老いたフレンズゲールマン≪完結≫ (星野谷 月光)
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さばんなちほーの目覚め

「すべて、長い夜の夢だったよ……」

 

ああ、体が崩れ落ちる。

ようやく、ようやくだ……ローレンス、君のいるところに行ける。

そしてさらばだ、優秀な狩人よ。

君は月の魔物に屈するのか、それともあれすら狩ってしまうのか。

だが、この身を蝕むゴースの呪いから解き放ってくれた君だ。きっと狩りは成就するだろう。

君は生き抜くと良い。君にはその権利と義務がある。

ありがとう、狩人よ。

 

 

医療と退廃の街、ヤーナム。獣の病に冒された街で最初の狩人。

ゲールマンはついに本当の死を迎えた。

だが、次に彼が目覚めた時は広大な草原にいた。

空はどこまでも青く青く。草はのどかに生い茂っている。

鳥は鳴き、風は青臭く心地よい。

彼は地面に尻をついて座っている状態で目覚めた。

 

「ここは……なんと美しい空だ」

 

ヤーナムの青ざめた血の色の空ではない。

陰鬱な曇りでもない。悪夢のようにおぞましい晴れでもない。

ゲールマンは生まれて初めて本当の空を見た。

 

「これが天の国なのか。いや、私にそのような所など行けるはずもない。

とすれば、ここもまた悪夢なのかね?」

 

ゲールマンはゆっくりと起き上がった。

軽い。まるであの最後の戦いの時のようだ。

左足は義足のまま、しかし服は普段着の黒い狩り装束によれた帽子。

あのときのマントとトップハットではない。

武器は……ある。自分の中にしっかりと葬送の刃、あの隕鉄でできた神秘の大鎌の存在を感じる。

二連装の銃も……ある。

 

「ともかく、行かねばな」

 

ここは崖下のようだ。崖の上に行ってみよう。

ゲールマンはハッとかけ声をあげるとその老体に見合わない軽快さで崖をひとっ飛びに超えた。

 

「あーっ!」

 

目の前に少女がいた。装いは青いシャツに黒いスカート。しかし何より……獣の耳と尾がある。

獣の病の罹患者か。

 

「ぼうしドロボウなのだ!アライさんの帽子を返すのだーっ!」

 

しゃべった……だと?ゲールマンは誰より獣の病、人が獣に堕し理性をなくす病を見てきた。

狩人とは、獣に墜ちた者を狩る者。ゲールマンは最初の狩人だ。

あまりにも多くの末期患者を『弔って』きた。

その啓蒙と経験から解る。

常であれば、これほど獣化すればしゃべることなどできないと。

と、すればこれは常の者ではない。

慎重になるべきだ。漁村の虐殺を繰り返したくはない。

 

「すまないが君……この帽子は私のものだ。

私がずっと持っていたものなのだよ……何かの間違いではないかね?」

 

わずかに殺気を出して構える。

アライさんと名乗った少女はびくりと一瞬怯え、後ずさった。

 

「むーっ……た、たしかにアライさんの探してた帽子は白いやつだったのだ……

ごめんなさいなのだ。勘違いだったのだ」

 

ぺこりと頭を下げて心底申し訳なさそうに謝る少女を見てゲールマンは驚いた。

自らの非を認め、謝れる!こんな事は獣の病の罹患者にはできない。

いいや、ヤーナムにおいては健康な者でさえ何人ができることか。

そも、人にそんなことができるものなのか。

 

「そうかね、誤解が解けたようでなによりだ。ところで君……アライさんだったかね?

すまないが私はここがどこだか解らないのだよ……どうも迷い込んでしまったらしい」

 

ゲールマンは驚きを隠し、さらに踏み込んで見ることにした。

獣の特徴を有しながらしっかりと理性のある者。

好奇心がうずき、啓蒙がささやく。もっと探求するべきだと。

呪われて、たっぷりと後悔したというのに、好奇心は止められない。

なぜなら彼もまたヤーナム野郎だからだ。

 

「迷子なのか?ここはさばんなちほーなのだ!ええと……何のフレンズなのだ?」

「フレンズ?私はゲールマン。ヤーナムという場所から来たのだが」

「やーなむちほー?うーん……知らないのだ。ゲールマンというフレンズも知らないのだ……

それにしても変なフレンズなのだ!

顔はしわくちゃだし、足も片方が棒みたいなのだ!すごく背も高いのだ!」

 

ここでさらにゲールマンに激震走る。

もしやこの者は老人を見たことがないのか?そしてフレンズという単語がどうも人間を指す言葉に近い感じがする。

ここはどうやら全く常識が通用しない場所らしい。素晴らしい!なんと探求しがいのあることか!

そして啓蒙がささやく。

もしやここは遠い未来で、人が全て獣と化すも獣性を克服した場所なのでは?

獣となるも人の理性を保つ。それがゲールマンの友ローレンスの目指した「獣の抱擁」だ。

たしかかなり良い被験体『恐ろしい獣』が出来たのは覚えている。

それが完成し、普及したならばあるいは……

待て、落ち着け。慎重に調べるのだ。

 

「君は老人を見たことがないのかね?年を重ねて老いたものだ。

人は皆、長く生きればこうなるのだよ」

「よくわからないのだ。

けものは長く生きるとよぼよぼになるけど、フレンズは長く生きてもそうはならないのだ」

 

老いず、獣性を克服した者。もしやフレンズとは上位者かそれに近いものなのだろうか?

 

「なんと……そうかね。親切にありがとう。

ところで君、私はどうやら君の言うところの迷子になってしまったらしい。

ヤーナムとは勝手がまるで違う。すまないが、いろいろと教えてくれると助かるのだが……」

 

彼女を逃がしてはならない。もっとよく知らねば。

ローレンス、君は「獣の抱擁」にたどり着いたのか。

それとも、彼女がそこに至るための貴重な手がかりなのか。

しかし、いつまでも引き留めてはおけないだろう。何かこちらも報酬を出さねば。

 

「そうだ、これをあげよう。君の求めているものとは違うが、これも帽子には違いあるまい」

 

ゲールマンは自らの内から「よれたヤーナム帽」を取り出してアライさんに渡した。

ぱあっとアライさんの顔が明るくなる。

 

「わーい帽子なのだ!これできっとボスとしゃべれるのだ!ありがとうなのだゲールマン!」

 

アライさんは帽子を大切な宝物のように掲げて抱きしめる。

それはとても純粋な少女のように見えた。

やはり獣性を克している……!

 

「それで、すまないが……」

「迷子なのだ?アライさんにおまかせなのだ!

アライさんはこれからボスの所にいくからついてくるのだ!」

 

ボス、か……まとめ役がいるならば話が早そうだ。

このアライさんという少女は純粋だが、いささか短慮なところがある。

それもまた、少女というものなのだろうが。

枯れた草原をアライさんが走って行く。

空はどこまでも青く高く、のどかな風景が地平線まで開けて見える。

やはり、ここはまるで楽園のようだ。素晴らしいじゃないかね?

 

「ああ、少し遅れるかも知れないが、気にせず行きたまえ」

「ゲールマンは足が遅いフレンズなのだ?!早く来るのだ!」

 

かなり遠くにアライさんがこちらを振り返っている。

 

「なに、直に追いつく」

 

ゲールマンはハッとかけ声をあげると滑るように移動した。

古狩人の秘儀「加速」である。

 

「のだっ!不思議な走り方をするフレンズなのだ……」

「老いたとて、私にも一芸くらいあるということだよ」

 

ゲールマンはアライさんの目の前に一瞬で現われた。

加速の業とは霞の如く姿を消して驚くべき速さで移動する。

これも、古い血が成せる技だ。

なにしろゲールマンは上位者を狩り尽くしその血を体に取り入れてきたのだから。

 

「ゲールマンはかけっこが得意なフレンズなのだな!よーし競争なのだー!」

 

まるで春のような暖かい日差しの中、草いきれの風に吹かれて孫ほどの少女と駆け抜ける。

ゲールマンの頬に、自然と笑みが浮かんでいた。

あるいは、それはあり得たかも知れない未来への憧憬だろうか。



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ラッキービーストとフェネック

「あらーいさーん、それ誰ー?みかけないフレンズだねー」

「あっ!フェネック―!これを見るのだ!アライさんはとうとうこれを手に入れたのだ!」

 

平原の向こうからもう一人の少女……フレンズが歩いてくる。

耳はやや広く黄色い。明るいピンクのシャツにやはり短いスカートを穿いていた。

どうもアライさんの知己らしい。

 

「帽子だねあらいさーん。よかったねー。似合ってるよー」

「えへへ。これでボスとおしゃべりできるのだ!これはゲールマンがくれたのだ!」

 

フェネックというフレンズがこちらを見て友好的に話しかける。

だが眠たげな目は笑っていない。こちらを値踏みしているようだ。

そしてそれは正しい。狩人など、誰も血塗れなのだから。

 

「へー。ありがとねー、ゲールマン。みかけないフレンズだねー」

「ああ、どうやら迷い込んでしまったようでね……

勝手がよくわからないのだよ。

すまないが、いろいろと教えてくれると助かるのだが」

「ふーん、わかったよー」

 

なかなか勘が鋭い。なるほどアライさんの短慮さをフェネックが補っているというわけか。

信頼を得るのは難しそうだ。物でつろうにもポケットにあるのはおぞましい物しかない。

そもそも、少女が二人でいるところに老人がでしゃばるというのも無理があるだろう。

 

「フェネック―!ゲールマン!はやくボスを見つけに行くのだ-!」

「はーいよー」

「ああ、すまないね」

 

 

果たしてしばらくしてボスとやらは見つかった。

アライさんもフェネックも獣の特徴を持っているらしく、人間離れした嗅覚や聴覚を持っていた。

興味深い知見だ。

 

「ハジメマシテ、ボクハラッキービーストダヨ。ヨロシクネ」

「やったのだ!ボスがしゃべったのだ!」

 

ゲールマンはいささか困惑した。なんだこれは……獣を模した青いぬいぐるみのようだ。

だがそれが動いてしゃべっている。オト工房が作っていた機械仕掛けのようなものだろうか?

 

「キミノ名前ヲオシエテ。君ガ何ガ見タイ?」

「私はゲールマン」

「アライさんなのだ!」

「フェネックだよー」

 

何が見たい、か……抽象的な質問だ。

なのでこちらも抽象的な、核心を突いた答えにならざるを得ない。

 

「ここは何なのかね?」

「ワカッタ。ココハジャパリパーク。ジャパリパークニツイテハナスネ。

ジャパリパークハ気候ヲモトニシテ幾ツカノチホーニワカレテルヨ。

ソレゾレニ動物植物ガ展示サレテイルンダ」

 

展示されている……だと?!つまりここは巨大な博物館というわけなのか!

動植物をそのまま展示する……一体どれほどの富と技術があればできるのだろう。

やはりここは遠い未来なのか。

 

「つまり……ここは巨大な博物館なのかね?」

「ソウダヨ」

「フレンズも展示物の一つなのかね?フレンズとは……何なのかね?」

「彼女ラハ動物ヤソノ遺物トサンドスターガ接触シタ事ニヨッテ動物ガヒト化シタモノダヨ」

 

獣がヒト化したもの……まるで、かつての我々ヤーナムの民と同じではないか。

ヤーナムでは、結局のところ我々は人になりきれることはなかった。

獣の病でヤーナム人は元の獣に戻ってしまった。

 

「フレンズが元の獣に戻ることは?」

「寿命デ死ンダリ、サンドスターガナクナルト、元ノ動物ニモドルヨ」

「それは元の動物に戻るだけなのかね?

たとえば……フレンズの力を持ったまま理性なき獣に堕ちることは?」

「ソレハイママデデ確認サレテナイヨ。ダイジョウブ」

 

それはよかった……ここで獣の病が蔓延する可能性は低いのかもしれない。

あくまでこのラッキービーストを信じるならばだが。

 

「むーっ!ゲールマンばかりずるいのだ!アライさんともしゃべるのだーっ!」

「ゲールマン、キミハドコヘイキタイ?」

 

ラッキービーストはアライさんを無視してこちらに話しかけてくる。

おそらくは……それは彼女が展示品だからなのだろう。

しかし真実はあまりも残酷だ。彼女に突きつけるべきではない。

 

「すまないが、彼女たちにも話しかけてくれないかね?」

「ソレハ、許可サレテナイヨ。ゴメンネ」

「誰ならば許可が出るのかね?」

「パークガイドノ許可ガイルネ」

「それはどこに?」

「ア……ア……ア」

 

どうやら答えられない事らしい。まずい。ここでラッキービーストに壊れてもらっては困る。

 

「わかった。人がいる施設はあるかね?

可能ならばサンドスターについて資料が見たい」

「ソレナラ、図書館ガアルヨ。

サンドスターニ関スル資料ハ、司書ノ許可ガイルヨ」

「むーっ!ゲールマン!帽子を貸すのだ!

その帽子ならボスと話せるかもなのだ!」

「ああ、後で返してくれたまえよ」

 

アライさんはゲールマンの帽子を被ってラッキービーストに話しかけてみるが、しかし無視され続けていた。

フェネックがこちらに来る。

 

「ゲールマン、ありがとねー。

ボスにアライさんとしゃべるように言ってくれたんだねー」

「ああ……結果は芳しくなかったがね」

「どうしてゲールマンはボスと喋れるんだろうねー」

 

言うべきだろうか。私はフレンズではなく、薄汚い人間であると。

人すら辞めてしまった人でなしだと。

今はただこの善良な彼女たちを傷つけたくない。

 

「それは……私がヒトだからだろう。

おそらく、このジャパリパークを作った獣だ。

私はフレンズではないのだよ……」

 

フェネックの眠たげな眼がわずかに光った。

 

「じゃあセルリアン?」

「セルリアンというものは知らないが、違うだろう。

そうさな……フレンズに似た、しかし決して同じではない獣。

それがヒトというものだ。

ヒトという獣は……あまり良い獣ではない。

もし会うことがあれば近づかぬ方が良い」

 

フェネックがわずかに構える。自然体を装っているが私にはわかる。

いつでも逃げ、あるいはとびかかれる姿勢だ。

 

「じゃあゲールマンは私たちを狩る気なのかな?」

「いいや、それは無いと誓おう。むしろ守りたいのだ。ヒトという獣の悪意から」

 

アライさんの声を背景にしばらく、緊張した無言の時間が流れた。

フェネックは私の目を見、私はフェネックの目を見ていた。

やがて、フェネックが構えを解いた。

 

「わかったよー信じるかなー『今は』ねー」

「それでよい。ヒトの言うことなど信じるべきではない」

 

と、そこにアライさんが半泣きでフェネックのところに駆け寄ってきた。

 

「あーんダメだったのだフェネックー!

やっぱりあの白い帽子じゃないとダメなのだー!

どうしてゲールマンはボスと話せるのだ?」

「ゲールマンはヒトってけもののフレンズなんだってさー。だから特別なんだってねー」

 

フェネックが軽く目配せをしてきた。話を合わせるべきだろう。

しかしもう一人の帽子を被った者、か……おそらくヒトだろう。

私は良い。どうせ老い先短い身で、狂人や悪党の相手ならば慣れ切っている。

だが、アライさんに人を会わせるべきではない。この少女が傷つくところは見たくない。

さて、どうしたものか……

 

「あ、ああ……どうもそうらしい。白い帽子もヒトの物だろう。

図書館にならばあるいはヒトがいるかもしれない。

どうだろう。私が代わりに行ってくる。旅は危険なものになるだろう。

どうかここで待っていてはくれないかね?」

 

アライさんはうむむむ、と唸り、フェネックはそれを見守っている。

 

「うむむむ……それはアライさんのために帽子をとってきてくれるということなのだ?」

「帽子はわからないが、なんとかボスが君と話せるように取り計らって来よう」

 

さあどうだろう。これであきらめてくれればいいが。

 

「ならアライさんも一緒に行くのだ!ゲールマンだけでは心配なのだ!

それに、これはもともとアライさんが言い出した事なのだ!」

 

即答だった。何の曇りもない純粋な善意だった。

こんな穢れのない言葉を聞いたのは一体いつぶりだろうか?

 

「わたしもいくよー。アライさんだけじゃ心配だしねー」

「フェネックもついてきてくれるのだ!これで百人力なのだ!

あぶない旅なら、なおさら群れで行った方がいいのだ!」

 

危険だとわかっていつつも、私はその穢れのない善意に勝てなかった。

 

「……わかった。だが危険があれば基本的に迂回しよう。約束できるかね?」

「わかったのだ!」

「はーいよー」

 

かくしてさばんなちほーの美しい夕焼けに照らされて、旅が始まった。

 



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カバとジャパリまん

宇宙すら見える美しい星空の下、3人は歩いた。

 

「ところで……君たち食べ物はどうしているのかね?」

「ボスがジャパリまんを配ってくれているのだ!

足りないときは虫でも木の実でも何でも食べるのだ」

「ジャパリまん?」

 

夜の草原は静かだ。風が冷たく心地よい。

しかし夜行性のフレンズは大勢活動しているようでもある。

 

「こーんな丸くて柔らかいやつだよー。中にお肉とか入ってるよー」

「ふむ……なるほど。獣は狩らないのかね?」

「あんまり狩らないねえ。同じ種類のフレンズがいると気まずいからねー」

 

どうやらジャパリパークではラッキービーストによる配給制が敷かれているようだ。

それによりフレンズ間はもちろん、獣への食害も無くす……

一見、すばらしい体制に思える。

 

「あっ、もうすぐボスが集まってるところがあるよー。

あそこでジャパリまんをくばってくれるんだー」

「旅に備えて多めにもらっていくのだ!」

 

あれは……ガス灯だろうか?色がいささか違うようだが。

街灯の下にラッキービーストが頭の上に皿を載せて歩き回っている。

アライさんはさっそくボスからジャパリまんをもらい、懐にいくつか入れて残りは食べた。

フェネックもそれにならう。

 

「どれ私ももらおうか」

 

表面に「の」と書かれた柔らかいパンだ。

食してみれば中に引き肉のようなものの味がする。

わずかに薬臭いが……防腐剤か、精神安定剤だろう。

それだとしても、大した影響のあるものではない。

肉食動物のフレンズが衝動を抑えるためかもしれない。

それを差し引きしたとしても、大変に美味だ。

 

「ほう、これはなかなか……」

「ジャパリまんはおいしいのだ!ゲールマンは初めて食べるのか?」

「ああ、初めて食べる。悪くない」

「さあ出発なのだ!朝までにゲートまで行くのだ!」

 

どうやらそのまま行く気らしい。夜行性なのだろうか?

 

「君たちは、夜は眠らないでも平気なのかね?」

「あーゲールマンは夜行性じゃないフレンズかなー?」

「いや、むしろ夜に活動する。夜行性と言っていいだろう」

「じゃあ大丈夫だねー。私たちも夜行性のフレンズだからねー」

 

我々は星空の下歩き続けた。

途中で、看板を見つける。脇に小箱があった。

これは……地図だろうか。英語でも案内が書いてある。

 

「わかるのー?ゲールマン」

「ああ、これは地図だ。正しく用いれば行く道がわかる」

「やったのだ!これで図書館まであっという間なのだ!」

「いや……およそ80マイルはある。歩いて……4日ほどかかるだろう」

 

およそキロ単位にして100km。

5kmで5時間歩いたとして一日25km。

川も多い。迂回する可能性もある。

そんなものだろう。

 

「なにーっ!そんなにかかるのか!」

「あきらめるかね?」

「絶対に行くのだー!ボスはあの時言ったのだ!

『フレンズや私たちにとって大切なものが埋設されていることがわかりました』と!

つまりこの謎を解き明かさねばパークの危機なのだ!」

 

ここでゲールマンはまた驚いた。

てっきりラッキービーストと喋りたいだけだと思っていた。

だがアライさんはアライさんなりに責任感というものが強いようだ。

おそらく勘違いだろうが……それでも、その善意はまぶしいものだ。

 

「なるほど……だが、埋められているならば今は安全だろう。

むしろ下手に掘り返すほうが危ない。

大切なものは……うかつに触ってはいけないものなのだ」

「何かあったんだねえ、ゲールマン」

「ああ……私は大変なものを掘り出して、それで多くの……大変な迷惑を大勢にかけた。

知るなとは言わないが、ことは慎重に当たるべきではないかね?」

 

しばらく、静かな時間が流れた。空気が重い。アライさんでさえ、しばらく考え込んだ。

 

「……でも、ゲールマンは止めないのだ?」

「パークの危機なのだろう?何もしないわけにもいかない。

だが、今は慌てる必要はないということだ。

誰か……そういったパーク全体のことがわかる者がいればいいのだが」

「それならとしょかんにハカセがいるのだ!

おおっ!ちょうどいいのだ!としょかんにいそぐのだーっ!」

 

アライさんはまた走り出した。まさに猪突猛進といったところか。

なるほど、行くべき目標が定まっていれば周囲を引っ張れるのだな。

それは、間違いなく善性だろう。だが、誰かが見ていなければ危ない。

それがフェネックというわけか……

 

「ありがとね、ゲールマン。アライさん思い込んだら止まんないからさー。

めずらしいよー。アライさんがあんなに真剣に考えるなんて」

「年の功というやつだよ……成功もあれば、間違いも多くした。

それが君たちの糧になってくれるならばこれほどうれしいことはない」

「よくわかんないけど、いろいろあったんだねー」

「ああ、いろいろあったのだよ」

 

そして、朝日が昇った。

夜明けだ……あの悪夢にとらわれている間、あるいは獣狩りの夜の間。

どれだけ待ち望んだものか……やはり、何度見ても美しい。

 

「しかしハカセ、か……」

 

メンシスの彼を思い出した。あんなものがこんなところにいてはならない。

場合によっては……

 

 

やがて、午前を迎えて我々は水場についた。

しかし池か……できれば川の水のほうがいいのだが。

池の水はよどみ、いずれ腐る。しかし贅沢は言えない。

我々は池のふちにかがみ、水を飲んだ。

私は血の酒の空瓶を使い水をためておく。なおよく洗った。

捨てる水も魚に影響を及ばさないように地面に捨て置いた。

 

「だぁーれぇー?」

 

突然に巨大な水柱!

 

「うわーっ!」

 

水から出てきたのは黒い体の線が出るぴっちりした服を着た女性だった。

あれもフレンズなのだろうか。

 

「あーびっくりしたー」

「カバさんなのだ!お水をもらっていくのだ!」

 

カバ……のフレンズか。かつてビルゲンワースの博物誌で絵を見たことがある。

あれがこうなるのか……

 

「いいですわよー。サーバルと言い珍しいですわね。何かあるの?」

「ちょっととしょかんに調べに行くことがあるのさー」

「ところで……そちらの背の高いフレンズは?」

「ヒトのフレンズ、ゲールマンなのだ!かけっこが速いし、物知りなのだ!」

 

ほう、アライさんはそのように私を評価していたのか。

暗い一面を見せていないとはいえ、そういわれると面はゆいものがある。

昨日アライさんの意見を否定したというのに、それでも評価をしてくれる様はまさに獣性を克した姿だ。

 

「ヒト……聞いたことない動物ですわね」

「そうかね。ヒトはこのあたりで見ないのかね?」

「ええ……あなた、この辺りは初めて?」

「ああ、これほど美しい場所は初めて見る」

 

カバはしばらく考え込んでこう尋ねた。

 

「あなた、泳げまして?」

「この足ではね」

「空は飛べるんですの?」

「跳び上がることならば」

「じゃあ……狩りごっこは?」

「得意中の得意だ」

「あなた……けっこうなんでもできるフレンズなんですわね。

それならアライさんやフェネックを守ってやってくださいましね」

「ああ、わたしもそう願っているよ」

 

カバは一拍置いて真剣な顔で切り出した。

 

「ただ、ジャパリパークの掟は自分の力で生きること。自分の身は自分で守ること。

あなたばかりが戦ってはだめよ。

セルリアンと戦うときはちゃんと石を狙いなさいね」

 

自分の力で……か。しかしジャパリパークの食料はボスによって維持されている。

まあそれとは別の話だろうが。

だが、貴重な忠告だ。フレンズとは、誰もこう親切なのだろうか?

彼女たちの輝きがこの薄汚れた身に染みる。

 

「ああ、覚えておこう。親切にありがとう」

「じゃあ、アライさんたちはもう行くのだ!」

「おねーさんありがとー」

 

次はジャングル地方か。ジャングルは禁域の森で慣れてはいるが、ああまでおぞましくはないだろう。

 



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じゃんぐる

ジャングル地方は実に興味深かった。

多種多様なフレンズに動植物。鬱蒼としているが不快感はない。

実に豊かな森だ。蛇ばかりの禁域とは違う。

 

「もうすぐ、橋があるはずだ」

「はし?!はしとは何なのだ?」

「川に木や鉄などで板をかけて道を作るものだよ……

それがあれば安全に川を渡れる」

「なかったらー?」

「船を自作するしかないないだろう。はるか昔、余技程度に作ったが……」

「ふねー?」

「とにかく、行ってみるのだ!楽しそうなのだ!」

 

アライさんが走り出し、そして足を滑らせて転落した。

 

「あーっ!」

「やっちゃったねえ、アライさーん」

 

ぼちゃんと川に落ち、流されていく。

まずい、私は泳げない。何か……何かないか!

