ゆるキャン イチャラブ (芳川見浪)
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なでしこの場合
今日は久しぶりに彼氏と2人キャンプです。付き合い始めてから2年、いや3年だったかな……彼に聞いてみたら5年でした。月日が経つのは早いなぁ。
最初は元野クルの皆やリンちゃんを誘おうとしてたんだけど、アキちゃんが「おいおい、たまには彼氏と行ってやれよ」と言ってくれたのでお言葉に甘えました。
「こうやって2人っきりでキャンプするの久しぶりだねぇ」
自然と笑みが零れました。彼はペグを打ちながら冷静に答えます。
「そうだなぁ、1年ぶりくらいか……ペグ終わったぞ」
「もうそんな前かぁ、お互い歳をとりましたのぅ爺さんや」
「悪いが俺はまだピチピチ20代だぜ婆さんや」
「歳をとったの私だけ!?」
フラップを巻いて設営完了。今度はご飯を作ります。
なんと今日は一個500円もするカップ麺、豪華な食事でワクワクだよ。
「あっ、味噌汁持ってきたけど飲むか?」
そう言って彼は味噌汁が入った水筒を掲げました。その時私は目をキラキラとさせて「わーい、飲む飲むぅ」と子供みたいにはしゃぎました。
彼の味噌汁はとても美味しいのです。毎朝作って欲しいくらい。
「ねぇさっきの話だけどさ」
「お?」
「あのね、シワシワのおばあちゃんになっても好きでいてくれるかなぁ?」
味噌汁を啜りながら、やや上目遣いで言いました。内心ドキドキしながらおそるおそるです。
何でこんな事聞いてしまったのだろうか、凄く恥ずかしくなってきた。
彼は少しだけ考える素振りを見せてから、こう答えました。
「好きじゃないかなぁ」
「あっ、そう……なんだ」
きっと今の私は泣きそうな顔をしているに違いありません。だってこんなにも悲しくて辛くて引き裂かれそうだから。
「好きじゃなくて愛してるだよ、昔も今も、多分この先も……それじゃ駄目かな?」
「ううん、駄目じゃないよ!」
下げて上げるとは中々やってくれます。私は嬉しくて嬉しくて、思わず隣の彼を抱きしめてしまいました。勢いあまって倒れてしまったのはお約束です。
「あぁ……一つ悲しいお知らせがあるんだけど」
地面で抱き合ったまま彼は私の耳元でそう呟きました。
「なに? もしかして雨具忘れた?」
明日の朝は雨が降るかもしれないって天気予報で言ってました。
「いや、そうじゃなくて」
彼は私をゆっくり剥がして(もう少し抱き合ったままでいたかった)から、テーブルを指差しました。
「今のでカップ麺が下に落ちてしまった」
「oh」
殺人現場……もとい殺カップ麺現場がそこにありました。無惨にも中身をぶちまけられ、最早食べられそうにありません。一体誰がこんな残酷な事をしたのでしょう、私です。
「ご、ごめんなさい〜」
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リンの場合
静かな湖畔、街の灯りもとどかない辺境にあるキャンプ場にきた。時節は冬、雪が降り積もったキャンプ場はとても綺麗だ。
流石にテントを張るのは辛かったので今回はキャンピングカーを乗り入れてのキャンプである。
テントを張る手間が無い分、晩御飯は腕によりをかけて豪華なのを作ってみた。
