものを見てアイリは目を輝かせ拍手した。

 

アイリ「今のどうやって出したんです?」

 

睦月「俺の能力ってやつかな。 ちょっとした魔法で、このポーチの中身は俺が時空防衛局で保管してる武器庫と空間が繋がってていつでも俺が思った武器を取り出すことができるんだ。 因みに射ち続けてても弾がなくならないのも魔法だ。 弾がなくなれば自動で装填される魔法がかかってる。 まぁこれは俺の魔法じゃなくて俺と同じ部隊に所属してるメンバーの魔法を俺の銃やポーチにかけてもらったんだけどな」

 

アイリ「サバイバル界にとってはチートすぎる能力だ…。 ジルやバレンタインも涙目だよ」

 

睦月はアサルトライフル、M4A1カービンのセレクトレバーをフロートにし連続発砲が可能な状態にした。

リボルバーでは確実に一撃で落とせないと判断した睦月は威力と弾数があるアサルトライフルを厳選したのだ。

 

睦月「ラミエルの野郎飛んでったのはいいけど道分かってねぇだろ。 絶対に迷っちまうぞ」

 

睦月は浮遊物体に破壊されないよう納めていた地図のデータが保存されてある手の平サイズの円い形状をした機械をポケットから出し映し出された画面を見て行くべき道を探る。

 

睦月「この先をちょっと進んだ部屋に入って違う廊下に出れば近いみたいだな。 注意を払いながら行くぞ」

 

アイリ「サーイエッサー! ムッキー、一応聞いとくんだけどセレクトレバーをフロートにしたのってネタ的に狙ってやったの?」

 

睦月「脳天射ち抜くぞてめぇ?」

 

 

~~~~~

 

 

ラミエルside

 

 

蚊みたいにうろちょろしてて面倒だったけどやっと片付いたぜ。

戦闘はちょっとしかしてねぇんだが疲れてきたぜ。

何せ昼前から2時間以上やりたくもない他人の庭の整備をさせられてたんだからよ。

自業自得だから仕方ねぇし反省もしちゃいるけど、リョウも少なからず荒らしてたんだから手伝ってほしかったぜ。

後で抗議してやるぜ!

 

ラミエル「さてと…どうすっかなぁ。 はぐれちまった挙げ句、適当に飛び回ってたから帰り道も分かんねぇと来た」

 

完全に迷子になっちまった。

流石に子供みたいに泣き喚くことはないが未知の場所で一人なのはヤバいかもな…。

何が起きるか分かったもんじゃねぇが、こうなったら適当にでも進んで行くしかねぇ。

考えるよりは行動あるのみ、直球一本槍で行かせてもらうぜ!

とりあえず俺の勘を頼りに右隣にある部屋に入るとするぜ!

 

ラミエル「なんだここ? 真っ暗じゃねぇか…薄気味悪いな。 おーい、誰かいるのか~?」

 

部屋の中は暗くて何も見えねぇ。

現実世界の映画で見たことある、真っ暗闇の中から突然ゾンビが出てきたりするやつだ。

とりあえず電撃溜めとくか、念のため。

 

?「久々ノ客カ、イヤ、侵入者カ?」

 

ラミエル「うおっ!? 誰だ!」

 

ビビって思わず変な声が出ちまったぜ。

暗かった部屋に電気がついて明るくなってさっき聞こえた声の主も見えたのはいいけど、雰囲気がいかにもヤバいって感じだな。

 

?「我ハ博士ト研究所ヲ守護スル『エンジェロイド』、Typeβ(ベータ)。 名ハナイノデベータト呼ンデモラッテカマワナイ」

 

なんか聞き取りづらい声してるなぁ。

こういう機械みたいな声聞いたことあるな。

現実世界で出回ってるバーチャルアイドルみたいな感じだな。

 

ラミエル「俺は侵入者なんかじゃないぜ。

ちゃんと四大天使や時空防衛局とやらからも許可を取ってきたんだからよ」

 

ベータ「証拠ハアルノカ? 証拠ガナケレバ問答無用デ撃退サセテモラウゾ?」

 

おいおい、空中に紋章みたいなの出して中からメカニカルな太刀出してきたぜこいつ。

証拠なんて俺が持ってるわけねぇじゃねぇか。

持ってるとしたら睦月くらいだろ。

しかし参ったな、明らかに殺る気まんまんだよ。

下手な返答したら即攻撃を仕掛けて来るだろうな。

 

ベレト「おやおやお困りのようですね、電気を操る天使君」

 

ラミエル「なっ!? てめぇいつの間にこの部屋に!?」

 

ベレト「落ち着きたまえ、そう熱くなるな。 お互いこの機械の人形に狙われている身ではないか」

 

ベータ「パターンヲ確認、悪魔ト断定。抹殺スル」

 

ベレト「私を悪魔だと分析できるところを見ると無駄に性能はいいようですね。 所詮は機械の人形、私に挑んだところで勝てるわけがないというのに」

 

なんだ俺が戦わずに済みそうだな。

じゃあ俺はこのベータとかいうのと協力してベレトをぶん殴ればいいってことか。

 

ベレト「戦いたいところですが無駄な体力を消費したくはないので、機械の人形には天使君が相手になってあげてください?」

 

ラミエル「は? ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ」

 

ベレト「ふふふふ…面白いことをしてあげましょう」

 

野郎飛んでベータに近付いて何する気だ?

ベータは冷気を含んだ太刀を振るい続けてるみたいだけど全部避けられてるな。

 

ベレト「やれやれ、古代から存在していたエンジェロイドとはこの程度の実力とは、少々拍子抜けですね。 『クレイジーマインド』!」

 

ベータ「貴様、何ヲ、ガアアアアアア!!」

 

ヤバそうってのが直感で分かるぜ。

止めに入った方が良さそうだな!

 

ラミエル「いくぜ! 『雷拳』!」

 

ベレト「もう遅いですよ。 では私はこれにて失礼しますよ、御武運を祈っていますよ」

 

くそ、逃げ足だけは凄まじく早い。

ベータを突き放したと思うと俺が入ってきたのとは別の扉から出ていきやがった。

俺は方向転換して追おうとしたんたが、ベータの体に異常だったんで立ち止まった。

ベレトに触れられたベータは俯いていて赤い電撃みたいのがびりびりと走ってる。

腕もだらりと下がってて雰囲気もヤバい。

 

ベータ「侵入者、排除スル! 抹殺スル!」

 

警戒して後ろに下がってて良かったぜ。

ベータは殺意が籠められた目で俺を睨み付け太刀を思い切り降り下げてきた。

床に当たるとその場は凍り付く。

もし俺があの場にいたら足から徐々に凍り付いていたかもしれねぇ。

これは見たところ、あれか?

たぶん操られちまってるのかな?

口で言っても通用するような相手じゃねぇだろうし、ここはぶん殴ってあいつの呪術を払うとするか!

 

ラミエル「正面突破あるのみ! 拳で語り合おうぜ!」

 

 




そろそろ自粛疲れが出始めた今日この頃


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第11話 錆びついていないマシンガンで敵を撃ち抜こう

コロナウイルスの第2波が来てますね
おさまってくれよ(切実)

家で大人しくゲームするのが一番ですね


睦月「道は複雑だし、敵は次から次に沸いて出てきやがるな!」

 

アイリと睦月の二人の行く手を阻む更なる刺客に睦月はアサルトライフル、M4A1カービンの銃口を前に向け射ちながら苛立ちながら叫んだ。

レーザーを放つ浮遊物体とは違い一般男性と同等の身長のロボットだ。

表情を一切変えず感情のない目で二人を捕らえ刃がレーザーの様な光で構築されてあるナイフを手に持ち集団で迫ってきていた。

 

アイリ「あわわわ、これがリアルターミネーターなのかな」

 

睦月「アホなこと言ってないでお前も弓を射れ!」

 

アイリ「う、うん! アシタカヒコ並の腕前を見せるときだね!」

 

ガーンデーヴァを手に取り光の矢をロボットに向け放つ。

アイリの思い通りに額の中心に命中しロボットは悲鳴を上げることなく地面へ倒れ伏した。

 

後方から続々と行進してくるロボット達は射たれ倒れたロボットを踏み潰しながら接近してきており、中には小型の銃を所持している者まで現れ、ナイフを持ったロボット達の前に出て一斉に引き金を引きレーザーを射ってきた。

全方位から放たれるレーザーを二人は対応しようにも障害物がない廊下には盾となる物は何もなく、直撃は免れないと思ったアイリはガーンデーヴァを強く握り締め目を瞑った。

握り締めていたガーンデーヴァが光り始め、まるで持ち主であるアイリを守るかの様に矢の放たれる中心部分を覆っているオーロラ状のドームが広がりバリアとなりレーザーを全て防ぎきった。

 

睦月「便利なもんだな、バリアも張れるのか」

 

アイリ「へっ…お、おー! ホントだバリア張ってるよ! 凄いよガーンデーヴァ! 接近戦も遠距離戦もできてバリアまで張れるなんて万能すぎだよ~♪」

 

睦月はちゃっかりバリアが展開されたと同時にアイリの後ろに隠れていたためレーザーに直撃することはなく、相手の攻撃が緩んだ一瞬の隙を逃さずアサルトライフルでロボット達を射ち抜いてゆく。

 

アイリ「この状態でもきっと射てるよね。

いっくよー、『ストレートアロー』!」

 

アイリの放った矢は先頭にいたロボットに直撃し後方にいたロボット達を貫通していき長い一本道が作られた。

睦月がアイリの前に出て走り出しポーチから二丁のサブマシンガン、FN P90を取り出し片手でそれぞれ持ち銃口を真横に向け射ちながら作られた道を走り抜ける。

銃弾を受けた残されたロボット達は次々に倒れていき道を阻む者はいなくなった。

睦月は慣れた手付きで銃を指で回しポーチに入れた。

 

アイリ「わぁーお、ムッキー凄い…。 あれだけの数をもう全部倒しちゃったよ」

 

睦月「これくらいの数の相手なら余裕だっつーの。 他の世界でこれの何百倍もの数の相手をしたことがあるからな。 勿論結果は俺の勝ちだったぜ!」

 

睦月は鼻を擦りながら笑顔で自慢した。

 

アイリ「ムッキーって一体どれだけの修羅場を潜り抜けてきたの…」

 

睦月「軍隊に所属してて戦争に行ったりスパイしたり潜入工作員したりしてたからなぁ」

 

アイリ「わぁーお、伝説の傭兵もびっくり仰天だ」

 

睦月「だろ~? さぁ、無駄話してたら時間がもったいないぜ、先に進もうぜ」

 

睦月は円い形状の機械を再び取り出しマップを展開させ行くべき道を歩き始める。

アイリはガーンデーヴァを持ったまま睦月の横に付き添うように歩く。

 

アイリ「ムッキーって色んな世界を巡って戦ってきたんだよね? やっぱり戦うなかで辛いこととかあったりしたの?」

睦月「あぁ、そりゃ幾らでもあったさ。 本当に、数えきれないくらいにな…」

 

睦月は表情には出さないものの、目には様々な感情が籠っていた。

 

睦月の生まれ育った世界では、国同士の戦争が絶えず行われており政治や経済も録に機能していない、貧民が蔓延る過酷な状況にある世界だった。

 

街の至るところには職を求める者達が溢れ帰り、家も銭もない者達は飢えを凌ぐため強盗や万引きが繰り返し行われていた。

この有り様を解決しろと国民はデモを行い、徐々に悪化していき暴動へと変わり、人々の心は国への憎悪と憤怒の念に染まり互いが互いを信じず潰し合う争いが起き、生きる手段として強盗等の犯罪を犯すことで新たな争いを生み、国同士ならず国内で紛争が起き自らの首を絞めている様な状況だった。

 

そんな過酷な状況の中で当時8歳だった睦月は両親に育てられていた。

小さいながらも住む家もあり父親は職にも就いており財産も少なからず暮らしていくには申し分ない程はあったので、この世界に暮らす者にしては裕福な暮らしだった。

周囲では絶えず争いが起こり続いてはいたが、家族同士が互いに手を伸ばし支え助け合いながら笑顔で暮らす日々を過ごしていた。

 

だが、他愛もない日常は突然崩れ去ってしまった。

 

家に強奪が入り、抵抗した両親は殺されてしまったのだ。

睦月は身を潜めていたものの、最終的には強盗に見つかってしまい命からがら捕まることはなかったが、相手が拳銃を手にしていたのが視界に入り、逃走は不可能だと察した。

恐怖に怯えながらも父が所持していた拳銃を取り、強盗を射ち殺すことにより難を逃れた。

 

その後、睦月は悲しみに暮れながらも厳しい環境にあるこの社会の中を延々と一人孤独に過ごした。

数年の時が過ぎ、14歳になっている時にはその若さで軍隊に入隊していた。

 

睦月は両親が殺されて以来、父親の形見でもある銃を肌身離さず所持していた。

自身に危機が迫る時にだけ使用し、銃を扱うのには嫌でも慣れてしまっており、偶然拳銃を使用している場面で睦月の銃の腕前を見た軍の上層部の人物がスカウトし入隊することができた。

 

睦月も軍隊に入隊したのには理由がないわけではなかった。

 

両親を殺したのは紛れもなく強盗だが、このような状況を作り上げてしまった、この腐りきった社会を変えるため武力を手に入れ戦争を終わらせようとしていた。

 

訓練を積み、戦場へ駆り出され敵となる人間を何人も殺したくなくても殺していった。

目の前で何人もの人が死んでいき、仲間でもある見知った人間も死んでいく様を見て何度も気が狂いそうになっていたが、全て気力で心の奥底へ感情を無理矢理押し込め理性を保てていた。

 

更に年月が経った頃には、睦月達の活躍も虚しく戦争には敗れ国は現在以上に状況は悪化し、安定する兆しはなく絶望的で最早国と言えない様な有り様になってしまっていた。

国を救えず何も変えられなかった己の無力さに睦月は絶望し、軍を辞め再び一人目的もなく途方に暮れ過ごすようになった。

 

戦争は終わるどころか更に悪化していき、世界そのものが終末の時を迎えようとしている地獄と化してしまった。

 

そのような世界に、突然異世界からやって来た時空防衛局と呼ばれる人々が降り立ち地獄と化し死にかけていた世界に恩恵をもたらした。

 

全ての国々を救うという訳ではなく、貧しい者達に最低限の食料を分けたり、小さな争いや国に反対する行きすぎた行動から起こる争いやテロ行為を鎮静する程度だったが、厳しい環境の中を生き続ける者達にとっては神の救いの手が伸びたようなもので誰もが感謝の念を抱いていた。

 

時空防衛局の活動を知った睦月は時空防衛局員の一人に近寄り自ら時空防衛局に就きたいと願った。

 

国を救うことも、変えることもできず、絶望していたが睦月は訪れたチャンスを逃すわけにはいかなかった。

軍に所属していても変えることができなかったのなら、あらゆる世界を行き来できる時空防衛局に入り新たな力を得て自らの国を、世界を救え変えることができるようになるため時空防衛局に入ることを望んだのだ。

 

時空防衛局に無事入ることができた睦月は様々な世界の知識や武術を得て実戦を重ねていき、現在では第一時空防衛役員に配属されるまでに成長し、時間さえあれば自分の世界を少しでも誰もが過ごしやすく改善するために活動を続けている。

 

睦月は簡潔に自分の生涯を語り説明した。

説明を聞いたアイリは若くして壮大で悲痛な道を歩んできた話を聞き驚愕していたが、心苦しさも感じていた。

 

アイリ「そんな過去があったんだ…。 ごめんなさい、簡単に聞いちゃって」

 

睦月「なにお前が謝ってんだよ。 知らなかったんだから仕方ねぇことだし、俺が勝手にペラペラ話しただけなんだから気にすんなって」

 

睦月は歯を見せニヤリと笑顔を見せた。

アイリはまだ心苦しさが残っていたものの、睦月の辛い過去をも乗り越える強さと相手を思いやる優しさが籠った笑顔を見ると自然と笑顔になっていた。

 

?「あれ、まだこんなところにいたの?

もっと先に行ってると思ってたんやけどなぁ」

 

後方から声を掛けられ睦月はリボルバーを瞬時に手にして後ろを振り向く。

銃口の向く先には悠々と歩き向かってきているリョウがいた。

呑気そうにしているリョウを見て睦月は脱力し腕を下ろした。

 

アイリ「リョウ君! 良かった無事だったんだね!」

 

笑顔でリョウの側へと駆け寄り無邪気にピョンピョンと跳びはね喜びを表していた。

 

リョウ「あんな連中にわしがやられるわけないやん。 警備システムが作動してて機械の警備隊が動いてたみたいやけど、アイリはその様子やと怪我とかはしてなさそうやな、良かったよ」

 

アイリ「あたしがやられるわけないじゃん。 元グリーンベレー(天使初心者)のあたしに勝てるもんか」

 

リョウ「試してみるか? わしだって元コマンドー(ホルン奏者)だ」

 

睦月(全然話についていけねぇ…)

 

リョウ「さて、お遊戯はこれくらいにして、どうやら無事順調に機械がある部屋までは進めてるみたいやな」

 

アイリ「妨害されたりはしたけど誰も怪我はしてないし進むスピードにしては割りと順調だよ♪ でもラミエル君が敵を引き連れたままどっか行っちゃって何処にいるか分からないんだよね」

 

リョウ「マジか~。 ここの研究所やたら広いからなぁ。 マップがないと知らない人はすぐに迷っちゃうぞ」

 

睦月「そうだよな。 マップがないと迷っちまうほどこの研究所は広い。 なら、リョウは何でマップを見ずに俺達がいるこの道まで辿り着くことができたんだ? お前ここに来るのは初めての筈だよな?」

 

睦月は獲物を狙い睨み付ける猛獣の様な眼差しをリョウに向けた。

気迫のある目をリョウは見つめているが、呑気そうな穏やかな表情は然程変わってはおらず動じてはいなかった。

 

睦月「ここまで来るには何ヵ所も別れてある道を曲がり、何回か別の道へ出るために部屋に入り別の扉から出る必要があった筈だ。 更には調べないと分からない筈のフサキノ研究所に入るために入り口を開けるパスワードも知っていた。 リョウはフサキノ研究所に関しての事を知っていれば今回の任務を最初に話したときに俺より詳しく話していた。 俺がコア・ライブラリで調べたときにはここ最近ではフサキノ研究所誰について検索した履歴は残ってはいなかった。 天使が用がなければ何十年と立ち入ることのない場所の事を、何でリョウが知ってるんだ?」

 

リョウ「…世界の監視者だからって理由じゃダメか?」

 

睦月「まぁその理由なら納得しそうだが、本当なのか?」

 

リョウ「あぁ。 フォオン様が仰ってたことがあってな。 序でにここのデータを見せてくださった時に偶然マップが目に入ったのを覚えていたんだよ」

 

睦月「そうなのか? 本当ならいいんだが…嘘だとしたら色々と怪しいからな」

 

リョウ「怪しいとは?」

 

睦月「世界の監視者が時空防衛局に無断でコア・ライブラリを使用している、とかな。 若しくは、何十年もリョウが生きてて歳を誤魔化しているから研究所の詳細を知っているかだ」

 

リョウ「残念ながら二つとも違う。 安心してええよ。 わしは嘘なんかついたりしない。 ここで嘘なんかついたってどうしようもないからね」

 

睦月「…リョウとは長い付き合いだし、嘘じゃなさそうだな。 嘘をつかれるのは俺は嫌いってのもあったけど、ちょっと不思議に思っただけだったんだ、悪いな」

 

睦月は軽く頭を下げるとリョウは気にするなといった表情で手を上げた。

一瞬ピリピリとした状況になり強張っていたアイリは緊張が解け安堵の表情を浮かべる。

 

睦月を先頭にマップを見ながら歩みを進めていき目的地へと目指していると、別の道へ出るためにとある一室へ辿り着いた。

今まで通り抜けてきた部屋の中でも明らかに広く機械音が微小ながら聞こえる。

部屋には幾つもの透き通るような青い液体が入った細長い水槽があり、先程から道を阻んできた人型のロボットが入ってあり体の至る箇所にコードが繋がれ眠っている。

 

リョウ「ここはエンジェロイドの製造、修理するための部屋だ。 まさかとは思ったけど、まだ稼動していたのか」

 

アイリ「エンジェロイド? そらのおとしものかな?」

 

リョウ「名前そのままやけど違うからな。

この研究所の主であるフサキノ博士が作りだした研究所を守護し、世界に危機が訪れた時に戦う防衛ロボットなんだ。 この部屋に保管されてあるのは全部プロトタイプ。まぁ基本研究所の警備、雑用、フサキノ博士の補助をしていた。 さっきからわしらの邪魔してたのはこいつらやな。 あくまでプロトタイプやから完成品ではないけど、数は少なからず中には完成品も存在する。完成品のエンジェロイドにはギリシャ文字で呼ばれていたな。 α(アルファ)、β(ベータ)、そしてε(イプシロン)。 わしが知ってるのはこの3人だけど、タイプイプシロンは数百年前に何者かに破壊されてしまい、残るのはアルファとベータだけになったんだ。 ベータに関しては調整中で、出力が最大まで出せず動ける状態ではなく戦闘はまともにできないはずやから実質完全な完成品としてはアルファだけってところやな。

エンジェロイドの保管されてある部屋は何ヵ所かあるけどアルファとベータはここに保管されていた。 二体がいないってことは、恐らくプロトタイプと同様に研究所内を徘徊してるはず」

 

睦月「詳しい説明どうも。 誰かに操作されてもないのに動いてるってことは自立型なんだろうけど、何で急に動き始めたんだ?」

 

リョウ「こればっかりはわしも分からんな。 完成されていたアルファは兎も角、ベータがここに何故いないのかも調べないといけない。 予測やけど調整が終了している可能性が高いんやけど、誰が調整をしていたのかって謎になるんよね。これも予測やけど研究所が未だに無人で稼働しているからそれで調整が終わったんやろうけど。 少し進んだ先に様々なデータが入ってる大型のコンピューターがあるからそれを見れば現在の状況などの情報が記されてるから分かるやろ」

 

保管されてあるエンジェロイド達がいつ覚醒し目覚めるか予想できない状態、足止めをくらわされると厄介と考えたリョウは説明を終えると足早に扉へと向かうよう指示を出し部屋を退室し通路へと出て歩みを進める。

 

相変わらず何もない真っ白な壁が続く道を見据え歩みを進めていると、空気が冷たくなっていき足の爪先から頭までブルブルと震える寒さが伝わった。

足元には氷霧が漂い始め周囲は真冬の寒さに包まれていく。

吐く息は白くなっており、一番寒そうな格好をしたアイリは歯をガタガタと合わし鳴らしており体を震わせ縮こまっていた。

 

アイリ「ななな何なのこの寒さ…リョウ君が駄洒落を言ったときくらいの寒さだよ~」

 

リョウ「言ったことないっつーの。 施設には冷凍庫の様な超低温で管理されてある部屋は存在するけど通路に流れ込むことなんてない。 空調の故障の可能性もあり得るけど、今回のこの原因は恐らく瞬間冷凍能力を備えられたTypeβの仕業やろうな。起動しているということは、何者かが調整をして稼働可能になったってところやろうな。 警戒しろ、近くにいるみたいや」

 

リョウはコートを脱ぎ寒さで凍え震えているアイリの肩に被せアルティメットマスターを掴みいつでも抜刀できる構えをとり気を集中させる。

睦月も腰のホルスターからピースメーカーを引き抜き弾を装填する。

 

気を引き締め廊下を進むにつれ温度は低くなっていき、凍てつくような寒さが徐々にではあるが体力を奪っていく。

冷えきった廊下を進むと、ある一室の扉の隙間から氷霧が溢れ出ているのを発見した。

リョウと睦月は言葉を交わすことなく互いに頷き物音を立てず息を殺し扉へと接近し、自動で扉が開いた瞬間氷霧が一気に部屋の外へ流れ出る。

部屋全体を多い尽くす氷霧で視界が悪く、周囲の状況を僅かながら確認できる程度で奇襲を受ける危険性も充分考えられるが、躊躇うことなくリョウは転がるように勢い良く部屋に入り睦月は部屋に入ると同時に周囲の状況を冷静に瞬時に確認、敵の居場所と次に行うであろう動作を自己分析し銃弾を射ち始めた。

凍てつく空気を切り裂きながら銃弾は進んでいき部屋の中央に仁王立ちしている人物へと被弾した。

 

?「オ見事デス。 コノ氷霧ガ漂ウ中デ遠距離カラ確実ニ当テテクルトハ。 銃ノ腕前ハ相当ナモノノヨウデスネ」

 

声がした方向から氷霧が縦に割れ部屋全体が晴れていき、Typeβが姿を現した。

ツンツンした青い髪を青年の容姿をしており、光のない虚ろな目でリョウと睦月を捕らえ右手にある青色の半透明な太刀の切先を侵入者に向け構えている。

 

リョウ(未完成のTypeβがやっぱり起動しているのか。 わしの予想が正しければ、エンジェロイド達を稼働させたのは恐らく…)

 

アイリ「寒いよ~。 ホットドリンク飲まないと凍死しちゃうよ。 ん? あれってラミエル君?」

 

ラミエル「漸く来たかお前ら。 来るの遅すぎじゃねぇか?」

 

氷霧が晴れたことにより部屋全体を見渡せるようになり、部屋の端にラミエルが腕を押さえ負傷している姿が視認できた。

ベータの技を受けた影響か、ラミエルの体の至る箇所は凍っている。

 

睦月「わりぃ、邪魔する奴が多くてな。 ここからは俺達も加わるぜ。 ラミエルは下がってていいぜ」

 

ラミエル「おっと待った、これは俺の勝負なんでな、手出しは無用ってやつだぜ」

 

アイリ「無茶だよラミエル君! それなりにダメージ受けてるのに一人で相手をするなんて、ゾーマに回復してない状態で挑むようなもんだよ!」

 

ラミエル「アイリ、バカ言っちゃ困るぜ。

俺はまだ負けた訳じゃねぇんだからよ。 このまま戦いを続けるぜ。 これは俺とこいつの戦いだ、手助けはいらねぇから早く先に行きな」

 

ラミエルは自らの体に鞭を打つように頬を強めに叩き両方の拳をぶつけ気合いを入れる。

 

ラミエルは一対一の男の戦い、世で言うタイマンを好む性格だ。

 

自分の力ではなく手助けされた力では自分は強くならない、成長せず停滞するばかりだと考えている。

己の力のみで目の前に立ちはだかる敵を倒してこそ意味があるという断固たる決意を持ち、越えることが不可能であろうとも呼べる状況を打破する屈強な信念を持っている。

 

リョウ「アイリ、ここはラミエルに任せてわしらは成すべきことを成すために先へ進もう。 じゃあラミエル、この場は頼んだ」

 

ラミエル「おうよ、任せとけ!」

 

アイリ「ラミエル君、気を付けてね」

 

アイリ達はラミエルにこの場を任せ部屋のもう一つの出口である扉へと走り出した。

ベータは3人を逃がすまいと幾つもの半透明なクリスタルを束ねたような翼を展開させ猛スピードで剣先を向け飛翔する。

睦月は両手に持つピースメーカーの引き金を放つが、ベータは華麗な剣捌きで銃弾を全て斬り落とし特急列車の如く速さで凍てつく空気を切りながら接近してくる。

リョウが機械の右足を勢い良く回し蹴りをしベータの太刀を払い金属がぶつかる軽い音がした刹那、ラミエルが目にも止まらぬ速さでベータの懐に入り込み『雷拳』を放った。

電撃を纏った重い一撃を受けたベータは真横に吹っ飛びアイリ達を通り過ぎ壁に激突し、めり込んだまま微動だにしなくなった。

 

ラミエル「さぁ、行ってこい!」

 

アイリ「ラミエル君、かっこいー! あたしにできないような攻撃だったよ! そこにシビれる!あこがれるゥ!」

 

この程度の攻撃では破壊される程脆くはないと戦っていたからこそ分かっていたためラミエルはその場に残りもう一度構えをとり気を集中させる。

 

 




睦月は割りとお気に入りのキャラの一人です


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第12話 ラミエルvsTypeβ

ライザのアトリエにハマってます



アイリ達が無事部屋を退出して数秒、ベータは意識を取り戻したように動きだし壁にめり込んだ体を無理矢理引き剥がし床へ降り立った。

 

ベータ「敵ナガラオ見事デス。 タダノ天使ニシテハ手強イデス」

 

ラミエル「おいおい、俺をただの天使扱いしてんじゃねぇよ。 今からただの天使じゃないってことを見せてやんよ」

 

ベータ「アレダケ私ノ攻撃ヲ受ケ続ケテマダ立チ上ガル力ガ残ッテイルノデスカ。 何処カラソノヨウナ力ガ出テクルカ、理解不能デス」

 

ラミエル「さぁ、俺にも分かんねぇよ。 ただ俺は負けたくないってだけだ。 倒すと決めた相手は己の力のみで倒す、これが俺の決めた戦いだ。 自分で言うのも可笑しな話だけどよ、絶対に勝てるっていう自信が心の底から沸いて出てくるんだよ」

 

ベータ「…ココロ? ヤハリ私ニハ理解デキナイヨウデス。 私達エンジェロイドニハ心ハ存在シナイ。 機械デアル私達ニハ必要ナイモノデス」

 

ラミエル「機械には心はない、か…。 悲しいもんだな。 どれほどいいもんなのかを伝えてやりてぇところだが、とりあえずは、」

 

拳を力強く握り、闘志を燃やす眼でベータの光のない瞳を真っ直ぐ見つめる。

 

ラミエル「てめぇを殴ってあいつの呪術を解かないとなぁ!!」

 

ベータ「エンジェロイドTypeβ、ココヲ守護スル者トシテ負ケル訳ニハイキマセン。 ココカラハ本気デ戦ワセテモライマス。 アサルトクロー、展開」

 

ベータの左腕に青い魔方陣が出現し、瞬く間に所々に青いラインがなぞられてあるデザインの銀色の籠手が装着させられた。

最も特徴があるのはベータの手に上から被さるように装着されてある光沢を放つ銀色の巨大な手だ。

指先は鋭利に尖っており獣の爪のようになっており、太刀と同様冷気を纏っている。

 

ラミエル「じゃあ俺も全力全開でいかせてもらうぜ! 先手必勝! おらぁ!! 」

 

地を蹴り弾丸のような速さでベータへ接近し強く握り締めた鉄拳を顔へ目掛け思い切り突き出す。

 

辺り一体に鈍い音が響いた。

ラミエルの放った拳はベータに届いてはおらず、顔に直撃する手前で銀色の巨大な手によって防がれていた。

 

ラミエルは相手に隙を作らせないために一歩手前に下がり体制を整え、両手に電撃を纏わせ『エレクトリックブラスト』を放った。

冷気をも無にする勢いの突風にベータは怯むことなく太刀を縦に振るい上げる。

渦巻くような動きで迫っていた突風は真っ二つに割れ、分かれた突風は軌道を変えベータの横を通り過ぎていき壁に激突した。

全力で放った技を糸も簡単に防がれてしまったことに驚くことすら許されず、太刀を振るうことで生まれた斬撃を避けることに専念しその場から跳躍、翼を広げ一度距離を保つ。

 

ベータはラミエルを逃がすまいと翼を広げ跳躍し、5本の爪を分離させた。

それぞれの爪からは光の糸が伸びており機械の手に繋がっており、ベータの指示通りに自由自在に動くようになっている。

生き物のように予期できない自在な動きを繰り返す爪がラミエルに襲い掛かる。

回避が難しく翻弄され続けており、体の至る箇所は鋭利な爪により引き裂かれ鮮血が飛び散る。

ラミエルは近距離戦に特化された多彩な攻撃を用いるが、遠距離戦の相手にはこれといった有効な攻撃手段がなく、防戦一方という状況、劣勢を強いられる戦いとなった。

 

ベータ「アナタニハ私ニ勝テル確率ハ限リナク低イデス。 諦メタ方ガ身ノタメデスヨ」

 

ラミエル「生憎と、俺の辞書には諦めるという言葉は載ってないんだよ!」

 

幾度となく迫り来る爪が体を斬りつけていくが気合いではね除け急降下し地面へと着地し、拳を床に当て電撃を溜め始める。

 

ラミエル「吹っ飛べー! 『エレキトリックフラッシュ』!」

 

ラミエルを中心に電撃がドーム状に展開され、ラミエルに迫っていた爪は全て電撃に弾かれ勢いよく床へと落ちていった。

爪からベータの手に繋がれていた線も切れてしまい、一時的ではあるが再起不可能となってしまったアサルトクローの使用を諦め、太刀を握り締め脇構えの姿勢をとり飛翔し攻撃を繰り出そうとする。

 

ラミエル「やっと真っ正面から来てくれたか。 正々堂々なのは良いが、今から出す技はとっておきだぜ! 『スパークウォール』!」

 

両手を前に出すと正方形の電気で生成された壁が出現し迫り来るベータの攻撃を防ぐ。

 

ベータ「回路、麻痺、行動、不能…」

 

壁に流れてある強力な電流が太刀の切っ先から流れ、太刀を握り締めた手から全身へと流れ全身が麻痺し動きを封じられてしまった。

 

ベータの所持する太刀は言うまでもなく金属で製造されてあるため電気が通りやすい。

ベータ自身も金属で製造されてあるので、電気が通りやすいためダメージが通りやすかった。

 

戦況的には不利な状態であったラミエルだが、相手に電撃が効果があるのは運が良かったのかもしれない。

 

ラミエル「もういっちょとっておきくらわせてやる! 『滅雷拳』!」

 

部屋全体を覆う程の電気が放出され、壁や床を覆っていた氷が電気の熱により溶け始め水へと融解される。

一度放たれた電気は融解された水と共にベータに集められ巨大な塊となる。

ラミエルは拳に『雷拳』の何十倍にもなる電気を溜め、電気の塊の中で脱出しようと試みるベータの腹部に向け渾身の力を込めた拳を振るった。

身動きを封じられたベータは成す術もなくラミエルの重い一撃を受け体がくの字に曲がった。

更に電気の塊はラミエルが放った拳の電気と反応し、中にある電気が火花が散るように乱れ飛び小規模な爆発が数十回と起きベータの体を傷付いていく。

塊になる前に周囲から吸収されるように集められた水が更に電気をより通しやすいものとなっており、ベータに与えられたダメージは倍以上に膨れ上がっていた。

何十回と小規模な爆発が起きた後、塊が光り輝き始め、塊の中で起き続けていた爆発の何十倍にもなる巨大な爆発が起き、強烈な爆風と共にベータは後方へもうスピードで吹っ飛んでいき壁に勢いよく激突した。

ベータは壁の中に瓦礫に挟まれ下半身は埋もれており、体の至る箇所からは火花が音を立て出ており、皮膚であるコーティングが所々剥げ落ち内部が見えるようになっていた。

 

ラミエル「流石にこの技を使うのは不味かったかな。 俺への負荷も半端ないし」

 

技を放ったラミエルの右手からは白煙が立ち込めており、強力な電気を使用したせいか、焦げた様に黒くなってしまっていた。

技の影響で右手が使えなくなってしまったわけではないが戦闘の続行は暫くは不能となってしまっていた。

黒くなった右手を上下左右に揺らしながらベータの元へ歩み寄って行き声を掛けた。

 

ラミエル「おい、大丈夫か? これであいつの洗脳は解けたとは思うんだが」

 

ベータ「エエ、オ陰様、デ、洗脳は、解ケマ、シタ。 アリガトウ、ゴザイマス」

 

ノイズが掛かった弱々しい声で礼を言った。

 

ベータ「アナタノ攻撃ヲ、クライ、私ノ、動力炉ガ、修理不可能ニナルマデ、損傷シテ、シマイマシタ」

 

ラミエル「何っ!? ど、どうにかならねぇのかよ! 俺には機械のことなんてこれっぽっちも分からねぇけどよ、別の電源持ってくるとか、他にも色々方法があるんじゃないのか!?」

 

ベータ「残念、ナガラ、予備ノ動力炉ハ、存在、シマセン。 アリガトウ、ゴザイマス、天使ノ方。 最後ニ洗脳ガ、解ケタ、ダケデモ、救イデス」

 

ラミエル「何締めっぽいことほざいてんだよ! 今からでも遅くはねぇ! ここから引き摺り出して救う方法を探してやる!」

 

ラミエルは下半身が壁に埋もれたベータを引っ張り出そうと周りの瓦礫を持ち上げ退かし始める。

 

ベータ「私ノ、動力炉ハ、モウ長クナイ、ノデ、無駄、デス。 助カル確率ハ、ゼロデス。 博士ガ、残シタ、コノ、研究所ト、技術ヲ、悪魔ノ手、カラ、守ッテ、クダ、サイ。 私ニハ、モウ、デキ、マセン、ノデ、ド、ドウカ、ヨロシ、ク、オ願イ…シマ…」

 

ベータの声が更に弱々しく、小さくなって途切れるようになっていき、遂に口が動かなくなり声を発さなくなった。

光が灯らぬ感情のない水晶の瞳はラミエルに向いていたが、その瞳は誰も見つめることはなく、ただ目の前にいるラミエルの顔を映すだけのものとなってしまった。

 

ラミエル「……あぁ、任せろ。 俺があのふざけた悪魔野郎をぶん殴ってやるよ。 だからお前はゆっくり休んどけ」

 

歯を食い縛り、爪がくい込むほど力強く手を握り締めたラミエルが返事が帰ってこないと知っていながらも亡骸となってしまったベータに言い、開いたままになっていた目を手で閉じた。

救えなかった悔しさと、卑劣な事を平気で遂げるベレトに対する怒りを胸に、ベータの願いを無駄にしないためにもその場を後にした。

 

 

~~~~~

 

 

アイリ「…でね、パルスのファルシのルシがパージでコクーンしてね」

 

リョウ「うん、分かる人じゃないと意味不明やわ」

 

ベータとの戦闘をラミエルに任せ先を急ぐアイリ達は未だベレトを追跡しつつE資源製造機(アイリが勝手に命名)がある部屋へと走って向かっていた。

 

睦月「ここらは扉がロックされてある部屋がやたらと多いな」

 

リョウ「重要な物でもあるんじゃないのか? この研究所には様々な物、たまにヤバい物が置かれていたりするみたいやから、厳重に保管されてある部屋に入るには別のパスワードやキーが必要になってくるはずやからね」

 

アイリ「エンジェロイドよりヤバい物とか置いてあるのかな。例えばT-ウイルスとかDG細胞とか」

 

リョウ「んなもんないよ」

 

アイリ「流石にないか~。 あっ、リョウ君コートありがとう、返すね。 コートに染み込んだあたしの匂いをくんかくんかして発情したりしないでね?」

 

リョウ「しないっつーの」

 

アイリ「リョウ君みたいなお年頃の人だったら襲い掛かってきて同人誌みたいな展開になるかもしれないよ。 狼さんに変身してあたしを…あ、リョウ君は狼さんと言うよりはお猿さんだね(笑)」

 

リョウ「やかましい!」

 

アイリ「こだっく!」

 

リョウ「次言ったら殴るぞ」

 

アイリ「もう殴ってるよ~(泣)」

 

睦月「また漫才やってるのか。 ん、リョウ、アイリ、ちょっと待ってくれ」

 

睦月がとある部屋の扉の前で急に立ち止まった。

扉の上の札には『メインコンピューター室』と光の文字で誰でも分かりやすいように書かれていた。

 

リョウ「ここがこの研究所のありとあらゆるデータが保管されてある場所やな。 ここなら時空防衛局にメッセージを送信した人物も記されてるはずや。 調査しに来たのなら、ここは様々な事を知れるうってつけの場所やで」

 

睦月「だな。 早速中に入って情報収集としますか」

 

リョウ「やっと時空防衛局としての仕事ってかんじがするな。 じゃあわしらはベレトの元へ急がんとあかんから、先に行っとくで」

 

アイリ「先に行ってるねムッキー。 サイボーグ009並の速さで追い付いてきてね~♪」

 

リョウ「睦月には加速装置なんてないからな? ほな、また後でな」

 

アイリとリョウはベレトの後を追うため再び走り始めた。

 

残された睦月は時空防衛局の本来の任務を果たすためメインコンピューター室へと足を入れた。

メインコンピューター室に入ると同時に電気が点灯し部屋全体を灯した。

壁には巨大な液晶画面があり、その前に身長によって高さを変えられる台にキーボードが置かれていた。

キーボードがある台にはコードが何本も出ており壁へと続いている。

それ以外は何もない質素な部屋だ。

 

睦月はコンピューターの電源を立ち上げ、USBメモリを取り出し台にある差し込み口に差し込んだ。

慣れた手つきでコンピューターを操作し、フサキノ研究所の全データが記されてあるファイルを開き目を通していく。

 

睦月「時空防衛局が初めて調査したときにはE資源のことしかデータが得られなかったらしいからな。 今回は隅から隅まで調べないとな…って、なんだよこの長さはよぉ」

 

画面にはフサキノ研究所で製造された物、実験内容、使用する薬品や材料の名称、失敗例、成功例、成功した年月まで詳しく書き記されており、実験の内容が記されたメモや画像等のデータも残されていた。

膨大すぎるデータを見て唖然としたが、根気よくデータを閲覧してゆく。

 

睦月「この研究所は約1000年前に建てられたものなのか。 E資源の開発もその頃に出来上がっていたものなのか。 …ん、これは…ナノ、マシン?」

 

ふと目に止まったのはナノマシンという単語。

ナノマシンの事について詳しく記されたデータが多数残されており、一通り目を通す。

 

ナノマシンとは、0.1~100nmの原子サイズレベルの機械装置のことである。

ナノレベル物質構造を入れ替える機能を有し、身体の損傷や病気を治療する為の医療分野、新素材の開発などといった工業目的への応用が期待されており、今現在、現実世界ではフィクションなどで描かれることが多いが、ガンや動脈硬化などの治療が困難であった病に対する遺伝子治療が可能となる可能性があるとも言われている。

だがその反面危険性もあり、ナノマシン特有の機能として周辺環境から不要な物質から必要に応じて取り出す自己増殖がよく取り上げられるが、それが何らかのバグによって人工的なウイルスに変異し人体に悪影響を与えたり、テロや戦争に転用される可能性もある、一歩間違えば大惨事に成りかねない代物でもある。

 

フサキノ博士はナノマシンを軍事目的としてではなく、医療目的で活用するためにあらゆる世界から物資や材料を調達し完成させたエネルギー、E資源を元に病に苦しむ人々を救うために独自でナノマシンの研究、実験を何年も繰り返していた。

 

だが成果は実る事はなく、フサキノ博士は28の歳で肺結核によりこの世を去り、ナノマシンは完成されることはなかった。

 

フサキノ博士は死の直前に自らの死を悟り、ナノマシン技術が万が一にも悪用しようとする者の手に渡らないためにもこの研究所を誰にも立ち入れさせないように人目に付かない場所へ自らが生み出した技術で研究所ごと移動させたのだ。

 

そして月日は過ぎ、一人の天使がフサキノ研究所を見つけ出した。

 

睦月「ここまで詳しく書かれてあるのか。

でも何でフサキノ博士が亡くなった後の出来事まで書かれてあるんだ? …あー、そういうことか」

 

画面を更に下にスクロールすると疑問に思っていた答えが表記されていた。

 

フサキノ博士が亡くなった後、研究は続けられていた。

無人となった研究所で研究を行っていたのは、フサキノ博士が作り出したエンジェロイド達だった。

フサキノ博士は作り出したエンジェロイド達と共にナノマシンの研究を行っており、研究内容や作業内容も全てそれぞれの個体にデータがインプットされていたため、フサキノ博士が亡き今でもエンジェロイド達がフサキノ博士に指示された通りに義務を真っ当していた。

エンジェロイドには自立型AIが組み込まれており学習する能力があったため、改善策を思考することもでき、エネルギー源は無限に精製されているE資源であるため機能停止することもなく、実験に必要な資源や材料はいくらでもあり余っていたので数百年という歳月の間でも研究を続けていくことが可能となっていた。

 

睦月「まだまだ読む項目が多くあるな。 E資源の製造方法、ナノマシン能力抑制粒子、ココロプログラム、Typeεの破棄…ん、これは?」

 

画面をスクロールしていると、睦月は再び目に止まるものがあった。

Typeεの破棄について表記されていた文章と共に載せてあった画像だ。

睦月は無表情でその画像を暫く見続けていたが、とある事に気付き目を大きく見開き驚愕した。

 

睦月「う、嘘だろ…どういうことだよこれ!?」

 

睦月は驚愕した表情を変えないまま操作を続け、データに残存してある画像を全て開き確認していく。

画像とはいえパソコンで纏めたグラフなどもあるが、多くあったのはフサキノ博士がカメラで撮影したと思われるものが多数存在した。

画面に年代順に撮られた写真や作られた表やグラフが載った画像が綺麗に並べられ、一つ一つが閲覧しやすくなる。

保存されてある画像と、画像に関する詳細が表記された文章を漏らすことなく確認していくと、睦月は我が目を疑った。

画面に映された画像、文章、その殆どの内容が信じ難いものだった。

 

睦月「あ、ありえねぇ…信じられねぇ…こんなの…あいつが…」

 

信じられない、いや、信じたくはなかった。

 

目の前に表記されたものが全て偽りのものだと自らに言い聞かす。

呼吸が乱れ身体中から汗が吹き出て体が小刻みに震え始める。

 

その震えは、恐怖を感じた時の震え。

 

キーボードに触れていた手は体を抱き締めるように腕へ伸び一歩ずつその場から離れ始める。

 

?「やっぱりこのデータは残っていたんだな」

 

睦月「うわっ!?」

 

睦月は突如後方から聞こえた声に驚き横へ飛び退き尻餅をついた。

声を発した人物は冷たい表情をしたリョウだった。

 

睦月(お、俺に気付かれずに後ろに立つなんて!? 気配を全くと言って言い程感じなかったぞ!? ということは、こいつ本当に…!)

 

本来の睦月なら直ぐ様銃を取り出し構えるのだろうが、今の睦月にはそんな余裕すらなく、尻餅をついたまま恐怖に顔を引き吊らせ後ろへ下がっていく。

異常なまで震えおののく睦月をリョウは表情一つ変えることなく光の灯っていない目で見下ろしていた。

 

リョウ「確認のために来て正解だった。 睦月がここまで取り乱すとは思ってなかったけど…まぁ普通なら話を聞くだけでも恐ろしいものだからな、当たり前と言えば当たり前の反応やな」

 

睦月「こ、こ、これに書かれてある、データは、全部真実、なのか?」

 

震える声で睦月はリョウに質問をした。

 

リョウ「そうやな。 全部実際にあった出来事やで。 そして、実際に存在しているものだ」

 

リョウは相変わらず表情一つ変えることなく淡々と返答した。

そして徐々に睦月の方へ歩み寄っていく。

睦月は目頭に涙を溜め必死に後方へと下がっていく。

 

睦月「いや…来ないで…!」

 

リョウ「この事実を知っているのは極僅かな人間だけや。 あまり多くの人に知られては困ることなんよ。 基本こういうことを無闇に探り知りたがる奴は、生きる価値もないようなゴミ屑みたいな輩が多かったから、わしは容赦なく殺して…いや、消し去っていたけど、睦月、お前はわしらの大事な仲間や。 だから…」

 

リョウの姿が瞬時に消えたと思うと、気付けば睦月の真横まで接近し、しゃがみ顔を近付けていた。

 

睦月「っ…!?」

 

リョウ「殺しはしない、安心しろ。 それだけ言っておく」

 

リョウは手刀を睦月の首へ振るった。

睦月は一瞬目を大きく見開くと崩れるように倒れた。

睦月が気を失う前に見たのは、黄金色に輝く左目をしたリョウの姿だった。

 

リョウ「…はぁー、こんな手荒な真似、仲間にはしたくなかったんやけどなぁ」

 

大きな溜め息をつき、右手を気を失った睦月の頭に置いた。

置いた手のひらが金色の光が溢れ、手の周囲には溢れ出た光の粒子が蛍の灯火の様に小さく輝きながら宙を舞っている。

 

リョウ「記憶だけは消しておかないとあかんからな。 …この作業は何回、何時とやっても辛いもんやな」

 

無表情だった表情が崩れ、悲しげな表情を浮かべながら睦月がデータを閲覧した記憶だけを消し去る。

 

リョウ「許してくれ睦月。 知らない方が幸せなこともあるんよ」

 

記憶を消し終えたリョウは立ち上がりキーボードの元へと歩いていく。

キーボードに手を伸ばし、慣れた手付きで素早い操作をし、データを改竄してゆく。

他人には見られてはならない、知られてはならないデータはリョウの手により違和感のない偽りのものへと書き換えられていった。

書き換えたデータを保存し、睦月が差し込んだUSBメモリへデータをコピーし、 USBメモリを引き抜き再び睦月の側へ近寄り力なく握られてある手にUSBメモリを置いた。

 

リョウ「後は自然と目が覚めるやろう。 アイリを待たせてはまずいし、早く戻らないとな」

 

リョウは罪悪感からか、倒れた睦月を振り返り見つめ、部屋から音を立てることなく去っていった。

 

 




リョウが何者なのか、その話を書くのはかなり後になりそうです
ラミエルがメインの筈なのにリョウのパートの方が内容が濃い権…まぁいっか☆


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第13話 エンジェロイドは電気羊の夢を見るか?

ジレるハートに火をつけて小説を頑張って書いてます


アイリ「んふんふんふんふんふ♪ あ、やっと来た! リョウ君おっそーい!」

 

リョウ「待たせたな(イケボ)」

 

廊下の壁に凭れ掛かってその場で待機していたアイリはリョウが来るのを待っていた。

リョウは翼を羽ばたかせ廊下を凄まじい速さで移動し、某伝説の傭兵が言いそうなフレーズをアイリに掛けた。

 

アイリ「3分間待ってやるって言ったのに、5分以上経ってるよ。 あたし暇すぎてこのまま眠り続けて死ぬかと思ったんだから。

それで、ムッキーに確認することがあるって言ってたけど、もう終わったの?」

 

リョウ「あぁ。 そこまで大した用ではなかったんやけど、念のために、な。 もう終わったから大丈夫や。 睦月も終わり次第此方に向かって来るよ」

 

リョウは先程起こしたことについては発言はせず、何も事情を知らないアイリに偽りのことを話した。

 

アイリ「問題なさそうなら良かった♪ ところで、マップはないけど道は分かってるの?」

 

リョウ「だいたいは頭の中に入ってるからダイジョーブ」

 

アイリ「そんな記憶力で大丈夫なの?」

 

リョウ「大丈夫だ、問題ない」

 

リョウの記憶を頼りに相変わらず何もない廊下を進んで行く。

研究所の最深部とも呼べる場所まで来ているようで、護衛のエンジェロイド達の姿も見えず、貴重品を保管してあるであろう部屋が多数存在しているが全てロックが掛かっており入室が不可能となっている。

静寂が辺りを支配する廊下をひたすら進み続けていると、ライトグリーンのラインが入った今まで見てきた中でも一回り大きい扉の前へと辿り着いた。

 

アイリ「いかにもって感じの扉だね」

 

リョウ「うん、此処がそうや。 気を引き締めろよ。 恐らくこの部屋にベレトもいる」

 

アイリは頷きガーンデーヴァを召喚し手にした。

 

アイリ「覚悟はできたよ。 リョウ君、早く扉を開けようよ。 BOY♂NEXT♂DOOR」

 

リョウ「おい、♂マークを付けるなw」

 

リョウは扉の中央にある窪みに手を当てると、扉がライトグリーン色に輝きを放つと徐々に開きはじめた。

 

広大な部屋は灯りが灯っており、全体を容易に見渡すことができるようになっていた。

部屋自体は他の部屋に比べかなり巨大で、何も物が置かれていない、Typeβがいた部屋と同様な雰囲気だ。

そして部屋の中心には目を瞑ったライトグリーン色のショートヘアーの少女が凛々しく立っていた。

 

?「…遂にここまで来ましたか、侵入者」

 

ベータの片言な喋り口調とは違い、人間と同じ様に喋る少女は目をゆっくりと開け、鮮血の様に赤い瞳でリョウとアイリを見据えた。

 

リョウ「ここでわしらを待っていたのか、Typeα。 いや、シャティエル」

 

名前を呼ばれたTypeα、シャティエルは眉をピクリと動かし、少しではあるが驚いたような表情を見せた。

 

シャティエル「何故、博士が私に名付けてくれた名を知っているのですか?」

 

リョウ「以前調べた資料を閲覧したときに分かったんよ。 この先がE資源を製造する装置がある部屋なんやろ?」

 

シャティエル「そうです。 ですが、ここから先を通すわけにはいきません。 博士との御約束、奥にある部屋をお守りするという使命があるので、あなた方を通すわけにはいかないのです。 もし、強制的に通ろうと言うのならば、そこに横たわっている悪魔のような有り様になってもらいます」

 

シャティエルが目線を向けた先には、壁の隅の方で身体中に傷を負い服が破けてある状態のベレトが倒れ伏していた。

死んでいるわけではなく、気を失っているようで、ピクリとも動く気配がない。

 

アイリ「あの赤い服の悪魔だよ! まさかとは思うけど、Typeαがたった一人で?」

 

シャティエル「えぇ、勿論私一人で倒させてもらいました。 悪魔族の幹部だそうですけど、私の火力を持ってすれば、大した実力ではありませんでしたが」

 

吐き捨てる様に言い再び目線をアイリとリョウの方へと向ける。

 

シャティエル「今すぐこの場から立ち退くなら、深傷を負わすことは決してしません」

 

リョウ「それ脅してんの?」

 

シャティエル「そのような野蛮な事は言ってはおりません。 ただ私はこの研究所から出てもらえればいいんですから」

 

リョウ「悪いが、先を通らせてもらうよ。

わしらはこの研究所を調査しに来ただけなんやから、機械やデータに、勿論お前にも危害を加えるつもりは一切ないんやから」

 

シャティエル「信用するに値しません。 この悪魔族の者も同じ様な事を述べ、私の隙を付き先へと進もうとしましたからね。 退くつもりがないというのであれば、敵として認識させていただきます」

 

シャティエルは右手を静かに前に出すと、手の甲からライトグリーン色の光の刃、『光粒子ライトソード』を出し切っ先をアイリとリョウへ向けた。

更に後方からライトグリーン色の魔法陣が2つ出現し、魔法陣から扇形の機械が姿を見せ、1つはシャティエルの左に、もう1つは右に浮遊しながら移動した。

弧になっている部位からは細長い砲身が見えており、アイリとリョウに向け構えられていた。

 

リョウはアイリの盾になるように前に出てアルティメットマスターを抜刀する。

 

リョウ「今のアイリじゃ絶対に勝てない。

わしが戦う、アイリは下がってな」

 

アイリ「うん、分かった。 無茶はしちゃ駄目だからね」

 

援護ができるほどの力を備えていない自分の無力さに嫌悪感を抱いたが、今日起きたサタンフォーの一人、リリスとの出来事を思い出し、少しでも手助けしたい、援護をしたいという気持ちを抑えながらも後ろへと下がった。

 

リョウ「すまない、待たせてしまった。 始めようか」

 

シャティエル「…………」

 

リョウ「…黙りこんで仕掛けて来ないなんて、どうした?」

 

シャティエル「あ、失礼致しました。 動力炉に異常と思われる様な現象が起きたため軽いメンテナンスを行っていたので」

 

リョウ「もし異常があるのならば無理に戦わない方がいい。 わしはお前を破壊しに来たわけではないんやから」

 

シャティエル「いえ、問題はないので戦わせていただきます。 …自分でも可笑しいと思うのですが、一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 

リョウ「ん、なんや?」

 

シャティエル「私の記憶フォルダの中にはあなたの存在は確認できなかったのですが、あなたとは以前会ったことがあるのでしょうか?」

 

リョウ「っ、…いや、一度も会ったことはないな。 どうしてそう思ったんだ?」

 

唐突な質問に驚愕し一瞬狼狽えたが、冷静さを保ちつつ逆に質問を投げ掛ける。

 

シャティエル「私のデータの計算です。 計算で出たとはいえ、私には理解不能な結果ですが。 全ての箇所に異常はなかったのですが、何故だか分かりませんが、動力炉が…何と、表現したら良いのでしょうか。 あなたを見ていると、動力炉が温かくなるような現象が起きたのです」

 

リョウ「そうか…」

 

シャティエル「話が長くなってしまいましたね。 では、始めましょうか」

 

リョウ「できれば穏便に済ませたいところなんやけど、まぁしゃあないか」

 

シャティエル「博士との御約束を守るため、全力でいかせてもらいます。では、参ります!」

 

左右に浮遊していた砲台、『多連装レーザーバックル』の数多の砲口からレーザーが射出された。

 

リョウ「こんな攻撃、そうめんみたいなもんだぜ、てね」

 

その場から大きく上へ跳び退きレーザーを回避し着地、直ぐ様走りだしその勢いを利用しスライディングをして体制を低く保ちレーザーを回避しながら接近しアルティメットマスターの切っ先を向け『ソードバレット』を数発放った。

 

右に浮遊していた『多連装レーザーバックル』が攻撃を中止し、盾となるようにシャティエルの中央へ動いていき光弾を全て防いだ。

今の状況では遠距離戦は不利と考えたリョウはアルティメットマスターでレーザーを斬りながらも徐々に距離を縮めていくと、左に浮遊していた砲台がシャティエルの体を斬りつけようとしていたアルティメットマスターの刃を受け止めた。

続いてシャティエル本人が動き右腕から伸びる光の刃をリョウの心臓目掛け突き出した。

咄嗟に砲台を掴み力任せに引っ張りシャティエルの右腕にぶつけたことで攻撃を回避したが、もう一つの砲台が放ったレーザーが横腹に直撃し、数メートル飛ばされ床を転がり倒れた。

 

アイリ「リョウ君!」

 

リョウ「大したダメージやない、安心しんさい」

 

レーザーの直撃を受けた横腹に傷はでき損傷はしていたが、思ったより大きなダメージを受けてはいなかったようで、まるで何事もなかったかのように立ち上がった。

 

シャティエル「目視による損傷は認められますが、然程効果がないようですね。 攻撃を続行します」

 

全く効果がない、と言えば嘘になる。

浮遊砲台から放たれるレーザー自体はあまり威力はなかったのだが、ダメージを受けたことに変わりはないため痛みは勿論感じている。

アイリに心配させまいと極力平然とした態度を取っている、痩せ我慢というやつだ。

 

シャティエルは間髪いれずに砲口をリョウに向け、レーザーを射ち続ける。

 

リョウ「おいおい、わしにも攻撃させてくれよな」

 

リョウは翼を展開させ宙を飛び回り、技を仕掛ける間もないほど無数に放たれるレーザーを避け続ける。

シャティエルはその場から動くことなく

感情が籠っていない目でリョウを捉え続けている。

 

アイリ「こんなのずっと俺のターンみたいなもんだよ!」

 

アイリが場外から愚痴を飛ばすが、反撃の隙を与える事を許さない程の数多のレーザー攻撃が止むことはない。

シャティエルは逃げ続けるリョウを視認しつつ『光粒子ライトソード』を納め、目の前に魔方陣を出現させた。

魔方陣の中からライトグリーン色のラインがあるデザインの巨大な白色の銃、『光粒子ライトブラスター』を取り出した。

見るからにその大きさに相当な重量があると思われるが、シャティエルは片手で持ちながらも重さで腕が震えることなく、表情を変えることなく銃口をリョウへ向け標準を合わせ始める。

 

シャティエル「あなたの動きは計算により読み取れました。 エネルギー充填、フルパワーでの射撃を行います」

 

銃口からライトグリーン色のエネルギーが今にも溢れ出さんとばかりに出始める。

標準を合わせたシャティエルが引き金を引くと、銃口からライトグリーン色の光弾が放たれ、真っ直ぐにリョウへ向かっていく。

リョウは高速で迫る光弾をアルティメットマスターで防ぐが、重く速い一撃により体勢が大きく崩れ、何発ものレーザーが体に直撃してしまった。

険しく苦しい表情を浮かべながらも翼を羽ばたかせ床への追突を避け、銃の威力が強力だったため反動により標準を揃えていない一瞬の隙を狙いシャティエルの懐へ潜り込もうと低空飛行で接近を試みる。

流石は機械と言ったところか、人間とはかけ離れた力を持っているため反動は極僅かで即座に狙撃できる状態へ戻り、早くも二発目の光弾を放った。

止まることなく真っ直ぐに突き進む様に飛行するリョウは間一髪のところで光弾を避けることができ、アルティメットマスターの切っ先を向け『ソードバレット』を放つ…筈だったのだが、ダメージを与える初の攻撃は不発に終わり、後方へと吹き飛ばされ壁に叩き付けられた。

 

シャティエル「『ソニックプラズマ』命中。 エネルギー再充填、目標を追撃します」

 

リョウを吹き飛ばしたのは当然ながらシャティエルだ。

シャティエルの両方の肩からは細く長めな砲身が姿を見せており、砲口は今も壁に叩き付けられたリョウへ向いておりいつ何時でも発射可能な状態にあった。

 

シャティエルは魔方陣から召喚される武器以外にも、自身に内蔵されてある武器も多種多様で、遠距離戦に関しては有りとあらゆる状況において対応できる装備を備えており、数多の光線技や兵器を用いて相手を翻弄する戦闘スタイルで、接近戦をさせることなく完封させる。

仮に接近戦に至ったとしても、接近戦用の武器も多数存在するため不利な状況に陥る事がまずないように装備、武装が充実しているので死角がない。

 

シャティエルは無慈悲にも壁に叩き付けられ動かないリョウに向け『光粒子ライトブラスター』と『ソニックプラズマ』を連射する。

痛みに顔を歪めたリョウは機械である右足の足裏からジェットを噴射させ真横に避けることでシャティエルが放つ光弾の直撃を免れた。

攻撃を避けられたからか、シャティエルはすぐに射撃を中止しリョウを真っ直ぐに見据えていた。

 

リョウ「…どうした? また何か言いたそうな感じがするが」

 

シャティエル「あなたの義足、何処で製造された物なのですか? 私が目視し分析したところ、その義足は博士の知識と技術を用いて製造された物と推測しますが」

 

リョウ「……さぁ、どうやろうね。 答えられない、とだけ言っておくわ」

 

過去を知られたくないためか、話を反らすためアルティメットマスターの切っ先をシャティエルに向け『ソードバレット』を連射した。

攻撃を開始したと同時に素早い動きで『多連装レーザーバックル』が宙を舞いシャティエルの前で浮遊し盾となり攻撃を全て防いでいく。

 

リョウ「やっぱり自動的に防御するようプログラミングされてあるようやな。 でも、それを待っていたんよ」

 

リョウはアルティメットマスターを鞘に納め、手中にある鞘を突き出しエネルギーを溜め始めると、空気が乱れ始め電撃状のエネルギーが身体中を駆け巡る。

 

アイリ「りょ、リョウ君! その技は一日に一回しか使えない筈でしょ!?」

 

リョウ「あぁ。そうやけど、威力を下げれば行動ができる程度の力が残る安全圏のレベルやから、問題あらへんよ。 40%くらいの力でいかせてもらおう。 『ソードスパーク』!」

 

リョウの行動に心配の色を浮かべたアイリを宥めると、溜めたエネルギーを解き放った。

先日ラミエルに向けて放った光線と比べて太さは半分以下と命中率は下がってはいるものの、それでも決して狭いとは言い難く威力も相当なものだ。

光線はシャティエルが射ち放った光弾を打ち消し『多連装レーザーバックル』に直撃し光線の中へと飲み込まれ、更に直進していき避ける時間すらも許されることなくシャティエルにも直撃し、光線の中へ姿は消えていった。

光線は部屋の壁に直撃すると、光の粒子となり消えていった。

 

部屋全体には強力なシールドが張られており、爆発物が不意に爆発しまうような事故が起きたとしても、他の部屋や部屋に保管されてある物資や研究資料に被害が及ばないようになっているため無傷だ。

 

アイリ「ふえ~、昨日も見たけど凄い威力だよ」

 

リョウ「まぁ残念ながらほぼノーダメージみたいやけどな」

 

リョウの目線の先にはシャティエルが表情を変えることなくその場に立っていた。

何もせず立っていたわけではなく、シャティエルを囲むかのようにドーム状のバリアが張られており、ダメージを最小限に抑えたようだ。

バリアには亀裂が走っており、数秒経つと張られていたバリアはガラスが割れた音を鳴らし崩れた。

 

シャティエル「敵であれ、称賛の拍手を送りたいところです。 私の『クリスタルミラーバリア』で防ぎきることができる限界までの高出力のある技を出せるのですから」

 

リョウ「恐悦至極やわ。 ご希望であればもう一発ぶっ放してもええんやで」

 

シャティエル「先程の攻撃の直撃を受けてしまうと、私のボディに多大な損傷に加え、直撃のする部位によっては完全に破壊される可能性があると推測しました」

 

シャティエルは隣でまともに光線を防ぐため直撃を受け火花を上げ動くことがなくなった『多連装レーザーバックル』、破壊された『クリスタルミラーバリア』を見て瞬時に分析した。

半分以下の出力で防御に特化した装備が撃ち破られたのは脅威だ。

最大出力での攻撃ならば人間、エンジェロイドを問わずにただでは済まないだろう。

 

ラミエルはその攻撃を直に受けたが、体が頑丈なのか打たれ強いのか、翌日である今日には完全に復帰しているようだが。

 

リョウ「冗談やったのにめっちゃ正確に分析してるな。 さっきも言うたけどわしはお前を破壊するつもりはないんや。 それと、シャティエル、わしも人のことは言えないが、ぜんぜん本気を出してないやろ?」

 

シャティエル「…何故、そう思うのですか?」

 

リョウ「レーザーをわしに射ち続けていたけど、追尾機能を付けてなかったし、わしが壁に叩き付けられていた間にもっと強力な武器を準備して射つこともできた筈やのに、威力が低めの牽制用に使われる『ソニックプラズマ』を使用した。 更に言うと、同じ侵入者であるアイリは今現在でも無防備でいつ何時でも攻撃を与えられた。 視覚に入っている筈なのに攻撃を加えなかった。 フサキノ博士に命じられ守護者としてここに立っているなら、侵入者であり敵を討つためなら全力を用いて阻止する筈のエンジェロイドが、何故本気を出さないんだ?」

 

シャティエルの疑問に可笑しく思えた点を淡々と答えていく。

 

シャティエル「………」

 

リョウ「黙りか? それとも、何か考えを纏めてるのか?」

 

シャティエル「私にも良く分からないのです。 何度コンピューターで計算しても、理解できないのです」

 

俯いた顔を上げたシャティエルの顔は今までの無表情のものとは違い、少し悲しげに見えた。

 

シャティエル「博士からこの奥にある部屋を、研究所を守るよう命じられ、いつ何時でも全力を出せるようエネルギーや弾薬の補給は完璧に行われています。 メンテナンスも受けており異常は何処にも見当たりません。 それなのに何故だか体が重く、思考回路が正常にいかず判断が遅れ、動力炉が今まで感じたことのない、締め付けられると例えればいいでしょうか、そのような異常まで感じ取れるのです。 私がメンテナンスカプセルを出てから博士のお姿が見当たらず、幾年もの間、一人で研究所を管理し、監視を続けていた時も、似たような現象が起きていました」

 

シャティエルは仕草はしないものの、顔を見ると明らかに困惑している表情をしており、最初に見た無表情な顔が嘘のように崩れていた。

 

シャティエル「何故このような現象が起きているのか原因が分かりません。 今戦っているこの状況でも起きている。 まるで戦いを拒んでいるかのようで、エンジェロイドである私の存在する理由がなくなってしまいそうな…このような事を思考してしまう私自身が可笑しく思えてきてしまい…」

 

リョウ(シャティエル、やっぱりお前…)

 

リョウはシャティエルの行動を見て何か思うことがあったのか、手に持っていた鞘に納めたアルティメットマスターを腰へと戻し無防備な状態となった。

突然のリョウの行動にアイリとシャティエルは驚きの表情を浮かべた。

 

シャティエル「っ、どういうおつもりですか?」

 

リョウ「これはあくまでもわしの予想なんやけど、シャティエル、お前はわしとは戦いたくはないんやろ?」

 

シャティエル「い、いえ、そんなことはありません。 エンジェロイドとして、この研究所をお守りし、博士の約束を守るために、戦います!」

 

柔らかな優しい口調から一変し、声を荒らげて『光粒子ライトソード』を出し素早く腕を振り上げ切っ先をリョウに向け、鋭い目付きで睨みを利かせ歩みを進め近寄って行く。

 

リョウ「…そうか。 だが、今のお前じゃわしを、いや、誰かを傷付き倒すことはできへんやろなぁ」

 

シャティエル「私を侮辱するようなことはしないでください。 叡知に溢れた博士が作り上げた最高傑作のエンジェロイドである私を侮辱することは、博士を侮辱するのと同じことです!」

 

シャティエルは怒りの感情を露にし、リョウに徐々に詰めより『光粒子ライトソード』の刃をリョウの喉元へ突き付ける。

主に遠距離戦を得意とするシャティエルが自ら接近戦に切り換える選択は、然程追い詰められた場合でしかない。

リョウはその行動を特に不思議と思うことなく、退ける様子を見せることなく、表情を変えることなくその場に立ちシャティエルの瞳を真っ直ぐに見据えている。

 

シャティエル「…何故逃げようとしないのです」

 

リョウ「さっき言ったやん。 今のお前じゃ誰かを傷付けることはできない、決してな」

 

シャティエル「そ、そんなことは…!」

 

リョウ「なら、やってみろ。 その刃を振るってわしの首を飛ばしてみなよ」

 

挑発的な言葉を投げ掛けられシャティエルは歯を噛み締め、更に光の刃を近付ける。

リョウの喉元にはコンマ1㎜でも動かせばかき斬られそうな距離にまで迫ってはいるが、相変わらず表情を崩すことなくその場に立っているだけで抵抗する意思を見せようとしない。

 

遠くで観戦をしていたアイリは手を口に当て不安げな面持ちでいて、不安と心配で胸の鼓動が早鐘のように鳴っていた。

リョウは何かしらの考えがあって相手を使嗾させたのだろうが、いつ首を掻き切られてもおかしくないような状態で、心配しない方が無理だった。

大事な人が危機的状況に陥っているのに居ても立っても居られなくなり、ガーンデーヴァを召喚し、震える手で矢を取り弦を引く。

 

リョウ「アイリ、弓を下ろして」

 

アイリ「で、でも! それじゃリョウ君が!」

 

リョウ「わしを信じてくれ」

 

アイリの方を向くため首を少し横に動かした時に肌が刃に触れ血が出ている事も気にせず、優しい口調でアイリの気を沈める。

アイリは渋々言われた通りにリョウを信じて弓を下ろしたが、万が一のためか、矢は消すことなくりいつでも救出できる準備をしている。

 

シャティエル「仲間に助けを求めなかったことを後悔しますよ?」

 

リョウ「後悔することはないよ。 お前は斬ることはできないからな」

 

シャティエル「あなたも執拗に意見を変えないのですね。 何処からその自信が湧いてくるのでしょうか」

 

シャティエルは睨み付けながら腕を勢い良く振るう。

リョウの首を斬り飛ばす、その直前で寸止めし凄惨な事にはならずに済んだ。

 

シャティエル「くっ! な、何故…!」

 

リョウ「やっぱり。 わしの思った通りやな。 まさか本当に自分では気付いていなかったんやな」

 

シャティエル「ど、どういうことですか?

私に何をなさったのですか?」

 

リョウ「いや、何もしちゃいないよ。 お前が目覚めた時には既に起こっていた事なんかもしれへんけどな」

 

シャティエルはリョウが述べていることの意味が理解できず混乱している。

リョウは自然と震えていたシャティエルの手を掴みゆっくりと下に下ろした。

不意な行動にシャティエルは少し驚いたようだったが、本人が不思議と思っているように、何故だか抵抗はしなかった。

 

リョウ「シャティエル、ここで博士が研究していた物の中で、一つだけ知らないものがあるんやない?」

 

シャティエル「わ、私には博士が研究していたもので知らない事はございません」

 

リョウ「悪い、言葉が足りなかったな。 研究内容で実用された物がどのような形で存在しているか、知らない物があるんやないかな?」

 

シャティエル「何故、その様な事を今聞くのですか?」

 

リョウ「データを読ませてもらったところ、博士がいない今現在、目覚めて以来は管理してたのはシャティエルになっていた筈やから、当然何を製造されていたのかは知っているやろ。 ココロプログラムってのはどういう物なのか分かる?」

 

シャティエル「ココロ、プログラム…」

 

リョウが発言した単語を聞いた途端、シャティエルは俯き沈黙を保っていたが、暫くするとリョウが口を開きコンピューター室で閲覧した資料の内容を話し始めた。

 

ココロプログラム。

 

フサキノ博士が誰からの協力を得ることなく独自で開発していたプログラム。

その内容とは、心を持たない機械であるエンジェロイドに心を植え付けるというもの。

フサキノ博士は生涯研究を続けたが成功には至らなかったもので、突如姿を消してしまったそれ以降エンジェロイド達も手を付けなかった。

 

いや、手を付けられなかったデータだった。

 

何故なら、エンジェロイドや当時の関係者や知人等の援助を受けることなく、フサキノ博士がたった一人で設計、製造していたものだったからだ。

シャティエル本人もココロプログラムに関わる作業に携わったことは一度もないらしく、名前だけを聞いたことがある程度だと言う。

 

リョウ「名前しか知らないとは思わんかった」

 

シャティエル「博士は、『これは僕自身の力で作らなければ意味がない。』と仰り、私は勿論、他のエンジェロイド達の手も借りていませんでした。 私が目覚めて以来、博士のお姿が見当たらず、この先にある部屋を御守りするよう最後に命じられたことを続けていたので、まだ部屋には一度も入っておりません」

 

リョウ「……成る程、大体分かった。 まだ博士がどうなったのか気付いていないみたいやな」

 

リョウはデータにあった資料とシャティエルの発言で何か分かったようで、シャティエルの手を引き、先程まで通すまいと守護していた更に奥へ続く扉へと導く。

 

リョウ「この先に答えがある筈や。 正確にはE資源製造装置の側にある博士の部屋に、かな。 お前に起きている不可思議な現象や、ココロプログラムとは一体なんなのか。 博士が何故突然姿を消してしまったのか。 わしの勘が間違ってなければ、全てが分かる」

 

シャティエルはリョウの言葉を聞き迷っていた。

 

博士の命令には従い、最後まで全うしなければならない。

そうプログラムされているわけではないが、機械であるエンジェロイドが命令を聞きその通りに動くの至極当然のことであろう。

だが、目覚めて以来博士が行方知らずとなっており、安否が気になり部屋に入りたいという思いが強くあった。

命令は優先されるものではあるが、主人である博士の身に何か起きたのであれば、主人を守ることを、人命を守ることを最優先という考えが組み込まれたコンピューターが導き出した。

シャティエルは博士の命令と、最優先と導き出された安否による確認、どちらを実行し続けるか非常に迷い悩んでいた。

 

リョウ「自分が今行動したいと思った方を、選んだらええんやないか? 命令も大事やけど、博士はシャティエルが自分自身の意思で行動することを願ってたんやと思うで。 わしの喉元に刃を突き付けてきたのも自分の意思でやったことやと思うから、何て言うのかな…その時の感覚っていうか、自分が導き出した答えを信じる。 そんなんでええと思うで」

 

黙り込んでしまった彼女の表情から心情を察したのか、言葉が思う具合に選べなかったが優しい口調で言葉を掛けた。

リョウの言葉でシャティエルは再び考えが変わったのか、先程よりも明るい表情になったように見える。

 

シャティエル「何でしょう…動力炉の内にある何かがなくなり、体全体が軽くなったような感覚があります」

 

リョウ「…そうか。 じゃあ、どうするかはもう答えは出たってところなんやな」

 

シャティエルは俯いていた顔を上げ、真っ直ぐと前を見つめ扉の方へと歩いていき、E資源製造装置のある部屋であり、フサキノ博士の部屋でもある扉を開こうと手を伸ばした。

 

だが、伸ばされた腕は届くことはなかった。

 

突如赤く光る鞭が不規則な動きでシャティエルの腕を弾いた。

鞭は生き物のように動きシャティエルの体に瞬時に巻き付いた。

シャティエルの機械の体がいとも簡単に持ち上がり、宙を舞いながら壁や床に何度も叩き付けられた。

リョウは鞭を操る人物に目を向けると、シャティエルとの戦闘により倒された筈のベレトが不敵な笑みを浮かべており、鞭状に変形した愛用のフルーレを無茶苦茶に振るい巻き付かれたシャティエルを壁や床に叩き付け攻撃を繰り返している。

 

リョウ「てめぇ…!」

 

ベレト「おっと、下手に動かないでくださいよ? 動くとこの機械人形がどうなるか、言わなくとも分かりますよね?」

 

アルティメットマスターに手を伸ばしかけたリョウの行動を見たベレトは振り回していた手を止めシャティエルを自身の方に引き寄せ、フルーレを元の剣へと変形させ、片手で髪を掴みサーベルの切先を喉へ当て、人質として捕らえることでリョウの行動を封じた。

機械とは言え、流石のシャティエルも喉に剣を突き付けられては下手に行動することはできないようで、一切動く気配がない。

シャティエルを傷つけられるわけにはいかないため、リョウは腕を下ろし汗ばむ手を握り締め、ベレトの卑劣な行動と、救出する術がない己の無力さに苛立ちを覚えた。

 

アイリ「人質取るなんて、卑怯千万!」

 

ベレト「我々悪魔にとっては褒め言葉にしか過ぎませんよお嬢さん? 機械を破壊した後でゆっくり嬲り殺してあげますので、お待ちしていてくださいね」

 

口角を上げ不気味な笑みを浮かべるベレトを見てアイリは初めて恐れを感じたのか、歯を噛み締めながら一歩下がり、ガーンデーヴァを持った震える右腕を左腕で抱き締めるように掴む。

ベレトはシャティエルを捕らえたままゆっくりと歩き始め、徐々に扉へと近付いていく。

このまま何もできず終わることは避けたいところだが、いかんせん救出方法が見つからず行動を起こすことができない。

 

リョウ(部屋に入った直後に安堵したところを叩くか? 部屋の中での戦闘を避けたいところやから素早く仕留めないとな。 やむを得ない時には、あの力を使うしか…)

 

ベレト「ふふふっ、悩んでいますね、世界の監視者」

 

リョウ「…お陰様でね」

 

ベレト「助けることなどできやしませんよ。 今まで多くの仲間を救え切れなかった、貧弱で腑甲斐無いあなたにはね。 世界の監視者というのは名前だけですね」

 

ベレトの言葉に反論できないのか、リョウは苦虫を噛み潰した様な顔になる。

 

アイリ「リョウ君の事をそんな風に言わないで!!」

 

部屋中にアイリの怒声が響き渡った。

リョウは発せられた大声に驚き振り向くと、先程まで怖じ気付いていた風姿から一変し、憤怒していたアイリがいた。

 

ベレト「まったく、五月蝿いですね。 態々大声を出すほどでしょうかね。 あなたはこの男の過去を知っているのですか?」

 

アイリ「そんなことあたしが知るか!」

 

リョウ・ベレト「えぇ…」

 

アイリ「そりゃリョウ君とは会ってから1日しか経ってないんだから全部は分かんないよ。 でもさ、少なくともリョウ君はあたしの事を救ってはくれてるよ。 天使になる前に起きた出来事は思い出せないけど、リョウ君があたしを助けようとしてくれなかったら、あたしは天使になるどころか死んじゃって終わっちゃうところだったんだから」

 

ベレト「魂が崩壊する前に救うことができなかったのですから、結果的には救えなかったと同じことですよ」

 

アイリ「あたしが救われたと思ってるからそれでいいの! リョウ君をこれ以上悪く言ったらあたしが許さないんだからね!」

 

揺るぎのない瞳でベレトに自身の強い思いをぶつけた。

普段大声を上げることのないせいか、多少息が上がっている。

 

ベレト「やれやれ、戯れ言を聞くだけ時間の無駄でしたね」

 

シャティエル「いえ、彼女の行った行為は決して無駄ではありません」

 

刃を突き付けられてから動くことなく沈黙を貫いていたシャティエルが口を開いた。

ベレトは無駄口を言うシャティエルに苛立ちを覚え髪を引く力を強め、何故無駄ではなかったのかを問い掛ける。

 

シャティエル「何故かと申しますと、時間稼ぎをしてくれたからからです」

 

ベレト「時間稼ぎだと?」

 

リョウ「…アイリ、わしが合図したら矢を射て」

 

アイリ「え、う、うん分かった」

 

ベレトがシャティエルの言葉に疑問を浮かべていたとき、リョウは全てを察したのか、アイリに掠れるような小さい声で矢を射るように指示し、ベレトに不審な動きが気付かれないよう利き腕である右腕ではなく左腕をに少しずつアルティメットマスターへ手を伸ばしていた。

 

シャティエル「準備が整ったので、攻撃を開始致します」

 

ベレト「なっ、ぐあっ!?」

 

シャティエルは両方の肩から『ソニックプラズマ』の砲身を出し砲口を後ろに回転させベレトに向け光弾を発射した。

不意を突かれたベレトは至近距離からの攻撃を避けきれず細長い光弾が肩に直撃し、手に持ったフルーレを落とし後方へと吹き飛ばされる。

 

シャティエル「『多連装多目的誘導ミサイル』、発射!」

 

シャティエルの周囲に魔方陣が多数出現し、中から正方形のユニットが姿を見せた。

ユニットの前側には小型ミサイルが縦に4発、横に4発装填されており、弾頭がライトグリーンの光を帯びている。

 

シャティエルの合図と共にミサイルは射出され、標的であるベレトへ向け飛んでいく。

武器を失ったベレトは自身の前方にバリアを展開させミサイルを防ぐ。

小型のミサイルではあるが、火薬の量が尋常ではなく威力はそれなりにあるようで、バリアに直撃した瞬間に大爆発を起こし、爆音と爆風が辺り一帯に轟いた。

 

リョウ「アイリ! 矢を射て!」

 

アイリ「う、うん了解! いくよ、『ストレートアロー』!」

 

耳をつんざかんばかりの爆音に耳を塞いでいたアイリはリョウの大声に応えガーンデーヴァを構え光の矢を召喚させ、自身の必殺技である『ストレートアロー』を放った。

光の矢は直進しバリアに直撃したが弾かれることはなく、バリアを貫通する勢いで未だに直進しようとしている。

リョウは矢が放たれたのと同時に走り始め、ミサイルが飛び交う危険地帯に自ら潜り込み小さく細かい動きのみで降り注ぐミサイルを避け、翼を展開させ飛び上がり機械である右脚を前に出しキックの体勢に入り、脚からジェットを逆噴射させ速度を上げ光の矢の後ろ側を蹴りつけた。

光の矢は後方から受けた衝撃により折れることなくバリアを貫通し、ベレトの腹に命中した。

怯んだベレトは後ろによろけ自身で生み出したバリアが消え失せ、ユニットから放たれた無数のミサイルが体に命中する。

 

ベレト「ぐあああああああ!!」

 

ベレトの悲痛な叫び声が発するが、それは爆発による音で掻き消されていた。

役目を終えたユニットは魔方陣の中へと消えていき、全てのユニットが消えたと同時に魔方陣も消えていった。

黒く立ち込める爆煙によりベレトの姿は視認はできないため、シャティエルの攻撃で倒されたのか把握はできない。

 

リョウ「…やったか?」

 

アイリ「リョウ君それフラグ…」

 

アイリが不安そうな顔をしリョウに顔を向けたその時、爆煙から体の至る箇所に先程よりも傷ができたベレトが赤いオーラを纏いながら猛スピードで低空飛行し扉へと直進していった。

あれほどの数のミサイルを受け未だに行動できるベレトの粘り強さと、如何なる手段を用いても成すべき事を成そうとする誠意には感服するところだが、敵であるのならば相当厄介なものだろう。

ベレトの行動に反応が少々遅れたリョウはアルティメットマスターを引き抜きベレトを追うため飛翔するが、聊か距離があるため扉を突破される前に追い付くかどうか五分五分といったところだった。

 

ベレト「どんな手を用いようと使命を果たすことをできればいいのです! では失礼致しますよ!」

 

リョウ「逃がすか! 『ソードバレット』!」

 

シャティエル「博士の部屋に悪魔を入室させるなどあってはならぬこと、先に行かせたりはしません」

 

シャティエルは『光粒子ライトソード』を出し、接近するベレトへ向け力強く降り下ろした。

光の刃はベレトの体に深く刺さることなく体に覆われてあるオーラにより弾かれ、バランスを崩し大きく体を後退させてしまった。

リョウが放った光弾も避けられてしまい、ベレトは扉の数メートルという場所まで迫る。

 

?「ちょっと待てやコラー!」

 

それは一瞬の出来事だった。

何者かがアイリとリョウが入室するために通った扉を突き破り、リョウの飛行速度をかるく凌駕する速度で宙を駆け抜けベレトの前へ姿を現した。

勢いよく突き出された右手は体を覆い尽くしていた赤いオーラをすり抜けるようにしてベレトの頬へ命中、悲鳴を上げる間もなく後方へと吹き飛ばされ地面を転がる。

 

アイリ「あっ…ラミエル君!」

 

ベレトを殴り飛ばしたのはラミエルだった。

Typeβとの戦闘を終えた後、機能停止になる直前に言い残した言葉、約束を守るため彼はアイリ達が何処へ向かったのか分からず研究所をひたすら飛び回り探索していたところ、偶然にもこの部屋へと辿り着いたようだ。

 

ラミエル「悪い、待たせちまった。 どうやらナイスタイミングだったみたいだな。 あいつとの約束を守らないといけなかったんでね。 俺は約束は破ったりはしないからな」

 

ベレト「まったくですね。 おかげで私の完璧な計算は駄々崩れですよ」

 

予想外の来客に、ベレトが頭の中で計算されていた計画は音を立てて崩れていた。

息も絶え絶えになりながらも立ち上がり、何か手立てがないか確認するため周囲の状況を見渡す。

 

未だに戦闘が慣れていないアイリ、世界の監視者であるリョウ、底知れぬ破壊力を持つエンジェロイドのシャティエル、戦闘能力がそこそこ高いラミエルの四人。

圧倒的に不利な状況に、ベレトは両腕を上げ降参のポーズを取った。

 

ベレト「今回は私の完敗のようですね。 あまりにも分が悪いので潔く退くと致しましょう。 忘れないでくださいよ? 私は諦めたわけではありません。 必ずや成すべき事を成すため、戻ってきますからね」

 

先程よりも濃い赤いオーラがベレトの全身を覆い尽くし、数秒経つとベレトの姿はオーラと共に消え去っていた。

緊張の糸が切れたのか、アイリはガーンデーヴァを納め腕をだらりと下へ降ろした。

 

シャティエル「敵の消失を確認、戦闘体制を解きます」

 

シャティエルは腕から伸ばした『光粒子ライトソード』を納めリョウへ顔を向ける。

 

リョウ「もうわしらを敵としては見てないみたいやな」

 

シャティエル「結論から言えばそうなりますね。 真の敵は先程の悪魔のようでしたから。 それと、何故かは私にも理解は不能ですが、貴方の事を信用しても良いと思ったので」

 

リョウ「…そうか。 ありがとう、シャティエル。 じゃあ、部屋に入ろうか。 真実をこの目で確かめるために」

 

リョウが扉へと歩いていき、次にシャティエル、アイリとラミエルが続いて後を付いて歩く。

 

ラミエル「何がどういう状況なんだ?」

 

アイリ「話せば長くなっちゃうんだよね。

次の話に行くまではラミエル君に話してるってことにしといて☆」

 

おけ、了解。

 

ラミエル「おい、仕事しろお前ら」

 

 

 




お盆休みが暇になる
家でニートして小説が捗るぜ(白目)


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第14話 ココロ

書くだけ書き貯めて投稿をし忘れてしまう


ベレトとの戦闘を終え、アイリ達は遂にE資源製造装置のある部屋へと入室することができた。

 

中に入ると、部屋はライトグリーンの光により照らされていた。

光源となっていたのは、広い部屋の中央に設置されてある巨大な装置、E資源製造装置だ。

強固な球体型のガラスの中にはライトグリーン色に輝く小さく細かい光の粒子がぎっしりと詰まっており、ガラスを支えてある機械からは4本の太い管が天井に向かって伸びている。

 

アイリ「凄く綺麗…」

 

シャティエル「これがE資源を作り出すための装置です。 生成されたE資源はこの管から研究所全体を経由し、あなた方天使達が住まう都市へと流されていっています」

 

リョウ「シェオルに流れていくのと同時に、研究所を動かすための血液にもなっとるってところやな。 それで、博士の部屋は何処に?」

 

シャティエル「博士の部屋は、装置の裏側にある扉から入ることができます。 私自身、目覚めて以来許可なく博士の部屋に入室するのは初めてなので、博士が今も中にいらっしゃるのか、どのような状態なのかは私にも分かりません」

 

シャティエルはどこかしら重そうな足取りで装置の裏に回り扉の場所を指で示した。

主人であるフサキノ博士の部屋に許可なく無断で入室する行為を可能であれば実行したくないという思考回路が少なからずあるようで、僅かだが顔を顰めた。

アイリ達は装置から出ているコードに足が絡まらないよう注意を払い歩みを進め、人一人が入れるほどの隙間しかない箇所を一列になり進み、博士の部屋の扉を開いた。

 

部屋の蛍光灯には光が灯っておらず、装置の置かれてある部屋とは真逆で暗闇が支配していた。

唯一部屋を照らしていたのは、壁に埋め込まれるように設置されてある巨大なモニターだけであったが、それでも部屋全体を照らすには光量が足りていなかった。

 

シャティエル「博士。 いらっしゃったらお返事を」

 

シャティエルが心配そうに弱々しく声を発したが、その声は暗闇の中へと溶けていき、返事が返ってくることはなかった。

この暗さでは部屋の周囲の状況などできる状態ではなかったため、シャティエルは部屋を照らすための電気のスイッチを押した。

天井に設置された蛍光灯に光が灯り、部屋全体を照らした。

 

モニター前にはパソコンが3台置かれてある大きめのデスクがあり、キャスター付きの椅子には白衣が掛けられてあった。

部屋の壁際には組立式の簡易なベッドがあり、誰かが横たわっているように掛け布団が盛り上がっていた。

 

シャティエル「博士、そこにいらっしゃるのですか…!」

 

シャティエルはうっすらとだが笑顔を浮かべ、早歩きでベッドの側へと向かいベッドにいる人物を確認しに向かった。

確認をした瞬間、シャティエルの笑顔は消え去った。

目が大きく見開かれ、目に映る光景を信じられないといった表情で見ていた。

驚愕しきった表情のシャティエルを見ていたアイリ達は疑問に思いベッドの側へ近付き同じ様に目を向ける。

 

ベッドの上には、白骨化した人骨が横たわっていた。

 

アイリは目を背けリョウの背後へと移動し、ラミエルは口を開け驚いた表情を見せ、リョウは目線を下ろし悲しい表情を見せていた。

それぞれが違う表情を見せ驚愕し、暫くの間沈黙が流れた。

 

リョウ「この遺体は、フサキノ博士のものと見て間違いはないだろう」

 

沈黙を破ったのはリョウだった。

リョウ自身目の前にある人骨をフサキノ博士のものとは認めたくはなかったが、状況を確認するあたり、否定しようがなかった。

 

シャティエル「あ、…あぁ…! そんな…博士、何故…何故このようなことに…!」

 

主人が亡くなっていたという真実に動揺しており、今までの沈着冷静さは失われていた。

 

リョウ「孤独死やろうな。 フサキノ博士は外出することなく、ずっとこの研究所にいたんだ。 あるものを完成させるまで。 生涯を掛けて、死ぬまでこの部屋に籠り作り続けていたんだ」

 

シャティエル「博士は…一体何を作られていたのですか?」

 

リョウはシャティエルの言葉を聞くと無言で椅子に座りパソコンの電源を立ち上げ、マウスを動かし画面に表示されてある『研究成果』と表記されたファイルを開き、画面に表示されてあるものをモニターに映せるよう設定した。

モニターに映し出された内容をアイリ達は目を通し始める。

 

記載されていたのは、フサキノ博士が作り上げたココロプログラムの内容だった。

 

アイリとラミエルの二人は初めて見るものだが、博士が行方不明となったため実質研究所の責任者となったシャティエルは研究所のありとあらゆる情報を収集し管理していたため何度も閲覧したことがあるよだった。

映し出されれていたのはリョウがメインコンピューター室で閲覧したものと同じ内容だった。

だが一つだけ、全てのデータを閲覧可能なメインコンピューター室にあった資料の中にも表記されていないものがあった。

 

シャティエル「これは…日記ですか?」

 

リョウが画面をスクロールさせ、ココロプログラムの詳細が記された文章の更に下にいくと、日記と書かれた文字が記されていた。

フサキノ博士の使用するパソコンでのみ閲覧できるよう自身で作成した強力なプロテクトが掛けられていたようなので、メインコンピューター室のファイルの中には記されることはなかったようだった。

リョウはマウスを早々と動かし日記と書かれた文字にカーソルを移動させクリックを2回押し、日記と記されたファイル開いた。

別のページへと飛び、日記が表記された文字がずらりと並んだ。

 

『◯月△日

僕は今日から、日記を書いていくことにした。

僕はもう長くは持たない。

この日記もいつまで続くか分からない。

日記が途絶えたその日に、僕は亡くなっているはずだ。

 

僕は今日の午後2時頃、喀血した。

Typeα、シャティエルが言うには、肺結核になってしまったようだ。

直ぐに抗菌剤を投与し、その日の作業は中断となってしまった。

今日は安静にし、シャティエルのために翌日からは作業を再開しよう。』

 

日にちとその日の出来事が簡潔に書かれてあった。

 

リョウ「フサキノ博士は孤独死やなくて、肺結核で亡くなっていたのか…。 フサキノ博士は、肺結核にかかってから、自分の事や身の回りの事、研究成果等を日記としてずっと書き続けていたんやね」

 

シャティエル「そういえば、博士は日記を書き始める前から、咳き込む頻度が多くなっていました。 そして、日記を書き始めたこの日に喀血したので、検診を行ったところ、肺結核だと判明したのです」

 

リョウ「『そういえば』って言ったが、この話題が出るまで覚えていなかったのか?

シャティエルに内蔵されてある記憶を保存するためのメモリなら、数十年前の出来事でも保存されてある筈やろ?」

 

シャティエル「私に内蔵されてあるメモリの容量は700TBです。 記憶としてデータに保存されてある筈なのですが、所々抜け落ちている、とでも言いましょうか、消去されているようなのです」

 

アイリ「700TBって、とてつもなくでかい容量だよ!?」

 

リョウ「まぁフサキノ博士の技術があれば可能やろうな」

 

内蔵されたメモリの膨大な容量に驚愕しつつ、何故シャティエルの記憶であるデータが紛失してあるか考えてはみたものの、フサキノ博士が製造したエンジェロイドに関しての知識が一切ないアイリ達には考えたところで手立てが浮かぶことがなかったため、紛失した原因の考察を中断し、再び日記へと目を通した。

 

『◯月□日

薬を投与したためか、昨日よりは病状は回復したため作業を再開することにする。

シャティエルは心を持たないため、相変わらず無表情で僕に語り掛けた。

シャティエルは病状が悪化しないよう作業の中断を提言したが、僕はそれを却下し、研究を再開した。

今まで書き忘れてしまっていたが、僕が作り出そうとしているのは、ココロプログラムだ。

 

僕は彼女に知ってもらいたい。

喜ぶ事、悲しむ事、人が持つ心を。

 

僕の命が長くはないと分かった今、寝る間も惜しい。

一刻も早く完成させないと。』

 

ラミエル「ココロプログラムか。 アイリから説明を受けたから何となくは分かったが、本当にココロプログラムってのを作ってたんだな」

 

シャティエル「…今、紛失したデータが復旧されました」

 

アイリ「え、そんな突然? 消えてたってのも可笑しいけど、この状況で思い出すのも偶然にしては出来すぎてる気がするけど」

 

リョウ「…たしかにそうやな」

 

シャティエル「博士は、この文章と同じ内容を、私にも話していました。 今から皆さんに博士と会話したデータの一部をお見せしようと思います」

 

シャティエルは過去にフサキノ博士と会話した時のデータを自身の記憶装置を探り、アイリ達に映像として伝えるため、パソコンに赤外線を送り自身の記憶装置とリンクし互いのデータを共有させ、データをモニターに映し出せるように設定した。

画面にはシャティエル目線の映像が流れ始め、眼鏡を掛け白衣を着た若い男性が映し出されていた。

 

 

~~~~~

 

 

シャティエル「博士、朝デス、起キテクダサイ」

 

シャティエルはコーヒーが入ったマグカップが乗ってあるお盆を持ちフサキノの部屋の扉を入室し、椅子に座り寝息を立てているフサキノに声を掛けた。

 

フサキノ「んっ、…はっ、寝てしまっていた! 今何時だ!?」

 

シャティエル「時刻ハ8時30分デス」

 

フサキノ「大変だ、2時間もうたた寝してしまった! さて、続きを始めようか」

 

シャティエル「ウタタ寝デハナク、シッカリト睡眠ヲ取ッテクダサイ。 健康状、睡眠時間ガ短イノハ良クアリマセン。 人間ニ最適ナ睡眠時間ハ、7時間トイウデータガアリマス」

 

フサキノ「そうしたいところだけど、そうもいかないのさ。 一刻も早く完成させたいからね」

 

シャティエル「一体何ヲデスカ?」

 

シャティエルは淹れたてのコーヒーが入ったマグカップをデスクに置き、フサキノに質問した。

 

フサキノ「シャティエル、君にまだ一つだけ足りないもの、それは、心だ」

 

シャティエル「ココロ…?」

 

フサキノ「君にも教えてあげたいんだ。

喜ぶ事、悲しむ事、それはとても素晴らしいことだから」

 

シャティエル「喜ブ…悲シム…。 プログラミングサレテイナイノデ、私ニハ、理解デキマセン」

 

フサキノ「うん。 でも、きっといつか分かる日が来るよ。 そのために、僕は生涯を掛けて、うっ、ぐふっ!? ごほっ! ごほっ!」

 

フサキノは突然勢い良く咳き込み、椅子から崩れ落ち床に手を着いた。

 

シャティエル「博士、ドウシマシタ?」

 

フサキノ「ごほっ、だ、大丈夫、何でもないよ」

 

数回咳き込み、フサキノは顔中から汗を出しながらも、大丈夫と微笑みながら言った。

心を持たないエンジェロイドであるシャティエルに、心配をかかすまいと笑顔を作ることは意味がないと分かってはいたが、フサキノはシャティエルをエンジェロイドとして見ておらず、一人の人間として接していたため、自然と笑顔になっていた。

直ぐに立ち上がろうと咳き込んだ時に口を塞いだ自らの手を見ると、フサキノの笑顔は消え去った。

手には血が付着しており、口からも血が流れていた。

 

シャティエル「喀血シテイマス。 人間ノ場合、健康状態ガ危惧サレマス」

 

シャティエルは床に膝を着けフサキノの目線に合わせ、冷静に、無表情でフサキノの健康状態を確認した。

喀血と聞いたフサキノは目を見開きシャティエルの目を見つめる。

 

シャティエル「喀血ハ肺ヤ気管支カラノ出血デアルタメ、呼吸困難、窒息ニヨル死亡ニ繋ガル事ガアリマス」

 

シャティエルの口から淡々と述べられる事実に、フサキノの表情は悲しいものへ変わっていき、目を瞑り項垂れた。

 

シャティエル「早急ニ処置ヲ―――」

 

項垂れていたフサキノはシャティエルを抱き締めた。

シャティエルの頭を優しく撫でながら、フサキノは嗚咽し涙を流した。

 

シャティエル「博士、私ノ分析ニ何カ誤リガゴザイマシタカ?」

 

フサキノ「いや、君には…誤りなど、何一つ、ないよ…」

 

フサキノはシャティエルの顔の横で悲しそうに、悔しそうに、咽び泣きながらも声を発した。

感情を持たないシャティエルはそんなフサキノの表情を読み取ることができる筈もなかった。

 

シャティエル「博士、何故、アナタハ泣イテイルノデスカ?」

 

シャティエルは何故博士が涙を流すのか理解できず問い掛けた。

フサキノは言葉を返すことなく、シャティエルを抱き締める力を強め、暫くの間泣き続けた。

 

 

~~~~~

 

 

シャティエル「博士…」

 

リョウ「今のお前が博士と過ごしてきた日々を振り返るのは辛いと思うけど、大丈夫か?」

 

シャティエル「…動力炉が早々と動き熱を持ち、締め付けられるような現象に陥っていますが、続けさせてください。 私自身も、見返さなければ何故か記憶のデータが修復されませんので、最後まで日記の閲覧を続け、一緒に過ごした日々を映像としてお届けします」

 

シャティエルは未だにフサキノの死を受け入れられず苦悶し沈んだ表情をしつつも、日記に目を通し始めた。

日記の内容はココロプログラムの製造過程の内容が主に書かれており、他の研究成果等は然程詳しくは書かれておらず、内容の殆どが同じようなものになっていた。

大きな変化を見せない日記の内容を見て気疲れなのか退屈だったのか、ラミエルはその場で背伸びをして大きな口を開き欠伸をした。

 

ラミエル「しっかし同じような内容ばかりだな。 もう1年分は研究成果がこれと言って進行してないぜ」

 

リョウ「それほど時間と労力が掛かる代物なんだ。 まぁもうちょい読んどけば進展があるから、黙読しときんさい」

 

ラミエルは落ち着きがなかったが渋々と日記に目を通し始めた。

 

読み続けて数分すると、書き始めた日にちから1年と半年が経った頃になると、日記の内容に変化が訪れていた。

 

『△月△◯日

私が肺結核に掛かり、1年と半年が経った。

薬を投与しているにも関わらず、症状は悪化する一方だ。

良く1年以上も僕の体が持ったなと、不思議に思う。

 

博士である僕が非科学的なことを言うのも可笑しな話だが、奇跡なのかもしれない。

 

ココロプログラムは順調に完成に近付きつつある。

今日はココロプログラムが正常にインストールされ、活動に支障がないかを確認するためテストを行うことにした。

ココロプログラムをインストールする際には、計りきれない膨大な量のデータをシャティエルにインストールするため、莫大な電力を使用することになる。

そのため、インストールの間は研究所の一部を除いて全ての電力が停止することになる。

勿論、エンジェロイドも停止する。

シャティエルや他のエンジェロイドは停止中の間は収納カプセルに入ることになる。

ココロプログラムのインストールの対象となるシャティエルはカプセルの中でインストールが行われることとなる。

膨大な容量をインストールさせるためには相当な電力と時間を要する。

正直なところ、いつインストールが完了するか検討もつかない。

僕の作り出した技術を利用したとしても、何時間や何日といった単位では済まされない。

 

インストールの間に、僕が死ぬ可能性もある。

あまり考えたくはないが、シャティエル達とはもう顔を合わせることはできなくなる。

Typeβの調整が間に合わなかったのも、とても惜しい。

最悪の結末を考えたくなくても、どうしても思い浮かんでしまう。

 

シャティエル、きっと僕は君に、残酷な事をしてしまう。

君を遺して、ずっと独りにしてしまう。

 

もし、正常にインストールに成功すれば、心を持つ筈だ。

心を持った君は、心を持たないエンジェロイド達の中で、きっと孤独に包まれ寂しさを感じるだろう。

君に喜びを与えることができないことが、何よりも辛い。

 

だから僕は、インストールが完了したその時に、時空防衛局にメッセージを送ることにする。

そして、ナノマシンが悪の心を持つ者に渡らないために、この研究所を異次元移動で、悪の心を持つ者がいない天界へ移動させる。

 

僕がいなくなれば、ここを指示する者は誰もいなくなるだろう。

僕が作り出したこの技術を異世界にも使用してもらうため、天界に住まう天使族か、時空防衛局の誰かが継いでもらいたい。

 

そして、心優しい人にシャティエルを任せてほしい。

沢山の人と触れ合い、無限に広がる世界を、人の持つ素晴らしい心を知ってもらいたい。

 

シャティエル。

君を遺して、喜ぶ事、悲しむ事、心がどういうものなのかを教えることもできず、暫くの間独りにさせてしまい、先に旅立ってしまう僕を許してほしい。

どうか、幸せになってくれ。

これは、僕の心からの願いだ。』

 

この日にちに書かれた文章を最後に、続きは存在してはいなかった。

アイリとラミエルは悲しみに溢れた表情で下を向いている。

 

リョウはシャティエルを心配して声を掛けようとすると、シャティエルは無言でパソコンとリンクし、モニターに映像を流し始めた。

 

 

~~~~~

 

 

フサキノ「シャティエル、そこにいるのかい?」

 

フサキノはベッドに身を横たえたまま、シャティエルの名前を弱々しい声で呼んだ。

痩せ細った体を見れば、どれほど病が彼を蝕んでいるのかが分かる。

 

シャティエル「ハイ、博士。私ナラココニイマス」

 

シャティエルはベッドの側に近付き椅子に座った。

 

フサキノ「…シャティエル、君は、僕の事が好きかい?」

 

シャティエル「勿論デス。 私ヲ作ッテクダサリ、ズットオ側ニイテクレル博士ヲ、嫌イニナル筈ガアリマセン」

 

優しい言葉を掛けられたが、今のフサキノには苦痛にも思えていた。

シャティエルが掛けてくれた言葉はとても優しいものだった。

それでもその言葉に心がないということは嫌でもフサキノは分かっていた。

 

フサキノ「仮に、僕がいなくなったとしても、この研究所を、E資源を守ってくれるかい?」

 

シャティエル「博士ノ御命令デアレバ、ナンナリト、最後マデヤリトゲマス」

 

フサキノ「頼もしい限りだよ。 …シャティエル、何故僕が君に名前を付けたのか、教えていなかったね」

 

シャティエル「ハイ。 私ハTypeαトイウ名前ガアルノニ、何故他ノ名前デ呼ブノカガ、理解デキマセンデシタ」

 

フサキノ「僕が、初めて作り出したエンジェロイドだったから…僕のお気に入りだったと言えば、そうなのかもしれない。 共に歩めるような気がしたんだ。 初めて作り出したからこそ、他のどのエンジェロイド達よりも長い時間を過ごしてきた。 そうしているうちに、僕は君の事を一人の人間として見るようになった」

 

ベッドの横から垂れ下がった腕に力を込め、シャティエルの手を握る。

無機質な肌には温もりはなかった。

握られた手を握り返すこともなかった。

手を握られたら握り返すようプログラミングされていればその動作をするのだろうが、フサキノはそこまで気の回る事はしていなかったようだ。

彼女に心があれば、自己の判断として握り返すことをしただろう。

 

フサキノ「君には知ってもらいたい、人の持つ心を」

 

シャティエル「博士ガヨク言葉ニ出ス心トイウモノハ、一体ドンナモノナノデスカ?」

 

フサキノ「そうだね…。 形があってないようなものだから、説明は難しいところだね。 …喜んだり、悲しんだり、怒ったり、苦しんだり、そんな感情のことかな。 君はまだ心がないから知らないのは当然だけど、喜んだときに気持ちが晴れ渡ること。

哀しんだときに暗く冷たい檻に閉じ込められたような気持ちになること。 怒ったときに我を忘れること。 苦しいときに胸がきゅうっと痛くなること」

 

シャティエル「プログラミングサレテイナイノデ、理解ハデキマセンガ、博士ガ仰ルノナラ、素敵ナモノナノデスネ」

 

フサキノ「あぁ、とても素敵で、素晴らしいものだよ。 …でも、君には、残酷な事をしてしまうだろう。 君を遺して、ずっと独りにしてしまう」

 

実際には他のエンジェロイド達も施設内にはいるのだが、心を持たない彼等とは、心をインストールされたシャティエルとは会話が上手く成り立つことはない。

心を持つことで人間に近い存在となるシャティエルにとって、無機質で無表情、感情の籠っていない声で話す多くのエンジェロイド達と会話するのは酷なことだろう。

会話する相手もいない、いつ何時出られるかも分からない孤独な空間の中を過ごす事は、フサキノはできればさせたくなかった。

フサキノ本人も孤独だったように、同じ思いを味合わせたくはなかったから。

 

フサキノ「そろそろ、時間だね。 ココロプログラムのインストール準備に入ろう」

 

フサキノは体をふらつかせながらも上体を起こして足を床に着けゆっくりと立ち上がった。

もう然程体力が残っていないのか、足が震えており、歩く最中何度も咳を繰り返していた。

二人はお互い黙ったまま廊下を歩き、数分したところでエンジェロイド達が保管されてある部屋まで辿り着いた。

フサキノはシャティエルが入るカプセルの側に置かれたデスクに置かれてあるパソコンを操作し始める。

カプセルに入った液体が全て抜かれると左右に広がるハッチが開いた。

シャティエルは開くのを確認し終えると一歩一歩と歩みを進めてカプセルの中へと入った。

シャティエルがカプセルの中へ入ったのを確認し終えると、フサキノはパソコンの操作を一度中断させシャティエルの側へと歩み寄った。

 

フサキノ「ごめん、シャティエル…。 君には助けられてばかりで録な恩返しも出来ずに置いて逝ってしまうことを。 本当にごめん、シャティエル。 でも、最後にこれだけは言わせてほしい」

 

フサキノは腕を伸ばし、温もりが感じられないシャティエルの頬に触れた。

 

フサキノ「…ありがとう」

 

フサキノは頬に触れていた手を離し、目から溢れ出た一筋の涙を白衣の袖で拭き取り再びパソコンの操作を開始した。

カプセルのハッチが閉まり、カプセル内に液体が注入され始めた。

シャティエルはインストールの準備段階に入るためスリープ状態に入ろうと瞼を閉じる。

シャティエルが最後に見たのは、フサキノのが涙を流しながらも浮かべた笑顔だった。

 

『ココロプログラム、インストール開始』

 

 

~~~~~

 

 

 

シャティエル「……私には、目覚めて以来、既に、心があったのですか?」

 

表情に出てはいないものの、驚愕の情が声色に現れていた。

胸に手を当て、自分の体の中にある見えない何かを感じ取っているようにも見える。

 

アイリ「シャティエルにはもうココロプログラムがインストールされてたってことなの?」

 

リョウ「そういうことだ。 わしはシャティエルと話していて、表情が豊かだったり他のエンジェロイドと違って機械の様な独特な喋り方じゃなく、人間みたいに感情が込められていた事に気が付いた。 プログラミングされてもないのにこれらの動作を見せるのは不自然だと思って、ココロプログラムが本当にインストールされているかどうかを確かめるために、シャティエルにフサキノ博士の部屋に案内させてくれるように促したんだ。 わし自身、真実を知りたかったからね」

 

シャティエル「私が知りたかった心…。 喜ぶ、悲しむ、怒る、苦しむ…」

 

静かに呟くシャティエルの目から水が零れた。

 

シャティエル「何ですか、これは…? 故障、でしょうか?」

 

違和感を得たシャティエルは指で目から零れる水を受け止め眺めた。

 

リョウ「それは涙や。 心を持っているからこそ、嬉しいとき、悲しいとき、そういった感情の時に自然と出てくるものだ」

 

シャティエル「涙…」

 

溢れ出る涙は止まることはなく、戸惑うシャティエルの頬を濡らしていく。

心を感じ取ったシャティエルは顫動し始めた。

 

シャティエル「アッ……!?」

 

胸を押さえその場に膝を着けた。

 

心臓である動力炉の鼓動が早鐘の様に鳴り、大きな何かがシャティエルの中を駆け巡っている。

 

シャティエル「何…? 何故…震えるのですか? 何故…涙が、止まらないのですか?」

 

―――これが、私の望んだココロ…?

 

私は知った、喜ぶ事を。

博士の願いがとうとう叶った。

博士と一緒に過ごせた時間を。

 

私は知った、悲しむ事を。

胸が今にも張り裂けそう。

博士はもう、死んでしまった。

もう二度と、会えない。

 

私は知った、怒る事、憎らしい事を。

何故、私を置いていったの。

何故、私を独りにしたの。

 

私は知った、苦しむ事を。

何故、私は独りなのか。

何故、私はこんなに寂しいのか。

 

シャティエル「あ……はか…せ……っ!?」

 

シャティエルは立ち上がり胸を押さえたままベッドまで歩み寄り朽ちた白骨を見つめる。

 

シャティエル「はか、せ…!」

 

心というものは、深く、切ない―――。

 

シャティエル「博士…!」

 

今、気付いた。

博士も、ずっと独りだった。

長い間、独りだったからこそ分かる。

独りは、寂しい。

だから、私は生まれた。

博士もきっと、寂しかったから。

 

シャティエル「博士…!」

 

今、漸く分かった。

私にとって、博士は全てだったと。

 

シャティエル「博士は、私の手を握ってくれたのに、私は、あなたの手を握ることもできずに…何も言えずに…!」

 

過ごしてきた中での様々な出来事への感謝の思いを、伝えられなかった。

 

リョウ「言ってやってあげてくれ、シャティエル」

 

シャティエル「えっ…?」

 

リョウ「博士の事だから、言わなくとも分かってはいるのだろうけれど、今シャティエルが心の底から思っている事を、博士に伝えてあげよう。 きっと、心を持ったシャティエルの言葉を聞いて、博士も天国で喜んでくれるよ」

 

あの日、あの時、接してきた中で伝えられなかった、心を持ったからこそ言える、本当の言葉を、心からの思いが、溢れ出す。

 

シャティエル「博士…この世に…私を生んでくれて、ありがとうございました。 機械であり…心のなかった私と、何気ない日々を、一緒に過ごしてくれて…ありがとうございました。 私に、心を、作ってくださり、ありがとうございました……!」

 

心の底から溢れ出る感謝の言葉を述べると、目から涙も源泉の様に溢れ出し、頬を伝っていく。

今まで心がなく感じていなかった記憶の中での思い出を振り返ると、全ての出来事に喜びや悲しみといった感情が更に溢れた。

 

心を持った機械の少女は、再び膝を着け、大粒の涙を流し、感謝の意を込めた言葉を吐き、声を上げ泣き続けた。

 




シャティエルのココロプログラムの元となったネタはトラボルタPがボーカロイド、鏡音リンを用いて制作した楽曲『ココロ』が元となっています。

高校の頃この曲に出会い感銘を受け衝動で考えた設定を使用しました。



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第15話 クエスト終了! 報酬:プロテインクッキー

行きつけの和菓子屋さんの団子が上手いんじゃー


アイリ「シャティエル、少しは落ち着いた?」

 

シャティエル「はい。 申し訳ありません。

お見苦しいところを見せてしまって」

 

感情が高ぶり、嗚咽の声を漏らしながら数分間泣き続けていたシャティエルを見守っていたアイリ達は落ち着きを取り戻しつつあったところで声を掛けた。

 

シャティエル「皆さん、ありがとうございます。 皆さんのおかげで、私には博士が望んでいた心があるということを知ることができました」

 

リョウ「わしらはただ真実を知りたかっただけ。 そして、シャティエルに真実を知ってもらいたかっただけやから。 …真実を知れたのは良かったけど、謝らないといけないな。 残酷な事を知らせてしまうことになって」

 

残酷な事とは、数年間という孤独を味わっていたことを知ったこと、そしてフサキノ博士の死。

自分にとって全てだったと言える人を亡くせば、誰でも精神的ショックは大きく、喪失感を抱くだろう。

 

シャティエル「悲しいというこの気持ちは大きいですが、悲しみと言う感情を教え、与えてくれたのは博士です。 この悲しみは博士が与えてくれたもの。 大事な心の一部なので、大事に胸に抱いてこれからもこの研究所を守っていきます」

 

悲しみも苦しみも、全て博士が与えてくれた心。

シャティエルは全ての感情を自分の宝として、これから歩んでいくと決意した。

 

喜びがある限り、悲しみもある。

幸福がある限り、不幸もある。

 

心を持ったばかりのシャティエルにはまだ難解な問題かもしれないが、人と同じ強い心を持つシャティエルなら、きっといつか分かる時が来るだろう。

 

アイリ達は心を持ったばかりで大きな悲しみを味わってしまったシャティエルを気掛かりに思っていたが、その心配は皆無だった。

 

心を持てた喜びに笑みを浮かべるシャティエルがいたから。

 

 

~~~~~

 

 

全ての事が終わった後、睦月が遅れてフサキノ博士の部屋へとやって来た。

 

睦月曰く、突然気を失ってしまったらしく、気が付いたらを床に突っ伏せておりメモリを手にしていたそうだ。

メモリの中身を確認し、研究所のデータの確認を終え部屋を出て急ぎ足でフサキノ博士の部屋へ駆け付け、今に至る。

リョウが憶測で語るには、研究所の防衛システムの一つである電気ショックにより意識を失ったものだと言う。

あくまで憶測なので実際に起きた出来事ではないので断言はできず、睦月も気を失う前の記憶がなかったため誰にも分からないままこの件の話は終わった。

 

睦月の身に何が起きたのかは、記憶を消した張本人であるリョウしか知ることはなく、真実は闇の中へと消えた。

 

時空防衛局としての任務を終えた睦月は本部に戻らなければならないため、研究所を出るようアイリ達を促すと、シャティエルがフサキノの作り上げたテレポート装置を使用し研究所の入り口まで移動することができた。

フサキノが登録した場所(研究所内だけ)を自由に行き来できるようになっていた。

迷路の様に複雑な構造ととてつもなく広大な研究所には必須な物であろう。

 

ラミエル「それで、お前はこれからどうするんだ?」

 

シャティエル「私はこれからもこの研究所を管理し続けます。 もし、また悪魔族が攻めて来るような事があれば、私がここをお守りしなければいけませんし、それに…」

 

ラミエル「それに?」

 

シャティエル「…私は、博士の後を継ぎたいと思っています。 博士が完成させることができなかったナノマシンを、作り上げたいと思います」

 

アイリ「心を持てて、早速立派な夢ができたんだね」

 

シャティエル「夢、というのは、寝ている時に見るものでは?」

 

アイリ「その夢とはまた違うんだなぁ。 う~んとね、将来実現させたいと心の中に思い描いている願い、かな? かな?」

 

リョウ「何故二回言ったし」

 

アイリ「フサキノ博士がシャティエルに心を持ってほしいって思っていたこと。 これも夢ってのと同じだよ」

 

シャティエル「夢…まだ、私には理解するには難しいですが、実現できたら素晴らしいものなのですね」

 

シャティエルは口に手を当て小さく微笑んだ。

 

アイリ「夢に向かって頑張って、実現するかもって考えただけでもワクワクしちゃうもんね。 夢はでっかくスターダム! シャティにはこれからも笑顔で夢に向かっていけるよう応援するね!」

 

睦月「シャティ? 俺をムッキーって呼ぶようにこいつにもニックネーム考えたのか?」

 

アイリ「うん! 勿論、シャティエルがこの呼び方で良かったらなんだけど」

 

シャティエル「私はその呼び方でも構いませんよ。 愛着があって良いと思います。 ありがとうございます、アイリさん」

 

全てを包み込むかの様な優しい笑みを浮かべるシャティエルを見ていると、何故か此方も笑顔になってしまう、そんな魅力があった。

アイリは初めて名前で呼ばれた事に歓喜しシャティエルに笑顔で寄り添った。

 

睦月「んじゃそろそろ行くか。 俺も本部に戻って報告しに帰らなきゃいけねぇし」

 

アイリ「カイ君が心配して待ってるだろうからそろそろ帰らないとだし」

 

シャティエル「では皆さん、お気を付けて」

 

リョウ「シャティエル、今後はこの研究所、と言うよりこの洞窟を出るときとかはあるのか?」

 

今日以降も独りとなってしまうシャティエルが心掛りだったのか、帰ろうとした直前に声を掛けた。

アイリ達四人の中でもリョウが特に気に掛けているようで、懸念を抱き独りにしてしまうことが心に重くのしかかってくる程だ。

再び独りになった時、孤独感や不安に苛まれないか心配でしょうがないと言ったようだった。

 

シャティエル「特に出る用がないので、研究所から出ようとは思っていません。 私は博士に言われたように、これからもE資源製造装置を守り続けます。 それと、ここは私が生まれた場所であり、私の家でもある大切な場所ですから」

 

リョウ「…そうか。 もし、何かあったり…未だ見たことのない外の世界へ出て見てみたいと思ったら、洞窟の外へ行けばええよ。 洞窟の入り口に結界が張られてあるからそれに触れたらええ。 そしたらわしがすぐに向かうから」

 

シャティエル「はい、分かりました。 寛大なお心遣いありがとうございます。 …色々と、私の事を考えて下さってくれて、感謝の言葉しかありません」

 

リョウ「まぁなんだ、わしにはそれくらいしかできへんからね。 何かあったら、いつでも構わへんからね」

 

シャティエル「はい。 リョウさん、それでは、『また』会いましょう」

 

リョウ「おう、『また』、な」

 

リョウは名残惜しさを堪え、アイリ達とグニパヘリルの出口へと歩んでいく。

岩肌に隠れ姿が視認できなくなる前にアイリは立ち止まり、振り返り大きく手を振るとシャティエルは微笑みながらアイリに手を振り返した。

 

普段静寂が支配する洞窟に四人の足音が響き渡る中、ラミエルが口を開いた。

 

ラミエル「そういや、結局あのメールを時空防衛局に送信したのはシャティエルなのか?」

 

睦月「いや、あのエンジェロイドが送信したわけじゃなさそうだったぜ」

 

気を取り戻した睦月はメモリにデータが保存されてあるか確認するため直ぐ様メモリをパソコンに繋ぎ閲覧した。

 

膨大なデータが存在する中で興味を引かれ目に入ったのが、通信履歴だった。

受信履歴、送信履歴の全てが記されており、いつ誰が何時見ても分かり安いよう綺麗に整理されていた。

送信履歴のフォルダを開き画面を下へ下へとスクロールしていき、最後に送信された

メールを見つけた。

 

送信された日付は現在から約1000年前。

データを開くと時空防衛局宛てに送信されたものだった。

異世界の言語で『見つけてくれ…』と簡潔な言葉が記されていた。

シャティエルにココロプログラムをインストールし始めてから数日が経った日付に送信されていたとなると、メールを送信した人物は研究所にいたフサキノ博士しか考えられない。

 

約1000年前に送信されたものが、何故現在に至るまで時空防衛局へ受信されなかったのか記載されてはいなかった。

そして、フサキノ博士は研究所で何を見つけだしてほしかったのかの記載もない。

あらゆる事が謎だらけで全員が腑に落ちないといった思いが顔に出る。

メールを送信したフサキノ博士本人の思いを知る由がないため、真実には辿り着ける事はないだろう。

 

アイリ「うーん…これはあくまであたしの考えだけど、フサキノ博士が見つけだしてほしかったのって、シャティエルじゃないのかな? フサキノ博士はシャティエルが幸せになることを望んでいた。 沢山の人と触れ合って、心をもっと知ってもらいたいって日記にも書いてあったし」

 

リョウ「そう…かもしれないな。 きっと、そうなんだろう。 博士は優しい人やからな」

 

リョウは静かに儚げに呟き哀愁を漂わせていた。

 

睦月「まるで博士の事を知ってるみたいな言い方だな」

 

リョウ「…いや、知ってるわけやないよ。 ただ、博士に同感したなってだけよ。 大切な人の事を最後の最後まで想っている温和な人だなぁって分かったからよ」

 

睦月「…そっか」

 

睦月はリョウの表情を見て察したのか、それ以上の事は論及しなかった。

 

リョウ(ごめんな、シャティエル…)

 

何故リョウがシャティエルに対し謝罪の念を抱いているかは、仕事上付き合いが長い睦月でも分かることはないであろう。

 

その話はまた遠い後にアイリ達も知ることになる。

 

暫く歩き続けていると、グニパヘリルの出口が視界に入ってきた。

何時間という短い間だったが懐かしく感じる日の光が眩しく、目を瞑り大きく開いた洞窟の入り口を通り抜けた。

時刻は夕暮れ時、空は夕日により赤く染まり、橙色に染められた雲海はこの世のものとは思えない程の絶景だった。

 

リョウ「ガブリエルが結界を通れるよう細工をしてあるから、わしらが触れても大丈夫な筈やで」

 

リョウはゆっくりと手を伸ばすと、弾き返されることなく結界を通り抜けた。

害がないことを確認した一同は結界を通り抜け、振り向きグニパヘリルの入り口を物寂しげに見つめた。

 

アイリ「また、会えるよね?」

 

ラミエル「きっと、また会えるときが来るだろ。 ガブリエルの許可を取らなきゃいけねぇのが面倒だけどな」

 

リョウ「まぁ事情を言えばちゃんと結界を解いてくれるよ。 あんなんでも四大天使の一人なんやし」

 

ガブリエルは四大天使の中でも防御に優れた能力を備えており、主に都市シェオルやグニパヘリルの周辺に結界を張る役目を負っている。

 

穏便で安閑としている彼女だが、修復すべき結界は張り直し、異常が発見されれば直ぐ様解決のため迅速に行動を開始する、案外働き者だ。

 

結界の管理以外には他三人の四大天使と共に天界の政治、経済等を纏めたりもしており、異世界との交流を図るための会議や時空防衛局とのやり取りを行っている。

四大天使は天界を統一する存在として君臨しており、民である天使達からの人望もとても厚い。

 

ガブリエル「はーい皆さんお疲れ様~」

 

アイリ「ホいつの間に!?」

 

ガブリエル「私の実力をもってすればここまで飛んでくるのに1分と掛かりませんよ。 門を通る時にザキエルに突撃してしまい負傷させてしまいましたが…」

 

四大天使の実力を聞いて感心していたのも束の間、都市を守護する者を負傷させた無用な出来事に呆れ返った。

 

ラミエル「俺達のところに来る前にお前の力で癒してやれよな」

 

ガブリエル「もし仮にあなた方達ではなかった場合、最悪な結末に成り得る可能性もないとは言えませんから致仕方なくザキエルを置いて早急に来たんですよ」

 

割りとまともな事柄を話していたので、全員先程の呆れ返った表情は風に飛ばされたかのように消え、再び感心の色が戻り称揚した。

 

リョウ「流石、と言っておくよ」

 

ガブリエル「世界の監視者であるあなたにそう言ってもらえるなんて、恐悦至極にございます、なんて♪」

 

見た目は20後半の超絶の美女だが、やはり技とらしくすると誰であろうと痛々しいと思い口走ってしまいそうになったが、吸い込んだ息と共に飲み込んだ。

言った途端に騒々しくなるのは容易に想像できたから。

 

ラミエル「結界のことは分かったけどよ、俺達に何か用でもあるのか?」

 

ガブリエル「労いの言葉を掛けてあげようと思い駆け付けて来たんですよ」

 

睦月「だからって門番吹っ飛ばしてから来んなよな」

 

ガブリエル「起きてしまった事をあれこれ述べていても仕方のないことですから、忘れてしまいましょう」

 

アイリ「匙を投げちゃったよこの人」

 

ガブリエル「冗談ですよ♪ 私が後でしっかり治療しておきますから、御安心ください。 私は慈愛に満ちた天使、あらゆる難解で困難な事が溢れ出ようが、必ず解決への道を開いて差し上げましょう」

 

胸を張りかっこよくきめているつもりでいるのだろうが、今回の件に関しては思い切り自分が撒いた種だろうとこの場にいる全員が心の中で呟いていた。

 

ガブリエルは結界が張られていることを再度確認をし終えたところで、アイリ達一同はシェオルへ帰還することとなった。

アイリにとってはリョウ達と初めて行動をを共にし戦闘を繰り返してきたので、疲労が蓄積していたのか、疲れきった表情で翼を羽ばたかせリョウ達に遅れを取らないよう飛んでいる。

そんなアイリを見てか、睦月を背中に乗せたリョウは速度を落としアイリの横に付き飛んでいた。

 

門を通り過ぎる際にガブリエルにより負傷したザキエルが目を回し仰向けに倒れており、何人かの衛兵達が集り介抱をしていた。

ザキエルの治療をするためガブリエルは残り、アイリ達は苦笑いしつつ門を通過し帰路に就いた。

帰る場所が別方向だったラミエルも途中で別れることになり、「また会おうぜ!」と笑顔で手を軽く振り、こちらが手を振る間もなく猛スピードで去っていった。

 

家へ帰るために上昇していくと、建造物が放つ電気の光が星の様にきらびやかに光っており、夕日が沈みかけ薄暗くなる空と相まって綺麗で神秘的な光景を生み出していた。

 

アイリ「凄く綺麗…東京とはまた違った魅力があるんだね」

 

リョウ「結果的にやけど、アイリはこの光輝くこの街を守ったことになるんよ。 胸を張って、誇りに思ってええよ」

 

アイリ「そ、そんな、あたし特にこれといってできたことなかったし」

 

睦月「研究所の途中で防衛システムやエンジェロイド達が襲いかかってきたときに、アイリのフォローで俺は助けられたからな」

 

リョウ「危険な目に会わせたくはなかったけど、ベレトとの戦いでアイリが放った矢があったからあの状況を打破することができた。 実戦を得て成長してきてはいるし、自信を持ってええと思うよ。 世界の監視者としての任務ではなかったけど、時空防衛局の任務に初めて同行してここまで成果を出せれば大したものやと思うぞ」

 

アイリ「そ、そんな褒められると照れるな~/// アイリの好感度がUPしました!」

 

リョウ「どこのギャルゲーだよ」

 

褒められ鼻の高くなり上機嫌となったアイリは疲れの色が顔から消え、いつものように現実世界で使用されるようなネタを発言しており、飛ぶ速度も上がっていた。

喜怒哀楽が激しく調子が良い人だと思えるが、それがアイリの良い点なのかもしれないとリョウは薄々と感じていた。

 

暫く上昇し続け、漸く我が家の土地である庭へと足を着けた。

数時間振りだと言うのに、何故だかとても久しく思えてしまい、地面の感触を確かめるかの様に一歩一歩進んでいき、アプローチを通りドアノブに手を掛け扉を開いた。

 

カイ「アイリ! リョウ! おかえりー!」

 

玄関で靴を脱いでいると、リビングへ続く扉が開き、カイが笑顔を満開にさせ走り寄ってきた。

足に抱き付いてきたカイの頭をアイリは優しく撫でながら「ただいま」と笑顔で答えた。

 

アイリ(あたし、誰かにただいまって口に出したの初めてかも)

 

現実世界で一人暮らしをしていたアイリは生まれて此の方ただいまと言ったことがなかった。

孤児院では一人ではなかったが、外出せず部屋に籠り遊んでいたアイリはまずただいまと挨拶をしたことがなかった。

 

ーーー今の自分には、帰るべき場所があるんだ。

 

今まで感じたこともない新鮮さを感じ、『おかえり』という一言に暖かさを感じ胸が高鳴った。

アイリの過去を知るからか、なんとなくだが思っていることが分かったリョウは思わず微笑んだ。

 

ピコ「みんなおかえり~。 以外と遅かったね」

 

人間サイズのピコがリビングから出てきた。

出てきたピコの姿を見てリョウは吹き出した。

ピコの消しゴムである真っ白な体は赤や青、緑、黄色と様々な色のクレヨンで落書きされた染められており、アイリ達以上に疲労困憊と言った様子だった。

 

アイリ「ピコ君、ピエロみたいなモンスターになってるよ」

 

ピコ「カイの遊び相手になってあげてたんだけど、リョウ達が帰ってくる前にお絵描きしたいって言い出して…」

 

リョウ「それで身体中にお絵描きされたということか。 まぁ、何て言うか…お疲れ様」

 

リョウはピコの滑稽な姿を見て笑いを堪えており鼻の穴が膨らんでいた。

 

アイリ「疲れちゃってるけど、取り敢えず晩御飯作らないとね! リョウ君、リクエストある?」

 

リョウ「なんでもええで」

 

アイリ「屋上に行こうよ…久し振りに、キレちゃったよ…」

 

リョウ「え、何で?」

 

アイリ「今、この瞬間、全世界のお母さん達を敵に回したよ! なんでもいいってのが一番難しいんだから!」

 

リョウ「す、すまん。 じゃあ簡単に済ませられるラーメンにしようかな」

 

社会常識なのかどうかは兎も角、世間一般の主婦達を敵に回しそうな一言を発言したことに頭を掻きながら反省の色を浮かべ、簡単に調理できるものを上げた。

 

アイリ「オッケー任せといて! 『納豆ラーメンねばるっしょ』でいい?」

 

リョウ「いや、へんちくりんなのやなくてマルタイラーメンで頼むわ」

 

リビングへ入ったアイリは早速キッチンへ向かい調理を始めた。

途中、冷蔵庫の中にあった納豆を取り出そうとしていたところをリョウは椅子から転げ落ちる勢いで鬼の形相になりながら止めに入っていた。

 

晩御飯を食べ終えた後、アイリは入浴の準備をするため一旦自室へ戻った後バスルームへと向かった。

バスルームでは既にリョウが湯船を張るために入室しており、他にもバスタオルやマットの準備も済まされていた。

 

リョウ「よう、来たか。 湯船入れながらシャワー浴びてな」

 

アイリ「は~い。 あ、昨日は言ってなかったから一応言っておくね。 覗かないでよ?」

 

リョウ「覗かないっての。 わしが漫画で良くありそうな風呂を覗く変態に見えるか?」

 

アイリ「うん(即答)」

 

リョウ「地味に、いや、それなりに傷付くな…。 わしがそんな変態さんなら昨日の時点で覗いてるって」

 

アイリ「まぁそれもそうだよね。体が勝手に動いて覗かないことを祈っておくね」

 

リョウ「某大帝国劇場のモギリや有るまいし、んなことはないよ」

 

悪戯心丸出しで疑惑の目を向けられながらもバスルームを後にし、扉を閉めたのを確認し、服を脱ぎ始めた。

 

アイリ「残念ながら映像ではないのであたしの裸は拝めないよ☆ …って、あたしは誰と話してるんだろ」

 

 

~~~~~

 

 

リョウ「さて、仕事に入りますかね」

 

リョウは地下にある自室へ向かっていた。

フォオンは地下に部屋があると言っていたが、どうやらリョウのために用意していたものだった。

 

リョウは世界の監視者という重要な役割に就いており、赤の他人に見られてはまずい資料も多数存在し、何より明るみに出来ない肝要な点もある。

時空防衛局の局員達でも閲覧することを厳禁されてある資料も保管されてあるため、仮に来客が謝ってリョウの部屋に入室することがないようフォオンなりに考慮を払い地下室にしたようだ。

 

周囲を照らす灯火がない暗闇が支配する地下へと続く階段を下りていき、パスワードを打ち込むことで開く扉の前に立った。

リョウは手をパスワードをうつための機械に被せるように置くと、パスワードを一桁もうつことなく扉は開いた。

手を置いた一瞬、リョウの左目の瞳が金色に怪しく輝いていた。

 

リョウ「今日は何処まで見ようかな」

 

独り言を呟きながら部屋の電気を付けるためのスイッチを入れた。

暗闇だった部屋はライトにより照らされ全体が見渡されるようになる。

 

部屋には収納型のベッドに様々な本がぎっしりと敷き詰められた本棚にお洒落な木製の机、55インチという一人で見るには大きめのテレビとその大きさに合わせたテレビ台が置かれてある、変哲のない至ってシンプルな部屋だ。

 

リョウはキャスター付きの椅子に座り机に肘に付け何かを考える仕草を取る。

 

?「フサキノ研究所で何かあったの?」

 

突然の声にリョウは少々驚き声のする方向へ顔を向けると、消しゴムサイズのピコがいた。

リョウが扉を開いた隙に部屋へと入ってきたようだ。

因みにカイに落書きされた汚れはリョウ達が食事を採っている間に落としたようで、消しゴムらしい白色に戻っていた。

 

リョウ「はぁ、びっくりした」

 

ピコ「その割にはリアクション薄いな~」

 

リョウ「ピコだからそんなに驚かないんだよ。 ピコにならこの部屋にある物とか見られても問題はないからな」

 

ピコ「それもそっか。 よいしょっと」

 

ピコはテトテトと床を机の側まで歩み寄ると、跳び上がり机の上へ降り立った。

 

ピコ「さっきの答えを聞いてなかったね。

フサキノ研究所で起こった出来事。 …もしかしてと思うけど、シャティエルの事?」

 

リョウ「御明察。 ちょっと後悔みたいのがあってね」

 

ピコ「研究所に置いていってしまったから?」

 

リョウ「やれやれ、ピコには全てお見通しみたいやな」

 

降参といったように両手を上に上げ作り笑顔を浮かべた。

普段はニコニコと笑顔を浮かべ朗らかな性格で、活発に動き回る正に自由奔放と言える子供だが、以外にも周囲の人の事を良く観察しているようで、不安や悩み等を抱えていると表情で分かる洞察力を持っており、いざとなると真剣な顔になり話をする、抜かりのない場面がある。

 

リョウ「連れ出せなかったことは後悔してるよ。 シャティエルには色んな事を知ってもらって、色んな人と接して貰いたかったからね」

 

ピコ「フサキノ博士とまったく同じ考えだ」

 

リョウ「そう、なのかね? まぁわしは最後に会ったときに任せたと頼まれただけやからね。 勿論、シャティエルを幸せにしたいと思ってるのは自分の思いでもあるよ。 でも、心を持ったシャティエルは自分の意思で残りたいと言ったんやから、無理に引っ張り回す事もないんじゃないかなって。 一番大事なのは、自分の意思を強く持つことやからな。 もし、研究所を離れ外の世界を見たいと思ったら、きっと、自分から来てくれる筈さ。 その時はとびっきりの笑顔で迎えてやらないとな」

 

ピコ「なんかリョウの口からそんな言葉が出るなんて気持ち悪いな~」

 

リョウ「それがわしなんでね」

 

ピコ「ふふふ…。 そういや、リョウ、今日はまた何であの力を使ったの?」

 

笑みを浮かべながら穏やかに話していたピコの表情が一変し、険相なものとなった。

 

リョウ「流石にバレたか。 睦月に使った。 記憶を消すためにね。 理由はフサキノ研究所で色々と知られては困る資料があって、それを見てしまったから」

 

ピコ「それって、僕達の…」

 

リョウ「あぁそうや。 この世にあってはならない、全世界から禁忌と呼ばれ、誰もが恐れ戦く力を持つわしらに関係する事が少なからず表記されていた。 もうデータの改竄は終わったから問題はない」

 

ピコ「そっか…。 極力使わないようにはしてるみたいだけど、今回は仕方ないか」

 

リョウ「仕方ないで事が済むならええんやけどねぇ。 わしも人の記憶を何回も消したくはない。 だけど、やらないといけない。

わしらの存在を知れば、きっと人々は恐怖する」

 

自分を哀れむ様に言い額に手を当て項垂れた。

 

ピコ「そう、だよね。 本来なら、決して世には出てはいけない存在…と言うより、存在すらしてはいけないもの、だよね」

 

リョウ「まぁ、そうやな。わしらのようになってしまう発端となる者の存在がいない以上、わしら以外に生まれる事はないのが唯一の救いやな。 …さて、暗い話なんてやめて、わしは仕事に入らせてもらおうかね」

 

ピコ「うん、分かった。 邪魔してごめんね」

 

リョウが顔を上げ目を瞑り世界の監視を行うため集中したのを確認すると、ピコは机から飛び降り床へと着地し扉の方へと歩いていき、音を立てぬよう注意を払いながら退室した。

 

ピコ「…アイリにも、本当の事を言えないのは辛いだろうね」

 

誰に話すわけもなく儚げに呟き、暗い階段を登り始めた。

 




クエストっていう会社のプロテインクッキーがあるらしい
食ったことないですけど、皆さん買ってみてね!


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第16話 時空の放浪者

携帯がバグってデータ消えたのかと思い死にそうになりました


アイリ「ふわぁ~、あふぅ。 気持ちの良い朝だね~」

 

朝の暖かい日差しを浴び目を覚ましたアイリは上体を起こし、大きな欠伸をし背を伸ばした。

 

前日のグニパヘリル兼フサキノ研究所の調査で疲れきっていたせいか、アイリは入浴を済ませ自室へ戻り、30分も経たない内に就寝してしまった。

 

普段からゲームや読書等で夜遅くまで過ごす不規則的な生活を送っており、睡眠時間を録に取ってはいなかったため、久々の長時間睡眠をとり、夢を見ることなく朝まで快眠することができたアイリは朝の暖かい日差しを浴び目を覚ました。

 

背伸びをしながら大きな欠伸をし、薄緑色のカーテンを開いた。

陽の光が部屋に差し込み、まだ慣れていない光に目を細めた。

アイリ達が住む家は天空に浮遊する島にあるため、窓からは天界の都市、シェオルの街並みが一望でき、正に絶景という言葉が何より似合う景色だ。

 

アイリ「良い天気~♪ でも朝はちょっとばかし冷えちゃうな。 今日はどんな修行するのかな~…ん?」

 

朝の冷え込みが体に染み渡ってきたため、ベッドの側にあるポールハンガーに掛けてある上着を羽織ろうと手を伸ばしたところで、とある違和感に気が付いた。

 

先程まで自分が寝ていたベッドの掛け布団が丁度アイリが横に寝て足の爪先にあたる場所が、まるで誰かが中に入っているかのように盛り上がっていた。

 

アイリ「え、何々? まさか、中に伽椰子が入ってるんじゃ………」

 

晴れ渡る様な清々しい気持ちは一変、黒い雲が掛かったかのような曇天へと切り替わった。

恐る恐る近付き、布団の中にいる正体を暴くために腕を伸ばしていく。

朝起きて早々アイリは(妄想のせいで)ホラー映画並みの恐怖を体感し震えている。

 

アイリはホラー映画を観たりホラーゲームをしたりするので耐性が付いているのだが、いざ実際に目の前で恐怖体験を味わってしまうと身が縮こまってしまうようだ。

 

勇気を振り絞り掛け布団を掴み、勢い良く引き剥がし中にいる何者かを確認した。

 

アイリ「…へ?」

 

思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

そこにいたのは、水色と白を基調としたエプロンドレスを着ており、白と黒のストライプのニーソックス、頭には水色のリボンが付いたカチューシャを付けた金髪のロングヘアーの少女だった。

アイリとほぼ同年齢と思われる少女は掛け布団を捲られた事に気が付くことなく小さな寝息を立て身を丸くし眠っている。

 

アイリ「ダリナンダアンタイッタイ…。

取り敢えず、素数を数えて落ち着いてリョウ君を呼んできた方がいい、よね?」

 

突然の出来事に内心かなり焦ってはいたようだが、自分自身を落ち着かせるため深呼吸をし、「1、2、3、5、7…。」と素数を口籠りながら音を立てぬよう扉を開きリョウの部屋へと忍び足で向かい始めた。

 

一応言ってはおくが、1は素数ではない。

 

 

~~~~~

 

 

リョウ「………ん、寝てたのか。」

 

世界の監視を続けている内に知らぬ間に眠りに就いてしまっていたようだった。

腕を枕にし、机に突っ伏していた顔を上げ腕時計に目を移し時刻を確認すると、時計の針は10時を示していた。

いつ眠りに落ちたのかは不明だが、起床するにしては遅い時間だった。

 

リョウ「もうこんな時間か。 さて、と…」

 

今日一日の行動を開始すると共に、まだ寝ていると思われるアイリを起こすためゆっくりと椅子から立ち上がった。

眠気が未だ支配している体を無理矢理動かし、上着を羽織り部屋を出ていこうとした刹那、扉が力強く執拗に何度も叩かれ、静寂に包まれていた部屋は騒々しい音が響く。

扉を叩く張本人が誰だか察しが付いたリョウは溜め息混じりに扉の向こう側にいる人物へと話し掛けた。

 

リョウ「朝っぱらからどしたんやアイリ?」

 

アイリ「え、何であたしだって分かったの!? もしかして、エスパータイプ!? エスパー魔美? エスパー伊東?」

 

リョウ「残念ながらどれも違うな。 んで、何かあったの?」

 

アイリ「それが大変なんだよ! 空から…じゃなくて、朝起きたらあたしのベッドに見たことない女の子が寝てたんだよ!」

 

リョウ「ほぉ、キマシタワーが建設されたのか」

 

アイリ「あたしはそっち系のは見たことあるけど興味はなーい! 取り敢えずあたしの部屋に来てよー!」

 

リョウ「昨日はデリカシーないとか言ってたくせに。 はぁ~、悪い夢を見たようじゃなさそうな感じやし、分かったよ、行ってみるよ~。」

 

起きたばかりの面倒事を済ませるために嫌々ながらも扉を開けアイリと顔を合わせる。

 

アイリ「ほらリョウ君! 急いで!」

 

リョウ「まぁ落ち着けって。 その女の子は寝てるんやったらすぐには消えたりなんかはしないよ。

ほら、深呼吸して。」

 

アイリ「ヒーヒーフー」

 

リョウ「それラマーズ法じゃねぇか」

 

アイリ「流石リョウ君! どんどんツッコミスキルが上昇してきてるね!」

 

リョウ「誰かさんのせいでね~」

 

アイリとの絡みを適当にあしらい一階へ続く暗い階段を昇り始めた。

 

壁や階段はコンクリートで造られているため、冬場は特に氷の様に冷たくなり、周囲の気温も極度に低くなるため上着なしでは風邪を引きそうな寒さになる。

今は冬ではないとは言え、コンクリートが冷えきっている事に変わりはないため、落ち着きつつも内心かなり慌てていたアイリは部屋を出る際スリッパを履いていなかったため、一階へ行くまで爪先立ちで階段を昇っていた。

一階へと着いたリョウは窓から射し込める今日初めて浴びる暖かな陽の光に目を細めながらも二階へ続く螺旋階段を昇っていき、アイリの部屋の前まで辿り着き、特に警戒することもなくドアを開け部屋を確認する。

 

リョウ「ちわー三河屋でーす。 ん…げっ!? こいつ、何で…」

 

リョウはベッドで小さな寝息を立て眠る少女を見て頭を押さえた。

同時に何処か嬉しそうに微笑んでいた。

 

アイリ「リョウ君の知り合い?」

 

リョウ「あぁ、結構長い付き合いになる仲間でね。 おいアリス! 起きろー!」

 

一度咳払いをし、寝ている少女、アリスへ部屋中に響くような大声で呼び掛けた。

 

アリス「すぅ~…すぅ~」

 

ありったけの大声で呼び掛けたにも関わらず、起きる気配が全くと言っていいほどなかったため、リョウは肩を落として落胆していた。

 

リョウ「くそ、やっぱりこの程度じゃ起きないか。 こうなったら…」

 

リョウは腕の服を捲り、アリスの両足をしっかりと強く掴んだ。

 

リョウ「そーい!」

 

まるで柔道の投げ技である背負い投げの様にアリスを持ち上げ、勢い良く床へと叩き付けた。

アリスは後頭部から床に直撃し、硬い物がぶつかるような鈍い音が嫌でも聞こえてしまった。

乱暴且つ大胆すぎる行動に、アイリは口をあんぐりと開け衝撃的すぎるダイナミック目覚ましの一部始終を見ていた。

 

アイリ「ちょ!? だ、大丈夫なのこの人!? 頭からいっちゃったよ!? 頭がパーンだよ!?」

 

リョウ「手荒な真似はしたくなかったんやけど、こうでもしないとこいつ起きないからねぇ」

 

アイリ「下手をしたら一生の眠りに就きそうだよ!」

 

アリス「う~ん……ん、朝ぁ?」

 

アイリ「うわ、ホントに起きたよ!」

 

アリスと呼ばれた少女は大きく背伸びをし、上体を起こし乱れた髪を手でほぐし直していた。

 

リョウ「さて、何でお前がここにいるんだ?」

 

アリス「んぁ? …あ、リョウじゃん! 久し振り~! 元気にしてた!?」

 

アリスはリョウの顔を見るなり、起きたばかりの眠そうに細めていた目がくわっと開かれ、向日葵の様に咲き誇った笑顔を浮かべ立ち上がり、リョウの手を掴み高速で上下へ振り喜びを表していた。

 

リョウ「わしに会えて嬉しいのは分かったから、早くこの手を止めてくれ。 腕が痛いよ」

 

アリス「わっはー! こうして会うのっていつぶりだろうね! 私嬉しくて山を破壊しちゃいそうだよ!」

 

リョウ「アリスが言うと洒落にならんからやめてくれマジで」

 

天真爛漫で明朗快活なアリスのハイテンションに着いて行けないリョウは若干引き気味だ。

だがそれはリョウだけに限らず、後ろで待機していたアイリも苦笑いを浮かべている。

 

リョウ「んで、何でここいいるんだ?」

 

アリス「えっとね、色々あって、斯々然々…」

 

リョウ「これこれうまうま、全くもって分からん!」

 

アイリ「えーっと、取り敢えずどんな人なのか教えてもらいたいなーって」

 

リョウ「あぁ、そうやな。 リビングで珈琲でも飲みながら説明しようかね」

 

アリス「オッケーオッケー! 私お腹空いちゃったからパンもお願いね!」

 

リョウ「お前は早速人の家に来て物を集るのかよ」

 

アイリだけが今現在の状況を読み込めていないようだが、リョウの知人ということで怪しい人物ではないと認識した。

話の場を変えるため、リビングへと場所を移した。

リビングに入りリョウが珈琲を淹れようとキッチンへ向かおうとした時に、ソファーに横になり寝ている人物が目に入った。

 

毛布に身をくるみ鼾をかきながら爆睡している眼帯を付けた少女、睦月だ。

 

アイリ「あれ? ムッキーまだいたの?」

 

リョウ「昨日アイリが寝た後もずーっと酒飲んでたんだよ。 やれやれ、後で結愛にぶたれても知らねぇからな」

 

アイリ「みさえ並みの拳骨待ったなしかもだね」

 

 

~回想 前日の夜~

 

 

睦月「さぁーて! 任務完了を祝しまして飲もうじゃねぇか!」

 

睦月はポーチの中からラベルに『出羽桜』と表示された一升瓶を取り出しテーブルに置き、続けて御猪口も取り出した。

 

リョウ「今から飲むのか? 本部に戻るんやなかったんかい?」

 

睦月「飲んでから行くぜ。 本部に戻ったら報告やらで今日飲む時間がなくなっちまうからここで飲むんだよ。 大丈夫だよ、ちょっとだけだ」

 

リョウ「…程々にしとけよ」

 

~10分後~

 

睦月「…でよ、結愛の野郎俺が仕入れてきたばかりのDSR-1のスコープを壊しちまったんだよ!」

 

リョウ「へぇーそうなんや(棒読み)」

 

睦月は御猪口に入った日本酒を口に流し込み、お菓子などが纏められてある棚にあったスナック菓子のいか天を食べながらマシンガントークを続けている。

酔いが回ってきたのか、睦月の頬と耳は赤く染まっている。

リョウは仕方なく睦月の愚痴を聞く羽目になり、適当に相槌をうち酔っ払いの相手をしていた。

 

~30分後~

 

睦月「結愛ったらよぉ、俺のぉ、下着見て子供っぽいとか言ってくるんだでぇ。 どう思うよリョウ? 今日の~、俺の下着見てみろ~。 子供っぽく見えるかよぉ?」

 

リョウ「いちいち自分で見せるような事せんでええわ」

 

更に飲み続けた睦月は完全に酔っており、呂律が回らなくなっている。

テーブルから身を乗り出すような体勢で、羞恥心を全く感じていないのか、自分でシャツを捲りリョウに下着を見せている。

リョウは下着を見たところで、羞恥の感情はあるようだが、殆ど気にしていないようで、赤面したりテンパったりしたりすることはなかった。

 

リョウ「睦月ももうちょい恥じらいってのを持てよ」

 

睦月「戦場に! 恥じらいなんて! 必要ねぇんですよ~! もっと飲んじゃうぜ~! のまのまイェイ!」

 

リョウ(駄目だこいつ…早くなんとかしないと…)

 

~更に30分後~

 

睦月「zzz…」

 

一升瓶を飲み干し酔い潰れた睦月はテーブルに突っ伏し鼾をかき眠りに落ちた。

 

リョウ「程々にしとけ言うたのに寝てしもうたな。 本部に帰らないといけんかったのにええんかいね。 後で結愛に怒鳴られてもしらねぇからな。」

 

リョウはコップに注いだ麦茶を飲み干し一息付くと、腰を上げ睦月の体を横抱きの形で持ち上げた。

同年代程とは思えない軽い体を抱き上げソファーへと行き横に寝かせ、毛布を掛けた。

小さな寝息を立て眠るその姿は普通の少女と何ら変わりはなく、いつもの荒々しい態度でいるのが嘘のように思える。

 

リョウ「さーてと、酔っ払いの世話も終わったことですし、わしも風呂に入るかな」

 

まるで戦闘でもしていたのではないかと思うような疲れが途端に体全体を襲い、肩が前に落ち猫背になったリョウは重い足を動かし浴室へと向かって行った。

 

 

~回想終了~

 

 

リョウ「まぁ睦月はほっといて二人は席に着いててくれや」

 

アイリ「あたしはジュース! どろり濃厚ピーチ味!」

 

アリス「じゃあ私はヤシの実サイダー!」

 

リョウ「架空の飲み物を言われても出せないっつーの」

 

アイリとアリスの珈琲を淹れリビングへ向かい、布製のコースターを敷きカップを置いた後に棚から適当に漁り取ったクロワッサンが入った袋を手に取り、取りやすいよう袋を破りテーブルへと置き、朝食の準備を済ませたリョウは漸く席に着いた。

アイリは早々にカップに口を付け珈琲を飲み始めた。

 

アイリ「ぷっはー! くうううぅぅ! やっぱ人生、この時のためにあるようなもんだよね!」

 

リョウ「酒飲んでるわけでもねぇのにそりゃ幸せなこった」

 

アリス「おぉ~クロワッサンだ! そんじゃ、いっただっきまーす!」

 

アリスはクロワッサンを手に取り口へと運んだ。

口いっぱいに頬張り美味しそうに食べるアリスを見ていると腹の音が鳴り始めたため、二人もパンを食べ始めた。

 

リョウ「んで、何でアリスがここにおるわけ?」

 

アリス「もががふむへほひひにょみめほひゃむ」

 

リョウ「口の中にある物を飲み込んでから話せ」

 

アリスはカップを両手で掴み、淹れて間もない熱々の珈琲を息継ぎせず全て飲みきり、口の中にある物を胃の中へと流し込んだ。

 

アリス「えっとね、亜空流に身を委ねてたら偶然にこの世界に出てきちゃって、着いたと同時に睡魔に襲われちゃったからすぐ側にあったベッドに入って寝ちゃったってかんじ」

 

リョウ「ちゃっかり不法侵入してるやんけ」

 

アイリ「昨日の夜からいたなんて気が付かなかったよ。

あたしに気付かれずに潜り込むとは、グレートですぜこいつはァ 。 ところで、亜空流ってなに?」

 

リョウ「説明しよう! 亜空流とは、世界と世界の狭間に生じる時空の歪みが原因で発生する嵐の事であ~る!」

 

アイリ「ネタっぽい説明ありがとう。 亜空間みたいなのって本当に存在してたんだね。 亜空流って凄い嵐みたいなもんなんでしょ? 巻き込まれるのってヤバいんじゃないの?」

 

リョウ「本当なら滅茶苦茶ヤバいよ。 でもアリスなら問題ないやろなぁ。 いや、アリスだからこそ身体に負荷が掛からないのかもしれないな」

 

アリス「私強いからね! 私頑丈だからちょっとやそっとじゃ傷付かないよ。 亜空流なんてそよ風みたいなもんだよ。」

 

クロワッサンを口にくわえながら自慢気に大きく胸を張る。

くわえたクロワッサンを食べ終えると、アリスはアイリに視線を移し、興味の眼差しでじっと顔を見据えた。

 

アリス「そうそう気になってたんだけど、この女の子は誰なの? リョウの彼女?」

 

リョウ「ちゃうちゃう。 この子には色々あってだね…」

 

リョウはアイリが転生したことについての経緯を簡潔に話した。

 

リョウ「…という出来事があって、人間から天使に種族が変わってしまったんだ」

 

アリス「一種の転生みたいなもんなのかもしれないね。 そっか~。 不慮な災難に遭っちゃったんだね。

やっぱり、辛かったよね」

 

アイリの身に起きた出来事の内容の全てを聞いたアリスは表情には出ていなかったが、先程までハキハキと元気良く話していた明るい声ではなく、アイリに起きた不幸を痛感し心が沈んだ様に小さくなっていた。

 

アイリ「アリスちゃん、心配してくれてありがとう。 その時の事は詳しくは覚えてはいないけど、凄く大変な事に巻き込まれてあたしは人間じゃなくなっちゃったけど、今こうして人間だった時みたいに普段通り過ごせてるから問題ないから大丈夫だよ。 リョウ君には言ったけど、普通じゃ絶対にあり得ないような体験をしてるわけだし、今こうしてファンタジーみたいな出来事を目で見て肌で感じ取ったりできているから、苦ではないよ。

あたしを支えてくれる人達もいるからね」

 

アイリは隣の席に座るリョウに視線を向け悪戯のようにウインクをした。

気恥ずかしくなったのか、リョウは少し微笑むと即座に目線を逸らした。

 

アリス「自分的に後悔していないのなら良いの…かな?

暗い気持ちになってなくて良かったよ!」

 

目線を落としていたアリスは再びアイリに視線を向け笑顔を浮かべた。

 

アリス「あ、そういや私の自己紹介をちゃんとしてなかったね!」

 

アリスはテーブルに手を置き自らの体を支えるようにしその場から跳び上がり、空中で体を華麗に一回転させ両足で椅子に着地した。

 

アリス「私の名前はアリス! 数々の世界を渡る自由を愛する旅人で、時空防衛局の人達からは『世界の放浪者』って呼ばれたりすることもあるよ!」

 

アイリ「旅人さんか~。 世界を渡っている旅人なんて、ディケイドみたいだね! 次はあたしの番だね、あたしの名前はアイリ! 天使になりたてほやほやの元人間の美少女だよ!」

 

手を差し伸べたアイリの手をアリスは嬉しそうに出された手を握り返し、先程のリョウにしていた様に縦に大きく振り始めた。

やはり勢いが強かったせいか、手の動きが止まったアイリは苦笑いしつつ手首を回し痛みを和らげていた。

 

アイリ「世界を次から次に渡り歩くのって凄いなぁって思っちゃうけど、放浪者って呼ばれてるくらいなんだから、働いていないニートなんじゃ?」

 

アリス「もぉー人聞き悪いよアイリ。 私には旅人って言う名の素ぅん晴らしい職業があるんだから!」

 

リョウ「そういうのをニートっつーんだよ」

 

アリス「はて、そうだっけ?」

 

アリスは頭の後ろに両腕を回し、口を尖らせ吹けもしない口笛を吹いている。

 

アイリ「特に用があるわけで来たって訳じゃないなら、すぐにまた別世界に行っちゃうの?」

 

アリス「う~ん、どうしよっかな。 目的がある旅じゃないし、久し振りにリョウにも会えたことだし、暫くはこの世界に滞在しよっかな。 あ、お金ないからここに泊めさせてくれるよね? 答えは聞いてない!」

 

ウインクしつつ人差し指をリョウに突き付け朗らかに言った。

 

リョウ「まぁ一人くらい同居人が増えるのはわしは構わへんよ。 それより、ええ加減に宿に泊めれるほどの銭を持つようにしろよ。 毎回家か別荘に金を置いてきてるだろうが。」

 

アリス「よっぽどの事がなければお金なんて使うことないんだも~ん」

 

アイリ「そうだよリョウ君。 少しのお金と明日のパンツがあれば生きていけるんだから」

 

リョウ「それができるのはライダーだけだっつーの」

 

アリス「リョウ達は今日は予定あったりするの? 私は予定なかったらこの世界をぶ~らぶらしようと思ってるところなんだけど」

 

リョウ「わしは今日はアイリを鍛えようと思っているから空いてはいないかな」

 

アイリ「え~、リョウ君、今日は休もうよ。 昨日はあんなに忙しかったんだからさ~」

 

リョウ「修行を怠ってはいけんよ。 強くなりたければ日々努力し精進せんとあかんからね」

 

アイリ「そうだけど~…。 うーうー。うっうー」

 

リョウ「そのうーうー言うのをやめなさい」

 

アイリ「でも、頑張るって決めたのは自分自身なんだから、気合い、入れて、行きます!」

 

自分の決めた事を最後までやりきろうとする決意を見せ、自身の頬を叩き気合いを入れるアイリを見て、リョウは小さく笑みを浮かべ頷き、珈琲を飲み干したティーカップを持ち席を立ち上がった。

 

リョウ「んじゃまぁ早速始めようやないか。 アイリの気持ちにわしも全力で答えんとあかんからなぁ」

 

アイリ「ありがとうリョウ君!」

 

屈託のない笑みを浮かべアイリは珈琲を飲み干したティーカップを持ち、流し台でかるく濯ぎ水を溜めてから置き、元気良くドタドタと足音立てつつ走り自室へと戻っていった。

 

アイリ「着替えてくるから庭で待っててね!」

 

螺旋階段を勢い良く駆け上がる足音と、アイリの部屋の扉が閉まる音が玄関ホールに響き渡った。

 

アリス「朝から元気な子だね」

 

リョウ「人の事言えないやろ。 あの明るいところがアイリのええところなんよ。 何て言うのかな、暗い気持ちとかそういうのを吹っ飛ばしてしまうみたいな、わしまで明るい気持ちになっちゃうんだよな」

 

アリス「素敵な魅力があるんだね。 まるで私みたい!」

 

リョウ「へいへい、そうですね」

 

アリス「む~、全然思ってなさそうな言い方しちゃって。 私、怒っちゃうよ? っていうか冗談半分で怒ってるよ」

 

小さい子供の様に頬を膨らませ腕を組み可愛らしく怒りを表すアリスを見てリョウは手を出し怒りを制した。

 

リョウ「悪い悪い、わしも冗談やからよ、許してちょーよ?」

 

アリス「リョウだから許してあげる、な~んて! 敵さんだったら問答無用でドカンと派手にやっちゃってるけどね!」

 

リョウ「アリスの言うドカンは比喩じゃないのが怖いわ。 それよりアリス、行儀が悪いから椅子から下りろよ」

 

自己紹介した時から今まで立ちっぱなしとなっていたことをリョウに指摘されたことで漸く気が付いたアリスは「えへへ」と頭を掻きながら腰を下ろした。

 

アリス「ねえねえリョウ、気が付いた事があったから聞いときたいんだけどいいかな?」

 

リョウ「ん、なんや?」

 

話を聞くためリョウはもう一度席に座り直した。

アリスはテーブルに手を付き椅子を踏み台にし、体を前に出しリョウの顔へと近付けていく。

リョウは一瞬アリスの突然の行動に顔を逸らそうと躊躇はしていたが、少し顔を横に逸らし耳に近付けていた事に気が付いた為、その場から動くことはなかった。

横に出た大きな耳に近付けたアリスは周囲に聞こえないような小声で何かを囁いた。

 

リョウ「…っ!」

 

何事もなく平穏に過ごしていた朝を向かえ、緩み切っていたリョウの顔は、アリスが発した言葉を聞いた途端に一変、一瞬驚いた表情をしたと思うと険しい表情へと変化した。

 

アリス「どう? 合ってた?」

 

リョウ「まったく…。 大正解や」

 

険しい表情は瞬時に崩れ去り、小さく鼻で笑い、参ったとでも言うように両手を少しだけ上げた。

 

リョウ「どうして分かった?」

 

アリス「なんとなーく、なんとなくだよ? そう思ったんだ~。 じゃないと世界の監視者であるリョウがここまで動くことなんてないわけだし」

 

リョウ「へぇ~、アリスが気付いているとは夢にも思わんかったわ」

 

アリス「以外でしょ? 凄いでしょ? 最高でしょ? 天才でしょ? 偉大なる私をもっと尊敬して、褒めてくださいませ!」

 

リョウ「褒めもしないし尊敬もしたりしねぇよ」

 

アリス「つれないな~。 重大な事実を知っちゃった私の記憶は消したりはしないの?」

 

前のめりの状態で依然として赫々たる笑みのまま、自らの記憶が消されることを憂虞することなく淡々と話す。

 

リョウ「…しないよ。 アリスは何だかんだ言ってわしが信用してる仲間の中でもトップに入る人なんやから。 それに、アリスにはわしの記憶抹消能力は効かないしな」

 

アリス「何回試してみたんだろ?」

 

リョウ「いちいち覚えてないって」

 

アリス「だよね~そんなこといちいち覚えてられないもんね。 覚えるなら円周率を100桁くらい覚えたいかな」

 

リョウ「へいへい、そうけぇ」

 

頗るどうでもいい内容だったため、リョウは素っ気なく相槌をうった。

アリスは適当に返答されたことにまたも頬を膨らませるも、コミュニケーションをとるための何時もの冗談と分かっていたため直ぐに笑顔へと戻った。

前のめりになっていた体勢を戻し、椅子から下りると身を屈めテーブルの下を潜りリョウの隣へとやって来るなり腕を掴み引っ張り始めた。

 

アリス「ほらほら、アイリのために修行するなら私達も体を解しておかないとだよ! レッツゴーフィーバータイム!」

 

リョウは強引に腕を引っ張られ、成されるがままに中庭へと連れて行かされてしまった。

 

 




アリスも主人公に近い立場のキャラです
活躍する場面はかなり多めになってきます

ガンダムみたいに途中で主人公が変わっちゃうような展開はないので御安心を(笑)


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第17話 アリス、恐ろしい子!

コロナをぶっ潰せ!


ーアイリside

 

新しい朝が来た♪

希望の朝だ♪

 

オッス、あたしアイリ!

さて、サイヤ人ばりに強くなるために今日も修業するよ!

キバっていくぜ!

 

あたしは今、今日はどんな服装で出ようか絶賛悩み中でございます。

パラガスでごz(ry

 

やっぱり体を動かすわけだから、動きやすい服装の方がいいよね。

昨日みたいなスカートでも良いんだけど、足が動かしづらかったりするし、パンチラしそうだったりするからなぁ。

あたしのパンツを見てリョウ君が発情しないようにズボンにしておこうかな。

 

白のハイネックのシャツにベージュパンツの組み合わせで良い感じかな?

戦闘するにはちょっとおしゃれ過ぎるけど…まぁ大丈夫だよね!

 

顔も洗ったし、髪も解かしてセット完了。

よし、準備はできた。

 

今日はどんなことするのかな?

ガーンデーヴァを使う弓の射撃練習も良いところだけど、接近戦にも対応できるようになっておきたいところなんだよね。

弓だからどうやっても遠距離攻撃が主体になってきちゃうしね。

あたしはFateに出てくるアーチャーじゃないから接近戦なんてできないからなぁ。

北斗神拳や南斗水鳥拳を学んだりできたらいいんだけど、リョウ君が教えることも使えることもできないだろうし、無理だよね。

 

それにしても…。

 

アイリ「リョウ君が持ってるあの力、一体何なんだろ?」

 

リョウ君が悪魔と戦っている時に時折出していた力が何だったのかが、未だに分からず胸の中で引っ掛かってる。

あたしが持つ光の力でもなければ悪魔が使う邪悪な力とも違う。

言葉に表現できないような力、正直言うと不明瞭な強大な力だから、恐いっていう思いが芽生えてしまう。

リョウ君に恐怖心を覚えてしまうつもりなんかなかったけど、あの力をあたしに向けられたと思うと、背筋が凍りそうになる。

 

恐怖心 あたしの心に 恐怖心

ー白澤 愛莉ー

 

うん、あたしにしては良くできた俳句だね。

橘さんも拍手を送ってくれるよ。

 

(0M0)「ナニイッテンダ!! フジャケルナ!!」

 

誰かの声が聞こえた気がするけど、きっと気のせいだよねw

 

リョウ君の力については有耶無耶なままだけど、いつかきっと分かるときが来るって、あたし、信じてる!

 

アイリ「準備完了! アイリ、いきまーす!」

 

螺旋階段の手すりを滑り降り、勢い良く扉を開け、地を蹴り翼を広げて空へフライアウェイ。

華麗に空中で一回転し、芝生の上へと両足を真っ直ぐ伸ばし着地する。

こりゃ体操のオリンピックでも金メダルもんだね!

目線の先には腕を組み立っているリョウ君と無邪気に拍手をしているアリスちゃんがいる。

 

リョウ「来たなアイリ。 さてさてさーて、今日は何をしようかね」

 

アイリ「はーい先生! あたし接近戦もこなせるようになりたいので、格闘戦術を教えてくださーい!」

 

リョウ「ほぉ、接近戦をねぇ。 それも戦闘においては大事なところなんやけど、アイリにはガーンデーヴァを使用しての技のレパートリーが少ないから、もうちょい技を増やし磨いた方がええと思うから今日は弓術を中心にやっていくで」

 

アイリ「ちぇー、接近戦はまた今度か。 まぁ他にも色々技がほしいのは事実だし、そうしよっかな!」

 

ということで、ガーンデーヴァを召喚!

ターンエンド!

 

アリス「へぇ~、これがあの伝説の弓か~。 噂には聞いていたけど、見るのは初めてだよ」

 

リョウ「アイリ的にはどんな技を繰り出してみたいとか候補はあるん? あれば頭の中で想像して試してみ」

 

お、また頭の中で妄想、じゃなくって、想像するかんじなんだね。

任せといて~。 あたしは想像するのは得意なんだから!

よし、始めていきまっせ~。

 

『ドンダバ☆デンデン☆ヌケヌケドン』

 

『まずはそのふざけた幻想をぶち壊す!』

 

『ソロモンよ! 私は帰ってきた!』

 

『爆ぜろリアル! 弾けろシナプス! バニッシュメント・ディス・ワールド!!』

 

『まったくこのスタースクリームめ!』

 

『お前の望みを言え、どんな望みも叶えてやる』

 

『我が魂はZECTと共に在りぃぃぃぃ!!!』

 

『バッカモ~ン!恥を知りなさ~い! Never give up!』

 

『やっぱりマグロ食ってるようなのはダメだな』

 

アイリ「いやああああああああ!! また関係のない事が頭を過っちゃうよ~!!」

 

リョウ「またかよ…」

 

~1分後~

 

アイリ「今度こそ上手くできたよ!」

 

リョウ「ホンマかいな」

 

アリス「リョウ、私に提案あるんだけどいいかな?」

 

リョウ「ん、なんや?」

 

アリス「アイリの相手は私がしようと思うんだけど、どうだろ?」

 

アイリ「アリスちゃんって戦えるの?」

 

アリス「あったりまえじゃん! 放浪者って呼ばれてるけど、これでも戦力は時空防衛局の人達と同等かそれ以上はあるんだから!」

 

そこまで膨らみのない胸(たぶん失礼)を張り言うアリスちゃん。

ちょっと可愛いと思ったのはここだけの秘密。

 

強いってどれくらいなんだろ?

今のところあたしの能力で見る限りだと大きな力は感じ取れないけどなぁ。

 

でも実際には凄く強いんだろなぁ。

甘く見てたら即座にやられちゃいそう。

亜空流に巻き込まれても無傷みたいだし、山を壊すのも冗談に聞こえないってリョウ君言ってたし。

 

リョウ「アイリは相手がアリスでも文句はないか?」

 

アイリ「ぜんぜんオッケーだよ!」

 

アリス「二人の許可を得たところで、早速始めていきますか! アイリ、私に向かって矢を放てい!」

 

リョウ「遠慮は無用だぞアイリ。 アリスの実力はわしが保証する。 アリスはアイリに攻撃しないようにね。 アイリの技を受けるか避けるだけにしといてな」

 

アリス「オーキドーキ!」

 

リョウ君がアリスちゃんの実力は相当なものだと言ってくれるなら安心するところだけど、リョウ君の時もそうだったけどやっぱり知人に向けて矢を射つのは躊躇しちゃうな。

でも、二人は危険を承知であたしの修業に付き合ってくれてるんだから、あたしもそれに応えないといけないし、気を引き締めて、覚悟を決めていかないとだね。

 

ガーンデーヴァを横に構え平行にして、頭の中で光の矢が出るようイメージすると、構えた手に光の矢が召喚された。

でも今までと違うのは、一本だけじゃなくて、五本あるということ。

思い付きで初めてだから上手くいくかなんて分かんない。

最初からできないと思い込み行動に移さなければ一生できないまま、そんなの嫌だから、実際にやってみる!

やるったらやる!ってね!

 

正直、五本同時に矢を力一杯引くのは至難な技なんだろうけど、あたし自慢の気力で引いていき、力を込めることで手元が震えてはいるけど、標準をアリスちゃんへと向ける。

 

アイリ「いっくよー! 『ファイブストレートアロー!』」

 

勢い良く放たれた矢は凄まじい速度でアリスちゃんへと向かって飛んでいく。

横一列に綺麗に並ぶ矢は、相手が左右どちらかにも避けられないよう攻撃の命中範囲を上げている。

だから、

 

アリス「わぁ結構速いね!」

 

アリスちゃんは真横に避ける行動は取らずに、その場から跳び上がり回避した。

計画通り。(凶悪な笑み)

 

アイリ「『スプレッドアロー』!」

 

瞬時に光の矢を召喚し、先程よりかは軽く弓を引き矢を放った。

 

アリス「私も技出しちゃおっかな! 『カード大回転』!」

 

…へ? (°∀°;)

いやいやさっき攻撃しないってリョウ君に言われたところじゃん!?

 

アリスちゃんはマジックのように手にトランプのカードを一枚取り出し、手首を捻るようにして投げた。

機械のように高速回転するカードはあたしの放った矢に直撃した、瞬間に矢は弾け細長い光の帯となって飛散し、アリスちゃんの体にシャワーのように降り注いだ。

 

アリス「えっ!? うおわぁ!?」

 

予想の斜め上だったのかどうかは分かんないけど、初めてにしては上々な出気前の攻撃が命中、アリスちゃんは降下していき地面に着陸した。

 

リョウ「ほぉ、なかなかトリッキーな技やな」

 

アリス「初めてとは思えなかったんだけど~。 んじゃこっちもそろそろ反撃しちゃうよ!」

 

向きになっちゃ駄目だよアリスちゃん!?

腕をぐるぐる回していかにもやる気まんまんって感じになってるし!

…これ、あたし死ぬんでね?

 

リョウ「お、おいアリスよせって!」

 

アリス「大丈夫! この天界の都市が吹っ飛ばない程度には加減するから! 素敵なパーティー、始めましょ?」

 

充分ヤバイよ!!

あわわわ、アリスちゃんの力が半端じゃないくらいに上がっていってるよ。

…これ、あたし死ぬんでね?

だ、誰かあたしにエンピリアン装束を頂戴!

 

アリス「『スートメテオ』!」

 

アリスちゃんの周囲に大量のトランプのスートでもある、スペード、クラブ、ダイヤ、ハート、四種類のエネルギー体が浮遊し、一斉に空へ舞い上がると、隕石のようにあたしへと降ってきた。

逃げるんだよォ!

 

アイリ「うっひゃあああああああ!!」

 

もうそりゃ必死で逃げるしかないよね!

エネルギー体はあたしの周囲に落ち、地面へと着弾した瞬間に爆発し、地面を抉りとっていく。

あんなのに直撃したらタダじゃ済まないよぉ。

 

アリス「わーはっはっはっは! どうだー私の力はー!」

 

リョウ「分かったからやめろアホー! こっちまで被害受けとるんじゃい!」

 

良く見たらリョウ君の方にもエネルギー体が落ちてきてる。

アルティメットマスターで全て斬り伏せてるところを見ると凄いなぁって思っちゃう。

今は感心してる場合じゃないね!

 

アリス「よし、続けていっちゃうよ!」

 

これだけドでかいの出しといてまだ何かする気なの!?

怪獣並の暴れっぷりだよ~。

 

アリス「『トランプルーレット』!」

 

アリスちゃんは三枚のカードを取り出し、あたしの方へと投げた。

トランプは向かってくる途中で巨大化し、あたしの周囲を囲むようにして移動し回転し始める。

この場でじっとしても埒が明かないため、回転するカードを斬り裂くためガーンデーヴァを構え走り、弓体に光の刃を生成し大きく振るう。

カードは紙で生成されているから意図も簡単に斬り払うことができると考えていた。

 

でも、現実世界に住んでいたあたしの常識は通用しなかった。

 

回転したトランプはチェーンソーのような鋭い刃と化していて、ガーンデーヴァは弾き返されてしまう。

弾き返されたことにより体のバランスは大きく崩れて尻餅を着いてしまう。

それと同時にカードはピタリと回転が止まり、三枚ともあたしに表面を向いた状態となった。

 

一枚はスペードの5。

 

一枚はダイヤの2。

 

一枚はダイヤの7。

 

どういう意味なのかは分からないけど、とても嫌な予感はする。

 

アリス「アイリー、上手いこと避けてねー!」

 

アリスちゃんの声が聞こえたけど、今は耳を貸している場合じゃなさそう。

カードに描かれたそれぞれの数のスートがエネルギー体となりカードから飛び出し、一斉にあたしへと向かってきた。

 

アイリ「やばっ!! 『エンジェルリフレクション』!」

 

咄嗟にガーンデーヴァを上に掲げ、中心にあるオーロラ状のドームをあたしに覆い被さるように展開させ攻撃を防ぐ。

スペードのエネルギー体はバリアに直撃したと同時に爆発し、ダイヤのエネルギー体はバリアを斬り裂いてしまうのではないかというほど鋭利になってはいるけど、バリアに直撃すると地面へと落下し消えてしまった。

 

アリス「おぉー防いだね! お見事! ではではお次は…」

 

まだ何かする気なの!?

もうやめて! とっくにあたしのライフはゼロよ!

 

そんなあたしの心の叫びが通じるわけもなく、アリスちゃんは天高く手を上に翳した。

するとトランプカードの時と同じように突然手にアリスちゃんの上半身と同等の長さの杖が出現した。

杖全体は小麦色で、杖の先端には大きな赤い宝玉が付いていて、朝陽を浴び深紅な輝きを放っている。

 

アリス「これが私の持つご自慢の杖、『ユグドラシル・アルスマグナ』だよ! んじゃ、技いくよー! 『時空の迷い子』!」

 

ユグドラシル絶対に許さねぇ!

…って、ふざけてる場合じゃないよね。

 

杖の先端をあたしに向け、軽く円を描くように振るうと、再び数枚のトランプカードが出現し、裏面が上に向いた状態で地面すれすれを移動し、不規則な動きであたしに迫ってくる。

地面に足を着けていては確実に当たってしまうので、翼を広げ空中へと退避する。

 

アリス「ふっふっふ~。 この技の逃げ道は地面に潜るくらいしかないよ」

 

そう言葉を発した刹那、カードから炎の渦があたしを飲み込まんとばかりに吹き出した。

別のカードからは天高くまで伸びる雷の柱、全てを凍てつかせる冷気を放つ冷凍光線が放たれている。

不規則に動くため次に何処へ行くか予測不能なため、回避は困難を極める。

兎に角あたしは攻撃を避けるために我武者羅に動き続ける。

東方のスペルカード並の攻撃を回避するのに精一杯で、反撃する隙すらない。

 

リョウ「おいアリス! ええ加減にしとけ、うわっ!?」

 

あたしと同じく翼を展開させ空中で回避を続けていたリョウ君が雷の柱に命中し地面へと落下していった。

あたしもピチュらないように気を付けないと。

 

アリス「おぉーこれを初見で避け続けられるのは凄いね!」

 

リョウ「初見じゃなくてもきついわ! ええ加減に技止めろって! ムキになりすぎや!」

 

アリス「えーもうちょっとだけお願い! ね?」

 

リョウ「ね?じゃあらへんよ! くっそ、意地でも止めてやる!」

 

リョウ君は光の翼を再び展開させると、翼から白い粒子が無数に溢れ出始め、リョウ君の周囲を漂っている。

ある程度白い粒子が出ると、翼を羽ばたかせアリスちゃんへと向かっていく。

だが、それを阻むかのように炎の渦が行く手を遮っていた。

でもリョウ君は目の前の障害を突破する気なのか、方向転換しようとすることもなく直進していく。

リョウ君が炎の渦になんの躊躇いもなしに入っていくと、周囲を漂うように浮かんでいた白い粒子がリョウ君の前へと護るかのように集まっていき、炎の渦を弾いていた。

それはまるで油が水を弾くかのようだった。

 

リョウ「『天使の加護』を前に、どんな攻撃も無意味に等しいよ」

 

アリス「うわーまた使ったー! ほとんどの攻撃をも防げるチート並の防御手段じゃんかそれ! 私と戦うときはその技禁止って言ったじゃんか!」

 

リョウ「うっせー知るか!」

 

確かに、ほとんどの攻撃を弾ける防御技なんてチートだよね。

この技がある時点であたしっていくら修行してもリョウ君に勝てないんじゃない?

早速詰んでない?

 

アリス「ひゃー! こっち来んなー!!」

 

リョウ「お前が来させたんやろうが! さっさと攻撃を止めろ! アイリの修業にならんやろうが!」

 

アルティメットマスターを引き抜き、切っ先をアリスちゃんに向けて光線を連続で放っている。

アリスちゃんは空中で機敏な動きで光線を避け、時には持っている杖で防いだりしてる。

 

アリスちゃんがリョウ君の相手をしているせいなのか、威力が少しだけ下がったような気がした。

 

あたしはその隙を逃すようなことはしない!

この隙を逃せばあと1億年は巡って来ない、え、そうでもない?

流石に盛りすぎたかな?

これくらい言った方がすごごごーい!ってなりそうだし~、昆布だし~。

 

っつーことで、ガーンデーヴァを構えて矢を召喚し標準をアリスちゃんへと向ける。

アリスちゃんの暴走(?)を止めるためにはリョウ君と協力するしかなさそうみたいだし、微力ながらも力にならないとだね。

威力が落ちたとは言え、あたしが受けたら大ダメージ待ったなしだろうけど、あたしは恐れずに立ち向かうよ。

 

何の力もなれずに終わるのは嫌だもん。

戦う力が自分自身に備わっているなら、それを全力で発揮していきたい。

リョウ君の役には立ちたいけど、あたしはまだまだその土俵に立てる立場じゃないし、そんな実力もない。

ただ役に立ちたいっていうあたしの想い、はっきり言って自己満足みたいなもんだ。

未だ大した実力もないのに、足を引っ張るかもしれないのに、前へ前へと自ら危険な道へと進み、自ら決めた事を成し遂げ、完遂した喜びを得る。

確かに自己満足なのかもしれない。

そう自分で分かっていても、あたしは己で決めたことをやり遂げたいと思っている、強い思いがある。

 

リョウ君ならあたしの事を思って真っ先に逃げろと言うと思う。

あたしの事を思い考えてくれるのは凄く嬉しい。

でも、逃げてばかりじゃ何も始まらない。

後ろを向き逃げ続けていたら、見えるものも見えなくなる。

掴める筈だった何かも掴めなくなる。

 

今まで人間として平凡に過ごしてきたから、非現実的な戦闘に慣れていないのは当たり前。

だけど、それは逃げる理由になんてならない。

戦おうとする意志があれば、誰にだって戦える。

例え力がない人でも、その気持ちと意志、戦おうとする勇気があれば、どんな相手とだって戦える。

意志一つでこれからの出来事が大きく変わっていく。

誰かの手を握って引っ張ってもらうのか、それとも背中を押してもらって走るのか、それとも、一人で決心して走り出すのか。

もしかしたらあたしは全て当てはまるのかもしれない。

 

まだ未熟なあたしをリョウ君が引っ張ってくれて、フォオン様からガーンデーヴァを授かり背中を押してくれた。

 

だからあたしは歩んでいけている。

我武者羅なのかもしれないけど、迷わずにあたしは前を向いて、進んでいける。

 

今だってそう。

あたしを支えてくれる大切な人がいるから、信じることができるから、剣呑することなく、あたし自身を信じて躍進することができる。

 

なんかあたし主人公みたいなこと言ってる。

戦闘に集中しないと。

 

若干技の動きも鈍くなっているみたいだけど、直撃しないよう注意を払いながら、矢先が淡く青色に輝く矢を力強く引いていく。

 

アイリ「『パーフォレーテッドアロー』!」

 

今更ながら自分で言っちゃうのも恥ずかしいけど、技名を叫ぶように言い矢を放った。

放った矢は炎の渦や雷の柱を貫きながら突き進んでいく。

魔法攻撃や魔術、バリアと言った障害となる物を貫通する効果のある矢、これも即席で思い浮かんだんだけど、何とかなったみたい。

我ながら上出来だね!

 

アリス「貫通効果ありなら、それを弾き飛ばす!

『光輝サーベル』! せいやーっ!」

 

ユグドラシル・アルスマグナの先端に淡く白い輝きを放つ光の刃が出現し、横に凪ぎ払うように振るい『パーフォレーテッドアロー』を弾いた。

 

リョウ「もらった!」

 

アリス「こんのぉーまだまだ!」

 

この機を逃さんとばかりにリョウ君が急接近し、アルティメットマスターを上に振り上げ、空気を切り裂きながら思いきり降り下ろした。

空を切る音がする直前にアリスちゃんがユグドラシル・アルスマグナを横に構え持ち光の刃で受け止めた。

リョウ君の相手をし集中しているためか、時間切れのせいかは定かではないけど、『時空の迷い子』の効果は切れ、炎の渦達は消え去り、漂っていたトランプは地面へとひらひらと落ちていった。

 

アイリ「よし、あたしも決めていっちゃうよ!

『ファイブストレートアロー』!」

 

五本の矢を召喚して、特に力強く引くことなく放つ。

リョウ君はあたしの行動を読んでいたのか、矢の命中範囲外へと下がり、再び剣から光線を放ち始める。

あたしは間髪入れずに再び『ファイブストレートアロー』を放ち、手が空きになれば再び矢を召喚して放ち、再び矢を召喚して放つ連続攻撃を繰り返す。

 

正直これめっちゃ疲れるんですけど!

腕への負担半端ない。

モンハンの弓でBボタン連打してれば人間技とは思えない速度で矢を放ち続けることができるよね?

今あたしがやっているのは正にそれ。

これを平気で苦もなくやり遂げるハンターの皆さんってもう人間やめてるよね?

ハンターがモンスターだよね?

 

アリス「私でもこれを全部避けるの辛いよ!」

 

必死で言ってるけど、小柄な身を捻らせ、空中を自在に飛び回り避けてるのを見てるけどぜんぜん辛そうには見えない。

寧ろこの戦況を楽しんでいるかのようにも見える。

まだ余裕があるっていう現れなのかな。

 

あたしとアリスちゃんの力の差は歴然だけど、攻撃を当てられない訳じゃない!

 

アイリ「はぁ、はぁ、…こんなもんかな」

 

何回矢を射続けただろう。

あたしはもう矢を引くことができない程腕の力を使い果たしていて、腕を力なくだらりと下ろしていて、呼吸も乱れ、肩で息をしている。

誰か、強走薬持ってきて。

 

リョウ「おぉ…これは!」

 

アリス「やっと攻撃が止んだよ。 ふえ~疲れ…って、何これ?」

 

リョウ君も攻撃をやめ、アリスちゃんが一息ついていると、何かに気が付いたみたい。

何かって? ふっふっふ、それはあたしの仕掛けたトラップさ。

残念だったな、トラップだよ。

あ、それを言うならトリックか。

 

あたしが仕掛けたのは、さっき四方八方に射ちまくった50本を凌駕する大量の弓矢だ。

不思議なことに、頭の中で想像した通りに地面に落ちることなく宙に浮き続けている。

更に付け加えておくと、矢先は全てアリスちゃんの方へと向いている。

 

アリス「うわ、嫌な予感する」

 

勘付いた時にはもう遅い!

くらえ思い付きのあたしの必殺技!

 

アイリ「避けれるもんなら避けてみて! 『アロービーム』!」

 

あたしの合図と共に、次々とありとあらゆる箇所とありとあらゆる角度から光の弓矢から光線がアリスちゃんへ向けて放たれた。

数ありゃ当たるの理屈で実際にやってみたけど、最早数の暴力と化している。

 

アリス「でええええええぇぇぇ!? こんなの私でも厳しい、いやあああああああああああ!?」

 

避ける隙間がなく、アリスちゃんは慌てふためいたまま無数の光線に直撃し、光に呑まれていった。

自分で考えておいてなんだけど、鬼畜だよね。

遠慮は無用とは言われたものの、やり過ぎた感が半端ない。

アイリちゃん反省、てへっ☆

 

アリス「うぅ~、痛かったよ~今のは」

 

光線が消え去りアリスちゃんが姿を現したけど、服が少々焦げている程度で身体に傷は負っていないみたい。

地面へとゆっくり降下していき、頭の後ろを手で掻きながら笑みを浮かべている。

あの様子を見ると、然程効果がなかったってところかなぁ。

にしてはタフすぎない?

 

リョウ「お疲れ様。 見事なものやったよアイリ」

 

リョウ君が小さく微笑みながら労いの言葉を掛けてくれた。

 

アイリ「攻撃は当てることができたけど、大してダメージ通ってなさそうだからまだまだなのかなって思ったりしてる」

 

リョウ「なに内気なこと言っとるんよ。 戦闘経験が浅いにも関わらずあのアリスに一発でも当てれた時点で凄いんよ。 しかも今回の技もその場で考えただけでできたもんなんやから、凄いの一言よ」

 

アイリ「そう、なのかな?」

 

リョウ「自信を持ってええよ。 寧ろ自信満々でいった方が、物事も進展していくってもんやからね」

 

アイリ「っ! うん! ありがとう!」

 

リョウ君に勇気付けられてちょっと元気になっちゃった。

自信を持て、か。

今までのあたし通りで良いってことじゃん!

リョウ君の言う通り、自信を持って行動しないと成功する道なんて開けてこないもんね。

 

アイリ「いやー耳が大きいだけかと思ったけど良い事言ってくれるねー!」

 

リョウ「よしアイリじっとしてろ。 五臓六腑ぶちまけてやる」

 

アイリ「ひいぃ!? 冗談だよ冗談!! あっははははははは…!」

 

もぉー冗談通じないんだから~。

アルティメットマスター構えてくるなんて怖すぎるよ。

まぁあたし主人公だからそう簡単には死なないよ?

…たぶん。

 

アイリ「はぁ~疲れた。 今回は今までの戦闘の中でも特に体力を消耗しちゃったよ」

 

リョウ「まぁあれだけ動き回って何発も弓を射れば疲れるわな」

 

アリス「私も疲れた~もう動けな~い」

 

リョウ「嘘つけ。 まだ力の2割も使ってないやろうが」

 

アイリ「本気じゃないってのは勿論分かってたつもりだったんだけど、あれで2割も出してなかったの!?」

 

あたしが感じ取れた力でも相当な力は有しているとは思ってたんだけど、まだ2割程度しか出していなかったなんて…。

それじゃあ、アリスちゃんの本気ってどれ程なんだろ?

まだまだ泉の源泉の様に力が溢れ出るってところなのかな?

とてもじゃないけど今のあたしでは到底敵わないような相手だったのを痛感させられる。

追い抜く勢いであたしも精進していかないとだね。

 

アリス「やろうと思えばだけど、この浮島の下にある都市一つを消し飛ばすこともできるよ! 私それくらいの魔力ならあるからね! まぁ疲れるからやらないけどね~」

 

リョウ「疲れるからとか言う理由じゃなくてやめろよ? お前がやると洒落にならんから」

 

アリスちゃんその内世界を丸ごと滅ぼしちゃうんじゃない?

アリス…恐ろしい子!

はい、タイトル回収!

 

アリス「取り敢えず休憩しよう休憩。 久し振りに戦闘したから体が鈍っちゃってるな」

 

アイリ「アリスちゃんに賛成。 もう腕が動かないよ」

 

あたしは地面へと降り立ち、アリスちゃんと共にベランダに置かれてある椅子へと腰を下ろし、テーブルに腕を乗せその上に顔を乗せた。

学校の授業中でも腕を枕にしてこうして良く寝たりしてたな~。

勿論先生からは注意は受けたけどね☆

はいすいません授業はちゃんと聞かないとですね。

 

隣の椅子に腰掛けてあるアリスちゃんもあたしと同じ様な体勢で寛いでおり寝息を立てている。

ってか眠るの早い、のび太並だよ。

 

やっぱりアリスちゃんの寝顔、可愛いな。

あっ、決してキマシタワー建設とかじゃないからね!?

普通に感想を述べただけだよホントだよ?

こんなに気持ちの良い寝顔を見ていたら、睡魔が襲ってきちゃうよ。

あーダメ、もう、限界、おやすみロジャー………。

 

 

ー三人称side

 

 

リョウ「あれま、二人揃って寝ちまったか」

 

朝からの戦闘に若干疲労の色を浮かべたリョウが地面へと降り立ち、アイリとアリスが寝ているベランダへと歩いていき、空いている椅子に座った。

座ると同時に、朝の涼しげな風が戦闘で火照った体を撫でるように通り過ぎる。

 

リョウ「良い風が吹くな。 こりゃ眠くなるわな」

 

両手を頭の後ろへ回し、何気無く上を向いた。

 

雲一つない青空が広がっている。

 

この様な青空を見ていると、悪魔達との戦闘、世界の監視者としての役目等の厄介事や成すべき事、全てを忘れてしまいそうな感覚に陥ってしまう。

それほどこの景色に癒され、感無量な面持ちで深く息を吐いた。

 

リョウ「ホンマ、平和やなって思ってしまうわ。 平穏な日々が毎日続いたらどれ程いいことか」

 

リョウが言うように現実は甘くはない。

何の前触れもなく突如として災厄というのは訪れるもの。

アイリが過ごしていた平穏でのどやかな世界とは違い、科学では解明できない魑魅魍魎とした者達が住まうこの世界では、必ずしも平穏な日々を過ごせると言う保証は何処にもない。

況してやアイリは悪魔族に抹殺対称として命を狙われている。

 

それを知ったアイリは己自身を護るために、リョウの世界の監視者の手助けのために強くなりたいと願い、自ら危険な道へ歩みだしているため、リョウとしては心配でどうにかなりそうでいる。

アイリが負傷しないよう守護しなければならないことだが、戦うということは、実戦を積まなければ決して成長することはない、避けては通れぬ道だ。

 

勿論リョウはそれを重々承知はしているものの、複雑な心境でいるのは確かだった。

だが、アイリ本人の意志を尊重したいとも思っていたため、リョウは最後まで付き合うと心で誓っていた。

アイリの内にはまだ秘められた力がいくつか眠っており、才能があるため成長が爆発的に早い。

強くなれば大抵の悪魔とも渡り合え、自己防衛が可能となる。

結果的には、アイリの身を護れることに繋がるのだ。

 

リョウ「アイリのために、わしも全力で頑張らないとな。 もう、二度と失敗は許されないからな。」

 

冷たく低いトーンで自分に言い聞かすように呟くと、席を立ち上がり、朝食の食器を洗うため静かに家の中へと戻っていった。

 

 




アリスも主人公ポジションみたいになってきそう…というよりそうですね。


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第18話 救済の光

正月休みは暇になりそう。


 

?「むーーーつーーーきーーー!!!!」

 

戦闘を終え、リョウは自室で休息をとっていたのだが、周囲の空気どころか家全体をも揺るがす程の怒声が響き渡り驚嘆した。

リョウは声がしたであろうリビングへと急ぎ足で向かい扉を開くと、怒声を荒げていた声の主がいた。

 

時空防衛局の第一時空防衛役員に所属する、光明寺結愛だ。

 

睦月「うわああぁ許してくれー!!」

 

結愛は額に青筋を立てながら睦月にプロレス技の一種であるコブラツイストを掛けていた。

睦月は脇腹の疼痛に顔を歪ませ涙目になり叫声を上げている。

 

本日二人目の突然の訪問者が先程まで鼾をかき爆睡していた少女にプロレス技を掛けているという、端から見れば理解不能な光景だが、察しの付いたリョウは苦笑いで結愛に声を掛けた。

 

リョウ「よう結愛。 誰かさんのせいで朝っぱらからご苦労様やね」

 

結愛「おはようリョウ。 ホント、誰かさんのせいで、大変、よ!」

 

睦月「いてててて!! こ、これ以上やられると、あばら骨が折れる…!」

 

リョウ「人間には、215本も骨があるんだ。 一本くらいなんだよ」

 

睦月「いやいやそれでも折れるのはごめんだぜ! 頼む結愛ー! 今度ケーキバイキングを奢ってやるからよぉ!」

 

睦月の必死の説得に応じたのか、結愛は技を解き、床に睦月を下ろすと腕を組みそっぽを向いた。

 

結愛「…しょうがないわね。 今回だけは許してあげるわ。 けど、今度また報告書を提出しに帰還しなかったら…どうなるのか、分かるわよね?」

 

睦月「ひぃっ!? も、勿論です!」

 

睦月は冷や汗をかきながら結愛に敬礼をした。

 

リョウ「結愛は相変わらず甘いものには弱いみたいやな」

 

結愛「う、うるさいわよ/// さぁ睦月。 今すぐ本部に戻ってきなさい。 報告を怠っているなんて、リュートが知ったら魔法を叩き込まれるわよ?」

 

睦月「うっ…それは、勘弁だぜ。 分かったぜ、本部に戻るとするぜ。 あ~、頭が痛むぜ~。 昨日飲みすぎたかな~」

 

渋々と言った表情で睦月は上着を羽織り、戦闘の際に必需品となるポーチを腰に取り付けると、酒の飲みすぎによる頭痛を少しでも抑えるためキッチンへと向かい、蛇口をひねり棚から取り出したコップに水を入れ、ごくごくと音をたてながら飲み干した。

 

睦月「ふいぃ~。 さて、めんどくさいけど、本部に戻って報告するとしますかな。 結愛~、行くぞ」

 

結愛「私はまだ行かないわ。 リョウに用があるから、先に帰っててちょうだい」

 

睦月「あいよ、分かったぜ。 じゃあなリョウ。 今回は手伝ってくれてありがとな。 アイリやラミエルにも礼を言っといてくれ。 また暇な時にでも来るぜ」

 

リョウ「あぁ、またな。 無理しないよう、仕事頑張れよ」

 

睦月は笑顔で親指を立て返事をし、リビングを後にした。

 

リョウ「…さて、わしに話があるみたいやけど、どういった御用件で?」

 

結愛「本部から私達第一時空防衛役員に指示が出たのよ。 今回の件は大きいから、あなたにも手伝ってもらいたいと申請が来ているわ」

 

リョウ「またわしが手伝うんかい? わしは世界の監視者であって時空防衛局の役員ではないんやから、毎度毎度と協力することは難しいで」

 

結愛「本当なら時空防衛局に所属する者達だけで解決しなければならない。 私個人では、重々承知しているわ。 でも、現状は世界の監視者であるあなたの力を借りなければならないという状況。 ふふ、上からの命令とは言え、情けない限りだわ」

 

結愛は目線を逸らすと、自らを哀れむように微笑した。

自分を卑下する結愛を見たリョウは咄嗟に気遣いの言葉を掛けた。

 

リョウ「結愛、この世界は広い。 いつ何時、如何なる世界で異変が起きるかなんて、誰も分からんこと。

時空防衛局の人達ではどうにもならないような事だってあるんだ。 それはわしも同じ。 世界の監視者と呼ばれているものの、わし一人じゃ解決できない異変はあるから、時空防衛局に応援を依頼することだってある。 事の大きさにもよるが、解決するに至らない状態になったときには、お互い協力し、助け合っていけばええんよ。

結愛達は決して、弱いわけやあらへんのやから」

 

結愛「…ありがとう、リョウ。 慰めの言葉を掛けるなんて、珍しいわね?」

 

リョウ「結愛のためになったかは定かではないけど、こんなわしでも慰藉するくらいならできるからよ」

 

結愛「あなたは相変わらず、優しいわね」

 

リョウ「うーん、自分じゃあまりそうは思ってへんからねぇ。 優しさだけで人が救えるわけやないんやし」

 

結愛「でも、優しさがなければ、誰かを救うことなんてできないでしょ? 私達は護るために戦っているんだから」

 

リョウ「まぁ、確かにその通りやな。 っと、話が逸れたな。 それで、用件とは?」

 

結愛「あら、何だかんだ言って、協力はしてくれるのね」

 

リョウ「大事な仲間の頼みやからな。 できる限り力にはなりたいからね」

 

結愛「今回はリョウの好意に甘えさせてもらおうかしら。 本当に感謝するわ。 今回の任務は、3日後に控えたサリエルのライブの護衛なの。 本来ならディーバナイトの護衛だけで事足りるのだけれど、エクリプスの連中がライブを襲撃する可能性があるという情報が垂れ込んだから時空防衛局も動くことになってしまったのよ」

 

結愛が言葉にしたエクリプスとは、世界を支配し我が物にしようと、世界を転々と渡るテロ集団の様な存在だ。

交渉等の穏便な事は決して望まない、武力一つで押し切り圧倒する野蛮な集団で、時空防衛局が最も目を見張る程の危険分子だ。

 

何故そんな彼等がディーバのライブを襲撃するのかと言うと、ディーバを人質として捕らえるためである。

 

世間一般には公開されていない情報だが、ディーバの歌声は世界の均衡を保つ効果があり、WSDのアイドルとして世界を巡り歌を歌うことにより、世界の均衡を保っている。

 

数千年前からこのような形で均衡を保ってきており、一度も崩されたことはないという。

エクリプスは均衡を保つための重要な人物となるディーバを人質に取り、世界樹を我が物にするのが最終目的だと言われている。

 

世界樹はあらゆる世界を生み出す存在であり、ディーバの歌声を聞くことにより均衡を保つためのエネルギーを生み出す器でもある。

ディーバの歌声がなければ世界樹はエネルギーを生み出すことができなくなり、自然とあらゆる世界に何らかの影響が表れ始める。

エクリプスは時空防衛局や女神フォオンまでもが恐れる事態となる事を知っているため、ディーバと引き換えに世界樹を手に入れようとしている。

世界樹を奪われてしまうと、世界樹から放出されるエネルギーを利用し何か別の目的に使用するのは目に見えて読み取れる。

別の目的で利用されてしまっているため、当然ながらエネルギー不足となり世界の均衡を保つことができなくなる。

ありとあらゆる世界に被害が出るであろう。

何者かに世界樹が利用されている場合に、ディーバが歌を歌わなくなればエネルギーが生成されることもないので、歌わなければ然して問題ではないとも思えるのだが、そういうわけにもいかない理由がある。

 

ディーバの歌声を聴けなくなった世界樹は、枯れ始めてしまう。

歌声が栄養源となっているかまでは不明だが、歌声を聴かなければ万全の状態で活動できなくなり、エネルギーの生成ができなくなり、世界樹自体も弱ってしまい、世界樹が根を下ろす世界に被害が出かねない。

なので例えエネルギーを使役している者が存在していたとしても、歌を歌い続けなければならないのだ。

 

リョウ「サリエルのライブって3日後やったんやな、知らんかった。 エクリプスの奴等がディーバを狙ってるとなると、わしが動かん訳にはいかへんな。 了解や、全面的に協力させてもらうよ」

 

アイリ「話は聞かせてもらった!」

 

リョウ「ホいつの間に!?」

 

結愛との会話に傾注していたリョウは知らぬ間にテーブルの下へ潜り込んでいたアイリの存在に気が付かず大袈裟な動作を見せ驚いた。

 

結愛「結愛さん、2日しか経ってないけど久し振り!」

 

結愛「えぇ。 また会えて嬉しいわ」

 

リョウ「さっき寝たばかりやってのに、いつから起きてたんや?」

 

アイリ「結愛さんが大声で叫んだあたりから。 あんなでかい声出されたら誰だって起きちゃうよ。 その後誰にも見つからないようにこっそり静かに素早くテーブルの下へ隠れたんだよ」

 

先刻、結愛が睦月に浴びせた天をも揺るがすほどの怒声で目を覚ましてしまったアイリは、人目を忍んで足音一つ立てずに床を這うようにテーブルの下へと潜り込み、リョウと結愛の会話を盗み聞きしていたのだ。

 

追記する必要は皆無だが、アリスは口から涎を垂らし今尚睡眠中だ。

 

結愛「アイリが隠れていたこともそうだけど、私としてはアリスがいることに驚いてるわ」

 

リョウ「今朝頃いつの間にか家にいたもんでね。 気紛れな奴だよホントに。 あとアイリ、変に俊敏なところはゴキブリみてぇやな」

 

アイリ「酷ーい、幾らなんでもその例えは嫌だな~。

あたし火星にいるような黒色の生命体じゃないんだから。 それより、さっきの話なんだけど、あたしもリョウ君と一緒に行っていいの?」

 

リョウ「流石に今回は却下や。 エクリプスの奴等は危険分子の集まりや」

 

アイリ「売人、ポン引き、淫売共の巣窟?」

 

リョウ「そうじゃない、ってかネタを挟むな。 全世界を敵に回すようなヤバい連中なんや。 アイリを危険な目に合わす訳にもいかんから、今回は家で大人しくしていてくれ」

 

アイリ「あたしの事を考えてくれてるのは本当に嬉しいことなんだけど、ずっと護られてるだけじゃ駄目かなって思うの」

 

リョウ「………」

 

アイリの相手を射抜くような真っ直ぐな瞳を見てリョウは押し黙りアイリの意見に耳を傾ける。

 

アイリ「そりゃあたしだって戦前に立って異形の存在と戦うのは怖いけどさ、逃げてばかりじゃ何も始まらないもん」

 

結愛「アイリの意見には私も賛成するわ」

 

リョウ「結愛…!」

 

結愛「私もアイリの手助けをしてあげられるわ。 この子は私もリョウもそうだったように、実戦で学ぶのが一番効率がいいと思うわ」

 

リョウ「わしもそうは思ってる。 だからと言って危険だと分かっている場所に自ら行くことはないやろ」

 

アイリ「危険な目にはあたしもう転生してから二度も味わってるんだよ。 あたしはまだまだ未熟だから、一人では到底切り抜けられない出来事だったけど、リョウ君がサポートしてくれるようなら何とかなると思うの」

 

リョウ「わしが付いていれば大丈夫、本当にそう言い切れるのか?」

 

先程までも真面目な表情でいたが、眉をひそめ威圧感を漂わせる険しいものとなり、アイリは強張らせた。

 

リョウ「戦闘経験が豊富なわしがいたところで、100%無事でいられるなんて保証は何処にもない。 実力も未熟だが考えもまだまだ未熟や。 どうしようもならない状況で誰かの手を借りるのは決して恥ずかしいことやない。 でも、本当に自分の力だけでは手に負えない状況になった時に行う手段や。 自分の実力に自信を持つのはええことやけど、アイリはまだ強豪相手に戦えるほどの実力がない。 力が備わってないのに戦地へ踏み込もうとするのは無謀なこと。 戦場で誰かが護ってくれるから自分は全力で戦える、そんな甘い考えがあるようなら、戦地へ出向こうとなんてするんやない。 その甘さ、油断は死を招くからな」

 

今までにない峻厳な言葉を投げ掛けられ、アイリは心を強く殴られたような感覚に陥った。

 

リョウの言葉で自分が如何に自分の能力と実力を過信していたかを思い知らされ、落ち込むように下を向いて唇を噛み締めていた。

 

結愛「…じゃあ、一人でも困難を乗り切るほどに強くなれれば、一緒に行っても良いって事よね?」

 

アイリ「えっ…」

 

結愛「私が修行してあげる。 時空防衛局でも新米相手に格闘戦術を教える教官みたいな役職に就いたりしてるから、人並みに教えるのは上手い方だから」

 

リョウ「結愛! そんな勝手に…」

 

結愛「リョウ、私に任せてもらえないかしら。 あなたがアイリを危険な目に合わせたくない気持ちは重々承知しているわ。 でも、いつかはアイリも一人で立ち向かわなければならない時が来るわ。 雛鳥がいずれ巣を旅立つのと同じ。 親鳥がずっと雛鳥に付いて行くわけではないでしょ?」

 

リョウ「……分かった。わしもできる限り手伝うから、アイリの修行を宜しく頼む」

 

渋々と言った様子ではなく、結愛の発言を信じリョウはアイリの修行を承諾した。

 

アイリ「結愛さん…! ありがとう! あたし期待に答えれるように精一杯頑張るね!」

 

結愛「やるからには徹底的にやるから、覚悟しといてね?」

 

結愛は悪戯っぽくアイリにウインクをし、中庭の方へと歩んで行く。

 

リョウ「今からやるのか?」

 

結愛「えぇ勿論。 私は昼から任務があるから長居はできないから、今からの方がありがたいの。 言っておくけど、やるからには本気でやるからそのつもりでね」

 

アイリ「オッケーです! さっきちょっとだけ寝たから体力も大分回復したからあたしはいけそうだよ!」

 

アイリは元気良くその場でストレッチを始め、十分に体力が回復したのを見せた。

 

人間であった時ならば相当な運動量だったため疲労困憊で動けなくなる程だったであろうが、今のアイリは天使、人間と容姿は酷似しているものの体力から治癒能力といった面は人間とはかけ離れている。

故にアリスとの戦闘で消費された体力は一眠りしたことで瞬時に回復されたのだ。

 

アイリ「それで、結愛さんってどんな戦闘スタイルなの? ブシドー? エリアル?」

 

結愛「え、えっと、良くわからないけど違うわ。 接近戦を主にしてるから、教えるのは近接格闘術になるわね。 アイリの武器は弓だから遠距離攻撃が主体となる筈だから、接近戦にも対応できるようになっておいた方が良いと思うの」

 

アイリ「やった! あたし丁度接近戦の技を習得しておきたいと思ってたところだったの!」

 

先程のアリスとの戦闘においてアイリの技を幾つか拝見していたリョウは、アイリのガーンデーヴァを用いての遠距離技は多数存在する事と、想像し頭で描いた技を具現化し更にそれを初めてながらにして使いこなしていたのを確認し、これ以上弓術を磨く必要がないと考えていたので、接近戦を行う修行について特には口を挟まなかった。

 

リョウ「まさかその姿でアイリとやり合うのか?」

 

結愛「流石に変身させてもらうわ。 この姿のままだとアイリの技を受けたらタダじゃ済みそうにないから。」

 

アイリ「ん、変身?」

 

結愛「アイリは知らないし見せたこともなかったわね。 見せてあげるわ、私のもう一つの姿を。」

 

服の内側に入っていたため見えてはいなかったが、首に掛けてあった淡く輝きを放つ正八面体の形をした翡翠色の水晶が付いたネックレスを取り手に掴んだ。

 

結愛「アルカディア、シャイニングリンク!」

 

力強く叫ぶと同時に、眩い光が結愛を包み込んだ。

突然の光にアイリは腕で顔を覆い目を瞑った。

 

アイリ「な、何が起きたの? ……あっ」

 

光が晴れたときには、そこには先程までとは全く違う姿の結愛が地に立っていた。

 

髪は茶色から翡翠色へと変化し、頭には天使の羽のような髪止めが付いており、白色のリボンで止められたポニーテール。

背中が大きく露出した翡翠色の基調とした衣装に、両手首には白色のリストバンド、胸には翡翠色の宝玉が付いた白いラインが走る黄色のリボン。

腰から短めに突き出た白色のマント。

白色のスパッツに、踵に天使の羽のような物が装飾されたハイヒールブーツ。

 

?「救済の光、ライトニングアルカディア!」

 

翡翠色と白色を基調とした衣装を身に纏った結愛は声高らかに変身した自分の姿を名乗った。

 

アイリ「うっわー!! すごーい!! プリキュアみたいなのに変身しちゃったよ!!」

 

幼い女の子なら誰でも憧れるであろう、愛と平和のために戦う色鮮やかな衣装を身に纏った戦士になることを。

 

アイリもその一人で、現実世界で放送されているテレビ番組に登場する変身ヒロインの姿とほぼ酷似している結愛を見て興奮せざるを得られない様子だ。

目を星空のようにキラキラと輝かせ変身した結愛の姿を頭から足の指先まで舐めるように見ている。

 

アルカディア「そ、そんなに見られると、恥ずかしいわね///」

 

アイリ「だって変身したんだよ!? 女の子ならこういうのに憧れるのも当然だよ! セーラームーンとかプリキュア! シンフォギアなんかもいいね! 変身道具を使い変身するための言葉を叫び可愛い衣装に着替えて妖精さんや周りの仲間達と一緒に世界を滅ぼそうと企む悪の組織をやっつける! ただやっつけるんじゃなくて、最後には敵と和解してハッピーエンドになるってかんじが堪らなく好きなんだよ!」

 

リョウ「取り敢えず落ち着け」

 

アイリ「どれでぃあ!?」

 

興奮が収まらず鼻息が荒くなっているアイリの頭にリョウが力加減をして放ったチョップが炸裂した。

平静を取り戻し、騒ぎ立てていた事に恥じらいを感じたのか、苦笑いを浮かべ頬を赤く染めていた。

 

アイリ「えへへ、テンション上がっちゃった。あたしも変身したりしたいな。 キュアエンジェル! みたいに」

 

リョウ「なれないっつーの。 結愛はプリキュアとは似てるけど全く別物の戦士やからな」

 

アルカディア「私はフェアリルという世界を守護する戦士、ピースハーモニアの一人なの」

 

結愛の住む世界には二つの国が存在している。

 

人間や妖精、亜人等が住まうフェアリル。

魔族が住まうデスピア。

 

デスピアの者達は太古の昔から我が国の領土を拡大するために、フェアリルを占領しようと野心を剥き出しにして攻撃を仕掛け続けている日々が続いていた。

フェアリルの人々はデスピアの邪悪なる力に対抗するために、フェアリーストーンと呼ばれる神秘の力が籠められた石を利用することで、魔族をはね除ける戦士へと変身するための術を生み出した。

それが、世界に平和と調和を齎すピースハーモニアだ。

 

だが、ピースハーモニアは誰でもなれるというものではない。

 

優しく、相手を慈しむ心と、どんな困難にも屈しない強い思いと精神力が必要とされる。

当てはまる人物を探し出すのは困難を極め、ピースハーモニアとなれる人物は指折りで数える程の極僅かな人数しか見つからなかった。

 

二つの国の争いは絶えることなく続いており、今現在では結愛を含む四人の戦士がフェアリルを護っている。

 

アイリ「結愛さんの世界も大変みたいなんだね。 状況としては天界と冥府界が争ってるみたいなかんじなんだ。 ところで気になったんだけど、結愛さんはどうして自分の世界を離れて時空防衛局にいるの?」

 

アルカディア「うーん…まぁ、色々あるのよ。 話すと長くなるからまた今度、ね。 さぁ、早速始めていきましょう」

 

アイリの質問を出した途端、顔が一瞬曇ったかと思うと不自然な笑みを作り、まるで話を逸らすかのように修行を始めるよう促した。

 

アルカディア「本当なら基礎から色々と教えていきたいところだけど、時間が限られているし、アイリ自身の種族が天使なだけあって基礎体力は人間を凌駕しているだろうから、実戦でいかせてもらうわ」

 

本来なら基礎体力を付けるためにトレーニングを積むところなのだが、時空防衛局の任務であらゆる世界を行き来しなければならないし、ライブ開催まで日数が三日という残り少ない時間だったため、致し方なく実戦で修行するという手段になった。

アイリとしては、実戦で学ぶ方が効率が良かったため好都合だった。

 

アイリ「き、緊張してきたな…」

 

アルカディア「変に緊張しない方がいいわよ。 体が強張って堅くなり動きが鈍くなるから。 深呼吸して落ち着いて」

 

アイリ「なるほど。 ヒーヒーフー」

 

リョウ「だからそれラマーズ法だって」

 

アイリ「ナイスツッコミ! いつも通りにふざけてたら緊張取れちゃったみたい。 うっしやるぞー! 一方的に殴られる痛さと怖さを教えてあげる!」

 

リョウ「今のアイリじゃブーメラン発言やな」

 

アルカディア「相変わらずおもしろい子ね。 アイリが先攻で良いわよ」

 

アイリ「え、良いの? じゃあお言葉に甘えていかせてもらいましょうかな!」

 

結愛の提案に快く乗ったアイリはどんな攻撃を繰り出すのかと思考していると、両手の指を地面につけ、前足側の膝を立て、後ろ足側の膝を地面につけた。

陸上競技で見られるクラウチングスタートと呼ばれる構えをとっていた。

 

アイリ「虚刀流七の構え、『杜若』」

 

アルカディア(あからさまな突撃の構えね)

 

他に類を見ない異様な構えを不思議に思いつつアルカディアは後屈立ちとなり、両手を前に出し構えた。

 

リョウ「おいおい、お前虚刀流なんか使えないやろ」

 

アイリ「まぁ見ててよリョウ君! 位置について、よーい、ドン!」

 

勢い良く地を蹴り、低空飛行するように飛びアルカディアへと接近していく。

 

アイリ「『竜巻旋風脚』!」

 

リョウ(結局架空の技かよ)

 

体を回転させ、アルカディアの横脇目掛けて回転蹴りを放つ。

 

アルカディア「以外と単純だけど、おもしろい技ね。 でも…」

 

アルカディアは煙を払うかのように腕を軽く振るうだけでアイリの技を受け止めた。

 

アルカディア「そんな技じゃ私には届かないわよ?」

 

アイリの脚を鷲掴み、勢い良く後ろへと放り投げた。

空中で体が何回転かしていたが翼を広げ気合いで態勢を立て直しガーンデーヴァを召喚しようとした。

 

アイリ「えっ…!?」

 

アルカディア「態勢を立て直すのが遅いわ!」

 

態勢を立て直した時には既にアルカディアが目の前で技の構えをとっていた。

アイリがガーンデーヴァでバリアを張ろうとしていたが、瞬時に目の前に移動していた事に驚いた隙を逃さず、素早い動きで両手を突き出し、アイリの鳩尾に掌底を叩き込んだ。

 

アイリ「かはっ……!?」

 

体がくの字に曲がり、体の中にある酸素が一気に吐き出されるような感覚が襲い掛かると、勢い良く後方へ吹き飛び地面へと叩き付けられ、数メートル地面の上を転がりうつ伏せの状態で倒れる。

今まで感じたことのない痛みに咳き込みながら腹を抑え、痛みに悶え体を丸くしている。

アルカディアはアイリのすぐ側に華麗に着地し、悶えているアイリを見下ろしている。

 

リョウ「アイリの種族が天使とはいえ、初っ端にしてはやり過ぎやない?」

 

アルカディア「言ったでしょ。 やるからには本気でやると。 少しは危機的状況に陥るということも、学んで欲しいという思いもある。 修行の時点で中途半端に引き気味で戦えば、実戦で己の本領を発揮されはしない。

だから私は本気で稽古をしているのよ」

 

アイリ「うぅ…ぐっ、なる、ほど。 確かに、その通りですね」

 

アイリは生まれたての小鹿のように足が震え、ふらつかせながらも立ち上がった。

ダメージが残っているのか、腹を抑え、空元気で作り笑いを浮かべながらも、まだ戦える意思があることを述べる。

 

アイリ「あたしはまだまだやれますから、全力でお願いします!」

 

アルカディア「分かったわ。 じゃあ、次はこちらからいかせてもらうわ!」

 

アルカディアはダメージを負い体が泳いでいるアイリに躊躇なく正拳突きを放った。

アイリは腕を体の前で交差させ正拳突きを防ぐが、細い腕からは到底信じられない威力で放たれた拳を威力を殺し防ぎきることはできず、後ろへ足下をふらつかせながら下がってしまう。

アルカディアは間髪入れず体を回転させ後ろ回し蹴りを顔面目掛けて振るう。

咄嗟にしゃがんだため、真っ正直から受けることは免れた。

 

アイリ「『アローランサー』!」

 

一か八かの咄嗟の思い付きで発想した技を行使した。

右手に光の矢を召喚し、アルカディアに矢先を向け思いきり突き出す。

普段の弓矢なら相手に届くことのない長さだが、突き出した瞬間、矢先に光が集束し、槍のように長くなった。

思いもしない反撃に体を仰け反るようにして攻撃を回避し、バク転を繰り返し距離を取った。

 

アルカディア「やるわね。 早速接近技を使えるようになってるわね」

 

アイリ「上手くいくかどうかは分からなかったからドキドキだったですけどね。 次はガーンデーヴァを使っても良いですか?」

 

アルカディア「ええ、問題ないわ。 どちらかというとあなたは素手より武器を用いた接近戦の方が向いているみたいだし。 相手が切断系の武器を使用していたとしても、素手で対抗する手段ならあるから。 『ライトニングガントレット』!」

 

アルカディアの前腕に緑色の電気が迸り、電気で生成された籠手を身に付けた。

 

アイリ「やっぱり、結愛さんも電気を操る能力だったんだ」

 

アルカディア「能力で私の力を読み取ったみたいね。 今からはバンバン使っていくから、上手いこと避けるか受け止めて頂戴ね?」

 

アルカディアは拳を握り再び接近する。

アイリは弓矢を消し、ガーンデーヴァを再び召喚し、勢い良く降り下ろす。

アルカディアは雷の籠手を纏った腕でガーンデーヴァをいとも簡単に防ぎきり、金属がぶつかり合う音が耳をつんざく。

腕を押切りガーンデーヴァをはね除け、雷の拳がアイリ目掛けて放たれる。

 

アイリ「『エンジェルリフレクション』!」

 

手が届くほどの至近距離でバリアを張り、攻撃を防ぐと同時に後方へ飛び退き距離を保ち、再びガーンデーヴァを構え直す。

 

ガーンデーヴァの下部を持ち、剣術で用いられる構え方の一つである、脇構えの態勢でアルカディアを見据えている。

何かしら策があるかは明白ではないが、アルカディアはアイリが放つ予想外の技の危険性を全く考慮せず、地を蹴り走りだす。

正に猪突猛進とも言える様子だが、己の実力に自信を持っているからこそ成せる行為であろう。

己の実力を過信しているという訳ではなく、絶対的な自信を持つことで、危機を乗り切れるという考えに基づき行動している様子だ。

 

アイリ「あたしの必殺技いくよ! 篤とご覧あれ!

『光弓三日月斬』!」

 

ガーンデーヴァが光に包まれ、一本の大剣と化し、体を回転させ、光り輝くガーンデーヴァを力強く横に振るう。

アルカディアは両腕を前に交差し光の刃を防ぎきるが、重く大きな一撃に数歩後ろへと下がる。

 

アイリ「まだまだ! 追加効果あるよ!」

 

振り返り様に再びガーンデーヴァを力強く横に振るった。

光の刃は誰もいない空を斬っただけだったが、三日月形の光弾が光の刃から放たれ、凄まじい速さでアルカディアへと向かっていく。

アルカディアは避ける動作を見せず、その場で両足を地から離れないよう着け、両手で光弾を易々と受け止め、横へ払い除けると、アイリと距離を縮めるために走り始めた。

 

アイリ「『輝弓牙』!」

 

持ち方を維持したままガーンデーヴァを前に突き出すように構えると、光が弓の先端へ集束していき、マンモスの牙のように鋭い湾曲した光の刃が生成された。

続けて繰り出された接近技にアルカディアは驚く仕草を見せることなく跳び上がり、湾曲した部位の逆刃を土台にし踏み込み、アイリへと飛び掛かった。

 

アルカディア「『ライトニングスパーク』!」

 

両手に集積された緑色の電気の塊を勢い良く前に出しアイリの腹に勢い良く容赦なくぶつける。

直撃を受けた瞬間、電気の塊は小さな火花を散らしながら爆発した。

まともに強力な電撃を受けたアイリは体の中で溜まっていた酸素を吐ききり、後方へと吹き飛び地面を横転した。

先程受けた掌底の威力を遥かに上回る技を受け、感じたことのない、体を引き裂かれるような痛みに悶絶していた。

地面に横になり、呻き声を上げながら腹部を押さえたまま体を丸め、荒波の如く押し寄せる痛みを耐え抜いている。

 

アイリ「う………うぅ…かはっ…」

 

痛みが全身を迸る。

呼吸が定まらず、気が遠退いていく。

 

苦痛が全身を支配するなか、背中に優しく暖かい何かが触れるのを感じた。

 

リョウ「初めての接近戦にしては、そこらの雑兵よりかは強いと思ったで。 よう頑張った。 ゆっくり深呼吸して。 それで少しは落ち着いてくる筈やから」

 

リョウがやや早歩きでアイリへと歩み寄り、優しく背中を摩っていた。

柔らかな口調と優しく暖かい手でアイリを襲う苦痛を少しでも鎮静化させようとする。

 

言われたようにゆっくりと息を整え始めた。

体の中へ酸素が入り込んでいき、心身共に落ち着きが取り戻されていくような感覚が包み込み、痛みも次第に引いていった。

完全ではないが、体を起こせる程度には回復した。

 

アイリ「ありがとう、リョウ君。 だいぶ楽になったよ」

 

リョウ「…そうか」

 

未だ痛みに顔を少々歪めてはいたものの、自分は無事なのだと笑みで答えた。

リョウは背中を摩る手を下ろし、息を大きく吐き大事に至らなかったことに安堵した。

 

アルカディア「少しやりすぎたかもしれないけど、実戦だとこうもいかないわよ」

 

アルカディアが悠々とした態度でアイリの元へとやってきた。

 

アルカディア「実戦ではほんの些細な隙でも命取りになるわ。 今のアイリだと、技は悪くないのだけれど、発動した後の隙が大きすぎて一気に狙われ叩かれる可能性があるから、相手の行動を即座に読み取る洞察力と、相手の攻撃を避けきるか防ぐために動く瞬発力も必要ね。

今のあなたにはどれも欠けているから、徹底的に叩き込んでいかないといけないわね」

 

時空防衛局に所属しているだけあり、長年戦い続けてきただけありその実力は伊達ではないようで、短時間での戦闘で的確にアイリの改善点を見つけ淡々と述べた。

 

アイリ「あたしもまだまだなんだな。 自惚れすぎてたのかな…」

 

アルカディア「自虐的になることはないわ、アイリ。 自分は必ずやり遂げられる、できるんだという強い思いも大切になってくるから、自信を持ち前へ進んでいくことは大事なことだと思うから、何一つ間違ってなんていないわ。 あなたは戦いを知り日が浅いわ。 格闘術を学んできた人間なら兎も角、何の変哲もない日常を過ごしてきたなら基礎を知らないのは仕方のないことなのよ。

初めての事をを何も知らないのは当たり前、今から少しずつ学んでいけばいいのよ。 私が教えられる事柄、時間は限られているけど、あなたの期待に応えられるよう誠意を込めて教えていくわ」

 

アイリ「はい! よろしくお願いします、結愛さん!」

 

自分自身の特別な力と戦闘の才能を過信しすぎていたのではないかと思い若干悲観的になっていた。

アルカディアの励ましの言葉を聞き再び勇気付けられ元気を取り戻した。

 

アイリは立ち上がろうとするものの、ダメージを受けたせいか、一瞬よろめいたがリョウが透かさず肩を貸し支えたため倒れることはなかった。

 

アルカディア「休憩にしましょうか。 私が稽古をしてあげられる時間は限られてはいるけど、リョウやピコがいれば稽古に付き合ってもらえるだろうから、時間は無限にあるから焦る必要もないわ」

 

ピコ「僕達が付き合ってあげるのは強制的に決定なのか~」

 

リョウ「おぉ、ピコ、いたのか。 ってか起きてたのか」

 

ピコ「いたってば! 小さくなったから気付かなかっただけでしょ! あれだけ大きな音がすりゃ起きちゃうよ」

 

いつの間にかリョウの足元まで忍び寄るかの如く気配を感じさせずに近付いていたピコは人間サイズになり頬を膨らませていた。

 

大きな音というのは、アイリとアリスとの戦闘による爆音のことだ。

特にアリスの放った『スートメテオ』は地面に着弾したときの音と衝撃は相当のもので、熟睡してる人でなければ起きないわけがない程の音量だった。

朝から爆音により目覚めたピコと、同じ理由で目を覚ましてしまったカイはなんとも災難な目にあってしまっている。

 

アイリ「結愛さんのお言葉に甘えて休憩を取らせてもらおうかな。 リョウ君、コーヒー淹れて~」

 

リョウ「自分でやれい。 若しくは喫茶店でも行ってこい」

 

アイリ「喫茶店か~。 『ラビットハウス』か『ポアロ』がいいな~」

 

リョウ「そりゃ空想の喫茶店やろうが」

 

アイリ「流石、なのかな? やっぱりリョウ君にはバレたか。 結愛さんもコーヒーいりますか?」

 

アルカディア「えぇ、いただこうかしら」

 

アルカディアの体全体が緑色の光に一瞬包まれると、元の姿である結愛へ戻った。

 

リョウ「やれやれ、しょうがないなぁ。 わしがコーヒーを淹れてやるよ、お姫様達」

 

結愛「ふふ、私達が満足できる味じゃなきゃ、淹れ直してもらおうかしら?」

 

リョウ「泣けるわ」

 

弄ばれ嘘泣きをするリョウを見て結愛はどこかしら上機嫌でいる。

 

結愛には今時で言うSの属性があるわけではなく、仕事上付き合いの長いリョウとは相互理解を深めており、普段から巫山戯あうノリで会話をしているだけのようだ。

 

渋々承知したリョウはどこかしら重そうな足取りでベランダから靴を脱ぎリビングへと入っていく。

続くようにアイリと結愛もリビングに入ると、ドタドタと音を立てながら小さな何かがアイリの足にぶつかった。

 

カイ「アイリ、おはよう!」

 

アイリ「カイ君! おっはー!」

 

カイを見た途端目をキラキラと輝かせたアイリは小動物を撫でるかのように頭を撫で回した。

頭を撫でられ気持ち良さそうに目を細め笑顔になったカイを見てアイリは骨抜きにされている。

 

アイリ「えへへ~。 本当にカイ君はあたしの癒しだよ~。 おまわりさんあたしです」

 

リョウ「自首するのかよ」

 

アイリ「分かってないなぁリョウ君、カイ君の可愛さは犯罪級だよ! ショタコンの人なら全裸待機待ったなしだと思うよ?」

 

リョウ「おまわりさんこいつです」

 

アイリ「じゃあリョウ君も一緒に御同行してもらうからね!」

 

リョウ「わし何にもしとらんやんか」

 

アイリ「あたしのパンツ見たじゃん!」

 

結愛「……リョウ」

 

リョウ「汚物を見るかのような目でわしを見ないでくれ。 あんなの事故やし不可抗力やろう。 しゃーなしだな!」

 

結愛の冷やかな視線を浴び、内心焦りを見せているリョウは表情には出さず何気ない顔で自分で淹れたコーヒーを啜った。

 

アイリ「そりゃ確かに不可抗力だろうけど、初めて異性の人にパンツ見られたら動揺しちゃうよ。 リョウ君の事だから未だにあたしのパンツの色覚えてるんでしょ?」

 

リョウ「ラムネ色やろ? 嫌でも覚えてるわ」

 

結愛「……リョウ」

 

リョウ「頼むからその目をやめてくれ! 目に光がないよ怖いよ! 落ち着け、な? どうどう」

 

結愛の背後に般若の如く顔が歪んだ阿修羅が見えたリョウは背筋に冷や汗を掻きつつも結愛を落ち着かせようと宥める。

 

カイ「もちつけ?」

 

アイリ「餅搗け?」

 

リョウ「そう、餅搗くんだ。 あーいやいや! 落ち着くんだ!」

 

アイリ「もうしょうがないなぁ。 あたしが結愛さんを宥めてあげるから」

 

リョウ「お前に言われる筋合いはないわ!」

 

結愛「お喋りはそこまで。 悪・即・斬! はぁっ!」

 

素早く席を立ち光速の速さでリョウへ近寄り、正義の鉄拳が後頭部目掛けて降り下ろされた。

 

リョウ「ふぉっこ!? うぅ…理不尽だ…がくっ」

 

アイリ「悪は滅びた。 この日を境にあたしのパンツを見た者は誰一人としていなかった…」

 

リョウ「だから見ようとして見るもんじゃねぇから」

 

アイリ「生きとったんかワレ!?」

 

リョウ「うるせいやい!」

 

立ち直ったリョウは結愛の速さにも劣らない俊敏な動きでアリスの後頭部にチョップを叩き込んだ。

 

アイリ「ぺらっぷ!?」

 

リョウ「ったく…。 ちょっと休憩したらまた修行、稽古? まぁどっちでもいいや、始めるからな~」

 

結愛「私はいつ何時でも準備万端よ」

 

コーヒーを飲み干したリョウは早々とリビングを後にした。

 

リョウに頭をぶたれて目を回しているアイリの頭をカイはぶたれた箇所を優しく撫でていた。

 

サリエルのライブ開催日まで、残り3日。

果たして、アイリは警護にあたるために自身の力を強化することができるのだろうか?

続くったら続く。

 

 

 




プリキュアは好きです(真顔)


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第19話 ライブよりガチャのチケット頂戴!

2021年最初の投稿!
コロナに負けずに頑張ります!


遂にサリエルのコンサートが行われる日となった。

 

サリエルの護衛に付くリョウと行動を共にするため、力を付けるべく、結愛に稽古を始めてもらうこと早くも三日が経った。

三日とは言え、結愛は時空防衛局の任務があるため四六時中稽古をすることができなかったため、リョウやピコ、暇潰しに家に訪れたラミエル、居候と化したアリスを巻き込みアイリの稽古を行っていた。

 

何度か休息は取っていたものの、基礎体力がリョウや結愛等の世界を巡る戦士達と比べ著しく低いせいか、疲労が見え始めていたが、弱音を吐くことなく修行を続けており、リョウは賞賛した。

結愛と実際に拳を交えることにより素手による接近戦、武器を用いての接近戦も数倍と言えるほど著しく成長し、繰り出される技の種類も増え、完成度も高いものとなった。

 

初期の頃より格段に腕を磨いてはこれたが、それでもまだアイリを一人で行動させる訳にはいかないため、リョウが同行することとなった。

エクリプスの雑兵を相手にする程度ならアイリの実力をもってすれば楽勝とも言える戦いになるだろうが、幹部等の上位に立つ者を相手にすれば、苦戦は退けないであろう。

 

女だろうが子供だろうが決して容赦をしない無慈悲な彼等と戦えば、時空防衛局の人間であろうと、最悪の場合命を落とす。

やはりリョウとしては自らの足で命が危険に晒される渦中に身を投じる事は避けたいところだったのだろうが、アイリの意見を尊重し、心に決めた事をやり遂げようとする粉骨砕身の思いを無駄にしたくなかったため、最後まで側に付きサポートしていこうと自らの心に誓った。

 

アイリ「う~、眠い。 でも、遂にこの日がやってきたね! あたしワクワクすっぞ!」

 

アイリはリョウとピコ、カイ、結愛、そして何故かついて来たアリスと共にコンサート会場である『シェオルブライトドーム』の裏口で待機していた。

起床時間が早朝ということもあり、眠そうに目を擦らせながら結愛が所属している第一時空防衛役員のメンバーの到着を待っていた。

 

リョウ「結愛、リュート達はまだ着かないのか?」

 

アリス「ふわぁ~、あふぅ。 まだなの~眠いよ~」

 

寝息を立てているカイを背負ったリョウと目を閉じ半分寝ているアリスが倦怠感を抱きつつ問い掛けた。

 

結愛「あともう少しで着くと思うんだけど、遅いわね」

 

リョウ「まさか、睦月が寝坊でもしてるんやないやろうねぇ?」

 

結愛「…あり得そうね」

 

リョウ「否定しないのかよ」

 

結愛「まぁ、睦月だから仕方ないわね」

 

アイリ「なんかムッキーが可哀想になってきた。 同情するよ、ムッキー」

 

リョウ「ん? 噂をすればなんとやらってやつやな。 第一時空防衛役員御一行の到着やな」

 

リョウが目線を移した先には白く輝く扉、ワールドゲートがいつの間にか出現しており、中から五人の男女が姿を現した。

 

睦月「うっす、久し振りだな!」

 

一人は前回のフサキノ研究所の調査で行動を共にした黒い眼帯を付けた男勝りな口調の少女、睦月。

 

白いローブを纏った黒髪の目付きが鋭い青年。

 

白衣を着た眼鏡をかけたポニーテールの弱気そうな少女。

 

肩まで伸びる銀髪が特徴的な海のように青い瞳を持つ青年。

 

白い禍々しい仮面を付けた全身を黒い布で覆い尽くされた人物。

 

アイリ「わぉ、個性が出まくってるね」

 

?「結愛から話は聞いてるが、お前ほど強い個性じゃないと思うぜ」

 

白いローブを纏った青年がアイリを見ながら言った。

 

アイリ「あたしのこと知ってるの?」

 

?「嫌ってほど、でもないが結愛からへちくりんでふざけたお調子者な奴が天界にいるって聞いてたからな」

 

結愛「ちょ、そこまで言ってないわよ!」

 

アイリ「そこまでってことは少しは悪い印象を与えるような事を言ったんじゃん!」

 

図星なのか、結愛は目を閉じ咳き込むと白いローブを纏った青年の隣へ移動した。

 

結愛「アイリは初対面だろうから、第一時空防衛役員のメンバーを紹介するわ」

 

アイリ・リョウ(誤魔化しやがった)

 

結愛「まず私の隣に立っているこの人が第一時空防衛役員のリーダーを勤めているリュート・バリアウロ。 あらゆる属性の魔法を使いこなす魔導士よ」

 

リュート「よろしく、へっぽこ天使ちゃん」

 

アイリ「ぐぬぬ…!イラッとくるぜ!!」

 

リュート「事実を述べたまでだけどねぇ。 お前の力はこれからまだまだ伸びていくだろうから、精々頑張りなよ」

 

アイリ「ふん! 言われなくても頑張ります!」

 

リュートの扇情的な態度にアイリは額に青筋を浮かべながらそっぽを向いた。

 

結愛「ごめんなさいねアイリ、リュートはこんな冷たい性格だから」

 

リュート「やれやれ、君は相変わらず、酷い言い様だね」

 

結愛「事実なんだからしょうがないじゃない。 次にこの白衣を着たこの子、名前は宮ノ瀬理緒。 戦闘はできないけれど、このチームの頭脳とも呼べる存在よ」

 

理緒「そ、そんな、私なんてそこまで大層な存在じゃないですよ~。 あ、アイリさん、よ、よろしくお願いします」

 

アイリ「はい、よろしくです、理緒さん!」

 

気弱な少女、理緒はおどおどしながらも腕を伸ばしアイリと握手を交わした。

 

睦月「そいつの愛称は『りったん』だぜ」

 

理緒「ふぇっ!? 睦月さんが勝手に呼んでるだけじゃないですか!?」

 

アイリ「じゃああたしも理緒さんのことりったんって呼びますね!」

 

理緒「あ、アイリちゃんまで~!?」

 

結愛「そろそろ次に行くわね? 次はこの白い髪をしたこの人ね。 名前はシギア・コールス。 あらゆるものを導く力を持つ超能力者よ」

 

シギア「シギアだ。 これからよろしくね、アイリ」

 

アイリ「はい! よろしくお願いします!」

 

爽やかな笑みを浮かべ握手を求めてきたシギアにアイリは快く握手に応じた。

 

アイリ「あらゆるものを導くって、結構チート染みた能力を持ってますね」

 

シギア「まぁ、そうなるのかな。 サポートとしてはかなり強力な能力になると自負してるよ」

 

睦月「シギアの能力は半端ないぜ。 こいつの能力を使えば俺の撃った弾丸を命中させる対象物へ導いて、必ず命中させることだってできるんだぜ。 まぁ俺はシギアの能力には頼らないけどな。 俺は自分の実力で相手の体を弾丸でぶち抜いてやりたいからな」

 

アイリ「ムッキーかっこいいー!!」

 

アリス「そこにシビれる!あこがれるゥ!」

 

結愛「ネタに走りたがっているみたいだから次に行かせてもらうわ。 仮面を付けているこの人は、」

 

?「皇 凶ノ助(すめらぎ きょうのすけ)。 …俺の紹介はそれだけでいい」

 

アイリ「よ、よろしくお願いします、凶ノ助さん」

 

仮面を付けているため表情が見えないが、無口なだけで気難しい性格ではないようで、アイリが差し伸べた手を快く取り握手を交わした。

 

リュート「紹介が済んだのなら早く中に入ろうじゃないか。 さっさとミーティングを始めたいし、ディーバがお待ちかねだろうからね」

 

リョウ「そうやな。 じゃあ案内頼むで」

 

メンバーの紹介が終わるとリュートは早々とシェオルブライトドームの裏口へ足を進める。

裏口やその周囲には既に時空防衛局の役員達や天界のSP達が配置されており、厳重警戒態勢に入っており、蟻一匹でも通さないとは正にこの事なのだと痛感できる。

 

リュートの後ろを歩く結愛はドームに入るための許可証を素早く取り出し裏口に立っているサングラスを掛けた男に見せると、表情変える事なく頷き扉を開けた。

裏口から入り長く暗い廊下を渡りきると、極めて広いロビーに出た。

慌ただしく準備に取り掛かる会場のスタッフ達を横切り、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉を開け、楽屋へ続く廊下を歩いていく。

 

アイリ「凄い、あたしこういう建物の裏側に潜入したの初めてだよ」

 

リョウ「潜入って、スパイじゃないんやから」

 

リュート「緊張感のない奴だな。 まぁ、アイリの場合ただバカなだけか」

 

アイリ「ぬぁんにを~! これでもあたし成績優秀なんだかんね!」

 

リュート「その割りにはふざけた発言が多いからとても優秀そうには見えないけどな。 まだ睦月の方が頭脳明晰だと思える」

 

睦月「まだってどういうことだよ!」

 

アイリ「アイリちゃん激おこぷんぷん丸だよ! リュートさん、あたしとバーサスだよ!」

 

リュート「バーサス?」

 

理緒「戦うってことですよリュートさん」

 

リュート「ほう、俺と戦おうと言うのか? 俺の実力を知らずして挑もうとは…おもしろい。 脱兎の如く逃げる絵が見えるが、相手をしてやろうじゃないか。 丁度良い準備運動になる」

 

相手を蔑む態度にアイリは青筋を浮かべ、獣のように今にも飛び掛からんとするような顔をし、ガーンデーヴァを召喚しようと腕を上に上げたが、リョウがアイリの腕を掴み宥め始めた。

 

リョウ「アイリ、よすんや。 安い挑発に釣られて苛立ちが募るのは分かるけど、釣られちゃ相手の思うつぼや。 冷静に判断するのも大事なことや」

 

アイリ「うぅ…うん、分かったよリョウ君」

 

アイリは納得のいかないようではあったが上げた腕を静かに下ろした。

 

リュート「賢明な判断だ。 痛い目に会いたくなければ退くのも重要な事だ」

 

リョウ「相変わらず減らない口だな。 その饒舌っぷりなのはどうにかならんのかね」

 

リュート「これが俺だからな。 俺の実力を持ってすれば、何者をもひれ伏し「あまり調子に乗るなよ」…ほぉ」

 

アイリに対し蔑む事を言ったせいか、リョウも頭に血が上っているようで、静かに怒りを爆発させていた。

 

リョウ「アイリを馬鹿にするのはやめてもらいたい。 この子は将来想像だにしない強力な力を得る。 いつかお前をも越えるだろう。 今はまだ覚醒はしてはいないが、一生懸命努力をし成長していっている。 努力する者を見下す言い方はやめろ。それはアイリに限らず、だ。 あまりにも不人情な事を述べたら、その時はわしは容赦なくお前を倒すから、そのつもりで」

 

リュート「おっと、世界の監視者が相手だと俺も骨が折れる。 大人しく引き下がるとしよう」

 

怒りが籠った目で睨み付けられたリュートは一瞬目線を反らし足を進め始めた。

リュート自身、自分でも愚弄する態度を取っていたのは分かってはいたが、今回は相手が悪かったとつくづく後悔した。

 

時空防衛局の中でも戦闘に関しては格段に能力が高いリュートでも世界の監視者であるリョウを相手にするとなると大人しく身を引くのが賢明だと結論付いた。

 

リュート(生きている年数が違うとはいえ、スペックの差があまりにもありすぎる)

 

仮にリョウと戦うことになれば、間違いなく自分は敗北する。

最悪、敗北するだけでは済まない状態になる可能性があるため、想像するだけでも末恐ろしかった。

 

自分には、あの『力』には抵抗手段がないから。

 

リョウ「まぁわしが本気を出さない限りはあの力は使わないので、ご安心を」

 

リュートがリョウの横を通りかかったとき、リョウは不意に小声で耳元に語り掛けた。

リュートは口角を上げ呟いたリョウを見ると、少し頬笑むだけで無言で足を進め横を通り過ぎた。

 

剣呑だった雰囲気が過ぎ去り、全員は安心し力が入っていた肩を下ろした。

 

理緒「もぅ~リョウさん、野蛮ですよ」

 

リョウ「野蛮にさせたのはリュートや。 前々からあぁいう奴だと分かってはいたが、程々にしてもらいたいところやわ。 人によっては殴りかかっても可笑しくはないで」

 

アイリ「激しく同意」

 

結愛「私達はもう慣れてしまったわ。 なんだかんだ言って辣腕だし、周りを良く見る観察眼を持つ人だから、あまり悪くは言えないのよね」

 

偉そうな態度を越え相手を愚弄しているようにも聞こえてしまうため好印象とは言えないが、第一時空防衛役員のリーダーとしての使命は全うしているようで、成すべき事は成す割りと真面目な一面もあるのだと言う。

アイリはとても信じられないでいるが、相手を思いやる心はあり、結愛や他のメンバーも何度も救われてきたと話している。

 

そうこう話しているうちに、目的の場所であるサリエルの楽屋に到着したようだ。

結愛が扉をノックし、中からの反応を待つ。

 

?「は~い」

 

結愛「第一時空防衛役員に所属する光明寺結愛です」

 

?「あら、結愛さん。 どうぞ入ってください」

 

即座に返答があり、楽屋から優しい声が聞こえた。

入室の許可を得たところでアイリ達は楽屋へと足を踏み入れた。

壁側には本日のライブで使用される様々な色鮮やかな衣装が何着もかけられてあるハンガーラックがあり、身嗜みを確認するための全身鏡が置いてある。

化粧をするための鏡台の近くにある椅子には狐色の髪をポニーテールにしている、背中から純白の翼が生えた少女が座っている。

この場まで来ておいて説明は不要だろうが、彼女こそがWSDの一人、サリエルだ。

 

サリエルの隣の椅子には黒いコートを纏った紫色の髪をした少年が座っており、手にしたスマートフォンの画面を見つめたままで、気付いていないのか、若しくは興味がなかったのか、入室してきたアイリ達には見向きもしなかった。

 

サリエル「待ってたよ結愛さん。 さっきからファルクが暇すぎてスマホつつき始めちゃったんだから」

 

結愛「待たせちゃってごめんなさいねサリエル。 リュート達の到着が遅れてしまっていたから…」

 

リュート「責任を俺に押し付けないでくれ」

 

サリエル「まぁ、時間内に着いたから咎める事なんてしないわ。 結愛さん達より遅れてる猫ちゃんがいるから」

 

アイリ「猫ちゃんって?」

 

サリエルの言う猫ちゃんという言葉に引っ掛かりを感じたアイリは首を傾げサリエルに問いを投げ掛ける。

 

サリエル「ミケナのことよ。 今日はゲストとして登場するからあの子にもミーティングに参加してもらおうと連絡をしたのだけれどまだ来ないみたいなの。 もう、何処で道草食ってるのやら…」

 

腕を組みながら頬を膨らませ微小な怒りを露にしている。

 

普段はディーバとして表向きではファンのために、本来の目的である世界樹の状態を維持するために歌を歌い続けるアイドルとして、世界の均衡を保つという重大な役割を背負っている。

 

若くして重責を果たす彼女でも、其処らに住まう女の子となんら変わりはない。

モニター越しからでは笑顔で歌を歌い踊っている姿だけしか見ることはできないが、今目の前にいるのは仕事のスイッチをオフにしている、一人の女の子であるサリエル。

裏でなければ決して拝むことはできないであろう一人の女の子を見て結愛は新鮮味を感じていた。

 

アイリ「もう一人のディーバも来るんだ。 待てよ、そう多くないディーバがこの一つの世界に二人も集うのって凄いことなんじゃないの?」

 

理緒「はい、とても稀な事です。 何年に一度かディーバのオールスターライブが開催される時に全員揃うのですが、あらゆる世界を巡るディーバ達の予定が合うときでなければ難しいことですから、オールスターライブではない単独ライブで他のディーバが出演されるのは確率的にはとても低いので、ある意味奇跡と呼べるのかもしれません」

 

科学者である理緒が奇跡と言う言葉を使うのは可笑しな事なのかもしれないが、この何千、何万、何億とあるであろう世界を巡り渡り、その中の一つの世界に二人のディーバが鉢合わせとなり合同でライブを行うのは、宝くじで一等を当てる確率より低いかもしれない。

 

アイリ「奇跡的な機会に立ち会えるあたしって『しあわせもの』だよね! 『うんのよさ』が30%上がりそう。」

 

リョウ「んな訳あるかいな。 さて、提案なんやけど楽屋でこの大人数や窮屈やし、ダンススタジオにでも移動せぇへんかい? ミケナ達が来るまではわしがこの楽屋で待って後々連れていくから、先にミーティング始めといてや」

 

シギア「そうさせてもらおうかな。 今は時間が惜しいところだからね」

 

リュート「ではそうさせてもらおうか。 ところで、不要な質問かもしれないが、世界の監視者であるお前が重要なミーティングの席を外しても大丈夫なのか?」

 

リョウ「あぁ、問題ない。 わしはアイリと共に行動することにするから、アイリが配置に就く場所にわしも就くから。 ということでアイリ、先に行っといてね」

 

アイリ「アイアイサー!」

 

リョウ「あとリュート、アリスが余計なことしないように面倒、と言うより見張っててくれよ」

 

リュート「お前に言われるまでもないよ」

 

アリス「ちょっとそこのでか耳~、なぁ~んか失礼な感じがするのは気のせいなの~?」

 

リョウ「お前は何仕出かすか分からんから怖いんだよ。 あと何気にでか耳言ってんじゃねぇよ、異世界に飛ばすぞ」

 

でか耳と言われたのが癪に触ったのか、般若の如く形相になりアリスに対し『にらみつける』を発動。

某ゲームの様に防御力が下がるわけではないが、アリスは一歩後ろへ下がると吹けもしない口笛を吹いている。

 

サリエル「じゃあ移動しよっか。 ほらファルク、移動するよー!」

 

ファルク「…あぁ、話は全て聞いていた。 ではでは、行くとするか」

 

スマホの画面を先刻まで相当な集中力で見続けていたのにも関わらず、会話は全て頭に入っていたようだ。

欠伸をしながら大きく背伸びをしゆっくりと立ち上がり肩や首を回しボキボキと骨を鳴らし、一回目と同じくらい大きく口を開き欠伸をした。

 

パッと見だらしなさそうに見えるが、これでもリュートと同様のタイプの人間のようで、やるときにはやると言った人間だ。

戦闘経験も豊富で実力も人並み以上で、時空防衛局の中

でも戦力はトップクラスであるリュートをも凌ぐほど。

ディーバを誘拐するという大胆な手段しか拘泥しないエクリプスから守護するためには、並大抵の実力では勤まらないため、戦闘の実力は誰もが認める折り紙付きだ。

 

ファルク「早いとこ行こう。 ミーティングなんてさっさと終わらせたいしな」

 

サリエル「もうそんなこと言わないでよ。 私の警護をするんならもっと断固たる態度で挑んでもらいたいんだから」

 

ファルク「何かある度にちゃんと護れてるんだから結果オーライだ」

 

サリエル「う、結果が結果だけに言い返せないのが悔しいわね。 と、兎に角! ダンススタジオに直行するわよ! さぁ歩いた歩いた!」

 

サリエルはファルクの背中を押しながら楽屋を後にする。

リュートはやれやれといった表情で後を追い、続くように結愛達も楽屋を後にする。

 

アイリ「じゃあリョウ君、また後でね」

 

リョウ「あぁ、先に行っててくれ。 なぁに、すぐに追い付くから」

 

アイリ「リョウ君、今からって時に死亡フラグ立てないでよ」

 

苦笑いしつつアイリは楽屋を後にした。

大人数だった楽屋は一瞬のうちに静まり返り、リョウと未だに寝てしまっているカイだけだった。

背負っているカイを椅子へと下ろし、リョウも空いている椅子へと腰を下ろした。

ふと壁に掛けてある時計に目を移すと、針は8時30分を示していた。

 

リョウ「コンサートまで残り1時間30分。 やれやれ、時間がまだあるとは言え、ミケナの奴、いつもミーティングがあるって分かってるんならもうちょい早く到着できるやろうが」

 

愚痴を溢しつつ視線を下ろし、上着のポケットからスマホを取り出し暇を潰そうとした。

 

だが、暇を潰すためのスマホは必要ではなくなった。

スマホをポケットの中へ戻し、苦虫を噛み潰したような顔をし、黄金色に怪しく光る目で背後を振り向いた。

 

リョウ「…ここは関係者以外は立入り禁止なんやけど、分かっとるよね?」

 

?「ごめんなさいリョウさん。 分かってて入ったのは悪いと思ってる。 でも、私も何かお手伝いできたらって思ったの。」

 

黄金色に輝く目線の先には、一人の少女が立っていた。

 

毛先の数センチが白に染まっている桃色の髪に、オレンジ色に近い茶色のブレザーに赤色のチェックのプリーツスカートを着ており、誰が一見しても学生だと分かる格好をしており、アイリと同じ年頃にも見える。

 

先程まで部屋には大人数の人がいたにも関わらず、何故か誰にも気付かれなかった。

そんな不可解な事を気にしていないのか、突如現れた少女にリョウは驚く素振りも見せず会話を続ける。

 

リョウ「手伝いとはディーバの警護のことか? それともアイリを守護することか? どちらにせよ助力は必要ないよ、マリー」

 

マリーと呼ばれた少女はリョウの目を真っ直ぐと見据え狼狽えることなく話を進める。

 

マリー「でも……あまり言いたくはないんだけど、リョウさんは今、力がたいぶ抑えられている。アイリちゃんを護りきるには戦力は多い方が良いと思ってるの。 私達の存在が世に出るのは良くはないというのは重々承知だよ。だけど、」

 

リョウ「分かっているのなら、尚更出てきてはあかんやろ」

 

マリーの言葉を遮り、リョウは表情を最初に話していたときよりかは穏やかなものとなり口を開いた。

 

リョウ「マリーがわしの手助けをしてくれるのはありがたい。 だが、マリーのそれは杞憂に過ぎないよ。 わしは昔とは違う。 今は護るためだけに戦っているんや。

力が抑えられているからと言って、誰も護れないわけやないんやから」

 

マリー「確実に護りきれるとも言えないでしょ?」

 

リョウ「それを言うたらキリがないからねぇ。 まぁ上手く反論なんかできはしないから確かにその通り、なんやろうな」

 

でも、と付け加え強い意志を持った瞳でマリーを見て言葉を紡ぐ。

 

リョウ「1%でもいい。 確率が少しでもあるならわしはそれに掛ける。 まぁ誰かを命懸けで護るのに確率も糞もないんやけど、わしはどんな窮地に追い込まれようが、この命が、魂が削り取られるまで戦い、必ず護るべき対象である人が笑顔でいられるような毎日を送るために、守り抜くんだ。 この決意だけは変わらない。 ディーバを護るディーバナイト達も同じ思いだ。 剣が使えないのならば拳を、拳が使えなければ脚を、脚が使えなければ牙を、牙が使えなければこの体自身を剣として振るうまでよ」

 

決意の籠った強い思いを受け、マリーは一瞬だったが躊躇いだ。

同時に、心悲しさを感じた。

 

自らの身の事を一切考慮しておらず、自暴自棄に陥っているのではないかと錯覚すらしてしまうほどに、彼は大切な人を護るためなら命を掛けて窮地にでも飛び込んでいく。

そのせいで、リョウは右脚を失ってしまっている。

 

マリーは本当はそんな命知らずな行動を取ってもらいたくはないと思っている。

誰でもだが、知人が命を投げ捨てるような事をしようものなら止めるだろう。

だが目の前の青年は、友だろうが、家族だろうが、全世界を統一する神だろうが、止めても決して納得はしないだろう。

誰よりも人を護りたいと思う念が強い彼を止めれる者は、事実上存在はしないだろう。

 

止めることができないのなら、せめて手助けはできる。

自分に少しでもできることがあるのならばとリョウが一人でいる機会を狙い天界へやって来たのだが、伸ばされた手は掴まれることはなかった。

 

だがマリーはリョウの心中を分かっていたため、微笑みを浮かべこの場を去ることに決めた。

 

彼は大切な人を、仲間を護りたいからこそ、出来るだけ巻き込ませないようにしているから。

 

そして、自分達の存在が世に出るのは好ましくないから。

 

マリー「やっぱりリョウさんは凄いよ。 私なんかと比べて背負っているものが違うね」

 

リョウ「いや、そんなことはない。 マリーだって凄いとわしは思っている。 自分がこんな存在だってのに、それでも世界に秩序を保とうと陰ながら奮戦している。

強い心の持ち主じゃなければ、この偉業を達成できやしないからね」

 

話していると黄金色に輝いていた左目は光を失っていき、普段通りの目に戻っており、マリーに優しく微笑んだ。

マリーはリョウが述べたことを素直に受け取り照れながらも喜んでいた。

 

マリー「私の思ってたことは杞憂に過ぎなかったみたいだから、私はもう行くね。 リョウさんの覚悟を聞いて私も納得したことだし、誰かに見られると流石にまずいもんね」

 

リョウ「見つかった時はそいつの記憶を消すから御心配なく、と」

 

マリー「物騒だよリョウさん。 ふふ、でもありがとう。 …もし、だよ。 私の力が必要になったらいつでも呼んでね? 私だって、リョウさんの仲間なんだから」

 

リョウ「あぁ、分かった。 いつも心配してくれてありがとな、マリー」

 

マリーは笑顔を見せるとワールドゲートを出現させ、背を向け光の中へ入ろうとしたが、何かを思い出したように踵を返し再びリョウと向き合った。

リョウを見据えるその瞳は、両目とも黄金色に光っている。

 

マリー「言い忘れてた事があった。 最近現実世界の近くに存在する世界に『世界を喰らう者』が出現したの」

 

リョウ「何っ!? バカな…わしが気付かない筈がないのに…!」

 

マリー「あいつだってワールドゲートを使用して世界を移動するけど、奇妙なのが本来なら移動距離が果てしなく遠い世界にも移動している、それも頻繁に。 中途半端に世界を喰っては移動を繰り返している。 今までにない行動パターンに私も少し困惑してるところなの。 …もしかしたらだけど、現実世界に間接的に繋がっているこの天界にもいずれ現れる可能性もあるかもしれない」

 

リョウ「そうなる前に叩きたいところやな。 情報をありがとう。 また時間があればわしも奴の捜索に加わろうと思うから、近々また連絡するよ」

 

マリー「分かった。 じゃあ、またね、リョウさん。 御武運を」

 

再び背を向けワールドゲートの中へと入っていき、姿が見えなくなると光の扉は瞬時に消えた。

 

リョウ「…『世界を喰らう者』か。 あいつと再び合間見える時が来るのか。 ここに来ないことを祈るばかりやな。 アイリを巻き込ませる事だけは、絶対に避けなければならないからな」

 

リョウは目を瞑り、『世界を喰らう者』と呼ばれる存在を逸早く見つけるためにミケナを待つ間に世界の監視を行うために集中を始めた。

 




今年はコロナが沈静化しますように


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第20話 エクリプス来襲

今年もぶれずにいきます


アイリ「前回までのあらすじ! チ◯コが生えた」

 

リョウ「やめんかアホ!」

 

アイリ「いわーく!」

 

卑猥な発言をしたアイリに制裁を加えるため、何処から取り出したのかは不明な白いハリセンを持ったリョウは思いきり頭をひっぱたいた。

スパンッという快音がダンススタジオに鳴り響く。

二人のやり取りを見ている数人は苦笑いを浮かべている。

 

シギア「凄い音がしたね。 アイリとリョウは普段からこんな調子なのかい?」

 

リョウ「まぁそうやな。 このアホが発端で漫才紛いなやり取りが始まるんよ」

 

アイリ「アホとは失礼な! さっきのネタは知ってる人は知ってるネタなんだから!アリスちゃんは勿論聞いたことあるネタだよね?」

 

アリス「私聞いたことあるよ! 記憶は曖昧だけど、女子小学生の漫画だっけ?」

 

リョウ「んな情報提供はいらへんから」

 

リュート「…そろそろ始めてもいいか、呆気者の諸君」

 

アリス「意味は分からないけど凄く馬鹿にされた気がする」

 

痺れを切らしたリュートは焦燥とした態度で開口した。

嘸当たり前のようにリョウがこの場にいるが、もう一人のディーバであるミケナが漸く到着したため、楽屋からダンススタジオに移動してきたのだ。

遅刻した張本人であるディーバの一人、ミケナはアイリ達のやり取りが馬鹿馬鹿しかったのか、ケタケタと笑っている。

 

中学生くらいの容姿に茶髪のショートヘアーからは猫耳が生えており、腰の後ろからは長めのしっぽも生えている。

現実世界にいる人々からすればコスプレの類いに見えるだろうが、頭から生えた猫耳も腰から生えているしっぽも本物である。

彼女は獣人族と呼ばれる人型と他の動物の外見を合わせ持つ種族で、ミケナは猫の獣人だ。

 

ミケナを守護する存在であるディーバナイト、ニャミイも獣人族でミケネと同様猫の獣人だ。

ニャミイは身長が高くモデルのような体型で、身長が172㎝もあり女性にしては高い部類に入るだろう。

端から見ればミケナとニャミイは歳の離れた姉妹に見えてしまう。

ニャミイは白髪のロングヘアーを靡かせながらリュートの前まで行くと、腰に手を当て顔を近付け物申した。

 

ニャミイ「何言ってるのか理解はできないけど、謝らないとダメにゃー」

 

ミケナ「そうにゃそうにゃ~謝るにゃー」

 

リュート「相も変わらず騒々しい獣人達だ」

 

リョウ「諦めろ、リュート。 これ以上厄介にならぬ内に素直に謝っておくんやな。」

 

リュート「……はぁ、言い過ぎてしまって悪かったね。」

 

アイリ・アリス「分かれば宜しい!」

 

渋々であったが無愛想な態度で謝ったが、アイリとアリスの不遜な態度にリュートは苛立ちを抑えられず手を前に出し、メラメラと燃え上がる炎を出現させ二人を睨み付ける。

 

リュート「どうやら君達は消し炭にされたいようだね」

 

アリス「わあぉ冗談きついよ~。 私もやっちゃおうかな! 消し炭で済めばいいけどね!」

 

アリスはユグドラシル・アルスマグナを召喚させた。

杖の先端の宝玉が怪しく赤い光を放ち始め、一番近くにいたミケナはあたふたと八の字に動き回るとニャミイの後ろへと隠れた。

 

凶ノ助「…双方やめろ」

 

目にも止まらぬ疾風の速で凶ノ助が二人の間へと割って入り、アリスの持つユグドラシル・アルスマグナを弾き喉元へ苦無の先端を向けた。

リュートにも同様に喉元へ苦無を向けており、完全に動きを封じていた。

 

凶ノ助「今は仲間内で争っている時ではない。この時間こそが無駄そのもの。 成すべき事を放棄し自らの手で成さねばならぬ事を潰してしまうところだったのだぞ」

 

アリスとリュートの持つ魔力は相当なものだ。

二人の力が真っ正面から衝突すれば、楽屋どころかドーム周辺の建物をも巻き込み木っ端微塵に吹き飛ばされるだろう。

そうなってしまえば任務どころの話ではなくなってしまうのは明らかだ。

 

リュート「凶ノ助の言う通りだな。 俺も頭に血が上りすぎてしまったようだ」

 

自らの行いの愚かさに気付き、手から出現させた炎を消した。

リュートが退いたのを確認するとアリスも杖を消し苦無が喉元へ刺さらないよう後方へ一歩後退った。

二人の戦意が削がれたことを確認し終えると苦無を持った手を黒い布の中へと戻していった。

 

ミケナ「ふ、ふぅ、収まったみたいにゃ」

 

サリエル「もう、何やってるんだか…」

 

争いが起きなかったことにミケナは安堵し、サリエルは呆れた表情で溜め息をついている。

 

リョウ「ありがとう凶ノ助。 さて、早いとこミーティングを始めようやないか。」

 

 

