緑谷出久がふわもこ系女子に◯◯されるお話。 (こんとんじょのいこ)
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緑谷出久がふわもこ系女子に翻弄されるお話。
2月下旬の冷え込む空気の中、あくびをかみ殺しながら佇む高身長の女性や通勤中のサラリーマン、会話に花を咲かせる女子高生などがいる地下鉄のプラットホームで、背負うリュックの左右の肩ベルトを離さないようにぎゅっと握りしめ、電車を待つ緑色のモジャモジャ頭の受験生がいた。
『なんとか間に合った…。』
男子中学生、緑谷出久はヒーロー志望である。
これは比喩ではなく、マンガなどの悪人を懲らしめ、市民を守る
「ゴミの山だったけど最近片付けられてすっごく綺麗なったっつー海浜公園にオールマイトが居たってマジ?」
隣で会話をしているのは鬼のよう、というよりも鬼の外見の大学生と、
「あぁ、友達が一緒に撮った写真自慢してきたからマジ。」
首が異常に伸びている友人であろう大学生がいる。
異形の者がいるにも関わらず緑谷や隣の女性、周りの人達も驚くことも騒ぐこともなく平然としている。
この光景はあたりまえの日常である。
始まりは中国の軽慶市にて“発光する赤子”が生まれたというニュースが報じられたことに端を発する。
そのニュース以降、各地で「超常」は発見され、原因も判然としないまま時が流れ、
いつしか「超常」は「日常」に…「
超常的な力を世界総人口の約8割が何らかの能力得た“超人体質”である超人社会となった現在、混乱渦巻く世の中でかつて誰もが空想し、憧れた一つの職業が脚光を浴びている。
『結局オールマイトから授かった“力”を試す時間がなかった…。でも何がなんでも雄英高校の入試に合格して、オールマイトのような最高のヒーローになるんだ…!』
“超常”に伴い爆発的に増加した犯罪件数に加え、法の抜本的改正に国がもたつく間、
勇気ある人々がコミックさながらにヒーロー活動を始め、たちまち市民権を得た〈ヒーロー〉という”役目“は世論に押される形で国から収入を、人々から名声を得る“公的職務”に定めらた。
そしてプロヒーローになるために必須の資格取得を目的とする養成校で最も難しく、倍率は例年300を超える「雄英高校ヒーロー科」。緑谷出久はその入学試験へ向かっている。
唇をきゅっと結び決意を新たにする緑谷のいる駅構内にアナウンスとメロディが響き、地下鉄特有の突風が体を煽る。
「―――に電車が参ります。黄色の線までお下がりください。」
電車が到着し、開いたドアから出る人を待ってから電車に乗り込み、入ったドアの反対側のドアにもたれた。
『雄英高校の筆記の範囲はしっかり詰め込んだから大丈夫だけど問題は実技だ…オールマイトに鍛えてもらった今の体は急造の器。ワンフォーオールを使ったら1発で体が動けなくなるかもしれない…上手く凌がないと実技0点なんてのもありえるぞ……それと…。」
電車が発車してからしばらくして顔を俯き、ブツブツと独り言を呟く緑谷に高身長の女性が話しかける。
「すごい独り言ですねぇ。キミも雄英高校の受験生なんですかぁ?」
「えっ」
間延びした声に気付き、またも気づかぬうちにいつもの癖で独り言を呟いてしまった、と心の中で反省しつつ顔を上げると、青がかった白い髪の女性がこちらを見ていた。
「ぼ…僕ですか?」
緑谷出久はいままで女性経験が皆無であり、母親以外と話した事がなくまさか自分に声を掛けているとは露ほども思わず、壁かドアしかない後ろを振り返ってから自身に指を差しながら尋ねた。