 

「アライさん、もがかずできるだけ空気を多く吸って体を浮かべるのだ」

「そ、そんなこと言われても無理なのだーっ!がぼぼ」

 

川を見る。先には浮橋があった。これだ!

私は一跳びに「加速」し、浮橋の上に飛び乗った。

攻撃用以外での用途は初めて使うが……うまく行ってくれ!

私は「葬送の刃」を刃をつけずに棒だけ使ってアライさんを引き寄せた。

 

「えふっえふっえふっ!ゲールマンのおかげで助かったのだ……命の恩人なのだ」

「いや、ここに運よく浮橋があったおかげだ。私では何もできなかった」

「そんなことないのだ!そのぶき?で助けてくれたのはゲールマンなのだ!」

「あらーいさーん、気を付けてよー」

「しかし……地図にある橋とはだいぶ趣が違うようだが……」

 

対岸にいたフレンズがこちらに気づいた。

猫系のフレンズと……あの水着はなんだろう。尾もあるようだが。

少々目に毒だ。

 

「おおっ」

「だれ?」

 

我々は当初の目的の通り橋を渡りフレンズたちと出会った。

自己紹介をした後、ふと気になったので尋ねてみた。

 

「ひとつ、聞きたいのだが……この橋は誰が作ったのかね?

真新しいようだし、正規の橋ではないようだが」

「これはかばんちゃんが作ったんだー」

「なるほど、かばんというフレンズもまた命の恩人と言えるだろう」

「かばん……さん?もまたすごいのだ!命の恩人なのだ!」

 

しかしかばん、か……

この橋は明らかに人の手によるものだが、まるでフレンズのような呼び名だ。

一つ、啓蒙がひらめいた。

 

「そのかばんさんだが……帽子を被っていなかったかね?

アライさんが被っているような帽子で、もっと白いものだ」

「あー、被ってたねえ。その子に用事?」

「まーねー。ちょくせつは関係ないんだけどねー」

「ええっ!?かばんさんが帽子ドロボウ……?どういう事なのだ!?」

 

私は咳払いするといくつかの仮説を提示した。

 

「つまりは、ドロボウではなかったのだろう。

かばんさんがもともと持っていた帽子を置いて、君が見つけた。

だがそれにお互いに気づかず……かばんさんはまた帽子を持ってどこかへ行った。

そんなところではないかね?」

「そーじゃないかなー。たぶん、その子がもともと持ってたんだよー」

 

アライさんは表情豊かに驚いた。

 

「えーっ!そんなはずないのだ!

黒い影がぬっとあらわれて帽子を被っていったのだ!

そんなやついなかったのだ!」

「気づいてなかっただけかもよー」

「仮に君が先に見つけたとしても、もとより誰の物かわからなかったのだろう?

ならば、帽子を持つ権利は等しくあるわけだ」

「ええーっ!なんだかずるい気がするのだ……」

 

いずれ説得しなければならなかったことだが、かなりの困難だ。

慎重に話をもって行かねばならない。

 

「ならば、何も奪う必要はない。必要な時だけ借りればいい。違うかね?」

「そうかも、そうかもしれないのだが……!」

 

しばらく様子を見ていたジャガーが見かねて口をはさんできた。

 

「かばんはすごくいい子だったよ。そういうことする子には見えないな。

それに、話もわかるやつだったから、きっと貸してくれるよ」

 

コツメカワウソは橋で遊んでいた。

あのすべてを楽しむ姿勢こそヒトが本当に獲得すべき知恵だったのかもしれないな……

 

「それに、私のあげた帽子ではやはり足りないかね?」

「そういうわけではないのだが……」

「その子はやっぱりとしょかんに向かったのかなー?」

 

フェネックがうまく助け船をだしてくれた。こういう時は話題をそらすに限る。

 

「うん、さばくちほーを通ってとしょかんに行くって言ってたね。バスに乗って行ったよ」

 

バス……乗り物か。やはりヒトのフレンズか、パークガイドなのだろう。

 

「やっぱりとしょかん……!そこがうんめいの地なのだ!としょかんに急ぐのだーっ!」

 

よし、うまく気をそらせたようだ。やはり少し早まった情報だったかもしれない。

しかしヒトのフレンズ……か。ヒトという種族を代表する存在。

それが善性であるものだろうか?



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かふぇ

「暑いのだ……さばくちほーは暑すぎたのだ……!」

「どうやら、私も少々この暑さは難しいようだ。移動は、夜にしないかね?」

 

山奥の寒村であったヤーナムの気候に合わせた服装ではやはり無理がある。

アライさんも元々がアライグマだ。砂漠には適していない。

やはり砂漠の移動は夜に限る。

 

「賛成なのだ!あのさばくのなかを走るのはむぼーすぎるのだ!

フェネックは平気なのだ?」

「わたしの大きい耳もねつをにがすのさー。わたしは暑さには強いんだよー」

「夜まで物資を集めよう。砂漠の旅は夜であっても厳しいものになるだろう」

「おー!」

 

ジャングルの川辺だ。集められる食料は豊富にある。

しかし、現地の者に聞くのが一番良い。ジャガーたちの下に戻ろう。

 

「あれー?ゲールマンとしょかんに行ったんじゃなかったの?」

「さばくちほーは過酷だったのだ……」

「我々にはいささか暑すぎるものでね。夜を待って移動しようと思うのだよ」

 

おや、鳥のフレンズがコツメカワウソと何か話している。

 

「それでね、あれを使えばかふぇまで行けるのよ」

「キャハハハなにそれなにそれー!面白そう面白そう!」

「あら、あなたは見かけないフレンズね。ずいぶん背が高いわ」

 

鈴を転がすような声で鳥のフレンズがこちらを向いた。

 

「ああ……私はゲールマン。ヒトのフレンズだ」

「ヒト……変わったフレンズね。じゃあ、自己紹介に一曲……」

「ほう、それは楽しみだ」

 

鳥だけあって良い声のフレンズだ。歌声もまた期待できる。

 

「わたーしはートーキー!あなたをーさがしてるー!

どこにいるのー!わたーしのーなかーまー!」

 

すさまじい声量だ。獣の咆哮に匹敵する。

歌は……いささか調子はずれだが、それでも声が良いものだ。

 

「なるほど、トキか。ありがとう、素敵な歌だ」

「それはアンコールかしら!?」

「いや、それはまたの機会にしておこう」

「あらそう……」

 

ばさばさと頭上で音がした。私はとっさに辺りを見回す。

頭上を取られるのは致命的だからだ。

 

「なんかまた聞こえたんですけど!またよばれたんですけど!」

 

トキと似たフレンズだ。おそらく亜種だろう。

 

「あら、つい自己紹介をしてしまったものだから」

「びっくりしたんですけど!」

「ごめんなさいね」

 

素直に謝れる。やはり獣性を克している。

それもまたサンドスターの導きなのか。

我々が見出すべき青ざめた血とはサンドスターだったのか。

 

「キャハハおもしろいおもしろーい!」

「ゲールマン、フェネック!

これすごいのだ!面白いのだ早く来るのだ!」

「はーいよー。何だろうねゲールマン」

「わからない、だが楽しんでいるならばよいことだ」

 

そこにあったのは自転車によるロープウェイだった。

自転車をこう使うとは……ヤーナムでもごく珍しい最先端の乗り物だった。

それをさらに洗練させたものだとわかる。

 

「これは……!」

「これを使ってかふぇに行けるのよ。

よかったら、あなたたちもどうかしら」

 

カフェ、か……懐かしい。

ロンドンに行ったときは狂ったように紅茶を飲んだものだ。

あれは何か我々英国の民を引き付けてやまないものがある。

 

「紅茶は出るのかね?」

「ええ、かふぇではこうちゃ?を出してるわ。のどにとってもいいの」

「ぜひ行こう」

「キャハハたのしそうたのしそう!」

「なんだかおいしそうな感じなのだ!

気になるのだいくのだフェネック!」

「そーだねー、夜までヒマだしさー」

「わーいわーい!」

 

しかし自転車は1つ。乗れて二人。

ここにいるのは飛べないものは5人……

 

「私たち、一人くらいなら運べるわ」

「私もやるんですけど」

 

ここは年長者として譲るべきだろう。

 

「わたしこれ乗りたーい!」

「楽しそうなのだ!乗ってみるのだ!」

「じゃあ私は運んでもらうねー」

「しかし……一人いけないぞ?」

 

しかし紅茶は飲みたい。さてどうしたものか。

ポケットに一ついいものがあった。

これはあまり使いたくないが……それでもこんな時有効なものだ。

 

「一つ、私にいいものがある。どうか驚かずに見てほしい。

少し姿が変わるが……何、すぐ戻れるものだ」

「ひえっ、どくろなのだ……」

 

私の姿は黒い霧に包まれ、直後。

無数の白く醜い小人……「使者」たちの姿となった。

秘儀「使者の贈り物」だ。

 

「うわーっ!ゲールマンがへんなこびとさんになってしまったのだ!」

「驚いたかね?なあにすぐ戻る……このようにね」

 

わずかに走ると黒い霧とともに「使者」の姿から元の姿に戻った。

悪夢の霧をまとい、姿を変える……

児童幻想の類であり、だからこそフレンズに見せるにふさわしい。

そして幻想とは大きな行動をすれば破れてしまうものだ。

 

「ちょっと、気味が悪いがたしかに大丈夫そうだな!

しかしどうやってるのかぜんぜんわからん……

ゲールマンはまほうが使えたのか!」

「まあ、そのようなものだ。魔法を知っているのかね?」

 

魔法という概念を知っている……?この密林で?どうやって?

いやフレンズも知恵持つものである以上神秘にあこがれる気持ちはあるだろう。

信仰も生まれるかもしれない。

だが、一足飛びに魔法という概念を知りうるものだろうか?

 

「まあ……なんとなく?ハカセに教えてもらったんだ!」

「ほう、そうかね。だが気を付けると良い。

神秘にまみえることは、必ずしも幸福ではない」

 

神秘に見えるのは人の幸福。そう嘯いた者たちの末路がヤーナムだ。

フレンズには心配はないだろうが、しかし警句は必要だろう。

そしてまたもやハカセ、か……特別な知恵を独占しているようだな。

 

「うーん、ぜんぜんわからん」

「まあ、魔法のようなものを追いかけて

すべてを失った愚かな老人がいたとだけ覚えておきたまえ。

かねて神秘を恐れたまえ。恐れたまえよジャガー……」

「わ、わかった。気を付ける」

 

おっと、場が静まり返ってしまった。私は努めて明るくふるまう。

 

「まあ良い。さあ行こうじゃないかね。

紅茶とはすばらしいものだ。ぜひみなにも味わってほしい」

「そーだねー。その乗り物も楽しそうじゃないかー」

 

フェネックは何かを察して話題を変えてくれた。

 

「わーいうごくぞー!」

「フェネックー!どっちが速くつくか競争なのだ!

ゲールマンも早く乗るのだ!」

「おお、すまない……ありがとう、フェネック」

「いーってことさー」

 

かくして我々はしばしの空中散歩を楽しんだ。

 

 

「おわー!一気にお客さんがきたねえ!よかったねえ!よかったねえ!」

 

奇妙な訛りを話すアルパカのフレンズはうれしそうに給仕する。

さすがにこのような高山では客も少ないのだろう。

 

「紅茶か……懐かしく、そして楽しみだ」

「おおっ、お客さんこうちゃ?飲んだ事あるのぉ?」

「ああ、私の故郷では皆よく飲んでいたよ……私も大好きだ」

「じゃあじゃあ、さっそく一杯!」

「さっそく一曲どうかしら!」

「ああ、頼むよ」

 

トキの歌を背景に一口飲む。

葉はやや古いが良い。入れ方はつたなく素朴な味だ。

だがそれでも、なぜだろうとても懐かしい。

 

「かふぇって……」

「いいーねえー」

 

どうやら、二人もお気に召したようだ。

紅茶を好む同志が増えたのは喜ばしい。

 

「ああ……とても、すばらしいものだ。そうだろう?」

「そーだねー。ゲールマンも満足?」

「ああ、満足だ……とても懐かしい味だ」

「おおっ、合格!」

「だが砂糖とミルクを入れるともっと良い。

もう少し長く濃く味を出すとよいだろう」

「くわしいねぇーお客さんー」

 

ここがカフェならば砂糖はあるはずだ。しかし貴重なものだろう。

 

「どれ、少し探してみよう。白く細かな粉だ。わかるかね?」

「あーそれならー」

 

店内ではジャガーとコツメカワウソが紅茶を飲み終えて調度品を調べている。

 

「ゲールマン!これなにこれなにー?おもしろいぞー!」

 

コツメカワウソの手にあったのは笛だ。

それもティンホイッスルと呼ばれる類の。

ああ、これもまた懐かしい。

かつてヤーナムがにぎわったころ、酒場でよく演奏されたものだ。

私も手慰みに少しだけ吹いたことがある。

 

「ああ、それはこう吹くのだよ。そうだな……トキに倣って私も一曲。

何が良いかな……メルゴーの子守歌、いやあれはいかん。

ああ、そうだ……ジョン・ライアンのポルカ。これでいこう」

 

にぎやかで、明るく、およそヤーナムには似合わない。

だが狂騒的なリズムは時に酒場で血の酒とともにふるまわれた。

カツ、カツと右足でリズムを取り、のびやかに笛を吹く。

 

「わーいたのしいぞー!」

「あら、ゲールマンもお歌うたえたのね」

「楽しい曲だねーあらいさーん」

「とっても明るい曲なのだ!踊りたくなるのだ!」

 

カッカッと右足でリズムを刻み、ドン、ドンと失われた左足でビートを刻む。

 

「キャハハッたーのしー!」

「こ、こうか?こうなのか?」

 

フェネックがちらりと私を見ると、リズムに乗って手をたたく。

 

「こうじゃないかなーあらーいさーん」

「おおっ!それなのだ!」

「すてきな曲ね……私も歌うわ!」

 

アライさんとフェネックは輪になって踊り。

トキたちは歌い、ジャガーとカワウソは跳ねるように踊る。

演奏は5分ほどで終わるだろう。しかしまるでこの時が永遠のように思えた。

とても楽しいのに、なぜだろうな。涙が止まらない。

私は帽子を深く被りなおしてそれを見せぬように演奏し続けた。

せめて、この曲が終わるまでは。

 

「らっらららっらら、らららー♪」

「らっららっららららっらーい♪」

「キャハハッキャハハハハッ」

「なんだかとってもたのしいのだ!フェネックもたのしいのだ?」

「そうだねーとってもすてきだねーあらーいさーん」

 

そして曲は狂熱のように速くなり、やがて終わる。

私は涙を見せぬように「狩人の一礼」で頭を下げてすぐに窓辺から外を見る。

その間に涙はぬぐった。

 

「いやあーとってもよかったよーぅ。もう一曲!もう一曲吹いてみてぇ」

「いや、少しこの老体には疲れてしまったよ。紅茶でもいただいて休んだ後にまたしよう」

「早くいれてくるよぅ!」

「わーいもう一曲!」

 

そして、窓から外を見た私は凍り付いた。

絵文字が描かれている……矢印まで。

草の抜いた後は真新しい、つまりこれは先ほど来たフレンズがやったということだ。

かばん……やはり君もまた、ヒトのフレンズというわけだ。



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さばく

フェネックとアライさんはしばらく昼寝した後真夜中に目を覚ました。

コツメカワウソとジャガーは泊まっていくらしい。

帰りはトキに任せるそうだ。

 

「だいぶ寒いねーゲールマン」

「君にはこれをあげよう、フェネック。古いものだが……汚れはないはずだ」

 

狩人装束のマントとコート部分のみのものだ。

中のチョッキはいささか窮屈だろう。

 

「ちょっと大きいけどー、たためばなんとかなりそうだねー。

ありがとうねーゲールマン」

「もとより、私が暑さに負けたためだ。かまわないともフェネック」

 

フェネックは器用にコートを畳んで狩人装束を着た。

ふむ、なかなか似合っている。

 

「おおっ、アライさんの帽子になんだか似た感じのけがわなのだ!

ありがとうなのだゲールマン」

「君も着るかねアライさん」

「アライさんは自前のけがわがあるから大丈夫なのだ!」

 

なるほど彼女らは服をけがわと認識しているのか……それとも言葉の綾なのか。

 

「そうかね、では行くとしよう」

「しゅっぱーつ!なのだ!」

 

夜空を見上げながら行く空中散歩もまた良いものだった。

 

 

夜の砂漠は静かなものだ。

青々とした月光に照らされながら壮大な砂山の上を行く。

やや足を取られるが、問題ない範囲だろう。

 

「砂ばっかりなのだ!くべつがまるでつかないのだ!

二人とも道がわかるのだ?」

「星や月の方角でわかるのさー。ゲールマンは?」

「月の方角でなんとかわかる。とはいえ、迷えばこれを使うがね」

 

幸い古いコンパスがポケットにあった。

そういえばかの優秀な狩人には渡し忘れていたな。

てっきり市街地内だけで狩りを済ませられると思っていたのだが。

 

「それはなんなのだ?」

「コンパスという。この赤い矢印が北を示すのだよ」

「不思議なものなのだ……

ゲールマンはまほう?をいっぱい知っているのだな!」

 

知らぬものが見れば、まあそう思うのも無理はない。

 

「これは科学……つまり、経験と検証からくるものだよ」

「かがく?」

「いろいろと試して、わかったことを記録していけばいずれたどり着けるという事だ。

これもそう難しいものではない。

このくらいの金属片を100回ほど同じ方向に布でこする。

後はそれを葉に乗せて水に浮かべればよい」

 

アライさんは不思議そうな顔で、フェネックは興味深そうに聞いていた。

 

「ほえー?」

「ふーん……」

「とはいえ、ここでは葉も水もない。

金属片も手に入れるのは難しいだろう……

月と太陽の動きを覚えておくやり方は実に賢い。フェネックに教わるとよい」

 

そう言うとアライさんはぱあっと顔が明るくなりフェネックの顔を見る。

 

「フェネックー!」

「はーいよー。歩きながら教えようかー」

 

我々は月の砂漠を歩き続けた。

そうして、はるか遠くに灯の光を見つけた。

灯か……フレンズに炎が扱えるだろうか?

あれもまた人の手による施設の残骸だろうか?

 

「あー!なんか光ってるのだ!何かあるのだ!」

「そのようだ。何か施設の名残があるのかもしれない。

あと1ヤードもない。次はあそこで休もう」

「そーだねー。そろそろおなかも減ってきたしねー」

 

 

「ここは……」

「不思議なばしょなのだ!なんだかきれいなのだ!」

「たしかに、パークのしせつ?みたいだねー」

 

一見、遺跡のように見えるがどうも「らしく」ない。

灯りのある壁を見てみる。

ふむ、経年劣化した傷と、傷に見えるように塗料を塗った場所がある。

ここが博物館というならば……これは遺跡の模造品なのだろうか?

 

「ワーッ!誰だおまえらー!勝手に貴重な遺跡に触るなーッ!」

 

青く目を光らせたフードを被ったフレンズが奥から出てきて威嚇する。

 

「ああ、すまない。遺跡を暴くつもりはなかったのだ。

ただ……少しばかり休ませてもらえないだろうか?」

「ダメだっ!」

「なわばりに勝手に入ったのはあやまるよー。

すぐ出てくからさー、いっしょにお茶でもどうかなー」

「お茶!?お前ら、お茶を持っているのかっ!?」

 

青い目のフレンズはぎょっとした様子で興味深そうに身を乗り出してくる。

 

「ああ、よければ一杯いかがかね?じゃぱりまんもある」

 

我々はジャパリカフェでアルパカから水筒をもらっていた。

1リットル弱入るそれは問題なく私のポケットに収まっている。

どういう仕掛けか、茶が冷めることがない。

砂漠に備えてたっぷりとミルクティーを入れてもらった。

 

「んんんー……!わかった!少しだけだぞっ!」

「ふいー!疲れたのだー!」

「やっと一休みできるねーあらいさーん」

 

私はさっそく金属カップと水筒を使ってお茶の用意を始めた。

 

「おおっ、これが……!」

「紅茶だ。その中でもミルクティーと呼ばれる。冷めないうちに飲みたまえ」

 

ずずっと青い目のフレンズがお茶を飲む。

 

「うーん……わるくないなっ!」

「そうだろうそうだろう。

ところで君は何のフレンズかね?私はヒトのフレンズ、ゲールマンだ」

「アライさんなのだ!」

「フェネックだよー」

 

またもや青い目のフレンズは驚いた。

 

「なにーっ!ヒトのフレンズだと!?

そうか……やっぱり絶滅してなかったんだな!?

ヒトは亜種があるのか?ジャパリパークについてどこまで知っている!?

あっ……わ、私はツチノコ。蛇のフレンズだ……なっ、なんだコノヤロー!」

 

随分と情緒不安定なフレンズだ。わずかに、かつてのヤーナムを思い出す。

だが、ヤーナムの本気の悪意はこんなものではない。

 

「あ、ああ……肌の色によって3種類の亜種がある。

私はその中でも、少し特殊でね。いろいろあってヒトから外れてしまったのだよ」

「そ、そうか……ジャパリパークの外はどうなってる?どこから来たんだ?」

「私も知っていることは少ない。

ヤーナムという地で倒れ、気が付けばここにいた。

外の様子は私もわからない。

だが、おそらくヒトは逃げたのだろう。

セルリアンか、または別の脅威かはわからないが……」

 

おそらくセルリアンの脅威に人は逃げだしたのだろう。フレンズを残して。

酷なことだ。だが、フレンズにとってはきっとその方が良かったのだ。

ここで私は声を潜めて尋ねた。

 

「君はここを遺跡だと言った。

君は正しく、そして幸運だ。

君のほうこそ、どこまで知ってるのかね?」

 

ツチノコは少し考えて話した。その真剣な様子はかつての学徒を思わせる。

 

「ここは……ここは多分、人を楽しませるために作られたんだ。

でもあの異変でセルリアンが勝って、ここは捨てられた。お前はどう思う?」

「君の推測は間違いなく正しい。だが……いや、やめておこう。

一つだけ言えるのは、あまり過去を知りすぎるものではない。

かねて知を恐れたまえ」

「私は知りたいんだッ!

ここで何が起きたのか!

私たちはどこから来たのか!

ジャパリパークとは何なのか!」

 

ちらりとアライさんとフェネックを見る。どうやら寝入ってしまったようだ。

朝早く出発すればあるいは湖畔へ抜けられるかもしれない。

寝かせておこう。

そして、秘密の話をするには丁度いいのではないかね?

 

「聞いても後悔しないかね?」

「やっぱり知ってるんだなーっ!おしえろ!」

「ジャパリパークとは……博物館であり動物園だ。

要するに、ここはヒトが君たちフレンズを見るために作られた場所なのだよ」

 

啓蒙を振り絞れゲールマン。

ヒトとフレンズに何があったのか、私ならばわかるだろう。

そして、できる限り傷つけず、しかしヒトへの恐れを教授するのだ。

 

「フレンズを見るため?」

「……ヒトというけものはあまり良いけものではない。

物珍しいものがあれば、奪い食い散らかす生き物だ。

故に、フレンズとヒトはそのまま接するわけにはいかない。

だからヒトからフレンズを守り、隔てるためにこのような場所を作った

……それが私の見解だ」

「つまり……ヒトとフレンズが離れて暮らすための場所だったのか……

見るだけで狩ってはいけない。そういう掟をお互いに守るための……

そうか!ここはヒトとフレンズがおたがいのなわばりを守るための場所なのか!」

 

このツチノコというフレンズはかなり啓蒙が高い。

相当にもはやこの遺跡となってしまったジャパリパークを調べたのだろう。

私はため息をついて話題を変えた。

 

「私も、かつて遺跡によく潜ったものだ。

君のように真実を求めてね。

だが、その遺跡は神の墓だった。

余所者を歓迎するいわれなどなく、故に我々は罠や敵対者に苦しめられた……

ここは良い。少なくとも人を楽しませるために作られたのだから……」

「その遺跡からは何がわかったんだっ?」

 

さて、どこまで言うべきか。私は慎重に言葉を選んで話した。

 

「……サンドスターのまがい物のようなものを我々は見つけた。

だが、結局はそれでヤーナムは滅んだ。我々の手には余るものだったのだ。

ちょうど、サンドスターを手に入れつつも

セルリアンという災厄を見つけてしまったヒトのようにね」

「おまえのいたやーなむってちほーも滅んだのか……

やっぱり、ヒトは絶滅したのか?」

「それはない。

ヒトは世界中に散らばって生きている。

一つの街が滅んでも、影響はないだろう」

「そうか……」

 

アライさんたちの静かな寝息が聞こえる。そっとしておこう。

 

「お前は、まだまだ隠してることが多そうだ。そのうち聞きだしてやるからな!