~~~~~

 

 

ミーティングを終え、それぞれ警備する担当となった場所へと移り警戒態勢に入っている。

第一時空防衛役員以外の時空防衛局の面々と天界のSP達が各場所に数名配置されており、アイリが警備の担当となった地下駐車場にも何名か配置されている。

アイリはリョウと結愛、カイと共に行動することになっており、自分はまだまだ未熟だと承知の上のアイリにとっては戦闘経験が豊富な二人がいるのはとても心強かった。

 

結愛「ライブ開始まであと5分。 何事も起こらなければいいんだけどね」

 

リョウ「何者かがこの世界に入ってこようものなら空間の歪み等が生じるだろうから、すぐにでも反応できるよう意識は集中させてるから」

 

世界移動の技術を得ているエクリプスはいつ何処へ出現するか予測不能だ。

 

彼等は馬鹿ではないのでいきなりステージの上や客席に突然登場するような、派手な演出染みた行動はしない。

客の中に紛れ込んでいる可能性もあるのではないかと考えるが、ドームに入場する際、観客全員が金属探知機で重火器類等がないか検査を受けているため、ライブ中に発砲されることもなければ、リモコン操作による爆弾の爆破も起きることはまずない。

無論、建物内は隅から隅まで血眼になり事前に調査されているため、爆弾が隠されていることはない。

 

エクリプスの中に重火器を使用しないリュートやアリスのように魔法を使用する輩が潜り込んでいては、金属探知機では発見はできないという点も挙げられるが、然程問題にはならない。ディーバが踊り歌うステージには、リュートや他の魔導士が携わり完成させた強力なバリアが張られているため、魔法による攻撃が放たれたとしても、リュートを超える魔法を放たれない限りは破られることはない。

この絶対防御のバリアにより、ディーバに危害が加わることはない。

 

仮にバリアが破られる、ステージ上に不審者が上がろうものなら、即座に舞台袖で身構えているディーバナイトが不審者を捕らえる、若しくはディーバの避難をさせるため行動を開始する。

 

ディーバのライブは毎回このように防御面に関しては正に完璧とも言える態勢で行われている。

世界の均衡を保つ存在であるディーバに傷一つ付けないために、時空防衛局はライブが行われる世界と連携を取り粉骨砕身の覚悟で警護を行っている。

 

リョウ「……にしても」

 

溜め息混じりに視線を移すと、カイと楽しそうに戯れているアイリがいた。

緊張感の無さに呆れるところではあるが、逆に緊張で体が強張ってしまうよりは良いだろう。

 

リョウ「お気楽なこった。 カイも良くアイリに着いて行こうと言ったもんよ。駄々を捏ねて聞こうとせぇへんかったからな」

 

結愛「ホントに仲が良いわよね。 付き合いが長い私よりもなついてる気がするもの。やっぱり、出会うのは必然だったのかしらね」

 

リョウ「結愛がこの世界に連れて来たんやろうが。…分かってるとは思うが、アイリにはくれぐれも話すなよ? もし口を滑らせたら…どうなるかは御想像にお任せしよう」

 

結愛「釘を刺さなくても大丈夫よ。 私が嘘をつくことがあった?」

 

リョウ「星の数ほどな。 流石にそれは言い過ぎたかな。まぁ何にせよ、気ぃ付けてな。」

 

警戒を怠ることなく雑談を続けていると、大勢の人々の歓声が僅かにだが地下駐車場まで零れ聞こえてきた。

観客達の声によるライブ開始の合図が発せられ、無事に始まったことに、警護に当たっていた者は皆、自然と安堵の息を吐いた。

ライブの最中に襲い掛かってくるとも限らないので、まだ安全と言い切るには早く、警戒態勢は決して緩むことはない。

 

ライブが始まった今、更に警戒心を高め挑まなければならない。

 

アイリ「お、遂にライブ始まったんだね! いいな~あたしも見たいな~」

 

リョウ「別の世界で行われるライブの抽選に当たったら連れていってやってもええで」

 

アイリ「ホントに!? 約束だからね? 約束破ったらダブルニードル200発飲ますからね?」

 

リョウ「合計400発か。 痛々しいのはごめんやから約束するわ」

 

アイリ「イェイ♪ カイ君も一緒に行こうね!」

 

カイ「うん! アイリ、カイ、いっしょ!」

 

仲睦まじくアイリとカイは両手を繋ぎ再び戯れ始める。

 

リョウ「微笑ましい限りなんやけど、そろそろ心の準備しといた方がええで。あいつらいつ何処に出てくるか分かったもんやないからね。もしかしたら目の前に現れたって不思議やないんやで。」

 

アイリ「了解です! 世界の監視者!」

 

無駄に洗礼された敬礼を見せ、カイを抱きかかえリョウの隣へと足を運んだ。

4人とも特に話すような話題があるわけでもないので、暫くの間口が開くことなく沈黙が流れる。

正確には沈黙の時は訪れておらず、微かに観客達による歓声と、サリエルの歌声が地下駐車場全体にBGMとして流れていた。

暫しサリエルの歌声に魅了されていた一同であったが、アイリが不意にリョウに疑問を投げ掛けた。

 

アイリ「ねぇリョウ君、色々聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

リョウ「ん? まぁ答えられる質問なら」

 

アイリ「うーんと、何から聞こうかな」

 

リョウ「質問ってそんなに多いんか?」

 

アイリ「まあ、ね。 正直聞きづらいけど、じゃあ先ずは…リョウ君の右脚って何で義足なの?」

 

リョウが戦闘をする際、何度か使用していた義足である金属の右脚。

多少興味本意ではあったが、何故義足になってしまったのかアイリは懸念しており、その成り行きを聞いておきたかった。

 

リョウ「…ちょっと色々あってしくじったのよ。簡潔に纏めて言うと、大切な人を護るために右脚を犠牲にした。敵の攻撃が大切な人に直撃しそうになったところに真っ正面から飛び込んで、手段を選んでる暇がなかったから、攻撃から防ぐために咄嗟に出たのが右脚だった」

 

アイリ「護るために…」

 

大切な人を護るために、自らの身を顧みず突き進み、体の一部を失ってしまった。

生半可な覚悟では到底できないだろう。

 

アイリ「怖くなかったの? 自分の身に危険が迫ろうとしているのに?」

 

リョウ「恐怖は感じなかったな。 大切な人が目の前で死んでしまう方が怖かったから。わしは護るためなら、この身を挺して庇う覚悟がある」

 

真面目な表情で語るその瞳に、嘘偽りのない、覚悟の色が染まっていた。

 

アイリ「あたし、そこまでの覚悟はないかもしれない。今はサリエルちゃんを護るために時空防衛局の任務に同行してるけど、リョウ君みたいな覚悟もなしで戦えるのかって思っちゃった」

 

結愛「覚悟なんて個人によって違うわ。私は流石にリョウ程重い覚悟はしてはいないけど、必ず護りきるという信念ではいるわ。 誰も傷付くことなく事を終わらせる。 勿論、自分も余程の怪我を負わない程度にね。自惚れている訳ではないけど、私が大怪我をしたり死んでしまえば、悲しむ人はいる。私は周りの人が悲しむ姿なんて見たくはない。悲しむ原因が私が傷付くことならば、私は私を護りながら戦うわ。 誰も傷付かないために」

 

リョウ「結愛が言ったように、人はそれぞれ違う覚悟がある。だからアイリはわしと同じように自暴自棄のような覚悟なんて無理に持つ必要はないんや。今はまだ決まらなくてもいい。 これから探して決めりゃええんよ。 急ぐ必要はないさ」

 

アイリ「…そっか。 ありがとうリョウ君、結愛さんも。それとごめんねリョウ君、無理に脚の事を聞いちゃったりして」

 

リョウ「構わんよ。 答えれるものなら答えると言ったのはわしなんやから」

 

アイリ「じゃあ次の質問いくね?」

 

リョウ「遠慮しろよこの野郎」

 

アイリ「リョウ君の、たまーに感じられる力についてなんだけど…」

 

アイリが口にした途端、リョウと結愛の表情が一気に強張った。

突然表情が鋭くなったことを勘づいたアイリは聞いてはならない事だったのかと直感が警鐘を鳴らしていたため口を噤む。

アイリの腕に抱かれているカイもそんな二人の表情を見て涙目になってしまっている。

 

アイリ「な、何かいけない質問だったかな…?」

 

リョウ「いけなくはない…とも言えない、グレーゾーンかな。 …ただ、言うことはできない、まだ、今は」

 

結愛「リョウは時が来れば話してくれるわ。だから、今は聞かないであげてほしいの」

 

結愛の言い方からすると、結愛本人はリョウの力について何か知っているようだったが、二人はこの場で話すことを拒んだ。

一体どのような理由があるかは現時点では不明ではあるが、これ以上話に触れるのはタブーだと悟りアイリは話の続きをしようとはせず素直に謝罪した。

リョウは謝る必要はないと言いアイリの頭を優しく撫でた。

 

アイリ「えへへ。 ずっと一人で過ごしてきたから、誰かに頭を撫でられるなんて何年振りだろ」

 

リョウ「悪くないもんだろ? こんなことするのは恥ずかしいところではあるけどね」

 

アイリ「じゃあやらなきゃいいのに。 悪い気はしないからぜんぜんいいけど。べ、別に嬉しいわけじゃないんだからね!」

 

リョウ「何故にツンデレが発動したし」

 

アイリ「いや、まぁ、流れ的に。う~…胸のきゅんきゅん、止まらないよ!」

 

リョウ「キャラがブレてんだかブレてないんだか分からんなぁ」

 

談笑しながらも撫でる手は止まることなくアイリの頭を撫で続けている。

 

アイリ(なんだろう…この懐かしい感覚)

 

カイ「アイリ~、よしよーし」

 

カイは手を伸ばしリョウの真似をするようにアイリの頭を撫で始めた。

だが手が届いていないせいか、額を撫でてしまっている。

 

アイリ「ふわぁ~。 カイ君は、やっぱり天使だよ」

 

リョウ「やれやれ、カイにべったりやなぁ」

 

結愛「羨ましいわ…」

 

リョウ「ん? 結愛、何か言った?」

 

結愛「え、いえ、なんでもないわ」

 

仲睦まじいアイリとカイを嫉視していた結愛はつい口から零れた言葉をリョウに聞かれ恥ずかしかったのか、紅潮させた頬を見られまいと顔を背けた。

 

リョウ「このまま気楽に事が進んでくれる…わけないよな」

 

沖融な雰囲気に包まれていたが、正面に視線を移したリョウと結愛は身構えた。

アイリも何かを感じたようで、カイを地面へ下ろしガーンデーヴァを手に取る。

 

アイリ達の目線の先には時空の歪みが現れ始めていた。

最初は小さく渦巻くように動いていたが、瞬時に肥大化し、歪みの中から黒い服に身を包んだ集団が武器を携え続々と現れ走りだし、時空防衛局員や天界のSP達に襲い掛かった。

 

リョウ「おいでなすったか。 今回は力押しで攻めてきたみたいやけど、選択する場所も相手も悪かったな」

 

リョウはアルティメットマスターを引き抜き上着のポケットに入れていた無線機を取り出しエクリプスが出現した現状を警護に就いている全員に警戒するよう伝達した。

その間にも黒い服に身を包んだ集団、エクリプスの戦闘員達は声を荒げ走って向かってくる。

 

結愛「アルカディア、シャイニングリンク!」

 

結愛はネックレスを取り出し変身するための言葉を言うと、眩しい光に包まれる。

目映い光に戦闘員達は目を瞑り怯み足が止まる。

そして光が晴れたとき、翡翠色と白色を基調とした衣装を纏った結愛、ライジングアルカディアが立っていた。

 

アルカディア「ドーム内には誰一人通しはしないわ!」

 

アイリ「ジャンクにしてあげる!」

 

アルカディアは地面を勢いよく蹴り急接近し、戦闘員の一人の腹に拳をぶつけた。

加減を一切せず放たれた拳を受けた下っ端の体はくの字に曲がり後方へと数名を巻き込み吹っ飛んでいく。

 

「怯むな! 行くぞー!」

 

一人の戦闘員のはち切れんばかりの怒声に近い声にアルカディアの力に衝撃を受け棒立ちになっていた戦闘員達は我に返り、武器を強く握り締め再び走り始める。

ナイフを持った戦闘員達がアルカディアに迫るが、アルカディアは全ての攻撃を見切り、手首に手刀を叩き込みナイフを落とし無防備になった体に鋭い蹴りを入れ、着実に戦闘不能にしていく。

アイリもガーンデーヴァから放たれる光の矢を正確且つ素早く飛ばし戦闘員を攻撃する。

戦闘員の中には銃を所持してる者もおり、遠距離から攻撃を仕掛けてくるアイリを排除するべく標準をアイリに向け、引き金が引かれた。

アイリに銃弾が被弾するよりも早くリョウが動き、アルティメットマスターを振るい銃弾を斬り裂いた。

次々と休む間もなく引き金が引かれ銃弾の雨が降り注ぐ。

リョウはアイリとカイを護るべく銃弾を斬り裂き全て地面へと落としつつ次第に歩みを進め接近し始める。

 

「こ、こいつ、世界の監視者だ!」

 

リョウ「今更気付いたのかよ。 遅いっつーの」

 

戦闘員達が世界の監視者であるリョウの存在に気付くと仰天した表情を浮かべているが、知ったこっちゃないと言うように機械である右脚からミサイルを連射した。

着弾した戦闘員達は爆発により戦闘不能に陥り、数発のミサイルは地面へと着弾し、砂埃とコンクリートの破片を巻き上げ吹き飛んだ。

爆発により戦闘員達は紙切れのように飛び上がり地面へと叩きつけられていく。

 

アイリ「カイ君! 危ないからあの柱の後ろに隠れてて!」

 

カイ「う、うん!」

 

アイリはカイに危害が加わらないよう隠れるよう指示する。

恐怖でアイリの脚にしがみついていたカイはアイリの側を離れるのを最初躊躇していたが、頷くとコンクリートの柱の後ろへと走っていく。

 

カイの安全が保証されたのを確認し、アイリは戦闘へと集中すべき前を向き光の矢を5本召喚し強く引き始める。

引かれている矢はいつもの矢とは違い、電撃が矢全体に走っており、ビリビリと微弱ではあるが音を立てている。

 

アイリ「『サンダーボルトアロー』!」

 

放たれた矢は戦闘員達の頭上へと放たれ、天井に当たるスレスレのところで突然空中で停止し矢先が真下に向いた。

矢は一筋の稲妻へと瞬時に変化し戦闘員達の頭上へと降り注いだ。

雷鳴が轟いた時には稲妻を受けた戦闘員達は全身に電撃が流れ、直立する力を失い地面へと倒れ伏す。

 

アイリは結愛と修行を続けていく中で、雷属性の力を習得してしまっていた。

結愛が変身するライトニングアルカディアの雷属性による攻撃と、暇な時間帯にアイリ達の家に遊びに来たラミエルにも(強制的に)修行に付き合ってもらっているうちに、二人の雷属性の攻撃を受け続ける内に耐性が出来始め、何故だか自身も雷属性の力を扱えるようになってしまっていた。

空を飛行した時と同様に初めて力を発揮するにも関わらず、完璧とも言える程に力を制御できており、リョウは兎も角、結愛とラミエルは驚愕するばかりだった。

 

アイリ「うっし決まったー! まだまだいっちゃうからね!」

 

「この女、見掛けに依らず強いぞ!」

 

アイリ「人を見掛けで判断しちゃいっけませんな~旦那。ワンパンマンのサイタマを見てみなよ。 見た目はやる気なさそうな感じだけど強力な怪人をワンパンで吹っ飛ばしてるでしょ?

それと同じだよ。 あたしは主人公兼ヒロインなんだから、見かけ倒しってわけないじゃん!」

 

「なに訳分かんねぇこと言ってんだ!」

 

ナイフを持った一人の戦闘員が刃先をアイリに向け突き刺そうと走り出す。

リョウや結愛のような戦闘経験豊富な者から見れば闇雲に勢いだけで敵に向かっていく無謀な行動にしか見えないだろう。

アイリにはただ真っ直ぐに向かってくるだけだろうと思い心の何処かに油断という念が生まれていただろう。

修行する以前のアイリならば。

 

アイリ「パワーアップしたアイリちゃんの力、篤とご覧あれ!」

 

いつものおちゃらけな口調ではあるが、アイリは冷静に戦闘員の行動を読み取り小さな横ステップで回避し、光の刃を纏わせたガーンデーヴァで戦闘員の背中を斬り裂いた。

素早い一撃により戦闘員は地に伏せ戦闘不能へと陥った。

結愛達から接近戦を何度も行っていたため、対人戦に関してはエクリプスの戦闘員達では太刀打ちできないほどまで強化されていた。

 

アイリ「さぁどんどん来なさい! 一方的に殴られる痛さと怖さを教えてあげる!」

 

天使とは思えぬ残忍な言葉を投げ掛け戦闘員達を挑発する。

単純な挑発に乗ってしまった戦闘員達は怒声を上げ走り出した。

アイリは華麗に極力細かい動きで攻撃を避け、時にガーンデーヴァで受け流し、隙あれば相手を斬りつける、時代劇の舞台で使用される殺陣の様な動きで相手を翻弄している。

押されることなく善戦を続けている中、リョウが戦闘員達を斬りつけながらアイリの側まで駆け寄り後方に隙を作らせないよう背後に回る。

 

リョウ「怪我はなさそうやな」

 

アイリ「勿論です、プロですから」

 

リョウ「へいへい。 後ろはわしが対処する。前もわしが倒してもええところやけど、いけるか?」

 

アイリ「ったりまえじゃん! 泥船に乗ったつもりで任せといてよ!」

 

リョウ「そこは『泥船』ではなく『大船』と言ってほしかったよ。 んじゃ、いくで!」

 

アイリは前の敵に集中しつつ頷き光の矢を5本召喚し、『ファイブストレートアロー』を放ち数人を倒すと翼を広げ空中を飛び、戦闘員の横を通り抜け様にガーンデーヴァで斬りつけていき、次々と斬り倒していく。

銃を持った戦闘員達が銃口をアイリに向け銃弾を乱射させるが、撹乱飛行を繰り返すアイリには一発も当たることはなく、アイリの放つ弓矢に体を射ぬかれ倒れていく。

極め付きは、ガーンデーヴァを湾曲した光の刃へと化した『輝弓牙』による飛行による突進攻撃。

成す術も無く戦闘員達はアイリの情け無用の攻撃をくらい戦闘不能へとされていく。

 

アイリ「あたしTUEEEE! 精神と時の部屋に入って修行した並に強いんじゃない?」

 

リョウ「あまり自分の力に自惚れるんじゃないぞアイリ。 己を過大評価しすぎているといつか痛い目を見るかもしれへんからね」

 

アイリ「はーい、分かってます、よっと!」

 

背後から接近してきた戦闘員の攻撃を避け腕を掴み勢いよく一本背負投を決めると腹部にガーンデーヴァによる一撃を加え気絶させた。

 

アイリ、リョウ、結愛の3人による猛攻に戦闘員達は次々と倒されていき、残党達は攻撃の手を緩めつつあった。

 

アイリ「あたしだってできればライブ見たいんだから、護りきってみせるよ。エクリプスの皆さん! ライブの邪魔する奴は指先ひとつでダウンだからね!」

 

?「おもしろい。 大口を叩く余裕が俺達相手で言えるのかな?」

 

歪みの中から明らかに戦闘員達とは異なる雰囲気を醸し出している男女3人が姿を見せる。

圧倒的な威圧感を肌で感じとることができ、アイリの表情が一気に強張り、声の正体を知っていたリョウはアイリの盾と成るべく前に出た。

 

一人は赤い宝玉が装飾された黒いガントレットを装備した見た目がチャラそうな鮮血の様な赤い瞳の男性。

 

一人は全身が赤黒く両腕が鎌になっており、背中からは刺の様に鋭い突起物が生え、歯並びの悪い鋭い牙が並んでいる異形の存在。

 

一人は双頭刃式の槍を携えた黒いショートパンツに、ピンクのラインが縁取られた白いコートを羽織っているが、ボタンを全開にし黒い下着が露となった露出度の高い女性。

 

赤い瞳の男が前に出てアイリを指差しながら話始めた。

 

?「貴様がアイリだな? 不慮な事故により人間から天使へと転生した少女。強大な光の力を秘めており悪魔族にとっては驚異となる存在でもあるというわけだったかな?」

 

アイリ「いつの間にあたしの情報を!?はっ、まさか、盗聴? 盗撮? この変態!」

 

?「うふふ、セラヴィルク、あんた変態扱いされてるわよ? 笑えてきちゃうわ」

 

セラヴィルク「おいおい、俺の能力も知らずに変態扱いされるのは困るぜ」

 

アイリ「知らないってことはないよ。 あたしの能力でなんとなくだけど分かったと思うし。力を吸いとられるような感覚がするから、憶測だけど、相手の力を吸い取る能力かな?」

 

セラヴィルク「惜しいな。 正確には相手の力、知識、情報を吸い取る、若しくは奪い取る能力だ。この能力で貴様の情報を少し奪った。 時空防衛局と世界の監視者とつるんでる連中の中ではなかなか見ない顔だったんで気になっただけだがな」

 

アイリ「またチート染みた能力持ってるね」

 

リョウ「能力だけは一丁前に凄いからな。 低俗なお前には勿体無い能力だ」

 

これまでにない程に敵意を丸出しにし、睨み付けながら敵であるセラヴィルクに悪態をつくと、目にも止まらぬ速さで細長い得体の知れない物体ががリョウに襲い掛かった。

高い反射神経により物体が首を掠める直前に上半身を低くし避けることに成功した。

リョウの首を跳ねようとした物体は、赤黒い触手だった。

言うまでもなく、エクリプスの一味である全身が赤黒い色をした異形の存在だ。

先程まで鎌になっていた右腕は何本もの触手へと変化しており不気味に波打つように動いている。

 

?「セラヴィルク様を侮辱するとは、貴様、何様のつもりだ?」

 

リョウ「俺様、と言っておこうか? それとも世界の監視者様かな?」

 

?「調子に乗るのも大概にしろ、若造が」

 

リョウ「お前が年老いてるだけやないんか?老い耄れにどうこう言われる筋合いはないよ、『タイラントエトワール』。 いや、ディアグルム」

 

異形の存在、ディアグルムは唸りを声を上げながら先程リョウに伸ばした一本の触手を縮め、触手を纏め再び鎌の形状へと変形させる。

 

セラヴィルク「安い挑発に乗るなディアグルム。 俺は気にしてはいない、冷静になれ」

 

ディアグルム「セラヴィルク様がそう仰るのならば、この私は奴に対してもう何も言いませぬ」

 

アルカディア「タイラントエトワールもいるなんて、厄介な事この上ないわね」

 

戦闘員達との戦闘を終えたアルカディアもアイリ達と合流するや否や、ばつの悪い顔を浮かべた。

 

アイリ「さっきからタイラントエトワールとかディアグルムとか別の名前で呼んでるけど、何か違うことでもあるの?」

 

リョウ「ある特定の人物達は二つ名で呼ばれたりするんだ。 危険人物、時空防衛局員の最重要人物、何処かの世界で呼ばれ始めて様々な世界にその呼び名が浸透していったりする例もある。まぁ殆んどが時空防衛局の局員達がその人物を覚えやすいように呼ぶために付けられた名が多いな。 例えばわしは『世界の監視者』って呼ばれてる」

 

アイリはリョウの話を聞くあたり、相当な実力者が二つ名で呼ばれているのだと解釈した。

現にアイリは二つ名で呼ばれている数名と遭逢している。

 

リョウ、二つ名は『世界の監視者』。

 

フォオン、二つ名は『全世界を統べる神』。

 

アリス、二つ名は『世界の放浪者』。

 

結愛、二つ名は『救済の光』。

 

他にも二つ名を持つ者は何人か存在するが、紹介するのはまたの機会にしておこう。

 

セラヴィルク「さて、無知な嬢ちゃんへの御丁寧な説明はもう終わりにしよう。 時間の無駄だ」

 

?「ちょっとー。 まだ私の紹介を終えてないんだけど~?」

 

リョウ「てめぇの自己紹介なんて頗るどうでもええわ。 斬り殺すぞ?」

 

?「正義の味方が言う台詞ではないわね。 まぁあなたの言うことなんか無視して名乗らせてもらうわ。 アイリちゃんには私の名前を覚えてもらいたいし」

 

アイリ「別に知りたくなんてないよ。 今からあたしにコテンパンにされるんだから名乗らせはしないよ!」

 

?「勇ましいのは認めてあげる。私の名前はレミーネ。 しっかり覚えて頂戴ね」

 

アイリ「めっちゃゴリ押しで教えてきたよこの人。 強引すぎるよ」

 

リョウ「アイリにツッコミをいれられたらおしまいやな」

 

アイリ・レミーネ「どういう意味よ!」

 

セラヴィルク「お前達、案外気が合うのかもな」

 

レミーネ「敵と仲良しごっこをするのはごめんだわ。 お喋りはここまでにして、手始めに行っちゃうわよ!」

 

レミーネが突として駆け出し、腰に装着していたダガーを引き抜き、両手に持ちアイリに急接近した。

アイリは持ち前の反射神経を活かし後方へ数歩下がり最初の斬撃を避け、ガーンデーヴァを振り上げダガーを弾くと体を横に回転させ威力を増幅させた蹴りを腹にお見舞いした。

完璧に鳩尾に蹴りが炸裂したが、体がくの時に曲がることもなく、仰け反ることもなく微動だにしなかった。

 

レミーネ「痛い痛い。 でもこの程度じゃ私はくたばらないわよ!」

 

アイリの脚を軽くはね除け逆手持ちにしたダガーをアイリの体を斬り裂こうと振るう。

刃が当たる直前で後方へ飛び退いたため傷を負うことはなかったが、刃が掠めた胸の部分の服は少し破けてしまっている。

更に追撃しようとレミーネは大きく前に出たが、反撃の隙を作れていないアイリの盾になるようにリョウが横から飛び出し、アルティメットマスターでレミーネのダガーを防ぎ動きを止めた刹那、『ソードエクスプロージョン』を放った。

光の爆発によりレミーネは地面を転がりながらセラヴィルク達の側まで吹き飛んだ。

 

リョウ「うちのアイリに傷を付けるなよ。次はこれで済むと思うなよ?」

 

レミーネ「…流石に効いたわ~。 ヤバいヤバい、あんなの連続で受けたら私の体が幾つあっても足りないわ」

 

レミーネは至近距離から光の爆発を受けたにも関わらず意に介さないと言った様子で立ち上がり不敵な笑みを浮かべている。

 

アイリ「リョウ君の攻撃を受けといて立ち上がれるなんて、あの人随分タフだね」

 

リョウ「たしかにタフやね。 あいつは攻撃を受けたところで怯みはしない、気にせず突っ走って猛攻を与える厄介な奴や」

 

アイリ「我慢強いのか撃たれ強いのやら。 正に猪突猛進って言ったところだね」

 

レミーネ「エクリプスの先導者と戦闘員達から言われてるくらいなんだから、甘くみないでよ?」

 

セラヴィルク「皆の者、レミーネの後に続け!後方から援護しつつ前進だ!」

 

セラヴィルクの指示を受け士気が上昇した戦闘員達は声を荒らげ走りだす。

建物内への侵入を許さないためにもリョウも同時に走りだし、『テオソードスラッシュ』を発動させ、豪快に横へ払い大人数の戦闘員達を斬り裂き倒した。

前線を駆けていたレミーネは上へ跳び上がることで『テオソードスラッシュ』を避け、リョウの元へ御自慢の槍を振るい走り抜ける。

女性とは思えぬ腕力で振るう槍の素早い斬撃を受け止め応戦しているが、手数が多いためか、若干押され気味には見えたがリョウの顔にはまだ焦りの色は浮かんではいない。

 

ディアグルム「では私も攻撃を開始するとしよう。 手始めに、最も厄介な者から始末する。『嘆きの鞭』」

 

ディアグルムはこの場にいる人物の中でも戦闘能力が最も高いリョウに目を付け、鎌になっていた右腕を太い触手へと変化させリョウへ向けて思い切り振るう。

 

ピコ「おっとそうは問屋が三枚卸しー!」

 

リョウの上着の中に潜んでいたピコが飛び出し瞬時に人間サイズに巨大化、ピコピコハンマーを華麗に振るい触手を殴り飛ばした。

 

ディアグルム「ちっ! 相棒の消しゴムも一緒だったか。 なら先ずは貴様からだ」

 

右腕を鎌へと変化させディアグルムはピコへと襲い掛かった。

ピコは独特な動きで鎌による攻撃を避け続け、自身の体を回転させピコピコハンマーの威力を倍増させて放つ『ピコピコタイフーン』が炸裂。

両腕の鎌で防ぐも強力な打撃攻撃に耐えきれず、ディアグルムの体は紙切れのように後方へ吹っ飛びコンクリートの壁に激突した。

 

ピコ「さ~て次! リョウ、手助けするよ!」

 

リョウ「おうサンキュー!」

 

レミーネ「ちょ、そんなでかいの振り回されたら太刀打ちできないわよ!?」

 

我武者羅のようにも見えるピコのハンマーの振り回しっぷりにレミーネも後退せざるを得なかった。

 

アイリ「ピコ君めっちゃ強いじゃん」

 

アルカディア「見た目はあんなだけど私より強いから、参っちゃうわよね」

 

アイリ「結愛さんより強いの!? 上には上がいるってことなんだね。 世界って広いなぁ」

 

セラヴィルク「そう、世界はとてつもなく広い。 君がいくら特別な存在だろうと、俺には勝てないということも知れることだろう」

 

セラヴィルクが指をポキポキと鳴らしながらアイリとアルカディアに近付いてきていた。

レミーネやディアグルムとは何か違うオーラを纏っており、かなりの強者だと肌を感じて伝わってくる。

アイリは一瞬武者震いし唾を飲み込むと気を引き締めてガーンデーヴァを構えた。

 

セラヴィルク「俺の前で武器は使えないぞ?」

 

セラヴィルクがそう言った刹那、アイリの持っていたガーンデーヴァはまるで磁石で引き寄せられるかのようにセラヴィルクの手中へと飛んでいった。

セラヴィルクは不気味に笑いながら手にしたガーンデーヴァを興味深く観察している。

 

アルカディア「能力でアイリのガーンデーヴァを奪い取ったみたいね」

 

アイリ「相手の武器も奪い取れるなんて…って、ちょっと! あたしのガーンデーヴァ返してよ! この泥棒!」

 

セラヴィルク「失敬な、俺はちょっと借りてるだけだ。…ほう、成る程ねぇ。 相当使い勝手が良さそうな代物みたいだ。 だが、俺には使用することは不可能みたいだな」

 

セラヴィルクはガーンデーヴァを後ろへ放り捨て、黒いガントレットを装備した拳を構える。

 

セラヴィルク「俺の力に精々抵抗してみろよ…!」

 

ガントレットに装飾された赤い宝玉が不気味に輝きを増していき、光が集束されていき一筋の光線となった。

アイリとアルカディアは光線を素早く横へ飛び退き回避した。

先程まで二人が立っていた場所に光線が直撃し、大きな爆発を起こし、粉塵が舞いコンクリートの破片が飛び散る。

粉塵により一瞬二人の視界が奪われた隙を見逃さなかったセラヴィルクはアイリに接近し勢いよく裏拳を放った。

アイリは腕で防御するも、トラックが猛スピードで突っ込んできたような強力な打撃に苦悶に満ちた表情を浮かべた。

裏拳による一撃だけでは終わらず、連続で素早いパンチを叩き込んでゆく。

アイリはただ防御するのではなく、攻撃を受け流すように高速で放たれる拳を防ぎ少しでもダメージを蓄積させないようにはしているが、長くは持ちそうには見えない。

アイリの危機にアルカディアは横から電撃を帯びた蹴りをお見舞いするが、動きを完全に読んでいるのか、目で見ていないにも関わらずスラリと伸びた脚を掴み、コンクリートの壁に向けて思い切り投げ飛ばした。

 

セラヴィルク「どうした? 反撃してこないのか?」

 

アイリ「言われなくてもするところよ!」

 

アイリは両手に光の矢を召喚し、双剣のように持ちセラヴィルクに攻撃を仕掛ける。

光の矢とガントレットがぶつかり合い火花を散らし、激しさを増していく。

短期間ってとは言え、リョウ達に鍛えてもらったアイリだが、戦闘経験の差が目に見えて明白で、徐々にアイリが押され始めているのは一目瞭然だった。

 

セラヴィルク「俺みたいな強者と戦い慣れてない奴を相手にするのは気が乗らなかったが、これで終わりにさせてもらおうか」

 

赤い宝玉が再び不気味に輝きを放ちだすと、ガントレット全体が赤い光に覆われる。

 

セラヴィルク「『赤剛烈破』!」

 

赤い光を纏った拳を振るうと衝撃波がアイリに向けて放たれた。

アイリは強力な一撃を防御する手段などあるはずもなく、真っ正面から攻撃を受け後方へと吹き飛びうつ伏せの状態で地面へと倒れた。

 

セラヴィルク「本当に終わっちまった。 まぁ戦闘経験不足な奴ならそんなとこだろ。…にしても動かねぇな。 死んじまったんじゃねぇだろうな」

 

敵にも関わらずアイリの安否が気になったのか、倒れているアイリへと近付き足で乱暴に蹴り仰向けの状態にした。

 

セラヴィルク「な、何!?」

 

仰向けになったアイリを数秒凝視したセラヴィルクは驚きを禁じ得なかった。

何故なら倒れているアイリの顔が字書き歌の一つである『へのへのもへじ』へと変化していたからだ。

驚愕していたのも束の間、偽物のアイリの体が一瞬輝くと大爆発を起こした。

驚愕のあまり反応が遅れたセラヴィルクは至近距離で爆発をくらい宙を舞い地面へと勢いよく叩きつけられた。

 

アイリ「よっしゃー!上手くいったー!」

 

離れた場所から嬉々とした表情で右腕を天に上げたアイリがひょっこりと姿を現し、先程地面に放り捨てられたガーンデーヴァを拾っていた。

 

セラヴィルク「くそ、確かにあの一撃はくらった筈なのに…一体どうやって…!」

 

アイリ「残念だったね、トリックだよ。さっきセラヴィルクが放った光線あるでしょ?あの時地面に直撃して起きた爆発の粉塵が舞って目眩ましになっている隙にあたしの技、『カワリミ』を発動させてたんだよ。だから、さっきまでセラヴィルクはあたしの偽物と戦ってたってこと」

 

睦月と共に多数のエンジェロイドと戦っているので初めての戦闘という訳ではないが、対人戦においては一対一という状況は初だった。

一人での初陣にしては慌てることなく冷静に状況を把握、分析し的確な判断により危機を乗り切れており、素人からでも分かるほど成長している。

 

余談だが、アイリの発動させた『カワリミ』はピコに教わった技だ。

自分の力を具現化させ自らの分身を生成し、好きなタイミングで爆破できるという技で、緊急回避時や奇襲を仕掛ける場面で使用される。

ピコも同様に『カワリミ』を使用でき、アイリに僅か数時間たらずで伝授しアイリも使用できるようになった。

 

アルカディア「驚いたわね。 セラヴィルク相手にもうダメージを負わせることができたなんて」

 

アルカディアは腕を押さえながらも戻ってきた。

同時にピコに殴り飛ばされたディアグルムが壁を触手でぶち破り姿を現した。

足取りは少々覚束ず、口からは紫色の血が垂れているのを見る辺り、大きなダメージを負っているようだ。

 

ディアグルム「おのれ消しゴムめ…。 次は貴様達を葬ってやる!」

 

怒気を含んだ口調で殺意を表しにしており、鋭く光る牙をガチガチと何度も噛み合わせている。

セラヴィルクもゆっくりと立ち上がり鬼気迫る表情でアイリを睨み付ける。

 

セラヴィルク「お前が相当な実力を持っているかは身をもって感じた。俺はその力に応えるために本気でいかせてもらうぜ」

 

赤い宝玉が再び不気味に輝きを放ち徐々にガントレット全体を覆っていく。

 

アイリ「凄いパワーを感じる…」

 

アルカディア「恐れず立ち向かいなさいアイリ。 私が付いているから、思う存分己を信じ行きなさい」

 

アルカディアの助言を受け心が軽くなったような気がした。

大きく深呼吸をし、先程よりも強大な力を感じ取り武者震いしつつも勇気を振り絞りガーンデーヴァを握り構え目の前にいる強敵へと立ち向かう。

 

 

 




お年玉ください(切実)


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第21話 特撮でもよくある地下での激闘

前書き書くことが思い浮かばないから取り敢えず思ってることを一言書く。

焼き肉食べたい。


アイリはディアグルム、アルカディアはセラヴィルクと戦闘を開始しており、どちらも一歩も退かぬ激しい奮闘を繰り広げていた。

 

ディアグルム「貴様を消去する、天使の娘」

 

アイリ「やれるもんならね! 荒れるよ~! 止めてみな!!」

 

ディアグルムの鎌による熾烈な攻撃が始まり、アイリは防御に専念せざるを得なかったが、いつまでも受け止めるばかりではない。

鎌をガーンデーヴァで受け止めると弓全体が輝き、小さな光の衝撃波、『シャインアウト』を放ち距離を取ることができた。

ディアグルムの赤黒い体からは光属性を受けたことにより、微小ではあるが白い煙が立ち込めている。

一目で弱点である属性が光ということを理解したアイリは追撃を行うため光の矢を召喚する。

 

ディアグルム「相性は最悪だが、力押しでは負けぬぞ! 死に急げ、『禍嵐』!」

 

何本かの触手に変化した腕が鞭のように振り回され空を斬り裂きながらアイリへと襲い掛かる。

数本かは防ぎきれてはいたがその内の一本が腕に直撃してしまい、手の力が緩みガーンデーヴァを地面へと落としてしまった。

 

アイリ「あっ! きゃあ!」

 

即座に拾おうとしたが、無数の触手が猛烈な勢いで全身を叩き付け、体を裂くような痛みが走る。

足に力が入らず膝を着くも、ディアグルムの攻撃は止むことなく再び触手が動き始めた。

歯を食いしばり痛みを堪え襲い来る触手を纏めて掴み、力よく横へ回転し遠心力をつけ投げ飛ばした。

宙へ浮いたディアグルムが体勢を崩している間にアイリはガーンデーヴァを拾い素早く光の矢を召喚し『ストレートアロー』を連続で放った。

高速で放たれた矢を体を器用にくねらせ避け、地に足を着け再び触手を伸ばして攻撃を行う。

 

アイリ「うえぇ。 赤黒くて何本もあって気持ち悪いなぁもう。 捕まったら間違いなく同人誌みたいな展開になっちゃうよ」

 

触手がアイリに巻き付く寸前、疾風の如く速度で駆け付けたリョウが剣を振り下ろし触手を斬り落とした。

斬り裂いた箇所からは紫色の血が吹き出し、コンクリートの床を不気味な紫色に染め上げた。

 

アイリ「リョウ君!」

 

リョウ「護ると言ったやろ。 大丈夫か?」

 

アイリ「うん! ちょっと痛いけどこれくらいなら問題ないよ!」

 

リョウ「なら良かったわ。 じゃあここからは共闘していこうか」

 

アイリ「いいですとも!」

 

お互いが武器を構えディアグルムを見据える。

 

ディアグルムは牙をガチガチ鳴らしながら腕を鎌に変化させ二人の頭上目掛けて鎌を降り下ろす。

アイリは足を華麗に運ばせ横へ回避し、リョウは剣で鎌を受け止め防御し、続けて薙ぎ払われた鎌も素早い剣捌きにより弾き、それから何度も剣と鎌がぶつかり合い火花を散らしてゆく。

アイリは激戦を繰り広げる二人を暫し傍観していたが、ふと我に返り、弓を構え光の矢をつがえる。

誤ってリョウに命中しないよう精神を研ぎ澄ませ、全神経を射ることに集中させる。

手の震えが収まり、奮闘するディアグルムの体の芯に狙いを定めた矢を力一杯引き放った。

 

ディアグルム「ぐあっ!? くっ、小娘がぁ!」

 

姿に似合わず機敏な身の熟しでリョウと奮闘していたディアグルムの脇腹に見事に命中、動きが鈍り苦悶に満ちた表情でアイリを睨み付ける。

 

リョウ「ナイスやでアイリ。 んじゃこれでトドメやな! 『ソードエクスプロージョン』!」

 

隙を見逃さずリョウは剣をディアグルムへ向け光の爆発を至近距離で放った。

手加減なく全力で放たれた攻撃を真面に受け、ディアグルムは上半身と下半身が別れ地面に倒れる。

 

ディアグルム「ぐ、がっ……馬鹿な……この俺が、容易く倒れるとは…」

 

体の半分が千切れたにも関わらず、己の体に鞭を打ち、腕を触手に変形させ戦いの意を見せている。

 

リョウ「今日が命日やと思え。 また再生でもされたりでもしたら厄介やからなぁ」

 

リョウは無惨な姿となったディアグルムをゴミを見るような目で俯瞰し、剣先を向け歩みを進める。

敵ならば相手が誰であろうと、瀕死の重症を負っていようと情けや容赦など一切なく斬り伏せる。

リョウの出す異常とも言える膨大な量の殺気を感じ取ったのか、アイリは大きく身震いした。

エネルギーを蓄積させ輝きを放つ剣を振るい再起不能になるまで肉体を斬り刻もうと断つつもりだったが、リョウが振るった剣は空を斬り地面へと勢いよく深く刺さった。

ディアグルム本人が避けたわけではなく、アルカディアと戦闘をしていた筈のセラヴィルクが目にも止まらぬ迅速な足取りでディアグルムを掴み抹殺を阻止していた。

 

リョウ「ちっ、避けられてしもうたか。」

 

恐らくエクリプスを壊滅させようとする高邁な精神を持っているためか、敵の息の根を止めるまであと僅か一歩のところだったものを邪魔された事に苛立ちを隠せずにいる。

 

ディアグルム「感謝します、セラヴィルク様」

 

セラヴィルク「危ねぇところだったな。 しかし世界の監視者は相変わらず無慈悲だな」

 

リョウ「敵に慈悲なんてもんは不要じゃ。 次はお前共々斬り裂いて地獄に墮として…っ、なんだ?」

 

何かに気付いたリョウは目で見て分かるほどの殺意を収め天井付近を見詰める。

 

リョウ「……この糞忙しい時に限って」

 

アイリ「…あっ! リョウ君! この気配って…!」

 

アイリも能力で異変を察知したようで、驚愕と憂懼の目でリョウの顔を見る。

 

セラヴィルク「余所見するとは余裕をかましてくれるな!」

 

地を蹴りセラヴィルクがリョウに重い拳の一発を叩き込む。

咄嗟に剣で拳を真っ正面から防ぐが、威力を殺せず後方へ大きく下がり体がバランスを崩すところをアルカディアが受け止めた。

先程の一撃で腕全体に衝撃が伝わり、電気を流されたような痺れが走り腕がだらりと下へ落ちている。

アルカディアは多少息切れはしているものの、大した傷を負ってはおらずまだまだ戦闘は可能といった様子だ。

 

リョウ「一つ問うんやけど、地下駐車場以外からも進攻を開始しているのか?」

 

セラヴィルク「確かに何ヵ所からか攻めれば作戦の効率も跳ね上がるが、今回は世界の監視者や時空の放浪者の二人がいるとなると作戦の成功率は一段と低くなる。 そう考えた俺は今回は一点から集中して攻め入る作戦を実行した。 だからここ以外には入り口を開けてはいないぜ」

 

リョウ「やっぱりそうか。 アイリ、結愛、退け!」

 

叫んだと同時に天井が轟音を鳴り響かせ破壊された。

天井だった物は瓦礫と化し崩れ積もり一つの山が生成される。

セラヴィルクと別れた体を繋ぎ合わせ再生が終えたディアグルムは天井が崩れた場所からは離れていたため大事には至らなかったが、アイリとリョウは回避に間に合わず巻き込まれてしまっていた。

リョウはアイリを傷付けまいと上に覆い被さり守っていたためアイリには一切傷を負うことはなかったが、リョウは落下してきた瓦礫が頭部、背中全体に直撃し、更には左足に一際巨大なコンクリート片が落ち身動きが取れなくなってしまっていた。

 

アイリ「けほっ、けほ…煙が凄いな。 あ、リョウ君! 足が!」

 

リョウ「あぁ分かってる。 アイリ、怪我はないか?」

 

アイリ「あたしは大丈夫だから! それよりリョウ君の足が!」

 

砂埃を吸い噎せるなか、アイリは弓を置きコンクリート片を移動させようとするが、明らかに人の手ではどうにかなるようなものではない大きさで、押しても引いても寸とも動く気配がなかった。

 

アルカディア「アイリ、離れてなさい!」

 

紙一重で難を逃れたアルカディアが走りながらコンクリート片へ電気を纏った正拳突きを放つと、コンクリート片は粉々に砕け散った。

リョウは自由に動けるようにはなったが、左足は痛々しい傷ができており出血していた。

足首も捻ってしまったせいか、剣を杖変わりにし体を支えなければ立てなくなっており、満足には戦えない状態となってしまっていた。

リョウの戦力が削がれた最中、不運が重なるような状況に陥っていた。

 

穴が空いた天井からは黒い翼を生やした悪魔兵達が次々と出てきており、武器を携え眼光鋭くアイリ達を射竦めている。

その中でも特に異彩を放つ悪魔がいた。

 

ツンツンした黄色の髪に額からは虫のような長い触覚が生えており、紫色の刺々しいベネチアンマスクを付け、背中から4枚の昆虫の翅が生え、全身が濃い藍色の悪魔が瓦礫が積もりできた山の頂きに立っていた。

 

?「天使の嬢ちゃん、見ぃ~つけた」

 

アルカディア「悪魔!? 何故シェオルに入ることが…!?」

 

?「シェオルの門を突破してきたのよ。 ディーバが天界でライブをするとなりゃシェオル中は大騒ぎになる。 天界を守護する天界騎士団の多くもディーバの守護に回り門の警護が手薄になると考えた俺達は攻め込むことにしたってわけよ」

 

リョウ「おいおい、天界の警備ガバガバじゃないか。 しかもサタンフォーの一人がお出ましとはなぁ」

 

アイリ「こいつもサタンフォーの一人なの?」

 

?「会うのは初めてだったな。 死ぬ前の奴に自己紹介するのも可笑しな事だが、冥土の土産として聞いておけ。 俺はサタンフォーの一人、ベルゼブブだ!」

 

声高らかに自己紹介し、腕と翅を広げ自身の存在を大きく見せる。

 

セラヴィルク「ほう、悪魔も現れるとは、混沌としてきたな」

 

ベルゼブブ「たしかお前達はエクリプスとか言われてる連中だったな。 どうだ? 俺達と手を組まないか? 目的は違うが目の前にいる敵を消し去るのは同じなんだからよ」

 

セラヴィルク「生憎と、俺達は他の組織とは組まない。 お前達がどうしようかは勝手だが、邪魔をしようするならば容赦なく叩き潰す。」

 

ベルゼブブ「ちっ、つれないな」

 

目的は違えど、戦場に闖入し敵が増えてしまった事に変わりはない。

アイリの守護とドームの警護、二つの義務を強敵揃いのなか果たさなければならない厳しい状況だが、リョウとアルカディアは屈する事なく戦おうとアイリの前に出た。

 

ディアグルム「では続きといこうか? 『禍嵐』!」

 

再び無数の触手を振るい攻撃を開始した。

アイリは咄嗟に前に出て『エンジェルリフレクション』を展開させ迫り来る触手を全て防いでいく。

 

ベルゼブブ「バリアも展開できるのか。 報告と違う技を使ってるみてぇだけど、大した驚異じゃねぇな」

 

指をパキポキと鳴らし翅を広げアイリ達へと接近する。

 

ベルゼブブ「『デスペラードクラッシャー』!」

 

紫色の波動を纏った拳がアイリが張ったバリアに直撃すると、ヒビが入る間もなく一瞬で砕け散った。

アイリは信じられないといった表情でその場で固まってしまっている。

ベルゼブブは続けてアイリに鋭い蹴りを顔面に向けて放ったが、リョウが翼を広げ空中を浮遊しながら右足を振り上げ寸のところで攻撃を受け止めた。

足を負傷してしまい戦闘の続行は不可能ではあったが、空中では足を必要としないためリョウは低空飛行しつつ戦闘を続行可能としていた。

 

アルカディア「『エレキシューティングスター』!」

 

流星の如く速さで電撃を纏った蹴りをベルゼブブに放つが片手で受け止められ、電撃が受け止められた手から溢れんばかりに周囲に流れる。

セラヴィルクとディアグルムは二人掛りでリョウに挑み猛攻を続け、着実に追い込んで行く。

 

ベルゼブブ「どきなよ時空防衛局のねえちゃん。 俺はあんたには用は何一つないんだよ」

 

アルカディア「退くわけにはいかないわ。 私の味方であるアイリを傷付けようとするならば許さないわ!」

 

ベルゼブブ「お前に何ができるってんだよ。 嘗てお前が未熟だったがために友人を救えなかったお前に」

 

アルカディア「っ! 黙りなさい! あの時の私とは違うわ!」

 

口調を荒らげ、戦い方も先程のものよりも粗笨ものへと変化していく。

ベルゼブブは未だに余裕な笑みを浮かべたままアルカディアの攻撃を受け止め続けており、一歩も下がる気配がない。

 

アイリ(結愛さんをサポートしないといけないけど、今はリョウ君をサポートしないと!)

 

光の矢を召喚し構えをとろうとするが、湧き出るように現れる悪魔兵達の数の暴力とも言える攻撃に防戦一方となってしまっている。

 

リョウ「アイリ! もう暫く持ち堪えてくれ!」

 

セラヴィルク「まるで直ぐにでも向かえるような言い方だな。 お前はここで行けずに終わる! 『大いなる鉄槌』!」

 

両手を合わせ回転により威力が跳ね上がった拳を諸に受け、壁を突き破り地面へと倒れ伏せる。

ディアグルムが倒れたリョウに触手を収束し一本の太い触手に変え、『嘆きの鞭』を連続で放ち追い討ちを掛ける。

防御する手段のないリョウは立ち上がることもできず、歯を食い縛り耐え凌ぐしかなかった。

 

アイリ「もう! リョウ君も結愛さんもピンチなのに、あたしもピンチだったら助けに行けないじゃん!」

 

多勢に無勢とは正にこの事だろう。

近付く悪魔兵を斬り伏せ対処はできてはいるが、徐々に数の暴力に押され始めており、力尽きるのは時間の問題だった。

 

初めて苦戦を強いられる状況にアイリは焦りと不安、恐怖を感じ始めていた。

毅然とした態度で今まで戦いに挑んでいたが、改めて自分の未熟さを知り心奥から低落していた。

結愛を筆頭に稽古を付けてもらったにも関わらずこの様だ。

情けないとしか思えなかった。

 

だが今は自責の念を抱いている時ではないと自身の心に言い聞かし、奮い立たせ無理矢理にでも鼓舞する。

目の前の敵へと集中しようとした刹那、悪魔兵の一人が槍を振りアイリの持つガーンデーヴァを叩き落とした。

武器を失ったアイリの腕を悪魔兵が掴み、身動きが取れないようにされた。

拘束を解こうと必死に踠くが一向に腕が動くことはない。

 

「我らの害となる光の天使よ、今ここで散れ!」

 

槍の穂がアイリの心臓向けて突き出された。

アイリは訪れるであろう痛みと死の恐怖に思わず目を瞑り顔を背けた。

 

体を貫かれ鮮血が飛び散る筈であったが、その様な惨い有様になることはなかった。

何故激痛が訪れないのか不思議に思い、ゆっくりと目を開けた。

目の前には槍の穂を素手で掴み相手の動きを封じ、痛みを堪え顔を歪めたリョウが立っていた。

穂を力強く掴み、刃が深々と皮膚に食い込んだ手からは血が溢れ出ており、血が滴り落ちた場所には真っ赤な水溜まりが生成されている。

 

リョウ「ごめん、待たせちゃって」

 

一言謝ると足を頭上高く振り上げ踵落としを繰り出し槍を真っ二つにし、血の滲んだ拳を固く握り、その拳で悪魔兵を殴り飛ばした。

更にアイリの腕を掴む悪魔兵を義足である右脚から放たれたミサイルにより爆散させ、周囲に立ち並ぶ悪魔兵をアルティメットマスターを振るい蹴散らしていく。

左脚の鈍痛と刃を握り掴んだ手の疼痛に耐えながらもアイリを護るために己の身の事も考えずひたすらに剣を振るう。

 

リョウ「アイリ、まだ行けるか?」

 

アイリ「うん。 でも、あたし…」

 

リョウ「おっと、自分がまだまだ未熟とか思うなよ。 わしらはアイリの実力を認めるんやから。 もしそれでも自分が認められないって言うんなら、自分が認める自分になるまで努力してみればいい。 それだけのことや。 難しいならわしらが手を貸しちゃるから」

 

アイリ「…うん! ありがとう、リョウ君」

 

リョウの激励の言葉に調子が戻ったアイリはガーンデーヴァを拾い再び闘志溢れる瞳で悪魔兵達を見据える。

 

セラヴィルク「しぶとい連中だな。 二人纏めてあの世へ送ってやる」

 

後方にはセラヴィルクとディアグルム、前方には悪魔兵の大軍。

不利な戦況に変わりはなく、リョウはアイリを護りながらもこの危機をどう突破するかを頭を捻り策を練っていた。

 

双方睨み合いの沈黙の時間が数秒続いていたが、突如耳につんざく爆音により終わりを告げた。

悪魔達が開けた天井から多数の小型ミサイルが豪雨の如く降り注ぎ、悪魔兵達を消し炭にしていく。

セラヴィルクとディアグルムの二人にも小型ミサイルが降り注ぎ、回避行動を取っていたが爆発による衝撃で宙を舞い地面へ叩きつけられた。

結愛と交戦していたベルゼブブにも小型ミサイルが命中し後方へと吹き飛びうつ伏せに倒れた。

アイリとリョウは何が起きたのか分からず天井に空いた穴を凝視すると、見知った顔が目に映った。

 

アイリ「え…シャティ!?」

 

フサキノ研究所を調査する途中に出会ったエンジェロイドの一人、シャティエルだった。

ライトグリーン色の透き通るような光の翼を展開させ宙を浮遊しており、周囲には小型ミサイルを発車するためのユニットが多数浮かんでいる。

 

シャティエル「お久し振りです、アイリさん、リョウさん。 私も加勢させていただきます」

 

アイリとリョウの方を見つめ優しい笑みを浮かべ地へ降り立った。




でもやっぱりSUSHI食べたい♪


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第22話 機械少女は傷つかない

自粛してお菓子ばかり食べてます。


アイリ「なんでシャティがここに?」

 

絶体絶命の危機の最中、突然現れたシャティエルに驚きの表情を隠せずにいるアイリとリョウ。

フサキノ研究所がある暗く深い洞窟、 グニパヘリルを抜けた後にはガブリエルにより生成された強力な結界が張られているため、出入りすることは不可能な筈だった。

 

リョウ「もしかして、外の世界を生きたくなったのか?」

 

シャティエル「はい。 私の意思でもあり、博士の願いです」

 

アイリ「博士の願い?」

 

シャティエル「詳しい事は後ほどお話致します。 今は敵を殲滅させることに集中しましょう」

 

『光粒子ライトソード』を出し切っ先をセラヴィルク達へと向ける。

 

セラヴィルク「お仲間の登場か。 …へぇ、なかなか物騒な兵器を多数所持してるみたいだな」

 

能力を使用しシャティエルの使用する武器の数々の知識を得たのか、感心したように数回頷いた。

 

セラヴィルク「だが一人増えたところで戦況が変わるとは限らないぜ」

 

シャティエル「間違いなく変わっております。 私達がアイリさん達と共闘すれば、少なくとも勝率は上がります」

 

セラヴィルクはシャティエルの言葉を右から左に流し拳を握り締め、凄まじい速度で接近し殴りかかった。

シャティエルは片手でセラヴィルクの拳を受け止めたが、機械である頑丈な体でも一、二歩下がるほどの威力だった。

 

シャティエル「尋常ではない力量を感知。 接近戦は危険と断定。 遠距離線に移ります」

 

セラヴィルク「そうはいかないぜ。 ディアグルム!」

 

ディアグルム「分かっております。 はあっ!」

 

ディアグルムが触手を伸ばしシャティエルの体に巻き付き縛りあげた。

身動きが取れなくなったシャティエルにセラヴィルクは止めを刺そうと拳を繰り出した瞬間、間にリョウが入り拳を真っ正面から受け止めた。

更にアイリがセラヴィルクの懐に素早く入り渾身の力で振るったガーンデーヴァによる光の刃の一撃が決まった。

 

シャティエル「感謝します。 アイリさん、リョウさん、『ライトガトリング』を使用するので下がっててください」

 

言われた通りアイリとリョウは後方へと下がった。

シャティエルは肩から『ソニックプラズマ』による電磁砲でセラヴィルクとディアグルムを牽制、触手による拘束が解かれシャティエルは周囲に魔方陣を展開させ新たな兵器を召喚する。

複数の銃身を束ねた白色の機関銃の砲身が幾つか姿を見せると、一斉に火を噴いた。

ライトグリーン色の細長い光弾が連続で発射されセラヴィルクとディアグルムに集中放火を浴びせる。

 

ディアグルム「ぐっ! 防ぎきれない…! ぐわあ!?」

 

触手を闇雲に振り回し光弾を弾いてはいたが、兎に角如何せん数が多く、防ぎきることができなくなったディアグルムは何発か命中してしまった。

シャティエルは更に魔方陣を出現させ、新たに『永久追尾式浮遊ライトソード』と『多連装レーザーバックル』を召喚させた。

 

ベルゼブブ「エンジェロイド、噂に聞いたことはあったが火力が半端じゃねぇな。 おもしろいじゃねぇか!」

 

ベルゼブブは口角を上げゆっくりと歩みを進める。

浮遊する光の刃が伸びるユニットがベルゼブブ目掛け向かって行くが、ベルゼブブは避けようとする仕草を見せようともしない。

 

ベルゼブブ「力ずくで突破するだけだ!」

 

ベルゼブブは鋭利な刃を殴り飛ばし、シャティエルに接近していく。

何本かの光の刃はベルゼブブを斬り裂いてはいるが、強靭な肉体には然程効果がないのか、浅く傷は負ってはいるものの、怯む様子が一切ない。

 

ベルゼブブ「『ソウルティアー』!」

 

手の平に紫色の円盤状のエネルギー弾を出しシャティエルに殴りかかるようにしてぶつける。

浮遊していたバックルが素早く移動しシャティエルを防衛するが、エネルギー弾がバックルに直撃した瞬間に電動カッターのように回転を始めバックルを斬り裂こうとしていた。

 

シャティエル「バックルを斬り裂く程の威力ですか。 ですが、まだ問題になるほどまでには至ってはいません」

 

慌てることなく冷静に状況を把握し次なる一手を瞬時に計算し考案する。

ベルゼブブの左右の地面に魔方陣が生成され、中から巨大な装置が出現し、数本の突起物が伸びると先端から電流が流れベルゼブブの動きを封じた。

 

シャティエル「『拘束電流装置』です。 暫くは身動きは取ることはできません」

 

ベルゼブブ「な、なんのこれしき! ぐわっ!?」

 

ベルゼブブが拘束を解こうと踠くと電流の電圧が上がり体全身に痛みが迸る。

 

シャティエル「動かぬ方が身のためです。 他の二名の敵を殲滅させるまで、大人しく待っていてください」

 

ベルゼブブ「く、くそがあああああー!!」

 

熱り立つベルゼブブに背を向け再びセラヴィルクとディアグルムの方へと向き直る。

 

アルカディア「サタンフォーやエクリプスの幹部を相手に苦戦を強いられないとは、流石エンジェロイドなだけはあるわね」

 

シャティエル「博士の用いた技術なのですから、当然です」

 

リョウ「さぁて、一気に片付けるとしますか」

 

アイリ「シャティエルもパーティに加わったことだし、百人力だよ!」

 

アイリ、リョウ、アルカディア、シャティエルが並びセラヴィルクとディアグルムを見据える。

 

セラヴィルク「俺達ばっかに構ってていいのか? 俺達の可愛い部下達だけじゃなく悪魔の連中も何人か既にドーム内に浸入してるぜ?」

 

リョウ「ドーム内に入れてしまったのはわしらの力不足やったかもしれへんけど、問題はない。 中には時空防衛局の人間が配置されてるからね」

 

アルカディア「今頃倒されてのびてるところかもしれないわね?」

 

リョウとアルカディアの二人は敵の浸入を許したにも関わらず余裕綽々たる態度でいた。

 

 

~~~~~

 

 

場所は変わってドーム内のとある通路。

関係者以外でなければ立ち入ることができない場所。

関係者でも普段通ることのない物音一つしない薄暗い通路を地下駐車場から浸入した十何人かのエクリプスの戦闘員達が駆けていた。

彼等が目指すはライブが行われているステージ。

ディーバを誘拐するために歌声と歓声を頼りにステージへと向かっていたのだが、人気のない通路へとやって来てしまっていた。

 

「おい、本当にこっちであっているのか?」

 

「間違いない! いいから走れ!」

 

「待て! 前に誰かが立っているぞ!」

 

戦闘員達の行く道を阻むかのように何者かが通路を歩いていた。

肩まで伸びる銀髪を揺らせ歩みを進めていたのは、時空防衛局第一時空防衛役員の一人、シギアだった。

海のように青い瞳は戦闘員達を見据えており、集団を相手にたったの一人だというのに、狼狽える様子は一切なかった。

 

シギア「大勢で狭い通路を渡っているところを申し訳ないけど、お引き取り願おうか」

 

「俺達がはいそうですかって潔く回れ右すると思ってるのか?」

 

「言葉で何とかなるんならセラヴィルク様達がとっくにやってるんだよ! 行くぞお前ら!」

 

シギアの言葉に耳を貸さずそれぞれ武器を携え、声を張り上げ走り始めた。

 

シギア「相変わらず横暴な人達だ。 実力行使になるのは分かってはいたけど、悲しいね」

 

和平交渉を少しでも望んだ自らに呆れ大息をついた。

元より、和平交渉など実行しようとなどしていなかったのかもしれない。

シギアは戦闘員達がドーム内に浸入した時点で能力を発動させていたのだから。

 

シギアと戦闘員達が今いる現在の場所は、地下にある備品置き場に通じる通路で、シギアを突破したところでステージにいるディーバの元へ辿り着くことはできない。

本来ならば上の階へ行かなければならないのに、何故彼等は地下にある通路を駆けていたのか。

答えは明白だが、シギアの能力である、あらゆるものを導く力を行使し、浸入した戦闘員達を人気がない薄暗い通路へと導いていたからだ。

 

シギア「そちらから手を出したってことは、正当防衛、ってことでいいよね?」

 

手の平に燃え盛る蒼い炎が出て、薄暗い通路が僅かだが照らしだされた。

手を前に突きだすと蒼炎が川の激流かの如く勢いで戦闘員達へ向かっていき、悲鳴と断末魔を上げる時間さえ与えることなく燃やし尽くす。

命中を免れた戦闘員達は戦略的撤退の者もいれば、恐怖に戦き戦線離脱を考える者もおり、踵を返し元来た道を戻り始めた。

 

だが戦闘員達の退路を塞ぐ存在が既におり、走っていた足を止めざるを得なかった。

全身を漆黒の布で覆われ、禍々しい仮面を付けている人物、凶ノ助だ。

周囲の薄暗さも相まってか、蒼炎に照らし出された白い仮面が良く目立ち、その禍々しさに戦闘員達はたじろいでいた。

 

シギア「やあ凶ノ助。 遅かったね」

 

凶ノ助「ここへ来る途中にも侵入者を見掛けたんで始末していたからな。 お前の導きの力がなければ更に遅れていたのは明らかだったが」

 

シギアは警備している人物の中でも最も近場にいた凶ノ助に無線機で連絡をとり、力を行使しこの場へ来るように導いていた。

 

凶ノ助「貴様等に恨みはないが、死んでもらおう。」

 

短刀を携え目にも止まらぬ足さばきで戦闘員達へと接近し、喉元を確実に斬り裂いていく。

武器を構える暇もなく、戦闘員達は床へと倒れていく最中、一人の戦闘員が銃を手にし凶ノ助に銃口を向け引き金を引いた。

通路内に銃声が木霊し、凶ノ助に銃弾が命中する筈だったのだが、凶ノ助の姿は何処にもなかった。

神隠しにでもあったのかと思うほどの一瞬で消えてしまったので、下っ端は慌てた様子で周囲を探る。

 

「くそ! 何処へ消えた!」

 

凶ノ助「貴様の真上だ」

 

真上から声が聞こえた時には、既に戦闘員の喉は天井から上半身だけが出ている凶ノ助の短刀により掻き斬られていた。

 

凶ノ助の持つ能力である『闇隠れ』。

影の中へ入る能力で、奇襲や身を潜めるのに適しており、薄暗いこの通路ではこの能力が最大限に引き出される。

シギアはそれも考慮してか、この場を戦場に選んでいたのかもしれない。

 

シギア「流石、その迅速な動きはとてもじゃないが真似はできないね。 じゃあ僕も応戦するとしようかな」

 

シギアの周囲に球体形の蒼炎が出現し、右手を軽く前に払うと戦闘員達目掛けて勢い良く飛んでいき、戦闘員達に着弾すると瞬時に全身に火が回り勢いを増し燃え盛り、その身を焼き尽くした。

凶ノ助の迅速な動きによる短刀の斬撃と、シギアが放つ蒼炎により、数分と掛からぬ間に数十人といた戦闘員達は全滅した。

 

凶ノ助「俺達にとっては敵ではない相手だな」

 

シギア「そりゃ下っ端相手だからね。 幹部相手だと軽口を叩く暇もないと思うよ。 さて、これ以上浸入を許さないためにも、地下駐車場の入り口付近に移動しよう」

 

シギアは床に倒れている息絶えた戦闘員達の前に止まり目を閉じ黙祷を捧げ、地下駐車場の入り口へと歩き始めた。

凶ノ助は黙ったまま影に入りその場から姿を消した。

 

 

~~~~~

 

 

地下駐車場ではアイリ達が未だに戦闘を繰り広げており、地面は抉れ、天井は崩れ落ち、元の状態とはかけ離れた戦場へと成り果てていた。

 

アルカディア「『ニトロライジング』!」

 

緑色の電気の塊が散布され、地面に着弾すると電撃を含んだ爆発が起きた。

セラヴィルクとディアグルムは全て避けきりアイリ達へ攻撃を仕掛ける。

 

セラヴィルク「はああああああああ!」

 

リョウ「通してたまるかいや!」

 

セラヴィルクの放った拳を剣で受け止め真下へ払い除け顔面を柄で殴り付けた。

アイリが透かさずセラヴィルクの体の芯に目掛け『アロービーム』を放った。

急所は外したものの、セラヴィルクは地面へと倒れ伏した。

 

ディアグルム「セラヴィルク様! おのれ小娘!」

 

アイリ「うわあ来た! 『光弓三日月斬』!」

 

光の大剣と化した弓を勢い良く振るいディアグルムの身体を縦に斬り裂いた。

紫色の血が周囲に飛び散り、大きく後退したところをアイリは更に弓を上に振り上げ、倒れているセラヴィルク共々ディアグルムを斬りつけた。

 

セラヴィルク「バカな…この俺が、こんな小娘相手に…!?」

 

ディアグルムと横に並ぶように倒れたセラヴィルクは吐血しつつ口を動かした。

 

シャティエル「勝負あったみたいですね。 リョウさん、この方達は如何しましょうか?」

 

リョウ「今すぐにでも殺したいところなんやけど、捕らえて時空防衛局に引き渡す。 己が犯した罪を償ってもらわにゃいけへんからね。 殺すよりも、生き地獄を味合わせてもらった方が、こいつらにとっては地獄やろうからな」

 

アイリ「さぁ、お前の罪を数えろ!」

 

セラヴィルク「罪、ねぇ。 数えられないから、遠慮しておくぜ」

 

何をすべきか察したディアグルムはセラヴィルクを触手で担ぎ上げ、後ろに召喚された時空の歪みに飛び込み姿を消した。

 

リョウ「逃がすか!」

 

白い粒子の翼を羽ばたかせ、縮小されていく時空の歪みに無理矢理に手を入れ閉じるのを防いだ。

強制的に時空の歪みを抉じ開けようとしているため、歪みが更に不安定になり、時空のエネルギーが溢れ出てリョウの身体を徐々に蝕んでいく。

 

シャティエル「リョウさん、これ以上は危険です! 直ちに歪みから離れてください!」

 

リョウ「分かってるけどこのまま逃がすわけにもいかへんからね! 大丈夫、ちょっとしたらまた天界に戻ってくるから、心配せんといて!」

 

苦悶に満ちた顔をしながらも後ろを向きアイリ達に言葉を伝えると、更に腕に力を込め歪みを広げ、人一人通れる大きさになると右脚からジェット噴射を出し、歪みが閉じそうになったギリギリの隙間を通過することに成功した。

時空の歪みは徐々に縮小していき、数秒後には跡形もなく消え去っていた。

 

アイリ「ねぇ、リョウ君って無事なの? ねえ、結愛さん!?」

 

アイリが縋るような目でアルカディアを見つめ震える声で質問を投げ掛けた。

 

アルカディア「取り敢えずは無事よ。 後はリョウがあの二人を相手に勝つことができるか否かね」

 

アイリ「どうにかして私達も追うことはできないの?」

 

アルカディア「ワールドゲートを使用していれば何処の世界へ移動したか調べることは可能だけれども、時空の歪みを使用しているとなると、どの世界にいるか特定するのは難しいわね」

 

リョウや時空防衛局の一部の人間はワールドゲートを使用し、目的地となる異世界へ移動している。

だが時空の歪みを使用すれば行き着く世界を決めることは、余程の実力者でなければ不可能で、どの世界へ移動してしまうか見当も付かない。

最悪な場合、世界と世界の狭間にある空間に出てしまう場合もあり、新たな歪みが発生しない限り脱出することは不可能で、時空の歪みにより発生する亜空流に巻き込まれてしまう事もある。

危険性を知りながら時空の歪みに飛び込む輩はアリスくらいであるが、エクリプスの者達は時空の歪みを敢えて使用することで時空防衛局に何処の世界へ移動したのか分からなくさせ行方を眩ます方法で今まで難を逃れてきていた。

 

アイリ「どうしよう…リョウ君の身に何か起きたら…!」

 

アルカディア「落ち着いてアイリ。 足を負傷しているとは言っても、彼は戦闘経験が豊富で簡単にやられたりはしないわ。

もし仮に命を落としそうになれば異世界へ移動し逃げることもできる。 リョウを信じて帰るのを待ちましょう。」

 

アルカディアがアイリをなんとか宥め落ち着かせた。

 

アイリ「無事に帰って来るって、あたし信じてる」

 

ベルゼブブ「俺がまだいるってのに、余裕だなお前ら。 舐められたもんだぜ」

 

怒気が籠った声が聞こえ、振り向いてみると、『拘束電流装置』を破壊し終え手をボキボキと鳴らし歩くベルゼブブの姿があった。

電流による激痛が身体中を迸る中を耐えながらも、拘束から逃れるために左右に設置されてある一つを殴り壊していた。

かなり無茶で強硬な手段だったせいか、身体中から煙が出て肩で呼吸をしている。

 

シャティエル「拘束を力ずくで解かれるとは思いませんでした。 サタンフォーの実力は予想以上に高いようですね」

 

ベルゼブブ「俺の実力をなめて掛かってもらっちゃ困るな。 全力で向かって来いよ、じゃなきゃ殺すぞ。 いや、今から殺すけどな。 『デスペラードクラッシャー』!」

 

紫色の波動が解き放たれかのように体から溢れ出し全体を包み、地面が凹むほど片足に力を込め踏み出すとアイリ達に突貫した。

シャティエルが『クリスタルミラーバリア』を展開させるが、ベルゼブブが拳で一撃を加えただけでバリアは砕け散ってしまった。

 

アルカディア「思った以上にまずいわね! 『ライトニングフルバースト』!」

 

両手に溜めた電撃を直線に伸びる電撃として全力で放ち、ベルゼブブの突貫を止めようと試みるが、威力が劣るせいか徐々に押され始めている。

 

ベルゼブブ「諦めな。 結局お前は仲間を守れはしないんだからよ」

 

アルカディア「本当に人の弱みにつけ込んでくれるわね。 あの時のようにならないために、私はより一層全力を尽くすだけだわ!」

 

放たれる電撃が威力を増していき、ベルゼブブを押し返していく。

 

アルカディア「同じ過ちを、二度と繰り返す真似はしない!」

 

ベルゼブブ「罪ってのは一度犯せば一生消えねぇんだよ!」

 

アルカディア「言われなくても分かってるわ! 罪は消えることはないから、一生背負って生きていくしかない。 背負っているからこそ、私は忘れない。 絶対に忘れないから、私は今いる仲間のために、世界のために戦えるの!」

 

周囲に轟く声を腹の底から張り上げ、限界を超えるであろう電撃が放たれ、ベルゼブブの全身が電撃に呑まれていき、雷が落ちたかのような轟音を立て天井に激突した。

アルカディアは全力を尽くし足が震え立っているのがやっとの状態の筈だが、倒れまいと踏ん張っていた。

 

アイリ「凄い…サタンフォーの一人を倒しちゃったよ。 結愛さん、凄すぎるよ」

 

アルカディア「はぁ、はぁ…いえ、倒せては、いないわ。 あの程度でやられるほど弱者ではないわ」

 

天井を突き破り、未だに砂塵が舞っている状態で、生存しているかどうか視認することはできなかった

 

アルカディア「兎に角、一度地上へ出ましょう。 恐らく上で警備していた人達が多くの悪魔達と交戦しているから、少しでも多くの応援がいるはずよ」

 

シャティエル「分かりました。 私も援護致します」

 

アルカディアは頷き、覚束無い足取りで悪魔達が開けた天井の穴の下まで来ると、踵に装飾されてある白い羽が巨大化し、アルカディアの体が宙を浮き上がり飛行できるようになった。

シャティエルも翼を展開させアルカディアの元へと飛んでいく。

 

アルカディア「どうしたのアイリ?」

 

アイリ「結愛さん、シャティ、先に行っててもらえない? カイ君が何処かに隠れてる筈だから一緒に行くから」

 

アルカディア「分かったわ。 私達は先に行ってるわね。 じゃあシャティエル、行きましょう」

 

シャティエル「了解しました。 一つお伺いしたいのですが、あなたは何故私の名前をご存知なのですか? お教えした覚えはないのですが」

 

アルカディア「ぁ…リョウから話を聞いていたのよ。 睦月がフサキノ研究所の調査に行ったときのレポートを見たときにもあなたの事が表記されていたわ。」

 

シャティエル「そうだったのですね。 あなたの紹介は成すべき事を終えた後で教えてもらいますね。 では、参りましょう」

 

アルカディアは誤魔化すかのように笑みを浮かべると、地上へと急上昇していった。

シャティエルも後を追うように急上昇し、残されたアイリは戦闘が終わり静まり返った地下駐車場に残り沈黙を痛感していた。

 

アイリ「さて、ウォーリーを探す勢いで行くからね! おーいカイ君! 怖い人達はあたし達がもう倒しちゃったから出てきても大丈夫だよー!」

 

微小ではあるが地下駐車場にアイリの声が木霊する。

大声で呼んだにも関わらず、カイが姿を現す気配が一向になかった。

 

アイリ「あれ、何処にいるんだろ? 耳にバナナが入ってて聞こえないわけじゃないと思うし」

 

冗談を交えつつ瓦礫の上を歩いていると、斜め後ろから何者かの気配を感じ取った。

一瞬カイと思い笑みを浮かべたが、即座に笑みは消え去った。

嫌な気配がピリピリと肌に感じ取ることができ、全身から汗が吹き出る。

今すぐこの場から離れた方がいいと己の感覚が警鐘を鳴らしてはいるが、体が竦み思うように動けなくなっていた。

アイリの見つめる視線の先にある瓦礫の山の影から姿を現せたのは、ベルゼブブだった。

 

 




シャティエルと結愛は作者のお気に入りキャラ。


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第23話 アイリvsベルゼブブ

暇人は辛いぜ。


アルカディアの全力とも言える一撃を受け、痛々しい姿をしているが、ベルゼブブは確かに生存していた。

アイリを抹殺する使命を果たすため気力で立っている様に見えるほど足取りは覚束無い。

だが体からは常人では目で視認は不可能だが、未だに紫色の波動が出続けており、アイリは能力のお陰ではっきりと目にしていた。

 

アイリ「流石、サタンフォーって呼ばれてるだけのことはあるって感じ…」

 

ベルゼブブ「当たり前だ、あの程度で、ぶっ倒れるほど弱いわけねぇだろ。 まぁ、相手が『救済の光』だけあって力は相当なものだったがな。 さて、お喋りは終わりにして、殺し合いでも始めようか。 一方的な殺し合いになりそうだけどな」

 

息切れをしながらもベルゼブブは一歩、また一歩とアイリとの距離を詰めていく。

対するアイリはガーンデーヴァを両手に持ち震える足で地を踏み締め構えを取る。

 

常に自信を持ち強気なアイリではあったが、今回ばかりは命の危機を感じていた。

従前まではリョウや結愛等という心強い仲間と共闘し危機を乗り切れてきたが、現在自分の周囲には仲間はいない。

己の実力のみで迫り来る敵を討たなければならない。

相手は悪魔の中でも指折りの実力者であるサタンフォーの一人、気を引き締めて戦いに挑まなければ間違いなくこの場で命を落とすことになる。

自分の実力を信じ、ガーンデーヴァ強く握り孤独な戦いに傾注する。

 

ベルゼブブ「死ね小娘が!」

 

ベルゼブブは紫色の円盤状のエネルギー弾、『ソウルティアー』を数発空中に出し一斉に投げつけた。

次々と飛来する光弾をガーンデーヴァを縦横無尽に振るい全て光弾を真っ二つに斬り裂き、矢を3本召喚し番え、矢を引き絞り、狙いを定めて射ち放つ。

ベルゼブブは腕を振るい矢を振り落とすが、そのうちの1本は頬を掠め地面に刺さった。

 

アイリ「ワンサイドゲームになんてさせないんだから!」

 

ベルゼブブ「偶然にすぎないってのを今から教えてやるよ。(気のせいか? 威力と速さが増している気がするな)」

 

アイリは更に5本の電気を纏った矢を召喚し番え、ベルゼブブの真上に向けて射ち放つと同時に翼を広げベルゼブブの周囲を転回するかのように飛行し、『サンダーボルトアロー』を放ち始める。

アイリが放った電気を帯びた矢、『サンダーボルトアロー』は稲妻に変化し、ベルゼブブを囲うように落ちていき、動きを封じていくが、ベルゼブブは翅を広げ低空飛行で避けながら着実にアイリへと接近していく。

 

ベルゼブブ「撹乱しながらの攻撃なんだろうが、こんな攻撃じゃまだまだ俺を倒せるって程じゃねぇな!」

 

アイリ「まだ全力を出していないんだから! 『スプレッドアロー』!」

 

近距離から拡散する矢を放ちベルゼブブの接近を防ぐ。

サタンフォーとは言えど、光の属性を持つアイリの攻撃を真面に受けるとそれなりにはダメージを負うため、極力防御より回避に専念した。

回避行動を読んでいたのか、アイリは『ストレートアロー』を連続で放った。

腕や腹に光の矢が深々と突き刺さり、苦悶に満ちた顔を浮かべた。

 

アイリ「やった…!? おっと、これフラグだ…」

 

ベルゼブブ「調子に、乗りすぎだ!」

 

ベルゼブブは力任せに矢を引き抜き地面へ放り投げた。

出血しているのにも気に掛けず、再びアイリへと接近し拳を突き出した。

今まで以上に俊敏な動きにアイリは反応が遅れ、ベルゼブブの攻撃を諸に受けてしまった。

体がくの字に折れ曲がり、ガーンデーヴァを手放し空中へ舞い上がった。

更に追撃をかけるように肘打ち、アッパーを繰り出し、最後に背中に踵落としを決め地面へと蹴り落とした。

勢いよく地面に叩き付けられたアイリは口から血を吐きながらも、自らの体に鞭を打ち、なんとか立ち上がろうと腕に力を込めるも、数秒も経たない内に倒れてしまう。

 

アイリ「うぐっ…リョウ君達に修行してもらってた時に、痛みは少しは慣れたかなって思ってたけど…痛いもんは痛いね。 病的かつ冒涜的な禍々しい混沌とした痛みがあたしの体を迸ってるよ」

 

ベルゼブブ「それなりにダメージ通ったと思ってたけど、まだ与え足りなかったみたいだな」

 

ベルゼブブは勢いよく足を降り下ろし戯れ言を吐くアイリの頭を踏みつけた。

アイリは苦しそうに呻き声を上げるが、ベルゼブブは容赦なく踏む強さを増していく。

 

ベルゼブブ「苦しいか? そうだろうな。 簡単に殺しはしないぜ。踠き苦しむ声を聞きたいんだからよ!」

 

アイリ「めっちゃドS染みたこと言ってるね。 それと、あたしは、まだ…殺されるつもりなんてないんだから…!」

 

ベルゼブブ「誰も助けてくれる相手もいないのに、諦めるつもりはないのか。 お前は結局一人なんだよ。誰も助けには来ず、今死ぬときも一人だ。 人間だった頃と同じ様に、孤独なままだ」

 

『現実世界』で過ごしていた頃の自分の様を言われ、心を抉られたような感覚に陥る。

家族も友達と呼ばれる人もいなかった。

孤児院の職員達ともこれと言える知人がいるわけでもない。

孤独と言われても不思議ではない。 寧ろ自分で認めてもいる。

認めているからこそ、苛まれてしまう。

過去の自分とは決別したい気持ちはあるが、いざ他人に言われてしまうとたじろいでいるのが一目瞭然だった。

 

アイリ「……」

 

ベルゼブブ「沈黙を通すということは図星か?」

 

アイリ「…はぁ、言いたい放題言われて、めちょっくだよ。 あたしの心が傷付くようにうまいこと言いくるめて、あたしが絶望したと思って満足した?」

 

ベルゼブブ「他人の不幸な面を拝むのは最高なんだよ。 絶望されるだけ絶望し、その直後に殺す。 お前にも味会わせてやるってんだよ」

 

アイリ「絶望、ね。 流石のあたしも傷付いたよ。 自分の行動が招いてできてしまった孤独だもん。 でも、今は違うもん。」

 

徐々に口調が強くなっていき、相手を射抜くような鋭い眼光を向ける。

 

アイリ「今現在この状況では一人だよ。 でも孤独じゃない。 あたしには今は頼れる人達がいるから!」

 

ベルゼブブ「こんな危機的状況に助けに来てくれない人が頼れるのか?」

 

アイリ「リョウ君や結愛さんはこの世界のために戦っているから、この場にいないのは仕方ないことだよ。 臭いこと言うけどさ、あたしは短い間の中でも絆っていうのができあがってるんだから! あたしはもう一人じゃないって分かってるから、誰かが待ってくれる帰る場所があるから!」

 

口調が強くなるのを契機にアイリの体から白い光の粒子が出ており、光の力が上昇していく。

アイリ本人は気付いてはいないようだったが、ベルゼブブは間近で肌で感じ取っており、焦りの色を隠しきれずにいた。

 

アイリ「リョウ君も言ってたけど、心の奥底にある闇を探って墜とすようなやり方をするみたいだけど、あたしは負けたりなんかしない! 絶望してファントムになんてなるのはごめんだからね! 自分を信じて、仲間を信じて前に進み続けていくだけだよ!」

 

声を荒らげるように力強く言ったのが合図だったのか、離れた場所に落ちてあるガーンデーヴァがラムネ色に淡く輝きを放ち始め、意思があるかのように独りでに動き宙に浮き、ベルゼブブ目掛け飛行し背中を縦に斬り裂いた。

アイリの力に傾注していたせいでガーンデーヴァに気付くことができなかったため直撃を受けたベルゼブブは体勢を崩し前のめりに倒れ込んだ。

アイリはこの好機を逃さず未だに痛みが走る体を無理矢理動かし立ち上がり、自分の元へとやって来たガーンデーヴァを掴み光の矢を瞬時に召喚し弓に番え、倒れているベルゼブブに向け放った。

ベルゼブブは横へ転がるようにして避け立ち上がり、怒りに身を震わせ怒気の籠った目でアイリを見据えていた。

 

ベルゼブブ「小娘が、調子に乗りやがって。 お遊びは終わりにして早急に殺すべきだったな」

 

思惑通りに事が進展しなかったせいか、かなり苛立っているようで、拳を構え突貫してきた。

 

アイリ「うわ、ムカ着火ファイヤーだね。 でも、怒りに身を任せていると身を滅ぼすだけだよ! 荒れるよ~! 止めてみな!」

 

アイリの言う通り、怒りに身を任せた簡素な攻撃を難なく見切り、『ファイブストレートアロー』を光速とも言える速度で放ち、空中へ飛来し再び矢を召喚し矢に番えた。

放たれた5本の矢は背中に直撃し、ベルゼブブは痛みに顔を歪めるが、攻撃を受け怒りが増幅されたのか、獣のように咆哮を上げ、アイリの元へ跳び上がった。

紫色の波動を纏った拳、『デスペラードクラッシャー』が迫る中、アイリは屈することなく一回深呼吸をし心を落ち着かせ、力強く弦を引き始める。

 

アイリ「よっし、ぶっぱなすよ! 『パーフォレーテッドアロー』!」

 

矢先が青く輝く矢がベルゼブブの拳に目掛け放たれ、勢いよくぶつかり徐々にだがベルゼブブの体ごと押し始める。

 

ベルゼブブ「なっ!? 馬鹿な!? ぐわああああああああ!!」

 

放たれた矢はベルゼブブの拳を貫き、ベルゼブブごと地面へと真っすぐ飛んでいき地面に突き刺さった。

 

アイリ「よーしトドメいきますか! いくよ! あたしの必殺技! パート…決めてないから別にいっかな。 『ロイヤルストレートアロー』!!」

 

弓に番えられた矢が今までの比にならないほど眩い光を帯び、ベルゼブブ目掛け放たれた。

回避行動が取れなかった、否、回避行動を取ろうとする思考が追い付く前に矢は体に突き刺さっていた。

正に光速と言える速度と威力を兼ね備えた矢は体に突き刺さった後も止まることなく直進し続け、ベルゼブブの体は為す術もなく地面を抉りながら吹き飛んでいき、砂塵を巻き上げながら壁に激突した。

アイリは強力な技を使用した反動なのか、肩で息をしている状態だった。

 

アイリ「えへへ…あたしにしては、頑張った方、だよね?」

 

他の技を使用できないほどまで疲労し、満身創痍ではあったが、警戒を緩めることなくふらつく足を動かしベルゼブブの元へと近付いていく。

 

ベルゼブブ「ごはっ…! この俺が、戦闘不能にまで追い込まれるとは…。 ましてや、元人間の小娘に、やられちまうなんてよ…」

 

ベルゼブブは口から大量に血を吐いており、アイリ以上に傷を負っていた。

素人から見ても分かるほど、戦闘の続行は不可能だった。

 

ベルゼブブ「けっ…油断大敵とはこのことなのかね。 今日のところは退かせてもらうぜ。 次会うときが、お前の命日だと思えよ?」

 

心底悔しそうな表情を浮かべたままベルゼブブは黒い霧になったかと思うと、その場から姿を消していた。

脅威が過ぎ去り安堵したアイリは大きく息を吐き、ガーンデーヴァを消しその場に座り込んだ。

 

アイリ「か、勝てたの、かな? あたしに勝とうなんて、2万年早いぜ!…ってね」

 

余程安堵していたのか、自然と笑みが溢れてしまった。

改めて思うと、一人では初の戦闘で、命の危機に晒されていたのだと実感し、僅かだが初めて戦うことの、死の恐怖を味わった。

リョウや結愛には言い聞かされてはいたが、戦闘ではいつ如何なる時でも油断してはならないのだと身を持って知ることができ、アイリにとっては精進していくための良い実戦経験になった筈だ。

 

アイリ「でも、流石に疲れた、かな。 もう、限界かも…。」

 

瞼が徐々に落ちていき、身体中の力が抜けてゆく。

立っていることすらままならなくなってきてしまい、数秒後には膝から崩れ落ちるように倒れ、気を失ってしまった。

ベルゼブブを撃つ決定打となった、自分の出せる全ての力を乗せた『ロイヤルストレートアロー』を放ったのは勿論だが、極度の緊張から解き放たれた安心感が大きかったと言うのもあり気を失ってしまったようだった。

 

 

~~~~~

 

 

アイリが気を失ってから数分経った。

誰一人として立ち入ってないため沈黙がこの場を支配していたが、突如としてそれはやって来た。

コンクリートの瓦礫の山を歩いてくる音が徐々にアイリの元へと迫ってきていた。

現れたのは、数人の悪魔兵だった。

ベルゼブブ達が開けた天井の穴から地上で行われてるであろう戦闘の混乱に紛れ侵入したようで、アイリの姿を見つけるや否や、全員が不気味な笑みを浮かべ、それぞれの武器を構え殺めようとせんばかりにじりじりと歩みを進める。

 

「こんな寝心地の悪い冷たい地面で、一人で寝てるとはなぁ」

 

「馬鹿な女だ。 いい夢を見てるうちに、永遠の眠りにさしてやろうぜ」

 

悪魔兵の一人が剣を携え歩みを進めていく。

静かにゆっくりと剣を振り上げ、何時でもアイリの首を刎ねる状態になった瞬間、悪魔兵の体に凄まじい衝撃が走った。

巨岩がぶつかってきたような衝撃が真横から直撃し、悪魔兵の体がくの字に折れ曲がり目にも止まらぬ速さで吹き飛び絶命した。

 

「なっ!? き、貴様は…!」

 

突如現れた人物に悪魔兵達は無意識に後ずさっていた。

目の前にいたのは、人間サイズはあるであろう、身長約140㎝程の白い消しゴム、ピコだ。

手という部位が存在しないためどのようにして所持しているかは不明だが、ピコピコハンマーを持ちアイリを守るかの様に立っている。

 

レミーネとの戦闘を終えたピコはリョウと合流するため辺りを捜索していたところ、アイリが危機に陥っている状況を目にし、自慢の武器を取り出し瓦礫の影から飛び出していき、現状に至るということだった。

 

ピコ「もう、リョウは何やってるのさ。 しっかりアイリを守らなくちゃいけないのに」

 

「監視者の相棒がまだ残っていたとは…」

 

ピコ「僕を見て怖気付いちゃったの? 悪魔の中でも僕は強いって認識なのかな? だとしたら嬉しいかな~」

 

「ふん、貴様のような後先考えずに一人で立ち向かってきたガキ一人に何ができる? ここで逃げた方が己の身のためだぞ?」

 

ピコ「強気に言ってる割には、さっき僕のこと見るなり後ずさっていたみたいだけど?」

 

「っ、黙れ! お前ら、悪魔の恐ろしさを骨の髄まで思い知らせてやるぞ!」

 

ピコが発した言葉が事実なのかは反応を見て察するが、苛立ちを覚えた一人の悪魔兵の声と共に、一斉に武器を携え声を荒げながら走り始める。

 

ピコ「後先考えてないのはそっちじゃん。 四方八方から攻め立てれば何とかなるって考えなのかな?」

 

ピコは悪魔兵達の愚劣極まる行動と思考力に思わず溜め息をついてしまった。

 

ピコ「僕がこんな見た目だからって、なめないでくれるかな?」

 

ピコの両目の瞳が瞬時に黄金色に染まったと思うと、その場から消えてしまっていた。

 

「な、何処に…!?」

 

ピコ「後ろだよ、う~しろ」

 

声に気付いていた時には、数人の悪魔兵がピコピコハンマーにより薙ぎ倒されていた。

ピコピコハンマーをまるでおもちゃを振り回すかのように扱い、悪魔兵達を次々と突き飛ばしていく。

倒された悪魔兵の中にはあまりに強烈な打撃を受け、体が本来なら曲がることのないようなありえない方向に屈曲している者もいれば、顔を殴打され首が飛ばされる者もおり、無惨な状態の死体が地面に転がる、正しく死屍累々とはこの事だろう。

 

ピコ「アイリはリョウにとって大切な人なんだよ。 殺そうとするなんて、僕が許さないよ」

 

黄金色に輝く瞳が薄暗い空間ではとても不気味に見え、ピコが無表情でいるところを見ると一層不気味に見えてしまい、恐怖すら感じてしまう。

 

「この消しゴム野郎が! 死ね!」

 

ボウガンを構えた何人かの悪魔兵がピコの体目掛けて弓を連続発射する。

ピコは避けようとはせず、その場に佇んだままで、口を大きく開けエネルギーを溜め始めた。

 

ピコ「跡形もなく消し去るよ! 『ピコビーム』!」

 

ピコの口から光線が放たれ、直撃を受けた悪魔兵達は光線の中で悲鳴を上げながら塵となり消えてゆき、跡形もなく消え去っていった。

光線を吐き続けたまま体を回転させ、アイリに当たらないよう細心の注意を払いながら悪魔兵達を攻撃していった。

 

ピコ「……ふぅ、よし、僕の大勝利だね」

 

数分もしないうちに、何十人と存在していた悪魔兵達はたった一人の消しゴムにより全滅させられた。

警戒を解こうとしていると、頭に何か違和感を感じ目を上に向けると、一本のナイフが深々と刺さっていた。

後ろを振り返ってみると、満身創痍となった悪魔兵の一人が気力を振り絞りピコにナイフを突き刺していた。

 

「は、ははは…貴様も一緒に、地獄に落ちる…!」

 

ピコ「…ごめんけど、僕は地獄には行かないよ。 と言うより、行くことはできないから」

 

ピコは相変わらず無表情のまま悪魔兵を見下ろしながら、どのようにしているかは不明だが、頭のナイフを抜き取り、悪魔兵の額に投げ飛ばした。

悪魔兵はピコの脳天にナイフを突き刺したのに無傷なのか不明確なまま、意識が遠退いていき絶命した。

 

ピコ「今の僕にはあの力がない限りどんな攻撃も効かないよ」

 

黄金色に輝いていた瞳は元の瞳の色に戻っていき、表情も少しは出るようになった。

 

ピコ「うーん、とりあえずドーム内の医務室に運ぼうかな。 エクリプスは退散したし、悪魔兵は侵入してないみたいだしね」

 

ピコはアイリを担ぎ上げ頭に乗せ、早々とドーム内を目指し走りだした。

元が駐車場とは思えない程の惨憺たる有り様になってしまい、瓦礫が散乱しまともに身動きが取れないであろう足場を跳ぶようにして走りながら、ふと言葉を漏らし始めた。

 

ピコ「リョウの気配がぜんぜんしないところをみると、エクリプスを追って行ったんだろうけど…自分の本当の目的を忘れちゃダメだよ、リョウ。 相変わらず猪突猛進なんだからさー」

 

走りながら気を失っているアイリに目を向け、まるで目の前にリョウがいるかのように淡々と言葉を続ける。

 

ピコ「アイリを守るのを第一に考えとかないと、後で悔やむ事になるのはリョウ自身なんだから。 でも、リョウなしでももう十分、とはまだ言えないけど、それなりの力は着実に付いてきてるっぽい。 最初の時とは比べ物にならないくらい大きな力を感じ取れるし。 …ん、あれは?」

 

移動している最中、コンクリートの柱の裏に人影を見つけた。

とても小さな人影だったので、悪魔兵ではないだろうが警戒しつつ接近し確認すると、寝息を立てているカイが横になり眠っていた。

カイは緊張や恐怖からか、そのせいで気を失うように眠ってしまっていたようで、怪我らしき損傷は見られず無傷だった。

 

ピコ「良かった、カイも無事だったんだね。 じゃあ一緒に運ぼうか。 よっこらしょ」

 

カイをアイリの上に乗せ、足早にドーム内に入っていった。

 

それから約30分後、シェオルに進行してきた悪魔達は天使達や時空防衛局員達の活躍により、殲滅することができた。

 

 




主人公のアイリよりピコの方が目立っちゃったかも
まぁいいよね☆


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第24話 知らない天井をあたしは知っている

ネタを挟まないと死んじゃう病が悪化して脳内を蝕んでしまったので誰か病院を呼んでください。(手遅れ)


 

エクリプス、悪魔、二つの勢力の襲撃があったにも関わらず、ディーバのコンサートには支障をきたすことなく無事に大成功に終わった。

シェオルの街には悪魔達による被害が一部あったが、数日もすれば回復する軽いもので済んだという。

特に被害が大きかったのは、シェオルの唯一の出入り口である門だった。

サタンフォーの一人、ベルゼブブの襲撃により巨大な門は見る影もなく粉々に粉砕されており、守備に就いていた天使兵の被害者の数も数十人を超えていた。

報告をしていけば細かい被害が多数存在するが、大きく目立った被害はなく、天使と時空防衛局の双方とも死者が一人も出ていなかったのは幸いだったのに違いはない。

 

コンサートを終えドーム内から出てきた観客達は周囲の惨劇に、呆然としている者もいれば慌てる者、不安に駆られる者など多種多様な反応を見せていた。

時空防衛局員や天使兵、そして駆けつけてきた四大天使のミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエルの四人の説明により、コンサートに来ていた観客達は安堵し大きな騒動になることなく済んだ。

 

コンサートの翌日、とある病院の一室にアイリは白いベッドの上で眠っていた。

精密検査を受けたところ、命に別状はないらしいが、念のため安静にしている状態にあった。

 

アイリ「……ん、あ…」

 

地下で気を失ってから、数十時間が経過した正午過ぎにアイリは目覚めた。

部屋を照らす蛍光灯の光が眩しく、思わず開かれた瞼を閉じる。

徐々に目を開けていき、白い天井が視界に広がる。

 

アイリ「あたしこういうの知ってる。 知らない天井ってやつだよね」

 

?「知らない天井を知っているってどういうことだよ」

 

苦笑混じりの声が聞こえた方向を見ると、ラミエルが椅子に座り、『レシピを見ないで作れるようになりましょう。』と題名が大きく表記されてある本を読んでいた。

ラミエルのような男性が読むような本とは思えず、料理が趣味なのだろうとアイリは解釈した。

 

アイリ「ラミエル君、あたし、何で病院に?」

 

ラミエル「覚えてないのか? 俺も詳しくは知らないけどよ、地下駐車場でぶっ倒れてたのをピコが見つけて運んでくれたらしいぜ。 後で礼言っとけよ」

 

ラミエルに自身がどのような状態であったのかを教えられ思い出したように驚き開口した。

サタンフォーの一人、ベルゼブブと戦闘を行い、お互い満身創痍ながらも、気力を振り絞り、死力を尽くし勝利を収めることができた。

アイリは現実に起きた自分の信じ難い勝利を半ば興奮気味のせいか少々早口でラミエルに報告した。

 

ラミエル「サタンフォーのベルゼブブを撃退したのか!? 流石の俺も驚いたぜ…。 まだまだ幹部クラスの奴とは渡り合えない範疇にあると思ってたんだけど…いや、本当に驚嘆に値するぜ。 大した奴だぜお前は」

 

アイリ「えへへ、実力を認められると素直に嬉しいな。 まぁあたしがこんなに強いのは当たり前田のクラッカーなんだけどね」

 

リョウや結愛に鍛えられた成果が形となり、回数や時間は少なかったとは言え、修行に付き合ってくれたラミエルに誉められ喜びの感情が溢れ出た。

同時に直に誉められ羞恥を感じたのか、少しうっすらと頬を紅潮させ、頭の後ろを掻きながらはにかみ俯いた。

再び顔を上げた直後、病室の自動扉が開き、結愛、ピコ、シャティエル、カイの四人が入室してきた。

 

カイ「アイリーーーーー!!」

 

カイはアイリと目が合うなり駆け出し勢いよくアイリの胸に飛び込んだ。

アイリはカイが無事だったことに歓喜し、カイを優しく抱き止め頭をわしわしと撫で回した。

 

アイリ「カイ君、無事で良かったよー!」

 

シャティエル「目が覚められたようですね、アイリさん。 お体の方は大丈夫ですか?」

 

アイリ「うん。 何も以上はないよ。 あっ、ピコ君、あたしを見つけて運んでくれたんだよね? ありがとう!」

 

ピコ「いやいや、アイリが無事なら良かったよ」

 

結愛「ごめんなさいアイリ。 まさかベルゼブブが戦う余力が残っているとは思ってなかったわ。 あなたを危険な目に合わせて本当にごめんなさい。」

 

結愛は腰を曲げ頭を下げアイリに謝罪した。

 

アイリ「うわわわ! 結愛さん頭を上げてください!」

 

結愛「私がもっと警戒していれば避けられていた事だわ。 大切な仲間をまた失いかけてしまった。 謝って簡単に許されることではないかもしれないけど、謝らせてほしいの」

 

アイリ「結愛さん…あたしは気にしてないから大丈夫だよ。 今あたしがこうして無事でいられてるのは結愛さんのおかげなんだから」

 

結愛「えっ?」

 

アイリ「結愛さんが時空防衛局の仕事で忙しいのに時間を割いてあたしを鍛え上げてくれたから、今回の危機を乗り切ることができたんだよ」

 

結愛「で、でも……。」

 

アイリ「もう! あたしが気にしてないからいいっていってるじゃん! 許せる許せないの問題じゃないけど、どっちかと言えば、許せる! エターナルフォースブリザードを受けたわけでもないし、リボルケインやソードビッカーを使われたわけでもない。 生きてるんだから、あたしはそれでいいってもんだよ」

 

結愛「…ふふっ、あなたの陽気なところが、周りを笑顔に変えてゆくのね。 ありがとう、アイリ」

 

アイリ「結愛さんは大事な仲間でもありズッ友だよ。 咎めたりなんてしないよ。 でも、折角だからおしおきを受けてもらおうかな…」

 

ラミエル「何か良からぬ事を考えてる気がするぜ…」

 

アイリ「バターになるおしおきってやつなんだけど、どう?」

 

?「やめんかアホ!」

 

アイリ「やみらみ!?」

 

後頭部を急に叩かれ素っ頓狂な声を上げ前のめりに倒れた。

カイは驚いた拍子に咄嗟に離れたためアイリと共に倒れることはなかった。

 

結愛「あら、今回は帰ってくるのが早かったわね」

 

?「あぁ。 まぁ少々無茶をしたけどね。危うく荒ぶる神達と神を喰らう人達が住まう世界にかっとビングしかけたし」

 

アイリ「いってて…誰なのあたしの後頭部を叩いたのは!」

 

?「趣味でヒーローをやっている者…ってのは冗談で、わしだよ、わし」

 

アイリ「ワシワシ詐欺かな?」

 

?「死んだり死なせたりしてやろうか?」

 

アイリ「冗談だってばー! おかえり、リョウ君」

 

リョウ「はいよ、ただいま」

 

上半身を起き上がらせ首を斜め後ろに向けると、服が所々破れ、傷だらけとなっているリョウの姿があった。

リョウの姿を見てカイはベッドの上で跳び上がり、リョウの帰還したことを体全体で喜びを表現していた。

 

シャティエル「リョウさん……!」

 

リョウ「シャティエル、お前も無事で良かったよ。 ん、どうした?」

 

リョウの姿を見るなりシャティエルは目から涙をポロポロと流し始めた。

無意識に流れ始めた涙に困惑しつつ手拭うも、止まる気配がなかった。

 

シャティエル「何故、なんでしょうか? 悲しいわけでもないのに、嬉しい筈なのに、何故涙が出てくるのでしょうか?」

 

アイリ「シャティ、涙ってね、悲しいときにだけ出るものじゃないんだよ。 嬉しかったり、何かに感動したとき、そういったときにも涙は流れるんだよ」

 

シャティエル「そう、なのですか?」

 

リョウ「わしのために涙を流してくれるなんてありがたい限りやわ。 心配かけて悪かったね、シャティエル」

 

アイリを庇い瓦礫の下敷きになり傷付いた片足の傷は驚異の自然治癒能力により既に回復していたため、従来の違和感のない歩みでシャティエルに近付き、頭の上に優しく自分の手を乗せた。

 

シャティエル「無事に、帰ってきてくれて、良かったです。 もう帰ってこれないと思い、心配したんですから…」

 

リョウ「本当に悪かったよ。 極力みんなには心配かけさせないように努力はするから。 心配してくれてありがとね。 それと、これからもよろしくね」

 

シャティエル「っ…はいっ!」

 

シャティエルは涙を拭い、笑顔で答えた。

 

アイリ「なーに良い雰囲気になってんのさ~。 嫉妬しちゃうよ? パルパルパルパル」

 

リョウ「なんだ? 頭をなでなでされたいのか? わしで良ければムツゴロウ先生みたいに撫でてあげるよ?」

 

アイリ「なんでムツゴロウ先生みたいになの!? っていうか冗談だからいいですよ~だ」

 

リョウ「痩せ我慢せんでもええんやで?」

 

アイリ「ち、違うもん!/// リョウ君の変態! ド変態! der変態! 変態大人!」

 

リョウ「日本語とドイツ語と中国語で罵られたけど、我々の業界ではご褒美です。 …ちょ、ちょっと、これこそ冗談なんやから引くなお前ら!」

 

言葉の意味を理解していないカイとシャティエルは首を傾げていたが、その他の部屋にいる者はジト目でリョウを見据えた状態で一歩後ずさっている。

 

ラミエル「お前、そんな趣味があったんだな、知らなかったぜwww」

 

結愛「まぁ、世の中には色んな性癖を持つ人がいるからwww」

 

リョウ「お前らわざと言ってるやろ! 草生やしてるし!」

 

アイリ「リョウ君」

 

リョウ「ん? なんや?」

 

アイリ「ドンマイ☆」

 

リョウ「死ねよや!」

 

アイリ「ほいーが!?」

 

足を負傷しているとは思えぬ速度でアイリに近寄り額に強めのデコピンをお見舞いした。

アイリは後ろに仰け反るようにして倒れ、額を抑え悶絶している。

 

ピコ「病院だけに、お見舞いしたね。」

 

リョウ「誰が上手いこと言えと」

 

 

~~~~~

 

 

数時間が経過し、日が落ち暗闇が支配し始める時間になり、満月の淡い光が天界を照らし出している。

アイリは医学的には全く問題がなかったためすぐに退院となり、家に帰宅することになった。

一日しか経っていない筈なのに、何故か郷愁に似た懐かしさを感じてしまう。

住み始めてから短いというのに、余程この家が好きになってしまったようだった。

この家と言うより、一緒に住まうリョウ達との日々が、アイリにとってはとても新鮮なものだったからだろうが。

 

アイリ「我が家よ、あたしは帰ってきた!」

 

アリス「あ、おかえり~」

 

サリエル「お邪魔してます、リョウさん」

 

アイリ・ラミエル「ファッ!?」

 

リョウ「人の家で何やってんだよ」

 

リビングに入るや否や、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。

テーブルには肉をメインとした料理が並べられており、上質そうなワインとグラスも置かれてある。

椅子には大きな肉を丸かじりしているアリスと、先日コンサートを終わらせたばかりのディーバのサリエルとミケナ、その守護者であるディーバナイトのファルク、ニャミイが座っていた。

 

アイリ「ま、まさか、家に、ディーバがいるなんて、びっくりするほどユートピアなんですけど!」

 

ラミエル「な、なな、何でディーバの皆さんがここに!?」

 

アイリも相当驚愕しているが、熱狂的なWSDのファンであるラミエルは目で見ている光景が現実に思えないのか、何度も瞬きを繰り返し、頬を引っ叩いたりしている。

 

ファルク「おいっす、邪魔してるぞ」

 

リョウ「見りゃ分かるって。 それで、なしてディーバとそのナイトがわしらの家に不法侵入して飯を集ってるのかな?」

 

ミケナ「ふほぅひんひゅうほわひんがいわ」

 

リョウ「口に入ってる物を飲み込んでから話してくれ。」

 

アイリ「ここではリントの言葉で話して」

 

ミケナ「……ん、はいはーい飲み込んだにゃ。 不法侵入とは心外にゃ! アリスに許可を貰ったんだにゃ!」

 

リョウ「なーに人の家なのに主導権握って許可を出しとるんよ。 馬鹿なの? 死ぬの?」

 

アリス「私はここに住んでるようなもんなんだから、誘ってもぜんぜん問題ないっしょ?」

 

リョウ「相変わらず自由奔放やなぁ。 まぁ賑やかなのはええけどよ」

 

勝手な行いをされた割には怒りの表情を見せてはおらず、寧ろ客人を招いたことを喜んでいるようにも見える。

 

ラミエル「美味そうな品が並べられてるじゃねぇか」

 

腹の虫が鳴り続けているラミエルはテーブルに並べられた料理の臭いに誘われるかのように歩み寄り料理の品々をまじまじと見ている。

だが料理を一通り見終えると直ぐ様サリエルとミケナの方へ顔を向け、緊張した様子で声を掛ける。

 

ラミエル「あ、あの! サリエルさん、ミケナさん! いつも皆さんディーバの曲を聴いてます! よ、良かったら、サイン、貰えませんか!」

 

何処から取り出したのか、瞬時に取り出した色紙とペンを手に腕を前に出し、腰を綺麗に直角に曲げ懇願した。

 

ファルク「えーっと、今は勤務外の時間だからサイン等はお断りしてるんだが」

 

サリエル「ファルク、お偉いさん達がこの場にいるわけじゃないんだから固いことは言わなくて大丈夫よ。 いいよ、サインしてあげるよ」

 

ミケナ「私もオッケーにゃー!」

 

サリエルもミケナは色紙とペンを受け取ると早々とサインを書き始める。

仕事でサインは幾度も書いているためサインを書く早さはとても早く、数秒としないうちに書き終え、輝かしい笑顔でサインを手渡した。

 

ミケナ「これからも私達の歌を聴いていてにゃ!」

 

ラミエル「はい勿論! うおおおお!! サインを貰えるなんて感激だぜ!! もう俺死んでいいかもしれない。」

 

サリエル「ここまで喜んでもらえるなんて、私達まで嬉しくなっちゃうわ」

 

ミケナ「にゃはは、ファンの人に目の前で喜んでくれると嬉しいにゃ♪」

 

沢山の世界の人達が自分達の歌を聴いて笑顔になり、喜んでくれる。

世界の均衡を保つ以前に、笑顔や元気を届けるアイドルとして、ファンの声は何よりも嬉しい事だった。

 

ニャミイ「他のファンが見たら嫉妬するサービスにゃ。 君はホントに運がいいにゃ」

 

ラミエル「リョウ、お前が俺の知り合いだったことを心より深く感謝するぜ」

 

リョウ「もっと他の事で感謝されたいところやけど、まぁええわ。」

 

ミケナ「折角だしここでライブでもしちゃう!?」

 

アイリ・ラミエル「おおおおお!!」

 

ファルク「できるわけねぇだろ。 お前らの美声を聴いた天使がいたりでもしてみろ。 家の周辺どころかシェオル中が騒動に成りかねないだろうが」

 

リョウ「ファルクの仰る通りやで。 収集がつかなくなるから勘弁な」

 

ラミエル「ちぇ、残念だぜ」

 

ニャミイ「あれ? 時空防衛局の人って結愛だけにゃ? 他のメンバーはどうしたにゃ?」

 

結愛「みんな本部に帰ったわよ。 上に今回の警護の件を報告しなければいけないからね。 もう今頃は報告も終わっている頃だろうから、みんな休息を取っている筈だろうけど」

 

アイリ「……あっ! キラッと閃いた!」

 

ラミエル「ん? 何だよ藪から棒に」

 

アイリ「んっふっふ。 あたしにいい考えがある」

 

アリス「その台詞は嫌な予感しかしませんぞ~」

 

アイリ「大丈夫大丈夫。 とってもいいこと思い付いたから。

ディーバさん達はコンサートを成功させた。あたしや時空防衛局のみんなは無事にディーバ達の警護を終わらせた。 皆さんお疲れ様ってことで打ち上げしようと思うんだけど、どうかな?」

 

ミケナ「いいね! パーッとやりたいにゃ!」

 

ファルクはスマホを慣れた手付きで操作し、ニャミイは分厚い手帳を広げそれぞれ担当のディーバの予定を確認した。

 

ファルク「余程騒がなければ問題にはならないだろうし、良いんじゃないか? サリエルは明日の予定は夕方までは空いてるしな」

 

ニャミイ「ミケナも明日の予定は埋まってはいないから問題はないにゃ」

 

リョウ「ファルクの言うように周囲にディーバの存在が気付かれない程度なら問題はないからええんやないかな。 結愛、良かったらリュート達に連絡を取ってもらえないか?」

 

結愛「ええ、勿論よ。 ふふ、打ち上げみたいな行事なんて久し振りだから楽しみだわ」

 

結愛は微笑みながら携帯電話を取り出し第一時空防衛役員の全員と連絡を取り始める。

 

ピコ「今日は賑やかな夜になりそうだね」

 

リョウ「賑やかで済めばええんやけどねぇ」

 

シャティエル「一体何が始まるんですか?」

 

アイリ・アリス「第三次大戦だ」

 

シャティエル「争い事なのですか?」

 

リョウ「シャティエル、このバカ二人の言う戯れ言を真に受けなくていいからな。」

 

アリス「バカとは失敬な! バカって言った方がバカなんだよ! バーカ! バーカ!」

 

アイリ「リョウ君はバカはバカでもホームラン級のバカだよ。」

 

リョウ「老若男女無差別拳!」

 

アリス「からさりす!」

 

アイリ「まゆるど!」

 

余計な事を言うバカ二人の額に拳を突き出した。

名前の通り、老若男女に関係なく無差別に放たれる拳ではあるが、威力までは慈悲がないわけではないため当然だが適度に力は調整されているものの、殴られれば痛いものは痛いようで、声を上げた後に頭を抑え悶絶している。

 

リョウ「さて、多人数になるから準備しないとな。 折角こんなに広い庭だし、利用しない手はないな。 みんな、手伝ってもらえないか?」

 

ラミエル「いいですとも!」

 

シャティエル「私にできることならなんでもやります、リョウさん。」

 

カイ「カイもてつだうー!」

 

 




次回は日常回。
ぶっちゃけ戦闘描写や真面目な場面を描くより楽です。


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第25話 夜は焼き肉っしょ!

焼き肉に行きたい!
できれば叙々苑…誰か奢って!


アイリ・アリス「夜は焼き肉っしょ!」

 

約30分後、リョウ達の驚異的な効率の良い作業により、庭はパーティー会場へと変化した。

白い大きめのテーブルが数個置かれ、幾つかの料理とデザートが所狭しと並べられている。

第一時空防衛役員のメンバーはアイリの提案に快く了承し、全員がこの場に集結していた。

更にはリョウが持参していた大きめのサイズのバーベキューコンロを取り出しため急遽バーベキューが開始され、リョウとラミエル、シギルが率先してトングを手にし肉と野菜を焼いている。

実際には焼き肉ではないのだろうが、アイリとアリスは上半身を後ろに大きく仰け反るようにしハイテンションで声を上げている。

 

ピコ「今日は楽しい夜だね」

 

睦月「あぁ、まったくだぜ! あっはっはっは!」

 

睦月はグラスに入った赤ワインを一気に飲み干し高笑いする。

地面には既にワインが入っていたビンが3本転がっており、酔いが完全に回り始めていた。

 

リュート「相変わらずお前は飲みまくってるね。 俺は酒は強いとは言えないからな」

 

理緒「宴会みたいな機会なんて滅多にないんですから、飲まないと損ですよ! 私はまだまだいっちゃいますよ!」

 

リュート「お前は飲むとキャラが変わって面倒だからあっちに行け」

 

アイリと初めて会話していた時の気弱そうな姿は何処へやら、頬を赤く染めた理緒は缶ビール片手にリュートに寄り掛かっていたが、暑苦しく思ったリュートは魔法で彼女を宙に浮かせ向かいの席へ移動させた。

 

リュート「アイリにしては、なかなか良い娯楽企画を立ててくれたな」

 

リョウ「たまには仕事なんか忘れて楽しまないといけないからね。 アイリが第一時空防衛役員のメンバーともっと打ち解けたいっていう心情もあるんだろうけど、リュート達にも楽しんでもらいたいと思っとるんやろうね」

 

リュート「ふっ、子供の思考だな。 だが、その純粋な気持ちは嫌いではない」

 

結愛「本当に素直じゃないんだから」

 

凶ノ助「こいつはいつでもそうさ」

 

アイリ「イェーイ! 時空防衛局のみんな、盛り上がってますかー!? あたしはもうテンションフォルテッシモだよ!」

 

アリス「最高にハイってやつだー!!」

 

アイリは未成年のため飲酒はしていないにも関わらず、泥酔した時と同等のテンションの高さになっている。

恐らく場の雰囲気で高ぶっているのだろう。

アリスは未成年であるにも関わらず白ワインが入ったビンをラッパ飲みし、ほろ酔い状態となっている。

 

リョウ「テンションが天元突破してるな」

 

シギア「アイリも楽しんでるみたいだね。 打ち上げに僕達第一時空防衛役員を招いてくれたことに改めて礼を言うよ。 ありがとう、アイリ」

 

アイリ「お礼なんていいですよ。 皆さんが楽しんでもらえばぜんぜんいいんですから」

 

リュート「今回の行いは好意に値するぞ」

 

睦月「自由に酒が飲める時間を設けてくれたアイリには頭が上がらないぜ~。 よっ、女神アイリ様!」

 

アイリ「そんな、あたしが女神だなんて、そんなこと…あるけどもー!」

 

リュート「ふん、調子いいぜ」

 

アイリは上機嫌にスキップしながらリュートと結愛の間の席に座り、焼けたばかりの肉をタレにつけ食べ始めた。

余程空腹だったのか、獣の如く貪るようにして食を進めている。

 

サリエル「いい食べっぷりね。 ニャミイに負けてないんじゃないかしら?」

 

アイリ「ドラゴンボール並に食べるね」

 

ニャミイ「サリエルもアイリもそれは失礼にゃー!」

 

ファルク「なら横に積まれた大量の皿はなんだよ」

 

ニャミイのテーブル付近には紙皿が山のように積まれており、彼女がどれほどの量を食したのかが分かる。

気恥ずかしくなったのか、ニャミイは頬を染め頭の後ろをポリポリと掻いていた。

 

シギア「アイリ、飲み物は選り取り見取りだけど何がいい? 」

 

アイリ「酒はダメなんで、オレンジジュースください」

 

何故か低音且つイケボで注文をした事に違和感を抱きつつも、氷水で冷やしておいたオレンジジュースの瓶の蓋を開けアイリに手渡した。

アイリが発したセリフがどういったものなのか知っていたリョウは苦笑いを浮かべている。

 

リュート「年齢なんか気にせず酒なんて飲めばいいじゃないか」

 

凶ノ助「飲酒は夫婦になってからという話も聞いたことがあるが…?」

 

リョウ「凶ノ助、それは絶対間違った知識だと思うぞ」

 

結愛「アイリの世界では二十歳になるまでは飲酒は法律で禁止されているのよ」

 

アリス「ここは天界なんだから気にしなくたっていいさ~。 幻想郷に住んでる人達だって年齢なんて関係なしに飲んでるんだから、気にしないで、なんくるないさ~」

 

アイリ「まぁ、お酒は気が向いた時に飲むね~。 記憶が吹っ飛んだりしたら怖いし」

 

それがいいわ、と結愛は優しく述べ、グラスに入ったハイボールを飲み干した。

飲み終えたグラスをテーブルに置いた時に、アイリは結愛の手首に付けてあるブレスレットが偶然目に入った。

細い右手首に付けられたそのブレスレットは、桃、青、黄色、緑の四色の小さなビーズが紐に通された鮮やかなものだった。

 

アイリ「綺麗なブレスレットですね。 誰かからの贈り物ですか? 見たところ手作りっぽいですけど」

 

結愛「え、えぇ、ありがとう。 そうよ、私の大事な友達からの、最高のプレゼント。 私の誕生日の日に作ってくれたものなの」

 

アイリ「いい友達ですね。 その友達は今も元気にしてるんですか?」

 

結愛「っ……えぇ、きっと、変わらず元気にしているわ。 当分、会ってはいないから、分からないけれど…きっと…」

 

結愛は左手でブレスレットを優しく撫でながら何処か遠くを見つめるような目で語った。

 

理緒「ブレスレットと言えば、リョウさんも付けていらっしゃったよね?」

 

リョウ「ん、あぁそうやで」

 

今までは黒いコートを羽織っていたため視認することができなかったが、今現在は手首が露になっている。

バーベキューコンロの前に立ちトングを手に肉や野菜を焼いており、加熱による暑さに耐えきれずコートを脱ぎ白いシャツを肘まで捲り上げていたためブレスレットを間近で見ることができた。

リョウの右手首に付けているのは水色の宝玉が幾つか装飾された金属製のブレスレットだ。

 

アイリ「リョウ君も誰かから貰ったプレゼントだっとたりするの?」

 

リョウ「まぁそんなところやな。 あまり詮索しないでくれるとありがたい」

 

アイリ「ティン、ときたよ~。 こいつは匂うぜ~」

 

サリエル「詮索するなって言われたばかりでしょ」

 

アイリ「大丈夫、流石のあたしでも人のプライベートを無理矢理聞き出そうとなんかしないから。 これでもあたし天使だもん」

 

リョウ・リュート・ファルク(どの口がほざいてんだ)

 

シャティエル「私の知る限りでは、アイリさんは立派な天使だと推測していますよ」

 

アイリ「そこは100%思ってると言ってほしいところだよ。 そういやシャティ、どうしてシャティはシェオルの街に来ることができたわけ?」

 

ラミエル「あ、それ俺も思ってたんだ。 教えてくれよシャティエル」

 

シャティエル「皆さんにはお教えしてませんでしたね。 では、シェオルに来るまでの経緯をお話します」

 

リョウ「悪い、シャティエル、またの機会にしてもらってええかい?」

 

ミケナ「え、なんでにゃ?」

 

アリス「えー何で~? 私もシャティエルと会うの久しぶんぁ~!」

 

アリスが発言しようとしたところをリョウは神速の速度で近寄り後ろから口を全力で塞いだ。

口どころか鼻まで押さえ付けられてしまっており、アリスは呼吸ができずリョウの腕の中で踠いている。

アリスが苦しんでいる事などお構い無しと言った表情で耳元に顔を近付け暗く冷たい口調で周囲に声が漏れないよう小声で話し掛ける。

 

リョウ「あまり過去に関係する話をするな。 色々とバレると厄介な事だってあるんや。 シャティエルがわしらの事を思い出すとは思えんが、心を持った今の状況では思い出しかねん気もするからな」

 

アリス「んー! んー!」

 

気付かないうちに口を防いでいた手に力を込めすぎていたようで、アリスは顔色を変えより一層苦しそうに踠いていたので、手を離し拘束から解放した。

アリスはその場で深呼吸を繰り返し体中に酸素を送り込んだ。

 

リョウ「他の世界でもうっかり口を滑らせて吹聴してるんやなかろうな?」

 

アリス「ごめんごめん。 お酒でやられててうっかりしてたよ。 大丈夫、口が滑らしたことは今回を除いてはないからさ」

 

リョウ「ホンマかいな。お前以外と鷹揚なところあるから不安やわ」

 

アリス「もし仮に私が、私達やリョウ過去を話したのなら、虚空の彼方へ飛ばすなりしてもらって構わないよ」

 

リョウ「できたら、の話やろ?」

 

アリスはいつになく真剣な面持ちで落ち着いた口調で、透き通るような群青色の瞳でリョウの目を見詰めている。

リョウは強みを帯びたアリスの視線を捕らえていたが、真面目に振るっている姿が滅多に見ない、と言うより似合わない姿勢に思わず吹き出してしまった。

 

アリス「あっ! 何で笑うのー! この私が真面目に話をしているというのに!」

 

リョウ「悪い、似つかわしくなかったからよ」

 

アリス「目と目が合う瞬間に笑うなんて酷いもんだよ。 プラチナむかつく !」

 

いつの間にやら小声から周囲に聞こえるほどの声量になっており、二人の声は嫌でもアイリ達の耳に入っていく。

 

ファルク「二人して内密な話してるみたいだったな。 デートの話でもしてんのか?」

 

アリス「んな訳ないじゃんこんなのと」

 

サリエル・ミケナ「こんなのwww」

 

リョウ「率直に言うと傷付くの他にないぞ。 わしはルルーシュ並にメンタル弱いんやから」

 

ニャミイ「絶対嘘にゃ。 まぁ秘密の話は置いといて、何でシャティエルの話を置いとくのかにゃ?」

 

今まで皿に盛られた肉や野菜を食べ進め食事に無我夢中となっていたニャミイは口に含んでいた物を水を飲むことで無理矢理体内に流し込み、リョウとアリスの会話を半ば強引に話を切り上げた。

 

リョウ「サンキュー、ニャミイ」

 

リョウはニャミイを一瞥し口角を少し上げ小声で礼を述べた。

猫の獣人族であるニャミイは人族よりも視覚、嗅覚、聴覚が発達しており、人間が通常なら反応できないものを感知することが可能であるため、先程のリョウの声は聞き取る事ができていた。

ニャミイはウインクをすることで応答した。

 

アリス同様、ニャミイも過去について何かを知っているようだ。

 

因みにミケナも獣人族なのでリョウの声は聞き取れてはいる筈だったのだが、テーブルに並べられた料理に目を奪われ、夢中でガツガツと口一杯に料理を詰め込み食べていたため、リョウの言葉が耳に入ってくることはなかった。

 

リョウ「まぁ何故置いとくのかと言うと、今回はギャグ回のつもりだからあまり重たくなる話はやりたくはないということなんや」

 

リュート「自分の都合じゃねぇか。 まったく、お偉い身分にあることだ」

 

アイリ「あたしは早くもメタいことに慣れた気がするから敢えてツッコミはいれないよ」

 

リョウ「っつーことで、今日は楽しめ! さぁ、素敵なパーティしましょうや!」

 

アリス「リョウの仰る通りで! 同じ阿呆なら踊らにゃ損々♪」

 

凶ノ助「…お前ほど阿保ではないので遠慮させてもらおう」

 

アリス「何をー! まぁいいや、アイリ踊ろうよ!」

 

アイリ「あたしは阿保ってこと!? でも細かいことは今はいっか。 レッツダンシング!」

 

アイリは踊るための曲を流すため自らのスマートフォンを取り出し音楽アプリを使用し、数ある曲の中から偶然目に止まった『ハートキャッチ☆パラダイス』を流し曲に合わせ二人は踊り始めた。

 

結愛「二人とも可愛らしいわね」

 

シギア「驚いたね、見事に連携が取れたダンスだ。 いつ練習なんてしていたんだろうね?」

 

リョウ「いや、あいつらは特に練習したわけやないから。 現実世界にある踊りを何回か見て覚えただけやろうから。 まぁそれにしては再現度は高いけど」

 

苦笑いを浮かべつつリョウはトングを置き席に着いた。

紙コップに冷えた烏龍茶を注ぎ一気に飲み干す。

炭火による熱で火照っていた体が芯から冷やされる。

 

結愛「お疲れ様」

 

リョウ「労いの言葉どうも。 いやー、以外と体力使うもんなんやな。 暫く休憩したらまた焼き始めるつもりじゃけえ頑張らんとな」

 

シャティエル「リョウさん、私が変わりに焼いておくので休息の時間を取ってください」

 

リョウ「いや~、シャティエルに悪いから大丈夫やで」

 

シャティエル「私はアンドロイドなので食事を取る必要もなければ疲労を感じることもありません。 リョウさんには宴を満喫してもらいたいので、是非私に任せてもらいたいのですが、宜しいでしょうか?」

 

リョウ「…あぁ、分かった。 じゃあお言葉に甘えるとしようかね。 ありがとうシャティエル」

 

シャティエル「いえ、喜んでもらえて何よりです」

 

シャティエルはうっすら笑みを浮かべトングを手にし、初めてとは思えない手つきで肉や野菜を焼き始める。

 

炭火の火力を短時間で完璧に覚え込む、と言うより己のコンピューターにより計算し割り出しているため、焼き加減がどれほどになれば美味しくいただけるか完全に熟知できてしまっていた。

実際にシャティエルの焼いた肉を食べると、ラミエルやシギアが焼いた肉よりも、歯応えや肉汁の溢れ具合が違い、口に入れた瞬間に分かるほど絶妙な焼き加減だった。

 

睦月「うめぇー! 流石、的確に焼けてるな」

 

ファルク「もうシャティエル一人で焼いたらいいんじゃないのか?」

 

ラミエル「泣けるぜ」

 

リョウ「びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛!!」

 

理緒「ひゃあああ!? い、いきなり大声でどうしたんですか?」

 

リョウ「いや、あまりの美味さについね」

 

リョウは一息つくと烏龍茶を一口飲み再び皿に盛られた料理に箸をつけ始めた。

先刻の戦いにおいて強豪揃いの敵との長時間の戦闘により疲労困憊と言った状態で、空腹にも関わらず幾分食事の速さも薄鈍くなっていた。

極力顔には出さないように心掛けてはいたが、隣に座る結愛はリョウの表情の微々たる変化に気付き声を掛けた。

 

結愛「今回も大分お疲れのようね」

 

リョウ「まぁ多少の無理はしたけぇのう。 …改めて礼を言わせてくれ。 ありがとね結愛。アイリと一緒に行動してくれてありがとうな」

 

結愛「私は警護兼哨戒していただけよ。 でも、私が付いていながら、アイリを危険な目に遭わせてしまったわ。 アイリにもリョウにも迷惑を掛けてしまったわ」

 

リョウ「もう終わったことやし気にするなよ。 アイリも気にしちゃいないようやしな。 引き摺りすぎると己を苦しめてしまうだけやで」

 

結愛「…ありがとう」

 

俯き儚げな声で礼を述べ、光に反射し色鮮やかに光るブレスレットに目線を移す。

4色のビーズの表面に移る結愛の目は悲しみに満ちているようにも見えた。

 

リョウ「……その一件だけは、引き摺らない訳にもいかない、よな。 ごめん、嫌なことを思い出させて」

 

結愛「大丈夫よ。 思い出すのは辛いけど、決して忘れてはならないことでもあるし、同じ悲劇を繰り返さないためだから」

 

リョウ「悪い、やっぱり事の発端を作り上げたわしがどうこう言える立場じゃない気がしてきたわ」

 

結愛「もう、私はあなたを責めたりしないし恨むこともないって何度も言ってるじゃない。 私は忍耐強いんだから、簡単にはへこたれたりしないわ。 友人達を失って辛いことに変わりはないけど、いつまでも気持ちが沈んだままいると、愛美ならきっと、落ち込んでちゃハッピーはやって来ないよ、笑顔で前に進んでいこうって、言う筈だわ」

 

リョウ「ふふ、確かに愛美なら言いそうなことやな。 ホント、結愛は強いな。 あと、ありがとう。 こんな禁忌な力を得た存在相手にも接してくれるなんて」

 

結愛「もう昔とのあなたとは違うんだし、一切気にしてないわ」

 

リョウ「ホンマ恩に着る「イエェェェ~イ!!」ピギィ!?」

 

後方から喉がはち切れんばかりの大声が発せられた。

心臓が跳ね上がるほど驚き素っ頓興な声を上げ振り返ると、アイリが満面の笑みを浮かべ立っていた。

躍り終えたアイリは息が上がり体を動かしたことにより体温も上昇したせいか頬も赤く染まっている。

 

アイリ「二人とも~楽しんでましゅか~!」

 

結愛「いつもの事とはいえ、やけにテンションが高いわね」

 

アイリ「あたしは、いつでもテンションフォルテッシモだよ~! 最初からクライマックスでぇ~す!」

 

アイリは基本元気溌剌なのは嫌と言うほど知ってはいるのだが、リョウはと結愛は異様なほど高いアイリのテンションに違和感を抱いていたが、その疑問は早々と払拭された。

 

アイリ「いや~気分いいね~ふわふわしゅる~」

 

カイ「アイリ、なんかへん?」

 

ファルク「呂律が回ってねぇじゃないか。 ラリってんのか?」

 

アイリ「んなぁわけないじゃ~ん。 ちょっと、ほんのちょっとだけぇ、お酒飲んだだけだよ?」

 

リョウ「な、酒ぇ!?」

 

シギア「たしかアイリの世界では二十歳になるまで飲酒は法律で禁止されているんじゃなかった?」

 

アリス「ここは天界なんだから年齢なんか気にしなくていいんだよ! 幻想郷と同じようなもんだよ! ねぇ睦月?」

 

睦月「アリスの言う通りー! あっはっは!」

 

リョウ「……ムッキー」

 

睦月「な、何で分かったんだよ!?」

 

リョウ「まだ何も言うてへんやんか」

 

睦月「あっ、しまった……」

 

リョウ「やっぱり、お前アイリに酒を飲ませたな?」

 

睦月「……てへっ☆」

 

リョウ「可愛げに誤魔化してんじゃねぇ! なに未成年に酒勧めてんねん!」

 

睦月「あぶそる!?」

 

後頭部を容赦なく殴ると睦月は気を失った、と言うよりアルコールが体に回り睡魔により眠ってしまった。

 

理緒「うわぁ、リョウさん野蛮です」

 

リョウ「死ななきゃ安いもんよ」

 

アイリ「あたし今体温何度あるのかなーッ!?」

 

アリス「勧めちゃった私が言うのもあれだけど、滅茶苦茶うるさいね」

 

リョウ「お前も勧めたんかい!」

 

アリス「そーなんす!?」

 

機械である右足の足裏をアリスに向け光弾を発射。

避ける間もなくアリスは光弾を諸に受け数メートル先まで吹き飛んでいった。

 

アイリ「リョウ君、乳酸菌摂ってるぅ?」

 

リョウ「うん摂ってる摂ってる(棒)」

 

ピコ「アイリお酒に弱いんだね。 しかもいつもの倍以上のやかましさになるね。 口にガムテープでも巻いときたいくらい」

 

アイリ「余計な事を言うピコ君をゴミ箱へシュゥゥゥーッ!!」

 

ピコ「いやああああああああ!?」

 

アリス「超!エキサイティン!!」

 

アイリはピコを鷲掴みにすると、生ゴミを捨てる黒いポリ袋に向け思い切り投げつけた。

吸い込まれるようにポリ袋に入っていったピコは生臭さにより踠き苦しんでおり、ポリ袋がガサガサと音を立て動いている。

一部始終を見ていたファルクとリュートはピコに起きた悲劇に抱腹絶倒していた。

 

アイリ「これで悪は滅びた。 ざまぁカンカン!」

 

リョウ「ほらアイリ、取り敢えず水飲んで座ってろって」

 

アイリ「うわぁ! な~にしゅんのさ!なっ、ちょ、ちょっと、HA☆NA☆SE!」

 

リョウ「暴れずにじっとしてろってば」

 

アイリ「リョウくぅん、暴れた数だけ優しさを知るんだよ?」

 

リョウ「やかましいわ。 ほら、大人しくしないと病的かつ冒涜的な禍々しい混沌とした痛みを与えるぞ」

 

アイリ「リョウくぅ~ん、ちゅっちゅらびゅらびゅしようよ~」

 

リョウ「んなっ!? そんなことするかアホ!」

 

酒に酔ったアイリはリョウの腕を抱き締め猫なで声で語り掛ける。

アイリは頬を赤く染め潤った目を細めており、子供のように元気に騒ぐ姿とは反対に、女性としての色気を出す妖艶な雰囲気が漂っていた。

だが、大人の雰囲気の中に子供のように甘える仕草が残っている。

そんじょそこらの男性が、今のアイリの蕩けるような声色と甘えるような行動をされると惚れてしまうのではなかろうか。

 

リョウ「大事な時にそういうのは取っとけ! ほら早く離れろよ」

 

アイリ「うぅ…ふええぇぇん! リョウ君にフラれたよ~!」

 

理緒「ふえっ!? 私に泣きつかれても」

 

リョウの腕を離したアイリは理緒の元へと駆け寄り胸に顔を沈め背中に腕を回し嘘泣きを始めてしまった。

 

ミケナ「泣いたり笑ったり忙しいにゃ」

 

サリエル「アイリがここまでお酒に弱いとは思わなかったわね」

 

リョウ「知らんかったわ。 飲酒できるような年齢やないからコア・ライブラリにも表記されてるわけないもんな」

 

アイリ「もうりったんでもいいかにゃ~って。 ちゅっちゅらびゅらびゅしてよ~」

 

理緒「ええぇ!? アイリちゃん積極的すぎます。 私、ファーストキスは愛する人としたいですし…」

 

アイリ「ごちゃごちゃ言ってないでやっちゃうよ! バァァァニング、ラァァヴ!!」

 

アイリは背中に回していた腕を解き、理緒の顔を両手で掴み自らの顔を近付け無理矢理接吻した。

唐突すぎる奇想天外な行動にその場にいる者は目を丸くして呆気に取られていた。

理緒は抵抗するものの、天使であるアイリに、況してや非戦闘員である人間の理緒では力で勝てるわけもなく、腕を締め付けられた状態で抱き締められ接吻の激しさも増していく。

 

リョウ「あら^~ 」

 

アリス「キマシタワー」

 

ミケナ「ニャミイ、何で目を覆ってくるのにゃ?」

 

ニャミイ「ミケナにはまだ早いにゃ!! ///」

 

ニャミイはアイリと理緒の接吻を間近で見る恥ずかしさに赤面しつつも、まだ幼いミケナに刺激が強すぎるものを見せないために必死に手で顔を覆っている。

結愛はカイを膝の上に乗せ、ニャミイと同じように手で顔を覆い視界を塞いでいた。

 

暫くするとアイリは唇を離し、恍惚な笑みを浮かべ口元に付いた唾液を手の裏で拭き取る。

 

アイリ「えっへへ~。 カ・イ・カ・ン」

 

理緒「ふえぇ~、私の初めてがアイリちゃんとだなんて…しくしく…」

 

リョウ「勘違いしそうだからそのセリフはやめい」

 

アイリ「次は~、誰としちゃおっかな~。 えへへへへ~楽しみぃ~」

 

リョウ「駄目だこいつ早くなんとかしないと…」

 

ファルク「俺のスマホでどう対処するか調べるか?」

 

凶ノ助「いや、情報の検索を行っている最中に更なる被害者が出る可能性もあり得る。 急ぎ家に連れ戻し寝かすのが良いのではないか?」

 

サリエル「それが一番適切な対処だと思うわ」

 

リョウ「そうしよう。 ほらアイリ行くで」

 

アイリ「あたしに触れちゃぁうとぉ、『スーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルボンバー 』が炸裂しますぞ~」

 

リョウ「はいはい」

 

アイリ「ぶ~。 リョウ君冷たい。 いつだってあたしの味方でいてくれてるのに」

 

リョウ「ケースバイケースって言葉を知らんのか」

 

アイリ「あたしを裏切るなんて…オンドゥルルラギッタンディスカー!! 360度も」

 

リョウ「オンドゥル語を言いたかっただけやろ。 あと180度だこの歴史的バカモンが」

 

アイリ「ぐぬぬ…。 はぁ、今日は疲れたし~、リョウ君の言う通りに大人しく帰りま~しゅ」

 

アイリは両手を後ろに跳ね上げるお辞儀をして家の方へ振り返り覚束ない足取りで歩いていく。

 

アイリ「……と、油断させといて、馬鹿め、死ね!」

 

リョウ「老若男女無差別拳!」

 

アイリ「もうかざる!?」

 

不意を突こうと踵を返したアイリはリョウに飛び掛かるが、多少加減された拳が脳天に直撃、悲鳴を上げその場へ倒れてしまった。

 

アイリ「ふにゅ~…暴力反対ぃ」

 

サリエル「相変わらずあなたは飲酒した人には実力行使で黙らせるのね」

 

リョウ「この手に限る」

 

アリス「この手しか知りません」

 

アイリ「もう立てな~い。 おやすみプンプン…」

 

泥酔状態に陥り、芝生という自然のベッドの程良い弾力により睡魔が襲い掛かったようで、直ぐ様深い眠りについてしまった。

 

リョウ「やれやれ、困った奴や。 あとパンツ見えてるんだっつーの」

 

アリス「アイリがパンチラ系ヒロインになりつつあるね」

 

リョウ「メタいこと言うんやない。 ん? カイ、どうした?」

 

カイが転げそうになりながらも熟睡しているアイリの元へと走り寄り小さな手で優しく撫で始めた。

 

カイ「アイリ、だいじょうぶ?」

 

心配そうな目付きでリョウを見て呟く。

どうやら酔い潰れ気を失ったのかと勘違いし、心配して駆け寄ってきたようだ。

リョウはカイの目線に合わせるようにしゃがみこみ優しい口調で話す。

 

リョウ「安心してええよカイ。 アイリは眠くなっちゃって寝てるだけだから」

 

カイ「よかった! しんぱいした~。 ねむれ~、ねむれ~、いいこいいこ~」

 

子守唄を口ずさみながら再びアイリの頭を撫で始めた。

 

カイは幼いため体も小さく妖怪とは言えど、力も人並み程度なのでアイリを運ぶことはできない。

ならばできることはないだろうかと自分なりに考慮した結果、少しでも安らかに眠れるよう癒すことだったようだ。

幼いながらも優しさに溢れた行動を見てリョウは思わず頬が緩んでしまっていた。

 

リョウ「…ありがとなカイ。 カイはアイリの事が大好きなんだな」

 

カイ「うん! だいすき! あしたも、アイリとあそぶ!」

 

リョウ「あぁ、一緒に遊ぼうな。 でも今日はアイリを休ませてあげないとね」

 

カイは向日葵のように咲き誇る笑顔で頷き結愛達の元へと駆けて行った。

リョウは一息付くとアイリを背負い家の方へと歩み始める。

 

ファルク「卑猥なことするなよ~」

 

リョウ「しねぇよ! 殺すぞ!」

 

ファルク「お~怖ぇ。 世界の監視者は凶暴だぜ」

 

ファルクの口車に乗せられたリョウは眼光を光らせ獣の如く唸り声を上げており、端から見れば正に野獣のようだ。

すぐに正面へ向き直りアプローチを通りドアノブに手を掛け家の中へと入っていった。

 

ラミエル「アイリの世話をするのは大変だな」

 

凶ノ助「文句一つも申さないリョウも寛大ではあるな。 恐れ入る」

 

リュート「俺だったら即座に魔法を叩き込んでいるところだ。 黙らすにはそれで十分だ」

 

理緒「リュートさんも大概野蛮ですよね~」

 

シギア「………」

 

ラミエル「どうしたシギア? 手が止まってるぜ」

 

シギア「ん、あぁ、すまない。 少し不思議に思ったことがあってね」

 

理緒「何がですか?」

 

シギア「リョウはアイリと一緒にいるまではあらゆる世界を転々としながら監視者としての指名を果たしていた。 同じ世界に居座ったりするような事は僕が知る限りはなかった。 何故今回はこの天界に、アイリのために居座るようになっているのが不思議に思ってね。」

 

ファルク「アイリを守護するためじゃないのか? 責任を背負ってるってのもあるだろうが」

 

凶ノ助「時空防衛局に預けるという手段もあった筈なのに、ということだろう?」

 

シギア「そう。 責任を感じているというのもあるけど、彼はいつまでも失敗を引き摺るような性格ではなさそうだし。 何故アイリと言う元人間の少女に執着しているのかなと、不意に思っただけさ」

 

ミケナ「お得意の導きの力を使って真実まで導いてみたらどうにゃ?」

 

シギア「人のプライベートを探ろうとする趣味はないからやめておくよ」

 

アリス「ほらほら、難しい話なんて終わりにして楽しもうよ! まだまだ食べて飲むよ~!」

 

サリエル「こうして集まる機会がないんだから、盛り上がらないと損よね。 よね、ミケナ?」

 

ミケナ「サリエルの言う通りにゃ!」

 

アリス「主催者であるアイリはいないけど、夜はまだまだこれからだよ! ラミエル、シギア、野菜とお肉をどんどん焼いちゃって! O☆KA☆WA☆RI☆DA !」

 

リュート「やれやれ、騒がしくなるのは変わらずだけど、悪くはないな」

 

ニャミイ「この打ち上げっていつ終わるのかにゃ?」

 

サリエル「さあ…みんなの気が済むまでじゃない?」

 

ニャミイ「にゃはは…いつ終わりを告げるのか分からないにゃ」

 

今回の打ち上げの主催者であるアイリが不在の中、宴は佳境に入った。

 




でもやっぱりSUSHI食べたい


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第26話 天空の王者(笑)

ゴールデンウィークはモンハン三昧じゃ!





山、森、川、見渡す限り大自然が視界を覆い尽くさんばかりに広がっている。

数多の鳥類、魚類、昆虫、動物が生息しており、生物達の楽園とも呼べる壮大且つ美しい温暖湿潤な気候に包まれた場所に、二人の男女が歩みを進めている。

 

男は忍者か暗殺者を彷彿とさせるビジュアルの服装で、女は二の腕、太股、腹部が露出した白を基調とした服装。

この場に似合わない格好をした二人組が長閑な丘の麓を歩いている。

 

ただの一般人という訳ではなさそうで、二人が背中に装備している物を見れば一目瞭然だった。

 

男はあらゆる物を一閃してしまいそうな斬れ味を誇る黒色の太刀、女は直線的なデザインの青の剣と曲線的なデザインの赤の剣をそれぞれ装備している。

 

人によっては見慣れない奇抜とも呼べる格好をしているためコスプレだと思われ勝ちだろうが、彼等は本物の狩人だ。

今回の標的となる生物と出会うため大自然の中を駆け巡っていた。

地図を広げ広大なフィールドを回ること数分、巨大な岩が鎮座する見通しの良い場所までやって来た。

二人はある程度周囲を見渡して標的がいないことを確認しこの場を去ろうとした瞬間、空気や大地が震える程の咆哮が耳を劈く。

 

音の発生源と思われる上空を見上げると、赤い甲殻に身を包んだ巨大な飛竜が翼を羽ばたかせ空中を漂っていた。

二人の人間を見る双眸は殺意に満ちており、今にも襲い掛からんとばかりに口からは火が溢れ出ている。

二人は目で合図を送り互いに頷くと武器を手にし臨戦態勢に入る。

飛竜は口から火球を出し二人を牽制するが、二人は巧みな動きで避け物陰に隠れる。

火球により火が草原に燃え広がった地に降り立った飛竜は女狩人にら目掛け突進し始めた。

女狩人は横に転がるようにして避け、突進が終わったと同時に男狩人は物陰から飛び出し顔面を目掛け力強く太刀を振り下ろした。

鋭く重い一撃が入り鮮血が飛び散る。

怯んだ隙に二人は足の間に滑り込むようにして入り込み鬼神の如く剣を振るう。

飛竜は足を集中的に攻撃されバランスを崩しかけるも、翼を広げ後ろへ飛び退きながら火球を吐き出した。

男狩人は華麗な身のこなしで火球を難なく避けたが、女狩人は避ける余裕がなく直撃を受けてしまい後方へと吹き飛んだ。

男狩人は女狩人にこれ以上追撃を加えさせないように太刀の長所であるリーチの長さを活かし空中を漂うにして飛行する飛竜に向け剣を振るう。

女狩人は灼熱の火球をくらい苦痛に悶えながらも体に鞭を打ち立ち上がろうとするが、飛竜は追い討ちをかけるかのように驚異の速度で女狩人に接近し、脚を振り下ろし鋭い爪が小柄な体を切り裂く。

女狩人は瀕死の一撃を受け前のめりに倒れ気を失ってしまった。

 

薄れ行く意識の中で女狩人が最後に見た光景は、助けに駆けつけようとした男狩人が火球を受け吹き飛ばされる姿だった。

 

 

~~~~~

 

 

アイリ「あーん! あたしが死んだ!」

 

リョウ「おおアイリ! 死んでしまうとはなにごとだ!」

 

ソファーに座っていたアイリは首を背もたれに預け天井を仰ぎ見ながら嘆きの声を上げる。

 

アイリとリョウはリビングでゲーム(モン○ターハ○ター)をしている真っ最中であった。

余談だがアイリはキリン装備、リョウはナルガ装備で火竜リオ○ウスに挑んでいた。

 

アイリが考案した打ち上げは午前3時頃に終了し、時空防衛局員である結愛達は本部へ帰還し、ディーバであるサリエル達は次のライブが行われる世界へと向かっていった。

 

テーブルや椅子等の片付けはシャティエルが全て行い、30分という一人で行うにしては並外れた速さで済ませ、残りの面々は睡魔に勝てなくなり家に入り部屋に戻るなり瞬時に眠りについてしまった。

全員起床した時間が昼前になり、現在に至るところだ。

 

昼食を済ませたアイリ達はリビングで寛いでいた。

 

アイリ「さっきの攻撃はずるいよ。 立ち上がった後なのにあんな攻撃されちゃ避けれるわけないもん」

 

リョウ「モ○ハンあるあるやな。よし尻尾切れた。 あ! リオ○ウス逃げた! ペイントボールつけてないのに!」

 

アイリ「まぁ何処に行くのかなんて把握してるから問題じゃないかな」

 

リョウ「それもそうやな。 お、天燐出た」

 

アイリ「えー!? そんな…もう四回もクエストやっててあたしまだ一つも出てないのに…」

 

リョウ「ドンマイ。 こればっかりは運やからな」

 

シャティエル「リョウさん、アイリさん、コーヒーを淹れました。 どうぞ召し上がって下さい」

 

アイリ「お、ありがとうシャティ!」

 

アイリは携帯ゲーム機をソファーに置きテーブルへと移動し椅子に座りシャティエルが淹れたばかりのコーヒーを口にする。

程よい苦さが口全体に広がり体が温まっていくのを感じていると、カーペットが敷かれた床にカイと共に寝転がっているアリスが思い出したかのように口を開いた。

 

アリス「そうだ、結局昨日リョウに止められたから聞けなかったから聞くんだけど、何でシャティエルがフサキノ研究所を出てここにいるの?」

 

アイリ「あたしも気になってたところだった。 ねえねえ教えてよシャティ」

 

シャティエル「分かりました。 私がどういう経緯で研究所を出たのかをお話致します」

 

 

~~~~~

 

 

アイリ達がフサキノ研究所を去った後、シャティエルは白骨化したフサキノ博士の亡骸を傷付かぬよう丁寧に研究所の表へ運び埋葬し墓を建て、アイリ達が倒した多くのプロトタイプのエンジェロイドの回収と修理作業を残されたエンジェロイドと共に行っていた。

 

タイプβも破壊された現在、フサキノ研究所の管理者となったシャティエルはエンジェロイド達と共に修理と同時に、フサキノ博士が実現できなかったナノマシンを完成させるため開発が淡々と進めていた。

博士との、研究所とE資源を守るという約束を果たすために。

 

決められた事柄や報告する際以外は口を開くことがない無表情の彼等と接している内に、シャティエルは気付いてしまった。

 

『心』を持ったと実感したから感じ取れる、孤独という辛さを。

 

フサキノ博士が最期に述べていた「君を遺して、ずっと独りにしてしまう」という意味を痛感した。

実際には独りではないであろうが、周りにいるのは心を持たない機械人形ばかりで、意志疎通は当然ながら不可能で、今のシャティエルにとっては『物』と会話しているに過ぎない。

 

シャティエル「博士が感じていた孤独とは、こういうことなんでしょうか?」

 

心臓とも呼べる動力炉が空っぽになってしまったかのような、隙間か穴ができてしまったかのような感覚に陥る。

フサキノ博士の日記に書かれていた通り、シャティエルは孤独に包まれてしまっていた。

 

シャティエル「また、リョウさんやアイリさんに会い話をしてみたいです…」

 

孤独に耐えきれなくなったシャティエルは誰かと接していたいという気持ちからつい弱々しく口から言葉が零れた。

 

博士の残した大切な場所である研究所に何かあってはならぬと守らなければならないと同時に、博士が叶えられなかった夢であるナノマシンを完成させると決意を固めた以上、やり遂げなければならない使命感にかられていた。

研究所の管理者として、この場を離れる訳にはいかない。

だが、それでも、

 

シャティエル「私は、リョウさん達とまた会いたいです。 外の世界を見てみたいです」

 

孤独に耐えきれない空虚感、無限に広がる世界を自分の眼で見たいという好奇心が心の底から溢れる。

 

シャティエル「博士の日記には、天使族か時空防衛局の誰かがこの研究所を継いでもらいたいと記してありました。 そして、私を心優しい人に任せてほしいと…」

 

シャティエルは博士の日記の内容を思い出し、今後自分がどうすべきなのか決断した。

フサキノ博士が研究所以前に最も望んだ、シャティエルに幸福な日々を送ってもらいたいという事を。

 

シャティエル「私は…外に出ます。 博士が私に教えたかった心を更に追究し、リョウさん達も見ている無限に広がる世界を見るために」

 

ナノマシンの研究から手を引くのは罪悪感が沸き上がったが、時空防衛局から研究者が派遣されてくる筈なので、時折研究所に戻り共に作業を進めていく算段でいた。

研究者がいつ派遣されてくるか未定で、必ずしも来るとは限らなかったが、博士の次に信じられるリョウ達なら必ず事を解決させてくれると期待を抱きフサキノ研究所を後にした。

暗く視界が悪いグニパヘリルの洞窟を抜け、未だ目にしたことのない外の世界へと出た。

 

純白の雲が延々と広がる雲海と澄み渡る青空が視界全体に広がり、その美しすぎる絶景に声を発することなく見とれていた。

 

?「おや? 誰かと思ったら、あなたが話に聞くエンジェロイドだったんですね」

 

何分もの間景色に見とれていたか不明瞭だが、突如話し掛けられた声の主を探し斜め上を見上げると、天界の四大天使の一人でもあるガブリエルが確かにそこにいた。

翼を緩やかに動かし自らが張った結界を通り抜け物音一つ立てずシャティエルの目の前に着地した。

 

ガブリエル「はじめまして。 天界に住まう四大天使の一人、ガブリエルです。 リョウから話は伺っています。 リョウ達の元へ向かいたいのですよね?」

 

シャティエル「はい。 あの、リョウさんから話を伺っていたとはどういうことなのですか?」

 

ガブリエル「リョウから数日すればグニパヘリルの入り口にエンジェロイドが姿を見せると思うから念のため様子を見に来てくれと頼まれていたんです。 あなたの事柄は全て聞いていたので茫とではありますが、きっとリョウはあなたがいつか必ず自らの意志でこの場を離れ未だ見ぬ世界へ羽ばたくことを分かっていたんだと思いますよ」

 

シャティエル「リョウさんが…」

 

ガブリエル「あと、フサキノ研究所の後任となる人材もリョウが選抜し準備もできているそうなので、心配は皆無とのことですよ」

 

アイリに戦術を教え込む稽古を結愛に任せてある僅かな時間にリョウは時空防衛局の本部に赴き、フサキノ研究所の後任者となる人材の募集の声を掛けた。

 

あらゆる世界の人物が集う時空防衛局に勤める科学者達はフサキノ博士の技術力に非常に興味を示しており、我先にと候補の名乗りを上げる者が続出し、人数は数十にも及んだ。

リョウは科学者の中でも特に信頼できる人物、第一時空防衛役員の宮ノ瀬理緒を筆頭に他六名の計七名の優秀な人材を短時間で選抜した。

 

唐突に出された案に時空防衛局の本部も短時間で選抜された科学者達を召集するのは時間が掛かるものだったが、リョウが世界の監視者という全世界の中でも上位の役職に就く立場を利用し最優先で事を進めていたため、迅速に後任者となるチームを結成させることができた。

 

周囲からはリョウの職権乱用ではないかと思う者もいるであろうが、シャティエルのために動いていた本人は何を言われようが何を思われようが何処吹く風と言った様子で振る舞っている。

仲間のためならどんなことでも省みず行動する様は情の厚いお人好しと言われる反面、己の命をも投げ捨てる行動も行ったりするため、箍が外れている言われる事も屡々ある。

 

閑話休題。

 

シャティエルは自分のために無理を通してでも行ったリョウに感謝の気持ちで溢れ涙腺が緩む。

出会って寸刻とも言える自分に善意ある行動をしてもらい、自分は幸せ者だと痛感する。

 

ガブリエル「私もリョウや他の皆さんにももうちょっと頼られるようになりたいものです。 これでも四大天使なのに…」

 

喜びが心に溢れている間、ガブリエルは口を尖らせ一人言を呟いていた。

まずドラマや本を見ずに勤務に集中しろと、リョウがこの場にいればツッコミを入れられるだろう。

 

シャティエル「あの、ガブリエルさん?」

 

ガブリエル「…あ、ごめんなさい何でもないですわよ? えー、おほん、では、今からリョウ達がいる場所までお連れしたい、ところではあるんですが、幾つか問題があるのです」

 

シャティエル「問題とは、どのような事なのですか? 私にできることであれば力をお貸ししますが」

 

ガブリエル「心強い言葉ですね。 実は今、リョウ達がいるシェオルと言う我々天使達の住まう街があるのですが、悪魔族とエクリプスと呼ばれる組織が現れ戦場と化しているのです」

 

シャティエルがリョウ達の元へと向かおうとしたのは偶然にもディーバが天界でライブを行う日にちだった。

ライブを行うだけなら良かったが、エクリプスが大群を率いてホールを襲撃し、更にその混乱に紛れアイリを葬ろうと天界へ攻め込んできた悪魔族が来襲してきたことにより、シェオルに住む天使達が慄く地獄絵図と化した戦況の中、シャティエルは飛び込まなければならない。

 

ガブリエル「リョウ達はディーバの警護に当たっていますが、現在は悪魔族とエクリプス、二つの勢力を相手にしており苦戦を強いられている筈です」

 

シャティエル「リョウさん達に危機が迫っているならば、私は助勢しに参ります」

 

ガブリエル「きっとそう言うと思ってました。 では、参りましょうか。 博士が見せたかった、あなたの未だ見ぬ世界へ」

 

ガブリエルは結界を一時的に解き翼を広げ空へ舞い上がる。

後を追うようにシャティエルも翼を展開させ空へ飛び上がる。

再度結界を張り直したガブリエルはシェオルへ向け高速で飛行し始め、シャティエルも負けない程の速度を出し後を追う。

 

シャティエルの視界には雲の平原と、雲一つない青空が広がっていた。

変哲もない風景ではあったが、シャティエルにとっては初めて見る世界の一部。

自分は目の前に広がるような美しく見たこともない世界を無限に目に焼き付けていくだろう。

これから始まる未だ見ぬ世界への旅立ちに胸が高揚し、自然と笑みが零れ、清々しい気持ちで大空を翔ける。

 

シャティエル「…前方に目的地を発見。 数人の悪魔を確認」

 

ガブリエル「見えてきましたね。 この距離でも既に目視ができるとは驚きですね」

 

前方にはシェオルの街が視界に入ってはいるが、巨大な門が目視できるだけで人影を確認することができないほど距離がある。

シャティエルの目には高性能な望遠レンズが内蔵されてあるため、多少距離があっても人影を確認することが可能になっていた。

 

シャティエル「確認を取っておきたいのですが、悪魔は排除すべき対象として宜しいのですか?」

 

ガブリエル「はい。 私達天使族と、リョウ達を脅かす存在です。 博士から授かったその力で、守るために悪魔を鎮めなさい」

 

シャティエル「了解しました。 戦闘態勢に入ります」

 

戦闘モードへ移行したシャティエルは魔方陣を複数出現させる。

『光粒子ライトブラスター』を二丁取り出し銃口を前方へと向け、『多連装レーザーバックル』が二機飛び出しシャティエルの周囲を浮遊しており、いついつでも攻撃可能な態勢に入る。

 

シャティエル「リョウさん、アイリさん、もうすぐ助けに参ります!」

 

ガブリエルと共に速度を上げ、激突するかのような勢いで門を突っ切った。

門を通る一瞬で構えた武器が火を吹き、命中した数体の悪魔が苦悶な声を上げ地へ倒れていく。

ガブリエルはシャティエルに先を急ぐよう促すとその場で立ち止まり、門に残る数十体と溢れる悪魔を倒すためその場へ残った。

シャティエルは礼を告げるとリョウ達がいる『シェオルブライトドーム』へ向け飛翔する。

向かう途中、襲い掛かる悪魔が数体いたが、シャティエルの重火器の前には赤子に等しく、的確に放たれたレーザーや光弾により倒れ伏していった。

 

飛び続けること数分、シャティエルは難なくドーム前へと辿り着いた。

入り口付近の状況は悲惨なもので、地面が抉れガラスが割れ破片が至るところに落ち、ドームは悲惨な状態になってはいるが、天使兵や時空防衛局員達の活躍によりドーム内の被害は最小限に抑えられ、ライブは問題なく続けられていた。

 

シャティエルは地下に巨大な力を複数探知したため、向かうと不利な戦況にあったリョウ達を見つけ、直ぐ様加勢をするため『多連装多目的誘導ミサイル』を発射するため魔方陣からユニットを出現させ不意討ちに成功し、リョウ達と再び再開を果たしたのだった。

 

 

~~~~~

 

 

リョウ「…そうか。 博士の想いと自分の気持ちを尊重し研究所を出る決断をしたんだな」

 

アイリ「この短時間でシャティの心は成長を果たしていてあたしゃ嬉しいよ~」

 

リョウ「お前は保護者か何かかよ」

 

シャティエル「まだリョウさんにお礼をしていませんでしたね。 私のために研究所の後任となる人材の準備をしてくれたとガブリエルさんから聞きました。 本当にありがとうございます」

リョウ「そんな、お礼なんていいよ。 シャティエルは大切な仲間なんやから当たり前よね」

 

アイリ「なーんかかっこいいこと言ってるリョウ君は違和感しかないなー。 普段そんなこと言わないから」

 

リョウ「なんとも失礼な。 ガジャブーの群れの中に放り込んでやろうか?」

 

アリス「地味にエグいねそれ。 あ、リョウ、画面見てない間にキャンプ送りにされてるよ?」

 

リョウ「oh…なんてこった」

 

リョウがシャティエルと話している間、ゲームから目を離してしまっていたせいでモンスターに完膚なきまでに叩き潰されていたようで、敢え無くゲームオーバーとなってしまっていた。

 

アイリ「何やってんのさリョウく~ん。 早くダークファルスを倒さないと宇宙を危機から救えないよ!」

 

リョウ「いや、それが出てくる作品じゃないから。 っつーか途中でゲームを終えたお前に何やってんのと言われる筋合いはないわい。 さて、早速なんやけど、シャティエルに様々な世界を見せるために別世界へ行こうと思う」

 

リョウは携帯ゲーム機の電源を切り机に置き立ち上がりニッコリと笑い言った。

別世界と言う単語に反応したアイリは目を輝かせリョウに詰め寄った。

シャティエルは急な話に驚きながらも、新たな世界をこの目で見て知ることができる喜びに浸っていた。

 

アイリ「別世界に行くの!? あたしも是非行きたい!」

 

カイ「カイもいく! いきたい!」

 

リョウ「うーん、あまり別世界に干渉しすぎるのも良くないからねぇ」

 

アリス「よっぽどの事じゃないから大丈夫っしょ。 私やリョウだって別世界によく行き来してるんだし、なんくるないさー」

 

リョウ「そりゃわしとアリスは特別な存在だからよ(ヴェルタースオリジナル並感)」

 

アイリ「リョウ君…おねがぁい!」

 

潤んだ瞳でリョウの目を見つめながら胸に手を当て脳が蕩けるような甘い声でお願いする。

 

リョウ「悩殺するような甘い声で頼まんでも連れていくよ。 ただし、まぁ無いとは思うけど、大事は起こさないことね」

 

アイリ「やったー! 遂にあたしも異世界デビューだね! あ、転生してる時点でデビューしてた」

 

シャティエル「リョウさん、重ね重ね感謝いたします。 何かお礼ができればいいのですが」

 

リョウ「シャティエルの喜ぶ顔を見れただけでも十分やからさ。 さぁて行きますか!」

 

リョウが腕を前に出すと目の前に白く輝く扉、ワールドゲートを出現した。

 

ラミエル「うーっす。 邪魔するぜ」

 

リョウ「邪魔するんやったら帰ってな」

 

ラミエル「あいよ~…って、なんでやねん!」

 

ピコ「おー、ノリがいいね」

 

ラミエル「思わず変な口調になっちまったよ。 見る限りお前ら今日は異世界に行くのか?」

 

扉を潜ろうとした刹那、ラミエルが入室してきた。

ラミエルは何度かワールドゲートを見たことがあるのか、特に驚く様子もなく淡々とアイリ達と会話をしている。

 

アイリ「狙っていたかのようなナイスタイミング! 今から異世界へ行くところだからラミエル君も一緒に行こうよ!」

 

ラミエル「異世界か。 現実世界以外の世界には行ったことがなかったからな。 おもしろそうだ、俺も便乗させてもらうぜ!」

 

アリス「パーティは揃った! いざ、冒険の始まりである! あと、冒険の書も携えておこう」

 

アイリ「お気の毒ですが、冒険の書1番は消えてしまいました」

 

アリス「スキトキメキトキス」

 

アイリ「呪文が違います」

 

リョウ「コントやってないで行くぞ~」

 

アイリ「じゃあ復活の呪文を適当に考えてみよう」

 

アリス「本当に適当に当てはめたらいけるときあるよね」

 

シャティエル「復活の呪文…。 リョウさん達が命の危機に陥り戦闘不能になった時に使用可能なものなのでしょうか?」

 

ラミエル「いや、絶対違うだろ…」

 

リョウ「残念ながら誰かを復活させる呪文やないから。 あとシャティエル、このバカ二人のこういう変な会話は聞き流していいからね…」

 

バカ二人(アイリ&アリス)の会話でシャティエルに要らぬ知識が吹き込まれないか危惧の念を抱き頭を抱えるリョウを余所に、バカ二人(何度も言うがアイリ&アリス)は愉快に現実世界のネタを挟んだ会話で愉快に笑っている。

 

気を取り直し、リョウを先頭に扉を潜り抜けていく。

全員が扉を潜り抜けると、光の粒子となりワールドゲートは消え去った。

 

 

~~~~~

 

 

空全体が赤い雲に覆われ、まるで業火が延々と燃えているかのよう。

草木が一本も生えない腐りきった大地が地平線まで広がっている。

生きとし生ける物が存在しない、世界が終末した後を描いたような場所に、サタンフォーの中でも最も強力な力を持つアンドロマリウスが一人立っていた。

 

アンドロマリウスがいるこの場所は、天使と対になる存在である悪魔が住まう冥府界。

 

アンドロマリウスは何かしている訳でもなく無限に広がる虚無な大地を見ていた。

時折吹く乾ききった風が全身の肌を撫で、漆黒の長い髪が靡く。

 

アンドロマリウス「…あの娘の成長速度は、異常なものだな」

 

誰かに話し掛ける訳でもなく一人言を呟いた。

 

アンドロマリウス「我々悪魔の脅威となる光の力。 いずれは四大天使をも超える力を持っている、可能性の塊。 異端とも言えるのか…お前のようにな」

 

?「異端と言えるのは、間違ってはいない」

 

先程まで一人しかいなかった大地に、瞬時に新たな悪魔が現れた。

 

紫紺色の長袖のシャツと黒色のズボン、茶色のブーツを着こなした見た目は17、18歳の美少年。

流れるよな月白色の首筋まで伸びる髪に、頭部からは少し湾曲し伸びる赤い角が生えており、背中からは天使を思わせる白い翼が生えているが、片方の翼は闇に包まれたかのように黒く染まっている。

 

アンドロマリウス「お前はあの小娘をどう思う?」

 

?「俺はまだこの目でその天使の実力を確かめてはいない。 実際に見てみなければ判断しかねないな。 今の俺達では相手にもならん、始末するなら今のうちだ」

 

アンドロマリウス「無論、見逃すつもりはない。 私も本格的に行動を起こすとしよう。 監視者共々、息の根を止める。 今回はお前も私と行動を共にしてもらうぞ、ルシファー」

 

ルシファーと呼ばれた青年は口角を僅かに上げるだけであったが、世界の監視者という強者と戦闘することを静かに歓喜している。

転生した少女、アイリの実力は未知数だが、特異体質であり強力な光の力を用いる点に関しては非常に興味を惹かれているようで、戦闘という愉楽の時を過ごせる。

本来のルシファーならば単独で行動するのを好む一匹狼のような性格をしているが、強者と戦えるという理由だけで充分共に行動する価値があった。

 

ルシファー「奴等は今別世界にいる。 天界で鉢合わせるよりは好都合ではあるな。 だが、今回はエクリプスではなく、その世界に住まう妖怪共が厄介だ」

 

アンドロマリウス「我々の邪魔をするようであれば滅却するまでだ。 …いや、ただ葬るだけでは面白味に欠ける。 悪魔らしい方法を使うとしよう」

 

アンドロマリウスは妖しげな笑みを浮かべ、漆黒の巨大な手を上に掲げると、全てを飲み込んでしまうような紫色のワームホールが出現した。

アンドロマリウスとルシファーは翼を広げ、空間の中心へ飛び込んでいった。

 

 

~~~~~

 

 

アイリ達が向かった世界でもなければアンドロマリウス達が住まう冥界でもない世界。

 

倒壊した建物が建ち並び、地面一帯は倒壊した建物の瓦礫が散在しており、生き物と鉄の焼ける匂いが充満している。

火災があったのだろうか、黒く焦げ付いた建物も多く見える。

それを裏付けるように、極僅かに火が弱々しく燃えている箇所もあり、火の粉が風により夜空へと舞い上がっていく。

 

戦争後を思わせる地獄絵図の中に、学生服を着たこの場に不似合いな格好をした少女、マリーが荒廃したビルの屋上に立ち街を見ていた。

 

マリー「…やっと、見つけた、『世界を喰らう者』。 次こそは絶対に逃がすわけにはいかない」

 

燃え盛る炎を宿したような強い決意を秘めた瞳で見据える場所には、異形の姿をした巨大な怪物が口を大きく広げ夜空に向け咆哮する姿があった。

マリーがいる場所からそれなりに離れた場所にいるとは言え、姿を視認できるあたり、その巨大さが伺える。

 

マリーは右手で制服のポケットからスマホを取り出し慣れた手付きで電話番号を打ち始め、左手は『世界を喰らう者』に手の平を向けるようにして構える。

手の平に橙色の炎を凝縮させた火球が生成され、徐々に膨張していく。

火球が充分な大きさになる間にマリーはスマホを耳に当て、『世界を喰らう者』を発見したことを報告するためリョウに連絡を取ろうとしていた。

しかし、電波は繋がるものの呼出音が数回鳴り続けるだけで、一向に出る気配がなさそうだった。

 

マリー「もう、何で出てくれないんだろ。 マナーモードにでもしてるのかな?」

 

何の音沙汰もないためリョウとの連絡を諦め、スマホをポケットの中へと戻し前方へと向き直る。

呼び出している間に火球はマリーの身長の二倍はある大きさまで膨れ上がっていた。

 

マリー「今は、私一人でなんとかしないとだね。 手始めにこの一撃で弱らせないと。 『太陽の終焉』」

 

両方の瞳を黄金色に光らせ、火球を『世界を喰らう者』に向け放つ。

目に見えぬ速さで放たれた火球は真っ直ぐ突き進み巨体に直撃する。

直後、核が落とされたかのような極大な爆発が起き、耳を貫くような爆音が響く。

『世界を喰らう者』がいた場所には巨大なキノコ雲が発生し、爆発の威力とそれによる爆風により、壊滅した街は跡形もなく吹き飛んでいく。

マリーが立っていたビルも轟音を立てながら崩れ吹き飛んでいくが、マリーは何事もないかのように爆風に飛ばされることなく宙へ浮かんでおり、爆発の中心部を見据えている。

 

マリー「…やっぱり、まだ倒れてない。 どうやったらそんなタフな体になるんだろう?」

 

爆煙とキノコ雲により視認するのは不可能に近いが、マリーは『世界を喰らう者』の存在を感知したようで、追撃を加えるために更地と化した地上へと足を着け、周囲に小さめの火球を多数生成する。

 

マリー「世界の均衡を保つためにも、塵芥になってもらうね」

 

『世界を喰らう者』を打倒するため、黄金色に輝く瞳となった両目で敵を見据え、無表情のまま距離を詰め始める。

 

二人の戦闘を見届けるの者はこの世界には誰一人として存在せず、夜空に浮かぶ月と星々だけが観戦していた。

 

 

 




五等分の花嫁のゲームもせねば。
やること多いぜ。


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第27話 しぜんとあそぼ 異世界編

早くゴジラvsコングが見たい!(切実)


山、森、川、見渡す限り大自然が視界を覆い尽くさんばかりに広がっている。

 

アイリ「あれ? 見たことあるような文章だよ?」

 

ピコ「あまりツッコミを入れない方向でいこう」

 

ワールドゲートを通りアイリ達は異世界の地に足を着けた。

前述の通り、視界には緑豊かな自然が広がっている。

 

天界とは違う、所々に白い雲が掛かる青空。

多種多様の草木が生える緑溢れる山々。

川の緩やかな流れが奏でる静かな水の音。

空を自由に羽ばたく鳥の囀り。

肌を撫でるように通り抜けていくそよ風。

 

現実世界の日本の田舎を思わせる長閑な小春日和に包まれており、アイリは何処か懐かしい気持ちに浸っている。

シャティエルは天界では感じることのない景色や音をその身で味わっており、全てが新鮮に感じ強い感銘を受けていた。

 

シャティエル「とても、綺麗な世界です…」

 

アイリ「ここってあたしが過ごしてた現実世界じゃないの?」

 

リョウ「いや、現実世界とはまた別の世界やで。 日本と同様に和の文化だからアイリにとっては馴染みやすいかもしれへんな。 時代的には江戸時代あたりの文化になっとるよ」

 

アリス「ん? ってことはここって翔琉(かける)殿のいる世界?」

 

御名答、と言うようにリョウは口角を上げ頷いた。

 

アイリ「おっとまた新たなキャラの名前が上がったよ。 これは艦これ並に増えていくんじゃないかな?」

 

リョウ「あらゆる世界の知人を集めればそれを越える数になるけどな。 あー、そうや。 一応忠告しておくけど、この世界は日本みたいに完全に平和とは言えへん世界やからね」

 

ラミエル「どういう意味だ?」

 

リョウ「簡潔に説明すると、至るところに妖怪がいる魑魅魍魎とした世界ってこと」

 

ラミエル「妖怪だぁ? あの、河童とか鬼とかそういう類のか?」

 

リョウ「そうそう。 まぁわしらがいるこの一帯は出てこない筈やから安心してええよ。 さて、わし等が今から向かうのはこの階段を登った場所にある『玉桜寺』ってお寺や」

 

リョウが指差す場所には山の頂上まで伸びる石造りの階段があった。

天まで伸びているのではないかと思える段数を数えるだけでも気が遠くなるような階段を見た

アイリは自分の血の気が引いていくのを感じ取っていた。

 

アイリ「まさか、歩いて上るの?」

 

リョウ「モチのロンだよ。 体力作りって意味ではええと思うで?」

 

ラミエル「おもしれぇ、俺は喜んで上るぜ」

 

アイリ「…アイリチカ、おうちに帰る」

 

リョウ「ネタを言う元気はあるならできるよ。 根気よく行くのが嫌なら、だるまさんが転んだをしながらやればいいよ」

 

アイリ「何段あると思ってるのさ! 日が暮れるどころか夜が明けそうだよ!」

 

ピコ「アイリ、諦めずにやろうとする意志が大事なんだよー」

 

アリス「諦めたらそこで試合終了だよ?」

 

アイリ「うぅ…よぉーし! やってやろうじゃねえかよこの野郎!  ジーっとしてても、ドーにもならないもんね! バスターズ、レディー…ゴー!」

 

アリス「待て~ルパン! 逮捕だ~!」

 

半場やけくそに意気盛んにアイリは声を張り上げながら全速力で駆け出し階段を上り始め、後を追うようにアリスも階段を登っていった。

 

ラミエル「初っぱなからとばしてんな…ありゃ体力切れで途中でへばるやつだ。 んじゃ、体力作りに俺も行くかな! カイ、一緒に行こうぜ!」

 

カイ「うん! いこー!」

 

ラミエルはカイを軽々と担ぎ上げ肩車をし、準備運動としてかるく屈伸をすると、軽快な走りで階段を上り始める。

 

ラミエル「リョウとシャティエルはゆっくり来るといいぜー!」

 

リョウ「そうさせてもらうわー。 シャティエルは急がず焦らずこの風景を見ていきたいと思うからね」

 

シャティエル「是非そうさせてもらいます」

 

ラミエルは後ろ向きで倒れることなく上りながら手を振る余裕を見せながらの会話を終えると、再び前を向き足を動かし始めた。

ラミエルの肩に乗ったカイは上機嫌となり笑みを浮かべている。

 

ピコ「さぁリョウ、レッツゴー!」

 

リョウ「お前は何気に小さくなって上着のポケットに入るなよ」

 

消しゴムが上着に入ったところで重さが然程変わる訳でもなかったので、特に気にすることなくシャティエルと共に階段を上り始める。

 

周囲に生え並ぶ木々の枝と葉が日陰を作りだしており、所々に日光が漏れてはいるが、照らされる日光を防いでおり、心地好い風が汗ばんだ髪を撫でていく。

 

リョウは数百段を上ったあたりで息が僅かに乱れてはいるものの、疲労を感じさせる程の表情には至っておらず余裕が見える。

シャティエルは体の造りが機械なため、疲労を感じることがなく、ペースを落とすことなく上り続けている。

心はあるが人間の様に体力に限界がないため、シャティエルの動力源でもあるE資源が尽きない限りは活動が可能となっている。

 

シャティエル「自然に満ち溢れ空気も澄んでいて、居心地が良いです。 天界とは違う魅力があります」

 

純粋無垢な瞳に映る光景がシャティエルにとって初めて見るものばかりで、一つ一つが新鮮だった。

 

シャティエル「なんでしょう…心が静かなような、そんな気がします」

 

ピコ「う~ん、穏やかになってるってことじゃないのかな?」

 

シャティエル「穏やか…感じているこの気持ちがそうなのですね。 この世界に滞在しても、私は倦怠感に陥ることはなさそうです。 この気持ちが永遠に続いてほしいと思います」

 

リョウ「わしも全く同じ事を考えてたよ。 長閑で何の変哲もない平和な日々が続けば、穏やかな気持ちのまま過ごせるところなんやけどねぇ」

 

シャティエル「先程申していた妖怪が住まう魑魅魍魎とした世界とは到底思えないんですが、この世界は平和ではないのですか?」

 

リョウ「昔に比べれば大分落ち着いたよ。 それでもやっぱり低級妖怪等が人間に害を為す事例が後を絶たないね」

 

妖怪達は人里に下りては物を破壊する、盗む等の悪戯を働く者もいる。

最悪の事例では、山に出掛けたまま帰ってこい者もいれば、人里から子供が連れ去られ帰ってくることがなかった者もいる。

人間達にとっては人里から離れることは死の危険すらある行為であり、いつ何時人里に攻め込まれるか、侵入してくるか分からない、常日頃から死と隣り合わせな状態なのがこの世界の現状だった。

 

シャティエル「このように自然に溢れ豊かな世界なのに、妖怪達により平和な生活が崩れていっているのですね」

 

リョウ「妖怪全員が悪事を働いてる訳やないからねぇ。 妖怪にも人間に害を為さない奴もおるし。 この世界に住む妖怪達全員が人間に牙を向いたら…なんて考えたくもない…」

 

妖怪達により滅ぼされたこの世界の事を一瞬脳裏に浮かんでしまったが、縁起の悪さに即座にその思考を振り払った。

 

リョウ「まぁ、人々を守るために存在する陰陽師がいるから大丈夫や」

 

シャティエル「陰陽師とは、どのような人達なのですか?」

 

聞き慣れない単語にシャティエルは首を傾げながらリョウに尋ねた。

リョウも陰陽師の事に関しては然程知識がなかったため、スマホを取り出し陰陽師について検索し、記載されたページにアクセスし読み上げていく。

 

古代日本の律令制下において中務省の陰陽寮に属した官職の1つで、陰陽五行思想に基づいた陰陽道によって占筮及び地相などを職掌とする方技(技術系の官人)として配置された者を指すが、それら官人が後には本来の律令規定を超えて占術など方術や、祭祀を司るようになったために陰陽寮に属する者全てを指すようになり、更には中世以降の民間において個人的に占術等を行う非官人の者をも指すようになる。

風水などの方位学や占星術などの天文学を用いて占いや地相による土地の吉凶を調べる、現在に通じるような学術的な研究、怨霊を鎮める等の退魔行を職務としている。

 

リョウ「…と、まぁこんなところやな 。 ネットに書いてあったものをそのまま読み上げただけやけど」

 

シャティエル「成る程、理解できました。 現実世界の遥か昔には人外専門を相手にする役職が存在していたんですね。 そしてこの世界に陰陽師が存在している。 この世界の人達にとっては、頼るべき希望なのですね」

 

リョウ「そうやな。 今向かっている玉桜寺にもさっき名前が出たけど翔琉って奴が陰陽師やから紹介するよ」

 

アリス「おーい! リョウー! シャティエルー!」

 

呼び声が聞こえた階段の上部ではアリスが元気よく手を振っており、傍らではアイリが膝に手を着け肩で息をしている。

 

リョウ「やっぱりバテてるな。 まぁアイリにしては頑張った方やない?」

 

アイリ「ぜぇ…ぜぇ…も、もう、走れ、ないよ。 つ、疲れて…死にそう…。 みんな、死ぬしかないじゃない…!」

 

リョウ「わし等はアイリ程疲労困憊ではないから死んだりせえへん」

 

アリス「アイリ、止まるんじゃねぇぞ」

 

アイリ「ムリムリ、ムリムリ…かたつむり」

 

リョウ「ネタを言えるだけの元気はあるみたいやな。 ラミエルは先に行ったのか。 体力が化け物級やなあいつ」

 

シャティエル「ラミエルさんの階段を上る速度が落ちていなければ、5分47秒で上りきることができます。」

 

ピコ「流石シャティエル。 僕達じゃできない計算を瞬時に熟すね」

 

アリス「そこにシビれる! あこがれるゥ!」

 

リョウ「さぁそろそろ行こうや。 上でラミエルが暇そうに待ってるのが目に浮かぶからさ」

 

アイリの呼吸が整ったのを確認し再び足を運び始めた。

 

歩き続けること十数分、階段の終わりを告げるかのように巨大な八脚門が見え始めており、階段の最後の段にはラミエルが座り込んでおり、カイは周囲に飛んでいる数匹の蝶を追い掛けて遊んでいる姿も目に入った。

 

ラミエル「よぉ。 待ち草臥れちまったぜ」

 

リョウ「わしとシャティエルは歩いてたってのもあるけど、お前が速すぎるんだよ」

 

カイ「あ、アイリー! おつかれー、さま!」

 

アイリ「やっと着いたー! もう、ゴールしてもいいよね?」

 

リョウ「アイリはさっきから疲れて死にそうな言葉ばっかり発言しとるやないか」

 

シャティエル「アイリさんの身体能力で階段を登る程度の疲労で死亡するとは考えられませんが…大丈夫ですか?」

 

リョウ「シャティエル、このアホはほっといていいぞ。 あと序でにアリスも」

 

アリス「なーんで私もなのさ!」

 

リョウは騒々しいアリスの横を通り過ぎ、八脚門の戸の取っ手を掴み引いていく。

ゆっくりと大きな扉が開いていき、寺の本堂と周囲の風景が露となる。

 

木製造りの年季の入ったかなり大規模な本堂と、巨大な桜の木が生えている広々とした砂利敷きされ草木が生えた自然豊かな庭園。

庭園には似合わなく生えている桜の木が異彩を放ってはいるものの、日の光を浴び桃色に美しく輝いている。

日本庭園を彷彿させる造りに自然と心が落ち着き穏やかになってゆく。

風に吹かれ舞い散る花びらが粉雪の様に落ちていく和の美しさに見とれ、階段を上ってきた疲労が嘘のように吹き飛んでしまった。

 

アイリ「うわあ凄い。 和を感じるよ。 日本人で良かったなって心から思える」

 

リョウ「それに関しては同感。 さて…おーい! 真円さーん! 世界の監視者でーす!」

 

?「五月蝿いですぞ。 大声で呼ばんでも聞こえておるわい」

 

茂みの陰から竹箒を持った白い髭を生やした老人が姿を現した。

 

リョウ「突然来訪してすいません」

 

真円「まったくじゃ。 連絡くらい寄越してもらいたいわい。 侵入者かと思って一瞬身構えたんじゃぞ」

 

リョウ「じゃあ門に鍵を掛けなさいって…。 あぁ、みんな、紹介するよ。 この人は名前は真円さん。 この玉桜寺の住職をしている」

 

真円「ほぅ……リョウとアデランス以外は人間ではないようじゃのう」

 

アリス「真円、何回も会ってるんだからいい加減私の名前覚えてよー! 私の名前はアーリース!」

 

真円「ふむ、アーケードじゃな。 確と脳に刻みこんだぞ」

 

アリス「このジジイわざと間違えてるんじゃないの? ねぇリョウ、センの古城に送ってケルナグールした後にジゴスパーク撃ってもいいよね? 答えは聞いてない!」

 

ラミエル「落ち着けよバカ。 あんた、何で俺達が人間じゃないって分かったんだ? 天使の翼は普通の人間には見えはしない筈なんだが?」

 

自身の武器であるユグドラシル・アルスマグナを手にし襲い掛かろうとするのをラミエルが止めながら真円に疑問を投げる。

 

真円「わしは若い時には陰陽師として妖怪や怨霊を鎮めていたからのう。 こういった類いの存在は嫌でもこの眼に映ってしまうんじゃ」

 

アイリ「陰陽師!? 凄い、かっこいい! 現代の日本じゃ絶対に見られないよ!」

 

真円「それで、世界の監視者であるお前さんがこの世界の辺鄙な場所に何用で来られたんじゃ?」

 

リョウはこの世界に来た目的を淡々と告げる。

 

真円「ふむ、成る程。 ぶっちゃけ言うとここに来たのは安全という意味もありわし等に会いに来たのは序でにと言ったところか」

 

リョウ「ぶっちゃけ言うと仰る通りですね。 一晩だけ泊めてもらってもいいですか?」

 

真円「やれやれ、ここは宿屋か旅館ではないのだぞ。 まぁ、翔琉や多くの妖怪が住み着いとる時点で曰く付きの旅館みたいなもんじゃがな」

 

シャティエル「妖怪がこの寺に住んでいるのですか? 真円さんが妖怪が住み着いてる事を知っていて対処しないところを見ると人間に害を為す存在ではなさそうですが」

 

真円「昔はこの世界の調和を乱す程の荒くれ者じゃったが、現在では改心しておるから安心せい。 さぁ、案内するからわしに付いてきなさい」

 

愚痴を溢してはいたが快くアイリ達を受け入れた真円は案内をするためくるりと背を向け歩き始める。

アイリ達も後に続き歩みを進めるが、リョウだけがその場に留まり桜の木を眺めていた。

 

アイリ「リョウ君、行かないの?」

 

リョウ「後から向かうから、先に行っといてくれ」

 

ピコ「僕も一緒に行くからさ! ほらほら!」

 

アリス「…アイリ、行くよ! ドリル装備でダート自転車にまたがりショッカーを殲滅しに行くのだー!」

 

アイリ「お、おぉー!? 行くぜ怪盗少女!」

 

アリスはアイリの襟元を掴み引っ張り、ピコは背中から押し半ば強引にこの場を離れる。

カイはリョウの表情を見て懸念していたがラミエルとシャティエルに連れられ二人の後に続いて歩いて行った。

 

草木が風に煽られさざめく音だけがその場を支配する。

一人庭園に佇んでいたリョウは桜の木に向かい歩みを進める。

正確には、桜の木の裏側にある小さな墓石に歩みを進めている。

墓石とは言っても、日本に存在する御影石で生成された一般的な墓石とは違い、成人男性の上半身程の高さのある文字が刻まれていない細長い石が地面に埋もれ置かれてある簡易的なものだった。

顔に悲痛の色が現れているリョウは墓の前でしゃがみ込み目を閉じ合掌し、墓の下で眠る者へ冥福を祈る。

 

リョウ「ごめんな、今日は急遽来る予定になったから花や線香も準備することもできなくて」

 

誰に語る訳でもなく、目の前の墓に優しく語りかける。

 

リョウ「久し振りに来るから、話す内容が幾つもあるんよね。 そうやな…アイリの話をしようか。 最近転生してしまった子の話なんやけど…」

 

リョウは時間に余裕がある時にはこの世界に立ち寄っては墓参りをするため玉桜寺に訪れている。

数分という短時間だが、桜の木の下に造られた墓に眠る者に日々の出来事を伝えていた。

今回も時間を忘れ膨大な量の出来事を話したところで、ふと時計を見ると長針が数字3つ分移動していたことに気付く。

アリスを除くお互いが初となる相見となるため、席を外すわけにもいかないので急ぎアイリ達の元へと向かわなければなからなかった。

 

リョウ「…そろそろ行くわ。 アイリ達を待たせるわけにはいかないからね。 じゃあ、また来るからな、さくら」

 

哀愁を帯びた声で墓に眠る者の名前を言うと立ち上がり、振り返ることなくアイリ達の元へ早足で向かっていった。

 




日本に生まれて良かったってガチで思う


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第28話 レッツゴー!陰陽師

課金したい…誰か、オラに金を分けてくれ…!


真円に連れられやって来たのは、本堂の裏にある木製の和風の一軒の家だった。

家の前では長髪を後頭部で一つにまとめて垂らした、所謂ポニーテールと呼ばれる髪型の青年が竹箒で掃除している姿があった。

近付いてくる真円の姿が目に入り、青年は掃除を行っていた手を止めた。

 

?「真円さん、昼時にしてはまだ早そうですけど?」

 

真円「確かにまだ早いがいいじゃろう。 客人もおることじゃし、食事の席を共にしようと思っておる」

 

?「客人? ん、げっ…。」

 

ピコ「やっほー翔琉! 久し振り!」

 

青年は真円の後方にいるアイリ達を見るなり顔を引き攣らせ溜め息を一つ吐いた。

 

?「はぁ…何でこの家には人外ばかり訪れるんだろうか…」

 

アリス「ちょっと翔琉殿、私人間なんだけど~」

 

翔琉「到底そうは思えないって。 普通の人間は僕が作ったお粥を食べて『うーまーいーぞぉぉぉ!!』って叫んで口から怪光線を出したりなんかしないって。 あと怪光線のせいで壁まで壊しちゃって。 直すの大変だったんだからね」

 

ラミエル「アリス、お前は怪獣か何かかよ」

 

翔琉と呼ばれた少年は冷たい目でアリスを見た後、アイリ達の方へ目を向け、一人ずつ注視していく。

 

翔琉「天使が二人と妖怪が一人、そこの女性は…生命の鼓動が感じ取れないけど、精霊等の類いでもないから、僕にもよく分からないな。」

 

ラミエル「へぇ、あんたも俺とアイリの翼が見えるんだな。 ん? 翔琉って、リョウが言ってた陰陽師ってやつか?」

 

翔琉「リョウさんの知り合いだったんだね。 悪人ではないのは雰囲気で分かるし、自己紹介をしとかないとね。 僕の名前は永海(ながみ)翔琉。 怪奇な出来事を解決する陰陽師としてこの世界を護ってる」

 

アイリ「陰陽師ってホントにいるんだね! あたしの世界では歴史には色んな活躍が残ってて映画やゲームで出てきたりしてたなー。 おっと、あたし達も自己紹介をしとかないとね!」

 

アイリ達はそれぞれ自己紹介をした後、何故この世界に来たのか目的を話した。

翔琉はある程度理解できたようで数回頷いた。

 

翔琉「シャティエルさんのために、か。 リョウさんにしては随分気を使うことをするね。 この一帯の土地は真円さんの敷地なんだし、僕も居候してる身だからどうこう言うつもりはないよ。 真円さんが許可を出しているのならいいよ」

 

アリス「さっすが翔琉殿! 真円もありがとね! ってことで、お邪魔しますよー! 突撃!お前が晩御飯!」

 

アイリ「それを言うなら隣の晩御飯だぜ…って、もう行っちゃったみたいだね」

 

アリスは上機嫌で戸を開け家の中へと入って行ってしまった。

翔琉は苦笑いを浮かべつつ竹箒を収め、アリスと言う名の怪獣が何かしでかさないか内心ひやひやしつつアイリ達を家の中へと招き入れる。

 

築何百年となるであろう木製の廊下を歩く度にギシギシと音を立てる。

アイリとカイは「まっくろくろすけ出ておいでー!」と大声にならない程度に何度か言いつつ内装を見回し叫んでいた。

 

その途中、天井の端で黒い塊が動いていたようだが、誰一人として気付くことはなかったようだ。

 

翔琉「そう言えば、アリスって何で僕のことを『翔琉殿』って呼ぶの?」

 

アリス「えっとねー、ゴーストに変身する人に名前が似てるからー」

 

アイリ「言われてみれば確かに! 御成になった気分になれそう! あたしも『翔琉殿』って呼んでいい?」

 

翔琉「う、うん。 なんでも好きに呼んでくれればいいよ」

 

アイリ「ん? 今なんでもって?」

 

アリス「じゃあ『ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン』って名前で!」

 

翔琉「……『翔琉殿』でお願いするよ」

 

雑談をしつつアイリ達が案内されたのは、庭が一望できる畳が敷かれた広々とした一室だった。

アリスは入室するなり床に寝転がり猫の様に身を丸め、日光の暖かさに包まれ寝息を立ててしまった。

カイは初めての畳の床が気に入ったのか、部屋を一周走り回るとアリスの隣に大の字に寝転がった。

 

ラミエル「寝るの早すぎだろ。 てか他人の家なのに寛ぎすぎだ」

 

真円「すまんが個室は埋まってしまってるから、全員でここで寝泊まりしてもらうことになる。 押入れの中に布団と浴衣もあるから好きに使ってよいからな」

 

シャティエル「ありがとうございます。 あの、不躾な質問と承知なのですが、庭を自由に出歩いてもよろしいですか?」

 

真円「勿論構わんよ。 昼食の準備が出来次第また声を掛けに来るから、のんびりと寛ぐとよい」

 

翔琉「あ、言い忘れていたんだけど、下手にこの家の中を歩き回らないでね。 色々と厄介な事になっても困るから」

 

アイリ「厄介な事?」

 

翔琉「僕以外にも居候してる妖怪が四人はいるから、出会ったりしたら面倒な奴が何人か「誰が面倒な奴だって? えぇ?」…まぁ、誰かが家に入ってきたかは直ぐに分かるよね。 無駄に気配には敏感なんだから…」

 

別の襖を開け入ってきたのは、黒色の甚平を着た高身長且つ筋肉質な、見るからに屈強そうな男だった。

それに続くように三人の女性が入室した。

 

一人は半袖の白いTシャツに膝上までの短い丈のスカートを着た狐色の長髪の高校生程の年齢の少女。

 

一人は赤を基調とした花柄の着物を身につけた妖艶な雰囲気を出す金髪の女性。

 

一人はおかっぱ頭の橙色の着物を身につけた小柄な幼い少女。

 

屈強な男は翔琉に何か物申そうとするよりも早く狐色の髪の少女が凄い剣幕で足音を立てつつ翔琉に詰め寄り肩を掴み揺らし始めた。

 

?「ちょっと主(あるじ)! 何でまた他の女を家に連れ込んでいるの!? 只でさえこの私達の愛の巣窟にタマと花笑がいるっていうのに! わ、私じゃ、ダメなの? 主に対しての愛が足りなかったのかな?」

 

声が徐々に小さくなっていき、目に涙を溜め上目遣いで必死に言葉を発している。

 

翔琉「情緒不安定すぎやしないかな、真琴。 この人達はただのお客さんだから。 心配しなくとも、真琴の事を嫌いになる日なんてないよ」

 

真琴「そうだよね! 主が私の事を嫌いになる訳ないよね! 主と私は切れることのない愛の糸で繋がってるもんね!」

 

急にテンションが上がり元気になった少女、真琴は翔琉の背中に腕を回し抱きついた。

 

アイリ「わぁ~お、二人の仲ってのは濃密なんですな。 リア充爆発しろ」

 

?「やれやれ…二人の熱愛っぷりを見るのは何度目じゃろうか」

 

シャティエル「お二人は恋人同士なのですか?」

 

翔琉「断じて違います」

 

真琴「もう、主ったら照れちゃって~」

 

リョウ「アァァァダァァァモォォォスゥゥゥテェェェ!!」

 

翔琉・真琴「うわああああぁ!?」

 

アイリ「ホッテンマッカセー! …あ、野比、また遅刻か」

 

リョウ「わしは眼鏡を掛けた小学生やないで」

 

先程まで桜の木の下にいたリョウが奇声を上げ襖を勢いよく開け放った。

真琴は驚きのあまり床に倒れ、抱き付かれていた翔琉も同じように倒れてしまい、真琴に覆い被さる態勢になってしまった。

 

真琴「あ、主…昼間から大胆だよ」

 

リョウ「またイチャイチャしてんのか。 ほら、わしと言うお客様と初めて来るお客様もおるんやから、自己紹介をシタマエ!!」

 

?「貴様達を客人として迎えているつもりはない。 俺の酒の相手が勤まるのなら認めてやらんことはないが?」

 

リョウ「生憎と盃を交わす相手はいない。 今度異世界の酒好きな鬼を連れてきてやるからよ」

 

?「いつになることやら。 まぁいい、自己紹介だったな。 俺は酒呑童子。 仮初めである人間としての姿の時は轟(ごう)と名乗っている」

 

アイリ「えー!? びっくりするほどユートピアなんだけど!? 日本三大妖怪の一人に出会えるなんて、ゾクゾクするねぇ!」

 

轟「嬢ちゃんは俺の事を知ってるみたいだな。 異世界でも俺の名は知れ渡ってるってところかな? はっはっはっは!」

 

?「次は私の番か。 ふふふ、そこの翼の生えた小娘が更に一驚する面が目に浮かぶのう」

 

荘厳華麗と言う言葉を形にしたような、着物を身に付けた金髪の女性がゆったりとした足取りで前に出た。

帯に締まっていた扇子を手に取り慣れた指使いで広げ、口元を隠すようにした。

 

?「私は白面金毛九尾。 人間の時の姿では玉(たま)と名乗っておる」

 

アイリ「ゔぇえ!? ヤバい! どのくらいヤバいって画面を埋め尽くすコッコ全員を斬り倒すくらいヤバいんだけど!!」

 

かなり興奮した口振りで早口で喋っており、形容しがたい驚きの台詞は端から聞けば意味不明な例えになってしまっていた。

日本の古来より伝わる日本三大妖怪の内の二人が目の前にいるとなれば普通の人間ならばまず恐怖に駆られるであろうが、二次創作やオカルトが好きなアイリにとっては胸踊り興奮せざる得ない状況だった。

 

玉「予想通りの反応を見せてくれたの。 おもしろい天使の娘じゃ」

 

表情は扇子により隠されているため見えないが、上機嫌そうに目を細めている。

 

アイリ「ヤバすぎだってー…。 日本三大妖怪の内二人がいるって、このお寺、何て言うか、その…ヤバいよね(語彙力不足)」

 

轟「かなり昔っからだけど、この寺には住み着いてるぜ。 もう俺達は妖怪共を率いる頭領じゃねぇし、やることもねぇからこの寺で平和に呑気に暮らしてる」

 

アイリ「酒呑童子って鬼の頭領やってたって聞いたことあるけど、何で人間と共存してるの? あと、日本三大妖怪の最後の一人である大嶽丸はいないの?」

 

玉「確か、千年程前だったか、この世界が消滅しかねない災厄が起きた。 その時に私達は人間と手を組み災厄を凌ぐことができたのじゃ」

 

轟「世界が救われたまでは良かったが、俺達が人間に手を組んだ事は妖怪共にとっては断じて許容できない禁忌だ。 当然だが快く思わない妖怪共は俺と九尾に反発、俺達は妖怪の業界全てを敵に回し追放されたって訳だ」

 

玉「行く宛もなかったところを、当時の玉桜寺の住職と翔琉の祖先である陰陽師が私達を匿ってくれたんじゃ」

 

真琴「当時私も主の祖先と一緒にいたけど、ホント寛大だな~って思ったよ。 あと大嶽丸はその災厄のせいで命を落としちゃったんだよ」

 

アイリ「そうだったんだ…」

 

轟「おっと嬢ちゃん。 知らなかったとは言え謝罪の念を持つ必要はないぜ? 知らなかったことなんだから仕方ないんだからよ。 俺達も気にしてはいないしな」

 

アイリ「ありがとうございます、轟さん」

 

轟は口角を上げ笑みを浮かべ、腰に巻いてある紐に付いた酒の入った瓢箪を取り酒を口に流し始める。

 

?「轟さん、昼間から飲み過ぎはよろしくないですよ」

 

轟「しつけぇなー花笑(はなえ)。 俺は酒呑童子だ。 多少の酒を飲んでも直ぐに酔ったりなんざしねぇよ」

 

花笑「体によろしくないですってばー!」

 

翔琉「まあまあ花笑、紹介を済ませてしまおう」

 

花笑「うー、分かりました。 お見苦しいところを見せてしまいすいません。 私は花笑(はなえ)といいます。 このお寺に住み着いている座敷童子です」

 

深く頭を下げ礼儀正しく挨拶を済ませる少女を見てアイリとラミエルもつられて頭を下げた。

 

アイリ「座敷童子もいるなんて、やっぱりこのお寺ヤバすぎー! このお寺に住めば幸福な事が降り注いで来そうだね!」

 

リョウ「まぁ、平和と言う名の幸福が続いてるんだから、間違いはないやろうな。 ほら、真琴、お前が最後や。 さっさと紹介しろ」

 

真琴「言われなくたってやりますよーだ」

 

悪戯っぽく舌を出し翔琉の腕に抱きつき自己紹介を始めようとした刹那、頭部から獣の耳が生え、腰の後ろからは狐の尾と思われる物がふわりと出てきた。

 

真琴「私の名前は真琴。 代々永海家に仕える妖狐だよ。 あと、未来の主の嫁でもあるから♪」

 

翔琉「ちょっと真琴、勝手に決めないでよ」

 

真琴「ま~た恥ずかしがっちゃって! もう私の虜になってるんでしょ~? ほれほれ~」

 

人差し指で悪戯っぽく翔琉の頬をつつき回す。

翔琉は羞恥心を抱いてはいるものの、何故か止めようとはしないあたり、真琴の行為を拒絶しているわけではなさそうだった。

 

シャティエル「翔琉さんと真琴さんは非常に仲がよろしいのですね。」

 

アイリ「おっとシャティの容赦ない追撃。 じゃあ援護射撃ってことで、あたしからもプレゼントとしてYES/NO枕を贈呈するよ!」

 

シャティエル「その枕にはどのような効果があるのですか?」

 

カイ「カイもしりたい!」

 

リョウ「二人とも、また今度教えてあげるからね。 ……アイリ、ちょっとこっちに来て」

 

リョウは襖の側にいた真円の隣を通り部屋の外へ出るようアイリに手招きし誘導する。

アイリは何事かと疑心を浮かべつつ部屋の外に出るのを確認したリョウは静かに襖を閉めた。

直後、「らんどろす!」と大きな奇声にも似た悲鳴が部屋にいる全員の耳に嫌でも入ってきた。

襖が開かれ、悪行(下ネタ発言)を行った罪人を懲らしめたリョウはどこか満悦しており、頬が少し緩んでいた。

後ろを歩くアイリは涙目になりながら頭にできたたんこぶを擦っている。

 

アイリ「う~、痛い。 いつか『乱れ雪月花』をお見舞いするんだから!」

 

リョウ「へいへい。 まぁそんな技でわしが死ぬ訳ねぇだろ(ゲッター並感)」

 

真円「皆の顔合わせも終わったところで、わしは昼飯の準備に掛かるとするかの」

 

花笑「あ、私もお手伝いします」

 

翔琉「お昼が出来上がったら呼びに来るから、ゆっくりしていってね」

 

待ちくたびれていた真円と花笑、翔琉は昼飯の準備に取り掛かろうと厨房へと向かって行った。

真琴は翔琉の後を追うように部屋を出ていったが、轟と玉の二人はその場に留まっていた。

玉は大した用はなさそうだが、轟はアイリ達を品定めするかのような目付きで見つめている。

 

ラミエル「何だよさっきからジロジロと」

 

轟「強者の鼓動、みたいなのを感じ取ってな。 あくまで俺の勘だが、お前等、揃いに揃って戦闘において相当な実力者みてぇだな」

 

リョウ「ほう、成長途中のアイリ達をえらい評価するやんか」

 

ラミエル「成長途中? 俺は今のままでも十分に強いつもりではいるんだぜ」

 

轟「ふん、生ぬるいわ。 今の実力では、俺に勝とうなんざ百年早い」

 

ラミエル「言ってくれるじゃねぇか。 三大妖怪だかなんだか言ってるみてぇだけど、どれ程の実力か見せてもらいたいところだぜ」

 

昂然たる口ぶりのラミエルに轟の戦闘意欲が沸いてしまったようで、指の骨をボキボキと鳴らしながら近付いてくる。

2m程の巨体を持つ轟に恐れを抱くことなくラミエルは腕を組んだままその場から一歩も退くことはなかった。

両者の視線の間で稲妻がバチバチと火花を散らして見えるのが気のせいでないように見えてしまう。

 

轟「おもしろい。 お前の実力を見るついでに、俺様の実力も見せてやろう。 着いて来な」

 

轟は口角を上げ、ラミエルを裏庭へと案内していった。

穏やかな雰囲気ではなくなった部屋に沈黙が数秒続いたが、玉の扇子を閉じる音により皆が我に帰った。

 

玉「食事時の前だと言うのに、騒々しくなりそうじゃ。 リョウ、いざという時には、手を借りるぞ?」

 

リョウ「分かっちょるよ。 おい、アリス。 轟を止める役をお前にも手伝ってもらうよ」

 

リョウは寝ているアリスを起こそうと肩を揺らすも、一向に起きる気配はなく寝息を立てている。

再び手荒な方法で起こそうと腕捲りをし始めたリョウに対し、流石に可哀想に思えたアイリが止めに掛かり、自分が起こすよう意見を出した。

リョウは意見を否定する訳ではなかったが、恐らく無理だろうと伝えアイリに事を託した。

 

アイリ「…33-4」

 

アリス「なんでや!阪神関係ないやろ!」

 

カイ「おきたー!」

 

アリスの耳元で一言呟いた瞬間、アリスは声を上げ跳び起きた。

 

リョウ「ええぇ…そんな簡単に起きるのかよ」

 

シャティエル「データとして残しておきます」

 

アリス「あれ、おかしいな? 私はさっきまで2121年にいてヒューマノイズと戦ってた筈なんだけど」

 

リョウ「たかが夢やろう。 それより、轟とラミエルが裏庭でドンパチ賑やかに殺り合うみたいやから、いざとなったら止めるから手伝え」

 

アリス「えー面倒だな~。 ヘブンパニッシャーをドロップできれば手伝ってあげてもいいよ?」

 

リョウ・アイリ「無理ゲー……(白目)」

 

アリス「流石に鬼畜すぎるよね。 まぁ今回は一杯奢ってくれたら手伝ってあげようじゃないか!」

 

リョウ「はいよ了解。 んじゃ、行くとしますか」

 

アイリ「我が身は既に覚悟完了! アイリ、いきまーす!」

 

カイ「カイもいくー!」

 

リョウ「カイはここにいようね。 今回は流石に危ないから。 シャティエル、悪いがカイを頼んだ」

 

シャティエル「分かりました。ご武運をお祈りします」

 

シャティエルの言葉にリョウは頷き返し、玉達と共に裏庭へと急いで向かって行った。

 

 




『レッツゴー!陰陽師』を久々に聞いたらハマった笑


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第29話 暴れん坊と恋と夢

オーズ風のサブタイトル
今から10年ほど前とは信じられん


 

ーアイリside

 

轟「悪い悪い! 俺達の力が強すぎたみたいでよ!」

 

リョウ「手加減しろっつっとるじゃろーが!!」

 

うわーリョウ君激おこ。

轟さんは笑いながら話してるけど、あたし達の周囲はとんでもない有り様になってる。

 

近隣の木々は薙ぎ倒され、地面には複数の穴が開き、自然豊かな筈の光景は見るも無惨な絵になってしまった。

これには自然軍を統べる神もお怒りになること間違いなし。

無駄な森林伐採、ではないとしても、ダメ、絶対。

 

裏庭に着いた時には二人はもう戦っていて、周囲にはぶつかり合う余波が飛び交っていて既にヤバい状況になっていた。

拳と拳をぶつけ合うだけで周囲が吹っ飛んでいくって、最早ドラ○ン○ールだよ。

 

家が崩壊しないよう玉さんが周囲に結界を張っていてくれていたからあたし達は二人を止めに入った。

でも案の定(?)アリスちゃんがエヴァン○リオン並に暴走しまくって轟さんやラミエル君より厄介な存在になっちゃったんだよね。

 

アリスちゃんの放ったトランプカードの技に轟さんは大人しく引き下がるを得ない状態になっちゃったし、『スートメテオ』に直撃したラミエル君は体の半分が地面に埋まってハリケーンミキサーを食らったウォーズマンみたいになっちゃうし、二人を止めるというよりアリスちゃんを止めないといけないという趣旨が変わってきちゃうような状況。

 

ア○レンジャーもびっくりな暴れっぷりを見て怒り心頭に発したリョウ君は白い悪魔ことピコ君と協力しアリスちゃんを止めに入った。

近付いたら間違いなく消し炭にされる未来が未来視(ビジョン)により見えたような気がしただけだったけど、ディバインバスター並の威力が常に飛び交う戦地に飛び込む勇気がなかったから、あたしは大人しく遠距離攻撃で支援してました、はい。

 

数分後、戦闘を中断させ始めたばかりでこの始末☆

アリスちゃんを連れてきたらごらんの有様だよ!!

 

轟さんとラミエル君の戦闘の余波とアリスちゃんの力により周囲は上記の通りの悲惨な光景に。

玉さんの結界があったおかげで被害は最小限に済んだけど。

 

因みにアリスちゃんはリョウ君の『ソードスパーク』とピコ君の放った『ピコビーム』、そしてあたしの放った『アロービーム(20連発)』を諸に受け目を回し気絶してしまっている。

ってか、ピコ君ってビーム出せたんだね、消しゴムの概念がゲシュタルト崩壊してるよ。

そしてあれだけの攻撃を受けて気絶で済むアリスちゃん、東方不敗とタイマン張れそうなくらい強いんじゃないの?

 

ラミエル「い、痛ぇ…アイリ、俺を引っこ抜くの手伝ってくれ」

 

仕方ないな~、もう。

ピクミンを引っこ抜く勢いで引っ張ると割りとあっさり抜けた。

これが大きなカブだったらきっと抜けなかっただろう。

 

玉「はぁ…また派手にやってくれたな…」

 

リョウ「すまん玉、助かったわ。 引き続きで悪いんやが、ここら一帯を再生しといてもらえへんか?」

 

玉「言われなくても、今から実行するつもりじゃ。 轟、貴様も私に力を送れ」

 

轟「昼飯食って一杯やってからでいいか?」

 

リョウ「首斬り落とすぞワレ」

 

うわぁ、声のトーン下げてアルティメットマスターを何度も地面に叩き付けてるあたり、めっちゃ怒ってるのが嫌でも伝わる。

体全体から白いオーラみたいのが沸き上がってるのが目視できる。

轟さんが一瞬苦渋の表情に変わると思ったら頭をポリポリと掻きながら玉さんに助力するために歩みを進めた。

 

玉「やはりお主は実力行使をせずとも恐ろしいと感じるのは私だけなのだろうか?」

 

ピコ「いや、僕も思ってる」

 

リョウ「ふん。 さて、翔琉達が飯を作り終える頃やろうから家に戻ろうや」

 

アルティメットマスターを鞘に戻し気絶し横になっているアリスちゃんの片足を鷲掴みにし引き摺るようにして家の中へと入っていった。てか運び方雑ぅ!

 

まぁ辺り一面悲惨な光景に包まれてるけど玉さん達の力で元に戻るならめでたしめでたし…だよね?

 

無駄に疲れてハラヘリヘリハラだし、早く昼ごはんを食べたいでござる。

腹が減っては良い糞は出ない、 じゃなくて戦はできぬ。

…今のセリフは撤回しよう。

天界唯一の美少女の言うセリフじゃないからね。

 

え、美少女なのかって?

そんな愚問なことを言う人には後でガイアフォースをお見舞いしてあげるね☆

 

 

~~~~~

 

 

アイリ・アリス「レッツ変身!」

 

お昼ごはんを食べ終えたあたし達は最初に案内された部屋に戻りカイ君と変身ごっこで遊んでいる真っ最中。

お昼ごはんを食べハイラルの魔王の如く復活を遂げたアリスちゃんの他に、暇そうにしてたリョウ君、ラミエル君、シャティ、翔琉殿、真琴ちゃんを誘い横一列に並び特撮映画でありそうなワンシーンを再現した。

 

変身ポーズは以下の通りで~す。

アイリ→1号

アリス→電王

カイ→フォーゼ

リョウ→ZX

ラミエル→ストロンガー

シャティエル→BLACK

翔琉→ゴースト

真琴→オーズ

 

ああ^〜いいっすね^〜

きっとあたしの瞳は間違いなく椎茸になっていることでしょう。

こんなことノリでやってくれる機会なんて録にないだろうから今この瞬間が最高です!(カープ並感)

 

アイリ「ハッピー!ラッキー!スマイル!イエーイ! おっと、喜びの思いがつい声に出てしまった」

 

カイ「かっこいい! ライダー!」

 

ラミエル「…俺達、何やってんだろう」

 

翔琉「カイ君が喜んでるのならいいんじゃないかな。 言いはするけど、ラミエルも割りとノリノリだったし」

 

ラミエル「バーロー、んな訳ねぇだろ!」

 

真琴「主の勇ましい姿、この目に確と焼き付けたよ! 流石私の婚約者…❤️」

 

翔琉「勝手に婚約してることにしないでよ」

 

真琴ちゃんは翔琉殿の変身ポーズ見て骨抜きにされちゃってる。

どんだけ惚れてるんだよ。

 

アイリ「次は何する? 踊ったりしてみる?」

 

カイ「おどりたい!」

 

アリス「どんな曲が喜ぶだろ…。 『Daisuke』とか?」

 

リョウ「真面な曲にしろよ。 カイが踊れるわけあらへんやんか」

 

アイリ「じゃあ…ようかい体操第一で! みんな、準備はいいかい?」

 

アリス「もちろんさー! …って、私だけかい!」

 

真琴「私はもう付き合わないわよ。 主とは付き合ってもいいよ?」

 

翔琉「…僕は倉の整理をしてくるからこれで」

 

翔琉殿は顔を赤くしながらも逃げるように足早に部屋を出て行っちゃった。

 

あれはもしかして、真琴ちゃんの事を意識しちゃってるかんじなのかな~?

