お天道様が見てる (落伍者)
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善問答

初投稿です。よろしくお願いします。


 

 人相の悪い男たちが机を挟み、一列に向かい合って座る。本来であれば酒屋で円卓を数人で乱暴に囲んでいそうな人間たちが、むしろ整然と並んでいる光景は不気味ですらある。しかし私としては慣れたもので、気にすることなく自分の席に着く。卓上には、とても豪勢とは呼べない質素な食事が並んでいる。けれども誰として、それに不平を言うものはいない。

 

 全員が揃っていることを確認すれば、私はいつも通りに手を合わせ、食事前の挨拶を読み上げる。

 

「私は今、太陽神の加護と民の恩恵によってこの清き食を受ける。品の多少を選ばず、感謝の心のもと、頂きます」

 

「「「「いただきます」」」」

 

 それに従って他の信者たちも食事への感謝を読み上げる。一瞬の間の後、食器の鳴る音や喋り声が食堂を賑やかにしていく。信者たちの中には、今日の「善行」で感謝されたことを嬉しそうに話している者もいる。そんな様子を眺めながら、その輪の中には入りづらい私は向かいに座る親代わりの男に疑問を投げかけた。

 

「なあオッサン、『善行』ってなんだろな?」

 

「あん?そうだなぁ……」

 

 それを聞いて、この悪人顔の老人司祭——アラナンは顔を更にくしゃっと歪めて言葉を探す。端的に説明できるような概念ではないからだ。エルーン族特有の耳が少し垂れ、言葉を悩んでいるのが一目でわかる。少し時間がかかりそうだ。パンを口に入れながら考えていれば、自然と目が上を向く。目に入ったのは助け合いながら生きる人々を描いた絵。

 

——「善行」。そのキーワードは私たちの暮らしと密接に関わっている。「レナトゥス教」と呼ばれる宗教を信仰している私たちは、その教え「隣人がために善行を為せ」というものに従っているからだ。毎日決まった時間に教会から街へ出て、「善行」を積んでいる。「出善行」と呼ばれるその時間は、荷物運び、赤ん坊のお守り、人手不足のお手伝い等々。教会の信者たちだけでなく、町ひとつを共同体=家族と見なして助け合うのだ。

 

 レナトゥス教の在り方に思いを馳せている間に考えがまとまったらしく、アラナンが口を開いた。

 

「——ワシにもわからん」

 

「んん!?」

 

 返って来た予想外の答えに、口の中のパンを喉に詰めそうになった。それを見てアラナンは笑いながら言葉を続ける。

 

「わかるのは、そいつが「善い行い」だってことさ。『善人による善人のための楽園』。ワシがよく口にする理想だが——この意味がわかるか?」

 

「あー、そうだなぁ……みんなが互いに助け合えたら、幸せな世界になるってことか?」

 

「そうだ。そのためには自分の中の悪因を滅さなきゃならねえ。欲に走ったりする悪因だな。だからワシらは太陽神様を信仰してるんだろ?」

 

 私にはなんとなく、アラナンの言おうとしたことがわかった気がした。他人のために為せることをする。まずは自分のわかる範囲で「善行」を為すことが第一歩なのだ。それが毎日町へ出て行う「出善行」だ。あれは教えの実行であり、また修行でもあるのだ。

 

「他人の為にすることが全て善行ってワケじゃねえ。レナトゥス教の教えを無理矢理押し付けることだって、場合によっちゃ悪になっちまう。毎日の『出善行』は自分で『善行』を見極める修行も兼ねてるのさ」

 

 レナトゥス教の教えが善いものだからといって、望まぬ人々に押し付けることは善ではない。悪因を滅することは、入信しなくても出来るからだ。私たちは皆、出自に何かを抱えている。そんな私たちだからこそ、太陽神の教えに従って悪因を滅そうと日々努力しているのだ。

 

「とにかく、他人の為に何かをしてやる心を忘れるんじゃねえ。それさえあれば、善行の輪郭は掴めるはずだ」

 

 アラナンは司祭であるが、同時にまた信者でもあるのだ。彼もまた修行中の身であり、日々悪因を滅そうと善行を積んでいる一人なのだと、改めて私は感じた。

 

 

「なぁオッサン、最も善い暮らしってなんだろう?」

 

 そんな疑問を私が投げたのは、なんでもない日の午後だった。昼飯が終わり、「出善行」が始まるより少し前。

 

