バトルスピリッツ Over the Rainbow (LoBris)
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本作の設定など
初めて読む方へ(読む際の注意事項、レギュレーション等)


 文字通り、読む際の注意事項、レギュレーション等の説明回です

(2020/8/15 読む際の注意事項もこちらに統合)


 お読みいただきありがとうございます。LoBrisです。

 

 本作は、バトルスピリッツの二次創作となります。

 また、「一部創界神と使い手がタッグを組んで戦う」という形式ですが、いくつか注意事項がございます。

 

・創界神が口を出せるのは「使い手側・相手側双方に見えている情報」に対してだけです。例えば、使い手の手札やバーストを見たり、相手のデッキタイプからバーストを予想したりといったことはできません。喋れる創界神を持たないキャラとの格差が大きくなりすぎないようにするための仕様となります。

 

・創界神の中には少々口や性格が悪い者がいますが、劇中で行われる煽り・暴言は絶対に真似しないでください。

 

・プレイングへのご指摘はお控えください。

 

・前作・Trinity Crownと違い、メインステップまでのターンシークエンスを省略していたり、コアの数や手札の枚数の変化をあまり詳細に記載していません。創界神との掛け合いや、スピリット達の描写の妨げになると考え、本作ではこれらの表記を省かせていただいております。

 

・本作の創界神は、筆者の独自解釈・独自設定が多分に含まれている他、あくまでも原作で活躍している彼らの「劣化コピー」なので、頭のネジの数が圧倒的に足りないことが多々あります。

 

 

 

 

 また、転醒編のカードの登場に伴って、本作の小説内で適用するルール・使用するカードを明確にしておこうと思い、説明回を設けさせていただきました。

 

 まず、転醒編以降のカードにつきましては、

 

・《転醒》・系統:「起幻」は導入しない

・創界神を除去できるカードは、超煌臨編までのカードのみ登場可能性あり。同様の効果を持つ転醒編以降のカードは登場しない

・超煌臨編第4弾までに登場した創界神との組み合わせが前提のカードは、登場の可能性あり

 

 以上のような制限をかけます。

 

 理由としては、無理して転醒編のカードを参戦させると、本作の「創界神と使い手が会話しながらバトルする」というコンセプトが崩れかねないからです。

「回収して再配置すればいいのでは?」と思われるかもしれませんが、色ごとに回収カードの入れやすさが違うこと・回収に枠を割くことで、本当に活躍させたいカードの枠が減ってしまうことから、このような制限をかけさせていただきます。

 

 例えるなら「アニメ『覇王』の世界に[黒蟲の妖刀ウスバカゲロウ]や[炎魔神]を持ち込んだら」という話です。

 バーストにスポットを当てており、効果耐性を持つバーストがまだなかった「覇王」の世界に以上のようなカード達を持ち込んだら、本来スポットを当てたいはずのバーストが死んでしまいます。

 それと同じで、本作は超煌臨編までの4勢力の創界神達にスポットを当てたいので、転醒編からの創界神割りを採用してしまうと、物語の根幹が駄目になってしまうのです。

 

「創界神環境はデザイナーズばかりでつまらない」という声もありますし、古臭いバトルだと思われてしまうでしょうが、架空バトスピだからこそ、デザイナーズとは少し違ったカードを入れるなどして工夫はしていきたいと思っています。

 何卒、ご了承いただけますと幸いです。

 

 また、禁止・制限カードにつきましては、第二十六回改定のレギュレーションを、ルールにつきましてはルールマニュアルVer.11.0のルールを適用させていただきます。

 

 

 

 続けて、この場を借りて、本作の登場カードの細かい規定を明示させていただきます。

 

 

・系統:「ウル」を持つXXレアの創界神は登場しない

 

 これには、本作における創界神の設定が関連しています。

 まず、本作の世界で一般的に流通している創界神ネクサスカードは、「バトスピに関わる物語の登場人物達をイメージしたカード」──現実でいうところの「アニメ創界神」だけです。こちらは、あくまで「イメージ」で、(キャラ崩壊が怖いのもあって)喋りません。

 

 一方、本作の舞台となっている島では「遥か昔の創界神達の古戦場」「そこに遺された創界神の所持品によって、背景世界に登場する創界神達が実体化し、バトルに参加できる」ということになっています。

 

 しかし、背景世界における「ウル」は、アレックスをはじめとした新しい創界神が多く、超煌臨編第4章と同音異字の「新興勢力」といえます。

 そのため、「遥か昔の古戦場に、彼らに関連する遺物がある」というのは、どうしても設定に矛盾が発生してしまうのです。

 

 以上の理由から、系統:「ウル」を持つXXレアの創界神は本作に登場させないということに決めました。

 

 

・コラボカードを軸としたデッキは登場しない。ただし、隠し味的にデッキに入るのはアリ

 

 本作は、コラボカードが軸となるデッキは登場しません。

 これは、単純に、筆者がバトスピとのコラボした作品を何ひとつ知らないからです。ガンダムや仮面ライダーすら、人生で一度も視聴したことがなくて……

 

 バトスピのコラボ先作品は歴史の長い作品が多く、私にはすべてを追いきれないでしょう。無知なまま描写するのは少々怖いので、予防としてこのような扱いをさせていただきます。

 

 

 以上のルールで執筆していきたいと考えております。よろしくお願いします。

 

 では、また次のお話でお会いしましょう。



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本編
第1話 飛び立つ勇気 その1


 はじめまして。Trinity Crownを読んでくださっていた方はお久しぶりです。LoBrisです。

 モチベーションさんがカッとなってしまい、新作に手を出してしましました。
「書きたい時に書きたいものを書く」というのが私の持論とはいえ、Trinity Crownを楽しみにしてくださっていた方には、本当に申し訳ございません……!

 そして、筆が乗り過ぎた結果、「バトル前だけで1万文字突破でイセカイ界トオォォタルッ! 」してしまったので、第1話の前編として投稿することにしました。

 Trinity Crown以上に趣味全開の作品となりますが、よろしくお願いします。


 4月。

 校庭には桜吹雪が舞い、新入生を歓迎する。

 今日の空は、雲ひとつない晴れ模様。天を染めるスカイブルーに、桜色が映える。

 

 絶好の天気に恵まれ、期待と不安に胸を膨らませながら。

 離島にあるこの高校で、普通とはちょっと違う3年間が始まる──今年度の新入生・千鳥(ちどり)ツバサはそう思っていた。

 

 そう思っていたのだ。

 

 

 

 舞い散る桜の花びらを巻き込みながら、眼前で吹き荒れる砂嵐。校庭にいくら強風が吹き渡ろうが、これだけ強い砂嵐は起きないだろう。砂漠地帯に迷い込んだのではないかと錯覚させるほどだ。

 

「アタックステップ。

 征け、タイフォーム!

 

 アタック時効果で、相手のデッキの上から3枚をトラッシュへ。

 ──コスト3/6のカードがあるため、タイフォームは回復。

 

 さらに、Lv4・Lv5アタック時効果で、コスト7のリボル・ティーガ・Zを破壊する!」

 

 それほどまでに激しい砂嵐を伴って、タイフォーム──人間の上半身と馬の首から下の全身を持つ、ケンタウロスのようなアルティメットが、敵陣へ進撃する。その手に握られているのは、深緑色の輝きを放つ地球神剣。

 

 苛烈に突き進むタイフォーム。その使い手は、高校生とは思えないほど大柄で屈強だ。その体格も相まって、紺碧のバトルフォームを纏った姿は、まるで鎧武者のよう。タイフォームに指示を出す声は低く大きく、慢心を欠片も感じさせない。視線は、敵陣を鋭く射抜いている。その視線が、ちらりと、己の傍らに浮かぶ人影へ向けられた。

 

 戦場と化した校庭で、一際大きな存在感を放つ彼は、人間でも、スピリットでも、アルティメットでもない。スピリットやアルティメットの上に立つ、彼らが住む世界の神々──創界神(グランウォーカー)が1柱である。獣の頭部を象った兜を被り、露出の多い戦装束から筋肉質な身体が顕になっている。いかにも武人といった出で立ちだ。

 

「っと、ようやく俺の出番か。待ちくたびれたぜ」

 

 彼が好戦的に口元を緩めると、砂嵐が一層強く吹き荒れる。それは、更地となった敵陣に立つ人間にあからさまに狙いを定め、襲いかかった。

 

「ちっ、セトの【神域(グランフィールド)】か…………! それに加えて、地球神剣(ガイアノホコ)のバースト封じ。ほぼ完封じゃねぇか」

 

 砂嵐をモロに浴びた相手の声は、低めとはいえ、紛れもなく女性のそれだった。

 髪型は、外ハネしたショートカット。女性にしては凛々しい顔立ちが、険しい表情を作る。バトルフォームは、緋色と基調としたパンツスタイル。ノースリーブのトップスをはじめとし、全体的に軽装だ。

 

 彼女の手札の一部は、本来の色彩を失い、セピア色になっている。タイフォームの使い手の傍らにある武神の創界神・セトによって、本来カードが持つはずの力を枯渇させられ、使えなくなっているのだ。

 

「だけど、まだ詰んでないんだよな、これが!

 

 セットされているこいつは、アタシのトラッシュに系統:「皇獣」を持つカードがある時、相手の効果を受けない!

 よって、相手によるアタシのスピリット破壊によって、バースト発動! [サンダー・Z・サーベル]!!

 バースト効果で、シンボル2つ以下のタイフォームを破壊するぜ!」

 

 だが、それも束の間。額から冷や汗を1滴流しつつも、ニヤリと笑う。その瞬間、タイフォームに直上から、比喩でも何でもなく雷が落ちた。強烈な雷撃でタイフォームは破壊されてしまう。

 

「む……ガイアノホコはフィールドに残す」

「やってくれたな、あのアマ……!」

 

 タイフォームが破壊されてなお冷静さを保とうと努める青年。彼の悔しさを代弁するように、セトと呼ばれた武人の創界神が、少々口汚く吐き捨て、敵陣を睨んだ。

 

「生憎、新入生の前で不甲斐ないとこ見せたくないのは、アタシも同じなんでね。

 それに、まだこっちの処理は終わってないぜ。サーベルをLv3でバースト召喚!」

 

 そして、助太刀と言わんばかりに、雷鳴と共に召喚されたのは、上顎犬歯がサーベル状の、虎のようなスピリット。登場するや否や、自らを奮い立てるように咆哮を上げる。

 

「サーベルの召喚によって、創界神ゼウスの《神託(コアチャージ)》発揮!」

「まったく、ヒヤヒヤさせおって……だから、考えなしに【神技(グランスキル)】を撃たせるなとあれほど言ったろうに」

 

 男勝りな女生徒の傍らで、セトとは違う創界神──創界神ゼウスが、やれやれと溜息を吐く。長い白髪と髭。一目見て老人だとわかる見た目でありながら、纏った雷電は盛んに光り輝き、未だ壮健であることを物語っていた。

 

「あー、わりぃな。でも、これでこのターンはほぼ確実に凌げるし、次で巻き返すからさ。あと一踏ん張りだぜ、じっちゃん!」

 

 そんな彼に、女生徒は、溌剌と笑いかけた。表情も言葉も飾らず、神であるはずのゼウスを「じっちゃん」と呼ぶほど。当のゼウスがその呼び方に異を唱えないことから、彼らの関係性は推し測れるだろう。

 

 

「残ったガイアノホコのアタックは、サーベルでブロック!」

 

 使い手を失い無防備になった地球神剣に、サンダー・Z・サーベルが飛びかかる。そして、鋭利な上顎犬歯で刃を圧し折り、いとも簡単に破壊した。

 

「こっちの残りはイブンとナミルネス。ナミルネスはともかく、イブンはゼウスのジジイに破壊されるだろうが……どうする?」

 

 セトは、共に闘う青年に視線と問いを投げた。

 

「特攻する。ゼウスのコアはなるべく削っておきたいし、アタック時効果だけでアドバンテージを稼ぐことができるからな」

「ま、俺の【神域】がある限り、あいつはゼウスのコアを使わざるをえねぇ。それもいいんじゃねぇか?」

 

 決して無鉄砲ではないが荒々しいセトに対し、青年の口ぶりは冷静だ。しかし、対照的な1人と1柱でありながら──いや、対照的だからこそ、動と静のバランスがとれており、息が合っている。

 

 一方、彼らの向かい側では、

 

「くそっ! イブンはなんとかなるけど、ナミルネスが本当に厄介だな! 効果で破壊されないうえ、シンボル供給源になるとか、アタシらとは相性最悪だ……!」

「こちらのライフは2。フィールドは疲労状態のサーベルのみ。イブンを我の【神技】で破壊すれば凌げるが、返しでしくじれば後はないぞ」

 

 決して無鉄砲ではないが直情的な女生徒のバトルを、老成されたゼウスが支える。その様は、孫と祖父を思わせた。

 

 

 胸が熱くなるような、人と神とで1組のタッグバトル。

 

 だが、ここは高校の校庭である。

 

 

「いやいやいやいや!? なんで校庭でバトルができるんだよ!?」

 

 そういうわけで、ツバサは、入学早々、目玉が飛び出るような思いをしていた。

 

 たしかに、バトルスピリッツ(以下、バトスピ)は、今やスポーツとして広く浸透している。

 ツバサもまた、構築済みデッキを買って、プレイング勉強しながら、デッキを調整してみたものだ。対戦相手と勇気がなくて、実戦経験はほんの数戦程度なうえ、受験勉強を始めたこともあって、自然とデッキを手放したというオチだったが。それでも、分不相応だと思いながらも、一度は眼の前で繰り広げられているような激闘を夢見た身。強者同士のバトルを見るのは、いつだってわくわくする。

 

 だが、校庭でバトルをするという話は、見たことも聞いたこともない。スピリットたちの実体化を伴うバトルは、スタジアムでしか行えなかったはずだ。

 

(俺みたいに驚いている人は他もいるみたいだし、ここが変なだけ、なのか……?)

 

 新入生歓迎会の一環として行われているこの試合。観客たる新入生たちからあがる声は、黄色い歓声と驚嘆の声が入り交じり、どれがどれだか判別がつかない。

 

 それもそのはず、この高校の新入生は、大きく2種類に分けられる。

 片方は、彼らは元々この離島に住んでおり、必然的にこの高校に進学した者。

 もう片方は、ツバサのように、島外からの新入生受け入れ枠の受験に合格し、進学した者。

 きっと、黄色い歓声をあげているのは、元々この島に住んでいる新入生で、驚嘆の声をあげているのは、島の外から来た新入生だ。

 

 若干1名、例外がいるが。

 

「ツバサ、見て見て! 今、イブンに雷がどかーんってしたよ!!」

 

 ツバサの隣で興奮しているのは、同級生の都筑(つくし)アンジュ。彼女の気持ちを表すように、明るい茶色のおさげ髪がぴょこぴょこと弾む。

 

 彼女は、ツバサと同じ中学校からの入学生である。それどころか、通っていた小学校も、幼稚園も一緒だった。そのお陰か、良く言えば温厚、悪く言えば押しが弱いツバサが気兼ねなく話しかけられる数少ない相手──というか、卒業式の日を思い返してみても、アンジュ以外の異性と会話した覚えがない。

 さらに言うと、ツバサの数少ない実戦経験の半分は、アンジュとのバトルだ。残り半分は、弟や父といった家族に相手をしてもらった。

 

 ──要するに、ツバサの数少ない友達のひとりなのである。

 

「アンジュは驚かないのか?」

 

 いつも以上に騒がしいアンジュに声をかけると、アンジュはくるっと振り向いて、

 

「うーん……まあ、びっくりしたけど、いつも見ているバトルが校庭でもできるってだけでしょ?

 それに、創界神と話しながらバトルできるなんてワクワクするな。フィールドにいるのも、見たことない創界神ばかりだし、相手になってもらうのが楽しみ!」

 

 とても前向きな意見を聞かせてくれた。

 

 アンジュの意見で、ツバサは初めて、このバトルの特殊なところは、場所だけではないということに気づく。

 

「ほんとだ。言われてみれば、見たこともない創界神だ……

 っていうか、創界神と話せちゃってもいいのか? 創界神って、たしか、バトスピに関わる物語の登場人物たちをイメージしたカードだし、中には悪役だっているんだぞ?」

 

 だが、ツバサの場合、それが新たな懸念事項になった。そもそも、彼は「フィールドに出した創界神と意志を疎通させる」という経験がない。そういう場面を見るのも初めてだ。

 

(俺が、物語の登場人物みたいにきらきらした人と、一緒に戦うのか……ダメだ、全く自信がない。

 だいたい、あのセトさん? と一緒に戦っている人とか、すごく男前というか、屈強だし、ゼウスさん? と一緒に戦っている人とか、絶対俺よりかっけーだろ……)

 

「俺なんて、身長は辛うじて平均レベルだし……」と、頭を抱えると、くしゅくしゅした癖っ毛の感触で余計に悲しくなってくる。

 

 ──と、その時。

 

 ネガティブな思考に陥ったツバサを叱るように、雷鳴が轟いた。

 

 観戦している新入生たちがどよめく。アンジュも、バトルフィールドに釘付けだ。

 我に返ったツバサも、自然と雷鳴の発生源へ視線を引き寄せられ、そして目を奪われた。

 

 そこに立っていたのは、白い鬣をたくわえた、雄々しい獅子。顔に金の兜を、胴体に銀の鎧を、全身に雷を身に纏っている。輝くばかりのその姿は、まるで彼の威光を可視化したようだ。

 

 ふと、獅子とツバサの目線が合った。鋭い眼光が、ツバサを値踏みするように見つめている。

 

(ちょっと待て!? なんか「お前美味そうだな」的な視線を感じる……!? いや、バトルフィールドにいるスピリットが人間を食べるような事例は、ない、はず、だけど…………)

 

 ツバサは、思わずすくみ上がってしまった。冷や汗が頬を伝うが、ビビっていることを丸出しにするのも恥ずかしいので、引きつった笑顔を獅子に向ける。

 

 獅子の顔は鎧で隠れていて、表情が読みづらい。数秒後、結局彼は、ツバサから顔を背けた。

 

(はぁ……やっぱ駄目だな、俺。目が合うだけで、あのざまだ)

 

 ツバサは溜息を吐く。

 

 普通とはちょっと違う3年間を望んでいたものだが、明らかに「ちょっと違う」どころではない3年間になりそうだ。

 そして、ツバサには、それについていける自信がなかった。

 

 

 

 勝敗が決まり、新入生歓迎会の終わり際、島外の生徒向けに、教師から直々に、この特異なバトルの説明が為された。

 

 この島は、まだ市町村や国といった概念すらないくらい遥か昔、スピリットたちが暮らし創界神が統治する「神世界(しんせかい)」の戦争に巻き込まれたらしい。所謂「古戦場」というものである。

 

 それだけなら、真実かどうか定かではない神話や伝承の類いだけで、済んだだろう。しかし、この島では、戦に参加した創界神が、戦時・非戦時を問わず、実体を持って顕現することができるようだ。

 

 その鍵となるのが、創界神の所持品などの遺物──言ってしまえば、大小様々な神々の忘れ物、あるいは不用品である。それも、遥か昔のことであるため、既に散逸してしまっているきらいがあり、すべてが島に遺っているわけではない。

 されど、忘れ物や不用品でも、元は神々の持ち物だ。島に遺されたそれには、創界神から分かたれた力の欠片が宿っている。イメージとしては、神道における「分霊」に近いか。

 

 あくまでも創界神の力の「欠片」程度でしかないそれは、本体と比べると圧倒的に力が弱い。身も蓋もないことを言えば「劣化コピー」である。遺物単体では、人間との意思の疎通すらままならない。神々が戦ったことで島にもたらされた莫大な魔力を得て初めて意思の疎通が可能となり、今を生きる人間と繋がって、ようやく肉体を得ることができるのである。

 

 そして、校庭でスピリットたちの実体化を伴ったバトルができたのも、島に遺された魔力のお陰なのであった。

 

 

 

「……まあ、俺には関係ない話だよな」

 

 ネガティブかつチキンの自覚があるツバサは、その話を聞き、すぐ胸を撫で下ろした。

 つまり、実体化できる創界神は、この島で実体化できる、神世界の神々だけ。島の外から来たうえ、チキンの自覚があるツバサには縁のないことだと判断したわけだ。

 

「えーっ!? ツバサ、創界神のみんなと一緒に戦いたいとか思わないの?」

 

 新入生歓迎会を終え、寮への帰り道。隣を歩くアンジュが、信じられないというように声を上げた。

 

「いや、気にならなくもないけどさ……俺、ああやって息を合わせられる気がしないし、実戦経験もあってないようなモンだし…………」

「『あってないようなモン』って……ツバサ、あたしに勝ったことあるじゃん! それで、バトルの経験実質ありませんは無理があると思うけどなー」

「あれは……まぐれというか、何度も戦ってたら、デッキ内容とかプレイングがわかってきたからで」

「はーい、デッキ内容はともかく、プレイングの癖がわかるまで観察できるのは普通に強いと思います!」

「ちょっと待て!? なんでお前は、こう……無理にでも俺を持ち上げようとするんだよ!?」

 

 ツバサがいくら言葉を重ねようと、アンジュは割り込んで、ポジティブに変換していく。やや強引に、語気を強めて。なぜなら──

 

「いや、あたしだってね? 自分に勝った相手が滅茶苦茶ネガってると、ちょっとムカムカするんだって。

 仮にツバサが弱いとしたら、ツバサに負けたあたしは何なの?」

 

 彼女がそこまで言うのは、単にツバサを励ましたいからというだけではないからだ。だから、一度立ち止まって、後ろを歩くツバサに迫る。傾げた首から上は、むっとしていた。

 

「う……悪い。そこまで考えてなかった」

 

 アンジュの意図を察し、ツバサはようやく口をつぐんだ。過ぎた謙遜は、敗れた相手への侮辱となる──自分が強いとは思えないが、アンジュに対して失礼を働くのも不本意だった。

 

「ん。わかればよろしい」

 

 ツバサが黙ったのを見止めると、アンジュは満足げに踵を返し、再び歩き出した。

 

 そして、少しギスギスしだした空気を10秒も経たないうちにぶち壊す。

 

「でも、創界神と一緒に戦うのは、遺物が必要なんだよねー……もしかして、どっかに落ちていたり!?」

 

 急に立ち止まると、きょろきょろと周囲の地面を見回し始めた。

 後ろを歩いていたツバサは、立ち止まったアンジュにぶつかりそうになり、間一髪歩みを止める。

 

「うぉっ、びっくりした!? 急に止まるなよ、アンジュ……だいたい、もう散り散りになってて、この島からなくなってるものもあるんだろ?」

 

 入学初日から無駄に忙しそうな幼馴染に、ツバサは溜息を吐いた。慣れない環境、初めての下校だというのに、なぜアンジュはこうも平常運転なのだろうか。

 

「でもさ、まだこの島に残っているものもありそうでしょ? それに、散り散りになってるなら、さ──」

 

 アンジュは、明るい茶色のスクールバッグについたストラップを指差した。

 

「案外、これも遺物だったりして?」

 

 扇形に近い形をした、蒼い羽のストラップ。鳥の羽にしては少々サイズが大きく、ふわふわしている。

 

 これは、小学生の頃、アンジュがツバサに加工してほしいと頼んできたものだ。自然の物を加工し、栞やストラップといったグッズを作るのは、ツバサの数少ない特技である。需要は少ないが、彼の自尊心を支えており、いくら後ろ向きな思考に陥っても「これだけは誰にも負けない」といえるほどだ。

 

「そんな身近にあるか、普通? ……って言いたいところだけど、こんな羽の鳥なんていないだろうし、その類いのものでもおかしくない気がしてきたな」

 

 以前から、ツバサはこの蒼い羽を不思議に思っていた。初めて目にした時も、加工などの痕跡もない状態でアンジュから見せびらかされ、目を丸くしたものだ。もしかしたら、この羽が遺物だということもあるのかもしれない。

 

「でしょでしょ! それに、ツバサのもそうなんじゃないの? ほら、小さい頃から大事にしてる紅いやつ!」

 

 ツバサから肯定的な返事をもらったアンジュは、より声を弾ませる。そして、少ししゃがんで濃紺色のスクールバッグを覗き込むが──

 

「……あれ? ツバサ、いつものストラップは?」

 

 その一言で、ツバサが凍りついた。

 

「え……? いつもなら、ここについているはずだけど………………」

 

 スクールバッグを降ろし、いろいろな面を見てみるが、大事な紅い羽は見当たらない。ストラップから、紅い羽だけ外れてしまっている。

 

 ツバサが幼い頃、今は亡き祖父からもらった贈り物。太陽にかざすとルビーのような輝きを放ち、見上げた青い空に映える、大きな紅い羽。

 この贈り物がきっかけで、ツバサは動植物に興味を持った。「いつかこの目で、あの羽を持つ鳥を見たい」という夢ができた。今では、動植物への好奇心が高じて、離島にある高校への進学を希望したほどである。

 

 つまり、手元から離れてしまった紅い羽は、“千鳥ツバサ”という人間を形作った、思い入れ深い宝物なのだ。喪失のショックは大きい。

 

「ツバサ……? 大丈夫?」

 

 アンジュが、心配そうに声を掛けてきた。

 

「……大丈夫じゃない。ちょっと探してくる」

 

 彼女の声で我に返り、青白くなりかけた顔に熱が戻ってくるのを感じる。ツバサは、深呼吸すると、来た道を戻るように駆け出した。

 

 

 

 ──とはいえ、校舎と学生寮の距離はそう遠くないもので。

 都会と比べて、人の手があまり入っていないこの島は緑が多く、紅い羽はよく目立つ。

 ツバサが走っている途中、茂みに落ちていた場違いな紅に目を惹かれ、存外早く見つかった。

 

(よかった、すぐ見つかって……風に飛ばされて海に落ちてたら、取り返しもつかないし)

 

 しかし、問題はここからだった。

 

 地面に落ちている羽を拾うべく、そこへ近づく途中。

 見知らぬ少年が、それを目の前で拾い上げた。

 

「いやいや!? ちょっと待て!?」

 

 ツバサは思わず声をあげた。

 幸か不幸か、羽を拾った少年が、ツバサの方を振り返る。

 

「あ? 何なんだよあんた? いきなりでけー声出して」

 

 少年がツバサに近づき、睨んできた。

 

 ツバサとは違う制服を着ていることから察するに、中学生だろうか。それにしては、少々身長が低く、青年というより少年という方が似合ってしまう。が、態度の大きさはツバサより上だろう。良く言えば物怖じしない、悪く言えば生意気というのが、ツバサの抱いた第一印象だった。

 

「あー、えーっと……その…………」

「あぁ? 結局何が言いてーんだよ? あんた、ここじゃ見ない顔だし……」

 

 少年が値踏みするように、ツバサを足先から頭に至るまで見つめた。

 

「あー、そういう。その制服ってことは、外から来たやつか……で、その新入りが、おれなんかに何の用だよ?」

 

 少年の態度は、あくまでも大きくてぶっきらぼう。住み慣れない環境であることも相まって、ツバサは怖気づいてしまう。

 

(大丈夫、相手は年下……俺のほうが背が高いし、最悪のことになっても体格差でどうにか…………)

 

 ビビりまくっていて思考がズレかけているが、自分を勇気づける言い訳を探して、口を開いた。

 

「何の用って……その羽、俺のなんだけどさ。返してもらっていいかな?」

 

 少年の気分を害さないように、やんわりと。

 

 しかし、ツバサの期待に反して、少年は一瞬びくっとした表情を見せる。

 

「あんたのって……その証拠はあるのかよ? どう見ても、ただの羽だろ?」

 

 先と変わらず、年も目線も上のツバサに対して遠慮しない言動。依然として下から睨みつけてくるが、語気は弱まっている。

 

「証拠……っていうほどじゃないけど、これ」

 

 それを見兼ね、ツバサは、スクールバッグにかかっているストラップを見せる。本来あるはずの紅い羽が外れているため、何ひとつとして装飾がない。

 

「俺は、小さい頃にこの羽のストラップをもらって、ずっと大事にしてきたんだ。こうして、いつも使う鞄につけて、肌身離さず持つようにしてた。落としちゃったんだから、説得力はないかもしれないけどな……

 だから、その羽を返してほしいんだ。そうしたら、お前にも、代わりになるような綺麗な羽を探す。俺、鳥の羽とかには詳しいからさ」

 

 ツバサに、少年の態度を叱責する勇気はない。だから、諭すように言葉を続ける。

 少年の態度も僅かに軟化している。このまま押し切れば、穏便に解決できる──そう思っていた。

 

「…………嫌だっ!」

 

 少し間を空けて、少年は否定の声を上げた。ツバサの期待は外れたようだ。

 

 だが、ツバサには、どうにも少年を責める気になれなかった。

 

 紅い羽を固く握りしめた拳は、小さく震えている。まるで、失うことを恐れるように。

 ツバサに鋭い視線を向ける顔は、やや俯き気味。それは、手の震えに表れている感情を顔に出すまいと隠しているように見えた。

 少年が頑なに羽を手放そうとしない理由は、検討もつかない。彼にとっては、ただ道端に落ちていた羽でしかないはずなのに、なぜこれほどまでに執着するのだろうか──

 

(俺もこの羽をもらって長いこと経ったけど……こいつ、もしかしたら、俺がこの羽について知らないことを知っているのかもしれないな)

 

 紅い羽はツバサにとっての宝物。しかし、幼い頃に祖父からもらった、不思議で綺麗な紅い羽という意外に、特に知識はない。あれから10年以上の月日が経ち、ツバサもたくさんの知識を吸収してきた。その原動力は、「同じ羽を持つ鳥を見たい」という夢。が、いくら探求を重ねようと、羽の持ち主に見当がつかなかった。現実世界ではおろか、図鑑の中でも出会えたことがない。

 

 つまり、ツバサには、この羽の本当の価値がわかっていないのだ。

 

(それなのに、あいつから取り上げるのも、なんだか申し訳ないというか……)

 

 自分に知識はない。何より、ツバサとしては、あまり争いたくはない。なぜなら、彼はチキンだから──そのはずなのに。

 

(──俺は、あの羽を持っていたい。少なくとも、その持ち主と出会えるまでは、絶対に手放したくない…………!)

 

 声にはできない本当の気持ちが、心の奥底から叫ぶのをやめてくれない。

 それでも、必死そうに紅い羽を握り締めた少年を見ると、傷つけたくないという気持ちも湧いてくる。

 

 そんな、両立できないふたつの感情が、胸中でせめぎ合う中で、

 

《オレは、ずっと大事にしてくれたお前につきたいな》

 

 ツバサのものでも、少年のものでもない声がした。

 男の、はっきりとした高音寄りの声。癖がなく爽やかなそれは、雲ひとつない晴空を思わせた。

 

 ツバサがぽかんとした表情を浮かべる。少年は密かに舌打ちする。

 

 

 そんなこともどこ吹く風と言わんばかりに、その神は顕現した。

 

 

 男性にしては長い黒髪。ツバサや少年と比べて、褐色がかかった肌。纏う衣装は白基調で、王族のよう。

 何より特徴的なのは、身体の背面、腰の辺りについている、尾羽根のような物体。それがなければ普通の人型だが、纏う雰囲気は人間離れしている。

 

「えっと、どちら様でしょうか……?」

 

 この流れでここまで来ればなんとなく察せられるだろうが、ツバサからは間の抜けた声が零れ出た。否、察したからこそ、眼の前にある事実を飲み込めないのである。

 

「ああ、いきなりで悪い。驚かせてしまったな。オレは創界神(グランウォーカー)ホルス──」

「いや、わかってるから驚いてるんです!!」

 

 なぜなら、自分とは無縁だと思っていた創界神との邂逅を、入学初日で果たしてしまったのだから。

 

「創界神さんですよね……? えっ……ってことは、この羽が、所謂『遺物』ってことか…………?」

 

 顕現した創界神・ホルスと、紅い羽が握られている少年の手を交互に見回すこと3回。動揺を隠しきれていない、というか、隠す気がないのだろう。

 

 だが、ツバサがいちばん驚いたのは、創界神が顕現したことでも、紅い羽がホルスの遺物だったことでもない。

 

「……まさか、俺が追い求めてきた『同じ羽を持つ鳥』って、鳥ですらなかったのか…………?」

 

 そう──ずっと「この目で見たい」と夢見ていた紅い羽の持ち主は、まさかの人型、それも創界神だったということである。ツバサは項垂れながらも、ホルスの尾羽根に苦くて渋い視線を向けた。

 

「だいたい合ってるけど、いちばん最初にツッコむところはそこなんだな……」

「はい。夢が滅茶苦茶に壊れたんで」

「あー…………そこは、なんというか、うん。ごめん」

 

 今までの言動を鑑みるに、遺物に宿っている創界神は、意思の疎通ができるようになる前でも、外の様子を認識することはできるようだ。

 思えば、新入生歓迎会でも、「遺物単体の状態では、この島でしか意思の疎通ができない」と説明されただけで、外の様子を認識できるかどうかには全く言及されていなかった。

 

 がっくりして放心しかけているツバサに代わり、口火を切ったのは少年だった。

 

「最初からあいつのだったのかよ……くそっ…………!」

 

 吐き捨てるような声は、最初の勢いを既に失っている。

 

「ああ。それも、小さい頃からずっと大事にしてくれていたんだ。遺物だってことを知らなくても、な」

 

 唖然としたままのツバサに代わって、ホルスが少年に事情を説明する。

 

「…………嫌だ。また不戦敗なんて、絶対……!」

 

 少年から絞り出された声が、少年がまだ羽を諦めていないということを語っていた。

 

「そうやって、いきなり『あんたに用はない』って言われて! 納得できるわけねぇだろうがっ!!」

 

 そして、ともすれば苦しそうにも聞こえる大声で、ぶちまける。

 

 突然のことにホルスは目をぱちぱちとし、ツバサはようやく我に返った。

 

「うぉっ、びっくりした……!?」

 

 そして、再び間の抜けた声が出る。

 正直なところ、彼は、こういうギスギスした空気に慣れていないのだ。今まで、そういう空気になる前に自分から折れることばかりだったから。

 

「……じゃあ、どうしたら納得してくれるかな?」

 

 そして、自分の気持ちに素直になってみたとはいえ、温厚で、度を越して控えめなチキンであることに変わりはない。この期に及んでなお、なるべく穏やかに、軋轢を作らず、事を済まそうとしていた。

 所有権がツバサにあるのは明白になっている。にもかかわらず、「どうしたら納得してくれるか」と問われたのは予想外だったのだろう。今度は少年がぽかんとさせられる番で──

 

「……本当にいいのかよ?」

「うん。なんというか、ここで羽を持ち帰っても、なんだか後味が悪いし」

 

 少年が考え込むこと5秒前後。

 ツバサは、自ら招いた事態を後悔することになる。

 

「じゃあ……おれとバトルしろ。おれが負けたら、羽は諦めてやる」

 

 宣戦布告。少年は、己のデッキをツバサに突きつけた。

 

(えっ? そういう? そうなっちゃうのか!?)