んっふっふ、恋の予感がしますぜ。

 

真琴「もう、直ぐにどっか行っちゃうんだから。 主と恋仲になりたい…でも…」

 

下を俯いて消え入りそうな声で呟いてる。

何か悩みを抱えているのは確定的に明らか。

大丈夫だよ真琴ちゃん。

探偵ナイトスクープに依頼なんて出さなくても、なんとなく察したあたしが悩みを解決してあげよう!

 

アイリ「ねぇ真琴ちゃん。 ちょっとO☆HA☆NA☆SHIしたいから、裏庭に出ない?」

 

真琴「話? うーん、良いけどどんな話なの?」

 

アイリ「来てみれば分かるよ。 ほらほら、裏庭に向かってGO MY WAYだよ! あ、アリスちゃん、カイ君の遊び相手お願いね!」

 

アリス「いいですとも! ここで決めなきゃ女がすたる!」

 

半強制的に真琴ちゃんを連行する。

リョウ君はあたしの考えに賛同したのか、特に何も発言しなかった。

まぁ着いてくると言っても今回は断ってたよ。

今からは乙女同士の会話なんだから、男子禁制だよ。

 

さ~て、あたしは無事真琴ちゃんの悩みを解決することができるのか!?

続きはwebで!

 

 

~~~~

 

 

ー三人称side

 

 

リョウ「アイリの奴、大丈夫かな…」

 

シャティエルと共に自然溢れる庭を散歩していたリョウは空を仰ぎながら懸念からか、溜め息を漏らした。

相談する程度なので何かしら悪化するわけではなかったのだが、何故だか無性に憂えの念を抱いてしまう。

 

リョウ「只の心配症、なんやろうな。 窮状に陥った人を看過せずに助けるのは天使として素晴らしいことやし」

 

シャティエル「リョウさん、どうかされましたか? 先程から一人で何かを発言されていたようですが」

 

リョウ「いや、何でもあらへんよ」

 

庭の中心に設けられた小さめの池をしゃがみながら眺めているシャティエルの隣にリョウも同じようにしゃがみ池の中を覗き込んだ。

 

池には色彩豊かな錦鯉が数匹泳いでいる。

人に慣れているのか、シャティエルが水面に軽く触れる程度で逃げることはなく、水中を飛び回るように自由に泳いでいる。

色鮮やかな錦鯉達が泳ぐ様子にシャティエルは視線を逸らすことなく見つめている。

 

シャティエル「美しいです。 まるで泳ぐ宝石のようです。 錦鯉は遊泳しているだけだというのに、優美な画が出来上がりますね」

 

リョウ「体の表面の色が違うだけなのにね。 不思議なもんよ」

 

シャティエル「私はこの世界に来たのが未だに信じられません。 今、私が見ている光景、肌に感じる風、穏やかな雰囲気、全てが現ではないような感覚がするんです」

 

リョウ「これは正真正銘、現実で見ていることやで。まるで夢みたい、やろ?」

 

シャティエル「夢? 夢とは、どんなものなんでしょうか?」

 

難しい質問だった。

当たり前にあるようなものなだけに、いざ説明するとなると困難でしかない。

顎に手を付け瞑目すること数秒考えると口を開いた。

 

リョウ「夢ってのは二種類の意味があるんよ。 一つは、将来、自分が実現させたいと思っていること。 もう一つは、睡眠中にあたかも現実の経験を感じる幻覚みたいなもんやね。

今回は後者に当てはまるね」

 

シャティエル「睡眠中に見て感じることができる? 私のスリープモードが人間にとっての睡眠になるのでしょうが、そのような現象は起きたことはありません。 睡眠中なのに幻覚を見るという現象が起こる、私には解読不能な事です」

 

リョウ「夢は形があってないようなもんやし、その人にしか見ることができない。 曖昧な記憶でしかないから人には伝えるのは難しいことやし」

 

シャティエル「…私にも、心を持った私にも、夢を見ることは可能なのでしょうか?」

 

リョウ「いつか、きっと見れる時が来るかもしれないな。 この場所のように美しい景色が広がる素敵な夢が。 信じてれば、叶うかもしれないよ」

 

リョウの優しい言葉と包容力に心が温まるような気がし、自然と笑みが零れ頷いた。

 

シャティエル「もし、リョウさん達のように夢を見ることがあれば、夢の内容をお話してもいいですか? 素敵な夢を見れたなら、夢で感じた歓楽をリョウさんと共有できればと思ったので」

 

リョウ「あぁ、その時は是非聞かせてくれ。 わしもシャティエルがどんな夢を見るのか楽しみやわ」

 

シャティエル「ありがとうございます。 今からでもスリープモードに移行し夢を見れるか試してみたいところですが、起動している今と言う時間に、このレンズで見ている美しい景色を焼き付けておきます」

 

曇りのない透き通ったレンズ、元い、瞳で自然豊かな景色を見渡す。

 

夢の存在を知り、人間のように夢を見てみたいと思う願望が芽生え、自然と心が高揚していた。

 

花笑「自慢の庭が随分気に入ったみたいですね」

 

花笑が小さな筒上の入れ物を手にし歩いてきた。

 

シャティエル「はい、とても美麗な庭だと思います。静謐な一時を過ごせて心が落ち着きます」

 

花笑「称賛されると照れてしまいます。 お客さんに誉めてもらえると、この庭を作り上げてきた甲斐があったと思えますね」

 

花笑は二人の側まで来ると同じようにしゃがみ、筒状の入れ物を蓋を開け、入れ物を細かい動きで振り中に入っていた茶色の丸い物体、鯉の餌を手の平に出し、ある程度溜まると池全体に散布させた。

水面に餌が着水すると、鯉達が待ってましたと言わんばかりに口を大きく広げ餌を食べていく。

 

シャティエル「この庭は、花笑さんが作り上げたんですか?」

 

花笑「7割は、そうですね。 残りの3割は真円さんや翔琉さん、その他の人々による援助があって十年という月日で完成させることができたんです」

 

シャティエル「大勢の人達の助力により立派な庭が出来上がったんですね」

 

花笑「助力してくれた皆さんのおかげで庭が出来上がったと言っても過言ではないです」

 

玉桜寺には今あるような庭は存在しなかった。

落ち葉や腐葉土が底に溜まり濁りきった池があるだけの殺風景だった場所の見栄えを良くしたいと思った花笑は真円と相談した結果、快く了承してもらうことができた。

 

木々の植木や花の種、肥料等の準備をするだけでもかなりの費用と労力、時間を用し、天候の悪さ等により作業が思うように進まず心が折れかけたことも何度もあった。

だが自然が好きな花笑はどれだけ苦境に陥っても諦めることなく作業を続け、その姿に感銘を受けた玉桜寺の付近にある村の村民達も助力するようになり、作業速度が上がり着々と完成へと近付いていった。

現実世界のように重機のない世界なので、全て手作業により庭は十年という歳月を掛け完成された。

様変わりした庭を見物する人々が訪れるようになり、結果的に参拝客が増え、玉桜寺に貢献する形となった。

長年、玉桜寺に住んでいる花笑は何かできないかという思いもあったようで、少しは住ませてもらっている恩返しができ喜んだ。

 

花笑「私はこれからも庭の手入れをして、今現在目に映るこの美しい庭を守っていきたいと思っています」

 

リョウ「良い夢やないか」

 

シャティエル「夢…。 花笑さんが言った夢というのは、リョウさんが先程お話ししていた前者に当たる夢、ですよね?」

 

リョウ「そうやで。 人が必ず一度は持つ、理想を描くものや」

 

理想を描く。

どういったものなのか得体も知れず、シャティエルには検討もつかなかった。

 

描くとはどういう意味なのか?

 

何かを作り出していくことなのか?

 

誰もが持っているとは、エンジェロイドである自分の中にもあるのか?

 

シャティエル「誰もが、私が、持っているもの…理想…あっ…」

 

リョウ「見つけた? シャティエルの持ってる夢を」

 

シャティエル「はい。 私は、心があると知ったあの日、夢を持っていたようです。 私の夢は、博士の成し遂げられなかった研究を続け成果を得ること。 そして博士が願っていたこと。私の幸せと、もっといろんな世界を見て知っていくことです」

 

自らの理想でもある夢に気付いたシャティエルは嬉しさに頬を緩めていた。

また一つ心を持つことで得た夢というものを知り成長できたことをリョウは静かに欣喜していた。

 

リョウ「わしはその夢が実現するようできる限りの範囲で援助していくよ」

 

シャティエル「ありがとうございます、リョウさん」

 

リョウとシャティエルを包む穏やかな雰囲気に、花笑

は優しく微笑みながら見守っていた。

 




今回はちょいと短め


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第30話 嗚呼、青春の日々

リア充に対しリア充爆発しろ、なんて物騒なことは言いません

死ね、長寿を全うして幸せに死ね


アイリ「続きはwebで…と言ったな、あれは嘘だ」

 

真琴「誰に向かって話してんの?」

 

アイリは真琴を連れ裏庭へとやって来た。

先程のラミエルと轟の戦闘により木々が倒され見るも無惨な光景になっていたが、玉を主とする妖術により裏庭は完全に元の姿へと戻っていた。

枝の間から零れる日差しと木々をすり抜ける涼しいそよ風が肌に感じ取れ、心地好い空間に包まれている。

 

真琴「それで、私にどんな話があるの?」

 

アイリ「あたしが真琴ちゃんのココロのスキマ、お埋めします、ってことで、では単刀直入に。 真琴ちゃんって翔琉殿のこと好きでしょ?」

 

前触れなく放たれた問いに、真琴は体の奥底から火が燃え上がるような熱さを感じ、顔も自然と林檎のように赤くなっていく。

手を前で組み足をもじもじと動かしている様と表情は、正に絵に描いたような恋する乙女そのものだった。

 

真琴「と、唐突すぎやしない!? そりゃ主のことは好きだけど、いいい、いざ他人に言われると、恥ずかしくて赤ちゃんできちゃいそうだよ…///」

 

アイリ「何処でネタセリフを覚えたかは触れないとして、真琴ちゃんは翔琉殿と恋仲になるのをどうして躊躇してるの?」

 

真琴「うっ…何で分かるの? 読心術でもあるの?」

 

アイリ「あたしは覚妖怪じゃないんだから心を読み取る術は使えないよ。 ただ、なんとなく雰囲気で察しちゃってさ。 翔琉殿に好意を行動で表してはいるけどなかなか口では出せないって感じだよね?」

 

図星なのか、真琴は目線を反らしながらもこくりと小さく頷く。

 

アイリ「もしかして、だけどさ。 恋仲になれない、と言うよりはできない理由って、翔琉殿と真琴ちゃんが主従関係にあるから?」

 

真琴「…凄い、そこまでお見通しだなんて。 主みたいに読心術を使用しているみたい。 初見は薄馬鹿に見えたけど、案外、人を見る眼はあったのね」

 

アイリ「めちょっく。 あたしの第一印象ってそんな悪かったんだ。 まぁよくあたしの世界にある漫画やアニメのネタを口走ってるから仕方ないか。 これでもあたし頭脳明晰なんだからね?」

 

自己評価が矢鱈高いのは相変わらずだが、転生する前、現実世界で通っていた学校では学年首位の成績を収めていたので頭脳明晰であったのは紛れもなく事実ではある。

 

以前にも語ったが、アイリは現実世界で暮らしていた頃は物静かな何処にでもいる勉学少女だ。

 

アイリ「人との関わりはあんまりなかったけど、少しは人を見る力はあるんだから。 それにね、何処と無くなんだけど、真琴ちゃんの恋について、共感するところがあるんだよね」

 

真琴「え、どういうこと?」

 

話せば長くなると思ったアイリは付近にあった座り心地が良さそうな下部に苔が生えた岩に腰を下ろした。

真琴もアイリと同じように岩に腰を下ろし真剣な眼差しで話を聞く体勢になる。

 

アイリ「ん~っとねぇ、あれはあたしが中学生の頃だったかな…」

 

 

~~~~~

 

 

白澤愛莉が中学三年生の頃、ある一人の少年に恋をしていた。

 

少年の名前は佐島 蓮。

同じクラスにいるサッカー部に所属しておりスポーツ万能で、文学少女の愛莉とは真逆で、活気に満ち溢れていた少年。

 

愛莉が恋をしたきっかけは、大したことのない些細な出来事だった。

 

愛莉のクラスでは出席番号の順番で週変わりの掃除当番が決められており、愛莉と蓮は一緒に掃除をすることになっていた。

転生前の愛莉は人見知りで、況してや異性である蓮と掃除をする時間が苦でしかなかった。

蓮は優しい心の持ち主で、然程会話もしたことのない愛莉の緊張を解こうと何度も声を掛けてきては、場を明るくしようとしてくれた。

愛莉は蓮の行動に嫌悪感を抱いてはおらず、緊張を解こうとしてくれていると分かってはいたものの、人見知りで上手く会話が続かず、気不味い空気になっているのではないかと思っていた。

針の筵に座らされているような気持ちになり、時間が光の速さで過ぎてくれはしないかと切に願うしかなかった。

 

ある日の放課後、愛莉は蓮と共に中庭の掃除をしていた。

枯れ葉が舞い落ちる時期で、枯れ葉が地面を赤や黄と言った色とりどりなものへ染め上げる。

落ち葉が多かったため、掃除時間も長引き日が沈み始め、冷たい風が肌を刺す。

枯れ葉や砂等のごみを丁寧に集め終え、ゴミ袋に入れ開かないよう締め、袋をごみ置き場へと持っていこうとした。

しかし、今日は格段に風が強い日であったため、木々の枝から抵抗されることもなく落ちた枯れ葉が地面に散乱し、通常の二倍はあるであろう量があると目視で分かるほど多かった。

掃除を終えた時点で袋は五つになっており、中学生の少女が一人で持つのは難儀であった。

二つずつ持ち、面倒だが往復して捨てに行こうとした時、蓮が早足で愛莉の持つ袋を掴み取り、残りの袋を全て手に取り、「俺に任せとけ!」と幼い子供のような朗らかな笑みで言い、走ってごみ置き場へと向かって行った。

 

不意な出来事だったので、目を丸くしていたが、気付いていた時には愛莉の心は悦楽に充溢していた。

 

_____自分のような影で過ごしている自分にも、自然に接し、笑顔を浮かべてくれるんだ。

 

愛莉は物静かで誰かと会話をしたとしても口数が少ないため、余程の用件がなければ誰も喋り掛けては来ない。

そんな細々と過ごしているような根が暗い自分に明るく笑顔を向け話してくれた、些細な事ではあったが心が温かくなるような心地好さを感じた。

 

誰かと接することの喜びなのか、愛莉にとって得体の知れない不思議な感覚に浸っていると、ごみを捨て終えた蓮が走って戻って来る。

序でにと言わんばかりに愛莉の使用していた竹箒とちりとりを自分の使用していた物と纏めて納めに行った。

暫くすると再び戻ってきたので、愛莉は堪らず何故自分の手助けをしてくれたのかを尋ねた。

何故関わりもない自分を気に掛けてくれたのか、素朴な疑問をぶつける。

普段自ら進んで話をすることのない愛莉に一瞬驚いた表情を見せるも、直ぐ様明るい笑みを浮かべ彼は述べた。

 

「困ってる奴を助けるのは当たり前だろ。 白澤さんは俺の大事なクラスの一員なんだから、助けるのは当然だろ?」

 

漫画で出てきそうなセリフを淡々と述べた。

女性の前だから格好付けているのではなく、きっと、これが彼の本心なんだろう。

 

蓮は部活に行くために背を向けると、別れ際に「また明日な!」と片手を上げると、再び駆け足で走って行ってしまった。

 

愛莉は蓮に答えるように上げていた腕を下ろし、高鳴る鼓動を刻んでいる心臓を抑えるように胸に手を当てる。

感じたことのない、心躍るような感覚だった。

なんとなくだが、心の中で感じている、抱いている物が分かったような気がした。

 

_____あたし、蓮君に恋しちゃったんだな。

 

その日から過剰に蓮の事を気にし始めてしまい、掃除の日でもない日常でも彼が廊下ですれ違ったり視界に入るだけで胸の鼓動が高まってしまい、完全に恋愛漫画の登場人物である恋する女の子宛らの状態になっていた。

恋の病とは良く耳にしたことはあったが、恐ろしいものなのだと痛感する。

人見知りである筈なのに、誰かを好きになるなんて不思議とは薄々自分でも気付いてはいたが、何故好きになってしまったかは明白だった。

 

誰からも相手にされなかった自分に、蓮は躊躇いなく話し掛け、優しく接してくれた。

大層な事ではない、極普通な事。

だが、愛莉にとっては心を動かされる出来事で、恋と言う自分にとっては贅沢すぎる感情を知り、世界が変わった。

 

自然と胸の鼓動が早くなる。

今すぐにでも胸の内にある思いを告げたい。

恋仲になりたい。

 

初恋に胸を踊らされていたが、時間が経つに連れ、自分は蓮に相応しい相手ではないと気付いてきてしまった。

何故このような暗い思考になってしまったかは、自分自身の存在にある。

 

蓮は明るく誰とでも打ち解けるクラスの中心とも呼べる頼られる存在。

比べて自分はどうだろうか。

勉強ができるだけで誰とも会話をすることのない静かな存在。

 

陰と陽。

光と影。

愛莉と蓮は、赤の他人のみならず、学校にいる人達から見ても正反対とも言えるような立ち位置にいる。

 

自分では相応しくない、関わると迷惑が掛かってしまうのではないか。

彼と自分では見ている世界も違えば立場も違う。

周囲の目を気にしてしまい、人間関係的に無理なのだと心の中で思うようになっていってしまい、愛莉は初恋を諦めた。

綺麗さっぱり諦めてしまった方が楽になるだろうと考えてはいたものの、胸の内にあるわだかまりが取れる筈もない。

悄然として俯く日々が続くこともあったが、漫画やアニメ、ゲームの世界に逃げることで気を紛らわしていた。

 

だが本当は諦めたくない。

未練が残る想いが心の中にあったが、変わらない平凡な日々は無情にも過ぎていき、卒業式を迎えた。

愛莉と蓮はそれぞれ別の高校へと入学するため、会う機会はなくなってしまうだろう。

卒業式と言うこの日が、恐らく会うのが最後になる。

最後と分かっていたが、己を軽蔑視していた愛莉は、友達と笑い合いながら写真を撮っている蓮に声を掛けることは出来なかった。

こうして愛莉の初恋は誰にも知られることなく、静かに終わりを告げた。

 

 

~~~~~

 

 

アイリ「…と、まぁ、そんな事があったのさ」

 

真琴「アイリにも恋をしていた時期があったんだね。 結局、卒業をしてからは蓮って言う少年とは一度も会う機会はなかったの? 街中ですれ違ったりとか」

 

アイリ「なかったねー。 やっぱり卒業式のあの日、自分の価値観なんか関係なく、勇気を振り絞って、玉砕覚悟で気持ちを伝えていたら良かったなって思ったりする時はあるかな。 後々後悔するってのも分かってたような気もしてたし」

 

過去の行動を思い出し苦笑いを浮かべる。

 

真琴「後で後悔するくらいなら、絶対に言っといた方が良かったよ。 アイリの事を蔑む訳じゃないけどさ、後々後悔するって分かってるのに、行動しないなんて愚かだよ。 幸せな道があるのに、自分から進もうとしてないんだもん。 私だったら、後悔しないよう、全力で想いを伝えるよ」

 

口調が厳しくなりながらも、一息付いてから続ける。

 

真琴「自分が恋した人と相応しくないから諦める…人生を損してるようなものだよ。 人生ってのは自分が幸せにならなきゃ意味なんてないんだから、他人の目なんて気にする必要はないし、相応しくないなんて決めつけなくてもいい。 大事なのは自分が好きかどうかなんだから。 後悔しないためにも、関係が崩れてしまう状況になるかもしれなくても、恐れずに告白すればいいと、私的には思うよ」

 

現在進行形で恋をしている真琴の熱弁に、アイリは一瞬怯み目線を反らした。

真琴の発言にアイリの心は少なからず動かされ、初恋をしていたあの時に、やはり告白していれば良かったなと、自責の念が生まれていた。

だがここで踏み止まり、更に怯み退いていては相談する意味がないため、自責の念を封じ込め、再び真琴と目線を合わせる。

 

アイリ「…たしかに、真琴ちゃんの言う通り。 あたしは結局は逃げていただけ。 後悔してる。 勇気がなかったあたしを情けないと思ってる。 だから、あたしの様に、悲劇のヒロインってのは大袈裟だけど、真琴ちゃんになってほしくはないから、あたしは話をしてるんだよ」

 

真琴「アイリと同じようになってほしくないって、それってどういう……あっ」

 

アイリ「気付いた? あたしと状況や立場も違うけど、真琴ちゃんはあたしと同じなんだよ。 それぞれの関係が違いすぎたっていい。 相応しくないなんて思う心配もない。 恋の形なんて色々あるんだから、気にする必要なんてないんじゃない?」

 

真琴「うっ、そうなんだろうけど、主従関係同士が恋仲になるなんて、常識的に許容できない行為だし…」

 

アイリ「この世界の役職のお偉いさんが決めた法律かルールなの? 」

 

真琴「法律ではないけど、普通にあり得ないでしょ。 況してや私、妖怪なんだよ?」

 

アイリ「種族が違うっていうのも気にしないこと。 固定観念なんかぶっ壊しちゃえばいいんだよ!」

 

真琴「アイリの思考は大分吹っ飛んでるわね。 でも、なんだか悩んでた自分が馬鹿みたい。 私の主を想う気持ちは誰にも負けてないし、曲げるつもりも折られるつもりもないんだし。

ありがとねアイリ。 告白する勇気が少し付いた気がするよ」

 

礼の言葉を掛けられアイリは満足気に頷き笑みを浮かべている。

 

天使の使命というものがどのような事なのかは分からないが、誰かの悩み事を解決できたと実感し、現実世界で暮らしていた時には決して味わうことができなかったのかもしれない、他人を助力する事の清々しさを知った。

 

真琴「うわ、めっちゃ笑顔になってる。 私だから良いけど他人が見たら引きそうな笑みになってるよ」

 

(^U^)←こんな顔

 

アイリ「軽く毒を吐かれた。 翔琉殿にも告白染みた事を淡々と述べてるんだから、今と同じようにしっかりした告白をすればいいのに」

 

真琴「は、はは、恥ずかしいよ! 勇気は出たけど、やっぱりいきなりじゃ…! あぁんもう! しっかりしなさい私ー!」

 

再び顔を赤く染めた真琴は身を捩り始め、告白をするのに何故か羞恥してしまう自分を奮い立たせようと頬を数回強めに叩く。

自分で叩いておきながら痛かったようで、涙目で頬を擦っている。

 

真琴「いたたた…よぉーし、近々必ず告白してやるんだから。 当たって砕けろだ! 覚悟しといてよ主!」

 

アイリ「砕けちゃダメだから。 激マジにラブってるところを拝めるよう応援するからね!」

 

我武者羅ではあるが、真琴の心の中は想いを全力で伝えようとしている熱意が轟々と燃え盛っている。

決めたからにはやり通す信念を胸に、幸せを掴み取るため必ず成功させる意を強くした。

 

翔琉「覚悟してねとか聞こえたけど、何の話?」

 

真琴「え゛゛っっっ!?!?」

 

アイリ「アイエエエ!?」

 

突如として視界に現れた翔琉に真琴は驚愕のあまり普段では出ることがないような声が喉から吐き出される。

告白すると決断した直後に恋する男性が目の前に現れ、緊張と焦りで体の節々から冷や汗が湧き水のように出てくる。

 

翔琉「そ、そんなに驚かなくても」

 

アイリ「え、えと、翔琉殿は倉の整理をしてるんじゃなかったっけ?」

 

翔琉「まだ整理の真っ最中だよ。 喉が乾いてしまったから水分補給を取ろうと戻ってきたんだ。 そしたら二人を見つけたから声を掛けようとしたら真琴が覚悟しといてよって声が耳に入ってね」

 

アイリ「そ、そうなのかー」

 

翔琉「それで真琴は僕に何を覚悟してと言ったんだい?」

 

話が盛り上がり他者が接近していることに気付けなかったのを不覚に思いつい頭を抱えてしまう。

翔琉は二人の会話の内容を知る由もないため真琴に遠慮なく質問を投げ掛けている。

 

アイリ(ん? 待てよ、ピンチをチャンスに変えてしまえばいいじゃないか!)

 

アイリは真琴の隣へ自然を装って近寄り耳打ちする。

 

アイリ「突然すぎかもしれないけど、告白する時だよ!」

 

真琴「はいっ!? 幾らなんでも急すぎるよ! こ、こ、心の、準備が…」

 

アイリ「遅かれ早かれいずれか実行する事になんだから! ほら、ギュインギュインのズドドドドっていっちゃいなよ!」

 

真琴「どんな感じなのよそれ。 でも、頑張ってみる!」

 

真琴は自分の頬を軽く叩き翔琉へと向き直す。

翔琉を意識し過ぎているせいか、頬を赤く染めているどころか、表情が固まってしまっている。

 

翔琉「真琴? 僕の思い違いならいいんだけど、普段と様子が変だよ?」

 

真琴「ふぇっ!? そ、そんなことないでありんすよ!?」

 

常日頃から真琴と生活し、陰陽師としての活動を共にしている翔琉には既に真琴の異常に気が付いており、首を傾げながら尋ねる。

 

翔琉「頬が赤いみたいだけど、熱でもあるの?」

 

真琴「ひゃう!?!?」

 

体調が優れていないと思った翔琉は手を真琴の額に当て熱があるかないか確認した。

不意に額に触れられたことにより真琴は顔全体が林檎のように赤く染まってしまい、緊張と羞恥心で動悸が速まっていく。

 

翔琉「熱くなってるじゃないか! 徐々に熱くなっていってるみたいだし、床に就いて今日はもう寝ていた方がいいよ」

 

真琴「………」

 

翔琉「真琴? 体調が優れないなら肩を貸すよ?」

 

真琴「……か」

 

翔琉「え? 何か言った?」

 

真琴「主のバカーーーー!!」

 

体を回転させ即座に妖気を貯めた拳で翔琉を真横から殴りつけてしまった。

訳も分からず脇を殴られてしまった翔琉の体は横にくの字に曲がり、悲鳴を上げることすら許されず竹藪へと吹き飛んでいき視認できなくなってしまった。

 

アイリ「わぁ~お! ノックアウトクリティカルスマッシュ!

って、ゆうてる場合か! 真琴ちゃん! 吹っ飛ばしちゃってどうすんのさー!? 告白していい雰囲気になると思ってたら一気にコメディになっちゃったよ!」

 

真琴「だ、だってー! 私の気も知らないであんなことされて動揺しないなんて無理だよ!」

 

アイリ「ありゃま、今まで通り接することができなくなっちゃったくらい意識しちゃってるね」

 

真琴「あーもう主を殴り飛ばすことなかったのにぃ! 私のバカバカバカバカバカー!!」

 

両手で顔を隠しこれまでに無い程取り乱れた様子で家の中へと走り戻ってしまった。

 

真琴の気持ちを引き出し告白する勇気を与えることは成功したが、結果的に良い方向に進んだのかと言われると釈然としないところだ。

心中複雑な思いではいるアイリは頭を掻き苦笑いしつつ真琴の後を追っていった。

 

 

~~~~~

 

 

翔琉「痛いなぁ…何で殴り飛ばされたんだろ?」

 

岩に激突し陥没した箇所から這い出てきた翔琉は体の節々に感じる痛みを堪えつつ先程の出来事について疑問を抱き思考を巡らせていた。

 

翔琉「急に触れたのがいけなかったのかな? 毎度僕に触れかかるからこの意見は違うと思うけど…」

 

リョウ「翔琉殿は以外と鈍感やなぁ」

 

翔琉「…急に現れるのはやめてくれないかな? 歳じゃないけど心の臓に悪いよ」

 

ふと気が付くと翔琉の隣には腕組をしながら呆れたように息を吐くリョウの姿があった。

 

リョウ「本当は真琴の気持ちに気付いてるんじゃないのか?」

 

翔琉「…何となく、だけどね」

 

リョウ「答えてあげてもええんやないか? 翔琉だって真琴の行為に抵抗する様子を見せないあたり、満更でもないって感じもするし」

 

翔琉「満更でもないって程じゃないさ! ただ僕の家臣である真琴に恋愛的に好意を持っているってだけさ」

 

リョウ「躊躇いもなくさらりと言ったな。 アイリも真琴に同じ事を言ったと思うけど、種族の壁なんて関係ないんやから、翔琉の気持ちを伝えてあげればええ」

 

翔琉「僕は……」

 

翔琉も真琴と同じ思いを心の内に閉まっていた。

だがこれも双方同じように、異種による恋愛は常識外れと思っている事と、主従関係であることが壁となり告白を行えないままで止まってしまっていた。

 

リョウは先程までシャティエルと中庭で時間を過ごしていたのだが、世界の監視者の力を利用して何処にいるか確認し赴いて来た。

薄々真琴へと思いに気付いており何時かは助言しようと思っていたのだが、今現在リョウは時間を掛けて会話する時間を割くことはできない状態にあった。

 

リョウ「まぁ行動を起こすかどうかは翔琉に任せるよ。 ただ、女性の方から告白させるより、男性の方から先に告白するのが道理、とまでは言わんが、かっこよくはないぞ。 さて、シャティエルには伝えたが、わしとピコ、アリスは暫くの間この世界から離れるから、アイリ達の面倒を頼む」

 

翔琉「え、もう行くのかい?」

 

リョウ「世界の監視者は以外と忙しいのよ。 今回ばかりはわしが向かわないといかん。 何しろ相手は、世界全土が戦く、『世界を喰らう者』なんだから」

 

その名を聞いた途端、翔琉の表情が瞬時に強張った。

 

翔琉「奴が、再臨したのか。 たけど何故だ? 何故何度倒しても復活を遂げるんだ?」

 

リョウ「真相は掴めてへん。 時空防衛局にも頼んでもらってはいるが、奴の生態は謎過ぎる故に、成果は望み薄やな」

 

リョウはワールドゲートを召喚させ、改めて振り返り翔琉と向き合う。

 

リョウ「すまん、これはわしからの頼みや。 この世界は魑魅魍魎とした妖怪が住まう。 いつ何があっても可笑しくはない。 アイリに危機が訪れないよう、魔の手から守ってほしい」

 

翔琉「任せておいて。 真琴と轟と玉、皆と力を結集させて守り抜いてみせるよ、必ず」

 

リョウ「ありがとう、恩に着るよ」

 

翔琉「報酬は弾ませてもらうね」

 

リョウ「対象を守護するっていう陰陽師の依頼になっちゃうのかい? 今度海の幸を送らせてもらうよ」

 

かるい冗談を言い終えお互い小さな笑みを浮かべた。

リョウは翔琉の答えに安堵し、背を向けワールドゲートの中へと入って行った。

 

翔琉「ありがとう、リョウ。 それと、死なないでよ。 さて…と。 僕も覚悟を決めないと…」

 

僅かではあるが背中を押された翔琉はリョウに謝意を述べると同時に武運長久を祈りその場を後にした。

 

 

~~~~~

 

 

マリーが戦闘を開始した直後と比較にならない大量の瓦礫が散乱し、轟々と燃える火の手は止まることなく燃え広がっている。

辺りは橙色の光で照らされ、夜空でさえも橙色に染め上げる。

ほぼ全ての建物は倒壊し、見知らぬ者がこの景色を見ると、以前街だったと言う者はいないだろう。

それ程にまで地獄と呼ぶに相応しく豹変してしまっていた。

 

何より異彩を放っているのが、夜空に開いた数多の裂け目だ。

全てを飲み込むような漆黒の色の空間が裂け目から覗いており、裂け目の断面からは微小ながら金色の粒子が出ている。

裂け目だけではなく、地面からも金色の粒子が出始めており、火の粉と共に夜空へと昇り儚く消えて行く。

 

瓦礫が積み重ねられた中に、先程までマリーと戦闘を繰り広げていた異形の怪物が巨大な口を広げ倒れ絶命した姿があった。

絶命した事を確認するため側に寄っていたマリーは傷を負ってはいないものの、所々学生服が破けており、周囲の状況も相俟って、戦闘の凄まじさを物語っていた。

 

マリー「そんな…こんなこと、信じられない…!」

 

マリーは己の眼に映る現実が信じられずにいた。

眼に映っていたのは横で倒れている怪物ではなく、前方に映る巨大な影。

先程死闘を繰り広げた怪物と大きく異なるのはその巨体で、二倍程の大きさであること。

それ以前に、信じられないのは、

 

マリー「どうして、『世界を喰らう者』が二体も存在しているの?」

 

複数個体が存在しているということ。

これまでは倒しても必ず何かしらの原因で復活を遂げていたとばかり考察していたため、別個体が存在すると言う考えには誰も至らなかった。

故に驚きの色を隠せずにいた。

 

マリー「何体現れても、私のやるべき事は変わらない。 必ず葬ってみせる。 『爆炎の鉄槌』!」

 

隕石の如く速さで放たれた炎の柱が怪物の真上から放たれ、周囲数百メートルを巻き込むほどの大爆発が起こった。

マリーは爆発に巻き込まれないよう瞬間移動で距離を取ってはいたが、爆風や吹き飛ばされた瓦礫が降り注いで来ており、誰かが周囲に居れば確実に消し飛んでしまう凄まじい威力を誇るものだというのは一目瞭然だ。

だがマリーは決して警戒を怠ってはおらず、新たに技を放とうと火球を複数生成させていた。

次なる一手を放とうとした刹那、爆炎の中から紫色の光線がマリー目掛けて放たれた。

マリーは直ぐ様周囲の炎をかき集め防御壁を張ったが、それより早く流れるように横から割り込んだ白い粒子により、光線は水を弾く様にして散り散りになり消えていった。

 

マリー「もう、リョウさん遅いですよ」

 

リョウ「すまんな、携帯の着信に気が付かんかったわ」

 

翔琉達のいる世界から移動してきたリョウが『天使の加護』を発動させながら、空中から純白の光の翼を広げ舞い降りてきた。

続くようにアリスもマリーの隣へと空中から降りてきた。

リョウの上着のポケットに身を潜めていたピコも飛び出し、人間サイズになると同時に自身の武器であるピコピコハンマーを取り出し、神妙な面持ちで怪物を見据えている。

 

リョウ「想定外な事態やな。 監視者であるにも関わらず早急な発見を行えなかったのが痛いわ」

 

マリー「自責の念を抱くのは後でね」

 

リョウ「そうしたいところではあるけど、世界がまた一つ消滅しようとしてるからな…」

 

アリス「私、こんな光景見たくないよ…」

 

リョウ達は既に察していた。

足を着けているこの世界が終焉の時を迎えている事を。

 

リョウ「でも、幸か不幸か、この世界の人達は戦争を繰り返した挙げ句、自らの兵器により滅んでしまったから、不謹慎だけど、避難させる対象がいない、戦闘の妨げにならないのはありがたいかな」

 

ピコ「一つの世界が消滅する事に変わりはないけどね。 奴のせいで」

 

マリー「これ以上悠長にはしていられない。 世界が消滅する前に、もう一体現れたあいつを倒さないと」

 

マリーの両目の瞳が金色に染まり輝きを放つ。

 

アリス「ポルナレフ状態になるまでデジョンを打ちまくってやるんだから!」

 

十数メートルもある怪物に怯懦する様子は一切なく、(と言うよりアリスは何者にも恐れないような性格をしているというのもあるが)闘志を燃やした瞳に映る敵影を見据えながら自身の武器であるユグドラシル・アルスマグナを手にする。

 

リョウは無言でアルティメットマスターを引き抜き、力強く柄を握り左目の瞳を金色に輝かせ、ピコも両目の瞳を金色に染める。

 

全員、冒頭から全力で挑むつもりだ。

 

アリス「私もその力があれば戦闘が有利なんだけど…冗談でも言っちゃいけないよね」

 

ピコ「流石にそれはダメだね」

 

リョウ「相手によっては頭と体を繋いでいる部位を吹き飛ばしてるところやわ。 それに、アリスはわしらの力に対抗する力があるのに何を言うか」

 

アリス「じゃあ私はこの中で一番強いってことだ! ジレンや範馬勇次郎も倒すの余裕! 私は最強だー!」

 

先陣を切ったアリスは目にも止まらぬ速さで宙を駆け抜けて行く。

アリスを視認した怪物は咆哮を上げ前進を始め、足が地面に着く度に地が揺れる。

 

リョウ「さてと、始めるか。 何体いようが、消滅させてやるよ、ヴィラド・ディア」

 

怪物の名を言い、地面が割れるかの如く地を踏み締め死闘を繰り広げようと駆け出した。

 

 




因みに私は恋人はいたことあります笑


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第31話 妖怪のせいなのね

喫茶店で書けたので投稿します!


 

アイリ達が翔琉達の住まう世界に訪れ三日が経過した。

 

アイリはカイとシャティエルと共に自然の中で戯れて過ごしていた。

ラミエルは轟と共に穏便に戦闘を繰り返し、時には滝に打たれたり、大木を背負い山を一つ越える等といった、人外離れした修行を行っていた。

 

リョウが監視者としての使命を果たすためアリス、ピコを連れこの世界を去ってからは連絡は一切なく、特にアイリとシャティエルはリョウ達の安否に懸念を抱いていた。

翔琉と轟、玉は心配無用と口を揃えて言い 、必ず無事に帰還すると二人を宥めていた。

 

変哲もない安閑な日々が続く中 、玉桜寺にある一人の男性が駆け込んで来た。

 

男性の名は尾黒(おくろ)と言い、困り果てた様子で真円と会話をしており、何か嫌な予感を察知した翔琉が合流し話を聞いてみると、怪現象に悩まされているというものだった。

 

尾黒の住んでいる場所は、山を越えた場所にある小さな村で、その村では数日前から人間には到底行うことのできない不可解な現象が引き続き起こり始めていたため、陰陽師である翔琉に解決してもらおうと遥々やって来たのだ。

 

事情を聞いた翔琉は家へと戻り、陰陽師白と黒を基調とした狩衣と呼ばれる衣装を身に纏い、頭に黒色の立烏帽子をかぶり、陰陽師として使命を果たすため素早く準備を整える。

家臣である真琴も同行してもらうため声を掛けようと部屋の前まで来たものの、この前の些細な出来事があったため、声を掛けるのに躊躇いが称じたが、使命を果たすのに私情を挟むわけにはいかなかったため、扉越しに今回の件の内容を伝え、先に家の前の庭で待つこととなった。

 

翔琉「真琴を待っていた筈なのに、何故アイリ達がいるんだか…」

 

アイリ「美少女天使アイリ、お呼びとあらば即、参上!」

 

翔琉「決して呼んではない」

 

聞き耳を立てていたアイリが「笹食ってる場合じゃねえ!」と言わんばかりの勢いでラミエルとシャティエル、カイを庭に召集し、翔琉の陰陽師の仕事を拝見すると共に、万が一何か起こった場合の手助けになれればと思っていた。

 

翔琉「リョウから異世界にあまり干渉しないように言われてるんじゃなかったの?」

 

ラミエル「大丈夫だって何もしねぇし翔琉の仕事を邪魔するわけじゃねぇからよ! 俺も陰陽師の実力がどれ程のものか目に焼き付けておきたいからよ」

 

シャティエル「無理にとは言いませんが、私も興味があります。 リョウさんとの約束を守るのと同時に、翔琉さん達の妨げにならないよう細心の注意を払います」

 

カイ「カイ、いいこにするー!」

 

アイリ「翔琉殿…おねがぁい!」

 

以前リョウに行ったように、潤んだ瞳で翔琉の目を見つめながら胸に手を当て脳が蕩けるような甘い声でお願いする。

 

翔琉「ま、まぁ、仕事に差し支えなければ僕はぜんぜん構わないよ」

 

真琴「主、他の女に目移りしてる………」

 

アイリ「ホいつの間に!?」

 

アイリは驚きのあまりに素っ頓狂な声を上げ後方を振り向く。

腕と足が大きく露出した黒と紫を基調とした忍び装束を身に付けた真琴が立っており、嫉妬の念を込めた目で翔琉を見ていた。

だが、昨日のような溌剌とした様子はなく、他の女性と仲睦まじくしている現場を見て、哀傷してしまっているようにも見える。

 

アイリ「アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」

 

カイ「まことおねえちゃん、かっこいい!」

 

真琴「ありがとう、カイ。 私って昔から忍術を多様しているから、戦闘着はいつも俊敏に動ける忍び装束にしているんだ」

 

シャティエル「くの一と呼ばれている女忍者ですね。 蔵にあった書物に記載されてありました」

 

アイリ「ドーモ、ハジメマシテ、マコト=サン」

 

ラミエル「なんだその挨拶?」

 

アイリ「忍者の絶対の礼儀作法だよ。 古事記にもそう書かれてあるんだから」

 

ラミエル「…よく分からねぇからスルーしとく」

 

翔琉「ラミエルはアイリの扱い方が分かってきたみたいだね」

 

アイリ「そんな扱いされると涙が出ちゃう、女の子だもん。 でもあたしは寛大な心を持ってるから許しちゃうよ。 あたしマジ天使」

 

真琴「ぷふっ…。 本当にアイリって良く分からない天使だよね。 可笑しいけど一緒にいると何故か楽しくなっちゃうんだよね。 リョウの苦労も理解するところだけど」

 

アイリ「ちょっ!? 苦労もってどういうことー!?」

 

アイリが真琴の腕を掴み左右にブンブンと振り回す。

冗談混じりに発言した真琴には先程の哀傷としていた雰囲気はなく、笑顔を浮かべ賑やかにアイリの手を掴み引き離そうとじゃれあっている様子があった。

 

アイリが真琴の様子に気付き意図的に行動した事なのかはこの場の誰にも分からなかったが、真琴に活気が戻ったことに、様子に気が付いていた翔琉は安堵していた。

 

翔琉「よし、早速尾黒さんの住む村へ向かおう」

 

シャティエル「依頼人である尾黒さんという人の姿が見当たりませんが、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」

 

真円「他にすべき事があると言い血相を変えたように早足で行ってしまいおったよ。 翔琉達が村に着く前には自分も村にいると言っておったから、尾黒とは現地で落ち合うことになるじゃろう」

 

シャティエルが疑問を投げ掛けた時に、真円が腰を押さえながら家の前まで尾黒の伝言を伝えに来た。

 

真琴「依頼人なのに途中で抜け出すなんて、どういう神経してんのよ。 丸投げにされたみたいで嫌悪感しか沸かないよ」

 

翔琉「………」

 

ラミエル「どうしたんだ、翔琉?」

 

翔琉「いや、何でもない。そろそろ出発しよう」

 

尾黒が住む村へと向けて翔琉を先頭に歩み始めた。

 

アイリ達天使は飛ぶことは可能だが、翔琉と真琴は飛ぶ術がないため当然だが徒歩での移動となった。

春の日差しが暖かく、涼しい心地好い風が吹いており、絶好の散歩日和で依頼の事など忘れてしまいそうな程平穏だ。

アイリとカイは元気良く『さんぽ』を歌い、賑やかな雰囲気で着々と村へと歩み進んでいく。

 

約1時間は歩いただろうか。

アイリ達は尾黒の住む村へと到着した。

周囲は自然に溢れている盆地のような地形で、猛獣等による被害が出そうにもない村だったが、到着した途端にアイリ達全員がある違和感に気が付いた。

 

静かすぎる。

 

村に辿り着いてから皆、疑問に思っていた。

畑で農作業をしている者、川で洗濯を行っている者、商売を営んでいる者、無邪気に遊ぶ子供さえも確認できない。

静寂が村全体を支配しており、不気味な雰囲気を醸し出している。

 

ラミエル「…異様だな。 嫌な予感がするぜ」

 

翔琉「調査してみないと分からないが、異変が起きたのには間違いはないね」

 

シャティエル「調査を行う必要はなさそうです。 2時方向の家の裏に何者かが潜伏し私達の行動を窺っているようです」

 

アイリ「おー! 流石エンジェロイド! …あー、確かにその通りだね。 真琴ちゃんと同じ様な力を感じ取れる」

 

能力で察知したアイリはカイを守るかの様にして前に立つ。

 

真琴「私と同じってことは、妖怪!? そこに隠れてる臆病者! さっさと出てきなさい! 出てこないと痛い目見るわよ!」

 

?「やれやれ、粗暴な女狐だ。 痛い目にあいたくはない、素直に従うとしよう」

 

家の裏にいる何者かがゆっくりとした歩幅で姿を現した。

現れた人物を目にした一同は首を傾げる、驚愕の表情を浮かべると様々な反応を見せた。

 

翔琉「尾黒さん、やはり村に先回りしていましたか」

 

ラミエル「こいつが依頼者の尾黒って奴か?」

 

尾黒「流石は陰陽師。 既に俺の動向を読んでいたのか」

 

不気味に口角を上げ、腕を後ろに回し余裕綽々たる態度で向き合っている。

周囲の静寂に包まれた雰囲気と尾黒から放たれるオーラも相俟って不気味さが倍増しており近寄り難く、アイリ達は一層警戒を強める。

尾黒がただの村民でない事は一目瞭然だが、翔琉は質問を投げ掛ける。

 

翔琉「何故僕に依頼を出しこの村へと連れ出した?」

 

尾黒「さぁ、どうしてだろうな?」

 

真琴「真面目に答えた方が身のためよ」

 

凄みを帯びた口調で言葉を発した真琴の手には苦無が握られており、何時何時にでも駆け出し喉を切り裂こうとする気迫に満ちている。

 

尾黒「本当に粗暴な奴だ。 まぁ教えてやってもいいぜ。 お前達をここまで誘き寄せるためだよ」

 

翔琉「僕を呼んだ目的を教えてもらおうか?」

 

尾黒「聞かずとも、既に分かっているんじゃないのかな?」

 

翔琉「質問で返されるとはね。 目的は僕を殺すためなんじゃないのか?」

 

尾黒「御名答。 読心術でもあるかのようだな」

 

翔琉「妖怪の類いの者は陰陽師を葬りたいと行動を起こす輩は少なくはないならね」

 

人間に害を為さない、人知れず山や森奥で静かに暮らす妖怪には陰陽師という存在は眼中にないという様子であるが、人間を喰らい襲う悪意を持つ者や悪戯好きな妖怪にとって陰陽師は邪魔な存在でしかない。

自らの脅威となる存在を消し去ろうとする妖怪は何百と存在はしているが、強力な陰陽道の力に倒れ伏す者が後を絶たない。

中には年数のいかない未熟な陰陽師を倒したという例は幾つか存在するが、数日と絶たない内に他の陰陽師に撃たれてしまうという話が出回っていたため、妖怪であっても命は惜しいようで、実力に自信があるものでなければ容易に手を出すことができないものが半数以上を表していた。

 

翔琉は陰陽師の中では未だに未熟とは言え、実力は官僚からも折り紙付きだ。

尾黒は翔琉の実力を知っていたのかは定かではないが、陰陽師を撃とうとする行動を起こすということは、それなりの力を持った妖怪ということになる。

 

真琴「主の命を狙う? 寝言は寝てから言いなさい」

 

尾黒「俺の発言が寝言だと思うか?」

 

ラミエル「てめぇが何の妖怪かは知らねぇけど、この状況で無事に済むと思ってんのか?」

 

真琴「多勢に無勢、あんたにはこの言葉がお似合いよ」

 

尾黒一人に対し、此方はカイを除けばこ五人もいる。

並大抵の力ではとても太刀打ちできない。

ラミエルの勝利を確信した表情を見た尾黒は何を思ったのか、薄ら笑いを浮かべた。

 

尾黒「いやーまったく、面白可笑しい。 お前達の表情が今から崩れ行く様を見られるんだからな!」

 

翔琉「何を……っ、みんな、その場から退いて!」

 

アイリ「上から来るよ! 気を付けて!」

 

何かを感じ取ったアイリ達はその場から大きく跳び上がり四方へ散る。

刹那、先程立っていた場所に巨大な岩石が落下した。

地面に激突する轟音が静寂を引き裂き、砂塵が舞い視界を遮り周囲の状況が確認しづらくなり、一瞬にして戦場と化したことにより緊張感が高まる。

 

アイリ「あーびっくりした。 カイ君、危ないからあの家の中に隠れてて!」

 

カイ「いや! カイ、アイリといっしょにいる!」

 

アイリ「あたしは強くないからカイ君を守りながらじゃ戦えない。 カイ君を危険な目に会わせたくはない。 ドームの時みたいに一人で隠れるのは怖いと思うけど、お願いカイ君」

 

アイリの腕の中でカイは涙目になりながらも頷いた。

体を射ぬくような真っ直ぐな瞳を見て、カイはアイリの守りたいという熱情を感じ取ったようで、アイリから離れ近くの民家へと身を隠した。

 

カイの安全を把握でき安堵したいところではあったが、敵はそのような暇を与えてはくれない。

砂塵で周囲の状況を確認はできないが、尾黒以外の妖気を多数感知し、今も尚数は増し続けている。

虚空から沸いて出てくるのに焦りを覚える以前に、アイリは他に気になる点があった。

妖怪が発する妖気の中に、邪悪な気配が混じっている。

何度か目の前にした心当たりのある気配。

天使と対を為す存在、悪魔の気配を幾つか感知できる。

 

尾黒「血祭りにあげろ!」

 

尾黒の声が聞こえたのと同時に、数人もの声が張り上げられ、地が揺らす勢いで足音を響かせながら走ってくる。

砂塵を払うように現れたのは何度も対峙した相手である悪魔兵だった。

何故この世界にいるのか、検討は大凡ついていたので無駄に考慮する必要はない。

 

兎に角戦闘に集中する。

無駄な考えが頭を巡ると戦闘の妨げになる。

極普通の戦士ならば戦闘に集中できるのだろうが、アイリの頭の中は基本、現実世界に存在する漫画やアニメ、ゲーム等の知識が宇宙に漂うデブリの様に漂っているため、現在アイリの脳内は…。

 

『エサヒィスープゥードゥラァーーイ!』

 

『豚の餌ぁぁぁ!!』

 

『このアカギにさからららららららら……!!』

 

『ザーザースwwwザーザースwwwナントカカントカwwwザーザースwww』

 

『オレノジャマヲスルナラカタイプロポッポデロ!』

 

『メインブースターがイカれただと!』

 

『ウ ン チ ー コ ン グって知ってるゥ!?』

 

様々なジャンルのネタが飛び交い、集中できるものもできずにいた。

 

アイリ「あーもう! 何でこんな危機的状況でもあたしの灰色の脳細胞はネタばっかり思い浮かべちゃうわけ!? 」

 

アイリは自身の愚痴を溢しつつガーンデーヴァを召喚し、殺意を剥き出しにし迫る悪魔兵に光の矢を連射する。

砂塵を切り抜け、悪魔兵の体を貫通していき、断末魔を上げながら光の力により消滅していく。

先陣を退け安堵する間もなく新たな敵影を視認できたため、再度光の矢を構える。

悪魔兵とは明らかに違う力、気配を感じ取り、警戒心が高まり額に汗が滲み出る。

 

赤、青、緑、黒色と言ったそれぞれ違いがある肌の小鬼が棍棒や短剣を片手に怒声を響かせ向かってきていた。

この世界の至る地域に生息する妖怪の一種、天邪鬼だ。

戦闘能力は然程高くはなく、翔琉達陰陽師にとっては眼中にないと言える程貧弱ではあるが、数が多く周囲を囲まれると厄介極まりなく、村民等の一般人にとっては脅威でしかない。

小鬼とは言え平均的な男子中学生と同等の身長なため、油断すると数の多さで襲われ命を落としかねない。

 

アイリ「今度は妖怪登場か! 妖怪メダルで呼び出された…わけないよね。 あたしの本気を見るのです! 『サンダーボルトアロー』! 」

 

挙措を失う事を知らないのか、未だ見ぬ新たな敵に慣れないながらもただ走り迫ってくる天邪鬼に躊躇なく矢を放つ。

上空に放たれた矢は稲妻へと変わり、無防備な天邪鬼の脳天に直撃し、絶命した者や体が痺れた者が続々と地へ倒れ伏していく。

だが一人では倒しきれる数に限界があり、十数人の天邪鬼は攻撃をすり抜けてアイリを屠ろうと各自武器を振り下ろす。

ガーンデーヴァで防ぎつつ懐に入り込み斬りつけて沈黙させていくが、四方八方から攻撃するよう回り込まれており、避けきれずに棍棒が腰に命中した。

疼痛に顔を歪めるが、怯んでいる隙など許されない。

『シャインアウト』で牽制し、隙ができたところを『光弓三日月斬』で容赦なく斬りつける。

その場を凌ぐことはできたが、新たな悪魔兵や天邪鬼が続々と姿を現し、敵である自分達を屠ろうと迫ってきている。

 

砂埃が風に流され、周囲の状況を確認できるほどまで視界が晴れる。

各自迫り来る悪魔兵や天邪鬼を相手に戦闘を繰り広げており、民家に被害が被らないよう最大限の注意を払い、場所を変えるため散り散りとなりつつあった。

 

アイリは翼を広げ空中へ飛翔。

付近にいた翔琉の元へ向かいスーパーヒーロー着地をする。

 

アイリ「あたし、参上!」

 

翔琉「元気そうだね。 流石は天使と言ったところだね」

 

アイリ「いやー一発だけ攻撃を受けて痛い目に会ったばかりだよ」

 

翔琉「その割には快調な身のこなしをしているね。 おっと、世間話をしている余裕はなさそうだね」

 

翔琉は懐から文字が書かれた札、呪符を数枚取り出し悪魔兵や天邪鬼に向け投げる。

呪符は意志が籠っているかの様に動き、悪魔兵と天邪鬼達の体の至る箇所へ貼り付いた。

不快に思い呪符を剥がそうとする者もいたが、釘で打ってあるのではないかと思うほど微動だにしなかった。

 

翔琉「『苦痛撃・炎』」

 

誰の耳にも届かぬ程の小声で呟いた。

刹那、呪符に炎が灯り、瞬く間に全身へと燃え広がるり、業火に焼き付くされ成す術もなく地面へと倒れて行く。

 

アイリ「わぁお凄い」

 

翔琉「戦いに集中してアイリ! まだまだ来るよ!」

 

翔琉は懐から白色の苦無に似た刃を数本取り出し天邪鬼に目掛け投げつける。

刃は進行方向に直進に飛ばず、誘導されているかのように軌道を変えながら飛んでいき、天邪鬼の体へと突き刺さった。

武器として使用している刃、『魔斬刃』は翔琉が霊力を込めた物で、魔を退ける能力が備わっており、更には魔の者に直撃するまで追尾する効果を付与している陰陽師の間では一般的な武器だ。

 

アイリも負けじと『ストレートアロー』を連射し悪魔兵達を葬って行く。

接近することさえ許されない状況に痺れを切らしたのか、尾黒自ら駆け出し拳を翔琉に突き出した。

翔琉は決して接近戦ができない訳ではないようで、放たれた拳を華麗に避け、腕を掴み木材が積まれた台へ向け投げ飛ばすと同時に、腹部に霊力を集束させた衝撃波を叩き込んだ。

飛ばされた尾黒は木材に勢いよく激突し、崩れた木材の下敷きとなった。

数秒と沈黙が続いていたが、木材が四方八方へ飛散し、尾黒が姿を現した。

 

だが、先程までの人間の面影はなく、獣のように悍ましい顔になり、体の後ろからは三本の狐の尾がゆらゆらと陽炎のように揺れている。

 

アイリ「狐の妖怪!? もしかして、妖狐?」

 

翔琉「正確には空狐と呼ばれる妖怪だね」

 

尾黒「さて、正体を明かしたところで、俺も本気でいかせてもらうぞ?」

 

体の内に秘められた妖気が放出される。

隠し持っていた短剣を手にし、目にも止まらぬ速さで急接近する。

神速。 正にこの言葉通りの意味で翔琉の喉元を斬りつける。

鮮血が飛び散り最悪の結末を迎える、筈だった。

尾黒の速度を超える足運びで翔琉の前に出た真琴の苦無により短剣は受け止められた。

 

真琴「主の首を掻き切るなんて許さない。 命に変えても守るわ」

 

尾黒「主人を守るためなら己の命をも惜しまない。 泣けてきますねー。 だが、無駄に終わる結末が待っているだけだ。 おい、いつまで隠れてやがるんだ! 出てこい!」

 

唐突に空に向け大声で叫んだ。

誰しも何事かと思っていると、物陰から紫色の光弾がアイリ達に向け数発放たれた。

間一髪のところで身を翻し回避には成功したが、地面に直撃した衝撃により立て直すことができず地を転がる。

翔琉は素早く態勢を立て直し、吹き飛ばされた真琴を抱き締め受け止めた。

アイリは受け止めてくれる相手がいなかったため、転がり続け民家の壁に顔面からぶつかってしまい、顔を手で覆い痛みに踠いていた。

 

翔琉「真琴、大丈夫かい?」

 

真琴「う、うん…ふぇあ!? あ、ああ、主!? 私は大丈夫ですたい!?」

 

抱き締められ動揺した真琴は慌てて翔琉の腕の中から出ていき呼吸を落ち着かせる。

羞恥心により顔を真っ赤に染め、頬に手を当てている真琴を拝める機会などないため、新鮮なものだと思い翔琉は暫く見惚れてしまっていた。

 

ラミエル「お二人さん、どうかしちまったのか?」

 

敵兵を一掃したラミエルが翔琉の側まで歩み寄る。

続くようにアイリの介抱をしていたシャティエルも合流する。

 

?「やはり娘の付き添いに虫けらが複数いるみたいだな。 監視者がいないのは好都合だが」

 

一瞬強風が吹き、視界を奪っていた砂埃が空高く舞い上がり飛ばされる。

直感が嫌な気配を感じ取り警鐘を鳴らしている。

この場にいる誰しもが感じ取れるあたりで、只者ではない何かが乱入している。

そして姿を視認できた瞬間、それの存在の脅威を噛み締めているラミエルは大きく目を見開いた。

 

冥府界の実力者揃い、サタンフォーの頂点に君臨する悪魔、アンドロマリウス。

同じくサタンフォーの一人、ルシファー。

 

突如現れた二人のサタンフォーにラミエルは動揺を隠せずにいたが、決して戦いを避け逃げ出そうとはしなかった。

 

翔琉「あれは、悪魔か」

 

ラミエル「あぁ。 だが、ただの悪魔じゃねぇ。 実力は俺達と互角、若しくはそれ以上のマジでヤバい連中だ。 下手すると、死ぬぞ」

 

アンドロマリウス「若僧。 貴様には用はない。 大人しく退けば命までは奪わん。 颯爽とこの場を去るがいい」

 

ラミエル「俺が悪魔に対して敵前逃亡すると思うか? 随分と舐められたもんだな。 悪魔を野放しにするわけねぇだろ」

 

ルシファー「相変わらず真っ直ぐだな。 天使の使命を果たすためなら命をも投げ捨てるか」

 

ラミエル「俺は使命だとか、んなもんはどうでもいいんだよ。 テメェら悪魔のせいで誰かが悲しんだり困ったりする人を見たくないだけだ。 天界と人間界、脅威となる奴等は俺の拳で殴り飛ばす! テメェも以前は俺と同じように互いに力を競いあって戦ってただろうが! ルシファー!」

 

ラミエルは怒りの感情を込めた言葉を敵であるルシファーへ投げ掛ける。

アイリや翔琉達はラミエルの言葉に耳を傾け聞いていたが、ルシファーと言う存在に疑問を抱いた。

 

シャティエル「彼は、ラミエルさんの知人なのですか?」

 

ルシファー「その通りだよ、エンジェロイド。 彼とは幼い頃からの友なんだ。 そう、俺は元は天使だった。 今は正真正銘の悪魔だ」

 

翔琉「堕天使、と言うことか」

 

ラミエル「何でなんだ! 何で、天界のために、天使のために、人間を魔の手から救おうと尽力していたお前が、堕天しちまったんだ!」

 

幼少の頃から共に道を歩んできた友が、理由も話さず闇に堕ちてしまった。

 

堕天してしまう原因があったのか?

 

何故相談してくれなかったのか?

 

俺では救えなかったのか?

 

友が堕天してしまったのを引き止められなかった自分が情けなかった。

友を救えなかった罪悪感から精神的な苦痛を感じたことも数えきれないほど味わった。

何十、何百年振りかに邂逅を果たした今、必ず友を取り戻す頑強な意思を持ち尋ねた。

 

ルシファー「愚問だな。 …大層な理由などないよ。 強いて言うのなら、倦怠感と嫌悪感を抱いてしまった」

 

ラミエル「倦怠感と嫌悪感、だと…?」

 

ルシファー「縁もゆかりもない他人のために己の力を行使し、使命を果たすのが馬鹿馬鹿しく思った。 見返りを求めていた訳ではなかったが、人間達は天使やエクソシストの活躍により平和に暮らせていることを、感謝の念を忘れ、救われているのが当たり前かのように思っている。 身勝手で恩知らずの種族のために力を果たすことに意味があるのか、そう考えるようになった。 次第に使命を果たす気力がなくなり、天使とは何のために存在しているのか、身勝手で恩知らずの種族のために力を果たすことに意味があるのか、そう思考を巡らせるようになった。 そして、ある日シェオル周辺を単独で巡警していた時に、アンドロマリウスが現れた。 最初は勿論警戒はしたが、アンドロマリウスは俺に悪魔としての戦う意味を教えてくれた。 悪魔に生まれ変わることで、世界を変えられる。 人々の心を変えることで、天使からの恩恵を与えられていることに気付かせ、悪魔が人間界を支配し、天使と悪魔の存在意義を証明させる」

 

シャティエル「あなたの思考だと、天使と悪魔は人間達を巻き込み戦い合うだけです」

 

ルシファー「それでいいんだ。 数千年と存続していたあるべき姿だ。 天使と悪魔、対となる存在が争い合う。 太古から我々の存在を知り、時に天使と協力し、時に悪魔と契約を果たし禁忌を犯した人間達にもその行く末を見届けてもらう意味がある」

 

真琴「馬鹿みたい。 結局は自分達が感謝されてないからって怒るひねくれ者のお子ちゃまじゃん。 更に自分の勝手な考えで人間を巻き込んでるだけだし。 本当に元天使なわけ? 私には到底思えないくらい最低な思考回路の持ち主にしか思えないんだけど」

 

ルシファー「何とでも言えばいい。 今の俺は悪魔だ。 悪魔らしい思考なのは当たり前のことだろ」

 

アンドロマリウス「お友達への応答が終わったのであれば、去ってもらおうか。 私達が用があるのは、そこの転生した娘だからな」

 

尾黒「俺は巫山戯た娘は眼中にはないが、陰陽師を倒せるのなら本望だ」

 

アンドロマリウスとルシファーはアイリ達が翔琉達の住む世界に着いたとほぼ同時期にこの世界を訪れ、強力な力を持つ妖怪である尾黒に本来の目的を果たし序でに陰陽師を倒すと話を持ち掛け、協力態勢を取り、準備を整えていた。

リョウやアリス、ピコと言った並外れた実力者がいないのは彼等にとっては好都合でしかなかく、反対にアイリ達にとっては危機的状況に陥っていた。

口にはしていないものの、ルシファーにとっては強者と一戦交えることのできない状況に不満を抱いているようだったが、アイリ達は知る由もない。

 

アイリ「参ったねー。 あたしって人気者だね」

 

ラミエル「命を狙われてるってのに余裕こいてる場合かよ」

 

アイリ「これでも内心、焦ってる方なんだからね?」

 

一見、平然を保っていそうに見えるが、天使も恐れるサタンフォーのうちの二人が同時に現れたとなると、幾らアイリと言えど、心を落ち着かせるのは無理難題で、焦りの証拠に額には汗が滲み出ている。

 

アンドロマリウス「世界の監視者がいない今、貴様を殺すことは虫を殺すことと同然。 一瞬で片を付けよう」

 

アイリ「虫は機敏に動き回るから、簡単には落とせないかもだよ?」

 

ガーンデーヴァを握り締める力が自然と強くなる。

周囲が緊張感に包まれる中、アンドロマリウスは巨大な右腕を上げ、手の平に闇の力を蓄えていく。

 

アンドロマリウス「己の無力さを身を持って知れ」

 

棍棒を振り下ろす勢いで振るった右腕が地面を突いた。

闇の力が地を割り、亀裂が波紋のように広がり、地面の裂け目から闇が溢れ出す。

危機を察知したアイリは皆に危険を知らせ翼を広げ宙へ飛ぼうとしたが、行動するよりも早くアンドロマリウスが放った技が発動した。

 

アンドロマリウス「散るがいい。 『コンティネン卜アンガー』」

 

闇の力が大地の中で膨張し、眩い光が亀裂から溢れる。

闇の輝きに目を瞑った瞬間、轟音と共に大爆発が起き、村一面が地面ごと吹き飛んだ。

大爆発により村があった場所には巨大な穴が出現しており、辺りには民家の建造に使用していたであろう木材が散らばっている。

 

アイリ達の姿が視認できずにいたが、力を感じ取ったアンドロマリウスは木々が生い茂る森へと目線を移す。

 

アンドロマリウス「奴等、森へと身を隠したようだ。 見つけ次第、殺せ」

 

悪魔と妖怪、本来交わる筈のない二大勢力が、光を飲み込むような暗闇の続く森の中へと向け歩みを進め始める。

 




最近はやることなさすぎて喫茶店巡りにハマってます


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第32話 森林内での激闘 前編

戦闘描写って書くのムズいわ~(今更)


ーアイリside

 

あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!

サタンフォーの二人が急に現れたと思ったら、腕のでっかい顔色どころか体の色まで悪い悪魔が地面ごと吹っ飛んじまいやがったんだ!

ミルキィローズのクレーターパンチを超える威力だね。

いつか地球割りとかしそう。

もう少しでSATSUGAIされるところを翔琉殿が霊気を使い作った壁を生成してくれたおかげで負傷せずに済んだけど、近くにあった森の中まで吹き飛ばされてみんな散り散りになっちゃったけど。

あたしが無事だろうからラミエル君達もきっと大丈夫だって、あたし信じてる。

 

あたし達のことよりも、カイ君のことが心配でしょうがない。

アンドロマリウスって奴の攻撃を直接受けてなくても、妖怪であるカイ君でもあの爆発で無事に済んでいる保証はない。

もし、大怪我を負って苦しんでいたら…。

 

アイリ「のんびりしてられない。 早くカイ君を見つけないと」

 

急がないといけないよね。

アンドロマリウス達があたし達の気配に気付いて森の中へと入ってきてるみたいだし。

あたしも見つからないように気配を殺して動き回らなきゃいけないから、探すのは困難になる。

 

それにしても…。

 

アイリ「やっぱり一人って、心細いな」

 

転生する前、人間の頃には当たり前だったんだけど、天使となって生活してからは誰かと接して過ごすのが当たり前になってしまったから、一人でいるときの寂しさや、一人でいる冷たい感情って言うのかな、そういうのが嫌でも全身に伝わってくる。

 

アイリ「弱気になってられない。 アンパンマンみたいに愛と勇気だけが友達って感じで…いや、それはそれで悲しいよね」

 

「見つけたぞー!」

 

アイリ「あら、独り言が大きかったかな?」

 

あれれーおかしいなー?

なーんで簡単に見つかっちゃうかな?

某伝説の傭兵並の隠密行動をしてるつもりだったんだけど…やっぱり独り言が原因かな?

それともダンボールがなかったから?

もう、うっかり! うっかり!

まぁたまの失敗はスパイスかもねって言うし、まいどん! じゃなくて、ドンマイ!

そんなこと思ってるとあたしの前に数人の悪魔兵達がぞろぞろとやって来た。

 

アイリ「一人で戦うのって数回しかないのに、あたしって緊張感なさすぎだよね」

 

「一人で何をぶつぶつ呟いてんだ?」

 

「恐怖でおかしくなってるみたいだ。 早いところ俺達で楽にさせてやろうぜ」

 

「元からおかしいと思うぜ?」

 

もう何よこいつら! 言いたい放題言って!

あたしがおかしい? そんな訳ないじゃん!

ちょっと二次元や特撮等の創作物が好きで日常生活でもたまにセリフを言っちゃったりしちゃうだけだもん!

…変だね、十分過ぎるほどに。

でも好きなんだから、仕方ないね♂

 

…きっとこういうところなんだろうね。

 

アイリ「よぉし、ヤッテヤルデス! 手始めに、『スプレッドアロー』!」

 

大人数には拡散攻撃、これ基本。

無双ゲーでは場合によっては重宝する技になる。

 

現在進行形で効果は覿面で、矢を受けた悪魔兵達は光の力により浄化されていく。

今の騒ぎを聞き付けた悪魔兵達が次々と集まりつつあるっぽい。

四面楚歌とは正にこのことだよ。 こうなったら…。

 

アイリ「逃げるが勝ち! 逃げろホーイ!」

 

多勢に無勢なんだもん!

無駄に戦いたくなんてないから、ね♪

取り敢えずカイ君を優先して探していかないと。

木々を避けながら飛行するのって以外と難しいから、逃げるのも探すのも困難になってくる。

 

木ノ葉隠れの里の忍者学校の生徒や巨人を駆逐する兵団達が羨ましく思えてくるよ。

 

さて、ネタに走ってしまう煩悩は取っ払って集中しよう。

目の前に並ぶある木々や紫色の柱を華麗に…え、紫色の柱?

 

アイリ「ヤバっ!? ストップひばりくん!」

 

ギリギリのところであたしは空中で停止し、紫色の柱に直撃は免れた。

良く見ると、柱と言うよりは闇のエネルギーの柱の形にしているといったところだった。

 

アンドロマリウス「馬鹿な娘でも真っ正面から激突とはいかなかったか」

 

早速お出でなすったよ激マジにヤバいのが。

さっきの3人の中でも特に威圧感が大きかったのがこのアンドロマリウスって悪魔。

何者をも震え上がらせるような冷たい目で見られると、金縛りにあったか、蛇に睨まれた蛙の様になってしまうほど。

単純に恐ろしいと思える感情が身体中を支配するけど、勇気を振り絞り地に足を着けガーンデーヴァを構える。

 

アンドロマリウス「ガーンデーヴァか。 元人間の娘が使いこなせるとは到底思えんな」

 

アイリ「油断大敵って言葉を知らないの?」

 

アンドロマリウス「声が震えているぞ。 死への恐怖が表れている」

 

悔しいけど、図星だよ。

リョウ君やラミエル君も実力を認め恐れるサタンフォーの一人が目の前にいるんだから、恐いに決まってるじゃん。

ベルゼブブの時は結愛さんの攻撃で弱っていたからあたしでも撃退はできたけど、アンドロマリウスは万全な状態、更にベルゼブブよりも強い力を感じ取れる。

 

あたし、本当にここで殺されるかもしれない。

マイナスの思想なんか巡らせたくはないけど、嫌でも最悪の展開が過ってしまう。

 

それに、アンドロマリウスって悪魔、何処かで見たことがあるような気がする。

 

アンドロマリウス「恐怖は己の弱さだ。 貴様は弱さを克服することなく死ぬ」

 

アイリ「死ぬのなんか、ごめんなんだから!」

 

やるしかない。 あたしが出せる全力をぶつける。

死への恐怖が己の弱さ? あたしはそうは思わない。

誰だって死ぬのは怖い筈だから。

死んでしまえば、人生は終わり。

克服できるとは思っちゃいない。

だから、死から逃れるために、あたしは戦う。

 

フレフレあたし! キバっていくよ!

 

 

~~~~~

 

 

ー三人称side

 

真琴「んもう! しつこい! 『百の風』!」

 

真琴は現在、森の中を駆け走りながら延々と追い続けてくる悪魔兵と天邪鬼を相手にしていた。

 

両手に持った苦無を回転するように振るい、妖力を用い頭一つほどの大きさの風の鎌を生成し放つ。

大抵の数は天邪鬼達の体を斬り刻んでいくが、命中しなかったものは大木に当たり不発に終わっていく。

 

木という障害物が立ち並ぶ場で拡散系統の技を出すのは不利だと分かっていた悪魔兵達は心の中で真琴を嘲笑っていた。

天邪鬼達よりも機敏に動き回れる彼等は宙を飛び徐々に真琴との距離を詰めていく。

 

真琴「考えなしに特攻してくると危険だよ?」

 

真琴は考えなしに無闇に攻撃をしていたわけではなかった。

わざと大木を斬りつけ軽い衝撃を与えるだけで折れてしまう状態に準備をしていた。

真琴はもう一度『百の風』を放ち大木を斬りつけた。

大木はミシミシと音を立て、悪魔兵達を下敷きに地面へと倒れていく。

 

真琴「ふぅ~。 取り敢えず落ち着いた。 早く主達と合流しないと」

 

額の汗を拭いその場を離れようとしたが、何者かが近くにいる気配を感じ取り身を屈めた。

 

真琴(味方ならなら直ぐ様にでも声を掛けてくれるから、この気配は間違いなく敵のもの。 何処に潜んでいるの?)

 

僅かな物音も逃がさぬため、瞳を閉じ、全神経を集中させ警戒に当たる。

風が吹いてなく、木々が揺れることもなければ悪魔兵や天邪鬼の声すらも聞こえない、静寂がこの場を支配していた。

 

数十秒か、数分経った頃か、空を切りながら何かが迫ってくる音を感じ取った。

真琴は目を見開き空中へ飛び上がった。

次の瞬間、地面に闇のエネルギー弾が着弾し陥没した。

 

真琴「危機一髪。 誰かと思ったら、悪念と賊心塗れの美男子悪魔ね」

 

ルシファー「賛称しているのか貶してしるのか、どちらかにしてほしい」

 

木の後ろに身を潜めていたルシファーが姿を現した。

 

ルシファー「本来の目的の相手ではないが、君も俺達に害を為す者、始末させてもらう」

 

真琴「簡単に言ってくれるじゃん。 あんた達みたいな邪道な奴等を成敗するのが仕事なんだから、邪魔するのは当たり前って感じになるわ」

 

苦無を懐に仕舞い、背中に携えた忍刀を抜刀し構える。

ルシファーは薄ら笑いを浮かべ、ゆっくりとした足取りで真琴へと歩み寄っていく。

 

ルシファー「愚かな女狐だな。 大人しく引いてもらえれば、俺も深追いせず生かしてやろうと思ったんだが」

 

口角が一瞬上がったのと同時に、ルシファーの右腕に闇のエネルギーが集束し始め、剣の形へと成型されていく。

 

全体的に黒を基調とし、鍔の左が上側、右が下側に湾曲しており、中央には炎のように赤い宝玉が嵌め込まれてあり、刀身に赤いラインが刻まれた禍々しい剣を力強く握り締め、真琴の元へと歩み寄っていく。

 

真琴「な、何よ、その剣…!」

 

真琴は身震いしそうになるのを気力で必死に耐えた。

 

嫌でも肌に感じ取れてしまう、あの剣から放たれる尋常ではない闇の力。

世界を闇一色に染め上げる、いや、蝕み呑み込もうとするほどの絶大な量の闇。

誰もが恐れ戦き、心や善の感情を全て覆い尽くし、闇だけが残るような絶望感さえ感じ取れる。

 

膨大な闇の力に怯んでいる真琴に、ルシファーは薄ら笑いを浮かべたまま悠長な口調で話し始める。

 

ルシファー「感じ取れたようだな、ティルフィングから無限に涌き出る闇の力を。 君は身を持って味わうことになる」

 

ルシファーは徐々に走る速度を早めティルフィングを軽々と振るう。

ティルフィングから放たれる闇の力に怯懦していた真琴は反応が遅れたが忍刃でぎきることができた。

続けざまに振るわれる闇の剣を防ぎきるので精一杯で、真琴は防戦一方に追い込まれる。

 

ルシファー「『ダークゲイル』!」

 

バックステップで距離をとり、ティルフィングを一振りすると、凄まじい速度で闇の斬撃が放たれ、真琴の身体を斬り刻んでいく。

 

真琴「うぅ、うぐぅ! 『土壁の術』!」

 

鋭い痛みを堪え、手短に発動できる忍術を咄嗟に繰り出した。

真琴の正面の真下から土の壁が地面を抉るように突き出て、闇の斬撃を防いだ。

ルシファーは翼を広げ滑空し、壁を真っ二つに斬り裂き真琴の心臓部を目掛けティルフィングを突き刺そうとしたが、瞬時に異変に気付き、斬った壁を足場にし飛び上がった。

 

真琴「逃げても無駄だよ! 『激流の術』!」

 

ルシファーの真上、何もない空間から突如大量の水が滝のように出現し、ルシファーは水の勢いで地面へと叩き付けられた。

接近戦は不利と判断した真琴は追撃として四方手裏剣を取り出し、数十枚を連続で投げる。

ルシファーは怯む様子はなく、『ダークゲイル』で向かい来る手裏剣を次々と弾き飛ばしていくが、数十枚のうちの一枚が肩に突き刺さった。

その手裏剣は真っ正面からではなく、軌道を変え横から飛んできたものだった。

真琴は事前に持参してある手裏剣に妖力を吹き込んでおり、自分の思い通りに軌道を変えられるようになっている。

意表を突くには得策で、余程の者でなければこの世界にいる人物が初手で回避するのは困難だろう。

ルシファーは異世界に住む悪魔、通用するかは一か八かではあったが、成功し真琴は安堵した。

 

真琴「これで決める! 『獄炎乱舞の術』!」

 

一瞬怯んだ隙を見逃さず術を発動させる。

ルシファーを囲むように炎の渦が発生し飲み込んでいった。

自分が取得している中でも高い威力を誇る術を使用し、息が上がっていた。

 

ルシファー「悪くはなかったぞ」

 

背筋に悪寒が走った。

無傷とはいかなかったが、炎の渦をティルフィングで真っ二つに斬り平然とした様子で姿を現した。

 

真琴「ほぼ無傷…? そんな、上級の妖怪でも重度の火傷を負うほどの威力なのに…」

 

ルシファー「強力な術であることに間違いはない。 だが、俺には脅威となる程の威力ではなかった、それだけのことだ」

 

真琴(日々鍛練してるのに、通用しないなんて。 悔しいけど、一旦退くべきね)

 

自分の実力不足に不甲斐なさを感じながらも、自分一人の実力だけでは勝てないと判断し、戦略的撤退をしようと懐にある煙玉に手を伸ばした。

 

ルシファー「退却できると思っているのか?」

 

行動を先読みしていたのか、ルシファーは急接近しティルフィングを振るう。

速すぎる攻撃に反応が遅れたが、身を屈め横転し一定の距離を保ちつつ退却を一時諦め忍刀を構える。

攻撃は止まることなく、ティルフィングを木の枝の如く軽々と振るい連撃を叩き込む。

剣術を積んでいる真琴をも凌駕する剣の腕を持つルシファーは終始攻戦に対し、真琴は防戦一方に追い込まれている。

 

真琴「ぐっ…!」

 

ルシファー「この世界に住む善の心を持つ妖怪の実力はその程度か? 陰陽師なしでは戦力にならないと言うわけか」

 

胸に杭を打たれたような感覚に陥った。

反論したかったが、ルシファーの言うように翔琉が不在の状況で己の実力が通用しないのは事実だったため、口を噤んでしまう。

 

ルシファー「俺を退けられないようなら、代々陰陽師に支える妖狐として失格だな」

 

真琴「…主は、無慈悲な言葉を私に投げ掛けたりなんて、しない!」

 

耳を傾けないようにしていたが、頭に血が上ってしまい、怒りの感情任せに忍刀を振るいティルフィングを弾き返した。

体を回転させ瞬時に自身の尾を真っ直ぐに伸ばし、顔面を叩き付けた。

 

真琴「『荒斬風』!」

 

妖気を込めた忍刀を振り下ろした。

ルシファーの体を縦に一閃した直後、風で生成された刃が無数に放たれ、荒れ狂う風となり後方へと吹き飛ばした。

 

真琴「はあ、はあ……主を愚弄する輩は、何者でも許さないんだから」

 

ルシファー「思慕な念なのか…最早俺には理解不能だが、その想いとやらがお前の力を増幅させているのか」

 

ルシファーは独り言のように呟くと、ティルフィングの剣先を真琴へと向ける。

計りきれない闇の力が宿る魔剣からどのような技を繰り出してくるか全く予想ができない。

警戒を怠らず、忍刀を逆手にし構える。

 

ルシファー「その想いの力を、闇の力により更に増幅させてやろう」

 

ティルフィングの剣先から一筋の禍々しい光が伸びていき、真琴の胸に直撃した。

光を受けた真琴の体は、目立つような外傷は見えず、無傷と言える程だったが、真琴は胸を押さえ苦しそうに背中を丸め呻き声を上げている。

 

真琴「う、うがっ……ぐぁ……!?」

 

ルシファー「人間だろうが、妖怪だろうが、生きる者全てが心の奥底に宿る闇を引き出している。 抵抗しても無駄だ。 ティルフィングが齎す闇の力に大人しく呑まれるがいい」

 

ルシファーの言葉など耳には入ってはいなかった。

胸の奥底から湧き出る不愉快で重々しい何かが溢れ出ないように、抑え耐えるのに全神経を集中させていた。

 

真琴(私の、妖怪の本能が、奥底から…這い出てくる…!)

 

真琴の持つ闇、それは妖怪が持つ本能でもあり、破壊衝動。

 

本来、真琴の種族である妖狐は人間を化かし、時に闇夜に襲い掛かる等の悪行を働く妖怪。

ティルフィングの能力の一つである、対象となった者の心の奥底に潜む闇を引きずり出し、心を闇一色に染め上げるというもの。

真琴の場合は、妖狐という一匹の妖怪として、人間と対を為す邪悪な存在の本能を呼び覚まされそうな状態に陥っている。

 

更に真琴は、本能以外にも闇へと変換させられそうになっているものがあった。

 

主人でもある翔琉への恋心。

 

種族の違いと主従関係により恋仲に発展できない悩み、心に渦巻く負と呼べるものは全て闇へ染められ、真琴を更に苦しめる要因となっていた。

 

真琴は闇に染められまいと必死に気力を振り絞り耐え抜いていたが、体が内側から蝕まれるような、どす黒い何かに全身を呑み込まれるような忌々しい嫌悪感と、抵抗することにより生まれる苦痛により、遂に地面へと倒れてしまった。

 

真琴(嫌だ…嫌……闇になんて、染まりたくない…助けて、主……主、タスケテ…)

 

意識が朦朧とし、全身に力が入らなくなっていく。

徐々に視界が狭まっていき、暗闇へと侵食されていくのが嫌でも感じ取れてしまう。

抵抗も虚しく闇に染まりつつある最中、真琴の周囲に六枚の文字が書かれた札が何処からともなく投げられ、札を繋ぐように光の線が引かれていき、六芒星が真琴の真下の地面に描かれた。

魔方陣から光が溢れ、真琴の体を包んでいき、先程まで支配していた苦痛は嘘のように消え去っていた。

 

真琴「この術って…!」

 

真琴が気付いた時には、腕の中に抱かれていた。

主従関係でもあり、想いを寄せる人物、翔琉だった。

 

ルシファー「ティルフィングの闇を退けるとは、相当な実力者だな」

 

翔琉「恐悦至極、とも言えないか。 自惚れてるつもりはないけど、実力がなければ陰陽師とは名乗れないからね」

 

翔琉は真琴を抱き抱え、側にある木が背凭れになるようゆっくりと下ろした。

世で言う通称お姫様抱っこを初めてされた真琴は頬を赤らめていた。

 

真琴「主…えっと、その…ごめんなさい。 心配かけちゃって……」

 

翔琉「よく頑張ってくれた。 真琴の身に何もなくて、無事だっただけで、僕は安心したよ。 後は僕に任せて休んでいてくれ」

 

優しい言葉を掛けルシファーへと向き直る。

手には既に呪符が数枚あり、鋭い目付きで睨み付ける。

 

ルシファー「役立たずの従者がいると苦労も多くなるだろう」

 

翔琉「…その言葉、取り消せ。 僕は真琴を役立たずと思ったことなど全くない。 辛く険しい時も、苦難を乗り越える時も互いに励まし合い二人三脚で日々を歩んできた。 真琴は僕にとって、愛する従者でもある大切な存在だ」

 

ルシファー「愚かだな。 種族が違うどころか、主従関係でもあるにも関わらず手を取り合い、更には恋仲にまで発展するとは」

 

翔琉「好きなだけ言えばいいよ。 僕の愛する真琴を蔑む君は、許さない」

 

怒りの感情の表れなのか、手に持ってある呪符から霊力が溢れ出ている。

翔琉が地を強く蹴り駆け出したのが戦闘の合図だった。

呪符をルシファーに向け投げつけ、更に距離を縮めていく。

ルシファーは手刀で呪符をはね除け、ティルフィングを再び召喚し無防備な翔琉に向けて振るう。

 

翔琉「『呪縛鎖』!」

 

大きく後ろへ跳び下がり、手に霊力を集め放った。

放たれた霊力は先程ルシファーによりはね除けられた呪符に吸収されるかのように集結していき、光の鎖へと瞬時に形状が変化し、ルシファーの腕へ絡み付き自由を奪った。

 

ルシファー「厄介な術を…」

 

翔琉「好機は逃さない! 『波動衝撃』!」

 

霊力を両手の手の平に集結させ、掌底打ちの勢いでルシファーへと押し当てると同時に霊力を解放し、重く強力な衝撃波を発生させルシファーを吹き飛ばした。

翔琉は霊力を用い宙へ舞い上がり、懐から『魔斬刃』を数本取り出し投げつけた。

 

ルシファー「小賢しいな。 『ダークネストルネード』!」

 

胸を抑えつつ立ち上がったルシファーはティルフィングを軽く振るう。

たった一振りで漆黒の竜巻が生成され、迫り来る『魔斬刃』は風により舞い上がっていく。

翔琉も巨大な竜巻に巻き込まれ、荒れ狂う風の中、体勢を立て直すのに精一杯と言ったようすだった。

 

翔琉「ぐっ……! 凄まじい闇の力だな…!」

 

ルシファー「肌をもって思い知れ、ティルフィングの力を」

 

翼を広げ翔琉の前に飛翔したルシファーは暴風が吹き荒れる竜巻の中でも通常通りの飛行を行っており、風に身を任せ急上昇し、ある程度高度が上がった場所まで来ると、風を身で切り裂きながら急降下し、踵落としを翔琉の腹部目掛けて振り下ろした。

諸に攻撃を受け、細身な体がくの字に曲がり、重力に従って地面へと落ちていき、クレーターが出来上がるほど勢いよく地面へ落下した。

口内が血の味に包まれ、身体中に激痛が迸る。

危機的状況に陥ってはいるが、静謐とした態度で翔琉は直ぐ様立ち上がった。

 

ルシファー「随分と冷静だな。 挙措を失うところを是非見てみたいものだ」

 

翔琉「君は余裕綽々だね。 僕はいついかなる時でも平静を保ち戦っているつもりだ。 でなければいざという困難に直面した場合に冷静に物事を対処できないからね」

 

ルシファー「舌が回るのはよろしくはないな。 例えば、貴様の従者である妖狐が傷つけば、威勢を保っていられるか?」

 

背筋にこれまでない悪寒が走った。

翔琉は体に鞭を打ち真琴の前へと飛び込むように飛行し、呪符を大量に取り出した。

手に持ちきれない呪符は霊力により宙へ浮いており、どの方向から攻め込まれても対処できるよう万全な状態にしている。

 

翔琉「真琴には、指一本触れさせはしない!」

 

真琴「主…!」

 

ルシファー「勇ましい。 思慕する者をどこまで守りきれるか、試してみよう」

 

ルシファーは口角を上げゆっくりと着実に歩みを進めてくる。

緊張感と警戒心が高まり体が強張る。

 

───僕が守りきれなければ、真琴の命が危うい。

 

プレッシャーが重圧となり更に緊張感が高まっていく。

だが焦る表情は決して表に出てはいない。

一抹の不安は油断へと繋がりかねないため、戦闘時は常に平常心でいるよう念頭に置いてはいるが、真琴の命の危機を考えると体が強張る。

 

翔琉(何とかして真琴を戦闘から離脱させたいが、隙がないに加え真琴の体力的に不可能に近い…)

 

真正面から戦ったとしても、実力は互角か、こちらが押されるか、この不利な状況を打破できる策を練っている内にもルシファーは着々と歩み寄ってくる。

目眩ましの効果がある『苦痛撃・輝』を多数用いて撤退を考慮した直後、耳を擘く轟音が森に響いた。

刹那、木々から木々に伝わるように貫いたのは、雷霆。

森の奥から人が目にも止まらぬ速度で大木を薙ぎ倒しながら飛んできた。

 

ルシファー「相も変わらず、派手な攻撃だ」

 

飛んできた何者かをルシファーは振り返り様に蹴り飛ばすことで直撃を免れた。

 

翔琉「こいつは…尾黒?」

 

ルシファーの蹴りを受けたことにより地に伏していたのは、今回の事の発端とも呼べる妖怪、尾黒だった。

体は所々焦げているように黒くなっており、三本の尾の毛先は枝分かれしており、プスプスと小さな煙を上げている。

先程の迸る雷を直視したルシファーは、尾黒を戦闘不能にした人物を瞬時に認知した。

 

ルシファー「尾黒では役不足だったか、ラミエル?」

 

ラミエル「ご明察だー!」

 

吹き飛ばした尾黒を追うように飛翔したラミエルは『スタティッククロウ』による電撃で生成された爪をルシファーに振り下ろす。

ティルフィングで軽々と防ぎきるが、徐々に力負けし押され始める。

 

ルシファー「君は馬鹿力だけが取り柄だな」

 

ラミエル「悪かったな! それでもお前を倒せるなら構わねぇ! てめぇには拳で語り合った後で話があるからな!」

 

腕を真上に力強く振るいティルフィングを弾き返しルシファーの体を爪で斬り裂こうとするも、華麗な身のこなしにより渾身の一撃を避け、腹部に蹴りを放ち距離を取り、手から闇の光弾を数発放つ。

爪で光弾を斬り裂きながら突き進み、再び爪と剣がぶつかり合う接近戦が開始される。

 

仲間であるラミエルと鉢合わせになる僥倖に廻り合い、真琴を連れ撤退できる時間ができた。

 

翔琉「今のうちだ。 真琴、君を連れ一度撤退する。 立てるかい?」

 

真琴「主、私はもう大丈夫。 走り回れる程には回復したから、私も助太刀するよ」

 

翔琉「駄目だ、これ以上君を危険な目に合わすわけにはいかない」

 

真琴「今更何言ってるの。 命の危機に陥ったのは今日を入れて一度や二度じゃないんだから」

 

翔琉「でも……」

 

真琴「私ね、嬉しかったよ。 主が私の事を愛する存在だって言葉にしてくれたこと」

 

真琴を蔑まされた事に頭に血が上り咄嗟に出てしまった本心に気恥ずかしくなり、翔琉は照れてしまい目線を反らす。

 

真琴「こんな形でだけど、主の本当の想いを聞けて嬉しい。 さっきも自らが盾になることで私を守護しようとしてくれたのも嬉しかった。 …でも、主には傷付いてほしくない。 傷付いてほしくない、死んでほしくないって気持ちは一緒だよ。 だから、お互い背中合わせで戦い合えばいいって、私は思ってる」

 

一息ついて更に言葉を続ける。

 

真琴「主と二人でなら、どんな危機だって乗り越えられるって、そんな気がする。 主だから、私の愛する人だから、安心して背中を任せられる。 主は、私が主の背中を任せるのは不安、かな?」

 

翔琉「……不安なもんか。 この世の誰よりも任せられる。 君は僕の最高の相棒でもあり、最愛の人でもあるんだから」

 

お互い頬を赤く染めながら絆と愛を確かめ合う。

自然と笑みが零れ、幸福感が充溢する。

 

ラミエル「お二人さーん! イチャイチャすんのは終わってからにしてくれねぇかな!」

 

ラミエルの一声により二人は現実へと戻される。

翔琉が座り込んでいた真琴に手を伸ばした。

 

翔琉「真琴、僕の背中を預けてくれるかい?」

 

真琴「ええ、勿論よ! 私の背中、主に託すね!」

 

闘志を燃やす瞳で真琴は手を取り勢いよく立ち上がり、忍刀を構える。

翔琉は左手に呪符、右手に天然水晶から製造された陰陽五法独鈷と呼ばれる独特な形をした武器を手に、ラミエルと交戦中のルシファーの元へと駆け出した。

 

 




次回も戦闘パートです
おふざけ回を書きたい!


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第33話 森林内での激闘 後編

初の一日2話投稿!
最近小説書きすぎィ!


真琴が忍刀を手に勇敢に飛び出す。

翔琉は一枚の呪符を投げ真琴の背中に張り付けた。

淡い光を放つだけで、真琴の体には変化は見られなかったが、現在発動させてある技には変化が著しく見られた。

風の刃の数が倍以上となり、ルシファーの剣の腕を持っていたとしても、全て防ぎきるのは困難を極めている。

ラミエルは後方、翔琉は右に回り込み、共に攻撃を仕掛けようと構えたが、ルシファーは己の体が斬り刻まれるのを気にもせず風の刃を無視し、『ダークネストルネード』を幾つか発生させ追撃を防ぐ。

主に近距離戦を得意とするラミエルは闇の竜巻により接近することができず追撃を頓挫してしまっていたが、翔琉は狼狽えることなく竜巻を見据え、次なる一手を叩き込んだ。

 

翔琉「『多重結界』!」

 

何時の間にルシファーの周辺の地面に貼られた数枚の呪符は輝き始め、一筋の光となり天高く伸びていき、それぞれの光芒を囲むように光の壁が生成された。

壁が出現したことにより行き場をなくした竜巻は壁に直撃し方向転換をし、ルシファーの元へと集中してゆく。

己の技の直撃を受け、ルシファーは空中へと舞い上がり、数秒間、暴風に振り回され解放されると即座に体勢を立て直した。

 

翔琉「行くよラミエル! 『縮地符』!」

 

一枚の札を投げると吸い込まれるようにラミエルの背中へと張り付いた。

瞬きをする暇すらなくラミエルはその場から消え、瞬時に竜巻の被害が及ばない空中へと移動していた。

暫し驚嘆したが、拳に雷を纏わせルシファーが滞空している竜巻の中へと急降下していく。

 

ラミエル「いくぜルシファー! 『滅雷拳』!」

 

電気を溜めた右の拳を突き出しながら急降下していく。

ティルフィングで防ぐも、威力を抑えきれず地面へと足を着けた。

電撃が周囲に迸り、竜巻は徐々に相殺され、地面に亀裂が入り陥没していくあたり、威力の凄まじさが見て取れる。

 

ルシファー「腕を上げたな。 だが、俺はお前の技を熟知してある。 無論、この技の効果も知っている」

 

ラミエル「だから何だってんだ? 生憎と、俺とお前だけじゃないんだぜ」

 

電撃とそれを抑える衝撃が周囲を支配するなか、歯牙にもかけない速度で地を駆ける真琴が視界に入った。

ルシファーの背後に回り込むように駆け走る途中、翔琉の視線に気付き互いに目を合わせる。

1秒にも満たない僅かな時間で目を合わせるだけで意思疎通を済ませ、即座に行動に入った。

 

研鑽した訳でもないのに一抹の間に意思疎通が可能なのは、長年共に戦い続けてきた中で互いの思考を理解し、心から信頼できる絆が顕在しているから。

仲間としての絆、新たに芽生えた愛する者同士の絆があるからこそ可能な連携は、二人の絆が形になったようにも見える。

 

翔琉は手にした陰陽五法独鈷を握り、技を発動するため目を閉じ集中に入る。

真琴は忍刀を手に迸る電撃をすり抜け、体を縦に回転させながらルシファーの背中を目掛け急接近する。

 

真琴「『円月斬』!」

 

妖力が込められた忍刀が縦に一閃した。

ラミエルの拳を受け止めていたため為す術もなく妖力の込められた刃の餌食となり、鮮血が吹き出した。

 

翔琉「魔の者を貫け! 『陰陽魔斬光』!」

 

手にした陰陽五法独鈷が眩い光に包まれ、2尺の長さになる刃と化した。

本来ならば、接近戦に用いる技なのだが、翔琉には真琴の様に俊敏な機動力を持ち合わせてはいない。

電撃が迸る場所に飛び込むのは無茶であったため、基本使用しないであろう荒業、力任せに陰陽五法独鈷を投げ付けた。

物差しで直線を描くように飛んでいき、ラミエルの横腹を掠れる瀬戸際を通り抜け、深々とルシファーの腹部へと突き刺さった。

二人の技を諸に受けたルシファーは苦悶の表情を浮かべ、ティルフィングを持つ手の力が弱まる。

ラミエルは防御が緩まる瞬間を決して見逃さなかった。

右の拳に更に力を加えティルフィングを横に凪ぎ払い、左の拳でルシファーの胸部を殴り付けた。

ルシファーを中心に電気の塊が生成され、火花が散るように小規模な爆発が発生した後、巨大な爆発が起き、ルシファー諸共地面を抉り爆発による衝撃と爆風で吹き飛ばした。

 

ラミエル「はぁ、はぁ、はぁ…や、やったか?」

 

脱力したように片膝を地に着け、肩で息をするラミエルはルシファーが倒れている姿を目にし呟く。

 

翔琉「いや、彼はまだ力尽きてはいない」

 

翔琉が札を取り出し警戒を緩めず言う。

言葉通り、ルシファーがゆっくりと立ち上がるのが視界に入り臨戦体勢へ直る。

 

ルシファー「君の電撃はいつ浴びても体の奥底まで痺れる。 衰える様子はない、だが、俺を葬る程ではなかったな」

 

ラミエル「お前も相変わらずタフだな。 ちょっと前のガキの頃に競いあってた頃を思い出したぜ」

 

幼少期の頃の記憶が掘り起こされ、思わず頬が緩んだが、一息つくと真剣な眼差しで敵である友に歩み寄り対峙する。

 

ラミエル「…さてと、お前がどんな心情にあるかは理解した。 でもよ、わざわざ悪魔になる必要なんてねぇじゃねぇか。 天使の活躍を、与えられた使命を人間に知らせてやりたいのなら、良い方法が幾つかあった筈だろ。 人間界に住む政府の連中に対談してみるとか…俺は難しいことを考えるのは苦手だから、助言はできないけどよ…」

 

ルシファー「現代の人間達の住まう世界に、俺達のような存在を知らしめたところで、魑魅魍魎な事柄を信じる者は幾許もない。 先程も言った通り、俺は、恩恵を認められない嫌悪感により諦めただけだ」

 

真琴「時空防衛局に頼むって手があったんじゃないの?」

 

ルシファー「奴等は世界の均衡を保ち、終焉を迎える世界を復興するための支援する団体に過ぎない。 とある世界に住む一人の人間のために活動を行うことはない」

 

何処か儚げに視線を下ろし、腹部に深々と突き刺さった陰陽五法独鈷を躊躇いなく引き抜いた。

傷から血が溢れ出るが、傷を塞ぐことなく陰陽五法独鈷を投げ捨てた。

 

ルシファー「無駄な交渉は終わりだ。 今回は退かせてもらう」

 

ラミエル「おい待てよ。 俺の話はまだ終わってねぇ! なに強制的に終わらせようとしてんだ!」

 

ルシファー「お前の説得を聞いたところで反芻する気は一切ない。 時間の無駄だ。 俺は傷を癒すために帰還させてもらう。 陰陽師の退魔の力は、悪魔族にも有効だったらしい。 想像以上の痛手を負った」

 

知ってか知らずか、陰陽師の退魔の力が悪魔族にも有効だったのは幸運と言えた。

特効である力を諸に受けたにも関わらず、青息吐息を吐くことはなく、弱った片鱗を一切見せていない。

 

ルシファー「後は任せる、尾黒」

 

尾黒「悪魔に命令されるつもりはない」

 

ふと視線を外すと、ラミエルとの戦いで戦闘不能となっていた尾黒が短剣を手にし立ち上がっていた。

傷が完治していないため、足元が覚束ず、戦闘を続行する状態にはとても見えなかった。

 

ルシファー「また会おうラミエル。 いずれ何処かで邂逅できるだろう」

 

ルシファーは地を蹴り跳び上がり、虚空にワームホールを出現させた。

逃亡を阻止しようと翔琉は懐から『魔斬刃』を即座に取り出し投げつけるも、ワームホールに吸い込まれるようにして入っていったルシファーに直撃することはなく、ワームホールは跡形もなく消え空を斬り裂くだけに終わった。

蟠りが解けないまま事が終息し、ラミエルは苛立ちを抑えきれず舌打ちした。

 

真琴「堕天使にも色々事情があるみたいね。 悪魔族に分類される中でも、まだ救いようがある方だわ」

 

ラミエル「…耳を傾けてはいるからな。 まだ奴を取り戻す希望はある」

 

尾黒「貴様達、俺の事を忘れてないだろうな?」

 

存在を忘れ去られていたと感じた尾黒は腹を立てており、鋭い牙をガチガチと鳴らしている。

 

翔琉「癒えていない体では僕達に勝つことは不可能だ。 村を滅ぼしたのは君なんだろうけど…本来なら見過ごす訳にはいかない。 でも、下手な争いはすべきじゃない」

 

尾黒「俺を見逃すとでも言いたいのか? 戯れ言をほざくな! 陰陽師は一人残らず俺が殺す…!」

 

翔琉「何故執拗に陰陽師を抹殺しようとする?」

 

尾黒「気に入らないからだ。 人間と妖怪が共存する、夢物語が受け入れられないからだ。 無力で愚かな人間は、強き妖怪の下に跪いていればいいんだ!」

 

翔琉「力で支配する者に、得られるものは何一つない。 無理矢理統一された者は不信感だけを募らせ反感を買い、いつか暴動が起き崩れ去る。 それに、力だけを頼り支配しようとすれば、それより更に強力な力により身を滅ぼすことになる。 良いことなんて、一つもない。 互いの考えを共通し、手を取り合った方が数倍も楽だと僕は思うよ」

 

尾黒「不可能だ! 夢幻にすぎん! 俺は認めない! このような世の中を…玉藻前と酒呑童子が創造した世の中を!」

 

?「私と酒呑が知恵を絞り作り出した案に反対してる輩は、未だに多くいるもんじゃのう」

 

森の奥の方から背丈の低い女性が愚痴を溢すかのように声に出し姿を現した。

 

この世界の三大妖怪の一人、白面金毛九尾の玉。

 

世界を牛耳る妖怪の頂点に君臨する白面金毛九尾の登場に、尾黒は一瞬たじろいだが、鋭い眼光で睨み付ける。

 

ラミエル「なんであんたがここに?」

 

玉「此奴の対処に訪れた訳ではない。 嫌な予感がしたので、私と轟でアイリの保護に参ったのじゃ。 リョウから直々に懇願されたからのう、果たさぬわけにもいかん」

 

翔琉「轟や玉にも頼んでいたのか…アイリの事となると、用意周到だな」

 

尾黒「妖怪の裏切り者が何の用だ。 人間達と仲良しごっこでもしてろ」

 

玉「大勢の妖怪を引き連れ命令を下すより、何一つ縛られることのない今の生活の方が自由で気楽じゃ。 お主も人間という存在を受け入れ、馴染んでみるのも悪くないと思うぞ」

 

尾黒「巫山戯な! 俺は絶対に認めない! 貴様は人間という低位な存在と馴れ合い、頂点に立つ妖怪として羞恥の念はないのか!」

 

尾黒は腹の底から荒ぐように声を出す。

非力な人間は群れを成さなければ力を発揮できない。

妖怪のように特殊な力を固有している訳でもない。

自分よりも非力な存在が、世の中を動かし、国を動かしている。

尾黒はそれが許せなかった。

低俗な種族が世の中を跋扈していることを。

力ある強者のみが世界を支配すればいい、単純だが傲慢な思考を持ち、人間達を滅ぼすため、妖怪の天敵である陰陽師を消し掛けようと企んでいた。

共存の道などあり得ない。

何百年と連綿と続く人間と妖怪の関係が好転することなど未来永劫訪れることなどない。

否、好転することなどさせない。

 

玉「正直、最初は羞恥の念はあった。 三大妖怪である我々が、人間と馴れ合うなどと。 じゃがそれ以前に、我々妖怪を受け入れるとは、不思議な思考をしておると思うた。 翔琉達を、人間と言う種族と交流を重ねる度に、人間の妖怪を受け入れる包容力と、害を与え続けてきた私達を許す慈悲深さを知った。 人間には我々を忌み嫌う輩も多いが、翔琉達のように理解し合える者もいる。 私は、人間達の心情に賭けてみようとすることにしたのじゃ。 そして、今に至る訳じゃが、人間を信用して正解じゃったと心底思うとるから、羞恥の念など一切ない」

 

尾黒「…………」

 

玉「憐憫の目を向けるのは勝手じゃが、可能な限り人間には手出しするでない。 相手によっては会談すれば理解してくれる輩は幾らでも存在する。 皆が皆、お主の敵ではないということを分かってもらえればよいのじゃが」

 

尾黒「…もう、貴様の話すことに耳を傾ける必要はない」

 

手にした短剣を力強く握り締め、精悍な面構えで怒りが充溢する目で玉を睨み付ける。

質疑応答は最早不要と判断し、殺意が体から溢れんばかりに出ている。

 

尾黒「貴様の意見は愚かで聞くに絶えん。 三大妖怪が人間と手を結ぶなど言語道断。 俺は必ず人間達を滅ぼし、妖怪が世を支配する世界にしてみせる!」

 

負傷しているとは思えぬ速さで駆け出した。

最後の力を振り絞り、陰陽師である翔琉だけでも始末しようと企んでいた。

真琴は忍刀を手に翔琉の前に出て迎え撃とうとしたが、尾黒が接近してくることはなかった。

真琴が行動するよりも早く、鉄扇を使用し短剣を受けきっていたからだ。

 

玉「大人しく引き下がれば、看過していたものを…」

 

尾黒「引き下がるか! 退け! 女狐!」

 

玉「威勢だけは認めてやってもよい。 じゃが、勇敢とは言い難い。 無謀じゃ」

 

側にいたラミエルは慄然した。

玉から無限に湧き出る妖気に鳥肌が立つ。

 

玉の表情は一切変わってはいなかったが、目だけは殺意に満ちていた。

小柄な少女にも関わらず荘厳華麗な風貌のままだが、見る者、触れる者を跳ね除ける異様な威圧感が出ている。

 

尾黒「ひっ…」

 

先程までの熾烈な姿勢は消え失せ、玉から感じ取れる妖気の膨大さに恐れ、逃げ腰になっている。

頭に血が上っていたため気付けなかったが、本能的に理解した。

 

体力が万全であっても、彼女に勝利することは不可能なのだと。

 

玉「お主の稚拙な思考は理解した。 じゃが、この世界には不要じゃ。 同族殺しなどしたくはなかったが、致し方ないの…」

 

腰の後ろから九本の尾が緩々と現れた。

毛並みが揃った金色とも呼べる色合いの輝きを見せる尾はゆらゆらと揺れており、美しさと不気味さを感じ取れる。

 

尾黒は自らの命の危機を感じ、武器を収め後方へ跳び上がるように移動し、背中を向け逃走を図る。

着地と同時に足を動かそうとしたが、足の裏が地に着いたまま上がることはなかった。

圧倒的な力の差を感じ取っていた恐怖により足が竦んで動けなかった訳ではなかった。

視線を下に下ろすと、足首に玉の尾が巻き付き動きを封じていた。

 

玉「敗走という選択を許した覚えはない」

 

尾黒「ど、どうか…ご慈悲を…」

 

玉「己が犯した罪を受け入れず、命の危機を感じれば命乞いをして逃れようとするとは…。 愚かな者じゃ。 私は審判を下すような者ではないが、今回は実行させてもらおう」

 

赤紫色のエネルギーを収束させた腕をゆっくりと上げ、静かに言い放った。

 

玉「黄泉の国へ行ってもらおう。 拒否権は、ない」

 

全身の毛が一斉に逆立つ感覚がした。

翔琉と真琴は慣れているせいか、動揺した様子は見せていないが、玉の実力を知らないラミエルは凄まじい妖気にたじろいだ。

この世界の三大妖怪と名高い白面金毛九尾の力量が顕現しており、肌で感じ取れた。

 

三大妖怪の一人である轟とも手合わせをしたが、玉を超える妖力を感じ取れなかったところをみると、相手が手加減していたのだろう。

改めて三大妖怪の底知れぬ力を知り、畏怖の念を抱くと同時に、轟に手加減され手の平で踊らされるようにあしらわれていた事に、忸怩たる思いを抱いていた。

 

尾黒「く、来るな! 殺さないでくれ!」

 

尾黒は必死に懇願するが、玉は歩みを止めることはない。

手に纏った妖気は槍のように鋭い刃の形状になり、行動不能な尾黒の体をいつ何時でも貫こうとできる状態に持ち込んでいる。

 

ラミエル「…なぁ、ちょっと待ってもらっていいか?」

 

様々な念が脳内を交差する中、ラミエルは玉に声を掛けた。

玉はラミエルの方へ顔を向けてはいなかったが、話を聞くかのように歩みを止めた。

 

ラミエル「村を壊滅させて、村民を皆殺しにしたことは決して許されることじゃないけどよ、殺すのはやりすぎだと思うぜ。 罪を償うためにも生かしておくべきだ」

 

殺せば全てが解決するわけではない。

罪を犯した者は、己の罪を認め、自省の念を持ち償っていかなければならない。

一見不良のように見えるラミエルも一応天使の一人としての慈悲の心を持ち合わせているようで、悪鬼羅刹な存在を退け葬るだけでなく、可能であれば罪を償う機会を与え、改心してもらいたいという思いがあった。

 

玉「……ラミエルの考えは決して間違ってなどいない。 筋も通っている。 じゃがな…」

 

右手を前に出し、赤紫色の妖気で数本の針を生成した。

針は意志があるかのように動き、尾黒の体にあらゆる角度から突き刺さった。

深々と突き刺された箇所からは鮮血が飛び散り、雑草が生い茂る緑色の絨毯を赤一色に染めてゆく。

 

玉「お前達と対を成す悪魔と同様、心が穢れた者。 救いを求め、我々が受け入れたと同時に手の平を裏返すことなど容易に想像できる。逡巡など不要…葬るまでじゃ」

 

尾黒「がはっ…!? くそ…裏切り者が! 妖怪の面汚しが…ぐっ!」

 

玉「我らが選んだ道は哄笑されても可笑しくはないが、言葉による打擲されようと、私は動じることはない。 抵抗するだけ無駄じゃ。 せめて、苦痛を感じることなく黄泉の国へと逝かせてやる」

 

尾黒の周辺に赤紫色の妖気が漂い渦巻いていく。

邪悪。正にその言葉が似合う妖気に翔琉達は尻込み身動き一つ取れず敵の命の灯火が消えゆく様を見ることしかできずにいた。

 

地獄の深淵から涌き出るように地から這い出る妖気は絡み付くように尾黒の全身を覆っていき、軈て姿を視認できなくなった。

 

玉「『黄泉の誘い』」

 

妖気が晴れた時には、尾黒の姿は何処にもなく、跡形もなく消え去っていた。

戦闘が終え、辺りは静寂に包まれる。

 

ラミエル「……何故だ。 納得がいかねえ!」

 

静寂を切り裂いたのはラミエルだった。

憤怒の意を露にし玉へと歩み寄る。

幼い子供の身長程しかない玉とラミエルの身長の差は4~5頭身程もあり、身長差は圧倒的なものの、玉は迫る怒気に怯むことはなく表情を一切変えてはいない。

 

ラミエル「あんたの言い分も分かる! だけどよ、納得はいかねえよ!」

 

玉「お主は悪魔に慈悲を持ち接し、罪を償うために生かすことができるか?」

 

手にした扇子を広げ口を隠しながらラミエルに問う。

 

ラミエル「悪魔相手に? あいつらに慈悲なんてものは通用しねえ。 向けたところで無意味だ。 その慈悲すらも利用する小汚い連中だから…あっ」

 

玉「理解したか? 結局は悪魔だろうが妖怪だろうが人間だろうが、考えることなど同じということを。 本来なら穏便に済ませるところなのじゃが、再び過ちを犯す者を野放しにしてはおけん」

 

ラミエル「だけどよ、あいつはお前と同じ類いの妖怪だった筈だ。 躊躇もなく殺すなんてこと…!」

 

感情が溢れ出し熱を帯びていく。

業火の如く怒りの感情が燃え上がっているが、その反面、玉は氷河のように凍てつく冷酷な目でラミエルを見据えている。

 

玉「お主はまだ若い。 天使族は長寿だがお主は生を受けてから間もないと言って良い。 嫌でも生きる者の奥底に潜む闇を目にする。 先程までいた堕天使も、お主と同類の天使族であることに変わりはない。 進む道を誤った同族の者と拳を交え最悪命を奪う事態にもなりうる。 …先刻の私のようにな」

 

表情を読み取られたくないのか、口元を覆う扇子が僅かに上に動いたような気がした。

 

玉「同士とも言える者を討つ覚悟を持て。 生半可な思いで挑めば、自らの命を失うことに成りうる」

 

背を向け暗闇が支配する森の奥へと歩きだし、飲み込まれるように森の奥へ消えていった。

重苦しい空気が充溢していたが、沈黙を破ったのは俯いていたラミエルだった。

 

ラミエル「俺は、あいつのことを理解できてなかったみたいだな。 覚悟もなしに、人間社会に溶け込むなんてこと、生半可な思いじゃできやしないだろうな。 況してや同族殺しなんて、相当の覚悟がなけりゃ無理だ。 俺の知ってる限りじゃ玉は残忍非道な奴じゃねぇしな」

 

先程までの昂っていた感情は修まり、静謐な気分へと変わっていた。

 

翔琉「玉は無闇に命を奪い取る行為を嫌っている。 尾黒の命を奪ったのは、熟考を重ねて出た決断だった筈だったんだ」

 

真琴「私も狐の妖怪だから玉の気持ちは少なくとも察することはできる。 罪を犯した者とはいえ、命を奪うなんてことしたくないもん。 中には躊躇なく殺す非道な奴もいるだろうけど、私達はそんなことはしない」

 

玉も以前は妖怪達を率いる頭領の一人として君臨し、敵対する人間を容赦なく力で捩じ伏せ、人間や妖怪さえも恐れ戦く存在だった。

数え切れない程の命を奪い刈り取ってきた。

 

人間と妖怪との争いの終止符を打つ戦いで、生き残った玉と轟は翔琉の先祖でもある当時の陰陽師に破れ、殺される筈だった。

だが、陰陽師は二人の命を奪うことはせず、罪を償わせるために生きろと言った。

最初は屈辱しか感じなかった。

低俗な人間に敗北した自らの嫌悪感、羞恥の念、憫然たる思いが募り、死んでしまった方が楽だと思える。

そんな彼等に、陰陽師は二つのことを教えた。

 

一つは、人間の命と妖怪の命、この世に生きとし生けるものは全て平等だということ。

 

もう一つは、命の重さについて。

 

玉と轟は最初は戯れ言だと思い言葉を右から左に流していた。

だが妙に説得力があり、何回か教えを聞く度に、死んでいった妖怪達のことを思い浮かぶようになった。

 

何人の同士が死んだ?

 

五体満足に生き残った者はいたか?

 

戦いの中で幸せに満ちた者はいたか?

 

どれだけの同士が死んだ?

 

どれだけの人間が死んだ?

 

苦痛な妖怪達や人間達の絶叫や怨嗟の声が頭の中に鳴り響き、吐き気を催す。

次第に自らが行ってきた行動に疑問を感じ始める。

 

多くの犠牲者を出した戦いに、何の意味があったのか?

 

人間達を殺し滅ぼし、その後に何が残ったのだろう?

 

多くの同士を減らしてまで成し遂げなければならなかったのだろうか?

 

何日も悩み熟考した。

そして、自分達がしてきた行いが如何に愚かで生きる者として遊離しているのかを知った。

数多の命を奪った償いとして、せめて罰を受けると約束した。

人間達が下した罰は、戦いにより崩れた国を再建することだった。

体罰等の重罰を覚悟していた二人は困惑した。

失礼を承知で何故重罰ではないか尋ねた。

人間達の中にも、無意味に妖怪を傷付けた者も幾人か存在し、戦いとは言え、人間達も同じように妖怪の命を奪ったことに変わりはないという意見があったためだと語った。

人間達は被害者側だと言うのに、自らにも罪があると認容し肯定する姿勢に二人は心を打たれた。

 

以来、二人は妖怪と人間が手を取り合って過ごす世界を目指そうと決意し、現在でも更により良い環境になるよう日々奮戦している。

 

当然だが、妖怪の頭領である人物が突如敵であった人間達と共存する策に反対する者は多く、八割以上の数の者が外れ去っていった。

最初は困惑している者もいたが、人間と共存したいと望み願う気持ちが芽生え、真琴のように人間の助力となるよう活動している者が増え続けており、時間は掛かるが徐々に良い方向へと進んでいる。

 

真琴「玉と轟は数百年以上の時を生きて、一生懸命人間との有効な関係を築こうとしている。 生半可な気持ちじゃ絶対に無理なことなの。 私も妖怪だから分かる。 全てを理解してもらえるのは無理かもしれない。 だけど…!」

 

翔琉「真琴……」

 

真琴は人間に協力する立場上、妖怪は忌々しい存在だと考える人間や妖怪からも忌み嫌われる場合が多々ある。

周囲の目から避けられる運命を幾度となく経験している玉と轟を見ていると、自分も同じ立場にあるようなものなので、二人の思いが理解できる。

辟易しない真琴だが、人間に協力する立場になり始めた頃は、周囲からの目と嫌がらせを気にして呻吟している頃もあった。

 

真琴の過去を知る翔琉は俯き涙が浮かぶのを必死に堪える真琴の気を少しでも落ち着かせようと背中をさすった。

 

ラミエル「ありがとよ真琴。 少なくとも俺は理解したぜ。 あいつらなりに、苦悩しながらも人間と妖怪が共存できる社会を作ろうとしてるんだな」

 

翔琉「……この気配は…!」

 

ラミエル「どうした翔琉?」

 

翔琉が不意に目を見開き後ろを振り向いた。

 

翔琉「強い力を二つ感じ取れた。 一つはアイリのもの。 もう一つは悪魔のものだ。 ルシファーよりも強力だ」

 

陰陽師として邪悪な気には嫌でも敏感に反応してしまう。

感じ取れる気は上級妖怪よりも遥かに上回っており、ひりひりとした力が肌を撫で回す。

行くべきではないと本能が警鐘を鳴らす。

だが見逃す訳には到底いかない。

異世界から来襲した邪悪なる存在を見てみぬ振りなどできない。

陰陽師としての使命、そして、アイリを守るというリョウとの約束を果たすために。

 

翔琉「ラミエル、戦闘続行は可能かい?」

 

ラミエル「例え満身創痍だったとしても俺は行くぜ?」

 

翔琉「頼もしい限りだよ。 真琴、行けるかい?」

 

真琴「うん…私もアイリを助けたい。 涙なんて流してる暇はないよね! それと、心配してくれてありがとう、主」

 

乱雑に涙を拭い、顔を上げ頬を叩き気合いを入れ直し、翔琉にウインクを飛ばした。

彼女らしくもあるが可愛らしい動作に思わず頬が緩むと同時に紅潮していくのが分かり目を背けた。

 

ラミエル「お前らの仲の良さには嫉妬するぜ」

 

翔琉「……さて、気を引き締めて行こう」

 

ラミエルの言葉を華麗に右から左に流し、呪符を取り出し歩み始める。

ルシファーが去った現在、この場で強力な力を持つ悪魔は一人しか存在しない。

 

サタンフォーの一人、アンドロマリウス。

 

 

~~~~~

 

 

ラミエル達とルシファーが戦闘を行っていた場所より少し離れた森林の中。

木々達の葉や枝が揺れていない、無風地帯となっている場は沈黙が支配しており、太陽の光が葉や枝により遮られているため薄暗く不気味な雰囲気が周囲を支配している。

無音の空間の中、落ち葉を踏み締め歩む音が聞こえる。

草木を掻き分け歩みを進めていた者は、黒色の甚平を着た屈強な男性だった。

 

三大妖怪の一人、酒呑童子の轟。

 

拳には血が付着しており、この場に来るまで戦闘を行っていたことが分かる。

だが付着していた血は轟のものではない。

アイリ達がアンドロマリウスの技で飛ばされた後、玉と共に村へ訪れた際、悪魔兵や天邪鬼、悪魔兵が召喚したヘルハウンドやグレムリンと交戦していた。

玉には先に行くように促せ、轟一人で大軍を相手にした。

数は全体で三百は越えており、数の暴力とは正にこのことだろう。

塵も積もれば山となる、という言葉が存在するが、轟には通用しない。

敵に妖怪がいたため無益な殺生はしたくはなかったが、心の葛藤をかなぐり捨て、圧倒的な力で迫り来る大軍を払い除けた。

ラミエル達と相見えた悪魔兵達が圧倒的に少なかったのは、轟が殆どの数を相手にしていたからだった。

 

轟「はぁ…面倒だな。 何で俺がこんなことをしなくちゃならねぇんだ。 同士を殺してまで…。 だが、他でもないリョウの頼みだ。 しなかったらリョウに殺されちまいそうだし」

 

愚痴を溢しつつ歩みを進める。

玉と同様、妖怪を討つことなど願い下げなのだが、お互い成せばならない目的があるため、致し方なかった。

目的のためならば同士を討ってもいい筈がない。

重々承知なのだが、如何なる手段をもっても心が痛む。

頭で整理できている筈なのだが、辛いものだった。

大きな溜め息を吐き歩みを進めていると、木々が生い茂っていない開けた場所へやって来た。

その中央には幼い少年と少女がいた。

 

轟「よう、玉。 カイの様子は…芳しくないみてぇだな」

 

アンドロマリウスにより飛ばされ一人で行動していたカイの様子を伺い、轟の顔付きが険しいものとなった。

翔琉達と別れここまで辿り着いた玉は扇子で口元を覆っているため表情は視認できないが、轟と同様の顔付きとなっていた。

 

 

カイ「うぅ…が、ぐあああ…ぐうう…!」

 

異常なのは誰が見ても明白だった。

 

腕は垂れ下がり、猫背になっており、下へ俯き唸り声を上げ、口からは血が混じった涎が何滴も滴り落ちている。

普段の朗らかな表情から一変し、おぞましい表情へ豹変していた。

体全体からは赤黒いオーラのようなものが溢れ出ており、陽炎のように不気味に揺れている。

更に異様なのが、彼の周囲の地面に乱雑に散らばっている複数の死体だった。

ある者は手足がなく、ある者は頭部がない。

更にある者は原型が留まらない惨たらしい姿と成り果てている。

地面は死体から噴出した鮮血により深紅に染まっており、凄惨な有り様になっていた。

 

玉「人喰い妖怪だったというのは真実じゃったか。 じゃが、ただの人喰いではないのう」

 

轟「あぁ。 闇を喰らってやがる。 現に体から溢れ出てるしな。 …どうする? 闇を封じ込める事しかできねぇぞ」

 

カイは人喰い妖怪だった事実はリョウから伝えられていた。

玉と轟は瞬時には気が付いたが、妖怪まで喰らうどころか、闇を喰らうとまでは伝言にはなかった。

 

この世界の妖怪ではないとは言え、奇怪な存在だった。

数百年という時を生き博識な二人でも畏怖の念を感じている。

生まれて間もないであろう幼い子供の妖怪が放つ力量ではない妖気を放出している。

 

野放しにすれば、必ず死人が出る。

 

何故リョウと時空防衛局はカイを匿っているのか?

 

疑問が浮かぶが一刻を争う事態なため考慮している暇はない。

いつ何時暴走しても可笑しくはないカイを鎮めなければならない。

 

轟「力ずくだが、仕方ねぇ。 『地打轟撃』!」

 

勢いよく右手で地面を殴り付けた。

カイの真下の地面が盛り上がり爆ぜ砕け散る。

地面が爆ぜる衝撃と砕け散り飛び交う岩石に体を殴打されカイは気を失ったと同時に、溢れ出てる闇は体の中へと戻っていった。

 

轟「驚いたな。 傷一つねぇじゃないか」

 

玉「手加減をしていたとしても、此奴の力が強すぎる故に大した効果はなかったんじゃろう。 リョウめ、凄まじい妖怪を連れて来おって」

 

轟「普段は時空防衛局に預けてるから問題はねぇんだろうが……こいつを時空防衛局本部ではなく、天界とやらに住まわせるようになった理由が何となく分かったぜ」

 

玉「私も合点がいった。 じゃが、得策かと言われると、微妙なところじゃ」

 

轟「手っ取り早くリョウやピコがあの力を使えばいいんだろうが、無闇には使いたくないだろうからな」

 

玉「あの力は下手に使用していい代物ではない。 自然の、運命のままに任せる。 判断は難しいが、正しいことじゃ」

 

玉は取り出した布で汚れてしまったカイの口元を拭き取り体を抱えた。

 

玉「私はカイを連れて戻る。 お主はアイリを助けに行くのか?」

 

轟「いや、俺は行かねぇ。 否、行く必要がない」

 

玉「……ほぅ、たしかにそうじゃな。 私達が出る幕はなさそうじゃ」

 

嫌でも感じ取れた、異世界から来訪してきた『あいつ』の力を。

玉と轟ほどの実力者ならば気が付かない方が可笑しいほどに。

凄まじく大きな力の波濤が肌に直撃する。

 

その力は、アリスに匹敵するほど膨大だ。

 

轟「暫く会ってはいないが、腕を上げたようだな」

 

玉「アリスと並ぶ実力者じゃからのう。 成長速度も異常じゃ。 アリスほど児戯な思惑をしてはおらぬから、心配はないじゃろう」

 

轟「調子に乗ってこの森を丸ごと刈り取られそうな気がしてやまないが…」

 

玉「やめておくれ…思考しないようにしていたんじゃ。 アリスと同様、やりかねんから末恐ろしい」

 

二人が語る『あいつ』の力とアリスの様にお巫山戯を通り越して大惨事に成り得ることに鬼胎を抱きつつ、何事もなかったかのように寝息を立てているカイを連れ帰路に就いた。

 




小説書くのは生き甲斐です


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第34話 目覚めた記憶

オリンピックいよいよ始まりましたね!
開会式を視聴してましたけど歴史的瞬間を見てるんだなってちょっと感慨深いものがありました


 

~アイリside~

 

単刀直入に言うね。

めっっっちゃ苦戦してる。

あたしはアンドロマリウスの過剰な攻撃を避けきる防戦一方、技を出す暇すらない。 おイタが過ぎるね!

虚弱貧弱無知無能な人の子じゃなくて天使なんだから、悪魔に負けてなんてられないのに、普通にヤバい状況に陥ってる。

こ↑こ↓があたしの死に場所になるのはごめんだよ。

…転生してる時点で死んじゃってることにはなるんだろうけど、長生きしたいもんね!

 

アンドロマリウス「威勢が良かったのは最初だけか、元人間の娘?」

 

不敵な笑みを浮かべるアンドロマリウスの攻撃を避けつつ一瞥する。

周囲には闇の力で生成された紫色の蛇が数匹存在し、大口を開けてあたしに向けて光線を射ってくる。

中には丸呑みしようと突貫してくるものまでいる。

ガーンデーヴァでバリアを展開しつつ避け続けてはいるんだけど、そろそろ体力が限界に近付きつつある。

アリスちゃんの魔法やシャティのレーザー程の段幕とも言える数ではないにしても、激しい行動を続けていると流石のあたしでも疲労困憊だよ。

 

基礎体力を上げるために筋トレしておくべきだったと悔恨するよ。

キン○マン Go Fight!を聴きながらダン○ル何キロ持てる?を見て得た筋トレをしておけばこんな羽目にはならなかった…かもしれない!

 

アイリ「娘とかその呼び方やめてよね! あたしにはアイリって名前があるんだから!」

 

アンドロマリウス「未だ活気は健在か。 更に苦しみを与えてやろう」

 

アイリ「悪魔ってのはみーんなドSかよ! これ以上やられるのはうんざりなんだから!」

 

持てる力を振り絞るしかない。

気を抜けば待ってるいるのは間違いなく、死。

 

あたしの中に宿る光の力を解き放つ。

 

全身に温かなエネルギーが迸る。

ベルゼブブの戦闘の時と同じように白い光の粒子が立ち込める。

ガーンデーヴァもあたしと共鳴するように淡い輝きを放っている。

 

アイリ「ここからはあたしのターンだ! 『スプレッドアロー』!」

 

先ずはあたしに向かって来る蛇を光の矢で相殺。

次にアンドロマリウスの周囲を漂う蛇を射る。

まだ未熟なあたしの攻撃で消滅するあたり、光の力が如何に特効性があるものか分かる。

あたしがこんなに強いのも、あたり前田のクラッカーだね!

 

アイリ「涙と鼻水の覚悟はいい? 答えは聞いてない! いっけー!『ストレートアロー』!」

 

放たれた光の矢はアンドロマリウスの体の中心へと一直線に空を駆ける。

 

アンドロマリウス「悪魔にも恐れず立ち向かう姿勢は勇壮だ。 元人間とは思えない。 だが…」

 

大木のように巨大な右腕を振るった。

そう、虫を払うように振るっただけ。

まるで己の周囲に飛ぶ虫を払い除けるように振るっただけで、あたしの放った矢は腕に弾かれ宙を舞い地面へと落ちた。

 

アイリ「うぅ…流石、サタンフォー最強と言われるだけはあるんだね」

 

アンドロマリウス「録に戦闘経験のない貴様に押されると思っていたか? 己の力を過信しすぎだ」

 

アイリ「自信があるって言ってほしいなー。 自信を持たないと、何事も成功には至らないもん」

 

アンドロマリウス「自信があれば、何事も乗り越えられると? 楽観的だな」

 

アイリ「そうですね(いいとも並感)」

 

アンドロマリウス「…調子が狂う。 終わらせてくれる。 『愚者殺し』」

 

巨大な拳を血が滲み出るのではないかと思うほど握りしめたと思うと、高速で接近し、闇の気を纏ったパンチを放った。

涼しい顔で繰り出される一撃一撃がどうしようもなく重い。

歯を食い縛り光の力を極限まで高めてガーンデーヴァを使い防御に徹する。

 

アイリ「ぐっ…!」

 

アンドロマリウス「私の技を受け止めきれることは評価しよう。 だが、人間の時と同じように、口数だけが多いだけの雑魚だな」

 

アイリ「あたしの心を覗き見て言ってくるんだろうけど、形のない刃物じゃあたしは傷付かないよ!」

 

『シャインアウト』を繰り出し距離を取る。

尋常ではない威力の打撃を受け続けて、あたしの腕は衝撃だけでヒリヒリと痛みが走り震えている。

弓の使い手としては腕にダメージを受けるのはちょびっと痛いな。

でも弱音は吐いていられない。

ガーンデーヴァの先端をアンドロマリウスに向け、『輝弓牙』を放つ。

湾曲した刃は強靭な右腕により防がれ、一瞬の隙を見せてしまった。

 

アンドロマリウス「貴様の心を覗き見ている訳ではない。 実際に貴様が私と出会ったことがあるから分かりきっているだけだ」

 

アイリ「え、どういう…」

 

アンドロマリウス「知る必要などない。 貴様は今から――-」

 

言葉の意味が分からず動きが緩慢になった。

嘘やはったりだったのかもしれないけど、アンドロマリウスはその瞬間に攻撃を仕掛けようとした。

 

あたしは容赦ない一撃を受け死ぬ、筈だった。

 

突如アンドロマリウスが真横に吹き飛び大木に激突した。

アンドロマリウスから発せられた言葉の意味や現在の事態の状況に混乱していると、上空からエメラルドグリーンの綺麗な半透明なガラスのような翼を広げた天使が静かに舞い降りた。

危機的状況に陥っていたあたしにはまるで本物の天使にさえ見える。

 

エンジェロイドの少女、シャティエルだった。

 

シャティエル「大した怪我がないようで良かったです」

 

アイリ「シャティ! 無事だったんだね! 来てくれてありがとう!」

 

シャティエル「アイリさんは私にとって大事な仲間です。 助力するのは当然です」

 

シャティが無事だったことが何より嬉しかった。

体の至る箇所が汚れているのを見る限り、仲間の誰かを探そうと必死になってくれてたんだと思う。

シャティに出会えたことに感動して少し涙腺が緩んじゃった。

 

アンドロマリウス「機械人形の分際で私を吹き飛ばすとは…」

 

シャティの技を受けたにも関わらずピンピンしてる。

あいつの表皮が堅すぎるんじゃない?

ツボツボだったりコダイゴン、千年の盾にも負けない固さだったり、若しくは体がカッチン鋼でできてるとか…あるわけないけど。

 

シャティエル「アイリさんを傷付けるようであれば、容赦は致しません。 力ずくですが、己の世界へと帰っていただきます」

 

アンドロマリウス「機械人形に指図されるつもりはない。 娘共々、死ぬがいい」

 

死ぬのなんか絶対ごめんだ。

シャティも来てくれて百人力だし、勝利への希望の光が少し見えてきた。

 

アンドロマリウスが私と出会ったことがあるって言ってたことが心に引っ掛かってるけど、今は戦闘に集中しないとね。

戦わなければ生き残れないしね!

 

アイリ「さぁて、振り切るよ!」

 

 

~三人称side~

 

 

アイリは宙へ飛翔し、『ファイブストレートアロー』を放つ。

空気を切り裂きながら進む5本の矢はアンドロマリウスの巨大な右腕に刺さるも、効果は然程ないようで、傷が少し付くだけだった。

光の力は悪魔には特効だが、尋常ではない硬度を誇る右腕は効果が薄いと察したアイリは体の中心へと的を変え、5本の矢を放った。

 

アンドロマリウス「取るに足らん貧弱な攻撃だ。 『狂舞蛇撃』」

 

闇の力で生成された紫色の蛇が現れ、口から放たれた光線により相殺された。

牙を剥き出しにしアイリに襲い掛かろうとしたところにシャティエルが光の刃で喉を掻き切った。

空中で振り返り様に肩に装備された小型の砲身から『ソニックプラズマ』を放つと同時にアイリが後方から『ストレートアロー』を射った。

初めてとは思えない見事な連携だったが、アンドロマリウスは新たに召喚した蛇を盾にし防ぐ。

 

シャティエル「『ライトガトリング』、一斉発射」

 

アンドロマリウスの周囲に魔法陣が出現し、機関銃の砲身が姿を見せた瞬間一斉に火を吹く。

光弾が四方八方から容赦なく降り注ぐ。

アンドロマリウスはその場から動くことはなく防御の姿勢を取る。

光弾が体に直撃する度に小規模な爆発が起き煙が上がり視界を遮る。

放射が終わった時には煙により姿を視認できなかったが、アイリは自身の能力、シャティエルは赤外線で視認する機能でアンドロマリウスがまだ煙の中に身を潜めているのが分かっていた。

 

アイリ「まずいなー。 見えないから『スプレッドアロー』で…」

 

シャティエル「待ってくださいアイリさん。 私には相手の姿を視認できているのでお任せください」

 

アイリを制すると、魔法陣から『光粒子ライトブラスター』を2丁取り出しエネルギーを充填する。

銃口から光弾が放たれる直前、アンドロマリウスが煙を凪ぎ払い漆黒の翼を広げシャティエルへ突貫した。

 

アンドロマリウス「隙が多いぞ、機械人形」

 

アイリ「ファイトオオオオオ!いっぱああああつ!」

 

『ストレートアロー』を射つと同時に急降下しつつガーンデーヴァを横へ大きく振るった。

攻撃に勘づいたアンドロマリウスは一度その場で停止することで矢の軌道から逸れ回避し、右腕で弓の一撃を防いだ。

アイリはガーンデーヴァを手放し、宙を一回転し威力を付け顔面に回し蹴りをお見舞いした。

アンドロマリウスは一瞬蹌踉けたが、膝蹴りを腹に食らわせ殴り飛ばした。

アイリは小石のように軽々と転がり大木へ背中をぶつけ倒れる。

 

アイリ「かはっ! …痛い、な。 でも、まだまだ!」

 

両手に槍のように長い矢、『アローランサー』を召喚し翼を広げ地面すれすれを滑空する。

ガーンデーヴァを意思のままに動かし右腕を抑えている間にアンドロマリウスに攻撃を仕掛けるという戦法だった。

だがアイリの考えはアンドロマリウスには筒抜けだったようで、新たに蛇を召喚し直ぐ様攻撃へと移った。

真っ正面から速度を落とすことなく飛翔するアイリには回避する術はなく、大口を開けた蛇の牙の餌食になるのは見て当然と言える結果になるだろう。

 

アイリ「邪魔だゴッ太郎ー! 『アロービーム 』!」

 

手にした矢を突き出し、矢先から光線を放った。

光線は蛇の大口を通過し闇で生成された体を貫通しアンドロマリウスへと向かっていき横腹へ命中した。

体勢を崩したところにガーンデーヴァを操作し肩から横腹へかけ切り裂いた。

更にエネルギーを充填し終え、タイミングを見計らっていたシャティエルは『光粒子ライトブラスター』の引き金を引き光弾を発射する。

アンドロマリウスは腕を前に交差し光弾を全て受けることにより防ぎきった。

 

腕からは煙が上がっているものの目立った損傷はなく、顔は余裕綽々と言える表情をしている。

 

アイリ「大したダメージがないなんて…」

 

アンドロマリウス「元人間や機械人形にしては上出来だと誉めておこう」

 

シャティエル「アイリさん、まだやれますか?」

 

アイリ「当然!」

 

アイリは手元に引き寄せたガーンデーヴァを手にし『ストレートアロー』を射つために矢を出し矢尻を弦に掛ける。

 

アンドロマリウス「どうやらもう一度、死の恐怖を知りたいようだな」

 

アイリ「もう一度ってどういうことなの? さっき言ってた事も引っ掛かってるんだけど、あたしに会ったことがあるの?」

 

アンドロマリウス「その様子だと世界の監視者からは何も聞かされていないようだな」

 

一息つき、口角を上げ淡々と喋り始めた。

 

アンドロマリウス「ならば私が教えてやろう。 貴様が人間だった時期に一度私と出会った頃がある。 お前が人間として命を終える日に」

 

アイリ「命を終えるって、あ、あたしが、死んだってことだよね。 ……天使と悪魔の戦いにあたしが側にいたからってリョウ君が言ってた。 まさか、その場にいた悪魔が…!」

 

アンドロマリウス「御明察だ。 私が貴様の、人間としての命を終わらせた一人だ」

 

頭を金槌で殴られた感覚に陥る。

 

真実は知りたいと願っていた。

だが、いざ突き付けられると驚愕し心臓が早鐘のように鳴る。

自分の命を奪う原因となった存在が敵として目の前に立ちはだかると、動揺を隠すのは無理難題だ。

 

アンドロマリウス「先程とは比べ物にならない程の恐怖に身を支配されているな」

 

アイリ「そ、そんなこと、は……」

 

アンドロマリウス「その場にいた者の力は私の他にも世界の監視者のものもあった。 奴も命を奪った者という事実に変わりはない」

 

アイリ「ち、違う! リョウ君はあたしを助けてくれた!」

 

アンドロマリウス「何故そう言い切れる? 確証があるわけではないだろう。 言葉という形のない真実を鵜呑みにしただけ。 そうだろう?」

 

アイリ「っ……五月蝿い! あんたの言葉になんか惑わされないんだから!」

 

必死に声を荒げる。

リョウが悪人だと認めたくはなかったから。

魂が消滅しかけた場にアンドロマリウスがいたことを。

自身の心に広がる恐怖を抑え込みたかったから。

 

アンドロマリウス「哀れだな。 真実も知らぬままのうのうと暮らしているとは」

 

シャティエル「アイリさん、耳を傾ける必要はありません。 扇情的な言葉に流されてはいけません」

 

側にいるシャティエルが心配しアイリに沈静させるため声を掛ける。

だが今のアイリにはシャティエルの鎮めさせる言葉は届いてはおらず、体を小刻みに震わせ息が上がっている。

 

アンドロマリウス「転生を受けた身とはいえ、魂は同じ。 記憶は受け継がれている。 思い出すといい、私のことを。 そして、自身に起こった真実を」

 

アイリ「嫌…思い出さなくていい!」

 

アンドロマリウス「仕方ない。 無理矢理にでも思い出させてやろう」

 

『コンティネン卜アンガー』をシャティエルの真下から放った。

相手の行動を読み取る演算処理が追い付かないほど瞬時に放たれたため、シャティエルは防御することも間もなく闇のエネルギーの爆発により地面の破片諸共吹き飛ばされた。

 

アイリ「うわっ! シャティ!」

 

アンドロマリウス「他人を配慮する暇があるとは余裕だな」

 

急速に接近したアンドロマリウスは巨大な右手でアイリを掴み上げた。

身動きが取れないアイリは必死に踠くが、首から下の上半身をがっちりと締め上げられているためガーンデーヴァを使用することもできずただ恐怖感が増していくだけだった。

本来ならガーンデーヴァを意思のままに操り背後から斬りつけることも可能だったのか、現在のアイリの心にその余裕は一切ない。

再び殺されてしまうのではないか、という死の恐怖が忍び寄る。

 

アイリ「は、離して…!」

 

アンドロマリウス「人間界で貴様と出会った時とまったく同じ状況だ。 思い出せたか? 絶望的な記憶を」

 

握り締める力が一層強くなり骨が軋む。

骨が粉々になるのではないかと疑う痛みにアイリの意識は朦朧とし始める。

 

視界が歪む中で、アイリの脳内に映像が走馬灯のように流れた。

 

街頭が照らす人気のない夜道。

突如空から飛来した悪魔。

襲われる自身。

更に飛来した純白の翼を広げた天使。

双方の争いにより倒壊する家や抉り削られるアスファルトの地面。

双方の争いに巻き込まれないよう守護してくれた剣を手にした青年と緑色の衣装を纏った少女。

自身に迫る二つの力と背後に現れた白い扉。

力が扉にぶつかり合った瞬間に弾ける閃光と衝撃。

 

思い出してしまった。

転生前のショックで失った断片的な記憶が激流のように脳内へ流れ込む。

 

アイリ「あっ…あああああぁ…お、思い、出しちゃった……。 あたしが、死んだ日…悪魔、に襲わ、れ………嫌…思い、出したく、ない! 思い出したく、なかった!」

 

天使として目覚めてからは欠けてしまった記憶を取り戻したいと思っていた。

だがアイリはその時点では何も考えてはいなかった。

転生する事の発端を思い出すということは、即ち自身が死ぬ瞬間を、死が迫る恐怖を思い出すということ。

天界に来てからも悪魔達による襲撃に晒され命の危機を迎えては来たが、現在は抵抗できる力があり、頼れる仲間がいたため多少は平気だったが、人間の時のアイリはもちろん力もない非力な一般人、感じる恐怖のベクトルが違いすぎる。

 

アイリは恐怖に呑まれてしまい抵抗する気力は残っておらず、思い出された記憶を振り払おうと目を瞑り首を左右に振っている。

 

シャティエル「アイリさんを離してください!」

 

技を受け負傷したシャティエルが体勢を立て直し銃を手にし飛翔する。

自身の周囲に魔法陣を生成し、その内の一つの中から細長い形をした銃、『可変式長距離プラズマライフル』を取り出し即座にアンドロマリウスの右手に標準を合わせ引き金を引いた。

電磁砲は右手に命中しアイリの拘束は解かれたが、今のアイリは逃げるという思考すら回らない状態になっており、地面に尻餅をついたまま動こうとはしなかった。

シャティエルはアイリの異常を感じ取りアンドロマリウスとの距離を取るために魔法陣から『ライトガトリング』を複数出現させ一斉発射する。

豪雨のように降り注ぐ数多の光弾を防ぎきるのは困難と判断したのか、アンドロマリウスは大きく後退し飛翔、回避に専念した。

 

シャティエル「アイリさん、大丈夫ですか?」

 

アイリ「………あたし、もう、戦えない。 戦いたくないよ…」

 

側に寄り添うシャティエルの顔を見るアイリの顔色は蒼白どころか土気色になり、手、足、身体の末端から中枢にかけて震えが止まっておらず、傍から見ても大丈夫そうではなかった。

脳裏を支配したのは恐怖や絶望、驚愕、それらが脳を支配して思考を奪っている。

逃げるや戦うといった選択肢が浮かぶ余地もなかった。

 

アイリ「あんな怖い思い、もうしたくないよ…」

 

シャティエル「アイリさん…」

 

シャティエルはアイリの手を包み込むように握るが、一向に治まる気配がない。

シャティエルは『恐怖』という感情を知らない。

アイリが何故震え怯えているのか理解ができないため、見るからに異常なのは判断できるが対処方法が分からず困惑した。

 

兎に角アイリを守護しなければならない。

状況が不利だと確信したシャティエルは兎に角この場から離脱するために即座に行動を起こした。

 

アンドロマリウス「遅いぞ、機械人形」

 

しかし、行動を起こす直前、背後から忍び寄っていた蛇の口から放たれた細い光線がシャティエルの腹部を貫いていた。

 

シャティエル「腹部損傷、全機能に異常なし。 隙を衝かれましたが、次の一手は防いでみせます」

 

アンドロマリウス「その余裕がいつまで持つのか見させてもらおう」

 

アンドロマリウスが嘲笑う。

悍ましく、どす黒く、厭わしく。

正に邪悪そのもの。

 

シャティエルは無意識だが、邪悪な笑みを見て片足が一歩後ろへと下がった。

 

シャティエル(今感じ取れたものは何でしょうか?)

 

アイリ「だ、め…シャティ、逃げて…」

 

シャティエル「……そうはいきません。 アイリさんは私やリョウさん、多くの人々にとってかけがえのない存在です。 置いていくなど到底ありえません」

 

アンドロマリウス「お喋りも程々にしておけ」

 

痺れを切らしたアンドロマリウスが襲い掛かる。

『光粒子ライトソード』を出し巨大な右手を防ぎ『ソニックプラズマ』を連続射出する。

一瞬の隙を逃さず、左手を前に出した。

左手の手首から小さな砲身が幾つか出てきたと思うと、エネルギーの爆発が起きた。

真っ正面からエネルギーの爆発、『光爆ショット』を受け地面へと倒れ伏す。

 

アンドロマリウス「ぐっ…『デストラクションランス』!」

 

巨大な右手が槍状へ変形し、起き上がると同時に鋭く尖った手を突き出す。

シャティエルは俊敏に避け横腹を掠める程度で済んだが、アンドロマリウスが腕を横へ勢いよく振るったことによりシャティエルの体が横へくの字に曲がり大木に激突する直前に翼を展開させジェットを噴射させギリギリのところで踏み止まり、召喚した『多連装レーザーバックル』と共に飛翔する。

 

アンドロマリウス「少しは楽しめそうだ。 『蛇龍光』」

 

闇のエネルギーが不気味に漂いながら数匹の蛇を生成し、口から怪光線を吐き出し接近を妨げる。

『クリスタルミラーバリア』と『多連装レーザーバックル』を駆使し光線を防ぎ突き進み、手にした2丁の『光粒子ライトブラスター』の引き金を引き火を吹かす。

光弾は的確に蛇の喉元を撃ち抜き落としていく。

アンドロマリウスは直撃しそうな光弾は巨大な右手を器用に振るい弾き飛ばし、顔と地面が接触しそうな程の低空飛行でシャティエルの真下に潜り込み『愚者殺し』を容赦なく繰り出した。

二つの『多連装レーザーバックル』からレーザーを撃ちつつわざと拳に激突し盾の役割を果たし更に威力を少しでも減少させる。

 

アンドロマリウス「それで防げたつもりか!」

 

シャティエル「はい。 これで十分と言えます」

 

強力な打撃を受け至る箇所が凹んだバックルを払い除けシャティエルに全力の一撃を叩き込む。

鋏のように交差させた2丁の銃で腕を挟み受け取り真横へ受け流し背中を蹴り上げた。

 

アンドロマリウス「見事だったが、終わりだ」

 

再び口角を上げたアンドロマリウスは蹴られた衝撃を利用し回転しながら闇のエネルギーを纏った蹴りを繰り出した。

顔面に直撃し体が大きく揺らんだが、直ぐにアンドロマリウスへ向き直る。

視界に入ったのは生気を感じ取れない白色の腕。

振り下ろされたアンドロマリウスの腕の一撃を諸に受けシャティエルは地面へ目に見えぬ速度で落ち激突した。

小さなクレーターができるほどの衝撃を受けシャティエルは大きなダメージを受けているようで、立ち上がることが不可能な状態に陥っていた。

 

誰が見ても分かる、絶体絶命。

アイリは未だに地面に座り込んだまま微動だにせず俯いたままで、シャティエルの危機を救える者は誰一人いない。

 

シャティエル「アイ、リ…さん…早く、逃げ、て…」

 

自身が止めを刺される寸前だというのにシャティエルは視線をアイリに向け逃げるよう促す。

だが、精神が不安定なアイリにはシャティエルの消え入りそうな途切れ途切れの言葉は届かない。

 

アンドロマリウス「最後まで娘の心配をするとは、愚かな。 貴様の心配も、努力も、全て水の泡へと変えてやる」

 

シャティエルを見下すアンドロマリウスは闇のエネルギーを右腕に纏い始める。

先程までの力とは桁外れとも言える禍々しいエネルギーが蓄積されていく。

 

?「はい、そこまで! カットカーット!」

 

突如声が響いた。

明るく朗らかでありながら自信に満ち溢れた一声。

アンドロマリウスは横目で声が発せられた方向を見た。

木に寄り掛かって立っていたのは一人の青年。

 

澄んだ青い瞳に白いメッシュがかかった黒髪、身長は180センチほどと高身長で顔は整っており、イケメンに分類されるだろう。

服装は黒いシャツにジーパンという派手な装飾がないシンプルなもの。

 

突如現れた謎の青年。

彼こそが、轟と玉が発言していた『あいつ』であり、この危機的状況をひっくり返し逆転する、救世主でもある。

 




次回、漸く出したかったキャラの一人が出せます


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第35話 偽りの聖剣士

ヒマヒマ星人となってしまった作者
2日連チャンで投稿


アンドロマリウスは青年の姿を視認するや否や舌打ちをした。

 

アンドロマリウス「……こんな辺鄙な世界まで何のようだ、『偽りの聖剣士』」

 

?「はぁ~、その名前で呼ぶなっつーの。 いい加減うんざりだぜ。 俺にはアレクって名前があるんだ、覚えとけ」

 

青年、アレクは不機嫌そうに頭の後ろを掻き一歩前へ踏み出した。

 

アレク「てめぇを因果地平の彼方へ送り出そうと思ってな。 心配するな、痛みは一瞬だ」

 

指の骨を鳴らし肩を回し始める。

ふざけた態度でありながらも、顔は自信の色に満ち溢れている。

 

アンドロマリウス「…世界の監視者からの依頼か」

 

アレク「うーん、まぁそんなところだ。 偶然通りかかったってのもあるが、俺の妖怪レーダー的なものが働いて嫌な予感がしてしまったものなんでな」

 

アンドロマリウス「相も変わらず訳の分からぬことを。 小娘共より先に貴様を殺すとしよう。 メインディッシュは最後に取っておく」

 

アレク「俺は前菜扱いか? 笑えねぇ冗談だ。 心が滾るぜ。 グラム!」

 

黒いラインが走る模様の白い剣、グラムを瞬時に召喚し力強く握り締める。

アンドロマリウスにも引けを取らない圧倒的な気迫を漂わせ一歩、また一歩と歩みを進める。

 

自己修復機能により少しではあるが行動可能となったシャティエルは上半身を起こし、突如現れた謎の青年に不信感と猜疑の念を抱き目を向ける。

敵か味方か判断もできず、突如現れて悪魔に戦いを挑むなど普通ではない、奇怪な存在だと推測した。

だが先程の会話の中から世界の監視者という単語が出てきた。

彼が世界の監視者であるリョウと知人であることは明白だ。

だからと言って彼が自分達を守り悪魔を退ける存在であるという確証には至らない。

 

シャティエルは警戒を怠らず疑いの目でアレクに尋ねた。

 

シャティエル「あなたは何者ですか? リョウさんの知人なのですか?」

 

アレク「その通りだよエンジェロイドのお姉さん。 あいつとは旧知の仲だ。 なーに安心しろって。 俺はお前達を傷つけるような真似は決してしない。 寧ろ逆。 助けに来たんだよ。 ヒーローはいつだって遅れて登場するもんだ。 そうだろ?」

 

シャティエル「そう…なのですか?」

 

アレク「ご存知ないのですか!? …まぁいいや。 美しきヒューマンライフを目指すなら知っておくべき情報だ」

 

シャティエル「……仰っている意味は理解できませんが、要約すると、あなたは敵視する存在ではないと見て宜しいのでしょうか?」

 

アレク「神に誓って約束しよう!」

 

正直、言葉だけでは信用するに値しなかった。

放つ言葉がシャティエルにとっては意味不明すぎるというのもあるが、態度が明らかに不真面目で、信頼するのは難しかった。

 

だがシャティエルは考察した結果、信頼する判断に至った。

彼が話す時の目は鉄をも貫くような真っ直ぐで、約束を必ず守る決意と覚悟を決めたものだった。

初対面にも関わらず、何故だか安心して背中を預けられる信頼を抱くことができる、不思議な感覚に陥る。

心を持ち間も無いシャティエルでも感じ取れた。

 

シャティエルは賭けてみようと、信じてみようと思えた。

ダメージを負い機能が幾つか停止してしまっている状態でアイリを守りつつ戦闘を続行するのは不可能で、勝機は限りなく薄い。

シャティエルは計算した上で自分の体の情報、システム、状態を把握できていたため、現時点で満足に戦えるアレクにこの危機を凌ぎ退けてもらうしか他はなかったというのもあるが、何より彼の思いが嘘偽りのない本当のことなのだと信用できる不思議な魅力に惹かれ、信じてみようと自分の中で確信できたから。

 

シャティエル「分かりました。 初めてお会いして不躾なのは承知でお願いがあるのですが、アイリさんを守っていただけないでしょうか?」

 

アレク「了解道中膝栗毛、最初からそのつもりだ。 空前絶後で超絶怒涛の俺の実力を見せてやる。 泥船に乗ったつもりでいてくれ!」

 

シャティエル「泥船ではなく、大船ではないでしょうか?」

 

アレク「普通にツッコミを入れられると返しに困るぜ。 困った困った、困った時には星に聞け! なんてな!」

 

アンドロマリウス「私を無視して会話をする暇があるとは嘗められたものだ。 それとも、ただふざけているだけか」

 

アレク「ふざけてなんてないぜ、真面目でもないけどな。 さーて、チャンネルはそのままにして、俺の力を刮目しろ」

 

地面を踏み台にして勢いよく前へ弾丸の如く速さでアンドロマリウスに急接近する。

剣と腕が交錯し激突し響く金属音と飛び散る火花。

目で追うのがやっとの速さでどちらも引けを取らない実力で拮抗している。

 

アレク「驚いたな。 んな馬鹿でかい腕で俺の剣撃を全て受けきるなんてな」

 

アンドロマリウス「人間に劣るようでは話にならんからな」

 

アレク「傲慢な奴らだぜホントに。 人間の可能性を教え込む必要があるようだな!」

 

アンドロマリウス「生憎と、我々には不要で無意味な知識だ」

 

お互いに攻撃をしつつ流し目で会話をする余裕を見せるあたり、彼等は未だに本領を発揮してはいない。

剣撃が続く中、行動を起こしたのはアンドロマリウスだった。

後方にエネルギーを集束させ蛇を数匹生成させた。

四方八方、あらゆる角度から攻撃が飛来し、絶命させようと大口を広げ襲撃してくる。

 

アレク「効かねーな!」

 

牙が体を突き刺し血飛沫が噴き出し地面へと倒れ伏す、普通の人間であればその結果に至るだろう。

だがアレクは常人以上の実力を持つ人間なため、惨劇を生むような結果になることなどあり得ない。

 

アレクは自分の周囲を時計回りに回転し剣を振るう。

単純な一閃。

何の変哲もないただの一閃。

周囲に湧いて出た蛇達は悲鳴を上げる暇さえ与えられず絶命し消滅した。

一閃の衝撃波が発生したが、余波だけで刃に直撃しなかった蛇達までもを消滅させたことにシャティエルは彼の実力に絶句する。

 

アンドロマリウス「おもしろい。 私を満足させてくれ。 お次は、これならどうだろうか? 『ヘルタワーポール』」

 

闇のエネルギーで生成した紫色の柱が地面を突き破り天へと聳え立つ。

いつ何処から出現するか予想はできない柱にアレクは回避に専念し始める。

アンドロマリウスは嘲笑うかのように空中に飛翔しアレクを見下ろし、手から闇のエネルギー弾を絶え間無く撃ち続ける。

アレクは軽快な足取りで地を駆け回り的確に回避を行っている。

端から見る限り、子供が元気良く走り回っているようにしか見えないが、熟練の戦士の目線から見れば、動きの一つ一つには無駄が一切なく、洗練された身の運びをしている。

だが回避ばかりではアンドロマリウスを倒すのは到底不可能。

剣を主流としたアレクは柱とエネルギー弾の猛攻により接近を許されておらず、八方塞がりな状況。

アンドロマリウスも意図して遠距離攻撃を仕掛けており、口角を上げ見下ろしていた。

 

アンドロマリウス「貴様も、威勢が良かったのは最初だけか?」

 

アレク「まさか、ショータイムは始まったばかりだ。 オープニングだけで終わらせるつもりなんてさらさらねぇよ。 行くぜ!行くぜ!行くぜ!」

 

柱を駆け上がり次の柱へと壁を蹴る勢いで跳躍し、エネルギー弾を全て避けつつ徐々に接近していく。

まるで森の中の木々を縦横無尽に駆ける猿の如く、又は風のように木々を伝って走り駆け抜ける忍者の如く、その俊敏さは目で追うのも難しい程の宙を駆ける疾走。

しかし近付くにつれ、地面から突き出す柱が道を塞ぎ接近が困難になるどころか、引き返させないよう退路まで塞いでしまい、アレクは逃げ場のない鳥籠の中にいる状態に陥る。

 

アンドロマリウス「嬲り殺される覚悟を決めておけ」

 

アレク「おいおい、ベリッシモ危険でピンチな現状だな。 だが、どんなピンチもチャンスに変えてしまうのが俺だ」

 

集中砲火を浴びせられる可能性があるというのに、アレクはどこ吹く風。

その自若さは絶対的な自信から来るものだろう。

 

アレク「さーて、ここから俺の本領発揮だ。 俺の実力を刮目してもらうぜ。 エンジェロイドのお姉さん、邪眼でも写輪眼でもいいからその目に俺の勇姿を焼き付けておきな!」

 

視界に入っていないシャティエルに語りかけ、逆手持ちにしたグラムを横に一閃した。

シャティエルは己の目に写る映像を疑った。

 

一閃した直後、視界が歪むかのように柱が捻じ曲がった。

正確には柱ではなく、斬られた箇所の周辺の空間そのものが歪んでいるようにも見える。

更にもう一閃、何本もの柱が捻じ曲がっていき、内一本がアンドロマリウスに直撃した。

予測すら不能な怪奇な攻撃手段に回避する余地がある筈もない。

エネルギーを大量に蓄えられた自身が生み出した柱が命中し、電撃に似た痛みが迸る。

直撃を受けた左腕は、エネルギーが迸った際に残った擦り傷のような痕が残っている。

思わず痛みにより微少ではあるが声が漏れる。

 

アレク「グラムの能力をご存知なかったかな?」

 

アンドロマリウス「空間を斬り裂き歪ませる能力か。 だが、その能力一つでは…」

 

アレク「俺が他の聖剣を使用できるのも、ご存知だろ?」

 

言葉を遮り再度口角を上げる。

勝利の旗幟を鮮明にする絶対的な自信が滲み出ている。

 

アレク「レッツ&ゴーだ! バルムンク!」

 

手に持っていたグラムが瞬時に消滅し、黄金色の柄に翡翠の刀身をした剣、バルムンクを召喚する。

刹那、アレクの周辺に旋風が発生し風の渦を生み出す。

風に乗り飛行しエネルギー弾を匠な動きで華麗に避け、アンドロマリウスの体を一閃する。

アンドロマリウスは辛うじて刀身が触れる間際に咄嗟に後方に下がり避けることができたが、バルムンクを振るった後に発生し巻き起こった風の刃が体を刻み細かい傷を付けていく。

 

アンドロマリウス「厄介な…『フールイーター』」

 

自身の右手にエネルギーを集束させていき、蛇の頭部を思わせる形状に仕上げ、風を跳ね除ける勢いで突き出す。

バルムンクで押さえ付けるが、力量がアンドロマリウスの方が上手なようで徐々に押され始める。

 

アレク「俺だけが使えるテクニックなら危機的状況も踵を返していくぜ。 グラム、再び召喚!」

 

左手に再度グラムを召喚し、右手に持ったバルムンクの力を解放し暴風を発生させ、激しく打ち当たっていた蛇の頭部を吹き飛ばすと同時に風を利用し後方へと下がる。

暴風により怯んだアンドロマリウスは一瞬だが顔を背けアレクを視界から外してしまった。

時間にして一秒も経っていないと思われるが、アレクの姿は一瞬にして消え去った。

慌てる素振りなく冷静に気を探るが、一向に探ることができず、周囲を見渡すも、空中に飛翔している障害物が一切ない空間に身を潜める場所が存在するわけもなく、神隠しにあったかのように姿が消えた。

 

アレク「エリック、上だ!」

 

活発ある声が聞こえたのは上部からだった。

反応した時には既に二本の剣によって肩から腰にかけて斬り裂かれていた。

血飛沫を散らしながら地面へと落下し背中を地面に打ちつける。

アレクは間髪入れずに風の力で速度を上げながら急降下。

切っ先を向け突貫するが、アンドロマリウスは自身の腹に刺さる直前で剣を右手で捕らえ掴み、左手でアレクの頬を殴り両足を突き上げ腹部を蹴り上げた。

 

アレク「ぐっ! 敵ながらアッパレだ。 しかーし! この程度で怖じ気付く俺じゃない! やられたらやり返す、倍返しだ!」

 

地面を数回横転し、飛ばされた勢いを殺さず立ち上がり、後方に迫る大木に片足を着け激突を免れた。

二本の剣を消し、群青色の刀身に黒いラインが走るデザインの剣、ミスティルテインを召喚した。

吹き荒れていた風は瞬時に吹き止んだが、冷気が辺りに立ち込め、北の領土を思わせる凍える寒さが支配する。

 

アレク「悪魔の氷像を作ってルーブル美術館にでも飾ってやる」

 

アンドロマリウス「趣味の悪い戯れ言だな」

 

冷気が集結し、アレクの周辺の宙に氷針が生成されていく。

地を蹴り疾走すると同時に氷針がアンドロマリウスを的に、連なって飛んでいく。

アンドロマリウスは瞬時に思考を巡らせ、地面を殴り盛り上がった土の壁を作り出し氷針を防ぎきり、壁を駆け上がり上空へ飛び上がる。

上空から強襲にアレクは動じる素振りは一切ない。

 

アレク「エリッ……さっきやったからいいや。 てめぇの真似をさせてもらうぜ」

 

冷気を集束させアンドロマリウスが着地する場所を予測し、氷の柱を瞬時に生成させる。

柱に押し上げられたアンドロマリウスは更に上空へ押し上げられた体を宙へ放り出された。

 

体勢を整えようと翼を広げるが、ある違和感に気付いた。

背から伸びる漆黒の翼は凍り付いていた。

凍てつく礫に覆われた翼は釘で固定されているかのように力ずくに動かそうにも微動だにしなかった。

 

アレク「てめぇの動きは封じさせてもらった。 トドメの接吻…じゃなくて、一撃いくぜ!」

 

氷の柱を駆け上がり、冷気を纏った一閃を放ちアンドロマリウスの胴体を斬り裂いた。

 

アンドロマリウスは油断をしていたわけではないが、アレクの様々な属性攻撃と戦術、技術により明らかに圧倒されていた。

現に、翼を凍らされた事を認識できたのは飛翔しようと翼を動かした直後のこと。

 

生きている年数が人間と悪魔とでは段違いで、戦闘経験も天と地の差がある。

年数云々の常識を覆す実力は誰が見ても確かなもので、アレクの自信に満ち溢れた表情は、己の実力が如何に上位にあるものなのか認めているからなのだろう。

 

一閃による剣の軌跡がアンドロマリウスの体に刻み込まれており、赤黒い血が傷から吹き上げる。

撒き散らされた血は雨のように降り注ぎ、地面を赤黒く染めていく。

絨毯のように赤黒く染められた地面に頭から打ち付けられ地に伏した。

 

アレク「きたねぇ花火だ。 互いに生死を掛け、戦火を交えて青き清浄なる世界のために死闘を繰り広げ、俺が勝利という二文字を手にしたわけだが…」

 

アンドロマリウス「大袈裟な言葉を並べるのは程々にしておけ」

 

怒りに満ちた双瞼を見開き、蛇を複数体召喚し、地に降り立ったアレクに不意打ちを仕掛けた。

身軽に体を畝り、剣を力強く振るい蛇の猛攻を凌いでいく。

最後の一匹を容赦なく口から尾に掛けて斬り伏せ、今度こそ止めを狙いに向かおうと一歩を踏み出した直後、悪寒が背中を撫で回した。

反射的に背を向けると、今までとは比にはならない巨大な蛇が口が裂けんばかりに開きアレクを丸呑みにしようと迫っていた。

呑まれる直前に剣で大口を防ぎ、鋭利な刃物と同等の牙が刺さらないよう力を込める。

 

アンドロマリウス「貴様はそこであの娘が死にゆく様を目に焼き付けておけ」

 

アレク「なっ!? 待てコラ!」

 

アンドロマリウスは不利と見たのか、相手を乱入者であるアレクから、本来抹殺する標的であったアイリに移した。

人間相手に蹂躙された怒りと憎悪が混じった瞳でアイリを見据えている。

 

アイリは先程と変わらず、恐怖に体を支配され震え怯えており、戦闘意思を露聊かも感じ取れない。

ここまで態度が豹変すると、最早別人なのではないかと疑え、滑稽なものだとアンドロマリウスは鼻で笑う。

システムがある程度回復したシャティエルがアイリの前に立ち『光粒子ライトソード』の切っ先を向け強張った口調でアンドロマリウスを牽制し始める。

 

シャティエル「アイリさんをこれ以上傷付けさせるような真似は許しません。 私を倒してからにさせてもらいます」

 

アンドロマリウス「その勇姿だけは私の脳裏に残しておいてやろう。 無謀で哀れな、心を知ったばかりの未熟な機械人形、と片隅に残そう」

 

シャティエル「私を侮辱するのは博士を侮辱するのと同じことです。 撤回してください、今の言葉を!」

 

アンドロマリウス「真実を口走って何が悪いというのだ?」

 

悠々と、淡々と物言う姿に、シャティエルは怒りという感情が沸々と溢れる。

怒りの感情を引き出すことによって冷静さを失わせる。

アンドロマリウスの意のままに事が進んでいき、シャティエルの勝機は薄くなってゆく。

負傷している上に、露にされた感情に流され判断力まで欠けては敵の思う壺。

 

アレク「流石にヤバいな。 ちょいやっさあああーー!」

 

好ましくない現状を見てアレクは剣を支える左手を離し、グラムを再召喚し、空間の裂け目を自身の目の前に出すと即座に裂け目へと入った。

蛇の大口は空を切り閉められ、標的を失った蛇は混乱しながらも周囲を見渡し警戒を続けている。

アンドロマリウスはアレクが再び姿を消したトリックが解け、一度立ち止まり蛇と同様に警戒する。

 

だが、その行為は皆無に終わった。

 

アイリとシャティエルの真下に空間の裂け目が発生し、抵抗のないまま重力に従い二人は裂け目へと吸い込まれるように入っていった。

 

アレク「やれやれ、最善の案っていったらこれくらいしか浮かばないっての」

 

アンドロマリウス「貴様……!」

 

アイリ達が入って間もなくしてアレクが裂け目から姿を現した。

アレクはグラムの力を使用し二人を別世界へと送った。

どの世界に送るかは己の意思で決めることができ、アレクはグラムの力を行使し世界を渡り歩いている。

別世界に関与させるような事は可能な限り実行したくはなかったのだが、アイリの安全を考慮すると、別世界への転移が最も有効な手段だった。

 

アレク「さてと、俺は守るものがなくなったから何も気にせず自由気ままに戦えるようになったわけだ。 どうする? まだ続けるか?」

 

アンドロマリウス「………いや、貴様の相手をする意味はなくなった」

 

アンドロマリウスは踵を返し歩みを進める。

抹殺対象であるアイリがこの場から去ってしまった今、この世界に居座る必要は皆無となったからである。

アレクを倒し拷問にかけるなどして聞き出すという案もあった筈なのだが、勝率が低いと判断し実行には移さなかった。

 

本気を出したアレクとアンドロマリウスの実力は、互角にも満たないから。

 

アンドロマリウス「貴様達が絡むと録なことにはならん。 今回は退くが吉となるだろう」

 

アレク「人を疫病神のように言いやがって。 まぁ、いつでも掛かってこいよ。 次に会うときは、凶しか出ないかもしれねぇぞ?」

 

アンドロマリウス「面白い。 憫然な小娘一人など、不意を突いてでも殺す」

 

アレク「分かった分かった、いいからとっとと帰れよ」

 

二度と奇襲を仕掛けてこないよう威喝したつもりだったが、悪魔相手に、況してやサタンフォーの一人には通用しなかった。

元より恐怖等と言った類いの感情が無いに等しい種族なので、幾ら脅そうが無駄に終わるのが関の山だったのかもしれないが。

 

脅威が去り、凱歌を口ずさみながらミスティルテインのみを消し、アイリ達の後を追うためグラムを使用し空間の裂け目を作る。

 

?「アイリ! 無事か!!」

 

戦闘が終了したのを合図にしたかのように、アイリを救助すべく駆けつけてきたラミエル、翔琉、真琴の三人が茂みを掻き分けやって来た。

 

真琴「邪悪な気配は何も感じない。 事が終わった後みたいね。 出番なしなんてつまんないわね」

 

翔琉「森に被害が及んでいないみたいだし、大事にならず事なきを得て良かったよ。それに、僥倖だ。 招かれざる客によって悪魔を退けることができた」

 

ラミエル「あっ! アレクじゃねぇか! 久し振りだな!」

 

どうやらラミエルはアレクの知人のようで、顔を見るなり早足で近寄りお互い挨拶変わりに拳をぶつける。

翔琉と真琴もアレクとは何度も会ってきており再開を歓喜すると思いきや、顔を引き攣らせ苦笑いを浮かべている。

 

アレク「陰陽師御一行は俺の事が好まんらしい」

 

真琴「あんたが来ても録なことないもん。 アリスと一緒にいたら天災や大惨事、世界の崩壊が起きたって不思議じゃないよ」

 

アレク「辛辣すぎやしませんかね!? 流石の俺もアリスほど頭のネジが吹っ飛んでるわけじゃねぇからな!?」

 

真琴「私から見ればどっちも大差ない狂騒する馬鹿よ」

 

アレク「俺、泣くよ? すぐ泣くよ? 絶対泣くよ、ほrrrrrら泣くよ?」

 

真琴「勝手に泣けばいいじゃない」

 

アレク「酷いぜ! ドゥッフッハッハッハッハー! うわあああーああ!(野々村並感)」

 

真琴「うるさいわよ!」

 

ラミエル「この前アリスが天界に居候しに来て会ったけど、アレクに会うのは何十年振りなんじゃねぇか?」

 

アレク「お前のスルースキルに感涙しそうだ。 うーん…いちいち覚えてない。 ドラクエのモンスターの名前は全部覚えてるけどな」

 

ラミエル「相変わらず変な奴だぜ。 腕は鈍っちゃいねぇだろうな?」

 

アレク「心配無用! 範馬勇次郎とタイマン張っても勝てるくらいだからな!」

 

ラミエル「…兎に角お前の実力は昔と変わらず半端じゃ済まないってことだけは分かった」

 

翔琉「話に花を咲かせているところを邪魔して悪いんだけど、アイリの姿が見当たらないんだけど、君はご存知かな?」

 

翔琉からの質問にアレクは淡々と手短に答えた。

異世界に逃がしたという点は好ましくなかったが、アイリの身の安全が保証できているので一先ず安堵した。

 

翔琉「異世界に逃がすなんて発想は君やアリスじゃないと浮かばないだろう。 常軌を逸する思考に僕はついていけないよ」

 

真琴「ホント、ブッ飛んでるわよね。 規格外すぎよ」

 

アレク「そんなに褒めても油揚げは出てこないぜ?」

 

真琴「褒めてないわよ! それで、アイリとシャティエルをどの世界に送ったのよ?」

 

異世界に送ったのはいいが、問題はどの世界に送ったのか。

異世界に移動させることで現状ある脅威から逃れることで安全が保証されているとは言え、悪魔のような邪悪な存在が蔓延る世界に居ては、守る立場の者からすれば本末転倒。

 

アレク「なぁに安心しろって。 俺が選んだのは、ピースハーモニアの世界だ」

 

ラミエル「あー、結愛の住んでる世界にか。 フェリアルなら人間や亜人とかの種族がいるし、危害が及ぶことはないだろうが…」

 

翔琉「たしか、デスピアって国と争いあってるんだよね。 魔族達が頻繁に攻め入ってくると結愛から聞いたことはあるけど。 …誤ってデスピアに転移してしまったってことはないよね?」

 

暫しの沈黙。

一滴の冷や汗が額から頬を通り流れる。

凶兆の予感をひしひしと感じる。

 

翔琉「……まさか」

 

アレク「だ、だだ大丈夫だ問題ない。 急いでいて転移する世界を指定しただけで何処に出るかまで考えてなかったなんてことないしーまじ卍ー」

 

ラミエル「声が若干裏返ってるぞ。 っつーか、ピースハーモニアの世界に送るくらいなら天界に送った方が良かったんじゃないか?」

 

再び訪れる沈黙。

冷や汗が顔全体から滲み出て、雨どころか滝のように流れている。

 

アレク「ラミエル、お前以外と頭良いんだな。 筋肉だけで構築された物だと思ってたぜ」

 

ラミエル「失礼なこと言ってんじゃねぇよ! 面倒事を増やしてくれやがって!」

 

アレク「ごまぞう!」

 

囃し立てられた怒りと厄介な事が増えた怒りに耐えきれず思わず拳が出てしまった。

殴られ赤く腫れた頬を擦り涙目のアレクは先程出した空間の裂け目へと向かって行く。

 

ラミエル「当然だが俺も行くぜ。 付いてくるなとは言わせないからな」

 

アレク「いいですとも。 お二人さんはどうすんだ?」

 

翔琉は顎に手を当て悩むこと数秒、結論を出した。

 

翔琉「助太刀したいのは山々なんだけど、僕達はこれから尾黒達が襲った村に戻ろうと思う。 もしかしたら生存者がいるかもしれないし、残党である天邪鬼達が何を仕出かすか分からないからね」

 

真琴「主が残るなら私も残る。 ラミエル、アイリ達のことを、頼んだわよ」

 

ラミエル「任せとけ!」

 

アレク「俺も同伴してるんだ。 心配は杞憂に終わるだけだぜ」

 

真琴「あんたは新たな問題を引き起こしそうだから宛にならない」

 

アレク「俺って君に嫌われるようなことしたかな!?」

 

真琴「アリスと一緒にこの世界に来て一杯飲んでるときに『波紋カッター!』とか言いながら洋酒を口から出して周囲の木々を根本から倒して小屋が下敷きになったのは忘れてないからね!」

 

アレク「面目次第もございません」

 

両手を真っ直ぐ伸ばし、腰を90度以上深々と折り、元気良く頭を下げるお辞儀をした。

お辞儀をし終え歩きだしたかと思うと、誰もいない方向を向き指を指し陽気な声で高らかに何かを言い始めた。

 

アレク「さて、今回の話で、いきなり出てきたチョー強いキャラである俺を見て『え、こいついきなり出てきて無双して何なの? バカなの? 死ぬの?』って思っただろう。 全部を語るのは後々になりそうだが、その一部は次回に語ろうと思う! …メイビー」

 

ラミエル「お前、誰に向かって話してるんだ?」

 

翔琉「霊の気配は感じ取ることはできない」

 

真琴「遂に壊れてしまったのね。 主、信頼できる医者を紹介してあげよう?」

 

アレク「やっぱり言わなきゃよかった。 読者の皆様に少しでも理解してもらおうと思ったんだけどなー。 涙が出ちゃう、男の子だもん。 こんな事するのは、俺ぐらいの年頃の男ってのはそういうものなんだと思ってくれればいいぜ」

 

ラミエル「……早く行こうぜ」

 

呆れて嘆息したラミエルはアレクの横を通り過ぎ先に空間の裂け目へ入っていった。

アレクも慌てて早足でラミエルの後を追い裂け目へと入っていき、数秒とたないうちに裂け目は閉じ、常に日頃から見る当たり前の虚空が残された二人の視界に広がる。

 

騒々しかった場は静寂が支配し、唯一吹き抜ける風により揺れる木々の枝や葉のざわめきが聞こえる。

 

真琴「…アイリ達、大丈夫かしら?」

 

翔琉「アレクを信任して問題ないよ。 彼は、普段は児戯っぽい発言や行動をするけど、やるときはやる人間だからね」

 

真琴「流石は主。 あいつを褒めるわけじゃないけど、人を見る目は妙妙たるものだよ」

翔琉「過大評価しすぎだよ。 僕は直感的にそう思ってるだけだから」

 

一息置いて、翔琉は両手で自身の頬を叩く。

 

翔琉「さて、これから忙しくなるよ。 妖怪退治は本業とも言えるけど、後処理をするのも仕事だからね。 真琴、疲労困憊のところを悪いけど、引き続き輔佐を頼めるかい?」

 

真琴「うん! 主のためなら何処へでも、如何なる状況であっても付いていくよ!」

 

戦闘での疲れを感じさせない満開の笑顔を咲かせ、翔琉の腕に抱き付く。

翔琉は照れ紅潮した頬を隠すよう出来るだけ顔を逸らすが、照れ隠しすらも真琴に指摘され更に紅潮されてしまうのだった。

 

 




やはり暇な時は喫茶店巡りに限りますね


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第36話 黄昏ノ中 静カニ思イヲ巡ラセル

コロナなんか忘れるくらいオリンピックが盛り上がってますね!
スポーツにそこまで興味のない自分でも見入ってしまいます。

がんばれニッポン!


ヴィラド・ディアとの戦闘を終えたリョウ達は息を整えるため瓦礫の山へ腰を下ろしていた。

ピコとマリーには大した傷を負った様子はなく、金色の瞳で荒廃し燃え盛る大地を眺めている。

アリスはこの面子の中で最も負傷したリョウの治療をすべく、自慢の魔法杖、ユグドラシル・アルスマグナを手に治癒魔法を掛けていた。

 

業火の炎が辺り一面を焼き付くし、視界を焔色に染める。

廃墟となった家や高層ビル等の建築物はリョウ達がこの世界に訪れた時には確かに存在していたが、戦闘の影響によりほぼ倒壊しており、瓦礫や灰と化していた。

世界の終焉を思わせる凄惨な光景。

火の粉や砂埃が宙へ舞い、星々の煌めく夜空へ霧散していくなか、異様とも言える物があった。

 

金色の粒子が至る場所から溢れ、風に吹かれ天へと登っていっている。

 

マリー「…この世界は、もう助けられないんですね」

 

リョウ「残念だが、その通りやな。 世界の崩壊は始まっている」

 

リョウが述べた世界の崩壊は、現在進行形で起きていた。

 

地面がひび割れ、地層が見える筈だが、目に映るのは漆黒、亜空間があり、少しずつ地面を削り取るように消していき、金色の粒子が溢れ出ていた。

夜空にも亀裂が走り亜空間が顔を覗かせており、満点の星空を食らうように広がり続けている。

 

アリス「はぁ……こんな光景、もう見たくないよ…」

 

美しくも悍ましい光景に、いつも溌剌としていたアリスは悄然としており、大きな溜め息を一つ吐いた。

 

ピコ「それはここにいるみんなが思ってるよ。 世界の消滅の瞬間を見たい奴なんて、気の狂った者だけだよ」

 

リョウ「…ここまで崩壊が進んでいるということは、世界の核となる『ワールドコア』は既に修復不可能な領域に達している。 いつ消滅しても可笑しくはない状態。 今すぐこの世界を離れよう。 消滅の余波に巻き込まれたら一溜まりもない。 特にアリスはな」

 

アリス「そう、だね。 私はマリーと一緒に時空防衛局本部に向かうね」

 

マリー「事の顛末をユンナさんにも伝えないと。 ヴィラド・ディアが二体存在していたことを。 行こう、アリスちゃん」

 

リョウ「二人とも、悪いけど頼むね」

 

治癒魔法を終え杖の先をリョウから逸らす。

逸らした杖の先が灯火を発し、何もなかった虚空にワールドゲートが出現した。

アリスとマリーは鬱屈とした心情のまま、時空防衛局の本部へと向かった。

二人を送り届け役目を終えたワールドゲートは消滅した。

 

ピコ「やっぱりエクリプスと何か関係があるのかな?」

 

リョウ「今まで奴等と長い間戦い続けてきたけど、ヴィラド・ディアと関わったような要因も事象もなかったからそれはない。 加えて、ヴィラド・ディアが何者かと協力体勢を取るような知能もなければ意思伝達能力も持ち合わせてないから尚更ありえん」

 

周囲を業火に包まれ、世界の崩壊が進行しているというのに、それを思わせない平静な口振りで会話している。

不意に真横を一瞥すると、自分達のすぐ側にまで空間の亀裂が発生していた。

凝視していると体が亜空間に吸い込まれそうな妙な感覚に陥る。

 

リョウ「こんな光景いつまでも目に焼き付けておく必要もない。 翔琉達の世界に…」

 

ワールドゲートを出そうとした直後、何かに気付き喫驚し目を見開いた。

 

ピコ「リョウ? どうしたの?」

 

リョウ「アイリの…アイリの気が翔琉のいる世界から消えている…!」

 

青冷めた顔で力なくピコの問いに答えた。

困惑と同時に自責の念が心を押し潰す。

 

リョウ「やっぱり残るべきだったか…」

 

アイリを責任を持ち守らなければならない、リョウ個人の使命。

 

世界を監視し、時に世界の危機を救わなければならない監視者としての使命。

 

どちらも天秤に掛けられない、リョウにとっては肝要な事。

なので、どちらも守り抜き幸せになる未来を貫きたかった。

たった一人の少女と世界の両方は同じ価値がある。

選択できないのでどちらも迷いなく選ぶだろう。

第三者聞くと、欲深く、馬鹿馬鹿しい判断だと思うかもしれない。

 

ピコ「…大丈夫だよリョウ。 リョウ一人だと無理難題だけど、僕達仲間がいるんだから。 アイリはきっと、仲間達が何とかしてくれてる筈だよ。 約束したのなら尚更だよ」

 

一人では越えられない、掴み取れない事柄もあるだろうが、大勢の仲間や友がいれば、あらゆる事が可能となる。

 

それに、リョウも分かっていた。

己が信じる仲間達は、約束を破る者ではないと。

 

リョウ「そう、やな。 ありがとう、ピコ」

 

呼吸を整え、心を落ち着かせ目を閉じ集中する。

世界の監視者の力を行使しアイリの居場所を捜索する。

頭の中で、あらゆる世界が宇宙に存在する星のように浮かぶ光景が映し出される。

 

一つ一つの世界が地球のように美しく澄んだ淡い光を帯びている。

中には輝きを失い、一部が黒変してしまっている世界も幾つか存在している。

何かしらの原因で世界が崩壊、消滅が始まっている印でもあった。

 

天体観測に近い感覚で、天壌無窮の空間に存在する数多の世界を見澄ましていく。

気が遠くなる作業。

無限とも言える世界の中からたった一人の人物を探し出す。

並大抵の実力者、熟練者でも一生を掛けてでも到底不可能な領域。

だが、リョウは長年培ってきた実力があるため、造作もない。

どれだけ血が滲むような努力をしてきたかは不明瞭だが、数分も経たないうちにアイリの居場所を特定した。

何故翔琉達のいる世界から忽然と姿を消したのかは定かではないが、確かにアイリは無限に広がる世界の一つに存在していた。

 

安堵したのか、大きく深呼吸をした後に、ゆっくりと目を開けた。

 

リョウ「良かったよ…ちゃんと生きてる。 寿命が縮んだ気がするわ」

 

ピコ「僕達にはもう寿命も何も関係ないけどね」

 

リョウ「まぁな。 ピースハーモニアの世界にシャティエルも同伴しているみたいやな。 フェリアルの『キラメキ町』におるみたい」

 

ピコ「デスピアじゃなくて良かったね。 そこにいたら間違いなく戦闘沙汰になってるもん」

 

リョウ「悪魔よりは話が分かる連中やからまだマシやけどね。 よし、今すぐ向かおう」

 

アレク達の鬼胎を知る由もない、リョウは鷹揚な姿勢でワールドゲートを出し、アイリの元へ向かうべく早足で入っていった。

ピコは消しゴム程の大きさまで体を収縮し、リョウの上着のポケットへ入った。

 

扉が消え去り、崩壊が進行すること数分後、世界は音を立てること無く金色の粒子となり消滅した。

 

 

~~~~~

 

 

シャティエル「ここは…? 先程の場所とは雰囲気が大分異なるようですが…」

 

夕日が落ちる黄昏時、アイリとシャティエルは気付いたときには芝生に倒れていた。

周囲を見渡し場所を確認すると、先程の視界に広がる緑溢れる森林ではなく、遊具が数個設置されてある公園だった。

 

像を模して作られた滑り台。

赤、青、黄、緑色に塗装された四つのブランコ。

シャティエルの身長三つ分はあるであろう少し高めのジャングルジム。

誰かが置き忘れていったおもちゃのスコップが置かれた砂場。

他にも鉄棒や雲梯、はん登棒等の遊具が設置されており、種類が豊富で遊び飽きることがないほど選り取り見取りだ。

ベンチも数席設置されており、その付近に二人が倒れていたピクニックができる程広大な芝生があり、比較的大きめな公園であることが分かる。

 

陽が落ち、夕焼けの橙色と夜空の黒色が溶け合う時間帯、周囲に人影は見当たらない。

シャティエルはアイリを支えながら近くのベンチへと座らせ自身も腰を下ろした。

 

シャティエル「アイリさん、少しは落ち着きましたか?」

 

アイリ「……うん、何とか…」

 

消え入りそうな、弱々しくか細い声で囁くように呟く。

翔琉達のいる世界にいた時より体の震えは若干治まっており、まともに会話をできる程度には回復していた。

 

シャティエル「アイリさん、アンドロマリウスという悪魔と何があったのか、教えてもらっても良いでしょうか? 私で良ければ、お力になりたいです」

 

意気消沈しているアイリに質問するのに妄念していたが質問を投げ掛けた。

アイリは俯いたまま変わらず弱々しく答えた。

 

アイリ「思い、出しちゃったの…転生する前の記憶」

 

シャティエル「アイリさんが、人間の頃だった記憶、ですか?」

 

アイリ「うん…。 悪魔に襲われた時の記憶、あたしの、死ぬときの、記憶」

 

己の体を腕で包み込み恐怖から逃れようとするが、脳裏に焼き付いてしまい浮かび上がってきた記憶が鮮明に映し出される。

 

アイリ「桁違いの力で圧倒されて、無理矢理思い出された。 思い出したくなかった…! 悪魔という存在の恐怖! 死が迫ってくる恐怖! あんなの…あんな経験して、あたしは立ち向かおうとしていたなんて、バカだよ…。 死ぬ経験までして、そんな恐怖を植え付けられたら、戦えない…戦えないよ!」

 

己を蝕む恐怖を、己の心の叫喚を口から吐き出す。

 

自分の前向きな思いと与えられた力、支えてくれる仲間がいれば悪魔という強大な敵を退け打ち倒せると信じていた。

だが、自意識過剰でしかなかった。

圧倒的な力の前に自分一人では何もできない、非力な存在だと認めざるを得なかった。

 

心を折る決定打となった、転生前の記憶。

魂が崩壊したショックで断片的に欠けてしまっていた記憶。

死の間際を経験し、魂が崩壊する、現実では決して起こり得ない死の瞬間。

ただの変哲もない女子高生が経験するにはあまりに強烈で苛烈な経験、精神が耐えられる筈もない。

 

シャティエルもう一度震えるアイリの手を取り両手で包み込む。

機械のものとは思えぬ温もりを帯びた繊手に、アイリは徐々にだが落ち着きを取り戻していく。

 

シャティエル「私は、恐怖という感情は良く分かりません。 精神と肉体を抑制する作用があるマイナスエネルギーのような物だと私は推測しました。 形のない物は私に除去することは不可能なのかもしれません。 ですが、アイリさんの側にいることで、僅かでもいいので、恐怖というものが和らいでいただければ幸いです」

 

アイリ「シャティ……」

 

シャティエル「怖いのであれば、逃げたって構いません。 戦わなくても構いません。 いずれは乗り越えなければならないことなのでしょうが、心に余裕が持てるようになる間だけは、私を頼ってください。 恐怖を感じることは、決して恥ずかしいことではないのだと、私は思いますから」

 

柔和な笑みで語るシャティエルを見て、完全ではないが、心の奥底に溜まった膿が取れていく感覚がした。

 

それでも、戦う覚悟が完全に固まった訳ではない。

心を持ち間もない恐怖という感情を無知なシャティエルが自分のために言葉を選び和らげてくれた。

アイリは自分のことを見窄らしいと思ったが、今だけはシャティエルの言葉に甘えることにした。

 

アイリ「ありがとう、シャティ。 ごめんね、あたしが弱いから、迷惑かけちゃって」

 

シャティエル「迷惑だなんて毛頭思っておりません。 少しでもアイリさんのお役に立てたのなら、私は満足です」

 

天使のような慈愛にアイリは涙腺が緩んだが必死に抑えた。

 

ーーー泣いちゃダメ。 泣いちゃダメだからね。

 

涙を一滴でも流すまいと首を横に振るい、腕をシャティエルの首に回し抱き付いた。

シャティエルはそれに答えるようにアイリの背中へ腕を回し抱き返した。

 

シャティエル「辛い出来事があれば、甘えても構いません。 仲間なのですから、共に乗り越えていきましょう」

 

本当なら甘えてはならないのはアイリ自身が分かっていた。

目の前に聳え立つ苦艱から逃れてはならない事を。

頭では理解しているものの、心から滲み出る忌々しいあの時の恐怖を一蹴することができなかった。

懊悩する自分を憫然に感じ、更にマイナスの方向へと向かう自分を嫌悪してしまう。

 

苦心ばかりして自身の短所ばかり見出だすばかりなので、少しでも気を紛らわそうと近辺を歩いてみようとシャティエルに提案した。

笑顔で了承し、ベンチから腰を上げた。

 

瞬間、二人は何かを察知し警戒した。

 

アイリは能力で邪悪な気配を感じ取り、シャティエルは赤外線機能を使用し正体を見抜く。

 

二人が向ける視線には、公園の真ん中に生えた大木の深緑の葉が茂る枝の中。

 

シャティエル「誰かいるのは分かっています。 姿を現してください」

 

誰何された者は以外にもすんなりと姿を見せた。

 

赤いシャツに黒色のジーパンを着た橙色の長髪の少年だった。

顔は整っており、所謂イケメンの部類に入る風貌だが、アイリより年下に見え、何処か幼さが残る印象がある。

誰もが認めるであろう美少年だが、それを打ち消していたのは、体調不良とは説明が付かない紫色に近い黒色の肌と頭部から生える小さな二本の黒い角だった。

 

?「へぇ~。 隠れていたつもりだったんだけど、よく見つけたね。 君達、物を探すのは得意だって言われない?」

 

シャティエル「貴方は何者ですか?」

 

?「本当なら此方の台詞なんだけどね。 時空の乱れを感じ取ったから、いざ来てみれば女が二人いる。 ピースハーモニアじゃなさそうなあたり、異界から来た客人なのは分かった。 やれやれ、ピースハーモニアに関係ないとなると、ディーバ誘拐の作業の邪魔をしに来たってところかな?」

 

アイリ「ピースハーモニアってことは、ここは結愛さんの世界!? それに、ディーバ誘拐って…」

 

?「時空防衛局の差し金でもない、か。 無関係だったとしても、話を聞かれたからには始末しないとね」

 

急激に溢れる殺気にシャティエルは身構えるが、対してアイリは辟易とし、顔を真っ青にし硬直していた。

眼睛が捕らえる少年が悪魔達の像と重なり、恐怖が沸き上がる。

歯止めが効かないように足が震え始め、戦闘意欲は欠片もなくなる。

精神的に逼迫され、とても戦える状態でないのは明瞭だった。

それを見計らったシャティエルはアイリを庇護するため前に立ち『光粒子ライトソード』を出した。

 

シャティエル「何者かは存じませんが、アイリさんを傷付けるのであれば容赦は致しません」

 

?「冥土の土産に教えてやってもいいかな。 僕の名はマリス。 デスピア三闘士の一人さ」

 

自己紹介が済むなり手中に生み出した炎の槍を心臓目掛けて投擲した。

唐突な先手にも動じず右腕を振るい光の刃が炎の槍の先端を捕らえ、宙へ舞っていき火の粉となり四散する。

 

アイリの身の安全が第一なので、戦場と化した公園からできるだけ離れる必要があるのだが、戦うことを、死ぬことを畏怖し顔面が蒼白し足が竦んでいる状態にあり、アンドロマリウスの時と同様で守護しつつ戦闘に集中しなければならない厳しい状況。

それでもシャティエルは表情一つ変えず、大切な仲間であるアイリを守るため全力で庇護する。

 

マリス「随分と怯えてるみたいだ。 事情は知らないけど哀れに見えるね」

 

シャティエル「事情を何も知らぬ部外者がアイリさんを愚弄しないでください」

 

憤怒の念を抑え、『光粒子ライトブラスター』を二丁取り出し躊躇無く引き金を引く。

周囲の遊具が破壊されないよう加減しているので撃ち出された弾数は少ないものの、光弾は確実にマリスの体を捕らえる。

ただ直撃を受ける訳もなく、炎を纏った短剣を無駄の無い洗練された剣捌きで光弾を一つ一つ切断していく。

後続を許すまいと狙いを逸らすため地を蜿々と駆け接近を図るが、神経が警鐘を鳴らしたのか、真横へと横転した。

先程マリスがいた場所には真上からレーザーが撃ち込まれており、地面が弾け飛び爆風が砂を巻き上げる。

上空にはシャティエルが予め用意していた円形型のレーザー射出ユニット、『直下型バスターレーザー』がUFOの様に浮遊しており、目標された獲物を逃がさず追跡を始める。

 

マリス「厄介極まりないね」

 

シャティエル「投降をおすすめしますが?」

 

マリス「お断りするよ。 もっと僕を楽しませてよ」

 

舌舐めずりをし白い歯を覗かせる様子は遊戯を楽しむ子供其の物。

 

シャティエルは更に『ライトガトリング』を召喚し、各々の装備が一斉に火を吹く。

弾幕の嵐が絶え間無く襲い掛かるが、紙一重でしなやかに体をうねらせ避け、回避できないと判断したものは短剣を使い斬り相殺する。

 

撃ち続けているだけでは決定打に欠けると判断したシャティエルは次なる一手を叩き込もうと新たに装備を出そうとした直後、視界に『ERROR』の文字が多数表記され、力が急激に落ちてしまった。

手にした銃が消え、その他発動していた武装も消え、膝を地に着け立ち上がるのさえ困難に陥る。

アンドロマリウスとの戦闘で受けたダメージが想定を上回っており、自己修復機能の回復が間に合わなかったのだ。

直撃を喰らってしまい風穴が開いた腹部は電流が迸っており、損傷の激しさを物語っている。

 

マリス「おや? もう終わりかい? つまらないな…。 なら遠慮無く攻撃させてもらうよ」

 

特に苦も無く勝利を掴めるのに面白味を全く感じず、不服そうな顔をし溜め息を吐いた。

顰蹙を買ったマリスはシャティエルに近付き顎目掛けて足を振り上げる。

成す術も無く蹴りを喰らい後方へ数歩下がるも、背が地面に着くことはなかった。

シャティエルは故障している体にエネルギーを無理矢理送り込み直立することを可能にしているが、相当な負荷が掛かっているため、いつ倒れても不思議ではない状態にある。

 

シャティエル「アイ、リ、さん…! アイリ、さん!!」

 

途切れ途切れではあるが、出せる力を振り絞り声を張り上げてアイリの名を呼ぶ。

死に物狂いに叫ぶ澄んだ声にアイリは我に返った。

 

アイリ「あ…シャ、ティ…」

 

シャティエル「今、すぐ…ここか、ら……」

 

マリス「君、他人を心配してる余裕なんてないよね?」

 

決死の行動も虚しく、マリスの空を斬り裂く刃が襲う。

胴体を容赦なく斬り刻まれる。

執拗に、何度も、何度も、何度も、何度も。

十数回は斬られただろうか、反撃もしてこないサンドバッグを扱うようにし倦厭したのか、最後に大振りした一閃を与え地へ打ち捨てた。

力なく仰向けに倒れ、微動だにすることもない。

夕闇を見上げる瞳には光はなく、完全に機能を停止してしまっていた。

身体中には夥しい斬り裂かれた傷があり、内部の構造が露となってしまっている。

 

アイリ「そん、な…シャティ…!」

 

ただ傍観することしかできなかった。

自分が怖じ気付いていたせいで、シャティエルは倒された。

悔恨の念が津波のように押し寄せ、アイリの心を押し潰す。

負い目を感じるも、未だに戦うことを畏怖し足が震える。

自分の姿が滑稽に思え、嫌悪感が支配する。

 

マリス「可哀想に。 君が何もしなかったから、彼女は死んでしまった」

 

アイリ「あたしは…あたしが…!」

 

_____自分が、シャティエルを殺してしまった。

 

足の震えが治まり、脱力し膝から崩れ落ち俯く。

既に目の焦点は合っておらず、意気衝天とした彼女からは想像がし難いほど消沈しており、負のオーラを醸し出している。

生気がまるで感じ取れない様はまるで死人。

 

完全に心が折られたアイリにマリスは徐々に歩み寄り、ナイフを撫で回すかのように手首を捻り小さく振るっている。

 

マリス「壊れちゃったみたいだね。 じゃあ、さよならだね」

 

首の側面へ刃を当てるも、アイリは微動だに動かない。

一閃された凶刃が骨や皮膚を意図も簡単に斬り裂き、血飛沫が飛び散り、頭部が堅い地面へ落ちる。

 

そうなる筈だった。

 

?「ちょーっと待ったー!!」

 

彼女達が現れるまでは。

 




次回も書きたかったキャラが登場します。

最早私の自己満足になりつつある笑


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第37話 平和と調和を保つ魔法少女は止まらない

作者こと私ははプリキュアが好き…ですが、プリキュアの映画を観に行く勇気はありません笑


首が跳ね飛び鮮血が花を咲かせようとした丁度その時、制止するよう活発な少女の声が厳粛な雰囲気を打ち砕いた。

マリスが視線を座り込んだアイリから上に上げると、三人の少女が立っていた。

 

腰に手を当て仁王立ちしている、橙色に近い茶髪を後ろで纏めたポニーテールに大きなアホ毛が特徴の八重歯が生えた男勝りな少女。

 

胸の前に両手を当て、気弱そうに涙を浮かべた瞳でアイリの事を心配りして見つめる、白雪のような純白の髪をショートボブにした、臆病な雰囲気を醸し出す物静かそうな少女。

 

高身長でモデル顔負けのスタイルを持ち、肩や腹部が露出したシャツを着た、マイペースそうな雰囲気の金髪のウェーブがかかったセミロングヘアの少女。

 

外観だけでも個性が強い三人組の少女が夕陽を背に立つ姿を見たマリスは唐突な来訪者に驚く様子は一切なく、静謐とした態度を貫いている。

 

マリス「来たね、ピースハーモニア」

 

?「当たり前だ! あんた達の悪行を見過ごすことなんかさせねぇんだから!」

 

男勝りな少女が風を切る効果音が出る勢いで腕を振り上げ指先を向け、毅然のある声を上げた。

マイペースそうな少女は耳の奥まで刺さる大声に不快感を顔に表せるなか、物静かそうな少女が呟くようにマリスに尋ねる。

 

?「その女の子に…何かしたんですか?」

 

マリス「何もしてないよ。 僕が来たときには既に怯えてる状態だったよ。 哀れで仕方ない程にね」

 

?「こ、この女の子に何があったのかは、分かりません、けど、馬鹿にするのは、やめてください!」

 

小胆ながらも勇壮な勢いでマリスの言葉を否定した。

マイペースそうな少女は笑顔で物静かそうな少女の勇敢な姿勢に痛切したようで、笑顔で肩を組んだ。

突然肩を組まれ驚いた拍子に涙目になっているのを知らず、肩をポンポンと優しく叩く。

 

?「よう言うたね! わしがズバッと言おうとしてたら先に言うんやからマジカッコいい惚れるわ~!」

 

?「そ、そうですか…?」

 

?「そうだって自信持ってオッケーやって! わしが保証しちゃるからドーンと胸張っとき! …あかん、ユノっち張る胸がなかったな」

 

?「い、意地悪です~!」

 

?「いつまで話してんだよ! 私もマリスも待ちくたびれてるんだけどー!」

 

マリス「…はぁ、用があるのなら早急に済ませてくれないかな」

 

彼にとって戯れ言に過ぎない事ばかり聞かされ倦怠感が募っていっていたようで、発せられる言葉には若干だが怒気が含まれている。

 

?「もぉーそんなカッカせんといてー。 今からわし達が相手しちゃるから。 そんで、その子を襲うっちゅう事は、ディーバと何か関係あるんか?」

 

マリス「異界から来た客人なのは、見て分かるだろうけど、どうやら違うみたいだよ。」

 

?「せ、背中、羽が生えてます…!」

 

?「今更異界から来た奴等を見ても驚かねぇよ。 ディーバと関係がなかったとしても、あんた達の事は見過ごすわけにはいかない。 行くよ二人とも!」

 

三人の少女は首に掛けてあった正八面体の形をした水晶を手にする。

 

男勝りな少女の水晶は赤、物静かそうな少女は白、マイペースそうな少女は紫と、各々所持している色は異なるが、どれも包まれるような温もりを帯びた淡い光を放っている。

 

?「フェニックス、シャイニングリンク!」

 

?「ヴィーナス、シャイニングリンク!」

 

?「アポカリプス、シャイニングリンク!」

 

力強く叫ぶと同時に、眩い光が少女達を包み込んだ。

思わず目を覆うほどの眩耀。

マリスは目を覆っていた腕を下ろすと、先程の姿とまったく異なる、劇的な変身を遂げた少女達が立っていた。

 

?「紅蓮の勇気、ブレイブフェニックス!」

 

ブレイブフェニックスへ変身した男勝りな少女。

 

髪色はきらびやかな赤色へ変色し、シアン色のメッシュが入り、鳥類の羽を象った髪留めが修飾されてある。

二の腕からある衣装に手首には翼をイメージしたリストバンドがあり、肩の衣装も翼の形状をしている。

背中が大きく露出しており、背中からは先端がシアン色の燃え盛る炎のように赤い翼が生えている。

前側が短く、後側が長い丈が違う赤色とシアン色のスカート。

左足が赤色、右足がシアン色の膝まで丈のあるブーツ。

胸には赤色の宝玉が付いた黄色のラインが走るシアン色のリボン。

赤色とシアン色を基調とした衣装。

 

?「純白の清き心、ブリザードヴィーナス!」

 

ブリザードヴィーナスへ変身した物静かそうな少女。

 

純白の髪は煌めく白銀へと変わり、光に照らされた細氷の様に輝きを放っている。

後ろ髪を編み込みにし、雪の結晶を象った髪飾りにより留められ、頭部には氷で生成された半透明のティアラが装飾される。

白い手袋に、肩から背中に垂れている短めのレース。

淡青色フリルがあしらわれた四つに分かれてある独特なデザインのスカートに、フリルが少なめのドロワーズ。

淡青色のポンポンが装飾されたブーツ。

胸には白銀の宝玉が付いた淡青色のリボン。

白色を基調とした衣装。

 

?「常闇照らす月光、ルナアポカリプス!」

 

ルナアポカリプスへ変身したマイペースそうな少女。

 

金髪は先端以外が菫色に染まり、後ろ髪は三日月を象った髪留めにより纏められた三本のポニーテール。

肘まである白色の手袋、肩から羽織るように着た黒色のレース、かなり丈の短い側面に三日月の飾りが付いた黒色と菫色のスカート。

菫色のリボンが施された黒色のサイハイブーツ。

胸には菫色の宝玉が付いた黄色のラインが走る黒と白のリボン。

腹部と背中が大きく露出した菫色を基調とした衣装。

 

煌びやかで華やかな衣装を身に纏った少女達は燦爛で、豪華絢爛という言葉が当てはまる。

 

フェニックス「今回のあんたの目的は知らねぇけど、一丁ド派手にやるぜー!」

 

ヴィーナス「こ、公園の遊具を壊さないよう気を付けてくださいね」

 

アポカリプス「善処しときんさいよフェニックス」

 

ヴィーナス「確実にないよう、お願いします!」

 

マリス「敵の前だと言うのに、君達は相変わらずだね。 先手は取らせてもらうよ」

 

短剣に炎を灯らせ、足音一つ立てず襲撃した。

無音の疾走。

変身しない彼女達ならば反応することすら許されず、血肉を欲しがる刃の餌食となっていただろう。

 

だが現在の彼女達は、この世界の守護者、ピースハーモニア。

 

一般人とはかけ離れた身体能力を得た彼女達には到底及ばない。

フェニックスが翼を模した炎を纏った手刀を放つ。

空気を斬り裂く音が聞こえる程の速度。

下から上に振り上げられた手刀は短剣を弾くだけでは終わらず、横に振り返り様に踵蹴りをお見舞いした。

マリスは顔面に直撃を受ける前に腕で防御するが、大型車両が激突する以上の衝撃に後退せざるを得なかった。

 

フェニックス「ちぇっ、防がれちまったな」

 

マリス「君の強さには敵ながらあっぱれだよ」

 

アポカリプス「わし達の強さに恐れ入ったっちゅーことでさっさと帰ってもらえへん?」

 

戦闘を開始した直後だと言うのに、緊張感のない無聊そうな態度で手首を振り帰るように促すも、素直に首を縦に振り踵を返す訳がない。

アポカリプスの問いには答えず、懐から取り出した小さな黒色の丸い物質を数十個乱雑に散布する。

地面に落ちた途端に人間と同等の等身へと肥大化し、二本の角が生えた、顔には口や鼻等のある筈の部位が確認できず、生気のない白目で敵と見なした少女達に睨みを利かせている。

 

マリス「これが僕の答えだ。 行け、デスマミー!」

 

マリスに命を受けたデスマミー達は一斉に走り出した。

傀儡達が走り出すと同時に翼を広げ勇猛に飛び出していったフェニックスに、ヴィーナスとアポカリプスも後に続く。

 

フェニックス「こんな雑魚達相手じゃ私の相手は勤まらないよ!」

 

炎を纏った拳と蹴りの連撃は早く且つ強力で、一撃一撃をデスマミー達に与えていく。

デスマミーはディスピアの人口増産兵士で、大した能力もない難敵とはとても言い難い存在だが、数だけは異常に多い。

数の暴力で押し寄せるため休む隙が与えられないというのが厄介極まりない。

 

フェニックス「何度同じ奴が来ても同じだー!」

 

多勢に無勢という言葉は通用しない。

疲労という感覚が無知なのか、燃え盛る炎は収まるどころか過激になり、フェニックス一人でほぼ全ての相手を完封してしまっている。

 

ヴィーナス「ぜ、全部フェニックス一人でも、大丈夫なんじゃないでしょうか?」

 

アポカリプス「何言うとるんよ。 ヴィーナスの力も必要やから、一発ドでかいの決めちゃりんさい!」

 

張り手なのかと思わんばかりに背中を叩かれヴィーナスは走り出す。

背中に残る疼痛に顔を歪ませつつ、デスマミーを凪ぎ倒しながら体に冷気を集束させていく。

 

ヴィーナス「『ブリザードミスト』!」

 

白い霧が両手から放出され視界を奪う。

僅かな陽の光を浴び細かな結晶が白銀に輝く幻想的な絶対零度の世界。

その美しい光景である霧の中は、表面に見えている美しさとは真逆で、惨たらしい状況へ変貌していた。

 

霧の中へ封じられたデスマミー達は一秒も経たないうちに全身が凍り付いた。

肉体、筋肉、関節、神経と言ったあらゆる全てを凍てつかせ、時が止まったかのように微動だにしない。

文字通り凍結した彼等をヴィーナスは走り通る際に掠れる程度に触れる。

触れた場所から体に罅が入り全身を駆け巡り、氷塊となり崩れ去っていく。

全てを凍てつかせる死の霧の中で、一つの灯火が辺りを赤く染め上げた。

灯火の正体は、フェニックスだ。

体を照らす灼熱の赤い光は絶対零度の冷気を除外し、寒さを一切感じていないようで、悠々と霧の奥から姿を現した。

 

フェニックス「お前のその技怖いって…」

 

ヴィーナス「し、仕方ないじゃないですか…。 これが私の能力、なんですから」

 

フェニックス「まぁ私も人に言えないけどな。 助かったよ、サンキュー」

 

八重歯が目立つ白い歯を見せニカッと笑い礼を述べる。

 

フェニックス「さーて、まだまだ準備運動にもなってねぇからな。 暴れさせてもらうぜ! 行くぜヴィーナス!」

 

ヴィーナス「はい!」

 

片や炎、片や氷、相性が相反する力が協調し、デスマミー達を蹴散らしていく様は、武神のようにも見える。

 

残されたアポカリプスはマリスと対峙していた。

 

アポカリプス「わしの相手はマリスかいな。 今日もしっぽ巻いて逃げるところを拝ませてくれるん?」

 

マリス「随分な言われようだ。 今回の僕は一味違うよ。 そして、デスマミー達もね」

 

不気味に笑みを浮かべると、腕を高らかに頭上へ上げる。

手首には目の模様がデザインされた毒々しい色のブレスレットが装着されており、力を送り込むと黒い光が発せられる。

 

マリス「我が力に応え、汝の闇を解き放て」

 

ブレスレットが一層光を放ったと思うと、数十体と存在するデスマミーの動きが一斉に静止した。

異形の軍団を蹴散らしていたフェニックスとヴィーナスは何故動きを止めたのか疑問を抱きつつも、当然だがこの好機を逃さず倒すのが定石と考える。

直ぐ様行動を起こそうとした直後、デスマミー達が覚醒した。

先程よりも全体的に動きが俊敏になり、力も倍以上に膨れ上がっており、変化が見られるのは一目瞭然。

 

フェニックス「うおっ!? 何だ急に!?」

 

ヴィーナス「い、今までの…ひえっ!? デスマミーじゃなさそうですー!」

 

涙目でヴィーナスがデスマミー達の止まらぬ猛攻を退けるが、最初の勢いは頓挫している。

 

アポカリプス「なんや、けったいな代物持ってきたなぁ」

 

マリス「ディーバを狙う異世界からのお客さんからのプレゼントさ。 僕らの恣意でいつでもデスマミー達を強化できる。 無論、装着している本人にもね」

 

黒い光がマリスに注がれる。

デスマミー同様、力が膨れ上がるのが肌を突き刺さるように通じてくる。

アポカリプスは豪胆な性格なのか、怖じ気付く様子は見られず、逼迫した兆しは全く見えない。

 

アポカリプス「異世界ねー。 エクリプスとか言う危なっかしい連中のことかいな?」

 

マリス「地獄に行く君に知る必要があるのかな?」

 

アポカリプス「アホ、死なへんから聞こうとしとるんや。 それに行くとしても天国や。 『ルナライトソー』!」

 

スカートの側面に装飾された三日月が分離し、黄金に輝き、光の粒子を宙に散らしながら標的であるマリスへと向かっていく。

三日月型の刃を短剣で弾き返したマリスは力強く足を踏み込み、加速が不必要なほど尋常ではない速さで接近する。

弾き返ってきた三日月を手にし、ナイフを扱うように軽々と振るい短剣を受け止める。

金属同士がぶつかり合う甲高い音が何度も響き火花が散る。

引っ切り無しに攻防が続いてはいるが、徐々に押され始めていた。

 

マリス「凱歌を歌うのは君達ではなく僕のようだね」

 

アポカリプス「勝敗を決めるにはまだ早いで!」

 

マリスの言葉に、僅かだが愾心を燃やしたアポカリプスは短剣を斬り込む際に軸足となっている右足を払いバランスを崩し、隙だらけの腹部へ向け月の刃を突き刺す。

 

マリス「甘いね」

 

確実に一撃が入る筈だったが、容易く防がれた。

ブレスレットの力により強化された身体能力で崩れかけたバランスを無理矢理戻し、体を横に捻り斜めに振り上げられた足で月の刃を持つ手首を蹴り防ぎ、振り返り様に炎を纏った短剣を横に一閃した。

 

アポカリプス「うぐっ、あぁ…!」

 

業火と共に激流のように押し寄せる痛みに呻き声を上げる。

マリスの攻撃は振り続く豪雨のように止むことを知らないのか、続けざまに逆にもう一閃、顔面に回し蹴りをくらわせた。

体に迸る擘く痛みと衝撃に意識が遠退くが、気力を振り絞り耐える。

倒れまいとふらついた足に力を込め地面を踏みつける。

 

アポカリプス「『フルムーンライトシュート』!」

 

真横に綺麗に裂かれた腹部の傷からは鮮血が止めどなく溢れ出る。

生命に関わる恐れのある大量出血だ。

深傷を負いながらも気にも留めない勢いで、今出せる最大の技を放つ。

 

フェアリルに住む人々を、友や仲間を守るために、目の前の敵を討つ。

青春を生きる十代という若さで世界を守ることは生半可な気持ちで成し遂げられることではない。

常に体や命張りながら戦う彼女達は、正に戦士と呼ぶに相応しいだろう。

 

アポカリプス「エクリプスと、組んだあんたを野放しになんてできん! わしが、みんなを守る!」

 

吐血し、息も絶え絶えになりながらも声を張り上げる。

 

アポカリプスの周囲に満月が数個出現した。

一層輝きを増した途端、一筋の極太の光が容赦なくマリスに放たれた。

煌めく月光を難なく避け続けるマリスの身を回すような動きは到底真似できぬほど柔軟で、尋常の域を超えている。

回避が困難な物は愛用の短剣で防ぎ払い除ける。

強化された肉体を匠に扱い、完璧な回避行動に圧倒され、アポカリプスの技の威力は徐々に落ちていき、生気と活気が失わていく。

額は汗で濡れ、足も震え顔も青冷めていっており、限界を迎えると同時に死の足音が漸近してきていた。

 

一発だけでもいい。

掠れるだけでもいい。

僅かでも一撃を与えられれば好機が訪れる。

全精力を注ぎ続けるも、回避される一方で、いずれか力尽きるのも時間の問題。

マリスも消耗戦を企んでいるようで、焦りと不安がアポカリプスを襲う。

視界が真っ白になり目眩が一層酷くなり、集中力が途切れ、周囲に召喚された満月が収縮し消滅を始めていた。

 

二人の戦闘を見兼ねたフェニックスは重い拳の一撃を与えてきたデスマミーをカウンター様に腹部に炎の羽根を数発、至近距離でお見舞いし消滅させ、援護をすべく駆け付けようとしたが、マリスの背後の風景にとある違和感を覚える。

 

今なお回避行動を続行しているマリスの背後、夕闇に染まる空が捻れていた。

しかも一ヶ所だけではなく、数ヶ所にも及び謎の現象が勃発している。

 

常識なら起こりうる事のない奇妙な現象に、フェニックスは我が目を疑い瞬きを数回繰り返すも、幻ではなく現実に起きている事実に変わりはなかった。

 

変化が起きたのは数秒と経たず起きた。

歪んだ空が開いた。

文字通りの意味で、中から抉じ開けられたかのように空が開き、見ているだけで吸い込まれそうな感覚に陥る、亜空間が顔を覗かせていた。

空間の裂け目だと確信したフェニックスは安堵の表情を浮かべた。

これだけの数の裂け目を出現させられる高度な技術を持つ者は、フェニックスの知人の中でも限られる。

 

回避され空を貫き消える運命にあった月光は空間の裂け目へ吸い込まれていき、鏡に光が反射する勢いでマリスに向け逆行する。

唐突に起きた不可思議な現実に、流石の強化されたマリスの体でも反応が間に合わず、背後から迫り来る月光に直撃し勢いよく地面を横転する。

予想だにしていない展開にアポカリプスとマリスは戸惑いを隠しきれない。

 

アポカリプス「一体…何が?」

 

マリス「ぐっ…! 君達の攻撃ではなさそうだね」

 

?「夜叉の構えから左手回して8時の方角! ファッ!?」

 

マリス「ぐふっ!?」

 

続けざまにマリスの真横に空間の裂け目が出現、中から変なポージングをした青年が風を切る猛烈な勢いで飛び出しマリスに激突した。

 

黒いラインが迸る純白の剣、グラムを手にした青年の名は、アレク。

アイリとシャティエルをピースハーモニアの世界に送達し、危機を救った張本人。

二人を捜索するため亜空間を通り探っていたところを、ピースハーモニアが苦戦している場面を目撃し乱入してきたのだった。

 

遅れるように同伴したラミエルも裂け目から姿を現し、ふざけた態度のアレクを見て失笑している。

 

アレク「俺、参上!」

 

自信が満ち溢れる相豹のアレクは再びポージングを取りつつ、周囲の状況を把握すべく鳥瞰する。

青年の存在に真っ先に気付いたフェニックスは屈託のない笑みで青年へ聞こえるよう荒げるように声を上げる。

 

フェニックス「助けてくれるんならもうちょい早めに登場してくれよ!」

 

アレク「ヒーローは遅れてやって来るのがお決まりなんだよ。 目的は違うけど、知人が危機的状況なのに見てみぬ振りをする冷酷な人間じゃねぇ。 ラミエル、お前もそうだよな?」

 

ラミエル「知人じゃなくても助けてやるさ。 天使として見過ごせねぇ。 邪な気を放つお前がデスピアの敵ってことで間違いないよな?」

 

指の関節を心地よく鳴らし転倒したマリスの元へと歩みを進める。

マリスは第三者の介入による不意打ちにより険悪の形相を帯びており、声には怒気が満ちている。

 

マリス「天使族か。 この世界の者でないのなら、自身の世界に帰り冥加でも受けているといい」

 

ラミエル「言ってくれるぜ!」

 

挑発の一言により戦闘の端緒が開いた。

電気が迸る拳と焔が纏う凶刃がぶつかり合い火花を散らす。

 

衝撃音と金属音が響く最中、アレクは一騎打ちには加入せず、最優先事項である行動に移った。

負傷したアポカリプスの治療。

腹部を斬り裂かれる重傷を負いながらも死力を尽くす勢いで攻撃を行ったため、体への負担は相当なものだったらしく、アレク達の介入に安堵したのか、崩れるように仰向けに倒れた。

まだ意識はあるようで、腹を裂かれた燃えるような苦痛に顔を歪ませている。

アレクは足早にアポカリプスの容態を確認する。

 

アポカリプス「うぅ……あ、兄さん、ありがとうな。 恩に着るわ」

 

アレク「今は喋らずじっとしてな。 …にしてもよく無事でいられたな。 すぐに治療するからな。 フラガラッハ!」

 

未成年の女性が腹を裂かれて無事でいられる筈がない。

内臓等が傷口から覗いてはいないが、出血多量によりいつ命を落としても不思議ではないだろう。

至急傷を塞ぐ必要があるため、白色と黄緑を基調とした、柄に蔦が巻かれた剣、フラガラッハを召喚した。

何故治療を行うのに剣を出したのか、無知な第三者からすれば理解不能だろう。

 

アレク「癒しの力を。 『ヒールクラスター』」

 

アレクが所有する剣の中で、唯一癒しの力の能力がある剣、フラガラッハ。

ありとあらゆる傷を癒す光の粒子が淡く輝きを放つ剣から溢れる。

光の粒子はアポカリプスの傷口へと舞い降りるように注がれ、傷口を一瞬の間に塞いだ。

痛々しい傷跡すら残さない、何事もなかったかと思わせるほど完璧に治癒していた。

 

アレク「よし、これでもうバッチリだ。 立てるか?」

 

アポカリプス「助かったで兄さん。 借りができてしもうたなぁ」

 

アレク「返さなくたっていいぜ。 仲間なんだから助け合うなんて当たり前だろ」

 

アポカリプス「かっこええこと言うなぁ。 惚れてしまうかもしれへんわ」

 

アレク「嬉しい限りだぜ。 これで惚れられた女は何人目だろうか…数えきれないぜベイベー」

 

アポカリプス「余計なこと言わへんかったら完璧やのになぁ」

 

痛みが引き、完治し万全の状態となったアポカリプスは差し伸ばされたアレクの手を取り立ち上がった。

 

アレク「マリスはラミエルに任せておいても問題ないだろ。 俺達はフェニックス達を加勢しに行こうぜ」

 

アポカリプス「了解や。 足引っ張らんといてや?」

 

アレク「手を引いてダンスをできる余裕はあるぜ」

 

両者は同時に地を駆け、傀儡の大群に入り乱れる。

アポカリプスは三日月を手にし、氷針を数本生み出し飛ばしているヴィーナスと合流する。

 

ヴィーナス「アポカリプス! 無事で、良かったです! 無茶しすぎですよぅ…」

 

アポカリプス「堪忍なぁ。 心配してくれてありがとうな。 さぁ、早いとこ片付けてしまお!」

 

仲間が無事なことに安堵したヴィーナスの藍色の瞳には涙が浮かんでおり、アポカリプスは背中を擦り宥めた後、二人は即座に戦いへと呑まれていった。

 

一方でアレクはフェニックスと合流し、新たに召喚したグラムを手にし大量のデスマミーを斬り落としていた。

 

フェニックス「ホント助かったぜ。 お前がいなけりゃアポカリプスが危なかったからマジで感謝してるぜ」

 

アレク「ライダー…じゃないけど、キモサベなら助け合いでしょ」

 

フェニックス「キモ…何だ? まぁいいや。 今度お礼に何でもしてあげるぜ!」

 

アレク「ん? 今、何でもって…」

 

フェニックス「……前言撤回する。 飯奢ってやるよ!」

 

アレク「残念、録音させてもらったから取り消しはできないぜ☆」

 

フェニックス「んな!? いつの間に録音機なんて持ってたんだよ!? 消せ! 今すぐ消せ!」

 

アレク「ラブアローシュート!って言ってもらおうか。 キューティー○ニーのコスプレも捨てがたい」

 

フェニックス「聞けよこの変態野郎!」

 

アレク「変態じゃない。 変態という名の紳士だ。 仕方ない。 チャンスをあげるぜ熱いレボリューション。 デスマミーを倒した数が俺より多けりゃ録った物は消してやる。 俺が言ったことが嘘だと思うか?」

 

フェニックス「星の数ほど嘘付いたことがあるのに何ほざいてんだよ! 兎に角、約束したからな! お前が相手でも絶対勝ってやるからな!」

 

若干、アレクのふざけた会話の流れにふわっと浮き立ったような痛快な気持ちが残りつつ、怒りと羞恥により顔を林檎のように赤く染め地団駄を踏んでいた。

緊張感のない饒舌な彼と契りを結ぶと、そそくさと疾走、デスマミー達へ炎を纏った拳で殴り付ける。

 

アレク「元気でよろしい。 俺も活力ある姿を見せないとな。 大人気ないけど…いくぜ、リジル!」

 

真っ直ぐな峰に赤いラインが走る刃が緩やかな流線型をしている銀色の剣、リジルを召喚し手にする。

 

逆手持ちにしたリジルを手に駆け出すや刹那、アレクの姿が神隠しにあったかのように雲散霧消した。

瞬きするよりも早い、一瞬の出来事。

目標を瞬時に見失ったデスマミー達は周囲を彷徨うように探索し始める。

捜索を始めて一秒経ったか、若しくは経っていないコンマ数秒後か、デスマミー達の胴体は真横に真っ二つになり命を散らした。

数体という範疇に止まらず、戦場と化した公園を埋め尽くす数のデスマミー全てが同等の無惨な有り様へ成り果て、断末魔を上げることを許さず消滅を果たした。

残された三人のピースハーモニアは現状が理解できず目を白黒させ困惑している最中、何食わぬ顔でアレクがフェニックスの前に忽然と姿を現した。

 

フェニックス「うおっ!? え、アレク、お前、何をしたんだ?」

 

アレク「何って、一匹残らず斬り捨てただけだぜ? あ、大人気ないことしたからさっきの約束はチャラにしてやるよ」

 

フェニックス「う、嘘だろ? あの一瞬で、あの数を片付けたのか…?」

 

アレク「正確には俺の能力と言うより、リジルの能力だけどな。 こいつの能力は所有者に光速をも超える神速の力を与える。 とてつもない速さで動けるってことだな。 どんなに反射神経や動体視力が良い歴戦の戦士でも、己の眼で確認することは、限りなく不可能に近いレベルの速度をな」

 

目を皿にするしかない。

実力の差が尋常どころか規格外に達していた。

以前からアレクと友好な関係であり、戦う様は何度か目にしており、力の一端は何度か目にしているが、改めて規格外に達する力の雲泥の差を見せつけられ肝を冷やす。

 

アレクはリジルの能力を淡々と説明し終えるとほぼ同時に、再び姿が消えた。

次に姿を現した場所は、ラミエルとマリスが力を衝突し合っている狭間。

前触れもない急襲にマリスは反応できず、短剣をリジルで防がれ、隙だらけとなった腹部を蹴られ後方へ吹き飛び、地面を抉りながら横転していく。

 

ラミエル「うおっ!? リジルで急に現れるのやめろって! 顔面ぶん殴りそうだったぞ!」

 

アレク「ごめんごめんごー。 許してヒヤシンス」

 

ラミエルは前へ突き出そうとした電撃を纏った拳を慌てて下げ一喝した。

戦局を一変させ満悦しているアレクは殴打されたかもしれぬ状況など気にしもない泰然なる態度で、ただの一蹴りで数十メートルは飛ばされたマリスを凝望している。

 

マリス「どんなトリックを使用してるのか知らないけど、厄介極まりないね」

 

口内に溜まった血反吐を吐き出し、服に付着した砂埃を払い立ち上がった。

 

アレク「どうする? まだやるならさっきの体当たり以上に理不尽な亜空間タックルを繰り出すぞ」

 

マリス「やれやれ、君さえ現れなければ事が良好に進んでいたものを」

 

アレク「世界の調和を齎すピースハーモニアを侮蔑しすぎだ。 もう一度聞くけど、どうすんだ?」

 

マリス「僕にはまだブレスレットの力がある。 デスマミーを出せる限り出し、残りの三闘士を呼び寄せ皆殺しにする」

 

再びブレスレットに邪悪な黒い光が灯る。

肌を撫でる邪険な気に、ピースハーモニア達は即座に反応を示し、力を発揮させるのを阻止するため走り始めた。

 

アレクもリジルを行使しようとしたが、耳を劈く銃声が聞こえたため、攻撃を制止した。

 

銃声を耳にした直後、マリスの手首に付けられたブレスレットに銃弾が命中、罅が入り一部が粉々に砕け散り、無用の長物と化した。

銃弾を受けた衝撃により鈍痛を覚えた手首を抑え、銃声が聞こえたと思われる方向へ目線を移す。

 

公園の遊具であるジャングルジム。

その頂上にはマリスを俯瞰する、敵愾心を露にし銀色のハンドガンを手にした人物、世界の監視者、リョウだった。

その隣には人間サイズとなったピコが自身の武器であるピコピコハンマーを持ち、今にも襲い掛からん双眸で見据えている。

 

マリス「次は世界の監視者とその相棒か」

 

リョウ「その辺にしとけ。 アレクとピコがいる時点で大勢は決した。 死にたいのなら続けてもかまわへんけど?」

 

銃口を手首から頭部へ向け的を合わせ、撃鉄を引き何時でも発砲可能となった。

不審な動きを見せれば躊躇なくトリガーを引くだろう。

 

マリスは腕をだらりと下へ下ろすと、観念したように両腕を上へ上げた。

 

マリス「分が悪すぎる。 流石に僕は命は惜しいから、引かせてもらうよ。 じゃあ、また会おう」

 

アレクの登場により勝率が下がったにも関わらず、リョウとピコの乱入により更に急激に下がり、引き際を悟ったマリスは一切の抵抗を見せずその場から超人的な跳躍力でこの場から去った。

 

戦場と化した公園が静寂に包まれたその時には既に陽は完全に沈みきり、夜の闇が空を覆い尽くしており、設置された幾つかの街頭だけが周囲を照らしている。

 

脅威が去り、リョウは銃を懐に収め、ピコと共にジャングルジムから飛び降りる。

 

リョウ「久し振りやなアレク。 助かったよ」

 

ピコ「やっほーアレク!」

 

アレク「アリスから話は聞いてたからな。 ピコやリョウの仲間なら助けるのは当然だ」

 

剣を消し、差し伸ばされたリョウの手を掴み固く握手を交わす。

当然だが、手が存在しないピコとは握手は交わしてはいない。

 

フェニックス「次は世界の監視者か。 今日は異世界からの客が多いな」

 

ヴィーナス「でも、おかげで、助かりました。 アレクさん、リョウさん、ピコさん、ありがとうございます」

 

アポカリプス「戦いが終わったのはええんやけど、この子達を何とかせんと」

 

平穏無事なことを喜ぶ間もなく、ピースハーモニアの三人は未だに地に座り込み俯くアイリと、機能が停止し目を見開いたまま仰向けに倒れるシャティエルの側に寄り添っていた。

リョウは二人の変わり果てた存在に気付くと、狂騒することなく早足にアイリの側に駆け寄り、アイリの目線に合わせるようしゃがみ込み優しく言葉を掛ける。

 

リョウ「アイリ…」

 

アイリ「リョウ、くん…あたし、の…せいで…」

 

リョウ「アイリのせいやない。 本当にすまない、わしが不注意なばっかりに辛い思いをさせてしまって」

 

アイリ「でも……あたし…あたしは…!」

 

自身の行いを厭悪し、自責の念に駆られ頭を抱える。

触れただけで壊れ千切れてしまいそうな一縷の精神状態ではまともに会話はできないと判断し、アイリの状態を一度保留することにし立ち上がり、機能が停止ししてしまった無惨な有り様となったシャティエルを横抱きし、ワールドゲートを召喚する。

 

ラミエル「おい、アイリはどうすんだよ」

 

リョウ「一度落ち着いてから後でわしが話をする。 先にシャティエルを修理しないと取り返しがつかないことになる。 優華、アレク達と一緒にアイリを連れて『T・フラワー』に行っててもらえないか? 後でわしも合流するから」

 

フェニックス「わ、分かったぜ」

 

優華と呼ばれた少女、フェニックスが頷く。

リョウは光の灯っていないシャティエルの無機質な瞳と、何かが貫いたと思われる穴が開いた腹部、機械の部品等が刃物により斬り刻まれ内部が筒抜けとなった体を見る。

無惨すぎる惨状に目を逸らしたくなった。

 

リョウ「ごめんな、シャティエル。 すぐに直してやるからな」

 

聞こえる筈もないシャティエルに感傷的な声で話し掛け、開きっぱなしの目を閉じた。

フサキノ研究所へ向かうため、ワールドゲートへと入っていき、役目を終えると光となり消滅した。

 

アレク「ったく、守るものや背負うものが多すぎるんだよ。 まったく、仕方ないな。 ラミエル、手伝ってくれ」

 

ラミエル「あぁ。 ほらアイリ、行くぞ」

 

アレクとラミエルはアイリの腕を持ち無理矢理にでも立たせ歩き始める。

アイリは脱力しきっており、覚束ない足取りで歩みを進め、目的地に着くまで延々と下を向き俯いていた。

 

普段のアイリを目にしていたラミエルは、その豹変振りを実感し、事情を知らないということもあり掛ける言葉が浮かばず絶句するしかなかった。

何かしらの理由で絶望してしまったのは明らかだったが、もう元の活発で天真爛漫な彼女には戻れないのではないかと思えてしまった。

 

 




因みに作者が一番好きなプリキュアはキュアブロッサムです



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第38話 乙女よ大志を抱け!!

