神代幻想小話 (にんじんsf)
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アイを乗せて船は征く
ピピッ
皆が見守る中、軽快な電子音と共にモニターが明るくなりそこに青い星が映し出された。
咆哮にも似た歓声が響く。
「気温、重力ともにハピタブルゾーン、大気構成オールグリーン!事前観測の通りです!」
「他のバハムートからもカメラによる観測可能位置に到着したとの通信入りました!」
「これよりバハムート三隻は着陸準備に入ります!完了は10日後とのこと!」
永き永き旅の果て、人類はついに悲願である第二の故郷を発見した。人々は10日後を今か今かと待ちながら着陸のための準備に取りかかっていた。
「はぁー…」
7日ぶりの我が住居に着いた僕には言葉を発する気力すら残っていなかった。
僕らのチームに上から下ろされた仕事はユートピアと名づけられたばかりの目的の惑星に安全に着陸させるための計算だった。
星を削り出して建造したバハムート3隻を一つの惑星に着陸させるということはすなわち小惑星3つを惑星に安全にぶつけろという事に等しい。さらにバハムートの重力が惑星に及ぼす影響、バハムート同士の重力による航路の変更…考えればきりがない。しかも3徹後に上層部のどのバハムートが最初に着陸するかなんてくだらない争いも加わった。ふざけるな、上で勝手にやってくれ。
徹夜でぼやける頭ときしむ体を何とか動かしながら僕は台所へと向かう。本当は真っ先にシャワーを浴びるべきなんだろうが今はとにかく糖分が欲しい。
ココアを愛用のマグカップに入れて熱さも構わずに飲み干す。糖分が脳に染みわたり思考を正常に戻していく。
ほぅと一息をついてからやっと僕はさっきまでしていた仕事のその先、すなわち3日後に迫ったユートピアへの着陸に思いをはせることが出来た。
惑星に無事に着陸したとしてその先には何が待っているだろう。少なくともバハムートでの環境とは大きく違ったものが待っているに違いない。大気構成は酸素と窒素がほとんどで海の主成分は水だという調査結果は出ていても微細な成分までは実際に到着して検査するまでは分からない。結果によっては毒を除去する機械を作る必要があるかもしれない。
…どこぞの生物馬鹿は未知の生物が自分の代で見られる事に興奮していたが奴が未知の発見に惚けているうちにこっちは既知からの創造で様々な問題を解決していかなければならないということだ。…何だか無性にイラついてきたな。奴の事は考えないことにしよう。
しかし、既知からの創造、既知か…
2杯目のココアを覗きながら僕は思考を続ける。
バハムートは造られてから…いやその前故郷の惑星がまだ無事だった頃からの既知、すなわち過去をその身に刻みつけてきた。今僕たちが学び利用してきた学問だけじゃない。文化の繋がり、人の繋がり…それらも消えた枝葉はあっても過去から確かに続いている。
例え数千年冷凍保存は難しかったとしても品種改良や遺伝子組み換え、人工交配によって人類を最適化させる道はあっただろう。それこそ野菜やペットのように。そっちの方が効率的だったかもしれない。ただただエントロピーを増大させ非効率な増殖をする生命というのは宇宙航行にとっては資源の無駄でしかない。
それでも人類はその道を選ばなかった。その結果バハムートでは多くの文化、家族、営みが育まれそしてその延長線上に僕らはいる。
そういえばこのココアもそういった人類の営みの一つだ。元の惑星で飲まれていた本来のココアと材料は一切違えども成分、味は同一であるために哲学ココアと呼ばれていたらしい。まあ今となっては元のココアを知るものはほぼいなくなったためにこれこそがココアなわけだが。それでも僕が元々哲学ココアと呼ばれていたと覚えていれば本来ココアと呼ばれていた物があったということになるわけだ。