だ、だから……朝まではゆっくりしていけ」

「うむ、ありがとう。そうだ、一つ聞いてもいいかね?」

「なんだっ?」

「君から見て、かばんというフレンズはどう写ったかね?」

「かしこいやつだったな!なかなか気も利くし……いいやつだった。

お前も同じヒトのフレンズが気になるか?フレンズは基本一人一種だからな!」

「ああ、聞かせてくれたまえ」

 

ツチノコの講義は朝まで続き……

夜明け前に私たちは湖畔へと向かった。



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こはん

「ほう、これは見事な物だ」

「きれーな湖だねえ」

「やっとついたのだ!水場にいくのだ!」

 

湖畔は美しい針葉樹林に囲まれた湖だ。

どうもダムの一種に見える。

森の中の湖か……ビルゲンワースを思い出す。

あそこも、元は美しい湖畔だった。そう、元は。

 

「小屋があるのだ!誰か住んでそうなのだ!」

「あいさつに行った方がいいかもねーアライさーん」

 

水辺には高床式のログハウスがある。

奇妙だが、入り口は湖の前にあり、小屋本体は島にある。

どうやら、つながっているらしい。

 

「ログハウスか……懐かしい。かつて、友と作ったこともあったな」

「ログハウスも作れるんだねー」

「ああ、ごく若い頃総出で作り上げた物だ。

本を読んで、木を切り倒してね。

最初はみすぼらしい物だったが……いくつも作れば慣れる物だ」

 

いつしかあれは新入生の恒例行事となったのだったか。

それで最後は村ができてしまった。

そのままその森に居着いた者もそれなりにいた。

ウィレーム師の二人の従者になった学友。

一人は森の門番に。一人は森に埋めた上位者の死骸の墓守に。

あまりにも多くの墓石が並んだ。我々の好奇心のせいで。

そして、森は呪われねじくれてしまった。

 

「ゲールマンに友達がいたのか!?」

「ああ、ローレンスという。やや夢見がちで怪しい男だったが……

いいやつだった。誰よりも大きな夢を夢見ていた」

 

それが、悪夢になったのはいつからだったか。

やはり本当にかなえてしまえるような物を見つけたからだろう。

人の進化、獣の愚かを克服する。愚かだったのは私たちだった。

それが、ここに来てその実現を見てしまうとは。

もう、あの轍は踏まない。

 

「どんな夢を見ていたのだ?!」

「彼も、私も愚かな獣だった。

我々はフレンズのようになりたかったのだよ……

強く、優しく、善い獣になりたかった」

「なら、それは叶ったのだ!よかったのだゲールマン!」

「私は……フレンズらしく見えるかね?アライさん」

 

私はそんな者ではない。

私は、私たちはあまりにも罪を重ねすぎた。

だから、呪われた。街の皆まで巻き込んで。

だが、あの狩人のおかげで呪いは解けた。

彼のノコギリ鉈で私の罪も流されたのだろうか?

 

「ちょっと顔がよぼよぼで背が高いけど、ゲールマンもまたフレンズなのだ!」

「……ありがとう、アライさん」

 

フェネックがトントン、と扉をノックした。

 

「誰でありますか!?」

「私たちさばくちほーから歩いてきたんだけどさー。

ちょっと水が飲みたいのさ―。

少し休ませてもらってもいいかなー?」

 

茶色い学生服を思わせる服装のフレンズだ。

尾が生えていて耳が小さい、爪が長くだらんと垂らした感じ……

リス科のフレンズだろうか?

 

「わずかだが、じゃぱりまんもある。いくらかの珍しい物も。

どうだろう、砂漠から歩いてきて少し疲れてしまってね。

宿代というわけではないが……」

「いいでありますよ!」

 

即答だった。ヤーナムではここから30分はかかる。

やはりフレンズは善性を有している。

 

「では、さっそくプレーリー式の挨拶であります!」

 

飛びかかって来た!パリィ……いかんそれはいかん。

バックステップ!からの「狩人の一礼」

 

「それは何でありますか?」

「私の故郷……ヤーナム式の挨拶だ。

ハグはいささかこの老骨には刺激が強すぎる」

「そうでありますか!ではこちらの方にプレーリー式の挨拶であります!」

「まあまあ、それは私が代わりに受けるよー」

 

ハグからのキスか……

そういえば北米大陸のある種のリスはそんな行動をすると聞いたことがある。

しかしやはり刺激が強い。

 

「アライさんもするのだー!」

「アライさんはゲールマンの挨拶やってみたらどうかなー?」

 

自然とフェネックが誘導する。アライさんを守りいたわる行動は美しいものだ。

それは偏執に似てほのかに暖かい……つまり愛とはそういうものだ。

私もささやかながら手伝いをさせてもらおう。

 

「お手本を見せよう。このように左足を引き手をこうする」

「こ、こうなのだ?」

「良い感じだよアライさーん」

 

奥からもう一人フレンズが出てくる。アメリカ人のような服装だ。

やや狩り装束に似た意匠でもある。

 

「あれ?誰か来たっすか?」

「お客さんがきたであります!

じゃぱりまんやお土産をくれるので泊まっていくそうであります!

ビーバー殿はかまいませぬか?」

「えー、えっと……いいっすよ!俺っちはビーバーっす。お三方は?」

「私はゲールマン。ヒト科のフレンズだ」

「フェネックだよー」

「アライさんなのだー!」

 

ビーバーはこくりとうなずくと奥へと我々を案内した。

トンネルの中は薄暗く、聖杯ダンジョンを思わせる。

 

「じゃあ、立ち話も何だし、奥へどうぞっす!」

「ありがとう」

 

しかしこの土の匂い……真新しいものだ。

木材もつい先日切り出されたように見える。

我々ははしごを登り、ログハウスの内部に来た。

天井にランタンがない。やはりこれはこのフレンズ達が建てた物なのか。

 

「ところでこの家は君たちが建てたのかね?」

「そうっす!俺っちとプレーリーさんと、かばんさんとサーバルで建てました!」

「ほう、道具はかばんさんから借りたのかね?」

 

これだけの物が道具なしに出来るとは考えにくい。

ヒトのフレンズであるかばんが道具を持ち込んだと考えるのが自然だ。

 

「道具は……ばすを借りたっす。でも後は俺っちとプレーリーさんで……」

「かばんさんもビーバーさんもすごいでありますよ!

頭が良くってなんでも知ってるであります!」

「いやあ、俺っちだけじゃ悩んで何もできないっすよ。

ビーバーさんがすぐになんでもやってくれて……

かばんさんが俺っちたちの役割を決めてくれたからこの家ができたんっす」

 

ビーバーとプレーリーは見つめ合って仲むつまじくしている。

そうか、君たちも何かに呑まれたか。

 

「素手でこの木材を加工したのかね……?」

「俺っちは歯が強くって」

「私は爪が強いであります!」

 

ビーバーは机の上にあった枝をカリカリと噛む。

そしてあっという間に削り切ってしまった。

その木材をプレーリーが組み立ててあっという間にイスが出来た。

信じられないが、フレンズの力とはそういうものなのだろう。

サンドスターとはやはり神秘だ。

 

「すごいのだ!それでかばんさんは何をしたのだ?」

「俺っちが計画して、ビーバーさんが作るっていう役割を決めてくれたっす。

他にもいろいろ考えてくれたっすよ!」

 

役割、か……

かばん、君を見極めねばならない。

君がどういう人間なのか。どういうフレンズなのか。

 

「ほう、かばんさんは君たちにはどういうフレンズに見えたかね?」

「優しくて親切なフレンズだったっす!

見ず知らずの俺っちたちに協力してくれて……」

「穏やかで、頭の良いフレンズだったであります!」

 

どうも、かばんと会ったフレンズは皆口を揃えて親切で協力的だったと言う。

そして実際に道すがら立ち寄った者に協力している。

私の中であるいくつかの仮説が立ち上がった。

 

「かばんさんは知恵があるフレンズなのだな!すごいのだ!」

「かんがえるのが得意なフレンズか-。

ゲールマンは手先が器用だし、ヒトって変わったけものだねー」

 

私は仮説の一つを検証してみたくなった。

おそらく、これくらいならば害はないだろう。

 

「ああ、手先が器用で考えるのが得意なのがヒトという獣だ。

それで……こういう道具も作ることができる。

気に入ったものがあれば、どれでも使ってよい。ただ、刃物には気をつけたまえ」

 

並べたのは不要になった工房道具の試作品だ。

それでも、ナイフくらいは役に立つだろう。

 

「これはどうやって使うっすか?」

 

ビーバーは慣れない手つきで釘やナイフ、

ノコギリ鉈になりそこなったノコギリを触る。

いかにも危なっかしい。

なるほど……道具は使えない、か。

 

「そうだな……こう使うのが良いだろう。いらない枝をいただけるかね?」

「いらない枝……」

「これであります!」

「ありがとう」

 

久々にウッドカービングで彫刻でも彫ってみるか……

たしか、ビーバーとプレーリードッグの姿は……こうだったな。

 

「おおっ!俺っちたちのけものの頃の姿っす!」

「手先が器用でありますね……」

「昔手習い程度にね……よければ、受け取ってくれたまえ」

 

しかし、異様な速さで彫れてしまった。

まるで狩人の業で一瞬にして物を取り出したり、

物を握りつぶして体内に取り込むかのように。

たった数動作で完成し、工程が省かれている……

やはり夢に関連した力なのだろうか。サンドスターとは。

そして、私もやはりフレンズになったのか。私などが、いいのだろうか?

 

「君たちはこれらの道具が使えそうかね?」

「いやあー歯でやれば出来ると思うっすけど、手先はそんなに器用じゃなくって……」

「爪でやった方が早いであります!お返しに何か作るであります!」

「じゃあ、お三方の姿をこの板に!」

「はいであります!」

 

ビーバーが板に軽く絵を描き、プレーリーが爪であっと今に作り上げてしまう。

なるほど、やはり元の動物の特徴が著しく増強、いや改善されている。ヒトの形のままに。

それがサンドスターの加護ということか……

 

「おおーこれはー」

「アライさんとフェネックとゲールマンなのだ!

ありがとうなのだ!大切にするのだ!」

 

そこには我々三人が掘られた小さな木版があった。

こんなにも、私は穏やかな表情をしていただろうか?

わからない、わからないが暖かさを感じる。

 

「ああ、これは……とても良い物をもらった。ありがとう」

 

今は科学は忘れよう。こんなものを出されては思索など無粋というものだ。

 

「何かお礼をしたいのだが……」

「じゃあ、アライさんがこれまで聞いたかばんさんの話を伝えるのだ!」

「おおっ、かばんさんの話っすか!」

 

アライさんたちは仲良く話し始めた。

私は、長椅子に座っている。

邪魔をすべきではない、真にフレンズたる善性を備えたものでなければ。

それに……少し眠くなってしまった。

 

 

「ほんとにいいおうちだねー」

「続きを早く聞かせてであります!」

「それで!さばんなでその帽子を見つけたとき……」

 

ふぐぐ、と帽子を目深にかぶったゲールマンからかすかにいびきが聞こえた。

 

「ん……ああ、ローレンス……ひどく遅くなってしまったね……

……君も、早くこちらに座り給え……ウィレーム先生が待っている……」

 

アライさんたちがゲールマンを見た。

そしてまた穏やかな寝息が続く。

 

「ゲールマン、寝ちゃったみたいだねー」

「だいぶ疲れてたみたいなのだ。ゆっくり寝るのだ!それでー」

「うんうん!」

 

フェネックはかすかにゲールマンに微笑むと話の輪の中に戻っていった。



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へいげん

湖畔を抜けると道沿いに草原が広がった。

この近くに公園と城を模した遊具があるらしい。

抜けるような青空に地平線まで広がる絨毯のような草原。

遠くには山や森が見える。

美しい……

 

「あーっ!みんな遊んでいるのだ!楽しそうなのだ!」

「そーだねー。そろそろとしょかんも近いし、あそこで休んでいこっかー」

 

公園の方を見るとフレンズたちが仲良く遊んでいるではないか。

ボールを蹴っている……サッカーのようなものか?

 

「あれはどういう遊びなのだ?ゲールマンは知ってるのだ?」

「似たような遊びならば知っている。サッカーといってあのボールという丸いものを蹴って遊ぶ。

両側にゴールというものを置き……その中にボールを入れる」

「むむむ……むずかしそうなのだ!」

 

サッカーのルールを初見の者に教えるというのはなかなか難しいようだ。

やってみればすぐわかるのだが……

 

「何も難しく考えることはない。君はただ、ボールを追えば良い。

サッカーとはそうしたものだよ。やってみれば直にわかる」

「なるほどねー……あの大きくて丸いのがゴールかなー」

 

巨大なタイヤが埋まっている。あれもまた、遊具だったのだろう。

 

「ああ、おそらくはそうだろう。私も、ごく小さい頃はよくやったものだ」

「へー……ゲールマンもやってみる?」

「足がこの通りでは、どれだけできるかわからないがね」

 

しかしあの灰色の角のフレンズ……聖職者のフレンズではなかろうか?

いいや、ジャパリパークに医療協会の聖職者などいるはずもない。いてはならない。

単に鹿のフレンズなのだろう。

 

「ゲールマンは足が速いのだ!きっとできるのだ!できないならできないなりに遊ぶのだ!

アライさんもやり方がさっぱりわからないけど遊ぶのだ!」

「私が教えるよー。あっちのあの子がねーたぶんねー」

 

フェネックがアライさんにルールを教えながら歩くことしばし。

 

「おーい!おーい!いっしょにあそぶのだーっ!」

 

やがて彼女らの姿が近くに見えて、ボールがアライさんの足下に飛んでくる。

 

「おっ!ちょうどよかった!パスパスパース!蹴って蹴ってー!」

 

獅子のようなたてがみのフレンズがアライさんに言う。

皆、とても生き生きと遊んでいる。

まるで争い事と無縁のようだ。

 

「おっ!任せるのだ!えーいっ!うわっ!」

「はーいよっと!」

 

アライさんがボールを蹴ろうとして転び、フェネックが代わりに蹴る。

ボールはタイヤの間に転がっていった。

 

「やったー!」

「おい待て、反則だろう」

 

獅子のフレンズが飛び跳ねて歓び、鹿のフレンズが泰然と答える。

 

「すまないが、彼女たちも遊びに加えてくれないかね?」

「お前は?」

「私は……ゲールマン。ヒトのフレンズの一種だ」

 

獅子のフレンズと目が合う。彼女は私を冷静に観察していた。

直感的にどちらが強いか計算できる獣の目だ。

そして、すぐに穏やかなフレンズの目になる。

 

「んーじゃあ、いったん休憩にしようかー。

3人だし、一人と二人に別れて入れればいいんじゃないかなー」

「よーし!では私はこっちのゲールマンのフレンズを指名する!

後の二人はそっちに入れて良いぞ!」

 

鹿のフレンズが私を指さした。どうやら、すでにやることになっているらしい。

なるほど、彼女ら二人がリーダーなのか。

 

「そだねー。それで丁度よさそう。

じゃあー、自己紹介して、ルールの説明をしようかー」

「フェネックだよー」

「アライさんなのだ!」

 

獅子から聞いた話では、おおよそサッカーとルールは変わりないようだ。

オフサイドはないようだが、草サッカーではそれで丁度良いというものだ。

 

「ところでー、ヒトのフレンズってことはかばんを探しに来たのかな?」

 

獅子のフレンズが穏やかな猫をかぶりつつ、その下に冷静な王者の風格を隠して聞いてきた。

フェネックがそっと前に出て答える。

 

「かばんさんのもってる帽子があればボスとおしゃべりできるって思ってねー。

ちょっと貸してもらおうと思うんだー」

「そうなのだ!おたからのありかがわかるのだ!」

「私は……図書館にサンドスターについて調べに行こうと思ってね。

同じヒトの一種としてかばんさんにも興味があるとも」

 

ライオンとヘラジカは数秒おいてうなずいた。

 

「そっかー。まー大丈夫そうだねー」

「うむ!一緒に遊んでみればわかる!さあいくぞーっ!」

 

こちらに害意はないと納得したようだ。

ゲームが再開された。フレンズたちが走って行く。

 

「やれやれ、老体に無茶をさせる……」

 

そう言いながらも、私は加速を使って草原を駆けていた。

こんなに気持ちの良い草の匂いと太陽の下で加速を使うのは初めてだ。

気がつけば、私も年甲斐もなく夢中でボールを追っていた。

童心に返るというのも、悪くはない。

 

 

「いやはや、久しぶりに良い汗をかいたとも」

「いやーキミ良い体してるねえ」

「はっはっは!年を取ったフレンズの動きじゃなかったぞ!

休んだら私ともう一勝負してくれ!」

 

フレンズたちは皆して水場に行って水を飲んでいた。

私もそれに習う。

冷えた湧き水が喉に心地よい。

こんな澄んだ水を頻繁に飲めるのだからジャパリパークはすばらしい。

しかし、勝負か……

 

「ふむ、それは狩りごっこと言うことかね?」

「まーそれに近い感じでー。力試しかなー。

この丸いのを体につけてー、これで割った方の勝ち―」

 

なるほど、安全な遊戯だ。

しかし何故私に?

 

「なるほど。それならば受けよう。

しかし、何故この老いたフレンズに?力は君達の方が上だろう」

「一目見たときからピンと来た。

ライオンに勝るとも劣らない何かがあると!

お前は強い!だから全力で戦ってみたい!」

 

わかるよ。身体は闘争を求めるものだ。

今の体でどれだけ動けるかも確認しておきたい。

本気ではなく全力……良い物だな。

 

「いいだろう。そういった戯れに応じるのも狩人の礼儀というものだ」

 

私は巻物で作られた剣をとり、静かに構えた。

右手を下に、左手は自由に。

曲刀の感覚で行けば良いだろう。

 

「では……いざ勝負だーっ!」

 

ヘラジカが棒を振りかぶり突っ込んでくる。

なるほど、見た動きだ。

私は何百回とやったようにしずかに歩いて斬撃をかわし、背後に回ろうとする。

 

「なにっ!」

 

返す刀でヘラジカがさらに体をひねって切ってくる。

ここは無理せずバックステップ。

さらに追撃をヘラジカが棒を振り回してこちらにせまる。

銃があればパリィできるが……無粋というものだ。

ラッシュに対しては斜め前に加速。背後を取った!

ため攻撃……いや、ここはこちらもラッシュで応じよう。

 

「ハァッ!」

「やるなっ!」

 

驚くべき事にこちらのラッシュ全てを棒による防御でガードされた。

スタミナがそろそろ持たない。再びバックステップ。

息を整えつつ、ほんのわずかな後退でヘラジカの棒を避け続ける。

 

「ぬおりゃー!」

 

突撃からのタックル!ここは距離を空けるチャンスだ。

やはり斜め前に出てすれ違い、さらに後ろに後退する。

ヘラジカが向きを変えてこちらに来るまで2秒。それだけあれば問題ない。

私は空中に飛び上がって棒を担ぐ。さあ棒がどれだけ持ってくれるか……

ため攻撃にてわずかに神秘を纏わせ、風による不可視の刃を放つ。

 

「うわーっ!」

 

ヘラジカは吹っ飛びしかしすぐに体制を立て直す。

ほぼ武器による威力が無く手加減したとはいえ、あれを直撃してなお来るか!

そろそろ棒も壊れそうだ。お開きの勝負と行こうか。

 

「うおおおお!」

「ハァッ!」

 

加速からの三連撃を繰り出す!切る、防がれる。

加速して回り込む、切る。

棒を振り回されて体に一撃入る。

なかなか重い。重打だなこれは。重打はいかん……

下がり、この棒では無理だが、鎌の使い方として使う。必殺の突き!

ああ、やはり棒が折れたか。

 

「降参だ。棒が折れてしまった」

「いや、引き分けだ。最後の最後で割られてしまった」

 

こちらの棒も、ヘラジカの風船も壊れていた。

これまで座っていた獅子が立ち上がりうなずく。

 

「この勝負、引き分けだ!」

 

静まりかえっていたフレンズたちがわああっと駆け寄ってくる。

 

「やっぱりゲールマンは強かったのだ!すごいのだ!」

「無理しちゃだめだよーゲールマン」

「ああ、さすがに疲れたよ。この年では長くは全力は出せん」

 

ライオンのフレンズが水を入れた器を持ってきてくれた。

 

「いやあやるねえ。本気だと武器がもう一つ二つありそうだけど」

「ああ……ごっこではない狩りではね。

とはいえ、やはり鈍ったなりの動きしかできないものだ」

「はっはっは!良い勝負だった!

あんなすいすい避けられるやつは初めてだ!

ライオンとはまた違った強さだったが、満足だ!」

 

私は小さなタイヤの上に座り、息を整える。

やれやれ、本当に年甲斐もない。

 

「そういえばゲールマンはヒトのフレンズなんだよね。

ヒトはどのちほーに住んでるか知ってるかー?

かばんが知りたがってたんだ」

 

かばんがヒトの居場所を知りたがっていた、か……

とすればかばんはヒトの居場所を知らないわけだ。

となれば、やはりごく最近ヒトのフレンズとしてうまれたのだろう。

無垢な子供、しかしフレンズとして種族の特性は持っている……

ならば、なおさらヒトに触れさせるべきではない。

かばんとやらが善性であればあるほどだ。

 

「おそらく、ジャパリパークにはもうごくわずかしか残っていないだろう。

図書館に残っていると思って私たちも来たのだが……」

「あーいないねえ。としょかんにはハカセたちだけだよ?」

「ハカセはヒトではないのかね?」

「フクロウのフレンズだったような……」

 

なるほど、フレンズが今や保持管理しているのか。

おそらくラッキービーストの手助けを借りて。

どっと肩の荷が下りた。フレンズならば脅威はぐっと下がる。

 

「そうか……ありがとう」

「かばんたちはどこに住もうかって言ってたね。

ヒトが住めるちほーってわかる?」

「ヒトは……およそどこにでも住む。

その元々の生息地はサバンナだが、森林や草原、湖畔などが向いているだろう。

砂漠や雪原に住む者もいるが、それは数が少ない。

……こんなところかね」

 

おお……とフレンズたちが喜ぶ。

 

「それならサーバルと一緒に住めそうだな!帰ってきたら教えてやろう!」

「そうだねー。なんならサーバルごと草原に誘っちゃう?」

「うーむそれはいいかもしれないな!」

 

ここでも、かばんは好印象を残したようだ。

おそらく、かばんは本当に善性なのだろう。

プレーリーを見て私は啓蒙された。

プレーリーとは元々かなり凶暴な生き物だ。

だが、あのフレンズは良い子だった。

ならば、ヒトもまたその善性を最大限引き出された状態でフレンズになるのではないか?

 

「かばんは、ここで何をして行ったのだね?」

「おおっ!気になるのだ!

きっとかばんさんはここでも親切をしたに違いないのだ!」

「ああうん……たしかに、よく気がつく子だったねえ。

あたしら縄張り争いをしてたんだけどさー。

あの子が来てくれてこうやって遊べるようになったもんねー」

「うむ!かばんはいいやつだぞ!」

 

縄張り争いをスポーツで決めるように安全に取りはからったという。

ただ、戦いはからっきし駄目だったようだが。

 

「なるほど……相当に頭が良く、演技も出来る……

しかし、それを悪用せず最善を尽くす……ありがとう、参考になったよ」

「かばんさんが争いを鎮めたのだ!かばんさんは偉大なのだな!」

「そーだねー。良い子なのは間違いなさそうだねー」

 

アライさんが目を輝かせてかばんさんの活躍を聞き入っていた。

どうか、この子の期待に外れるような人物でないことを祈ろう。

 

「それにしても……かばんとゲールマンはずいぶん違う……

同じヒトのフレンズでもだいぶ得意なことが違うんだね……」

 

目つきの鋭いフレンズが丁度良いタイミングで話しかけた。

 

「ああ……私は狩ることに特化したヒトだからね。

ヒトというのは個体によって得意なことが分かれている。

私のように狩りにしか能が無いヒトもいれば、かばんのように機転が利く者もいる」

 

即座にアライさんが私の目を見て言った。

 

「そんなことないのだ!ゲールマンはふえが吹けたり木ですごいのを作ったり、いろんな事ができるフレンズなのだ!」

 

アライさんの言葉がまぶしい。そして、存外にうれしかった。

ああそうだ、いくつもの可能性があったのだ。それを全て私はゴミにしてしまった。

 

「……ああ、いろんな道があったはずだった。

だが、結局私は狩りしかしなかった。

自ら可能性……出来ることをつぶしていってしまった……

それが老人というものだよ」

「だったら今からでも遅くないのだ!いろいろやってみるのだ!」

「ゲールマンは昔のことを気にしてるみたいだけどさー。

悪いことをしちゃったなら、今からでも良いことをしてったらどうなのさー」

 

善意が、身にしみる。こんな言葉をかけられるのはヤーナムではなかった。

ああ、そうだ。今からでも償えることは償っていこう。

どれだけ生きれるかわからないが、一つでも善いことをしよう。

フレンズのために。

 

「アライさん、フェネック……ありがとう」

「いいのだ!ゆっくり休んで元気出したらとしょかんいくのだ!」

「いーってことさー」

 

また水を飲み、湖畔で取った木の実をかじる。

悪くない。ああ、そうだ。悪くない心地だ。

ライオンが来て、いたわるように耳元でささやいた。

 

「ゲールマンはー、かばんに会ったらどうするつもりだったのかなー?」

「……最初は、それが悪しきヒトであるならば『狩る』のが私の役目だと思っていた。

だが今は……ただ会ってみたい。ただ善いヒトというものを見てみたいのだ。

そして、叶うならば皆を守りたい」

「そっかー……じゃあ、この草原はあたしらに任せなよ。ゲールマンはゲールマンの群れを作れば良いよー」

「……ああ、この身が尽きるまではね」

 

草むらの上で寝転び、見上げる空はどこまでも青かった。



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としょかん

やがて、図書館へ行く森の中を我々は歩く。

 

「おや、あれは……」

「ふさがれているのだ!でも脇を通って行けそうなのだ!」

「ゲールマン、何かわかるー?」

 

道にバリケードが設置され、矢印がつけられている。

どうも標識から取った物のようだが……かなり執拗だ。

この先に迂回すべきものがあるのだろうか?