『魔法使いと黒猫のウィズ』のメインストーリー完結おめでとうございます!

自分も古参勢に含まれる方ですがもう感動しかありません。
最後は普通に泣きました。


リョウの提案により、ピースハーモニアの少女達の行きつけの喫茶店、T・フラワーに場所を移すことになり、そこで詳しく話を聞くこととなった。

 

変身を解いた少女三人が先導してアレク達を案内していた。

 

アイリの容態を気にしてはいたが、事情を一切知らず飲み込むことのできていない自分達ではどうすることもできず歯痒い感覚になり落ち着いてはいられなかった。

アイリを助けたい、救いたいという、純粋な思いは三人が心の中にあり結託している。

 

常に人助けをする善良な行いを怠らないことを念頭に置いている、と言うより自らの本心で行っている彼女達、ピースハーモニアの自己紹介をしておこう。

 

ブレイブフェニックスに変身していた少女。

名前は鳳 優華(おおとり ゆうか)。

橙色に近い茶髪を後ろで纏めたポニーテールに大きなアホ毛が特徴の八重歯が生えた男勝りな性格。

猪突猛進で一度決めたことは最後までやり抜き、義理と友情に厚い心の持ち主。

持ち前の明るさは三人の中のムードメーカー的な存在だ。

勉強は逃げ出すほど苦手だが、その反面、運動神経はずば抜けて高く、学校の部活動で様々な部活の助っ人として活躍しており、戦闘でも自慢の体力を駆使し、敏捷でアクロバティックなスタイルで戦闘を行う。

 

ブリザードヴィーナスに変身していた少女。

名前はユノ・ホワイト。

白雪のような純白の髪をショートボブにした、臆病な雰囲気を醸し出す怯懦な性格。

心配性で引っ込み思案な彼女だが、困っている誰かの為ならば即座に救いの手を差し伸べる慈愛の心と、強大な敵にも恐れながらも決して引かない勇気を持ち合わせている。

趣味は読書で、一日中図書室や図書館、自室から出てこないな時があるとかないとか。

因みに種族は人間ではなく、ハーフエルフと呼ばれる、人間とエルフの間で生まれた種族だ。

 

ルナアポカリプスに変身していた少女。

名前は夜美(よみ)・L・ディーフェル。

高身長でモデル顔負けの学生とは思えぬスタイルを持ち、金髪のウェーブがかかったセミロングヘア。

相当マイペースな性格だが、メンバーを統一させる精神的支柱を持ち意見を出すリーダー的ポジションにある。

一人称を『わし』と言ったり、関西弁で喋る等の強烈なインパクトがあるのは、現実世界にある極道映画を幼い頃から見てしまったせい、らしい。

 

各々個人の色が濃く統一性のない少女達だが、ピースハーモニアとしての連携は見事なもので、幾度となくフェアリルを守り抜いてきた紛れもない戦士。

 

三人の年齢は十七歳で、勿論学校に通っており、青春を送る極々普通の女の子でもある。

誰が見ても極々普通の女子学生だと明確に分かる彼女達に連れられ、ゴシックスタイルの家が立ち並ぶ住宅街を抜け、小さな花々が咲く、人工的に敷かれた煉瓦の一本道が木々の中へと続く広間へ辿り着いた。

 

蛍の灯火のように周囲を照らす光の玉が宙に浮いている幻想的な雰囲気を感じさせる木々が生い茂る一本道を抜けた先に姿を現したのは、一軒の木造建築の喫茶店だった。

色とりどりで多種多様な花が咲き誇る小さな庭園を通り入り口の前に立つ。

『CLOSED』と書かれた看板が出ており、閉店しているのは明らかだったが、お構いなしに優華は扉を開き入店した。

扉に付けられたベルが心地好い音を鳴らす。

店内にも花や観葉植物が至る場所に飾られており自然に溢れている。

吹き抜けのある構造の二階に、自然豊かな庭園を一望できるテラス。

時間がゆっくりと流れる穏やかな雰囲気を放つナチュラルスタイルの喫茶店に入店した優華は安穏を吹き飛ばす大声で人の名を呼ぶ。

 

優華「おーいイリーラさーん! 邪魔するぞー!」

 

?「は~い。 今行きますね~」

 

返ってきた言葉を発する人物の口調は、優華とは違い、のほほんとした気が抜けるような悠々としたもの。

厨房へと続くスイングドアを通り出てきたのは、長身エプロンを着た女性だった。

絹糸のように艶のある金髪をストレートにした、男性の眼を瞬時に虜にしてしまうであろう美女。

一つ特異な点を上げるとすれば、背中から生えている、二枚の半透明な翅だろう。

 

イリーラと呼ばれた女性はにこやかな表情で来店した優華達へ対応する。

 

イリーラ「いらっしゃいませ~。 閉店したのにピースハーモニアである優華ちゃん達が来たってことは、何か大切な話でもあるのかしら~?」

 

優華「そうだな。 二階の席を貸してもらいたいんだけどいいよな?」

 

ユノ「ゆ、優華さん、不躾、ですよぅ」

 

イリーラ「私達の仲なんですから、気にしなくていいですよ~。 どうぞ、使ってください。 あら、アレクさんもいらっしゃるんですね~ 」

 

アレク「よお。 突然で悪いな」

 

イリーラ「いいえ~、お気になさらず。 ではでは、こちらへ~」

 

口振りからすると優華達がピースハーモニアということは知っているようだ。

どういった経緯で正体を知っているのかはまた別の機会に話すとして、T・フラワーはピースハーモニアの憩いの場所でもあり、何か重要な話し合いをするための場所としても利用させてもらっている。

 

嫣然と一笑した彼女は二階へと続く階段に案内した。

ギシギシと音を立てる年季のある階段を登り二階へと向かう。

ソファーや椅子がある席に適当に着き、アイリの話を伺おうとしたのだが、アイリの表情は先程と変わらず暗く沈痛な面持ちで俯いたまま緘黙している。

 

このままでは埒が明かないので、アレクが開口しようとした直後、階段から誰かが昇ってくる音が聞こえた。

不法侵入者か追っ手なのかと思い一抹の不安が過るが杞憂に終わった。

先程別れたばかりのリョウだった。

僅かに息を切らしているところを見ると、早急に行動をしていたことが察せられる。

 

イリーラ「あらあら、リョウさんも来てくださったんですね」

 

リョウ「やあイリーラ、久し振り。 営業時間外なのに悪いね。 場所を提供してくれたのには感謝するよ」

 

イリーラ「皆さんのお力になれるのなら、私は嬉しいですから~」

 

優華「じゃあさ、次からは営業時間外でも来れるってことだよな。 私達のためなんだからさ」

 

夜美「優華、それはただの迷惑やからやめとき」

 

リョウ「まったくだ。 さて…」

 

イリーラとの挨拶を手短に済ませ、アイリの元へと歩み寄りアイリの隣に腰掛けた。

横目で存在を視認できたのか、俯いた顔を上げた。

爛々とした表情が微塵もない痛ましい現状に目を背けたくなったが、看過することなど到底あり得ない選択だ。

優しい口調で話しアイリに語り掛ける。

 

リョウ「さっきよりは、少し落ち着いたかな」

 

アイリ「リョウ…君…。 あたしは…」

 

リョウ「取り敢えず朗報だ。 シャティエルは無事や。 フサキノ研究所を調査中の理緒に預けて状態を見てもらったところ、数時間あれば回復は可能とのことだ」

 

アイリ「無事、だったんだ。 でも、あたしが、シャティエルを傷付けたことに変わりは、ないよね…」

 

リョウ「…アイリ、無理にとは言わない、わしがいない間に何があったのか話してくれないか?」

 

シャティエルが無事だったことに喜悦の言葉を発するも、顔は相変わらず消沈した暗い表情のままだった。

そしてリョウの質問に従うように答える。

 

翔琉達のいる世界でサタンフォーの一人、アンドロマリウスとの遭逢。

 

欠損していた人間だった頃の記憶が蘇ってしまった。

 

己の心の弱さのせいでシャティエルを傷付けてしまった。

 

異世界に逗留していた短い時間の中での濃厚な出来事にリョウは思わず頭を抱えた。

改めてアイリを残したことを後悔するも、過ぎてしまったことを再考していても仕方ない。

 

アレク「…悪魔に襲われた時の記憶のせいで戦えなくなったということか」

 

アイリ「うん…。 分かってた筈なのに、あたし、あんな恐ろしい存在と、戦ってただなんて」

 

再び悪魔に襲われる記憶が脳内で再生され、悍ましい声と映像がリフレインされる。

手が小刻みに震え、精身が悪魔と会うのを拒み警鐘を鳴らしている。

 

アイリ「あたし、もう戦えない。 戦いたくない。 あんな怖い思い、もうしたくない」

 

リョウ「……なら、もう戦わなくてもいいよ」

 

アイリ「えっ…?」

 

反対されると予想していたので、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

リョウの体を射ぬかれるような真っ直ぐな視線に、アイリは瞬きをするのも忘れ見つめる。

 

リョウ「危険な直面に合わせてしまったのは、わしの監督不行き届きのせいや。 アイリを守ると決めた時から、正直、危険に晒すようなことはしたくはなかった。 だから、天界に戻ろう。 天界じゃなくてもいい、現実世界と同じように、何事もない平凡な日々を過ごそう」

 

アイリが戦うことを決意したのは、リョウの世界の監視者の補佐となるなるために強くなること。

強くなるための動機、目的を潰そうとしているような言い草だったが、アイリが何事もなく平穏に過ごせるのであれば、それだけで寵愛する側としてはリョウは満足だった。

 

流石のアイリも、己の目的を忘れた訳ではなかったので、リョウの言葉により自らが決心した事柄を捨てるか躊躇するが、悪魔等の魔の手から戦うことを想像すると逃避したくなる。

アイリが沈黙を通し痺れを切らしたアレクが口を開いた。

 

アレク「否定する訳じゃないんだけどよ、アイリ、お前は本当に逃げて満足なのか?」

 

アイリ「えっ…?」

 

思いがけない初対面の相手から質問され戸惑う。

 

アレク「おっと、自己紹介してなかったな。 俺はアレク。 ピコやリョウの仲間、今はそれだけでいい。 それより、さっきの質問に答えてもらうぜ」

 

ラミエル「おいアレク。 今はアイリとリョウが話をしてるんだから、俺達が介入する余地はねえだろ」

 

アレク「もしそうなら俺達がこの場に留まる理由はなかった筈だ。 一階で待機することも可能だった。 だがリョウは指摘はしなかった。 俺達も、アイリのことが心配で着いてきて残ってる訳だしな」

 

アレクの言葉に共感したピースハーモニアの三人は同時に頷く。

 

アレク「それで、どうなんだ?」

 

暫しの沈黙。

俯き頭の中で考えを整理し終え口を開く。

 

アイリ「……逃げるのは、嫌だよ。 でも、立ち向かうのは、怖い。 あの時の記憶が、頭を過って、戦えなくなっちゃう」

 

夜美「トラウマっちゅうやつやね。 克服するには…時間が解決ってのもあるよね」

 

ユノ「簡単に治すのは、難しいですよね」

 

アイリ「それに、あたし、弱いから。 そのせいで、シャティエルを傷付けちゃった。 あたしは、戦うことができない、弱い存在だから、あたしは…」

 

リョウ「ホント、呆れるな」

 

落胆し長嘆息を漏らした。

今まで見せなかった、目に角を立て、威圧感を放つ姿にアイリだけでなく、ピースハーモニアの三人も肩を竦める。

 

リョウ「アイリ、逃げているのに満足していないと言ったが、お前は便宜な言葉を並べて逃げているのと同じだ。 恐いから逃げる、弱者の戯言だ。 わしが知っているアイリは迫り来る魔の手にも怯まず立ち向かい、立ち塞がる困難は持ち前の明るさで乗り切ってきた。 恐怖という形のないものだからこそ、強い意思を持ち乗り越え、己の中で決めた目標を捨てず貫き通さなければいけないんじゃないか?」

 

アイリ「そう、だけど…逃げていたかもしれない、けど、あたしは、戦えない。 誰かを守れる、強さもない。 怖いよ…戦うことも…守れないことも」

 

口からは幾らでも戦えると発言は可能だろう。

だが、心の奥底まで染み付いたトラウマという精神的外傷がある限り、脳が元凶となるものに接近させないよう拒み、思うように体が動かなくなる。

アイリは恐怖という感情に支配され、立ち向かうことを拒んでいる。

 

リョウ「怖いなら、克服できるまで付き合ってやる。 わしだけじゃ不安なら他の仲間にも手伝ってもらうよう懇願してやる」

 

アイリ「どう、して…? どうして、あたしに、戦わせようとするの? さっき、あたしを平穏な暮らしを約束しようとしてたのに」

 

リョウ「戦わせようとしてるんやない。 協力してやると言ってるだけ。 本当は戦わせたくはないけど、アイリのやりたいことをさせてあげたいだけ」

 

アイリ「だから、あたしは…!」

 

リョウ「ホンマにそうか? アレクが質問したとき、逃げることを躊躇っているように見えたもんでな。 本当に捨てて逃げたいのなら、わざわざ考えたりする時間なんて必要ないやろうからのう」

 

リョウの言葉を聞き、確信に触れられ尻込みする。

尻尾を巻いて逃げたい。

だが自身の決めた夢を簡単に捨てたくもない。

矛盾していることは薄々気付いてはいた。

リョウの言葉を聞き、自身でも納得できない考えに何故か固執してしまっている自身にも嫌気が差した。

 

アレク「怖いから逃げる。 当たり前なんだろうが、それに怯まず勇気を振り絞り突き進んでいくのが、本当の強さだ。 過去のトラウマに負けたっていい。 俺達が援護して支えてやる。 だから、アイリはアイリなりに自分で成し遂げられることを、恐怖に立ち向かい屈しない強い心を持つことが大事だ」

 

アイリ「……でも、あたしは誰かを守れる力がないのは確かだよ。 柔弱だし、力も半端なのに…またシャティみたいに、誰かを傷付けたら…!」

 

周囲の友や仲間が傷付く光景は、二度と目に焼き付けたくはない。

非力な存在と知りながら前線に立つなど愚かなことだと認識している。

冷静に考えれば当たり前だし、正論と言える。

 

自身の考えが正論だと疑ってはいない。

前線に踊り出ないことで、誰かの迷惑になり、足枷となることを未然に防ぐ。

自身で決めた夢や決意を現実のものにしようとすれば、必然的に誰かが傷付く。

恐怖により怯懦な姿を晒し足枷となるのであれば、最初から一歩踏み出さなければ良い。

 

リョウとアレクはアイリの意図が読み切れているのか、考えを全うから否定するため雄弁する。

アイリを変えるためには、今の『弱い』アイリを否定しなければならない。

 

リョウ「自分を卑下するのはよすんや。 アイリは自分が思っている以上に強い」

 

アイリ「あたしは、強くなんて、ない。 強かったら、過去の記憶が原因で、怖じ気付いたりしないよ」

 

リョウ「でも、完全に投げ出そうとはしていなかった。 まだ諦めたくない何よりの証拠だ」

 

アレク「微塵でも貫き通したい事があるのなら、迷わず、恐れず、突っ走ればいい。 一人で無理なら仲間を頼れ。 頼ることは、決して恥ずかしいことじゃない。 笑うような輩がいれば、俺やリョウが吹っ飛ばしてやるよ」

 

アイリ「…あたし、また、戦えるのかな? きっと、足が竦んで動けなくなるよ?」

 

リョウ「その時は倒れないよう、安心できるように側にいて支えてやる。 わし等のことが信用できるならば、任せてほしい。 必ず前に進めるよう引っ張ってやる。 後ろに下がり倒れそうな時があれば、背中を押してやる」

 

アレクとリョウの前向きな言葉の一つ一つに感銘を受けたのか、アイリの目には徐々に輝きを取り戻しつつある。

 

ピコ「あとはアイリの気持ち次第だね。 あ、そうだ。 アイリ、ガーンデーヴァを出してごらんよ」

 

アイリ「え? 何で、急に?」

 

唐突な提案に頭に疑問符を浮かべるも、ピコに「いいから♪ いいから♪」と押され、兎に角ガーンデーヴァを召喚した。

光と共に姿を現した神秘的な雰囲気を纏う光弓に、ピースハーモニアの三人は驚嘆の声を上げた。

 

アイリ「出してみたけど、何か意味があるの?」

 

ピコ「もちろん。 ガーンデーヴァはね、持ち主を選ぶ。 それは聞いてる?」

 

アイリ「ううん。 それは初めて聞いたよ」

 

リョウ「強大な力を持つ武器等は、持ち主を選ぶ。 武器の気持ちを言えば、己を扱う者が下級な存在だと、力を発揮できやしないし、触れられることすら拒む。 宝の持ち腐れってのを、武器達は分かってるんだ」

 

優華「まるで生きてるみたいだな」

 

リョウ「意思がある、とでも言うんかね。 わしの使用するアルティメットマスターや、優華達が変身の時に使用する『ピースクリスタル』もそうや。 変身するに値する者にしか輝きは与えられない」

 

アレク「リョウ達が何が言いたいのかっていうと、ガーンデーヴァを出せるってことは、アイリはまだガーンデーヴァに認められる程の実力や度胸がある。 勇気があるのなら、前に進んでいこうぜ」

 

リョウ「闇が怖くてどうする。 悪魔が怖くてどうする。 俯いて足踏みしてるだけじゃ前には進めないよ」

 

リョウがソファーから立ち上がり、アイリに手を差し出す。

俯いていた顔を上げ、リョウの瞳を見つめる潤った目には絶望という暗闇には染まっておらず、光が戻りつつあった。

 

リョウ「一緒に歩いていこう。 言ったやろ? アイリのことは全力でサポートするって。 アイリの力でも無理なら、わしが力を貸す。 わし一人の力でも無理なら、他の仲間を頼れ。 天使となった短期間で培ってきた努力は、決して無駄にならない。 無駄にさせはしない。 恐怖に負けないよう、誰かを守れる力を得れるよう、歩み続けて強くなっていこうや」

 

胸の内部を覆っていた曇天が、暴風に吹いたかのように散失する。

引っ掛かっていたものが取れ、体が軽くなり、清々しい感覚に似た感情が溢れる。

 

アイリ「……弱気になっちゃダメ、だよね。 泣いちゃ、ダメ、だよね。 よし!」

 

迷いの色はなかった。

悪魔に対面していないとはいえ、恐怖や不安に駆られる表情は露になっていない。

仲間の鞭撻により高邁な精神が息の根を吹き返し、僅かではあるが笑みを浮かべる余裕ができている。

 

アイリ「あたし、頑張ってみる。 まだ不安はあるけど、なんか行ける気がする!」

 

未だに僅かだが不安は残留しているであろうが、笑みを見せるほど不安が解消されている。

不安を取り除きたい一心だったリョウは歓喜に染めた甘心の顔を露にする。

 

リョウ「それでこそアイリだ。 この先どうなっていくかは自分次第、全てをわし等に委ねてはならないってことは心得ておけよ」

 

アイリ「うん! …あの、えっと、みんなありがとう。 あたしなんかのために、真摯に向き合ってくれて」

 

優華「悩み困ってる人が助けてやるのは当然だぜ!」

 

ラミエル「胸張って言ってるけど俺達何もしてねぇからな。 殆どはリョウとアレクだ」

 

アレク「俺はただ助言を与えただけだ。 それに、美人な女の子の白けた面なんて見たくないからな」

 

夜美「まーた兄さんがナンパしよる。 何人の女に同じこと言うてきたんやろなぁ?」

 

アレク「本心言っただけなのに…俺、泣くよ?」

 

優華「勝手に泣いてろよ変態」

 

アレク「ドゥッフッハッハッハッハー! うわあああーああ!(野々村並感)」

 

リョウ「うるさいよアレク」

 

アレク「みんな辛辣だな…まぁいいや」

 

リョウ「ええんかいな。 さて、このまま天界に戻りたいところなんやけど、とある提案が浮かんだのと、この世界でディーバのライブが行われるみたいやから、わしも警護に当たろうかと思う」

 

アイリ「あのマリスって奴も、ディーバの話をしてたけど、やっぱりこの世界でディーバのライブがあるの?」

 

優華「そうだぜ。 私達ディーバも警護に付くことになってる」

 

イリーラ「たしか、明後日の午後六時だったかしら~? チケットが当たったから、私も楽しみにしてるのよ~」

 

夜美「マリスがエクリプスから妙な力を持ったブレスレットを付けとったから、間違いなく奴等も出てくるで」

 

リョウ「エクリプス…まったく、忌々しい連中よ。 何度も湧いて出てきてやがる」

 

血が滲む程の力で拳を握り締める。

表情には出てはいないものの、放縦を極める彼等の邪道な行いが脳裏を過り怒りが込み上げている。

顫動する拳を開き、怒りを鎮めると口を開いた。

 

リョウ「アレクはこれからどうするつもりなんや? また旅を続けるのか?」

 

アレク「おいおい、エクリプスが来るってのに私利私欲の旅なんて続行できるかよ。 看過するなんて御免だ。 ディーバとこの世界のために喜んで助太刀するぜ。 報酬は…ユノとデートってことでいいか?」

 

ユノ「ふええ!? わ、私と、デート、ですか…!? デートなんて、したことない……はわわわわ…///」

 

優華「ユノを混乱させること言うんじゃねえよこの変態野郎!」

 

アレク「ほうおう!?」

 

唐突なデートの誘いにユノは頬だけでなく顔全体を林檎のように赤く染める。

美人の部類に入るユノだが、引っ込み思案の性格且つ趣味がインドアなため、大胆な行動をすることがなく、デートの誘いをされる場に居合わせることがない。

 

人生初のデートの誘いに赤面の至り。

羞恥が限界を越え目を回し混乱している。

見かねた優華が誘惑する変態の後頭部目掛けて回し蹴りを一切の容赦なく放つ。

視界が火花が散る最中、変態は木造の床へと口付けを交わすこととなった。

 

ユノ本人は、恥ずかしい気持ちとは別に、陰気な自分をデートに誘ってくれた喜びがあったみたいだが、勿論口に出してはおらず、胸の内に秘めておくだけにした。

 

リョウ「所構わず女の子を誘いやがって…」

 

アレク「いてて…。 今の一発で俺は正気に戻ったぜ」

 

リョウ「それ元に戻ってない臭いがプンプンするぞ」

 

アレク「よし、じゃあ優華でいいや。 今夜暇かい?」

 

優華「糞して寝ろ」

 

アレク「あ、どうも…。 最近の女子高生、キツいや」

 

アイリ「ふふふ…」

 

リョウ達のやり取りを見ていたアイリが不意に笑みを溢した。

恐怖に追い詰められ塞ぎ込んでいたアイリとは思えない自然に溢れた笑みだった。

 

イリーラ「では~、アレクさん達はこの世界に留まるということなので、今夜はここで宿泊してくださ~い」

 

リョウ「ありがとう、助かるよ」

 

アレク「じゃあ俺は夜美の家に…」

 

夜美「夜這いしてこんのならええで。 無論、わしとは別の部屋やけどな」

 

アレク「ちぇ~、ならいいや」

 

優華「リョウ、もしかしたらこいつデスピアより危険な輩かもしれねぇから燃やし尽くしていいか?」

 

リョウ「奇遇やな優華。 わしもまったく同じ事を思っとったんよ。 お覚悟は、よろしくて?」

 

夜美「おもろそうやなー。 わしも混ぜてもらおうか。 銭置いてくか、体の一部切り落としてもらわんと示しがつかへんでー兄さん」

 

調和を齎す慈愛の戦士は何処へ、物騒な台詞を並べた優華と夜美は変身するための結晶を握り睨みをかましており、リョウもアルティメットマスターの鞘に手を置き冷淡な笑み(草加スマイル)を浮かべている。

特に夜美の極道映画宛らの口調に一筋の冷や汗が垂れた。

 

だが、それ以上に恐ろしい雰囲気を醸し出す者がいた。

 

イリーラ「あらあら~。 私のお店で、物騒な事を始めるつもりですか~? 素晴らしいですね~」

 

T・フラワーの店主、イリーラだ。

自分の店内で争い事が起きるなど言語道断。

普段穏やかな彼女でも黙っている筈がない。

微動する半透明な翅からは青緑色の粒子が絶え間なく出ており、先程の穏やかな笑みとは打って変わり、外見は一切変化していないが、修羅を纏った恐怖を植え付けるどす黒いものへと豹変していた。

比喩ではなく、本当に修羅が垣間見えた気がした一同は固唾を飲み闘争心を抑える。

 

夜美「…や、やっぱり、きょ、今日は帰ろか。 時間も遅くなってきとるし、親も心配しとるやろ」

 

優華「そ、そうだな! じゃあなリョウ! また明日来るからな! お、お邪魔しましたー!」

 

ユノ「ふえええええ!? 優華さん、腕を強く引っ張らないでくださあああああい!?」

 

凶兆を察した少女達は一目散に喫茶店を後にした。

足早に去った後の喫茶店は静寂に包まれるなか、諧謔を弄したイリーラは穏やかに微笑んだ。

威圧感が払われ、常時見せる包み込むような笑みにアレクは一息つき椅子に深く腰掛ける。

 

アレク「おー怖い怖い。 フリーザ軍やエルダー軍も逃げ出すレベルだぜ。 流石、元ピースハーモニアだ」

 

イリーラ「それは~、他言無用ですからね~?」

 

アレク「重々承知だぜ」

 

アイリ「イリーラさんって、ピースハーモニアだったんですか!?」

 

ピコ「…早速漏洩してるけど」

 

イリーラ「あらあら~、どうしようかしら~?」

 

アイリ「ひっ、け、消されるの…?」

 

勝手な妄想で、秘密を知られ存在を消されると思ったアイリは体をビクビクと震わせ怯え、リョウの後方へ回り込み背中を掴み縮こまる。

 

リョウ「アイリ、イリーラがそんなことしないって。ただの戯れなんやから」

 

アイリ「で、でも、あんな覇王色の覇気みたいなの視界に写った後なら怖くもなるよ…」

 

イリーラ「ごめんなさいアイリさん。 あなたを怖がらせるつもりはなかったんです~」

 

この一日で立て続けに心が折られる出来事に遭遇したため、アイリは精神力は衰勢しており、イリーラの圧倒的な威圧感にも耐えれなかった。

流石に大仰な悪乗りが過ぎたと反省し、頭を下げ謝罪した。

 

リョウ「アイリ。 イリーラも誠意を込めて謝ってるから、許してやってくれ」

 

アイリ「う、うん。 ちょっと怖かったけど、怒ってはないし許すもなにもないよ。 イリーラさん、気にしないでくださいね」

 

イリーラ「ありがとうございます~。 天使さんは心が寛大ですね~」

 

イリーラは頭を上げ改めて穏やかに微笑んだ。

ふわふわとした雰囲気を漂わせる彼女の笑みを見ていると、アイリよりも天使に見えてしまう。

 

ラミエル「気になってたんだけどよ、この世界に来るディーバって誰なんだ?」

 

ピコ「ラミエルの目が椎茸みたいになってる」

 

ディーバのファンであるラミエルは疑問に思っていたことを口に出した。

エクリプスの襲来のことは忘れ、趣味の世界へと没頭してしまい、忘我の境地に突入している。

イリーラに質問を投げ掛けるラミエルの瞳は年相応の純粋に輝いている。

 

イリーラ「プリシーちゃんですよ~。 生で歌声が聞けるのが楽しみで仕方ありません~♪」

 

ラミエル「………」

 

ピコ「ん? どしたのラミエル?」

 

ラミエル「………な」

 

リョウ・アレク・ピコ「ん?」

 

ラミエル「なんだとおおおおおおおお!!!???」

 

天井を貫き天まで届く程の咆哮にも似た、凄まじい大声を発した。

その場にいたある者を除き、全員思わず耳を両手で塞いだ。

 

アレク「うおぉ、鼓膜に響く…。 至近距離のハイパーボイスは流石に効くぜ」

 

フェニックスの時といい、用意周到なのか、アレクは耳栓をしており難を逃れていた。

 

 




因みに昨日のメインストーリー完結記念の生放送でも普通に泣きました。


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第39話 就寝前の会話

今回はちょいと短め。


一段落し終え、アイリ達はイリーラが調理した料理をいただいた。

アイリはアレクとイリーラとは初対面だったため、改めて自己紹介を行った。

 

アレク「ピースハーモニアの世界に来る前、翔琉のいる世界にいたときに俺の詳細は次回に話すと言ったな。 あれは嘘だ」

 

リョウ「…誰に向かって言ってるんだ?」

 

アレク「誰だか分かってるだろ?」

 

 

~~~~~

 

 

アレクはアリスやリョウ、ピコとは長年の付き合いのようで、アイリは晩餐で交わす彼等の会話の中にそれを頷ける友情を感じた。

 

アリス同様、世界を巡る旅をしており、時折立ち寄った世界で助けを求める者がいれば手を差し伸べたり、今回の件のようにディーバの護衛や時空防衛局の活動の支援を行っている。

自由闊達な彼だが、戦いの実力は茫洋な世界の強者の中でも群を抜いており、時空防衛局の腕の立つ者が挑もうと、全くと言っていいほど歯が立たないので、世界によっては危険視されている。

『偽りの聖剣士』という二つ名を持っている、と言うより時空防衛局等に勝手に命名されたものが膾炙したのだが、これには彼の能力に由来している。

アレクの能力は、茫洋な世界に存在している伝説の剣を召喚し使用できるというチート染みたもの。

とは言え、全世界に存在する全ての剣を使用できるほど万能でなければ豪奢でもなく、限られた11本の剣しか扱えない。

 

時空を斬り裂き、歪ませる能力を持つ剣、グラム。

 

大空を支配する、疾風を司る風をも斬り裂く剣、バルムンク。

 

絶対零度を越える全てを凍てつかせる氷の剣、ミスティルテイン。

 

黒点をも焼き尽くす業火の剣、レーヴァテイン。

 

大地を揺るがし、大陸を斬り裂く剣、カラドボルグ。

 

水を操り激流を生み出す大海の剣、アロンダイト。

 

全ての物質に電撃を迸らせる稲妻の剣、エッケザックス。

 

暗黒を消し去り希望を照らす光の剣、クラウソラス。

 

光を呑み込む絶望を撒き散らす闇の剣、ティルフィング。

 

光速を越える神速の剣、リジル。

 

あらゆる傷を瞬時に治す癒しの剣、フラガラッハ。

 

様々な効果を持つ多種多様の剣を駆使し、あらゆる環境に適応する能力は脅威と言わざるを得ない。

世界を股に掛ける大悪党ではないので、時空防衛局の立場からすれば毎度望外な働きを見せてくれているので頭が下がる思いにあるという事と、アリス同様に強力な力を持ちながらも世界を支配、滅亡させる意欲が全くないため、相構へる必要もないと判断している。

自由奔放に旅を行う旅人という立場を尊重し、自身から局に就こうとしない限りは強制的に入局させてはいないそうだ。

 

猖獗を極めている訳ではないのだが、アリスとアレクの二人が揃うと、強大な力故に、何かしらのトラブルがつきものなのが多少厄介なところではある。

なので基本、世界の監視者であるリョウが二人を監視しているのが現状であり、今回アレクが翔琉やピースハーモニアの住まう世界に訪れたのは偶然ではなく、リョウに懇願され快く駆けつけ、惨事は免れたものだった。

 

リョウやピコ、時空防衛局は二人に全幅の信頼を寄せているため、決して行わないと委細承知ではあるが、二人が力を合同させれば、数多の世界を滅ぼすことなど造作もないほどの力を持ち合わせている。

 

 

~~~~~

 

 

イリーラ・ラランはフェアリルに住む妖精属の一人で、喫茶店『T・フラワー』の店主だ。

オシャレな店内の雰囲気と、ほんわかとした雰囲気の彼女の愛想も相まって、老若男女問わず人気があり、年中繁盛している名店を営んでいる彼女だが、アレクが発言した通り、元ピースハーモニアでもある。

 

イリーラはデスピアとの戦闘で持てる全ての力を使い果たし、ピースハーモニアに変身する能力を失ってしまった。

ピースハーモニアとして戦っていたのは数百年ほど前の話で、この事実を知る者は少ない。

イリーラ本人は喧騒な事を嫌い正体を公に公開したくないため、一般人は勿論のこと、現在ピースハーモニアに選ばれた優華達にも知られてはいない。

イリーラの正体を知る者はアレクやアリス、リョウ、結愛等の親睦が深く最も信頼できる者達だけに正体を明かしている。

 

最も、アリス、アレク、リョウ、ピコ、結愛はイリーラがピースハーモニアになった頃から知っているため明かす必要は皆無なのだが。

何故、数百年前にも関わらずアレク達が存在していたのかは、また後に話すことになるだろう。

 

 

~~~~~

 

 

二人の経歴に驚きを隠せず興味津々となったアイリが終始質問を投げ掛ける賑やかな晩餐を終え、喫茶店の裏に直結するように建つイリーラの家の浴室を借り手短に汗と疲れを流し、各々就寝した。

 

イリーラは一人暮らしなため、空き部屋が少なく全員の寝床を確保できなかったため、アレクとリョウはリビングで就寝することとなった。

カーペットの上に仰向けになっているリョウは暗闇の天井を見ながら呟いた。

 

リョウ「…ありがとな、アレク。 お前がいなきゃアイリを失っていた」

 

アレク「助けを求めてる仲間の声を右から左に流す人間じゃないんでな。 お前は毅然とした態度でいつも通りのやり方でいりゃいいと思うぜ」

 

リョウ「アレクはエスパーか何かなのか? わしが気にしてることをいとも簡単に分かるとは」

 

アレク「何年の付き合いだと思ってんだ。 お前の考えてることなんて俺の第三の眼によってお見通しなんだよ」

 

リョウ「んなもんねぇだろ」

 

リョウは自身のやり方が正しいのか疑念していた。

世界の監視者と呼ばれているにも関わらず、自分の目が届かず、守らなければならない者を命を落としかねない危険な境遇に合わせてしまっている。

今回は運良くアレクやピースハーモニアがいてくれたので最悪の結末は回避できたが、次は好都合な幸運が舞い降りてくれるとは限らない。

 

やはり異世界に連れ回すのは間違いなのか?

 

天界のシェオルという檻の中に閉じ込めておくだけでいいのか?

 

アイリの主張を尊重したいが、危険を承知で行っていいものなのか?

 

先程も戦えないと言っていた言葉を鵜呑みにし、戦いから遠避けるべきだったのか?

 

自身の考えが生み出す疑問が次々と浮かび、掴み取っていくときりがない。

 

アレク「俺はお前のやっていることは正しいと思ってるぜ。 自身の仕事をこなしてるし、大切な人のやりたいことを優先し率先している」

 

リョウ「だが、傷一つ負わず守りきることはできていない。 守るとか戯言をほざいているだけで結果なんて出せてはいないしな」

 

アレク「もうちょい側にいてやった方がいいんじゃないかと思うのは確かだな。 だけどな、傷一つ負わず一生守り抜く、そんなことは無理だと思うんだ。 大切な者を守る覚悟ってのは持つと同時に、傷付ける覚悟も必要ってことだ。 まあ多少の痛みも必要にはなってくるがな」

 

リョウ「…痛みを知らない者は、強くなれないってことか」

 

アレク「そうだ。 主に精神面がそうだ。 鬱屈を通り越して心が折れ絶望してる様を見りゃ分かったけど、アイリは今回の件で挫折した。 次に失敗を犯さないよう、傷を負わないよう自身を成功へと導けるのは、負った時の痛みを知っているからだ」

 

リョウ「わしはアイリの親でもないのに、寵愛しすぎなのかね」

 

アレク「実際、親みたいなもんだろ。 いつかアイリも一人立ちする瞬間が訪れるが、その後も必ず何処かで傷付くんだ。 たしか、リョウの手助けをしたいんだったよな? だったら尚更痛みを感じる場面が多いだろ。 周りに支えてくれる人がいる間に、痛みを知って泣き喚いてた方がいいんだよ。 どうしても不安なら、今回みたいに仲間を頼れ。 仲間は助け合いだろ?」

 

リョウ「わしも、今までも知らん間に仲間に助けられとったし、その通りやな。 やり方は少し変えなければいけないところはあるけど、信念を貫き進んでいけということやな」

 

アレク「あぁ。 いざとなったら俺達を頼れ。 余程の事じゃなけりゃ、断ることはしねぇよ」

 

自分は辣腕ではないということは重々承知している。

誰かの援助なしには物事を円滑に進められないし、守ると決めた人を守ることも儘ならない。

 

上手くいかないことに助けを求めるのは悪いことではない。

誰の助けも借りず、成果を得られないまま終わってしまえば、後悔しか残らない。

失敗を次に活かせるのならばいいが、生死が関わる力と力がぶつかり合う物騒極まりない世界ならば、一度の失敗で取り返しのつかないことになる。

悲劇を迎えないためにも、一人ではない限り仲間を頼ることも重要なことだということに改めて気付かされた。

 

仇為す者をアイリや仲間達と共に乗り越えようとする決意を再度胸の内に宿し、明日から精進しようと眠りに就こうと瞼を閉じる。

 

リョウ「ありがとなホンマに。 助けられてばかりで申し訳ない」

 

アレク「いいってことよ。 でも本当なら可愛い女の子に礼を言われたいところなんだが。 それに何で一緒に寝るペアがお前なんだよ。 アイリかイリーラが良かったぜ」

リョウ「途中までかっこよかったのに。 そんな思考だから色んな世界の人から変態呼ばわりされてるんだよ」

 

アレク「安心しろ、女の子と添い寝するだけで18禁な展開にはしないようにしてる。 もしもの時はモザイクか謎の光によって見えなくするし。 ブルーレイだと光が取れるぜ☆」

 

リョウ「お前、一回死んでこい」

 

アレク「何回もあの世には行ってるけど某派出所の警察官の如く追い返されてる」

 

リョウ「でしょうね…」

 

アレク「男と一緒に寝たって腐女子が喜ぶ展開になるだけだぜ。 アッー!!」

 

リョウ「うるせえってんだ寝ろ!」

 

アレク「眠ったりしたら羊さんみたいな夢魔が来ちゃうからな。 また夢もキボーもありゃしないって言うまでバードミサイルをぶち込んでやろう」

 

真面目に話を聞き助言を与えてくれた幸甚は消え、頗るどうでもいいことを話し出す流れになってきたので、注意する意欲も失せたリョウは背を向け深い眠りへと入った。

 

その後も、忸怩という言葉を知らないと言わんばかりに、『ロズ○ール邸にマシュ・キ○エライト(デミ・サーヴァント)にコスプレして侵入し、鬼がかった動きでゲッダンしているところを双子メイドの姉に目撃され、ゴミを見るような目で見下され興奮した』等といった意味不明で理解不能な話を延々語っていたという。

 




男がマシュのコスプレしてるって普通にキモいな笑


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第40話 ディーバのステージも胸囲も大きくないとね

二日連続投稿。
明日からお盆休みだけどコロナウイルスのせいで何処にも出掛けられない(泣)


 

雲一つない快晴が広がる、外出するには絶好の日和。

 

アイリやラミエルがリビングに来たときには、既にイリーラが朝食を作り終えていた。

喫茶店の厨房に設置されてある石窯で焼いたパンがテーブルに並べられており、香ばしい匂いが食欲を引き立てる。

既に席に着いてあるリョウとアレクの近くの席に着き、最後にイリーラが着席し、全員合掌し食事をいただく。

 

アイリ「美味しい…! イリーラさん、凄く美味しいです!」

 

イリーラ「ありがとう~アイリちゃん。 やっぱり味を評価されると嬉しいわ~」

 

アレク「いつ食っても美味いな。 イリーラ、俺に毎日、美味いパンを焼いてくれないか?(イケボ)」

 

イリーラ「あらあら~/// 嬉しいですけど~、アレクさんには私よりお似合いな素敵な女性がいますよ~」

 

アレク「くそ…フラれてしまった」

 

リョウ「ざまあ味噌漬けwww」

 

ピコ「それで、今日は何処に行くの?」

 

アレク「お前いたのか」

 

ピコ「いたよ! リョウの上着のポケットに入ってたの!」

 

アレク「ごめんごめん、許してヒヤシンス」

 

ピコ「ヒヤシンス!?」

 

リョウ「朝から喧騒で元気の良いことで。 今日はピースハーモニアの三人と一緒にアイリに連れて行きたい場所があってね」

 

アイリ「それって何処なの?」

 

リョウ「それは、ナ・イ・ショ」

 

アレク・ラミエル「キモいな」

 

リョウ「知ってる。 イリーラは今日は喫茶店は定休日なん?」

 

イリーラ「いいえ~。 昼から開店するので、私は皆さんと同伴するのは無理そうです~」

 

リョウ「そうなのか。 すまんな、準備があるなか朝食を作ってもらって」

 

イリーラ「いえいえ~。 リョウさん達が宿泊する機会なんて殆どないんですから、これくらいのことはさせてください~」

 

決して見返りを求めない、友の助けになりたい純粋な心を持つ彼女を誰もが天使だと思った。

 

朝食を終え、食器類の片付けを済ませ、リョウが予め優華達に連絡用アプリを使用し集合場所と時間を伝えていたので、アイリ達も指定した場所へと移動を開始した。

 

初めて訪れたフェアリルの中心となる町、キラメキ町をアイリは好奇心旺盛な瞳で見渡している。

白色のゴシックスタイル風な家が建ち並び、日に当たりより一層白色が際立ち輝いているようにも見え美しい外観となっている。

どうやらこの世界では、今日は現実世界で言う土曜日のようで、学校が休みの子供達が開けた場所でボールや縄跳び等で自由に遊んでおり、視界に映る平和の象徴と言えるであろうその画を見て自然と頬が緩んでしまう。

 

平穏が包む時間が過ぎており、普通ならば余程の災厄が訪れなければ壊れることはないだろう。

この世界を支配しようと蔓延るデスピアが魔の手を伸ばしてきているとは到底思えなかった。

厭戦思想なフェアリルの人々からすれば、力で捩じ伏せ奪い取る血気盛んなデスピアは忌むべき存在でしかない。

 

リョウ達や時空防衛局が総力を上げ実力行使を行えば何時でもデスピアを葬ることは可能なのだろうが、その世界が抱える問題であり、異世界の者が手を加えるとバランスが崩れかねない事態に成りかねない事象の例もあるため、極力直接手を下すような事や参画はしないように心得ている。

なので、リョウがアイリを守護するため天界に居座るのも、アリスやアレクが自由奔放に世界に起こりうる厄介事に首を突っ込むのは完全に私用なため、本来ならば宜しくはない。

だが、天変地異等の事が大きすぎる異変を起こさない限りは、知人である時空防衛局の最高責任者も口を出すことはないためほぼ問題ないのだが。

 

平和な時が流れるキラメキ町を歩き、昨日マリスと激闘を繰り広げた公園へやって来た。

日が沈む夕暮れ時とは違い、家族連れや友達同士、カップル等の多くの人が訪れており、思い思いに休日を過ごしている。

 

アレク「リア充め…ボルガ博士のように爆発しろ!」

 

リョウ「大声で言うな!」

 

アレク「よまわる!?」

 

心の声が漏れたアレクに鉄拳制裁を加え、空いていたベンチに座り優華達を待つことにした。

 

待っている時間の合間にアレクが『希望ヶ花市に住むプ○キュアをス○ブラに参戦させようとしてマス○ーハンドの元へ無理矢理連れて行ったら参戦を承諾されてしまい、腕試しや悪ふざけでやって来たハ○ラルの魔王やクレ○リン軍団のボス、○ンジェランドの女神等が対戦を申し込み大乱闘が勃発し、俺自身も参戦したらステージを破壊する大惨事に発展、他のファイターや時空防衛局にこっぴどく叱られた』という意味不明で理解不能な話を熱心に語ること数分、優華達がやって来た。

 

優華「うーっす、昨日振り」

 

夜美「レディより先に待ってるなんて、分かっとるやんかー」

 

ユノ「皆さん、おはようございます」

 

アレク「おう、おはよう。 ユノ、今日も可愛いぜ」

 

ユノ「ふええ!? わ、私なんて、そんな…はわわわわ…///」

 

優華「朝っぱらからナンパしてんじゃねぇよ!」

 

アレク「まぐまらし!?」

 

昨夜の如くナンパしようとしたアレクは優華に後頭部を蹴られ地面へと倒れ伏した。

ユノは羞恥心で顔が真っ赤に染まっており頭から湯気が出てしまっており、涼ませようと夜美とリョウが手を仰ぎ風を送っている。

 

アイリ「え、えっと、それで今日は何処に行くつもりなの?」

 

リョウ「アイリ達には明日、ディーバの警護についてもらうから、ディーバの紹介をすると同時に、アイリにはピースハーモニアのことを知ってもらいたいと思ったんよ」

 

アイリ「ピースハーモニアのことを? どうしてまた?」

 

リョウ「まぁ後々分かることよ」

 

ラミエル「おいリョウ! 今からプリシーと会えるのか!?」

 

リョウ「そうやで。 優華達もまだ会ってないと思ったからついでにと思ったんよ」

 

推しのアイドルと面と向かい出会えることに興奮するラミエルがぐいぐいと近付き質問を投げ掛ける。

暑苦しいと思いつつ淡々と答えた。

 

目的地を告げられた一行はライブが開催されるコンサートホールに向け歩き始める。

 

途中、アレクがデート気分を満喫したいと言いユノの手を繋ごうとしたが、阻止すべく優華と夜美が透かさず首に鋭い手刀を放った。

「ごりらんだー!?」と情けない声を上げ、某A.I.M.S.隊長のように両足を天に向け俯せに倒れ情けない姿を周囲に晒すのだった。

気絶しているのかピクリとも動かないため(全員満場一致で)彼を放置することにし、歩みを進めること数分、目的地であるコンサートホールへ到着した。

 

関係者でありコンサートの主役であるプリシーに会うためスタッフに声を掛けようとしたが、時空防衛局の一人がロビーで寛いでいる姿が視界に入り、驚かしてやろうとリョウが忍び足で背後から近付いていく。

一歩、また一歩と足音一つ立てず忍び寄る姿は不審者のそれ。

遂に背後まで辿り着き大声を出そうとしたが。

 

?「ふん!」

 

リョウ「こいる!?」

 

突如腹部に命中した肘打ちに変な声を上げ後ろへ下がることとなった。

容赦なく肘打ちを打ち込んだ人物、光明寺 結愛は悪戯っぽく小さく笑みを浮かべ振り返りリョウと対面する。

 

結愛「あら、不審者かと思ったらリョウだったのね」

 

リョウ「嘘つけ絶対気付いてたやろ。 常人なら内蔵が破裂する勢いやったで」

 

結愛「私はか弱い女の子なのよ? 変身してもないのにそんな力はないわ」

 

リョウ「素の状態でもそれなりに強いのによく言うよ。 まぁ、お疲れ。 今回も大変そうやな」

 

結愛「仕事がないよりかはマシ、って言いたいのだけれど、問題が起こらない方がありがたい限りね。 あなたがこの世界にいるってことは、また助太刀してくれるのかしら?」

 

リョウ「今回はついでに、だ。 別の目的があってね」

 

結愛「ディーバの警護よりも大切なこと? アイリのことかしら?」

 

リョウ「ご明察。 ついでとは言え、世界の監視者の肩書きの活躍を見せるよ。 相手は、憎むべき相手やしな」

 

一瞬だが、殺意と憎悪に染まった表情が剥き出しとなる。

険しくなった目付きに結愛はたじろぐ様子はなく、顫動するリョウの肩に手を置く。

 

結愛「あなたの思いは、痛いほど知ってるけど、悪辣になるのは良くないわ。 あと、そんな淀んだ顔じゃ、アイリに顔を合わせられないわよ?」

 

穏やかな口調で指摘され溢れる殺意を抑える。

 

リョウ「悪い、奴等の悪行が脳裏を過るだけで…。 すまない、辛いのは結愛も同じだよな」

 

結愛「大丈夫よ。 少なくとも、私は理解できてる。 私も、被害者だもの。 仲良く肩を並べて、時には背中を押して、時には手を引いていきましょう」

 

リョウ「あぁ、ありがとう」

 

優華「あー! 結愛さんじゃねえか!」

 

リョウと結愛の会話に割って入るかのように優華が走り寄り、勢いよく結愛の腕に抱き付く。

ユノと夜美も笑みを浮かべ結愛に会釈する。

 

ユノ「結愛さん、お久し振りです」

 

夜美「結愛姉さん、久し振りやね」

 

結愛「みんな元気そうで良かったわ」

 

アイリ「結愛さーん!」

 

アイリとラミエルが遅れてやって来て再開を喜び合っていた。

 

結愛「アイリも元気そうね。 リョウがいるところにはアイリもいるとは想像はしていたのだけど、何故私の世界にアイリが?」

 

リョウ「まぁ、色々ありまして…」

 

ピースハーモニアの世界にやって来た事柄を手短に説明した。

顎に手を当て最後まで口を挟まず親身に聞いており、彼女の優しさと真面目さが見て取れる。

話を聞き終えた結愛はアイリの顔色を伺いながら話す。

アイリ自身は笑って誤魔化しているものの、その笑みは若干引き攣っており、未だに心の中で引っ掛かっているものがあるようで、気にせずにはいられないような様子を、結愛は一目で悟った。

 

結愛「色々大変だったみたいね。 辛い現実が押し寄せても、決して挫けちゃ駄目よ。 己の強さを信じて、前を向いて進み続けて。 恐怖を乗り越えた先には、きっとアイリが望む何かへと近付けると思うから」

 

アイリ「っ! ありがとう、結愛さん」

 

結愛「説教臭くなっちゃったわね。 ごめんなさい」

 

アイリ「いえ、そんな! 助言をいただけて嬉しい限りです!」

 

夜美「さっすが結愛姉さんやわ。 ピースハーモニアの経験が長いだけあって言葉の重みが違うわ~」

 

夜美が茶化すように肘で結愛を小突き始める。

頬を少し赤く染め煽てるのを止めるよう促すも、便乗するように優華も参加し肘で小突き始めた。

 

アイリ「結愛さんの方が歳上なのは分かるけど、優華達は結愛さんとはピースハーモニアでは同期になるの?」

 

優華達は衝撃が走ったのかのように唖然とする。

アイリは何か良からぬことを口走ったのかと目をぱちくりさせている。

 

優華「アイリ、お前結愛さんの活躍を知らないのか!?」

 

アイリ「だってあたしこの世界の住人じゃないから、詳しくは知らないよー。 知らない知らない僕は何も知らない」

 

優華「それもそうか。 なら、ユノ! 解説頼むぜ!」

 

ユノ「は、はい! 了解です!」

 

アイリ「ユノちゃん。 そこはアラホラサッサーって言うんだよ」

 

ユノ「えっ…え、えっと、あ、アラホラサッサー。 …ふええ、何だか恥ずかしいです///」

 

ア・リ・ラ・結・優・夜(可愛い…)

 

徐々に声量が弱々しくなっていき、普段口にしないような言葉に赤面しつつ結愛の伝説を熱弁し始める。

 

 

~~~~~

 

 

光明寺 結愛はフェアリルに住むエルフ属の一人で、元々は優華達同様に、何の変哲もない一般人だった。

 

ピースハーモニアとして覚醒したのは高校の頃で、他に選ばれた三人のピースハーモニアと共にデスピアの猛威を振り払ってきた。

高校だった頃の当時は現在のように人と接することは少なく、礼儀正しく悪を決して許さない、規則に則り行動を行う、真面目すぎる故にお堅い性格だった。

他人と接する時間があれば、己を鍛練する時間に費やすと言い切り、学校や休日でも孤独を貫き勉学や心身を鍛える特訓をしていた。

だが他の三人のピースハーモニアと共に戦い、手を取り合い親交を深めていき、誰かと触れ合う温もりを徐々に知っていき、心境が変わり仲間の意味を理解し、日常や学生生活、ピースハーモニアの活動も順風満帆になっていった。

 

だが、とある戦いで結愛以外のピースハーモニアは消滅を果たし散華してしまい、結愛だけが生き残った。

仲間の消滅に涙を流すも、彼女達から貰った絆と温もりを胸に秘め、彼女達が守りたかった世界を死守する意思を継ぎ、涙を拭い戦い続けることを決意した。

 

数年後、新たに生まれたピースハーモニア、イリーラと共にフェアリルの平和を維持しつつ、知人の紹介により存在を知った時空防衛局に入局することとなった。

より多くの世界の人々の平和を、笑顔を守りたいという強い己の意思と、消滅していった仲間の意思を胸に、世界を襲歩し駆け巡り悪を断罪する彼女は、とある世界の人が述べた名で存在があらゆる世界に伝播することとなった。

 

彼女の変身した時点で名乗る、『救済の光』と。

 

エルフ族は寿命が長いため、イリーラと同様に何百年という気が遠くなる時間を生き長らえており、様々な修羅場を乗り越えてきた彼女の力は圧倒的なもので、今日までデスピアの侵略を幾度となく防ぎ、時空防衛局の中でも頂点に君臨する実力の持ち主となっている。

時空四天王と呼ばれる、時空防衛局の中で最も強い四人の内に入る快挙を成し遂げている。

 

数百年という月日が流れ、現在は第一時空防衛役員の一人として活動しており、衰えることのない平和を愛する思いと力で、無数に存在する世界が一刻も早く争いや悪が消え去る平和なものになるよう日々精進し戦い続けている。

 

 

~~~~~

 

 

ユノ「…簡潔に纏めましたけど、結愛さんの活躍は、素晴らしいものなんです。 私達フェアリルの人々にとっては、英雄なんです」

 

説明を終えたユノは一息付く。

結愛の軌跡に感銘を受けた優華は真面目な顔で頷き、夜美に至っては感涙してしまっている。

 

アイリ「……詳しくは知らなかったけど、結愛さんも壮絶な人生を歩んできたんですね」

 

結愛「仲間を、友を失ったのは、今でも、辛いと思っているわ。 でも、延々と悲しんでいても、前には進んでいけない。 消滅したみんなも、私が俯いて悲しむ姿なんて、見たくないだろうから」

 

力強く発言する結愛だが、戦ってきた仲間であり友と過ごしてきた日常の映像が脳裏を過り、動揺が少し露となっている。

掛ける言葉が見つからず沈黙が数秒続いたが、結愛は気持ちを切り替え全員を安堵させるため微笑む。

 

結愛「だから、これからも頑張らないといけないわね。 自分のことを語られるのは少し気恥ずかしかったけど、ありがとう、ユノ」

 

ユノ「い、いえ。 結愛さんにとっては辛い出来事だと承知だったのに、申し訳ないです」

 

結愛「気にしないで。 話してほしくなかったら、私が止めていたから。 だから泣いちゃダメよ?」

 

涙目になるユノの頭に手を置き慰める。

アイリは未だに漂う重々しい雰囲気を少しでも変えようと別の話題を出した。

 

アイリ「今更なんだけど、結愛さんってエルフだったんですか?」

 

結愛「ええ。 あら、言ってなかったかしら?」

 

アイリ・リョウ「聞いてないです」

 

結愛「リョウ、あなたの答えは聞いてないわ」

 

リョウ「すいません、はい」

 

流れるような長髪を掻き上げ、今まで視認できなかったが、たしかに結愛の顔の側面からはエルフ族特有の長く尖った耳が確認できる。

 

アイリ「うわー凄い! ユノちゃんと同じだね!」

 

ユノ「私はハーフエルフなので、純血のエルフである結愛さんとは、少し違いますよ?」

 

ラミエル「似たようなもんだろ。 リョウの耳もエルフと同じくらいでかいな」

 

リョウ「息をするかの如く自然にバカにするんじゃないよ」

 

結愛「あら、ラミエルは事実を率直に言っただけよ。 あなたも公認なんだからいいじゃない、お猿さん?」

 

リョウ「うるさいのう。 甘~いデザート奢ってやるからお口をチャックしてくれへんかねぇ結愛ちゃ~ん?」

 

結愛「…甘いものに毎回釣られると思ったら大間違いよ。 お猿さんにしては餌で釣ろうとするなんて、知能が高いのね。 それとも、耳が本体で脳味噌は飾りなのかしら?」

 

リョウ「………エルフも天使程じゃないが長寿な種族だから、結愛は正真正銘のBBAだな」

 

決して表にはでない一笑一顰が左右し、反目し合うこと数秒、女性に対しての禁句を言い放ったリョウの頭上に翡翠色の落雷が落ちた。

耳を劈く轟音にロビーにいる関係者が驚愕し結愛達が立つ一点に視線が集中する。

音速を超える速度で放たれたにも関わらず、リョウは咄嗟に防御の姿勢を取っていた。

服が焼け焦げ腕から小さな黒煙が立ち込めているが無傷でいる。

 

結愛「……誰が、何ですって?」

 

リョウ「おいおい、何か勘違いしてない? わしが言ったBBAの意味はボインボイン姉貴だよ?」

 

再度リョウの脳天に落雷が落ちる。

当然防御しているため無傷だが。

喧騒を聞き付けた警備員が何事かと慌ただしく集結し始め、流石に過剰にふざけすぎたと心の中で反省する。

 

結愛「嬉しいわね。 私の体の何処を見てそう言い切れるのかしら?」

 

アイリ「リョウ君。 女性でも気にしてることはあるんだから、それは言っちゃ駄目だよ」

 

ラミエル「アイリにしちゃ珍しくマジな意見だな」

 

アイリ「あたしも毎度毎度ふざけてる訳じゃないからね!? 兎に角、胸のことは指摘しちゃ駄目なの!」

 

ピコ「あのー、アイリ? 正論を言ってるところ申し訳ないけど、逆効果みたい」

 

アイリ「へ? …あっ(察し)」

 

ピコの発言の意味の理解が追い付かなかったが、ある一点を凝視し一瞬で分かってしまった。

 

結愛の胸囲は現在その場にいる誰よりも小さかったのだ。

 

成長途中であり学生の優華達よりも劣っているのは一目瞭然な程に差が出てしまっている。

悲痛な現実に目を背けたくなるも、視線を移した先にはこの場にいる中で最も胸囲が大きい夜美の胸があった。

視界に広がった双丘が視界に広がった途端、零落した精神が具現化したかのように膝から崩れ落ちた。

 

優華「だ、大丈夫だよ結愛さん! 色々方法とかあるだろ! 私達も協力しますから元気出してくださいよ! 諦めなければ何とかなりますって!」

 

ラミエル「優華、慰めは時に残酷なもんなんだぜ」

 

優華「うっ…」

 

結愛「私の…」

 

力無くフラフラと立ち上がり、顔を赤く染め涙目の結愛は縋る勢いでリョウの胸ぐらを弱々しく掴む。

 

結愛「私の方が…おっぱい、おっきいわ…私の方が、おっぱいおっきいわ!!」

 

リョウ「お、おう。 スタッフさん達の迷惑になるから、プリシー達がいる楽屋に行こう」

 

乱心し始めた結愛に若干引き気味になりつつ宥め、何事かと集ってきた関係者に頭を下げ、結愛の手を取り楽屋へと続く『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉を開け、長い通路を歩きプリシーの楽屋へと歩みを進める。

 

息を整え落ち着きを取り戻した結愛が頬を紅潮させながらも口を開いた。

 

結愛「…悪かったわ。 取り乱してしまって」

 

リョウ「そうなってしまったのはわしの責任やな。 だがわしは謝らない」

 

ラミエル「いや謝れよ」

 

リョウ「冗談やって。 ごめんな結愛。 まさかあそこまで取り乱すとは思ってなかった。 貴重な面を見れたような気もするけど」

 

結愛「うぅ…。 私だって気にしてることくらいあるのよ。 もう忘れてちょうだい」

 

リョウ「はいよ。 今度こぐまのケーキ屋さんに連れてってやるから許してくれ」

 

結愛「…満腹になるまで食べるから、覚悟しておきなさいよ?」

 

甘いものに目がない結愛はつい緩んでしまった顔を見られないためそっぽを向いた。

財布が軽くなるのを確信したリョウはより一層働いて稼ごうと心に決めた。

 

程なくして、プリシーの楽屋の前へと辿り着いた。

ラミエルは念願である一推しのアイドルと対面できる喜びと緊張で落ち着きがなくそわそわしている。

先頭に立った結愛が扉を数回ノックすると、室内から「どうぞー」と返事が返ってきたので、ドアノブを回し室内へと入る。

 

?「おお~、珍しいお客さんがいっぱいいるね~」

 

?「あ、結愛さん! リョウさん! お久しぶりです!」

 

楽屋の椅子に座っていたのは二人の女性。

 

一人は茶髪のウェーブのかかったロングヘアーに、黄色を基調とした衣装を身に纏っており、イリーラのようにほんわかとした雰囲気を醸し出している。

 

もう一人は黒髪のロングヘアーに、背中から生える蝙蝠を思わせる翼が特徴的な、血よりも赤い深紅の瞳の女性。

 

結愛「二人とも元気そうで何よりだわ」

 

?「今回も警護に当たってくれるんだよね? リョウさんも一緒だと心強いよ~」

 

リョウ「ディーバにそう言ってもらえるとは恐悦至極。 大船に乗ったつもりでいてくれ、プリシー」

 

優雅に微笑む少女、プリシーは立ち上がり手をひらひらと振りながらリョウ達へ軽く挨拶を済ませる。

プリシーに続くように深紅の瞳の女性も席を立ち、プリシーの真横へ歩み寄った。

 

プリシー「初めましての方は、初めまして~。 えっ~と、ディーバをやらせてもらってる、プリシーで~す」

 

?「私はプリシーのディーバナイトとして警護に当たっている、ルヴィ・ブラッドローズと申します。 今後とも、よろしくお願いします」

 

聞いているだけで力が抜けてきそうな甘い声と緩い挨拶とは相反し、ルヴィは姿勢を正し凛々しく毅然に挨拶を済ました。

 

ラミエル「や、やべぇ、プリシーが、目の前に…。 りょ、リョウ、リョウ! 俺どうすればいいと思う!?」

 

リョウ「普通にしてろよやかまいしいのう」

 

憧れのアイドルを前に興奮が抑えられず、最高潮となったテンションで楽屋の前で騒ぎ立てているため、周囲の関係者が奇怪な目で見ているのを気にも留めていない。

兎に角邪魔にならなぬよう喧騒の元であるラミエルを楽屋に押し込み全員入室する。

 

プリシー「おぉー! 天使族が二人もいる。 天使と話すのは初めて~」

 

ラミエル「ぷ、ぷ、プリシーさん! え、えと、俺、プリシーさんのファンなんでふ! サイン、くだしゃい! ああああああ!! 噛み噛みじゃねぇかー!!」

 

プリシー「おぉー、私のファンなんだ~! 天使にファンがいるなんて~、ご利益ありそう、かな? 君は私の天使族ファン第一号に任命するよ~」

 

握手を求められ、ラミエルは手をこれでもかと言うほど服の内側で綺麗に拭き手を取り握手を交わす。

握手会のイベントでなければ決して触れ合うことのない、大物且つ推しであるアイドルと握手を交わし、ラミエルは興奮が限界を突破し、直立不動の状態のまま固まってしまった。

動かなくなってしまったラミエルの背中を優華が指先でつつくも、動こうとする気配はない。

 

優華「あれ? こいつ動かなくなっちまったよ?」

 

リョウ「返事がない、ただの屍のようだ」

 

アイリ「ただの案山子ですな」

 

プリシー「ありゃ~。 喜んでもらえたのは嬉しいけど、どうしよっか?」

 

リョウ「そこら辺に座らせときゃいいだろ」

 

成就を果たしたであろうラミエルを引き剥がし椅子に座らせるも、未だに目覚めることはないため、放置することにし、ピースハーモニアの紹介と今回のコンサートの件を話し始める。

 

今回のコンサートは、ピースハーモニアの存在するこの世界に現存し住まう者達だけを迎え行われるため、天界のシェオルブライトドームで行われたサルエルのコンサートより規模は圧倒的に小さい。

だが、時空防衛局は決して警戒を怠ることはなく、エクリプスが登場することを想定し防御を固め全力で挑んでいる。

今回も第一時空防衛役員を筆頭に百を優に超える局員を出動させており、エクリプスの訪れる凶兆を肌で感じながらもコンサート前日である本日から警戒している。

 

警護に着任する前に、ディーバの存在意義を結愛以外のピースハーモニアに伝えた。

あらゆる世界を駆け回る少女達の歌声が世界樹の状態を維持し、世界を生み出すエネルギーや世界全体の均衡を維持する要となる、極めて重要な存在ということ。

頭の中で処理ができず混乱していたが、世界を守るためにもエクリプスと戦うことを決意する。

何より、先刻とは言え仲間であるプリシーを魔の手から守りたい頑強な意志があった。

 

その後もコンサートホールの内装や警護する箇所を説明し終わりを迎える頃、タイミングを見計らうかのようにラミエルが跳び上がる勢いで立ち上がった。

現状を把握するかのように目線が右往左往している。

 

リョウ「うおっ!? 急に飛び上がライズすんなよ」

 

ラミエル「お、俺は…たしか、夢の中でプリシーと…」

 

アイリ「ラミエル君、夢だけど夢じゃないから」

 

プリシー「良かった~。 ラミエルさん、大丈夫?」

 

ラミエル「え、あぁ大丈b…うおわ!? ぷ、プリシー!? まだ夢の中なのか!? 夢でまた会っちまったのか!?」

 

リョウ「夢で逢えたなら…じゃなくてリアルだよ。 いい加減平静を保て。 ウリエルが見たら呆れるぞ」

 

ラミエル「うっ、たしかに。 よし、素数を数えて落ち着こう。 1、2、3、5、7、11…」

 

ユノ「あ、あの、1は素数じゃないですよ」

 

ラミエル「こまけぇこたぁいいんだよ」

 

リョウ「はぁー、バカだな…⑨だ」

 

ラミエル「バカって言うなよ! せめて筋肉付けろ!」

 

リョウ「うるせぇよエビフライ頭がよ」

 

ラミエル「エビフライのどこが悪いんだよ!」

 

リョウ「いや別に悪くねぇけどソースぶっかけるぞ」

 

プリシー「喧嘩はやめて~。 お願~い❤️」

 

ラミエル「はうっ…! やべぇ、心臓がマシンガンみたいな速度で動いてるぜ! ごほん、勿論、プリシーに言われたからには二度としないぜ。 なっ?(威圧)」

 

リョウ「お、おう。 あ、そうだ。 ルヴィ、優華達に警護に当たる場所を案内する前に優華達と寄らなきゃならん場所があるんやけど、今日ってまだ時間あるなら大丈夫?」

 

ルヴィ「はい、スタッフや時空防衛局とのミーティングや本番のためのリハーサルがありますけど、私が空く時間が夕方や夜にあるので問題ないですよ」

 

リョウ「分かった、ありがとう。 んじゃま、行くとしましょうか。 優華、ユノ、夜美、アイリ、行くよー」

 

ラミエル「あれ? 俺は?」

 

リョウ「ぶっちゃけ来なくてもいいってのと、先に明日の詳細を聞いてホールの探索をしといてほしい。 それに、関係者としてプリシーの傍にいれる時間が欲しいだろ?」

 

ラミエル「へへ、粋な計らいじゃねぇか。 喜んで承るぜ!」

 

プリシーに聞こえないよう小声で耳打ちし、リョウはアイリ達と共にとある場所へと向かった。

爽やかな笑みを漏らし気分が高揚し舞い上がるラミエルを見て結愛は頭を押さえ溜め息をつく。

 

結愛「ラミエル、本来の目的を忘れないでちょうだいね」

 

ラミエル「わ、分かってるぜ! 命を懸けて守るぜ!」

 

ルヴィ「それは私の仕事です。 人数が多いのはありがたいことですが」

 

プリシー「頼りにしてるね~ラミエルさん」

 

ラミエル「期待に応えれるよう精進します!」

 

姿勢正しく敬礼を行うも、顔がにやけてしまっており締まりがなく天使としての志を一欠片も感じさせない雰囲気を纏っている。

だが戦闘において実力は相当で、いざと言うときには真価を発揮するので、結愛は当然ラミエルの人間性を理解しているため特に言及することはない。

 

ルヴィ「それにしても、リョウさんはどちらへ向かわれたんでしょうか?」

 

結愛「心当たりはあるわ。 現在のアイリの状態を克服するために優華達と向かった場所…ハーモニア神殿」

 

遠い目をしながらもポツリと口を開いた。

自分も共に行くべきだったのだろうが、抵抗があった。

 

自身の過去、それが同行を阻むかのように脳内で映像が映写機のように流れる。

忌々しいものではない。

寧ろ幸福と呼べる時間だった。

己の未熟さ故に訪れた、仲間との最期の一時だけを除けば。

幸せに満ち溢れたものだからこそ、思い出したくはなかった。

リョウは薄々、結愛の感情を読み取っていたため誘わなかったのだろうと思う。

 

過去の出来事に捕らわれてばかりではいられないと気を張り直し、結愛はラミエルにホールの案内をし始めるため楽屋を後にした。

 

 

~~~~~

 

 

「うわっ、なんだあれ?」

 

「大丈夫かあいつ?」

 

「パフォーマンスだろー」

 

「ママー、あの人何してるのー?」

 

「こら、見ちゃいけません」

 

アイリ達がプリシーと会っている頃、道端に両足を天に向け俯せに倒れている青年が市民により発見された。

心配の声も上がる中、不審者という意見が過半数以上あり、救急車が呼ばれることはなく、代わりに警察に通報されてしまい、敢えなく情けない姿のまま連行された。

 

その数時間後、目覚めた青年は「あばよー、とっつぁん!」と言い窓から飛び降り、十傑集走りと呼ばれる独特な走法で逃走したというニュースが報道された。

その報道が特集されていたニュース番組を偶然見てしまった結愛とラミエルが呆れ混じりの溜め息が出たのは言うまでもない。

 




お盆は何をして過ごそうか…。


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第41話 少女達の強さ

お盆休み全て雨とはどういうこったい…。
外出は控えろという神からのお告げですね!(超速理解)


コンサートホールを出て歩くこと数分、賑やかな町から少し離れた場所に位置する、ハーモニア神殿へ辿り着いた。

 

鬱蒼とした木々に囲まれた神殿の周囲は自然に溢れており、人気を感じさせない静謐な雰囲気は心の奥底から安堵感を与える不思議な感覚に浸ってしまう。

 

滑らかな白い石で建設された神殿内に入り奥へと進む。

ひんやりとした空気が内部が支配しており肌寒さを覚える。

 

夜美「何処に行くんかと思ったら、まさかハーモニア神殿やったとは思わへんかったわ」

 

アイリ「凄い神秘的…ブレイザブリク宮殿と同じくらい神秘的」

 

ユノ「ここは、選ばれた人達がピースハーモニアになるための儀式が行われるため場所なんですよ。 ピースハーモニアに関する歴史が記された資料も保管されているんですよ」

 

アイリ「ピースハーモニアとしての始まりの場所でもあるんだね。 どうりで光の力がそこら中から感じ取れるわけだ」

 

優華「私達も選ばれた時ここに来たなー。 懐かしいな、あん時はすげぇ緊張したぜ」

 

夜美「あん時は優華とユノも一緒におったなー。 ユノっちはおどおどしとったし、ゆうゆうも国のお偉いさんから呼ばれた時や会話するとき緊張しまくって噛みまくっとったもんな。 思い出すだけでおもろいわ」

 

優華「夜美てめぇ! 恥ずかしいこと思い出させるんじゃねぇよ!」

 

夜美「いや~ん怖~い。 怒っちゃやーよ優華ちゃ~ん」

 

優華「くそうぜぇー! 待ちやがれー!」

 

神聖な場所にも関わらず、優華と夜美は走り回り遊び始めた。

静けさが支配する神殿内だとより二人の喧騒な声がより目立つ。

 

暫く歩いていると、幾つかある通路の一番奥にある部屋の前まで辿り着いた。

分厚く大きな錠前が取り付けられた頑丈な扉を見るあたり、最重要機密な何かがあるのだと頷ける。

 

ユノ「こ、この部屋は、歴代のピースハーモニアの資料が保管されてあるところです」

 

アイリ「ここに、私が来る意味があるの?」

 

リョウ「勿論。 まぁ、わしができることは少ないだろうが。 優華、よろしく頼むよ」

 

優華「あいよ。 任せときな」

 

解錠を任された優華は自身のピースクリスタルを取り出す。

ピースクリスタルから光が溢れ、光は鍵の形を象っていく。

錠前の穴に挿し込み回し解錠され、頑丈な扉が開かれた。

 

室内に入ると同時に、視界に広がったのは古い書物が所狭しと置かれた本棚だった。

膨大とは決して言えない量だが、ピースハーモニアの歴史が如何に長く濃密なのかが分かる程の量の書物が並べられてある。

紙の臭いが充満する部屋を通り抜け、更に奥に存在する扉を潜る。

 

壁と天井が白一色に覆われたその部屋に足を踏み入れた途端、異次元に入ったかのような感覚を覚えた。

外から見た神殿とはまた違う神聖な雰囲気が滞留しているが、周囲を見渡しても何かがあるわけでもなく、純白の世界が広がっているだけだ。

 

アイリ「ここは、精神と時の部屋?」

 

リョウ「違う。 ここは、これまでに戦ってきたピースハーモニアの活躍を現在の人々にも忘れないよう、勇姿を称え作られた部屋。 尋常なほど広いのは術に拡張されているってのもあるけど、これからもピースハーモニアの歴史は末永く途切れることなく続いていく、故に残しておくものも多いってのがある」

 

優華「めんどくせぇけどもうちょい歩けば見えてくるぜ。 私達の先輩達の像が見えてくるぜ」

 

アイリ「像? 二宮金次郎とか考える人とか?」

 

リョウ「…ちょっと黙っとこうか」

 

アイリ「アッハイ」

 

よく目を凝らして前方を見ると、何かが数個存在しているのが確認できる。

 

そして歩くこと数分、優華が言った像がしっかりと見える距離にまでやってきた。

光が反射しラメのように小さく輝く紺色に近い黒色の石で作られた像が並んでおり、数は数百を越えている。

 

全ての像は華やかな衣装を纏う少女はピースハーモニアで、全員目を瞑り眠るようにしている彼女達を見ていると到底戦士には思えない。

ここに像として歴史の一つとして残る彼女達は優華達と同様に何処にでもいる普通の可憐な少女ばかりで、何も知らない人が初見で彼女達を見れば、フェアリルを守り続けた戦士とは誰も思わないだろう。

 

アイリ「凄い…この子達全員がピースハーモニアだったんだね」

 

夜美「わし達もいずれはここに残る思うたら気恥ずかしさと誇らしい気持ちがあるわ」

 

アイリ「伝説に残るって思うと凄いよね。 あたしが残せる伝説なんてゲーセンの格闘ゲームの大会で大人達に紛れて闘い優勝するくらいだよ」

 

夜美「アイリは一体何を目指そうとしてたんや…」

 

まるで行き着く場所を熟知している足取りで先頭を歩くリョウは少女達の像を掻き分けるように進み、三人の像が横に並ぶ前で立ち止まる。

懐かしむような相好で、口を開くことも目を合わせることもない少女達の顔を見ていた。

 

ユノ「こ、この人達は…!」

 

アイリ「知っているのユノちゃん?」

 

ユノ「はい。 この人達は、結愛さんの同僚であり、お友達の、ピースハーモニアです」

 

ピコ「結愛がピースハーモニアになって共に戦ったピースハーモニアだね」

 

アイリ「こ、この人達が!? たしか、敵との戦いで戦死したっていう…」

 

リョウ「…あぁ、そうや。 結愛達の友達でもあり、フェアリルを滅びの危機から救ったピースハーモニア。 ハピネスユートピア、ブルーローズマーメイド、ピューリファイガイア」

 

三人の戦士の名を呼び、少女達の死を悼み悲しみ俯く。

 

リョウ「ユノの話を聞いたから分かるやろうけど、彼女達はとある戦いで消滅してしまった。 世界を守るために、犠牲になることすら厭わず、自ら力を使い果たして消滅した。 彼女達の、世界を守る志が生半可なものではないということは、分かるよな?」

 

アイリ「……うん。 中途半端な覚悟じゃ成し遂げることなんかできない。 選ばれた戦士として、誰かを守らなければならない重圧に押されながらも、戦い続けなきゃいけない」

 

像から目線を反らし、眼に映るのは現在ピースハーモニアとして君臨する三人の少女。

いつになく真剣な眼差しは三人の目線を捕らえ離さない。

 

優華「そう。 私達は捨てることなんてありえない覚悟がある。 しっぽ巻いて逃げ出すなんて、したくはない」

 

アイリ「凄いと素直に、思うよ。 でも、優華ちゃん達も私と歳が変わらない普通の高校生だよ? 辛くないの? 大人になる前から世界の命運を掛けた戦士に選ばれて。 いつ死んじゃうかも分かんないのに」

 

夜美「辛くない、言うたら嘘になるなぁ。 戦うのは前みたいに痛いこともあるし、何より怖いって思うで」

 

高校生という人生で一度きりである青春の時間。

平凡な日常を送ると共に世界を守る戦士として迫り寄る邪悪な存在に立ち向かわなければならない。

生死を分ける戦いがいつ何時訪れるかも分からない。

日常を過ごす中で、気にせずに日々を過ごすことが可能だろうか。

 

悪と戦う覚悟と恐怖。

国や人々を守らなければならない重圧。

十数年という時しか生きていない少女達にはあまりにも荷が重すぎる。

 

ユノ「私も、怖いって、思います。 背負うものや、抱えるものも、多いです。 逃げたいって、思ったりもします。 でも…誰かが傷付くのは、もっと怖いから、私は戦います」

 

優華「重圧感じてんのは確かだけどさ、私らは国の命令とか使命とかじゃなく、自分で守りたいと思ってやってんだ。 大切な人や、場所を奪われる方がもっと怖いからな」

 

世界は勿論だが、身近にいる人物である家族や友人を守るため。

純粋な気持ちが心と体を奮い立たせ、大事な人の笑顔や居場所を守るために戦うことができる。

 

アイリ「大事な人を、守るために…」

 

ピコ「実際、アイリが今まで戦ってきたことは誰かを守るためだったんじゃないかな?」

 

リョウ「リリスとの戦闘で非力ながらもわしを手助けした。 シャティエルのためにベレトに立ち向かった。 ディーバを守るためにエクリプスと悪魔に勇敢に立ち向かった。カイを守るために背を向けずに妖怪と戦った。 ほら、気付かない間に色んな人を結果的に守るために戦ってる」

 

アイリ「そう、なのかな? 誰かを守れてるんだなと思うと、少々痛みを感じてでも戦おうと思うよ」

 

リョウ「わしもそう思う。 と言うよりこの場にいる全員が思っとるよ」

 

リョウの言葉に共感し全員が同時に頷く。

 

単純で純粋、形もなければ報酬も何もないが、彼女等が戦うには十分すぎる理由。

 

優華「私達は戦うのは怖いけど、怖れず戦えるぜ。 大切な人を守れる自分を誇らしく思うし、私は一人じゃないからな」

 

夜美「一人やないから大きな敵にも立ち向かえる。 結愛姉さんが言うてたけど、私一人は弱い。 だけど、『私達』は強いって。 仲間がいるから、恐れず立ち向かえる」

 

ユノ「アイリさんにも、ピコさんやリョウさんのように、頼れる仲間に、支えられていますから、怖れずに立ち向かいませんか?」

 

リョウ「まぁ、昨日の発言と全く同じやけど、恐怖に負けないよう、誰かを守れる力を得れるよう、歩み続けて強くなっていこうや」

 

アイリは改めて怯えず立ち向かう勇気を得た。

 

変身していない状態では何処にでもいる自分と歳の変わらない少女であり、ピースハーモニアである彼女達も、大いなる力を持つ者として、多大なるものを背負いながらも覚悟を決め戦場へ赴いていることを知り、己の心が未熟なのだと自覚する。

 

彼女達だけではなく、あらゆる世代のピースハーモニアもきっと同じ志を抱き、迫り来る脅威から他者を守るため使命を全うしてきたのだろう。

 

命を落とす危険なことに直面する機会はいずれ訪れるが、怖れていてばかりでは前進することは不可能なのだと鼓舞し、恐怖心を払い除ける。

 

アイリ「……うん! やってやる! 立ち向かってみせる! がんばルビィ!」

 

自分一人では無理なことも、友や仲間とならばきっと乗り越えられると、自身に言い聞かせ。

 

ピコ「昨日より更にいい顔になったね」

 

アイリ「完全に吹っ切れた気がするからね。 守れるものがある人の強さが分かったし、あたしの目標になったから、更に精進していかないと」

 

リョウ「戦う意味、それを分かっただけでも十分すぎる成果やな。 何か守るものがある者は強い。 聞くまでもあらへんけどアイリには守りたいものはあるだろ?」

 

アイリ「もちろん! リョウ君やピコ君、ラミエル君やシャティ、カイ君。 あたしにとって、出会ってきた大切な人達は守りたい。 あと、ゲームとか漫画とか」

 

ピコ「最後のがなければ完璧だったのに。 でも、アイリらしくていいんじゃないかな」

 

ユノ「アイリさんにとって、何か変われるきっかけを作れたのなら、私は嬉しいです」

 

アイリ「戦うことがどれだけ勇気がいることなのかが特に分かった。 優華ちゃん達や歴代のピースハーモニアが心の底から溢れる何かを守りたいっていう強い思い。 培ってきた、と言うより、きっと全員本心から生まれた純粋な思いだったからこそ、あたしの心にぐさりと刺さった」

 

アレク「ピースハーモニアの歴史の重さ。 そして単純だが純粋なその心とアイリの成長に、全俺が泣いた」

 

アイリ「ホいつの間に!?」

 

隣には何時の間に現れたのか、アレクが仁王立ちし、『ぬ』の文字で埋め尽くされたハンカチで涙を拭っている。

 

優華「相変わらず神出鬼没だな」

 

アレク「早乙女学園の学園長も驚く程だからな。 アイリは恐怖を克服できたのか?」

 

アイリ「きっと大丈夫! 誰かを守るため、助けるためなら戦える気がする!」

 

アレク「持ち前の明るさが戻ってるし、確かな決意が見える。 仮にまだ恐怖で萎縮しちまいそうになっても、俺やリョウがいるから問題はない」

 

ふざけた態度から一変し、相手を射ぬく目でアイリの瞳を真っ直ぐ見つめる。

蛇に睨まれた蛙のようにアイリは視線から逃れることができず体も動かせない、それ程強大な相手を威圧されるかのよう。

 

アレク「ただ、仲間の力だけを借りようとなんて甘えたことは言うなよ? 自分の力を高め、自分の身は自分で守れるようになれ。 己を守れないものは、他者を守る余裕なんて持てねぇからな」

 

アイリ「うん、肝に銘じておくよ」

 

アレク「よろしい! さーて、腹減ったし飯でも食いに行こうぜー…と思ったけど、一回刑務所に戻るわ。 まだ気絶してる事になってるし」

 

夜美「兄さん何やらかしたんよ」

 

アレク「お前等が道端で俺を気絶させたせいで不審者扱いされたんだよ!」

 

アレク曰く、変な姿勢で気絶していたせいで近隣の住民に警察に通報され連行されてしまったそうだ。

倒れていた周辺の住人からは道端の真ん中で倒れている変人と解釈され醜聞が広まってしまったそうで、渋々目立たないよう遠回りをしてアイリ達をストーキングする羽目になった。

刑務所から脱走し隠密に後を付け回している時点で咎める必要があるのだが、連行される要因を作ってしまった優華と夜美は流石に申し訳なく思い口を出すことはせず苦笑いをするしかなかった。

 

アレク「ったく…まぁいいや。 んじゃ、俺は刑務所に戻るわ」

 

リョウ「逃げたんならわざわざ戻る必要なくないか?」

 

優華「それはそれで問題だろ」

 

アレク「ちっちっち、分かってねぇな子羊ショーンの諸君。 脱走するのはな、見つかってから逃げるのが、本当のスリルってもんを味わえるんだぜ」

 

アイリ「ちょっと何言ってるのか分かんないね(富澤並感)」

アレク「やろうと思えばCQCを駆使しつつ段ボールに身を包み隠密行動も可能だけどな」

 

リョウ「何処の傭兵だよ。 兎に角、大事になるようなことはしないでくれよ」

 

ピコ「結構前だけど、ポケ○ンの世界のシンオウ地方って呼ばれる場所にTウイルスでテロを起こしそうになった連中を潰す際に、時間と空間を司るポケモンをグラムで呼び出したせいで街一つ崩壊しかけた事例もあるもんね」

 

リョウ「大変やったなあれは。 チャンピオンのシ○ナはご乱心してたし、リュートが次やったら時空防衛局総出でしばくって言ってたしな」

 

優華「…こいつ、やっぱり危険人物なんじゃねぇか?」

 

アイリ「インペ○ダウンにでも閉じ込めておけば?」

 

リョウ「こいつはLEVEL6ですら通用しないから無駄」

 

アレク「そういうことだ。 てなわけで、チャオ~」

 

グラムを召喚し、時空の歪みを発生させ軽く手を振り直ぐ様吸い込まれるように入っていき姿を消した。

 

リョウ「自由奔放で羨ましくも思うわ。 さて、そろそろわし等も戻ろうかいね」

 

ユノ「そうですね。 明日のプリシーさんの警護の詳しい情報を聞かなければいけませんし。 うぅ、緊張してきました…」

 

フェアリルという一つの世界ではなく、世界を生み出し均衡を保つ世界樹のエネルギー源を生み出す人物を守護するという、全世界の命運を掛けた重要な任務。

今まで以上に緊張感を持ち挑まなければならない戦いに、高校生である彼女達が不安に駆られるのは当然と言える。

 

ピコ「ユノ、僕やリョウもいるから大丈夫だよ。 みんなの大先輩である結愛もいるし、時空防衛局の助けもある。 いつも通りに戦ってくれれば十分戦果を挙げることができるよ」

 

ユノ「そう、ですか? また、夜美さんが傷付けられてしまうような、そんな状況になるって考えただけで、恐いです…」

 

アイリはユノの思う気持ちが痛いほど理解できる。

 

自分が傷付き痛い思いをするのは恐いのは当たり前だが、周囲の知人が惨たらしい事態に陥るのは倍恐ろしい。

 

だが、彼女達は一人ではない。

互いを信頼し背中を預けられる仲間がいるため、手を取り合い共に巨大な悪をも打ち負かすことができる。

 

優華「私達だって同じさ。 エクリプスだけじゃなく、協力態勢にあるデスピアの連中も来る。 苛烈な戦闘になるのは明らかだけどな、私達が力を合わせりゃ、どんな奴だって吹っ飛ばせる」

 

夜美「ゆうゆうの言う通りや。 わし達は今までどんな困難にも負けずに退けられたんは、互いを信じて力を合わせて来れたからなんや。 今回も負けることなんてない。 信じて挑めば、運命は必ず何か良い方向に転がっていくんや」

 

リョウ「それに、今回はイレギュラーながらわし達もおるしな。 相手もイレギュラーである異世界の連中が多い。 世界の監視者として、この世界と君達を守るために全力を尽くすことを約束するよ」

 

ユノ「み、皆さん…。 はい、頑張りましょう!」

 

頼れる仲間からの激励に思わず涙腺が緩み顔を覆うユノを優華と夜美は横から包むように抱き締めた。

三人の仲睦まじい光景に思わず微笑む最中、リョウだけは視線を外しハピネスユートピア達三人の像を眺めていた。

 

ピコ「……リョウ、大丈夫?」

 

リョウ「昔のことを思い出してただけやから。 やっぱり結愛を連れて来なくて正解だったのかなって思う。 きっと、わしよりも辛い筈だから」

 

ピコ「乗り越えたつもりでも、ずっと心の奥底にマイナスなものが根っ子を張って残り続けるものだよね」

 

リョウ「結局は、事によっては死ぬまで付き合い背負っていかなきゃならんものもあるんよ。 忘れられない辛い過去とどう向き合っていくかが、大事なことなんやろうなぁ」

 

どこか哀れみを含む吐息混じりな声はピコ以外の耳に入ることなく虚空へと消える。

一瞬露となった禍殃が降り注いだかのような、端目からでも分かる暗い表情をアイリは見逃してはおらず、憂心な面持ちでリョウの裾を掴む。

 

リョウ「…悪い、ちょいと昔のことを思い出してただけだ。 心配させて悪いね」

 

アイリ「それならいいんだけど…もし、何か悩み事があるなら、あたしで良ければ相談に乗るからね?」

 

リョウ「はいよ。 サンキューな」

 

アイリの頭をポンポンと数回優しく撫で、「さて…」と言う声と共に軽く手を叩き全員の視線を集める。

 

リョウ「そろそろ戻るとしますか。 明日の準備もあるやろうし、時空防衛局の会議や警護の内容を聞かんとあかんし」

 

夜美「そうやな。 いつも遅刻ばっかりするゆうゆうみたいな扱いはされたくあらへんからなぁ」

 

優華「なっ!? 毎回じゃねぇよ! 今日の集合は間に合ってただろ!」

 

夜美「ユノっちが起こしてくれたからやんか」

 

優華「そ、それは、携帯の目覚まし機能をオンにしてた筈なのに何故か作動しなかったんだよ…私は悪くなーい!」

 

リョウ「とある小学生のように遅刻するなよ。 特に明日はね」

 

優華「絶対しねぇよ! ほ、ほら、戻るぞ! コンサートホールにビリで着いた奴はイリーラの喫茶店のデザート奢ってもらうからな!」

 

話を脱線させ唐突に出した案を告げると同時に像を掻き分けながら走り始めた。

 

アイリ「あたし帰る場所も仲間もいるけど天衣無縫の無一文だからそれは困るよ!」

 

リョウ「一部だけを聞くと絶体絶命みたいだぞ。 結愛にケーキ奢る約束したから、これ以上財布から紙切れがモスラの如く飛んでいくのは勘弁やから行かしてもらおうか。 超スピード!?」

 

アイリ「さぁ、振り切るぜ! スタ→トスタ→だ!」

 

アイリとリョウは持ち前の人間離れした体力を駆使し駆け出す。

変身していないため、ただの女子高生相手に二人の行動は容赦や大人げないもので、夜美は失笑するしかなかった。

数秒と経たない内に姿が消え、部屋に響く足音の反響音も徐々に消えていき、喧々囂々としていた部屋は静寂に包まれた。

 

ユノ「…私達、出遅れちゃいましたね」

 

夜美「リョウ兄さんがその気なら、こっちも本気でやらせてもらうで。 アポカリプス、シャイニングリンク!」

 

ピースクリスタルを取り出し変身する言葉を詠唱する。

紫色の光に包まれた夜美はルナアポカリプスへ変身した。

菫色の染まったポニーテールを優雅に掻き上げるアポカリプスを見て、ユノは大抵の答えは予測できてはいたが、何故変身したのかを尋ねる。

 

ユノ「え、えっと、何で変身したんですか?」

 

アポカリプス「決まってるやん。 今から追いかけるんよ。 出された勝負事は乗らさせてもらわんとなぁ」

 

指の骨を鳴らしつつ、脚を軽く動かしストレッチをしており、本気で勝利を掴もうとする意欲が伝わる。

ストレッチを終えたアポカリプスはユノを抱き上げた。

 

ユノ「ふええ!? あ、アポカリプス、な、何するんですか!?」

 

アポカリプス「変身するの怠いやろ? せやから私が連れてってやるんよー。 落としたりせぇへんから、心配せんでええで」

 

自慢気にウインクをし、足に力を入れ踏み込み、常人の倍以上の速さで走り始める。

あっという間にハーモニア神殿の出入口を抜け、木々が生い茂る鬱蒼とした森を駆け抜ける。

F1で使用されるフォーミュラーカーよりは劣るが、相当な速度で風を切り風の如く駆けるアポカリプスだが、変身していない生身のユノは諸に強烈な風を受け、絶叫マシン宛らの右往左往する光景を目にし、涙を流しながら悲鳴を上げてしまっている。

 

因みに、一番にコンサートホールに着いたのは以外にもピコだった。

基本、リョウの上着のポケットにいる彼はコンサートホールの入り口が見えた瞬間に飛び出し、僅差で一番手となった。

卑怯なのか奇策なのか、若しくは頭が冴えているとも言える。

続いてリョウ、アイリが到着し、ルナアポカリプスへ変身を遂げた夜美とユノが同時に到着、言い出しっぺの優華が最下位となり敢えなく奢る羽目となった。

 

だが流石に現役女子高生に全額払わせるのは酷なので、結局リョウ自らが支払いを進んで行った。

リョウの善良な心に多大な感謝を込めながら優華はペコペコと頭を下げていた。

 




行くところないから結局喫茶店に来てしまいこの話を投稿することになった。

あーチョコレートケーキが美味い(*^^*)


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第42話 ライブ裏の激闘

作者は高校生活3年間A組でした。


※今回の話の最後の方は胸糞な描写があります


プリシーのライブ当日は雲一つない快晴となり、天から照らされる太陽の光が肌を焼く。

だがホール前はプリシーのライブに訪れたファンが途切れることなく波のように押し寄せ、日光に負けない熱気を放っている。

 

ライブ開始30分前、ライブを支えるスタッフや関係者や、魔の手から守護する役割を与えられた時空防衛局やアイリ達にも緊張が走っている。

 

アイリはリョウとブリザードヴィーナス、第一防衛役員の一人であるシギアと共に、荷物や備品が納められてある地下室の警備に当たっている。

日光が一切届かない暗闇と肌を撫でる冷気が支配する地下室だが、数個の電灯が照らす光により周囲の状況を把握できている。

防音壁なためか、地上で響くであろうプリシーの歌声やファンの歓声も耳には届くことはなく、会話をしなければ静寂だけが支配する空間となっている。

 

誰も近寄ることが然程ないであろう場所にエクリプスが出現する可能性が高く、警戒を一層強まなければならないためリョウは自らこの場に当たることを推薦した。

欲を言えばアイリを他の場所の警備を願いたかったのだが、何か不祥事が起きた際に自分の手の届く場所に置かせておきたかったので渋々同行させた。

 

会話をしなければ物音一つない無音の世界は不気味さを漂わせている。

 

もっとも、会話をしなければの話だが。

 

アイリ「でね、アルファがベータをカッパらったらイプシロンに…!」

 

リョウ「なるほど、分からん」

 

警戒心を解いてはいないが常にアイリが喋り続けているため、静寂が訪れることはなかった。

沈黙が支配する状況を好まないということもあり、アイリによるマシンガントークが絶えず続いている。

快活なアイリを見ると戦闘前とは到底思えない。

賑やかな話をリョウは相槌を打ってはいるが、稀に発言する冗談めいた事は基本的に綺麗に右から左へ受け流している。

シギアとヴィーナスは人柄が大変良いため、如何なる話でも面と向かい話を受け入れ会話をしている。

 

シギア「相変わらずアイリはおもいろいね。 アリスやアレクと同じ雰囲気を感じるよ」

 

アイリ「それって良いことなんだか悪いことなんだか…」

 

シギア「勿論、良い意味でだよ。 僕が知ってる彼等は過酷な状況にあっても決して己のペースを崩さず毅然としているからね」

 

アイリ「あたしも、二人みたいな感じなのかな?」

 

リョウ「似たり寄ったり、かな。 アイリの方が緊張感を持ててるからまだマシかもしれん。 あの二人、自分が強すぎる自覚があるから基本ふざけてるし」

 

ヴィーナス「アリスさんから聞いたこと、あるんですけど、とある世界で、その世界を牛耳る総帥を打ち倒したって聞きました。 国を陥落させ、政界を支配する絶大な勢力で、総帥の意見に賛同し寄せ集められた兵隊600万人を、アリスさん達を含むたったの10人で蹴散らし、総帥を打ち破ったと」

 

アイリ「ろ、600万!? たったの10人で!? ヤックデカルチャー…」

 

リョウ「俄に信じられないだろうけど実際にあった出来事やからな。 コア・ライブラリにも記録が残ってるし」

 

胡乱だと思うような話を聞いたアイリは驚きを禁じ得ないようで、口をあんぐりと開け改めて二人の規格外の力量を実感した。

圧倒的な戦力を兼ね備える彼等の強さには何十年掛かろうと追い付くことはできないのだろうとさえ思えてしまう。

 

苦戦を強いられる局面に至ることもなければ状況を見たこともなかったため、アイリにとっては無敵とも二人。

一体どれだけの時間を消費し、あらゆる世界に名を彌漫する力を手にしたか非常に興味をそそられる。

 

アイリ「アリスちゃんやアレク君は元からそんなに強かったの?」

 

リョウ「わしが知り合った時には既に強者やったけど、今ほどじゃない。 ここまで強くなったのは、数多の世界を渡り歩き、様々な戦いや異変に関わり己を超える強者と戦ってきたからやな」

 

シギア「異界の出来事に関与する事例は時空防衛局としては見逃せないところなんだけど、彼等は善意で行っていて、結果的にも世界や誰かを救っているから現在は特に咎めることはしてないんだよね」

 

アイリ「ピースハーモニアもそうだけど、二人も誰かを守ったり救うために戦ってるんだ…」

 

異界を渡り歩く目的のない旅は、アレクとアリスの趣味程度でしかない。

戦闘狂ではない二人は何も考慮せず、立ち寄った異界の出来事に首を突っ込んでいるわけではない。

 

逡巡することなく、救済を願う者がいれば手を差し伸ばす。

ただ困っている人を放置し見てみぬ振りはできず、悪を働く罪人の数々の悪行が気にいらないという明らさまな私感に基づき行動している。

決して恬淡とは言い難いが、基本的には自分達がやりたい事をやっただけだと言い切り報酬は受け取らず、罪人を成敗すると、不要不急だと言うのに足早に新たな世界を求め去っていく。

 

端から見れば正義のヒーローと言える行いだが、二人は正義のためだからと一欠片も思ってはいない。

少なからず善良な行いとは認識しているものの、結局のところ、自分達がただやりたいことを率先して行っているだけのこと。

 

アイリ「あたしも、もっと強くならなきゃだね。 誰かを守るためなら、強くなれるって、そんな気がする」

 

シギア「目標があるのは素晴らしいことだよ。 目標があれば、目指すところまで止まらず諦めず進んでいける」

 

リョウ「目標であって、ゴールではないからな。 ここテストに出るよ」

 

アイリ「はい! リョウ先生! ……あ、3年A組! でか耳先生!」

 

リョウ「………」

 

アイリ「脳内再生余裕っしょ! あれ? リョウ君どうしたの? そんな恐い顔してもあたしの素早さは下がらない…はい、ごめんなさい調子に乗りました。 お願いだからその高く振り上げた腕を下ろして? お願いダーリンお願いマッスル。 人を殴るのは殴られる覚悟のある人だけだから、その高く振り上げた腕を下ろしてまた上げて下ろしてえーりん、えーりんって、たつべい!?」

 

自業自得とは言え、アイリの乞いは虚しく消え、振り下ろされた拳が脳天に炸裂した。

頭を抑えしゃがみ込んで痛みに悶絶していたが、反撃せんとばかりに立ち直り『天地魔闘の構え』をし対峙する。

 

アイリ「心火を燃やしてぶっ潰す…!」

 

リョウ「わしの判決を言い渡す…死だ!」

 

アリス「お前の運命は、私が決める!」

 

リョウ「……あのー、突然出てくるのやめてもらっていいですかねアリスさんや?」

 

アリス「最強とんがりコーン!」

 

リョウ「ナニイッテンダ! フジャケルナ!」

 

物陰から突如現れたのは、時空防衛局本部に行っていたアリスだった。

この世界に現れたということは、本部にて報告等を終えたと思われる。

ヴィラド・ディアとの戦闘の後に本部へ向かったマリーとは別行動をしているようで、彼女の姿は見当たらない。

 

爛々とした笑みを浮かべ現れたあたり、アイリ達と再会できたことが心底喜ばしいことのようだった。

 

アリス「シギアもいるしユノちゃんまでいるじゃん。 やっはろー!」

 

ヴィーナス「お久し振りですアリスさん」

 

シギア「君がこの世界に来るよう導いたつもりはないけど、助太刀しに来てくれたのかい?」

 

アリス「いや全然。 遊びに行く感覚でリョウの気配をサードアイで嗅ぎ付けて空から現れる恐怖の大魔王の如く来襲したってところ。 本当なら石や地面を高く舞い上がらせる迫力ある着地をする登場をしたかったんだけどなぁ」

 

リョウ「やれやれ、アレクとアリスが揃ったら大変やわ。 現状は分かってるんやろ? 手ぇ貸してくれや」

 

アリス「特に求めてないけど、報酬はある? あるの? うまい棒何本買えるかな?」

 

リョウ「資本主義者め…」

 

アリス「嘘うそウソッキー。 エクリプスが相手ならタダでも喜んでやるよ! 今日の戦いは私の超勇者黙示録に記載されることだろう!」

 

リョウ「アレク同様にやり過ぎてこの世界の犯罪者リストに記載されそうな気もする」

 

アレク同様に自由奔放だが我執な人間ではないため、エクリプスという世界を危機に陥れる悪行を繰り返す危険因子を野放しにはできない。

 

アリスが援護し、戦力は倍以上となったが、決して気の緩みは許されない。

ライブ開始の10分前となり、緊張が高鳴ると同時に不安も渦巻く。

空間を通り現れるエクリプスは何処から攻め入って来るか予想が付かないが、コンサートが行われる会場の作りを把握できていれば大体の予想は可能となる。

 

アイリ達に任された地下室は、一般人なら勿論、関係者も余程の用がなければ立ち入らない陰湿な場所。

人目に付くことがなく、身を潜めるなり密談を行うなり容易にでき、エクリプスからすると格好の侵入場所だろう。

明ら様に打ってつけとも言える場所に果たして現れるかどうか怪しいところではあるが、万が一の事を考慮すれば警備する他に選択肢はない。

 

リョウ「………来た」

 

僅かに上を見上げぽつりと呟くように発した。

防音の壁を貫通し爆発音が微かに聞こえたのが、エクリプの来襲を物語っていた。

ヴィーナスは緊張で早鐘のように鳴る心臓を落ち着かせようと深く息を吸っては吐いてを繰り返している。

それとは正反対に、緊張感を持ちながらも平静さを崩さないシギアが早速行動を開始した。

 

シギア「アリス、空間の出入り口を変更することは可能だよね?」

 

アリス「そんなの朝飯前! アリスにおまかせ!」

 

シギア「アイリ、ヴィーナス、あの壁に向けて遠距離攻撃する準備をしてくれ」

 

ヴィーナス「で、ですが、それでは地下室が崩壊してしまいます!」

 

シギアが指し示す場所は何もないコンクリートの壁。

当然だが変哲もない壁に技など当ててしまえば、罅割れどころか瓦礫と化し、最悪の場合部屋全体が崩れてしまう可能性もある。

結末は容易に想像できるが、シギアの目には迷いの色はなく、躊躇なく技を放つよう申し出た。

 

リョウ「二人とも、シギアの言うことを信じてやってくれ。 時間があらへん!」

 

アルティメットマスターを引き抜かず鞘だけを持ち構えるリョウは壁を見据えたまま促す。

シギアの考えを悟りアイリとヴィーナスを促すその声は何処か急かすような力強さと緊迫感が伝わってくるものだった。

 

ヴィーナス「アイリさん、やりましょう!」

 

アイリ「う、うん!」

 

戸惑いながらもガーンデーヴァを出し矢を番える。

 

敵影が視認されていないため戦うことに躊躇はないが、胸の中に蔓延る不安と恐怖は完全に消えてはいない。

いざ戦闘になると、動揺してしまう。

アイリの顔色が僅かに変化したことに気付いたリョウは優しく肩に手を置いた。

肩から伝わる温もりが徐々に心の蟠りが緩和されていく。

自分が一人ではないのだと再確認でき、攻撃に傾注することができる。

 

アイリ「…ありがとう、リョウ君」

 

リョウ「いいってことさね」

 

シギア「いくよアリス!」

 

アリス「オーキドーキ! そーれ、お出ましお出ましー!」

 

アリスは杖を振るい、空間の裂け目を生み出す魔力を放出する。

シギアの導きの力により、魔力は全員が見据えている視線の先にある壁へと向かっていき、裂け目が生成される。

出入り口を導きの力で操作されたことを何も知らないエクリプスの下っ端である戦闘員達が声を荒げ猛進してきた。

 

リョウ「今や! 『ソードスパーク』!」

 

アイリ「『アロービーム』!」

 

ヴィーナス「『ルインブリザード』!」

 

アリス「えっと……何でもいいや! 兎に角ぶっぱなす! ぞばばばばばばー!」

 

各々が出せる遠距離攻撃を一切の容赦なく放った。

出撃早々に奇襲を受け、戦闘員達は対応する間を与えられることなく、断末魔を上げこの世を去る形となった。

特にアリスの攻撃は他の三人と比べて群を抜く力で、杖から放たれた火炎の竜巻、凍てつく冷凍光線、痺れる巨大な電が裂け目の周辺だけに止まらず、開かれた時空の裂け目の中にまで攻撃が行き渡っている。

突入準備に取り掛かっていたであろう戦闘員達は訳も分からず特大級の魔法に直撃していく様は、敵でありながらも不憫だと思うしかない。

 

突入する勢いが止まった頃合いを計り攻撃を一旦中止した。

一斉攻撃により周囲の壁や天井には亀裂が走り、備品等は四散しており酷いものは破壊され使用不能と化している。

因みに、ディーバの警備による建造物や備品等の破損、破壊の対象となるものは全て時空防衛局が復旧費用を全額支出しており、その世界に住まう者達に負担を掛けないような制度となっている。

 

アリス「……やったか?」

 

リョウ「おい、フラグ立てんな」

 

相手が生存しているかのような台詞を吐くアリスに思わずツッコミが入る。

顔を反らした刹那、言葉が顕在化したかのような災厄が訪れた。

砂埃を跳ね除け、風をも切り裂く勢いで迫ってきたのは邪悪な気を纏った闇の斬撃。

凄まじい速度で迫る斬撃を逸速く察したリョウが前に出て右足を振り上げ斬撃を蹴り飛ばし弾いた。

心地好い金属音が響き、何者かによって放たれた斬撃は細かい粒子と化し霧散する。

 

?「流石は世界の監視者。 見事なものね」

 

舞っていた砂埃が晴れ、悠々と歩く一人の少女の姿が目に入った。

 

黒色のショートヘアーを少し纏める臙脂色のリボン。

手の甲に紫色の宝石が修飾された黒色のロンググローブ。

胸元には血よりも深い深紅色の宝石が付いたフリルが特徴的な赤いラインが走るデザインのリボン。

黒色のミニスカートに紫色の宝石が修飾されたロングブーツ。

全体的に黒を基調とした衣装を身に纏った少女は、左は美空色、右は黄色のオッドアイで地にある雑草を見下すようにアイリ達を見据えている。

 

リョウ「君に褒められるなんて、嬉しい限りよ」

 

?「褒める? 力を半分失った哀れな分際のお前を、私が褒めると思う?」

 

リョウ「そいつは残念。 まぁ、相変わらず元気そうで何より。 フェアリルへの侵攻を続けているのも変わらずやけど」

 

?「私はデスピアで生まれた存在。 我が故郷のために尽力して悪いと言うの?」

 

リョウ「可能ならいい加減考え直してほしいところ。 一応、ピースハーモニアなんやし」

 

アイリ「え、ピースハーモニア!?」

 

一見すると、リョウの言うようにピースハーモニアと同様の衣装を身にしているが、纏っているオーラが違いすぎる。

ピースハーモニアが平和を願う希望とするならば、目の前にいる少女からは、不幸へ誘い光を呑み込む絶望を感じ取れる。

 

邪悪にほくそ笑む少女は瞬時に出現させた巨大な漆黒の鎌を片手で軽々と持ち峰をアイリ達へと向ける。

 

ヴィーナス「私達と同じ、ピースハーモニアです。 でも、フェアリルのピースハーモニアと対を成す、闇の力で生まれたんです。 結愛さんがいた頃よりも前に存在していて、多くのピースハーモニアを苦しめてきたデスピア三闘士の一人である、歴戦の戦士、ダークネスリベリオンです」

 

アイリ「そう、みたいだね。 犇々と伝わってくるよ」

 

禍々しく心を撫でるように感じる、サタンフォーとも引けを取らない強大な闇の力に、無意識に一歩後ずさってしまう。

 

再び甦る、自分の命が枯れる瞬間。

悪魔に襲われた時の恐怖が沸き上がる。

体が微少に震え始めるも、リョウが再び肩に手を置いた。

優しい手の温もりに、再度落ち着きを取り戻した。

 

リベリオン「か弱い少女を連れて私達に挑もうとは、正気?」

 

アリス「か弱いなんて言ってるのも今のうちだよ! アイリは強化し過ぎたかって言えるくらい強いんだから! あと10年は戦える!」

 

アイリ「天使なんだからもっと長く戦えなきゃダメなんじゃないかな? でも、あたしを評価してくれるのは素直に嬉しいかな。 ありがとねアリスちゃん!」

 

アリス「もっと褒めて私の好感度を上げてもらってもいいよ! ストーリー後半から私のルートに突入してETSになったり…」

 

?「お喋りが多いぜ、時空の放浪者」

 

砂埃が晴れ始めた頃、時空の裂け目から現れたのは、エクリプスのリーダー各であるセラヴィルクだ。

愛用の赤い宝玉が修飾された黒いガントレットを撫でるようにして少女の横へと並び立つ。

 

シギア「エクリプスのセラヴィルクか。 僕達の方には大物が来たね」

 

アリス「掛かってきなよ喧嘩上等だよ! 私が疾走する本能で暁の水平線まで吹っ飛ばしてやる!」

 

セラヴィルク「…異世界の言語ってのは分かったぜ」

 

アリス「また能力で読み取られた。 あ、忘れてる人もいると思うから説明しておくけど、セラヴィルクの能力は相手の力や武器、知識、情報を吸い取る、若しくは奪い取る能力だよ」

 

リョウ「誰に向かって話してるんだ?」

 

アリス「誰だか分かってるでしょ?」

 

セラヴィルク「おっと、メタい話はここまでだ。 全軍、ディーバを捕らえるため死力を尽くし進軍しろ!」

 

発破を掛けたと同時に猛々しい雄叫びが地下室に響く。

裂け目から溢れるようにしてエクリプスの戦闘員と、デスピアのデスマミーが飛び出し荒れ狂う波のようにして襲い掛かる。

 

アイリ「勇気を、出さないと。 あたしだって、守るために戦いたい!」

 

自信を持ち、勇気を振り絞り弓を射る。

その一矢を合図にリョウとシギアとヴィーナスが駆け出し大軍の先頭にいた数人を早くも蹴散らしていく。

 

シギア「『蒼炎の楔』!」

 

蒼い炎の杭が放たれ、直撃を受けると同時に炎に包まれ命を燃やし尽くしていく。

接近戦を試みようと戦闘員が手にした槍で突こうとするも、視認していないにも関わらず華麗な足捌きで避け蒼い炎球を飛ばし反撃した。

 

セラヴィルク「厄介な能力持ちだな!」

 

先程まで大軍の後方にいたセラヴィルクが部屋の天井を駆け抜けるという、重力を無視した常識外れな移動により先陣へ舞い降り拳を振るう。

蒼い炎を腕に纏わせ拳を防ぐも、重みのある一撃に数歩下がってしまう。

更に追い討ちと言わんばかりに能力によりシギアの行使する蒼い炎を自らに引き寄せ巨大な炎の渦を生成し放った。

 

アリス「どんなピンチもチャンスに変えてしまおう!」

 

アリスが杖を振るうと忽ち炎の渦は形を崩し、いつの間に仕込んでおいた指の隙間に挟んでいたトランプカード数枚を炎に向け投げつける。

蒼い炎を纏ったカードは戦闘員やデスマミーを斬り裂き一直線上に道ができていく。

 

アリス「私、完璧!」

 

セラヴィルク「貴様が今回いるのは予想外だ。 偽りの聖剣士までいるというのに、対処に困るぜ」

 

アリス「何時でも私が出てくることを予想していないのが悪いんだよー。 さてと、私と戦う覚悟はいい? 私はできてる!」

 

セラヴィルク「完膚なきまでに叩き潰してやる」

 

アリスのトランプカードを用いた魔法とセラヴィルクの拳が激しくぶつかり合う。

セラヴィルクの能力により大抵の攻撃の情報を奪い取られるため、攻撃手段が筒抜けな状態で、回避されるか拳による一撃で相殺されてしまっている。

能力的に不利にも思えるが、アリスは未だに見せていない隠し玉が幾つもあるようで、焦燥感が出ることはなく、戦いを遊戯のように楽しんでるのか、時折スキップを行う余裕を見せている。

 

凄まじい実力を兼ね備えたアリスを援護する必要は皆無なので、リョウはアイリの側から離れることなく戦闘員やデスマミーを一掃しつつ、ヴィーナスと共にリベリオンと争闘していた。

 

戦闘員やデスマミー達の戦闘力は決して高いとは言えないが、塵も積もれば山となるという言葉通りの意味で、集団で四方八方から押し寄せられると思うように行動できず即座にタコ殴りにあってしまう。

更に数多のピースハーモニアを苦しめてきた確かな実力の持ち主であるリベリオンまで相手にしなければならないとなると、劣勢なのは一目瞭然だ。

 

リベリオン「闇に堕ちろ」

 

巨大な漆黒の鎌、『ブラッディハント』を力強く振るう。

まるで木の棒を振り回すかの如く振るわれた鎌を回避することには成功したが、風を斬る音が耳を掠め、一振りした際に風圧が発生するのを直に感じ、アイリは冷や汗が一気に溢れ出るのを感じた。

 

リベリオンの痩躯とは思えない猛烈な一撃一撃が止むことを知らない嵐のように続くが、リョウがアルティメットマスターを巧みに扱い全て受け防ぐ。

 

リベリオン「腕は鈍ってはいないな。 だが、力量不足ね」

 

リョウ「事情知ってるなら察しろ。 力が半分なのに初っぱなから『ソードスパーク』撃ったら嫌でも力が落ちるわ」

 

リベリオン「今の貴様は、私を満足させる相手ではなさそうね」

 

リョウ「決め付けはよろしくないで!」

 

腕力が倍に跳ね上がり鎌を押し返した。

透かさず剣先を向け突きを放つも、リベリオンの鋭い蹴りにより剣が弾かれ、続け様に放たれた蹴りを腹部に受け後退する。

ヴィーナスが援護に入り絶対零度の冷凍光線を撃つも、闇のエネルギーによるバリアを展開されたことによりダメージを与えることはできなかった。

 

リョウ「ありがとうヴィーナス」

 

ヴィーナス「いえ、ご無事なら何よりです。 『ルインブリザード』!」

 

再び手から冷凍光線を発射し、周囲の敵を氷像へと変えていく。

 

リベリオン「……あの力を、使ったか? でなければ唐突に力が増幅することはないだろう」

 

リョウ「ご名答。 あの一瞬やけどね。 度々使用する代物やないからあとは自力で押し返すだけや」

 

リベリオン「ふん、悪足掻きにしか過ぎない」

 

リョウとリベリオンは同時に駆け出し互いの武器を衝突させる。

剣と鎌が激しく交差しぶつかり合い、金属音が響き火花が周囲に散る。

高い戦闘力を誇る二人の戦闘にアイリやエクリプスの戦闘員は助太刀する余裕はなく、誰一人として接近する者はいなかった。

 

リョウ「答えてくれリベリオン。 何故エクリプスは君達デスピアに協力関係を求めてきたのかを」

 

戦闘しているにも関わらず力を込めた声で質問を投げ掛けた。

敵と戦場で武器を手にし相見えている状況では有り得ない行動だが、リベリオンは大柄な鎌を舞うように振るいながらも質問に対し流暢に応答する。

 

リベリオン「さぁ、突然私達の元へとやって来たから。 ただ、奴等の幹部の一人である女が、部外者である何者かに命令され面倒だと呟いていた」

 

リョウ「命令された…?」

 

頭に疑問符が浮かぶばかりで思わず首を傾げる。

 

エクリプスという組織は単独で行動を起こしており、他の組織と結託し物事を進めるということはしない。

あらゆる世界に拠点を置く彼等だが、何百年と歴史がある中でも絶対に他の組織の力を借りるような事はしない。

組織の重大な資料やディーバ誘拐に向け練られた作戦、拠点の位置情報を漏洩させないために、何より他者を信用しない懐疑的主義な思考でいるため、他者と協定を結ぶようなことなど有り得ない。

 

そんな彼等がデスピアと結託し、況してや部外者である何者かの言葉を聞き入れ鵜呑みに事を起こしているのが謎だった。

 

リョウ「……謎だらけやな。 それと、君達デスピアはエクリプスと協力してどんなメリットがあるんや?」

 

リベリオン「現存するピースハーモニアを撲滅し、フェアリルを占領する。 奴等と協力を得るだけで長年の目的が達成されるのであれば、当然せざるを得ない」

 

リョウ「お頭であるディムオーツも納得したのか?」

 

リベリオン「少々迷っていたが、了承した。 私は余所者など歓迎してはいないけど」

 

悪態を吐き小さく溜め息をつくあたり、リベリオンは余程納得していないのだろう。

 

リベリオン「エクリプスの悪行の数々は嫌でも耳にしているから。 お前がその被害者なのだから尚更よ」

 

リョウ「嫌悪しているのなら奴等を滅ぼすのに協力してもらえんかね?」

 

リベリオン「私が首を縦に振ると思った? 私がお前達と手を組むなんて……でも、少しおもしろそうね」

 

口角が僅かに上に上がる。

笑みを浮かべる顔は邪悪に染まっているが、何処か悪戯を思い付いた幼さをも感じ取れ、瞳は小さな星の瞬きのように爛々としている。

 

リョウ「お前も変わらんな」

 

リベリオン「数千年と生きていれば、必ず変わる。 お前が知らないだけで、私は着実に変わっている。 良くも悪くも。 人とはそういうものでしょ?」

 

リョウ「…どうした? 人の心理に興味でも持ったのか?」

 

リベリオン「戯言を言わないで。 人の心に触れぬようにしているが、ピースハーモニアと戦うにつれ、嫌でも理解してしまっただけよ」

 

求めていなかった知識を得たことに嫌気が差し本日二度目となる溜め息を吐く。

 

リベリオン「話が脱線しそうになってるから、始めましょうか。 反逆を…!」

 

アルティメットマスターを弾き、闇のエネルギーを纏ったブラッディハントを一閃し周囲の戦闘員達を蹴散らす。

不意な行動に周囲がざわめき始め戸惑いの声が上がる最中に生まれた隙を逃さず、リベリオンは雑草を刈り取るかのように次々と斬り伏せていく。

 

セラヴィルク「なっ!? てめぇ!! どういうつもりだ!!」

 

流石に仲間が葬られ黙ってはいる筈がなく、額に青筋を浮かべ今にも飛び掛からん勢いで怒号を飛ばす。

 

リベリオン「ごめんなさいね。 私って気紛れだからその時の気分で行動しちゃうの」

 

セラヴィルク「理由になってねえぞ! てめぇ、俺達を裏切り敵に回すのがどういうことなのか分かってるのか!」

 

リベリオン「裏切る? ふふ、何を言っているの? 私はお前達を味方として迎え入れたつもりなんてないわ。 思い上がりも甚だしいわね」

 

セラヴィルク「どうやら俺達エクリプスの恐ろしさを教えてやんなきゃいけねぇみたいだな。 掛かれー! あの女を八つ裂きにしろ!!」

 

取るに足りない理由に怒りが頂点と達したセラヴィルクの怒声に戦闘員達の困惑の色は消え、一斉に雄叫びを上げ新たな標的に向け武器を手に走り出す。

 

リベリオン「私だけが敵だと思うなよ?」

 

指を振る仕草をすると、デスマミー達が盾になるように並び戦闘員達を迎え撃つ。

俯瞰する眼差しでセラヴィルクを見据え不敵な笑みを浮かべる。

 

アイリ「えーっと、これって形勢逆転だったりする? 風のうしろを歩むものとして早く終わらせたいところ…」

 

アリス「これだけ塊魂してたらオワニモするの余裕だよ」

 

リベリオン「何を戯けたことを抜かしているの? 私はリョウの意見に賛同しただけであって手を組むとは一言も言ってないわ。 お前達を利用させてもらうだけだ。 手出しはしない」

 

ヴィーナス「信用、できません。 必ず不意を突いて私達を倒そうとしてくる筈です」

 

ピースハーモニアとして数十回、彼女と戦ってきたからこそ、発せられた言葉は信憑性に欠けていた。

同盟を結んだエクリプスとの関係を、デスピアという組織に所属しているにも関わらず己の意思だけで破棄するという身勝手さを振る舞う輩を、信用しろと言われても容易に了承はできない。

 

リベリオン「ふーん、流石、今代のピースハーモニアの頭脳、冴えてるわね。 えぇその通り。 隙さえあれば私の鎌の餌食になるわ」

 

ブラッディハントの刃を舌で舐める。

狂気染みた何かを感じ取ったアイリは悪魔とは違う怖さに一瞬身を震わすが、自由に泳がしておくには非常に危険なため早急に倒そうと頭の中で検討していると、リョウが駆け出し混戦する戦闘員達を斬り倒し始めた。

 

リョウ「じゃあリベリオンの掌で踊らされているとしようかね。 わし等を斬り伏せたいのなら何時でもどうぞ。 当然やけど、その時は抵抗させてもらうけど」

 

エクリプスを退けるために敢えてリベリオンの意のままに行動させることを選択した。

無論、リベリオンが敵の立ち位置であるのに変わりはないため、不審な動きを見せた際には躊躇なく斬りつけるつもりでいる。

危険だが、アイリもヴィーナスもリョウの意見に賛同することにし、いつ襲われてもいいよう神経を尖らせる。

 

リョウ「今更やけどリベリオン、裏切り行為をしたんやから後でどうなっても知らへんで?」

 

リベリオン「余計な心配は無用だ。 例えディムオーツ様に何を言われようとも、私は問題なんてないもの」

 

リベリオンの性格上、後にデスピアの上層部から罰を与えられる事など一切考えておらず、基本的に上からの注意勧告等は殆ど右から左に流してしまっているため問題ないらしい。

裏切り行為を実行している時点で別の意味で十分問題ではあるのだが。

 

シギア「計算の内なのか、巧みに言葉を使って彼女との直接対決を免れたね」

 

リョウ「何一つ計算なんてしてないよ。 ただリベリオンとは長い付き合いだからお喋りしてただけよ」

 

セラヴィルク「何がお喋りだ。 余計なことしてくれやがって」

 

リョウ「わしからすればお前らの成す行動一つ一つが余計なことやわ。 さっさとこの世界、いや、この世から消え去れ。 あらゆる世界に存在する価値もない紛い物が」

 

憤怒と憎悪が籠った口調で荒々しく剣を振るい一閃し、交戦していたデスマミー諸とも戦闘員の十数名を斬り伏せていく。

リョウの過去について詳しく知らないアイリは急激な力の増幅に暫し目を見開き驚愕する。

跳梁跋扈するエクリプスを倒すことだけに傾注しており、周囲のことなど気にも留めない勢いで次々と命を奪い散らしていく様は、命の重さを知らない大量殺人鬼のよう。

天界でサルエルの警護の時と全く同じ度量の殺気に思わず身震いしてしまった。

 

アリス「……アイリ、私達も行くよ。 私達は殺すために戦ってるんじゃない。 それだけは忘れちゃダメだよ」

 

『トランプルーレット』を何発か発動させ、宙に浮かび空中から攻撃を仕掛け始めたアリスに続きアイリも矢を連発する。

 

人の命を奪うようなことはできれば避けたいところなのだが、相手はあらゆる世界を支配しようとするテロ集団。

話し合いや交渉で事が解決するとは到底思えない。

口論が不可能であれば実力行使で迎え撃つしかない。

理解はしてはいるものの、今更ながら、目的を達成するための犠牲が出てしまうので平和的に物事が終結しないだろうかと考えてしまい、遣る瀬無い気持ちが心の中に蔓延る。

 

それでも、誰かを守るためなら、守るもののために戦うと決めたのならば、雑念や恐怖心をかなぐり捨て、立ち向かわなければならない。

 

アイリ「いっけー! 『サンダーボルトアロー』!」

 

上空に打ち上げられた数本の矢が雷となり降り注ぐ。

そのうちの数本をシギアは導きの力を使用し、落とされた雷はセラヴィルクへ向きを変え直撃を果たす。

顔を歪ませるも大したダメージは与えられてはいないようで、セラヴィルクは能力を発動した。

 

リベリオン「ん、何だと?」

 

ブラッディハントがリベリオンの手から離れ、吸い込まれるようにセラヴィルクの手中へと手繰り寄せられた。

 

セラヴィルク「貴様の愛用の武器で、体を斬り刻んでやる」

 

リベリオン「舐められたものね。ブラッディハント無しで戦えないとでも思っているのかしら? 『リベリオンデストロイボール』」

 

闇で生成された黒いエネルギー弾を宙に数個発生させる。

とてつもない速度でエネルギー弾は飛んで行くが、セラヴィルクは全て奪い取ったブラッディハントを匠に扱い防ぐ。

 

アイリ「あたしも加勢しないとだよね! 『トリックアロー』!」

 

アリス「奇跡も魔法もあるってことを分からせてやる! 『スートメテオ』!」

 

アイリ「え、ちょっとアリスちゃんそれはダメー!!」

 

攻撃に徹していたアイリは即座に踵を返し物陰へと避難する。

周囲の被害を考慮していないアリスは技を発動し、四種類のスート型のエネルギー弾が周囲に降り注いだ。

戦闘員やデスマミー達は直撃を果たした途端、膨大な威力により跡形も残らず灰と化していく。

リョウやシギアも武器や能力を用いて滅茶苦茶な攻撃を凌ぐ中、セラヴィルクだけはその場から動こうとはしていなかった。

 

セラヴィルク「その力、貰うぜ!」

 

ブラッディハントで防ぎつつ、能力によりアリスの技をエネルギーへと変換しガントレット赤い宝玉に吸収されていく。

 

セラヴィルク「『赤剛烈破』!」

 

エネルギーを吸収したことにより威力が倍増した衝撃波をアリス目掛けて放った。

 

アリス「力押しなら負けない! 『マキシマムフォトンレーザー』!」

 

杖の先端をセラヴィルクに向けると、巨大な魔方陣が出現し、リョウが放つ『ソードスパーク』に似た極太のレーザーが放たれた。

発射された余波だけで人や物が吹き飛び散乱していき、物陰に身を潜めていたアイリも痩躯な体が吹き飛ばされないようにと死に物狂いで壁にしがみついている。

二つの技が宙で激しくぶつかり合い、その余波による衝撃で壁や床が抉れ崩れていく。

血気盛んだったエクリプスの戦闘員達も流石に自身の命が大事なようで、重りとなる武器を捨て四散していく。

 

アリス「もう、私のエネルギー吸ったせいで威力もかーなーり上昇していると。 でも…」

 

威力は互角かと思われていたが、アリスの放つレーザーの勢いがより一層増していく。

 

アリス「私を倒すのは2万年早いよ! あ、やっちゃう前に言っとこ。 アイリちゃん達ごめんねー!」

 

限界を知らないと言わんばかりの魔力を放出する姿を最後に、徐々に押し始めたレーザーと衝撃波は爆発を起こし、視界が白い光に包まれたかと思うと、爆風により自身が吹き飛ばされる感覚だけが記憶に残っていた。

 

 

~~~~~

 

 

フェニックス「がはっ! …くそ! ヤバいってこの状況…」

 

フェニックスは現在窮地に立たされていた。

 

彼女は時空防衛局の役員達と共にホールの東側の出口の警備を担当していたのだが、現れたエクリプスの幹部、ディアグルムの猛攻に役員達は成す術なく敗北してしまい、一対一の勝負に発展した。

苦戦は強いられたものの、着実にダメージを与えられており、勝機を逃してはいなかったのだが、新たに現れた幹部、オムクという名の男の参戦により流れが相手に掌握されてしまった。

 

オムク「へへっ、ピースハーモニアっていう戦士だって聞いてどんな実力者なのかと思えば、案外弱っちいな」

 

肉弾戦を得意とする屈強なオムクの攻撃に押され続け、最後に受けた強烈な一撃で壁を突き破り屋内へと戦場を移したが、予想以上に体が傷付いてしまい床へ倒れ伏してしまっている。

 

オムク「俺は悪魔じゃねぇ。 降参すりゃ俺の下で働かせてやるよ。 なーに、悪いようにはしない。 満足できるよう懐柔するからよ」

 

フェニックス「誰が、降参するかよ。 それに、お前の部下になるわけ、ねぇだろ。 寝言みたいなこと言ってんじゃねぇよ」

 

反抗的な態度に怒りを覚えたオムクは無言でフェニックスの腹を蹴った。

痛みに顔を歪ませ体がくの字に折れるが、続けて何度も塵芥のように踏み続ける。

 

オムク「ガキの分際で偉そうに。 素直に俺の言うことだけ聞いてりゃいいんだよ」

 

フェニックス「ぐっ…うぅ…」

 

苦痛に声を上げ、息も絶え絶えになってはいるが、フェニックスはまだ諦めてはいない。

 

現在コンサートを行っているディーバ。

コンサートを楽しみに集まった観客達。

裏でコンサートを支えるスタッフ達。

 

この世界に住むあらゆる種族の人々を守りたい、太古から連綿と続くピースハーモニアという戦士としてでなく、一個人の強い思いがまだ戦えると体を奮い立たせる。

 

フェニックス「『フレイムフェザー』!」

 

赤い翼に炎を灯らせ羽を手裏剣のように飛ばす。

突然の奇襲にオムクは後退し防御に徹している間に、体に鞭を打ち立ち上がり羽を連発し牽制しながら空中へ飛び上がる。

 

フェニックス「『フェニックスメテオドロップ』!」

 

脚に灼熱の炎を纏わせオムクの頭上へ急降下していく。

炎の羽に対処していたため反応が遅れ、直撃は免れない。

喉が張り裂けるような雄叫びを上げ更に速度を増していくが、頭部の中心に足裏が直撃を果たす直前、突然停止してしまい身動きが取れなくなった。

気付けば自身の腕と腰に赤黒い触手が巻き付き動きを封じていた。

 

ディアグルム「やれやれ、両方動きが遅すぎる」

 

オムク「俺もかよ。 助けられたのは不服だが、一応感謝はしといてやろう」

 

ディアグルム「偉そうな口を利きおって。 貴様を嬲り殺したくなってきたわ」

 

抜け出そうと必死に抵抗するフェニックスの努力も虚しく、触手を操り勢いよく床へと叩き付けた。

床が陥没し、真っ正面から叩き付けられたフェニックスは吐血し横たわる。

未だに戦う意思だけは残り続けているようで、震える腕で立ち上がろうとしている。

 

フェニックス「まだ、まだ…! 私は…戦える…!」

 

ディアグルム「成人していないというのに、勇ましい。 敵ながらあっぱれだ。 だが、無駄に終わる」

 

ディアグルムは無数の触手を伸ばし倒れているフェニックスを絡め取った。

腕や脚を触手で拘束され完全に動きを封じられ抵抗すらできないフェニックスは自身に炎を灯らせ、触手を燃やし尽くそうとする。

 

ディアグルム「無駄な足掻きを。 『惨劇の苦痛』」

 

フェニックス「うわああああああ!!!!」

 

絡め巻き付く力が増し、触手に自身のエネルギーを送り込むと、フェニックスの全身に痛みが迸り声を上げる。

抵抗など一切できたいため、身動き一つ取れない状況で痛みに応えるように喉が枯れる勢いで叫ぶことしかできない。

ディアグルムとオムクは世界を守護する少女の悶え苦しむ姿を見て欣喜雀躍する面持ちで見据えていた。

 

何分経ったのだろうか。

常人なら聞くだけで耳を塞ぎたくなる絶叫が深閑な空間に響いていた。

 

時空防衛局の救援も来ないまま、フェニックスは絶えず訪れる苦痛に悶え、最後の間には声を上げる力すら枯渇し、気絶する直前まで心身共に凋落してしまっている。

エネルギーを送るのを止め、触手の拘束が解かれる。

力無く床に倒れ、同時に変身も解かれてしまった。

 

優華「うぅ…くぁ、あ……」

 

オムク「もう終わりかよ。 案外弱かったな」

 

ディアグルム「貴様が来る前に私が其なりに傷を負わせていたから当然だ。 私はこのまま先へ進む。 この娘の処理は任せるぞ」

 

ディアグルムは不気味に触手を揺らめかせ、人気のない通路を進んでいき姿を消した。

残されたオムクの前に空間の裂け目が発生し、中から十数名の戦闘員が姿を現した。

 

オムク「ディアグルムが先に向かった。 お前達も後を追い援護しろ。 出会した者は片っ端から殺せ。 例え女子供であろうと容赦はすんじゃねぇぞ! それと、指名された数名はこの場に残れ!」

 

オムクの命令に戦闘員達は足早に行動を始め、武器を手にホール内を走り抜けていった。

残された十人程の戦闘員は何故自分達がこの場で待機させられているのか疑問に思っていた。

 

「オムク様、我々は何故残されたのでしょうか?」

 

オムク「忠実に働くお前達に褒美を与えてやろうと思ってな」

 

「えっと、戦争が起きているこの場で、それはどういう意味で?」

 

オムク「見て分かんねぇのかよカス野郎。 そこに倒れている女を見ろよ」

 

戦闘員達は一斉に息も絶え絶えとなった優華へと目を向ける。

 

オムク「理解できないのなら直接口に出してやる。 ……その女を犯せ」

 

優華「……え?」

 

オムクの発言に理解が追い付かなかった。

戦闘員達も一瞬困惑し尻込みしていたようだが、現役の女子高生、況してや美少女に分類される優華を見て全員が生唾を飲み込んだ。

戦闘により衰弱した優華を犯すことなど造作も無く、抵抗無く美少女と性行為を行えるとなると、男性が食い付かない訳がない。

 

「へへ、良いんですか? 俺達にはもったいないくらいだ」

 

「オムク様は下っ端の俺達に慈悲深いなぁ。 ではでは、遠慮無く…」

 

「おいおい俺が先だ」

 

成人男性十数人が性欲を露にし近寄ってくる。

これから行われるであろう惨たらしい行為に優華は恐怖を覚え、必死で動けない体を無理矢理動かし地面を這うようにして助けを求める。

 

優華「嫌だ…来るな。 助けて…誰か…!」

 

オムク「ここの周辺の時空防衛局の奴等は全員始末したんだ。 幾ら叫んでも神に祈っても誰も来たりしねぇよ。 さっきあれだけ叫んだにも関わらず誰も来なかったんだ。 結果は見えてるよな?」

 

オムクの言葉に耳を傾ける余裕は無く、必死でこの場から逃げることだけを考えていた。

傷を負い満足に体を動かせないため、数秒と経たない内に戦闘員の数人に拘束されてしまった。

 

優華「やめて! 離して! お願いやめて!!」

 

涙を浮かべ懇願するが群がる男達の手は止まることはない。

衣服を全て引き千切り、全身を舐めるように厭らしい手付きで撫で回される。

 

優華「嫌! 助けて! 誰か助けてー!! いやああああああ!!」

 

オムク「だから無駄だっつってんだろ。 誰も助けになんて来ねぇ。 大人しく俺達の玩具になってろ」

 

誰も助けに来ない。

その一言で絶望感が優華を満たしていき、涙が止めどなく溢れ出ていく。

世界を守護する戦士の哀れな姿を見て嘲笑う暴漢達が容赦なく欲を満たそうと自身の体を貪り穢れていき、愛する人にしか見られることはないであろう下半身にも手が伸び始めた。

 

優華「ユノ…夜美…結愛、さん……たす、けて…」

 

涙が溢れ出る瞳は絶望に染まり、声を張り上げる気力すら無く、絞るように出た小声で呟くように発しただけで、抵抗できないまま弄ばれてしまった。

 




闇の魔法少女ってキャラは出してみなかったので満足。
ハトプリのダークプリキュアが懐かしい。

…書いてて思いましたけど、優華が犯されるシーンを何故書こうと思ったのだろうかと思ってしまう。
この後の展開を考えると必要な犠牲って感じもするけど、こういう描写を書くのは苦手で心が痛ましくなってしまった…。


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第43話 光と闇の果てしないバトル

光と闇の対決が、今ここに…!

安っぽい映画のポスターに書いてありそう


アイリ「う、うぅ…死ぬかと思った。 さっき川の向こうで団長が見えた気が…」

 

床に横たわっているアイリは気を失っていたが、周囲で途切れることなく続く爆発音により覚醒した。

 

アリスとセラヴィルクの攻撃により地下室は完全に崩壊してしまった。

大爆発と共に身を裂くような爆風が押し寄せ、部屋に置かれた備品や削れ取られた壁や天井の破片と共に飛ばされ、最終的には瓦礫の山の中へ閉じ込められる運命にあった。

だが、意外な人物の手によりアイリは傷一つ負うことなく地上へと戻ることができていた。

 

リベリオン「漸くお目覚め? 天使だから人間より頑丈だと思ってたのに、案外そうでもないみたいね」

 

視界に入るのは、デスピアの幹部であり闇のピースハーモニアでもあるダークネスリベリオン。

ピースハーモニアの宿敵である彼女を見て驚愕し声を上げ、思わず尻込みする。

 

アイリ「目覚めていきなり強敵の登場なんて…。 寝起きドッキリにしてはやり過ぎだよ。 まだバズーカの方がマシなレベル」

 

リベリオン「まだ眠くて寝言を呟いてるの? あなたと殺り合うのは悪くないけど、私は今あなたを殺す気分ではない」

 

殺気を露にしていた先刻とは打って変わり、何処かしら穏やかな表情へ変化していると感じさせる。

愛用の武器、ブラッディハントを床に置き大胆に足を広げた状態で座り壁に凭れる。

 

リベリオン「あのクズ野郎から私の鎌を取り返すことができて割りと上機嫌なの。 本当なら高揚感で直ぐ様斬り殺すところなんだけど、もう一つ理由がある。 あなた、リョウの監視下に置かれてる元人間なんでしょ?」

 

アイリ「監視下って言うか、一緒に住んでる同居人と言うか、友人か保護者か…どれも当てはまる気がする」

 

リベリオン「ふーん、やっぱり。 なら出来るだけ手出しするのはやめておく」

 

あまりに潔く諦め引く様を見て呆気に取られ怪訝な面持ちに成らざるを得ない。

 

アイリ「なんだかえらい潔く諦めてる気がするんだけど…」

 

リベリオン「当たり前よ。 正直あいつを怒らせたりでもしたら本当に殺されても不思議じゃない。 いや、殺されるよりも酷いことになる」

 

アイリ「どういうこと? リョウ君の事を何か知っているの?」

 

以前リョウの過去に触れようとした時があったが、教えられなかった事が一つあった。

時々能力により感じ取れる不明瞭な力。

必要最低限の事象だけを簡潔に出し、頑なに語ろうとしないようにも見え縹渺としているリョウの力や過去を知りたい。

他人のプライベートに触れるのは御法度だと承知ではいるが、あの力についてだけは知らなければならない、知っておかなければならないと本能が誡めている気がし、無礼を承知で尋ねた。

 

リベリオン「ふーん、何も聞かされてないのね。 言ってもいいんだけど…私の口からは言えない。 他人がもし話すような事をすれば、私が消されかねないかもしれないし」

 

アイリ「そんなに知るとヤバいってこと、なんだね…。 昔、フォオン様を倒しかけたのが関係しているの?」

 

リベリオン「それは知っているのね。 直接的な関係は無いわね。 あなたが知りたがっている力で殺しかけたのは間違いない。 あいつは昔、あの力を手にする前にも後にも幾つもの大罪を犯している」

 

世界の創造神と呼べるフォオンを殺しかけた時点で理解していた筈だが、他にも何か罪を犯している事実に声を失ってしまう。

敵の戯れ言だと聞き逃すところだが、リベリオンが嘘を吐くような態度ではなく、アイリの目を見て話す邪悪で佳麗なオッドアイは嘘の色に染まってはいない。

 

リベリオン「過去に様々な悲痛な出来事が起き、それがあの力を手に入れる発端となった。 特にエクリプスが大きく関与している。 だからあいつは奴等を異常なまでに忌み嫌い執拗に壊滅させようと戦う」

 

思い当たる節があった。

天界で強襲されたサリエルとミケナのコンサート、そして今日行われているプリシーのコンサートの警備の中で、異常なまでに殺気の籠った目で睨み残虐の限りを尽くさんばかりに戦闘員を翻弄していた。

世界の監視者として守るべき者のために勇壮に剣を振るう戦士とは程遠い、憎しみ等と言った負の感情が宿った豹変振りを見れば変化していることなど一目瞭然だ。

 

リベリオン「エクリプスはあらゆる世界に潜んでいるから、撲滅するには相当の時間を有するようだから彼此数千年も存在し続けている」

 

アイリ「そんな昔から存在している組織だったんだ。 リョウ君はどういった経緯でエクリプスと接触するようになったの?」

 

リベリオン「質問が多いわね。 私は専門家なんかじゃないのよ? まぁ今は気分が良いから、話せる範囲で答えてあげるわ。 リョウが世界の監視者として討ち滅ぼそうとエクリプスと合間見えたんだけど、奴等はリョウの監視者としての能力を利用するためにリョウの愛する人を人質に取り、リョウを手駒にした。 それがエクリプスの初の対面であり、彼の悲劇の始まりでもある」

 

アイリ「その、悲劇っていうのは?」

 

リベリオン「私が今話せるのはそこまで。 死にたくなかったらさっさと立ちなさい。 新手の登場よ」

 

ブラッディハントを持ち敵意に満ちた瞳で前方を見据えたまま立ち上がる。

邪悪な気配を感じたアイリもガーンデーヴァを手にしリベリオンと同じ方向を見ると、デスマミーの大群が迫ってきていた。

意思の無い傀儡の群衆の最前線には肌が紫色の屈強な大男が巨大な三節棍を持ち二人を蔑む目で睨み付けている。

 

?「おーっと、こんなところにいたか。 裏切るのはこれで何回目だ?」

 

リベリオン「いちいち覚えてないわ。 反省する気すら湧かないもの。 誰が何をしようなんて、私の勝手だ」

 

?「団結力が皆無なガキが。 統率を取る俺の身にもなってほしいもんだな。 さて、デスピア三闘士のリーダー、グラッジがお前を断罪してやる」

 

三節棍を地面に打ち付けるのを合図にデスマミー達が一斉に走り出した。

 

リベリオン「はぁー。 面倒ね。 天使、監視者の事について喋ってやったんだから今は私に協力しなさい。 さもなければ雑魚諸共あんたを斬り殺す」

 

アイリ「罪悪感があったけど、色々と教えてくれたし危機を乗り切るには一時休戦するしかないみたいだし。 分かった! 光と闇が両方備われば最強に見えるね!」

 

リベリオン「相反する力が手を組むとは異例ね。 でもまたとない機会かもしれないわ。 実に面白いわ」

 

光と闇。

決して調和することのない、衝突すればどちらかが飲み込み消し合うものだが、切っても切り離せない密接な関係でもある。

一抹の共闘に二人は気分が高揚し、武器を手にその場から駆け出した。

 

アイリ「『ファイブストレートアロー』!」

 

リベリオン「『ダークネスサイズラッシュ』!」

 

五本の光の矢で先頭に立っていたデスマミー達に直撃し数人の体を貫通し体制を崩れたところをリベリオンが舞い踊るように華麗に闇のエネルギーを纏った鎌を振り下ろし体を細切れにしていく。

戦うことだけに一心不乱に鎌を振るう目は狂喜に満ちており、到底ピースハーモニアとは思えない狂乱しているかの様な立ち振る舞いで傀儡の大群を狩り尽くしていく。

 

グラッジ「ディムオーツ様の命令に逆らうな!」

 

三節棍で殴り掛かるも、重戦車の如く一撃を流すように避け鎌を振るう。

三闘士のリーダーと呼ばれるだけはあるので、容易に攻撃は通ることはない。

棒と棒を繋ぐ鎖で刃先を受け止め匠に三節棍を回すようにし絡め取り勢い良く引っ張りリベリオンを自身の元へ接近させ、華奢な体に膝蹴りを叩き込んだ。

顔を歪ませるも、口角は上がっており、痛覚さえも楽しんでいるかのように見える。

リベリオンは抵抗のため蹴られた直後に足を抱えるように掴み上げ行動を一時的ではあるが封じた。

 

グラッジ「無駄な足掻きを。 大人しく倒れていれば痛い目に会わずに済むものを」

 

剛腕が振り上げられ横腹を殴ろうとする直前、グラッジの右肩に光の矢が刺さった。

言わずもがな、矢を射ったのはアイリで、リベリオンの窮地を救うため間髪入れずに追撃する。

三節棍を巧みに扱い矢先の接近を許さず、蚊を落とす

様な振る舞いで次々と弾いていき、矢は虚しく重力に従い地へ落ちていく。

 

グラッジ「この程度の攻撃で俺を仕留めようとは、笑止」

 

リベリオン「相変わらず脳が岩石並みの堅物ね。 私の対処を怠っているわね」

 

グラッジ「何? ぐおわっ!?」

 

事前に準備しておいた『リベリオンデストロイボール』を腹部に命中させ怯んだ隙にブラッディハントを奪還し距離を取った。

防御に徹するあまりに反撃の隙を与えてしまった己の不甲斐無さとリベリオンの傲然とした薄ら笑いを見て頭に血が上ったのか、力任せに三節棍を振り回し始める。

周辺にいるデスマミー達を蹴散らしながら猛進する様はまるで巨大な闘牛。

リベリオンは呆気に取られたように溜め息を吐いた。

同時にこれまで以上に闇のエネルギーが体から溢れ出るのをアイリは感じ取った。

 

黒より黒く、深淵よりも深い、純粋な闇。

 

アイリは闇と対を成す光属性の持ち主だが、地平線の彼方まで埋め尽くすような膨大な闇の力を間近で見て肌で感じ取ってしまうと、自分の光の力が豆粒のように小さなものだと錯覚してしまう。

 

リベリオン「真っ正面から来るなんて、よっぽど死にたいようね」

 

鎌の先を静かに床へ着けた。

駆けるグラッジの足下に闇で生成された亜空間が口を開いた。

全てを吸い込むように開くそれは、正にブラックホール。

沼に足を取られたかのように身動きができなくなったグラッジは焦りの色を浮かべ踠き始める。

 

グラッジ「こ、この技は…!? おい、よせリベリオン!」

 

リベリオン「はぁ? お前から仕掛けて来たんだ。 反撃されたって文句なしでしょ? それじゃ、また後で…会えたらいいわね。 さようなら……『ダークネスフォールダウン』」

 

亜空間から細長い漆黒の手が無数に伸び、グラッジに掴み掛かる。

闇のエネルギーが送られ激痛が体中に走り、身動きが完全に取れぬまま、亜空間の中へと引き摺り込まれていく。

 

グラッジ「ぐああああああ! リベリオン! 覚悟しておけ! 後でどうなっても知らぬからなあああああ!!」

 

断末魔にも似た台詞を吐きながら闇の底へ沈んでいき、軈て姿が視認できなくなり亜空間は跡形もなく姿を消した。

彼が何処へ姿を消したのかは、技を発動したリベリオンにしか分からない。

 

自身の生み出した空間に幽閉したのだとアイリは推測したが、もし自分にあの技を放たれたと思うと心の底から震えてしまう。

 

アイリ「よ、良かったの? リベリオンと同じ三闘士って呼ばれてる人だよね?」

 

リベリオン「そうよ。 でもあんな脳筋、仲間とすら思ったことないから、どうなったところで知ったこっちゃないのよね。 ……さて、私は行くとしようかしら」

 

指を鳴らすと、周囲のデスマミー達は一斉に動きを止めた。

元よりグラッジの命令で従っていたが、司令塔を失いただ周囲を徘徊するだけの傀儡と化していた。

新たな主の登場により再び使役されるだけの傀儡と化したデスマミー達はリベリオンの背後へ乱れなく整列する。

 

アイリ「もしかしてだけど、ディーバのところ?」

 

リベリオン「当たり前じゃない。 彼女を拐うだけで世界を支配できるかもしれないんだから、私が行動を起こさない訳ないわ」

 

アイリ「諦めて帰ってくれると思ってたのに。 なら、あたしは止めるために戦うだけだよ」

 

勝機は限りなく薄い。

重々承知だが背を向け逃げることだけはしたくなかった。

逃げてしまえば必ず後悔する、自分でも分かっていることだから。

 

リベリオン「可能なら後ろ楯にリョウがいるお前に傷を負わせるような事態にさせたくなかったんだけど、仕方ない」

 

殺意の籠った目を見るだけで尻込みしそうになるも、気力で向けられる殺意を撥ね飛ばす。

 

リベリオン「リョウに後で何て言われるか分からないから、殺さない程度で嬲らせてもらうわ」

 

アイリ「弱いのは分かってるけど、遠慮されると嫌な感じするな。 じゃあ先手必勝!」

 

素早くガーンデーヴァを構え手始めに『トリックアロー』を射った。

軌道が変則的な矢を細かい動きだけで見切り的確に鎌で防ぎ地を駆け急接近する。

一閃された鎌を弓で防ぎ上に弾き左手に矢を召喚し『アローランサー』を放った。

腹部に刺さる直前、リベリオンは素手で矢を掴み直撃を逃れたが、光属性に弱いせいか、光の矢を掴む手からは白い煙が上がっている。

 

リベリオン「へぇー、思っていた以上に光の力が強いのね。 殺り甲斐があるわね」

 

鎌の柄でアイリの腹部を殴り付け顔面を蹴り上げた。

意識が一瞬遠退くも気力で耐え、『光弓三日月斬』を発動させ空中で後方転回の勢いを利用し斬り上げる。

刃に闇のエネルギーを纏うように流し防御する。

光と闇がぶつかり合い眩い閃光が辺りを覆う。

 

アイリ「負け、るかー!! 気合いだ気合いだ気合いだ気合いだー!!」

 

敵に立ち向かうことに恐れを成していたアイリは存在せず、誰かを守るために戦う立派な一人の戦士として勇気を振り絞り果敢に力を解放している。

 

リベリオン「驚いたわね。 良い素質を持ってると思う。 けどね…」

 

闇のエネルギーが光の刃に侵食していき、徐々に輝きを失っていく。

 

リベリオン「才能があるだけて戦闘経験も力も私には及ばない。 はあああ!」

 

倍以上の闇が放出され、全力のアイリの攻撃を押し返した。

体を斬り裂かれてはいないものの、力の衝突により生じた衝撃により吹き飛ばされ、壁に勢い良く叩き付けられた。

壁に直撃した左腕に疼痛が走り顔を歪ませるも、諦める意を出さず邁進する。

 

リベリオン「諦めが悪いわね。 私には勝てないって分かってるんでしょ?」

 

アイリ「そうかもしれない。 でも、諦めたら試合終了なんだよ。 あたしは守るために戦うって、自分の心で決めたことがあるから信念を貫く! クリアまでは、眠らない!」

 

強い意思に反応するかのように体から白い粒子が出始め力が徐々に上昇し始める。

 

アイリ「ここからはド派手に行くよ!」

 

リベリオン「何処から力と自信が湧き出ているのかしら。 面白い、程々に痛め付けてあげるわ」

 

飛躍的に上昇した身体能力を活かし壁を走るように駆け矢を連射する。

リベリオンは疾風の如く速度で駆け巡り矢を回避していくが、逃すまいとアイリは矢を連射し続け光速並みの速度の矢を射続ける。

 

アイリ「初披露の技だよ! 『グラスアロー』!」

 

放った矢は地面に刺さり、リベリオンの足下の地面が微かに輝き始めた。

危機を察知したリベリオンが跳躍した直後に小さな光の矢先が数本地面から光の中から出現した。

 

不発に終わるも心の中に焦りはない。

寧ろ戦闘による極限の集中力が全神経を尖らせ恐怖や焦りを取り除いていた。

 

アイリは雄叫びを上げながら壁を蹴り空中を駆け『光弓三日月斬』を繰り出した。

先程よりも光の力が増したことにより光の剣も巨大化し、石材の天井を斬り裂き瓦礫を生み出しながらリベリオンの頭部目掛けて振り下ろした。

単純で豪快な一撃を鎌で受け止めるも、急上昇した威力の大剣の重みを実感し根のように床に張りついていた足が一歩動き後退した。

 

リベリオン「何処からそんな力が…!」

 

アイリ「あたしにも分かんないよ! 想いの力とかそういうのじゃないのかな! …メイビー」

 

リベリオン「想いの力…奴等と同じことを言うのね」

 

頭に過るのはフェアリルを守護する少女達。

彼女達の力の源も想いの力だった。

何故想いの力が戦う力に比例するのか、何百年という長い歳月の中で幾ら考察しても理解不能だった。

他者のために行動すると強化されるという事実が存在するのは確か。

 

ならば、ピースハーモニアである自分も想いの力により強化されるのではないか。

だが、他者のために行動するなど無意味で愚かだという考えを持つ彼女は善人染みた行動を実行する訳がない。

 

リベリオン「私は想いの力など無くとも、己の力だけで押しきるだけ! 『ダークネスヘルファイア』!」

 

漆黒の炎が鎌に灯り、全てを包み燃やしきる業火の渦と化しアイリを呑み込んでいく。

貫き刺すような熱さが全身に伝う。

防御を見せる姿勢に移せば、生じる一瞬の隙を見計らい更なる猛攻が迫り来るのは明らかなため、攻撃を中断させる訳にはいかない、逃げ道などない八方塞がりな状態。

 

アイリ「あっついー!! でも、ゼットンよりはマシ! 負ける、もんかー! このままじゃこんがり肉になっちゃうから、マッハGoGoGoだー!」

 

光のエネルギーが上昇すると同時に白い粒子の数も増えていく。

爛々とする光を放出させながら己が現在出せる全ての力を発揮し、この一撃に込める。

歴戦の戦士であるリベリオンからすれば微小な力かもしれないが、徐々に押され始めていた。

アイリは覇気が込められた声を上げ続け、地や海や空をも斬り突貫する勢いでか細い腕に力を込め弓を握る力も強まる。

漆黒の炎を澎湃たる眩い光が押し返し優勢な状況へ転回すると思われた直後、リベリオンは突如として力を弱め、鎌を下げアイリの弓を受け流すようにして体を横にずらした。

驚きの声を上げる間もなく勢いが余り床に光の大剣と化した弓が当たり、地響きを起こし瓦礫と砂埃が舞い上がった。

 

リベリオン「残念だったわね。 私の勝ちよ」

 

背後に回り込んだリベリオンはアイリの首元へ鋭い手刀を叩き込んだ。

骨が折れるほどの威力ではなかったが、強い衝撃を受けアイリは気を失ってしまった。

力無く俯せに倒れ、煌びやかに輝いていた光は消え去り、絶えず出ていた白い粒子は溶け行くように霧散してしまった。

 

リベリオン「ほぼ無傷で済んだわね。 やれやれ、何故私が手加減してまでこいつと戦わなければいけないのかしら。 後ろ楯にリョウがいなければ、問答無用で闇へ葬り去れるというのに」

 

陰鬱なやり方に不満が募り、思わず八つ当たりに壁を殴ってしまう。

 

リベリオン「まぁ気絶程度で済んだのなら、あいつも何も言っては来ないでしょうし、私は私のやりたいことを為すとしよう」

 

ブラッディハントを一度消滅させ、ディーバ誘拐を目標にデスマミーを連れて軽快な足取りで進軍を始めた。

廊下に騒々しく軍勢の足音が響き渡る。

これから始まるであろう、人々の悲鳴や泣き叫ぶ姿が広がる凄惨な光景を脳裏に浮かべ思わず頬が緩む。

狂気的に微笑み惨劇を惹起しようと進軍していたが、とある違和感に気が付いた。

 

行進を続けていた筈のデスマミー達の足音が前触れもなく消えた。

 

先刻まで響いていた足音がピタリと止み、不自然に思い首を回し横目で後方を確認する。

廊下の床一面にあったのは、デスマミー達が斬り刻まれあらゆる部位が散乱した、今から自分が惹起しようとしていた現場が視界に広がっていた。

生物ではない傀儡なため出血はしないため一瞥すればマネキン等の部位の小道具が転がっているようにしか見えないが、気味悪く嘔吐を催す不快感がある。

リベリオンは心無き傀儡達が息耐えていることについては特に熟考せず、目線の先に大量虐殺の所業に及んだ人物が立っていたのが視線に入り、一滴の冷や汗を垂らしながら睨みを利かせた。

 

リベリオン「……流石、と言うべき力ね、世界の監視者」

 

世界の監視者と呼ばれる人物は一人しか存在しない。

静寂に佇む青年、リョウは怒気を含んだ表情でリベリオンに詰め寄る。

 

リョウ「アイリとわしの関係を理解しての行動なんだよな?」

 

リベリオン「殺さなかっただけマシでしょ。 お前の大切な存在だと知っていたから最初から殺すつもりなんてなかったわ」

 

リョウ「生殺するかどうかなど関係ない。 アイリに痛手を負わせた時点で、わしの敵、抹殺すべき対象になってるって訳よ、お分かり?」

 

リベリオン「抵抗しても無駄って感じかしら? 見逃してくれればありがたいのだけれど」

 

リョウ「……今回は見逃そう。 君には昔に借りがあるから、正直命を奪うのは気が引けるんよ」

 

剣に添えてあった右手を下ろし戦闘の意思が無いことを伝える。

張り詰めた緊張感が解かれ、無意識にリベリオンの口から息が零れた。

仮に戦闘が勃発し本気で挑もうとも、力が半減されてあろうと本気のリョウに勝つ確率は限りなくゼロだ。

 

実力もあるが、あの力があれば尚更難しい。

 

リベリオン「見逃してくれた礼として、今回は帰らせてもらうわ。 これ以上関わったらお前とアレクやアリスに塵芥にされそうだから」

 

完全に戦う意欲が失せたリベリオンは諦めたように肩を竦め踵を返し歩み始めた。

リョウは特に深追いすることなく去っていくリベリオンを見送る形で立っていたが、彼女は突如歩みを止め口を開いた。

 

リベリオン「あぁ、そうそう。 ヴィーナスやアポカリプスの気配を感じ取ることはできるけど、フェニックスの気配は微塵も感じ取れない。 徐々に気配が弱まっていたから、何者かにやられた可能性があるわよ」

 

リョウ「…情報、ありがとね」

 

礼を言われるも反応することなく前を見据えたまま、闇のオーラに包まれると同時にその場から姿を消した。

 

タイミングを見計らったかのように曲がり角からシギアが現れ、無事に歓喜したのか笑みを浮かべ走り寄った。

 

シギア「互いに無事で何よりだ。 どうやら、激しい戦闘があったようだね」

 

リョウ「アイリとリベリオンが戦ってたみたいでね。 わしもさっき来て加勢して追っ払ったところなんよ」

 

先程の状況を見ていた者は存在しないため、適当な嘘を吐き誤魔化した。

大量のデスマミーの無惨なまでに刻まれた死体を見てシギアは現状に納得したようだった。

 

シギア「この辺りは大丈夫そうだから、僕は念のため二階の非常口に行こうと思うんだけど、リョウはどうする?」

 

リョウ「わしはもうちょいこの周辺を捜索してみるわ。 二階に行く前に頼みがあるんやけど、そこに倒れて気を失っているアイリを医療班のところまで運んでもらってええかね?」

 

シギア「勿論構わないけど…リョウ、何を焦っているんだい?」

 

極力表に出さないよう心掛けていたが、観察力が抜きん出て高いシギアには筒抜けだった。

気配りする心遣いは有難かったが、仲間の生死が関係するかもしれない、一刻の猶予もない状況なため構う暇はない。

 

リョウ「嫌な予感がするんよ。 アイリのことを、よろしく頼む」

 

くれぐれもアイリの身に何か起きないよう、懇願する口調で言うと風のように走り去った。

風のように、とは比喩ではなく正に言葉通りで、尋常ではない速度にシギアは我が目を疑う程だった。

 

シギア「彼があそこまで必死になるなんて、余程のことなんだろう。 僕の導きの力で僅かでもいいから助力しておこうか…ん?」

 

物事が良い方向に動くよう導きの力をリョウに使用したのだが、違和感に気が付いた。

 

シギア「何故、僕の導きの力が効いてないんだ? この建物内なら反映される距離の筈なんだけど…」

 

普段なら起こり得ない現象に戸惑う。

効いていないと言うより、届かない、打ち消されているという、見えない何かに妨害されているかのようにも思える。

頭に疑問符を浮かべるも、新たに敵が攻めて来ないうちにこの場を離れることを最優先とし、アイリを抱え時空防衛局所属の医療班の元へ足早に移動した。

 




アイリの周りのキャラが強すぎて負け戦が多くなってしまう…主人公とはいったい…うごごご!


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第44話 Rの怒り

今回はかるくR15かも………


リョウは施設内を凄まじい速度で駆けていた。

 

リベリオンから告げられた言葉が確かであれば、ブレイブフェニックスこと、優華が危機に面している。

フェニックスの気配が消失したということは、変身を自ら解いたか、多大なダメージを受け強制的に変身が解除されてしまった、このどちらかが原因として挙げられる。

今回の場合は明らかに後者で、最悪命を落とす可能性もある危機的状況に陥っている。

優華が警護に当たっている場所は把握済みなため、血眼になり水面を蹴る勢いで足を動かす。

 

ピコ「リョウ! どうしたの?」

 

デスマミーの大軍と相手をしていたピコとすれ違うも、リョウは耳を貸さずただ優華の元へ向かうことに傾注し疾走する。

 

走り去る刹那、リョウの横顔を目視し暫し一驚する。

左目が黄金色の輝きを放っていることに。

 

『力』を発動させているということは、非常事態だと察することができる。

非常事態である以前に、彼が一切の躊躇もなく『力』を行使していることが問題で、対処しなければ由々しき事態が起こり兼ねない。

 

胸中がざわつく最中でも自分を亡き者にしようと進軍するデスマミーは迫って来る。

邪魔となる傀儡達を相手に辟易とする心を体現するかのように『ピコビーム』を発射し、大軍を一掃した。

定規を模した翼、『ルーラーウイング』を装備し狭い廊下を滑空しリョウを追走する。

 

一分も経たぬ内に追い付くことができた。

東側の出口の付近のフロアにリョウは立ちすくんでいた。

不思議に思いピコはリョウに声を掛けようとしたが、先に視界に映り込んだ光景に目を見開き息を呑んだ。

 

日頃の溜飲が下がったような相好をした数人のエクリプスの戦闘員と幹部の一人であるオムク。

 

優華「う………こぷ……………」

 

そして、部屋の片隅に横たわる全裸姿の優華。

身にしていた衣服は力任せに引き千切られ布切れと化し周囲に散乱している。

全身が白濁の液にまみれ、口や膣からも溢れ出ている。

体の至る箇所に殴打されたされた痕があり、腫れた痣が青く変色してしまっている。

半開きとなり一筋の涙を流す目には光が灯っていない。

 

痛烈すぎる光景に思わず目を背けたくなる。

現実ではないと否定したい現状に虚脱感を得て傍観しているリョウに気付いたオムクは口角を上げた。

 

オムク「よお監視者。 遅かったな、早く来てればこの娘の喘ぐ姿が見れたのによ」

 

オムクの諧謔に戦闘員達はゲラゲラと笑いを漏らす。

 

「途中泣き喚いたりすることもあったから痛め付けてやったら直ぐに大人しくなったな」

 

「お陰で俺達は楽しめたけどな」

 

「花の女子高生を楽しめて満足できたぜ」

 

オムク「俺は優しいから快楽を与えてくれた礼として命までは奪ってないぜ。 だが、こいつの精神はもう死んだも同然だけどな。 あっはっはっはっはっは!!」

 

陽気に高笑いを始めると戦闘員達も続くように高笑いを始めた。

男達のがさつな笑い声が輪唱し響く。

 

オムク「良かったらお前も楽しむか? 俺達の使い古しで良ければだけどな?」

 

扇情的に放たれた言葉を投げ掛けるも、リョウは一切応答をしなかった。

聞いていなかった、と言うより、聞こえていなかったのだから。

 

人とは思えぬ残虐な行為に、仲間を強姦され傷付けられた怒りが沸き上がる。

守る筈だった仲間が取り返しの付かない程に心を大きく削られてしまった悲しみが覆う。

 

様々な感情が溢れ複雑に混ざり合い頭や心を掻き乱す。

嘗て自身も経験した、悪辣非道な彼等の行動が脳内を過り、抑えていた遺恨と怒りが膨れ上がる。

感情が膨れ上がるのと同時に『力』が解放されていく。

使用するのは極力控えてはいたが、残酷且つ非道な彼等の悪行を仲間に与えられ、黙っているほど現在のリョウは温厚ではなく、堪忍袋の緒が切れ冷静を保てないでいるほど腸が煮えくり返っている。

 

見逃す訳にはいかない。

必ず殺す。

 

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すころすころすこロすコろすこロスころスコろすコロすこロすコロスコロスコロスコロス。

 

否……………ケシサッテヤル。

 

黄金色に変色した左目の輝きが一層強まると、憤怒に染まった表情は瞬時に無表情へ変わった。

唐突に表情が無に変わる様は不気味という一言に尽きる。

オムクもリョウの妙な気配に気付いており、奇怪な物を見つけたかのように目を細め首を傾げている。

 

ピコ「リョウ……」

 

リョウ「止めたって無駄だ。 わしはあのゴミを始末せんと気が済まん」

 

ピコ「……分かった。 僕も許すなんて生易しい考えは浮かばないから、今回は止めない」

 

リョウ「ありがとう。 ……じゃあ、いくぞ」

 

ピコ「うん」

 

心情を察したピコはリョウの行動を阻止することを止め、協力することを決断した。

最悪の場合が起きることを想像したピコだったが、自分一人でも対処できるという計算だったので、ピコも遠慮はいらないと言うように『力』を発動させ両目が金色に輝く。

 

リョウ「ピコ………殺れ」

 

無慈悲に、冷淡に言い放った。

瞬間、リョウとピコの姿が消え、オムク以外のその場にいる人間が命を散らした。

 

オムク「……………は?」

 

一瞬の出来事に頭の中の整理が追い付かない。

気付いたときには、先程まで快楽に浸され上機嫌に高笑いしていた戦闘員は見るも無惨な有り様へ変貌していた。

 

ある者は頭、腕、足、胴、体のありとあらゆる部位を乱雑に斬り刻まれ肉片と化した。

 

ある者は強烈な剛力により身体を骨や五臓六腑諸とも弾け飛び、一部の者は車のタイヤにより轢かれた蛙のように潰されている。

 

視認不可能な攻撃により原型を留めていない、遺体とも呼べるかどうかすら怪しい肉片が散らばり、血飛沫が飛び散り床や壁を赤一色に埋め尽くす。

一秒と経たない内に起こった惨劇を目にし放心していたが、体中に浴びた鮮血のベトリとした感触に不快感を覚え我に返り、警戒し周囲を見渡すも、二人の姿は見当たらない。

 

リョウ「何処見てたんだ。 前だよ」

 

オムク「んなっ!? さっきまではいなかった筈…ど、どうやって…!?」

 

驚愕するなと言われても無理だった。

周辺を隈無く見渡したにも関わらず姿が視認できなかった。

前方を見逃すことなど有り得ない、だが鮮明に視界には左目の瞳が黄金色に輝くリョウの姿が映り顕在していた。

真横には両目の瞳を黄金色に輝かせるピコが立っており、血で赤く染まったピコピコハンマーを担いでいる。

 

オムク「瞬間移動か、高速移動と言った部類の力を使ってるってことか…」

 

リョウ「見当違いもええところや」

 

リョウの無表情の顔と感情の籠っていない声色にこれまでにない悪寒が襲った。

 

動かなければ、攻撃しなければ、必ず殺される。

 

半ば我武者羅に拳をリョウの顔面の中心に向け突き出した。

 

リョウ「大人しくしていれば楽にさせてやったのに」

 

本来なら呆れ混じりの溜め息を漏らすのだろうが、リョウは相変わらず表情を変えることなく、右手の小指だけで剛腕を受け止めた。

 

リョウ「お前みたいなゴミ以下の存在なんて、小指一本で十分だ」

 

剛腕を下へ払い除け、小指を上へ振り上げる。

腕の付け根を掠めただけで、傷一つ負わない、攻撃とも呼べない一振り。

常識的に痒みさえ伴わない意味の無い動作。

 

オムク「ぎゃあああああああああああああ!!??」

 

常識を覆す出来事が起きた。

小指が掠める程度に当たった僅かな一振り。

罪悪感のない果断により振るわれた静かなる小さな攻撃で、鍛え抜かれた屈強な腕一本が斬り落とされた。

オムクは痛みに絶叫を上げ、流血する傷口を抑え膝を着いた。

 

リョウ「さて、次は何処の部位を取ろうか」

 

オムクを見下ろすリョウの目は敵意がありながらも嘲弄するかのようなもので、無表情のまま俯瞰している。

 

全てをかなぐり捨てないと生きる道がないと判断したオムクは狼狽しながらもスイッチのような物をポケットから取り出し力を込め押した。

オムクの真後ろに時空の乱れが発生し、空間の裂け目が出現した。

あらゆる物を吸い込むブラックホールのような吸引力に、強靭な肉体を持つオムクの体が浮かび上がり裂け目の中へと吸い込まれていった。

 

オムクが使用したのは、自身が危機に陥った時、その場から強制的に離脱する『緊急離脱異世界転移装置』と呼ばれる代物。

文字通り異世界へ移動できる装置で、ボタン一つを押すだけで異世界へ移動し己の身を守れる便利な道具だが、移動先は選択できないため辿り着く先が未知の世界の可能性が高いため実用性はほぼ皆無だ。

 

殆んど賭けとなる道具を使用したオムクの視界に広がるのは見知らぬ場所。

人を寄せ付けぬ、辺り一面を新緑で埋め尽くす程木々が鬱蒼と生える自然豊かな森。

無事に異世界転移を終え緊張の糸が一切れ息つきその場へへたり込む。

 

オムク「ヤバかったな。 何だったんだあの力は…戦闘を続行していると間違いなく死んでたな」

 

不明確な力を発揮するリョウとピコに悍ましさを感じるも、自身が無事なことに安堵し目を閉じる。

自他共に認める戦える状態でないので、傷を癒すために一旦拠点へ戻ろうと立ち上がり目を見開く。

 

新緑の世界が鮮血による深紅の世界に変わっていた。

更にいる筈のない存在、リョウとピコが目の前に立っており、無表情のまま黄金色の瞳でオムクの目線を逃さんと言うように真っ直ぐ見つめている。

 

オムク「……は?」

 

再び訪れる理解できない状況に地から溢れんばかりの焦りが生まれ、背中に汗が雨に打たれたかのように服を濡らす。

視線を周囲に向けると、先程まで地平線の果てまで生えていそうなほど広大な森が広がっていたが、今あるのは血に染まった石材の壁やタイル張りの床。

 

瞑目していた数秒とも経たない間に、フェアリルのコンサートホールに戻ってきてしまっていた。

 

リョウ「どうした? えらい困惑しとるみたいやけど」

 

オムクは自身の記憶力を疑った。

先程まで確かに装置により別世界へ逃走した世界にいた筈。

 

___危機的状況に陥り現実逃避したいがために脳内が見せた幻覚なのか?

 

幾ら考察しても答えが出るわけではないので、兎に角この場を離脱することを優先した。

再びポケットから『緊急離脱異世界転移装置』を取り出しスイッチを押し、異世界への脱出を実践しようとした。

 

だが、裂け目が出現した瞬間、光の粒子となり消え去り宙へと舞っていった。

目の前に立っていたリョウは、移動したという表現が相応しくない程の、神速という言葉を超越した速度でオムクの真横に立ち、逃走できぬよう肩を掴む。

 

リョウ「もう、お前に次はない」

 

冷淡に放たれた感情の籠らない絶対零度の言葉と同時にオムクの腹に貫くような衝撃が走る。

リョウが右腕で襖を破るようにオムクの腹を殴り突き破っていた。

 

オムク「ぐはあっ!? ああああぁ!? ば、馬鹿な……ぐ、ごぶあぁ!?」

 

奇怪な現象が立て続けに起き半狂乱になりながら、臓物を貫かれ体を裂くような激痛に吐血しながらも耐える。

川の水源のように鮮血が止めどなく溢れ滴り落ち、深紅に血塗られた床に上塗りされていく。

リョウは無慈悲に容赦なく蹴り上げ、瀕死の重傷を負ったオムクの体は抵抗する力もなく床へ倒れ伏す。

 

オムク「ど、どうなってんだ…。 俺は、確かにさっき、異世界に、移動した筈…!」

 

リョウ「確かに、わし達から逃げ切ったのは紛れもない事実じゃ。 でも、無駄やったのう」

 

不快を感じる素振りや表情を見せてはいないが、腕に付着した血を払うため腕を軽く振るった。

洗濯を行わなければ決して洗い落とせない液体が衣服から剥がれ、染み一つ残さず床へ落ちていった。

 

リョウ「お前が辿った、今で言う未来を、無かったことにさせてもらったからのう」

 

理解不能だった。

 

世界の監視者が運命を操作するような特殊な能力を行使する情報は耳に入ってはいなかった。

何時からこの能力を取得できたかという事実はオムクにとっては些末なことで、この能力が存在する限り、どのような手段を用いようとも、逃走するのが不可能であることを意味し、絶望がという色が浮かび上がった。

 

オムク「頼む…命だけは…命だけは、助けてくれ…。 妻や、子供がいるんだ。 頼む……」

 

乗り切るための手段として浮かんだのは、命乞いだけだった。

お守りとして首から下げてあるロケットペンダントの中に入れてあった写真を見せた。

穏やかに微笑む女性と共に朗らかに笑う男の子が写った、心が暖まるような一枚。

 

家族を支える者として、死ぬことはできない。

家族を盾にする口実に使用するのは辛酸を舐める思いだったが、家族を置いてこの世を去るよりは断然マシなため、選択せざるを得なかった。

生きるため、家族と再開を果たすため、ただひたすら頭を垂れる。

 

リョウ「助けてくれ、か。 ………よく、そんな言葉が出てくるな」

 

目線を合わせるかのように蹲み、髪を鷲掴みにし無理矢理顔を上げさせる。

 

リョウ「今まで、エクリプスに襲われた世界は幾つ存在する? 襲われた人は何人いる? どれだけの人がエクリプスの悪行により住む場所や帰る場所を失った? どれだけの罪のない人の命が失われた? 残された遺族の気持ちを一寸でも考えたことがあるか? 罪悪感を感じたことがあるか? お前達の無責任で傲慢な悪辣非道な行いで、何人の人達が苦しみ嘆いたと思う? どれだけの悲しみが、憎しみが生まれたと思う? お前達の悪行を上げていくと枚挙に暇がない」

 

オムクの恐怖により引き攣る顔を凝視し淡々と述べ一旦一息つき再び口を開く。

 

リョウ「エクリプスに殺された人達は、きっと死ぬ前に何度も命乞いをした。 だがお前達は一切の迷いもなく、躊躇もなく殺したんだろ? その人達の知人や友人、家族の悲しみも考えず。 罪のない人の命を平気で奪うお前達エクリプスが許しを請う? 戯れ言ほざくのも大概にしとけ」

 

髪を掴んだ手に力を込め引っ張り上げ、片手だけで屈強な巨体を無理矢理立たせる。

 

リョウ「命の価値を知らないお前達エクリプスの人間が、命乞いをする権利なんざないんよ。 非人間的な行いを悪事だと自覚もない。 世界を危機に脅かし、殺戮を平気で繰り返すお前達エクリプスの人間に、救いなんてないんだよ。 馬鹿は死ななきゃ直らない。 否、馬鹿は死んでも直らない」

 

オムク「分かってる…分かってる。 それでも、俺の家族のために…生かしてくれ…」

 

リョウ「……今のわしには分からんけど、呆れを通り越すと憤りすら感じないんだろうな。 お前の妻や子供に同情する。 家族のために働く夫が、世界を牛耳るために悪事を平気で行う極悪殺人鬼なんだからな」

 

オムク「妻や子供は、俺がエクリプスにいた事実は、知らない……ごほっ! ごほっ!」

 

吐血した際に飛沫した血飛沫が顔に掛かるも、不快感を一切示さず、眉一つ動かさない無表情を貫いてる。

 

リョウ「天網恢恢疎にして漏らさずって言葉知ってるか? 悪事を行えば必ず捕らえられ、天罰をこうむるという意味がある。 善人振っててもいつか公に出て痛い目に会うんだよ。 生憎、お前は公になる前にこの場でわしに消されるんやけどな」

 

オムク「ひっ…頼む…助けてくれ…家族が待ってるんだ……!」

 

リョウ「…お前の耳は節穴か飾りか何かか? わし言うたよな。 エクリプスの人間が命乞いをする権利なんてない。 それにな…」

 

空いた左手の拳が徐々に握り締められ、爪が肌に食い込み血が滲み出る。

 

リョウ「愛する家族がいるにも関わらず、未成年の女性を強姦した。 支えるべき家庭を裏切る最低な行為だ。 家族が大事だと言っておきながら、己の事情が悪ければ簡単に剪裁し、身に危険を要すれば今のように盾にする。所詮は自衛のための道具に過ぎないってことやな」

 

オムク「ち、違う! お、俺は…!」

 

リョウ「何も違わない。 否定させはしない。 全て事実だ。 心の底から想い慕っているのであれば、全うな職に就き、家族が知れば悲嘆するような卑猥なことは絶対にしない。 愛する人さえ都合の良い道具として扱うゴミみたいな人間が、気安く家庭なんて築いてんじゃねえよ」

 

オムクはリョウの鬼気迫る勢いで放たれた言葉の一言一句に、心に杭を打たれていく感覚に陥っていた。

 

リョウ「何より許せんのは、わしの仲間に手を出したこと。 わしにとっては、それが一番重罪なんだよ」

 

オムク「結局は、私情かよ…」

 

リョウ「当たり前だろ。 さっき述べた家族のことは許せないのは勿論だが、お前の家族がどうなろうが、家族がお前に愛想を尽かそうが、わしにとってはどうでもいいことなんよ」

 

オムク「俺の、俺のことを、家族のことを知らないお前に、何が分かる!」

 

決死の猛攻として懐に仕込んであった短剣をリョウの脳天に突き刺した。

髪を掴む力が緩んだ隙に拘束から脱し、激痛に顔を歪ませながらも床に落ちている戦闘員が使用していた血塗られた長剣を拾い上げ、心臓を目掛け出せる全力を尽くし投擲した。

刃先はリョウの胸部に見事に命中し、肉を裂き心臓を貫いた。

背中から長剣の刀身が顔を出す程、深々と刺さっていた。

 

オムク「は、ははは、あはははは! ざまぁみやがれ! 長々と余裕ぶって話してるからやられるんだよ!」

 

頭部と心臓の二ヶ所を刃物で刺されば、奇跡さえ起こらなければ人間が生きることはまずないだろう。

誰から見ても死亡することは明々白々で、勝利を確信したオムクは高々と勝鬨を上げる。

 

リョウ「………勝手に勝利を宣言するの止めてくれへんかね?」

 

痛みにより苦痛の声を上げもせず、何事も無かったかのように平然としているリョウの姿があった。

オムクは本日何度目かの不可解な出来事に我が目を疑う。

肉を裂き深々と刺さる感触があったため、短剣と長剣は人間の急所と呼べる箇所に確実に刺さっているにも関わらず、目の前にいる青年は流血しながらも苦悶の表情を見せず平然と立っている。

 

リョウ「このわしが、頭や心臓を刺された程度で死ぬわけないやんか」

 

躊躇いなく胸に刺さった長剣を抜き取り、オムクの胸部へと突き刺した。

訳も分からぬまま再び受けた致命傷の攻撃に身を捩り床に倒れ伏し呻き声を上げる。

 

リョウ「何で攻撃が効かないか気になるか? なら、冥土の土産に教えてやるよ」

 

頭に突き刺さった短剣を引き抜き雑に投げ捨て、苦悶の表情を浮かべ微動だに動かないオムクの耳元に顔を近付け何かを囁いた。

周囲に漏れない呟くように放たれた言葉に、オムクは血の気が引いたように顔を真っ青になった。

 

正直信じられない事実だった。

恐怖を通り越す、この世のものの中でも頂点に君臨する恐ろしいものだった。

世界が束になって掛かろうとも誰も敵わない、強大な『力』。

存在している時点で世界を終末へ齎し兼ねない存在してはいけない『力』。

 

知らずとはいえ、禁忌の存在を目の前にし抗ったことを後悔した。

周章狼狽し、致命傷を負った体を無理矢理動かしその場から逃走を図ろうとする。

無駄だと理解していることすら忘却し、目の前にいる悍ましい存在から距離を取ろうとすることだけが頭の中を埋め尽くしている。

 

リョウ「その様子だと、今のエクリプスはわしがどういう存在なのか知らないみたいやな。 まぁそんなことはどうでもいいけど」

 

オムク「や、やめろ…来るな! 来るなぁ!!」

 

恐怖に引き攣った顔は涙に濡れ、血気盛んで熾烈なエクリプス幹部の風貌は消え去っていた。

散乱した戦闘員だった肉片を掻き分け這いつくばりながら移動する魯鈍な様は滑稽でしかない。

 

リョウ「安心しろ、痛くはない。 死ぬよりも酷いことになるけど」

 

左目の黄金色の輝きが増し、『力』を発動させる対象に右手を伸ばした。

 

リョウ「消えろ。 『エターナルディサピアランス』」

 

技の名前を述べる。

冷酷に、冷淡に、残酷に、無慈悲に、無情に。

オムクはただ恐怖と激痛に苛まれながら、己の身に何が起きたのか理解することもなく、金色の粒子となりこの世から消え去った。

 

不倶戴天の敵とはいえ、一人の人間を消し去ったことに一抹の罪悪感を感じることもなく、ただ無表情に、宙へ舞い漂って消えていく金の粒子を見続けていた。

 




描写がやり過ぎたかもしれないけど後悔はない


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第45話 不死鳥は再び燃え上がる

ウマ娘をやり過ぎて寝不足気味です…


壁や床が鮮血に染められ、肉片や臓物が散乱し異臭が漂う大量殺戮が行われた現場。

地獄絵図な光景を生み出した張本人、リョウは暫し沈黙していたが、雑草を踏むようにして肉片を踏み歩みを進める。

 

目線の先にあるのは、強姦を受け凄惨な姿へと成り果てた優華の姿。

急ぎ時空防衛局の救護班の元へ連れていこうと白濁の液に塗れた体に手を伸ばしたが、絶念するかのように手を引っ込めた。

 

優華は既に息を引き取っていた。

 

未来を夢見て今を生きる花の女子高生、まだまだやりたいことがあっただろう。

ピースハーモニアという伝説の戦士として、体を張り平和のために、人々の想いを背負い守り戦っていたのに、異世界からの敵襲により命を落としてしまった。

家族が強姦された彼女の姿を見れば、悲しみが充溢し泣き崩れるだろう。

仲間であり友であるユノと夜美が見れば、救援に向かえなかった悔恨の情と堪えきれない悲しみに滂沱の涙を流すだろう。

 

迎えたくなかった最悪の結末を迎え、無表情で静謐としていたリョウだったが、右目からは涙が止めどなく流れ頬を伝っており、謝罪の言葉を発した。

 

リョウ「ごめんな、優華。 守ることができなくて。 ピースハーモニアを、失いたくないって、死なせたくないって、決めたのに…ごめんな…」

 

本来ならこの世界とは関わりのない者の手で終わってしまった命。

仲間のためならば、救うためなら何だってしてやれる。

 

━━━こんな最悪の結末で、終わらせていい筈がない。

 

一頻り涙を流し、濡れた顔を服で拭き取り再び優華へ向き直る。

起こってしまった禍殃を抹消するため力を発動させるため腕を前にした直後、疾風怒濤の俊敏な動きで横腹を斬り裂こうと迫る刃を素手で受け止めた。

 

リョウ「わしには神速の早さなんてもの通用しないの分かってるよね?」

 

目線を横に移すと、神速の剣リジルを持ったアレクが睨みを利かせていた。

 

アレク「力を行使したな? 緊急の時以外は控えろと言っていた筈だぜ」

 

リョウ「現在進行形で緊急なんだけど?」

 

アレク「エクリプスの連中を殺るのに必要はないと思うけどな」

 

リョウ「それに関しては完全に私用じゃ。 優華が襲われて、卑猥に扱われ殺された。 力を使ったのは、悪いとは思ってる。 でも、もう、殺すだけじゃ飽きたらんかったんじゃ」

 

怒りに声を震わせながら、実行しようとしている事柄を妨害されないためにも抵抗しようとリジルを振り払ったのと同時に、リョウの動きが完全に停止した。

まるで時が止まったかのように、微動だにすることはなかった。

 

何故なら、リョウだけの時間が停止してしまっていたから。

 

?「流石の私も黙って見過ごすことはできないかな」

 

薄暗い廊下を悠々と歩いてきたのは、アリスだった。

時間操作魔法を発動させ、リョウに流れる時間のみを止め、動きを完全に封じていた。

アリスは部屋の隅で横たわる夭折してしまった優華を見て思わず目線を反らした。

 

アリス「優華……エクリプスに殺られたんだね」

 

アレク「みたいだな。 奴等の悪辣な行為には腸が煮えくり返るぜ」

 

リョウ「まったく、その通りだよ」

 

時間を停止され行動することが不可能となっていたリョウが動き始め口を開いた。

 

アリス「やっぱり時間操作魔法はリョウには通用しないか」

 

リョウ「邪魔はせんといてくれ。 わしが優華を生き返らせる。 いや、襲われた事実を無かったことにする」

 

アレク「だから、力をまた行使すると?」

 

リョウ「そうだ、と言ったら?」

 

アレク「止めさせてもらう。 全力でな」

 

リジルを消し去り、漆黒の柄に真っ赤な宝玉が装飾された深紅の刀身を持つ業火の剣、レーヴァテインを手に諫言するため仲間であるリョウに刃先を向ける。

仲間と実力を交え相対しなければならない状況に胸が締め付けられるも、リョウは剣を取るためアルティメットマスターに手を伸ばす。

 

ピコ「ちょっと待ってよ」

 

柄を掴み抜刀しようした途端にピコがリョウとアレクの間に立った。

 

ピコ「争わないで済む方法があるでしょ? 軋轢を生むようなことなんてお互い望んじゃいないんだし、実力行使をする前に、先ずは冷静に話し合おうよ」

 

アリス「世界を滅ぼす力を使用するのに冷静に話し合うなんて無意味なんじゃないかなって私は思うな」

 

ピコ「リョウと同じ存在である僕が停戦させようとしていても無意味だって言えるの?」

 

幼さが残る声色であるも、親友であるリョウのためならば旧知の仲間と袂を分かつ決意を持つ程に力強い。

戦う意志を見せれば所持しているピコピコハンマーを獲物に向け即座に振り下ろすだろう。

 

アリス「それを言われると返答に困るなー…うーん……私の能力で時間を巻き戻すじゃダメなの?」

 

リョウ「わしも真っ先にその方法を浮かべたけど、却下だ」

 

アリスの時間操作魔法により確実に優華の時間を巻き戻すことは可能だが、致命的な欠点がある。

 

時間遡行を行った本人と、対象となった者の記憶が残存してしまうこと。

 

今回の件に関しては後者が問題で、時間が戻り息を吹き返し殴打による体の形跡は消え去るが、脳内には複数人の男達から強姦された記憶が残存することになる。

精神的に多大なショックを受けてしまい、未来永劫、治ることのない心の傷を抱え苦しみながら生きていくことになってしまう。

 

リョウ「起きてしまった出来事を無かったことにするのはわしの得意分野じゃ。 わしの能力のことを嫌でも知ってるなら分かるやろ?」

 

アレク「その能力を使用することが問題なんだよ。 最終的に世界を消し去る力を俺達が容易く使わせると思うか?」

 

リョウ「首を縦に振るなんて思っちゃいない。 でも、それでも…!」

 

アリス「仲間を救いたい、でしょ?」

 

リョウが発しようとしていた言葉をアリスは一言一句誤りなく変わりに答えた。

 

アリス「リョウがピースハーモニアに救われて特別視してるのは分かってるよ。 でも、だからって力を発動するのは宜しくないなって思うの」

 

リョウ「…優華が、死んだままでも良いってことか?」

 

アリス「そんなこと言ってないよ。 私だって、死んでほしくなかったよ。 こんな、悪辣なことをされて、私だって憤りを感じてるんだから」

 

杖を握る力が強まり目尻には涙が浮かんでいる。

リョウと同じように、耐え難い憤りと共に大きな悲しみに苛まれていた。

アリスだけでなく、アレクや、ピコも。

 

ピコ「……僕に、考えがある」

 

ピコが出した提案は、アリスが時間操作能力を駆使し優華の時間を巻き戻し、リョウが力により強姦された記憶を消し去る。

リョウは力を行使してしまうが、優華に起きてしまった出来事を無かったことにするよりかは、行使する力の力量は減る。

 

ほんの僅かでも力を抑えるために下した苦渋の決断。

結果としてはリョウが力を行使することに変わりはないため、アレクとアリスの顔は難険の色を示している。

 

アレク「確かに、マシにはなるだろうけどな、危険なことに変わりはないし安全な保証なんて何処にもない。 悪いが認められねぇ」

 

ピコ「でも、これしか他に方法は…!」

 

アリス「ピコだってリョウと同じだから分かるでしょ? その力がどれ程危険なのか」

 

リョウ「アリス、ピコはそれを承知で案を出してくれたんだ。 ただの個人の我が儘だってのは重々承知だ。 それでも……頼む。 優華を救いたいんだ」

 

悲痛な運命を辿り散華した仲間を救いたい。

穢れのない純粋な想い。

地面に頭を着け土下座をし、必死に懇願する。

 

ピコ「僕からもお願いするよ。 どうか、今回だけは、リョウの願いを聞き取ってもらえないかな?」

 

ピコも体を折り誠心誠意の気持ちで懇願する。

 

仲間の懸命な懇願に押し黙る。

どれだけ頭を垂れようが、リョウが力を使用することだけは避けたい。

仲間であるリョウの意見を聞き入れ助力してやりたいという思いも心の淵にあり、アレクは葛藤し唸るように声を出した。

その反面、アリスは大きく息を吐くと、庇護するように土下座するリョウの前に前進し、くるりと転回しアレクと向き合う。

 

アリス「アレク、今回はリョウの願いを受け入れてあげよう」

 

アレク「おいアリス。 どれだけ危険か俺達は嫌ってほど知ってるだろ」

 

アリス「微少なら問題はないと思うよ? 前だって一緒にヴィラド・ディアを倒した時にも力を使ってたけど特に問題無さそうだったし」

 

アレク「今回は大丈夫、だなんて保証は存在しない」

 

アリス「もし仮に最悪な事態になれば、私達が実力行使で止める。 昔にリョウと話し合って決めたでしょ?」

 

アレク「そうだけどよ。 ………分かったよ。 さっさとやろうぜ」

 

リョウ「アレク……ありがとう」

 

アレク「災厄の前兆となる力が使用されるってのに、俺も甘いんだなー。 仲間の願いとなると引き下がれねぇ」

 

アレクも優華を救いたいという思いがあったからこその決断。

だが、引き換えにリョウの内に宿る世界に災厄を齎す力を使用することになってしまうので、ピコの案を飲むのは難しかったが、長年の付き合いであるリョウの誠意を込めた強請を聞くと、中々どうして見捨てることができなかった。

仲間である優華の親族や友人の悲嘆する姿を目にしたくないのは当然だが、悪辣な行いにより命を落とした優華を救いたい純粋な思いが勝り、微かに不穏な余薫を残しつつ承諾した。

 

剣戟となる結末を回避できたことにリョウは安堵しつつ感謝の念を込め改めて再度頭を下げる。

深々と下げた頭を上げアリスに目で合図を送り、優華の亡骸の前に立つ。

アリスはユグドラシル・アルスマグナを持ち、魔力を蓄積するため瞑目し集中し始める。

魔力を蓄積する間、誰一人として開口することはなく重々しい空気が満ちており、時折聞こえる時空防衛局とエクリプスの攻防戦による爆発音だけが静寂を破っていた。

 

アリス「……準備完了! いつでもいけるよ!」

 

リョウ「それじゃあ、頼む」

 

アレク「……リョウ、これからは誰かが死ぬ前に、何とか良い方向に未来が変わるよう活動してくれ」

 

ピコ「無理難題すぎじゃない?」

 

アレク「何のための監視者の力なんだ? 誰かを守りたいと思うんなら使えるもんは力以外は全部使え。 一人でできねぇんなら俺達を頼れ。 時空防衛局やその他の連中でも無理そうでも、俺達『ユグドラシルメシア』は血眼になってでも世界の境界線を越えて向かってやるからよ」

 

糾弾することなく、優しさを含んだ、相手の胸に打ち込むような強い言葉。

誰かの悲しむ顔を見ないためにも、監視者としての力を活用し一層励んでいかなければならないと鼓舞する。

 

リョウ「ありがとう。 こんなわしのために真っ正面から向き合ってくれて」

 

アレク「いいってことよ。 数少ない長年の付き合いだし」

 

仲間を思う緩和な言葉を投げ掛けるアレクは若干照れ臭かったのか、顔を反らし急かすように手を払う仕草をした。

リョウは隠しきれていない照れ隠しを見て微笑むと、アリスに目線で合図を送る。

 

アリス「いくよー! 『タイムリワインド』!」

 

杖から淡い光が漏れ、優華の体を魔法の光が覆い尽くし、光の時計の時針と分針が浮き上がり反時計回りに回転を始める。

リョウも力を発動させ、黄金色の左目の輝きがより一層増すが、光に包まれた優華には変化は見られない。

 

懸命に優華の蘇生を行う最中、アレクはレーヴァテインの能力を駆使し、周囲に全てを焼き尽くす獄炎を振り撒く。

アレク達を燃やし尽くすことなく意思を持つように熾烈な動きを見せる炎は周囲に散乱する肉片、床や壁、天井に付着した鮮血だけを灰すら残すことなく燃焼し跡形もなく消え去っていく。

優華の時間が巻き戻り目覚めた際に人間の臓物等が散乱する狂乱しそうな地獄絵図を目にしてしまうと、精神的に大きなショックを受けてしまうため、アレクはレーヴァテインを使用し周辺を燃やし尽くした。

凄まじい熱気と肉が焼ける鼻を刺すような死臭が部屋中に充満するも、瞬時に室温は元の過ごしやすい温度へ戻り、臭いは完全に消え去っていた。

誰一人としてその場に留まり疑問符を浮かべてはいなかったが、変化を起こした人物がリョウであり、力を使用したものだと理解していたため、誰も変化については語ろうとはしなかった。

 

数秒経過した頃、時針と分針が消え、光が徐々に薄まっていく。

完全に光が失われ横たわる凄惨な優華の姿はなかった。

身体中に付着した白濁の液や殴打された痛々しい痣も綺麗に消えており、エクリプスに強姦を受ける前の状態へと時間が巻き戻されており、ブレイブフェニックスへ変身した状態になっている。

 

フェニックス「う、うぅ……。 あれ? 私、何で…?」

 

意識が覚醒したフェニックスは自身に何が起きたか理解できておらず、上体を起こし周囲を落ち着きなく視線を左右に動かしている。

オムクや戦闘員達から受けた強姦に関する記憶は完全に消え去り、不死鳥の如く復活を遂げたことに一同は胸を撫で下ろした。

 

ピコ「やっと目が覚めたんだ。 エクリプスの幹部の一撃を受けて気を失ってたから心配してたんだよ」

 

黄金の光が消え、通常の瞳に戻ったピコが言葉を掛けた。

 

フェニックス「私やられちゃってたのか!? マジかー。 ピコ達が助けてくれたのか?」

 

アレク「ああそうだぜ! さーて報酬は何にしてもらおっかなー?」

 

アリス「じゃあ私も報酬貰おうかなー? 天神屋で奢ってもらおうかな?」

 

フェニックス「報酬ばっかりじゃねぇかお前は! んでいつの間にアリスがいるんだよ!」

 

アリス「お呼びとあらば即参上するのさ!」

 

フェニックス「呼んでねぇ! はぁ、エクリプス相手にするより疲れた気がするぜ」

 

声を荒らげるフェニックスを見てリョウは心の底から安堵し、ピコと同様に元の瞳へと戻り溌剌とした優華を眺めていた。

邪心のない透徹とした心を持つ彼女を救えたことが至上の喜びだった。

 

アリス「さてさてさーて、エクリプスの連中が未だに蔓延っているから、パパッと片付けてみんなでナシマホウ界にあるいちごメロンパンを食べに行こう!」

 

リョウ「はいはい。 優華、目を覚ましたばかりで悪いんやけど戦える?」

 

フェニックス「勿論! 私はまだまだ戦えるぜ!」

 

リョウ「…よし、なら正面玄関へ向かおう。 今回は一番数が多く苦戦を強いられてるみたいやからな。 ピコ、行くよ」

 

ピコ「オッケー! 優華、遅れを取らないようにね!」

 

フェニックス「へっ! こっちの台詞だ! 不死鳥の名に恥じない活躍を見せてやるぜ!」

 

アリス「んじゃ私とアレクは館内を回りながら侵入した敵を討っておくね!」

 

リョウ「悪いが頼む。 くれぐれも、ドームを灰と化すような攻撃は避けてくれよ」

 

アリス「暴走したエヴァじゃあるまいし、理性は保ったまま自分の力は維持できるもん! 一人でできるもん!」

 

アレク「んじゃ、また後で。 …気を付けろよ?」

 

リョウ「…あぁ、分かってる」

 

アレクの言った『気を付けろ』の意味は、これ以上無闇に力を使用するなという警告。

仲間が傷付けられれば怒りや悲しみに苛まれ意趣返しに力を使用しかねないため、別れ際に語調を強めた言葉を掛けた。

リョウも流石に先刻犯した己の轍を踏む行為はしないが、改めて注意を受け緊張感と仲間を守り抜く覚悟を持ち、ピコとフェニックスと共に蚕食しつつあるエクリプスを葬るため駆け出した。

残されたアレクもアリスと共に戦場へと出陣しようとした刹那、手にしたレーヴァテインが顫動を始め、僅かだが炎が漏れ空気を熱していく。

異変に気付くや否や、落ち着き払いレーヴァテインを消滅させる。

 

アレク「熱つつ…レーヴァテインが反応、いや、共鳴したな」

 

アリス「と言うことは、今日コンサートやってるのってプリシーなの?」

 

アレク「知らなかったのかよ。 そうだぜ。 だから当然、ディーバナイトであるあいつもいる。 正真正銘、偽りではない本物のレーヴァテインの使用者である、ルヴィ・ブラッドローズがな」

 

羨望にも似た感情の籠った瞳で数秒遠望していたが、グラムを召喚し沈黙を通したまま通路を歩んでいく。

 

アレクの使用する多種多様な剣は全て実物の物ではない。

召喚している剣は脳内の想像により形作られているだけであり、実物の性能より劣る偽りの造物ということになるため、故にアレクの二つ名は『偽りの聖剣士』とあらゆる世界に名を響き渡らせている。

 

人が剣を選ぶように、剣も人を選ぶ。

扱うのに相応しくない者が剣に触れようものなら、剣に宿る強大な力に耐えられず命を落とす。

仮に剣を握ることが許されても、力を制御出来ず逆流し、己に牙を向き呑み込まれ命を落とす事例も幾つも存在する。

アレクは使用している11本の剣のうち、1本も剣に認めてもらい扱うことは叶わなかった。

剣士としての腕前は経験豊富なだけあって相当なものだが、何故か認めてもらうことは現在になっても叶わない。

憶測としては、アレクが突如習得した伝説の剣を召喚できるようになったのが原因らしい。

複製品である紛い物を使用している時点で、実物を扱う権利は皆無という解釈で捉えており、踏ん切りは付いているとは言え、やはり未練は少なからずあるようで、無意識に羨望の念が籠った瞳になってしまったのだろう。

 

アリス「レーヴァテインか…この世界燃やし尽くさないかな? 使用者がルヴィなら大丈夫かな。 アレクー待ってー♪ 私といいことしようよー♪」

 

アレク「誤解を招くような問題発言はやめてくれ」

 

アリス「私の知らないところで他の世界ではキャバクラ行ったりしていいことしてるんじゃないのー? アンドロ軍団から借りた監視ロボットを使って覗き見したいところだよ」

 

アレク「俺のプライバシーを覗く前に公安局刑事課一係の連中連れてきてドミネーターで頭撃ち抜いてもらうぜ。 それに俺が行ったのはキャバクラじゃない。 ドリームクラブだ」

 

アリス「それって同じようなものなんじゃないかな?」

 

アレク「こまけぇこたぁいいんだよ。 ほらさっさと行くぞ。 エクリプスは毎ターン増援が来る並に鬱陶しいし数が多いんだ。 俺達最強のコンビで無双してやろうぜ」

 

仲睦まじく一頻り会話を終え、ディーバを襲う驚異と立ち向かうべく歩みを進め始めた。

 




シリアスな話でもやっぱりネタを挟みたくなってしまう(重度の病)


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第46話 きゅん!ヴァンパイアガール

最近気付いたんですが評価&お気に入りしてくれた方がいたんですね(^_^;)

Lankasさん、評価ありがとうございます!

にゃんですとさん、fiaeheizaiさん、ラカルさん、王月鏡さん、お気に入り追加してくれてありがとうございます!

趣味で始めた駄文な小説を見てくださる方がいるのは何よりの励みになります。
これからも雨ニモマケズ風ニモマケズ頑張って書いていこうと思います!

では今回も張り切って、いってみよー!



オムクに後を任せたティアグルムはホール内を進み続けていた。

途中、時空防衛局の戦闘員達が死力を尽くし立ち向かったが、無駄だと言わんばかりの実力で捩じ伏せられ絶命してしまった。

最早彼を止められる者など誰一人存在せず、余裕綽々と侵攻を続け、遂にステージの真下にある空間、奈落へとやって来た。

 

薄暗くひんやりと冷たい空気で満たされた人気を感じさせない部屋には舞台に使用する小道具や照明器具が置かれている。

真上では人々を魅了するプリシーの歌声とスピーカーから流れるアップテンポなメロディーが観客達を魅了しボルテージが上がり歓声が増大する。

 

プリシー「皆さーん! 今日は~、私のライブに来てくれてありがとうございま~す! 後ろの席のみんなも~、見えてるからね~!」

 

一曲歌い終え、来てくれた観客に感謝を述べる。

応えるように観客達が劣ることのない声援が会場に響き渡りより一層ボルテージが跳ね上がる。

 

熱気に満ちた歓声は、ディアグルムにとっては不快で忌々しいものでしかなかった。

今すぐにでもこの場にいる者全てを葬り去りたいという衝動に駆られる。

 

ディアグルム「早く殺したいところだが、ディーバを捕らえる方が優先事項。 致し方ない」

 

ステージを破壊しプリシーを捕縛するため赤黒い触手を伸ばすも、届くことはなかった。

暗闇の空間で、何者かが飛翔し触手を一閃したからだ。

 

?「プリシーさんには手出しはさせません」

 

電灯が点灯し奈落に光が照らされた。

暗闇を照らした光の眩しさに耐えきれず目を細める目線の先に映るのは、蝙蝠を思わせる翼を広げ道を阻むように悠然と立つ一人の女性。

 

プリシーを護衛するディーバナイト、ルヴィ・ブラッドローズ。

 

ルヴィ「奈落にまで侵入を許すなんて、時空防衛局の皆さんは何をしてるんでしょうか」

 

ディアグルム「貴様は確か、ディーバナイトの…」

 

ルヴィ「はい。 ルヴィ・ブラッドローズです。 以後、お見知り…と言っても、恐らく今日限りなので、無駄な挨拶は省きますね」

 

婉曲的に今日が命日だと言うルヴィにディアグルムは額に青筋を浮かべ、無数の触手をうねらせ対処すべく対象をディーバからルヴィに移す。

 

ディアグルム「生意気な口を聞く小娘だな。 実力の差を学んだ方がよさそうだな」

 

ルヴィ「御構い無く。 私自身で学ばせていただきますので」

 

柔和な性格と声調とは裏腹に、相手を射抜くような眼光で敵を見据えている。

紅蓮よりも紅い深紅の瞳には業火のように揺らめく闘志が燃えており、如何に任務に精励しているのか伺える。

任務の一環もあるが、一人の友人であるプリシーを身を投じて守る決然たる意志で戦うことを選んでいる。

 

ディアグルム「気概を示してられるのも今のうちだ。 『禍嵐』!」

 

数本に及ぶ触手の鞭を振り回し、コンクリートの床を抉り取りながら猛進する。

地面を削るような喧騒な音が響くも、楽曲による音響や観客の歓声により掻き消され、大した地響きもないためコンサートには支障は起きてはいなかった。

空気を斬り裂く凶器と化した触手が迫るも、ルヴィは臆することなく微動だにせず、前だけを見据えその場に佇んでいる。

 

ルヴィ「全力でいきますよ。 レーヴァテイン!」

 

手に焔が宿り、瞬時に伸びて行き剣の形作る。

 

黒点をも焼き尽くす業火の剣、レーヴァテイン。

 

召喚された瞬間、燃え盛る炎が攻撃を阻む衝立となり、触手を貪るように呑み込み向かい来る触手を灰すら残さず燃やし尽くしていく。

反射的に体が後退る熱気にディアグルムが怯む隙を逃さず、ルヴィは灼熱の剣を高く振り上げ、地を割る勢いで全力で振り下ろす。

剣から溢れんばかりの烈火の波が発生し荘厳華麗に散漫し、瞬時にディアグルムの体を呑み込む。

触手を束ね盾とするも、鉄をも溶かしきる程の灼熱は意味を成さず、体を焼く劈く痛みと共に焦げる間すら許さず燃え尽きていく。

 

ディアグルム「ぐっ! 少し侮り過ぎたか!」

 

灼熱の暴威から逃れるべく、自身の体の一部を切り離し離脱。

地面を横転し体勢を立て直し、触手を束ね砲口に似た形へと変形させ、標準をルヴィの額に合わせる。

 

ディアグルム「『痛撃竜砲』!」

 

赤黒い光弾が発射された。

ルヴィは見惚れるほど華麗な剣捌きにより光弾を斬り防ぎ、徐々に距離を詰めていく。

埒が明かないと思ったのか、ステージ上に立ち歌い踊るプリシーへ標準を変えるため砲口を上部に反らす。

吸血鬼という種族に相応しい反射神経で翼を展開し飛翔し、スラリとした華奢な体型とは似合わぬ身体能力で滑り込むように光弾の射線に入り剣を振るい身を挺して防御に徹する。

 

ルヴィ「くっ…!」

 

断続的に放たれる光弾は雨の如く、数の暴力。

防ぎ切ることは叶わず被弾し痛みに顔を歪めるも、滞空を続け、その場から決して退くことはなかった。

退いてしまえば、頭上のステージで人々に歌声を届けるプリシーに直撃してしまう。

世界樹の状態を維持するためというは任務上、何よりプリシーという一人の友人を守るため、戦える自分が剣となり盾となる。

 

ディアグルム「旺盛だったのは最初だけか。 『嘆きの鞭』!」

 

片方の腕に触手を束ね、丸太の様に太い一本の鞭と化し、力任せに凪ぎ払うように振るいルヴィを殴り付けた。

剣で触手を防ぐも威力を殺しきれず、華奢な体は真横へ飛び、めり込むほど猛烈な勢いでコンクリートに叩き付けられた。

頭部を強打したせいか、一瞬意識が朦朧とするも気力で目眩を振り払い、全身に力を入れ瓦礫から這い出る。

ディアグルムは相手の行動を完全に封じ仕留めるため大量の触手を伸ばす。

 

ルヴィ「次は私からいきます!」

 

レーヴァテインがルヴィの心に応えるかのように爛々と赤く輝く。

同時に刀身から先程の倍以上の業火が溢れ膨れ上がり、奈落を紅一色に染め上げる。

先刻、ピコとリョウが床や壁に散らした鮮血のようなおどろおどろしいものとは違い、力強く絢爛で、芸術的に捕らえることもできるほど華麗に焔が舞っている。

美しさを引き出す反面、全てを焼き尽くす地獄の業火を彷彿させられる。

 

ルヴィ「『ジェノサイドフレイム』!」

 

肌が焼けるような獄炎。

視界を覆い尽くす猛々しい業火が波のように押し寄せディアグルムを呑み込む。

変哲もない、巨大な炎が襲い来るだけの単純な攻撃。

だが、強大にして熾烈な業火は、防御すら粉砕し、回避すら許されない絶大な一撃。

害と為すあらゆる存在全てを焼き尽くす。

 

整頓された舞台で使用する小道具は瞬時に灰と化していく。

諸に直撃を受けたディアグルムの体も灼熱の高温に耐えきれず徐々に発火し始めた。

体の再生を試みるも、燃焼する速度が異常なまで凄まじく回復が追い付かなかった。

 

ディアグルム「ぐおおおおおお!? こんな小娘に、押される筈が…!?」

 

体中から触手を生やし自身を覆うように防御体勢に入るも、灼熱の業火の前では全て無に等しく、一本残さず灰と化すまで燃え尽きた。

 

ルヴィ「これは私の力ではないです。 あなたは私ではなく、レーヴァテインの力を侮っていたみたいですね」

 

先日アイリ達と対談していた時の鷹揚な彼女の表情は一変し、殺意が籠められた焔よりも紅い瞳で鋭く睨む悍ましいもの。

自然に浮かんだものなのか、艶然とした表情が不気味に取れ、思わずたじろぎ尻込みしてしまう。

 

血に飢えた獣とは似ても似つかない、凶暴な面を露にし、目の前にいる障害物を破壊しようと闘争本能が沸き上がり、力を振るうその姿は、獣そのもの。

吸血鬼としての本能が覚醒したわけではなく、使用する剣、レーヴァテインによる特徴の一つだ。

生物の奥底に潜む闘争本能を引き出し、巨大な建造物だろうが知人だろうが、見境なく壊す狂気に包まれ破壊の限りを尽くす、破壊衝動に体が支配される。

剣に意思を支配されるわけではなく、己に潜む破壊衝動が最大限に引き出され、獰悪に暴れ狂い、大陸を獄炎で燃やし尽くす。

全てを破壊するまで意識が保たれたままなため、破壊衝動から解放された際に、自分の意思と反して知人や故郷である場所を破壊してしまった罪悪感と喪失感に苛まれ、心が崩壊してしまう者は歴史上少なくない。

 

ルヴィも過去に何度もレーヴァテインの破壊衝動に呑まれ、何度も絶望の淵に追い込まれたが、多くの仲間に助力され、レーヴァテインに呑まれることがないよう心身共に鍛え上げ、正常に扱えるよう馴致することが可能となった。

だが、気が緩むと何時でも狂気が体を蝕み破壊衝動に駆られてしまうため、常に極限の集中力を保ち相構えていなければならない。

 

誰もが自身の意思と反し破壊活動を犯し放蕩する彼女を野放しにすることを快く思わず憶断で豪語する者が数多くいたが、時空防衛局が一蹴した。

時空防衛局内でも、彼女の存在を受け入れ難いと罵詈雑言を飛ばし忌避するものもいたが、局の最高責任者が反対する意見を押し退け、弾劾することなく、可能な限り他者と触れ合わぬよう配慮をすることで保護した。

現在はディーバナイトとして活動できているのはの局の最高責任者の寛大な心と善良な行いの後援のお陰で、ルヴィは感謝の念を抱き誠心誠意を尽くし与えられた使命を全うしている。

 

そして現在、ルヴィはディアグルムを完全に葬るために相当レーヴァテインの力を解放させたため、狂気に呑まれそうになっており、初期状態ではあるものの、破壊衝動に駆られていた。

気力を振り絞り抑えてはいるものの、いつまで堪え忍ぶことができるか本人でも不明確で、若干の焦りを覚えている。

敵を屠る筈の行動が、自身の力により会場を破壊する藪蛇になってしまい、轍を踏むような結末は遠慮したいところ。

 

ルヴィ「早急に終わらせてもらいますね。 はああああああああ!!」

 

ディアグルム「ば、馬鹿な…! ぐおわあああああ!!」

 

はち切れんばかりの声を張り上げ、止めを刺すため力を増大させ業火の威力が倍増し、奈落の温度が急激に上昇する。

ディアグルムは為す術もなく業火に焼かれ、跡形もなく消え去った。

 

悪しき存在が消え去ったのと同時に、奈落を覆い尽くすように散漫された業火も徐々に勢いを弱め消えていった。

戦闘が終わり安堵する暇もルヴィには与えられず、体の中で疾駆する破壊衝動を抑え込むのに全集中を注いでいた。

呼吸が乱れ荒くなり、体中の汗腺から汗が溢れ出す。

生まれる焦燥感を瞞着させようと自身の右腕に容赦なく牙を食い込ませた。

瞬く間に腕が溢れ出る鮮血により赤一色に染められる。

鋭い牙が肉に食い込み、滲み出る血の味が口内に広がるが、味覚を感じる余裕などない。

口から滴り落ちる涎と混同した血の音が地面に落ちる音と、荒々しい呼吸の音だけが奈落を支配する最中、廊下からハイヒールの踵がコツコツと響く高らかな音が耳に届いた。

 

苦悶する彼女に当てられた、一筋の光明でもあった。

 

?「無茶をするのであれば、わたくしを呼んでくださいな。 『ヒーリングオアシス』」

 

廊下の常闇から放たれた一発の白銀の光弾。

ルヴィの足元に着弾すると、光が半径2メートル程の地面に拡張するように広がり、神秘的な白銀に染まる。

暖かな癒しの光を浴びたルヴィは徐々に平静を取り戻し、破壊衝動も治まっていき、自主的に噛み付いた腕の傷跡も綺麗に消え去り痛みも沈静化した。

一息ついてレーヴァテインを消滅させ、窮地を脱してくれた恩人へ感謝の言葉を捧げるため廊下の奥へ目線を送る。

 

ルヴィ「ありがとうございます。 感謝します、ユンナさん」

 

現れたのは、淑やかに微笑む容姿端麗な一人の女性。

右横の腰に白いフリルの大きめのリボン、黄色の飾紐が複数本付いたボタンを外し前開きにした肋骨服を羽織り、中には黒色のフリルの付いたノースリーブシャツ。

左右の長さが非対称な、フリルの付いた淡いクリーム色のヘムスカートを履き、黒色のヒールブーツを履いている。

透き通るようなアクアマリン色の髪を靡かせ歩く姿は、豪邸に住まうお嬢様のように優雅であるが、羽織るように着ている肋骨服の存在が大胆で異彩を放っている。

 

彼女の名は、ユンナ・ヴィクトリア。

時空防衛局という巨大な組織を纏めあげる最高経営責任者だ。

 

ルヴィに深傷がないことに安堵し、柔和な笑みを浮かべ優雅な足取りで歩みを進める。

 

ユンナ「仲間なのですから、助力するのは当然の義務ですわ。 ですが、忸怩する結末に終わってしまう前にわたくし達を頼ってほしいですわ」

 

ルヴィ「面目次第もないです」

 

ユンナ「ですが、流石というべきです。 狂気に呑まれそうになりながらも、日々鍛練を繰り返し得た屈強な精神で泰然とした心で耐え凌ぐことができたのですから」

 

ルヴィ「い、いえ…ユンナさんが来てくれなければ危なかったです」

 

視線を反らし俯き消極的になるルヴィを見て、ユンナは腰に手を当て雄弁し始める。

 

ユンナ「自信を持ちなさいルヴィさん。 あなたの行いは勇猛果敢で素晴らしいものなのですから、もっと堂々と胸を張りなさいな。 今回狂気に呑まれそうになったのなら、再び修練すればいいだけですわ。 何事にも根気強く真面目に取り組むのがあなたの精彩な点なのですから。 わたくし達やプリシーさんもあなたの努力を存知しており感銘を受けております。 ですから、誇りを抱き自信を持ち、これからも精進し任務を全うしてくださいまし」

 

ルヴィ「ユンナさん…ありがとうございます」

 

自身の優良な点を挙げられ面映ゆくもあったが、それい以上にユンナの真摯な言葉に激励され、瞠目し感謝の言葉を送った。

ルヴィの顔に活気が戻りユンナは満足気に口に手をやり微笑んだ。

 

ルヴィ「ところで、どうしてユンナさんが直々に戦場へ赴いているんですか?」

 

ユンナ「……あの力を感じ取ったので、緊急事態と判断し急遽やって来ましたの」

 

柔和な微笑みは消え、緩んだ表情が引き締まり、射ぬくような鋭い目へと移り変わった。

胡乱ではない確かな感覚に従い直々に戦場へ舞い降りて来たのだから、徒事ではないことは理解できていたが、言葉にあったあの力という単語にルヴィは眉を顰める。

 

ルヴィ「リョウさん、若しくはピコさんですか?」

 

ユンナ「恐らくリョウさんでしょうね。 先程までは力を感知できていたのですが、現在は綺麗さっぱり消失していますので、アレクさんかアリスさんが対応なさったのでしょう」

 

ルヴィ「え、アリスさんもこの世界に?」

 

ユンナ「そのようですわね。 先日、わたくしの元へとある件を報告しに来訪したかと思えば、今日はこの世界へ足を運んでいるんですのよ。 喧騒な不祥事を起こすのではないかと内心ヒヤヒヤしてしまいましたわ」

 

思わず呆れ混じりの溜め息を吐き出した。

自由奔放で活発なアリスが様々な世界を漂泊するように旅をする行動に関しては否定的ではないが、問題が起きてしまえば対処に追われてしまうため、可能であれば大人しくしておいてもらいたいのが願望だ。

時空防衛局を支えるトップとして本来なら看過せず取り押さえるところなのだが、先に記述したように、望外な働きを見せてくれる場面が極端に多いということ、世界を支配、滅亡させる意欲が全くないため、アレク同様に自由に行動できるよう対処している。

 

ユンナ自身も、親密な関係であるアレクとアリスには全幅の信頼を寄せている。

時々異世界においてトラブルに巻き込まれ問題に成りうることがあるのは玉に瑕だが、それ以外は陽気で活発な性格の好青年と美少女で、人を思い遣る心を持ち多くの人を救い支えとなってきているため、時空防衛局や異世界の住人達の信頼も厚く好感度も高い。

 

何より、ユンナは二人に救われた存在であり、長い時間を掛けて過ごし築き上げてきた絆があるため、尚更信頼が厚い。

かけがえのない、仲間であり友でもあるから。

 

ユンナ「さて、気を休ませる暇はありませんよルヴィさん。 建物内に蔓延る有象無象な輩を成敗しに行きませんと」

 

気迫に満ちた声と共に召喚されたのは、模倣できないほど気品な4尺程の長さの一本の槍。

光に反射しきらびやかに輝きを放つサファイアブルーの宝石が施された、隅々まで手入れがされ研がれたばかりのような絢爛な白銀の刃。

石突となる部位には、真珠色のバレーボール程の大きさの宝玉が装飾されており、覆うように5つの湾曲した小さな刃が花弁のように並び装飾されてある。

 

愛用の槍、『エンプレスジャッジメント』を片手で軽々と持ち、自身の士気を鼓舞するかのように石突を床に着け悠然と構える。

ルヴィは美麗で凛々しい佇まいに奮い立たされ、レーヴァテインを手にし立ち上がる。

心が安静したような虚静恬淡な落ち着きを取り戻し、狂気に呑まれることはなく戦場へ赴くため闘志を燃え上がらせる。

 

ユンナ「あ、そうですわ。 先程の勇ましい戦いでルヴィさんが灰まで残さずロスト…ではなく、燃やしてしまったステージの備品等の品々の弁償額、あなたの給料から天引きさせていただきますわ」

 

ルヴィ「ええ!? そ、そんな~…」

 

ユンナ「うふふ、嘘ですわ」

 

お嬢様らしく手に口を当て悪戯っぽくおほほと微笑むユンナ。

蠱惑的な雰囲気を醸し出し微笑むユンナに対しルヴィは頬を膨らませる。

親しい友同士が交わす何気ないやり取りに、自然と心が落ち着き安らぐのを両者とも感じていた。

緊張感が解れ、少し軽やかになった足取りで殺風景と化した奈落を後にした。




今回は戦闘描写は頑張って書いた方…だと思いたい


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第47話 暴君の星も蘇る

今回は話の区切り的にちょいと短めです


ディアグルム「あれが、レーヴァテインの力か…。 世界一つを焼き尽くしたのも納得せざるを得ないな」

 

人が出入りをしない薄暗い備品が置かれた部屋の中で、肩で息をしているディアグルムが壁に寄り掛かかって立っていた。

先刻、レーヴァテインの灼熱の炎により骨まで残さず燃え尽きた。

誰もが死んだと認識するであろう状況だったが、確かにディアグルムは無傷と言える状態で生存している。

ディアグルムとルヴィが邂逅した直後、ステージへ伸ばされた時に斬り落とされた触手が生きているかのように動き床を這っていき、通気孔の狭い隙間から奈落から脱出、天井裏を伝い人気のない部屋へ辿り着き体を再生させ、現在に至るという訳だ。

 

体の一部、数ミリという微少なものでも残留していれば短時間で元の体へと復元される、脅威の再生能力により復活を遂げたディアグルムは牙をガチガチと鳴らし壁を殴り付け怒りを露にしていた。

 

ディアグルム「ディーバナイトめ…悉く私の邪魔をしてくれる。 次こそは、更なる力を蓄えて…!」

 

「ディアグルム様、如何されましたか!?」

 

独り言が部屋に響くなか、遮るように入室してきたのはエクリプスの戦闘員数名だった。

進軍を続けステージへ向かう途中、偶然にも鉢合わせとなった時空防衛局の戦闘員と攻防戦が繰り広げられ、圧倒的な数と武力に命からがら敗走し逼迫していたところ、ディアグルムを見つけ今に至る。

頭や腕からは出血し、衣服も所々破れ、痛々しく痕跡が残っており、どれ程の激闘を繰り広げたのかを物語っている。

ディアグルムが激しく息を弾ませる姿は稀有な事で、顔に憂色を浮かべ各々駆け寄り萎縮しつつ様子を伺う。

 

「ディアグルム様、相当疲労なさっているようですが…」

 

「時空防衛局の奴等に決まってる。 許せねぇな」

 

「ディアグルム様がいれば百人力ですぜ! やってやろうぜ!」

 

ディアグルム「黙れ…」

 

「え、ディアグルム様、何か仰いましたか?」

 

ディアグルム「耳障りだ! 黙れ!」

 

苛ついた心情の状態で話し掛けられ、怒りのボルテージが上がっていく。

怒りに身を任せ、ディアグルムは触手を束ね鎌の形状へ変え、近寄ってきた戦闘員の一人の首を跳ね飛ばした。

飛ばされた頭部は綺麗な放物線を描き床に落ち、残された体の首の付け根からは血が噴水のように噴き出している。

体の司令塔を失った体は数歩だけ彷徨き、力無く崩れるように倒れた。

唐突すぎる常軌を逸するディアグルムの過激な行動に戦闘員達の血の気が一気に引き、顔面が瞬く間に蒼白していく。

目を皿にするだけで、起こった現実に戦慄し体が萎縮し動かすことが出来ず、声すら上げることが儘ならない 。

 

ディアグルム「丁度良い。 俺の新たな強さのための肥やしとなってもらおう」

 

口角が上がり、鋭く大きな何本もの牙が不気味に光る。

戦闘員達は己の身に危険が迫っているにも関わらず、蛇に睨まれた蛙となっている。

恐怖に戦く姿に嘲笑しながら舌舐めずりし、妄念すら生まれず、仲間である戦闘員達へ鎌を振るい細切れにしていく。

凄まじい速度で鎌を振り回し、激痛が斬られたと同時に襲うも、悲鳴を上げる間もなくあらゆる部位を斬り刻まれ肉片と化していった。

触手を伸ばし肉片と化した戦闘員達を触手で器用に口へ運び、刃のように鋭利な牙で肉を貫き引き裂き喉へ流していく。

肉を喰らう咀嚼音と骨を噛み砕く音が支配する。

無我夢中で肉を貪る姿は、獣かモンスターそのもので、悍ましいという言葉でしか釣り合わないほど惨たらしく、恐怖を引き起こすものだった。

僅か数分で、数人いた戦闘員の姿は消え、ディアグルムの腹の中へと収まった。

満足気に口角を上げ、口の周りに付着した血を舐め取り、口内に広がる鉄分の味覚をも存分に味わう。

 

ディアグルム「この程度の人数、況してや大した力も持たぬ雑魚では肥やしにもならんが…まぁいいだろう」

 

ふと耳を澄ませると、ライブによる観客の声が聞こえ、可愛らしく甘いプリシーの声も耳に入ってきた。

アンコール曲に差し掛かったようで、ライブの終盤を意味しているのが分かる。

 

ライブが終盤を迎える頃には、楽屋等の付近の警備が一際厳重になるため、ディーバに接近するのはほぼ不可能となり、セラヴィルクが撤退命令を下す。

ディアグルムは今回のディーバ誘拐は失敗に終わったと悟り、無用となった世界から去ろうと時空の歪みを出現させ去っていった。

 

 

~~~~~

 

 

数分後、セラヴィルクの撤退命令により何千という数のエクリプスは次々と時空の歪みを通りピースハーモニアの世界から姿を消していった。

 

脅威が去り安堵していた時空防衛局の数名が目撃した証言によると、勇猛果敢にアレクとアリスが躊躇なく時空の歪みに入り追尾していったと報告がユンナの耳に入った。

厄介事が発展したようにユンナは額を押さえ溜め息を吐きながらワールドゲートを使用し、二人の様子を確認しに行った。

 

戦闘を補佐しよう等とは考えにはない。

必要ないものだと確信を持てたから。

 

辿り着いた世界、視線の先に広がるのは、人が住んでいない無限に広がる荒野。

地面に群がり無造作に転がっている死屍累々。

ピコとリョウが行った殺戮よりも現状の方が幾らかマシとは言え、何千という死体が散乱する光景は地獄絵図に他ならない。

 

アレク「おぉ! ユンナじゃねぇか! 久し振りだな!」

 

アリス「やっはろー! この前振りだね!」

 

荒野に立っていたのは、青年と美少女だけだった。

言わずもがな、エクリプスを討ち滅ぼしたのはこの二人だ。

何百倍の数の、一つの軍隊とも言える集団を僅か二人で、数分という短い時間で全滅させてしまった。

傍目からすればエクリプスより二人の強大すぎる力に慄然するところだが、ユンナは驚愕する素振りも見せず二人に近寄る。

 

ユンナ「この世界に住まう人々の被害はなさそうですわね」

 

アレク「一般人がいたらここまで大暴れしないっつーの。 俺を誰だと思ってるんだ?」

 

ユンナ「よく戯れ言を述べる変態ではありませんか?」

 

アレク「あァァァんまりだァァアァ!! だが、その罵りもまた快感! 俺のラージャンハートは傷付かないぜ!」

 

ユンナ「相も変わらず騒がしいですわね…。 ですが、変わりないようで、嬉しくもありますわ」

 

再開に一瞬だけ頬が緩んだが、即座に厳しい顔つきへ変わった。

 

ユンナ「それで、エクリプスの首領、セラヴィルクは成敗できたのですか?」

 

アリス「ごめんユンナ、逃がしちゃった。 稠密してる戦闘員を相手にしていた隙に逃走したみたい」

 

ユンナ「やはり簡単に捕縛することはできないようですね。 あとは此方で追跡を行いますわ。 今回も協力していただき、感謝致しますわ」

 

腰を折り、乱れのない綺麗な礼を述べる律儀で慇懃な態度に慣れているのか、二人はヒラヒラと手を振り何処吹く風と言った様子。

 

アレク「仲間なんだから助力するのはあたり前田のクラッカーだぜ」

 

アリス「困ったときはスカイターボ並の速さで駆けつけてあげるからね!」

 

ユンナ「やはり、あなた方は屈託ない純情の持ち主ですわね。 見返りを求めず世界のために、私達時空防衛局のために助力してくださる。 感銘致しますわ」

 

アレク「見返りを求めるのは正義とは言えないからな。 まぁ、正義のヒーローなんてかっこいい存在になりたいわけじゃねぇんだが。 俺だってできれば見返りが欲しいもんだぜ」

 

アリス「例えば?」

 

アレク「綺麗なお姉さん達とキャッキャウフフしたりとか。 765プロの誰かとデートすることができたら俺はハッピージャムジャムだ」

 

ユンナ「…前言撤回させてもらいますわ。 あなたは不純極まりないです」

 

アレク「アイドルがいけなかったのか? じゃあ本栖高校の野外活動サークルの子達とデートするぜ」

 

ユンナ「アイドルでもなんでもないただの学生ではありませんか! もっといけませんわ!」

 

アレク「文句多いなー。 じゃあユンナ、お前でいいや」

 

ユンナ「何故私なのですか!? それに『お前でいいや』という言葉は聞き捨てなりません! 私そんな安っぽい女ではなくってよ!」

 

アレク「安っぽいなんて一欠片も思っちゃいないぜ。 胸に立派な物が二つもあるんだからよ」

 

ユンナ「なっ!? 何処を見ているのですか!」

 

アリス「ほぉ~、ふむふむ、Gカップか~……でかい(確信)」

 

ユンナ「何故知っているのですか!? 誰かに教えた覚えなどなくってよ!?」

 

アレク「昔より1カップでかくなってる。 ……うん、でかい(でかい)」

 

ユンナ「っ~~~/// は、破廉恥ですわ!///」

 

アレク「ごちみる!? な、何で俺だけ!? why!?」

 

胸を指摘され赤面したユンナはアレクの頬を容赦なしに引っ叩いた。

乾いた音が鮮明に耳に残るほど響く。

ビンタを諸に受けたアレクは体を一回転させ地面へ倒れ伏した。

 

ユンナ「兎に角! 後処理は我々時空防衛局が済ませておくので、お二人はリョウさんの下で大人しくしておいてください! それと、私ですから宜しかったですけど、他の女性に卑猥な事を口走れば、猥褻行為で逮捕致しますから、注意なさってくださいね!」

 

アレク「ヤルッツェブラッキン!」

 

打たれた頬から手を離し、斜め上に手を上げ誠意を込めた返答を行うも、アレクの普段の態度のせいか、ふざけているようにしか見えずユンナは白眼視していた。

 

ユンナ「はぁ…では、私はこれで失礼しますわ。 それでは、ごきげんよう」

 

華麗に踵を返し再び召喚したワールドゲートを通り去っていった。

残されたアレクは打たれた頬を擦り、アリスは朗らかに笑みを浮かべながらもアレクに手を差し伸べ立ち上がらせた。

 

アリス「ユンナは昔から下ネタに弱いね。 からかい甲斐があって楽しいけどね」

 

アレク「俺は毎回痛い目に合ってるんだが…。 まぁ楽しいからいいや。 俺達も戻ろうぜ。 腹減って死にそうだぜ」

 

アリス「あっ、私のインベントリの中にスターゲイジーパイあるけど食べる?」

 

アレク「い、いや、遠慮しとくぜ…」

 

アリス「それなら……あ、間宮さんが作ってくれたアイスクリームがあるんだけど、食べりゅ?」

 

アレク「食べりゅうううううううううううううううううううううううううううううううう!!」

 

死屍累々の最中、意気揚々と氷菓子を食べる様は異様な光景。

こんなことができるのは屈強な精神の持ち主か、頭のネジが外れてしまった者だけだろう。

余談だが、常にふざけた態度を取っているアレクではあるが、彼の場合は前者に当てはまる。

 

余程空腹だったのか、一分と掛からず食べ終え、後処理を時空防衛局に任せ、アリスの時空転移魔法を使用しピースハーモニアの世界へと戻っていった。

 




友達に小説を見せたらカオスと言われてニヤついてしまいました笑


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第48話 愛は月のように ~桜の樹の下で~

恋愛描写書くの初めてですけど…ムズい!!