「うん。そうですよぉ。雄英高校がどうとかーって聞こえたので、もしかしたらキミもそうなのかなって思いまして〜。」
女性は眠そうな目を細め顔の斜め下で手を合わせ人懐っこくニコりと微笑みを浮かべながら返す。
「…っ確かに僕は雄英高校に受験を受けにいくんですけど…えぇっとすみません!考え事してるとつい口から出ちゃうっていうか…その…すみません!」
微笑みかけられた緑谷は目を丸くさせ、頬が熱くなるのを感じつつも女性に謝罪した。
「いえ、大丈夫ですよぉ。気にしないでください。それにしても奇遇ですねぇ。私も同じ受験生なんですよぉ〜?」
にへら、と笑うその女性の腰まで伸びている白い髪はライオンのたてがみのようにもふもふとしており、いつも笑った顔をしていたら普段の表情として定着しました、というような柔らかい感じの美貌と相まり緑谷はふと白いヒナギクを連想した。
『すっごい美人…それに』
手足が先に成長したようにすらっと長く、胴体も引き締まっており、白い小鳥のように丸いお尻、身長も183cmあり166cmである緑谷とは頭ひとつ分高い。
何よりも一際目立っているのは成熟を遂げ重力の影響を受けていない大きな西瓜のような一対の乳房で、制服の上にトレンチコートを羽織っていてもわかってしまうほどであり、緑谷には刺激的であった。
「…?マジマジと見つめて、どうかしましたぁ?」
「っへあ!?すごく大きい…っっっじゃなくて何でもないですっ!」
「んー?」
こてん、と首を傾げる彼女を他所に緑谷はちぎれそうになるくらい頭を慌てて左右にふり思わず出た言葉と胸の内に湧き出た邪な感情を打ち消す。
「あっ貴方も雄英高校の受験生なんでしたっけ!?」
「っはい。そうですそうです…あ。自己紹介がまだでしたね。私は富和もこっていいます。よろしく〜。」
緑谷は先ほど耳に入っていた事を口にして話題を逸らし、思案顔だったもこも思い出したように先ほどの会話を続ける。
「はい、僕は緑谷出久っていいます。こちらこそよろしくお願いしますっ」
『っていうか僕女子と喋っちゃってる!?』と最初よりまだ冷静になったことによって自分が今まで経験してこなかった、年の近い異性との会話をしている事を自覚し、またも心が波立ち騒いで落ち着かなくなる。
「緑谷くん、ですね。はいっこちらこそ〜…あのぅ、緑谷くん。突然なんですけれど、試験会場に着くまで私とお話をしませんか?」
もこは指を鎖骨のあたりで組ませて、先ほどの様子と変わって遠慮がちに訊く。
「いいですけど、どうして僕なんかと?それに…その…」
緑谷はいわゆる典型的な地味なオタクでありコミュニケーション能力も乏しい。そんな自分と会話をしていても面白くないだろう。申し訳ないけれど断ろう、と言葉を続けようとするのを遮るように――――――
「私、今すっごく緊張してて、それに不安で…少しでも気を紛らせたくって…ダメですか?」
もこが捨てられた子犬のように目を潤ませ、縋るように見つめられた瞬間、
「ダメじゃないです!!」
即答だった。緑谷は今何を考えていたのかをすっかり忘れ、もこの提案をのんだ。
***
それからしばらくして、雄英高校に入学する動機の話になった。
「…へぇ〜。緑谷くんはオールマイトさんみたいなヒーローになるために雄英高校に入りたいんですかぁ。スゴいです。」
「い、いやぁそれほどでもないです…。」
No. 1ヒーロー「オールマイト」。年齢不詳、“個性”不明!