 

「右に、こちらの道に行けと言うことらしい。

しかしヘラジカに聞いた道はまっすぐ行った方だ。

さて、どうしたものか」

「近道かもしれないのだ!ちょっと行ってみるのだ!」

「あぶなかったら引き返せば良いよー。じゃあ行ってみようか、アライさーん」

 

木漏れ日の中、木で出来たトンネルを進む。

蔦のように曲がり生け垣を作れる木か……よく手入れがされている。

これもボスにより管理されているのだろうか?

 

「おっ!何か置いてあるのだ!」

「ああ、何か書いてあるようだ。どれ……」

 

まるでカレル文字のような曲線の多い文字だ。

見たことがない。

ただ、強いて言えば極東の文字に近い。

あれはカインハーストによる輸入品だったか。

だがわかる。啓蒙がささやくように自己の内にあったものに気づく。

言葉もそうだが、どうやらフレンズが言語能力を獲得するようにジャパリパークの言語がわかる。

これもサンドスターによる導きという訳か。

まことに都合が良いが、実に優しげなものだ。

 

「ラクダは一日にコップ500杯の水が飲めるかどうかと書いてあるようだ。

はいならば右へ、いいえならば左へ……

そういった意味のことが書かれている」

 

おおー、とフェネックとアライさんが感心する。

そして少し考え始めた。

 

「ラクダのフレンズは知り合いかね?」

「うーん、こないださばくに行ったのが初めてだったからさー。

会ったことはないねえ」

「でも、さばくに住んでるフレンズならそのくらい出来そうなのだ!

こっちなのだー!」

 

アライさんは次の枝道に走って行った。

あの書かれていた内容といい、この構造といい、どうやら教育用の迷路のようだ。

おそらく、これも出し物だったのだろう。

 

「次!次のがあるのだ!」

「どれどれ……ラクダのコブは水であるかどうか、とある」

「水を飲んだら水が入るに決まってるのだ!いくのだー!」

 

我々は最初の道に戻った。

ああ、懐かしい物だ。かつて私も遺跡の迷宮を駆けた。

あのような悪辣極まる巨大迷宮でなく人を楽しませる迷路。

素晴らしいじゃないかね。

 

「もどっちゃったねー」

「問題を間違うと最初の道に戻るらしい。だが危険はないようだ。

ゆっくりと行こうじゃないかね」

「そーだねー」

「うぬぬ、次はまちがえないのだー!」

 

4問目あたりでアライさんが疲れてきた。

 

「うぬぬ……アライさんは頭を使いすぎて疲れてきたのだ……ゲールマンは平気なのだ?」

「ああ、こうした迷宮には慣れているのだよ」

「じゃあ次はゲールマンに任せてみようかー」

 

私は問題を解く振りをして迷宮の道をよく観察する。

迷宮とは作り手の意志が現われる物だ。故に、正解の道にはわずかな誤差だが特徴が現われる。

道の角度、幅、長さ。それらはなんとなくわかる物なのだ。

つまりは、墓暴きの勘だ。

まあ、それ以上に不正解の道は最初に戻るためにやや長い。それでわかる。

 

「こちらだろう」

「おー、せいかーい」

「ゲールマンは物知りなのだな!」

「ああまあ、慣れというものだよ、これは。楽しい迷路だった」

 

そして、森を抜け図書館にたどり着く。

美しい庭だ。花が咲き乱れ、日差しが暖かい。芝生は青々としている。

その中に大木に屋根を貫かれた建物があった。

壁は白く、屋根は赤く、そしてこの形……リンゴを模しているのか!

ならばこの木はデザインの一部、リンゴの実の葉か。

つまり、この図書館は大木の周りを囲むように建てられたのだ。

 

「これは……すばらしい」

 

かじられたリンゴの実の形は知恵の実を暗示し、そのために大木を取り入れて建物を作る。

やはり、ジャパリパークを作った者たちはとてつもない文明を持っていたようだ。

明らかに我々より建築技術が高い。やはりここは未来なのか。

 

「きれーなところだねえ」

「ついにとしょかんにたどりついたのだ!なんかいい匂いがするのだ!」

 

後方から気配がする。私は横に飛びながら後ろを振り向いた。

 

「ほう、あれをよけるとはやるのです」

「やりますね」

 

じゃれついただけ、なのだろうか?フクロウのフレンズとはこの二人だろうか。

 

「どうも、アフリカオオコノハズクのハカセです」

「どうも、じょしゅのワシミミズクです」

 

私は狩人の一礼をして名乗った。

 

「やあ、君達がハカセかね。私はゲールマン。ヒト科のフレンズだ」

「アライさんなのだ!」

「フェネックだよー」

 

二人のフレンズは双子のようにうなずき合う。

無表情だが、これはフクロウの特性が出ているのだろうか?

 

「ヒト……これは期待できるのです」

「期待できますね、ハカセ」

「それで何の用できたのですか」

 

我々は順番に説明した。

 

「かばんさんが持ってるぼうしを貸して欲しくってねー。

あれがあるとボスとしゃべれるみたいなのさー」

「そう!それでおたからのありかを聞き出すのだ!やま?にあると聞いたのだ!」

 

ハカセたちは顔を見合わせてうなずきあった。やはりまるで双子のようだ。

 

「なるほど……ならかばんを追うのです。かばんはペパプのらいぶにいったのですよ」

「それで、そっちのゲールマンというフレンズは何の用なのですか」

「私は……サンドスターに関する資料が見たい。

それと、可能ならばパークを管理するヒトと連絡が取りたいのだが」

 

ハカセはしばらく考え込んだ。

 

「ヒトはパークにはもういないのです。

絶滅したか、どこかへ逃げたか……我々にもわかりません」

「サンドスターに関する資料はとても大事なのです。おいそれと見せられないのです」

 

やはりヒトは管理を放棄して脱出したらしい。

すばらしい、そのおかげでフレンズは平和を謳歌できるのだから。

しかし、やはりサンドスターに関する情報が重要であるという認識は言い伝えられてきたらしい。

それで良い。あれはヒトの手に渡ってはいけないものだ。

しかし、何か対価を要求している様子でもある。さてどうしたものか。

 

「何か、対価を支払いたいのだがあいにくと君達が何を好むかわからない。

よければ、教えてくれるかね?」

 

ハカセたちはうんうんとうなずく。なるほど、何か欲しいらしい。

 

「話がわかるですね。では料理をするのです。料理はわかるですか?」

「ああ、食材を調理したものだ。しかし……料理か……」

 

我が英国は産業革命による過酷な労働と貧困、

憎きフランスとの戦争による小麦の高騰で食文化は壊滅してしまった。

あまりに忙しく貧しい生活ではとても料理などできたものではなかったのだ。

 

「ゲールマン!できるのだ?」

「いや……私の故郷は……あまりにも貧しくてね。料理をする余裕などとてもなかったのだ」

「うーん、困ったねえー。じゃあじゃあー、前にゲールマンが出したこうちゃとかどうかなー?」

 

それだ!確かに我が英国は飯がまずい国だ。

だが三食みな不味かったわけではない。イングリッシュブレックファーストというものがあった。

それに、サンドイッチや茶菓子程度ならば作れるだろう。

我々は飯がまずいのではない。朝食に全力を注ぐだけなのだ。

夜など、獣狩りがなければ飲んで眠るだけなのだから。

 

「ありがとうフェネック。私にもできる料理があったことを思い出したよ。

そうだな……お茶でも一杯いかがかね?菓子もつけよう。食材があれば作れるのだが……」

「では我々についてくるのです。さあ、我々を満足させてみるのです!」

 

スッとハカセたちは音も無く飛んで図書館へと我々を誘った。

かすかに、『やったですね助手』『楽しみなのです』などと聞こえる。

交渉に持ち込もうとしたり、どうにも小賢しいというか、人間性の悪しき面が見え隠れしていたが……

杞憂だったようだ。何のことはない。彼女たちもまた善きフレンズなのだ。

 

「さあこれが食材なのです」

「料理を作ってみるのです。我々がおいしいと言えば資料をみせてやるのです」

「ヒトのフレンズということは文字がよめるはずなのです。料理の本を見ても良いのですよ」

 

目の前には見たこともないほど新鮮な野菜達が机に置かれていた。

野菜のみか……サンドイッチも大半の菓子も難しいだろう……

 

「ふーむ……牛乳や卵、砂糖や小麦はないのかね?」

 

肉はさすがにフレンズの間では禁忌だろう。

我々も罹患者の獣は食いはしなかった。

とはいえ、ハムもソーセージもないのは厳しい。

材料となる血肉は儀式素材として持っているが……

トゥメル人の血はさすがに良くないだろう。

どんな影響が出るかわからない。

 

「卵と小麦ととうにゅー?ならあるのです。砂糖もまあ……あるのです」

「できるですか、できないですか?」

 

差し出された卵は存外に大きかった。これはもしや彼女たちが産んだのでは。

いや、深く考えるのはよそう。どのみち無精卵だ。

 

「なんとかやってみせよう。火が使える所はあるかね?かまどとか、キッチンだ」

「こっちにあるですよ」

「やはり火が使える……これは期待できるのです」

 

案内された場所は野外のキッチンだ。

清潔感がある……これも彼女たちかボスが手入れしているのだろう。

 

「それで、何を作るのだゲールマン!」

「そうさね、せっかくサツマイモがあるのだ。

ベイクドスイートポテトとパンプキンパイにしようと思う。

火を使う。危ないので少し離れたまえ」

 

発火には炎ヤスリのかけらを用いる。

もはや手持ちの10個しかない炎ヤスリだが、発火用のかけらを我々墓暴きは良く持っていた。

松明に火炎瓶、火薬庫の武器。炎が必要な武器はたくさんあるからだ。

最悪に備えて火打ち石もあるが。

 

「わっ……なんだかすごいのだ」

「ちょっとこわいねえアライさん」

 

やはりフレンズもまた炎を恐れるようだ。

私は慎重に油壺から油を注ぎ、たき付け用の炭を入れていく。

 

「うわわ」

「すまないが、アライさん……木の枝を持ってきてくれるかね?乾いた物が良い」

「わかったのだ!」

「フェネックは……乾いた枯れ葉を頼む」

「はーいよー」

 

ポケットにあった乾いたゴミクズを少しづつ混ぜていく。

やがてアライさんが木の枝を持ってきた。

 

「持ってきたのだ!ここに置いておくのだ!」

「うむ、ありがとう」

 

炎を大きく、安定させていく。よし……こんなものでよいだろう。

水を張っておいた鍋にカボチャを入れて煮る。

落ち葉も火に入れ、サツマイモを焼き芋にしていく。

 

「しばらく、私は火を見ている。煮えるまで待ち給え」

「わかったのだ!ゲールマンは勇敢なのだ!」

「ヒトという獣は火に魅入られた獣というだけだよ。

我々は、この力を好み、時に誤り時に有益に使ってきたのだ」

 

煮る横で砂糖を使い飴を作る。

これは何も難しいことはない。スプーンやフライパンに砂糖を入れ、ただ熱するだけで良い。

 

「いい匂いがするねえアライさん」

「おいしそうなのだ!甘いにおいなのだ!」

「こちらのアメは後で食べよう。どれ、芋が焼けたようだ。

腹も減っただろう。すこしつまみ給え」

 

焼き芋の内一つを皆に渡す。

 

「うーむこれは……」

「たしかに料理なのですが、なんだか納得がいかないのです……」

「甘いのだ!おいしいのだ!」

「ほくほくするねえ」

「それは料理の途中の物だ。これからさらに手を加える。

こちらの鍋をアライさん、こちらの鍋をフェネックがこねたまえ」

 

芋とカボチャを別々のボウルに入れ、砂糖、豆乳、卵に小麦粉を入れる。

良い感じの枝を削って作ったすりこぎを使い、これらをこねる。

 

「おおー、なんだか楽しいのだ!」

「あったかいし、良い香りがするねー」

 

こねた生地を金属のカップに積め、そこからさらに1時間。

 

「まだなのですか」

「もう焼けたと思うのですよ」

「すまないね。その間にこのアメをなめたまえ。腹が落ち着くはずだ」

 

このためにあらかじめ焼いておいたアメを渡す。

この間に紅茶の用意もしておく。茶葉はアルパカから少量もらった。

今こそ使うべき時だろう。

紅茶を出すための道具はもとよりポケットに入れている。

狩りのさなかや遺跡探索では休息こそが大事なのだから。

 

「さあ、めしあがれ」

「おおー!アライさんたちも食べて良いのだ?」

「皆に渡るように作ってある。では、お茶の時間といこう」

 

図書館内にある机の上にお茶とスイートポテト、スイートパンプキンを並べた。

甘く、良い香りが充満する。

 

「これは……あまい!甘いのです」

「カレーとはまた違ったおいしさが……」

 

お茶を飲み、一息入れる。

 

「甘さに飽いたならば、お茶を飲み給え。丁度良くなるだろう」

「お茶とお菓子……意外にあうのです!」

「アルパカに教えた甲斐がありましたね、ハカセ」

「許可を出した甲斐があったのです。じょしゅ」

 

そういえば、アルパカも図書館で茶の入れ方を調べたと言っていた。

壁一面にある本はどれも好奇心をそそるものだ。

 

「それで、合格かね?」

「ごうかくなのです」

「サンドスターに関する資料はこっちにあるですよ」

 

図書館の一室、書斎らしき一角にそれらはあった。

ほとんどは紙によるメモだが、ノートや雑誌もある。

おそらくは論文が載っているのだろう。

 

「好きに読むと良いのです。何かわかったら我々にも教えるですよ」

「ああ、ありがとう」

 

真に秘されるべき危険な情報は伏せておくべきだろう。

さて、どれから目を通した物か……

 

 

しばし、メモ書きや論文と闘い、概要程度には把握できた。

動物をフレンズに、無機物をセルリアンにするのは序の口だった。

状態を保存し、環境を一定の状態に保つ。

その効果は物理法則まで及び、サンドスターによって変更された物理法則は保存される……

サンドスターには種類があり、サンドスター・ローはセルリアンの元になるが、フィルターを通し加工すればサンドスターになる……

 

「まるで、神が我々を哀れんで恵みを下さったかのようだ」

 

物質を保存し、環境を操り、情報からフレンズを生成する……

それは不老不死や生命の根幹にかかわる物だ。

さまざまな可能性や夢がふくれあがるが、これはヒトが触ってはならないものなのだ。

あまりにも過ぎた力すぎる。

 

「その源は、宇宙から降り注いだが、一部は地中に埋没し……

火山の噴火と共にジャパリパークの元となる島として噴出した、か……」

 

ここはまさに楽園だ。

もし、ヒトが皆フレンズになれるならば……それは大いなる希望だろう。

だが、フレンズは一人一種。

私のように種族の枷を外すことも不可能ではないが、それは多くの犠牲を伴うだろう。

やはり、触れるべきではない。

フレンズがヒトと離れて暮らしている今の状況を守るべきだ。

 

「あるいは、それこそが私がサンドスターによって再び生を受けた意味かも知れないな」

 

私は、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

外ではハカセたちとアライさん達が話し合っていた。

 

「ゲールマン、何かわかったですか」

「ああ……おそらく、山に埋設された大切な物とはサンドスターの鉱床だろう。

しかし、そのままではセルリアンの元となるサンドスター・ローもまた排出されてしまう。

何か、それを濾過するフィルターが設置されていたはずだが……」

 

ハカセたちはうなずきあい、やや真剣な表情で言った。

 

「そこまで知ったのならば良いでしょう。

フィルターは四神という4人の偉大なフレンズによって作られた石版によって管理されています。

ですが、今はその行方もわからないのです」

「フィルターは、今はかどうしていますが、少しづつ弱まっているのです」

「かばんのぼうしが完全ならば、四神の正しい位置がわかるかもしれないのです」

 

アライさんがよくわからないという顔で聞いていたが、何かを思いついたようだ。

 

「あっ、これなのだ?かばんさんの帽子に刺さっていたものなのだ!」

 

赤く美しい飾り羽をアライさんは取り出した。

 

「それです」

「それなのです。それをかばんに渡してボスから四神のありかを聞き出すのです。

そして、フィルターを正常に戻すのですよ」

 

私にはそれがとても慈悲深く思えた。

この穢れた身にパークを守る使命まで与えてくれるというのだ。

ありがたく受け取ろう。

 

「かばんさんにこの羽を届ければ良いのだな!」

「ヒトの住むところも教えてあげなきゃねー」

「ありがたく拝命しよう。

パークを守れる使命をいただけるというならば、この上ない喜びという物だ」

 

ハカセたちは顔を見合わせそしてやや柔らかな表情で言った。

 

「かばんたちはペパプのライブに行ったのです。

ゲールマン、お前は少し歌でも聞いてくるですよ」

「我々のアメを一個づつあげるのです。お前には少し甘い物が必要なのです」

 

やや賢しく欲を知っていると警戒していたが……やはり、彼女たちもまたフレンズだった。

他者を思いやる事のできる生き物……なんとすばらしいことか。

 

「……ありがとう。確かに受け取った」

「ヒトの近くにはなぜかセルリアンがいたのです。

でも、それはお前を見てなんとなくわかったのです」

「ヒトはセルリアンに立ち向かっていったのです。でも、それで滅んでは何にもならないのです」

「みかけたら、さっさとにげるですよ。美味しい物を食べてこその人生なのです!」

「我々は、おかわりを待っているですよ。必ずかばんをつれてまた戻ってくるです!」

 

その微笑みはとても美しい物だった。私は、彼女らを疑ったことを恥じた。

 

「……ありがとう、必ず戻ってくるとも」

「道中、気をつけるのですよ」

「お前がいくら強くても、命があってこそなのです」

 

我々は満腹感と共に図書館を後にした。

道すがら食べるアメはとてもうまかった。

いつかここで再び食べる料理も、きっと、うまい。




エンディングにかなり悩んでいます…
活動報告でご意見を受け付けております。


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みずべ

やがて森を抜け、水辺地方へと我々は足を進めた。

いつしか足下はコンクリートで舗装された道となり、どこか漁港の雰囲気がただよう。

遠くに見えるのはステージだろうか?

 

「それでーぺぱぷは歌ってー踊ってーとってもかわいいのだ!みんなのアイドルなのだ!」

「ハカセも太っ腹だねー。練習見学チケットを渡してくれるなんてさー」

 

フェネックはハカセの手形がつけられた紙を見せる。

差し入れ用のアメのかけらと共に3人分、我々にくれたのだ。

 

「ああ、それは楽しみだ。かつて、ロンドンでそういった物を見たことがある。

あれは……華やかだった。実に久しぶりだ」

 

どうもアイドルとはレビューのように舞台で歌い踊り観客の目を楽しませるものだという。

ヤーナムはいくら栄えようとも所詮は僻地の寒村。酒場の歌い手がせいぜいだったが……

かつて、ウィレーム師やローレンスと行ったロンドンの賑やかさは覚えている。

 

「ろんどん?やーなむの他にもちほーがあったのか?」

「ああ、我々の住んでいたヤーナムから少し離れた所にあったが……

とても賑やかで楽しい街だった」

「まち?」

 

アライさんが不思議そうな顔をして尋ねた。

ああ、そうか。このジャパリパークでは街などあろうはずもない。

いや、あんな汚れた場所などあってはならないのだ。

 

「ああ、街とは……そうだな、蟻塚を想像したまえ。

あのように人の巣がたくさん集まった場所だ」

「はえー……ヒトとはすごい生き物なのだ!きっと街というのも楽しい所なのだ!」

「昔はたくさんヒトがいたんだねえ」

「ああ……うんざりするほどね」

 

そうしているうちに、舞台へ我々は近づいて行った。

舞台の上には複数の似たような姿のフレンズたちがいる。

白黒の水着のような衣装に赤い耳当て……はて、何のフレンズだろう。

 

「声がー枯れようともー愛をー歌い続けようー」

 

透き通った、澄んだ声だ。

美しい。さすがはアイドルと言ったところか。

 

「わあ!ぺぱぷなのだ!」

「いま練習中だよー。邪魔しちゃダメだよアライさーん」

「わ、わかったのだ……」

 

我々は少し離れた場所から練習を見続けていた。

歌も、踊りもなかなかのものだった。

しかし、これらの施設……修復された箇所がある。

フレンズでも施設の修復ができるものなのだろうか?

 

「あのう、すいません。練習の見学は今日はやってなくってー。チケットとかお持ちですか?」

 

猫科のフレンズが音も無く近寄って拒絶感のある笑顔で言ってきた。

ああ、彼女らがアイドルだというならば当然それを守る者もいるわけだ。

我々はチケットを見せた。

 

「ああ、ハカセから用事を言いつかっていてね。

それから、これは差し入れだそうだ。皆で食べたまえ」

「それはペパプ練習見学チケット!珍しいですねハカセがそれを渡すなんて……

あっ、申し遅れました。私はペパプのマネージャーのマーゲイです」

 

マーゲイは眼鏡をかけ直して名乗った。その使命に誇りを持っているのだろう。

 

「ヒト科のフレンズ、ゲールマンだ」

「アライさんなのだ!」

「フェネックだよー」

 

マーゲイはアメの入った紙袋を手に取るとふんふん、と匂いをかいで問題ないと判断したのか受け取った。

 

「それで、ハカセからの用事ってなんでしょう?私でできることならやりますけど……」

「ああ、かばんさんがこちらを通らなかったかね?あの子にわたす物があるのだが」

「かばんさん!それなら、港に行きましたよ!

私はあの人のおかげでペパプのマネージャーになれたんです!

あの人の助けになるなら、協力します!」

 

ここでもかばんはやはり他者のために動いていたようだ。

やはり、サンドスターは善性を引き出す導きなのだろうか?

そのときペパプたちが練習の手を止め、こちらに寄ってきた。

 

「おっなんだなんだー?」

「おきゃくさんー?」

 

マーゲイはペパプに向き直り袋の中身を確認してから差し出した。

 

「ハカセたちからの差し入れだそうです!

この人達はかばんさんに渡したい物があって来たそうですよ!」

「何かしらこれ……食べ物?」

「まるで氷みたいだな……」

 

ペパプたちは丸めたアメを手にとって不思議そうに眺めている。

 

「ああそれはアメと言って……ただ口に含むだけで良い。いずれ溶ける。甘い物だよ……」

「へー、食べてみようぜ!」

「念のため、私が毒味を!……あまーい!」

「大丈夫そうね。いただくわ、ありがとう」

 

マーゲイがいち早く口に含み、ペパプたちも食べる。

それなりに好評なようだ。

 

 

「それじゃあ、差し入れのお礼に一曲歌おうぜ!」

「ええ、リハーサルにも丁度良いわ」

「じゃあ、あれだな。みんなで歌おう!」

「ええ、行くわよ!『ようこそジャパリパークへ!』」

 

左右の装置からラッパの音が流れ出し……

そして曲が始まった。

本当に、本当に良い曲だった……

けものはいても、のけものはいない。か……

この優しい世界を象徴するかのようなのびやかな曲だった。

 

「ありがとう、とても良い曲だった。このジャパリパークにふさわしいと思う」

 

私は大きく拍手していた。

本当の愛はここにある……その通りだ。

姿形は十人十色、君をもっと知りたいなで漁村の虐殺をしてしまった私にはもったいないほどだ。

 

「お礼にこっちも一曲やるのだ!ゲールマンこないだの歌を吹くのだ!」

 

アライさんが私に振ってきた。たしかにティンホイッスルは持っているが……

 

「しかし、本職の君達にお見せできるほどのものではないのだが」

 

プリンセスとマーゲイがそれに興味を示してうなずく。

 

「私たちはいろんなフレンズともコラボレーションしたいと思ってるわ。

まずは一曲、聞かせてみて?」

「おおっ!コラボレーション!ぜひお願いします!」

 

フェネックが目線を左右に揺らしてからこちらを見る。

 

「やろうよ、ゲールマン。良い機会だしさー」

「あの曲はとっても良かったのだ!またやるのだ!」

 

どうやら皆やる気らしい。まあ、ダメだったら恥をかけば良い。

私は石段に座り、ホイッスルを取り出した。

 

「わかった、お耳汚しだが一曲『ジョン・ライアンのポルカ』」

 

ステップを踏み、笛を吹く。

アライさんとフェネックが手を叩いてリズムを取り、踊る。

その踊りは前回よりだいぶ上手くなっていた。

 

「わーたのしそー」

「歌詞がないけど、みんなで踊れる曲……新しいわね」

「踊りもわかりやすいな……こうだな」

「リズムに乗っていくぜー!」

「おほー!ペパプの皆さんの新しい踊り!これはぜひ!