「リンの手料理か」
そう言ったのは今回一緒にキャンプをする私の恋人だ、口にすると恥ずかしいな。キャンピングカーも彼の物。
出会いはなんて事ない、たまたまキャンプ場で一緒になる事が多く、何となく顔を知ってる状態で話してみたら意外と話が合った。それだけだ。
告白もしていない、いつの間にか一緒に居て、いつの間にか恋人になってた。
「見ておるがいい、三ツ星シェフリンの腕前を」
私は慣れた手つきでお湯を沸かし、慣れたてつきでレトルトパウチを投入し、慣れたてつきで持ってきたご飯に盛り付けた。
カレーを。
「三ツ星シェフの腕前はどうした」
「フッフッフ、まだまだ甘いな。そのレトルトの袋を見るがいい」
彼は言われた通りにレトルトの袋を見る。そこには大きく「三ツ星シェフが選ぶカレー」と書かれていた。
「ここにいたのか三ツ星シェフ」
「更に愛も込めた」
「辛いな、リンの愛」
カレーだからな。
それにしても雪の湖畔は綺麗だ。冷たく澄んだ空気は喉に痛いが、どこか清涼で夜空を明るく見せてくれている。湖は淀みがなく夜空を映し幻想的な風景を醸し出していた。
「これは凄い」
私はスマホで撮れるだけ湖畔の風景を撮っていく、ここは電波が通らないから後で皆に見せてあげよう。
夢中になって写真を撮っていると、不意に彼がコートを被せてくれた。
「もう少し厚着しとけ」
「うん、ありがと」
こういうのをさらっとやってのけるのは卑怯だと思う。
普段は無愛想で口数も少ない彼だが、根っこはとても優しくて気遣いの上手い男性だ。料理がてんでダメなのが欠点だが、そこが可愛いとも思う。
口が裂けても絶対言わないけどね。
一通り撮れたら焚き火へ戻る。焚き火の熱が冷えた私の心を暖めてくれる。
「ほぉぉ、やはり焚き火はいいものですな」
「そうだな」
肌が乾燥してしまうのはいただけないが。
「なぁリン、俺達っていつの間にか付き合ってたよな」
「うん、いつからって聞かれたら困るぐらい」
「これからもいつの間にかが続くのだろうな」
「そうかもね」
でもそれはとても素敵な事だと思う。彼が何を言いたいのかはわからないが、きっとこれからもいつの間にか彼と進展しているのだろう。
「あのさ、いつの間にかプロポーズしてたら、受けてくれるか?」
「は?」
何を言っている。
いやいや待て待て、それはどういう意味……今取り出したその箱は何だ。指輪じゃないか。
えっ、待ってもしかしてもしかしなくてもそういう事なのか?
「えっ……あっ、えと。うん」
戸惑い、頭が混乱していたけど。でもこうやって頷く事だけははっきり知覚していた。
私は冷めた人間かと思っていたが、こうやって好きな人からプロポーズされたら嬉しさで我を失うくらいに情愛を持っていたらしい。
「よかった、断られたらどうしようかと思ってた」
「自分でもビックリするぐらい嬉しい」
「そうか、じゃあ早速リンのお父さんに報告しないと」
「え? もう?」
「ああ、既にリンのお父さんにはプロポーズをするって伝えてあるからな」
聞いてないぞ。
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千明の場合
あたしの名前は大垣千明、天下御免の……えっと、何か凄い女だ。いずれはキャンパーとして世界を征服してみせる!