「私たちは善く生きてる、と、思うんだ。罰が当たらない程度にはさ」

 

 胸を張ってスラスラと言えるほど自信はなくて、歯切れの悪い喋りになってしまったけれど、私は今「善く生きている」と思っている。町の人を助けて生き、悪事だって一度もしたことがない。

 

「私たちは人に尽くし合うだけで幸せなのかな?『幸せ』と『善行』って必ずしも一致しないと思うんだ」

 

 時々町の他の子供を見て羨ましく思う時がある。自由に遊び、自由に学び、親と家に帰っていく。「善行」をして人の為に生きる私は、どうして満たされない思いの浮かぶ時があるのだろう。

 

「この身が擦り切れるまで人に尽くして、善行、善行、善行……って、そうやって死んだ人は幸せだったのかな?他の人はその人ほどその人に尽くしてくれたわけじゃなかっただろうのに」

 

 私たちの奉仕する町の人々が、みんな完全な善人だと思ったことはない。もちろん私たち信者も完全な善人にはなりきれない。けれど、裕福で豊かな生活を送っている商人を見ると、自分の中の悪因がふつふつと湧き上がるのを感じてしまう。

 

「ああ、この道は大変かもしれねぇ。「善行」と「幸福」が一致しないこともあるだろうよ。でもな——」

 

「身を粉にして死ぬまで尽くせとは、太陽神様も言わないだろうよ。自分の出来る範囲で、無理なく互いに人の為に生きようじゃねえか」

 

 人は何かに依ってしか生きることができない。一人でダメなら二人、二人でダメなら三人で……そうやって共に支え合って生きていくのだ。それが「善い生き方」であり、「尽くすこと」が教えの本質ではなかったのだ。私たちはあくまで「善い生き方」の実践者であり、伝導者なのだ。

 

「輪を広げることが大事なんだ。ワシらが率先して善行をして訴えかけて、善人による善人のための楽園を築こうじゃねえか」

 

 幸せになってはいけない道理など、初めから存在していなかった。

 

「善く生きるってのぁ、まぁ、そういうことじゃねえのか」

 




善と幸福が一致しない、という意見もありますよね。動物的な本能に従った幸福と、理性によって導き出された道徳法則は一致しないとか。でもアラナンやレナトゥス教を見るに、彼らは幸せも噛み締めて、出来る限り善く生きようと頑張っている人たちに私は思えました。教えが全ての指針というよりは、生きる上での教えですね。なかなか面白いフェイトエピソードで、少し興味が湧いたので書いてみました。


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善問答 その2

 

「なぁオッサン、財の所有は悪か?」

 

 そんな問いを投げたのは、人柄の悪いことで有名な商家の手伝いをした日の夜。清貧に甘んじている私たちからすれば、財を蓄えて肥え太った彼は遠い存在だ。「貧乏人」だとか色々な言葉を投げつけられた。明けても暮れても金、金、金……常に金の事を考えて生きている人だった。まるで取り憑かれているようなその姿に、私は初めて見たとき言葉が出なかった。

 

「財の所有は、ワシらが人の世に生きている以上不可欠なことさ。ワシらは布施を貰う代わりに、清く正しい姿をこの身で示し、教えを説くことで生きている。だが、レナトゥス教は個人の財の所有を禁じている。どうしてだと思う?」

 

 アラナンは私にもわかりやすいよう、丁寧に説明してくれる。多少汚い言葉遣いでも、身近に寄り添った言葉だから私は好きだ。財の所有自体は悪ではない、と暗に言っているのだろう。しかし、それを禁じる理由……

 

「目が眩むから?」

 

 思い浮かぶのは、ぶよぶよのあの商人の姿。美しい宝石は度を越して光り輝き、むしろ豪華絢爛な家財が目に痛いあの家。

 

「そうだ。今まで金に目が眩んで悪因に負けたヤツは沢山いる。ここにいるヤツの中にもそんな奴が何人もいた。だからこそ、修行してるワシらは財を持っちゃいけねえのさ」

 

 なるほど、と感心しながら、私は内にある知的好奇心が膨れていくのを感じていた。

 

 もっと知りたい。教えのこと、世界のこと、人間のこと、社会のこと。

 

 

「あん?こんな貧相なガキが今日の手伝いか」

 