今度のライブでコラボレーションしなければ!」

 

なかなかに好評なようだった。

やはり、人に見せるというのは緊張する物だ。これができる彼女らは素晴らしい。

 

「歌であればトキたちも歌っていた。ジャングル地方にいるはずだ。

すまないが、我々はかばんさんのために先を急ぐのでね。

しばらくはつきあえないだろう。申し訳ない」

 

やはり、狩人に舞台は似合わない。心苦しいが断ることにしよう。

 

「うーん、かばんのためなら仕方ないわね。

でも!その用事が終わったらライブのこと、覚えておいてね!」

「わー、すごいことになっちゃったねえアライさーん」

「光栄なのだ!かばんさんの用事が終わったら絶対やるのだゲールマン!」

 

二人とも乗り気のようだ。私はいい、だが彼女たちにはいろんな可能性を知ってもらいたい。

……どうやら観念した方が良いようだ。

 

「ああ、事が無事に終わったら、一度だけ出よう。その後は、他の者にこの歌を教えよう」

「えー、ゲールマンもやるのだ!」

「まあまあ、ゲールマンに何度もやってもらったら大変だよー。笛なら、私がおぼえるからさー」

「ありがとう、フェネック」

「いいってことさー」

 

こうして、我々は水辺を後にした。

しかし、港に行くには雪山地方を越えねばかなりの大回りになってしまう。

少なくとも、地図では雪山にも道はあるようだ。

次は雪山地方か……寒さに備えておかねば。

我々はジャパリまんを補給して雪山に向かった。



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ゆきやま

雪山地方は思ったよりも雪深かった。

かつて、カインハーストの城に忍び込んだ時を思い出す。

ヤーナムでも冬はかなり雪が降るが、しかしここまでとは……

 

「いやー、ゲールマンが『ふく』を持ってて助かったよー」

「あったかいのだ!これで寒さもばっちりなのだ!」

 

フェネックは墓暴き装束一式、アライさんはよれたヤーナム帽に狩人装束だ。

どれも、工房で作られた故、私が持っていた品だが……

やはり、フレンズにはあまり似合わない。

 

「そうかね、気に入ってくれたならば何よりだ。

しかし……足がとられるな。アライさん、フェネック。

すまないが少し枝を取ってきてくれるかね?」

「どんな感じの枝がいいのかなー」

「指ほどの太さのまっすぐな枯れ木が少々。葉のついた細い枝をたくさん。頼めるかね?」

「はーいよー。じゃあアライさんは葉っぱのついた枝を集めようかー」

「わかったのだ!きっとまた何か作ってくれるのだな!」

 

アライさん達を見送り、私は道の脇に壁のように積もった雪を見る。

大鎌である葬送の刃を取り出し、慎重に刃を入れていく。

隕鉄を含むが故にわずかながら神秘の力を有すそれは雪をバターのように切れる。

やがて、雪の壁を四角く切り取ることができた。

 

「取ってきたのだ!」

「おー、隠れる場所ができていいねえー」

「では、少し休みつつ道具を作るとしようか。枝をかしたまえ」

 

私は枝についた雪を振り落とし、床に敷き詰める。

これで少しは寒さがしのげるはずだ。

 

「あったかいのだ!座っても寒くないのだ!」

「それで、ゲールマンは何を作るのかなー」

「今回は、ごく簡単なスノーシューと笛を作ろうと思う」

 

スノーシューとは雪上を歩くための靴につける道具だ。

枝を曲げて楕円にして、靴にしっかりと結びつける。

本来であれば足裏に板なり皮なり張りたい所だが、ないものは仕方ない。

 

「おおーこれはー?」

「靴……足につければ雪に沈まずに歩くことができる。後で、結んであげよう」

「ええー?ほんとなのだー?」

「まー試してみたらわかるよアライさーん」

 

アライさんは疑わしそうに眉を寄せる。

気持ちはわかる。私も最初はそうだった。

こんなもので雪を歩けるわけがないと。だが、先人の教えとは偉大なものだ……

 

「さて、では笛を作ってみるとするかね」

「おおー!楽しみなのだ!」

 

指ほどの太さの枯れ枝にナイフで切り込みを入れて形をなしていく。

穴は実はドリルがなくとも開ける方法はある。

うまく切り込みを入れ、瓶のふたを開けるようにひねれば年輪に沿って表層部分がはがれるのだ。

後は内部に切り込みを掘り、にかわなどでくっつければ良い。

今回は狩り道具の中から蝋燭を使った。

 

「うわっ、火なのだ……」

「まーこわいけど、このくらいの大きさなら大丈夫だよー」

 

今回もまるで熟練の職人のようにあっという間に出来た。

手慰み程度に知っていただけなのだが。

やはりサンドスターの啓蒙を得ているようだ。

 

「さあ、これで出来た。吹いてみたまえ、調整しよう」

「おおー、さっそくやってみるのだ!」

「アライさんの分も作ってくれてありがとうねー」

 

やがて、賑やかな音が響く。

 

「おおー、なかなかいいねえー」

「むむ……ゲールマンみたいに上手く吹けないのだ……練習あるのみなのだ!」

「なあに、直に慣れる。時間はかかるがね。さて、歩きながらするとしよう」

 

雪山とは天候が変りやすい。早めにいくべきだ。

私は床に敷いた枝を回収して夢に取り込む。

この自らの夢の中に装備を回収する業は夢を見なくなった狩人でもできるものだ。

「夢」と「輝き」と「遺志」。それらはとても近い位置にあるのだろう。

人の想い、信仰。そういったものが力を持つ……優しげな神秘ではないか。

 

「おー!ゆきやまたんけんなのだ!」

「このすのーしゅー?ってやつも試したいしねー」

 

我々は目が痛くなるような白い雪原を歩き続けた。

楽しげな笛を聞きながら。

 

「これすごいのだ!本当にすいすい歩けるのだ!」

「おー、悪くないねー」

 

やがて、遠くに温泉施設が見える頃になると雪がちらつき始めた。

息が白く、かなり冷える。

私はスキットルからわずかにブランデーを飲んだ。

血の酒ばかりのヤーナムで、ローレンスが密かに輸入していたものだ。

消毒や麻酔にも用いられたが、血の酔いを打ち消す手段の一つとしても試みられた。

 

「……ふう」

「あれっ、ゲールマンそれは何なのだ?」

「ああ、これか。これは酒と言って……そうだな、一種の薬だ。

わずかに身体を温めるが、あまり多く飲むとめまいや吐き気に襲われる。

フレンズにはあまり美味しいものではないだろう」

 

フェネックとアライさんはくんくんとブランデーの匂いをかぐ。

 

「うへっ、とても飲めそうなものじゃないのだ……」

「これは確かに薬だねー。本当に寒くなったら頼もうかなー」

「ああ、飲むべきものではない」

 

そうこうしているうちに雪はだんだんと吹雪いていき、

宿に着く頃にはかなり危険な寒さになっていた。

とはいえ、なんとか間に合って屋内に来れた。

僥倖だろう。

 

「あら、いらっしゃーい」

「なんかまた来た……」

「ああ……見ての通り、雪に降られてしまった。少し休ませてくれないかね?」

「ええ、お湯に入っていくといいわ」

「ありがとう」

 

二人の狐のフレンズが出迎えてくれたが、アライさんたちは返す言葉もなく。

我々は雪を落とし寒さに震え。

玄関先のベンチでスノーシューを外し、そのまま絨毯の上にへたり込んだ。

 

「さささ寒い!寒かったのだゲールマン!そのサケ?とやらをよこすのだ!」

「私もちょっと欲しいかなー外は寒すぎるよー」

 

玄関先ではあるが、宿の中は暖かい。

つまり、少々飲んでも危険は少ないだろう。

だが、人間とはその悪食さから解毒機能が他の動物と比べて極めて優れている。

故に元々動物であるフレンズの解毒機能は人よりずっと弱いだろう。

 

「ああ、では一杯だけ飲み給え」

 

ごく少量、ショットグラスに半分だけ。

夢からグラスを取り出し二人に渡す。

 

「か、辛い!火を噴きそうなのだ!」

「苦いお薬だねー。おみずちょうだーい」

「とりあえず、中に入ったら?少しは暖かいし休めるところもあるわよ。お湯も飲めるわ」

 

お湯か……こんな寒さだ。紅茶にブランデーを垂らしたいところだ。

あるいはもう少し豪勢にティー・ロワイヤルも良い。

内部に入るとだいぶ寒さも和らぐ。

どうやってか、温めた空気を天井から流しているらしい。

しかし変った建築様式だ……これは、かつて絵で見た極東の建築様式だろうか?

緋色の絨毯にタタミという草であったマット。

なんとも神秘的で優雅ではないかね?

 

「とりあえず、ここで休むと良いわ。疲れが取れたらお湯で暖まっていって」

「はいお湯。飲むとあったかいよ」

 

黄色の狐のフレンズがコップに入ったお湯を3人分出してくれた。

ありがたい……

 

「ありがたくいただこう」

「やー助かるよー。思ったより苦い薬でさー」

「ぷはぁー!生き返ったのだ!」

 

我々はタタミに座り込み、足の低いテーブルについた。

ぐったりとアライさんとフェネックがテーブルの上に上半身をあずける。

 

「あー……ここはあったかいのだー……」

「おさけ?が効いてきたみたいだねー」

「ふくをぬぐのだ。おもったよりあっついのだ……ぬへー……」

「ここはあったかいし、これはかえすよー」

 

アライさんたちは狩り装束を脱いで私に返した。

頬がほのかに赤く、目が潤んでいる。

立派な酔っ払いだ。少し飲ませすぎただろうか?

 

「ぬへ、ぬへへへ……なんだかとってもたのしいのだ……あっかくてしあわせなのだ……」

「やー、なんだかわたしもへんな気分になってきちゃったかなー。おふろいこっかアライさん」

「ぬへー……それはもっとあったかいのだ?」

「きっとあったかいよー」

 

銀色の狐のフレンズが心配そうにこちらを見ている。

 

「すまないが、風呂まで案内してやってくれるかね?

それから、水を用意してくれるとありがたいのだが」

「え、ええ……なんだか私も心配だわ。キタキツネと二人で様子を見るわね」

「えー、めんどくさいよ-」

「すまないね。私も何か手伝えることがあれば手伝おう。手先は器用なんだ」

「それじゃあ、後で調子の悪くなった装置の手入れを頼もうかしら」

「じゃー、ゲームの相手してー」

「ああ、任せたまえ」

 

ふらふらと歩き出すアライさんたちに狐のフレンズたちがついていく。

湯あたりせねば良いのだが……

 

 

お湯を使い紅茶を入れる。

お湯は備え付けてあったポットから取った。

これも何らかの仕掛けがあるらしく、ずっと暖かい。

濃く入れた紅茶をコップに入れ、スプーンの中にブランデーに浸した砂糖を作る。

そして、砂糖に火をつけてゆっくりととろかす。

少し焦げ目がつけば紅茶の中に入れれば良いのだが……

 

「いかんな、一人になるとどうも感傷的になっていかん」

 

火の中に、思い出を見いだしてしまう。

かつてあの庭でマリアと愛を語らったこと。

彼女を泣かせ、そして失ったこと。

火だるまになり獣と化したローレンス。

私は葬送の刃で彼の首を切り飛ばした。

長い長い償いの夜。

あの優秀な狩人。

そして……ジャパリパーク。

 

「私は……罪を償えたのだろうか?結局は、すべてあの狩人のおかげだった。

なあ、ローレンス。君はどう思う……」

 

焦げた砂糖がどろりと紅茶に入る。

追憶の味は、甘く苦かった。

 

「あははアライさーん、洗ってるねー無意識にあらってるねー。

洗い上戸ってやつだねー」

「ぬへへへ、フェネックがどんどんきれいになっていくのだー……

うれしいのだ、たのしいのだー……ぬへ、ぬへへへ」

「わ、そんなところまで……あーストップしてもらったほーがいいかなアライさーん……

あはは……ふへっ……」

 

私は笑いをこらえきれなかった。

まるで天啓のようにタイミングが良かった。

 

「クックック……ああ、若いと言うことは素晴らしいことじゃないかね。

時があるうちに楽しみ給えよ……

そのためにならば、私は……」

 

これ以上はやめておこう。私が聞くべき事ではない。

アンティークのオルゴールを取り出し、ねじを回して奏でる。

なつかしい、メルゴーの子守歌だ。

これは遙か古代トゥメル人の時代から歌い継がれ……

かつてヤーナムでは縁起物として流行ったものだ。

悲しげな音色は、しかしどこか優しい。



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げぇむとろっじ

湯あたりしたアライさんとフェネックを看病し、サウナで汗を流す。

バスローブはないが、上着を脱ぎ楽な服装に変える。

とても暖かい。生き返ったようだ。

 

「もう、二人に一体何を飲ませたの?大変だったんだから」

「すまない。私は飲み慣れているものだったのだが、いささか効き過ぎたようだ。

なに、水をよく飲ませ一晩も経てば治る」

「もう……じゃあ、後で修理を手伝ってもらうわ。

少し休んだら来てちょうだいね」

「ああ……」

 

ギンギツネを見送り、ベンチで休んでいるとなにやら楽しげな音楽が聞こえる。

寄ってみればキタキツネがなにやら光る箱の前に腰掛けて操作していた。

これもまた、ジャパリパークの技術という訳か。

 

「あ、ゲールマン。待ってたよー」

「ほう、これは何かね?」

「げーむだよ。この画面に映ってるのをこれでうごかしてー」

「ほう……」

 

絵を光で映し出し、それを動かす……幻灯のようなものなのだろうか?

ある種の、光で絵を描き出す仕掛けなのは解るが……

 

「きいてるー?ゲールマン」

「ああ、物珍しくてね。つい見入ってしまった」

「じゃーお手本みせるからー。後でやろー」

「うむ、私もこれには興味がある」

 

楽しげな音楽と共に、絵の中のキャラクターが動き、戦う。

どうやらフレンズを操作して戦うゲームのようだ。

ある種の決闘のような方式だとわかる。

 

「どう?できるー?」

「ああ、やってみよう」

「じゃー、反対側の席に座ってー」

 

私が反対側の筐体に座るとブゥン……という音がして絵が踊った。

確か始めるには、このボタンか……年甲斐もなく、わくわくするな。

 

「じゃー、ちょっと練習してみてねー」

「ああ、やってみる」

 

キャラクターを選ぶ……アライさんもいるのか。

どれ、アライさんを選んでみよう。

 

<まかせるのだ!>

 

声までついている。

おそらく、ジャパリパークが建設された時の代のアライグマの声なのだろう。

不思議なものだ。

なるほどこれがパンチでこれがキック、こうするとジャンプ、か……

わかりやすい作りだ。しかし、手足を動かすようには慣れが必要だろう。

 

「だいたいわかったー?」

「ああ、だいたいね」

「じゃーやるよー」

「どうぞ、かかってきたまえ」

 

キタキツネが操作すると画面が変り、アライさんとキタキツネのキャラクターが対峙する。

 

<ちからくらべ・スタート!>

 

キタキツネのキャラクターは巧みに私の操るアライさんを追い詰め、あっという間に狩った。

 

<ボクのターン!>

<ボクがんばってみる!>

<そこだーっ!>

<やられたのだーっ!>

 

どうやら、勝負がついたらしい。なるほど上のゲージが体力を意味するのか……

 

<あなたのまけ!>

 

これは、意外に引き込まれるな……

音楽や演出が人を楽しませるように作ってあるのもそうだが、純粋にゲームとして面白い。

これを作った人間は心の機微が解っている。

狩りに酔う感覚とよく似ている。それをこうまで安全な遊びで作り出すとは……

 

「ほう、これは面白い……」

 

素晴らしい。想いを紡ぎ、一つの世界を作り出す。

それは、上位者に因らず夢の世界を作り出すことに他ならない。

ウィレーム先生は正しい。人は人のままで上位者に与する事が出来たのだ。

しかし、それでもなお滅んだ。

やはり思索の次元を高めることよりも、獣性を克する事こそ進化には必要だったのだ。

つまり、しかしなんだ……

 

「もう一戦たのめるかね?」

「いいよー」

 

私はすっかりこのゲームに酔っていたと気づくのは、20回ほど負けてからだった。

 

「もうあきたー」

「いやしかしだな……」

「コラッ二人とも夜更かしはだめよ。ゲールマンは修理のお手伝い、キタキツネは寝る!」

「はーい」

 

そう言われて初めて己が遊技に酔っていたと気づいた。

いかんいかん。狩人狩りのカレルを思い出して気を落ち着ける。

狩人は皆狩りに酔う。かねて血を恐れたまえ。

年甲斐もなく、夢中になってしまった。

ヒトの紡ぎ出した「夢」。おそろしいものだ……

 

「あ、ああ……すまなかった。今、手伝うとも」

「もう、それじゃああっちから行きましょうか。あの高いところが……」

 

屋内の修理はそれから2時間ほどで終わり、我々は一泊することとした。

我々はかばんがここでも立ち寄ったことを聞き、アライさんはまた感心していた。

セルリアンの襲撃をソリで上手く切り抜けたらしい。

闇雲に戦うだけではなく、機転も利くようだ。

 

「この峠を越えれば雪山を抜け、温帯に入るか……途中、このロッジで物資を集めていこう」

「きっとそこにもフレンズがいるねー。何と交換しようかー」

「日中に集めた木々を使い何か作ってみよう」

「おーいいねー」

 

次の出会いを楽しみにしながら、私は木を削っていた。

 

 

昨日のように吹雪に吹かれることもなく、小一時間ほどで峠は越えられた。

雪山を抜けると、今度も森林地帯だ。

道に沿って歩けばロッジが見えてきた。

 

「次はどんなフレンズがいるか楽しみなのだ!」

「そーだねー、いろんなフレンズと会えて私もたのしいねー」

 

出会いを喜べるという素晴らしさ!

久しく忘れていた人間性をこの自然の中で取り戻せるとは皮肉なそして幸福なことだ。

大木の樹上に建てられたロッジ。なんとも風光明媚だ。

私は木の橋を歩き、ドアをノックをして尋ねた。

 

「失礼、どなたかおられるかね?少し休みたいのだが……」

「どうぞ、お入り下さい。開いてますよ」

「ありがとう」

 

ドアの軋みすら優雅なものだ。

中に入るとカウンターに鳥系のフレンズとテーブルに獣系のフレンズが二人いた。

 

「ロッジ・アリヅカにようこそ!今日はお泊まりでよろしいですか?」

「いや、少し休ませてほしい。それから、できれば交易がしたいのだが……

道具や施設の修理と引き替えに、ジャパリまんでどうかね?」

「おおっ、歓迎です!ぜひ道具を見せて下さい!」

 

私は夢から道具をいくらか取り出す。

コマや笛、知恵の輪にボール。実用品でスプーンや皿、コップなど。

 

「おおー!良い感じですね!これはどうやって使うんですか?」

「ああ、これは笛と言って……」

 

気を遣ったのか、アライさん達はオオカミのフレンズと話をしている。

 

「……それで夢でそのセルリアンに出会うと二度と夢から覚められなくなるのさ……!」

「ひえーっ!こわいのだ!」

「わー……おっかないねえ」

 

どうやら、ほら話をして脅かしているらしい。

あまり良い趣味ではないが、しかし物語を想像できるというのは極めて高度な知能だ。

絵すら描いている。あるいは、フレンズもまた「夢」に至るのだろうか?

 

「先生!新作のアイデアですかっ!」

「こらこら、アミメキリンくんネタばらしはまだ早いよ」

 

黄色に茶色い斑点のフレンズがオオカミににじりよる。

なるほど、絵本を書いているのか。

彼女はオオカミのファンらしい。

オオカミはアライさんの驚いた顔を見てクスクスと笑うとそれをスケッチする。

 

「プッ……ウフフ、うそうそ!いい顔いただきました。

冗談だよ。私は職業柄、いろんな表情を見るのが好きなのさ。

ほんの冗談だよ」

 

オオカミは妖艶に笑う。その美しさはどこかカインハーストの貴族を思わせる。

 

「ひっひどいのだーっ!騙されたのだー……」

「まーまー、冗談で良かったじゃないさー」

 

アリヅカは私との商談を終えてその様子を見て苦笑していた。

どうやら、いつものことらしい。営業妨害ではなかろうか。

 

「もう、あんまりお客さんを驚かせちゃいけませんよタイリクオオカミさん。

ロッジに変な噂がついたら困ります」

「おっと、すまなかったね。じゃあ……そこの背の高いフレンズ。

君は何かそういう話を知ってるかい?」

 

ほう、怪奇と噂話に充ち満ちたヤーナム人の私にそれを尋ねるか。

 

「ああ、いくつもね」

「ぜひとも聞かせてくれないかい?私もお代にジャパリまんを一個交換しよう」

「さて……どれが良いかな。禁じられた獣喰らいの鉄仮面か。

それとも、死を告げる鴉がよいか……ああ、これがいい」

 

私もヤーナム野郎だ。怪談は嫌いではない。むしろ好きすぎたのだ。

 

「君が言った醒めない夢に閉じ込められる怪異だが……

私はそれを本当に味わったことがあるのだよ」

「へえ……」

 

タイリクオオカミの目が妖しく細められ、前のめりに聞いてくる。

 

「私は愚かな男だった。

君のように怪奇や神秘にのめり込み、そういったモノと出会うためになんでもした。

そう、なんでもね……

師が止めたにもかかわらず、禁じられたおぞましい儀式の末、私はそれと出会ってしまった」

 

タイリクオオカミは魅入られたようにじっと聞いている。

誰も声を発さない。

 

「それは血のように赤い長い髪をうねらせ、身体はまるで樹木のようにねじくれていた。

顔は木のうろのように穴が一つあるだけの……

満月の夜にだけ現われるそれは、月の魔物と呼ばれた。

それは私の身体を抱き上げ、血をすすった。

そうして、私は愚かな好奇の代償を何年。何十年、何百年も支払うこととなった。

覚めない悪夢にうなされながら、私はそれの召使いにさせられたのだ。

そのとき初めて、師の言葉の意味を思い知ったのだ。恐れたまえ、という言葉の意味を……」

 

なんとも、間抜けで、愚かで、後味の悪い話だ。

 

「それで……君はどうやってその夢から覚めたんだい?」

「その夢から覚める方法はたった一つ。夢の中で誰かに殺されることだ。

長く私は、その夢に迷い込んだ者を夢から覚ましていた。

それが私の贖罪だった。

だが……最後に現われたのだ。黒い鳥のような狩人が。

それは私の介錯を拒否し、私を解放してくれた。

私の犯した罪を全て破壊することでね。

そして……私はサバンナで目覚めたのだよ」

 

タイリクオオカミは真剣な顔でこちらを見ていた。

しばらく、考え込んでペンを置いた。

 

「……とても、いい顔を見れたよ。でも今の私じゃそれを描けないや。

ジャパリまんに付け加えて何かお礼をしたいな」

「では、かばんさんというフレンズがここに来なかったかね?

もし来たのであれば行き先と、ここで何をしたのか聞きたい」

 

タイリクオオカミはホッとしたような顔でうなずいた。

 

「それならお安い御用さ。かばんは確かに来たよ。つい今日の朝に港に出かけていったんだ。

ここでかばんはね……」

 

ここでもかばんは活躍したらしい。

ラッキービーストの映し出した幻影を自分のせいだとかばって。

かばん、君もまた非を認められるフレンズなのだな……

 

「……と、こんな所さ。かばんもサーバルも面白いフレンズだったなあ」

「やっぱりかばんさんはすごいのだ!今度は名推理なのだ!」

「港かー。そろそろ追いつけそうだねー」

 

タイリクオオカミは何か決意に満ちた目で立ち上がった。

 

「ありがとう、新作のアイデアが浮かびそうだよ!

さっそくメモしよう。しばらく私はカンヅメになるよ」

「おおっ!今回は新機軸ですね!」

「ご利用、ありがとうございました!今度はぜひ泊まりに来てくださいね!」

 

ロッジのフレンズたちに見送られて我々は港へ急いだ。

森の小道だ。楽に追いつけるだろう。

アライさんが私を見上げ、尋ねてきた。

 

「ゲールマン、あれはほんとうのはなしなのだ……?」

「さてね、あれは長い夜の……悪い夢のようなものだ。そう、ただの夢なのだよ」

「なーんだ!ほっとしたのだ!」

「ねー。ゲールマンがあんまり悲しそうな顔をしてたから心配したよー」

 

ようやく、アライさんに笑顔が戻った。フェネックにも。

 

「……すまない。少し脅かしすぎたようだ」

「もし次ゲールマンがこわいゆめを見たらアライさんがひっ叩いて起こしてあげるのだ!」

「私たち、やこうせいだからねー」

 

ぺちんぺちんと私の背中を叩く小さな手が、どれほど心強かったことか。

大の男が、情けないことだが……それでも、その手は温かかった。

 

「……ありがとう。そのときは大急ぎで起きるとしよう」

「さーみなとにいそぐのだー!」

「あらいさーん、走ったらあぶないよー」



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たいかん

昼前には我々は港にたどり着く事ができた。

レンガで舗装された美しい港だ。

 

「おおー、これが海なのだ!とっても広くて大きいのだ!」

「潮の匂いがするねー。でも、かばんさんいないよー?」

 

見れば船が一隻だけある。蒸気船のように動力を使って動く船のようだが……

 

「出港したわけでもないようだが……さて、どうしたものか」

「おーい!かばんさんいないのだー?!」

「いないみたいだねー。どうする?アライさん」

 

アライさんはふぬぬぬ、としばらく考えて、赤い羽を取り出した。

それをくんくんと嗅ぎ、それから船の上を這いつくばって嗅いだ。

 

「かばんさんは、確かにここに来ていたのだ!これとおんなじ匂いがするのだ!」

「じゃあこのへん探してみるー?」

「あるいは、山に行ったのかもしれない。

その羽のついた帽子は、山に大切なものがあると示したのだろう?」

 

とはいえ、ここに来て手がかりを失ってしまった。

やはり近隣のフレンズや周囲を探した方が良いかもしれない。

あるいは、アライさんの嗅覚に頼るのも一つの方法だ。

 

「じゃあー、山の方に行ってみつつー、アライさんの鼻で追ってみようかー」

「それなのだー!アライさん、頑張るのだ!」

 

それから、我々は山の方に向かいつつ、かばんの痕跡を探していった。

 

「やっぱりこっちの方に向かって行ってるみたいなのだ!」

「それにしてもー、この穴は何だろうねー?」

「わからない、だが最近つけられたものだ。警戒はしておくに超したことはないだろう」

 

山の麓まで行ったとき、私はふとその頂上にあるサンドスター鉱床を見たくなった。

あれほど巨大なサンドスターの塊……当分はフレンズたちの生存は安泰だということだろう。

幸い遠眼鏡がある。どれ……

 

「あっ!ゲールマンそれは何なのだ?」

「これは遠眼鏡といって、遠くのものがよく見えるものだ。使ってみるかね?」

「ありがとうなのだ!これでかばんさんを見つけるのだ!」

「やー、やっぱりゲールマンはめずらしいのをたくさん持ってるねえ」

 

しかし、ここからあの壮大な山を見て人一人見つけられるものだろうか。

 

「あ!見つけたのだーっ!山の右のはじっこにいるのだ!