 

 ツバサとしては、例えば話し合いとか、そういった穏やかな手段で解決できれば、と思って提案した。

 だが、持ちかけられたのは、まさかのアンティを伴うバトル。思わず「えぇ……」と零してしまう。

 

 助けを求めるように、ホルスに目線を向ける。

 

「いや……これはツバサの自業自得だと思うな」

 

 さすがに擁護してもらえなかった。

 

「でも、さっき『お前につきたい』って……」

「ああ。たしかに、オレはお前の側につきたい。だが──戦うのはお前だ」

 

 うろたえるツバサを落ち着かせるように、彼の肩へ、ホルスが正面から手を置いた。

 

「大切なものなら、自分で守れ。オレも手伝うから」

 

 いつも争いを避けてきたツバサにとって、それは酷な指示に聞こえた。

 だが、今までツバサが争いを避けてこられたのは、先に自分が折れていたから。どうしても譲れないと思うのであれば、争いは避けられない。

 

「……わかりました。やってみます」

 

 ツバサも、鞄の中でずっと眠っていた自分のデッキを出した。どうしても譲れないもののために、覚悟を決めたのである。

 ホルスが満足そうに頷くと、自らの姿を変えた。

 

 創界神の力の欠片(カード)が3枚、ツバサの手に収まる。

 書かれているテキストは悪くない。ツバサのデッキならば、十全に力を発揮できるだろう。上手く使えるかどうかはともかくとして。

 3枚のホルスをデッキの適当な部分に挿し込むと、ツバサはしっかりと少年の方を向いた。

 

「……じゃあ、始めようか。俺は千鳥 ツバサ。見てのとおり、島の外から来た、高1だ。君は?」

「…………等々力(とどろき) キョウジ。中3だ」

 

 ツバサが少年に名乗りを促すと、少年は面倒くさがりながらも答えてくれた。

 うっかり喉まで出てきてしまった「その身長で、1歳しか違わなかったのか」という失言をごくんと呑み込む。

 

「キョウジ君、か。教えてくれてありがとう」

「別に……やるなら、さっさとやろうぜ」

 

 ツバサが感謝をしても、キョウジと名乗った少年はそっぽを向くだけだ。

 いつものツバサであれば、ここで少しネガティブな思考に陥るのだろうが、今は平気だ。デッキの中に、背中を押してくれる味方がいるから。

 

 場所が変わっても、バトルの始まりを告げる合言葉は変わらない。ふたりの男が、それぞれ切羽詰まったような声になりながらも、高らかにそれを叫んだ。

 

「「ゲートオープン、界放っ!!」」




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 Trinity Crownとは違い、バトルフィールドで躍動するスピリットたちを描写するのは楽しかったです。
 ちなみに、冒頭で格好良く登場した獅子──サンダー・Z・レオンさんは、この後セトナクトアローされました。弓を引くセトさんも描写したかったのですが、尺の都合で省かざるをえなかったのです。そこまで描きたくなるほど、バトル描写には力を入れてしまいました。

 描写に力を入れたいということもあり、以前のような定期更新はできませんが、よろしければ温かく見守っていただけると嬉しいです。あらためて、よろしくお願いします。

 では、また次のお話でお会いしましょう。


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第2話 飛び立つ勇気 その2

 エイプリルフールですが、与太話でも何でもない本編を投稿させていただきました、LoBrisです。
 オリン、というか、ディオニュソスさんのパストや新情報が出たショックで執筆サボってたらこんな時間になってしまいました←


 前回の続きで、今度こそバトル回となります。


「「ゲートオープン、界放っ!!」」

 

 切羽詰まったふたりの声が、バトル開始の合言葉を叫ぶ。

 

 その瞬間、ツバサの鞄の底から、キョウジのポケットの中から、同じ赤光が煌めいた。赤光は、ふたりのバトラーを中心に円形に広がり、やがて彼らを包み込むようなドーム状の結界を作り出す。

 

 光の源は、銀の縁取りが為された、五角形の赤いコア・「ソウルコア」。バトラーと彼らの“魂”に宿る魔力を増幅・媒介し様々な効果を発揮する、特殊なコアだ。

 

 人間よりも遥かに強い力を持つスピリットたちを実体化させるにあたって「周辺への被害が甚大」という課題が発生する。普通に考えて、ドラゴンや巨人の類が実体化すれば、文字通り観客に飛び火したり、スタジアムが壊れたりすることは明らかだ。

 そこで、ソウルコアから、人間の魂に宿るなけなしの魔力を増幅し、放出。透明なドーム状の結界を張り、結界の外をスピリットたちの被害から守る。

 

 結界の中と外の関係は、スノードームと同じようなものといえばわかりやすいだろう。結界の境界は透明な赤なので、外から観測することはできるが、その壁を超えて中に入ることはできない。スノードームが、透明なガラスで覆われていて、中にあるミニチュアには触れられないように。一方で、結界内部で何が起きようと──例え、文字通り天地がひっくり返ろうが、外部には何ら影響を及ぼさない。スノードームを真っ逆さまにしても、ガラスが無事な限り、中にあるミニチュアや液体、雪を象った粒が零れることはないように。

 

 さらに、中のスピリットたちは、結界の大きさに合わせてある程度大きさが調整される場合がある。地図上の「縮尺」のように、1/xの大きさになるのだ。極端な話、テーブルの上で結界を張れば、スピリットたちはミニチュアサイズにまで縮む。

 

 このように、ソウルコアで作られる結界の内部は、周囲を荒らさないようにしながら、ルールの範囲で好きなスピリットたちを使えるように徹底されているのだ。

 

 そして、バトラーの魂から形成された結界の内部では、彼らの戦装束──バトルフォームも、それぞれの個性が反映されたものになる。

 

「これを着るのも久しぶりだな……」

 

 ツバサのそれは、山岳地帯に住む民族の戦装束を思わせるもの。胴体は彩度の低い若草色のライフシールドで覆われ、鷲を象ったマントがはためく。

 最後に袖を通したのは、受験勉強を始める前なので、実に半年以上が経っている。しかし、サイズに違和感を覚えないのは、この衣装が、ソウルコアの不思議な力によってもたらされているものだからだろうか。

 

「なんだよ? あんた、バトル久しぶりなのか?」

 

 ツバサの呟きに、キョウジは眉を潜めた。

 

 彼のバトルフォームは、ツバサのそれより軽装だ。紅蓮のライフシールドに覆われているのは、胸の周りだけ。それより下は土色で、軍人が着る迷彩服のようなつくり。ツバサのそれと比べて現代的に見えるのは、若さの表れか。

 

「ああ、うん……受験勉強でしばらくやる暇がなくて。そうでなくても、やる相手が少ないし」

「受験? ……ああ、そっか」

 

 キョウジの呟きにも悠長に答えるツバサ。無意識に、自分が弱いことへの言い訳を探している節もないことはない。

 もちろん、そんなことを知る由もないキョウジは、一瞬だけ頭上に疑問符を浮かべた。彼は彼で、島で生まれ育って、島にただひとつしかない高校に上がることがほぼ決まっているため「受験勉強」という言葉にピンと来なかったのである。真面目に、必死に勉強して合格を勝ち取ったツバサには信じられない話だろうが。

 

「はぁ……それなら、あんたが先攻でいいよ。メタになるネクサス出したり、手札が増えたら発動するバーストを伏せたりすればいいんじゃないのか? 強制はしないけど」

 

 溜息を吐くキョウジだが、態度とは裏腹に、ツバサに先攻を譲る。

 

「い、いいのか? ……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 その言葉を親切心と受け取り、ツバサは深呼吸。両の頬を叩き、気合を入れた。

 

 

 

 ──TURN 1 PL ツバサ

手札:5

リザーブ:4

 

「メインステップ!

 創界神(グランウォーカー)ネクサス・[創界神ホルス]を配置!」

 

 手札に駆けつけてくれたホルスのカードを、早速フィールドに配置。すると、新入生歓迎会でのバトルで見たように、ツバサの傍らにホルスが現れた。

 

「早速来てくれたんだな。ありがとう」

「こっちから『お前につきたい』って言ったんだ。それで遅刻してきたんじゃ、締まらないだろ?」

 

 創界神を早い段階で配置できるというのは、幸先が良いといえる。ツバサが感謝の言葉を告げると、ホルスは快活に笑いかけた。

 

(隣に一緒に戦ってくれる人がいるって、なんだか心強いな)

 

 意外にも、両者の身長はそう変わらない。ホルスが、本来人間より小さな生き物である「鳥」たちが住む世界の創界神だからだろうか。

 ツバサは、ホルスと目線が同じくらいの位置にあることに、安心感と親近感を覚えた。頼もしいパートナーに頷くと、ツバサはバトルに意識を戻す。

 

「創界神ネクサスの配置時に同名のネクサスがないので、配置時の《神託(コアチャージ)》!」

 

 ツバサのデッキの上から3枚をトラッシュへ。その内訳は[卯の十二神皇ミストラル・ビット][丁騎士長イヌワッシャー][天空戦艦ピラミッド・ウィング]。

 

「3枚とも、系統:「爪鳥」を持つコスト3以上のスピリット。よって、ホルスにコアを3個追加!」

 

 捲られたカードに描かれたスピリットたちの祈りが、ホルスに力を与える。

 

 緑属性は、トラッシュに落ちたカードの再利用手段が少ない傾向にある。ツバサのデッキでは、《神託》でトラッシュへ行ったスピリットらに再び活躍の場を与えてやれない。それを知ってのことか、祈りを受けたホルスが「ありがとう。オレに任せとけ」と小さな声で、しかし真剣に呟いたのが聞こえた。

 

「俺は、これでターンエンド」

 

 リザーブに残ったコア2つでは、もうできることはない。ツバサはターンエンドを宣言。キョウジにターンを譲った。 

 

○ツバサのフィールド

・[創界神ホルス]〈3〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 2 PL キョウジ

手札:5

リザーブ:5

 

「メインステップ

 ネクサス・[黄昏の暗黒銀河]を配置」

 

 創界神ネクサスを配置したツバサに対し、キョウジもネクサスを配置する。すると、まるで見えない壁に壁紙を貼ったように、フィールドが、ネクサスカードに描かれた絵と同じ光景に塗りつぶされていった。

 

 紫の空に光る、赤く渦巻く大銀河。美しくも禍々しいその威容に、ツバサは唾を呑む。

 

「バーストをセットして、ターンエンド」

 

 キョウジのリザーブのコアは0。バーストを伏せて、ターンを終えた。

 

○キョウジのフィールド

・[黄昏の暗黒銀河]〈0〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 3 PL ツバサ

手札:5

リザーブ:5

 

「メインステップ。

 ホルスのシンボルは、緑のシンボルとしても扱える。

 よって、4コスト1軽減で[乙騎士エウロス・ファルコン]を召喚! Lv2だ!」

 

 ホルスが持つ、創界神特有の雫型のシンボル・(ゴッド)シンボルが、緑色に光る。

 

 その恩恵を受けて、颯爽とフィールドに現れたのは、[乙騎士エウロス・ファルコン]。

 白鳥を思わせるほどに綺麗な白い羽毛と、兜を思わせる帽子が、「騎士」の名に違わない高潔さを感じさせる。

 

「エウロス・ファルコンは、コスト3以上の爪鳥スピリット。よって、ホルスに《神託》」

 

 地上に降りたエウロス・ファルコンは、ホルスに向き直ると、小さな頭を垂れて、ホルスに恭しく礼をする。

 

「ははっ、ありがとう。そして、よろしくな」

 

 ホルスは「そんなに畏まらなくてもいいんだけどな」と苦笑しながらも、エウロス・ファルコンの礼に挨拶を返した。

 エウロス・ファルコンは、その翼でビシッと敬礼。彼の威勢が、翼を振り上げた際の「バサッ!」という音に表れている。

 

「俺からもよろしく、エウロス・ファルコン」

 

 小さな身体で大仰ともとれる挙措をとるエウロス・ファルコンは、どこか背伸びしているようにも見える。ツバサの口から、自然と挨拶の言葉が零れだした。

 それを受けて、エウロス・ファルコンは再び敬礼。ツバサも微笑ましくなってきて、自然と口元が緩んだ。

 

「アタックステップ!

 エウロス・ファルコン、頼んだぞ!

 

 アタック時効果で、ボイドからコア1個をエウロス・ファルコン自身へ!」

 

 ツバサの指示に、エウロス・ファルコンは元気良く甲高い鳴き声をあげ、敵陣へ飛んで行った。

 

 アタック時効果は、緑属性お得意のコアブースト。それに伴った疲労効果もついてくるのだが、今回は対象となる相手のスピリットがいないため不発に終わる。

 

「ライフで受ける!」

(ライフ:5→4)

 

 使えるコアがないキョウジは、潔くライフで受けると宣言する。それを受けて、「(ファルコン)」の名が示すとおり、エウロス・ファルコンは高く飛び、キョウジの頭上目掛けて急降下。キョウジのライフ1つを代償にシールドが展開され、振りかざされた猛禽類の爪から彼を守った。

 

「うあっ……!」

 

 身体に外傷はできないが、シールドを通しても痛みは感じる模様。キョウジが痛みから小さく悲鳴をあげ、少々後退する。しかし、すぐに足を踏みしめて後退を止めた。ツバサをして「小さい」と思わせる身体ながら、力強く。

 

「ライフ減少によって、バースト発動。マジック・[アドベントドロー]!

 バースト効果で、BP7000以下のエウロス・ファルコンを破壊!」

 

 キョウジは態勢を整え、ツバサを見据えながらバーストを開く。ドローマジックでありながら、バースト効果によってカウンターになりうるカード・[アドベントドロー]。

 

 火炎でできた巨腕が、エウロス・ファルコンを焼き、打ち砕き、破壊する。

 

「っ、エウロス・ファルコン!?」

 

 召喚したそのターンに、1回アタックしただけで破壊。判断を間違えたのではないかと、ツバサはアタックを選んだ己の選択を悔やむ。が──

 

「赤は破壊が得意技。気持ちはわかるが、これくらいでネガってたらキリがないぞ。

 

 それに、相手が使えるコアは1個しかないから、[アドベントドロー]のメインの効果は使えない。

 エウロス・ファルコンでコアを増やして、ライフを1点取れた。そのうえで相手の手札の増強を防げたと考えれば、上出来だろ?」

 

 ネガティブに陥る前に、ホルスに諭された。

 ツバサが肌身離さず持っていた羽から外を見ていたからだろう。持ち主の感情の機微を、よくわかっている。

 

「そういう風にも、考えられるのか……ありがとう」

「前から思ってたけど、お前はちょっとネガティブすぎるきらいかあるからな。バトルなんて、うまくいかないことの連続なんだから、あまり気にしすぎるなよ?」

「うっ……そこは、まあ、努力するよ」

 

 そのホルスにはっきりと後ろ向きな思考を指摘され、ツバサは少しだけばつが悪い。

 

「……とはいえ、もうこのターンでできることはないな。

 ターンエンド」

 

 ターンエンドを宣言すると同時に、緊張を解すように、大きく息を吐く。

 

 まだバトルは始まったばかり。ツバサのフィールドにはネクサスしかないが、それはキョウジも同じ。まだライフは5つすべて残っている。次のターンはまだ大丈夫なはずだと、自分に言い聞かせた。

 

○ツバサのフィールド

・[創界神ホルス]〈4〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 4 PL キョウジ

手札:4

リザーブ:7

 

「メインステップ

 異魔神ブレイヴ・[鳥獣魔神]を召喚」

 

 キョウジが最初に召喚したのは、緑の異魔神ブレイヴ・[鳥獣魔神]。鳥の頭部、腹には獣の頭が生え、両手に斧を構えた、キメラのようでありながら、霊体であり機械的なブレイヴだ。

 

[黄昏の暗黒銀河]は、赤と緑のシンボルを1つずつ持つネクサス。[鳥獣魔神]の軽減をすべて満たすことができる。緑属性のブレイヴながら、たったの2コストでフィールドに登場した。

 

「続けて、[恐竜人ティラノイド(RV)]をLv2で召喚。

 

 こいつは、おれのスピリットが2体以下の間、最高LvのLv3として扱う」

 

 ようやく召喚されたキョウジのスピリットは、[恐竜人ティラノイド(RV)]。その名のとおり、人間サイズ、かつ2足歩行するティラノサウルスといった容姿だ。

 自陣をきょきょろと見回し、スピリット状態の[鳥獣魔神]しかいないことを確認すると、大きく吼え声を上げた。まるで「オレの独擅場だ!」と喜んでいるようだ。

 

「アタックステップ!

[黄昏の暗黒銀河]Lv1・Lv2の効果で、系統:「地竜」を持つスピリットすべてをBP+3000!

 

 ティラノイドでアタック!」

 

 暗黒銀河の赤い光を浴びながら、ティラノイドが突進する。独擅場を喜ぶ彼の足取りは軽く、それでいて勢いがある。

 

「フラッシュタイミング!

 ティラノイドは、Lv3のアタック時効果で、《煌臨(こうりん)》で赤のカードを重ねるとき、コスト5にできる。

 

 よって、ティラノイドに煌臨! [暴双恐龍スーパーディラノス]!!」

 

 そして、ティラノイドは、最高LvになることでBPが上がるだけではない。最高Lvになることで、煌臨する際にコストを上げることができるのだ。

 

 ティラノイドの身体が、人間サイズからめきめきと巨大化。一見ステレオタイプな大怪獣のスピリットに変身を遂げる。「一見」というのは、顔にあたる部分に、頭がふたつ生えているからだ。

[暴双恐龍スーパーディラノス]。スピリットたちが住む世界では「恐龍同盟」の首領という、サイズも立場も大物なスピリットである。

 爪鳥スピリットたちと比べると、圧倒的な体格差。ツバサの額から、冷や汗が滴った。

 

「煌臨したスーパーディラノスの常在効果で、系統:「地竜」/「皇獣」を持つ自分のスピリットすべてをBP+10000!

 暗黒銀河の効果も合わせて、合計BP16000だ!」

 

 その効果のひとつは、値の大きなBPバンプ。……実は、この効果なしではLv1のBPが3000しかないというのは内緒である。

 

「ライフで受ける!」

(ライフ:5→4)

 

 ツバサのフィールドにブロッカーはおらず、フラッシュはなし。ライフ1個を代償に展開されたシールドを、スーパーディラノスが腕の一振りで打ち砕く。

 

「うぐっ……! やっぱり、なまった体には効くな……」

 

 瞬間、ツバサの全身に痛みが走る。久しぶりの激痛に、思わず膝をつきかけた。

 

「おい、大丈夫か!?」

「うん、まだいける。久しぶりだったから、結構効いたってだけ」

 

 かなり痛がっている様子のツバサに、ホルスが声を掛けてくれた。ツバサは、珍しく少し強がって、態勢を立て直す。

 

(こんなに痛いのを、年下や女子まで受けてるのか…………俺も、こんなんでへこたれてる場合じゃない)

 

 頬をぺしぺしと叩く。

 ツバサは知っている、この痛みはまだまだ序の口だということを。受験勉強前には、父からワンショットキルしてなお余りあるシンボルの一撃を食らったことだってある。シンボル1つ程度で怯えるわけにはいかないのだ。

 

「ターンエンド」

 

 アタッカーがいないキョウジは、そのままターンエンドを宣言。

 

 スーパーディラノスは、他に誰もいないことをいいことに、キョウジのフィールドをどんと陣取り、寝転がり、鼾を立て始めた。

 

○キョウジのフィールド

・[鳥獣魔神]〈0〉Lv1・BP3000

・[暴双恐竜スーパーディラノス]〈2〉Lv1・BP3000+10000=13000 疲労

・[黄昏の暗黒銀河]〈0〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 5 PL ツバサ

手札:5

リザーブ:8

 

「メインステップ

 異魔神ブレイヴ・[兜魔神]を召喚」

 

 今度は、ツバサが異魔神ブレイヴを召喚。

 カブトムシのような頭部に、霊体でありながら筋骨隆々な魔神が、ボディビルのフロント・リラックスのポーズをとった。

 

「……なんだか濃い異魔神だな」

「それが、まだマシな方なんだよな、今は……」

 

 ボディビルのポーズをとる異魔神に、ホルスは目をしばたく。だが、ツバサ曰く「まだマシな方」とのこと。肝心の兜魔神は、創界神の視線を好奇から来るものと解釈したのか、いつにもまして堂々としているのだが。

 

「……次、いこうか。

[天空神皇バッジー・ペセド]を、コアを2個置いて召喚!

 

 バッジーも、系統:「爪鳥」のコスト3以上。よって、ホルスに《神託》!」

 

 気を取り直して、次にツバサが召喚したのは、翠の羽と黄金の装飾が派手な爪鳥。「神皇」の名を冠しているが、その服装は、どちらかというと神そのものというより、荘厳な儀式に臨む神官に近い。

 だが、そんなバッジー・ペセドも、ボディビルのポーズを決める兜魔神に面食らって、空中でびくっと身震いをする。視線を逸らせば、今度はホルスが視界に入り、嬉しい悲鳴のような鳴き声を上げながら着地。地面に足をつけた時に少しよろめき、黄金の帽子を被り直す。

 

「ええっと、続けていいのか、これ……?

 バッジーの召喚時効果発揮! ボイドから、コアを1個置いて、Lv2にアップ! さらに、緑の創界神ネクサス──[創界神ホルス]にコアを1個置いて、ホルスはLv2にアップ!」

 

 なんだか忙しそうなバッジー・ペセドに戸惑いつつも、ツバサは処理を続ける。召喚時効果は、コアブースト。自身にだけでなく、創界神にもコアを増やしてくれる。

 ツバサの声で我に返ったバッジー・ペセドが、慌ててホルスにコアを献上した。

 

 ホルスがLv2になったからだろうか。フィールド全体に、そよ風が吹き渡る。

 

「ありがとう。それと、ひとまず落ち着こうか?」

 

 ホルスが苦笑しながら言うと、バッジー・ペセドは「面目ないです……」と言うように、ちょっとだけ首を下の方へ傾ける。

 

「大丈夫。これから、取り返せばいいんだから、一緒に頑張ろう?」

 

 その様子を見兼ねたツバサが呼びかけると、バッジー・ペセドは顔を上げ、少し間を空けてから、呼びかけに応えるよう大きく鳴いた。

 

「よかった、調子を取り戻してくれたみたい」

 

 調子を取り戻したバッジー・ペセドを見て、ツバサも安堵。改めて、召喚時効果の処理を続ける。

 

「次に、2つ目の召喚時効果! リザーブのソウルコアを、俺のライフに《封印》!」

(ライフ:4→4s(ソウルコア))

 

 リザーブのソウルコアが、ツバサにライフシールドの窪みに収まった。

《封印》。ソウルコアをライフに固定し、バトラーへ物理的に近づけること、より強い“魂”の力をスピリットたちに譲渡し、強力な効果を発揮するというものだ。ソウルコアを用いる大多数の効果は使えなくなってしまうが、それを念頭に置いたうえの構築であれば、デメリットを補ってあまりある強さを得ることができる。

 

「バッジーを、[兜魔神]の右に合体(ブレイヴ)

 

 アタックステップ!

 頼んだぞ、バッジー!」

 

 兜魔神と合体したバッジー・ペセドが飛び立つ。傍目から見れば、両者は合体していないように見えるが──

 

「[兜魔神]の追撃!

 バッジーをBP+5000して、1枚ドロー!」

 

 兜魔神が「ふん!」とフロント・ダブル・バイセップスのポーズを取ると、飛翔するバッジー・ペセドにも力が湧いてくる。

 加えて、手札の増強手段が少ない緑属性には嬉しい、ドロー効果。

 

「ライフで受ける! うああっ……!!」

(ライフ:4→2)

 

 キョウジのフィールドには、疲労しているためか鼾を立てて寝ているスーパーディラノスのみ。ダブルシンボルのアタックをライフで受ける。

 単純に計算すると、シンボル1つのスピリットのアタックと比べて、痛みは2倍。先程よりも悲鳴が大きい。

 

 さらに──

 

「バッジーの《封印中》効果発揮!

 系統:「爪鳥」を持つコスト5以上のスピリットがアタックで相手のライフを減らしたとき、相手のライフのコア1個を相手のリザーブに置く!

 バッジーは単体ではコスト4だけど、[兜魔神]と合体しているからコスト8だ! もう1点もらっていくよ!」

 

「ちっ、くれてやるよ……っ!!」

(ライフ:2→1)

 

 合体によってコストアップしたバッジーが、さらに効果で追い打ちをかける。

 

「よしっ、これであと1個だ……! ターンエンド!」

 

 封印によって、ツバサのライフが残り5個になったのに対し、キョウジのライフは残り1。勝利は目前だ。

 

 ──しかし、ここからが長かった。

 

○ツバサのフィールド

・[兜魔神]

→右:[天空神皇バッジー・ペセド]〈3〉Lv2・BP7000+3000=10000 疲労

・[創界神ホルス]〈6〉Lv2

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 6 PL キョウジ

手札:2

リザーブ:7

 

「メインステップ。

 マジック・[アドベントドロー]。

 

 デッキから2枚ドロー。

 さらにデッキから3枚オープン」

 

 残り手札2枚という厳しい状況でキョウジが引き当てたのは、2枚目の[アドベントドロー]。即座に使用し、手札を増強する。

 

 そして、デッキからオープンされたカードは──[黄昏の暗黒銀河][恐龍覇者ダイノブライザー][ワイルドライド]。

 

「……来てくれたんだな」

 

 この時、ツバサは初めて、キョウジが笑ったところを見た。ツバサにはつっけんどんな彼が浮かべた笑みは、意外にも優しい。

 

「《煌臨》を持つ[恐龍覇者ダイノブライザー]を手札へ! 残りは破棄」

 

 ライフ1になってなお動揺を見せなかったキョウジの声に、良い意味で熱が宿る。まだまだ、諦めていない。 

 

「次に[恐龍同盟 鉄面のダスプレトン]を召喚!

 召喚時効果で、相手のブレイヴ・[兜魔神]を破壊!」

 

 次に召喚されたのは、その名のとおり鋼鉄の頭部を持つ竜。召喚されるなり、兜魔神に突進し、その牙を突き立てる。

 不意を打たれた兜魔神は、自慢の筋肉がしっかりついた腕を胸の前でクロスし防御を試みるが、体格はダスプレトンが上。重量の暴力で粉砕されてしまった。

 

「破壊に成功したとき、ダスプレトンは煌臨を持つスーパーディラノスの下に、煌臨元として追加」

 

 しかし、ダスプレトンが自陣に戻るなり、スーパーディラノスが待ち構えており──鋼鉄の頭部をものともせずに、貪り食う。

 

(とっ、共食いっ……!? 怖っ!?)

 

 ツバサは、眼前で繰り広げられる共食いに戦慄した。何かと愛嬌のある爪鳥たちと比べてしまうと、あまりにも獰猛で残酷な光景だ。

 

「これは……かなりキツイな…………」

 

 一方、ホルスの口からも、珍しく弱気な言葉が漏れる。

 

「キツイって……どれが?」

「あいつが手札に加えた[恐龍覇者ダイノブライザー]──煌臨時に豪快なBP破壊をしてくるうえ、今の状況だと、フラッシュを許したら、次にもう1度相手のターンだ」

「も、もう1度、相手のターン…………!?」

 

 ツバサが気になって詳細を聞くと、想像以上に衝撃的な答えが返ってきた。

 

 ターンは交互に回ってくるもの──バトスピのみならず、多くのTCG、ボードゲームで当たり前のように受け入れられている常識だ。このルールがあるからこそ、対等な条件での対戦が成り立っているといっても過言ではない。

 それを根本から覆すということは、その先に待っているのは、一方的な攻撃。

 

 ましてや、ツバサのフィールドに残っているは、疲労状態のバッジー・ペセドのみ。実のことを言うと、フラッシュ効果を持つカードは、未だ手札に存在していない。凌ぎきれるあてが、まるでないのだ。

 

「スーパーディラノス、暗黒銀河をそれぞれLv2にアップ!

 さらにスーパーディラノスを、[鳥獣魔神]の左に合体!」

 

 鳥獣魔神が、左手に携えていた方の斧を、スーパーディラノスに投げ渡す。斧は滞空中にみるみる巨大化し、スーパーディラノスが掴み取る頃には、彼の巨体に見合う大きさになっていた。 

 

「バーストをセットして、アタックステップ!

 暗黒銀河の効果で、おれの「地竜」すべてをBP+3000!

 

 行けっ、スーパーディラノス!!」

 

 いよいよ、アタックステップ。

 斧を携えたスーパーディラノスが、鼻息荒く突進する。

 

「[鳥獣魔神]の追撃! ボイドからコア1個を、スーパーディラノスへ!」

 

 ツバサは、カードとしてのホルスを一瞥する。

 フラッシュ効果を持つカードが手札にない中、唯一あてにできるのはホルスの【神技(グランスキル)】のみ。デッキの上から捲った爪鳥を、1コスト支払って召喚できる効果だ。これで召喚時効果で除去ができるカードを召喚できれば、エクストラターンを阻止することができる。

 

 しかし、ダイノブライザーは、煌臨時効果でBP破壊をする。生半可なBPでは即座に破壊されてしまううえ、現在使用可能なコア数は4。意中のカードを引けなければ、無駄撃ちになってしまうのが目に見えている。

 

 故に、様子見を選択。

 必然、キョウジのフラッシュタイミングが回ってくる。

 

「フラッシュタイミング! スーパーディラノスに煌臨! [恐龍覇者ダイノブライザー]!!

 

 煌臨時効果で、ブレイヴのBP+を無視して、BP10000以下のスピリットすべてを破壊!!」

 

 スーパーディラノスの巨体が、さらに大きさを増す。

 暗い紫の身体に赤い鎧を纏った、恐龍の姿。ふたつに分かれた頭部は再びひとつになっているが、その咆哮はスーパーディラノスの頭部ふたつから放たれるものよりも大きい。

 

 挨拶代わりと言わんばかりに、口から火を噴き、ツバサフィールドに残されたバッジー・ペセドも呆気なく焼き尽くされ、破壊されてしまった。だが、ダイノブライザーがエクストラターンを獲得できるまで、あと1回、ツバサのフラッシュタイミングが残っている。

 

「……フラッシュタイミング!

[創界神ホルス]Lv2の【神域(グランフィールド)】で、ターンに1回、自身の【神技:4】を【神技:1】に変更する。

 

 よって、ホルスのコア1個をボイドへ戻して、【神技:1】発揮! デッキの上から3枚オープン!」

 

 ホルスがツバサに頷くと、空へ向けて、ひゅうっと口笛を吹く。その合図に応え、デッキから馳せ参じたのは[三十三代目風魔頭首ヤタガライ][ヤツギョリュウ][テッポウナナフシ]。

 

「1コスト支払って、系統:「爪鳥」を持つ[ヤツギョリュウ]を召喚! ただし、この効果で《神託》は発揮できない。

 さらに[三十三代目風魔頭首ヤタガライ]は、自分の効果でデッキからオープンされたとき、手札に加えられる!

 残った[テッポウナナフシ]は、デッキの下へ」

 

 フラッシュで使える優秀な【アクセル】を持つ[三十三代目風魔頭首ヤタガライ]を手札に加えられたものの、捲られたカードの中に、ダイノブライザーを除去できるカードはなかった。

 

 3枚目の[テッポウナナフシ]は、系統:「爪鳥」を持たないがゆえに、召喚の選択肢にもならない。消去法論的に、[ヤツギョリュウ]を召喚する。

 

「[ヤツギョリュウ]の《封印中》召喚時効果で、ボイドからコア2個を追加! これで、ヤツギョリュウはLv2にアップ!」

 

 コストの支払いで消費したコアを、召喚時効果で補う。だが──

 

「相手のスピリットの召喚時効果発揮で、バースト発動! [恐龍同盟 刃雷のエレクトロサウルス]!!

 

 バースト効果で、BP10000以下のヤツギョリュウを破壊! 暗黒銀河のコア2個を置いて、Lv2でバースト召喚だ!」

 

 それが、キョウジのバーストを発動させてしまう。

「刃雷」の名のとおり、青い雷が空を飛ぶヤツギョリュウを地に墜とし、破壊する。

 

 そして、「どうだ、見たか!」と言わんばかりにドンと現れ吼えたのは、ティラノサウルスとよく似た体型の地竜。体表は、先の落雷と同じ青。彼の上に置くコアは暗黒銀河から確保され、こちらはLv1に下がっている。

 

「嘘だろ!? 増えたうえに破壊された……!?」

 

 せっかく機を見て【神技】を使ったのにもかかわらず、結果は出落ち。あんまりな結末に、ツバサは愕然とする。

 

「……ツバサ、ライフはあと5個ある。落ち着いていくんだ」

 

 ホルスがツバサにかける声も、自分に言い聞かせているようだ。声量は低く、緊張感がある。

 ツバサは、黙ってこくりと頷く。心臓がかなりの速さで脈を打っているが、それは誰にも悟らせない。

 

「フラッシュタイミング!

 ダイノブライザーLv2アタック時効果・【連覇】発揮! 煌臨元カード3枚を破棄することで、このターン終了後、もう1度おれのターンを行う!!」

 

 そして、ついにキョウジのエクストラターンが確定してしまう。

 ダイノブライザーが煌臨元となったスピリット3体の力を、紅蓮のオーラとして解放。勝利に貪欲な地竜たちの想いを乗せたそれは、バトルにおける摂理(ルール)をも書き換える──!

 

「来ちゃった、か……ライフで受ける!」

(ライフ:4s→2s)

 

 ダイノブライザーはダブルシンボル。タックルに加えて、鳥獣魔神から借り受けた斧の追撃により、ライフのコア2つがシールドを展開し、即座に砕かれた。

 

「ぐあっ……!」

 

 もちろん、シンボル2つで痛みも2倍。ツバサは歯を食いしばり、なんとかして立った姿勢を保つ。

 

「エレクトロサウルスでアタック!」

「それも、ライフで……! うぐっ……!」

(ライフ:2s→1s)

 

 続くエレクトロサウルスのアタックも、ライフで受ける。

 このターンで、キョウジのフィールドにアタックできるスピリットはいない。

 

「エンドステップ

 トラッシュにある[ワイルドライド]1枚は、自分のエンドステップで手札に戻る。

 

 ターンエンド。

 そして、ダイノブライザーの【連覇】で、もう1度、おれのターンだ」

 

 キョウジの口から、ターンエンドが宣言される。だが、次のターンも彼のターン。

 次こそが正念場だと、防御札の少ない手札を握り直し、ツバサは深呼吸した。

 

○キョウジのフィールド

・[鳥獣魔神]

→左:[恐龍覇者ダイノブライザー]〈4〉Lv2・BP16000+3000=19000 疲労

・[恐龍同盟 刃雷のエレクトロサウルス]〈2〉Lv2・BP7000 疲労

・[黄昏の暗黒銀河]〈0〉

バースト:無

 

 

 

 ──TURN EX PL キョウジ

手札:3

リザーブ:7

 

「メインステップ

 ダイノブライザーをLv1にダウン。

 

 そして、マジック・[エクスキャベーション]。

 トラッシュから、系統:「地竜」を持つ[恐竜人ティラノイド(RV)][恐龍同盟 鉄面のダスプレトン][暴双恐龍スーパーディラノス]を手札へ」

 

 迎えたエクストラターン。キョウジはマジックで【連覇】で破棄したスピリットを回収。ディスアドバンテージを取り返した。

 

「[恐竜人ティラノイド(RV)]をLv1で、[恐龍同盟 鉄面のダスプレトン]をLv2で召喚! 暗黒銀河を、もう1度Lv2に!

 

 ダイノブライザーを[鳥獣魔神]の左から右へ。右にダスプレトンを合体!」

 

 キョウジが、着々とトドメの準備を進めていく。

 トラッシュから、ティラノイドとダスプレトンが戻ってくる。

 暗黒銀河がより燦然と血色の輝きを放ち、地竜たちを照らし出す。

 鳥獣魔神の片方の斧が、ダスプレトンにも投げ渡される。

 

「最後に、バーストセット。

 

 アタックステップ!

[黄昏の暗黒銀河]Lv1・Lv2の効果で、系統:「地竜」を持つスピリットすべてをBP+3000!

 

 行けっ、ダスプレトン!!

 

[鳥獣魔神]の追撃! ボイドからコア1個を、ダスプレトンへ!」

 

 合体によってダブルシンボルとなった、ダスプレトンのアタック。

 

 無論、このアタックをライフで受ければ、ツバサの敗北が決まるだろう。

 だが、ツバサの手札には、相手を3体疲労させられる【アクセル】効果を持つ[三十三代目風魔頭首ヤタガライ]がある。

 

「オレの【神技】でブロッカーを召喚して、ヤタガライの【アクセル】。これで凌げる、か?」

「いや、たぶん、それだけじゃ駄目だ」

 

 ホルスの問いかけを、ツバサは否定した。それは、決してネガティブを拗らせたからではない。

 

「キョウジ君の手札には、[ワイルドライド]が入ってる。せっかく召喚したブロッカーも、生半可なBPじゃ、後続を疲労させても回復されるし、緑のシンボルも[鳥獣魔神]と[黄昏の暗黒銀河]とで合計2つあるから、きっと最大軽減で使ってくる」

 

 前のキョウジのメインステップで、しれっとトラッシュに落ちて、エンドステップで回収された[ワイルドライド]。緑属性のマジックで、ターン中、自分のスピリット1体をBP+3000。さらに、アタック/ブロック時に、「BPを比べ相手のスピリットだけを破壊したとき、BP+したスピリットは回復する」という強力な効果を付与するマジックだ。

 

 つまり、ブロッカーを出せても、ダスプレトンのBPを上回れなければ、回復されてしまう。これでは、敗北を回避できない。

 

「それに、この後、地竜のBP+10000するスーパーディラノスの煌臨もある。今だって、暗黒銀河の効果でBP+3000されてBP9000。スーパーディラノスが煌臨してBP+10000されたらBP19000。さらに[ワイルドライド]の補正が乗れば、最終的にはBP22000になる、な…………」

「うっ、えげつねぇ……」

 

 ツバサは、自分で計算していて頭痛がしてきた。ホルスの反応も渋い。

 

「だから、ここを凌ぐには──ホルスの【神技】で、何かしらの除去手段を引くしかないんだ。頼んだぞ、ホルス……!」

 

 ホルスのカードに置かれたコアに手を伸ばすツバサの目は、まだ光を失っていない。声はあんなに落ち込んでいるにもかかわらず、見えた僅かな勝機から焦点を逸らさない。

 

「ああ、わかった。デッキトップは変えられないけど、俺も祈っておくよ」

 

 静寂に、ホルスが口笛が響き渡る。

 彼()の求めに応えたのは──

 

「[天空戦艦ピラミッド・ウィング]……強いけど、今は使えない。

 [創界神ホルス]……論外」

「いや、たしかに今2枚目が来られるのは痛いけど、『論外』はちょっと傷つくな……」

 

 1枚目と2枚目は、あてが外れたようだ。思わず、このタイミングで来たホルスに対する本音が漏れ、ホルスが苦笑しながらツッコんでくる。

 勝敗を分ける、3枚目のカードは──

 

「[天空勇士ノースリー]……来た!