 ガタイの良い用心棒が呟く。当然私にも聞こえているが、彼らにとって私たちなどどうでも良いのだ。この商家の老人は私たちを一切信用していないから、私たちが訪れるときは常に用心棒と一緒に居る。出自に色々ある私たちだから、それは仕方ないと思うけれど、良い気分ではないのも確かだ。14歳の私は用心棒の胸の高さほどの身長しかなく、見上げる首が痛い。

 

「ふぉふぉふぉ、手伝ってくれるだけありがたいというものじゃ。その体躯で働けるかは別としてな。宝石でも見に来たのかい?お嬢ちゃん」

 

 いちいち厭味ったらしい老人だ。しかし私の心が動じることはない。世の中が善人ばかりでないことくらい知っているし、()()()()()()()()()()()()()

 

「荷物はどれですか?」

 

 私がそう尋ねれば、用心棒は意地悪な笑みを浮かべて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あの荷物を外まで運んでもらおうか。俺は他の作業があるから、その間に頼むぜ」

 

 そう言い残して用心棒は去っていった。私が運べずに助けを求め頭を下げる姿が見たいのだろう。老人はふぉふぉ、と笑うだけで何も言わない。私が戸惑う姿を見ているつもりだ。

 

「んー……」

 

 私は人の助けになりたくてこの商家を手伝いに来たし、実際今から手伝いをするつもりだ。どうして彼らはこんな目で私たちを見るのだろう。

 

――それでも、私のやることは変わらない。私が思う「善行」を為す。人の助けをする。善人でありたいからだ。迷いを振り払って、荷物に手をかける。

 

「嬢ちゃん、用心棒を呼ぶかね?私は腰が悪くて動けないから、代わりに場所を教えてやってもいいが――」

 

 商家の主が何かを言うが関係ない。どうせ嫌味なのだろう。

 

「よいしょっと」

 

 両手で荷物を持ち上げた。同時にカラン、と軽い木の何かが転がる音がした。

 

「な、な、なんじゃと……!」

 

 音の正体は商家の主の杖が転がった音。腰を抜かして、こちらを見上げている。その姿がなんだか滑稽で、ふふっと笑いが零れてしまった。持ち上げた荷物をそっと降ろして、商家の主へと近付いていく。

 

「立てますか?」 

 

「さ、触るな!貧乏人!」

 

「ッ!」

 

 伸ばした手がパシッと振り払われる。老人はよろよろと杖を支えにして立つと、フン、と鼻を鳴らして部屋へと消えていった。

 

 私はしばらく動けなかった。荷物を運んだのはそれから少し経った後だ。

 

 

「なぁオッサン、私たちは卑しいのかな」

 

 人からの支援で飯を食い生きている私たちは、生産活動をしているわけではない。専門的な知識もなければ、何かを作り続けているわけでもない。

 

「なんだ?今日はえらく卑屈な質問じゃねえか。あの商家で何かあったのか?」

 

「まあ、ちょっとだけな」

 

 私が何かしたのだろうか。商家の主のあの顔が頭から離れない。

 

「言葉遣いもちゃんとしてて働けるお前が何か言われるたぁな……」

 

 私は小さい時、親が偽装通貨を作った罪で生まれた場所を追われた。騎空挺の荷物に乗り込み、この島に辿り着いて、そこでアラナンに拾われた。アラナンは自分が口調と悪人面で損をしてきた経験から、私に教育を施してくれた。そのおかげで町の人からの評判は良く、手伝いのお礼にご飯を食べさせてもらうこともあった。

 

「皆が皆、善人じゃねえ。悪因を持ってるやつもいる。殴りかかったところでそいつらは改心しねえし、根本の解決にはならねえわな。だからワシらはただ善行を示すしかねぇ。ソイツらが自分を恥ずかしく思うくらい、善人でいればいいんだ」

 

 そう言われて、私はあの老人が腰を抜かした時に嘲笑してしまったのを思い出した。私の心のどこかに、彼らを見返すという対抗心があったのだ。敵意を向けられたからといって、それを向け返して彼らが改心するだろうか。いや、しないだろう。まだまだ私も未熟だったのだ。

 

「でもさ、その訴えかけだけで本当にみんな改心すんのか?」

 