涼しい風が吹き抜ける月夜。

絵になるほど美しい満月が夜空の暗闇を照らしている。

月光が自然豊かな木々や、心地好いせせらぎを奏でる川を照らし出来上がる風光明媚な夜景には心を揺さぶられそうになる。

 

山に連なり鬱蒼と生える木々の中に佇む玉桜寺の正面に咲き誇る桜も月光に照らされ淡く輝いていているようにも見える。

穏やかな風が枝を揺らし、桃色の花弁が宙へ舞い、重力に従い地面にひらひらと落ちていく。

その内の一枚が獣耳を生やした少女、真琴の狐色の髪にふわりと乗った。

 

翔琉「真琴、動かないで」

 

陰陽師であり真琴の主でもある翔琉が手を伸ばし、髪が乱れないよう注意を払い花弁を取った。

本来なら何気無く行う気遣いなのだろうが、現在の翔琉はこの動作すらも緊張感が充溢し、心臓が早鐘のように鳴り響いている。

 

尾黒による、忌み嫌う陰陽師を抹殺する働きと、異界から襲来した悪魔の件を解決し、深傷を負うことなく無事に玉桜寺に着いたのだが、翔琉と真琴は口を利かないまま、気まずい雰囲気が両者に漂っていた。

ルシファーとの戦闘の最中、二人で交わし合った愛の言葉が原因なのは両者とも理解はできていた。

普段吐かない心の底からの思いを伝え互いに思慕の念があると言葉という形にし分かった。

故に気恥ずかしく普段通りに振る舞えず、沈黙が支配する膠着状態が続いていた。

 

日が経つに連れて杞憂に過ぎない些細なことまで懸念し、何とも言えない心地悪さ残る。

何よりこれまで築き上げてきた関係が崩れ、修復できないのではないかと危惧の念が全身を駆け巡り心に残り、おちおち快眠を行うこともできない。

 

二人になる空間を作るために翔琉が場を設けたので、いつまでも口を開かないままでは埒が明かないため口を開いた。

 

翔琉「……今日は、ありがとう。 真琴のお陰で、今回の危機を乗り切ることができた」

 

真琴「そ、そんな! 主がいてくれなきゃ、私も危なかったし、主のお陰だよ」

 

翔琉「いや、真琴が最後まで諦めずにいたから、僕を信じてくれていたから、背中を預けることができた。 この広大な世界で、真琴は僕にとって最も信頼できる最高の相方だよ」

 

真琴「はうぅ…/// と、当然よ! 主の隣に立つのに相応しいのは私しかいないんだから!」

 

翔琉「うん、僕もそう思うよ。 真琴以外なんて、考えられない」

 

真琴「な、何だか恥ずかしい…かな。 わ、私もそう思ってるからね?」

 

胸を張り高らかに言葉を発したが、翔琉の真剣な眼差しと本心を聞き頬を紅潮させる。

真琴の返答と、もじもじと落ち着きがない様子が可愛く見え、翔琉も頬を紅潮させていた。

 

互いに言葉にせずとも、自分の事を大切な存在だと認識していると分かりきっている、理解しているのだが、いざ言葉という形にし示してみると羞恥を覚えてしまうものだ。

だが、心の隅に溜め込み陰鬱となるよりは、洗いざらい吐き出してしまう方が楽になる。

 

そして何より、今ある関係を残しつつ、新たな関係を築き上げるためにも、心の丈を打ち明ける。

 

翔琉「思ってることは、一緒だね」

 

真琴「うん。 嬉しい。 主にとって大切な存在であることが」

 

大切な存在だと言葉にしてくれるだけで、真琴は嬉しさのあまり飛び上がりそうになる。

高鳴る鼓動を抑えたいが、意思とは反対に興奮とも言える躍動感が溢れる。

翔琉も緊張により心臓が早鐘のように鳴り動き、平静を保つため一度深呼吸を行う。

 

翔琉「僕は、これからもずっと、未来永劫、この身が果てるまで、真琴と共に人生を歩みたい。 主従関係ではなく、一人の女性として、僕の隣にいてほしいんだ。 恋に関したは経験もないから疎いけど、君が好きというこの気持ちは、誰にも負けない」

 

始めは想い人に気持ちを伝えるのことを気恥ずかしく思っていた。

恋など職業柄無縁とも言える代物で何一つ分からない未知なものであったが、本気で想いをぶつけなければ意味がないということは翔琉でも察することはできた。

現在は気恥ずかしさという告白するに至って不必要な感情は消え去り、面と向かい、真剣な表情で、思いの丈が口から流暢に出てくる。

 

翔琉「僕は人間だから真琴とは時を生きる年数は違う。 それでも、陰陽師としての才能しかない僕だけど……真琴、僕は君が好きです。 君の人生を、僕と共に歩む時間に使ってもらえませんか?」

 

勇気を振り絞り胸に秘めた想いを打ち明けた。

妖怪等の邪悪な存在を相手をするのとはまた違う、胸を締め付けられるような緊張感が体を支配する。

返答を待つ数秒という一瞬の時間が途方もなく長く感じた。

 

真琴「…………バカ」

 

絞り出すように出たのは僅か二文字の言葉。

その言葉に乗せられた感情は相手を罵るようなものではなく、喜びに打ち震えるもの。

 

真琴「主の、バカ………どれ、だけ…待ったと思ってる、のよ…」

 

止めどなく涙が溢れ、ほんのり紅潮した頬を伝う。

幾日と待ち続け、望んでいた言葉を掛けられた途端、世界が止まったかの様な感覚に陥った。

その感覚も瞬時に消え、溢れてきたのは舞い上がりそうなこの上ない喜び。

歓喜のあまり声を出すのもやっとな程に嗚咽してしまっている。

 

翔琉は真琴に歩み寄り、未だに溢れる涙を指で拭った。

 

真琴「あ、主…」

 

驚いて顔を上げるも、呼び掛けに応じる事なく、離さないように力強くもあり優しく抱き締めた。

ふわりと甘い女の子の香りが鼻腔をくすぐる。

心拍数が上昇し、血が沸騰しているかのように熱を帯びる。

互いの距離はゼロで、息が体に触れ合い胸の鼓動が直に感じ取れる。

 

翔琉「待たせてしまってごめん。 僕も中々自分の気持ちに素直になれなかったから、決断するにも行動するにも躊躇いを感じて気持ちを伝えることが出来ず、今日まで引き伸ばしてしまった。 この気持ちを抑えるのを、己を偽り我慢するのはできなかった。 僕自身、溢れるこの気持ちを、真琴が好きだって想いを、秘めておくのは無理だった。 真琴が僕に抱く想いを、無下にしたくもなかったから」

 

真琴「ホント、かっこいい、こと、言ってるのに……遅すぎるんだから。 この鈍感陰陽師…」

 

翔琉の胸に顔を埋めたまま真琴は悪態を吐きながらも、抱き締める腕の力強さに安堵し身を預け、ゆっくりと背中に腕を回す。

抱き締め返された途端、頭が燃え上がる血流により沸騰しそうになった。

体中が火照り、顔に熱が帯び更に赤く染まっていく。

翔琉の胸に顔を埋めていた真琴が一頻りして顔を上げた。

涙に潤んできらりと輝く瞳で上目遣いされたのが男心を擽る魅惑を感じ可愛らしくも見え、愛おしく感じる。

 

真琴「でも、ありがとう。 生きてきた中で、間違いなく嬉しいよ。 私も、主のこと、大好きだよ」

 

目を細め嬉しさの表情を浮かべ、熱い想いを口に出した。

 

愛の告白を受けた翔琉の心臓は早鐘を打ち、雷が走ったかのように痺れる心地よさに包まれた。

互いに想い愛を抱いている、恋人と言われる関係になれたことに幸福を感じる。

これまでにないほどの、有頂天に達する幸福だった。

 

翔琉「ありがとう、真琴。 恋人として、これからもよろしくね」

 

喜びの感情だけが心という器を満たす。

家臣の関係や種族の違いという桎梏がなくなり、真琴は箍が外れたのか、背中に回していた腕を首に回した。

 

真琴「主の…翔琉の側から離れないから、何があっても一緒にいるから、翔琉も私を離さないでね?」

 

翔琉「勿論、そのつもりだよ。 天変地異が起ころうと、世界に危機が訪れようと、守り抜き離しはしない。 絶対だ」

 

右手を真琴の燃えるように暑く紅潮した頬に添える。

真琴は期待に潤う瞳を閉じ、背伸びをして顔を近付けていく。

翔琉は腰に回している左手を引き寄せ、この世の誰よりも美しい彼女へキスをした。

初めての甘美なキスの快楽に、鳥肌が立つほど感覚が鋭敏になる。

痺れるほどの快楽が唇から全体に広がり、頭の回路を焼き切り、全身に余す所なく広がり迸る。

寂寥感すら覚える静けさが広がる。

二人の愛を祝福するかのように緩やかな風が吹き、桜の花弁が舞い散る。

 

時間としては一分も経過してはいないだろう。

だが二人が体感していた時間は十分にも一時間にも感じていた。

唇を離すと真琴の口から名残惜しさの吐息が漏れた。

触れ合う唇から愛を渡し受け取って呼吸すらも忘れていたので、互いに足りない空気を求めて浅い息を繰り返した。

 

真琴「えへへ…嬉しい。 翔琉、私のこと大事にしてね」

 

翔琉「無論だよ。 ん? 僕の呼び方、変わってる」

 

真琴「もう恋人なんだから、名前で呼び合う方がいいかなって。 やっぱり、嫌だった?」

 

先程とは違う涙を浮かべ上目遣いしてくる真琴の美麗な顔に心臓が跳ね上がる。

月明かりを浴び宝石のように煌めき、微少の涙により揺らめく瞳に意識を吸い込まれ溶けそうになる。

 

翔琉「嫌なんて、そんなことないよ。 その逆さ。 真琴とまた関係が濃密になって嬉しいよ」

 

頭に手を乗せ愛する彼女を優しく撫でる。

高級な繊維の様に繊細な狐色の髪の感触が心地好く、目を細め恍惚に満ち快感に浸る真琴の表情を何時までも眺めておきたい衝動に駆られる。

 

真琴「翔琉……もう一度、して」

 

瞼を閉じ、自ら快楽に溺れようと精一杯背伸びをする。

愛する彼女と繋がりたいという思いが溢れ、歯止めが効かなくなっていく。

頭に乗せた手を頬に移し、顔を徐々に近付ける。

 

互いの口から零れる熱い息が肌で感じ取れる。

愛を確かめ合う甘い痺れを得ようした刹那、

 

アリス「えんだああああああああああああ!!」

 

アイリ「いやああああああああああああ!!」

 

翔琉・真琴「!!!!????」

 

勢い良く八脚門の扉が開き、バカ二人が乱入した。

うっとりとした耽美な雰囲気が霧散してしまい、現状が把握できず翔琉と真琴は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になり屡叩いている。

 

リョウ「はぁ……最悪じゃ」

 

アレク「流石の俺でも養豚場のブタでも見るかのように冷たい目をしちまうぜ…」

 

後からリョウとアレクが呆れ混じりの溜め息を吐きながら歩いてきた。

 

ディーバのライブは時空防衛局とピースハーモニアの活躍によりエクリプスと無事成功を収め、被害も最低限に済んだ。

 

シギアにより医療班の元へ運ばれたアイリは体の目立った損傷は特に見られなかったため直ぐ様リョウ達と合流を果たした。

役割を果たすや否や、アイリは翔琉達の住む世界に戻りたいとリョウに懇願した。

 

理由は翔琉達のいる世界に取り残されたカイを迎えに行くため。

アレクの咄嗟の判断による行動により異世界へ転送されたきり勿論カイとは会っていないため、今日まで心配が尽きず心に重りを抱えたままだった。

 

反対する理由もないため、リョウは快く承諾した。

欣喜雀躍するアイリと、懸想する二人の行く末を気にし不適な笑みを浮かべるアリスと、彼女の暴走を抑えるためアレクが同行することになった。

ラミエルは戦闘により被害を受けたコンサートホールの修復作業の手助けをするため残ると言ったため、後々合流することとなった。

世話になったピースハーモニアの三人と名残惜しくも別れを告げ、翔琉達のいる世界へと再来した。

ワールドゲートを召喚した場所が八脚門の前にある庭だったのだが、翔琉と真琴が近付いてきたことを察したアレクが急いで隠れるため身を潜めていた。

二人のやり取りは筒抜けで耳に入ってきてしまい、翔琉の愛の告白に興奮を抑えきれず感情が高ぶった女子二人は門をぶち壊す勢いで開け、連綿に続きそうな昵懇しい雰囲気に乱入し、今に至るというわけだ。

 

翔琉「え、えっと…お、お疲れ様。 無事にアイリを連れ帰ってこれたみたいで何よりだよ」

 

平静を装っているつもりなのだろうが、恥ずかしさと照れの感情が心臓に早鐘を打たせて血が巡り、真っ赤な耳は炎の様に熱くなっている。

 

アレク「俺は約束は破らないからな。 俺が破る「言わせねぇよ!?」…まだ何も言ってないんだけどなー」

 

リョウ「下ネタ言おうとしてただろうが! 分かっとるんやからな!」

 

アレク「ま、まさか、読心術の使い手か!? いいぜやってやんよ。 来いよリョウ、剣なんて捨てて掛かってこい!」

 

リョウ「黙ってろよクズ…(ブドウ並感)」

 

アイリ「二人ともおめでとう! 恋が実ってあたしも嬉しいよ! やはり幸せスパイラル理論は間違いじゃなかった!」

 

アリス「うあ~、なんか恋愛映画って感じだったね! 二人の心にある気持ち、正しく愛だ!」

 

アイリとアリスの二人は立派な年頃の女の子。

告白の成功を間近で見て興奮が収まらず、手を繋ぎ合い跳び上がっている。

特にアイリは真琴の恋の相談に乗り、想いが成就されることを渇望していたので特に歓喜していた。

 

翔琉「唐突に現れたのは驚いたけど、祝ってくれてありがとう」

 

リョウ「もう少し空気を読んで突入すれば完璧なんやけどなぁ…」

 

アリス「ん? リョウ何か言った?」

 

リョウ「ヴェッ、マリモ!」 日本語訳:いえ、何も!!

 

アリス「まぁいいや。 さて、恋人同士ですること全部する恋愛コンボを炸裂させる二人に私から素敵なプレゼント!」

 

何処から取り出したのか、アリスが取り出したのは枕だった。

何故枕なのかと疑問に思いながらも未だに赤面している真琴は受け取った。

枕を見た途端、真琴の顔は更に紅潮し俯いてしまった。

 

表面にはハートが描かれた『Yes』という文字、裏面にはばつ印が描かれた『No』という文字が刺繍された独特なデザインの枕だった。

 

何事かと覗き込んだリョウは枕を視界に入れるや否や、枕を掴みアリスの顔面へ放り投げた。

 

アリス「ばにりっち!? もぉー何すんのさー!」

 

リョウ「付き合い始めたばかりの人にこんなもん渡すんじゃないよ!」

 

アリス「別にいいじゃーん。 いつかはやることだし。 あ、そうだ! この作品をR18にしたらできるよ!」

 

リョウ「させてたまるか! 極彩と散れ!」

 

アリス「やんちゃむ!?」

 

 (首が折れる音)

 

アレク「コノメニウーツルーモノーハー」

 

アイリ「やだ…かっこいい…。 リョウ君は直死の魔眼の持ち主だったんだね」

 

リョウ「んなもん持ってへん。 ちょいと首をぶん殴っただけよ」

 

翔琉「鳴っちゃいけないような音がしたんだけど…」

 

リョウ「この程度でアリスは死なないよ」

 

アイリ「納得しちゃうあたしが怖いよ。 ロマンティックが止まらないところだけど、翔琉殿、カイ君は無事なの?」

 

ふざけた態度から一変し、笑みが消え心配の眼差しを向けながらカイの身を案じ翔琉に問う。

一瞬口を噤み真実を話すのを躊躇ったが、偽りの事実を話しても何も変わらないと思ったのか、事の顛末を簡潔に話した。

 

事実として、この世界にはカイはいないということ。

眠りに就いている間にも、体から闇を放出するにまで容態が悪化してしまっていた。

翔琉が封印術で手を施しても完全に症状を鎮火させることが出来なかったため、時空防衛局を経由し天界へと連絡し、アイリ達の家に移送することとなった。

天界は光の力が強く秘められた世界なため、闇を抑えるには絶好の場所と言え、邪悪な気を封印する術を扱える者も多く存在している。

天使の中でも、封印術において指折りの実力者と呼べる四大天使の一人であるラファエルがカイの身を引き取り、無事に闇を押さえ込むことに成功したと数時間前に翔琉達の耳に入った。

 

アイリは暫し黙り、頭の中で情報を整理していた。

妖怪という事実を知っていたとはいえ、今まで接してきた純粋無垢な少年が闇を持つ存在という話は初耳だった。

遊ぶ機会が何度もあり接してきたが、黒く禍々しい闇の気配を感じ取ったことはなかったので、尚更信じられない。

嘘偽りだと願いたい話を唐突に振れられ混乱しつつもリョウへと振り向く。

 

アイリ「リョウ君は、知ってたの? カイ君に闇の力があるって」

 

リョウ「あぁ。 完全に封印されていたから問題ないと判断していた。 つい最近までは」

 

アイリが天使として転生をする数日前、突如としてカイの力を封じていた術が緩んだ。

異変に逸早く気付いた結愛が天界に連れていく案を出したのとほぼ同時に、リョウが一時的にフォオンが用意した天界の住居へ移ると聞き、リョウが訪れる前にラファエルの元へ立ち寄り闇の放出を防いだ後、アイリを連れたリョウと合流を果たした。

 

アイリは相手の能力を察知することができるにも関わらず、カイに闇の力が感じ取れなかったのは封印されていたことに納得はしたが、それ以上に納得できないことがあった。

 

アイリ「何で、あたしに言ってくれなかったの?」

 

リョウ「……余計な心配を掛けさせたくなかった。 カイにも色々事情があるから、本当のことは詳しく言えないんだ」

 

アイリ「闇の力があるからってあたしが毛嫌うと思ったの? あたしは偏見なんてしないよ。 どんな事情があったとしても、あたしは受け入れたい。 真実を知りたい。 だからお願い、話して」

 

信用していないと思われていないのは頭では理解しているが、同じ屋根の下で暮らす家族とも呼べる仲間の素性等を内密にされているとなるとやはり納得はできない。

 

初めて怒気を含んだ声を間近で聞きリョウは動揺するも、毅然とした態度で応える。

 

真実ではなく、偽りを。

 

リョウ「…すまない。 時空防衛局で関わっている案件だから、容易に局員以外の人間に公言することはできない。 もし、言えるとしたら…然るべき時が来るまで、待ってほしい」

 

アイリ「……うん、分かった。 時空防衛局の件なんだから、秘密にしておかなきゃいけないのは当然だもんね」

 

釈然とせず渋々納得したアイリを見て罪悪感に苛まれた。

アイリに真実を打ち明ければ、平静を保てず胸が張り裂けそうな思いをする。

真実を打ち明けられない苦しさがあるが、歯を食い縛り耐えるしかない。

 

沈んだ表情を見せていたアイリだったが、不意に両手を横に広げ、勢い良く空を斬り自身の頬を叩いた。

アイリの不可思議な行動に首を傾げる一同を他所に、顔を上げたアイリは吹っ切れたかのように鬱屈な雰囲気が消え明るくなっていた。

 

アイリ「リョウ君! カイ君が待ってるんだから、早く天界に戻ろう!」

 

リョウ「お、おう」

 

アイリ「ん、どしたの?」

 

リョウ「いや、悪いとは思っとるんやけど、カイの事を詳しく言えなかったことを気にしてなさそうに見えたけぇ…」

 

アイリ「気にしてるよー。 真実はいつも一つなんだから強欲の魔女並に全て知りたいよ。 でも、組織内での案件なんだから仕方ないって割り切ってるし、然るべき時が来るまで待ってほしいっていうんだからあたしは待つよ。 いつまでも待つよ」

 

アリス「千年後でどう?」

 

アイリ「すぐだね。 いやいやそんな待てないよ!」

 

翔琉「相変わらず復活が早いねアリス」

 

アリス「私は…不滅だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!(ゲームマスター並感)」

 

リョウ「うるさいっつーの。 すまんなアイリ、大人の事情ってことで理解してくれると助かる」

 

アイリ「あたしに感謝したまえ! 今度焼き肉奢ってくれたら許しちゃう♪」

 

リョウ「はいよ了解した。 ありがとなアイリ」

 

アレク・アリス「じゃあ俺(私)も」

 

リョウ「便乗してくんじゃないよ。 まぁ二人には世話になってるからええよ」

 

アレク「よっしゃー! 叙々苑行こうぜー!」

 

アリス「気分は最高私は無敵だ! 超絶!! 絶好調超!!」

 

アレクとアリスにはドーム内での優華の件もあるが、日頃から助力させてもらっているため感謝の念を込め奢ることを了承したが、財布の中どころか貯金が飛びそうになる未来が嫌でも脳裏を掠め若干後悔しながら人知れず一筋の冷や汗を垂らした。

 

アイリ「カイ君を待たせたら悪いし早く帰ろうよ! これ以上翔琉殿と真琴ちゃんの邪魔をしちゃ悪いし。 真琴ちゃんなんてあたし達が乱入したせいで恥ずかしさでずっと無口で俯いちゃってるし」

 

今まで会話に入っていなかったと気付いた一同が真琴を見ると、林檎のように赤面しており、翔琉の服を引っ張るように掴み俯いている。

自分達の告白のやり取りを他人に聞かれていたことと、箍が外れ自分らしくもない攻めすぎた言動による羞恥が幾度となく畳み掛け、まともに会話することすら出来なくなっていた。

 

ピコ「初々しくて良いと思うけどなー」

 

アイリ「あ、ピコ君いたの?」

 

ピコ「いたよ! ずっとリョウの上着の中にいたよ!」

 

アレク「伝統芸が終わったならお暇しようぜ」

 

アイリ「もぎゅっとloveで接近中な二人とも、本当におめでとう! また来るから惚気話を聞かせてね♪」

 

アリス「ではでは、これからごゆっくり~♪ チューチューラブリームニムニムラムラ♪ あ、枕は置いておくね」

 

リョウ「よせって言うてんねん! 待てコラ!」

 

アリス「それじゃーねー♪ アリアリアリアリアリアリアリ…アリーヴェデルチ!」

 

ワールドゲートを召喚したアリスは祝福し終え満足したのか、満面の笑みを浮かべ一足先に天界へと戻っていった。

 

リョウ「やれやれ…何年経ってもあんな感じなんやから。 すまんな翔琉、真琴。 轟と玉にも宜しく言っておいてくれ。 ほな、また」

 

アレク「また会おうぜ。 チャオ!」

 

流石にこれ以上長居するのは悪いため、足早にアリスが生成したワールドゲートを通り去って行った。

 

突如襲来した嵐が過ぎ去り、静寂が場を包む。

お互い声を掛けづらい微妙な空気が漂う。

唯一沈黙を破っていたのは、虫の音が重なりあう合唱。

夜の涼しい風が優しく告白により火照った体を撫で、心地好い。

 

真琴「か、翔琉…」

 

俯いていた真琴が翔琉の服を引っ張りながら、囁く程の消え入りそうな声で呟いた。

 

真琴「私は…いつでもいいからね?」

 

アリスに直接寄贈された枕を翔琉に押し付けるようにして渡すと、羞恥により紅潮した顔を隠すように手で覆い、持ち前の脚力を駆使し走り去ってしまった。

 

残された翔琉は気恥ずかしそうに後頭部を掻きながら、真琴の好意に頬を緩めた。

 

翔琉「ありがとう真琴。 これからもよろしくね」




台無しにするのは楽しいな☆(悪笑)


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第49話 天界へただいマンボウ

出したかったキャラの一人が漸く出せる!


ワールドゲートを通り、天界へと戻ってきた。

数日しか経っていないというのに、郷愁に駆られていたのか、懐かしい感覚に浸ってしまう。

我が家に帰省した喜びも束の間、アイリは玄関に無造作に靴を脱ぎ捨てリビングへ一直線に走り扉を破る勢いで開けた。

 

リビングには驚いた表情で入室したアイリを見つめるカイと、居る筈のないシャティエル、そして見覚えのない人物だった。

二本のアホ毛が目立つ鮮やかな深紅色のショートヘアーに、前立てにフリルが施され肩が露出した白色のシャツに黒色の短パンを着こなす、同姓であるアイリでも可愛いと思える整った顔と容姿の人物が椅子に座っていた。

 

カイ「アイリー! おかえりー!」

 

見知った顔を見て笑顔を咲かしたカイが走り出し、アイリはしゃがみ溌剌とした小さな体を抱き締めた。

 

アイリ「ただいま。 良かった…無事で良かった…」

 

カイ「カイはだいじょうぶだよ! アイリ、おつかれさま!」

 

カイが無事であることに安堵し、二度とカイを危険な場面に直面させないと心の奥にまで染み込ますように誓った。

遠因ではあるが、己の力が及ばず側に寄り添い守護できなかったため、自責の念を感じていたが、カイの燦然な笑顔を視界に入れると、今だけは純粋なカイの温もりに癒されることにした。

 

シャティエル「アイリさん、ご無事で何よりです」

 

緩やかな足取りでシャティエルが近寄りしゃがみアイリと視線を合わせる。

 

アイリ「シャティ……ごめん、ごめんね! あたしが頼りないばっかりに、致命傷を負わせちゃって…!」

 

シャティエル「気にしないでください。 研究所を任せてある理緒さんに修復され、もう何の問題もありません」

 

アイリ「でも、でも! 私のせいで…」

 

カイの件もあり自責の念に押し潰されそうになっているアイリに、シャティエルは手を伸ばし包み込むようにアイリの手に触れる。

 

シャティエル「アイリさん。 私はアイリさんが、皆さんが笑顔でいてくれるのが、何よりの望みであり、私の幸せです。 もし、私や他の誰かが敵に襲われ危機に陥っていれば、アイリさんは迷わず守るために力を行使して立ち向かいますよね?」

 

アイリ「え、それは勿論だけど…」

 

シャティエル「私も同じです。 仲間が負傷し苦しむ姿など、見たくはありません。 ですから、私は大切な存在であるアイリさんが傷付かないために戦っただけです。 単純な理由だと思うかもしれませんが、体が勝手に、自然と動き守りたいと瞬時に回路で計算される程に、私にとっては重要なことなのです。 失いたくないからこそ、全力を尽くせるのです」

 

アイリ「シャティ…」

 

シャティエル「今の状態を確認すると、恐怖を乗り越えられたのですね。 アイリさんが無事なだけで、私は満足なので、ですから気にしないでください」

 

女神のように屈託のない優しい微笑みと、純粋な温もりが込められた言葉に思わず涙腺が緩むも気力を振り絞り耐える。

 

己の身が削られ不利な状況にあったにも関わらず、拘泥することなく精神が薄弱としていた自身のために身を挺して守ってくれた。

心を持ち、未だに知り得ていないことが数多くある彼女だが、他者を思いやる汚れのない清らかな思いは、人間と変わらない。

 

アイリ「ありがとう、シャティ。 私なんかのために」

 

シャティエル「私なんかなどと言わないでください。 アイリさんは自身が思っているよりも魅力的です。 他者を思い行動する点です。 カイさんを思いやる気持ちや、ディーバを守るため危険分子に臆することなく立ち向かい、そして、リョウさんと共に私に心を教えて下さり、世界の美点を教えて下さる、半端な志では為すことはできません。 自身を過大評価してもいいほど、アイリさんには素晴らしい点があるのですから、己の行動を信じてこれからも精進していってください」

 

アイリ「……うん! ありがとうシャティ!」

 

感情の籠った激励の言葉に感極まり、アイリはシャティエルに勢い良く抱き付いた。

仰け反ることなく抱擁を受け止めたシャティエルは微笑みながら赤子を癒すかのようにアイリの背中に手を回し撫でる。

 

リョウ「カイもシャティエルも無事で何よりよ」

 

入室する機会を伺っていたのか、タイミング良くリョウとピコが入室した。

カイは二人の姿を見ると、再び咲き誇る笑みを浮かべ喜びの表現を具現化するようにリョウの足へ抱き付いた。

 

シャティエル「リョウさんが負傷した私を研究所まで運んでくれたと伺っています。 ありがとうございます」

 

リョウ「当たり前のことをしただけよ。 シャティエルがアイリ達を失いたくないように、わし達もシャティエルを失いたくはないからね」

 

表には出してはいなかったが、損傷した箇所がを多かったため、修理が間に合わず異常が残り後々に響かないかと肝を冷やしていた。

時空防衛局の中でも群を抜いて頭脳明晰で優秀な理緒達研究者の働きにより完璧と呼べる程に修理されており、リョウも安堵し胸を撫で下ろした。

 

アイリ「リョウ君、どうしようもないあたしに天使が降りてきたよ」

 

リョウ「お前も天使やろう。 良かったな、二人とも無事で。 アイリも無事に立ち直れたことやし」

 

アイリ「立ち直れたのはリョウ君達のおかげだよ。 カイ君とシャティが無事でいられたのも、みんなの協力があったからこそだよね。 今度みんなにお礼を言わないと。 べ、別に、リョウ君だけに感謝してるわけじゃないからね!」

 

リョウ「テンプレなツンデレ、乙」

 

?「リョウ君!!」

 

先程まで口を挟まずアイリ達の様子を眺めていた人物がリョウの名を呼ぶなり、駆け足で近寄り満面の笑みで忌憚なく首の後ろに手を回しリョウに抱き付いた。

 

?「久し振り! 元気にしてた?」

 

リョウ「わしは相変わらずやで。 アシュリーも変わりはないみたいやね」

 

アイリ「oh…お熱い歓迎だね…」

 

誰が見ても美人な系統に入るアシュリーと言う少女が人目も気にせず、懸想な相手に飛び掛からん勢いで抱擁し、円満具足な表情を浮かべている姿を見ると、先刻結ばれた翔琉と真琴の時とは異なる雰囲気に、思春期なアイリは見てるだけで恥ずかしくなり頬を紅潮させていた。

大胆な行動に移っていたことを認識したアシュリーはリョウから離れ仄かに頬を赤く染め顔を綻ばせる。

 

アシュリー「あはは…恥ずかしいなぁ。 確か、アイリちゃんだったよね? ボクの名前はアシュリー・レッドライト。 リョウ君やアレク君達の友人だよ。 よろしくね」

 

腕を伸ばし握手を求められたので、アイリは快く応えるためアシュリーの手を取り握手をした。

か細く繊細な指は透き通るようで、白魚の様に美しい。

 

リョウ「アシュリーが二人をここまで連れてきてくれたんよね?」

 

アシュリー「うん、そうだよ。 褒めて褒めて♪」

 

機嫌良く微笑む幼さが残るアシュリーの愛愛しい姿を見れば、世の男性は虜にされるだろう。

下心が一切皆無なリョウは見慣れているからか、特に動じることなく応答する。

 

リョウ「ありがとな。 手が離せない状況続きやったから助かったよ」

 

アシュリー「えへへ。 リョウ君のためなら喜んで、だよ! ……あれ? アレク君とアリスちゃんと一緒じゃなかったの?」

 

アイリ「言われてみたらそうだね。 ワールドゲートを通った時は確かに一緒にいたのに。 オワニモされちゃったのかな?」

 

リョウ「ワールドゲートを通った時にアリスが間違えて別世界に繋いでたからここにはいないよ。 途中でわしが修正したからわし達は天界に来ることができたけど」

 

アイリ「どういう間違いなんだってばよ。 でもアリスちゃんなら有り得そう」

 

リョウ「さっき携帯にメッセージ来たから分かったけど、アレクも巻き添えくらったみたいやわ」

 

上着のポケットから携帯電話を取り出し、連絡用アプリの通知により画面に表示されたメッセージをアシュリーに見せる。

 

 

[悲報]カマバッカ王国に来ちゃった[助けて]

 

 

規格外な力を持つ二人ならば天壌無窮に広がるどの世界に降り立ったとしても到底野垂れ死ぬことはないだろうが、流石のアシュリーも今回の件に関しては苦笑いを浮かべる。

 

アシュリー「た、助けなくても大丈夫かな?」

 

リョウ「ほっときゃええよ。 一日もせん内に来るやろうしな」

 

呆れたように息を吐き携帯電話を収めると、踵を返しリビングから退室しようと歩きだした。

 

アイリ「あれ? 何処か行くの?」

 

リョウ「ピースハーモニアの世界にいるラミエルを迎えに行ってくる。 序にドームの修繕作業が引き続いているなら手伝うつもりやから、少し遅くなるかもしれへん」

 

シャティエル「私も随伴致しましょうか?」

 

リョウ「大丈夫よシャティエル。 アイリ達と一緒にカイの面倒を見ててやってくれへんか?」

 

シャティエル「了解しました。 では、お気を付けて」

 

アシュリー「えー。 折角久し振りにリョウ君に会えたのに」

 

菓子や茶を啜りながら他愛のない話をし、安穏な一時を満喫しようとしていたが、出会って数分経たない内に外出してしまうことが気に食わないのか、頬を膨らませている。

 

リョウ「今日中には帰るから、アイリ達と団欒してティータイムを楽しんでてくれ」

 

アシュリー「もう、絶対帰ってきてよね。 じゃあ…」

 

未だに頬を膨らませるアシュリーは約束の厳守を誓うために小指を出した。

 

アシュリー「約束、守ってよね…?」

 

リョウ「はいよ。 絶対帰ってくるよ」

 

必ず帰還することを誓うためアシュリーの出した小指に自らの小指を絡ませ指切りした。

言質を取り満足したのか、可愛らしく笑みを浮かべたアシュリーは想い人を送るようにヒラヒラと手を降る。

 

アイリ「パインサラダ作って待ってるからね!」

 

リョウ「おい、死亡フラグ立てんな。 まぁ行ってくるわ」

 

カイ「いってらっしゃ~い!」

 

無邪気に手を振るカイに手を振り返し、慣れた手付きでワールドゲートを出現させ、扉から零れ漏れる光の中へ入り、視認できなくなるのと同時に扉は消えた。

 

アイリ「忙しそうだなー。 いつ帰ってくるかも分からないし、ティータイムに入ろうか」

 

シャティエル「私が飲み物と菓子を準備致しますので、アイリさん達は席に着いていてください」

 

アイリ「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。 ありがとねシャティ。 あたしはアイスコーヒーで、カイ君にはオレンジジュースでお願い。 アシュリーちゃんは何にします?」

 

アシュリー「ちゃ、ちゃん……あ、えっと、ボクもアイスコーヒーでいいよ」

 

一瞬眉を寄せ言葉が詰まりながらも注文をし終え元々座っていた席へと戻った。

アイリもカイを抱えアシュリーと対面するように席へ座る。

 

アイリ「アシュリーちゃんって時空防衛局の人なんですか?」

 

アシュリー「ううん。 ボクは時空防衛局には属してないよ。 でもリョウ君達とはかなり付き合いは長いから、時間や予定が空いているときは手伝ったりはしてるよ」

 

アイリ「会って早々抱き付いちゃうくらいには仲がいいですもんね」

 

数分前まで翔琉と真琴の、見ているだけで砂糖を吐き出しそうになる甘すぎる光景を目にし、先刻首に抱き付く美少女を見て耐性が付いてしまったのか、悪戯っぽく微笑む余裕を見せている。

初対面の人間に羞恥な醜態を晒してしまった光景が脳裏を過りアシュリーは再び頬を紅潮させてしまう。

 

アシュリー「もぉーアイリちゃん、イジワルだよ」

 

アイリ「あはは、ごめんなさい。 可愛かったからついからかっちゃいました」

 

アシュリー「か、可愛い…」

 

アイリ「ん? どうかしました?」

 

アシュリー「う、ううん、何でもないよ! アイリちゃんって天使になってリョウ君と一緒に行動する時が多いから戦闘する場面にも遭遇すると思うけど、戦闘には大分慣れてきた?」

 

アイリ「うーん…少しはってところですね。 あたしまだまだ弱いから強くならないと勝てない相手は多いし、守ることもできないから」

 

リョウや結愛に鍛えてもらった戦闘を含めず実戦だけで言えば、指で数える程度しかない。

数少ない戦闘の中で、自身の持てる力を誇示し、感覚を研ぎ澄まし臨機応変に迫り来る強敵と対峙してきたが、戦闘に慣れたかと言われると、そういうわけではない。

 

殴打される痛み、刃物で斬り裂かれる痛み、可能ならば一生味わいたくない死の恐怖。

 

どれを挙げても経験したくもない事柄ばかりではあるが、現在はリョウ達の助けにより戦うことができているが、アンドロマリウスの件で転生前の記憶が甦り、戦意喪失するにまで精神が削られてしまった。

走馬灯のように流れる死の体験を思い出すだけで身震いするが、カイや他の知人が致命傷を負ったり死んでしまう方が倍以上に恐ろしい。

 

アイリ「失いたくないからこそ、あたしは恐くても戦えるんだと思う。 戦わず逃げたら、後で絶対に後悔するから」

 

アシュリー「…アイリちゃんは凄いね。 元々は現実世界に住んでいた普通の女子高生だったのに」

 

己の力を信じ仲間を守りリョウの助力のために必死で奸邪な存在と渡り合う勇壮な姿勢は女子高生の一般人とは到底思えない。

真っ直ぐ見据える視線は嘘偽りのない精悍なもので、妄言を吐いている筈がないと断言できるほど。

 

アイリ「実際に体験してみると怖いことは多いし大変だけど、あたしはファンタジーとかに憧れてたオタク美少女だからね♪」

 

アシュリー「昔のリョウ君みたいなこと言うね」

 

アイリ「リョウ君も前はそんなこと言ってたの? それは初耳」

 

アシュリー(寵愛してはいても、いや、しているからこそ過去の事は詳しく話していないんだね)

 

アシュリーもリョウの過去の事を知っているようで、本人の承諾も無しに流暢に過去を話したくはなかったため、言える範囲でのみ話そうと慎重に事柄を選び口を開く。

 

アシュリー「実はリョウ君もアイリちゃんと同じ現実世界出身の人間なんだ」

 

アイリ「え、そうなの!? 言ってくれれば良かったのに…。 ということは、リョウ君も元を辿ればあたしと同じ一般人だったってことだよね?」

 

アシュリー「そうらしいよ。 ボクも詳しくは知らないけど、アイリと同じで何かに巻き込まれたせいで異世界に漂流しちゃってピコ君のいる世界に辿り着いてしまったってところまでは聞いてるよ」

 

アイリ「ピコ君とは旧知の仲だったんだ。 仲が良くてコンビネーションも抜群なのが納得できる。 あとあたしがいた世界のネタに詳しいことも。 ん? アレク君やアリスちゃんもあたしのいる世界の色んなネタに詳しいけど、二人も現実世界出身だったりするの?」

 

?「それはあの二人が現実世界の漫画等の娯楽が好きだからですわ」

 

再びリビングにワールドゲートが出現し、中から時空防衛局を束ねる最高責任者、ユンナが悠然と出てきた。

窈窕たる雰囲気を醸し出すスタイル抜群の女性に、同姓であるアイリでも見惚れてしまう。

 

カイ「ユンナー! おひさー!」

 

ユンナ「あら、カイ。 お久し振りですわね。 お利口にしてました?」

 

カイ「うん! カイ、えらい?」

 

ユンナ「ええ、とても偉いですわ」

 

時空防衛局で身を預かっていた頃に顔を合わす機会が多かったため、カイはユンナの顔を見るとアイリの膝の上で飛び跳ね喜びを体現していた。

 

シャティエル「あの、どなたでしょうか?」

 

頼まれた飲み物を乗せたお盆を持ったシャティエルがキッチンから出てきた。

本来なら侵入した者に対し即座に武装を展開していただろうが、カイの知人なら不審者ではないと認識したためか、警戒はしていなかった。

 

ユンナ「紹介が遅れてしまいましたわね。 私はユンナ・ヴィクトリア。 時空防衛局の最高経営責任者ですわ」

 

アイリ「時空防衛局のお偉いさん…トップに立つ人ってことだよね? わぁーお、おっどろきー!」

 

ユンナ「あなたがアイリさんですね? リョウさんから常々お話を伺っておりますわ。 以後、お見知りおきを」

 

気品ある挨拶振りに緊張し気が張ってしまい、アイリは深々と頭を下げた。

 

アシュリー「ユンナちゃん久し振り! 多忙そうだけど、元気そうで良かった」

 

ユンナ「あらアシュリーさん。 ご無沙汰ですわね。 今日はアシュリーさんはユグドラシルの警護は非番でしたかしら?」

 

アシュリー「そうだよー。 リョウ君から頼まれ事があってここにいるってところかな」

 

ユンナ「相変わらずリョウさん一筋ですわね。 例えリョウさんとは言え、珍妙な頼み事に首を縦に振ってはなりませんからね」

 

アシュリー「えぇー、リョウ君はそんな変なこと頼んでこないから大丈夫だよ」

 

余程リョウに絶大な信頼を寄せているのか、ユンナの発言に対し否定の言葉を言い頬を膨らませている。

 

ユンナ「確かにアレクさんやアリスさんではないので大丈夫とは思いますが」

 

アイリ「分かりませんよ~。 リョウ君も男の子だから、猿…じゃなくて狼に変身して色欲が芽生えるかもしれない。 例えばユンナさんの豊満な胸を鷲掴みにしろとかアシュリーちゃんに言うかもしれない」

 

アシュリー「ふぇ……!?///」

 

ユンナ「た、例えアシュリーさんでもそれは許せませんわ! それに何故アイリさんは私の胸を凝視しているのですか!」

 

アイリ「いや、何を食べればそんな立派なメロンに育つのかなって思いまして。 …うん、でかい(確信)」

 

ユンナ「……はぁ、話を伺ってはいましたが、予想以上にアレクさんやアリスさんと同等の思考をお持ちのようですね」

 

アイリ「褒めても何も出ませんよ~?」

 

シャティエル「私が推測するに、貶されていると分析しましたが…」

 

アイリ「シャティエルに言われると信憑性高い。 あたしもう穴掘って埋まってますぅ!」

 

乱心した演技をしながら何処からともなく取り出した金色のスコップで床に穴を開けようとしていたが、アシュリーが慌てて止めに入る。

 

アシュリー「アイリちゃん、落ち着いて、ね?」

 

アイリ「大丈夫、掘ったりしないよ。 スコップを極めし者であるあたしは先端から波動砲を撃つことだってできるんだから!」

 

アシュリー「ど、どういうこと?(汗)」

 

ユンナ「真に受ける必要はなくってよ。 アレクさんやアリスさんが日頃から述べる現実世界のネタでしょうから。 最も、彼等の場合は冗談のつもりでも本当に再現してしまうのが末恐ろしいところですが」

 

アイリのボケを白眼視しながら優雅な足取りで椅子に着席した。

各々の飲み物が入ったコップを置き終えたシャティエルはユンナの注文を伺う。

ミルクティーを要望し、承ったシャティエルは再びキッチンへと向かう。

 

ユンナ「リョウさんに御用があったのですが、一緒ではありませんでしたの?」

 

アイリ「さっきまでいましたよ。 ピースハーモニアの世界に行ったみたいですけど、直に帰ってくると思うのでユンナさんもティータイムを楽しみましょう♪」

 

ユンナ「あら、入れ違いでしたのね。 まぁいいですわ。 ドームの損害賠償や報告書等の執務が幾つか残っていますが、時には息抜きも大事ということで、御一緒させてもらいますわ」

 

一時の休息を得て口を抑え微笑む姿も優雅で、容姿端麗美麗な彼女に見惚れてしまう。

美麗な彼女の後ろに映る、喫茶店の店員程に手際良く飲み物の準備を行っているシャティエルに感心しつつ、運ばれたアイスコーヒーに口を付けた。

 

目線を一瞬だけ逸らしたその瞬間、気付いてしまった。

 

信じ難い衝撃を目に焼き付け口に含んだコーヒーを吹き出しそうになるも、周囲に飛散しないよう注意を心掛け、カップにコーヒーを吐き戻した。

 

ユンナ「ちょっ!? アイリさん汚いですわよ!」

 

アイリ「い、いや……あ、あれは……」

 

品格のない行為に不快な表情を浮かべ注意をするも、アイリは震える声で一点を注視している。

何事かとユンナとアシュリーが目線を移すと、瞬時にして二人の背筋が凍り付いた。

 

白色の漆喰の素材で造られた肌触りの良い綺麗な壁。

純白の壁を見ると、小さな漆黒の物体があった。

 

誰もが同等の経験をした記憶があるのではないだろうか。

ふと何気無く視線を移した時、外出から帰宅した時、深夜に目覚めトイレへ向かう途中電気を付けた時、何処からともなく姿を現す。

『奴』は人間に害を為すことは一切行わないが、禍々しい外見や俊敏な動きに不快感を覚え、身を震わせ戦慄したことだろう。

 

人間界の嫌われ者であり、害虫の代表格と呼べる昆虫、ゴキブリがアイリ達の家に襲来した。

 

アイリ「いたぞおおお!! いたぞおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

チェーンガンをフルパックしそうな雄叫びが家全体に轟いた。

 

 




家で1匹見れば20匹はいるって本当なんですかね?


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第50話 屋内大戦争 ~昆虫Gの来襲~

今年は一匹も家に出なかった(*^^*)

皆さんはどうでしたか?


アイリ「その日、人類は思い出した。 ヤツらに家を支配されていた恐怖を…」

 

ユンナ「何を一人で呟いていますの? 緊急事態ですわよ」

 

リビングを急ぎ退室し、玄関ホールで緊急の作戦会議が行われていた。

会議と言うほど大層なものではなく、端から見れば大袈裟なのだが、アイリ達にとっては重要以外の他ならない。

闘諍とは無縁なリビングに、突如音もなく忍び寄り、談笑の場を絶叫の合唱に包み込んだ邪悪なる存在を排除すべく案を思考し練っている真っ最中にあった。

 

アイリ「まさか天界にもゴキブリが存在するなんて思わなかったよ…」

 

ユンナ「天界にはゴキブリという生物は存在致しませんわ。 恐らくワールドゲートを開いた瞬間、若しくは時空の歪みに巻き込まれ偶然ここに来てしまった、と言ったところでしょうか」

 

アイリ「それって異世界の生物が来たってことでしょ? 色々アウトなんじゃないの?」

 

ユンナ「ええ、アウトですわ。 迅速に処理する必要がありますわ。異世界の生物がその世界で繁殖すれば生態系が狂う可能性もあり得ますし、種によっては世界が滅びることもあり得ますのよ」

 

アシュリー「そうだね。 ボクも殺処分するのに賛成」

 

余程ゴキブリを忌み嫌っているのか、元の世界に戻す案や時空防衛局で保護する案を出す前に、揃いも揃って殺処分する意向となった。

罪のないゴキブリを殺す罪悪感や哀れみの感情が浮かばない殺伐とした雰囲気にある最中、シャティエルが質問を投げ掛けた。

 

シャティエル「一瞬しか目視できていないのですが、そのゴキブリという生き物は、皆が恐れるほどの脅威となる存在なのですか?」

 

アイリ「脅威でしかないよ! コーラを飲んだらゲップが出るくらい確実に脅威だよ! どれだけ薄い隙間だろうが入り込むしゴミ箱からも出てくるし長い触覚に脂ぎった羽や無駄に動きが素早くって気持ち悪いの他ならない! それだけじゃなく繁殖能力も高いし家で一匹見掛けたら数十匹いるとも言われている! 薄っぺらい体のくせに無駄に頑丈でしぶといし体内に居る微生物のお陰でたんぱく質が乏しくても生きていけるけど飢えていると人間の髪や垢なんかも食べる雑食っぷり! 清潔感なんて一欠片も感じさせない外見はこの世のものとは思えない! 火星に送り込んだら人間サイズにもなるし宇宙人の正体がバカでかいゴキブリだったりもするんだよ! 唯一許せるのはウルトラビーストであるあいつだけでそれ以外はあたしは許さないハイスラでボコる! 慈悲など必要ない天使の名において一匹残らず駆逐してやる!」

 

饒舌に早口で吐き出されるように忌み嫌う存在を語るアイリの目は血走っている。

過剰な反応を示す様にユンナとアシュリーは苦笑し若干引いており、カイに至っては何のことか分からず首を傾げている。

 

シャティエル「アイリさんが必死になり、皆さんが血相を変え部屋の外へ逃走した理由に納得がいきました」

 

ユンナ「シャティエルさん、殆どの内容が戯れ言なので真摯に受け止めなくても大丈夫ですわ。 それで、誰があの虫を退治いたしますの?」

 

ユンナの問いに、アイリとアシュリーは挙手することはない。

精神的に受け付けない忌み嫌う生物を相手に自ら進んで行いたくはないのは誰でも同じであろう。

況してや、アイリとアシュリーは虫が苦手で触れることができない。

対するユンナは虫を触ること自体は問題ないが、自主的に触るほど抵抗がないわけではないため、可能ならば他人に任せたいのが本音だった。

 

アイリ「よ、よーし、あたしが一番手を行くよ!」

 

震える声で虚勢を張り、跋扈する小さな侵入者を倒すため立ち上がる。

数センチ程の特に害のない昆虫に怖じ気付いていては、到底悪魔と対峙することなどできない。

戦うことの恐怖心を克服した己の新たな試練として、嫌悪する存在を相手にすると決意した。

 

シャティエル「アイリさん、大丈夫ですか? 恐ろしい相手なのですよね?」

 

アイリ「見るだけでも嫌な相手だけど、今のあたしなら大丈夫…と思う。 対抗策ならしっかりあるから!」

 

懐から取り出したのは、二本の殺虫剤。

器用にくるくると回し両手で握り特撮ヒーロー宛らのポーズを決める。

カイだけが無邪気に笑みを浮かべ拍手をし反応してくれていたが、ユンナの艶然とした表情を見て気恥ずかしくなり咳払いをして誤魔化した。

 

アシュリー「頼もしい限りだね♪」

 

アイリ「でもやっぱり怖いけどねー。 いざとなったらガーンデーヴァを使わないと…」

 

シャティエル「家が破損だけで済まなくなります。 リョウさんに後で怒られてしまうのでは?」

 

ユンナ「フォオン様が用意して下さった豪邸ですわよね? リョウが激怒する姿が想像できますわ」

 

アイリ「………やっぱり殺虫剤だけで頑張ろう。 フレフレ、あたし! ファイトだよ!」

 

 

~~~~~

 

 

賑やかだったリビングには誰一人存在せず、蛇口から微少に滴る水滴がシンクに落ちる音だけが響き、変哲もない普通のリビングの筈なのに、不安を促すような不気味な雰囲気に陥る。

怯懦になりながらも必ず倒すと気を奮い立たせ、重々しい足を動かし発見した壁へと迫る。

 

アイリ「大佐…目標を確認した」

 

恐怖を誤魔化すため独り言を呟き、テーブルの下に匍匐前進で接近し遂に視界に捕らえた。

 

『奴』はまだ最初に発見された場所に居た。

 

アイリ達の住まう家を格好の住み処と思ったのか、この家の主人の顔色など知る訳もなく、威風堂々と壁に張り付いている。

物陰に身を潜めることなく真っ昼間に表に出る昂然たる態度だけは大きい小さな相手に、アイリは気付かれないよう肉薄していく。

 

アイリ「落ち着いてアイリ。 CQCの基本を思い出して。 今のあたしは伝説の傭兵だよ」

 

近付くに連れ、心拍数が上がり、次第に呼吸が荒くなっていく。

両手に握られた殺虫剤の発射口は目標を捕らえている。

発射口から薬剤が放たれれば、『奴』は苦しみ踠き予測不能で俊敏な動きで壁を駆け回り、最悪羽を広げ宙を飛び回る可能性もある。

此方に向かってくるかもしれない未来を想像し思わず身震いする。

固唾を飲み込み、意を決してトリガーに掛けてある指に力を込め引いた。

 

薬剤が散布された直後、『奴』は凄まじい速度で壁を駆け回避行動を行った。

アイリは目で動きを追いつつ再び発射口を向けるが、『奴』は威嚇のためか、襲撃のためか、若しくはアイリを着陸地点と看做したのか、羽を広げ顔面目掛けて猛進してきた。

唐突すぎる予想外の行動と、悍ましい飛翔する姿が視界に映り、恐怖心からか、金縛りにあったかのように身動きが取れなくなってしまった。

 

そして、整った顔のその額に華麗に着地した。

 

アイリ「ウボアアァアァアアアァァアア!!!!」

 

シャティエル「アイリさん!! どうかなさいましたか!! アイリさん!! アイリさあああああん!!」

 

奇怪な断末魔を聞き入れ、命の危機に面していると判断したシャティエルが鬼気迫る勢いで扉を破り、アイリの身を確保した。

 

 

~~~~~

 

 

アシュリー「アイリちゃん、大丈夫?」

 

カイ「アイリ、よしよーし」

 

無事救出され、カイに頭を優しく撫でられているアイリは体操座りで足に顔を埋めており、完全に戦意喪失し放心状態となってしまっていた。

 

ゴキブリはシャティエルが入室した際に扉を破った音に驚き額から離れ、食器棚の下にある僅かな隙間へと逃げて行ってしまった。

 

シャティエル「アイリさんがここまで追い詰められるとは…相当手強い相手なのですね」

 

アシュリー「うーん……案外間違いではないんだよね…」

 

アイリ「ゴメンネ、弱クッテ…」

 

シャティエル「アイリさんは弱くなどありません。 勇猛果敢に恐ろしい相手に単体で挑みました。 アイリさんの勇敢なる姿を無下にはできません。 次は私が参ります」

 

アイリの背中を擦っていたシャティエルは立ち上がり、リビングへ歩んでいく。

 

ユンナ「シャティエルさん、殺虫剤を忘れてますわ」

 

シャティエル「必要ありません。 私なら家具を破損させることなく正確にゴキブリを殲滅することが可能です」

 

ユンナ「勇ましい限りですわ。 本来なら私が行くべきなのでしょうが、シャティエルさんの果断に感服致しましたので、アイリさんの仇を討ちたい強い志に答え、私はここで勝利を祈っておきますわ」

 

アシュリー「それって単にユンナちゃんが行きたくないだけだよね?」

 

ユンナ「………シャティエルさん、御武運を」

 

シャティエル「はい、ありがとうございます。 アイリさんのことをよろしくお願いします」

 

アシュリー「…誤魔化したね」

 

 

~~~~~

 

 

アイリが入室した時と同様に、閑古鳥が鳴く現状が継続しているリビングに、忍の如く足音一つ立てることなくシャティエルが入室した。

最後に姿を見た食器棚の界隈を余すことなく探索する。

生物の体温が発する赤外線を可視化できる機能、物体のを透視化する機能を駆使し、禍々しい生物を探索する。

 

『奴』は食器棚の下の隙間に未だ身を潜めていた。

 

目標の居場所を特定したシャティエルは『光粒子ライトソード』を出し、身を屈め数センチにも満たない隙間へ薄っぺらな光の刃を通す。

 

僅かな光に驚いた『奴』は暗闇の中を疾走し、更に奥へと進み壁へと追い込まれた。

好機と判断したシャティエルは黒い体を切断しようと更に刃を伸ばし追い詰めるが、『奴』も己の命に危機が迫り黙っている筈もなく、再び俊敏な動きで這い走り始めた。

食器棚の下から脱した『奴』は相手の攻撃手段を撹乱させる曲折した動きで床を駆け回る。

小さな対象物を仕留めるために、太腿の一部を開き、自身の体に収納していた兵器である小型の拳銃、『貫通曲線式レーザーガン』を取り出し砲口を『奴』に向けた。

 

引き金を引こうとした時には、『奴』は羽を広げ飛び立っており、白魚のように綺麗なシャティエルの手に着地した。

感じたことのない不快な感触が全身を駆け巡る。

拒みたくなる嫌悪感を肌を通して初めて知ってしまったシャティエルは咄嗟の判断で手を激しく上下に振るうも、糊で張り付いたかのように微動だにしなかった。

 

シャティエル「な、何なのですかこの生物は…。 それに、この感情は……」

 

嫌悪感を知らないシャティエルは困惑していた。

早くこの生物から目線を剃らしたい、視界から消したい、一刻も早く逃げ出したい。

触れると考えるだけで、体が縮こまるような、跳ね上がるような冷たい何か、悪寒を感じる。

 

狂騒しても可笑しくない状況は更に悪化する。

嫌悪感に襲われているとも露知らず、『奴』は手から腕へ伝い、首元周辺を駆け回り始めた。

倍以上の不快感が容赦なく襲い掛かり、手にした拳銃を手放し体を駆け回る『奴』を引き剥がそうとするも、冷静な対処や動きを予想する計算等が出来ないほどにまで混乱してしまっていた。

 

そして、その嫌悪感から直結したように感じたのは、恐怖という感情。

以前、似たような感情が微塵だが感じたことがあった。

翔琉達の住む世界でアンドロマリウスとの戦闘。

アンドロマリウスが浮かべる邪悪な微笑みを見て感じた感情と酷似していた。

無意識に後退る程の大きな何かに圧迫される異様な感覚に陥り、小刻みに体が震える。

コンピューターに異常が起きたのではないかと錯覚する余裕もなく、恐怖に顔を引き攣らせ、瞳に涙が滲み出る。

 

シャティエル「い、嫌……私では、対処できそうにありません! あ、アイリさん、リョウさん…!」

 

必死に信頼できる知人の名を泣き喚くように呼ぶ間にも、『奴』は首元から顔へと登ってきた。

 

シャティエル「あ、あぁ……い、嫌ですっ! アイリさああああああん!!」

 

アイリ「シャティーーー!! うおおおおおおお!! 命を、燃やせえええええええええええええ!!!!」

 

畏怖する感情を押し潰したアイリが雄叫びを上げながら

リビングへ駆け込み、シャティエルを無事救出した。

『奴』はアイリに驚きシャティエルから離れ窓際へ走り去っていった。

 

 

~~~~~

 

 

カイ「シャティ、よしよーし」

 

アシュリー「そんな、シャティエルちゃんまで…」

 

精神的に危機に陥っていた状況を脱したシャティエルは座り込み、アイリ達に介抱されていた。

恐怖を心に刷り込まれ怯えるシャティエルはアイリの手を握り締めている。

小刻みに震える手を優しく握り返し、少しでも心が安らぎ和らげるよう片方の手で背中を擦る。

 

シャティエル「もう、行きたくは、ありません。 視界に入れるだけで、逃げ出したくなるような思考になります」

 

アイリ「恐かったんだね。 心を持ったからには何時かは感じることだったんだろうけど…それは恐怖だよ。 あたしが、アンドロマリウスと対峙した時に陥っていた状況、あれが、私が抱いていた感情」

 

シャティエル「これが………恐怖なのですか? アイリさんは、押し潰されそうな、逃げ出したくなる重々しい感情を背負っていたのですか?」

 

アイリ「すっごく苦しかったよ。 何もかも捨てて逃げ出したくなるし、立ち向かうことすら足が竦む。 でも、リョウ君達のおかげで、あたしは立ち直ることができた。 どんなに恐ろしいものがあっても、前を向いて進む。 一人じゃ乗り越えられないなら、あたし達仲間に頼って。 一人じゃ無理でも、仲間とならなんか行けそうな気がするから」

 

シャティエル「……ありがとうございます、アイリさん。 恐怖という感情を、少しは理解できました。 ですが、もう体感したいとは思いません」

 

アイリ「誰も好き好んで感じたいとは思わないよね。 …シャティ、心を持つのが嫌になったりしなかった?」

 

シャティエル「いえ、それは有り得ません。 博士から頂いた恩恵を、手放そうとなど微塵も思いません。 全てが幸福に満ちたものではない、苦も存在することを、きっと博士はそれすらも知って理解してもらいたかったのだと、私は思っています」

 

心を持ったからには、何時かは得る感情の一つである恐怖。

楽しいや嬉しい、陽となる感情もあれば、悲しいや怖い、陰となる感情も存在する。

心を持ったばかりのシャティエルは感情を理解できていない赤子の様な状態。

博士を失った悲しみに加え、今回の件により恐怖という感情を知り心に深く刻み植え付けられ、心を手放したくなったのではないかとアイリは一抹の不安を覚えた。

 

だがアイリの不安は杞憂なようで、シャティエルは負の感情すらも、博士から与えられた捨て難い恩恵と捉え、受け入れていた。

赤子同然と言えようシャティエルの早熟な在り方や心の強さに改めて感嘆する。

 

アイリ「なんだか親の気持ちが分かったような気がする。 あたしはキメ顔でそう言った」

 

ユンナ「ふざけてる場合ではありませんわ。 二人も打ち倒されるとは……油断できない難敵ですわね。 私が出陣するような事態にならぬことを希っておりましたが、致し方ありません」

 

殺虫剤を手にし、敵陣に躍り出る覚悟を決めたユンナがリビングの入り口の前に力強い足踏みで歩み立った。

 

アシュリー「ゴキブリ苦手なんだよね? 大丈夫?」

 

ユンナ「お二人が勇姿を見せているのに、時空防衛局を束ねる者として、指を咥えて黙っている訳にはまいりませんわ。 昆虫如きに恐れを成していては、他の局員に笑われてしまいますし、エクリプスの連中に比べれば、私の敵では………」

 

悠々と語るユンナは突如言葉が途切れた。

頭上から黒い物体が落下してきたからだ。

不意な出来事に言葉を失い反応すらも儘ならない、硬直化してしまった彼女の豊満な胸に黒い物体、『奴』は舞い降り見事に着地した。

 

ユンナ「ひゃあああああああああ!!?? 助けてくださいましいいいいいいい!!」

 

昂然とした態度は消え去り、完全に我を失ってしまい、腕を振り回しながら玄関ホール内を右往左往し始めた。

 

アシュリー「ユンナちゃん、落ち着いて! うわあああ!? ゴキブリが飛んだ!?」

 

アイリ「あの晴れわたる空より高く…って言ってる場合じゃない! やだやだ! いやあああああ! こっちに来ないでくぁwせdrftgyふじこlp!!」

 

シャティエル「も、申し訳ありません! 私は戦場から離脱します! カイさんこちらに!」

 

カイ「わー! でっかい、むしー!」

 

アシュリー「ぼ、ボクも頑張らないと! 殺虫剤くらえ! うわあ!? こっちに飛んできた!? うわああああああ!!」

 

アイリ「もうダメだ…おしまいだぁ…。 この世の終わりだ。 この世の果てで恋を唄う少女になりたかった……ぎゃああああこっち来ないでえええええ!!」

 

たった一匹の小さな害虫により、家の中は絶叫と救いの声を求める悲鳴により、地獄絵図と化してしまった。

 

 

~~~~~

 

 

リョウ・ピコ・ラミエル「………何がどうしてこうなった?」

 

家に着いた途端、三人の口から出たのは疑問の言葉。

ドームの修繕作業を一通り終え、疲労しているラミエルを連れ帰り、ワールドゲートを通り抜けたかと思えば、アイリ達が玄関ホールに倒れ戦意喪失した姿があった。

悪魔や盗人が侵入した痕跡が無いことを確認できるあたり、獰悪な者の仕業ではなさそうだ。

程度が知れてる出来事だろうと考察したリョウは倒れているアイリに声を掛けた。

 

リョウ「アイリ、どうした?」

 

アイリ「…見ました」

 

リョウ「何を見たんだ?」

 

アイリ「見たんです。 あの黒光りする禍々しいあいつを。 機銃弾200発とチェーンガンをフルパック…それでも…」

 

リョウ「睦月じゃあるまいし銃なんて持ってないやろ。 黒光りってことはゴキブリか。 数匹いたから全員ボロボロになったの?」

 

シャティエル「いえ、一匹だけです。 一匹という少数の相手に、殲滅させられました」

 

カイと共にトイレに鳴りを潜めていたシャティエルが口を開くと、リョウに歩み寄り縋るように抱き付いた。

 

シャティエル「恐かったです…。 あのような恐ろしい生物は、私では相手に出来そうにありません。 恐怖という感情を知れる良い機会であったとも言えますが、私はもう痛感したくはありません」

 

ゴキブリという存在の恐ろしさが脳裏に焼き付いてしまったせいか、肩が小刻みに震えている。

頭を数回優しく撫で落ち着かせ、肩に手を置き視線を合わせ柔らかな口調で語り掛ける。

 

リョウ「…そうか、恐怖という感情を知ったのか。 確かに、もう味わいたくはないだろうな。 シャティエル、わしが来るまでよくこらえたね。 頑張ったな。 ここからはわし達が対処するから任せてくれ」

 

シャティエル「…分かりました。 何卒、よろしくお願いします」

 

信頼できる者の言葉に、徐々に恐怖という感情が薄れ落ち着きを取り戻していった。

 

床に落ちた二つの殺虫剤を拾い、倒れている面々に声を掛けた。

 

アシュリー「ううぅ…リョウ君、恐かったよ~」

 

リョウ「もう大丈夫やから安心しんさい。 まさかただの虫にやられるとは思ってなかったけど…特にユンナ。 何しにここに来たの?」

 

ユンナ「あなたに用があり訪れたのですが…まさかあんな侮辱を得て醜態を晒してしまいましたわ…」

 

ラミエル「完全に腰が抜けてるみてぇだけど…よっぽどゴキブリが強かったのか?」

 

アイリ「正に神速のインパルスという二つ名が似合う相手だったよ。 このあたしがほぼイキかけたもん」

 

ピコ「まぁ…ゴキブリは速いから神速かもしれないけど僕達からすればただの虫だもんね。 それに負けちゃうユンナとアシュリーが弱く見えちゃうのが不思議」

 

ユンナ「ピコさんうるさいですわよ! 怪物や非道な輩を相手にするのとはまた別の恐さがあるのです!」

 

アシュリー「悔しいけど反論できない。 あれだけは精神的にボクの手には負えない…」

 

アイリ「リョウ君、今すぐハイパーゴールドラグジュアリーフルオートマチック真ファイナルヴァーチャルロマンシングときめきドラゴンマシーンを持ってきて! あいつを駆逐しないと!」

 

リョウ「ない。 あとよく噛まずに言えたな。 さて、わしも虫は得意ではないけど、虫退治は男の仕事だ」

 

ラミエル「俺も手伝うぜ。 『雷拳』で一撃で葬ってやるぜ」

 

リョウ「壁や床に穴が空きそうだからやめてくれ」

 

ピコ「僕の『ピコビーム』で一瞬で消そうか?」

 

アイリ「『雷拳』より被害が酷くなりそう。 あとライダーと同じ様に消そうとすると増えるかもしれないよ?」

 

ピコ「なにそれ怖い」

 

リョウ「兎に角、家が破損するような事態を招いたりする行動は慎めよ。 ここからは、わし達のステージだ」

 

 

~2分後~

 

 

リョウ「仕留めたぞ(ドヤ顔)」

 

アイリ「早くない!? ラスボスであるケフカを倒す並みに早いよ!」

 

ユンナ「随分とお早いですわね。 やはりこういう緊急時には殿方は頼もしいですわ」

 

アシュリー「そ、そうだね……」

 

ラミエル「案外あっさりと殺せたぜ」

 

ピコ「僕は頭を少し齧られたけどね…。 痛くなかったからまだ良かったけど、半分僕が囮になったから迅速に事が終息したんだと思うよ。 あーあ、僕の大事な体がほんのちょっとだけど欠けちゃった」

 

リョウ「それはいわゆる、コラテラルダメージというものに過ぎない。ゴキブリ討伐のための、致し方ない犠牲だ」

 

アイリ「はいはいコラテラルコラテラル」

 

ピコ「その便利な言葉やめてよー」

 

アイリ「はぁ……あたし達が苦労して戦ってきたのに……」

 

ユンナ「虫一匹に苦戦を強いられるとは…私も鍛練が怠っているのですね……」

 

アレク「そう落胆するなって。 お前には立派な胸があるじゃねぇか」

 

ユンナ「胸は関係ありませんわ! あと急に現れるのはやめてくださいと申してるでしょう!」

 

ユンナの隣には振起すために笑顔でサムズアップしているアレクが立っていた。

アレクの後ろにはユンナの胸を凝視し「でかい」と呟き頷くアリスがいた。

 

神出鬼没とも呼べる唐突に現れた彼等に誰も驚くことはなく、最早驚く程の出来事ではないといった様子。

 

リョウ「お帰り。 よく無事だったな」

 

アレク「俺もそう思う。 我ながら素晴らしいと褒めてやりたいところだ」

 

アリス「いっぱい集まってるけど何かあったの? 天挑五輪大武會でも始めるの?」

 

リョウ「物騒だなおい。Gが現れたんだよ」

 

アレク「え、ゴ○ラ?」

 

リョウ「ゴキブリじゃい!」

 

アイリがゴキブリとの激闘と痛烈無比(主に精神面)な攻撃を受け、散々な目に遭わされたことを語った。

 

アリス「うわあ、大変だったね。 私なら迷わず殺虫剤使わずにトランプ投げ付けてるよ」

 

アレク「お前が投げたら家が崩壊しそうだ。 …にしても、ハーレム状態だったとは羨ましい限りだぜ」

 

アイリ「カイ君のこと? アレク君みたいに女の子に囲まれてゲヘヘしているような子じゃないよ!」

 

アレク「カイじゃねぇよ。 アシュリーのこと言ってるんだ」

 

アイリ「アシュリーちゃんは女の子じゃん」

 

アレク・アリス・リョウ「えっ」

 

アイリ「えっ?」

 

暫し続く沈黙。

間違いを言ったのだろうかとアイリは自身を疑問視してしまう。

声を上げた三人は「何言ってんの? バカなの? 死ぬの?」みたいな顔をしている。

話題に出たアシュリーはと言うと、落胆したかのように肩を落とし溜め息を吐いていた。

 

ユンナ「またですわね。 間違えられたのは何度目になるんでじょうか…」

 

リョウ「あー、アイリ、言っとくがアシュリーは男だぞ」

 

アイリ「え……う、うっそだー! こんなに可愛いのに男の筈ないってー!」

 

アレク「やっぱり初見だと分からねぇよな。 仕方ない。 ほれ!」

 

アシュリー「ひゃうっ!?///」

 

アイリ「ファッ!?」

 

徐にアシュリーの背後に行くと、身動き出来ないよう片手で抱き付くようにし、躊躇なく手を回し股を鷲掴みにした。

アレクの手は何かに当たっているように膨らみがあり、短パン越しからでも手の内に収まっているものが男性器だと分かる。

 

整った美形の顔立ちと声質に女性だと疑わないアイリに男性だと理解してもらうために行った行動だった。

だが、絵面だけ見れば青年が美女に抱き付き陰部を触るという、犯罪宛らの光景だった。

 

男性器を触れられ赤面しているのはアシュリーだけではなく、その様子を見ていたアイリも赤面してしまっている。

 

ユンナ「な、ななな、何をなさっているのですか!!」

 

アレク「だって男だって証明するには見せた方が一番手っ取り早かったからよ。 それに男同士だから問題ないだろ?」

 

ユンナ「アシュリーさん相手では大問題ですわ! 破廉恥です!」

 

アレク「いとまる!?」

 

羞恥からなのか怒りからなのか、若しくは両方なのか、赤面したユンナはアレクの顔に容赦なくビンタを放った。

陰部を触った変態は空中で横に一回転しながら飛び、壁に激突した。

 

ユンナ「今日という今日は許しておけませんわ。 痴漢の罪で捕まえて差し上げますわ!」

 

アレク「いっててて…罪を犯してもないのに捕まるのはごめんだぜ。 勿論だが俺はル○ン宛らに逃げるぜ。 サラダバー!!」

 

ユンナ「お待ちなさい! リョウさん、用件は後日、話に参りますので!」

 

アレクはグラムを召喚し空間の裂け目を作り出し、一目散にその場から逃走した。

般若のような形相でユンナは自身の愛用の槍、エンプレスジャッジメントを力強く持ち、後を追うように空間の裂け目へと入っていった。

役目を終えた裂け目は瞬時に閉じた。

 

アシュリー「うぅ…急に股間を掴むなんて、アレク君酷いよー。 あうぅ、恥ずかしい…」

 

リョウ「ユンナがドク○ベーの如くお仕置きをしてくれるから。 わしも後できつーく言うておくから」

 

アシュリー「うん、ありがとうリョウ君」

 

顔を赤らめ、揺らぐ涙目で頬に手を当てている仕草を見ると、未だに男性であるとは信じられなかった。

 

アイリ「……あたし、自信失くなっちゃうな」

 

アリス「分かる。 私も初めて知ったときは驚愕と同時に敗北感を得たもん」

 

アシュリー「やっぱり女の子から見てもボクって可愛いのかな?」

 

アイリ「間違いない。 男だと知らなかったら世のオス達はみんな虜になるよ。 メロメロだよ。 メロメロメロウだよ」

 

アシュリー「うーん、ちょっと複雑な気分だな」

 

苦笑いしつつ頬を指で掻く仕草さえも可愛らしく見えてしまい、本当に男性なのかと疑問を抱いてしまう。

 

リョウ「さて、折角アシュリーもいるし、ティータイムと洒落込もうやないか」

 

ラミエル「お、いいじゃねぇか。 作業して腹も減ってるし、何か菓子でも食わせてくれよ」

 

シャティエル「先程準備したコーヒーは冷えてしまっているので、淹れ直そうと思います。 準備に取り掛かるので、皆さんは席に着いていて下さい」

 

コーヒーを淹れ直すためリビングへと足を進める。

脅威が消え去り、恐怖を感じ震えていたとは思えぬ程に毅然とした態度に戻っており、アイリとリョウも胸を撫で下ろす。

 

リビングへと片足が入った直後、シャティエルの動きが不自然に停止した。

妙に思ったアイリがシャティエルに声を掛けようとしたが、声は喉の奥へと引っ込んでしまった。

 

視界に入り込んだのは、自己主張するかのように堂々と床に居る『奴』の姿。

黒光りする禍々しい存在は、家に一匹いたならば十匹はいるとも言われている。

先程とは別個体の『奴』は仲間を殺された復讐のつもりなのか、アイリ達に目掛け走り始めた。

 

我に帰ったアイリは顔を青ざめながらもはち切れんばかりに叫ぶ。

 

アイリ「いたぞおおお!! いたぞおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

リョウ「どうしたアイリ。 ……まだいたのか。 斬刑に処す」

 

ラミエル「次こそは俺が『雷拳』で…!」

 

ピコ「おーっとっとっとラミエル技を放っちゃダメだよ!」

 

シャティエル「……リョウさん、この家を捨てましょう。 それがゴキブリから逃れられる唯一の手段です」

 

リョウ「安心してシャティエル。 わしが対処するから、うわっ!? いきなりこっち来るんじゃないよ黒光り!」

 

アシュリー「ボクはシャティエルちゃんとカイ君を連れて2階に逃げておくからね!」

 

カイ「でたー! でっかい、むしー!」

 

アリス「ジーっとしてても、ドーにもならない! ここは私に任せたまえ! インベントリに確かあったと……お、あった! じゃじゃーん! 地球破壊爆弾!」

 

リョウ「やめろバカたれー!!」

 

再び現れた脅威となる存在に、一同はパニックに陥った。

数分後、リョウやピコの奮闘の甲斐があり、無事に駆除することができた。

 

シャティエルは今回の件でトラウマになってしまいゴキブリに恐怖を覚えてしまったが、恐怖という感情を知れる良い機会となったため、結果的には好事となった。

 

夜中、ゴキブリが出る夢を見てしまい怯えたシャティエルがアイリの部屋を訪れ、寝床を共にしたいと言われ、殺戮的な可愛さにアイリが鼻血を出したのはまた別の話。

 

脅威が去ったことを確認した一同は漸くリビングでティータイムを過ごせる裕福な一時を手に入れた。

菓子を食べ雑談する賑やかな空間を、漆黒の体を持つ存在が、注視しなければ見ないであろう隙間の暗闇から覗いていたことを彼等は知らない…。




最近男の娘キャラにハマっちゃってる
病気かな? 病気じゃないよ 病気だよ


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第51話 “天使少女”と死にたがりだった監視者

950ピースのパズルをやってるんですが、めっちゃ時間掛かりますね…


アリス「それじゃ、私は奉仕部の活動の手伝いをする約束があるから行ってくるね! アドゥー♪」

 

絵になるような碧空が広がる朝を迎えた。

 

相も変わらず元気溌剌な少女、アリスはワールドゲートを召喚し、見送りに来たリョウに手を振りながら颯爽に扉へ入り天界を去っていった。

アイリと同等、若しくはそれ以上に活発で騒々しいアレクとアリスがいなくなっただけで、物寂しさを覚えてしまうほど深閑としてしまった気がしてならない。

 

元々自由奔放に世界を渡り歩いているため、また何処かで邂逅するだろうと期待と願望を胸の内に収め、アイリを起こすために部屋へと足を運ぶ。

 

部屋の前に着くや否や、扉に貼られた紙を見て眉を顰めた。

 

リョウ「えーっと、『あたしを起こさないで。 死ぬほど疲れている』……まぁ確かにピースハーモニアの世界では色々とあっただろうけど、もう昼前だよ。 おーいアイリ、起きてるかー?」

 

扉を数回ノックするも、反応はない。

昨日も内容の濃い一日を過ごし疲労困憊していたため、昼前とはいえ無理矢理叩き起こすのも悪いと考え、少しの間リビングで時間を潰そうと体を動かした。

 

リョウ「ん? あー、シャティエル、おはよう」

 

いつの間にかシャティエルが横に立っていた。

アイリ同様に自室にいたため、未だに眠っていたものだとばかり思っていたリョウにとって、今日会うのは初めてだった。

 

挨拶に応答することなく、無表情で佇んでいる姿に違和感を覚え、リョウは首を傾げた。

 

シャティエル「……滅亡迅雷.netに接続」

 

リョウ「なっ…!?」

 

発言を聞いたと同時に、後方へと飛び退いた。

異世界に存在するテロリスト組織の名がシャティエルの口から放たれるのに驚愕すると同時に、警戒心が溢れ、全身の毛が逆立つ。

理性を保てなくなり、人類滅亡を目的とするようプログラミングされてしまったのだろう。

何故このような事態になったか不明確だが、シャティエルを如何に傷付けず保護し、元の状態に戻すかを最優先し熟考する。

 

シャティエル「滅亡迅雷.netに接続……」

 

リョウ「シャティエル! 本当の自分を見失うな! そんなハッキングに負けるほどお前の心は弱くないやろ!」

 

必死にシャティエルに訴えかけるも、変化は見られず、表情一つ変えないまま、目の前に存在する人間という抹殺対象に向け、『光粒子ライトソード』を構えた。

 

リョウ「くっ…やるしかないのか…」

 

大切な存在である仲間を傷付けたくないが、戦わなければならない葛藤に駆られ顔を歪める。

妄念が頭の中を巡回する中、手を伸ばし剣の鞘を掴む。

 

アイリ「はーいそこまでー!」

 

一触即発な緊迫する空気を切り裂いたのは、自室から飛び出したアイリだった。

赤い文字で『ドッキリ大成功!』と書かれた白いパネルを手にし、咲き誇る笑顔で堂々と文字を見せびらかしている。

 

アイリ「テッテレー♪ ドッキリ大成功! シャティ、協力してくれてありがとね!」

 

シャティエル「いえ、この程度のことならば、いつでも助力します」

 

先程までの冷たい無表情だった顔が緩み、武器を収め柔かな笑みを浮かべ応えた。

 

アイリ「いや~シャティの演技には感服するよ。 ちょっと参考になる動画を見せただけで完璧に演じるから本当にプログラミングされたのかと思っちゃうくらい」

 

シャティエル「他の人物やキャラクターに成りきるというのは難しいものなのですね。 個々によって喋り方の違いがあり、偽りでありながらも実際に感じているような感情を創作する。 演者の道を知れば、様々な感情に巡り会えるのでは…」

 

アイリ「良い探求心だね! あたしが色んな作品を根掘り葉掘り教えてあげるからね! 感情豊かなキャラか…じゃあ次は『ゆ○キャン△』の…」

 

リョウ「おいアイリ。 今回のドッキリはお前が仕掛けたのか?」

 

アイリ「もちろんさ(某教祖様並感)」

 

リョウ「……そうか。 シャティエル、さっきの演技は見事だったよ。 すまないけど先にリビングに行ってコーヒーを淹れてもらってていいかな?」

 

シャティエル「分かりました。 …あの、やはり、先程の演技は心配になるような不快なものでしたか?」

 

突如として豹変してしまった演技をしたことにより、不安な思いをさせてしまったのではないかと思い、シャティエルはリョウの顔色を窺い声を掛けた。

 

リョウ「確かに心配にはなったけど、アイリが考えた戯れに付き合っただけなんやし気にすることはないよ。 正直今回の演技の感情は要らぬものだろうけど、あらゆる感情を知りたいという欲求と姿勢は素晴らしいと思うよ」

 

シャティエル「リョウさんの寛大な心に感謝します。 これからも様々な経験を経て、感情を知っていきたいと思います」

 

鷹揚に軽く一礼すると、階段を下りリビングへと向かっていった。

 

アイリ「ちょっとやり過ぎたとは思ってるけど、リョウ君の最初の驚いた表情や焦ったときの顔は普段じゃ見られないから中々レアだよね! できればレジェンドレアが欲しいけどね!」

 

リョウ「…アイリ、シャティエルに変な知識を教えるなと言うたやろ。 あと変なドッキリも教えないでくれ」

 

アイリ「変なとは失敬な! シャティエルに色んな感情を教えたいと思ってやったんだから。 他にも『女子○生の無駄づかい』を見せたりしたよ。 個性が強いキャラが多いから教材としては充分だったよ」

 

リョウ「シャティエルの温厚な性格が捻じ曲がりそうだよ…」

 

アイリ「シャティには冗談混じりでしかしないよう伝えてあるから大丈夫だよ~。 あたしを信じて♪ ウォール教を信じるくらいあたしを信じて♪」

 

リョウ「すっごい胡散臭いんだが」

 

アイリ「じゃあここにでか耳教っていう新しい宗教を作ろう。 リョウ君にピッタリじゃん」

 

リョウ「………」

 

アイリ「リョウ君は教祖様にしてあげるね。 こんな大きくて横に出ている耳の持ち主はいないだろうし教祖様と呼ぶに相応しい! 我ながら素晴らしい考えだ! 教祖様となったリョウ君はシャティを側に置くことができるようになるよ。 あ、今の言葉、俺の女にできるみたいな言い方になっちゃった。 いや~んセンシティブ~♪ リョウ君が神聖モテモテ王国を築いて薔薇色の人生が始まるんだね。 オリビアを聴きながらあたしは歓喜して流れ出た涙を、ぬのハンカチで拭くとするよ」

 

リョウ「………」

 

アイリ「あれ? どしたの黙り込んで? あー成る程! シャティと一緒にいられるのが嬉しいんだよね! それは分かる! あたしもずっとシャティといることができたら普通に嬉しいもん。 シャティの外す事のない恋の魔弾を撃たれたリョウ君はメロメロになっちゃったんだろうけど、変なことはしちゃダメだよ? 感度3000倍にしたりコジマ粒子を出せるようにしたりとか、ガイガンみたいに両腕をチェーンソーに変えて魔改造させるのもダメだからね? あ! 後で『チェン○ーマン』の続き見ないと! 笹食ってる…じゃなくて、でか耳の相手なんかしてる場合じゃねぇ!」

 

リョウ「………悪意」

 

アイリ「ん?」

 

腕を力無くだらりと下ろし、俯いたまま暗く低い声で呟き、ゆっくりと一歩、また一歩と歩みを進めアイリへと近寄る。

不気味さを肌で感じると同時に、一定量の度を越えた怒気も感じ取れ、鳥肌が一斉に立ち上がる。

 

リョウ「恐怖、憤怒、憎悪…」

 

アイリ「りょ、リョウ君、一回落ち着こう、ね?」

 

リョウ「絶望、闘争、殺意…」

 

アイリ「緩やかな平和の歩みで近寄って来てるけど、怖いよ? あたし灰も残さずロストしちゃうの?」

 

リョウ「破滅、絶滅、滅亡…」

 

アイリ「其処らのホラー映画よりも怖いよ? お願い許して好き好き大好き超愛してるから!」

 

リョウ「…これが、わしの完全な、唯一の結論だ」

 

その光が灯っていない氷点下の冷たい目を見れば、大型の獣さえ尻尾を巻いて逃げるだろう。

勢い良く上げられた殺意が籠められた拳が振り下ろされ、「いべるたる!?」という奇妙な叫びが家に轟いた。

 

 

~~~~~

 

 

アイリ「あー酷い目に会ったよ。 誰のせいでこんなことに…!」

 

リョウ「お前じゃい」

 

遅めの昼食を済ませたアイリはリョウと共に中庭で寛いでいた。

視線の先にはシャティエルとピコがカイの遊び相手となっており、平和を具現化したかのような穏やかな光景が広がっている。

 

慌ただしい日々が続いていたため、何事もない日常がどれほど贅沢で素晴らしいのかが痛感できる。

泰平な世が連綿に続くことを願いながらも、アイリは隣に胡座をかくリョウに話し掛けた。

 

アイリ「ねぇリョウ君。 聞きたいことがあるんだけど…」

 

リョウ「ん、なんや?」

 

アイリ「アシュリーちゃんから聞いたんだけど、リョウ君ってあたしと同じ世界の出身だったの?」

 

リョウ「…そうや。 アシュリーのやつ、人の過去を簡単に喋るんじゃないよ」

 

アイリ「話の流れでリョウ君の過去のことの話題になっちゃっただけだから、アシュリーちゃんを責めないでね。 リョウ君も前はあたしと同じ一般人だったんだよね?」

 

リョウ「アイリと同じように、変哲のない日常を過ごすだけの、争いとは無縁の一般人だったよ」

 

アイリ「じゃあ、リョウ君も異世界に転生するような、あっ…ごめん。 知られたくないこともあるだろうし、思い出したくもない辛い過去、だよね」

 

アイリやリョウが住んでいた現実世界は、異世界という概念が都市伝説という形で存在していても、転移方法の手段がない。

異世界へ訪れる機会があるならば、現実では決して起こり得ない、一般的に言う超常現象と呼ばれるものに遭遇する以外に他ない。

 

天使と悪魔の闘争に巻き込まれた災難に出会ったように、リョウも何かしら不運な出来事に巻き込まれたということ。

軽率だった質問を投げたことを反省し謝罪した。

 

リョウ「気にするな。 いつか分かることだろうから、話しておくよ」

 

遠く彼方を見つめ、懐かしむように自身の過去を語り始めた。

 

リョウ「あれは36万…いや、1万4000年前だったか」

 

アイリ「あれ? 真面目な場面じゃないの?」

 

 

~~~~~

 

 

リョウは現実世界の広島県に住む、製造業に携わる何処にでもいる社会人だった。

当時18歳だったリョウは高校を卒業してすぐに就職し社会人となり成人の仲間入りを果たし、着々と仕事の内容を覚えていった。

 

端から聞けば順風満帆に毎日を過ごしているように思うだろう。

 

仕事の内容は一筋縄ではいかないほど難しく、覚える内容も多い上に、夏は猛暑、冬は極寒、耳を劈く騒音が鳴り響き、毎日当たり前かの様に残業を行う厳しい環境下にあった。

通勤手段として使用している電車も本数が少なく、日勤夜勤と共に終わる時間帯には一時間に一本しかなく、乗り遅れてしまうだけで約一時間も駅で待たされてしまい、通勤時間だけで体力を消費してしまっていた。

職場では気難しい人と作業をすることになってしまい、作業の内容を詳細に教えてもらえることはなく、周囲の社員や上司からは仕事ができない社員として認知され、会社では堂々といることができなくなり、日に日に悄然していき覇気がない人間へと変化していった。

仕事によるストレスのせいか、当時付き合っていた彼女との関係が悪化してしまい、最終的に破綻し、自身のせいで別れたきっかけを生み出してしまったことに対し罪悪感と己の醜さに気付き失望し、精神的に追い詰められていった。

知人には心配されまいと誰にも相談することはなく、普段通りの自分を演じていることにすらストレスを抱え始め、罅割れた心に追い討ちを与えてしまった。

 

就職して一年が経とうとした頃、リョウの心はほぼ決壊していると言える状態へと成り果てていた。

常に己を責め続け、他人に心配されぬよう助けの手を伸ばすことすらせず、誰にも見られない場所で涙を流すだけの日々が続き、負の感情が積み重なる一方にあった。

 

そしてある日、己に絶望仕切った挙げ句の果てに、自殺を決意した。

自身の住むマンションの最上階へ向かい、死を求めるかのように身を投げた。

普通ならば、重力に従い落下していき、体が地面に叩き付けられ、骨が折れ粉々に砕け、肉片が飛び散る筈だった。

 

落下する途中、突然空中に時空の歪みが発生し、歪みにより出現した空間の裂け目へ飲み込まれるように入ってしまい、世界と世界の狭間にある亜空間へと放り出されてしまった。

何事か分からぬまま、亜空間を彷徨う内に、新たに発生した時空の歪みにより発生した空間の裂け目へ吸い込まれ、異界へ、ピコが住まう世界へ迷い込んでしまった。

 

 

~~~~~

 

 

アイリは口を挟むことなくリョウの話に耳を傾けていた。

自身とはまた異なる方法で異世界へ転移されたことに驚き、不遇な運命により歪んでしまったリョウを不憫に思った。

 

アイリ「……辛かった、よね。 自殺したくるほど追い込まれるなんて」

 

リョウ「当初は辛かったよ。 まぁ高校卒業したばかりの社会も碌に知らなければ心も成長していないひよっこやったから、尚更色々と心にダメージが大きかったんよね」

 

まるで他人事のように、動揺することなく、苦痛に顔を歪ませることなく淡々と述べた。

 

リョウ「かなり年月が経ったし、もう気にしちゃいない。 時間ってのが最高の治療薬…って訳ではないな。 ピコ達や、偶然立ち寄ったアレクとアリスがいてくれたから、わしは精神的に安定していったんだ。 絶望して生きる気力を失っていたわしに渇を与え、俯いてばかりせず前を向いて歩いていく光を与えてくれた。 あいつらはわしの恩人なんだ」

 

アイリ「ピコ君達はリョウ君にとっては掛け替えのない存在なんだね」

 

リョウ「今のわしがいるのは、あいつらのお陰だよ。 一度道を誤ったときも、相談しようとしない奸悪なわしを止めようと奮闘してくれたからな」

 

道を誤ったというのは、天界に来た当初にフォオンが語っていたことだ。

何があったのかは未だに不明ではあるが、フォオンを九分殺しにまで追い込む程の、現在では到底考えられない悪辣な事を行った。

フォオンや結愛、当事者であるリョウも話そうとしないあたり、知られてはまずい事柄なのだろうかと疑問に思ったが、やはり無理矢理聞くのは野暮なので、話す機会があるまで待つしかなさそうだった。

 

アイリ「良い人に恵まれて、リョウ君は幸せ者だね。 ………リョウ君って、誰かに相談することってないの?」

 

リョウ「…まぁ、あまりしないな。 他人に心配されるのは好きじゃないけえね。 何故そんなことを聞くんや?」

 

アイリ「ちょっと気になっちゃってね。 リョウ君が現実世界では辛酸を舐める思いで日々を送っていたのは痛いほど伝わったよ。 でも、一人で何でもかんでも抱え込むのは違うんじゃないかなって思う」

 

リョウ「………」

 

アイリ「抱え込んでばかりだと、いつかは擦り切れて崩れていく。 相談することで全てが解決するわけじゃないけど、話すことで少しは気が楽になると思うんだ。 知人に心配掛けたくない気持ちは分かるけど、話さないことで誰かが心配になっていることも理解してほしいかな」

 

リョウ「………確かに、その通りやな。 昔、ある人にも同じ事を言われたよ。 忘れまいと心に決めていても、どうも時間が経ちすぎると朧気になってしまうのう。 若いアイリに言われるとは、わしもまだまだじゃのう」

 

アイリ「若いって年寄り臭いこと言ってるけどリョウ君もまだまだ若いじゃん」

 

リョウ「ん…あぁ、そうやな」

 

アイリ「リョウ君が年寄り臭く感じるのって何でかなって疑問に思ってたけど、要因としては広島弁を話すことだね。 あとたまに関西弁も出てるけどエセなの?」

 

リョウ「ちゃうわいね。 わしは大阪生まれ広島育ちやから両方の方言が混ざってしまうんよ」

 

アイリ「偏見だけど凄いガラが悪いって感じちゃう」

 

リョウ「まぁそう思われてもしゃあないんよね。 ある意味方言を話さない標準語のアイリを新鮮に感じるわ」

 

アイリ「やっぱり他の地域からすればそうなんだね。 あたしは逆で、方言に憧れたりしちゃうなー。 ねえねえリョウ君、良かったらリョウ君が現実世界で過ごしてた日々のこと、もっと教えてもらっていい?」

 

リョウ「構わんけど…大した人生送ってねぇから面白くないかもしれへんで?」

 

アイリ「それでもいいの! リョウ君はコア・ライブラリって代物であたしの過去を隅々まで調べ上げ知ってるんだから、リョウ君の過去も知っておきたいし、知っておかないと不服っていうか…」

 

リョウ「うーん、それもそうじゃな。 知りたくもなかったのにアイリのスリーサイズも知ってしまったし」

 

アイリ「ホントだよ! プライバシーの侵害にも程があるよ! この変態! ド変態! der変態! 変態大人!」

 

リョウ「我々の業界ではご褒美です。 …いやいや、このやり取り前もやったやんけ」

 

アイリ「まだ制裁を加えてないから今あたしが直々に与える! 有無をいわせず先手必勝! 衝撃のファーストブリット!!」

 

リョウ「どーみらー!」

 

偶然とは言え、アイリの知られたくない体のことを閲覧し目にしてしまったのは事実なため、流石に不憫だと思ってしまったので、逃げることも回避行動を取ることもなく、素直に鉄拳による制裁を受けた。

 

その後はリョウが現実世界での生い立ちを簡潔に話していった。

 

幼少期の頃や小学校での過ごした日々。

中学校や高校での部活動。

休日に遊んだ友達との何気ないやり取り。

旅行で巡った各所の話。

広島の名産品や名所の話。

 

淡々と話していたが、やはり懐かしくも良い想い出を話していたためか、心做しか頬が緩んでいるように見えた。

アイリが興味津々に前のめりになり聞いていたため、会話が30分程続いてしまっていたところで、先程までカイの遊び相手となっていたピコが駆け寄ってきた。

 

ピコ「リョウー、アイリにお客さんだよ」

 

アイリ「え、あたしにお客さん? なになに? あたしのファン?」

 

リョウ「…漸くお出ましか。 遅いんだよ、何時になったら訪問してくるかと欠伸をして待ってたよ」

 

談笑していた雰囲気は霧散し、リョウは眉を吊り上げている。

敵が現れたわけではなさそうだったため、アイリは何故リョウの態度が一変したか不明だった。

 

目線を先に移すと、二人の天使の姿があった。

一人は顔馴染みであるラミエル、もう一人は額に紅色の宝石が嵌め込まれたヒッピーバンドを付けた、炎のように赤いショートヘアーの女性の天使だった。

 

?「へぇー、思ったよりも元気そうじゃないか。 ちょっと安心したよ」

 

リョウ「おいウリエル、謝罪するのが先なんやないんか?」

 

アイリ「謝罪って…どういう…」

 

ウリエル「あら? 覚えてないのかい? 取り敢えず自己紹介から先にしておこうかね。 私の名はウリエル。 天界を統治する四大天使の一人さね」

 

ウリエルと呼ばれた彼女は軽く手を上げ会釈した。

飄々とした態度にリョウは青筋を浮かべており、血が滲むほど強く握られている。

リョウの態度に気付いたウリエルは鼻で笑うと恣意的な発言を始める。

 

ウリエル「事情は知ってるけど、あんたは相変わらず執拗にこの子を大事にするもんだねぇ」

 

リョウ「知ってるなら分かるやろ」

 

ウリエル「そりゃ痛いほど分かる。 でも、他人のためばかりに人生を使役してちゃ損ばかりするのはあんただよ?」

 

リョウ「ご指摘どうも。 大切な人のために時間を浪費するなら本望じゃ。 それより、アイリに謝罪するのを優先してほしいんじゃけど?」

 

ウリエル「贖罪しろって言わないだけマシなのかね。 まぁ、全容を見れば私一人が罪を背負う問題じゃないからねぇ」

 

ラミエル「おいウリエル、どういうことなんだ?」

 

ピコ「ラミエルも一緒ってことは知ってるんじゃないの?」

 

ラミエル「俺はウリエルがアイリに用があるからって言うから連れてきただけだからな。 話がさっぱり見えないぜ」

 

ラミエル同様にアイリも話の流れが掴めず困惑しており、口を挟むことができなかった。

剣呑な雰囲気にあったがウリエルは振り払い、ウリエルはアイリの前まで歩み寄り、首を小さく下げた。

 

ウリエル「時間が大分空いてから言うのもなんだけど…悪かったね。 私が不甲斐ないばかりに、あんたを守れず人生を滅茶苦茶にさせちゃって」

 

アイリ「そ、そんな…兎に角頭を上げてください」

 

謝罪の言葉を掛けられるも、アイリは何のことか分からず更に困惑し、慌てて頭を上げるよう言葉を掛ける。

ラミエルも正直に謝罪するウリエルを見て驚愕しており、事の顛末を知りたかったのか、ウリエルに詰め寄った。

 

ラミエル「おい、あんたが冗談も無しに馬鹿正直に謝るなんてよっぽどじゃなきゃあり得ねぇ。 そんなに大事なのか?」

 

ウリエル「私がこの子の運命を変えた、と言っても不思議じゃないからね」

 

運命を変えたという言葉にラミエルは察したのか、大きく目を見開いた。

 

ウリエル「アイリ、あの日…命を落としたあの日にアンドロマリウスからあんたを救ったのは、紛れもなく私だよ」

 

唐突なウリエルの口から放たれた真実であろう言葉に、アイリは戸惑いながらも驚愕し固まってしまった。




リョウの過去は作者の人生を元にしてます(ガチ)


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第52話 強化イベント発生!?

コロナウイルスのワクチン射ったの一回目で二日はダウンしてしまった。
二回目の方が酷いと聞きますけど、大丈夫なのだろうか…


ウリエルから伝えられた事実に息を呑む。

アイリもその言葉に胸の内にあった蟠りが取れ、脳内に記憶された映像が呼び起こされる。

靄がかかっていた記憶の一部が晴れていく。

 

自身の運命が変わった、命日とも呼べるあの日。

 

視界に映るのは地獄。

周囲の家が崩壊し、濛濛と火が燃え上がり、波紋のように他の家へと燃え移っていく。

道路は原型を留めていない程に削れ、凄まじい力により隆起している箇所もある。

映画のワンシーンにある凄惨な光景が広がるなかで、現実世界の人間達が目を疑うような異形の者達が戦闘を繰り広げていた。

 

一方は人間達を守ろうと力を振るう、紅色の髪をした天使。

一方は人間を根絶やしにし不幸を撒き散らす悪魔。

 

対となる二人が何の前触れもなく突如としてアイリの前に現れ戦闘を開始。

瞬く間にその場は戦場と化した。

巨大な悍ましい右腕を持つ悪魔、アンドロマリウスに捕らえられ、救ったくれたのは身を挺して馳せ参じた天使。

アイリの安否を確認した彼女は微笑むと、即座に戦闘へと戻った。

 

脳内に映写機のように流れた、未だ断片的である記憶。

救ってくれた感謝と共に、突然戦闘に巻き込まれた理不尽さによる戸惑い、死を感じた恐怖が綯い交ぜる感情に支配される。

呼吸が乱れ、体中から汗が吹き出る。

 

リョウ「アイリ、落ち着いて。 ゆっくり深呼吸するんや」

 

シャティエル「アイリさん、大丈夫です。 私達がいますから」

 

カイ「アイリ、よしよーし」

 

リョウが肩に手を置き、シャティエルが宥めるように背中を擦り、カイは足に抱き付き優しく撫でた。

各々がアイリのことを心配し、少しでも記憶による恐怖が沈静化するよう勤めてくれた。

大切な人に人達の温もりに触れ、徐々に平静を取り戻していった。

 

アイリ「ありがとう、みんな。 もう大丈夫だよ」

 

リョウ「また少し思い出したんやな」

 

アイリ「まだ完全じゃないけど一部だけなら。 アンドロマリウスに襲われていた時に救ってくれたのがウリエルさんってことだけは思い出せた」

 

ウリエル「あの時はすまなかったね。 私が力不足だったばかりに、救うことができなかった」

 

ウリエルは悔しさに岩をも噛み砕く程に歯を食いしばり誠心誠意を込め謝罪した。

アイリは再度頭を上げるよう声を発しようとしたが、リョウが遮るかの如く前に出た。

 

リョウ「力不足なのかもしれへん。だが、戦闘に躍起になり周囲を見ていればアイリを巻き込む事態を防げていた可能性もある。だが済んでしまった過去の誤りを責めていても仕方ない。わしが何より許せんのは、何故、今になって訪れた? アイリが天界に来ていたと知っていて、何故直ぐに謝罪しに来なかった?」

 

ウリエル「私だって暇じゃない。四大天使の一人として全うしなければならない用事が多いのさ」

 

リョウ「ほう、自ら関わった事象に巻き込まれた被害者のことは後回しでいいと?」

 

ウリエル「決めつけるのは良くないねぇ。私がアイリが来た時に訪れず今更謝罪しに来たことに怒っているのかい? 案外子供っぽい理由だねぇ」

 

リョウ「童心を忘れていない純粋な性格って言うてほしいな」

 

ウリエルの傲慢な態度にリョウのボルテージが徐々に上がっているのは誰から見ても明瞭。

いつ何時にでも牙を向け襲い掛かる猛獣のような双眸で睨みを利かせている。

激しい口舌から最悪の場合戦闘にも成りかねないので、居ても立ってもいられなくなったアイリは二人の間に割り込み仲裁に入った。

 

アイリ「ストーップ! 敵同士でもないのに争わないでよ! 況してやあたしのことで揉めるのはやめて!」

 

リョウ「お前のことだからだよ」

 

アイリ「あたしのことを思ってくれてるのはありがたいけど、あたしはウリエルさんから謝罪されたし、あたしはそれを許してるんだから、それでいいじゃん?」

 

アイリの発言は正論そのもので、リョウは返す言葉がなかった。

謝罪する時が遅すぎたことは確かに過誤なのかもしれないが、リョウの怒りと誹議は過剰なものでしかない。

己の正義と呼べる正論を押し付けようとした。

例え正論であろうが自身の意見を無理矢理押し付け強引に相手の意思を塗り替えるのは邪道でしかない。 

言い過ぎてしまった良心の呵責を覚え、頭を冷やし素直に謝罪した。

 

リョウ「アイリの言う通りやな。 すまんかったなウリエル。 ちょいと向きになりすぎたみたいや」

 

ウリエル「物分かりが良いじゃん。 まぁ私も悪気があった訳じゃないし、こういう性格なのさ。 昔からの付き合いなんだから、いい加減慣れてほしいものだけどねぇ」

 

アイリ「ウリエルさんも気を付けないと! 無惨様相手だと即座に首を落とされるよ! 性格だったとしても、そんな扇情的な態度してると嫌われものになっちゃうから気を付けた方が良いと思いますよ!」

 

ウリエル「……ぷふっ、あっははははははは!」

 

アイリの発言に特別可笑しな箇所はなかったが、ウリエルは吹き出し盛大に笑い始めた。

 

ウリエル「あははは…いやすまないね。 この私に堂々と諌める天使は中々いないもんだからね。 肝が据わっている、それとも単に馬鹿なだけなのか」

 

ラミエル「最後の台詞を直せってことなんだと思うぜ。 あと補足だけどアイリは両方当てはまるぜ」

 

アイリ「⑨じゃないもん! ちゃんとフォローしてほしかったよ!」

 

ウリエル「矯めつ眇めつこの子を見た訳じゃないけど、面白い子じゃないか。 気に入ったよ。 謝罪のついでと言ったら聞こえは悪いけど、忙殺する私から良い提案を出してやろう。 光の力が大分強力なあんたに、『天使の加護』を与えてやる」

 

ラミエル「なっ!? 正気かよ!?」

 

リョウ「また思い切った提案やね。 他の三人が納得…してくれるか。 アイリの持つ強力な光属性の力は悪魔を倒す特効薬みたいなもんやし」

 

『天使の加護』とは、天界に住まう四大天使の承諾の下、四人から授けられる力のこと。

 

四大天使から認められた、心身共に強く、他者を思いやる慈愛を持ち、信念を貫く存在に相応しい者にしか与えられることは許されない、選出された者でなければ得られない。

力を与える儀式には四大天使全員の参加が不可欠で、奮励努力して会得できる代物ではないため、天界の中でも『天使の加護』を使用できる者は両手で数えるほどしかいない。

 

事が簡潔に進み過ぎてはいるが、ウリエルは天界を統治する四大天使の一人なため、献策することなく物事を即座に決定できるようだ。

 

一通り説明を聞き終えたアイリは思い出しかのように口を開いた。

 

アイリ「ん?『天使の加護』って、リョウ君が使ってなかった? アリスちゃんが見事な暴走っぷりを見せたあの時に…」

 

リョウ「そうや。 あれが『天使の加護』や。 どんな代物なのかと言うと、ありとあらゆる攻撃を防ぐ絶対防御の力ってところやね」

 

アイリ「やっぱりそれ結構チートじゃない?」

 

ウリエル「並大抵の攻撃ならほぼ確実に防げるな」

 

リョウ「アリスが全力で放った本気の魔法を受け止めた際は一撃で加護が粉砕され消え去ったけどな」

 

アイリ「…ダメだ、どうやってもアリスちゃんに勝てるビジョンが見えない」

 

ウリエル「今からでもあんたにその力を授けられる。 私なりのけじめ…って言うのかな、これくらいしかないからね。 どうする?」

 

命を失う出来事に巻き込まれ振り回されたせめてもの贖罪として、蛇の道を通ることなくノーリスクで強大な力が譲渡される。

決して悪い話ではない。

新たな力を得れば、悪魔に対抗し退けられ、自分自身を守る手段となる。

リョウも力を得ることに関しては賛同しており、首を横に振る理由はなかった。

 

直ぐにでも頷くかと思っていたのだが、顎に手を当て熟考しているようで、沈黙が続いた。

暫くして答えが出たのか、顔を上げ口を開いた。

 

アイリ「ウリエルさん。 折角の提案なんですけど、今は、お断りさせてもらいます」

 

ウリエル「…一応、理由を聞こうかしら」

 

アイリ「あたし、まだその力を手に入れるほど強くはないし、大層な事を成し遂げてもいないから、あたしにはその資格がないと思いました。 だから、あたしは自分の力で茨の道を乗り越え、その力を得たいと思います」

 

ウリエル「…へぇー、感心したよ。 思ったより芯が強い嬢ちゃんのようだ」

 

アイリ「当然! 主人公だもん!」

 

ラミエル「その台詞がなけりゃ良かったんだけどな」

 

ウリエル「それも含めて面白いね。 益々気に入ったよ。 謝罪に来て力を与えるつもりだったんだけど、予定が狂ったと言うか、調子が狂ったって言うか………お、そうだ」

 

何か閃いたのか、口角を上げたウリエルを見てリョウは眉間に皺を寄せた。

 

リョウ「良からぬ事を言い出すんやないやろうね」

 

ウリエル「秀逸なアイリにこそ相応しい、天賦の才を活かせる内容さ。 現在、『星空界』にある何処かにあると言われてある光の剣を探し、認めてもらうことができれば、大した偉業だと思うわよ」

 

リョウ「光の剣って、まさか…!」

 

アイリ「魔獣ザナッファーを倒したあの…!」

 

ラミエル「多分、いや、絶対お前が思ってる剣とは別物だと思うぜ」

 

アイリ「違った? じゃあ最光かな?」

 

ピコ「アイリには早い…と言うより無理な気がするけど…」

 

リョウ「幾らアイリでも流石になぁ…」

 

アイリ(スルーされちゃったよ…)

 

ウリエル「光の力が他の天使と比較にならない程に強いんだ。 稀代の天使のアイリならもしかするかもしれない。 私はちょっとした可能性に掛けてみたいんだ」

 

リョウ「手にした時点で『天使の加護』が不要になるけどね。 天界からすりゃ悪魔と対抗する英雄として迎えられ、間違いなく偉勲を立てられるだろうな」

 

シャティエル「お話中に遮ってしまい申し訳ありません。 話が読めてこず理解することが困難なのですが、アイリさんは何を探し、何に認められれば宜しいのでしょうか?」

 

アイリが疑問に思っていたことを代弁するかのように、シャティエルが挙手し質問をする。

 

リョウ「ウリエルがアイリに探させようとしてる物は、伝説の聖剣の一本、クラウソラスや。 そしてその剣に認められ扱うことができるようになればええっちゅーことや」

 

アイリ「まだ見たことはないけど、確かアレク君から聞いた。 アレク君が召喚できる剣の内の一本だよね。 …えっ、それの本物ってことだよね!? 滅茶苦茶ヤバい代物じゃん!! びっくりするほどユートピアだよ!!」

 

急展開に陥ってきた局面にありながらも、途轍も無い代物を手にする提案に驚愕したアイリの声が木霊した。

 




リアルが忙しかったので短めでーす


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第53話 無限の彼方へ、さあ行くぞ!

金曜ロードショーのヴァイオレット・エヴァーガーデンを見て泣きました

あれは神アニメ(確信)


リョウ「久々にアイリのびっくりした声を聞けたわ」

 

アイリ「最初の方はでかい声よく出してたもんね~。最近じゃ初めてのことを体験してもそこまで驚かなくなったよ。奇妙奇天烈摩訶不思議アドベンチャーなアリスちゃんやアレク君の行動や武勇伝を聞いてたら驚くのにも疲れてきたと言うか…」

 

ラミエル「納得するぜ」

 

アイリ「異世界の出来事に新鮮さを味わなくなったのは全部アリスちゃんとアレク君のせいだ。若しくは乾巧かディケイドのせい」

 

リョウ「いや、ゴルゴムのせいかもしれない」

 

アイリ「ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」

 

ウリエル「騒がしいねぇ…」

 

アイリ達は星空界へ出発すべく準備をしていた。

 

星空界というのは、天界の遥か上空に存在する、幾千もの星々が存在する世界。

現実世界で言う、宇宙のような世界。

 

宇宙のように酸素は存在していないため、生身で向かうのは常識的に考えれば不可能なのだが、『天使の加護』を使用すれば宇宙空間でも呼吸が行うことが可能となり、自由に星々を行き来することができる。

その為、『天使の加護』を使用することができるリョウかウリエルの同行が必須であった。

ウリエルは天界を離れることができないため、必然的にリョウが選抜された。

 

光の剣、クラウソラスを探しだし、更に剣に認められなければならないという、無謀のように思える今回の旅は、流石にいつ戻ってくることになるか見当も付かないため、今回はカイも連れて全員で行動することとなった。

 

星空界は宇宙と同様。計り知れない程に広大。

一つ一つ星を虱潰しに探索していては、一生掛かっても探しきることは不可能。

リョウの世界の監視者としての能力と、ワールドゲートを行使すれば目的の場所へと瞬時に移動できるのだが、敢えてアイリのために行使しなかった。

アイリが自分自身の力と知恵で挑まなければ意味がないものだと考慮したから。

アイリ自身もウリエルに言ったように、努力もなしに恩寵を受けずに目的を踏破したい思いがある。その思いを無下にはしたくはなかった。

 

物事が滔々と流れてくれることを祈ること数分、各々準備が完了し中庭に集合していた。

 

星空界への移動方法は単純で、空を飛び上へ上へと飛翔するだけ。

飛んで行くのは並大抵の体力では行えないので得策とは決して言えない。

E資源のテクノロジーを使用すれば星空界へ向かうための乗り物を製作できるのだが、製作期間が長すぎるため待っている時間が惜しいため、自力で飛んでいく結論に至った。

 

ラミエル「俺も同行するぜ。星空界には行ったことなかったから昔から気になっていたんだ」

 

リョウ「ラミエルが仲間になりなそうな目でこっちを見ているから連れていくとしよう」

 

ウリエル「ラミエル、リョウ達の迷惑になるようなへまをするんじゃないよ」

 

ラミエル「しねぇっつーの。母親じゃねぇんだから」

 

ウリエル「同じようなもんでしょ?」

 

ラミエル「…否定はしねぇよ」

 

ウリエル「相変わらず可愛らしくないねぇ。リョウ、ラミエルのこと頼んだよ」

 

リョウ「ほいよ了解」

 

気恥ずかしそうに顔を背けるラミエルと、旅路へ行く息子を見送るような目で微笑むウリエルのやり取りを見終え、一同はシェオルの街から出るため門へと向かった。

 

門番のラシエルに用件を伝え、巨大な門が開く。

久々に視界に映る幻想的な雲海にアイリは思わず声が漏れる。

 

リョウ「長距離を飛ぶことになる。準備はええか?」

 

アイリ「もっちろんさー!我が身は既に覚悟完了!」

 

ラミエル「持久力なら自信はあるつもりだ。休憩無しでも構わないくらいだ」

 

シャティエル「整備、機能、システム、全て問題ありません。いつでも出発可能です」

 

リョウ「よーし、行きますか。『天使の加護』を発動した状態を維持して飛ぶから、みんなできるだけ離れないようにね」

 

アイリ「オーキドーキ!カイ君、楽しみだね!」

 

カイ「おほしさま!はやくみたい!」

 

アイリ「あたしも早く見たい!ということで元気よく、行ってみよー!無限の彼方へ、さぁ行くぞー!」

 

純白の翼を広げ、大地を蹴り大空へと一番手に羽ばたいたアイリは自身が出せる最高速度で上昇していく。

かるく手を振るウリエルに答えると、リョウ達も翼を広げ飛び立った。

 

雲一つない、青一色の風景。

果てしなく続く碧空を斬り裂き通過するのは四つの影。

何もない青一色の空間は息を呑む程に絶景で美しく、自分達がこの絶景の場を一人占めできていると酔いしれてしまいそうになる。

 

シェオルの街並みが真上から一望できていたが、今は

 

シャティエル「ラミエルさん、不躾を承知で訊ねるのですが、先程ウリエルさんは母親のような存在だとおっしゃっていました。ウリエルさんはラミエルさんの母親ではないのですか?」

 

ラミエル「あー…確かに母親ではないな。両親は俺がガキだった頃に悪魔に殺されちまったんだ」

 

 

~~~~~

 

 

ラミエルの両親は何処にでもいる普通の天使だった。

両親は悪魔と戦うための部隊に所属していたため、ラミエルと触れ合う時間が少なかったが、休日や休暇を取れた日には、これまでの寂しさを埋めるかのように、ラミエルと触れ合うための時間に費やした。

仕事の関係上、会える時間は少なかったため、溺愛していたとは決して言えないかもしれないが、親から与える愛や真心は誰にも負けないと豪語できる程の愛を与えてきた。

 

幸せな日常が続いていたが、突如として終わりは訪れた。

 

シェオルの周辺に悪魔が出現し、大規模な戦闘が行われた。

サタンフォーのベルゼブブ、アンドロマリウスが堂々と先陣に立ち、一般兵を弄ぶかのように殺戮していった。

実力が天と地の差がある状況を打破するために、四大天使全員が出陣し、激戦を繰り広げた。

 

ラミエルの両親は壁の付近を哨戒しており、悪魔が門を通過しないよう警戒しながら激戦区と化した戦場を遠目で見ていた。

人数も百単位で、武器も設備も整えられ、完璧と呼べる防御体制にあった。

緊張感が漂い、緊迫した空気にある中で、悪魔は前触れもなく襲撃してきた。

離れた箇所で戦闘している間、戦力が手薄となった壁に狙いを付けたサタンフォーの一人、リリスが突貫を行った。

間諜として送り込まれたグレムリンから警備が手薄となった箇所を知られ、瞬く間に劣勢に追い込まれてしまった。

当時から門番を行っていたザキエルが対峙するも、押され気味となっていた場面に駆け付けたのが、異変を察知し舞い戻ってきたウリエルだった。

ザキエルと協力し、戦いを有利に進めていっていたが、妖艶な笑みを浮かべたリリスは触手を伸ばし、二人の天使を拘束した。

 

その二人の天使が、ラミエルの両親だった。

人質を取るという卑怯卑劣な悪魔らしいやり方を行使し、開門するよう要求してきた。

従わない場合、二人の命の灯火は消えることとなるのは明白だった。

拘束された二人に息子がいたことを知っていたウリエルは悩んだ。

シェオルの街に住む多くの住人の命と、二人の命を天秤に掛けるのであれば、多くの人は二人を捨てると無慈悲にも判断を下すであろう。

強欲ではあるが、両方を救いたいという思いが強く、何より二人が死ねば、幼い息子は身寄りがないため孤児となってしまうことを知っていた。

故に判断が遅れ、状況を打破できる策を練っていたところで、捕らえられた二人が言った。

 

「俺達のことはいいから、街の人々を救え」

 

「私達の愛する息子のことを、よろしくお願いします」

 

捕らえられ自分達の命が危機に晒されているというのに、大勢の同胞達の命と、愛する息子の未来を与えることを考え、自分達のことを諦めるよう促した。

 

首を縦に振りたくはなかった。

今すぐにでも手を伸ばし助けたかった。

だが天界を統治する者として、どちらを選択するかは

明晰だった。

 

苦渋の決断により、ウリエルは再度リリスに全力の攻撃を行い、残された全兵力を上げての一斉攻撃を命じた。

ウリエルの強烈な猛攻撃に耐えきれなくなったリリスは撤退したが、攻撃を再開したと同時に、二人は絶命してしまった。

悪魔をシェオルに通すことを阻止できた功績は大きかったが、ウリエルは自身の決断と判断が決して正しいとは思ってはおらず、悲哀と悔恨、自身に対する強い義憤、あらゆる感情が混濁した感情で俯いていた。

 

リリスの撤退と同時に、ベルゼブブとアンドロマリウスも四大天使の実力に押され撤退し、戦闘は終わりを告げた。

 

多くの死傷者が出たものの、我が身を削りながらも戦い勇姿を見せシェオルを守りきった四大天使は、天界中の天使から称えられた。

世の前に出るときは誇りを抱く顔をしていたが、どのような状況でも対処できる力がなかったせいで救えなかった後悔が心の内側を塗り潰していた。

幼かったラミエルに本当のことを告げようとも理解できる筈がなく、せめてもの償いとして、自分がラミエルの育て親になると決めた。

 

それが、烙印を押された自分ができる、見殺しにし散華してしまった両親に償えるせめてもの行動だった。

 

四大天使としての使命を全うしつつ、ラミエルとの時間を決して潰さないよう全力を尽くした。

他の四大天使や、事情を知る天使達の助力を得て、自分が与えられる愛を与えてきた。

年を重ねる毎に成長を続け、いつしか悪魔と対峙する場面に備え、戦う術を、悪魔達の情報、知識を教え叩き込んできた。

 

現在はウリエルの愛ある育ての甲斐もあり、立派な青年へ成長を遂げた。

年齢的に何処にも属してはいないが、兵にも負けない程の実力者となり、事ある毎に、ウリエルや時空防衛局の手伝いを率先して行っている。

 

 

~~~~~

 

 

ラミエル「…と、俺の過去に関してはこんなところか。悪いな、暗い話になっちまって」

 

アイリ「話してくれてありがとうラミエル君」

 

シャティエル「ラミエルさんにも辛い過去があったのですね。申し訳ありません。思い返すのも辛いであろう過去の話を無理にさせてしまって」

 

ラミエル「気にすんな。俺は気にしていない。あまり重く捕らえなくていいからな。心配してくれるだけありがたいってもんだ」

 

シャティエル「そう仰ってくれると幸いです」

 

アイリ「ラミエル君は、悪魔に対して報仇雪恨の意思はあるの?」

 

ラミエル「敵討ちねぇ…ないと言えば嘘になるな。記憶にはないが、俺の両親を殺した相手だからな」

 

口から出る言葉には覇気がなく、何処と無く沈んだ表情にも見える。

心を、意思を持つ生物であれば、両親を殺した相手を憎まないという方が無理があるだろうし、悲しまないということもないだろう。

 

ラミエル「…アイリ、お前はどうなんだ?」

 

アイリ「え、あたし?」

 

ラミエル「俺とは全く境遇はちがうけど、悪魔はお前の人間としての人生を終わらせてしまった元凶なんだぜ。その場には天使であるウリエルもいたから、同じ立場だけど、お前は許したからそれでいいんだろうけどよ」

 

傍目からでも分かる不幸な出来事に巻き込まれたアイリにとって、悪魔は憎々しい討つべき敵だ。

自身の人生を滅茶苦茶にして本来ならあり得ない転生を受けてしまい、異世界で過ごすことを強いられた彼女でも、何も思っていないと言えばやはり嘘になる。

 

アイリ「悪魔のことは許せてはいないよ。でもエレンみたいにお母さんや知人が食われたわけでもないから、怒髪天を衝く程の怒りもなければ憎しみも沸かないんだよね。でも、悪魔がラミエル君やシャティ、現実世界に住む人達に害を及ぼすのなら、看過することはできない。あたしのような不幸な出来事に合う前に、根絶やしにしたいって思う」

 

ピコ「立派な志なんだけど、自分に起きた事に関してはあまり気にしていないように聞こえるんだけど…」

 

アイリ「いやいや気にしてるよ銀さんみたいにふざけてても気にしてるよ。それよりも、異世界に転生できた喜びの方が大きすぎて、忘れちゃうんだよね~♪」

 

ピコ「やっぱりアイリって凄いって言うか、バカと言うか…」

 

アイリ「ポジティブって言って欲しいな!実際悪いことばっかりじゃないもん!」

 

ラミエル「魂が消滅仕掛けて、転生してしまったアイリにとって良いことがあったのか?」

 

不幸な災難に合いながらも、自身にとって良いことがあったのかと疑問に思い、眉を顰めながら尋ねた。

 

アイリ「あんな奇怪な出来事がなかったら、ラミエル君やリョウ君、ピコ君、シャティ、カイ君に出会うことはなかった。これって、宝くじが当選するよりも低い確率だと思うんだ。本来なら現実世界から異世界に干渉することなんて有り得ないことなんだから、今こうやって当たり前の様に会話できているのって奇跡なんだよ。異世界ファンタジー要素に触れた喜びは勿論だけど、宇宙よりも広い時空の中で、リョウ君達と知り合えて、何気ない会話や生活が何より嬉しいの!」

 

満開の笑顔で述べる顔は幸福の色で満ちている。

 

現実から遊離した摩訶不思議な冒険を送る日々が新鮮で、倦厭することがなかった。

冒険を巡るアドベンチャーよりも、アイリにとっては誰かと一緒に接する時間の方が新鮮だった。

現実世界では一人で行動し、誰かと馴れ合うような度胸がなかったため、友人や仲間と言える存在が多くでき、何気無く接し会話できている現在の環境が楽しくて堪らない。

 

羨望していた夢が実現し、寂寞だった日常は一変した。

手にした日常を、決して手離したくはない。

平和な日常を崩すのは、邪悪なる者達。

どの世界にも必ず巨悪が存在し、変哲もない日常を無差別に崩壊させる。

アイリは自分のためでもあり、周囲にいる自分の知人の悲しい顔を見ないために、戦う決意を固め戦場へ赴いている。

 

その気持ちはアイリだけではなく、ラミエルやリョウ、他の人達も同様の思いであり、戦う理由にもなっている。

 

アイリの心中を理解したラミエルは納得し、自らに起きた災難を僥倖に巡り合えたと捕らえる常軌を逸する思考を可笑しく思い、笑みが零れた。

 

ラミエル「やっぱずげぇわお前は。その奇跡から得た仲間と日常を守れるよう、これからもお互い精進していかないとな」

 

アイリ「勿論!幸せいっぱい夢いっぱいな日常を守るために、青き清浄なる世界のために、全力を尽くしていこうじゃないか!心臓を捧げよ!」

 

ラミエル「心臓はそう簡単に捧げたくはないな…まぁ、それくらいの覚悟で挑むぜ」

 

互ミいに因縁深い悪魔を討ち滅ぼす覚悟を胸に刻んだ。

ラエルが拳を前に突き出すのを見たアイリは真似するように拳を前に出し、止めどなく広がる碧空の中で、二人の拳が合わさった。

更に絆を深められたことに歓喜したアイリは朗らかに笑みを浮かべた。

 

 




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第54話 天駆ける星龍

みんな喜んでください、ロリキャラの登場です


シェオルを出発して数分が経過した。

自分達が過ごす絢爛街並みは既に視認できなくなっていた。

文明の利器を頼らなければ決して辿り着けない遥か上空を飛行しており、上昇するに連れて酸素が薄くなっていく。

酸素が薄くなるということは、当然だが呼吸するのが困難となる。

リョウとピコ、シャティエル以外の面々は徐々に息が上がっていってしまっている。

 

リョウ「…そろそろやな」

 

頃合いを見計らったリョウは『天使の加護』を発動させた。

背から伸びる翼が白い粒子が拡散されるように展開し、全員の周囲を囲んだ。

どこか安堵するような暖かな光の粒子に包まれたアイリ達は、原理は不明だが、地上にいるときと同様に呼吸を行うことが可能となり徐々に落ち着きを取り戻していった。

 

『天使の加護』を発動させた数分経った頃には、澄みきった碧空は消え去り、空以上に無限に広がる、燦然と輝く星々が儚く灯っている黒一色の空間、宇宙へ突入した。

 

アイリ「宇宙キターッ!!」

 

カイ「きたー!!」

 

宇宙へ来たことにテンションが舞い上がったアイリはカイと共に腕を大きく突き上げた。

 

視界に入れるだけで分かるのは、星空界の宇宙は現実世界の常識にある宇宙とは大分異なる。

 

取り上げられる点の一つとしては、星と星との距離が極端に近いということだ。

地球の様に巨大な星も存在すれば、一分走れば一周できる程小さな星も存在しており、一つ一つの星々が数分飛行すれば到着できてしまう近距離だった。

全ての星々がこのような距離感な訳ではなく、現実世界と同様に、途方もない天文学的数値で離れているものも存在している。

互いの重力に引っ張られ星と星が衝突するような惨事に至らず、常識を超越した絶妙なバランスで星が存在している。

 

もう一つ上げられる点は、星と星を行き来する移動手段である宇宙船が飛行していること。

現実世界で言うUFOと呼ばれる乗り物が飛行しており、アイリ達の側を通り宇宙を駆けていく。

円盤型のものや飛行機やジェット機、戦闘機のような型のもの等、乗り物の形状は様々で、宇宙のテクノロジーや世で言う宇宙人と呼ばれる人種も様々なのだと実感できる。

 

アイリ「凄い…天の光は全て星って言うだけある。 あたしの知ってる宇宙とはぜんぜん違う。 例えるならス○ー・ウォーズみたいな世界観なのかな?」

 

リョウ「うーん…近いような、遠いような…」

 

ラミエル「んで、何処から探すんだ? まさかご丁寧に一つ一つ虱潰しにする非効率なやり方じゃねぇだろ?」

 

リョウ「まさか。 順風満帆に事を進めるなら、『ゾディアック宮殿』に向かうのが一番やろ」

 

アイリ「ゾディアック? 聖○士星矢かな? それともフ○ーゼ?」

 

リョウ「少し先に行った辺りにあるから、もうちょっと頑張って飛ぼう」

 

アイリ「スルーしないで~」

 

リョウ「ん? 何か言ったかアイリ?」

 

アイリ「耳は大きいのに聞こえないなんて可笑しくない?」

 

リョウ「ゴッド・ハンド・クラッシャー!」

 

アイリ「でおきしす!?」

 

カイ「アイリ、だいじょうぶ? いたいのいたいの、とんでけー!」

 

アイリ「ああ^〜いいっすね^〜。 本当に痛みが飛んでいったかも。 やっぱりカイ君は隣にいるでか耳とは違ってあたしの癒しだよ~」

 

リョウ「アトミックパンチ!」

 

一度と言わず二度も小馬鹿にする冗談を放つアイリに目掛け拳を突き出すも、アイリは上半身を捻り華麗に回避した。

 

アイリ「名前が凄いだけの正拳突きじゃん。 あたしに同じ技は二度も通じぬ。 今やこれは常識!」

 

リョウ「…抱き抱えているカイに迷惑が掛かるやろうし、今回は見逃す。 殺すのは最後にしてやろう」

 

アイリ「凄く不穏なセリフが聞こえた。 あたしこの星空界の話が終わる頃には死んじゃうかもしれない。 ラミエル君、その時はあたしにザオリクしてね」

 

ラミエル「よく分からんけど無理だ。 …ん?」

 

ラミエルが血相を変え、その場で立ち止まり後方を向いた。

何事かと尋ねようとしたアイリだったが、異変に気付き身構えた。

 

アイリ「何か、来る。 凄い力を持った存在が凄まじい速度で迫ってる」

 

ラミエル「悪魔の奴等、アイリを追ってここまで来たのかよ。 仕事熱心なことだぜ」

 

アイリ「ううん、悪魔じゃないみたい。 何だろう…兎に角大きな力を持った何かってことだけ分かる」

 

シャティエル「…視認できました。 あれは、子供ですね」

 

アイリ「え、子供?」

 

望遠レンズが備え付けられた瞳で捕らえた迫り来る未知の存在は子供だと判明した。

何故子供が宇宙空間で一人で行動し、此方に意図的に向かって来るのか、目的が不明確である以上は警戒を緩めてはいない。

 

だが、リョウとピコだけは口角を上げ、待ち構えていた。

 

ピコ「今日は休日だったんだろうね。 まさか僕達が来た世界に来てるなんて、偶然すぎるね」

 

リョウ「これこそ奇跡って言うのかね。 会えてわしは嬉しくて昇天しそうやけど」

 

アイリ「え、会話からしてリョウ君達の知り合い?」

 

?「ドーンだYO!!」

 

リョウ「ふかまる!?」

 

猛烈な速度、正に漆黒の宇宙を駆ける彗星そのもの。

 

アイリ達の隣を通りすぎたそれはリョウの懐を目掛け一直線に突き進んだ。

回避する様子のないリョウは子供を受け止めたが、凄まじい衝撃に呻き声を上げ後方へ吹っ飛び、小惑星に衝突した。

粉塵が巻き上がり、視界が奪われたため安否を確認できず、居ても立ってもいられなくなったアイリ達は急いで飛行し小惑星に着地する。

 

アイリ「リョウ君! 大丈夫!?」

 

リョウ「大丈夫だ、問題ない。 ベ○ータみたいに岩盤浴になるところだったけどね」

 

?「リョウ兄ー! 久し振りー!」

 

粉塵が霧散し視認ができるようになった。

倒れながらも微笑むリョウの腹の上には、向日葵が満開に咲いたかの様に笑みを浮かべている幼い少女がいた。

 

外ハネが可愛らしいショートボブの艶のある若草色の髪。

頭部からは人間のものとは思えない二本の黒い角が生えている。

白と若草色のフリルが施されたカットアウェイショルダーのソフトプリーツワンピースを着ている。

首から下げる星形の宝石が掛けられたネックレスが他の星々よりも輝いて見える。

 

アリスと同様の天真爛漫さを彷彿させる明るさを見せる彼女は無邪気にリョウの腹の上で飛び跳ねている。

 

リョウ「久し振り。 元気そうで良かったよ、テュフォン」

 

テュフォン「私はいつでも元気だよー! リョウ兄も元気そうで良かった!ピコっちも久し振り!」

 

ピコ「やっぱりその呼び方は変わらないんだね…。 でもテュフォンらしくて安心した」

 

曇りのない水晶を具現化したかのような透き通った純粋な笑みを見ると、此方まで自然と笑みになってしまう、魔法のような魅力があった。

 

リョウはテュフォンの矮小な体を抱き抱え、艶やかに輝く若草色の髪に手を置き優しく撫でる。

心地良さそうに目を細める姿は、愛くるしいという言葉が相応しかった。

心配になり駆け付けてくれた仲間達に視線を向けると、アイリは携帯電話を耳に当て、冷ややかなで視線を送っていた。

 

リョウ「…一応聞いておくけど、何処に電話してるんだ?」

 

アイリ「事案かと思って、時空防衛局に連絡を」

 

リョウ「わしをロリコン扱いせんといてくれ!」

 

アイリ「あれ? 違ったんだ」

 

リョウ「…選べ、ゴッサムシティかヤーナム、どちらに送られたいかを」

 

アイリ「サーセンした!」

 

リョウ「良いZOY、許すZOY」

 

テュフォン「ラミエルもいるー!」

 

ラミエル「うっす。 相変わらず元気な奴だよ」

 

アイリ「え、知り合いだったの?」

 

ラミエル「リョウ達と一緒に何度か会ったことあるんだよ」

 

テュフォン「このお姉さん達はだぁれ?」

 

ラミエルの隣にいる見事な土下座をしているアイリと、代わりにカイを抱いているシャティエルを指し疑問符を浮かべた。

 

リョウが簡潔に説明をし、互いに自己紹介を行った。

 

テュフォン「ゾディアック宮殿に向かうならテュフォンも行く! 久し振りにサジットにも会いたい!」

 

アイリ「サジット? 12宮Xレア? それとも天ノ川学園高校の理事長? 若しくはやっぱり聖○士星矢!?」

 

リョウ「話が進まへんから…選べ、アズカバンかインペルダウン、どちらに送られたいかを」

 

アイリ「サーセンした!」

 

リョウ「いいーよぉ~(新喜劇並感)」

 

テュフォン「アイリお姉ちゃんおもしろい。 アレクパパとアリスママみたい」

 

アイリ「パパ!? ママ!? あの二人の子供なの!? あたしに内緒でちゅっちゅらびゅらびゅしてたの!?」

 

リョウ「ちゃうちゃう。 二人は結婚はしてないよ。 テュフォンはね、二人が星空界に立ち寄った時に偶然出会った、孤児なんよ」

 

 

~~~~~

 

 

テュフォンは星空界で生まれたドラゴンの血を引き、星の力を司る子供。

両親の身元は一切不明で、何処で産まれたかも分からぬ孤児だった。

無限に広がる途方もない宇宙を彷徨い、星から星へ転々としていた。

幼い少女が当てもなく物寂しそうに歩いていれば、心配になり声を掛ける心優しい人物もおり、屡々世話になったこともあった。

 

だが、彼女の産まれながらにして持っていた先天的な能力が災いをもたらした。

 

テュフォンは常人の何十倍という筋繊維密度がある。

見た目は普通の女の子にしか見えないのだが、筋肉組織の発達が常人と比べても遥かに高く、僅かに力加減を間違えただけでも惨事を招くことに繋がってしまう。

年相応の児戯のつもりでも、常軌を逸する膂力により害を与える事態に成りかねない。

 

実際に傷付けるつもりもないのに、世話になった人や物に触れたりするだけで、人体に危害を加えたり、器物を破損させてしまう。

恩を仇で返す形となってしまい、忌み嫌われ、疎まれ、安息できる場所を手放す他なくなってしまった。

呪われた先天的な能力により、同様の事態が幾つも起きてしまい、心の拠り所となる場所は存在せず、人混みが多い星や都邑を避け、ひっそりと陰湿な場所へ身を潜め毎日を過ごした。

 

幼くして、世間から禍殃だと悪口雑言を受けていたテュフォンの精神は崩壊寸前だった。

常識的に考えれば、幼い頃から愛を与えられず過ごしていれば、精神面が正常に保てる筈がない。

純粋な心の持ち主であるテュフォンは決して誰かを怨み憎み意趣返しをすることはなく、己の力が発端で誰かが傷付き迷惑になってしまうことに悲しみ涙を流し続けていた。

 

いつしか、テュフォンの噂が吹聴され、世間から避けられ始めた。

幼い少女であろうと誰も相手にはせず、惨憺な姿になろうとも、行き交う人々は見て見ぬ振りをしていた。

 

絶望の淵に沈む最中、救いの手を差し伸べたのが、偶然にも星空界へ訪れたアレクとアリスだった。

二人はテュフォンの過去の出来事を後々知ることになるも、世間に飛び交う風説を受け入れず、顰蹙することなく彼女の存在を受け入れた。

自身の力により再び誰かに危害が及ぶことを恐れていたテュフォンは他者と親睦を深めることを拒んだが、二人は諦めず、これまで得ることのできなかった事を与えた。

 

他者と触れ合い、話すことの喜び。

友達や仲間と呼べる存在の大事さ。

幸せを分け合うこと。

心の底から溢れ出る温もりを。

それら全てを人括りにした、『愛』と呼ばれるものを。

 

心を持つ生きる者が、必ずしも与えられる、なくてはならない、愛。

儚く、形がないもの。

長い間、どれだけ縋っても、手に入れる事ができなかった、暖かな何かを感じ取った。

 

見捨てず畏怖することなく最後まで真摯に向き合い続けた二人に、自分も世界を巡る旅に同行させて欲しいと涙ながらに懇願した。

断る理由は勿論なかった。

純粋無垢なテュフォンを悲しみの連鎖から断ち切るため、放置することなど断固出来なかったため、快く同行を許可し、一時期は共に旅をしたこともあった。

リョウやピコ、ユンナ等の知人とも知り合い、多くの仲間や友と呼べる存在ができた。

特に親睦が深いアレクとアリス、リョウやピコ達は仲間や友達の垣根を超え、家族の様な存在として捕らえている。

中でも愛着を持って接してきたアレクとアリスは、父と母の様に慕っており、パパとママと呼ぶようになった。

 

現在はアシュリーと同様に、ユグドラシルを守護しており、時空防衛局等から『天駆ける星龍』という二つ名を持つ実力者となった。

友や仲間、家族とも呼べる大切な存在に囲まれ幸せな生活を送っている。

 

 

~~~~~

 

 

テュフォン「テュフォンの昔はこんな感じだよー!」

 

望んでいた事が成就したテュフォンの顔には、過去の出来事など露聊かも感じさせない笑顔があった。

終始口を開かず耳を傾け真摯に聞いていたアイリはテュフォンの目線に合わせるように蹲み抱き締めた。

 

アイリ「辛かったね。 よく頑張ってきたね」

 

テュフォン「昔も、アレクパパやアリスママにも同じこと言われたなー。 今のテュフォンがいるのは、アレクパパやアリスママ、他にも沢山の人達のおかげ。 その中には、アイリお姉ちゃんも入ってるよ」

 

テュフォンはアイリの背中に手を回し抱き締め返す。

 

テュフォン「テュフォンに優しくしてる人は、みんなみんな大事。 昔の事なんて忘れちゃうくらい、楽しい想い出をくれたから、テュフォンは大丈夫だよ。 ありがとう、アイリお姉ちゃん!」

 

自身に優しく接してくれたアイリという新たな仲間ができた喜びが表現されたかのように、テュフォンの抱き締める力が強くなった。

全員は心暖まる場面に微笑みを浮かべ眺めていた。

 

シャティエル「『愛』…私は、それを感じたことがあるのでしょうか?」

 

誰にも聞き取れない小声でシャティエルが呟いた。

心を得たばかりのシャティエルには未だに分からない事が無数に存在する。

具現化した物ではないため、どのような物か分からない、『愛』。

 

本人は気付いていないだけで、今までに与え与えられてきている。

熟知するには程遠いのかも知れないが、目の前の二人を見ていると、心の奥底が温かく感じ、未来永劫この光景を見るため守りたいとも感じた。

 

アイリ達と行動を共にしていれば、何れ全てを理解できる時が訪れるだろう。

 

リョウ「夜に輝く星座のように素晴らしい場面に横から失礼するけど、そろそろ…ん?」

 

声を掛けようとしたリョウは異変に気付き、笑顔は徐々に心の奥底へと消え入るようになくなっていった。

微笑み力強く抱擁するテュフォンとは対称に、アイリの力は緩まっており、腕をだらりと下ろしている。

心做しか、アイリの顔が青ざめていっている。

 

思考すること数秒、リョウは冷静に肩に乗っているピコに目を向けた。

ピコもリョウと同様に何かを察したような視線を向けていた。

 

ピコ「…テュフォンって常人の何十倍もの筋力があるんだったよね?」

 

リョウ「ああ。 喜びに浸っているテュフォンが現在手加減が出来ていると思うか?」

 

互いに冷や汗が吹き出るのが確認できた。

口を閉じ押し黙っていた一秒にも満たない時間が流れる。

瞬時に宙へ跳び人間サイズへと巨大化したピコと同時にリョウは駆け出した。

 

ピコ「テュフォン今すぐ力を緩めてー!!」

 

リョウ「アイリが事切れるからそれ以上いけない!!」

 

テュフォン「へ? わああああ!? アイリお姉ちゃんしっかりー!!」

 

咄嗟の行動により、アイリは熱い抱擁により昇天することなく事なきを得た。




友達にテュフォンの設定見せたら鬼滅の刃の甘露寺ちゃんみたいと言われました笑


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第55話 星空の守り人

コロナのワクチン二回目射ってきました。
副作用が酷くて、オデノカラダハボドボドダ!


アイリ「本日はみんなにあたしのとっておきの恋バナを聞かせてあげちゃうよ!」

 

リョウ「だが断る」

 

アイリ「ちぇー、じゃあまた今度でいいや。 えっと、今はイスカンダルに向かってるんだっけ?」

 

リョウ「行くなら一人で行ってくれ。 星屑ロンリネスになるのがオチやろうから」

 

アイリ「しくしく。 リョウ君が辛辣だよ。 カイ君、哀れなあたしをヒーリングっとして~」

 

カイ「アイリ、よしよ~し」

 

テュフォン「テュフォンもやるー! よしよ~し」

 

アイリ「あぁ~…癒しの煙筒を置かれてる気分…。あたし昇天しそう。 リョウ君もされてみる? 癖になるよ?」

 

リョウ「わしはロリショタじゃないから遠慮しとく」

 

アイリ「あたしは…ロリショタどっちも好きだった。 全裸待機してでも抱き付いてくれるのを待ってるくらい好き」

 

リョウ「おまわりさん、こいつです」

 

アイリ「…ニフラム」

 

リョウ「おい、消そうとするな」

 

アイリ「世界の監視者は消滅しました。 銀河の歴史が、また1ページ…」

 

リョウ「お前が消えることもその1ページに加えてもええんやで?(暗黒微笑)」

 

アイリ「サーセンした!」

 

リョウ「…受け取って貰おう。 わしの、悪と正義のマリアージュを」

 

アイリ「ちょ!? さっきみたいに許してくれないの!? 許してヒヤシンス!」

 

リョウ「調子に乗る前に実力行使で黙らせんとアカンからなぁ」

 

アイリ「リョウ君、許して↑やったら↑どう↑や↓」

 

リョウ「…はぁ、わしが寛大な心の持ち主ってことで見過ごすとしよう。 今回は特に何かしたわけじゃないし」

 

テュフォンと邂逅を果たし旅路を共にし宇宙空間を飛行すること数十分。

幾千という数の星々の輝きを目に焼き付けながら、目的地であるゾディアック宮殿へと辿り着いた。

 

藍色を基調とし、星の輝きを具現化したかのような、力強くも儚い、神秘的な雰囲気にアイリ達は息を呑んだ。

十数メートルはあろう巨大な入り口を通ると、床に黄道十二星座が描かれたエントランスホールが出迎えた。

 

奥へ進もうと歩みを進めた瞬間、アイリは何かの気配を感じ取り立ち止まった。

テュフォンの時と同様に強力な気配だった。

全身の毛が逆立ち、進んではいけないと本能が警鐘を鳴らしている。

リョウ達も既に察知していたようで、その場に止まり周囲を警戒している。

 

ラミエル「……上だ!」

 

張り上げるような声を上げた時には、攻撃は始まっていた。

何かがリョウの胸部に目掛け流星の如く速度で放たれた。

佩剣を手に取ることなく、人智を凌駕する反射神経で放たれた何かを素手で掴み受け止めた。

衝撃が手から腕、全身へと迸る。

顔を顰めながらも、受け止めた何かである巨大な槍を

見て義憤し床に投げつけた。

天井を見上げ槍を投げた張本人に向け叱咤する。

 

リョウ「おいカプリコーン! わしやテュフォンじゃなかったら危なかったじゃろうが!」

 

?「貴様にしか狙いを定めてはおらん。 他の者に直撃するなどあり得ん」

 

天井から舞い降りた人物、カプリコーンが仏頂面で答えた。

頭部から湾曲した角が生えている、顔が黒山羊になっている、獣人と呼ばれる種族の男。

白と金を基調とした服を着こなす、清廉という言葉が相応しく、毅然とした態度で佇んでいる。

その表情は歓迎しているとは程遠く、炯眼を向けており、明確な敵愾心があった。

 

シャティエル「何故リョウさんを襲撃したのか、理由をお聞かせ願いますか?」

 

大切な人であるリョウが致命傷を負うような事態に陥り、静視している筈がなく、『光粒子ライトソード』の切っ先をカプリコーンに向けリョウの前に出た。

 

カプリコーン「無知な少女には関係のないことだ」

 

シャティエル「関係あります。 私にとってリョウさんは大切な仲間です」

 

カプリコーン「ほう、仲間か。 ではこの闖入した愚者と同様の扱いと受け取ってもいいという訳だな?」

 

ピコ「硬派なのは相変わらずだよ。 リョウの事は討つべき敵として捉えてるみたいだね」

 

カプリコーン「貴様もリョウと同類だ。 貴様等の下等な脳味噌で思考する善良な行いは藪蛇に成りかねん。 早急にここを、いや、この世界から去ってもらおう」

 

アイリ「ちょ、ちょっと待って!」

 

出会い頭に悪口雑言を飛ばすカプリコーンに痺れを切らしたアイリが怒気を含んだ声を発し詰め寄った。

アイリ「何でリョウ君をそこまで蔑むの? 出会い頭に罵詈雑言を飛ばして、いきなり殺そうとして、異常としか思えない」

 

カプリコーン「貴様も無知か。 何も知らぬならば口を挟むな」

 

アイリ「何も知らないから挟ませてもらうよ。 きっとリョウ君の過去の事に関係してるんでしょ? 何があったかは知らないけど、いつまでも過去の事に捕らわれて引摺ってばかりじゃ「アイリ、よせ」…え?」

 

アイリの言葉を遮り、リョウが反目する間に入った。

 

リョウ「カプリコーンがわしを忌諱している要因はわしの過去にあるのは間違いない。 今だけはわしは席を外すことにするよ」

 

?「その必要はない。 カプリコーンが過剰に忌み嫌っているだけだからな」

 

廊下の奥から何者かが歩みを進め、痛罵するのを宥めるかのようにカプリコーンの肩に手を置いた。

焔のような朱色の逆立った髪に、金色と黒色を基調とした半袖の服を纏い、逞しい鍛え抜かれた腕が露出している。

肩や手、足に金色の防具が装備されており、カプリコーンの毅然なものとは違い、勇猛な戦士を思わせる貫禄があった。

 

テュフォン「サジット! 久し振りー!」

 

?「よおテュフォン。 元気そうだな」

 

テュフォンが無邪気な表情で駆け寄りサジットと呼ばれた男性の足に抱き付いた。

 

?「先ずは自己紹介だ。 俺は十二星座神官射手座担当のサジタリウス。 気軽にサジットって呼んでくれ。 で、この堅物が俺と同じ十二星座神官で、山羊座担当のカプリコーンだ」

 

気さくに話すサジタリウスと裏腹に、カプリコーンは未だに警戒心を露に睨みを利かせている。

 

アイリ「十二星座とかちょーかっこいいじゃん!いーじゃん!いーじゃん!スゲーじゃん!?」

 

サジタリウス「テンション高い嬢ちゃんだな。 アレクやアリスみたいだ。 で、今回は何の用で来たんだ? 観光目当てに来たとも思えねぇし」

 

サジタリウスの介入により険悪な空気は霧散され、漸く本題である話へと移ることができた。

 

一通り話を聞き終えたサジタリウスの顔は難険の色を示していた。

 

サジタリウス「お前達も悪いタイミングでその剣を求めて来たな」

 

ラミエル「どういうことだ?」

 

サジタリウス「お探しのクラウソラスの場所はアクエリアスの能力で場所は特定はできているんだが…」

 

ピコ「何さ勿体振らないで言いなよー」

 

サジタリウス「場所はアンドロメダ星雲のド真ん中にある岩にぶっ刺さってる。 行くのは難儀じゃないが、最近その周辺に悪魔が蔓延るようになってな」

 

ラミエル「悪魔が? でも何でだ? この世界に用なんかねぇ筈だろ」

 

カプリコーン「目的も無しに訪れるほど馬鹿な低俗ではない。 奴等の悪巧みを我等でも阻止しているのだが、中々に渋い」

 

サジタリウス「双子座担当のカストルとポルックス、乙女座担当のヴァルゴが悪魔の殲滅に向かっている」

 

天使にとって天敵である悪魔がどのような目的で星空界に現れたのか不明なのでどれだけ考察しようと無意味だろう。

 

場所を特定できただけでも大きな進歩ではあるのだが、クラウソラスを探索するのは進捗が遅れるのは明らかだった。

行けば戦闘になるのは当然なので、アイリやカイに危険が及ぶのでリョウは顔に不安の色を浮かべていた。

心配するリョウを余所に、アイリはまだ見ぬ新天地へと向かえることに胸が高鳴っていた。

 

アイリ「アンドロメダ星雲…現実世界にいたらまず行くことは到底叶わない。 あぁ~楽しみ! ワクワクもんだぁ!」

 

リョウ「やれやれ…敵が徘徊する戦地とも呼べる場所に向かうのに気楽なもんや。 恐怖でビクついてた頃が嘘みたいやわ」

 

期待に胸を膨らませてはいるが、戦地へと赴く覚悟が目の奥に宿らせており、緊張感がないわけではなかった。

 

テュフォン「ヴァルゴ達が戦ってるなら、テュフォンは行く! ほっとけない!」

 

アイリ「あたし達も行くつもりだったんだし、悪魔との戦闘は避けられないから、お助けしようじゃないか!」

 

カプリコーン「その必要はない。 異世界の者達の手を借りるほど十二星座神官の力は衰えてはいない」

 

サジタリウス「堅苦しいこと言うなよ。 対処してくれるのならありがたい限りだ」

 

ラミエル「悪魔の悪行を止めるのは天使の役目だ。俺達の目的の場所に悪魔がいるのなら、天使の使命として駆除してやるぜ」

 

アイリ「簡単に辿り着けちゃ面白くないし、一つの困難として受け入れるとしましょうかね。 一匹残らず駆逐してやるんだから!」

 

リョウ「気合いは充分やし、クラウソラスを探す序でに悪魔も葬ってやるかのう。 アイリ、勿論わしは守護するつもりだが、狙われやすいから特に気を引き締めるんやで」

 

アイリ「イエス、マイロード!」

 

リョウ「サジット、情報の提供ありがとな。 それじゃ、また」

 

カプリコーン「二度とこの世界に来訪してほしくはないものだがな」

 

テュフォン「カプリコーン! そんなにリョウ兄のことを悪く言わないであげて! テュフォン怒るよ!」

 

カプリコーン「貴様もこいつの過去の行いを知らない訳ではないだろう。 何故庇う?」

 

テュフォン「決まってるじゃん! 大事なテュフォンの家族だもん! 傷付けるんなら許さないよ! 昔にリョウ兄がしたことはいけないことかもしれないけど、あれはリョウ兄の意思とは関係なく…!」

 

リョウ「テュフォン、ありがとう。 わしは大丈夫やから、気にせんといてくれ」

 

カプリコーンの言葉に怒りを露にし握り拳を震わせているテュフォンをリョウは背後から抱き締めた。

包まれるかの様な温もりに、テュフォンの怒りは徐々に鎮まっていった。

 

幼いが故に、感情の抑制が自身でも利かない時が多々ある。

アレクとアリスが出会った当初と比較すれば大分成長はしているが、それでも未だに幼いことに変わりはない。

怒りを鎮められず、テュフォンが怒りのままに力を振るえば、宮殿は一分と経たぬ内に崩壊し瓦礫の山と化す。

十二星座神官の頂点に君臨するサジタリウスでさえ、怒りに満ちてしまったテュフォンには太刀打ち出来ない。

 

優しく言葉を掛けたことにより、大惨事に至る事はなくなり、リョウとピコは心の底から安堵していた。

 

テュフォン「リョウ兄が良いって言うなら、テュフォンは何も言わないよ。 ごめんなさい、向きになりすぎちゃって…」

 

リョウ「わしを思いやっての行動なんやろ? 嬉しかったよ。 ありがとう」

 

ピコ「よく我慢できたね。 偉いよテュフォン」

 

テュフォン「リョウ兄、ピコっち…えへへ」

 

抱き締められながら頭を撫でられ、優しい言葉の温もりを与えられ、テュフォンは目を細め嬉しそうに抱き返した。

無論、力加減がされていないため、ミシミシと骨が悲鳴を上げていた。

 

リョウ「てゅ、テュフォン。 そろ、そろ…力を、緩めてもらっても…いい、かな?」

 

テュフォン「へ? あわわわわ!? ご、ごめんなさい! テュフォン、またうっかり…!」

 

リョウ「大丈夫やから気にせんといてな。 さてと、行きますか」

 

カプリコーン「道中、他の星に寄るような身勝手な真似はするな。 お前達がこの世界でどれだけの被害を出したか…」

 

サジタリウス「わーったわーったカプリコーン。 お前の言いたいことは痛い程理解できているから皆まで言う必要はない。 リョウとピコだって重々承知してるだろうしよ」

 

リョウ「すまないサジタリウス、助かるよ。 情報の提供に感謝するよ。 それじゃあ」

 

テュフォン「サジット、またねー!」

 

一悶着あったが、大事に発展することなく情報を入手することができた。

アイリは未だにカプリコーンの対応に納得がいかないようで、不機嫌な態度が顔に露になっていたが、目的を最優先とするよう自らに言い聞かせ踵を返し歩き始めた。

 

アイリ達が去っていく姿を熟視していたカプリコーンは不満を募らせた顔でサジタリウスに向き合った。

 

カプリコーン「奴等を野放しにしておくことに賛同はできない。 奴等は危険な存在だ。 お前も痛い程分かっていることであろう」

 

サジタリウス「何百年前の話だ? 今はあらゆる世界を少しでも平和になるよう尽力してるじゃねぇか。 時空防衛局の連中もリョウやピコの存在を快く受け入れてるし、ユグドラシルメシアであるアレクやアリスも目を光らせてる。 今はテュフォンだっているんだ。 心配しすぎだカプリコーン」

 

カプリコーン「轍を踏むような結果を招きたくないだけだ。 私はあの力を持つ忌々しい奴等を受け入れることなど到底できん。 忘れるなサジタリウス。 牡牛座、天秤座、魚座、蟹座が不在となった要因が、奴等にあるということを」

 

リョウが床に投げ捨てた槍を拾い、宮殿の奥へと姿を消した。

一人残されたサジタリウスは後頭部に手を回しポリポリと掻いていた。

 

サジタリウス「俺だって理解してるつもりさ。 あの力を野放しにしちゃいけないってことを。 でも、あの力を手にしたのは、あいつらのせいじゃない。 引き起こした行動も、操られ傀儡と化してしまったからなのによ」

 

?「私達のことを理解してくれるだけでも、充分救いになりますよ?」

 

いつの間にか、学生服を着た毛先の数センチが白に染まっている桃色の髪の少女、マリーが壁に凭れかかり立っていた。

 

サジタリウス「気配を感じなかった…当たり前か。 どうしてあんたまでここに?」

 

マリー「リョウさんの監視。 また力を酷使しないようにね」

 

サジタリウス「ある意味、ユグドラシルメシアの面々より監視にはうってつけだな」

 

マリー「…さっきの話、少し聞いてちゃったんだけど…私達のこと、やっぱり憎い?」  

 

サジタリウス「その問いの答えは肯定とも否定とも取れる。 十二星座神官の内の四人が不在なのは紛れもなくあんた達のせいだからな。 だが、事情が事情だからな。 割り切ってるつもりだ。 恨みはしねぇ」

 

並々ならぬ事情があると頭の中では理解してはいるものの、心境は複雑だった。

自身や他者が寛恕しているが、やはり仲間を失った要因である人物を前にし、動揺しない方が無理と言うものだ。

だが、リョウ達の力についての事情を知り尽くしているため、憎悪が膨れ上がることはなかった。

 

もし仮に、仲間の仇討ちを行おうとしようものならリョウ達を葬ろうとすれば、返り討ちにあう未来が目に見える。

何より、彼等の持つ力がある限り、倒すことや殺すことは不可能だ。

 

マリー「ありがとうサジットさん。 それじゃあ、私はそろそろ行くね」

 

サジタリウス「あぁ。 気を付けてな。 …お前達相手に心配は無用だったな…って、もういねえし」

 

人智を超越した凄まじい速度。

正に一瞬と呼べる神速の速さでマリーの姿が消えていた。

 

サジタリウス「さてと、異界からの襲撃者達の事は異界からの訪問者達に任せて、俺は俺の仕事に戻るとするか」

 

己に課せられた役目を果たすため、サジタリウスも宮殿の奥へと戻っていった。

 




次回も見てくれないと、オレの体はボロボロだ!
                    by橘さん


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第56話 宇宙をかける少女達

ポケモンにハマってて書くペースが遅くなってしまったorz


 

 

ーアイリside

 

 

アイリ「エイリアンわたしエイリアン♪ あなたの心を惑わせる♪」

 

カイ「アイリ、うた、じょうずー!」

 

アイリ「いやーそれ程でも~。 では引き続き超絶美少女歌手AIRIのディーバにも負けない歌声を披露致しましょう! 曲は、昭和を代表するアイドル、ピ○ク・レディーから、UFO!」

 

どうも、キューティクル全開、今日も今日とて可愛いアイリです!

画面の前で鼻で笑ったあなたには滅びのバーストストリームを受けてもらうからね!

そうなりたくなければ、あたしをすこれ!よ!

 

あたし達は現在、サジタリウスさんの情報を元に、アンドロメダ星雲へと向かってる。

宇宙船なしで行くことになるとは思ってなかったけど、割りと近場だったということと、目立つような行動を極力しないためにも飛行していどうすることになっちゃった。

 

あたしはミレニアム・ファルコン…じゃなくてもいいから宇宙船に乗りながら銀河を遊覧したいのに~。

でもあたしは知ってる。

映画で良くありそうなパターンだと、宇宙で優雅な一時を送っていたら、きっと不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまうってことを。

 

反乱軍の指導者の一人である姫を救ったと思ったら帝国軍に追いかけ回されたり、ジオン公国軍と地球連邦軍の戦いに巻き込まれたり、宇宙よりも遠い場所である南極に行く…これは関係なかったね。

人だけじゃなく、電磁波を武器とする珪素生物の大群だったり、G細胞を持った宇宙怪獣だったり、一兆度の火球を放つ宇宙怪獣もいたりする。

 

ざっくり言うと、宇宙ヤベー!(白目)

 

兎に角、宇宙には危険がいっぱいってこと!

宇宙船に乗っていないこの状況が既に危険な気はするし、もう少し周囲を注視すべきなのかな?

スターデストロイヤーみたいな巨大な船が攻めてくるかもしれないし。

 

シャティエル「皆さん、そろそろ一時間は飛行していますが、疲れてはいませんか?」

 

ラミエル「俺はまだまだ余裕だな」

 

リョウ「同じく」

 

テュフォン「テュフォンはまだまだ元気いっぱいだよー!」

 

アイリ「えーっと、すいません疲れてきたので休憩タイムを挟んでも宜しいでしょうかー?」

 

リョウ「歌を歌ってる余裕はあったのに。 まぁ一息つくとしますか」

 

みんなスタミナあって凄いなー。

一時間以上も飛びっぱなしってことはなかったから流石に厳しいよ。

足を引っ張り余裕綽々なみんなには申し訳ないけど、休憩を取ってもらうことになった。

 

近場にあった白銀の小さな花が咲き誇る小惑星があったから、そこで十分程休むことになった。

小惑星に咲く白銀の花達は、暗闇の宇宙の中で儚くも力強く、星の瞬きのように輝いてて、あたしの目に焼き付く。

感銘を受けているのはあたしだけじゃなく、琴線に触れたシャティエルも目の前に広がる絶景に感極まっていた。

 

テュフォン「綺麗な場所だね!」

 

リョウ「ここでなら安全に休憩できるやろ」

 

アイリ「分かんないよー。 宇宙帝国ザンギャックが突然現れてこの星を支配しようとやって来るかもしれないよ?」

 

リョウ「この世界にはおらへんって。 まぁバカでかい艦隊が多数来たところでわしとピコ、テュフォンがいれば返り討ちにできるから」

 

アイリ「幾らなんでも強すぎない? テュフォンちゃんは最初に会った時から凄い力を感じてたけど、具体的にその力ってどれくらい強いの? あたしも実際に味わってはみたけど…甘露寺さんや蘭姉ちゃんくらい?」

 

リョウ「余裕で凌駕するで。 手加減無しの全力、本気を出せばパンチ一発で木星並の大きさの惑星なら真っ二つに出来るんちゃうかな?」

 

テュフォン「うーん…やったことないから分かんないけど、やってみる?」

 

アイリ「絶対ダメだよ!? 実際にアラレちゃんみたいなことされたら洒落にならないから!?」

 

リョウ君の周囲には戦闘に特化した凄い人しかいないの?

全員100tハンマーを余裕で振り回しそうな猛者ばっかりな気がする。

あたし主人公の筈なのに何でこんなにも差があるのだろうか…もっと強くなりたい!(切実)

 

アレク君やアリスちゃんの力も大概だけど、あの二人は世界の人達から嫌悪感を抱かれている様子は見受けられない。

その反面、リョウ君だけは特に忌み嫌われている。

あたしが初めてシェオルにやって来た時、周囲の天使達はリョウ君を蔑むような目で見て避けていた。

敏感に反応してたのが、さっき出会ったばかりのカプリコーンさん。

執拗にリョウ君を世界から追い出そうとしていた。

これは十中八九、過去にリョウ君が起こした出来事が関連している。

 

一体何が原因で、どのような事をすれば、忌み嫌われるようになるのかな?

フォオン様を九分殺しにまで追い込む悪辣な行いをしたのには、必ず訳があると思う。

あたしや仲間を想い戦うリョウ君がそんなことするとは到底思えない。 思いたくない。

カプリコーンさんはピコ君も同じだと言っていたけど、それにも納得いく要素が何一つ存在しないから、あたしからしたら信じられない。

 

余計なお節介なのは分かってるし、人の過去を無闇に詮索するのも良くないというのも分かってる。

リョウ君達の過去を聞いたところで何か変わるわけでもないし、解決するわけじゃない。

それでも、あたしは知りたい。

 

意を決して、あたしは口を開こうとした。

その絶妙なタイミングで、邪悪な何かを感じ取れた。

小さくドス黒い、もう何度も感じ取れるその気配の正体は、あたし達の目的地である進行方向から向かって来ていた。

 

シャティエル「数多の生体反応を確認。 …分析できました。 悪魔です」

 

なーんでこうもタイミング悪く現れちゃうのかな!

怒り狂って銀河はかいばくだん使っちゃいそうだよ!悪魔が相手なんだし、別に問題ないよね?(無慈悲)

 

ピコ「アイリの気配を察知して襲いに来たってところかな?」

 

アイリ「襲うなんて聞こえ悪いなー。 悪魔は悪辣非道な連中だから、きっと猥褻な事もしてくるに違いない」

 

リョウ「アイリの抹殺が目的なんやからそりゃないって」

 

アイリ「衣服を千切られ、モザイクが掛かるような事をされちゃうんだ。 エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!!」

 

リョウ「おい落ち着け」

 

カイ「もちつけ?」

 

アイリ「餅つけ?」

 

リョウ「そう、餅つくんだ。 いやいや、落ち着くんだ。 そんな卑猥な事にはならへん。 いや、させへんよ」

 

アイリ「かっこいいー! ウホッ、いい男…」

 

リョウ「その台詞やめろ」

 

テュフォン「ねえねえ、ここはテュフォンに任せてもらってもいい?」

 

リョウ「ん、あぁ構わんよ」

 

意気揚々とテュフォンちゃんが前に躍り出て、リョウ君が発動させている『天使の加護』から出た。

流石、宇宙生まれの龍の子供だけあって、酸素がない宇宙空間の中でも活動は可能みたい。

あたしは加勢しようと意欲を出すも、リョウ君が必要ないと言うように手で制してきた。

あたしでも倒せないことはないだろうけど、数が凄いからなぁ。 百人をかるく超えてるし。

テュフォンちゃんからは凄い力を感じ取れはするけど、まだ幼い子供だし、一人で戦うには分が悪すぎると思うから鬼胎を抱いちゃう…。

 

テュフォン「よーし! 久々に大きいのいっくよー!」

 

高らかに声を発すると、大きく息を吸い始めた。

空気があるわけでもないのに何を吸っていたんだろうと下らないことを考えていると、あたしの体が飛び上がる程の膨大な力を感じた。

発生源は言わずもがな、目の前にいるテュフォンちゃん。

煮えたぎるような熱い何かと同時に、サジタリウスさん達から感じたものと似たエネルギーを感じ取れ、肌をビリビリと刺激する。

 

テュフォン「『ダイナミックブレス』!」

 

口の前に収縮された煌めく藍色の炎が前方に放たれた。

真っ暗な宇宙空間に広範囲で広がる藍色の炎は豪然できらびやかだった。

界隈を藍色一色で埋め尽くし、悪魔達の姿は視認できなくなった。

 

筆舌に尽くし難い、猛烈な威力に唖然としていた頃には、炎が晴れ、星々を眺めれるようになっていた。

たった一発、単純で豪快な一回の攻撃で、悪魔の軍勢を灰すら残すことなく消し去り勝利を収めた。

 

因みに、現在あたしの頭の中ではFATAL K.O. が再生されてます。

うん、どうでもよかったね。

 

ピコ「おぉー、流石だね」

 

リョウ「やりますねぇ」

 

テュフォン「やったやったー! テュフォン勝ったー!」

 

一方的な攻撃により勝利を納めたテュフォンは踊るように跳び跳ね、喜びを体全体で表現していた。

可愛い。(確信)

 

ラミエル「相変わらずすげぇ威力だな。 馬鹿みたいなパワーは健在なんだな」

 

アイリ「あんなの受けたら間違いなくタヒんじゃう。 モビルスーツも跡形もなく消し飛ぶだろうね」

 

リョウ「やれやれ、悪魔の奴等、アイリの力に敏感に反応しよるのう。 長居はできそうにないけえ、そろそろ行こうかいね」

 

アイリ「折角ちょっと休めると思ったのに…悪魔め、今度会ったらリョウ君がお前達をボコボコにしてやるんだから!」

 

リョウ「他力本願やないか。 お前も戦わんかい」

 

アイリ「あたしは今から宇宙幕府ジャークマターを倒すために9人の究極の救世主を見つけ出さないといけないから」

 

リョウ「おう、頑張ってな。 みんな、アイリとは別行動になるけど、気にせず行こう」

 

アイリ「もー冗談じゃん。 最近あたしの当たりが強いから泣いちゃいそうだよ。 女の子だもん」

 

リョウ君の言ってることも冗談だってことは分かってるよ。

あたしの自他共に認めるつまらないやり取りに、嫌な顔一つ見せずに親しみを込めて乗ってくれるので、正直嬉しくて心が弾んじゃう。

 

でもツッコミは秀逸とは決して言えないけどね。(上から目線)

新八やビュティ並のキレッキレのツッコミが出来ないようじゃまだまだだよ。( ´_ゝ`)フッ

 

リョウ「……今のアイリなら見えるはずだ、あの死兆星が」

 

アイリ「え、な、何で突然そんなことを?」

 

リョウ「馬鹿にされたような気がしたけえのう」

 

やだ怖い! リョウ君はエスパーか何かなの?

これは、まずい…。

 

リョウ「何がまずいんだ?」

 

アイリ「え…」

 

リョウ「言ってみろ」

 

物凄い笑みを浮かべて言ってくる姿は某鬼の頭領宛らの恐ろしさがある。

あたしも同じように理不尽なパワハラを受けて死んじゃうかも…。

いやいや、それよりも何で心の声が聞こえてるの!?

インチキ効果もいい加減にしてよ!

 

リョウ「何で聞こえてるのかって? 答えはCMの後で…何て言わへん。 さっき最後に殺すと約束したな。 あれは嘘だ」

 

あ、これあたしオワタ\(^q^)/

 

次回、アイリ死す。 デュエルスタンバイ!

 




今回も短い? 寝言言ってんじゃねえよ、ぬへへwww


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第57話 星間飛行

ポケモンの厳選疲れるわ~
小説がぜんぜん進みません…ダレカタスケテー!


アイリ「遠い昔、はるか彼方の銀河系で…」

 

リョウ「ス○ー・ウォーズみたいな始まり方やな」

 

アイリ「おっきな冒険が始まる予感がするでしょ? あ、ヤッホー画面のみんな! 前回で死んじゃったかと思った? ところがどっこい生きてるアイリちゃんです!」

 

テュフォン「アイリお姉ちゃんは誰と話してるの?」

 

リョウ「気にする必要はないよ。 こういう病気に掛かる年頃なんだ」

 

テュフォン「あ、分かった! ユンナ姉が言ってた、ちゅーにびょーって名前の病気だよね!」

 

アイリ「うっ…心が痛い」

 

休憩を終えたアイリ達はアンドロメダ星雲へ向け出発した。

 

『天使の加護』の白い粒子に包まれ銀河を横切るそれは彗星そのもの。

暗黒の中に輝きを放つ故に、大変目立ってしまう。

悪魔達にアイリの存在を認知されたため、いつ何時にでも襲撃されてもおかしくはないため、速度を上げ目的地へ移動していた。

 

テュフォン「見えてきたよ! あれがアンドロメダ星雲だよ!」

 

星々が周囲に存在しない寥々たる光景の中に、視界全体に広がる巨大な雲が広がった。

地球上の上空に広がる白色とは違い淡黄色で、ラメが混ざったかのように煌めいており、幻想的なもの。

 

淡黄色の霧に近い星雲に混濁するかの様に、豆粒の何かが蠢いていた。

遠目からでははっきりと視認することはできなかったが、悪魔ということは理解できる。

極力戦闘は避けて向かいたかったが、どの方向からでも認知できるよう見張りを張り巡らせているようで、戦闘は回避できそうもなかった。

 

ラミエル「えらく厳重だな。 そこまでするのかよ」

 

ピコ「アイリの抹殺は勿論だけど、まるで僕達を見つけると言うより、アンドロメダ星雲に何者も寄せ付けないようにしてるようにも見えるね」

 

ラミエル「あいつらが守るような物なんてここには無いと思うんだけどな…」

 

リョウ「考えるだけ無意味じゃ。 さて、どのようにして突入したものか」

 

ピコ「ここまで来たなら正面突破あるのみでしょ。 どうせ直ぐに僕達の存在は明るみになることだし」

 

リョウ「そうしますかねぇ。 んじゃま、挨拶変わりに痛烈な一撃を与えてやろうか」

 

アイリ「よっしゃー! 最初からクライマックスでいくよ!」

 

強行手段で潜り抜けるため、突入口となる道を開ける必要がある。

初っ端から強力な一撃を与えるため各々武器を構えた。

 

ラミエル「俺は遠距離技はねえから、みんな頼むぜ」

 

アイリ「任された! 『ロイヤルストレートアロー』!」

 

リョウ「『ソードビーム』!」

 

ピコ「ウルトラ…威力ヤバイからやめとこ。 『ピコビーム』!」

 

シャティエル「リミッター解除。 エネルギー全開放。 『ハイプラズマエネルギーキャノン』、発射!」

 

テュフォン「『ダイナミックブレス』!」

 

アイリは弓から目が眩む程の輝く光の矢。

リョウは剣から放つ黄金の光線。

ピコは口から放つ光線。

シャティエルは胸元にエネルギーを収束し放つ高エネルギーの光線。

テュフォンは星の力が加わった藍色の炎。

 

各々遠距離に適した技を繰り出した。

湾曲することなく直線に進行を続けた技に、悪魔兵達が気が付かない筈がなかった。

反応仕切れたものの、高威力の技を防ぎきる術を持たないため、回避行動を行うしかなく、散り散りに移動し始めた。

乱離骨灰となり、誰から見ても強襲に混乱している現状を見逃す訳にはいかない。

 

ラミエル「突っ込むぞ!」

 

アイリ「今のあたしは激突王だ! どけどけ〜どけどけ〜邪魔だ邪魔だどけどけ〜どけどけ〜!」

 

アイリの存在に気付いた悪魔兵達が雲霞の如く押し寄せようとするも、リョウが発生させている『天使の加護』の前には手も足も出せずにいた。

更に接近を許さぬようシャティエルが二丁の『ライトガトリング』を乱射し、次々と悪魔兵の体を射ち抜いていった。

無碍となった正面を通り、淡黄色の霧のような星雲に突入した。

 

黒一色だった世界が消え、淡黄色が視界全体に広がる。

 

シャティエル「リョウさん、酸素があるようなので、『天使の加護』を解除しても問題なさそうです」

 

リョウ「そうなのか? 了解した」

 

シャティエルの言葉を信じ、数時間と展開し続けていた『天使の加護』を解いた。

確かに星雲の中は酸素で満たされているようで、地球にいる時と同様に呼吸を行うことができる。

アイリは廃棄物の混合していない新鮮な空気をこれでもかと言わんばかりに吸い込んでいた。

 

テュフォン「うーんと、クラウソラスを探すんだよね?」

 

リョウ「そうそう。 とは言っても、アンドロメダ星雲はとてつもなく広いからな。 わしも来るのは始めてやし、詳しいことは分からへんからなぁ」

 

アイリ「クラウソラスは光の力を司るらしいけど、それっぽい気は全く感じ取れないね」

 

シャティエル「私もそのようなエネルギーは感知できていません。 望遠レンズを使用したいのですが、周囲を漂う霧の影響で使用不可能な状態です」

 

ピコ「自力で見つけ出すしかなさそうだね。 このまま何事もなくいく…訳ないよねー」

 

喋る途中、ピコの背後から悪魔兵が槍を掲げ襲撃してきた。

自身の武器であるピコピコハンマーを取り出し、振り返り様に強力な打撃により槍を粉砕、追撃による『ピコビーム』を撃ち、悪魔兵を跡形もなく消し飛ばした。

 

不意な攻撃により陣形が崩されていた悪魔兵はアイリ達を追うため星雲の中へ入ってきたようで、囲まれてしまった。

 

進路も退路も塞がってしまったが、焦燥感に駆られることはなかった。

カイだけはアイリの腕の中で恐怖に震えていたが、アイリは落ち着かせるため頭を優しく撫でた。

 

アイリ「カイ君、怯えなくても大丈夫だよ。 あたしが絶対、守ってみせるからね」

 

リョウ「良い覚悟やね。 アイリは先に行かしたいから、わし等が残って雑魚の相手をしようか。 テュフォン、アイリに付いてやっててくれへん?」

 

テュフォン「了解だよ!」

 

アイリ「みんな、絶対死なないでよ」

 

ピコ「僕達は幾つもの修羅場を乗り越えて来てるんだから心配ないよ。 さあ、行って!」

 

シャティエル「アイリさん、御武運を」

 

後を任せるのは気が引けたが、自分を先に行かせる覚悟を持った仲間の意思は無駄にはできない。

目的であるクラウソラスを探すことだけに傾注し、テュフォンと共に更に奥へ進むため真っ正面を突き抜ける。

数人の悪魔兵が道を阻むも、リョウとラミエルがアイリ達を追い抜き、仇為す悪魔兵の攻撃を防いだ。

自身を抹殺しようと荒れ狂う声が背後から聞こえてくるが、仲間の援護もあって攻撃が襲い来ることはなかった。

 

ひたすら前へ、前へと進む。

クラウソラスの気配を感じないため、ほぼ我武者羅に進んでいた。

星雲の中にも悪魔兵が至る箇所にいるようで、荒々しい声が四方から耳に入る。

目的地が見出だせず、雑音にも似た獰猛な声の出所が視界に入らず、不安を掻き立たせる。

自身の趨勢が見通せず、不安の色が表れていたのか、並走していたテュフォンがアイリの手を握った。

 

テュフォン「アイリお姉ちゃん。 テュフォンが付いてるから大丈夫だよ!」

 

アイリ「テュフォンちゃん…ありがとう」

 

四面楚歌にある状況下の最中ではあったが、テュフォンという頼れる仲間と共にいることに安堵する。

幼い割には泰然自若としているのは、戦闘経験が豊富である証なのだろうか、アイリを気遣い笑みを浮かべる余裕まで見せている。

テュフォンがどれ程の修羅場を潜り抜けたかは不明だが、年長者である自分が敵が跳梁する場所で怖じ気付いている場合ではないと言い聞かせ鼓舞する。

 

もう一度クラウソラスの気を探ろうと目を閉じ集中する。

 

『お前も蝋人形にしてやろうかー!!』

 

『ムスタディオをやっつけろ♥』

 

『みんな! 抱きしめて! 銀河の果てまで!』

 

『環境破壊は気持ちイイZOY!』

 

『ミュウミュウストロベリー、メタモルフォーゼ!』

 

『汝は知るだろう、幾何なりし封縛、いかなる訃音を告げるものか! デルタストライク!』

 

『人間が何故泣くのか分かった。 俺には涙は流せないが…』

 

集中する度に、現実世界のネタが脳裏を飛び交う。

最早伝統芸になりつつある自身の煩悩を呪いながらも、己の直感を信じることにし開眼する。

目の前に広がったのは、立派な肌色の双丘、女性の胸元だった。

 

アイリ「へ?」

 

思考回路が追い付かないまま、突如現れた双丘に激突してしまった。

柔らかな感触に包み込まれ衝撃は和らいだが、完全に威力を殺せたわけではなかったので、後ろへ仰け反ってしまう。

ぶつかってしまった何者かが手を伸ばし、アイリの腕を掴んだ。

 

?「あら、こんな場所に天使族の女の子がいるなんて、驚き!」

 

テュフォン「あー! ヴァルゴ!」

 

偶然にも遭遇したのは、十二星座神官乙女座担当ヴァルゴ。

胸元が大きく露出した白と金を基調とした服を纏い、艶のある先端が銀河の様にきらびやかになっている金色の髪が特徴的な、超絶美女だった。

 

表情豊かな彼女はテュフォンを見るなり胸の前に両手を合わせ、広大な宇宙で会えた邂逅に喜びを体現した。

 

ヴァルゴ「あらー! テュフォンちゃん! お久し振り! ここには何か用があって来たのかしら?」

 

テュフォン「えっと…えっとねー…何でだっけ?」

 

笑みを浮かべながら頬をポリポリと掻く様子に、可愛いと思いながらも二人は宙でずっこけた。

 

アイリはアンドロメダ星雲の何処かにあるとされるクラウソラスを探索する目的を告げた。

 

ヴァルゴ「凄いことしようとしてるのね! アイリちゃん…よね? あれは尋常じゃないくらい凄まじい光の力があるのよ? 手に取ったりしたら、逆に命を奪われちゃうんじゃないかしら?」

 

アイリ「え、そうなんですか? リョウ君達はそんな情報何も言ってなかったけど?」

 

ヴァルゴ「そう…リョウが言ったのね…」

 

先程の喜びの表情とは打って変わり、沈んだ表情となった。

急激な変わりようは間違いなくリョウにあると睨んだアイリは擁護するため口を開く。

 

アイリ「あの、ヴァルゴさん。 リョウ君は…」

 

ヴァルゴ「アイリちゃん、あなたの言いたいことは分かってるわ。 リョウの過去の過ちは、決して許されるものではない。 私もカプリコーンさんと同様で、全てを妥協して禍殃となる存在をこの世界に滞在させたくはないの。 でもね、昔の事をいつまでも引き摺ってばかりじゃ何も変わらないと思うの。 だから、自身から厄災を持ち込まなければ、追い払うような野蛮な事はしないから、安心して」

 

微笑みを浮かべているも、アイリにはそれが本心ではない笑みに見えてしまった。

アイリのリョウを拒みたくない気持ちに同情し、無理をしてリョウの存在を受け入れ賛同しているのだろう。

ヴァルゴ成りの気遣いだと察したアイリは快く受け入れることにした。

 

アイリ「ヴァルゴさん…ありがとうございます」

 

ヴァルゴ「きっと、事情があるんだと思うし、何でもかんでも悪いように捉えちゃいけないもんね。 よし! 私もアイリちゃんのこと手伝っちゃおうかな!」

 

アイリ「ホントですか!? 助かります! あ、でも、ヴァルゴさん達は悪魔兵の掃討をしなくちゃいけないんじゃ…」

 

ヴァルゴ「同時進行でいくわ! 私の仕事もできてアイリちゃんの目的も果たせる。 一石二鳥ね! さあ、行きましょう!」

 

くるりと身を翻し、周囲を睥睨する。

 

ヴァルゴ「『スピカディフォメーション』!」

 

手に光を収束させ、腕を振るう。

光は刃の形状へと変形し、視認こそできていなかったが、接近してきた悪魔兵を一刀両断した。

 

アイリ「ゴウランガ!」

 

テュフォン「えっと、たしか、アレクパパが言ってた! 素晴らしいって意味だったっけ?」

 

アイリ「その通り!(タ○モトピアノ)」

 

ヴァルゴ「素晴らしいって言ってくれるなんて嬉しい! 乙女座の名にかけて頑張っちゃうわ!」

 

アイリ「あたしもじっちゃんの名にかけて頑張ろう! …まあ、じっちゃんの顔なんて見たことないけど。 悪魔なんて返り討ちにしてやるんだから。 クサヴァーさん、見ててよね!」

 

テュフォン「クサヴァーさんって誰?」

 

ヴァルゴ「う~ん…私には分かんないかも」

 

アイリ「カイ君、しっかり掴まっててね」

 

カイ「はーい!」

 

アイリはカイを肩車させ、ガーンデーヴァを召喚し、果敢に接近しつつある悪魔兵に向け光の矢を放つ。

光の力により浄化されていくが、肉薄してきた敵を倒そうと躍起になっている悪魔兵は倒しても倒しても切りがない。

数の暴力で敵を捩じ伏せる、塵も積もれば山となるという考えで突貫してくる。

抹殺対象であるアイリを集中的に狙ってくるが、アイリは短い期間の中で得た戦闘経験を活かし向かい来る火の粉を払っていく。

 

『シャインアウト』で牽制し、怯んだ隙を突き懐に矢を撃ち込んでいき、再び接近する者がいれば『光弓三日月斬』で斬り裂いていく。

近距離と遠距離、即座に切り替えながら戦うその様を見れば、元人間とは思う者はいないだろう。

天使という種族になってしまったとは言え、身の熟しが完璧という訳ではない。

数十という群れを成して突撃されては対抗する手段は無いに等しい。

 

テュフォン「アイリお姉ちゃんに近付かないで!」

 

一人ではどうにもならない局面でも、仲間がいれば優勢へと傾く。

 

アイリの真横を通り過ぎたテュフォンは腰の後ろから太い鱗に覆われた尻尾を出し、振り返り様に横に一閃する。

剛力による尾の一撃を受けた数十という数の悪魔兵は叩かれた虫の様に飛んでいく。

付近にいる悪魔兵は、瞬時に伸びた鋭い爪で引っ掻き斬り裂いていく。

竜の混血なだけあって、幼い体には似合わないパワフルで力強い戦闘を繰り広げている。

 

テュフォンの特攻により数は減少してはいるものの、茫洋たる星雲を蚕食するかのように配置されてある悪魔兵の勢力は劣ることはなかった。

 

ヴァルゴ「まあ、凄い数。 でも、怖じ気付いてなんていられないわよね。 アイリちゃん、テュフォンちゃん、頑張りましょう!」

 

テュフォン「うん! 頑張ろー! ファイトー!」

 

アイリ「いっぱーつ!! こんな時でもネタを出しちゃうあたし。 我ながらホントぶれないな~」

 

光の矢を番え、いつ終幕するかも分からぬ戦闘に身を投じるため気合いを込めて、矢を引き放った。




ヴァルゴが性格的に甘露寺さんみたいになってしまっていたことに書き終えて気付いた。


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第58話 ホロスコープ・ラプソディ

今年最後の投稿です。


リョウ「…完全にはぐれてもうたな」 

 

無限と呼べる程に広大な星雲。

淡黄色だけで支配された虚空の中、リョウは一人で飛行していた。

ラミエルとシャティエル、ピコと悪魔兵と戦闘を繰り広げていたのだが、相当の数の相手をしているうちに散り散りになってしまい、余儀無く単独行動をすることとなってしまった。

 

アイリと合流するか、仲間を探しながらクラウソラスを見つけるため周囲を探索するか脳内で会議が行われる。

優先順位としては、クラウソラスに触れなければならないアイリを見つけ出し共に行動をすることだ。

だが右も左も分からない仲間を捨て置くこともできない。

監視者の力を行使すれば仲間の居場所どころか、クラウソラスの在処まで分かってしまうので、気は進まなかったが何か起きてからでは元も子もない。

 

集中しようと瞳を閉じた時、周囲が喧騒に包まれた。

誰かが悪魔兵と戦っているのは明らかだったため、合流することを最優先とし、音の鳴る方へと飛行する。

 

?「こいつらしつこいよー!」

 

?「ホントしつこいー!」

 

鋭い刃音や、爆発音が、悪魔兵達の荒れ狂う声が混濁する中から聞こえたのは、幼い二つの声。

戦場には不似合いな声を頼りに更に移動すると、半径数十メートルは程しかない不毛の惑星が姿を現した。

その惑星を足場にして、次々に押し寄せる悪魔兵達を相手にしている二人の子供の姿があった。

 

一人は黒と金を基調とした服装を身に纏った、二本の短剣を手にした赤色の短髪の少年。

 

一人は白と金を基調とした服装を身に纏った、煌めく銀色の二丁の銃を手にした水色のショートヘアーの少女。

 

悪魔が蔓延る星雲の中に何故子供がいるのか疑問を浮かべるだろう。

だが二人の子供は、サジタリウスと同等の立場にある、星空界を統治する存在。

異例ながらも二人で成り立つ、十二星座神官双子座担当、カストルとポルックス。

 

知人であるリョウは避難させる事を最優先させず、共闘するため接近する。

新たな敵に気付いた悪魔兵達は武器を手にリョウに一斉に襲い掛かる。

邪魔者を排除し偉勲を立てようと我先に飛び出してきた一体一体の悪魔を凪払っていき、惑星が地表が姿を現した。

視界に映ったのは、数人の悪魔兵が矢を番えた姿。

弦を引いた状態だったため、回避する余裕がなかったため『天使の加護』を発動しようとした。

 

リョウ「…あら?」

 

白い光の粒子が舞い散る筈だったが、加護が発動することはなかった。

 

リョウ「使いすぎたみたいやのう…!」

 

天界から星空界までほぼ『天使の加護』を継続して発動させていたため、一時的に使用不可能になってしまっていた。

力が半減されているため、酷使していた『天使の加護』を維持できなくなってしまっていることに気付けなかった己の不甲斐なさを呪いつつ、矢を受けきるため構える。

 

大量の矢が放たれるも、華麗な剣裁きにより全て払い除け接近するも、数が多すぎるが故に反応しきれず肩と太股に矢を受けてしまう。

痛みに顔を歪ませるも、移動速度に変化はなく、攻撃を受けたと思わせない軽快な動きで矢を退け悪魔兵へと肉薄し剣を振るい、秒で矢を放った一部隊を殲滅させた。

地に降り立ったと同時に駆け出し、二人の子供の周囲にいる悪魔兵達を斬り伏せた。

 

リョウ「カストル、ポルックス、無事か?」

 

カストル「リョウさん! 助かったよー!」

 

ポルックス「助けてくれるのならもっと早く来てよー!」

 

二人は助太刀に入ったリョウを視界に入れると、安堵仕切った笑みを浮かべた。

 

その後もリョウと協力し周辺に蔓延る悪魔兵達は粗方倒すことに成功した。

惑星に居座り続けていては再び襲撃される可能性があったため、その場を離れ星雲の中へと身を潜ませていた。

 

カストル「僕達との実力の差はあるとは言っても、あんなに数がいたらたまったものじゃないよ」

 

ポルックス「なーんで星空界に悪魔族がいるの? リョウ何か知ってる?」

 

リョウ「実はわしにもさっぱりなんよ。 わし達は別の目的でこの世界に訪れてるだけやからね。 ついでと言っちゃ聞こえは悪いけど、わしも悪魔を殲滅する手助けをさせてもらうで」

 

ポルックス「それはありがたいばかりだよー! でも、あまり長居しない方がいいんじゃ…」

 

カストル「僕とポルックスは兎も角、一緒にいたヴァルゴは拒絶すると思うし」

 

リョウ「その時はその時で何とかする。 取り敢えず、移動しながら詳細を説明するわ」

 

カストルとポルックスに星空界に来た経緯を説明しつつ、仲間の合流、及びクラウソラスの探索のため移動を開始し始めた。

 

 

~~~~~

 

 

カイ「けしき、かわらないねー」

 

アイリ「いい加減飽きてきちゃった。 あたしはわざマシンを使えなければ『きりばらい』を覚えれないからな~。 こんなに霧が出てるのは白鯨の仕業かな? それともサイレンヘッドの出る前兆?」

 

ヴァルゴ「アンドロメダ星雲はガスに似た気体が周囲に霧散されている場所だから、眺めに変化がないのは仕方ないかも」

 

アイリ「我慢するしかないか~」

 

カイ「がまんするしかないか~」

 

ヴァルゴ「でも開けた場所もあるのよ。 あ、ほら! 着いた!」

 

何十分と上下左右、前方後方と変わらぬ景色を徘徊するように進み続けていた。

丁度ヴァルゴが話題を出し始めたその時、霧が覆われていない場所へと辿り着いた。

 

霧がかかっていないため、漆黒の宇宙が広がっている。

開けた空間の中央には島が浮いており、過酷な環境下な中で反映した自然豊かな緑が癒しを与えてくれる。

 

悪魔達の気配は感じず、待ち伏せをされている可能性がないと判断したアイリ達は島に足を着けた。

空気があるおかげか、涼しい風が吹き抜け頬を撫でた。

一時の安息に思わず気が緩み顔がほころぶ。

アイリに肩車されていたカイは飛び降り小さな池の水面を指でつついて遊んでいる。

 

テュフォン「綺麗な場所だね!」

 

アイリ「凄い絶景…あたしの世界ではまず見られないような景色だよ」

 

ヴァルゴ「星空界にはここよりもっと良い景色が見れる場所がいっぱいあるわ。 今度アイリちゃんにも見せてあげたいわ!」

 

アイリ「是非お願いします! アニメを超える絶景をあたしの目に焼き付けたい!」

 

?「残念だけどその絶景は見れずに終わっちゃうかもよ?」

 

澄んだ女性の声が後方から聞こえた。

人が立ち寄らない場所なため、人の声がすること事態が不自然なため、反射的に身構え振り向く。

双頭刃式の槍を携えた女性が木の根本に座り込んで林檎を頬張っていた。

 

アイリ「あなたは! …誰だっけ?」

 

?「ちょっ!? 忘れちゃったの!? アイリちゃん酷いね~。 エクリプスのレミーネよ。 天界のライブ以降ね。 前回はあの消しゴムを相手にしてたからあまり関わりはなかったわね」

 

芯だけとなった林檎を放り投げ、腰に帯刀していたダガーを両手に持った。

戦意と殺意が籠る瞳を向けられると、思わずたじろいでしまう凄味を犇々と感じる。

 

ヴァルゴ「悪魔に続いてエクリプスまで…。 あなた達の目的はなんですか?」

 

レミーネ「目的はアイリちゃん、あなたを捕縛すること」

 

アイリ「え、あたし? ディーバでもないあたしを何で狙うの?」

 

レミーネ「あなたを人質にして、世界の監視者をエクリプスの傀儡にしようかなって思ってるの。 因みにこれは私の案」

 

アイリ「リョウ君をエクリプスの手先にするつもりなの? 何のために?」

 

レミーネ「世界の監視者の能力があれば、ディーバのライブ以外でのプライベートの行動を把握することが可能になる。 時空防衛局を除いて口外を禁じられていると思われるスケジュールも、監視者の能力があれば丸分かりってわけ。 これを思い付く私って天才よね? 褒めてくれてもいいのよ?」

 

ヴァルゴ「また過去と同じ悪辣な行いを繰り返そうとするつもりなんて…」

 

テュフォン「そんなの絶対に許さない…!」

 

過去に起こしたという言葉にアイリは反応したが、その疑問は即座に霧散する。

レミーネの行おうとしている計画にテュフォンは怒りの感情を露にしていた。

感情が高ぶるのと同調するように、次第に力も急激に高まっていく。

側にいたアイリとヴァルゴはテュフォンの底知れない膨大な力を肌を通して感じとることができ、無意識に一歩下がってしまった。

 

テュフォン「アイリお姉ちゃんには手出しさせない! リョウ兄を泣かせる人は許さない!」

 

眦を決したテュフォンは爬虫類を思わせる翼を広げ、地が陥没するほど踏み込み飛び出し爪を振るう。

レミーネはダガーで爪を防ぎ受け流しもう一本のダガーで首を撥ね飛ばそうとするも、空中で一回転し硬い鱗で覆われた尾でダガーを弾き、もう一度爪による攻撃を仕掛ける。

尾による防御に一瞬怯んだものの、体勢を立て直し再びダガーで防ぐが、レミーネは思わず我が目を疑った。

生まれながらにして持つ常軌を逸する膂力と、星の力を宿した藍色に煌めく爪の一撃により、硬度な鉄製の刃は粉々に砕け散っていた。

もう一本のダガーで反撃に移ろうとしたが、身を翻し回し蹴りを繰り出したテュフォンの敏速な攻撃がレミーネの腹部に直撃し、地を抉りながら吹っ飛んでいく。

 

テュフォン「リョウ兄をこれ以上悲しませないで! エクリプスのせいでリョウ兄は誰にも助けてもらえない立場になっちゃって、あの力を手に入れちゃったんだ! そのせいでシエルお姉ちゃんやさくらちゃんを失っちゃったんだ! またリョウ兄を苦しませようとするんなら、テュフォンはここであなたを殺す!!」

 

年相応の癇癪を起こし喚くように怒声が喉からはち切れるように出される。

家族であるリョウにこれ以上苦痛を与える所為を行わせたくない純粋な気持ちが、怒りの感情を膨らませている。

同時に力も増幅されており、幼い子供とは思えない尋常な殺気を放っている。

 

レミーネ「いやー流石、天駆ける星龍。 実力は折り紙付きね」

 

レミーネは口に溜まった血反吐を地面にぶちまけた。

先程の一撃で肋骨が折れ内蔵が破裂しており、戦闘続行は不可能な状態だが、痛みに顔を歪ませることなく立ち上がった。

 

ヴァルゴ「あなた、治癒の加護を受けているのね」

 

レミーネ「御明察よ乙女座さん。 私はこの加護があるおかげで痛みが感じるのは一瞬で済むし、時間は掛かるけど徐々に回復していく。 何処の誰かも覚えてない奴から奪った能力だけど、ホント役立つ」

 

ヴァルゴ「人から奪取した挙げ句、悪事を働くなんて、許せておけない!」

 

レミーネ「だったらどうする? 私を倒す? 残念だけどそう簡単にはいかないわよ? 今回は助っ人がいるから」

 

ヴァルゴ「助っ人?」

 

レミーネの背後に瞬間移動で何者かが突如現れた。

白と黒、対を成す色の翼を持つ堕天使、ルシファー。

思わぬ刺客にアイリは目を見開いた。

 

ルシファー「以外か? 元人間の娘。 久し振りだな」

 

アイリ「あたしは会いたくなんてなかったよ。 まさかデスピアの次は悪魔と手を組むなんてね」

 

ルシファー「互いに望むものが偶然この世界にあっただけだ。 それに、組織としての判断ではなく俺の独断で協定を結んでいる」

 

レミーネ「それは私も同じ。 セラヴィルクにも報告はしてないわ。 許可を得るなんて面倒だし、手柄を一人占めしたいからね~」

 

手柄を我が物にしたい、目的を得るためならば手段を選択しない胴欲で老獪なやり口にヴァルゴは呆れ混じりの溜め息を吐き、手に光を収束した。

 

ルシファー「乙女座、貴様に用はない。 引っ込んでいろ」

 

ヴァルゴ「何が目的かは知らないけど、この世界に害を成すなら野放しにはできないわ。 ここでエクリプスと共に討ち倒しちゃうわ!」

 

ルシファー「やはり口論では解決には至らない。 どの時代になってもこれだけは変わらないということか」

 

ルシファーは愛用の闇の剣、ティルフィングを召喚する。

禍々しい剣を見た途端、力を感じ取ったアイリは全身の鳥肌が立ち、血の気が引いていった。

アイリだけではなく、ヴァルゴとテュフォンも同様の反応を見せた。

 

心だけでなく、世界をも蝕み呑み込むようなどす黒い純粋な闇。

負の感情一色に染まり上げてしまうような闇はルシファーが剣を振り下ろすと同時に斬撃となりアイリ達に襲い掛かった。

四方に散り闇の斬撃を回避し、追撃に注意し態勢を立て直した。

再度ルシファーに目を移すと、ティルフィングが視界に入った。

 

気配を探らなくとも直視できてしまう闇。

目に焼き付いてしまう禍々しい闇は視界に入らずとも本能が拒絶反応を起こし、その場から逃走しろと脳が危険信号を発している。

 

アイリ「何なの? あの剣から出てる闇は。 リベリオンの時の比じゃない…」

 

テュフォン「アレクパパが使うティルフィングとは比べ物にならないくらい凄い。 やっぱり本物は違うんだね」

 

たった一人の増援により形勢が逆転し、戦闘意欲は失せ頓挫してしまう。

不敵な笑みを浮かべ歩みを進めてくるルシファーに対し、アイリは一歩、また一歩と徐々に後退していく。

ヴァルゴも警戒しその場を動けない最中、テュフォンだけは翼を広げ果敢に飛び出していった。

 

テュフォン「ルシファーお兄ちゃんは昔はもっと優しかったのに、何で…!」

 

ルシファー「時が経てば人は変わる。 君にも分かることだと思うんだが?」

 

星の力を宿した爪が縦横無尽に振るわれるも、涼しい顔付きのまま剣で軽く往なしていく。

実力差はほぼ互角で、どちらも押しては引いてを繰り返し、その場で停滞する静と動の激闘が繰り広げられていた。

静観する訳にもいかなかったが、手出しすれば却って邪魔になってしまうという事実は理解できる。

テュフォンは幼さとは裏腹に、幾つもの修羅場を潜り抜けているのが目の前で繰り広げられている戦闘が証拠となっていた。

 

レミーネ「ぼーっとしてちゃ殺られちゃうよ!」

 

背負っていた双頭刃式の槍を手にし駆け出した。

僅かな星の光さえも反射する程に磨き上げられた刃が迫り来る。

危機を察知したことにより、敵の強圧に押し負け足が強張り傍観していた状態から醒め、ガーンデーヴァを瞬時に取り出し槍を受け止めた。

鋭い金属音が響き耳を貫く。

レミーネの細身な身体から出ているとは思えぬ凄まじい力にアイリは押される。

歯を食い縛り力を込めるも、微動だにしなかった。

 

力での真っ向勝負では埒が明かないと思ったアイリは『シャインアウト』を繰り出しレミーネを吹き飛ばし距離を取る。

弓が武器なため遠距離戦が主流となるので距離を保たなければ繰り出せる技も出すことが不可能なためアイリの瞬時に思い浮かんだ判断は正しく、戦闘に慣れ成長が見られる。

 

アイリ「『ストレートアロー』!」

 

ヴァルゴ「私も加勢するわ!『スピカディフォメーション』!」

 

牽制に怯んだレミーネだったが、連発された光の矢を諸ともせず槍を振り回し弾き飛ばしている。

ヴァルゴの技、『スピカディフォメーション』による光による攻撃も俊敏で無駄のない動きで回避している。

 

レミーネ「まだまだこんなもんじゃ私は倒されないわ。 『飛竜狩り』!」

 

攻撃が緩んだ一瞬を見逃さず、凄まじい脚力で駆け抜け距離を詰め、防御を捨てた突きを繰り出す。

高速の動きによる縮地により躍り出たレミーネにアイリは驚きの表情を浮かべつつ、『エンジェルリフレクション』を展開し防御に徹する。

 

バリアに刃が触れた途端、火花が散る。

ただの突きによる単純な攻撃だったが、想像以上に重みがある一撃で、バリアが破られるのではないかと思い危惧してしまう。

一度矛先を離し、更なる一撃を加えようとした直後、レミーネの左右から円盤状の光が迫ってきた。

一瞥しただけで特に大きく反応を見せず、槍を大振りに回転させ光を斬り裂いた。

ヴァルゴの機転が利いた行動によりバリアが破られることはなく難を逃れることができたアイリは即座に『輝弓牙』を繰り出す。

光の刃と化した弓は回避することが不可能とも思える至近距離。

余裕を見せていたレミーネの表情が精悍なものへと変わり、体を後ろに仰け反らせ槍の柄で受け流すようにして防ぎきった。

 

威力を殺しきれず何回か横転し、ゆっくりと立ち上がる。

その顔は戦闘を楽しむ狂喜に満ちていた。

瞳は戦闘意欲と野心が混濁し燃えるように光り、アイリと歳の近い少女とは思えない獰猛な雰囲気を醸し出している。

世界を転々と跳梁するテロ組織である彼女の、様々

な修羅場を乗り越え数多の人間を無慈悲にも殺してきた片鱗が見えた気がした。

 

口元から流れ出た血を腕で拭き取り槍を再び構えるも、ヴァルゴが先手を仕掛けていた。

金槌の形となった光を瞬時に生成、レミーネの頭上へと振り下ろした。

何倍にもなる大きさの鉄槌にも関わらず、屈することなく上空へ向け跳び上がり『飛竜狩り』により一刀両断してしまった。

ヴァルゴの攻撃は終わってはおらず、真っ二つになった光を操り一体化させ、左右からレミーネを押し潰す形となった。

普通ならば圧縮され絶命するのであろうが、レミーネは光の中で暴れ狂うかのように槍を振るい光を細切れにし脱出した。

 

レミーネ「あーもう厄介ね。 作戦変更、面倒臭いから、乙女座から倒しちゃうねー」

 

目標がアイリからヴァルゴへと変わり、獲物を狙い迫るように眼光炯炯とした表情で狙いを定め地を駆ける。

ヴァルゴは剣の形に変えた光を手にしレミーネの特攻を真っ正面から受け止める。

衝撃に腕に痺れが走るが気力で耐え、周囲に光の球体を数個出現させ一斉にレミーネの懐へと撃たれ込まれる。

続けざまに手にした光を剣から鋭い針へと変形させ心臓を目掛け突き出す。

レミーネは回避行動を取らず、手にした槍を地面に突き刺し両手で掴みヴァルゴの顔面に回し蹴りをお見舞いした。

かるい脳震盪を起こしたのか、ヴァルゴの足取りは覚束ない。

 

アイリ「ヴァルゴさん!」

 

ヴァルゴの危機にアイリが矢を番えるが、その動作よりも早くヴァルゴの背後から二つの光の鞭が伸び、レミーネの両腕を拘束した。

 

ヴァルゴ「心配は無用よアイリちゃん。 十二星座神官の中でも弱い方だけど、私は負けないわ!」

 

振り向き笑顔で答えるヴァルゴの側頭部は先程の蹴りにより肉が裂け出血しており、美麗な金髪を深紅に染め上げていた。

 

ヴァルゴ「アイリちゃん、この場は私に任せてクラウソラスを探しに行って」

 

アイリ「え、そんな! あたしも戦います!」

 

ヴァルゴ「ここは私一人でもなんとかなるわ。 それに、十二星座神官として、世界を危機に脅かす輩を放っておくこともできないもの。 テュフォンちゃんもあの悪魔を相手にしているから、あなたはあなたの目的を果たして。 そこの妖怪の子を守りながら戦うのも厳しいでしょ?」

 

アイリの背後の木陰で怯えているカイを横目で見る。

ヴァルゴの発言の通り、守るべき者を配慮しながらの戦闘は困難だ。

 

アイリ「…分かりました。 御武運を!」

 

了承したくはなかったが、冷静に判断した結果、アイリはこの場をヴァルゴとテュフォンに任せることにし、カイを抱き抱え翼を広げ飛び立った。

 

レミーネ「あ、ちょっと! 私の今回の目的が退場しちゃうなんて! 逃がさないんだからー!」

 

力任せに腕に力を込めて鞭を引き千切り槍を引き抜き飛び出すも、何本もの光の柱が前方に突き刺さり行く手を阻んだ。

 

ヴァルゴ「私から先に片付けるんでしょ? あなたの相手は私よ」

 

レミーネ「もう面倒ね。 直ぐに終わらせてやるんだから」

 

ヴァルゴの光とレミーネの槍が激しくぶつかり合い生じた閃光を背景に、アイリはヴァルゴの覚悟を無に帰さないためにもクラウソラスを見つけるために再び宇宙空間に広がる星雲の中へ突入した。

 




では皆さん良いお年を。


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第59話 秘匿の深慮遠謀

明けましておめでとうございます!
今年もほぼ趣味で始めて頑張って書いているこの作品をよろしくお願いします!


リョウと十二星座神官双子座担当のカストルとポルックスは広大な星雲の中を飛行していた。

向かう先はアイリ達のいる星雲が晴れた場所にある浮遊する小さな島。

カストルとポルックスの情報により島の存在を知ったリョウは監視者の能力によりその場にいることを突き止め、急ぎ足で向かっていた。

居場所が不明で星雲の中を彷徨う暗澹たる雲行きにならずに済んだのは双子座の二人の情報があったからこそ。

お陰で無駄に時間を浪費することなく行動を開始できた。

 

数分という短い時間だが、会話をすることなく飛行し続け、アイリ達がいる星雲がなく開けた場所へ辿り着いた。

島からは何本もの光芒が伸びており、戦闘が始まっているのが遠目からでも確認できる。

 

ポルックス「あの光はヴァルゴの光だよー!」

 

カストル「急ごうリョウ!」

 

リョウ「ああ!」

 

更に速度を上げ戦場へと舞い降り肉薄する。

砂埃を舞い上げる勢いで着地し、敵影を視界に捉えると各々武器を構え駆け出した。

 

ポルックス「ヴァルゴー助けに来たよー!」

 

ヴァルゴ「カストルちゃん! ポルックスちゃん! ありがとう助かったわ!」

 

カストル「ヴァルゴをお助けするよ!」

 

レミーネ「ありゃ~。 もうお仲間の登場か」

 

カストルは二本の短剣を手首に巻いてある紐に繋ぎ縦横無尽に振り回す攻撃し、ポルックスは二丁の拳銃の引き金を引き銃弾を撃ち続ける。

相手の攻撃範囲に入らず翻弄する攻撃に、レミーネは防戦一方へ陥った。

 

リョウは抜刀しテュフォンの元へ疾走する。

テュフォンとルシファーは互角の戦闘を繰り広げていた。

星の力とティルフィングの闇の力が衝突し合い、その余波で地面が抉れ木々が薙ぎ倒されており、戦闘の凄まじさを物語っている。

テュフォンが距離を取った隙を突き、足からミサイルを発射する。

翼を広げ体を覆うようにして防御体制を取った。

全弾が翼に命中し爆発が起きるが、痛みを感じていないのか、ルシファーは顔の表情に変化はなく、純白と漆黒の対を成す翼にも傷はない。

 

ルシファー「世界の監視者…俺の目的の邪魔をするな」

 

リョウ「……ちょっと話をしようか」

 

無表情で冷淡に言い放つと、左目の瞳が黄金色に輝いた。

 

『力』を発動させた途端に周囲の状況は一変した。

先程まで島の地表に足を着けていた筈だったのだが、現在ルシファーは星雲の中で滞空していた。

自身の目を疑いたくなるが、明らかに先程とは別の場所。

コンマ数秒にも満たない、正に一瞬という言葉しか相応しくない時間の出来事。

瞬間移動の部類なのか不明確だが、この現象を引き起こしたリョウが腕を組み滞空している。

敵意に満ちたものでもなければ、出迎えてくれる訳でもない。

一切の感情が籠らない冷淡なもの。

 

リョウ「場所を移した。 テュフォンには悪いけど穏便に会談するにはこうするしかないからな」

 

ルシファー「…それで、話とは何だ?」

 

抵抗する素振りを一切見せず、ティルフィングを消しリョウの話に耳を傾ける。

 

リョウ「どういった経緯で堕天使となったか詳しい理由は知らへんけど、未だ天使族のために戦っているんやろ? やり方は捻くれているように思えるけど」

 

ルシファー「俺の事をどこまで知っているか知らないが、好きなだけほざいていろ。 何を言われたところで、俺は信念を貫き突き進むだけだ」

 

リョウ「己の存在と立場を犠牲にしてでもやることか? 自己犠牲は美徳とは思えへんけどな」

 

ルシファー「貴様がそれを言えるのか?」

 

リョウ「わしは受け入れてるからな。 …ああ、わしと同じような心境なのかな? それなら理解できんでもないけど…悪いことは言わない。 もう終わりにしておけ」

 

ルシファー「中断するつもりはない。 ティルフィングに認められた時点で、俺はもう引き返せない」

 

リョウ「…本当なら救うべきなんやけど、ルシファーの覚悟も無駄にはしたくない。 今回は協力するとしよう」

 

ルシファー「後悔するぞ? 貴様の守るべき存在であるあの娘にも被害をもたらすことになるぞ」

 

リョウ「そうなったら全力で戦うだけだ。 旧知の中でも遠慮はしない。 一芝居を打つのなら、それにも協力してやらんこともあらへんけど」

 

緊張感が場を支配していたが、徐々に空気が緩んできたように思える。

警戒は怠らないが、リョウが協力を望んできたのはルシファーにとっては思ってもいないことで、内心では僥倖に恵まれた幸運に心躍っていた。

 

ルシファーが悪魔に対し何を隠匿し、リョウがどういった心情で協力を申し出て来たのか、互いに分からず仕舞いだが、利用できるものなら利用する千載一遇の機会を逃さない考えは一致していた。

 

リョウ「一つ確認なんやけど、星空界に訪れた目的は、クラウソラスを見つけるためなんやろ?」

 

ルシファー「!…気付いていたのか」

 

リョウ「じゃなきゃ敵対するお前と手を結ぶことなんかせんわいね。 監視者の力を使ってクラウソラスの見つけ出す。 案内は勿論わしがする。 仮にアイリか誰かが辿り着いたら、わしはお前との戦いに敗れ唆されたという態で一芝居打って話を進めてくれ。 オッケー?」

 

ルシファー「いいだろう。 但し、俺がクラウソラスを手にする際にはその忌々しい『力』は使うな」

 

リョウ「言われなくとも。 そやけど、お前は既に『世界十二聖剣』の内の一本であるティルフィングを所持している。 闇に染まってしまったお前が光の剣であるクラウソラスを手にすれば最悪死ぬかもしれない」

 

闇の力を司るティルフィングは、心の奥底にある負の感情を引き出す闇の剣。

凶悪な欲望、または絶望に浸った者にしか手にすることすら許されない。

誰にでも存在する真相心理にある秘めた負の感情、思考、本能、欲望を曝け出す能力がある。

 

ある者はこの力により、本能のままに自身が出せる最大を尽くし縦横無尽に闇を撒き散らした。

 

ある者はこの力により、自身の未熟な思考と愚行に気付かされ絶望に呑み込まれ自らの意思で命を落とした。

 

ティルフィングに触れた者は皆、己の抱える裡面、禍々しい過去、その人にとっての闇と向き合わなければならない。

並大抵の精神力の持ち主では扱うことは不可能で、理性を失い剣の力に呑まれ、狂騒一つで国をも滅ぼすまでに至る、『世界十二聖剣』の中でもレーヴァテインと並ぶ危険極まりない代物。

剛健質実なルシファーもティルフィングにより踠き苦しんだ筈だが、手足のように使い熟しているのが現状で、屈強な精神力を持っているのは明瞭だった。

 

いつ何処で、どういった経緯でティルフィングを入手したのか不明だが、ルシファーの体と心は闇に蝕まれている。

闇に塗れた彼が闇と対を成す、正反対の力である光を司る剣、クラウソラスを手にすれば、光の力により浄化される可能性があった。

 

光と闇は交わり合うことは決してない。

どちらかが呑まれ、消え去る運命にある。

 

仮に闇の力が勝ったとしても、クラウソラスを扱うことができるとは限らない。

命が消え去るか、扱うことも叶わず無駄に終わるか、クラウソラスに所有者として認められるかの三択。

最後は特に確率が低く、失敗に終わる可能性の方が倍以上に高い。

死という最悪の結果が見えているにも関わらず、躊躇い無く行おうと目的に向かいひたすら走り続けている。

 

ルシファー「重々承知だ。 リスク無しで成熟する容易い目的ではないことは、俺が堕天し悪魔族に就いた時から理解している。 淘汰すべき敵のためならば、俺は命をも投げる覚悟だ」

 

生半可な思いと覚悟ではないのは彼の目が語っていた。

敵であろうと味方であろうと、目的のために死に物狂いで走り闘争する姿があるのは、運否天賦にならない思いがあるからこそ。

無論、リョウにも何かを成し遂げるために奔走する人間の一人なため、同情することは一切無くとも敵であれ覚悟を汲み理解することはできた。

 

リョウ「例えわしが止めても突き進むんやろ? ならわしは全力で助力するしかないな。 悪魔を滅ぼすために、一時休戦と参ろうか」

 

爛々と黄金色の光を点らしていた瞳が元へと戻る。

警戒が解けたことを意味していたため、ルシファーは心做しか誰にも気付かれない程度の安堵の息を漏らした。

 

リョウは即座に瞳を閉じ監視者の力を行使しクラウソラスの場所の探索し始めた。

探索する範囲が星空界という広大な銀河という、リョウからしてみれば拳程度の範囲の中から砂粒一つを見つけ出すという単純で簡易な作業でしかなく、物の数秒でクラウソラスの位置を特定した。

 

リョウ「クラウソラスを見つけた。 案内するから付いて来い」

 

互いに利害の一致により協定を結んだ双方は上手く話を合わせ懐柔されているような気もするが、目的のためならば茨の道を進み洗い落とせない程にまで手を汚す覚悟を持つ二人は屁とも思っていない。

 

邪念渦巻く企みを秘めた二人は静沈黙を保ったままクラウソラスの元へと飛翔した。




お年玉ちょうだい(小声)


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第60話 聖剣を求めて

ウマ娘のガチャを回したい! 課金したい!


アイリ「あたしの脳内ポイズンベリーにある黄金の羅針盤ではこっちだと示してる…メイビー」

 

テュフォンとヴァルゴに後を任せたアイリは当てもなく霧が漂う宇宙空間を飛行していた。

幸いにも悪魔達に遭遇することなく平穏無事ではいるものの、視界に映る景色は一向に変化が訪れず、無情にも時だけが過ぎていく

同じ景色だけが続き、流石に飽々し始めていた。

それと同時に、仲間がいないことと安否が気になっており、不安が心を覆い被せる。

 

カイ「アイリ、だいじょうぶ?」

 

不安な表情が露となっていたのか、カイが心配そうな眼差しでアイリを見つめている。

自分の暗い気持ちがカイに影響し不安にさせてはならないと思い、アイリは優しく微笑みカイの頭を撫でることで答える。

 

その場で止まっていてはいつ悪魔と対峙するか分からないため、兎に角進み続けるしかない。

鬱屈を紛らわそうとアニメや漫画のことを脳内に浮かべるも、やはり簡単に不安は拭えない。

 

アイリ「上下左右、景色が一向に変化しないなんて頭が可笑しくなりそうだよ。 みんな…大丈夫かな…ん?」

 

後方から何かの気を感じ取れた。

一つではなく、複数の気。

 

アイリ「この黒々しく感じるのって、闇の力、だよね? もう一つはよく分からないけど、リョウ君が出す気に似ている。 もう一つのびりびり痺れるように感じるのは、ラミエル君…!」

 

仲間であるリョウとラミエルであろう気を察知でき、思わず笑みが浮かぶ。

気掛かりなのはルシファーの気配を感じ取れたことだが、何故かリョウの付近に居続けていること。

戦闘を行っているのであれば、激闘から生じるエネルギーや余波が感知できる筈だが、一切感じ取れないことから、戦闘を行っていないことが把握できる。

リョウとルシファーは何処かへ向かっているのか、同じ方向へと移動し始めた。

ラミエルも偶然なのかどうかは不明だが、いずれかリョウとルシファーに直面する経路を進行している。

 

クラウソラスを探し出す手掛かりがなく途方に暮れていたため、アイリの選択は一つしかなかった。

 

アイリ「リョウ君達と合流しよう! けって~い!」

 

仲間との合流に胸を躍らせ、飛行速度を上げ宙を滑走する。

 

 

~~~~~

 

 

アイリが加速を始め数分が経過した頃、リョウとルシファーはクラウソラスがある場所へと辿り着いていた。

 

先程アイリ達が偶然見つけた星雲がない開けた場所で、小さな島が浮いている。

雑草が僅かばかり生えているだけの寂寞とした島に足を着ける。

遠目からでも確認できる場所には石で造られた小さな祭壇があり、一本の剣が突き刺さっていた。

無防備に刀身を晒している様は、誰かに見つけてほしかったのではないかと思わせる。

 

リョウ「あれが光の剣、クラウソラスや」

 

ルシファー「あれが、か? 光の力を一切感じられないが」

 

リョウ「疑心暗鬼になるのも無理はないやろうな。 剣を手にしないと力は発揮されないんやろうね。 剣によって特徴に差異があるらしい。 わしも詳しくは知らんからggrks」

 

ルシファー「…侮辱された気がするが、まあいい。 俺は今からクラウソラスに触れようと思うが、手を加えたりはするなよ?」

 

リョウ「勿論、そのつもりよ。 …と、言いたいところやけど、お前の言う邪魔者がご到着やで」

 

ルシファーの目論見が成就されようとしたが、リョウが監視者の能力を行使し接近してくる天使、ラミエルの存在を察知した。

この場に訪れるのは僅か数秒後と推測し、ルシファーに伝えようとしたが、彼も気配を感じ取っていたようだった。

 

瞬間、ルシファーはティルフィングを召喚し、躊躇い無く一閃した。

脳が物事を考慮するよりも早い迅速な行動に成す術もなくリョウは一閃を受け、体を斬り裂かれる。

傷口から鮮血が吹き出し、地面を赤一色に染め上げる。

リョウは歯を食い縛り苦痛の表情を浮かべたまま、血溜まりの中へ倒れた。

 

不意打ちのように思えた行動だったが、ラミエルにリョウと共に策略を企て共に行動していることを悟られないようにするための行動だった。

リョウは回避しようと思えば可能だったのだが、ルシファーの考えが読み取れていたため、敢えて攻撃を受けた。

欺瞞のための行動だったのだろうが、力加減の按配を知らないのかと思わせる一切の容赦がない一閃を受け、リョウは暫く立ち上がれそうにはなかった。

 

リョウ「流石、堕天しただけのことはある。 遠慮なんか一切しないんだからよ」

 

ルシファーはリョウの言葉に、「上手く話に載れ」と見下しながら目線だけを送った。

目線を正面に戻した直後、星雲を突き破る勢いで向かってきたラミエルが視界に映った。

 

ラミエル「ルシファー!!」

 

ルシファー「声を張り上げるな。 聞こえている」

 

ラミエルは速度を緩めることなく突き進み、『雷拳』をルシファーの顔面に向け放つ。

怒りや悲しみと言った様々な感情が込められた容赦のない一撃は、空をも斬り裂く雷の如く。

雷鳴が轟き耳を劈く。

ルシファーは身動き一つ見せず、手にしたティルフィングで拳を防いだ。

 

ラミエル「今度は何を企んでやがる! 悪行をするようなら俺が止める!」

 

ルシファー「止められるものなら、やってみろ」

 

剣を持っていない片方の手でラミエルの腕を弾き、剣を一閃する。

ラミエルは常軌を逸する反射神経で体をくの時に曲げながら後方へと飛び回避した。

 

ラミエル「リョウ! まだいけるか!?」

 

リョウ「すまん、ちょっと傷が深いからもうちょい休むわ」

 

ラミエルは心配の声を掛けるどころか、戦闘が続行なのか可不可を問う。

長年の付き合いからか、剣で斬り裂かれる程度で死なないと分かっている様子だった。

 

ラミエル「後は俺に任せとけ。 こいつは俺が倒す」

 

ルシファー「威勢だけは相変わらずだな。 今回はお前達に害を成すことはしていないというのに、何故俺の邪魔をする?」

 

ラミエル「俺達に害があるとかそんなの関係ねえ! 他者に迷惑になっている時点で、天使として見過ごす訳にはいかねえんだよ! それに、この前の話は終わってないぜ!」

 

ルシファー「頑なに引き下がろうとしない奴だな。 俺の説得は無駄だということがまだ理解できないのか?」

 

ラミエル「説得が無駄なら、力尽くでお前を止めるだけだ! 『エレクトリックブラスト』!」

 

電気を纏った突風を放つ。

ルシファーはティルフィングを振るい闇を放出することにより封殺した。

砂塵が舞う中、怒涛の勢いでラミエルが接近し、『スタティッククロウ』を発動し接近戦を試みる。

距離を縮ませなければ決定的な打撃を与えられないことを熟知しているルシファーは余計な戦闘を避けるため後方へ跳躍し距離を取った。

逃がすまいとラミエルも後を追うが、ルシファーは嘲笑うかのように撹乱させる不規則な動きで回避行動を続けながら、着実にクラウソラスへと近付いていく。

 

目的の代物を手にするのも時間の問題となる状況にある状況に、横槍が入った。

 

ルシファーの頭上から無数の光の矢が降り注いだ。

その内の一本が翼を掠めるも、表情を変えることなく冷静に矢の豪雨を避けきった。

矢が放たれた方角に目を写すと、光弓ガーンデーヴァを構え勇壮に戦いに挑もうと迫るアイリの姿があった。

 

アイリ「アイリ、星空界の為に、舞い忍びます!」

 

更に追撃として『トリックアロー』を連続で放つ。

追尾機能がある矢をルシファーは無駄のない巧みな剣裁きで斬り落としていき、ダメージを与えるには至らなかった。

アイリは戦地に参着すると同時に肩に乗せたカイを下ろし安全な場所に隠れるよう促すと、カイは頷いて物陰へと走っていった。

 

ラミエル「よおアイリ。 無事だとは思ってたぜ」

 

アイリ「ラミエル君も無事で良かったよ! 悪魔が星空界で何かしようとしてるのなら、正義の味方であるあたしが止めないといけないからね! 血の封印を解かれたあたしはもうどうにも止まらないよ! 星を守るは天使の使命ってね!」

 

アイリは『ストレートアロー』を連続で放つと同時に、ラミエルは地を蹴り駆け出した。

ラミエルの電気を帯びた拳と、アイリの軌道が読めない湾曲する動きを見せる光の矢。

二人は初の共闘になるとは言え、コンビネーションは完璧と言える程に息がピッタリと合っていた。

 

苦戦を強いられているとは言え、ルシファーは苦悶の表情を見せることなく、二人の技を華麗にいなしている。

無駄のない微細な動作のみで攻撃をいなしているため、体力を大きく削ることはなく、反撃する余力は十分と言える程に残されている。

 

ルシファー「前よりは動きは成長しているようだな」

 

ラミエル「称賛どうも!」

 

『スタティッククロウ』を右手だけ解除し、アイリが射った『トリックアロー』を掴み、電気を流す。

瞬時に矢全体に電流が迸り、電気がビリビリと音を鳴らす。

左手の電気の爪で剣を鷲掴み、矢先をルシファーに向け、更に電気を送り出した。

矢先から電気が溢れ拡散し、ルシファーの全身に電撃が容赦なく浴びせられる。

 

ルシファー「ぐっ……!」

 

ルシファーはここで初めて顔を歪ませた。

他人の技を応用して放つ技を繰り出すことが滅多にないが為に反応が遅れたルシファーは回避が間に合わず真っ正面から電撃を受けてしまっていた。

全身に電撃が迸り神経が麻痺していくも、距離を保つためにティルフィングから闇を放出する。

どす黒い煙にも似た闇が押し寄せ、ラミエルは後退せざるを得なかった。

 

闇は周囲を覆い尽くし、視界は闇一色に染め上げた。

四方八方、上下左右を見渡す限り、黒。

右も左も分からない無音だけが支配している、暗黒の空間に幽閉され、いつ何時何処からともなく攻撃が来るかも分からず警戒心が一層高まる。

脱出する手段を考えていたのも数秒の間、後方から光明が照らされた。

闇を斬り裂く様に照らされた光は闇を徐々に晴らしていき、燦然とした光を放つアイリが翼を広げラミエルの隣へ舞い降りた。

 

アイリ「光は暗闇の中で輝いているって言うよね? あたしが闇に対して特攻で良かったよ」

 

ラミエル「助かったぜ、サンキューな」

 

アイリ「礼なんていらないよー仲間なんだし~鰹だし~昆布だし~。 さて、ルシファーにはそろそろ悪魔ということでそれっぽい名前のデビルークに送って…あれ?」

 

アイリが霧散する闇の隙間から目を凝らして見ても、ルシファーの姿が何処にもなかった。

闇を周囲に放出することで姿を眩まし奇襲を仕掛けてくるのではと二人は互いに背中合わせの形で警戒する。

アイリが更に光の力で闇を払い視界を広げ、漸くその姿を視認することができた。

 

ルシファー「注視しなくとも、俺は最初から貴様達に用などない」

 

警戒を続ける二人は眼中に入っておらず、始めから戦闘の意思を見せない素振りを行っていたルシファーはアイリ達から離れた場所に立っていた。

 

星空界へと訪れた目的であるクラウソラスの側まで移動していた。

本望を遂げる瞬間を手中に収めたルシファーは表情を露にはしていなかったものの、勝利を確信した光が目に宿っている。

 

アイリ「あれって、もしかして、もしかしなくてもクラウソラスだよね?」

 

リョウ「あいつは最初からあれを狙ってこの星空界に来ていたようやで」

 

アイリ達の背後からリョウが歩み寄ってきた。

一閃された傷は自然治癒能力を行使しても完全には塞いでおらず、出血し続ける傷口を手で押さえている。

 

アイリ「リョウ君!? 大丈夫なの!?」

 

リョウ「まあ取り敢えずは。 死にはしない程度やから問題ない」

 

ラミエル「その剣を手にして何をするつもりだ!」

 

ルシファー「教える義理はない」

 

素っ気なく応答すると、ティルフィングを地面に突き刺し両手でクラウソラスの柄を掴もうとする。

 

アイリ「あたしが手にする予定だったのに…主人公の立場を奪取するつもりだ!」

 

ルシファー「そのようなくだらない野望ではない。 俺が成し遂げたい事は、もっと偉大だ」

 

ラミエル「偏見的な見方はしたくないが、悪魔に成り下がったお前が望むことなら、俺達に害悪なことに変わりはなさそうだな」

 

ラミエルが透かさず駆け出そうとしたが、リョウが手でそれを制した。

 

ラミエル「何で止めるんだリョウ」

 

ラミエルは相手の思う壺になる状況を阻止されたことに嫌悪感を露にする。

 

リョウ「よく考えてみろ。 あれは世界十二聖剣の一本、光の剣クラウソラスや。 悪魔であるルシファーが触れたところで、どうなるかは目に見えて分かるだろう?」

 

アイリ「闇、暗黒、影となる存在は強力な光の力により浄化される…とか?」

 

リョウ「ご明察。 つまりわし等が手を下す必要はないんよ。 暫く傍観させてもらおうやないか」

 

ラミエル「待てよ。 んなこと頭脳明晰なあいつでも分かってる筈だ。 態々自滅に近い行動を取ることが理解できねえ。 それに…!」

 

リョウ「ラミエルの言いたいことは分かってる。 堕天してしまった友を見殺しにしたくないんやろ? また天使として戻ってきてくれると微かな希望を抱いてるんやろ?」

 

見透かされているかのように心情を語られ、思わず歯噛みし押し黙る。

 

相手が敵だと理解しているものの、友人が命が危うければ助けようと手を差し伸べてしまいそうになる。

根気強く説得を続けていれば、また戻ってきてくれるのではないかと淡い期待を胸に抱いてしまう。

天使として悪魔を討たなければならない使命感、友だからこそ救いたいという私情がラミエルの心に重くのし掛かっていた。

 

リョウ「わしは世界の監視者としてあらゆる世界を巡り、ラミエルと似た境遇の人達を何度も見てきた。 辛いかもしれないが、目の前に起きていることが現実だ。 救うことができない、変えることができないと察したのならば、気持ちを切り替え討つための覚悟を決めなきゃならんのんよ」

 

いつにも増して真面目な顔つきで話しており、無意識だろうが、心做しか声のトーンも低くなっている。

射ぬくようなその瞳は、長年戦い続けてきた者の瞳で、計り切れない凄みがある。

ラミエルは威厳あるリョウの言葉に反論出来ず押し黙るしかなかった。

 

リョウ「見届けようやないか。 あいつがクラウソラスに喰われる瞬間を」

 

ルシファー「俺は誰かに呑まれるほど貧弱な存在ではないと証明してやろう。 その目に焼き付けろ」

 

場の流れを篭絡できたことに二人は心の奥底でほくそ笑む。

まさか信頼できる仲間であるリョウが敵である悪魔と手を組んでいるなどと予想はできないだろう。

 

問題はここからで、ルシファーがクラウソラスに認められるかどうか。

認められなければ死が待ち受けている、賭け事ならばあまりにも無茶と言え、引くが勝ちだろう。

自身の悲願を達成させるためにも、引くという手段はない。

ルシファーは大きく息を吐き、覚悟を身に纏いクラウソラスの柄を両手で掴む。

 

ルシファー「ぐっ!? ぐあああ……!!」

 

掴んだ瞬間、何の変哲もない剣と同等に反応がなかったクラウソラスが息を吹き返したかのように眩い光を放出し始めた。

この世に蔓延る黒一色に染まる闇を振り払う壮麗な光が場を包み、ルシファーの体を照らし焦がしていく。

対となる光の力に身を焦がされ、苦痛に満ちた声を張り上げる。

放出された光は凄まじいもので、光の属性を扱うアイリさえも目を瞑り後退ってしまう程のものだった。

 

ルシファー「クラウソラス……! 俺には、成し遂げなければ…ならないことがある…! そのために、俺にその力を授けてくれ!! 俺の…いや! 俺達のために!! 未来の希望となる、俺の野望のために!!」

 

光に焼かれながらも、似つかわしくなく喉の奥からはち切れんばかりの弾力のある声が響く。

ルシファーの鉄よりも固い決意を含んだ声に共鳴するかのように、クラウソラスの放たれる光が増大し、辺り一帯を白一色に染め上げた。

アイリとラミエルも光に耐えられず目を瞑り、爆発的に放出された光の衝撃波に為す術もなく吹き飛ばされた。

 

ラミエル「うぐっ…がああああ! なんつー力だよ…!」

 

体を数回地面に打ち付け横転しながらもなんとか受け身を取り体勢を立て直す。

横で飛ばされていたアイリも周囲に生えていた木に捕まり止まり、うっすらと目を開けルシファーの生死の確認を行った。

 

ルシファー「…残念だったな。 俺の最期を見ることができなくて」

 

アイリ「え、嘘………。 ねえ、乙女のSOS出してもいい?」

 

ラミエル「マジかよ…」

 

リョウ「………」

 

光が徐々に晴れ、ルシファーの姿が鮮明に視界に入る。

アイリとラミエルは驚愕に目を見開き、リョウは感心したかのような表情で立ち姿を見据えている。

 

ほくそ笑むルシファーの手中には、淡く仄かな光を放つクラウソラスがあった。




光と闇を使えるキャラってなんか強そうですよね


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第61話 双剣乱舞

ウマ娘のガチャで30連したのに星3が一人も来ないってどういうことなのよ…orz

救いはないのですか~!?