ちいーさいけど赤いふくを着て帽子をかぶってるのだ!」

「アライさんほんとー?ちょっと貸してみてねー……あー本当だねーいるねー」

 

アライさんたちの優れた視覚と野生の勘はとうとう、かばんを見つけたらしい。

 

「そうとなれば急ぐのだ!絶対にこの羽を渡すのだーっ!」

「まってよアライさーん、あ、これありがとうねゲールマン」

「ああ、急ぐとしよう」

 

アライさんは再び全力で駆けていった。

フェネックも遠眼鏡を私に返してついていく。

かばん、ヒトのフレンズよ。ようやく会うことができる。

人に会うのにこれほど期待と不安が入り交じるのは、どれほど久しいことか。

 

 

「ここに、何かが……今のうちに見つけた方がいい気がして」

「わかった!」

 

山頂。

そこにヒトとサーバルのフレンズはいた。

アライさんが走り出す。

 

「かばんさーん!ようやく会えたのだ!」

「うわーっ!食べないで…食べっ……えっ、ぼくですか?」

 

アライさんはかばんに抱きついて離れるとぶんぶんと握手した。

 

「そうなのだ!アライさんはかばんさんにこれを届けるために……

さばんなからずっとずっと追ってきたのだ!」

「えーっ!君、さばんなから追ってきたの?いったいどうして……」

「やー大変だったよー。色々あってねー。ハカセたちから頼まれたのさー」

 

ここでアライさんは赤い羽を取り出して掲げた。

 

「これをぼうしにつけるのだ!これはその帽子に元々あったものなのだ!

その帽子をアライさんに貸すのだ!つけてあげるのだ!」

「あ、はい。どうぞ」

 

アライさんが白い帽子に羽を刺し、かばんにそれを返す。

 

「はい、返すのだ!」

「ありがとうございます!」

 

アライさんの両手とかばんさんの両手の間で帽子が渡る。

そのとき、ラッキービーストがピピピ、と奇妙な音を上げた。

私には、何かそれがとても神聖な瞬間に思えた。

 

「あっ!これなのだ!これが聞きたかったのだ!」

「ミライさんのお話を?じゃあ、一緒に聞きましょう」

 

ラッキービーストの目が緑に光り、聞き覚えのない女性の声で話始めた。

 

「……その場所は火口の中心から東西南北、

えっとパンフレットで言うと『うの3』が中心点ですね。

この像が東の青龍なのであと3つ埋まっていると考えられます。

本当にサンドスターローの粒子をここでフィルタリングしているとしたら……

まさにこの島にとっての宝ですね」

 

かばんはラッキービーストの頭に帽子を乗せると、地図を取り出した。

やはり、ハカセの話と図書館での調査通りだ。

セルリアンの源となるサンドスターローをサンドスターに変える濾過装置。

これを修復する事も、目的の一つだった。

ようやくハカセからの使命を果たせる。

 

「えっと、うの3っていうのは……これとこれがひっつくところなのかな……

東西南北っていうのはなんだろう?」

「太陽が昇るのが東、沈むのが西でー。

確かこの印が北だからー。ゲールマン、コンパス持ってる-?」

「ああ、使い給えフェネック」

 

私はフェネックにコンパスを渡した。

 

「これで東西南北がわかるのさー」

「すごいですねフェネックさん、ゲールマンさん!

ということは、こことここ……それからこっちに何か……」

 

フェネックとかばんはあっという間に四神の位置を地図から割り出した。

ほんの少しの時間だが、かばんが聡明な人間であるとわかる。

邪な気配はみじんもない。

 

「何の話かさっぱりわからないよー」

「フェネックもかばんさんもやっぱりすごいのだ!」

「ふっふーん、かばんちゃんはすっごいんだよ!」

 

サーバルはごく善良なフレンズに見える。

そのサーバルがあれほど信頼しているのだ。

かばんもまた、やはり聞いたとおりの人物ということなのだろう。

 

「すいません、みなさん探すのを手伝ってくれますか?」

 

我々はうなずき、アライさん達は探し始めた。

 

 

「ところで、かばん。君に伝えなければいけないことがいくつかある。

作業の前に話しをさせて貰って良いかね?」

「あ、はい。いいですよ!何でしょう?」

 

穢れのない、良い瞳をしている。

ならばこそ、伝えねばならない。

 

「君はヒトの住処を探しているという。私はそれを知っている。

なぜなら、私もまたヒトのフレンズだからだ」

「ヒトのフレンズ……あなたもですか!?」

 

サーバルが怪しげに私を見る。

 

「えー?確かに羽も耳も尾もなくって帽子があるけど……でもなんだかぜんぜんちがうよ!」

 

ああ、そうだろうとも。

かばんがヒトのフレンズならば、私は人でなしのフレンズだ。

 

「ああ、だからこそ一人一種の枷を超えてフレンズ化できたのだろう。

見ての通り私はヒトから外れすぎた。いわばヒトから枝分かれした出来損ないの種族だ。

私は……狩人、ハンターだ。私はその最初の一人だったのだよ……」

 

霊長目ヒト科ヒト属ハンター

位置づけるならばそうだろう。

 

「へー、違う動物になることもできるんだね!それで、ヒトってどこに住むの?

ハンターって事はセルリアンも狩れるの?」

 

サーバルは明るくこちらに尋ねる。まるで太陽のようなフレンズだ。

良い意味で空気を読まず、ヤーナムの闇を照らしてくれる。

こんなフレンズに好かれるかばんもまた、悪い人間ではないのだと、確信できた。

 

「ヒトはおおよそどこにでも住む。森林でも、寒冷地でも、砂漠でも、どこでも。

しかし、その起源はサバンナにあるとされる。ヒトは元々サバンナに住んでいたのだよ……

そこから、どこまでも旅をして増えていった。

しかし、やはり雪山や砂漠はさすがに住む民は少ない。

サバンナはもちろん、森林や平原、湖畔などが良いだろう」

 

サーバルの顔が明るくなる。

まるで太陽が昇るように、花が開くように。

 

「じゃあかばんちゃんのなわばりはさばんながいいよ!

かばんちゃん、一緒に暮らそうよ!きっと楽しいよ!」

「……そうだね、サーバルちゃん。

フィルターを直して、このセルリアンを倒したら、きっと……」

 

その顔には、どこか心残りがあった。

ああ、解るともかばん。知りたいのだろう?

パークの外がどうなっているか。そこにいる人々はどうなったか。

だがそれは愚かな好奇というものだよ……

 

「さて、では私は四神を探してくるとしよう。

ああ、それから最後にもう一つ、私は愚かな老いたフレンズだが……

それ故に、若い君に伝えておこう。

今ある幸福を手放さないことだ。君にはサーバルという友がいる。

君が守るのだ……私はそれができなかった」

 

かばんはこちらの目をしっかりと見てうなずいた。

 

「……はい!ありがとうございます、ゲールマンさん」

「礼を言うのは、こちらの方だ」

 

君のおかげで、獣性を克服したヒトというものを見ることができた。

それこそ、我々ヤーナム人の悲願だった。

それが決して間違ったものではないのだと知れた。

 

「ありがとう、かばん。君がヒトのフレンズであった事がとてもうれしい」

 

私は帽子を深く被りなおして、探索の手に加わった。

 

 

「ぜんぶあったのだー!」

「掘り出すよー」

 

それは黒い石版だった。細い線で神秘的な獣の姿が描かれている。

ほのかに、暖かい。これはきっとフレンズで作られているのだろう。

おそらく、自ら人柱となったのだ。パークを守るために。

 

「わかりました!それじゃあそれを、ここに……」

 

ラッキービーストは尋常ではない警告音を発していた。

目と耳が赤く光り、危険を知らせている。

 

「大量ノサンドスター・ローガ放出サレマシタ。

超大型セルリアンノ出現ガ予想サレマス。

パークノ非常事態ニツキ、お客様ハタダチニ避難シテクダサイ!」

 

超大型セルリアン……

セルリアンハンターをしているフレンズたちが追っているという話をサーバルから聞いた。

火口からのサンドスター・ローの噴出が激しい。

この黒い煤がそれなのだろう。

 

「ココカラノ最短避難経路ハ日の出港ニナリマス。

非常事態ニツキお客様ハ直チニ避難シテクダサイ」

「ラッキーさん、今はそんな場合じゃあ……」

 

かばんが困ったようにラッキービーストに近寄る。

ラッキービーストはまるで感情があるかのように飛び跳ねて必死に危険を知らせる。

 

「ダメデス。お客様ノ安全ヲマモルノガパークガイドロボットノ僕ノ勤メデス!

直チニ避難シテクダサイ!」

 

獣ではなく、人ではなく、フレンズでもなく、生き物ですらない。

しかし、そんな機械ですら、自らの使命のために無いはずの命を賭ける。

私は、何か熱いものを感じた。

 

「ラッキーさん……!」

 

かばんは帽子の上から優しくラッキービーストの耳を押さえる。

そして諭すように、宣言するように言った。

 

「僕はお客さんじゃないよ」

 

それは、何かとても尊いものに私には見えた。

 

「ここまでみんなにすごくすごく助けて貰ったんです。

パークに何か起きているなら、みんなのために何か出来ることを、したい!」

 

夕暮れの山頂、パークの管理者である機械から、管理者の象徴である帽子を受け取る。

皆のために出来ることをしたい。

それは、まるで……かつてヒトが霊長の長として獣の上に君臨したように。

しかしそれとは違って、慈悲を持って知恵ある者として皆を導く意志に満ちている。

 

「ワカッタヨ、カバン。危ナクナッタラ必ズ逃ゲテネ」

 

ラッキービーストが静まり……

 

「カバンヲ暫定パークガイドニ設定。権限ヲ付与」

 

認められたのだ。私はとても尊いモノを見た。

そして、私もまた認めざるを得ない。

かばんという人物は、ヒトの善性と叡智を象徴した存在なのだと。

そう、これは戴冠の儀なのだと私は理解した。

ヒトが善性を持って獣たちの王となったのだ。

 

「おめでとう、かばん。君が皆を導くのだ。君はパークの導きとなったのだよ……」

 

私は『賞賛』の拍手をしていた。

頬を熱いものが伝う。

『拝謁』をしなかっただけ理性があると思って欲しい。

 

「僕は、そんな立派なものじゃないです。でも、今は出来ることをしたい。それだけです」

「ああ、そうだな。そうだろうとも」

 

フレンズ達が集まってきた。

ああ、そうだ。かばんが善性を有しているからこそ、それは支配ではないのだ。

私は自らを恥じた。

 

「どうしたのボス?早く進めよ?」

「もってきたのだ!」

「これをどうするのー?」

 

我々は石版を定められた位置に置いた。

 

「どうしたの?場所が間違ってる?」

「カバン、高サダヨ」

「あっ、そうか!」

「ならばこれを使い給え。私の高さで思いきり掲げれば大丈夫だろう」

 

私は葬送の刃の柄を取り出した。

 

「ありがとうございます!ちょっと、借りますね」

「ああ、好きに使うと良い」

 

石版を柄にくくりつけ……『交信』のポーズでそれを掲げる。

石版が光ると地鳴りと共にフィルターが火口を覆い尽くした。

これで、修理は完了したのだろう。

 

「これで、大丈夫かな!?」

「うん、たぶんこれで……ヒグマさんたちの所にいそごう!」

「わかったよ!」

 

我々は、急ぎ下山した。

 

「何やってるのだゲールマン?」

「ああ、少しね……」

 

私は、こっそり一抱えほどのサンドスター結晶を夢に入れていた。

きっとこれは狩りの役に立つ。そうなるだろうとも……

 



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セルリアン狩りの夜

「作戦はこうです。

今黒セルリアンはこのあたり、この後海まで誘導します。

明るいものを追いかけるそうなので今は太陽に向かっているんだと思います」

 

森の中、丸太の上に座り我々は作戦を練った。

かばんは地図の上を指さし皆に説明する。

 

「なので、日が暮れるまで待ってバスを使って誘導しましょう。

セルリアンが車を見失った時や問題が起きたときは火で誘導します」

 

なるほど囮か……

しかしバスがあるとはいえ、かばんとサーバルでは戦力的に不安ではないだろうか?

 

「火ってなんだ?」

 

ヒグマが尋ねるとカバンはマッチを取り出してつけて見せた。

 

「えっと、これなんですけど……」

「ひっ」

 

サーバルとアライさん達が距離をあける。

 

「あっ、ごめんなさい。火は怖いですよね」

「私はそれ、そんなに怖くないぞ」

「私も問題ない。それよりも……

囮が君達だけでは、いざというときに戦力的にやや少ないだろう。

誰か、戦える者を一人は連れて行った方が良い」

 

カバンは少し考えてうなずいた。

 

「じゃあ、ヒグマさんが火を持っていざというときのために待機していてください。

ゲールマンさんは船の方に……」

「ああ、わかった」

「わかった。でもどうやって海に落とす?自分からは海に入らないんだろう」

 

ヒグマもまた良い狩人らしい。狩りに優れ、冷静だ。

 

「船に灯りで誘導して足が乗ったところで沈めましょう」

「おー」

「さすがかばんさん聡明なのだ!」

「えっ船?ダメだよかばんちゃんだってかばんちゃんアレに乗って外にヒトを……」

「いいの、サーバルちゃん。そんなことより今はみんなとパークを……!」

 

皆のために自らの都合を我慢する。やはりかばんは善性を有している。

素晴らしい。

 

「それに、ゲールマンさんにも会えたし。大丈夫」

「それは光栄だ。水際まで来たら、私がフォローしよう。

これを持ち給え。何かあれば吹くが良い。必ず駆けつける」

 

私はロッジでの売れ残りのホイッスルを渡した。

 

「ありがとうございます。頼りにしてます」

「ゲールマンは足が速いのだ!きっとあっという間に来てくれるのだ!」

「お前は戦えるのか?ゲールマン」

 

ヒグマがうさんくさそうに私を見る。

まあ、ただの老いぼれにしか見れなくとも無理はない。

 

「ああ、私もかつてはハンターだった。ああいった類いの物は得意なのだよ」

「武器を見せてみろ」

「これがある」

 

私は夢から葬送の刃の曲刀部分を出した。

 

「……なるほど、鋭いな。よく使い込まれている……使い込まれすぎたくらいだ」

「ゲールマンは実は強いのだ!あのヘラジカとも互角に戦ったのだ!」

「ヘラジカと……そうか。じゃあ船の方はお前に任せる」

 

どうやら、ある程度信用を得られたらしい。

武器を見れば狩人がどれほど血を塗り重ねてきたかおのずとわかる。

ヒグマはそれを読み取ったのだろう。

 

「セルリアンを無事誘導できたら僕とラッキーさんで船を動かします。

アライさんとフェネックさんはフレンズさんが近寄らないように誘導を。

上手くいくか解りませんが……いえ、これで上手く行かせましょう!」

 

かばんは力強く宣言した。

それは、知恵だけではなく勇気あるフレンズとしての芽生えを感じさせた。

きっと、かばんは成長しつつあるのだろう。

私はそれを見守りたい。

 

 

月夜に、笛の音が響いた。

バスが横転し炎で誘導しているのが見えていたが、どうやら本格的にまずいらしい。

私は加速を使い彼らの元に急ぐ。

着替えはとうに済ませた。

今の私の姿はマントにトップハット姿だ。

やはり狩りの夜はこれでなくては。

 

「あっ!ゲールマン!サーバルが取り込まれた。かばんは助けようと、無茶を……!

私はボスを船に運ぶ。お前はかばんを助けにいってやれ!」

 

ヒグマはすれ違い様にこちらに言う。

 

「わかった、君も気をつけたまえ」

「ああ!」

 

わずか一瞬の会話だが十分だ。

もうかばんたちの姿が遠くに見える。

そして、私は信じられない物を見た。

 

「かばん、君は……」

 

ロープを身体に巻き付け大木を何度も落ちながらも登り、枝の上を走り、跳んで。

セルリアンの体内を泳いでサーバルを救出した。

勇敢だ。それ以上に知恵があった。

 

「一人でも生きていける強さを身につけたのだな……だが、しかし……!」

 

いかん、セルリアンがかばんたちに振り向いた。

間に合え!間に合ってくれ!

 

「サーバルちゃん、見るからに駄目で……

なんで産まれたかもわかんなかった僕を受け入れてくれて……

ここまで見守ってくれて……」

 

かばんは覚悟を決めて、サーバルの方を見る。

 

「ありがとう、元気で」

 

しかし、セルリアンの一撃はこなかった。

私が『眷属の死血』を握りつぶして『輝き』を発したからだ。

死血とは血の遺志を有し、握りつぶす際に輝きを発する。

『輝き』が生物が有する思い出ならば、血の遺志もまた輝きには違いあるまい。

 

「お前が欲しいのは、この『輝き』だろう、セルリアン」

 

セルリアンは異様な高ぶりを見せて私の方を見る。

光を追うというのは、つまり輝く物を追っていたというわけだ。

かばんはセルリアンの視界から外れた。

 

「ゲールマンさん!」

 

かばんがこちらを見る。私はゆっくりと離れてセルリアンとの間合いを計る。

 

「……行きたまえ、かばん。サーバルをつれて逃げるが良い」

「ゲールマンさんは……?」

 

心配そうにかばんはこちらを見る。

 

「このようなものを始末するのが狩人の役割というものだ」

「でも!」

「君には守るべき友がいる。違うかね?

まだ道具はいくつもある。心配はいらないとも」

「……わかりました!」

 

かばんはりりしく決意を固め、サーバルを背負って歩き出した。

 

「さて、生まれるべきではなかった哀れなものよ。

……ゲールマンの狩りを知るがいい」

 

葬送の刃を伸ばし、大鎌とする。

甲高い金属音が鳴り、変形が完了した。

さあ、セルリアン狩りの夜だ。

 

 

戦闘は淡々としたものだった。

アメンドーズを狩るように、相手の攻撃をひたすら避けて隙をうかがって一発二発あてて下がる。

その繰り返しだ。

あの最後の獣狩りの夜のようにこちらの強みを押しつけて一方的に攻めるのも考えた。

輸血液もなくそしてまだ死にたくないという状況では慎重に、淡々と攻めた方がいいだろう。

 

「ハァッ!」

 

セルリアンがじれて大振りの攻撃を繰り出す。

前足で思い切り上から叩きつぶすモーション……いいぞ!

私は避けて、セルリアンが身体を起こす前に前足を切りつける。

やや固いが、問題なく刃は通った。

 

「部位破壊を狙いたいが……さて、どうしたものか」

 

後退する前に目に大鎌を振り下ろして下がる。

腕を伸ばす攻撃が来るが、下がり続け、あるいは横に避ける。

その繰り返しだ。淡々と、ペースを乱さずリズムに乗るように狩る。

やがて、セルリアンの足は攻撃に耐えきれずに破裂するように折れた。

 

「ヤーナムの狩りを知るが良い」

 

倒れたセルリアンの目玉に右手を突き入れる。

中身を引っかき回し、引きずり出す。

さらに大鎌から曲刀に変形させて3連撃からの射撃。

 

「Feuer!」

 

セルリアンが泡のように変形して手足を再生させた!

いかん素早い。欲張りすぎたか!

つかみ攻撃は不味い……

 

「だから言ったのです。命あってのものだと」

「デカいだけでなく硬い。よくこんな面倒な相手と1時間も戦ったのです」

 

私の前で、セルリアンの生えつつあった手が落ちる。

ハカセたちだ。

頭の羽を動かして悠々と月夜を飛んでいる。

 

「ありがとう、しかしなぜここに?」

 

私はステップで下がって息を整えた。

 

「かばんがラッキービーストを通じて通信してきたのです」

「パークにヒトがいる状況ならではですね」

「我々、やることはやるですよ。この島の長なので」

「野生部分の解放です。この島の長なので」

 

ヒュガッスパッと風切り音が鳴り、セルリアンの身体が切り裂かれる。

なるほど、獣の膂力か。

フレンズもまた、野生の知恵と力を持っているのだな。

 

「これならば……!」

 

ターゲットを取ってくれる協力者が二人もいる。

このタイプの敵にはいささか相性が悪いが……しかし、負ける要素がない。

 

「全く、夜目が効かないだの、地図が読めないのだの」

「ぽんこつだらけなのです、まったく」

 

おや……?この、気配は。

 

「さあ、とっとと野生解放するのです」

「我々の群れとしての強さを見せるのです!」

 

ハカセ達の後ろからいくつもの、いくつもの獣の眼光が光る。

その中に、松明をもったかばんもいた。

唖然とする私をよそに、瞬く間にフレンズ達がセルリアンに飛びかかる。

アライさんが笛を鳴らした。

その音楽は……ああ、練習でやった「ようこそジャパリパークへ」ではないか。

 

「行きましょう!みなさん!」

 

かばんが松明をかかげ、セルリアンに突きつける。

 

「ゲールマン、一人なら怖くても……」

「みんなでやれば怖くないってね」

 

ジャガーとタイリクオオカミが爪の一撃を浴びせる。

セルリアンが反撃の蹴りをしようとすれば、マーゲイが声まねをして気を惹く。

セルリアンが足をつくと、大穴が開いてセルリアンの身体全体が沈んだ。

 

「今です!海の水を引き込んで下さい!

戦えるフレンズさんは、セルリアンへ攻撃を!」

 

かばんが松明で合図を送ると港の方で松明が揺れた。

もがき脱出しようとするセルリアンにヘラジカとライオンが向かっていく。

 

「やっぱりお前は強かったなゲールマン!」

「かばんもいい指揮してるねー」

 

ヘラジカの角をつけた武器と、ライオンの爪が重い一撃を加える。

重打だ。セルリアンは再びダウンした。

そこに海の水が引き込まれ、セルリアンのいる穴に満ちた。

セルリアンの身体がたちまち石化し、弱点の石が露出する。

 

「行くぞ、ゲールマン。事の始末はハンターでつけるんだ」

「……ああ、行こうかヒグマ」

 

飛び上がり、私は慈悲の刃を大鎌にして風の刃を放つ。

壊れかけた石に、ヒグマの一撃が刺さった。

 

「うおおおお!」

「Schneiden!」

 

セルリアンの身体が爆発するように消滅した。

 

HANTED CELLIEN(ぱっかーん)

 

狩りは成就した。

セルリアン狩りの夜はこれで終わったのだ。

 

「わーいやったー!」

 

コツメカワウソやビーバーたちが手を上げて喜ぶ。

その中にかばんやサーバルもいた。

 

「やったねかばんちゃん!」

「うん、みなさんのおかげです!」

 

私は狩り装束からいつもの黒い服に着替え直し、葬送の刃もしまう。

 

「ゲールマン!やったのだ!よくがんばったのだ!」

「やー無茶しすぎだよー。パークの危機は群れのみんなで分け合うんだよー」

「……ありがとう、アライさん、フェネック」

 

アライさんが背中を軽く叩いてくれた。

その小さな手は私を狩りの夢から覚ましてくれるに丁度良く。

 

「……そういえば、船はどうなったのかね?」

「あー!火の始末をしてないのだ!消しに行くのだ!」

 

港の方でツチノコが慌てている声が聞こえた。

 

「ウワーッ!みんな水をかけろーっ!早く消せ-!」

「ボスは救出したわよ!」

「いやー、これ消えるかにぇ……」

 

ああ、こんな騒がしい夜も悪くない。

結局、船は半焼してなんとか修理可能ではあったそうだ。



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みなと

ハカセとかばんの指揮により集められたフレンズはまだしばらくは港近郊にいるようだ。

なわばりが遠く、鳥のフレンズによる運送を待つ者。

せっかくだから港を観光していく者。

そして、1ヶ月後の戦勝会のために残る者。

港はしばらく賑わいそうだ。

 

「やー、今回はだいぶたいへんな冒険だったねー」

「でも楽しかったのだ!かばんさんは素敵だったし、

ゲールマンやフェネックといっぱい冒険できてアライさんは満足なのだ!」

 

アライさん、フェネック、サーバル、そしてかばんの4人は特に消耗が激しい。

しばらくは港での休養をハカセたちに勧められた。

実際、それは間違いではないのだろう。

 

「しかし、我々は島を円を描くように1周したわけか……

これならば帰りはサバンナにごく近い。楽な道のりになるだろう」

「やー、それでもしばらくは休まなきゃダメかなー。サンドスターの残りが少ないよー」

「ゲールマンは大丈夫なのだ?」

 

私は夢の中からサンドスター塊を削って作ったサンドスターの欠片を取り出した。

 

「ああ、私はサンドスターの量には問題ないのだよ。

これをこうして……身体に取り込む業を知っている」

 

私は手の中のサンドスターを握りつぶし体内に取り込む。

皆、たいそう驚いていた。

私も最初にローレンスが死血の塊で同じ事をやったときは、一体何をやっているのかと思ったが。

 

「ず、ずるいのだー!そんな方法があったのだ……?」

「すごいですね!どうやってやってるんですか?」

 

実を言えば正確にはわからない。

トゥメル人の血を輸血したときに感覚的に出来ることに気づいたからだ。

それからは、この啓蒙を得た者の血を輸血しあう事でヤーナム人は皆これができるようになった。

 

「実は、私も感覚的なものでうまく説明できないのだよ……

ただ、おそらくは口に入れて飲んでも同じ事だろう。

サンドスターを混ぜた紅茶を淹れた。試してみるかね?」

 

一応、あらかじめ自らの身体では試し、問題が無いのは確認している。

しかし、まるで血の医療のようで気は進まないが。

 

「ありがとうございます。じゃあ、少しだけ」

「すっごーい!ありがとうゲールマン!」

 

皆、紅茶を飲んで一息ついた。

 

「あー、やっぱりゲールマンのミルクティーはかくべつなのだ!」

「んー、これは確かにサンドスターがみなぎる感じがするねー」

 

港近くの公園。しゃれたベンチで飲むには丁度良い。

日もほがらかで、まるでピクニックだ。

 

「ところでかばん。君はどうするのかね?