 少しでも善の芽があれば、その心は恥を知り、善を知り、改心するだろう。しかし、もしも悪因で満たされて、ひとかけらも善の心がない人間がいたらどうすればいいのだろう。私たちの呼びかけは、この姿勢は、彼らに響くだろうか。

 

「ワシは、救いようのない悪人だろうと救えると思ってる。レナトゥス教の信者には悪人だったヤツらが多いだろ?でも今の姿は立派なもんだ」

 

 アラナンは、きっと人間を信じているのだ。いつだってやり直しがきく、間違ってばかりの存在。それが人間。そのためにレナトゥス教があるのだろう。

 

「私も、そう思いてえな」

 

 あの商家の主も、商売と老いのうちに心が悪因に満たされてしまったのだろう。きっと改心する日が来るはずなんだ。そしてそれは今日だったのかもしれない。

 

「精進しなきゃな」

 

 自分に向けてそう呟いたつもりだったが、アラナンも頷いて深く受け止めているようだった。

 




善問答はこれで終わりです。お付き合いくださりありがとうございました。
次からはフェイトエピソードに入っていこうと思います。


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始まりの日

 

「何だよ、これ……!」

 

 商家が燃えている。音を立てて、煙を立てて。今日あの商家に手伝いに行っていたタックがいない。私同様にアラナンに拾われた孤児だ。商人も、用心棒も近くには見当たらない。

 

「まだ改心してないってのに……!」

 

 炎の勢いは強く、とても近付くことはできない。懸命に消火を試みていた人たちも、危険になってしまいもう離れている。

 

「うぅ……ッ!ぐずっ……!」

 

 力が抜けて、膝から崩れ落ちて涙が止まらない。いくら私を口汚く罵ろうと、彼らも尊い人間だ。悪因に満ちてしまっていたけれど、いつでもやり直しがきく人なのだ。死んでいい道理などない。

 

 

 どれくらいそうしていただろうか、辺りはすっかり暗くなり、黒焦げの跡だけが残っている。周りに人はおらず、自分が声を掛けられても無視して泣き続けていたことに気が付いた。町の光も消えており、深夜になっているらしい。

 

「……あれ?」

 

 焼け跡の中で何か薄赤く光るものが見えた。炎のような光り方だったが、それが炎ではないと不思議にも直感して近付いた。

 

「これって……」

 

 商家が保管していたのであろう赤黒い籠手。マグマのように赤や橙に光っていて、私の髪色と同じ赤さに魅かれた。それからのことはよく覚えていない。部屋に戻って気を確かにした私にわかるのは、不偸盗を破ったという事実だけだ。

 

「返しにいかねえと」

 

 泣きはらした目が重く、擦った目の下が赤くヒリヒリする。鼻の奥は未だに痛く、顔全体が熱い。それでも私はこれを返しにいかなければいけないことは確かだ。ショックで動揺していた中で魔が差してしまったとしても、太陽神の名前の下に私は罪を告白して、償わなければならない。

 

「ホントにそう思うか?」

 

「ッ!?」

 

 私しかいないハズの部屋で声が聞こえた。辺りを見渡しても人はおらず、不気味になって布団にくるまる。疲れすぎて幻聴が聞こえるのだろうか。

 

「ここだ。手元だよ」

 

 手元を見れば赤く光る籠手があるだけ。まさか籠手が喋るわけが――

 

「その籠手だよオレは」

 

「うわッ!」

 

 驚いて取り落としてしまった。埃を払って籠手を見つめる。赤から橙、黄、と変化していく色合いが力強く表れている。

 

「オレは見てたぜ。あの商家で何があったのか。聞きたいか?」

 

 

 この籠手は、波長の合う私だけに声が聞こえているらしい。

 

「そんな……オッサンが……?」

 

「あぁ、間違いないさ。3人を殺して金品を奪い、火を放ったのは間違いなくそのエルーンのジジイだぜ」

 

 事の顛末はこうだ。出善行に行っていたタックが商家の宝石を盗もうとして用心棒に捕まったらしい。その件でアラナンが商家に呼び出され、被害の代金として法外なルピを要求されたのだ。教会にそんな金はなく、アラナンが払えないことを伝えた瞬間、用心棒がタックへと襲い掛かった。当然アラナンはタックを守ろうとして用心棒と争いになり、奪った短剣で用心棒を殺してしまう。そこからは転がり落ちるように事が進み、怯えた商家の主は剣を抜いてアラナン襲い掛かり、またもアラナンは人を殺した。

