ありふれない家族が世界で最も幸せに (ゼノアplus+)
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第一幕
全ての始まり


「見てしまいましたね?」

 

 

恐怖……それを感じたのはいつ以来だろう。5歳の時に交通事故で死にかけたこと?その事故で私の代わりに死んだお父さんの葬式で遺体を見たこと?お父さんを愛していたお母さんから虐待を受け続けていたこと?お母さんの新しい恋人にレイプされかけた事?自殺しようと、橋の上で遥か下の川を眺めた事?

 

 

いいや、もうそんな事すら忘れてしまいそうになるね。僕の後ろにいるのは書類上家族だったはずのナニカ。振り向いたらおそらく僕の命はないだろう。そう感じてしまうほどの気配を感じる。こんなことになっているのは、まあぶっちゃけて言えば僕が原因だ。

 

関係ないと言われるかもしれないけど、僕は壊れている。さっき恐怖を感じたことを思い浮かべたけど、全部経験談だ。でも、橋で自殺しようとした時に、僕にとっての運命の人が現れた。

 

 

ーーーーもう1人じゃない。俺が恵里を守ってやるーーーー

 

 

人が聞いたら、気休めだって言うかもしれない。自殺しようとしている他人にかける言葉なんて大体が薄っぺらい言葉だから。でも、そうであっても、僕はそう言ってくれた彼のことが好きだ。もう王子様に見えたよ。……今からの状況次第ではもう2度と会えないかもしれないけど。

 

そんな僕の恋路の邪魔をする者はたとえ誰であっても許さない。そう思い続けて数週間。僕はお母さんを脅し続けて生活費だけは入れさせるようにした。まあちょっとしたらすぐに居なくなっちゃったけど。そんな時だ、とある男の人が現れたんだ。

 

 

ーーーー君、僕に雇われないかい?娘としてねーーーー

 

 

意味が分からなかった。娘になってくれ、と言うのはまあ養子になってくれとかそう言う意味だろう。でも雇われる、と言うのがよく分からない。娘を雇う父親がどこに居るのだろうか、いやまず何のために?疑問に思いながらも、いなくなったお母さんから生活費は入ってこないから他に手段なんてなかった。そのままその男の人についていった先の家には、女の人と、僕と同じクラスの同級生がいた。なんでも、その男の人はかなりのお金持ちで、事故で家族を失いその寂しさを紛らわすために給料を払って家族を演じてもらっているそうだ。バカバカしいと思った。家族だと言ってもいつ裏切るか分かったもんじゃないのに。でも、演技力には自信があったからちょうど良かった。鍛える場にもなるし。

 

そんなこんなで僕は中学生になってちょっと過ぎた後のことだ。いくら家族を成り立たせていると言っても、所詮は他人。あの時の男のようにゲスなことを考え出しているかもしれないと思った私は、母親役、父親役、兄役、全員のことを本人がいない間に調べ回った。普段の性格から、そんなことをしないと心のどこかで思っていたのか、父親と母親からは何も出てこなかった時は少し安心してしまった。定期的に調べていたから大丈夫だろう。でも兄は違った。いや、違うとかそう言うモノじゃない。僕が家族の部屋を調べることをやめたきっかけ、最後の日だ。

 

兄がいない時に部屋を調べた。いつも通り整っていて、噂に聞く中学生男子の部屋とはかけ離れた清潔さ。でも、多分本棚の数は異常だろう。なぜなら四方八方、机がある場所以外は全て本棚に囲まれていると言っても過言じゃない。父親が金持ちなこともあって家も部屋も広い。その本棚には、有名どころの小説や、ライトノベル?って言うジャンルとかたくさんの本が並んでいる。あるスペースには兄が気に入っているドラマやアニメ、舞台劇などのDVDもある。たまに見つけるノートを開くと、自作らしい小説もあったりするからきっとそういうアレだと思った。ちなみに中学二年生はもう過ぎてるよ。ただ、すごく面白いから調査そっちのけで読みふけることもあったけどね。問題はその後、机を調べた時だ。几帳面な兄でもミスする事はあるって知った。書きかけのノートが2冊開きっぱなしだったからだ。そのノートは、それだけは見るんじゃなかったと本当に後悔している。現在進行形で。

 

内容はシンプルだ。とある一冊には今僕や兄が通っている中学の人気者や身近な人の情報がこれでもかとびっしり記してある。これだけでもだいぶ恐ろしい。一体いつこんな事を調べたのか。いやどうやって、なぜ、寒気すらしてきた。もちろん僕の事も書いてあった。隠し通しているはずの僕の恋についても。何故か僕の欄だけ明らかに長いのも気になるけど、家族関係だからきっとその分情報も多いんだろうと割り切った。

 

でも問題はもう一冊だ。そっちには、さっきみたいな誰かのことは書いてない。いつも兄が書いているような創作が書いてあった。でも、これは他のとは何かが違う。創作物にしては文字に感情がこもっているように感じる。図書委員をしているだけあって、図書室で本を読むことも多い。本は好きだし。だからこのノートの物語は異常だ。感情がこもっているだけじゃなくて、文脈がどこかすごく生々しい。

 

家族の虐待に始まり学校でのいじめ、さらには死んで神様に出会って転生?したことなど、ありえないはずなのに実体験でもしてきたんじゃないかと言うレベルだ。その後、とある世界に生まれ落ちた人間嫌いな少年は、種族を変えて生き、とある狂気を宿す少女に恋をした。

 

と、ここまで来たあたりで冒頭に戻ろうかな。ちょっとした走馬灯とでも捉えてよ。

 

 

 

 

「見てしまいましたね?」

 

「ッ……お、お兄ちゃん、勝手に部屋に入ってごめんね?私……勉強のことで聞きたいことがあって……」

 

「演技なんてしなくともいいですよ。ノートを見たのでしょう?その通り貴女の性格は知っています。知っていていて敢えて放置していたのですから」

 

「……そうみたいだね」

 

 

振り返るな僕。絶対に……

 

 

「おや、何故其方を向いているんです?4年も共に過ごした仲ではありませんか?」

 

「その喋り方が素の君なのかな?君こそ随分と他人行儀だね」

 

「どうでしょう?秘蔵の品を見られたとあっては私も胸中が穏やかではいられませんがね」

 

「……それは、ごめんなさい」

 

「許しましょう」

 

「…………え?」

 

 

え、良いの!?結構覚悟決めてたつもりだったのに……

 

 

「素直に謝ることは大切なことです。それに、秘蔵の品なだけで別に見られてどうと言うことはありません。俗に言う黒歴史的なものは混じってますが」

 

 

黒歴史……さっきの2冊に?でも一冊は人間観察用っぽくて……てことは……

 

 

「ね、ねえ……黒歴史ってことはさ。この……人間嫌いな少年って……」

 

「私のことですが?」

 

「ッッッ!?」

 

「まあ色々ありましてねぇ……っていうかノートを見たのなら知ってますかね」

 

「じゃ、じゃあ……この最後に書いてあることって……」

 

「む?……ああ、その事ですか。いやぁ、変に書くんではありませんでしたね。まさかバレてしまうとは……」

 

 

てことは……僕の兄なはずの男はやはり……

 

 

「君は人間じゃないんだね」「貴女の事が好きだなんて」

 

「「……………………ん?」」

 

 

今この男……男?はなんと言った?僕のことが好き?なんで!?……あっ。狂気を宿す少女って僕のことかぁぁぁぁぁ!?

 

 

「え、ちょ……どういう……へっ!?」

 

「すぅ……そっちかぁ……やらかしました……」

 

 

思わず振り向いてしまった。そこには、全身が真っ黒で、目?だと思われる部分だけ赤く光っている人型のナニカが頭?を抑えて蹲っていた。。

 

 

「えっと君は……」

 

「……ああ、この姿では分かりませんね。…………俺だよ」

 

「……影二、なんだね」

 

 

突然、姿が僕のよく知る兄の姿になった。

 

「ああ、君……いや恵里の事が大好きな篝火影二だ」

 

「そ、そういう事を真顔で言わないでよ」

 

「……?事実なんだが?」

 

「むぅ……」

 

 

コイツ、女心がわからないんだろうか。

 

 

「ああ、別に返答は求めていないさ。恵里の気持ちは知ってるし、なんなら応援してるしな」

 

「……なんで?」

 

「好きな人の幸せを願うのは当然だろう?」

 

「えぇ……そういう……モノなの?」

 

「さあ、俺は人じゃないし。人間の感覚はよくわからん」

 

「…………」

 

 

空気は依然重いままだ。兄が人間ではないことに突っ込むべきか、その……ああもう言いにくいな!!ぼ、僕の事が好きなことに突っ込むべきか……

 

 

「えっと……その……色々と衝撃的過ぎて思考が追いつかないんだけど……影二はその……何がしたいの」

 

「君が幸せになるための協力をすることかな?」

 

「…………」

 

 

オカシイ…… 僕もなかなか壊れている自信があるけど、影二はもっと壊れている……

 

 

「ま、気にすることはない。俺たちは今まで通り父さんや母さんと一緒に家族を演じてればいいんだよ」

 

「いや、僕の事を好きな人が身近にいる状態で気にするなって言う方が……あっ」

 

「どうした?」

 

「今まで何度かイレギュラーに光輝くんと2人っきりとかの状況があったけど……」

 

 

すごいいい笑顔でサムズUPされた。

 

 

「……僕が君の気持ちに答えてあげることはないよ」

 

「分かっている」

 

「君のメリットが無さすぎると思う」

 

 

好きな人がその好きな人と結ばれるのを協力する。こんなバカな事をどうしてするの?逆に不安だ。いま排除しておかないと……いや、無理だね。あれは人が相手してどうにかなる存在じゃない。

 

 

「さっきも言っただろ?俺は恵里の幸せを願ってるんだ」

 

「…………」

 

「まあ信じてもらわなくていいよ。そうだねぇ……俺のことに対する口止め料ってことでどうかな?」

 

「口止め料?」

 

「恵里の恋路の協力。どう?」

 

 

口止め料ねぇ……例え僕が影二の事を言ったとしても誰も信じないよ。光輝には劣るけど人気あるんだからね。

 

 

「はぁ……分かったよ。でも、裏切ったら許さないからね」

 

 

悪魔の契約だったかもしれない。でも仕方ないじゃないか。初めて見つけた、狂った人。人って言っていいのかわからないけど、ただ純粋に僕のことを好きなんだろうってことは分かる。……自分で言うのすごい恥ずかしいね。

 

それから約2年とちょっと経ち、高校2年生になった僕たちはあんな事になるなんてね。誰も予想のできないイレギュラー。きっとあの影二でさえも。多分ね?

 

 

 

 

 

 

でもまあアレが起こったのは結局僕たちにとって必要な過程だったんだろう。影二はやっぱり知ってたんだろうね。全く、最悪で最低で、最高のカイブツだよ。僕にはもったいないくらいのいい『家族』だ。

 

え?なんだか雲行きが怪しい?当たり前だよ、これから始まるのは『ありふれた職業で世界最強』になった主人公くんが活躍する物語じゃない。

 

『ありふれない家族が世界で最も幸せに』なるための物語なんだから。

 

さて、ここからは影二に頑張って貰わないとね。()()()()()()()()だから言えるけど、影二が記した物語でもこの物語だけは、僕からしたら面白くはなかったね。

 

じゃ、精々楽しむといいよ。またね。




「絶対に……絶対に……死なせはしない……恵里ッ!!」


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異世界ショータイム 有無を言わさず(半ギレ)

清々しくて逆に腹が立つほどの快晴な朝。俺、篝火影二は学校に行くための準備を終え、まだ寝ている寝坊助な妹を起こすために部屋へとやってきた。

 

 

「恵里、さっさと起きて学校に行くぞ」

 

「うむぅ……勝手に人の部屋に入ってこないでよお兄ちゃん……今日は日曜だよ?」

 

「アホ言え、月曜日だよ。ほら、若干素が出てるぞ?」

 

「演技を気にしなくていい時間に無作法な男が来たからね。勘弁してよ影二」

 

「役者たる者いついかなる時でも備えろ。来たのが父さんだったらどうするんだよ」

 

「シンプルに成人男性が未成年の少女の部屋に来たとしてタマに制裁を加えるだけだよ」

 

 

流石にタマはやめて差し上げろ。死ぬから……

 

 

「はぁ……いいからとっとと起きろ。母さんが、『朝飯を食べてくれないし反抗期かしら』って言ってたぞ」

 

「無駄に声まで完璧に真似するのやめてくれる?分かったよ、僕の負けだよ。おはよう影二」

 

「おはようさん恵里。ああもうまた寝癖がひどい……後で直してやるからさっさと身支度整えてこい」

 

「は〜い」

 

 

恵里の部屋を出た俺は自分の部屋に戻り、4冊に増えたノートを取り出した。3冊はクラスメイトの個人情報を事細かに書き記した物。残りの一冊は執筆途中の小説だ。これは俺の人生をかけた物だからな。いつでも持っている。

 

 

「あら影二、恵里は起きた?」

 

「さっき起きたよ。また寝癖全開で降りてくると思う。父さんは?」

 

「2時間前には仕事に行ったわよ。今日は遅くなるかもですって」

 

「そう。母さん、俺が言ったこと覚えてる?」

 

「ええ、月曜日に影二と恵里のクラスが突然いなくなったらある日にすっと戻ってくるから心配しないで、でしょ。毎週聞いてるから覚えたわ」

 

「ならオッケー」

 

「お母さんおはよ〜」

 

「あら、やっと起きてきたわね。おはよう恵里。食べやすいようにパンに色々挟んだから、影二に髪を整えてもらったら食べながら行きなさい」

 

「了解〜」

 

 

二階から恵里が鞄を持ち制服を着て降りてきた。10分ほどかけて髪を整えてやった後俺たちは家を出た。

 

 

「「行ってきます」」

 

 

何事もなく無事に学校へ到着した俺たちが見た物は、最近特に目立ってきた光景だ。

 

 

「よぉ、キモオタ!また、徹夜でゲームか?どうせエロゲでもしてたんだろ?」

 

「うっわ、キモ。マジか〜」

 

 

同じクラスの南雲ハジメに突っかかる檜山大介に、それに悪ノリするそのほか3名。

 

 

「ねえお兄ちゃん、昨日は何やってたの?」

 

「えーと……Fa◯eの原作って言われてるゲームを徹夜でやってたな」

 

「R指定は?」

 

「もちろん18」

 

「……まあいっか。人間用のR指定だし」

 

 

良い子は真似しないでね!ダメだから。

 

ボソボソと会話をし、席についた俺は恵里がこのクラスのリーダーとも言える存在、天乃河光輝のところへと向かった。俺はと言えば、多少の敵意を込めて檜山たち4人を睨む。それが届いたのか4人は両腕をさすって南雲から離れたようだ。全く……これだから人間は……多少の趣味嗜好の違いで容易に同族を差別する。

 

 

「おはようさん南雲朝から災難だったな」

 

「あ、篝火くんおはよう。もう慣れちゃったよ」

 

「それはそれでどうかと思うけどな。ッ……すまん南雲、どうやら俺はここまでらしい」

 

「え?……あぁ、うん、また後でね」

 

「力になれなくてすまん……」

 

「いいよ、慣れたから。嫌なものは嫌だけどね」

 

 

俺と南雲は、とある日に発売したゲームを当日に買いに行ってばったり出会い割と話すようになった仲だ。なまじ色々あって自分が昔いじめを受けていた時の経験から南雲の反応は仕方ないと思うが、慣れたで友人にも済ませてしまうあたりはどこか人間としては壊れてるだろう。まぁ、俺にとってはそこが良いのだが。

 

そして俺が南雲から離れた理由だが、その答えは彼女にあると言える。

 

 

「南雲くんおはよう!今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

 

聞く人が聞けば明らかに煽り。だが本人にその気は一切なく純粋に南雲のことを心配して言っているのだろう。その名を白崎香織。この学校で二大女神とか言われてる美少女だ。まあ俺からすれば恵理のほうが何千倍も美しく見えるが。

 

まあこの学校の人からしたら、こんな美少女が平凡でいじめられっ子な南雲を構うのはよろしくないんだろう。

 

 

「南雲くん、おはよう。……その、ごめんなさいね」

 

「おはよう。……もう慣れたから」

 

「香織、また彼の世話を焼いているのか?全く、本当に香織は優しいな」

 

「全くだぜ。そんなやる気のないヤツにゃあ何言っても無駄だよ」

 

「まあまあ、南雲くんだって好きで香織に世話焼かれてるんじゃないだろうし……ね?」

 

 

近寄ってきた男女4人。最初の1人が八重樫雫。次のが天之河光輝、その次が坂上龍太郎、最後が書類上妹の中村恵里だ。

ぶっちゃけた話、上から順に二大女神の片割れ、人気者、脳筋、ヤンデレ予備軍だ。恵理以外は特に関わりはないんだけど、あえて言うなら、誰も知らないが恵理は天之河のことをヤンデレ一歩手前なレベルで好いている。ちなみに俺は、そんな恵里のことが好きだ。まあ説明すると面倒だから後々話すよ。

 

その後簡単な受け答えを南雲はし、いつも通りに天之河に難癖をつけられる。途中白崎からの爆弾発言が飛び出してクラスの温度が数度下がったりしたがチャイムが鳴ったので全員が何事もなかったかのように席に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

午前の授業が終わり、昼休みの時間になった。聞くところによれば南雲はこの休みは徹夜をしていたらしく、この午前中は爆睡だった。

 

 

「恵里、今日の昼飯。はいよ」

 

「ちょ……家で渡してよお兄ちゃん」

 

「悪い、時間なかったからな」

 

 

恵里に母さんが作った弁当を渡し、自分も飯を食う。と言っても大体人目がつかないようにしてから大きく口を開けて一口でパックリ食べるだけだ。俺の異常性はもうみんな知ってるだろうしな。

 

ふと目線を南雲へ向ければ、エナジーゼリーを10秒でチャージしたらしい。机に飲んだ後のが置いてある。が、朝と同じように白崎に絡まれているのが見える。その様子を見たのか天之河一行も現れちょっかいをかけ始めた。

 

 

「全く……自分の価値観を他人に押し付ける事しかできないのか。あの歪んだ人格者は。…………壊れてる部分だけ見れば好みだけど、いちいち言動に腹が立つ」

 

 

俺が天之河を嗜めようと席を立った時、クラスの空気は完全に凍った。

 

 

(今日だったのか!?)

 

 

「恵里ッ!!」

 

「え?」

 

天乃河の足元に現れた、いわゆる魔法陣は一瞬のうちにクラス全体へ広がり金縛りのように動けなくさせた。まあ俺は無理やり拘束を引きちぎり恵里の元へと向かったわけだが……

 

 

そのままクラスの中は光に包まれた。そして、その光が消えた時に残っていたものは、人間以外の全てだ。

 

 

 

 

 

 

人を抱いている感触を受けながら、目を開ければまず目に映るは巨大な壁画。それはとても美しい絵に見えるが、どこかに狂気を感じる。ふと目を向ければ、よほど眩しかったのか目を瞑っている恵里の姿があった。

 

 

「恵里……恵里……無事か?」

 

「えい……ッ、お兄ちゃん、なんなのこれ?」

 

 

流石の恵里でも動揺はするか。一瞬、素が出かけたがなんとか踏みとどまった。

 

 

「分からん……とりあえず立てるか?」

 

「え?……きゃッ」

 

 

俺が抱いていることに気づいた恵里は飛び起きた。よかった、なんともなさそうだ。

 

 

「あ、ありがとう……」

 

「ああ」

 

 

クラスにいた俺たち全員が今この場にいる。ただ場所が異常だ。変な台座に乗っているのがわかるが、周りには宗教的な格好をした人間が俺たちを囲んでいた。

 

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎いたしますぞ。私は聖教教会にて教皇の地位についておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後よろしくお願いいたしますぞ」

 

 

そう言った、無駄に煌びやかな法衣を纏った老人は微笑を浮かべながら近寄ってきた。さて……どうしたものか。



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ステータスプレートは人間以外も使える?

場所を移して現在は大広間らしき場所へ通された。恵理の無事を確認した後、南雲の様子を見に行ったが意外にも冷静だった。正直この空間に飾れた調度品の数々は興味がないので割愛。

 

 

他の生徒たちも、天乃河や一緒に転移させられたであろう教師の畑山愛子先生の尽力によって一時の安寧を得ていた。

 

 

全員が着席すると、狙っていたかのようなタイミングで給仕であろう何人ものメイドがカートを押しながら入ってきた。クラスに大半の男子は本物のメイドというものに興味を抱き凝視している。女子たちからは絶対零度の目線を向けられている。恵里が一瞬こちらを向いてきたが、興味なしとばかりに首を振ってやれば、誰にも見えないように嘲笑うような笑顔を向けられた。なので思いっきりウインクをしてやると気まずそうに顔を逸らした。……勝ったな。

 

そこからはイシュタルと名乗った教皇が状況説明を行なっていた。まあとてつもなく簡単に説明すると、人間族vs魔人族で戦争してるから手伝ってちょうだい。ってことらしい。人間らしい身勝手な理由の押し付けだ。俺はこの世界を()()()()()から言わせてもらうが、来させるだけこさせて地球に返させない神様(笑)を今すぐにでもぶち殺して喰ってやりたいね。

 

そのように俺が思案に耽っていると、

 

 

「ふざけないでください!結局、この子たちに戦争させようってことでしょ!?そんなの許しません!ええ先生は絶対許しませんよ!私たちを早く元の場所に帰らせてください!喚べたのなら帰せるでしょう!」

 

 

叫びながらイシュタルに向けて怒っている先生だが、イシュタルは至って冷静な口調で返した。

 

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでなぁ、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということになりますな」

 

 

イシュタル自身の口からしっかりと聞かされ、退路は閉ざされた。生徒たちもあまりの事実に騒ぎ始めた。敢えて内容はカットする。俺としても気分のいい悲鳴ではないのでな。

 

 

バンッ!!

 

 

クラスの奴らが騒ぎ出して数分、天乃河が突然テーブルを叩き演説を始めた。

 

 

「みんな、ここでイシュタルさんに文句を言っても仕方がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人たちが滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたんなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。イシュタルさん、どうですか?」

 

 

そんな天乃河の言葉にイシュタルはさっき以上に快い表情で都合の良さそうな解釈のさせ方をしている。エヒト様の御意志ならば、別にイシュタルが約束してもエヒト様が実行しなければ意味がない。そんなことを無意識にそらせているようだ。

 

 

「俺は戦う!人々を救い、みんなが家に帰れるように。俺が世界もみんなも救ってみせる!」

 

 

殺してやろうかこの人間。……いや、駄目だ。曲がりなりにもこいつは重要人物。今殺すとマズいし恵理に殺されるだろう……

 

 

その後、天乃河の取り巻き(恵里を除く)が次々に賛同していってついにはクラスの大半もそれに賛同していった。

 

おそらくこの時点でイシュタルは天乃河の無駄に正義感を見せびらかす性格に気づいたのだろう。魔人族とやらの冷酷非情さを淡々と話していた。なるほどねぇ……こいつは状況次第では真っ先に殺すべきか。

 

 

 

 

 

 

ただの高校生である俺たち(俺は除く)は勿論戦争をするための力など持ち合わせてはいない。戦う術を身につけなくてはいけない。

 

どうやらイシュタル以下の聖教教会とやらはその辺りも抜かりなく準備していたらしく、この教会の本山である【神山】の麓の【ハイリヒ王国】という場所で受け入れてくれるらしい。

 

どうやら相当標高が高いらしく協会から出た俺たちが目にしたものは輝く雲海。生徒たちは見惚れているようだ。恵理も相当目を輝かせているため、どうせ天乃河と2人きりでこの景色を眺めている妄想でもしているのだろう。

 

 

「彼の者へと至る道、信仰とともに開かれんーーー『天道』」

 

 

小っ恥ずかしい詠唱のようなものを唱えたイシュタルの目の前の台座が動き出し、ロープウェイのように下っていった。

 

さて……俺の正体がバレなければいいのだが……

 

 

 

 

 

 

王宮へと案内された俺たちはほとんどの生徒が気付かないが、驚くべきものを見た。

 

イシュタルは国王と思われしき人間の隣まで進むと、手を差し出した。あろうことか国王はその手をとりあえず触れない程度のキスをした。国王ともあろうものがただの宗教の教皇に忠誠を誓うような真似をする。コレを意味するのはたった一つ。国王よりも教皇、イシュタルの方が立場が上だということだ。

 

それからは王国側の自己紹介。

 

国王:エリヒド・S・B・ハイリヒ(以下、名前を省略)

王妃:ルルアリア

王子:ランデル

王女:リリアーナ

 

というらしい。まあ、俺がわざわざ王族に近づくことはないから、名前と顔さえ覚えておけばいいだろう。

 

その後出てきた食事は……まぁ美味だったとしか言えない。日本には存在しないようなカラフルな食材の料理も出てきたがなかなかなかなか。あ、勿論テーブルマナーはしっかりしたぞ?やろうと思えばなんでもできる。……いや、演じ切ってやるさ。それが俺の能力だからな。

 

食事が終わればいつのまにかもう夜、解散の時刻になった。生徒たちは一人一人部屋を与えられその日を終えた。ふむ……柔らかすぎるベッドというのも逆に寝にくいものだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、早速訓練や座学が始まろうとしていた。

 

集まった場所にはメルド・ロギンスと名乗る騎士団長がいた。どうやら書類仕事などを面倒だと思う性格で一言で言えば豪胆らしい。とっつきやすそうで、しかもしっかりした身分ゆえに選ばれたと言ったところか。

 

 

「よし、全員受け取ったな?これはステータスプレートと言って、文字通り自分の能力……ステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼できる身分証明書でもあるから絶対になくすなよ?」

 

 

生徒たちはそれぞれスマホみたいな板を渡された。ステータスプレートねぇ、どう考えても転生物の話なんだが……まあ大体同じだな。南雲はちょっとファンタジーだ!!とでも喜んでそうだな。

 

どうやら血を垂らすことで登録するらしいが……血か。人間の体になっている今の俺なら確かに血を流せるが……これで評価されるのは篝火影二なのか、それとも()なのか。博打要素が多すぎる。

 

メルド団長がアーティファクトの説明をしているようだが、俺の耳には入ってこない。頭の中での葛藤が凄まじいからだ。

 

 

「説明は大体こんな感じだ。じゃあやってみてくれ」

 

 

おっと、もうそんな時間か……仕方ない覚悟を決めるか……

 

針程度では本来の()を傷つけることはできないが、人間の体な俺ならば針でも血ぐらいは流せる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

篝火 影二 17歳 男 レベル:1

天職: 役者

筋力:30

体力:60

耐性:20

敏捷:130

魔力:400

魔耐:20

技能:演技・文才・言語理解

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ふむ……確か、初期の天乃河の数値が一律100だとすれば……極端すぎやしないか?いや、天職に関しては戦闘系ですらない。技能に関しては……なるほど、あの神様がくれた物をそのまま反映したのか。クククッ、十分すぎるぞ。魔力量が異常なのは……神様が余計なお節介を入れたとみていいだろうな。少なくとも舐められるってことはないだろうし。

 

暫くの間メルド団長の話を聞いていれば、魔力の高い人間は他のステータスも高くなるらしい。が、俺の場合は敏捷を除いて大体が雑魚だ。まあ詰まるところ……

 

 

(体の維持に魔力を持っていかれてる可能性がある……か)

 

 

別に問題はないのだが、これで変に疑われるのも良くはない。適当な理由を考えなくては……

 

天乃河たちが次々と団長にステータスの報告をしに行く。南雲の番では、知ってた通りに檜山たちにいじられているし畑山先生から追撃も食らっていた。

 

 

「お前は……影二、だったな。お前が最後だぞ?」

 

 

団長がわざわざ俺の元まできた。仕方ない素直に報告するか。

 

 

「これなんですけど……明らかに街でしか活躍できそうにないんですけど……」

 

「む……役者?演者という天職なら聞いたことがあるが……いや、魔力や敏捷の値が異常レベルだ。もしかしたら俺たちの知らない可能性もある。この天職を国王陛下に報告するが……いいだろうか?」

 

 

天職だけなら問題はないだろう。

 

 

「ええ。もともと国王陛下の温情で生かされているような物ですし、しっかりと伝えてくださいな」

 

「ッ……そういう発言はあまりするな。昨日の感じから、お前は頭が回る方だろう?」

 

 

へぇ……ただの武人かと思ってたけど、人を見る目はありそうだ。

 

 

「了解です。すいません、多少試しました。これからは気をつけます」

 

「試したって……ああなるほどな。そうしてくれ」

 

 

そう言って団長は俺の元から離れていった。入れ替わるように、恵里がこちらへやってきた。

 

 

「影二、君のステータスはどんな感じかい?」

 

 

素の口調で、小声で話しかけてきた。

 

 

「こんな感じだ。恵里のも見せてくれ」

 

「はい。ってうわ……戦えないじゃん影二。どうするの?南雲とおんなじ扱い受けるかもよ?僕の方で多少は根回ししとこうか」

 

「別に問題無い。逆にこれは本当に俺の天職だよ。全て、どんな物でも役者として演じ切ってやるだけだ」

 

「……あ〜、なるほど。確かに影二にしか意味がないかもね。で、どう?僕のは」

 

「……なんかこう、性格の現れだよな。降霊術師とか」

 

「でしょ〜。し、か、も、僕好み♪最初はどうなることかと思ったけど、これがあれば思ったより早く光輝くんを手に入れられそうかも」

 

 

恵里のステータスは大体魔力メインに高い。技能も魔力を使用しそうなものが多く正しく恵里に適していると言っていいだろう。……特に、降霊術師という部分は死んでも魂まで離さないという意味ではぴったりにも程がある。

 

 

「まだ派手なアクションは控えろよ?もう少し様子を見てからだ」

 

「うんうん分かってるよ。暫くの間は技能の強化に勤しむしぃ。……その、影二」

 

「ん?」

 

「転移の時、守ってくれてありがと」

 

「ああ、そんな事か。好きな人を守れただけで十分だ。気にするな」

 

「むぅ……またそういうこと言って……まぁ、いまに始まったことじゃないか。じゃ、言いたいことは言ったからまたね〜」

 

「おう。気をつけてな」

 

 

サササ〜と恵里が女子たちのところに戻っていった。さてと、俺も訓練を始めようか。

 




(…………なんで?)


その日の夜、中村恵里の心は荒れていた。


(どうして、影二は僕を守ってくれたの?好きな人を守る為って言ってたけど、だったら光輝くんが僕を守るべきじゃ……)


トータスへ転移する時、光に飲まれそうになった恵里の元へ、その力の一部を解放してまで守りにきた影二。件の天乃河光輝といえば、他の生徒と同じように動揺し真先に駆け寄ったのは『親友』という枠組みに入ることができた白崎香織の元。


(いや、分かってる。僕は所詮、ヒーローに助けられた後は登場しない、その回限りの登場人物)


もう天乃河光輝は恵里の事を見ていない。そんなことはとっくの昔に自覚していた。


(でも……でも……仕方ないじゃないか!!好きなんだから!!香織の様子じゃ光輝くんに可能性はない。だからまだ大丈夫だ。それに……影二は言ってくれた。僕が幸せになるために協力してくれるって。だったら絶対僕は……影二が喜ぶような幸せな女になるんだ!!光輝くんと一緒に……)

「ふふふ……影二。僕、頑張るよ。だからその分はちゃんと返すからね」


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役者の力

あの、ステータスプレートを見た日から早くも2週間がたった。

 

俺は今、得物の手入れをしている。剣にナイフ、メリケンサックに伸縮式の棒。いろんなタイプの武器を俺は扱っている。役者なのにな。相変わらず訓練は継続しているが、現在は休憩時間。天乃河は休憩も取らずひたすら剣の練習をしている。アホか、ただの人間が休憩もなしに訓練をしていたらバテるまでの時間が短くなるだけなのにな。

 

 

「……あの」

 

 

全く、どいつもこいつも力を手に入れて浮かれている。例えどんな力を得ても使いこなせないと意味がないというのに。ちょっと器を手に入れただけでもう強い気分か。器を満たすほどの水……経験と努力を怠ればその先に待つのは死のみだ。

 

 

「……ねぇ?」

 

 

なんで図書館には誰も来ない。あれか?俺の力さえあればどんな敵でも一撃必殺とかそういう事を思ってやがるのか?ふざけやがって……そういうのはまともな知識を得てから言いやがれクソ野郎ども。南雲をボコしてる暇があるなら特にな?

 

 

「お前もそう思うだろ南雲?」

 

「さっきから話しかけてるのに何を1人でぶつぶついってるの篝火くん!?ていうか怖いよ!!」

 

「図書館ではお静かに願います」

 

「あっはいすいません」

 

 

怒られたのは南雲だ。俺は謝らなくてもいいだろう。

 

 

「はぁ……ねぇ篝火くん。なんでここにいるの?」

 

「いいだろ別に。細かい魔物の生態とかは授業では教えられないんだしな。お前もそういう目的だろう?」

 

「いやまあ……そうなんだけど」

 

「何もここで武器の手入れをしなくてもいいでしょ?図書館だよ?」

 

「司書が何も言ってこないのだから問題無い。別に汚してるわけじゃ無いしな」

 

「はぁ……分かったよ。ってそろそろ訓練の時間だ」

 

「ん、少し遅れてから行く。先に行っててくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が訓練場に着いたときには南雲や檜山たち4人組の姿はなく、すでにそれは始まっていた。

 

 

「うぐッ!!あがッ!?」

 

 

少し向こうから聞こえる南雲の悲鳴。ここで聞こえるのだ、他の奴らが聞こえていないはずがない。敢えて無視をしているのだろう。地球の時でもそうだったしな。

 

 

「おい、これはどういう状況だ?」

 

「あ、篝火くん。それが……」

 

 

俺が全体に向かって問いかけると、園部という女子が恐る恐る話しかけてきた。どうやら檜山が連れていったらしい。

 

……やはり人間は人間か。

 

 

「ありがとう園部。誰か、剣と槍と杖を貸してくれないか?無かったら訓練用の模造品でもいい」

 

「ここにあるけど……どうするの?」

 

「少し、おいたが過ぎるようだからね。……説教してくる」

 

「無茶だよ!!その……篝火くんは」

 

「役者だからか」

 

「ッ……うん」

 

 

自主練をしていた大半が俺を見ている。

 

 

「はぁ……みんな、少し着いてこい。いいものを見せてやる」

 

 

はっきり言っておくが、俺はクラス内でのカーストでいえば天乃河たちに次ぐ。そういうふうに演技して仕組んできたからな。だから多少のステータス的な問題もなんとかなるんだ。

 

 

俺たちが南雲の元へ向かうと檜山共4人が南雲を囲んでおり、白崎が南雲の治療をしていた。

 

 

「か、篝火!?なんでここに」

 

「それだけ大声でやってりゃ聞こえないわけないだろう。何をしていた?」

 

「な、何って、南雲のやつに訓練をつけたやってただけだ!!何にも悪いことはしてねぇよ!!」

 

「そ、そうだそうだ!!」

 

 

言い訳も甚だしい。

 

 

「なるほど……だったら俺からもお前らに訓練をつけてやろう。今日は大サービスだ」

 

 

そう俺がいうと、檜山たちが急に態度を変えた。

 

 

「篝火が……?俺たちに……?役者のお前がか!?アッハッハ!!笑わせんなよ!!無理に決まってんだろ。戦闘系でもない、戦闘系の技能も持ってない、ちょっと魔力と敏捷が高いだけのお前が?……舐めてんのかテメェ」

 

 

檜山が高笑いしながら俺にまくし立てる。どうやら南雲の避難は終わったらしい。

 

 

「なるほど、足が速いから戦えると思われては面倒だ。そうだなぁ……俺はここから一歩も動かないでやるよ。とっととかかってきやがれ三下」

 

「ちょっ!?篝火くん、無茶だよ!!」「やめたほうがいいって!!」

 

 

後ろで見ているだけの奴らがそう言う。

 

 

「黙って見ててくれないか?」

 

 

そういうと、全員が黙る。

 

 

「ハン……死んでも知らねえからな!!ここに焼撃を望むーー『火球』!!」

 

「ここに風撃を望むーー『風球』!!」

 

 

取り巻きの……中野と斎藤が火と風の初歩的な魔法を放つ。両サイドからは残りの近接組も走ってきている。

 

 

「なるほど、そうやるのか。ここに焼撃と風撃を望むーー『風火球』」

 

「「「「「「えっ!?」」」」」」

 

 

俺が放ったのは2人の魔法陣から放たれた二つの魔法を纏めてコピー……いや、演じただけだ。

 

 

「なんでアイツが魔法を!?」

 

「おい避けろ中野!!」

 

「「うわぁ!?」」

 

 

俺の『風火球』は奴らの魔法を飲み込んで爆発。奴ら自身にはなんの外傷もない。

 

 

「同時に魔法を発動してどうする?お前らには数の有利があるというのに、わざわざ火力で押す必要があったのか?いやないな。交互に魔法を撃つことで詠唱の隙を互いにカバーし、俺に反撃の隙を与えないようにするべきだ」

 

「テメェ!!魔法使いでもないくせに偉そうなことを!!」

 

 

近づいてきていたうちの1人、近藤は槍使い。そのリーチの長さを生かして檜山より先に攻撃しにきたのだろう。だが甘い。俺は杖をその場に捨て腰にさしていた木製の槍を取り出した。もちろん近藤は実践用の槍だ。

 

 

「お前はもっとダメだ。槍特有のリーチの長さを生かそうとする点はいい。だが、リーチが長いということはその得物も長い。取り回しが難しく、攻撃も大振りなのだから軽戦士である檜山と同じタイミングで切りかかってくるべきだったな」

 

 

槍使いらしい、真正面からの突き。俺はそれを槍の先端を斜めに当てることによって逸らし逆側を思いっきり腹に当てて吹っ飛ばす。

 

 

「なんっ……がァ!?」

 

「「「「「「うそぉ!?」」」」」」

 

 

これも原理は簡単、槍なんぞ使ったことのない俺だが、槍の達人を演じ切っただけだ。もちろん役者として。

 

 

「チィ!!たかが役者1人に何をいいようにやられてんだよ!!このイキリ野郎がっ!?」

 

「お前は最悪だな。軽戦士の利点はなんだ?軽装備だからこそできる、高機動だろう?であるのに真正面からの突撃。お前は突っ込むことしかしないタイプのサイか?」

 

「ぅ……ぐっ……」

 

 

今度は槍を捨て、木製の剣を抜き刃の部分すら使うことなく剣の柄だけで気絶させた。

 

 

「ぜ、全滅……」

 

「篝火くん……凄い」

 

「本当に、一歩も動かなかった……」

 

 

先に言っておくが今のは別に演じてない。素の能力のままだ。わざわざ演じる必要もないくらいの雑魚だ。

 

 

「…………自らの技術も持ち合わせていないくせによくもまぁ人に訓練をつけてやろうと言えるよなぁ?笑わせてくれる」

 

「うぐっ……」

 

「南雲、こいつらに与える制裁は?」

 

「え……どうして僕?」

 

「今回最も被害を受けたのはお前だ。証人はここにクラスのほとんどがいる。白崎も見ていただろう?」

 

「う、うん」

 

 

完璧だ。あとはあの勇者様が出張ってこなければ……だが」

 

 

「何をやってるんだ!!」

 

 

来たか。

 

 

「これは……どういう状況?」

 

「実は……」

 

 

白崎が、今やってきた八重樫や坂上、天乃河に事情を説明する。

 

 

「そう。つまりは自業自得ね」

 

「なっ……俺たちは、篝火の奴に一方的に……」

 

「言い訳すんなって。そういうお前らは南雲を一方的にボコしてたってことだろ?」

 

「うぐっ……それは……」

 

 

八重樫、坂上は状況を正しく見ているようだ。坂上……自分で考えること出来たんだな……すまん。正直馬鹿にしてたわ。

 

 

「だが篝火、やりすぎだ。何もここまですることなかっただろう!!檜山たちだって、いつも不真面目な南雲をどうにかしようとしかもしれないだろ?」

 

「…………は?何を……言っている?」

 

「聞けば南雲は訓練の休憩時間はいつも図書館に篭りっきりだそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために休憩時間も鍛錬をするよ。それに比べて南雲はそうした努力をしていない!!それを見かねた檜山たちが矯正しようとしたかもしれないじゃないか!」

 

「……あ、そうだ!俺たちはそのつもりだったんだ!そうだろお前ら?」

 

「もちろんだぜ」「うんうん」「当たり前だ!」

 

 

こいつら……言うに事欠いて……

 

 

「だったら俺はどうなんだ?俺も休憩時間は大抵図書館にいるんだが?」

 

「君は檜山たちに勝ったんだろ。つまりは、休憩時間外に努力をしているということだ。何もおかしくないじゃないか?でも檜山たちは同じクラスの仲間だ。もっとやり方があった筈だ!!」

 

「……………………」

 

 

恵里の方をチラっと見ると、心配そうな顔をしている。……分かった。恵里に免じてここは引こうか。

 

 

「分かった。白崎、八重樫、坂上、メルド団長への報告はお前らに任せた。俺は少し頭を冷やしてくる。……チッ」

 

「え、ええ。その、本当にごめんなさい……」

 

「お前が謝ることじゃない。訓練再開までには戻る」

 

「おい篝火、まだ話は終わって……」

 

「お前にはあっても俺には無いんだよ。恵里に感謝するんだな」

 

 

クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが……

 

たかが人間の分際で……たかが……

 

 

「落ち着きなよ。影二」

 

「ッ…………恵里か」

 

 

少し歩いた先で立ち止まっていたら恵里がやって来た。

 

 

「……ごめん」

 

「なんで恵里が謝る?」

 

「僕の……想い人だから、何も言わずに引いてくれたんだよね?」

 

「……アホ言え。さっきの一悶着にお前は何も関係ない。逆に、あんな現場を見せてしまってすまない」

 

「でも……」

 

「今は戻れ。……いや、戻っていただけませんか恵里?今の()はあまり冷静ではないのですよ」

 

「ッ……分かった。でも、ちゃんと休んで。例えカイブツでも、無敵でも不死身でもないんだから」

 

「ええ、分かっています。それと、天乃河やあのクソどもが居ないタイミングでクラスの方々に、私が謝罪をしていたと伝えてください。ロクでもない現場を見せたと」

 

「了解。……じゃあ、また後で」

 

「ええ」

 

 

恵里は行ったようですね。

 

……天乃河の側についてやっていればいいものを。どうして私などに。

 

…………さて戻りますかね。多少は冷めました。

 

 

「メルド団長からドヤされるだろうな。まあ仕方ない」

 

 

俺ともあろうモノが、あの程度で演技を乱してしまうとは……まだまだ未熟か……



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オルクス大迷宮

昨日のクソどもを交えた役者のショーを終えた俺は、恵里からの慰めもあって心の安寧を取り戻すことができた。

 

なんでも、俺が抜けていた間に【オルクス大迷宮】に行くことが決まっており後から恵里に聞いて知った。というわけで今日は最も大迷宮に近い宿場町【ホルアド】に移動して王国直営の宿にいた。ちなみに南雲との2人部屋だ。厄介者をまとめたという感じだな。

 

そういえば、思ったよりメルド団長からの説教はキツくなかった。状況証拠やクラスメイトからの証言もあって俺に非はないと判断されたらしく、南雲も被害者として処理された。なんなら、【役者】であるにもかかわらず天職を持つ勇者の一員を圧倒的に打ち負かしたことが上層部や教会に高く評価されたらしい。この前選んだ武器よりももっと上質な武器をくれた。まあ貰えるものは貰っとくけどな。

 

 

「南雲、図鑑を読んでおくのもいいができるだけ早く寝とけ。明日は万全な状態じゃないと冗談抜きで死ぬぞ」

 

「うん。分かった。……ねえ篝火くん。ひとつ聞いてもいい?」

 

「ああ、なんだ?」

 

「昨日、檜山くんたちを倒したのってやっぱり天職の力?」

 

「そうだ」

 

 

まあ天職や技能のおかげというのは確かに正しい。

 

 

「じゃあ問題だ。どうやったと思う?ヒントは、俺は槍も剣も杖も扱ったことがないということだ」

 

「…………じゃあやっぱり」

 

 

ふむ、南雲はなんとなく気付いていたのか。まあ隠す必要もないからな。

 

 

「ああ、剣士や槍術師、魔術師を【役者】の技能の演技で演じただけだ」

 

「だけだって……でもそれはそれにふさわしいステータスがないと出来ないはずじゃ」

 

「演じればいい」

 

「ッ!?」

 

「その天職にふさわしいステータスを演じれば何も問題は無い」

 

 

実際は、人間の体を組み替えてそれらしい体にしただけだが。ちなみにその時のステータスがこれだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

篝火影二 17歳 レベル4

天職:魔術士

筋力:10

体力:10

耐性:150

敏捷:60

魔力:600

魔耐:150

技能:全魔術適正・文才・言語理解

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

篝火影二 17歳 レベル4

天職:槍術師

筋力:300

体力:300

耐性:20

敏捷:200

魔力:10

魔耐:20

技能:槍術・文才・言語理解

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

剣士は別にいいだろう。槍関連を剣に変えただけだ。

 

 

「篝火くんが異常ってことだけは分かったよ……」

 

「なかなかに心外な発言だが、まあ今はそれでいいだろう」

 

「南雲くん起きてる?白崎です。ちょっといいかな?」

 

 

唐突に扉の向こうから聞こえる声。どうやら白崎が来たらしい。

 

 

「俺は出ていたほうがいいか?」

 

「いやいいよ。白崎さんに言われたらお願い」

 

「あいわかった」

 

 

南雲が扉を開けるとそこには、ネグリジェにカーディガンを纏っただけの白崎の姿が。……後ろ向いとくか。興味はないけどな。

 

 

「あれ、篝火くんもいたの」

 

「迷惑だったら出ていようか?」

 

「あー……うん、ごめんね?」

 

「分かった」

 

 

白崎の隣を通り廊下に出た俺は不躾な気配に苛立ち忠告した。

 

 

「俺らの部屋に何か用か?」

 

「ひぃ!?か、篝火!?な、なんでもねぇ!!」

 

 

そう言って下賤な粗大ゴミは去っていった。

 

 

「……久しぶりに月下で寝るか」

 

 

俺は宿屋の屋根で、私の姿になってその日を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

「影二、起きて。南雲くんが君がいなくて騒いでるよ」

 

「…………恵里ですか。……おはようさん。すまん、すぐ戻る」

 

「おはよう影二。この前は僕が起こされたのにね」

 

 

恵里の声で意識が浮上した俺は軽口を言い合った後すぐに屋根から降りて部屋に戻った。アイツどうして俺の場所が分かったんだ?

 

 

「篝火くん!!どこにいたの?昨日、白崎さんが帰った後も居なかったから心配したんだよ!!」

 

 

何故南雲は俺に対する信頼度がこうも高いんだろうか。

 

 

「すまん。屋根に上がって月明かりを見ていたら寝てしまってな」

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、俺たちは迷宮に足を踏み入れた。どうやら入り口でステータスプレートをチェックする必要があったらしい。俺と南雲は一瞬訝しげな視線を送られたが、国の重鎮だから何も言わなかったのだろう。

 

薄暗い洞窟に照明代わりの緑に輝く鉱石。どうやらこの迷宮は侵入者に気を使ってくれるらしい。ちなみに今日の俺の武器は槍と杖だ。動きやすい革鎧を選択したため走りながら槍で突き、隙があれば魔法で援護という動きができる。組まなくてはいけない魔法陣は座学でしっかりと学習済みなので問題はないし、適当な時間に魔法陣を組んで練習していたので問題はない。人間の体を維持するために地球の頃から無意識に魔力を使っていたせいか、俺との魔力伝導効率も十分いい。詠唱も出来るだけ短く出来るようになったので十分だ。……恵里には、魔術士泣かせと1発殴られたが。

 

そして、少し進んだ先のドーム状になった広い空間で壁の隙間から這い出てきた灰色の毛玉。

 

 

「よし、光輝たちが前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうからな、準備しておけよ。ラットマンという魔物だが、すばしっこい以外は大したことはない。冷静にいけ!」

 

 

メルド団長から指示が飛ぶ。いよいよ魔物との戦闘かと、少し期待していた俺だが、どうやら勇者パーティーがオーバーキルをして殲滅したらしい。……アホか。

 

それからは魔物が出てくるたびに交代で敵を仕留めていった。俺や南雲を除く全員がこの世界基準でチートレベルなので、技術云々ではなく能力でゴリ押していた。俺?槍しか使ってないな、思ったより雑魚だったから。

 

もちろん、魔物を倒せば進めるという簡単な場所じゃない。そんなのだったらもっと素早く攻略が進んでいるだろう。ファンタジーでお馴染みのこういう迷宮にはもちろんトラップがある。イタズラレベルから即死レベルまでなんでもござれだ。そんなトラップにはフェアスコープというアーティファクトを使うことで対処していく。なんでも魔力の流れが見えるらしいからトラップの発見が容易らしい。……俺は実質全身が魔力だから見られたらちょいと不味いな。

 

もちろんこういうトラップの発見は護衛のメルド団長以下の騎士たちの仕事。俺たちがホイホイ階層を下げていっているのは一重に騎士団の力があってだろう。他の生徒がそれを自覚しているかはともかく。

 

 

「南雲、錬成頼む」

 

「うん、『錬成』!!」

 

 

出番がなさそうな南雲に、錬成をさせた。少しでも評価を上げるべきだと思ったからだ。お気に入りの人間への手伝いはしっかりしますとも。

 

南雲が地面に手をつけると、魔物付近の地面が盛り上がり全身に隙間なく地面の一部が張り付いた。そこを俺が近寄って槍で突き殺す。この繰り返しだ。

 

 

「ほう……錬成師にあんな使い方が……」

 

「……魔物をけしかけたのマズかったかな?」

 

 

騎士団の方々にも評価は上々らしい。俺も南雲もレベルが上がるしいいことづくめだ。

 

二十階層まで到達した俺たちはまた魔物との戦闘に入った。ロックマウントという、ゴリラのような二足歩行の魔物だ。どうやら擬態能力もあるらしい。こういう情報はしっかりと王宮の図書館の本で学習しているため、俺や南雲には知識がある。対処方法も覚えているため迅速に事を運ぼうとした時だ。

 

 

「グゥガガァァァァァァァ!!」

 

 

突然ロックマウントが叫び出した。それを聞いてしまった天乃河たち前衛が一瞬怯む。固有魔法の威圧の咆哮だ。魔力の乗った咆哮が相手を怯ませるらしい。

 

その隙を見逃さなかったロックマウントはその近くにあった岩をぶん投げた。前衛が動けないため魔法の発動を仕掛けていた後衛組がその杖を岩に向けるが、後衛組は魔法を発動できなかった。投げられた岩も擬態していたロックマウントだった。見た目がゴリラっぽいだけあって女子陣が悲鳴を上げて魔法を中断してしまった。

 

 

「仕方ない……ハァ!!」

 

「オラァ!!戦闘中に何をしている!!」

 

 

俺がロックマウントに切り込んでいくと同時にメルド団長も加勢してくれた。

 

 

「影二、今のはナイスだったぞ!!」

 

「後衛にいたんでたまたま食らわなかっただけですよ!!いいからコイツらを」

 

「ああ!!任せとけ!!」

 

 

2人で後衛組に近寄るロックマウントの相手をしていると、麻痺が解けたであろう前衛が戻ってきた。しかし……

 

 

「貴様、よくも香織たちを……許さない!!万翔羽ばたき、天へと至れーーー『天翔閃』!!」

 

「あ、こら馬鹿者!ッッッ!?影二避けろ!!」

 

「えっ……あがぁ!?」

 

 

光の斬撃がロックマウントに向かって放たれた。血の上った勇者にはロックマウントしか見えていなかったのだろう。その軌道には俺もいて……巻き込まれた。

 

クソッ……人間ベースだからマジでいてぇ……体が動かん……

 

 

「ふぅ……やったぞみん……「おい影二大丈夫か!?」……え?」

 

「篝火くん!!今回復を!!」

 

「お兄ちゃん!!」

 

 

ああ、恵里の声が聞こえる……体が動かんからそちらを向けないじゃないか……あのクソ勇者め……

 

 

「え……一体何が……」

 

「馬鹿者が!!ロックマウントと戦っていた影二が見えていなかったのか!!お前の技が影二を巻き込んだんだ。それにこんな場所で使う技ではない!!」

 

「はぁ……はぁ……」

 

「大丈夫篝火くん?」

 

 

治癒師2人からの治癒魔法を受けて俺の体の傷は癒された。まだだいぶ痛いけどな。

 

 

「おい……天乃河……いくら一昨日の俺が気に食わなくても、こんな場所でやり返してくるとは思わなんだ」

 

「ちがっ……俺はそんなつもりじゃ!!……その、すまなかった」

 

「自分の正義に酔うのは良いが、周りを見ろ。世界はお前を中心に回っているんじゃない」

 

 

生徒たちの空気が重い。クラスの人気者トップ2くらいの男子2人が険悪な雰囲気なのだ。仕方ない。

 

 

「なっ……だが、君だってすぐに離れればよかったじゃないか」

 

「何を言っている?ロックマウントの攻撃を受け止めていたのが見えなかったのか?ああそうだな見えていなかったから俺に攻撃してきたんだろうな。もしやあれか?ロックマウントじゃなくて最初から俺を狙ったのか」

 

 

いちいちコイツの言動は腹が立つ。この間だって恵里に免じて引いてやったというのにまたか。

 

 

「そんなわけないだろう!!しかし……」

 

「光輝くんもうやめよう!!お兄ちゃんは無事だったんだし……私に免じて……ね?」

 

「恵里……恵里と篝火が兄妹関係なのは知っているけど、君は篝火に脅されているんじゃないか?だから、この間から篝火を庇うようなことばかり……」

 

「光輝くん」

 

 

俺を庇っていた妹モードの恵里の雰囲気が変わった。おい、そんな事をすれば恵里の立ち位置が……何をやっている?

 

 

「ッ」

 

「それ以上は……いくら私でも許さないよ」

 

「……すまなかった。篝火も、ちゃんと周りを見てから技を使うようにする」

 

「そうしろ。仲間を殺したくなかったからな」

 

 

結果的に、また恵里に助けられたな。だったら、フォローは俺の仕事だ。

 

 

「みんなすまなかった。変な空気にさせたな。もう終わった事だ、この程度気にしないでくれ」

 

 

多少のフォローをするが……あまり効果はなさそうだな。こういうのは天乃河の役目だ。

 

 

「影二、後遺症などはないか?」

 

「大丈夫です。もう痛みもありませんし、それとコレを」

 

「む……なんだこれは?」

 

「このクラス全員分の情報を記したノートです。今のを見て天乃河の異常性がわかったでしょう?それを見て対応してください」

 

 

嘘だ。本当はまだ痛いし、そのノートは加筆修正しているから恵里や俺のことは最後まで書いていない。

 

 

「……感謝する。戻ったら酒でも奢らせてくれ」

 

「ええ、良いものを期待しています」

 

「よし、影二の治療も終わった。先へ進むぞ!!念のため影二は後方支援に戻ってくれ」

 

「了解」

 

 

誰にも気づかれないように、痛みのない演技をしながら戻る。

 

 

「大丈夫篝火くん?」

 

「ああ、問題はない。少し殺意は沸いたけどな」

 

「……演技でごまかしてない?」

 

「……もちろんだ」

 

 

意外と鋭いな。少し注意しておかなくては。その後、天乃河がいつも通りの演説で生徒を鼓舞した後、雰囲気が和んできた時、白崎が言葉を発した。

 

 

「あれ、何かな?キラキラしてるけど?」

 

 

白崎が指す方向には、とても綺麗な水晶が。

 

 

「ほう……グランツ鉱石か。大きさも中々で、珍しい」

 

 

メルド団長がそう溢す。説明を聞いて白崎は一瞬視線を南雲へ向けた。八重樫もその視線に気づき、お互いに苦労するな。と、目で会話をした。そんな時だった……

 

 

「だったら俺らで回収しようぜ!!」

 

 

そう言って動き出したのはクズどものリーダー格檜山。軽戦士らしく軽々と崩れた壁を登っていく。途中メルド団長から制止の声がかかるが聞こえないフリだろうそのまま登って行った。

 

 

「団長、トラップです!!」

 

 

騎士団の1人の声が聞こえたと思えば、檜山はすでに鉱石に触っていた。召喚の時のような魔法陣が足元に現れ全体へ広がっていく。

 

 

「総員退避!!早く部屋から出ろ!!」

 

 

そう叫ぶメルド団長の声ではもう間に合わない。

 

 

「……やるしかないか」

 

 

そして俺たちは光に飲まれて行った。



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トラップの先の激闘

光の奔流が収まると全員が生きていることが確認された。しかし目の前にはとてつもなく大型の魔物。

 

 

「まさか……ベヒモス……なのか!?」

 

 

メルド団長がそうこぼした。図書館の資料にはなかった。

 

 

「全員、入り口に向かって……これはッ!?」

 

 

ベヒモスと呼ばれた大型の反対側、どうやら入口があるらしいその方向では地面に1メートルほどの魔法陣が無数に現れ、俗に言うスケルトンのような兵士を呼び出した。それも大量に。

 

 

「囲まれたか……どう考えても骨どもを退かせる方が良いな」

 

 

メルド団長がパニックになっている生徒や騎士団に賢明に指示を飛ばしている。仕方ない……トラウムソルジャーと呼ばれた骨の兵士を目の前に俺は突っ込む。

 

 

「一番槍行きます!!お前ら、死にたくなかったらついてこい。あと前衛組は手伝え!!」

 

 

槍を持ち俺は前に出る。この槍は魔力を具現化し、突くと魔力を放出できるアーティファクトだ。その力で俺の正面一直線のトラウムソルジャーは一網打尽にされていった。

 

 

「影二か、単独行動を叱るべきだろうが、今は助かる!!お前たち、影二に続け、突破するぞ!!」

 

 

幸いにも後ろのベヒモスとやらは騎士団の人達が抑えている。今のうちに突破しないと未来はないだろう。イメージ……いや演じるのはそうだなぁ……『アルスラーン戦記』の槍使い『ダリューン』だ。

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「篝火のやつすげぇな!!これなら!!」

 

「うん!!助かるかも!!」

 

「そこを退け!!俺は……行かねばならんのだ!!」

 

 

本来ならば体もダリューンにしなければならない。だが、今は皆の目があるからダメだ。ドッペルゲンガーである俺は不定形であり、どんな姿にもなれる。それを演技でステータスを演じ、性格やその腕前まで演じれば完璧なのだ……伊達に地球でアニメなどを見ていたわけではない。こういう、アニメのキャラでさえ姿形、さらには能力や口調、性格まで演じることができれば俺が負けることはない。

 

 

「戦士たち!!無理に倒す必要はない、ここは橋、倒せないと感じたら奈落に突き落として進め!!」

 

「「「「「「おおーーー!!!!」」」」」」

 

 

生徒の士気も高い。このまま騎士団が加わればすぐに撤退できるだろう。

 

 

「むッ……はぁ!!」

 

 

大量のトラウムソルジャーがこちらへやってきた。恐らく指示を飛ばしていることから集中攻撃するつもりなのだろう。

 

 

「俺には効かん!!」

 

 

気分はアルスラーン戦記無双。その手の槍でひたすらトラウムソルジャーを屠り続けた。

 

そうして数分、騎士団も参加し俺たちはトラウムソルジャーの軍勢を突破して入り口に戻ることができた。後ろのベヒモスはどうやら勇者パーティーとメルド団長、南雲で押さえていたらしい。

 

 

「はぁ……はぁ……俺は加勢に戻る。お前たちはトラウムソルジャーを少しずつ減らしながら待機しておいてくれ。騎士の方々、宜しく頼むぞ!!」

 

「なっ、篝火くん!?」

 

 

動け俺の体、恵里を死なせたくないのなら。

 

 

 

 

 

 

「メルド団長、騎士団及び生徒の退避が完了した。加勢する!!」

 

「影二?その喋り方は……いや、今はいい。お前たち、離脱するぞ!!」

 

「南雲、もう少し抑えられるか?」

 

「これ以上は……ちょっと厳しいかも」

 

「分かった。あとは任せろ」

 

 

メルド団長が勇者たちに指示を飛ばし攻撃を浴びせながら少しずつ下がらせる。メルド団長は後ろのトラウムソルジャーをぶった切っていて少しずつだが退避ができている。

 

さて、次は魔法だ。ここで演じるべきは、ベヒモスを倒せるような火力ではなく足止めができる程度の魔法。『痛いのは嫌なので防御力に極振りします』の魔法使い『フレデリカ』

 

 

「南雲、引いて!!」

 

「え、う、うん!!」

 

「『多重炎弾』!!」

 

 

槍を収め杖を取り出す。魔法陣からは一昨日使った火球よりも多くの火球。1発1発が火球と同性能、そしてそれを多重に詠唱できるスキル『多重詠唱』が有れば足止め程度はできる。

 

 

「影二、退路が開けた!!突破するぞ!!」

 

「了解〜。『多重障壁』」

 

 

流石に結界師である谷口鈴には劣る強度の障壁だが、『多重詠唱』で重ねればベヒモスの攻撃も受けることができる。

 

 

「よし、後衛組は遠距離魔法準備!!坊主と影二が離脱したら一斉攻撃で足止めしろ!!」

 

「南雲、急ぐよ!!」

 

「篝火くん、さっきからその喋り方は……」

 

「いいから急いで!!」

 

「はい!!」

 

 

俺と南雲は走る。ステータスを少し敏捷にも振ったので足も早く、南雲の手を引いて到着しようとしたその時、

 

 

「今だ、撃て!!」

 

 

多すぎるほどの魔法がベヒモスに向かい飛んでいく。これならっ……と思った刹那、一つの火球が急に軌道を変えた。

 

 

「南雲!?」

 

「がぁ!?」

 

 

火球が命中した南雲はベヒモスの方へ吹っ飛び戻された。やっぱり起こったか……あのクズゴミ。やりやがったな?