 こいつを、1コスト支払って、コアを2個のLv1で召喚!! 残りは、上からホルス、ピラミッド・ウィングの順でデッキボトムへ!」

 

 天空勇士の中でも一際小さなノースリー。そのサイズのとおり、コスト3とカードとしても軽量だが、今のツバサにはとても心強いカードだ。なぜなら──

 

「召喚時効果で、ボイドからコア1個をノースリーへ置き、これでLv2にアップ!

《封印中》の場合、さらに、疲労状態の相手のスピリット1体を手札に戻せる! アタックしているダスプレトンを手札へ!!」

 

《封印》していれば、召喚するだけで、疲労状態のスピリットへバウンスを放つことができるからだ。アタック直後のダスプレトンは疲労状態。

 軽やかに飛ぶノースリーが、ダスプレトンを撹乱しながら翠色の突風を起こし、重量もサイズも遥かに大きなダスプレトンを吹き飛ばしてしまった。

 

「っ……!? ダスプレトンは手札に戻る。

 こっちからフラッシュはねぇ……どうせ、持ってるんだろ?」

 

 使い手さえも完全には予想できない非公開領域からの奇襲に、キョウジは唇を噛む。既にツバサの手札にあるヤタガライは割れていたので、このターンはスーパーディラノスを煌臨させなかった

 

「うん。やっぱり、オープンしてたから、バレちゃってるよな……

 

 フラッシュタイミング! 【アクセル】・[三十三代目風魔頭首ヤタガライ]!

 相手のスピリット/アルティメットを3体疲労! 後続のダイノブライザー、エレクトロサウルス、ティラノイドRVを疲労させるよ!!」

 

 そして、後続の3体をまとめて疲労。本来であれば、疲労させた数だけ、自陣のスピリット/アルティメットを回復させられるのだが、ツバサのフィールドに疲労状態のスピリットがいないため、こちらは不発だ。

 

「ちっ……アタックステップは終わり。

 

 エンドステップ。

 暗黒銀河Lv2の効果で、地竜3体を回復する! 疲労させられた3体を全員回復……!

 

 ……ターンエンドだ」

 

 アタッカーのいなくなったキョウジは、ターンエンドを宣言。

 しかし、暗黒銀河Lv2の効果で、せっかく疲労させたスピリットが即座に回復。防御の準備が整ってしまう。

 

 ツバサも、ホルスのコアは残り1個となり、もう【神技】は頼れない。

 もはや、どちらにも後はなかった。

 

○キョウジのフィールド

・[鳥獣魔神]

→右:[恐龍覇者ダイノブライザー]〈1〉Lv1・BP8000+3000=11000

・[恐竜人ティラノイド(RV)]〈1〉Lv1・BP2000

・[恐龍同盟 刃雷のエレクトロサウルス]〈1〉Lv1・BP5000

・[黄昏の暗黒銀河]〈1s〉Lv2

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 7 PL ツバサ

手札:5

リザーブ:12

 

(……何なんだ、このカードは…………?)

 

 ドローステップにツバサが引いたのは、見覚えがあるようで、見覚えがないカード。

 その姿は、彼がよく知る翡翠の不死鳥のそれ。しかし、白い羽毛の割合が増えている。纏った武具や装飾はより豪華になっており、所々に黄金色があしらわれていた。

 

 何より、最も引っかかったのは、その名前。

 思いっきり、末尾に「ホルス」とついている。隠す気を感じさせない名前なのは、裏表のなさそうな彼らしいといえるのだろうが。

 

(こういうことするなら、先に言ってくれよ……)

 

 おそらく、同じ名前を持つ神の仕業だろう。ちらーっと、視線をホルスの方へ移動させる。

 

 だが、そのカードのテキストは、この状況下で勝ちを掴み取りに行けるものだった。得体の知れないカードを使うのは少々複雑ではあるが──手札を強く握り直し、覚悟を決める。

 

「メインステップ。

 ノースリーをLv1にダウン。

 

 そして、手元からヤタガライを召喚!

 召喚時効果で、ボイドからコア2個をヤタガライへ! ヤタガライはLv2にアップ!

 

 さらに、「爪鳥」のコスト3以上なので、ホルスに《神託》!」

 

 先のターンの救世主のうち一羽が、颯爽とフィールドに降り立つ。他の爪鳥たちと違って、和風な武具の数々、低めの鳴き声。「忍の里」からの、強力な助っ人だ。

 

「そして──」

 

 ツバサが、不思議な「ホルス」のカードに手を触れた時、

 唇が自然と動き、その「化神(かみ)」の祝詞を紡ぎ出す──

 

「風より速く、雲より高く! 共に天を征く翡翠の友!

[天空神皇ゲイル・フェニックス・ホルス]!! Lv3で召喚!!」

 

 暗黒銀河によって夜の空を映し出す天上から、白と翡翠の大きな不死鳥が降りてくる。それは、異世界グラン・ロロの神皇たるゲイル・フェニックスが、ホルスと盟約を果たし進化した姿。神にも地竜にも臆さず怯まず、高らかに、耳に心地良い鳴き声をあげた。

 

「おおっ、ゲイル・フェニックスも来てくれたのか!」

「『来てくれたのか!』じゃないだろ!? いきなりカードが変わっててびっくりしたんだからな!?」

 

 フィニッシャーの登場に晴れやかな表情を見せるホルス。概ね人の良い性格の彼だが、時折、ある意味神らしいといえる自由な一面を垣間見せる。気づけばツバサの言動はどんどん崩れていっていた。 

 

「そうは言われても、こういうのは滅多にないことだし、オレたちにもコントロールできないんだよな。神世界で縁を結んだスピリットと同じデッキに入ると、勝手にその時の姿になってしまっているんだ」

「そんな不思議なことが………………あるんだろうな。神様だし」

 

 ツバサも、だんだんこの面妖な島に慣れつつある。島外では有り得ないことが実現する様を、この1日で何度も目にしてきたのだ。ここで常識に囚われてはいけないことくらいは、理解できていた。

 

「……まあ、ツッコんでいても仕方ないか。

 

 ゲイル・フェニックス・ホルスは爪鳥のコスト3以上。ホルスに《神託》。

 

 バーストをセットして、アタックステップ!

 行くぞ──ゲイル・フェニックス・ホルス!!」

 

 溜息ひとつで気持ちを切り替え、バーストセット。そして、アタックステップ。

 ゲイル・フェニックス・ホルスが、翠の追風を伴って、敵陣へ向かって飛び立つ。

 

「《封印中》のLv2・Lv3アタック時効果・【旋風:2】!

 ダイノブライザーとエレクトロサウルスを重疲労させる!」

 

 その追風は、敵陣にとっては厄介なつむじ風。強さは、ダイノブライザーとエレクトロサウルスほど巨大な地竜が膝をつくほど。

 

 ゲイル・フェニックス・ホルスのLv3BPは18000。キョウジの手札にはスーパーディラノスが控えているが、どのスピリットもコアが1個しか置かれておらず、うち2体は重疲労状態。このターン、彼らを再びブロッカーとして運用するのは困難だろう。

 

 BP2000のティラノイドでは、重疲労状態のスーパーディラノスが煌臨しBPがパンプアップされたところで、BP12000。これなら、ゲイル・フェニックス・ホルスのもうひとつのアタック時効果を使えば、突破は容易い──そう思われた。

 

「まだだっ! 相手のアタックによって、バースト発動! マジック・[風刃結界]!!

 バースト効果で、このターン、ティラノイドをBP+10000!

 

 さらに、コストを支払ってフラッシュ効果発揮! 相手のスピリット1体──ヤタガライを疲労!」

 

 しかし、キョウジはまだまだ諦めていなかった。

 

 伏せられていたバーストは[風刃結界]。ティラノイドの手に、不可視の刀が握られる。ぎこちない手付きながら、ティラノイドが刀を振るい、発生した暴風がヤタガライの翼に傷をつける。

 

「BP+10000!?」

 

 ここでツバサの障害となるのは、バースト効果によるBP+。

 回復したティラノイドにBP+10000。この時点ではまだBP12000だ。

 だが、キョウジの手札にはスーパーディラノスがいる。それは、つまり──

 

「フラッシュタイミング! エレクトロサウルスに[暴双恐龍スーパーディラノス]を煌臨!!」

 

 動くこともままならないエレクトロサウルスが、最後の力を振り絞り、彼らの首領を煌臨させる。

 煌臨元のコンディションが悪いため、その首領ことスーパーディラノスも動けない。それでも、自分よりも遥かに小さな恐竜人に、低い唸り声を届かせる。その唸り声は、激励の言葉だったのだろう──ティラノイドは、動けないスーパーディラノスへ力強く頷いた。

 

「スーパーディラノスの効果で、おれの地竜すべてをBP+10000!

 これで、ティラノイドはBP22000! ブロックだ!!

 

 さらに、フラッシュ! マジック・[ワイルドライド]!!

 このターン、ティラノイドのBPをさらに+3000! そして、BP比べで相手のスピリットだけを破壊したとき、ティラノイドは回復する!!」

 

 使い手からも、首領からも、最後の砦になれと託されて。ティラノイドはゲイル・フェニックス・ホルスへ果敢に向かっていく。

 ティラノイドは人間大のサイズしかなく、体格はゲイル・フェニックス・ホルスのほうが大きい。だからこそ、その小回りを利用して、空から襲い来るゲイル・フェニックス・ホルスの攻撃を躱していく。

 しかし、このままでは埒が開かないと判断したのだろう。ティラノイドは、急降下したゲイル・フェニックス・ホルスに向かって跳び、その胸に噛みつき、しがみついた。

 振り落とそうとするゲイル・フェニックス・ホルス。ティラノイドは諦めず、己の牙が折れる覚悟で、決死の思いで噛みつき続ける。そして、握り慣れない風の刃で、不死鳥の胸を貫き──破壊した。

 

 ゲイル・フェニックス・ホルスとのBP勝負に勝利したことで、ティラノイドは回復。勝鬨をあげる。

 この時点で、ティラノイドのBPは25000。とてもコスト3のスピリットのものとは思えない値で、このままでは回復状態のノースリーからもライフを守ることができてしまう。

 

「ちっ、まだ決められないか……!」

「大丈夫。ちゃんと保険はかけておいた……!」

 

 ホルスが歯噛みする。だが、この期において、誰よりもネガティブなはずのツバサの目が、勝利を確信していた。

 

「相手によるスピリット破壊によって、バースト発動! [丁騎士長イヌワッシャー]!!

 バースト効果で、回復したティラノイドを疲労! さらに、このバースト発動時に消滅/破壊された、

自分のトラッシュにある系統:「神皇」を持つスピリットカード1枚を、コストを支払わずに召喚できる!

 

 戻ってこい、ゲイル・フェニックス・ホルス!!

 イヌワッシャーも、バースト召喚だ!!」

 

「「!?」」

 

 ツバサが伏せていたバーストに、ホルスもキョウジも息を呑んだ。

 あまりにも、状況打破にぴったりな効果。先のバトルで失ったディスアドバンテージをすべて取り返し、さらにティラノイドをもブロック不可能にしてしまった。

 

 丁騎士の長が、傷ついたゲイル・フェニックス・ホルスを爆炎から救い出し、共に戦場に馳せ参じる。

 

「ありがとう、イヌワッシャー。本当に助かった」

 

 ゲイル・フェニックス・ホルスを抱えたイヌワッシャーにツバサが感謝を告げると、イヌワッシャーは静かに頭を下げた。きっと、お辞儀したのだろう。

 

「イヌワッシャーで相手を疲労させつつ、ゲイル・フェニックス・ホルスを復帰させたのか。いやぁ、ヒヤヒヤした……」

「うん。兜魔神が引かせてくれたおかげだよ」

 

 胸を撫で下ろすホルスに、ツバサは苦笑した。兜魔神の合体中アタック時効果で引いてから、伏せるまで長らく時間がかかってしまったが、ここで役に立とうとは。

 

(これで、キョウジ君の手札はダスプレトンだけ。バーストもすべて切らせた。これで、トドメだ!)

 

 深呼吸して、フィールドに向き直る。

 

「再びゲイル・フェニックス・ホルスでアタック!

【旋風】でティラノイドを重疲労!」

 

 傷ついた翡翠の翼をはばたかせ、再びゲイル・フェニックス・ホルスが飛ぶ。

 

「はぁ……ここまで、か」

 

 キョウジは、溜息をひとつ吐くと、フィールドへ飛んでくるゲイル・フェニックス・ホルスを真っ直ぐ見た。

 

「ライフで受ける!」

(ライフ:1→0)

 

 今度こそ、誰にも阻まれることなく、ゲイル・フェニックスの鉤爪が、キョウジの最後のライフを打ち砕いた。

 

 

 

 

 

 片方のプレイヤーのライフが0になったことを引き金に、ソウルコアの力で形成された結界が消える。

 暗黒銀河は消え、天上で空が青く晴れ渡っている。バトル前と何ら変わらない光景に元通りだ。

 

 バトラーたちのバトルフォームも解かれ、元の服装に。一気に身体が軽くなる。

 

 ツバサは、きょろきょろと周囲を見回して、

 

「…………勝った、のか?」

 

 間の抜けた声を出した。あまりにも急に空が青く塗り替わったり、身軽になったりして、緊張の糸がプツンと切れたのである。

 実のこというと、彼は今、視界に映ったもの識別すら危うい状態にある。あまりにも自信がなくネガティブな性格だからこそ、掴み取った勝利を理解するのに時間がかかっているのだ。

 

「ああ。ヒヤヒヤしたところもあったけど、良いバトルだったぞ」

 

 ホルスが、ツバサの肩にぽんと手を置いてくれた。

 

「……そうか。俺、勝ったんだな…………ゑ?」 

 

 そして、ようやく事態を認識し、また硬直した。

 

「俺、勝ったのか……?」

「無限ループかよ!? いい加減にし……くそっ、届かねぇ!?」

 

 拗れきったネガティブのせいで無限ループに入りつつあるツバサをを、キョウジがツッコもうとして──背伸びしても顔に平手を打てないことを嘆いた。

 

「……って、ちょっ!? キョウジ君!? 今叩こうとした!?」

「だってあんたを見てると……惨めになるし。負けたやつの前でうじうじしてんじゃねぇよ……!」

「だからって、顔を叩くか普通!?」

 

 と、言いかけて、ツバサは、帰路でアンジュに言われた言葉を思い出す。

 

 ──「あたしだってね? 自分に勝った相手が滅茶苦茶ネガってると、ちょっとムカムカするんだって。

 仮にツバサが弱いとしたら、ツバサに負けたあたしは何なの?」

 

 普段からポジティブで、笑顔を絶やさない彼女がむっとするほどなのだ。いつもの過ぎた謙遜は、知らず知らずのうちに、相手の心を傷つけていたのかもしれない。

 キョウジの顔は伏せがちだが、前後の文脈から、どういう表情をしているのかは想像がつく。

 

(だから、俺は友達がいないんだろうなぁ……でも、なんというか、自慢とか何かを誇るとか、どうしてもピンと来ないし……はぁ…………)

 

 ──が、ここで気づいたところで、小中学校の過ぎ去りし日々は取り戻せないわけで。

 

「……ごめん。俺、キョウジ君のこと、何も考えてなかったな」

 

 大事なことに気づかせてくれた1歳年下に、素直に謝る。ネガティブな彼は、良くも悪くも「だけど、自分は悪くない」と言えるほど我が強くないのだ。

 

「……別に、謝らなくても、そうやってうじうじすんのやめてくれればいいって」

 

 キョウジの返事は、やはり愛想がない。

 

「あと…………約束は約束だから、これ……」

 

 触り慣れた感触が、ツバサの手に戻ってくる。たまたま拾って、ツバサから奪い取る羽目になりそうだった紅い羽が、彼の手の平に置いてあった。

 

「ありがとう……本当に、返してくれるんだな」

「バトルして、ちゃんと決着つけただろ? だから、悔いはねぇよ」

 

 喋り方は生意気なのに、筋は通っている──ツバサが、バトルの後にキョウジに抱いた印象だ。だから、バトル前も、彼を責める気になれなかったのだろう。

 

 一方で、バトル前の擦り切れた態度が気になるわけで。

 

「……ところで、キョウジ君。ひとつ、いいかな?」

「なんだよ? 羽は返したし、もう用もないだろ? さっさと帰れよ」

 

 親切心で話しかけたつもりが、睨まれた。

 そして、ツバサは勝者である前にチキンである。

 

「ひっ……!? いや、別に、なんでも──」

「待て、ツバサ」

 

 やはりと言うべきか、ビビって一目散に逃げ出そうとする。そこへ、ホルスがツバサを制した。

 

「……これは、オレもバトル前から気になってたんだ。

 キョウジ、だったっけ? お前は、どうして、あそこまで羽を欲しがったんだ?」

 

 静かに、真剣に、それでいて優しく。ホルスは、しゃがんでキョウジと目線を合わせながら問う。

 

 突然近づいた距離に、キョウジは一瞬ぴくりと肩を震わせるも、唇を噛みしめるようして、黙り込む。

 しばしの沈黙を挟み、ホルスとツバサは、あえて答えを促すことなく、待ち続けた。

 地味に根気強く答えを待つ彼らに呆れたのだろうか。キョウジが渋りながら開いた口から出たのは──

 

「……そういうの、いちばん要らないから」

 

 これまで聞いた中で、いちばん冷たく、突き放すような言葉だった。それだけ言うと、彼は踵を返して、逃げるように走り去って行ってしまう。まるで、ツバサが睨まれた時にとろうとした行動そのままである。

 

「駄目だったか……まあ、勝った相手に情けをかけられてもプライドが傷つくっていうのはわかるけど、素直じゃなさすぎじゃないか、あれは?」

 

「悪いやつには見えなかったし、オレからも何か助けになれることがあればいいんだけどな」と自嘲し、唸る。

 

「それもあるだろうけど、俺には、なんというか──」

 

 バトル前の挙動もそうだが、先の反応で、ツバサはひとつの可能性を見出していた。

 

(──何かに怯えているような、そんな風に見えた)

 

 バトル前も、羽を失うことを恐れているようの見えたが、最後には潔く返してくれた。

 決め手となったのは、「自分がとろうとした行動と同じことをした」ということである。

 

 創界神相手に、堂々と宣戦布告できるだけの度胸はあるのだから、彼がホルス相手に怖じ気づくことはないだろう。ならば、羽を返した後は、一体何を恐れていたのだろうか。

 

 

 ──などと思考を巡らせたかったところなのだが、ここで思い出してみてほしい。

 

 今日は、学校生活初日。新学期開始となれば、大抵の生徒は、自分のことで精一杯なはずだ。ましてや、家から遠く離れた、慣れない土地である。

 

 ツバサは、お世辞にも要領は良いとは言えないし、その自覚もあった。

 

 つまり、どういうことかというと、この時期に他人の心配をしている暇などないわけで──

 

「……まずい。寮に戻らないと…………」

 

 たしかに、キョウジの言うとおり、さっさと帰るべきだったのである。そのことをようやく思い出して、ツバサの額から、バトル中よりも冷たい汗が流れた。

 まだ門限には間に合う。人が少ない分、住人同士のつながりが密で治安が良いこの島だからか、門限は20時と遅めだ。

 しかし、入学初日、下校時刻よりもずっと遅く帰寮すれば、確実に心配されたり、何かしら疑いをかけられるだろう。

 

 ツバサは、今度こそ一目散に、寮の方向目掛けて走り出した。

 

「おい、待てよ!? オレを置いていくのか!?」

 

 そのツバサを、またもホルスが呼び止めようとする。

 

「いや、だって……寮に創界神って連れていけってことか!? 神様なんだし、野宿でも案外なんとかなったりするだろ!?」

「扱い雑っ!? というか、肉体は人間だから、しっかり食事や睡眠摂らないと死ぬぞ!」

 

 なぜなら、この島にいる創界神は、あくまでも「本物から分かれた劣化コピー」。人間とつながってようやく肉体を得られる程度の存在が、人間よりも強い身体を持てるはずがなく。

 

「死っ……!? ……うーん、新入生歓迎会で創界神見せてくるくらいだし、案外OKだったり、する、のかも…………?」

 

 また、ツバサも、いきなり「死ぬ」などと持ち出されば、ビビりちらかして、放っておけなくなってしまうのであった。ホルスに恨みがあるわけでもないし、創界神とあろうものに恨まれたくない。なんだか、後が怖い。

 

「……わかったから、話は寮に戻ってからな! とにかく、今は走らないと…………!」

「おう! ありがとう、ツバサ!」

 

 ──かくして、ツバサは入学早々、「寮に戻ってから、ルームメイトにどう説明するか」「創界神は寮に入れられるのか」という2つの課題を抱えながら、帰路を全速力で走る羽目になったのであった。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 最初のバトルから、エクストラターンでした。いやぁ、Trinity Crownよりもガチ寄りな環境で主人公をいじめるのは楽しいですね!←

 ちなみに、【神技】でノースリーを引くところがミストラル・ビットだった場合、「俺のターンなのにこの惨状はなんだ!?(うろ覚え)」案件になるのはここだけの話です。
 コスト5にしてあの高BP、フラッシュタイミングで召喚できるうえ、ブロック時にもライフバーンできるのはとても強いですよね。


 次回は、ツバサのルームメイトが登場します。控えめに期待しておいていただけると嬉しいです。
 では、また次のお話でお会いしましょう。


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第3話 バトスピを生徒会副会長と その1

 LoBrisです。
 今回は、バトスピのアニメシリーズの某回がサブタイトルの元ネタとなっております。


 前話の投稿と比べて、明らかに間隔が空いてしまいました……
 というのも、6000文字以上書いてから、「あ、これは話がダレるな」と思って、5000文字ほどばっさり消去して展開を変更したり、とある奇跡と親切から冥府デッキをお譲りいただき通話対戦をしていたからです。

 決して、空を泳ぐ魚たちにひたすらカウンターパンチを浴びせてたり、迷い込んだワンダーランドで顔が良いウツボやタコを育成していたからではありませんよ!?←



【2020/5/2(土) ミスお詫び】
 今回、[ヤツギョリュウ]で[天空神皇バッジー・ペセド]を手札に加えていますが、本来同カードは手札に加えられません。
 手札やバトル構成の関係上、ここで手札に加えるカードを変えると第3話・第4話に及ぶバトル全体に支障が出てしまい修正が難しいため、ここでのミスお詫びだけに留めさせていただきます。
 たいへん失礼しました。


 ツバサたちの寮は、建物が男女で分かれており、性別・学年問わず1部屋に2人が暮らしている。

 

 また、「新1年生の部屋には、3年生が同室する」という決まりがあった。慣れない環境での生活を、同じ経験を持つ上級生にサポートさせることで、新入生は頼れる相談相手を得ることができ、上級生は「先輩」としての自覚を持つことができる、という意図らしい。

 

「……ただいま戻りました」

 

 そういうわけで、ツバサも、彼の「先輩」がいる部屋に戻ってきた。

 

 入学初日から、やけにファンタジックなドタバタに巻き込まれ、現在、時刻は17時直前。新入生歓迎会が終わったのが15時20分頃だということを鑑みると、遅すぎる帰寮時刻だ。帰寮を告げるツバサの声からは、彼がまさに疲労状態──どころか、重疲労状態だということが伺える。

 

「おかえりなさい、千鳥君。帰ってもいなかったので、心配しましたよ」

 

 そして、疲労困憊なツバサを出迎えたのは、物腰柔らかなテノール。これから1年間同じ部屋に住む、先輩の声である。

 

「すみません……ちょっと、初日からバタバタしちゃって」

 

 その穏やかさに、ツバサは安堵の溜息をひとつ吐いて、玄関に上がった。どうやら怒られることはなさそうだ。

 

「あー、ツバサ……オレは上がらせてもらえないのか?」

「初っ端から上がる気だったのかよあんた!? ……ちょっと話つけてくるから待っててくれ」

 

 玄関のドア前で、ホルスが少しわくわくしながら立っている。この創界神、おそらく、ツバサよりも新生活への期待に満ち溢れていそうだ。安堵の溜息を吐いた矢先、ツバサの溜息は、再び不安の溜息になってしまった。ドアの前にホルスを立たせて、ようやく玄関に上がる。

 

「すみません、雪谷(ゆきがや)先輩……余計な心配をおかけしました」

「大丈夫ですよ。門限までまだまだ時間はありますし、私も今帰ったところですから」

 

 ツバサの声に、彼のルームメイト──雪谷リョウが振り返った。

 スクエア型の黒縁眼鏡に縁取られた目はやや切れ長ながら、端正な顔立ち。「今帰ったところ」という言葉通り、まだ制服から着替えておらず、制服の黒いブレザーを着たままの痩せ型な身体も相まって、知的でクールな印象だ。

 実際、成績も学年トップ、それも生徒会副会長だというのだから、年不相応なまでの物腰の柔らかささえ様になるというものだ。制服から着替えられていないのも、生徒会の仕事で帰りが遅くなったからなのだと容易に想像できる。

 おかげで、ツバサは、初めてリョウと会って挨拶した時に物凄い劣等感に襲われたし、知らず知らずのうちに上級生から「ルームメイトガチャSSRを引いた新入生」などと囁かれていた。

 

(というか、「私」って一人称を使う男子高校生って実在したんだな……こんなにすごい人を、俺なんかに付き合わせるなんて、やっぱりすごい申し訳ない気が…………)

 

 だが、入学したてのツバサが「創界神がいるんですけど、どうすればいいでしょうか……?」なんて質問を投げられる相手は、リョウしかいない。

 

「あの、すみません、雪谷先輩。入学初日から申し訳ないのですが……実は、お客さんがいて…………」

 

 覚悟を決めて、切り出す。まだ入学初日だから、失うものはほとんどないと信じて。要はヤケクソだ。

 

「お客さん、ですか? 入学早々、お友達ができたのなら何よりですが──」

 

 ツバサの不安を知ってか知らずか、彼を慰めるようにリョウが顔を綻ばせた、その時だった。

 

「トト! お前、先に来てたんだな!!」

 

 ホルスの声が、寮の廊下で出してはいけないくらいの音量で発せられていたのが聞こえた。

 

 ツバサは無言。目で「うげぇ……!?」と悲鳴をあげている。

 

「元気なお客さんですね」

 

 リョウがにこりと笑った。

 

「う……すみません。ちょっと注意してきます」

 

 安堵と呆れの混ざった溜息を吐き、ツバサは玄関へ駆け出す。

 

「ホルス! 寮の廊下であまり大きな声出すなよ!!」

 

 相手が神とはいえ、窘めるのに躊躇いはなかった。大急ぎで駆けつけたツバサの視界に入ってきたのは、ホルスと、もう1人、見慣れない顔。

 ホルスと同じ、褐色の肌と黒い髪。眼鏡をかけた、背の高い男性。装いこそ現代風だが、おそらくは、こちらの世界に適応するためだろう。

 ホルスと比べて、良く言えば理知的、悪く言えば冷たい印象を与える彼を見て、ツバサが呆けていると、

 

「……あ、悪い。真っ先にトトと会えるなんて思ってなかったからさ、嬉しくて、つい」

 

 聞き慣れたホルスの声が、耳に差し込んだ。

 

「トト……?」

 

 そして、今度は聞き慣れない名前に首を傾げる。

 

「ああ。神世界でのオレの友軍というか、友人というか……そんな感じなんだ。いやぁ、こっちに来て最初に会うのがトトでよかったよ、本当に!」

 

 ニコニコしているホルスだが、笑顔はそのままに「オレ、ちょっと敵多いからなぁ」と不穏なことを付け加えたもので、ツバサは背筋がヒヤリとした。

 

「トト。こいつが、今回のオレの使い手。ツバサって言うんだ」

 

 肝心のホルスは、ツバサの心理など露知らず、寒気がする背中をぽんと押しトトに突き出す始末だが。

 

「へぇ。君が、ホルスの」

 

 トトの眼鏡の奥の眼が細められ、ツバサを見つめる。声は、よくも悪くも落ち着いていて、感情を読みづらい。

 

「あっ、その……千鳥ツバサです。よろしくお願いしま、す……?」

 

 好意的に見られているのか、あまり良く思われていないのかわからず、ツバサはすくみ上がってしまった。この挨拶の仕方でよかったのだろうかと、思わず語尾が疑問形になってしまう。

 

「ああ、怖がらないで。ホルスが選んだ相手と聞いて、少し気になってしまってね」

 

 トトの声は穏やかで、温度を感じられる。ツバサに笑いかけてくれてさえいる。だが……少々、抑揚がない。はっきりと好意的であるとわかる発言をする際もそれは変わらず、どうも話しづらかった。

 

「はは。まあ、ちょっと近づきづらい雰囲気はあるけど、いいやつだから!」

「待ってくれ。『ちょっと近づきづらい』とは……?」

「だって、トトがオレの世界に来る時、鳥たちがちょっとガクガクブルブルしてるし」

「む……それは、かつては思想が対立していたせいだと思いたいのだが…………」

 

 ホルスとのやりとりを聞くに、トトに近づきづらい雰囲気があるのは昔からのようだ。

 それを指摘されたトトは、ばつが悪そうな顔をしながら、眼鏡のフリップを押さえた。話し方が淡々としており、どこか冷たい印象を与えるというだけで、表情は人並みに豊かだ。

 

 まだ2柱としか出会っていないし、肉体は人間という状態とはいえ、創界神も然程人間と変わりないように見える。ツバサの気分も軽くなってきた。

 

「それで、トトの使い手はどんなやつなんだ? お前とやっていけてるってことは……こっちでも振り回されてるのか?」

「えっと、なんで『振り回されている』前提なのかな?」

 

 それにしても、このホルス、友達と出会えたからだろうか、はしゃぎ気味である。

 トトはトトで、苦笑を浮かべてはいるが、まんざらでもなさそうだ。

 

(神世界、だったっけ……? そこでは、ホルスがトトさんを振り回してたんだろうな)

 

 ツバサには、神世界の環境や事情がわからない。しかし、仲良く話す2人を見ていると、彼らの神世界での様子がありありと目に浮かぶようだ。自分よりも遥かに高い次元にいて、本来なら畏怖すべき「神」だというのに──正直、微笑ましい。

 

「私の使い手も、ツバサ君が出てきた部屋の生徒だよ。ホルスの思う『振り回す』イメージとは程遠いだろうけれどね」

「マジか! それじゃあ、今から模擬戦(バトル)できるな」

 

 その隙に、ホルスが聞き捨てならないことを言っていたが。

 

「……へ?」

 

 ツバサの口から拍子抜けた声を出て、その言葉の意味を理解するまでに数秒経過。

 

「いや、ちょっと待て!? 今からバトルするのか!?」

 

 今度は、ツバサが寮の廊下で大声を出す羽目になってしまった。

 

「ほら、ツバサも復帰したてだし、勘を取り戻しておきたいだろ?」

「あの時は、仕方なくバトルしたってだけで……復帰するつもりはないんだが…………」

 

 いつの間にか、ホルスからは復帰するのだと認識されている。ツバサとしては、不可抗力でバトルしただけだ。できればこれ以上のゴタゴタは避けたい。

 

「……失礼、ツバサ君。残念だけど、ホルスと組んだ以上、それは諦めたほうがいいよ」

 

 だが、そこへ、トトが申し訳なさそうに忠告してきた。

 

「ここでは、創界神と組んでいるということがステータスになる。新入生歓迎会のエキシビションでも、創界神の使い手同士が戦っていただろう?

 ああいう風に、島民から羨望され、『超えるべき相手』として挑戦されるからね……」

 

「私たちも、顕現したばかりの頃は苦労したよ」と遠い目をする辺り、本当のことなのだろう。ツバサは、頭が痛くなってきた。

 

「つまり、俺にこれから恥をかき続けろと……!?」

「『そうならないようにするために、早いとこデッキに慣れておこう』って思うところだぞ、そこは!」

 

 それでもネガティブチキンの姿勢は崩さない。あまりのブレなさに、ホルスは手をパーにして、ツバサの頭をぺしっと叩いた。

 

 

 

「……というわけで、胸をお借りしたいのですが、いいでしょうか…………?」

 

 そういうわけで、自室に戻ったツバサは、リョウに頭を下げるのであった。

 

「えっと、事情はわかりましたから……頭、上げてください?」

 

 もちろん、自室に戻るなりルームメイトがいきなり頭を下げたものだから、リョウは困惑しているのだが。

 

「すみません……先輩は忙しいでしょうし、俺なんかがバトルを申し込んでもいいのかな、と」

 

 ゆっくりと上げられたツバサの顔は、やはり暗い。せっかく顔を上げたというのに、まだ俯きがちだ。

 

 リョウは、この過剰なまでに遠慮がちな後輩に困り笑いを浮かべる。

 

「後輩をサポートするのが先輩の役目ですから、もっと素直に甘えてくれてもいいんですよ? というよりは、そうですね──せっかくですから、私にも、後輩に格好つけさせてください」

 

 ツバサの性分を鑑みて言葉を選ぶと、ようやく彼の顔は前を向いた。目を瞬いているので、素直に甘える気になったというよりは、驚いただけだろう。

 

「夕食まで時間はありますし、バトルなら“ここ”でもできますからね」

 

 言って、リョウは、部屋の机を指先で触れた。

 

 この学生寮には、男子寮・女子寮共に自習室が設けられている。そのため、各部屋に備えつけられている机は、部屋の中心にある机ひとつだけだ。勉強机に比べると小さいが、ふたりが向かい合ってバトルする分には十分な面積はある。

 

 そして、新入生歓迎会にて校庭でバトルを行えていたように、ソウルコアの結界さえあれば、机上でだって、スピリットたちの実体化を伴ったバトルが可能だ。

 

「……わかりました。どこまでやれるかわからないけど、よろしくお願いします!」

 

 ツバサは首を縦に振った。声も、先程までより力強い。

 

「ふふ、その意気です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 だんだんと活気を取り戻した後輩を見て、リョウもつられて微笑が零れた。

 

「やぁっとやる気になったか! 負けないからな、トト!」

 

 使い手がやる気になり、ホルスも「待ってました!」と言わんばかりに出てきた。いつも隣で闘ってきた兄貴分に、好戦的に笑う。

 

「ああ。私も、お前が相手だからといって、手加減はしないよ」

 

 応えるトトの声も、比較的弾んでいた。眼鏡の奥の目も、不敵に細められている。

 

 互いの闘志を確かめ合った2人の神は、己の力の欠片(カード)に姿を変え、それぞれの使い手のデッキへと向かった。

 

「「ゲートオープン、界放!!」」

 

 残された2人の、バトル開始の合言葉と共に、ソウルコアの赤光が机上で輝いた。

 

 

 

「……机の上でも、服は変わるんですね」

 

 室内でも、ソウルコアで結界を張ると、戦装束(バトルフォーム)を纏った姿に変身するらしい。

 

 ツバサのそれは、前と同じ、山岳地帯に住む民族を思わせるもの。

 座っていると、鷲を象ったマントが床を引き摺るので、違和感がある。本音を言うと、できれば普段着か制服のままでいたかった。さらにぶっちゃけてしまうと、「バトルフォームって、なんでいちいち派手なんだ……」と思わざるをえない。

 

「スピリットたちは小さくても、ライフダメージは通常どおりですからね。この格好で座りながらというのは、傍から見れば大げさな気はしますが」

 

 そう言うリョウのバトルフォームは、中世の銃騎士の服装を紺色基調にしたようなもの。とはいえ、帽子もなく、胴を覆う白銀のライフシールド以外に目立った装飾はないおかげで、すらりとした体格が際立っている。

 

 小さくても、ライフダメージは通常どおり──その言葉に、ツバサの気は一気に引き締まった。

 一度深呼吸。4枚の手札を取り、いつも下向きがちな顔を上げる。

 

 

 

 ──TURN 1 PL ツバサ

手札:5

リザーブ:4

 

「メインステップ!