ヒーロー界に颯爽と現れ、その実力で不動の人気を得る。
彼の登場以降深刻だった
「…オールマイトは困っている人を笑顔で救けるめちゃくちゃカッコいい、最高のヒーローなんです。」
「緑谷くんはオールマイトの大ファンなんですねぇ。個性も増強系だったりしますかぁ?」
「あぁー…はい、そうです。」
緑谷は目線をもこから逸らしつつ答える。
緑谷出久は超人社会では珍しくなりつつある2割のうちの“無個性”であった。しかし、ある事件をきっかけに、力をストックして別の人間に譲渡する個性、「ワンフォーオール」をNo. 1ヒーローのオールマイトから秘密裏に託されている。
“譲渡する”個性は緑谷が知るところワンフォーオールのみであり、これが世間に公表されようものなら大スキャンダルであり、オールマイトのヒーロー活動、ひいては“平和の象徴”にヒビが入ってしまう事や、オールマイト本人からも秘密にするように言われたため、自分の親にさえ隠し通す必要があるのだ。
「お〜、やはりそうなんですねぇ。増強系なら戦闘に災害救助にも応用が効きますし、何より派手でカッコいいです!」
「…ありがとうございます。(くうぅぅっ!笑顔が心に刺さるっ!!)」
もこから端から信じられている事実に顔を引きつらせた。
「そういえば富和さんの個性ってなんですか?」
緑谷はこれ以上ワンフォーオールの話題を避けるために、今度は緑谷がもこに聞き返した。
「私ですかー。ふふん、なんと私の個性はイメージした綿のようなものを出す〈もこもこ〉、ですっ!ぷかぷかさせたり、かちかちにさせたりもできちゃいます!公共の場で個性を使うのはダメなのでどういったものかはお見せできませんが。」
そう言ってもこは腰に手を当て得意げに鼻を鳴らした。
「イメージしたものを出す個性…!すごい!」
褒められた嬉しさと気恥ずかしさが一緒になった表情を浮かべ、
「えへへ、でもちょっぴりでも違うイメージが混ざっちゃうと失敗しちゃうし、使うときはかなり集中するので接近戦は苦手なんですよねぇ…。」
もこは顔を少し俯かせ自身の弱点を話し、ふと緑谷を見やると、
「…もこもこが綿だと仮定するなら浮かぶだけでも担架になるしイメージが必要でも色んなものを作れるっていうだけでもかなり汎用性が高い。例えば瓦礫の下から〈逆U字に膨らんで硬くなるイメージ〉ができれば救助が簡単になるはずだし〈水を弾いて浮くライフジャケット〉のもこもこだってできるはず…!ホントにすごい個性だ…!それに……」
またも独り言をしていたのである。しかも今度はいつの間にかノートにのめり込むようにメモを書き込んでいた。もこは眉を上に吊り上げ、
「緑谷くん?またすごい喋ってますよぉ。」
「あっ、すっすみません。すごい個性をメモするのも癖で…つい。」
「まったく、師匠みたいです。緑谷くん。」
「師匠…ですか?」
緑谷の返しにムッとしていた顔を戻して、
「はい。私の夢の後押しをしてくれた大切な人です。それに、個性の新しい可能性も教えてくれたすっごい人なんですよ〜!」
たちまち顔をふにゃりとさせた。
「…夢。」
「はいっ。私の夢は、みんなが笑顔で穏やかに毎日過ごせる世の中にするためにプロヒーローになりたい。そしていつか、
緑谷は目をみはった。今までもこに対しての抱いていた印象はヒーロー、というよりも「
しかし今はどうだ。まるで別の人間と入れ替わったように真剣な目つきだ。その海のように深く、青い目は緑谷が何度も見たヒーローの目とそっくりである。
「…でも、個性が発現した頃は使うとすぐに倒れちゃうような、無個性に近い物だったんです。」
「えっ?」
「私の個性は体力を消費するんです。イメージするものによって差がありますが。でもその頃はわかりようもなく、〈使えない個性〉ってお医者さまに言われました。」
緑谷は自身が4歳のころを思い出した。
オールマイトが災害現場で何人もの人を抱えながら笑って助ける古い動画を毎日、飽きずに見て目を輝かせながら、「個性が発現したら自分もオールマイトのようにカッコいいヒーローになるんだ」と息巻いていた矢先、
『諦めた方が良いね』と医者に無個性である事を告げられた。
もこは顔を俯かせ、
「それでもお父さまやお兄さま、家族みんなで色々なヒーローの方にかけ合って手ほどきをしていただいたり、個性の研究をしていらっしゃる方に個性を使えるものにする方法を一緒に考えていただきました…体力を消費して綿のような何かを出す事ができるまでは分かったのですが、それ以上の進展が見込めず…。」