 

その時、ベヒモスが怒ったとばかりに攻撃を始めた。その衝撃は凄まじく橋の崩落はおそらく免れない……いや崩れ始めた。

 

 

「ガァアァァァァアァァ!!」

 

「なにッ!?」

 

 

南雲は、もう橋の崩落に巻き込まれて落ちて行った。これは別にいい。どうせ強くなるために必要な手順だ。だがベヒモスは最後の抵抗とばかりに、崩れていた岩の一部をこちらに飛ばしてきた。……恵里のほうに向かって。

 

 

「ッッ恵里!!」

 

「…………え?」

 

 

衝撃音……そして土煙が舞う。

 

 

「影二!?」

 

「恵里ちゃん!?」

 

 

正直……意識が朦朧としている。なにが起きた?恵里は無事なのか?そして俺の耳に聞こえてきたのは……

 

 

「えいじぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

 

 

奈落に向かって落ちているであろう俺に向かって、泣き叫びながら手を伸ばしている大好きな少女の姿だった。

 

 

ーーーあぁ…………よかった…………頑張れよ…………恵里ーーー

 

 

言葉になっていたかも、声に出ていたかもわからないが、俺の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜三人称視点〜

 

 

南雲ハジメと篝火影二が奈落に落ちた。

 

それを見ていた生徒たちや騎士団は言葉を失い絶句している。そんな中で二人、大声を叫び続けているのは……

 

 

「南雲くん!!南雲くん!!助けないと……!!」

 

「えぃじぃ……えいじぃ……なんで……なんでぇ!!」

 

 

今にも奈落に向かって駆け出そうとしている白崎香織と崖のすぐ近くで蹲り、泣きじゃくっている中村恵里だ。

 

 

「香織ッ、ダメ!!死ぬ気!?」

 

「香織、辞めるんだ!!南雲と篝火はもう無理だ!!」

 

「無理ってなに!?南雲くんは……南雲くんはまだ助けられる!!今行かないと!!」

 

 

香織は八重樫雫や天乃河光輝に羽交い締めにされながらも抵抗している。

 

 

「エリリン……危ないから離れよう!!」

 

「影二……影二……」

 

「お、おい中村。ここまで崩れたらヤバイ早く戻ってこい」

 

 

谷口鈴と坂上龍太郎は、崖のすぐ近くで動かない恵里に近づき避難させようとする、が動かない。

 

その間に、メルドは香織の元へ来て手刀で気絶させた。

 

 

「……中村恵里、影二に守られた命を無駄にしたくないなら、早く地上に戻るぞ!!」

 

 

メルドは恵里の元にもやってきて無理やり上を向かせ言った。

 

 

「………………はい」

 

「メルドさん、そんな言い方!!」

 

「光輝、今は早く地上に戻らないと」

 

 

強い言い方をしたメルドに光輝が抗議しようとするが雫に止められ、意識を別に向ける。

 

 

それからの行動は早いようで遅かった。クラスメイト2人の死、それを目の当たりにしながら未だに死の恐怖を募らせてくる迷宮からは脱出ができない。新たに発見した仕掛けなどで迅速に二十階層まで戻ってきたが、最後までベヒモスの足止めを行った南雲、トラウムソルジャーの軍勢にいの一番に突っ込み生徒たちの道を切り開いた篝火。どんなに勇気があっても、どんなに強くても死んでしまうということを知ってしまった生徒たちの精神的ダメージは計り知れない。

 

生きたい、そんな必死の思いで生徒たちは地上を目指す。いざ地上に着いたという時、皆はとてつもなく喜んだ。一部、クラスメイトの死をずっとひきづっている者たちを除いて。

 

 

 

 

 

 

ホルアドのとある宿屋、その多くの部屋では空気が重い。オルクス大迷宮から帰還した生徒や騎士団が寝泊りしているからだ。大体の生徒が、話しているか寝ているか、そんな中で1人の男が宿を出て町の一角の目立たない場所で膝を抱えていた。

 

 

「ヒヒヒ……これで雑魚の南雲はいなくなった……雑魚のくせに調子に乗るから……天罰だったんだよ。俺は間違ってない……白崎のためだ……」

 

 

南雲ハジメを奈落へ突き落とした犯人、檜山大介は自らが行った行為を正当化していた。

 

そんな時だった。後ろから話しかけてきた1人の少女。

 

 

「お前が……やったんだ。異世界最初の殺人がクラスメイトねぇ……なかなか挑戦的じゃん」

 

「だ、誰だッ!?」

 

 

そんな声に振り返った檜山が見たのはクラスメイトの1人、中村恵里だ。

 

 

「なっ……お前、どうしてここに!?」

 

「別になんだっていいじゃん。それよりも人殺し野郎、今どんな気持ち?恋敵をしっかり始末したと思ったら、一緒に他の人も奈落の底に突き落としちゃったってどんな気持ち?ねぇ教えてよ?」

 

 

恵里は完全に無表情だ。そこには演技も何もない正真正銘の中村恵里がいた。

 

 

「それが……お前の本性か?」

 

「質問しているのはこっちだよ。別にどうだっていいじゃないか。影二がいなくなったに比べればさ……ああもうなんでこんな時にいなくなっちゃうかな。言ってくれたじゃないか影二……協力してくれるって。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで僕を守ってくれるんだよえいじぃ……君がいないとぼくはぁ……ぼくはぁ……」

 

 

髪を掻き毟りながら恵里は呟く。

 

 

「く、狂ってやがる……」

 

「狂う……?ああそうさ、僕は狂ってる、壊れてる、言い方はなんでもいいけど。そうだよ。でもそれの何が悪いの?人間……誰しも隠しておきたいことの一つや二つはあるもんね?影二はそんな僕を認めてくれたよ。……どう思うかな。僕が君の事を言いふらしたりしたら。特にあの子が聞いたら、ねぇ?」

 

 

口を開ければ影二、と言い続ける恵里に恐怖を覚えた檜山は後退りながら恵里の話に耳を傾けている。

 

 

「誰も信じるわけがないだろ!?そんな事……」

 

「僕が言っても?」

 

「ッ!?……それは」

 

 

無理である。小悪党として知られている檜山よりも、スクールカースト最上位に位置する天乃河グループに所属している恵里の影響力は計り知れない。

 

 

「脅す……つもりか?」

 

「脅すぅ?あはははは……人聞きが悪いじゃないかぁ。とりあえず、僕の忠実な手駒になってもらうよ。……影二がいなくちゃ光輝くんを手に入れても仕方がないのに……よりによってこんなやつだなんて」

 

「そんなの……」

 

 

いっそこいつもやるか?そう思い始めた檜山だが、悪魔の囁きが聞こえてくる。

 

 

「白崎香織が君のものになるかもしれないのに、そんなこと考えちゃうんだぁ……へぇ?」

 

「なに?……どういう意味だ!!」

 

「僕は光輝くんが欲しい。影二のためにも……でもその光輝くんは香織に夢中でねぇ……君が香織を手に入れたら結果的に僕は光輝くんが手に入る確率が上がる。本当だったら南雲くんにこの話を通そうと思ってたのに……影二と一緒に君が落としちゃうから!!ああもう君のせいで計画に変更を利かせないといけない点が多すぎるんだよ!!いいから黙って僕に従え!!僕は降霊術師、君を殺してから操り人形にすることだってできるんだよ!!」

 

 

大声で狂気的に捲し立てる恵里だが言っていることは最もだ。

状況的には。

 

 

「…………し、たがう」

 

「なんて?影二は、人にものを言うときははっきり言えって言ってたよ?」

 

「お前に……従う!!」

 

 

苦渋の表情で決断した檜山に恵里は嗤う。

 

 

「アッハハハハハハ!!それはよかった。僕もわざわざクラスメイトを告発するのは面倒だったしねぇ?まぁせいぜい僕の役に立ってくれよ人殺し。影二を巻き込んだ分はしっかり働いてもらうよ!!」

 

 

悪魔の契約だ。恵里が去った後、檜山は再び膝に顔を埋めブツブツと呟き出し始めた。




(死ぬわけがないじゃないか、あの影二が……なんたってバケモノなんだから……でも、もし本当に死んじゃったら……)


とある部屋では、恵里が涙を流していた。


(なんで……なんで……あの日からずっと……影二は僕のことを守ってくれて……)


思い出すのは、恵里と影二が悪魔の契約をしたあの日。


(…………えいじぃ……寂しいよ)


今の恵里に出来るのは、失ってから気づく想いを自覚しながら、布団の中で心に従って自分を慰める事だけだった。


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奈落の底にて

 

水の音がする……俺は今どこに居るのだろうか……とりあえず、目を開けよう。

 

 

「…………なるほど、俺も落ちたのか」

 

 

辺りを見渡せばバラバラになったトラウムソルジャーの骨や橋だっただろう岩が落ちている。

 

 

「ベヒモスは……ああ、一緒に落ちたな。魔石でも落ちていればいいんだが」

 

 

すぐに体を起こしてあたりの捜索を開始する。痛み?ああ、言ってなかったな。今は私の姿、真っ黒な全身に赤く光る目を宿したドッペルゲンガーとしての姿をしている。

 

 

「なるほど。魔石もなければ何も無いと……南雲くらいはいると思っていましたが……期待外れですね」

 

 

グルルルゥ……

 

 

「おや、早速ですか。覚えている限りではここから先は真のオルクス大迷宮。魔物の強さも桁違いなはず……そうだ、私のステータスを確認しておきましょうか」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

???(篝火影二) 17歳 レベル47

天職:役者

筋力:34000

体力:27000

耐性:16000

敏捷:32000

魔力:190000

魔耐:16000

技能:完全演技・完全擬態・文才・言語理解

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そういえば私の姿でステータスを確認するのは初めてでしたね。……マジ?」

 

 

流石にこれは予想外。え、なに?なんでこんなにこの姿強いの?使徒とかより普通に高い気が……

 

 

「い、いえ……強いことは良いことです。ええそうでしょうとも。……あの神様、ちょっとやり過ぎだろ。流石にネタに出来ねぇぞ。ふざけんなあのジジイ!!無双する気はサラサラ無かったのに!!絶対、物足りないのぅ……とか言って2桁ほどいじっただろうが!!」

 

 

……おっとっと、本性は隠す隠す。失敬、あまりのエグさに自分で引いてしまった。

 

 

「ガルゥ!!」

 

「おや、狼……確か雷のやつでしたね」

 

 

尻尾が2つに分かれた狼がおそらく俺の叫びを聞いてやってきた。

 

 

「さて……私の力、どんなものか試させていただきましょう!!」

 

 

それからはただの虐殺だった。最初は、この姿で戦うことなんてなかったらその力を操りきれずにグチャグチャに殺してしまった。殴るだけでだ。

 

だが、それを聞いてさらに集まってきた熊や兎、狼などいろんな魔物が、俺に向かってくる。

 

 

「アッハッハッハッ!!楽しいですねぇ!!虐殺というのは!!」

 

 

殴り、蹴り、噛みつき、握り潰し、あらゆる手段で魔物を殺し尽くした俺はひとまず落ち着いた。

 

 

「ふぅ……こんなものでしょうか。全く、実力差を悟って逃げればよかったものを。野生の本能とやらは意外とあてになりませんね」

 

 

辺りには電撃痕や破壊痕、斬撃痕など様々な破壊痕が出来ていたがその中で俺は何事もなさそうに立っていた。いやまあ実際なにもなかった。

 

 

「そういえば、ドッペルゲンガーである私が魔物の肉を食べるとどうなるのでしょうか?ふむ、人間には劇物だと聞いていますが……まあ大丈夫でしょう。いただきます」

 

 

そこら辺に転がっていた兎の肉を掴みそのまま咀嚼する。

 

 

「んぐ……なるほど、なかなか美味しいですね。やはり強い魔物ほど肉が熟成されているということでしょうか?」

 

 

特に体に異変も感じない。やはり人間が虚弱なだけでしたね。

 

 

「おお!!ステータスプレートの技能に魔力操作が追加されていますね。これでより精密な魔力の操作が……まあ訓練しないといけませんか」

 

 

南雲ハジメは確か、食べた魔物特有の技能を得ていたはずだが……俺には反映されないらしい。

 

 

「ふむ、纏雷や天歩は便利なので欲しかったところですが……まあ仕方ないでしょう。手に入れることができなくとも使うことはできますからね」

 

「さぁて、南雲と出会うまでの間、私の力の調節をしましょうか。……ええ、ざっと10日はかかりそうです」

 

 

2日経ってようやく魔力操作が出来るようになった。これでより正確に擬態ができるようになる。

 

 

「全く、この姿の時は睡眠が要らないとはいえ人間の時の習慣は抜けませんねぇ」

 

 

思わず横になってしまったりしたが本来は必要のないもの。

 

 

「さて、ここからは擬態の訓練でもしましょう」

 

 

さらに6日経って、自分の思い浮かべた人物たちへの擬態と、それらを完全に演じきるための訓練を完了した。

 

 

「これだけバリエーションが増えれば、大抵の敵はこの姿でなくとも大丈夫でしょうね。……アインズ様は流石にやり過ぎましたが」

 

 

8割しかコピーできないパンドラズ・アクター涙目である。

 

 

「装備品などは擬態出来ませんし、言うほど強くはないのですがまあ良いでしょう」

 

「さて、次は……することがないですね。ああ、先にオスカーの屋敷でも探しておきましょうか」

 

 

そして、俺が奈落に落ちてついに10日が経った。

 

 

「ふむ……迷いましたねぇ……私が方向音痴であるのをすっかり忘れていました」

 

 

2日間休まずに歩いた結果は、どう頑張っても同じ場所に帰ってくるというクソ食らえなものだった。…………そういや俺は基本恵里について行ってたな。

 

 

「どうしましょうか……脱出の一番簡単な方法は『マッピング』を使えるキャラを演じることですが……生憎と私はそのような便利なキャラを知りませんし……はぁ……無作為に探し回る必要がありますか。幸い時間はあります。用は南雲と出会ってさえしまえばいいのですから」

 

 

そして俺の完全に無駄な時間が始まった。通った道に印をつけても、気がつけば何故か最初の地点。ちなみに洞穴の入り口は3カ所しかない。……何故だ。

 

それから何日過ぎたと思う?3日だよ。ふざけてるとしか思われないだろう。合計5日間も同じ場所をグルグルしてるだけだなんてな。

 

 

「ガァァァ!?」

 

「ん……今の声は、熊のものでしたが……この辺りの魔物は殲滅したはず……こちらですね」

 

 

熊の鳴き声がした方は壁。あぁ……

 

 

「なるほど……崩落で塞がっていたと。……今更ですが『トリコ 』に登場する美食屋四天王『ゼブラ』は声の反響で空間を把握する『エコーロケーション反響マップ』が使えました。その手があったか……私の時間を返していただきたい……」

 

 

ドパンッ

 

 

あ、誰がいるか確定だ。さて、そうと決まればレッツぶち抜き。

 

 

「ッ!?……なんだ!?」

 

 

奥から懐かしい声が聞こえる。何日ぶりだろうね。俺の体内時計では大体15日ほどか?そうだ、久しぶりの再会を記念してサプライズでも仕掛けてやろう。

 

 

「おや、こんなところに人間が。随分と物好きも居たものですねぇ」

 

「テメェは……言葉が通じるのか?」

 

 

岩を粉砕して俺が姿を現すと、白髪になって片腕の無くなった南雲の姿が。うむ、しっかり豹変しているようで何よりだ。

 

ちなみに俺は、今のまま。口調でどの姿か判断してほしい。

 

 

「おやおや、今しゃべっているではありませんか?左腕がありませんね。どうやらスリリングな戦いを経験されたそうで」

 

「敵だったからな。それで、お前は俺の敵なのか?」

 

 

南雲は銃を俺に向けて話している。

 

 

「残念ながら、今の貴方では私の敵ではありませんよ。なんならステータスプレートでも渡しましょうか?」

 

「ッ……魔物がどうしてステータスプレートなんかもっていやがる?」

 

「魔物じゃありませんので」

 

「そうだな……見せろ。こっちに持ってこい」

 

「分かりました」

 

 

撃つ気満々じゃないか南雲。そんなに笑ってんのになにもしないと思えないぞ。

 

俺は少しずつ近寄っていき南雲の正面まで近づいた。その時……

 

 

「死ね」

 

 

ドパンッ

 

 

「ふん……俺の邪魔になりそうなヤツは真先に殺す。せっかく会話ができるっていうのに、悪いな」

 

「そう思うのでしたら撃たないで頂きたいですね?」

 

「なッ!?」

 

 

俺は銃から発射された弾を指2本で挟んで止めた。そのまま逆の腕で南雲の方へと伸ばす。

 

 

「テメェ!!」

 

「はい、ステータスプレート」

 

「……は?」

 

「おや、なにを呆けているのです?貴方が見せてほしいと言ったのですよ?」

 

 

完全に南雲は呆けている。纏雷でも撃つ気だったのかその手はバチバチと稲妻が走っている。

 

 

「……いきなり撃って悪かったな」

 

「いえ、怪しい者を見かけて警戒しない人間など居ないでしょうから。それが正しい反応です」

 

「…………ッ!?篝火影二!?お前が!?あの!?てか桁がおかしい!!偽物だろ!?

 

 

どうやらステータスプレートの名前の欄を読んだらしい。

 

 

「えぇ……これでもか?」

 

 

すっと体を篝火影二のものに戻した。

 

 

「どういう意味だ?……余計に疑わしいんだが?」

 

「地球にいた頃から人間じゃなかったってことだ」

 

「なッ!?意味がわからん……けど、一個だけ聞く。お前は俺の敵か?」

 

「いいや、違うさ。俺の目的は別にあるからな。だが、もし敵でも今のお前じゃ無理だ。諦めるんだな」

 

「…………分かっている」

 

 

南雲は銃を下ろしてくれた。ウンウンそれでいいのだよ。

 

 

「なあ、この完全擬態ってのはさっきの姿ってことでいいのか?」

 

「いや、さっきの姿が素の姿だ。この人間の姿は地球で生活するために適当に作った」

 

「……シロエだよな?」

 

「ああそうだが?」

 

 

そう、俺の体のモデルは『ログ・ホライズン』の主人公の付与術師『シロエ』のアバターを参考に作ったものだ。結構な力作。

 

 

「他のもできるのか?」

 

 

ふっ……オタクなお前だったらそういうと思ったぞ。もちろん用意してありますとも。

 

 

『知るがいい』

 

「ッッ!?その姿は……まさか……おいおいマジか!?」

 

 

南雲はこれまでになく驚いた。俺が完全擬態と完全演技でとあるキャラを演じているからだ。

 

 

『お前の前には、アインズ・ウール・ゴウン41人の力が集まっているということを』

 

「篝火……お前は神か!?」

 

『そして、お前に勝算などもとより皆無だったと理解しろ!!』

 

「ア、アインズ様じゃねえか!!しかも完全再現!!他は、他には!?」

 

 

フフフ、さすがの南雲でもこれは効くだろう。

 

 

『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる……貴様たちは……死ね!!』

 

「おお〜〜〜!!」

 

『問おう。貴方が私のマスターか?』

 

「ッッッ!!」

 

『僕と契約して魔法少女になってよ』

 

「嫌だ!!だけどすげぇ!!」

 

『エヴァに乗れ』

 

「ゲンドウさん!?」

 

『オーナーゼフ!!!……長い間、くそお世話になりました!!』

 

「サンジィィィ!!」

 

 

どうだ、5連続。完璧だろう?

 

 

「はぁ……はぁ……篝火、いや影二と呼ばせてくれ」

 

「それはいいが……どうした?」

 

「疑って悪かった。一緒にここを出ようぜ」

 

 

ちょっとキモいなこの魔王。俺のせいか?若干覚悟が歪んだ気がするぞ?

 

 

「あ、ああ。南雲…「ハジメでいい」……ハジメ、これからよろしく。おそらくずっとはついていけないだろうがな」

 

「こちらこそだ。だが、俺の敵になった時は、たとえステータスが負けてても殺すからな」

 

「フッ……一撃でも加えられるようになってから言え。それと俺は人間が嫌いだから約束はしない。お前はお気に入りの1人だからそんな事はないだろうがな」

 

「ああ?お気に入り?」

 

「なんでもない。それより道案内は任せた。俺はどの姿でも死ぬほど方向音痴なんだ」

 

「……胸張って言ってんじゃねえ」

 

 

俺たちは、お互いの軽口に笑いながら先の道を進んでいった。……これで、もし恵里が南雲……ハジメの敵になったとしても多少の容赦はしてくれるだろう。仲の悪くない人間には多少甘いからな、この魔王様は……



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ボーイズ・ミーツ・ガール……ガール?

 

ハジメと合流した俺は、ハジメの変化に驚きながらも(演技)いつも通りに話しながら迷宮攻略をしていた。

 

 

「だぁーーー!!なんでここの魔物どもは無駄に強いんだ!?」

 

「そうですか?……この程度ならなにも問題ありませんよ?」

 

「それはお前がチートすぎるからだ!!」

 

「……?」

 

 

その中でも現在は、見事に魔物に追われていた。密林のようなフィールドを歩いていた時に突然降ってきた巨大ムカデである。ムカデのキモさ+その巨体は、ハジメの嫌悪感を煽るのには十分すぎるほどだった。

 

 

「本来なら直接触りたくはないのですが……仕方ありませんね」

 

 

体を反転させて振り向きざまにムカデの体を掴んで引きちぎる。しかし……

 

 

「おい影二ィィィ!!増えてんじゃねえか!!」

 

「おや……?」

 

 

なんと体の節々を分裂させ別々に襲ってきたのだ。

 

 

「ああもう……チッ……リロードがッ」

 

「仕方ありませんねぇ……『火拳』」

 

 

『ワンピース』のメラメラの実の能力者『エース』の姿になり、その基本的な技を放つ。一直線に飛んでいくだけの技だが所詮は虫。結構な勢いで飛んでいく火に、ムカデたちは一瞬怯んだ。

 

 

「ハジメッ!」

 

「リロードは完了済みだ!!」

 

 

その一瞬を見逃すはずもないハジメは、もたつきながらも自作のドンナーという銃のリロードを終え全てのムカデを撃ち殺した。

 

 

「いい腕です」

 

「……お前なぁ、エース使うんだったら『炎帝』とかあったろ」

 

「ハジメのレベルアップになりませんので」

 

 

そう、本来ならば俺1人で殲滅できるのだが、俺の擬態は魔力を使うものであり割と消費も激しいため乱用はしたくないのだ。技を使えばさらにだ。

 

 

「じゃあハジメ……食べましょうか?」

 

「…………嘘だろ影二。流石にな!?」

 

 

ハジメは魔物の肉を食べることでその魔物の特性を手に入れる。が、魔物の肉は人間には劇物であるので食えば強烈な痛みを伴う。ハジメは神水という超強力な回復薬で体を直し痛みに耐えながら肉を食っている。ていうか魔物以外に食料がないため仕方がないと言える。俺?別に食わなくても生きていけるが、人間社会での生活で食事の美味さを知ってしまっているから出来るだけ食べたい。

 

 

「冗談ですよ。流石の私でも人間がムカデを食べないことくらい知っていますとも。じゃあこれは私がいただきます。……ふむ、クソまずいですね」

 

「当たり前だよなぁ!?魔物食って平然としてるのはもう慣れたがなにやってんのお前!?」

 

 

ムカデは不味いのか……いやはやいい勉強になった。あ、銃弾はなんかピリピリしてて美味しい。

 

 

「物は試しですよ。私にはそういう嫌悪感はありませんので。それよりも、先ほど何やら果物のような実をつけたトレントらしき魔物が歩いてましたが……ってハジメ?」

 

「久しぶりの肉以外の食料!!絶対に殺し尽くしてやる!!」

 

「…………毒かどうか確認していないのに、元気ですね彼は」

 

 

ハジメがいなければ迷宮攻略も頓挫してしまうんで仕方なく手伝う。攻撃方法も蔓や果実を投げてくると言ったショボいものだったため、俺の力も相まって数分で殲滅が完了した。

 

 

「ハジメ。それが美味なのは分かりましたがそろそろ先へ進みましょう。飽きてきました」

 

「むぐ……むぐ……そうだな。俺の訓練もだいぶいい感じになってきたし、あの扉の向こうへ行くのにちょうどいいかもな」

 

 

ハジメの言うあの扉とは、なかなか豪華な装飾が施された3メートルほどの扉だ。現在は俺らが奈落に落ちてから約五十階層ほどの場所だ。試練と言うにはちょうどいい高さだ。

 

 

「では早速行きましょう。見るからに魔物が擬態していそうな像もありますし?」

 

「影二……お前ってそこそこ戦闘狂の節があるよな?」

 

「人間基準で考えないでいただきたいですね。少なくとも私のような者は他にいるはずがないので、私が基準です。よって普通です」

 

「理屈がおかしい……いや、気にしたら負けか」

 

 

ハジメもやっと俺に慣れてきたらしい。最初の方なんか、いつもの姿を魔物と誤認して撃たれまくったからな。このくらいさっぱりした方が将来的にはげなくて済むぞ?

 

 

「影二、聞いてもらっていいか?」

 

「いつものですね。ええどうぞ」

 

「俺は……生き延びて故郷に帰る。日本に……家に帰る。邪魔するものは敵。敵は……殺す!!例え、影二でさえも!!」

 

 

ハジメが定期的に行うルーティンのようなもの。自らに課した願いや誓いを口に出すことでより強固なものにする行為。俺と言う別の誰かがいることでその拘束力はさらに増す。だからあえてハジメは俺の目の前で言うようにしている。

 

 

「クフフッ、相変わらず大きく出ますねぇ。敵味方関係なく、強くなったハジメとなら殺し合ってみたいものです」

 

「割と冗談に聞こえねぇからやめろ。それよりもだ影二。残念ながらこの扉に付いている魔法陣がさっぱり分からん。もしかしたら相当古いのかもしれん」

 

「ほう……ちょっと貸してください。私が力押ししてみましょう……むっ?」

 

 

バチィ!!

 

 

「影二!?……いや、大丈夫だな」

 

「当たり前でしょう、舐めないでください」

 

 

おそらく正規の方法以外で開けようとすると発動するトラップだろう。赤い放電が起き俺の両腕を伝って全身を焦がそうとするが無意味だ。伊達に基礎能力値が万を超えてないんでね。

 

 

ーーオオオォオォォォオオオォォ!!!!ーー

 

 

ハジメが、神水が節約できて助かる。と失礼極まりない独り言を呟く中で急に野太い声が聞こえてくる。

 

 

「テンプレと言いましょうか?」

 

「だな」

 

 

扉の両隣にあった一つ目の巨人の像がバラバラに砕け中から像と同じ姿をした肌が暗緑色の巨人……サイクロプスが現れた。その巨体に見合う大剣も持っている。

 

 

「一体もらいますね」

 

「俺がやった方が速いからいい」

 

 

ドパンッドパンッ!!

 

 

「悪いが空気を読むほどの余裕はもう俺にはないんだ。残念だったな」

 

「……まあ、この後楽しい事があるから良しとしましょう」

 

「なんか言ったか?」

 

「いえ何も」

 

 

出てきた瞬間に一つしかない目を撃ち抜かれて絶命する二体のサイクロプス。叫び声が聞こえた時点で銃をホルスターから抜いていたハジメにとって隙以外の何物でもない。……俺の楽しみは減ったわけだが。

 

 

「この様子からすると……ふんッ」

 

「ああなるほど。汚いですが……ここら辺でしょうか」

 

 

ハジメが、飛ぶ斬撃である風爪でサイクロプスの死体を切り裂き魔石を取り出した。拳大ほどある魔石を先程のくぼみに嵌め込むと……ピッタリと嵌まり込んだ。

 

それに倣って俺も無理やりサイクロプスの体に腕を突っ込み中から魔石を取り出してハジメに投げ渡した。

 

 

「私は少しこの肉塊を味わってから行くので、先に行っててください」

 

「分かった。……努力なしで食う飯は美味いか」

 

「はぐっ……んぐっ……ええ、ちょー美味しいです」

 

「皮肉くらい反応しやがれ」

 

 

扉を開けて進んだハジメを横目に、俺は肉を喰らい続ける。ステータスは……レベルは上がってるけど技能は増えてないし、ただ美味いだけだな。

 

数十秒経った後に……

 

 

「すいません、間違えました」

 

 

ハジメの声が聞こえてきた。

 

 

「……どうしました?明らかに怪しい封印をつけられてそうな美少女でもいました?」

 

「やけに具体的だなおい!!その通りだよ!!」

 

「待って……お願い……助けて!!」

 

 

扉から少し離れた位置にいる俺でも聞こえてくる声。さて行くか……

 

 

扉の向こうを覗くと金髪紅眼で下半身が石に埋められている美少女の姿。ハジメの方を向いて必死そうな視線を向けている。

 

 

「……貴方……何?」

 

「おやおや、この姿を見て大抵の方は驚き恐怖するのですが……貴女に敬意を評して名乗りましょう。ええ、そうしましょう」

 

「おいバカやめとけ。こんな奈落の底で、明らかに封印されてそうな奴だぞ?関わったらろくなことにならねえよ絶対やべぇ」

 

 

初めて見た()()()()()()()()()()()()()に同族意識が芽生えただけなのだが……そこまで言うなら仕方がない。ど正論であるし。

 

 

「ふむ……見たところ脱出には役に立ちそうにないですし、放って置きますか。申し訳ありませんね。では」

 

 

俺たちは扉を閉めるために下がろうとするが……少女の一言で止まってしまった。

 

 

「違う!!……私……私は……裏切られただけっ!!」

 

 

裏切られた……か。懐かしい、もうあのクソみたいな日々から解放されているはずなのに、未だ脳裏に焼き付く光景。()()()()()()が両親や同級生からの虐待を受けている光景だ。

 

 

(……もう忘れたつもりだったのですがねぇ。やはり、あの神様の忠告は素直に胸に留めておくとしましょう)

 

 

十数秒ほどして俺は平静を取り戻した。横目でハジメを見ると目をつぶって何かを考えているようだ。それからさらに三十秒ほど経ってハジメは振り返って少女に歩み寄って行った。

 

俺は別に2人の会話など興味はないので先に外へ出てサイクロプス君の肉を喰らい続ける。サソリの相手は2人に任せよう。彼女の叔父からの最後の試練なのだから俺がいては無粋だろう。しっかり扉も閉めたため音漏れの心配も無しだ。

 

少し時間が経った後に扉の中から、手伝え影二ィィィ!!と声が聞こえてきたので仕方なく……仕方なく俺は中に入って攻撃に参加した。

 

 

「おやハジメ、人がいない間に全裸の少女にくっつかれながら戦闘とはいい御身分ですね」

 

「戯言言ってないで攻撃しろ!!」

 

「はいはい……と言っても私がやるとすぐ終わりますしね」

 

 

サポート程度に留めるために針を根本から引きちぎる。ただ問題だったのが……

 

 

「むっ……ハジメ、重大な事が分かりました」

 

「なんだ?」

 

「私、ステータスが高いだけで耐性類は持ってなかったようです。結構毒が全身ピリピリします。神水をください」

 

「その程度の擬音で済むんだったらいらねえよなぁ!?」

 

 

俺がいたからか、そのあとは一分もかからず戦闘が終了した。威力の優れた範囲攻撃を持っていない俺たちの代わりに、ハジメの血を吸って回復した少女、ユエが蒼天という強力な魔法を放ち、流れるようにハジメが手榴弾でとどめを刺した。その間俺は足止め代わりにボコボコ殴っていただけだ。だいぶ辛そうだったけどな。体が凹むほどには。

 

 

「お疲れ様でした。いやぁ、強敵でしたね」

 

「バカ言え。影二が入ってから一分もかからなかったぞ。さっきまでの苦戦を返せ」

 

「んっ……ハジメ苦労してた」

 

「おや、お嬢さん。先ほどは無視して申し訳ありません。篝火影二と申します。見た目の通り人間ではありません」

 

「ユエ。吸血鬼の先祖返り。貴方が思ってるより長生きしてるからお嬢さんはやめて」

 

「…………これは失敬」

 

 

どうやら藪蛇だったようだ。

 

 

「とりあえずこいつらの素材を集めてから拠点に戻るぞ。意外にこのサソリもどき、いい素材みたいなんでな」

 

「ならば私には、毛皮と糸、それと錬成した針をください。即席ではありますがユエさんの服を作りますので」

 

「……裁縫できるの?」

 

「いいえ、した事もありません。が、お任せください」

 

「不安……」

 

 

裁縫が上手なキャラは覚えている。というか結構いるから誰でもいい。

 

 

そして、俺が結構食ったこともあって少なくなったサイクロプスを回収し拠点に戻った。途中、歩けなーいとハジメの背中に飛び乗りユエさんが甘えていたが私的には興味はないので割愛。恵里がそうしてきたらちょっと嬉しい。

 

ハジメの説明によると吸血鬼族は300年前の戦争で滅んだとされているらしい。そしてユエさんによると20歳歳の時に封印されたそうだ。つまり……

 

 

「ユエって少なくとも300歳以上なわけか?」

 

「……マナー違反」

 

「ハジメ……流石に今のはどうかと」

 

 

女性に向かって300歳?とか人外の俺でも消し炭にされるぞ?ユエさんがジト目でハジメを睨んでいる。

 

どうやらユエさんは自動再生という固有魔法を持っているらしくほとんどの傷はすぐさま再生してしまうそうだ。……いやまあ知ってるけど。

 

 

「……ハジメ」

 

「どうしたユエ?」

 

「そこで裁縫してる無駄に巨乳の女は誰?」

 

「影二だよ」

 

「……本物?」

 

 

俺が今演じているのは『ニセコイ』に登場するヒットマン『鶫誠志郎』だ。ヒットマンであるのに関わらず家事類は万能。裁縫をするにはちょうどいい。

 

 

「ああ、なんでも、固有魔法で擬態ができるらしい。それに、天職である役者の演技の技能を使うことでその擬態したキャラを演じる。見た目、性格、口調、さらにはその能力まで演じきることでそのキャラが持つ技能を使っているらしい」

 

「……つまり?」

 

「世界を滅ぼせる力を持った奴を演じれば、この世界でも滅ぼせるってことだ」

 

「……反則。完全に理解の外側を行ってる」

 

「俺もそう思う」

 

 

好き勝手言うじゃないか。あってるけど……

 

 

「はい、出来たぞ。全く……これくらいは自分で出来るべきだぞ?」

 

「……ハジメ」

 

「多少過激なツンデレのキャラだ。許してやれ」

 

「……戻ればいいのでしょう戻れば。どうぞユエさん、あまり出来は良くないのですが」

 

 

何故ウケが良くないのだろうか……?

 

 

「いや、十分。ありがとう影二」

 

「お気になさらず」

 

 

流石に年頃……年頃?の女性がずっと全裸でいるのは良くないからな。

 

 

「影二、今変なこと考えた?」

 

「いえ、そんなことはありませんとも」

 

 

……女の勘はヤバいな。素の姿に戻ってそう考えただけで悟られるとは……



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幸せ

 

 

「ハジメたちはなんでここにいるの?」

 

 

ユエさんの一言は、ある意味で当然だっただろう。ここは奈落の底、普通の人間(俺を除く)が居るような場所ではないのだから。

 

 

「そうだな……どこから話そうか」

 

 

そうしてハジメはポツリポツリと話だした。確かに、同郷の俺では話せない事が多くあるはずだ。その点、ユエさんは何も知らない。偏見なく話を聞いてくれると、ハジメ自身も思っているのだろう。

 

ハジメはもう自らの経験を話すことしか頭にない。それを聞いているユエさんはもう泣きじゃくっているのだが、ハジメには聞こえてない。

 

 

「ど、どうしたユエ?」

 

「ぐす……ハジメ……辛い……私も辛い」

 

 

本当にハジメはいいパートナーを得た。少し羨ましく感じるよ。恵里以外の人間では務まらないだろうがな。

 

そしてハジメは自然体で手を伸ばしユエさんの涙を拭き取った。おお……これが天然、新しい発見。

 

 

「……影二は?」

 

「私……ですか?」

 

「そういや、影二が奈落に落ちた理由は知らなかったな。あれほど強けりゃ落ちる事なんてなかっただろ」

 

 

……素直に話していいものだろうか?まあ特に隠すようなことでもないのだが……

 

 

「途中までは大体ハジメと同じですよ。ただハジメがベヒモスとの戦闘で落ちたすぐあと、共に落ちようとしていたベヒモスが最後の足掻きとばかりに崩れかけの岩をこちらに飛ばしてたのです。そこで、その岩に当たりかけていた生徒を身を挺して守ったら、衝撃で奈落に真っ逆さま、と言うだけの話です」

 

「へぇ……俺が落ちた後にそんな事が。どれだけの勢いだよその岩……」

 

「おっとハジメ。誤解しないで頂きたいですね。その時は人間用のステータスでしたので魔力意外はゴミのような性能でしたのでね。ああもちろんあの時のハジメよりは高いですが」

 

「守られた生徒は影二に感謝すべき。影二が居なかったらグチャグチャ」

 

 

全くもってその通りだ。我ながら良くあのステータスで恵里の正面に立てたと思う。

 

 

「最後の一言が無けりゃ普通にいい話なんだがな。今の俺にはどうでもいい事だ」

 

「おや、ユエさんが同じ状況だったら迷わず助けるでしょう?」

 

「当たり前だろ」

 

「ハ、ハジメ?……本当?」

 

「ユエ?……お、おう」

 

 

迷いなく言えるハジメにユエさんはまたときめいているようだ。俺はまた2人の距離を縮めてしまった。……白崎、すまん。正直全くそんなこと思ってないけどすまんな(笑)

 

 

「私も想い人を守れただけで十分ですよ。結果的に両方無事なのですし」

 

 

その瞬間空気が凍った。現在進行形で甘い雰囲気を醸し出していた2人が壊れかけのロボットのように首を傾けてきたからだ。

 

 

「影二……好きな奴いたのか?」

 

「ええ、まあ叶わぬ恋ですよ。その方にはすでに別の想い人がいますし。何より私はバケモノですから。私は彼女が無事で、彼女が幸せならそれだけで十分です」

 

「関係ない!!」

 

「……ユエさん?」

 

 

急にユエさんが叫ぶ。おそらく今までで1番の声ではないだろうか。

 

 

「……バケモノとか関係ない。それを言うなら私だってバケモノ。直接魔力を操れるし。傷だってすぐに再生する。吸血鬼だから純粋な人間族じゃない。……それに、好きな人が幸せならいいなんてただの甘え」

 

「……ほう?」

 

 

甘え?……俺が恵里の協力をしている事が……?

 

 

「……本当に好きなら……奪い取る覚悟を持つべき。私ならそうする」

 

「何故……こっちを見るんだユエ?」

 

「ハジメは黙っててください」

 

「…………理不尽だろぅ」

 

 

ハジメは空気が読めないのか。

 

……奪い取る覚悟……ね。俺はただ、恵里の幸せそうな顔を見ていたいだけで……別に共にありたいとか……別に……

 

 

「影二。その人のこと本当に好きなの?」

 

「……は?」

 

「おいユエ!!」

 

「ハジメは黙ってて」

 

 

なんて言った?俺が恵里のことを好きじゃない?そんなことあるわけがないだろ?

 

 

「ユエさん。いくらハジメのアレだからといって、喧嘩を売られて買わない理由にはなりませんよ?」

 

 

 

 

「売ってない。影二……その人が、その想い人と一緒に笑っている姿を見て本当に、()()は幸せ?」

 

「……どう言う意味です?」

 

「想像してみて」

 

「……」

 

 

恵里が、天乃河と笑っている光景。……天乃河と一緒で恵里は本当に幸せそうなのか?あんなクズゴミと一緒では恵里に負担しかかからないだろう。でも普段の様子を見る限り天乃河と一緒にいる時の恵里の笑顔は自然なものだし……?

 

 

「少なくとも……恵里は幸せそうですし問題は特に……いやしかしたまに出る奴の言動には苦笑いをしているような……いやしかし……ん?」

 

「……ユエ。流石に今のは俺でもわかるぞ」

 

「んっ、影二すごい。……悪い意味で」

 

 

パシンッ……

 

 

「……ユエさん?」

 

 

急に頬の部分に衝撃が走った。痛みはないが。

 

 

「その人のことは聞いてない。私は……影二のことを聞いてる。その未来で、()()は幸せなの?」

 

「私……?申し訳ありません。ユエさんの言っていることがよくわからないのですが……?」

 

「私は……ハジメと一緒にいて幸せ。まだ少ししか一緒にいてないけどそれでもそう思う。ハジメは……?」

 

「そこで俺に振るのか!?いや……俺も、だ、ぞ?」

 

 

俺は何を見せられているのだろうか?

 

 

「んっ。嬉しい」

 

 

恵里が俺のこと……?いや、ないだろう。日本生まれの彼女に、バケモノを好くような感性はない。しかも天乃河に狂気的なまでに恋しているし。ていうか、俺が恵里を好きになったのは、そんな彼女だからだ。普通の人間では好きになるわけがない。どこか人間離れしている感性を持つ彼女だから、恋をしたのだ。

 

 

「……ユエさん。まだよく分かりません。ですが、心には留めて置きましょう。いつかユエさんの仰ることが分かればいいのですが」

 

「んっ。そう思えるなら十分。これから教えてあげる」

 

 

……300年以上封印されている彼女から何を教わればいいんだ。まあ、本人は自信満々だから言わないが。……俺の幸せねぇ。

 

 

「話は終わったか?」

 

「んっ……でもそんな事を言うハジメは馬に蹴られたらいい」

 

「だから理不尽だろ!?たくっ、俺は地球に帰れればそれでいいんだ。他のことを気にする余裕なんてねぇよ」

 

「……帰るの?」

 

「うん?そりゃあな……こんな感じになっちまったけど、やっぱ家に帰りたい」

 

「……そう」

 

 

ユエさんは先ほどの俺に対しての尊大な態度から一転悲しそうな顔になる。

 

 

「先ほどの流れで私が何か言える立場ではありませんがハジメ、彼女の境遇をちゃんと考えてあげてください」

 

「境遇……?あっ」

 

「……私にはもう、帰る場所がない……」

 

「……」

 

 

カリカリと頭を掻くハジメ。今までユエさんを撫でていた手を引っ込めたようだ。別に、ハジメは難聴鈍感系主人公じゃない。さっきの発言もあってユエさんの気持ちにはもう気付いているはずだ。だからこそハジメは気まずそうにしている。

 

 

「はぁ……思ってたより、俺は甘かったらしいな」

 

「……ハジメ?」

 

「ユエも来いよ」

 

「……え?」

 

 

ああ、なんだか雲行きが怪しくなってきた。俺のシリアスだったはずなんだが……アビスゲート卿でも演じて影の薄さを発揮していようか?

 

 

「だからさ、俺の故郷にだよ。まあ普通の人間しかいないし……ん?……んんッ!!」

 

 

あっ、今俺のことを見て目を逸らしたな?

 

 

「普通の人間しかいないし!戸籍やらなんやらと窮屈かもしれないけど……あくまでユエが望むならなんだけど……?」

 

 

ゴリ押したなハジメ。完全に俺のことを棚に上げてやがる。ユエさんだって呆然としてるぞ。

 

 

「……い……いの?」

 

「ああ」

 

 

遠慮がちに聞くユエさんに対して自信を持ってうなずくハジメ。ああ、ユエさんの表情が地上波ではお見せできないほど蕩けたものに…… ハジメも見惚れているし、俺は少し退散して、ちゃんとユエさんの言っていたことを考えるとするか。

 

 

 

 

 

 

 

俺が黙ったのを見て2人は遠慮してくれたのだろう。少し離れた場所で、ハジメは新兵器を作りユエさんはそれを見ている。やがてハジメは腹が減ったのだろうか、サイクロプスやサソリもどきの肉を準備し始めていた。

 

 

「なあ影二。料理が上手いキャラとか出来ないのか?ほら『食戟のソーマ』とかさ」

 

「……肉だけでは無理です。調味料も調理用具もありません。十全ではないのに演じたくはありません」

 

「やろうと思えば出来るのか……」

 

 

俺にだってプライドはある。そして演じるキャラへの敬意を忘れてはいけない。

 

 

「はぁ……焼くか。ユエ……は食ったらヤバイか。あの痛みは流石に……でも吸血鬼だしなぁ……」

 

「なら私が代わりに……「お前はただ食べたいだけだろ、こないだ死ぬほどサイクロプス食ってんだから遠慮しろ」……仕方ありませんね」

 

「ハジメの血を吸ってるから大丈夫」

 

「血?……ああ、吸血鬼だもんな。血があればいいのか?」

 

「食事でも栄養は取れる。……でも血の方が効率がいい」

 

 

人間の血ねぇ……確かに美味かった。肉もだが、動物の肉とはまた違った食感がたまらなかった。

 

ユエさんは舌舐めずりをしてハジメをキラキラした目で見ていた。

 

 

「何故見てるんです?」

 

「ハジメ、貴様を見損ないました」

 

「今はネタ言うタイミングじゃねぇ!!」

 

 

ナゼェミティルンディス!?作者の諸事情で半角が使えないが、そのセリフを使うならこれだろう。

 

 

「ハジメ、美味」

 

 

どうやら魔物を取り込んだハジメの体は熟成されて美味しいらしい。

 

 

「ほう……ハジメ、ちょっとわたしにもくださいな。できれば肉も」

 

「悪魔かテメェ!?誰がやるか!!ユエ、影二からもらえばいいだろう?」

 

「……血が流れてるようには見えない」

 

「……この姿なら血は出るが……吸うか?」

 

 

人間時の体になってユエさんに聞いてみる。

 

 

「物は試し……いただきます。……はむっ……ッ!?」

 

「……ユエ?」「ユエさん?」

 

 

俺の血を吸ってからユエさんが動かなくなった。

 

 

「不味かったかユエさん?だったら早く離して欲しいんだが……うおッ!?ちょ……あの……吸いすぎ……ハジメ助けろ!!」

 

「ユエ!?」

 

 

言葉も発さずひたすらに首筋に吸い付いているユエさんをハジメが羽交い締めにして引き離した。ユエさんの目はすごく必死そうだ。

 

 

「はぁ……はぁ……美味しすぎる。影二の体、なに?」

 

「何故でしょうか……奈落に落ちてから初めてです。こんなに疲労したのは……一体なにが……ああなるほど」

 

 

ステータスプレートを確認すると一目瞭然だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

???(篝火影二) 17歳 レベル50

天職:役者

筋力:37000(低下状態−300)

体力:30000(低下状態−300)

耐性:19000(低下状態−300)

敏捷:35000(低下状態−300)

魔力:220000(低下状態−300)

魔耐:19000(低下状態(−300)

技能:完全演技・完全擬態・文才・言語理解

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「どうやら、魔力を吸われたことになるらしいです。私の体は全て魔力で形成していますから、それを吸われる。つまるところ生命力を直接吸われたと言うことですね」

 

「んっ……でも吸い切れる気がしない」

 

「それ、吸いきったら影二死ぬじゃねえか。素の体の時もか?」

 

「いえ、大丈夫でしょう。この体の時は魔力を使っていませんから。全く、意外な弱点ですね」

 

 

おそらくユエさんが美味しすぎると言ったのは純度100%の魔力だからだろう。正確には血ではないから栄養補給ができているのかはわからないが、少なくとも魔力は上昇している筈だ。

 

 

「すごい……今ならあのサソリ……一撃で倒せそう。影二……蒼天……試させて?」

 

「何故私なのでしょう……いえ、まあ良いのですが」

 

「やり過ぎるなよ?ただでさえ、ここは迷宮のど真ん中なんだからな」

 

 

俺とユエさんは結構離れた場所に立ち、構える。

 

 

「んっ……『蒼天』」

 

「おお……美しいですねぇ」

 

 

サソリとの戦闘で見たものよりもさらに大きく、しかし高密度にまで内包したその魔力は蒼き炎に留まらず、さらに上位の焔とまで言えるだろう。

 

 

「えい」

 

 

なんとも気の抜けた掛け声だろう。しかしその威力はこの世界に来てから見たものでは1番の魔法だ。凶悪過ぎる。逃げ場もなく俺はその焔に飲み込まれる。だが……

 

 

「確かに、威力は上がっていますね」

 

「嘘……無傷?」

 

 

なんて事はない。人間基準で考えれば確かに、絶大だが俺は違う。素のスペックが違うのだ。焔の中で俺は、両腕を思いっきり振る事で掻き消す。見えてくるユエさんの顔は驚きに染まっている。

 

 

「一部とはいえ、私の魔力も混じっていますからね。仕方ありません。ハジメ、どうでしたか?」

 

「……いや、すごいとしか。ユエも、影二も」

 

「ハジメ……女性の褒め方……なってない」

 

「魔法適性がないんだから仕方ないだろ。だが、戦力としてはバッチリだな。影二、期待してるぜ?」

 

「いやですよ、誰が好んで死に近づいていかなければならないのですか」

 

 

ユエの吸血行為は流石に勘弁だ。あの感覚は嫌だ。

 

 

「食事にしましょう。……少し疲れました」

 

「全力で蒼天を使ったから……ハジメ……血」

 

「お前らなぁ……分かったよ。影二はサソリの一部だけだ。サイクロプス合計して一体分しかなかったぞ?」

 

「そんな殺生な!?」

 

「お前はいつから食いしん坊キャラになった!?」



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中村恵里の魔法

今回は恵里視点、クラスメイトサイドのお話です。


今日は、【オルクス大迷宮】に再挑戦する日だ。MCは僕、中村恵里がやっていくよ。いやぁ、あれから2週間以上たったらちゃんと落ち着くことができた。よくよく考えれば、こっそりとスカイツリーからステルスダイブするような影二が死ぬ筈ないもんね。

 

ちなみに今日は以前より少ない人数だけだよ。僕がいる勇者パーティーに、あのゴミ(檜山)のパーティー、そして永山のパーティーだ。まあ仕方ないよね。客観的に見ればクラスメイトが2人も死んだんだもん、平和思考な日本人にはちょっと衝撃的過ぎるよね。先生の努力で希望者だけになったからこんなに人数が少なくなったけど、正直ありがたいよ。目が少ないし、何より少数だから連携も取りやすい。ベヒモスとか、烏合の衆じゃ勝てないし。あれだ、少数精鋭ってやつだね。

 

現在は六十層。あのベヒモスがいた層まで五層ある。今日までに格段にレベルアップした僕たちはサクサクと進んでいるから6日で到達できた。いや〜光輝くんの怒涛の勢い、凄かったね。香織を心配させないように力を無理やり示してたもん…………腹立つなぁ。なにさ、影二が居なくなった僕には何も声を掛けてくれないのに。香織には声をかけるなんて。きっと『兄妹といっても書類上の関係だし悲しみは少ないだろう。それよりも前を向いて死んだクラスメイトの分まで生きなきゃ!』って思ってる筈だね。どうせ南雲ハジメは死んでないよ、影二が気にかけてたし何かがあるんだろうね。

 

この六十層には吊り橋がある。他のみんなは、どうやらあの時のことを思い出して恐怖に駆られているようだけど。僕にとっては逆だ。この下に影二がいると思うと思わず飛び込みたくなる。で・も・影二は僕が危険なことをするのを望んじゃいないだろうし、何より影二が見てない間に光輝くんとの距離を縮ませちゃえば褒めてくれるだろうから我慢することにする。

 

 

「エリリン大丈夫?ここに来てからずっと俯いてるけど……?」

 

「……大丈夫だよ。ちょっとお兄ちゃんのこと考えてただけ」

 

「でも、あの日からエリリン口数も減ったし食事もあんまり……」

 

「谷口、兄貴が死んだんだぜ?流石にすぐに元気になれっていうのは酷だ」

 

 

物静かな僕に対してそういうのは『親友』というポジションにいる谷口鈴。彼女に対してさらに言葉を発しているのが脳筋こと坂上龍太郎だ。鈴は気付いてないけど、お互いに自分のために利用し合っているから逆に接しやすい。お互いにボロが出ないようにしてれば良いからだ。

 

 

「そうだよ鈴。でも恵里、メルドさんも言ってたじゃないか。篝火は恵里をその命をもって守ってくれた。だったら恵里もいつまでも篝火のことにすがってちゃダメだ!!それを糧にしないと。大丈夫、俺が傍にいるし、もう誰も死なせる事はしないと約束する!!」

 

「光輝くん……うん、そうだね」

 

 

……あれ?どうしてだろう。香織に対してより言葉が軽く聞こえる。僕も、どうしてそんな素っ気ない反応しちゃうの?もっと気丈に振る舞わないと光輝くんは僕を見てくれないのに。ねえどうしてなの僕。もっと頑張らないと、影二が喜んでくれないよ……

 

 

「……ごめんなさい恵里。光輝に悪気はないの。ちゃんと言っておくから」

 

「……ううん。大丈夫。光輝くんがそうだっていうのは分かっているから」

 

 

ねぇ雫。どうしてそんなに、『私は光輝のこと分かってます』アピールするの?別に光輝くんのこと好きでもないのに、幼馴染みってそんなにすごいの?僕だってもう6、7年の付き合いになるのにまだ足りないの?

 

 

「恵里ちゃん。精神には効果がないけど、気休めに回復魔法を掛けておくね?」

 

「……ありがとう。少し楽になったかも。流石香織だね」

 

 

ねぇ香織。どうしてそんなにアホなの?光輝くんからそんな感情を向けられてるのに、どうして無視するの?興味がないなら変わってよ。僕は光輝くんの隣に立たなくちゃいけないんだから。

 

 

「……私も降霊術が使えれば、もっと貢献できるのに」

 

「エリリンは魔法も腕もすごいから十分貢献してるよ!!」

 

「そうよ。自信を持って。このパーティーには恵里が必要なんだから」

 

 

鈴や雫が慰めようとしている。別にどうでもいい。僕は降霊術は生理的に無理って事で使えない設定にしているけど全然使える。手札は隠している方がゲームが面白くなるからね。最近結構面白い派生魔法を使えるようになったから楽しみにしててね〜♪

 

……あっ?

 

 

「ッ!?」

 

 

不躾な視線に気づけば、あのゴミがこっちを見ている。その表情はどこか辛そうだ。万が一でもバレたらどうするつもりなんだろうね?どうせなら、殺してから傀儡にしても良かったかも。その方が使いやすいし従順だし。

 

 

「よし、先に進もうみんな!!」

 

 

おや、光輝くんが言ってる。さてと、頑張ろう。光輝くんを手に入れるために。影二に喜んで貰うためにもね。

 

 

 

 

 

 

ついに六十五層に到着した。部屋に入ってすぐに見覚えのある魔法陣が出てきた。ああ、また出てくるんだ。へぇ……

 

 

「ま、まさか……アイツなのか!?」

 

 

光輝くんの不安そうな声もまた良いね。そんな様子に他のみんなも気づいたのか、恐怖心に煽られた様子をしている。

 

ふふふ、わざわざ出てきてくれたんだ。きっと別の個体なんだろうけど良いさ。……絶対にぶっ殺してやる。生きていることを後悔するくらいに、ボロボロになっても、さらに少しずついたぶってやる……!!あの時、僕を狙ったこと、奈落の底で生きている影二の代わりに屠ってあげるよ!!

 

 

「ガァァァァァァァァアア!!!!」

 

 

光輝くんが先陣を切り技を放つ。前は最大限の攻撃でも無傷だったけど、特訓の成果か、他の技でもダメージが通っているようだ。そのまま前衛組がベヒモスの相手をしている間に僕たち後衛組が魔法の発動準備に入った。

 

 

「エリリン、早く詠唱しないと……」

 

「うん。ちょっと待ってて」

 

 

せっかくの相手なんだ。僕の実験台になって貰うよ。

 

 

「欲するは炎。しかしそれはただの赤き炎にあらず。彼の者に害なす悪しき魂よ。復讐の炎に焼かれるがいい。我らが契約は永遠なりて決して途切れず。我らの邪魔を為すならば……苦しみを以て懺悔し後悔し恨み……そして恐怖しろ。それが我らの糧となり悦びへと変わるだろう。今こそ示そうではないか。誰が為の戦いなのかーーー『煉獄』」

 

 

ドス黒い炎が僕の真上に現れる。……成功だ。僕だけのオリジナル魔法、『煉獄』。さあ、ヤツを殺して♪

 

 

「グゥルガァァァァアァァァァ!?!?!?」

 

「「「「『炎天』!!」」」」

 

 

そこへさらに僕以外の魔法組が炎系上級魔法を唱えてベヒモスに命中。でもねぇ〜?

 

 

「燃え盛れ復讐の炎よ……我らこそが至高なり。赤き炎は黒く染まりて更なる力とならん。全てを喰らい尽くしその身に宿せ。我らの炎は消えることを知らず。『煉獄昇華』」

 

 

誰にも聞こえないように更に詠唱。うんうんこれも成功♪完璧だね。他の炎系魔法を吸い取って『煉獄』を成長させる『煉獄昇華』。降霊術が使えなくても、炎術師じゃなくても、これくらいはしないと影二も喜んでくれないよ♪

 

 

「ガッ……アァァアアァァァァァァアアァァア……」

 

 

その声は、何て言うんだろうね?僕の詠唱でも言った通り、懺悔かな?それとも、やっちゃいけないことをやった同族への恨みかな?ふふ……でもまだ殺してあげないよ。僕たちが味わった恐怖は、僕が影二に感じた申し訳なさとか嬉しさとか疑いとか、全てを持って味合わせてあげるからね。

 

それから何分たっただろう。1分?10分?もしかしたら1時間かもしれない。誰もがベヒモスの死を願って、その姿を見続ける。そして……

 

 

「か、勝った……のか?」

 

 

誰かがそう呟き、他のみんなもその事実に呆然としている。そして……

 

 

「そうだ!!俺たちの勝ちだ!!」

 

 

ベヒモスだった黒い炭を背にして、僕たちの方を向いた光輝くんはその聖剣を掲げて宣言した。

 

 

「「「「「「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」」

 

 

歓声。みんなが勝利を喜んだ。男子どもは肩を叩き合い、女子の中には感極まって泣いている者もいる。メルド団長たちは感慨深そうにそれを眺め、おそらく胸中では喜んでいると思う。

 

 

「やったねエリリン!!……って、あんまり嬉しそうじゃないね?」

 

「え?いやいや、嬉しいに決まってるよ!!勝ったんだよ!!あのベヒモスに!!」

 

 

……危なかった。少し素が出てたかも。はぁ……ちょっと疲れたかも。まさか、あんなに魔力を持っていかれるなんてね。なんとかして魔力を補充する方法を創らないと……

 

 

「これで南雲と篝火も浮かばれるな!!自分を突き落とした魔物を、守ったクラスメイトたちが倒したんだから……」

 

 

……ああ、光輝くんのなかでは、2人は死んだことになってるんだね。まあいいよ、そのうちひょこっと出てくるんだろうし。その時の驚く光輝くんの顔にも興味があるしね♪

 

あーあ、早く帰ってこないかなぁ〜

 

 

「よし、安全確認をしたら休憩するぞ!!」

 

 

メルド団長の声でみんなが安全確認をしだした。僕もそれに加わり、拠点作りの準備をしていた。その時、

 

 

「中村恵里、ちょっといいか?」

 

「メルド団長……どうしました?」

 

 

突然メルド団長が話しかけてきた。

 

 

「生徒たちは、あんな黒い炎を使えなかったはずだ。それに、お前は1人だけ違う詠唱をしていた。単刀直入に聞く。何をした?」

 

 

へぇ……わざわざ問い詰めてくるんだ。他の生徒や騎士はベヒモスに勝った喜びでそんなこと忘れてるって言うのに。

 

 

「詠っただけです。私とお兄ちゃんの事を」

 

「詠った……?まさか、それだけでオリジナルの魔法を?」

 

「……ダメなんでしょうか?」

 

「いや、ダメではないが……驚いてな」

 

 

……今なら使えるかもしれない。

 

 

「……堕ちろ『らくしk……「そういえば」……ッ?」

 

 

危ない……バレるところだった……

 

 

「これを影二から預かっていてな。読み終わったし、内容も覚えたから返しておこう」

 

「これは……ッ!」

 

 

メルド団長から渡されたのは日本で影二がよく使ってたノート。しかも、クラスメイトのプロフィールが書かれたあのノートだ。でも、もう一冊がないってことは……自分で持っているのかな?

 

 

「その資料があったから、光輝たちとの関係も上手く縮められた。アイツは相当な切れ者だな。もしや、役者さながら自分が死んだような演技までしているかもしれん」

 

 

……うわぁ、影二、変な信頼のされ方してる。

 

 

「地上に戻ったら酒を奢る約束をしていてな。全く、なかなか面白いやつだった。ここで死ぬようなタマじゃないと思うがな!!」

 

 

ガッハッハと笑うメルド団長につられて、思わず僕も笑ってしまった。……最近は上手く演技ができてないかも。

 

 

「お前の魔法、上には黙っておく。神の使徒がドス黒い魔法なんて人聞きが悪いからな。使うなとは言わないが、注意をしておけ」

 

「……ありがとうございます」

 

「おう、しっかり休んでおけよ」

 

 

そうして、メルド団長は去っていった。確かに……勇者な光輝くんといるときにこの魔法は見た目が悪いね。影二がいるときだけにしよっと♪て・こ・と・は、また新しい魔法を考えなきゃね?ふふふ……もはや最近の趣味だよね〜。降霊術が使えない縛りなんてしてるんだから。はぁ……とりあえずは魔力の回復に専念しよう。もう『火種』すら使えないよ……

 

さて、次はどんな詠唱にしよっかな♪



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圧倒的な『個』

 

 

「だぁー!!ちくしょうがーー!!」

 

「ハジメくん、叫ぶ体力あったらもっと走る!!」

 

「お前のせいでもあるんだよ影二ィィィ!!」

 

「ハジメ……精神……鍛えられてる」

 

「こんな方法で鍛えられても嬉しくねぇぇ!!」

 

「影二って言わないでよハジメくん!!」

 

 

現在疾走中の俺たち3人。しかし、ハジメはユエさんを背負いながら走っている。周りは俺たちの姿が隠れそうになる程高い草。そこで3桁は超えるような魔物に追われている。ちなみに今回はハジメの要望もあって回復役で参戦している。ハジメが近接戦闘、ユエさんが遠距離支援となれば必要なのはヒーラーというわけだ。ハジメ曰く連携の強化をしたいらしい。ユエさんはすぐに回復するからいいとして、ハジメは神水頼り。しかし貴重なものということもあって出来るだけ使いたくないから俺がヒーラーをしている。ちなみに『ソード・アート・オンライン』のバーサクヒーラー『ALOアスナ』だ。ほとんど記憶にないかもしれないが回復魔法もちゃんと使っている。……少しだけな?