[ヤツギョリュウ]の【アクセル】を使用! デッキの上から4枚オープン!」

 

 ツバサが最初に切ったのは、[ヤツギョリュウ]のアクセル。サーチ効果で、手札増強を図る。

 

 デッキからオープンされたのは、[天空神皇バッジー・ペセド][天空勇士ノースリー][兜魔神][ヤツギョリュウ]だ。

 

「系統:「神皇」を持つ[天空神皇バッジー・ペセド]と、異魔神ブレイヴの[兜魔神]を手札へ!

 残りは、上からヤツギョリュウ、ノースリーの順でデッキの下へ」

 

 その中から、対象カード2枚を手札に加え、ターンを終える。基本的に、ドローソースの少なくなりがちな緑属性にしては好調な滑り出しだ。

 

「バーストをセットして、ターンエンドです」

 

○ツバサのフィールド

(更地)

手元:[ヤツギョリュウ]

バースト:有

 

 

 

 ──TURN2 PL リョウ

手札:5

リザーブ:5

 

「メインステップ。

 ネクサス・[ラインの黄金]を配置」

 

 リョウの初手はネクサス配置。彼のフィールドに、大きな黄金の原石が出現する。尤も、今回はフィールドに張られた結界の大きさが小さいため、ミニチュアサイズだが。

 

「このネクサスがある限り、系統:「武装」以外を持つスピリットの『このスピリットの召喚時』効果は発揮されません」

「うっ……と、いうことは…………」

 

 ネクサスの効果を聞いたツバサの顔が引きつる。

 

「緑属性のスピードは怖いですからね……バッジー・ペセドの《封印》は封じさせていただきますよ」

 

 ご明察と言うように、リョウは悪戯っ気を含ませた笑みを浮かべた。

 

 ツバサのデッキが得意とするコアブーストは、主に召喚時に発揮される。スピリットに召喚時効果を封じられるということは、謂わばエンジンを壊されたようなものだ。

 特に、ツバサが1ターン目に引いた[天空神皇バッジー・ペセド]は、召喚時にコアブーストと、ソウルコアの《封印》を行う。コストの低さも相まって、ツバサのデッキの中核を担うスピリットだ。しかし、召喚時効果以外では、《封印中》に発揮する効果しか持たず、召喚時効果を封じられれば《封印》も行えない。今や、バッジー・ペセド単体では、効果の記述を持たない──所謂「バニラ」のスピリット同然になってしまった。

 

 ツバサの口から「うへぇ……」という声が出る。が、まだリョウのターンは終わっていない。

 

「続けて、ネクサス・[凍れる火山]を配置」

 

 さらに、ツバサに追い打ちをかけるようなネクサスが配置された。

 

[凍れる火山]。その名のとおり、溶けることのない氷に包まれた火山である。マグマを噴いても、その氷が溶けることはなく、一見すれば火山というよりも氷山だ。

 

「[凍れる火山]は、相手のターン中、相手の効果によって相手の手札が増えたとき、増えたカードの数だけ相手の手札を破棄させます」

 

 その効果は、相手の手札増加に伴う手札破棄。破棄するカードは相手が選ぶとはいえ、単純に手札の増加を許さないというのは強力だ。

 

「なんだか、初っ端から物凄くいじめられてる気がする……」

「まさか。千鳥君の実力に期待しているからこそ、最初から全力で臨ませていただいているんですよ」

「……お手柔らかにお願いします」

 

 この時点で、既にツバサは血の気が引く思いだ。

 

 尤も、バトルとは、互いに勝とうと全力を注ぐからこそ楽しいもの。手札や勝敗を完全にコントロールするのは不可能。

 何より、「いじめられている気がする」という失言に対し、怒ることなく優しく返したリョウの言葉に嫌味はなかった。間違いなく本心だろう。

 ツバサが文句を言える道理など、どこにもない。

 

「こちらも、バーストをセット。

 ターンエンドです」

 

 ネクサスを2枚配置するのにコアを費やしたため、リョウのフィールドにスピリットはいない。アタックはなく、ターンをツバサに譲った。

 

○フィールド

・[ラインの黄金]〈0〉Lv1

・[凍れる火山]〈0〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 3 PL ツバサ

手札:6

リザーブ:5

 

「メインステップ!

 異魔神ブレイヴ・[兜魔神]を召喚!」

 

 スピリットの召喚時効果を封じられたツバサは、フィールドのシンボルを稼ぐことを優先した。

 Lv1コストが0の異魔神ブレイヴ・[兜魔神]を召喚。ひとまず緑のシンボルを確保する。

 

 カブトムシ頭のボディビルダーは、眼前のネクサス群など気にせず、今回も己の筋肉を誇示した。

 

「元気な異魔神ですね」

 

 スピリットたちに負けないくらい個性的な兜魔神を見て、リョウはくすりと笑った。

 

「よく言われます……」

 

 ツバサは、子のやんちゃを許してもらった親のような気分を噛み締めた。既にホルスからも「濃い」と言われたので、本日2回目だ。

 

「俺は、これでターンエンドです」

 

[ラインの黄金]と[凍れる火山]の効果で、ツバサは非常にアドバンテージを稼ぎづらい。兜魔神を召喚するだけに留め、ターンを終えた。

 

○ツバサのフィールド

・[兜魔神]〈0〉Lv1・BP3000

手元:[ヤツギョリュウ]

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 4 PL リョウ

手札:3

リザーブ:6

 

「メインステップ。

[ゴッドシーカー 聖刻騎兵スポッター・シェネウト]を、Lv4で召喚」

 

 リョウのフィールドに表れたのは、小さめな、人型のロボット兵器。

 召喚の際に、金に輝く六芒星型のシンボルがちらついた。スピリットとは文字通り「レベルが違う」、究極の存在・アルティメットである証だ。

 

「ごっどしーかー……?」

 

 聞き慣れない名前を、ツバサはオウム返しにした。

 

「ええ。"God Seeker"──『神の探索者』という意味で、その名の通り、デッキから対応する創界神を探し出してくれるカードです。

 では、召喚時効果で、デッキの上から4枚オープンしますよ」

 

 召喚されたスポッター・シェネウトは、デッキにスタンバイしている仲間たちに救援信号を送った。サイレンの音が、フィールドに響き渡る。

 デッキからオープンされたカードは[凍れる火山][創界神トト][聖刻神銃ジェフト=グリフ][シシャノショドリーム]だ。

 

「当たりですね。[創界神トト]1枚と、系統:「界渡」を持つ白のカード──[聖刻神銃ジェフト=グリフ]を手札へ。

 さらに、[シシャノショドリーム]は、スポッター・シェネウトの効果でオープンされた時に手札に加えることができます。残った[凍れる火山]はデッキの下へ」

 

 これにより、リョウは手札を3枚補充。スポッター・シェネウトを召喚した時点で2枚しかなかった手札が5枚となり、ツバサの手札枚数と並ぶ。

 

 だが──

 

「それなら、スポッターの召喚時効果に反応して、俺のバーストが発動します! [天空勇士フェニックジャク]!

 

 バースト効果で、スポッターを重疲労! その後、Lv1で召喚!」

 

 ここで、ツバサのバーストが発動する。

[天空勇士フェニックジャク]。相手のスピリット/アルティメットの召喚時効果発揮に反応し発動し、合計2体を重疲労させられるバースト効果を持つスピリットだ。

 

 フィールドに着地したフェニックジャクは、黄金の羽を見せびらかすように広げた。己の羽の美しさと、スポッターを重疲労させた功績、それらを誇っているように見える。クジャク特有の羽の派手さ・美しさで霞んでしまいそうだが、謙遜の欠片も感じさせない澄まし顔をしていた。

 

(うわ、なんだかフィールドが濃い!?)

 

 見るからにナルシストなフェニックジャクにドン引きしたツバサは、そっと視線を兜魔神へ動かす。

 

 兜魔神も、負けじとフロント・バイセップスしていた。

 

「ふふ。皆さん、楽しそうで何よりです」

「そうですけど、これはこれで我が強すぎると思います……フェニックジャクの召喚時効果は[ラインの黄金]の効果で不発です」

 

 ツバサは、再び、子のやんちゃを許してもらった親のような気分になった。

 

 召喚時効果を阻まれたフェニックジャクは、一瞬だけ「げっ!?」と言うように身体を震わせていた。慌てて気を取り直し、すぐ澄まし顔になったが。

 

「バーストの処理も完了したようですし、メインステップを続行しますね。

 創界神ネクサス・[創界神トト]を配置します」

 

 スポッター・シェネウトが引き当てた[創界神トト]のカードが、ついに配置される。

 

 今回はフィールドが狭いからだろうか。いつも使い手の傍らにある創界神は、使い手のすぐ隣に出現した。

 

 褐色の肌に黒い髪、眼鏡をかけた理知的な顔は変わらず。首から下は、ホルスとよく似た白い装束に、蒼銀の武装。

 創界神トト本来の姿だ。

 

 が、配置された彼の視界に真っ先に映ったのは──

 

「ホルスのところの鳥たちって、こんなに濃かったかな……?」

 

 創界神という格上の存在へ自慢するように、黄金の羽をドヤァと広げるフェニックジャク、ボディビルのポーズを決める兜魔神。

 

 冷静なトトも、これには何度か瞬きさせられた。

 

「スピリットたちのやる気が伝わってくるようですね。私としては、好感が持てます」

 

 ぽかんとするトトに、リョウが諭すように声を掛けた。

 

 が、その声は、トトよりも、フェニックジャクと兜魔神に届いていて──彼らは「だろ! だろ!」と言わんばかりに、それぞれのチャームポイントをもっと誇ってみせる。

 ツバサのターンではないのに、彼のフィールドの方が活発であるように感じられるほどだ。

 

「では、気を取り直して──

 同名のカードがないため、[創界神トト]配置時の《神託(コアチャージ)》を発揮します。デッキの上から3枚をトラッシュへ」

 

 リョウは、ツバサのフィールドから自陣に意識を戻し、処理を続ける。

 

 トトの《神託》でトラッシュに落ちたのは[聖刻騎兵エース・アークイブ][闇輝石六将 機械獣神フェンリグ][リゲイン]。

 

「[聖刻騎兵エース・アークイブ]は、系統:「武装」を持つアルティメット。

[闇輝石六将 機械獣神フェンリグ]は、系統:「武装」を持つコスト3以上のスピリット。

 対象カードは2枚なので、ボイドからコア2個をトトへ追加します」

 

 マジックカードである[リゲイン]を除いて、スピリットとアルティメットが、トトへ祈りを捧げる。祈りを受け、コアを増やしたトトは、トラッシュに落ちたカードたちを一瞥。「制限1を落としてしまったか」と、目を細めながら呟いた。この場にホルスがいたら、デッキから出てきたカードの強力さに戦慄すると同時に、それらが落ちたことに安堵していただろう。

 

「トトのシンボルは、白、あるいは究極(アルティメット)として扱います。

 よって、5コスト4軽減。神話(サーガ)ブレイヴ・[聖刻神銃ジェフト=グリフ]を、[創界神トト]に直接合体(ダイレクトブレイヴ)する形で召喚」

 

 最後に、スポッター・シェネウトが引き当てたもう1枚のカード・[聖刻神銃ジェフト=グリフ]が召喚された。白銀の銃身と、蒼銀の装飾の銃型ブレイヴ。トトのホルスターにぴったりと収まったそれは、まさに彼を象ったような意匠が施されている。

 

「創界神と合体(ブレイヴ)……できるんですか?」

「はい。神話(サーガ)ブレイヴといって、創界神と合体できるブレイヴです。創界神との合体した場合は、そのブレイヴのシンボルと、【神技(グランスキル)】や【神域(グランフィールド)】を付与してくれるんですよ」

 

 復帰勢のツバサは、神話ブレイヴを知らず、少しだけ混乱した。

 だが、リョウの説明で、概ね理解できた。要は、創界神ネクサスと合体することで、打点は増やせないが除去されづらいシンボルになり、創界神に新たな効果を付与できるということだろう。

 

(ホルスにも、そういうのがあったりするのか……?)

 

 ジェフト=グリフがトトを意識したデザインなのは、ツバサにも見ればわかる。そのトトと仲が良い創界神ホルスが同様のブレイヴを持っている可能性は高い。

 これからバトルを強いられるのなら、強くなるに越したことはないというのが、ヤケクソに至ったツバサの考えである。知らなかったギミックやカードに興味がないわけではないが。

 

「以上、ターンエンドです」

 

 スポッター・シェネウトを重疲労させられたため、リョウのフィールドにアタッカーはいない。アタックは行われず、ツバサにターンが回ってきた。

 

○リョウのフィールド

・[ゴッドシーカー 聖刻騎兵スポッター・シェネウト]〈1s〉Lv4・BP5000 重疲労

・[聖刻神銃ジェフト=グリフ]

→[創界神トト]〈2〉Lv1

・[ラインの黄金]〈0〉Lv1

・[凍れる火山]〈0〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 5 PL ツバサ

手札:6

リザーブ:5

 

「メインステップ!

 それなら、こっちも……! [創界神ホルス]を配置!!」

 

 一手遅れて、ツバサもホルスを引き当てた。すぐさま配置し、心強い相棒を喚び出す。

 

が、隣に現れたホルスの視界に真っ先に映ったのは──

 

「えーと……なんだこれ? 地獄か?」

 

 輝く黄金の原石、決して溶けない氷に覆われた火山──そして、共に戦ったからこそ、敵に回せば手強いと知っている友の姿。一目見るだけで、劣勢であることがわかった。

 

「見ての通りとしか……とりあえず、同名カードがないから、配置時の《神託》発揮!」

 

 ホルスの《神託》で、ツバサのデッキの上から[乙騎士エウロス・ファルコン][天空神皇ゲイル・フェニックス・ホルス][ヤツギョリュウ]がトラッシュへ置かれる。すべて、系統:「爪鳥」を持つコスト3以上のスピリットなので、ホルスに3個、コアが置かれた。

 

「続けて、フラッシュ。

 手札から、召喚コストの支払いと上に置くコアをリザーブから使用して召喚し、《神速封印》! [卯の十二神皇ミストラル・ビット]!!

 ホルスのシンボルは緑としても扱えるので、5コスト3軽減、Lv2です!!

 

 そして、系統:「爪鳥」のコスト3以上の召喚によって、ホルスに《神託》!」

 

 そして、バッジー・ペセドやゲイル・フェニックスと同じ「神皇」のミストラル・ビットが、ツバサのフィールドへ飛び降りてくる。

 長い耳の先が羽のようになった、シャープなボディの兎。ヘルメットをはじめとした防具で身を包み、装備したブースターで加速しながら、颯爽と登場だ。

 

「そして、ミストラル・ビットのソウルコアを、俺のライフに《封印》!

(ライフ:5→5s)

 

 コアが減ったミストラル・ビットは、Lv1にダウンします」

 

 ミストラル・ビットが軽やかに旋回し、「それっ!」とツバサのライフシールドにソウルコアを投げ入れる。

 まさか投げつけられるとは思わず、面食らったツバサだが、なんとか受け止め安堵の溜息を吐いた。

 

「《神速封印》は、あくまでもフラッシュ効果。これなら、[ラインの黄金]に邪魔されませんよね?」

「ええ。止められるのは「このスピリットの召喚時」効果だけですから、問題ありませんよ」

 

 確認のため、リョウに尋ねたところ、ツバサの狙いは間違っていなかったようだ。「せっかくメタを張れたのに、すり抜けられてしまいましたね」と、リョウは自嘲していた。

 

「へぇ。すっかりネガティブなやつだと思ってたけど、なんというか……諦めきってはいないんだな」

 

 使い手の機転に、ホルスも感心したように呟く。彼ですら、敵陣を一目見て「地獄絵図だ」と感じたくらいだったのに、ツバサは突破口を見つけ出し、《封印》につないでみせたのだ。

 

「[兜魔神]の右にフェニックジャク、左にミストラル・ビットが来るように合体。

 

 アタックはせず、ターンエンドです」

 

 が、ファインプレーをした直後のツバサは、攻撃しなかった。なぜなら──

 

(コアが、足りない……!)

 

 使えるコアが、あまりにも少ないからだ。

 

 ソウルコアをライフに変える《封印》は、スピリットたちの強力な効果を引き出すことができる効果だ。

 しかし、リザーブやフィールド、トラッシュからライフにコアを置くということは、即ち「自分が使えるコアを減らす」ことになる。[ラインの黄金]で召喚時効果を封じられたツバサのデッキは、言うなればエンストしていると言っても過言ではない。

 コアブーストを失い、今彼が使えるコアは、フェニックジャクとミストラル・ビットに置かれている1個ずつだけ。この状況でアタックし下手にライフを狙えば、使えるコアが少ない隙を狙って切り込まれるだろう。だから、ツバサは、リョウのブロッカーがいないこの状況でもアタックできなかった。

 

○ツバサのフィールド

・[兜魔神]

→右:[卯の十二神皇ミストラル・ビット]〈1〉Lv1・BP7000+3000=10000

→左:[天空勇士フェニックジャク]〈1〉Lv1・BP6000+3000=9000

・[創界神ホルス]〈4〉Lv1

手元:[ヤツギョリュウ]

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 6 PL リョウ

手札:4

リザーブ:5

 

「メインステップ

 ネクサス・[獣の氷窟]をLv2で配置します」

 

 尖った氷に覆われた洞窟の地面が、リョウのフィールドに絨毯を敷くようにして出現する。

 

「黄金、火山、氷窟──容赦ねぇな、お前の使い手」

「褒め言葉として受け取っておくよ。私の聖刻連隊が活躍できる場を整えてくれているということだからね」

 

 ホルスからジト目を向けられたトトは、軽くいなすように言葉を返した。

 

 だが、これらのネクサス3種は、あくまでも相手へのメタを担う「脇役」である。

 

「そして──[聖刻騎兵キャバルリー・アーネジェウ]を、Lv4で召喚。

 

 系統:「武装」を持つアルティメットが召喚されたので、トトに《神託》」

 

 ようやく登場した、リョウのデッキの主役のひとり。 創界神トトの率いる聖刻連隊の、最精鋭部隊。「聖刻騎兵」の名を冠するアルティメット・[聖刻騎兵キャバルリー・アーネジェウ]が飛来した。精鋭なだけあって、同じく人型のロボット兵器であるスポッター・シェネウトと比べて、機体と手にした銃のサイズがひとまわり大きい。

 

「出たな、アーネジェウ……!」

 

 キャバルリー・アーネジェウを見たホルスが、嫌そうな顔をしながら、唾を呑んだ。

 

「ホルスがこんなに萎縮するなんて……どんな効果なんだ?」

「あいつは……自陣の武装アルティメットすべてに、スピリット/ネクサスの効果耐性をばら撒くし、

 お互いのアタックステップ終了後に、自陣の武装アルティメットすべてを回復させるし、

 Lv4からは、ライフをターンごとに相手のスピリット1体と相手のネクサス1つからそれぞれ1しか減らされないようにする。

 

 神世界では味方だったからよかったが……はっきり言って、ゲイル・フェニックス・ホルスとの相性は最悪だ」

 

 ライフをスピリット1体から1しか減らせなければ、異魔神と合体による打点増加も、回復を交えた連続アタックも意味がない。

 また、ツバサのデッキに採用されている【アクセル】も、スピリットの効果だ。例えば、前のバトルでツバサの窮地を救った1枚・[三十三代目風魔頭首ヤタガライ]。その【アクセル】は、相手のスピリット/アルティメット3体を疲労させ、疲労したスピリット/アルティメットと同数、自分のスピリットを回復させることができる。まさに「形勢逆転」を狙える1枚といえるだろう。しかし、それを無効化されては、逆転どころかそのターンを凌ぐことすらままならない。

 

「インチキみたい、だけど……突破口は必ずある、よな?」

 

 ツバサは、下げてしまいがちな頭を上げた。視線を前へ向け、リョウのフィールドを「観察」するために。

 

「私からヒントは与えませんが、その心意気が嬉しいですよ」

 

 知らず知らずのうちに真剣になっている顔を見せてくれたツバサへ、リョウは優しく、それでいて挑戦的な言葉を掛けた。

 

「トトに合体しているジェフト=グリフを、アーネジェウへ交換」

 

 トトがホルスター収まっていたジェフト=グリフを取り出し、一瞬だけ、使い手の方を一瞥。「行くのか?」と視線で問う。

 リョウが無言で頷くと、正面へと視線を戻し、その先に飛んできていたキャバルリー・アーネジェウへ、ジェフト=グリフを渡した。

 キャバルリー・アーネジェウは、厳かにそれを受け取り、銃を持っていない方の腕に装備。攻撃的な二挺拳銃の態勢をとる。

 

 未知の聖刻神銃、その引き金が、もうまもなく引かれようとしていた──




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 エクストラターンを乗り越えたツバサを待ち受けていたのは、後2で並ぶ[凍れる火山]と[ラインの黄金]でした。
 こんなにも強力なカードたちなのに、どちらも3コストというのが恐ろしいですよね。


 さて、先日、転醒編第1章のカードリストが公開されていましたね。
 正直なところ、下手に本作に参戦させると物語のコンセプトが壊れてしまいそうなカードが多いので、近日中に、本作のカードプールやレギュレーションを明確化しておこうと思っております。

 目次から飛べるようにする都合上、近日中にもう一度投稿が入ってしまいますが、読者の皆さんには何卒ご了承いただきたく存じ上げます。


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第4話 バトスピを生徒会副会長と その2

 LoBrisです。

 先に謝っておきます。
 相手に破棄されると即発動する某戦艦が好きな皆さん、ごめんなさい。


 そして、改めて──本作の創界神は、筆者の独自解釈・独自設定が多分に含まれている他、あくまでも原作で活躍している彼らの「劣化コピー」なので、頭のネジの数が圧倒的に足りないことが多々あります。

 何卒、ご了承ください。


「アタックステップ。

 アーネジェウでアタック!」

 

 リョウの指示で、聖刻連隊の精鋭・キャバルリー・アーネジェウが飛び立った。握った聖刻神銃の銃口が、ツバサのフィールドにいるミストラル・ビットに狙いを定めた。

 

聖刻神銃(ジェフト=グリフ)合体(ブレイヴ)アタック時効果で、合体しているアルティメットのBP以下のスピリットをデッキの下へ戻します。

 アーネジェウはBP15000。BP7000のミストラル・ビットをデッキの下へ!」

 

 聖刻兵の演算能力の高さなのだろうか。狙いを定められてからすばしっこく逃げ回っていたミストラル・ビットだが、キャバルリー・アーネジェウが放った一発の射撃が見事命中。デッキの下に戻されてしまう。

 

「5コストなのに、コア2個でBP10000超なんですか……!?」

「ミストラル・ビットを使っている貴方の台詞ではないと思いますが……アルティメットですから、BPには自信がありますよ」

 

 ツバサはキャバルリー・アーネジェウのBPに面食らっているが、リョウの言うとおりで、ミストラル・ビットも5コスト、かつコア2個でBP12000になれるスピリットだ。Lv3になればBP17000のまで上昇し、Lvの維持に対するBP効率ではキャバルリー・アーネジェウに勝る。

 

(こういうことなら、ブロッカーがいないうちにアタックしとけばよかったか……?)

 

 兜魔神と合体していたミストラル・ビットはダブルシンボルになっていた。反撃は怖いが、普通にアタックすればライフを2点削れていただろう。

 

 ──だが、過ぎたことを気にしても仕方がない。接近してくるキャバルリー・アーネジェウを視界に入れ、覚悟を決める。

 

「ライフで受ける!」

(ライフ:5s→3s)

 

 キャバルリー・アーネジェウが、ふたつの銃口をツバサに向け、ライフを2点、撃ち抜いた。

 

「ぐっ……! 本当にさっきのバトルと同じなのか。サイズはミニチュアなのに…………」

 

 ツバサの体感で、キャバルリー・アーネジェウから食らったライフダメージの痛みは、合体してダブルシンボルとなったスーパーディラノスのそれと同じくらい。両者のシンボルの数は同じなので、つまり「痛みは全く変わらない」ということだ。

 

「アタックステップは以上。

 アーネジェウの効果で、お互いのアタックステップ終了時に、系統:「武装」を持つアルティメットすべてを回復させます。

 

 ターンエンドです」

 

 アーネジェウの効果で、膝をついていたスポッター・シェネウトが立ち上がる。前のツバサのターンで重疲労させ、このターンのリフレッシュステップ時点では疲労状態だったが、早々に戦線復帰を果たした。

 

○リョウのフィールド

・[聖刻神銃ジェフト=グリフ]

→[聖刻騎兵キャバルリー・アーネジェウ]〈2〉Lv4・BP12000+3000=15000

・[ゴッドシーカー 聖刻騎兵スポッター・シェネウト]〈1〉Lv3・BP4000

・[創界神トト]〈3〉Lv2

・[ラインの黄金]〈0〉Lv1

・[凍れる火山]〈0〉Lv1

・[獣の氷窟]〈s〉Lv2

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 7 PL ツバサ

手札:5

リザーブ:7

 

「……ホルス、結局トトって何してくるんだ?」

 

 メインステップに至るまで処理を終え、ツバサはふと呟いた。

 

 キャバルリー・アーネジェウの盤石さに気を取られているが、まだ肝心のトトも動いていないのだ。

 

「コア2個で召喚した武装アルティメットに完全耐性を付与、コア3個の【神域(グランフィールド)】で、スタートステップの後に追加でアタックステップを…………あ、次のターン、スタートステップの後にアタックステップが来るな」

 

 ホルスから説明を受けて、ツバサは頭を抱えた。なぜなら──

 

「ターンとかステップって、そんな簡単に増やせるものだったのか……?」

 

 彼は、先のバトルでもエクストラターンを決められているからだ。今回はアタックステップだけの追加なだけまだマシに思われるが、突破すべきガードが堅すぎる。

 

「トトはステップに干渉するのが得意技なんだ。味方でよかったなぁ、本当……」

「今は対戦相手! 敵だからな!?」

 

 ホルスは、聳えるメタネクサスと、堅牢堅固のキャバルリー・アーネジェウからこっそり目を逸らし、現実逃避しかけていた。

 ツバサにも、ホルスの気持ちはよくわかるが、ここは一喝する。

 元より、胸を借りるつもりで臨んだ勝負だ。負けても失うものはないのに、自分から挑んだようなものなのに、逃げるわけにはいかない。

 

「手元の[ヤツギョリュウ]をLv2で召喚。

「爪鳥」のコスト3以上の召喚で、ホルスに《神託(コアチャージ)

 

《封印中》の召喚時効果は、[ラインの黄金]の効果で不発………」

 

 ひとまず、手元の[ヤツギョリュウ]をLv2で召喚。黒い嘴、頭部にはギョリュウという木の葉を思わせる冠羽が生えている、小さな鳥がフィールドに飛んでくる。しかし、相変わらず召喚時効果は発揮できない。

 

「召喚したヤツギョリュウを、[兜魔神]の右に合体。

 フェニックジャクをLv2に。

 

 バーストをセットして、ターンエンド」

 

 活躍の場を与えられないフェニックジャクが、不満げにツバサの方を向いて鳴いている。だが、例えこのターンに仕掛けブロックさせても、キャバルリー・アーネジェウが生存していれば、アタックステップ終了後に回復され、次のリョウのスタートステップ終了後にフルアタックできる態勢が整ってしまう。

 何より、今のツバサのフィールドに、キャバルリー・アーネジェウのBPを超えられるスピリットがいない。数で攻め立てられるほどの頭数もない。

 

 結局、ツバサはこのターンも攻めあぐねた。

 が、新たに伏せたバーストに視線を向ける。

 

(次のターン、頼んだぞ……!)

 

○ツバサのフィールド

・[兜魔神]

→右:[ヤツギョリュウ]〈3〉Lv1・BP6000+3000=9000

→左:[天空勇士フェニックジャク]〈3〉Lv2・BP9000+3000=12000

・[創界神ホルス]〈5〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 8 PL リョウ

 

「スタートステップ。

 自分のスピリット/アルティメットすべてが系統:「武装」を持っているため、[創界神(グランウォーカー)トト]Lv2の【神域】の効果で、このステップ終了後に、追加でアタックステップを1回だけ行います」

 

 ついに発揮された、トトの【神域】効果。宣言するリョウの声も、心なしか張りがある。

 ソウルコアの結界の中で、天が鋼に覆われた。

 

 作り物めいているのに、迫力のある光景に、ツバサは僅かな間、目を奪われた。フェニックジャクとヤツギョリュウは、自分たちの天空(テリトリー)の急変に驚きおろおろしている。そんな中、兜魔神だけは、腕を組み、真剣な面持ちで鋼の空を見上げていた。

 

「いくよ、ホルス。お前が相手だからといって、容赦はしない」

 

 普段は淡々として聞こえるトトの声に、威圧感が宿る。彼の声に呼応するように、スポッター・シェネウトとキャバルリー・アーネジェウがそれぞれの銃を構えた。

 

「へへ、そう来なくっちゃ!」

 

 ホルスも少し虚勢を張って、トトと向き合った。後ろ向きなツバサがまだ戦意を捨てていないのに、自分が先に折れてたまるかと、己に喝を入れる。

 

「──アタックステップ

 アーネジェウでアタック!

 前のターンと同じく、ジェフト=グリフの合体アタック時効果で、フェニックジャクをデッキの下へ!」

 

 キャバルリー・アーネジェウの射撃が、今度はフェニックジャクを撃ち抜いた。

 最後まで胸を張り続け、羽を広げ、輝く時を待っていたフェニックジャクも、いよいよデッキの下に戻される。

 

「……ヤツギョリュウ、守ってくれ!」

 

 活躍させきれなかったフェニックジャクを尻目に、ツバサはヤツギョリュウでのブロックを宣言した。

 

 強力なアルティメットと相対し、一瞬だけ躊躇い・戸惑い見せるも、勇敢に特攻するヤツギョリュウ。

 最初こそ、キャバルリー・アーネジェウが握った二挺の銃から放たれる弾の雨を身軽に躱しながら肉薄──しようとするも、徐々に疲労が蓄積し、動きが鈍くなっていく。それでも飛び続け、まさに嘴が機体に触れかけたその瞬間、確実無比なヘッドショットで破壊され、断末魔の鳴き声を上げた。

 

「合体していた[兜魔神]はフィールドに残す。

 ごめんな、ヤツギョリュウ……」

 

 フェニックジャクに続いて、除去されたヤツギョリュウを見送る。

 言ってしまえば、バトルは「相手のやりたいことをさせず、かつ自分のやりたいことをする」ものだ。だが、わかっていても、本来のポテンシャルを発揮させてやれなかったことへの負い目はあった。

 

 それが、相手に食らいつくための、勝つための選択でも、だ。

 

「だけど……っ! 相手によるスピリット破壊によって、バースト発動! [天空戦艦ピラミッドウィング]!!」

 

 ヤツギョリュウの破壊まではツバサの想定どおり。なんとか、彼が賭けていたバーストの発動まで漕ぎ着けることができた。

 

「バースト効果で、自分のデッキを上から2枚オープン! その中の系統:「爪鳥」を持つスピリットカード/アルティメットカードを、コストを支払わずに好きなだけ召喚します!!

 とりあえず誰でもいいからこのターンを凌げそうなやつ来てくれ……!!」

「いや、もう少しマシな願い方あるよな!?」

 

 ヤケクソ気味な祈りと共に、デッキに手をやるツバサ。ホルスからツッコミが飛んでくるが、気に留めない。

 

 意を決してオープンされた、2枚のカードは──

 

「[ウジャバト]と……[天空神皇ゲイル・フェニックス・ホルス]! 前者をLv1、後者をLv2でノーコスト召喚!!」

 

 手札1枚と引き換えに、「爪鳥」にあらゆる除去効果への耐性を与える[ウジャバト]。

 そして、ツバサのデッキのエースである[天空神皇ゲイル・フェニックス・ホルス]。

 ツバサすら思いつかなかった、最善のペアだ。

 

 空色の羽を持つ小鳩と、翡翠の不死鳥が、並んでツバサのフィールドに飛来する。

 

「本当に来てくれた……ありがとう」

 

 驚き半分、喜び半分で、ツバサの強張った顔が綻んだ。

 ささやかな感謝の言葉に、ゲイル・フェニックス・ホルスが高らかに鳴き声をあげ、ウジャバトもポポッと静かに応えてくれた。

 

「「爪鳥」のコスト3以上の召喚によって、ホルスに《神託》!

 

 そして、ピラミッド・ウィングをバースト召喚!

 こいつも「爪鳥」のコスト3以上! ホルスに《神託》!」

 

 続けて、先に召喚された2羽の後を追うように、ピラミッドを顎から吊り下げた巨大鳥──のような戦艦が、やや呑気な汽笛を吹かせながらやってきた。

 

「……お前の戦艦、結構ゴツいな」

「おう! ゴツくて格好良いだろ?」

 

 しかしこのホルス、使い手とは真逆で、やけにポジティブである。

 

「いや、その、顎からピラミッドって、何をどうしたらこういうデザインになるんだ……?」

「お前、言うときは想像以上にけちょんけちょんにしてくるタイプなんだな……というか、トトも何か言ってやれよ!」

 

 が、言うときは言うタイプのツバサに、口調はやんわりとしているのに直球な指摘をされ、対戦相手であるはずのトトに助け舟を求めた。戦艦だけに。

 

「…………すまない、ホルス。私も、ツバサ君に同感だ。初見の時からずっと、『なぜ顎からピラミッドを?』と思っていた」

「なら早く言ってくれよ!?」

「そうは言われても、まだ手を組んでいなかったどころか、敵同士だった時のことだ。当時は友軍になるなどとは思っていなかったんだよ……」

 

 が、求めたのは助け舟だったはずなのに、追撃がホルスを襲った。誰が相手だろうとそういう喋り方をするのだと知っていても、トトの淡々とした口調で指摘されるのは、そこそこダメージが大きい。

 四面楚歌を逃れるためだろうか、ホルスはちらーっとリョウへ視線を向けた。

 

「私、ですか……?」

 

 察しの良い彼は、ピラミッド・ウィングのデサインへの意見を求められていることを察することができた。が、顔に浮かぶのは困惑の色。ツバサとトトにはわかる。あれは「ごめんなさい、ポジティブな意見は期待しないでください」と言いたがっている顔だ。彼らには、その気持ちがよくわかる。

 

 それでも、リョウは密かに溜息をひとつ吐いた後、

 

「──なかなか独創的なデザインだと思いますよ」

 

 オブラートに包んで、ホルスの気分を害さない感想を述べた。

 

「よかったぁ……わかってくれるやつがいた」

 

 胸を撫で下ろすホルスだが、胸を撫で下ろしたいのはリョウの方だろう。彼が「格好良いとは一言も言ってませんからね……?」という視線をツバサに向けてくるので、ツバサは感謝のお辞儀をした後、そっとグーサインを送っておいた。

 

「……ひとまず、追加のアタックステップはここまで。

 キャバルリー・アーネジェウの効果で、系統:「武装」を持つアルティメットすべてを回復させます」

 

 一悶着あれど、ピラミッドウィングのバースト効果で、Lv3のスポッター・シェネウトのBPを上回れるスピリットを召喚することができた。

 

 リョウは追加のアタックステップを終了し、通常のターンシークエンスに戻る。

 手札も使えるコアも増えた次が本番だ。

 

 

手札:3

リザーブ:4

 

「メインステップ。

 ……セットしているバースト・[聖刻兵フォートレス・ネセニ]を破棄。別のバーストをセットします」

 

 ここでリョウは、セットしているバーストを破棄した。

 回収手段の少ない白属性でバーストを破棄すれば、再使用はほぼ不可能だ。手札1枚を消費するリスキーな行為といえる。

 つまり、今伏せているバーストよりも勝算のあるバーストカードがセットされたのだろう。ツバサは警戒を怠らない。

 

 だが──

 

「さて……困りましたね」

 

 リョウの口から、軽い弱音が零れた。盤石に見える彼の布陣だが、彼の手札は、現在2枚しかないのだ。

 先に動いたということは、先に手札を消費していたということ。凍れる火山]も[獣の氷窟]も、配置されていてなおデッキを回そうとするタイプの相手には非常に有効だ。だが、[ラインの黄金]をも配置されたツバサは動きたくても動けない。皮肉なことに、前述した2枚のネクサスの効果を発揮させていなかった。おかげで、先にリョウの手札が枯渇しかけていたのである。

 

 いずれにせよ、ライフの数はツバサの方が下、キャバルリー・アーネジェウによって耐性が付与されているという点でも、ツバサの劣勢に変わりはないのだが。

 

「アーネジェウをLv5に、スポッターをLv4に。

 

 アタックステップ。

 アーネジェウでアタック!

 Lv5のアーネジェウは、ジェフト=グリフのBP+も含めて、合計BP18000。ジェフト=グリフの合体アタック時効果で、BP3000のウジャバトをデッキの下へ!」

 

 このターン、リョウのフィールドに新しいカードは出てこなかった。アタックステップに入り、召喚されたばかりのウジャバトが呆気なく撃ち抜かれる──はずだった。

 

 が、今回はツバサにも対応策がある。

 

「それなら、[ウジャバト]自身の効果発揮!