そして間を置いてから顔を上げ、
「けれど、師匠に「イメージしたもこもこ」を出す個性だって言い当てたんです。私と出会ってすぐにですよ!」
にこにこと嬉しそうに笑う。
「それから師匠にお願いをして、個性の訓練をしていただきました。とても辛くありましたが、何もできなかった今までよりも充実した毎日でした。」
緑谷は、オールマイトから体を鍛えていないままワンフォーオールを使うと出力に耐えきれず体が破壊されてしまうと言われ、個性に見合う器を作るために苦しい鍛錬を積んでいた。
「師匠は、わたしに〈ヒーローになれる〉って言ってくれたんです。」
『君はヒーローになれる』
オールマイトは、夕日を背に緑谷へ同じ事を言ってくれた。
「…私の夢は絵空事だっていわれますけど、私としては俄然やってやります!って思っちゃいました。途方もなく難しいっていうのはわかってるんですけれど…」
「絶対叶えましょう!!僕、応援します!!」
今度はもこが驚かされた。おとなしくどこかぎこちない緑谷が、突然もこの両手を包みこんだ。もこは、お世辞で言っているわけでなく本気で共感して、応援すると言ってくれているのだと感じた。
「…ありがとうございます。そのぉ…そろそろ乗り換えの駅ですので…。」
もこは少し頬を赤くなったのを緑谷から目を逸らして隠しながら乗り換えの駅である事を伝えると、
「っは!ごめんなさい突然手を握っちゃって!!」
緑谷はさっきまでの凛々しい顔が崩れ、
「いえいえぇ、大丈夫ですよぉ。家族以外の男性に手を握られたのは初めてでビックリちゃいましたけど…嬉しいです〜。」
もこは手や顔よりも胸の奥が温かくなっていた。
***
かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!
「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と!
『まさかこんな事になっちゃうなんて…っ!僕はどうすればいいんだ…?!どうすればこの状況を切り抜けられる?』
緑谷出久は想像を絶する受難に襲われていた。
事の経緯はもこと一緒に電車を乗り換えてから2つ目の駅に到着した時である。
入試会場である雄英高校は都市部にあるため、近づくにつれ最初はまばらだった乗客も段々と増えて遂に満員電車となり、
「きゃっ」
もこが後ろにいた乗客に押され、
「むぐっ!!!?」
緑谷に覆いかぶさったのである。
『おおおおおっぱっ…!おっぱいががが!!!』
「ご、ごめんなさい。後ろから押されちゃって…!」
緑谷の目から下を、もこの乳房で包まれ息をしづらくなる。精一杯吸おうとしても鼻と口が乳房と密着して充分な空気が取り込まれないのだ。
『…死ぬ!社会的にも物理的にも死んじゃう!!なんとか息をぉぉぉぉっ…!!』
生物は危機的な状況の中に陥ると、懸命に子孫を残そうとする本能があるといわれている。緑谷は特に、性に目覚めたばかりの年頃もあって敏感であった。
つまり、個性を持っていようがいまいが関係なく男性であればついている“
『まずい…プロヒーローへの第一歩よりも敵の道に踏み外すだなんて冗談じゃない…母さんに、オールマイトになんて顔して会えばいいんだ…!?しかも僕のアレが大きくなってきてる!?こんな事で入学を諦めるなんて…!!』
少しずつ頭を上へ動かしてどうにか顎まで出して生命の危機を脱し、顔を上げた先に、
「っ……!!」
目や口を顔の中心に集めるかのように必死に羞恥に耐えているもこの顔が見える。
『私の夢はみんなが笑顔で穏やかに毎日過ごせる世の中にするためにプロヒーローになりたい。そしていつか、敵が悪い事をする必要がなくなる世の中にもしたいです。』
『師匠は、わたしに〈ヒーローになれる〉って言ってくれたんです。』
『君はヒーローになれる』
その時、緑谷は大きな夢を語る彼女を、あの真剣な瞳を思い出した。
『そうだった…富和さんだって夢を叶えるために頑張ってきたんだ。ヒーローになりたいのは僕だけじゃない…こんな下らない事で富和さんの気持ちを削ぐわけにはいかない!』
いつの間にかもこを
『手で直接抑えたくても富和さんの体が密着していてどうしても無理だ。』
現在緑谷は乗り換える前と同じく電車のドアにもたれて、もこが前に立っていた。