 

 

「おい影二、なんでよりによってアスナにしやがった!!嫌がらせか!?」

 

「ひどいわハジメくん。私はただ……ハジメくんの力になりたくて……!!決して白崎さんに性格と口調が似ているから選んだわけじゃないのに!!」

 

「恨み辛み関係なく撃ち殺すぞ!?」

 

 

全く、なにが不満だというのか。ただ……レイピアも持ってないからガチで今の俺には魔法しかない。槍と杖?……結構気に入ってたのに、奈落への落下でボロボロだったよ。一応回収はしてるから後でハジメに直してもらうけどな。……マザーズ・ロザリオは、俺が使って良いような技じゃないので絶対に使いません。

 

 

「ユエちゃん!!」

 

「……分かってる。『緋槍』」

 

「セアー・フィッラ・スキーナ・ハグル・ホッグ・マーグル・イルト」

 

 

一応、俺ら全員へ防御力上昇効果を付与した。その間にユエさんが魔法でどんどん魔物の数を減らしていった。ハジメはやる気だったらしくドンナーを抜いていたのだが苦笑いしながら収めた。……回復どころかダメージすら負ってないのだが?

 

 

「あ〜、ユエ?張り切るのはいいんだけど……最近俺あんまり動いてない気がするんだが……」

 

「私はハジメのパートナー……役に立つ」

 

 

もしや……俺への対抗心か?もしそうだったらだいぶ申し訳ないな……

 

 

「ハジメくん、周りに魔物が集まってきてる」

 

「そうらしいな……影二。俺が悪かったからアスナは辞めてくれないか?」

 

「……私の演技が下手だというのですか!!」

 

「ちげぇよ!!上手すぎて逆に引いてんだよ!!」

 

「……ならいいのです」

 

「えぇ……」

 

 

素の姿に戻ってハジメに抗議をする。全く……ヒーラーとかロクに覚えてないんだが……

 

 

「じゃあ白崎さんを演じます。ハジメ、いいですね?」

 

「余計ダメだわ!?お前なに言ってんの!?」

 

「……ハジメ、手伝って。影二……ふざけるのは後」

 

「「はい!!」」

 

 

ユエさんの圧力がすごい。なので素の姿で1匹ずつ仕留めていく。

 

 

「ハジメ、キリがありません!!殲滅系使っていいですか!!」

 

「ああ!?誰使うんだ?」

 

「『このすば』の『めg……「却下だ!!詠唱が長い、反動がでかい、威力が高すぎる!!」……『イオナズン』『イオナズン』『イオナズン』『イオナズン』!!!!」

 

 

提案したキャラをことごとく否定された俺が出した答えは……『ドラゴンクエスト』(スマブラ版)の『勇者』だ。

 

 

「影二!?あの……それは……」

 

「『イオナズン』『イオナズン』『イオナズン』『イオナズン』……『イオナズン』!!」

 

「う……うわぁ……」

 

「影二……なかなかな魔法……私も負けてられない。『凍獄』」

 

「影二……MP大丈夫か?」

 

「」

 

 

もちろん大丈夫だ。ステータスは最高レベルまで引き上げてある。魔力?素の姿のままの数値を引き継がせましたとも。

 

 

「影二?……ああドラクエ主人公って変なことしないと喋らねえな」

 

 

おびただしい数の爆発に氷の檻。これから逃げられる魔物はいないだろう。

 

 

「……ふぅ。たまにはこういうのもいいですね」

 

「はぁ……はぁ……」

 

「お疲れさん2人とも。完全にオーバーキルだったな」

 

 

素の姿に戻って、ユエさんに血を吸われているハジメに話しかける。

 

 

「そういえば、魔物の頭に花が付いていました。おそらく寄生されていましたね」

 

「なに?……ッ、どうやら追加らしい。100体近くはいるな」

 

「……ハジメ。殺っていいですか?数だけのゴリ押し、飽きてきました」

 

「ああー……うん、いいぞ」

 

 

数だけは一丁前に集めてきやがって………

 

 

「至高なる41人が1人、アインズ・ウール・ゴウンの力を思い知るがいい!!……「グレーターフルポテンシャル』『パラノーマル・イントゥイション』『センサーブースト』『グレーターラック』『マジックブースト』『ドラゴニックパワー』『グレーターハードニング』『ヘブンリィ・オーラ』『ペネレート・アップ』『トリプレットマジック』『マキシマイズマジック』『ブーステッドマジック』『ワイデンマジック』」

 

「……アインズ様の強化魔法、てんこ盛りかよ。この洞窟もつか?」

 

「……ハジメ……怖い」

 

「あ〜無意識に『絶望のオーラ』でも出してんじゃねえか?」

 

 

フッフッフッ、食らうがいい。最大限強化されたこの魔法を……

 

 

「『ネガティブ・バースト』」

 

 

刹那、黒い波動が魔物たちの方へと伸びていき、彼らがそれを認識するまもなくすべての魔物が粉砕された。

 

 

「流石はアインズ様。それを演じ切る影二もバケモノすぎる……」

 

「はぁ……はぁ……クフフッそうでしょうそうでしょう。……ですがやはりアインズ様はキツいですねぇ……ちょっと休ませてもらいます」

 

 

調子に乗った……思ってたより魔力消費が激しかった……少し頭が痛い……

 

 

「俺もいいもんが見れたからいいさ。あとは任せろ」

 

「俺たちに……ねっ、ハジメ」

 

「ああ、そうだなユエ」

 

 

そのまま次の通路まで歩いていく。俺を後ろに置いて、ハジメたちが前を歩く。後ろからの奇襲に関しては問題ない。素の姿の異常なステータスで耐え切ることなど簡単だからだ。

 

しばらく道なりに歩くと、また大きな部屋に出た。明らかに何かをしそうな雰囲気があるので警戒を怠らないまま部屋の中央までくると、全方位から緑色に光る魔力球が飛んできた。その数は百を超えるものでハジメは錬成で壁を作り、ユエさんは風系の魔法で迎撃している。俺?壁の内側でニートしてるよ。結構キツいんだ。魔力管理を覚えないとなぁ……

 

 

「ユエ、多分さっきの花の本体だろう。どこにいるか分かるか?」

 

「…………」

 

「ユエ?」「ユエさん?」

 

 

反応がない。思わずユエさんの方を見て俺は、動き出す。

 

 

「逃げて……ハジメ!!

 

「逃げますよハジメ!!」

 

「うぉあ!?……なにすんだ影二!!」

 

 

服の首元を引っ張り無理やり数メートルほど投げる。そして先ほどまで俺たちがいたところを風の刃が通り過ぎた。

 

 

「なにが……ッ!?」

 

「気づきましたか……ユエさん、寄生されていますね」

 

 

俺がそう言った時、ユエさんの頭から真っ赤な薔薇が生えた。なんだ、美しいものにはトゲがあるって言う表現か?

 

 

「ユエ、今助けに…「落ち着きなさいハジメ」……影二?」

 

「どうやら動かせてはくれないようです」

 

「ああ?……なるほどな」

 

 

奥の通路から、人間と植物が合体したような奴が現れた。ちなみに女性型だ。プロポーションだけ見れば抜群。人間的感性で顔を見ればその顔は醜悪だ。周りの植物を操ってユエを人質にとっている。

 

 

「ハジメ……ごめんなさい……」

 

 

そして魔物から放たれたのは先ほどと同じ緑の魔力球。それが俺たちに当たり中から胞子のようなものが飛び出た。

 

 

「ッ!?……これで花を咲かせていたのか(……毒耐性が無かったら俺も危なかったか……) 影二は!?」

 

「……すいませんハジメ。やられましたね」

 

「なっ!?……(最悪だ。よりに寄って影二を……)」

 

 

魔物は俺の力を間近で見たのだろう。ケタケタと笑うと自身の方に来いと命令を送ってきた。仕方なくソイツの元に近寄る。

 

 

(……いつ始めましょうか)

 

「ハジメ!!私はいいから……撃って!!」

 

 

どうやらユエさんは覚悟を決めたらしい。ただ……そんなことをハジメに言ってしまえば……

 

 

「え、いいのか?助かるわ〜」

 

「え?」

 

 

ドパンッ!!

 

 

そしてユエさんの頭の花は綺麗に打ち抜かれた。躊躇いのないその行為にユエさんも魔物も茫然として動けないようだ。

 

 

「隙あり……ですよ?」

 

「!?」

 

 

魔物が呆けている瞬間に俺は背後を取り、脳天から素手で一刀両断。人ではないので真っ赤な花は咲かずそのまま魔石ごと砕かれ体は消滅した。操られてなかったのかって?俺の体に胞子が入り込む隙間などないのでね。本当に高密度で人間の形だけ整えていてよかった。

 

 

「ふぅ……なんとかなったな。ユエ、無事か?」

 

「……撃った」

 

「あ?撃っていいって言ったじゃねえか」

 

「……躊躇わなかった」

 

「そりゃあ最終的には撃つつもりだったし、しっかり花だけ狙えただろ?流石に無言で撃ったらユエがおこるかな〜っと思ってな。ちょうど良かったぜ」

 

「……えいじ〜」

 

「あー……はいはい。今のはハジメが悪いですね。よしよし、あんな人でなしのことは忘れましょう。……そこの木で見つけた果実要ります?」

 

 

抱きついてくる涙目のユエの頭を撫でながら慰める。ついでに物で釣っておくことも忘れない。

 

 

「影二の血がいい」

 

「ダメです、死んでしまいます。ほら、後で瀕死までハジメから吸い取っていいですから。機嫌直してください」

 

「……んっ、分かった」

 

「おおい!?なんで俺抜きの会話で俺が瀕死になることが決まってんだ!!そして、影二、人でなしはどっちかって言ったらお前だ!!そしてユエから離れろ!!」

 

 

急な展開にしっかりとついてこれるハジメは流石だ。それよりも、ユエさんも私の姿に偏見なく接してくれるらしい。普通は何かになってしまうと思って触るまではしないと思っていたのだが……

 

 

「影二、意外と暖かい」

 

「貴女がこちらに来るのを見て残りわずかな魔力で熱を作りましたからね。ええ……もう限界です。少し寝させていただきます。拒否権はありません」

 

「「え?」」

 

 

もうダメだ……ちょっと……意識が……

 

 

「「え、影二!?」」

 

 

う〜ん……もうなにも聞こえない。

 

 

 

 

 

 

「知らない天井……だったりしませんよねぇ」

 

 

目が覚めた。周りにハジメやユエさんの姿は無く、毛布代わりの余った毛皮が掛けられているだけだ。

 

 

「……物好きな人たちですねぇ。完全に部外者である私などほって置いて先に進めばいいでしょうに」

 

 

生成魔法は確かに魅力的だが、それは適性があるし長時間恵里と離れてまで欲しいものではない。それに、俺には使えない自信がある。おそらく相性が良いのは変成魔法と魂魄魔法だろう。重力魔法と生成魔法は確実に無理だ。空間魔法と再生魔法は……解放者の性格次第だな。

 

 

「影二……起きた?」

 

「おや、ユエさん。おはようございます。私が寝てからどれくらい経ったでしょうか?」

 

「……ハジメに聞いてくる」

 

 

ひょこっと顔を出したユエさんだが、ハジメを探しにまた飛び出してしまった。

 

 

「よぉ影二。随分と遅いおはようじゃねえか。ちなみに大体4日だ」

 

「なんと……申し訳ありません。完全に足手まといでしたね」

 

 

4日……96時間の睡眠だったらしい。なんと燃費の悪い……10万の桁も魔力が有れば仕方がないか……

 

 

「いや、あれだけ魔力を使ったんだ。仕方ない。それよりもだ影二。お前が寝てる間に結構迷宮攻略を進めていたんだが……反逆者の住処と思われる階層を発見した。お前が起きてから挑もうと思って準備は万全だ。とっとと行くぞ」

 

「……は?」

 

 

今この男はなんと言った?俺が寝ている間に迷宮攻略……?

 

 

「2人で……行ったのですか?」

 

「ん?ああそうだぞ。それがどうした?」

 

「影二……無防備な状態で4日も放置されたの……気づいた」

 

「……あ」

 

「ふふふふふ……ハジメ。なかなか良い度胸してますねぇ?ユエさんに邪険にされてからまさか私に八つ当たりしてくるとは思いませんでしたよ?」

 

 

そっかー俺が4日間眠り続けている間、この毛皮以外の、人を含めた全ては私を置いて行っていたのか。

 

 

「いや……それは……その……な?……すまん」

 

「ありったけの肉を寄越すのです。それで手を打ちましょう」

 

「もちろんお前のステータスを信じていたk……え?それで良いのか?」

 

「ええ、4日もなにも食べていないので空腹感がすごいのですよ。さあ早く寄越すのです」

 

「……はは、分かったよ。この先の階層で取ってきた肉だ。とっとと食ってとっとと攻略するぞ!!」

 

「ええ、もちろんですとも。……ほう、なかなか美味」

 

 

今はとりあえず、肉の食感を楽しむとしよう。……はぁ、恵里に会いたい。



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VS ヒュドラ

 

 

 

「ほう……ここが……なかなかの景色ですね」

 

 

俺がありったけの肉を食って約6時間、全快した俺はハジメたちの代わりに道中の魔物を殲滅したため良いペースで百階層まで辿り着くことができた。もちろん無傷である。

 

百階層、無数の強大な柱が規則正しく並んでいる荘厳さを感じさせる空間だ。

 

 

「ハジメたちはどこまで確認したのですか?」

 

「ここまでだ。これ以上進むと柱が光ったからな。明らかに怪しいと思って引いた」

 

「良い判断です」

 

 

感知系の技能でも使ったのだろうか。

 

また少し進めば、この空間の端である巨大な扉が見えてきた。10メートルほどはあるだろうその扉は、サイクロプスがいた扉のようにまた美しい彫刻が彫られている。

 

 

「……なるほど。例えるならラスボス、とでも言いましょうか」

 

「ああ、俺たちはようやくゴールに辿り着いたってことだ」

 

「……ハジメ、ユエさん。冷や汗をかいていますよ?怖いですか?」

 

「……まあ少しな」

 

「んっ……」

 

 

おそらく本能的な物だろう。

 

 

「だが、関係ない。どんな敵がいようとも、俺たちの邪魔をするなら全員殺してやるだけだ」

 

「んっ!!」

 

「フフフ……その意気です。さあ、行きましょうか」

 

 

部屋の中心ほどまで進めば、床に巨大な魔法陣が現れる。ベヒモスが現れたときにも同様の魔法陣があったことから、これもそういうタイプだ。

 

 

「マジか……デカすぎるだろ……完全にラスボスの雰囲気じゃねえか」

 

「……大丈夫。私たち、負けない」

 

 

そして、光が弾ける。

 

 

「「「「「「クルゥァァァァァァァン!!!!」」」」」」

 

 

6つの配色が異なる頭に長い首、さらに鋭い牙と赤黒い目の化け物。そう……地球の知識を当てにするなら、ヒュドラとも言うべき魔物だ。

 

先制攻撃とばかりに赤色の頭が口を開けると火炎放射を放ってくる。

 

 

「「ッ!!」」

 

「……食らってみましょうか」

 

 

ハジメは左に、ユエさんは右に飛んで避けた。俺はその場で立ち止まりあえて攻撃をくらう。

 

 

「「影二!?」」

 

「……痛いですねぇ。ええ、久しぶりの肉体的な痛みです。私も回避するとしましょう」

 

 

肉などないが、ヒリヒリとした感触。どうやら火傷のようなダメージを負ったらしい。

 

 

「バカかお前はッ!!食らえッ!!」

 

 

回避したハジメはドンナーを赤い頭に撃ち込んだ。思ったより防御力はなかったらしくすぐに吹き飛んだ頭だが、白い頭が叫ぶとすぐに回復し元に戻った。

 

 

「ほう、一体の魔物の癖に役割分担がしっかりしていますねぇ。ならば私が回復役を潰しましょう!!」

 

 

俺は跳躍し、白い頭目掛けて腕を振りかぶる。しかしそこに割り込んできた黄色い頭。

 

 

「むっ!!」

 

 

構わず殴り飛ばしたが、頭を吹き飛ばすまでには至らなかった。ギリギリ皮一枚と言ったところか。

 

すかさず白い頭が叫ぶことで回復。……なんともまあ嫌らしいことだ。

 

 

「盾役……仕方ありません。ユエさん!!」

 

「任せて……!!」

 

 

ユエさんに声をかけると、赤い頭に向かって『緋槍』を連射した。

 

 

「ハジメ!!」

 

「わあってるよ!!」

 

 

ハジメは青と緑、それとまだなにもしていない黒を担当。

 

 

「さて、いつまで耐えれますかね!!」

 

 

俺は、黄色に攻撃をし続けることで、白色の回復を黄色に集中させる。しかし……

 

 

「ッ!!範囲回復……なんと面倒なッ!!」

 

 

白は先ほども大きく叫び声を上げると、すべての頭が回復した。

 

 

『ユエ、影二、キリがないから白い頭に一点集中するぞ!!』

 

「ええ!!」

 

 

ハジメから念話で伝わってきた声に、返事をする。俺に念話は使えないため相手から俺への一方的な連絡となってしまうが……

 

 

「……ユエさんの返事がない?」

 

「いやぁぁぁぁ!?!?!?」

 

「なに……ユエ!!」

 

 

唐突に聞こえるユエさんの叫び声。ハジメともに彼女を見れば頭を抱えて蹲りながら叫んでいるユエさんの姿が。

 

 

「ハジメ、ここは抑えておきますので貴方は彼女を」

 

「任せたッ!!」

 

 

ヒュドラを見れば黒がずっとユエさんを見ている。なるほど……精神系ですか。

 

 

「押し通らせていただきます!!」

 

 

跳躍し割り込んできた黄色を殴り、その背でもう一度跳躍。今度は黒にしっかり届き頭を蹴り付け吹き飛ばした。

 

 

「恐らくこれで……ッ、させませんよ!!」

 

 

一息つけるかと思った矢先に、ユエさんと彼女を助けに行ったハジメに赤青緑からの攻撃が集中しようとしていた。

 

 

「間に合えば……良いですね!!」

 

 

己の全身全霊を持って駆ける。白によって黄色と黒が回復されているが仕方がない。

 

 

「うぐぅ……!!」

 

「影二!!」

 

「早く退きなさい……キツいんですよ……思ったよりね!!」

 

「……すまん!!」

 

 

ハジメは土産とばかりに手榴弾と閃光弾を投げてからユエさんを連れて遠くの柱の陰に退避した。

 

 

「なるほど……連携をとられると……ステータス差もあまり意味を為しませんね……」

 

 

攻撃役の天乃河、坂上、八重樫に防御役の谷口、精神系は恵里、回復は白崎。いつか強くなった彼らと戦うとなるとこういう経験はある意味助かったと言えるだろう。

 

 

「それでも……私の目的のために……貴方には死んでいただきます!!」

 

 

俺がそう宣言してから、チラッとハジメたちを見ればなんとまぁキスをしているではないか。……正体現したね?

 

 

「へぇ……ふぅん……そうですかそうですか……ぶっ殺しますよ!!!!」

 

「「「「「「グリュギャァ!?」」」」」」

 

 

そんな理不尽な!?とでも言いたそうなヒュドラなど俺は知らん。恵里に会いたい想いを募らせている間に乳繰り合っているリア充を見た俺の苦しみを知ると良い。俺は先ほどの1,2倍ほどのスピードで走り瞬く間に赤と黒を破壊した。

 

 

「『緋槍』『砲皇』『凍雨』」

 

 

そして俺の後ろから放たれた魔法の数々。

 

 

「大丈夫ですかユエさん」

 

「んっ……ハジメが……慰めてくれたから」

 

「……そうですか」

 

「ハジメがとどめを刺すらしい……連発できないから……援護を」

 

「分かりました」

 

 

俺が頭の間近で撹乱し、その隙にユエさんが魔法で傷をつけていく。ハジメはまだ準備段階らしい。宝物庫を持ってない今では仕方がない。

 

そしてもう一度、ユエさんに向けて黒が魔法を使った。

 

 

「もう……効かない!!」

 

 

一瞬動きが止まったがすぐに動き出すユエさん。そしてさらに増え続ける魔法の連射。ならばと黒はハジメに目を向けた。

 

 

「それがどうした!!」

 

 

ハジメにも精神系の魔法は効かず、黒はドンナーで撃ち抜かれた。……何故俺には使ってこないのだろうか。見た目的に?……解せぬ。

 

 

「チェックメイトだ!!」

 

 

ハジメがそう叫ぶと同時に、ハジメの新たな兵器『シュラーゲン』がヒュドラに向かって放たれた。

 

それは以前見た天乃河の『神威』にも劣らない威力。発射された銃弾は真っ直ぐ、周りの空気を焼きながら黄色に突き刺さり……風穴を開けた。しかしそれだけにはとどまらず、貫通しその後方にいた白にも直撃。最も厄介な頭2つを吹き飛ばした。

 

 

「流石ですねハジメ。まさかファンタジーに現代兵器を持ち込むとここまで凶悪になるとは……私も負けれられません!!」

 

「『天灼』」

 

 

後ろからユエさんの魔法名が響き、赤と緑がその雷球によって焼き尽くされる。

 

 

「……お覚悟」

 

 

俺は跳躍し青の首を手刀で切り取る。そして落ちていく青の頭をさらに踏みつけて黒の元まで飛んでいき……頭を殴り飛ばした。

 

すべての頭が消え、そこにあったのは焼けただれたヒュドラだったもの。ハジメがそれを見届けてユエの元に行こうとすると……

 

 

「ハジメ!!」

 

 

なんと、胴体から飛び出してきた7つ目の銀色に輝く頭。それはハジメに避ける隙を与えず……極光でハジメの体を飲み込んだ。

 

 

「…………あぁ……ぁぁ……」

 

 

やってしまった……完全にやってしまった……恐らく最後の攻防の時、黒と()()()()()()()()()

 

『不安』が俺の中を支配する。目の前に浮かんでくるのは今の今まで先頭をしていたハジメやユエさん……そしてヒュドラの姿ではない。

 

 

 

 

 

蔑んだ目で俺を見下ろす、恵里の姿だった。

 

 

 

 

 

『どうして……ねぇ、影二。どうして光輝くんを殺したの』

 

(なにを……いって……)

 

 

そんなことしていない。するわけがないじゃないか……俺は……私は貴女のために…

 

 

『どうして……僕のためとか言って光輝くんを殺すの!!見なよ……光輝くんが……僕の光輝くんが……』

 

 

恵里が指を指す方向を見る。そこにいたのは……俺。頭と胴体が離れた天乃河の死体を、無我夢中で貪る俺の姿だった……

 

 

(違う……俺はやってない……俺はここにいるじゃねえか!!)

 

『……君には失望したよ。僕の協力をするとか言って……本当は邪魔な光輝くんを殺すつもりだったんでしょ』

 

(違う……俺は本当に……大好きな恵里のために!!)

 

『僕のことが好き?……よくもまぁそんなことが言えるね?……所詮は……人と相見えることなんてできない()()()()の癖に。僕は……いつも鬱陶しかったんだよ。君のことが』

 

 

そして、恵里の姿が消えていく……俺の意識も、そこで途切れた。

 

 

 

 

〜三人称視点〜

 

 

 

『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ーーーー!!!!!』

 

「なに……あれ……」

 

 

銀の頭になす術なくやられ甚大なダメージを負って倒れ伏したハジメのそばで、ユエはその光景に呆然とする。

 

 

「影二……?」

 

 

ユエは、先ほどから叫び声を上げている存在が影二であるということは認識している。だがその姿は、いつものモヤのかかったような人型に赤く光る目ではない。手は鋭い爪のように、下半身はなく胴体と地面がモヤでくっついている。その形状はどうしても人とは言い難く、誰がどう見ても『バケモノ』としか言いようがなかった。

 

 

「怒ってる……いや……泣いてる?」

 

 

ユエにはその声が激怒からくる叫びではなく悲しみから来るものだと悟った。

 

 

「……とりあえず……ハジメを……安全なところに」

 

 

魔力枯渇で思うように動かない体を無理やり動かして、ハジメを引き摺って柱に寄せる。

 

 

「影二の中の……耐えられないような大きな『不安』……私ではどうしようもない」

 

 

先ほども自らが泣いて叫んでしまったように、影二の『不安』を直視させられたのだろう。しかし、満身創痍のユエにはどうすることもできない。ステータスに絶対的な差がある影二相手には、たとえあのような状態で不意を突いても倒すことはできないからだ。

 

 

「……とりあえず、神水をかけないと」

 

 

ボロボロになったハジメの体に神水をかけていくユエ。時には口移しで体の中へと神水を無理やりねじ込むが、どこか治りが遅い。

 

 

『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ーーー!!!!』

 

「ッ!?」

 

 

叫んでいたはずの影二が突然動き出した。銀の頭に向けて大きく腕を振りかぶり横から殴打。大きく吹き飛ばされた銀の頭も負けじと光弾を大量に放つが全てが影二の体を突き抜けるだけで終わってしまう。

 

そして影二は両腕でひたすら銀の頭を引っ掻く。あまりダメージを与えられいないのが見て取れるが、そんなことはお構いなしとずっと同じ動作を繰り返している。力任せに攻撃をし続けるその姿にユエは、どこか癇癪を起こした子供のような印象を受けた。

 

そのような攻防がどれくらい続いただろうか。ユエ自身も時間を忘れてその光景に見入っていた時、後ろから声がかけられる。

 

 

「これは……どういう状況だ?」

 

「ハジメ!!」

 

 

治りが遅くとも着実に回復したハジメはついに体を起こせる程度までになった。そんなハジメは、目の前で繰り広げられている大怪獣決戦のような現場を見て驚いている。

 

 

「たぶん……影二、黒い頭のを食らった」

 

「なに?……だからか。アイツ、いつも演技をして本当の自分を隠しているから、こういう時に纏めて出てくんのかよ。なんかあるなとは思ってたが……これ程か」

 

『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ーーーー!!!!』

 

「はぁ……ユエ、血を吸え」

 

「でも……ハジメは」

 

「お前の一発で影二の目を覚ますんだ。大丈夫さ、アイツには致命傷にもならないだろうからな。ついでに銀の頭も殺せたら丁度いい」

 

「……んっ!!」

 

 

ユエはハジメの正面から抱きつき、その首筋に噛みつく。幸い銀の頭は影二に集中しているためハジメたちに気付いている様子もない。

 

 

「……んっ。『蒼天』!!」

 

 

血を吸い終わったユエは立ち上がり、今までで一番の声で魔法を発動する。

 

 

銀の頭と影二の間に大きな青い太陽が出現し。1人と1匹を飲み込んでいった。

 

 

「グリュギャァァァァァ!?!?!?」

 

『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!?!?!?』

 

「目覚まし時計はもうなってんぞ影二。とっとと起きやがれ!!」

 

 

ハジメはユエの放った『蒼天』に向かって、残っている爆薬をありったけ投げる。銀の頭は抜け出そうと体を動かすが、影二の手によって拘束されて炎に焼かれながらも攻撃を食らっているため離れることができない。そのままヒュドラは焼かれ、逃げることもできずに燃え尽きていった。

 

 

「……影二は?」

 

 

ユエが息も絶え絶えに聞く。それに対してハジメは……

 

 

「見てみろよユエ。バッチリだ」

 

 

ユエがハジメの言う方向を向くと、元の人型に戻って倒れ伏し意識のない影二の姿があった。

 

 

「良かった……」

 

「ああ、影二がいないとどうなってたか分からないからな。後で迷惑かけた詫びでとっちめるか」

 

「んっ……血ももらう」

 

「それは……辞めてあげろ。せめて万全の時にな?……すまん、ユエ……俺も、もうムリ」

 

「ハジメ!?」

 

 

軽口を言っていたハジメが突然ぶっ倒れた。ハジメは、ユエが駆け寄ってくるところまでは見えていたが、やがてそのままゆっくりと意識を失った。



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篝火影二という者

 

「ん……ここは……?」

 

 

眩しい……もう朝か。もうすこし寝させてほしい。正直起きたくないんだ……これ以上……これ以上あんな……ッ

 

 

「恵里ッ!!」

 

 

急激に意識が覚醒した。

 

 

「恵里は……恵里はどこ……ベッド……なぜ?」

 

 

天幕付きの柔らかそうな……いや、柔らかいベッドの上に俺はいた。俺の体は……ああ、普通か。特に問題もない。

 

 

「……あれは、夢?それにしては……現実味があった。なんだよ……だったらあんなの見せんなよクソがっ」

 

 

周りに誰もいない。……独り言でも、素で喋るのはいつぶりだろうか……

 

 

「俺は……天乃河が邪魔なのか…?いや、そんなわけない。だって天乃河は……恵里の好きな人で……だから、殺すなんてそんな……なんなんだよ」

 

 

コンコンッ……

 

 

「ッ……誰ですか?」

 

「私……ユエ……入っていい?」

 

「……ええ、どうぞ」

 

 

扉をノックしてきたのはユエさんらしい。と言うか扉?よく見れば、ここは部屋になっているようだ。

 

 

「おはよう……影二。体は大丈夫?」

 

 

入ってきたユエさんは、俺が作った急ごしらえの毛皮の服ではない、ちゃんとした女性物の服を着ていた。すこしサイズが大きそうなので、後で仕直しをしよう。

 

 

「……ええ、問題ありません。それよりもここは?」

 

「解放者オスカー・オルクスの住処」

 

「……解放者?」

 

「反逆者って言われてる人たち……詳しい話は……ハジメと一緒に」

 

「……そうしましょうか」

 

 

そうか、あの後ハジメとユエさんはアイツを倒せたのか。……全く、ステータスに頼り切った肉弾戦なんてするべきじゃなかったな。役立たずじゃないか……

 

ユエさんに案内されて、屋敷の大広間のような場所に着いた。

 

 

「よぉ……今回はまたよく寝てたじゃねえか。まさか2週間も寝るとは思わなかったぜ」

 

「……申し訳ありません。まさか、こんなにすぐに無様を晒してしまうとは」

 

 

赤のラインが入った黒いコートに、眼帯をして、左腕に義手をつけたいかにもま厨二病患者がいた。とりあえず謝りながら全力で目を逸らしておくことにする。

 

 

「ああ、後できっちり説明してもらうからな。……ってなんで目を逸らしてる?」

 

「いえ、私の知り合いにここまで重度の厨二病患者は居なかったはずなので人違いかと思いながら謝っているわけでは決してありませんよ?」

 

「……ユエ」

 

「んっ……『緋槍』」

 

「なにも攻撃することないじゃないですか」

 

 

ユエさん、ハジメへの理解が深まってて少し恐怖を覚えるぞ。『蒼天』じゃないのはマジであざっす。ダメージ?あると思うか?

 

 

「はぁ……その口調での減らず口は健在みたいで逆に安心したわ」

 

「んっ……最近のハジメは……ツッコミが出来なくてうずうずしてた」

 

「ほう……?」

 

「ありもしない事実を平然と言わないでくれユエ。……本題に入るぞ影二」

 

「ええ」

 

「あの日、お前が黒い頭の精神系魔法を食らって暴走を始めた。ここまではいいな?」

 

「……私が、暴走?」

 

 

いつだ……?確か……黒の目を見た後は……()()を見て、その後は……分からないな。

 

 

「覚えてない?……魔物みたいな形で……銀の頭をずっと殴ってた」

 

「魔物みたいな……まさか、これでしょうか?」

 

 

俺はある一つの可能性を思いつき、体の構成を変化させた。

 

 

「ユエ、あってるか?」

 

「んっ。この姿」

 

「……そうですか。見られましたか」

 

 

マジか……まさか見られるとは思っていなかった……

 

 

「白状しましょう……いや、白状しよう。これが俺の完全な素だよ。種族、ドッペルゲンガーの本来の姿にして俺の基本形態だ」

 

 

腕は人間よりも細くなり爪は鋭い。胴体は上半身と下半身の区別をなくし、地面にくっついているようなフォルム。頭も胴体に直接隣接し、首という部分は消えている。まるで影から現れたオバケのような姿だ。

 

 

「ドッペルゲンガー……聞いたことない」

 

「そりゃあ、俺しかいないからな」

 

「口調は、人間の影二のままみたいだが?」

 

「少しだけ違う。人間の時は無駄に硬い喋り方だったけど、素は粗雑な喋り方でどっちかっていうと今のハジメみたいなもんだよ」

 

「へぇ……ん?誰が粗雑な喋り方だ!!たくっ……で、結局なんなんだよお前は?」

 

「なに……とは?」

 

「体も口調も戻すのな……まあいいか。一つずつで良いから答えろ。地球には他にもお前みたいなのがいるのか?」

 

 

ハジメと口調がかぶるので姿と口調を元に戻す。……ふむ、俺の尋問タイムか。まあ良いだろう……答えられるものは答えようじゃないか。

 

 

「いえ、知っている限りでは私みたいな怪異?のような存在は知りません」

 

「じゃあなんで自分の種族の名前を知ってる?」

 

「名付け親がいるので」

 

「へぇ……それは誰だ?」

 

「神様です」

 

「あっそ、神かよ……ん!?神だと!?」

 

「ええ、神様です」

 

「……エヒト?」

 

 

ん……ああ、もう神代魔法を手に入れたのか。オスカーの記録映像を見たのだろう。

 

 

「いいえ。そうですねぇ……ああ、ハジメ。この世界に来た時のイシュタル・ランゴバルドの話を覚えていますか?」

 

「イシュタル……?誰だ?」

 

 

……まさか覚えていないのか。

 

 

「召喚された時に出迎えた老人ですよ」

 

「……あの恍惚とした表情を浮かべていたジジイか。なんか重要なこと言ってたか?」

 

「私たちの世界は、この世界よりも上位だそうですよ?」

 

「ああ、だからこっちの人間はステータスが高いんだっけか?」

 

「その通りです」

 

「……なんの繋がりがあるんだ?」

 

「上位世界の……神様?」

 

「……あっ!!そういうことか!!」

 

 

やはりユエさんは頭がよく回る。思ったより少ないヒントで答えにたどり着いたな。

 

 

「若干違うのですが、概ね正解です。私はあちらの世界の神様に直接ドッペルゲンガーにしていただき、しかも能力までもらって生まれてきました」

 

「それって……神様転生。マジか……アニメとかそういう世界の話じゃなかったのか……」

 

「私たちも今現在アニメとかそういう世界を実体験……いえ、生きているではありませんか。これくらいの奇跡はもう慣れましょう」

 

「……そうだな」

 

 

正確には、神様趣味のためにこの『物語』が創られたのだが……まあ今はいいだろう。

 

 

「つまり……影二は3つの世界を知ってる?」

 

「ええ、始まりは私がいた地球。次にハジメたちが生きる地球。そしてこのトータスです」

 

「俺たちの世界に来る時ドッペルゲンガーになったんなら、最初の世界では人間だったのか??

 

「……はい」

 

「なぜ人間を辞めたんだ?」

 

「……言わなければいけませんか?」

 

「ああ、言え」

 

 

こういう遠慮のなさは魔王ハジメという感じがして良いけどな。それが自分に向けられるとなると確かに面倒だ。

 

 

「私、実は15歳で死にまして……」

 

「「ッ!?」」

 

「原因が……本当に聞きます?」

 

「……ああ」

 

「後悔しても知りませんよ……7歳の時からの両親からの虐待と学校でのいじめ。そして15歳まで耐えて卒業と同時に橋からの投身自殺です」

 

「「……………………」」

 

「そして……って辛そうですよ?大丈夫ですか?」

 

「……続けてくれ」

 

「んっ……ちゃんと最後まで聞く……」

 

「物好きですねぇ……」

 

 

最初は興味なさげだったが、自殺やら虐待やらのワードを出した瞬間に顔が強張ったハジメ。だんだんとその表情は申し訳なさそうな顔になっている。ユエさんに至っては少し顔が青い。

 

 

「そしてそんな事があれば……まあなりますよね?人間嫌い」

 

「でも……ハジメや私には……普通」

 

「そうだな。お前の想い人だって人間のはずだ」

 

「まあ後々説明します。続きを言いますね。そこで出会ったのが、その世界の神と呼ばれる存在でした。ええ、ビックリしましたよ。橋から身を投げたのに意識が戻ったら炬燵で茶を啜るジジイが居るのですから」

 

「空気が読めねえ神様だな」

 

 

いや本当にな?結構人当たりの良い老人って印象だったが。

 

 

「……その方に同情心から転生を勧められ、ちょっとした技能をもらい、嫌悪感しかない人間を辞めさせてもらったのです。はい、ここまでで人間を辞めた経緯は説明し終わりました……っと?ユエさん……?」

 

「屈んで……」

 

 

唐突に俺の前にだって見上げてきたユエさん。ハジメに至ってもなんか『仕方ない……』という表情をしている

 

 

「はあ……一体なにを……ッ!?」

 

「影二……頑張った…… いい子……」

 

 

屈んだ俺の頭を抱きしめて、頭を撫で始めたユエさん。

 

 

「…………ユエさん」

 

「影二の努力は……吸血鬼の姫だった私が保障する……だからここでくらい……自分を出してもいい」

 

「ユエさん……」

 

 

ここでくらい……ね。

 

 

「それは嫌です」

 

「え?」

 

「私にとって演技とは私自身であり、それは何者にも侵されるこの無い領域……いや、もはや神域!!そして何より私が素を出してもいいと思うのはただ1人の前ですので」

 

「……ハジメ〜」

 

「オイコラ影二ィ!!ユエがしょげたじゃねえか!!可愛いけど……可愛いけど!!ぶっ殺すぞテメェ!!」

 

 

ジト目になってしょげながらハジメの元に駆け寄って行ったユエさん。ハジメはどっちかっていうと父親っぽくなっている気がする。

 

 

「ですがユエさん」

 

「……?」

 

「うれしかったです。……その、ありがとうございます」

 

「「…………」」

 

「あれ、どうしました2人とも?」

 

「「影二がデレた!?」」

 

「……ふ、ふふふ。私が珍しく素直になってお礼を申し上げたというのにその反応ですか。そうですねぇ……鬼ごっこしましょう。私が鬼です。さあ逃げなさい!!」

 

 

俺の純粋な謝礼を返しやがれ!!

 

 

「うおッ!?まずいユエ、逃げるぞ!!」

 

「んっ……抱っこ」

 

「……仕方ねぇ、うおぉぉぉぉ!!!!」

 

「フッハハハハ!!!せいぜい醜く逃げなさいハジメ!!」

 

 

そのあと俺たちの鬼ごっこは、俺が空腹でもう一度ぶっ倒れるまで続いた。……腹減った。



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館での日々

オスカー・オルクスの館で俺が落ち着いたあとまず始めたのは、神代魔法を会得する事だった。

 

 

「ここですか?」

 

「ああ、この部屋の真ん中にあるデカイ魔法陣に乗ったら生成魔法を得る事ができる。そん時にまあ映像が流れるからちゃんと聞いてやれ。俺たちは……2回聞いたから遠慮しとく」

 

「分かりました。ハジメはなにをするので?」

 

「新兵器の開発だ。俺の義手が出来ただろ?これで両手を使えるようになったから、新しい銃を持とうと思ってな。ドンナーに劣らねえような物を作る」

 

「ほう……ガン=カタですね。楽しみにしていますよ。では」

 

 

案内をしてくれたハジメと少し話してから、扉を閉じて椅子の方を向く。聞くところによれば、この椅子にオスカー・オルクスの骸があったそうだ。別に俺が宗教に興味はないが、一応祈っておく。人間なんぞ心底どうでもいいが、偉人に対しては話が違う。色々なことを学ばせてくれる、俺にとっては師匠ともいえるような存在だ。

 

大体の流れを知っている身として、特になんの感慨も覚えずに魔法陣の上に立つ。

 

 

「むっ……」

 

 

刹那光が爆発し俺の頭に何かが侵入するような感覚を覚えた。

 

 

「不快ですねぇ……思い出したくないことまで蘇ってきます」

 

 

この迷宮に足を踏み入れてから今に至るまでの出来事を走馬灯のように思い出させられる。……やっぱ天之河殺しちゃダメか?……ダメか。

 

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者といえば分かるかな?」

 

 

俺の目の前にローブを着た男性が現れた。どうやら俺はこの迷宮の試練に合格する事ができたらしい。

 

 

「ええ、存じ上げていますとも。なかなか愉快な魔物を配置してくれたのでね」

 

「ああ、質問は許してほしい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いてほしい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」

 

 

そして体感では長いオスカーの話が始まった。

 

狂った神とそれに抗う、反逆者改め、解放者のお話。神代の少し後の時代、どうやら世界は争いで満たされていたらしい。この世界に存在する3つの人間族、魔人族、亜人族が絶えず戦争を続けていた。いろんな理由があったらしいが、1番の理由はそれぞれの種族が信じる神による神託によるものだったと言う。何百年と続いたその戦争を終わらせようとしたのが解放者。今話しているオスカー・オルクスが所属する集団だ。

 

彼らは神へと挑んだ勇敢な者達。その中でも先祖返りと呼ばれる強大な力を持った7人を中心した。しかし、どうやらその戦いは、始まる前に実質負けのような状況。神託でも使っただろう神々は、人々を巧みに操り解放者たちの事を神敵として認識させ襲わせたそうだ。過程は省略するが、解放者たちは人々から反逆者として認識され討たれていった。最後まで残ったのは先祖返りの7人のみ。自分たちの力では神々を倒せないと悟った解放者たちはそれぞれ大陸の果てに迷宮を作り潜伏した。試練を用意しそれを突破した者たちに魔法を託し、神々の遊戯を終わらせる者が現れる事を願ったらしい。

 

オスカーの話は終わった。随分と長話に感じたが、それは必要なもの。そしてオスカーは優しく微笑んだ。

 

 

「君が何者で何のためにここへたどり着いたかは分からない。君に神殺しを強要するつもりはない。ただ、知っておいて欲しかった。我々がなんのために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすのに使わないでほしい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意思の元にあらんことを」

 

 

そしてオスカーの映像は終わった。

 

 

「……生憎、私は『零』を知らないので貴方方の軌跡を知りません。いつかミレディ・ライセンから聞く予定ですが、貴方がもうこの世にいない者だとしても謝罪しましょう。私がいた世界の神の身勝手な理由でこの世界を創造された事を。私というアドリブのために、完成された台本を汚すような真似を許せとは申しません。私はただ、恵里のために動くだけですので。アドリブが吉と出るか凶と出るか、見ていてくださいな」

 

 

俺はオスカーがいた場所に向かって腰を折る。詳しくはまだ言わないが、俺自身にも十分原因がある。

 

 

「ふむ、魔法の刷り込みが終わったようですね。さて、ハジメからパクったこのアザンチウム鉱石に早速使ってみましょうか。与える性質は……って、持っている技能でなければ反映されないのですか。今知ったはずなのに、知っているような感覚……違和感しかないですね。仕方ありません。今度にしましょう」

 

 

さて……擬態状態の技能を付与……ん!?そういえば俺、擬態状態では技能を持っていない……使えているような技能は全て、『使()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()』だけだ。……仕方ない。ステータスプレートも

 

 

「……適性があるかだけ確認しましょう。アザンチウム鉱石に、そうですね……適当に『完全擬態』でも付与しますか。……出来ました!?」

 

 

どうやら適性はあるらしい。完全に宝の持ち腐れだ。

 

その後部屋から出た俺は、ハジメの作業場に邪魔に入る事なく自らの時間を過ごしていた。時に、訓練で演じたキャラの魔法でハジメの作業場の壁に風穴を開け、訓練で演じたキャラの豪腕で照明の鉱石の一部を吹っ飛ばし、適当に演じたキャラで希望の花を咲かせたり、訓練で演じたキャラでハジメに【10まんボルト】したりとなかなか楽しい1週間だった。俺が何かするたびに、神結晶アクセサリーの充填魔力の試運転がわりにユエさんが『蒼天』をしてきたんだ。激しい激闘でレベルアップしたユエさんなら何気に俺にもダメージが通るから割と痛い。

 

……すまん、真面目に答えよう。

 

まず、俺もハジメから宝物庫を貰った。なんでも、いつもの人間体への擬態の時の服を主に収めるのに使用しろとのお達しだ。……国宝級のアーティファクトの扱いがクローゼットで良いのだろうか?

 

そしてハジメさんや、俺に演技用の武器は貰えないのだろうか?…………あ、入ってるんですね。後で確認します。

 

……服は自分で作れ?え、あの……滞在期間全部使っても間に合うかどうか……オスカーの私物の仕直しじゃ……あ、ダメですか。……はい(白目)

 

 

気を取り直して宝物庫に入っている武器の確認をしよう。広い場所で一気に全てのものを出したのだが、意外と殺意が高い武器が多い。

 

 

一つ目、【撃槍】

 

これは俺が王国に貰っていた、ボロボロのアーティファクトの槍を修復、強化してくれたものだ。シンプルに強度向上、放出可能魔力向上だ。何気に槍自体の長さも拡張してくれた。オレンジ色なのは俺の趣味だ。

 

 

2つ目、【撃鉄】

 

名前が現品と合ってないけど、ハジメ曰くガントレットらしい。能力は2つ。1つは相手を殴った時に敵肉体の内側に魔力を直接流し込み爆発させる『衝撃』。2つ目は触れた相手が発している魔力をガントレットに貯める『吸収』。【撃槍】と同じくオレンジ色に白、黒のワンポイントが追加されている。

 

 

3つ目、【絶刀】

 

名前の通り刀だ。アザンチウム鉱石を使って強度は抜群。能力は【撃槍】に似て魔力で斬撃を飛ばすことができる。おそらく一番出番が多いのではないだろうか。柄の部分だけ青色にしている。持ち手の下の方のスイッチを押すことで刀身を魔力で肥大させラ◯ダーキックの要領で蹴りつけることで大出力の攻撃をすることができる。魔力を上に放出することで、上空に魔力が散らばり短剣型の魔力を降り注がせることも可能だ。

 

 

4つ目、【魔弓】

 

持ち手のところにある黒いスイッチを押すと真のオルクス大迷宮産の魔物の糸が飛び出して弦になる。反対側の白いスイッチを押すと魔力が糸上に紡がれて弦になる。それぞれ実物の矢でも魔力の矢でも好きな方を放つことができる。魔力が分解されてしまう【ライセン大峡谷】などで真価を発揮するだろう。全体的に赤色が目立つ。ハジメから、銃器に変更しないか一応聞かれているが断った。

 

 

5つ目、【烈槍】

 

【撃槍】と対になる槍。穂先を回転させることで竜巻状の魔力衝撃波を放つことができる。黒いカラーリングで、正直【撃槍】と同時に持つのはカラーリング的な問題でマッチしてないと思う。漆黒のマントの着用を勧められているが丁重にお断りした。作るの俺だぞ?

 

 

6つ目、【獄鎌】

 

死神が持つような大鎌だ。ハジメ曰く、わざわざ付与するような魔法が思いつかなかったらしくこれからの発想によってまた別個強化していくらしい。一応【絶刀】と同じように魔力の斬撃を飛ばすことができる。大型の武器が使いづらい洞窟などの時用に、鎌の分割が可能で小さな小鎌2本に変形させることができる。緑色がパーソナルカラー。

 

 

7つ目、【鏖鋸】

 

鋸という割には、鋸の形状をしていない。【魔弓】の時のような魔力の糸で丸鋸を手元で操作ができる。刃のついたヨーヨーだ。魔力を丸鋸状にすることで大量に射出することもできる。可愛らしいピンク色だ。だいぶ凶悪だが。

 

 

8つ目、【銀腕】

 

ハジメが、お前も俺のような感覚を味わえという趣旨で用意した銀色の左腕鎧。左腕全体を包み込むような形状で、手首の位置に付いている三角形のアーマーから短剣やら刃のついた鞭やら、魔力を付与することでバリアになるよく分からない物まで多彩な装備がくっついている。

 

 

9つ目、【歪鏡】

 

 

正直一番好みの武装だ。見た目は持ち手がついた大きな扇子だが円状に展開することで鏡のような形になる。魔力を内包させることで光系魔法を反射することができる。普通に殴打も可能。魔力を放出も出来るためできることが多い。

 

 

10つ目、【殲琴】

 

 

遂には楽器だ。ハジメはこんな物にまで精通しているのかと思ったが、どうやらオスカーの資料の中にこういったものがあったらしい。どうやったかは知らんが闇系魔法の一部を付与することで、奏でると相手にバッドステータスを及ぼす。糸を魔力でコーティングして弾くと、振動のエネルギーが充填され魔力を自発的に貯めることができるらしい。何故かこだわりに拘って神結晶を使ったそうだ。紫色だが、一部青、赤、緑、黄の装飾が施されている。王国に貰った杖がボロボロ過ぎて修復不可能だったため再利用された。……ほんの一部。

 

 

なんと10個も用意してくれた。製作者のハジメさん曰く、

 

 

「ほとんどが魔力を放出したり斬撃させたりだったからまだ作りやすかった」

 

 

だそうだ。まあ演技の幅も広がるし、おそらく私の姿で力任せに振っても大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

「で、神様にもらった技能ってなんだよ?」

 

「あの……今あなたに言われて料理をしているんですが……」

 

「わざわざ演技しなくとも料理できるんだろ?別にいいじゃねえか」

 

「作ってもらう立場の人間とは思えませんね……」

 

 

ハジメに宝物庫を貰って数日。寝食を惜しんで俺は服を作り続けた。それこそ、ハジメとユエの食事を作らない程度には。どうせハジメは魔物肉を食える。ユエさんもハジメの血を吸えば問題ない。俺も普段は食うけどなんかこう気分じゃなかった。ハジメにはそれが随分と効いたようで、せっかく調理器具や、自立ゴーレムによって栽培されている食材があるんだから飯を作って欲しいと頼まれた。別に演じなくても料理を含めた家事一通り(裁縫以外)は出来るので素の姿でやってる。

 

 

「別にチートとかそういうのでは無いですよ。今の私のような『演技力』と『文才』、そして『ドッペルゲンガー』です」

 

「……文才?」

 

「ええ。あ、ハジメそこの塩取ってください」

 

「はいよ。なんでわざわざ文才なんだよ?」

 

「趣味ですよ。演技力、まあ才能ですがそんな良いものを相性の良すぎるドッペルゲンガーと共に頂けたのです。一つくらい趣味のために使っても良いかなと思いましてね。どんな世界かも言われなかったので戦闘もできるし日常も個性を持って過ごせる。良い塩梅の選択ですよ」

 

 

実際あっちでは創作小説投稿サイトなどで投稿していたしな。割と好評だったので文才ヤバいなと感じた。ちなみに、偶に俺の部屋に恵里が侵入してきて自作小説を読んで帰っていくのだが、素で顔が綻んでいるのでよほどハマっているのだろう。

 

 

「へぇ……ちゃんと考えてんだな」

 

「私は私の好きなように生きます。私を拘束するものはほとんど無かったでしたからね」

 

「……そうか」

 

 

恐らくこの間話した俺の人生のことを思い出しているのだろう。

 

 

「ちなみにあっちにあった『ありふれた世界で人類最強』を書いていたのは私ですよ」

 

「はぁ!?あれお前が書いたの!?俺が一番最初にブクマした作品だったんだぞ!?」

 

「おや、光栄ですねぇ。これからも作者:ドッペルゲンガーと作品をよろしくお願いいたします」

 

「……そうだ。作者ドッペルゲンガーって名前だった。今更考えれば確かにお前だわ」

 

 

左腕の義手で顔を抑えているハジメ。お気に入りのこういう表情を見るのもなかなか愉悦だ。愉悦部というものを作り出した方にはひどく敬服する。

 

 

「紙とペンさえ有れば続きを書きますが、どうです?」

 

「なに!?……いや、一読者としてそういうのは……しかし……ううむ……」

 

「あ、出来ました。ハジメ、テーブルに持っていってください。次のを作るので」

 

「ん……ああ、了解」

 

 

今日のメニューは熊肉のステーキにサラダだ。……いつもこんな感じだよ。ドレッシングも無ければマヨネーズもない。醤油もない。あるのは塩と砂糖だ。別に俺が作る必要はないと思ったが料理しているのとしていないのでは精神的な差が凄いらしい。

 

 

「それで、いつ頃出る予定なのですか?」

 

「そろそろだ。俺の準備もだいぶ出来たしな。ユエもお前の協力のおかげで神結晶の調整も完璧だ。お前は?」

 

「私はいつでも構いませんよ。どっちみち1人ではどこにも行けませんからねぇ」

 

「治す努力をしろよ……方向音痴になっていない演技でもすれば良いだろ?」

 

 

方向音痴になってない……演技だって?……ふふふ、ハジメよ。ついにそれを聞いてしまったか……

 

 

「…………ましたよ」

 

「あ?なんだって?」

 

「もうやりましたよ!!それでもダメだったんですよ!!筋金入りなのですよ私の方向音痴は……何故だ……別の人物を演じている時でさえ……それに方向音痴が追加されるというのに……ハジメ!!」

 

「は、はい!!」

 

「今すぐ、方向音痴を無視できるようなアーティファクトを作りなさい。ええ、今すぐに……」

 

「無茶言うな!!生成魔法じゃ無理に決まってんだろ!!何か、行きたい場所への方向が分かる魔法を鉱石に付与させるくらいしか出来ねぇよ!!案としてはコンパスみたいな感じにしかならん!!」

 

「十分過ぎます!!設計までしっかりしているではないですか!!だったら早くそういう魔法を習得しなさい!!」

 

「それこそ無茶だろ!?」

 

「2人とも……うるさい……」

 

「「ギャァァァ!?!?!?」」

 

 

言い合いをしていた俺たちの元へ、小型版『蒼天』が飛んできた。小型ながらも威力は減ってないのか、割とダメージがあった。特に魔耐が俺より余裕で低いハジメには。

 

 

「はぁ……はぁ……いってぇ……ユエ、奔放になったな……」

 

「ああ、調理器具が!?ちょっとユエさん、なんてことを!!」

 

「せっかくの料理……冷める……調理器具はハジメが作る」

 

「俺!?いや、流石にこれ以上の素材の消費は……」

 

「あ、それならハジメからパクったアザンチウム鉱石が結構余っているので使ってください」

 

「最近何故が少ねえなと思ってたけどお前か!!なにテメェ『仕方ねえな』って感じで出してんだよ返しやがれ!!」

 

「ハジメ?」

 

「さあ、影二早く食べようぜ。せっかく作ってくれた料理が冷めちまう」

 

「……早速尻に敷かれてますねぇ。さて、残りも完成しましたし食べましょうか」

 

 

ユエさんの冷たい目線と冷たい一言で急に掌を返したハジメ。俺は知っている。ほぼ毎晩、ヤっていることを……大体がユエさんにタジタジにされていることを……

 

「「「いただきます」」」

 

 

魔物肉をユエさんに食わせて大丈夫なのかって?……ちょっとズルをして毒性を除去したので、ただの熟成された肉だ。野菜も、ここのゴーレムが育てていたものをパクっただけだしな。



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それぞれの決意

【オルクス大迷宮】クリア時
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
???(篝火影二) 17歳 レベル76
天職:役者
筋力:45000
体力:28000
耐性:20000
敏捷:36000
魔力:300000
魔耐:20000
技能:完全演技[+千変万化][+武器操術補正]・完全擬態[+イメージ補強力上昇][+衣服投影]・文才[+心象投影]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+身体強化]・裁縫・家事・我流武器操術[+槍術][+拳術][+剣術][+弓術][+鎧術][+鎌術][+鋸術][+扇子術][+奏術]・生成魔法・言語理解
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・完全演技[+武器操術補正]……影二が独学で身につけた武器の使い方によって、演技への補正がかかる。剣術ならば剣士系のキャラクターへ補正がかかる。

・完全演技[+千変万化]……以前よりもスムーズに演技に入ることができる。脳領域の一部を使う事で、演技をした記憶をストックすることができる。現在の上限は100体。

・我流武器操術………影二が、ハジメ製の武器を鍛錬した事で得たそれぞれの武器の操術を統合したもの。記述されている術に補正がかかる。

・裁縫・家事……オスカー・オルクスの屋敷で率先して家事を行なっていたため自然と身についた。地球にいた頃からそこそこ出来たため補正がかかる。裁縫は独力で会得。擬態+演技でしなくともそこそこの品は作ることができる。


 

 

俺たちが和やかな地下での生活を過ごして1週間が経った。全員が各々の準備を終えた。武装を作り、衣食住を整え、己を鍛え、誰かが誰かを襲い、誰かが誰かの邪魔をし、誰かが誰かに折檻されたりもした。

 

俺たち3人は外へ繋がっている魔法陣がある部屋で最後の確認をしていた。

 

 

「ユエ、俺の武器や俺たちの力は、地上では異端だ。聖教教会や各国が黙っているということはないだろう」

 

「んっ……」

 

「兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい」

 

「んっ……」

 

 

……俺の名前が呼ばれなかったのはまあこの際いいだろう。

 

 

「教会だけならまだしも、バックの神を自称する狂人どもも敵対するかも知れん」

 

「んっ……」

 

「特に、影二。お前は地上に出ている時は……いや、人がいる時は人間体になっておけ。ステータスを弄れるんだったらユエのを参考に適当な物にしろ」

 

「承知しています」

 

 

ハジメに貰った武器を使ってみたいしな。俺の存在が明るみに出れば討伐隊が組まれるレベルだろう。存在感に、知能の高さ、更には武器まで使い、そのステータスは恐らくこの世界(神域以外)の全てを超越している。その気になればいかなる力でも行使することができ、何よりも人間が嫌いだ。……自分でもいうが、俺はぶっ壊れのどチートだ。神の使徒が何千、何万とこなければ問題ない。

 

 

「お前はそう真面目そうなのに偶に……いや、偶にじゃないな。割とふざけるけど、俺とユエだけじゃそうはならない。お前のそういう行動に助けられてることだってある。な、ユエ?」

 

「んっ……ストッパー……ムードメーカー……的?」

 

「ユエさん今的って仰いましたね……ええ、ある意味では正しいですけども……」

 

 

最近、ユエさんの俺に対してのあたりが厳しい。

 

 

「ははっ……相変わらずだな。……お前ら、今から始まるのは世界を敵に回すかもしれないくらいヤバい旅だ。命がいくつあっても足りないぐらいな」

 

「今更……」

 

「ええ、元より私はそのつもりですので」

 

 

恵里の為ならば……世界……いや、エヒトなんぞ通過点にあの神様ですら殺してみせよう。

 

 

「ユエさん。貴女の仰っていた『甘え』の意味、ここでの生活で貴方方を見ていて理解しました。決めましたよ、私は。例え、彼女に見向きもされなくても、私が望む『幸せ』は、彼女が……私の隣で、私を見て微笑んでくれる事です。例えバケモノでも諦めるようなことはしません。ええ、ユエさん。吸血鬼の元王女様に保証されているのです。これほど心強い事はありませんから。これは私を引っ叩いてくれた貴女に対する決意表明です」

 

「……頑張って」

 

 

サムズアップで微笑むユエさん。毎日毎日、夫婦みたいなハジメとユエさんを見て何度も考え思った。彼らは『幸せ』なのだろうってな。俺は『幸せ』とはなにかよく分からない。最初から『幸せ』そうな家族なんてなかったし、()も『幸せ』なんて味合わなかった。両親は喰い殺したからな。そのあとはずっと全員が家族を演じている仮面家族だ。アニメや物語なんかでキャラクターが『幸せ』と言う表現をよく使っているが、正直ピンとこなかった。だから、俺は俺の基準で結論を出そう。

 

 

俺にとっての『幸せ』は、『幸せそうな恵里を見ること』じゃなくて、『幸せそうな恵里と()()()同じ時を過ごすこと』だ。

 

 

俺は自分でノートに記したじゃないか。恵里に正体がバレて勢いで告白したあの日。『狂気的なまでに()()を好いている彼女に恋をした』って。だから、その誰かが俺に向いていたって問題はないはずだ。……今は心の中で宣戦布告しよう天之河。貴様に心奪われている恵里を貴様から奪うとな。

 

 

「話は纏まったな。よし……俺がユエを、ユエが俺を守る。それで俺たちは最強だ。全部なぎ倒して世界を越えよう」

 

「んっ!!」

 

「……私は?」

 

「お前は元から最強だろ?だから、いつか超えてやるよ。俺たち2人でな」

 

 

ニヤリと笑いながら宣戦布告してきたハジメ。隣を見ればユエさんも寄り添ってこちらを見ている。

 

 

「ほぅ……受けて立ちましょう。期待させていただきますよ」

 

 

そして、俺たちは魔法陣を起動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜中村恵里視点〜

 

 

(……面倒だな〜)

 

 

やぁ、偶に唐突に飛んでくる僕視点だよ。え、メタい?気にしちゃダメだよ〜

 

なんでも、ヘルシャー帝国とかいう国から使者が来るのだという。今?って僕は思った、わざわざ迷宮攻略を中止してまで来させるくらいならもっと時期があると思うんだ。でも、帝国についての話を聞いた感じ、なかなか使えそうだと思ったんだよね〜。なんでも、300年前に傭兵が建てた国らしくて完全実力主義らしい。上手く使ったら、光輝くんを頂点に置いて影二と一緒に裏から支配したらすごく楽しそう。

 

まあ帝国の話を、王国の王宮に着くまで馬車の中でずぅ〜っと聞かされた僕たちにとってはもう飽きたことだけどね。そんな僕たちが王宮について馬車を降りたら、10歳くらいの金髪碧眼の美少年がトコトコと走ってきた。

 

 

「香織!よく帰った!待ちわびたぞ!!」

 

 

なんで僕たちは含まれないんだろうねぇ?まあ興味ないからいいけどさ。あ、ちなみに今香織の名前だけを呼んだのはこのハイリヒ王国の王子ランデル・S・B・ハイリヒ。香織も罪だねぇ……こんな幼い男の子を骨抜きにしちゃうなんて。影二もそこそこモテてたけど、ここまで陶酔するほどの子は居なかったねぇ。

 

 

「ねえエリリン。ランデル殿下ってやっぱり……」

 

「うん、そうだと思う。で、でも、ちょっとあからさま過ぎるよね……」

 

 

鈴が話しかけてきた。ランデル殿下は僕たちのことは眼中にないようだし別で話をしてても気にしない。こういうところは楽でいいよね。そんなこんなでランデル殿下があらゆる手段で香織を自分のそばに居るように説得している時、光輝くんが言った。

 

 

「ランデル殿下、香織は俺の大切な幼馴染みです。俺がいる限り、絶対に守り抜きますよ」

 

 

わぁ〜光輝くんたらかっこいいこと言うねぇ。多分僕が同じ状況でも同じこと言ってくれるんだろうなぁ♪……その他大勢にも。影二は僕にだけ言ってくれるのに。

 

この後出てきたリリィ……ああ王女のリリアーナ・S・B・ハイリヒね。リリィの説明によると、帝国の使者が来るまで3日あるらしいから僕はその間に水系統のオリジナル魔法でも考えよっと。……ん?言ってなかったかな?僕って、全属性適性があるらしいんだよね〜。いや〜困っちゃうな〜♪

 

 

 

 

 

 

 

やっと3日経ってついに帝国の使者がやって来たらしい。僕たちは王宮の謁見の間で使者さんたちが挨拶しているのを見ている。……なんか、1人だけ変な人がいるなぁ。護衛って言われてたけど、なんかおかしい。どこか演技っぽいんだよね。そういえば帝国は実力至上主義だし、そのトップも強者なんだろう。って事は、強者を求めて皇帝自ら来てたりするかも……?