その時を楽しみにしてるがいい! フーハッハッハ。
「あの、大垣先輩? そこで変なポーズ取ってたら棚卸し出来ないんですが」
あたしの偉大なポーズに見惚れたあまり、つい照れ隠しでそのような事を言うとは可愛いヤツめ。
この男はあたしのバイト先の後輩だ、先輩であるあたしが何かとお世話してやっている可愛い可愛い後輩なのだ。
「店長〜、大垣先輩がまたサボってます」
「わあ〜! 待て待て! 棚卸しな! あたしが替りにやるから!」
「あ、はい。お願いします」
あたしは後輩から棚卸しのシートを奪うように取り上げ、キョロキョロと周りを見渡して店長を探す。こないだ店長に怒られたのがトラウマになってて。
「あれ? 店長は?」
「いませんよ」
「…………たばかったな貴様ァ!」
別の日。
「何で僕が荷物持ちを」
「こないだあたしを騙した罰だって、それにこんな美少女とお買い物デートなんて役得だろう?」
「確かに先輩は可愛いですし、美少女と言っても過言じゃないですけど。だからといってこの荷物は多すぎですって」
後輩の両手には食材がパンパンに詰まったお買い物籠があり、更にリュックサックには新調したキャンプ道具も詰まっている。
あたしは勿論手ブラだ。エッチな方の意味じゃないぞ。
ただその時のあたしは荷物よりも後輩の言葉で動揺してしまった。さらっと言ってのけたが、こいつはさっきあたしの事を美少女だと言ったのだ。あまりの不意打ちで顔が逆上せそうな程熱くなってるし、胸もめっちゃくちゃドキドキしてる。
少なくとも今は後輩の方を向くことはできないな。
「お、おう。まあこれもほら、あれだ……男の子の特権てやつだ」
「はいはい」
またまた別の日。
あれ以来妙に意識してしまって後輩の顔をまともに見れない日が続いたが、まあ何とか最近は持ち直した。
「おっしゃ! 今日はバイトだ」
今日は後輩と同じシフトだったな。
いつもと同じ道を通って酒屋に向かってる所、思いがけない場面に出会った。
「あおいと後輩?」
通り過ぎた喫茶店、そこに大親友的ムーブのあおいと後輩がいたのだ。向かい合って楽しげに談笑している。いつの間に知り合ったんだよと思ったが、心当たりが多すぎたのでとりあえず割愛。
問題は二人がめちゃくちゃ笑顔ってところで、ぐぬぬ、あおいめ、あたし以外の男の前であんなに笑うなんて。
とても不愉快なので颯爽と駆け抜けてやった。
その時のあたしはあおいにむけて冗談混じりに嫉妬心を向けたが、後になってどこか違和感をおぼえるようになってしまった、ほんとにあたしはあおいに嫉妬していたのか?
更に別の日。
あの日を境に後輩の顔をみると何故かイライラするようになってしまった。
だってそうだろ、こいつこんな間抜けな顔して裏ではあおいと密会してるんだぞ、許せるか? いや許せないね、ほんと……なんで許せないんだろうな。
とまあそんな感じでモンモンとしてたんだが、どうも解決しそうにない。そうしたら早くもバイトが終わって一日が終わりそうになってる。
「おつかれーす」
早々に帰ろう。
この辺は明かりが少ないから少し怖いんだよな。
「あの! 先輩、待って」
はてさて、何やらあたしを呼ぶ声がするぞ。振り返ると思わず「ゲッ」と言ってしまった。
後輩だったのだ。
まいったな、今はあまり会いたくないのだが。しかもそんなあたしの気持ちには気付かずのうのうと話しかけてきて、腹たってきたな。
「なんだー後輩?」
少し棘があるのは致し方ない。
「あの、大垣先輩って明日誕生日ですよね?」
「おう」
「まだ早いですけど、これ誕生日プレゼントです」
後輩は照れ臭そうに大きな紙袋を差し出した。
差し出されるまま受け取り、中を見ると、そこにはコンパクトチェアと火吹き竹が入っていた。
どちらもキャンプ道具としてはあると嬉しい物で、そしてどちらも欲しかった物だ。
「大垣先輩が喜びそうなのわかんなくて、犬山先輩に聞いたんですけど、えと、気に入らなければ捨ててもらっても」
あたしがぼおと見てるからか、後輩が突然自信無さげに話し始めた。
はっきり言うとめちゃくちゃ嬉しい、この場で叫びたくなるぐらいだ。それにあの日あおいと出会っていたのはこのためと知ってあたしは心の底から安心したんだ。
「いや、すっげぇ嬉しい。ありがとな」
自然と口許が緩んでいた。後輩もそれを聞いて安堵したのか、柔らかく微笑んだ。
その笑顔を見た途端あたしの心臓は跳ねるように脈打ち始め、奥底に秘めていた感情を呼び起こした。
なんて事ない、あたしは後輩に恋をしていたんだ。いつからかはわかんねぇけどそういう事だ。
「あのさ後輩」
「はい」
この気持ちを伝えたい。あたしは心の勢いに身を任せるまま舌と唇を動かし、そして……。
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