 相手の効果で「爪鳥」がフィールドを離れるとき、そのスピリット/アルティメット1体ごとに、自分の手札1枚を破棄! そうしたとき、ボイドからコア1個をそのスピリット/アルティメットに置き、そのスピリット/アルティメットは疲労状態でフィールドに残る!!

 

 手札の[テッポウナナフシ]を破棄して、ボイドからコア1個を[ウジャバト]へ! 疲労状態でフィールドに残します!!」

 

 ウジャバトが鳩胸を張ると、空色のバリアが彼(彼女?)の身体を覆い、ジェフト=グリフの弾から守った。

 

「やはり防がれる、か……」

 

 トトが眼鏡の奥で目を細める。

 

「手札を1枚切らせただけ良しとしましょう。コアブーストを許してしまいますが、手札が切れればそれまでですよ。

 

 では、ここからが、メインのアタックです!」

 

 トトに諭すような声音で応え、リョウはすぐフィールドに向き直る。到底動揺しているようには見えない。

 

「ここは……ライフで受けるっ! ぐっ…………!」

(ライフ:3s→1s)

 

 再びライフを2点撃ち抜かれ、ツバサは反射的に膝を押さえる。やはり痛い。ミニチュアなのに。

 

「いっつぅ……これなら普通にカードだけでバトルすればいいじゃないか」

「それは禁句だって!? それに、俺はこうして実体化して戦うほうが楽しいぞ?」

 

 唐突にTCGのあれこれを全否定してしまうようなことを口走ったツバサ。無論、ホルスにツッコまれた。

 

「……残念ながら、この島はどこでやっても実体化してしまうみたいです。諦めましょう」

「いや、不思議とかそういう次元じゃないですよね!? 迷惑だなこの島!?」

 

 リョウが苦味強めな苦笑を浮かべるが、ツバサとしてはなぜ僅かでも微笑むことができるのか、なぜこの島の不思議を通り越してはた迷惑な性質を受け入れられるのか、甚だ疑問である。

 

「アタックステップは以上。

 アーネジェウの効果で、系統:「武装」を持つアルティメットすべては回復します。

 

 ターンエンドです」

 

 だが、住んだ長さが違うリョウは、おそらく慣れたか感覚が麻痺するかしてしまっているのだろう。未だ「えぇぇぇ……?」と弱々しい声をあげるツバサを他所に、ターンエンドを宣言した。

 

○リョウのフィールド

・[聖刻神銃ジェフト=グリフ]

→[聖刻騎兵キャバルリー・アーネジェウ]〈5〉Lv5・BP15000+3000=18000

・[ゴッドシーカー 聖刻騎兵スポッター・シェネウト]〈2〉Lv4・BP5000

・[創界神トト]〈3〉Lv2

・[ラインの黄金]〈0〉Lv1

・[凍れる火山]〈0〉Lv1

・[獣の氷窟]〈s〉Lv2

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 9 PL ツバサ

手札:4

リザーブ:6

 

 ドローステップ。

 ついに、彼の手札に、勝ちの可能性を掴めるカードが揃った。

 

(……このターンしかない)

 

 手札を握り、意を決する。 

 

「メインステップ!

 ウジャバトの余剰コア1個をリザーブへ。

 

[超・風魔神]を召喚! 右にゲイル・フェニックス・ホルスが来るように直接合体(ダイレクトブレイヴ)!!」

 

 屏風に書かれた風神を思わせる意匠が凝らされた異魔神・[超・風魔神]が、フィールドに舞い降りる。それと同時に、一陣の風が、ツバサのフィールドを吹き抜けた。

 

「そして、[天空神皇バッジー・ペセド]を召喚!

「爪鳥」にコスト3以上なので、ホルスに《神託》!!」

 

 第1ターンで手札に引き込まれたバッジー・ペセドが、満を持してフィールドに召喚される。

[ラインの黄金]に阻まれ、召喚時効果は発揮できないが、今は、ミストラル・ビットが先に《封印》してくれた。バッジー・ペセドが輝ける環境は整っている。

 

 効果を阻む黄金に負けない輝きを放つ、金の装飾を纏ったバッジー・ペセド。彼は、超・風魔神と合体したゲイル・フェニックス・ホルスを一目見て、小さく鳴いた。これからツバサがやろうとしていることを悟ったのだろう。

 

「バッジーを、[超・風魔神]の左に合体!

[兜魔神]の右にウジャバトを、左にピラミッドウィングを合体」

 

 ぴょん、と軽やかに、バッジー・ペセドが超・風魔神の左に、ウジャバトが兜魔神の右につく。少し遅れて、ピラミッドウィングも、兜魔神の左へ飛んだ。

 

「【ダブルドライブ】の準備が整ったか。リョウ、勝算は?」

「アーネジェウがいれば削りきられはしませんが……ここで攻めの態勢に入ったということは、千鳥君にも勝算があるのでしょう」

 

 トトとリョウが警戒心を露わにする。まさにリョウの言うとおりで、ツバサは、ドローステップで引き当てた勝算のカードを突きつけた。

 

「そして、マジック・[バインディングホルス]! 不足コストはピラミッドウィングから確保。

 スポッターとアーネジェウを疲労! そして、ホルスのコア2個をボイドへ置いて、後者を手札へ戻します!!

 ホルス、頼んだぞ!」

 

「ああ、任せろ!」

 

[バインディングホルス]。緑のマジックカードだ。

 キャバルリー・アーネジェウがばら撒く耐性は、スピリットとネクサスが対象。マジックの効果であれば、すり抜けられる。

 

 不足コスト確保のために消滅したピラミッドウィングに「ありがとう」と告げ、次はホルスの出番。

 ホルスが目を閉じ、右目に手をかざと──

 

「バインディング、ホルスっ!」

 

 目にやった指の隙間から、翠色の光が零れる。零れ出た光芒は、スポッター・シェネウトとキャバルリー・アーネジェウの動きを止め、後者を手札まで吹き飛ばした。

 

「邪気眼……?」

 

 ツバサが、ホルスには聞こえないようにこう呟いてしまった。ぽかんとした顔をするツバサを見兼ねたのか、トトが口元に人差し指を立てる。「内緒にしておいてやれ」という合図だろう。バインディングホルスといい、ピラミッドウィングといい、ホルスは独特なセンスの持ち主であるようだ。

 

「さすがですね、千鳥君。やはり、突破してきましたか……

 アーネジェウに合体していたジェフト=グリフは、共に手札へ戻します」

 

 リョウは、ジェフト=グリフをフィールドに残さず、手札に戻す。ゲイル・フェニックス・ホルスの【旋風】を見越し、ジェフト=グリフを重疲労状態にさせないためだ。

 

 疲労しているブレイヴと合体したスピリット/アルティメットは、ブレイヴと同じく疲労状態になってしまう。

 キャバルリー・アーネジェウが不在なうえ、そもそも回復効果の対象ですらないジェフト=グリフが重疲労状態になれば、次のターンのリフレッシュステップ終了後も疲労状態のまま。合体による打点稼ぎができなければ、相手のターンでのブロックもできなくなってしまうのだ。

 

 何はともあれ、これで、このターンの間、防御の要であるキャバルリー・アーネジェウは出てこられないはず。ツバサは一気に切り込んでいく。

 

「アタックステップ!

 ゲイル・フェニックス・ホルスでアタック!

《封印中》のLv2・Lv3アタック時効果・【旋風:2】で、スポッターを重疲労状態に!

 

 そして[超・風魔神]の追撃! 相手はバーストを発動できない!」

 

 ゲイル・フェニックス・ホルスが、旋風を追い風にして、リョウのフィールドへ飛び立った。旋風の巻き添えにされ、スポッター・シェネウトは身動きが取れない

 

「さらに、[超・風魔神]の左右に系統:「神皇」を持つスピリットがいるため、【ダブルドライブ】発揮! 相手は手札のカードを使えない!!」

 

 さらに、[超・風魔神]の追撃と【ダブルドライブ】により、リョウのフィールド全体に強烈な向かい風が吹き荒ぶ。バーストも、手札も封じられ、使い手もろとも身動きが取れない状態だ。

 

「このアタックは防ぎようがありませんね……ライフで受けます」

 

 強力なロック効果に為す術なく、リョウはゲイル・フェニックス・ホルスのアタックをライフで受けた。

 ゲイル・フェニックス・ホルスの鉤爪が、リョウのライフ2つを切り裂く。 

 

「くっ……!」

(ライフ:5→3)

 

 ダブルシンボルのダメージに、一瞬目を瞑る。

 

 だが、まだ攻撃は終わっていない。

 

「バッジー・ペセドの効果で、コスト5以上の爪鳥スピリットのアタックで相手のライフを減らした時、さらにもう1個、相手のライフのコアをリザーブに置きます!」

 

「む、もう1点ですか……!」

(ライフ:3→2)

 

 バッジー・ペセドの効果で、もう1点、ライフを削る。

 

 これで、リョウのライフはツバサと同数。[超・風魔神]のバースト・手札封じにより、この調子でアタックしていけば、リョウのライフをすべて削りきれる──そう思われた。

 

「──セットしているこのカードは、自分の白1色の創界神ネクサスがある間、相手の効果を受けません。

 ライフ減少によって、バースト発動! [聖刻戦機リベリオン・ネヘジェト]!! バースト効果で、バッジー・ペセドをデッキの上へ、ゲイル・フェニックス・ホルスをデッキの下に戻します! そして、Lv5で召喚!

 

系統:「武装」を持つアルティメットなので、トトに《神託》」

 

 だが、[超・風魔神]によるバースト封じをすり抜けて、リョウのバーストが発動した。[聖刻戦機リベリオン・ネヘジェト]。機械の四枚羽を持つ白銀のロボット兵器が、ライフ減少を受けて起動した。

 そのバースト効果は2体を対象にした、デッキへのバウンス効果。これなら、[ウジャバト]の効果で防ぎ、召喚された[聖刻神機リベリオン・ネヘジェト]を【旋風】で重疲労させれば、切り抜けられる──最初は、ツバサもそう思っていた。

 

「くそ、手札が1枚しかない……」

 

 しかし、残った手札は1枚のみ。[ウジャバト]の効果で残せるのは、ゲイル・フェニックス・ホルスかバッジー・ペセド、どちらか1体だけだ。

 

「……ウジャバトの効果で、『ヤツギョリュウ』を破棄。ボイドからコア1個をゲイル・フェニックス・ホルスに置いて、疲労状態でフィールドに残します。

 

 バッジー・ペセドはデッキの上へ」

 

 ツバサは、よりBPもレベルも高いゲイル・フェニックス・ホルスを残すことを選択した。

 手札が足らず、デッキトップに戻るバッジー・ペセドに「ごめんな」と声をかける。

 

「ゲイル・フェニックス・ホルスの《封印中》アタック時効果・【神飛翔】。バトル終了時、ホルスのコア1個を置いて、自身を回復。コア5個になるので、Lv3にアップします。

 

 …………ターンエンド」

 

 疲労状態で残ったゲイル・フェニックス・ホルスは、自身の効果・【神飛翔】で回復する。だが、ツバサはアタックステップを継続せず、ターンエンドを宣言した。

 

「……攻めないのか?」

 

 キャバルリー・アーネジェウがいない今なら、リベリオン・ネヘジェトも【旋風】で重疲労させられるし、残りのライフ2点も削りきれる。ホルスが、攻撃を止めたその心を問うてきた。

 

「もう【ダブルドライブ】は維持できないから、手札のカードを使われる。このまま攻めても[シシャノショドリーム]? で防がれるオチだ」

「あー……たしかそんなのあったな」

 

 ホルスの問に、ツバサは渋い顔で答える。攻めきれるというのは、盤面だけを見た場合の話。リョウの手札には[シシャノショドリーム]がある。[超・風魔神]の左のバッジー・ペセドを失い【ダブルドライブ】を維持できなくなった今なら、確実に切ってくるはずだ。

 

 苦渋のターンエンド。ツバサの手札は0枚。頼れるのは、ゲイル・フェニックス・ホルスと、もう耐性効果を発揮できないウジャバト、そして、ホルスの【神技】だけだ。

 

○ツバサのフィールド

・[超・風魔神]

→右:[天空神皇ゲイル・フェニックス・ホルス]〈5〉Lv3・BP18000+5000=23000

・[兜魔神]

→右:[ウジャバト]〈1〉Lv1・BP3000+3000=6000

・[創界神ホルス]〈5〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 10 PL リョウ

 

「スタートステップ。

 再び、トトLv2の【神域】で、このステップ終了後に、追加でアタックステップを行います。

 ですが……このアタックステップではアタックせず。コアステップに移ります」

 

 トトのコアは4個。【神域】で追加のアタックステップを行えるが、まだリョウは攻めなかった。

 リベリオン・ネヘジェトはBP20000。十分高く見えるが、最高レベルになり合体もしているゲイル・フェニックス・ホルスには及ばない。スポッター・シェネウトは重疲労状態。このアタックステップでは攻めきれないと見たのだろう。

 

手札:5

リザーブ:4

 

「メインステップ。

 2枚目の[ゴッドシーカー 聖刻騎兵スポッター・シェネウト]を召喚。

 系統:「武装」を持つアルティメットなので、トトに《神託》。

 召喚時効果で、デッキの上から4枚オープン」

 

 ドローステップで引き当てたのだろう。2枚目のスポッター・シェネウトが召喚された。

 

 前のターンで、手札が尽きかけていたリョウだが──今回オープンされたのは、[獣の氷窟][聖刻神銃ジェフト=グリフ][凍れる火山][聖刻神機ジェフティック=トト]。

 

「……やっと来ましたね。系統:「化神」を持つ[聖刻神機ジェフティック=トト]を手札へ。

 残りは、上から[凍れる火山][聖刻神銃ジェフト=グリフ][獣の氷窟]の順番で、デッキの下に戻します」

 

「来たな、トトの化神……!」

 

 ここに来て、強力な化神が捲られた。それをよく知るホルスが、額に冷や汗を一筋流す。

 

「では、次はこちらが仕掛ける番です!

 

 聖刻連隊の叡智の結晶。それは、時をも操る剛の機神。[聖刻神機ジェフティック=トト]! Lv4で召喚!!

 

 不足コストは、ネヘジェトと片方のスポッターから確保。前者はLv4、後者はLv3にダウン」

 

 地に刻まれる聖刻文字(ヒエログリフ)の紋様が、すべてを掻き消すような白光を放つ。

 光の中から現れたのは、白銀と蒼銀から為る機体。これまでに登場したどの武装アルティメットよりも大きく、重厚だ。

 

「系統:「武装」を持つアルティメットなので、トトに《神託》

 

 そして、この時[創界神トト]Lv1・Lv2の【神域】を発揮。

 系統:「武装」を持つ自分のアルティメットが召喚されたとき、このネクサスのコア2個をボイドに置くことで、次の自分のリフレッシュステップまで、そのアルティメット1体は相手の効果を受けません」

 

 さらに、トトが端末を操作すると、召喚された彼の化神に完全耐性が付与される。ツバサの手札がなかろうと、決して手は抜かれない。

 

「オープンしたカードの召喚時効果では止められねぇな……どうする?」

 

 除去不能となったジェフティック=トトを見て、ホルスがツバサに小声で尋ねる。あくまでも、耐える手段を訊くだけであり、諦めた様子はない。

 

「まだ手が残ってないわけじゃない……けど、やっぱり出てくると思うな、あいつが」

 

 ツバサも、諦めていないホルスに対して、努めて前向きに答えた。

 だが、彼はわかっている。このターン、何度も手こずらされたあのアルティメットが戻ってくる、と。

 

「続けて、キャバルリー・アーネジェウを再召喚。

 不足コストは──」

「「ですよねぇ!!」」

 

 リョウが一連の処理を終える前に、ツバサとホルスがハモった。

 

「いや、声をあげるほどのことではないだろう……」

「なんでだよ!? 叫びたくなるわこんなの!」

 

 トトが使い手に代わって窘めるが、ホルスは半泣きである。

 

 なお、不足コストは2体のスポッターから1コアずつ確保され、彼らは消滅した。

 

「……すみません、先輩。続きをどうぞ」

 

 ツバサは素直に頭を下げ、リョウに続きを促した。いつもの彼なら、ちゃんとホルスにも謝らせただろうが──今回に限って、言いたいことは、彼にたっぷり代弁してもらうことにした。

 

「ありがとうございます。では、[聖刻神銃ジェフト=グリフ]を再召喚。ジェフティック=トトに直接合体(ダイレクトブレイヴ)。不足コストは、ネヘジェトから確保。こちらもLv3にダウン」

 

 続きを促されたリョウは、ツバサの謝罪に感謝と礼を返し、メインステップを続行する。

 

 直前のツバサのターンで、重疲労を免れるためにバウンスされたジェフト=グリフが、今度はジェフティック=トトの腕にちょうど良く収まるサイズで召喚された。ジェフト=グリフが握られていない方の手にはジェフティック=トトの標準装備である大口径の銃があるため、全体的に迫力がある。

 

「さらに、フラッシュ。

【界放】によって、トトのコア2個をジェフティック=トトへ! これで、同アルティメットはLv5に。

 次の相手のコアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップに、同じステップを行わせていただきます」

 

 指定された数だけ創界神のコアを置くことで、発揮する効果・【界放】。創界神を介したコアブースト手段にもなる。ついでにジェフティック=トトが最高レベルに達した。

 ジェフティック=トトの【界放】の効果は、発揮自体は次のターン。しかし、それは、たとえこのターンを凌げても、相手のターン進行に伴ってアドバンテージを得、防御に備えられるということだ。ステップに干渉してくるところが、実にトトの化神らしい。

 

「アタックステップ

 ジェフティック=トトでアタック!

 

 Lv4・Lv5のアタック時効果で、コア3個以下の[ウジャバト]をデッキの下へ! そうした時、ジェフティック=トトは回復します!」

 

「う、また減った……

 合体していた[兜魔神]は…………ウジャバトと一緒に、デッキの下へ戻します」

 

 手札が尽きた今では、ウジャバトの効果でフィールドに残すこともできない。ツバサはしばし考えてから、兜魔神も共にデッキの下に戻すことに決めた。これによって、ジェフト=グリフでバウンスできる対象がいなくなり、合体アタック時効果は不発に終わる。

 

「なら……ゲイル・フェニックス・ホルスでブロック!

 BPは23000! ジェフティック=トトよりも上です!!」

 

 ジェフティック=トトは、合体によってダブルシンボルだ。アタックを通せば、ツバサの負けが決まってしまう。

 

 だが、彼のフィールドにはゲイル・フェニックス・ホルスが残っている。BPはジェフティック=トトより上だ。回復されたのなら、2回目のアタックが来る前に破壊すればいい。

 そうすれば、残り2体のうち1体のアタックを、ホルスの【神技】でブロッカーを召喚することで防ぎ、ライフ残り1で踏みとどまれる──そういう計算だ。

 

 ゲイル・フェニックス・ホルスが、意気揚々と、ジェフティック=トトへ向かって飛んでいく。

 超・風魔神の恩恵もあり、纏う追い風は、ジェフティック=トトの機体にミシミシと傷をつけるほどに強烈だ。

 

 が──

 

「では、フラッシュタイミング! マジック・[リゲイン(RV)]を使用します! 不足コストは[獣の氷窟]より確保し、同ネクサスはLv1にダウン。

 このターンに間、ジェフティック=トトをBP+5000! これで、ジェフティック=トトはBP26000です!」

 

 マジックによる強化を受け、ジェフティック=トトが態勢を立て直す。それどころか、ゲイル・フェニックス・ホルスが起こす烈風をも物ともせず急接近。

 不意を打たれたゲイル・フェニックス・ホルスは、至近距離から大口径の銃2発に双翼を撃ち抜かれ、撃ち落とされた。

 

「っ……[超・風魔神]は、ゲイル・フェニックス・ホルスのコア5個を置いてフィールドに残します」

 

 唯一の抵抗手段を失ったツバサ。しかし、最後の悪足掻きか、残された[超・風魔神]にコアを5個置く。

 これで、もうジェフティック=トトは回復できない。

 

「万策尽きたか……」

「だな……俺のデッキ、[バインディングホルス]以外、アーネジェウに触れるカードがないし」

 

 だが、手札もなく、ホルスの【神技】でオープンしても、唯一の対抗策は手札に加えられない。いよいよ“詰み”だ。

 

「回復したジェフティック=トトでアタック!

 

 対象がいないので、アタック時効果は不発。

 しかし、ジェフト=グリフの効果で、BP26000以下の[超・風魔神]をデッキの下に戻します!」

 

 共に戦うスピリットを失い、それでもフィールドに立ち続けた超・風魔神も、ついにジェフト=グリフに撃たれ、デッキの下に戻った。

 

「フラッシュは……いや、使わないでおくか」

「ツバサ……!?」

 

 すっかり駄目元の【神技】を使うつもりだったホルスは、驚きツバサに声をかける。やや後ろ向きなメンタルな使い手のことを心配して。

 

「ああ。【神技】を使えば悪足掻きできるのはわかってるんだけどな……ジェフティック=トトのBPを超えられるスピリットはいないし、出しても負け確だから、その…………なんだか、駄目元のブロックのためだけに──破壊されるためだけに出てきてもらうのは、なんだかスピリットたちに申し訳ない気がして」

 

 ホルスは「あー……」と言いながら、頭を抱えた。だが、口元は緩んでいる。

 結局ツバサは、カードバトラーである前に、動植物が大好きな青年なのだ。勝つための犠牲は許容するが、悪足掻きのために爪鳥たちを犠牲にするのは気乗りしなかったのだろう。 

 

「優しいんですね、千鳥君は」

 

 ツバサとホルスのやり取りを聞いたリョウが、にこりと笑った。

 

「いや、そういうわけじゃ……ただの自己満足ですよ」

「こらこら、褒め言葉くらい素直に受け取っとけよ」

 

 相変わらず自分を卑下しがちなツバサに、ホルスが軽い調子でツッコミを入れる。

 

 トトも、今まさにラストアタックをしていた化神共々、密かに「優しい世界だ……」と思っていたのは、ここだけの話である。

 

「……対戦ありがとうございました。こてんぱんにやられちゃったけど、いいバトルでした。

 

 ライフで受ける!」

(ライフ:1s→0)

 

 ツバサは、一息吐くと、照れ臭さで下げていた面を上げた。元々、胸を借りるつもりで始めたバトル、実力の差があるのは当然だ。手札を使い切り、ほとんど限界まで戦い抜いたのだから、悔いはない。

 

 ふたつの大きな銃口からの射撃が、ツバサの最後のライフ2つを貫いた。

 

 

 

 バトル終了。ソウルコアの結界が消え、いつもの机、いつもの服装に戻る。

 

 しかし、そんな中、ツバサはというと、

 

「いっっっっってぇ…………!!」

 

 涙目のツバサが、激痛に唸らされていた。

 彼が受けたのは、一見通常の2点ダメージ。同等のダメージなら、既に何度も受けている。

 だが、今回は、トドメの一撃だ。しかも、今までと決定的に違うところがある。それは──ソウルコア込みで、ダメージを受けたということ。

 ソウルコアは、謂わばバトラーの魂の分身といえる。それを砕くということなのだから、

 

「すみません……私も、すっかり加減を忘れていました」

「先輩は悪くないです。俺が、復帰したてだからって、《封印》したソウルコアでアタックを受けるとすごく痛いってことを忘れてたので……」

 

 申し訳無さそうに頭を下げるリョウに、ツバサは無理矢理笑顔を作った。が、緊張を解した隙に痛みが走り、「うっ」という声が漏れてしまう。

 

「ほら、無理しないで。貴方が《封印》していたことを失念していた私も私ですから」

「面目ないです……前にやった時は、じきに収まってくれたし、明日の朝までには落ち着くといいな…………」

 

 変に見栄を張りがちなツバサも、ついに観念したように、ぺたんと机に突っ伏した。

 

 一方──

 

「トトぉ……お前の使い手、えげつなさすぎないか?」

 

 ホルスの脳裏に焼きついたのは、配置された瞬間視界に映った、ラインの黄金、凍れる火山。緑属性が相対するにはあまりにも地獄めいた光景を想起し、トトに愚痴を吐いた。

 

「必ずしも、真正面から戦うのが正解とは限らないということは、お前がいちばんよくわかっているだろう?」

 

 トトは、子供っぽく愚痴を零すホルスに溜息を吐く。その様は、弟に駄々をこねられた兄のよう。

 

「それに、今回の負けは……ホルス、お前にも落ち度があると思うな」

 

 だが、今回の彼は本気で呆れていた。溜息や苦笑で流さず、はっきりと、ホルスに指摘する

 

「……どういうことだよ? たしかに、オレの【神技】で[バインディングホルス]を拾えないのは何かのミスだと思うけど」

「それ以前の問題だ。最後のツバサ君の発言でやっと確証が得られたのだけどね。

 

 

 

 ──ホルス。君の化神やアルティメットたちはどうしたのかな?」

 

 

 

 沈黙。

 ホルスに至っては、フリーズしている。

 その数秒後、

 

「ああああああああっ!!」

 

 我に返ったホルスが、悲鳴にも聞こえる声をあげた。

 

「っ!? ホルス! ここ寮!! あまり大声出すなって……いっ!」

 

 すかさず注意しようとしたツバサだが、痛みであまり勢いが出ない。

 

「……トト。ホルスさんに一体何が?」

 

 怪訝そうな顔で、リョウがトトに尋ねる。明らかに冷静さを欠いているホルスのことは、一旦無視だ。

 

「彼は、ツバサにデッキを“授け”忘れていたらしい。まあ、彼が鳥頭なのは昔からなのだけどね。まさに『鳥』だけに、というところか……はぁ」

 

 トトが、こめかみを押さえながら、盛大な溜息を吐いた。彼の様子を見るに、神世界でも、ホルスの「鳥頭」に振り回されていたと思われる。

 

「『授け忘れる』って……?」

 

 リョウとトトの会話を小耳に挟み、ツバサが頭上に疑問符を浮かべたその時、

 

「ツバサ、悪い! すっかり忘れてた!!」

 

 ホルスが、広くもない部屋の中だというのにダッシュで近づいてきて、土下座した。

 

「ど、土下座っ……!? ホルス、いきなりどうしたんだよ!? 気味悪い……」

 

 バトル前、リョウに向かっていきなり土下座してきたツバサが言えた台詞ではない。

 

「いや辛辣だなおい!? ……じゃなくて、これっ! オレの、本来のデッキだ!」

 

 土下座したままホルスがツバサに渡したのは、バトスピのデッキ。きっちり40枚。

 

「『本来のデッキ』……? いや、本当、藪から棒に何なんだ…………!?」

 

 もちろん、いきなりデッキを押し付けられたツバサに、ホルスの意図がわかるはずもなく。助けを求めるように、きょろきょろと辺りを見回す。

 

「ええっと……まず、ホルスさんも千鳥君も、落ち着きましょうか?」

 

 ツバサが目線で送ってきたSOSに、リョウが応答した。

 

「千鳥君には、この島の事情から説明しないといけませんね。

 私の時もそうだったのですが、創界神は通常、自分のカードが入ったデッキを使い手に授けるんです。その後の調整は、使い手に委ねられるのですけどね」

「なるほど……そういえば、俺はホルスのカードしかもらってなかったな。あの時は、いきなり使い慣れていないデッキで戦わされても困っただろうし、結果オーライだったけど…………」

 

 リョウの話を聞きながら、ツバサはつい数時間前の記憶を辿っていく。たしかにあの時、彼はホルスのカードしか受け取っていないし、それを、バッグの奥底で眠らせていた長らく触っていなかったデッキに突っ込んでいた。バトル後、急いで帰寮。その後、特にデッキの調整もせず、リョウとのバトルに臨み、敗れ──今に至る。

 

「あー……そっか。オレ本来のデッキは、トトと同じようにアルティメットが中心だもんな。アーネジェウの耐性も楽々超えられたのか…………」

「そうだったのかよ!? というか、カードのカテゴリも違うのに、よく気づかなかったな!?」

「いやぁ……オレ、スピリットとも親和性高い効果だって自信はあるから、つい」

 

 それにしても、このホルス、既に鳥頭とかいうレベルを超えているように見える。ツバサとホルスのコントめいた会話は、トトが「そこ、言い訳しない」とホルスを叱ったことで、ようやく落ち着いた。

 

「あんなに食いついてきた千鳥君が、今度はアルティメットまで味方につけるなんて……」

 

 将来有望ですね、と、リョウが呟いた。

 

「あっ、あまり期待しないでください!? アルティメットでも何でも[凍れる火山]は普通にしんどいので!!」

「褒められてるんだから、そこはもうちょい胸を張っていいと思うんだよな、オレは!?」

 

 そういう時に限って、やたら機敏に反応するツバサである。あまりの素早さに、今度はホルスがツッコむ側に回った。

 

「いやいや、鳥だけに『能ある鷹は爪隠す』と言うでしょう? 実際、千鳥君がこちらのメタをすり抜けて仕掛けてくるとき、眼がぎらぎらしていましたよ?」

「え……? 俺、そんなつもりはなかったんですけど…………いつの間に?」

 

 思いもよらない、無自覚な変化を指摘され、ツバサはぱちぱちと瞬きする。どう考えても、今の自分が「ぎらぎらした眼」を見せるような人物だとは思えない。

 

「ええ。私も少し怖じ気づきそうになりましたし、緊張したものですよ。

 ──ですから、私からも。ありがとうございました。いいバトルでした」

 

 ツバサが敗北の直前に発したものと同じ言葉と共に会釈し、リョウは元の日常に戻っていった。

 時刻は18時。もう、夕食の時間だ。

 

 その少し後に、戸惑い、ぽかんと開いたままになったツバサの口が初めて動く。そこから発された言葉は──

 

「先輩……『能のない鷹は爪もない』って言葉知ってますか?」

 

 

 この後、ホルスが「初耳だよ! というか、いい加減素直に褒められろ!!」と今にもスライディングしそうな勢いでツッコミを入れたのは言うまでもない。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


 筆者がジェフトトの口上を思いつくまでに、約8時間かかりました(「皆が静かになるまでn分かかりました」のノリで)
 本作は平和な世界なので、計るような魂がないのです。白は守りの属性らしいですが、ジェフトトは単体では耐性を持たず、どちらかといえば攻撃寄りですし……だいぶ難産でした。


 何はともあれ、波乱の入学初日はようやくお終い。
 ツバサもホルスから本来のデッキを授かったので、次に彼がバトルする時には、新しい顔ぶれがフィールドに登場することでしょう

 まえがきの警告どおりな回になりましたが、引き続き温かく見守っていただけますと幸いです。
 改めて、ピラミッドウィングが好きな皆さん、本当に申し訳ございませんでした。どうしても、某ソシャゲのピラミッドが脳裏を過ぎってしまって…………


 では、また次のお話でお会いしましょう。


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第5話 仮入部へ行こう

 LoBrisです。
 GW中に1話更新しておきたいと思ったので、頑張って速めに執筆しました。無事投稿できたので、私はこれからソシャゲのイベント周回に向かいます←


 今回はバトル前回です。バトスピ要素が少々薄めですが、何卒ご了承いただきたく存じ上げます。


 波乱の入学初日から1週間ほど経ったある日のこと。

 

 LHR(ロングホームルーム)が終わり、ツバサが帰りの支度をしていると、後ろからつんつんと背中をつつかれた。

 

「ツバサ、なんか別のクラスの人が呼んでるよ!」

 

 ツバサが振り向くと、アンジュが好奇の瞳で見つめてきた。

 

 年度最初の座席は、五十音順の出席番号で決まる。

 ツバサの苗字は「千鳥(ちどり)」、アンジュの苗字は「都筑(つくし)」。小・中学でも、しばしばツバサの後ろにアンジュが座ることになったものだ。そして、その度によく背中をつつかれ、話しかけられた。

 

「別のクラスの人……? 俺、雪谷先輩としか面識ないんだけどな」

 

 だが、いきなり「別のクラスの人が呼んでいる」と言われても、ツバサには心当たりがない。そもそも、ただでさえ後ろ向きな性格をしているうえ、昼休みは専ら図書室で動植物に関する蔵書を漁り、放課後は適当な場所で道に咲いていた花をスケッチするような彼に近づいてくる生徒はほぼ皆無だ。

 事実、彼は小・中学校でも、友達が少なかった。異性、あるいは同年代の友達に至っては、アンジュしかいない。

 

「まあ、ツバサって誰かに話しかけにいく質じゃないもんね。それで、あたしが声を掛けないと移動教室に気づかなくて置いてかれそうになった時が何回か……」

「余計な情報は付け足さなくていいから! ……それにしても、本当に誰なんだろう?」

 

 何はともあれ、ツバサはそれくらい人付き合いが少ない人間なのである。それは彼自身もしっかり自覚しているので、入学したて、ましてや新天地で、いきなり呼び出される覚えがない。

 

 帰りの支度の手を止め、教室の出入り口へ。そこから、廊下の様子を見る。

 案の定、見知った顔はいない。通学鞄を持った生徒が多いところを見るに、一緒に下校する友達待ちを待っている生徒がほとんどだろう。もちろん、ツバサにそんな相手はいない。せいぜい、気がつくとアンジュがついてきている程度だ。

 

 通学鞄を持った生徒たちの校章バッジの色は、すべて緑。今年度の1年生の色だ。2年生は青、3年生は赤で、来年度の1年生は、卒業した3年生がつけていたものと同じ、赤い校章バッジを使うのだと聞いている。

 

(俺に用がある先輩なんて、本当にいるのか……?)

 

 怪訝に思い、教室の出入り口を出て、廊下に出てみた。

 

 窓際の壁に、大男がもたれていた。

 視線は、ツバサの方を向いている。

 

 見るからに屈強そうで、その身長は190cmに迫る。着ている服が学校指定のジャージでなければ、体育教師と勘違いしていただろう。校章はつけていないが、ジャージの色も校章と同じなので、この生徒は2年生だと判断できる。

 

 どの生徒のジャージにもある、袖の黄色い刺繍は「青葉」とある。この大男の姓だ。

 辺りを見回しても、彼以外に上級生らしき生徒は見当たらない。皆、ツバサのことは気に留めない中、この大男だけはツバサの方から視線を逸らさない。

 

(え……この人誰だ…………? 俺、何かの落とし前つけられるのか……?)

 

 ツバサには、ビビると思考が現実離れする傾向があるようだ。正直、逃げたい。だが、無視するのも、それはそれで怖い。主に報復が。

 すぅー、はぁー……と深く深呼吸して、ツバサは覚悟を決めた。

 

「あの、すみません……俺のこと、呼びましたか?」

 

 声が震えそうになるのを必死で抑えながら、声を掛ける。

 

「む……お前が千鳥ツバサか」

 

 底に響くようなバリトンが、ツバサの名前を呼んだ。初対面、名前を確かめるためとはいえ、フルネームで呼び捨てられるというのは慣れない。

 

「は、はいっ! 何か御用でしょうか……!?」

 

 体格に加え声質からも恐怖心を掻き立てられ、ツバサはぴくっと身震いした。内心では、「あぁああああ! 今の態度、不興買っちゃうやつだよなぁ!」と反省しているが、身体は正直にツバサの気持ちを表現してしまうのだ。

 

「俺は、2年の青葉(あおば)ガイだ。

 突然ですまないが、お前に渡したいものがある」

 

 が、ガイと名乗った男は、ツバサの様子を気にせず話を進めていく。そこそこ大きさのある四つ折りにした紙を、ツバサに差し出してきた。

 

「俺に、ですか……?」

「ああ。他でもない、お前に向けたものだ」

 

 ツバサが紙を受け取った時、静かにガイの口元が緩んだ。

 しかし、ビビり散らかしたあまり、ぽかんとした顔で渡された紙を見つめているツバサは、ガイの表情の変化に気づけない。

 

「立ち話もナンだし、こういったことは書面で伝えたほうがわかりやすいと思ってな。楽しみに待っているぞ」

 

 だが、ガイはツバサが我に帰る前に、立ち去ってしまう。本人は「あまり長く引き止めたくない」という意図でそうしたのだろうが、引き上げるのが早すぎた。

 ツバサが我に返った時には、まだ中身を見ていない四つ折りの紙だけが残されていて──

 

(何なんだ一体? まさか……果たし状…………!?)