 

 

「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

 

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょうか?」

 

「うむ、まずは紹介させていただこうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

 

「はい」

 

 

国王に呼ばれた光輝くんが前に出ていく。今更だけど、召喚された頃より随分と凛々しくなったなぁ……

 

もう召喚されてから何ヶ月経ったかな。これだけ長い期間影二と離れたことなんてなかったのに。あっても数日、僕が鈴や香織、雫の家にお泊まりに行った時とかだけだし。仮面夫婦ならぬ仮面家族なだけあって別に寂しいとかそう言う事はなかったけど、影二がいないって事だけは少し嫌だったかな、あの頃は。

 

 

「ほぅ……貴方が勇者様ですか?ずいぶんとお若いですな。失礼を承知で申し上げますが、本当に六十五階層を突破したので?確かあそこはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」

 

 

なかなか煽るねぇ……少なくとも今喋っている使者より、光輝くんの方がステータスは高いはずなのに。多分経験とかの差なんだろうね。とりあえず僕は護衛の変な人の方を注意しておこうかな。見た感じ、イシュタルだけは興味深そうに護衛の人を見ているから気付いてそうだし。いざとなったらあのジジイが止めるでしょ。

 

 

「えっと、ではお話ししましょうか?どのように倒したとか……あっ、六十六階層のマップをお見せしましょうか?」

 

 

光輝くんは不安げな表情をしながら使者さんに話しかけている。へぇ……光輝くんでもああいう顔するんだ。

 

 

「いえ結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛の1人と模擬戦でもしてもらえませんか?それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

 

「えっと、俺は構いませんが……?」

 

 

ああなるほど。最初からこれが目的だったんだね。実力至上主義な帝国のやり方としては最も身近かも。野蛮だね、でも扱いやすそうだから候補に入れておこっかな。

 

 

「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」

 

 

国王が一瞬だけイシュタルの方を向いた。やっぱりあのジジイの方が立場が上みたいだねぇ。この国は裏から支配するには難しそうかもね。教会が面倒臭そう。

 

 

聖剣を持ち、鎧をしっかり身につけた光輝くんの対戦相手は、僕が怪しいと睨んでいた護衛の人だ。大きめの剣を持っているけど、構えもせずに腕をぶら下げていた。全く強そうには見えないけど、隙がない。……こりゃあ、まだ僕じゃ勝てないね。……適当に強そうな人を殺して、その魂を下ろして近接戦闘術を手に入れないと……本当だったらメルド団長とかがいいんだけど……時期が悪いんだよねぇ。()()()()()()()()()()()()とかじゃないと不意を付けないし。しばらくは、適当に武闘派犯罪者なんかを見つけて殺そうかな。

 

 

「行きます!!」

 

 

おっと、始まったみたい。光輝くんは早速『縮地』を使って高速で相手の懐に踏み込むと、そのステータスを持って剣を上から振り下ろした。あ、光輝くん死んだ?

 

 

バキィ!!

 

「ガフゥッ!?」

 

 

大きな音と、悲鳴と共に光輝くんが吹き飛ばされた。ふざけているようにしか見えない護衛はいつのまにか剣を振り上げて、光輝くんに反撃していた。どうやらみんなには見えていなかったらしい。なんで僕だけ見えたんだろうね?影二の演技をずっと見てたから目も良くなったのかな?

 

ちなみに、死んだと思ってたのは、多分護衛の人が手加減でもしたんだろうね。

 

 

「ふぁ……」

 

「エリリン……大物だね。この状況であくびとか……」

 

「い、いや、昨日遅くまで起きてたから……」

 

 

思わず欠伸をしてしまった。どうやら鈴以外にはバレてないみたい。昨日はオリジナル魔法の魔法陣を組んでたから夜更かししちゃったんだよねぇ……まだ完成には程遠いけど、なかなかいいアイデアが思い付きそうだから楽しみにしててねぇ〜。問題は、対象の体の血液にどうやって干渉するかなんだけど……

 

 

「すみませんでした。もう一度、お願いします」

 

「戦場じゃあ、『次』なんて無いんだがなぁ……」

 

 

まるで、剣道の練習のように、打ち込まれても2回目3回目をお願いする光輝くん。……ちょっと不甲斐ない?いやいや、光輝くんが頑張ってるんだから応援しないとね。

 

……ん?光輝くんが『限界突破』を使ったっぽい。体から純白のオーラが出てる。ああ、じゃあもう実況解説はしなくていいかな。この勝負は光輝くんの負けだよ。

 

 

「それくらいにしましょうか。これ以上は、模擬戦ではなくただの殺し合いになってしまいますのでな。……ガハルド殿もお戯れが過ぎますぞ?」

 

「チッ、バレてたか。相変わらず食えない爺さんだ」

 

 

数分ほど打ち合った2人だけど、途中でイシュタルのジジイが止めた。まあ『限界突破』まで使っちゃったんだもん。実力はもう示せてないからね。ああ、実力は確かに見せたけど……多分、あちら側が期待していた『勇者』には程遠いんだろうねぇ……

 

護衛が耳のイヤリングを外すと、その姿が歪み別の人が出てきた。ああ、授業で見た顔だね。

 

 

「ガハルド殿!?」

 

「皇帝陛下!?」

 

 

ガハルド・D・ヘルシャー。ヘルシャー帝国現皇帝であるその人だよ。……こんな事だろうとは思ったけどね。全く……疑わしきは罰せよって影二は言ってたけど、まさしくだね。先手を打っておけば良い人を『縛魂』出来たのにな〜。

 

 

「どういうおつもりですかな、ガハルド殿?」

 

「これはこれはエリヒド殿。ろくな挨拶もせずに済まなかった。ただ、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要な事だ。無礼は許していただきたい」

 

 

無駄に芝居がかった声音とジェスチャーで平謝りしている。ふむ……影二は、時にはわかりやすい演技も有効だと言ってたけどなるほどね。『この人なら仕方ないか』っていう印象を持たせる事も大切なんだ。流石影二、演技のことなら世界一だね。

 

と、まあこんな変な感じで模擬戦が終わっちゃって、夜の晩餐会で帝国は勇者を認めるっていう言葉があったから訪問の目的は果たせたみたい。

 

 

 

晩餐会が終わり、僕が部屋に戻ろうとしている時にたまたまガハルド陛下に出逢ったから会釈したんだけど……

 

 

「お前、名前は?」

 

「え……あの、どうしてですか?」

 

 

突然名前を聞かれて、内心驚きながらも、困惑している演技をした僕。

 

 

「さっきの模擬戦……いや、謁見の間に居た時からお前だけは俺を見ていた。アーティファクトで身バレしないようにしていたにもかかわらずだ。ふっ……少し興味があってな」

 

「はぁ……中村恵里です。『中村』が名字で、『恵里』が下の名前です」

 

「中村恵里……か。なるほど、覚えておこう。あの勇者よりもお前の方が覚悟ができているようだ。なんなら俺の愛人にならないか?見込みがありそうだかr……「お断りします。私には勿体無いですし、もうすでに想い人がいますので」……お、おう……随分とはっきり言うのな」

 

 

全く、変な事を言わないでほしい。そういうのは雫とかにでも……ん?あれ……どうして『想い人』って言った時に光輝くんより先に影二の顔が出てくるの……?

 

 

「それなら、明日の明朝、訓練場に面白い子がいるのでそちらに行ってください。きっと気に入りますよ」

 

「お前……真顔で他人を売れるのかよ……ガッハッハッ!!余計気に入った!!お前にそこまで言わせる男が気になるが、良いだろう。お前の言う通り、その女を俺が気に入ったら、お前に言い寄るのはやめておこう」

 

「ふふ、その場合はいい女を紹介したって事で、私が帝国に行った時優遇してくれてもいいんですよ?」

 

「俺に対してそこまで強欲になれるとはな。それがお前の本性か。王国には黙っておいてやろう。面白い女が雑な理由で処されては俺が面白くないからな!!また会おう中村恵里よ!!」

 

 

そう言って、ガハルド皇帝陛下は去っていった。付き人の男の人がすごく申し訳なさそうな顔で礼をしていったけど、戦闘脳ばっかりじゃないんだね。ちょっと安心したよ。さて……雫、ゴメンね〜。……全く思ってないけど(笑)僕のために人柱になってよ♪ちなみに、僕の専属のメイドはもう堕としてあるから僕に従順だよ。今も後ろに控えている人ね?

 

 

翌日、雫がガハルド陛下に愛人にならないかと言われたとか言う騒動があったらしいけど、僕は何も知らないね。例え、その騒ぎがあった後にガハルド陛下に向けて笑ったら、少し目を逸らされたけど、僕は何にもし〜らない♪

 

……分かってるよ。僕は、僕が本当に好きなのは誰なのか。でもさ……影二はなんて言ってたと思う?『()()()()()のことが好きな中村恵里のことが好き』って言ってたからさ。頑張らないとね。影二に最大限喜んでもらえるように、いつまでも光輝くんの事が好きな風に演じないと。あーあ、言うんじゃなかったな〜『僕が君の気持ちに答えてあげることはないよ』なんて……ははっ……美女と野獣って、どうしてハッピーエンドで終われるんだろうね?

 

はぁ……壊れてることが取り柄だったのに、これだけ純粋に影二のことを愛してるだなんてねぇ。もうヤンデレって言えないかも。でも、光輝くんを好いている限り、影二は……影二だけは僕の事を見てくれているから、頑張れるよ!!

 

 

さあて、じゃあこれからどうやって光輝くんを落とそうか。




〜ハジメ〜


影二がユエに向かって決意表明している時。


(ん……?貴方方を見ていて『幸せ』をちゃんと理解するって……でも、それが分かるためにはやっぱ外的要因が無いといけないから……なッそう言うことかッ!?!?

あの野郎……俺とユエがヤってたの知ってたな!?いや……でも、それを考えれば俺たちのおかげで影二の心境に変化が生まれたんだし……まあいいのか?……それにしても、アイツ、無駄に深読みするから変な解釈してるんだろうなぁ。……影二の過去から察するに……まず、最初の人生で親も他の人間も暴力を振るっていて……俺たちの世界でも大体同じようなもんだから……ッ!?アイツ……誰かからの『愛』を受けたことがない……?いやそんな事は……ないとは言い切れないか。これからはもう少し気を遣おう。また暴走されても困るしな)


変なところで、面倒見の良さが発揮されてしまったハジメであった。


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第二幕
新たな出会い


「なんでやねん」

 

 

ハジメのその声を皮切りに俺は目を開けた。どうやら洞窟に出たらしい。

 

 

「……秘密の通路……隠すのが普通」

 

「ええ、こちらからの侵入を許すはずがありません」

 

「あ、ああ……そうか確かにな。反逆者の住処への直通の道が隠されていないわけないか」

 

カリカリと頭をかいているハジメ。どうやら、地上に出れると聞いてよほど浮かれていたんだろう。真っ暗でなにも見えないが、ハジメとユエさんには問題無い。実は俺も技能に関係なく種族特性で夜目が効くので大丈夫だ。真っ直ぐ進んでいると、やはりと言うべきか数々のトラップがあった。しかし、ハジメが……というか俺たちが所持しているオルクスの指輪が反応して全て解除された。正直、期待外れである。

 

だが、ハジメとユエさんにはまだ見えていないが、奥の方に本当に小さく光が見えた。

 

また少し歩くと2人にもそれが見えたらしく、顔を合わせて駆け出していった。若い人は元気だねぇ……あ、ユエさんはそうでも「『蒼天』」ミギャァァ!?!?はぁ……はぁ……やりおるわ……俺に対しての遠慮がない。

 

 

「……戻ってきたんだな」

 

「……んっ」

 

 

外に出て太陽の光を全身に浴びた2人は感慨深そうに眺めたあと、帰ってきたという実感が湧いたんだろう。お互いに見つめ合い思いっきり抱きしめあっていた。

 

 

「よっしゃああーーー!!戻ってきたぞこの野郎ぉおーー!!

 

「んっーーー!!」

 

「おやおや、結構眩しいですねぇ。太陽とはこうでしたか……」

 

 

三者三様の喜び方だが、そんな中で無粋な奴らが俺たちの周りを囲んでいた。

 

 

「は〜、全く無粋な奴らだな。……確かここって魔法が使えないんだっけ?」

 

「ライセン大峡谷のようですし、そうでしょうね。私の擬態も大幅に制限されます」

 

「……分解される。でも力づくで行く」

 

 

今俺たちがいるライセン大峡谷で魔法が使えないのは、魔法の魔力が何故か分解され散らされてしまうから。体の内側で発動する身体強化などは大丈夫なのだが、俺は外側に魔力を放出して皮を作っているようなものなので効率がヤバいことになる。しかもその状態で擬態先の技能なんて使った暁には……なぁ?

 

 

「力づくって……効率は?」

 

「十倍くらい?」

 

「ええ……ん?……いや……百倍では無いですか?私の魔力量はバグレベルですけど……擬態して魔法を使ったらすぐに尽きそうなのですが……」

 

 

どう言うことだ?ここは十倍程度だと思っていましたが……

 

 

「あ〜、じゃあ俺と影二でやるからユエは身を守る程度にしとけ」

 

「うっ……でも」

 

「ユエさん。ハジメに作っていただいた武器の性能もみたいのでここは任せてください。召喚【撃槍】【烈槍】」

 

 

両手に槍を呼び出し構える。右手に【激走】、左手に【烈槍】を構え魔物の集団に走っていく。

 

 

ドパンッ!!

 

 

始まりの合図だ。ハジメのドンナーによる一撃で、魔物の一頭の頭が弾け飛んだ。他の魔物がそれに驚いているうちに俺は懐まで忍び寄り、首に向かって【烈槍】を突き刺す。穂先が人の肩幅より大きいこともあって、首がちぎれて死んだ。

 

 

「さて、奈落の魔物とお前たち、どちらが強いのか……試させてもらおうか?」

 

「なかなかな使い心地、やはりハジメはいい仕事をしますね!!」

 

 

ハジメがガン=カタの構えを取り銃を撃ちまくっている間、俺は異常な敏捷を活かしひたすら魔物を屠り続けた。時に突き、時に切る。全力で槍を振り抜けば風圧で魔物が吹き飛ぶ。その様子はもはや蹂躙だ。魔物たちは逃げると言う思考をする暇もなく全滅。2分もかからなかった。

 

 

「いいですねぇ……アーティファクトとしての真価を発揮できないのは気がかりですが……私が本気で使っても壊れない頑丈さに切れ味。十分です」

 

「ベタ褒めじゃねえか。気に入りすぎだろ」

 

 

魔物の屍の上に立ち、銃を納めたハジメが呆れたように言ってくる。いやいや、実際素晴らしいんだからな。

 

 

「後で、しっかり磨いてあげないといけませんね。とりあえず収めておきましょう」

 

 

宝物庫に槍を戻した。ハジメは何やら怪訝な顔をしている。ユエさんも戦闘が終わったのを見て寄ってきた。

 

 

「……どうしたの?」

 

「いやな、あまりにあっけなくてな……ここの魔物は相当強いって聞いてたから正直本当にここがライセン大峡谷なのかなと……」

 

「……ハジメが化物。影二はもっとバケモノ」

 

「上手いこと仰いますねユエさん。きっと奈落の魔物が強すぎたのですよ」

 

「お前、ほとんど苦戦してないのによく言えるな……てか、そろそろ服着とけ」

 

「おや、これは失敬」

 

 

実は俺、今素っ裸なのだ。全身真っ黒なため特に隠すようなものもない。というか隠すべき局部というものは形どってない。なんなら生殖機能もない。擬態すればできるが……しかし、擬態した時も服は魔力で再現しているだけなので、実質素っ裸。ふとした時に服の擬態だけ解けてはいけないので、宝物庫から服を取り出して着る。ちなみに服装は、『ログ・ホライズン』の『シロエ』のローブ姿だ。単純に好みなのであって、決して人間体がシロエベースで作ってあるからではない。無いったらない。

 

 

「さてと、この絶壁、登ろうと思えば登れるだろうが……どうする?」

 

「ふむ……せっかくですし樹海側に向かって行きませんか?」

 

「何故……樹海側?」

 

「ライセン大峡谷に七大迷宮があるというのはよく聞く噂ですし……樹海にも大迷宮があるそうですよ?」

 

「何?影二、お前それどこで……?」

 

「王国図書館にそれらしき資料がありましたよ。禁書の場所にね」

 

「お前……あの場所行ったのかよ……見つかったらヤバかったのに」

 

 

原作知識ですとか言っちゃいけない。ていうか、ガチで禁書コーナーにそういう資料があった。恐らく教会がどうにかして隠していたのだろう。

 

 

「まあそういうことなら樹海側に進むか」

 

「ん……異論ない」

 

「ありがとうございます」

 

 

そして、ハジメは宝物庫から魔力駆動二輪を取り出した。詰まるところ魔力で動く二輪バイクだ。

 

 

「あの……ハジメとユエさんが乗るのは確定しているとして……私は?」

 

「お前がずっと魔力を注ぐんだったらサイドカーをつけてやってもいい」

 

「……分かりましたよ。自分で走ります」

 

 

思ってたよりハジメが厳しかったので、俺は完全擬態で『トリコ』の『バトルウルフ』という大型の狼に擬態。魔力消費は、魔力駆動二輪に注ぐよりはマシなので我慢することにした。

 

(召喚【絶刀】)

 

 

宝物庫から【絶刀】を呼び出し口に加える。口に刀を加えた狼ってなんかいいだろ?

 

 

ライセン大峡谷は東西に真っ直ぐ伸びているので、道成に行けば何処かには必ず着くことができる。俺たちは迷宮の入り口らしきものがないかだけ確認しながら走っていた。途中で何体か魔物が出てきたが、俺が咥えている【絶刀】によって皆切り裂かれていった。これもいい出来だ。

 

またしばらく走っていると、前の方に頭が二つあるティラノサウルスのような大型の魔物が現れた。

 

 

「スン……ガルルゥ」

 

「影二?……一回止まるぞユエ」

 

「んっ」

 

 

俺が吠えてハジメに停車を促す。

 

 

「どうした?」

 

「この先にあの魔物以外の匂いがあります。一応、警戒しておいたほうがいいかと」

 

「了解。ユエ、慎重に進むぞ」

 

 

私の姿に戻って、【絶刀】を手に持ち構えながら進む。すると、ピョンピョン跳ねながら半泣きで魔物の攻撃から逃げているウサミミ少女の姿が見えた。

 

 

「なんだあれ?」

 

「兎人族?」

 

「ほう?……人間族じゃなければ誰でもいいです」

 

「相変わらずだな影二……なんでそんな奴がこんなとこに?まさか谷底が住処ってわけじゃねえだろ?」

 

「ふむ……犯罪者として追放されたか、自ら選んでここにいるのでしょう」

 

「……悪ウサギ?」

 

 

どうやらユエさんは前者で解釈したらしい。俺たち3人、誰も動こうとしないことから誰も助ける気がないのだろう。俺も別に興味ないし……

 

 

「だずげでぐだざ〜い!!ひぃ!?死んじゃいます〜〜!!だずげで〜おねがいじまず〜」

 

 

すごく情けないウサギの声が谷に木霊する。しかもこちらに向かって全力疾走だ。

 

 

「こういうのってなんていうでしたっけ?」

 

「……モンスタートレインだな。タゲを他のやつに移して逃げるタチの悪いプレイングだ。勘弁しろよ……」

 

「じゃあ私、あの肉を頂いてもよろしいですね?」

 

「……まあ、影二の食料はどこかで確保しなきゃなんねえからな……だが、あのウサギが助けてくれたって思っても面倒だ。もうちょい待て」

 

「分かりました」

 

「……迷惑」

 

 

恐竜の肉なんて食べる機会無いでしょうし、ここでひとまず食い溜めでもしておきましょう。いや、別に食べなくても生きていけますけどね?

 

 

「まっでぇ〜みずでないでぐだざ〜い……おねがいでずぅ〜!!」

 

 

何もしない俺たちを見てさらに声を張り上げるウサギ。このまま行けば確実にあの少女は食われるだろう。……兎人族の肉にも興味はあるが……

 

 

「「グルアァァァァァ!!」」

 

「はぁ……いいぞ」

 

「やっとですか……『蒼ノ一閃』」

 

 

【絶刀】に魔力を流し、袈裟斬りをする。刀は空振りしたが、蒼の魔力が斬撃となって飛んでいく。分解されない程度に魔力を過剰に乗せたため、結構消費が大きい。やはり、俺だけ魔力分解のレベルがおかしい……

 

魔物の2つの首を見事に切り裂き絶命したその巨体……いや、肉塊はバランスを崩して倒れた。よほどの巨体だったのだろう。倒れたときの衝撃波で少女の体も吹き飛ばされる。

 

 

「きゃぁぁぁぁぁ!?助けてくださ〜い!!」

 

 

ボロボロの少女は色々なところが見えてしまっていて、並の男なら下心丸出しで助けるだろう。俺とハジメじゃなければ。

 

 

「アホか、図々しい」

 

「お肉、頂きますね」

 

 

ハジメは少女の言葉を一蹴。俺は何も考えず肉のほうに走っていった。

 

 

「おお!!少し硬いですが、その分筋肉質で歯応えがあって良いですねぇ……む、内蔵ですか……このえぐみもなかなか……奈落の魔物には劣りますが美味しいですね〜」

 

 

しかも大量にある。質と量のベストマッチ。思わず声に出てしまう。勿論、汚い食べ方はしていない。その証拠に白いローブには返り血も何もついていない。これが俺クオリティ。

 

 

「し、死んでます……ダイへドアが一撃でだなんて……」

 

「離れろこの痴女ウサギ!!」

 

「あべしっ!?」

 

 

意識をハジメたちの方に向けると、ハジメに抱きつき、本人じゃユエさんから一網打尽に足蹴にされている少女が呆然とこちらを見ている。

 

 

「ん?」

 

「ひぃぃぃ!?ダイへドアよりも凶暴そうな魔物が!?」

 

「失礼極まりないですねぇ……結果的に助けてもらっているというのに」

 

「きゃぁぁぁぁぁ喋ったぁぁぁ!?」

 

「うおらぁ!!」

 

「へぶぅ!?」

 

 

こめかみに青筋が浮かんでいるハジメがついに少女の脳天に向かって拳骨を繰り出した。「頭がぁ〜割れちゃうぅ〜」と唸っているので恐らく大丈夫だろう。流石の打たれ強さだ。防御系が、低い(俺の他のステータスと比べて)ので少し羨ましい。

 

 

「おい影二……ってもう半分以上食ってんのかよ……これほっといてさっさと行くぞ」

 

「逃がしませんよ!!」

 

「うお!?この……離れろウサギ!!」

 

 

魔力駆動二輪を出したハジメの様子を見た少女がガバッと起き上がりまたもやハジメにくっつく。

 

 

「先ほどは助けていただいてありがとうございました!!私は兎人族ハウリアの1人、シアと言いますです!!これも何かの縁ということでとりあえず私の仲間も助けてください!!」

 

「「「ず……図太い(ですね)」」」

 

 

思わず声に出してしまった。それも全員。

 

ハジメにしがみついて離れない少女……シアの姿を見ながら、俺は肉を食う。ハジメは女性ホイホイのアーティファクトでも付いているのだろうか?

 

少なくともこの出会いは無駄じゃ無いと知っているので、これからのハジメに要注目だ。単純に面白いからな。



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『演技』の篝火影二

「おねがいします!!」

 

 

ハジメにずっと抱きついている少女、シア・ハウリアの声が谷に響く。不機嫌とかいう表現を天元突破したユエさんが本気の膝蹴りをシア・ハウリアに叩き込んでいるが、それでも離す気配がない。俺?ずっと肉食ってるよ。そろそろ無くなりそう。

 

そんな時、ハジメの右手から紅い魔力光が迸る。あぁ……これ死んだかな?

 

 

「アババババババババババババババババ!?!?!?」

 

 

ハジメの技能の一つ『纏雷』だ。彼の銃のほとんどは、この技能で電気を流すことによってレールガンとして打ち出している。数秒シア・ハウリアがビクンビクンすると、ハジメから離れて崩れ落ちた。

 

 

「ハジメ〜そのままこっちに流して少し焼いてください。締めるので」

 

「もう食い終わるの!?あの巨体を!?……はぁ……ほらよ」

 

「どうも……もぐもぐ……」

 

 

おお……焼かれたことによって肉汁が出てさらにジューシーに……流石だ……流石ハジメだ!!」……おっと思わず口に出してしまった。

 

 

「全く……非常識なウザウサギだ。ユエ、影二、行くぞ?」

 

「ん……」

 

「……ごっくん……はい、ご馳走様でした。行きましょうか」

 

 

美味しかった。今はただそれだけでいい……

 

 

「に……にがしませんよぉ……」

 

 

煤でさらに無惨な姿になったというのにシア・ハウリアはまだ立ち上がる。流石に驚愕したのだろうハジメは魔力駆動二輪に注いでいた魔力を中断してしまったようだ。あーあ、魔力の無駄遣い……

 

 

「お前……ゾンビみたいなやつだな……割と重症レベルの威力でやったんだが……なんで動けるんだよ!?」

 

「……不気味」

 

「おやおや、私の攻撃でも折れませんかねぇ……」

 

「無理……細切れ」

 

 

ダメだそうです。流石のユエさんも今の俺の一言には顔が青くなっている。だよな〜……ナンバーズの使徒でもいればそこそこ楽しめるんだが……

 

 

「うぅ〜なんですかその物言いは!!さっきから肘鉄とか足蹴とか酷すぎると思います!!断固抗議しますよ!!お詫びに助けてください!!」

 

 

ビシッっと指を指してさらに要求しているシア・ハウリア。

 

 

「ったく、なんなんだよ……とりあえず話を聞いてやるから離せ……ってさりげなく俺の外套で顔を拭くんじゃねえぇ!!」

 

「はぎゅん!?……ま、また殴りましたね!?父様にも殴られたことがないのに!!よく私のような美少女をそうポンポンと……もしや殿方同士の恋愛に興味が……だから先に私の誘惑をあっさり否定したんですね!!そうでッあふん!?」

 

 

ハジメにホモ疑惑。やめてやれよ。こいつは地球で男友達居ないんだぜ?俺は性別がないからノーカンな。そして、このウサギちゃん見所がある。まさかアムロネタを放ってくるとは……

 

 

「ユエさん、大丈夫ですよ。ハジメに男友達はいません。私は一応この姿の時は性別がありませんし、私はノーカンなので本当に友達がいません。ええいません」

 

「……可哀想。でも私がいる」

 

「そしてそこ!!なに暴露してくれやがるんだ!!そういえば、そうだなって今思ったじゃねえか。ああ?……クソ」

 

「ハジメ……可哀想」

 

「ぐっはぁ!?」

 

 

あ……哀れみの言葉にハジメが崩れ落ちた。

 

 

「む……?ユエさん、どうやらこの騒ぎで他の魔物もよって来ているそうなので食ってきますね」

 

「んっ……任せっきり……申し訳ない」

 

「いえ、食料調達ですので。終わったら言ってください。召喚【撃鉄】……はダメですね。グチャグチャになってしまいます。【獄鎌】」

 

 

正直、飽きた。そんなことよりも、魔物を食い散らかそうか。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ〜運動後の食事は格別ですね〜。今度、魔力式コンロでも作っていただきましょうか。せっかくのアザンチウム鉱石製の調理器具も使う機会がないですし」

 

 

軽く魔物をあしらい、気になる奴を食う。そうすること約15分。ハジメからようやくお呼びがかかった。

 

 

「影二、サンキューな。話も纏まったから行くぞ」

 

「ほう……なら走りながらゆっくり聞くとしましょうか」

 

 

魔力駆動二輪にはハジメとユエさんが、俺(擬態バトルウルフ)の上にはシアさんが乗り、樹海まで駆ける。

 

 

「ほぇ〜、篝火影二さんて言うんですね。先ほどはすいませんでした……魔物と勘違いしちゃって」

 

『いいえ、私の姿を見て驚くのは当然の反応ですので。それよりもシアさん。これをどうぞ』

 

 

俺は宝物庫から予備の白いローブを取り出してシアさんに渡す。ちなみに、ハジメに貴重な念話石を貸してもらって3人の脳内に『コイツ直接脳内にっ!?』している。バトルウルフだと喋れないんだよなあ……

 

 

『乙女がそのような格好ではいけませんよ』

 

「おお〜ハジメさんと違ってやさしいですn「あぁ?」ひぃ!?なんでもないですぅ〜」

 

『ハジメ。一応契約者なのでしょう?対等に扱ってあげなさい。顧客は大事にするものですよ』

 

「……はぁ。分かったよ」

 

「おお……あのハジメさんがこうも簡単に……そういえば、ハジメさんや影二さんってさっき魔法を使ってましたよね?ここでは使えないはずなのに」

 

「ああ……それはな……」

 

 

大体の事情はハジメが説明した。念話石で話すのにも魔力を消費するためハジメが考慮してくれたからだ。

 

ハジメはシアさんに、ハジメ製のアーティファクトや魔法を使える理由などを簡単に説明した。

 

 

「えっと……それじゃあお三方も直接魔力を操れたり固有魔法が使えると……」

 

「ああ、そうなるな」

 

「……ん」

 

「グルゥ……」

 

 

む?何やら背中に冷たい感触が……この匂いは……涙?

 

 

『シアさん、どうかされました?』

 

 

俺の念話に2人も気づきこちらを向く。

 

 

「いえ……ただ、1人じゃなかったんだなって思ったら……なんだか嬉しくなってしまって……」

 

「「「…………」」」

 

 

ハジメたちからの説明によるとシアは亜人族の中では忌子とされる髪や能力の持ち主らしく、生まれた時に殺すべきとかいう風習がある。温厚で同族に情の厚い兎人族ハウリアはそれを隠し16年も育てた。そしてついに亜人族に見つかってしまい、一族郎等根絶やしの処分を受けて、逃げ出しこの谷まで逃げてきたらしい。しかしヘルシャー帝国という国では亜人族の奴隷が多くいて、その中でも特に兎人族は愛玩奴隷として人気らしいので、帝国兵士に出会ってしまったハウリア族の一部が捕らえられた……と。

 

『魔力操作』や固有魔法を持つのは本来魔物だけ。そういう意味で、ずっと同じような人がいなかったシアさんにとっては、俺たちのような魔力操作持ちは同族に見えたのだろう。

 

 

『シアさん。この世界は貴女が思っているよりも広いのです。【貴女だけ】なんていうことは余程のことがない限りあり得ません』

 

「影二さん……ありがとうございます」

 

「影二……(それめっちゃブーメランだぞ……お前しかドッペルゲンガーなんていなさそうだしよ)」

 

 

ハジメが怪訝な顔でこっちを見てくる。どうせ、ドッペルゲンガーは俺だけだからブーメランだぞ?とか思っているのだろう。

 

そのあと、何故かユエさんとハジメがいちゃつき始めた。今の流れで……?

 

 

「あの影二さん……私たちのこと忘れられてませんか?一応、状況的には私が慰められるべきだと思うんですけど……そんな事があれば私コロッと堕ちちゃいますよ?チョロインですよ?せっかくのチャンスなのにスルーするなんて……寂しいです!私も仲間に入れてください!」

 

『一応……私、慰めたんですけどねぇ……いや、別に1人以外にモテたくないんで良いんですけど』

 

「「黙れ残念ウサギ!!」」

 

「……はい……ぐずっ」

 

『シアさん大丈夫ですよ?この姿の私の毛、ふわふわですけど触ります?』

 

「…………さわりますですぅ〜。きもちいぃですぅ〜。傷ついた心と体が浄化されていきますぅ〜」

 

 

そう言って全身で巨体を撫で回してきた。

 

 

「影二……ウサギにやさしい」

 

「あ〜……多分、同族に裏切られたってことで同情でもしてんじゃねえの?しかも、影二基準では人間族以外は、アイツの『嫌いな人間』判定されないらしいし」

 

「へぇ……」

 

 

泣いている女性を放置してイチャラブな世界を作り出している2人も割とどうかと思う。こんな感じのやりとりが数回繰り返された時、遠くで魔物の咆哮が聞こえた。

 

 

「ッ!!皆さん!!もう直ぐみんながいる場所です!!父様たちがいる場所です!!」

 

『では、シアさん。一度ハジメの方に乗り移ってくれませんか?やらないといけない事があるので』

 

「ふぇ?それはもちろんやぶさかではないですけど……ハジメさーん。影二さんから頼まれたので乗せてくださーい」

 

 

俺は体をハジメの魔力駆動二輪の方に寄せる。

 

 

「影二が?……何するんだ?」

 

『大勢がいるそうなので人間体にします。差し当たって……シアさんが上にいると邪魔なのです』

 

「……たくっ、仕方ねえな。おい残念ウサギ、ありがたく思え。俺の後ろに飛び移れ。ウサギなんだから飛ぶのは得意だろ」

 

「ありがとうございますです!!いや〜、やっぱり影二さん分かってますね〜。これでハジメさんとの距離も物理的に縮まっt「側面に縛り付けて引き摺ってやろうか?」……今すぐ飛び移らせて頂きますですぅ!!」

 

 

このウサギは反省という言葉を知らないのだろうか?額に青筋を浮かべたハジメの言葉によって、急いで魔力駆動二輪に後ろに飛び移ったシアさん。それを確認したあと、俺はすぐに人間に擬態する。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

篝火影二 17歳 レベル76

天職:役者

筋力:4500

体力:2800

耐性:2000

敏捷:36000

魔力:30000

魔耐:2000

技能:演技[+千変万化][+武器操術補正]・文才[+心象投影]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇]・裁縫・家事・我流武器操術[+槍術][+拳術][+剣術][+弓術][+鎧術][+鎌術][+鋸術][+扇子術][+奏術]・生成魔法・言語理解

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

人間用のステータスはこれで良いだろう。え、高いって?まあ、元の姿から一桁減らしただけだからな。魔力に関しては聞くな。これ以上減らすと擬態を維持できない。敏捷は、これくらいないとハジメたちの魔力駆動二輪についていけないんだ……。地球にいた頃は魔力無しで擬態できてたんだがなぁ……。召喚に合わせて体の仕様もこの世界基準に調節されたらしい。エヒトめ、絶対に許さん。

 

 

「おいおい……影二お前……ステータスにどんな振り方したんだよ……コイツについて来れるとか敏捷おかしいだろ。んでもってやっぱその口調懐かしいな。……キモいわ」

 

「仕方ないだろう。バイクに4人乗りしろとでも?だったら多少おかしな目で見られてもこうしないといけないからな。まさか、今から4輪に乗り換えなんかしないだろ。あとハジメ、後で俺の元の姿で鬼ごっこな?」

 

「……影二の口調……気持ち悪い」

 

「ふわぁ……お話には聞いてましたけど、ここまで変わるんですね〜」

 

 

ボロクソに言ってくれるじゃないか……。何故だ、何故並走しているだけでこんな扱いなのか。というか、さっき確認したが、『演技』の派生技能『千変万化』って神域での天之河の技の名前にもあったよな?すこぶる嫌なんだが……

 

 

「ッと……お前ら、無駄口はここまでだ。気配感知に反応があった。地上に40前後くらいの人、空に……6匹の魔物だ」

 

「空!?てことは……ハイベリアです!!急がないと父様たちがッ!!」

 

「ハジメ、俺は先に行く。召喚【魔弓】」

 

 

宝物庫から【魔弓】を取り出し、黒いスイッチを押すことで魔力を伴わない弦を出した。さらに宝物庫から矢が収められた矢筒を取り出し背負う。そして、そのまま走る速度を上げて魔力駆動二輪を追い越した。

 

 

「おい!!……アイツ、マジで速いな。いや、負けてられねえな!!人間に(人間じゃないけど)負けるバイクなんてねぇんだよ!!」

 

「ハ、ハジメ!?……速すぎる」

 

「うわぁ!?ハジメさん、安全にお願いしますですぅ〜!!」

 

 

俺たちは、爆走しながら峡谷を駆けて行った。

 

 

2分ほど走れば、空を飛んでいる魔物が見えてきた。

 

 

「ハジメ、俺はここから狙撃する。先に行ってろ」

 

「ああ分かった」

 

 

俺は足を止める。ただ、速すぎたためズザザザ〜と土煙を上げながら自分の体にブレーキをかけた。

 

 

「この距離なら……わざわざ演じる必要もない。訓練の成果の見せ所だ」

 

 

右膝を着き、矢筒から矢を取り出して構える。人間族の平均の1000倍以上はある筋力でしっかり弦を引くが、さすがオルクス大迷宮産の魔物の糸。そう簡単に千切れはしない。

 

ハジメはすでにドンナーを取り出し構えながら運転している。ハジメが接敵した瞬間に俺も射ろうか。

 

 

ドパンッドパンッ!!

 

「……………………ッ!!」

 

 

俺は矢を放つ。軌道はハイベリアというワイバーンのような魔物を捉えているがここは谷。そして距離にして約300m。常識的に考えれば弓の射程なんぞはるかに超えている。しかし、我流武器操術の派生技能による補正も考えればその矢を外すわけもない。

 

 

「「「グギャァ!?」」」

 

 

その矢はしっかりとハイベリアの頭に突き刺さる。矢もハジメがしっかり作ったものであるため丈夫で強い。ハイベリアの悲鳴が重なって聞こえたのは恐らくハジメがやったものだろう。銃声も響き渡っていたし。

 

 

「第二射……構え………………今ッ!!」

 

 

一人で何を言っているのだろうと思われるが、まあルーティンの一つだ。二発目もしっかりとハイベリアの姿を捉えて命中。しかし今度は翼にだ。シアさんが宙を舞っているがハジメが投げただろうから無視。万が一にでもシアさんに当てるような訓練の仕方はしていない。ハイベリアは飛行が出来なくて落ちている。殺し切れていないがハジメがやるだろう。もう後はゆっくり歩いてハジメたちの元に向かう。【魔弓】のテストも終わったしな。魔力の弦と矢を試せてないけどまあ今はいい。

 

……はぁ、二射目は当たりこそしたが殺すまでには至らなかったか。そりゃあ1ヶ月もやってないのに弓が完璧になったなんてあり得ないから当たり前だ。そんなこと言えば全弓道民からフルボッコだろう。だが、()()()()()()()()何も出来ないのでは意味がない。以前、ユエさんに『演技=俺』みたいな事を言った。大体合ってると言えばそうなのだが俺が何も出来なければこれから先、恵里と共に歩もうなんぞ言う資格はない。俺の全ては恵里のために、それが今の行動原理だ。

 

早足で歩けばすぐに合流できた。どうやらハウリア族との顔合わせの最中なようだ。

 

 

「おう、遅いぞ影二。俺が作った【魔弓】、完璧な仕上がりだったろ?」

 

「影二……良い腕」

 

「凄かったですぅ!!影二さんいろんな武器を使えるんですね!!」

 

 

……まあ、今はこういうのも悪くないのかもしれない。ヒトの真似事をしなくてはならないように生まれたことを後悔したけど、どうやらこの世界は俺と相性が良いらしい。全く、神様は何処まで見てこの世界を作って俺を転生させたんだかな。

 

 

「ハジメ……俺の腕を褒めるっていう選択肢は無かったのか?ユエさんやシアさんみたいに扱ってくれても良いんだぞ?【魔弓】は確かに良かったけどな」

 

 

ああ……俺、今『楽しい』のか。コイツらとの旅が……そうか……じゃあそろそろ『苦しい』が来るのか。

 

【楽】の後には【苦】を。

 

【苦】の後には【楽】を。

 

人生はその繰り返し。俺が唯一()()から学んだ教訓。

 

 

さて、今回はどんな風に演じようか。

 

 

「初めまして、篝火影二だ。ハジメたち共々、よろしくお願いする」



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知られたくなかった ※グロ表現あり

サブタイにもある通りグロ注意です。凄惨な場面で凄惨な描写をしています。苦手な方は、そういう描写があった、ということで【戦闘部分】が始まったら最後まで飛ばす事をお薦めします。

じゃあ書くなよ。という意見も出そうですが、必要な工程でしたのでご理解のほど宜しくお願いします。


ストックはここまでですので、少し期間を開けてから投稿いたします。


 

「初めまして、篝火影二だ。ハジメたち共々、よろしくお願いする」

 

「おお!貴方があの矢を射った方ですか。私はカム。シアの父にしてこのハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助けいただき、なんとお礼を言えばいいか……父として、族長として深く感謝いたします」

 

 

ハジメたちに合流した後、俺は改めてカム・ハウリアに挨拶した。本当に俺たちに感謝しているらしく深々と頭を下げている。

 

 

「やめて頂きたい。我々は対等に契約を結んだ。感謝は、契約達成とともにお互いの報酬を得た後、対等に行うべきだ」

 

「受け取っとけ影二。こういうのは人として当たり前の行為だ。何より、自分にとって大切な者を守ってくれたんだからな」

 

「……そうか。そういうことなら……なるほど、どういたしまして」

 

 

ハジメからのアドバイスは的を得ていた。何よりも『人として当たり前の行為』という部分が重要だ。恵里と共に過ごしたいのなら、人間を知るべきなんだ。あの頃よりも、平和的でずっと穏やかな生活の仕方を。

 

そして俺たちは、ライセン大峡谷の出口を目指して歩みを進めた。……正直、魔力の分解を力尽くで無視してるから結構きつい。早く出たい……今も秒単位で魔力が削れている。

 

 

「グルァ!!」

 

「煩わしい。失せろ」

 

 

ハウリア族が数十人単位でいるので、もちろん魔物にも襲われる。俺やハジメを中心として護衛を行なっているので何も問題はない。ガツンと【魔弓】自体で殴る。設定した筋力も相まって普通に吹き飛んでいく魔物。

 

 

「影二……弓で殴る奴が何処にいるんだよ……それのメンテをするのは俺なんだぞ?」

 

「殴打した程度で壊れるんだったら錬成師南雲ハジメの恥だぞ」

 

「……当たり前だろ。俺はそんな柔なもん作らねえよ」

 

 

軽口を叩きながら俺たちは魔物を殺し続ける。【魔弓】を戻していないのは単純に魔力の無駄だからだ。射った矢も回収しているのでそちらに無駄はない。

 

少し目線を逸らせばハウリア族の皆様方は唖然としている。どうやらここの魔物がポンポン倒されている事に驚いているらしい。

 

 

「ハジメさん、影二さん。ちびっ子たちが見つめていますよ〜手でも振ってあげたらどうですか?」

 

 

ニヤニヤとしながら俺たちを見てくるシアさん。『魔力操作』があるんだったら『身体強化』で手伝えと思わない事はないが、シアさんも護衛対象。まさか戦えとは言えまい。……さっきはハジメが投げ飛ばしていたようだが。

 

とはいえ、子供たちからのキラキラした目線も悪くないので手を振っておこう。

 

 

「「「「「「わぁ!!」」」」」」

 

 

ヒーローショーでヒーローに手を振ってもらえた時のような反応だ。いや、テレビでそういう場面を見たから知識があるだけなのだが。ふむ……少しむず痒いな。子供であるがゆえに悪意がなく、本当に純粋な感情を向けてくるためどう接すればいいか分からない。そんな事今までなかったから。

 

ハジメはシアさんにキレてゴムの銃弾を撃ちまくっている。カム殿もそんな二人の様子を見て和んでいる。反応がないユエさんに関しては触れない方がいいだろう。戦闘にも出させてもらえず、ハジメはシアさんに構っている、俺に対しても警戒中の身であるから話しかけるのを躊躇っている。フラストレーションが溜まっている分、後でハジメに対する反動が凄いだろうな。

 

 

「お前ら、そろそろ到着だ」

 

「……帝国兵はまだ居るでしょうか?」

 

「未確定だ。人間らしく無駄に諦めていないのか、全滅したと帰還しているのか」

 

「そ、その……もしまだ帝国兵がいたら……皆さんはどうするのですか?」

 

「ん?どうするって何が?」

 

 

どうやらシアさんの発言には、他のハウリア族も聞き耳……ウサミミを立てている。そりゃあ……同族を殺せるのかという問題は、どの種族でも共通だろう。

 

 

「今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵……人間です。ハジメさんと同じ。……敵対できますか?」

 

 

俺やユエさんに聞かないのは、まあそりゃそうだ。ドッペルゲンガーと吸血鬼だからな。

 

 

「残念ウサギ、お前、未来が見えていたんじゃないのか?」

 

「はい、見ました。帝国兵と敵対するハジメさんを……(そして、帝国兵を嬉々と殺して、笑みを浮かべながらその死体を貪っていた影二さんの姿も)」

 

「だったら何が疑問なんだ?」

 

「疑問というより確認です。帝国兵から私たちを守るという事は、人間族と敵対すると言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと……」

 

 

ユエさんが無言で俺を見る。どうやら()()という言葉に、お互い同族がいない者としてどうするべきか聞いてきているのだろう。それに俺は首を横に振って示す。それは意味のない会話だと。何故念話をしてこないのか……ああ、ここはまだライセン大峡谷だったな。無駄な魔力は使うべきじゃない。……俺が擬態しているのは無駄なんだがな。

 

 

「それがどうかしたのか?」

 

「えっ?」

 

「だから、人間族と敵対する事がなんか問題なのかと言ってるんだ」

 

「それは!……だって、同族じゃないですか」

 

「シアさんたちこそ、その同族とやらに処刑される寸前だったんだろう?」

 

「それは……まあそうなんですが」

 

「大体、根本が間違っているんだよお前は」

 

「こん……ぽん……?」

 

 

ハジメが説明する。ハジメがわざわざ犯罪者認定されているハウリアを雇ったのは単純に便利だから。そして、その役目を遵守してもらうため()()に守っている。義務感や同情心ではない。俺は契約という義務感を感じているがな。だから、その契約遵守のための障害は全て取り除く。それがたとえ誰であっても。それがハジメの意見だ。

 

まあ、もしもハジメがハウリアを裏切って帝国に着いたなんてことになったらロクな事にならないからな。シアさんが不安になるのは仕方ないだろう。例えそれが『未来視』で見た光景だとしても。

 

 

「はっはっは、分かりやすくていいですな。樹海の案内はお任せくだされ」

 

 

カム殿は快活に笑う。感情論よりも損得を優先したハジメの言葉は意外とカム殿に信用されたのだろう。

 

俺たちは見えていた階段を登る。そしてようやく……ライセン大峡谷を登り切った。魔力が分解されている様子もない。……ようやく乗り切った。

 

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがな〜こりゃあ、いい土産が出来そうだ」

 

 

ぱっと見60人近くの帝国兵がこちらを見てにやけ笑いをしている。……この視線、既視感があるな。そうだなぁ……ああ、あの頃俺に集中砲火していたクズゴミどもの視線にそっくりだよ。

 

 

「小隊長!白髪の兎人もいますよ!隊長が欲しがってましたよね?」

 

「おお、ますますついてるな。年寄りは別にいいがあれは絶対殺すなよ」

 

 

もう、兎人族を捕まえた後の話をしている。実力主義の野蛮な帝国ならまあ普通の考えなのだろう。そして、ようやく俺たちに気づいた。

 

 

「あぁ?お前誰だ?兎人族じゃねえみてえだが?」

 

「ああ、人間だ」

 

 

クフフ……どうやら、まだ『楽しい』時間は続くらしい。なるほど、『苦しい』時間はどうやら俺が殺しまくった後のハジメたちの反応か。虐殺を楽しむ俺を見てどういう反応をするのか……拒絶するかな。まあもうカウントダウンは始まっているから関係ない。なるようになるさ。

 

 

ドパンッ!!

 

 

開戦の合図だ。

 

 

「クヒッ……召喚【鏖鋸】……さぁ、今日は赤い雨が吹き荒れる」

 

 

ハジメが撃った男はもう頭が吹き飛んでいる。他の帝国兵はもう戦闘態勢に移行しているから俺も参加していいだろう。

 

 

「ぎゃぁぁぁ!?腕がぁぁぁぁぁ!?!?」

 

「なんだこれ!?丸い刃が飛んできて……がっ!?」

 

「なんだこの動き!?ひぃ!!誰かたすk……」

 

 

『魔力操作』で糸を作り、ヨーヨーのストリングを形成して思いっきり飛ばす。1人目の腕真っ直ぐ貫き、右手を捻って方向転換させる。そのまま2人目の首を切り裂き、胴体とおさらばさせた。もちろん切断面からは大量の血が吹き出している。そんな様子をぼうっと見ていた3人目は、俺の左手から射出されたもう一つに気づかず……いや、直前で気づいて絶命した。

 

辺りで爆発音もするし、ハジメもなかなか暴れ回っているらしい。

 

 

「久しぶりの人間の血の匂い!!滾る!!ああもう……面倒臭いですねぇ!!」

 

 

俺は擬態を解いて、武器も戻す。いつものステータスで近づいて殴ったほうが早い。

 

 

「ば、バケモノだぁぁぁ!!」

 

「あんな魔物……見たことがないぞ!?」

 

「あっはっっはっっはっ!!死になさい下等生物ゥゥ!!ほぅらぁ……さっさとしないとお仲間の頭がグチュグチュですよぉ!!」

 

 

ああ……最高だ。あの時のクズゴミ共のような目をしている人間を……こんな簡単に屠れる日が来るなんて……!!

 

 

「gy……」

 

「おいミヒャエ……ミ、ミヒャエル!?」

 

「おやぁ?そんな人間、もうこの世にいませんねぇ?」

 

「ヒィ!?……くぺっ」

 

 

隣にいたはずの戦友はすでに頭が潰れている。俺が掴んで潰したからだ。悲鳴を上げた帝国兵も変な声を上げながら頭を潰された。

 

 

「この……魔物風情がぁぁぁぁぁ!!」

 

「……あぁ?」

 

「しにさらs……ッ!?何故……剣が通らない!?」

 

「今……なんと言いました?私に……風情と言いましたか?……人間如きが?私に?…………あぁ……あぁ……」

 

「なんなんだよ……コイツ……おい、誰かコイツを…ッ!?誰も……いないのか……」

 

 

魔物と一緒にされるのはまだいい。魔石が無いだけで見た目は完全に魔物だからだ。……だが……だが……だが!!俺に対して……魔物()()だと……ふざけるな……ふざけるな……

 

 

「……決めました。貴方にしましょうか」

 

「……え?」

 

 

俺は腰を抜かしたソレの前に立つ。

 

 

「見なさい。先程貴方がミヒャエルと呼んだ肉塊です」

 

「……ひぃ」

 

 

すぐそばにある頭の潰れた肉塊を掴み上げる、

 

 

「鎧と衣服が邪魔ですねぇ……ふんっ」

 

 

コレが認識できない速度で手刀を振り、鎧を細切れにし、衣服も同じようなことになった。

 

 

「おや……細かすぎましたかねぇ……まあいいです。程よい筋肉に脂肪。……いい肉だと思いませんか?」

 

「……なにを……いって」

 

「ただ少し汚いのがいけません。ええ、貴方だって内臓の入った肉は食べたく無いでしょう?」

 

「ひぃぃぃぃ!?!?!?」

 

 

俺は形も分からなくなった頭を引きちぎりその切断面をコレに見せ、食道を思いっきり引っ張った。

 

 

「おお〜、上手く行きましたねぇ……見てくださいよ。綺麗に取れたでしょう?」

 

「もう……やめてくれ……それ以上……ミヒャエルを……」

 

 

俺はコレに、一本に繋がった内臓……食道から胃を通り大腸小腸。そして、次は腹に手を突っ込み内臓類を全て取り出す。

 

 

「本当は包丁で綺麗に解体すべきなのですがねぇ……まあいいでしょう。血抜きは必要ありませんね。鮮度抜群の肉は、血もまた美味なのですよ」

 

「あぁ……あぁ……」

 

「折角なので分けてあげましょうか?クフフ……美味しい食事は分け合った方がさらに美味しく食べられるでしょうし」

 

「なっ!?やめて……やめてくれぇ!!」

 

 

ブチブチブチィ……

 

 

「ほら、あーん」

 

「モガッ!?ん〜ん〜!!」

 

「おやおや美味しいですかそうですか!!喜んでくれたようで何よりですよ!!クフフ……では私も頂きましょうか!!…………これは、やはり美味ッ!!ああ美味しいですねぇ!!鍛えられた人間もまたいいですねぇ!!あっはっはっははは……あーあぁ…………おやおや…………ふぅ……飽きました。死んでください」

 

「モg…………」

 

 

あーあー、全く……同じ表情しかしないじゃ無いかこの人間……ああもうただの肉か。首から出てる噴水は綺麗だねぇ……いやあそれにしてもやはり肉の中では人間が一番だな。軍人なだけあって筋肉質の歯応えは堪らない。なのに、しっかりと脂身もあって違う食感が楽しめる。多少、食える部分は少ないがその分凝縮されている。

 

 

「ふぅ……楽しかったですねぇ……帝国兵、もうちょっと居ませんかね。少し遊び足りないのですが……んぁ?ハジメ、どうしましたか?」

 

「………影二……お前……」

 

「だからどうしたのです……あぁ、なるほど」

 

 

今の俺の姿を確認しよう。周りには40人以上の帝国兵の死体。殆どの首がないか、潰れているか。そして、全身黒かったはずの俺の体は汚物共の返り血で殆ど真っ赤だ。少し黒みもかかってるから赤黒く見えるだろう、それはもう禍々しく。そしてその屍の中心にいる俺。

 

よく見れば、守られていた兎人族はシアさんを含めて全員顔が青い。というか顔面蒼白というレベルを超えて何やら嘔吐している者もいる。子供たちにいたっては大人によってその目もウサミミも隠されていた。どうやら見せられなかったらしい。

 

ユエさんは、少し顔が青いがまだマシ。理由は知らん。ハジメは茫然とした表情だ。珍しいじゃないか。お前がそんな顔するなんて。

 

アレ……どうしてだろう……痛い?何で?……肉塊がやった剣はちゃんと弾いていたのに……ドウシテ……胸ガ痛インダロウ?

 

 

「あ……う……え…………くっ」

 

「ッ!!おい、影二ッ!!」

 

 

ナンデ……ナンデ……コンナニアイツラノ顔ヲ見タクナインダロウ……見レナイ……声モ……聞ケナイ……ドウシテ?

 

 

 

 

 

 

 

〜ハジメ視点〜

 

 

影二が突然、走り去っていってしまった。

 

 

「影二……どうしたってんだ」

 

「……罪悪感」

 

「なに?」

 

 

ユエが近づいてきて言った。……どういうことだ?