…いつかユートピアで人類が繁栄してユートピアこそが故郷だとなったとしても。どうか人類のほんの少しでいいから今まで刻まれてきた轍、人類一人一人が積み上げてきた過去を覚えておいてくれ。それこそが僕らの生きた証なのだから。
柄にもなくロマンチストな事を考えてしまったな…。こういうのは得意じゃないというのに。さっさとシャワーを浴びてスッキリしてから仮眠をとろう。明日からも到着後も仕事は山積みなんだから。
僕は頭を軽く振ってからシャワーの準備を始めた。
…嗤うなら嗤え。でもあの時確かに僕はまだ見ぬ未来を信じてた。それだけは変わらない、そしてこれからも。
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それはたった指一本の誓い、されど大河の砂を数えるに足る
いつも通り捏造過多、いつも以上にセリ科ポエム。
細目でご覧下さい。
天津気 刹那。
彼女こそ始源に対抗するために神代人類が生み出した技術の根本の理論を生み出した大天才。彼女が死んだが故に神代は遠くない未来に滅ぶ事を決定づけられた。
しかし、彼女の才能も担っていた責任も一切関係なく。
彼にとっては彼女が死んだ時点でとっくに世界は終わったようなものだったのだ。
常に人類の最先端を征き科学によって新天地すら拓き越えんとする女と人類が星の海の果てに置いてきた故郷から受け継がれた武術を護り続ける男、全く正反対の二人はされど巡り合い惹かれ合いついに夫婦の契りを結ぶに至った。
夢が現となり人に牙を剥く星に箱舟が降り立った時にちょうどこの二人が生まれていたのはきっと運命が与えた最後の希望だったのだろう。二人の持っていた科学と武術は人類の願いを形にし自らを救うための力、そして遥か未来、先祖の祈りを受け継ぎし開拓者達が世界を歩むための力の大元となった。彼女らが生き続けていれば人が星の覇者としてまた君臨できる未来もあったかもしれない。
しかしそんな未来は訪れることはなく実際には小さなボタンの掛け違い、僅かな歯車の狂いが彼女を彼岸へと連れ去った。此岸に遺された彼はそれでも人類諸共いずれそちらへ行き虚無へと溶ける…はずだった。
彼は遺り続けた。刹那の置き土産である空間を反転させる結界で彼女の墓を包み何物であろうとも暴けぬようにし自らも亡霊となっても守り続けた。
幾星霜、幾星霜、人が滅び世界が塗り変わってもなお。
それは一体何のためだったのか。
舟の一室で男と女が向かい合っている。
「嘘ついたら針千本飲ーます、指切った!」
物騒な内容に反して女の声は明るい。
「うむ、二言はない。この誓い違えたならば直ちに針千本飲んでみせよう。」
いかにも堅物そうな男の声が続く。
男と女の右の小指はそっと絡められている。これは彼女らの先祖がしていた約束の儀式というものらしいと彼は彼女に教わった。
「ふふふ、本当に貴方は真面目ですね。そんな貴方とこの約束が出来て良かった。貴方ならきっと守ってくれるでしょうから。」
そう言う彼女の頬は微かに朱に染まっている。
「だから私とずっと一緒にいてくださいよ?約束ですからね?」
夢を見ていたようだ。
ガシャリと守りを任せていた鎧が壊れる音を聞きながら彼は目を覚ます。見ればそこには結界の綻びをついて入って来たのだろう墓荒らしの不届き者達がいる。
彼がそやつらを滅ぼさんと息を吸いこんだ時、その一人が武者を睨んだ。
それは輝く槍を持った女騎士。
次の瞬間には滅されたその女騎士が刹那の遺した願いを聞き届け二人の同胞と共に遂に男の永遠を終わらせる。
時計の針が進み出した反転した世界で彼は初めて愛する女のため以外に祈る。
彼女の理論、そこから芽生えた技術を身に宿した子供達よ、今はただその果たした成果に言祝ぎを。
言い終えた後動かなくなった彼を現世ではとうの昔に枯れた桜の花びらが撫でていった。
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