悲願を成就させたルシファーは静かにほくそ笑む。

心血を注ぎ手にすることができた世界十二聖剣の内の一本、光の剣クラウソラスは新たな主を歓迎するかのように淡く輝いている。

 

ラミエル「何で、あいつが光の剣に認められたんだ…!?」

 

友であったルシファーが無事であることを喜ぶ暇もなく、何故クラウソラスに認められたのかという疑問が脳内を巡る。

闇の力を主に使用する悪魔が、光の力を手にするなど前例がない、異例としか言えない事態。

悪魔が光の力を行使するという異端すぎる現実がたった今突きつけられ動揺するなと言われる方が無理難題だろう。

 

リョウ「光の力を扱える程の力量、何かを成し遂げたい思い、強固たる意思、透徹した心があるからこそ、認めたんやろうな。 敵ながらあっぱれと言ったところやね」

 

ラミエル「何でお前はそんなに冷静でいられるんだよ!」

 

リョウ「十分驚かされてるよ。 びっくりくりくりくりっくりだよ。 でも、ルシファーならと思うと、納得してしまうところがあるんやないか?」

 

堕天使だった前、天使族だった頃からルシファーは心身共に剛健だった。

常に平静を保ち、思考速度も早く、戦闘に於いても四大天使と引けを取らない実力の持ち主だった。

天使族の中でも頂点に君臨しても何ら不思議ではない彼ならば、常識を覆すことをしかねないのかもしれない。

 

ルシファー「お前達はこの剣を求めてこの世界に来たのだろうが、この剣の所有者はたった今俺になった」

 

アイリ「あたしが手にする筈だったのかもしれないのに…。 嘘だと言ってよ、バーニィ…」

 

リョウ「残念ながら現実じゃ。 まさか悪魔が手にするとはね」

 

ラミエル「取られたなら、取り返せばいいだけだ!」

 

ラミエルが電気を纏った拳で殴り掛かろうと接近する。

 

ルシファー「無駄だ。 『シャインアウト』」

 

ルシファーがクラウソラスの切っ先を向け放った閃光。

僅かな発光にも関わらず、威力は絶大なもので、アイリが駆使する技の数倍の威力がある。

咄嗟に顔を覆うように腕を交差し防御体勢を取るが、至近距離で直撃を受けたラミエルは威力を殺しきれず後方へ吹き飛び激しく地面に打ち付けられた。

 

ルシファー「流石と言ったところだな。 僅かの力しか発揮していないというのにこの威力か」

 

アイリ「今のが、『シャインアウト』? あたしのと比じゃないだけど…」

 

リョウ「そりゃそうよ。 無限に広がる多種多様な、あらゆる世界を探しても、複製品が存在しない凄まじい力を秘めた世界十二聖剣なんやから。 さて、もう落ち着いている余裕はないな。 退くぞ、アイリ」

 

アイリ「え、クラウソラスを取り返さないの?」

 

リョウ「半分しか力が出せないわしの実力じゃ太刀打ちできない。 今のルシファーにはティルフィングもある」

 

歴史上、世界十二聖剣の内の二本を所持していた人物は存在しない。

類稀れという範疇を超え規格外という言葉しか合わない。

誰も成し遂げたことのない偉大な事柄だが、敵である

悪魔が成し遂げてしまうという最悪な形となってしまった。

 

ルシファーは地面に突き刺したティルフィングを引き抜きアイリ達を見据える。

片や光の剣。

片や闇の剣。

交えることが許されない対の力を持つ剣が牙を向く。

計り切れない凄まじい力に、アイリは怖じ気付いてしまい、憮然とした表情となり自然と足が震えている。

 

ルシファー「退くという手段を勧めるが、どうする?」

 

ラミエル「退くわけねえだろ! 俺は戦うぜ…」

 

立ち上がったラミエルが臨戦体勢に入るも、肩で息をしており、第三者からしても分かるほど体力を激しく消耗していた。

 

ルシファー「無謀だ。 だが、貴様の決意に免じて相手をしてやろう」

 

ほくそ笑むルシファーは静かに歩みを進める。

静かなる前進とは裏腹に、手中にある二本の剣の力が増大し空気を震わせる。

剣から源泉のように沸き上がる光と闇は神々しくもあり禍々しい。

世界を滅ぼし掛けない力は底が知れないのか、増大し続ける。

一瞬怖じ気付くも、戦意を喪失させる気配がないラミエルの肩にリョウの手がゆっくりと音もなく添えられた。

 

リョウ「ラミエル、認めたくない現実じゃろうが、ここは受け止めて退くべきや」

 

ラミエル「退くだと? 退くわけねえだろ。 俺は戦う。 俺だけでも残るから、お前達だけでも退け!」

 

リョウ「………頭に血が上ってちゃ何言っても無駄、どの世界でもどの時代でも同じなんやな」

 

瞋恚に燃えるラミエルの前に素早く回り込み、鳩尾に鋭い膝蹴りを放った。

加減も躊躇もない無慈悲な一撃をまともに受けたラミエルは一瞬で気を失い倒れ伏した。

 

ルシファー「余計な真似を…と、数分前の俺なら言っていただろうな。 今の俺より弱い奴と戦うのは、時間の無駄とさえ思えているからな」

 

リョウ「わしは無謀と呼べる戦いに仲間を巻き込ませたくはないからね。 さて、少々手荒な行動になってしもうたけど、わし達は退かせてもらうわ」

 

ルシファー「俺はお前達を逃がすと言った覚えも、約束した覚えもない。 その人間の少女は抹殺させてもらう」

 

リョウ「…成る程、悪魔らしくなったな。 それがお前の答えか」

 

ルシファー「俺もサタンフォーとしての顔として、相応の活躍と成果を残さなければならないからな」

 

リョウ「ふん、老獪な奴やな」

 

ルシファー「お互い様にな」

 

ルシファーが二本の剣を構える。

リョウもアルティメットマスターを引き抜きアイリとラミエルを守護するように前に出る。

 

勝算は限りなく薄い。

唯でさえ一本だけで世界を滅ぼしかねない伝説の剣を、二本扱う悪魔が相手にして勝てる者など、指で数えて存在するかどうか。

アレクやアリスが使用することを固く禁ずる、リョウやピコが持っているあの『力』があれば、この場を凌ぐことは容易いだろうが、リョウも極力使用する頻度を抑えている。

最悪の場合、致し方なく使用する覚悟はある。

 

もういっそのこと最初から短時間だけ使用しアイリ達を逃がそうと思案していた途中、リョウとルシファーの間に割り込むようにして、一つの流星が舞い降りた。

砂塵が舞うと共に、島全体が大きく揺らいだ。

突如として落下してきた物体に怪訝の目を向けていたルシファーに藍色の炎の球が放たれた。

鮮やかな一閃により炎の球は真っ二つに割れ、ルシファーの真横を通過していった。

 

アイリ「この技は、テュフォンちゃん!」

 

テュフォン「がああああああああ!!」

 

空を斬り裂く咆哮が砂塵を吹き飛ばした。

地を強く蹴り弾丸並の速度でルシファーへ肉薄し、星の力を纏った爪を振るう。

二本の剣と爪が激しく衝突し合い、衝撃波により地面が抉り削られていく。

 

テュフォン「それはアイリお姉ちゃんが欲しがってたものだよ! 返して!」

 

ルシファー「この剣は誰の物でもなかった。 つまり俺の物になってもなんら可笑しなことはない」

 

光と闇の力が反発し合うようにぶつかり収束し、調和が取れたように巨大な一つの力となりテュフォンを襲う。

テュフォンは華奢で小柄な体に鼓舞させて、己が引き出せる星の力を出し押し返し、時に撥ね飛ばす。

 

アイリ「す、凄い………今まで見てきた戦いがお遊びに思えるくらい…」

 

壮絶な激闘が繰り広げられ、アイリはただ傍観せざるを得なかった。

自分があの場に介入する隙など無いに等しい、そう思わせる程に桁違いの実力の差があった。

例え助太刀に入ろうものなら、自分は瞬時に戦闘不能に追いやられ、邪魔になってしまう。

力が半減されてしまっているリョウは兎も角、強者の雰囲気を醸し出すアレクやアリス、ピコが未だに本気を出していないとなると、本気を出したときの実力はどれほどにまで強大なものなのか、想像しただけで身震いしてしまう。

 

リョウ「この場はテュフォンに任せてわしらは退かせてもらおう。 アイリ、カイを頼む」

 

アイリ「え、う、うん、オッキュー!」

 

リョウは気絶したラミエルを担ぎ、アイリは後方の物陰で息を潜めているであろうカイの元へと急ぐ。

 

アイリ「カイ君、お待た…え?」

 

島全体が戦闘の激しさに揺れ足元が覚束ないなか走り続けカイの元へと辿り着いたが、カイの容態が明らかに異常だった。

 

カイは両手と膝を地に着け、荒い呼吸を続けており、口からは唾液が滴り落ちている。

体全体から赤黒いオーラのようなものが溢れ、場を覆い尽くしている。

赤黒いオーラの正体は、闇。

闇がティルフィングの闇に共鳴するかのように揺らめいている。

 

カイ「うううぅ、ぐあああああ………がああああ…!」

 

朗らかな表情は消え去り、牙を光らせおぞましい表情を見せる姿は、妖怪そのもの。

あまりの変貌振りにアイリは言葉が発せられなかった。

無邪気な笑顔を浮かべていた面影がなく、急変を超え変貌を遂げていれば誰でもショックを受け言葉を失ってしまうだろう。

 

リョウ「なっ!? ちっ、ティルフィングの闇がカイの中にある闇と反応したんか!」

 

リョウはラミエルを抱えたまま立ち尽くすアイリの横を通り過ぎ、カイへと素早く接近し首の横に手刀を叩き込んだ。

鋭い一撃にカイは瞬時に気を失い倒れ、溢れ出ていた闇のオーラも徐々に消えていく。

問題解決かと思われたが、倒れたカイの体はクラウソラスの光により燃え焼かれており、僅かに煙が立ち込めている。

 

リョウ「説明している暇はない! 兎に角この場から退くよ! 急いで!!」

 

リョウは未だにカイの状態にショックを受け、足が地に着いたまま膠着してしまっま状態のアイリに語勢を強めた言葉を掛け、気を失ったカイを担ぎ翼を展開し飛翔する。

アイリもリョウの言葉と、激闘による衝撃により亀裂が走り徐々に裂かれていく地面が視界に入り我に返ったアイリも翼を広げる。

テュフォンをこの場に残し後を託したことに気が咎めてしまったが、今の自分では残ったところで邪魔にしかならない。

自身の不甲斐なさとカイの安否が心を埋め尽くされながらも、リョウの後を追うしかなかった。

 

 

~~~~~

 

 

ルシファーは世界十二聖剣の内の一本、光の剣クラウソラスを手にし、闇の剣ティルフィングと共に一方的なまでに力を振るい圧倒的な力の差を見せつけられた。

駆け付けたテュフォンにその場を任せ戦場と化した島を離脱し、星雲の中へと姿を眩ますことで凌ぐことができた。

クラウソラスを奪還することすら儘ならない、天と地の差があることを肌で感じ、何も出来なかったアイリの表情は暗い。

カイの容態が著しくない危険な状態に陥ったことにより、精神的に追い討ちを受けていた。

 

リョウ「………安心しろアイリ。 カイは無事や」

 

数秒なのか数分なのか、続いていた沈黙をリョウが破った。

 

リョウ「カイの体内にある闇の力がティルフィングの力と共鳴して暴走仕掛けたんや。 そこに加わるようにクラウソラスの光の力が闇の力を打ち消そうとしたから、カイはダメージを負ってしまった。 あのままあの場に留まっていれば、最悪カイは消滅していた可能性がある」

 

アイリ「…カイ君が闇の力を持ってるのは知ってたけど、いざ目の前で闇を発しているのを見ると衝撃が大きいと言うか…あたしじゃ何も出来ない無力さを思い知っちゃった。 結局、恐れ戦いてルシファーからクラウソラスを奪い返すことも出来なかったし」

 

リョウ「気に病むことはない。 悪魔族であるルシファーがクラウソラスに選ばれるなんて予想外すぎる異端な事やったし、わしも実力不足で真っ向から勝負することは出来へんかったんやから、その…アイリの力になれなくて申し訳なく思っている」

 

謝罪の念は誠ではあったが、ルシファーの思惑に加担した身なので、嘘で塗り固められた出任せな事をアイリは知る由もない。

 

アイリ「リョウ君は悪くないよ。 寧ろここまであたしに協力してくれたことに感謝しかないよ」

 

リョウ「…そう言ってもらえると助かる」

 

アイリ「ねえリョウ君。 気掛かりな事があるんだけど…」

 

沈んだ表情は先程よりも落ち着いたものとなったが、重々しく口を開いた。

 

アイリ「あたしって光の力が他の天使よりも強い特異体質なんだよね? カイ君と一緒にいて大丈夫なのかな?」

 

リョウ「安心してええよ。 アイリがカイに向けて直接光の力を当てたりしない限り被害に及ぶことはない。 今日まで普段通り過ごしてきて大丈夫やったんから、問題ないよ」

 

アイリ「そっか。 良かった。 あたしが原因でまたさっきみたいに傷付いちゃうと思うと、怖かった」

 

リョウ「さっきまで暗かったのは、カイの安否と自身の力が影響されないかどうかを気にしていたからなんかい?」

 

アイリ「そうだよ。カイ君の身に何かあったらどうしようって不安だった。 あたしが天界に来てからずっと一緒にいたのに、これからは一緒に暮らせなくなるんじゃないかなって、不安だった。 クラウソラスは手に出来なくてもよかった。カイ君の方が心配だったし。 ホントに無事で良かった」

 

自身の戦力増強となるクラウソラスを奪取されたことよりも、カイの身の安全を考慮する、アイリの優しさと思いやりの心が感じ取れる。

仲間である人物の身の危険が迫っている状況ではそちらを優先するのは当たり前だと言えばそれまでなのだが、自分の重要な目的を投げ捨てても構わないという

殊勝な心掛けにリョウは感服させられた。

 

リョウ「……成長した、と言うより、アイリの人間味が尚更分かったよ。 良い奴だよお前は」

 

アイリ「褒めても何も出ないよ? 成長って言うなら胸はもうちょっと出てもいいんだけどな~…」

 

リョウ「はあ…いや、アイリらしい答えで安心した。 クラウソラスを手に入れられなくてショックを受けても可笑しくないと思ったからな」

 

アイリ「ショックじゃないって言ったら嘘になるよ? でも起こってしまったことは仕方ないし、みんなで協力してルシファーを倒してしまえばいいだけだからね! あたしもまた再戦するまでに強くならなきゃだし、ガイアがあたしにもっと輝けと囁いているからね!」

 

自信と活気に満ちた顔で親指を立てサムズアップする。

自尊心と仲間への信頼感を持っているからこそ、躓きそうな時も前を向いて歩みを進んでいける。

アイリの人間味もあるが、転生して暮らす日々の中で実力と共に精神面も大きく成長したのが窺える。

 

アイリ「さて…えっと、これからどうするの?」

 

リョウ「取り敢えずピコとシャティエル、ヴァルゴとカストルとポルックスと合流する」

 

アイリ「カストルとポルックス?」

 

リョウ「十二星座神官双子座担当の二人のことね。 カストルとポルックスにラミエルとカイを預けてルシファーの元へと再度赴きクラウソラスを奪還する」

 

アイリ「体勢を立て直して戦力を集結させて迎え撃つってことだね。 テュフォンちゃんのことも心配だし、第一宇宙速度で急がないと!」

 

リョウ「テュフォンは簡単にくたばることはないやろうけど、負担を掛けっぱなしにするわけにもいかんからな。 ワールドゲートを使って全員をこの場に集結させ…ようと思ったんやけど、一足遅かった」

 

目を瞑り仲間の居場所を探知しようとしたが、思わぬ展開があったのか、渋い顔をした。

 

アイリ「どうしたの?」

 

リョウ「ルシファーが逃げた。 もうこの世界にはいない」

 

アイリ「イ゛エ゛ニ゛カ゛エ゛ッチ゛ャッタ゛ノ゛ォ!?」

 

リョウ「…まあそういうことや。 冥府界に帰ったみたいやわ。 目的を遂げ試運転として力を発揮できて満足したんじゃろ」

 

アイリ「冥府界に激突王並の勢いで行くのは…得策じゃないよね」

 

リョウ「そうやな。 冥府界は悪魔の領域と言える。 邪悪な瘴気が漂っていて、その瘴気があいつ等の力を上乗せさせるし、数の暴力で押し切られるだけやからね」

 

アイリ「確かに、ごもっともだね」

 

安穏に済む筈だった今回の件に波風を立てたルシファーは放縦に力を振るうだけ振るい去っていった。

今回ばかりは悪魔と関わることはないと思っていたアイリからすれば、突如横槍が入り目的となる物を根刮ぎ持っていかれ何の報酬もないという、迷惑極まりない残念な結果になってしまった。

 

ルシファーの真の目的を察し協力を仰いだ、アイリの目的を打ち砕いた張本人であるリョウは僅かに罪悪感を感じながらも内心ではルシファーの目的が成就されたことに喜ばしく思っていた。

 

───やり方は邪道極まりないが、最終的にはアイリのためになる。

 

───何度も犯してきた行為なんだ、今更罪悪感を抱くだけ無意味だ。

 

アイリ「テュフォンちゃんは無事なの!?」

 

リョウ「心配ない、ちょっと怪我はしてるけど問題ない。 兎に角、みんなを一旦この場に集めようか」

 

リョウは目を閉じ再度集中を開始した。

数秒後、周囲に光の扉が複数召喚され、中からピコ、シャティエル、ヴァルゴ、カストル、ポルックス、レミーネが姿を現した。

 

カストル「うわあ!? びっくりしたー!」

 

ピコ「ありゃ? もしかしてもう終わったの?」

 

リョウ「まあ追々話すよ。 …で、何で異物が混入してるんかのう?」

 

連れてくる筈ではなかったレミーネが視界に入るや否や、無意識に声のトーンが低くなり、アルティメットマスターを抜刀し切っ先を向ける。

レミーネ本人はこの場にいる全員と同様で、突然この場に召喚され困惑していたようだったが、敵に囲まれ危機的状況に陥っていたことに気付き冷や汗が出てきていた。

何か下手に動こうとするならば、殺気をこれでもかと溢れ出すリョウを筆頭に全員が牙を向くのは明瞭であったため、降参せざるを得ないレミーネは槍を納め両手を上げ降参の意を見せる。

 

レミーネ「降参するわ。 もう何もしないから今回は退かせてもらうわ」

 

リョウ「…わしがエクリプス相手に、はいそうですかって逃がすと思うか?」

 

ワールドゲートを召喚し、レミーネを無理矢理別の場所へと移動させた。

移動させた場所は、先程までヴァルゴ達と戦闘を行っていた宙に浮く小さな島。

リョウもワールドゲートを通り消滅させ、レミーネへと接近し首を掴み持ち上げる。

反応仕切れない素早い行動にレミーネは対応に遅れたが、即座に槍を構えようと背中に手を動かす。

 

レミーネ「ど、どう、して………!?」

 

槍を構えることは叶わなかった。

腕を上げようとしても、動かすことが出来なかった。

麻酔にでも掛かったかのように腕に力が入らない。

腕だけではない、体全体が同様の状態で、力を込めようとしても出来ない謎の現象に襲われ若干焦りを覚える。

 

リョウ「あの場にアイリがいたから誰もいない場所まで連れてきた。 じゃないとこの力を使えんからのう」

 

視線さえ変えることすら叶わないレミーネの視界には、左目が黄金色に輝き恐ろしい程にまで無表情なリョウの顔だった。

 

リョウ「甘いな。 敵として、況してやエクリプスが立ちはだかるならわしは女だろうと容赦なんてせえへん。 …いや、もうこの状態は相当容赦してるか」

 

自嘲気味に言うが、無表情な顔が崩れることはない。

レミーネからすればこの状況の何処が容赦しているのか理解出来なかった。

どんな能力を使用してるか不明だが、力が一切込められず抵抗を許されず首を絞められ死を待つしかない状況に、容赦や手加減という言葉は釣り合わない。

 

レミーネ「あ、がっ……や、やめ…て……!」

 

本来ならば御自慢の治癒の加護による回復効果により絞殺され掛けようが全身に酸素が行き渡るのだが、リョウの謎の能力により効果が発動されなくなっているようで、焦りが募っていく。

リョウはその気になれば首をへし折るなり脊髄ごと首を引き抜くことも可能だが、レミーネが苦しむ姿を楽しんでいるようにも見える。

 

更に力が込められようとした刹那、リョウの両腕が小さな爆発により吹き飛んだ。

拘束から解かれたレミーネはリョウの鮮血により赤く染められた地面へ倒れ大きく咳き込んでいる。

リョウは腕が吹き飛んだ激痛を感じていないのか、無表情なまま、視線を横に移す。

両目を黄金色に輝かせる制服を着た少女、マリーが悠然と立っていた。

 

マリー「リョウさん、それ以上力を使うことは許されない」

 

リョウ「レミーネを傷を負わせることなく的確に腕を狙えたのはお見事。 でも、エクリプスであるこいつを逃がそうとするなんて、どういう風の吹き回しじゃ?」

 

両腕が体から離れ吹き飛んだのにも関わらず、毀誉褒貶の言葉を掛ける余裕を見せている。

リョウの鷹揚自若な態度は偽りのものではなく、まるで腕が失くなったことをどうでもいいと思っているかの様な、異常と呼べるほど平静だった。

 

マリー「エクリプスを助けようとしたんじゃない。 リョウさんにこれ以上力を使わせないようにするため。 力を使い続けたら、どうなるかは分かってるんだよね? だったら、私怨を理由に使わないでほしい」

 

リョウ「……正論ではあるな。 確かにその通り、なんだと思う」

 

マリーの言葉に反論の余地が無いのか、リョウの黄金色に染まっていた瞳は元の黒色へと戻る。

発せられる言葉の口調も弱々しく聞き取れる。

 

リョウの戦闘の意が無いことを確認したマリーの黄金色の瞳が一瞬煌めく。

刹那、爆発により四散したリョウの腕が治った。

再生という言葉が似合わない、出現した、時が戻ったとも言える奇妙なもの。

一瞬の出来事を他者が見れば目を点にする衝撃的な現象だが、リョウはこれにも無反応なままだった。

 

マリー「リョウさんが力を使うことを許されるのは、『世界を喰らう者』と対峙した時だけ。 本来なら私達は捕らえられ未来永劫監禁されなければならない立場だけど、その桎梏から解放されているのがユグドラシルメシアのみんなのお陰なのを忘れないで」

 

反面、マリーの口調は強まっており、普段穏便な彼女とは思えない威圧感を醸し出しており、前に立っているだけで潰されそうになる。

僅かに感じるマリーに対しリョウは怖じ気付くことはなかったが、己の犯してしまった行為がある事態を弥増し悪化させてしまい、昔から尽力してもらっていた彼女に対し申し訳ない気持ちになってしまう。

アイリの時とはまた別の罪悪感に苛まれ、自身の軽率な行動を反省する。

 

リョウ「…すまないマリー。 奴等を相手にすると、怒りが抑えられなくなってしまうんや。 もう何年も経つっていうのに」

 

マリー「仕方のないことだよ。 エクリプスがリョウさんにしてきた悪行…怒りを抑えられる訳がない」

 

?「でも、我慢してほしい」

 

リョウ「テュフォン…」

 

声がした後ろを振り向くと、先刻到着したであろうテュフォンがいた。

ルシファーとの激しい戦闘の末、幼い体には傷が残り、額から出血してしまっている。

幼さの割に痛みに苦しんではいないようで、悲痛な面持ちで立っており、目には一粒の涙が溜まっている。

 

テュフォン「リョウ兄が辛いの…テュフォンは、分かってるつもり、だよ。 これ以上、辛いことにならないためにも、もう、力は使わないで…。 お願いだよ、リョウ兄! じゃないと…リョウ兄も…みんなも…!」

 

堪えていたが限界を迎えたようで、涙腺が崩壊し止めどなく頬を涙が伝う。

両手で顔を覆い、声を上げて泣き始めてしまった。

リョウは年相応に泣き叫ぶテュフォンに近付き、包み込むように優しく抱き締めた。

 

リョウ「ごめんな、心配掛けてしもうて。 テュフォンはこんなにも心配してくれてたのに…わしが身勝手に、感情のままに力を振るってばかりで…本当にごめん」

 

テュフォン「リョウ兄が…あんまり、力を使わないように、テュフォンも…頑張るから…だから…!」

 

リョウ「テュフォンは本当に優しいな。 約束する。 力は極力使わないようにする」

 

マリー「絶対にとは、言ってくれないんだね」

 

リョウ「わしも出来れば使いたくない。 でも、そうせざるを得ない場合が必ず来る。 出し惜しみしていちゃ、『世界を喰らう者』並の相手には勝てへん」

 

マリー「……テュフォンちゃんだけじゃない。 アレクさんやアリスさん達も、みんなリョウさんのことを掛け替えのない仲間だと思ってる。 みんなが牙を向けてしまう前に、後悔しないためにも、控えてほしいの。 時空防衛局やユグドラシルメシアのみんななら、必ず手を貸してくれるから」

 

マリーは悲しそうに俯きながら踵を返した。

 

マリー「もう、リョウさんの悲しい姿は見たくない。 私はそれだけ。 それに、リョウさんが最悪の形になれば、悲しむのはリョウさんだけじゃないってことも、絶対に忘れないで」

 

忠告に近い台詞を吐き、マリーはその場から姿を消した。

リョウは己の行動に深く反省しつつ周囲を見渡すも、レミーネの姿は何処にもなかった。

憎むべき敵を逃がしてしまったが、後悔は生まれなかった。

後悔よりも仲間に心配させる不安な気持ちを与えさせ迷惑を掛けてしまった罪悪感の方が強かった。

使用するだけで世界を揺るがす問題を惹起してしまうこの『力』を怨むが、結局は感情に呑まれ使用してしまう己が元凶なため、己自身を怨みたくもなる。

幾ら自分を攻めたところで何も変わらないのはリョウ自身理解していたため、邪魔でしかない憂鬱な気分を取り除き、テュフォンの頭を優しく撫でる。

 

リョウ「テュフォンの思いは無駄にしないよう、わしも頑張るよ。 ありがとね、テュフォン」

 

テュフォン「じゃあ、約束…」

 

テュフォンは上目遣いで腕を伸ばし小指を出してきた。

リョウは指切りに答えるため小指を伸ばしテュフォンの小指と絡めた。

 

(指の折れる音)

 

リョウ「いっ………!?」

 

悪寒が走るような痛快な乾いた音が弾けた。

痛みが走り小指を見ると、あらぬ方向へと曲がってしまっていた。

 

リョウ「あはは…テュフォン、力を込めすぎだよ」

 

テュフォン「へ? ……あ、ああああああ!! ごめんなさーい!!」

 

最も信頼を寄せる家族とも言えるリョウの指をへし折ってしまったことにテュフォンは再び泣き叫んでしまったが、指一本折れた程度では特に問題のないリョウはなんとか宥め泣き止ますことに成功した。

 




ちょっくら課金してきます


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第62話 誘惑のシンフォニー

コロナ渦にも関わらず、映画を観に行った男!
スパイd(殴)

スパイダーマン観に行きました。
ただ一言…最高でした。


世界と世界の狭間にある亜空間。

宇宙の様に無限に広がる何も存在しない空間。

広大が故に、宇宙と同様で全容が把握されていない未知の空間とも言える。

世界と世界の狭間で生じる時空の歪みが原因で亜空流と呼ばれる嵐が発生する、空間が維持されず常時乱れている非常に危険な空間でもある。

 

生物の一匹も生息しない空間の中に、宙を漂う巨大な物体があった。

高さ、横幅共に5000メートルは余裕で凌駕するであろう常軌を逸する巨大さを誇る四角形の建造物。

漆黒の空間の中でも異質な存在感を放つ巨大な金属の塊、この建造物こそが、時空防衛局本部だ。

 

ありとあらゆる世界出身の数十万の局員達がこの屋内で働いている。

日々世界に異変が起きていないかリョウと共に監視を行い、まだ見ぬ世界の調査、未開拓な世界を移住させるための場所として開拓する、エクリプスの撲滅、世界を食らう者の調査や追跡等、様々な活動内容があり、皆汗水を垂らし課せられた仕事を全うしている。

 

本部内では衣食住も徹底しており、不自由なく生活できるよう福利厚生は充実している。

居住スペース、食堂、シャワールーム、スーパー、コンビニ等の生活する上で必要な設備や必需品が揃っている。

体力や筋力を鍛え、実戦の演習も行えるトレーニングルーム。

デスクワークを有意義に行い、一息つく為の喫茶店。

休日を少しでも満喫できるために設けられたレクリエーションラウンジ。

本格的な医療設備も搭載されている。

生活に必要な施設は全て用意され、休息を取るための施設も多数あり、豪華客船以上に設備が充実しているのではないかと思える。

 

更にもう一つ、時空防衛局本部にしかないものがある。

時空防衛局にとって最も重要であり、極秘とも呼べる、外部に漏らすことなど許されない代物。

一般的に言う図書室と呼ばれる場所だが、時空防衛局に存在するそれの名は、コア・ライブラリ。

 

コア・ライブラリは一言で言い表すならば巨大な書庫だ。

本部内にあるが、あまりの巨大さ故に、局員でなければ探知できない空間へと繋がっている。

空間拡張魔法により更に書物を収納することが可能となっており、その大きさは宇宙に匹敵してしまうのではないかと思える程で、端から端、天井が視認できず、迷ってしまえば二度と出口に辿り着けず一巻の終わりとなるだろう。

 

何故ここまでコア・ライブラリが巨大なものなのか。

その理由は、ありとあらゆる世界の記録が全て納められているから。

その世界で起きた主な出来事が細かく記載されており、日に日に記載される内容は増え続けている。

事件、事故、天変地異、それ等が起きた正確な年と月日と時間、更には一人一人の個人情報まで存在する。

コア・ライブラリでは気になる事柄を検索すれば必ず答えが出てくると言っても過言ではない、全知全能と呼べる、神の領域にも等しい代物。

 

当然、コア・ライブラリは時空防衛局の中でも極秘とされるもので、他言無用で情報が流出することは決して許されない。

仮に悪人に閲覧されてしまえば、どのような悪行をするか、想像するだけでも恐ろしくなる。

その世界の国の極秘情報も閲覧できるため、核弾頭を発射することも可能になるし、国の大金を操り自らの欲するもののために使用することも可能になる。

約千年前に記載された情報を書き換えられるという前代未聞の問題が発生して以来、惨事になるような出来事は起きてはいないが、二度とそうならないよう管理は徹底されてある。

 

コア・ライブラリを使用できる者は時空防衛局の中でも限られており、その数は数十万という局員の中でも百人程度と限られた人間だけ。

最高経営責任者であるユンナが信頼を寄せる良人を厳選しているため、漏洩することはまずないと言える。

 

閲覧許可が下りている一人、光明寺 結愛はとある任務のためにコア・ライブラリを使用していた。

膨大な資料の中から探索するのが困難だったのか、顔には少々疲労の色が浮かんでいる。

次の任務に向かうまでは時間に余裕があるため、自室で仮眠を取ることにした。

床に設置されたワープパネルとエレベーター等で移動をするのだが、果てしなく巨大な建物故に、移動するのも一苦労で、自室に戻るだけでも数分を要してしまう。

 

自室に戻った結愛は先程調べた資料を纏めようと椅子に腰掛け木製の机に資料を置く。

文字が所狭しと並んだ十数枚の資料に目を通していると、ふと目線が机に置かれた額縁に入れ飾られた写真に目が移った。

 

写真には結愛を含んだ四人の少女が輝かしい笑みを浮かべている。

時間を忘れ懐かしむように写真を眺めていたが、ふと我に返ると大きく溜め息を溢し、目線を下ろす。

机に置かれた腕の手首に巻かれた桃、青、黄色、緑の四色の小さなビーズが紐に通されたブレスレットを優しく撫でる。

 

結愛「愛美…レイカ…スズ…」

 

悲哀に満ちた表情で写真に写った少女達の名を消え入りそうな声で呟く。

 

現在の結愛は凛とした佇まいとは真逆で、彼女を知る者が見れば驚いてしまう程に暗澹としている。

もう出会うことの出来ない友の事を思うと消極的になってしまうが、人前では弱さは決して出さない。

一人の時間の時のみにしか弱さを表さず、涙を流す時も必ず一人の時だけだった。

他人に弱さは見せられない訳ではなく、泣いて嘆くのは誰にも迷惑の掛からない一人の時だけと己の中で決めていた。

 

弱音を吐かなくとも、少なからず理解できている存在がいつまでも側にあり続けているから、結愛は未だに立ち上がることができている。

時に支え時に支えられる、長年の付き合いである『彼』がいるから。

 

?「随分と悲しんでいるのね。 まあ当然よね。 だ~いじなお友達が消えちゃったんだもの」

 

深閑とした部屋は結愛しかいない筈だったが、背後から女性の声がはっきりと聞こえた。

気配を感じ取れなかったことから敵だと瞬時に判断し、椅子が壊れる勢いで立ち上がり振り向き不審者に向け構えを取る。

 

結愛「なっ!? あなたは………!?」

 

居る筈のない存在に目を見開く。

扉に凭れるように立つ存在は、悪魔族だった。

但し、只の悪魔ではない。

悪魔族の中でも指折りの実力者、サタンフォーの一人であるリリス。

 

リリス「はじめまして、ピースハーモニアのお嬢ちゃん」

 

結愛「何処から侵入してきたかは知らないけれど、倒させてもらうわ」

 

リリス「落ち着きなさい。 あなたにとっていい話を持ってきてあげたんだから」

 

結愛「悪魔の話に耳を傾けるつもりはないわ」

 

リリス「野蛮ねぇ。 まあいいわ。 私は何もしないから、警戒したままでいいから兎に角聞いていなさい」

 

リリスは宥めるように手で制すが、結愛は決して警戒を解こうとするつもりはなかった。

甘美な言葉で巧みに人を操り悪事を働く悪魔の話など録なものは無いというのもあるが、どのような手段か定かではないが、厳重な警備を掻い潜り時空防衛局本部に侵入した者の発言など信用するに値しない。

 

警戒心を剥き出しにする結愛を気にもせず、リリスは言葉を続ける。

 

リリス「あなた、二度と会うことのできない友達にもう一度会えると言われたら信じる?」

 

結愛「っ……信じられないわ。 消滅した人間には、二度と会えないもの…」

 

リリス「当然の反応ね。 消滅をした者を元に戻すことは不可能ね。 でも、私はその方法は知っているわ」

 

にわかには信じがたい言葉に結愛は耳を貸すつもりはない。

本来の結愛であれば。

 

邪悪な存在である悪魔の言葉に結愛の心は揺らいでいた。

二度と会えない友に再会することは、結愛が現在生きている中で最も冀求している願望。

自身に向けられたリリスの視線は嘘偽りのないもので、真実を語っているのは長年の感で分かった。

 

リリス「夭折、と言えるのかしら? 若くして散華した友達に出会えるのを希っている。 未来永劫その悲しみに捕らわれ、救えず何もできなかった己の罪を背負ったままでいるのは辛いでしょ?」

 

リリスの言葉に図星なのか、歯を食い縛るだけで反論することはできなかった。

過去を覗き込まれ心の内を見透かされているが、心が折れるほど結愛は軟弱ではない。

これ以上心を乱し崩されないよう、変身しようとネックレスにして首に掛けてあるピースクリスタルに手を伸ばす。

 

リリス「これはあなたのためよ。 助言してあげるのだから感謝してほしいところよ。 変身されると厄介だし、今日はこれだけ渡して帰るわ」

 

懐から何かを取り出し結愛に放り投げた。

反射的に結愛はその何かを受け止めた。

 

投げ渡されたのは、一冊の古い書物だった。

年季が入っているのは勿論だが、韋編三絶された後が残り全体的に傷んでおり、表紙に題名が記載されていない、漆黒の本。

 

見るからに訝しい本から目を反らし前を向くも、リリスの姿は既になかった。

結愛は直ぐ様上層部へ侵入者がいることを無線機で報告した。

隙間が無い程にまで厳重な警備を掻い潜り侵入した者は歴史上数える程しかないため、緊急事態と言える状態にあった。

本部内の局員達は即座に対応に当たり、部屋の外からも騒々しさが伺える。

結愛もリリスの行方を探索しようと駆け付けようとしたが、先程の話が脳内を過る。

 

───もし、リリスの言っていた本当ならば、また愛美達と…。

 

結愛「………バカね。 悪魔の言うことなんだから、真に受ける必要もない…そう、よね…」

 

先程の会話を受け入れず忘れてしまおうと自身に言い聞かせるように独り言を呟き部屋を出た。

 

渡された奇怪な書物は廃棄されることなく、机の上に置かれたままだった。




ディズニープラスでマーベル作品を見てるので投稿が遅くなりそうです。
別にかまわないよね? 答えは聞いてない!


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第63話 他人の家だけど愛さえあれば関係ないよねっ

新しく始まったプリキュア…可愛い(ブ○リー)


世界十二聖剣の一本、クラウソラスを手にすることが出来ず星空界を後にして、早くも一ヶ月が経過した。

天界に戻るなり、アイリとラミエルはいつか迫り来る脅威に備え特訓に励んでいた。

 

ラミエルはルシファーとの敗戦を気にしていないと発言していたが、相当引き摺っていた。

己の実力の無さに滅入ることはなく、シェオルの街を離れ独自の特訓を行っていた。

未だにルシファーの事を諦めきれていない気持ちもあるが、悪魔と対を成す光の力を司るクラウソラスを、何故命を投げ捨てるような真似をしてまで手にしたのか、その意図は不明なまま。

何が目的か不明瞭で、どのようなものでも肯定できはしないため、ルシファーを止めなければならない使命に駆られ、日々修練に明け暮れている。

 

アイリも更に力を引き伸ばすためにリョウとピコに協力してもらい、技に磨きを掛けるため特訓を行っていた。

技の精度を高めるため、実戦を交えて四六時中戦闘を続けており、毎夜死んだように眠りについていた。

 

カイは天界に戻り一日経過した頃に目を覚まし、何事も無かったかのように無邪気に笑みを浮かべ元気な姿を見せており、アイリは安堵の表情を浮かべていた。

 

ミカエルは事の顛末をリョウから聞き、残念そうに唸るように声を上げた後、流石に情が沸いてしまったのか、アイリに再度『天使の加護』を授けようと話題を出した。

いつ悪魔から襲撃を受けるか分からない最中、戦力は増強しておきたいと思っていたリョウ達だったが、アイリは首を縦には振らなかった。

他人に与えられた恩恵ではなく、認められる強さ引き出しを己の力で会得したいと決めているようで、曲げるつもりは毛頭なさそうだった。

アイリの意思と志を尊重し、ミカエルは納得すると同時に感服したのか、特に何か言うこともなくブレイザブリク宮殿へと帰っていった。

 

アイリを更に強化させるためにリョウは助っ人として十二星座神官の一人であるサジタリウスを呼んだ。

サジタリウスは弓の名手として星空界では名を馳せており、右に出る者はいないとされている程の実力の持ち主なため、アイリの特訓を付けさせる教官としてはうってつけだった。

 

今日も朝食を終えた後、庭でサジタリウスと特訓を開始しており、二時間が経過した頃。

 

アイリ「はあ、はあ…」

 

サジタリウス「よし、ちょっと休憩するか」

 

肩で息をするアイリを見てサジタリウスは休息をとる案を出した。

相当な数の矢を射っていたせいか、ガーンデーヴァを掴む握力は殆ど残っておらず、傷付かぬよう注意を払いながら地面にゆっくり置くと大の字に倒れた。

力を付けようと奮闘するアイリにカイが近寄り、手にしたポ○リスエットを渡した。

 

アイリ「あ、ありがとうカイ君…。 これで生き返る~」

 

手渡されたドリンクを死に物狂いで口に付け、喉を鳴らしながら体へと流し込む。

 

アイリ「くうううぅぅぅ~! 元気ハツラツ!」

 

リョウ「それ違う飲み物やろ」

 

ベランダではリョウとシャティエルが椅子に座り優雅にティータイムをとっている。

更にもう一人、木製のベランダの柵に身を寄せ『どろり濃厚ピーチ味』と書かれた紙パックの飲み物を口にしアイリの様子を伺っているアリスがいた。

 

アリス「朝っぱらから頑張るね~。 私はさっきまで仮○ライダー見てたのに」

 

リョウ「お前はぐうたらしすぎなんよ」

 

アリス「失敬な! リョウに会ってない間にわくわくざぶーんでバイトに駆り出されたり、エンドレスエイトに巻き込まれたり、不思議時空に飛ばされたり、数百羽のコッコに追い回されたりして大変だったんだから!」

 

リョウ「濃い一ヶ月やな。 何だかんだ言って最後のが一番怖い気がする」

 

アリス「ということでここで暫く休ませて♪」

 

リョウ「まあええよ。 賑やかなのは嫌いやないし」

 

先日、唐突にリビングに現れた、と言うより戻ってきたアリスを迎え、賑やかな雰囲気となり今日を迎えていた。

賑やかを通り越し騒がしくなりそうな出来事が起こるのではないかと危惧してしまうが、余計な心配だとその考えを切り捨てる。

 

サジタリウス「良くなってきたと思うぜ。 俺が伝授した技も大分形になってきたし、後は形が崩れないよう回数を重ね極めていけばものにできると思うぜ」

 

アイリ「ありがとうございますサジットさん! 今までとは弓を射る感覚が全然違うのが分かります!」

 

サジタリウス「体に染みているのならなによりだぜ。 俺も教えた甲斐があるってもんだ」

 

サジタリウスは歯を見せにこやかに微笑む。

仕事の合間を縫い、態々別世界である天界へと足を運んで来てくれているので、感謝の言葉しかない。

特訓の成果は身に染みて実感しており、サタンフォーと比較すれば実力は及びはしないが、抵抗できるには十分と言える程にまで力が付いた。

 

アイリが力を蓄えている一ヶ月という期間、悪魔は動きを見せることはなかった。

ルシファーが悪魔と対となる光の力が籠められた剣、クラウソラスを手に入れ、天界に攻め入って来るのかと思われた。

ルシファーの件を報告し終えた後、シェオルに攻め込んで来るであろう悪魔に対抗するため、万全の体制で臨もうとしていたのだが、戦いの萌芽が見られることはなかった。

平和に越したことはないのだが、異常に思える静寂が凶兆ではないかと、逆に不気味で不安に駆られてしまう。

シェオルの外部周辺を調査させたが、悪魔が訪れたであろう痕跡も見当たらなかった。

ルシファーがクラウソラスを入手した目的も不明で、幾ら頭を捻ろうが答えを導き出すことが出来ず、本人に直接聞くしか答えには辿り着けそうにない。

 

アイリ「ちょっとお花を摘みに行ってきますね」

 

カイ「カイもおはなつむー!」

 

サジタリウス「カイ、アイリはトイレに行きたいそうだから待っておこう」

 

カイ「おトイレ? わかったー!」

 

アリス「アリスも行く!」

 

リョウ「アリスちゃんはここにいな~」

 

アリス「トイレくらい行かせてよ~」

 

リョウ「ネタじゃなくてガチだったか。 いっトイレ」

 

アリス「うわっ…」

 

リョウ「自分でもつまんないって分かっちょるよ。 傷付くからガチで引くのはやめてくれ。 わしもコーヒー淹れるから入ろうかね」

 

アリス「アイリ、リョウはこれから私達を盗撮する気だよ」

 

アイリ「マジ? 今すぐジャッジメントタイムしてもらおう!」

 

アリス「即座にデリート許可が下りる筈だよ! この変態を豚箱にぶち込もう!」

 

リョウ「……許可が下りる前に今すぐお前等にギャバン・ダイナミックしてやってもええんやで?」

 

アイリ「ヤバい、絶対死ぬやつだ。 逃げるが勝ちだね!」

 

アリス「何ビビってんのさアイリ! こうなったら…私も逃げよ」

 

何気ないやり取りを済ませ、三人は共にベランダから家へと入室する。

 

アイリ「そういや、翔琉殿と真琴ちゃんは上手くいってるかなー?」

 

リョウ「大丈夫やろ。 付き合い始めて長くないし、今が一番熱い時期やろうし、あの二人が喧嘩するところなんて想像できへんな」

 

アリス「ハッピーシュガーライフを送ってる二人の姿が脳内に浮かぶ。 夜は突撃ラブハートでちゅっちゅらびゅらびゅしてるよ」

 

アイリ「そ、そうだよね。 二人もカップルなんだし、あんなことやこんなことまで…///」

 

リョウ「お前は相変わらず下ネタには耐性ないんやな」

 

アイリ「いや、えっと、想像したら恥ずかしいなって…あはは」

 

リョウ「意外とうぶなんだよな~」

 

アリス「アイリの可愛い一面が見れた。 写真に納めとこ。 富竹フラッシュ!」

 

アイリ「ちょ、やめてよアリスちゃん恥ずかしい~!」

 

リョウ「こりゃタクトとレアにあった時はアイリは恥ずかしすぎて卒倒しちゃうんやないか?」

 

アリス「あー…確かに。 あの二人の熱愛っぷりは見てると砂糖を吐きたくなるもん」

 

リョウはアイリの年相応の乙女な反応に新鮮に感じながらも視線をふとソファーの方に向ける。

ソファーには毛布を掛けられすやすやと寝息を立てている銀髪の赤ん坊が確かにそこにいた。

いる筈のない存在にリョウは思わず二度見してしまった。

 

リョウ「えっ…何でマナがここに?」

 

アリス「マナ? あ、ホントだ。 ってことは、タクトとレアが来てるの?」

 

アイリ「さっき名前出してた二人がいるの? 噂をすればなんとやらだけど、見当たらないよ?」

 

リビングには隠れる身を潜める空間はないため、この部屋にはいないことは明瞭だった。

アリスとリョウの知人であるため不審者ではないので警戒することはないだろうが、不法侵入していることに変わりはないためリョウの眉を顰めている。

屋内にいるのは明らかだったので、捜索しようと玄関ホールへ続く扉を開いた。

 

視界に映ったのは、二人の男女が抱擁し、熱い口付けを交わしている衝撃的な絵面。

 

アリスとリョウは見慣れているのか苦笑いを浮かべるだけだったが、アイリは男女同士の口付けをアニメや映画以外で見たことがなかったので、見ている此方が恥ずかしくなり頬を紅潮させ口をパクパクと動かしており動揺を隠せないといった様子。

 

アリス「またやってるよこのバカップル」

 

リョウ「人ん家に来てまでイチャイチャしてんじゃないよ」

 

アイリ達の存在に気付いた二人は重ね合っていた唇を離した。

接吻を他人に見られていたにも関わらず一切の恥じらいを見せず、忸怩の思いを抱いたことはないのかと言わせる程堂々としている。

 

ワインレッドのシャツと黒のテーラードジャケット、黒のズボンを着こなしており、鼻の上辺りと右頬には大きな傷があるサングラスを掛けた茶髪のいかつそうな男性。

 

肩が大きく露出した色のトップスに赤のチェック柄のスカート風ショートパンツを着こなしており、透き通るような雪肌とは対照的に漆黒に染まった右腕、毛先に薄い桃色のメッシュが入った艶のある長い銀髪に右前頭部から生えた赤い角が特徴的な女性。

 

どちらも美男美女と言え、スタイルが良く誰が見ても理想的なカップルに見える。

アイリは何時かは自分も恋人が出来たならば、末永く仲睦まじく過ごしていきたいと思っていたが、人の目を気にせず自分達の世界を展開し接吻に忘我してしまうのは流石に気恥ずかしく、火照った顔の熱は冷め切っていない。

 

口元に着いた唾液を手の甲で拭き取り男性、タクトがアイリ達の方に向き歯を見せニヒルな笑みを浮かべる。

 

タクト「よお、久し振りだなアリス、リョウ。 俺達のイチャイチャを覗くとは趣味が悪いな」 

 

リョウ「覗いてないしそんなつもりもなかったわいね。 それより勝手にわし等の家に不法侵入する方がどうかと思うで?」

 

?「あーし達はリョウが新しい家に住んだって言うから来てやったんよ。 感謝しいよ?」

 

タクトの腕に抱き付く女性、レアがタクトを庇うように弁論する。

 

リョウ「…まあ、感謝しとくわ」

 

レア「かるく流された気がするんやけど~。 マジ悲しい、ぴえん。 ぴえん超えてぱおん」

 

タクト「レアを泣かせたなら吹っ飛ばすしかないな(黒笑)」

 

リョウ「お前が言うと洒落に聞こえんのんじゃ。 で、ホンマに特に用もなく来たん?」

 

レア「そうやって言ってんじゃん! リアルガチで!」

 

アイリ「特に何もないですけど、ゆっくりしていってね!」

 

リョウ「何もないとは失敬な。 お茶くらいは出せるやろ」

 

レア「そのエンジェルちゃんがアリスが話してた子?」

 

アリス「そうそう。 最近転生しちゃった女の子」

 

アイリ「あ、えっと、アイリです! よろしくです!」

 

レア「アイリちゃんね、よろよろー。 あーしはレア。 タクトのフィアンセでーす」

 

腕に抱き着く力を強めピースしながら自己紹介を行う。

続けてタクトがサングラスを外し自己紹介を行う。

 

タクト「俺の名前はタクト・オオガミ。 よろしくな、アイリ」

 

アイリ「はい、よろしくです! あの、リビングにいたのって二人の子供ですか?」

 

タクト「堅っ苦しいから敬語じゃなくてもいいぜ。 俺が許可する。そうだぜ、マナは俺とレアの子だぜ」

 

レア「タクトとあーしの愛の結晶! マジきゃわたんっしょ! キュン死にするっしょ!」

 

アイリ「マジきゃわたんだった! あたしより天使してる!」

 

自慢の愛娘の話題になるとレアの目が星のように輝きを放っていた。

やはりどの親も子供の事が可愛く思う子煩悩で、自慢したくなるのだろう。

レアはスマホを取り出し今まで撮影してきた写真や動画をこれでもかと言わんばかりにアイリに見せていた。

 

賑やかに喋る二人を他所に、タクトはアリスとリョウと会話を進めていた。

アイリとレアとは反対に、真剣な表情で諧謔が通じるような穏やかな雰囲気とは言えない。

 

タクト「テュフォンから聞いたぜ。 まーた力を使っちまったのか。 今回はあまり問題ない程度だったから良いけどよ、テュフォンやアシュリーが心配してたぜ」

 

リョウ「マリーにも灸を据えられたけど、未だに感情のままに発動してしまうことがある。 当然だが抑えるようにはしてる」

 

アリス「そうでなきゃ困るってー。 日常でしょっちゅう使われたら私達も気が気じゃないもん」

 

タクト「お前の過去を知ってるからエクリプスに憎悪が沸くのは分かるからな。 なんつーか…兎に角、気を付けろよ。 俺はまたお前を敵に回すようなことになりたくねえ」

 

後頭部を掻きながら発言するタクトは複雑な表情を浮かべる。

リョウの過去がどのようなものか嫌でも知っているので、言葉責めにしようにもリョウの心に負ってしまっ治ることのない深い傷のことを考えると悲観的になってしまう。

 

タクト「敵と言えば、世界を食らう者はあれから出現していないのか?」

 

リョウ「以前アリスとピコ、マリーと共に倒した時以来、出現は確認されてない。 何故二体目が出現したのかも解明されてない」

 

タクト「複数個体がいるってのが妥当な考えかもしれないな」

 

アリス「あんなのが複数いたらリョウや時空防衛局が見逃す筈がないと思うけどなー」

 

リョウ「そうなんよね。 わしも毎日世界を見てるけど異常はないんよね。 いつ忽然と現れるか分からんから油断できへんわ」

 

何処から沸いて出てくるか予想も出来ない正体不明な怪物に、世界の監視者であるリョウや時空防衛局も手を焼いていた。

世界を蚕食していく怪物に限らず、同じく神出鬼没であらゆる世界で悪行を繰り返すエクリプスの対処にも追われるため、対策が上手く練ることが出来ず十年一日で進歩がなく、猫の手も借りたい状況に陥る事態も多々ある。

 

タクト「何かあったら何時でも呼べ。 アレクも言ったんだろうが、ユグドラシルメシアは何時でも駆け付けるぜ。 言うまでもないがユグドラシルに何かあった時は逆に駆け付けてくれよな」

 

リョウ「勿論、そのつもりさね」

 

アイリ「タクトさん! あたしと勝負して!」

 

リョウ・タクト「…はい?」

 

突拍子のないことを言い出したアイリに思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

アイリが何故対戦を申し込んできたのか。

隣でくすくすと悪戯っぽく笑みを浮かべているレアを見て犯人を即座に特定することができた。

 

アイリ「タクトさんって滅茶苦茶強いんだよね? 更に戦闘におけるアドバイスも上手いってレアさんから聞いたから、是非お願いします!」

 

タクト「レア、余計なこと言ってんじゃねえよ」

 

レア「全部ホントのことだもーん。 ダーリン、ガンバ!」

 

タクト「…どうなっても知らねえぞ?」

 

リョウ「どうにかならないようにしてくれ」

 

アリス「戦うの許可するんだ。 リョウならてっきり断るかと思ったのに」

 

リョウ「アリスとも戦ってんだから今更かと思ってな。 ゴ○ラ並に暴れるアリスよりはマシだと思うし」

 

タクト「折角の誘いだし、乗ってやるか。 いいぜ、相手してやるよ」

 

アイリ「ありがとう! さあ、ショータイムだ!」

 

唐突に決まった提案に快く引き受けたタクトはアイリと共に中庭へと移動した。

 

アリス「天下一武道会の始まりだー!」

 

リョウ「いや、違うって」

 




次のスーパー戦隊も気になる…。
観るもの多いぜ~。


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第64話 スーパーヒーロータイム

今回はかなり頑張って書いた話です。
ヒーローの設定って考えるのマジで難しいですね(^_^;)

東宝や円谷の人達はマジで凄いんだなと思い脱帽してしまいますマジで。



アイリ「ちょっと待って、先にお花を摘みに行ってくるね!」

 

アリス「作者がトイレに行くために家に戻った描写を忘れちゃってたから今から行くことになりました☆」

 

リョウ「いらんこと言わんでええ」

 

アイリとアリスがトイレに行っている間に、リョウは自分用と観戦するレア用のコーヒーを淹れ再びベランダへと出る。

 

シャティエル「おかえりなさいリョウさん。 其方の方々は、リョウさんのお知り合いですか?」

 

タクト「ああ。 エンジェロイドの嬢ちゃんだよな? 俺はタクト・オオガミだ。 よろしくな」

 

レア「あーしはレア。 よろよろ~」

 

シャティエル「はい、よろしくお願いします。 私はシャティエルと申します。 私のことを既にご存知なのですか?」

 

タクト「ああ、まあ、リョウから話は聞いてたからな。 今日は久々に仲間であるリョウの顔を拝みに来たってところだ」

 

リョウ「拝みにって。 墓参りやないんやから」

 

サジタリウス「なんだか凄い奴が来てるな」

 

待ちくたびれたのか、背伸びをしながら欠伸をするサジタリウスがベランダへと歩いてきた。

テーブルに置かれたクッキーが盛られた皿を見るなり手を伸ばし一枚拝借し口に放り投げる。

 

レア「サジッ君もいんじゃん。 どしたの今日は?」

 

タクトとレアとは顔見知りのようで、サジタリウスは天界へ来た理由を一通り話し終えると、団欒して和気藹々と会話を始めた。

サジタリウスは十二星座神官の職務に日々を送っているため、異世界で会い談話できる機会は稀有なことで、思った以上に話に花を咲かせていた。

 

数分経過した頃、アイリとアリスの用を足す時間が異様に長いことに疑念を抱いた。

リビングに視線を移した丁度その時、アイリとアリスがリビングへと入室しリビングへと向かっている姿が目に入った。

 

アイリ「折角だから勝負服を着てみた!」

 

リョウ「ただのコスプレやないか」

 

藍色のミニスカートに『SUGOI DEKAI』と文字が描かれた長袖Tシャツを着こなしており、堂々と胸を張っている。

何処がとは言わないが目を見張る程のものをお持ちではないため違和感があるが敢えて追及はしなかった。

 

一方アリスもアイリと違い戦闘を行うわけでもないのに勝負服、もといコスプレをしている。

因みにキュ○エールの衣装を着ており、両手には応援するための黄色のボンボンが握られてある。

此方もアイリ同様、誰も追及しなかった。

 

アイリ「さて、ザギバスゲゲルを始めようか!」

 

サジタリウス「ザギ…なんて?」

 

リョウ「ここではリントの言葉で話せ。 タクト、アイリはやる気満々みたいやから頼むわ」

 

タクト「うっし、いっちょやるか」

 

レア「ダーリン頑張ってー!」

 

カイ「アイリー、がんばれー!」

 

アリス「フレフレ、アイリ! フレフレ、タクト!」

 

アイリとタクトは中庭の中央へと移動する。

アイリはかるく屈伸運動を行い、自信に満ち足りた表情で自慢の武器、ガーンデーヴァを召喚する。

戦闘意欲を顕在するアイリと比べ、タクトは見定めるような相豹で佇んでいる。

 

タクト「…さてと、やるか」

 

アイリ「タクトさんはどんな戦い方をするのか分かんないな。 何か特別な力を感じるわけでもないし…」

 

タクト「俺自体には力はないからな。 だけど、変身すりゃ話は別だ」

 

懐から取り出したのは、一つのベルト。

銀のラインが迸る黒色のベルトで、中央には左右に鍵を挿入するための鍵穴があるバックルがあり、赤い宝玉が施されている。

 

タクトはバックル部分を腰に当てると、ベルトは自動的に腰に巻き付き、外れないよう固定された。

更に懐から一本の黒い鍵を取り出し、鍵を手にした腕を大きく振り上げ天高く掲げる。

 

タクト「変身!」

 

振り上げた腕を下ろし右の鍵穴に差し込み回転させる。

 

『Engage! Let's go Mighty! Pay the darkness with the power of justice!』

 

音声が鳴り響くと同時に、力強け輝く光がタクトを包む。

眩い光と同時に生じたエネルギーの余波にアイリは顔を手で覆う。

暫くして余波の放出が収まり、手を下ろし目を見開くと、そこには装甲で体を覆った戦士が立っていた。

 

紅のラインが迸る漆黒の装甲。

光に反射し輝きを放つ額に装飾された赤色の宝玉。

睨みを利かせたような鋭い黄色の複眼。

後ろに湾曲した触覚に似たデザインが左右にある頭部。

一部に銀のラインが迸る胸部アーマーと肩パルト。

 

瞬時にしてタクトは特撮ドラマに登場しそうな外見へと変化し、アイリは目を白黒させている。

 

タクト「驚かせちまったな。 これが戦う時の俺のもう一つの姿、『ジャスティスエミッサリー』だ」

 

装甲により表情は視認することはできないが、恐らく自身の力を誇示したことに歯を見せ微笑んでいるのだろう。

 

リョウ「相変わらずかっこいいこと」

 

レア「ダーリンはいつだってかっこいいって。 そんなことも分かんないって、マ?」

 

カイ「かっこいいー!」

 

アリス「マジで仮○ライダーみたいだよね。 私も初めて見たときは興奮してギャラクティカファントムを繰り出しそうだったし。 …あれ? アイリ動かなくなってただのカカシになっちゃったよ?」

 

アイリは変身を遂げたタクトを凝視したまま固まってしまい、動く気配がなかった。

屡叩くことすらしないアイリを心配したのか、タクトは伺うように一歩近付き手を振る。

 

アイリ「………い」

 

タクト「ん?」

 

アイリ「やっべええええええええ!!!! ちょーーーーかっこいいいいいいいい!!!!」

 

タクト「うおっ!?」

 

短時間の間、沈黙を貫いていたアイリは箍が外れたのか、大声で叫んだ。

目をキラキラと輝かせる姿は子供が憧れの対象を見るものと全く同様だった。

実際には勿論見えないが、目から星のエフェクトが出ているような錯覚をしてしまうほど純粋な瞳でタクトを舐めるように眺めている。

 

アイリ「もうまんま特撮ヒーローじゃん! かっこよすぎてヤバいよー! ベルトで変身するなんて仮○ライダーと同じだしデザインも良い! スーパー○隊やウ○トラマンも好きだけどあたしはやっぱり仮○ライダーだね! 人々の笑顔と夢と希望を守るために身を身を挺して戦う姿はかっこよすぎる! 本物のヒーローに会えるなんて、あたしもう昇天しそう…」

 

タクト「テンションたけぇー。 アレクやアリスみたいだぜ」

 

レア「たしかしー。 アイリってバリッバリのガチオタじゃん。 勢いとかがマジやばたん」

 

リョウ「おいアイリ少しは落ち着け。 二人が引いてるぞ」

 

アイリ「いけないいけない、テンションがフォルテッシモしてた。 ちょっと待ってね。 心を落ち着かせるために激凍心火してるから。 吸ってー、吐いてー」

 

リョウ「冷やしてるのか燃えてるのかどっちかにしろよ…」

 

興奮し乱れた呼吸を整えたアイリは渇を入れるために頬を叩き、戦う姿勢を取る。

先程まで騒がしかった雰囲気が消え、いつ何時でも襲撃されようと対応できる戦士としての顔付きへ変化している。

昂然たる表情を見るなりタクトは仮面の内側で密かに笑みを浮かべる。

 

タクト「良い顔付きだ。 自信に満ち溢れている。 自信は勝利へ近付くために必要不可欠だからな。 うっし、俺もアイリに応えるためにやりますか」

 

背中に携えていた剣と銃が合体した武器、『ジャスティスライサー』を手にし、刀身をアイリに向け、高らかに決め台詞を言い放つ。

 

タクト「さあ、ジャスティスタイムの始まりだ!」

 

アイリ「やっぱりかっこいいなー! あ、ヒーローって絶対勝つ流れだからあたし負けちゃうんじゃないの?(察し)」

 

タクト「勝負ってのはやってみねえと誰にも分かんねえもんだぜ」

 

アイリ「確かに一理ある。 やっぱヒーローの言うことは違うなー! そこにシビれる! あこがれるゥ!」

 

サジタリウス「駄弁ってないでさっさと始めろー」

 

レア「あーし達観客を楽しませてよねー」

 

リョウ「外野が騒がしいから始めるか。 では双方、いざ尋常に…始め!!」

 

審判役を買って出たリョウの掛け声により、アイリとタクトの戦いが始まった。

 

先に攻撃を仕掛けたのはアイリ。

相手の出方を疑うように旋回するように飛翔し、地面と触れ合うのではないかという間際の低空飛行で『ストレートアロー』を連射する。

 

タクトは回避行動を取らずその場に留まっている。

対応できなかった訳ではなく、回避する必要が皆無と判断した結果の行動。

手にした剣、ジャスティスライサーの刃に纏うようにエネルギーが収束されると同時に真横に一閃する。

自身に直進してくる光の矢を一本残さず斬り落とされ地面へと転がる。

 

アイリ「計画通り! 『グラスアロー』!」

 

地面へ落ちた矢は新たな矢として生まれ変わり、天へ突き出す勢いで矢が地面から生え、タクトの逃げ道を塞ぐように包囲する。

タクトが剣で矢を斬ろうとしたが、アイリが上空へ飛び真上に来たことを確認すると、剣の切っ先にある砲身の標準をアイリに合わせ、柄に付いている引き金を引く。

赤色に輝くエネルギー弾が砲身から発射され、射るために構えていたアイリは華麗に身を翻し回避し、再度矢を引きながら急降下していく。

 

タクト「ほお~勇気あるな。 おもしれえ!」

 

タクトは更に引き金を引き続け光弾を発射し続ける。

アイリの勢いは止まらず、的確に光弾を回避しながら急降下を続ける。

 

アイリ「『アロービーム』!」

 

双方の距離が3メートルになった時、アイリは至近距離で『アロービーム』を放った。

タクトは剣で光線を防ぎ新たな行動に取ろうとした直後、異変を気付いた。

自身を包囲するように地面から生え出た光の矢が仄かに爛々としていたことに。

そして反応できたが対応に時間がないということに。

 

アイリ「あたしはデコイさ! 『アローエクスプロージョン』!」

 

技の名を叫ぶと、矢は光の爆発を起こした。

地面が軽々と吹き飛ぶのが威力が絶大なのを語っている。

技を放ったアイリも技の威力に押し負け土砂と共に吹き飛ばされ尻餅を着く。

爆発を真面に受けてしまったタクトは空中に放物線を描きながら玄関前のスロープに墜落した。

 

リョウ「やることが派手だねぇ。 お陰で庭とスロープがボロボロに………」

 

シャティエル「矢の数量が多かったため爆発は凄まじいものでしたが、タクトさんは御無事なのでしょうか?」

 

レア「心配しなくてもダイジョブよ~。 あーしのダーリンはこの程度じゃくたばらない」

 

愛しの人を思うレアはタクトの無事を確信していた。

恋い慕う彼女に呼応するように、煉瓦に埋まっていたタクトが這い出てきた。

先程の一撃で再起不能にはならないと確信を抱いたとしても、タクトが無事だったことにレアは破顔して喜んでいる。

 

タクト「痛てて…ビックリしちまったぜ。 まさか小細工してない矢が爆発するとはな」

 

小言を漏らすタクトは少なからず痛みを感じているが、装甲には傷一つ付いておらず、太陽の光に反射し光沢を放っている。

 

タクト「次は俺の反撃タイムに入らせてもらうぜ!」

 

足に力を込め跳躍しアイリの近くへと降り立ち、深緑色の鍵を取り出す。

 

アイリ「ま、まさか特撮ヒーローあるある、フォルムチェンジ!?」

 

タクト「ご名答だ。 空を飛ぶ相手ならこっちも空を支配する姿にさせてもらうぜ!」

 

『Engage! Let's go Windy! Those who are given wings run in the sky like a gale!』

 

深緑色の鍵をベルトの左側に空いた鍵穴に差し込み回転させると、体全体が再び光に包まれた。

光が消えた時には、赤色だった部位が深緑色を基調とした装甲に変化した姿となっていた。

更に背中には銀色のラインが迸るデサインの深緑色の翼が装備されている。

 

最初に変身した通常フォルム、マイティフォルムから、風を操り大空を駆けるウインディフォルムへと変身した。

 

アイリ「やべーやっぱりかっこいいー!! う、鼻血出そう」

 

タクト「俺がフォルム変えただけで勝手にダメージ受けてるぜ。 お前だいぶ変わった奴だな」

 

アイリ「いやーそれほどでも~」

 

タクト「褒めてねえよ。 さて、いくぜアイリ!」

 

アイリ「かかってこいや喧嘩上等!」

 

二人は同時に地を蹴り翼を広げ大空へと羽ばたく。

アイリは撹乱するかのように飛行し『ファイブストレートアロー』を連発する。

剛腹な性格なタクトは退くどころか、アイリに向かい飛行し矢を避け時に腕で弾き飛ばしていく。

ある程度の距離を保つと、ウインディフォルムの専用武器、『ウインディツヴァイショット』を手にする。

 

ウインディフォルムの専用武器は回転式と自動式の拳銃で、二丁で一つの武器となっている。

一発の威力はジャスティスライサーのエネルギー弾と比較すると劣るが、連射速度は倍以上となっており、素早い敵を撃ち抜くのに適している。

 

二丁の拳銃の引き金を引き、銃弾を止めどなく撃つ。

迫り来る矢の豪雨は次々と小さなエネルギー弾により撃ち落とされていく。

アイリは更に矢を射る数を増すために撹乱飛行を止め、宙に留まり矢を射続ける。

数量が物を言う攻防戦が膠着する状態にあったが、互いに無意味に撃ち合っている訳ではなかった。

 

アイリ「そろそろいくよ! 『アロービーム』!」

 

タクト「『フルウインディバスター』!」

 

アイリは以前アリスに放ったことのある技法を行使した。

撃ち落とされ矢の全てを操り矢先をタクトへ向け、一斉に光線を発射する。

対するタクトは二丁の拳銃を合体させ一つの大型の銃へと変え、砲口から風を纏った強力なエネルギーを体を四方八方へ回転させながら放った。

 

放たれた二つの技は空中で激しく衝突し閃光が幾つも走る。

ただ、互いの技の威力を比較すると、どちらが高いのかは一目瞭然だった。

 

風のエネルギー波は四方八方から迫るアイリの技を紙屑同然に消し飛ばしていく。

星空界から帰還し、一ヶ月の間に技や体術を研鑽してきた。

刻苦精進してきた努力を容易く打ち破られたことに気落ちする暇など与えられない。

アイリは直ぐ様『エンジェルリフレクション』を展開しエネルギー波を防ぎ、『トリックアロー』を数発放ち牽制する。

追尾機能がある矢を回避するため技を中断、上昇し蜿々たる動きで回避行動を取りつつ的確に矢をエネルギー弾で落としていく。

 

アイリ「もうこれは突っ込むしかないね!」

 

翼を羽ばたかせアイリも上昇する。

途中『スプレッドアロー』を数発放ち、矢に合わせて編隊飛行することにより、自身を守る鎧の役割を果たすようになった。

 

タクト「策としてまずまずってところだな。 『ウインディハリケーン』!」

 

回転しながら銃から風のエネルギーを放ち収束させていき、竜巻が生成された。

周囲の物体を根こそぎ吸い込み食らおうとする竜巻に飛行していたアイリはバランスを崩し吸い寄せられていく。

 

アイリ「うっわ吸引力の変わらないダ○ソン並だね! 打開策はあるから敢えて進むよ!」

 

アイリは吸引されるがままに竜巻に向かい風の流れに乗る。

体を引き伸ばされ千切れるのではないかと思うほど想像以上に風力が強い。

目を開けていられるのも困難だったが、気力を振り絞り体勢を保ちつつ矢先が青く輝く矢をつがえる。

 

アイリ「あたしの美技に酔いな! 『パーフォレーテッドアロー』!」

 

暴風を物ともせず竜巻の風の壁を貫き、タクトに向け一直線に進んでいく。

鋭い反射神経で二丁の銃を交差することにより防御するが、盾等の強固な代物ではないため、銃本体に僅かだが皹が入る。

即座に矢の軌道を逸らすため手にした銃を上に振り上げると、矢は遥か上空へと飛んでいき、徐々に視界で捕らえない場所まで上昇していった。

 

アイリ「チャンス! 新技いくぜ! 『レインアロー』!」

 

一ヶ月という期間の中、サジタリウスから教わった技の一つであり真骨頂とも言える技。

サジタリウスが最も得意とする技であるそれには未だに及ばないが、心血を注ぎ教え叩き込まれた技が今、実戦の場で放たれた。

 

タクトが真上へ弾き飛ばした矢は一瞬輝くと弾け、数十本の矢へ変化し降り注ぐ。

矢の存在に気付いたタクトは銃の引き金を引いたが、先刻の『パーフォレーテッドアロー』を諸に受けてしまった際に故障してしまったのか、弾が発射されることはなかった。

対抗する手段を失ったタクトは幾許の矢の中を掻い潜ろうとしたが、数の暴力に押し負け一発が背中に被弾。

立て続けに一発、また一発と矢を受けていき、合計数十本の矢を受けてしまったタクトは急降下していき、勢い良く地面に激突した。

 

一矢報いることのできたアイリは心の中で歓喜していたが、安堵した瞬間に力が緩んでしまったのか、竜巻の流れに呑まれてった。

暴風により殴られる痛みを耐えながらも吹き飛ばされ、アイリは地面に叩き落とされた。

 

アイリ「あたたたた…気の緩みが出ちゃった。 でもダメージは与えられたから良しとしよう!」

 

己の失態を反省しつつも、持ち前のプラス思考で気にすることなく立ち上がった。

アイリの目線の先にはタクトが地面に激突したことによりできたクレーターがある。

未だに這い出てこないあたり、ダメージが大きかったのかと思われていた。

 

レア「まだまだこの程度じゃあーしのダーリンはやられないよ。 もっと力を見せたげなよ! フレフレ、ダーリン!」

 

『Engage! Let's go Earth! It is a huge iron mallet that resonates and shakes the earth!』

 

レアの声援に答えるように電子音が鳴り響いた。

同時にクレーターから地面が盛り上がり、土砂が周囲に降り注ぐ。

盛り上がった地面の上には茶色と灰色を基調とした装甲に変化したタクトが仁王立ちしていた。

大地の力を有するアースフォルムに変身したタクトはアイリ目掛け大きく跳躍した。

手にした巨大な鉄槌、『アースミョルニル』を振り上げ大技を繰り出す構えを取る。

 

アイリ「新しいフォルム!? 技を出される前に仕留める!」

 

技を発動をされる前に戦闘不能にさせるために『ファイブストレートアロー』を連発する。

放たれた数十発に及ぶ矢は正確に、確実にタクトの体に直撃した。

全ての矢が装甲に当たると金属音が響く。

先程まで通っていたであろう矢は弾かれ、虚しく宙を舞って消滅した。

 

アースフォルムはパワーと防御に優れた形態で、装甲も他の形態に比較すると強固なものとなっている。

移動や跳躍力はやや劣るが、防御面に関しては他の形態に比べ群を抜き高いため、生半可な攻撃は一切通用しない頑丈さを誇る。

 

アイリ「えーーー効いてないの!? ライダーでよくあるパワー重視の形態ってやつ!? これ流石にヤバイよ!」

 

タクト「くらいやがれ! 『アースギガントクラッシュ』!」

 

鉄槌の左右にあるブースターからジェット噴射が火を吹き、振り下ろされる速度が何倍にも増す。

大地のエネルギーが収束された豪快且つ強大な重々しい一撃が振り下ろされた。

耳を劈く轟音が響き、砂塵や土が舞い上がり、地面に亀裂が幾つも入り、凄まじい衝撃により浮遊する島全体が大きく揺れる。

 

サジタリウス「や、やりすぎじゃねえのか?」

 

レア「タクトにしちゃ手加減できてるほうっしょ」

 

アリス「相変わらずすっごい威力。 ダイナミックチョップよりダイナミックだね」

 

リョウ「あーあー庭がボドボドに…。 いや、それより、アイリは………無事みたいやな」

 

砂塵が舞い視界が開けていなかったが、現状を把握出来たのか、アイリの無事を確信していた。

 

大技を繰り出したタクトもアイリが致命傷を負っていないことに気付いてはいたが、とある違和感を抱いていた。

急所は外したとは言え、直撃した感覚に妙な違和感を覚えその場から退かず、追撃を試みようとした。

 

タクト「あ? なんだこりゃ?」

 

砂塵が風に吹かれ、その違和感は視界に映った。

鉄槌の下敷きになり潰されていたのは、顔に『へのへのもへじ』と書かれた人形だった。

頭に疑問符が浮かんだのは束の間、人形は大爆発を起こし地面ごとタクトを吹き飛ばした。

 

タクト「いってえええええええ!?」

 

強固な装甲を持つアースフォルムでも爆発のダメージは多少通ったようで、タクトは驚きと痛みによる絶叫を上げ倒れた。

 

アイリ「あっぶなかったー! もうちょっと『カワリミ』の発動が遅かったらやられてたよ!」

 

隆起した地面の陰に身を潜めていたアイリが顔を僅かに出しガッツポーズを決めていた。

 

タクト「っつう~!『カワリミ』ってピコと同じ技が使えんのかよ。 こりゃ俺もちょいと強めにいっとくか!」

 

起き上がるなり転がっていたアースミョルニルを拾い、大きく後ろへ振り上げ、上体を後方へ倒れんばかりに仰け反らせた構えを取る。

 

タクト「『ミョルニルオンスロート』!」

 

エネルギーを纏った鉄槌をジェット噴射による加速を加え放つ全力の投擲。

単純であり豪然たる一撃、直撃を受ければただでは済まない。

巨大な磐石と同等の物が凄まじい速度で向かい来る。

アイリは回転し迫り来る鉄槌を受け止めるのは不可能と判断し、上空へと避難する。

回避できたと胸を撫で下ろしたが、鉄槌は先程まで立っていた場所から突如として方向転換、アイリへと再び迫ってきた。

 

アイリ「ちょっ!? 追尾機能あるの!?」

 

焦りつつも『光弓三日月斬』を繰り出し鉄槌を真っ正面から受け止める。

今まで戦ってきた中でも最上級の威力に、体が悲鳴を上げ始める。

 

弓を掴む腕に痛みが走り、骨の髄まで伝わり徐々に感覚がなくなっていく。

視界に火花が散り脳内が真っ白に染まっていき、意識が飛びそうになる。

いっそこのまま力を抜いてしまえば楽になれるだろうと頭に浮かびその考えに寄り添い甘えたくなる。

 

アイリ「諦め…たくない……!」

 

転生して以来、再三命の危機に遭遇した。

戦闘を放棄し諦める、それは死を意味する。

今回は模擬戦闘だからと言って、決して油断してはなあらないし、諦めていいわけがない。

何より、負けたくないという強い思いとどのような困難が立ち塞がろうと諦めたくない強い意志がある。

 

内に秘められた心の強さが体現したのか、アイリの体から白い光の粒子が出始め、光の力が大幅に上昇していく。

大剣と化したガーンデーヴァも淡く輝きを放っており、光の刃も肥大していく。

 

アイリ「せいやあああああああ!!」

 

声を張り上げ、力を振り絞りガーンデーヴァを振り下ろす。

光の刃に斬られた鉄槌は重力に従い落下し、地面へとめり込み着地し完全に動きを停止させると消滅した。

 

アイリ「はあ、はあ、はあ……ど、どんなもんじゃい!」

 

タクト「おっと、まだ俺のターンは終了してないぜ!」

 

肩で息をしながら声を発した主であるタクトを探す。

地上にはタクトの姿はなかった。

嫌な予感を察したアイリは視線を下から上げると、タクトは空中にいた。

基本形態であるマイティフォルムに戻っており、大きく跳躍することでアイリのいる空中へ躍り出ていた。

 

タクト「決めてくぜ!」

 

『OK! Hissatsu! Go Go Let's Go!』

 

ベルトに差し込まれた鍵を再び回すと、右足に赤色のエネルギーが収束されていく。

とんぼ返りで体勢を整え、背中にあるブースターからジェット噴射が翼が展開されたかのように火を吹く。エネルギーが収束された右足を大きく前に突き出し、アイリに向かっていく。

 

タクト「『ジャスティスストライクキック』!」

 

アイリ「あ……これあたし絶対やられるやつじゃん。 ヒーローが必殺技のキック放つって敵側からすれば死亡フラグが立ったも同然。 但しオーズは大丈夫、メイビー」

 

アイリの体力は先程の一撃を受け止めるのに全力を尽くしていたため、回避することは出来そうにない。

更に、今までの技に比較すると迫力に欠けるものがあるが、何故かこの一撃だけは回避も許されなければ勝利さえ遠退いて見えてしまう謎の威圧とプレッシャーを感じてしまう。

 

高速で向かい来る蹴りの威力を軽減させようとアイリは無我夢中で『エンジェルリフレクション』で防御するが、バリアの表面に直撃すると瞬時に罅が入り、秒で砕け散り、足裏に収束したエネルギーを解放させ、凄まじい大爆発を起こした。

 

シャティエル「アイリさん!」

 

戦闘が開始されて以来、憂虞していたシャティエルが居ても立ってもいられなくなり翼を展開し飛び出した。

アイリはタクトの技を受け戦闘不能の状態に陥り、重力に従い落下していくが、シャティエルが地面に衝突する寸前で受け止め惨事には至らずに済んだ。

 

シャティエル「アイリさん、大丈夫ですか!?」

 

アイリ「あはは…なんとか大丈夫、みたい。 ヒーローには勝てない設定…じゃないね。 あたしの実力不足、だったみたい…」

 

タクト「いや、そんなことはないぜ」

 

身体中傷だらけで満身創痍といった様子のアイリに地に降り立ち変身を解いたタクトが歩み寄った。

 

タクト「自分で言うのもなんだが、俺は相当の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の戦士だ。 そんな俺でもアイリは強いと感じたぜ。 元々戦うことに無縁な奴が短期間で俺にダメージを与えられる時点ですげえことなんだ。 リョウやサジタリウス、その他の奴等に学び研鑽を積んで奮励努力してきた日々は決して無駄なんかじゃねえ。 自分の力を誇っていいと思う。 これからも精進し続ければ、自分が描く自分になれる筈だぜ」

 

自信に満ち溢れた笑顔で矜持を持ち歩み続けろと鼓舞し励ます好漢は、偶像ではない、正しく本物のヒーローと言える輝きを放っていた。

敗北したことに悔しさが無いわけではなかったが、それ以上に自身の実力を僅かでも認めてくれたことが素直に嬉しかった。

 

アイリ「ありがとう、タクトさん。 やっぱり、ヒーローの言葉は、重みがある、ね…」

 

戦闘で過剰に体力を使用してしまったせいか、アイリはシャティエルの腕の中で眠りについてしまった。

 

タクト「よっぽど疲れちまったんだな。 お疲れ様だぜ、アイリ」

 

全力を尽くし挑んできた華奢な少女の頭を優しく撫でた。

暫し寝顔を見つめ撫で続けていると、後ろからどす黒い気配を感じ、冷や汗が額から流れた。

機械のように首を動かし後ろを振り向くと、鬼の形相で睨みを利かし修羅と化したレアが立っていた。

怒りが具現化されたかのように艶のある銀髪が不気味に揺れている。

 

レア「あーあーもう。 ホントーーーに女癖が悪いねタクトは。 何年経っても変わらないなんてマジないわ~。 付けるシャブもないわ~」

 

タクト「わ、悪かったって。 ナンパしてるわけじゃねえし許してくれよ。 俺がこの世で、無限に存在する世界の中でも愛してるのはお前だけだ。 分かってるだろ?」

 

怒りを鎮めるためではなく、一人の女性を愛する純粋な本心で言葉を掛け、レアの頭を撫で始める。

 

レア「こ、こんなことして、怒りが収まると思ったら、大間違いだかんね…!」

 

タクト「ほお? その割には頬が赤くなってるみてえだけど?」

 

レア「う、うるさいバカ! べ、別に、嬉しくなんか…ないから…///」

 

タクト「そっか、ならやめるぜ」

 

頭から手を離すと、レアは名残惜しそうな目をするのをタクトは見逃さなかった。

 

タクト「素直じゃねえな、まったく」

 

レア「うぅ…バカ………///」

 

再び頭に手を置き撫でられ始めると、更に頬を紅潮させ俯いてしまった。

気恥ずかしがる彼女が愛おしく感じ、撫でていた手を頭部の後ろに回し、片方の手で腰に手を回し抱き寄せた。

 

タクト「嫉妬してくれて俺は嬉しいぜ。 俺を愛してくれてなきゃ、嫉妬なんて感情は生まれないからな。 愛してるぜ、レア」

 

レア「っ…あーしの方が、何倍も愛してるっつーの…」

 

サジタリウス「はいはいお二方、ごちそうさまだぜ」

 

レアに続いて観戦していたリョウ達も歩み寄ってきた。

 

リョウ「作者は恋愛描写書くの苦手なんだからそれくらいにしといてくれ」

 

ピコ「リョウ、メタいよ」

 

タクト「よおピコ、居たのか」

 

ピコ「だから居るってば! リョウのポケットに入ってたの! 作者が僕の存在を忘れてたわけじゃないからね!?」

 

リョウ「お前もメタいこと言っとるんよな~。 まあ忘れられるのは伝統芸みたいなもんやろ」

 

アリス「アイリのパンツが見えてるのも伝統芸かな?」

 

タクト「ほお、白か」

 

リョウ「今すぐ忘れるか視界に入れるのをやめろ。 さもなくばレアと協力して頭と胴体がくっついている場所を吹き飛ばすで」

 

レア「あーしがタクトをボコボコにするわけないじゃん。 でも他の女のパンティを見たのは…許さないかんね☆」

 

タクト「ちょ、レア、頼むから爪を立てないでくれ痛いっつーの! 変身してない俺には超絶痛いからやめてくれー!!」

 

アリス「絆ptがMax Heartだねー。 二人を見てると恋愛がいいものだって、はっきりわかんだね」

 

リョウ「それは同感。 さて、アイリの治療をしたいし、部屋に戻ろう」

 

リョウはアイリを抱えたシャティエルと共に家に戻ろうとすると、戦闘後の静寂に包まれた場に大きな赤子の泣き声が聞こえた。

 

レア「あーしとタクトの愛の結晶のマナがガン泣きしちゃってんじゃん! タクトとアイリが戦闘でバカでかい音出すからー!」

 

サジタリウス「いや、静かに戦えってのも無理な話じゃないか?」

 

タクト「サジット、代弁ありがとよ」

 

赤子の声を耳にした途端、レアは翼を展開し家へと飛んでいってしまった。

その速度は先程まで戦っていたアイリとタクトの飛行速度を凌駕していた。

 

リョウ「愛娘が心配なのは親として当然のことだよな」

 

シャティエル「私達も戻りましょう。 命に別状はないとしても、アイリさんを治療しなければなりません」

 

リョウ「シャティエルの言う通りやな。 戻ろうか。 …タクト、アイリと手合わせしてくれてありがとうな」

 

タクト「いいってことよ。 にしても以外だな。 お前のことだから、あの子をボコボコにしたら怒り心頭になると思ってたんだがな」

 

リョウ「戦いと言ったのはアイリじゃ。 敵ならまだしも、信頼できる仲間なら問題なかったし、アイリの意思を尊重したかったからな。 あとは実戦で学ぶのも大事なことやからね」

 

タクト「流石と言うか当たり前か。 あの子のことをしっかり考えてるんだな」

 

リョウ「タクトやレアが言う娘のような存在やからね」

 

タクト「当たらずと雖も遠からずってやつだな」

 

リョウ「そうやな。 他言無用やからな?」

 

タクト「分かってるっつーの」

 

タクトとリョウが真面目な表情で話し合っている中、アリスが後ろから間に入り二人の腕に自身の腕を絡まらせて話し掛けてきた。

 

アリス「ちょっとタクトー。 愛しの彼女のせいで私がアイリのために用意したコスプレ衣装が破れちゃったんだけどー」

 

タクト「俺に言われてもなー」

 

リョウ「コスプレ衣装はどうでもいいけど、わしの家の庭を破壊したのは許すまじ」

 

見渡す限り、地面に凹凸が幾つも出来ており、戦闘の過激さを物語っている。

原型を止めていない悲惨な光景にリョウは怒りを通り越し悲痛な想いに浸っている。

 

タクト「…時空防衛局に修繕依頼出しとくぜ」

 

リョウ「投げ槍やないか。 まあ一人でなんとかなるようなもんでもあらへんし、フォオン様が用意して下さった家なら申請は通るやろ」

 

アリス「じゃあ私のコスプレ衣装も…」

 

リョウ・タクト「自分で買え」

 

アリス「何でー!? 折角あの服本人から貰ったのにー!」

 

後日、ユンナという最強のコネを使い庭は無事に復旧された。

アイリも大した怪我を負ってはおらず、更に力を付けるためにサジタリウスからの特訓を再開した。

 

アイリ「リョウ君、あたしもヒーローになりたいからBOARDかスマートブレインに連絡してベルトを作ってもらってよ!」

 

リョウ「そんなとこにコネはないし録なことにならんから嫌じゃ」

 

アリス「じゃあ私の知り合いに怪盗やってる戦隊がいるから、財団Xからガイアメモリ盗んでもらえるよう頼もうか?」

 

リョウ「色々とややこしくなるからやめてくれ!」

 




そろそろ書き貯めてた話が尽きそう…。


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第65話 戦【エーリヴァーガル】

『その着せ替え人形は恋をする』って漫画を読みたくて探し回ってるんですが全く見つからない…(^q^)

人気すぎぃ!!


リョウ「…で、タクト達はいつまでいるんだよ」

 

タクト「ユグドラシルの警護の番が回ってきたら帰るとするぜ」

 

レア「それまではお世話になるっつーことでよろよろ♪」

 

リョウ「まあ困ることはないし構わんよ」

 

タクトと戦闘を繰り広げた日から一週間が経過していたが、タクトとレアは未だに天界のアイリ達の住まう家に居座っていた。

特に居座る理由はなく、単に居心地がいいという単純なものだった。

 

元通りに修復された庭ではアイリとピコが度を越えない程度に手合わせしている。

アリスとシャティエルはベランダで椅子に座り観戦している。

リョウとタクト、レアはリビングのソファーで寛いでおり、カーペットの敷かれた床でカイがマナと遊んでいる心暖まる光景が出来上がっていた。

 

リョウ「わしは世界を監視する作業に入るけえ、何かあったら自室である地下室まで来てな」

 

レア「おけまる~」

 

リョウはカップに入ったコーヒーを飲み干しカップを洗うためキッチンへ向かう。

タクトとレアは窓へ視線を移し、アイリとピコの戦闘を眺めた。

 

アイリが放つ無数の矢をピコはハンマーを器用に振り回し弾き飛ばしており、勝負は未だにつきそうにない状態にあった。

 

レア「ピコは大分手加減してるって感じじゃん」

 

リョウ「当たり前やろ。 本気出したらシェオルが崩壊しかねん」

 

タクト「四大天使達が黙っちゃいねえだろうな」

 

?「そんなこと、絶対、許しませんから、ね」

 

リョウ「…この家に来る人はみんな平気で不法侵入するんやな」

 

自室へと向かおうとした直後、桃色の髪をウェーブにしている美女がリビングの戸を開け現れた。

頭上に浮かぶ輪っかに背中から生えた純白の翼を見れば、誰でも天使だと判別できる。

 

?「不法侵入、なんて、人聞き、悪いです、よ」

 

リョウ「実際そんなもんやろ。 で、何の用かなラファエル」

 

目を細め眠そうにしており、ふわふわした雰囲気をこれでもかと溢れ出す人物は、四大天使の一人であるラファエル。

何故天界を統治する一人である彼女がこの場に訪れたのか、本人の口から語られる。

 

ラファエル「実は、シェオルの外にある、川、エーリヴァーガルに、悪魔の、軍勢が、出現したの」

 

ラファエルの言葉に息を呑む。

天使の悪魔の全面戦争の濫觴。

約一ヶ月の時間を用い準備が整ったのか、天界へと進軍してきた。

戦闘の狼煙が上がるのも秒読みとなっている。

 

リョウ「遂に来たか…」

 

レア「あーし達ハンパなくヤバヤバな時に来ちゃったもんだね」

 

タクト「斥候を向かわせ此方の様子を伺っている可能性があるんじゃねえのか?」

 

ラファエル「一体も、いないの。 なんだか、様子が、おかしくって…」

 

ラファエル曰く、悪魔の動きに不可解な点があるとのこと。

 

まず一つは、悪魔がエーリヴァーガルと呼ばれる川の付近に集結しているが、一向に動きを見せないこと。

悪魔にとって敵の本拠地である天界に訪れた時点で天使族に自分達が進攻してきたのは短時間で認知されていることは重々承知な筈。

その場に止まる理由が見当たらず、悪魔の考えていることことが一層分からず、これも作戦なのではないかと試行錯誤してしまう。

 

もう一つは、サタンフォーの一人であるベルゼブブと悪魔兵達が傷を負った状態でいること。

天使族の何者かが奇襲に向かったという報告は一件もないため、ベルゼブブ達を傷付けた人物は天使ではないことが分かった。

ならば、何故負傷した状態で態々敵陣へ踏み込んで来たのか?

傷を癒し万全の状態で来るのが定石なのだが、現状は不完全な状態にある。

何者かと戦闘を行ったのだと思われるが、天界の中でもサタンフォーと対抗できる存在は数が知れているため、尚更特定することは難しい。

 

不可解な点が多いが、サタンフォーが弱体化しているこの機会を見す見す見逃すわけにはいかない。

何かの作戦、罠かもしれないが、野放しにするわけにもいかないため、攻撃を開始する以外に選択肢はない。

 

リョウ「ふーん、確かに気になる点は幾つかあるけど…それで、それをわしに伝えてどうするん? まさか協力しろと?」

 

タクト「おいおいリョウ、ラファエルが悪魔の進攻を伝えに来たってことはそういうことだって分かるだろ?」

 

リョウ「そりゃ流石のわしでも分かるわいね。 悪魔の進攻が何百年振りに起こる、歴史的なことに異世界の人間が関わるのはどうかと思っとるんよ」

 

タクト「その世界の問題だから自分達で解決しろってか? 冷たいこと言うなよ」

 

レア「あーし達がフィーラン王国を奪還したのだってめちゃくそでっかい出来事だったじゃん。 あーし達が600万人ボコしたって伝説、今でも資料に残ってるしー」

 

リョウ「それを言われるとな…まあいっか。 何かあったら時空防衛局になんとかしてもらおう(投げ槍)」

 

レア「さんせ~い(便乗)」

 

タクト「んで、天使の兵隊さん達は準備できてるのか?」

 

ラファエル「はい。 準備は、万端。 いつでも、攻めることが、できます、よ。 ウリエルさんが、一部隊を、連れて、奇襲を仕掛ける、そうです」

 

アイリ「話は聞かせてもらった!」

 

リョウ「ホいつの間に!?」

 

アリス「こういうケースは前にもあったんじゃない?」※第18話参照

 

ピコと戦闘を繰り広げていた筈のアイリが入室してきた。

戦闘を中断したからなのか、ピコは暴れ足りず不完全燃焼であまり満足はしていなかったようだ。

聞き耳を立てていたアリスによって外にいた全員に知れ渡ってしまったようだ。

 

ラファエル「あなたが、アイリさん、ですね。 四大天使、の、ラファエル、です。 よろしく、お願いします、ね」

 

アイリ「あ、四大天使だったんですね! よろしくですラファエルさん。 それで、リョウ君…」

 

リョウ「言っとくが悪魔に狙われてるアイリは行かせへんからね」

 

アイリ「あ、やっぱり? あたしだけが使えるテクニックで敵をとかちつくそうと思ってたのに」

 

リョウ「出てもシェオルの門の前で防衛する布陣の中に混じるだけにしてな。 悪魔に標的にされてるのに態々自分から顔を出しに行く必要はないからな」

 

アイリ「何か役に立てるならいいかな…」

 

リョウ「わしとピコがウリエルと共に行こう。 アリスとタクト、レア、シャティエルはアイリと防衛する側に回ってくれ」

 

アイリ・アリス「オッキュー!」

 

アイリは本当ならばリョウと共に悪魔を討ち倒したかった。

サジタリウスに鍛えられ心身共に更なる進化を遂げた自分の力を存分に発揮し、弊害となる悪魔を倒したかった。

付け加えるなら、誰かの役に立ちたいという念が強く、その威勢が全面に表れている。

 

リョウも可能であれば連れて行きたかったが、やはり危険な事柄に首を突っ込みたくないはないというのが本心だ。

アイリも薄々リョウの優しさが溢れる思考をが分かっていたため文句は言えず受け入れた。

 

アリス「アイリ、考えてることは分かるよ」

 

心情を読み取ったのか、アリスがアイリの肩の上に優しく手を置いた。

 

アイリ「アリスちゃん…」

 

アリス「防御に徹している間って暇だもんね? 何者も現れないことだってあるんだし。 それが一番なんだろうけど。 恐らく時間は有り余るだろうから、そんな時の暇潰し道具としてニン○ンドース○ッチ持ってきたから、世界のア○ビ大全51やろう!」

 

アイリ「…考えていたこととは全然違うけど、ありがとう」

 

リョウ「やるからにはもうちょい緊張感持っちょくれよ…」

 

レア「アリスらしいじゃ~ん。 堅っ苦しいのよりかは楽しい方が士気もアゲアゲだし」

 

いつものことながら、緊張感の無さにある意味感心してしまう。

 

遥か古の時より、連綿と続く争いを繰り広げてきた天使と悪魔の戦い。

その終焉が訪れる時が近いのかもしれない。

緊張感を高め挑もうとブレイザブリク宮殿へ向かおうと歩みを進めたが、ラファエルだけがその場を動こうとしなかった。

 

アイリ「あれ? えっと、ラファエルさん、だったよね? どうしたんですか?」

 

アイリの問いかけにも答えず、その場に立ったままだ。

 

ピコ「まさか…」

 

タクト「多分そうだろうな」

 

何かを察したリョウが溜め息混じりに俯いたまま動きを見せないラファエルの顔を覗き込む。

ラファエルは鼻提灯を膨らませ可愛らしく寝息を立てていた。

これから戦争が勃発するかもしれぬ状況の中で幸せそうな顔で睡眠を取れるラファエルはアリスよりも緊張感が無いのかもしれない。

 

アイリ「あの短時間喋らなかっただけで寝ちゃうの?」

 

アリス「のび太並に寝るの早いよね。 私がおはようダンスで起こそうか?」

 

リョウ「いややらんでええ。 ラファエルー、起きろー」

 

両手にマラカスを持ったアリスを制し、リョウはラファエルの体を優しく揺らす。

ラファエルは眠そうに目を擦りながら伸びをする。

眠そうにしている表情は変わらないまま、周囲を見渡す。

 

ラファエル「すいません、寝て、ましたね。 では、行きましょう、か」

 

リョウ「流石、寝ながらでも話だけは聞こえてたんやな」

 

アリス「緊張感なさすぎだよ~」

 

リョウ・タクト「お前が言うな」

 

~~~~~

 

 

ブレイザブリク宮殿にカイとマナを預けたアイリ達は各々付くべき布陣の中へ入った。

 

リョウとピコはラミエルを加えた部隊に混じり、現在進行形でエーリヴァーガルへと向かっていた。

ゴツゴツとした岩肌を見せ屹立する山々の間を潜り抜けるように天使の大軍が飛翔していく。

 

ピコ「ラミエルはあれからずっと修行してたの?」

 

ラミエル「当ったり前だ。 力の差を嫌でも見せつけられたんだ。 勝つためには日々修練するしかねえだろ」

 

リョウ「たしかに力は大幅に上昇しとるね。 身に付けた実力が如何なるものか、これから見物やな」

 

ウリエル「お喋りはそこまでにしときな。 目的地に到着だよ」

 

先頭を翔けるウリエルが手を上げ、進軍を停止させる。

岩の影から出来るだけ顔を出さぬよう戦況を確認する。

 

何かあるわけではない辺鄙な場所だが、絶景が広がる秘境。

透明度の高い水が凄まじい勢いで流れているのが最初に視界に入る。

滝の流れ落ちる以上の勢いの激流は自然の力強さをひしひしと感じさせる。

凄まじい流れに巻き込まれれば、体を打ち叩かれるだけでは済まない惨事になるのは容易く予測できる。

 

水飛沫が宙に散布し太陽の光により虹が掛かっている絶景の河川敷に、この世界の者ではない異形の存在、悪魔族がいた。

報告にあったように、数十の悪魔が雲霞の如く大軍が閑散としたこの場を陣取っている。

更に報告の通り、この場に留まる悪魔全員が負傷している。

軽症から重症と様々だったが、疲労困憊とした表情を浮かべている。

 

ピコ「本当に傷だらけになってるね」

 

ラミエル「奇襲を仕掛けるなら絶好のタイミングだな。 力押しで攻めるか?」

 

ウリエル「待ちなバカ。 直球勝負ばかりすればいいってもんじゃないよ」

 

ラミエル「でもここまで希有な好機はこれまでに訪れたことがないんだぜ? 変に行動されるよりこっちから仕掛けた方がいいだろ」

 

リョウ「そうもいかへんのやろ。 聞き出さにゃあかんことがあるんやない?」

 

ウリエル「そうだね。 ラミエル、気付かないのかい? 悪魔達が光の力で傷を負ってるってことに」

 

四大天使だけあって、光の力に敏感に反応した。

クラウソラスを所持するルシファーを除けば、悪魔が光の力を授かっていることは有り得ない。

負傷している事実を踏まえると何者かによる攻撃を受けた以外に考えられない。

 

四大天使の中でも好戦的な意思を見せるウリエルは隙を突いて強襲を仕掛ける算段も立てたが、作戦を耳を貸すことなく岩影から飛び出したリョウは単独で悪魔の軍勢の前にスーパーヒーロー着地で降り立った。

 

「なっ!? 貴様は世界の監視者!?」 

 

「な、何故俺達の居場所が!?」

 

?「奴は世界の監視者、何処に隠れようと無駄ってわけだね」

 

困惑する者、武器を構え敵意を剥き出しにする者、様々な反応を見せざわめく最中、一人の悪魔が前に出た。

小学生程の背丈に黒い二本の角に見ているだけで吸い込まれそうな漆黒の瞳をした少年。

勿論この少年も悪魔である。

しかも一つの部隊をを統率する幹部に値する実力者の持ち主だ。

 

リョウ「ドレカヴァク、一体何があったのかお聞かせ願おうか?」 

 

わざとらしく敬語を使うリョウの態度に青筋を浮かべつつ、ドレカヴァクと呼ばれた悪魔は淡々と話し始める。

 

ドレカヴァク「ルシファーの裏切りがあったんだよ。 クラウソラスの光の力を行使して僕達を突然攻撃し始めたんだ。 あの強大な光の力の前に僕達は抵抗することが出来ずに、命からがら天界に逃げてきたってかんじ。 最初は二本の剣の力で天使を滅ぼすって言ってたくせに…サタン様が不在の隙を見計らって冥界を征服しようとしてるんだ!」

 

歯を食い縛り悔しさと怒りを表情に露にする。

それはドレカヴゥクだけでなく、他の悪魔も同様だった。

 

ルシファーの反逆。

悪魔の王、サタンが不在のタイミングを見計らっていたため、クラウソラスを手にして一ヶ月もの期間天界に進軍がなかったことは筋が通っていて納得することができる。

 

しかし、反逆を起こした理由が不明確だ。

サタンフォーと呼ばれる、サタンに忠誠を誓う冥界の実力者が何故反逆行為を行ったのか理解し難い。

単に大いなる力を手にしたことでサタンを討ち倒し自分が悪魔を率いる王になろうとしているのかもしれない。

憶測にしか過ぎないため本当の理由は本人に訪ねなければ分からぬことだろうが。

 

ドレカヴァクの言葉を聞いたリョウは一人納得したように頷いた。

 

リョウ「成る程ね。 馬鹿正直に話してくれたことに感謝するよ」

 

佩刀したアルティメットマスターを抜刀し一閃する。

事態の顛末を話し終えた直後の奇襲にドレカヴゥクは幼い見た目とは思えぬ反射神経で体を後ろに反らし回避し大きく跳躍し後退した。

 

ドレカヴァク「いきなり何すんだよ!」

 

リョウ「何をするなんて、明々白々やん。 目の前にいる敵を斬り捨てる。 当然のことをして問題があると?」

 

僅かに口角を上げるリョウに悪魔兵の何人かは縮み上がった。

卑怯卑劣が売りである悪魔だが、人間であるリョウの清々しいまでの敵を討ち滅ぼす敵愾心にも似た闘志、己の行動を悪辣とも思わない心情に身震いしてしまう。

 

ドレカヴァク「世界を守護する立場の人間とは思えない思考だよ。 本当は悪魔だったりするんじゃないの?」

 

リョウ「強ち間違いではないのかもしれへんな。 『ソードカッター』!」

 

ドレカヴァク「『ソウルティアー』!」

 

三日月型の斬撃に対し、紫色の円盤状のエネルギー弾を飛ばし相殺する。

追撃と言わんばかりにドレカヴァクの後方から同等のエネルギー弾が数発放たれた。

ドレカヴァクが放つそれより高い威力を誇るがリョウは全て剣で斬り伏せる。

 

エネルギー弾を放った張本人は直ぐに姿を現した。

悪魔兵の大軍の中から大きく跳躍しドレカヴァクの隣に立ったのは、サタンフォーの一人、ベルゼブブ。

 

ベルゼブブ「よお久し振りだな世界の監視者」

 

リョウ「シェオルブライトドーム以来やな。 会いたくはなかったけど」

 

ベルゼブブ「俺は会いたかったぜ。 てめえの亡骸をあの小娘に見せてえからなぁ」

 

リョウ「おいおい、わしがどんな存在か知っとるんやろ? なら手を出さないことをおすすめするんやけど?」

 

ベルゼブブ「その力を酷使できないってことも知ってんだよ! 『デスペラードクラッシャー』!」

 

紫色の波動を纏った拳がリョウへと向かい来る。

『天使の加護』を発動しようとしたが、天から降り落とされた火球により防がれた。

直撃を免れたベルゼブブは上空を見上げ舌打ちする。

 

上空には手に火球を浮かべ滞空するウリエルが悪魔達を俯瞰している。

周囲には武器を構え臨戦態勢に入った天使兵が滞空しており、号令を出せば何時でも戦闘に入れる状態で、悪魔達は完全に包囲されていた。

ピコとラミエルはリョウの隣へと舞い降り臨戦態勢に入った。

 

ラミエル「やれやれ、結局力押しか。 嫌いじゃないやり方だけどな」

 

ウリエル「単独で突っ込まれるのは勘弁願いたいところだけどねえ。 勝手な行動は次からは慎め」

 

リョウ「すまんすまん。 でも有力な情報は聞けたやろ?」

 

ドレカヴァク「僕を騙して情報を聞き出すなんて、卑怯だぞ!」

 

リョウ「悪魔に言われる筋合いはないし、騙してもいないし、お前がわしの質問に馬鹿正直に答えたんやろ」

 

ドレカヴァク「うぐ…うるさい! みんな、死力を尽くしこいつらを倒せ!」

 

ドレカヴァクの命令に悪魔兵達は雄叫びを上げながら戦闘を開始した。

空中や地上では天使と悪魔が激しい攻防を繰り広げられ、美しい秘境の地は瞬時に戦場と化した。

 

混沌と化した戦場でリョウ達も激しい戦闘を繰り広げていた。

水を蒸発させる程に強烈なウリエルの炎が悪魔共々、地盤を焼いていく。

ドレカヴァクが念力で川の激流を操り防ぎ、ベルゼブブが突貫する。

単純な拳による攻撃だが、一発一発が強力で、防御に徹することが手一杯となっている。

更に追い討ちとして悪魔兵達による数の暴力が襲い来る。

 

リョウ「雑魚はわしが相手するから、ピコ達は行け!」

 

ピコ「オッケー! いつものゴリ押しで行っちゃうよ!」

 

自慢の武器、ピコピコハンマーを振り回し悪魔兵を蹴散らしながら道を開け、ベルゼブブへと接近する。

 

ラミエル「ナイスだピコ! 『雷拳』!」

 

開かれた道を突き抜け、ラミエルが電撃を帯びた拳を振るう。

電撃と闇が激しくぶつかり合い空気を振動する。

目で追うのさえ難しいラッシュが続く背後で、ドレカヴァクが『ソウルティアー』を放とうと構えていた。

 

ウリエル「おっと、背後から攻撃なんてさせないよ! 『神秘なる炎舞』!」

 

螺旋状の炎が波打つように前方に広がる。

灼熱の炎が岩肌を焦がし、悪魔達の肌を焼いていく。

四大天使と言われるだけあってその威力は絶大で、悪魔兵達は為す術もなく炎に飲み込まれ塵芥と化していく。

幹部クラスに相当するドレカヴァクも直撃を免れようと後退し、川の水を操り炎を消し去ることしか出来ずにいる。

 

ベルゼブブ「おうらあああああああ!!」

 

ラミエル「ぐうっ!?」

 

戦況が僅かな瞬間に傾いた。

激しい戦闘による衝撃で岩肌を削り取っていたのだが、ラミエルはその削り取られた場所に足を取られてしまった。

注意を反らした一秒にも満たない間に、ベルゼブブの拳がラミエルの腹部へ直撃した。

意識が遠退く程の強烈な一撃を受けラミエルは吹き飛ばされ、エーリヴァーガルの激流へと呑まれていった。

 

ピコ「ラミエル!」

 

ベルゼブブ「他人の心配してる場合か!」

 

『ソウルティアー』を連発し牽制を行いながら『デスペラードクラッシャー』を放つ。

ピコは体に相応しくないアクロバティックな動きでエネルギー弾をハンマーで弾き、真っ正面からベルゼブブの拳を見据えながら飛び上がる。

 

ピコ「『ピコピコ波』!」

 

先端がピコと同様の形をした顔(こんな顔→(>へ<))がある奇天烈な光線が放たれた。

 

ベルゼブブ「な、何っ!?」

 

物理に近い光線がベルゼブブに拳に直撃する。

数秒の間は力によるぶつかり合いがあったが、ベルゼブブの拳が弾かれたことで力の差がどちらが上かは明確となった。

 

ピコ「もういっちょ! 『ピコビーム』!」

 

ベルゼブブ「ちくしょおおおお消しゴムの分際でええええ!!」

 

追撃として放たれた光線をベルゼブブは腕を交差することで防御するが、徐々に押され始めている。

 

ラミエル「トドメは任せろー!!」

 

耳を劈く雷鳴が轟いた。

激流を縦に裂き地面を抉り取りながら電撃を帯びたラミエルが低空飛行していた。

鍛え抜かれた屈強な肉体は激流の衝撃ではびくともしていないようだ。

更に殴られる直前に僅かではあるが後方へ体を動かすことによりダメージを軽減するという身のこなしを行っていたため、体には大した負担は掛かってはいなかった。

 

ラミエル「『ギガスパーククラッシュ』!」

 

両腕に『雷拳』の何十倍の電撃を纏わせ、後ろに両腕を下げた後に、勢い良く前に突き出した。

ピコが放った光線を防御するのに気を取られていたベルゼブブの腹部に強力な打撃が入った。

体をくの時に折り曲げ、地面を抉りながら吹っ飛んでいった。

 

ラミエル「っしゃおらあ!!」

 

ベルゼブブ「ごはあっ! くっそ、まだまだ…!」

 

戦闘前から負傷しており、ラミエルの強烈な一撃を受けたにも関わらずベルゼブブは立ち上がる。

中々のしぶとさにリョウは思わず舌打ちするが、憂懼することなく未だに闘志を燃やす様には脱帽させられた。

 

ウリエル「流石サタンフォーだねぇ。 私もその不動心は見習わないといけないのかねぇ」

 

リョウ「あんたはもうちょい好戦的なところを直せば他の四大天使よりも優秀になれると思うで?」

 

ウリエル「だらだらとドラマを見てる時があるガブリエルよりかはマシだと思うよ?」

 

リョウ「まあ、確かにそうやな」

 

ピコ「ガブリエルがプンプンと怒る姿が想像できたよ。 それより、話も進めたいし早めに片付けたいから、アレ、いっちゃうね?」

 

リョウ「メタいことを…っておい、アレってまさか…」

 

嫌な予感を感じリョウは渋面を向ける。

大してピコは目を輝かせ笑みを浮かべ、胸が高鳴っていた。

 

リョウ「…頼むからエーリヴァーガルを消し去ることにならん程度にしろよ?」

 

ピコ「ちゃんと加減はするから大丈夫だって。 さあて、この技出すのは何年か振りだから楽しみだな~」

 

リョウ「何年か振りだから心配なんだっつーの。 ラミエル、ウリエル、離脱するよ」

 

ラミエル「もう少しでベルゼブブを追い詰められるのに逃げるのか?」

 

ウリエル「素直にリョウの指示に従った方が良さそうだよ。 全軍、一時撤退! 退け!」

 

ウリエルは天使兵に撤退を命じ、ラファエルの腕を引きエーリヴァーガルから距離を取った。

悪魔兵が逃亡を許すまいと追おうとしたが、飛翔したリョウが立ち塞がり『天使の加護』を発動し、空一帯を包囲するように展開する。

ラミエル達を追うのを阻止するためと言うより、エーリヴァーガル周辺から逃がさないために行ったものと言える。

 

リョウ「よしピコ、やっちまえ」

 

ピコ「任された! 『無数竜ピコピコ波』!」

 

大きくその場から跳躍し、口に収束したエネルギーを解き放した。

放たれたのは名の通り夥しい数のピコの形をした光線。

追尾機能があるわけではなく、出鱈目に無差別に放たれる数による暴力。

回避が許されない凄まじい光線の雨を受け、悪魔達は断末魔を上げる暇すら与えられず光線に体を貫かれその身を散らしていく。

岩肌を抉り取り、地形を変形させていく。

 

リョウ「ピコ! ストップストップ! やりすぎじゃ止め止めい!」

 

ピコ「おっといけない」

 

連なっていた山々さえも粉砕し崩れ去る光景を目にしたリョウは即座に技の中断を命令した。

異世界の者である自分達が地形を変形させてしまう事態などあってはならない。

続行していれば間違いなく一帯は砕かれた岩が敷き詰められた荒地と化し、エーリヴァーガルは完全に埋め尽くされていただろう。

 

ラミエル「派手すぎだろ…」

 

ウリエル「私も人のことは言えないけど、やり過ぎだって。 生物が生息していない領域だったからまだ良いけど、場所によってはあんたら裁判沙汰だよ」

 

攻撃が止んだことを確認したラミエルとウリエルが苦笑いを浮かべ岩影から出てきた。

視界には悪魔達の姿は映っておらず、全滅したと捉えてもいい。

 

ウリエル「……まだ生きてるね、ベルゼブブとドレカヴァクは。 ずる賢いことに、この場から逃亡したみたいだね」

 

リョウ「逃げ足の早いことで。 捜すとしますか…ん?」

 

監視者の能力で行方を探索しようとしたその時、上着に入れてある携帯電話の着信音が鳴り響いた。

画面には『タクト・オオガミ』の文字が写し出されていた。

シェオルの門の前を警護してある筈の彼から何故連絡が来たのか不明だが、兎に角通話をするため耳に電話を当てる。

 

リョウ「はいよわしじゃよ。 どしたん?」

 

タクト『やべえぞリョウ。 さっきベルゼブブって奴がここにやって来て天使の一人に取り憑いて現実世界に行きやがった』

 

リョウ「なっ!? ってか、何でそっちにベルゼブブが…!?」

 

タクト『急に現れたんだ。 息も乱れて慌ててたし出る場所を間違えたとかほざいてたぜ。 かなり傷を負ってたから、手頃な弱そうな天使兵に取り憑いて現実世界に移動して傷を癒そうって魂胆なんだろうよ』

 

リョウ「人間に近い容姿をした天使に取り憑くことで人間に紛れながら行方を眩まして傷を癒すってことね」

 

天使の翼や頭に浮遊する輪は人間には目視することは出来ない。

つまり普通の人間にしか見えないということになるため、天使が現実世界に降り立ったところで問題になることなど皆無なのだ。

ベルゼブブはそれを利用し、天使兵の一人に取り憑いた。

 

厄介なのは、悪魔は取り憑いた者の生気を吸い取り己の生体エネルギーへと変換することができるということ。

天使兵の生気を吸い取った後、人間に取り憑く可能性が高い。

生気を吸い取るだけでなく、他の人々に悪行をするよう誘いの言葉を投げ掛ける等の悪辣な行動もするので、一刻も早く見つけ出さなければならない。

 

リョウ「くそ、わしも向かいところなんやけど…」

 

苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

そんなリョウの心情を察したのか、タクトは言葉を掛けた。

 

タクト『安心しろリョウ。 アリスが奴の後を追った。 あと序でにアイリもな』

 

リョウ「そうか………え、何でアイリも一緒やねん!?」

 

タクト『アイリがあたしにも協力させてって言ったらアリスが二つ返事で了承しちまってよ。 止めようとしたんだが…まあ、アリスが相手だから無駄だって分かるだろ?』

 

リョウ「おいいいいいいぃぃぃ…!! そこは死に物狂いでも止めてくれよ! アリスだから尚更心配なんだよおおおお! アイリまで一緒なんて…」

 

問題が山積みで思わず頭を抱えてしまう。

 

タクト『あ、そういや確か現実世界って言や確か、今あいつがいるだろ』

 

リョウ「あいつ?」

 

タクト『魔王様だよ。 恵梨花ちゃんが現実世界に行きたいって言ってたし、保護者ってことで同行してショッピングに行ってくるとかこの前言ってたぜ?』

 

リョウ「………恵梨花ちゃんだけが頼りやな」

 

タクト『強ち間違いじゃないのが笑えるぜ』

 

リョウ「こちとらアイリに色々と危険が迫ってるのに笑えねえよチキショー!! アレクにせよアリスにせよ、厄介事起こさんでくれよ頼むからー!!」

 

ウリエル「なんだかまた大事みたいだねえ。 まあ、取り敢えずアレクとアリスは馬鹿なことしてなんぼって感じの人間だし…仕方ないんじゃない?」

 

四大天使でさえも匙を投げるバカ二人に苦情を訴えつつ、ここ最近で最も大音量となるリョウの悲痛な叫びが山々に反響し木霊した。




久々に10000文字超えてました。
自分でもびっくり!


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第66話 大阪ぶらり悪魔探索旅行

仮面ライダーオーズの映画観てきました。
めっちゃ泣きました。


前回の世界英雄譚は?

 

シェオルの門の前で警護に当たっていたあたしこと、天使に転生しちゃった美少女アイリちゃん。

世界のア○ビ大全51をアリスちゃんと遊んでたらいきなりサタンフォーのベルゼブブがやって来ちゃった。

あれあれ何でなのー?

アイリちゃんびっくりくりくりくりっくり!

ベルゼブブはそのまま天使兵にパイルダーオン(?)して現実世界にダイブしちゃった!

レアさん風に言うなら激マジのやばたにえんでヤバヤバ~。

 

言うてる場合か! どやんす!?

 

アリスちゃんの提案で現実世界へと逃げ去ったベルゼブブ追うことになったから、あたしにとっては生まれた故郷に帰るということになるので、興奮しちゃってテンション上がるにゃー!>ω</

 

ベルゼブブが逃げた場所は天下の台所と呼ばれた大阪!

たこ焼き、お好み焼き、焼きそば、串カツ、かすうどん…あー涎が垂れそうやで~。

ソースの匂いに腹の音が鳴っとるけど、これ以上被害が及ばないためにも探さなあかんな!

まさかの形でカムバックしてもうた現実世界を舞台に、あたしの悪魔討伐クエストが開始されるで!

アリスちゃんっちゅー頼もしすぎる味方もおるし、なんとかなるやろ!

 

え、何で関西弁なのって?

関西人の特徴でおまんがなwww

関西弁の女の子っていいよね、かわゆす!

ではでは、女の子二人で行く大阪ぶらり悪魔探索旅行のはじまりはじまり!

 

 

~~~~~

 

 

アイリ「ゾン○ランドサガ風の前回のあらすじも終わったところで………世界よ! あたしは帰ってきた!」

 

アリス「久々の現実世界だー! 後でアニメイト行かないと」

 

天使兵に憑依したベルゼブブを追い、アイリとアリスは現実世界へとやって来ていた。

 

現実世界とは何か、改めて説明しておこう。

 

魔法やモンスター、世界の征服を企む悪の組織や世界を破滅させようとする魔王等の存在しない、平凡で平和な世界。

これ等の分野が存在しないが故に、書物では創作物として描かれおり、伝説として語られるものも存在する世界。

地球と呼ぶ星に生存する生物の一種、人間が主な世界。

 

簡潔に言えば、この小説を執筆する作者、その小説を読んでいるあなたの世界。

 

どの世界を探索しても、これ程までに平凡な世界は他にないだろうと呼べるかもしれない。

 

もし我々がいるこの世界に、目視で確認できる異形の存在が突如出現するとどうなるだろうか?

混乱の渦が世を跋扈するのが目に見えるのは明瞭で、対処する方法は武力による解決しかないだろう。

悪魔に対して平和交渉を望むのは不可能なため、最終的に武力に解決に行き着くのは当然だろう。

だが、現実世界の武力で太刀打ちできる相手ではない。

多少たりとも傷を負わすことは可能だろうが、この世界で言う非現実的な力を前に、対抗できる手段は限られてくる。

 

この世界で事態を鎮圧する最終手段として使用されるのは、最強最悪の兵器。

 

人智を結集させた炎、核兵器。

 

たった一体の悪魔に核兵器を使用する、そのような結末など決して迎えてはならない。

現実世界に異世界の存在が紛れ込むのは非常に危険極まりないことで、事前に防がなければならないのだが、今回は間に合わなかった。

だが、現実世界全体を常に時空防衛局が監視しているため、異世界の者が侵入すれば即座に対応できるように対策はされているため、直に局員の誰かが事態の解決のために派遣されてくるだろう。

 

正直、アリスとアイリが来なくとも、解決できる事態なのだ。

気まぐれで自由奔放なアリスだが、現実世界へと逃がしてしまったことを心の中ではかなり悔いているため、自分も協力したかったという思いがあった故の行動だった。

 

アイリ「…ここってどう見ても大阪だよね?」

 

アリス「そうだよー! この近くにベルゼブブがいる! 私の領域展開の中にいるから間違いない!」

 

アイリ「大阪なんて修学旅行以来だなー。 …でもこの人混みの中から探すのは困難すぎだよ!」

 

これ以上ベルゼブブの逃走を許してはならない大義を背負っている二人は現在、大阪の難波にいた。

中でも最も人が密集しているであろう、道頓堀川の上に架かる戎橋のド真ん中。

 

都道府県人口が三番目に多いとされるだけあって、人の数は相当なもので、四方を見渡しても人、人、人である。

休日を満喫する者、国内のみならず海外からの旅行客等で溢れ返っており、手を上に大きく広げた人物の大きな看板、道頓堀グリコサインを背に写真を撮る人が多くいる。

 

アリス「私達には天使族の特徴とも呼べる天使の翼と輪っかが見えるから見つけるのはそこまで苦じゃないよ?」

 

アイリ「あ、そっか。 あたしも周りの人から注目されてないし」

 

アイリの目には自身の背中から生える翼も、頭に浮遊する輪っかも見えている。

リョウ達も以前から述べていたように、現実世界の人間にはそれ等は見えていないようだった。

仮に目視できていたのならば、今頃注目の的となっている筈だ。

 

アイリ「あたしがスポットライトを浴びることにならないのは分かったけど、難波の何処にいるんだろ? 気配を探ってるけど反応がないみたい…」

 

アリス「えーっとね…千日前の方じゃないかな?」

 

アイリ「たしか、なんばグランド花月がある方だったよね。 何で分かるの?」

 

アリス「女の勘!」

 

アイリ「リョウ君が聞いたらギャラクティカファントムしそうな答えだね」

 

アリス「…勘と言ったね、あれは嘘だ。 微小だけど、悪魔の気配を感じるよ。 憑依したばかりだから、気配が漏れてるんだろうね」

 

アイリ「あたしは全く感じ取れてないのに…実力の差を感じさせられるよ~」

 

アリス「ふっふっふ~。 とある世界で私はレベル5以上の実力者だからね。 アイリも殺戮の天使って呼ばれるくらいには頑張らないとね!」

 

アイリ「物騒すぎるよ! 片翼の天使…も嫌かも。 美少女天使で良いかな」

 

アリス「自分で言っちゃうあたりアイリもブレないね~。 …さて、立ったまま話す時間も勿体ないし、行きますか!」

 

アイリ「おーっ!! …今更だけど、アリスちゃんいつの間に着替えたの?」

 

アリス「ワールドゲートを潜ってる最中にね。 プリ○ラの衣装チェンジ並の早さでしょ!」

 

いつものピナフォアとスカートというメルヘンチックな服装から、白と黒のボーダーシャツに青色のオーバーオールを着た今時の女の子に相応しい服装へ早変わりしていた。

因みにアイリはロゴが入った白シャツに白色のデニムミニスカートを着こなしている。

 

一先ず二人は移動を開始した。

 

大きな蟹の模型が目立つ蟹料理の専門店、かに道楽本店。

ドンドンチンチンと音を響かせる道頓堀の名物人形、くいだおれ太郎。

ドン・キホーテのマスコットキャラであるドンペンと七福神の内の一柱、恵比寿がシンボルの大観覧車があるえびすタワー。

 

難波の象徴とも呼べる名所を目に焼き付け堪能しながら歩く。

多くのたこ焼きの店が立ち並んでおり、ソースの香ばしい香りが空気中に漂い鼻腔を擽る。

ソースの嗅ぐと腹の音が無意識に鳴り食欲を掻き立ててしまい、食欲に敵わず思わず二人はたこ焼きを買ってしまう。

 

食べ歩きをし笑い合い千日前商店街を歩く二人は誰が見ても女子高生か難波を満喫する観光客にしか見えないだろう。

 

アリス「あ、アイリこれ着けて」

 

アイリ「え、わ、分かった」

 

人混みの中で何かに気付いたアリスは何処からか仮面を取り出しその一つをアイリに差し出した。

何事か理解に追い付かないアイリだったが、言われた通りに渡された仮面を着けた。

そのまま手を引かれ、阪神高速15号堺線が架かる千日前線の側にあるラウンドワンスタジアムへと入店する。

身を潜めるようにして影から先程までいた道を見ると、黒いスーツを着た二人の男性がいた。

 

「この付近に悪魔族が憑依した天使族がいるみたいだが…凄まじい人混みだな」

 

「観光客が溢れる地域だからな、無理もない」

 

「しっかし、現実世界に入り込む前に何とかならなかったのか? ユグドラシルメシアがその場に三人もいたんだろ?」

 

「確かにそれは失態だよな。 この世界に異形の者が入り込めば混沌な状況になるのは明らかなのにな。 でも、アリスがその後を追ってこの世界に来てるらしいぜ」

 

「らしいな。 アリスがいたら報告しろとは言われてるけど…正直関わりたくない」

 

「同感だぜ。 何されるか分かったもんじゃねえからな。 聞いたか? 新人の局員に『ためる』って技を教えて、やってはいけないのに三回も『ためる』を発動させて自爆させちまったんだってよ」

 

「聞いた聞いた。 他にも、痴漢をした容疑者の弁護人として裁判に現れたかと思うと『痴漢は酷いから取り敢えず死刑』って小学生並の事を言ってその場から去っていったんだってよ。 その後は成○堂って人の見事な弁護によりなんとかなったらしいけど」

 

「はあー、正直悪魔族よりアリスを対処した方がいいんじゃないか?」

 

「かもな。 アリスが暴れたらこの前俺が探索として派遣されたラクーンシティって場所より悲惨な光景になりそうだし。 もし見つけたら、その時はお前が話し掛けてくれ」

 

「勘弁してくれよ! 俺はまだ死にたくないぜ!」

 

二人の男性は愚痴を漏らしながら人混みの中へと消えていった。

 

アイリ「あの二人、何者なんだろ?」

 

アリス「時空防衛局の人だよ。 現実世界に異形の存在が入り込んだのを察知して駆け付けて来たみたいだね。 流石お仕事が早い。 この状況で見つかったら世界の破壊者の如くさっさとこの世界から出ていけって言われるのがオチだし。 私だって解決のために頑張りたいのに」

 

アイリ「時空防衛局の人だったんだ。 一瞬MIBの人かと思ったよ」

 

アリス「現実世界に侵入を許す時点でMIBより警備はガバガバかもしれないけどね。 事前に阻止できなかった私にも問題はあるけど。 だからこそ私が解決しないと」

 

先程の男性二人が言っていた事を気にしているのか、時空防衛局や現実世界の人々に負い目を感じ、拳を握りしめていた。

同時に必ず自身の力で解決するという強い決意が籠っていた。

 

アリス「でもあの二人、言いたい放題言ってくれちゃって。 新人の局員の件は私が忠告したにも関わらず間違えて三回も発動させて自爆しちゃっただけだし、裁判の件は途中カムラの里の里長に百竜夜行を止めてくれって緊急の連絡があったから仕方なかったのに。 取り敢えずあの二人には後で納豆餃子飴を無理矢理食わせてやるんだから」

 

アイリ「色々とカオスすぎない? あたし達が着けている仮面も含めて」

 

身を隠すために着けた仮面のせいで、周囲の人々から二人は注目の的となっていた。

 

アイリはム○ュラの仮面、アリスはプ○デターのマスクと相当目立つもの。

 

傍目からはコスプレか何かと写真を撮る者もいれば奇怪な目を向ける者と反応は様々。

普通の服装に仮面を着けている時点で変質者染みているので奇怪な目を向けられるのは仕方ないのだが。

 

アイリ「あわわわ…人が集ってきたよ」

 

アリス「よく見てみれば局員達の数も増えてきたし、今下手に行動したらバレちゃうからな~」

 

スーツ姿ではないにせよ、アリスは人混みの中から時空防衛局の局員を探し出していたようで、下手にその場から動けずにいた。

 

アイリ「あ、そうだ! 時空防衛局の人がいなくなるまでこれで時間を潰そう!」

 

アイリが指差す先にあったのは、『Dance Evolution』(省略してダンエボ)と呼ばれる、画面中のキャラクターの動きに合わせてダンスを踊るダンスアクションゲーム。

設置されてある場所が入り口の前で、道行く人の目に嫌でも入ってしまう位置で、大勢の人前で踊ることになるのでメンタル的に遊ぶのが困難と言えるだろう。

 

アリス「いいね! 久々に踊ってみたかったんだ! アイリは経験あるの?」

 

アイリ「モチのロンさ! 人目も気にせずよくやってたなー。 ここまで注目されたことはなかったからちょっと恥ずかしいけど、楽しんだもん勝ちだもんね

!」

 

特に人目を気にしない二人は意気揚々とダンエボの機械の前に立ちコインを投入した。

 

その後二人は本来の目的を忘れ、『ルカルカ★ナイトフィーバー』や『Follow Tomorrow』、『Mermaid girl』、『凛として咲く花の如く』等の曲を踊り純粋に楽しんだ。

周囲には二人のダンスを見る野次馬が集まり拍手と歓声が鳴り響き大盛況となった。

その時に撮影された写真や映像がSNSで出回りその日のトレンド入りを果たしたそうだ。

 




作者の故郷ということで大阪を舞台にさせてもらいました!

やっぱり見知った場所だと書きやすいですね笑


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第67話 美少女とン我が魔王

ゴールデンウィークは楽しめてますか?

自分は最高にハイってやつです!


アイリ「いや~楽しんだー! 我が故郷である現実世界はいいものだね!」

 

アリス「いつ来ても飽きないからこの世界は堪らないんだよね~」

 

時空防衛局の局員の目を目を晦ますためゲームセンターで遊び尽くした二人は千日前商店街にある551蓬莱である豚まんを買い、南海電鉄や地下鉄御堂筋線なんば駅に直結する難波を代表する老舗のデパート、髙島屋の前で豚まんを頬張っていた。

 

アリス「おっかしいなー。 この辺りから気があったんだけどなー」

 

アイリ「アリスちゃんの妖怪レーダーでもダメなのかー」

 

アリス「私は人間だからそんなレーダーないよ! 私を妖怪みたいに呼ばないでよーこれでも人間なんだから!」

 

アイリ「ええー? ほんとにござるかぁ?」

 

アリス「バカみたいに凄い魔力持ってるけど人間だよ! アルシエルの方がよっぽど人間離れしてるよ! ってか人間じゃないしあいつ!」

 

アイリ「アルシエルって誰? 女神○生で出てきそうな魔王の名前だけど」

 

アリス「魔王ってのは間違ってないね。 実際に魔王だし」

 

アイリ「ひえ~、アリスちゃん魔王とも知り合いなんだ。 ン我が魔王って呼んだりするわけ?」

 

アリス「直ぐにネタだとバレて頭を殴られたよ。 マジで頭が割れるかと思った」

 

アイリ「やっぱり魔王って呼ばれるだけあってどの世界の魔王はヤバヤバなんだね」

 

アリス「世界を滅ぼそうとしてるわけじゃないしまだまともな方だよ。 …あっ」

 

アイリ「え、今度は何?」

 

再び何かを見つけたアリスが声を発した。

吉兆が起きる予感を察知したアイリだったが、大した問題ではなかった。

 

アリスの目線の先で、艶のある黒髪を三つ編みにした少女がチャラそうな三人組の男に絡まれていた。

大した問題ではないと言ったが、見るからに気弱そうで対抗策がない少女にとってはこの上なく問題で、周囲に助けを求めようと困惑した表情で佇んでいる。

見るからに美少女に分類される少女の救いを求める視線など露知らず、と言うより黙認しているのか、周囲の人々は厄介事に巻き込まれまいと視線を前に戻し素通りしている。

 

アイリ「なんだただのナンパか。 にしてもあの女の子美人だね~」

 

アリス「でしょでしょ。 お人形さんみたいでしょ?」

 

アイリ「え、知り合い?」

 

アリス「そうそう。 んじゃ、お助けしようかな。 おうおう待ちなよあんちゃん達!こにゃにゃちわー!」

 

わざとらしくドスの聞いた声で話し掛けるアリスに対し、男達は邪魔されたことに不快感を表したが、美少女だと気付くや否や、鼻を伸ばし始めた。

美人と話せるだけで満足するのは男の性だろうが、あからさまに表情に表れては呆れの溜め息を吐いてしまう。

 

「何だお嬢ちゃん。 俺達と遊びたいのか?」

 

「丁度良かったぜこの子を誘って喫茶店にでも行こうと思ってたんだ。 君めっちゃ可愛いから大歓迎だよ」

 

アリス「お兄さん達に用はないよ。 私が用があるのはその子だよ」

 

?「アリスさん!」

 

アリス「恵梨花ちゃん、やっはろー!」

 

恵梨花と呼ばれた少女は知人であるアリスの顔を見ると安堵の表情となる。

 

「この子と知り合いだったんだ。 なら丁度いいぜ、一緒に行こうぜ」

 

アリス「だーかーら、私達はあなた達とトゥラッタッタするつもりはないんだってー」

 

「絶対楽しくなるからさ。 な、ほらほら」

 

恵梨花の腕を掴み強引に連れていこうとする男達に流石に堪忍袋の緒が切れたのか、青筋を浮かべたアリスは男の腕を掴み足を払い地面に転がした。

 

「いっててて…何しやがんだこのアマ!」

 

アリス「当然の対応っしょー。 これ以上恵梨花ちゃんを桃姫のように攫おうってんなら、あなた達のうち、誰か一人……死ぬよ、 もうすぐ……」

 

「訳分かんねえこと言ってんしゃねえぞ!」

 

逆上した男は二人に拳を振るおうとしたが、突如として男の体は一回転し再び地面へ倒れ伏した。

男は一瞬すぎて何が起きたのか理解できず、地面に叩き付けられた痛みすら感じていなかった。

 

?「貴様等…何をしている…?」

 

声がした方向を見た途端、男達は金縛りにあったかのように固まった。

 

そこに居たのは、2メートル近い身長をした巨漢だった。

ショートヘアーの癖毛のある白髪、鍛え抜かれた筋骨隆々な体。

黒いシャツに黒いズボンにサングラスを掛けた格好は何処にでもいる男性だが、ただ者ではない異彩な雰囲気を滲み出している。

 

目元が見えないが、睨みを利かされている気がした男達は蛇に睨まれた蛙の様にその場から一歩も動けなくなってしまっていた。

 

?「……もう一度、問うぞ。 貴様等は、何をしている…」

 

氷点下をも下回る低い声に男達は身震いする。

 

側にいたアイリでさえも、圧倒的な威圧感に戦き身震いする程で、一目でただ者ではないと理解できてしまった。

抑えているだけなのか、何か力を感じるわけではなく、男達を屈服させるだけの威圧感を放っているだけ。

それだけなのに、武辺者とは格が違いすぎる雰囲気を醸し出している。

一目で理解した。

理解せざるを得なかった。

 

───あたしじゃ、絶対に勝てない。

 

息を呑み目頭に涙を溜め始めた男達とは違い、楽観的な態度を崩さないアリスが寄り添い呟く。

 

アリス「私が手を下すとは言ってないからね~。 お兄さん達、今逃げないと…比喩でもなんでもなく、殺されちゃうよ?」

 

アリスの声で我に返ったのか、男達は情けない声を上げながらその場から走り去った。

 

?「ふん…弱者が…」

 

恵梨花「アルさん!」

 

恵梨花が笑顔でアルシエルさんと呼ばれる男性へと背中に手を回し抱き付いた。

 

アルシエル「恵梨花、我の側から離れるなと言った筈だ」

 

恵梨花「ごめんなさい、人が多すぎて気付いたらアルシエルさんの姿が見えなくなってて…」

 

アルシエル「…何にせよ、無事で何よりだ」

 

抱き付く恵梨花の頭に手を置く。

表情には出ていなかったが、恵梨花が無事なことに安堵していた。

 

アリス「いやーアルさん助かったよー!」

 

笑顔で寄るアリスに気が付いたアルシエルは声を頼りに顔を向ける。

アリスの知人なので問題はないだろうと判断したアイリはアリスの隣へと並ぶ。

 

アルシエル「恵梨花を助けてくれたようだな。 ……礼を言う」

 

アリス「アルさんが素直に礼を言うなんて…! 明日は雪が降るかもしれない。 若しくはメテオを連発して天から降り注ぐものが世界を滅ぼすみたいな展開に…」

 

アルシエル「……我を侮辱するな」

 

アリス「きばご!?」

 

剛腕が降り下ろされアリスの脳天に拳が直撃した。

鈍い痛みにアリスは頭を押さえ悶絶した。

 

アリス「痛い~…ちょっとは手加減してよ!」

 

アルシエル「死にはしない程度だ」

 

アリス「だとしても痛いよ! 何処の星から来ようとも痛いものは痛いよ!」

 

アイリ「アルさんって、もしかしてこの人がさっき話してた…」

 

アリス「そうそう。 この野蛮なのが私が話してた魔王のアルシエルだよ」

 

目の前に立つ男性が魔王ならば、先程感じた威圧感にも納得ができた。

常人でも察知できる程の威圧を放ち、体つきや体格差が違いすぎるというのもあり萎縮しながらも口を開く。

 

アイリ「え、えっと、アイリです。よろしくお願いします」

 

アルシエル「…先に名乗れと言いたかったが、アリスに先んじて我の名を言われたのならば、致し方ない。 我の名はアルシエル。 聞いてはいるだろうが、魔王だ。 貴様のことはテュフォン達から話は聞いている。 転生した人間、か……脆弱な種族だった割には、底無しの力を秘めているようだな」

 

アイリ「あ、ありがとうございます…?」

 

アルシエル「天使という器に盛るには、些か勿体ない。 貴様、我の眷属になれ。然すれば、更なる力を引き出すことも可能となる。 種族は天使から魔族に変化するが、我と共に歩むのであれば、致し方ない事だと受け入れ邁進せよ」

 

恵梨花「ダメですよアルさん! 無理矢理にでも眷属にさせようとしそうなんですから…許しませんよ!」

 

アルシエル「この娘を眷属として迎え入れれば、貴様の護衛として使おうと思ったのだが…」

 

恵梨花「嬉しい提案ですけど却下です! 人の意見も聞かずに強制的に眷属にするのは蛮族がすることですよ。 何より私が喜ぶわけないじゃないですか」

 

アルシエル「うむ……確かに野蛮なのかもしれぬ。 魔王であれば、相手の意見も寛大に聞かなければならぬというわけか」

 

唐突な勧誘に戸惑いを隠せずにいたところに、恵梨花が助け舟を出した。

アルシエルの半分の身長にもなる彼女は臆することなくアイリの前に立ちはだかり物申した。

人間であるにも関わらず、恵梨花には滅法弱いようで、アルシエルは口を慎んだ。

 

恵梨花「ごめんなさいアイリさん。 アルさんには私から厳しく言っておくので」

 

アイリ「気にしてないから大丈夫だよ。ちょっとびっくりびっくりBIN BINだったけど。 えっと…」

 

恵梨花「あ、申し遅れました。 私は花咲 恵梨花と言います。アルシエルさんの眷属やってます」

 

アイリ「と言うことは、恵梨花ちゃんもアルさんと親族関係だったりするの?」

 

恵梨花「いえ、私はアルさんとは何の関係もないただの人間でしたよ。 色々あって眷属になったので今現在の種族は魔族に当たるんでしょうけど、私には大した力はないので基本的にはアルさんのお手伝いさんみたいな存在です」

 

アルシエル「我を助力する存在でありながら、現在こいつの買い出しに付き合わされているがな。 眷属でありながら魔王である我を引き回すとは…。 それと貴様、初対面でありながら我をアルさんと呼ぶな。 消し炭にするぞ」

 

サングラスにより目元は視認することは出来なかったが、明らかに睨みを利かされているのが分かる。

目に見えぬ威圧感に全身が震え上がったアイリはアリスの背後へと隠れる。

 

アリス「ン我が魔王、アイリが怖がっているからやめてあげなよ」

 

恵梨花「アイリさんもアルさんの恐ろしさを身に染みたので、抑えてくださいね?」

 

アルシエル「…ふん、理解が早い輩は嫌いではない」

 

珍しくも慇懃なアリスと柔らかな物腰の恵梨花が宥めたため、アルシエルは大人しく引き下がった。

 

アルシエル「…それで、アリスは何故この世界へと赴いている?」

 

アルシエルの問いにアリスは今まで起きた経緯を話すと、一通り聞き終えたアルシエルは不快そうに舌打ちをした。

 

アルシエル「貴様やタクトとレアがいながらなんて体たらくだ」

 

アリス「面目次第も御座いません…」

 

アルシエル「いつ何時でも不遜な振る舞いでいるから悪魔などと言う低俗を逃がしてしまうのだ。 …致し方ない。 恵梨花、悪いが買い物は一人でやれ」

 

恵梨花「何処に行くんですか?」

 

アルシエル「決まっている。 悪魔の討伐だ。 我がいつか征服すべく現実世界を、悪魔などに汚されてはたまったものではない」

 

アリス「そんなこと言ってもう1000年近く征服どころか侵略すらしてないくせに(小声)」

 

アルシエル「…アリス、減らず口な貴様はどうやら本当に塵芥にされたいようだな」

 

都会の喧騒の中で呟いた小声はアルシエルの耳に入っていたようで、青筋を浮かべながらアリスの頭を鷲掴みにしようと腕を伸ばす。

 

アリス「ひいいぃ!? 魔力吸うのだけは勘弁して! 未だにあの感覚慣れないから許してー!」

 

今からされる何かが余程嫌なのか、顔を真っ青にしながら腰を直角に曲げひたすら謝罪の言葉を述べる。

 

後ろで様子を見ていたアイリは、あの自由奔放で破天荒のアリスが頭を下げ震え怯える姿が稀に見る光景だと思うと同時に、アルシエルという存在の強大さを痛感する。

戦闘する姿を見たことがなくとも、魔王と呼ばれるのは肩書きでもなんでもなく、その威厳をこの短時間で肌で感じた。

 

アルシエル「…素直に頭を垂れる姿に免じ許そう。 恵梨花、事が済んだらまた連絡を入れる」

 

恵梨花「なに一人で行こうとしてるんですか? 私も行きます」

 

アルシエル「寝言を吐くな。 大した戦力にもならん貴様を連れて行くことなど出来ん」

 

恵梨花「怖いですけど、一人はもっと嫌です。 もし私が一人でいたら、また先程の様な人達に話し掛けられる可能性があります。 だから私も同行させてください」

 

アルシエル「…好きにしろ」

 

恵梨花の眼差しを真っ直ぐに見続け、渋々ながらも同行する許可を出すと、踵を返し歩み始める。

恵梨花は大きな背中を追い掛ける様に微笑みながら小走りし、アイリとアリスも後に続く。

 

アイリ「アルさんって恵梨花ちゃんには甘くない?」 

 

恵梨花「ふふふ、アルさんにとっては私は大事な存在…らしいですよ。 普段は眷属なら身を挺し粉になるまでこき使うなどと言いふらしてますけど、私を守るためにアルさん自身が身を挺してくれる優しい方なんですよ。悪魔を倒したいのも、現実世界の征服よりも、アイリさんやリョウさんの生まれの世界だから守りたい想いの方が強いんだと思います。 本人の前じゃ決して言いませんけどね」

 

アリス「アルさんは素直じゃないからねー。 言ったら殴られそう…あー怖い」

 

アルシエルという存在を熟知しているようで、本人が決して口に出すことのない心の内の想いを微笑みながら代弁する。

恵梨花やアリスが信頼を寄せているあたり、ただ世界を滅ぼそうとする野蛮な魔王ではなく、知人のためなら行動を起こす仲間思いな善良な魔王だというのが分かる。

 

魔王だからと言って恐ろしいという偏見があり近寄り難かったが、アルシエルの人の良さが分かり親睦を深めれそうだと思っていた矢先、アルシエルが静かに振り向いた。

 

アルシエル「…先程から下らぬ妄言を放っているが、丸聞こえだ。 この件が済んだらどうなるか…楽しみにしておけ」

 

不敵に口角を上げ、正面を向いた。

恵梨花は「あらあら」と微笑むだけだったが、アリスとアイリは冷や汗をだらだらと掻いていた。

 

アイリ「……今から入れる保険はある?」

 

アリス「ないね(諦め)」

 

アイリ「救いはないんですか!?」

 

恵梨花「うふふ…諦めましょう♪」

 

ベルゼブブを倒し事が済んでも、安全の保証がないことにアリスとアイリは居丈高と迫るアルシエルを想像し身を振るわせている。

反対に恵梨花は慣れているからか、怯える二人を見て優しく微笑むのだった。




アルさんで反応したあなた、黒ウィズやってますね?

花咲 恵梨花という名前で反応したあなた、プリキュア知ってますね?


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第68話 新世界事変

圧 倒 的 出 オ チ ☆




アリス「ウ ン チ ー コ ン グって知ってるゥ!?」

 

アルシエル「そのようなふざけた名の者は知らん」

 

髙島屋から歩き始めて約20分。

なんばCITYの横を通り、浪速区の観光名所の一つである繁華街、新世界へとやって来ていた。

 

ここまで訪れた理由は勿論、ベルゼブブの捜索。

アルシエル曰く、撹乱させるためか、理由もなく途方に暮れ彷徨い歩いているのか定かではないが、ベルゼブブは一つの場所に留まる事なく移動を続けている。

憑依した悪魔の気は薄れるらしく、アリスでさえ察知するのが難しかったのだが、アルシエルは瞬時にベルゼブブの気を捕らえ居場所まで特定した。

 

難波に劣らない人混みと賑やかな雰囲気を味わいながら、ベルゼブブが憑依した天使を探索する。

しかし見渡す限り人、人、人。

純白の翼が生えているので識別するのは簡易なものだと思っていたが、以外にも視界に入ることはなく、進捗状況は良いとは言えなかった。

串カツ店が多く建ち並んでいるため、ソースの香ばしい匂いが鼻を通り、腹の音を鳴らす。

 

アイリ「あーここでもソースの匂いが…さっき食べたばかりなのにもうお腹が空いてきちゃったよ」

 

恵梨花「これが解決したら皆さんで食べましょう♪」

 

アリス「アルさんの奢りでね!」

 

アルシエル「貴様に使う金など一銭もない。 …しかし、人間がこうも跋扈していると、目障りでしかないな。 現実世界となると、空中から俯瞰することもできぬ」

 

アリス「この世界で空なんか飛んだら宇宙人かUMA扱いされるもんねー。 何回か飛んでる時に地球連邦軍に見つかって未確認飛行物体として扱われて射ち落とされそうになったよ」

 

アルシエル「貴様にせよアレクにせよ、理解不能な行動の馬鹿さ加減には痛切させられる…」

 

アイリ「おー!あれは通天閣! 生で見るのは初めてだよ!」

 

新世界の観光名所と言えば真っ先に出てくるであろう、高さ108mある展望台、通天閣が視界に大きく映る。

難波に続き大阪の名所の一つを巡れたことにアイリは非常に喜んでおり、携帯電話で写真を撮っている。

 

アイリ「折角だから通天閣の上から叫んでみたいけど…ベルゼブブを探すのが優先だよね」

 

アルシエル「…いや、この塔を昇るぞ」

 

アイリ「お、もしかしてアルさんも通天閣の中を見てみたかったりする感じですか?」

 

アルシエル「たわけ、貴様と同等の浅はかな考えではない。 …奴は、この塔の最上部に留まっている」

 

アルシエルは地上からでは見えない最上部を指差す。

屋内にある5階展望台ではなく、アルシエルが示しているのは更にその上部に位置する野外展望台。

入場チケットを買う際に追加料金を支払えば行くことが可能な場所なので、向かおうと思えば何時でも行くことができる。

 

恵梨花「では早速行きましょう。 私も初めて訪れる名所なので、楽しみです♪」

 

アイリの悦楽に負けない程に恵梨花も大阪を満喫したいようで、アルシエルの手を引き急ぎ足で歩き始める。

アルシエルは億劫な表情を見せるも、恵梨花を危険な境遇に会わせないためにも拒否することなく随行しており、そんな二人の親子の様にも見える暖かな画にアイリとアリスは少し離れ見守るように後に続いた。

 

アルシエル「……ん、何やら人混みが増し、喧騒だな」

 

周囲の状況を把握し言葉を漏らす。

言葉の通り、通天閣の入り口には多くの人が停滞していた。

周囲にはパトカーが何台か止まり、警察官も数人入り口付近で待機しており、通天閣のスタッフと思われる人物と会話している。

観光目当てに来た人で込み合っているのかと思ったが、周囲の状況を見て緊急事態であるのは明瞭だった。 

 

「聞いた? 野外展望台で男の人が籠ってて出てこんらしいで」

 

「自殺でもしようとしてるんやろうか?」

 

「え、やばくね? マジやばくね?」

 

「そんなことよりおなかがすいたよ」

 

アルシエルは集中し周囲の人々の雑言に耳を傾け、既にベルゼブブが惹起していたことに対し舌打ちをする。

 

アルシエル「…どうやら、手遅れだったようだ。 奴め、誰にも邪魔の入らない場所で傷を癒し力を蓄えている。 そして、僅かに体が癒えた後、塔の頂から力を解き放ちここら一帯を地獄に変える算段なのだろう」

 

アリス「人の不幸は蜜の味とは言うけど、悪魔にとってマイナスエネルギーが力になるから、力を蓄えるためなら惨事を起こした方が手っ取り早いもんね」

 

アイリ「流石魔王、相手の考えていることはお見通しってことですね!」

 

アルシエル「我に相手の思考を読み取る力などない。 …もし我があいつと同じ立場ならば、そうすると思っただけに過ぎない」

 

不敵に口角を上げるアルシエルに悪意は感じ取れないが、魔王である彼が敵として立ちはだかるならば、有言実行しそうなのが恐ろしく感じる。

 

如何にして中に入ろうと考えていたところに、上空から突如邪悪な力を感じアイリは身構えた。

感じた何かは一筋の邪悪な一筋の細い光線。

上空から此方に放たれたそれは、アイリ達に目掛け放たれたものではなかった。

光線は近くに駐車されていたコンビニに商品を配送するためのトラックに落とされ、小さな爆発を起こした。

突然の爆発に賑やかだった名所は一瞬で悲鳴と狼狽の声に包まれる。

その場から離れようと走り出す者や写真を撮ろうと近付く野次馬が出てくるなど様々な反応を見せる中で、恵梨花はトラックからガソリンが止めどなく漏れ出ているのを確認した。

 

恵梨花「まずいです! トラックからガソリンが漏れてます! 引火して二次爆発が起きてしまいます! 皆さん、早くここから避難してください!」

 

アリス「みんな急いで下がって! 早く! コンボイ司令官が爆発する!!」

 

恵梨花の避難を有する声で周囲の人々も動き出すのとほぼ同時に、引火したガソリンが勢いよく爆発を起こした。

 

アイリ「ほあああああっ!!」

 

猛烈な勢いで炎が天へと伸び、灼熱の爆風が吹き荒れ、硝子の割れる甲高い音が爆音とほぼ同時に響く。

周囲の人々は爆風に為す術もなく吹き飛ばされる。

アイリとアリスも吹き飛ばされるも、受け身を取っていたため負傷することはなかったが、盾になるように恵梨花の体を覆うように抱き締めていたアルシエルの背中には硝子片が痛々しく突き刺さっていた。

 

アルシエル「…我達の存在に気付いていたようだな。 仇為す者は容赦なく攻撃を加える…というわけか。 恵梨花、怪我はないか?」

 

恵梨花「はい。 アルさんのお陰で助かりました。 ありがとうございます」

 

アリス「アルさんちょっと動かないでねーガラス抜いてあげるから」

 

アリスはアルシエルの背中に刺さった硝子片を丁寧に引き抜く。

傷が深く流血はしているものの、当の本人は全くと言っていい程痛みに顔を顰めることはなかった。

 

アイリは原型を留めていない金属片と成り果てたトラックや、被害に遭った人達を眺めていた。

見た限りでは幸いにも怪我人は確認できなかったが、賑やかだった観光名所は一瞬にして地獄と化してしまった。

 

アイリ「…絶対、許さないんだから」

 

心の内に湧くのは、怒り。

目の前で燃え盛る炎にも劣らない怒りの炎がひしひしと身体を迸る。

死亡した人や重傷者がいなかったとは言え、自分の住んでいた世界で好き勝手に暴れ、何の関係もない一般人を平気で巻き込む悪辣なやり方は到底許せるものではなく、業腹にならない方が無理な話だった。

 

アリス「そうだね。 私達で何とかしないとね」

 

アルシエル「我達も強行手段を使わざるを得ないな。 …人目に付かぬ場所へ移動するぞ」

 

アルシエルは打倒する策を思い付いたのか、地獄と化したその場を離れ歩き始める。

 

アイリ達は何も口出しはせず黙ってアルシエルの後に続き歩き始め、やって来たのは新世界の一角、ジャンジャン横丁とも呼ばれている南陽通商店街。

横幅が2.5メートル程しかなく非常に狭いが、串カツ店を中心に多くの飲食店が多く建ち並び、80年代、90年代のアーケードゲーム等を揃えたゲームセンター、かすが娯楽場があり、レトロな雰囲気を味わえる商店街で日中問わず人通りは多い。

 

アルシエルは商店街を抜けた人があまり立ち寄らない陰湿な雰囲気が漂う路地を見つけ迷わず入り、即座に魔力を解放し、移動するためのワームホールを生成した。

 

アルシエル「ここを通れば、塔の最上部に出る。 戦闘する準備を取っておけ」

 

アイリ「オッケー。 これ以上、被害を出さないためにも戦うよ!」

 

ガーンデーヴァを召喚すると、康寧なこの世界を乱そうと企むベルゼブブを阻止する強い思いからか、我先にとワームホールへと飛び込んだ。

 

ワームホールの光が消えると、視界に広がっていたのは碧空。

雲一つない快晴な空は平和な世界を表している、そんな気さえしてくる。

大阪の街並みを一望できる筈だが、今は満喫している暇など一秒たりともない。

 

アイリ「ベルゼブブ!」

 

上を見上げれば碧空、下を見下ろせば大阪の街と、最高の景色が一望できるのだが、堪能している暇はなく、アイリも敵を目前としてまで楽観的にはなれない。

風が吹き荒れる、90メートルを超える屋外展望台にいたのは、禍々しい姿をした悪魔ではなく、純白な白い翼を広げた天使。

人間で言うと30代あたりの年齢の栗色の髪をした天使が睨みを利かせている。

見た目は天使だが、皮を被っていることに過ぎないのは一目瞭然。

 

ベルゼブブ「一陽来復とはこのことだ。 天使の嬢ちゃんから来てくれるとはな」

 

アイリ「私の世界でこれ以上悪行をするのは許さないから! ここであなたを倒す!」

 

ガーンデーヴァを構え矢を番え何時でも射つことができる状態となったが、ベルゼブブは不敵な笑みを浮かべたままで、回避行動を取ることもなく、ただ直立したままだった。

何故行動しないのかと脳内で疑問符が思い浮かぶが、頭を回転させその意味を理解した。

 

ベルゼブブ「気付いたか? 俺は今、この天使に取り憑いているんだ。 攻撃を受けるのはこいつの体であって俺ではない。 まあ、お前の光の力ならば多少は俺にも効果はあるだろうが、こいつの体が傷付くことに変わりはない。 さあ、手出しできるかな?」

 

嗜虐的な悪意に満ちた笑みに対し、アイリは怒りを露にしながら歯を食い縛る。

ベルゼブブの言った言葉が真ならば、取り憑かれている天使は罪を犯してもいないのに無意味に傷を負うだけとなる。

仮にベルゼブブの言うことが絵空事だったとしても、それがはったりだと主張できる要素がない。

 

下手に攻撃を加えることが出来ず硬直状態が続くと思われたが、即座に状況は一転攻勢することになる。

 

アルシエル「…成る程。 用は、貴様をその体から引き摺り出せばよいということか」

 

ワームホールから姿を見せたアルシエルがアイリの前に降り立った。

アリスもユグドラシル・アルスマグナを手にし、片方の手でトランプカードを数枚持ち戦闘できる万全の状態にある。

恵梨花もワームホールから出てくるも、風で靡く髪を抑えながら手摺に捕まっている。

 

アルシエル「…とは言え、ここで喧騒を起こせば、この世界の人間共では対処できない」

 

アイリ「あたし達の世界で争えば、甚大な被害が出て、原因が追及するのは不可能だから万が一不祥事が起きたとしても超常現象として扱われるから罪に問われることもないし、最悪力尽くで突破ができる。 それも見越して、高見の見物が可能な通天閣を選んだんだよね?」

 

ベルゼブブ「頭が回る嬢ちゃんだな。 分かってるなら諦めな。 お前達は手出しすることは叶わないんだ。 俺の力が蓄えるのを指を咥えて眺めてりゃいい」

 

アルシエル「魔王である我が指を咥えると? そのような赤子に等しい行為など、するわけがないだろう。 …低俗には、我の恐ろしさを慄然させた後に、泥黎へと誘ってやろう」

 

発する声に一層覇気が高まると同時に、爆発する勢いで魔力が増大した。

吹き荒れていた風は止み、その場の時が止まってしまったのではないかと錯覚する感覚に陥る。

闇とは異なる、重々しい力が場を覆い尽くし、ベルゼブブだけでなくアイリも押し潰されそうになる。

 

アルシエル「…遠慮なく暴れられる場所に移るとしよう」

 

アルシエルの服装が瞬時にして変化する。

黒シャツと黒ズボンの上から、金色と紺色を基調とした腕や肩、胸部、足等に黒と金の見るからに強固で頑丈な、機動性に優れた鎧が装着されていた。

鎧からも凄まじい魔力を感じたアイリは、この装備を纏うことで更に魔力を増大させているのだと理解した。

 

アルシエルは瞬きするよりも神速の速さでベルゼブブの首を掴み、新たに召喚したワームホールの中へと引き摺り込むように入っていった。

後を追うためアリスは恵梨花の手を取り共に入っていき、アルシエルの魔力に怖じ気付いていたアイリは遅れてワームホールへと飛び込んだ。

 

二度目のワームホールの通過で出てきた場所は、宇宙のような空間。

とは言っても自身の体が宙に浮いているわけではなく、足は重力に従いしっかりと地に着いている。

地面は薄紫色の長方形の結晶で、現実世界に存在するどの宝石と比較仕様がない程巨大で、目視するあたり、サッカーのコートと同等の大きさはあるだろう。

宙には地面に足を着けている物と劣るものの幾つか結晶が浮かんでおり、その後ろには星のような煌めきが幾つも輝きを放っている。

 

アリス「ん? ここ亜空間じゃん」

 

アイリ「え、確か結構ヤバい場所だったんじゃ…」

 

恵梨花「確かに誰もいないので、誰にも被害が及ばない場所ではありますね」

 

アリス「流石ン我が魔王、アイリと恵梨花の身の危険も考えずにここを選んだね」

 

時空の歪みが原因で発生する亜空流と呼ばれる嵐が頻繁に起きることはリョウからも聞いていたため、危険な亜空間に赴くことは生涯ないと思っていたが、まさかこんな形で来てしまうとは夢にも思ってはいなかった。

 

視線を移すと、側では丁度ベルゼブブを投げ飛ばしたアルシエルがいた。

天使に取り憑いているため打擲しないのを見ると、本当に魔王なのかと疑いたくなる人情味のある行動だ。

 

そう思われているとも露知らず、アルシエルは自身の目元を覆っているサングラスを外し、懐へ納めた。

世の女性誰もが振り向く整った顔は正しく美形と呼べ、宝石の様な翡翠色の瞳が更に美形の拍車を掛けている。

真横からの素顔を拝見したアイリも魔王とは思えぬその美形に思わず息を呑む。

 

アルシエル「…アリス、亜空流が起きた時に恵梨花に被害が及ばないよう、命懸けで守れ」

 

アリス「本来ならそこはアルさんの役目じゃないかなー。 まあいいや、任された!」

 

アルシエル「…アイリ、だったな。 貴様は我の助力をしろ。 …足枷になるようなら、その場で傍観していろ」

 

アイリ「何もしないなんてまっぴらごめんだよ。 あたしも戦うよ!」

 

ベルゼブブ「場所が変わったところで、俺に勝てる保証はないぜ!」

 

アルシエル「ほざけ。 …今から貴様は、我の力の前にひれ伏し、泣き喚き命乞いをすることになる」

 

ベルゼブブ「根拠もなく何言ってんだ?」

 

アルシエル「……直ぐに分かることだ、低俗」

 

横に並んだアイリはガーンデーヴァを構え矢を番え、アルシエルも狂気を宿した翡翠色の瞳を爛々と輝かせ口角を上げた。




ゴールデンウィーク明けなので体がだるいですわ…


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第69話 魔王×天使×悪魔 亜空間SOS

久々の投稿!
難産でしたわ笑


亜空間にて、異なる三つの種族の戦いが繰り広げられようとしていた。

天使、悪魔、魔族。

住まう世界が異なり交わることのない者達が技と技をぶつけ合っている。

とは言っても、三人が互いに争い合っているわけではなく、天使と魔族は共闘しているという異色の組み合わせ。

種族の壁など気にもしていない天使アイリと魔族であり魔王のアルシエルは、天使に取り憑いている悪魔ベルゼブブと相見えている。

 

アルシエル「先ずは貴様をその身から引き摺り出す」

 

ベルゼブブ「やってみろよ魔王様。 いや、『終焉魔王』」

 

アルシエル「挑発したことを後悔しろ」

 

アルシエルは腕を前に出し、手に魔力を集めていく。

手に集められた魔力が禍々しく紫色の光を放っている。

天使の体諸共この世から消し去るのではないかと危惧したが、杞憂に終わる。

 

ベルゼブブ「な、何だ!?」

 

見えない何かに引っ張られるようにベルゼブブは天使の体から引き剥がされていく。

粘着性のある物を引き剥がされるような、巨大な何かに吸引されているかのような奇妙な感覚に捕らわれ、抵抗も虚しくベルゼブブは天使の体から引き摺り出された。

ベルゼブブの憑依から解かれた天使は意識が乗っ取られていたせいか、目覚めることなく地面へ倒れた。

 

ベルゼブブ「嘘だろ…エクソシストさえ憑依したこの俺を引き摺り出すまで数時間と掛かるってのに、一瞬で……!」

 

アルシエル「我の能力を認知していないのか? ならば冥土の土産に教えてやろう。 我の能力の名は『ドレイン』。 力だろうが物であろうが、吸収し尽くす。 能力の対象となるのは、我の視界に入ったものすべてだ」

 

アイリ「うわあ…かなりチート」

 

ベルゼブブ「能力には恵まれてるみてえだが、実力じゃそうはいかないぜ!」

 

四枚の翅を広げ、凄まじい速度で肉薄する。

振るわれる拳は鉄板を何枚も突き破る勢いと威力。

アルシエルは平然とした態度で振りかぶり放たれた拳を真っ正面から片手のみで受け止める。

ベルゼブブは捕まれた拳を振り解こうと力を込めるが、杭に打たれたのかと錯覚する程に微動だにしなかった。

 

アルシエル「浅慮な輩だな。 我に接近戦を行おうとするとは…哀れの極みだ。 『エナジードレイン』」

 

ベルゼブブ「くそ! 動かねえ…! 離しやが…ぐ、がああ!?」

 

禍々しく輝きを放つ紫色の光がベルゼブブからアルシエルの腕へと流れ込んでいく。

アルシエルはドレインを使用し、ベルゼブブの魔力を吸い上げ始めた。

不敵に笑みを浮かべるアルシエルとは反対に、ベルゼブブは徐々に力が抜けていくことに焦燥感が募っていく。

立つことすら困難となり、数秒と経たない内に膝を地に着けてしまった。

 

ベルゼブブ「ぐあ……この、俺が、サタンフォーの、一人の俺が…!」

 

アルシエル「サタンフォーだから何だと言うんだ? 如何なる存在であろうと、力尽くで我に跪かせる」

 

魔王としての力、恐らく片鱗なのだろうが、それだけでもアイリは心の奥底から震え上がった。

 

蝙蝠や蚊等の吸血する生物には当然ながら血を蓄える限界がある。

だがこの魔王からは限界という臨界点が無いと直感で分かる、分かってしまう。

今の状態を維持していれば、数分と経たない内にベルゼブブは魔力を吸い尽くされ脱け殻と化すだろう。

 

もしあの技が自分に向けられたと思うと、背筋が凍り付く。

 

ベルゼブブ「くそが…調子に、乗るな!」

 

余力を振り絞り、紫色の円盤状のエネルギー弾、『ソウルティアー』を連発した。

至近距離からエネルギー弾に直撃したアルシエルは拳を掴んでいた手を離し後退してしまう隙を逃さず、ベルゼブブは翅を広げ大きく後方へ飛び下がった。

 

アイリ「逃がさない! 『サンダーボルトアロー』!」

 

電気を帯びた矢を放つも、二度も同じ技は通用しないと嘲笑うかのように身を翻し全て回避されてしまった。

抗拒から逃れ、翅を細かく動かし浮遊するベルゼブブは息切れしており、戦闘直後とは思えない状態となっている。

未だ心意が掴めていないルシファーの反逆により負傷していたというのもあるが、アルシエルの能力が如何に強力なのかが痛感できる。

 

ベルゼブブ「流石にヤバかったな。 さて、どうしたものか…」

 

ベルゼブブの主な攻撃方法は拳による殴打だ。

防御すら容易く粉砕する圧倒的な打撃で攻め落とす戦法を得意とするベルゼブブにとって、アルシエルの能力は相性が悪すぎる。

接近しようものなら、拳を乱打する前に先程のように止められ再度魔力を吸収されてしまうだろう。

視界に入らないよう背後に回る、瞬時に懐に入り攻撃を仕掛ける等といった方法もあるが、現在の体力ではそのような機動力は出せない。

 

勝利を掴むには程遠い現状を打破するのは難しいと判断したベルゼブブは渋々といった様子で戦略的撤退を図ろうとした。

何かを察したアイリが矢を準備するよりも早く、異世界へ移動するためのワームホールが開かれた。

 

アイリ「ダメ、間に合わない!」

 

アルシエル「いや、奴が出したものではない」

 

アルシエルが言うように、ベルゼブブが困惑した表情を浮かべているので、彼が出したものではない。

では一体何処の誰が危険地帯である亜空間に現れたのか、答えは直ぐに分かった。

 

?「楽しそうにしているわね」

 

金髪を靡かせ、妖艶な雰囲気を醸し出すサタンフォーの一人、リリス。

偶然現れたにしては出来すぎているので、ベルゼブブがこの場所に居ると認知して現れたのだろう。

新たな敵の増援に身構えるアイリとアルシエルを他所に、リリスはベルゼブブと対談し始める。

 

ベルゼブブ「ルシファーから逃げ切ってたのか。 丁度良い、あの天使と『終焉魔王』を倒すのを手伝え」

 

リリス「私はお前の助力をしに態々こんな辺鄙な場所に赴いたんじゃないわ。 ただ、試したいことがあるだけ」

 

訳が分からず疑問符を浮かべたのも束の間で、首筋に痛みが走った。

視線を下に移すと、リリスが伸ばした触手が首に突き刺さっていた。

急激に己の中にある体液が吸い取られていき、生命の危機を感じ抵抗しようと力を込めるが、先程の『エナジードレイン』のせいでそのような余力など残されていない。

 

ベルゼブブ「て…てめえ、何の、つもりだ……!」

 

リリス「言ったでしょ? 試したいことがあるの。 そのためにあなたには犠牲になってもらう。 極力強い力を持つ者の方が効果がありそうだったから、あなたを狙ったの。 何のつもりかは知らないけれど、ルシファーの反乱のお陰で弱りきったあなたに狙いを定められたから、感謝しかないわ」

 

ベルゼブブ「く、そ…くそが…許さねえ…からな………いつか、必ず…!」

 

リリス「死に行くあなたが何をほざこうが無意味よ。 でも、あなたの力だけは無駄にはならないから、感謝しなさい。 じゃあ、さようなら」

 

無抵抗のままベルゼブブは薄れ行く意識の中で、憤怒と憎悪が混ざった瞳で、不敵に微笑む彼女の醜悪な顔を睨む。

その行動を最後に、ベルゼブブの意識は途切れた。

 

数秒も経たない内に、ベルゼブブの体液は全て抜き取られてしまった。

干からび抜け殻と化した体は灰となり、亜空間の遥か彼方へと溶け込むように消えた。

 

サタンフォーの一人の呆気ない最期にアイリは釈然としないままリリスに向けて矢を射る。

 

アイリ「何で殺しちゃったの? 仲間だったんじゃないの!?」

 

リリス「仲間? そのような絆で結ばれたような暑苦しい存在じゃないわ。 敵でないってだけよ」

 

リリスの獰悪な行動に堪忍袋の緒が切れたアイリは翼を広げ飛翔し、続け様に矢を射る。

 

リリス「何故怒りを露にしているのかしら? ベルゼブブは現実世界を征服、占領しようとした極悪人よ。 死んだのなら、あなたにとっては得だと思うのだけど」

 

アイリ「あたしが怒っているのは、簡単に命を奪うことだ! 同じ組織に属しているなら、それはもう仲間って言うんだよ! いとも簡単に仲間の命を刈り取るあなたは絶対に許さない!」

 

リリス「無辜な私を糾弾されても困惑しかないわ。 それに何より煩く目障りだわ」

 

人間という低俗な種族だった、十何年しか生きていない少女に物を言われ癪に触ったのか、4本の触手を伸ばし、『テンタクルレイ』を放つ。

宙を交差するように走る四筋の光線を敏捷な身のこなしで回避し、時に受け流しながら射てる限り矢を射る。

リリスは縦横無尽に亜空間の空を駆け、光の矢を嘲笑うかのように回避し続けている。

 

リリス「前に会った時よりかは、楽しめるみたいね」

 

アイリ「あんたが知らない間にこっちは色々あったんだから! 卑劣な行いをするあんたなんかには絶対に負けない!」

 

強力な一撃を叩き込むため、アイリは『レインアロー』を放った。

隕石の如く降り注ぐ矢から逃れるのかと思ったが、リリスは触手を巧みに操り矢を弾いていた。

光の力によるせいか、触手からは闇の力を浄化される際に出る煙が少なからず出ていたが、瑣末な問題としか思っていないのか、特に気にしてはいないようだった。

服を何度か掠めながらも、数多の矢を防ぎきり剣を片手にアイリへと肉薄する。

アイリもガーンデーヴァを両手で持ちリリスの剣を受け止め接近戦へと持ち込む。

 

甲高い金属音が鳴り響き、火花が散る。

何十回と及ぶ剣の攻防が続いていたが、リリスが突然後方へと飛び退いた。

何故なのかと思案しようとしたアイリの目の前に燃え滾る炎が通り過ぎた。

何寸か差異があれば直撃するギリギリの距離に顔面蒼白しながら下を見ると、小型拳銃を手にし砲口をリリスに向けたアルシエルがいた。

魔王が持つには相応しくない現代的な武器だったが、凄まじい魔力を感じたアイリはただの拳銃ではないと直感で理解できた。

 

紫色のラインが迸るデザインの全体が黒色の小型拳銃。

紫色のラインには宝石を加工し施された物で、魔力を特に醸し出していたが、銃そのものが特殊な材料により生成されているせいか、全体から魔力を嫌でも感じ取れる。

 

アルシエル「…闖入してきた分際で、差し出口するな。 我が魔銃『パントクラトール』の餌食にされたいか?」

 

リリス「相変わらず随分と品の無い物騒な物を持っているわね」

 

アルシエル「初対面の割には口の利き方がなっていない…流石、野蛮な低俗といったところだ。 …我を侮辱するとは…死に値する」

 

リリス「初対面…ええ、今は確かにそうだったわね」

 

リリスが呟いた言葉は引き金を引き銃弾が放たれた銃声により掻き消された。

狂騒を起こす程ではなかったが、アルシエルは額に青筋を浮かべており、リリスの地面に這いつくばる姿を見るために引き金を引く。

リリスは銃弾を触手で防ごうとしたが、直撃を受けた。

防御に徹していた触手は千切れ飛び、止まることを知らない魔力により強化された銃弾は直線上に進みリリスの体を貫通した。

豆粒程の鉛球だが、その一発は大型戦車の一発を超越する威力はあるのではなかろうか。

防御は叶わないと判断したリリスは回避に移り、距離を保ちながら薄紫色の結晶の間を縫うように飛行する。

後を追うためアルシエルも浮遊し、銃弾を射つと同時に灼熱の炎を放つ。

結晶が銃弾と炎に直撃を受け礫と成り果てていくが、リリスは俊敏な動きで回避していき反撃に『テンタクルレイ』を放ってはいるが、アルシエルは全て片手だけで防御しており効果は薄いと言った戦況。

 

リリス「流石、『終焉魔王』の二つ名は伊達ではないわね。 だったら…」

 

『テンタクルレイ』を放ちつつ砕け散った結晶を掻い潜り肉薄する。

接近すればドレインの餌食になるのは目に見えて分かる筈だが、何か策があるのであろう。

それを理解していながら、アルシエルは退かず接近戦

へ移るため構えた。

 

リリス「『デスペラードクラッシャー』!」

 

アルシエル「ほう……」

 

アルシエルの眉が僅かに動いた。

紫色の波動を纏った拳がアルシエルの腕を弾き、胴体に直撃した。

鈍い音が聞こえると同時にアルシエルは真下へ落下するも、気力で体勢を立て直し再び身構えるも、同じように波動を纏った触手が追い討ちと言わんばかりに襲い掛かった。

一度銃を収め両腕を交差し触手を受け止めるも、威力を殺しきれず地面へと激突した。

 

アイリ「アルさん! まさか、吸収したことでベルゼブブの技を…」

 

リリス「思考する時間があるなんて、余裕ね」

 

狙いをアイリに変えたリリスは触手を伸ばす。

『シャインアウト』で触手を弾き飛ばし、『トリックアロー』を連射しながら接近する。

距離を取れば触手による攻撃に捕らわれるのならば、接近戦の方がまだ有利だと思考したが、ベルゼブブの技を発動可能となっているようで、下手をすれば力押しで負けてしまうかもしれない。

 

アイリ「四の五の言ってられない! 『アロービーム』!」

 

連射した『トリックアロー』の矢先から光線が放たれる。

四方八方から放たれる光の光線にリリスは回避に専念するも、ガーンデーヴァを精一杯の力で投擲したアイリの予想外の攻撃により完全に行動を崩された。

自身の戦闘の要となる武器を捨てる攻撃手段を取ってくるとは流石に想像出来ず、反射的に剣で防ぐが、その隙に光線が体に直撃した。

一発が直撃すると次の一撃、それが終われば次と、何発も立て続けに光の力を浴びた。

 

アイリ「もう一発いくよー!」

 

両手に光の矢を召喚し、リリスに向けて矢先を向けて飛翔する。

 

リリス「調子に乗るな小娘!」

 

『デスペラードクラッシャー』で力任せに光線を弾き飛ばし接近してくるアイリに向けて『ソウルティアー』を飛ばす。

アイリは受け止めるつもりで身構えるも、放たれたエネルギー弾は突如進行方向を変え、結晶の上に立つアルシエルの方へと向かっていった。

ドレインの能力を使用し、エネルギー弾を自分のいる場所に吸い寄せ誘導させたのだ。

 

アルシエル「…我が直々に囮となったのだ。 一撃を決めなければ…貴様を眷属にする」

 

アイリ「ありがとうアルさん!」

 

アルシエルに礼を告げたアイリは恐れることなく突貫する。

立ち塞がる脅威が減少したアイリはリリスの懐を目掛け両手に持つ光の矢を突き出す。

光の力により痛々しく傷が残る触手が壁の役割を果たそうと動き始めるも、真下から放たれた拡散する広範囲の電撃により動きを封じられた。

放った人物は勿論アルシエルで、片手で『ソウルティアー』を受け止め、片方の手にある愛用の銃から電撃を放っていた。

 

続け様に邪魔が入り、怒りを体現するかのように大きく振りかぶり剣を振るう。

振り下ろす直前、何者かにより剣を抑えられた。

上を向くと、振り下ろすことが出来ないよう剣を抑えていた、先程アイリが投擲したガーンデーヴァがそこにあった。

持ち主であるアイリを助力するために独りでに動いた、訳ではなく、アイリが念じるだけで操作可能となっている。

 

アイリ「いっけええええええええ!!」

 

空気を揺るがす雄叫びを上げ、力を込めた矢の突きがリリスの体に突き刺さる。

 

アイリ「これで終わり! 『アローエクスプロージョン』!」

 

矢から手を離し素早く離脱し、技名を叫ぶ。

瞬間、抵抗出来ぬままリリスは光の爆発に呑まれた。

 

恵梨花「……やったんでしょうか?」

 

アリス「恵梨花、それよくあるフラグだよ」

 

空中で咲き誇った光の爆発が起き、薄暗い周囲を仄かに照らす。

激しい攻防の末、一矢を報いたアイリは手元に舞い戻ってきたガーンデーヴァを手にしアルシエルの横へ降り立った。

 

アイリ「ふう…かなりダメージを与えられた筈なんだけど…」

 

アルシエル「奴め…弱点である光属性を浴びながら原型を保っているとはな…」

 

不快そうに目を細め見上げる先には、アイリの技を根気で耐え抜いたリリスがいた。

身に纏った衣服は破れ、肌が光により焼け焦げ、触手も傷だらけで垂れ下がり痛々しい姿となっている。

自分よりも遥かに若い元人間の少女に痛烈な一手を加えられたことが余程気に食わなかったのか、憤怒の念が充溢した目でアイリに睨みを利かせている。

 

リリス「天使の幼子にここまで力があるなんて…面白いわね」

 

艶然とは言えぬ、背筋を凍り付かせる不気味な笑みを浮かべる。

悪寒を感じ取ったアイリは身震いしながらも再度弓を構えた刹那、リリスが『ソウルティアー』を放ちながら急降下してきた。

戦力を余していたのか、最期の足掻きとアイリだけでも葬ろうと死力を注いでいるのか定かではないが、傷を負っているとは思えぬ動きと技の力量。

アイリ一人だと大きな痛手を負うことになるであろうが、隣に立つのは未知数の魔力を身に宿す魔王。

 

アルシエル「…寄るな、低俗」

 

穢らわしいものを見る目で、急襲に躊躇うこともなく『ドレイン』の能力を発動する。

宙に浮く結晶が見えない力により動き始め、リリスの前に立ち塞がる。

何重にも積み重なるように収集された結晶は一つの巨大な壁と化す。

力任せに突破することも可能だろうが、時間を浪費するのが関の山だと判断したリリスは回り込もうと旋回したが、叶わなかった。

後方から急接近してきた一回り巨大な結晶が接近し、リリスのすらりとした細身の体へと衝突したからだ。

身を預ける形となったリリスは壁と化した結晶に潰されるように激突した。

石と石が衝突し合う鈍く重い音とは異なり、分厚い硝子が粉砕する耳を塞ぎたくなる破壊音。

 

大小様々な大きさへと砕け散った結晶が重力に従うことなく宙を漂い、数秒の沈黙が訪れる。

並大抵の攻撃で死ぬ筈がないと理解できているため、再度仕掛けてくる時のために構え、緊張が走る。

 

リリス「惜しかったわね…悪くはなかったわ」

 

リリスを押し潰し積み重なっていた結晶が突如弾け飛んだ。

大量に飛散し降り注ぐ結晶の礫から身を守るためアイリとアルシエルはバリアを張り防御に徹する。

礫の雨が弱くなった隙を見逃さず、バリアを解除したアルシエルは地を蹴り礫が届かない場所まで移動した。

気配を察知しリリスの場所を特定し、砲身を向け引き金を引く。

銃口から魔力を纏った銃弾が放たれ、結晶の硬度を無視してリリスの元へと突き進んでいく。

 

リリス「可能であれば使いたくなかったんだけど…『アブソリュート・インバージョン』」

 

他者に聞こえることはない、独り言に近い小声で呟く。

すると、空気を斬り裂き迫り来る弾丸は進行方向が突如反転し、アルシエルの元へと突き進む。

 

アルシエル「ぐっ………!?」

 

予想だにしない反撃に対応仕切れなかったアルシエルは自身が射った弾丸の餌食となった。

強固な装甲を貫き、アルシエルの体を突き破り地面へと着弾し、地面を大きく抉る。

幸いにも心臓を避けてはいたものの、命中した胸元からは鮮血が溢れ出しており、流石のアルシエルも急激な痛みに顔を歪めている。

 

アイリ「アルさん!?」

 

状況の理解に追い付かないアイリはアルシエルの元まで駆け寄り、これ以上被害が及ばぬよう弓を構える。

バリアを張り結晶に押し潰されずに済んでいたリリスは、高速で再生させた触手を伸ばし光線を放とうと構えていた。

 

次なる一手に備えアイリは矢を番えようとした直後、アイリの後方から何者かが飛び出しリリスの元へ飛翔した。

目で追えぬ速度で飛び出したのは漆黒の影にしか見えなかったが、アイリには誰なのか直ぐに分かり安堵した。

アイリの良く知る人物、リョウだった。

 

リョウ「『ダンシングソードカッター』!」

 

剣を振るうと三日月型の斬撃が四方八方に飛び散り、回復したばかりの触手を斬り裂いていく。

 

リリス「あら、お久し振りね『世界の監視者』。 また私に剣を刺され醜態を晒しに来たのかしら?」

 

リョウ「轍を踏むつもりはない!」

 

鬼気迫る勢いで剣を振るい、勢いを付けたまま右足からジェットを噴射させ蹴りを放つ。

リリスの持つ剣は弾かれると同時に金属製の足による一蹴によりへし折られた。

 

リョウ「これで、終わりじゃ!」

 

足からジェットを逆噴射させ勢いを付けた一振りで唾棄すべきリリスの剣を持つ繊手を斬り飛ばす。

純白の血液が宙を舞い、顔に付着ことすら気にせずリョウは続け様に剣を振るう。

弊害となる悪しき存在ならば容赦なく牙を向けるその姿は、狂気を撒き散らす殺人者と言われても何ら不思議ではない。

常人なら震え上がり身動き一つ取れない程に戦慄するのであろうが、邪悪な存在であるリリスには効果がなく、臆することなく追撃を回避し残された左手でリョウの剣を持つ腕を鷲掴む。

 

リョウ「自分で接近してくれるとはありがたいわ」

 

主な武器の使用を封じられることは、リョウにとっては然程重要なことではない。

ただ相手に攻撃を与えられれば何でも良いから。

 

左手でリリスの首を掴み、自身の元へと近付けると、頭を大きく後ろへ振りかぶりリリスの額目掛けて頭突きを食らわせた。

野性味溢れる出鱈目で無鉄砲な攻撃に唖然とするアイリの目線を余所に、リョウの度を超えた猛攻は続く。

白から黒、黒から白に変化し火花が散る視界を見ながらも、リリスは根性で一本の触手を再生させ、先端から『テンタクルレイ』をリョウの顔面に目掛け放った。

 

未だに秘めたるあの力を使用すれば極細の光線など恐れるに足らないのだろうが、可能な限り使用しないことをアレク達と約束したので、無闇に発動したりはしない。

 

体を大きく後方へ反らし回避に専念したが、それだけで終わらせるつもりは毛頭ない。

後方へ飛び退きながらも自身の剣を勢い良く投擲した。

自身の武器を捨て去る、先程行ったアイリと同等の攻撃を二度も食らうことはなく、触手で凪払った。

 

リリス「残念ね、似たような技はさっき見たのよ」

 

言葉を言い終えた直後、銃声が轟いた。

アルシエルのものではなく、リョウが愛用しているただの拳銃によるもの。

懐から出した小型拳銃の小さな銃口から射ち出された銀の弾丸はリリスの頬を掠めた。

 

リョウ「ちっ、外したか」

 

リリス「昔から剣の腕も銃の腕も中途半端で、現在力が半減されているあなたじゃ、この私を倒すことなんて不可能よ」

 

事実を述べられたのか、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたリョウから十分な距離を保つ。

 

リリス「分が悪いし今回は退くわ。 取り敢えず目的は達成できたわけだし。 アイリを逃すのは惜しいけど…また別の目的に使えるかもしれないから、生かしといてあげるわ」

 

リョウ「貴様の目的は何や? ベルゼブブを死滅させただけやなく吸収し、悪魔族の首領であるサタンの身も案じず安閑としているようにも見える余裕。 ルシファーと手を組んでいる訳でもない。 …何が目的で動いている?」

 

リリス「さあ、何でしょうね。 もし目的があったとして、私が易々と喋るとでも?」

 

リョウ「まあ話したところで詭弁だけだろうな。 兎に角良からぬことだけなのは確かやろうから、無理矢理にでも吐かせてやる」

 

リリス「死んでも言わないわ。 私の思う通りになるまでは…昔からの願望を叶えるために、またあなた達に邪魔をされるわけにはいかない」

 

リョウ「昔からの願望…?」

 

リリス「あら、喋りすぎたわね。 それじゃ、さようなら」

 

リョウ「な、待て!!」

 

銃の引き金を引いたが、リョウやアリスがこの場にいて損傷も激しい不利な状況で危急存亡の秋を迎えても可笑しくはないリリスは既に黒い霧の中に隠れその場から逃げ去っており、発射された弾丸は虚しく空を切った。

 

リョウ「逃がしてしもうたか…さっきの『また』ってのはどういう…?」

 

恵梨花「アルさん!」

 

リリスの言葉に違和感を覚え思考していたが、恵梨花の声により遮られた。

 

アルシエルが負傷した直後から駆け寄りたかったが、アリスが必死に抑えていた。

鮮血を流し膝を着く姿を見て居ても立ってもいられず、危機が去ったと確信した直後、直ぐ様恵梨花は駆け寄った。

応急処置するための道具もなく、治癒魔法を使用することも出来ない。

何か出来るわけでもなかったが、眷属という立場にも関わらず何時でも側に居続け危険が迫れば身を挺して守ってくれる、掛け替えのない人を心配し側に寄り添う。

 

恵梨花「アルさん! 生きてますか!?」

 

アルシエル「たわけ、この程度で我が死ぬものか」

 

恵梨花「よかった…心配したじゃないですか」

 

アルシエル「…その煩慮の思いは受け取っておこう」

 

アリス「素直に心配してくれてありがとうって言えばいいのに。 ここに本音ロボットがあればおもしろいのに」

 

アルシエル「…口を慎め、アリス」

 

アリス「え、ちょ、ぎゃあああああああああああ!? アルさん!? 私の力奪わないでーーーー!!」

 

アルシエル「減るものではないだろう」

 

アリス「そりゃそうかもだけどやめてってこの感覚好きじゃないんだって!! 助けてライダー!!」

 

無限と呼べる数の世界が存在するが、恐らくこの魔王は比較的大人しい部類に当てはまるのだろうが、実力は上位に位置するのだろう。

アリスを圧倒できるあたり、そう断言せざるを得ない。

絶叫するアリスからは魔力なのだろうか、オーラのような光が出ており、アルシエルの手中へと収まっていく。

 

アイリ「リョウ君、助けに来てくれてありがとね」

 

リョウ「遅くなって悪かったね。 現実世界には行けない事情があったんよ。 怪我は…なさそうやな」

 

アイリ「アリスちゃん達のおかげで怪我なんて一つもしてないよ」

 

リョウ「そうか。 すまんアリス、アルシエル。 感謝するよ」

 

アリス「リョウは現実世界に踏み込めないんだし仕方ないよ。 守ってあげたお礼としてカプセルコーポレーション買い取って私に頂戴♪」

 

リョウ「あげません!(ウ○娘並感)」

 

恵梨花「アリスさんお話してないでアルさんに治癒魔法掛けてくださいよ」

 

アリス「おっと失敬。 『ヒーリングオアシス』」

 

淡い光がアルシエルのいる場所を包み込む。

暖かな光は傷口を塞いでいき、何事もなかったかのような状態にまで回復を遂げた。

 

アリス「魔力吸われて疲労困憊なのに重労働を強いられるなんて、二人とも酷いよ」

 

アルシエル「酷くて結構だ。 我は、魔王だからな」

 

恵梨花「私は魔王の眷属なので♪」

 

アイリ「流石…なのかな? ハ○ラルの魔王や仮○ライダーの魔王よりはマシだと思うけどね」

 

アルシエル「…あの悪魔の目的が何か、非常に興味があるが、その役目はリョウ達に信任する」

 

リョウ「恵梨花ちゃんのレッスンの時間か?」

 

アルシエル「ああ。 我としては音楽というものに関心はないのだが、世界の均衡を保つためにも繋がるのであれば…致し方ない」

 

アイリ「レッスン?」

 

恵梨花「あ、言ってませんでしたね。 私、アルさんの眷属であり、ディーバをやらせてもらってます。 そしてアルさんは私のディーバナイトを勤めてます」

 

アイリ「………えぇーっ!! (マスオ)」

 

アリス「なんだって! それは本当かい!?」

 

リョウ「お前は知ってるじゃろうが」

 

アイリ「スーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルヤヴァイね! これであたしはディーバの全員に会えることが出来たんだ! ラミエル君に自慢しとこ。 ってか、アルさんの眷属なのに守られる側なんだね」

 

リョウ「面白いことに、ディーバという立ち位置にあるから眷属を命懸けで護衛しなきゃならんのんよね」

 

恵梨花「他の魔王だと絶対率先して守護することをしてくれないのに、アルさんは少し愚痴を溢しつつもディーバナイトを勤めてくれてます。 私の自慢の魔王です♪」

 

アルシエル「…時間厳守だ。 行くぞ恵梨花」

 

話の輪に入らず耳を傾けていなかったアルシエルは痺れを切らしたのか、ワームホールを出現させ待っていた。

 

恵梨花「は~い。 皆さん、色々とありがとうございました。 僅かな時間でしたけど凄く楽しい一時を過ごすことができました」

 

アイリ「こちらこそありがとう! ライブがある時は絶対見に行くからね!」

 

恵梨花「はい、是非来てください。 では、また会いましょうね!」

 

控えめに手を振り、別れの挨拶を告げず歩みを進めるアルシエルと共にワームホールへ入っていった。

 

アイリ「あたし達はどうしよっか?」

 

リョウ「兎に角、一旦天界に戻ろう。 それからわしはリリスの動きを偵察してみる。 早く対処しないといけない気がする…」

 

アイリ「あたしは帰って…取り敢えず待機になるのかな? 冥府界の現状も、ルシファーの居場所も分かっていないし」

 

リョウ「そうなるやろうな。 アリスはどないするん?」

 

アリス「私は現実世界に戻ってアニメイトに行ってくる!」

 

アイリ「あ、いいなー! あたしも連れてって!」

 

アリス「いいですとも!」

 

リョウ「……緊張感の欠片も無いな。 ある意味羨ましいがね。 じゃあアリス、終わったらちゃんとアイリを天界に届けてよ。 天国に一番近い島とか変な場所に連れて行ったら蜂の巣にするからな」

 

アリス「きゃーこわーい(棒読み)」

 

リョウ「返事は?」

 

アリス「イエス、ユア・マジェスティ」

 

リョウ「よろしい。 ほな、また後でな」

 

リョウはベルゼブブから解放された天使を担ぎ、足早に召喚したワールドゲートに入りその場から去っていき、アイリとアリスも胸踊らせながら現実世界へと戻っていった。

 

 

~~~~~

 

 

アイリ達が立ち去り、数分は経過しただろうか。

戦闘が行われていたとは思えない程にまで静寂が訪れた。

亜空流か吹き荒れる気配の無い静寂に包まれた空間に、黒い霧が周囲に立ち込める。

霧を払い除け姿を見せたのは、リリスだった。

アイリ達が去るまで姿を眩まし待ち続け、タイミングを見計らい姿を現した。

だが先程の戦闘がまるで無かったかのように傷が消えており、痛々しく傷付き切断されていた触手も再生されていた。

 

リリス「刻苦精進して生きてきたつもりなのだけど…やはりあいつらは手強いわね。 昔から変わらない…忌々しい。 思い出すだけで怒りが募るわ」

 

怒りの炎を灯した瞳には亜空間が映っているが、リリスが見ているのは別のもの。

過去に自身が味わった屈辱。

リョウやアルシエルやアリスを含んだ10人の人物による、巧妙に練り上げた策略の妨害が映写機の様に脳内に映し出される。

禍々しい己の失態を認めたくないのか、疼痛を堪え忍ぶかの様に歯を食い縛る。

 

リリス「…まあ、事は順調に順調に進んでいるし、私の力も大分蓄えられている。 急いては事を仕損じるとも言うし、丁寧に逐一推進していくとするわ。 ああ…長年の宿願が成就すると思うと、楽しみで仕方がないわ…」

 

未来で起こり得る目的が現実になると思うと、恍惚な笑みを隠せなかった。

 

リリス「邪魔なユグドラシルメシアが未だ現存しているのは致し方ないわね。 さっきの悪魔の力を吸収したことで新たな力を得ると共に力を蓄えられた…もう少し時間が経てば、私は完全復活を遂げる。 そのためにも…あのピースハーモニアの女をもう少し焚き付けないといけないわね」

 

黒よりもどす黒い邪悪な笑みを浮かべ、リリスは虚空に黒い霧を生み出し、紛れるように消えていった。

自らの野望を達成するために、人知れず邁進していく。

 

リリスが口走った言葉の違和感に、あの時リョウは直ぐ様にでも気付くべきだった。

他の企みで動くルシファーとは比較にならない脅威が迫っていることに。

アリスやアレクでさえも手を焼くような、全世界が戦く、過剰という言葉が釣り合わない程の脅威が。




もっと書く頻度を増やさなければ…


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第70話 悪魔掃滅任務

生きてる間にこの小説を完結できる気がしない…


亜空間での戦闘を終えたリョウは一度天界へと帰還した。

エーリヴァーガルでの戦闘を終えたピコとラミエルとウリエルもシェオルに帰還していた。

 

ピコの派手な攻撃により岩肌が削れエーリヴァーガルの美麗な川が埋め立てられそうになったが、その一撃により悪魔達は一掃されたと上層部に報告されていた。

リョウも事の顛末を報告しようとしたのだが、全体の内容を知る余地もないので、リリスが生存していた事と、個人的な野望のため独断で行動している事しか出来ない。

全容を知るアイリとアリスが天界へと戻ってくるのを待つしかないため、報告は追々行うこととなった。

 

二人の帰還を待つ間に、リョウは一度家に戻り、自室でリリスの行方を探ることにした。

家に入ると、シャティエルが憂虞な面持ちで出迎えていた。

 

シャティエル「おかえりなさい、リョウさん。 御無事で何よりです。 あの、アイリさんは…」

 

リョウ「アリスと一緒に現実世界へ娯楽を楽しみに戻ったよ。 少ししたら帰ってくると思うで」

 

シャティエル「アイリさんも御無事なんですね。 良かったです。 負傷していると想見してしまって、私にも何か出来ることはないかと考案していました」

 

リョウ「心配してくれてありがとうな、シャティエル」

 

アイリの無事である事実を聞き、胸を撫で下ろした。

シャティエルの温厚篤実な性格を見ると、出会った頃より感情が豊かになったのだなと改めて実感させられ、思わず頬が緩んでしまう。

 

リョウ「タクトとレアはもう帰ったん?」

 

シャティエル「はい。 マナさんを連れユグドラシルの警護に戻ると仰っていました」

 

?「入れ替わりになりますが、お邪魔しております」

 

リビングの扉を開け出てきたのは、時空防衛局の最高経営責任者、ユンナ。

何故彼女がここに赴いているのか理由は分からないが、お茶会を開きに来たわけではないのは明らか。

 

リョウ「ユンナ、どないしたん?」

 

ユンナ「色々と話すことがありますわ。 時間はありますわよね?」

 

リョウ「勿論。 話を聞こうか」

 

リリスの捜索を行おうと思っていたが、後回しにすることにし、ユンナの話を伺うことを優先する。

シャティエルと共にリビングに入ると、来客は彼女だけではないことが分かる。

 

橙色の長髪を金色の髪留めで留めポニーテールにし、眼鏡を掛けている凛々しい雰囲気を漂わせる天使がいた。

彼女は四大天使の一人、ミカエル。

眼鏡を手でくいくいと上げ、リョウを見るなり嫌悪感に満ちた目で睨む。

 

ミカエル「来ましたね、世界の監視者。 あなたと面会するのは可能な限り控えたいので、手短にお願いします」

 

リョウ「あいよ了解。 でもさっきから抑えるつもりもない殺気を引っ込めてくれたらありがたいんやけど?」

 

ミカエル「何故ですか? あなたは蛮族、犯罪者に分類されます。 軽挙妄動を起こしかねない危険人物を前にして、警戒しない方が無理な話ですよ。 正直、可能であれば悪魔よりも先ずあなたの存在を消し去りたいですね」

 

シャティエル「あなたもリョウさんの過去をご存知のようですが、リョウさんを蔑むのはやめてください」

 

ミカエル「フサキノ研究所を管理していたエンジェロイドですね。 あなたも過去の遺物とは言え、世界の監視者の過去を知らないのであれば口を挟まないでください」

 

シャティエル「過去に犯した罪を償っているから、リョウさんは現在私達と交流を図れているのではないのですか?」

 

ミカエル「あらゆる世界を蹂躙したこの人に、どれだけの罪を償っても償いきれはしません。 全世界を脅かす大罪人を受け入れるなど到底できません。 こんな大罪人を野放しにしている時空防衛局に疑義を抱いてますし」

 

ユンナ「我々時空防衛局の幹部とユグドラシルメシアが会議をし、出し合った意見を折衷した結果、世界の監視者としての務めを果たすことに尽力を注ぐことを条件にある程度の自由な行動を承認しているのですわよ。 何年も前に許諾を得ているにも関わらず、未だに納得いきませんの?」

 

ミカエル「あなた方の案を受諾した覚えはありません。 この大罪人を我々では葬ることが不可能なのであなた方に放任するしかないというだけです」

 

シャティエル「ならば、ユンナさんに委任しても良いではないでしょうか? リョウさんがどのような罪を犯したかは存じませんが、時空防衛局の最高責任者であるユンナさんが一任なさっているのであれば問題ないと思います」

 

ミカエル「……無知なことは、確かに罪ですね。 あなたはこの男の危険度を認知していないからそのような発言ができるのです」

 

無知という言葉にシャティエルは打ちのめされる感覚に陥る。

 

何も知らないというだけで、罪なのか?

何故自分は何も知らないのか?

何故自分には話してもらえないのか?

 

リョウとは親密な仲にあると自負しているつもりだったが、思い過ごしだったのかと錯覚してしまう。

シャティエルの沈んだ表情を見逃さなかったリョウは近付き、弱々しく垂れ下がった手を優しく握る。

 

リョウ「すまないシャティエル。 まだわしはシャティエルに話せていない、秘密にしている事が幾つもある」

 

シャティエル「………はい」

 

リョウ「例え親密な関係になれたとしても、他人に漏らすことのできないことが、誰にでもあるもんなんよ。 時が来たら話せることもある。 だから、時が来るまで待っていてくれへんか?」

 

シャティエル「…リョウさんにも何か事情があるのですね。 分かりました、私は待ちます。 いつかリョウさんが話してくれる時が来るまで」

 

リョウ「ありがとうシャティエル」

 

納得できたかと言えば嘘になる。

 

誰にでも話せない、深刻で陰気な話はあるのだろう。

シャティエル自身、心を持った日から、心があるということに気付けず数百年の時を研究所という孤独の檻の中で過ごしたという、端から聞けば気が遠くなるような壮絶な過去がある。

リョウの場合は何か過去に過ちを犯したというものだろうが、シャティエルの話と同様で、聞いていて機嫌が良くなるような話ではない。

 

形では納得しているが、リョウの過去が気になっており、心には厚い雲が覆ったかのような蟠りが残ったままで話は終わることとなった。

 

リョウ「それで、どんな用件なん?」

 

ユンナ「以前アリスさんと戦闘を行ったヴィラド・ディアについてですわ」

 

リョウ「何か進展があったん?」

 

席に着いたリョウは世界を危機に脅かす存在の情報に興味を示し、無意識に前屈みになる。

何百年と渡り、未だ謎の多い存在。

新たな情報は喉から手が出るほど欲しい。

 

ユンナ「別の個体の出現…起こり得なかった前例に耳を疑いましたが、確かに事実のようでしたわ。 とある世界に任務に向かわせていた局員の数名が、ヴィラド・ディアと接触したという報告がありましたわ。 異世界で同時刻に存在が視認されていることと、体格や形状が異なる個体もいるようなので、別個体なのは明らか」

 

リョウ「この数百年、そんな事例はなかったのに…何故?」

 

ユンナ「それは未だ解明できていませんの。 あれがどのように繁殖しているか見当もつきませんから。 ただ、時空を歪ませ異世界へ移動する手法をするあたり、奴等の寝床となる場所は、未だ謎が多く解明仕切れていない亜空間にあると推測しておりますわ」

 

リョウ「宇宙空間並みに無限に広がる場所やから、可能性としては有り得そうやな」

 

ユンナ「私達時空防衛局の者も寝る間も惜しむ覚悟で調査しておりますが、大した進展がなく滞っているのが現状ですわ。 そこで…」

 

リョウ「監視者であるわしの力を借りたい、と」

 

ユンナ「はい、その通りです。 忸怩たる思いですが、あなたの力をお借りしたいのです」

 

リョウ「断る理由はない。 あの化け物を葬らない限り、世界に安息は訪れないやろうからね」

 

ミカエル「どの口が言っているのでしょうか」

 

リョウ「…わしが消えるものなら、消えたいものやけどねえ」

 

嫌味な一言を述べるミカエルを怒りと悲しみが籠った瞳で一睨する。

自分が忌むべき存在であるのは重々承知しているが、人と対話している最中に誹謗し話の腰を折られると怒りが沸々と湧いてしまう。

 

リョウ「ヴィラド・ディアの捜索は後で行うわ。 亜空間も捜索範囲に加えるとなると如何せん時間が掛かるからのう」

 

ユンナ「御助力に感謝致しますわ」

 

リョウ「大事な仲間の頼みや。 当然や」

 

ミカエル「其方の話が終わったのならば、私の話を聞いてもらいます」

 

リョウ「はいよ。 大方何かは分かっとるけど」

 

ミカエル「では手短に済みそうですね。 突如反乱を起こしたルシファーの件です。 どういった目的で反逆したのか意図は不明ですが、我々にとって好都合な結果となりました。 しかし、悪魔が天界のみならず、あらゆる世界へ逃げ伏せている状況となってしまっているのです」

 

リョウ「まさか、わしに悪魔の殲滅を協力しろと?」

 

ミカエル「ええ、その通りです。 我々天使は統率の取れていない冥界へ攻め込もうと戦力を整えており人員を割いており、対処に負われているので」

 

リョウ「それは天界で起きた問題よね? 幾ら何でもそれは都合が良すぎんか?」

 

シャティエル「あなたは先程までリョウさんを悪口雑言を浴びせたにも関わらず、協力するよう案を出すのですか?」 

 

ミカエルの発言に我慢の限界を超えたのか、シャティエルはリョウの隣に立ち強い口調で意見する。

 

ミカエル「世界の監視者、あなたには協力してもらう義務があります。 我々に無許可で天界に住み着き、天界で起きた様々な出来事に関わった。 ルシファーが光の剣を入手した時も、あなたは関わっていましたよね? その光の剣を使用しての、今回の反乱が起こされたのです。 最早無関係とは言える立場ではありません」

 

ユンナ「あなたの意見はごもっともだと思います。 ですが、私怨を交えての意見だと、私は思いますの。 違いまして?」

 

ミカエル「私怨? 仕事にそのようなものは持ち込みはしません。 大体、世界になるべく関わりを持たないようにし、その世界に起きる出来事に関与しないようしている割には、世界を救うために奮闘している。 矛盾していると思いませんか?関与しないようにするのであれば、元より世界に立ち入らず、誰とも関係を築かず隠居していればいいんですよ」

 

リョウ「そうやな。 その通りやな。 でも、世界を少しでもより良い方向に進めるには、多少は人と関わることになるんよ」

 

ミカエル「一人で行動するのは慣れているでしょう? 以前あらゆる世界の者から拒絶させられていたようなら、問題ないと思いますよ」

 

ユンナ「ミカエルさん! あなたという人は…!」

 

言葉をぶつけられている本人であるリョウは至って冷静だったが、端から聞いていたユンナが黙ってはいられなかった。

遠慮のない不躾な発言を繰り返すミカエルの胸倉を掴む勢いで踏み出すも、リョウが片手を上げ制した。

 

リョウ「争ったってミカエルの意見は変わりはせえへんよ。武力で解決して心意を変化させたところで、それは偽りのものでしかないんやから。 でも、わしのために怒ってくれたことには感謝するよ」

 

ユンナ「……リョウさんが許すと申すのなら、私は何も申し上げません。 ですがミカエルさん、あなたからはあからさまに私怨を感じ取れます。 リョウさんの過去に犯した事は決して許されるものではありません。 しかし、彼も加害者であり最大の被害者であることもお忘れなきよう」

 

釈然としないまま、ユンナは渋々と言った表情で引き下がった。

もしリョウが仲裁に入らなければ、ミカエルの首が跳ねるのは明確だった。

余計な不祥事を起こさないためでもあるが、何よりユンナと時空防衛局に泥を塗るような事態は避けたかった。

 

ミカエルは未だに敵対心を露にしつつリョウに視線を移す。

 

ミカエル「兎に角、あなたには否が応でも悪魔の残党の処理をしてもらいます。 ガブリエルとラファエルは兎も角、ウリエルは快く私の意見に賛同してくださいましたから、よろしくお願いしますね、世界の監視者」

 

リョウに責任を押し当てるような台詞を吐き捨て、足早に部屋を退出した。

玄関の扉を閉める音が聞こえた後、リョウは力なく吐息を漏らした。

同じく着席していたユンナも同じように息を漏らした。

 

ユンナ「申し訳ありませんリョウさん。 あなたを厭悪する人を容易く家に招き入れてしまって」

 

リョウ「かまわんよ。 もう慣れっこやから」

 

ユンナ「可能であれば、このような不快なことに慣れてほしくはないですわ…」

 

俯き弱々しく放たれる言葉は悲しみに満ちている。

威厳ある彼女らしくない素振りを紛らすかのようにリョウは立ち上がり手と手を合わせ鳴らした。

 

リョウ「しゃーない、やりますか。 アイリに余計な心配を掛けることにもなりかねんし」

 

シャティエル「リョウさん、私で良ければ微力ではありますが、助力させてください」

 

リョウ「気持ちだけ受け取っておくよ。 これはわしの問題やから、シャティエルを巻き込むわけにはいかへんから」

 

シャティエル「…リョウさんは、私の大切な仲間です。 それと同時に…一つ屋根の下で過ごす家族、と呼べるものだと思っています」

 

リョウ「………」

 

シャティエル「私には、血筋と呼べる存在がいないため、家族というものがどのようなものなのか完全に理解できてはいません。 ですが、危険が迫る時、助けが必要である時に、拒むことなく共に支え合えるものだと…書物を見て思ったのです」

 

リョウ「家族、か…。 そう思ってくれるだけでも嬉しいよ。 でも、だからこそシャティエルには残ってほしいんよ。 可能な限り、傷付けたくなんてないんよ」

 

シャティエル「私も、リョウさんには傷付いてほしくはありません。 リョウさんの苦しむ姿を、私のレンズに映したくはないのです。脳内フォルダに、残したくないのです。 今現在も、リョウさんは苦しんでいる。 ですから助力したいのです」

 

リョウ「今現在も?」

 

シャティエル「ミカエルさんの厳しい言葉を浴びせられていたリョウさんは、悲しい表情をしていました」

 

高性能な機械故に、観察眼が鋭いと感心する。

機械だから人の表情を読み取るのは造作もない、とは言い切れない。

心というものがなければ、態々表情を読み取るような行為や、悲しげにしていたという事を伝えたりするようなことはしない。

細かな点を掬い上げ指摘してくれたのは、まごうことなき彼女の優しき心だろう。

 

リョウ「そうか…隠していたつもりやけど、誤魔化せてはいないみたいやなあ。 ……じゃあ、今回は甘えさせてもらおうかな。 シャティエル、わしの私用で申し訳ないんやけど、協力してもらえへんか?」

 

シャティエル「っ! はい、喜んで」

 

リョウ「でも、自身の危機を察知したら即座に退却してな」

 

同行の許可を貰え、シャティエルは屈託のない穏やかな笑みを浮かべた。

 

ユンナ「時空防衛局も協力致しますわ。 悪魔と無縁の世界に紛れ込まれると厄介極まりませんし、時空防衛局の威信に関わりかねませんし」

 

リョウ「すまん、ご苦労じゃが頼む」

 

ユンナ「困った時はお互い様ですわ。 ヴィラド・ディアの討伐の殲滅の件も携わってくれてるんですから、当然ですわ」

 

リョウ「ヴィラド・ディアとエクリプス関連なら、時空防衛局に限らず一般人の頼みだろうが快く殲滅の依頼を引き受けるよ」

 

忌々しい存在が脳裏を過るだけで自身の内で膨れ上がる憎悪の念が表情に露出しないよう抑え込み、今から討つべき悪魔へと八つ当たり感覚でぶつけてやろうと思いつつ、監視者の力を行使するため集中する。

監視者の力を使用する姿を見るシャティエルは、突然瞑目し口を開かなくなり沈黙を保つリョウを興味深げに見つめている。

 

ユンナ「シャティエルさん、御心配には及びませんことよ。 リョウさんは監視者の能力を行使し、悪魔達が何処に潜伏しているか捜索している最中ですから」

 

シャティエル「監視者の能力と言うのは、無限にあるとされるあらゆる世界を見渡せるというもの…でしたよね?」

 

ユンナ「簡潔に言えばそうですわね。 世界の監視者としてフォオン様に選抜された、リョウさんにしか使用できない能力ですわ」

 

シャティエル「……リョウさんは凄いお方だったのですね。 生半可な気持ちでは成し遂げられないことをなさっているのですね」

 

リョウ「…見つけたで。 行きますか」

 

二人が監視者の能力について話していると、悪魔のいる世界を特定したリョウが目をゆっくりと開けた。

立ち上がると同時にワールドゲートを召喚した。

今すぐにでも向かおうと意味を示しているのは明瞭で、シャティエルとユンナも立ち上がる。

 

ユンナ「まだ時間が有り余っていますので、今回は私も助力しますわ」

 

リョウ「助かるよ。 …そういや、カイの姿が見当たらんみたいやけど?」

 

戦地へ赴こうとしたが、家がやけに静かだったことに違和感を覚えた。

帰宅すれば必ずと言っていいほど出迎えに来てくれた、純粋無垢なカイの姿がなかったことに気付きシャティエルに尋ねた。

 

シャティエル「カイさんなら部屋で睡眠を取っています。 きっと遊び疲れたのでしょう」

 

リョウ「成る程、道理で静かなわけやわ。 ピコかアイリも直に戻るやろうから、そっとしといてええやろ。 んじゃ、行くか」

 

異世界に影響が出ないためにも、残る悪魔を殲滅するため光の扉を潜る。

 

その後、リョウはカイを家に残し、この時自分が成せる最善だと思い尽くした行動に悔いることとなる。

シャティエルの共に行動するという意見を圧し殺し家に待機させるか、アイリとピコが帰宅するまで待てば良かった、と。

 

大惨事へと繋がる運命の歯車は、人知れず回り始めていた。




皆さん熱中症には気を付けましょう!


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第71話 未知との遭遇? まさかの遭遇!

モンハンばっかりしてるせいでなかなか小説が進まない…


アイリ「はあ…折角アニメイトに行けると思ってたのに…」

 

アリス「私達の娯楽を奪うなんて…悪魔は許せないね。 私がすいじょうきばくはつで殲滅してやるんだから!」

 

アイリ「アリスちゃんがやると本当にトラウマになりそうだよ」

 

亜空間で激闘を繰り広げ、アリスと共に現実世界へ戻りアニメイトへ行こうと胸を躍らせていたのだが、道すがら時空防衛局の局員達と鉢合わせとなってしまった。

 

ベルゼブブの件は解決したのだが、ルシファーの反逆により冥界から逃れた悪魔が異世界で出没しているのでアリスに協力の要請があった。

最高責任者であるユンナの指示ではなく、上層部による判断なのだろうが、アリスは異世界で困る人達を看過することなど出来なかったので、娯楽を楽しめないことに苦虫を噛み潰したような顔で協力に応じた。

勿論側で話の徹頭徹尾を聞いていたアイリは断る訳がなく、自身と大きく関係がある悪魔を野放しにせず討伐することを決意し、天界への帰還を断念し同行の意を出した。

 

数名の局員に連れられ、一目に付かない薄暗い場所でワールドゲートを通り、異世界へとやって来ていた。

 

アイリが次にやって来たのは、終焉を迎えた世界。

土は腐敗し、川は干上がり、草木は一本も生えてはいない。

生が存在することを許されないのかと錯覚してしまう程にまで荒れ果てた光景に言葉を失う。

建物が倒壊せずひっそりと建っているのは、文明が栄えていた証なのだろう。

頭上に広がる清々しい晴天とは反対に、視線を水平に移すも灰色ばかりの寂寞たる光景は、アイリにとって刺激が強かった。

 

アイリ「………この世界って…」

 

「見ての通り、文明が滅んだ世界だ。 今は誰一人としてこの世界に住む者はいない」

 

「さっきの現実世界とは程遠いですね…」

 

アイリ「もし、だけど…ベルゼブブを倒さず放置していたら、現実世界も…」

 

「この有り様になる可能性はあっただろうな。 現実世界の技術力では、悪魔と相対するには限度がある。 核兵器等を使わなければ、倒すのは難しいだろうな」

 

局員達の話を聞き、肝を冷やした。

ベルゼブブを見つけ出すことが出来なければ、最悪の場合世界が滅んでいたかもしれない。

一歩でも遅ければ、現実世界は今視界に広がる世界のように成り果ててしまっていた。

もしもの結果を想像しただけでも恐ろしかった。

 

アリス「だから現実世界の警備は特に厳重になってるの。 …あれ? よくよく考えると、何でベルゼブブは簡単に現実世界に潜り込むことが出来たんだろ?」

 

「我々も調査をしたが、結界の一部に歪みが生じていた。 何者かが干渉した痕跡は残っていたが、悪魔による仕業かどうかは不明だ」

 

アリス「ベルゼブブにそんな力があるとは思えないな~。アンドロマリウスくらいの弩級の悪魔なら可能だけど」

 

アイリ「ベルゼブブもサタンフォーの一人だけど、そこまで差がつくもんなんだ」

 

アリス「アンドロマリウスは何千年も生き長らえる古参の悪魔だからね。 世界の結界を破るなんて訳無いかも」

 

アイリ「納得できちゃうかも。 …あいつが現実世界に来たから、あたしは天使になっちゃったし」

 

アリス「あ…ごめん、軽率だったね」

 

アイリ「大丈夫。 気にしてくれてありがとね。 それで、大体どの辺を捜索するの?」

 

「俺達がいる半径1キロ以内にいることだけは分かっている。 二手に別れて捜索を行う。 我々時空防衛局は北を捜索する。 アリスさんはそのお嬢さんを連れて南側の捜索に当たってほしい」

 

アリス「了解。 IQ3でも任せなさい! さあ行くよアイリ!」

 

アイリ「OK牧場! ぼうけんのはじまり、だね!」

 

局員と別れ、アイリはアリスと共に歩みを進める。

数人いる局員達と比較すると、アイリとアリスの二人しかいない。

このように分けたのは、アリス単体の戦力が群を抜いて高いからか、性格的にじゃじゃ馬なため距離を置きたかったからか。

どちらにせよ女の子同士の方が円満だったため、二人にとっては好都合だったのかもしれない。

 

アリス「しかし早速リョウとの約束を破っちゃったなー。 後で怒られそうだよ」

 

アイリ「あたしも一緒に行くって同意したんだし、あたしからも説明するし大丈夫っしょ」

 

アリス「だといいんだけどねー。 リョウは怒ったら怖いからね」

 

アイリ「リョウ君ってそんなに強いの? 色々あって力が半減されてるってのは知ってるけど」

 

アリス「全力ならそれなりに。 私ほどじゃないけどね♪」

 

アイリ「それは納得できる。 能力もそれなりに強いと思うけどなー。 『天使の加護』ってやつ、ちょっとしか見てないけどかーなーり強力だし」

 

アリス「私の攻撃だってかるく防がれちゃうからね。 能力だけで言えばユグドラシルメシアの中でも上位になるね」

 

アイリ「前々から思ってたけど、ユグドラシルメシアってなんなの?」

 

前から多くの人が口に出していた、ユグドラシルメシアという単語。

組織かチームの名前というのは理解できてはいたが、大まかな内容までは知らない。

アリスやアレクがその内の一人なのだと認知できている程度の知識しかないので、長期に渡り抱いていた疑問をぶつける。

 

アリス「ありゃ、知らなかったっけ? ではお教えしよう! 世界の均衡を維持しているユグドラシルってあるでしょ? 結構昔にそのユグドラシルが悪しき人達に狙われる大事件が起きたんだ。 時空防衛局だけでは対処仕切れなくて、危機的状況にあるなかで勇敢にも私を含む数人が立ち向かって命からがら敵を打ち倒して野望を食い止めることができたの。 フォオン様に感謝の意を表されて、歴史に残る偉業を行った者達として異世界にも話が広がって、誰かが命名したユグドラシルメシアって名前が浸透していったって感じ」

 

アイリ「…アリスちゃんの実力は相当なものだとは分かってたけど…とんでもない業績残してるじゃん! ユグドラシルを守ったってことは、全世界を守ったってことと一緒だよね!?」

 

アリス「まあそうなっちゃうよね。 もっと私を讃えてもらってもいいんだよー。 私のヒーローアカデミアを作ってもいいんだよ♪」

 

アリスは過去に自分が成し遂げた武勇伝を話し、自信に満ち溢れた陽気に微笑み胸を張った。

元から尋常ではない底知れぬ力を持ち合わせていると思っていたが、まさか全世界を救う偉業を成し遂げていたとは思ってもいなかった。

 

目の前にいる一見何処にでもいる少女は、正に生ける伝説とも呼べる人物。

 

あらゆる世界を行き来し、アレクと同様に自由奔放な旅をしている身であれば、世界の一つや二つは救っているのかもしれないと考えられるのは妥当なのかもしれない。

とは言え、アリスの自由すぎる性格だけ汲み取ると、世界を救っているとは到底思えないのだが。

 

アイリ「あたし、今まで伝説に残るとんでもない偉人と話してたんだね」

 

アリス「そうなるねー。 もっと私を崇め奉ってもいいんだよ」

 

アイリ「ははーっ! 取り敢えずあまり滅茶苦茶なことを仕出かさないように魔法のランプにでも閉じ込めとくね☆」

 

アリス「ちょっとアイリ、私魔人じゃないんだし悪さなんか一つも犯してないんだから」

 

アイリ「悪さは起こしてなくても悪戯はしてるんでしょ? リョウ君から聞いたよ。 アレク君と一緒にウ○娘を課金するために帝国軍のデータをハッキングしてデス・スターの建造費からお金を強奪したって」

 

アリス「あんな物騒な代物作ろうとしてるなら私達の娯楽に回そうと思っただけだってばよ。 その後が大変だったなー。 帝国軍から追い回されてスターフォックスチームから(無断で)戴いたアーウィンで我武者羅に逃げたっけ。 そしたら惑星クバーサに着いちゃったの! カバディカバディ言いながら追いかけられたのはかるくトラウマだけど、トルーパー達がボコボコにされてたのには草生えちゃったな~。 星を脱出したと思ったらベリアル銀河帝国と遭遇しちゃって、アレクがキガバトルナイザーを奪って転売しようとしてちょっかい掛けたせいでまたも追われる身に。 ルパン宛らの逃亡劇を繰り広げてたら帝国軍が追い付いてきて、気付いたら何故か帝国軍vsベリアル銀河帝国の全面戦争が勃発しちゃって大草原不可避だったよ。 流石にヤバすぎたから私とアレクでO・HA・NA・SHIして止めたけどね」

 

アイリ「…流石のあたしでも意味不明で理解不能かも。 兎に角アリスちゃんとアレク君はヤバいことしてるヤバい力の持ち主だってのは分かった」

 

普段からの生活で暇潰しなのかどうかすらも怪しい、あまりにも規格外な出来事には疑問符を浮かべるばかり。

それ以上にアイリはアリスとアレクの実力に関心を寄せている。

 

計ることすら叶わない常軌を逸する、無限とも呼べるであろう圧倒的な力量。

どのような経験を積めばこれ程まで強大な実力を手にすることが出来るのだろうか。

アリスが世界の危機から救ったユグドラシルメシアの一人だと言うならば、アリスと共に行動をしているアレクも恐らくユグドラシルメシアの一人だと推測できる。

凄まじい実力を誇る、世界を救った偉人達が他に8人もいるとなると、心が揺さぶられた。

手合わせを願っているわけではなかったが、世界を救った英雄と呼べる人達がどのような人物なのか純粋に興味が湧いた。

 

アイリ「ユグドラシルメシアって、他には誰がいるの?」

 

アリス「先ずは私でしょ。 何となく察してたと思うけどアレクでしょ。 他には…っと、お喋りは後にしとこうか」

 

朗らかに笑みを浮かべ楽観的にしていた雰囲気が一気に霧散した。

ユグドラシル・アルスマグナを召喚し手にすると、宙に浮き前方の状況を把握するように注視する。

アイリも前方に感じた強力な気を感じ取り、違和感を覚えたままガーンデーヴァを手にする。

翼を広げ飛翔し、アリスの隣に並ぶ。

 

アイリ「アリスちゃん、悪魔が複数いるのは分かったけど、もう一つ何かいるね。 それに、ずば抜けて強い」

 

アリス「みたいだね。 悪魔族は雑兵だろうけど、一つだけ比較にならない強さだね。 この禍々しい気は、闇だね。 でも双方とも味方ってわけじゃないみたい」

 

二人は複数体の存在を前方に感じ取っており、今回の討つべき存在である悪魔なのは間違いはないだろう。

弊害とも呼べるのは、悪魔とは別の邪悪な闇を纏う謎の存在。

悪魔兵と比較するに値しない圧倒的な力の持ち主が何者なのかは不明だが、第三者が介入しているのは間違いないと断定できる。

何十年前に滅びを迎えたこの世界の住人、異形の怪物等とは到底考えられないので、自分達と同様に異世界からの介入と考えられた。

 

前方から派手な爆発音が響き聞こえてくるのが、第三者が悪魔の味方ではないという何よりの証拠で、無手勝流できそうだったが、謎の第三者を放置しておく訳にもいかないので、一先ず繰り広げられている戦場へ赴くことにした。

 

空を裂き飛行し、一分も満たず到着した。

視界に入ったのは、無惨な惨状。

戦闘を行っていたであろう悪魔兵が地面の至る場所に転がっている。

体を大きく斬り裂かれた致命的な裂傷を負った者、上半身と下半身が斬り離された者、頭部が吹き飛ばされた者と、死因は様々。

アイリは噎せるような血の臭いに思わず口元を塞いでしまう。

 

惨たらしい地獄を生み出した存在は、未だに悪魔兵の大群と戦闘を続行しており、新たな遺体を増やし続けていた。

黒を基調とした衣装を身に纏い、死神を思わせる巨大な漆黒の鎌を縦横無尽に振り回しているのは、一人の少女。

アイリと同年代の少女は美しくも禍々しく、戦場の舞台で暴れ鮮血の花を咲かせている。

 

?「あら、お久し振り。 運命の悪戯にしては、なかなか面白いわね」

 

アイリ「えっ!? 何で…!?」

 

アリス「思わぬ相手だったね」

 

この世界にいる筈のない人物の邂逅に二人は驚きを隠せなかった。

アイリにとっては、二度目となる対面。

 

デスピア三闘士の一人であり、闇のピースハーモニア、ダークネスリベリオン。

 

思いがけない邂逅に目を見開く。

いる筈のない存在が目の前に確かにいる。

異世界で出会った敵である存在。

相当気まぐれな性格の持ち主で、自身の目的の邪魔をしようものなら、同胞すら躊躇なく力で捩じ伏せる厄介極まりない少女。

 

アイリ達がこの場にいることに不可思議に思っていたリベリオンだったが、即座に悪魔達へと戦意と殺意を込めた視線を戻し、熾烈な攻撃を再開する。

悪魔兵達は臆することなく各々武器を構え突貫するも、他の者を圧倒する邪悪な殺戮の前では無意味に等しい。

数多の武力で押そうとも、それ以上の暴力的な力量で押し返す。

 

リベリオン「『ダークネスヘルファイア』!」

 

鎌から漆黒の炎が溢れ、一帯を黒色に染め上げる。

悲鳴を上げる暇すら与えられなかった悪魔兵達は、闇の炎により一瞬にして灰と化し、終焉を迎えた世界の土と同化していった。

 

多くの命を消し去ったことを微塵も気にしていないリベリオンは新たな標的であるアイリとアリスに鎌を向ける。

だがその目には殺意がないのが見て取れ、脅しのために睥睨しているだけのように思える。

それでも決して油断することなど到底しない。

アイリは何時でも射てるよう矢を番える。

対してアリスは余裕を振り撒いているのか、戦闘体勢に入っていない。

 

アリス「久し振りだねリベリオン。 何年振りになるのかな?」

 

リベリオン「敵であるお前と何年前に会ったかなんて、いちいち覚えてなんてないわ」

 

アリス「感動の再開として熱い抱擁をしてあげようと思ってたのに…。 女の子とキャッキャウフフできる描写はいらない? 私は女の子っぽくないってこと? 少女不十分って!?」

 

リベリオン「黙れ。 その減らず口を斬り取ってやってもいいのよ?」

 

アリス「うわーこわーい(棒)」

 

アイリ「素朴な疑問なんだけど、リベリオンはどうして異世界にいるの?」

 

リベリオン「ディーバ誘拐の時、お前と一緒にグラッジを倒しただろ? その後にリョウに脅され余儀無く撤退し、デスピアに帰還した。 グラッジは生きていたが、三闘士の一人を攻撃し任務の遂行を妨害し、何の成果もなくのこのこ帰ってきたことを快く思わなかったディムオーツ様がお怒りになったのよ。 まあ、私はやりたいことをやっただけで罪を問われるつもりなんて更々ないから、罰を与えられるのを避けるため、時空の歪みを抉じ開けて異世界に逃げることにした。 そしたら偶然この辺鄙な世界に辿り着いたというわけよ。 急に悪魔共が襲い掛かってきたから返り討ちにしていたところにお前達が来たってところね」

 

なんとも身勝手な理由にアイリは呆気に取られる。

理由があまりにも野放図だった。

アイリと同様に高校生に近い少女の姿形というのもあるせいか、子供らしさが残っており、デスピアを統一する組織の幹部とは到底思えない。

リベリオン程の実力ならば僅かな時空の歪みを広げ抉じ開けられるだろうが、自分の犯した罪から逃れるために異世界へ逃亡するという突拍子もない発想を思い浮かぶのは、アリス等の異世界の知人が多数いる故だろう。

 

リベリオン「それで、何をしに…いや、愚問ね。 大方、私を捕らえに来たってところかしら」

 

アイリ「違う違う。 この世界に来ていた悪魔の討伐に来たんだけど、リベリオンがオーバーキルしちゃったからあたし達ミッションコンプリートしちゃったんだよ」

 

リベリオン「私に用があったわけじゃないのか。 時空防衛局が動く事案なのだろうが、天使であるお前がいるのは納得がいく」

 

アイリ「星を護るは天使の使命とは言うけど、今回ばかりは巻き込まれただけなんだよね」

 

アリス「私も巻き込まれちゃった一人でーす」

 

リベリオン「…ふん、用が済んだのならば去れ。 目障りよ」

 

特に戦う理由がないと悟ったリベリオンの瞳から殺意が消え去った。

鎌を地面に突き刺し適当に座り心地が良さそうな瓦礫に腰掛ける。

 

アリス「とは言ってもこのままリベリオンをこの世界に置き去りにするわけにもいかないよー。 元の世界に帰ってもらわないと時空防衛局が後々困ることになっちゃうからね」

 

リベリオン「戻っても碌な事がないのが分かっているのに、態々帰るわけがないじゃない。 それに、私はお前の様に理解不能な問題行動を起こす人間ではないわ」

 

アリス「失敬な! 私が問題児みたいじゃん!」

 

アリスは真面目に反論してるつもりなのだろうが、アリスが異世界で起こしてきた数々を耳にしているせいか、全く説得力がない。

流石に、否、誰でもなるであろうが、アイリとリベリオンは同時に「問題児だよ…」と心の中で呟いた。

 

リベリオン「時空防衛局に目を付けられるのは御免だから、私は自分から問題を起こすような羽目はしない。 それでも私を連れ帰そうとするならば、掛かってきなさい。 力で私を捕らえればいい」

 

気だるげに立ち上がり、殺意を込めた視線を向けながら鎌の柄を掴んだ。

 

まるで親から怒られ家出した子供の様と、例えるならば可愛らしいが、相手は何百年という時を生きる闇の戦士。

アイリは一度手合わせをしたが、実力は並を優に超える。

更に全力を出しきっていないあたりを見ると、その力は未知数だ。

光属性が優れているアイリにとっては唯一対抗できる希望だが、逆に光も闇に弱いという点があるため、実力的に不利になることは変わりはない。

一人では厳しい苦闘になるところだが、前回とは違いアリスという心強い仲間がいる。

怖気付いていたわけではなかったが、仲間がいるだけで、百人力になれる気がした。

 

アリス「お尻ペンペンされないと分からないみたいだね。 行くよアイリ!」

 

アイリ「うん! 勝手は! アイリが! 許しません!!」

 

利害の一致によっては共闘が可能なのだろうが、話し合いでは解決に至る相手ではないと改めて認識させられた。

悪魔と同様、昵懇することの叶わない敵を討つために、アイリとアリスは戦闘体勢に入った。

リベリオンも完全に戦闘体勢に入っており、視認できる程の闇の力を放出し、新たな生き血を求めている愛用の鎌、ブラッディハントを引き抜き狂気に満ちた笑みを浮かべる。

 

どちらが先に動くか、どう相手が出るか様子を伺い硬直状態が続き、張り詰めた空気の中で流れる穏やかな風の音さえも耳に入る。

このままでは埒が明かないと、アリスが思い切って攻撃に移ろうとトランプカードを出した、その直後だった。

 

重力に従い降り立つ大地が響き揺らいだ。

地震ではないかと思ったが、その考えは一瞬にして消え去る。

何かが地面の中で蠢いている。

更に正体不明の何かは自分達のいる場所へと向かって来ているのが気配で読み取れる。

自分達に狙いを定めているのは明らかで、意思を持っているのが分かる。

 

アイリが何事かと不安に感じていた時、血相を変えたアリスがアイリの腕を掴み上空へと急上昇した。

何か良からぬ事を察知したリベリオンも同様にその場から大きく跳躍し飛び上がった。

訳が分からず混乱していたアイリがアリスに質問を投げようとしたが、その必要はなかった。

 

先程自分達がいた地面が割れ、粉々に砕け散った。

爆発に似た轟音が響き、それ以上に巨大な生物の咆哮が響き渡る。

地面から迫り来る正体不明の何かが固い地面を軽々砕き姿を露にした。

 

鉄をいとも簡単に斬り裂く鋭い三本の鉤爪、地面を踏み締める巨大な二本の足、先端が刃物の様に鋭い長い尾、胴体よりも一回りも巨大なあるゆる物を噛み砕く歯が並ぶ顎、機械に似ても似つかわしくない灰色と黒色の巨体。

 

謎の生物に目らしきものは存在していないものの、アイリ達の存在を認識しているらしく、顎を大きく広げ空中へと一吠えした。

狩るべき獲物を見つけた獣の様な咆哮が空気を揺さぶり、鼓膜に響き渡る。

何のつもりで吠えたのか意図は全く掴めないが、その一度の一声でアイリは血の気が引き萎縮した。

 

鏖殺する勢いで迫ってきた殺気に似た気。

殺されると言うより、自分という個の存在そのものが消失してしまうような、言葉に表せない謎の気迫が凄まじく、視界に入れただけで戦いてしまう。

直感で理解できてしまう、悪魔よりも危険で忌むべき存在だと。

 

アリス「これは本当に洒落にならないよ」

 

笑顔が絶えず気さくな態度を取っている印象が強いアリスだが、今回ばかりは真面目でいるのは、険しくなった目を見れば一目瞭然だった。

 

アイリ「ねえ、アリスちゃん……あの、怪物は一体何なの……?」

 

アリス「あれの名前はヴィラド・ディア。 『世界を喰らう者』とも呼ばれてる滅茶苦茶ヤバい奴だよ。 詳しい事は後で話すから、アイリは離れてて」

 

アイリ「こ、怖いけど、あたしだって戦えるよ…!」

 

アリス「アイリ、死にたくなかったら下がってて」

 

今まで見たことのない、鬼気迫る表情のアリスに驚き、僅かに恐れを感じる。

目力だけで相手を殺せるのではないかと錯覚してしまう。

あの怪物の気迫にも劣らないアリスの言葉に、アイリは自然に首を縦に振り、その場から離れる決断をし、戦線離脱した。

 

リベリオン「ちっ、面倒な時に面倒な奴が面倒な事をしに来たってわけか。 …これは、仕方ないわね。 一時休戦よ」

 

アリス「言われなくても。 『トランプシュート』!」

 

両手に数十枚のトランプカードを瞬時に召喚、即座にヴィラド・ディアに投げる。

風の抵抗を受けることなくカードはヴィラド・ディアに全て直撃し、着弾と同時に爆発を起こした。

 

アリス「今のうちに…」

 

急襲し隙を作ったアリスはワールドゲートを召喚した。

中から出てきたのは、アレク。

アリスと同等かそれ以上の強さを誇る人物。

戦力を必要としたアリスは、彼の居場所を知っていたのか、ワールドゲートでアレクのいる場所まで意識を繋げ、この世界に召喚したのだ。

 

アレク「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! 何の用だよアリス。 俺は今から高田ちゃんの握手会に行こうと思ってたのによ」

 

アリス「ふざけてる場合じゃないよ。 あれ見なよ」

 

アレク「ん? ……確かに、その通りだな」

 

忌むべき怪物を目にした途端、アレクの雰囲気は一変した。

どのような威圧でも一刀両断してしまいそうな覇気が漏れ出す勢いで溢れ、少し距離を取り宙を浮遊しているリベリオンがアレクの放出される覇気によりびりびりと痺れる感覚が肌で感じる程のもの。

 

片手にグラム、もう片方の手にレーヴァテインを召喚し、ヴィラド・ディア目掛け目にも止まらぬ速度で急降下し思い切り剣を振るった。

アレクの剣撃を読み取ったヴィラド・ディアは鋭い刃を躊躇うことなく素手で受け止め掴む。

掴んだと同時に、ヴィラド・ディア周辺の地面が抉れ凹んだ。

隕石が衝突したのではないかと思う程の巨大なクレーターが出来上がるのを見ると、単純な一振りが常軌を逸する力なのが分かる。

 

アレク「『ジェノサイドフレイム』!」

 

レーヴァテインから業火が溢れ、ヴィラド・ディアだけでなく周囲を呑み込み、深紅の大地へと変えていく。

あらゆるものを焼き尽くす炎を受ければ、塵一つ残さず消え去る。

普通であればそうなるだろう。

だが相手は単体で世界を危機に脅かす怪物、一筋縄にはいかない。

 

燃え広がった炎がヴィラド・ディアの元へと収縮し始める。

炎で遮られ視界に入らなかったヴィラド・ディアの姿が見えたが、火傷らしき跡は残ってはいなかった。

収縮された炎はヴィラド・ディアの巨大な口の中へと吸収され、躊躇うことなく体内へ飲み込んだ。

 

アレク「ちっ…やっぱり飲み込みやがるか」

 

あらゆるものを焼き尽くす破壊の炎が無力化されたことに驚くことなく、次の一手を決めるため行動を開始する。

両手の剣を離し、空中を一回転しヴィラド・ディアの頭部に踵落としを食らわせ、頭部を土台にし宙へ跳躍した。

 

アレク「土豪剣激土! …じゃなくて、カラドボルグ!」

 

続いて召喚した剣は自身の身長よりも巨大な、重量感のある大剣。

両手で支えるための長めの柄に、黒色の宝石が全体的に散りばめられ嵌めている茶色の刀身をした剣。

 

大地を揺るがし、大陸を斬り裂く剣、カラドボルグ。

 

一振りするだけで本当に地面を斬り裂きそうな剣を軽々と持ち、先程の二本の剣とは比較にならない痛烈な一撃を叩き込むため、大剣を持つ腕を振り上げる。

次の攻撃に移ろうとしているアレクにヴィラド・ディアは黙って見てる訳はなく、両手で受け止めた二本の剣を乱雑に一擲し、口にエネルギーを蓄積し始める。

 

アレクが一手を決めるため剣を構える状態を持続していれば、真っ正面からヴィラド・ディアの攻撃を受けることになるのは避けられない。

アレク本人も振り下ろすまでには間に合わないと委細承知しているが、一切迷いのない強い眼差しで目の前にいる怪物に向け突貫する。

蓄積されたエネルギーが放たれようとした直後、口の前に一枚のトランプカードが意思があるかのように動き飛んできた。

口の前に到着したカードは宙に静止すると巨大化し、成人男性とほぼ同等の大きさとなった。

 

アリス「『リフレクトトランプ』!」

 

合図と共にカードが発光し、表に描かれいた絵が見えなくなる。

直後に蓄積されたエネルギーが放出され、一筋の光芒が口から発射された。

変哲もない極太の光線だが、直撃を受ければ五臓六腑が弾け飛び、体が散り散りになるのは容易に想像できる。

しかし放たれた光線ははアレクに届くことは叶わない。

直線上に突き進む光線はアリスが設置したトランプカードの中へと吸収され、見る影もなくなる。

違和感に気付いたヴィラド・ディアは光線を吐くのを止めるが、疑問符を浮かべる暇すら与えられず、吸収された光線がカードの表面から吐き出された。

反射された光線はヴィラド・ディアの体の中心を貫く勢いで直撃を受けるが、それでも巨体が数歩下がる程度で持ちこたえている。

 

アリスの狙いは最初からヴィラド・ディアに攻撃を与えることではない。

多少なりとも知能を持つ怪物だが、力押しで済ませる行動を取ると予想できたのは、何十、何百と数えるのが困難と言える回数を重ね戦ってきたからこそだろう。

真っ正面から迫り来る攻撃を回避不可能と察すれば防御体勢に入るのは至極当然なのだろうが、脳内で練った大したことのない計略が功を奏し、アリスの口角が上がる。

 

アレク「単純な野郎で助かるぜ。 お陰でドでかいの与えられるぜ!」

 

反射された自身の光線を受け止め防ぐのに意識を集中しているヴィラド・ディアの頭上に、この一撃で終わらせる強い意志が籠る両手で大剣を持ち振りかざしたアレクが迫る。

 

アレク「刮目しやがれ! 『ランドカタストロフィ』!」

 

刀身に嵌められている黒色の宝石が淡く輝き煌めく。

ただ魅了させられるだけの輝きではなく、同時に刀身の内に秘められた、押し潰される様な強大な力が解き放たれる。

 

アリス「アイリー!! 空中に逃げてー!!」

 

強大な力故に、流石に危機を察知したアイリは既に決戦を繰り広げるせんじょうから数百メートルは離れてるが、アリスの焦りを含んだ大声が聞こえてきた。

これまで以上に強力な、尋常ではない力を感じ取ったアイリは言われた通り大至急空中へと避難を開始する。

 

地面を離れ数秒経過した頃だろうか、先程まで足を着けていた地面が弾け飛んだ。

比喩でもなんでもなく、本当に弾け飛んだ。

大地だけでなく、空までもが揺らぐ、世界一つを丸ごと揺らす強烈な怒涛の一撃。

人々が存在しない終焉を迎えた世界だからこそ可能な、周囲に出る被害を一切考慮しない規格外の一言に尽きる猛烈な打撃は半径数キロメートルの大地を一瞬にして抉り取った。

爆発音に近い轟音を響かせ、岩石と化した地面は噴火した時の勢いで軽々と宙へと舞い上がり、砂塵が周囲を覆い尽くす。

 

アイリ「『マキシマムフォトンレーザー』!」

 

乱れ飛ぶ岩石を恐れることなく直往邁進し、杖の先端に巨大な魔方陣を生成し、アレクが回避することを分かってか、極太のレーザーを全力で放った。

ヴィラド・ディアが放った光線よりも極太の光線は、砂塵の濁色の中で煌めきながら真下にいるヴィラド・ディアへ直進していき、割れた地面を更に抉る。

地殻やマントルを容易く突き破り、この星の内核に達したのか、溶岩が噴水の如く吹き出て宙を舞い、砂塵を真っ赤に染め上げる。

 

アイリ「す、凄い…」

 

この世の終わりを告げる天変地異が起きたのではないだろうか、その様な景色が現実に起きている。

アレクやアリス只者ではないと認識していたが、彼等の本気をみるとその人外染みた戦闘能力に度肝を抜かれる。

 

アイリ「あんな戦い……付いていけるわけない」

 

幾数年、どれだけ血や汗を流しても、二人に追い付ける気がしない。

努力を重ねるどころではない、実力差を見れば戦っている世界や土俵が明らかに違いすぎる。

微塵にも達することの叶わないことに地を叩きつける程にまで悔しいと心の隅で生まれた。

だがそれ以上に、あの戦闘に自分が巻き込まれずに済んで良かったと、心の底から安堵する思いの方が勝っていた。

 

あの場にいれば、命が幾つあっても足りない。

アリスが先程言ったように、死にたくなければ近付かないのが懸命な判断だ。

 

大きく口を開いた大地から溶岩が吹き出す、地獄と化した戦場から少し離れた場所にアレクが忽然と現れた。

片手にはグラムが握られており、空間の裂け目を作り亜空間へ入ることでアリスの光線と溶岩から逃れ、この場に移動してきたようだ。

見ているだけでも凄まじい現状を打破して逃れたようだが、無傷ではいかなかった。

横腹を鋭利な爪で引っ掻かれた痛々しい傷があり、血が滲み出ており、痛みで僅かに顔を歪ませている。

 

アレク「やっぱ一筋縄にはいかねえか。 相討ちになっちまった」

 

アリス「まだ生きてるのは分かるけど…どうする? 私がありったけ魔力ぶつけとくからもう一度でかいの決めとく?」

 

アレク「いや、奴もそこまで馬鹿じゃねえから、二度も通じるかどうか危ういからな。 何かと俊敏だし、ここはじわじわと攻める」

 

グラムを消し去り、新たな剣を召喚した。

稲妻を彷彿とさせる屈曲した形状をした山吹色の刀身をした剣。

 

全ての物質に電撃を迸らせる稲妻の剣、エッケザックス。

 

アレク「どっかに隠れてるんだろうが、炙り出してやる。 『カーネイジサンダー』!」

 

刀身に電撃が宿り、山吹色の刀身がきらびやかに輝く。

剣を振り下ろし勢いよく地面へと突き刺した。

瞬間、電気を通す筈のない大地に電撃が迸った。

空中に滞空するアリスとアイリには勿論電気は流れてはいないが、何億ボルトはあるだろう電撃の余波が漏れているのか、艶のある髪が何本か逆立っている。

 

ヴィラド・ディア「ぎぎゃああああああ!!」

 

強烈な電撃を浴び耐え兼ねなかったヴィラド・ディアが地面を砕き咆哮と共に地表へと姿を現した。

待ってましたと言わんばかりにアリスが飛び出し手にしたトランプカードを宙へと撒き散らした。

宙を漂うカードを放置しアリスはヴィラド・ディア目掛け直進する。

 

アリス「『魔法大炸裂』!」

 

杖の先端から炎、水、氷、電気、光、闇、風、岩等のあらゆる属性の魔力の光弾が絶え間無く撃ち込まれる。

杖だけでなく、先程撒き散らしたカードが意思を持つかのように独りでに動きだし、ヴィラド・ディアの逃げ道を塞ぐよう展開し包囲し光弾を射ち始めた。

一発が巨岩を打ち砕く威力を誇る手数による攻撃が、ヴィラド・ディアを追い込んでいく。

ヴィラド・ディアはその場から逃げようにも、動けずにいた。

アレクが広範囲に放っていた電撃をヴィラド・ディアの足元一点に集中的に流すことにより、分散していた力を一ヶ所に集束することでより強い電撃を浴びせ筋肉を硬直させ動きを封じていた。

 

二人の抜群の連携攻撃に、ヴィラド・ディアは手も足も出ず攻撃を耐え忍ぶしかない。

強固な体に魔力の光弾が直撃するも、目立たない程度の傷しか入っていない。

しかしアレクのカラドボルグによる絶大な一撃を受けたであろう右肩には罅が入っており、今尚攻撃を受け罅が広がっている。

 

ヴィラド・ディア「ぎゅがあああああああ!!」

 

咄嗟に耳を塞ぐ程の咆哮が巨大な口から吐き出された。

両手にエネルギーが集束されると、幾条にもなる光線が放たれた。

 

危機的状況を脱するための行動なのだろうか、目標もなく乱雑に放たれた光線は光弾を相殺しカードを次々と落としていく。

接近しつつあったアリスにも降り注ぐが、雨の雫を避けるよう巧みな動きで飛行して全弾回避した。

死力を振り絞り体を動かし電撃による足枷から逃れたヴィラド・ディアは跳び上がり真上からアリスに強襲を仕掛けた。

杖から光の刃、『魔法刃』を出し何十倍の体重のある巨体を受け止めるも、鋭利な爪と尾による猛攻が迫る。

 

抹消すべき敵に無慈悲なく酷薄な猛撃。

接近戦を得意としないアリスには不利な戦況で、手が塞がり魔法も繰り出せず防戦一方へと持ち込まれる。

防ぎきれなかった鋭い攻撃が艶やかな肌を斬り裂いていく。

 

アリス「ぐうぅ……じ、『時空の迷い子』!」

 

幾条の光線により撃ち落とされ紙屑と化したカードの中から形がある程度原型を留めているものが一瞥し確認できたと同時に技を発動した。

アリスの真下あたりまで移動してきたカードから炎の渦や冷凍光線等が放たれる。

ヴィラド・ディアは足を掠めながらも不規則に動き続けるカードから逃れるため戦線離脱した。

 

ヴィラド・ディアは地面に着地する前に、更なる一撃を加え葬ろうと口にエネルギーを溜めようとしたが、罅割れていた肩に激痛を覚える。

肩には血肉を貪るように漆黒の鎌が深々と突き刺さっていた。

 

リベリオン「あの二人より弱すぎて私のことは眼中になかったのかしら?」

 

漆黒の翼を羽ばたかせ滞空していたリベリオンが隙を突いて横槍を入れていた。

卑怯なのかずる賢いのか、どちらとも取れる不意を突いた一撃は明らかにヴィラド・ディアを弱体化させる決定打となった。

 

リベリオン「その眇眇たる脳に刻め。 私も強者だと」

 

巨体を突き刺しているとは思えない、木の棒を振るう感覚で強者を嬲る狂喜的な相貌で鎌を振り回し、アリスの発動させた魔法へと一心不乱にぶつける。

極め付きに天高く伸びる炎の渦に叩き付け、灼熱の炎で身を焼いていく。

 

アレク「リベリオン! タイミングよく離れろよ! 『ディメンションドミネート』!」

 

跳躍したアレクが逆手持ちしたグラムで虚空を横に一閃する。

虚空が歪み、周囲に立ち上る光線等が捻じ曲がり、ヴィラド・ディアの巨体を目掛け集中砲火される。

巻き込まれればただでは済まない圧倒的な物量と威力の猛撃からリベリオンは電光石火の速さでその場から逃れ、勢いが余り地面を数回横転する。

勝利は必然と思われる、強力な魔法はヴィラド・ディアの体を蝕んでいく。

強固な体に幾つもの傷が生まれ、全体に罅が広がっていく。

怪物と恐れられる如何なる生物でも耐え凌ぐことすらままならない攻撃だが、完全に沈黙するにはまだ早かった。

 

己の体を傷付けながらも強大な魔力を集束し食らい、命からがら魔法の嵐の中を掻い潜り危機を脱した。

生きる、という生物ならどの種でも生まれながらにして持つ防衛本能。

どのような危機的状況に追い込まれても、己の生命の灯火を消すまいと必死に抗う。

当然のようなことだが、仕留め損ねたことにアレクは小さく舌打ちをする。

 

アレク「しぶとい野郎だなまったくよー!」

 

グラムを順手に持ち変え、片方の手に光の剣、クラウソラスを出し、全てを焼き尽くす光芒を炸裂させる。

回避する手段を選ばず真っ直ぐにアレクの元へと突き進むヴィラド・ディアは躊躇いなく硬質な手で光芒を受け止めた。

乱反射した光芒は細かな光となり虚空を裂き、地上にいたアリスとリベリオンに降り掛かる。

 

アリス「うわあっぶね!」

 

リベリオン「流石にその攻撃はまずいわね」

 

闇の存在であるリベリオンには光の攻撃は特効。

直撃を受ければ致命傷は免れないため、態勢を崩しつつも回避に専念するが、軌道が滅茶苦茶な光は無情にもリベリオンの右足の太股を焼ききった。

太股を中心に、激痛が身体中を支配し、立つことすら困難となり地面へと倒れ込み苦悶する。

光芒を弾いたヴィラド・ディアは爪でアレクに応戦し、力任せに腕を払い除け隙ができた一瞬で尾を鞭の様に振るい臓物を破裂させる勢いで横腹にぶつけ、アレクは水平に数百メートル以上吹き飛び視認できなくなった。

標的を地面に弱々しく横たわるリベリオンへ移し、巨大な口を広げ急降下し始める。

 

アイリ「『ロイヤルストレートアロー』!」

 

窮地に陥っていたリベリオンの側に、凄まじい速度で光が接近した。

白い光の粒子を出し神々しく輝くアイリがヴィラド・ディアに触れる距離まで急接近し、最大限まで力を込めた光の矢をゼロ距離で放つ。

必殺技を一身に浴びたヴィラド・ディアは悲鳴に似ても似つかない叫びを上げ真横に飛び、岩盤に勢いよく激突した。

 

リベリオン「何故、助けた? お前にとって、私は敵でしかないのよ?」

 

アイリ「あるキャラの台詞をそのまんま使うけど、誰かを助けるのに、理由がいる? ピースハーモニアの世界であたしを救ってくれたから、恩を返したってのと、ほっとけなかったって言うか…」

 

リベリオン「ふん、甘い考えね。 ピースハーモニアと同じ思考ね。 隙があれば、いつ私が殺しに来るのか分からないというのに」

 

アイリ「死なれたりしたら、目覚めが悪いし、殺そうとしたその時はあたしは全力で抵抗するだけだよ、拳で!」

 

リベリオン「変わった奴ね。 後悔することになるぞ」

 

アイリ「後悔なんてしないよ。 あたしが一番やりたいことをしてるだけなんだから。 兎に角、今はこの場を切り抜けるのが最優先事項だしね」

 

立ち上がったヴィラド・ディアに立ち上がる暇を与えぬため、『ストレートアロー』を連発する。

光の矢は次々と巨大に弾かれることなく突き刺さるも、痛がる素振りさえ見せず、新たな獲物であるアイリ目掛けて猛進する。

アイリは恐れることなく続け様に矢を打ち続けるも、強固な体に刺さるのみで全くと言っていい程に効果が見られない。

徐々に距離を詰められる最中、リベリオンは足に流れる激痛を耐えながらも闇のエネルギーを蓄積し始めていた。

 

アイリ「リベリオン! 無茶はしない方が…!」

 

リベリオン「私がまだ戦えないなんて思わないことね。 奴の足止めくらいなら容易よ。 『ダークネスフォールダウン』!」

 

地を鳴らしながら駆け抜けるヴィラド・ディアの足元に闇で生成された亜空間が口を開いた。

黒よりも深い漆黒の闇が片足を捕らえ、逃れようと必死にもがくも、ズブズブと底無し沼の様に巨体を飲み込んでいく。

 

新たな一撃を加えられる好機を逃すわけにはいかないアレクとアリスの行動は早かった。

アレクは再びカラドボルグを召喚し、アリスは杖の先端に魔力を蓄積し始める。

再度行われようとしている極大な技は周囲に甚大な被害を及ぼすため、この場に居座っていれば命の保証はない。

可能な限り距離を保たなければ五体満足で済まないため、アイリはリベリオンを抱え飛翔し、全速力で退避した。

 

アレク「もういっちょ刮目しろ! 『ランドカタストロフィ』!」

 

アリス「フィナーレだ! 『マキシマムフォトンレーザー』!」

 

大地を砕き裂く破滅をもたらす齎す一撃と、全てを貫く強烈な魔法の光芒。

ほぼ同時に放たれたそれは、身動きの取れぬ怪物へと直撃すると同時に、吹き上がる溶岩と共に、大地が弾け飛んだ。

軽々と舞い上がる岩盤や岩石、溶岩と共に押し寄せる衝撃波と砂塵の速度は想像を絶する。

溶岩により熱された空気が熱風となりアイリとリベリオンに容赦なく叩き付けられ、二人は抵抗も虚しく遥か遠くへ吹き飛ばされてしまった。




もうMR100いったんですけど早すぎですかね?