 

 

「影二は……私たちの方を見てから逃げた」

 

「……確かに」

 

 

そういえば、一瞬こっちを向いたな。

 

 

「多分……私たちの前でこんな事をしてしまったから」

 

「……それだけで?」

 

 

ユエの言う通りなら、俺たちの……いや、俺の前で人間を食ったことに対する罪悪感から逃げたってことか?今更すぎるだろう……アイツなりの基準で言えばそれくらい別にどうってことはないはずだが……

 

 

「ハ、ハジメさん……影二さんって……今までハジメさんたちの前で……その……人を食べたことありましたか?」

 

 

残念ウサギもやってきた。その顔は青いを通り越してもはや白い。それでも話しかけてくるんだから、このウサギはやはり根性がある。

 

 

「いや、俺たちはまず人と出会ったのが久しぶりだ」

 

「じゃあ……見られたくなかった、っていうのもあるんじゃないですか?」

 

「人間を食う篝火影二を、ってことか?」

 

「はい……おそらく……私も、知られてはいけないことがバレてこんな事になりましたから。最悪私だけでも居なくなれば、みんなが助かるかもって思ったことも何回もあります」

 

 

なるほどな……アイツ、ツンデレなのか。アイツ自身が思ってるよりずっと、アイツは俺たちのことが好きらしい。最近表情豊かだなとは思ってたさ。なんなら俺たちよりも人間らしい表情だってしてたしな。

 

 

だけどよ………

 

 

「……俺たちが」

 

「……ハジメ?」

 

 

腕に力が入る。義手の方も無意識で魔力を通しているんだろう。自覚はあるが……この感情は抑えられん。全く……俺がこんなことになるなんてな。俺の中でも、影二の存在は思ってたより大きかったらしい。

 

 

「俺たちが……今更それくらいでお前を嫌いになるわけねえだろ……影二!!」

 

「……んっ!!ハジメの言う通り!!影二は……私たちをみくびりすぎ!!」

 

 

早く頭冷やして戻ってこい……大馬鹿野郎。ユエだって、待ってるんだぞ。



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最大の試練(誰のとは言ってない)

「はぁ……はぁ……ここは?」

 

 

思わずハジメたちから逃げてしまって何時間経っただろうか。あれから俺はずっと走り続けた。何も考えず、何も見ず、何も聞かず、ずっと走った。ようやく止まってみれば、どうやらライセン大峡谷に戻ってきたらしい。

 

 

「……なるほど、楽しみすぎたのですね。あーあ……苦しいなぁ……何ででしょうか……」

 

 

【楽】の後の【苦】は思ったよりずっとキツかった。ハジメたちの顔を見ると何故か胸が張り裂けそうになる。だから逃げた。

 

 

「所詮私は……バケモノですか。……それにしても、方向音痴にはうってつけの場所ですね、ここは。東西どちらかへの一本道しかないのですから」

 

 

顔をあげれば果てしなく続く一本道。こんな広大な峡谷で、シアさんはすぐに迷宮を見つけることができたのだから凄まじい。

 

 

「……少しの間、ここら辺にいましょうか。頭を冷やさなければいけませんし」

 

 

運良く迷宮も見つかれば万々歳。そうでなくとも、反省にはちょうど良い。

 

 

「ある意味では、ハウリアに対する反面教師でしたね。殺しを楽しんではいけないという」

 

 

確か、ハー◯マン式で改造されたハウリアをシアさんが諫める筈だ。帝国兵と同じ顔をしていると。ならば、それよりも凄惨な場面を見たのだから意識に変化はあるだろう。別に己の行為を肯定するわけじゃないけど、人間らしくは無かったな。

 

 

「はぁ……ミレディ・ライセンの迷宮でも有れば憂さ晴らしが出来るのですが……おや?」

 

 

『おいでませ!ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪』

 

 

噂をすれば何とやら……正直タイミングが良すぎるし、方向音痴の俺にとってはあきらかに何者かの作為が働いているとしか思えない。もしや神が手を出さねばならないほど俺の方向音痴は機能しているというのか……

 

 

「ま、まぁ……せっかく巡ってきたチャンスですし……挑むとしましょうか……ええそうしましょう。ここのウザさならば馬鹿な事をした私への罰になるでしょう」

 

 

こんな変な感じで、1人での迷宮攻略が決まってしまった。

 

 

「確かこの辺りに回転扉が……ぬお?」

 

 

適当に壁を触っていたらビンゴだったらしい扉が回転して、後ろから迫る扉に押されて中に入れられてしまった。

 

 

ヒュンヒュンッ

 

「む……チクチクしますねぇ……?矢?この程度の矢では私に傷一つつけれませんとも」

 

 

無数の矢が俺の体を貫こうとして弾かれ、時にはすり抜け……全くのノーダメージだ。衣服が穴だらけな点を除けばだが。縫い直し……いや、新しく買ったほうが早いか。金なんて全く持っていないけどな……

 

広い空間の真ん中に、入り口の時と同じような石板がある。

 

 

『びびった?ねえ、びびっちゃった?ちびってたりして。ニヤニヤ』

 

『それとも怪我した?もしかして誰か死んじゃった?……ぶふっ』

 

 

【ライセン大峡谷】のコンセプトは卑劣な神陣営からのあらゆる攻撃を魔法を使えない状況下で対応する力を磨く事。正直な話、この程度でイラつくような俺ではないし、なんならどれだけイラついていても演じる事でごまかす。演じる事は魔力を使わないからな。ちなみに、この迷宮に入ってから外よりも魔力分解作用が働いていて、正直なところ擬態は無理だ。

 

 

「ミレディ・ライセン。どうせ最深部から見て聞いているでしょうから先に言っておきます。私は全てのトラップを破壊して通ります。そして私は、天性の方向音痴です。一本道でも確実に迷います。覚悟はいいですね?」

 

『…………』

 

 

石板には何も書かれていない。何言ってるんだコイツ?ってところだろうか。

 

 

「ちなみにこんな見た目ですが、エヒト陣営ではありません。異世界にいるバケモノだとでも認識していてくださいな」

 

 

ひとしきりの自己紹介は終わった。さぁ……攻略を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

〜三人称視点〜

 

 

3日後

 

 

 

「な、何なのコイツ……嘘でしょ……」

 

 

とある空間で、フードを被った小さなゴーレムが何かを見つめていた。このゴーレムの名はミレディ・ライセン。七大迷宮【ライセン大峡谷】の創設者にして、管理やラスボスを担当している。そんな彼女は、3日前に挑んてきた挑戦者の様子をモニターしていた。

 

 

「なんで……なんで……こんなに一本道で迷うことができるのかな!?」

 

 

そう。この迷宮なら3日程度は普通……いやまだ序盤も序盤。ミレディがわざわざ悲鳴を上げるようなことはないのだ。そんな彼女が驚きを隠せない相手……人型の真っ黒なボディに、赤く光る眼光。たまに口らしき箇所も動いていることから独り言を呟いているであろう、ソイツの名前は……篝火影二。彼は、余程の弱者でもない限り数時間もあれば攻略できるようなトラップの数々を全てを徹底的に、残弾も許さず破壊していく。ミレディが何年もかけて準備してきた自信のトラップをだ。

 

 

『……この道は通りましたね。という事はまたどこかに隠し扉があるのでしょうか?』

 

「そんなわけないでしょ!!その一本道を普通に行けよバカァ!!わざわざ壁を破壊してまでなんでそんなところ通るかなぁ!?」

 

 

ミレディから見れば、彼は世界一の鬼畜に見えただろう。一本道のはずなのに、壁を破壊し、別の道を行き、そしてそこでまたトラップを破壊。それを繰り返し、いつのまにか入り口に戻ってきている。仕様で入り口に戻らせているわけじゃない。彼自身の感性でいつのまにか戻っているのだ。この迷宮は一定時間ごとに道が入れ替わるようになっている。空間魔法という神代魔法を使い実現しているが、それは壁の向こうに別のトラップ部屋が隣接している。それを見事に引き当て、尚且つ入り口に戻る。トラップを破壊しながら……

 

 

『……全く、ミレディも往生際が悪いですねぇ。このままでは次の挑戦者が来る前に全てのトラップを破壊してしまいそうです。……いや、敢えて破壊するというのは……ありですね』

 

「ありなわけないでしょ!?コイツ……性格悪ッ!?てかなんで私が追い詰められてるんだよぅ!?」

 

 

七大迷宮というのは、神代に神へ反逆した者たちが、それぞれの得意とする魔法を授けるために試練を課す場所。しかし、現在ミレディが逆に篝火影二に試されているような状況だ。

 

 

「せめてゴーレム部屋にはたどり着いてよ!!それよりもなんで生身でトラップを食らってなんともないわけ!?あの体何でできてるの!?岩の大玉を人差し指で破壊したと思えば、壁の両側から出てくるノコギリ状の刃が切り裂いたはずなのになんともないようにくっつきやがって!!あれなんて生物!?」

 

 

ドッペルゲンガーです。そんな事は今のミレディにはわかるわけもないが、本気で彼女は困っている。迷宮の修繕のために使用しなければならない資材の量はもちろん、それを行うための魔力、次の挑戦者が来るまでの時間。いくら神代魔法があると言っても、ここまで無残な事になれば全てに膨大な量を必要とさせられる。不定形の異形である影二とっては相性がいいと言える。

 

 

「そういえば、なんで印とかつけてマッピングしないんだろう?いくら方向音痴だと言っても、さすがに印さえあればいけると思うんだけど……」

 

『…………マズいですね』

 

「お?やっと諦める気になったかな?」

 

 

影二のネガティブな声が聞こえ、画面を覗くミレディ。しかし現実は非情だ。

 

 

『飽きてきました……全力で魔力を解放すればこんな壁を破壊して、最深部と空間ぐらい繋げられるのでは……はッ!?』

 

「はッ!?じゃない!!……なんてこと言ってくれてんの!?コイツ……挑戦者云々関係なく人類の敵でしょ!!」

 

 

もう一度言おう。この迷宮のコンセプトは卑劣な神からの精神攻撃への耐性をつける事。だが現在、管理者であるはずのミレディが、卑劣な挑戦者からの精神攻撃への耐性を強制的に引き上げさせられていた。そしてミレディは気づいていない。篝火影二はすでにそれをクリアしているから、このトラップ達を無視させて実力を試すゴーレム部屋まで案内しても良いことに。それに気づかなければ……ミレディはただただ迷宮を破壊されていく被害者になるだけなのだ。そして、影二の言っていることは、影二が本気を出せば出来てしまうことなのでその対策も、ミレディは考えなくてはならない。彼女はゴーレムの体にないはずの胃がキリキリと痛む感覚を覚えた。

 

 

ズドガァァァァァァン‼︎‼︎

 

 

『お……新しい道ですね。行ってみましょうか』

 

 

「もう……もう……もうやめでぐだざぁ〜い」

 

 

涙も出ないはずなのに……ミレディの声は明らかに泣いていた。彼が迷宮を攻略するまでに、ミレディの精神は持つのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

〜影二視点〜

 

 

 

さらに4日後

 

 

「……食料が底をつきましたね」

 

 

ずっと迷宮内部にいて時間の感覚がわからない。食事は元々必要無いため食べなくても大丈夫だが、睡眠は一応必要だ。と言っても毎日寝ているわけでは無い。適当に眠くなったら寝るという感じだから全く日にちも分からない。

 

 

「やはりここのトラップはぬるいですねぇ。早く次のステージに進みたいものです」

 

 

侵入すぐに宣言した通り、襲いかかってきた全てのトラップを根本から破壊しながら通って来た。きっと今頃ミレディは発狂しているだろう。

 

 

「したよ!!それはそれはもう毎日毎日発狂したからね!?」

 

「…………おや?」

 

 

どこからか声が聞こえてくる。ふと後ろを振り返ってみれば、フードをかぶったゴーレムの姿が。

 

 

「おやおや……召喚【撃鉄】」

 

「ちょっと待って!!確かにこんな迷宮でこんなゴーレムが出てきたら身構えるけどちょっと待って」!」

 

「自覚あるんですね……」

 

 

手をパーにしてブンブン振り、顔の表情も焦ったものに変わる。……便利だなそれ。

 

 

「はぁ……私がこの迷宮の創設者のミレディ・ライセンちゃんだよ。よろしくね」

 

「これはこれは御丁寧に。篝火影二と申します。この度は憂さ晴らしも含めてこの迷宮に挑ませていただきました」

 

「憂さ晴らし!?だからあんなに破壊してくれちゃってたのか!!」

 

 

丁寧に発射口を潰し、残弾を探して粉砕。仕事は徹底的にやるべきだ。

 

 

「それで、わざわざ貴女が出てくるような用事とはなんでしょうか?」

 

「あぁ……それね……ほい」

 

 

ミレディの疲れ切ったような声の後、迷宮の構造がまた変わった。

 

 

「あの扉の先が順路だから。お願いだからこれ以上迷宮の破壊はやめて欲しいかなって」

 

「おや……いいんですか?ショートカットなんて作ってしまっても。もし私が迷宮を攻略した時に神代魔法が得られない可能性があるのでは……?」

 

「ここでの試練はもうクリアしてるから大丈夫……ていうか早く先に行って欲しいんだよ。ていうか行って、今すぐにでも!!」

 

 

両手を腰に当てプンスカと怒っているような表情をしているミレディ。ただし声のトーンはひたすら変わっていない。

 

 

「はぁ……分かりました。ていうか、ミレディ・ゴーレムに移らなくて良いのですか?最終試練まで一気に突っ切りますよ」

 

「ッ……なんで知ってるの?」

 

 

今度は警戒したような声になった。いつでも重力魔法を使えるように備えているし。

 

 

「そうですねぇ……私の固有魔法とでも申しましょうか。そうとしか、今は説明できませんし。ああ、別に他の人にここの事をチクったりしてませんよ。チクったところで、攻略できる人間なんぞ2桁もいないでしょうし」

 

「…………君さ、ほかに攻略した?」

 

「オスカー・オルクスの所だけですね。実はかくかくしかじかでして……」

 

 

【オルクス大迷宮】を攻略した経緯を軽く説明した。

 

 

「へぇ……でも、他の神代魔法無しじゃ攻略は無理だったはずだけど……」

 

「私、ドッペルゲンガーですので」

 

「説明になってないんだけどな……」

 

 

神の使徒以外には遅れはとらんよ。この世界の魔物は弱すぎる。

 

 

「じゃあ、私は行きます。あ、修繕頑張ってくださいねw」

 

「絶対に後でぶっ殺してやる!!」

 

 

そうして、ミレディは空間魔法で転移していった。御丁寧に中指を立ててから。

 

 

「……行きますか」

 

 

床、壁、天井全てに『順路→』って隙間なく書いてあるのは流石に悪意があると思うんだ。ていうか迷宮で順路って……

 

 

「ミレディ・ライセンって意外とお茶目なんですねぇ……」

 

 




『ミレディ・ライセンって意外とお茶目なんですねぇ……』

「だぁぁぁれのせいだとおもってんだごらぁぁぁぁぁ!!!!」

「……はぁ。結構面白い子だったね。性格は別として。さて……私じゃ手に負えないかなぁ。……もしかして彼なら……って思っちゃったけど、どうしようかな。君はどう思う?」

「…………」

「まぁ、そうだよねぇ……でもミレディ・ゴーレムまで壊されちゃったらなぁ……う〜ん。ごめん、やっぱりお願いするね」

「…………?」

「いいよいいよ〜死んじゃったらそこまでの奴って事だし、彼、ほっとくと危なそうだしさ」

「…………」

「え、仕返し?いや〜人聞きが悪いよ。……ちょっと地獄を見てもらうだけだから。じゃあよろしく、ヌルちゃん。えいっと」


ガチャン……


「…………了解」


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最終試練:VSイレギュラー

 

ギィィィィン……

 

 

「さて……ここは、どうしましょうか?」

 

 

ミレディに案内された先の扉を開くと、そこそこ広い空間にまたもや一本道。しかし、両方の壁にこれでもかと騎士の像が並んでいる。おそらく50体ほどだ。

 

 

ガチャン……

 

 

中央付近まで進むと、これまで何度も聞いたトラップの発動音が聞こえてくる。そして、その音に連動して周りの騎士……ゴーレム達が動き出した。

 

 

「確か……奥の水晶のパズルを解くんでしたっけ?」

 

 

ガチャガチャと甲冑ならではの音を響かせながらゴーレム達は俺のほうに向かってくる。左手の盾をしっかり構え、右手の剣を突きのように持ってゆっくりと。

 

 

「まぁ……やるべきことは取り敢えず殲滅でしょう。修復すると言っても、バラバラにしてしまえば修復も時間がかかるでしょうし」

 

 

元々召喚していた【撃鉄】で構え直し、ゴーレムに突っ込む。先頭にいたゴーレムの頭を右腕で強打し粉砕しながら上に飛ばす。そのまま左腕で左足を殴り破壊。バランスの崩れたゴーレムの体を出来るだけ全力で上空に投げた。

 

 

「効率が悪いですね!!」

 

 

ゴーレム達は、俺が1人なのをいいことに全方向から走ってやってくる。

 

 

「すぅ……はッ!!」

 

 

腰を落とし正拳突きの要領で拳を振り抜く。万単位の筋力は伊達ではない。風圧により正面にいたゴーレムは漏れなく弾き飛んでいった。腰を落とし、空きだらけの俺の体に、5、6体のゴーレムが突っ込んできて剣で切ってくるが……もちろん効かない。

 

 

「効きませんよ……『衝撃(インパクト)』!!」

 

 

魔力分解を過剰な魔力でねじ伏せ、アーティファクトとしての力を発動させる。俺はゴーレムの周りを駆けながら、通り側に体に触れ、内側から魔力を暴発させる。もちろん、そんなことされたゴーレム達は、胴体の部分から体が弾け飛んだ。

 

 

 

「さて、水晶を……」

 

 

一通りのゴーレムをぶっ飛ばしたので、再生するまでの間にパズルを解く。

 

 

「……そこそこ難しいですね。ちっ……もう再生が」

 

 

ガチャガチャと、修復している音が聞こえてくる。

 

 

『とっけるかな〜、とっけるかなぁ〜』

 

『早くしないと死んじゃうよぉ〜』

 

『まぁ解けなくても仕方ないよぉ!私と違って君は凡人なんだから!』

 

『大丈夫!頭が悪くても生きて……いけないねぇ!ざぁんねぇ〜ん!プギャー!!』

 

 

扉にウザったい文字が出てくるが無視。凡人と言っても、所詮は人間に当てた煽り文句だ。俺にそんなものは効かない。

 

 

「もう一度ゴーレムをしばき回しますか。……いや、これでも食らいなさい!!」

 

 

宝物庫からハジメ印の手榴弾を10個ほど取り出し、ゴーレムの元へばら撒く。どでかい爆発音と共に、30近いゴーレムが破壊され、またもや修復待ちになった。ついでに、地面を少し削って置いたため、ゴーレムが普通に突っ込んでくるようでは躓いてこけるだろう。

 

 

「天才系のキャラでも演じればすぐに解けそうですが……今回は『役者』を封印するの決めたのです!!」

 

 

いちいち変なところで詰むように設定されている。これでも学年一位レベルには頭が良いはずなのに……!

 

 

「………うるさいですねぇ!!召喚【絶刀】、『千ノ落涙』+『影縫い』!!」

 

 

十万単位で魔力が持っていかれた。宝物庫から【絶刀】を取り出し、上に掲げて魔力を絶刀に流す。短剣の形に魔力が固定され上空から大量の魔力剣がゴーレム達に降り注いだ。

 

しかし、それらは一発もゴーレムに当たらず、その周囲の地面に刺さった。

 

 

『『『『『『……………』』』』』』

 

 

ゴーレムは何も起きなかったので俺に向かって走ってこようとする。しかしその体は動かない。『影縫い』は相手の影に短剣を刺すことによって体を縫い付ける……つまり動けなくさせる技だ。

 

 

「…………解けました!!」

 

 

数十秒ほど経って無事にパズルを解いた。ここまで生きてきた中で一番苦戦したかもな。

 

それと同時に扉も開いた。よく見れば動こうと必死だったゴーレム達も機能を停止したように動きを止めている。どうやら、クリアと判定されたらしい。

 

 

「……結構な魔力を持っていかれましたね。まだ余裕はありますけど、これ以上の消費は流石に……」

 

 

いざと言う時の、チート野郎への擬態の時に必要な魔力分は確保しなければならない。少し、息を整えてから【絶刀】【撃鉄】を宝物庫に戻した。そして、扉を通るとそこには……足場がいくつも空中に浮かんでいる、広大な空間がそこにあった。

 

 

「さて……入り口に戻されませんでしたね。と言うことは今からミレディ・ゴーレムとのたたかッ!?」

 

 

全身に悪寒を感じた。俺は考える暇もなく体を捻った。

 

 

ヒュィン…………

 

 

「…………は?」

 

 

俺は今、本能的に何かを避けた。頭ではなにも考えていないのに、体が勝手に。今まで出たことはなかったのに、冷や汗が出ているような感覚もある。ばっと振り返って何かが通り過ぎた場所を見ると。先ほど通った扉の向こうで、機能停止状態だったゴーレムの一体が砂のようにサラサラっと粒子となって消えていった。

 

 

「……あら、ミレディに怒られてしまいますね。まあ必要経費だったと言うことで後で謝りましょう」

 

「ッッ!!……まさかッ」

 

 

声が聞こえた。ミレディしかいないはずのこの迷宮で、先程の疲れ切ったような声をしていたミレディとは違う声。

 

透き通ったその声はどこか人を魅了するような、しかしなんの変化も感じないトーンで呟く。また振り返って見てみると、両手に大きな……斧?槍?が混ざったような形状の武器を2本持っていて、ノースリーブの鎧に肘まで届くガントレット。その素晴らしい胸部装甲を持ちながらも決して下品に見えず、なんなら神々しさまで感じる鎧。そして頭には天使の羽らしきものを擬えたプレートも装備している。銀や白で統一された鎧に似合う腰まで届く長い白髪の女が空中から俺を見下している。

 

 

「真の神の使徒……何故……ここに!!」

 

「おやおや、わたくし達を知っているのですか……と言うことは、誰かと戦ったのですね。ノイントでしょうか、もしやエーアスト?」

 

 

聞き覚えがありすぎる二つの名前。神エヒトが作った、9体の忠実な神の僕。そのうちの2体の名前だ。

 

 

「私は()()()()()()()です。……それよりも……ミレディ!!何故ここに神の使徒がいるのです!!」

 

『ふっふ〜ん。それはね〜、私とヌルちゃんが友達だからだよ♪なんでか君は、神の使徒の事も知ってるらしいから特別に教えてしんぜよ〜♪』

 

 

先ほどとは打って変わって上機嫌でウザったい口調で聞こえてきたミレディの声。どうやら別の場所から声を届けているらしい。

 

 

『ヌルちゃんはねぇ……むかーしむかしにクソ野郎エヒトによって捨てられちゃったんだよね。神に相応しくない僕はいらない、って』

 

 

『ヌル』どうやら彼女の名前らしい。確か……ドイツ語で0の数字を意味していたはずだ。それにしても、こんな使徒は居なかったはず……

 

 

『それで辿り着いたのが、私が作った【ライセン大峡谷】。私もびっくりしたよ〜。クソ野郎の手の届かない所のはずの場所に、ヌルちゃんがやって来たんだから。で、瀕死だったから拘束して十字架に磔にしてからじんも……お茶会してたら仲良くなったんだよね〜』

 

「今尋問って言いましたね?」

 

 

磔にしてから行うお茶会とはなんだろうか?

 

 

『それでね?どうやらヌルちゃんって、他の使徒の試作体らしくてさ。『個』の能力に特化させたかったクソエヒトは、ヌルちゃんを強くしすぎちゃって制御できなかったんだって。プププ〜笑っちゃうよね〜ww……で、何千年もボロボロの状態で磔にされてから、クソ野郎への忠誠心が消えたらしいよ。ちゃんと神代魔法で確認済みだから安心してね♪』

 

 

エヒトへの忠誠心がなくても、神の使徒がいると言う事実だけで安心感もクソも無いのだが。神代魔法ということは……魂魄魔法でも使ったのだろう。しかし、無駄に強いエヒトが制御出来ないほどの強さの使徒とは……彼女はどれだけなのだろうか。彼女はエヒトから廃棄され、殺されかけたにもかかわらず逃げるほどの実力があるということだ。

 

 

「……で、磔にされていたはずの使徒がどうして武器を構えて私を睨んでいるのでしょうか?」

 

「睨んでいません。普通に見つめているだけです」

 

 

どうやら、目つきは元かららしい。

 

 

『いや〜、君ってさ、ちょ〜強いじゃん?今までの様子を見た感じ、私じゃ勝てないからさ〜……『お願い』しちゃった♪』

 

「……敵であるはずのわたくしに甲斐甲斐しく世話をしてくれたのです。この恩を返すべきでしょう?」

 

 

使徒なのに何故か、俺より一般常識がしっかりしている。ミレディはどういう教育をしているだろう……。だって、磔にされてたはずなのに世話って……確かの傷などもないし、鎧も綺麗だ。お茶会(笑)をしているうちに本当に友情でも目覚めたのだろうか?

 

 

「……これが最終試練というわけですか。全く、何処に本物の神の使徒をボスとして配置する解放者がいることやら……」

 

『ここにいるよ〜』

 

 

あ、ウザい。この迷宮に入ってから初めてミレディのことがウザい。

 

 

『お、ウザいって思ったでしょ?プププ〜流石の君でも今のはウザいって思っちゃうんだ〜。……さてと、さっき聞きそびれちゃったんだけど、君はなんで神代魔法を求める?』

 

 

急に真面目なトーンで話しかけて来たミレディ。シリアスとウザさのチェンジがハッキリしすぎだ。

 

 

「……愛する人のために、ですかねぇ」

 

『へぇ……?』

 

「…………」

 

「わたしの目的はただ一つ。愛する人と共に幸せになること。そのためには……ええ邪魔なのですよ、エヒトが。先ほど説明した通り、別世界からやって来た私たちですが、エヒトを残したまま帰ったところでまた再召喚されるのがオチです。だったら、ぶっ殺してから帰るしかないのですよ」

 

『ほうほう、私的にはクソ野郎を倒してくれるなら嬉しいね!君強いし!』

 

「でも、私はエヒトを殺しません」

 

『……え?』

 

 

矛盾したセリフに、ミレディが疑問の声を上げた。

 

 

「エヒトを殺すのは私の役目じゃありませんので。この後に来る挑戦者。ああ、私の知り合いなのですがねぇ?そちらの方が貴女好みですよ、ミレディ?」

 

『……君にそこまで言わせるんだ?へぇ……楽しみだね〜♪……よし、ならば戦争だ!意地でもクソ野郎を殺してもらうために、私が誇るヌルちゃんを倒してみよ!』

 

「なにがよしなのか分かりませんが、まあ良いでしょう。どの道戦わなければいけないようですし」

 

『というわけで……ヌルちゃん、君に決めた!!やっちゃえ♪』

 

「了解」

 

 

電気ネズミをパートナーにしてそうな10歳児の決め台詞が聞こえて来たが、ミレディがそれを言ったと同時に、蚊帳の外だった使徒が返事をした。

 

 

「ミレディ・ライセンの友人にして、堕ちし元神の使徒、ヌルと申します。残念ながら、わたくしもまだ己の力を制御し切れていないので殺してしまったら残念です」

 

「異世界『地球』出身のドッペルゲンガーにして世界最高の『役者』篝火影二です。この度は愛する人のため貴女には負けていただきます」

 

 

お互いが改めて恭しく挨拶をする。

 

 

「時に……ヌルさんは、エヒトからの魔力供給を受けてらっしゃるので?」

 

「いいえ、ここはエヒトの力の及ばない場所。魔力が分解されるのでエヒトからの供給も断絶されています。よって今のわたくしには、エヒトが創造した通りの力しか持ち合わせておりません」

 

 

エヒト……神の使徒が自らの創造主を呼び捨てにするとは笑えない話だ。いや、『元』神の使徒だ。

 

 

「では始めましょうか……」

 

「ええ、そうしましょう」

 

 

俺は腕だけ、本来のドッペルゲンガーとしての姿に戻し鋭い爪を構える。対するヌルも両手に持つハルバードを構えた。

 

 

「「…………はぁ!!」」

 

 

俺は跳躍し爪を、ヌルは飛行しその手に持つ武器……ハルバードを、お互いに全力で叩きつけた。

 

 

【ライセン大峡谷】最後の試練が幕を開けた。



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ドッペルゲンガーという現象

七大迷宮【ライセン大峡谷】最深部にて、現代のこの世界最大の戦闘が始まった。俺、篝火影二vs元神の使徒ヌル。両者の初撃は、お互いの得物を空中で叩きつけ合うことだった。

 

 

「「はぁぁぁぁぁあああ!!」」

 

「ぐッ!?」

 

 

俺が吹っ飛ばされた。ヌルは落下のエネルギーを含んでいるため、勢いで押し負けたのだ。

 

 

「なるほど……確かに異常な力ですね……」

 

 

少し痺れる腕を無視して、俺はヌルを見つめ直した。

 

 

「まだまだっ」

 

「おっとっ」

 

 

さらにヌルが追撃してくる。両手のハルバードの刃を外側にし水平に構えながら空中より急降下してくる。俺はそれを左にローリングすることでギリギリ交わした。ヌルはそのまま地面にハルバードを叩きつける。地面は豆腐を潰されたかのように簡単に破壊された。

 

 

「遅いですよっ!!」

 

「想定済みです」

 

「……なっ!!チィ!!」

 

 

地面に刺さったハルバードを抜こうとしているヌルの横腹目掛けて、俺は拳を握り殴ろうとする。しかし突然、ヌルの背中から生えた2対の銀の翼。俺はそれを見て一旦後ろに飛んで回避した。

 

 

「ほぅ……初見で回避するとは……」

 

「どういうことです……ここでは魔力が分解されるはず……」

 

『説明しよう!この空間では、ミレディちゃんが選定した者だけ魔力分解から逃れることが出来るのだ!ヤダ、ミレディちゃん天才!!』

 

 

突然響き渡る声。どうやらその通りらしい。おそらく魂魄魔法で対象を選んでいるのだろう。

 

 

「そういう事です。対等な条件でないのは、あまり好みませんがミレディの判断ですのでご了承を」

 

「……迷宮のコンセプトですので、いた仕方ないですねぇ。全く面倒な……召喚【銀腕】【歪鏡】」

 

 

俺は右手に【歪鏡】を、左腕に【銀腕】を装備した。

 

 

「先ほどまでガントレットや剣を使っていたのに、今度は扇子?器用な方ですね」

 

「貴女こそそんな大きな得物を2本もよく扱えますね……」

 

 

お互い軽口を叩き合ってまた構える。

 

 

「さて、これは耐えきれますか?」

 

 

ヌルは翼を大きく広げ羽を360度に撒き散らした。銀色に淡く光っているので分解が付与されているのだろう。こんなに悠長に語っているが、正直……

 

 

「これはっ……面倒っ……ですねっ!!」

 

 

ジャンプして空中に浮遊している足場に飛び移りながら羽を避ける。羽は直線的な軌道ではなく、少し離れると本物の羽のようにふわりふわりと落下し始める。予測が難しいその攻撃は、確実に俺の逃げ場をなくしていき、

 

 

「ッッッ!?ぐぁ……」

 

 

背中に一瞬当たってしまった。俺の体は不定形故に、全身に同じダメージが通る。人間の体のように急所に大ダメージを食らった後にダメージを食らっても痛くないとかそういうのがない。俺の体全ては繋がっているから。一瞬分解されたがな。

 

 

「隙ありです」

 

 

ヌルはまた分解能力の付与された閃光を放って来た。

 

 

「そちらにね!!『展開』」

 

「なんッ!?」

 

 

【歪鏡】を360度の円状に展開し魔力を通す。そしてヌルが放った閃光に向けて受け止める。過剰な魔力でコーティングしたため、魔力だけが分解されそれ以外は光の反射の要領で跳ね返した。

 

 

「きゃっ!?……やってくれますね!!」

 

「戦いですから、気は抜きませんよ」

 

「どこにッ!?ぐぅ!?」

 

 

跳ね返した分解の光がヌル真正面を捉えその体を貫くはずだったが、可愛らしい悲鳴を上げながら回避した。まあ、そんな奴を見逃す俺ではない。

 

すぐにヌルの元までジャンプして【銀腕】から鞭を出し拘束した。

 

 

「こんなもの……わたくしには効かない!!」

 

「む……ですよねぇ……」

 

 

全身を分解能力で包んだらしいヌルはすぐに鞭を分解した。そのまま翼をはためかせて足場に着地したヌル。

 

 

「魔法は使わないので?」

 

「使いたいのは山々ですが、恥ずかしながらほとんどの魔法を忘れてしまいまして」

 

「……そうですか」

 

 

無表情で自分の恥を言う彼女の姿にはもはや尊敬するレベルだ。思わず俺も絶句してしまった。

 

 

「唯一使えるのはこれだけなのです。『断罪』!!」

 

 

いたずらが成功した時のように悪い笑みを浮かべ、ヌルは体を回転させながら飛び上がる。そして翼を大きく広げたかと思えば……翼から無数の閃光……いや、レーザーが所々で曲がりながら襲ってくる。

 

 

「見た目どう考えても『セラフィックウイング』なんですけど!?【歪鏡】!!」

 

 

いやぁ……『ダンボール戦記』の『ルシファー』は強敵でしたね。……とか言っている場合じゃない。どうやら光系魔法のオリジナルとかそういう類だ。【歪鏡】で問題なく跳ね返すことができる。

 

 

「それは見ましたよ篝火影二!!」

 

「光が後ろからッ!?」

 

 

跳ね返したはずの光は、返された先でさらに曲がり俺の後ろから背中に狙いを定めていた。

 

 

「この魔法は回避不可能。わたくしの魔力が尽きるか、貴方が死ぬかのどちらかです。さぁ……存分に踊ってくださいな♪」

 

「さてはヌルさん、ミレディにそっちの教育されましたね!?」

 

 

本格的にマズい。いくら敏捷がアホみたいに高いと言っても、対するは光。光のスピードにまでは届かない。それが無数にだ。流石に避け切る方が馬鹿らしい。

 

俺は、とにかく足場を変えながら考える。あの魔法を攻略するにはどうすればいい……久々の『痛み』や、生まれて初めての『傷』に少々違和感を感じる。そしてめっちゃ痛い。まともな思考ができているかも正直怪しい。少なくとも完璧に誰かを演じることはできないだろう。

 

ああいう光系魔法は俺にとって大分相性が悪い。それと同時に、あのレベルの光が存在していることは俺にとってとても相性がいい。矛盾しているだろう?しかし、()()()()()

 

この空間の雰囲気が変わる。ヌルは少し温度が差が多様に感じたのか、寒そうにしている。そして響き渡る声。

 

 

【あなたはだぁれ?わたしはだぁれ?】

 

「っ?……何を言って」

 

 

走りながら、光線にこの身を焼かれながら、俺は詠う。ヌルは突然聞こえてくるその声に、周囲を見渡す。しかし、見えるのは彼女の放った『断罪』から必死に逃げている俺の姿のみ。

 

 

【あなたはわたし。わたしはあなた】

 

「だから……一体何を……ッ!!いない!?」

 

 

俺の次の言葉に、ヌルが気づいた頃には彼女の視界に俺の姿はない。俺は彼女の影の中にいるからだ。

 

 

【わたしはあなただからしっている。あなたはわたしだからしっている】

 

 

彼女の感情を覗き見る。

 

エヒトにいらないと言われた時の疑問、後悔、絶望。

 

ミレディと出会った時の歓喜、感激、至福。

 

ミレディに捕らえられた時の諦念、残念、断念。

 

ミレディと過ごした時間での愉快、幸福、満足。

 

俺と戦っている時の驚愕、望外、愕然。

 

彼女が自覚してないだろう、未成熟な感情が溢れている。色んな感情を体験して、何千年も生きているはずなのに若々しい印象を覚える。

 

 

「うぐっ……これは……っ!!」

 

 

おそらく彼女にも、俺の今までの感情が流れ込んでいるだろう。負の感情が多いだろうから申し訳ない。

 

 

【さあ……なまえをよんで……わたし(あなた)は……?】

 

「ッッッ!!呼んではいけない!!……なのに……()()()()()()()()()気がする……あぁ……」

 

 

頭を抱えながら、彼女は唸っている。苦しませたいわけじゃない。でも、魔力がまともに使えないこの空間で勝つにはこれしかない。本当にすまない。

 

さあ、呼べッ!!

 

 

『『ヌル』』

 

 

さてと……ドッペルゲンガーとしての真の力、お見せしようか。

 

 

「はぁ……はぁ……一体何が……それに……篝火影二も……」

 

ファサ……

 

「ッ!?なんで周りにわたくしの羽が……」

 

『ヌルちゃん?……どうしたの?』

 

 

ヌルは、自分のものではないはずの分解羽に驚き周囲を見渡している。そして、彼女が上空を見上げた。そこにいたのは……

 

 

「そんなっ……どうして……わたくしがいるのですかッ!!」

 

「…………」

 

 

『ヌル』の体、防具、武器、翼。全てを持っている、もう1人のヌルの姿。詰まるところ『俺』だ。

 

 

『ヌルちゃん!?何言ってんの!!ヌルちゃんが2人も居るわけないじゃん!!』

 

 

ミレディは様子のおかしいヌルに向かって叫ぶ。当たり前だ。ミレディには俺……もう1人のヌルの姿は見えていないのだから。

 

 

さて、唐突だが、『ドッペルゲンガー』とは何か。これを正確に理解している者は何人ほどいると思う?これは俺の自論だが、恐らく0人だろう。何故かって?『ドッペルゲンガー』とは本来、超常現象の一種だからだ。そう、()()。決してそういう生物が居るわけじゃない。超常現象を完璧に、それも証拠や理論を用いて説明することは出来ないからな。

 

『自己幻像視』とも呼ばれるこの現象は、自分と瓜二つ、まるで分身のような存在を見てしまうこと。

 

ドッペルゲンガーとして現れる存在にはいくつか特徴がある。

 

その存在は他の存在と会話をしなかったり、本人と関係のある場所に現れたり、ドアの開け閉めが出来たり、急に消えたり、本人が見ると死んだりと、多岐に渡る。

 

では『ドッペルゲンガー』である『俺』はなんなのか?俺は現象の一つなのか?違う。俺は俺だ。ちゃんと生きている。

 

では『生物』なのか?微妙だ。生きているのだから生物という括りで良いのかもしれないが、神によって創造されたオリジナルの存在。どういう位置付けをしていいのか分からない。

 

そしてこの現象には、第三者が認識できるものとできないものがあるそうだ。俺は俺のこの能力を初めて使うから今知ったが、どうやら今の俺は第三者に認識されないらしい。ミレディに俺の姿は見えていないからだ。

 

まさしく『正体不明』。その事実がヌルをさらに混乱させ、この場を混沌とさせている。

 

 

「…………」

 

「黙ってないでなんとか言いなさい!!…………まさか、篝火影二の影響?しかし……これほどの魔法を発動するには、ここの魔力効率では不可能なはず!!」

 

 

ヌルの言う通りだ。でも、これは『ドッペルゲンガー』である俺のチカラ。魔力?そんなものはいらない。今空中にいるもう1人のヌルは、『俺』の意思をトレースしたただの現象。『ヌル』と言う存在を映し出すただの虚像に過ぎない。

 

さて、『ドッペルゲンガー』は急に消えてしまうらしい。早急に決着をつけなければならない。さらに『ドッペルゲンガー』を知るにあたって、重要な部分がある。それは先ほども述べた『ドアの開け閉め』ができる点だ。これはどう言うことか。幻像であるはずなのに、物質に触ることができる。……つまり、

 

 

「…………!!」

 

「なっ……ッ!!」

 

 

俺は両腕に持つハルバードを、最初のヌルのように、彼女に叩きつける。避けられはしたが、足場は砕け、一つ減った。

 

そう、触れるのである。今の俺は、ヌルにとっては幻像。実体を持たない霊的な存在として認識されている筈だ。そうだな、『質量を持った残像』に近いのだろうか?…………違うな。

 

 

「…………ッ!!」

 

「分解能力までッ!?わたくしもッ!!……きゃぁあああ!?!?」

 

 

俺は翼を広げて、分解の付与された羽を撒き散らす。ヌルも同じことをして相殺している。しかし、徐々に俺が押していき、トドメとばかりに閃光を追加で彼女に放った。

 

 

『ヌルちゃん!!さっきから1人で何やってるの!!誰もいないのに!!』

 

「ミレディ!?そんなはずはありません……現にわたくしの前には、わたくしがいるのです!!」

 

『何を言って……ッ、篝火影二が何かやってるの……?』

 

 

ミレディには、ヌルが1人で虚空に攻撃し、1人で吹っ飛んでいるように見えるのだろう。

 

 

「はぁ……はぁ……わたくしが……ここまで……」

 

 

使徒であるヌル、しかしその表情は辛そうだ。当たり前だ。全ての使徒の試作体としてデザインされた彼女はエヒトによって創造された。そのエヒトがヌルを作る際に参考にした物で一番身近な存在といえば……『ヒト』である。ヒトの構造を参考に作られ、創造された彼女にはもちろん感情がある。そして何より、『体力』など、神の使徒としては相応しくない不完全なものまで備わっている。そんな彼女は、もともとの俺との戦闘で飛び回り、大きなハルバードを2本振り回し、分解能力を使い、さらには大出力の光系魔法まで使っている。体力的にも、魔力的にも残り僅かな彼女はもちろん……疲弊していた。もう満足に体も動かないだろう。恐らく魔力も枯渇している。『断罪』の燃費はどうやら悪いらしい。

 

 

「げほっ……げほっ……篝火影二……わたくしに何をしたのかさっぱり分かりませんが……ふふふっ、楽しかったですよ。貴方との戦いは……戦闘がここまで心躍る物だとは知りませんでした。貴方に最大の敬意と感謝を。さぁ……一思いにやりなさい」

 

「…………」

 

 

目を閉じて、自分の死を待つヌル。敗者には死が与えられる物だと知っているのだろう。俺は彼女の元に降り立ち、右手に持つハルバードを彼女の首元に添える。

 

 

「ふふっ、わたくしが使徒として創造されていなければ、また違う出会い方もあったのかもしれませんね……しかし、使徒として創造されなければここで貴方に会えていなかったのもまた事実。甲斐甲斐しく世話を妬いてくれたミレディのお願いを聞き届けることができなかったのは残念ですが……」

 

「…………」

 

 

それはまるで、神に祈るシスターのように儚く、淡く、そして美しい。しかし、俺はそれを認めない。

 

 

「……もういいでしょう」

 

「…………ぇ?」

 

 

俺は全ての現象を消し、元の真っ黒な体で彼女の影から這い出る。ヌルの目の前からは、もう1人の彼女の姿が消えているはずだ。

 

 

「ミレディ・ライセン。ヌルさんはもう戦えません。私はまだ戦える、そしてヌルさんは自らの敗北を認めた。これ以上の戦闘行為は彼女を殺すだけです」

 

『…………なんなのさ、君』

 

 

ため息をついたような、呆れるような声が空間に響く。

 

 

「私ですか?……ただのドッペルゲンガーですよ」



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『自由』の名の下に

『はぁ……解放者の1人として、篝火影二の【ライセン大峡谷】攻略を認めるよ。まさかヌルちゃんが負けちゃうなんて……』

 

「いやぁ……強敵でしたね」

 

「どの口が言うの!?」

 

 

スッとミレディが小さいゴーレムの姿で現れた。空間魔法で転移したのだろう。

 

 

「…………あの」

 

「ん、どうされました?ヌルさん」

 

 

その場に女の子座りで、呆然とした表情でこちらを向いているヌル。

 

 

「なぜ……トドメを刺さないのですか?」

 

「質問に質問を返すようで悪いですが、なぜトドメを刺さねばならないのです?」

 

「当たり前でしょう……わたくしは負けたのです……」

 

 

悲痛な表情をして顔を伏せた。

 

 

「はぁ……ミレディ、貴方達解放者の合言葉のような物を、私はオスカー・オルクスから聞きました」

 

「ん〜?あぁ!!『君のこれからが自由な意思の元にあらんことを』……だね」

 

「それは誰に対しての言葉ですか?」

 

「神の意思に囚われてしまった人たちへ、かな?」

 

 

ミレディも真面目な感じで話している。いつもこうしていれば普通に聖人なんだが……

 

 

「ではその言葉は……ヌルさんにも当てはまりますか?」

 

「もちろん。ヌルちゃんは神の使徒だけど、感情があって、心がある。今は私が世話を焼いた分の恩返しを考えているみたいだけど、いつかはヌルちゃん自身の気持ちでこれからの事を決めて欲しいよ」

 

「ミレディ……しかし、わたくしは……」

 

「外に出れば、エヒトからの魔力供給を受け生きていることがバレてしまう、ですか?」

 

「ッ!!……はい」

 

 

最初に聞いた話によれば、エヒトは逃げたヌルを追うために魔力供給のパスを繋げて現在地を確認していたそうだ。エヒト目線では、反逆者の潜伏場所らしき所に瀕死の使徒が言っても殺されるだけだと捨て置いたのだろう。

 

 

「質問です。エヒトに廃棄を決定された後、どうして逃げたのですか?」

 

「……わたくしは、信じたかったのです。創造主を。きっと何か別のお考えがあるのだと」

 

「では廃棄を真実だと知った後も、どうして創造主の命令を聞かなかったのです?」

 

「……死にたくない。わたくしの感情がそう叫びました」

 

「ほぅ……貴女に備わっている感情が勝手にそう訴えただけで、貴女自身の意思ではないと?この谷の底で一生這いつくばっていくつもりだと……」

 

「ッ……それ……は……」

 

 

どうして俺は、この人にこんなに入れ込んでいるのだろうか?気に入った、と言うのもあるがそれだけだったら別にここまではしない。

 

 

「ちょっと君、そんな言い方ないじゃん!!ヌルちゃんは……私が外の世界の話をするとき、いつも楽しそうな顔して聞いてくれ……って、ヌルちゃん?どうしたの?」

 

 

ミレディが怒ったように、俺に向けてヌルのことを話す。ミレディは途中でヌルからすごい表情で見られていることに気づいた。

 

 

「ミレディ……わたくし、そんなに分かりやすかったですか?」

 

「え……う、うん。いつもキラキラした目で私の話を聞いてくれるし……『お外行きたい』オーラが凄かったよ?磔にしてた時も」

 

(友人を磔にしながらその人の憧れている世界をつらつらと話す解放者ってなんなのでしょうかねぇ……)

 

 

ミレディとヌルは2人で少し話し合っている。話し合っている……はずなのだが……数分ぐらいしてから、何故か口論が始まっていた。

 

 

「だーかーらー!!ヌルちゃんはもう少し我儘になってもいいって言ってんの!!」

 

「いいえこれだけは譲れません!!わたくしは何千年もミレディのお世話になってきたのですから、わたくしはミレディに恩を返さねばなりません!!」

 

「それはヌルちゃんが本当に望むことじゃないでしょ!!何千年も私の我儘で磔にされてたんだから……もう……いいんだよ」

 

(私、いつまで見てればいいんでしょうか……見た目よりボロボロなんで早く休みたい……)

 

 

飽きてきた……天使とゴーレムが口喧嘩している様はなかなか見ていて楽しかったが、内容が何回かループしている。お互い本当に譲れないのだろうが、早くして欲しい。

 

 

「ですから!!どっちみちわたくしは外に出れないのです。出ればエヒトに見つかり、ミレディの存在もバレてしまいます!!」

 

「あっ、言い忘れてました。その点なら問題ありませんので前提条件を考慮しなくてもいいですよ〜」

 

「「え…………?」」

 

 

面倒臭さが声に出てるな俺。しかし、2人にとっては重要度が高かったらしく目を点にして俺を見た。ミレディ……わざわざゴーレムの顔の表情まで変化させなくていい。

 

 

「ど、どう言うこと……地上でエヒトに見つからないってこと!?」

 

「いや、さすがに見つからないってことはないと思いますが、一方的な魔力供給で位置バレし、干渉されることはありません。要は、ヌルさんとエヒトとの繋がりを遮断すればいいのです」

 

 

【ライセン大峡谷】で使うと確実に俺のほぼ全てが持っていれる可能性のある大技。『マギ』に登場する主人公の1人、『アラジン』が用いた魔法だ。『錬金魔法(アルキミア・アルカディーマ)』という魔法がある。

 

原作によれば、空気中の目に見えない小さな『粒』を集めて再構築し違う物質を生み出すらしい。しかし『アラジン』は違う。人体の構成する物質を組み替えて、見た目は本人だが中身は全く違う、という事を成し遂げた。なんでも、魔法式という魔法を使うための色々……この世界風に言えば魔法陣を102万2000個も用いたらしい。この世界で魔法の勉強をした俺なら分かる。おかしい……最悪魔法陣だけは組めても、それを行使するには明らかに人間の脳の許容量では制御しきれない。だから、それを用いれば使徒の体を別の何かへ再構築する事で魔力供給を断つつもりだ。俺はその事をミレディに説明した。

 

「そんなことが……でも、それは物語のお話で……そんな魔法。この世界には……」

 

「ありません」

 

「ッ……じゃあ!!「ですが」……?」

 

「私の天職は『役者』、そして体はドッペルゲンガー。演じ切って見せましょうとも。2つの世界を股にかけた最強の魔導師をね。今日が私の最高のステージになりそうですよ」

 

 

心躍る。2人も……俺の演技を必要としてくれる人がいるのだろう?役者名利に尽きるというものだ。

 

 

「ヌルちゃん!!これで……自由になれるよ!!」

 

「…………すか」

 

「なんて?」

 

「いいのですか……?本当に……わたくしが……自由になって……」

 

 

ヌルの声は震えている。目が潤んでいるから、おそらく涙を我慢しているのだろう。

 

 

「当たり前でしょう。人は自由です。誰かに支配されるものではありません。……しかし自由を得るには、自ら選ばなければならない」

 

「自ら……選ぶ……」

 

「選びなさい。貴女はこれからも一生この地に這いつくばって生きるのか、太陽が照りつけ、自然に溢れ、今なお命が育まれている世界を夢見て自由を謳歌するのか、それを選ぶのもまた……貴女の『自由』ですから。ミレディを言い訳にするのはやめなさい。貴女は……貴女自身は……どうしたい、ヌルさん?」

 

「君……(あれ、私より解放者っぽくない?もしかしてここに私、いらない?)」

 

 

ミレディがどうでもいい事を考えている気がするがゴーレムだから表情が読めない。それからどれくらい経っただろうか、何秒?何分?もしかしたら何時間も経ったのかもしれない。そう思えるほどの静寂の後、ヌルは口を開いた。

 

 

「わたくしは……外に出たいです!!外に出ていろんな物を見て、聞いて、触って……自由に、生きたいですッ!!」

 

 

涙を流しながら生きたいと叫ぶ彼女は、それでも美しく見えた。

 

 

「クフフッ……分かりました。ミレディ!準備をします。魔力回復薬と、魔力分解の対象を私から外してください」

 

「ふふっ……オッケー!!」

 

 

ふと、体が軽くなった感覚を覚えた。どうやら魔力分解から逃れることができたらしい。ミレディって割と神代魔法に対する適正高いよな。

 

 

「ミレディ、宝物庫を預かっておいてください。中に女性物の服も入っていますので」

 

「なんで入ってんの……?」

 

「女性体にも擬態するからですよ。そして、私に正確な性別というものはありません」

 

「ふぅ〜ん」

 

 

訝しげな視線がミレディより送られてくる。さっさと魔力回復薬寄越せ。

 

程なくして、ミレディから貰った魔力回復薬が効き、ほとんどの魔力が回復した。

 

 

「さて……では始めましょう。ヌルさん、先ほどの戦闘で傷などはありますか?」

 

「……いいえ、ありません」

 

「それは良かった。傷一つの違いでまた魔法式を変えなくてはいけませんからねぇ……なるべく肌に物理攻撃を当てなくて正解でした」

 

(あら……わたくし、もしや手加減されてましたの?ハンデがある状態で手加減されて負けて……ふふ……わたくしも弱くなりましたね)

 

(篝火影二君……素なのかな?無自覚で人を傷つける天才なのかな?そして、ちょっとヌルちゃん嬉しそう?……そんなわけないか〜)

 

 

じゃあ『アラジン』に擬態するか。

 

 

「…………よし!準備は万端。じゃあ横になってくれるかな?ヌルお姉さん」

 

「おねえ……さん……?」

 

「……話には聞いてたけど、本当に凄いねこれ。そしてキモいね君」

 

 

2人からの信じられないような物を見る目。悲しいねぇ……そしてなんで俺が演技してると、キモいって言われるんだろうな……知らない人に補足すると、アラジンの喋り方は割と子供らしい。一人称が僕だったり、◯◯お兄さん、の呼び方をする。

 

 

「ほら早く早く!時間は有限だよ」

 

「……分かりました」

 

 

ヌルはその場で横になった。一応宝物庫に入れていた寝具を取り出して、そこに寝てもらっている。腕や頭、腰に下げていた鎧を取り外してもらってラフな格好のヌルの額に触れる。

 

 

「……錬金魔法(アルキミア・アルカディーマ)!!」

 

 

「あっ……」

 

 

俺の手から広がった光は、ヌルの体を包み込み……彼女の意識を失わせた。全力でヌルの体の構成物質を変える。……やはり人間とは異なる物質が多々使われていた。血液とかも勿論ある、食事も出来れば睡眠も取れる。排泄行為や呼吸も勿論必要だ。そういう意味では、人間に近い事が多い。だが、その中でも神の使徒たらしめる部分を全て別の物に書き換えた。5分ほどかかった。本物のアラジンなら一瞬で完了させていたのに……そして頭が破裂しそうなほど痛い……俺の演算が追いついていないんだろう。

 

 

「うっ……まだまだぁ!!」

 

「ヌルちゃん……」

 

 

あと少し、この欠けた1ピースをはめる最後の工程を……クリアすれば!!

 

 

「はぁ……はぁ……せい……こうだね」

 

「本当ッ!?じゃあ、ヌルちゃんは!!」

 

「うん……もうエヒトに直接干渉されることはないと思うよ、ミレディおねえさん」

 

「良かった……本当に……良かった……ありがとう影二君!!」

 

「ふふっ、僕の名前はアラジンだよ?……うっ!?」

 

 

頭が……痛い……もう魔力が残っていないようだ。まさか6桁もある魔力を全部持っていかれるとはな……もう擬態を保つのも無理だ。

 

 

「げほッ……まさか、僕の体で血を吐くなんて……擬態を解きましょう。もう無理です」

 

 

俺はアラジンの擬態を解いた。

 

 

「君ッ……体が!!」

 

「え……あぁ……足りなかった魔力分を微量の生命力で補ったからでしょうか。私も無茶した物ですねぇ……」

 

 

体の感覚が鈍い。どうやら見た目的にも小さくなっているらしい。おそらく、次目が覚めた後のステータス減少は致し方なしか。

 

 

「ミレディ……ヌルさんが起きたらこう伝えてください『貴女はもう自由。私の宝物庫から好きな服を持って、これから好きに生きてください』と。意識を保つのがやっとで……」

 

「うん。じゃあ、私の住居スペースに運んでおくね!!影二君……ヌルちゃんを助けてくれて、本当にありがとう!!」

 

 

ゴーレムの表情が、泣きそうながらも笑顔を浮かべるというとても器用な物になっている。

 

 

「ええ……精々感謝して余生を過ごしてくださいよミレディのババァ……」

 

「誰がババァだこん畜生!?……って、寝ちゃったか。……影二君がヌルちゃんと出会ったのはきっと偶然じゃない。もはや作為的なまでな気がするねぇ……」

 

 

ズドゥゥゥン……

 

 

「うぇ!?はぁ……また壊れたのか〜、トラップ直さなきゃ……」

 



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救われた者として……

わたくしはヌル。元神の使徒です。今は、初めて『ベッド』という物を体験しています。柔らかくて気持ちいいですね。篝火影二は天才です……え、普通にある?という事はミレディも……ほぅ?

 

 

「今日もヌルちゃんは気持ちよさそうに寝てるね〜。……起きたら手伝ってくれないかなぁ……全然終わらないんだけど……」

 

 

ミレディの声が聞こえますね。無視しましょう。いえ、今まで散々磔にされていたのを今更恨んでいるとかそういうのではありませんよ?本当ですよ?というより、なぜミレディの声が聞こえるのでしょうか……?

 

 

「ッ!!…………ここは?」

 

「ヌルちゃん!?私のこと覚えてる?体は問題ない?違和感は?」

 

「ミレディ……?質問は一つずつにしてください」

 

「良かった……いつものヌルちゃんだ」

 

 

どうやら、わたくしは今目覚めたようですね……腕も普通に動きますし、目も見えます。声も出せるようですし……問題なさそうですね。

 

 

「わたくしはどれくらい眠っていたのですか?」

 

「えーとね……外の時間で言ったら、3日くらいかな。」

 

「そんなに……」

 

「でも本当に良かった……ヌルちゃん……」

 

「ミレディ……」

 

 

涙目の表情のミレディがわたくしに抱きついてきました。……どうすればいいのでしょう?

 

 

「ゴーレムボディが冷たいので退いてください」

 

「急に辛辣ゥ!!君ちょっと影二君に毒されてるよね!?」

 

「ちょっと何を言っているのか分かりません」

 

「分かってほしいなぁ!?」

 

 

これが……イジるという物ですか。なかなか愉快で楽しいですね。

 

 

「そういえば、篝火影二は?」

 

「ん〜?ああ、そうだったね。ほら振り向いてみなよ」

 

「え……ッ!?」

 

 

なぜ篝火影二が隣に寝ているのです!?……ってまさか!

 

 

「いやさ、やっぱりお姫様を救った王子様って結ばれるじゃん?」

 

「なんのことか全然分かりませんが馬鹿にしている事は分かりました」

 

「ちょ!?分解はやめてよ!?ギャー!!ローブに穴がぁ!!」

 

「…………あら?」

 

 

そういえば、少し体が重たいですね……魔力も少し減った気がします。

 

 

「ミレディ、何故か体が重たいのです。魔力も少なくなっていますし……篝火影二が何かしたのでしょうか?」

 

「えっ、ほんと?ちょっと待ってね……う〜む……ステータスの最大値が少し減ってるかな?多分影二君が何かしたんだと思うよ」

 

「……何故でしょうか」

 

「さぁね〜……おっと。影二君から伝言を託されたんだった♪えっとね……『貴女はもう自由。私の宝物庫から好きな服を持って、これから好きに生きてください』だって〜。はい、これ影二君の宝物庫。ヌルちゃんに似合いそうな服もたくさんあったよ!」

 

 

…………服?この鎧じゃダメなのでしょうか?別に何も困らないのですが。

 

 

「あ、今別にいらないって思ったでしょ?ダメだからね!ヌルちゃん美人なんだから、もっと可愛い格好しないと♪」

 

「はぁ……?」

 

 

服など動くのに邪魔にならなくて耐久性が有れば問題ないはずです。

 

 

「……これからヌルちゃんは外の世界に出るんだし、常識とかそういう知識も勉強しなきゃね?」

 

「はい。楽しみです」

 

 

外……初めて行く未知の世界。ミレディのよればここは大陸の中央らしいですから、行こうと思えばどんな場所にだって通じています。

 

 

「ええとね……よし!ヌルちゃんこのワンピースを着てね。影二君なかなかいい服揃ってるじゃない♪あ、私はちょっと修理の続きしてくるから自由にしてていいよ。もう拘束する必要もないし」

 

「え……あの、ミレディ?」

 

「じゃあまた後で〜」

 

 

足早に行ってしまいました……嵐のような人ですね。

 

 

「…………着方がわかりません」

 

 

ワンピース……という物らしいです。今わたくしが来ている服?鎧?に似ていますが、これも脱いだ事がないからどうすればいいのでしょう……

 

 

「篝火影二の服装は……上と下で服が分かれてますね。でもこのワンピースは繋がってますし……ああ!!上から被れば良いのですね」

 

 

着方は分かりました。しかし、肝心の今のわたくしの服の脱ぎ方が分かりません。うーん……はっ……いやしかし……

 

 

「ふ、ふふふ……ええ、そうです。一部だけです。ちょっと継ぎ目を分解すればいいのです……」

 

「ダメに決まってるでしょ!?まさかと思ってきてみれば案の定だったよ!!」

 

「ミ、ミレディ……誤解です!決して服の脱ぎ方が分からなかったとか、そういうわけではありません!!」

 

 

ミレディはわたくしを信用してなさすぎです!!ちょっと翼を出してちょっと肩の部分を分解しようとしただけなのに……

 

 

「もう……言ってくれたら手伝うのに。しかも、影二君の前で着替えようとするとか……」

 

「……?篝火影二に性別は無いはずですが……」

 

「そういう問題じゃないの!!ほら……両腕上げて」

 

「は、はい……」

 

「ちゃんと見て覚えるんだよ?」

 

「はい!!」

 

 

えーとこうして……と普通に脱がしてくれるミレディは流石です。そして、思ったより簡単に脱げますねこれ。見た目以上に機能性も抜群そうです。

 

 

「ありがとうございますミレディ……」

 

「うん……ってうわ……でっか……」

 

「ミレディ?」

 

「い、いや……なんでもないよ?あ、ねえねえヌルちゃん。どうせだしその格好で翼出してみてよ〜」

 

 

何故そんなことを……?背中は……大丈夫そうですね。肩に袖がありませんし、背中も大きく開いていますから翼を出すのにも不自由ありません。

 

 

「いいですが……ッ!?」

 

「えっ!?」

 

 

わたくしの翼が……黒く染まっています!?どうして……

 

 

「ぬぬぬヌルちゃん!?どうしちゃったのそれ!?」

 

「い、いえ……わたくしにもさっぱり……というか、わたくしに関する大体の原因って……」

 

「……だよねぇ〜。結局は君が起きるのを待つしかないみたいだね。影二君?」

 

「……zzZ」

 

「全く……辛そうな顔で気絶したくせに寝息までたてちゃってさ〜……真っ黒すぎて表情わからないけど」

 

 

ミレディの言う通り篝火影二の顔は、赤く光る瞳も閉じている為完全に黒い。……少し不気味ですね。

 

 

「ふふ……ちっちゃいと可愛い感じがしますね」

 

「え……そ、そうだね!私もそう思うな〜(……マジ?)」

 

 

わたくしの2人目の恩人。篝火影二……ドッペルゲンガーらしく、人間族とも亜人族とも魔人族とも魔物とも違う異世界の種族。

 

彼は強い……魔力が分解されるはずの空間で、わたくしを倒すほどには。初めて……戦闘で『楽しい』と感じました。彼との戦いはエヒトによって作られたはずの心が躍るようでした。それでも……どうやら手加減されていたようです。ハンデにハンデを重ねながらの手加減……わたくしの『断罪』や分解能力は確かに効いていたけど、彼には及ばなかった……

 

 

「さて……また修理に戻るよ。ここにはなーんもないけど、好きにしててね〜」

 

「はぁ……ありがとうございましたミレディ」

 

 

また行ってしまいました……暇ですね。ちょっと篝火影二でも見てみましょうか。

 

 

「………」

 

「……zzZ」

 

 

変な人……人?いえ、人ではないですね。何故……この方はあれほど強いのでしょうか?愛する人とはどのような方なのでしょうか?あの武器は誰が作ったのでしょうか?あの口調は本当にこの方のものだったのでしょうか?……篝火影二を見るたびに疑問が浮かんできます。しかし……あの時、2人目のわたくしが現れる前に篝火影二が体験したであろう感情が流れ込んできました。

 

 

「少しくらいなら……ね?」

 

 

わたくしのために頑張ってくれたご褒美……というのはおこがましいですが頭を撫でるくらいならいいでしょう。……おお、意外とあったかいです。でもどうして真っ黒なのに髪を触っている感覚があるのでしょう?落ち着きますね……うにゅ……また眠くなってきました。どうせすることもないのですし、ちょっとだけ……

 

 

「篝火影二……あったかい……です……今は……苦しまなくて……良いのですよ…………zzZ」

 

 

あんな歪な感情の連鎖を経験して……どうしてまともな感情を持てるのでしょうか?




〜第三者視点〜

「ふんふふんふふ〜ん……よし!トラップの方はなんとかなったね……魔力も少なくなってきたし、休憩しようかな。『界穿』」


全身から淡い光を放ちながら、ミレディは呟く。どうやら影二に破壊されたトラップが直ったようだ。そのままミレディは神代魔法の一つである空間魔法を使って作ったワープゲートを通りヌルのいる部屋までショートカットした。


「おや?おやおや〜、ヌルちゃんったらやるね〜!もうべったりじゃん」


そこには、小さくなった影二の体を抱き枕のようにして眠るヌルの姿があった。


「う……うぅ〜ん。特大の肉まんが顔に……」

「どんな夢を見てるのさ……影二君」

「篝火影二……わたくしの……主様」

「どんな夢見てるのさヌルちゃん!?」


唐突に変な寝言を言い出したヌルへのツッコミのキレは、疲れているのにも関わらず衰えていない。


「ふふっ……2人のこれからが、自由な意思のもとに有りますように」



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We are monsters

ちょっと長めです。


「うぅ……ん……恵里……なんでそんな死んだ魚の目をしてパッドを胸に……」

 

「……主様ぁ」

 

「……地獄かなここ。ああ、挑戦者には地獄だったね」

 

「んぁ……あぁ?ミレディではないですか?どうしました、能面みたいな顔して」

 

「君さ……毒吐かないと起きられないの影二君?」

 

 

目が覚めると目の前にミレディが。……確か記憶では恵里よりもミレディの方が板に近かったな。

 

 

「いえいえそんなことは……という、動けないのですが?」

 

「もっと周りをみなよ」

 

「?……ヌルさん?あの、どうして私に抱きついているんです?」

 

「抱き枕みたいでちょうど良かったみたいだよ。今の君小さいからマスコットみたいだし」

 

「えぇ……ヌルさん、起きてください」

 

「……我が救世主……いわ……祝え?……むにゅぅ……」

 

「なんで白ウォズみたいなことを言ってるのですかねぇ!?はぁ……仕方ありません。ふっ!!……な、抜けれない!?」

 

 

おかしい……俺の筋力は4万近くあるのに、どうして勝てない!?くっ……かくなる上は……

 

 

「あぁん……うにゅ?……主様?」

 

「主様ではありません。起きたのなら早く退いてください」

 

「え……?……ッ!?も、申し訳ありません!!」

 

 

仕方がないのでその大きな胸を思いっきり掴んで、ちょっとした快感で起こさせる。目の色なんぞわからないはずのミレディの目がドス黒く染まっていた気がしたが気のせいだ。ヌルは驚いた様子で俺の体を投げ飛ばし、わざわざ翼を出して飛んで離れた。……頭ぶつけた。

 

 

「……んん?ほぅ……美しい翼ではありませんか。漆黒の翼というのもまた映えますね」

 

「ふぇ!?……あ、ありがとうございます?……貴方が何かしたわけじゃないのですか?」

 

 

……説明していなかったか?