サバンナでサーバルと暮らすのか?

それとも、外にヒトを探しに行くのかね?」

 

かばんはしばらく考えて、春の日差しのような笑顔で言った。

 

「……今、しばらくはいいかなって思います。

さばんなでサーバルちゃんとゆっくりして、たまに図書館に行ったりして」

 

その顔はごく穏やかだ。

しかし、目の奥には愚かな好奇ではなく、静かな強い意志が見えた。

 

「それで、またそのうちしっかり準備を整えて、島の外を見てみたいです」

「かばんちゃん……うん、そうだね!」

 

サーバルはさみしそうだが、それでも何か確かな意志を決めたようだ。

 

「きっと、お土産を一杯もって帰ってきます。

島の外に何があるか解らないから……皆さんは、巻き込めないけど」

 

アライさんがここですかさず答えた。

 

「アライさんはついていくのだ!島の外になにがあっても……

きっと、みんなでなら乗り越えられるとアライさんは信じているのだ!」

「じゃー、私もついて行こうかなーアライさんだけだと心配だしねー」

 

フェネックがサーバルに目線を送った。それは精一杯の応援なのだろう。

ここで、サーバルも意を決して立ち上がった。

 

「かばんちゃん!そのときは私もいっしょに行くよ!

私、かばんちゃんともっといろんな所に行ってみたい!」

 

皆の視線が私に集まる。

 

「私は……サバンナに残ろう。

誰か一人は家を守らねばならない。

私は、君達が帰る場所を守りたい。

きっと心地の良い家を作ろう。私は、そこで待っている」

 

アライさんが露骨に眉をしかめる。

 

「うええー?ゲールマンもいっしょに行くのだー!」

「アライさーん、無理に誘っちゃだめだよー」

 

ここで私はあるものを取り出した。

それは、かつてローレンスとマリアだけが持っていた特別な鐘。

『古人呼びの鐘』のオリジナル。

そのうち、マリアから返されたものだ。

これは呼び出される側、すなわち私の啓蒙を消費して呼び出せる。

何、『狂人の知恵』ならばストックがいくつもある。

 

「しかし、何かあったときはこれを使い給え。

どれほど距離が離れていようが、私を呼び出せる。

きっと、君達の元に駆けつけるとも」

 

おお……と皆が注目するそれを私はかばんに渡した。

 

「ありがとうございます、ゲールマンさん!」

「つまり、ゲールマンも心はいっしょなのだ!

帰ってきたときに、きっと冒険のお話をするのだ!」

 

私は深くうなずいた。

やはりアライさんは短慮なのではない。彼女なりによく考えているのだ。

 

「ああ、そうとも。心は常にそばにいる。君達の帰りを信じているよ」

「そうと決まればさっそく準備なのだー!」

 

アライさんはさっそく立ち上がって、どこかへと全力疾走していった。

フェネックもそれを追いかける。

 

「待ってよアライさーん。まずはよく休んで準備してからだよー」

 

かばんとサーバルが笑う。

ああ、素晴らしい。暖かい場所がここにある。

私は、心から笑顔になれた。

 

 

その夜、ハカセたちに料理を振る舞った後。

かばんと私はたまたま二人になる状況が訪れた。

片付けは終わり、あとは火を消すだけだが……

 

「少し、話をしないかね?」

「あっ、はい。いいですよ」

「マシュマロでも焼きながら話すとしよう。

ヒトという種族は、古来からこうして火を囲んで話し合ったものだ」

「へえー、たのしそうですね!」

 

私は小枝にマシュマロをいくつか刺し、火にくべた。

この数日で私はハカセにさんざんお菓子を作ることとなった。

もう慣れたものだ。

その代わり、多くの有利な条件を引き出せたが。

 

「……でも、意外でした。ゲールマンさんはてっきり反対するものかと思ってました」

「ああ、ヒトとの接触はパークに不幸をもたらすだろう。その考えに変わりは無い」

 

マシュマロが焼き上がった。私は枝を分けて半分をかばんに渡す。

 

「じゃあ、どうして……」

「年寄りがいくら心配しようが、若者の冒険心とは止められない。

そして、老い先短い者が止める権利などないのだよ。

世界は今を生きる者のためにあるのだから」

 

かばんはマシュマロを持ったまま、静かに私の言うことを聞いている。

 

「私も、あれから図書館で記録を調べた。

この島、キョウシュウの外には6つの島があり……

その全てがジャパリパークの中となる」

「この島の、外もジャパリパーク……」

 

私は図書館から書き写した地図を見せる。

 

「その中でも、ジャパリパークの機能の中心は『パーク・セントラル』にあるとされる。

ヒトの記録もおそらくそこに集約されているだろう。

あるいは、通信施設がまだ生きている場所があるかもしれない。

そして、君がこれからもこのキョウシュウを守って行くには必要なものもここにあるだろう」

 

かばんは、静かに考え始めた。

 

「たとえば、ラッキービーストの生産施設とかね……

彼らなしでは、パークの維持はできないのだから。

いずれにせよ、パークの外に出る前にこの島の外のパークの様子を調べるべきだろう」

 

かばんの目に静かな光が宿る。

そうだ、君もまた、気づいてしまったのだろう?

安らぎよりも、素晴らしい物に。

 

「セントラル……パークの、外……!」

「パークの外で最も近い陸地はパークの北西、ニホンという国だそうだ。

とはいえ、わずかな記録だがフレンズはパークの外では生存が難しいとの情報もある。

詳細な記録も、やはり他の地方にあるだろう。

外へ行く前にまずはパークの中だけでも調べ尽くすことを強く勧める」

 

私はここで言葉を切って、マシュマロを食べた。

世界地図も、実は図書館で手に入れてある。

ここは極東だったのだな……

 

「君もまあ、食べ給えよ」

「あっ、はい……」

 

しばらく、我々は無言でマシュマロを食べ、炎を見つめた。

そして、かばんは口を開く。

 

「なんだか、途方もない事ばっかりで……

この島の外にもパークがあって、さらに外もあるなんて。

正直、気が遠くなりそうです」

 

私はうなずき、枝を火かき棒にして篝火を手入れする。

 

「僕は、一人で生きていけるようになったと思ったけど、

外の世界に行くにはまだまだなんだなって」

「しかし、諦める気はさらさらないのだろう?」

「はい、でもサーバルちゃんたちを連れて行くのはあまりにも危ない、ような……」

 

かばんは目線を落とし、少し考える。

 

「ゲールマンさん、ぼくもゲールマンさんみたいに強くなれますか?」

「肉体的には難しいだろう。方法がなくはないが、お勧めしない。

あの忌まわしい血の医療は……もう二度とあってはならないのだ」

「そう、ですよね……」

 

かばんが目を落とす。

 

「だが、技に限って言えば、私よりもずっと強くなることもできるだろう。

事実、私を倒した者は君とさほど変わりない力しかなかった」

 

かばんは力強い、決して折れる事の無い決意を目に宿らせて私に言った。

 

「ゲールマンさん、ぼくにそれを教えて下さい!」

 

私は手を差し出し、微笑んだ。

かばんは少し不思議そうにしていたが、やがて察して握手をしてくれた。

 

「私に出来る事であれば、喜んで。君に狩人のすべてを教えよう」

 

さて、忙しくなるな。

まずはビーバーたちに頼んで工房を作らねば。

仕掛け武器も必要だ。斧と鉈と杖を作ろう。

短銃と散弾銃も。

小さくなった火が、ぱちんと弾けた。



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きょじゅうく

工房はサバンナと港の間の森の中に作ることとした。

かばんたちは港から帰ってくるはずであり、

故に元のなわばりと港の双方に近い場所を選ぶ必要があったからだ。

工房はほぼ完成し、後は内装を整えるだけだ。

ハカセたちから借りた詳細な地図では、

このあたりには研究所とホテル、そして居住区があるらしい。

研究所も気になるが……まずはもっとも近い居住区に行こう。

フレンズがいなければ、絨毯の一つも持って帰れるはずだ。

 

「これは……なるほど。

ジャパリパークは博物館だけではなく、動物園としても機能している。

故にこのような形となるか……」

 

塀で囲まれた中にドーム型の家が建ち並ぶ。

しかし、それはどれもかわいらしく、淡く明るい色彩で塗られている。

どうも私のセンスに合わない。

しかし、それでも何か有用なものはあるかもしれない。

私は戸を叩いて尋ねようとした。だがその前に内側から戸が開いた。

 

「会いたかったーっ!」

 

中にいた灰色のフレンズが飛びかかってくる。

私はとっさにパリィをしようと銃に手を伸ばしかけるが、

相手はフレンズだったと思い直しそのままハグを受けた。

 

「懐かしいなあこの匂い……!匂い?

あれ……あなた、ヒトのフレンズ、ですよね?」

 

懐に顔をうずめて匂いをかぐその仕草は犬を彷彿とさせるものだ。

 

「ああ、ヒトのフレンズには違いない。

パークにはもう一人ヒトのフレンズがいるがね」

「もう一人!?じゃあ、きっとその人が……

あ!申し遅れました!私はイエイヌです!」

 

犬のフレンズか。

懐かしい、遙か昔マリアやローレンスが共にいた頃猟犬を飼っていたこともある。

狩りのさなかに死んだがね。

 

「私は……ゲールマン。ヒトの一種、ハンターのフレンズだ」

「そう、ですか……」

 

しかしこの様子ではどうもこの間のセルリアン騒ぎを知らないようだが……

 

「立ち話も何ですし、お茶でもどうですか?」

「ああ、喜んで」

 

内部は思ったより広かった。しかし、やはりかわいらしすぎる内装だ。

だが、絨毯は悪くない。

なんとか交渉したいものだが、しかし犬にとって絨毯は大事なものだろう。

諦めるべきだ。

キッチンに立ってイエイヌはお茶を入れようとしているが……あれはいかん。

 

「イエイヌ、それは紅茶ではない」

「え?でも草にお湯を入れて飲むものがお茶だって……」

「茶とは、茶の木から取った葉を乾燥させなければいけないのだよ……

実は、私は茶葉を持っていてね。どれ、お手本を見せよう」

 

私は夢から茶葉の包みを取り出した。

あと半分ほどか……いずれアルパカに頼まねばなるまい。

 

「すみません、お客さんにそんなことをやらせてしまって……」

「構わないとも、私がやりたいのだ」

 

お湯とポットはある。

まず一度ポットとカップを湯通しし……

茶葉の量はこれでよかろう。

湯の量、よし。

後は4分ほど待てば良い。

 

「あの、お茶が出来たと思うんですが……」

「ああ、紅茶とは茶の葉がポットの中で浮き沈みするまで待つと美味しいのだよ」

「なるほど待て!ですね!」

「ああそうだ。待て、と言うわけだ」

 

イエイヌはじっとうれしそうにこちらを見ている。

 

「しかし、君は先日のセルリアン騒ぎを知らなかったようだが。

ボスは近くにいないのかね?」

「あ、はい。ちょっと遠い所にいるので。

たまにまとめてジャパリまんをもらっているんです。何かあったんですか?」

「ああ、この間の夜のことだ……」

 

私はかばんの活躍をイエイヌに言って聞かせた。

 

「パークガイド!かばんさんはパークガイドなんですね!」

「ああ、暫定だがね」

「私、その人に会ってみたいです!今その人はどこに!?」

「港にいる。パークの外に出て行ったヒトを探しに行くそうだ。

私は、彼女らが戻ってくる家を作るために資材を探しているのだよ……」

 

イエイヌは興奮を隠せないようだ。尻尾がブンブンと揺れている。

 

「じゃあ、きっとパークにヒトが戻ってきますね!

昔、ここにはたくさんのヒトがいたんです。

でも、ある日を境にみんな居なくなってしまって……

だから私、ここでお留守番してるんです。

ずっと、一人で……

いつかここに戻ってきてくれると思っていました」

 

イエイヌは壁に飾られた絵を見て涙ぐむ。

子供の書いた絵だ。帽子をつけた子供を中心にフレンズとパーク職員の姿がある。

『パークガイドのおにいさんおねえさん』と題されていた。

きっと、彼女の飼い主は彼女を捨てて逃げたのだろう。

あるいはセルリアンに襲われて死んだか……

この絵自体も相当古い。彼女が飼い主と会えることはおそらくない。

 

「その絵は、君の飼い主のものかね?」

「はい!きっとそうです!

私はフレンズになってから何度か代替わりしてて……

もう、記憶もおぼろげなんですけど……

それでも、会いたいなあ……」

「……そうか」

 

だがそれでも彼女は帰らぬ主を待つのだろう。

それが犬というものだ。

健気な、そして哀れなことではないか。

 

「……お茶にしよう。茶菓子は、これを食べたまえ」

 

私はそっとテーブルに茶を注いだカップと皿に入れたクッキーを出した。

 

「ありがとうございます!」

 

彼女はじっと待っている。

私は茶を少し飲んだ。うむ、まあまあだな。

 

「どうしたのかね?」

「あ……食べても良いですか?」

 

なるほど『良し』が必要だったのか。

 

「ああ、良いとも。食べたまえ」

「はい!」

 

むしゃむしゃがつがつとクッキーを食べる姿は、かつて飼っていた犬を思い出す。

 

「なんだが、懐かしい味です……なつか、しいなあ……」

 

イエイヌは涙ぐむ。

犬のおやつといえばクッキーとジャーキーなのは、

パークでも変らなかったのだろう。

 

「すまない、私が君の飼い主であればよかったのだが」

「いいんです!あなたがヒトであることに間違いないですから!

私はヒトに会えただけでうれしいんです!」

「……ありがとう」

 

少し茶を蒸らしすぎたのだろうか?今日の茶はいやに、苦い。

 

『もしよければ……』

 

私とイエイヌの声が重なった。

 

「あ、どうぞどうぞ」

「いや、君から先に言い給え」

「はい、もしよければ私と遊んでくれませんか?

フリスビーを投げたり、ボールを投げたり……

綱引きするのも楽しいですよね!

……どう、ですか?」

「ああ、喜んで」

 

少しでも彼女の孤独が紛れることを祈る。

 

 

「いやー、遊びましたね!ゲールマンさんはボールを投げるのが上手いです!」

 

イエイヌは草原に寝転び、ぱたぱたと尻尾を振っている。

満足そうだ。

 

「ああ、私もかつて犬を飼っていた。もう遠い昔のことだがね」

「そうなんですか……

きっと、そのイヌは幸せだったと思います!私にはわかるんです!」

「そう、だろうか……」

 

あのときの私は若く愚かだった。

犬を用いた狩りに便利だとしか思っていなかった。

本当に愚かなことだ。

だがしかし、この愚かな私にも出来ることがあるならば。

 

「さっきの話なのだが、もしよければ君も私の家に来ないかね?

共にヒトを待とう。いずれかばん……

ああ、パークガイドのヒトなのだが……あの子も招くつもりだ。

いずれヒトが戻ってきたときは一番に来るように案内も立てよう。

……どうだろうか?」

 

イエイヌは立ち上がりばっとこちらを見た。

そして、そのときの表情を私は言い表す術を持たない。

 

「……少し、考えさせて貰っても良いですか?」

「ああ、ゆっくり考えたまえ」

 

私は草原に座り、イエイヌは家に帰った。

私は、イエイヌが出てくるまでずっと待っていた。

そうするべきだと思ったのだ。

 

「ローレンス、マリア……私はまた間違いを犯そうとしているのだろうか?

かばん、君ならどうしただろう?

ウィレーム先生、答えを教えて下さい……」

 

果たしてこれでよかったのだろうか?

犬には犬の生き方がある。

帰らぬ主を待って死んだ犬の逸話はヤーナムでもあった。

失った者同士が傷をなめ合うことは正しいのだろうか?

いや、しかし。

このまま彼女がこの家でずっと腐っていくのをただ見ているのは……

あんまりにも哀れじゃあないか……

 

「ゲールマン!お待たせしました!行きましょう!」

 

イエイヌは玄関を開けて大荷物を背負って出てこようとした。

だが荷物がつかえて転んだ。

 

「……イエイヌ。ありがとう、至らない私だが、君と共に暮らせてうれしい」

 

私はイエイヌを助け起こすために手を伸ばした。

 

「はい!」

 

イエイヌはとてもうれしそうに『お手』をした。

イエイヌは暖かい笑みを浮かべていた。きっと、私もそうだっただろう。

 

「ああ、良い子だ」

「はい!……はい!」

 

イエイヌの瞳から涙がこぼれた。

その顔がにじむ。

正しいかどうかはわからない。だが、今はきっとこれでいいのだ。



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こうぼう

あれから、1週間の時が流れた。

私の新しい工房はかつての『狩人の夢』のそれとほぼ同じデザインだ。

違うのは、裏に寝室とキッチンを増設したことくらいだ。

居住区に近い森に建てられた私の家の周りには色とりどりの花が自生していた。

私はここで、イエイヌと暮らしながら道具を売って暮らしている。

 

「ゲールマン、お客さんが来ました」

 

イエイヌがうれしそうに二人を案内する。

 

「お久しぶりです!ゲールマンさん」

「すっごーい!きれいなおうちだね!」

 

庭いじりをしていた私は手を止め、立ち上がって狩人の一礼をする。

 

「やあ、よく来てくれたね。かばん、サーバル」

「このおうち、ビーバーに作ってもらったの?」

 

私は入り口に向かってゆっくりと歩き、サーバルたちはそれに合わせてくれる。

 

「ああ、細かいところは自分でしたがね」

「へー……確かに扉に模様が彫ってあったりしますね!」

「立ち話も何だ。まあ、入り給え」

「はい!」

「わーい!」

 

両開きの玄関を開けると、フローリングの上に絨毯を敷いたいつもの部屋が見える。

長方形の部屋は壁際にいくつも作業机と棚が置かれ、その上にはランタンが光を放つ。

かつてと違うところは、来客用の椅子がいくつかあることだ。

 

「ささ、どうぞ座って下さい!」

 

私が何も言わずともイエイヌはテーブルと椅子を用意してかばんたちに勧める。

 

「あ、はい。ありがとうございます」

「ありがとう、すわるね!」

「イエイヌ、いつもありがとう」

「いいえ!ヒトの命令に従うのが私のやりたいことですから!」

 

イエイヌは尾をよく振って笑う。哀れなことだが、しかしイヌの本能とはそうしたものだろう。

今はただ、彼女の傷を癒やすことに勤めたい。

 

「次はなんですか!?」

「では、お茶とお菓子を頼もう。終わったら、君もここに座り給え」

「はい!」

 

イエイヌはとてもうれしそうに裏のキッチンへと駆けていった。

かばんたちは少し困ったように笑う。

 

「あはは……少し変ったフレンズさんですね」

「ああ、イエイヌとヒトは遙か昔からお互いの種族を友としてきたのだよ」

「種族ごと友達、ですか?」

「ヒトはイエイヌに寝床と食事を与え、その代わりにイエイヌはヒトの狩りを手伝う。

そういった関係がフレンズでないヒトとイヌの間にずっとあったのだ。

今はもう、ヒトの多くは狩りを忘れてしまっているが、それでもその関係は続いているのだよ」

 

サーバルとかばんは感心した様子で相づちをうち、時に互いを見て微笑んだ。

 

「すっごーい!ずっとずっと昔から友達だったんだね!」

「なんだか、素敵だと思います。でも、僕のコンビはサーバルちゃんが良いなって思います」

「えへへ、ありがとかばんちゃん!

……でも、なんだかホッとしたよー。ゲールマンにもこんびが出来たんだね!

フェネックたちと離れて一人で暮らすのかと思って心配してたんだ」

 

サーバルが気遣わしげに私を見る。やはりサーバルは優しいフレンズだ。

この子が共にあるのであれば、かばんは血に呑まれることもないだろう。

 

「……ありがとう。やはり、一人では何かと足りないからね。

今はお互い支え合って生きている……あの子にもそれが必要なのだろう」

 

イエイヌがお盆にお茶と菓子を持って現われた。

 

「お待たせしました!今日のおかしはクッキーです!」

「ありがとう、イエイヌ。君も座っていただき給え」

「はい!ありがとうございます!」

 

その忠実な様子にサーバル達はほほえましそうに笑った。

我々はしばし紅茶をたしなみ、クッキーに舌鼓を打つ。

 

「それで、ゲールマンさんは今なにをしてるんですか?」

「今は……フレンズに道具を売って暮らしている。もっとも、茶菓子の方が評判は良いがね」

「道具……ですか?」

「主にセルリアンを狩るための護身用具だよ。海水を詰めた壺とか、そういったものだ」

「へえー……」

「君にも、特別な武器を用意した。いつか言っていた、狩人の武器だ」

「ありがとうございます!」

「ああ、イエイヌ。頼めるかね?」

「はい!」

 

イエイヌは素早く工房に吊された三本の武器を手にとって床に並べた。

 

「説明しますね!こちらが斧!こちらがノコギリ!こちらが杖です!

斧は……えっと、ちょっと重くて力がいりますけど一番使いやすいです。

振り回すだけでセルリアンが吹っ飛んでいきますよ!

ノコギリ鉈は一番強いです。がりがりがりーって引っ掻いてあっというまに倒せます!

振り回すのは簡単だし、オススメですよ!