『体を下げて腰を引くしかない!』
空気椅子に近い体型に変える事で、もこの体にモノが当たらなくさせる作戦を思いつく。そして念押しとばかりに心の中で
『ごめんなさいオールマイト!!どうしてもやらなきゃ後悔してもしきれないんです!!』
「っくぅぅぅぅぅ…っ!!」
決意を表明するように低く唸る。
しかし、慣れない異性との会話、もこの刺激的な体や満員電車の熱気により、この時の緑谷は些か冷静さを欠いていた。
「えっ?緑谷くん?あ、あのちょっと?」
『ぬおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
体を下げるということは、必然的に顔も一緒に下がるわけであり、
「と、取れちゃいます〜!力を抜いてください!」
緑谷の顎が、もこのブラジャーを引きちぎらんとばかりに引っ張ってしまっているのだった。
もこが小声で訴えても緑谷の耳には届いておらず、力を入れる。
『体全体を使え!!絶対にやりきる!!』
艶かしい声を発しながら筋トレをしているオールマイトを想像しながら体全体を使う。
「ひゃう!?」
その時、緑谷の周りに緑色の稲妻が走ったのをもこが目撃した途端、ぎゅっと、更に力が入っていく。
「ダメぇ!緑谷くん、壊れる!壊れちゃいます〜っ!動かないでくださいっ!」
ブラジャーのフロントホックにギリギリと圧力がかけられる。
『あと少し、もう…少しでっ……きたっ!』
「うぅぅ…もうっ…ダメぇっ…!」
腰を引き、モノを逸らす事に成功した瞬間。
「くふぅぅんっ!」
ぶちり、と耐えきれなくなったフロントホックが千切れると同時に、駅へ到着した。
***
「もうっ!!緑谷くんのえっち!!」
「はいぃぃ…本当にすみませんでした…!」
その後、もこは緑谷を抱きかかえながら、もこもこで隠し、女子トイレへ連れ込み、ことの経緯を説明させ、今に至る。
「僕、富和さんの気概を削ぎたくない一心で…でも結局迷惑をかけてしまって……僕は、何をしているんだろうか…。」
もこは、正座をしながら脂汗を流し、目尻を下げ今にも床に頭を擦り付けて謝りそうな緑谷を見て、
「…もー怒ってないですから、ほらっ、立ってください。」
ハンカチで汗を拭き取り、立たせた。
「はい、ありがとうございます…その、本当にごめんなさい。」
「…許します。ですが、その代わりっ!」
もこはピッと緑谷の顔の前に人差し指を立て、
「雄英に合格したら、友達になってくださいねっ!」
「えっ?」
そんなことでいいのかと、訝しげになる緑谷に対してもこは間髪いれずに、
「約束してくれなかったら、今ここで大声を上げちゃいますよぉ?」
もこの脅しに緑谷は蛇に睨まれた蛙のように体を固まらせた。緑谷が今いるのは女子トイレであり、普通なら男子がいてはならないプライベートルームである。そんな所でもこに大声を上げられようものなら、たちまち騒ぎを聞きつけた人たちに痴漢の
「しますっ!させていただきますっ!」
「…ふふふ。じゃあ緑谷くん、指切りげんまん、しましょ〜。」
もこと約束をしながら、緑谷は今日のことは忘れる事ができないだろうと思った。似た境遇で、大きな夢に向かって走る、不思議な女の子と出会った今日を。
「ゆーびきった!じゃ、時間も押していますし、すぐに着替えちゃいますねぇ〜。」
「エっ」
そういうや否や上着を脱ぎ制服に手をかけ…
「わあああぁぁっ!!ちょっと待ってえぇぇぇっ!?」
今日の事は忘れる事ができないだろう。
***
4月、雄英高校入学式当日。
「緑谷く〜んっ!お待たせしました〜!」
無邪気に手を振りながら笑い、駆け寄る彼女に僕は、
「富和さん、おはよう!それと合格おめでとう!」
同じく手を振って笑顔で迎えた。
「えへへー、ありがとうございます!緑谷くん、制服、似合ってますねぇ。」
富和さんは僕に親指を立ててグッドサインを作った。
「ありがとう。富和さんも似合ってるよ!」
僕もお返しにグッドサインを作る。すると富和さんは僕に手を差し出し、
「はいっ。それじゃあ、行きましょう!私達の、ヒーローアカデミアへ!」
富和さんの手を取り、雄英高校へ向かった。
言い忘れてたけど、これは僕が最高のヒーローになる一歩を踏み出す前の一幕だ。
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