 

 

「私が行った『錬金魔法』は貴方の体を構成する物質を別の物質に変化させることです。……それが何かまでは」

 

 

淡い水色のワンピースを着て漆黒の翼を広げた彼女の姿は、まるで堕天使のようだ。堕ちているという意味では正しいかもしれないが。

 

 

ジリリリィ……………

 

 

「お!?来たみたいだね。影二君、ヌルちゃん、私はちょっとしなきゃいけないことがあるから行ってくるよ」

 

「ミレディ……?用件とは?」

 

「どうせろくなことじゃありませんよ。ほっときましょうヌルさん」

 

「大真面目だよ!?……3人の新しい挑戦者がもうすぐ最終試練まで辿り着くからさ。ええっと……白髪君と金髪ちゃんとウサギちゃんだね」

 

 

どう考えてもハジメ達だろう。……そうか、もうそんなに時間がたったのか。……はぁ、素直に謝って許してもらうしかないか。

 

 

「ッ!!……そうですか。ミレディ、あの3人は強いですよ」

 

「へぇ……あの子たちが、君の言ってた子なんだね。ふふっ、楽しみだなぁ〜影二君曰く、あのクソ野郎をぶっ殺してくれるんでしょ?これは……本気でやらないとなぁ〜。あ、殺しちゃったらごめんね?」

 

「構いませんよ。これで死ぬような人間ならば用はありません」

 

「うっわぁ辛辣。お友達じゃないの?」

 

「……友達?ハハッ、冗談はよしてください。親友ですよ。大切なね。でもやはり彼らが死んじゃったら私泣いちゃうかもしません」

 

「おぉ!?それは見てみたいかもね!!よし、張り切って行きましょー!!『界穿』」

 

 

どうやら俺の言葉でミレディのやる気が急上昇したらしい。俺が泣くとこってそんな変なの?まぁ、この体だったら涙とか出ないんだがな。そしてミレディはワープゲートを出して行ってしまった。おそらく戦闘用のゴーレムに魂を移すんだろう。

 

 

「あるz……篝火影二。これをどうぞ」

 

「貴女さっきから変ですよ?……宝物庫ですね。ありがとうございます」

 

 

ヌルが俺の宝物庫を渡してくれた。……武装は全部ある。服はなぜか前よりきっちり畳まれてる。食料は……俺が全部食べたんだっけ。裁縫道具、調理器具、掃除道具……よし。

 

 

「揃っています。……ヌルさん。貴女、ちゃんと服を選びましたか?」

 

「え、ええもちろんです。だからこうして着ているではありませんか」

 

「……下着は?」

 

「…………下着?」

 

 

この天使やばいのではないだろうか?そんな言葉初めて聞きました、というような声と表情のヌル。……最初に出会ったときはクール系だと思ってたんだがなぁ……ポンコツ系だったのか。

 

 

「はぁ……私がコーディネートします。と言っても、そうですねぇ……これでしょうか。下着は正直なんでもいいですし」

 

「か、篝火影二……?」

 

 

彼女の漆黒の翼をさらに映えさせるためには黒めの服がいいだろう。髪が銀髪だから、イメージは『ローゼンメイデン』の『水銀燈』のような洋のゴスロリがいい。身長もあまり高くないからサイズもちょうどいい。……いや少しキツいか。ほぼ『水銀燈』の服に寄せているが、頭の飾りと服に付いている十字架模様がついてないだけのほぼ同じものだ。

 

 

「服を仕立て直すのでちょっと待ってください。10分で終わらせます」

 

「……もうなんでもいいです」

 

 

ヌルも諦めたようだ。さて、宝物庫から裁縫道具を取り出してすぐに作業を開始する。……体が小さくなったから少し感覚がおかしいな。

 

 

「あの……質問いいでしょうか?」

 

「ええ」

 

 

裁縫をしながらヌルの言葉に答える。

 

 

「なぜ……命を削ってまでわたくしを救ってくれたのですか?」

 

「貴女を気に入ったからですよ。私は気に入った相手には手厚いのでね」

 

「でも、それだけでは命を削るほどの理由にはなりません」

 

「……私と似ていたからです」

 

「え?」

 

 

さっきまでポンコツだったのに、シリアスな雰囲気になるとしっかりしているのだから、俺がよくてもヌルがそうさせない。させてくれない。

 

 

「自由が無かった頃の私にそっくりだったからですよ。何かをしたいのにできない。強大な何かに怯えながらいつも下を向いて過ごす日々に飽き飽きし、絶望し、諦めていた私にね」

 

「……貴方の……家族、という者ですか」

 

「ッ……そういえば、あのとき私の感情も流れたのでしたね。ええ、貴方にだってどこか身に覚えがあったのでは?」

 

「はい、貴方から流れてきた感情は、わたくしが体験した感情に近く……なんというのでしょう?」

 

「親近感が湧いた、もしくは同情した、というところでしょうね」

 

 

感情に疎い、という点でも少し俺たちは似ているらしい。

 

 

「私からも質問しましょうかね」

 

「わたくしに……?」

 

「それ以外に誰がいるのですか。なぜ、すぐに旅立たなかったのです?」

 

 

彼女はもう自由だ。いつでも、どこにでも行くことができるのにわざわざここに残る必要はなかったはずだ。

 

 

「……笑いませんか?」

 

 

不安そうな目を向けてきた。俺に言って笑われるようなことでもあるのか?

 

 

「内容を聞かなければ笑うも何もないでしょう」

 

「……わたくしは……貴方について行きたいのです」

 

「…………ほぅ?」

 

 

これは……また、なんとも意外な。まさか俺についていきたいとはね。

 

 

「わたくしは何も知りません。誰かがいないと何も出来ません。でも……それ以上に……貴方の旅路を見てみたいと思いました」

 

「私の……ですか?」

 

「たった1人しかいない存在で、何処へ行き、何を見て、どうするのか。詰まるところ、貴方という存在に惹かれてしまいました。これは責任を取ってもらわなくてはなりません」

 

「いやいや……急にがめついですねヌルさん。ふむ……」

 

 

真面目な顔から、綻び、天使のような笑顔で俺に惹かれたと言ってくる彼女はまた美しく見える。……戦力には申し分ない。どうせ俺はこの大陸を回らなくてはならないし世界を見たいという元来の彼女の願いに反していない。

 

 

「まぁ……いいでしょう。ハジメに断られたら最悪別行動すればいいですしね……」

 

「本当ですか!!やったぁ!!……ッ……失礼しました」

 

 

どうやらだいぶお茶目な一面もあるらしい。というかこっちが素なのだろう。俺の手を、両手で掴んでくるほど喜んでいる。

 

 

「よし、出来ました。じゃあ着てみてください……って、着方が分かりませんよね。私が着せるので脱いでくださいな」

 

「あ、はい。お願いします」

 

 

彼女がワンピースを脱ぎ全裸になる。別に如何わしいことは何もしていない。というか、俺には生殖機能がついていないのだから欲情も勿論しない。人間に擬態すれば一応出来るが、恵里に対しても別に欲情しないのだから無理だろう。

 

 

「…………ここをこうして…はいバンザーイ」

 

「ば、バンザーイ?」

 

 

俺に合わせて両腕を上げるヌル。その間にちゃっちゃと服を着せていく。背中は、翼が邪魔にならないように広く開けてある。少し扇情的に見えるが仕方がない。

 

 

「はい完了です。よく出来ました。着方は覚えましたか?」

 

「……多分?」

 

「よろしい。……それにしても、似合っていますね」

 

「そ、そうですか?」

 

「ええとても」

 

「………………」

 

 

恥ずかしいのか、俯いている。もしや『恥ずかしい』は初体験かな。誰かの前で全裸になることを恥じる日が来れば良いのだが……

 

 

「それで……その、もう一つお願いがあるのですが」

 

「まぁ、これからは旅の仲間ですし、なんでしょう?」

 

「名前を……頂きたいのです」

 

「名前?貴女にはヌルという名前があるではありませんか」

 

「それは、エヒトに付けられただけです。わたくしの今の体は貴方によって作り替えられたのです。篝火影二……貴方に付けて欲しいから」

 

 

急に、敬語を外すのやめて欲しい。ビクッとしてしまう。名前……名前ねぇ……ヌルはどのような存在か……神に裏切られた者。堕ちた天使……そういえば……

 

 

「ヌルさんは、エヒトをどうしたいのですか?」

 

「アイツがわたくしにやったように、ボロボロになって許しを乞いながら絶望する瞬間が見たいです。ついでに泣き叫びながら『わ、我は神だぞぉ!!』とか言ってくれたら最高ですね。高笑いしながらその顔面を蹴飛ばしたくなります。チッ……とっとと死ねばいいのにあのカス野郎」

 

「……な、なるほど。いいではないですか」

 

 

思っていたより爆速で、尚且つすっごいいい笑顔で俺より恐ろしいこと言ってる……よっぽどショックだったのか……ていうか口悪いなこの子!?……気を取り直して、だったら話は早い。

 

 

「リベルタ」

 

「……?」

 

「貴女の新しい名前です。私の世界では、『リベル』が『反逆者』、『リベルタ』が『自由』という意味を持ちます。……名付けは初めてなので分からないのですが……どうでしょうか?」

 

「リベルタ……リベルタ……リベルタ……」

 

 

小さな声で反芻する様に呟く彼女。気に入ったのか、気に入らないのかはっきりして欲しい。神に反逆する者として『リベル』。俺やミレディが彼女に望む『自由』を願って、イタリア語の『リベルタ』。女性に対してつけるには変な名前だが、今の俺にはこれ以上の考えは浮かばない。

 

 

「わたくしの名前……リベルタ……わたくしは今日からリベルタです!!」

 

「愛称は……ベルにしましょうかね。これから宜しくお願いします、ベル」

 

「はい!!よろしくお願いします。主様!!」

 

 

どうやら気に入ってくれたらしい。表情が豊かな子だ。うんうん……うん?

 

 

「あの……ベル?主様とは……」

 

 

おかしいな……さっきまでフルネームで呼んでいたのに……突然に御主人様呼びになったぞ……?

 

 

「主様は主様ですよ?」

 

「いや……そういうことではなく……普通に影二、とかでも良いのでは…」

 

「主様に体を書き換えられたとき、主様の魂の一部もわたくしの中に入ってきました。つまり、わたくしの一部は主様で出来ています。だから主様なのです!!」

 

「いやぜんっぜん分からないのですけど……」

 

 

何を言っているのだろう?俺の一部が入ったから?

 

 

「主様……ダメでしょうか?」

 

「…………はぁ……私も甘くなりましたねぇ。分かりましたよ、それで構いません」

 

「じゃあ主様です!!」

 

 

唐突な上目使い。でも俺の方が身長は低い。体小さいしな……いつになったら戻るんだろうか……ハジメに神水をもらってそれで治れば良いのだがなぁ……あ、そういえば……

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

???(篝火影二) 17歳 レベルーー

天職:役者

筋力:25000

体力:16000

耐性:15000

敏捷:27000

魔力:100000

魔耐:15000

技能:完全演技[+千変万化][+武器操術補正]・完全擬態[+イメージ補強力上昇][+衣服投影]・文才[+心象投影]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔力変換]・裁縫[+魔力針生成]・家事・我流武器操術[+槍術][+拳術][+剣術][+弓術][+鎧術][+鎌術][+鋸術][+扇子術][+奏術]・生成魔法・重力魔法・眷属化[+堕天使]・言語理解

 

状態:生命力低下

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

……ものの見事に下がったな。生命力低下か……いや、分かってるぞ?自業自得だし……にしても、いつの間にやら重力魔法を会得しているな。どうせミレディが、俺が寝ている間に魔法陣の上にポイッしたんだろう。俺に適性があるのかどうかだけ知りたい。重力魔法のことを考えれば自然と使い方も分かる。魂に刷り込まれているらしい。

 

……眷属化か。堕天使となっているあたり、ベルの種族は堕天使らしい。方法はおそらく生命力……俺の場合『魂』の一部を対象に付与させることだろう。魂魄魔法もしくは変成魔法、それか両方の複合魔法の末端と言ったところか。つまり、これから一生ベルは俺の眷属ということになる。……エヒトを殺したら、解除できる方法を探そう。彼女には彼女が自由に生きる世界を見つけて欲しいから。

 

 

『影二君とヌルちゃん、試練終わったからこっちに来てくれる?道は作るから〜』

 

「わたくしはもうヌルではありません。リベルタです!!」

 

「空間魔法って便利ですねぇ……」

 

 

ミレディの声が聞こえてきたと同時に、目の前にゲートが現れた。奥にミレディの姿も見える。とりあえず、ベッドを含めた荷物の全てを宝物庫に入れた。ベルが何やら抗議しているが何の意味もない。というかどれだけ名前を気に入ったのか。

 

 

「ベル、貴女の武器も収納しておきましょう。ハルバードを二本とも渡してください」

 

「主様、問題ありません。こう……出来ますから」

 

「……エヒトって本当にチートなんですね」

 

 

ベルは両手を開くと、一瞬で手元にハルバードを二本とも呼び出し、一瞬で消した。確認でそれをもう一往復した。……宝物庫無しかよ。

 

 

「さて、行きましょう」

 

「はい、主様」

 

 

2人でゲートを潜る。

 

 

「お疲れ様ですミレディ。負けました?」

 

「うん、もう清々しいほどしっかり負けたよ。なんでゴリ押しで魔法使ってくるかなぁ……」

 

「終わったことですし仕方ないですよ」

 

「主様の言う通りですミレディ」

 

 

言葉では感じ取れないが表情で分かる、結構悔しそうだ。その顔面には感情を投影する機能でも付いてんのかな。

 

 

「わわ!!ヌルちゃんその服すっごい似合ってる!!本当にお人形さんみたい……ていうか主様?……ああ、なるほどね〜やるじゃん影二君」

 

 

ミレディの察しが早くて助かる。ニヤニヤしてるのは一発殴ろうかと思ったが。

 

 

「ミレディ、今日からわたくしの名前はリベルタです。主様が付けてくれました。ベルと呼んでください」

 

「おお?そこも変えちゃったの?わざわざ付けたんだから意味があるよね?」

 

「『リベル』は、ベルのエヒトの哀れな姿が見たいという願いから『反逆者』の意味を、『リベルタ』は解放者や私の願いから『自由』の意味をとりました」

 

「……思ってたより理由づけがしっかりしてて私は絶句だよ。ヌルちゃ……ううん、ベルちゃん。本当にいい名前をつけてもらったね」

 

「はい!!」

 

 

ミレディはベルを抱きしめている。ベルもどこか嬉しそうだし、本当に仲がいいのだろう。…………何千年と磔にしてたのにな。

 

 

「さて……今ゆっくりと床に乗ってこっちに向かってきてるね。もうすぐ着きそう」

 

「では私たちは後方で待機しておきましょう。行きましょうかベル」

 

「はい主様」

 

 

壁際によって2人でミレディを見守る。どうせまたふざけた口調で喋るのだろうが、今はシリアスな雰囲気なので何も言わない。

 

 

「やっほ〜!さっきぶり〜!ミレディちゃんだよっ!」

 

 

どうやらハジメたちが来たらしい。…………気まずい。拒絶されたらどうしようとかそういうのはないが、どう謝ればいいか分からない。だが、シンプルに凄惨な現場を見させて悪かった、と素直に謝るしかないだろう。

 

 

「ほれ見ろ、こんなことだろうと思ったよ……ん?」

 

「「…………」」

 

 

ユエさんとシアさんは、ミレディを見て絶句しているがハジメは予想通りと言った表情だ。しかも何気にこっちを見た。おそらく気配感知の技能に俺たちが入ったのだろう。今なおミレディからの口撃が行われているがハジメはほとんど聴いていないようだ。一瞬、ベルの方を向いたがすぐに俺の方を向く。目が合っている。……ベル、今こそ眷属として俺を助け……あ、ダメですか。……はい。

 

 

「あれあれぇ〜?驚きすぎて言葉が出ないのかなぁ〜?ふふ、びっくりしちゃった?ドッキリ大成功だね!!」

 

「ふん……ドッキリか。確かに大成功だよなぁ影二?」

 

「「影二(さん)!?」」

 

(……あれ?もしかして私、今から空気?)

 

 

ニヤッと、威圧的な笑い方で俺の名前を呼んできたハジメ。その声でユエさんとシアさんも俺の方を向いた。ミレディがすごい悲しそうな目で俺を見てきたが無視だ。だって今からお前は空気なんだから。

 

 

「……お久しぶりですね皆さん。御元気そうで何よりです」

 

「お前はなんかちっこくなってるけどな。……で、なんでここにいる?」

 

「……ベル、ミレディと遊んできなさい」

 

「分かりました」

 

 

ベルと一旦距離を取り、ハジメたちに近づく。

 

 

「まずは謝罪を。この度は本当にご迷惑をお掛けしました」

 

「へぇ?お前は俺たちに謝らないといけないような事をしたのか?」

 

 

白々しい……が、どっち道悪いのは俺なので何も言わない。

 

 

「……ハジメ。人の前で人を食う場面を見せてしまったことは本当に申し訳ないと思っています。シアさんも、温厚なハウリア族……特に子供たちの前であんな凄惨なことをしてしまって」

 

「へっ!?いや、だ、大丈夫ですよ影二さん。うん……きっと……あれ?あれは大丈夫じゃないけど、大丈夫?うん?……頭が……」

 

「シア……落ち着いて」

 

「…………」

 

 

何故だろう……ハジメからの威圧が大きくなったような?いや……あの怖いんですけど……

 

 

「ハ……ハジメ?」

 

「影二……テメェ本気で言ってるのか?」

 

「はい。もちろんです」

 

「そうか……」

 

 

ハジメが目を閉じた。一体どうしたというのだろうか……

 

 

「影二、俺は怒っているように見えるか?」

 

「え……そうですね。激昂ラージャンよりも?」

 

「じゃあなんで怒っているように見える?」

 

「そりゃぁ……目の前で人を食った事とか、ハウリアの前で元の姿を晒した事でしょう。そう考えたら私は迷惑しかかけていませんね……」

 

「……歯を食いしばれ影二」

 

「へっ!?……いやあのハジメ私に歯なんてありまs「ぶっ飛べ馬鹿野郎ッ!!」グハッ!?」

 

 

ハジメに頬を思いっきり殴られた……壁まで吹っ飛んだし。ステータスも減少しているからめっちゃ痛い……ていうか割と重傷だ……

 

 

「ハジメ……一体何を……」

 

「俺たちが……俺たちがどれだけ心配したと思ってやがるッ!!」

 

「ッ……」

 

 

怒髪天という言葉が似合いそうなほど、ハジメの表情は怒りに満ちている。だが、そんな顔で言ってきた言葉は……俺を心配する言葉。何故わざわざ俺にここまで肩入れするんだろうか……所詮はバケモノ。

 

 

「私たちが今更……人を食べた程度で影二を嫌いになるって……本当に思ってる?」

 

「確かにちょっとビックリしましたけど……私たちを助けてくれたじゃないですか!!父様や他のみんなだって……影二さんに感謝してました!!『助けてくれてありがとう』って!!」

 

 

ユエさんやシアさんも、怒ったような顔をしている……でも、3人ともすぐに優しげな表情をした。

 

どうして……どうして……俺にここまでするんだ……思ってしまうじゃないか……俺にそんな感情を持たせてどうしたいのだろうか……

 

 

「影二、お前は自分のことどう思う?」

 

「……バケモノだと、人とは決して合いいれることのない正真正銘のバケモノですよ……私は」

 

「ふっ……そういうと思ったさ。なあユエ、シア?」

 

「……無論」

 

「ですぅ!!」

 

 

当たり前だろう。だって、自ら望んでヒトを捨てたのだ。今更後悔もない。なのに……コイツらが言おうとしている言葉はなぜか分かってしまう……

 

そして、3人は俺に手を差し伸べながら言った。

 

 

「「「俺((私))もバケモノでよかった。おかげでお前((貴方))と同じだ(ですぅ!!)」」」

 

 

どうして……この人たちは、俺を心までバケモノにしてくれないんだろう。ああ……今初めて思った。この体で……涙を流せたらいいのに。

 




〜ベル〜


「主様……良かった……」

「感動的だねぇ……影二君がちっこいのがアレだけど」

「ふふっ……そうですね。あ、後でミレディも抱いてみるといいですよ。結構抱き心地がいいんです」

「そうなの?じゃあ遠慮無くさせて貰おっかな〜……雰囲気的に無理だけどね?」


わたくしもミレディに便乗してみましょう……主様のこれからが、自由な意思のもとにあることを願っています。


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地上へ

「本当にすみませんでした」

 

「おう、もういいさ。どっちかって言うとうまく働いたしな。なぁシア?」

 

「ちょっと何言ってるかわからないですぅ……」

 

「だからお前ってどこからネタを仕入れてんの?」

 

 

ハジメたちからの説教は終わったらしい。もういつもの雰囲気に戻っている。やはりシアさんがいるとこのパーティーの雰囲気もなごやかだ。

 

 

「そういえば……あの人誰?」

 

「ああ、紹介しましょうか。ベル」

 

「はい、主様」

 

 

ユエさんが、ベルに気付いて聞いてきた。ハジメやシアさんも思い出したかのようにあっ……という顔でベルを見ている。

 

 

「リベルタと申します。主様の従者として、皆さんの旅に同行させて頂くことになりました。ベルとお呼びください。よろしくお願いします」

 

 

カーテシーをしながらベルは3人に挨拶した。どこでカーテシーなんぞ覚えたのだろうか……

 

 

「南雲ハジメだ。影二の従者っていうんなら別にいいが、役に立たないようであれば追い出すからな」

 

「ユエ……ハジメの女」

 

「シア・ハウリアです!!よろしくですぅ!!あ、私もハジメさんの女です!!」

 

「お前は違うだろ」

 

 

三者三様の自己紹介。特にシアさんは元気いっぱいだ。

 

 

「ハジメ、先に言っておきますが私はベルと『殺し合い』をしました。甘く見てると痛い目に遭いますよ」

 

「……は?嘘だろコイツが……!?」

 

「……新しいバケモノ」

 

「殺し合いしたのに、従者なんですか?」

 

 

 

大体の敵は俺が相手をすると蹂躙か虐殺になってしまう。ステータス差があり過ぎるからだ。だが、殺し合いとはその名の通りお互いがお互いを殺せる状況下にある。つまりそこそこ拮抗した実力がないとできない。ハジメとユエさんはそれを理解したのだろう。

 

 

「またまた主様。あの時の主様は魔力が使えない状況で手加減もしていました。つまり、実際には殺し合いにはなっていません。あれは手合わせです。……わたくしは殺すつもりだったのですが」

 

「貴女の『断罪』こそ結構危なかったですよベル。アレを使わざるおえないほどにはね」

 

「……会話がエグすぎる。何で影二とまともにやりあえるような奴がそこら辺にいるんだよ」

 

「大丈夫ですハジメ。そんなにいません」

 

「逆にいえばちょっとはいるってことじゃねえか!!」

 

 

ハジメのツッコミもキレがあっていい。ミレディやハジメはやはり向いている。

 

 

「じゃあ、影二さんはベルさんと戦ってそんなに可愛い姿になっちゃったんですか?」

 

「ん……私もそれが聴きたかった」

 

「これですか……これなら、ちょっと命を削ってベルに魔法をかけた副作用ですよ。時期に戻ります」

 

「命をって……何をしたんだ?」

 

「ベル……話してもいいですか?」

 

「主様のお仲間なら信頼できます」

 

 

ベル……やはりお前俺より性格良いよな。シアさんなんか、良い子ですねぇ〜ってユエさんと言ってるレベルなのに……

 

 

「実は……かくかくしかじかで……」

 

「へぇ……真の神の使徒ねぇ……」

 

「あの……主様以外にそんなに見つめられても嬉しくないのでやめてください」

 

「……影二とミレディの両方からいろんな悪影響受けてるな」

 

 

ベルの出生から今に至るまでの内容を話した。ベル……未来の大魔王様にそれは……いつか英雄譚として伝えられるレベルの発言だぞ……

 

 

「人の体を構成する物質を書き換える?……影二はこの世界の全魔法使いに謝って」

 

「いや、別に私の魔法ではないですし……」

 

「ミレディ……女の子を十字架に何千年も磔にしてたんですか?……性格がひん曲がってるとは思ってましたけどまさかそこまでとは……」

 

「ちょ……ウサギちゃん心外!!ミレディちゃんだってあの頃は必死だったんだからね!!」

 

 

ハジメはベル、ユエさんは俺に、シアさんはミレディに標的が行っている。

 

 

「で、どうです?これでも反対ですか?」

 

「いや……文句の一つも出ない。ベルだったな……戦力として期待してるぞ」

 

「お任せください」

 

「うんうん……ひと段落ついたようで良かったよ!!じゃあ、そろそろ神代魔法を覚えよっか!!」

 

 

思い出したようにミレディが発言し、3人がミレディの方へ行った。

 

 

「ベル、貴女は覚えないのですか?」

 

「主様が寝ている間にもう、修得しました。適性もバッチリだそうです。多少は使えるようにもなりましたし」

 

 

そう言って手に黒い球体を生み出したベル。重力球だろう、練度も申し分ない。……ユエさんの役回りが(ry

 

「ほぅ……そういえば私の適性も聞かなければ」

 

 

ついでなので俺たちもミレディのもとに向かう。

 

 

「これは……やっぱり重力操作の魔法か」

 

「そうだよ〜ん。重力魔法って言うんだ。ええと……君とウサギちゃんは適性ないねぇ〜もうビックリするレベルでないね!」

 

「それくらい想定済みだ。喧しい」

 

「あ、そうそう。影二君の適性は……微妙だね。金髪ちゃんやベルちゃんほど高いわけじゃないけど、この2人みたいに全く使えないわけでもないし……まぁ、この2人が1週間努力して出来ることが1ヶ月有ればできるんじゃない?」

 

 

なんと効率は四倍らしい。ないよりましだけど面倒だな。しかしシアさんも全く使えないわけじゃ無く、体重の増減ぐらいは出来るそうだ。……なんに使うのだろう?

 

 

「おい、ミレディ。さっさと攻略の証をよこせ。それから、お前が持っている便利そうなアーティファクト類と感応石みたいな珍しい鉱石類も全部寄越せ」

 

「君のセリフ、完全に強盗と同じだからね!?自覚あるのかな!?はぁ……最近の若者は礼儀がなってないねぇ……」

 

 

ミレディはそう言いながらも自前の宝物庫から大量の鉱石類を出し、ハジメに渡した。

 

 

「おいそれ宝物庫だろ。どうせ中にアーティファクト類入ってんだろうが。それごとよこせよ」

 

「無理だよ。どっかの誰かさんのせいでほとんど残ってないし、君たちが壊した分も修理しないといけないんだからさ」

 

「知るか。よこせ」

 

「ハジメ、ストップです」

 

「ああ?なんでだよ影二」

 

 

ミレディの口調からすると、俺がぶっ壊したトラップ類は全て修復した上でハジメたちに攻略されたのだろう。

 

 

「実は私、この迷宮を攻略するにあたって、全てのトラップを残弾ごと破壊しながら進んだんですよね」

 

「……それで?」

 

「何日か経ってから、ミレディ本人が出張ってきまして、道を用意してやるからこれ以上壊さないでと泣きながらお願いされまして……」

 

「へぇ……コイツ泣かしたのか。やるじゃん影二」

 

「そこ!!褒めるとこじゃないからね!!」

 

「その後もゴーレムやら足場やら、だいぶ破壊し尽くしたので本当に資材は残ってないと思いますよ?」

 

「…………チッ、仕方ないか」

 

 

俺の説得でどうやら諦めた様子のハジメ。先ほどから会話に参加してこない3人は少し離れた位置できゃいきゃいと会話をしている。もう仲良くなったらしい。ベルにはコミュ力まで備わっていたのか。

 

 

「たくっ……もっと役に立つ物持っとけよ。俺はただ攻略報酬として身ぐるみを置いて行けと言っているだけだろうに……」

 

「それを当然のように言える君はどうかしてるよ!!影二君、君もしっかりしてよね!!……うぅ……いつもオーちゃんに言われてたことを私が言うなんて……」

 

「ちなみに影二の弄りとか、俺とかは全部そのオーちゃんとやらの迷宮で培った価値観だ」

 

「ガッデムッ!!オーちゃんどうして!?」

 

 

膝をついて絶望したような体勢になった。

 

 

「はぁ……初めて……ああ、正確には初めてじゃないか。まあ記念すべき一桁台の攻略者がこんなにキワモノだなんて……こうなったら強制的に外に出すからね!戻ってきちゃダメだよ!!」

 

「ベル」

 

「分かっています主様」

 

 

ミレディは浮遊ブロックに乗って上まで行き、何故かぶら下がっている紐を引いた。

 

 

「「「?」」」

 

ガコンッ!!

 

 

「「「えぇ!?!?」」」

 

 

ハジメたち3人が驚いた理由は主に二つ。いつものトラップの作動音がして大量の水が部屋に流されたこと。もう一つは、ベルの背中から、漆黒の翼が生えたことだ。しかもその翼は淡く光り羽が宙を舞っている。分解付きだ。

 

 

「ふふっ……させないよベルちゃん」

 

「ッ!!……魔力が……」

 

「解除していいですよベル。……ミレディ、貴女、本当にそれでいいのですか?」

 

 

ミレディが呟くと、魔力分解の対象から外されていたはずの俺とベルは再びその対象に戻された。

 

 

「良いんだよ影二君。ベルちゃんをよろしくね……私の……親友を」

 

「承りました。また来ますよ」

 

「ミレディッ!!わたくしはッ!!」

 

「頑張って……君はもう自由だよ!!行ってらっしゃい!!」

 

 

ミレディは最後まで笑って俺たちを見送った。彼女はこれからたった1人でこの迷宮を管理していく。そのはずの彼女にしては、とても嬉しそうだ。ベルは悲痛な顔でミレディの名を呼ぶが、もう彼女は後ろを向いてしまった。おそらく顔面の表情が、己の意思に反して勝手に悲しい顔をしているのだろう。

 

 

「ベル、私の手を取ってください」

 

「……はい、主様」

 

 

俺はベルを離さないように手をしっかり繋ぎ、抵抗することなく水に流されていった。……せっかくベルに服を着せたばっかりなのに、乾かさなければ。

 

 

ドンッ!!

 

 

「ひにゃぁぁぁぁぁぁあ!?!?!?」

 

 

何やらミレディの悲鳴が聞こえた。同時に聞こえた爆発音から、ハジメが投げた手榴弾だと言うことが分かる。ハハ……ワロス。

 

 

そのまま数分間、俺たちやハジメたちは流され続けた。ベルが大丈夫か心配だったのだが、目に水が入らないようにギュッと目を閉じている。多分水に浸かるのも初めての経験だろうな。

 

どこが上なのか分からないが、見上げると少し光が見えた。どうやら地上が近いようなので『完全擬態』で人間の篝火影二に擬態しておく。……ただ、もちろん人間なので呼吸が必要。しっかりと息を止めておく。ちなみに、体が小さくなったからといって擬態に影響があるわけではない。元の体に合わせて擬態先も幼くなったりと言うことはないから全く問題ないのだ。

 

そのまま俺たちは上へ上へと引っ張られ大きく水柱を上げながら地上に飛び出した。

 

 

「どぅわぁぁああぁぁぁああ!?」

 

「んっーーーーー!?」

 

「…………」

 

「ベル、目を開けてみてください」

 

「……ッ!!あぁ……何千年振りかの……太陽ッ!!主様、わたくし……嬉しいです!!」

 

 

皆それぞれの反応をしている。俺とベルは場違いな話だがな。そのまま、俺とベルは綺麗に着地。しかし、俺はベルをお姫様抱っこで抱えている。感動しすぎて呆けていたからな。残りの3人は対岸にドボンだ。あーあカワイソー。

 

 

「ゲホッ……ゲホッ……ひ、ひでぇ目にあった……アイツ、いつか絶対に破壊してやる……ユエ、シア、大丈夫か?」

 

「んっ……大丈夫」

 

 

ハジメとユエさんが水の中から上がってきた。シアさんの姿はない。

 

 

「ハジメ、シアさんは?」

 

「なにっ!?……おいシア、どこだ!!」

 

 

周りを見渡すハジメ。おそらく気配感知を使っている。ピクッと、眉が動きすぐに水中に潜って行った。その間に俺は、魔法使いを演じて魔法を行使する。

 

 

「『蒸発』」

 

 

ずぶ濡れだった俺、ベル、ユエさんの服や髪などから水分を熱で飛ばす。ちなみに、制御を誤れば体内の水やら血液やらが全部蒸発して干からびて死ぬ。制御のためにちょっと魔力量を増やして使った。……普段の3分の1しかないためちょっと減りが早いし怠い。擬態+演技で使う能力は結構厳しそうだ。

 

 

「影二……ありがとう。上がってきたら2人にもお願い」

 

「ああ、勿論だ。ユエさん」

 

「……やっぱりその口調、キモい」

 

「……我慢して欲しいものだ」

 

 

最近の俺はどうしてこういう扱いのだろうか。

 

 

「主様、わたくしはカッコいいと思いますよ?」

 

「……ベルはいい子だな。いや、マジで」

 

 

俺の従者が出来すぎている件について。そうだよな、持つべきものはこういう存在だよな。これだけでも連れてきて良かったとしみじみ思う……はっ!?殺気?……恵里が嫉妬してくれたのなら嬉しい。

 

 

「あ、貴女たちはん?」

 

 

フリフリな服を着たゴリマッチョ……もとい漢女が話しかけてきた。ほぅ……よく鍛えられている。

 

 

「ハジメたちの仲間だ。用事があって少し別行動していてな……少し前に合流したんだが、天然トラップに引っかかってあの様さ」

 

「それは……大変だったわねぇ〜。それにしても……貴方、いい男じゃな〜い。王子様みたいねっ!!」

 

 

ドスドスと背中を叩かれる。王子様というのは、抱えているベルを含めて俺を見たからだろう。しかしベルに衝撃が響いているからやめてほしい。俺はステータスを弄ってないから痛くないが。まだまだ現地人には遅れはとらんよ。

 

 

「主様、ユエさんが視線で主様を呼んでいます」

 

「ん……ハジメ、やるじゃないか」

 

「主様、わたくしもアレをしてみたいです」

 

「却下だ」

 

 

振り返ればシアさんがハジメにキス……ではなく人工呼吸されている。そしてその近くでオロオロしながら俺に助けを求めるような視線を送ってくるユエさん。地獄かな、今俺に対応しろと?

 

 

「『蒸発』」

 

「……後でボコる」

 

 

とりあえずハジメとシアさんの水気を飛ばし、ユエさんにサムズアップしてからスッと漢女の方に向き直る。ユエさんが何か怖いことを言っていたが俺には勝てないだろうから問題なし。いざとなれば【撃鉄】の『吸収』でどうにかする。

 

その後、シアさんが復活してから漢女もといクリスタベルさんやソーナ・マサカさんという、ハジメたちが通ってきた【ブルックの街】の住人と自己紹介を行った。どうやらブルックの街へ戻る途中だったらしく、せっかくなのでと、他の冒険者たちが護衛する馬車へと乗せてもらうことにした。ハジメたちは、「なんであの化け物と普通に話せるんだ……」とか呟いていたがハジメよ、他の個体より大きくて強そうなアリがいても一瞬おっ?って思うだけだろ?……そういうことだよ。

 

 

「ミレディ……今頃どうしているでしょうか?寂しさのあまり泣いていないでしょうか……」

 

「ミレディなら大丈夫だろう(今頃、ハジメの報復手榴弾で泣きながら修復活動しているだろうからな)」

 

 

ドンマイ、ミレディ。でも地球ではこう言うんだぞ。日頃の行いが悪いってな。




馬車での出来事


「「「「「「リベルタちゃん!!俺と付き合ってください!!」」」」」」

「……主様、付き合う、とはなんですか?」

「男女間の交際のことだ。親しい者同士で行うことが多い。たまに一目惚れで告白してくるやつも居るけどな。大抵下心が丸見えだから気にくわない」

「へぇ……じゃあわたくしと主様みたいな関係ですね」

「「「「「「ッ!?!?」」」」」」

「いや違うだろ……ベル、お前さては天然だな?」

「………?」


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第三幕
冒険者として


ブルックの町に到着した俺たちは、ハジメたちが泊まっていたというマサカの宿へ宿泊していた。俺とベルで一部屋、ハジメたち3人で一部屋の計二部屋だ。といっても、ハジメとユエさんがおっ始めそうだったらしくシアさんがこちらへ避難してきたが。

 

 

「ふふふふふ……貴方たちの痴態。今日こそじっくりねっとり見せてもらうわ!」

 

 

外から声が聞こえてくる。と言ってもとても小さな音で、ベルとシアさんには聞こえていない。どうやら、この宿の看板娘、ソーナ・マサカがハジメとユエさんの情事を覗きにきたらしい。ああ、アレすごいもんな。俺だってチラ見した時エグかったし……まあ気になるよな。そういう年頃なら余計に。

 

 

「手洗いに行ってくる」

 

「行ってらっしゃいませ、主様」

 

「行ってらっしゃいですぅ。うぅ……私もハジメさんに……」

 

「何のことですか?」

 

 

シアさんがしょげているが無視だ。今のハジメにはまだ無理だからな。俺は外へ出て、屋根に飛び移ると、垂れていたロープを引っ張り上げる。

 

 

「きゃっ!?……アレ、貴方は」

 

「アイツらを覗くのはいいけど、もうちょいやり方があるだろ?

 

「ふぁ!?……何のことだか……私はただ宿の点検をしていただけで……」

 

 

どうやらどこまでもシラを切るらしい。まあいいけどな。

 

 

「そうか、それはすまなかった。ついでだが、ハジメに払ってもらったから俺たち分の宿泊費は自分で払っていなかったからな。これを渡しておこう」

 

「……これは?」

 

「気配を消す、という効果が付与されたアーティファクトだ。別に簡単に手に入るものだから返さなくていい。……頑張れ、アイツらは……凄いぞ?」

 

「ご……ごくり……分かりました。不肖このソーナ・マサカ、任務を遂行してみせます!!」

 

 

妙にやる気の入った少女の決意を聞いてから俺は部屋に戻る。シアさんが居なかったが、ベル曰くユエさんが連れて帰ったようだ。しかし数分後に「にゃぁぁぁぁあああぁ!?!?」と悲鳴が聞こえたので失敗したのだろう。明日、怒られなければいいのだが……

 

 

「主様の価値観から言えば、人間に興味がないはずでは?」

 

「ふむ……多少は、ヒトと寄り添っていこうと思ってな。ハジメたちに、あんなこと言われたら流石になぁ……」

 

 

だからといって別に敵に容赦はしないし、普通に食うけど。

 

 

「主様、わたくしは少し不安です。わたくしは……他の人と普通に話せているでしょうか?」

 

「特に問題はなかったぞ。あの冒険者たちやクリスタベル、ここの宿の女将や主人、娘などとも普通に喋っていたしな。そんなに気にすることはないさ」

 

 

不安げな表情で俺に相談してくるベル。ゴスロリという服の特性も相まって保護欲を掻き立てられる。

 

 

「そういえば主様、どうして女性3人、男性2人で部屋を取らなかったのですか?」

 

「んあ?そうだなぁ……ベルは外の世界は初めてだ。不安だろ?」

 

「……はい。最初はワクワクしていたのですが、今は少し」

 

「ミレディからもよろしくと言われたからな。当分は、この組み合わせでいく。慣れてきたら、ユエさんやシアさんと同じ部屋で寝るといい。あの2人にはもう説明してあるしな」

 

「お気遣いありがとうございます主様」

 

 

優しげに微笑むベル。だが、その目は少し眠そうだ。おそらく初めてのことが多くて疲れたのだろう。2、3日は続きそうだな。

 

 

「よし、じゃあ寝るか。お前も疲れただろう?慣れない宿のベッドだが、しっかり休んでくれ」

 

「はい。主様、おやすみなさい」

 

「おやすみ、ベル」

 

 

それから1週間ほど、俺たちはブルックに留まった。何やらハジメは得たばかりの重力魔法を使った新しい色々を開発するために、俺はベルが早く人の世界に馴染めるように出来るだけ多く知り合いを作りベルを効率的に案内したりするのに時間を使った。そのおかげか、俺やベルが歩いているのを見かけた住人たちや商店の人たちはよく知り合いのように話しかけてくれた。その間にベルも少しずつ慣れてきて、ユエさんと同じくらいにはコミュニケーションを取れるようになった。そういう行動を取り続ける中で、ベルの好みなどを発見することができた。特に食事、初めて食べたのは俺が作ったコンソメ擬きのスープだったが、えらく気に入った様子だった。その後食事の素晴らしさに目覚めたベルはそれが趣味になった。この世界の食事は割と高いので痛い出費だったぜぇ……

 

そうだ、冒険者ギルドにも登録しておいた。何より俺は路銀を持ち合わせていないので、近場で受けれる依頼をひたすら周回して出来る限り金を集めた。雑用から、採取系、狩猟系、色々受けて緑まではあげれた。下と上からちょうど5番目だ。金も、俺とベル2人で使う分なら余裕が持てるくらいには手に入ったので上々。おかげで、ギルドの人に仕事をしすぎだと心配されたりもしたが、そこにいた俺よりランクの高い人との決闘で圧勝したことにより渋々認められた。

 

 

 

 

〜翌日〜

 

 

 

 

カランカランと冒険者ギルドに音が響く。ハジメが扉を開けた音だ。俺、ハジメ、ユエさん、シアさん、ベルの5人はギルドに用があってやってきた。すでに見知った顔も多くギルド内のカフェから飛んでくる知り合いの挨拶や酒の誘いに対応しながら進む。何やらハジメとユエさんが『スマラヴ』とか呼ばれているらしいがあまり言及はしないでおこう。人間の男であった頃に、股間をやられる痛みはよく刻み込まれているのであまり思い出したくない。

 

 

「おや、今日は全員一緒かい?珍しいねぇ」

 

 

俺たちがカウンターに近づくと、ベテラン受付のキャサリンさんが声をかけてくる。俺たち5人が揃ってギルドに来るのは何気に初めてだからか、キャサリンさんも少し驚いているようだ。

 

 

「ああ、明日にでも町を出るんでな。あんたには世話になったし、一応挨拶をと思ったついでに目的地関連で依頼があれば受けておこうと思ってな〜」

 

 

ちなみにハジメが世話になったのは、開発云々で部屋を貸してもらっていたことだ。俺も、地図を貰ったり、ベルの常識関連の教育をしてもらったりと多大な恩がある。教育に関しては依頼という形でしっかり金を払った。

 

 

「主様、皆さんの飲み物を買いませんか?」

 

「そうだな。ユエさん、シアさん、少し行ってくる」

 

「ん……任せた」

 

「ありがとうございます〜影二さん、ベルさん」

 

 

ハジメたちが話し込んでいる間に、カフェで携帯できる飲み物を買った。

 

 

「ようエージ、リベルタちゃん。お前ら、この町をでてくのかい?寂しくなるねぇ……」

 

「まあ、俺たちにも目的があるからな。ていうかアンタ、昨日もここで酒飲んでただろ?アル中になっても知らないぞ?」

 

「余計なお世話さ、俺の相棒と言っても過言じゃねぇ。テメェらもそうだろ!」

 

「「「「「「あったりめぇよ!!ガッハッハッ!!」」」」」」

 

 

やはりここの冒険者はいい人間が多い。……昼間っから酒飲みが多いのも随分とヤバいけどな。奴らが俺の名前を呼ぶときに若干間延びしているのは発音しにくいらしい。この世界でも日本語は難しいのか……

 

 

「影二、ベル、用は済んだから次行くぞ。挨拶しとけよ。俺らは受ける依頼の手続きをしてくる」

 

「了解。行こうか」

 

 

ハジメたちに飲み物を渡してキャサリンさんの元へ向かう。受付の奥から熱い視線を何人分か感じるが無視だ。

 

 

「あんたは、このブルック支部の期待の新星だったんだけどねぇ……リベルタちゃんも随分と有名人になったもんだよ」

 

「はい、皆さんには本当にお世話になりました」

 

「俺がもし冒険者として有名になったら、ブルックが見出したって事で自慢してくれて構わない」

 

「そりゃいいね。そうさせてもらうよ」

 

 

周りの冒険者たちも、そうだそうだとヤジを飛ばす。悪いヤジじゃないからいいのだ。

 

 

「というか、職員たちの教育はしっかりしたほうがいいぞ?」

 

「あんたのせいでもあるんだけどねぇ……いつのまにかウチの半分くらいの女の子たちを落としてて呆れたよ」

 

「勝手に惚れられても困る。俺は一途なんでね」

 

「あんたにそこまで思われてる子は幸せだねぇ。まぁ、あんたたちも元気でやりな。たまには顔を見せに来なよ」

 

「「もちろん」」

 

 

ギルドの奴らに挨拶をして、俺たちはクリスタベルの店に行った。ハジメだけが嫌そうだったが、1人の意見で覆るものではないし、全員がしっかり世話になっているのでもちろん挨拶をしに行った。ベルに服の着こなしなどを教えてくれたり、俺自身も裁縫を習ったりしたのできっちり挨拶をした。

 

 

 

 

〜さらに翌日〜

 

 

 

 

ハジメが受けた依頼、中立商業都市フューレンまでの商隊の護衛依頼を行うためにハジメがリーダーに商人に挨拶に行った。そのリーダーはモットー・ユンケルというらしい。名前でもう人生辛そうだな。

 

俺とベルは、この護衛依頼を受けた他の冒険者たちへの挨拶回りだ。昨日飲んだくれていた冒険者も若干いたので打ち解けるのも早くて助かった。途中、ハジメから殺気を感じたので何事かと思ったが、いつもの、俺の女だアピールだったので特に変なことはなかった。

 

 

護衛依頼が始まって3日ほど経った。何回か魔物の群れが近くにいるとハジメから報告を受けていたが、俺が【殲琴】を演奏することによる、付与されている闇系魔法の効果によってこの隊への意識を逸らすことで無駄な戦闘を避けながら進んでいた。ちなみに演奏は割と好評で、夜の飯時などによく弾いている。精神に刷り込ませるような弾き方で、演奏で安らぎを与えているため演奏後は心地いいと褒められる。

 

 

「はむっ……おいひいでふね主様」

 

「ベル、物を口入れて喋らないように。キャサリンさんにまた怒られるぞ?」

 

「ごくん……そうでした」

 

 

今日の夕飯はシアさんが用意した物だ。毎日、俺とシアさんで交代しながら飯を作っているため味に偏りが無く、ハジメたちには好評らしい。ちなみに宝物庫から食材を取り出し、ハジメ印のアーティファクト調理器具で料理しているため手間もあまりかからない。シチュー擬きだが、優しい味がする。……どっかで適当な理由をつけて魔物肉でも食いに行こうかな?

 

 

「ダメですよ主様」

 

「急に思考を読むな。ていうか食うの早いなベル」

 

「おいしくてつい……」

 

「ああもう、口元に残ってるぞ。ほらこっち向きなさい」

 

「あ、すいません」

 

 

ベルの口元を布で拭き取る。こういうところはマジで天然なんだよなぁ……『錬金魔法』を使ったときに何故か目つきの悪さも解消されたのでこういう場面を見たらマジでアホの子だ。

 

 

「ユエさん……あれ完全に……親子ですよね?」

 

「ん……両方自覚がない……自覚できるような環境で育ってないから気づかない」

 

 

どこかから変な視線が飛んできているが……別にいいだろう……

 

ちなみにハジメは、シアさんのご厚意で飯を恵んでもらった他の冒険者たちへの説教タイムだ。

 

 

「主様、食後の運動でもいかがですか?」

 

「あー……いいぞ。召喚【烈槍】」

 

 

ベルからの提案で、ちょっと広めの場所に移動し双方武器を構える。ベルはハルバードを一本、俺は【烈槍】一本だ。ベルのハルバードはハジメの手によって、重力魔法が付与され好きなタイミングで重量を増減できるようになった。この一撃が割と重たく、並の魔物なら肉片も残らない。元々のステータス的にも出来そうだが、単純に火力が増した。十分である。

 

 

「はぁッ!!」

 

「むっ、やるな……これならっ、せいっ!!」

 

 

お互いに軽く得物をぶつけ合う。毎日行っているおかげか、他の冒険者にとってはいい見せ物らしい。

 

 

こんな感じで、フューレンまでの道のりを護衛し続け残り1日程度で到着……というときに、無粋な連中が現れた。

 

 

「敵襲です!数は百以上!森の中から来ます!!」

 

 

シアさんの声が冒険者たちの耳に届く。俺たちは警戒態勢を強めた。

 

 

「くそ、百以上だと?最近襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか?」

 

 

護衛隊のリーダー、ガリティマがそう悪付く。

 

 

「召喚【撃槍】【烈槍】……さて、やるか」

 

「わたくしの準備も整いました。いつでも出撃出来ます」

 

 

俺は槍を2本、ベルはハルバードを2本とも構えてスタンバイする。ベルのような女の子が2メートル級の武器を一本ずつ持っている光景に、他の冒険者が驚くがすぐに真面目な表情に戻る。流石ベテラン。

 

 

『2人とも、ストップだ、ユエがやるってよ』

 

「ほぅ……なら任せよう」

 

「そうしましょうか」

 

 

俺たちは、念話石を通じて聞こえてくるハジメの声で武器を収める。他の奴らが俺らの行動に疑問を覚えている間に、空に閃光が走る。

 

 

「彼の者、常闇に紅き光をもたらさん、古の牢獄を打ち砕き、障碍の尽くを退けん、最強の片割れたるこの力、彼の者とありて、天すら飲み込む光となりて、いつしか我らが友を打ち破る、『雷龍』」

 

 

ユエさんの声から聞こえる詠唱が終わると同時に、空に放電する東洋龍が現れる。そのままその龍はまだ姿の見えない全ての魔物を蹂躙していった。

 

 

「流石ユエさん。だが、宣戦布告はしっかり聞き遂げたからな?」

 

 

チラッとユエさんに視線を向ければ、不敵な笑みを返してくる。確信犯だなありゃ。

 

 

『いつしか我らが友を打ち破る』

 

 

ハジメといい、ユエさんといい、俺を目標にしているからには……俺も負けていられないな。



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ファフニールの宝物

ユエさんがオリジナル魔法で魔物を駆逐した日から、何ごともなくフューレンに到着した。到着後にユンケル氏と一悶着あったが、ユンケル氏の商魂をしっかり見せつけられただけだった。

 

俺たちは冒険者ギルドで依頼完了の報酬を受け取り、カフェで軽食を取っていた。その際、リシーという案内人を雇い共に軽食をとりながら話を聞いていた。……と、いうのはハジメたちの話で、俺はベルの要望で露店を回っていた。

 

 

「主様、あれはなんでしょうか?」

 

「ん?……ああ、アクセサリーを売っている店だな。少し見るか?」

 

「主様が良いのならぜひ」

 

 

ベルの見た店に行ってみると、主にペンダントや指輪などを取り扱う店の様だ。なんでもこの都市の有名な錬成師が加工した品を使っているらしくそこそこ値段がする。払えない額ではないが、ちょっと奮発するか。

 

 

「いらっしゃいませ。おや、綺麗なお客様が見えるとウチの店も活気が出ていいですな」

 

「ありがとうございます」

 

「自慢の従者なんでな。ご主人、オススメの品はあるか?」

 

「ふむ……こちらの方への贈り物ですかな。これは腕がなります……こちらなど如何でしょうか」

 

 

初老の店主が見せてくれたのは、真紅の鉱石が美しく光る首飾り。流石はベテラン、たった少しの時間でベルによく似合う物を探してくれる。

 

 

「ほぅ……しかし、これはなかなかの品だろう。俺たちのような客に出して良い物なのか?常連に見せるべきでは……」

 

「ほっほっほ。貴方は宝石の価値が分かるお方なのですな。確かに、これはそういう一品です。しかし、だからといって手を抜くようであればそれはもう私は宝石商失格でしょうな」

 

「……なるほど」

 

 

どうやら、この店主はなかなかの人物らしい。周りの店の店員が俺たちを見て笑みを浮かばせているし、ここらでは割と有名な人なのだろう。ふとベルに視線を向けてみれば、店主が見せてくれたのは宝石をまじまじと見つめている。気に入ったのだろうか?

 

 

「ベル、気に入ったのか?」

 

「ッ……いえ、主様の瞳の色と同じだなと思いまして。なんでもありません」

 

 

俺の言葉でハッと反応し真顔に戻ったが、少し物欲しそうな目線を向けている。……今の俺は黒目のはずなんだが……ああ、元の姿でか。確かに真紅の瞳だが……そんなに気に入ったのか。

 

 

「ご主人、これを頂こう。おそらくこれだけあれば足りるはずだが……」

 

「ふむ……ええ、大体ちょうどですな」

 

「あ、主様ッ!!流石にそこまでは……」

 

 

金を店主に渡すが、ベルは驚いた様子で俺に問い詰める。

 

 

「ベル、気に入ったのなら素直に言ってくれ。出来る限りなら叶えるから」

 

「しかし……わたくしばかり……「おいそこの女」……ッ?」

 

 

ベルの言葉を遮り、後ろから声をかけてくる男の声。とっさにベルを俺の背でガードし振り向けば、人相の悪そうなガタイのいい男と、いかにも悪事を練るのが得意そうな眼鏡の細身の男が立っていた。周りの客や店員たちは少し引き怯えた表情を見せている。

 

 

「……誰だ?」

 

「おや、口の利き方がなっていないガキですね。私は、ミン男爵家の執事、ニロ・ニーロと申します」

 

 

どこぞの代表的なゆるキャラが登場する物語の細い奴を想像する名前の男が恭しく礼をした。

 

 

「おい……アイツ、黒のレガニドの双子の弟の……」

 

「ああ、レガードだ……兄と同じ黒ランクの……アイツ、気の毒だな。レガニドじゃなかっただけまだマシだけどよ……」

 

 

ヒソヒソと聞こえてくる声に耳を傾ければ、どうやら相当な実力者らしい。黒ランクとは、冒険者のランクで言うと上から3番目、つまり俺よりも2つほど上だ。

 

 

「そんな高貴な方が、俺たちみたいな一介の冒険者になんのようだ?」

 

「単刀直入に申しますと……そちらの女性を渡してほしいのです。我が主人が、貴女を御所望なので」

 

 

どうやらこの世界の貴族にも、権力を傘に切るクソ野郎はいるらしい。確か、ミン家とはここでハジメにちょっかいをかけてきた豚野郎の家系だった気がする。……じゃあいいか。

 

 

「却下だ。ベルは俺の従者、他の奴に渡す予定はないな」

 

 

ベルが離れたいと言わない限りはな。

 

 

「ふん……生意気な小僧ですね。レガード、この小僧は殺しても構いません。あちらの女性は出来るだけ無傷でお願いしますよ」

 

「分かりやした。ただ、殺しは不味いんで動けない程度にしときやすぜ」

 

 

意外と良心的だった。仕事はきっちりこなすけど必要以上はしないタイプか?

 

 

「すまんね坊主。こう……弱い物いじめのような真似は好きじゃねえんだが、これも仕事だ。諦めてくれや」

 

 

腰から、海賊が持つようなサーベルを抜き、俺に構えるレガード。仕方がないと思いつつ、俺も鞄から取り出すふりをしながら【撃鉄】を両手に装備した。

 

 

「ご主人、少し離れていてくれ。ああ、その首飾りは大事にしてくれよ?後で買わせていただくからな」

 

「主様、わざわざ貴方の手を煩わせずともわたくしが……」

 

「ベル、見ていろ」

 

「ッ……はい」

 

 

威圧気味にベルに言ってしまった。後でご機嫌とりでもするか。

 

 

「レガード……だったか?冒険者としての先輩にこんな態度で済まないが、状況が状況なのでな。一撃で決めさせてもらおう」

 

「はん……何をいっt…ゴッハァ!?」

 

 

レガードが見えないような速度で近づき顎に向けて綺麗にアッパーを決めた。運が悪ければ舌をかんでいるが、そうではなさそうなのでいい。白目を向いて気絶しているレガードを横目に、ニロとやらに向き直る。

 

 

「…………で?誰が、誰をどうするって?」

 

「っ……ミン家に手を出したこと……後悔しますよッ!!」

 

「ふざけるなよゴミが。貴様……ファフニールの宝物に手を出したような物だぞ?その無駄に整った顔を醜くされたくなければさっさと消えろ。コイツへの依頼料を払ってからな?」

 

「……チッ仕方ありませんね……とでも言うとっ……ぅ」

 

 

不意打ちで蹴りを入れてこようとしたニロ、どうやら執事ではあるがそこそこ戦えるらしい。まぁ……相手が俺じゃなければな。当たる瞬間に頭を小突くと簡単に気絶した。……脆い。

 

 

「はぁ……終わったぞべ……ル?どうした?顔が赤いが……まさかアイツらに何か盛られたか?」

 

「へッ!?……い、いえ、問題ありません。主様、ありがとうございました」

 

「ああ、ブルックの奴らはそんなにしつこくないしノリが良いだけだったが、普通はこんなもんだ。ベル、お前は美人なんだから気をつけておけ」

 

「分かりました」

 

((((((あれ、今のは照れないんだ?))))))

 

 

「そこ、何をしているのですか!」

 

 

どうやらギルド職員がやってきたらしい。この雰囲気を変えるにはいい人物が来てくれた。数人は気絶しているレガードとニロの元へ、数人は周りへの事情聴取、1人は俺たちの元へ。

 

 

「申し訳ありませんが事情聴取にご協力願います」

 

「了解した……仲間がいるのだが、連絡を取ることは可能か?」

 

「はあ……そうですね。よろしければお名前を、冒険者ギルドにいればお伝えしておきますので」

 

 

ギルドって、この世界で最も規律が整ってていい場所だよな。気が効くし。

 

 

「南雲ハジメ、ユエ、シア・ハウリアの3名だ。白髪に眼帯、左腕の義手をしている男に、金髪の美少女、珍しい髪色をした兎人族だ。みれば一髪でわかる……と、何か問題でも?」

 

「いえ……つい先ほど、同じような状況で事情聴取行うためにご足労いただいた方々の特徴と一致していまして……」

 

「なら本人だろう。そっちの被害者は大丈夫か?アイツのことだ。半殺しどころか、再起不能の可能性まである」

 

「ハハッ……正しくその通りですねぇ……全く、貴方はまだ穏便にすませたと言うのに」

 

「……仲間がすまない」

 

 

どうやら過剰防衛をしたらしい。この職員の目が一瞬濁るほどにはストレスを植え付けられたらしい。気づかないうちに1人の胃が死にそうだぞハジメ!!……知るか、って一蹴するだろうけどな。

 

 

「皆さん!お見苦しいものをお見せしてしまい、さらに謝罪しかできないことも含め申し訳ない」

 

「ご迷惑をお掛けしました」

 

 

2人揃って周りの人たちに謝罪する。

 

 

「良いってことよ!!それより兄ちゃん、カッコよかったぜ!!」

 

「ああ、良いもん見せてもらった!!」

 

「ヤバイ……惚れたかも」

 

「私は濡れたわ!!」

 

 

返ってきたのは罵詈雑言ではなく何故か、賛辞だ。同じ暴力なのがな。……最後のやつは出てこい。物理的に天国へ逝かせてやる。

 

 

「……ふっ、行くぞベル」

 

「はい、主様」

 

 

そのままギルド職員に案内され、冒険者ギルドへと向かった。あっ……あの宝石買えなかったな。しかも金も置いてきてしまった。……結局金を失っただけか。ちきしょう……

 

 

「お待ちくださいな」

 

「……ッ!?どうされましたか?」

 

 

聞こえてきた声の方を向くと先ほどの宝石商の店主が小走りでやって来ていた。ギルド職員はその店主の姿を見ると驚愕した表情で、姿勢を整えた。

 

 

「お客さん、忘れ物ですぞ」

 

「おお、これは失礼。わざわざすまない」

 

 

どうやら俺が回収し忘れた金を持ってきたらしい。多少ちょろまかしておいても迷惑料としてでいいのだが……

 

 

「いえいえ、それと中のものはほんのお礼ですのでお気になさらずお受け取りくださいな」

 

 

中に入っているもの?お礼?そんなに特別なことをした覚えはないんだが……身にかかる火の粉を振り払っただけだしな……

 

 

「はぁ……?まあ、くれると言うのならありがたく頂いておこう」

 

「ほっほっほ、お達者で〜」

 

 

数分後、俺たちはギルドに到着した。ここも清潔感があって良い印象だ。

 

 

「こちらへどうぞ。フューレン支部支部長イルワ・チャングがお待ちです。お連れさまはすでに中にいらっしゃいますので」

 

「案内ありがとう。失礼する」

 

「失礼します」

 

 

案内された扉を開け、中に入るとイケメンな青年とハジメたちが話をしていた。

 

 

「よぉ影二、遅かったじゃねえか」

 

「ちょっとな。まあそれはいい、今何の話をしているんだ?」

 

「依頼を受けるか受けないかって言う話だ」

 

 

ハジメによれば、北の山脈地帯の異変を調査しに行った冒険者チームの捜索らしい。ハジメとしては明らかに受けない仕事だろう。

 

 

「へぇ……で?どうする?」

 

「受ける方向で話を進めてたんだよ。条件付きでな。ちょうど交渉も終わった……って時にお前らが来た感じだな」

 

「では問題ありません。主様、そうでしょう?」

 

「ああ、そっちに任せる」

 

 

俺やベルは交渉系は得意ではないからな。そういうのはハジメに任せておくべきだ。

 

 

「そういや、ハジメは何ていうやつに絡まれたんだ?」

 

「んなもんいちいち覚えてねえよ。貴族の豚とその護衛だな。黒らしい」

 

「こっちはそのお豚さんの家の執事とその護衛の双子の弟だった」

 

 

面倒事はお互いしっかりやってくるんだな。

 

 

「さて、じゃあ行くか。あ、ステータスプレートはもう一枚追加って事で頼む。もう話は終わりでいいな?」

 

「ああ……ウィルの件。本当によろしく頼む」

 

 

マジで話しなかったな俺。いや別に興味ないし問題ないけど。ベルも何をしに来たのか分からない感じだ。

 

 

「主様……わたくしたち、完全にタイミングが悪かったですね」

 

「言うな……悲しくなるから」




「そういえば主様、あの店主が言っていたお礼って何でしょうか?」

「そういえば見ていなかったな……ってこれは……」


中に入っていたのは、俺たちが見ていた真紅の首飾りだ。しかし、チェーンが付いていなくてブローチに加工されている。……あの人、あの短時間で『錬成』したのか?めっちゃ重鎮なんだろうな。


「ベル。こっちを向いてくれ」

「え、はい……主様!?」


ううむ……ちょっと付けにくいな……真正面からの方がやりやすいと思ったんだが……


「どうかしたか?」

「いえ……その、顔が……いやなんでもないです」

「よし、出来た!」

「ふぇ!?……あ、これは……綺麗」


胸元にブローチをつけてあげた。うむ、よく似合っている。全く、あの店主には本当に感謝しないとな。


「よく似合ってるぞ」

「……ありがとうございますぅ」


何故シア語になっているのだろうか?