 そして守られた当のタックは金庫を開けて大喜び。それを目の当たりにしたアラナンはタックも殺してしまったと。

 

「私たちが甘かったのか……?」

 

 あの商家の主は救いようのないほど悪い人間だった。用心棒も、タックも。私は()()()()()が為に涙を流していたのか?人を殺してしまった時、アラナンはどんな気持ちだっただろう。そうして命を張って救ったタックに裏切られたとき、どんな気持ちだったのだろう。苛立ちと不安がぐるぐると回る。

 

「改心なんて、人間はできないのか……?」

 

 タックも、口は不平を言いつつも改心していると思い込んでいた。機をうかがっていただけだったのだ。

 

「金庫から金品を盗んだんだぜ?あのオッサンも」

 

 どうしてアラナンが、という思いが頭から離れない。

 

「おい、オレと組んで暴れねえか?」

 

「え……?」

 

 気付けば手が籠手を装備していた。籠手の熱が手から流れ込み、胸の奥、心臓にぶつかって力が漲る。同時にこの籠手の考えていることが流れてくる。また、私の記憶も籠手に流れていく。

 

「オマエはよーくやってるよ。信じてた師が人を殺し、物を盗んでもまだ人間を信じてる。でも人間はオマエらの言うアクイン?に満ちてんだ。どうやったらあの商家は改心したと思う?」

 

「それは……」

 

「善人の姿を見せ続けること?本当に?それでアイツらは改心するのか?」

 

 タックを殺そうとしていたあの二人にそんな考えが通用するだろうか。

 

「力だ」

 

「え?」

 

「力がなけりゃ、アイツらは話を聞かない。オマエらを貧乏人つって下に見てるから、何も声が響かないのさ。もしもアイツらに恐れられたなら?力づくで話を聞かせられるんじゃねえのか?」

 

 これは甘言だ。この籠手は宿主を探してるだけだ。――だけど、私はその手を取った。今と違う景色が見られるのなら。今よりもっと多くの事が知れるのなら。

 

「契約成立だ。『善行』していこうじゃねえか。オレは『クリムゾンフィンガー』って人間に呼ばれてる」

 

 皮肉っぽく籠手が嗤う。

 

「私はファム。力づくでも改心させてやる……!」

 

「そういうの、何ていうんだっけ?あ、そうだ。テッケンセイサイだっけ?」

 

 

 その日のうちに、私は教会を出た。クリフィン(クリムゾンフィンガーの略だ)曰く、アラナンには"よくないモノ"が憑いてるとか。嘘ではないことは繋がっているので直接理解している。その影響で今アラナンと会えばどうなるかわからないらしい。

 

「必ず改心させるよ。オッサン」

 

 今は力を付けなければいけない。フードで顔を隠しながら、島を出る便に乗った。

 



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フェイトエピソード:燃え盛る鉄拳

 

 とある島での依頼を終えたグラン一行は、街の通りがやけに騒がしいことに気が付く。

 

「なんだぁ……?行ってみようぜ、グラン!」

 

 ビィが興味を示したのを皮切りに、ルリアも通りを気がかりそうに見つめている。

 

「うん、行ってみよう」

 

 

 通りに入った一行が目にしたのは――

 

「反省じでま゛ず……もうしません……」

 

 赤髪の少女がガタイの良い男を叩き伏せている姿だった。手には赤い籠手を着け、時折独り言をぶつぶつと呟きながらしゃがみこんで男と話している。そんな恐ろしい様子にもかかわらず、辺りの野次馬は嬉しそうにその様子を見守っている。

 

「『もうしません』じゃなねえんだよ。どうすりゃいいと思う?」

 

「善行します……!」

 

「良く言えました!じゃあ教会行こっか」

 

 倒れている男の襟を掴んで引きずっていく少女。野次馬がそれを咎める様子はない。周りの様子と空気感からして、荒くれものを少女が一人で退治したようだが「教会へ行く」という言葉が気になった。

 

「後を追ってみよう」

 

 ルリアとビィを連れて男を引きずる少女の後を追う。歩いていくうちに街の人通りに溶け込んで、誰も少女の方を気にしない。それがかえって不自然で、グランはこの光景がこの街では当たり前になっていることを察した。

 

「あの!」

 

「あん?私か?」

 