 

 例によって、ビビった時の彼の発想は突飛だった。

 

 

 

 結局、ツバサがもらった紙は、果たし状などといった物騒な代物ではなかった。

 

 四つ折りの中には「バトスピ部 新入部員募集中!」というカラフルな文字。活動時間と場所の他、かわいらしくデフォルメされたスピリットたちのイラストが書かれている。

 

(もう始まってたんだな、仮入部……)

 

 ツバサは自席で溜息を吐いた。

 彼は、中学時代、常に部員が4,5人しかいなかった生物部で、バードウォッチングをしたり、長期休暇中には水族館に行くなどした。大会に出るなどといった大規模な活動はしなかったが、自分のやりたいことに打ち込めたし、彼なりに充実していたと思っている。

 

 しかし、せっかく上がったこの高校には特に入りたい部活がなかった。そのため、既に「野鳥はいっぱいいるし、バードウォッチングとかは自主的にできるから、部活には入らなくてもいいか」という結論に至っていたのである

 

「あっ、かわいい! これ、リザドエッジとブレイドラだよね?」

 

 後ろから、アンジュが覗き込んできた。デフォルメされたスピリットたちのイラストを指差して、名前を言っていく。ツバサは復帰したばかりだから、前者はわからなかったが。

 

「これ、さっきの人に渡されたの?」

 

 アンジュは、デフォルメされたスピリットのイラストに興味津々だ。ぐいぐいと顔を紙に近づけてくる。

 

「あっ……うん。あの人が描いたとは思えないけどな」

 

 正直、あのかわいらしいイラストたちは、同じ部の別の人が書いたのだろう。ツバサが紙を差し出された時に見た、あの逞しい手は、どう考えても繊細な絵を描けるような手ではない。

 

「まあ、そりゃそうだよねー。でも、なるほど……バトスピ部かー…………」

 

 アンジュの視線が、イラストから文字へ移る。「ふむふむ……」と頷くような声も聞こえる。

 

「よしっ、今日はここを見学しに行こっと!」

 

 どうやら、あのかわいらしいイラストは、きちんと集客効果につながったようだ。肝心のツバサは「いや、ポスターに凝ったところで意味ないだろ。活動内容だけ書いておけばいいだろうが」という質なのだが──女心はよくわからない。

 

「ツバサはどうする? 実質、スカウトされたみたいなものだけど」

「す、すかうとっ!?」

 

 ツバサは素っ頓狂な声を上げた。が、

 

「だって、あの人……青葉先輩だったかな? ツバサを名指しで呼んでたでしょ? それって、要するにスカウトじゃん!!」

 

 たしかにアンジュの言うとおりである。そうでなければ、名指しで部の宣伝を渡したりはしない。

 

「でも、なんで俺なんかに……?」

「ツバサ、この前、創界神の使い手になっちゃったって話してたし、その強さが先輩たちの耳に入ったんじゃないの?」

「あー…………って、それを話したのは雪谷先輩とお前だけなんだけどな」

「それは、まあ……てへぺろ的な?」

 

 たしかに、あの後ツバサは、ホルスからデッキを授かり、正式に彼の使い手になった。だが、彼はまだ2回しかバトルしたことがない。

 ホルスは、時々トトからこちらの世界の常識を教わっているが、基本的に遺物である紅い羽の中で暇している。まだ人間の肉体で歩いていないのは「まだこっちのことをよく知らない中、下手に外を出歩いて騒ぎになると困るだろう」と、トトから提案されたからだ。

 

 いちばん身近な対戦相手であろうリョウは、来月に控える生徒総会に向けての作業で、新年度開始直後であるにもかかわらず、最終下校時刻ギリギリまで生徒会室に籠もっていることが多い。しかも、帰寮後は夕食・入浴以外、消灯までの時間をすべて自学自習に充てているというのだから、とてもリベンジマッチを申し込めそうにない。

 おそらく、アンジュから広まったと思われる。彼女はツバサと正反対で、前向きで社交的。ツバサ以外の生徒にも話しかけにいくし、話しかけられることだってあった。その時に、世間話程度の気軽さで話したのだろう。

 

「はぁ…………」

 

 ツバサは盛大な溜息を吐いた。本音を言えばシカトしたい。

 それでも、年不相応にガタイが良いガイから、直々に、部への招待状を受け取ってしまったが運の尽きであった。あの恰幅の良さと威圧感は本物だ。ただでさえチキンなツバサは、かなり恐怖を感じた。拒否権はなさそうだ。

 

「まあ、口止めし忘れていたし、断ると後が怖そうだから行くかぁ…………」

 

 

 

 軽量鉄骨造の部室棟の2階、階段を上ってすぐの場所にその部室はあった。

 ドアに「バトスピ部!」と貼り紙がされている。直線的な、黒いマジックペンの文字。あまりにも手抜きなそれは、部員たちがポスター作りで力尽きたという事情が垣間見える。

 

 そして、ドアの前には先客がいた。

 

 ドアのすぐ隣で、壁にもたれながら深呼吸している、長い黒髪とやや垂れた目の女生徒。出ているところは出ているが、全体的にほっそりとしており、儚げな雰囲気を纏う。

 初めての仮入部で緊張しているのだろう──そう思って、ツバサはそっとしておいた、が、

 

「ねぇねぇ、君も仮入部に来たの?」

 

 アンジュが、空気を読まず話しかけてしまった。

 

「ふ、ふえっ!? あ、いや、その……まあ、そんな感じ、だけど…………」

 

 突然声を掛けられて、静かに深呼吸していたその女生徒は仰天。小さな悲鳴をあげかける。

 

「おい、アンジュ! 他人が心の準備をしてるって時に話しかけたら駄目だろ!

 ……すみません。こいつ、ちょっと、他人のに軽率に話しかけちゃうところがあって…………!」

 

 ツバサがアンジュを制し、驚かせてしまった女生徒にひたすら頭を下げた。

 

「えー? いいじゃん、話しかけちゃっても。同じ部の仲間になるかもしれないんだから、お互い仲良くなっておいて損はないでしょ?」

 

 だが、アンジュに反省する様子はない。どころか、不覚にも尤もなことを言って開き直っている。

 

「……ううん、気にしないで。こっちも驚きすぎちゃったし。

 アンジュちゃん、だっけ? 『仲間』って言ってくれてありがとう」

 

 温かい苦笑を浮かべながら、黒髪の女生徒はツバサに謝罪を、アンジュに感謝を述べた。鈴を転がすような、澄んだ声だ。

 

「うん、アンジュで合ってるよ!

 ほらね、ツバサ! 友達作りにデメリットなんてないんだから!」

「いや、相手によっては、ずけずけ行かれるとドン引かれるからな。今回は、この人が優しいからよかったけど……」

 

 もはや完全に開き直りドヤッとするアンジュに、ツバサはツッコんだ。彼も、本来はアンジュにドン引きする側の人間であるはずなのだ。幼馴染の縁があり、ツバサに他の友達がいないから、ここまで続いたというわけで。

 

「アンジュちゃんに、ツバサ君、ね。

 私は、目黒(めぐろ)マミ。実は、その……無所属の2年生が仮入部に行くのもどうなのかなって、ちょっと心配で、緊張しちゃってて…………」

 

 この時、ツバサとアンジュは初めて気づいた。

 黒髪の女生徒──マミの胸元で輝く校章が、青色であったということに。

 

 2人は、「先輩がタメ口でいいと言ったからってタメ口を使うな」という喚起されるくらい上下関係に厳しい中学校を卒業して、ここに来た。マミがツッコんで来なかったから助かったが、2人を襲う「やっちまった……!」感は果てしない。

 アンジュは、まさに「\(^o^)/」という顔文字のような顔になり、ツバサは一瞬とはいえフリーズ。

 

 ひとまず、気を取り直して、

 

「「すみませんでした先輩っ!!」」

 

 同時に頭を下げた。発声のタイミングも、お辞儀の角度も息ぴったりである。

 

「えっと……いや、私も、2人が話しかけてくれたおかげで、ちょっと勇気が出てきたし、謝る必要なんてどこにもないよ?」

 

 いきなり後輩2人から頭を下げられたマミは、彼らが謝っている理由がわかっていないらしい。

 どうやら、この高校は、上下関係にあまりうるさくない校風であるようだ。ツバサとアンジュは、密かに胸を撫で下ろした。

 

「……よしっ! そういうことなら、一緒に見学しましょう! こういうの、きっと人数が多いほうが面白いと思います!」

 

 先に調子を取り戻したのは、当然アンジュだった。下げた頭をすっくと上げて、マミを見上げ、笑いかける。

 

「一緒に行っていいの? それじゃあ……よろしくね、アンジュちゃん、ツバサ君」

 

 マミも、アンジュの笑顔に応えるように、やや垂れている目をきゅっと細め、柔らかい笑顔を作った。

 

「ほら、ツバサもぼさっとしてないで! 行こっ!」

 

 アンジュがツバサの手を引いてくる。異性だというのにお構いなしだ。

 

「わかった! わかったから、軽率に手を掴むのはやめろ!!」

 

 アンジュの手の温もりで、ツバサも我に返った。と、同時に、顔が紅くなる。

 アンジュは、今も昔も、誰が相手だろうと人との距離が近い傾向にあった。当たり前のようにツバサの手を掴むのも、その表れだ。

 だが、ツバサとしては、もう少し人目を憚ってほしかった。人付き合いに乏しい彼だって、年頃の男子高校生なのである。「そういうこと」を意識してしまうのだ。

 ちら、とマミの方へ視線をやると、微笑ましそうに2人を見ていた。ツバサは「いやいやいやいや!? そういう関係じゃないですよ!?」と顔で語るが、伝わっているかどうかはわからない。

 

 幸い、マミは温和な性格に見える。この際、変な噂を立てられさえしなければ問題ない──そう考えることにした。

 

 こうして、アンジュに半ば引き摺られながら、いよいよバトスピ部の部室へ。出入り口付近から、対面形式に並べられた机にプレイマットが敷かれているのが見える。黒板には、でかでかと書かれた「バトスピ部」の文字に、コレオン、チキンナイト、フーリンのイラスト。どれも手が込んでいて、気合の入れようが伺えた。

 

「失礼します! 見学しにきました!」

 

 そこへ、アンジュの快活な声が響き渡った。

 

「おっ、来たか! いらっしゃい!」

 

 返ってきたのは、初めて聞く男声。青少年らしい若々しさを感じさせる、ハイトーンボイスだ。

 

 真っ先に駆け寄ってきたのは、黒髪の青年だった。ガイほどではないが肩幅の広く、身長はツバサと数cm高いだけなのに、並ぶとがっしりしているように見える。制服のブレザーの前を開けており、その明るい声も相まって、フランクな印象だ。

 

 その後ろから、のっそのっそとガイも歩いてきた。

 彼は、ツバサを見るや否や、

 

「来てくれたのか」

 

 声色は前と変わらないバリトンだが、ぱあっと顔を輝かせた。

 

「はっ、はい……! その……復帰したてなので、お手柔らかにお願いします!」

 

 だが、ツバサは、やはり萎縮してしまう。フィルターがかかって、ガイの笑顔が獰猛に見えてしまうのだ。

 

「おいおい。ガイ、お前、ビビられちゃってるぞ?」

 

 そんなツバサを見兼ねてか、真っ先に駆け寄ってきた黒髪の部員が、ガイに軽く指摘した。

 

「む、そうなのか……?」

 

 指摘され、ガイはきょとんとした顔になる。間の抜けた表情と、大柄な体格のギャップは大きい。

 

「うちのが悪いな、お前が千鳥君だろ?

 俺は大岡(おおおか)タイキ。このバトスピ部の部長なんだ」

 

 縮こまったツバサを宥めるように、黒髪の部員──タイキが声をかけてきた。ガイとは対照的な、溌剌としたハイトーンボイスは、どこか安心感がある。

 

「ガイのやつ、ちょっとばかし不器用なところがあってな……おまけに、このガタイの良さだから、よくビビられるんだよ。もしかして、お前、教室前で紙だけ渡された感じなんじゃないのか?」

「は、はい……楽しみにしているとだけ言われて。正直、果たし状か何かなのではないかと…………」

 

 タイキに図星を突かれ、ツバサはようやく本心を口に出すことができた。それだけで、気分が軽くなる。

 

「果たし状! ははっ、面白いことを考えるな! でもまあ……無理もないか。あの体格と声だし。本人も気にしてるんだけど、いつもあんな調子だしなぁ」

 

 ツバサの「果たし状」発言に、タイキは隠しもせずに笑った。だが、ツバサの言うことには共感しているようである。

 

 タイキが「次からは、ちゃんと要件も伝えような?」と窘めると、ガイはしゅんとした。見かけによらず素直だ。

 

(なんか、こうして見ると大型犬みたいだな……最初は、クマみたいに獰猛で怖いイメージだったけれど…………)

 

 勝手なイメージでビビり散らかしちゃってごめんなさい、と胸中で謝っておく。今は、そっとしておこう。

 

「……それにしても、まさか女子を2人も連れてきてくれるとはなぁ! ツバサ君、モテモテじゃないか!!」

 

 ……が、ようやく休まったツバサの心は、タイキの言葉で再び乱されることになる。

 そう──あくまでも、部の招待を受けたのはツバサだけ。にもかかわらず、アンジュがついてきて、出入り口でマミと一緒に入ってきたことによって、「女2人を連れてきた」と認識されてしまうような図が出来上がってしまっていたのだ。

 

「も、もてっ……!? 違います違います! アンジュはなんかついてきただけで、目黒先輩はドアの前で鉢合わせただけですから!!」

 

 ツバサは、急いでタイキに本当のことを話した。入学早々、軟派な新入生だと思われたくない。むしろ、ツバサはその対極にある人間なのだから。

 

「冗談冗談。でも、部に女子が増えてくれるのは、とってもありがたいな」

「俺の風評にかかわるのでやめてください……」

 

 タイキは、ツバサの反応を生暖かい笑顔で見ていた。

 どうやらツバサは、早速苦手なタイプの先輩に出くわしてしまったようだ。溜息が零れる。

 

「いや、でも、女子が見学に来てくれるのは本当にありがたいことなんだぜ? この部は元々存続できるギリギリの人数なうえ、女子が少ないからな……女子が増えることで、『この部には女子の同好の士とも出会えるぞ!』っていうアピールになるんだ。

 そういうわけで、そこの女子2人! 名前は何ていうんだ?」

 

「はいはーい! 1年の都筑アンジュです! 創界神(グランウォーカー)と一緒に戦うのに憧れてて、ここに来たら何かヒントがもらえるんじゃないかと思って来ました!」

 

 タイキに名前を尋ねられ、アンジュが「待ってました!」と言わんばかりにしゃしゃり出てきた。

 

「お前、まだ諦めてなかったんだな」

「だって、ツバサだけずるいんだもん! あたしも、ああいうわくわくするようなバトルがしたいよ!!」

 

 創界神とは全くの無縁だと思っていたツバサがホルスの使い手になり、入学当初から創界神と共闘したがっていたアンジュが創界神と出会えていないのは皮肉である。

 ツバサはすっかり「きらきらしている人しか、創界神の使い手になれない」と思っていたが、実は遺物を所持しているかどうかがいちばんの問題なのだ。あとは、この島で創界神を「付き合ってやるか」という気にさせられれば、誰にでもチャンスは持てる。つまり、創界神を組めるかどうかは、運と相性次第なのである。

 それでも、全く諦める様子を見せず、叶わないかもしれない夢を隠すことなく、自分にできることをやり続けるところが、前向きなアンジュらしい。

 

「へぇ。それなら、大当たりだな! 創界神と一緒に戦いたいってことは、新入生歓迎会の試合を見たんだろ? 今はあそこでしょんぼりモードだけど……ガイは、あそこで創界神セトと一緒に戦ってたバトラーなんだ」

 

 タイキは、しゅんとしているガイの背中を指差した。

 あの時は「校庭でバトルができる」という異常事態に気を取られていたが──たしかに、セトと呼ばれた武人の創界神の使い手は、高校生とは思えないほど大柄で屈強な身体付きであった。

 

「そうなんですか!? じゃあ、その……しょんぼりモードが終わったら、お話聞いてもらえるかな!?」

「おう! あいつもバトル大好きだし、ビビらずに話してくれるってだけでもう大喜びだと思うぞ!」

 

 目を輝かせるアンジュに、タイキはぐっと親指を立てた。明るい性格同士、仲が良さそうだ。

 

「それで、もうひとりは……2年生か?」

 

 アンジュとの話が終わり、次はマミの番。タイキの視線が、青い校章に向かう。

 

「はい。2年A組、目黒マミです。私は、この春にバトスピに復帰したいなと思って。それで、これまでは無所属だったので、今年からバトスピ部に入部したくて、見学に来ました」

 

 マミは、礼儀正しくお辞儀をした。

 彼女が見学に来た動機は、バトスピへの復帰。

 

(俺と同じだ…………!)

 

 奇しくも、ツバサと同じ「復帰勢」だったのである。彼は、自主的にではなく、不本意ながら復帰したわけなのだが。

 

「おおっ、復帰か! それで、ここを頼ってくれたってのは、部長としてとっても嬉しいぜ!!」

 

 タイキは、ぽんと胸を張った。「どんどん頼ってくれよ!」と、ドヤ顔から声が聞こえてくるようだ。

 

「そんで、ツバサ君だな。新たな創界神の使い手だって、話は聞いてるぞ? 何でも、滅多にバトルできないレアなバトラーだとか……」

「なんか稀少な野生動物みたいな言い方されてません!?」

 

 そして、タイキの意識はツバサへ向く。やはり、本命はツバサらしい。噂のされ方があまりにもあまりだが、ツバサは昼休みには図書室へ直行するし、放課後は直ちに帰路につき、自然観察に勤しむような男である。「滅多にバトルできない」「レア」という評価は、あながち間違いではない。

 

「でも……俺、好きで復帰したわけじゃなくて。不可抗力で、仕方なく…………」

 

 だが、ツバサとしては、永遠にレアのままでいたい。誰からもバトルを吹っかけられずに、できれば平和に卒業したい。“普通とはちょっと違う”高校生活を望んではいたが、ここまでしろとは言っていない。明らかに「ちょっと」のレベルを超えている。

 

「ああ、なるほど。巻き込まれ型か。アンジュちゃんが嫉妬してるだろうなー」

「そりゃもう、現在進行形で嫉妬してますよー!」

 

 タイキの苦笑を聞きつけ、アンジュが割り込んできた。「嫉妬している」という割には、邪気のない声と表情だ。

 

「でも、まあ、あたしはあたしで、卒業までにきっと、自分の力で、息の合う創界神と出会ってみせますから! それにツバサ、遺物の羽を昔からずーっと大事にしてたし」

 

 やはり、アンジュに邪気などなかった。「嫉妬している」という発言も、その場のノリで言った程度だろう。どこまでも前向きな新入生に、タイキも笑顔でうんうんと頷いていた。

 

「それじゃあ、3人の見学の動機も聞いたことだし、ここに来てくれたバトラーたちに朗報だ! 今日はなんと、校庭を取ることに成功してるんだ!!」

 

(ちょっと待て!? 俺のアレは見学の動機になるのか!?)

 

 巻き込まれたツバサにとってはたまったものではないが、何かが始まってしまいそうだ。元々創界神とのバトルに興味があったアンジュは「ということはっ……!?」とわくわくしているし、復帰を志しているマミも、少し目がきらきらしている。

 

「新入生歓迎会の時みたいに、校庭でバトルできるぞっ!」

 

 アンジュとマミの顔に表れた喜色を、タイキは見逃さなかった。高らかに言い放った直後、アンジュが「やったぁー!」とこれまた大きな声で叫ぶ。

 

「それなら、あたし、青葉先輩とバトルしてみたいです! ……まあ、しょんぼりモードが終わってからだけど」

 

 アンジュに名前を呼ばれて、やっとガイが「ん……?」と反応した。「しょんぼりモード」も終わりかけのようだ。

 

「おっ、ガイのやつ、戻ってきた。どうだ? この後、そこのアンジュちゃんとバトル」

「ああ、俺は構わないが……セトが気乗りしてくれるかどうか、だな」

 

 タイキの提案に、ガイは困り笑いしながら返した。彼も、創界神セトと共に暮らしているのだろう。たしかに、セトは見るからに粗暴。少々手を焼きそうだ。

 

「あっちゃあ、そこかぁ……それなら先に、俺と、ツバサ君かマミちゃんとでバトルだな。どうする?」

 

 結果、ツバサに流れ弾が飛んできた。彼としては、復帰したことすら不本意なのである。なるべくバトルしたくないし、正直なところ早く帰りたい。

 

「あー……目黒先輩、お先にどうぞ」

 

 すかさず、マミに先を譲る。彼女のほうが先輩だし、自ら復帰を志しているからだ。レディファーストという言葉だってある。

 

「いいの? ツバサ君がいいなら……お言葉に甘えさせてもらおうかな。ありがとう」

 

 幸い、マミはすぐに、ツバサの言うことを聞いてくれた。にっこり笑って、感謝を述べる。

 

(助かった……「ありがとう」はこっちの台詞です、目黒先輩)

 

 ツバサは密かに胸を撫で下ろす。アンジュが不満げな視線を向けてくるが、気にしないことにした。

 

 

 

 所変わって、校庭。

 校庭にあるバトルフィールドは、ひとつだけ。普段、放課後は一般生徒も使えるよう開放されているためバトスピ部が使うことはできない。しかし、新入部員をもてなすため、仮入部期間中のみ、バトスピ部が何日か貸し切ったのだという。

 

 1戦目は、マミとタイキのバトル。2人がフィールドで向かい合い、あとはバトル開始の合言葉を待つのみだ。

 

「いよいよ、あたしも校庭でバトルできるんだ! わくわくするなぁ……!」

 

 アンジュが、まだまっさらなフィールドを興味津々に見つめている。

 

「タイキは、ギャラリーを盛り上げて、自らも盛り上げてもらうことを好むからな。都筑が声援を送ってくれると、より張り切ると思うぞ」

 

 そのアンジュの隣で、ガイが微笑んでいた。大柄で、女性かつ背が低めなアンジュとはおよそ30cmもの身長差があるのだが、今になっては、彼から恐ろしさを感じない。

 

「あの……すみません、先輩。さっきは、勝手なイメージで怖がってしまって」

 

 その屈強な身体と声にビビられると落ち込み、今は後輩を温かく見守るガイを見ていると、ツバサも怖がったのが申し訳なくなってきて、こっそりと謝りに行った。

 

「……千鳥か。そのことは気にするな。よくあることだし、反省もし終わった。それに、あの時、逃げずに宣伝を受け取ってくれただけで、俺としては嬉しかったからな」

 

 表情を曇らせるツバサを見て、ガイは、ツバサが紙を受け取った時と同じように、少しだけ口元を緩めた。

 彼は、表情や声色の変化が小さく、少々感情が読みづらい。加えて、常に堅い口調なので、威圧感がある。きっと、本人に自覚はないのだろうが。

 

「それなら、よかったです……」

 

 ふぅ、とツバサは溜息を吐いた。張り詰めていた気持ちが、ようやく軽くなる。

 

「だから、今はただ、観戦に集中してほしい。タイキのバトルは、見ていても楽しいぞ」

 

 ガイの声が、ほんの僅かだけ弾んでいた。

 

 バトルフィールドに目をやれば、いよいよバトル開始だ。マミとタイキが、それぞれのソウルコアを掲げる。

 

「「ゲートオープン、界放!!」」

 

 澄んだ女声と、明るい男声がバトル開始の合言葉を叫ぶと、ソウルコアから放たれた赤光がフィールドを包み込んだ。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 読者が覚えやすいように、キャラはあまり増やしてはいけないと思っていたのですが……今回だけで、新キャラを3人も登場させてしまいました。
 これでも、一応メインとなるキャラの数は絞るよう努力していたはずなのです(説得力ゼロ)


 さて、次回は、新キャラであるマミとタイキのバトル。
 既にプロットは仕上がっていて、筆者としては「良く言えば面白い、悪く言えば変」と思うようなバトルに仕上がったと思っています。生暖かい目で見ていただけますと幸いです。


 では、また次のお話でお会いしましょう。


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第6話 相棒はビンテージ

 LoBrisです。
 職場から自宅待機期間が終わるという連絡を受けたため、「執筆できる時間が減らないうちに書かなければ!」と思い、なんとか書き上げました。

 今回は、文字数と次話のあらすじの関係上、バトルだけ回です。



「「ゲートオープン、界放!!」」

 

 マミの澄んだ女声と、タイキの明るい男声がバトル開始の合言葉を叫ぶと、ソウルコアから放たれた赤光がフィールドを包み込んだ。

 

 赤光はドーム状に広がっていき、結界でできたコロシアムを作り出す。内部にいるマミとタイキの服装も、制服からそれぞれのバトルフォームへと変わった。

 

「わぁ、昔と同じ服! 懐かしいけど、今になって見るとちょっと恥ずかしいな……」

 

 マミのバトルフォームは、マゼンタのミニドレス。落ち着いた紫色のライフシールドが胸元を覆い、フレアスカートが風に揺れる。装飾こそ少ないが、鮮やかな色のドレスに、マミは少し顔を赤らめた。

 

「せんぱーい! すごく大人っぽくて、似合ってますよ!!」

 

 そこへ、フィールドの隣で見学しているアンジュが、マミに向かって声をかける。

 

 憧れの視線と、素直な称賛を受けたマミは、ふぅと一息。アンジュのほうを見て微笑んだ。

 

「先輩みたいに大人っぽい人って、羨ましいなぁ……あたしは、もっとこう、明るめの色の服しか似合わないし」

 

 フィールドの隣、マミに微笑まれたアンジュは溜息を吐いた。

 

「そういうものなのか……?」

 

 ツバサは、アンジュの独り言を小耳に挟み、首を傾げる。

 

「そうなんだよねー……あたし、身長があまり伸びないし、童顔だし。ああいう大人っぽい服って、ぶっちゃけ似合わなくて。正装のときとか、自分でもちょっと違和感あるもん」

「は、はあ…………」

 

 だが、アンジュに説明されても、ツバサの疑問符が消えることはなかった。曖昧に相槌を打つことしかできない。

 

 が、その時、

 

都筑(つくし)。お前の言う『大人っぽい服』を着られるようになると、今度は今まで着ていた服が合わなくなるぞ?」

 

 ガイが、フィールドから視線を逸らさずに呟いた。ツバサよりも男らしい彼が、このような話題に関心を示すのは、少々意外だ。

 

「えーと……それって、どういうことですか?」

 

 純粋にガイの言葉の意図を察せなかったアンジュが、ガイに問う。

 

「俺の場合、小学校高学年になる頃には、着られる子供向けの服が減ってきていた。今となっては、このXXLのジャージも小さいし、そもそもサイズの合う服があまりない……」

 

「そもそもサイズの合う服があまりない」──その言葉の重みに、普段能天気なアンジュも「うっ……!」という声を漏らした。

 ツバサも、軽々しく「身長があって羨ましい」などと思っていたことを深く反省した。高身長なガイのほうが、辛うじて平均レベルの身長しかないツバサよりも、遥かに苦労していたのだ。

 

「あくまでも、極端な一例だがな。

 都筑、お前は『身長が伸びない』と言っていたが、今のお前だからこそ着こなせる服がある。そう考えてみると、胸を張れるようになると思うぞ?」

 

 ずっとバトルフィールドの方を見ており、先程まで大きな背中を向けていたガイが、その時だけ後輩たちの方を振り向き、静かに笑いかけた。

 

 一方、話題の種となったマミと相対するのは、近代の軍服のようなバトルフォームを纏ったタイキ。両胸のポケットにあたる箇所に、小さめのライフシールドが左右1つずつ、鈍色に輝く。明るい性格とは声とは裏腹にシックな装い。元々の身体つきが良いこともあり、今の彼は二枚目に見える。ツバサとしては、悔しいと思わないでもないが。

 

「心の準備ができ次第、始めていいぜ?」

 

 久々にバトルフォームに袖を通し、緊張している様子のマミを見兼ねて、タイキはにかっと笑った。服装は格好良くなっても、調子はいつもどおりだ。

 

「ありがとうございます。では──」

 

 マミは、ライフシールドに覆われた胸に手を当て、大きく深呼吸。己の覚悟を確かめるように、小さく頷くと、

 

「先輩、対戦よろしくお願いします!」

 

 タイキにしっかりと目線を向けて、声を張り上げた。

 

 

 

 ──TURN 1 PL マミ

手札:5

リザーブ:4

 

「メインステップ。

[輝石の竜玉使いバトレイ]を召喚」

 

 龍の顔を持つジャグラーが、マミのフィールドに登場する。赤、紫、黄の玉をジャグリングしており、シルクハットに黒髪のかつら。顔以外、非常に人間臭い。

 

「ターンエンドです」

 

○マミのフィールド

・[輝石の竜玉使いバトレイ]〈s〉Lv1・BP2000

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 2 PL タイキ

手札:5

リザーブ:5

 

「メインステップ、アタックステップ共に何もしない!

 ターンエンド!」

 

 やけに堂々と、ターンエンドと言ってのけた。

 だが、タイキのフィールドには何も召喚されておらず、バーストもまだセットされていない。先攻よりも使えるコアが多い、後攻の第1ターン目であるにもかかわらず、だ。

 

「……部長さん、事故ってるんですかね…………?」

 

 ツバサは呆気にとられ、信じられないと言わんばかりに呟くが、

 

「ふむ。これは、なかなか面白くなりそうだな」

 

 ガイは興味深げにフィールドを見つめていた。

 

○タイキのフィールド

(更地)

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 3 PL マミ

手札:5

リザーブ:4

 

「バーストすらなし……カウンターが怖い、かな?」

 

 全く動かない後攻1ターン目を、マミは不審がっている。混乱する思考を落ち着かせるように、ふぅ、と一息。

 

「メインステップ。

 創界神(グランウォーカー)ネクサス・[紫乃宮(しのみや)まゐ]を配置。

 

 同名の創界神ネクサスがないので、《神託(コアチャージ)》」

 

 マミのフィールドに、紫髪を伸ばしたスレンダーな女性が現れた。

 

 配置時の《神託》でトラッシュに置かれたのは、[魔界皇龍ダークヴルム・レガリア][冥府魔神オブシディオン][ボーン・トプス]。

 

「系統:「星竜」を持つスピリットが1枚、系統:「無魔」を持つスピリットが2枚。オールヒットで、コアを3個、[紫乃宮まゐ]に置きます!」

 

《神託》の結果は上々。[紫乃宮まゐ]に、コアが3個置かれる。マミの声も、少し弾んでいた。

 

「続けて、バトレイをLv3にアップ。

 

 ……アタックステップ!

 バトレイでアタック!

 Lv3のアタック時効果で、デッキの下から1枚ドロー!」

 

 動かないのは罠か否か、一抹の不安を抱きながらも、マミはバトレイを攻撃させる。

 

 アタック時効果で、デッキの下から1枚ドロー。バーストが伏せられていないので、効果による手札増加に反応するバーストを警戒する必要もないだろう。確実に、1枚のアドバンテージは稼ぐことができる。

 

「デッキの下から……紫属性で?」

 

 ツバサの記憶では、「デッキの下からドローする」というのは、赤属性や黄属性の効果だったはずだ。紫属性のバトレイがその効果を使えるのは、時代の流れだろうか?

 

「バトレイは、紫属性であると同時に、赤属性・黄属性としても扱えるスピリットだ。だから、黄属性の効果を使えているのだろう」

 

 疑問を呈したツバサに、ガイは答えてくれた。

 紫であると同時に、赤・黄──バトレイがジャグリングしている玉の色と同じだ。

 

 バトレイは、アタックを指示されてから、張り切って玉をジャグリングさせている。一見、バトルに対して無気力に見える行動だが、

 

「ライフで受ける!」

(ライフ:5→4)

 

 タイキの宣言と共に展開されたシールドに、バトレイが玉を投げつけ、パリンと軽快に割った。

 

「いてっ……!」

 

 シールドを通して伝わった痛みによって、タイキの口から反射的に漏れた言葉も、どこか軽い。

 

 一方、バトレイは、観戦しているツバサたちに向けて、やや大袈裟に礼をした。このスピリットは、どうもいちいち人間臭い。

 

「うんうん! すごかったよ、バトレイさん!」

 

 アンジュは、バトレイの礼を受けて拍手を送っていた。バトレイも拍手してくれた観客に向かって手を振って、感謝を伝える。

 

「いや、たしかにバトレイのジャグリングもすごいと思わないでもないけど……結局、部長、普通にライフで受けたよな!?」

 

 しかし、ツバサとしては、バトレイの芸よりも、結局カウンターをしなかったタイキの方が気になった。その意図がわからない。

 

「……おそらく事故だな」

 

 ガイが、ツバサにだけしか聞こえないような小さな声で、教えてくれた。この場で唯一、タイキのデッキを知っているであろう彼が言うのだから、本当なのだろう。

 

(事故なのかよ!? それでいいのかバトスピ部部長!?)

 

 ツバサは、叫びそうになったツッコミを、ぐっと呑み込んだ。

 

「普通にライフで受けた……?

 あの……何か手札で、ライフ減少に反応するようなものとかありますか?」

 

 タイキの意図がわからないのは、マミも同様。相手の処理のタイミングを逃さないように、自らカウンターの有無を尋ねるも、

 

「いや、特にないから、続けていいぞ!」

 

 やはり、カウンターはなかった。当のタイキは、あまりにも清々しく応答しているのだが、つまるところ、今の彼は丸腰である。

 

「ええっと……? では、ターンエンドです」

 

 果たして、ポーカーフェイスなのか、これでも素なのか。読みきれず、疑問を残したまま、マミはターンエンドを宣言した。

 

○ターンエンド(L5 R0 H5 C5 D31)

・[輝石の竜玉使いバトレイ]〈2s〉Lv3・BP5000

・[紫乃宮 まゐ]〈3〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 4 PL タイキ

手札:6

リザーブ:7

 

「メインステップ!

 バーストをセットして、そのままターンエンドだ!」

 

 再び迎えたタイキのターン。今度はバーストをセットするだけで終わった。

 

 ツバサはツッコむのをやめた。

 

○タイキのフィールド

(更地)

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 5 PL マミ

手札:6

リザーブ:3

 

「メインステップ

 バトレイは、常在効果で自分の色とシンボルを赤・黄としても扱います。

 

 よって、今回は赤のシンボルとして扱い、3コスト1軽減。ネクサス・[灼熱の谷]を配置」

 

 マミのフィールドに、赤く燃える谷が広がる。

[灼熱の谷]。その配置コストの低さ・簡単にドロー加速ができる性能から制限〈1〉に指定されているネクサスカードだ。

 

「続けて、[亡霊怪獣シーボーズ]を召喚。

 

 系統:「無魔」あるいは「星竜」を持つスピリット召喚によって、ターンに1回、[紫乃宮まゐ]に《神託》」

 

 続けて召喚されたのは、肉食恐竜が白骨化したような姿をした怪獣・シーボーズ。見慣れない環境に、辺りをきょろきょろと見回している。だが、彼の本来の体長は40m、体重は3万t。ソウルコアの結界がなければ、とても出せたものではない。

 

「あっ、かわいい!」

 

 フィールドの外で、唐突にアンジュが声をあげる。彼女の目は、シーボーズの方を向いているが……

 

「……かわいい?」

 

 ツバサには、アンジュの言っていることがよくわからなかった。

 シーボーズは、動きこそ幼い子供のような愛嬌があるが、ぱっと見恐竜の白骨である。ツバサにとっては、容姿と動きのミスマッチが、かえって不気味だ。

 

「ターンエンド」

 

 このターン、マミはアタックせずにターンエンドを宣言した。

 

「おっ? 今回は攻めてこないのか?」

「はい。バーストだけセットなんて、怪しすぎですもの」

 

 揺さぶりというよりは、あくまでも純粋な疑問として問いかけてくるタイキに、マミは戸惑いを隠すよう、努めて冷静に答えた。

 

○マミのフィールド

・[輝石の竜玉使いバトレイ]〈2s〉Lv3・BP5000

・[亡霊怪獣シーボーズ]〈1〉Lv1・BP2000

・[紫乃宮 まゐ]〈4〉Lv1

・[灼熱の谷]〈0〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 6 PL タイキ

手札:6

リザーブ:8

 

「メインステップ!

 それじゃあ、そろそろ動くか。ネクサス・[吊られた古城]を配置!」

 

 後攻の第3ターンになって、ようやくタイキのフィールドにカードが出された。

 

 紫のネクサス・[吊られた古城]。その名の通り、逆さ吊りにされた古城である。

 

「配置時効果で、相手のフィールドのスピリット/ネクサスの色1色につき、自分はデッキから1枚ドローする。

 マミちゃんのフィールドでは、バトレイが単独で3色として扱うんだったよな?」

 

「はい、バトレイは紫属性ですが、赤・黄としても扱えるので。多色化が裏目に出ちゃったなぁ……」

 

 その効果は、相手のフィールドにある色の数に依存したドロー。今、マミのフィールドには、バトレイだけで赤・紫・黄の3色が存在している。他の色を持つカードはないが、それでも、

 

「よし! 3色だから3枚ドローだ!」

 

 4コストで、3枚ドロー、かつ紫のシンボルを確保できるというだけで、リターンは大きいといえる。

 

 これで、タイキの手札は8枚。これまであまり消費していなかったのもあって、現在のマミの手札の2倍の枚数だ。

 

「続けて[鍵鎚のヴァルグリンド(RV)]を召喚!