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再会は甘美なものだけではない

 

 

『ベル、体は大丈夫ですか?』

 

「問題ありません主様。もう慣れました」

 

 

現在、俺たちは広大な平原を爆走している。ハジメたち3人は魔力駆動二輪……もう名前で呼ぶか、シュタイフに。俺たちはいつぞや擬態した狼である『バトルウルフ』に俺がなり、ベルがその上に乗っている。シュライフに並走しているが、一応俺は体を動かしているので疲労は溜まる。しかも念話石を使っているので魔力をバカスカ使う。それでも余裕はあるが。

 

そういや、ハジメに頼んで神水をほんの少し貰った。生命力低下の状態を少しでも癒せるかと思ってな。まあ結果は大成功……元々の5分の3程度までには回復することができた。これ以上は自然回復でどうにかする事にした。

 

 

「このペースならあと1日ってところだが……影二、行けるか?」

 

『余裕です。まだ全快ではないとはいえこれくらいでへこたれる私ではありませんよ』

 

 

ユエさんはハジメの前に、シアさんはハジメの後ろに乗っているが念話石で脳内に直接響かせているため風の影響で声が遮られることもない。

 

 

「さすが影二……魔力オバケ」

 

「ですぅ〜……」

 

 

ユエさんの声は元々小さめなため聞こえにくい。シアさんは相槌を返したような声を出すが寝言を言っているだけだ。

 

 

『それで、今はどこに向かっているのですか?ほとんど話を聞けていないため情報が欲しいのですが』

 

「そういやそうだったな……湖畔の町ウルだ。どうやら稲作が盛んらしい。」

 

『ほぅ……米ですか……主食はパンばかりでしたからねぇ……カレーやチャーハン……料理のレパートリーが増やせそうです』

 

 

米か……穀物、というだけならそこそこ種類はあるが米は王都でも他の街でも見たことはなかった。なかなかいい物資だ。

 

 

「おお!影二、米料理……期待してるからな!!」

 

「ハジメさんがここまでテンションが高くなるとは……主様、わたくしも楽しみです」

 

 

俺たちはまだ見ぬこの世界の米に想いを馳せながらさらに平原を駆け抜けた。

 

 

 

俺たちは日落ちる少し頃ウルに到着した。湖畔の町と銘うつだけあって、湖が太陽の光を反射して美しく輝いている。ウルティア湖というらしい恵里と来てみたいものだ。

俺たちは、折角ならと米料理を食べることができる宿に泊まる事にした。主にハジメの要望だが。水妖精の宿といういかにも良さげな名前の宿に入り夕食をとる事にした。

 

カランカランと入店時の鐘の音が聞こえる。店内も整っていて上品な印象を受けるしここを選んで正解だったかもな。

 

 

「店員さん、5人なんだが……大丈夫か?」

 

「申し訳ありません。ただ今混雑していまして……4人席が残っているのですが3人ほどは4人席の方に、2人ほどは大人数用のお席のお客様と相席の形になるのですが……宜しいでしょうか?」

 

「ハジメ、別に問題はないな?組み合わせはどうする。男2人と女3人か、いつものか」

 

「「いつものでっ!!」」

 

「……らしいぞ。すまんが、相席で我慢してくれ」

 

 

ユエさんとシアさんの食いつきが早い。ちなみにいつものとは、俺とベルで1組、ハジメ、ユエさん、シアさんで1組だ。

 

 

「ではこちらへどうぞ」

 

 

店員に案内され、俺とベルはついていく。何やら鎧を来た人間がいるが、おそらく畑山愛子一行だろう。まさか、大人数席とはここのことか……?面倒だな……

 

 

「お客様方、申し訳ございません。相席をお願いしたいのですが宜しいでしょうか。先ほど申し上げた北の山脈への調査を行う冒険者様方なのですが……」

 

「はい、大丈夫ですよ!」

 

 

懐かしき畑山先生の声が聞こえる。相変わらずのほほんとしていて戦闘が出来そうにない。天職的に戦闘できないけどな。念のため仮面をしておこう。宝物庫からこっそりとシンプルなデザインの仮面を取り出し顔につける。ベルが怪訝な表情をするが察してくれたようで何も言わない。

 

 

「失礼する。……と、まさかあなた方は神の使徒様方かな?」

 

「おい貴様。何故仮面をしている?マナーがなっていないぞ?」

 

 

席に行くと、騎士が数人護衛をしている。畑山先生、その他生徒etc……だ。どうやら金髪のイケメン騎士様は俺が気に入らないらしい。

 

 

「これは申し訳ない。実は、冒険者としての仕事の途中に顔を焼かれてしまってね。あまりにも醜く人には見せられないような物だからこうして隠しているのさ。今日は、従者の食事に来ただけだ。俺は仮面を外さないので安心してくれ」

 

「……これは失礼した」

 

 

割と悲惨なことを言ったので金髪の騎士も引いたようだ。同情の視線を感じる。

 

 

「ベル、好きなものを頼むといい」

 

「はい主様……ではこのニルシッシルというものを」

 

 

先生と生徒たちはポカンとしている。何故かって?まぁ、ベルは絶世の美女。その容貌は女性だって魅了する。そして男子生徒2名はベルの巨乳に釘付けだ。女生徒……園部優花に冷ややかな目線を向けれている。

 

 

「貴殿が、北の山脈を調査しに来た冒険者らしいな?……2人でなのか?」

 

「いや、他にも連れはいるのだが、この店はどうやら繁盛しているらしい。分かれて席に座ったのだよ。ほら、この隣だ」

 

 

俺が親指で視線を誘導するとすでに、料理を注文し終わったハジメたちが談笑している。

 

 

「ハジメさん!!私、お料理すっごく楽しみですぅ!!」

 

「ん……ハジメの故郷の味……知りたい」

 

「もうすぐ来るからちょっと待ってお前ら」

 

 

これでもかと言うほど『ハジメ』という単語を連呼する女性陣。しかもハジメが声を出したため、先生と生徒たちは違和感を覚え始めたようだ。

 

 

「……何故亜人族風情が、我々と同じ店にいる?」

 

「おや?……敬虔なる騎士様にはお気に召さないかな?」

 

「デビットさん……ちょっと静かにしてもらえますか?」

 

「ッ……愛子、しかし!」

 

 

デビットと呼ばれた騎士は先生の一言で黙る。そして徐に先生が立ち上がると、隣席まで歩いて行った。

 

 

「南雲くん!!」

 

「あぁ?…………先生?」

 

「おまたせしましたお客様、ニルシッシルでございます」

 

「ありがとう」

 

 

ベルの料理が運ばれてきたようだ。うむ、スパイシーな香りが食欲を掻き立てる……俺も食べたい。

 

 

「南雲くん……やっぱり南雲くんなんですね?生きて……本当に良かった……はっ……篝火くんは!!南雲くんと一緒に落ちたとききましたが、篝火くんはどこにいるのですか?」

 

「……いえ、人違いです。その篝火?とかいうのも知らないですね。俺たちは食事をするので、では」

 

 

聞く限り、どうやらハジメは無視の方針のようだ。

 

 

「おい……アレ本当に南雲なのか?」

 

「別人に見えるけど……声が似てるし……」

 

 

チラッと生徒諸君が俺の方を向く。どうやらアイツらについて聞きたいらしい。

 

 

「主様、この料理すごく美味しいです!!主様も召し上がればいいのに……」

 

「ベル、食事中だ。落ち着いて食べなさい。ニルシッシルは逃げないから」

 

 

ベルの幸せそうな顔。くっ……マジで食べたい!!

 

 

「おい影二!!なに無視してやがる……助けろ……」

 

「「「「「影二?」」」」」

 

 

ついに観念したハジメが俺の名を呼んでしまった。あーぁ……

 

 

「……折角黙ってたのに、言うなよハジメ」

 

「「「「「篝火(くん)!?」」」」」

 

 

仮面を外しながら、俺は隣のハジメに向かって言う。篝火影二だと言うことを認識した皆は驚いているようだ。

 

 

「な、な、な……」

 

 

畑山先生は声にならない様子。

 

 

「ふむ……店員さん。俺もニルシッシルを頂こう」

 

 

結局すぐに仮面を外す羽目になったので遠慮無く注文を取った。

 

 

「篝火くん!!なに自然に注文を取っているのですか!!」

 

「ここは食事を取る場所。当たり前のことをしているに過ぎないが?」

 

「タメ口!?……うぅ……あんなに真面目な生徒だった篝火くんが不良に……」

 

「え……今の俺不良に見えるのか……」

 

 

スッと生徒……園部の方に顔を向けると、困った顔をしながら首を振っている。ちなみに、地球の頃は彼女の家が営んでいるレストランでよく食事をとっていたので割と親しい方だ。あそこのコーヒーは美味しい。

 

 

「そういえば!2人とも、こちらの女性たちはどちら様ですか?」

 

 

私、怒ってます。と言った表情の畑山先生。俺は説明した通りだが……

 

 

「依頼のせいで1日以上ノンストップでここまできたんだ。腹減ってるんだから飯くらい食わせてくれよ先生。コイツらは……」

 

「……ユエ。ハジメの女」

 

「シアです。ハジメさんの女ですぅ!!」

 

「お、女……?」

 

 

シアさんはまだ違うのだが……何も知らない先生や生徒には衝撃だろう。今まで散々無能と言われてきたハジメに、こんな女性が2人もいるように見えるんだからな。

 

 

「じゃ、じゃぁ……そちらの人はもしかして……?」

 

 

仁村だっけ……?まあそいつがそう言って俺とベルの方を向くと、ベルは立ち上がっていつものカーテシーを行いながら挨拶をした。

 

 

「リベルタと申します。主様の従者をしています。ハジメさん方と違ってそう言う関係ではございませんので無駄な詮索はやめてくださいな」

 

 

ハジメたちにした時よりも簡易的だが、しっかりと挨拶をしている。ちょっと毒づいているが。食事を邪魔されたことで若干苛ついているのだろう。

 

ちょっとした騒ぎを起こしてしまったため、店主の提案で普段は席に数えていないVIP席に全員集合した。もちろん俺たちは食事をしながら……だがな。

 

 

「橋から落ちた後、どうやって生き延びたのですか?」

 

「超頑張った」

 

「何故白髪なんですか?」

 

「超超頑張った」

 

「その目はどうしたのですか?」

 

「超超超頑張った」

 

「何故すぐに戻ってこなかったんですか?」

 

「戻る理由がない」

 

「真面目に答えなさーい!!」

 

 

責任者はハジメだと言うことを先に通してあるので、先生の質問の矛先はハジメに向いている。最も、めっちゃ幸せそうにニルシッシルを食っているベルや俺を邪魔するのも忍びないと思われているだろう。そんな時、デビットが切れながら拳をテーブルに叩きつけた。

 

 

「おい、お前!愛子が質問しているのだぞ!真面目に答えろ」

 

「食事中だぞ?行儀良くしろよ騎士様」

 

「ふん、行儀だと?その言葉そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなっていないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ?少しは人間らしくなるだろう?」

 

 

礼儀がなっていないのはどちらだろうか。聖光教会が人間族以外を見下しているのは分かっているが、ここはそもそも食事処だ。ユエさんはその態度に眉を顰めながらデビットを見ている。

 

 

「主様、何も言わなくていいのですか?」

 

「ここからがおもしろいからまあ見ていろ」

 

 

ベルが小声で聞いてくるが、今は黙って聞いてみろって。楽しいからさ。

 

 

「なんだ。その目は?無礼だぞ!神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!!」

 

「フッ……小さい男」

 

 

騎士である以上、プライドというものを持っているデビットもそろそろ限界だったのだろう。ついに剣を抜いた……と思った瞬間に部屋中にとある音が響き渡る。

 

 

ドパンッ!!

 

 

ハジメの射撃音だ。そのままデビットの頭がガクンと後ろにそれながら壁までぶっ飛ばされる。その現場を目にした他の騎士たちはもれなく殺気を放ちながらハジメを見ている。さて……俺も動くか。

 

 

「【跪け】」

 

「「「「ぐぅっ!?」」」」

 

 

俺の一言で、騎士たちが強制的に膝をついた。とあるキャラの演技だが、皆は分かるかな?そして立ち上がり彼らに告げる。

 

 

「無礼だぞ?俺とハジメは神の使徒。貴様ら神殿騎士風情とは、その命が格段に違うのだよ。貴様らは、かの勇者様が、『亜人族を解放したい』と言ったらどうする?従うだろう?所詮貴様らは我々、崇高なる神の使徒が主役の舞台装置でしかないのだから」

 

 

そう、俺は今権力を振りかざしている。俺の言葉に、拘束を解かれた騎士も反論ができずに剣を収めるしかないでいる。先生や生徒も、今更のように『神の使徒』の地位について自覚が芽生えたようだ。

 

 

「俺は……あんたらに興味がない。関わりたいとも関わってほしいとも思わない。いちいち今までのこととかこれからの事を報告するつもりもない。もう俺たちの邪魔をしないでくれ。じゃないと……つい殺っちまいそうだ」

 

 

威圧をかけながらそう言うハジメに反論できるものはいない。怯えているからだ。

 

 

『ご馳走様でした。主様、今のは趣味が悪いですよ』

 

『やはりお前には分かるかベル?そうだ、『エヒトルジュエ』の『神言』を演じてみたのだが……恐ろしいほどよく効いて正直驚いてる。もう使わんよ』

 

『そうして下さい。エヒトの気配がして斬りかかろうか迷いました』

 

『そこまでかよ……』

 

 

念話石で内密に会話する。さて、そろそろ店を出るか。ニルシッシル美味かったな……今日で食えなくなるのも惜しいし、香辛料が買えないのも痛いから依頼は真面目にこなすとしよう。……うん、寝たい。

 

 

「南雲くんと……篝火くんでいいでしょうか。先程は隊長が失礼しました。なにぶん我々は愛子さんの護衛を務めておりますから、愛子さんに関することとなると少々神経が過敏になってしまうのです。どうかお許し願いたい」

 

 

チェイスと名乗る騎士の1人が俺たちに謝罪してきた。少なくともデビットくんよりは礼儀や態度がましなようだ。しかしそんなチェイスくんはハジメの持つドンナーに目を向けている。

 

 

「そのアーティファクトでしょうか?相当強力なものにお見受けしますがいったいどこで手に入れられたのでしょう?」

 

 

目が笑っていない。まぁ、纏雷使わない機構だけでの銃撃だったから量産できるとでも思っているのだろう。魔人族と戦争中の人間族にとっては良い武器が手に入るかもしれないチャンスだ。ここで逃す理由はないだろう。

 

 

「そうだよ!南雲、それ銃だろ!?なんでそんなもん持ってんだよ!!」

 

 

玉井?だったはずの男子生徒が正体をバラしてしまう。いや、隠してもないから別に問題ないけど。

 

 

「銃?玉井はあれが何か知っているのですか?」

 

「そりゃあ……俺たちの世界の武器だしな」

 

「ほぅ……つまりこの世界にもともとあったアーティファクトではないと。では作成者は当然……」

 

「俺だな」

 

 

毎回なんだけど、飽きたな。俺が作ったアーティファクトはないし、直接の会話に参加する理由もないから。話が長いのは好きじゃないんだよねぇ。ベルも退屈そうだしな。

 

 

「あっさり認めるのですね。その武器が持つ意味、理解していますか?

 

「戦争の役に立ちすぎる……だろ?量産さえ出来ればな。大方、戻ってこいとか作成方法を教えろとかそんなことを言いたいんだろ?当然全部却下だ。諦めろ」

 

 

ユエさんやシアさんはハジメの対応を一生懸命聴いている。そんな時、いつの間にやらベルが頼んでいたらしい紅茶が運ばれてきた。御丁寧に俺の分も含めて。……払うの俺なんだがなぁ。いや、ちょうど飲みたかったし良いんだけど。

 

茶をすすりながら俺たちはまたハジメの会話に耳を傾ける。おっと……吹っ飛んだデビットくんからの殺気が。ハッハッハッ……喰い殺すぞ?

 

 

「ッ!?…………ッ」

 

 

諦めたようだ。はん、所詮は人間。この程度で怯むような者に価値はないねぇ。

 

 

『大人げないですよ主様』

 

『身の程を知らない下等生物に序列を教えているだけだよ。それに、序列、と言うだけならばお前だってこの世界では上から3番目だからな?』

 

『理解していますが、今のわたくしはただのリベルタであり、主様の従者ですので』

 

『ふっ……それでいい』

 

 

ちなみに1番目がエヒト、2番目は魔人族が信仰するアルヴヘイト、3番目が真の神の使徒だ。チェイスとハジメ不毛な押し問答の途中、畑山先生が口を出した。

 

 

「チェイスさん。南雲くんには南雲くんの考えがあります。私の生徒に無理強いはしないでください。南雲くんもあまり過激なことは言わないでください。篝火くんも、俺は関係ない、みたいな顔をしないでください。……2人とも、本当に戻ってこないつもりなんですか?」

 

「ああ、戻るつもりがない。明朝、仕事に出て依頼を果たしたらそのままここを出る」

 

「そちらに戻ったところで、シアさんを教会の方針でシアさんを殺されるのがオチなのでね。何の意味もない。先生は俺たちを陥れるために戻ってこいとか言わないだろう?」

 

「当たり前です!!私は2人の先生ですから!!……でも、どうして」

 

 

先生が言い切る前にハジメは席を立った。それをみたユエさん、シアさんもハジメの後を追って二階に上がっていった。

 

 

「主様。食後の運動でも」

 

「ああ、昨日していなかった分は激し目に行くか」

 

 

俺たちも席を立つ。ふと見渡せば、騎士は悔しそうに口を噛み、生徒や先生は悲痛な顔をしながら深く考え込んでいる。無駄なことを……と思うけど、人間は考えて行動できる生物だ。これを糧に俺たちに面倒なことをしてこなくなればいいのだがな。

 

 

『ハジメ、少し立ち合いをしてくる』

 

『分かった。部屋は二階の端だ』

 

 

姿が見えなくても念話石に魔力を通せば一定距離ないなら声が届く。ハジメに連絡を入れてからベルを立たせる。

 

 

「邪魔したな」

 

「相席させていただきありがとうございました」

 

「あっ……」

 

 

畑山先生が何かを言いたそうな目で俺を見るが無視だ。もうここに用はない。



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欠けた刃

 

 

 

ギャリンッカキンッ……

 

 

月が美しい夜に金属のぶつかる音が聞こえる。俺のすぐ近くでだ。

 

 

「はぁッ!!」

 

「くっ……」

 

 

俺とベルの手合わせの音だ。今日のベルはいつもよりもやる気なのか、ハルバードを二本持ちだ。得物の大きさ故に地上での戦闘は得意ではないはずだが、それを克服するために彼女も努力している。対する俺も槍を2本持っている。今更ながら二槍流とでも名付けようか。

 

 

「相変わらずッ……堅い守りですね!!」

 

「穂先がでかいからなッ!攻撃を逸らすこともやりやすい。お前こそ、その攻めは健在だなッ!!」

 

 

ベルがハルバードを用いてなぎ払いからの突きなど、ハルバードだからこその攻撃で攻めてくる。しかし俺も負けてはいない。その7割を穂先でそらし3割は避ける。今のところ、お互いに一撃も加えられていない。

 

 

『ベル、来客のようだが無視でいい。これで実力を見せつけて諦めさせれればなお良しだ』

 

『分かりました。では続行します』

 

 

後ろから感じる気配に、俺たちは念話で会話をする。もちろん体は動かし続けたままで。

 

 

「……なんだアレ、本当に人間かよ?」

 

「あの女の子もすごい……天之河より強いんじゃ……」

 

 

あんなゴミカスとうちのベルを比べてもらっては困るんだがな?俺の後ろの方にいる生徒諸君。どうやら先生はいないらしい。その目や声色は驚愕に染まっている。

 

 

「ベル、今俺がよそ見をしたから油断したな?」

 

「なっ!?」

 

 

ベルがいつの間にやら俺の懐に入りハルバードを突き立てようとしている。大方よそ見で視界から外れたうちに一気に詰めにきたのだろう。だがまだ甘い。俺はイナバウアーの要領で体を後ろに曲げ、頭に迫っていたハルバードの刃を交わす。ついでに後ろでこちらをみている生徒諸君に向けて笑っておくことも忘れない。そのまま俺は両手の槍を地面に突き刺し、それを支えにジャンプしてベルのハルバードを蹴り落とした。

 

 

「チェックメイト」

 

「……参りました。流石は主様です」

 

 

槍を抜くことなくそのまま手刀を首元で止め、降参させる。

 

 

「大分上達したな。しかし、不用意に相手に近づくことはお勧めしない。ハルバードの特性は斧と槍のいい部分を掛け合わせていることだ。そのリーチを最後まで生かしきれ」

 

「分かりました。でも主様も、アピールのためとはいえ自らの得物を地面に刺す必要はなかったのでは?わたくし、いつまで手加減されるのでしょうか?」

 

「それは……すまんかった」

 

 

お互いに反省点を言い合い、宝物庫から水を渡す。

 

 

「ふぅ……それで、何か用事でもあるのか?」

 

 

どうやら、奴らは帰らなかったらしい。

 

 

「気付いてたの?」

 

「ああ、お前らがここに来たくらいからな」

 

 

姿を現した生徒たちを代表して園部が俺に聞いてくる。皆、ラフな格好をしている。

 

 

「篝火、お前すげーな!!いつの間にそんなに強くなったんだ?」

 

「仁村か。まあ、色々あったんだよ。『役者』の俺でもここまでになれる色々がな」

 

 

俺は別に、クラスメイトに興味がないわけではない。いや、興味はないがハジメほどではないからな。普通にクラスメイトとも喋っていたし、自分でも慕われていた方だという自信もある。そうなるように演じていたから。

 

 

「篝火が奈落に落ちてから……中村はずっと泣いてたよ」

 

「ッ……今の恵里は?」

 

 

どうやら、園部はわざわざ俺が一番聴きたかったことを教えてくれるらしい。そして、どうやら恵里は俺のことを心配してくれているのか。……嬉しい。

 

 

「いつも通りな感じに戻ってる。天之河のパーティーで頑張ってるよ。でもどこか辛そう。だって、お兄さんが死んじゃったんだもんね。生きてるけど」

 

「……そうか」

 

 

じゃあ大丈夫そうだ。どうせ恵里のことだ。天之河を落とす算段でも考えているんだろう。……はぁ、やっぱりそうだよなぁ。でも、早く再会しなければ……不安定な今の恵里は何をするか分からないしな。多少は手綱を引いておかないと。

 

 

「ねぇ……本当に戻ってこないの?」

 

 

確か……菅原か。彼女も確か食事の時にいたはずだが、聞いていなかったのか?

 

 

「ハジメが言っただろう?戻るつもりはないと。俺も同じ意見だ。俺たちには目的があるんでな。わかったらとっとと帰れ。もう夜も遅い」

 

「…………」

 

 

キツいことを言っている自覚はあるが、恵里の現状が聞けただけでも十分だ。それでも、こいつらは帰ろうとしない。

 

 

「篝火……そのさ、ありがとうよ」

 

「……なんのことだ?」

 

 

仁村が申し訳なさそうな顔で俺に礼を言ってくる。

 

 

「あの時……ベヒモスから逃げる時に、トラウムソルジャーを率先して倒して、俺たちの士気を上げてくれたことだよ、アレが無かったら俺たち……死んでた、からさ」

 

 

仁村の言葉で、ほかの生徒たちも俯く。よっぽどあの時のことがトラウマになっているのだろう。

 

 

「別に礼を言われる筋合いはない。どの道誰かがやらなければ全員死んでいた。その点を見れば、お前たちの中にはハジメに助けられた奴の方が多そうだが?」

 

「ッ」

 

 

園部がぴくりと反応した。図星だったのだろう。

 

 

「……はぁ。恵里のことを教えてくれたしな。ひとつだけアドバイスしてやる。多分、お前らは戦うことが怖くなったんだろう?その気持ちはわかる。別に戦う必要はないと思うしな」

 

「「「「「「……?」」」」」」

 

 

おそらく先生が教会に何か言って、迷宮攻略から離脱したのだろうけど、それでも負い目はあるはずだ。自分たちだけ怖くなって逃げました。なんて人に言えるはずはない。

 

 

「非戦系の天職だから戦ってはいけないなんて誰が決めた?俺とハジメは、能力こそ低いがしっかり戦っていたぞ。ならば、戦闘系の天職だから戦わなければいけないということもない。戦えと言われたから戦う?それはただの諦めだ。誰かにすがることでしか自分の目標を決めることができないんだったらお前らは戦うだけの奴隷に等しい」

 

「でもっ!!いきなりこの世界に飛ばされた俺たちに……誰かに頼らないで生きていく力なんて……」

 

「だから、それが諦めだって言っているだろう。要はな、使ってやればいいんだよ、この世界を」

 

「……どういうこと?」

 

 

園部が訝しげな視線を俺に送りながら聞いてくる。

 

 

「この世界は自分たちが輝くための舞台。その舞台上で主役を飾るのは誰だ?……お前たちだ!!この世界も、人も、神でさえも、舞台装置としてお前たちの引き立て役になって貰えばいいんだ。決められた台本だけじゃ面白くない。どんな演劇でも、アドリブが入れば面白くなるだろう?お前たちは自ら『自由』を放棄している。何かを成したいと思うのならば、『自由』を勝ち取れ。自分の手で、な」

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 

拳を握って、俺は生徒たちの前に突き出す。

 

 

「お前たちが決めるんだ。いつ、どこで、誰が、どうして、どうやって、何をするのか。お前たちの『自由』な意思の元でどんな選択をしても、それを後悔したくないんだったら足掻き続けろ。挫けたっていい。挫折やトラウマは十分味わったはずだ。落ちるとこまで落ちたんだったら、後は上がるだけだろう?俺たちは、奈落の底から這い上がってきたんだぜ?」

 

 

ニヤッと笑いながら俺は告げる。彼らはもう俺を見ていない。その目には意思が宿り、自分の『自由』な意思を再確認しているだろう。拳を強く握っている者もいる。

 

 

「アドバイスはこんなもんだ。じゃあ、俺たちはもう行く……って、ベル?立ちながら寝るとかどんな特技をしてるんだよ。起きろ。もう帰るから」

 

「………はっ!?……寝てませんよ。ええ、寝てませんとも」

 

「いつもの俺みたいな口調をするな。ほら、帰るぞ」

 

「あ、はい主様。それでは皆さん。おやすみなさい」

 

 

ベルの声は届いていないだろう。もう考えることに夢中なようだしな。

 

 

『珍しいですね。人相手にあそこまで。クラスメイト、というのはそれほどの仲なのですか?』

 

『いや、お前も覚えがあるだろ?全てを諦めた時の虚しさとかさ。……いつかの自分を見てるようで少しイラついてな』

 

『ふふっ……そうですね。それで、わたくしのことも救ってくれましたもんね?』

 

『……そうだったな』

 

 

そのまま宿に戻った俺たちは、ハジメに教えられていた部屋に向かった。途中、別の部屋からハジメが出てきたがどうやら先生の部屋にいたらしい。

 

 

「よぉ影二、ベル。鍛錬は終わったのか?」

 

「ああ、ついでに欠けた刃を研いでやってたんだよ」

 

「へぇ……珍しい。お前にしては随分なフォローじゃねえか」

 

「そういうお前こそ、わざわざ他人に話に行くとか正気を疑うぞ?」

 

「まぁ……お互い珍しいことをしたってことでチャラだ」

 

「ふっ……そうだな」

 

 

そのまま俺たちは各々の部屋に戻り、その日を終えた。

 

 

「おやすみなさい主様」

 

「ああ、おやすみ」

 

 

 

 

〜翌日明朝〜

 

 

 

「……なんとなく想像つくけど一応聞こうか。何してんの?」

 

 

そんな気の抜けた声はハジメが出したもの。今日はいつもよりだいぶ早く起き、支度を整えて依頼のために町を出ようとしていたところだ。

 

そして、北の山脈の方へ向かうために門に向かってみれば、畑山先生や生徒たちが待ち構えていた。

 

 

「私たちも行きます。行方不明者の捜索ですよね?人数は多い方がいいです」

 

「却下だ。行きたきゃ勝手にいけばいい。が、一緒は断る」

 

「なぜ……ですか?」

 

「単純に足の速さが違う。先生たちに合わせてチンタラ進んでいられないんだ」

 

 

ハジメがチラ見した方を見てみると、先生たちにの人数分の馬が用意されていた。山脈地帯を馬で行く気か……?いや、それは移動手段に優れた奴が言うことか。こいつらの今の最高速度は馬、というだけだろう。

 

 

「ちょっと……そんな言い方ないでしょ。南雲が私たちのことよく思ってないからって愛ちゃん先生にまで当たらないでよ」

 

 

正義感の強そうな発言をしたのは昨日も話した園部優花だ。どうやら、クラス内でのいつものハジメに対する扱いが悪かったことが原因と思っているらしい。……自覚があるなら最初からしなければいいのに。

 

 

「それに私たちは、私たちの『自由』な意思で行動してんの。それをわざわざとやかく言わないで」

 

「あぁ?……おい影二、何を吹き込みやがった?」

 

「言っただろう?欠けた刃を研いでいた、と」

 

「……はぁ」

 

 

俺がよく使う言い回しを園部が言ったことで、ハジメが俺を疑うがまったくもってその通り。しかし、教えただけでそれを決めたのは彼女たちだ。前半はともかく、後半に関して筋は通っている。ハジメはわざとらしくため息をつくと、宝物庫からシュタイフを取り出した。恐らく、バイクと馬の性能差を見せつけるのだろう。……その場合俺はこの場で擬態しなければいけないのだがなぁ……

 

シュタイフが突然現れたことに驚愕する先生たちを横目にハジメは告げた。

 

 

「分かったか?八つ当たりでもなんでもない。物理的な意味で移動速度が違うと言っているんだ」

 

「こ、これも昨日の銃みたいに南雲が作ったのか!!スッゲェ!!」

 

「ま、まぁな……ううん!それじゃあ俺たちは行くから、そこどいてくれ」

 

 

どうやらバイクが好きらしい相川が興奮しながらハジメとシュタイフに詰め寄った。ハジメくん、何故満更でもなさそうなのだね?

 

 

「待ってよ。そのバイクじゃ、乗れても3人でしょ。人数が足りないわ」

 

「……影二、ベル、見せてやれ」

 

「えぇ……マジ?」

 

「わたくしは構いませんが」

 

 

ハジメからの催促。どうやらユエさんとシアさんも同じ意見らしい。ベルもだ。……やるか。

 

 

「……ふぅ。出来たか」

 

「これでいいでしょうか?」

 

「「「「「「「ッ!?」」」」」」」

 

 

俺は、重力魔法を用いて自分の重力を操り体を浮かせる。ベルも翼を展開してはためかせ飛行した。割と制御が難しい。ミレディが言う通り適性が微妙というのもうなずける。ユエさんもまだまだよのぅ、という視線を俺に向けて送っているしな。

 

 

「ま、待ってください!!」

 

 

いち早く現実に戻ってきた先生がハジメに詰め寄り小声で何か話している。恐らく昨日先生の部屋で2人が会話したことが関係しているのだろう。

 

 

「ベル、もういいぞ」

 

「はい」

 

 

俺たちは地上に降りた……と、同時に生徒たちに詰め寄られた。

 

 

「篝火!!お前どうやって飛んだんだ!?リベルタさんも!!」

 

「俺は魔法で、ベルは元々飛べるから普通だぞ?」

 

「お前らには普通でも俺たちには普通じゃねえよ!!本当にすげえなお前ら!!」

 

 

俺は男子に、ベルは女子に詰め寄られたそれぞれ興奮した様子で質問されている。ベルが助けて欲しそうな目線を向けてきているが……無力な主を許せベル。

 

こんな感じでわちゃわちゃやっていると、ハジメが新たに魔力駆動四輪、まぁジープみたいな奴を取り出した。それを見て俺たちも真面目な雰囲気に戻る。

 

 

「乗れない奴は荷台な?」

 

 

ハジメの一言を皮切りにゾロゾロと俺たちは乗り込んだ。一番前の運転席にハジメ、その隣に先生、次にユエさん。2番目は園部、菅原、シアさん、宮崎、ベルの順で座っている。その他は荷台だ。俺はわざわざ女子陣と同じ列に座る勇気もないので自分から荷台を申し出た。ベルから「主様が荷台ならわたくしも……」と言われたのでシアさんを交えて説得し、却下した。

 

 

「お、おい篝火……そこ危なくね?」

 

「ん?……風が気持ちいいぞ、お前らも来るか?」

 

「「「全力でお断りします」」」

 

 

俺は荷台ではなく天井で寝転んでいる。移動中の車内は退屈で仕方がないので、外の景色がよく見える天井にしたのだ。

 

中ではハジメが先生と真面目な会話をしていたり、女子生徒たちが、シアさんにハジメとの色々を聞いたり、ベルに俺との色々を聞いたりと楽しそうに過ごしている。ベルには年ではなく、精神的に同じくらいの子と喋って欲しかったので園部たちには感謝しないとな。……スレンダーな宮崎の目が死んでいること以外は大丈夫だろう。うん……いや、シアさんとベルに挟まれてるのはマジで偶然だから……ごめん。

 

 



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黒竜出現

 

 

「……び……篝火、おい篝火起きろって」

 

「…………んあ?……ああ、着いたのか」

 

 

だれかの声が聞こえてきたので目を開けてみれば目の前には仁村が。どうやら俺は寝ていたらしい。

 

 

「起こしてくれて助かる。他の奴らは?」

 

「えっと南雲がドローン?みたいなのを飛ばして周りを見てる。それで、今から山道を進むんだってよ。……お前、よく車の上で寝れるな」

 

「慣れれば余裕だ。じゃあ行くか」

 

 

俺が車体から降りると、ハジメがすぐに魔力駆動四輪を宝物庫に戻した。ハジメは俺待ちだったらしい。

 

 

「主様……会話って疲れますね……」

 

「でも楽しかっただろう?」

 

「……はい」

 

 

頬を少し赤く染めて返事をした。うむ、どうやら仲良くなれたみたいでよかった。少し離れた場所からベルちゃ〜ん、と宮崎の声も聞こえるし、愛称を呼ばせるくらいの仲には慣れたようだ。……作戦通り。

 

それから俺たちは山道を登っていく。一応、万が一を考えて俺とベルが最後尾をついて行っている。しかし、先生たちのスピードが遅すぎる。途中まではベルと談笑していた女子たちも、ハジメたちの速さに着いて行けなくなり喋る余裕もないほどに全力疾走の状態だった。俺とベルは少し呆れながらその後を追って行った。1時間ほど歩き続けると魔物の情報があった六合目あたりに到着、いったん休憩を取ることにした。

 

 

「ベル、ユエさんたちと遊んできていいぞ?」

 

「いえ、この服では川に入りにくいので構いません。なので主様、またいつかいきましょう」

 

「そうだな」

 

 

体力が底をついて死にそうな表情をしている先生一行を横目に、俺たちは休息を取る。ハジメたちが先に行ったようだが、まあ俺とベルは意識的に護衛をしているので彼らの復活を待つことにした。

 

 

『影二、川の上流に盾やら鞄やらと戦闘の跡があった。当たりかもしれないから行くぞ』

 

『了解。すぐに向かう』

 

「ハジメから連絡が来た、戦闘の跡を発見したらしい。今すぐ向かうぞ」

 

 

えぇ〜と文句が返ってくる。どうやら休み足りないらしい。

 

 

「俺たちは同行を許可しただけ、別に置いていっても構わないのだが?」

 

 

ベルに翼を生やさせることで、飛んで先に行ってもいいのか?と言外に脅しをかける。するといそいそと準備し始めたので、終わり次第ハジメたちに合流した。

 

 

「影二……遅い。あと最近私の出番が少ない」

 

「あ、私もですぅ!もっと出たいですよ〜!」

 

「俺に言うなよ」

 

 

いきなりメタいことをぶっ込んでこないで欲しい。そのあとハジメの一言で急いで川の上流に向かった。いざ到着してみると、所々に破壊痕や飛び散った血液に折れた武器などが散乱している。血の匂いが食欲をそそるがウブな人間どもがいるので流石にやめておく。仕切りに鼻をスンスンしてたのでハジメが呆れたような目線で見てくるが未遂なので無視。

 

 

「ん……?ハジメ、あれはなんだ?」

 

「影二……何か見つけた?」

 

「いや、あの奥の方に何か光って……」

 

「ちょっと見てきますぅ!」

 

 

シアさんがわざわざ『身体強化』して俺が指を指したほうに走っていった。数秒後に何かを手にして戻ってきた。

 

 

「ハジメさん、影二さん、これペンダントでした〜」

 

「ペンダント?……いや、ロケットだなこれ。中身は……女の写真か。遺留品かもしれないし保管しておこう」

 

 

その後も手分けをして、遺留品らしきものをハジメの宝物庫にぶち込んでいくだけの作業。途中、ハジメが「お前の方が中身スカスカなんだから入れろよ」と言ってきたが一蹴した。俺がこれらについた血を啜ってもいいのか?と聞けばすぐに自分の宝物庫に入れていた。ハハ、ワロス。

 

そのまま野営の準備をするべきであろう時間まで捜索をしていると、なかなかに立派な滝壺が見えた。その1日の疲労を清涼感で少し癒していれば、ハジメがピクッと反応を示す。

 

 

「これは……おいおいマジか……気配感知に反応があった。……人だな。この滝壺の奥だ」

 

「へぇ……なかなか逞しい人間がいるじゃないか。召喚【絶刀】……ハッ!!」

 

 

【絶刀】を呼び出し、魔力を通しながら滝を縦に切り裂けば、水の流れは二つにぱっくりと割れる。

 

 

「流石影二……『風壁』」

 

 

そこへすかさずユエさんが風魔法で割れた水の流れを安定させている。その間に俺たちは滝壺の奥へと進む。俺たちにとっては普通だが、先生たちにはそうではない。彼らは呆然としながら目の前で行われている所業に驚いている。どうやらリアクションも取れないほどらしい。

 

そのまま奥へ奥へと進んでいけば、20代の青年が顔色を悪くしながら眠っていた。命に関わる怪我もなければ、食料や水もまだ残っていたので恐らくただ寝ているだけだろう。しかし、そんなことを許すハジメでは無い。彼は義手の方の腕でデコピンをギリギリと音がするほど構えると、しっかり青年の額を捉えて力を解放した。

 

 

「ぐわっ!?」

 

 

本当に痛そうな声をあげながら青年は目を覚まして悶える。

 

 

「貴方がウィル・クデタかな?クデタ伯爵家3男の」

 

「いっっ……ん?君たちは一体……?」

 

「早く答えないと今のがもう一度飛んでくるぞ?ほらっ」

 

 

ギチ……ギチ……

 

 

ハジメが限界までデコピンの指を絞っている。

 

 

「ひっ!?……はい!私がウィル・クデタです!!」

 

「そうか俺は南雲ハジメ、フューレンのギルド支部長イルワ・チャングからの依頼で捜索に来た。(俺たちの都合上)生きててよかった」

 

 

ウィルの話を聞くと、当初の想定通り魔物が出たらしい。ブルタールというオーガやオークような魔物が10体ほど、しかもそいつらからギリギリ逃げ切ったと思ったら目の前に漆黒の竜が現れたらしい。……いやぁ、いったいどこの駄竜なんでしょうねぇ?

 

ウィルは自らの状況を話していくごとに感情が高ぶったらしく泣き始めた。恐らく死んだ他の冒険者のことを思い出しているのだろう。

 

 

「わだじば……さいでいだ……みんなじんでじまったのに……なんのやぐにもだてず……ひっくぅ……わだじだげいぎのごっで……それを……よろごんでじまって……わだじはっ!!」

 

 

生徒たちは悲痛そうな表情をし、先生は彼の背中をさする。シアさんもあわあわとしている。ユエさんも無表情だが少しだけ眉が寄っている。ちなみに俺やベルは無表情だ。正直、で?と思っている。そんな時ハジメがウィルに近づき胸ぐらを掴み上げそのまま宙吊りにした。

 

 

「生きたいと願うことの何が悪い?生き残ったことを喜んで何が悪い?その願いも感情も当然にして自然にして必然だ。お前は人間として極めて正しい」

 

「だが……私は……」

 

「それでも死んだ奴らのことが気になるなら……生き続けろ。これから先も足掻き続けろ。足掻いて足掻いて……そして死ぬ気で生き続けろ。そうすりゃいつかは、生き残ってよかったて思える日がくるだろう」

 

 

珍しくハジメが感情的に何かを語っている。と、思い少し思い起こせば、なるほど。少し奈落に落ちたころのハジメに境遇が似ている。ウィルに言ったようで実は自分に向けて言っていたのか。ハジメは奈落で精神も大人にならざる負えなかったと思っていたが案外そうでも無いらしい。子供らしく癇癪も起こす。まだまだ未成年ということだけはある。この中で一番付き合いが長くても気づかなかったこともあるんだな。

 

 

「主様。わたくしもあれ、しましょうか?」

 

「この状況だ。俺たちくらいは冷静でいよう」

 

「分かりました(わたくしはいつでも構いませんのに)」

 

 

ベルが言うアレとは、ユエさんがハジメとイチャついている状況だ。手を握って2人の世界を作り上げている。そんな様子を他の連中はキャーキャー言ったり怨念を込めたりとカオスな状況を加速させているので、せめて俺たちは普通でありたい。

 

とりあえず、生き残りを発見することもできたので下山することにした。まだ日が落ちるまでは時間もあるし帰れるところまでは帰っておこうと言う算段だ。

 

そして滝壺を出たところで俺たちを待ち受けていたのは……ウィルの話に出た漆黒の竜。その金色に輝く眼は真っ直ぐとウィルを射抜いていた。

 

 

「戦闘準備ッ!!一番槍は俺が貰うぞ!!」

 

 

竜からは明らかな敵意が感じられたので、【撃鉄】を装備し、跳躍。

 

 

「『衝撃』」

 

「グルァッ!?」

 

 

その土手っ腹に向けて【撃鉄】の最大火力を我が自慢の筋力とともに直撃させる。少し吹っ飛ばされた竜だがすぐに体勢を立て直すと、口を開けて魔力を収束させ出した。

 

 

「……やべっ」

 

「あの馬鹿ッ……いや影二なら大丈夫か」

 

 

若干、ハジメに見捨てられたような声が聞こえたあと、竜と俺の直線上にいるウィル達へ向けて高熱のブレスを吐いた。

 

 

「うぐっ……人間体だから火傷が……おわっ!?」

 

「か、篝火くんッ!?」

 

「「「「「「篝火ッ!!」」」」」」

 

 

俺はその火力で滝の上まで吹っ飛ばされた。まだ空中にいたので踏ん張ることもできずに流れに身を任せた。どうやら先生たちがそんな俺を見て心配している。

 

 

「ちっ……全焼か。仕方ありませんねぇ!!」

 

 

今のブレスでいつもの白ローブやらの衣服が燃え尽き全裸になってしまっているので、『完全擬態』の派生技能『衣服投影』で服ごと『篝火影二』に擬態し直した。……どっちみち今の俺は全裸である。滝の上に着地し下を見れば、ハジメが宝物庫から大楯を取り出し必死に踏ん張ってウィルたちをブレスから守っている。銀に輝く魔力がちらほら見えることから、ベルが翼を出してブレスを分解しているのだろう。

 

 

「俺も負けるわけにはいかないな『禍天』ッ!!」

 

 

右腕を上げ、上空に重力球を作り出す。ユエさんは重力魔法習得時には使えるようになっていたが、俺は最近、魔法として完成した。そこそこの魔力を込めたこの重力球に川の水も少し流れを変えている。俺はそれを竜の真上から思いっきり叩きつけようとするが、俺の重力球と黒竜の間にもう一つ『禍天』が現れ……俺のを飲み込んで肥大化してしまった。しかも制御権も無くなってるしな。

 

 

「ユエさん……やりやがったな……これユエさんの手柄じゃないか……」

 

 

俺は上からその様子を見る。2倍ほどの大きさになった『禍天』はそのまあも黒竜に叩きつけられ、

 

 

「グゥルアァァァァァ!?」

 

 

思いっきり地面に落とされた、ブレスも中断された。そんな黒竜へ向けてシアさんも彼女の武器であるドリュッケンを構えながら飛び出してきた。しかし黒竜も負けじとユエさんに向かって火炎弾をはなった。それを回避するためにユエさんは『禍天』を中断してしまい、結果的にシアさんがその大きな尾で吹っ飛ばされる結果になった。

 

 

「あ〜れ〜」

 

 

とか言いながら俺の後ろへ飛んで行ったので恐らく大丈夫だろう。余裕そうだ。

 

 

「ベルッ!!『許可する』……護衛対象を守れッ!!」

 

「了解しました。主様」

 

 

俺が叫べば、黒竜の鱗に負けない漆黒の翼をはためかせながらベルが空中に飛び出す。両手にハルバードを持ち、全身に銀の魔力が淡く光っている。俺が許可すると言ったのは、全力を出すことだ。こうなれば今のハジメでも負ける。

 

そんな時、突然黒竜が後ろに吹き飛んだ。どうやらハジメが銃撃をしたらしい。俺も行こうか。

 

 

「召喚

 

【撃槍】『STARDUST∞FOTON』

【烈槍】『HORIZON † SPEAR』

 

吹き飛べ駄竜」

 

 

右手に呼び出した【撃槍】で魔力の槍を複製し射出。左手に呼び出した【烈槍】の穂先を展開し、魔力をチャージ、収束……そして発射。俺の魔力光は『黒』なので、黒い魔力砲撃の周りを黒い槍が回転しながら累乗の威力となって黒竜を飲み込んでいく。

 

 

「これくらいでいいだろう」

 

 

砲撃を終えた後、俺は滝に向かって飛び込み、先程の滝壺の入り口で着地した。

 

 

「先ほどの強大な魔力……流石は主様です」

 

「お前も、惚れ惚れするほど美しい翼だ。しっかり守ってくれよ?」

 

「了解」

 

「あっ、篝火……行っちゃった……」

 

「前に出ないでください。巻き添えを食らっても気にしませんよ?わたくしが守護すべきはウィル・クデタだけですので」

 

 

俺はさらに跳躍しハジメの隣に立つ。

 

 

「川に突っ込んで頭は冷えたか戦闘厨?」

 

「残念ながら見事な着地を決めたさ」

 

 

軽口を叩いてから黒竜を見れば、所々が焦げている。殺すつもりで打ったんだが……魔力に対する耐性が高いのかもしれない。

 

 

「ガァァアアア!!」

 

「「ッ」」

 

 

黒竜がまた吠え、火炎弾を放つ。それは俺たちの真ん中を通り過ぎて、一直線にウィルを狙う。

 

 

「なんですか……この柔な炎は」

 

 

ベルは呆れながら羽を火炎弾に向かわせ分解している。あくびもしているし、守りはベルに任せれば問題ないだろう。

 

 

「お前の従者はおっかないな……あんなのが後9体もいやがんのか?……地獄かよ」

 

「ベルよりはレベルダウンしいているらしいから余裕だろ。それよりも……」

 

「あぁ……ユエ、一応ウィルの守りに参加しろ」

 

「んっ!!分かった」

 

 

後ろにいたユエさんはハジメの声を聞きベルの元まで下がり、氷の壁を魔法で作った。岩ではないのは、透けて見える戦闘を先生達に見させるためだろう。生徒たちが戦闘に参加しようとしているが正直邪魔なので2人にはしっかり止めていただきたい。

 

 

「さぁ……第二ラウンドだ」



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汚物を見るベル

ストックはここまで。オンライン授業などがあって更新が遅れます


【31】

 

 

「グルァァァアアアアア!!!!」

 

「ほう……いい咆哮だ」

 

「言ってる場合じゃねえけど?」

 

 

禍天から体勢を立て直した黒竜が吠える。しかしその目は確実にウィルがいる方向を捉えていた。

 

 

「主様。狙いはこの人のようです。執拗に狙ってきていますし、支配系の魔法でも受けているのではないでしょうか?」

 

「だろうな。大方、ウィル・クデタを殺せとでも命じられているんだろう」

 

 

ベルは感が鋭いらしい。これで俺も本来のシナリオ通りに動きやすくて助かる。

 

 

「ハジメ、大きな衝撃をぶち込んでやれば目も覚めるだろう。何かあるか?俺とユエさんの『禍天』以上の衝撃になるんだが……」

 

「殺せばいいだろ?」

 

「……今のお前の手札で足りるか?生憎と奴らがいるから元の姿には戻れんし、お前より少し下程度のステータスでしか相手はできない」

 

「……チッ、仕方ねぇ。パイルバンカーでいけると思うか?一応、アザンチウム鉱石製のミレディゴーレムを貫きかけた実績があるが」

 

「それでいくしかないな」

 

 

こんな会話をしているが、今なお黒竜からの攻撃を避け続けている。その合間に会話をしているだけだ。尾での薙ぎ払いに火炎弾と、某狩ゲーを思い出させる現状だが周りの地形は割と破壊されているしで悲惨な状況だ。シアさんは吹っ飛んだきり、ユエさんとベルは非戦闘員の防御並びに俺たちの援護。結局戦えるのは俺たちしかいない。

 

 

「ッ……やはり無理にでもウィルを狙うか…『STSRDUST∞FOTON』!!」

 

 

黒竜の顔面に向かって【撃槍】で魔力砲撃を行う……ダメージはあまりない。ハジメもレールガンで射撃しているが一向に注意を引くことができないでいる。

 

 

「ッ……ベルッ!!」

 

「問題ありません」

 

 

黒竜が火炎弾をウィルの方に向けてはなった。しかしベルは分解羽を四角形に展開させることによって面で火炎弾を受け止めて防御する。黒龍のプレッシャーに気圧されていた生徒たちもいつのまにかベルの姿に見惚れているようだ。

 

 

「……あっ、俺たちもっ!!」

 

 

黒竜の攻撃を躱し、注意を引きつけようとしている時に後ろから飛んでくる属性付きの魔法。おそらく生徒たちだろう。だが俺たちレベルで致命傷を負わせられないのだから当然……

 

 

「ガァ!!」

 

 

魔法は黒竜の咆哮だけで掻き消されてしまった。まぁ……一面をクリアした勇者が8面くらいのボスに挑むようなものだから仕方ない。

 

 

「『雷龍』」

 

 

後ろからユエさんの声が聞こえたと同時に、空中にスパークを放つ東洋龍が現れ黒竜に向かって行く。だが、いつのまにやらチャージしていたブレスによってそれも消されてしまった。

 

 

「……今回は2人に任せる」

 

「そうしてくれ……おらっ!!」

 

 

ハジメは宝物庫からシュラーゲンを取り出し電磁加速させて撃つ。負けじと黒竜もブレスで対抗するが、一点集中の銃弾と面制圧のブレス。拮抗した威力だがその性質上ハジメの銃弾がブレスを貫通した。

 

 

「グリャァ!!」

 

 

そのまま銃弾は黒竜の顎を捕らえその巨体を大きくのけ反らせた。そのまま地に伏した。

 

 

「召喚【絶刀】『千ノ落涙』+『影縫い』!!」

 

 

2振りの槍を戻し、【絶刀】を取り出す。そのままゴーレムたちにも使った面制圧の刃で黒竜の影を捕らえ動きを拘束する。

 

 

「ナイスだ影二。これで……どうだッ!!」

 

 

ハジメが『空力』で空中に魔力で足場を作り駆け上がる。そのままジャンプして黒竜に向かって『縮地』を使いながら急降下。仰向けで地面に縫い付けられたその腹に向かって思いっきり蹴りを入れた。おそらく『豪脚』で威力を上げているのだろうその一撃はほんの少し鱗を割りながら地面を陥没させていく。……今ので拘束が外れたな。

 

 

「召喚【鏖鋸】」

 

 

『影縫い』が解除されたのを見てから俺は【鏖鋸】を取り出し、魔力で糸を作り黒竜に向かって放つ。魔力操作の派生技能である『魔力圧縮』で魔力糸を強固に圧縮し『遠隔操作』で遠くに放った鋸を操作する。左右から包み込むように投げた【鏖鋸】は黒竜の巨体を翼ごと縛り上げる。魔力の糸なので長さは無限、ということで本体は手元に戻し糸だけで拘束している。

 

 

「ぬっ……ハジメッ、長くは持たない。決めるならさっさと決めろ!!」

 

「任せろ」

 

 

黒龍の抵抗が激しい。しかしその間にハジメは黒龍の腹に色々威力を増強した義手のパンチを叩き込み置き土産とばかりに離脱前に手榴弾も投げ込んだ。どうやらしっかりとダメージも通っているらしい。

 

 

「影二、もう一度仰向けに転がせ」

 

「了解【獄鎌】……はっ!!」

 

 

次に【獄鎌】を呼び出し、下段から振り上げる。魔力を乗せたその一撃は鎌の刃の形で黒竜へと伸び、衝撃でその体を反転させた。切れ味を薄くしているから体を切り裂くことなく体だけを吹っ飛ばした。器用だろう?俺が度々武器を変えているのは、生徒諸君に改めて俺の実力を見せようという魂胆がある。おそらくハジメもな。

 

 

「あとは任せようか」

 

 

いつのまにか黒竜の腹の上に乗っかっているハジメは宝物庫からパイルバンカーを取り出し固定した。ベルの元まで下がった俺は非戦闘員のどよめいた声を聞くが無視。【魔弓】を取り出し万が一に備えて弦を引いて待機している。

 

程なくして、最後の足掻きと暴れ回った黒竜はウィル目掛けて飛んでくるが上から現れたシアさんのドリュッケンによる本気の殴打でまたしても地に落とされた。そしてハジメはおそらくこの物語でも有数の暴挙に走る。パイルバンカーの射出機を戻し、地面に刺さっている杭だけを手に持ち黒龍の後ろに立ったのだ。

 

 

「……主様……その……ハジメさんは何を?」

 

「ベル、本当は教育に悪いから見せたくはない。でも……もう遅いんだ」

 

「え……?」

 

 

ベル以外の全員が、ハジメがやろうとする所業に気づき頬を痙攣らせている。正直俺もマジかで見ているがアレはない……本当にアレは無いと思うんだ……でも止められない。ここでとめてしまえばこの後の新たなヒロインの個性が一つ消え失せてしまうから……決してドMに翻弄されるハジメたちを見たいわけでは無いのだよ。

 

 

「ケツから死ね……この駄竜ッ!!」

 

 

ハジメの叫びと共に、その大きな杭が黒竜の尻の穴に突き刺さった……

 

 

「ひっ!?」

 

「……はぁ……ベル、感想は?」

 

「すごく……大きいです」

 

「なぜそのネタを知っている?」

 

「それと、1ヶ月はハジメさんの前に立ちません。立たれた瞬間に分解します」

 

「……1週間にしてやれ」

 

『アァーーーーーーーなのじゃぁぁぁっぁぁああああ!!!!』

 

 

とても呑気な会話をしていると、杭を刺された黒竜から女性的な声が聞こえてきた。

 

 

『お尻がぁ〜……妾のおしりがぁ……』

 

 

悲痛そうな声が聞こえる。でも少し息が荒いし艶のある声をしているのはなぜなのだろうか?ああ、オレニハナンノコトカワカラナイナ。

 

 

「ベル……状況終了。警戒だけは怠らずに戦闘態勢は解いていい」

 

「分かりました主様」

 

 

翼を消し地面へと降りるベル。俺はその手を取り着地の補助をした。

 

 

「お前……まさか竜人族か?」

 

『むむ?いかにも、妾は誇り高き竜人族の1人じゃ。偉いんじゃぞ〜凄いんじゃぞ〜?だから……そのぅ……早くお尻のそれを縫い欲しいんじゃが……そろそろ魔力が切れそうなのじゃ。この状態で戻ったら……大変なことになるのじゃ。……お尻が』

 

 

見せられないよ、の字幕が出てきそうなひと時が目の前で行なわれている。ハジメはやめてやめてと言う女性にさらにグリグリし、その声を放つ本人は体をビクンビクンさせている。……これでコイツが黒竜じゃなければ確実にアウトな絵面だ。

 

そして、いったん落ち着いたハジメは黒竜から話を聞く。話の内容を要約するとこうだ。

 

 

異世界の人間……俺たちの調査のためにやってきた彼女は、山脈の途中の山で竜の姿で眠っていた。そんな時黒いローブを着た男が彼女のの前に現れ闇系魔法などで洗脳と支配の魔法を行ったそうだ。ベルの予想が完璧に当たっている。

 

竜人族は肉体の強度はさる事ながら精神力の強さにも飛んでいると聞くではなぜ完璧に操られたのか?その答えをお聞きいただこう……

 

 

『恐ろしい男じゃった。闇系魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃろうな……そんな男に丸一日かけて間断なく魔法を行使されたのじゃ。いくら妾といえど耐え切れんかった……』

 

 

とても悔しそうな声で言う黒竜だが、何箇所か話におかしい部分がある。

 

 

「それはつまり調査に来て丸一日、魔法がかけられていることにも気づかないほど爆睡していたって事じゃ無いのか?」

 

 

黒竜が目を逸らす。俺以外の全員の彼女を見る目が変わった。アホをみるかのような目に。

 

で、そのあとは色々小細工をしていたローブの男が、ウィルの調査隊に見つかったので口封じに殺せと命令されていてそれを実行したそうだ。

 

 

「……ふざけるな……操られていたから……ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんを、クルトさんを……殺したのは仕方ないとでも言うつもりか!!」

 

 

被害者であるウィルがそう叫ぶ。誰もがウィルに目線を向けているが、ウィルの表情は怒髪天だ。

 

 

『影二、今この竜の話にあった魔物たちを探してるんだが……滝の上に1匹魔物がいた。仕留めてきてくれ』

 

 

「了解……召喚【魔弓】」

 

 

ハジメからの『念話』を聞き、俺は一度戻していた【魔弓】を再び手に取り、滝を駆け上がった。ベルが何事かと見てきたがすぐに戻った。優秀な従者で助かる。

 

 

「声……は届かないか。じゃあサクッといかせてもらおう。できれば清水は欲しかったが、ここまで来たらもう遅いな。ごめんな清水、君はやはりこの町で終わりらしい」

 

 

独り言を言いながら、魔力の矢を空に向かって放つ。弧を描くその矢は綺麗に一羽の鳥の頭に命中し貫通した。大方、清水が寄越した監視用の魔物だろう。

 

 

「……清水は生徒たちの中でも特に優秀なんだがなぁ。奴がいれば、恵里の屍兵と合わせて何体の騎乗兵が作れると思ってるんだ。全く、魔人族も面倒なことをしてくれる」

 

 

従順な兵士に従順な魔物。そして魔法の天才である清水と恵里、素晴らしいコンビネーションを見せてくれるだろうに。人?帝国の野蛮な人間共が大量にいるじゃないか?あの国は別になくても舞台に大きく影響しないだろう。なんとかして清水は確保したいけどなぁ……無理だな諦めよう。死体さえあれば適当に保管して恵里に『縛魂』して貰えばいいんだが……先生たちがそれを許さないだろう。降霊術を使える時間制限にも間に合うかわからないしな。

 

 

『主様、終わったのなら早く帰ってきてください。主様抜きでこの光景を見るのは辛いです』

 

『分かったよ。今行く』

 

 

どうやら黒竜のあられもない姿も佳境らしい。早く戻ってベルの心の安寧を守らねばな。

 

 

「清水、今からでも気が向いて俺の方に来ないかな?俺はお前を『生かす』ことができると言うのに」

 

 

俺は滝から飛び降り重力魔法で自分に衝撃が来ないよう調整しながら着地した。

 

 

「……主様、アレは一体なんなのでしょう?」

 

「アレ?……あぁ、マゾというものだ。痛みを快楽に変換できる性癖の持ち主だから絶対に真似してはいけない。分かったか?」

 

「はい」

 

 

意志のこもった目で黒竜……ティオ・クラルスを見るベル。どうやら彼女はベルの反面教師になってくれたらしい。

 

 

「おお、これはまた……こりゃぁ三千、四千ってレベルじゃないな。桁を一つ追加してしないといけないレベルだ」

 

 

ハジメが圧巻の表情でそう呟く。おそらく、ウルの町に侵攻している魔物の数だろう。万か……余裕だろう。

 

 

「早く町に知らせないと!避難させて……王都から救援を呼んで……それから、それから!!」

 

 

万の軍勢と聞いてすぐにここまで考えれる先生はやはり大人としてもしっかりしているのだろう。まぁ……なんとか出来るかは別問題だろうがな。生徒たちも、俺たちが奈落に落ちたことによる戦闘による『死』の恐怖をトラウマとして味わっているから無理そうだ。

 

 

「……あの、ハジメ殿や影二殿ならなんとか出来るのでは?」

 

 