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第72話 はい、食べると消えるんです

モンハン飽きてきたので小説に集中できる!
ということで今回も長々と掛かりましたが楽しみにしてた人、続きをどうぞ!


アイリ「あーもう死ぬかと思った…あの二人マジでヤバすぎでしょ! 怪人協会から声が掛かっても不思議じゃないよ!」

 

アレクとアリスの怒涛の攻撃により発生した衝撃で吹き飛ばされたアイリとリベリオンは、被害が及んでいない平坦な地に腰を下ろしていた。

幸い、かすり傷程度の怪我で済んでおり、アイリは胸を撫で下ろす。

アイリに庇われていたリベリオンは衝撃による怪我は負っていないものの、アレクのクラウソラスの光芒を防ぎ乱反射し直撃を受けた足は回復仕切れておらず、歩行が不可能となっている。

 

兎に角地獄と化した戦場から逃れるため無我夢中で距離を取っているが、先程まで足を着け立っていた場所は無惨なものとなっているのが嫌でも視界に入る。

火山が噴火したかと錯覚してしまう程にまで砂塵と岩石が空高く舞い上がり、地下深くを流れる溶岩が止まることを知らず吹き上がっている。

宛らこの世の終焉を目の当たりにしているようだった。

 

アレクとアリスの底知れぬ力量にも驚かされるが、二人に拮抗する実力を持つヴィラド・ディアにも驚かされる。

到底、今の自分では敵わないのだと痛感させられた。

自然と悔しさが湧き上がらないのは、越えることが無理なのだと確信しているからなのか。

自分が勇敢に立ち向かおうにも、歯が立たない上に二人の戦闘の妨げになるのが明らかなので、大人しくこの場に留まり二人の安否を願うのが賢明な判断だと自分に言い聞かせる。

 

「おーい! 大丈夫かー!?」

 

後方から声を掛けられ、気を張り詰めていたため咄嗟に構えるも、声の主である人物である時空防衛局の局員だと分かると警戒を解いた。

大地を揺るがす衝撃と爆音、天高く伸びる砂塵を見れば異常に気が付かない訳はなかったようだ。

 

「一体何が起こった?」

 

少女説明中…

 

「『世界を食らう者』が現れたのか!? これは悪魔以上の脅威だぞ」

 

「アレクとアリスまでもがいるとは思わなかったが、あれに対抗できるのはユグドラシルメシアだけだから納得はいく」

 

リベリオン「お前達では役不足だから、本部に戻って上層部にでも報告してきなさい」

 

「こいつ…たしか、デスピアのダークネスリベリオンか!?」

 

「何でこんな奴がこの世界にいるんだ。 貴様、今すぐ自分の住む世界に戻れ。 異世界の交流を許可されていない者が異世界を渡航することは禁止とされている」

 

リベリオン「は? お前達に指図される覚えはないわ。 あまり上から目線の出過ぎた態度を取れば、頭と胴体を繋ぎ合わせている箇所が無くなることになるわよ」

 

自分よりも下等な存在であると認識している局員の言葉に苛立ちを隠しきれていないようで、足の怪我が支障ないと言わんばかりに殺気を醸し出す。

一瞬たじろいだ局員達だが、各々が武器を手に戦闘態勢に入ることで更にリベリオンが敵意を出すが、アイリが間に入り調停を行う。

 

アイリ「ストップストーップ! リベリオンはヴィラド・ディアを倒す手伝いをしてくれたことだし、リベリオンを送り返すのは倒した後のの方がいいんじゃないの?」

 

リベリオン「勘違いしてるみたいだが、私はあの怪物を倒すつもりなど毛頭ない。 私の目の前に現れたから相手をしただけよ」

 

アイリに居丈高となり牙を向けようとしているリベリオンにアイリは近付き、局員に聞こえない小声で耳打ちし始める。

 

アイリ「リベリオンを見逃してあげようとしてるんだからちょっと大人しくしててね」

 

リベリオン「私を見逃すだと? どういうつもりだ?」

 

アイリ「何て言うのかな…リベリオンが敵だと分かってるけど、敵だと思えずほっとけないって感じ?」

 

頭の後ろをポリポリと掻きながら、曖昧な発言に自分自身が困り笑い誤魔化す。

敵対する立場とは言え、互いに助力する場面が少なからずあり、僅かでも良いので助力したい善の気持ちが湧いてしまった。

 

アイリ「あ、でも条件付きだよ。 他の世界に行っても他人の迷惑になるような行動は謹んでもらうからね。 守らなきゃエグゼロスに無理矢理入れるようリョウ君に頼むからね」

 

優柔不断な判断を犯せば、己の身に危険が及ぶのは重々承知なのだろうが、見過ごせない思いの方が勝った。

才媛のある少女とは思えない、純粋なのか、それとも幼稚なのか、どちらにも当てはまるかもしれない。

 

リベリオン「つくづく変わった奴ね。 私に脅し文句を言うのもだけど、おもしろい。 いいわ、その条件呑んであげる」

 

アイリ「そうこなくっちゃ♪」

 

「お前達、さっきからこそこそと何を話している?」

 

アイリ「大したことじゃないよー。 遊○王かデュ○マのどっちが面白いかなって話! さーて…どうやってこの人達を納得させようかな…」

 

リベリオン「お前、大口叩いておいて状況を打破する手段を考えていなかったのか?」

 

アイリ「…はい(ブロリー)」

 

核心を突かれたアイリは冷や汗を垂らしながら項垂れ、リベリオンは呆れ溜め息を溢した。

納得させるための言い分を考えるため脳を回転させる。

言い分となる材料も揃っていない中、脳内で必死に言葉を暗中模索していたが、突如大きな力を感じ思考は停止した。

 

宙を見上げると、碧空に罅が入っていた。

存在に気付いた時には罅が一瞬で広がり、空が大きく割れ口を開き、亜空間が視界に広がる。

そして這い出るように出てきたのは、世界を食らうとされる怪物、ヴィラド・ディア。

戦闘沙汰になる前の静寂を壊し現れた異形の怪物に、数多の世界で修羅場を潜り抜けてきた局員達でもその姿を目にすると、蛇に睨まれた蛙の如く身動きが取れなくなっていた。

 

リベリオン「奴め、二人の攻撃を掻い潜り亜空間に逃げ込みここに出てきたのか」

 

アイリ「ヤバい、みんな逃げて!!」

 

アイリが声を上げると同時に局員達は我に返るが、遅すぎた。

亜空間から飛び出たヴィラド・ディアの重々しい体が地面に着くと、目にも止まらぬ速度で巨大な口を開き数人いた局員達を瞬時に丸呑みにした。

 

迅速すぎる捕食に呆然とする。

人の命を奪う罪を知らぬ酷薄な行動は、アイリを震え上がらせるには十分だった。

殺されるよりも惨いかもしれない、捕食される恐怖が急速に心を支配する。

現実世界の日本で過ごしていれば先ず感じることのない恐怖が溢れ、足の震えが止まらなくなる。

ヴィラド・ディアの姿を初めて見た時、奴の危険性を理解していたつもりだったが、甘かった。

悪魔の存在が生ぬるく感じる程にまで、この存在の危険性は異常に高かった。

 

アイリ「新機軸すぎるよ……。 ど、どうしよ…足が、震える…。 あの数の局員の人達がいれば…まだ、抵抗出来たかもしれないのに…」

 

リベリオン「局員? 恐怖で頭が可笑しくなったのか? 私とお前の二人しかいないのよ。 今は生き延びる方法を考えるのが先決よ」

 

リベリオンの発言にアイリは思わず耳を疑う。

まるで先程までいた局員達が最初から存在しなかったような口振りだ。

このような非常時である状況下の中でリベリオンが瑣末な冗談を言うわけがない。

リベリオンの言うように本当に自分が恐怖により錯乱しているのではないかと錯覚したが、自分の見た惨劇が確かに存在した。

 

アイリ「え? さっきまで局員達がいたじゃん…。 リベリオンに元の世界に戻るよう促してたじゃん…」

 

リベリオン「本当に何を言っている? この場に私とお前しかいなかったことすら分からないの? 悪いが恐怖で狂った軟弱者の相手をしてはいられないわ」

 

気が動転しながらも再確認したが、返答はやはり自分の見たものとは食い違うもの。

リベリオンの発言の意味を呑み込めない。

自分の記憶と現状が異なりすぎている。

恐怖ではなく、ここまで話が食い違うことに訳が分からず頭の中が混濁し混乱しそうになる。

 

リベリオンは意図の掴めない発言ばかりするアイリを捨て置き、鎌を杖変わりにし立ち上がり、殺意を込めた瞳でヴィラド・ディアを睨む。

再び口を開け、戦闘意欲のないアイリを無視し、敵意を表すリベリオンに襲い掛かろうと駆け出すヴィラド・ディア。

片足が完治していない状態でありながらも前方に大きく跳躍し巨体の懐に忍び込み、闇のエネルギーを纏った拳を全力でぶつける。

華奢な体からは想像も付かない威力に一瞬ヴィラド・ディアの巨体は浮かび上がる。

リベリオンは続けざまに鎌を振るうも、刃が体を突き刺さる直前にヴィラド・ディアは手で刃を掴み、もう片方の手でリベリオンの体を鷲掴みにし、地面に勢い良く叩き付けた。

肺の中の空気が全て絞り出され、意識を失いそうになるのを気力で耐える。

勇ましさは無情にも散ったにも関わらず、リベリオンの瞳にはまだ闘志が残っていたが、無駄だと嘲謔するかのようにヴィラド・ディアは喉を鳴らし、大口を開いた。

 

アイリが混乱しながらもリベリオンの危機に気付き、窮地を救おうとガーンデーヴァを構えようとするも、判断はあまりにも遅すぎた。

どう反撃を行うとしても、間に合わない。

リベリオンに襲い掛かる景色がスローモーションの様に遅く感じる中で、アイリは自身が加勢しなかったことを激しく後悔した。

 

───シャティエルの時と同じで、また過ちを繰り返してしまう。

 

どれだけ後悔しても遅いのは、いつも後悔した後に気付かされる。

そうならないためにも精進してきたが、精神的には何も変化はなかったと痛感した。

混乱している現状の中でも、冷静に対処しなければならなかったのに、出来なかった。

悲痛な面持ちになりながら、ただただ命が失われる瞬間を目に焼き付けなければならない。

惨劇を受け入れ難い、認めたくないが故に顔を反らした時に、何者かの姿が一瞬映った。

 

見覚えのある漆黒の影が戦場に舞い参じた。

リベリオンを拘束するヴィラド・ディアの腕を神速の速度で抜刀された剣により容易く斬り、体を回転させ顎を蹴り上げた。

捕食に夢中だったヴィラド・ディアの大口が閉ざされ歯と歯がぶつかり火花を散らす。

 

?「『ソードエクスプロージョン』!」

 

巨体に手にした剣を押し付け、集束したエネルギーを爆発させた。

零距離による爆発を受け強固な皮膚が剥がれた痛みにヴィラド・ディアは絶叫を上げながら、勢いを殺せず何度も横転しながら地面を抉り吹き飛んでいく。

 

突如現れた人物はヴィラド・ディアを深追いせず、地面に膝を突いているアイリに近寄り腰を下ろした。

アイリの視界に映るのは、心痛な気持ちが顔に出ているリョウだった。

亜空間の時と類似した状況と同様に、見知った顔を目にし安堵した。

 

リョウ「怪我はないみたいやな。 ホンマ、アイリはトラブルに巻き込まれる不幸体質の持ち主なんか? まだTo LOVEってくれた方がええわ」

 

アイリ「あ……リョウ君、あの…」

 

リョウ「何があったかは何となく分かったけえ、話すのは後にするわ。 今は、あの怪物を跡形も残らんように殺さんとあかんから」

 

物騒な物言いとは裏腹に、包み込む優しさの声色で語り掛け、少し乱暴に頭に手を置きわしゃわしゃと髪を撫でられる。

温かな手の温もりが伝わり、心地好さすら感じさせる安堵感が心を満たし、乱れていた思考が渦巻いていた脳が徐々に平静を取り戻していく。

 

アイリの頭を撫で終えたリョウは立ち上がり悠然と歩みを進め、リベリオンの隣を通り過ぎる。

 

リョウ「何でここにおるかは分からへんけど、アイリを助けてくれたことに感謝するで」

 

リベリオン「助けた覚えはないわ。 でも、私も先程助けられたから、お前達で言うおあいこということになるんだろうけど」

 

リョウ「…そっか。 今回はわしが助けたから、またいつか借りを返してくれよ」

 

振り向かず、視界を交わすことなく会話は終わった。

リョウは視線を外さずヴィラド・ディアを見据えている。

汚物を見るような、下等な者を見下すような絶対零度の瞳で、忌むべき存在を睨む。

 

リョウ「お前も複数確認されているうちの一体なんやろうな。 …忌々しい。 わしと同じで消えるべき存在じゃ」

 

怒りや怨嗟等が混ざる感情に呼応するように左目が黄金色に染まる。

誰かに向けて話すわけでもない独り言を呟き、柄を静かに力強く掴み、抜刀した。

地面が抉れるほど足に力を入れ踏み込み、再起仕切っていないヴィラド・ディアへ肉薄する。

エネルギーを集束し巨大化させた技、『テオ・ソードスラッシュ』を発動させ、全身全霊の渾身の力で空を斬り剣を振り下ろす。

単純にして豪奢な重い一撃を視界に入れたヴィラド・ディアは回避は間に合わないと判断したのか、俊敏に両腕を動かし刃を受け止めた。

アレクのカラドボルグの一撃よりも威力は劣るものの、その一撃は強大なもので、受け止めた衝撃により地面が弾け、ヴィラド・ディアを中心にクレーターが出来上がる。

 

リョウ「『フルパワーインパクト』!」

 

万力並の力で固定された剣を手放すと、義足である右足にライトグリーン色のラインが光り浮き上がる。

手を放せず隙だけとなった腹部に踵落としを叩き付けた。

ただの踵落としではない。

安全装置を一時的に解除することにより、通常時の何倍もの力を発揮できるため、威力は絶大で、何十tにもなる。

 

先程の爆発により負傷していた箇所に激痛が走り、流石のヴィラド・ディアも苦しそうに呻き声を上げた。

敵である存在に慈悲などなく、間髪入れずに再び剣の柄を掴み、後方へ一回転し、下から振り上げるようにしてヴィラド・ディアの体を地面ごと斬り上げた。

巨体が空中に浮かぶと、長い尾を掴み、勢い任せに地面へと殴り付ける。

 

持ち上げては叩き付け、持ち上げては叩き付ける。

何度繰り返したか数えるのも辟易としてしまう。

抵抗する間も与えず行われる鬼畜な猛攻に、ヴィラド・ディアの息も絶え絶えになりつつあった。

 

リョウ「んじゃま、止めいっとくか」

 

無表情で呟き、上空へ巨体を放り投げる。

翼を展開し飛び上がり、剣で心臓を一突きにしようとするも、最後の足掻きのつもりか、ヴィラド・ディアは手から幾条もの光線を放つ。

『天使の加護』を展開しようとするよりも早く、稲妻が宙を走り枝分かれし、光線を全て防ぎ相殺した。

ヴィラド・ディアは何者かの気配を察知し真横に長い尾を振り回すが、空振りに終わった。

気付いたときには、全身を貫く痺れと斬り裂かれる痛みが襲い掛かっていた。

地面を叩き付けられた時と同様に、何度も襲い掛かる。

 

全身を隈無く傷付けるそれは、雷撃。

黄色の電撃が纏わり付くように電光石火の速度でヴィラド・ディアの周囲を飛び続けている。

 

アリス「いいぞーアレクやっちゃえー!」

 

ヴィラド・ディアの真上から野次を飛ばしているのは、杖の先端にエネルギーを集束し待機していたアリス。

相方でもあるアレクは現在、自身が使用する剣の内の一本、エッケザックスの能力で自身の身体を電気エネルギーに変換し高速移動で宙を駆け回り、電撃と斬撃を駆使した攻撃を繰り出している。

 

アリス「リョウー! 後は私とアレクに任せて下がってて!」

 

アリスの指示に頷いたリョウは大人しく引き下がった。

これ以上迂闊に力を酷使するわけにもいかないという理由が最もだが、アリスの放つ一撃に周囲の被害が甚大になるのが嫌でも理解出来てしまうため、アイリとリベリオンを守護する必要があったから。

早急に満足に動くことの叶わないリベリオンを抱え回収しアイリの側に駆け寄り『天使の加護』を発動させる。

 

リョウの行動を見計らったのか、アイリ達の身の安全を確認し終えたアレクはヴィラド・ディアから距離を保ち自身の身体を電気エネルギーから元の身体に戻し、新たに剣を召喚する。

 

あらゆる傷を瞬時に治す癒しの剣、フラガラッハ。

 

前回使用した際は、致命傷を負ったルナアポカリプスを治癒するためだったが、今回は治癒する対象がいない。

なら何の目的で召喚したのか、それは今から披露される。

 

アレク「『フェイタルアイヴィ』!」

 

剣から無数の蔦が伸び、ヴィラド・ディアの身体を絡め取る。

ヴィラド・ディアは自身の生命の危機を感じ抵抗しようにも、暴れれば暴れる程に絡み付くような縛りになっているため、徐々に身動きが取れなくなり、最終的に毫も動くことはなくなった。

生命が消え去るかもしれない恐怖が忍び寄ると同時に、その恐怖に上乗せし煽るように更なる恐怖の足音が近付く。

この技には相乗効果があり、拘束した者の生命エネルギーを吸い取るという、聞いただけでも恐れ戦くもの。

 

ヴィラド・ディアという相手に、アレク達に慈悲と言う二文字は無く、どのような鬼畜で残虐な攻撃を繰り出してでも、着実に息の根を止めに掛かる。

野放しにしてはならない、存在することすら許さないため、遠慮や躊躇など皆無、全力で叩き潰していく。

 

アリス「もうこれでいい加減消えてもらうよ。 『アルティメットマキシマムフォトンレーザー』!!」

 

杖の先端を中心に、多重するかのように何個もの魔方陣が展開され、無限と呼ぶに相応しい量の魔力が蓄積されていく。

技名を叫ぶと同時に放たれたのは、視界いっぱいに広がる一本の極太の光芒。

『マキシマムフォトンレーザー』が可愛らしく見えてしまう、世界を滅し、生命を生かすことを露聊かも許さないと言わんばかりの究極の一撃。

 

ヴィラド・ディアは最期の断末魔を上げる間もなく、光に呑まれた。

想像の域を遥かに超える魔力が、手負いの身体を容赦なく蝕み、身体が崩れていく。

崩れた身体は散り散りとなり、一欠片すら残さず光芒の中へ紛れ、消滅した。




お盆休みまで生きねば…。


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第73話 消滅と新たな謎

お盆休み…あまり出掛けてないので満喫はできてないです。
気晴らしにウマ娘に1万円課金したら見事に爆死して嘆いております笑


常軌を逸する激闘の末、ヴィラド・ディアは消滅を果たした。

地面や抉れ、大地が裂け、地殻の更に奥深くからは溶岩が絶え間無く溢れ続け地表を赤く染め上げており、戦いがどれだけ壮絶だったのかを物語っている。

周囲に存在した建物の残骸等の、この世界で栄えていたであろう文明の遺産は見る影もなくなってしまった。

 

彼我の力量の差を感じさせない強さを誇るアリスとアレクがアイリのすぐ側まで降り立った。

どちらも夾雑物を取り除いた事に満足し安堵したのか、勝ち誇った笑みを浮かべている。

反対に、アイリの表情は暗く俯いたまま。

いつも朗らかなアイリが沈痛な表情をしていることに疑問に思い、アリスは優しく声を掛けた。

 

アリス「アイリ、あいつは私達が倒したからもう大丈夫だよ。 ごめんね、私達が不甲斐ないばっかりにアイリとあいつを戦わせることになっちゃって」

 

アイリ「確かに怖かった…でも、そうじゃないの。 ヴィラド・ディアが…時空防衛局の局員を、食らったの。 そしたら、存在が無くなったって言うのかな…リベリオンも記憶が無いって言ってるの」

 

リベリオン「まだ私を疑うのか? はあ…恐怖で狂った奴の相手などしてられないわ」

 

アリス「っ……!」

 

アイリ「ねえアリスちゃん。 私達確かに局員の人達といたよね? あたし間違ってないよね?」

 

アリス「………アイリは間違ってないよ。 局員がいたのは紛れもなく事実だよ」

 

言い淀んだ様子だったが、アイリが感じていた違和感に答えるべく、アリスは意を決し口を開いた。

可能であれば告げたくはない事実だが、目にし感じたのならば、伝えなければならない。

 

アリス「リベリオンに局員がいた記憶が無いのは当然なんだよ。 ヴィラド・ディアに食われた者は、存在が消える」

 

アイリ「存在が…消える?」

 

アリス「文字通りの意味になるね。 食われた人が、世界が、最初からいなかったことに、存在しなかったことになる」

 

アレク「だから人々の記憶からも消える。 無かったことになるからな。 どういう理屈か分からねえが、恐ろしい話だぜ。 人知れず、消えたという事実さえ認知されず存在が消えるんだからよ」

 

フラガラッハの癒しの力を使用しリベリオンの足を治療しているアレクの顔は悲痛に染まっていた。

何度も世界を食らう怪物と対峙しているからか、性質を知り尽くし、成してきた悪意無い残虐な行動を目にしてきたのだろう。

 

アイリ「そんな…救うことは、出来ないの?」

 

アレク「方法はない。 時空防衛局が何年費やしても、消滅した人を救済する手段は見つからない。 例えば肉体が消滅しても魂が残留していれば、魂を別の入れ物に変えたりも可能だ。 だがヴィラド・ディアに食われれば、魂そのものが消滅する。 輪廻転生することも叶わなくなるんだ」

 

アイリ「……そう、なんだ。 あたしがもっと強かったら、救えたかもしれないのに…」

 

局員達にヴィラド・ディアが襲い掛かる寸前、声を上げるだけでなく、考えるより先に行動を起こしていれば救えたかもしれない命がある。

即座に行動することが出来なかった自分を責め、悔恨の念に駆られる。

 

リョウ「言っとくけど、アイリのせいなんかやないで」

 

今まで口を挟まず話に耳を傾けていたリョウが口を開いた。

 

リョウ「どうしようもなかったんよ。 ヴィラド・ディアを止められる人間なんて限られる。 それ程に恐ろしく強大な化け物なんや。 誰もアイリを責めたりはしない。 だから自分を責め蔑むのはやめな。 自分をどれだけ責めたって、救われる者は誰もいないんやから」

 

アイリ「……うん、ありがとう」

 

全て呑み込んで納得出来たわけではない。

確かに一目見た瞬間に、この怪物にはどれだけ全力を尽くし足掻いても敵わないというのは嫌でも理解した。

それでも、あの場面で果断していれば、何か運命が変わっていたのではないか、局員達が生きていた未来が訪れたのではないかと考えてしまう。

 

リベリオン「待て、私に記憶が無いのも、お前達に記憶が残存している事は理解はしたけど、何故アイリには消滅した者の記憶がある?」

 

口を挟むつもりはなかったリベリオンが重大な疑問に気付いた。

 

一つ目は、アレクとリョウを除く、最初から共に行動していたアリスが局員達の記憶が残存しているのか。

 

二つ目は、ヴィラド・ディアの目の前で局員達が捕食されたにも関わらず、アイリにも記憶が残存しているのか。

 

アリス「さっきアイリには話したけど、私やアレクはユグドラシルメシアって呼ばれてるのは分かったよね。 ユグドラシルメシアは、ユグドラシルの加護を受けていて、ヴィラド・ディアに関わらず、消滅した存在を忘れることなく覚えておくことができるの」

 

アレク「それと、あいつの食ったものの存在を消す能力も無効果することができる。 あいつが俺達を食らったところで、俺達の存在は消えることはないだろうな。 死んでも試したくはないけどな」

 

アリス「そしてアイリに記憶が残っているのは…明確な答えは分からないの」

 

アイリ「え…アリスちゃん達でも分からないの?」

 

アレク「おいおいアイリ、俺達は世界を救った英雄なんて言われてるだけであって、配管工の仲間のものしりな奴並の知識があるわけじゃないぜ。 まあ分かるとしたら、アイリは間違いなくユグドラシルに何かしら関与しているってことだ」

 

アイリ「でも、あたし今までユグドラシルを聞いたことがあっても見たことはないよ?」

 

リョウ「アイリは転生してからも、転生する前の人間だった頃にもユグドラシルと繋がりはない。 コア・ライブラリにも記載されてなかったしのう」

 

アレク「そこで知りたくもなかったアイリの情報を色々と知ってしまったというわけか」

 

アイリ「知りたくもなかったことって…?」

 

憶測ではない、明確と言い張る自身に満ちた言い方でユグドラシルと関与していると答えたアレクに、アイリが恐る恐ると言った表情で、驚愕するであろう答えに備え尋ねる。

 

アレク「それは…」

 

アイリ「それは?」

 

アレク「そ・れ・は~………」

 

リョウ「それは何や早く答えろや。 わしだって分からんのやぞ」

 

アイリ「あたしの情報を見たリョウ君でも分からないの?」

 

リョウ「重要になるような情報は記載されてへんかったからねえ」

 

アレク「………」

 

アイリ「………」

 

アレク「………」

 

リョウ「………」

 

リベリオン「………こいつ、寝ているわよ」

 

リョウ「はっ!?」

 

数秒間の沈黙が続き違和感を覚えた面々の中でも、最も側にいたリベリオンが異変に気付き顔を覗き込むと、アレクは寝息を立てて眠ってしまっていた。

重大な事実が告げられるかもしれない緊張感を破壊するアレクにリョウとリベリオンは呆れ返り出た溜め息を抑えられずにはいられなかった。

 

アイリ「つ、疲れちゃったのかな…?」

 

リョウ「ふざけてるのかマジなのかどっちか分からへんけど兎に角起きてもらおう。 光家秘伝、笑いのツボ!」

 

ヴィラド・ディアとの戦闘で疲労困憊となったのか、くだらない冗談で狸寝入りをしているのか。

どちらにせよ答えてもらわなければならないため、強行手段としてリョウはアレクの首の横あたりを勢いよく親指で突いた。

 

アレク「ぐっ…あっはっはっはっはははははは!! ちょ、おい、ははは、リョウ、何するん、だははははははは!!」

 

リョウ「お前が寝たりするからや。 で、その事ってなんや? 重要なことなんやろうなあ?」

 

アレク「勿論重要だぜ。 耳の穴かっぽじって良く聞いとけ」

 

リョウ「回復早いな…」

 

抱腹絶倒していたアレクは瞬時に素に戻り、荘厳な雰囲気を漂わせる。

余程重要なことなのだと思わざるを得ない雰囲気に、一同は固唾を飲み込む。

 

アレク「それは……」

 

アイリ「そ、それは…?」

 

アレク「言うなら、それは、それはハッピー…」

 

アリス「繰り返しの39秒巡り巡って…」

 

リョウ「これ以上ふざけるなら、小説内のお前達の出番を減らすことになるで? 早く言え。 文字数稼ぎにもならへんから」

 

アレク「謎の権力を使われたら流石の俺でも敵わないぜ。 メタいこと言う奴がうるせえから言うぜ。 では皆々様、心して聞け。 それはな、アイリのスリーサイズだ」

 

リョウ「………は?」

 

アレク「だから、アイリのスリーサイズだよ。 大事なことだから二回言ったぜ」

 

アリス「あー、コア・ライブラリにはそういう細かい個人情報まで記載されてるもんね~」

 

アイリ「な、な、な…アレク君まであたしのスリーサイズを…」

 

アレク「いやー知るつもりはなかったんだけどな~。 色々あって知っちゃいましたテヘペロ☆」

 

アイリ「アレク君のエッチーーーーー!!!!///」

 

アレク「じがるで!?」

 

些末な情報なら兎も角、自身の身体の情報を無許可で閲覧されていたとなると黙ってはいられない。

赤面したアイリは一切の手加減無しの全力でアレクの頬を平手打ちした。

頬に綺麗な紅葉を描かれたアレクは宙を舞いながら数メートル先まで飛ばされた。

重苦しい雰囲気が霧散しようと配慮した結果なのかは不明だが、常日頃から発言していそうな諧謔にリョウとリベリオンは再度溜め息を吐くことになった。

 

アイリ「もう! 制裁したからこれで許すけど、あたしのスリーサイズを頭の記憶の中から消して!」

 

アレク「いって~、いきなりんなこと言われても「忘れられるよね?」……イエス、ユア・マジェスティ」

 

修羅と化した乙女ほど怖いものはないだろう。

紅葉型の烙印を押されたアレクは綺麗な土下座を行うことで、威圧感を放ち続けるアイリの怒りを鎮められないと考え、許しを乞うしかなかった。

 

アリス「話を戻すと、アイリが何故存在が消えてしまった人が記憶にあるのか不明ってことだよね?」

 

リョウ「そういうことやな。 ユグドラシルと関係しとるとは思えへんのやけどなあ…」

 

腕を組み唸るあたり、稀に見ない現象なのだろう。

 

フィクション作品に転生した際に特殊な能力が与えられたり、知らぬ間に備わっている設定がある。

アイリは自分にもその様な何かが誰にも認知されることなく自身の中にあるのではないかと考えてしまう。

天使に転生したというだけで、光の力を得ただけではなく、本来絶対に触れることすら叶わない伝説の弓、ガーンデーヴァに認められ行使することが許された。

偶然にしては出来すぎている、都合が良すぎるとも言えるこれ等は、ユグドラシルの影響なのだろうか。

しかし、転生した時なのかも不明だが、何の目的でユグドラシルが干渉し恩寵を賜ってくれたのか理由が不明だ。

そもそも存在が消え去った者の記憶があるのがユグドラシルの影響なのか裁定された訳ではないので、千思万考したところで現状では答えは導き出せない。

 

リョウ「取り敢えずヴィラド・ディアが出現したことは時空防衛局に報告しとかんとあかんな。 アリス、頼んでもらってもええか?」

 

アリス「良いけど、リョウは何か用事があるの?」

 

リョウ「わしはミカエルに頼まれて悪魔の残党を片付けんとあかんのよ」

 

アイリ「リョウ君、あたしにも手伝わせて。 あたしも天使なんだし、あたしの光の力が悪魔を倒せる打点だから役に立つ筈だよ。 それに、悪魔が関係ない人を襲ったりして、誰かが悲しむ姿なんて見たくないし、そんな惨劇を起こしたくなんてないから。 だから、お願い」

 

リョウ「……分かった。 でも、わしから離れたりせんといてよ。 あと、危険だと思ったら即座に戦線離脱すること。 ええな?」

 

アイリ「うん! ありがとうリョウ君!」

 

極力戦場から遠ざけたかったが、アイリも相応に力を付けてきたため、行動を共にすることを承諾した。

今回の様に目の届かない場所に居て危険に晒されるよりかは、側で見守っていた方が安全だろう。

アイリは素直なので、忠言を破ることはないので、共に行動していたシャティエルとユンナもおり、最悪誰かと行動していれば安全は保証されると判断した。

 

アレク「で、リベリオンはどうすんだ? このまま放置するわけにもいかねえ奴だけど」

 

弊害を退けたが、休息を取る暇もなく次なる目的を行おうとしたが、リベリオンの処遇が決定していない。

アレクの言うように、放置していれば異世界を見境なく飛び交い問題を引き起こし兼ねない。

自分の住む世界に送り返すか時空防衛局に引き渡すのが妥当なのだが、「はい、分かりました」と了承する訳がなく、交渉は不可能だと全員が理解している。

 

アイリ「じゃあ、あたし達と一緒に行動させればいいじゃん」

 

リベリオン「は? 正気なの?」

 

アイリ「正気と書いてマジだよ。 アリスちゃんみたいに暇そうに世界を放浪しているより、悪魔の討伐を協力してもらった方が良いと思うんだよね」

 

アリス「しれっと悪口言われた…ぴえん」

 

アイリ「事実でしょ~。 あと序でにアレク君も」

 

アレク「俺もかよ!? しかも序で扱い…ぴえん超えてぱおん」

 

アイリ「そこで、リベリオンの同行をするのにリョウ君にお願いがあるの」

 

リョウ「お願い?」

 

首を傾げるリョウにアイリが出したお願いは、悪魔の討伐を協力させる代わりに、リベリオンの自由を認める、要求に近いもの。

リベリオン本人は局員と接していた時の記憶が剥がれ落ちているため記憶にないのは当然だが、アイリは局員達と話していた時と同様に、リベリオンにある程度の自由を与える提案を出した。

 

リョウ「いや…それを承諾するのは難しい。 アレクやアリスは世界を自由に巡るのとは訳が違う」

 

強大な闇の力を持ち、人を殺めることに一切の躊躇がないリベリオンを世に解き放つのはあまりにも危険だと判断せざるを得ない。

 

異世界という概念があるがために、異世界の存在を認知しているが、基本的に自分の生まれ育った世界に在住するのが当たり前で、異世界を移動することは御法度だ。

自分の住む世界に存在するテクノロジーを異世界に持ち込めば、その世界のバランスを崩しかねない程に影響される事がある。

実際、異世界のテクノロジーを使用したことにより一人の人間により世界を征服される事例もあれば、滅びへと足を進めた世界も存在する。

リョウもその事例を耳にしたこともあるため、異世界を移動する際には慎重に行動しなければならないと善処している。

だからこそリベリオンの足枷を外し自由の身にさせることは反対の意を表している。

 

リベリオン「…私が何者にも危害を加えなければ、問題ないというわけね?」

 

リョウ「いや、そういう問題じゃ…」

 

リベリオン「私からも提案を出すわ。 リョウ、お前は私の監視をしろ。 もし、私が様々な世界を巡るなかで、何か重大な問題を引き起こしならば、私を元の世界に戻すなり、煮るなり焼くなり好きにすればいい」

 

アイリ「あたしからもお願い。 さっき局員の人と話してた時にもリベリオンに自由を与えるように約束したから」

 

リベリオン「お前、そんなことを約束していたのか? お人好しで気楽な思考の持ち主ね。 でも…今回は助かるから、利用させてもらうわ」

 

アレク「お、デレた! リベリオンがデレた! これは貴重なシーンだ高く売れるぞ! アリス、カメラを止めるな!」

 

アリス「勿論止めてないよ! カメラのフォルダにも私の脳内フォルダにもしっかり保存されてるよ!」

 

リベリオン「なっ!? 貴様達いつの間にビデオカメラを…!? 今すぐ消せ! さもなくば殺す!」

 

アリス「どうしよっかな~? アイリ達に同行して悪魔を殲滅して、ルラギる(裏切る)ような行為をしないのなら消すけど、どうする~? アイフル~?」

 

リベリオン「くっ……老獪な奴だ。 分かったわ。 端から助力するつもりだったし、裏切るつもりもないわ」

 

リョウ「ありがとう、助かるよ」

 

念には念をと契りを交すよう促した二人と、条件付きとはいえ協力を受諾したリベリオンに感謝の意を表してリョウは小さく頭を下げた。

監視者の能力を用いれば捜索に苦労はしないが、乱離拡散してしまった悪魔の数は多く、殲滅するのは一筋縄にはいかず時間や労力を要する。

時空防衛局に協力を要請したいが、別の任務に就いている者が多く出動させられる局員には限りがあるため、人数は一人でも多い方がありがたかった。

猫の手も借りたい現状で、局員以上の戦力が加わるのは非常に心強い。

 

アイリ「あたしの謎はアトランティスの謎並に解けなかったけど、いつか分かるかな? かな?」

 

アレク「いつかは分かるさ。 この世に解けない謎は塵一つねえってこと、なんて言葉を小さなホームズが言ってたし、何とかなるさ。 俺個人としては非常に気になるから、情報を集めておくぜ」

 

リョウ「ただ、コア・ライブラリにも記載されていないことやから、情報収集は困難を極めるで。 手で霧を掴もうとしてるもんや」

 

アレク「ロンドンの大学で考古学を研究してる教授にも依頼するから直ぐに解決するぜ。 あ、ホームズ探偵学院にも声掛けとかないとな」

 

アイリ「鳴海探偵事務所にも依頼しとかないと…!」

 

アレク「おーホントだな! 流石アイリ、分かってるな!」

 

共感を得たアイリとアレクは互いにハイタッチを交わし意気揚々としていた。

 

アイリ「あたし自身の謎が解き明かされてないって変な感覚って言うか…すごーく気になって仕方ないよ。 本当ならそれを突き止めたいけど、今は悪魔を何とかしないとね」

 

リベリオン「自身の事情を放置し、他の事情を優先するなんて、愚かね」

 

アイリ「うーん、そうかもしれないね。 あたしに関することはいつでも調べることができるかもしれない。 でも、色んな世界に散り散りになった悪魔は今あたし達が対処しないと、被害が拡大し悲しむ人もいる。 誰かが悲しむ姿なんて見たくないから、あたしは戦うんだよ」

 

迷いの無い、爛々と輝く瞳がリベリオンの瞳を差す。

自信に満ち溢れた屈託のない、魑魅魍魎が跋扈する事態を解決したい純情な思いが言葉が無くとも伝わってくる。

闇をも照らす強い意思は、リベリオンにとって眩しすぎたのか、思わず目線を反らし鼻を鳴らしただけで、意見を出す気は起きなかった。

 

リョウ「素晴らしい意気込みや。 さて、リベリオンが暴動を起こさないようしっかり見張っとかないとな。 かしこさが20未満で命令に従わなそうなリベリオン、行くで」

 

リベリオン「……今、私のことを愚弄したわよね?」

 

リョウ「キノセイダヨ…」

 

リョウはワールドゲートを召喚し、リベリオンを扉の中へと誘導していき、入ったことを確認し終え、追うように扉の中へと入っていった。

 

アイリ達が立ち去り、終焉を迎えた世界にはアレクとアリスの二人だけが残された。

虚しく過ぎ去る風の静寂とは別に、戦闘により抉られた地面からは夥しい量の溶岩が轟々と音を立て溢れる力強い光景が広がっている。

 

アレク「アリス、何だと思う?」

 

アリス「何とも言えないね。 千年近く生きてるけど事例がないし。 アイリは何か、特別な力を持っているのは確かだね」

 

アレク「俺達と同じ力の可能性が高い。 でなきゃヴィラド・ディアに食われた者の記憶が残る筈がない。 …マジで詳しく調査した方がいいな」

 

アリス「私は時空防衛局に報告してから向かうから、先に調査始めちゃってて」

 

前例や類例のない不可解な事例に疑問符が幾つも上がる。

重要な事なのは確かで、後々何かの為になる情報が得られるかもしれないため、早急に調査する必要があると確信していた。

お互い頷き合うと、アレクはグラムを使用し、アリスはワールドゲートを出現させ、今いる世界から去り、為すべきことを為すため行動を開始した。




皆さん、暑いので熱中症には気を付けましょう


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第74話 悪魔はふたたび

最近友達と行った居酒屋で鶏のささみを食べたんですけど、それがあたってしまったようで胃腸炎を起こしたせいで死にそうになってました。

皆さんも生物には気を付けましょう。


シャティエル「アイリさん! 御無事で良かったです…!」 

 

アイリ「シャティ! 心配掛けてごめんね!」

 

アイリとリョウ、リベリオンはワールドゲートを通り、先に悪魔の殲滅に向け行動を開始していたユンナとシャティエルと合流を果たした。

 

シャティエルはアイリが自分が無事であることを確認するかのように優しく抱擁し、アイリも抱き締め返すことで無事であることを示した。

離れていた時間は数時間程度だが、それでも大切な仲間に危害が無く帰還し再開できたことに愉悦した。

 

リベリオン「ほう…時空防衛局の領袖もいるのね」

 

ユンナ「あなたは、デスピアのピースハーモニアですね。 リョウさん、どういう経緯で彼女と同行しているんですの?」

 

リョウ「目的地に向かいながら説明する」

 

この場にいる筈のない、ピースハーモニアの中でも調和を乱そうとする危険分子の内の一人が同伴していれば、警戒するのは無理もないだろう。

刹那に襲撃されても対応できるよう愛用の槍に手が伸びており、猜疑心に満ちた瞳でリベリオンを見据えている。

 

害が無いことと、何故リベリオンと行動を共にしているとこを説明したが、ユンナの表情は険しいままだった。

害を為すという問題の有無ではなく、時空防衛局の許可もなく異世界を彷徨っていることに問題があった。

 

原則として、自分が産まれ育った世界から目的もなく出ることは禁止とされている。

先刻、ベルゼブブが天使に憑依し現実世界に行った事例のように、その世界に存在しない種族、技術が紛れ込むと、多大な混乱を招くことになりかねない。

その世界のテクノロジーでは太刀打ち出来ず訪れた異世界人に世界を滅ぼされる可能性もあれば、異世界の技術が偶然にもその世界の巨大な会社、悪の組織の手に渡れば、異世界の技術によりその世界の文明が大きく変化するだけでなく、技術を手にした者達の手により征服される可能性も考えうる。

世界一つのバランスを保つためにも、自分の住まう世界からの他出、異世界からの侵入の防止、時空の歪みにより迷い込んだ者を元居た世界に送還するのも時空防衛局の多量な仕事の内の一つだ。

 

リベリオンはリョウのように時空の歪みに巻き込まれ異世界に迷い込んだのではなく、己の意思で異世界を渡り歩いているので、時空防衛局が定めた規則を破っているため、処罰の対象になる。

時空防衛局を束ねる者として、遵法精神が高いユンナが見境もなく闇の力を行使する危険人物を看過する筈もなく、アイリの提案した自由の身にする条件を出す間もなく同伴する時点で首を縦に振らないのであれば、条件を案出し強請したところで首肯されるわけがない。

 

ユンナ「リョウさんの頼みでも了承するのは難儀ですが、今回の件に関しては人手不足なので、協力している間までは目を瞑ることに致しますわ。 終わり次第、彼女を元の世界に送還します」

 

リョウ「流石に自由の身にするのは危険過ぎるもんな…。 自業自得とは言え、元の世界に戻ればリベリオンはディムオーツに罰を受けてしまうんやろうな」

 

敵とは言え、どうやら長年の付き合いがあるであろうリョウはリベリオンの身を案じているようで、脳内で彼女が善良に対処される方法を模索している。

 

ユンナ「彼女の世界の問題なので、わたくし達が関与する必要は皆無です。 あなたも理解していますよね?」

 

リョウ「勿論、嫌ってほどに」

 

ユンナ「……とは言っても、リョウさんならば如何なる方法を用いてでも問題を乗り越えてしまいそうですわね」

 

リョウ「よせや、わしはそんな大層な事が出来る偉大な人じゃない。 この力が無ければ誰も救うことも出来ない、落ちこぼれよ」

 

自分を卑下し捨て去るように言い放ち、どことなく寂寥感を漂わせるリョウは今いる世界の全貌を見渡す。

 

木々が一切生えていない、荒野が広がる渇ききった世界。

人が生存しているかすら怪しい、褐色が支配する風光明媚という言葉には程遠い世界の何処かに悪魔がいるのは監視者の能力により明瞭で、他の世界に移動される前にこの場で叩かなければならない。

 

リベリオン「それで、悪魔は何処にいるのかしら?」

 

リョウ「えらい積極的やな。 血に飢えてるんか?」

 

リベリオン「それもあるけれど、私の自由が掛かっているのよ。 嫌でも仕事を熟さなければならない」

 

ユンナ「リベリオンさん、申し訳ありませんが悪魔の殲滅が終了した後、あなたは元の世界に送還させてもらいます」

 

リベリオン「貴様の命令を聞くつもりもないし、規則だろうと法だろうと、私の知ったことではない。 アイリとリョウは私を自由にしてくれると約束した。 こいつ達の言質は取っている。 今はこいつ達の言葉を信じるだけよ」

 

規則や法の壁をも微塵に脅威とも思わない、アイリとリョウを憧憬の念が籠められた眼差しで交互に見ながら言った。

誰かを信頼するなど到底思えなかったが、リベリオンの待望する念が籠められた視線を見ると偽りではないのが分かる。

立場的に考えれば敵対する関係なのだが、一度共闘した仲ということもあり、浅慮だと承知で何故だか救済したいと思えてしまう。

血盟という大層なことをした訳ではないが、約束をした以上、元の世界に送還する事態を凌ぎたい思いが更に強まったアイリはリベリオンの視線に頷くことで答えた。

 

アイリ「さあ行こう! あたしもリベリオンもやる気は絶好調である! あたしのこの手が光って唸る! 悪魔を倒せと輝き叫ぶ!」

 

ユンナ「やる気は十分なですわね。 わたくしも負けてはいられませんわね。 それでリョウさん、悪魔はどちらにいますか?」

 

リベリオンの期待に応えたいアイリはリベリオンを庇護したかったのか、わざとらしく声を上げ話題を逸らした。

ユンナも意気揚々とするアイリに微笑ましく思い、彼女の期待に添えようと心の中で鼓舞し、今回の任務へと意気込む。

 

リョウの監視者の能力によると、悪魔達はこの場から約800メートル離れた地点で休息を取っていることが分かった。

数は約1000人と、先刻までいた終焉を迎えた世界の時の人数の倍以上の数で行動して自若いる。

自分達で対処出来るか怪しい人数なのは凡人から見ても明らかで、一つの軍隊を少人数で迎え撃つのは無謀とも言われても不思議ではない。

怖じ気付くのも無理はないだろうが、誰もそんな素振りを見せなかった。

アイリは仲間がいることにより自若としており、リョウとユンナに至ってはこの程度の数は微塵の問題もないと断言している。 

 

作戦は分かりやすく単純なもの。

先ず奇襲としてアイリとシャティエルの遠距離攻撃により陽動を行う。

悪魔に特効な光の攻撃と高威力の武器による砲撃を受ければ、悪魔兵はただでは済まない。

大抵の悪魔兵は葬れるが、今回の件はそれだけで終わるほど簡単ではなく、一筋縄にはいかない。

 

この世界に滞在する悪魔兵を率いているのは、サタンフォーの一人であるアンドロマリウス。

これ程までの悪魔兵が集団で行動していれば、指揮する者がいても不思議ではないとは言え、慮外な出来事に変わりはない。

しかし裏を返せば事の終息へと向かうチャンスでもある。

悪魔が住まう冥府界でルシファーは何故反逆行為に及んだのか、悪魔の首領であるサタンの行方、悪魔が異世界を彷徨っているのか、疑問に思う点を聞き出し、悪魔の幹部である一人を葬れる。

 

様々な謎が残る中での解決の糸口を手繰り寄せられた。

更なる問題を引き起こされる前に、必ずこの場で仕留めたいところ。

文明が栄えた世界で騒擾を起こされる前に、一体足りとも逃亡させず殲滅を行うのが大前提の戦いとなるため、目の前の肉薄する敵だけでなく視界を広げ戦闘を行わなければならないため、高い集中力を用いる。

転生をする要因とも言える因縁深いアンドロマリウスとの再戦に、流石のアイリもふざける素振りは見せておらず、表情は強張っている。

 

リョウ「大丈夫やアイリ。 今回はわし達もおるけえ。 自分を、仲間を信じて突き進め」

 

アイリ「……ありがとう、リョウ君」

 

肩に手を置かれ優しく言葉を投げ掛けられるだけでも、緊張が僅かに解れる。

 

飛行して向かえば素早く参着できるが、視界の妨げとなる岩や山々が連なっていない平地なため、発見される可能性が高いため、徒歩での移動となった。

乾燥した空気が肌を撫でるなか、リベリオンと並ぶように歩みを進めるシャティエルが不意に言葉を投げた。

 

シャティエル「心拍数、呼吸の乱れ具合、皮膚の温度等を感知したところ、先程の会話の中であなたは嘘をついていないと判断しました」

 

リベリオン「勝手に分析しないでほしいわね。 心配せずとも、アイリに手出ししたりはしない。 約束するわ」

 

シャティエル「約束…とは、契りを交わすことですか?」

 

リョウ「まあそうやな。 約束ってのは守らなきゃいけないもんや」

 

小声で密かに話しているわけではなかったので、話を聞いていたリョウが会話に入り込み、シャティエルに約束というものについて語り始めた。

 

シャティエル「守らなければ、どうなるのですか?」

 

リョウ「どうもなるわけやないけど、自分と相手を結ぶ、信頼を築くものだと思うんよね。 約束ってのは、信じる気持ちの表れやから、それを破るのは、信じてくれる気持ちを裏切ること…なんだと思う」

 

アイリ「おー、深イイね~」

 

シャティエル「互いを信頼出来ているからこそ、交わすことが可能なのですね」

 

リベリオン「やむを得ず守れない場合もあるから、あまり期待しないことね」

 

リョウ「最初から破る前提みたいやないか。 約束は破るためのものでもあるとか言い出しそうやな」

 

リベリオン「あら、読心術でもあるのかしら?」

 

ユンナ「リョウさんには無くとも、わたくしなら人の心を読むことは可能ですわ。 背信行為を行えば、問答無用で斬りつけるため、覚悟しておいてくださいませ」

 

警戒心が強いユンナは峻厳な態度で忠言を漏らすが、逆らったりする気がないのか、リベリオンは面倒そうに空返事した。

 

シャティエル「……では、私もアイリさん達に約束をしてもよろしいでしょうか?」

 

アイリ「え、何の約束?」

 

シャティエル「どのような過酷な状況下であっても、必ず無事に生き抜いて、私達の家に帰ってきてください。 アイリさんやリョウさんを失う未来を予測しただけでも、尋常ではない悲しみを感じてしまいます」

 

リョウ「…こりゃ、簡単には死ねないねえ」

 

アイリ「シャティエルの悲しむ姿なんて見たくないし、あたしも死ぬのはごめんだもん。 シャティエルの約束、絶対守るからね!」

 

十全十美な人間などこの世には存在しないだろう。

可能な限り、約束を破らないよう気を付けるしかないが、日常では有り得ない、命の危機が左右する境遇に置かれているアイリ達には意外と難しい。

力を行使し戦いの地に赴く以上、いつ命を落としても不思議ではない。

昵懇の仲と言っても、どれだけ切れることのない深い契りを交わしても、守り切れない場合が多いのが事実

だ。

 

殉ずるつもりは更々ないが、命を打ち捨てる事態にならないよう精進しなければならないと心の中で密かに誓った。

 

リベリオン「お喋りはそこまでにしときなさい。 恐れも知らぬ愚者の敵襲よ」

 

和らいでいた緊張の糸が再度張り直された。

邪悪な気配を感知したアイリがガーンデーヴァを召喚するよりも早く、リベリオンが愛用の鎌、ブラッディハントを手にし、縦横無尽に渇いた空気を斬り裂きながら振り回す。

金属がぶつかり合う甲高い音が響いたと思うと、地面に役割を終えた弓矢が虚しく地面へと落ちていった。

弓矢が落ちる音を合図に、全員が一斉に戦闘態勢に移った。

 

アイリ「向こうからおいでなすったみたいだね」

 

リョウ「流石アンドロマリウスやな。 もう嗅ぎ付けられたみたいや」

 

シャティエル「奇襲は叶いませんでしたが、私達に攻撃が隙が無い訳ではありません。 ここは私に任せてもらっても構いませんか?」

 

ユンナ「もちろん、構いませんわ。 お好きなようにしてくださいな」

 

先攻を行う承諾を受けたシャティエルは直ぐ様自身の武器を出すため魔方陣を周囲に展開させた。

 

シャティエル「敵の位置を特定完了。 『直下型バスターレーザー』、射出します」

 

遥か遠方まで視認可能な望遠レンズが搭載された目で悪魔の位置を瞬時に特定した。

円形型のレーザー射出ユニットを数個出し、自動で悪魔がいる位置まで飛行して行く。

 

シャティエル「定位置に固定完了。 『直下型バスターレーザー』、発射します」

 

無事に破壊されず上空を浮遊していたユニットからレーザーが真下に群がる悪魔兵に向け放たれた。

遠目からでも視認できるレーザーは不規則に移動し、撃墜されないよう撹乱飛行を続けている。

 

ユンナ「今の内に突撃致しますわ!」

 

アイリ「了解です! アイリ、いきまーす!」

 

ユニットの囮に気を取られている隙に、アイリ達は一斉に駆け出した。

『天使の加護』により翼を生やし飛行能力に特化したリョウと、細い美脚から出ているとは到底想像も付かない脚力で地を蹴り駆け抜けたユンナが先行していく。

規格外の速度に唖然とするアイリを余所に、二人は悪魔兵の群れへと躊躇なく突入した。

 

リョウの居合い抜きの要領で引き抜かれたアルティメットマスターの一閃だけで数人の悪魔兵の体を真横に真っ二つにした。

無駄の無い完璧と呼ぶに相応しい見事な一閃により綺麗な断面を産み出した亡骸は力無く横たわった。

 

リョウの真横を通過したユンナは愛用の槍、エンプレスジャッジメントを振るい悪魔兵達を斬りつけていく。

きらびやかに美しく、舞うように戦場を駆け、数で押し寄せる悪魔兵の剣や槍による突きや払い等の斬撃を軽くいなし、的確に相手の懐に槍の刃を当て、一体一体を確実に屠る。

 

アイリ「ユンナさん凄いな~。 動きにブレが全く無いよ」

 

リベリオン「感心してる場合なの? そんな暇があるならまだブレが有りまくりな矢を射ぬけ」

 

アイリ「ブレが有りまくりとは失敬な! そりゃ、風舞高校弓道部の人達とは比較にならないけど、まともに戦えるくらいにはあたしも強くなってきてるんだから!」

 

リベリオン「なら口でなく行動で示せ。 あと、誤っても私に矢を当てるような失態は起こさないようにしなさい。 もし当てたなら、三枚下ろしにされる覚悟をしておいた方がいい」

 

アイリ「おぅ…洒落にならないから怖いよ。 大丈夫、カノンちゃん並の誤射はしないから! あたしの美技に酔いな!」

 

リベリオン「カノン…とは、誰のことを言ってるの?」

 

リョウ「リベリオン、気にしたら負けや」

 

リベリオンの揶揄に反論し頬を膨らませながらも矢を番え、『レインアロー』を連続で放つ。

空中で四散し光の雨と化した矢が雨のように降り注ぎ、悪魔兵達を射ち抜いていく。

今回の悪魔はただ光の力に屈する訳がないようで、対抗策として数人が一ヶ所に集結し、エネルギーにより生成された漆黒の盾で襲い来る光を打ち消していた。

アイリの光の力が無効化され、何処か勝ち誇った表情を見せる悪魔兵達は士気が上昇したのか、次々と武器を構え荒々しく猛進する。

現状では遠距離攻撃は皆無に等しいと察したアイリは意を決し接近戦へと移行するため、『光弓三日月斬』を発動させながら滑り込むように地面へと着地すると同時に、大剣と化した弓を振るい悪魔兵達を凪ぎ払った。

 

空中で応戦していたシャティエルはアイリに加勢しようと新たな武器を召喚しようと魔方陣を展開する。

だがその直後、紫色の光線が真横から襲い掛かった。

闇の力を感知したシャティエルは回避したが、展開されたばかりの魔方陣は粉々に打ち砕かれ、ライトグリーン色の粒子となり空中を彩る。

紫色の光線は続けざまに放たれるも、狙いはシャティエルではなく、『直下型バスターレーザー』を放つユニット。

光線に直撃したユニットは破片一つ残さず爆散してしまい、真下にいた悪魔兵達は安堵の表情を浮かべるや否や、再度敵意を剥き出しにしアイリ達へ向かって行く。

 

シャティエル「『直下型バスターレーザー』、一機撃墜。 …更に一機…この攻撃は、アンドロマリウスのものと断定。 アイリさんから見て10時の方向、460メートルの場所に佇んでいます」

 

アイリ「自分だけ遠くから攻撃なんてずる賢く卑怯だなー。 卑怯者だと悪魔パーティを追放されて戦うことを止めたりしないかな?」

 

リョウ「あるわけねぇだろ、んなもん! 空中からだとアンドロマリウスや悪魔兵の遠距離攻撃の餌食になるけえ、このまま地上からごり押しで行くで!」

 

ユンナ「得策とは言えませんが、効率的に考慮すれば妥当かもしれませんわね。 了解しましたわ。 道はわたくしが開いて差し上げますわ。 『フェアリーダンス』!」

 

エンプレスジャッジメントの石突となる部位に装飾された5つの湾曲した小さな刃が槍から外れ、意思を持つように浮遊し、悪魔兵の攻撃を掻い潜り的確に喉を斬り裂いていく。

虫を払う勢いで剣や槍を振るうも、巧みな素早い動きを見せる刃は宙を疾走し、嘲笑うように全ての攻撃を回避し悪魔兵を翻弄する。

ユンナ自身も飛び回る刃に劣らない俊敏な動きで悪魔兵を次々と仕止めていく。

どれだけの数が迫り来ようが、息一つ切らさず縦横無尽に戦場を駆ける眉目秀麗な姿は女性であるアイリでも惚れ惚れとさせられ、戦闘を放棄して魅入られてしまう。

 

アイリ(ユンナさん凄い…無駄な動作一つなく、四方八方から来る悪魔兵達を着実に対処してる)

 

ユンナ「お褒めの言葉ありがとうございますアイリさん。 ですが今は戦闘に集中してくださいまし」

 

アイリ「え、あたし声に出てた?」

 

ユンナ「出てはいませんでしたが、心の内で強く話していればわたくしには丸聞こえですわ」

 

アイリ「丸聞こえって…(そう言われると余計に心の内で色々考えちゃう…!)」

 

ユンナ「ふふ、大抵の人はそのような言葉が思い浮かびますのね。 わたくしは生まれつき念力を使用できますの。 物体浮遊は勿論、瞬間移動、相手の思考や心情等も読み取ることが可能ですわ」

 

アイリ「読心術系の能力はマジで強そう。 覚妖怪や千年アイテムを思い出したよ。 (相手の動きを察知して次の一手が分かるからあそこまで繊細な動きが可能なんだ! 物体を浮遊させることが可能と言うことは、あの刃もユンナさんが全て動かしてるってことに…)」

 

ユンナ「御明察ですわ。 では暫く戦闘に集中させてもらいますわね」

 

アイリの脳内で浮かんだ言葉は一文字も漏らすことなく読心したユンナは艶やかに微笑む余裕を見せると、再び悪魔兵の群衆に向け刃を振るい始めた。

四方八方から怒涛の如く襲い来る悪魔兵を相手にし、5つの刃を念力で操作しながらもアイリと会話を成立させる、並大抵の集中力では成し得ることは叶わない芸当だ。

どれ程の時間を費やしたのかは知る由もないが、血の滲むような努力をしたのは言うまでもないだろう。

 

数分と経過していない短時間で、ユンナの攻撃により僅かに道が開いていた。

好機を逃すまいと、アイリは咄嗟に矢を番え、『ロイヤルストレートアロー』を放った。

黄金の一矢の光により悪魔兵達の体は焼かれ、怨嗟の声を上げる間もなく灰と化していく。

軍勢を貫き進んだ矢が通った後には、更に大きく開けた道が完成されている。

猛る悪魔兵達の軍勢が道を阻塞する前に、アイリ達は臆することなく道を猛進する。

 

前を見ても敵、右を見ても左を見ても景色に変化はない。

敵が犇めく領域に入り込んだにも関わらず、アイリは恐れを感じず接近する悪魔兵を打倒しつつ前へ前へと突き進む。

付近にはアイリと同じ様に進むシャティエルとリベリオンがおり、悪魔兵を一網打尽にしているのが視界に映る。

自分も負けてられないと士気を上げ、低空飛行で次々と悪魔兵を『光弓三日月斬』により斬り捌いていく。

 

シャティエル「発見致しました。 距離、120メートルです」

 

リベリオン「あら、もうそんな近くまで来ていたのか。 じゃあ、お先に失礼するわ」

 

行く手を阻む悪魔兵の腸を鎌で引きずり出し絶命させ、その場から大きく跳躍した。

『リベリオンデストロイボール』を空中に数個出現させ、真下で蠢き狼狽える悪魔兵達に降り注ぐ雨の如く放つ。

阻害してくる雑兵を粗方一掃し、雄々しく地に立っているアンドロマリウスが視界に入る。

 

アンドロマリウス「先着したのが私と同等で闇を扱う者とはな」

 

リベリオン「貴様と一緒にするな。 虫酸が走る」

 

互いに闇の力を体の淵から溢れ出した。

牽制としてアンドロマリウスは『デストラクションランス』を繰り出した。

槍と化した右手をリベリオンは鎌で弾き返し、闇の力を纏わせた踵落としをアンドロマリウスの頭部に当てようとするも、髪に触れる直前、視界の真横から蛇が現れたのに気が付いた。

反応するにはあまりにも遅く、否、反応仕切れない程に俊敏で、気配を微塵にも感じさせない迅速な蛇の牙がリベリオンの体に深く突き刺さる。

鋭い痛みに悶えるリベリオンは蛇に踊らされるように振り回され、悪魔兵の大群の真っ只中に勢い良く振り落とされた。

 

アンドロマリウス「他愛もない。 次は、あの元人間の娘か」

 

未だ悪魔兵を撲滅しているアイリの気配を感じ取り、不気味に口角を上げる。

 

一度死の恐怖を味合わせ、転生した後にも脳内の奥深くに封じ込まれた記憶を呼び起こし再度死の恐怖を心に刻み込ませたにも関わらず、アイリは挫けず今現在も恐怖に駆られることなく戦い続けていることに、敵ながら感心してしまう。

仲間の援助あって立ち上がることができたのだろうが、最終的に恐怖を払い除けたのは間違いなくアイリ本人。

本来得意とする、相手の心を揺さぶる悪魔の囁きから立ち直ることができたのは紛れもなくアイリの芯の強さだろう。

ただの矮小な少女ではないと再確認すると同時に、矜持を砕いてやろうと思う邪心が膨れ上がる。

 

アイリ「ウルトラダッシュアターック!! …できたらいいな~」

 

大剣と化したガーンデーヴァを振り回し悪魔兵を蹴散らしながら、凄まじい速度でアンドロマリウスの前 で砂を舞い上げながら停止した。

後から悪魔兵と応戦していたリョウとシャティエルが到着し、精悍な面構えでアンドロマリウスを見据える。

 

シャティエル「アイリさん、平静は保てていますか?」

 

アイリ「うん、大丈夫。 もう何も怖くないよ」

 

リョウ「頼むから死亡フラグを立てんといてくれ」

 

アンドロマリウス「予想外だったな。 まさかあの絶望の淵から這い上がってくるとは」

 

アイリ「あんたが思うほどあたしは弱くないってことさ! あたしは団長に言われた通り止まることなんてないよ!」

 

シャティエル「団長とは、何方のことでしょうか?」

 

リョウ「シャティエル、気にせんでええよ」

 

アンドロマリウス「どうやら人間だった頃よりかは芯は更に太くなっているようだな。 その溌剌とした意気込み、私がへし折ってくれよう」

 

リョウ「おっと、戦闘する前に幾つか質問に答えてもらうで」

 

アイリの華奢な体を貫こうと『デストラクションランス』を繰り出したが、リョウが剣で華麗にいなし腕を鷲掴みにし行動を抑える。

 

リョウ「冥府界で何が起こったのか詳細を説明してもらおうか」

 

アンドロマリウス「そんな瑣末なことか」

 

リョウ「サタンの安否も不明やのにえらい無関心のようやな。 それも悪魔故の無慈悲さから来てるのかな?」

 

アンドロマリウス「サタン様の安否が不明なのは確かだが、裏切り者に屈するお方ではない」

 

リョウ「どうだか。 クラウソラスを持っているルシファーには勝てる気がせえへんけどな。 てか、サタンが生きてるか死んでるかなんてどうでもええ。 ルシファーが何故反逆を起こしたのか知っとるんか?」

 

アンドロマリウス「さあな。 奴は前触れもなく冥府界を攻撃し始めた。 女だろうが子供だろうが、見境なく殺戮を行った。 私達も奴を迎え撃とうとしたが、サタンフォーの力を持ってしても、光の剣の力の前にしては我々の力は届かなかった。 冥府界の危機を悟ったサタン様は我々を逃がすため異世界へ繋がるワームホールを生成してくださり、現在私達は無事でいられる」

 

シャティエル「ルシファーが何故反逆に至ったのか真相は不明。 彼が嘘を付いている様子はないと分析できたので、本人に直接聞くのが最も効率が良いかと思われます」

 

リョウ「みたいやな。 さて、情報…と言っても大したものやあらへんかったけど聞き出したところやし、片付けさせてもらおうか」

 

抑えていた巨大な右腕を乱雑に真横に振るい投げ、アルティメットマスターを抜刀し『ソードビーム』を素早く繰り出す。

事前に危機を察知していたアンドロマリウスは体を大きく斜め後方に反らすことで光線を回避した。

 

アイリ「リョウ君ちょっと待って」

 

追撃を加えようとしたが、アイリが口を挟んだことで手が止まり、敵意が剥き出しのままになった視線だけがアイリに向けられる。

 

アイリ「倒さず元の世界に送り返せば良いんじゃないかな?」

 

リョウ「元よりそうする筈なんやけどね。 時空防衛局の規則に則れば、異世界に迷い込んだ者は元居た世界に送還せなあかんのやけども、異世界に害を及ぼす者であれば武力を行使して鎮めることもやむを得ないからねえ」

 

アイリ「でも、アンドロマリウスもルシファーの反逆に巻き込まれた被害者だよね? だったら…」

 

リョウ「甘いでアイリ…その優しさは仇となるで」

 

強みを帯びた重々しい声が腹の奥底にまで震わせる。

敵に情けを与える必要など皆無だと述べるリョウは無慈悲だとも捉えることもできるが、正論でもある。

 

リョウのワールドゲートを用いて強制的に彼等を送還すれば、サタンと共にルシファーを打倒し、新たな軍勢を率いて天界に攻め入る可能性もあるのだが、重要な点は他にある。

 

悪魔が天界を滅ぼし乗っ取った後に、更なる異世界に足を踏み込むこと。

 

以前ベルゼブブが現実世界に降り立ったように、世界の均衡を崩す事柄に発展しかねない危機的状況に陥るのだけは、何としてでも事前に防ぎたい。

惹起される前に、未然に防ぐのは当たり前の行動。

未然に阻止するためなら手段を選ばないリョウからすれば、遠回しに自ら危機を招いているということなので、尚更生かしておくわけにはいかない。

 

仮に、天界の天使達が現在手薄となった悪魔を滅しようとするのは止めはしないが、悪魔同様に異世界に侵攻、関与しようと行動を起こせば、時空防衛局が黙認せず即座に釘を打つ。

異世界の文化に存在しない文化を綯い混ぜれば、混沌を招く事態に発展するのは明らか。

取り返しの付かない緊急事態に陥る前に、リョウの世界の監視者の能力により異常を素早く察知、発見次第時空防衛局に報告し迅速に行動を開始する。

 

どのような企みを練ようが、世界の監視者であるリョウに隠匿することなどほぼ不可能に近い。

監視者の力の鳥瞰に捕らえられれば、後々戦わざるを得ない状況になっていた。

アンドロマリウスには最初から選択肢など無いに等しいのだ。

 

アイリ「戦わずに済む方法はないってこと?」

 

リョウ「そうじゃ。 世界に混沌を招く者は排除せなあかん。 抵抗しなければ手荒な行為はせえへんけど、こいつらが抵抗しないわけあらへんから」

 

アンドロマリウス「監視者の言う通りだ。 冥府界に戻らなければならないのは確かだが、監視者の力を借りるつもりなど更々ない。異世界を巡り、世界を占領し戦力を増強、増員させ冥府界へ戻りサタン様と共に裏切り者のルシファーを叩く」

 

シャティエル「異世界を渡航し戦力を増強、増員する……結論からすると、辿り着いた世界を滅ぼそうと言うのですね」

 

アンドロマリウス「御名答だ機械の少女。 冥府界以外の拠点が完成すれば、我々悪魔族は更なる発展を遂げることが可能となる」

 

リョウ「やっぱりここで息の根を止めんとあかんみたいやな。 アイリ、この世には話し合いでは解決しない物事が必ず存在する。 だから武力で解決するしかなくなる。 それは何処の世界でも同じことなんよ」

 

相手にどのような事情があれど、例え相手が知人だろうが、容赦なく鎮圧する。

世界の均衡を保つためならば、時に非常にならなければならない。

恐らくリョウやユンナは如何なる理不尽な状況下にありながらも、難解な問題を解決してきたのだろう。

リョウやユンナの為してきた活動に関しては未だ把握仕切れていないことが多くとも、アイリは無理矢理にでも戦わなければならない辛さを少なからず実感できたような気がした。

 

アイリ「……分かったよリョウ君。 あたしも覚悟を決めて戦わなくちゃね。 アンドロマリウスは因縁の相手だし」

 

深呼吸をし、乾いた空気を体内に流し一気に外に吐き出す。

敵であれど、一度自身の日常であり人生を滅茶苦茶にした相手に情けを掛けている場合ではない。

最悪、その優しさに付け込まれ、心を操られ憑依される可能性もある。

生半可な思いで挑んでは間違いなく勝利は得られない。

 

穏便に済ます案は白紙になった今、アイリは自身の人生を滅茶苦茶にされた因縁の相手にガーンデーヴァを構え、光の力を放出する。

凛としたその瞳には、以前の戦うことを恐れる薄弱なものはなく、不撓不屈の強い意志の光が見て取れる。

 

アンドロマリウス「愚かな娘だ。 もう一度死の恐怖を味合わせてやろう」

 

アイリ「やれるもんならやってみなよ。 ただしその頃には、あんたは八つ裂きになっているだろうけどね」




一週間以上お腹の調子が悪いのは軽く地獄極まりないですね。


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第75話 アイリと愉快な仲間達vsアンドロマリウス

折角の三連休ということでUSJに来ております!
そしてアトラクションの待ち時間で暇すぎて小説を投稿することにしました笑


アンドロマリウスは牽制のつもりなのだろうが、アイリにとっては手加減なしの威力を誇る『狂舞蛇撃』が次々に襲い掛かる。

闇の力で生成された蛇達が一斉に迫りシャティエルが迎撃しようと魔方陣を展開するよりも早くリョウが前に躍り出る。

『天使の加護』を発動させ、広範囲に白い粒子を拡散させ蛇達の侵攻を阻止すると同時に動きを封じる。

 

リョウ「二人とも今のうちに!」

 

アイリ「ありがとうリョウ君!」

 

シャティエル「リョウさん、感謝致します」

 

礼を告げた二人は蛇達の間を縫うように進みアンドロマリウスと対峙する。

アイリは『トリックアロー』を数発、シャティエルは『多連装多目的誘導ミサイル』のユニットを数個出現させ一斉に発射した。

遠距離からの数の暴力とも言える攻撃に怯む様子がないアンドロマリウスは表情一つ変えず 『コンティネン卜アンガー』を発動させ、闇の力により大地を粉砕する。

闇のエネルギーと軽々と弾け飛んだ地面の破片が矢とミサイルを落としていき、二人にも容赦なく襲い掛かる。

アイリは一度上昇し被弾を回避し、シャティエルは『クリスタルミラーバリア』を展開しながら距離を詰めていき片手に持った『光粒子ライトブラスター』の引き金を引き、銃口から光弾が放たれる。

瞬時に行われた精密な計算により的確に狙いを定められた外れることのない百発百中の光弾はエネルギーや破片に直撃することなく突き進む。

 

アンドロマリウス「次こそは貴様を粉々にしてやろう」

 

回避行動を取ることはせず、巨大で強剛なる右腕を盾とし光弾を受け止め、『狂舞蛇撃』でシャティエルの体を巻き取ろうと蛇達が躍り出る。

シャティエルを覆うバリアに噛み付き、至近距離から光線を放つことで強引に強固なバリアを砕こうとしてくる。

バリアに徐々に亀裂が入っていくが、シャティエルが反撃を行う様子は窺えず、アンドロマリウスは疑義の念を抱いていた。

その刹那、アンドロマリウスの側面に魔方陣が展開され、『拘束電流装置』が姿を見せた。

電流が流される前にアンドロマリウスは腕を振るい容易く装置を破壊するが、一本しか間に合わず片方の側面に出現した装置の電流に捕らえられ、体を貫く電流により動きを封じられる。

 

シャティエル「アイリさん!」

 

アイリ「了解道中膝栗毛! ここで決めなきゃ女が廃る! 『レインアロー』!」

 

アイリが光を凝縮した矢を番えた状態で上空に滞空していた。

シャティエルの合図と共に全身全霊で引いていた矢を離し、空中で分散した矢が光の雨となる。

身動き一つ取れない相手に外すことのない運命にある矢の雨注がアンドロマリウスの体に突き刺さる。

束手無策であると思われたが、『狂舞蛇撃』により蛇達が降り注ぐ矢の盾となるべく動き、次々と矢の餌食となっていく。

何本かは防ぎきることが叶わず体に深々と刺さり、光の力が体内から身を焦がしていく。

アンドロマリウスが僅かに表情を歪めるも、戦闘不能に陥るには程遠く、余力は有り余っている。

 

電流により動きを封じられた体を力任せに無理矢理動かし、『拘束電流装置』を完膚なきまでに破壊した。

翼を広げ闇の気を纏ったパンチ、『愚者殺し』でシャティエルのバリアを砕き、『光粒子ライトブラスター』を掴み握力だけで破壊し『狂舞蛇撃』で追撃を行い、『ソニックプラズマ』を辛うじて反撃の際に射つことの出来たシャティエルは蛇の猛攻を受け後方へ吹き飛び地面に強く叩き付けられる。

『ソニックプラズマ』を胸部に受けるも火力に欠ける一撃は大したダメージにはなっておらず、受けた反動を利用し体を捻りながら上昇しアイリを縊り殺そうと腕を伸ばす。

 

リョウ「『テオ・ソードスラッシュ』!」

 

剣を巨大化させたリョウがアイリの前に立ち塞がりアンドロマリウスの腕を斬り払う。

鋭利な刃による一撃でもアンドロマリウスの腕は斬ることはなく、強固な物が掠れる金属音が響いた程度で、掠り傷一つ付いていない。

更なる一撃を加えようと構えたところで、リョウの体は突如飛来した赤い流星に衝突し地上へと戻された。

ここぞと言わんばかりに悪魔兵が撃墜されたリョウに群がり次々と武器を振り下ろす。

短剣や槍等の刃物が体に突き刺さり、体中に刺し傷が出来上がり鮮血により衣服が深紅に染まっていく。

絶えず襲い来る痛みに耐えながらも、一瞬だけ『力』を使用し左目が黄金色に染まる。

 

リョウ「邪魔じゃ。 『ダンシングソードカッター』!」

 

防御を捨て悪魔兵の止まらぬ猛攻を受けながらも立ち上がったリョウは三日月型の斬撃を四方八方に飛ばし悪魔兵の体を斬り刻んだ。

一頻り続いた有利だった戦況が一変した悪魔兵は己の命を守るため逃走を図るも、殺意を醸し出すリョウはそれを許さない。

視界に入る一帯の悪魔兵を纏めて始末するため更に『ダンシングソードカッター』を繰り出し、悪魔兵の命を刈り取っていく。

一通り始末し終えたリョウは刺された箇所の止血をすることなく自分を撃墜した張本人に視線を移す。

真紅色のタキシードを纏った悪魔、ベレトが一瞬にして数十の数の悪魔兵を葬ったリョウに対して拍手を送っていた。

周囲にはグレムリンが数十体羽ばたいており、指示を受ければいつでもリョウに襲撃できる体勢を取っている。

 

ベレト「お久し振りですね世界の監視者。 アンドロマリウスの邪魔はさせませんよ」

 

リョウ「先ずお前から始末せなあかんみたいやな」

 

アイリ一人ではアンドロマリウスの相手をするにはあまりにも分が悪すぎるため、即刻にでも助太刀しなければならない。

『力』を使用すれば即座にけりが付くのだが、長時間無闇に使うことは極力避けたい。

力が半減されていることを呪いながらも、兎に角素早くベレトを倒すため突破口を見つける手立てを考案しながら駆け出した。

 

ベレト「あなたには誰も守れやしませんよ。 あなたが一番分かっていることでしょう?」

 

リョウ「わしに煽りは通用せえへんで」

 

見え透いた挑発に乗らないリョウに対し舌打ちをしたベレトはフルーレを取り出し、剣先を前に突き出す。

それを合図にグレムリン達が一斉に群れを成してリョウに向かっていった。

 

 

~~~~~

 

 

アンドロマリウス「大したものだな元人間の娘。 以前とは見違えたような力だ。 愚鈍なことに変わりはないが」

 

アイリ「一言余計だよ!」

 

片や光、片や闇の力に覆われた二つの流星が空を翔けていた。

光と闇、相反する力が交差する度に激しい衝撃波を生み、大気を震わせている。

素人からでは目で追うのもやっとであろう、尋常ではない速度で絡み合うような複雑な飛行を繰り返しながら戦う様子は一種の芸術のように見える。

 

アイリは『ストレートアロー』を始め多種多様な技を繰り出し自分が優位な距離を保ってはいるが、どの技も打撃力に欠けており、アンドロマリウスの体力は未だに有り余っている。

アンドロマリウスは幾多の迫り来る矢を瞬時に見極め回避し、追尾機能があるものも取り溢しなく弾き飛ばしている。

 

アンドロマリウス「貴様の技は見飽きた。 次は私から行かせてもらう」

 

アイリ「おっと、まだあたしのターンは終了してないよ!」

 

諦めるという文字はアイリの辞書に載っていないようで、絶えず矢を射続ける。

軽忽とも見て取れる技で反撃を行うことが軽侮されているのではないかと捉えることもでき、怒髪天を衝きそうになるもがここまで足掻かれると呆れの溜め息が出てくる。

気を乱そうと嘲弄しようと悪知恵を働かせていたが、光の力とはまた別の気を察知し素早く体を捻り回避に専念した。

 

視界に映ったのは数個のエメラルドグリーンの刃が生えたユニット。

獲物を逃すまいと執拗に追い続けてくる刃はシャティエルの武器の内の一つ、『永久追尾式浮遊ライトソード』だ。

アイリは地上に目線を移すと、人目につかない岩盤の陰に身を潜めるシャティエルがいた。

『可変式長距離プラズマライフル』を手にアンドロマリウスに照準を合わせ正に引き金を引く瞬間だった。

 

シャティエルが無事なことに安堵する暇はなく、アイリは数発の『スプレッドアロー』を射つと即座に『光弓三日月斬』を発動させ、アンドロマリウスに一直線に突貫した。

矢が拡散され、花火のように空を黄金色に染め上げ煌めかせる。

 

悪魔族にとってはただただ忌々しいものでしかない光を避けるためアンドロマリウスは『狂舞蛇撃』で一掃しようとしたが、自身の翼が何かに焼き斬られ空中で大きくバランスを崩した。

翼を貫いた何かは地上にいたシャティエルが放った『可変式長距離プラズマライフル』の光弾。

見事な支援により、滞空することが維持できなくなったアンドロマリウスは蹌踉けながら地上へと低速で落ちていく。

空中を彩る『スプレッドアロー』がアンドロマリウスに容赦なく降り注ぎ始めるも、巨大な腕を盾とし数多の矢を全て防ぎきる。

弱者の悪足掻きに過ぎないであろう攻撃に呆れ混じりの失笑を漏らすが、その余裕は瞬時に霧散する。

 

腕に突き刺さった無数の矢が突如爆発を起こした。

アイリが突貫する前に放った矢の中に着弾すると同時に爆発する効果を持つ『アローエクスプロージョン』を紛れ込ませていたのだ。

予想外の攻撃に怯むも、アンドロマリウスは体勢を立て直し『ヘルタワーポール』を発動させる。

闇の柱が天高く聳え立ち、残る矢を根刮ぎ消滅させられ、浮遊する『永久追尾式浮遊ライトソード』も撃墜させられる。

闇の柱が道を遮り進むのに刻苦するアイリだが、攻撃が止んだ訳ではない。

 

集中力を極限にまで高め、残る僅かの矢を全て『トリックアロー』へ変換させ、目標であるアンドロマリウスへ柱を掻い潜り進んでいく。

再度襲う矢の嵐にアンドロマリウスは体勢を崩さぬよう気を使いつつ対処していくも、アイリが練った策略が露呈する。

アンドロマリウスに着弾する直前に矢は爆発を起こし、光の粒子と共に硝煙が周囲を覆い尽くす。

目眩ましに一切動じる素振りを見せないアンドロマリウスはアイリが来るであろう方角を予知し、『フールイーター』を繰り出した。

エネルギーで生成された蛇の頭部は硝煙を斬り裂きながら進み、目標を丸呑みにした感触を確かに感じた。

先ず敵の一人を始末したことを確信したアンドロマリウスは闇のエネルギーを飛ばし地上の物陰から遠距離射撃を行っているシャティエルに攻撃を始める。

シャティエルは転がるように移動し、翼を展開させ地面と接触する紙一重の高度で飛行しながらアンドロマリウスに照準を合わせる。

 

シャティエル「アイリさん、いきますよ!」

 

防御を解きながら行われた決死の射撃。

秒で照準を合わせ終えたシャティエルは引き金を引いた。

同時に展開された翼に闇のエネルギーが命中し、バランスを崩したシャティエルは激しく地面を横転してしまう。

放たれた光弾は空を斬りながら直進し、アンドロマリウスの右肩を貫いた。

常人を凌駕する反射神経により体の軸を反らしたため急所に着弾することは免れたが、アンドロマリウスの最大の武器となる巨大な右腕の力は大きく減退する。

 

アンドロマリウス「機械人形の分際で…。 だが、元人間の娘は始末した」

 

悪魔の脅威になり得る対象を抹殺したことに達成感に浸りつつ、残るシャティエルを始末しようとが、ある違和感に気が付く。

アイリの体を握り潰したにも関わらず、独特なぬめりのある鮮血の感触が感じ取れなかった。

技を解き手中に存在する死体を確認するため開き視界に映す。

映っていたのは、『へのへのもへじ』の顔となったアイリに瓜二つの人形。

直ぐ様異変に気付いたが、時既に遅し。

目の前で爆発が起こりアンドロマリウスは急速に落下し地面へと打ち付けられた。

地面に体が着いた途端、両足に痛みを覚え見てみると、地面から生えた光の矢が足に深々と突き刺さっていた。

 

アイリが事前に『ヘルタワーポール』により消滅を免れ地面に落とされた矢を『グラスアロー』に変え、アンドロマリウスが地面へと降り立つタイミングで発動するよう細工していた。

アンドロマリウスが細工した矢がある位置まで『トリックアロー』で攻撃し誘導させ、最後に『カワリミ』により追い込むという、緻密に計算された戦法。

功を奏したアイリは『ヘルタワーポール』の裏から姿を現し一時的に身動きの取れないアンドロマリウスに止めの一撃を食らわすため急降下する。

 

アイリ「かかったなアホが!」

 

一か八か、一縷の望みをかけて全力を注いだ一撃。

流石のアンドロマリウスも限界まで高めた光をまともに受ければただでは済まない。

アンドロマリウスは『フールイーター』を発動させアイリの『光弓三日月斬』を受け止め、両者の間で光と闇のエネルギーがぶつかりエネルギーが火花のように散る。

右肩を貫かれたにも関わらず、アンドロマリウスの膂力は凄まじく、アイリの全力を受け止めるだけでなく押し返し始めた。

僅かに力を緩めれば逆転されるだろうが、自分で敷いた背水の陣、引くことなど有り得ない。

 

アイリ「はああああああああああああ!!!!」

 

己を鼓舞する怒涛の声が喉が枯れる勢いで吐き出されると同時に、体から溢れる白い粒子の量も増していく。

死に物狂いで掴み取った千載一遇の時を逃さぬため、闇に押し返され引き裂かれそうな体に鞭を入れ更に光を増幅させる。

 

アイリの華奢な体から出ているとは到底思えぬ力は確かに闇の力を打ち返そうと押してはいるものの、もう一押しが足りていない。

アイリのスタミナが切れてしまうのも時間の問題。

アンドロマリウスはいち早くそれに気付き対休戦に持ち込むことにしていたが、アイリ本人も自身のスタミナ切れとアンドロマリウスの企みに勘づき、呼吸が乱れぬ内に速攻で決着を付けようと更に力を込める。

 

歯を食い縛り一心不乱に光を注ぐ最中、突如背後からどす黒い何かを感じ取り鳥肌が逆立った。

普段ならば気配で即座に察知出来たのだが、アンドロマリウスを打倒するのに夢中となり気付くことが出来なかった。

どす黒い何かは、紛れもなく闇。

敵の接近を許してしまう程に背後ががら空きになっていたようで、対応しなければ攻撃を諸に受けてしまう。

だが今背後にいる者の対応をすれば、間違いなくアンドロマリウスに隙を生み出してしまい、折角追い込んだ好機を無にしてしまうのは目に見えて明らか。

 

アイリ(覚悟を…決めなきゃ!)

 

アイリは背後から迫る者の対応を諦め、アンドロマリウスに必ず一撃を叩き込むことに傾注することにした。

つまり、背後からの一撃を防御なしで受けるということ。

致命傷を負う可能性もあるが、戦う以上は覚悟の上だった。

今までも死に直面する状況に直面したせいか、この行動に至るまで不思議と恐怖心や戸惑いはなかった。

 

凄まじい激痛が襲い来る覚悟をしていたが、アイリを襲う筈だった一撃は真横を通過しガーンデーヴァの上に重なるように叩き付けられた。

 

リベリオン「私を忘れられては困るわ…!」

 

悪魔兵を殲滅し終え、額から血を流すリベリオンが厭悪の色を浮かべた瞳でアンドロマリウスを俯瞰しながら愛用の鎌であるブラッディハントを振り下ろしていた。

思わぬ援護に微笑みを浮かべるアイリに対し、予想外の加勢に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるアンドロマリウス。

 

リベリオン「地獄に落ちて己の未熟さを嘆きなさい。 『ダークネスヘルファイア』!」

 

アイリ「いっけえええええええええ!!!!」

 

漆黒の炎が光を蝕むことはなく、融合し強力な一撃へと生まれ変わる。

相対する力が混合した奇跡の一撃は、アンドロマリウスの技を軽々と粉砕した。

 

回避しようにも、矢が深々と刺さり地面に膠着したアンドロマリウスに最早逃げ場など存在しない。

アイリ達の実力を軽侮し、リベリオンを破ったと蔑ろに捉え、打ち遣っていたのがアンドロマリウスの敗因となった。

 

裂帛な声と共に振り下ろされた猛烈な一撃が炸裂し、大地が剥がれ粉々になり砂のように舞い、空気を揺るがすほどの衝撃が響く。

光の粒子と共に漆黒の火の粉が空中に漂い、幻想的な風景を生み出す暫しの沈黙は、戦いの終わりを告げていた。




ハロウィーンナイト楽しいです♪


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第76話 再度逃走、再度誘惑

モンストのマルチガチャ、爆死です泣


未だ戦闘を行うリョウとベレトの周囲には薙ぎ倒されたグレムリンの死体が無惨に転がっている。

暫く戦闘を行っていると、光と闇の二つの力が炸裂した地点から光が見え、白刃を交えていたリョウとベレトは動きを止めその方向へと視線を向ける。

 

リョウ「勝負あったみたいやな」

 

ベレト「いいえ…アンドロマリウスは敗れてなどいませんよ」

 

視線が反れたことによる一瞬の静止の隙を見て、フルーレを豪快に突き出し斜め下に振るう。

撓った刃が防御を隙間を潜り抜け、リョウの腕を斬り付けた。

鋭い痛みを覚え顔を歪めたが、大して支障はないため低めの姿勢を取り逆手持ちにした剣を懐目掛け一閃したが、翼を広げ大きく後退し回避したベレトは再度フルーレをリョウの首筋に狙いを定め前に突き出す。

常人の数倍の反射神経を持つリョウは一秒にも満たない時間で攻撃を察知し、体を僅かに反らし剣先をスレスレで回避した。

回避した勢いを利用し体を回転させ、ジェット噴射により威力を増幅させた義足の右足による蹴りをベレトの腹部に直撃させた。

腹の中をかき混ぜさせられる絶大な打撃を受けたベレトは目にも止まらぬ速度で吹き飛び岩盤へ直撃し、気を失ったのか、項垂れたまま動く素振りは全く見せなかった。

 

ベレトとの戦闘を終わらせたリョウは決着を終えたアイリの元へと駆け足で向かう。

先程行った全力を注いだ一撃を叩き込んだアイリは疲労困憊と言った様子で地面に座り込んでおり、リベリオンも長時間絶え間無く戦闘を行っていたせいか、鎌を杖変わりにし立っている。

アイリ達の前には闇の炎により焼け焦げ、光の猛烈な一撃により抉られた地面があり、中央にはアンドロマリウスの亡骸があり、死亡したことが確認できる。

 

アイリ「あ…リョウ君、あたし、やったよ…」

 

リョウ「お疲れアイリ。 よく頑張ったな。 リベリオンも加勢してくれて感謝するわ」

 

リベリオン「私の自由のため、それだけよ」

 

リョウ「そういうことにしとくわ。 …でも、ベレトの言うように、アンドロマリウスを完全に倒せたわけではないみたいやね」

 

アイリ「え、それってどういう…」

 

最後の一撃を与えた手応えはあったアイリは疑問符を浮かべる。

疑問に応答するため証拠を見せつけるためリョウはアンドロマリウスの亡骸の髪を鷲掴みにしアイリの前に差し出した。

外形はアンドロマリウスのままで全く違和感は感じなかったのだが、一瞥し肌の質感に違和感を覚えた。

触れてみると、薄い膜のような物で生成されており、この亡骸がアンドロマリウス本人でないのは一目瞭然だった。

 

リベリオン「奴め、あの一撃を食らう瞬間に自身の張りぼてを作りその場をやり過ごしたのか。 悪魔らしい狡猾で賢明な判断だ」

 

アイリ「そんな…折角倒したと思ったのに」

 

リョウ「それでもアンドロマリウスを追い込んだのは大した成果よ。 アイリはよく頑張ったよ」

 

亡骸には闇の気を感じることもなかったため、死亡したと断定してしまうのは無理もないだろう。

逃してしまったことに気落ちするアイリを慰めるため優しく頭を撫でる。

 

リベリオン「まだ何処かに潜んでいるかもしれない。 休息している間はなさそうね」

 

リョウ「そうやな。 とは言え、あいつも相応の傷を負ってる筈やから急襲してくることはないとは思うんよ」

 

シャティエル「リョウさん、7時の方向にいます!」

 

アンドロマリウスの攻撃を受け負傷したシャティエルが痛々しく足を引き摺りながら声を上げた。

言われた方角に視線を向けると、気絶した振りをしていたベレトがアンドロマリウスに肩を貸し立っている姿があった。

 

アンドロマリウス「見事だ。私をここまで追い込んだその実力は認めてやろう」

 

リベリオン「負け惜しみをいう暇など与えはしない。 次こそ息の根を止めてやろう」

 

アンドロマリウス「次に会う時、また万全の状態で挑ませてもらおう。 さらばだ元人間の娘。 いや、アイリ」

 

血肉に飢えた猛獣の如く目を光らせ鎌を構え接近するリベリオンを無視し、アンドロマリウスはベレトと共に生成したワームホールの中へ入りこの場から離脱した。

逃がすまいと駆け出したが、ワームホールは秒で口を閉ざしてしまい、追跡するのは不可能となった。

始末すべき敵の逃走を許しリベリオンは不快感を露にし、鎌を地面に深く突き刺した。

 

リョウ「どれだけ逃げようと無駄や。 わしから逃れられる訳がないんやから」

 

リョウは瞳を閉じ、監視者としての力を行使するため集中を始める。

頭の中にあらゆる世界が浮かび上がり、宇宙かそれ以上の広大で無数に存在する世界の中からたった二人を見つけるという、気が遠くなるような難儀なことを一人で行うのは、重労働という言葉しか相応しくないだろう。

 

リベリオン「どう? 見つかりそうなのか?」

 

リョウ「そう焦るな。 ちょいと時間が掛かる」

 

ユンナ「リベリオンさん、無数と呼ばれる世界の大海から捜索するのはわたくし達が思う以上に困難を極めるものです。 大人しく待つと致しましょう」

 

アイリ「ユンナさん! 無事で良かったです! 一人であの大人数を相手にするのは酷だったので大丈夫なのかと心配してたんです」

 

ユンナ「あの程度の連中に梃子摺るほどわたくし弱くはなくってよ? 時空防衛局を束ねる者として、数百という数多の敵を撃ち倒せて当然ですわ」

 

胸を張るユンナは何処から取り出したのか分からぬ、一目しただけで高そうだと分かる豪華なカップに入った紅茶を啜っている。

 

リョウ「……見つけた。 ブロセリアンドがある世界に逃げ込んだみたいや」

 

ユンナ「彼等があそこに向かうのは偶然とは思えませんわね。早速向かうと致しましょう」

 

アイリ「休む間もなく移動かー。 でも弱音なんて吐いてられないし、頑張らないとね。 えい、えい、むん!」

 

シャティエル「悪魔の遺体は放置したままでよろしいのですか?」

 

ユンナ「局の者達がいずれ訪れ痕跡を抹消しますので、御心配には及びませんわ」

 

異世界の者達による介入により、今いるこの世界に影響を及ぼすのではないのかと危惧したが、時空防衛局により証拠を隠滅されるので一切問題はない。

 

異世界との交流が許されているのは、時空防衛局が交流することに問題を引き起こす、互いの世界に影響を及ぼさないと公認した世界のみで、今いる世界は交流を受諾されていない、異世界との交流が一切行われていない世界。

なのでこの世界に存在し得ない異分子が混入すれば、直ちに時空防衛局が行動し、元居た世界への送還、又は排除しなければならない。

 

時空防衛局を束ねるユンナ直々の命令からか、数秒と経過していないにも関わらず、出現したワールドゲートから局員が複数人現れ、懸命に悪魔達の遺体処理に勤め始めた。

 

ユンナ「さあ、わたくし達は悪魔を追跡致しましょう」

 

アイリ「行きましょう! 追跡!撲滅!いずれもマッハ! 頑張るぞー! えい、えい、むん!」

 

気合い充分と言った様子のアイリはユンナが召喚したワールドゲートへ一番乗りで飛び込んでいった。

元気溌剌な様子に微笑むユンナとリョウとシャティエル、不本意ながらも不満を漏らさないリベリオンが続き、戦闘を行った世界を後にした。

 

 

~~~~~

 

 

結愛「これが次回のコンサートのスケジュールよ」

 

時空防衛局本部の内部にあるとある一室。

長いテーブルと椅子が並べられた質素な部屋に待機させられていたWSDの一人であるサリエルと、彼女を守護する存在であるディーバナイト、ファルクは第一時空防衛役員の一人である結愛から一枚の紙を渡されていた。

 

紙に記載されていたのは、次回とある世界で開催されるサリエル主催のコンサートのスケジュール。

当日のリハーサルの時間、曲の順番等の詳細が書かれており、紙全体に文字が埋まる程となると、本番である一日がどれだけハードなのかが伺える。

 

ファルク「毎度ご苦労さん。 んじゃ、行くとしますか」

 

サリエル「もうファルク、こんな時くらい携帯電話を手放したらどうなの?」

 

ファルク「悪いな、ゲームでイベントがやっててな。 今日中にはクリアしときたいんだ。 別のゲームでも周年イベントがあって忙しい」

 

結愛「かるく依存症になってるわね。 取り上げた時の反応がおもしろそうね」

 

ファルク「発狂してここを荒らしてもいいのなら取り上げてもいいぞ」

 

結愛「発狂しないでほしいから取らないわ。 仮に取ったところで、私には勝てないでしょ?」

 

ファルク「…ノーコメントだ」

 

発言からして図星なのだろう、悪戯っぽく微笑む結愛から目線を反らし、ファルクは再度手にしたスマートフォンの画面に視線を移した。

 

結愛「コンサートの時には携帯電話を触ることはしないようにしなさいよ」

 

サリエル「携帯電話のゲームばかりやってるけれど仕事は着実に熟すから大丈夫ですよ。 今回は結愛さんも同行するんですよね?」

 

結愛「ええ。 今回は会場に接近させはしないから、安心してちょうだい」

 

前回警護に就いた、ピースハーモニアの世界で開催されたプリシーのコンサートではエクリプスの一人であるディアグルムの接近を許してしまった。

プリシーのディーバナイト、ルヴィの活躍により会場に躍り出て行われたであろう最悪の結末は回避出来たものの、会場付近である奈落にまで接近を許してしまったのは紛れもなく自分達の不甲斐なさが招いた結果。

前回の失敗を活かし、日々血が滲む修行を欠かさず行い、どの部隊を何処に配置するか幾百もの作戦を練り最善を尽くしてきた。

運否天賦な選択など決してしない、自分達の全力を持って挑む、失敗は許されない任務。

胃が掻き乱され吐きそうな重圧が掛かるが、成さなければならない使命感と、何より守りたいという純粋な思いがそれさえ吹き飛ばす。

 

大切な仲間や友を失う辛さは、過去に嫌と言う程に味わった。

もう二度と死にたくなる喪失感を、誰かを失う悲痛な思いを味わいたくはないから。

 

サリエル「じゃあ私達はこれで失礼しますね。 ファルク、行くよ!」

 

ファルク「分かったから毎度背中を押すのはやめてくれって」 

 

サリエル「だって携帯電話ばっかり触ってて動いてくれないじゃないの!」

 

ファルク「分かったっつーの」

 

一礼したサリエルはファルクの背中を押しながら退室していった。

性格も違えば年齢も違う二人だが、仕事に関係なけ仲睦まじい姿を見ていてとても微笑ましかった。

アイドル活動とは言え、世界の命運が掛かっている、若者には過酷すぎる役目を負っているからこそ、共に歩み続け背中を任せてある存在だからこそ築ける仲なのかもしれない。

 

長年多くのディーバを見ていた結愛には何となくだが二人の絆がどう築けられたのか理解できたのと同時に、嫉妬にも似た羨望が芽生えた。

 

───もし、愛美達が消滅せず側にいてくれたら、私もあんな笑顔で過ごせていたのかしら。

 

消滅した友との有りもしない光景を脳裏に浮かべ、四色のビーズで作られたブレスレットを撫でた。

 

?「また悲しそうな顔を浮かべているわね」

 

背後から聞こえた声を聞くや否や、現実に引き戻された結愛は振り返り様に空気を斬る勢いで回し蹴りを放った。

声の正体に鋭い蹴りは直撃することなく空を斬り、姿も見当たらない。

何処に潜んでいるか集中力を極限まで高め部屋を見渡すと、先程まで居なかったテーブルの向かいの椅子に、サタンフォーの一人、リリスが妖艶な笑みを浮かべ足を組み優雅に座っている。

 

結愛「またあなたなの…!」

 

リリス「お久し振り。 また悲しみに満ちた顔をしていたわよ。 私が小話でもして機嫌を取ってあげてもいいのよ?」

 

結愛「余計なお世話よ。 あなたは何をしに本部に訪れているの? 答えなさい」

 

結愛は怪しい動きを見せれば即座に変身するため手にをピースクリスタル握り締めており、威圧感を放つ鋭い眼光を向けている。

 

リリス「そう睨まないでちょうだい。 美人が台無しよ」

 

結愛「その減らず口、二度と開けないようにしてやるわよ」

 

リリス「なら無駄話なしで進めるとするわ。 私が前に渡したあの本、読んでくれたかしら?」

 

結愛「悪魔に渡された書物を読むと思う?」

 

リリス「その割にはあの本を未だに破棄せず部屋に置いてあるみたいね」

 

言われた事柄が事実だったのか、結愛は苦虫を噛み潰したような表情となった。

 

リリス「沈黙は肯定とはよく言ったものね。 僅かではあるけれど、私の話を信じてくれてるということね」

 

結愛にとっては願ってもない話だった。

幾年も前に消滅し、再開することの叶わない友にもう一度再開を果たせる。

結愛自身、何度も時空防衛局の情報網を行使し方法をしらみ潰しに探したが、全て空振りに終わってしまった。

諦念し過去を振り返らず現在を生きていたが、思わぬ機会で長年求めていたものが手に入るとなると、気持ちが揺らぐのは無理がなかった。

 

リリスが姦計を企てているのは確か。

頭では理解していても、友の復活を願う本心が顕在しているのも確かで、リリスを完全に否定することも出来ずにいた。

耳を傾けず排除すべきなのに、仄かに輝く希望を求め手を伸ばそうとしている。

 

結愛「……何百年と掛けて調べ上げてきた。 コア・ライブラリで検索しても結果は出てこなかった。 それなのに何故あなたがその方法を知っているの?」

 

リリス「特殊なルートを使って手に入れたの。 この世の中にはコア・ライブラリにも記載しきれていない情報もあるってことよ」

 

結愛「はったりね。 コア・ライブラリに記載されない情報がある筈ないわ」

 

リリス「信じるかどうかはあなた次第よ。 でもこれは事実。 私も最初は驚いたものよ。 現にそこから得た情報を駆使したお陰で私のこともコア・ライブラリに記載されていないわけだし」

 

結愛「あなたのことはコア・ライブラリに記載されているわ。 最近起こったルシファーによる反逆により冥府界を離れ世界を転々としていると」

 

リリス「へえ~…やはりそこしか記載されていないのね…」

 

結愛「なんですって?」

 

リリス「いえ、なんでもないわ」

 

小声で呟いた言葉は結愛の耳に届くことはなかった。

 

リリス「話が反れたけど、前にも話しようにあの本は読んでおいて決して損はない。 あなたにとって幸福を齎すものだから」

 

結愛「悪魔であるあなたの話を真に受けるわけないわ」

 

リリス「ならあの本は捨ててしまって構わないわ。 でも、そうしたらあなたのお友達とは本当に再開できなくなるだけ。 暇があれば読むだけ読んでみなさい。 案外解読するのは安易な書物だから」

 

述べることを言い終えたのか、リリスは立ち上がり背を向ける。

 

リリス「あ、それとあの本に記載された方法を私も試したけれど上手くいったわ。 実証済みだから、確信は持てるわ。 それじゃ、良い結果になるよう異世界から願っているわ、救済の光」

 

態とらしく二つ名で呼び、黒い霧に包まれリリスはその場から消え去った。

一人となった部屋は沈黙に包まれる。

警戒を解いた結愛だったが、心は晴れず沈黙が支配する部屋から外出することもなく俯いたまま動かず思考を巡らせていた。

 

先程の話で気になる点は二つ。

 

一つは、消滅した者を復活させる方法が実現すること。

結愛は幾年もの長い時を生き、時空防衛局の一人として様々な世界を巡りあらゆる事柄を見て知ってきたが、一つとして消滅した者が復活するということは耳にすることはなかった。

もし、仮にリリスの話が真実であれば、最愛の友が帰還する。

 

二つ目は、コア・ライブラリにこの情報が記載されていないということ。

この世には無限とも呼べる程の世界が存在する。

人生という限られた時間の中でも数え切ることが不可能と断言できる無数の世界、その全ての世界の事柄の細かく尨大な情報が保存されてあるコア・ライブラリに記載されていない情報があるというのは先ず有り得ない。

取り零しがあったにしても、万という数を越える局員達の手により迅速に書き加えられる。

何の変哲もない一般人の情報なら兎も角、消滅した者の復活という、激甚な災害級の情報を認知、聞き逃すなど到底考えられない。

 

受け入れ難い、真実かどうかも定かではない話だが、頭に焼き付いて離れない。

悪魔が漏らす戯れ言の可能性が高いと分かっていながらも、真実であってほしいという願望が話を否定するのを拒んでいる。

 

結愛「……少し、調べてみる必要がありそうね」

 

仮に真実ならば、消滅した者や世界を取り戻せる。

僅かに芽生えた希望にすがりたくなってしまっていた。

騙されたと思い、公にせず密かに書物の解説をするため、結愛は足早に部屋を退出していった。




最近寒いので風邪引かないよう気を付けないと…


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第77話 ある日、森の中…

占い師の人に運命の人は来年か再来年に現れると言われました(ガチ)


やったぜ


異世界へ逃走したアンドロマリウスとベレトを追い、アイリ達はワールドゲートを通り新たな世界の地に足を着けた。

 

視界に広がるのは、美しい大自然。

鬱蒼と大木が立ち並んでいるのを見ると、森林の中だというのが分かる。

草木が生い茂り、様々な色の花や木の実が生る色彩を照らす、木々の間から漏れる日光という自然のスポットライトが春の訪れを告げるような暖かさを肌で感じ取れる。

人間の手が一切加えられていない自然の絶景に、アイリとシャティエルは見惚れてしまっていた。

 

シャティエル「素晴らしい光景です…。 翔琉さん達の住む世界とはまた別の魅力があります」

 

リョウ「ここがブロセリアンドって森じゃ。 数十キロにも及ぶ広大な森林やから、迷ったりしたら先ず抜け出せないと思っといた方がええで」

 

アイリ「いざとなったらあなぬけのヒモで脱出…出来たらいいんだけどね。 でもあたし飛べるから全然問題ないって、本当に問題ない」

 

ユンナ「油断してはなりませんわ。 この森は危険生物の巣窟ですので、いつ襲われても不思議ではありませんのよ」

 

アイリ「ファンタジー溢れる世界の森には必ずモンスターがいるもんなんだね。 例えばどんなの?」

 

リベリオン「もうそこにいる」

 

何かの気配を察知したリベリオンは横の大木の幹に向け鎌を全力で投擲した。

回転しながら空を斬り裂く鎌は幹に深々と突き刺さる筈だったが、何故か刺さることなく宙に止まるという我が目を疑う結果となった。

何故鎌が宙に停滞していたか、答えは直ぐに分かった。

 

姿を露にしたのは、巨大なカメレオンの怪物だった。

攻撃を受けたことにより保護色が剥がれ姿を露にしたが、脳天に深々と突き刺さっていたせいか既に絶命していた。

保護色を活かし捕食の対象となるアイリ達を襲撃する筈だったが、まさか自分が襲撃されるとは夢にも思っていなかったであろう。

反撃する暇すら与えられなかったカメレオンの瞳に光がないことを確認したリベリオンは鎌を引き抜き刃を付着した鮮血を振るい落とす。

 

リベリオン「精々気を張っておくことね」

 

アイリ「そ、そうするね。 音を殺して歩くのをクセにしとかないと」

 

リョウ「どっかの暗殺者じゃないんやから別にそこまで極めんでもええわいね。 …とは言え、ここは強めのモンスター多いからねえ」

 

ユンナ「わたくしがいるので問題ありませんわ」

 

リョウ「まあ確かに。 流石、ユグドラシルメシアの一人じゃ」

 

アイリ「え、ユンナさんもユグドラシルメシアなんですか!?」

 

ユンナ「あら、ご存知なかったんですの? 如何にも、わたくしはユグドラシルメシアの一人ですわ」

 

リョウ「ユグドラシルメシアの存在は知ってるんやな。 大方アリスあたりにでも聞いたんやろ?」

 

アイリ「大正解。 正解者のリョウ君にはヒトシ君人形をあげるね!」

 

リョウ「いらん。 取り敢えず森の奥深くにあるバラントンの泉を目指そう。 あいつらもそこへ向かっとる筈や」

 

シャティエル「そのバラントンの泉には何かあるのですか?」

 

リョウ「泉の中央に小さな小島があるんやけども、そこには伝説の剣の一本、フラガラッハがあるんよ」

 

アイリ「たしか、アレク君が持ってる剣の一本で、癒しの力があるっていう…」

 

リョウ「そうそう。 地面に突き刺さってるんやけど、その影響か、地面を通じて癒しの力が周囲に漏れ出してて、泉の水源にも癒しの力が行き届いてしもうたから、泉の水にはどんな傷も癒す効果があるっちゅーわけ」

 

シャティエル「その泉でアンドロマリウス達は傷を癒そうとしているのですね。 早く阻止しなければなりませんね」

 

ユンナが言ったように、アンドロマリウスとベレトがこの世界に訪れたのはただの偶然ではなく、予想以上の痛手を負ってしまった傷を癒すためだった。

これ以上異世界を巡り悪行を繰り返さないためにも、この場で葬るか元いる世界に送り返さなければならない。

 

目的地であるバラントンの泉を目指すため、アイリ達はブロセリアンドの最深部に向け駆け出した。

勿論安易な道のりではない。

森に住まうモンスター達が眼光をギラリと輝かせアイリ達に襲い掛かってきた。

アイリ達を森に迷い込んだ小さな獲物としか思っていないモンスター達は牙を剥き爪を立て次々と猛攻を仕掛けるも、相手が悪すぎた。

 

アレクやアリスと同様の強さを誇るユグドラシルメシアの一人であるユンナの実力は知能の低いモンスターに劣る訳がなく、ひっきりなしに接近してくる猿のモンスターの軍勢を念力で操り宙を舞う五つの刃と槍を振るい次々と地面へと落としていく。

耳に不愉快に響く羽音を鳴らしながら飛行する通常の数十倍の大きさの蜻蛉のモンスターも素早い撹乱飛行で接近してきたが、シャティエルの一つの誤差の無い兵器による光弾が確実に急所を狙い撃ち撃墜し、アイリの援護射撃も加わることで一種の防衛網と化していた。

例え肉薄する状況となっても、リョウとリベリオンの敵対関係とは思えぬ見事な連携攻撃により迫るモンスターを次々と肉塊へと変えていく。

作戦を立ててもいないにも関わらず各々が自分の役割を熟す完璧と言える連携が取れており、着実に最深部へと近付いていく。

 

自分達が獲物として捕食されないために戦っているとはいえ、ある意味ブロセリアンドに住まう者達の命を刈り取り、安寧秩序を乱していると言っても過言ではないため、可能であれば無益な殺生は行いたくないのが本音だが、もう一つ理由があった。

戦闘により多くの死体が生み出され、血や肉の匂いが周囲に漂い、匂いに誘われたモンスター達にとってはアイリ達が通ってきた道は酒池肉林と成り果てていた。

 

ユンナ「これではキリがありませんわね。 以前来た時よりもモンスターが増殖しているようですわね」

 

アイリ「こんな数のモンスターと戦うくらいなら髑髏島で住んでた方がマシに思えてくるよ!」

 

リョウ「流石に面倒じゃのう」

 

リベリオン「私は楽しんでるから構わないわ」

 

殺戮を行うのに忌憚のない笑みを浮かべるリベリオンを余所に、リョウは狐のモンスターの尻尾を掴み遠心力を活かし振り回し大きく投げ飛ばすのかと思ったが、投げ飛ばす勢いを利用してリョウ自身も狐のモンスターの尻尾をしっかりと掴んだまま共に上空へと飛んでいった。

 

アイリ「うわー凄い! 桃◯白みたい!」 

 

リョウ「ワールドゲート開くけえ離脱するで!」

 

流石に数多の敵を相手にするのを時間の無駄と捉えたのか、リョウは上空にワールドゲートを召喚し直ぐ様通過するよう促す。

ユンナとシャティエル、リベリオンは跳び上がり迅速にゲートの中へ入っていったが、アイリは巨大な熊のモンスター相手に苦戦しており、鋭利な爪を弓で防いでいたが力押しされるのは時間の問題だった。

リョウは咄嗟に未だ尻尾を掴み宙で身動きが取れず踠くだけの狐のモンスターを勢い良く真下に投げつけた。

標的となったのは勿論アイリを捕食しようと口から涎を垂らす熊のモンスター。

真上から自分と同等のモンスターが落下してくるなど想像出来る筈もなく、脳天に巨大な体が命中し固い地面に叩きつけられることにより脳震盪を起こしたのか、白目を剥いたまま痙攣してしまっている。

華奢な体であっても貧弱な獲物と捉えているモンスター達がアイリに一点集中し群れとなり猛進してくる。

 

アイリ「ちょっ、多すぎるって!? あたしそんなジャ◯ーズみたいな有名人でもないんだから押し掛けてこないで! うおおおおおお霊長類なめんな!!」

 

我先にと口を大きく開くモンスターの口を自慢の運動神経を活かし掻い潜り、登攀する勢いでモンスターの体を足場として利用し、ゲートから上半身を出し必死な形相で手を伸ばすシャティエルの手を掴むためアイリも手を伸ばすが、逃がすまいと猿のモンスターが他のモンスターを土台にし跳び上がった。

 

リョウ「させるかああああああ!!」

 

翼を展開させたリョウが殺意を剥き出しにした目で睨みを利かせると、一瞬だが猿のモンスターは伸ばし掛けた手を引っ込めた。

どんな凶暴な生物だろうと押し退ける睥睨に怯えきった猿のモンスターの脳天に義足による強烈な踵落としが叩き込まれ、硬い何かが割れる鈍い音が聞こえた。

私怨が籠められた打撃により絶命した猿のモンスターは力無く地面へと墜落し、新たな餌として他のモンスターに捉えられ血肉を貪り尽くされていく。

リョウの援助もありシャティエルの手を掴むことの出来たアイリはゲートの中に入り無事に戦線を離脱した。

シャティエルと同様に、後からゲートを通過したリョウもアイリの無事に安堵の表情を浮かべた。

 

アイリ「ふ~危なかった。 ここにいるモンスター達は凶暴なフレンズなんだね。 キング○ングの世界の住人なら間違いなく死んでるよ」

 

シャティエル「アイリさん、お怪我はありませんか?」

 

アイリ「何とか大丈夫だよ。 ありがとねシャティエル。 あとリョウくんも。 助かったよ」

 

リョウ「無事なら何より」

 

リベリオン「殺戮は好みだが、最初からこうしていればあの猛獣共に出会すことはなかったんじゃないの?」

 

リョウ「………結果良ければ全て良しってやつじゃ」

 

リベリオン「物は言いようね」

 

ユンナ「実際無事に到着致しましたし、悪魔よりも先回り出来たことは好結果と言えますわ」

 

先程のモンスターが群がる喧騒な雰囲気とは一転し、心地好い虫の音が聞こえる、神聖な雰囲気に包まれた場所へと移動してきた。

上を見上げると太い木々や多くの葉による自然の天井が太陽の光を遮断しており、ひんやりとした肌寒さを覚える。

光が届かず薄暗くはあるが、周囲に生える茸が淡く発光しているため視界は良好で、絵に描いたような美しい光景を生み出している。

 

視点を移すと、更に目を奪われ忘我する情景が広がった。

水底まではっきりと視認可能な透明度を誇る、バラントンの泉があった。

まるで人工的に施工されたのかと疑いたくなるように、泉の上は木々や葉に覆われておらず、日光が差し込み煌々と水面が輝いている。

リョウが説明した通りに、泉の中央には小さな小島が浮いている。

 

シャティエル「とても…美しいです…」

 

リベリオン「価値観は伝わらないけれど、私には眩しすぎるっていうのは確かね」

 

アイリ「ゼ◯ダの伝説に出てきそうな場所だよね。 …あの島の中央にフラガラッハがあるんだね」

 

リョウ「感じたか。 そう、あそこに伝説の剣の一本であるフラガラッハがある。 一応言っとくけど、引き抜こうなんて馬鹿なことは考えるなよ?」

 

アイリ「そんなことしないよー」

 

リベリオン「何故私とアイリの方を見て言うのよ」

 

リョウ「リベリオンならやりかねんからのう。 あの剣は他の伝説の剣と同様に只者が触れることは許されへん。 もし剣に認められなければ、フラガラッハに生命エネルギーを吸い取られ死ぬことになる」

 

アイリ「え、なにそれこわい。 てことは、あのフラガラッハの側にいる人も吸い取られて死んじゃった人の亡骸なの?」

 

リョウ「なんやそれも分かっとったんかいな。あと付け加えておくと死んではないで」

 

アイリ「天使族のあたしはマサイ族並に視力がいいからね!」

 

リョウ「へえそうなんだごめん正直興味ないから全然知らなかったよ」

 

アイリ「そんな佐藤君みたいな冷たい言い方やめてよ~。 …でも、待って…」

 

何かを感じ取ったのか、フラガラッハの気を感じ取った時とは明らかに違う反応を見せた。

今まで感じ取ったものとは度量が比にならない、強大なエネルギー。

その強大さは宇宙に匹敵すると言っても過言ではない。

泉の更に底に封じ込められている様に存在する謎のエネルギーを感じ、アイリに鳥肌や全身の毛が逆立つビリビリとした感覚が全身を貫く。

思わずリョウの背後に隠れ身震いする体を抑える。

 

アイリ「な、何? お、大きなエネルギーが…。 りょ、リョウ君」

 

リョウ「流石、それも感じ取るんやな。 安心しんさい。 危険な代物ではないよ。 わし等が悪用せん限りは」

 

ユンナ「アイリさんが感じ取っているものは、ワールドコアと呼ばれる物質ですわ」

 

ユンナが口にしたワールドコアとは、簡潔に説明するならば、世界を創造しバランスを保つ巨大なエネルギーの塊だ。

どの世界にも必ずワールドコアは存在し、そのエネルギーにより世界が成り立っているとも言える、世界丸ごと一つを支える土台のような役割でもあり、その世界を形作る要でもある。

仮にワールドコアに異常が発生すれば、世界の何処かで天変地異が起こる等の、世界が滅亡する大災害を招いてしまう。

 

例を上げるならば、現実世界で発生した宇宙を誕生させる発端となったビッグバンや、白亜紀に栄えた恐竜を絶滅させた巨大隕石の衝突。

他にも幾つか例はあるが、これらの大規模な未曾有の出来事はワールドコアに何らかの異常によるものだと言われている。

 

異常が確認されるのは何千、何万年に一度という低確率なものなので、頻繁に同じ世界に異常が見られるわけではない。

なので何処かの世界でワールドコアに異常が確認された場合、大抵は何者かの策略による仕業と断定し調査が行われる。

無知の者が欲もなく触れるとは考え難く、悪行を働く凶徒や世界征服を企むためワールドコアを人質に要求を求む狡猾な者として時空防衛局が即座に逮捕するため行動を起こす。

 

世界の濫觴とも言え、存亡に関わる重大な代物だと知り、アイリは思わず固唾を呑んだ。

 

アイリ「そんな凄い物がここにあったんだ。 ここじゃなくても時空防衛局の本部で丸ごと管理した方がいいんじゃないの?」 

 

ユンナ「無茶を仰らないでほしいですわ。 世界は無限と呼べる数で存在しているのですから、それを纏めて保管しておくなど一生という時間を掛けても不可能と呼べますもの。 ワールドコアはその場で沈滞していますし、わたくし達が触れでもしたらどのような現象が起きるか、恐ろしくて想像もしたくありません」

 

リョウ「兎に角、ワールドコアに下手に関与せん方がええってことや」

 

アイリ「き、肝に銘じておくね」

 

リベリオン「ワールドコアなんて物はどうでもいいのだけれど、今からどうするわけ? のんびりと悪魔が来るまで駄弁って終わりなの?」 

 

ユンナ「散開し手分けして探るのも手段の一つと言えますわね」

 

アイリ「じゃあ何組かに別れて……っ、来たよ!!」

 

アイリは声を張り上げ何かの襲来の兆しを告げた。

逸早く足を動かしたのはユンナで、稠密した木々の隙間から泉の中央に目掛け放たれた闇のエネルギー弾を防ぐため槍を華麗に一閃し真っ二つにした。

 

アンドロマリウス「感の良い小娘だ。 世界の混乱に乗じて貴様達を葬ろうとしていたというのに」

 

木々の影に身を潜めていたアンドロマリウスとベレトが姿を現した。

アイリ達との傷が完治していないせいか、アンドロマリウスの体力が消耗しているのが目に見えて分かる。

 

リョウ「フラガラッハの封印を解きワールドコアを直接狙おうとしたみたいやな」

 

シャティエル「フラガラッハの封印、とは?」

 

リョウ「まだ話してなかったけど、あのフラガラッハのお陰でワールドコアは異常なく在り続けることができとるんよ」

 

ユンナ「この世界はとある出来事によりワールドコアのバランスが大きく乱れ、世界が崩壊仕掛けた事があったんですの。 世界の崩壊を防ぐために、フラガラッハの所持者、ミネルヴァさんが身を挺してフラガラッハの治癒能力を行使し、世界の崩壊を阻止してくださったんです。 ですがそれと引き換えに、ミネルヴァさんは未来永劫、フラガラッハの力を維持するため自身を封印しその場に居続けなければならなくなったんですの」

 

まるでミネルヴァの過去を見届けていたかの様に語られるユンナの表情は沈痛なものへとなっていた。

 

シャティエル「では、あの小島にあるフラガラッハの側に蔓で纏われた人物が…」

 

ユンナ「ええ。 彼女が、この世界を守ったフラガラッハの所持者であるミネルヴァさんですわ」

 

ベレト「長々ともう目覚めない女のご説明が終わりましたのなら、さっさと道を開けてもらえないでしょうか?」

 

リベリオン「そう言ってはいそうですかと退くと思っているの? 悪魔は知能が高いと思っていたけど、馬鹿な種族だったみたいね」

 

ベレト「調子に乗らないでくださいね小娘。 ピースハーモニアの紛い物の分際で我々を侮辱しないでもらいたいですね」

 

リベリオン「紛い物とは心外ね。 私はあいつらとは別物。 そんなことすら分からず、出しゃばるんじゃない!」

 

リョウ「よせリベリオン。 悪魔の口車に乗せられるんやない。 乱されると相手の思う壺やで」

 

青筋を浮かべたリベリオンは今にも駆け出しそうな勢いの口調へ変化したため、リョウが手で制することでで先行するのを抑えた。

感情を逆撫でしたり心に漬け込む悪魔の姑息なやり方に嵌まると、最悪の場合憑かれる可能性もあるため、リョウが止めなければ危険な状態に晒されていたかもしれない。

 

アイリ「これ以上好きになんてさせないんだから! ここがあなた達のデッドラインだよ!」

 

アンドロマリウス「貴様とて、身勝手な自分の都合で異世界を渡り歩いているだろう。 私と何が違うと言うんだ?」

 

アイリ「あたしが異世界を移動してるのはあんたの愚挙を止めるためだよ! 他人が迷惑してることを気にもしない、自分達しか特のないやり方ばっかり行って異世界に害を為すなら止めるのは当たり前だよ!」

 

アンドロマリウス「私達とて、好きで世界を移動しているわけではない。 ルシファーの反逆により、冥府界を去るしか生き残る方法がなかっただけだ。 つまり我々は被害者だ」

 

シャティエル「ならば被害者なら被害者らしく、時空防衛局に援助を求め、指示に従うべきではないのですか?」

 

アンドロマリウス「我々悪魔が異世界の者共の手を易々と取るとでも?」

 

リョウ「翔琉達の住む世界では妖怪達の手を借りていたのにな」

 

アンドロマリウス「手を借りていたわけではない。 利用していただけに過ぎない」

 

リョウ「ものは言いようやな。 まあええよ。 どのような言葉を並べても、わしはお前達を捕らえることに変わりはない」

 

ベレト「まだ異世界で罪を犯していない我々をですか?」

 

ユンナ「あなた方は先程この世界のワールドコアを破壊しようと致しましたわよね? それは重罪に当たりますの。 ワールドコアは例え時空防衛局員であろうと接触は固く禁止していますの。 世界を危機に脅かす行為を犯したあなた方の身柄は、我々時空防衛局の権限で拘束させてもらいます」

 

ベレト「横暴な思考ですね。 私達にも当てはまる事ですけどね」

 

アイリ「ありゃりゃ、余計なことしちゃったから余計に罪が重くなっちゃったんだね」

 

ベレト「黙れ小娘。 私達の未来は暗澹と変化している。 サタン様の身の安全も不明な現在、我々だけで事を乗り越えなければならないんですよ」

 

何処に向けていいかも分からぬ、不満を募らせた怒りを吐き出すように静かに言葉を漏らす。

自身の世界で起きてしまった出来事とは言え、居るべき世界を追いやられ、異世界を途方もなく彷徨い歩いた挙句、時空防衛局にも目を付けられてしまった。

理不尽に追い詰められたとも言える状況に、腸が煮えくり返っているようで、表情には出ていないもののアンドロマリウスも同様の心境にあった。

 

アンドロマリウス「時空防衛局や世界の監視者に目を付けられた以上、私達に後戻りなど不可能だ。 悪魔なら悪魔らしく、堕ちるところまで堕ちる」

 

アイリ「……ねえ、もうこんな争いやめようよ、アンドロマリウス」

 

アンドロマリウス「何…?」

 

突然の申し出にアンドロマリウスは首を傾げる。

敵である存在に休戦を言い渡される不可解すぎるアイリの行動の意図が全く掴めなかった。

 

アイリ「自暴自棄みたいに見えちゃうんだもん。 あたしが人間じゃなくなった件の元凶だけどさ、ほっとけなくなっちゃった」

 

リベリオン「本当に甘いわねアイリ。 こいつ達は天使である貴様の敵よ。 牢獄にぶちこむか抹殺されて当然の連中。 アイリがやらなければ、私がやらせてもらうわ」

 

アイリ「待ってリベリオン! あたしとは境遇は違うけれど、アンドロマリウス達の気持ちが少し分かるような気がする。 自分達の住む世界に居れなくなっちゃうのは、確かに辛いもん」

 

アイリは天使と悪魔の抗争により、魂が崩壊し人間の種族として存在することが出来なくなり、天使へと転生した。

天使と生まれ変わり、元々住んでいた現実世界で過ごすことは出来なくなり、半ば強制的に天界に住まうこととなった。

アイリ自身、現実世界で俗に言う二次元やパラレルワールドと呼ばれるものに憧憬しており天界で住まうことに不満はなかったものの、やはり自分の在住していた世界で日常を過ごせなくなると、心に穴が空いたように心痛してしまう。

 

アイリ「理不尽な出来事は人生の中で何回も起こると思う。 自分の力じゃどうしようも解決できない事もある。 本当は異世界の出来事に無闇に手出ししない方がいいのかもしれないけど、そんなの今更だよ。 今までだって翔琉殿やピースハーモニアの手助けしてきたし、今だってこうやって異世界に来て関与する筈のないモンスターをハンターの如く狩猟してるんだし。 あたしは、敵味方関係なしに誰かを助けることが出来るなら、迷わず手を差し伸べたいの」

 

アンドロマリウス「未熟故の思考だ。 私達は既にこの世界を滅ぼそうと目論んだ大罪人だ。 更には貴様を死に追いやった当の本人を許すと?」

 

アイリ「確かに、あたしはあんたのせいで人間としての生は終わりを告げた。 …許せるッ!」

 

リョウ「…こんな荘重な雰囲気やのに、ホンマにブレへんな」

 

アイリ「いやーあたしって寛大だよね! スカイドン並に重々しい雰囲気は好きじゃないからね。 兎に角、あたしは例え相手が敵だろうと、救える者は救いたいの。 悪を裁くのは確かに大事なことだよ。 でも何でもかんでも力任せでいくのはどうなのかなって思ったんだ。 今回の場合は理由が理由だから、あたしも共感できるって言うか…そんな感じ!」

 

アイリは自身の境遇とアンドロマリウス達が置かされている境遇と照らし合わせていた。

多少誤差はあるものの、自身の生まれた故郷である世界に戻ることが出来ない辛さは痛感できる。

 

天使にとって悪魔は敵対する存在なため、いつかは対峙し力をぶつけ合わなければならない時が来るのは避けられない運命だろう。

だがそれは後に起こり得る事柄であり、今ではない。

ならば、その運命の時が来るまでは自身の犯した罪を償い、省察の時を設けてはいいのではないか。

 

アイリ「今回の事の発端であるルシファーは自分の力だけじゃなく、異世界の物であるクラウソラスを持ち込んで使ってるし、それで世界を乗っ取るか滅ぼそうとしたんでしょ? ショッカーとかそこら辺の悪の組織と同じような事をしてるんだったらルシファーも立派な犯罪者ってことだから、時空防衛局の出番になる。 ですよね、ユンナさん?」

 

ユンナ「まあ…その世界のたった一人で起こした暴動と反乱ではありますが、異世界の貴重な代物を持ち込んだだけではなく、その世界に住まう者達を数多の異世界に散乱するまで追いやってしまうことは、確かに罪になりますわね。 異世界に多大な影響を与えかねませんから」

 

アイリ「…とのことです。 自分達の住む世界の出来事だから何とかしないといけないところだけど、今回の件は時空防衛局に一任しておけば問題ないと思うんだよね」

 

ベレト「我々が手を下さなくともよいというわけですね。 確かに効率的ですね。 しかし、我々はあなた方の手を借りるなどあり得ませんよ」

 

アイリ「だっしゃしょかあああああああ!」

 

ベレト「!?」

 

リョウ「うわびっくりした! 急に大声出さんといてくれ」

 

アイリ「ごめんねごめんね~。 悪魔のプライドなんか知らないけど、自分達の世界が乗っ取られたり崩壊するよりかは遥かにマシでしょうが! 意地を通せば窮屈だって聞いたことあるし、アンドロマリウス達の状況が好転することはないと思う!」

 

アンドロマリウス「状況が好ましくないのは目に見えている。 ………本来ならば拒絶するのだが、利用価値は充分にある」

 

ベレト「なっ…アンドロマリウス!?」

 

良い意味で我を通す颯爽なアイリの姿を見て心を動かされたのか、アンドロマリウスの警戒心が緩んだ。

 

アンドロマリウス「元人間の小娘の指示に従うわけではない。 私は慚愧するかもしれないが、サタン様が築き上げた世界を失うよりかは遥かにマシだと思えただけだ」

 

アイリ「アンドロマリウスにも大事なものがあるんだね」

 

アンドロマリウス「不服だが、今回は貴様の口車に乗せられてやろう」

 

握手を求めようと、巨大な右手は出さず左手を前に差し出した。

あらゆる種族を毛嫌う悪魔を説得できた達成感に浸ったアイリは笑みを浮かべながら差し出された手を握り返そうと手を伸ばす。

 

まさか本当に悪魔の心情に変化を齎すことが出来るとは夢にも思わなかったため、リョウと驚愕と同時に大きく感心した。

自分を死に追いやるだけでなく転生させられる悲劇と呼べる境遇にさせた元凶を許すなど、大抵の者が決断できないだろう。

必ず憎悪する念と遺恨を晴らしたいといえ念が湧き上がる。

アイリにも僅かながらそのような念があったのではないか、それは定かではないが、アイリは敵対する因縁の相手さえも救いの手を伸ばしている。

 

リョウは恐怖心すら払い除け、妄言を吐かず本音で向き合う寛大な心を持つアイリを誇らしく思った。

アンドロマリウスの手へ伸びるアイリの繊手を見届けようとしたが、一瞬の変化を見逃さなかった。

 

体のあらゆる汗腺から汗が吹き出る。

アンドロマリウスが差し伸べた手に微弱ではあるが邪悪な気配を感じ取ったから。

誰がどう動いても間に合わない、指と指が触れ合うであろう刹那。

斟酌した癡鈍な自分を呪い、力を発動させるため左目を黄金色に染めた。

だがそれよりも俊敏に動いたユンナが縮地とも言える迅速な足裁きでアイリを押し退けた。

 

何が起きたかも分からぬアイリは地面に倒れるも、直ぐ様自分が先程まで立っていた場所に視線を向ける。

視界に映っていたのは、最悪の光景。

アンドロマリウスの手から伸びた邪悪なエネルギーの刃がユンナの胸を貫いていた。

あまりに唐突な展開に、アイリは尻餅をついたまま仕切りに屡叩くことしか出来なかった。

 

アンドロマリウス「ほう、流石だな。 私の心を読んでからの神速と呼べる動き、見事だ」

 

ユンナ「あなたに、褒められても、嬉しくないですわね。 ごふっ!」

 

心臓を一突きにされ激痛が体を迸る中でも必死に口を開くも、吐血し足の力が抜け始め片膝を地に着けてしまう。

致命傷を負ったユンナに戦闘を続行するなど不可能だというのは素人から見ても判断できる。

もう相手にする必要がなくなったユンナを蹴り飛ばし、残虐で邪悪に染まる瞳がアイリを見下した。

 

アンドロマリウス「甘いな小娘。 我々悪魔が容易く他者の提案を飲むと思ったのか? 浅はかな考えは死を招くことになるぞ」

 

震え上がる程に冷ややかな凍てつく視線がアイリを突き刺す。

口角を上げ邪悪に笑みを浮かべるその様は、正に悪の権化そのもの。

 

武力を振るうことのない和平交渉は成立したと思った矢先に起きた惨劇に固まるアイリに巨大な右手を伸ばしかけるが、リョウが間に入りアルティメットマスターを抜刀し斬りかかった。

軽々と振るわれる剣は全て見切られ、腹部に強烈な蹴りが入れられたことにより一度後退しアイリの横へ並んだ。

 

アイリ「リョウ君……ごめんなさい。 あたしが僅かに希望を抱いたばっかりに、ユンナさんが…!」

 

ユンナが致命傷を負ったことによるショックで錯乱状態に陥りそうになるが、抑え込むようにリョウが優しい口調で宥め始める。

 

リョウ「アイリは何も間違えてなんてあらへんよ。 例え悪人であろうと、因縁の相手だろうと許そうとするその心意気は誰にでも出来ることやない。 ただ、今回ばかりは相手が悪かっただけじゃ」

 

剣を握り締める手には血が滲む程の力が込められる。

アイリの和解したいという純情な慈悲を無下にした行為に義憤を燃やすリョウは一息付くと再度言葉を発する。

 

リョウ「こいつ達は根本的にわし達とは思考が異なるってことや。 アイリには申し訳ないけど、覚悟を決めろ」

 

リベリオン「言葉で伝わらなければ、力付くで理解させるだけよ」

 

シャティエル「アイリさん、彼等は平和を望むつもりなど毛頭ないようです。 致し方ありませんが、参りましょう」

 

何事も武力による争いだけで事を終わらせるのはよくない、自身の考えは決して間違いではないと自信を持って頷ける。

しかし、悪魔は残虐非道で怜悧狡猾な種族だと改めて思い知らされた。

甘い考えがなければ、ユンナが負傷することはなかったのではないかと後悔の念に駆られるが、今は猛省するべきではない。

 

和平しようとした自身を止めず賛同してくれた仲間がけじめを付け戦おうとする意に反することはしたくない。

何より、これ以上彼等のような、天界だけでなく数多の異世界に混沌を招く存在を野放しにしてはいけないから。

 

深く息を吸い、腹の中にまで溜め込んだ空気を吐き出す。

覚悟を決め、けじめを付ける。

嘆いている暇など微塵もない。

今やるべきことは、目の前の敵を力を駆使し捩じ伏せるのみ。

 

アイリ「仕方ないん、だよね。 やってみせるよ。 もう好きにはさせないよ、アンドロマリウス。 ここであなたを、倒す!」

 

アンドロマリウス「威勢だけは一丁前だな。 いいだろう、来い、元人間の娘。 次は魂ごと消し去ってやる」

 

アイリ「やれるもんならやってみせなよ。 ただしその頃には、あんたは八つ裂きになってるだろうけどね!」

 

アイリにとっての因縁の相手との最後の戦いの火蓋が切って落とされた。




信じる者は救われるという言葉を信じます


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第78話 アイリVSアンドロマリウスVSダークライ 前編

ユニバ一人で行くの楽しいな~(血涙)


深閑とした人を寄せ付けぬ森林の奥地は一瞬にして喧騒に包まれた。

アンドロマリウスが放つエネルギー体の蛇が周囲を這い回り周囲を暗黒の気で満たしていく。

 

リベリオン「鬱陶しいわね。 アイリ、焼き払いなさい」

 

アイリ「言われなくとも! 『シャインアウト』!」

 

漆黒の闇も物ともせず暗黒の瘴気の中へ単独で突入し、光の衝撃波により瘴気と共に何体かの蛇と纏めて消し飛ばした。

蛇が消滅したと同時にシャティエルが滑り込むように馳せ参じ、二丁の『光粒子ライトブラスター』を手に可能な限り引き金を引く。

光弾が高速で接近するも、アンドロマリウスは回避する行動を取らず、『ヘルタワーポール』を盾として目の前に召喚し光弾を全段防ぎきった。

 

リョウ「『テオ・ソードスラッシュ』!」

 

蛇達を力業で捩じ伏せながら跳び上がったリョウが闇の柱ごとアンドロマリウスは斬り付けようと距離を詰めてきた。

 

アンドロマリウス「『天使の加護』を行使する貴様は脅威になり得る。 丁度良い。 こいつを使い早急に終わらせるとしよう」

 

その言葉にアンドロマリウスとは別の敵、ベレトからの襲撃に気を引き締め集中するも、何者かによる奇襲はあらぬ方向から訪れた。

 

上空にワームホールが開いたと同時に、灼熱の炎がリョウに向けて放たれる。

人間など容易く灰へと変えてしまう凄まじい熱気が迫るも、『天使の加護』による白い粒子が集束し傘のような形となり炎を受け止めた。

炎が消え去ったのとほぼ同時に、巨大な何かがリョウの前方に着地した。

 

リョウの前に立ちはだかるのは、一匹の巨大な蛇。

鎧のように硬い鱗に覆われた太くて長い体、刺すような鋭い眼光を光らせる黄色の目。

鋭利な刃物を思わせる牙が口から覗かせており、噛まれれば致命傷は免れないのは明らかだ。

 

アイリ「口寄せの術みたいなことしてきたけど何こいつ!?」

 

リョウ「バジリスク!? 異世界の生物を飼い慣らしていたとはのう」

 

リベリオン「獣一匹が増援に来たところで戦局が傾くと思ってるなんて、舐められたものね」

 

リョウ「ところがどっこいこいつはヤバいんよ。 わしが相手をするから、みんなはアンドロマリウスとベレトの相手をしといてくれ」

 

リョウが結論付けた一方的な案にアイリ達は首肯する間もなく、リョウはバジリスクへと駆け出した。

バジリスクは真っ正面から迫るリョウに向け大口を開け牙を向ける。

体から分泌された、細胞を瞬時に破壊する毒が惜しげもなく被覆された牙に対し恐れを知らぬ勢いで飛び出したリョウは身を翻し、義足からジェットを噴射させ飛行速度を高め背後に回り込んだ。

尾先を鷲掴みにし、アイリ達から遠ざけるために飛翔し泉から離脱した。

 

森の奥へと吸い込まれるように消えたリョウに愁眉だったアイリだが、今は目の前の討つべき敵に視線を向け集中する。

ベレトが真っ先に動き、フルーレを鞭状に変形させリベリオンの鎌に巻き付かせ行動を封じる。

 

リベリオン「ふん…貴様の相手は私か。 後悔するわよ」

 

ベレト「それはあなたが数秒後に唱える台詞ですよ」

 

フルーレを横に勢い良く振るうと鎌の刃も力に合わせて横に反れた。

その一瞬、怯んだ直後に体に赤いオーラを纏い『レッドメテオ』を発動させ、力任せにリベリオンの華奢な体へと激突した。

流星のような速度での突進を受け止めるも、威力まで殺せた訳ではなく、後方へと吹き飛び大木に勢い良く叩き付けられる。

全身が軋みへし折れそうな痛みが迸るも、リベリオンは狂喜に満ちた笑みを浮かべている。

 

ベレト「おやおや、気でも狂われたのですか?」

 

リベリオン「そう思うなら思ってなさい。 私は今から行う殺戮が楽しみで仕方がないだけよ」

 

手にした鎌に闇のエネルギーが灯り、陽炎のように不気味に揺らめき始める。

リベリオンの鏖殺する気持ちに呼応し、闇は増大していく。

 

 

~~~~~

 

 

リョウやリベリオンが戦闘を開始した一方で、アイリもシャティエルと連携しアンドロマリウスに遠距離からの攻撃を試みていた。

だが、相手は悪魔族の中でも頂点に立つ実力を誇るサタンフォーの一人なのを忘れてはならないことを痛感する。

 

幾度と戦闘を重ね、動きが着実に読まれ始めていた。

アイリが撹乱する動きから様々な矢を放つも全て回避され、シャティエルが繰り出す近未来な兵器による火力も相殺されていく。

無尽蔵とも言える闇の力が容赦なく放たれ、防戦一方になるほど早くも戦況が傾くが、一手を撃ち逆転できる方法を慮る。

 

アイリ(大丈夫。 落ち着いてアイリ。ホームズ探偵学院にも入学できるあたしの脳細胞はトップギアだよ!)

 

アンドロマリウスの攻撃を巧みに回避しつつ、脳内で突破口を見つけるため熟考し始める。

 

 

『私の使命は、歌で、みんなを幸せにすること』

 

『言おうと思ったんだ。お前が世界のどこにいても、必ずもう一度会いに行くって』

 

『星屑溢れるステージに、可憐に咲かせる愛の華。生まれ変わった私を纏い、キラめく舞台に飛び込み参上!』

 

『まっすぐ自分の言葉は曲げねぇ。オレの忍道だ!』

 

『グソクムシーwwwwwグソクムシーwwwwwグッソクソクソクwwwwwグッソクッムシーwwwww』

 

『聞いて驚け! 見て笑え! 我らエンマ大王様の一の子分!』

 

『ゲートオープン!開放!!』

 

 

アイリ「………だめだね(呆れ)」

 

シャティエル「アイリさん、どうかなさいましたか?」

 

アイリ「いや、あたしってホントにブレないなあ~って思っただけ。 考えるのはやめて、体の感覚に身を任せ突撃あるのみ!」

 

頭で考えるより体の感覚に頼ることに決めたアイリの行動は早く、『トリックアロー』と『スプレッドアロー』を連続で繰り出す。

あらゆる角度から降り注ぐ矢が逃げ道を塞ぎ、アンドロマリウスの動きを制限するのが狙いだった。

脳内で描くのは容易だが、現実で実現させるのは困難を極める。

地面から這い出るように現れるエネルギー体の蛇が立ちはだかり、数十という矢は蛇に直撃し、アンドロマリウスに届かぬまま役目を終えていってしまう。

 

シャティエル「援護致しますので、アイリさんは引き続き攻撃をお願いします」

 

『多連装レーザーバックル』を召喚し、両手に所持した『ライトガトリング』を一斉発射した。

レーザーと光弾による火力での力押しはアンドロマリウスとも引けを取らず、遜色ないもの。

傷を負っていると思えぬ動きと力を発揮し、少しでも気が緩めば邪悪なる一撃を受け致命傷に至るのは免れないだろう。

 

アンドロマリウス「機械人形、また生き恥を晒さぬうちに失せろ」

 

シャティエル「退くことなど有り得ません。 必ずあなたをアイリさんと共に撃ち倒します」

 

シャティエルの援護射撃をこれ以上過激になれると厄介なのは承知していたアンドロマリウスは手早く始末しようと標的にした。

地を這う蛇達の頭が一斉にシャティエルの方に向き、口から『狂舞蛇撃』が放たれる。

逃げ道の縫い目すら目視が難儀な物量による熾烈な猛攻だが、シャティエルは焦慮に駆られることはない。

 

冷静に戦況をデータ化し、脳内に内臓されてあるコンピューターが演算をこなしていき、効率の良い正解を導き出す。

一秒にもならない一瞬で出された結果を実行に移したシャティエルは翼のジェット噴射の出力を上げ光線目掛け直進し始めた。

誤った答えでもなければ血迷ったものでもない、最善の策。

『多連装レーザーバックル』を正面に展開し光線を防ぎつつ直進し続ける。

真っ正面から猛進するアンドロマリウスは『愚者殺し』を繰り出し邪魔なバックルを粉砕しようと腕を伸ばす。

 

しかし、バックルは拳が直撃する瞬間に左右に別れた。

予想外すぎる行動にアンドロマリウスは意表を突かれた瞬間、翼からジェットを噴射し自身の真下に高速で移動したシャティエルが微かに見えた。

人体であればダメージを受けるような人間離れした軌道を描き動けるのは、機械ならでは可能な行動だろう。

 

急降下しながら持ち変えた『可変式長距離プラズマライフル』の標準をアンドロマリウスの心臓に合わせ引き金を引いた。

殺傷能力が高い光弾が砲口を通り、重力を無視し空気を斬り裂きながら高速でアンドロマリウスに迫る。

だが、アンドロマリウスもサタンフォーと呼ばれる悪魔族最強の称号を持つ、常人とは比較にならない戦闘能力の持ち主である彼は人間を遥かに超越した恐るべき反射神経で光弾が発射される前に体の軸をずらした。

幸いにも心臓の直撃は避けられたものの、右肩を掠めた。

大きな被害を受けなかったアンドロマリウスは次なる一手を叩き込まれる前に反撃に移る。

 

右腕を槍状に変形させ『デストラクションランス』を繰り出す。

シャティエルも凄まじい速度の演算能力を駆使し『クリスタルミラーバリア』を展開したが、鋭い突きの一撃を防ぐには至らず、槍と化した先端がバリアを貫き翼を破壊した。

滞空することが維持出来なくなったシャティエルは重力に従い落下し華麗に着地をすると、再度『ライトガトリング』を装備し周囲に這う蛇達を一掃するため火を吹かせる。

 

蛇に気を取られているシャティエルに止めを刺そうと邪悪な笑みを浮かべる。

僅かに口角が上がっただけだが、その笑みを見ただけで大抵のものは戦意喪失する程にまでおぞましいもの。

 

アンドロマリウス「消えろ、機械人形」

 

アイリ「させないってばね!」

 

背後から聞こえた活発な少女の声。

同時に背後から感知できた強大な光の力。

 

攻撃を中断し、右腕を大きく振るう。

闇の気を纏ったエネルギーと共に振るわれた腕は四方から迫り来ていた矢の嵐を弾き飛ばした。

 

アイリ「まだまだ! 『輝弓牙』!」

 

真横から光の槍と化した弓を突き出しながら猛進する。

アンドロマリウスは笑みを浮かべたまま闇の気を纏わせた手で弓を鷲掴みにし、エネルギー体の蛇を召喚しアイリの首目掛け体を伸ばす。

焦らず主力である弓を手離し、矢を手に召喚したアイリは蛇の頭部を踏み台に前へ大きく跳躍、両手に持った『アローランサー』で豪胆な攻撃を仕掛ける。

 

アンドロマリウス「私を侮り過ぎるにも程がある」

 

小さなエネルギー体の蛇を多数召喚しアイリの体を絡め取った。

手足を縛られ自由を失い踠き脱出を試みるも、巻き付いた蛇達が一斉にアイリの滑らかな肌に噛み付いた。

 

アイリ「ううぅ、ああああああ!!」

 

体の至る箇所を噛み付かれ、全身に痛みが走り思わず悲鳴に似た声を上げる。

噛み付かれただけで済むならまだ良かったが、体の中にどす黒い、忌諱に触れるもの、闇が注入されていくのが分かり、ベトリとした汗が身体中の汗腺から吹き出る。

それでも何とか抵抗をしようと未だ動かせる手首を捻り矢先をアンドロマリウスへと向け、『アローランサー』を長く伸ばすよう形状を変化させ、太股を突き刺すことに成功した。

アンドロマリウスに光の力が侵食していき、太股から浄化され始め湯気のように白い煙が立ち込めるも、表情に変化はなく、威圧感が籠められた目でアイリを見ている。

 

アンドロマリウス「貴様如きが私に勝るなど有り得ない事柄だったのだ。 己の無力さを呪いながら死に向かえ」

 

アイリ「まだ…負けて、ない。 あたしが、負けたって認めた時が、敗北した時、だよ」

 

アンドロマリウス「既に結果は出ている。 貴様は敗北者だ」

 

アイリ「敗北者? 取り消してよ、今の言葉! あたしは…負けるつもりも、退くつもりも、ない!」

 

アンドロマリウス「未だ声も体も震えているのに強気な発言だけは出来るようだな。 勇壮な勢いだけでこの私に勝とうなどと、荒唐無稽であり、私に対する侮辱そのものだ」

 

アイリ「正直、逃げれるものなら、逃げたいよ。 こんな、痛い思い…何度も味わいたく、ないもん…」

 

ひっきりなしに襲う痛みに歯を食い縛りながらも耐え言葉を繋ぐ。

 

アイリ「でも、逃げたら後悔するって、自分でも分かるから、逃げない! 辛いことから目を背けていても、立ち塞がる壁がなくなることなんて、ないから…!」

 

アンドロマリウス「…どうやら出任せではなく本心のようだな。 あの気弱で矮小な少女とは到底思えぬ心の強さだ。 だが、貴様の信念も勇壮な勢いも無駄となる。 この場で散華するがいい」

 

アイリ「あたしの、死に場所は、ここじゃない!」

 

心を見透かし嘲弄するような笑みを浮かべるアンドロマリウスの背後に数発の光の矢が突き刺さった。

 

突如放たれた不意打ちに第三者の攻撃かと視点を移すと、宙に浮いたガーンデーヴァが矢を番えていた。

アイリの意思通りに動くガーンデーヴァは生命を得たかの様に機敏に飛び回り、更に矢を放つ。

回避しようにも絶対に逃がさないと言わんばかりにアイリが突き刺した矢は抜けなかった。

埒が明かないと判断したアンドロマリウスは矢を掴み、強引に引き抜こうと力を込める。

 

それでも矢は動く気配を見せない。

一切動じない矢はアイリが意地でも逃さないと力を籠めているものだが、アイリの心の強さを具現化しているようにも見える。

弱音や泣き言を吐かない鋼の意思を貫くも、アンドロマリウスは屈強な腕力で体をへし折ろうと腕を伸ばした。

 

アンドロマリウス「生意気な小娘が…今ここで、っ!?」

 

殺意を剥き出しにしていた表情と共に、体勢が大きく崩れた。

原因は、上空から真下に放たれた一筋の光線。

 

何事かと両者が同時に視線を移すと、円形型のレーザー射出ユニット、『直下型バスターレーザー』が浮遊し、目標に向けレーザーを射出していた。

様々な気配に敏感なアイリさえも感知出来ず漸近していたユニットは、言わずもがな、シャティエルがアイリを助力するため予め準備したもの。

 

アイリ「ありがとうシャティエル。 この好機は無駄になんかしないからね!」

 

シャティエルの助力により危機を脱したアイリは光の刃と化したガーンデーヴァを操り俊敏な動きで自身に纏わり巻き付いている蛇達を一掃した。

蛇により体内に注入された闇が体を蝕み強烈な痛みと吐き気を催すも、止まることなど許されない。

光の力が膨張すると同時に体から溢れる白い光の粒子の数も増していく。

ラムネ色に淡く輝くガーンデーヴァを力強く握り、アンドロマリウスに突貫する。

 

アイリ「あたしの弓技みさらせやー!」

 

アンドロマリウス「調子に乗るな! 元人間の分際で!」

 

持てる全ての力を余すことなく発揮する。

番えられた黄金の矢は、アイリから溢れ出る白い光の粒子により純白に染まり、神々しい退魔の光を灯す。

一度に何本もの矢を番え射ち出したのと同時に、アンドロマリウスも闇の力を一気に解放する。

手負いとは到底思えぬ、底知れない力が光を呑み込もうと迫るも、アイリは怯まず恐れなかった。

 

目で追うのも困難な速度で宙を飛び回り、互いの力と技をぶつけ合う。

相反する力が激しく衝突し合う衝撃で木々達に傷付き、泉にも被害が出かねないと配慮したアイリはアンドロマリウスに燦然と輝く矢を無数に放った後に続き、『光弓三日月斬』と『アローランサー』を発動させた状態で突貫した。

防御体勢に入り放たれた矢と危険を省みないアイリの命懸けとも言える特攻を防ぐアンドロマリウスは押され始め、急速で上昇していき、木々や隙間がないほど生い茂る枝をへしおりながら森を脱した。

 

戦場として猫の額とも言える神聖な泉から離脱し、大自然の絶景が広がる碧空へと躍り出た。

無限の広さを誇る茫洋な大空を舞台に、二人の攻防は更に激しさを増していく。

光の矢が数十という群れと為して空を覆い尽くす、弾幕と呼ぶに相応しい光の矢と、神々しい光を喰らおうと荒ぶる数匹の蛇の連撃とあらゆる攻撃をも凪払う暗黒の猛打が常時繰り出されている。

戦闘機の機動力さえ容易に超越する迅速な動きで、光と闇が常時衝突し合う壮絶すぎる戦い。

 

戦闘に没頭しているせいか、どれ程の時間が経過したのか、数百を優に越える矢を射ち続けた腕の疲労感も感じなくなっていた。

脇目も振らず、ただ討つべき敵を討つ使命感を心に宿し、全力以上の力を常時発揮し続けている。

 

アイリ(痛みや疲労は感じない…! でも、今集中力を途切れてしまったら、間違いなく感覚が戻って反動で体が壊れちゃう…!)

 

アイリ自身、既に気が付いていた。

体に限界が訪れ、悲鳴を上げていたことに。

それでも止めることなど、逃げるという選択肢は端から無い。

必ずアンドロマリウスを倒しきるまで、戦うだけ。

限界を超える力を出し、命の炎を燃やし、自身の人生を狂わした元凶を討つため矢を射続ける。

 

アイリ「さっさと、落ちろ、カトンボ!!」

 

アンドロマリウス「威勢だけは称賛しよう。 だが私には届きはしない!」

 

『ストレートアロー』、『トリックアロー』、『スプレッドアロー』等の矢が一斉に空中に放たれ、太陽の光にも劣らない輝きが森林全体を照らす。

忌々しい光に照らされながらもアンドロマリウスは『ヘルタワーポール』を発動させ周囲に散乱するかのように飛び交う矢を次々と落としていき、『フールイーター』で落とし損ねた矢を真っ正面から粉砕していく。

 

アイリ「まだまだこれから! 『アロービーム』!」

 

枯れ葉のように虚しく落ちていく矢はアイリの合図と共に矢先がアンドロマリウスへと向き、光の光線を放った。

地面から高々と伸びる紫色のエネルギーの柱に直撃しない絶妙な位置と角度から放たれた光線に気付いた瞬間に、アンドロマリウスは無数の蛇のエネルギーを束にし重ね合わせ簡易的な盾を生成した。

 

アイリ「『パーフォレーテッドアロー』!」

 

数多の光線の筋が宙を彩る中で、一筋の青い光が一閃し、蛇の盾とアンドロマリウスの横腹を掠めた。

あらゆる防御をも貫く矢で突破口を開いたアイリは脇目も振らず新たな技を繰り出す。

 

アイリ「『スクリューアロー』!」

 

光の渦を纏った矢が放たれ、盾を削り取っていき、開けられた穴が徐々に広がっていく。

追撃として先程繰り出した『アロービーム』が次々と盾に直撃していき、耐久力を着実に下げられていき、破られるのは時間の問題。

 

光の渦を阻塞することなど最早不可能だったが、アンドロマリウスは『愚者殺し』の力押しで相殺。

光が霧散し巨大な拳を下ろしたその時、アンドロマリウスの視界には猛進してくるアイリが写った。

何もせず突っ込んでくるわけはなく、『光弓三日月斬』を発動させ振り下ろす姿があったので、即座に反撃の一手を加える。

 

アンドロマリウス「真っ正面から来るとは、成長しない小娘だ」

 

背中をゾクリと悪寒が走る、絶対零度の冷ややかな視線と言葉。

気付いた時には腹部に鋭くもあり、鈍く感じるような激痛を感じていた。

標的を逃がすまいと捉えていた視線を下に移すと、自身の腹部に槍状に変化したアンドロマリウスの腕が突き刺さっている。

何が起きたのか分からぬ困惑と焦りの色が顔に浮き上がり、身体を容易く貫通した腕を引き抜こうとするも微動だにすることはない。

 

アンドロマリウス「貴様のような虫けらが、私に挑むのがそもそもの間違いなのだ。 無駄だと始めから認知していれば、現状のように苦痛を味わうこともなかったと言うのに」

 

アイリ「無駄、じゃない…無理でも、ない! ぐふっ!? かはっ! げほっ!」

 

痛みを堪えながらも言葉を発するも、吐血してしまい大きく噎せてしまう。

不撓不屈の精神は折れてはいなかったが、華奢な身体が心には付いてはいけなかった。

徐々にぼやける視界と薄まる意識の中でも、決死の抵抗と言わんばかりに、瀕死の一撃を受け尚も手放さなかったガーンデーヴァに光を集束し『輝弓牙』を発動させようとする。

 

アンドロマリウス「小賢しい。 勝機などないと再確認し、己の愚行に後悔しながら死んで行け」

 

盾の役割を補っていた内の一匹の蛇がアンドロマリウスの意思に従うように蛇行を繰り返し、大口を開け闇の力を纏った牙を虫の息と成り果てたアイリの喉元へ突き刺した。




コスプレしてるの見るのが毎年の楽しみ♪
下着コスプレ?あんなのコスプレじゃない(確信)


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第78話 アイリVSアンドロマリウスVSダークライ 中編

後編かと思った?
残念、中編でした!


華奢な身体を貫いた槍状に変化した腕は赤くに染まり、先端から鮮血が滴り落ちていく。

喉元に噛み付いた蛇は遠慮を知らぬ勢いで血肉を貪り、止めの一撃と言わんばかりに喉元を噛み千切った。

頸動脈を引き千切られたことにより鮮血が大量に零れ、アイリ達が滞空している箇所のみに深紅の雨が降り注ぎ青々とした木々を赤く染めていった。

 

天使とはいえ、人間と同様に喉元を切られでもすればタダでは済まない。

腹部への痛烈な一撃を受けたこともあり、抵抗する力は当然一欠片もなく、アイリの腕はだらりと下へ落ちており、見開かれた目には命の灯火が見えない。

 

アンドロマリウス「漸く事切れたか。 悪魔の恐れる要因が消えた。 だが、自身の世界を追いやられた現状では、この娘が生きようが死ぬまいがどうでもよいのかもしれないな」

 

帰還する場所を喪失した己の悲痛な現状を皮肉ったように呟く。

しかし僅かに悲哀が混じった言葉は誰かが返答してくれる訳もない。

 

屍と成り果てたアイリを遺棄しようとしたが、とある違和感に気が付いた。

力無く下に俯くアイリの顔が先程と違うことに。

首を傾け覗き込むと、顔は人間のものではなく、『へのへのもへじ』と描かれた張りぼてだった。

 

アンドロマリウス「なっ…!?」

 

変化に気付くのがあまりにも遅すぎた。

既に間に合わない、尽くす手段が無いと判断した直前、アイリだった何かである物、『カワリミ』は大爆発を起こした。

回避不可能な至近距離での爆発を受けたアンドロマリウスは空中での制御を失い、樹冠を突き破り勢い良く草が生い茂る地面へ激突した。

背中を強打し、全身に収まりきる空気と共に内蔵が破裂したことによる血が口から吐き出された。

 

呻吟する間もなく、アンドロマリウスの左腕の手首と両足首に光の矢が射ち込まれ、完全に動きを封じられてしまった。

 

アイリ「やああああああああああ!!!!」

 

枝木や大木を潜りながらアイリが空中から馳せ参じた。

光の刃と化したガーンデーヴァの切っ先を向け己を鼓舞するための雄叫びを上げ、アンドロマリウスの心臓目掛け急降下する。

 

アンドロマリウス「小娘がああああああああああああああああ!!!!」

 

一度だけでなく二度までも『カワリミ』による瞞着する攻撃を受け激昂し、荒々しい声を上げる。

最後の悪足掻きとも捉えられる、身体の奥底から張り上げられた魂をも揺さぶる一声。

 

悪魔と相対し、闇を晴らす禍根である、厭悪し仇為す少女に自由に動かせる右腕を上げ、拳を握り力の限り突き出す、今までとは比にならないエネルギーが込められた『愚者殺し』が放たれた。

 

アイリの弓とアンドロマリウスの拳が接した瞬間、エネルギーの余波により周囲の木々が吹き飛んだ。

光と闇が激しくぶつかり、交わり、擦れ、散乱する。

森林全体が震える程のエネルギーが放出され、この場を寝床とし住まう獰猛な獣ですら踵を返し逃げ始めている。

周囲を一瞬にして更地へと変化させ、二人だけの独壇場を築き上げたが、より一層攻防の激しさは増していく。

不規則に乱れ飛ぶ闇がアイリの身を蝕み、光がアンドロマリウスの身を焦がす。

それでも両者は決して力を緩めることなどしない、否、許されない。

どちらかが僅かに気を抜き力を緩めれば、その瞬間に勝負が決まる。

一歩も退くことなど許されない、緊迫した戦況が膠着している。

 

アンドロマリウス「貴様のような低俗な存在がここまで強くなるとは思いもしなかった。 だが、この場で貴様は死ぬ。 己の弱さに最後まで向き合えずに」

 

アイリ「己の弱さなら気付いてるつもり! 現実世界では陰湿なあたしだったけど、天使に転生した時から思い描くあたしを貫いてきた!」

 

アンドロマリウス「……やはり、威勢だけは一丁前のようだな。 克服できたわけではないようだ。 貴様の心から恐怖の念が伝わってくる」

 

アイリの心を覗き見たのか、アンドロマリウスは邪悪な笑みを浮かべる。

弱さに付け込む奸悪な言葉を並べてくるも、動じることはない。

 

アイリ「怖いに決まってるじゃん! 死んじゃうかもしれないのに!」

 

アンドロマリウス「ならば逃げればいいではないか。 以前の貴様ならば真っ先に行動していただろう。 簡単な話だ。 武器を捨て去り、その場を去れば良いだけだ」

 

アイリ「本当だったらそうしたいよ。 でも、あたしが敗走すれば、あなた達を目の前にしながら敵前逃亡を図れば、誰かが違う形で被害に遭う!」

 

アンドロマリウス「何故他者の安全を考慮する必要があるというのだ? 自分さえ良いのだけでは満足出来ないのか? 貴様はただ他者を助力し満足したつもりになり、自己満足していただけ…そうではないか?」

 

アイリ「誰かを助けて感謝されてちやほやされたいわけじゃない! 仲間や友達、知らない誰かが傷付く姿なんて見たくもないし想像もしたくない! だから、あたしは逃げずに戦う! それに、あんたとは決着を着けないといけないから!」

 

アンドロマリウス「ただの仇討ちかと思ったが、私情を挟んでいたか。 私が憎いか?」

 

アイリ「憎いかなんか分からないけど、あたしのような運命になってしまう人がいなくならないためにも、あんたを倒す!」

 

アンドロマリウス「決着を着けると発言したな。 その言葉が自然と出るということは、私を憎悪すべき対象だと捉えている何よりの証拠だ」

 

アイリ「そりゃ、ゼロではないよ! あたしを一度殺してるようなもんなんだから!」

 

アンドロマリウス「私を殺したいのだろう? ならばもっと私を憎み恨め。 怒りで力を増幅させ立ち向かって来るがいい。 ここで私を止めなければ、あの機械少女や妖怪の小僧もいずれ殺すことになるぞ」

 

アイリ「そんなことさせるかあああああああああ!!!!」

 

神経を逆撫でする挑発染みた発言がアイリの怒りの沸点を突破した。

怒りの炎が心の奥底で燃え上がる。

呼応するように放出される光の力が倍増していき、アンドロマリウスの闇を纏った拳が徐々に押され始める。

 

生死に関わる強大な一撃にも関わらず、アンドロマリウスに焦りの色は伺えない。

寧ろ、僅かだが不気味に笑みを浮かべている。

怒りの感情に身を委ね、一心不乱にガーンデーヴァを振り下ろそうと力む。

 

更に光が増幅していく最中に、体の奥底にどす黒い何かを感じ取れた。

膨れ上がるように、体を蝕んでいく何かに気付いた時には、既に遅かった。

どす黒い何か、闇が体を支配しようと心を貪り食らうように暴れまわるのを混乱しながらも抑え込もうと神経を集中させる。

 

アイリ「な、何で、闇が……!?」

 

アンドロマリウス「貴様は胸の内で私のことを憎悪し、仲間に危害を加えようとしたことに憤怒した。 貴様の心に生まれた負の感情を闇へ変換しただけだ。 さぞかし苦しいだろうな。 いっそ素直に堕ちた方が楽になれるかもしれんぞ?」

 

堕落させるための甘美な言葉を投げ掛けるも、アイリは一切耳を貸すことはない、と言うより聞く余裕などない状態だった。

 

体の内から相対する力である闇が自身を支配しようと迸る不快感が常時襲う。

身体中の汗腺から嫌な汗が吹き出し、吐き気を催す。

呼吸も乱れ始め、到底戦闘を続行可能な状態ではないのが嫌でも理解出来てしまうため、焦りと不安も募り始める。

視界も歪み始め、弓を持つ手と光の力が衰弱していく。

 

アイリ(ちょっと…ホントにヤバいかも。 少しでも気を抜けば意識が失われそう)

 

朦朧とする意識の中でも絶対に倒れない、退かないという強い意志が自身を奮い立たせており、どうにかアンドロマリウスの拳を受け止めきれているが、時間の問題だろう。

心の奥底から溢れる闇を排斥しようと試みるも、粘り強く巣食う闇は未だに心身を蝕もうと暴れ狂っている。

 

アイリ(凄く辛い。 戦うことってやっぱり辛い。 諦めたくない……でも、耐えられそうにない)

 

アンドロマリウス「このまま身を委ね楽になった方が楽だろう? さあ、闇を受け入れろ」

 

心を読み取ったアンドロマリウスの言葉が脳裏に焼き付くように響きリフレインする。

受け入れてはならないと理解できていても、蠱惑的な言葉を聞き入れ染まってしまった方が楽になれるという考えが生まれてしまう。

この場を凌げるのならば良いのではないかと。

 

アイリ(もう、いいかもしれないのかな?)

 

アンドロマリウス「そうだ。 貴様は不馴れな環境下の中でも必死に生きてきた。 もうあの忌まわしい監視者共に振り回されることもない」

 

アンドロマリウスの勧誘とも受け取れる言葉が響く。

心の奥底に根付き蔓延していく闇は、歯止めが利かない。

体の感覚が徐々に薄れていき、意識が漆黒の深淵へと沈んでいく。

光が途切れ、堕ちていく。

 

闇に呑まれればルシファーの様に堕天使となるか、体が耐えられず死にゆくか。

未来の行く末など眼中にもなければ考慮すらしていないアイリはただ禍々しくも優しく呑み込む闇に浸透されていく。

 

アイリ(あたしなんかじゃ、サタンフォーに勝てる筈がないんだ)

 

闇に呑まれることで、負の感情も芽生える。

自信に満ち溢れ溌剌としたアイリは消え失せ、天使へと転生した日からを振り返る。

 

ガーンデーヴァを使いこなす訓練時に現れたリリスとの戦闘の際にも、決定打を与えることが叶わなかった。

 

天界でのディーバのライブを警護する際にも、ベルゼブブには辛うじて勝利を収めたが、リョウ達により体力を大きく削られていたからこそ。

 

翔琉達の住む世界でアンドロマリウスに襲撃された際には、戦意喪失させられるまでに追い込まれ敗北した。

 

アレクの能力によりピースハーモニアの世界に逃走した際には、自身が戦うことを恐れ戦闘が行えない状態を庇うためシャティエルが犠牲となってしまった。

 

その後のディーバのライブの警護の際にも、エクリプスと共に出現したデスピアの幹部であるグラッジはダークネスリベリオンとの一時的な協力により倒すことが出来たが、一人では勝利は掴めなかったぢろう。

その後のリベリオンとの戦闘では実力が及ばず敗北した。

 

星空界では自身が手にする筈だったルシファーに光の剣クラウソラスを奪取された挙句、取り逃がしてしまった。

 

現実世界では久々に自分の世界に帰還できたことに歓喜していたあまりにベルゼブブの発見が遅れ、新世界に少なからず被害を出してしまった。

 

悪魔を討伐するため終焉を迎えた世界でヴィラド・ディアに喰われ消滅した時空防衛局の局員達も、もっと早く忠告し実力があれば救えたかもしれない。

 

現在も、サジタリウス達にも協力してもらい特訓をしてもらったにも関わらず実力が及ばずアンドロマリウスに敗北しようとしている。

 

過去を振り返れば振り返るほど、自身の不甲斐なさと実力不足が浮かび上がる。

人一倍努力をしてきたが、理想の結果へ辿り着くことがない。

何も変えることなどできない自分に反吐が出そうになる。

外面は変わっても、内面は転生する前の内気な頃と何も変わってなどいなかった。

 

もう自信など持てず、失望するしかないアイリは自分を軽蔑しながらただただ底が見えぬ深淵へと沈んでいく。

 

アンドロマリウス「終わりだな。 心の内から闇に染め上げれば、たとえ光を有する貴様でも抵抗はできまい」

 

光の力が完全に消え去り、静かに瞳を閉じたアイリは地面へ倒れ伏した。

闇に堕ちるよう巧みな話術により誘導したアンドロマリウスは一息つくと手首と足首に刺さった矢を抜き漸く体の自由を取り戻した。

 

アンドロマリウス「あとはこの娘に憑き天界へ行き不意を突き四大天使を滅し、冥府界に戻り裏切り者のルシファーを討つ」

 

闇に蝕まれ気を失っているアイリを殺そうとしたが、野望と復讐を果たすための傀儡として扱った方が効率が良いと判断し命を奪うことはしなかった。

光の絶え間無い攻撃により負傷し体力も大きく削られたが、治るのは時間の問題なため気にする必要もない。

散々アイリ達に邪魔をされたが、ここからは滔々と物事が流れるだろうと密かに確信を得つつ、アイリに憑こうと巨大な右手を伸ばす。

 

あと一寸で肌に触れるという直前で、アイリの体から白い光の粒子が溢れ、身体を守護するように覆い、光の奔流となった粒子がアンドロマリウスに襲い掛かり数メートル先まで吹き飛ばした。

 

アンドロマリウス「ば、馬鹿な…!? 何故光の力が残っている!?」

 

確かに光の力が消失したのを確認できた。

二度と目覚めぬ筈なのに、瞬時にして爆発的に増大し膨れ上がった光の力に戸惑いを隠せずにいた。

一体アイリの身に何が起きたのか全く理解出来なかった。

 

 

~~~~~

 

 

アイリ「暗くて…寒い。 これが、闇?」

 

闇の深淵へと意識を沈めたアイリは瞼を開いた。

上下左右、前後を見渡しても視界に入るのは夜よりも濃い漆黒の景色。

自身の精神世界とは思えぬ黒々とした世界に驚愕するも、自身が闇に捕らわれ堕ちたことを思い出し冷静となる。

 

アイリ「そっか、あたし闇に染まっちゃったんだ」

 

自覚していても、不思議と焦りはない。

自然と馴染むように染み付いており、先程の苦痛が夢だったのではないかと錯覚する。

 

アイリ「もう、後戻り出来ないよね…。 闇堕ちキャラはかっこいいかと思ってたことあったなー。 でも…あたしの場合、負け犬じゃん」

 

自分の運命を皮肉で言い鼻で笑う。

幾ら努力をしても周囲の人々の実力には到底及ばなかった。

転生したばかりの戦闘経験も無いに等しいため仕方ないと言えばその通りなのかもしれないが、言い訳にしか過ぎない。

 

リョウの仕事の補佐をしたいと願い、友や仲間を守れる強さを求めていたが、足を引っ張る結果となることがしばしばあり、自分は足枷の形となってしまっている。

想いだけは人一倍強いが、想いだけでは解決できないのを痛感させられた。

 

アイリ「あたしに、もっと力があれば良かったのに。 はあ…もう、考えてもしょうがないや。 あたしは実力も心も弱いし…何も、出来ない…」

 

自分を責め立てていくうちに、涙腺が緩み始める。

目から涙が出始めそうになるも、泣くまいと必死にこらえた。

 

アイリ「泣いちゃ駄目…! あたしは笑顔が一番似合う子って言われたんだから。 泣いちゃ駄目だって、約束を……約束?」

 

自然と口から出た言葉に違和感を覚えた。

 

泣いては駄目という約束は一体誰と交わした約束なのか?

笑顔が一番似合う子とは誰に言われた言葉なのか?

 

発言した言葉は確実に誰かに言われた事実だけは確かに脳裏にある。

誰に言われたのかは頭をどれだけ捻ろうと出てはこない。

物心が付いた頃には孤児院に居たが、孤児院に勤めていた人に言われた記憶はない。

学校の誰かに言われた記憶もなければ、転生した後に言われた記憶もない。

 

ならば、一体いつ、誰に言われた言葉なのだろうか?

 

『──あな──い──子ね』

 

アイリ「えっ………?」

 

『──私──愛す──よ』

 

聞き覚えのある声が聞こえた気がした。

優しく語り掛ける、女性の声。

聞いているだけでどれだけ不安に駆られようも落ち着いてしまう、懐かしい声。

確かに記憶に残存していたその声は、より鮮明になり聞こえてくる。

 

『あなたは笑顔が一番似合うわ。 あなたの笑顔は、周りを照らす光よ』

 

『何事も頑張れば何でも出来ちゃうものよ。 大切なのは、諦めずに自分の信念を貫くこと』

 

『昨日出来なかったのに、今日は出来たの? 凄いじゃない! 流石、──ね! やっぱり愛莉は出来る子ね! 偉いわよ!』

 

『私が──まで、泣かないで。 泣かないって、約束して? 必ず──から。 あなたは、私にとって──よ。 ──るわ』

 

所々ノイズが走るように思い出せない箇所があるが、確かに言葉が聞こえた。

何故今まで覚えていなかったのか分からない程の、聞き覚えのある声。

だが何故か、その人物が誰なのか思い出せないのが不思議でたまらない。

覚えている筈なのに覚えていなかった、何とも言えない矛盾が生じる。

 

頭の片隅に眠っていた記憶が何故今になって掘り出されたのかは不明確だが、アイリの心に再度光が灯る契機となった。

 

アイリ「何だろう…凄く懐かしくて、温かい言葉。 誰かは思い出せないけど、心に染み渡って、もう一度頑張ろうって思えてくる」

 

挫け折れてしまった心が記憶に残存する言葉だけで治癒してしまった。

我ながら心が脆く単純だなと思ってしまったが、元気や勇気を与えてくれる活力剤とも言える効力が記憶の中の言葉にはあった。

 

アイリ「誰か分からないけど、ありがとう。 あたし、もう一度立ち直って頑張ろうと思えたよ。 自信を持って、前に進まないとね!」

 

再度戦火の中へと飛び込むことになるのは分かっている。

戦うということは、自身が傷付く覚悟と、周囲にいる者を守り傷付ける覚悟が必要となる。

戦うことに恐れを感じなくなったわけではない。

 

今以上に強大な敵が現れるかもしれない。

激痛を伴い致命傷を負うかもしれない。

仲間や友を失う悲劇も訪れるかもしれない。

 

 

避けては通れぬ困難な道や障害と言う名の壁があろうが、それを見てみぬ振りをしてはならない。

どれだけ目を反らそうが、目の前にある道や壁が消え去るわけではなく、目の前に在り続けるのだから。

未来を覗き見ることなど出来ないため、如何なる困難が振り掛かるか知る由もないが、自身の力で乗り越えなければならない。

 

そのためには、更に強くならなければならない。

現実世界とは異なる、魑魅魍魎な輩が多数存在するファンタジーと呼ばれる世界の中では一人で立ち向かうには限界がある。

だが自分は一人ではないと、過去を振り返り再確認した。

転生してからというもの、様々な出会いに恵まれた。

 

世界の監視者と呼ばれる青年や相棒の喋る消しゴム。

全世界を統一する神様。

電気を操る無鉄砲な天使

エンジェロイドの少女。

幼い妖怪の少年。

 

数える程度だが様々な異世界を巡り、数えられない程の多くの出会いに巡り会えた。

マイナスな局面ばかり見てきたが、確かに自分が居たことで役に立てたこともあった。

何より、様々な人に技の技術を教わり学び、心に刻まれる大切なことも学んできた。

零落せず心身共に強くなれたのは、間違いなく今まで出会ってきた仲間達が背中を押してくれたお陰だ。

 

アイリ「みんなのお陰で、あたしはここまで来ることが出来た。 ここからはあたしがみんなから伝授されたことを活かして、あたしの力で進んでいかなくちゃ!」

 

戦い続けると畢竟したアイリの瞳は光に満ち溢れており、その輝きは一等星をも思わせる漆黒を照らす。

記憶の中に確かに存在する何者かの言葉により賦活したアイリの輝きは、瞬く間に心に染み付く闇を消し去っていき、純白の空間へと早変わりしていく。

蕪雑していた心境は霧散し、決意を固めた意思と志を持ち、夢に向けてもう一度踏み出そうと翼を羽ばたかせ精神世界の上部へ向け飛翔する。

 

アイリ「今からはあたしの快進撃を見せてやるんだから!!」

 

前向きな想いと共鳴するように、光の力も増大していき、身体から白い光の粒子が溢れ出す。

アイリ自身では気付いていないようだが、それはリョウが行使する『天使の加護』と全く同質なもの。

 

一筋の光と成り天へと昇って行き、精神世界を抜け出した。

 

 

~~~~~

 

 

闇から解放されたアイリは立ち上がり、愛用の弓、ガーンデーヴァを掴み、白い粒子で吹き飛ばされたアンドロマリウスの方へ視線を向ける。

討つべき敵に向けられた、決然たる光を灯らせた双眸は、別人だと捉えても不思議ではない程に、強く鋭い。

人間の何倍もの時を生きるアンドロマリウスさえも、どのような甘美な誘惑の言葉を投げ掛けようが、無意味に終わるのが予想できてしまった。

 

アイリ「復活の福音を受けたアイリちゃん大復活! 光が時を刻む間に、あたしの美技に酔いしれちゃいな!」

 

アンドロマリウス「信じられん…闇に呑まれた者は這い出すことなど有り得ん。 屈強な心の持ち主でもない貴様が、何故…!」

 

アイリ「正直、詳しいことはあたしにも分からない。 でも、記憶の中にある誰かの声に救われた。 あたしはあたしらしく、転生したことで生まれ変わった新しいあたしを貫いていこうと思えただけ。 自信を持って、前向きに進む。 それがあたしが望む理想の自分! 今から更に一新されたあたしの実力、見せてやるんだから、お覚悟は、よろしくて?」

 

自信に満ち溢れた言葉に、戦うことへの躊躇いも迷いもない。

友や仲間、誰かを守るために。

自ら望んだ道を行くために。

勇気を振り絞り、今立ちはだかる脅威へと立ち向かう。

 




次回、因縁の二人の戦いに決着!


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第79話 アイリVSアンドロマリウスVSダークライ 後編

決着!
短かったようで長かった…


アンドロマリウス「やはり貴様は悪魔にとって厄介極まりなく、危険な存在だ。 あの場で殺し損ねた私が不甲斐ない。 一人の貴様など取るに足りない、眇眇たる存在、この場を貴様の墓場にしてやろう」

 

アイリ「死ぬつもりは毛頭ないよ。 それに、あたしは一人じゃない!」

 

地を駆け抜けながら『ファイブストレートアロー』を繰り出す。

 

百戦錬磨の悪魔であろうと、先刻とは比較にならない光の一矢を受ければ致命傷に成りかねない。

舌打ちをしつつ空中を舞い踊るように飛び交う光の矢から距離を取り回避に徹する。

 

アイリ「逃がさない! 『サンダーボルトアロー』!」

 

上に向けられ放たれた矢は蒼空を覆い尽くす木々の枝に直撃する寸前で稲妻へと変化しアンドロマリウスへと降りかかる。

回避に専念していたアンドロマリウスは真横に生えている大木をへし折り稲妻へ放り投げ相殺し、闇のエネルギーで蛇を大量に生成し、『狂舞蛇撃』を繰り出す。

光の矢を落としながら迫る禍々しい光線が迫るも、アイリは回避しようとはせずその場に止まったままだった。

 

まるで回避する必要がないかのような、迫り来る闇に毫も恐れぬ勝気な姿勢と表情。

虚栄を張っているのではなく、実際に回避する行動を取らなくても済んでしまうから。

だが、今から発動させようとする技は、試したことのないもの。

一発本番なので無謀とも言えてしまうだろう。

 

アイリ「みんなが信じるあたしを、自分を信じる!!」

 

友や仲間に支えられ心身共に強くなれた自分の力を信じ、光の力を増幅させ技名を叫ぶ。

 

アイリ「『天使の加護』!」

 

アイリの周囲に漂う光の粒子が前方に集束し盾となり、闇の光線を完全に受け止めた。

 

凄まじい威力を持つ遠距離攻撃でもいとも簡単に防ぐ最強の盾。

天使族の中でも最上位に当たる四大天使の承諾がなければ手にすることも叶わなければ、扱うことすら許諾されない特上の技。

アイリは四大天使に『天使の加護』を授けられたわけではなく、リョウが使用していたものを頭の中で思い描き、形として表現しただけ。

並大抵の光の力では実現不可能な、他者に比べ桁外れな力量を誇るアイリだからこそ形にできた芸当だろう。

 

アンドロマリウス「まさか加護を発動させるとは。だが便宜を得たところで私に勝てると思っていないか? 思い上がりも甚だしい。 試しただけの紛い物など粉砕するだけ!」

 

『狂舞蛇撃』を発動させたまま飛翔しアイリに接近、光の粒子目掛け『愚者殺し』を連続で放つ。

重さと速さを兼ね備えた一撃が粒子の壁に激突し、光と闇のエネルギーが周囲に霧散する。

絶対防御を誇るとされる『天使の加護』とは言え、アイリが発動させたそれは似て非なるものと言っても過言ではない。

重い一撃を何発も防げる程の耐久力はなく、数発の拳の内の一撃が粒子の壁を破りアイリの華奢な体へと迫る。

 

咄嗟に『エンジェルリフレクション』を展開し防御に徹し、ガーンデーヴァを一度手放し斜め前に滑り込むように見事な足捌きでアンドロマリウスの懐に潜り込む。

 

アイリ「『アローランサー』!」

 

気合いの込められた手にした光の矢がアンドロマリウスの腹部に食い込み刺さる。

透かさず更なる一手を加えようとしたが、アンドロマリウスの膝蹴りが顎に直撃し、視界が大きく揺らいだ。

視界に火花が散り、気を緩めれば失神しかねなかったが、気力を振り絞り耐え抜き、後方に反れた顔を前に向けた瞬間、粒子の壁を掻い潜ったアンドロマリウスの左手がアイリの喉を捕らえた。

 

体に出入りする空気の道が塞がれ、苦痛に悶える。

酸素を求めようと狼狽していただろう、以前の自分ならば。

冷静に事の解決策を模索し、必死の抵抗として両手に召喚した光の矢をアンドロマリウスの左腕の手首に突き刺す。

力が緩まった隙に左腕を鷲掴みにし、アンドロマリウスの体を持ち上げ背負い投げを繰り出し地面へ勢いよく叩き付けた。

結愛から教わった体術の内の一つが輝いた瞬間だった。

 

自身の技を活かせる最適な距離を保つため光の粒子を纏いながら距離を取り体勢を立て直す。

浮遊していたガーンデーヴァを手にし、更なる一手を加えるため矢を番える。

 

アンドロマリウス「隙を作ったつもりか? 『ヘルタワーポール』!」

 

地面から生えた闇のエネルギーで生成された柱が天高く伸び、大木を薙ぎ倒し吹き飛ばしていく。

アイリの真下、周辺にも展開された柱の隙間からは静かに蛇達が忍び寄ってきており、獲物の息の根を止めようと牙を光らせている。

 

アイリ「厄介だなあ。 『グラスアロー』!」

 

地面に数発の矢を放つと、光の矢先が地面から生え、辺り一面を光の草原へ変化させた。

闇で生成された蛇が光の矢に触れれば消滅は免れないため、アイリに接近するのは困難となった。

牽制としての策が功を奏したので、続いてアンドロマリウス本体を射ち抜くため矢を番える。

 

アイリ「お願い、届いて! 『パーフォレーテッドアロー』!」

 

アイリの強い意思を乗せた、矢先が青く輝く一本の矢が放たれた。

頑丈で分厚い柱を易々と貫通していきながらアンドロマリウスに迫るも、胸部に着弾する直前に左手で掴み止められた。

 

アイリ「まだまだ! 追加効果のおまけ! 『スプレッドアロー』!」

 

アンドロマリウスの手中に収まる矢が突如弾け、無数の小さな矢と化し空中へと拡散した。

至近距離にいたアンドロマリウスは危険を察知したが時既に遅く、何本かの矢は上半身を中心に刺さり、光が体を焦がしていく。

 

アンドロマリウスにとって本格的に不利な戦況に傾き始め、初期の悠然としていた態度は消え失せていた。

目の前にいる元人間の天使の少女に蹂躙されそうにあり、情弱で貧弱だった筈の相手に本気を出さなければならない現状と自身に苛立ちさえ覚える。

 

進捗のある運命に乗っていた筈だったが、何の前触れもなくアイリの光の力が急上昇するという予想不可能な出来事が起こってしまい、頭で描く理想は崩壊し大きく脱線することになった。

今からでも巻き返し、目の前に居る明確な脅威となった少女に確実に潰すため更に闇の力を高める。

 

アンドロマリウス「『フールイーター』!」

 

右手に蛇の頭部の形をしたエネルギーを宿し、闇の柱を潜り抜けながらアイリ目掛け猛進する。

周囲に配置された蛇の口からは『狂舞蛇撃』も繰り出されていた。

数の暴力ではなく、的確に逃げ道を塞ぐ計算された無茶苦茶な攻撃。

 

アイリ「『天使の加護』!」

 

だが今現在のアイリは最強の盾とも呼べる『天使の加護』がある。

アイリの周囲に漂う白い粒子は迫り来る光線の軌道上に集結し、全ての光線を消し去っていく。

四方八方から遅い来る攻撃に見向きもせず、肉薄してくるアンドロマリウスのみに集中することが可能となった。

打破すべき相手だけにしか注意を向けることができ戦闘を有利に運びやすくなったのは大分向上したと言える。

 

アイリ「『スクリューアロー』! からの~『光弓三日月斬』!」

 

光の渦を纏った矢を放つと同時に弓を光の刃と化し地面を強く蹴り飛翔する。

アイリの先を行く矢がアンドロマリウスの右手に着弾すると同時に光の渦が蛇の頭部の形をしたエネルギーを削り取り始める。

切削され威力が減退していくも、自慢の豪腕の力量の前にはたった一本の矢など脅威には程遠い有り触れたもの。

身を翻し回転した力を使用し矢を弾き飛ばしアイリに猛進する。

 

光の刃と蛇が激しく、速く衝突する。

何度も、何度も、何度も。

どちらかが退くまで、どちらかの隙が生じるまで、只管に熾烈な攻撃を繰り返す。

 

アイリ「はあああああああああああああああああああああ!!」

 

アンドロマリウス「はあああああああああああああ!!」

 

見てるだけで圧倒される気迫ある絶叫にも似た声が森中に響き木霊する。

二人の攻撃による余波により木々が薙ぎ倒され吹き飛ばされていく。

普段なら獲物を発見しては哮り立っているモンスターさえも、二人の闘気を肌で感じ縮こまり近づこうとすらしない。

 

空気や大地が振動する凄まじい接戦だったが、唐突に終結へと向かう。

 

アイリ「くっ………!」

 

僅かだがアイリの光の力が緩んだ。

引き続き行われた戦いに、遂にアイリの体が悲鳴を上げ始めていた。

事を終息させ、誰かのために戦いたいと願う強い意思とは裏腹に、体は動かなくなっていく。

 

好機を逃す筈のないアンドロマリウスは蛇の口で弓を鷲掴みにし、アイリの横腹に鋭い蹴りを入れる。

あばら骨が折れたと同時に、折れた骨が臓器を傷付け、激痛の上から激痛か上乗せされる。

 

体が痛みで塗り潰される。

だが痛みにより覚醒したのか、若しくはアドレナリンが放出されたのか、アイリの力が緩むどころか痛みを堪えるため手に入る力が上がったようで、蹴りにより吹き飛ばされなく未だに弓を掴み続けている。

体の内から上がり喉を通ってきた血を吐き出しながらもアイリは技を放とうとしたが、アンドロマリウスは弓を掴む腕を大きく凪ぎ払い、アイリを未だに現存する『ヘルタワーポール』へと叩き付けた。

闇のエネルギーが背中全体に直撃し、天使特有の純白の翼が削られ抉り取られそうになる。

再度訪れた別の痛みに声を上げながらも耐え、『天使の加護』を発動させ背中に接触する柱のダメージを抑え、足を白い光の粒子に乗せ滑走するように柱を登る。

 

アイリ「『アローランサー』!」

 

一度弓を手放し両手に召喚した矢をアンドロマリウスの肩に目掛け投げ付ける。

一本は右腕により弾かれるも、もう一本は見事肩に命中した。

アイリはそのまま弓を掴み『シャインアウト』を放ち蛇を消し去ると同時にアンドロマリウスを後方へ飛ばし、足を地に着かせた。

 

アイリ「まだまだー!! 『レインアロー』!」

 

悲鳴を上げ、警鐘を鳴らす体に鞭を撃ち光の力を発揮する。

 

碧空に打ち上げられた数本の矢は瞬時に十数本の矢となり地上へと降り注ぐ。

流星雨にも似た連撃。

回避という手段を選択させない広範囲に及ぶもの。

防御に徹する手段しか与えられなかったアンドロマリウスは巨大な右腕を盾としその場を退けようとした。

軍勢とも呼べる数量の矢が降り注ぎ、アンドロマリウスの右腕や周辺の地面に突き刺さる。

 

矢先は確かに強固な右腕に刺さってはいるものの、やはりダメージは通ってはいなさそうだった。

だがアイリの目的はこの攻撃でダメージを与えることではない。

脳内で瞬時に思い描き練った次なる一手となるための前座に過ぎない。

 

アイリ「『アローエクスプロージョン』!」

 

技名を叫ぶと同時に、着弾した光の矢は技名を聞き

待ってましたと言わんばかりに一斉に爆発した。

十数本の矢が爆破し、閃光が森を照らす。

至近距離で強烈な光を浴びせられたアンドロマリウスの体からは白い煙が立ち込め浄化されていっているのがアイリの目でも確認できた。

 

アンドロマリウス「随分と力が増幅しているな。 貴様達の世界で言う異世界転生の物語の主人公になったような気分で舞い上がっているのだろう?」

 

アイリ「天使に転生してからはあたしも興奮して、これから起こることにワクワクしてたよ。 今だって、これから起こる摩訶不思議な冒険にはワクワクしてる。 でも、あたしは主人公になったつもりなんてない。 あたしは無数にある世界の中で生きている一人。 偶然にも特殊な力を得たってだけで、何処にでもいる女の子だ!」

 

アンドロマリウス「惜しい…そして愚かだ。 僥倖を手にし、特別な力を所持していながら、他者のために力を振るう。 宝の持ち腐れでしかない。 誰かのために力を振るい称賛されることで喜びを得ているだけにも見える」

 

アイリ「あたしの持つこの力をどう使うなんてあたしの自由! 誰かが決めていい権利はない! それにあたしはちやほやされるために戦ってるんじゃない! あんた達みたいな輩から誰かが傷付いたりしないためにあたしは戦ってる! 確かにあたしの力を使えば、現実世界に類似した世界を滅ぼすことも征服することも可能だろうけど、恫喝するだけが全てじゃない!」

 

アンドロマリウス「綺麗事をほざくな。 何でも倫理的に行動すれば良いというわけではない。言葉で通じぬと最初から分かっているのであれば、武力で制圧し服従する。 邪魔をする者がいるのであれば、殺す。 今の貴様が、その対象だ」

 

アンドロマリウスも連戦により体力を大幅に消耗しており、一撃でアイリを仕留めるために闇の力を極限まで高め始めた。

 

同様にアイリにも力を発揮するのに限界が訪れていた。

体が疲労困憊とエネルギー切れで萎靡する前に、決着を付けなければならない。

気を抜いてしまえば、光の力を過剰に行使し過ぎた反動で真面に行動は出来なくなることは分かっている。

力を満足に継続出来るかどうかも不慥かなので、迅速に勝利を掴まなければならない。

転生を果たし過ごしてきた日々の中で得た矜持を保ち、痛手を負った体を気力で無理矢理動かす。

 

アンドロマリウス「気弱な一面を晒け出していれば痛みを味あわず楽になれたものを。 誰の役にも立てず、誰かの足枷となっていることにも気付かぬまま悔いを残し消え去れ。 『コンティネン卜アンガー』!」

 

地面が膨張し、闇の力が亀裂から漏れ始める。

以前、翔琉達の住まう世界で放った際には村一つを丸ごと消し飛ばした強力で派手な一撃。

今更回避を行う余裕がないとは言え、回避を行わなければ死に直面してしまうのは明白。

だがアイリは強い視線を向け、真っ正面に向かい飛翔する。

 

アイリ「それでもあたしは、あたしを信じるあたしを貫く!」

 

気高く凛々しいとは言えないかもしれない。

だがその強い意思は華奢で戦士とは思えぬ少女を鋭く彩っている。

転生させられた一般人の身なため、戦士ではないのは明瞭。

それが今は、誰かや何かのために戦っている。

意思と想い、勇気を力に変えて。

 

アイリ「『シャインガイザー』!」

 

即興で思い付いた新たなる技を発動させる。

 

地面の至る場所から眩い光の粒子が間欠泉のように吹き出し、地中から漏れる闇を僅かに中和していく。

光に包まれながらも、闇が地中で弾け、地盤を弾き飛ばす。

以前のものと比較すれば、光の澎湃により威力が半減されてはいるものの、絶大な威力なことに変わりはない。

『シャインガイザー』を盾とするよう通過し光に包まれながらも猛進する豪胆な振る舞いでアンドロマリウスと距離を縮めていく。

 

勿論ノーダメージでこの場を退けた訳ではない。

僅かでも負傷しないよう湧き出る光に沿うように上に駆け上がりながら飛翔していたのだが、その際に溢れ出る闇が容赦なく足に直撃してしまっていた。

左足は掠れる程度で済んだが、右足は完全直撃を果たしてしまい、艶のある美脚には全体的に痛々しい傷が刻まれ、出血により赤く染まっている。

右足に激痛が走り、力を入れようにも動く感覚が掴めないことから、骨折どころか粉砕されてしまっているかもしれない。

 

それでも、アイリは止まらない。

アドレナリンが分泌しているせいで痛みが軽減されているというのもあるが、絶対に諦めない強い意志が体を突き動かしている。

『ファイブストレートアロー』を連続で発射し手数による攻撃で隙を作らせないよう接近しつつ大技を懐にぶつける算段で矢を番える。

 

気迫を込め矢を放とうとした直後、右肩に違和感を覚える。

視線を移すと、闇のエネルギーで生成された蛇が肩に噛み付いており、牙を体へと深々と突き刺していた。

『コンティネン卜アンガー』が発動した際に地面に忍ばせていたようで、音も立てずアイリの背後に貼り付いていたようだ。

闇を注入させられると思ったが、繰り出されたのはゼロ距離からの『狂舞蛇撃』。

闇の光線が肩を貫き、矢を掴む力を失い番えていた矢は在らぬ方向へと放たれる。

冷静に頭を回転させ、咄嗟に放った矢に追尾機能を追加させ『トリックアロー』に変換、背後に回り込んだ矢はアンドロマリウスの背中に見事命中した。

機転を利かせた一撃に怯む様子はなく、アンドロマリウスは『愚者殺し』を放とうと拳を振りかざす。

 

しかしその豪腕は振るわれることはなく、飛来した光の刃が貫かれたことにより地に落とされた。

アイリが『輝弓牙』を発動させた状態でガーンデーヴァを投擲したのだ。

先程の『アローエクスプロージョン』やその他諸々の光の猛攻を続け様に与えられたアンドロマリウス自慢である最高の武器としての役割でもある強固な腕は所々罅が走り始めており脆くなっていた。

力任せの一撃により、遂にアンドロマリウスの腕は限界を迎えた。

 

アイリ「チャンス到来!」

 

残りの体力を考慮すると、恐らく止めを刺せるのは今しかない。

この期を逃すわけにはいかない。

 

肩を貫かれ右腕が使い物にならなくなってしまったが、戦闘を続行する以外に選択肢はない。

否、選ぶ必要などなく、答えは一つ。

 

逆転の萌芽が見えたアイリは最後の力を振り絞り最大の一手を与えるため満身創痍の体に鞭を打ちアンドロマリウスの懐に素早く潜り込み腹部に掌底を叩き込む。

続いて肘で顎を殴り上げ、姿勢を低く保ち足を払い体勢を崩す。

アンドロマリウスは蛇を生成しようとしたが、アイリの『天使の加護』が降り注ぎ闇の力を行使するのを阻止した。

抵抗すら許されない状態に追い込んだアイリは豪腕に突き刺さるガーンデーヴァを引き抜き構える。

利き腕が封じられ弓をいることが叶わない致命的な弊害が生まれたが、臨機応変に対応する。

 

滞空したまま弓本体に両足を置き足場とし、矢を番え、左腕一本で矢を引っ張り全体重を後方へ掛け仰け反る。

負傷した右足に力が掛かり痛みが迸るも、お構い無しに矢を引く。

 

アンドロマリウス「一度だけでなく、二度までも絶望の底から這い上がるとは…! 人間の時の怯懦な性格に復古していれば……光の力が増幅していなければ……貴様のような半端者に……私が敗北など、有り得ん!!」

 

必勝する筈だった死闘。

自分よりも劣等な種族に敗北を与えられる屈辱に耐えられず声を荒げる。

 

アイリ「あたし一人じゃ乗り越えられなかったけど、仲間がいたからここまで来れたの! それに、あたしは転生してから、変わることができた。 成りたいあたしに成れた! でも、過去の弱いあたしを捨て去らず、その弱さも享受して、前に進み続ける! それが、『白澤愛莉』だから!」

 

満身創痍ながらも、膂力が尽きるまで矢を引き、自分が出せる最大の一撃で確実に沈めるため、殉ずる勢いで光を一本の矢に注ぎ込む。

 

アイリ「『ロイヤルストレートアロー』!!」

 

魔を葬る剽悍な一矢が至近距離で放たれる。

星の様に瞬く煌々とした光だが、太陽の様に巨大で精悍、そして暖かな光。

魔を、悪を、漆黒ですら白く染め上げ焼き焦がす一筋の光芒がアンドロマリウスを貫く。

森林全体が大きく揺さぶられ、陽光が射し込まない暗黒が支配する場所でさえたった一つの光により純白に照らされた。

 

数秒という片時と言える間だが、一分、十分にも感じられる、騒然たる戦闘が嘘のように静寂が周囲を支配する。

光が晴れると、アイリの最後の一矢により周囲の木々が跡形もなく吹き飛ばされた、森林であった更地が広がっていた。

上記の通り跡形もなく消し飛ばされ、周囲に木々が生えていたと説明しても耳を疑うだろう。

 

半径100メートル程削られ更地となった中央には尻餅を着き荒い呼吸を繰り返しているアイリと、最大出力の一矢を直撃したことにより下半身と右腕が消失し上半身のみとなったアンドロマリウスが諦念が籠った目で横たわり碧空を見上げている。

 

アンドロマリウス「………私が、負けたというのか。 このような、戯れ言ばかりほざく、矮小な小娘に…」

 

不本意ながらも受け止めなければならない現実を確認するように呟く。

 

アンドロマリウス「何故…負けたといのだ? 幾つもの群雄を葬り去ってきた私が…何故………?」

 

誰かが応答するわけもなく、譫言のように呟き、その言葉は宙へと消えていく。

 

アンドロマリウス「サタン様…申し訳、ありません。 私は、あなたの安否も確認出来ぬ、まま…この世を去る」

 

アンドロマリウスの体からは光により浄化され、体からは湯気のように白い煙が出続けており、体が徐々に消滅し始めていた。

 

アイリ「待って…あたしは、まだ、あんたに聞きたいことが、あるの…」

 

虫の息となりつつあるアイリが呼吸を整えながらも地を這いアンドロマリウスに詰め寄る。

 

アイリ「幾つか、聞きたいことが、あるの」

 

アンドロマリウス「私が、貴様に質疑応答すると思っているのか?」

 

アイリ「先ず、一つ目、冥府界でルシファーが何をしたのか、教えて欲しい」

 

アンドロマリウスの言葉が耳に入っていないかのように言葉を紡ぐ。

アイリも喋るのがやっとで、気を失っても不思議ではない程、限界を迎えている。

 

事切れる前に、消滅を果たす前に、どうしても聴取しておかなければならないことがあるから、気を失うわけにはいかない。

 

アイリ「もう一つは…あたしの、死んだあの日、どうして…リョウ君と結愛さんがいたのか」

 

アンドロマリウス「…その様子だと、世界の監視者から色々と語られていないことが多いようだな」

 

アイリ「リョウ君は、あたしに隠してることが多いって、思った。 だから、人の心を覗き込み、過去を武器として精神攻撃を行い、痛罵を浴びせさせる悪魔のあんたなら、何か、知ってると思った…」

 

リョウは確実にアイリ自身が知らない過去を秘匿している。

 

先程の精神世界で聞こえた声の主が何者かは不明だが、懐かしい感覚に陥った事から、記憶にはないが過去に遭遇したことがある誰かということ。

 

アイリが現実世界でウリエルとアンドロマリウスの戦いに巻き込まれたのは偶然なのだろうが、その場にリョウが運良くその場に居た、若しくは早急に駆けつけたのだとしても偶然という言葉で片付けるには納得がいかない部分がある。

今までのリョウの態度を見ていても、アイリに執着し過保護になる点が目立つ。

 

天使と悪魔の抗争に巻き込まれ守りきれず転生することになってしまったことに責任を感じるのは理解できるが、現実世界で暮らすただの一般人相手にここまで律儀に接するだろうか。

時空防衛局にその後の対処を委任することも可能だった筈だ。

何から何まで面倒を見てくれるのは有難く疑うことなどしたくもないし罪悪感が湧いたが、色々と疑問を感じざるを得ない点が多い。

 

リョウ本人が口を割くとは到底思えない。

ならば敵とは言え、アイリの過去を覗き見ることが可能な悪魔ならば、懸案を何か聞き出せるのではないかとアイリは目論んでいた。

 

アンドロマリウス「……良いだろう。 分かる程度だが、冥土の土産に、教えてやろう」

 

アイリの心に渦巻く怜悧狡猾な思考に気付いたのか、それともまた別の何かを企んだのか、アンドロマリウスは口角を上げた。

 




いよいよアイリの過去に触れていきます。
正直主人公なのに影が薄くなっているので深掘りしていかないと(笑)


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第80話 理解不能 理解不能

今年最後の投稿!


因縁とも言えるアイリとアンドロマリウスの戦闘が終結した同時刻、リベリオン達との戦闘も終わりを告げていた。

どちらかが勝利を掴んだわけでもなく、白旗を上げたわけでもなく、強制的に幕を下ろされていた。

 

アイリの放った『ロイヤルストレートアロー』の余波が森林全体に広がり、それは最深部でもあるバラントンの泉にまで届いていた。

その場で戦闘を行っていた闇の力を所持するリベリオン、ベレトには致命的なダメージを与えることになってしまっていた。

 

リベリオン「あら、まさか助けてくれるとは思わなかったわ」

 

シャティエル「アイリさんがあなたを自由の身にすると約束をしています。 約束は守らなければならないもの。 なので、守護をする行動を取らせていただきました」

 

リベリオン「ただのお節介ね」

 

シャティエルの『クリスタルミラーバリア』により、リベリオンは光による影響を受けることなく無傷で済んでいた。

 

対するベレトは突如訪れた奇襲に反応仕切れず、光を諸に受け全身が焼き焦がされ満身創痍となっていた。

未曾有の災害でも起きたのかと言わんばかりに怪訝な面持ちで現状を把握しようとしている。

 

ベレト「な、何が、起こったと言うのですか…!?」

 

リベリオン「知るわけないじゃない。 取り敢えず分かることは、貴様が敗北したってこと。 貴様の賢い猿以下の知能でも分かるでしょ?」

 

ベレト「こ、こんな結末が…あってたまるか!」

 

立つことすら叶わないであろう全壊しているに等しい体を気力で叩き起こし、死に物狂いで泉の方へと走り出す。

泉に湧く水は聖剣フラガラッハにより治癒能力が宿っているため、それを利用し傷を癒そうと企んでいる。

既に実行に移しているベレトは翼を広げ一直線に向かっている。

逃走を許すまいとシャティエルが武装を展開するよりも早く、複数の何かが宙を飛来しベレトを追跡し身体を斬り刻んだ。

翼を刻まれ隙間だらけとなり飛行不可能となったベレトは速度を落とせぬまま地面に墜落し激しく横転する。

 

?「ミネルヴァさんが守護する泉に異物が混濁するなど、あってはならぬ惨状ですわ」

 

後方から聞こえた声の主は、ユンナだった。

片手に持つ自慢の愛用の槍、エンプレスジャッジメントの下部に付いている刃を念力で操作しベレトの愚行を阻止したのだ。

 

高貴たる振る舞いで歩みを進める姿は美しく熟視してしまうところだが、気になる点は他にある。

先刻、アンドロマリウスの不意打ちにより心臓を貫かれ致命傷を負ったにも関わらず、何事も無かったかのような状態にまで回復しているということ。

貫かれた胸部には鮮血が滲み高値な服が赤く染め上がっているだけで、深々とした大きな傷は見当たらない。

 

ベレト「ぐうぅ…僥倖に、恵まれていますね。 散華したと思っていたのですが…」

 

ユンナ「ご存知ありませんの? わたくし、不老不死ですのよ。 幾許の刃が刺さろうと、弾丸の嵐が降りかかろうと、死ぬことなどありませんわ」

 

ベレト「不老、不死ですか…。 流石の我々でも、太刀打ち出来ませんね…」

 

淡々と述べられた最重要とも呼べるユンナの能力。

不老不死なので、アンドロマリウスの攻撃により致命傷を負ったが死ぬことは許されないため、驚異の治癒能力により完治し戦場に復帰したのだ。

 

ユンナ「本当ならば隙を見計らい襲撃を掛けようとしたのですが、アイリさんはアンドロマリウスと共にこの場を離脱してしまいますし、謎の光によりあなたは戦闘不能に近い状態にまで減衰してしまいましたから、出てくるタイミングを失ってしまいましたの」

 

シャティエル「ユンナさん、アイリさんは今一人です。 応戦に向かいましょう」

 

卑小な存在を相手にしている余裕はなく、アイリの探索を行うのが最優先事項のシャティエルは急かそうとしているようにも見える。

焦りを覚えたシャティエルは迅速にベレトの後始末を行いアイリの元へ駆け付けたかったが、アンドロマリウスとの攻防により翼が破損してしまっている。

 

思いだけが募り行動に移せないことに懊悩しそうになるが、心境を察したユンナが優しくシャティエルの肩に手を置いた。

 

ユンナ「心配いりませんわ。 アイリさんは弱くなどありませんから、簡単に殺されはしませんわ。 先程の凄まじい光はアイリさんが放出したものに間違いありませんし、リョウさんが駆け付けている筈です」

 

シャティエル「ですが、無事な姿を見るまでは安心できません」

 

ユンナ「シャティエルさんの意見はごもっともですわね。 リベリオンさん、シャティエルさんと共にアイリさんの元に向かってくださいまし」

 

リベリオン「貴様に命令される筋合いはないし、私が首を縦に振るとでも?」

 

ユンナ「あなたは異世界を放浪する危険人物として時空防衛局が身柄を拘束しているんですのよ。 目を離さず監視しなければならないところを、あなたを信頼し行かせようとしているのです」

 

リベリオン「私が逃亡しないと考えているわけね。 時空防衛局を束ねる最高責任者は随分と甘ちゃんなのね」

 

ユンナ「悪いように言い換えるなら、何時でもあなたを捕らえることが可能ということですのよ。 そこは、お忘れなきよう」

 

リベリオン「…ふん、言ってなさい。 一時の自由を得られるためなら仕方なく聞くとするわ」

 

最高責任者たる威圧感のある言葉。

並大抵の人はその言葉だけで身震いし、返答すら叶わず硬直してしまうだろう。

リベリオンは戦慄くことこそないが、実力で勝てないと理解しているため、渋々だが提案を受け入れるしかなかった。

 

ユンナ「アイリさんの感じられる念はここから西南の方角、距離は800ですわ」

 

リベリオン「意外と近いわね。 行くわよ、シャティエル」

 

シャティエル「了解致しました。 ユンナさん、悪魔はどんな卑劣な行動をしてくるか分かりませんので注意してください」

 

ユンナ「ご忠告、感謝致しますわ。 シャティエルさんも、御武運を」

 

めんどくさそうに溜め息を吐きながら歩むリベリオンの後に続き、シャティエルも足早にその場を後にした。

 

残されたユンナは満身創痍となったベレトを見下ろしながら、下手に足掻きをされないよう背中を踏みつけ槍の穂を首元へ近付ける。

 

ベレト「殺さない、ということは、私に何か聞きたいことがあるようですね」

 

ユンナ「ご明察ですわ。 大人しく答えていただきますわ」

 

ベレト「ほう、拷問に掛けられてでも私が口を割るとお思いで?」

 

ユンナ「わたくし相手に、密事が漏れる心配はないと、本気で思っているんですの?」

 

ベレト「ぐっ……!?」

 

踏まれた足に力が加えられたわけでもなければ、首元に置かれた穂が肌に触れたわけではない。

ユンナが念力を行使し、ベレトの心に漬け込み操ろうとしていた。

強引に読心しようとする感覚は何とも言えない気色悪さがあり、例えるならば、体内に侵入され素手で目的の物を物色するように掻き回されている感覚。

呼吸すら儘ならない息苦しさに襲われていたが、ユンナが念力を解いたことにより解放される。

 

ユンナ「わたくしの質問に答えるつもりになりましたか? 答えなければ先程のように無理矢理にでも心の内へ侵入し抉じ開け廃人となるまで苦痛を味わうことになりますが、宜しいですか?」

 

ベレト(厄介極まりないですね。 何を問われるかは分かりませんが、屈辱を受ける前に自害してやりましょう)

 

ユンナ「あなたの考えも筒抜けですわ。 自害などさせませんわよ? わたくし治癒魔法も微々たるものですが使えますので、死のうとすれば即座に回復させるだけですわ。 死ぬという安直な発想で逃げられるとお思いで?」

 

ベレト「……流石、『念動の不死令嬢』と呼ばれるだけはありますね。 致し方ありませんが、いいでしょう。 あなたの力で口を開くくらいならば、私の意思で発言致しましょう。 それで、質問というのは?」

 

ユンナ「わたくしがお聞きしたい情報、それは、あなた方のお仲間である悪魔、リリスのことですわ」

 

 

~~~~~

 

 

戦闘を終えたアイリは荒い呼吸を整えながらアンドロマリウスから語られる言葉に専心し耳を傾ける。

 

アンドロマリウス「先ずルシファーの件だが、あいつの目的は、サタン様を打ち倒すことだ」

 

アイリ「サタンを、倒す? 悪魔であるルシファーが何で悪魔族の長を倒そうとするの?」

 

アンドロマリウス「さあな。 光の剣を手に入れた時点で疑念を抱いていたが、まさか反逆を起こすとは私も思ってはいなかった。 伝説の二本の剣を携えるには相応の覚悟と実力が必要となる。 奴が何を考えるかは分からん、本人にでも聞くことだ」

 

同じサタンフォーの仲間とは言え、互いを知ろうとする仲間意識や信頼性はない。

悪魔らしいと今更ながら実感させられる。

 

ルシファーの目的や冥府界で起こされている異変について大した情報は得られそうになかったため、アイリ個人が最も気にしている疑問を語る。

 

アイリ「あたしの過去について、話して」

 

アンドロマリウス「いいだろう。 とは言え、貴様は巻き込まれたと言うのが真実だ。 だが、リョウ達がその場に迅速に現場に急行できたのは、偶然ではない」

 

アイリ「やっぱり、偶然じゃないよね。 リョウ君は世界の監視者だから、仲間の危機を耳に入れていれば、直ぐに監視者の力でどの世界のどの場所にいるか特定できるもんね。 でも、人間の時のあたしは、リョウ君とは何の関わりもない赤の他人。 どうしてリョウ君が一般人のあたし相手に、態々自ら出向いて必死になれるのか疑問なの」

 

現実世界に異世界の者が侵入すれば、世界の監視者たるリョウが気付かない筈がない。

 

流れ的には、現実世界に侵入、放浪した者、迷い込んだ者が確認できた場合、時空防衛局に報告し、数名の局員が対応するようになっている。

世界を滅ぼし兼ねない異端の存在が現れない限り、リョウやユンナ等の大物と呼べる人材が出向くことはない。

ならば何故、世界の監視者であるリョウとが第一時空防衛役員である結愛と共に赴いたのか。

 

訝しい点は他にもある。

天使へと転生した後、アイリと共に行動をし続けていること。

ファンタジー要素が好きではいたが、いざ異世界に来ると右も左も分からぬ状態のアイリにとって共に行動をしてくれるのはありがたい限りだった。

守りきれなかったことに責任を感じているのは理解できるが、まるで我が子供を心配しているように過保護な一面が目立つ。

フォオンの援助もあり、天界で居住するには不自由はないが、リョウでなくても、この世界に住まう天使や、時空防衛局の局員に委任させることも出来た筈だった。

自分の関わったことでもあり見過ごすことのできないリョウの人の良さもあるのだろうが。

 

アンドロマリウス「頭脳明晰以外は凡庸な貴様を、何故監視者が気に掛けるか。 それは、貴様が生誕した頃から、監視者と関わりがあるからだ」

 

アイリ「あたしが…生まれた頃、から…?」

 

アンドロマリウス「恐らく貴様は、幼少期の記憶は孤児院の頃からしか覚えていないのだろう?」

 

アイリ「孤児院の頃からって…その言い方だと、孤児院にいた頃より前に、何かあたしにあったような言い方じゃん…!」

 

アンドロマリウス「記憶が現存していないのも無理はないだろう。 何者かに消去されてしまっているようだからな。 だから貴様の心を覗き見ても、孤児院以前の記憶は何一つ見れない」

 

驚愕の内容に脳内が掻き乱される。

生きてきた中で記憶の始まりは4歳の頃で、孤児院の人達と過ごす変哲もない日常だった。

それ以前の記憶は一つもないが、脳の発達途中により記憶されていないと思っていた。

何者かにより記憶が消去されたなど、考えられる筈もない。

 

動揺を隠し切れていないアイリなど気にもしないように、アンドロマリウスは会話を続ける。

 

アンドロマリウス「時空防衛局のピースハーモニアも、恐らく何かしら関与しているのだろう。 監視者とあのピースハーモニアは親睦が深いようだからな、懐疑の念を向けてもいいだろう」

 

アイリ「結愛さんも、あたしに関係があるの?」

 

アンドロマリウス「直接的にではないがな。 だが監視者は、お前に直接的に関係を持つ存在だ」

 

アイリ「……それは、何か分かるの?」

 

アンドロマリウス「私は知っている。 記憶を消去した人物もな。 これを述べた後の貴様の反応は愉楽でしかないだろうな」

 

口角を上げ、不吉な前兆の訪れを意味する笑みを浮かべるアンドロマリウスの邪険な意図に屈しはしない。

嘘偽りを述べているわけでもなければ嘲弄しているわけでもなさそうなので、真実として受け止める覚悟を持ち、生唾を飲み込み傾注する。

 

アンドロマリウス「絶望する程ではないのが残念だ。 絶望するならば、貴様の心に漬け込み、身体を乗っ取ることも可能だったものを…」

 

アイリ「能書きを垂れてないで…早く、答えて…!」

 

真実を知りたいせいか、話すことを急かし口調が僅かに荒くなる。

アイリも体力的に限界が近く、気を失うのを気力で耐えている極限の状態だった。

 

アンドロマリウス「貴様の過去に深く関与している監視者は…」

 

記憶を消去される端緒となった話を語り始めた途端、妙な違和感を覚える。

周囲の空気が一変したと言える。

何処から発生したかすら不明な、言葉では形容し難い何かが周辺を覆い尽くす。

得体の知れない何かが迫って来る、これまでにない恐怖が沸き上がる。

全身の鳥肌が立ち、汗が滲み出て着ている服が張り付く。

目的である自身の過去を聞き出すことすら放棄したかったが、恐怖からか、硬直してしまい体が動かせなかった。

 

アイリ「え……な、なん、なの? 嫌…あたし、どう、なるの……? 何なのか、分からなすぎる……」

 

動揺するアイリとは反対に、アンドロマリウスは音も気配もなく忍び寄る何かには気付いてはいない。

 

漆黒の闇とも違う、正に形容し難い何かとしか言いようがない。

最早その言葉すら当てはまるのかすら疑わしい。

 

一言で表すとすれば、虚無のような『何か』。

 

意識も朦朧とし始め、思考が追いつかなくなってきた時、突如襲った謎の圧に屈服させられたように視界が暗転、ぷつりと意識が途切れた。

 

 

~~~~~

 

 

アイリ「………うぅ、あっ…」

 

リョウ「良かった、無事やったんやな」

 

どれだけの時間意識を手放していたのだろう。

目を覚まし視界に広がるのは、雲一つない碧空と、前例がない程に安堵の表情を浮かべるリョウの顔。

相当アイリの身を案じていたのだろうか、アイリが生きている事実に顔が綻ぶ優しい表情で見下ろしていた。

 

リョウ「すまん、アイリ。 お前を護ると、決めたのに…また、助けられず危機的状況に陥らせてしもうた。 ホンマに申し訳ない」

 

頭を下げ、心からの謝罪をする。

何度も助けると、危機的状況を避けるため同行すると言いながら、結果的に約束を果たせなかった自分が許せず呵責し切り苛む。

 

アイリ「リョウ君は、何も悪くないよ。 あたしも、リョウ君が言ってた危機的状況に遭遇したら直ぐに逃げろっていう約束も、守れなかったし…ごめんなさい。 だから、お互い悪かったってことだから、頭を上げて」

 

リョウ「アイリらしいな。 …なんか、安心したよ」

 

アイリ「…あれ? あたし、確か、アンドロマリウスから話を聞き出そうと…」

 

リョウ「アンドロマリウスと対峙していたのか? でもわしが到着した頃には奴の姿はなかったで」

 

アイリ「あ、そうだ…確か、得体の知れない何かが、あたしに迫って来たんだった…」

 

リョウ「っ……!」

 

アイリ「そしたら、記憶が飛んだ…。 ねえリョウ君、あたしが倒れてた時に、周囲に誰もいなかった? もしかして、リョウ君がやったの?」

 

リョウ「………一応聞いとくんやけど、なしてわしを怪しいと思うん?」

 

アイリ「本当は疑うなんてこと、したくない。 でも、さっき感じたあの力、リョウ君といた時に、何度も感じたことがあるの」

 

形容し難い謎の力の正体が何かは一切不明だが、リョウが関連しているのではないかと疑わざるを得ない要素があった。

 

直接その場にいた時に感じ取れたのは、転生し天界で目を覚ました日にピコとの会話や、シェオルの外で行われたリリスとの戦闘。

 

その他にも、アイリの付近にいない間にも感じ取れていた。

ピースハーモニアの世界のエクリプスとの戦闘。

星空界でエクリプスのレミーネをワールドゲートを使用し何処かへ連れ去った後。

 

数少ない頻度ではあるが、確証に至るまでの要素がないためアイリ自身当てにならないと言った様子ではあったが正直に述べた。

 

リョウ(まさかこの力を感じ取れるなんて…どういうことや? しかも離れてる時にも、況してやピースハーモニアの世界の時は気を失ってたっていうのに…)

 

真実を告げるつもりは更々ないが、謎の力を行使していたのは紛れもない事実。

アイリが敏感に力を感じ取っていることに驚愕するも、怪しまれないためにも表情は崩さない。

 

リョウ「確かにわしにはまだ戦闘では出していない能力はある。 でも、それはわしが使ったものやないと断言しておく。 憶測やけど、わしと似た能力者がいたんやないかな」

 

アイリ「本当に、そうなの?」

 

リョウ「え?」

 

アイリ「偽りを言ってるなんて、思いたくないけど、でも、アンドロマリウスの話を聞いたら…追及したくもなっちゃうよ…」

 

リョウ「……詳しく、聞こうか」

 

親しい間柄にあるリョウに懐疑の念を向けたことに罪悪感を抱きつつも、真実を知りたい願意が込められた複雑な表情を浮かべつつ、アンドロマリウスが述べた内容を話した。

 

リョウ「………成る程…確かに、そうやな」

 

アイリの身に起きた事柄に深く関係のある過去の出来事に関与しているのが事実だと認めたのか、終始口を挟まず傾聴していたリョウが開口した。

 

アイリ「全部、話して。 あたしに隠してること」

 

いつの日か、糾弾される時が訪れるのではないかと覚悟はしていたものの、若干肝を冷やしていた。

己の空白となっていた、否、空白にされてしまっていた過去があるとすれば、気になるのは当然であろう。

 

リョウ「…悪い、それはできない」

 

だが、リョウは真実を告げようとはしなかった。

 

アイリ「どうして!? 何か言えない訳があるなら、それも説明して!」

 

何故か躊躇いの色を見せながらも発言を拒むリョウの意図も考えも理解できなかったため、舌鋒鋭く問いただす。

しかし言えないということは、リョウにとって不都合な何かがあるというのは明らか。

 

リョウ「それは…」

 

余程隠蔽したい内容なのか、言葉が続かず視線を下に落とした。

アイリは満身創痍の体を引き摺りながら、言い淀む彼の皺一つない服を掴み這い上がり胸に顔を埋める。

 

アイリ「あたし、本当のことが知りたいだけなの…。 何であたしの過去が消失してるのかも。 何でリョウ君があたしの過去に繋がりがあるのか。 あたしの記憶を消した犯人も。 全部、知りたいの。 他の誰でもない、あたしの事だから」

 

リョウ「………」

 

アイリ「あたし、短期間だけど、リョウ君がどんな人間なのか分かってたつもりだった。 でも、まだまだ知らないことだらけ。 過去に何かあったのかは分からないけど、色んな人から嫌悪される悪行を犯した人には思えない。 リョウ君に何があったとしても、あたしの過去にどんな風に関わっていたとしても、絶対に忌諱したりしないから。 どんな真実でも受け入れるから…だから、お願い」

 

弱々しく言葉を漏らすアイリは、年相応の女の子そのものだった。

 

最初は感情が昂り強めな口調となってしまったが、感情任せに言葉を振り撒いていては会話など到底成り立たないと反省し、誠意を込めて懇願する。

満身創痍の体を無理矢理動かし死に物狂いでリョウの服を掴む手は、気を抜けば直ぐにでも離され倒れ伏してしまうだろう。

それでもアイリは離しはしない。

口から出た弱々しい言葉とは裏腹に、真実を聞き出すまで離さないという強い決意の炎が確かに灯っている。

 

リョウ(………言わんとあかん時が来たってこと、なんやな…。 遅かれ早かれ、言わんとあかんのやろうけど)

 

幼子と説明する訳ではないので、取り繕った言葉などもう通用しないだろう。

大人の一歩手前の少女とは言え、告げるには些か問題がある気がしてならない。

果たして成人してもない心の成長途中の少女に、これから告げられる胸が締め付けられる切ない過去を受け止めることが可能だろうか。

懸念材料がこれでもかと脳内に浮かび上がるが、誤魔化しが効かない状況に追い込まれているのは確かで、逃げ道など無いに等しい。

 

躊躇いの念と後悔するかもしれない不安が心と脳内で混濁するも、真実を告げる時が訪れたのだと腹を括り口を開こうとしたのだが、

 

シャティエル「アイリさん!!」

 

その直後のことだった。

狙い澄ましたかのようなタイミングで二人の会話に横槍が入った。

 

アイリの身を案じたシャティエルが喉の奥底から声を張り上げ向かって来ていた。

周囲に木々が生えていないまっさらな平地と化しているこの場からは、豆粒程の大きさではあるもののシャティエルが来ていると遠目からでも確認できる。

 

アイリ「シャティ…! 良かった、無事だったんだ」

 

仲間の身の安全を確認し安堵し自然と笑みが溢れる。

しかしリョウとの会話はまだ終わってはいない。

シャティエル達を巻き込むのは致し方ないと言い聞かせ、リョウの方へと振り返る。

 

その瞬間、アイリの視界は漆黒に染まり、意識は手の届かない奥底へと沈んだ。

 

 

~~~~~

 

 

シャティエル「アイリさん! ご無事でしたか!」

 

アイリ「…う、うぅん……あれ? シャティ?」

 

憂虞した声によりアイリの意識は覚醒した。

いつの間にか気を失っていたようで、自身の体は質素な地面へと横たわっており、駆け付けてきたシャティエルが安否を確認する懸念そうな顔で覗き込んでいる。

端にはアイリの安否など特に興味のない様子のリベリオンが腕を組み空の彼方を見据えている。

 

シャティエル「本当に、無事で良かったです。アイリさん単独でアンドロマリウスと戦闘を続行していたので、致命傷を負っていたらと…最悪、死んでいたらと未来を予測すると、動力炉やコンピューターが狂いそうになり…苦しみを感じました」

 

仲間を超越し、同じ屋根の下で暮らす家族とも言える唯一無二の存在が命の危機にあるならば、居ても立ってもいられないのは当然の反応だろう。

シャティエルは大切な者を喪失する恐怖心と、アイリの無事だったことによる安堵により体が小刻みに震えている。

見かねたアイリは上半身を起こしシャティエルの首に腕を回し優しく抱き締め、子供をあやすように言葉を掛ける。

 

アイリ「心配してくれてありがとう。あたしは大丈夫だよ。シャティエルがしてくれた約束を破ることなんてできないもん。あたしは何処にも行ったりしないから大丈夫だよ」

 

シャティエル「はい…本当に無事で、良かったです。私、欠陥だらけですね。アイリさんが最も脅威と呼べる存在と相見え身心共に疲労困憊されているというのに、アイリさんに気を使わせ私が慰められているなんて」

 

アイリ「駄目な所なんて一つもないよ。失う怖さを知っていれば、大抵の人はこうなっちゃうと思うよ。あたしのちょびっと大きい成長途中の胸で良ければ何時でも貸してあげるよ。世界に広がるビッグな愛でシャティを包んであげるよ」

 

シャティエル「ありがとうございます、アイリさん…」

 

リベリオン「良い雰囲気を壊すけれど、あの悪魔はどうなったの?」

 

痺れを切らしたリベリオンが詫びれもなく会話に割り込んだ。

 

アンドロマリウスとの勝敗は、アイリの勝利により幕を閉じた。

消滅寸前のアンドロマリウスから自身の過去について問い質していたところ、謎の力が迫り気を失ってしまい、気付いたら彼の姿は何処にもなかった。

アイリは先程までの出来事を追想し、真っ先に違和感と謎が残っていることに気付き周囲を見渡す。

 

先程まで過去のことについて言及し会話していたリョウの姿が何処にも見当たらない。

 

アイリ「アンドロマリウスには勝てたよ。それより、リョウ君を見てない?」

 

リベリオン「世界の監視者?あいつが何か関係あるの?」

 

アイリは何も知らない二人に状況を説明した。

言葉として文章に表すだけでも可笑しくなりそうな雑然とした状況に二人も困惑を隠しきれてはいなかった。

 

シャティエル「アイリさんの過去、謎の力の接近、アンドロマリウスの消失、リョウさんの過去。同時に幾多の出来事が生起し複雑に絡み合っていますね」

 

リベリオン「意味不明な展開ね。短時間の間にこうも展開が進むのかしら?それと、私達が到着した時点でリョウはいなかったわよ」

 

アイリ「そう、だよね。さっきまで確かに居たはずなのに…」

 

シャティエル「可笑しいですね。アイリさんの発言によると確実にリョウさんはこの場に滞在していたことになるのですが、私がアイリさんの名前を叫んだ際にアイリさんの生体反応を確認できたのですが、リョウさんと思われる存在は確認できませんでした」

 

アイリ「あたし一人だけしかいなかったってこと?」

 

シャティエル「はい、仰る通りです。リョウさんがアイリさんの側に居た痕跡はありません」

 

自分は夢か幻を見ていたのではないかと錯覚してしまう。

 

意識が失われていた時間も数十分という長い単位ではなく、僅か数十秒と言える短すぎる期間。

その僅かな時間でその場から隠密に逃走を図るなど、姿が消えたと言わざるを得ない。

 

アンドロマリウスが消えたのと同等の現象なのではないかと推測も立てられる。

リョウも同様に神隠しにあったかのように姿を眩ましてしまったので、謎の力が関与、影響があるかもしれない。

存在自体が消失していないが、ヴィラド・ディアに捕食された際の現象に酷似している。

シャティエルやリベリオンに記憶が残存している時点で、真贋の見極めはできない。

 