 召喚時効果で、バトレイを手札へ!」

 

 膨大なリソースを得たタイキが、ようやく大きく動いた。召喚されたのは、門番のような姿をした、機械の巨人・ヴァルグリンド。その名の通り、自らの巨体相応の鎚を携えている。

 

「アタックステップ!

 ヴァルグリンドでアタック!」

 

「ライフで受ける!」

(ライフ:5→4)

 

 ヴァルグリンドが、マミのライフで展開されたシールドを、大きな鎚で打ち砕いた。

 

「うっ……! やっぱり効くなぁ……」

 

 久々に受ける、ライフダメージの痛み。マミは足腰に力を入れて堪える。

 

「だけど……ふぅ! これはこれで、背筋が伸びます! 昔の感覚が戻ってきてる気がする!」

 

 だが、少し大きく息を吐き、背筋を伸ばす。上げた顔は引き締まり、しかし声は爽やかだ。

 

「うんうん、いい傾向だな。俺はこれでターンエンド!」

 

 だんだんと楽しい気持ちを表にしていく後輩に、タイキも嬉しそうだ。先と変わらず堂々とターンエンドを宣言し、マミにターンを譲った。

 

○タイキのフィールド

・[鍵鎚のヴァルグリンド(RV)]〈s〉Lv1・BP4000 疲労

・[吊られた古城]〈0〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 7 PL マミ

 

「ドローステップ。

[灼熱の谷]の効果で、合計2枚ドロー。その後、手札の[ドン・ディエゴッド]を破棄」

 

 先程一気に3枚ドローしたタイキだが、マミも負けていない。[灼熱の谷]の効果で、デッキを掘り進めていく。

 

手札:5

リザーブ:8

 

「メインステップ

[輝石の竜玉使いバトレイ]を、Lv3で再召喚!」

 

 ヴァルグリンドによって退かされたバトレイが、再びマミのフィールドに現れた。再び3色の玉でジャグリングを始める。

 

 彼も軽減シンボルは、赤・紫・黄・(ゴッド)の4つ。マミのフィールドには、[灼熱の谷]の赤シンボル、シーボーズの紫シンボル、[紫乃宮まゐ]の神シンボルがあるので、実質0コストで召喚されている。

 

「続けて、[ボーン・トプス]を召喚!

 系統:「無魔」を持つスピリットが召喚されたので、ターンに1回、[紫乃宮まゐ]に《神託》。これで、同ネクサスはLv2にアップです!

 

 召喚時効果で1枚ドロー!

 さらに、私のフィールドに赤のシンボルがあるため、【連鎖(ラッシュ)】発揮! 相手のネクサス1つ・[吊られた古城]を破壊します!」

 

 続いてマミのフィールドに召喚されたのは、その名の通り、トリケラトプスの白骨のような姿をしたスピリット・[ボーン・トプス]。召喚時と共に咆哮をあげると、人魂を思わせる青白い炎が噴き上がり、逆さ吊りの古城を襲う。天から吊られた風変わりな古城は、瓦礫と灰をフィールドに降らせながら崩壊した。

 

「バーストセットをセットして、アタックステップ!

 バトレイでアタック!

 Lv3のアタック時効果で、デッキの下から1枚ドロー!

 

 さらに、Lv2からのアタック時効果で、色とシンボルを無色として扱い、コア3個以下のヴァルグリンドに指定アタック! そうした時、BP+5000です!」

 

 迎えたアタックステップ。

 前のターン、マミは攻撃しなかったが、今回は攻めていく。まるで、獲物を見つけたと言わんばかりに、ヴァルグリンドに狙いを定めて。

 

 バトレイがジャグリングしている赤い玉が光り、持ち主に力を与える。

 

「むむっ、指定アタックか……! 仕方ないな、ヴァルグリンドでブロック!」

 

 バトレイが投げた玉を、ヴァルグリンドが大きな鎚で打ち返し、粉砕した──と思いきや、砕かれた玉たちが次々と爆発。ヴァルグリンドは爆風に呑まれ、破壊された。

 ヴァルグリンドの破壊を確認したバトレイは、帽子を脱いで観客であるツバサたちへ、気障に一礼。既に彼の手の中には、爆発した玉とは別の玉が収まっている。

 

「すごいすごい! バトレイさんの玉が爆発した!」

 

 アンジュが歓声と拍手をバトレイに送った。それに応じて、バトレイはアンジュに向かって優雅に手を振る。

 

「へぇ、面白いな、そのスピリット! なぁなぁ、他にも何かパフォーマンスしてくれよ!!」

 

 自分のスピリットが破壊されたのにもかかわらず、タイキすらバトレイを称賛していた。彼のフィールドは、再び更地に逆戻りしているのに。

 

「いや、部長さん!? スピリットを破壊されたばかりですよね!?」

 

 ツバサは思わずツッコんだ。自分だったら、更地に逆戻りするような状況で、対戦相手や敵側のスピリットたちを称賛できる心の余裕は持てないだろう。

 

「まあ、そうなんだけどな? こうやってバトルを盛り上げてくれると、俺も興奮しちゃうんだよなぁ!」

 

 だが、ツッコミを入れられてなお、タイキは満開の笑顔を浮かべていた。その様は、声の雰囲気も相まって、無邪気な少年のようである。

 

 一方、

 

「なるほど。紫をメインに赤を混ぜ、狙いを定めて破壊していく。紫にしては、真っ直ぐなデッキだな」

 

 ガイが感心したような眼差しをマミに向けていた。

 すると、偶然目が合ったマミが、ぺこりと会釈。それに対し、ガイはがっしりした手でグーサインを返した。

 

 意識をガイからフィールドに戻したマミは、[ボーン・トプス]のカードに触れる。

 

「続けて、ボーン・トプスでアタック!」

 

 アタックステップを続行。障害物が消えたタイキのフィールドを、ボーン・トプスが突進する。

 

「ライフで受ける!」

(ライフ:4→3)

 

 タイキは、フラッシュタイミングで札を切ることなく、アタックをライフで受けた。ボーン・トプスの角が、ライフから展開されたシールドを刺し貫く。

 

「いってぇ……! だけど、ライフ減少によって、バースト発動だ! [虚龍ホロゥドラゴン]!!

 

 バースト効果で、デッキの上から6枚オープン!」

 

 だが、ライフ減少に反応し、タイキのバーストが発動した。[虚龍ホロゥドラゴン]。

 

 そのバースト効果は、強力なサーチ。デッキの上から6枚というのは、数あるバトスピのカードの中でも大きなオープン枚数だ。

 オープンされたのは、[神帝獣スフィン・クロス(RV)][虚神帝アンゴル・モーゼス][冥将アマイモン(RV)][虚龍ホロゥドラゴン][幻魔神][ホロゥリンカネイション]だ。

 

「系統:「虚神」を持つスピリットカードすべて──スフィン・クロスと、アンゴル・モーゼスを手札へ!

 

 残りは、[幻魔神][ホロゥリンカネイション][虚龍ホロゥドラゴン]の順でデッキボトム行きだ」

 

 デッキを6枚掘り進め、うち3枚を手札へ。これで、タイキの手札は10枚。

 1枚1枚を確実にドローしていくマミに対し、タイキは1度に大量の手札を確保することで、ハンドアドバンテージを稼いでいく。

 

 だが、ホロゥドラゴンのバースト効果はまだ終わらない。

 

「そして、手札に加えた枚数と同じ数だけ、相手のスピリットのコア1個をボイドへ置く!

 

 3枚手札に加わったから、ボーン・トプスとシーボーズのコア1個ずつをボイドへ送るぞ!

 

 そして、Lv2でバースト召喚!」

 

 手札に加えた枚数に応じた、コアのボイド送り。

 コアをボイドへ送られるということは、通常のコアシュートのようにスピリットを消滅させられるだけでなく、使えるコア数を減らされるということを意味している。

 

 元々生ける死体のようだったボーン・トプスとシーボーズから魂を奪う瘴気を放ちながら、人型に近い、二足歩行の黒龍──ホロゥドラゴンがタイキのフィールドに降り立った。

 

「うぅ……シーボーズとボーン・トプスは消滅。

 ……ターンエンドです」

 

 スピリットの数を減らされただけでなく、使えるコアも減らされて、マミの声は沈んでいる。だが、眼からは、闘志の光が消えていない。

 

○マミのフィールド

・[輝石の竜玉使いバトレイ]〈2s〉Lv3・BP5000 疲労

・[紫乃宮 まゐ]〈5〉Lv2

・[灼熱の谷]〈0〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 8 PL タイキ

手札:10

リザーブ:8

 

「メインステップ!

[偽りの指令官グンター]を召喚!」

 

 ホロゥドラゴンに続き、タイキのフィールドに召喚されたのは[偽りの指令官グンター]。アンドロイド型の、白のスピリットだ。

 

「続けて、[デュラクダール(RV)]をLv2で召喚!」

 

 さらに、横幅もそこそこ広いロボット兵器型のスピリット・デュラグダールも召喚される。

 

 マミのフィールドにスピリットは1体、それも疲労状態であるのに対し、タイキのフィールドにはスピリットが3体。これだけでもボードアドバンテージはタイキにあるのだが──

 

「そして、系統:「神将」を持つデュラクダールが召喚されたこの瞬間、グンターの効果発揮。

 系統:「虚神」/「神将」を持つ自分のスピリットが召喚された、あるいは《煌臨》したとき、そのスピリットのコスト以下の相手のスピリット1体を手札に戻す。よって、コスト4以下のバトレイを手札へ!

 さらに、ホロゥドラゴンの紫シンボルで【連鎖(ラッシュ)】発揮! 1枚ドローだ!」

 

 デュラクダールが召喚されるなり、既に戦場にいた指揮官(グンター)から先制攻撃の命令が出された。それに応じ、デュラクダールは手に持った剣型の装備をバトレイに振るう。刃を向けられたバトレイは「暴力反対!」と言わんばかりに両手を上げながら、マミの手札へ駆け込んだ。狙いを定めて指定アタックするようなスピリットが示すような態度ではないように思える。

 何はともあれ、指揮官がいることで、タイキのデッキが回りだしたのはたしかだ。マミのフィールドからはスピリットがいなくなったうえ、スピリットを召喚しても、その度に手札が増えるのである。

 

「アタックステップ!

 ホロゥドラゴンでアタック!」

 

 更地になったマミのフィールドを、ホロゥドラゴンが翔ける。前のターンでのボーン・トプスによるアタックの仕返しのようだ。

 

「ライフで受ける!」

(ライフ:4→3)

 

 使えるコアを減らされているマミに、フラッシュはなし。ホロゥドラゴンの爪が、マミのライフを切り裂いた。

 

「うっ……!

 だけど、今度はこっちが、ライフ減少でバースト発動です! [選ばれし探索者アレックス]!! リザーブのコアを全部置いて、Lv2でバースト召喚! その後、ドローかコアブーストを選択! 後者を選択し、ボイドからリザーブへコアを1個置きます!

 さらに、このバトルきりで、先輩のアタックステップは終了です!」

 

 ゴーグルのついたフードを目深に被り、目元と長い紺青の髪を隠した少女。後に神世界の新たな旗手として見初められることになる者──アレックスが、まだスピリットだった頃の姿でフィールドに颯爽と現れた。

 アレックスの杖がフィールドの境界線上に障壁を張る。これで、タイキのスピリットたちはもうマミのフィールドへ侵攻できない。

 

「おっと、止められちまったか……仕方ないな。ターンエンド」

 

 アタックステップを止められたタイキに、できることは残されていない。このまま、マミにターンを譲った。

 

○タイキのフィールド

・[虚龍ホロゥドラゴン]〈1s〉Lv2・BP10000 疲労

・[偽りの指令官グンター]〈1〉Lv1・BP4000

・[デュラクダール(RV)]〈2〉Lv2・BP8000

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 9 PL マミ

 

「ドローステップ

[灼熱の谷]の効果で、合計2枚ドロー。その後、手札の[ワイボーン]を破棄」

 

手札:5

リザーブ:5

 

「メインステップ

 まずは、バトレイを再召喚!

 

 続けて[ヘッジボルグ]を召喚!」

 

 先程手札に返されたバトレイと共に、たくさんの針が生えた獣のようなブレイヴ・[ヘッジボルグ]がフィールドがフィールドに降り立ち、吠えた。

 

「続けて──[蝕星龍ジークヴルム・ヴェガ]を、コアを2個置いて召喚! 不足コストはアレックスから確保し、アレックスは消滅。

 系統:「星竜」あるいは「無魔」を持つスピリット召喚によって、ターンに1回、[紫乃宮まゐ]に《神託》」

 

 アレックスに入れ替わるようにして、空から、紫の身体に金の翼を持つ星竜[蝕星龍ジークヴルム・ヴェガ]から、空からフィールドに降り立った。

 

 コアを失って消滅するアレックスに、マミは「ありがとう……ごめんね」と小さな声で謝罪。アレックスは「仕方ないなぁ」と溜息を吐くが、マミを責めることはせず、消え去っていった。

 

「ジークヴルム・ヴェガ! 珍しいカードだな……!」

 

 エース級のスピリットの登場に、タイキが目を輝かせる。バトレイが投げた玉が爆発した時のように。

 

「私が復帰前に使っていたエースのひとりですから。どこまでやれるかわからないけど……今は、一緒に戦ってきた相棒を信じます!

 ジークヴルム・ヴェガに、ヘッジボルグを合体(ブレイヴ)!!」

 

 自分のエースに目を輝かせてくれる対戦相手を真っ直ぐ見て、マミは声を張り上げた。

 

 ジークヴルム・ヴェガに合体したヘッジボルグは、たくさんの棘をもつ鎧となる。新たな武具を得たジークヴルム・ヴェガは、雄叫びをあげる。

 

 これで、攻撃準備は完了だ。

 

「アタックステップ!

 ジークヴルム・ヴェガでアタック!!

 アタック時効果で、疲労状態のホロゥドラゴンを指定アタック!!」

 

 ジークヴルム・ヴェガは、ホロゥドラゴンに向かって飛翔する。バトレイと同じく、相手のスピリットに狙いを定めていく戦い方だ。

 

 だが──

 

「また狙い打ちか……! ホロゥドラゴンでブロック!

 

 Lv2のホロゥドラゴンはBP10000。このままだと、俺のホロゥドラゴンが打ち勝つぞ!」

 

 タイキの言うとおり、ホロゥドラゴンはBP10000。ジークヴルム・ヴェガよりも1000上回っている。

 

「なら、勝てるように上げるまで! フラッシュタイミング! [紫乃宮まゐ]の【神技(グランスキル)】を使います!!

 このターンの間、系統:「星竜」/「無魔」/「魔影」を持つ自分のスピリット1体──ジークヴルム・ヴェガをBP+5000!

 これで、ヴェガのBPは14000! ホロゥドラゴンのBPを上回ります!!」

 

 そこで、マミはまゐの【神技】を使った。その効果は、対象となる系統を指定した、単純なBP+。シンプルではあるが、そのBP+値は大きく、コアがある限りターン中何回もBPを上げることができる。これによって、ジークヴルム・ヴェガのBPはホロゥドラゴンを上回った。

 

「そう来るか! それなら、こっちは……!」

 

 しかし、タイキにも策があるようだ。手札のうち1枚を掴む。

 

「フラッシュタイミング!

 デュラクダールLv2の常在効果で、《煌臨(こうりん)》で系統:「虚神」を持つスピリットカードを重ねるとき、条件を《コスト3以上&Lv1以上》に変更できる!

 

 よって、ホロゥドラゴンのソウルコアを使って、こいつに煌臨! [神帝獣スフィン・クロス(RV)]!!」

 

 ホロゥドラゴンの姿が、翼を持つ巨大な獅子の怪物に変わっていく。

 神帝獣スフィン・クロス。強大な虚神の一柱だ。

 

「煌臨時効果で、煌臨元になっている系統:「虚神」/「神将」を持つスピリットカードすべてを、コストを支払わずに召喚できる!

 

 この効果で、煌臨元のホロゥドラゴンを召喚!

 上に置くコアは、デュラクダールから確保。こいつはLv1にダウン」

 

 煌臨元になったホロゥドラゴンが、黒い身体と不釣り合いな黄金の光に包まれて、戦場に舞い戻る。

 

「ここで煌臨……!?

 それでも、相手が変わっただけなら! このまま、もらっていきます!!」

 

 スフィン・クロスの巨体が、ジークヴルム・ヴェガに掴みかかる。しかし、ジークヴルム・ヴェガは両手の鉤爪を振るい、スフィン・クロスの胴にいくつもの裂傷をつける。

 スフィン・クロスが痛みに苦しみ、鈍い悲鳴をあげた。しかし、ジークヴルム・ヴェガは一切容赦せず、一度距離をとってから、赤紫色のブレス攻撃でトドメを刺した。

 

「[ヘッジボルグ]の合体(ブレイヴ)アタック時効果で、破壊されたスフィン・クロスのコアはボイドに送られます!

 

 さらに、ジークヴルム・ヴェガLv2・Lv3のアタック時効果!」

 

 だが、ジークヴルム・ヴェガの攻撃はこれだけで終わらない。彼(彼女?)は自陣に戻ると、再び敵陣を見据え、

 

「BPを比べ相手のスピリットだけを破壊したので、コア1個の相手のスピリット1体──ホロゥドラゴンを破壊します!!」

 

 歌うような、しかし悲鳴のようにも聞こえる不思議な鳴き声をあげた。

 放たれた声は、力の渦となってホロゥドラゴンの身体を粉々に砕いた。

 

「っ……!? ボイドに送るだけでなく、他のスピリットの破壊までやってのけるのか!?」

「ええ! でも、驚くのはここからです!」

 

 驚くタイキに、マミはにこっと笑う。

 

「[紫乃宮まゐ]Lv2の【神域(グランフィールド)】発揮!

 カード名に「ヴルム」を含む自分のスピリットがBPを比べ相手のスピリット/アルティメットだけを破壊したとき、相手のライフのコア1点、いただきます!」

 

「ライフまで持ってくのか……いっつぅ!? ……1体倒すだけで、ここまでやるのかよ…………!」

(ライフ:3→2)

 

 小さな隕石の雨が降り注ぎ、おまけにもう1点、タイキのライフを砕いていく。

 さらなる追撃にタイキは唸った。が、顔は、好戦的に笑っている。

 

「マミ先輩……復帰勢にしては、結構えげつなくない!?」

 

 観戦しているアンジュが、ツバサに尋ねてきた。だが、声はご機嫌で、言葉にせずとも「かっこいいよね!」と言いたいということがわかる。

 

「そうだな……なんかちょっとデジャヴ」

 

 ツバサは思った。「強いやつって、曇りのない笑顔でえげつないするよな……」と。おもに、彼のルームメイトとか、彼が通う高校の生徒会副会長とか。

 

「私はこれでターンエンドです」

 

 しかし、マミのフィールドにはLv1のバトレイしかアタッカーが残っていない。対して、タイキのフィールドには、回復状態のデュラクダールとグンター。バトレイの指定アタックもLv1では発揮できず、攻める理由が見当たらない。

 マミはターンエンドを宣言した。 

 

○マミのフィールド

・[輝石の竜玉使いバトレイ]〈1〉Lv1・BP2000

・[ヘッジボルグ]

→[蝕星龍ジークヴルム・ヴェガ]〈2s〉Lv2・BP6000+3000=9000 疲労

・[紫乃宮 まゐ]〈5〉Lv1

・[灼熱の谷]〈0〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 10 PL タイキ

手札:10

リザーブ:9

 

「メインステップ!

 それじゃあ、俺も大物を出すか!」

 

 マミのエースであるジークヴルム・ヴェガの攻撃にタイキも奮起する。手札にある1枚のカードを掴んで。

 

「合体は、男の浪漫! いくぜ、[虚神帝アンゴル・モーゼス]!!」

 

 タイキのフィールドに、黒いエネルギーの奔流が渦を巻く。その中心から、たくさんの異なるスピリットの部位を強引に合成したような、巨大なスピリットが姿を現した。

 

[虚神帝アンゴル・モーゼス]。すべてを滅ぼす虚無の集合体──

 

「……うーん? なんか部長さんのイメージと違わないか?」

 

 ツバサの本音が口をついて出た。

 

「それねー。どっちかっていうと、タイキ先輩って赤属性ってイメージだったけど、白紫の虚神軸だったなんて……」

 

 アンジュも、ツバサに同意していた。

 

「虚神」とは、かつて異世界グラン・ロロに侵攻した、「虚無の軍勢」の頂点に君臨する神々の系統である。侵攻というと、どちらかというと悪役の印象が強く……どうも、高校3年生でありながら無邪気な少年のように見えるタイキとは、イメージが一致しない。

 

「えー!? 高コスト帯のスピリットがどんどん並ぶの、かっけーだろ!?」

 

 少々ネガティブな感想に、タイキは当然のようにこう返した。

 ツバサとアンジュは「あっ、並べたかったのか」と思い、これ以上何も言わないことにした。

 

「まずは、アンゴル・モーゼスの【虚空域】を発揮!

 相手のスピリットはコアを3個以上置けない! ジークヴルム・ヴェガのコアが2個になるよう、リザーブに置いてもらうぞ!

 

 さらに、モーゼスの召喚で、グンターの効果発揮! コスト8以下のバトレイを手札ヘ戻し、【連鎖】で1枚ドロー!」

 

 アンゴル・モーゼスの召喚と共に、マミのフィールドに黒い霧が立ち込める。霧に晒されたジークヴルム・ヴェガが、がくりと項垂れた。コア3個でLv2になっていた彼は、Lv1に下がったのである。

 

「コア数の制限……先輩も、珍しい効果を使ってきますね…………!」

 

 アンゴル・モーゼスをを見上げ、マミは唾を呑んだ。

 

「デュラクダールをLv2に上げて、アタックステップ!

 モーゼスでアタック!

 アタック時効果で、手札の[機神獣インフェニット・ヴォルス(RV)]をノーコスト召喚! 上に置くコアはモーゼスから確保。モーゼスはLv1にダウン」

 

「そして……グンターの効果が発揮する、と…………」

 

「おう、よくわかってるな! グンターの効果で、コスト10以下のジークヴルム・ヴェガを手札ヘ! さらに、1枚ドローだ!」

 

「む……ジークヴルム・ヴェガについていたヘッジボルグは、フィールドに残します」

 

 アンゴル・モーゼスの2つ目の効果は、「虚神」の踏み倒し。虚神を束ねる「帝」の名に相応しい。

 

 彼の号令によって戦場に馳せ参じたのは、白属性の虚神、インフェニット・ヴォルス。白いボディに蒼い翼の生えた巨狼だ。

 

 その召喚に応じて、グンターの効果も発揮され、マミのフィールドのスピリットは疲労状態のヘッジボルグだけになってしまった。

 

「では……こっちのフラッシュタイミングです! マジック・[ソウルクランチ]!!

 このマジックを無色として扱い、モーゼスとグンターからコアを1個ずつ外します!」

 

 だが、マミの使ったフラッシュ効果が、虚神の侵攻を阻む。

[ソウルクランチ]。赤と紫の色と軽減シンボルを持ち、無色として扱ったうえで2個コアシュートを行うマジックだ。

 

 アンゴル・モーゼスとグンターはコアを失い、消滅してしまった。

 

「……って、おい!? モーゼス出落ちかよ!?

 なら、召喚したインフェニット・ヴォルスでアタック!」

 

「ライフで受ける! ううっ……!」

(ライフ:3→2)

 

 モーゼスを失い、しかしタイキは取り乱さず、インフェニット・ヴォルスでアタックした。

 

 マミに次なるカウンターはなかったようで、今度はアタックが通される。

 インフェニット・ヴォルスの口から放たれた青いビームが、マミのライフを貫いた。

 

「ターンエンド!」

 

○タイキのフィールド

・[機神獣インフェニット・ヴォルス(RV)]〈s〉Lv1・BP10000 疲労

・[デュラクダール]〈2〉Lv2・BP6000

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 11 PL マミ

 

「ドローステップ

[灼熱の谷]の効果で、合計2枚ドロー。その後、手札の[紫乃宮まゐ]を破棄」

 

手札:5

リザーブ:9

 

「メインステップ

 2体目のシーボーズをLv1、バトレイをLv3で召喚。さらに、もう一度ジークヴルム・ヴェガを召喚!

 系統:「星竜」、あるいは「無魔」を持つスピリットの召喚によって、ターンに1回[紫乃宮まゐ]に《神託》。

 

そして、もう一度、ヘッジボルグをジークヴルム・ヴェガに合体!」

 

 2枚目のシーボーズを起点に、マミはバウンスされたスピリットたちを次々と召喚していく。

 シーボーズとバトレイは、フル軽減で0コストで召喚できるため、バウンスされた後の再召喚が容易なのだ。

 

 ジークヴルム・ヴェガも戦場に舞い戻り、ヘッジボルグと再度合体する。

 

「[灼熱の谷]をLv2に上げて、アタックステップ!

 

 バトレイでアタック!

 Lv3のアタック時効果で、デッキの下から1枚ドロー!

 さらに、Lv2・Lv3のアタック時効果で、コア3個以下のインフェニット・ヴォルスに指定アタックし、BP+5000!

 

 さらに、[灼熱の谷]のLv2効果で、私のアタックステップ中、私の全スピリットをBP+1000!

 

 これで、BP11000! インフェニット・ヴォルスも、もらっていきます!」

 

 バトレイが、今度はインフェニット・ヴォルスに向かって駆けていく。

 

「見かけによらずパワフルだな……! いいぜ、インフェニット・ヴォルスでブロック!!」

 

 指定アタックされたインフェニット・ヴォルスは、ブロックせざるをえない。こちらに向かってくるバトレイに距離をとるべく、蒼い翼で飛翔した。機獣であるインフェニット・ヴォルスの口からは、機械的な音がする。それは、攻撃の合図──マミのライフを貫いたものと同じ青いビームが、バトレイに降り注ぎ、爆発を起こした。

 ──しかし、それはフェイク。

 バトレイは、インフェニット・ヴォルスが向いている方向の真反対で、額に冷や汗を一筋伝わせながらも、不敵に笑う。ビームの着弾によって起こされたように見えた爆発は、バトレイの赤い玉が起こしたものだったもだ。バトレイの手に残された紫と黄色の玉が、今までにないほど眩い光を放つ。それらは、軽薄な彼が放つ、一世一代の攻撃。放たれた2色の光がフィールドを包み込み、スピリットたちも、使い手も、観戦者も、その場にいるすべての者の視界を塗り潰す。

 

 光が消えた時、そこにインフェニット・ヴォルスはいなかった。

 フィールドの中心には、胸を撫で下ろすバトレイの姿。

 すっかり圧倒されたアンジュが無言で拍手を送ると、バトレイは我に返り、慌てて気障な礼をした。

 

(なんだかんだで緊張してたんだな、あいつ)

 

 バトレイの気障な動作があまり好きではないツバサも、これには純粋に感心し、拍手を送った。

 

「続けて、ジークヴルム・ヴェガでアタック!」

 

 タイキのフィールドに残されたのは、デュラクダールのみ。

[紫乃宮まゐ]の【神域】は維持されている。デュラクダールにブロックされても、タイキのライフ1点はほぼ確実に削ることができるはずだ。最後に、シーボーズでアタックすれば、タイキのライフを0にできる。

 

 チェックメイト──そう思われていた。

 

「なら、フラッシュタイミング! マジック・[フェーズチェンジ]!!

 このターン、相手のスピリットの効果と、コスト4以上の相手のスピリットのアタックでは、俺のライフは0にならない!

 

 ライフで受ける! っつぅ……!」

(ライフ:2→1)

 

 だが、タイキのマジック・[フェーズチェンジ]が、間一髪でマミの勝利を阻んだ。

 合体したジークヴルム・ヴェガはダブルシンボル。しかし、シールドに覆い被さるように現れた白い魔法陣の効果で、1ダメージに軽減されてしまう。

 

 タイキのフィールドには、回復状態のデュラクダールが健在だ。

 マミのフィールドにいるシーボーズだけでは、デュラクダールを破壊できはしても、ライフを削り切ることはできない。

 

「あれだけドローしていましたし、やっぱり握ってますよね……

 …………ターンエンドです」

 

 マミは、フルアタックを選ばず、ターンエンドを宣言した。

 

○マミのフィールド

・[輝石の竜玉使いバトレイ]〈3〉Lv3・BP5000 疲労

・[亡霊怪獣シーボーズ]〈1〉Lv1・BP2000

・[ヘッジボルグ]

→[蝕星龍ジークヴルム・ヴェガ]〈3〉Lv2・BP6000+3000=9000 疲労

・[紫乃宮 まゐ]〈6〉Lv2

・[灼熱の谷]〈s〉Lv2

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 12 PL タイキ

手札:9

リザーブ:10

 

「メインステップ

[虚神将ドグマ・グラード]をLv3で召喚!

 召喚時効果で、デッキから2枚ドロー!」

 

 ライフ1になったタイキは、まさに背水の陣。そこに召喚されたのは、モノクロームの竜だ。

 

「アタックステップ!

 ドグマ・グラードでアタック!」

 

 召喚されたスピリットは、ドグマ・グラード1体だけ。しかし、そのままアタックステップに入る。

 

 召喚時の2枚ドローも強力だが、ドグマ・グラードはアタック時に真価を発揮するのだ。

 

「アタック時効果で、自分の手札/トラッシュにある系統:「虚神」を持つカード1枚を、条件を無視して、

[ソウルコア]をトラッシュに置かずに、自分のスピリットに《煌臨》で重ねられる!

 

 よって、ドグマ・グラード自身に、2枚目の[神帝獣スフィン・クロス(RV)]を煌臨!

 スフィン・クロスの煌臨時効果で、煌臨元のドグマ・グラードをLv2で召喚! 召喚時効果で、デッキから2枚ドロー!」

 

 それは、無条件に「虚神」を煌臨させられるというもの。

 タイキは、ドグマ・グラードにスフィン・クロスを煌臨。その煌臨時効果でドグマ・グラードを再召喚することで、またも2枚ドロー。

 ここまで全く手札が枯渇していないどころか、どんどん増えている。

 

「……ライフで受けます! うっ…………!」

(ライフ:2→1)

 

 煌臨元のドグマ・グラードと入れ替わるように、スフィン・クロスがマミのフィールドに攻め込んでくる。

 マミは、そのアタックをライフで受けた。Lv2・Lv3以上のアタック時効果で、スフィン・クロスはブロックされた時に回復する。回復状態のシーボーズでチャンプブロックしても、意味がないのだ。

 これで、マミのライフも残り1。しかし、タイキのフィールドには2体のスピリットが残っている。

 

「もう一度、ドグマ・グラードでアタック!

 アタック時効果で、今度はこいつに[蛇凰神バァラル(RV)]を煌臨!

 

 バァラルLv2・Lv3の常在効果で、相手のスピリット/アルティメットすべてのLvコストを+1だ!

 さらに、煌臨時効果で、相手のリザーブのコアすべてをトラッシュへ!」

 

 そこへ、追い打ちをかけるように、煌臨。煌臨元のドグマ・グラードの姿が、炎の翼を持つ大蛇の虚神・バァラルのそれに変化する。

 

 バァラルのまとう毒霧が、マミのフィールドに立ち込めて、スピリットたちの活力を削いでいく。コアが1個しか置かれていなかったシーボーズは、毒に侵され消滅してしまった。

 

 これで、マミのフィールドからブロッカーはいなくなった。最後のライフを削らんと、バァラルが迫る。

 

「フラッシュタイミング!

[灼熱の谷]のソウルコアを使って、バトレイに煌臨! [エグゾナイトドラゴン]!」

 

 だが、マミにもまだ手は残っていた。

「死竜」/「無魔」であれば、どんなスピリットにでも煌臨できるスピリット・[エグゾナイトドラゴン]。紫や無彩色といった暗い色が多いマミのフィールドで、緑色の体色が異彩を放つ。

 

「煌臨時効果で、トラッシュにある系統:「死竜」/「無魔」を持つコスト4以下のスピリット──[ボーン・トプス]をノーコスト召喚! 上に置くコアはエグゾナイトから確保して、エグゾナイトは消滅」

 

 バァラルの効果でLvコストが上がっている中では、召喚したスピリットを維持することすら難しい。煌臨したとはいえ、疲労状態で動けないエグゾナイトドラゴンを消滅させることで、なんとかボーン・トプスの維持コアを捻出する。

 

 しかし、ボーン・トプスでバァラルはブロックできるが……タイキのフィールドには、まだ回復状態のデュラクダールが残っている。このままでは、敗北は逃れられない。

 

「…………ボーン・トプスの召喚時効果で、デッキから1枚ドロー!」

 

 だから、マミはこの1ドローに賭けていた。深く息を吐いてから、そっと、最後になるかもしれない1枚を手に取る。

 

 

 

 何も言わず、ドローしたカードを見て──マミは口を開いた。

 

「──フラッシュタイミング! マジック・[ソウルクランチ]です! このマジックを無色として扱い、バァラルのコア2個をリザーブへ!!」

 

 

 

 引き当てたのは、2枚目の[ソウルクランチ]。フィールドに迫ってきたバァラルのコアを外し、間一髪のところを消滅させた。

 

 フィールドの外で、アンジュが「おおっ!!」と沸いていた。ツバサも、「あっ……!」と目を見張る。

 

「っ……!? 最後の最後で、マジックを引き当てたか……!

 バァラルは消滅。俺はこれでターンエンドだ!」

 

 タイキのフィールドには、回復状態のデュラクダールがいる。しかし、マミのフィールドにも、召喚されたばかりのボーン・トプスが回復状態で残っていた。

 攻めきれないと判断したタイキは、ターンエンドを宣言した。

 

○タイキのフィールド

・[神帝獣スフィン・クロス(RV)]〈3〉Lv3・BP15000 疲労

・[デュラクダール]〈2〉Lv2・BP6000

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 13 PL マミ

 

「ドローステップ

[灼熱の谷]の効果で、合計2枚ドロー。その後、手札の[ネクロマンシー]を破棄」

 

手札:2

リザーブ:7

 

「メインステップ。

 トラッシュに系統:「無魔」を持つスピリットが5枚以上ある時、手札にあるこのカードはコスト3として扱います。

 

[骸巨人ギ・ガッシャ]を召喚!

 

 系統:「無魔」を持つスピリットの召喚によって、ターンに1回[紫乃宮まゐ]に《神託》」

 

 ドローを積み重ねてきたとはいえ、手札が尽きかけていたマミ。しかし、そこで引き当てたのは、[骸巨人ギ・ガッシャ]。その名の通り、骸骨の巨人と形容できるスピリットだ。

 見た目もコストも大きいが、トラッシュに「無魔」が5枚以上ある時はコスト3として召喚することができる。

 

「召喚時効果で、コスト合計13まで自分のトラッシュにある系統:「無魔」を持つスピリットカードを好きなだけ手札に戻します!

[エグゾナイトドラゴン][ボーン・トプス][ドン・ディエゴッド][亡霊怪獣シーボーズ]の4枚を手札ヘ!

 

 続けて、手札に戻した[ボーン・トプス]を召喚!

 召喚時効果で1枚ドロー!!」

 

 そして、ギ・ガッシャは、コストを踏み倒せるだけでなく、トラッシュにある「無魔」を回収することもできる。コスト13という制限はあるが、エースとなるスピリットを回収することも、軽量スピリットをたくさん回収することもできるコスト範囲だ。

 手札が尽きかけていたマミだったが、[フェーズチェンジ]の警戒も兼ねて、比較的軽量なスピリットを回収。反撃の準備は整った。

 

「[ボーントプス]を召喚!

 召喚時効果で、1枚ドロー!