ウィルがとてつもなく無責任な一言を放った。チラッと横を見れば、ベルも何言ってんだコイツみたいな目を向けている。

 

 

「そんな目で見るなよ。俺の仕事はウィルをフューレンまで連れて行くことなんだ。保護対象連れて戦争なんてしてられるか。いいからお前らもさっさと町に戻って報告しとけって」

 

「ハジメの言う通りだ。ウィル・クデタ、今のお前は冒険者だろう?お貴族様ならともかく、同じ冒険者である俺たちに頼り切りで冒険者が務まるのか?」

 

「ッ……それは……」

 

 

ウィルが言葉に詰まる。貴族の家を飛び出して無理やり冒険者になったウィルには効く言葉だろう。一時的に黙らせる分には十分だ。しかし、謎の正義感に駆られている生徒たちが俺たちに、なんとか出来るだろうと言ってくる。そんな彼らにハジメが苛立った表情で言った。

 

 

「さっきも言ったが、俺の仕事はウィルの保護だ。保護対象連れて戦争なんかやってられねえよ。仮にやるとしてもこんな起伏が厳しくて障害物が多いところで殲滅戦とかやりにくくてしょうがない」

 

 

ハジメ……その言い方は準備万端ならば出来るって言っているようなものだぞ。

 

そして俺たちは結局ウルの町に戻ることになった。ハジメが動けないティオさんの足を掴み引き摺って運ぶと言う珍事があったがさほど重要なことではない。たとえティオさんの顔が恍惚としていても問題じゃない。ないったらないのだ。

 

 

「…………」

 

「ああッ、何処からか汚物を見るような目線を感じるのじゃッ!こう言うのも悪くないッ!!」

 

「……………………」

 

「ベル……逆効果だからやめときなさい。見るなら敢えて喜ぶことをしているハジメを見るんだ」

 

「いやその理屈はおかしいだろ影二。おいベル、俺を見るな。別に俺はSじゃねえからな?」

 

「「「………………」」」

 

 

何も……問題はなかったのである。



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化け物と先生

【32】

 

 

ウルの町に戻った俺たちは、ティオ・クラルスとの戦闘で披露したであろう勇者一行を優先した。優先、と言ってもあの金髪……捜索対象の名前は興味がないので忘れてしまったが、アイツはハジメの任せた。人間に擬態している時に使う重力魔法はステータス関係無しに負荷が大きかったようで久々に俺もまともな『疲労』を感じたからだ。

 

 

「ベル、疲れてないか?」

 

「問題ありません主様。今の状態なら主様にも勝てそうですね」

 

「辞めてくれ……すまないが今日は無しだ。重力魔法があそこまで疲れるとは思ってなかった」

 

 

忘れていたが、俺は今全裸である。服ごと擬態したので外見上はまともだが、ブレスに巻き込まれた時に焼失した。変えの服は宝物庫に入っているがいかんせん着替えるタイミングがない。そして何より……

 

 

「影二殿、是非ともあの鎖でもう一度縛ってはくれんかの?」

 

「…………ハァ」

 

「ああん……そういう反応もいいのう!!」

 

「…………」

 

「ベル、その視線はコレを喜ばせるだけだ。辞めなさい、分解しようとするな」

 

 

ハジメ達がコレ……改め、ティオ・クラルスを押し付けてきたのだ。あの野郎……自分で開発したくせに……

 

見てみろ、後ろの奴らも若干距離を離してるじゃないか。ベル、教育に悪いからお前は本当に観てはいけません。

 

 

「…………分かった。後で俺の取っておきをくれてやろう。だから今は大人しくしてろ。お前の態度によってはこの街に滞在することすら危ぶまれる」

 

「「「「「「ッ!?!?!?!?」」」」」」

 

「真か!?おっふ……焦らしプレイからのご褒美とな!!了解したのじゃ!!今は!!大人しくしておくのじゃ♪」

 

 

ククク……ここまで俺をイラつかせるのはコイツが初めてだ。擬態のために人間の構造は全て勉強している。いくら竜人族といえど人化していればその構造は人間と同じ。快感など得られないような『苦痛』だけを2時間ほど味合わせてやる。

 

 

「か……篝火くん?そ、そんな淫らなことを……一体どこで覚えたのですか……?」

 

「ふむ……何を勘違いしているのかは知らないが先生。俺はただ『生物』の延長として人体の構造を勉強していただけ。当然、内部にとどまらず感覚機能までも履修している。理系に進む気はないが勤勉なのはいいことだろう?」

 

「それは……そうですが……」

 

「安心してくれ。敵の体を効率よく破壊するための方法や部位もまだ覚えている。戦闘から離脱したお前たちに必要になるか知らないが、頼まれたら教えてやろう」

 

「そういうことを言っているのではありません!!先生として、生徒の淫行は許しませんよ!!」

 

「……先生にはこれが淫行に見えるのか?」

 

 

かたやゴミを見る目の男女、かたや身を震わせ悶える女。これだけ見て本当に淫行と言うならどちらかと言えば先生の頭の中はピンク色だろう。というか俺は繁殖の必要がないから性的欲求も沸かない。

 

 

「まあいい。とりあえず休め。俺達はハジメ達ち作戦会議があるんでな」

 

「ッ、そのことについて篝火くんにもお話があります」

 

「……聞こうじゃないか。お前らは先に休んでろ。ベル、案内してやれ」

 

「はい」

 

 

有無を言わさずベルに生徒諸君を連れて行かせる。二人きりになった状況でとりあえず近くの椅子に座った俺と先生は向かい合った。

 

 

「さっき南雲くんとも話しました」

 

「ああ、聞いていたが」

 

 

ハジメは人間。他の誰かの言葉に心を打たれることはある。ヒトは群れる生き物だからな。先生は信念が強すぎるから、抵抗も無駄だと判断したのだろう。珍しく他人の意見を聞いていた。

 

 

「ですが、篝火くんには響かなかったように見えました」

 

「…………よく見ている」

 

「先生ですからね!!」

 

 

人間のくせによく吠える。だが、裏表がない分扱いやすいだけマシだ。

 

 

「……何故、ですか?」

 

「……?」

 

「寂しい事、だと思ってはくれなかったのですか?」

 

「ああなるほど、まあ……価値観の違いとしか言えないのだが……先生は納得しないだろう?」

 

「当たり前です。篝火くんも、もしかしたら人を殺したのかもしれません。ですが、貴方はまだ他の全てを切り捨てているようには見えませんでした」

 

 

当たり前だ。俺の存在意義はもはや恵里ただ一人。彼女の幸せの為なら俺は人間とも上手くやっていく。切り捨てるなどという非効率的なことはしない。実際、娯楽に関しては世話になっているレベルだ。

 

 

「ベルさんに対してもです。その……ティオさんを遠ざける姿はまるで子供を育てているような感じがしました。大切に思ってることがよく伝わってきました」

 

「まぁ……ベルは実質子供のようなものだからな」

 

 

俺と同じ唯一の存在にして自分の信じていた絶対的なモノの裏切られた存在。それなりに情も湧いているし、何より命を削って助けた。彼女の自由な意思による選択を俺が拒む事はない。戦闘面でも助かっている。

 

 

「すまない先生……話の主旨が分からない……ストレートに言ってくれ」

 

「……せっかちなところは相変わらずですね」

 

「先生が周りくどい言い方をするからだ」

 

 

俺達は少し軽口で笑い雰囲気を和らげる。もちろん俺は別に何も思っていない。というより面倒なので擬態を解きたい。開放感に包まれていたい……

 

 

「では単刀直入に言いますね。王宮に帰ってきてくれませんか?」

 

「断る」

 

「ッ……どうしてですか?」

 

「戻る理由は……ある。恵里が居るからな。だがそれは今じゃない。勇者達は俺とハジメが死んだものと思っている。王国も教会もだ。つまり、今の俺達を縛るものは何もない。幸い実力もある。自由に動けるチャンスは今しかない……準備を整えるには」

 

「じゅん……び……?」

 

 

珍しく語気の強い俺に気圧されたのか先生の声は小さい。

 

 

「後でハジメが話すだろうから詳しいことは言わないが、ハジメにはハジメの目的があるように俺には俺の目的がある。その達成のためには王宮などという低レベルな場所にいるわけにはいかない。見ている場所が違うのだよ、俺と先生達ではな」

 

 

俺が見ているのは恵里の笑顔。ハジメを含めたお前達が見ているのは地球に帰還する自分達の姿。遥かに遠い故郷を目指すか、手を伸ばせば届く距離にいる最愛の人を目指すか、クリアなら簡単、だが俺はそこで終わる気はない。この世界全てを舞台にして、俺と恵里で演じる最高の物語。役者の俺にはおこがましいは脚本・演出も俺だ。エヒトは今この舞台の演出に拘っているようだが……アドリブほど演出家が恐れるものはないだろう?役者の自分勝手な行動で破壊される物語を、舞台に干渉できない客席から眺めているがいい。気づけばソレは俺の物語に変わっている。

 

 

「だが、ハジメが認めた」

 

「……え?」

 

 

俺の言葉に考えさせられるものがあったのか俯いていた先生は唐突な言葉で顔を上げ俺を見た。

 

 

「例え目的が違っても、今はハジメと共に行動を共にしている。指針を決めるのはハジメに任せているからな。明日の戦争は任せておけ」

 

「か、篝火くん?」

 

「失礼します主様。案内が終わりました」

 

 

完璧なタイミングでベルが来る。話の折もついたので俺も席を立った。

 

 

「ちょっと…まだ話は終わってないですよ!?」

 

「休んだ方がいい。明日はきっと……メンタルもやられるだろうからな」

 

 

うむ……きっと……崇拝されるんだろうな(目逸らし)

流石の俺でもアレは全力で遠慮したい。人間に崇拝されるなんてもはや自殺レベルだ。

 

 

「さて……ここからは楽しい時間。脚本・演出担当の意見を聞きに行こうか」

 

「はい、主様」

 

 

さあハジメ、お前の溢れる厨二魂を見せてくれる。お前は役者の才能もあるが、そこは俺の領分だからな。



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大蹂躙

【33】

 

 

翌日、街に壁が出来た。何を言っているか分からないと思うが……いや分かるだろ。ハジメが錬成で周りの地面をこう……グッとやったんだよ。

 

……ん?話を逸らすなって?ハハッ……なんのことか分からないな……別にティオ・クラルスに対するお仕置きが捗ったとかそんなことは一切無い。

 

 

「おい、影二。テメェあの駄竜に何やったんだ」

 

「これといって特別なことは何もしてない」

 

「嘘つけ!!だったらこれはなんだ!?」

 

 

俺の胸ぐらを掴みながら怒鳴るハジメ。そして震えながら彼のズボンにしがみつくティオ・クラルス。側から見ているベルはいい気味だと笑顔になり、ユエさんとシアさんは少し同情の視線を向けている。

 

 

「ティオさんが縛って欲しいって言ったから望み通りにやっただけだが?」

 

「嘘じゃ!!あんな……あんな行為で妾が悦ぶとでも思っておったのか!?」

 

「テメェは何様だ?」

 

 

俺がやったことは至極簡単。お望み通りに魔力糸で天井から吊るしドMでも地獄だと思える程度に体をマッサージしただけだ。快感を得る余裕がない程度の痛みでな?

 

 

「クックック……ハジメ。当分のお仕置きはこれでいいだろう?」

 

「いや、それするたびに毎回こうなんのはダルいから辞めろ。内容聞いたら少し同情するわ」

 

「ハジメの口から同情だなんて!?」

 

 

決戦前にこんな会話をしていいのだろうか?いや、いい(反語)

 

 

「ティオさん」

 

「ひぃ!?」

 

「これに懲りたら……2度とベルの前で教育に悪いこと……言わないでくれないか?聡明な竜人族ならわかってくれるよなぁァ?」

 

「わ、わかったのじゃぁぁぁあああああ!!!!」

 

 

魔力糸をもう一度出しながら脅せば泣きながら土下座してくるティオさん。よし、虐めるのはこれくらいでいいだろう。

 

 

「影二……それだけのためにこの駄竜を……流石だな」

 

「ふっ、そう褒めるな」

 

「今のは褒めておらんのではないかの!?」

 

 

ついでにツッコミ要員も確保。グダグダと会話をしているが、この間にも先生達は街の住人の避難をしている。俺達は来るべき時へと……

 

 

「来たぞ」

 

 

待っていたが、少し早めのお出ましらしい。ハジメがドローンで大軍を発見したのだ。

 

 

「ハジメ、礼を言う。今日は今まで生きてきた中で最高の舞台、脚本、演出になるだろう。役者としてこれ以上の幸福はない」

 

「まああんなものまで用意させられたしな……ここまでやってガッカリな演劇だったら撃ち抜くぞ」

 

「任せておけ。俺の……篝火影二の演技は生きとし生ける者全てを魅了する『完全演技』だからな」

 

 

ハジメに言葉を告げた俺は、重力魔法で自身の重力を操り空へと浮かび上がる。

 

 

「聞け、ウルの街の勇敢なる者たちよ!!」

 

 

ハジメに作ってもらった拡声器型アーティファクト『マイク』を使い広範囲に声を届ける。手で持つタイプではなく胸元に取り付けるタイプだ。俺の声で眼下の人間達が一斉に俺を向いた。もちろん先生達も。彼らは俺が空中に浮いていることに驚いているのか静まり返っている。

 

 

「我々の勝利はすでに確定している!!何故ならば、我々には豊穣の女神愛子様がついているからだッ!!」

 

「…………え?」

 

「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない! !愛子様こそ ! !我ら人類の味方にして〝豊穣〞と〝勝利〞をもたらす、天が遣わした現人神である! 私は……いや私達は、愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た! !見よ! !これが、愛子様により教え導かれた我々の力である。ベルッ!!」

 

「お待たせしました主様」

 

 

俺の後ろから声が響く。

 

 

「「「「「「おお…………」」」」」」

 

 

人間達が思わず感嘆の声を上げている。目を見開き、膝をついて祈り出した者までいるようだ。そう、漆黒の翼を大きく広げたベルが俺の下から飛翔してきたのだ。彼女の美しさはエヒトによって『そうあれ』と想像されたもの。そして俺が与えた漆黒とゴスロリの服は彼女の銀髪をよりいっそう目立たせている。

 

 

「主様、準備を」

 

「ああ。リフレクタービット展開ッ!!」

 

 

俺は中指にはめた宝物庫から、ハジメに大量生産してもらった鏡型の浮遊ユニットを解き放ち俺を囲むように配置させた。

 

 

「召喚【歪鏡】……展開」

 

 

【歪鏡】を取り出して360度に展開。円形に広げて正面に構える。

 

 

「準備OKだベル。いつでも来い」

 

「了解しました。行きますよ主様……『断罪』ッ!!」

 

 

ベルの翼から漆黒のエネルギーが一機のリフレクタービットに命中。真っ黒だが一応、光の一種である『断罪』は鏡に光が反射するようにして角度を変える。そのまま他のビットに命中し反射…反射…反射…反射……全てのリフレクタービットが無限に反射を繰り返し俺の周りを囲っていく。俺は目前に迫る魔物の軍勢を向き息を整えた。

 

 

「おぉ……なんと神々しい……」

 

「篝火くん……一体何を……?」

 

「うっわ、影二アイツ……思ってたよりエグいなアレ。分解能力までついてたらまさしく断たれるな」

 

「ベルの魔法……負けてられない!!」

 

「すごいですねー……あの、これ大丈夫です?」

 

 

三者三様の反応を聞きながら俺は【歪鏡】を天に向ける。あとはリフレクタービットの向きを変え全ての『断罪』を俺に向けるだけだ。遠隔での魔力操作は俺も習得しているのでできた。ユエさんにやり方を教えてもらったがな。

 

 

「主様……技名は?」

 

「ふむ……昨日のアレでいいだろう」

 

「分かりました。では」

 

「ああ」

 

 

食らえ下等な魔物共よ。ドッペルゲンガーと堕天使の一撃で滅べることを感謝するがいい。

 

 

「「『神滅ノ輝キ』」」

 

 

2人で宣言すると同時に、すべてのビットの角度を変え俺に向けた。反射を続けていた全ての『断罪』が俺の【歪鏡】を直撃し、天に向かって漆黒が渦巻く。俺は【歪鏡】を軍勢の方へとゆっくりと向けた。

 

 

「「「「「「うわぁ……」」」」」」

 

 

先生達やハジメ達が思わず声に出してしまった。しかしそれほどの迫力があったのだ。

 

蹂躙。その一言に尽きるだろう。元々チート級の力を持っているベルの魔法は幾度となく反射して収束。影二が魔力で最大限強化した【歪鏡】でさらに威力を高めたその一撃はまるでレーザー砲のようだ。漆黒のレーザーは空中の魔物達を容赦なく飲み込んで存在することを許さない。そのまま地上へと振り下ろされた一撃が1分ほど続いたその砲撃が止むと、残っている魔物は最初の3分の1程度まで減った。

 

 

「安心するがいい諸君!!今の力は愛子様が使役する中でも末端のような力に過ぎないのである!!」

 

「ん?あんなセリフ書いたっけか?」

 

「……読んだけど書いてなかった」

 

「ア、アドリブ……?」

 

「ほぅ……影二殿は道化を演じるのが上手いのう。昨日のアレも道化の結果であればよかったのじゃが……」

 

 

ハジメ達が何か言っているが無視。

 

 

「なんと……愛子様!!」

 

「愛子様!!」「愛子様!!」

 

「「「「「「愛子様!!愛子様!!」」」」」」

 

「これは戦いですらない!!愛子様による神罰であるッ!!諸君、愛子様はそこにおられるぞ!!」

 

「「「「売った!?」」」」

 

「かかかか篝火くん!?なんてことをきゃぁぁああああ!?!?」

 

 

わっしょいわっしょいと先生を神輿のように担ぐ男達に膝をついて祈り始めた老人女子供。南無南無先生、これで今日から貴女は神だ。信者が増えすぎて神格が生まれないように気を付けてな。いい主役でしたよ先生。

 

 

「さて、俺達の出番だ」

 

「やっとかよ。待ちくたびれたぜ」

 

「ん……ベルには負けない」

 

「やるですよー!!」

 

「主様との修行の成果を見せる時です」

 

「このメンツで妾って霞みすぎる気がするのじゃ……いや、今更じゃな」

 

 

ハジメが錬成した壁に立った俺達6人は各々の得物を構えて敵を見据える。

 

俺は【烈槍】と【撃槍】を

ハジメはドンナーとシュラークを

ユエさんは手に重力球を

シアさんはドリュッケンを

ティオさんは扇を

ベルはハルバード2本を

 

 

「よしお前ら、蹂躙開始だ。敵は1匹残らず殺せ!!」

 

「「「「「了解!!」」」」」」

 

 

ハジメの言葉で俺達は駆けた。



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大蹂躙#2

【34】

 

 

ドッカンドッカンつ〜いて〜る〜……辞めとこう、怒られる。

 

 

「シアさん、北西方向!!」

 

「ッ、おりゃあ!!ありがとうございます影二さん!!」

 

「ああ、ふっ!!まだまだいるから油断せずに」

 

「はい!!」

 

 

高台から駆け出した俺、ハジメ、シアさん、ベルは現在、魔物に対して無双しまくっている。聞こえてくるのは魔物の悲鳴ばかりだ。ユエさんとティオさんは後ろから魔法で援護射撃をしている。

 

 

「邪魔だ」

 

 

目の前にきた二足歩行の豚を【烈槍】で貫きそのまま振り抜いて横の豚も共に切り裂いた。そしてチラッと目を向ければ俺の額に向けてドンナーを構えているハジメの姿があった。

 

 

「むっ……」

 

 

ドパンッ!!

 

 

首を傾けハジメの銃撃を躱せば、忍び寄ってきたゴブリンみたいな魔物の頭が弾け飛んだ。

 

 

「先生達と住人は誰も見てねぇ!!影二、やれッ!!」

 

「ッ、さすがハジメ……さてと……本物の蹂躙を見せてあげましょう」

 

 

擬態を解き、服を宝物庫に納める。2振りの槍も同時に格納して素手へ。

 

 

「なぜか久しぶりですね主様」

 

「ええ、鈍ってなければいいのですが……ねッ!!」

 

 

本気で右腕を振り切れば衝撃波が発生し多数を吹き飛ばした。

 

 

「ふむ……まあいいでしょう。次の演目は参加型……私の演舞をその身で味わっていただきましょう」

 

「……巻き込まれたくないので多少離れて戦いますね主様」

 

 

最近少しずつ遠慮がなくなってきたベルが苦笑いしながら飛んで引いていった。それを見たハジメとシアさんも後方へと下がっている。ハジメに関しては、ガトリングのメツェライを持ち始めたため俺ごと撃つ気なんだろう。味方からの異常な信頼に震えてるよ。

 

 

「クックック……アーッハッハッハッ!!」

 

「「うわぁ……」」

 

「流石です主様…!!」

 

 

 

 

〜後方 ユエ、ティオ〜

 

 

 

 

「……影二が本気になった。予定より早く終わるかも」

 

「なっ……ユエよ。影二殿のあの姿は一体……先ほどよりも凄まじい魔力の奔流を感じるじゃが……」

 

「あれが影二の本当の姿。普段は人間に擬態してるだけ」

 

「なんと……ではご主人様も?」

 

「……私達の中じゃハジメだけが純粋に人間族。影二は……人間族の中で生きてきた」

 

「数奇な人生を送ってきておるようじゃのぅ……」

 

「貴女はあの影二が怖い?」

 

「それはもちろんあのような事をされれば……いや、冗談……だからその魔法をこっちに向けるのは辞めるのじゃ。ふむ、たしかに威圧感のある姿をしておるが特に恐怖といった感情は浮かばんの。いや、畏敬はあるかも知らんの」

 

「……影二も喜ぶ。いつも自分はバケモノだって言ってたから」

 

「おや、影二殿もまた面倒じゃの。後で少しからかってみるか」

 

「……またアレ、されたいの?」

 

「……辞めておこうかのぅ」

 

 

尚、この会話の間も一切攻撃の手は緩めていない。

 

 

 

〜前線 影二視点〜

 

 

 

 

「ハァ!!」

 

 

シアさんの攻撃が躱されたのが見える。俺は雑魚ばかり相手していて少し退屈していたが、少しばかり面白そうな相手がいるのでシアさんの元に向かった。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「影二さん、この魔物何か変なんです。さっきから私の攻撃を確実に避けるんですよ」

 

「それは……何か技能持ち、という事でしょうね。しかもこの覇気、迷宮レベルの魔物です」

 

 

狼の魔物が数体俺とシアさんに向けて唸っている。突如現れた異形の俺に警戒しているようで下手に向かっては来ない。……思い出した。コイツらの持つ技能はシアさんの『未来予知』の下位互換っぽいやつ。未来を見るのではなく相手の動きを予測するという感じの技能だ。さらに元々のステータスが高いこともあって確か原作でも苦戦していたはず。

 

 

「まあ、私からすれば何も問題はありませんが」

 

 

相手が私の動きを先読みするならその読みを凌駕するようなスピードで動けばいい。俺が本気で踏み込めば地面が割れ、体は風となる。そんな動きはたかが魔物風情では先読みできまい。

 

 

「わ、私には参考にできそうにないですぅ……ッ!!未来視!?」

 

 

苦笑いしていたシアさんが急に焦った顔になった。おそらく緊急時に発動する未来視が発動したのだろう。

 

 

「シアさん、相手が先読み出来ない予想外の動きをすれば良いですよ」

 

「あ、なるほど。おりゃあっ!!」

 

 

シアさんの武器であるドリュッケンにはいくつかギミックが施されている。今回はその中でも内蔵式のミサイルを発射させた。

 

 

「わふっ!?」

 

 

犬のように情けない声を上げた狼が抵抗する隙もなく爆散した。うむ、汚い花火だ。

 

 

「よし!!影二さん、ありがとうございますッ!!」

 

「いえいえ。大事なのは油断しないこと。最近のシアさんは自分の強さを自覚して慢心している節が見られますので」

 

「ッ!?……はい、分かりました!!後でまたお二人の故郷の料理を教えてくださいね!!」

 

「え、あのシアさんそれフラグ……行ってしまいましたか……」

 

 

元気いっぱいに他の集団へ跳躍していったシアさんを見送りながら、俺はさっき殺した狼を食う。

 

 

「むむむ、さすが迷宮レベル。魔力が凝縮されていて美味いですね……少し持っておきましょう」

 

 

周りに散乱する死体を格納して歩くと、ハルバードを使ってひたすら魔物を殺すベルの姿が見えた。

 

 

「ベル、加勢は必要ですか?」

 

「主様、いえ…大丈夫です」

 

 

俺の姿を確認したベルが翼を広げ分解魔法で全ての魔物を分解した。

 

 

「魔力は……って、まあ大丈夫ですね」

 

「はい、先程の『断罪』と今の分解以外では一度も使用していません。ただ……わたくしのハルバードの手入れが多少面倒な程度でしょうか」

 

「そういえば武器の手入れの仕方は教えていなかったです。ええ……これが終わりひと段落つけば教えましょう」

 

「よろしくお願いします」

 

 

どうやらベルは問題ないらしい。まあこの程度で問題がある方が問題なのだが。

 

 

「ベル、私は主犯の確保に行ってきます。ハジメは元々処理しきれない分は逃す予定でしたが『神滅ノ輝キ』でその分が削れました。全滅させなさい。期待していますよ?」

 

「ッ!!はい、わたくしにお任せください主様!!」

 

 

良い返事が聞けたので俺は少し奥まで駆け抜けて跳躍する。俺が去った後、後方で漆黒の魔力が吹き荒れているがまあ気にしてはいけない。結果はわかり切っているのだから。

 

 

「くそっ!!なんで……なんでこんな!!ホントは俺が勇者になるはずだったのにッ!!」

 

「ご機嫌麗しゅう。いえ、機嫌は悪そうですね?」

 

「ッ!?だ、誰だっ!!」

 

 

ヒステリックに叫ぶ黒髪黒目の青年、清水……清水……なんだったか。まあ清水でいいだろう。確か闇術師で闇系魔法に高い適正があったはずだ。彼は俺の姿を確認した瞬間悲鳴を上げながら杖をこちらへと向けた。

 

 

「おっと、無駄ですよ。私は魔物ではありませんし。そもそもまだ貴方のことを敵だとは思っていませんのでね」

 

「……だったら、だったらなんで邪魔なんかするんだよ!!」

 

「クククッ、提案がありまして」

 

「……提案?」

 

「ええ。私が得して貴方も得する。そして何より……この世界が良くなる素晴らしい提案ですよ。もしかしたら貴方が勇者になれるかも?」

 

「……聞かせて、くれ」

 

 

さて……台本の設定を煮詰めていくとしようか。なぁ恵里、もうすぐ会える。



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清水が死んだ!!この人でなし!!(人ではない)

【35】

 

 

「ハジメ、主犯の捕獲を完了しました」

 

「おう、こっちももうすぐ片付きそうだ……っていうか、見てみろ影二。お前、余計なこと言っただろ」

 

「………いえ、さすがの私でもアレは流石に予想外です」

 

 

力無く項垂れている清水を担いでハジメの元に来れば、少し退屈そうな顔で戦闘領域を指差してきた。そちらを向けば、リーダー格の魔物が殺され全力で逃げようとする魔物達がその逃げる方向の上空から延々分解の光で消滅させられているのが見える。

 

 

「はぁ……いつかはあんなのも俺達の敵になるのか……」

 

「聞いた話ではベルの3分の1程度のステータスしかないようですし大丈夫では?まあ分解に関しては何か対策せねばいけませんけど」

 

「そうだな。おいベルッ!!影二が戻ってきた。そろそろ帰ってこい」

 

 

ハジメが業を煮やしたように怒鳴り、それに気づいたベルが急いで飛んできた。特に理由もないので清水を地面と落とす。その乱雑な扱いに、いつのまにかやってきていた先生が怒っているが無視してハジメ達との会話に勤しむ。

 

 

「GG……グッドゲームだ。やはり無双系はこういうものだろう?」

 

「俺にしか分からないからやめろ。ほら、ユエ達混乱してるだろ」

 

 

擬態しながらオンラインゲームの用語を言えばハジメがオタクらしく突っ込んできた。なんでや……ええやろ。

 

 

「清水君、落ち着いて下さい。誰もあなたに危害を加えるつもりはありません......先生は、清水君とお話がしたいのです。どうして、こんなことをしたのか......どんな事でも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」

 

 

悲痛そうな顔で倒れたままの清水に問いかける先生。

 

 

「 そんな事もわかんないのかよ。だから、どいつもこいつ も無能だっつうんだよ。馬鹿にしやがって......勇者、勇者うるさい んだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに......気付きもしないで、 モブ扱いしやがって......ホント、馬鹿ばっかりだ......だから俺の価 値を示してやろうと思っただけだろうが......」

 

「てめぇ......自分の立場わかってんのかよ! 危うく、町がめちゃ くちゃになるところだったんだぞ!」

 

「そうよ! 馬鹿なのはアンタの方でしょ!」

 

「愛ちゃん先生がどんだけ心配してたと思ってるのよ!」

 

 

反省どころか周囲への罵倒と不満を口にする清水に、玉井や園部など生徒達が憤りをあらわにして次々と反論している。見ていて滑稽だが、彼らの言葉にますます顔を俯かせだんまりを決め込む清水。先生はそんな清水が気に食わないのか更にヒートアップする生徒達を抑えると、なるべく声に温かみが宿るように意識しながら清水に質問した。

 

「そう、沢山不満があったのですね......でも、清水君。みんなを見返そうというのなら、なおさら、先生にはわかりません。どうして、 町を襲おうとしたのですか? もし、あのまま町が襲われて......多 くの人々が亡くなっていたら......多くの魔物を従えるだけならとも かく、それでは君の価値を示せません」

 

愛子のもっともな質問に、清水は少し顔を上げると薄汚れて垂れ 下がった前髪の隙間から陰鬱で暗く澱んだ瞳を愛子に向け、薄らと 笑みを浮かべた。

 

「......示せるさ......魔人族になら」

 

「なっ!?」

 

 

勝手に会話を始めた先生達と清水を見て、俺とハジメはため息をつきながら近づく。ベルやユエさん達も俺達を見て共に移動した。

 

と、言ってもここから先、清水と先生は特に意味のないやりとりを繰り返す。いや、正確に言うと、先生の言葉は確かに清水の心に響いている。が、やはり無意味。何故なら……

 

 

「動くなぁ!!ぶっさすぞぉ!!」

 

 

立ち上がった清水は先生の首を腕で拘束し、どこからか取り出した針を首筋に向けた。何かが滴っているあたり毒だろう。

 

 

「ハジメ」

 

「ダメだ影二。たまには先生にも痛い目を見てもらう。過度の奴ならなんとかする」

 

 

そういうところが女誑しなんだよ……とか全く思ってない。ええ、全く思ってないさ。

言葉で俺を止めたハジメは後ろの女性陣に視線を向ければ、全員が分かったとでもいうように頷いた。ひとまずは動かないようだ。

 

 

「なんで……なんで南雲なんかがそんな力を手に入れてるんだよ……それがあれば俺だって…俺だって!!篝火、お前もだよ!!あの勇者に負けず劣らずの人気の癖にいつもいつも気取ったような態度で…しかも、しかもそんなにつよいとかよぉ!!」

 

「ハジメ、俺は別に誰が死のうがどうでもいい。早く終わらせたいんだが……」

 

「少し黙ってろ影二。今はツッコミ入れてる場合じゃない」

 

 

そこまで強くいうことはないだろう……

 

 

「ッ!?ダメです、避けて!!」

 

 

急にシアさんが叫び、身体強化を施して飛び出した。

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

俺以外の全員が咄嗟のことに驚いた。もちろんハジメも珍しくシアさんのことで焦っている。

シアさんが無理やり先生を清水から引き剥がすと同時に、清水の胸を水系らしく魔法が貫いた。

 

 

「ハジメッ!!召喚【魔弓】!!」

 

「分かってる!!」

 

 

後ろではユエさんとベルが倒れ込んだシアさんへと駆け寄っている。良い判断だと思いながらも俺は【魔弓】を召喚。魔力で矢を作りすぐに弦を引き発射。ハジメもドンナーを抜いて射撃をした。目標ははるか上空で飛行する魔物とその上に乗っている人型。

 

 

「チッ、魔物の足だ」

 

「俺も片腕を持ってくぐらいしか出来てねぇ。けど今はっ」

 

 

2人とも命中はしたが仕留める事はできなかった。

 

 

俺はすぐに神水を取り出すとハジメに投げた。

 

 

「これを」

 

「ナイスだ!!」

 

 

今は一分一秒でも時間が惜しい。俺が渡した方が早い。

 

 

「召喚【獄鎌】」

 

 

俺は【獄鎌】を呼び出し連結。両手で持ち倒れ伏した清水の首に刃を突きつけた。

 

 

「生きてるか清水?」

 

「ごふっ……あ…あぁ……か……りび……お前……()()()()()()()()

 

「ふっ、パーフェクトな演技だ。安心しろ」

 

「そう……か……ぐふっ……」

 

 

清水が息も絶え絶えな様子で聞いてきたので周りに気づかれないように返事をする。そうだな、あえて言うなら『計画通り』って奴だ。

 

 

「後は任せろ」

 

「…………あぁ」

 

「清水君!!ああ、こんな……ひどい……」

 

 

俺と清水が話している間に、ハジメが先生に口移ししたりシアさんとちょっと良い感じになったらしい。いや、見たんじゃなくて知識として知っているだけだが。今まで触れてこなかったが、先程の攻撃が清水の胸を貫通し穴を開けているため誰が見ても重傷だ。

 

 

「南雲君さっきの薬を!!今ならまだ助けれます!!

 

「おっと、それ以上近づかないでくれ先生。コイツの狙いは貴女なんだ。万が一がある」

 

「そんな……」

 

「影二の言う通りだ。それに、助けたいのか先生?いくらなんでも『先生』の域を超えてるぞ」

 

 

先生の1番の特徴にして欠点。生徒の事をどこまでも思い行動できると言う点は確かに評価に値するのだろうが、自分を殺そうとした相手をまだ生徒だと思う余裕があるとは思わなんだ。

 

 

「うぅ……あぁ……」

 

「ああ?」

 

「篝火君!!」

 

「……どうなっても知らないぞ」

 

 

清水が動こうとしたので、俺がさらに【獄鎌】の刃を近づける。しかし先生が非難するような目で俺を見てきた。これ以上何か言われても面倒なので仕方なく刃を遠ざけた。流石に納めはしないが。

 

 

「清水、聞こえているな?」

 

「……あぁ」

 

「お前を救う手立てがある。だが、その前に聞いておきたい……お前は、敵か?」

 

 

ハジメは清水へと近寄り、問いた。この質問の意味だけなら誰でもわかるだろう。しかし、その真の意味が分からなければ……

 

 

 

「て、敵じゃない......お、俺、どうかしてた......もう、しない......何でもする......助けてくれたら、あ、あんたの為に軍隊だって......作って......女だって洗脳して......ち、誓うよ......あんたに忠誠を誓う......何でもするから......助けて......」

 

「……そうか」

 

「ッ!!ダメェェェェ!!!!」

 

 

ドパンッ!!ドパンッ!!

 

 

こうなる。全てを察した先生が駆け寄ろうとしてきたが、時すでに遅し。ハジメの放った2発の銃弾は迷う事なく、額と心臓を直撃。生命活動を停止させた。

 

 

「『火葬』」

 

 

俺はすかさず今組み上げた火の魔法を使い清水の遺体を骨も残らないように燃やした。人間なんぞどうでも良いが、アンデッド化されても困るからな……まあ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……どうして?」

 

 

俺達以外の全員の気持ちを代弁するような先生の言葉。燃えてゆく清水の遺体を見つめながらポツリと呟いた。

 

 

「敵だからな」

 

「ハジメがそう判断したからだが?」

 

「そんな……だって今の言葉……清水君は!!」

 

 

すでに終わった事を嘆く先生。

 

 

「あれで改心したと?無理だな。あれは自分が死ぬ状況で命乞いをする目だ、まさか改心なんてそんな……なぁハジメ?」

 

「ああ、俺は自分の目が曇っているとは思わない」

 

 

俺の同意を求める問いかけに当然のように答えてくれるハジメ。しかし先生が悲しそうな目をしているせいか、ガヤの護衛騎士共が不躾にも出張って来ようとした。

 

 

「そこで見てろ。これは我々の問題だ。実力差を理解出来ないほど落ちぶれてはいないだろう?」

 

「ぐっ……ぬぅ……」

 

 

【獄鎌】を向けて威圧すれば、流石の騎士様でも簡単には動けない。

 

 

「これからも俺は、同じことをする。必要だと思ったその時は......いくらでも、何度でも引き金を引くよ。それが間違っていると思うなら......先生も自分の思った通りにすればいい......ただ、覚えておいてくれ。例え先生でも、クラスメイトでも......敵対するなら、俺は引き金を引けるんだってことを......」

 

「南雲君!!先生は……それでも!!」

 

 

「......先生の理想は既に幻想だ。ただ、世界が変わっても俺達の先生であろうとしてくれている事は嬉しく思う......出来れば、折れないでくれ」

 

 

それだけ言ったハジメは有無を言わせないほどの『威圧』をし、ユエさん達を呼び寄せた。そのまま宝物庫から4輪を出し乗り込む。

 

 

「ハジメ。バイクを貸してくれ。すぐに追いつく」

 

「んあ?まあ別にいいが……ベルはどうするんだ?」

 

「ついて来てくれ。俺1人では迷う」

 

「分かりました主様」

 

 

ハジメからバイクを借り受け、出発を見送る。ウィルが訝しげな視線を向けてくるが手でしっしとすれば前を向いた。

 

 

「ベル、行くぞ」

 

「はい」

 

「あ、篝火君……」

 

 

懇願するような先生の視線。少し鬱陶しいので突き放そうか。

 

 

「俺はハジメみたいに言葉をかけたりはしない。終わった事を何度も思い出すのも可笑しいだろう?まあ……なんだ、園部」

 

「ッ、なに?」

 

 

突然俺に名前を呼ばれてびびった園部が緊張した声で返事をした。

 

 

「自殺させんなよ(これから舞台の演出として必要だから)」

 

「ッ!!……うん!!」

 

 

それだけ言って俺は魔力を流し発進させた。目的地は先程俺達が戦闘をした場所だ。

 

 

 

 

数分ほど走れば目的地に到着した。清水を捕獲した崖である。

 

 

「ッ……主様、これは一体……」

 

「見ての通りだ。なぁ()()。一切の容赦無く、無駄死にのように、捨て駒のように、そして何よりあんな風に殺された気分はどうだ?」

 

「見て分かるだろ……最悪だよ。誰が自分の死ぬ姿見て気分が良くなるんだ……」

 

 

俺とベルがフードを深くかぶって体育座りをしている清水の姿がそこにあった。 



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暗躍

【36】

 

 

〜時は遡る〜

 

 

「……聞かせてくれ」

 

「まずは私の正体からなのですがね?」

 

「篝火だろ。お前が変わる瞬間を見てたから分かってんだよ」

 

「ふむ、ならばいいです。ちなみに地球にいた頃からですし、生まれた時からこうです」

 

「……」

 

 

やはり清水は物わかりがいい。隠れオタクだから異世界とかそういう知識を持ってるのも助かる。

 

 

「この世界はファンタジーです。それは貴方も承知でしょう?」

 

「だから今こうして体験してんだろ!!」

 

 

少しヒステリックに叫びがちなのが欠点だな。まあ気にしないけど。

 

 

「世界の破壊、興味ありません?」

 

「ッ!……それは、どういう……」

 

「この世界での物語はいわば成り上がり系です。集団の中の相対的な弱者が虐げられ、そして……」

 

「力を持って……復讐する……」

 

 

おや、清水は復讐系を好むのかな。残念ながらそんなものは興味がない。

 

 

「まあ復讐に走るのかは作品によりますが、力を手に入れチーレムが基本です。貴方が思い描いた自分の未来もそんな感じでしょう?」

 

「あぁ……この力があれば、俺はもっと上手くやれるはずなんだ!!」

 

「いや、無理でしょう?」

 

「……え?」

 

「闇術師。ダークな力は確かに逆張りした主人公のような力です。でも、今の貴方はどうですか?離反し、敵と手を組み、魔物を使って同族を殺す。それがまさか主人公のような行動だと本気で思っているのですか?」

 

「ッ!?……たし……かに……」

 

 

ようやく気づいたらしい。テイムでモンスターを刺激したり、魔王軍に入った人間が同族を殺したりなんていう作品は山ほどあるが、それはあくまで物語の『主人公の視点』だから許され、好かれる。

 

 

「今やこの世界の主人公のような存在は天之河です。彼に味方するものは大勢います。さて……貴方が主人公になるにはどうすればいいでしょう?」

 

「………天之河を殺す?」

 

「短絡的ですねぇ……それは敵を作るだけです。ほら、今までのオタク知識を活かしてください」

 

「…………………ッ、おい……()()()主人公にならないといけないのか?」

 

「クククッ、気づきました?そんなもの、どうでも良いのですよ」

 

 

清水は長考の末に目を見開いて顔に喜びの感情を浮かべながらニヤけた。

 

 

「結果的に世界を救えればいい……いや、物語をちゃんと終わらせたらいい……だったら……自分が主人公の物語にすればいい……?」

 

「正解。他人が作った脚本なんてクソ食らえ……自分で作った自分だけの脚本で主人公になればいい。どうです、乗りますか?」

 

「……頼むよ」

 

 

…………

 

………

 

……

 

 

 

「主様……一つ、聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「いいぞ」

 

「主様は、この世界が嫌いですか?」

 

 

ベルが聞いてきた。

 

 

「いや、むしろ好ましいな。単純な実力社会だし、教会なんぞ今すぐにでも潰せる。残る面倒な要素はエヒトだけだが……まあそれはハジメが殺すから問題はない」

 

「そう……ですか」

 

「南雲が……?ッ、まさか……なあ篝火、もしかして……この世界も物語か?」

 

 

話を聞いていた清水が重ねて問いかけ、そして真理に気づいた。

 

 

「ほう……やはりお前は物わかりがいい。そうだ、俺はお前達の地球よりもう一つ上位の地球出身、いわゆる神様転生者という奴だ」

 

「ッ…………ありがとう篝火」

 

「ああ?どういうことだ?」

 

 

世界の真実を説明すれば急に清水が礼を言ってきた。その意味がわからず俺は思わず逆に聞いてしまった。

 

 

「わざわざお前が俺を助けたってことは、俺は元々さっきの要領で死ぬ予定だったんだろ?」

 

「ああ、そうだが?」

 

「だったら篝火は……俺の命の恩人だ」

 

「人じゃないが?」

 

「言葉の綾だよ……その、なんで俺なんだよ。俺達に『原作』があるんだったら、主人公は……南雲だろ?そっちを頼ればいいじゃないか」

 

「???」

 

 

ベルが話についていけず困惑しているが少し我慢してもらおう。()()()今の清水から先ほどのようなヒステリックさが消えたからだ。少し気になる。

 

 

「なるほど道理だ。だが、それじゃあダメなんだよ清水。お前の言う通りハジメは主人公だ。しかし、俺の最終目標は愛する人を幸せにすること。その条件の最大難易度として神エヒトの討伐がある。が、コレをやるのはハジメだからな。アイツには『原作通り』やって貰わないと困る」

 

「……つまり、この先死んで登場予定も無い俺が抜擢されたと」

 

「まあそれもある。だが、それ以上にお前の魔法に魅力を感じたからだ」

 

「……負けたぞ、俺は」

 

 

清水の洗脳能力ははっきり言って神がかっている。いや、神に召喚されたのだから確かに言葉通りだ。それでもどのような状況下であろうとティオさんクラスを従属させられるのは美味しい。しかも俺が演技してわざわざ出張る必要もなくなると言う点も魅力だ。

 

 

「馬鹿か、相手は主人公様だぞ。それを差し引いたらお前は強い。間違いなく強い。俺が保証してやる」

 

「……ははっ、それもそうか」

 

 

急に清水が寝転ぶ。その顔は先ほどまでの憎悪に満ちていない、清々しい表情をしている。

 

 

「なあ篝火、教えてくれよ。俺が死んだ後、この世界はどうなる予定なんだ?」

 

「……さあな」

 

「え……知ってるんじゃねえの?」

 

「俺が存在して、ベルが存在して、お前が生きてる時点で、もうどうなるか分からない。ここからは未知の領域だ。俺達が引っ掻き回すんだからな」

 

「………ふふ、ふはははは!!最高だよ篝火。お前と出会えてよかった」

 

「俺もお前が生きててよかった」

 

 

俺と清水は固く握手をする。

 

 

「せいぜい頑張って俺を使ってくれよ、オリ主様。俺が主人公になる物語を見せてみろ」

 

「馬車馬のようにこき使ってやるさ、()原作死亡キャラさん。人生の主人公は自分というが、だったら地球で苦労しない。この世界でこそお前は輝く」

 

 

コマとして用意したはずなのに、なかなかどうして気に入ってしまった。コレで人格が壊れていたら尚良いけど……まあいいだろう。俺の全ては恵里のためにあるのだから些細なことだ。

 

 

「あの……主様。今更なのですが、どうやってこの人を助けたのですか?あの状況では確実に死んだように見えましたが……」

 

 

何も事情を知らないベルがそう問いかけてきた。タネも仕掛けもございます。

 

 

「ああ、あの時確かに清水は死んだ。まあとある『個性』で作った2人目だけどな」

 

「あれはビビった。なんでいきなり真っ黒な篝火がトゥワイスになるのかとかなぁ……心臓に悪い」

 

「個性……トゥワイス……?」

 

 

俺はあの時、清水の目の前で『僕のヒーローアカデミア』の『トゥワイス』というキャラを演じた。この作品にはだいたいの人に特殊な能力『個性』が備わっている。その中でも自分が詳細なデータをイメージした対象を複製できる個性の『二倍』を使用。清水の複製体を作りハジメ達の元まで連れて行った、というわけだ。ヒロアカの世界に限らなかったらこの能力はやばい。やろうと思えばエヒトですら二倍に出来る。

 

 

「篝火ってチート過ぎるよな」

 

「生まれ持った才能を存分に活かしているだけだ。さて清水、お前の力は確かに必要だ。だが決定的にお前に劣っている物、なんだと思う?」

 

「またクイズかよ……ステータスだろ」

 

「そうだ。そしてここに簡単に強くなれるアイテムがある」

 

 

俺は宝物庫から真のオルクス大迷宮産の魔物の肉を取り出した。毒抜きをしていない、濃い魔力が詰まった物だ。

 

 

「ッ!!……いや、代償は?」

 

「とてつもなく苦しい。死んだほうがマシだと思うほどの激痛が身体中を駆け巡る。そして、この『神水』がなければそのまま死ぬ」

 

 

さらにハジメからもらった予備の神水も取り出す。どうせ俺は使わないから別にコイツに使っても問題ない。ベルもそんじょそこら程度のやつにダメージを負わせられるわけもない。

 

 

「……うん、死ぬはずだったんだ。ここまできたら……なんだってやってやるよ!!……うっ、がぁぁぁぁあああああ!?!?!?」

 

 

達観したような目で俺から肉をひったくりかぶりつく。一瞬不快そうな顔をした後、ハジメに聞いていたような激痛が清水を襲っている。

 

 

「ベル、少しずつ神水を飲ませろ。俺は……いえ、私は清水君を治療するから」

 

「分かりました」

 

 

俺は『白崎香織』に擬態する。ん?誰がこの世界の誰かに擬態できないと言った?やろうと思えばハジメだって演じてみせるさ。ヒロインズにはバレる気がするがな。愛の力で……

 

 

「『廻聖』『周天』『焦天』『譲天』」

 

 

過剰なほどのヒールにリジェネ。そして俺の魔力を一部譲渡することにより、遠隔で魔力操作を開始。清水の体内でうまく循環するように魔物肉の魔力と俺の魔力、清水の魔力を混ぜ合わせる。

 

 

「はぁ……はぁ……うえっ……きっつぃ。なんこれ……南雲の奴、いつもこんなことを……」

 

「おめでとう清水。ステータスプレートでも見てみたらどうだ?」

 

 

すぐに擬態を戻し、問いかける。見るからに疲弊している清水が懐からステータスプレートを取り出し血を垂らしてその数値をチェックした。

 

「……はぁ…はぁ……ッ!?……すげぇ……魔物の肉食うだけでこんなに伸びるのか……?」

 

「普通は死ぬがな」

 

 

見事体の崩壊を耐え切った清水は、ハジメのように髪の色が変わってはいない。少しなだけ流した俺の魔力を、遠隔の魔力操作でうまい具合に馴染ませ循環させたからだ。

 

 

「それとだ清水。ハジメを思い出したら分かるだろうが、本来はその激痛がなん時間も続く。あの白髪はストレスで色素が抜けている。幸いお前に同じ症状は見られなかったが……俺が多少細工をしただけだ。安心しろ」

 

「ははっ、ありがてぇ。こんな歳で白髪はやだよ」

 

「お前、それハジメの前で言ってみろ」

 

「やだね。まだ死にたくない……死んだけど」

 

「さて、準備も整ったし行くか」

 

「……どこに?」

 

「ホルアドだ」



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リターン オルクス

【37】

 

 

 

オルクス大迷宮90階層では、今までに類を見ないような圧倒的な状況が窺える。何故かって?そりゃ僕がやって元凶だもん。

 

 

「欲するは炎。しかしそれはただの赤き炎にあらず。彼の者に害なす悪しき魂よ。復讐の炎に焼かれるがいい。我らが契約は永遠なりて決して途切れず。我らの邪魔を為すならば……苦しみを以て懺悔し後悔し恨み……そして恐怖しろ。それが我らの糧となり悦びへと変わるだろう。今こそ示そうではないか。誰が為の戦いなのかーーー『煉獄』」

 

「「「「「ギャァァァァァァ!?!?!?」」」」」

 

 

影二と僕の出会いを詠ったこの魔法『煉獄』。凄まじい威力だけどその分消耗も激しい。そもそも攻撃魔法は専門じゃないんだ!

 

 

「ハァ……ハァ……そろそろ、限界だってのにっ……」

 

 

こんなふうにここでは軽口言ってるけどわりとマジでキツい。影二が作ってくれるプリンが欲しい……

 

 

「なんだい、アンタのデタラメな魔法は!?」

 

「みんなは……私が守る!!」

 

 

対するは魔人族の女と、アイツが使役してる超強い魔物。後ろには限界突破が切れて弱体化してる光輝君を始めとした勇者パーティーのみんな。絶対絶命だね……

 

ああ、突然すぎて何のことかわからない?

 

いつも通りに迷宮攻略で戦闘訓練をしてた僕らは前人未到の90階層に着いたんだけど、そこで待ち伏せしてた魔人族の女にボコボコにされてるんだよね。アイツの魔物は一体一体が強くて歯が立たないし、本人に至っては人を石化させる土属性上級魔法『落牢』を使う。厄介この上ないよね。

 

 

(チッ……仕方ない。本当はやりたくないんだけど……死んじゃ意味ないし手札を一つ切っちゃうか)

 

「さぁ……行きな、僕のシモベ達!!」

 

「「「「「ガァアアッ!!」」」」」

 

「ッ!?なぜ!!」

 

 

今まで使えないと偽っていた『降霊術』を使って光輝くんや雫達が倒したキメラ?みたいな魔物を無理やり操って女を襲わせる。

ああもう!!あと『煉獄』1発分しか魔力は残ってないのに敵が多い!!香織も今役に立たない鈴を回復させるよりは『譲天』で僕に魔力を渡した方が生き残る確率上がるってのに……

 

 

「恵里ちゃん戻ってきて!!あとは光輝君がやってくれるから!!」

 

「っ……分かった」

 

 

僕の魔物達が頑張ってるうちに香織達の元まで下がる。入れ替わるように光輝君が僕の前に出て聖剣を振るう。流石に『神威』を使うほど詠唱時間は取れなかったのか分からないけどそれでも足止めには十分な技で退路を開いた。

 

…………負け、か。こんなんじゃ影二に笑われちゃうね。

 

 

「今だ!!退くぞ!!」

 

 

光輝君の声で僕達はいっせいに元来た道を走って戻る。はぁ……休みたい……

 

 

 

 

 

やぁ僕だ(鬱)

 

ちくしょう……こんな事ならあのゴミ叩き込めば良かったかな?

 

 

「ひぃ!?…………夢か……」

 

 

ふふ……そんなに怯えちゃって……面白いじゃん……いや僕疲れてるんだ……

 

 

えー現在僕達は89階層の広い部屋の壁の中にいます。土属性得意な男子が違和感の無いように頑張ってくれたからその中で思い思いに休んでるよ。

最近気付いたんだどさぁ……僕って少し影二の性格に影響されちゃってるかもね。ああ、もちろんドッペルゲンガーの時の方ね?多分影二に自覚はないんだろうけど、人が怯えてたり絶望してたりするのを見るのって結構楽しいんだよねぇ。……流石に命に関わる今でそんなの楽しむ余裕も無いけど。

 

どうせなら今ここで光輝君と雫を殺して『降霊術』を使っちゃえばさっさと魔人族に売り込めるかな?いやいや……今は最近開発した()()を使う余裕もないしやめとこう。そんな事しなくても影二はきっと来てくれるし。何よりあのゴミのお陰で準備は着々と進んでる。

 

宴の時間が楽しみだね影二♪あはっ、考えただけでちょっと濡れてきちゃった♪

 

 

「し、知らない天井だぁ〜」

 

 

こんなことを考えていると、鈴が目覚めたらしい。影二と一緒に見たあの作品の往年のネタを言っている。そんな青白い顔で言っても我慢してるのバレバレだよ鈴。まっ、十分活躍したから何も言わないけど。みんなもそのネタを知っているのか少し笑ったりして雰囲気がほぐれた。ちなみに僕は少しだけ離れた場所で半目を開けて見てるだけ。寝てるように見えてるから誰も邪魔してこない。やっぱ『煉獄』からの『降霊術』は消耗がひどいね。

 

鈴がネタを言って雰囲気を和やかにしようとしてる時、空気を読まないバカ2号の近藤礼一(1号は満場一致で龍太郎)がそれを責め立て、自分のイラつきを他人に押し付けるように光輝君まで攻め始めた。

聞いてて腹立つ。『縛魂』してやろうか、うるさいんだよ。

興味も無いし体力の無駄なので無視。だけど、さっきからビクビクして挙動不審なゴミが近づいてきた。

 

 

「おい、お前起きてるだろ……これどうすんだよ!!」

 

「小声で叫ぶとか器用だね……どうもしないよ。それより僕は疲れてるんだ。邪魔だからどっか行きなよ」

 

「なっ……てめぇ……」

 

「なに?僕より良い働きしたの?あの魔人族の魔物何匹殺した?どう足止めした?今すぐ殺してお人形さんにしてあげても良いんだよ?」

 

「ぬっ、ぐぅ……チッ、クソがッ」

 

「安心しなって、君に香織はあげるさ。これからも頼むよ」

 

 

全く……みんながいる場でこういう感じで話しかけないで欲しいんだけどねぇ?ま、みんな疲労困憊だし、今起きてる騒ぎの方が気になるらしくて誰も僕達の話なんか聞いてない。

 

 

あっ、そうだ。ついでだしアレやっておこうかな。

 

 

「我は命を冒涜する。縛られし魂よ、我に宿り力となれーーー『憑依』」

 

 

オルクスに来る前にこっそり殺しておいた高ランクの冒険者の魂を私に憑依させる。これで近接の心得を理解出来るから万が一近づかれても大抵は何とかなるはず。

 

 

「ッ…………香織ちゃん、少しだけ魔力を分けてくれないかな?」

 

 

そろそろ来そう。第二ラウンドと行こうか。

 

……あぁん?死んでる癖に逆らうんじゃないよザコ君。こんな可憐な少女に憑依させてあげるんだからありがたく思ってね。

 

あっは♪

 

 

 

 

 

〜ホルアド〜

 

 

 

 

「お、おい。本当にバレて無いんだよな……?視線が痛いんだけど!?」

 

「お前にではないから安心しろ。ほとんどの奴がベルを見ているだけだ。目立つからな、色んな意味で」

 

 

 

やあ影二だ。新しく清水をパーティメンバーに加えた俺とベルは今ホルアドの街の中に入っている。さっきから清水がうるさいが、それも仕方がない。アイツには今俺が渡したアーティファクト『擬態の腕輪』を使って変装しているからだ。

 

俺がオスカーの館でハジメからパクったアザンチウム鉱石を覚えているだろうか?『生成魔法』が使えるかの実験台になってもらった鉱石に試しに付与したのは『完全擬態』。付与しただけというのももったいなかったのでハジメに腕輪として加工してもらったのだ。もちろんパクった事がバレたので重い一撃を右頬にもらってしまったがまあ必要経費だ、ダメージもほぼ無かったしな。

 

魔力を通して自分が望む姿をイメージすれば魔力がその姿を全身に反映する。この時は何と声も変化させる事ができ、何より素晴らしいのはステータスプレートも騙せる。これでホルアドの警備は普通に超えれた。そしてそれを使っている清水の見た目は金髪に碧の瞳のイケメン。見た目だけなら某ハウルのあの人。俺がいつも着ている白いローブも貸し与えているので聡明な魔法使いという印象がある。まあ、今は杖が無いんだけどな。ていうか要らない、魔物肉を食わせことで清水も『魔力操作』を覚えたので詠唱する必要が無いからだ。ちなみにこの姿の時のこいつの名前はエドリック、自分で決めたらしい。

 

 

「エドリック、金渡すから適当なところに3人分の宿を頼む。俺達は今からオルクス大迷宮に潜る」

 

「え、ああ分かったよ。でも何で行くんだ?お前はもうクリアしたんだろ」

 

「ベルの分の神代魔法を取りに行く。大丈夫、半日もあれば戻る」

 

「2ヶ月以上経って勇者達が100層攻略出来ない迷宮を200層で半日とか……やべぇなお前」

 

「まあ近道するからな」

 

 

ハジメ式オルクス攻略術を使わせてもらう。皆さんご存知のとおり地面を打ち抜いていく。RTA?ハジメが空間魔法手に入れた瞬間そんなものは価値が無くなるさ。

 

 

「リベルタさん、マジで篝火を頼みます。ぜっっっったい、迷う」

 

「大丈夫ですよエドリック。ハジメに地図は貰っています」

 

 

おい清水、何でそんな腰を90度レベルで曲げる?そんなに俺の方向感覚は信用ならないか?……ならないなぁ。

 

 

「それじゃあ頼んだぞ。余った金は自由に使え、お前にやる」

 

「へ……余ったって……うおっ!?めっちゃ入ってる。いいのか?」

 

「お前のストレスの方が心配だ。風俗でも何でも行って英気を養ってこい」

 

「篝火様一生ついて行きますッ!!」

 

「一生は来るな、鬱陶しいから」

 

 

大金の入った袋を大事そうに抱えて清水は走り去って行った。何気にちゃんと最初に宿の方へ行く辺り律儀である。調子に乗って変なこと口走らなければいいが……

 

 

「じゃあベル、迷宮に入って22階層のトラップで一気に65階層へ、さらにそこの橋を飛び降りてから地面に向かって『分解』な?そのあとは適当に進んでボスのヒュドラを倒し館の3階にある部屋の魔法陣から神代魔法を覚えにいくぞ」

 

「分かりました。シンプルで良いですね主様」

 

 

ハジメはどうせフューレンの街でミュウって言う子供を拾っただろうから後数時間もすればホルアドに来るだろう。その間にベルには生成魔法を覚えてもらって、俺は90階層へと向かう。恵里の救出だ。迷うって?ああ、ちゃんと地図を見ながら行けば大丈夫。地球でそのレベルに達するまでどれだけ恵里に迷惑をかけたか……

 

 

正直に言おう。100階層までの魔物弱すぎない?ラットマンとかロックマウントとか撫でるだけで死んだんだが??ベルも退屈そうだしここから地面打ち抜いても良いんじゃないかと思うが、この辺りはまだ冒険者も来るだろうから出来ない。

とりあえず22階層まで来た俺達は、事故で触らないように厳重に取り締まられてる件のグランツ鉱石を触って55階層に飛んだ。

 

 

「これが……主様を奈落に突き落とした魔物ですか……そこまでの覇気は感じられませんが」

 

「周りに事情を知らないクラスメイトが沢山いたからな。現にこうやって今も人の姿だろう?」

 

「なるほど」

 

「じゃあベル、やれ」

 

「はい、『分解』」

 

「グォォオオオオオ!?!?!?」

 

 

哀れ、ベヒモスとトラウムソルジャー達。魔法陣から出て着てすぐに分解されてしまった……でも仕方がないんだ、ちゃんとベルが倒さないと攻略したという判定にならないかもしれない……これは必要経費なのだよベヒモス君。どうせすぐリスポーンするから良いだろ。

 

 

「………ナイスだ。じゃあ次はここを飛び降りるぞ。大丈夫、ステータスが平均10ちょっとしか無かったハジメが落ちて運良く死ななかった程度だ。俺達ならどうということはない」

 

「はい、行きましょうか主様」

 

 

そして躊躇無く飛び込む俺達。一応簡易的な火で灯りを確保しているため穴などに気をつけて地面を待っていると意外にも30分程度で地面についた。

 

 

「さて……じゃあベル、健闘を祈る」

 

「ちょうど良い時間で迎えにいくからオスカーの屋敷でゆっくりしていると良い。まあ上に向けて分解しながら飛んできても構わないが……」

 

「いえ、主様にお任せします。お気をつけて」

 

 

そういうとベルは時短の為か翼を広げて勢い良くジャンプし……

 

 

「へみゅ!?……おっふ」

 

「べ、ベルゥゥゥゥゥ!?!?!?」

 

 

やはり洞窟、もちろん天井は低い為思いっきり頭をぶつけてベルは倒れた。

 

 

俺の方向音痴よりベルを1人にする方が不安だ……



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