アイリ「本当に…どういうことなの?あの良く分からない謎の力はリョウ君が使ってたものだとばかり思ってたけど、リョウ君も消えたってことは、やっぱりリョウ君じゃない別の誰かの仕業?」

 

リベリオン「謎の力、ね…」

 

シャティエル「リベリオンさん、何か心当たりがあるのですか?」

 

リベリオン「いえ、何でもない。それより、リョウまであの悪魔と同様に姿を消し行方が分からない状況は不味いんじゃない?」

 

シャティエル「ごもっともです。早急にユンナさんの元へ帰還し、事の顛末を説明しなければなりませんね。アイリさん、立てますか?」

 

アイリ「うん、大丈夫。ありがとうシャティ」

 

前触れもなく消え行方不明となったリョウの捜索を始める必要があるため、若干の焦りを抱えながらも、ユンナの元へ戻る決断を取った。

アイリもシャティエルと同様にリョウの身の安否を気に掛けていたが、それよりも不信感の方が強く、厚い雲が掛かったかのような陰鬱な気持ちとなっている。

答弁を述べられることなく、多くの謎や疑問だけが残り釈然としないまま、アイリとアンドロマリウスの因縁の対決は幕を閉じた。

 

 

~~~~~

 

 

リョウ「危なかった…今回ばかりは運に救われたわ」

 

鬱蒼と木々が生える、誰も踏み込むことのない木陰にリョウは佇んでいた。

緊張感が解かれたことにより大きく溜め息を漏らし、木々の枝や葉により日光が遮断された薄暗い天井と化した木々を見上げ、緊張感が解かれたことにより大きく溜め息を溢れた。

 

リョウはアイリが目を逸らした一瞬の隙を逃さず、『力』を使用してその場から退散した。

力を使用してしまった憤懣と、アイリに真実を告げられず突き放してしまった罪悪感に苛まれる。

アイリに過去を知られるわけにはいかないとはいえ、微量ではあるが力を発動させてしまったことにより更に葛藤に苦しむも、後には引けないのでどうしようもないと割り切るしかない。

 

リョウ「流石に力を使うのはもう控えた方がええな。 私用にしてはやりすぎた…」

 

?「本当に、今回ばかりはやりすぎですよ」

 

出現した動因も気配もなく、突如として瞬間移動とも呼べる何らかの方法でリョウの目の前に学生服を着た少女、マリーが現れた。

前触れもなくマリーが現れたことに驚愕する表情を一寸たりとも見せぬリョウは苦虫を噛み潰したような表情となる。

力を僅かに使用すれば、他者を騙す手練手管を弄するリョウではあるが、マリー相手だとその力は無意味となる。

 

マリー「真実を告げられないと判断して排斥したんでしょうけど、その代償は大きすぎますよ?アイリちゃんのためなのは重々理解してますけど、過剰な行動一つで全世界に影響が及ぶんです。私は…リョウさんを敵に回したくありません」

 

忠告を促す強い言葉とは裏腹に、悲哀に満ちた表情が浮かび上がる。

マリーにとっては数少ない同等の立場となる、寵愛の対象ともなる存在であるリョウを敵に回したくないという、歳相応の純粋な願いも籠められていた。

 

マリーの想いを読み取ったリョウは再度反省した。

感情が昂ると、勢いのまま私用のために力を存分に発揮してしまい、今回も同様に私用のために力を行使してしまう。

ピースハーモニアの世界での一件や、星空界での一件もそうだ。

過ちを重ね重ね犯してしまう情けない自分に怒りの念が膨れ上がる。

 

リョウ「ごめんマリー。何度もわしに注意してくれとるのに、わしは…」

 

マリー「私達は以前と違って、心や感情が芽生えてしまったんですから、仕方ないことです。溢れる感情のままに衝動的に体が動いてしまうものですよ。特に、大事な人のためなら、尚更です」

 

リョウ「じゃけどわし達はもう子供やない。それは言い訳に過ぎへん。……アイリには生涯幸福でいて欲しかった。転生した時点で叶わぬ願いなのかもしれへんけどな。過去のことを思い出せば、きっと辛苦する。知らない方が幸せなこともある」

 

アイリのためを思い過去を隠蔽しているが、言葉という形に表さなければ、アイリ本人にリョウの気遣いが通じるわけがない。

アイリを思っての行動に対して、切り裂かれるように心が痛む。

嘘偽りで固めた言葉を投げ続けるだけの善意は本当にアイリのためになっているのか、自問自答してもそれが正しいのかリョウ本人にも分からない。

 

マリー「アイリちゃんの事を思っているのなら、力を発動させるのは控えた方がいいです。いえ、もう発動させない方がいいです」

 

リョウ「ごもっともな意見やね。アイリの側にわしが一番おらんとあかんかもしれへんけど、今後のことを考慮すると距離を取った方がええかもな。悪魔の掃討も済んだことやし、ミカエルも文句は言わへんやろうし」 

 

今後のアイリへの対応を策定しなければならない状況となってしまい、思わず頭を抱えてしまうかと思っていたマリーは、迷いが一切ないリョウの即決に待ったを掛けた。

 

マリー「待ってくださいリョウさん。確かにこのままでは時空防衛局の方達に猜疑される展開に成りかねないですけど、アイリちゃんはリョウさんにとって…」

 

リョウ「皆まで言わんでも分かってる。でもわしは仲間や友と関わると、力を行使してしまう。みんなを守りたいと思う強い意思と善意を引き換えに、いつ覚醒するかも分からない世界を滅ぼす力を使い続けるのはあまりにリスクが高い。なら、わしは孤独の道を行くで。昔に味わった苦痛やから、慣れっこやわ」

 

マリー「……アイリちゃんはどうするんですか?」

 

リョウ「ピコに一任させる。一応他のユグドラシルメシアにも伝達しておく」

 

マリー「……分かりました。リョウさんは身を隠している間、私も同行しますね」

 

リョウ「監視も兼ねて、やね。了解。すまんねマリー、いつも迷惑ばかり掛けてしまって」

 

マリー「気にしてなんていませんよ。私も、どうにかリョウさんの中に封じ込めているその人を何とか対処できれば良いんですけど…幾百年経っても何も方法が見つからないから助力することもできない。私の方こそ、申し訳ないです」

 

リョウ「マリーはホンマに優しいな。だからこそ、マリーもわしのようになってしまったのが許せない」

 

マリー「鸚鵡返しですよ。私の気の弱さも原因の一つですし、全てはあの人が元凶です。もう気にしても埒が明きませんし、傷の舐め合いは無意味ですよ」

 

リョウ「そうかもしれへんな。何もせん訳にもいかへんし、監視者としての使命を果たしつつエクリプスとヴィラド・ディアの殲滅に専念しようかね」

 

今後の意向が決定した二人は互いに頷くと、まるでその場に最初から居なかったように姿を消した。




皆さん良いお年を!


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第81話 忍び寄る不穏の足音

大分遅くなりましたが、あけおめ!ことよろ!

今年もマイペースにダラダラと書いていきますので今年もよろしくお願いします!


ユンナ「……それは、誠なんですの?」

 

ベレト「私の心を読めば真実だと分かると思いますよ?」

 

ベレトから告げられたリリスの情報にユンナは珍しく動揺を隠しきれずにいた。

悪魔についてはコア・ライブラリで記載されてある情報を根掘り葉掘り調べ上げ、造詣が深いつもりではいたが、たった今聞いた情報はコア・ライブラリには記載されていなかったものだった。

ありとあらゆる情報が毎秒感覚で更新され続けている膨大なデータの中にも記載されていないなど異例としか言いようがない。

ベレトが虚言を吐いていないのは、彼の心を読めば一目瞭然だった。

 

ユンナ「何故、あなたはそれをご存知なのですの?」

 

ベレト「私も彼女に直接聞いたわけではありません。ただ彼女の行動を不審に思い独自で調査した結果ですから」

 

ユンナ「つまり、憶測にしか過ぎないと?」

 

ベレト「いえ、ほとんど真実だと思いますよ。私も実際に目にしたこともありますし。監視者や他の連中から事情聴取すれば分かることでしょう」

 

ユンナ「そうですか。ご協力に感謝致しますわ。あなたはこれから時空防衛局で身柄を拘束させていただきます」

 

ベレト「おやおや、解放させてくれると思いましたが、やはり手厳しいですね」

 

ユンナ「自由の身にさせるわけがないでしょう。あなた方は異世界を終末させる未曾有の危機に陥らせた未遂があるのですから、逃すなど有り得ませんわ」

 

所持していた頑丈な鋼鉄で生成された手錠でベレトの両手を束縛し、時空防衛局本部へ連行するため立たせる。

ワールドゲートを開こうとした刹那、何かの気配を感じ取り、全身に鳥肌が立った。

覆い被さるように押し寄せる純粋な殺意。

考えるよりも早く体を動かし、その場から素早く撤退し迫る謎の気配から距離を取った。

 

ベレト「ぐはっ…!?」

 

咄嗟に横転した直後に聞こえたのはベレトの呻き声。

何が起きたのか状況を確認するため即座に体勢を立て直し槍を構える。

視界に映るのは、中心に光の球体がある先端が銀色の特徴的な形をした触手がベレトの体を貫いている光景。

もしあの場に止まっていれば、恐らくあの触手の餌食となっていただろう。

 

?「私の殺意に気付くなんて、察しが良いのは相変わらずね」

 

触手が伸びる元を辿っていくと、ベレトから少し離れた場所に、妖艶に微笑む美女がいた。

先刻まで話題になっていた張本人である悪魔、リリスだ。

 

ユンナ「何をしに来たかは存じませんが、好都合ですわ。あなたにはお尋ねしたいことが幾つかありますの」

 

リリス「私はあなたに用など微塵もないわ。そこの塵芥を処理しに来たの。余計なことを流暢に喋らないうちに芽を摘んでおこうと思ったのだけれど、一足遅かったみたいね」

 

ベレト「私を始末するということは、私の憶測は、事実というのが確定したことになりますね」

 

リリス「あら、そういうことになっちゃうのかしら」

 

ベレト「あなたらしくも、ないですね。墓穴を掘ったようなものですからね。案外抜けていて、無様なこと、極まりないですね…」

 

ベレトの発言はごもっともで、ユンナに話した内容が事実である証拠となった。

ユンナは超能力による読心術で相手が虚言を漏らしていないか確認が可能だが、時に心を読む対象者の能力により読み取れない、又は偽りの心の内を赤裸々にさらけ出される場合も稀だがある。

ベレトの話した内容が確信へと変わったため、ユンナは警戒心を高める。

 

リリス「死に行く者の言葉など聞いてられないわ。大人しく私の力を取り戻すための肥やしとなりなさい」

 

ベレト「があああああああ!?」

 

最後の悪足掻きのつもりか、口角を上げ憎まれ口を叩いたベレトの首筋に別の触手が突き刺さり、ベルゼブブの時と同様に体液を一滴残らず吸い取ってゆく。

断末魔を上げるのを束の間で、体液を吸い尽くされた脱け殻と化した体は灰となり崩れ去った。

新たな力を得て恍惚な笑みを浮かべるリリスは、次の獲物であるユンナに的を移す。

 

ユンナ「あなたは一体何をなさろうとしていますの?」

 

リリス「それをあなたに教える義理は何一つないわ。それに、ここで撃たれる運命にあるのだから、尚更教える必要はないでしょ?面倒で厄介な時空防衛局の長は、潰しておかないと」

 

淡々と述べているが、大抵の者が成せるような生半可なことではない。

知る人ぞ知る、ユグドラシルメシアと呼ばれる伝説を作り上げた一人であるユンナを打倒しようなど、浅学菲才な人物か、興味本意で挑んでくる愚者だけだろう。

だが目の前に佇む悪魔はそれに当てはまることはない。

歴然の猛者であろうが戦慄する不気味さと、圧倒的強者の威圧感により身が竦みそうになる。

 

数多の修羅場を潜り抜けてきたユンナは後退りするようなことはしなかったが、悪魔とは思えぬ異様な雰囲気を放つリリスに違和感を感じていた。

一戦交えても先ず死ぬことはないだろうが、下手に追求するのは危険だと判断し、心を読み取り情報を割り出そうと考えた。

リリスの心の内を覗き込もうと怪しまれぬよう意識を集中させる。

 

ユンナ(………何故、読み取ることができないんですの?)

 

悟られぬよう傾注していたが、読み取ることが叶わなかった。

より深くまで掬い上げようと試みるも、一掬することができない。

読心されるのを阻害する能力等を所持していると勘案していると、

 

リリス「何故、読み取ることができないのか…そう思ってるわね?」

 

逆に心を読み取られ、思わず気が動転する。

当てずっぽうにしては的確過ぎており、此方の心の内が見透かされているのではないかと思えてくる。

 

リリス「図星かしら?あなたにとっては稀有でしょうね。何故なのか種明かしはしないわ。ここで死ぬかもしれない人間に何を言っても無意味でしょう?」

 

底知れぬ実力を持つであろう悪魔は、再度妖艶な笑みを浮かべながら歩みを進める。

狼狽えこそはしなかったが、一歩、また一歩と近寄るにつれリリスから放たれる圧に押され呑まれそうになる。

本気で挑まなければならないと確信を得たユンナは槍の切っ先を向ける。

 

?「ユンナさーん!」

 

鬱蒼と生える森の暗闇の中から、溌剌とした声が発せられた。

思いも寄らない増援に微かに勝利の星を掴む余裕が生まれるも、歩みを進めるリリスの余裕が消え去ったわけではない。

まるで問題ないと言わんばかりに。

 

リベリオン「別の悪魔がいるわね」

 

アイリ「リリス!?また何か企みがあるみたいだけど、何か吐いてもらうんだからね!」

 

リリス「騒がしい子猫達ね。厄介な存在ではあるけれど、アイリ…特にあなたは今ここで葬るのは得策とは言えないわね」

 

アイリ「どういう意味?」

 

リリス「知らなくてもいいことよ。無駄話は終わりにして、始めましょうか?」

 

不気味に揺らめく触手の先端をユンナに向け、自身も武器である剣を召喚し構える。

 

?「ユンナだけじゃ役不足…って訳じゃなさそうか」

 

新たな介入者の出現により戦局は傾いた。

両者の間に割り込むように空中から降りてきた人物には、アイリにも見覚えのある人物だった。

 

白いローブを纏う、目付きの鋭い青年。

第一時空防衛役員のリーダー、リュート・バリアウロ。

 

時空防衛局の中でも指折りの実力者が何故馳せ参じたのかは不明だが、願ってもいない増援だった。

既に空中に魔方陣を幾つか展開し戦闘準備が万端だったリュートは形振り構わず攻撃を開始した。

 

魔方陣からエネルギー弾を放たれた。

近距離による、一発一発が凄まじい威力のエネルギー弾が容赦なく向かってくるも、リリスは触手と剣で弾きいなす。

翼を広げ後退したかと思うと、身体中に赤いオーラを纏わせ突貫した。

この技は紛れもなく、先程吸収され死滅したベレトのもの。

 

リュート「近寄ってくんな悪魔。『残虐なる歪み』」

 

手に蓄積された魔力と共に、リリスの体に紫色の魔力が纏わり付き拘束した。

流星の如く勢いの速度は瞬時に停止し、魔力に捕らわれたリリスは踠くがうんともすんともいかないといった様子。

拘束から逃れることを一時的に諦め、触手を伸ばし光線を放とうとするも、リュートが更に魔力を飛ばし事前に攻撃を阻止した。

それだけでは終わらず、魔力により空間を歪ませ触手をねじ曲げ引き千切った。

 

リュート「俺に触れられると思うなよ」

 

リリス「思ったよりも魔力が膨大ね。でも、力が不完全な私にはありがたい限りね」

 

焦る仕草を一切見せない余裕が何故生まれるのか、即座に理解させられた。

別の触手が魔力を吸い始め、屡叩く間に動きを封じていた枷は消失した。

 

リリス「褒賞として差し上げるわ。『テンタクトレイ』」

 

篭絡しているのではないかと疑問に思う程の手際の良さで一転攻勢したリリスは瞬時に再生させた触手から光線を放つ。

リュートは退くことなく魔力により生成した剣で光線を手際よく斬り弾きつつ、展開し続けている魔方陣からエネルギー弾を射つ。

エネルギー弾の一発は強力だが、リリスは触手を

どちらも引けを取らない強力な力が衝突し合う中心では、リュートとリリスの激しい剣戟が繰り広げられている。

 

リュート「悪魔にしちゃそれなりに強いな。俺は幾つもの修羅場を潜り抜けてきたがお前は上位に入るくらいには強いぜ」

 

リリス「それはどうも」

 

リュート「お前、本当に悪魔なのか?アンドロマリウスとか言う奴よりも強いと思うんだが?」

 

リリス「悪魔以外に何があるというの?もうお喋りを楽しむ余裕はないわよ」

 

リュート「それはこっちの台詞だ!」

 

リリスが一本の触手でリュートの剣を持つ腕をすれ違いざまに叩いた。

その一瞬の隙にリリスは剣の切っ先を向け、命を刈り取るため心臓目掛け突きを繰り出す。

魔術を扱うものとは思えぬ、アスリート並の反射神経でリュートは集束した魔力を纏った手で自身を貫こうとする剣を鷲掴みにした。

 

数秒という短い時間の膠着状態を狙っていたかのようにユンナがエンプレスジャッジメントに装飾されている刃を念力で飛ばす。

光線とエネルギー弾を華麗に掻い潜り、リリスを斬り刻もうと縦横無尽に宙を進む。

 

リリス「これも使いたくなかったのだけれど仕方ないわね。『暗夜蝶』」

 

前に手を掲げると、蝶の形状のエネルギー弾が放たれ、擲つ勢いで刃と衝突し追撃を阻止した。

放たれ残された『暗夜蝶』は意思を持つように宙を漂いリュートの背後に回り込み背中に纏わり付いた。

 

リュート「鬱陶しいな。直ぐにでも、ぐっ……!?」

 

強気な態度で戦闘を繰り広げていたリュートが突如膝を着いた。

急速に体から魔力が吸い取られている感覚に陥る。

いや、実際に吸い取られていた。

吸い取っている犯人は十中八九背中に張り付く蝶の仕業で、取り付いた者の力を吸い尽くすまで離れることはない。

 

リリス「私の肥やしとなってくれたことに感謝するわ」

 

リュート「この俺が、簡単に沈むと思うなよ!」

 

顔を歪ませながらも、決死の猛攻として『残虐なる歪み』を繰り出す。

背後の空間を歪ませ自身の背中を巻き込みながらも張り付く蝶を無理矢理引き剥がした。

その影響で背中の皮膚が少々抉れたが、お構いなしに時空を歪ませ続け、リリスも纏めて巻き込もうとする。

腕が巻き込まれる直前でリリスは翼を広げ上空に回避したが、待っていたのはエンプレスジャッジメントを構えたユンナだった。

 

ユンナ「お沈みなさい!『ドラゴンスラスト』!」

 

空中で翻りリリスの真上へ移動し、念力でエネルギーを纏わせた槍を突き出す。

空気を裂き、音すら貫く、女性の膂力とは思えぬ光速で放たれる突き。

 

リリス「その技は何度か見たことがあるから脅威ではないわ」

 

二本の触手を巧みに操り、金属並に硬度がある先端で刃を挟み勢いを殺した。

達人技に近い白羽取りをされては手の打ちようがないが、それは一般常識に過ぎない。

念力で槍に装飾された五つの刃を飛ばしリリスの身体を斬り刻もうと宙を翔るが、先程よりも小さな『暗夜蝶』を大量に飛ばす。

視界を覆い尽くす大群は刃の行く手を遮り、ユンナのエネルギーも吸い尽くそうと羽ばたく。

流石のユンナも危機を察し、余儀無く撤退という選択肢を選び地面に着地した。

 

リリス「さて、思わぬ邪魔も入ったことですし、私はもう行かせてもらうわ。私の相手などせずに、事の善後措置でもしておきなさい」

 

ユンナ「お待ちなさい!」

 

追撃を行おうとするも、黒い霧に覆われこの場から去ってしまった。

 

一先ず悪魔の殲滅が達成され事が終息し、静寂に包まれる神秘的で安穏とした泉に戻ったが、心の内は曇天と化していた。

 

ユンナ「逃がしてしまいましたか…。リュートさん、御無事ですか?」

 

リュート「この程度でくたばってたまるかよ。それより、あいつの追跡を急がせる。これ以上蔓延らせてたら何するか分からねえからな」

 

自分の失態は自分で尻を拭いたいようで、少々回復したリュートは直ぐに立ち上がる。

 

リュート「おっと、その前にあんたに用があったんだ。リョウからの伝言だ。暫くヴィラド・ディアの殲滅に専念するため天界には戻らないみてぇだから、ミカエルに悪魔の掃討は済んだと報告をしといてほしいみたいだぜ」

 

ユンナ「何故リョウ本人が向かわずわたくしに?…まさか、アイリさんの件ですか?」

 

リュート「みたいだぜ。へまをしちまったんだろうよ」

 

リョウはマリーと共に行動する前に、時空防衛局に赴きリュートにユンナ宛に伝言を依頼していた。

リョウを忌み嫌うミカエルは真面に対談することは叶わないため、渋々ユンナに報告を依頼する羽目になってしまった。

真の目的は、アイリにこれ以上詰め寄られ問い質される前に距離を取ること。

ある程度の事を認知しているリュートは面倒臭いと思いつつも協力者となりユンナのいるこの世界に現れ、今に至るという訳だ。

 

ユンナ「分かりましたわ。リョウさん、また力を使ってしまわれたんですね。流石に厳重注意をしなければなりませんわね」

 

リュート「だな。俺達の補助があって不自由なくいられるのを今一度頭に叩き込んだ方がいいな」

 

アイリ「あの、ユンナさん。リョウ君のことで何か知ってるんですか?」

 

超人染みた戦闘に付いていけず傍観していたアイリがユンナにリョウの行方を尋ねた。

一番関わって欲しくない相手に会話の内容が漏出してしまう失態を犯してしまったが、ユンナは決して取り乱したりはしない。

 

ユンナ「リョウさんは火急の用件によりこの世界を去りましたの。当面の間はアイリさん達の元へ帰還するのは難しいと思われますわ」

 

シャティエル「そう、なのですか…」

 

リュート「世界の監視者って呼ばれてるだけあって為すべき事が多いんだよ。呑気に日々を送ってるお前達と違ってな」

 

アイリ「あたしはリョウ君の行動を知りたいんじゃないの。ユンナさんならリョウ君の何かを知ってるんじゃないかと思って」

 

ユンナ「…何か、と申しますと?」

 

アイリ「リョウ君の過去や、力のこと。そして、あたしの過去とリョウ君の関係性を」

 

ユンナ「……期待を抱き質問を投げ掛けておいて申し訳ありませんが、それはリョウさん本人から直接聞いてくださいまし」

 

アイリ「え…その言い方だと、ユンナさんは知っているみたいだけど…」

 

ユンナ「大方はそうですわ。ですが、それはわたくしの口から申すことではありません。本人の許可なくお話していいような内容ではありませんので」

 

アイリ「確かに、そうかもしれないけど…」

 

ユンナ「わたくしは心を読むことが可能ですが、他者の心の内に秘めてある話すことを拒むような事柄、事情があり公言できない事柄を喋る品の無いことなどしたくはありませんの。例えばアイリさん。アイリさんの秘密にしている事をリョウさんがアイリさんの許可なく誰かに言いふらしていたとなると、良い気分にはなりませんわよね」

 

適切で納得のいく例えにアイリは自然と相槌を打つ。

非常に真実を知りたいところだが、本人から情報を聞き出す以外に方法はなさそうなので、曇天が掛かり沈んだ心情なまま引き下がるしかなかった。

 

リベリオン「おい、私はどうなるのよ?まさかリョウの奴、私のことを放置したままにしといたわけじゃないわよね?」

 

リュート「お前の処遇は決まっている。時空防衛局としては絶対にやりたくはねえが、お前を保護する形となった」

 

リベリオン「保護だと?約束が違う。私を自由の身にするから同行してあげたのよ」

 

リュート「リョウからはそのように言われた。が、時空防衛局としてはそれを受諾することはできない。異世界の住人、況してや世界を脅かす危険分子の輩を放任しておくことなどあり得ないからな」

 

リベリオン「はあ…どうやら協力関係はここまでのようね」

 

己の自由のために協力関係に至っていたが、決裂する結果となった。

願いは儚くも散り、最早信頼を築き上げるには至らない敵と成り果てた者達を葬ろうと殺意が沸き上がる。

 

ユンナ「……幾つか出す約束を厳守し履行するのならば、あなたの自由を保証しましょう」

 

痺れを切らし暴れだす前にユンナが待ったを掛けるように提言した。

気性が荒いリベリオンだが、話を聞かない野蛮な人間ではないため、取り敢えず話だけでも聞くことにしたようで、殺意が多少は抑えられたように見える。

多少抑えているだけで、話が聞くに堪えない眇眇たるものであるならば即座に闇を解き放ち牙を向くだろう。

 

ユンナ「先ず一つ。当たり前な話でありますが、辿り着いた世界で一切問題を起こさないことを約束していただきますわ。もう一つは、エクリプスやヴィラド・ディアが出現した場合、これを使い即座に連絡して頂きたいんですの」

 

手にした何かを投げ、リベリオンは片手で受け取った。

手の中にあったのは、小型の通信機。

 

時空防衛局の局員は十万単位の人数であることに変わりはないが、それ以上に膨大な数の世界が無限に広がっており、全てを管轄するなど不可能に近い。

ならば僅かでも負担を減らすため、協力関係を築く。

時空防衛局に属していないアレクやアリスもリベリオンに説明した同等の立場にある。

 

リベリオン「要するに、悪巧みをせず大人しくしておくなら異世界への移動を許す、と。その変わりにあらゆる世界に害を及ぼす者がいれば報告しろと」

 

ユンナ「その通りです。あなたにとっては悪い話ではないと思うのですが、いかがでしょう?」

 

リュート「おいユンナ!何を勝手なことを…こんな奴を闊歩させておくことなんて許されないぞ!」

 

ユンナ「全責任はわたくし、時空防衛局最高責任者、ユンナ・ヴィクトリアが引き受けます。リュートさん、あなたの心情も汲み取れますが、ここはわたくしに任せてくださいまし」

 

リュート「しかしなあ………ちっ、どうなっても知らねえからな」

 

ユンナ「感謝致しますわリュートさん。さて、リベリオンさん。わたくしの提案では不服ですか?」

 

リベリオン「私は自由が欲しかっただけだもの。他に方法はなさそうですし、その案を了承してあげるわ」

 

ユンナ「寛大なその心に敬意を払います。ありがとうございます」

 

醜聞など一切耳に届くことのない、絶対の信頼を寄せるからこそか、煩悶したもののリュートは首を縦に振った。

リベリオンも嫌悪感を表すことなく快く受諾し、自由を勝ち取ることが叶った。

 

ただ放任するだけでなく、時空防衛局にとって利になるよう上手く併呑することができた。

どちらかと言えばリベリオンを自由を与えるというより、世界に出現する異世界からの危険分子の出現を報告させるための駒を増やしたと言う方が的確なのかもしれない。

自由を手にし心の内で愉悦に浸っているリベリオンはユンナの口車に乗せられ丸め込まれていることに気付くことはない。

 

ユンナ「言っておきますが、その通信機を破壊しても無駄ですわよ。破壊されれば即座に本部に連絡がいきますし、内部に発信器が仕込まれていますので、どの世界に居ようが隠れまいが発見し逮捕しますので、お気を付けくださいまし」

 

リベリオン「心配せずとも、己の首を締める真似はしないわ。交渉成立ということで、私は失礼するわ」

 

アイリ「リベリオン、ありがとね。リベリオンがいなかったら悪魔の殲滅もヴィラド・ディアとの戦いも乗り越えられなかったかもしれない。ホントにありがとね。また何処かで会えるといいね!」

 

リベリオン「私はごめんだわ。お前の光は私には眩しすぎるもの」

 

アイリ「あたしは光の巨人にも負けない光の力があるからね~。黄猿にだって勝てるかも。あ、今度勝負する時は負けないんだからね!」

 

リベリオン「会うのはごめんだと言っただろ。やれやれ…まあ、戯れ程度であれば再開を許してあげないこともないわ」

 

アイリ達に背を向け、召喚したワームホールの中へ入っていき、行き場のない孤独の旅に歩みを進めた。

最後に見たリベリオンは微かに微笑んでいるように見えた。

またアイリと合間見えるのを待ち望んでいるかのようにも思えた。

 

リュート「はあ…厄介事にならないことを願うばかりだぜ。用は済んだし俺は戻るぜ。さっきの奴も追わねえといけねえし…仕事が山盛りだぜ」

 

ユンナ「リリスに関してはわたくしも調査しなくてはならないことが多いので、わたくしも後程調査に参加させてもらいますわ」

 

アイリ「リリスは一体何がしたいんだろうね?色んな世界を渡り歩いてるみたいだけど、何を目的としているのか検討もつかない…」

 

ユンナ「リリスによる被害が出たという報告もありませんし、謎が多いですわ。ここからはわたくし達、時空防衛局の調査する事柄ですので、申し訳ございませんがアイリさん達には手を引いてもらいますわ」

 

アイリ「っ…うん、了解です」

 

決して無関係とは言えないが、事が天界という一つの世界では手に負えぬ事態に発展してしまっている。

流石のアイリでも承知しているため、最後まで関わり協力をしたいのは山々だったが、自身が踏み込み邪魔をするわけにもいかず断る選択しかなかった。

 

ユンナ「彼女の件について気になる点は多いでしょうが、わたくし共が必ず解決致しますので、天界でわたくし達の安否を切に願っていてくださいまし」

 

アイリ「そうします。リョウ君のこともあるし、大人しく家で待機しておこう」

 

シャティエル「懸命な判断だと思います。カイさんもアイリさんの帰宅を待ち望んでいる筈です」

 

アイリ「あ、そうだ!カイ君を一人にしちゃまずいもんね!ユンナさん、あたし達を天界まで送ってもらってもいいですか?」

 

ユンナ「ええ、勿論。端からそうするつもりでしたので。ではリュートさん、また後程本部で会いましょう」

 

リュート「ああ。先に行っとくぜ」

 

リュートは時空防衛局の本部、ユンナはアイリとシャティエルを天界に送るためワールドゲートを開き、この世界から去っていった。

 

先程まで戦闘が行われていたのが嘘のように静まり返り、神秘的な雰囲気が辺りを包む。

誰もいない静寂の世界の中、黒い霧が出現した。

周囲に散布されるように何もない宙から湧き出てきた霧は意思を持っているのか、一点に集束し、漆黒の中からリリスが姿を現した。

 

リリス「『暗夜蝶』で吸収して正解だったわ。あの魔道士の魔力、中々の上物ね。思いもしない収穫だったわ。それと、目の前には更なる上物がある。ただでこの世界を去ったりはしないわ」

 

地上へゆっくりと優雅に降り立ち、バラントンの泉へと歩み寄る。

触手の先端を底まで透き通る透明な水の中へと入れ、水に含まれる万能薬にも匹敵する治癒能力を吸収し始める。

 

リリス「流石、伝説の剣の内の一本であるフラガラッハ、やっぱり素晴らしいわ。…ん?」

 

更に水の成分を吸収しようとしたが、水中から何かが迫ってくるのが見え反射的に後退した。

自分が立っていた水面ギリギリの地面に人の体の一回りは太い巨大な蔓が叩き付けられ、固い地面を抉り取った。

何者かによる襲撃を受け臨戦体勢に入ろうとしたが、不要だと悟った。

 

奇襲を仕掛けた張本人は、フラガラッハにより封印されているミネルヴァのもの。

その証拠に泉の中心にある小島から蔓は伸びており、接近を許さないと言わんばかりに他の蔓が伸び今にも襲い来る勢いでゆらゆらと揺らめく様は威嚇や脅しにと見える。

 

リリス「彼女に意識がない筈…彼女の意思に呼応してフラガラッハがここを防衛しているってことかしら?……まあいいわ。これ以上泉の成分を吸収するのは得策ではないわね」

 

威嚇の一撃で怯んだのか、リリスは呆気なく引くことを決意した。

 

実際には怖気付いた訳ではなく、『今の』自分では手を下す実力がないから。

 

リリス「ワールドコアを直接狙える絶好の機会なんだけど、フラガラッハの所有者の相手は厳しいわね。でも成分を僅かでも頂戴できただけでも十分成果と呼べるわ。ふふふ…私の野望まで、あと少し…」

 

練りに練った血の滲むような画策は、現実になりつつある。

そう思うと高揚する思いが溢れ、周囲を破壊したくなる衝動に駆られ、妖艶に、不気味に微笑む。

 

リリス「さて、後はこの子が覚醒するのを待つだけ」

 

漆黒の霧の中に浮かび上がったのはとある映像。

何かを閉じ込めているかのような卵にも似た暗黒の球体。

中身は完全に見えないわけではなく、うっすらとだが凝視すれば確認できる程度の透明度。

中には膝を丸め眠っている一人の幼い少年がいた。

 

それはアイリ達が良く知る、共に衣食住を送っている人物、カイ。

 

その様子を監視しているリリスは再び微笑みを浮かべ、新たな策略に向け動き始めるためこの世界を後にした。

 

 

~~~~~

 

 

アイリ「たっだいま~♪」

 

悪魔の殲滅に向け幾度となく世界を渡り戦闘を繰り広げ、漸く天界へと帰還することが出来た。

一日も経過してはいないが郷愁に駆られていたので、体に傷を負いながらも無事に帰宅できたことが非常に喜ばしく涙腺が緩みそうになる。

浮き上がりそうになった涙を気力で引っ込め、頬を軽く叩いた。

 

アイリ「泣いちゃダメ。スマイルスマイル」

 

ユンナ「アイリさん、どうかなさいましたか?」

 

アイリ「ううん、何でもないよ。…あれ?家に誰もいないのかな?」

 

シャティエル「静けさに満ちています…いえ、ピコさんがおられるようです。地下に存在するリョウさんの部屋におられます」

 

ピコ「大変だよ!」

 

家に誰もいないのかと思っていた矢先、地下に通ずる階段を留守を任されていたピコが駆け上がってきた。

その顔は焦燥に若干染まっており、何やら只事ではないのは一目瞭然だった。

 

シャティエル「どうかされたのですか?」

 

ピコ「エーリヴァーガルから帰って色々報告が終わった後だったんだけど、家が何者かに荒らされてる!」

 

天界に他人の家を荒らす野蛮な天使はいないため、別世界の何者かによる仕業だと考えられる。

アイリは走りリビングの扉を開くと、棚や机といったあらゆる家具が破壊され散乱しており、廃墟同様の酷い有り様へと成り果てていた。

 

シャティエル「この荒らされ方は、何かを物色していたものだと推測できます」

 

アイリ「何かを物色?あ、それよりカイ君は!?カイ君は無事なの!?」

 

一人で留守番をしていたであろうカイの身を案じ、アイリは鬼気迫る表情でピコに問う。

 

ピコ「二階も同じ有り様になってた。家中を探し回ったんだけど…カイがいないんだ」

 

アイリ「そんな…ま、まさか……」

 

ユンナ「その何者かは、カイさんを連れ去っていったと、いうことですわね」

 

大切な存在が喪失した衝撃に、心臓が早鐘のようになり、顔から血の気が引いていき蒼白していく。

 

悲劇へと繋がる歯車は、人知れずまた回り始めた。

 

 




ガチャで今年の運を使い果たした感が半端ない笑

今年死ぬんじゃないだろうか((( ;゚Д゚)))


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番外編 イセカイ・コミュニケーション

超 絶 カ オ ス 回 ☆

真面目な話や戦闘描写ばっかり書きすぎて疲れてきたので息抜きに書きました笑


 

 

ーリョウside

 

 

アイリ「うわあ……(ドン引き)」

 

リョウ「何やってんのお前ら……(呆れ)」

 

カイ「ふたりとも、すごい!」

 

アイリが割とマジで引いてるとは珍しい。

慣れてるとはいえ、わしも思わずジト目で大きく溜め息を吐いてしまってるんやけどね。

隣ではカイが無邪気な笑みを浮かべている。

そんな愉快なんかあれは?

 

わし達の目線の先には、庭にいるアレクとアリス。

でもやっていることは無駄に洗練された無駄のない無駄な動き。

 

アリスは様々なポーズを超高速の動きで繰り広げ回転している、通称ゲッダンと呼ばれる動きをしている。

意味が分からん。

 

アレクは「ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥエ」って延々と言い放ちながら跳び上がり直ぐにキックする勢いで地面に降り立つ行動を繰り返す高速変態機動をしている。

意味が分からん。

 

アイリ「あの二人の元ネタは勿論分かるんだけど…実際に目にすると気持ち悪いもんなんだね…」

 

リョウ「そりゃこんな変態的な動きしてりゃあねえ。誰でも引くと思うで?」

 

アレク「よおアイリにリョウ!どうだ俺の鮮やかな動きは!カイも喜んでくれてるみたいだぜ!」

 

リョウ「喜んでいると言うか…二人の奇天烈な動きを面白がって見てるだけやろ」

 

アリス「でも笑ってくれてるならそれでよし!カイ君も私とこの動きを真似してみよう!」

 

カイ「カイもやるー!」

 

リョウ「カイ、お前じゃ無理やて」

 

カイ「やりたいー!」

 

アレク「よし任せろ俺が直々に伝授してやろう!序でに剣戦技と弓戦技、籠手戦技に…」

 

リョウ「無双するわけやないからそれは教えなくてええからな!?」

 

アリス「じゃあ私はズンドコベロンチョが何なのか教えてあげよう」

 

リョウ「訳分からん何かをカイに与えなくてええから!」

 

こいつらはホンマいらん知識だけは一丁前にあるんやから…。

あと頼むからわし以外に変なことしたり巻き込んだりするのはやめえって。(切実)

 

数日か前は光るパジャマを着た二人が「パジャマでおじゃま♪」って言って午前3時に訪れたかと思ったら、ピーカーブースタイルでスーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルボンバーをする方法があるという、全くもって無駄な知識を教えにやって来たな~。

 

わしは長年の付き合いで慣れてるからええけど、おはようからおやすみまで監視しとかないと何するか分からん問題児でもある。

世界が滅亡しそうな案件を幾度となく解決してるのに、プライベートでやってることはあまりにも破天荒すぎるんや。

時空防衛局からも感謝状を何度も送られる素晴らしい活躍をしとるのにやることがあまりにも滅茶苦茶すぎる。そりゃもうハジケリスト並に。

 

例えば?例を上げたらきりがないで。

 

一つ上げるなら、「バンサンケツマ」って言いながら冷凍マグロをぶん回し、パンジャンドラムを数十個投げ付けて(本来投擲して使用する武器ではない)、BETAを数千体を殲滅したり。

「国連の奴ら口を開けてポカンとしてるの草」って言いながらその世界を去ったと思ったら、次に渡った世界で暇潰しにキンプリンを百体も乱獲してるし。

今思うとこの二人はいい歳して「ウンコ」という単語を2万回も叫んでたのか…。

 

まあ…取り敢えずこの二人の暇潰しによる奇行はヤバいってことや!

これ読んでるお前らも訳分からんと思うけど、わしも訳分からんのや!

ということで話は終わり!閉店ガラガラ!

 

カイ「リョウ、おしえてもらっちゃダメ?」

 

リョウ「このアホ共とは違う大人しい愉快なことを教えてあげるからやめとこう、な?」

 

カイ「う~ん…わかった!カイ、がまんする!」

 

リョウ「うん。ええ子や」

 

アイリ「カイ君偉いね~!よーしよしよしよし」

 

アイリ、カイの髪をくしゃくしゃにして撫で回しとるけどそれは動物に対してするもんやぞ。

やってることまんまムツ◯ロウ先生と同じじゃ。

 

アレク「聞き捨てならない言葉があったな。俺達のことをアホだと…?よくないなぁ…こういうのは(草加スマイル)」

 

アリス「汝は知るだろう、幾何なりし封縛、いかなる訃音を告げるものか!」

 

リョウ「おい何かをぶっ放つ詠唱をし始めるな。それに事実やから仕方ないじゃろ」

 

アレク「俺のいかりのボルテージが上がっていく!いいだろう表に出ろ!」

 

アイリ「ぷっ…ここ表だよwww」

 

アレク「……………」

 

リョウ「やっぱアホやないか。あとアリスも」

 

アリス「何で私も巻き込まれなきゃいけないの!?」

 

リョウ「だって事実やん。ラドンもそうだそうだと言ってるよ」

 

アリス「私達をアホ呼ばわりなんて…本物の暴力を教えてやろう」

 

リョウ「よろしい、ならば戦争じゃ」

 

アレク「来いよ、リョウ。剣なんて捨てて掛かって来い!」

 

アイリ「凄いことになってきた…。あたしは混沌なるカオスの世界にようこそしたくないから家に避難しとこーっと」

 

賢明な判断…と言いたいところやけど、そんな大した戦いやないで?

今から行われる決闘は、あらゆる世界にも共通しているもの。

 

勝利を運に託し、いざ参る!

 

「ピカピカぴかりんじゃんけんポン!」

 

3種類の指の出し方で勝敗を決める遊戯、じゃんけん。

これなら物理的に争うことなく勝敗を決められる。

仮にこの二人とガチンコバトルを挑もうとするならば、命が幾つあっても足りはしない。

…冗談抜きのマジで。

 

因みにわしはパー、アレクとアリスはチョキを出したことによりわしの敗北が決定した。

 

アリス「わっはっは~!勝利のポーズ!決めっ!」

 

アレク「お前は俺達には敵わない、故に敗北者だ」

 

リョウ「敗北者?取り消せよ…今の言葉…!」

 

アレク・アリス「やだ」

 

リョウ「二文字で断れるこっちの身にもなれ」

 

アリス「負けたリョウにはこの刑を受けてもらう!」

 

いやいや、なんやねんそのリボンの付いた棺桶は。っつーかどっから取り出した。

しかも棺桶が完全にイ◯ゲームに出てくるやつやん。

 

わしは無理矢理棺桶に詰められ、魔法により分身した5人のアリスとアレクに棺桶ダンスをされた。

意味が分からん。

 

その後に教えられたんやけど、じゃんけんに勝てたのはアリスが魔法で運を上げていたから勝てたとのこと。

もうやだ、お家帰るぅ………自分で言ってて気持ち悪いな、うん。

 

 

~~~~~

 

 

シャティエル「アレクさんとアリスさんのあの動き…凄まじく俊敏な巧みな動作、長期にわたり修練を重ね習得されたものと分析しました」

 

庭で繰り広げられる無駄に洗練された無駄のない無駄な動きを屋内から観察していたシャティエルは人外染みた動きに驚嘆していた。

無論、あの二人の動きは血の滲むような修練など一切行っていない、ただの趣味で行っているだけの遊戯に過ぎないのだが、無知なシャティエルの目には奮励努力して得たものとしか写っていないようだ。

 

時計の長針が3の数字に近付きつつある時刻。

小腹が空きつつある時刻だと認識しているシャティエルは、ティータイムの準備をするためアイリ達の飲み物を机に並べ始めていた。

机の中央にはクッキー等と言った簡単に食べられるお菓子が入ったバスケット、各自が好きな飲み物を把握してあるシャティエルが注いだ飲み物が敷いたコースターの上に準備されている。

 

優雅なティータイムを味わうには完璧と言える評価が与えられる準備を終わらせたシャティエルは庭にいるアイリ達を呼ぼうとした直後、軽快な通知音が響いた。

何かの機械からの音だと認識したシャティエルは音の発信源の方を探索する。

 

シャティエル「これは、リョウさんの…」

 

それは椅子の上に置かれてあったリョウの携帯電話。

人の掌サイズのそれの液晶には通知のメッセージが写し出されており、最初に鳴った通知音を皮切りに何度も音が発せられる。

時空防衛局からの緊急のメッセージの可能性も有り得ると考えたシャティエルは、一瞬勝手に個人の物を覗き見てしまうことに戸惑い罪悪感を抱きつつも、携帯電話の電源ボタンを押し、次々と送られてくるメッセージの内容を確認する。

 

シャティエル「申し訳ありませんリョウさん。悪気があると認識はしているのですが、少しだけ拝見させてもらいます」

 

 

~~~~~

 

 

【異世界でしりとりしましょう】

 

『世界の監視者』

リンゴ

 

 

『守矢神社の風祝』

私、参上!

 

ゴリラ

 

 

『のヮの@765プロ』

皆さんこんにちは!

 

ラッパ

 

 

『万事屋@眼鏡』

こんにちは!

 

パンツ

 

 

『ハイラルの勇者』

ツール

 

 

『ミュウミュウ@苺』

ルビー

 

 

『破壊のプリンス』

じいさんとばあさんが出掛けちまって暇だぜ

 

ビール

 

 

『ニャルラトホテプ@惑星保護機構』

暇な時はこのグループに限りますねー

 

ループ

 

 

『オナラ真拳の使い手』

プール

 

 

『陽炎型航洋直接教育艦「晴風」艦長』

「ル」って言葉なかなか出てこない時あるよねー

 

ルッコラ

 

 

『艦娘@阿賀野型1番艦』

分かる(感銘)

 

ラード

 

 

『アクシズ教女神』

分かる(明察)

 

ドーナツ

 

 

『ミルキィホームズ@リーダー』

分かる(達観)

 

積み木

 

 

『青キュア@ファッション部部長』

分かる(博識)

 

キュート

 

 

『⑨』

分かる(天下無双)

 

時計

 

 

『世界の監視者』

アホやバカな奴らが出てきたなw

 

胃袋

 

 

『青キュア@ファッション部部長』

なんだとーこのでか耳おサル!

 

ロース

 

 

『アクシズ教女神』

バカって言った方がバカなのよ!

 

スルメイカ

 

 

『強欲の魔女』

 

 

『フランシュシュ@ゾンビィ1号』

ミルク

 

 

『万事屋@眼鏡』

それにしてもこのグループの人数凄いですね

 

 

 

『のヮの@765プロ』

三桁いってるグループなんてそうそうないですもんね

 

技術

 

 

『真島組組長』

今日も参加させてもらうで~

 

椿

 

 

『守矢神社の風祝』

真島の兄さんオッスです!

 

 

 

『鬼殺隊@水柱』

 

 

『ポッケ村のハンター』

 

 

 

『ポッケ村のハンター』さんが画像を送信しました

 

[画像]

 

 

 

『緋村抜刀斎』

何でござるかこの巨大な龍は!?

 

着物

 

 

『ニャルラトホテプ@惑星保護機構』

おー! これは彼の有名な老山龍ですね!

 

海苔

 

 

『万事屋@眼鏡』

いやいや写真撮ってる場合じゃないですよねこの状況!?

 

リズム

 

 

『フェンリル極東支部第一部隊リーダー』

んじゃ、俺も負けじと撮っとくか

 

ムース

 

 

 

『フェンリル極東支部第一部隊リーダー』さんが画像を送信しました

 

[画像]

 

 

 

『東京卍會@総長』

何だこの生き物? 虎?

 

スイカ

 

 

『万事屋@眼鏡』

あんたも撮影してる場合じゃないよね!?

 

カスタム

 

 

『世界の監視者』

お前ら真面目に働けw

 

 

 

『干物妹』

働くなんてや~だ~

 

治療

 

 

『悪魔大元帥@ニート堕天使』

同じく

 

ウスバカゲロウ

 

 

『デビルハンター公安退魔特異4課@血の悪魔』

わしも働かずニャーコとダラダラ過ごしたいわ

 

烏龍茶

 

 

『世界の監視者』

お前達もちゃんと働きなさいw

 

夜行性

 

 

『赤血球@AE3803』

私も休みたいです~

 

野菜

 

 

『時空の放浪者』

私は気まぐれに働いてるから最&高♪

 

 

 

『万事屋@眼鏡』

うわ出た

 

字幕

 

 

『麦わらの一味@料理人』

うわ出た

 

 

 

『シンフォギア@イチイバル』

うわ出た

 

ライチ

 

 

『調査兵団@芋女』

うわ出た

 

調査

 

 

『時空の放浪者』

ちょっとちょっと私の扱い酷くない?

 

サイキック

 

 

『スターク・インダストリー社長』

君に相応しい対応じゃないか

 

 

 

『時空の放浪者』

ぴえん超えてぱおん

 

 

 

『未来ガジェット研究所メンバー002』

トゥットゥルー♪

 

木耳

 

 

『守矢神社の風祝』

トゥットゥルー♪

 

ゲソ

 

 

『時空の放浪者』

トゥットゥルー♪

 

蕎麦

 

 

『結束バンド@ギター担当』

ひ、人多すぎて参加して良かったのか不安…

 

バス

 

 

『世界の監視者』

誰が参加しても大丈夫やからお気になさらずやで

 

スリッパ

 

 

『放課後ティータイム@ギター担当』

いっぱい人がいるから楽しいよね~♪

 

パジャマ

 

 

『Roselia@ボーカル担当』

真夏

 

 

『徒然なる操り霧幻庵@ドラム担当』

 

 

『時空の放浪者』

私もバンド組みたくなってきたな~

 

 

 

『淫Qβ』

願いがあるのかい?

 

運輸

 

 

『自動手記人形@元軍人』

私の願いは…少佐に会いたいです

 

指輪

 

 

『淫Qβ』

僕と契約して魔法少女になれば願いは叶うよ

 

ワイヤレス

 

 

『守矢神社の風祝』

引っ込んでろシナモンモドキ

 

酢昆布

 

 

『世界の監視者』

異世界の奴に手出ししたら…存在消すで

 

ブーケトス

 

 

『タフガイゴリラ@ラクーン市警特殊部隊』

こいつが言うと冗談じゃないのが笑えない

 

スキニーパンツ

 

 

『GGG初代長官』

同感だな

 

 

 

『サイヤ人@王子』

そこまで強いなら戦ってみたくなるぜ

 

ルール

 

 

『守矢神社の風祝』

やめとけ(真顔)

 

瑠璃

 

 

『時空の放浪者』

変わりに私が戦ってあげるよ♪

 

リズム

 

 

『サイヤ人@王子』

お前とはやり合うのはもうごめんだ

 

麦茶

 

 

『万事屋@眼鏡』

この人が嫌って言うなら本当に嫌なんでしょうね

 

 

 

『日本防衛隊@第三部隊副隊長』

誰だって嫌やろ、こんなんと戦うの

 

流星

 

 

『剣姫@ロキ・ファミリア』

もう私達の世界には来ないで…

 

胃袋

 

 

『世界の監視者』

拒絶されてて草

 

蝋燭

 

 

『ブレイド@天の聖杯』

クラゲ

 

 

『自律人型AI@A035624』

ゲージ

 

 

『ウマ娘@黄金の不沈艦』

お、今日もやってんな!アタシが来た!

 

ジョーク

 

 

『守矢神社の風祝』

どっかのヒーローが言いそうなセリフですね

 

クーラー

 

 

『ウマ娘@黄金の不沈艦』

アタシは全世界を干物だらけにしようとした宇宙人を冷蔵庫をぶん回して倒した世界を救ったスーパー美少女だからヒーローってのは強ち間違いじゃないな!

 

ラム肉

 

 

『世界の監視者』

ちょっと何言ってるか分かんないですね

 

燻製

 

 

『魔国連邦@スライム』

人類には早すぎたってことで…(適当)

 

イカサマ

 

 

『サイバトロン@総司令官』

そういうことにしておこう…(適当)

 

マカロニ

 

 

『22世紀猫型ロボット』

家にネズミが出たから誰か助けて!

 

ニス

 

 

『伝説の三忍@蛇』

ネズミ程度で怯えてるなんて情けないわね

 

 

 

『時空の放浪者』

このロボットはネズミに耳を齧られたせいで耳を失っちゃったから怖いのは無理ないかもね~

 

ミートボール

 

 

『シンフォギア@イチイバル』

めちゃくちゃ怖い話じゃねえか…

 

ルクセンブルク

 

 

『ジェダイ@グランドマスター』

己より小さき存在であろうとも、油断してはならんぞ

 

くす玉

 

 

『ウマ娘@黄金の不沈艦』

お、緑のじいちゃんじゃん!今度またスイカ持って行くからあの光の剣でスイカ割りしようぜ!

 

町並み

 

 

『⑨』

光の剣がなんなのか分かんないけど、使い方を間違えてるってことはあたいでも分かる

 

耳掻き

 

 

『エレキトリカル★ストリーマー』

なんだか分かんないけど動画のネタになりそう!

 

記録

 

 

『警視庁新葛飾署地域課@巡査長』

金になりそうな匂いがするからワシも混ぜてくれ

 

クイズ

 

 

『万事屋@眼鏡』

あんたが絡むと録なことにならないから!

 

図工

 

 

『時空の放浪者』

部長にまたサボろうとしてるの言っとくね☆

 

烏龍茶

 

 

『警視庁新葛飾署地域課@巡査長』

あっ、てめえ!余計なこt

 

 

『ムーンエンジェル隊@GA-001』

あれ?しりとりしてないですよ?

 

ヤモリ

 

 

『魔国連邦@スライム』

文章も中途半端なところで終わってるね

 

リラックス

 

 

 

『警視庁新葛飾署地域課@巡査長』さんがグループから退出しました

 

 

 

『元赤髪海賊団音楽家@世界の歌姫』

グループからいなくなっちゃったよ…?

 

スチーム

 

 

『パルデア地方四天王@じめんタイプ』

なんかあったんやない?

 

ムール貝

 

 

『時空の放浪者』

私がさっき部長に言ったからそのせいかもねw

 

委員会

 

 

『パルデア地方四天王@じめんタイプ』

ホンマに言ったんかいw

 

市場

 

 

『鬼殺隊@岩柱』

南無阿弥陀仏…

 

爆発

 

 

『守矢神社の風祝』

ざまあwww

 

 

 

~~~~~

 

 

シャティエル「……時空防衛局とは無関係のようですね」

 

一通り携帯電話の画面を見終えたシャティエルは静かに元の位置へ戻した。

しりとりという言葉遊びはしたことはなかったが、一度アイリ達と和気藹々と楽しみながらやってみたいと思えた。

 

アイリ「逃げるが勝ち、あたしの好きな言葉です。…お、シャティ。おやつの準備してくれてたんだね。ありがとう」

 

庭で行われようとしている凄まじい争い(じゃんけん)から逃れるためアイリが家へと戻ってきた。

瞳をキラキラと輝かせ身を乗り出す勢いでテーブルに並べられたお菓子を見る様は無邪気な子供そのもの。

アイリの輝かしく眩しい笑みを見ると、準備した甲斐があったと幸福感と共に満足感を心に溢れ、シャ

ティエルは優しく笑みを浮かべる。

 

シャティエル「喜んでもらえて何よりです。アイリさん、要望があるのですがよろしいでしょうか?」

 

アイリ「なになに?シャティエルのためなら天才探偵アイリはいつでも動くよ!」

 

シャティエル「みんなと、しりとりをしてみたいのです」

 

アイリ「へ?」

 

シャティエル「しりとりは、とても愉快なものだと思ったので」

 

何故シャティエルが突然しりとりをしたいと言い出したのか、アイリは疑問符を浮かべるしかなかったのだった。




書いてて楽しかったのでまたこういうの書こうと思います


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第82話 邪悪なる者の末路

ゴールデンウィーク…暇すぎる!!

ということで書きました、どうぞ!


アイリ達が天界へと帰還した頃、リョウとマリーは冥府界へと訪れていた。

何故悪魔等の邪悪な種族が住まう世界に二人がいるのか、答えは純然たるもの。

 

リョウ「まさか冥府界にエクリプスが潜んでいるとはなあ」

 

マリー「凶暴な魔物も生息しているというのに、よくここに止まろうと考えたね」

 

ブロセリアンドがある世界を去った後も、リョウはマリーと共に幾つかの世界を渡り歩き、エクリプスの小部隊を地道に潰し回っていた。

あらゆる世界に小規模でありながらも拠点を築き上げており、数だけは多く厄介極まりない。

一つの組織とは思えぬ莫大な人数を誇る団体の壊滅は不可能とも呼んでも間違ってはおらず、世界の数だけ一つの軍隊があると言っても過言ではない。

 

二人は冥府界に来る以前に数多の戦闘を行っていたのだろうが、疲労困憊した様には見えず、かすり傷一つ見当たらない。

 

マリー「序でと言ったら悪いけど、ルシファーの反乱も止めた方がいいんじゃないんですか?一応、リョウさんが関与してるし」

 

リョウ「確かにそうやな。サタンがどうなったか気になるところやし…でも、先にエクリプスから潰す」

 

この世界に住まう一族が滅び行くかもしれない命運よりも、あらゆる世界に影響を及ぼすエクリプスの壊滅の方が優先順位が上になるため、監視者の力を行使し居場所を捜し出すため目を瞑り集中し始める。

乾いた風が吹く音だけが聞こえ、沈黙を貫くこと僅か数秒、開眼したリョウは怪奇そうに首を傾けた。

 

マリー「どうかしたんですか?」

 

リョウ「可笑しい…悪魔の存在が、無い。一人残らずルシファーが駆逐したのは分かるけれど…サタンの気配すら無い」

 

マリー「ルシファーが倒したんじゃないですか?伝説の剣を二本も帯刀しているなら可能な気もするけれど…」

 

リョウ「エクリプスの連中もルシファーの近辺におるみたいやし、兎に角行ってみよう。あと、わし等の近くにラミエルとウリエル、ミカエルもおるみたいやし」

 

マリー「天使が三人も?」

 

リョウ「大方、手薄になった冥府界に攻め込んだか、現状把握に偵察に来たんやない?」

 

確認しなければならないことが多くあり、推測ばかりしていても意味がないため移動を開始することにする。

 

荒れた大地に紫色に近い空が延々と広がる、清々しい気持ちが一切沸き上がってこない嫌悪感を抱くようなこの世界を見ていると、悪魔達はよくこんな厳しい環境下で衣食住をしているなと感心すら覚える。

 

飛行すること数分、物陰に身を潜めているラミエル達を発見し降下し地に足を着けた。

気配を感じ取れなかったのか、一驚した三人は振り向き様に臨戦体勢を取り、ウリエルが先手必勝と言わんばかりに紅蓮の炎の渦を生み出しリョウとマリーを瞬く間に呑み込んだ。

相手が誰か判別せずに攻撃するのは如何なものかと思われるが、気配を感じさせず接近してくる相手となると、相当な実力の持ち主であり、背後から現れたとすると敵だと判別されるのも無理もないのだが。

 

リョウ「わしじゃよ、わし。リョウやって」

 

マリー「流石に野蛮だと思いますよ」

 

鉄でさえ容易く溶解される灼熱の炎をものともせずにいられるのは、リョウが『天使の加護』を発動させているお陰だった。

 

ウリエル「なんだいリョウか。ビビらせるんじゃないよ」

 

ラミエル「悪魔の襲撃かと思っちまったぜ」

 

ミカエル「悪魔よりも質が悪いですけどね。監視者だけでなく『爆炎のマリーゴールド』もいるとは。全く忌々しいですね」

 

リョウ「わしは兎も角、マリーに悪態をつくのはやめてくれへんかね?」

 

ミカエル「何をしに我々の前に現れたのですか?」

 

ウリエル「確かに。悪魔の殲滅を終わらせたってのにあんたみたいのがここに現れる理由はないと思うんだけど?」

 

敵意を剥き出しにしているミカエルとあまり快く思っていないウリエルを宥めつつ、冥府界に訪れた理由を説明する。

 

ウリエル「成る程、貴方達の目的は把握しました。では精々私達の邪魔になることのないよう、其方の目的を果たしてください」

 

リョウ「別行動したいのは山々なんやけど、丁度ラミエル達が行こうとしてる場所にエクリプスがおるみたいなんよ。申し訳ないけどもうちょい行動を共にすることになる」

 

マリー「それに、ルシファーの件も看過することは出来ない。伝説の剣の内の二本を手にしているから、今後異世界に赴いて何かしらの影響を及ぼす可能性だって考えられます」

 

リョウ「そういうことで、わし等もお供させてもらうで」

 

ラミエル「心強い限りじゃねえか。いいだろ、ウリエル?」

 

ウリエル「ルシファーの件に関しては私等が受け持たせてもらうよ。元天使であるあいつは私等天界に住まう天使が裁きを下す。伝説の剣に関しての件は時空防衛局で何とかしてくれるだろ?」

 

リョウ「勿論やってくれるやろう。元あった場所に責任を持って厳重に運ばれる。わしも立ち会うつもりやから安心してええ」

 

ミカエル「あなたの同類のお仲間のシスターにクラウソラスが渡らなければいいんですけどね」

 

リョウ「そんなことはしないし、リアがクラウソラスの所有者だったのは何千年も前の話や。昔の話を掘り返すな」

 

リアと呼ばれる人物の触れられたくない話題を出したせいか、リョウは僅かに眉をひそめ憤怒の表情を露にする。

 

ミカエル「『力』もまともに発動することを許されないあなたは脅威ではありません。あなた方はその『力』を行使し蹂躙することしか脳がないのでは?」

 

リョウ「誰も戦うとは言うてへん。怒りに身を任せ敵じゃない者と無意味な戦いをするほど子供やない」

 

ラミエル「口を動かすよりさっさと足を動かそうぜ。リョウ、どうせ監視者の力で状況は把握してるんだろ?どうなってんだ?」

 

リョウ「悪魔は一人もいない。恐らくルシファーが一網打尽にしたんやろ」

 

ミカエル「哨戒している兵士すら確認出来ないのは怪奇と思っていましたが、納得はいきますね」

 

ウリエル「邪魔者がいないのなら好都合じゃないか。早速行くよ」

 

天敵である本拠地にも関わらず迎え来る相手がいないという異様な状況だが、此方としては好都合でしかない。

元々少人数だったので戦闘は極力避けたかった天使三人にとっては正に棚から牡丹餅と言える。

そもそも、今回三人は悪魔の頭領であるサタンを打倒するために攻め込んできたわけではない。

 

突如反乱を起こしたルシファーが冥府界にどれ程の被害を与えたのか調査するためだ。

大人数では目立ち、小規模な戦闘に成れば喧喧囂囂となり最初から少人数で向かうのは決定していたが、人選に関しては滞ったままでいた。

ならば四大天使自らが赴こうと先行し意見を提出し、最終的にウリエルとミカエル、天使の中でも指折りの実力者であるラミエルが冥府界への偵察を行う結果に落ち着いた。

間諜を使わず四大天使直々に敵陣に赴いたのはそのためだった。

 

敵対関係にある悪魔を屠れる好機が訪れ、途方もなく長い歴史に終止符が打たれようとしている。

内心ラミエル達も歴史的瞬間となる由々しき出来事に心踊らない訳はなく、因縁深い種族同士の終焉を我が手で迎えさせようと矢も楯もたまらないと言った様子。

天使と言い難い荒々しさを含んだ闘志が瞳の奥でメラメラと燃えている。

 

ウリエル「それで、あんた達のお目当てにしてる敵は何処にいるんだい?」

 

リョウ「ちょい待ってな。………ルシファーと共にいる。何かを話し合ってるみたいやな」

 

ミカエル「はあ…結局貴女方とは最後まで共に行動しなくてはならないということですね」

 

ウリエル「そう落胆しなさんな。私も正直なところリョウ達の存在自体は好かないから関与したくないところだけど、エクリプスとかいう世界を横行闊歩してる連中もいるなら相手になってくれるのは有難い限りじゃないか」

 

リョウ「そういうこった。ルシファーに関しては別世界のとんでもない代物を腰に下げとるんやから、回収の目的もあるしミカエルにとっては得しかない」

 

ミカエル「貴女方と共に行動する時点で損でしかありませんよ」

 

ラミエル「敬遠しすぎだろ。協力するっつってんだから素直に受け止めろよ」

 

ミカエル「あなたは彼等の犯した罪を忘れたわけではありませんよね?」

 

ラミエル「忘れるわけねえだろ。でも過去の話だ。リョウだって改心してるし、危害を加えるつもりもないんだからいいじゃねえか。ほら、口ばかり動かさず足を動かそうぜ」

 

ミカエル「やれやれ、致し方ありませんね。それにしても、正面から堂々と乗り込むとは無謀ですね」

 

マリー「私達がいるので心配ありませんよ。防御はリョウさん、攻撃は私が行いますから」

 

邀撃を企んでいる可能性もあるため無闇に接近するのは危険を伴うが、何にせよルシファーを打倒する以外に選択肢はないため正面突破となる。

 

一度も襲来されることもなく安易に辿り着いたのは、全体が黒を貴重とした巨大な城。

特殊な漆黒の石で造られた城は立派でありながら、人を寄せ付けぬ禍々しさを放つ刺々しい造り。

正しく巨悪の根源が居座っている雰囲気を漂わせている。

侵入を拒む思いが生まれ踵を返す者が大半だろうが、今の面子は異様な雰囲気に尻込みしたりすることはない。

 

門前払いを食らうことなく易々と城内に入り込んだが、視界に広がるのは闇一色。

松明といった光源は一切なく、何処から襲いかかられても不思議ではない緊張感に満たされる。

 

マリー「不気味な程に静かですね…」

 

ミカエル「周囲に邪悪な気配は一切感じられないので、悪魔兵は一人もいないようです」

 

ラミエル「分かってはいてもこんなこの暗さは気味悪いな。十何年か前にやらせてもらったゾンビ共を銃で射ちまくるゲームを思い出したぜ」

 

リョウ「ここは洋館ではないにしろ、城みたいな雰囲気は確かに世界観的には至当かもしれへんね」

 

ウリエル「悪魔が一人もいないのは最初に分かりきっていたことだしビビることはないさね。恐らくルシファーがいるのは玉座の間ってところかい?」

 

リョウ「そうやね。最上階にルシファーの存在を感知した」

 

天窓から差し込む僅かな光だけが頼りだが、視界を広げるには程遠い。

しかし最上階に向かうだけなので、上部の位置だけ確認できれば良いため然して問題とは言い難く、各々飛行し最上階へ向け飛翔する。

 

数秒の内に辿り着いた最上階。

目の前には鉄製で造られた重々しい巨大な扉がある。

入室する許可を得た者にしか通ることは叶わない、世界を統治する権力者が居る雰囲気を露骨に醸し出す扉は固く閉ざされている。

 

ウリエル「ここで間違いないね」

 

ミカエル「相当強固な扉ですね」

 

ウリエル「関係ないね。ぶっ壊せばいいのよ!」

 

罠が仕掛けてあっても不思議ではないにも関わらず、せっかちと言うのか、直情径行なウリエルは炎の渦を扉に向け放った。

灼熱の炎は扉に直撃するも、熱により赤色に変色することはなく、水が油を弾くように炎を打ち消していた。

 

ミカエル「やはり魔法や魔力と言ったものの攻撃は通用しないようですね」

 

ラミエル「ぶん殴っても無理か?」

 

リョウ「無理やろうね。手の骨が粉々になってもいいなら試してもええかもしれへんけど」

 

ラミエル「そいつは勘弁だ。で、どうすんだ?」

 

リョウ「ウォー◯ーを探す勢いで鍵を探す…時間はないから、マリー頼む」

 

扉の解放を託されたマリーは頷き一歩前に出る。

この場には不釣り合いな学生服を着た華奢な少女に何が出来るのだろうと思うだろうが、この場に居る面子は彼女の実力を嫌というほど知り尽くしている。

 

マリー「『爆散華』!」

 

両目の瞳が黄金色に染まると同時に手から一発のエネルギー弾が放たれた。

扉に直撃すると、四方八方、あらゆる方向へエネルギーが分散され次々と爆発していく。

花火のように荘厳で美しくもあるが、一発一発の威力が凄まじく、扉だけでなく周囲の壁や天井も巻き込み爆破し瓦礫へ変えていく。

轟音と爆風が周辺を包み込み、巻き込まれまいとリョウ達は扉とは反対にある壁際まで下がっていた。

 

ラミエル「あれでも威力としては下級の方なんだろ?マリーはマジで相手にしたくないぜ…」

 

ウリエル「仲間としていてくれるのは有難い限りだねえ」

 

ミカエル「あの爆破の能力もですが、監視者と同様にあの『力』があるからこその強さでしょう」

 

マリー「皆さん、開きましたよ」

 

城を破壊する勢いの猛撃に近い一撃により、人の手で動かすことすら困難な重厚な扉は吹き飛ぶどころか粉々に崩れ、元が扉だったと言われても分からぬ程に原型を止めない鉄の欠片へと成り果ててしまった。

 

リョウ「ほな行こうか」

 

ラミエル「ああ。ルシファーの奴を取っ捕まえてやる!」

 

指をポキポキと鳴らし、友の過ちを食い止めようと俄然やる気が上がっているようだ。

リョウとラミエル、二人が先行し爆煙と砂埃の中を突き進む。

 

ラミエル「邪魔だどけえぇ!」

 

煙の中に紛れ何者かの気配を捉えたラミエルが電気を纏った拳を突き出す。

それは悪魔ではなく、人間。

サバイバルナイフを手にした若い男の胸部に拳が命中し、男は抵抗する手段もなく体をくの字に折り曲げながら後方へ吹き飛び何度も床を横転し絶命した。

 

リョウ「エクリプスか…!」

 

憎悪する対象の存在が確認した途端、リョウの目に殺意が籠められる。

その場から跳び上がり煙の中から脱し、アルティメットマスターを抜刀し近くにいた戦闘員二人の首を一閃し撥ね飛ばす。

床へと着地してもリョウの攻撃は止まらず、此方の存在に気付き接近してくる数名の戦闘員の首を『ソードカッター』で落としていく。

 

必ず絶命させる狂気にも満ちたその目で見つめる先には、エクリプスの首領セラヴィルクと、反乱を起こした堕天使ルシファーの姿があった。

そしてもう一人、サタンフォーの一人にして、裏で策略を練り行動する謎の多い悪魔リリスもいた。

 

セラヴィルク「お早い到着だな。流石、『世界の監視者』は伊達ではないってことだな」

 

リョウ「冥府界に何しに来たんや?サタンがおらんくなったから我が物にしようとしてんのか?」

 

セラヴィルク「調査済みってことか。それもあるが、一番の目的は戦力増強だ。人が交渉してる途中だってのに横槍を入れないでほしいぜ」

 

リョウ「お前の都合なんか知ったことか」

 

ラミエル「交渉って、まさかルシファーを勧誘してんのか!?」

 

セラヴィルク「それ以外に誰がいるんだ?サタン討伐という目的を成せず、何のために堕天したのか分からなくなり失望したこいつに俺が道を示そうとしてやってんだよ」

 

ウリエル「何のためにサタンを討とうとしたが知らないけど、目的を成せなかったってのはどういうことなのさ?現にサタンの気配なんて一欠片もないじゃないか」

 

ミカエル「身を潜めている訳ではなさそうですね。サタンがこの世界にいるのであれば、私達が気付かない筈がありませんし」

 

マリー「冥府界にもういないということですか?」

 

遅れてやってきたウリエル達が疑問符を浮かべ矢継ぎ早に質問を投げ掛ける。

答えを告げる当の本人は喪失感に包まれながらも憤怒と悲哀が混濁した複雑な表情を浮かべたまま俯いていたが、重々しく、力なく口を開いた。

 

ルシファー「………サタンは、既に存在していなかった…」

 

ウリエル「……は?どういうこった?」

 

予想だにしない突飛な発言に驚愕のあまり間抜けな声が出てしまう。

疑問符を浮かべていた状況に更に疑問が重ねられたところでセラヴィルクが開口した。

 

セラヴィルク「文字通りの意味だ。サタンは存在していなかったんだよ。少なくともこいつが天界のために堕天する頃から」

 

ラミエル「おい、天界のために堕天したってどういうことなんだよ!色々と訳分かんねえよ!」

 

重要な情報が溢れ頭の中で混濁し掻き乱す。

ラミエルだけでなく四大天使のミカエルとウリエルも同様に、理解出来ずに困惑している様子だった。

 

リリス「なら、語って差し上げなさい。何故堕天し悪魔に身を投じたのかを。そして私は、何故サタンの存在が消えているのかを語るとするわ」

 

全てを見透かしているのか、リリスは妖艶に微笑む。

悪魔の声に耳を傾けるとはとても思えない怜悧なルシファーは語り始めた。

 

ルシファー「……俺が堕天したのは、天使の使命を全うすることに嫌悪感を示した訳でもなければ、人間達に対し辟易とした訳でもない」

 

ラミエル「何…?どういうことだよ…」

 

リョウ「以前翔琉達のいる世界で語ってたことは嘘っちゅうことや」

 

ルシファー「リョウの言う通りだ。あの時の発言は、全て嘘偽りに過ぎない」

 

ラミエル「何で嘘なんか…ん?ちょっと待て、何でリョウがルシファーの発言を嘘だって知ってんだよ!」

 

ウリエル「私はその場にいなかったから何とも言えないけど、大方リョウも一枚噛んでたってところだろうね」

 

リョウ「んな話は後回しや。今はルシファーの話を聞こうやないか」

 

どのような事柄で、どのようにして関与しているかは不明だが、ルシファーの成そうとした策略や秘密を認知しているのは間違いない。

悪びれる様子もなく平然と表情を崩さずいけしゃあしゃあとしている態度にマリーを除く全員が睨みを利かしているが、当の本人であるリョウは何処吹く風だ。

 

そして再度ルシファーは開口し、誰にも話すことを許されなかった、自身の常軌を逸する暗澹とした歩みを語り始める。

 

ルシファー「俺は…天界を救うため、サタンを葬るために、堕天することを決意した」

 




暇なんで伊勢に旅行に行こうと決意しました笑

皆さんも何かしらの形でゴールデンウィークを楽しんでくださいね!


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第83話 ルシファー ~天界に降り立った秀才~

【悲報】仮面ピコ、五月病になる

毎日しんどいね!笑



アイリ達が今を生きる現代から遡り、約600年前。

 

場所は天界。

見渡す限り美しくも殺風景な景色が広がる雲の平原。

雲一つない碧空はこの世の広大さと美しさを具現化しているかのようだ。

天使や悪魔を非科学的だと豪語する世界からすれば、決して有り触れたものではないのは明瞭だろう。

 

心地好い風が優しく吹くなか、突如二つの影が上空を高速で横切り、烈風が巻き起こる。

目を凝らさなければ視認することすら困難な速度で飛翔する物体は、純白の翼を生やした人形の何か。

言わずもがな、天界に住まう天使だ。

 

一人は上に逆立っているツンツンした茶髪に、額には赤い鉢巻きを巻いてあり、黒色のシャツに赤いジャケット、両手には手の甲に黄色の十字架のデザインがある赤い手袋をした青年。

 

一人は流れるよな月白色の首筋まで伸びる髪に、紫紺色の長袖のシャツと黒色のズボン、茶色のブーツを着こなした青年。

 

?「おい、ちょっととばしすぎなんじゃねえのか?」

 

?「何を言っている。忌まわしき悪魔が跋扈し悪巧みを企てているんだ。迅速に対処しなければならないだろう」

 

?「相変わらず真面目だね~」

 

天界に現れた悪魔の対処に向かっていたのは、ラミエルとルシファー。

 

現代に生きるルシファーは片翼が漆黒に染まり、頭部からは湾曲し伸びる角が生えており、禍々しく近寄り難い黒く淀んだ雰囲気を醸し出していたが、天使だった頃のルシファーは微塵も邪となる気配を感じさせない。

両翼は一切の汚れのない、日光により煌めく純白の翼を羽ばたかせる、誰から見ても清爽な雰囲気をする好青年だった。

 

ラミエル「見つけた!悪魔兵にヘルハウンドの大群だ!」

 

ルシファー「虚飾した雑兵ばかりだな。即行で片付けるぞ。遅れを取るなよ」

 

ラミエル「誰に向かって言ってんだ?鸚鵡返しだぜ!」

 

ルシファーは剣を抜刀し構え、ラミエルは電気を纏った拳を構え、自分達の世界に侵犯してきた敵に突貫していく。

天界に住まう者、無知で罪のない人間が住まう現実世界を守護するという強い思いは変わらず、両者の心の奥で燃え、闘志となり力へと変わっていく。

 

 

~~~~~

 

 

ルシファー「………しかし、最近は悪魔の襲撃が頻繁だな」

 

ラミエル「何か目的でもあるのか?にしてはシェオルに攻め込んでくる気配もねえし…」

 

ルシファー「俺達の目を掻い潜り拠点の成り得る場所を把握している可能性もある」

 

ラミエル「本格的に天界へと侵略が進んでいるのかもしれないな」

 

ルシファー「来るべき時に備えなければならないかもしれないな。悪魔の勢力は衰えることもなければ数を減らすこともない。この戦況では、何千年と続くこの戦いに終止符が打たれる日が来るとはとても思えないな…」

 

絶えず襲い来る脅威は倒しても倒しても、一向に変化することがない。

無尽蔵に増え、減ることを知らない。

天使と悪魔の戦いの歴史は古く、連綿と続いている。

大きな戦いは幾度となく行われてきたが、どちらかが劣性に陥るわけでもなければ、どちらかが討ち滅ぼされることもない、良い意味でも悪い意味でも天界と冥府界の調和が保たれている。

果たして現状を維持しているだけで、天界という世界の運命を変えていけるのであろうか。

天界に生きる天使や現実世界に生きる人間にとっての真の幸福の時は未来永劫訪れることはないのだろうかとさえ思えてしまう。

 

ルシファーの悲観的な感情を読み取ったのか、ラミエルはルシファーの肩を組み語り掛ける。

 

ラミエル「大丈夫だって!俺達が諦めずにいりゃ何かしらの変化は起きていく筈だぜ!歩みを止めれば変化は何一つ起きはしないし、運命は変わらないってゼルエルも言ってたしな!」

 

ルシファー「……そうだな。ゼルエルの想いを無下にしたくはない。挫けず前に進むしかないな。兎に角、今回の件をミカエル達に報告しよう」

 

頷いたものの、百戦錬磨を潜り抜けてきた最愛の戦友の言葉を受け止めたが、気分は晴れたわけではない。

掛けられた言葉を呑み、無理矢理自分に言い聞かせたに過ぎない。

 

ルシファー(悪魔の根絶…俺が生きている間に果たされるのだろうか?)

 

自分や天界の武力に限度があるのは百も承知なのだが、何か策がないかと脳内で謀を巡らすのだった。

 

 

~~~~~

 

 

ルシファーは正義感の強い謹厳実直な天使で、四大天使にも引けを取らない実力の持ち主だ。

正義感が非常に強く、仲間や友のためならば迷わず行動し、闇雲に猪突猛進せずその場でどのような行動が適切なのかを思考し処置する冷静さも持ち合わせている、非の打ちどころのない誰からも信頼されている人物。

 

天界を侵犯しようと企み、罪のない現実世界に住まう人間に危害を齎す悪魔を殲滅するため日々鍛練を行う努力家で、敵味方問わず折り紙付きの実力。

培われてきた力は戦場で遺憾無く発揮され、冥府界全体に認知され、サタンフォーからも危険視されている。

天使と悪魔、長きに渡る相容れぬ因縁に終止符を打つ、天界に光明を差す希望の星として期待の眼差しを向けられていた。

 

ルシファー自身は周囲の評価のことは気にも留めておらず、大仰なことだと思っている。

ただ世界を脅かす害となる存在を排除するだけ。

悪魔という脅威に怯えることなく誰もが幸福に暮らせる世界。

夢物語かもしれない、絵空事なのかもしれない。

それでも行動を起こさなければ何一つ変わらない、ゼロのままだ。

前進することもなくただ立ち止まり傍観するなど皆無。

誰かのために毅然と尽力する思いだけは誰にも劣らない。

最愛の戦友であるラミエルと共に、身が果て散華するまで戦い続けると胸に刻み付けている。

 

ルシファーは出産されたと同時に母親とは死別しており、父親は生を享ける直後に異世界での出来事に関与しその件で絶命してしまったため、ルシファーは肉親の顔を知らない。

孤児院で何気ない日常を過ごしていた頃から、ルシファーは幼少期とは思えぬ力を発揮していた。

数百年過ごす天使と力比べをしても、苦戦することなく勝利する規格外の力は、幼くして開花された才能だった。

類を見ない鬼才に恐れる者もいなければ忌諱する者も現れる筈もない。

悪魔に対抗し得る存在が、幼く成長段階の早期にして発見された秀才を手放すなど皆無。

神の与えし恩恵として手塩にかけて育てられ、天使族の未来を築き上げる希望として未だ健在し続けている。

 

生まれながらの秀才とは言え、幼子に教養とは程遠い過酷な鍛練は怠ることはなかった。

個々と比較にならぬ力に自惚れることのないよう、血の滲むような努力は欠かさない。

四大天使自らが鍛練の内容を組み、時にはルシファーと一対一の戦闘訓練も行っていた。

端から見ればよく死なずに修練に臨めるなと言えるもので、反発し戦うことを放棄してしまうのではないかという心配の声も上がった。

しかし周囲の声も杞憂に終わる。

ルシファーは一切弱音を漏らさず、課せられた鍛練を着々と熟していった。

 

感情が平板化し機械的に処理する空虚な存在にはならず、誰にでも隔たりなく語り掛ける温和な性格だった。

人望が厚く、周囲から信頼されている人柄の良さは、戦闘の並外れた実力も相俟って大人からも耳目を集めるほど。

誰から見られても完璧と呼べる秀才。

 

そんな彼だが、玉に瑕な部分もある。

正義感が強い故か、自己犠牲が激しい一面が。

己の体や事情等をお構いなしに、仲間や友を助ける無鉄砲な行動が目立つ。

仲間や友を思いやる想いが人一倍強い故の行動は正義感が溢れる美徳なものだが、知人から見るとたった一つしかない命を省みず捨て去り窮地に飛び込む様を見ていると憂慮に堪えない。

 

四大天使は勿論、幼い頃から親睦の深いラミエルからも己の粗末にしてまでの助力は控えるよう注意を受けることも多々ある。

本人はその場で首を縦に振るものの、やはり正義感が勝ってしまうのか、時折勇猛果敢に駆け付けては仲間を庇い負傷してしまう。

命の危機に陥る程ではないとは言え、彼自身が負傷し苦しんでいるのは確か。

 

しかし彼はどれだけ傷付こうが、決して後悔はしていない。

己の信念を貫き通し、他者のために剣を振るい、盾となる。

心に灯る気炎が燃え尽きるまで、天界を守護する。

悪魔を殲滅するその時まで、散華する覚悟で。

 

数百年と修練を積み、幾度となく悪魔との戦闘を繰り広げてきたが、進捗はほぼないに等しかった。

時にサタンフォーが襲来する緊急事態にも陥ったが、総力を上げ撤退という結果で済んでいる。

毎回冥府界へと追い返すだけで、悪魔を根絶させるまでに至らない。

数を減らせど、毎度群を成して攻め入ってくる。

悪魔兵だけでなく、ヘルハウンドやグレムリンといった雑兵を引き連れ進軍し続ける。

 

ルシファーは嫌でも脳内に疑問が浮かぶ。

減退することを知らない敵との終焉は訪れるのだろうか。

守護するばかりでは何も変化がないのでは。

遥か太古から延々と続く天使と悪魔の闘争は絶えることなく今後とも続いていってしまうのだろうか。

 

運命を変えるのは強い意思と強い力。

自惚れているわけではなかったが、ルシファーは己にはそのどちらも備わっていると自負していた。

自分は天界も天使も、現実世界に住まう人間の命運を握っている。

己の手で、長きに渡る闘争を終結させる。

 

無謀であろうとも、一人で冥府界に先駆し僅かでも悪魔を殲滅する。

例え己のこの身が朽ち果てたとしても、最期まで戦い抜き散華するまで。

 

真の平和を願う正義感は人知れず膨張し続け、異様とも取れる執着を生み出す。

胸に宿る他者に劣らない正義感は地獄の業火の如く燃え盛り、身を焦がすことになるとは、当の本人は気付くことはない。

 

 

~~~~~

 

 

ルシファー「今回はヘルハウンドの群れだけか…」

 

所々に岩肌が見え隠れする雲の平原にヘルハウンドの群れが十数体出現したという報告を受け、ルシファーは単独で出撃した。

現場に到着すると有無を言わさずヘルハウンドと交戦を開始、ものの数分で殲滅を果たした。

雑兵のみの出現に油断が生じたのか、後方から迫る数人の悪魔兵の存在に気付くことができなかった。

 

ルシファー「ちっ…!」

 

己の未熟さを恨みつつも、回避は間に合わないと佩刀していた剣に手を伸ばし防御を行おうとする。

 

ルシファー(間に合わない…!)

 

思った以上の接近を許してしまい、超人的な力を持つルシファーでも間に合わないと察した。

腕を交差し防御の体勢で構えたが、攻撃は訪れなかった。

 

突如真横から強大な魔力の光弾が飛来し、悪魔兵の頭部を木っ端微塵に吹き飛ばした。

凄惨な光景に息を呑む暇もなく、続け様に他の悪魔兵も同様に命を散らしていく。

瞬く間に戦闘が終了し、ルシファーは光弾を放った張本人を視界に入れる。

 

愛用の銃、パントクラトールを手に持つ、筋骨隆々な屈強な体のサングラスを掛けた巨漢。

並外れた威圧感を放つ男は人間ではないと直感で理解できる。

実際に人間ではなく、魔族の中でも頂点に位置する、魔王。

 

アイリが生きる現代においても魔王としてその座を占めている、『終焉魔王』の異名を持つ、アルシエル。

 

アルシエル「…天使共が住まう都市から離れたこのような辺境な地に天使がいるとは…どのような用があり放浪している?」

 

ルシファー「それは此方の台詞だ。何故魔王が天界に降り立っている?場合によっては全力で排除することになる」

 

アルシエル「全力を持ってしても、我には及ばない。威勢を張るのはよせ。…どのような手段を用いても、我には敵わないということは、お前が十分理解できているのだろう?」

 

アルシエルの発言が的を得ているのは確かで、ルシファー一人の実力では敵わない。

互角という勝負にすらならない、雀の涙同然だ。

実力は天と地の差があるが、天界を守護するためにも退くわけにはならない。

 

ルシファー「重々承知でいる。質問に答えてもらっていない。魔王様はどのような用件で天界へ訪れたんだ?」

 

アルシエル「通りすがりだ。亜空間に身を潜めるエクリプスを追跡し、時空の裂け目を通った先がこの世界だったというだけだ」

 

アルシエルから少し離れた場所には、エクリプスと思われる幾人かの屍が無造作に転がり、雲の平原を赤く染め上げていた。

 

ルシファー「どうやら発言に嘘偽りはないようだな」

 

アルシエル「我は偽言など吐かん。…この世界に用はない…去ろうと思ったのだが…」

 

不快そうに目を細める先に、新手がいた。

特徴的な骨が肥大化したような強固で巨大な右腕は一度見ると忘れないだろう。

 

サタンフォーの一人、アンドロマリウスが不気味に笑みを浮かべ立っていた。

 

ルシファー「アンドロマリウス…!?」

 

アルシエル「…上位の悪魔か」

 

アンドロマリウス「そこの天使に用があったんだが、異質な存在が紛れているようだな」

 

アルシエル「異質なのは貴様も同然だ。天界に赴く存在ではない低俗がこの地に降り立つ権利はない。…早々にこの世界を去れ」

 

アンドロマリウス「『終焉魔王』、貴様に言われる筋合いはない。ところで、そこの天使」

 

魔王が放つ威圧感を諸ともしないアンドロマリウスはルシファーへと視線を移す。

どのような用件で自分の元へと訪れたか不審に思うルシファーは身構える。

 

ルシファー「サタンフォーが俺に何の用だ?」

 

アンドロマリウス「敵意を向ける必要はない。俺はお前と戦いに挑むつもりはない」

 

ルシファー「なに?」

 

アンドロマリウス「取引に来たのだ。悪くない条件であることを約束しよう」

 

唐突に天界に訪れ何をほざいているのかと呆気に取られた。

会話は可能とはいえ、倫理観があまりにも違いすぎ会話の続行すら叶わず、今の今まで悪魔陣営から有無を言わさず、毎回力押しで襲撃してくる。

態々間諜しに来る必要もないと言うのに、何故単体で自分に取引という理由で会いに来たのか到底理解が出来ない。

取引と言ってはいるが、録なものではないと峻厳な態度は崩さない。

 

ルシファー「俺が素直に応じると思っているのか?それに、取引ならば俺ではなく四大天使に持ち掛ければいいと思うんだが?」

 

アンドロマリウス「四大天使に用はない。用があるのは貴様一人だからな。取引というのは、今後天界に攻め入ることを諦める変わりに、貴様が悪魔族へと堕天するというものだ」

 

ルシファー「……正気か?俺がその条件をのむと本気で思ったのか?」

 

アンドロマリウス「貴様一人の犠牲で天界が豊かになると思えば、安い条件だと思うぞ。お前は常に己の身を案じず、粉骨砕身の心構えで我々と戦ってきたのだろう?死と直面するよりも、悪魔へ成り下がる方が楽だと思わないか?」  

 

ルシファー「っ……真面とは思えんな」

 

アンドロマリウス「その割には、一瞬迷いが見えたぞ。貴様に堕天する覚悟があるのであれば、私達はお前を迎え入れよう」

 

ルシファー「………」

 

アンドロマリウス「嘘偽りでないことは約束してやろう。頭の片隅にでも入れておけ。3日だけ時間をやろう。また伺うその時にまで答えを出しておけ」

 

用件だけを告げたアンドロマリウスは踵を返し、翼を広げその場から去った。

緊張感は解かれたものの、ルシファーは先程の出された条件が脳裏に蔓延り離れなかった。

悪行を働くため、自分を利用し焚き付けて来たと考えても不思議ではない。

普通であれば鵜呑みにすることなく聞き流すところだが、自分でも妙だと思う程聞き入ってしまった。

 

アルシエル「心が揺れ動いているようだな」

 

熟考していたところにアルシエルが口を開いた。

 

ルシファー「俺が迷っていると?馬鹿馬鹿しい」

 

アルシエル「悪魔も言っていたが、己の心を誤魔化しても無駄だ。…貴様のような傑出した天使が、悪魔の誘惑に耳を傾けるとは、以外だな」

 

ルシファー「……俺はただこの世界を悪魔から守るためどのような手段を用いるか模索しているだけだ」

 

アルシエル「…今日で新たな選択肢が増えたのは僥倖というわけだな」

 

ルシファー「あのような提案を受け入れるには値しないと言っただろう!」

 

己の迷いを否定したいが故に感情が高ぶり、剣を召喚しアルシエルに剣先を向けるも、アルシエルは退けることもせずその場に佇み言葉を続ける。

 

アルシエル「…ならば、何故迷う?何故躊躇う?天界の運命を大きく左右する事柄に、僅かながらでも心が揺らいだ。悪魔の策略かもしれぬが、一縷の望みに掛け粉骨砕身の覚悟で賛同しようとした。…だが、生まれ故郷や友や知人を裏切る反逆行為になり、結果的には天使族に影響が出ることを恐れ、僅かでも悪魔の口車に乗せられた己の未熟さを否定したいがために、現在溢れ迸る激情を発散させ我に剣を向けた。…間違っているか?」

 

自分が思っていることを言い当てられ表情が強張り押し黙ってしまう。

心を見透かされているのかと錯覚してしまう程、的確に言い当てられた。

長年生き長らえているからなのか、それとも魔王としての風格なのか、どちらにしても非常に優れた観察眼だ。

 

ルシファー「………俺は、この天界に平和をもたらしたいだけだ。だが…どうすれば長きに渡る戦いに終止符を打てるのか、分からない」

 

アルシエル「…悠久な事柄を終わらせるには、それ相応の覚悟と犠牲が伴う。…何も失わず得ることが出来るという甘い考えは通用しない」

 

ルシファー「貴様なら、どうする?」

 

アルシエル「我ならば、その話に便乗するであろうな」

 

逡巡することなく即座に答えた。

 

アルシエル「信頼を得て、敵陣へと踏み込み、情報を収集する。敵を知ることは勝利への近道と言える。敵陣で収集した情報を味方の陣営に漏洩すれば、侵攻する際に防御の手薄な場所を突くことも可能となり、逆に侵攻を受けた際に何処から敵が出現し攻め入って来るか対策することも可能となる」

 

ルシファー「合理的ではある。しかし、信頼を得ると簡単に言ってくれるが、悪辣な事をするなど、俺には…」

 

信頼を得るためとは言え、完全に悪魔に染まりきることは出来ない。

天使だけでなく現実世界の人間にも多大な影響を与える悪辣な所業を、天使である自分が行うなど言語道断。

 

アルシエル「…貴様、そのような生温い考えで歴史を覆す厖大な事を成し遂げられると思っているのか?」

 

空気が一瞬にして変化した。

痺れるように肌がピリピリと痛み、目の前に立つ魔王の覇気に押され仰向けに倒れそうになるのを必死に耐える。

サングラス越しからでも此方を睨んでいるのが分かる、サタンフォーをも凌駕するであろう凄みがある。

向けられた剣を素手で掴んだと思うと、研ぎ澄まされた刃は原型を止めない程に変形し鉄屑と化した。

 

アルシエル「…先程言ったことが聞こえなかったのか若造。悠久な事柄を終わらせるには、それ相応の覚悟と犠牲が伴う。生半可な想いで挑めば、取り返しの付かない失敗へと繋がるというのが、分からぬのか?…それとも、貴様が天界という世界と、この世界に住まう者達の想いは、その程度の取るに足りない存在なだけか?」

 

ルシファー「違う!俺はこの世界も、この世界に住む者全員を大切に想い、守りたいという一心だ!これだけは否定しない!」

 

アルシエル「…ならば、行動で示すことだな。軽薄であるのならば、端から世界を変える等とほざかないことだ」

 

もう話すことはないと悟ったのか、若しくは時間の無駄だと思ったのか、思考は読み取れないが、アルシエルは背を向け時空の歪みを生成した。

 

アルシエル「…我から言わせれば、貴様はまだ稚拙だ。だが、僑軍孤進できる頭脳と実力は兼ね備えてあると見れる。…どのように行動を起こせば、悪魔らしく振る舞えるか、その矮小な脳を働かせ考えろ」

 

助言めいた言葉を最後に与え、アルシエルは呑み込まれるように時空の歪みの中へと入っていき姿を消した。

 

自分はどうするべきなのか思索するも、何が正しいのか答えは出ない。

己の信念を貫くか、他人から貰った助言に従うか。

誰かに答えを問いたいが、答えは一つではない。

質問を投げ掛けた人によって答えは違うだろう。

人の数だけ答えがあると言っても過言ではないのかもしれない。

どのような答えを出されても、最終的に答えを導き出すのは、己自身しかいない。

 

ルシファー「俺は………俺のやり方で運命を変えてみせる」

 

手練手管により教唆扇動されているような気もしないでもないが、天界に住まう大切な仲間達の為に行動を起こしたいという想いだけは変わらない。

魔王からの助言により、揺らいでいた想いは固められ具現化された。

 

 

───天界と冥府界、天使と悪魔の戦いを終わらせるためならば、幾らでもこの身を捧げよう。

 

 

揺るがない決然は、もう誰にも折られることはない。




評価、感想を首を長~くしてお待ちしております。


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第84話 天使のために平和を守る!悪をこらしめ成敗する!

五月病の次は夏バテですわ…。

それでも小説は(暇な時に)頑張って書いてます。
てなわけで本編どうぞ!




サタンフォーの一人である悪魔、アンドロマリウスと、異世界にまで名を轟かせる魔王、アルシエルと会合した濃密な日から、早くも二日が経過した。

 

天界で過ごす日常に何かあったかと言うと、特別変わった出来事は起きてはいない。

ルシファー自身、アンドロマリウスとの一件を誰にも話してはいなかったから。

天界に関わる重要な事柄だが、四大天使に報てしまえば、間違いなく罠だと口々に出し止められるのが関の山なのは目に見えて分かる。

これは自分自身の問題だと捉え、抱えきれない重荷だと理解した上で誰一人として悪魔との取引のことは話さず伏せている。

 

ルシファー「………このまま、取引に応じていいのだろうか…?」

 

シェオルの警護等が非番の休日。

買い物や趣味に没頭し心を癒すわけでもなく、更なる力を求め鍛練することもなく、自室に閉じ籠り考えを巡らせていた。

誰に問い掛けたわけでもない言葉に答える者は勿論いない。

 

二日前のあの場で取引を持ち掛けられた際は、魔王アルシエルとの接触も重なり突然訪れた吃驚なことばかりで僅かながら動揺していたため冷静に事を考えられなかったが、時間が経過した今、潜考するとあまりに胡散臭い。

天使族の中でも有数の実力者に態々接近し仲間にしようと勧誘を図ろうとする行動は能率が悪いと言わざるを得ない。

聞く耳を貸さず一蹴されるのが落ちだと分かりそうなものだが、失敗する確率が高い非効率的な勧誘を選んだのが謎だった。

しかしルシファーはその謎を解き明かす鍵は自分自身だと嫌でも察することができた。

 

天使と悪魔の長きに渡る戦いを終わらせ、天界に未来永劫続く平和を齎す。

ルシファーが想い描く理想にして悲願。

いつになる見当がつかないが、必ず実現しようと日々鍛練に励み邁進してきた。

しかし最近になって、戦えど不変しない現状に焦り覚え、不満を感じ始めていた。

 

そして時に憑依した悪魔のように囁く声が、嫌でも脳裏に思い浮かび聞こえる。

 

───どのような悪辣手段を用いてでも、天界を変えてしまえばいい。

 

この邪推な想いに、アンドロマリウスは付け込んできたのだと推測できた。できてしまった。

 

ルシファー「………天使の名に泥を塗っているようなものだな」

 

邪な考えだと自分に言い聞かせてはいたが、アンドロマリウスの甘美とも言える勧誘の言葉に希望を持った自分に苛立ちを覚える。

 

?「随分と思い悩んどるみたいやね」

 

自分一人しかいない筈の一室に他者の声が聞こえ、徐に剣を召喚し声の聞こえた方角に切っ先を向ける。

 

分厚い鉄板すらも一刀両断するであろう、隅々まで手入れの行き届いた剣を向けられた不法侵入者は動じることもなく椅子に座っている。

 

様々な世界では『世界の監視者』という二つ名で知れ渡っている人物、リョウ。

 

ルシファー「っ……何の用だ、世界の監視者」

 

断りもなく突如として現れたリョウにルシファーは敵意を込めた目を向ける。

リョウの過去を知るルシファーからすれば悪魔以上に厄介極まりなく危険な存在なため、訝しいと思うのも無理はない。

 

リョウ「先日アルシエルに会ってね。その時にルシファーの件を小耳に挟んだんよ。前にルシファーには世話になったし少しでも助力できればええなと思い参上したってところかね」

 

ルシファー「俺は貴様に頼ろうなどと思ってはいない。早急にこの世界から去れ」

 

リョウ「お節介なのは承知しとるよ。ルシファーには昔に世話になった仲間の内の一人やと思っとるから助けてやりたいと思っとるんよ。だから単刀直入に言わせてもらうわ。アンドロマリウスとの取引は無視せえ」

 

どのような助言を与えられるのかと思えば、開口し述べられたのは取引の謝絶。

天使族に賛同を得られないのは理解してはいたが、異世界人にまで否定させられるということは、やはり悪魔との取引は真面ではないのだと痛感させられる。

しかし、ルシファーの信念は曲がることはない。

 

ルシファー「悪いが取引には応じる。それで天界に平和へと光が差し込むならば」

 

リョウ「おいおい…向こうから提案してきたとはいえ、悪魔が正当に取引に応じると本気で思っとるわけやないやろうね?」

 

ルシファー「俺も正当に取引に応じるとは思ってはいない」

 

リョウ「最終的には実力行使か。まさか何の準備もなしに?」

 

ルシファー「その為に日頃の訓練を怠ることなく続けてきた。サタンフォーにも引けを取らないと自負している」

 

リョウ「それは一対一を想定して言っとるんやない?相手側は次に来る時は一人で来るなんて断言してない。つまりいざとなれば軍勢を率いて返り討ちにされる可能性もある」

 

至極真っ当な意見だろう。

勿論だが頭脳明晰なルシファーは敵が複数いる場合も想定済みではいる。

だが確実に勝てる見込みがあるわけではない。

悪魔兵やグレムリンといった雑魚相手ならまだ対処は十分に可能ではあるが、幹部クラスの悪魔やサタンフォーの誰かが増援に来れば苦戦は免れない。

戦略的撤退も可能だが、果たして頭で思い浮かぶイメージ通りに事が円滑に進むとは限らず、最悪の場合訪れる結末は死だ。

 

ルシファー「……天界のために命を掛けられるのならば本望だ」

 

リョウ「勇敢ではあるが美徳ではないな」

 

ルシファー「何?」

 

リョウ「天界のため、天使族の仲間達のために戦うのは素晴らしいことなんやけど、そのために自分の命を無下にするのは違うんやないかね」

 

ルシファー「俺は天使族の中でも相当の力を有する者だと自負している。力を持つ者なら、それ相応の責任が伴う」

 

リョウ「ごもっともかもしれへん。でも、その結末に自分は幸せであんのか?最終的には己自身が幸福でなけりゃ何事にも成功とはならんぞ。人生ってのは自分が幸せでないとあかんもんなんやぞ」

 

ルシファー「俺の行く道は俺で決める。貴様に指図されるつもりはない」

 

リョウ「……まあそれも正論ではある。考えは人それぞれ、十人十色やし。でも、やっぱり使命のために己の心を誤魔化すのはやめた方がええと思う」

 

ルシファー「俺が誤魔化しているだと?どのような自信があって…っ!」

 

分かりきった口調で言い放つリョウを見ると、彼の左目は黄金色に染まっていた。

見下すわけでも威圧するわけでもない、ただ不気味に煌めきを放つだけの瞳にはルシファー自身の顔が写し出されている。

 

ルシファー「本当に厄介、いや、忌むべき能力だ。俺の心を見たのか。趣味が悪いな」

 

リョウ「何百回と言われてもう慣れとる。わしは大切な仲間のために動いとるだけじゃ。自分に嘘を付くのはやめることや。後悔しか残らへんで」

 

ルシファー「貴様が言えば説得力があるな。経験談なのだろう?」

 

リョウ「ああ、そうや。現在進行形でな」

 

悲哀を含めた声色で頷く。

リョウの過去を少なからず知るルシファーは彼の傷心を抉らぬようこれ以上話題を広げることしなかった。

 

リョウ「わしのことはどうでもええ。ルシファー、当たり前やけどお前は死を恐れている。天界のために戦うのは本望じゃけど、そのために散華したくはない。ラミエル達、大切な仲間達と平和となった天界で老衰するまで暮らしていきたい。これが本音じゃろ?」

 

一言一句として間違いの無さに押し黙るしかない。

心を見られたのだから間違いなどある筈がないのだが、直隠しにしていた本心を他者から突き付けられると動揺してしまう。

 

直隠しにしていたというより、圧し殺していたという表現の方が近いのかもしれない。

天界に降臨した秀才と幼き頃から期待の眼差しを向けられながら育ってきた。

自分には長きにわたる悪魔との抗争を終結へと導ける力がある。

それならば、自分に授けられた恩恵とも言える力で天界の運命を変えていきたい。

悪魔との戦いは激化していき、何時かは散華する覚悟を持ち挑まなければならない時が来るのは必然なのは理解していた。

遅かれ早かれ訪れるのは頭では理解出来ていたのだが、いざその時が訪れると、心の整理が追い付かなかった。

一人前の立派な戦士だが、ルシファーは人間で言う十代後半の青年。

自身の描いた未来を描いた夢を持ち、そのために奔走している真っ只中の年齢で、死を覚悟し戦闘に赴くか、全てを捨て悪魔へと堕天するか、究極の選択を迫られる決断をするのは酷なことだろう。

 

仲間や友、帰る場所があるからこそ、強くいられた。

強くいられるよう心をを奮い立たせ、いつか迫り来る選択に対し恐れをなす己を誤魔化していただけなのかもしれない。

誰の心にも存在する弱さ、本音を隠すために、様々な人の希望となる存在としてあり続けるために誰にも

 

───俺もまだまだ未熟だったというわけか。

 

アルシエルと対談していた時に覚悟は固めた筈だったが、怖じ気付いたのか、本心が偽りの心に抗ったのか、迷いが生じてしまっていた。

現在も部屋で閉じ籠り逡巡するばかりでいるのは、退嬰しているのと同様なのかもしれない。

 

リョウ「沈黙は肯定と捉えるで。まだ若いんやし、焦る必要はないし無理に敵陣に突っ込む必要はないで。今みたいな生半可な覚悟じゃ余計死に急ぐ結果に成りかねへんし」

 

ルシファー「………アルシエルから、どのように行動を起こせば悪魔らしく振る舞えるか考えろと言われた」

 

俯いていたルシファーは顔を上げた。

全てを捨て去ることを決然したような、何処か諦めにも似た感情が籠った瞳。

想いの強さはその目を見るだけで伝わってくる。

 

しかしリョウは良しとは捉えなかった。

観察眼が優れているとは決して言えないが、ルシファーの目から諦念が見て捉えることが出来たから。

自身の想いや夢を無視してまで目的を為そうとしている。

リョウの言う全てはあくまで今ある立場や環境を捨て去るという意味合いだった。

最初から想いを捨て去り無理矢理に、我武者羅に事を為せば、後に後悔が残ることが分かっていたからこそ、無理強いはしなかった。

 

嘗ての自分に当てはまる現状。

可能であれば回避させてやりたい。

自分のように不幸に染まらないためにも。

 

ルシファー「貴様に頼みがある」

 

リョウ「…まあ一応聞こうか」

 

ルシファー「俺は、悪魔へと堕天する。だが、完全に悪魔に染まる訳ではない。信用を勝ち取り、内部から奴等を滅ぼすためだ。言葉だけでは奴等は信用するに値しない可能性もある。そこで、俺は闇の剣を手にし、更にサタンフォーの一人を殺す。そして俺が新たなサタンフォーの一人として君臨する」

 

リョウ「まあ悪くはない…とは言えへんな。天使族に戻れる保証も確証もあらへんし、闇の剣、ティルフィングを扱えるとは到底思えへん」

 

ルシファー「そんなこと重々承知だ。だが俺はやる。やってみせる。例えこの身が、力が穢れようとも、俺の志だけは変わらない」

 

即興で勘案したわけではないことはリョウにも分かってはいたが、荒唐無稽であることは間違いない。

 

天使族は闇に属することのない、光の存在。

相対する関係にある闇に触れることなど先ず有り得ない。

況してや自分の力として取り込もうとするなど以ての外、禁忌を犯すことだ。

適正することのない力を取り込もうと考える時点で正気の沙汰ではないと思われるところだが、生憎とリョウは天使族ではないため忌諱することはない。

 

ルシファーが夢見る世界を作り上げようとする意欲は本気そのもの。

冗談半分で語る半端な気持ちではないのは、弱さを直隠してでも強くあろうとする眼差しを見れば理解できる。

 

天界を捨て去り、天使達仲間達を捨て去り、期待を裏切り、敵の領地に足を踏み入れ、闇一色に染まらなければならない。

良心の呵責に耐えられないだろうが、己の気持ちを圧し殺してでも為そうとしている。

後顧の憂いがないように、後悔して踵を返す前に、楔のように固く打ち込まれた覚悟が薄れる前に。

 

リョウ「本当なら止めないといけん立場なんやけど、無下にはできへん思いもあるしな…」

 

ルシファー「闇の剣は異世界に行かなければ入手は不可能だ。貴様にしか頼めない。頼む、どうか俺の野望のために助力してもらえないだろうか?」

 

リョウ「さっきまでお前の力はいらないと発言していたのに、随分と都合がええのう?」

 

ルシファー「理解しているつもりだ。悔しいが、俺自身で為すには限界がある。なら俺は手段を問わず、使えるものなら躊躇なく利用する。そうでもしなければ、成し遂げられない」

 

嘆願し頭を下げるルシファーに睥睨するリョウの意見は尤もだ。

しかしその後のルシファーの発言を聞き、リョウは僅かだが口角を緩めた。

 

リョウ(もう悪魔への第一歩を歩んでるとも言えるのう…)

 

目指す目的のためならば手段を選ばない、他者のことなど委細構わないといった恣意的な思いは悪魔にも通ずるものがある。

意図せず闇への一歩を踏み出しているルシファーに嘱望してもいいのではないかと思えた。

 

良心が有る限り完全に闇に染まることはないだろう。

しかし僅かに生まれてしまった闇は知らぬうちに膨張していく。

一度根付いた闇は振り払われることは無く、最悪歯止めが利かなくなるまで侵食を続け、心を闇一色に染め上げる。

余程の事がなければ光が差し込むことはないだろう。

 

ルシファー「貴様もあの頃はそうしてきたのだろう?形振り構わず使えるものは使い、信頼していたものすら簡単に切り捨ててきた。なら俺もそうしていくだけだ」

 

リョウ「その意気込みは良しなんやけど、最終的にはわしのようにはなったらあかんからな?例えティルフィングを手にしたとしてもや」

 

ルシファー「悪いがその保証は「いいや、約束してもらう」…っ!」

 

嘗てない程の威圧感にルシファーは咄嗟に頭を上げ、無意識に後退りした。

リョウの左目は黄金色に染まっており、怒りの籠った声色に似つかわしくない無表情には言葉にならぬ恐怖を掻き立てる。

最悪の結末の訪れを許さない意が猛然と押し付けられるような圧迫感すらある。

 

リョウ「わしがどうなったか知っとるやろ?ならバッドエンドになることは許さん。わしが協力するからには最終的にはハッピーエンドで終わってもらう」

 

ルシファー「お節介だな。貴様の仲間を想い動く執着は凄まじいな」

 

リョウ「良くも悪くも、仲間がいたからこそ、今のわしがある。主にユグドラシルメシアのみんなやけど、ルシファーだって含まれるんや。だから恩返しとして、今回は協力しよう」

 

ルシファー「…感謝する、リョウ。貴様にも色々と立場があるのに…忍びない」

 

リョウ「構わんよ。世界の事柄に深く関与してはいけんところやけど、正直今更やわ。今まで何度もあらゆる世界に関わってきたんやし」

 

闇に手を染めようとしているにも関わらず指弾せず話を聞いてくれたことに感謝の言葉を告げるルシファーに、左目から黄金の煌めきが消えたリョウは笑みを浮かべ返した。

 

内心ばつが悪いと思っていたリョウの発言は意見の押し付けにも捉えられても致し方ないだろう。

基本リョウは何も言わず相手の意見、決断を尊重する人間。

しかし、最悪の結末を迎える展開だけは避けたい念は、誰に対しても一歩も引かない。

 

仲間や友人には、自分が辿ったような悲惨で凄惨な人生を歩んでほしくはないから。

 

ルシファーの我武者羅にも似た決意の表れを実感し、もう話すことなどないと視線を外し、ワールドゲートを出現させた。

 

リョウ「悪いけど今から行くで。仲間とお別れしてたら怪しまれるけえ」

 

ルシファー「…分かった。行こう」

 

今まで関わってきた仲間達に別れや感謝の言葉を告げることなく、生まれ故郷を去らなければならないのは辛かったが、躊躇はしなかった。

全てが終われば必ず戻ってこれる。

訪れるかも分からぬ終結に一縷の望みを掛け、歩みを進める。

 

ルシファー(必ず成し遂げる…だから、その時まで暫しの別れだ)

 

心の中で故郷と仲間に辞去の言葉を告げ、ルシファーは堕天するための旅路へと踏み出した。

リョウとルシファーが通過したことを確認したかのように、ワールドゲートは役目を終え消滅した。

 

 

~~~~~

 

 

ラミエル「おーいルシファー邪魔するぜ~って、あれ?」

 

リョウと共に天界を去ったルシファーの部屋に親友であるラミエルが不躾にノックもせず返答も待たずに入室してきた。

部屋は静寂に満ちており、当然の事ながら誰かがいる気配などない。

 

ラミエル「今日は非番だからいると思ったんだけどな。暇そうだったら手合わせを願おうとしてたのに。それにしても、あいつが部屋の電気も消さずに退出してるなんて珍しいもんだな」

 

ラミエルは部屋に入室して早々に違和感に気が付いた。

ルシファーの自室の電気が付けっぱなしで放置されていたこと。

第三者から見れば何の違和感もない、ただ消し忘れたのだろうと無頓着でいるだろうが、生まれた幼い頃から長い付き合いである旧友のルシファーの性格は知り尽くしている。

几帳面な彼ならば、外出する際は必ず電気を消す。

余程の急用があれば話は別なのだが、今日は非番のため呼び出されることは先ずない。

 

ラミエル「……仕方ねえ、出直すとするか」

 

色々と考えてはみたものの、難しい事を考えるのが苦手なラミエルは直ぐ様思考を止めた。

誰もいないことを確認し、消し忘れたであろう部屋の電気を消し退出した。

 

ラミエル「な~んか不自然な気もするし、嫌な気もするけど…考えすぎだよな」

 

何か起きたのではないか、良くないことが起きる前触れのようなものを直感的に感じ取ってはいたが、胸の内に掛かる靄は気のせいだと割り切ることにした。

まさか親友が堕天使に進んでなろうとしているなどとは思いもしないだろうし、知る由もない。

 

数日後、ラミエルは後悔の念に押し潰されることになる。

もう少し早く部屋に足を運んでいれば、友の過ちを止められたのではないかと。

もう少し憂慮していれば、手を打つことが出来たのではないかと。

親友である彼の心情に気付き、悩みの種を汲み取れたのではないかと。

 

光ある未来のために闇を手にしようとしたことにより、心の隅に沸き出て生まれたどす黒い闇は、ルシファーという一人の天使の人生だけでなく、固く繋がれた友の絆さえも終らせることとなった。




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第85話 闇に堕ちる。復讐のために。

 

ルシファー「ここが、闇の剣がある世界か」

 

リョウ「そうや。一応言っとくんやけど、気を緩めたら駄目よ。心を狂気に呑まれるで」

 

闇の剣、ティルフィングを求めてルシファーはリョウと共に異世界へと訪れていた。

 

世界と世界の境界線を軽々と越える光の扉を潜り抜けると、暖かな光に包まれた天界とは異なる、暗澹とした世界が広がっていた。

出てきた場所は、人や光が溢れるものとは乖離した廃墟はがりが立ち並ぶ都市。

50メートルは優に越えるビル郡が櫛比しているあたり、栄えた都市だったのだろう。

シェオルとは比較にならぬ天と地の差もある光景を目の当たりにし、早くも郷愁に駆られるが、かなぐり捨てる。

そうでもしなければ、理想の未来へと辿り着くことは叶わない。

 

人や生物の気配が一切感じとることがない一面灰色の世界は、終焉を迎えたのだろうかと思っていたルシファーの心情を読むかのようにリョウが口を開いた。

 

リョウ「この世界は数年前までは平和な世界やったんよ。争いもない、魔法とかが空想でしか描かれていない現実世界にも似た平和な世界。ある意味ルシファーが望んでいる世界とも言えるかもな。でも、そんな平穏は一瞬にして崩れ去った」

 

表情を変えることなくリョウはこの世界に訪れた結末を語り始めた。

 

リョウ「ティルフィングを持った奴が現れて、そいつによって世界は滅ぼされた」

 

 

~~~~~

 

 

突如、人が栄えるこの都市の雲一つない晴天の空に亀裂が走り、亜空間が口を開いた。

 

科学では証明仕切れない常軌を逸する謎に満ちた現象に戸惑いを隠し切れず空を見上げることしかできない群衆目掛け、亜空間の入り口から何者かが落下した。

正確には舞い降りたと言うべきだが、着地の衝撃により地面が罅割れ派手に吹き飛び、亜空間を見に来た野次馬や歩行者をも巻き込んだ。

周囲にいた人々は手で払われた埃のように吹き飛び、石の礫と化した地面や吹き飛ばされた乗用車が容赦なく人々に降り注ぎ、原型も保たれないまま潰された者が続出する。

 

日常は一瞬にして非日常となった。

乗用車が薙ぎ倒され、負傷者が苦痛に満ちた救済の声を求める地獄のような惨憺たる光景の中で、一人狂気に染まった笑みを浮かべる者がいた。

 

この凄惨な有り様に気が狂った訳ではなく、本心から表れる笑み。

平穏な世界が地獄へと変貌していくことが快楽でしかない。

常人であれば先ず生まれることのない感情。

心の行くままに遊戯として楽しんでいるその人物は、着地により生成されたクレーターから這い出るように歩き群衆の前に姿を露にした。

 

男ならば誰もが二度見はするであろう美女。

幼い顔立ちをしながらも凛々しくもある顔立ちには似つかわしくない狂気の笑みを浮かべ、手にした漆黒の禍々しい剣を横に一閃した。

瞬間、周囲が爆ぜた。

放たれた強大で膨大、この世界の技術力では抗いようのない力により、建物も人も蹴散らされていく。

訳も分からず人々は逃げ惑うことしか選択肢は与えられなかった。

 

悲鳴や怒声、怨嗟が跋扈する地獄は、数時間にしてこの世界全てを包み込んだ。

遥か昔から培ってきた技術を束ね矛先を突如現れた謎の美女に向けた。

誰もが一縷の望みを持ち挑んだが、願いは虚しく散る結果に終わった。

未知の力に抵抗する暇すらなく、圧倒的な武力により一方的に蹂躙され、畏怖の念に包まれ文明は一夜にして滅んだ。

 

 

~~~~~

 

 

端的にこの世界に起きた滅びの一部始終を聞き終えたルシファーは息を呑む。

剣に認められた女性の実力があるのも勿論なのだが、一夜にして世界を終焉へと導いたティルフィングの悍ましい力に改めて脅威だと思わざるを得なかった。

 

リョウ「その世界の技術力では対抗出来なかったのは確かやけど、それでも身震いするくらいヤバい代物なんよ。伝説の剣ってのは。どうする?引き返すなら今のうちやで」

 

これから始まるであろう命が散るかもしれぬ激戦を可能であれば避けてほしかったのか、身の心配をする声を掛けるあたりリョウの優しさが滲み出ている。

話を誘っておいてなんだが、一つしかない命を本来なら関与する筈のない異世界で散らすような事態は極力避けたかったのだ。

 

しかしルシファーの意志は固く、変化することなど有り得なかった。

 

ルシファー「ここまで来ておいて引く手段を選択したりするか。どれだけ手強い相手だろうと、粉骨砕身の勢いで挑むだけだ」

 

リョウ「やっぱり変えるつもりはないよな。ほんなら行こうかね」

 

ルシファー「温情には感謝しても仕切れないが、つくづく貴様は甘いな。普通ならば時空防衛局でもないというのに。異世界を渡ってでも尽力してくれる輩はそういないぞ」

 

リョウ「自分でもお人好しだってことは分かっとるわいね。でも、前に世話になったから助けになりたいのは本音や。それに、罪滅ぼしでもある」

 

ルシファー「……ゼルエルの件か。水に流せと言った筈だ」

 

リョウ「生まれながらにしての友を、わし達は奪ってしまった。其方が罪を許しても、関係者であるわしは自分を許すことなんて到底できへんのよ。お前自身、正直未だに心にわだかまりがあるんやろ?」

 

ルシファー「ない、とは言い切れない。ゼルエルを殺した、ミュオという少女だったか?意志がなく操られていた状態の者を責め立てても仕方がない。どうしようもないことだからな」

 

リョウ「………すまない」

 

ルシファー「謝罪の言葉だけは受け取っておく。俺は貴様達の存在を許しはしないが、恨み憎むこともしないし、罪滅ぼしのために俺に付き従え等という貪欲を抱くこともない。憎悪を抱けば、新たな憎悪を生むこととなる。負の感情をぶつければ己の心だけでなく相手の心まで負の感情に染め上げ、負の連鎖を繰り返す。時には誰かが歯を食い縛り負の連鎖を断ち切らなければならない。それが今回俺だっただけだ」

 

一人の旧知の友を失った悲しみは消えることはない。

感情を獣の様にさらけ出して良いものならば、当時のルシファーは気が済むまで周囲の目もくれず暴れ狂っていたかもしれない。

しかし彼は己の感情を押し殺し、天使としての道から外れることのない正しく在り続ける姿勢を取った。

感情が怒りや悲しみが混濁したが、憎悪に蝕まれ復讐にひた走るのは悪の道へと片足を踏み入れることと道理。

散華したゼルエルも道を踏み外す行為を望んではいないと自分に言い聞かせ、再度悪魔との戦いに身を投じた。

 

しかし時が経過し、天使と悪魔の抗争が激化していったことにより焦りが生じたのか、より良い世界を作り上げるため、力を求めて心の隙を作ってしまった。

それが悪魔に漬け込まれることになったことにルシファーは気付く由もない。

 

暫く歩き続けた先に、大きく開けた場所に出てきた。

都内にある公園だったのだろうか、滑り台やブランコ等の遊具の残骸が地面に転がっている。

公園とは言い難い荒廃した場所の中央に大きめの噴水があった。

当然ながら水は噴き出しておらず、年数が経ち底が見えなくなるまで濁りきった水だけが残っている。

 

?「やっと来たわね、異世界からの侵入者」

 

二人の存在に既に気付いており待ち伏せていたのか、噴水の上に座る女性は来訪を喜ぶかのように口角を僅かに上げた。

胸や肩、腕に漆黒の甲冑を付け、白色のシャツに太腿まであるロングブーツを履いた灰色の髪をした女性。

幼さの残る顔立ちながらも、凛々しくも禍々しく闇に染まりきった瑠璃色の瞳は逃がすまいと言わんばかりに真っ直ぐに二人を睥睨している。

 

ルシファー「貴様か。この世界を終焉に導いた剣の毒に犯された極悪人は」

 

?「出会って早々痛罵を飛ばすなんてどんな教育してんのかしら。うざったい…」

 

悪罵にも取れる言葉に女性は気だるそうに溜め息を漏らした。

 

?「それで、愚問かもしれないけれど何しにここに来たのかしら?」

 

ルシファー「貴様が所持している闇の剣を我が物にしたいと思いこの世界に来た。良ければその剣を譲り渡してはくれないか?」

 

?「……あんた本気で言ってるの?私が素直にはいどうぞって渡すと思ってる?」

 

ルシファー「無駄な争いをしないためにも穏便に済ませようとしたまでだ」

 

?「頭沸いてんじゃないの?甘く見られたものね…!」

 

青筋が浮かぶと同時に、女性の体から黒い瘴気が溢れ出す。

 

足の爪先から頭の毛の先まで寒気に似た感覚が襲った。

悪魔と戦う時とは比にならない、比べようがない程にまで強大にして悍ましい、純粋な闇。

心までもが闇一色に染められ、光という輝かしい存在を塗り潰して上書きされても不思議ではないと肌で実感できる。

 

?「和平交渉を応じる平和主義な坊っちゃんが使えるような代物じゃないのよ。闇ってのはね、希望とか夢とか、そういう光が一切ない負の存在。好き好んで呑まれる奴なんて自分という存在や自分の運命に絶望仕切った人達でしょうね。私もそうだったからね。あんたはどう?闇に踏み込むような事柄に触れたことはあるのかしら?」

 

ルシファー「ない。俺は自らに絶望する小心者ではない。俺は自ら望んで闇を求めている。俺の望みを叶えるためならば、闇すらも使いこなしてみせよう」

 

?「戯れ言を。闇は全てを呑み込む。光ある存在すら、少しの隙さえあれば抉じ開け侵食していく。私ですら、こんな風に闇に染められたんだし。闇に染められてると分かっててあらゆる世界の文明を意味もなく自らの快楽だけで壊滅していってるから、私は終わってるかもしれないけどね」

 

ルシファー「隙自語は聞きたいわけではない。率直にどうするか述べろ」

 

?「うざったい。…これが答えよ」

 

女性の鋭い視線がより一層鋭くなった刹那、紫色の一筋の閃光が光速で放たれた。

目に捉えることすら容易ではない不意を突くような一撃をルシファーは手刀で凪払った。

 

?「あんたうざったい。話をするだけ無意味だし、殺させてもらうわ」

 

ルシファー「野蛮な奴だ…でなければ幾つもの世界を破滅に追い込みはしないか」

 

リョウ「心を闇に呑まれとるから、人の奥底に眠る悪意や本能に従っとるんよ。本来エニュオはあんな感じの女性ではなかったんやけど…剣の毒とも言えるんかね、恐ろしいもんやわ」

 

エニュオ「へえ、私の名前知ってるのね。私はあんたのことは知らないけど、私が滅ぼした世界の生き残りの死に損ないかしら?それともストーカーとかいう変態かしら?」

 

リョウ「残念やけどどちらもハズレじゃ。時空防衛局のデータの中にある最重要危険人物の中に含まれたから知ってるだけや。『殺戮の女神』の異名を持つ戦士、エニュオ。元は世界を守護する組織に属する優秀な衛兵で、実力はその世界では頂点に君臨していた」

 

エニュオ「やっぱりストーカーなんじゃないの?気色悪いから視界から消えてほしいわ」

 

リョウ「言ってろ小娘が。視界から消えることにはなると思うで」

 

エニュオ「ふーん…私が死ぬから私の視界には映らなくなるってことね」

 

リョウ「大正解。危険人物は排除せなあかんからなあ」

 

エニュオ「時空防衛局の人間がそんな横暴をするのが許されるのかしら?」

 

リョウ「勘違いしとるみたいやけど、わしは時空防衛局の人間やないで。ただ協力関係にあるってだけや。『世界の監視者』って言えば分かるんやないか?」

 

エニュオ「へえ、あんたが有名な『世界の監視者』ね。面白いわね。そんな大物と殺り合えるなんて。あんたを殺せば私の名声も博することになりそうね」

 

リョウ「…ホンマ悲しいもんやな。剣の毒に染められただけでここまで豹変するもんなんやな」

 

エニュオの過去を資料で僅かに見ただけであったが、彼女の変貌振りを知ると改めて伝説の剣が如何に恐ろしい代物なのかを痛感させられる。

 

 

~~~~~

 

 

本来、エニュオという人間は争いを好まない穏やかな性格だった。

しかし有無を問わず戦わざるを得なくなってしまった。

 

エニュオのいた世界では魔物が蔓延る平穏とは程遠い日常が流れていた。

いつ何時魔物が現れ居住区を襲うか分からない恐怖を抱えながら過ごす毎日に、心は押し潰されそうになる。

食料調達も儘ならない過酷な環境下ではあったが、家族や友人、居住区に住む人々の支えが彼女の心に温もりを与えた。

苦楽を共にする大事な存在がいるだけで、どのような状況でも乗り越えられる。

 

そう思っていたのだが、ある日居住区の周囲を覆い囲んでいた防御壁が決壊し、魔物が侵入してきた。

居住区を守護する戦士達の奮闘むなしく、対抗策を持たぬ一般人は次々に魔物達の餌食となっていき、エニュオの両親もその内に含まれた。

両親の決死の決断により物陰に隠されたエニュオは魔物の急襲を生き延びた唯一の生存者となり、後に組織の人間に保護された。

 

辛くも楽しくもあった日々は一瞬で壊された。

住む場所を失い、大切な人達を失い、悲しみに暮れていたが、他の感情の方が強く溢れ心を満たした。

魔物に対する怒りと憎悪。

全てを奪い去った魔物に復讐を決意したエニュオは血の滲むような努力を積み重ね組織に入り、魔物との戦いに身を投じた。

エニュオの成長振りは凄まじく、戦いの中で成長していき、成果は百戦百勝とも言える組織の中でも指折りの実力者と成り上がっていく。

しかし組織の人々はエニュオを恐れてもいた。

彼女の戦闘時に見せる顔は、穏やかな性格には似つかわしくない憤怒に染まり、修羅を思わせる精悍なものへと様変わりする。

正に豹変という言葉が当てはまる鬼神と化したエニュオの殺戮は他の戦闘員達をも震え上がらせるほど。

 

戦闘時にしか表に出ぬ狂気を恐れていたのは組織の人達は勿論だが、当の本人が一番困惑し恐れを抱いていた。

まるで見知らぬ誰かが憑依したかのような錯覚に陥っているエニュオ本人も、自分の心に根付いた憤怒や憎悪を含んだ復讐の念が突き動かしていることに気付くこはない。

しかしいつの日か、魔物の脅威に対する力として自身の内に秘める狂気を認め行使し始めた。

大切なものを全て奪い尽くした魔物を狩り殺し滅びの道を歩ませられるのであれば、何でも有用する。

人であろうと力であろうと、何でも。

 

周囲からの奇異の目で見られていることにも気にせず魔物を一心不乱に狩り続けていたある日のこと。

エニュオを含んだ四人のパーティで行動をしていたのだが、前例のない巨大で強力な個体が現れ、苦戦を強いられる戦いとなった。

実力の差は歴然で、戦況は一瞬で魔物の方へと傾いた。

エニュオ以外の三人は喰い殺され、エニュオ本人も致命傷には至らぬものの大きなダメージを負ってしまい、命からがら逃走を果たすのがやっとだった。

命の危機を初めて実感し、焦りと不安が募ってはいたが、幾つもの困難を超克してきたエニュオには諦めるという文字は辞書には乗ってはいない。

ただ只管に、我武者羅に、己の命が燃え尽きるまで走り続けた。

 

───死ぬわけにはいかない。大切なものを根刮ぎ奪っていったあいつらを殺し尽くすまでは。

 

必ず復讐を遂げるまでは、力尽きるわけにはいかない。

傷だらけの体を突き動かす原動力となっているのは執念だろう。

どれだけ心が折れようが刻苦精進してこれたのは間違いなく、現に満身創痍でありながらも生きることを諦めてはいない。

生きている限り、復讐という名の炎は心の中で燃え滾っている。

 

死に物狂いに走り続けてどれ程の時間が経過したのだろうか。

一時間か二時間か、それ以上なのか本人に分かる筈もなく、魔物の目を眩ませるために森林内を駆け抜け、偶然視界に入った洞窟に身を潜めた。

入り口は人一人が入れる程度の大きさしかなく、極力物音を立てない限りは魔物に発見されることのない、エニュオにとっての安全地帯となっていた。

人や生物の気配すら感じない暗闇と沈黙が支配する空間は、一時の安らぎを与えた。

周囲の安全確認を怠らず行い、応急措置を済ませ少しでも傷の回復を早めるために仮眠を取ることにした。

 

死んだかのように熟睡し、夢の世界へと誘われた。

夢の中でエニュオは何もない漆黒の空間に佇んでいた。

夢現の狭間にいるような不思議な感覚に陥っている最中、空間全体に響く声が聞こえた。

 

『汝、何を欲する?』

 

耳奥を刺激し、脳内にまで響く低い声。

一体何者が自分に問いかけているのかは不明で、何処から声を発しているかも不明。

不信感を募らせるも、エニュオは自然と謎の声の問いに対し応える。

 

エニュオ「私が欲しいのは、戦う力。あいつらを滅ぼす、圧倒的な力…!」

 

自分が今一番欲している、魔物を滅ぼす最良の手段となるものを応えた。

意志疎通が叶わない人間を無差別に殺戮する異形の存在に対抗するためのものは、圧倒的な力。

姑息だと思われても構わない。

奴等を根絶やしに出来るのであればどんな手段を用いる。

 

『何のために力を欲する?』

 

エニュオ「決まっているわ。私の家族を、友人を、大切な人達と過ごしたあの場所を奪い去った魔物を一匹残らず殺し尽くすこと…!」

 

言葉を連なる間に脳内に蘇る思い出したくもないが忘れ去ってはならない記憶が映写機のように脳内に流れる。

 

大切な人達が恐怖に引き攣った表情で凄惨に食われていく様。

組織で知り合った親しい者達が抵抗虚しく体を引き裂かれていく様。

魔物により住む場所を奪われ、力無き人々が阿鼻叫喚を上げる地獄と呼ぶに相応しい惨状。

 

目を背けたくなる惨たらしい現実。

自分達の幸福を奪った敵を葬れるのであれば例外なく利用してやる。

特別な有効手段が無い以上実力行使しかない現状、藁にも縋る思いというのもある。

 

『私怨か。感情が荒れ自我を保てなくなる、若い証拠だ。余程苦境な日々を送ってきたのだろう』

 

高潔で温厚なエニュオだが、魔物の事となると豹変することを話してもいないのに言い当て、柳眉を逆立てるエニュオを嘲笑うかのように述べる。

 

『自我を捨ててでも、やり切れる自信は汝にはあるか?』

 

エニュオ「愚問ね。当たり前よ」

 

『あらゆる犠牲を払ってもか?自身のことに関与することであってもか?』

 

エニュオ「勿論よ。この魂を悪魔に売ってでも、私は奴等を倒す力を手にして、奴等を滅ぼす」

 

自身のことなど最早どうでもいいという自暴自棄に近い考えを持つ程にまでエニュオの憎悪は高まっていた。

自身の未来を、訪れる幸福をかなぐり捨ててでも果たす。

人からすれば、異常とも呼べる狂気だろう。

 

『汝の激情、利用する価値は大いにある。汝も我を利用してみよ』

 

エニュオ「どういう意味?」

 

『現にて分かる。汝の野望を果たすために、我を利用してみせよ。汝には我を使いこなす才能があると見込んだ』

 

謎の声の発言の意味も意図も不明瞭なまま、意識が薄れていった。

 

気が付いた時には、身を潜めた洞窟の中。

狭い入り口から僅かに光が差し込むだけの暗闇が広がる岩の天井が視界に映る。

先程見たことは夢だったのだろうが、現実で起きたかのような妙な感覚に陥っていた。

自分が現状の窮地を脱するための渇望が夢となってしまったのだろうと言い聞かせた。

何時までも狭苦しい洞窟に身を潜めていては現状は変化はないため、自分がいる位置を確認するためにも高台を目指すことにした。

睡眠を取ったことにより多少回復した体を動かし洞窟の外へ出た。

 

エニュオ「え……こ、これは…」

 

洞窟の外には先程まで無かった物が確かに存在している。

木々が生い茂る自然の中には似つかわしくないそれは、一本の剣。

禍々しくどんよりと重い雰囲気を放つ漆黒の剣が無造作に地面に突き刺さっている不自然さがより一層不気味に感じてしまう。

近寄り難い重苦しい雰囲気は人間に限らずあらゆる生命すら拒絶しているようで、実際周囲に獣や鳥、虫までの気配すら感じ取れない。

 

エニュオ「あなたが、私を呼んだのよね?」

 

問いかけるも応えるものはいない。

しかしエニュオには分かった。

眠っている間に聞こえた声は夢ではないと。

剣が意思を持っているなどとは到底考えられないが、何故だか受け入れてしまう自分が不思議でならない。

ただ戦う力欲しさが生んだ幻覚ではないのかと疑念が生まれるかもしれないが、魔物を滅ぼすことに執着し、圧倒的な力を渇望していたエニュオからすれば得体の知れない謎ばかりが深まる物であったしても、己の力になるのであれば受け入れられてしまう。

 

欲しているとは言え、恐る恐ると言った様子で漆黒の剣に手を伸ばすと、荒く激しい物音が森を掻き乱した。

その音は徐々に接近してくるにつれ音の発信源が理解出来た。

 

エニュオ「魔物……!?」

 

地面を揺らし木々を薙ぎ倒す力の持ち主は十中八九魔物であろう。

未だ傷が癒えていない体に加え、装備も不十分なエニュオに勝ち目はない。

目の前にある剣がなければ、だが。

 

エニュオ「私が復讐を果たすその時まででいい!私の体、精神、魂、何だってくれてやるから…お願い、私に力を貸して!」

 

その場凌ぎなどとは思っていない。

世界に蔓延る全ての魔物を滅ぼすまで命の炎を燃やし尽くす覚悟を持っている。

例え自分自身を失おうとも、戦い続ける。

悲哀と憤怒の混濁した復讐心を胸に、剣の柄を力強く掴む。

 

瞬間、体に何かが流れ込んでくるような感覚に襲われた。

視界が黒一色で染められ、周囲の物音が消え去り世界に自分だけしかいないような錯覚を覚える。

呼吸が乱れ、立っていられなくなり地面に膝を着くも、柄を掴んだ手は離すことはなかった。

 

エニュオ(苦しい…!でも、それ以上に…憎い!)

 

心の内に溜め込んでいたものが泉の源泉のように溢れ出してくる。

家族や知人を失った消えることのない悲しみ。

大切な人達を根こそぎ奪っていった魔物に対しての激しい怒りと憎しみ。

喜びという感情が生み出される訳もないが、沸き上がるのはあらゆる負の感情。

激しい憎悪に心が蝕まれ、負の感情という名の闇が侵食してくる。

 

エニュオ「殺してやる…私の、全てを奪い去る者は全て!」

 

膨れ上がった闇が弾けた。

体全体から黒いオーラを放ちながらゆっくりと立ち上がり、地に刺さった剣を静かに引き抜いた。

木々を薙ぎ倒しながら現れた巨体を持つ魔物は、間違いなく先程相対した、仲間を皆殺しにした憎き存在。

魔物は足下にいる弱く貧弱な人間という種族を軽視すると、岩石のように堅牢な拳を振り上げ、力任せに振り下ろした。

エニュオは回避する余裕などなかった。

否、必要なかった。

振り下ろされる筈だった腕は千切れ、血飛沫を撒き散らせながら宙を舞っていった。

魔物はあまりにも一瞬の出来事に何が起きたのか頭の整理が追い付かず、数秒経過して漸く自身の腕が斬られたことに気付き、斬られたことへの衝撃と激痛に耐え兼ねず悲鳴を上げた。

天に向け森に木霊する金切り声に近い絶叫を張り上げる。

 

エニュオ「ピーピー喚くな、下等生物」

 

低く冷たい声で呟きながらの剣の一閃。

その一閃だけで、魔物の首は胴から離れ、血飛沫を散らしながら宙を舞う。

何が起こったのか分からぬまま、魔物の視界は徐々に暗転していき、黄泉の世界へと旅立った。

 

エニュオ「………ティルフィング?それがあなたの名前…?」

 

ふと脳裏に剣の名称が過った。

誰かが教えた訳でもないが、自然と剣の名前が口に出た。

 

エニュオ「………ふ、ふふふ…素晴らしい力だわ…!」

 

笑いを堪えることなど出来なかった。

日々命を掛けて狩っていた魔物を、況してや複数人でも勝つことすら叶わなかった巨体を持つ相手をたった数秒で葬ることができた。

予想を凌駕する凄まじい力が我が物となり気分が高揚する。

憎き魔物を殲滅することが本当に可能となる一筋の光明を利用しない手はない。

 

エニュオ「この力で、奴等を皆殺しにしてやるわ…!」

 

一方的に圧倒し魔物を狩る高揚感と同時に、憤怒や憎悪をも膨れ上がる。

全ての魔物を狩り尽くすまで、沸き上がる負の感情は鎮まることはない。

 

狂気にも似た執念と殺意を宿した瞳が前を向く。

世界に蔓延る全ての魔物を葬るため、殺戮の道へと歩みを進め始めた。

 

 

~~~~~

 

 

数ヶ月と経過しない内に、世界はたった一人の少女により急転した。

エニュオが通った場所からは魔物の存在は完全に消失しており、長年人類が夢を見続けてきた、魔物に襲撃される恐怖に怯えることのない、本来の静けさに満ち溢れる平和。

英雄を気取るつもりはなかったが、エニュオは魔物を狩り人々が自由に過ごす日常が僅かながら戻りつつあることに愉悦し、自身は特殊な力を持つ存在だと改めて感じ、人々の平和のために感情を剥き出しにして更に魔物を狩る頻度が上昇した。

 

しかし一心不乱に魔物を貪り尽くす彼女の姿は凄惨なもので、人々に恐怖を与えていった。

例え傷だらけになろうが、血反吐を吐きながらも、狂気に呑まれ獣のように戦い続けるエニュオの姿は人々の目から見れば到底救世主とは程遠いもの。

 

いつしか人々の間に流言蜚語が溢れ始めた。

彼女は新たな魔物ではないのか。

魔物を滅ぼした後は人間を滅ぼす。

 

ありもしない噂だが、吹聴され広まった噂は消えることなく人々に植え付けられ、いつしかエニュオは魔物以上に危険な存在として認識されるようになった。

更には魔物との戦闘の際に出てしまった建造物の破損や人的被害もエニュオのせいだと槍玉に挙げられる始末。

大切なものを根刮ぎ奪った魔物を滅ぼしたかっただけなのに何故自分が追われる身となったのかエニュオは理解に苦しみ嘆いた。

 

エニュオ「どうして…私は、ただ復讐を果たしたいだけなのに…。どうして…どうして…どうして………?」

 

ティルフィングの力は膨大で凄まじく、戦闘を行うだけで周囲に甚大な被害を及ぼすので、人々からは罵詈雑言が飛び交うのも無理もないこと。

詫びをしなければならないところだが、その選択は浮かぶことはなかった。

 

エニュオ「…もう一般人の意見なんて知ったことはないわ。私は、私のやりたいようにやる。邪魔する奴がいれば蹴散らせばいい」

 

普段の戦闘を行わないエニュオの性格ならば絶対に思うことのない殺伐とした思想は、ティルフィングによる影響だとエニュオ本人は知る由もない。

ティルフィングの影響によりエニュオの思想は徐々に邪悪なものに変化しており、心を満たす憤怒、悲哀、憎悪を引き出し増幅させていく。

 

自分を敵対視する人間を魔物同様に殲滅する存在として捉え、エニュオの進撃は続いた。

危険分子だと吠え始末しようと武器を構えてくる者には容赦なくティルフィングを振るい命を奪った。

負の感情と狂気に呑まれたエニュオは人の命を奪うことに躊躇はなかった。

当然だが大量殺戮を行ったエニュオを犯罪者として扱われることになり、政府や長年所属していた組織からも目を付けられる事態にまで発展した。

国家に追われようが、エニュオは降伏することなく向かい来る者は誰であろうと容赦はなく、戦った者は皆剣の錆へと変わり果てた。

 

一年が経過した頃には、エニュオは世界中の人間を皆殺しにしていた。

いつの頃からか魔物に限らず出会い頭に会う人間も問答無用に辻斬りで首を跳ねていった。

女も子供も、老若男女関係無しに。

道徳から乖離した暴虐な殺戮を行った現在のエニュオからは、以前の穏やかな性格は完全に消失してしまっている。

組織に所属していた頃の穏やかな性格があったと説明しても、誰もが懐疑の念を抱くだろう。

 

魔物が存在しない世界が漸く訪れた。

長年の夢が成就した。

だが、心は晴れることはなかった。

人生の全てを掛けて為そうとしてきた偉業が達成され、歓喜すると思っていたのだが、心に残ったのは喪失感。

 

エニュオ「以外と、やりたいことが終わると何も感じなくなるものね…。まだ、私は物足りない…まだ…」

 

このまま何もせず、誰一人として残っていない世界で老いて死ぬだけなのか。

それだけで終わっていい筈がない。

喪失感はあるが未だに残り続けている、殺戮を繰り返す内に生まれてしまった、命を狩りたくなる衝動がエニュオの心の隙間にある喪失感を埋めようとしている。

 

エニュオ「ティルフィング…私は、まだ物足りないわ。満たされない心を…埋めてくれないかしら?」

 

エニュオの心に呼応するかのようにティルフィングは禍々しく淡い黒色の輝きを放つと、目の前の何もない空虚に亀裂が走り、亜空間の入り口が口を開いた。

予想外の出来事に目を丸くしていたが、何なのか理解したエニュオはティルフィングが授けてくれた望外の結果に口角を上げる。

 

エニュオ「感謝するわティルフィング。私を満たしてくれるために、これからも宜しく」

 

愛する子を愛でるようにティルフィングの刀身を撫でながら、異界へ通じる亀裂の中へと身を投じた。

知的生命体の済まぬ荒廃した世界へと塗り替えた自身の生まれ育った世界を捨て、茫洋たる世界へと歩みを進めた。

以降、あらゆる世界でも殺戮が繰り返される。

自身の心を蝕み未だに溢れる負の感情を消し去り、心を埋めるために。

 

 



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第86話 Enyuo ~闇愛でる少女~

大分遅くなりましたが、明けましておめでとうございます!
今年もマイペースに投稿していきますがよろしくお願いします!


エニュオ「お喋りは終わりにしましょう。今からあの世に行く人の話なんて聞いてても意味ないもの」

 

ルシファー「ティルフィングを手にするには殺めるしかなさそうだな…」

 

リョウ「救い出す手は無いに等しいな。世界を難なく滅ぼす程の闇に捕らわれてしもうてるんや。例え光の剣クラウソラスを使ったとしても、闇を払うどころか一緒に焼ききってしまう結果になるだけや」

 

ルシファー「致し方ない。大義のための犠牲になってもらおう」

 

この世界ではリョウも勿論、光の存在であるルシファーは夾雑物でしかない。

生かすという選択は更々ない。

 

殺意と漆黒の闇を放ちながらエニュオはティルフィングの切っ先をルシファーとリョウに向ける。

今から殺し合いを始める者として、お互い会話は不要ということだろう。

 

可能であればエニュオをティルフィングの呪縛から解放してやりたかったが、リョウの簡潔な説明を聞く限り不可能だと己に言い聞かせる。

天使として道を踏み外した者を裁くのも天使としての使命なのだろうが、今の自分は天使の道を踏み外した異端の存在。

可能であればエニュオを生存したままティルフィングを回収するのが理想な形なのだが、本気で堕天するのなら、慈愛を振り撒き救いの手を差し伸ばしている場合ではない。

 

尤も、生殺与奪を考えている余裕がないというのが本音だが。

 

エニュオ「あらゆる世界を滅ぼしてきた私をたった二人で倒せるっていうの?」

 

リョウ「わしはそういう輩とは何度も対峙しとる。一人で勝てたことはあまりないけどな。あと、ルシファーの実力は本物や。剣の腕だけならユグドラシルメシアとも対等に戦える程にな」

 

ルシファー「買い被りすぎだ。俺はお前達の足元にも及ばない未熟な存在だ。まだまだ研鑽を積まなければならないことも多い」

 

エニュオ「真面目な天使ね。戦う者ならば、自分の限界を決めず日々鍛錬し己を磨き続けなければならないものね」

 

ルシファー「それは貴様の戦士としての志か?」

 

エニュオ「そうよ。いえ、そうだった…かしら。今の私は、私のいた世界の戦士ではないもの。今の私は、心の溝を埋めようと力を振るうだけの怪物、なんでしょうね」

 

リョウ「自分で分かっていながら力を振るうか。…憐れやな。最終的には後悔することになるで」

 

エニュオ「過ちだと気付いていながら繰り返すことは愚か……そうね、その通りね。でもいいの。私はもうやり直せない。戻ることなんて出来ない。それに、願ってもいない。あなた達に私の苦痛を理解してもらおうとも思っていないわ」 

 

自戒する気は更々ない時点で、改心する見込みはなさそうだと察することが出来る。

自暴自棄にも近い思想を見ていると憐れでしかない。

 

ティルフィングは持ち主の心の奥底に秘めている激情や負の感情を引き出し、本能のままに力を振るい、世界を闇に染め上げる恐ろしい剣。

所持者を宿主とし、闇を振り撒き、最終的には所持者をも闇に染め更なる闇を吸収しその力を増大し続ける。

意思の弱い者は剣に認められることは先ずないが、認められる強い意思と力を持つ者がティルフィングを扱えたとしても、心は徐々に闇に侵食されていき、気付かない間にティルフィングの闇に寄生されている状態と陥る。

魔物を全滅させたい強い想いと、その世界の中でも圧倒的な力を持ち、剣の力に魅了したエニュオは漬け込まれ、気付かぬうちに奸悪な思想を抱き世界を闇に染め上げる凶悪な怪物へと変貌させられしまった。

 

エニュオはある意味、剣の毒に侵されてしまった被害者と呼べるのかもしれない。

 

ルシファー「お前がどれだけ苦艱したか俺は知らないが、剣の力に魅了され取り込まれる軟弱な輩に俺が負ける道理はない」

 

エニュオ「ほざいてなさい。その純白な翼も心も闇へと沈めてあげるから」

 

手にするティルフィングが禍々しく黒く輝き、闇が放出される。

周囲だけでなく、空一面すらも闇一色に染められる。

光の力を有するルシファーはこの場にいるだけで不快な気分になり吐き気を催す。

悪魔と比にならない闇が触れ絡み付くように全身の肌に触れ、無意識に一歩下がる。

闇という概念そのものの根源とも言える程にまで濃密で、恐れを抱いていると嫌でも認めざるを得なかった。

人間であるリョウでさえも邪悪な気を前になんとか踏ん張っている。

 

エニュオ「『ダークゲイル』!」

 

ティルフィングを華麗に振るい、闇の斬撃を飛ばす。

風のように速い斬撃をルシファーは紙一重で避けきり、剣を手に低空飛行で接近を試みる。

 

ルシファー「はあっ!!」

 

止むことのない斬撃の嵐を巧みな飛行能力で潜り抜けエニュオに向けて剣を振るうも、容易く受け止められ、そこから目にも止まらぬ剣戟が繰り広げられる。

他者が入り込む合間すら与えない電光石火の剣戟。

漆黒の闇の空間の中に耳の奥にまで響く刀剣が衝突し合う甲高い金属音が響き、ぶつかり合うことで生じる火花が漆黒を照らし出している。

 

エニュオ「あなた、なかなか剣の腕があるのね」

 

ルシファー「貴様も、人間の割りには相当の実力を持っていると断言できる。血が滲む努力をしたのが伝わる」

 

エニュオ「そうでもしなければ魔物を滅ぼすっていう願望は叶えられなかったもの。『ダークネストルネード』!」

 

ルシファーの剣を押し返し、漆黒の竜巻を発生させる。

咄嗟の判断により後方へ退避したが、即座に防御態勢の構えを取った。

迫ってきたのは闇の竜巻でもなければエニュオ本人でもなく、剣の形状をしたエネルギー。

ミサイルのように宙を自在に駆け回りルシファーに襲い掛かる。

 

エニュオ「私の『ソードダンス』から逃れられるかしら?」

 

ティルフィングの能力ではなく、エニュオ本人が使用する技。

ティルフィングを振るうと同時に軌跡を描くように体現された剣のエネルギー体は自分が目標と定めた相手に向かい宙を飛翔する。

 

ルシファーが防戦一方の最中、エニュオは心の臓目掛け剣先を向け突きの構えを取りながら接近してくる。

風よりも速い突きだが、それよりも早く反応したルシファーは体を斜め後ろに翻し、回避すると同時に剣のエネルギー体を自身の剣で弾いた。

ただ弾き飛ばしたわけではとどまらない。

巧みな剣捌きにより、エネルギー体はエニュオ目掛け弾き飛ばされた。

敏捷な判断力と身のこなしによる機転を利かした反撃。

思わぬ攻撃に突きの構えから横に一閃し自らが放ったエネルギー体を斬り裂く。

 

エニュオ「なかなかやるじゃない。でもまだ終わらないわよ」

 

周囲に新たにエネルギー体を出現させ、再度ルシファーに接近を試みたが、数多の小型のミサイルが降り注ぎ、浮遊するエネルギー体を撃墜していった。

 

リョウ「わしがおるの忘れてないか?」

 

義足である右足からミサイルを発射したリョウはアルティメットマスターを抜刀し、エニュオに肉薄する。

エネルギー体をミサイルと『ソードカッター』で相殺しつつエニュオに体重を乗せた剣を振り下ろす。

重い一撃をエニュオは受け止めることなく、身を横方向に翻し僅かに掠れる程度に剣を当てることで軌道を反らした。

何もない空を斬るだけに終わったリョウの横腹にエニュオの鋭い回し蹴りが炸裂する。

女性の力量とは思えぬ強烈な蹴りを真面に受けたリョウは表情を歪めながらも地に足を着け踏ん張り、剣を手放し両手でエニュオの足を鷲掴みにする。

自身の矛となり盾でもある剣を手放し行動を縛る選択肢を取ったリョウの型破りな行動は、剣士として予想できない範疇にあった。

 

リョウ「やれルシファー!」

 

力任せにエニュオの体を軽々と振り回し地面へと叩き付ける。

細身な体からは出る力とは到底思えない膂力により地面に亀裂が入り、エニュオは凄まじい衝撃を受け視界が歪む感覚に陥る。

地面に仰向けに倒れ伏したエニュオにルシファーが追撃を加える筈だったが、勝利へと近付くための一撃はやって来なかった。

 

ルシファー「ぐっ……!」

 

ルシファーは険しい表情で片膝を着いていた。

境遇を理解したリョウは舌打ちをし足を掴んでいた両手を手離しエニュオから距離を取るも、時既に遅し。

エニュオが放った『ソードダンス』の餌食となり、体を斬り刻まれる。

防御体勢に移っていたため掠り傷程度で済んだので良かったのだが、勝負をこちらに有利に運べる好機を逃したのはあまりにも手痛かった。

 

エニュオ「効いてきたようね。天使にとってはこの空間は苦しい以外のなんでもないでしょうね」

 

ルシファー「この程度で…倒れる、ものか…!」

 

ルシファーを苦しめる元凶は、周囲に霧散し蔓延る闇。

光の存在であるルシファーにとって、闇一色に染められた戦場は毒の霧の中に居続けているのと同様。

徐々にではあるが確実にルシファーの体力を蝕んでいる。

 

リョウ「相性は最悪なのは分かっとった。だけどこれしきの困難でくたばる奴やない」

 

ルシファー「あぁ……その剣をいただくまで、倒れる、わけにはいかない」

 

肌を焼き、脳に打撃を加えられているかのような苦痛が荒波のように押し寄せるも、ルシファーは立ち上がる。

 

エニュオ「何があなたを立ち上がらせるか知らないけれど、私の知ったことではないわね」

 

他人の願望など自分には関係はない。

自身を排除しようと迫る者は誰であろうと容赦なしに抹殺する。

いずれ虫の息と成り果てる天使を地獄に落とすため、ティルフィングを構え駆け出す。

 

未だ闇への抵抗に抗えぬルシファーは剣を杖変わりに立ち上がるのがやっとのようで、反撃するなどもってのほか。

俊敏な足さばきにより間に入ったリョウにより一閃は防がれる。

 

エニュオ「先にあなたを始末した方が懸命なようね」

 

リョウ「ルシファーの願いのために動いとるからね。本人が死んだら本末転倒なんよ。それに、お前をこのまま野放しにはしてられへんからね」

 

エニュオの獰猛なものとは違い、静かに殺意を燃やす眼光が鋭くなる。

距離を取られる前に『ソードエクスプロージョン』を発動させエネルギーの爆発を起こす。

お互い衝撃により体を仰け反らせるもほぼ同時に体勢を整え、地を蹴り肉薄する。

 

エニュオ「『ソードダンス』!」

 

リョウ「『ダンシングソードカッター』!」

 

互いが召喚した無数のエネルギーで形成された剣が宙を縦横無尽に舞い、地や公園の遊具を斬り刻んでいく。

接近すれば命の保証はない斬撃の嵐の中でも、二人の攻防は止むことはなく続いている。

 

エニュオ「あなたもそろそろ闇が心を侵食してくるんじゃないかしら?」

 

リョウ「生憎と、ホンマに僅かやけど『力』を発動させとるからティルフィングの闇は効かへん!」

 

エニュオ「あー、成る程。それが噂に聞く危険極まりない『力』ね。でも完全に解放しないあたり、何かしらの理由で使うことが出来ないのね」

 

図星なのか、リョウは返答せずエニュオの剣戟を交わすことに集中する。

沈黙を貫き通すあたり自分の意見が的を得ているのは確定だろう。

剣の腕だけでもリョウに勝利することは充分可能であると推測したエニュオは攻撃の勢いを更に強めた。

 

自身の憎悪等の感情を形にしたかのような牧歌的な過剰な攻撃。

洗練された無駄が一切ない剣捌きにリョウは防戦に徹する他ない。

風よりも速い電光石火の一閃が暇なく放たれるため、攻撃の隙を見つけることもできなければ作り出すことも不可能だった。

 

エニュオ「『世界の監視者』って二つ名があるくらいだからそれなりの強者かと思っていたのだけれど、拍子抜けね」

 

リョウ「剣の腕は、アレクやルシファー達と比較しても劣るけえね。でも、技だけは多彩なんよ」

 

防戦だけでは戦局は傾かないと踏んだリョウは一先ず牽制のために『ソードエクスプロージョン』を発動させる。

しかし同じ手が二度も通用する相手ではなかった。

爆発の威力を受け流し、横に回転しつつ爆風を上乗せさせた強力な一閃がリョウの横腹目掛け放たれる。

命中する直前、リョウの左足の膝から光の刃が真上に出て漆黒の刃を受け止めた。

 

リョウ「多彩って言うたやろ?こんなこともできるんよ」

 

初見では対処しようもない、思いもよらぬ戦闘能力に怯んでしまったが、追撃が与えないためにも闇を放出させ即座に後方へと下がる。

『トリックソードビーム』を放とうとしていたがリョウだったが、流石に至近距離で大量の闇が体を蝕めば少なからず影響が出るため、深追いせず潔く退却せざるを得なかった。

これ以上闇が広がらないよう『天使の加護』を発動させ闇を押さえ込んだ刹那、ルシファーが翼を広げ駆け出し、漆黒の宙を駆け大きく後退したばかりの

エニュオに剣を振るった。

 

エニュオ「もう復活したの?なかなか屈強なのね」

 

肌を焼かれ、頭を殴られるような苦痛に苛まれているせいか、精悍な顔付きとなっている。

尋常ではない闇に蝕まれながらも、ティルフィングから溢れ出る漆黒の闇にも負けず劣らない光を纏った一閃がティルフィングの闇を払う。

仄かな温もりを感じる淡くも勁烈なる光はエニュオにとって害でしかない。

対処する行動よりも嫌悪感が勝り、反射的に目を瞑り手で光を遮光した。

 

エニュオ「くっ、目眩ましか……!」

 

ルシファー「卑怯とは言わせない。立派な戦法だ」

 

エニュオの胴体を上から斜め下に斬り、更に斬り上げから再度斜め下に斬り、渾身の力を込めた一閃をお見舞いする。

胸と肩に装備されていた堅牢な甲冑さえも斬り裂き砕け散る華麗な剣技は、見るものを圧倒する。

斬られている本人でさえも目を見張るものがあるが、悠長にしている間など一刻もない。

 

エニュオ「私の自慢の甲冑を壊さないでくれないかしら?」

 

甲冑の防御力のお陰で綺麗な肌に傷を付けられることはなかったが、次に来るであろう一手を受ければ間違いなく負傷する。

自身を囲うように『ダークネストルネード』を発生させ、ルシファーを天高く吹き飛ばす。

更に『ソードダンス』を風に乗せ、竜巻に呑まれているルシファーに向け放った。

闇の力を諸に受け続け顔を歪めながらもどうにか風に乗り体勢を整え剣撃を弾き続けるが、ただ風に乗り動いているわけではなく、不規則に宙を舞うため予測することが難儀でしかない。

優雅に宙を漂う蝶のような動きに翻弄され、ルシファーの体には斬り傷が幾つも作られていく。

 

エニュオ「うざったいから早くくたばってくれないかしら?」

 

ルシファー「悪いが俺がくたばる未来は存在しない」

 

エニュオ「だったら私がその未来を作り上げてやるわ」

 

人とは思えぬ超人的な跳躍力でルシファーへ接近してきた。

重くも迅速な一閃を受け止め、光と闇の力が衝突仕合う。

相対する力はどちらも敗北を譲るつもりはなく、白と黒のエネルギー波を周囲に撒き散らし、闇の竜巻を消し飛ばし空気や大地を振るわせる。

 

エニュオ「ティルフィングの闇を相手にここまで渡り合えるなんて…あなたなかなかやるわね。でも、一歩及ばないのが現実よ」

 

互角かと思われていた戦局は、エニュオの会話の直後ひっくり返った。

ティルフィングが怪しく黒く輝くと、倍以上の闇が溢れルシファーを直接呑み込んでいく。

ティルフィングに秘めたる闇は無尽蔵ではないかと実感させられ、絶望感が満ち溢れる。

 

リョウ「やられるにはまだ早いんやない?」

 

闇を弾きルシファーの盾となるよう直線上に割り込んできた白い粒子の束、『天使の加護』によりルシファーは事なきを得た。

その隙に光の斬撃と共に衝撃波を放つ。

距離を保つために放っただけなので大した効果は得られなかったが、それで充分だった。

 

ルシファー「俺の作った勝機を掴め!」

 

リョウ「いいですとも!」

 

声が聞こえた方角は左でもなければ右でもなく、遥か上空。

漆黒の闇が周囲を支配する空間の中で、一筋の光となり急降下してくる影が見えた。

 

エニュオ「竜巻の中央なら影響はないから上空からの奇襲というわけね。お見通しよ!」

 

音速を超える勢いで急降下する影にエニュオは闇を纏ったティルフィングで防いだ。

そこで漸く違和感に気付いた。

重力に従い急降下してくる勢いにしては、あまりに軽すぎる一撃。

ティルフィングに衝突し甲高い金属音が鳴り響き、宙を舞う何かが視界に映る。

 

輝かしい金色の剣、アルティメットマスター。

紛うことなく、リョウが愛用する剣。

 

エニュオ「っ、囮か!」

 

リョウ「もう遅い!」

 

先程『天使の加護』により抉じ開けた竜巻の隙間を掻い潜りリョウが姿を現し、懐から手にした拳銃の引き金を引く。

闇の風の奔流を突き破って来るなど、大抵の者ならば絶大な攻撃に身を引き裂かれるか、膨大な闇により精神に異常をきたすかもしれない、自殺行為にも等しい。

最早彼は人間を超越した何かではないのかと思ってしまい引いてしまうレベルだ。

 

推測が及ばない特攻に反応が遅れたエニュオの右肩を風のように早い弾丸が掠める。

続けて頬にも鉛の弾は掠り、更にもう一発は脇腹に命中。

致命傷には至らないものの、あらゆる箇所から痛みが体に奔流する。

 

エニュオ「まだ終わらないわ」

 

リョウ「威勢も一丁前やな」

 

エニュオ「褒め言葉として取っておくわ」

 

被弾した脇腹から出血しているが、退くという選択肢は浮かばなかった。

自分の生まれ育った世界の魔物との戦闘で負った傷に比較すれば可愛らしいものという狂った基準であるため、特に気にはしていないという様子。

 

エニュオにとって拳銃の対処方法は至って簡単、射線から外れるだけ。

飛行能力を有している訳でもないのに体をくねらせ宙を華麗に舞い、闇の波動を真下に放つことにより上昇しリョウに接近する。

引き金を引き銃口から火を吹き弾丸が放たれるも、先程のように意表をついた攻撃ではないため簡単に弾き落とされてしまった。

リョウが所持する唯一の武器をただの鉄塊へと変える一閃が迫る。

 

リョウ「おいおい、見落としがあるみたいやな」

 

リョウは身を翻し義足である右足からジェット噴射させティルフィングを受け止めた。

手にした物だけが武器とは限らないというのは念頭に置いていたエニュオだが、初見だとやはり対応が僅かに遅れる。

その隙を見逃さず残り一発となった拳銃の銃口をエニュオに向け勝利を冀求する思いを込め引き金を引く。

 

エニュオ「危ない、わね!」

 

銃口から弾丸が顔を見せるのとほぼ同時に顔を真横に逸らすことで最後の一発は虚しくも命中することなく宙を直進していった。

人間とは思えぬ反射神経は鍛練された賜物なのか、ティルフィングによる恩恵なのか、どちらにせよ回避に成功したエニュオは口角を浮かべ義足を押し返し『ダークゲイル』を放った。

義足を真上にジェット噴射させることで急速に真下に動かし直撃すれば一溜りもない斬撃を防ぎ、使い物にならなくなった拳銃をエニュオに向けて全力投球する。

飛来してきた物を反射的にティルフィングで防ぐことを予想してか、リョウは翼を広げ先程弾き飛ばされ未だに宙を舞いながら落下するアルティメットマスターを手に取る。

 

ルシファー「やはり俺がいなければ無理だったか」

 

リョウ「相手が剣豪やから一筋縄じゃいかへんのよ」

 

愚痴を溢す余裕があるあたり戦闘は可能だと察し、闇から解放されたルシファーと共にエニュオへと接近戦へと持ち込む。

闇の竜巻も漸く消え、行動に制限が掛けられなくなり自由に飛翔可能となった二人は天空を舞い踊るように剣を振るう。

ルシファーはエニュオに肉薄し目にも留まらぬ速度で剣戟を開始し、リョウはエニュオが途切れることなく繰り出される斬撃と闇をルシファーに直撃しないよう『天使の加護』等の技を繰り出し防御に徹する。

 

世界を包む闇が生み出した漆黒の戦場に、剣と剣が衝突することで生じる火花と、闇をも弾く白く輝く粒子が縦横無尽に宙を舞う光景は目を奪われる程にまで明媚なもの。

のべつ幕無しに甲高い金属音が響き、空気を振動させる。

双方一歩も退かぬ攻防が続き、遂にエニュオが地に足を着けた。

飛行能力を持たないエニュオが空中で不利な戦況でかすり傷一つ負うことなく立ち向かえたのは、紛れもなく自身の世界で培われた戦闘経験と膨れ上がった憎悪による復讐心がティルフィングにより力へと変換されているからこそ。

 

エニュオ「二人掛かりでもこの程度?」

 

リョウ「地の利を得たからって調子に乗っちゃいかんよ」

 

エニュオ「年寄りの忠告を素直に聞くつもりはないわ」

 

リョウ「ふん、まだまだ若いのう」

 

ルシファー「敵の助言であれ、素直に受け取るべきなのだが、まだ理解し難い年齢なんだろう。言葉を掛けるだけ無駄というものだ」

 

リョウ「…じゃあ他の言葉で揺さぶり掛けてみちゃる」

 

リョウの口角がつり上がり不気味な三日月を作り上げる。

悪魔を彷彿とさせる笑みを浮かべるも、エニュオは失笑するのみ

剣術においては実力差があるのは嫌というほど理解しているはず。

 

エニュオ「私を追い詰める策でもあるのかしら?」

 

無駄な足掻きとしか捉えていないエニュオは嘲る口調で言葉を発する。

 

リョウ「得策を思い付いたわけやないけど…このまま戦ってもお前はわし達には勝てないと断言できる」

 

エニュオ「…何ですって?」

 

リョウ「強気な姿勢を見せとるけど、ティルフィングの影響で負の感情が心に渦巻いてる。そんな不安定な精神状態でわしとルシファーを長時間相手にできるとは思えへん」

 

エニュオ「負の感情があるからなんだというの?私はこれまで幾つもの世界を渡ってきた。そして私の気の済むまであらゆる人達と戦い、殺してきた。苦戦なんて強いられたことなんて一度もない。今回も同じよ。あなた達も私の満たされない心を埋めるための糧になる」

 

リョウ「謹んでお断り申し上げるわ。心に弱さを抱えた奴は、必ずどこかで躓くものなんよ。自分ではその弱さに気付けず傷心し続けていたりするもんなんよ」

 

エニュオ「あんたの考えた私のためにもならない有意義な話を聞きたくもないし、知ったような口を利かないでくれない?うざったいわ」

 

リョウ「赤の他人やからお前の全てを分かるとは思ってへんよ。でも断片的ではあるけど、なんとなく理解できる。その負の感情は、憤怒と悲哀、嫉妬、憎悪。聞き入れ受け止める人も世界も存在せず、空っぽになった心を埋めようと無差別に力を振るうことで誤魔化しちょる。違うかの?」

 

淡々と述べる言葉が的を得ていたのか、エニュオの表情に変化は見られないものの沈黙を貫いていた。

図星なのだと言葉にしなくとも分かる。

でなければ敵の戯れ言など聞き捨て斬りかかっている頃合いだ。

 

リョウ「ティルフィングの影響もあるんじゃろうけど、絶えず溢れてくる負の感情に心が支配されちょる。誤魔化すために見境なく八つ当たりのように力を振るい心の隙間を埋めようとしているということは、本心では人殺しや破壊活動は好んで行ってないんやないかな?」

 

ルシファー「成る程。こいつは人を殺す快楽に溺れた異常者ではない。それでも人を殺め続けるのは、剣の毒に犯され心情を自身で抑えきれず行ってしまった行動に過ぎない、と」

 

リョウ「そんなとこやな。復讐を通り越して過激な思想を巡らせ自身の世界にいる人間を皆殺しにしたのは異常とも捉えれるけど、それもティルフィングにより復讐心と憤怒と憎悪が以上に増幅したことにより生じた結果やしな」

 

エニュオ「……うざったい」

 

俯き消え入りそうな声で呟くエニュオは先程の禍々しく猛然と剣を振るっていた姿から様変わりし、寂寥感に包まれている。

 

エニュオ「何も分かんないのに、喋らないで」

 

ルシファー「確かに分かりなどしない。俺はお前ではないからな。だが、理解しようと、分かり合おうと手を伸ばすことはできる」

 

エニュオ「理解しようと、ね。私がどれだけの絶望を味わったか、理解なんて到底出来やしないわ。言葉で伝わるような、簡単な事柄じゃない。いや、理解なんて出来てたまるもんですか!」

 

弱々しく意気消沈としていた表情は一変し、憤怒を剥き出しにし鋭く睨み付け、口調も荒々しいものへとなった。

 

エニュオ「何で私がこんな目に合わなきゃいけないの!?私はただ家族や居場所を奪った魔物に復讐を果たしたかっただけなのに!私なりに必死に魔物を殲滅していただけなのに、何で私があいつらと同様の存在として警戒されなきゃいけなかったの!?世界のために、私と同様に魔物に大事な人達を殺された人達のために魔物を殺し続けてただけなのに、勝手な妄想や思想の末に生み出された根拠のない噂に流され指弾されされなきゃいけないの!?今思えば世界中に生きるみんなも魔物と同じ!自分達の住む世界に害を為そうとする存在なら理由も聞かずに問答無用で力で制圧し解決しようとするなんて、私から見れば獣と一緒よ!私だって人殺しなんてしたくなかったわ!罪もない人達を殺したくなんてなかったわ!でも仕方ないじゃない!抵抗しなければ私は捕らえられるか殺されるだけ!理不尽に容赦なく武力を行使する衆愚を見ていると、私の為してきたことが徒労に終わるのだと言われているみたいで怒りが沸き上がってくる!抑え込めず感情のままに荒れ狂った!何もかもが嫌になって、邪魔になって、視界に入る人全てが敵に思えたから斬り伏せてきた!女も!子供も!見境なく!それでも私の心は何一つ満たされない。大量虐殺という大罪を犯した私自身にも嫌気が差してきた。復讐を遂げた喜びも、人を殺してきたことの罪悪感と悲しみも感じない私は、魔物と何ら変わらない。私は一生自分を許すことはない。もう自分なんてどうでもいい、どうなったっていい。満たされない心の隙間を埋めるために、私は只管に答えを求め続けてるけど、気付けばまた私を拒絶する存在を殺してる。ホント訳分かんないわよね…自分でも分かんないもの!何で躊躇いもなく命を刈り取ることができるのか…!私はこんな私自身が大嫌い!私を敵視する人達も!こんな理不尽な人生を歩ませた運命も!世界そのものも!嫌悪感しかない世の中なんて、闇で包み込んでしまった方がマシよ!!」

 

歳相応とも言える癇癪を起こし、号哭のように喚き散らかす。

心を覆い尽くし蔓延る感情が、誰の耳にも届く筈のなかった言葉が堰を切ったかのように吐き出される。

 

臥薪嘗胆してきた結末は、あまりに救いもなく悲惨なものだった。

自分のために始まった復讐の戦いだったが、自分と同じ不遇な境遇に置かれた人を救済する目的も含まれていた。

己の身を削ってでも、自分や他者の無念を晴らすため我武者羅ではあるが出来ることを為してきた。

しかしティルフィングを手にしたその日を境に、奥底に秘めていた感情が溢れ抑えが効かなくなった。

獰悪に、獰猛に、獣の如く持てる全ての力をただ激情のままに振るう。

 

自身でも過ちだと気付いていたが、もう止まらない。止められなかった。

取り返しが付かないと悟ったから。

自身でも困惑していたが、どうでもよくなってしまった。

ただ自身を満たす何かを求め、激情という荒波に身を任せることで憤怒や悲哀、憎悪、罪悪感を感じないよう誤魔化していただけなのかもしれない。

 

リョウ「自暴自棄やなぁ…。自分を追いやった世間を許せず、無関係な人まで殺した自分自身を許せない。だからそんな自分はどうなったっていい、死んでしまっても構わない、と」

 

ルシファー「だがやはり死にたくはない。生命体であれば誰もが生きたいと願う極々当たり前の願望だ」

 

エニュオ「そうよ!死にたくないに決まってるじゃない!でもここまで堕ちて穢れた私に、生きる意味なんてない!」

 

ルシファー「幾つもの世界の文明を滅ぼしてきた大罪人ならば、罪の償いとして死を与えられても何ら可笑しくはない。ただ、群衆による会談や投票により下されるものであって自らの判決で下されるものではない。お前は死ぬ必要などない。やり方を誤っただけで、罪を償えばやり直すことも可能だ」

 

エニュオ「私の生があるうちに償えるとは到底思えないわ。…私はもう、引き返せないところまで堕ちた!」

 

リョウ「…ルシファー、救済は不可能や。いい加減諦めろ。お前の中にはまだ天使としての慈悲の心が残っちょる。捨て切らんとティルフィングを扱うことなど叶わないって、まだ気付けへんのか?」

 

エニュオの心の叫びを聞いたことにより、まだ救えるのではないかと考えてしまっていた。

光の力を利用し懇篤なる言葉を連ねれば、ティルフィングの闇から解放されるのではないか。

浅はかかもしれないが、意図はなくとも助けを求める念が込められた号哭を聞いてしまえば微力を尽くしたくもなる。

天使の使命として、一人の天使として。

 

リョウ「あいつはもう誰の言葉を聞き入れたところで、変わることはない。我がとても強く真面目で責任感も強い。そういう人は未来永劫自分の罪を重く受け止めいつまでも引き摺り続ける」

 

ルシファー「それは…自分にも言えることだからか?」

 

リョウ「あぁそうや。エニュオは少しわしと似ている。だからこそ、救いたいとは思う。そうやけどそれ以上に…殺したくもなる」

 

エニュオ「ただの同族嫌悪ね。私を救えるものなら救ってみることね。天使なら…やってみなさいよ!」

 

決して救われない、救われてはいけない。

だがもし叶うのであれば、救済への道へと踏み出したい。

矛盾した想いが脳内と心を支配し、『善』だった時のエニュオと『悪』に堕ちたエニュオが見え隠れしていたが、不意に目から零れ落ちる大粒の涙が止まった。

 

その目に宿るのは、悲哀、憤怒、憎悪が混濁した闇。

 

ルシファー「ティルフィングの闇に支配されたか…!」

 

エニュオ「うざったい…!これ以上惑わせないで!闇へと堕ちろ!『ダークネスアペルピスィア』!!」

 

感情の濁流が体現されたかのように、今まで以上にない闇が放出される。

先程から繰り出される闇の攻撃も苛烈であったが、それとも比較にならない禍々しく黒々とした闇。

鳥肌が瞬時に逆立ち、逃げなければならないと脳が警鐘を鳴らす。

回避を行おうとするも、押し寄せる闇は広範囲に渡り伝播しており、回避は不可能だった。

視界全体を覆い尽くす漆黒の闇は粛々と猛烈な勢いで押し寄せルシファーとリョウを瞬く間に呑み込んだ。

 

ルシファーとリョウの心の奥底だけでなく、世界全体に伝播していく。

数十秒と経過しない内に、世界は闇に包まれた。




12000文字超えてるとは思わなんだ笑


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第87話 闇 -ダークネス-

筆が乗っちまったぜ~!


何処までも暗く、冷たい空間。

上下左右見渡しても、視界には一筋の光すら存在を許さぬ漆黒が支配している。

 

ルシファー「……闇に呑まれてしまったか」

 

意識が朦朧としていたルシファーは漆黒の空間の中を漂っていた。

地に足を着けて立っているのか宙に漂っているのかすら分からぬ曖昧な不可思議な空間。

ただ一つ理解できるのは、闇に呑まれたこと。

 

ルシファー「どう切り抜けたものか…」

 

徐々にだが、ルシファーの体と心を蝕み始めている。

全身に電撃が迸り刃で斬り裂かれるような痛みが絶えず襲い、締め付けられる鉛のように重い何かが心にのし掛かる。

闇には多少の耐性は有るとはいえ、光の存在であるルシファーにとってこの空間は針の筵でしかない。

 

ルシファー(闇の影響だろうな…負の感情が押し出される…!)

 

普段表には出すことのない負の感情が心の奥底から引き上げられる。

中には自分が思考することのない意想外な事も浮かび生じてくる。

 

───天使だから正しくなければならないのか?

 

───種族など関係なくあらゆる手段を用いてでも悪魔を滅したい。

 

───自らの過誤な行動に苛まれたとしても、仲間の天使から爪弾きにされようとも、為すべきことを為す。

 

───天使族の者達は俺の他に類を見ない強大な力だけを求め利用しているだけではないのか?

 

ルシファー「……くそ、有り得もしないことを…!」

 

「事実の可能性もある」

 

普段思いもしない悪辣な思想が浮かんできて苛立ちを感じている最中、漆黒の空間から何者かの声が聞こえた。

 

声の主は自分も良く知る人物。

何故ならそれは、他ならぬ自分の声。

 

漆黒の空間だが、輪郭が浮かび上がるように僅かに見える、もう一人の自分の存在。

形があるだけで表情などは視認することの叶わない影とも言える存在は突如として現れた。

何の目的で現れたか定かではないが、自分に害を及ぼす存在であることは確かだ。

 

ルシファー「俺の姿形を真似て何の用だ?貴様は何者だ?」

 

「俺は、お前だ。お前の心に秘めたる闇そのもの」

 

ルシファー「闇?俺の心にそんな邪悪なものがあってたまるか」

 

「何故そう断言できる?誰しも心の奥底には闇や影が存在している。お前も例外ではない」

 

ルシファー「そんなことを態々言うために現れたのか?あの剣の闇のやることは愚劣で矮小だな」

 

「何とでも言うがいい。お前の抱える私を否定するということは、自分自身を否定するのと同じだ」

 

ルシファー「何が言いたい?」

 

「言った筈だ。俺はお前の闇だと。つまり俺はお前でもある。お前の心の奥底に宿る闇。だからお前の抱えている不安、不満、疑念、全てが手に取るように分かっている」

 

ルシファー「俺の全てが理解出来ていると?それが何だと言うんだ?」

 

「試しに一つ当ててやろう。現在の天界の武力構成に不満を抱いているだろう?毎度天界を悪魔に攻め込まれ、撤退はさせられているがこちらからは攻め込まず防戦一方でいることに」

 

ルシファー「…確かに事実だ。しかしそれは四大天使が下した判断。俺が逆らう道理はない」

 

「四大天使の判断は間違っている。天界に住まう者達を守るために刺激を与えないよう平穏を保っているが、防戦だけで長きに渡る悪魔との因縁の関係が終結するわけがない。頭では理解していても釈然としない。いっそのこと自分が四大天使を力で抑圧し自分と同じ理念を持つ者達と共に進軍を行おうともしていた筈だ」

 

ルシファー「なっ………!?」

 

「強く願望している思想ではないにしても、過去に抱いたそれは現在でも少なからず心に染み付き脳内で呼び起こされている。そうだろう?」

 

誰にも打ち明けたことのない自身が生み出してしまった雑念を打ち明けられ表情が一気に強張った。

天使である自分が悪人に染まったかのような奸計を巡らせてしまった事実など信じられず、信じたくなかった。

多くの天使から活躍を念願させられているルシファーが反旗を翻す野蛮な思想を持っているなど周知されれば、期待を裏切ってしまうのと同時に身の破滅を招く。

 

「周囲から数え切れない期待の目を向けられ高潔だと思われていることにも飽き飽きしている。秀才などと持て囃されているが、他者より強い力を得たのは神の恩恵でもなければ奇跡でも何でもない。単なる偶然に過ぎないし、努力の賜物というだけ。だから常に周囲の天使には、『自分を天界を救う英雄などと囃す暇があるのなら悪魔を葬る力を身に付ける修練を行え』とな」

 

ルシファー「…全て、お見通しというわけか」

 

「お見通しと言うより、俺は貴様の闇そのもの。全 て分かっていて当然だろう。しかし、お前自身である俺が言うのも可笑しな話だが、お前はつくづく天使らしくないな」

 

ルシファー「………そう、だろうな。善良で慈しみの心を持つ天使の種族であれば、他者を貶す思想は浮かばないだろう」

 

目の前にいる闇で象られた自分は間違いなく自身そのもの。

鏡に写った自分とも言える、己の本心を覆う殻を引き剥がした丸裸の存在とも言える。

 

受け入れ難い負の思想や感情を包み隠さず吐露されられ突き付けられるのは、精神的に相当応える。

現にルシファーは認めたくもない自身の奥底に確かに存在している醜悪な一面を突き付けられ、表情が歪んでいる。

しかし事実なため否定しようがないため、ルシファーは素直に性悪な一面を受け入れざるを得なかった。

 

「天界や人々を守ると豪語しているが、やっていることは悪魔の殲滅ばかり。偏執と言わんばかりに悪魔という一つの種族を消し去ろうと精進している。お前を掻き立てているものは、大切な仲間という存在。だがお前は、大切な存在である彼等の想いを踏み躙っている」

 

ルシファー「なに?どういうことだ?」

 

「何故気付けていないのか…いや、気付いてはいるが看過しているだけか。天界に住まう者達からお前は失い欠けることが許されない救世主であると同時に、かけがえのない大切な仲間ということだ。お前が仲間を愛おしく想っているのと同じように、仲間もお前のことを失いたくない。お前はそれに気付いていながら、自ら過ちと気付いていながら、闇に堕ちることを選択した。愚かだと理解していながら甘受し選択した道を歩むことは、仲間の想いを裏切ったのも同等。気付いているにも関わらず自らの意思のみを貫き悪の道へと直走る。闇に堕ちれば後戻り出来ない、つまりはお前が真に望む結末には辿り着けない。非常に愚かな決断と思えて仕方ない」

 

悪魔を滅したいなのは本懐だ。

ただ現在の天界の天使や人間の命を最優先に考慮し頓着した今のやり方では、運命は何一つ変えられない。

ならば、力を持つ自分が行動を起こすしかないと結論付けた。

 

自分を信じる者に話せば反対されるのは明白。

誰もが賛同しない荒唐無稽な案なのだから。

本当ならば、誰かに打ち明けたかった。

一人で成し遂げ、一人で背負うにはあまりにも重すぎる運命と向き合わなければならない。

誰かと共有出来たならばどれ程気楽だろうか。

だが自分で決めた邪道とも言える茨の道を進むのに、大切な仲間を道連れにするなど到底許されない。

一方通行の道を歩むのは、自分一人だけでいい。

たった一人の天使の犠牲で結果的に天界の状況が好転するのであれば安いものだと、無理矢理自分に言い聞かせた。

 

ルシファー「確かに、他者のために自らの人生を、運命を捧げるなど、馬鹿げているのかもしれない。結果的に、俺は大損しかしていないのだからな」

 

「だが、お前は険しい道を選択した。だがそれは正しいとは言えない。自分の全てを捧げてまで完遂する使命なのか?」

 

ルシファー「正しい選択とは、俺自身思ってはいない。他に妥当な判断と言える道も有り得たかもしれない。だが、俺の力だけじゃ選択できる道がこれしかなかったという話だ。俺が後戻り出来ない程にまで闇に堕ち、馬耳東風な悪魔に成り下がり道を踏み外したとしても…ラミエル達なら、仲間達なら俺を止められると信じているからな」

 

「結局は他人頼りか。確かな保証もないのによく誤った道を歩もうとしたものだな。見通しの甘さは自身を滅ぼすことになるというのに」

 

ルシファー「僅かな可能性を信じるだけだ。それに誰かの手を借りるのを恥じたりはしていない。天界で何事もない平穏な時を過ごし、悪魔と対峙してこれたのは、他者の手を借りてきたからこそだ。今回の件も世界の監視者がいたからこそ実行が可能となった」

 

「屁理屈、とも捉えられるな」

 

ルシファー「どう言われようと構いはしない。悪魔ならば、手段を選ばず、他者を利用し蹴落とし欲しいものを手に入れるものなんだろう?」

 

「受け入れているようだな。引き返すことすら許されない、悪魔へと成り下がる愚かな自分を」

 

ルシファー「辛酸を嘗めてでも通らなければならない怒涛の道だ。覚悟と決意がなければここまで辿り着けてはいない。邪魔をする者がいるのならば、強大な闇だろうが力で捩じ伏せる。悪魔らしいシンプルなやり方だろ?」

 

「先程まであの少女を救済出来るのではないかと一縷の望みを抱いていた者の言葉とは思えんな」

 

?「ええ加減うざったいで」

 

聞き覚えのある声が耳に入ると同時に、金色の剣がもう一人のルシファーの体を貫いた。

生物の急所と呼べる心臓を容易く貫く一切の容赦がない突きにより闇は散布した。

闇が消え去ることにより刺殺させた張本人の素顔が明らかになる。

背後に立っているのは協力者であるリョウ。

 

リョウ「うざったいって台詞、エニュオみたいになってもうたな」

 

ルシファー「貴様は闇の影響は…受けていないようだな」

 

リョウ「流石にわしがこの技を真面に受けたら精神が崩壊しかねんから『力』を使わざるを得ないからのう」

 

リョウの黄金色に輝く左目の瞳は漆黒の空間では色濃く目立っており、美しさすら感じさせる。

更に一瞬輝きが増したと思うと、周囲を塗り潰した闇の空間が瞬時に弾け飛んだ。

黒一色で彩られた世界が消え去り、元居た公園へと景色が戻る。

激しい戦いにより遊具等は消し飛び、至る場所の地面が抉られている惨状を見ると誰も元々公園だったのか分かる者は少ないだろう。

 

エニュオ「へえ…闇を消し飛ばすなんて随分強引なやり口ね。『世界の監視者』、思った以上に厄介な力を宿しているわね」

 

リョウ「お前自身を消滅させんだけ感謝することやな」

 

エニュオ「私を消し去ることが出来ないということは、何かしらの理由で能力が制限されてるってことでしょ?」

 

リョウ「そういうこっちゃ。極力使いたくはないんやけどねえ。ティルフィングの闇相手だと使わざるを得ないんよ」

 

ルシファー「すまない。負担を掛けさせた」

 

リョウ「謝罪やない。そこは感謝や」

 

ルシファー「…感謝する、リョウ」

 

エニュオ「私を前に友情ごっこする余裕があるなんて、うざったいわね」

 

眉間に皺を寄せあからさまに不機嫌そうに顔を歪める。

ティルフィングの真骨頂である、精神干渉を行い負の感情を増大させることで心を闇一色に塗り替える、生半可な者なら抵抗すら儘ならない精神攻撃。

ルシファーの心が強靭故に闇に染め上げることは叶わなかったが、リョウの『力』により最大の技が打ち消されてしまった。

 

無茶苦茶。規格外。常識外れ。どの言葉も当てはまる。

伝説の剣の力を跳ね退けるなど本来有り得ないこと。

一つの世界を容易に滅ぼせる絶大な力を有する剣の力に打ち勝つということは、相手はたった一人で一つの世界を掌握できる実力を有していると言える。

 

勝機は薄いと認めざるを得なくなった。

しかし退くつもりは毛頭ない。

リョウの『力』が制限されているため、自身の天賦の才を信じ剣の腕のみで突破する。

 

エニュオ「精神干渉が通じなかったからって調子に乗らないことね。私の剣の腕にティルフィングの闇の力が上乗せさせられれば、斬り開けない未来はない」

 

ルシファー「やはり哀れだな。ティルフィングにより安寧と言える居場所を失っている貴様は既に未来を失っている。闇に染められたその魂だけは鎮めてやろう」

 

リョウ「苦しまないよう済む保証は何処にもあらへんけどな」

 

これ以上の言葉のやり取りは不要。

各々剣を構え臨戦体勢に入る。

集中力を最大限まで高め、自身が出せる力を解放する。

ティルフィングからは未だかつてない程の闇が再度放出され、彩りが存在することすら許さない漆黒の世界が生み出される。

闇一色に塗りあげられ世界は何処を見渡しても純粋な黒、黒、黒。

常に瞑目した状態のような、視力を喪失したかのようなまでの暗黒に支配された世界。

 

ルシファー(凄まじいな…少しでも気を緩めれば闇に呑まれる…!)

 

光の存在を消し去ろうと闇が体を蝕む。

肌を焼き裂かれ頭を金槌で殴られているかのような激痛が絶え間無く襲うも、気力のみで耐えている。

 

リョウ「来るでルシファー」

 

歯を食いしばり闇による侵食に苛まれているルシファーを余所に、闇を無効化させるため力を発動し左目の瞳を黄金色に不気味に光らせ剣を一閃する。

金属同士が衝突し合う鋭く甲高い金属音が響き、火花が漆黒の世界を彩る。

最初の音を皮切りに立て続けに金属音と火花による幻想的とも言える光の花を漆黒の空間に咲かせる。

 

戦闘に不慣れな者ならば、暗闇の世界で何が起きているか全く分からずティルフィングの錆になっているだろう。

何百年という途方も暮れない戦闘経験と技量があるからこそ為せる業。

目では捉えられない見えぬ何かが漆黒から迫る気配と僅かな空気を斬り裂く音と振動のみを頼りに己を亡き者としようとする宙を縦横無尽に翔け回る刃、『ソードダンス』を的確に落としていく。

 

ルシファー「耄碌にはなってないようだな」

 

リョウ「お互い様にな」

 

闇による侵食を光の力で抑えながらルシファーも苦悶しつつも剣を振るう。

闇に蝕まれるのは耐え難い苦痛なのだろうが、必ず目的を果たそうとする渇望が体と心を動かす。

気力や根気で闇で毒された体を無理矢理に動かしていると言ってもいいだろう。

 

防戦一方に縺れる前にルシファーは飛行し、幾百もの刃の流れを掻き分け遡行していく。

闇という名の防壁で覆われている状態のエニュオを気配のみで暗中模索しなければならない。

光の力を常に放出しつつ微かに感知できる気配を頼りに刃を斬り落としながら飛行しているが、無理難題にも程があった。

エニュオが最後に直視した場所に何時までも佇んでいるわけもなく、位置を特定されない絶えず漆黒の空間内を駆け回り錯乱させようとしている。

心身を蝕む闇を抑えつつ闇を打ち消すために光の力を放出しているため、力を酷使しており負担が大きい。

無尽蔵に湧く闇に対し、天使一人分の光の力で対処仕切れる訳もない。

 

リョウ「あんましわしの力を使わせんで欲しいんやけど、伝説の剣相手じゃやっぱりやむ無しやな…!」

 

一人愚痴を溢すリョウの左目の瞳が闇の中で黄金色に煌々しく光る。

瞬時に先刻と同様に闇が一部だけだが消滅し、元いた彩る世界が周囲に広がる。

 

エニュオ「ホントに厄介極まりないわね…!」

 

半壊したジャングルジムの頂点に立っていたエニュオは苛立ちを隠せず憤怒の表情を露にする。

エニュオは『ダークネストルネード』を数個発動させると更に『ソードダンス』による斬撃を放つ。

その全てはリョウに向け放たれいる。

剣の腕は劣るがそれを補うには充分すぎる濃厚な闇を容易く無効化させる謎の『力』を持つリョウの方が脅威だと察したエニュオはリョウから葬ることにしたようだ。

集中砲火された牧歌的な攻撃は正しく嵐そのもの。

 

リョウ「この力量にこの数はエグいって!逃げるんだよォ!」

 

翼を展開させたリョウは空中へと舞い上がり回避に専念せざるを得なくなる。

巧みに身をくねらせ刃と竜巻の間を潜り抜けながら飛行し、距離を離すことなく維持している。

 

エニュオ「ちょこまかとうざったいわね。さっさと当たりなさいよ」

 

リョウ「避けるのは当たり前じゃろがい!お前だってわざと攻撃に当たるような馬鹿な真似はせんじゃろ!」

 

エニュオ「正論吐いてる余裕はあるのね。その余裕、今に消えることになるわよ」

 

リョウ「さっき最大奥義ぶっぱなして無力化された割には余裕やね。それとも余裕がないから平然を装って数の暴力で押し切ろうとしている脳筋戦法しとるんかな?剣士や戦士の心構えが一ミリも感じ取れん野蛮さが滲み出とるな」

 

エニュオ「…ホントにうざったい。絶対に殺してやる」

 

弾幕と呼べる攻撃を悉く回避され、痺れを切らしたエニュオは接近を試みようと地を蹴り駆け出した。

少女の脚力とは思えぬ足運びで接近してくる姿を見て、リョウは狡猾な笑みを浮かべる。

 

リョウ「安い挑発に乗るなんて若いのう」

 

ルシファー「同感だ。しかし下手な痛罵を浴びせる貴様は大人げないがな。『ホーリーキロシス』!」

 

飛行速度を増しながら、光を宿らせた剣が宙を駆け巡る刃と竜巻を斬り飛ばしていく。

光の力が宿った剣をただ力任せに振るう単調な攻撃ではない。

振るった後に宙に残存する光の粒子が火花のように散り散りになり、周囲の闇を弾き消していく。

闇だけでなく闇を振り撒く元凶であるエニュオ自身にも影響が出始めていた。

豆粒程度しかない光の粒子だが、その一つ一つが鋭い刃となっており、エニュオの体を纏う光沢が出る程磨き上げられ手入れされてある漆黒の甲冑に傷を付け、露出した肌の箇所を掠めるだけで小さな斬り傷を生み出していく。

数撃ちゃ当たると言わんばかりの光の粒子を即座に回避するのは間に合わないと判断し、ティルフィングを盾とし身を守るが全て防ぎきれるわけもなく、足や腕に小さな傷が出来てゆく。

 

エニュオ「この程度で、切り抜けられると思ってんの!」

 

闇を凝縮させた一振りで光の粒子は儚く消え去り、裂帛の雄叫びを上げリョウを『ダークネストルネード』で吹き飛ばし、ルシファーに剣を振りかざす。

 

エニュオ「私の邪魔をするな!さっさと闇に堕ちなさい!」

 

ルシファー「そのつもりだ。だが、今でもなければお前に堕とされるつもりもない」

 

再度激しい剣戟が始まり、無言のまま攻めては守り、守っては攻める、両者一歩も退かぬ高度な戦いが繰り広げられる。

光と闇が衝突し合い、余波だけで周囲の物や地面が崩れていく。

白く眩しく照らされては漆黒の影に染められる光と闇のぶつかり合いは、世界の命運を掛けた一世一代の戦いと呼ぶに相応しい程にまで苛烈な勢い。

 

未だ周囲に飛び交う斬撃を斬り落としながら復帰したリョウは躊躇なく飛び込み、闇の瘴気に当てられながらも懐から銃を取り出す。

銃口をエニュオに向け標準を合わせ引き金を数回引く。

狙撃向けの銃でもなければリョウ自身が銃を主武器としているわけではないため決して腕が良いわけではない。リョウ本人も認識している。

だが僅かでも隙を作るため、一発でも直撃出来れば良いため数発撃つ。

 

エニュオ「ぐっ…!」

 

発泡した内の一発がエニュオの左腕に直撃した。

利き腕ではないのが不幸中の幸いなのだろうが、片腕のみで自分にも引けを取らない剣豪を相手にするのは骨が折れるだろう。

腕全体に広がる痛みに顔を歪めながらも、闇の力を更に増幅させ勢いを増していく。

少女の腕力、況してや片腕だけとは思えぬ腕力から繰り出される一太刀はルシファーの巧みな剣術を全て防ぎきるどころか、闇の力で増幅された猛烈な反撃を行えている。

 

だが闇という増強剤を与えられ無理に体を動かしているようなものなので、剣豪とはいえ年相応の華奢な肉体では耐えられない。

体中に酸素を行き渡らせ動きを活発化させているため、血液の循環が促進され撃たれた箇所からの出血が酷くなり、無理な動きを連発していることにより筋肉が断裂していっており、戦えるのは時間の問題だろう。

エニュオ自身、限界を迎える時間が刻一刻と近付いているのを察知している。

だからこそ刻限を目前にして、退くことなく持てる全てを出しきり戦うと決意を固めており、凛々しくも轟々と戦意を燃え滾らせる瞳がそれを物語っている。

 

リョウ「そろそろ終いにさせてもらうで!」

 

闇の竜巻から脱したリョウがエネルギーにより巨大化させた『テオ・ソードスラッシュ』で真上から『ソードダンス』により生成された刃を蹴散らしながら急降下してくる。

破竹の勢いで迫るリョウに対しエニュオも特大の技で対抗せざるを得ないため『ダークネスアペルピスィア』を放つ。

心をも蝕む闇の濁流が押し寄せる砌、ルシファーが渾身の力で光を放出し闇に呑まれるのを防ぐだけでなく、一筋の光の道を生成した。

行く着く先は勿論エニュオ。

長くは維持できない光の道を突き進む際に片翼が闇に呑まれていることすら意に介さず勝機へと導く一手を与えるため前だけを向き進む。

 

エニュオ「闇に呑まれず死を選ぶなんて、愚かだわ」

 

ルシファー「死ぬつもりは毛頭ない。俺が死ぬ時は、全てをやり終えた後だ。『ホーリーキロシス』!」

 

闇の影響で体力も精神力も削られ満身創痍にも近い状態ではあるが、気力を振り絞り光が蓄積された剣を振るう。

体だけでなく手首と腕を器用に捻らせることにより蛇のように絡み付く剣技を繰り出し、ティルフィングをエニュオの手から斬り離す。

エニュオの目線から見れば、ルシファーが右手で持っていた剣でティルフィングを弾いたと思うと、空中で左手に持ち変わっていた剣で柄に近い箇所を殴る勢いで斬られ弾き飛ばされていた。

 

徒手空拳となっても、泰然としているエニュオは戦うことを中断しようとしない。

戦闘から離脱するか、命乞いをすれば我が身の安全は保証されたかもしれない。

しかし彼女は選択しなかった。と言うより最初から逃走するという手段は選択肢に含まれていなかった。

 

エニュオ「はあああああああああああああ!!」

 

周囲の闇をありったけ掻き集め拳に宿す。

最後の抵抗、足掻きの一撃。

剣士に似つかわしくない無様な攻撃で、結末が最善へと変わるとは思ってはいない。

それでもエニュオは敗北を認めず固く握った拳を構え腕を伸ばす。

 

急遽寄せ集めたにしては膨大な量が圧縮されている闇の拳。

ただでさえ周囲の闇に蝕まれているのに、闇を纏わせた全力の拳の一撃を受ければ、ルシファーはただでは済まないだろう。

 

しかし決死の猛攻とも言える一撃は届くことはなかった。

拳を振りかざした刹那、堅牢な甲冑を砕かれたと同時に華奢な腕が千切れ、鮮血を散らしながら宙を舞っていった。

急降下してきたリョウの一切の容赦のない高威力の『テオ・ソードスラッシュ』で身に寸鉄も帯びていない少女の腕を斬り飛ばし、すれ違い様にルシファーに戦いを締め括るよう目で合図を送る。

 

次こそは片棒を担いでくれたリョウの助力を無下にしないためにも、全身全霊を注いだ最後の一撃を叩き込むため両手で剣の柄を強く握り、哀れな少女を討ち取るため『ホーリーキロシス』を放った。




最近寒すぎてサムシングエルス


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第88話 黒き君、目覚めるとき

広島旅行、満喫しました!
帰りの新幹線にて投稿します!


剣と剣、意地と意地の激しい衝突の末、ルシファーとリョウの勝利という結末に終わった。

 

終焉を迎えた世界なので幾ら被害が出ようが問題ではないが、三人という少人数とは思えぬ戦跡は凄まじく、誰もが我が目を疑うだろう。

地面が抉り削れ、公園の遊具すら跡形もなく消し飛び、周囲の民間等の建物も戦闘の余波により崩壊し瓦礫と化してしまっている。

 

世界を丸々覆う闇は綺麗さっぱり消え去り、何事もなかったかのように世界の彩りが戻った。

勝利の祝福する佳景は無く、人が住まうことの叶わぬ荒れ果てた土地が広がり、青空が顔を見せる隙間が微塵もない曇天の灰色が支配する静寂に包まれた重苦しい世界。

 

陥没や隆起した地面が目立つなか、唯一芝生の一部が破壊されず残存していた場所に、敗者であるエニュオが横たわっていた。

リョウの一撃により切断された腕と、ルシファーの最後の一撃を受け、左肩から腰まで続く傷は相当深く、止めどなく鮮血が溢れ芝生を赤一色に染めてゆく。

医療の専門知識がなくとも判断できる、致命傷。

 

エニュオ「負け、た…死ん、じゃうん、だ………」

 

悔いる思いがあるわけでもなく、吐血し息も絶え絶えになりながらも虚空に向け一人呟く。

 

エニュオ「嫌、だなぁ………やっぱり…死にたくなんて、ない、かな…」

 

足音もなく漸近する死という概念。

凶暴な魔物と戦う死と隣り合わせの日常を過ごしていたため、死を恐怖の対象ではなかった筈だった。

住む場所も、家族も、大事な人達を根刮ぎ奪っていった憎むべき魔物を狩り尽くすまで、復讐心を抱き生きてきたからかもしれない。

 

剣術に優れた奇才であろうが、やはり歳相応の少女であることに変わりはなく、自らの死に直面すると心の奥底から恐怖が沸き上がってきた。

 

エニュオ「でも…漸く、こんな、うざったい…世界、から…さよならできる…」

 

世界も、人々も、己の運命すらも救えなかった自身から、只管に理不尽に拒絶され続けたこの世の中から解放された気もした。

負の感情だけが心を充満し、感情任せに持てる力を振るい暴虐と破壊の限りを尽くす救済の余地のない自身の人生を厭世だとも思っていたため、終止符を打ってくれた二人には感謝すべきなのかもしれない。

 

リョウ「良かった…ティルフィングの闇からは解放されたみたいやね」

 

ルシファー「そのようだな。彼女から闇の力はもう感じ取れない」

 

エニュオの傍らには勝負を制した傷だらけのリョウとルシファーが佇んでいる。

少し離れた場所にはティルフィングが地面に深々と突き刺さっており、先刻まで底が知れない闇を撒き散らし暴威の限りを振るっていたのが嘘のように鎮まっている。

 

ルシファー「闇から解放されたようで何よりだ。もうお前は負の感情ばかりに支配されずに済む。それと、お前には陳謝しなければならない」

 

エニュオ「私に…謝る、こと?」

 

ルシファー「俺は自分の野望のために、お前を踏み台に、倒すしかなかったことだ」

 

エニュオ「何を、言うかと思ったら、そんなこと…。あんたは、何も、間違って、ないわ」

 

リョウ「彼女の言う通りや。自身が叶えたい夢があるなら、障害となる壁はよじ登り打ち壊す。時に誰かの夢を打ち砕くこともせんとあかん、弱肉強食よ。それはどんな事柄であろうと、どの世界であろうと変わらん」

 

エニュオ「監視者の、言う通りね。何かを成し遂げるためには、誰かの夢を、希望を、奪ってでも…突き進み続けなきゃならない」

 

ルシファーも分かっていた。覚悟はできていた。

だがそれとこれとは話は別で、エニュオという一人の人間の少女の命を奪う、実力行使でしか解決出来なかった結果になってしまった自分を赦免することが出来ず、憤りから握る拳に力が籠る。

 

可能であれば救いたかった。

しかし救済は叶わないと嫌でも理解でき、無理矢理にでも自身に言い聞かせた。

目的のために立ち塞がる『敵』であり、自身が撃ち倒さなければならない『敵』ではないからこそ、彼女の過去を僅かながらに知っているからこそ、救済の手を伸ばしたかった。

 

エニュオ「あんたは…優し、すぎる」

 

ルシファー「天使、だからな」

 

リョウ「天使をやめようとしてる者の台詞やないな」

 

天界のためとは謂え、天使にとっての愚行とも呼べる堕天という行為を罪とも捉えないあたりを見ると、闇に毒されていると言えるだろうが、天使としての心得までは腐ってはいない。

 

エニュオ「でも…あんたみたいな、お人好し、嫌いじゃない…」

 

復讐という目的一つのために権謀術数渦巻く波乱万丈な人生を歩んできた。

復讐ばかりに目を向け周囲の人々に多大な被害が出ることを省みず暴威を振るった結果なのだろうが、待ち構えていたのは、エニュオという一人の少女を非難し続ける世界との戦い。

今思い返せば、自分も数え切れない無関係な人々の命を、夢を、自身の目的のために奪ってきた。

なので忌諱され続ける結果になってしまったのは自業自得だと言えるのかもしれない。

 

憎悪に取り憑かれ堕落し切ったこんな愚かな存在に謝罪の言葉を掛けてくれるルシファーに対し、少なからず感謝の念を抱き、天使の優しさに救われた。

命の灯火が消え行く前に、幾つか振りに人の温もりに触れることが叶った。

 

魔物に追い詰められ窮地に陥ったあの時、ティルフィングに呼応せず、自らの力と判断で危機を脱していれば、感情のままに大虐殺を行う誤った道を回避できたのだろうか。

そんな些事が脳内に浮かぶあたり、少なからず後悔している自分が何処かにいるのだろう。

自問自答しても、今となっては答えは出る筈もない。

 

エニュオ「私を倒したんだから、あの剣を、しっかり駆使しなさいよ…」

 

ルシファー「勿論そのつもりだ。俺の望みを叶えるため、闇を使いこなしてみせる」

 

エニュオ「余計なお世話、でしょうけど…私、みたいに、ならないでね…」

 

憎悪、憤怒、悲哀といった負の感情に呑まれ流され、我を失ってまで得られるものはない。

そういう意味が含んだ言葉をルシファーは真摯に受け止め胸に刻み付けた。

 

ルシファーの決意が込められた瞳を最後の光景に、エニュオの瞳の光は消えていった。

開眼したままの目をルシファーは優しく閉じてあげ、黙祷を捧げた。

それが殺めてしまった自分が出来る最大限の償いだった。

 

ルシファー「………せめて、来世は幸せであることを」

 

リョウ「そうあることを願うしかない。殺さずに済んだかもしれないなんて、今更弛緩した思考をするわけやないけど…わし達は不器用やから、実力行使を行った。…ホンマに、また自己嫌悪に陥りそうやわ。エニュオ本人にも問題はあったかもしれへんけど、この子も理不尽な運命に振り回されてしもうた、加害者でもあり被害者なんよね…」

 

悲哀の表情を隠せぬリョウが小言のように呟く。

ルシファー達が手を下さなくとも、早晩訪れていた結末かもしれない。

どのような事の経緯を辿ろうと、エニュオの結末は決して幸せなものとは言えず、罪を償う機会すら与えられない結末を迎えていたかもしれない。

 

リョウ「でも、これがわし達が下した決断であり選択。今起きた事が現実やし、過ぎ去った過去と呼ばれるものは、余程じゃなきゃ変えられない」

 

あり得もしない救済された未来など想像するだけ無意味だと思い、冷淡に投げ捨てるように呟く。

ルシファーもリョウの冷徹な発言に不満を覚えたが、反論することは控えた。

 

エニュオとリョウの運命が僅かながら似通った点があったから。

なのでリョウ本人も悲哀と後悔、憐情を抱いているというのもルシファーは汲み取っていた。

 

リョウ「…さて、まだ終わったわけやない。ここからが正念場とも言えるな」

 

その言葉の通り、目的を果たすための最難関と呼べる事柄が残っている。

ティルフィングの新たな所有者として認められなければならない。

果たさなければならない目的の長い旅路で、エニュオとの激闘は序章に過ぎないと言っても過言ではないのかもしれない。

 

ルシファーはエニュオの亡骸を後にし、ティルフィングの前へと歩み寄る。

先刻まで渡り合っていた時と比較すれば、所有者の感情と共に荒々しく猛り狂っていた姿が嘘のように鎮まっている。

闇も放出してはいないが、近寄り難い雰囲気を醸し出している。

 

ルシファー「………」

 

リョウ「ホンマにいけるんか?」

 

ルシファー「大丈夫だ。俺はそのつもりであの少女を殺めた。引き下がる選択などない」

 

光の存在である天使族が伝説の闇の剣に触れればどうなるか、想像は容易い。

ティルフィングに認められなければ、体は闇に蝕まれ、精神に異常をきたすか、最悪命を奪われる。

天使族なら先ず行わないであろう無謀な挑戦をしようとしていることはルシファー自身も勿論承知している。

分かっているからこそ、自身の命を無駄に捨ててしまう行為かもしれないからこそ、慎重になるのは当然だろう。

 

闇に染まる覚悟を再度固め、ただ剣の声に耳を傾け、受け入れ、力を制御し会得する思考だけを熟思黙想する。

一回、二回、三回と深呼吸を繰り返し、ティルフィングの柄を両手で掴んだ。

 

ルシファー「ぐっ、があぁ……!?」

 

剣に触れた刹那、どくりと心臓どころか体が跳び上がる程の衝撃が走った。

体や脳が認知するよりも俊敏にどす黒い純粋な闇が入り込み心身を満たしていく。

光と相対する闇という異物の侵入の進行を防ぐことすら儘ならず、瞬時に蝕まれていく。

心臓が早鐘のように鳴り、鈍器で思い切り殴られたかのような鈍痛が絶えず襲い、吐き気を催す。

体だけでなく心まで崩壊されていく苦痛から解放されるわけにはいかない。

ティルフィングに認められるためには、闇から目を背けず受け入れなければならない。

だが完全に闇に呑まれれば、エニュオと同様に負の感情のままに力を振るい闇を撒き散らす凶徒と化してしまう。

闇を使いこなすためには、呑まれる直前まで耐え凌がなければならないが、正に命を削りながらの壮大で無謀な挑戦。

 

ルシファー「があああああああぁぁ!!」

 

光という白色が闇という黒色に染め上げられ、自分という存在が濁り歪んでいくのが分かる。

続行すれば確実に闇に呑まれ、天界の安寧のために獅子奮迅していた真っ当なルシファーは消え去り、エニュオのように心に渦巻く負の感情に振り回され、闇を振り撒く狂人へと成り果てる。

残る光の力で心身を呑もうとする闇を寸前まで食い止めているが、長くは持たない。

 

ティルフィングの柄から手を離せば闇に呑まれる苦痛からは直ぐ様解放される。

だが意地でも決して離そうとはしないのは、揺らぐことのない成し遂げたい願いがあるから。

 

ルシファー「ぐうううあああぁぁぁ………俺の、意思に、応えろ………!!」

 

絶えず訪れる闇の奔流を抑え込みながらティルフィングに呼び掛ける。

流れ込む闇を抑え我が物にするためにはこちらからも接触を図ろうという安直だが適切な判断に、意外にも反応はあった。

 

『汝、我と相対する力を持っていながら、我を求むか?』

 

頭に直接語りかけてくる感覚。

重く低い声が脳内に響く。

 

『何のために力を欲する?』

 

ルシファー「俺は、俺の願望を、叶えるために、お前を欲する!」

 

『汝の成就させたい願いとは何だ?』

 

ルシファー「天界を、天使の…大切な友や仲間の、平穏を守るため、悪魔を滅ぼすことだ!」

 

『汝の自身の利益にもならぬ不要なことを何故成し遂げようとする?況してや自らの命を投げ出すとは…理解不能だ』

 

ルシファー「俺は、みんなが、幸せでいられる世界を、築きたい…それだけだ!」

 

『汝達の種族の永劫続く平穏のために、一つの種族を滅ぼすか。…天使族とは到底思えぬ、乖離した思考だな』

 

ルシファー「かま、わない…俺はもう、天使ではなく、悪魔として、堕天するのだからな!」

 

『敵対する種族に寝返ってでも叶えたいか。自暴自棄とも言える強欲…愚蒙だが、面白い。我を使いこなし、光を押し殺し、闇を増大させ、邪悪なる存在をも滅ぼす唯一無二の存在になってみせろ』

 

堕天する過程を、結末を興味本位で見届けようとするティルフィングの思考は理解出来そうにはない。

しかし結果的には言いくるめたわけではないが、認められ契約を結ぶことが叶った。

 

闇に支配されず、逆に闇を支配する存在と成り上がったため、自分を侵食していた闇に苦痛を感じることはなくなり、体に馴染んでいく。

堕天した証拠なのか、日の光に反射する程艶がある純白だった翼の片翼は輝きを失い、黒一色で彩られた漆黒の翼へと変貌を遂げていた。

 

リョウ「……どうやら成功したみたいやね」

 

闇による苦痛から解放され落ち着きを取り戻し静謐とした様子を見て上首尾に終わったと判断したリョウは労いの言葉を掛ける。

俯いたままなので表情は伺えないが、警戒心は決して解いてはいない。

ティルフィングに認められたからとはいえ、闇により負の感情が増大したことによりエニュオのように敵意を向けてくる可能性もあるからだ。

 

ルシファー「……………」

 

リョウ「もしもーし、大丈夫ですか?」

 

ルシファー「心配は無用だ。落ち着いている」

 

一度大きく深呼吸したルシファーは顔を上げた。

表情に特に変化は見当たらず、凛々しい顔付きのままだが、目に宿っていた光が喪失している。

禍々しくも強大な力を我が物とし、優越感に浸って はおらず、冷静さは保たれているようには見える。

 

リョウ「闇を制御出来とるみたいやな」

 

ルシファー「俺の光の力と意志と気力で維持出来ているようなものだ。だが不安定ではない。この闇の力、大いに利用できる…素晴らしく清々しいものだな」

 

まだ堕天したわけではないが、光から闇の存在へと変化したことにより、闇という本来使用することも触れることも有り得ない忌むべき力を素晴らしいと感想を述べられるのは、闇に染められた結果だろう。

 

ルシファー「しかし、どうも心がざわつく。気を抜けぬのは些か厄介だな…。俺が沈着している間にアンドロマリウスが待つ天界へ向かうぞ」

 

リョウ「その方がええな。いつ負の感情が沸き上がって暴挙に出るとも限らへんし」

 

ルシファー「俺が易々と闇に呑まれると?尻馬に乗る程度の覚悟で臨んでいるわけではないと理解している筈だろう?」

 

リョウ「そう、やな。ほんなら行きましょうか、と言いたいところやけど、休息はいらへんのか?」

 

ルシファー「時間は有限だ。俺はあの程度の戦闘で疲労困憊する程軟弱ではない。天界でアンドロマリウスと会う約束をしている。早くしろ」

 

闇に呑まれる前提の話題に若干怒りを含んだ声色になっていることにルシファー本人は気付いてはいないようだった。

性格的に些細な言葉に反応し怒りを覚えるような人物ではない。

ティルフィングの影響が波及しているのは紛れもないが、エニュオのように負の感情が溢れ残虐的にならないのはルシファーの光の力と強靭な精神力があるからなのかもしれない。

 

下手に刺激を与え負の感情を膨れ上がらせエニュオ以上の闇を真っ正面から受けるのはごめん被るため、リョウは無言のまま天界へと繋がるワールドゲートを召喚する。

互いに会話することなくゲートを潜り抜け、瞬時に天界へと辿り着いた。

出た場所はアンドロマリウスと取引を交わした雲の平原。

相変わらず空と雲の二色しか存在しない美しくも殺風景な場所だが、禍々しい存在が純白の大地に降り立っていた。

 

アンドロマリウス「やはり来たか。だが、何故『世界の監視者』までいる?」

 

二人の前にいるのはサタンフォーの一人であるアンドロマリウス。

予想通り訪れたことに笑みを浮かべていたが、リョウの存在を視界に入れるや否や視線が鋭くなった。

 

ルシファー「一人で来いと指定しなかった貴様の落ち度だ。リョウは俺が堕天するための協力者だ。貴様に危害を加えることはない」

 

リョウ「無論、お前がわしに危害をくわえなければやけどね」

 

アンドロマリウス「傍観するだけならば俺も手出しはせん。悪魔とはいえ、無益な争いは行わん」

 

リョウ「利口で懸命な判断どうも」

 

アンドロマリウス「……貴様、何処でそのような闇の力を得たと言うのだ!?」

 

ルシファーの異様な雰囲気に疑問を抱き読み取ったのか、膨大な闇の力について吃驚した面持ちで質問を投げ掛けた。

 

ルシファー「ティルフィングを得た。お陰で俺は悪魔と同様邪悪なる存在として生まれ変わったわけだ」

 

アンドロマリウス「ティルフィング、だと…。噂に名高い伝説の闇の剣を天使族の貴様が持つなど到底信じられんが、貴様の入れ知恵か?」

 

リョウ「わしはティルフィングを手に入れる手助けをしただけであって、ティルフィングに認められたのは紛れもなくルシファー自身の実力と意志と精神力の強さがあったからこそやで」

 

アンドロマリウス「嘘ではなさそうだな。どうやら堕天する覚悟は本物のようだな。貴様程の実力者が悪魔の陣営に加わってくれること、快く喜ばしい限りだ」

 

ルシファー「俺が天使から悪魔に堕天するからには貴様が発言した条件は飲んでもらうぞ。果たさなければ俺は貴様だけでなく冥府界全土を滅ぼす」

 

アンドロマリウス「伝説の剣を所持しただけで随分強気なものだな。確かに闇の力は強大だが、サタン様だけでなく俺達サタンフォーに太刀打ちできると?」

 

ルシファー「誰が俺一人だと言った?リョウも俺の傘下だ」

 

リョウ「出任せ言うな。何でわしまで巻き込まれんとあかんねん」

 

ルシファー「俺を助けたいと申し出たのは貴様だろう。ならば最後まで付き合ってもらうだけだ」

 

リョウ「傲慢な考えやな」

 

ルシファー「悪魔ならばどのような手段を用いてでも目的を成し遂げる。悪辣非道こそ、悪魔の本分だろう?」

 

最初にリョウに協力を要請した時とは違う、凄みを利かせるような邪悪な雰囲気に包まれている。

目に光が無く、冷酷な視線を向けられれば誰もが震え上がる威圧感を放っており、天使族の平和を願う律儀な彼の面影は全くない。

リョウに協力を得る際にも悪魔が考えそうな類似恣意的な思考が見え隠れしていたが、今のルシファーは無意識にではなく故意で述べている。

 

ティルフィングの影響なのは理解してはいるが、ここまで変貌してしまうものなのかと、改めて伝説の剣の恐ろしさを実感させられる。

 

リョウ「……まあ、乗りかかった船やし、最後まで付き合っちゃろう。で、アンドロマリウス、どないするん?大人しく引き下がるか、殺り合うか」

 

首を縦に振りリョウも参戦することが決定し、アンドロマリウスは難色を示した。

ティルフィングの闇の質量は容易くアンドロマリウスをも凌駕するのは分かりきっている。

更にリョウも戦闘に参加させられると勝機は限りなく薄いと言わざるを得ない。

 

撤退するか否か考え沈黙を貫いていたが、突如として幾つもの湾曲した紺色の刃のような物体が雲の平原をすり抜けルシファーとリョウの喉元目掛け放たれた。

あまりに唐突な奇襲だったが、寸のところで体を捻らせ回避に成功した。

安心する時間は一秒も与えられず、体勢を崩したところで更に雲をすり抜け紺色の刃が二人の命を刈り取ろうと迫り来る。

体を横転させ回避に専念するも、次々と迫る刃を全て完璧に避けきれず、何発か体を掠り細かな傷を作っていく。

 

?「へへへ、面白そうなことしてんじゃ~ん」

 

雲をすり抜け新たな悪魔が姿を現した。

 

生気を感じられない青白い肌に、艶のある漆黒の鳥類の翼を生やした吊目な男。

新しい玩具を見つけたかのように上機嫌で不気味な笑みを浮かべている。

 

ルシファー「……また、厄介な奴が現れたな」

 

アンドロマリウス「何故貴様がここにいる?マルファス」

 

呼ばれていない、呼んだ覚えのない第三者の介入に驚くどころか迷惑極まりないといった様子の悪魔二人を他所に、乱入した悪魔、マルファスは悦楽とした笑みを浮かべ口を開く。

 

マルファス「俺が何処にいようが、俺の勝手じゃ~ん。お前に語る必要、ある?」

 

アンドロマリウス「堕天した天使を介入している途中だ。我等悪魔族の新たな主戦力として加える存在となる。悪魔族の命運が転機を迎えようとしている重要な場面を妨げるつもりか?」

 

マルファス「主戦力ぅ?俺は元天使を迎えるつもりなど更々ないんだがなぁ?」

 

アンドロマリウス「貴様が決定を下す必要はない。サタンフォーの頂点に立つ俺に逆らうつもりか?」

 

マルファス「おいおい、勝手に頂点語んなよな~。一番若いだろうが俺だってサタンフォーなんだからよ~、決定権は俺にもあるってことだよなぁ?」

 

堕天したとは存在とはいえ、元天使を悪魔として認め受け入れるなど言語道断。

天使を酷く唾棄し断固拒否する姿勢を示すマルファスは手にしている小型の鎌を構え刃先をアンドロマリウスに突き立てる。

 

マルファス「な~んか楽しいことしてると思ったら、全くおもんねぇ。卑怯卑劣が売りの悪魔でも裏切り者なんか入れたくねぇよ。一度裏切った奴ぁな~ん回でも裏切るもんだろ」

 

ルシファー「証拠もなく戯言をほざくのも大概にしろ。態々異世界にまで赴き闇の剣を手に入れ、心身だけでなく魂まで闇に染め上げたのだ。友や故郷を捨ててまで堕天した、その俺が裏切ると本気で思っているのか?」

 

リョウ(淡々と嘘を吐くね~)

 

マルファス「信じる信じないの問題じゃねぇんだよな~。戦力としては申し分ないかもしれねぇけど、忌々しいから俺達の領域に入るなってこった。お前も元悪魔だった存在が天界で受け入れるってなったら拒むだろう?それが当然なんだよな~」

 

マルファスの言い分は的を得ているとも言え、ルシファーは妙に納得出来てしまった。

 

もし遠い先の未来、反旗を翻し悪魔の殲滅を完了した暁に待っている結末は、決して幸福なものではないのかもしれない。

悪魔に魂を売り渡し堕天した闇の存在である自分を快く受け入れるとは到底考えづらい。

 

マルファス「っつーわけで、難しい話吹っ飛ばして、俺はお前を認められない。ってことで、殺す!」

 

一瞬にして邪悪な気が膨れ上がり、殺気を含んだ目がより一層鋭さを増す。

風の如く速さで駆け抜けルシファーの喉元目掛け鎌が迫るも、ルシファーはティルフィングを召喚し払いのける。

 

ルシファー「周囲の意見を流し己の意地を貫き通す、か。なんとも悪魔らしい」

 

リョウ「それと同時にガキってぽいけどな」

 

マルファス「うっせーぞ人間。しゃしゃり出てくんじゃねぇよ」

 

リョウ「いや、わしらからすれば話の腰を折ってしゃしゃり出てきたのはお前の方なんよ。部外者はさっさと帰ってどうぞ」

 

マルファス「こいつが悪魔族に入るってことぁ俺にも関係あることだ。天使と悪魔の事柄に、異世界の、しかも人間が関わってくんなよな~!」

 

リョウ「それに関してはごもっともかも。わしのただのお節介ってことで許してヒヤシンス」

 

マルファス「意味分かんねぇ理由で関わんなよなぁ!さっさとこの世界から出ていけ!『紺翼刃』!」

 

光の象徴とも言える存在であったルシファーは勿論、異世界の存在であるリョウは夾雑物でしかない。

仲間意識が強いのか、単純に気に食わないだけなのか意図は汲み取れないが興味本意で来た割には真面な発言をするマルファスは鎌を振るい紺色の刃の飛ばす。

 

平和的に解決する筈もないと理解してはいたものの、血の気が多い連中だと呆れ混じりの溜め息を漏らしたリョウはアルティメットマスターを抜刀し迫る刃を払いのけながら距離を詰めようと試みる。

一度上空へ退避したルシファーも高度を下げ始め接近してきた。

どちらも一筋縄ではいかぬ強者二人を前にマルファスは退く様子は一切見せず、寧ろ余裕な表情で口角を上げた。

 

マルファス「俺の技を警戒せずに突っ込んでくるなんてぇ、お馬鹿すぎるな~。『クリムゾンクロウ』!」

 

両手に紺色のエネルギーを溜め込む。

紺色の妖光を放つエネルギー体を源に無数の烏が産み出され、敵と認識したリョウとルシファー目掛け一斉に襲い掛かった。

ただの烏ならば警戒せず突貫するところだが、退かざるを得ないのは二人は理解していた。

 

マルファスの生み出した烏は体が金属で構成されているかのように強固で、嘴や羽の一枚一枚が刃のように鋭利なものとなっており、体を掠めるだけでも肌がぱっくりと裂かれてしまう。

獲物を啄もうと飛来する烏達の軍勢の一塊は別の生物のようにも見え、二人を丸呑みする勢いで向かってくる。

 

ルシファー「数で攻めたところで無駄だ。『ダークネストルネード』!」

 

真っ正面に闇の竜巻を発生させ、迫る黒い塊と化した烏達を一網打尽にした。

 

ティルフィングを使用しての実戦は初だが、体の一部と錯覚してしまう程にまで手に馴染んでいた。

邪悪なる闇は体に蓄積され馴染んでいき、血の流れと同様に緩やかに力強く体を流れてるのが実感できる。

世界一つを掌握できると言っても過言ではない強大な力を、自身が望むままに制御できることに高揚するが、自惚れることもなければ冷静さを欠いたりすることはなく、落ち着いた様子でいる。

 

マルファス「それが噂に聞く闇の聖剣か。面白いなぁ、もっと力を見せてみろよなぁ!」

 

寿命が果てしなく長い悪魔でさえも、間近で視認できるか怪しい希少価値のある伝説の剣を目にし興奮気味になりながらも再度『クリムゾンクロウ』を放った。

先程よりも多い軍勢を前にしてもルシファーは怯むことなく『ダークネストルネード』を放ち蹴散らしていき、竜巻から逃れた数羽は飛行するリョウにより体を一刀両断され空中で命を散らしていく。

 

マルファス「さ~て、そろそろ効いてきたんじゃねぇかな~?」

 

戦闘を開始してから数分は経過したあたりでマルファスがぽつりと独り言を呟いた。

ほぼ同時あたりで、ルシファーとリョウの体に異変が起きた。

 

リョウ「があっ!?」

 

ルシファー「ぐっ…!」

 

先程烏により負傷した傷に引き裂くような激痛が走り、思わず膝を着く。

荒い呼吸を繰り返す二人を見て愉快そうにマルファスはケタケタと笑っている。

 

マルファス「俺の能力忘れちゃったのかな~?俺が放つ技を受けた奴は死ぬまで激痛に襲われちゃう呪いが込められてるんだぜぇ。つまり最初の時点で~、俺の攻撃を受けてたお前達の敗北は決定してたってことなんだよなぁー!!」

 

勝利を確信し高らかに笑い声を上げ、止めを刺そうと鎌を掲げじわじわと距離を詰め始める。

 

リョウ「おいおい…勝利を確信したからって、油断しとったら、痛い目見るで…」

 

マルファス「あ?現在進行形で痛い目見てる奴が何をほざいてんだよ!」

 

未だ膝を地に着けているリョウの首を斬り落とそうと鎌を振るうが、リョウは激痛をこらえながらも横転し回避し義足である右足の足裏からエネルギー弾を一発だけ射った。

予想しづらいだったが高い威力を誇っているわけではないため、鎌で防がれ奇襲は失敗に終わった、かに思われた。

 

リョウ「サタンフォー一番の若造ではあるな。やっぱり、詰めが甘いのう」

 

激痛に顔を歪ませながらも、相手の一瞬の些細な油断から生じた遺漏を嘲笑っていた。

悪魔にとって低俗な立場にある人間に嘲られたマルファスは青筋を浮かべリョウに無言で斬りかかる。

 

リョウ「相手は、わしだけやないやろ?」

 

ジェット噴射により加速した右足の鋭い蹴りにより鎌を弾いた刹那、横からルシファーがティルフィングによる闇の一閃が光った。

しかしサタンフォーなだけあって実力は確かなようで、不意を突かれた一撃をも凄まじい瞬発力と判断力により、体を無理矢理捻り回避し回転様に顔面に蹴りを入れ『紺翼刃』を放ちルシファーの脇腹に新たな傷を作る。

しかしマルファスも無傷とはいかずルシファーの放った一閃により自慢の艶のある黒翼の片方は綺麗に斬り落とされてしまっていた。

 

マルファス「ちっ…俺の翼を斬っちゃってくれてよ…許さねぇぞてめぇら…!」

 

リョウ「避けなかった、お前が悪いってことで。ぐうっ…!」

 

マルファス「カッコつけて威勢張ってんじゃねぇよ。余計カッコ悪いぜぇ?痛みに震えて惨めったらしいけど、よく痛みに耐えて動けるな。そこだけは褒め称えてやってもいいぜぇ」

 

ルシファー「褒められてここまで喜ばしくないとはな。それと、貴様はいつその傷に気付くんだ?」

 

マルファス「あ?何の話、ぐっ、があぁ!?」

 

リョウと同様に何の話か分からず疑問符を浮かべたが、右足の脹脛あたりに訪れた激痛に顔を歪めた。

何事か分からず唸り声を上げながら痛みの発生源に目を向けると、僅かだが何かに斬られた裂傷が確認できる。

 

リョウ「斬り殺した烏達の内の一羽の羽を取っておいたんよ。まさか本人にも効くんやないかと思って取っておいて正解やったわ」

 

ルシファー「何故本人にもその効果を受けるのか、俺は理解に苦しむ限りだ」

 

マルファス「があああああ!!くそっ!くそがぁ!舐めたことしてくれやがってえええええ!!」

 

痛みを和らげるためなのか、嘲られた怒りを発散する意味も込められてなのかは本人にしか知る由もないが、相当気が立ったマルファスは紺色のエネルギーを身に纏い、喚き散らしながら我武者羅に鎌を振り突貫してくる。

この一撃で全てを終わらせようという凄まじい威圧感が肌に伝わってくるが、相手にしているリョウとルシファーは呆れ混じりに溜め息を吐くだけ。

 

ルシファー「こんな奴がサタンフォーとは、悪魔も廃れているな」

 

リョウ「こいつわしより長生きしとる筈よね?わしの方が海千山千の悪魔しちょる気がするで」

 

マルファス「黙れ人間風情が!!何でてめぇらは、俺の能力が通じてねぇんだよぉー!」

 

ルシファー「流暢に喋っているが、余裕を噛ましてるわけではない」

 

リョウ「わしもルシファーも気力で耐えてるだけよ。うぅ…ええ加減痛いのも嫌やから、お前にはさっさと死んでもらうで」

 

ルシファー「貴様を殺せばこの効果も消える。簡単で合理的だ」

 

マルファス「やれるもんなら、やってみやがれってんだああああ!!」

 

リョウ「哀れだよ、炎に向かう蛾のようだ…。さっさとやられろよ!」

 

狂い荒ぶりながら突貫してくる上位の悪魔とは思えぬ輩とこれ以上関わるのはあまりに無益な時間だと思ったリョウは退かずに真っ正面から受け止める姿勢に入る。

ルシファーも同様にその場に留まり、ティルフィングに闇のエネルギーを蓄積していく。

 

リョウ「『テオ・ソードスラッシュ』!」

 

エネルギーにより巨大化したアルティメットマスターを豪速球を打ち返す勢いでフルスイングしマルファスの全力を受け止める。

力任せで無鉄砲だが、単純にして純粋な強烈な一撃は確かにマルファスを押しており、岩石をも容易く打ち砕く勢いは消え失せ僅かにだが徐々に後退していっている。

しかしもう一押しが足りず、決定打に欠けている。

 

ルシファー「止めは俺に任せろ。『ダークネスキロシス』!」

 

エニュオとの戦いで見せた光の刃ではなく、ティルフィングの闇の力を纏った漆黒の刃と成り果てている。

即席で思い付いた技だったのだが、悍ましくも目を見張る秀逸なもので、完成度としては満点を付けざるを得ない出来栄え。

 

自身の技とティルフィングの闇を混合させた必殺技は防御に徹していないマルファスの腹部に深々と突き刺さり、刃から放たれる闇の粒子が体に細かな傷を付けていく。

威力が緩んだ瞬間にリョウは更に義足の安全装置を解除し『フルパワーインパクト』を巨大化したアルティメットマスターに向けて蹴り放つ。

ジェット噴射による加速と全力以上の一撃が乗せられた剣の一閃はマルファスの体を斬り裂き、血飛沫を上げながら上半身と下半身が宙を舞っていく。

 

アンドロマリウス「漸く終わったか」

 

戦いの一部始終を傍観していたアンドロマリウスがぽつりと呟く。

サタンフォーという威厳ある存在の戦闘を見届け特に思うことはなかったかのように、仲間である存在の無惨な姿に見向きもせず無関心な態度でルシファーへと歩み寄る。

 

ルシファー「同族がやられゆく姿をただただ見ているだけとは、冷酷な奴だな。流石、サタンフォーの内の一人と言ったところだな」

 

アンドロマリウス「貴様の戦闘能力を計り、マルファスよりも優れていると判断したからに過ぎない。悪魔族は卑怯卑劣だけが売りではない。何者にも屈しない力で捩じ伏せるものだからな」

 

マルファス「お、おい!アンドロマリウス!お前、俺を見殺しにするつもりかぁ!」

 

アンドロマリウス「悪魔族の戦力を増幅させるため、もう貴様は必要ない。傲慢で熟慮されていない考えを喚き散らかす存在には、サタンフォーという名を掲げるなど言語道断。この場で散れ」

 

マルファスを見捨てる理由は、悪魔族の低落するという理由だけでなく、アンドロマリウス本人にとって必要なく邪魔で鬱陶しいという私欲も含まれている玉石混交としたもの。

だがその意見すらも、正に悪魔らしいと言えるのかもしれない。

 

マルファスは最期の足掻きと言わんばかりに、意地でも離さなかった鎌を投擲しようとした。

しかし気力と死力を尽くす放たれようとしていた一撃は無下となる。

 

アンドロマリウスは同胞を殺すことに一切の躊躇もなく、巨大な腕にエネルギーを纏わせマルファスの頭部を叩き潰す。

最期の言葉を発することも許されず、マルファスは悪魔にとって短い生命の灯火を消すこととなった。

 

リョウ「最初から殺すなら手伝ってもらいたかったんやけどなぁ」

 

アンドロマリウス「貴様達の揉め事だ。私が援助する必要は皆無であり面倒極まりないという理由もあるが、ルシファー、貴様の実力を試す良い機会でもあった。実際、サタンフォーに加わる価値のある素晴らしい逸材だ」

 

ルシファー「ティルフィングを手にした時点で俺の実力は模索する必要などないと思うんだがな。それで、俺が悪魔族に加入する暁に、天界に手を付けないという約束を果たすと誓えるか?」

 

アンドロマリウス「当然だ。悪魔は契約には従う。安心して、我ら悪魔族に身を委ねると良い」

 

アンドロマリウスの発言の真偽は定かでない。

しかしルシファーの選択する道は変わることはなく、一つだけ。

堕天し、悪魔族の傘下に入り信頼を勝ち取り、隙を突いて悪魔族の長、サタンを葬る。

 

アンドロマリウス「貴様はこれより、悪魔族の一員であり、サタンフォーの内の一人として、サタン様のために忠実に従え」

 

ルシファー「仰せのままに、と言っておこう」

 

リョウ「ほんならわしはここでおいとまするで。後は色々と頑張れよ、ルシファー」

 

ルシファー「あぁ。協力に感謝する」

 

アンドロマリウス「世界の監視者、貴様がどういった心情と理由でルシファーの手助けをしたか知らないが、今後我々の邪魔だけはしてくれるなよ?」

 

リョウ「事と次第によるってところやな。悪魔と約束したって録なことなんてありゃせんしのう。ほな、また」

 

最後の言葉はルシファーに投げ掛けているように真っ直ぐ視線を逸らさず言い、召喚したワールドゲートを潜りこの世界から去っていった。

 

アンドロマリウス「何処の世界にも現れる面倒な輩だ。我らもこの世界にはもう要はない。行くぞ、ルシファー」

 

ルシファー「あぁ、分かった」

 

紫色のワームホールを出現させたアンドロマリウスは早々と入っていき、ルシファーもその後に続いた。

全てを成し遂げるために、それまで愛しい故郷とは暫しの別れになる。

だが振り返ることはしなかった。

いつかまた輝かしい天界に戻ると心に決めているから。

 

一人では成し遂げられなかったであろう願いを成就した割には不思議と達成感や喜びで心が満たされることはなかった。

思い描く野望のスタート地点に立ったに過ぎない。

同族である天使族に罵詈雑言を飛ばされ非難されようとも、為さなければならぬ壮大な事を完遂する戦いは始まったばかりなのだから。




また明日から仕事だと思うと憂鬱で仕方ない…。


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