 粗雑な口調の少女が振り返る。燃えるような赤い瞳に見つめられると、心の奥まで照らされて見透かされたような気持ちになる。

 

「その人をどうするんですか?」

 

 おそらくグランと同年代であろう少女だったが、振り向いた威圧感で意図せず敬語になってしまっていた。

 

「コイツは詐欺をやってたんだ。金を返せとせがむ老人がいてなぁ。私が代わりに改心させてんのさ」

 

「姉ちゃん、強ぇーんだな!」

 

 ビィが純粋な目で言う。

 

「まぁ、強くなんなきゃいけなかったからな」

 

 どこか遠くを見て語る少女の迫力に気圧される。

 

(何カッコつけてんだよ)

 

「うるせぇな、黙ってろ」

 

「えっ!?」

 

「はわわ……」

 

 突如放たれた暴言に驚く一行。と、少女はすぐに笑顔に戻って弁解する。

 

「ああ、すまねえ、今のは気にしないでくれ」

 

「なんだか忙しい姉ちゃんだなぁ」

 

 

 話を聞けば、少女はレナトゥス教という宗教を信仰しているらしい。普段は修行も兼ねて旅をしていて、偶々今はレナトゥス教の教会があるこの街に滞在しているという。手あたり次第悪人を捕まえては改心させるのが日課だと嬉しそうに語っていた。

 

「私はファム。君らの名前は?」

 

「グラン」

 

「オイラはビィ!」

 

「私はルリアです!」

 

 到着したのはレナトゥス教の教会。そこには老若男女、様々な種族がいた。と、人相の悪い者たちがぞろぞろと集まって来る。

 

「なんだなんだぁ!?」

 

 ビィが怯えた表情でグランの後ろに隠れる。

 

「ファムさん、新入りですかい?」

 

「ああ。詐欺をやって老夫婦を騙してたらしい。後は頼んだぞ」

 

 ファムが男を受け渡すと、人相の悪い集団は男を抱えてどこかへと去っていった。

 

「アイツらは私が更生させたヤツらさ」

 

「そうなんですね……!皆さん顔は怖いですけど、なんだか優しそうです!」

 

「ありがとう、ルリア。見た目じゃなくて中身で見てくれて嬉しいよ」

 

 そう語りながら、誰かを思い出すようにファムは笑った。

 

(あのオッサンも悪人面だったもんなあ)

 

「今は黙ってろって!」

 

「ひっ!」

 

 突然声を上げたファムにルリアは驚く。

 

「ああ、悪い悪い。ちょっと事情があってな」

 

「――その籠手?」

 

 グランが本質に触れて、ファムの纏う空気が張り詰めたものに変わる。穏やかだった眼差しは今にも戦わんとするほど険しくなり、籠手がぼぅ、と熱気を生み出す。

 

「グラン、アンタかなり強いね。何者だ?」

 

「僕は騎空士だ。星の島を目指して旅してる」

 

「そうか。手合わせ、願えるか?」

 

「いいよ。ファムほどの使い手なら大歓迎だ」

 

 ふたりは徒手で構え合う。ファムの籠手がゴウ!と闘気を熱気に変換していく。ルリアとビィが固唾を呑んで見守る中、両者が同時に動き――

 

 

「凄かったなぁ、あいつらの戦い!」

 

「はい!」

 

 ルリアとビィが戦いの感想で盛り上がる中、大の字に倒れたファムとグランも言葉を交わす。

 

「私はこの籠手と繋がってんだ。この籠手には意思があって、私と会話できるんだ。信じるか?」

 

「うん。信じるよ」

 

「あはは!とびきり純粋で善人だな、君らは」

 

 屈託なく笑う少女の顔には、通りで詐欺師を懲らしめている時のような険しさがない。年相応の純粋な笑顔だった。

 

「ところで――」

 

 グランが勧誘しようと口を開いたとき、同時にファムも口を開いた。

 

「勧誘だろ?私は他に目的があるんだ。嬉しいお誘いだけど、断らせてもらうよ」

 

「そっか、残念だ」

 

 離れて聞いていたビィとルリアも少し残念そうにしている。

 

 

「また出会う事があれば、一緒に旅をしようじゃねえか」

 

「ああ!また会おう!」

 

 握手をしてから、一行はファムと別れて教会を出ていく。意外にも、ファムと再び出会うのは数か月後だったが――。

 

 



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