杖は、一番軽くて振り回しやすいです!でも使うのが難しいかも……」

 

イエイヌには変形機構をオミットした慈悲の刃のレプリカを持たせた。

つまりそれはただのシミターなのだが。

その過程で、この最新の3武器も振り方を教えてある。

変形はやはり難しいらしく、実戦で使えるようになるにはまだ時間がかかるだろう。

 

「二人とも、どれか一つ選び給えよ……」

 

わああ、とサーバル達は目を輝かせる。

 

「それから……銃というものもある。どれも室内で振り回すには危険だ。外に出たまえ」

 

これらの武器は鍛冶によってできたものではない。

サンドスターの力の「輝き」を再生する力で私の装備として蘇ったもの。

あるいはフレンズはサンドスターにより自らの武器や衣服を形成する。

これを『けものプラズム』というが、私にもそれは扱えた。

「夢」から装備を紡ぐ狩人の業と極めてよく似ていたからだ。

 

「わぁー!なにこれなにこれー!ありがとう!ゲールマン!」

 

サーバルは物珍しそうにノコギリ鉈を取った。

彼女らのために、武器には全て鞘を作った。

血晶をはめていないとはいえ、どれも+10武器相当のものなのだから必要だろう。

 

「構わない。それらは今や私に必要なく、君たちの手にあったほうが良い物だ」

「そっかー……お外いこ!かばんちゃん!」

「うん!どれにしよう……」

「振ってみて考えれば良いよ!」

 

 

家の裏手には広場がある。

かつて、大樹と庭があった位置だが、今は平坦な草原だ。

 

「じゃーさっそくやってみよう!」

「そうだね!じゃあまずこれから……」

 

日光の下でかばんはまず斧を手に取った。

 

「それは持ち手の部分をひねることで伸ばすことができる。

まあ、まずは振ってみて手になじむか試したまえ」

「はい!」

 

かばんは短くした状態で両手で斧を振る。

ふむ、かなり振りが遅い。

狩人ならぬ一般人が鉈を振り回すくらいだろう。

 

「ちょっと……重いですね」

「じゃー次!のこぎり?だっけ?」

「ノコギリ鉈という。それは取っ手の部分にあるトリガーを引くことで伸ばせるのだ」

「こう、かな?うわっ!これはちょっと怖いかも……指を挟みそうです」

 

振ってみるが、かなり重そうで振り回されているというのが正しい表現だ。

 

「じゃーさいご!杖を使ってみようね!」

「うん、これは……これなら振れそうです!」

 

かばんはすいすいと杖を振ってみせる。

かばんは平原では棒を使い、セルリアン狩りの夜では松明を使っていた。

やはりこうしたシンプルで軽い物が合うのだろう。

 

「それも持ち手のボタンを押すことで鞭へと変わる。鋭い刃がついているので気をつけたまえ」

「わっ、だらんってなったよ!」

「これは……振り回すんですか?」

「ああ、自らに当たらぬように振り回せば良い。戻すときは地面を突けば戻る」

「はい!……よっ!はっ!」

 

危なっかしいが、それでも自らにあてずに振るのはなかなか才があるようだ。

 

「決まったかね?」

「はい!この杖にします!」

「じゃー私はこっちのノコギリで!」

 

サーバルに変形が使えるか不安だが、できなければ変形機構をオミットすれば良いだろう。

 

「よろしい。ではまず銃をお見せしよう」

 

あらかじめ木の板をいくらか立てておいた。

私は特製の二連装銃を取り出し、構える。

 

「危ないので、そこから動かぬよう見ていたまえ」

「はーい!」

「わかりました!」

 

そして、撃つ。

大きな銃声が響き渡った。

サーバルはびくっと毛並みを逆立て、かばんは驚いたように口を開けていた。

 

「これは……」

「すごいけど、なんだかこわいね……」

「ああ、銃とは恐ろしい物だ。

さっきの武器も使い方を誤れば自らを傷つける。

故に、武器を畏れぬ者に武器を扱う資格はないのだよ」

「……はい!」

 

私は短銃を取り出し、かばんに渡した。

散弾銃でもよかったのだが、長旅では少しでも荷物は小さい方が良い。

また、散弾銃ではフレンドリーファイアの可能性があるからだ。

 

「これが……銃。思ったより重いですね」

「ああ、それが武器を持つ重みだ。忘れてはならない」

「はい!」

 

いい目だ。血に酔い惑う事の無い。正しく血を恐れる目。

かばんならば、夜にありて迷うことはないだろう。

 

「では、的に向かい撃ってみたまえ」

「わかりました!こうですか?」

「ああ、銃の先は的を指さすように向け、ぶれずにまっすぐ持つのだ。

銃の先と後ろの部分が重なって見える位置がよい」

「なるほど……こうですか?」

「ああ、そうだ。それで撃てる」

 

かばんは両手で短銃を握り、しっかりと的を見て引き金を引いた。

軽い音がして的が倒れた。

 

「すっごーい!かばんちゃん上手いね!」

「あはは、ありがとうサーバルちゃん。なんだかすごく手になじんで……」

 

銃とはヒトによる、ヒトだけが扱う武器だ。

フレンズ化によりその特性が反映されているのだろう。

 

「よくやった。最終的には左手に銃、右手に杖で戦えるようにならねばならない。

修練は長く険しい物になるだろう。大丈夫かね?」

「やります!僕もサーバルちゃんを守れるようになりたいですから」

「よろしい、ではリロードを教えよう」

 

かくして、かばんは繊細な銃の扱い方を学ぶこととなったが、

一度教えただけでまるでどこかで知っていたように覚えてしまった。

やはり、フレンズとはその種のすべての経験をどこかで覚えているものなのだろう。

 

「サーバルちゃんはどれにする?」

「あたしこれにする!のこぎり!でも、上手く使えるかなー?形が変るのがよくわかんないよ」

「じゃあ、こうしよう。ゲールマンさん、この布、使っても良いですか!」

「それはもう君達のものだ。好きにしたまえ」

 

かばんはノコギリ鉈の取っ手に巻かれた包帯を取り、布で変形機構を封印した。

仕掛けのない武器は狩人の武器ではない。だが、それでいいのだろう。

これはかばんがフレンズであるサーバルに託したものなのだから。

 

「これなら楽そう!ぶんぶん振れるよ!」

「すごいね!サーバルちゃん!ゲールマンさん、これ振り方とかあるんですか?」

「基本的にはあるが、皆好きなように振っていた。故に、好きに振れば良いのだ。

だが、どの狩人でもできる動きがある。やって見せよう」

「楽しみです」

 

しかしこの足では正確には教えられまい。

 

「ハッ!」

 

私は加速をできるだけ使わず、ヤーナムステップを繰り出した。

いささか不格好なそれは、しかしかばんに十分な学びを与えたようだ。

 

「すっごーい!はやいね!私もやってみよう!」

「実戦ではこれを左右前後の四方と、斜め方向を合わせて八方に跳ぶ。

まあ、やってみたまえ」

「よっ、と……こうですか?」

 

かばんはぎこちないなりにステップを踏んで見せた。

 

「そうだ。横へはこう。後ろへはこうする」

「よっ……はっ!うみゃっ!」

「こんなかんじ?こんなかんじー?」

 

かばんは真似するのが精一杯という様子だが、

サーバルは自分なりのやり方で軽くステップを刻んでいる。

 

「後はローリングも教えたいが……まあ、まずはステップと武器の振り方に慣れることだ」

「はい!」

「はーい」

 

夕暮れの赤い日差しがかばんたちの頬を赤く染める。

 

「夜になれば、うちに泊まると良い。君達は覚えが早い。

実に優秀な教え子で、私も楽しいよ」

「ありがとうございます!また、よろしくお願いします!」

 

 

それから、かばんたちは時々うちに来ては教えを乞うようになった。

その上達は乾いた砂が水を飲むように早く、私はフレンズの力を見直すこととなった。

 

「ローリングにステップ、武器の扱い方……君達はよくやった。

最後にこれを教えておこう。ヤーナムの狩人の代名詞と言うべき技だ」

「わあ、たのしみたのしみー!」

「ぜひ教えて下さい!」

 

月の晩に二人は庭に座って私を見ていた。

私は的として用意した砂袋に向かう。

 

「この技は、相手が武器を振り下ろそうとする隙をついた銃撃や……

背後からの強い攻撃で相手が体制を崩し、怯んだ隙に使う。

……このように!」

 

私の右手が獣化し、砂袋に突き入れられる。

そして中身を引っかき回し……引きずり出して振り払う。

砂袋はずたずたになって四散した。

あまりにも無慈悲な攻撃であり、教えるべきか私は悩んだ。

しかし杖をもった非力な狩人ではこれは必須であろう。

 

「うわーっ……!」

「野生解放だね!私もできるよ!」

「では、やってみたまえ」

 

砂袋はいくつもある。

サーバルはひっかくようにツメを振り回して鋭利に切り裂いた。

 

「うみゃーっ!」

「うむ、それはそれで良いが、同じ技ではない。

わずか一秒に満たない間だけ手に集中してけものプラズムを集め獣性を解放した右手を作る。

そして、正面から突き入れるのだ」

「僕もやってみます!うみゃーっ!」

 

かばんは型は正しいが、野生解放ができていない。

あれでは突き指をしてしまうと心配したが、

けものプラズムの光が出て傷はなかった。

無意識にサンドスターを消費して手を保護したのだろう。

 

「その光がけものプラズムだ。

それはサンドスターがフレンズという形を保つために使われている力であり……

上手く利用すれば野生解放のように力を貯めることができたり、武器を作ることができる」

 

かばんは光る己の手を見つめ、その叡智をたたえた目でサンドスターの輝きを見る。

虹色の光はあっというまにはかなく消えた。

 

「これが……野生解放の力」

「野生解放のやり方は私が教えるよ!かばんちゃんは動きを教えて!」

「うん、サーバルちゃんおねがい!」

 

かばんとサーバルは仲むつまじく教え合っている。

やがて、かばんは野生解放に至るだろう。

 

 

「かばんよ。君はよく学んだ。

もう私が教えることは何もない。後は自らの手でつかんでゆきたまえ」

「はい!ありがとうございました!」

 

あれから私はさまざまな事をかばんに教えた。

敵と戦うときは前に避けること、あらゆる道具を使うこと。

戦うときは決して欲張らず、相手の隙を待つこと。

そのほか、簡単な弓の作り方や罠の用い方まで……

 

「君は狩りのやり方を学んだ。

見て学び、本で学び、工夫を思いつく。

それがヒトの可能性だ。ヒトは血に酔うのだよ……故に警句を授けよう。

『かねて血を恐れたまえ』」

 

力は与えた。しかし、どれほど伝えきれたか……

 

「『かねて血を恐れたまえ』……

はい、しっかり覚えておきます。

……見てて下さい、ゲールマンさん!」

 

かばんは庭に今や山と積まれた砂袋の前に立ち、構えを取った。

ステップで近づき、わずかに力を貯めるとサンドスターの神秘の輝きが現われる。

そして、かばんは()()()()()()()()()()()()、掌底をあてて、袋の布をつかみ、投げ捨てた。

 

「それは……」

「これなら、傷つけずに倒せるんじゃないかなって。駄目、ですかね……」

「いや、その思いやりを忘れないでくれ」

 

かばん、君は血を恐れるその意味をもうわかっているのだな。

君ならば、獲物に対する一握の慈悲と敬意を受け継いでくれるだろう。

ああ、なんだか安心したよ……

 



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ゆうえんち

そして、一月が経った。

この間私もただ狩りの修練をしていたわけではない。

ハカセの要請でヒグマに料理を教えたり、遊園地や他の施設を直したり……

正直ハカセたちを見直した。

彼女らはイベントがある度にこうして施設を直しているらしい。

賢く、そして勤勉だ。長としての責任感はちゃんとあったのだ。

 

「き、緊張しますねゲールマン」

「だいじょうぶなのだイエイヌ!一杯練習したアライさん達を信じるのだ!」

「まあ、こういったものは慣れだよ。気負わないことだ」

 

そして、私たちはペパプと共演するという約束を今果たそうとしている。

 

「さー!トキ二人組に続いては!セルリアン退治で大活躍したあの人!

ゲールマンたちもバンドに加わるわよ!」

 

司会のプリンセスがこちらに目線を送る。

 

「さーて出番だねー。

だいじょーぶ、イエイヌもたくさん練習してたじゃないさー」

「は、はい!」

 

舞台袖にいた我々は楽器を持って舞台へと出た。

 

「セルリアン退治では大活躍だったんだって?」

 

プリンセスがマイクをこちらに向ける。

 

「私はほんの少し手助けをしたに過ぎないよ。

すべてはかばんやハカセの適切な指示と、戦いに加わってくれた皆のおかげだ。

そして、普段からセルリアン退治をしているハンターたちにも。

どうか拍手をしてくれたまえ」

 

わあ、と歓声が上がり料理をしていたヒグマたちの方に目線が集まる。

そして拍手が巻き起こった。

 

「うぇっ!?アタシ?」

「て、照れますね……」

「でも、悪い気はしないっす!セルリアン退治、がんばるっすよ!」

 

ヒグマたちは照れながら手を振ってくれた。

 

「かばんにもなわばりを教えてくれたとか!」

「ああ、そのためにパークを一周する長い旅をした。

道中で出会ったすべてのフレンズに感謝を。

どこが彼女のなわばりかは……本人の口から聞いて欲しい」

 

話が長くないだろうか。私は年寄りだ。どうしても話が長くなる。

プリンセスに目線を送ったが、もう少ししゃべれという様子だ。

 

「イエイヌとコンビを組んだんですって?おめでとう!」

「そうだ。ヒトとイエイヌは遙か昔から友であった。

互いに支え合い、共に生きる……それがきっと必要なのだよ。

私にも、イエイヌにも」

「そうです。私はヒトと共に生きるフレンズですから!

いつか、パークにヒトが帰ってきた時のために……

でも今は、ゲールマンといっしょで毎日楽しいです!」

 

ウフフ……と皆が笑う。

そろそろだろう。プリンセスに目で合図を送った。

 

「さーて準備が整ったみたい!みんなお待たせしたわね!

この曲はみんなで手を叩いていっしょに参加してちょうだい!」

「すべて、フレンズのおかげだった。

では、一曲『ジョン・ライアンのポルカ』」

 

アライさんに目配せする。

私とアライさんが笛を吹き、曲が始まった。

続いてフェネックのドラムとイエイヌのカスタネットが。

ペパプがタップを刻んで踊り、トキたちがコーラスをする。

 

「ららっららららら、ららっらららららーいらい♪」

「ららっららららら、ららっらららららーいらい♪」

「さあみんなも手を叩いてー!」

 

曲は長くも短かった。フレンズ達も手を叩き、ペパプが巧みなタップでそれを盛り上げる。

だが、やがて楽しい喧噪も終わる。夕暮れのように、夜明けのように。

 

「みんなー!盛り上がってきたわね-!」

 

わああ、と歓声が上がり、多くのフレンズたちが手を振った。

 

「じゃあ引き続いては、『乗ってけ!ジャパリビート』」

 

アライさんが笛からホイッスルに持ち替えて賑やかな曲が始まった。

これは元から録音されていた伴奏があるので気が楽だ。

まあ、つまりは。

かばんがやってくるまではこうしてバックバンドとして出番があるわけだが……

気が重くも、楽しい時間だ。

しかし、これも貴重な体験であり、やがては楽しく優しい思い出として残るだろう。

 

 

「おっ!主役が来たな!」

「みんな待ってますわよ」

 

人垣が分かれ、花道をかばんとサーバルが歩いてくる。

 

「あれから1ヶ月!遅くなったけど……

無事セルリアン倒せた記念と、

かばん何の動物か分かっておめでとうの会をするわよ!

いただきますもかねて、まずはご挨拶から!」

 

サーバルは舞台下からかばんを見守っている。

かばんは舞台の中心に登壇してプリンセスからインタビューを受ける。

 

「色々おめでとう!大活躍だったじゃない!」

「ええと……いえ、皆さんのおかげです!ありがとうございます!」

 

やはりかばんは頭の回転がかなり速い。

すらすらと立派に答えている。

 

「そして道中、なんの動物か分かったって!?」

「あっ!はい……ぼく、ヒトでした!

なわばりは、さばんなにしようと思います!

ゲールマンさんがビーバーさんたちに家を頼んでくれました!

ありがとうございます!きっと、そこに帰ってきます!」

 

おお……とサバンナやジャングルに住むフレンズからうれしそうな声が上がる。

私も帽子を軽く上げてかばんに敬意を表した。

 

「他のちほーを見に船出するんですって?」

「はい!おいしいものや、たのしいものをきっとたくさん持って帰ります!

船の修理にもみなさんに協力していただいて……

ぜんぶ、ぜんぶみなさんのおかげです!」

 

かばんは少し涙ぐむ。

ハカセは待ちきれずにカレーを食べていた。

 

「あーっ!」

「ヒトは話が長ったらしいのです」

「早く食わせろなのです」

「食べてるじゃなーい!」

 

プリンセスたちが目配せしあってうなずく。

 

「じゃあ、いただきまーす!」

 

夕暮れの空に、いくつものカップとジャパリまんが上がる。

 

『いただきまーす!』

 

本来は乾杯の歌とビア樽ポルカもあったのだが、まあいい。

ようやくお役御免だ。

私も夕飯にあずかるとしよう。

 

 

夕食と楽しい会話の後、皆はそれぞれに施設の好きなところに座ったり休んだりしている。

かばんとサーバルは観覧車に乗った。

あれの整備は大変だったが、そのままでは落下しかねない籠がいくつかあった。

うごかすならば、修理は必要だろう。

 

「それで、雪山に行ってからゲールマンは山に登って、あのセルリアン狩りがあったんですね。

いいなー私も狩りをしてみたかったです!」

「セルリアン狩りはいずれ必要になる。いつか、共にでかけよう」

「はい!」

 

私とイエイヌは修理された船が見える場所で、海を眺めていた。

あの罪の原点、漁村からここまで……とても長い旅をしてきた。

悪夢に囚われていた時間からすればパークでの時間は短い。

しかし得たものはこちらの方がずっと多かった。

 

「ゲールマン!せっかくですから私たちも観覧車乗りましょう!」

「ああ、構わないとも」

「そうですよ!ゲールマンが修理したんですから!」

 

籠がゆっくりと上昇し、夕暮れのジャパリパークが遠くまで見渡せる。

 

「……美しいな。このジャパリパークは美しい」

「そうですね……本当にきれいです」

 

私たちの旅の思い出が蘇る。

どれも美しく、大切なものだ。

イエイヌとも、そうした記憶を共にすることができるだろうか?

 

「あの、ゲールマン」

「何かね?」

「私は飼い主をずっと待ってました。

でも、どこかで分かってたんです。きっともう来ることはないって」

「……そうか」

 

私は、何を言うべきか言葉が見つからない。

故にイエイヌの話を静かに聞いた。

 

「ゲールマンは私の待っていたヒトとは違います。

でも……なんていうか……

ごしゅじんではなくって、でもいっしょにいれるヒトです。

私たちは、コンビになれると思うんです」

 

主従ではなく、相棒か。

そうだな、そうだった。その視点が欠けていた。

犬に啓蒙を授かることになろうとは……私はやはり愚かなのだろう。

それを忘れてはならない。

 

「ああ、主従ではなく相棒、と言うことだろう?

君の言うことは正しい。私からも喜んで、これからもよろしく頼む」

「はい!これからもどうぞよろしくお願いします!」

 

照れくさく、長い時間が過ぎた。

しかし悪くない。

 

「ゲールマン……今日のライブ、楽しかったですね」

こうやってパークの全部を見るのも……

きっと、良い思い出になりますよね」

「ああ、これも良い思い出になるとも」

 

そうだ、こうやって一つ一つ積み重ねていけばいいのだ。

アライさん、フェネック。私はフレンズとしての生き方を学べただろうか?

 

 

観覧車から降りると、何か新しい決意を目に抱いたかばんと、サーバル、そして皆が居た。

 

「ゲールマンさん、プレゼントがあるんです」

 

観覧車の前には大きな布のかかった何かが置いてあった。

フレンズ達が一斉に布を引っ張り幕が開けた。

そこにあったのはジャパリバスだ。

 

「アライさんたちが部品を見つけたのだ!」

「それをかばんさんたちがくっつけてー」

「私もきょうりょくしたよ!」

 

私は言葉も出ない。

これほど、これほど多くのものを与えて貰って、どう恩を返せばいいのだろう?

 

「バスはヒトでしか動かせないのです」

「セルリアンが出たときに素早く動ける足が必要なのです」

「これできりきり働くのですよ」

「きりきり働くのです。我々はお前の力に期待しているのです」

 

私は帽子を深く被りなおし、深く一礼した。

 

「……ありがとう。君達には感謝してもしきれない。

これで恩が返せるというのならば、喜んで働こう」

 

そうだ、実はこちらからも、かばんにはプレゼントがあったのだ。

私は夢から二枚の工房の狩人装束を取り出す。

マントのないもっともシンプルなものだ。そのコート部分だけを取り出した。

 

「私からも、君にこれをあげよう。かばん、君ならばきっと困難を乗り越えていける。

これがその役に立つことを祈るよ」

「サーバルさんにもおなじものがありますよ!寒いちほーに行ったときに使って下さい!」

 

さらにアライさんとフェネックにもこの間貸したものと同じものを渡す。

墓暴き装束と短いマントつきの狩人装束だ。

 

「アライさん、フェネック。この間貸したものを渡そう。

少々、手を入れたが……気に入ってくれるとうれしい」

 

アライさんはさっそく袖を通す。

 

「おおー、サイズがちょうどよくなっているのだ!」

「アライさーん、なんか模様がついてるよー?」

 

そう、全員の狩人装束の胸や肩に「の」という文字に似たジャパリパークのマークを入れておいた。

かばんのものには「Japari Park Guide」の刺繍も入れた。

 

「ジャパリまんに書いてある文字だー!ねえゲールマンこれどういう意味なの?」

「それは、かつてジャパリパークそのものを象徴するマークとして作られたもので……

それをつけている者は、ジャパリパークの者であることを意味する。

島の外に出たときに役立つだろう」

 

かばんもコートに裾を通し、ぺこりとお辞儀をする。

 

「ありがとうございます!ゲールマンさん!」

「結局プレゼント交換会になっちゃったねー!

でもこれがあればさむいちほーでもへっちゃらだよ!

ありがと!ゲールマン」

 

あはは、と皆が笑う。

ああ、暖かい。フレンズとは暖かいものだなあ……

 



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ヒトの帰郷

そして、旅立ちの朝。

 

「本当にありがとうございます!みなさんがいなかったら、ぼく……」

 

かばんが礼を言うと、見送りに来たフレンズたちが口々に別れの言葉を言う。

 

「こっちこそ、パークの危機まで救ってもらったよ!」

「おかげさまでぐっすり!かばんさんもちゃんと寝てくださいね」

「かばんといると、新発見がたくさんあったわ!」

 

キタキツネがうんうんとうなずく。

 

「かばんさんのおかげで、わたし、あこがれの、仕事に……!」

 

マーゲイが涙ながらに感謝すると、ペパプが笑う。

 

「おまえならなんだかんだ大丈夫ですよ」

「なのです」

 

ハカセたちも珍しく笑顔だ。

 

「気楽にやりゃーいーよー」

「うん!そのまままっすぐ行け!」

 

ライオンとヘラジカが優しく見守る。

 

「心配だけど……みんなで必ず帰ってくるのよ」

「心配っすよ……」

 

トキとアルパカは心配そうだ。

ビーバーとプレーリーは涙ぐむ。

それを見てカバがしっかりとした口調で言う。

 

「本当につらいときは、誰かを頼ったっていいのよ」

 

かばんはうなずき、微笑むとさっと大樹の元に駆け寄り、登り始めた。

 

「うみゃっ……うみゃみゃみゃみゃ……見て!みんな!」

 

かばんはあっという間に登り切り、そして枝を飛び移って地面に着地した。

 

「よっ、ほっ!」

 

そして軽やかにステップを刻み、素手での攻撃動作の型を見せる。

 

「ごはんの探し方も教えて貰ったし、安全な眠り方も聞いたし、

木登りだって、狩りだってできるようになったから……!

だから、だから大丈夫!」

 

おおー、と関心の声がフレンズたちから上がる。

ヘラジカとライオンはこちらを見て、

何かを理解したようで大きくうなずいていた。

私とイエイヌは口を開いた。

 

「かばんさん!

短い間でしたけど、いっしょに練習できて楽しかったです!

ずっと、ずっと私たちは待ってます!いつでも帰ってきて下さいね!」

「優秀な教え子よ。さらばだ、また会おう。

血を恐れたまえよ……いや、良い旅を」

 

かばんはこくりとうなずき、手を振る。

 

「ありがとう、じゃあ行ってきます!」

 

その顔はもう振り返らない。新しい冒険に向けられているのだ。

さあ行くんだ。顔を上げて、風を一杯にその身に受けて。

 

「かばんちゃん!早く早くー!」

「しゅっこーう!なのだ!」

「みんなー!ありがとねー!」

 

サーバル、アライさん、フェネックの三人が手を振り、かばんを迎える。

ボスがしゃべり出して船が動き出した。

 

「来タネ、カバン……ジャア、イコウカ」

「うん!」

 

ポッポーッと汽笛が鳴り……青空の下、大海原に向かって船は進んだ。

 

「おーい!平気か-!」

「だいじょぶそうかー!」

 

かばんたちとフレンズは手を振り合い互いを見送っていた。

私も帽子を脱ぎ、手といっしょに振る。

 

「帰りましょう、ゲールマン。

……かばんさんたちは、帰ってきますよね?」

「ああ、信じよう。それだけの力はもうあるのだから。

ヒトの……そして、フレンズの可能性はどこまでもあるのだ」

 

イエイヌは自然に私に杖を差し出してきた。

私もうなずくとそれを取る。

やはり義足では杖があった方が楽なのだ。

 

「はい!信じて、待ちましょう!」

「帰ろう、イエイヌ。私たちの家へ」

「はい!」

 

 

それから、数年が過ぎた。

ごくまれに、島々を横断する渡り鳥のフレンズからかばんの噂を聞く。

どうやら、元気でやっているらしい。

 

「今日も良い天気だ……」

 

私は安楽椅子に身を横たえて暖かい春の日差しの下、うたた寝をしている。

眼下には私たちが手入れをした庭が見える。

一面にお茶用のハーブや、七色の花々が咲き乱れている。

 

「ゲールマン!来ましたよ!かばんさんたちが、みんな!帰ってきましたよー!」

 

空を見上げれば、ババババという奇妙な羽音と共にヘリコプターという図書館で見た飛行機械が遠くに見える。

手を振る影はサーバルだろうか?運転席には美しく成長したかばんと、フェネック。

アライさんもサーバルの反対側から、手を振っている。

ヘリコプターには大きくジャパリパークのマークが描かれていた。

 

「ああ、知っている。お茶を入れよう、イエイヌ。

やがて、かばんたちを出迎えるために……」

「はい!」

 

かばんの冒険がどのような結果になったのか。

それは分からない。

だが、皆無事で帰ってきた。それだけでいいのだ。

好きに生き、好きに死ぬ。誰のためでもなく……

自由とは、そういうものだ。

人は皆、挑む権利を持っている。

その結果が失敗であったとしても、

それは絶望を意味するものではないのだろう。

 




これにて「老いたフレンズゲールマン」は完結です!
みなさん本当にありがとうございました!
皆さんの応援なしにはここまでこれませんでした!
ありがとうございます!

蛇足ですが、続編を書いてます!「醜いフレンズルドウイーク」がそれです。
よろしければぜひ!


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