 

 そして──このアルティメットカードは、召喚するときコスト5として扱います! [骸皇アルティメット・ギ・ガッシャ]を召喚!!」

 

 トラッシュから回収されたボーン・トプス。続いて召喚されたのは、まさかのアルティメットだった。

[骸皇アルティメット・ギ・ガッシャ]。既に召喚されていたギ・ガッシャが、アルティメットとして新生した姿。「皇」の名に相応しく、赤いマントをはためかせ、スピリットのギ・ガッシャよりも大きな骸骨巨人が、ズシンズシンと地面を震動させながらフィールドにやってきた。

 

 スピリットのギ・ガッシャのような強力な召喚時効果は持たないが、新生したギ・ガッシャはそこに立っているだけで強烈な効果を発揮する。それは──

 

「アルティメット・ギ・ガッシャの常在効果で、系統:「無魔」を持つ自分のスピリットすべてのLv1コストを0にします! この効果以外でLv1コストは変更されないので、不意にバァラルを煌臨させても意味はありませんよ!!」

 

「無魔」のスピリットすべてのLv1コストを0にする。それはつまり、“スピリットの維持にコアを必要としなくなる”ということだ。

 軽減して0コストで召喚できる「無魔」スピリットであれば、一切コアを消費せずに召喚できる。手札次第では出し放題。そうでなくとも、コアブーストが苦手な紫属性には有り難い効果だ。

 

「Lv1コストが0になったボーン・トプス、ジークヴルム・ヴェガ、ギ・ガッシャのコアをすべてリザーブへ。

 アルティメット・ギ・ガッシャをLv5にアップ!

 

 そして、シーボーズとドン・ディエゴッドも! それぞれコア0個のLv1で召喚!!」

 

 シーボーズと、獣人の骸のようなスピリット[ドン・ディエゴッド]も、ギ・ガッシャの召喚時効果による回収を経て、トラッシュから蘇る。

 

 このターン、マミが召喚したスピリットは、2種の「ギ・ガッシャ」を除いて、すべてコスト4未満のスピリット。アルティメット・ギ・ガッシャも、アルティメットなので[フェーズチェンジ]の影響を受けない。

 

「アタックステップ!

 ジークヴルム・ヴェガでアタック!

 

 アタック時効果で、疲労状態のスフィン・クロスを指定アタック!!」

 

 また、[フェーズチェンジ]は「スピリットの効果」によるライフ減少しか防げない。ネクサスである[紫乃宮まゐ]の【神域】でも、ダメージを与えられる。

 

 ジークヴルム・ヴェガが、スフィン・クロスへ向かって飛び立った。

 合体していてもBP7000。対して、狙い打ったスフィン・クロスはBP15000。

 ジークヴルム・ヴェガは、スフィン・クロスと揉み合いになり、スフィン・クロスに伸し掛かられてしまう。

 

「フラッシュタイミング! [紫乃宮まゐ]の【神技:1】を使います!

 2回連続で使用し、ヴェガのBPを+10000!!」

 

 だが、マミのフィールドには、コアが8個置かれた[紫乃宮まゐ]がいる。

 ジークヴルム・ヴェガは彼女の【神技】によってBPを上昇させられる。コアを2個使っても6個残るため、【神域】を維持しながら、逆転できる。これで、BP17000だ。

 

 地面に寝かせられていたジークヴルム・ヴェガが、起き上がり、スフィン・クロスを払い除ける。形勢逆転。勝利は眼の前。トドメに、スフィン・クロスへ鉤爪が振るわれる──

 

「フラッシュタイミング! マジック・[フェーズチェンジ]!! 不足コストはスフィン・クロスから確保して、こいつは消滅する!」

 

 その瞬間、スフィン・クロスが消えた。

 

 ジークヴルム・ヴェガのトドメの一撃は、まだ届いていない。2体が戦っていた場所には、手応えがないのの消えたスフィン・クロスに戸惑うジークヴルム・ヴェガの姿があった。

 

「【神技】を使わせるだけ使わせて、スフィン・クロスを自壊させましたか……」

 

 何が起きたか悟ったマミが、ぽつりと呟く。

 

「そういうことだ。これで、『BPを比べて相手のスピリットだけを破壊した』ことにはならないだろ?」

 

 タイキは、マミが[紫乃宮まゐ]の【神技】を2回使うことを見越して、あえてジークヴルム・ヴェガがスフィン・クロスのBPを上回ったところを見計らってからマジック・[フェーズチェンジ]を使用していた。

 この時、リザーブにコアが2個あるのにもかかわらず、バトルしているスフィン・クロスに置かれていたコア3個でコストを支払うことで、同スピリットを消滅させている。

 

 これは、[紫乃宮まゐ]の【神域】の発揮条件が「カード名に「ヴルム」を含む自分のスピリットがBPを比べ相手のスピリット/アルティメットだけを破壊したとき」だから。BP比べが決着するよりも先にバトルしているスピリットをフィールドから退かせてしまえば、発揮はできないのである。

 

「でも……[フェーズチェンジ]がダメージを止められるのは、『相手のスピリットの効果と、コスト4以上の相手のスピリットのアタック』だけ。アルティメットとコスト4未満のスピリットなら、アタックが通る…………」

 

 フィールドの外で、ツバサはマミのスピリットたちを見た。回復状態のスピリットは、シーボーズ、ボーン・トプス、ドン・ディエゴッド──コスト4未満のスピリットたちと、ギ・ガッシャだけだ。さらに、アルティメットのギ・ガッシャまで控えている。

 疑問に思ったのだ。ほとんど負け確定の状況になってなお、なぜ思考をし続け、少しでも延命できるように抗えるのか。

 

「“そのほうが面白いから”、だろう」

 

 ツバサの心を読んだように、バリトンが答えた。

 

「ええっ……!? 青葉先輩、なんでわかったんですか!?」

「後ろから落ち着きのない視線を感じたからな」

 

 前方、バトルフィールドの方を見ていたガイが、ツバサの方を見ていた。

 

「う、すみません……観戦中に」

 

 ツバサは、ガイの大きな身体と低い声の圧に、彼自身だけなら怖くなったのだが、独り言に対していきなり底に響くようなバリトンで答えられると、やはり怖い。

 

「気にするな。今の俺には、お前の考えていることに共感できないかもしれないが、理解はできる。

 タイキのあれは──所謂“こだわり”というものだ。彼は『ギャラリーを盛り上げて、自らも盛り上げてもらうことを好む』」

 

 ガイは、バトル開始直前にアンジュに話していたことを、ツバサにも聞かせた。

 

 そのこだわりと今の状況に何の関係があるのだろうか──ツバサは相槌を打てずに、ぽかんとした。

 

「だから、最後までバトルを盛り上げようとするんだ。だから、出していないカードは出しきれるだけ出しきるし、たくさんの色の大型スピリットを入れられる「虚神」を好んで使っている。見ている側としても、『そのほうが面白い』だろう?」

 

 ガイはツバサに微笑みかけた。静かに、しかし優しく。

 

 ツバサがバトルフィールドに意識を戻すと、デュラクダールが──否、インフェニット・ヴォルスが、遥かに大きなアルティメット・ギ・ガッシャの腕の一振りで、装甲ごと打ち砕かれ、吹き飛ばされていた。最後の足掻きで、タイキがデュラクダールに煌臨させ、ブロックさせたのだろう。アルティメット・ギ・ガッシャはBP24000。到底乗り越えられはしなかったが、インフェニット・ヴォルスのほうがまだBPも高い。出せるものは出し切りたかったのだろう。

 

 以前、ツバサは負けるとわかって、チャンプブロックさせるためだけにホルスの【神技】を使わなかったが──やはり、ツバサのような闘争心に乏しい者にバトルは難しい。

 

「[ボーン・トプス]でアタック! これで、トドメですっ……!!」

 

 ツバサがあれこれと思考を巡らせているうちに、バトルはもうラストアタックまで進んでいた。

 

 タイキのフィールドは更地。[フェーズチェンジ]も、コスト3の[ボーン・トプス]のアタックは止められない。

 

 意気揚々と、ボーン・トプスが一直線に突進する。

 

「万策尽きたな……あと1枚あるけど、コアが足りねぇ」

 

 手札を見て、タイキは苦笑した。あれだけドローしていただけあって、まだ1枚カウンターを残していたようだが、コアが足りなかったようだ。ふぅ、と一息吐くと、突進してくるボーン・トプスを見て、晴れやかに笑った。

 

「ライフで受ける!!」

(ライフ:1→0)

 

 ネガティブな感情を感じさせない、はっきりとした敗北の宣言。

 それを受けたボーン・トプスが、「やった!」と言わんばかりに勢い良く跳び、最後のライフを角でぶち抜いた。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 なんで虚神使いのほうが、主人公より主人公しているのでしょう?(自問)


 ……まあ、それはそれとして。
 紫と赤の指定アタックを軸としたデッキは、考えるのが楽しかったです。
 復帰勢ということで、比較的旧めのカードを使おうとして、結果[蝕星龍ジークヴルム・ヴェガ]というアンティークなスピリットに白羽の矢が立ちました。他にも、《神託》で落ちてしまった[冥府魔神オブシディオン]など。

 今日ではあまり見ないであろうカードたちのバトル、読者の皆様にもお楽しみいただけたのであれば幸いです。


 では、また次のお話でお会いしましょう。


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第7話 貴方を守りたかったから その1

 LoBrisです。

 今回は、ほぼ会話のみです。
 こんなサブタイトルですが、SEEDの「S」の字もありません。ガンダム好きな方はごめんなさい


 また、今回から、筆者の独自設定・独自解釈が増えていくと思われます。

 なるべく、フレーバーテキストを読み込んでから設定を作るようにしていますが、量が膨大なので、どうしても読み逃しや設定の拾い逃し、既存の設定との矛盾・解釈違いが起きてしまうかもしれません。

 その点に十分注意したうえで読んでいただければと思います。


 勝負あり。バトルフィールドを覆っていた結界が解かれ、内部にいたマミとタイキも、元の制服姿に戻る。

 

「お疲れ様です、先輩!」

 

 それを見るや否や、アンジュが先輩2人のもとに駆け寄った。ツバサとガイも、歩いて彼女の後に続く。

 

「ありがとう、アンジュちゃん。ちょっとまぐれっぽかったけどね」

 

 マミとしては、駄目元で切った[エグゾナイトドラゴン]の煌臨時効果で[ボーン・トプス]を召喚、その召喚時効果で[ソウルクランチ]を引けたから勝てたわけで。「運が良かったから勝てた」と思っている彼女は、少し恥ずかしそうだ。

 

「まぐれじゃなくて、本当に勝ったんだろ? 運も実力のうちって言うし、何より、あそこでマミちゃんが諦めなかったからこそ勝てたんだぜ?」

 

 だが、そのマミに敗れたタイキは、素直に彼女を称賛していた。同じく「諦めない」バトルをする彼だからこそ、最後の一手まで諦めないことの貴さを知っているのだろう。

 

「そ、そうですか? ありがとうございます、先輩」

「そうそう! こっちこそ、対戦ありがとよ。旧いカードであそこまでやるんだから、将来有望だな」

 

 バトルは相手がいないと成り立たないからこそ、決着後の挨拶は忘れずに。マミがぺこりとお辞儀すると、タイキもにかっと笑い返した。

 

「さて、次はアンジュちゃんとガイの番だな。ガイ、セトは準備できてるか?」

 

 タイキはガイの方に視線を移し、尋ねる。アンジュが「おおっ!?」と声をあげた。見学者3人の中でいちばんバトルしたがっていただけあって、既に興奮冷めやらぬ様子だ。

 

「それが、まだ戻ってきていないんだ。いつもなら、既に戻っていてもおかしくないのだが……」

 

 だが、ガイは、珍しく溜息を吐いた。肝心のセトが、戻ってこないのだ。

 

「そういえば、戻るって……セトさんは、なんで出掛けているんですか?」

 

 ここでツバサは、ひとつの疑問を抱いた。彼も、ホルスの使い手になって数日経つが、これまでホルスが長時間外出したことはない。せいぜい、朝・昼に散歩する程度である。セトは、なぜこれほど長い時間出掛けているのだろうか。

 

「ああ。セトは、基本的に午前中は仕事だ。早朝から昼にかけて、農家の手伝いをしている」

 

 当たり前のように答えたガイだが、ツバサは一瞬フリーズした。

 新入生歓迎会で見た、いかにも獰猛な武人といった雰囲気の創界神セトが、農家の手伝いをしているのだという。正直、全く想像がつかない──というか、それ以前の問題である。

 

創界神(グランウォーカー)って、仕事するんですか……!?」

 

 ツバサは、ホルスが仕事しているところを見たことがない。寮か遺物である紅い羽の中で暇しているか、時々暇過ぎて散歩に出るくらい。もはや定年退職した老人のような生活を送っているのである。

 

「ああ。身体は人間だし、住環境は使い手が提供してくれるとはいえ、衣類や食事は必要だからな」

 

 相変わらず、ガイは当然のように答えた。

 

(嘘だろ……あいつ、俺が何も言わないからってニートしてたのかよ…………!?)

 

 ツバサは頭を抱えた。

 思い返してみれば、ここ1週間、ホルスに食事は与えていない。リョウとのバトルの後、いろいろあって入学初日から疲れていたツバサは、トトの「ひとまず、ホルスの食事は私がどうにかするから」という言葉をあっさり受け入れた。

 だが、この時点で気づくべきだったのだ。「トトはどうやって、ホルスの食事はをどうにかするつもりだったのか」と。

 答えは簡単、トトもきっちり稼いでいたからだ。彼とは、入学初日、玄関前で鉢合わせる形で遭遇した。その時、部屋にいたのはツバサとリョウだけ。つまり、トトは「外出から帰ってきた」ということになる。時刻は17時過ぎなので、8時から17時まで、実労8時間・休憩1時間の仕事だと仮定すれば、辻褄が合う。

 

(後でホルスを叱って、トトさんに土下座しないとな……)

 

 まだ帰路にもついていないのに、帰寮後の苦労が思いやられる。ツバサは溜息を吐いた。

 

 ちょうどその瞬間。

 

「おい、ガイっ! 場所が変わるなら、最初からそう言いやがれ!!」

 

 のっけから口が悪い、聞き慣れない声がした。

 

 だが、ツバサにも、アンジュにも、聞き覚えはある。新入生歓迎会でのバトルで、声も顔も冷静なガイに代わるように、激情を迸らせていた武人の声だ。

 

 創界神セト。この世界における姿は、青い髪を頭頂部でひとつに結い上げた、筋肉質な男性といったところだ。

 身長はガイと同程度。服装が制服ではないことから、一般生徒ではないことは明白である。

 

 いや、制服ではない、というか──

 

「セトさん、ですよね……? 何なんですか、その漢字?」

 

 ツバサの懐いた疑問が、口をついて出る。

 

 そう、セトがこの世界に馴染むために着ている服は、白地に毛筆フォントで「闘魂」と書かれたTシャツだったのだ。

 ぱっと見では、「ちょっとはしゃいでいる外国人観光客」にしか見えない。半袖から露出した逞しい腕と大きな身体が生み出す体格差が、より「違う国の人」らしさを強めている。

 

「何って……『とうこん』だが? なんだお前、この程度も読めねぇのか?」

「ひっ……!? いや、そうじゃなくて、読めるから訊いてるんですっ!」

 

 ツバサが口にした疑問は、しっかりセトに届いていたようだ。ギロリに、猛獣のように鋭い眼を向けられ、ツバサは会話を続けるだけで必死である。

 ちらーっと女性陣の方を見ると、マミはなんとも言えなさそうな表情を浮かべており、何に対してもポジティブなアンジュでさえも「おっ、おー……」とコメントに困っているように見えた。

 

「ああ、これには少しわけがあってだな」

 

 そこへ、セトの使い手であるガイが説明に入る。

 

「俺たちは、体格の都合で着られる服が少ないから、私服は海外の服で揃えている。だから、必然的にこういった意匠の服が多くなってしまいがちで──」

「もう少しマシなとこ探しましょう!?」

 

 だが、その説明も、どこか抜けていた。ガイほどの身長になると着られる服が少なくなるというのは、マミとタイキのバトル前に聞いていた。外国の服のほうがサイズが合うというのもわかる。だが、だからといって、漢字Tシャツはどうなのだろう。それでいいのか創界神。

 

「……変えたほうが良いのか?」

 

 しかも、特にこだわりがあるからではなく、デザインに無頓着すぎるからこうなったと来た。ガイが、きょとんと首を傾げている。

 

「あぁ? 着られれば何だっていいだろうが」

「セトさんは黙っててください!?」

 

 セトも、この通り「着られれば何だっていい」と考えていることが明らかになった。

 

(駄目だこのマッチョメン……早くなんとかしないと…………!)

 

 ツバサは、ホルスがこの世界の常識をよく知らないまま外出していないこと、ホルスにそういった常識を教えてくれているトトの存在に深く感謝した。少々使い手が抜けているだけで、創界神がこの有様なのだから。

 

「あ、あの……青葉君やセトさんに合いそうな服、探そうか?」

 

 先程までコメントに困っていたマミが、ツバサに助け舟を出した。

 

「自慢じゃないけど……私、本土の都会の方から越してきたから。そこに住んでいた頃は、流行とか服装とか気にしてて」

 

 それも、かなり頼りになりそうだ。

 ツバサもアンジュも、田舎というほどではないが、郊外出身で、前者に至っては「とりあえず派手すぎない色を選んどきゃなんとかなる」という精神をしているうえ、なけなしのワードローブの約9割は安物の無地や、自然観察用の登山服等である。残り約1割は、制服と、学校指定のジャージと、寝間着。

 それに対して、マミは以前、都会に住んでいたという。ツバサたちが都会に抱くイメージといえば、立ち並ぶビル群、どれも同じに見えてくるほどたくさんある服屋、自分たちには理解の及ばない流行のファッションに身を包んだ若者たち──とにかく、服飾関連の情報は嫌でも入ってきそうだ。

 

「あっ! それならあたしも手伝います! ガイ先輩もセトさんも素材がいいんだから、こういうのは活かしとかないとね!」

 

 アンジュも、普段の調子を取り戻し、しゃしゃり出てきた。ガイの大きさにも全くビビらなかったように、セトに対しても物怖じしない。

 

「素材がいい、か……」

「そ、そうか……? なら、まあ、よろしく頼むわ」

 

 そして、「素材がいい」という発言に、高身長なりのコンプレックスがあるガイは少し照れている。セトもぶっきらぼうだが、ツバサに対する時のそれよりも柔らかい態度で了承した。人だろうが創界神だろうが、やはり褒めらると伸びるものらしい。

 

「……って、そういう話しにきたわけじゃねぇよ!」

 

 だが、すぐ普段の態度に戻ってしまった。一瞬だけ絆されたからか、顔からはやや焦りを感じる。

 

「ガイ……いきなり場所を変えやがったことは、この際不問として、だ。ホルスの使い手は拉致ってきたんだろうな?」

 

 セトの眼光が、再び鋭くなった。猛獣のような、鋭い視線。ツバサを睨んだ時と同じだ。

 

「いや、拉致ってないから! そういう部に誤解を招くようなこと言うのやめて!?」と、タイキがあたふたしている。実際、ツバサは拉致されていない。やや一方的だったとはいえ、きちんと「招待」を受けた。その時は「ガイのことが怖かったから」という理由で見学に行くことにしたが、今のところ「時間を無駄にした」とまでは感じていない。

 

(でも、「拉致る」って、なんで俺なんかを…………?)

 

 だが、セトがツバサに目をつける意味がわからない。なぜ、「拉致する」ことを前提にしてまで、ここに連れてこようとしたのだろうか?

 

「拉致してはいないが、勧誘はしてきた。彼が、ホルスの使い手──千鳥ツバサだ」

 

 ガイのがっしりとした手が、ツバサの肩に置かれる。ツバサは、その重みにびくっとした。

 

「へぇ……まさか、初っ端からビビってたこいつが」

 

 セトの鋭い視線が、ツバサを値踏みする。

 

「……爪鳥(とり)の神の使い手が骨なしチキンったぁ、傑作だな」

 

(ディスられてる……なんか早速ディスられてる…………)

 

 思いっきり貶されているツバサだが、反論できない辺り、「骨なしチキン」であることを自認せざるをえない。

 

「それで? ホルスのやつはどこにいやがる?」

「は、はいっ……!? えっと、その、今は、鞄についてる紅い羽のストラップの中に──」

「へぇ、これがアイツの……」

「いや、普通勝手に他人の鞄を触りますか!?」

 

 言われるがまま、ツバサがホルスの遺物がある場所を教えると、セトは躊躇いもなくツバサの鞄を物色し始めた。

 幸い、紅い羽はすぐに見つけられたため、すぐに物色する手は止まったが……荷物を物色されて、気分が良いわけがない。

 もちろん、セトは、そんなツバサの気持ちなど、露知らず。知っていたとして、顧みることはないだろう。紅い羽を、じっと見つめると──

 

「会いたかったぜ……裏切り者のホルス君よぉ?」

 

 眼は笑っていた。しかし、凶悪に。その様は、獲物を見つけた肉食獣を思わせる。

 

「『裏切り者』……!?」

 

 ツバサは、セトが口にした気掛かりな言葉をなぞった。決して良い意味を含むものではないことはわかる。100%敵意から出てきたであろうその言葉。

 しかし、ツバサの知っているホルスは、明朗快活、地味に奔放、そして鳥頭。裏切り者のイメージとは程遠い。

 

 突然のきな臭い雰囲気に、ガイは顔を強張らせ、マミは説明を求めるようにきょろきょろしだす。脳天気なアンジュでさえ「えっ、どういうこと!?」と困惑し、タイキも「どうしてこうなった……」と溜息をひとつ。

 

 そして、「裏切り者」と言われたホルスは──

 

 

 

 ………………………………返事がない。

 

 

 

 確実にしらばっくれている。

 

「いや、ホルス!? 説明しろよ!? それとも、単純にセトさんの逆恨みってオチか!? この人ちょっと最初格好良さげに出てくるけど、以降は毎回出てきてはやられるタイプの、でもどこか憎めない三枚目な悪役の素養を感じるし!!」

 

 ツバサは紅い羽に向かって叫びちらした。ついでに、セトのことも少し悪く言ってみる。先程、思いきり貶された仕返しだ。

 

「ちげーよ! 普通にガチなやつだよ! おら、出てこいや骨なしチキン!!」

 

 しかし、一度しらばっくれられた程度では諦めない。ツバサとセトは、利害の一致からよりホルスに詰め寄る。

 

《ああ、もう……! わかったって! ちゃんと説明するから……!》

 

 ようやく、紅い羽から声がした。はっきりとした高音寄りの男声。癖がなく爽やかで、雲ひとつない晴空を思わせるそれは、紛れもなくホルスのものだ。今は、だいぶ曇り気味だが。

 

 盛大な溜息ひとつと共に、ホルスがその姿を現す。

 

「やっと出てきてくれた……なぁ、とりあえず、単刀直入に訊かせてくれ。『裏切り者』ってのは本当なのか? それとも、やっぱりセトの逆恨みオチなのか?」

「『やっぱり』って何だよ!? さてはお前、チキンのフリして、実は相当空気読まないやつだな!?」

 

 真剣な顔と雰囲気で、それでもセトへの意趣返しをやめないツバサに、セトがツッコんだ。

 

 だが、ツバサの期待に反して、ホルスは重く頷く。

 

「……ああ。『裏切り者』ってのは本当だ。逆恨みでもなんでもないし、悔しいけど、セトの言ってることは正しい」

「…………!?」

 

 すっかり否定されると思いこんでいたツバサは、息を呑んだ。良くも悪くも裏表がなさそうなホルスが「裏切り者」の烙印を押されており、それを正当なものとして受け入れているという事実を、すぐには呑み込めなかった。

 

 言葉を失ったツバサを見兼ねて、ホルスは一息分の間を置く。それから、ゆっくりと口を開き、

 

「別に隠したいわけじゃないんだけど、ちょっと事情が複雑で…………」

 

 そう前置きして、自らが「裏切り者」である所以を語り始めた。

 

 

 

 スピリットやアルティメット、創界神の故郷である神世界には、現在5つの勢力が存在する。

 

 そのうちのひとつ、ホルスが属する「エジット」は、砂漠の世界に端を発した勢力だ。

 何もない砂漠から世界を発展させるのは難しいと思われるが、それはあくまでも“ヒト”の考え方。厳しい環境は、そこに住まうスピリットたちの進化を促し、強くする。

 また、手つかずの砂漠には豊富な資源が存在した。その資源を活用し、工業化を進行。機械の力による、スピリットやアルティメットの開発・強化などの独自の技術によって、さらなる武力を得た。

 

 そうして生み出された強いスピリットやアルティメットを、他の世界に送り込み、侵略する。

 

 創界神は、世界の住民同士の諍いに手を出すことはできない。それが、創界神にとっては当然の不文律だ。

 ならば、「住民」を強くすればいい。戦で戦うのは、大将たる創界神ではなく、兵であるスピリットなのだから。

 

 新興勢力を良く思わない旧き勢力を、世界を滅ぼし、己の世界へと塗り替えた。敵対する可能性のある勢力が生まれれば、即座にその芽を摘んだ。こうして、幾多の屍と世界の残骸の上で、エジットは、神世界最大の勢力・「オリン」に匹敵するまでに繁栄した。

 

 しかし、エジットに属していながら、侵略路線に異を唱える創界神がいた。

 エジットでも若く、生まれながらに太陽と天空の祝福を受けた創界神──ホルスのことである。彼は謂わば「穏健派」であり、必要以上に敵を作るエジットのやり方を嫌っていた。

 既にエジットが繁栄し、他の3勢力との協定によって相互不可侵を約束された時代に生まれたからこそ、「もうエジットは、侵略せずともやっていける」と信じていたのだ。

 

 若き神の思想は、「エジットが繁栄に至るまでの背景を知らない未熟者の妄想」と断じられ、味方は少なかった。

 

 だが、神世界の要衝に位置する新興勢力・「ウル」を巡り、ウル・オリンの連合とエジットが対立した時、ホルスは確信した。

 

 ──このままでは、エジットは孤立し、いよいよ保たなくなる、と。

 

 ウルとオリン、規模が極端に違う勢力2つが手を取り合い、共闘しているのだ。

 一方、エジットは、この期に及んで排他的だった。そもそも、この戦いだって、エジットがウルを侵略するべくスピリットたちを送り込んだことに端を発する。今のエジットであれば、もうそんなことをする必要はないというのに。

 

 

 だから、ホルスは、エジットを裏切った。未だ弱かった頃の悪夢から覚めることができないエジットに“革命”を起こすために。

 

 

 

「あとは、オリンに接触して、密約結んで、背後から奇襲、ってところだな。だから、『裏切り者』ってのは否定できないんだ……」

 

 長い回想を終え、ホルスはふぅと一息吐いた。

 

「想像以上に考えさせられる話だったな……」

 

 ツバサも、緊張の糸が切れたように大きな溜息を吐く。話の内容の重さに、頭と心が疲れてきた。こころなしか、胸の中に軽めの重石を置かれたような感覚がある。

 

「なるほど……思想の正否はわからないが、話は読めてきたぞ。セトは、裏切りへの仕返しをしたかったんだな?」

 

 ガイの動揺は小さい。言い出しっぺのセトの方を見て、平時と変わらぬ調子で尋ねた。「思想の正否」について答えない意思を示したのは、彼なりの配慮だろうか。

 

「ま、そんなところだ。こいつ、せっかく俺が面白がってるってところに邪魔しやがって……! そのせいで、『神世界(あっち)の』俺は、他のやつら諸共消滅。見事ホルスが最高神の座に収まったってわけだ」

 

 セトが不機嫌そうな顔で、神世界での回想を結んだ。

 

 この島にいる創界神は、島に遺された力の残滓が元となった「劣化コピー」。神世界にいる本体が生死にかかわらず、力の残滓が入った遺物と、人間の肉体を得るために必要な「使い手との繋がり」さえあれば、顕現できるのだ。

 そのため、当事者が消滅したことで解消された因縁が、こうして蘇ることもある。まさに、今のように。「死人に口なし」というわけにはいかないのだ。

 

「あー……悪いな、ツバサ君。俺たち、こんな事情があるなんて知らなくてさ…………」

 

 タイキが両手を合わせて頭を下げた。いつも明るい顔と声も、今は少し暗い。ツバサと同じように、突然重い話を聞かされ、やや精神が疲弊しているのだろう。

 

「いえ、部長が謝ることじゃないです……これは当事者が悪い。俺たち人間だから、もう神様の事情とか知りません」

 

 疲れたツバサの音が口から零れだした。これ以上、神世界の因縁に巻き込まれたくない。

 

「「お前、チキンに見せかけて、結構言うときは言うな!?」」

 

 ホルスとセトがハモった。直後、2人で顔を見合わせて、それぞれ嫌そうな顔になる。

 

「あの……次は、青葉さんとアンジュちゃんのバトルだった、よね?」

 

 そこへ、言いづらそうに、マミが軌道修正を図った。

 

(目黒先輩、ナイス!!)

 

 ツバサはこっそり、そんなことを考えていた。

 

 ガイには、アンジュとバトルするという先約がある。それがある限り、セトの仕返しは後回しになるはずだ。

 先程、ホルスが抱える事情の説明でそこそこ時間を食ったため、今日は、あと1戦するのが限界だろう。最終下校時刻まではまだ時間があるが、仮入部に来た見学者の帰宅・帰寮時刻は、それよりも早めに設定されているのだ。

 

「そうそう! あたし、セトさんとバトルするの、楽しみにしてたんだよ? 新入生歓迎会でのバトル、すっごく格好良かったもん! それなのに、ここでお預けなんて嫌だなぁ……」

 

 マミから受けたバトンを、アンジュはしっかりと受け取った。セトを褒め殺しながら「バトルしたい」という意思を伝え、彼の逃げ場を減らしていく。他人にも自分にもポジティブなアンジュのことなので、すべて本心から出た言葉なのだろうが。

 

 だが……何を間違えたのだろうか。アンジュの次にバトンを受けたのは、この場にいる5人の人間、2人の創界神ではなく──

 

《彼女の言うとおりです。ホルスに手を出すと言うのならば、その前にわたくしが相手します》

 

 どこからか、か細く、しかし芯を感じさせる、不思議な女声が聞こえた。

 

「え、誰っ……!?」

 

 いきなり肯定されたアンジュが、びくっと身震いをした。きょろきょろと辺りを見回すと、彼女が置いた鞄の隣に、細身の女性が佇んでいる。タイトな白いドレスと、それに反して、双翼を模した横長の冠が、細身をより際立たせていた。

 

「イシス……お前…………ッ!」

 

 セトの声に、敵意が滲む。

 

「えっ……イシス!? オレとは敵対していたんじゃなかった、のか…………!?」

 

 ホルスにとっても想定外だったようだ。イシスと呼ばれる女性を見て、何度も目を瞬いている。

 

「そう、ですね……神世界では、わたくしにも背負っている世界がありましたから。ホルスひとりと、わたくしの世界、ひいてはエジットすべての住民たちを天秤にかければ、後者に傾いてしまうのは当然のこと……それが創界神というものです。ですが──」

 

 言いかけて、イシスはホルスへ微笑みかけた。

 

「『今のわたくし』には、守るべき世界がありませんから。神世界でとは違って、貴方の味方でいられるのですよ」

 

 創界神イシス。

 エジットに属していた創界神である。そして、セトと同じ理由で消滅してしまった創界神でもあった。それでも、彼女は、エジットの中では珍しく、最初から最後までホルスのことを愛していた。その行動原理が「ホルスのため」であるくらいに。

 だが、イシスもまた「エヌビリア」という自分の世界を背負っている。ホルスひとりと、エヌビリアに住まうスピリット・アルティメットたちであれば、後者を優先すべきなのは当然であった。ホルスのことは愛しているが、思想に賛同するというわけではない。

 創界神が私情を優先したがために、背負った世界の住民に不利益をもたらしてしまうことだってある。エジットの旧き神々は、それを最も理解しているからこそ、「侵略」という非情な行為によって、勢力を強めることができたといえるだろう。

 

 ──尤も、そんな背景など知るはずもない人間たちはというと、

 

「あの……なんかすごい、人とか視線とか集まってきてませんか…………!?」

「イシスさん、だっけ? あの人の被り物、すごく派手だもんね。でも、どうしていきなり出てきたんだろう?」

「私はもうバトルしたからいいんだけど……アンジュちゃんと青葉さんは大丈夫? すごく観客多くなりそうだけど……」

「俺は問題ない。既に人前でのバトルには慣れているぞ」

「あー……ちょっと取ってもらえないか聞いてくる」

 

 双翼を模した、イシスの冠。シルエットだけでも目立ってしまうそれのせいで、好奇の視線が集まってきたのを気にしていた。フィールド周辺に人が増えているようにも見える。

 そこで、部長として、タイキがイシスへ注意する役を買って出た。

 

「すみません、イシスさん……で合ってるか? その被り物、よかったら取ってもらえると嬉しいな。隣に漢字Tシャツ着てるやつがいるのもあって、ちょっと悪目立ちしちゃうから」

「あら……そうなのですか? これは失礼しました」

 

 注意されると、イシスは素直に冠を取って、人間たちの荷物が置いてある箇所へ丁寧に置いた。創界神の中には我や癖が強い者も少なくないため、素直に聞き入れてくれたことに、タイキは胸を撫で下ろす。

「なんかしれっと貶された気がするんだが?」というセトの声は、皆聞こえなかったフリに徹していた。

 

「さて、どうしましょうか? ホルスに手を出さないのであれば、それで結構。ですが、ホルスに手出しするようであれば……怒りますよ?」

 

 イシスの物腰は柔らかいが、眼は笑っていない。むしろ、小さな顔に青筋を幻視してしまいそうだ。

 

 が、ここまで威圧されたセトは──怯えないどころか、愉快げに唇を歪めた。

 

「……上等。神世界(あっち)じゃお前に逆らえなかった分、こっちで“お礼”させてくれるってことだろ?」

 

 眼は非常に好戦的に、ぎらぎらとしている。

 

「こっちでは、背負う世界だけじゃなくて“力の差”もないってことを忘れんじゃねぇぞ? 今の俺たちは、あくまでも人間の肉体だ。女性で、そのもやしみてぇな身体なら、常人より非力なんじゃねぇのか?」

「ええ。だから、“これ”で戦うのでしょう?」

 

 セトの挑発には動じず、イシスは悠然とした態度で、まっさらなバトルフィールドを指差した。

 

「へぇ。ま、俺はお前にお礼できりゃ何でもいいさ。で、お前は誰に使ってもらうんだよ?」

 

 しかし、創界神がバトルフィールドに立つには、使い手は必要だ。突如現れたイシスに、まだ使い手はいない。だが、肉体を得て顕現したということは、この近くに遺物とその持ち主が存在しているというわけで。

 

「そうですね……そこの、茶色いおさげ髪の子。わたくしは、貴女との繋がりを感じています」

「っっっっっっっ!!」

 

 イシスが指しているのは、十中八九アンジュのことだ。

 新入生歓迎会の時から創界神との共闘を望んでいたアンジュは、声にならない嬉しい悲鳴をあげる。

 

「ということは!? もしかして、この鞄についている、蒼くてふわふわしている羽って…………!?」

 

 アンジュは小走り鞄を取りに行くと、イシスに鞄についている蒼い羽を見せた。

 

 入学式の帰り道、「案外、これも遺物だったりして?」と言いながらツバサに見せた、扇形に近い形をした、蒼い羽。鳥の羽にしては少々サイズが大きく、ふわふわしている。

 

「まあ……! これは間違いなく、わたくしの化神・イシスターの羽です……! では、貴女が、わたくしの使い手なのですね」

 

 使い手を確認した彼女は、アンジュへ両手を差し出す。掌の上には、エジットの天使たちのデッキが置かれていた。

 

「わたくしは創界神イシス。エジットは『エヌビリア』を統治する創界神ですが……今となっては、あまり関係ないことですね。共に戦う者として、どうか、よろしくお願いします」

 

 言って、アンジュへ優雅にお辞儀をした。

 

「こちらこそよろしくね! あたしはアンジュ。バトルは受験勉強前以来だけど……天霊デッキは使い慣れてる。見様見真似でやってみるよ!」

 

 可愛らしい天使たちが描かれたカードたちを見ながら、アンジュは顔を綻ばせ、快活に答えた。

 

「なんか結局、ちゃんと青葉先輩とアンジュがバトルする流れになってる……結果オーライ、なのか?」

「うん、これは結果オーライ。俺も、闇討ちした相手とバトルするのは気まずかったし、助かったよ…………」

 

 なんとかバトルを免れたツバサとホルスは、珍しく2人一緒に安堵していた。

 

「そうだな。これだけ人も集まってきてるし、新しい創界神がバトルしてくれたら、次の日の見学者が滅茶苦茶増えそうだ!」

「先輩……意外とちゃっかりしてますね」

 

 部長としての感想を全く隠さないタイキに、マミが温かく苦笑した。彼女も彼女で、これから始まるバトルを楽しみにしているようだ。

 

「……ガイ。相手が女で後輩だからって、容赦するんじゃねぇぞ?」

「わかっている。そもそも、俺が手加減できるほど器用ではないことは、お前がいちばん知っているだろう?」

 

 イシスの方を睨むように見つめるセトが、使い手へ視線を向けずに念を押す。それに対して返ってきたのは、冷静で頼もしい問いかけだ。

 

「へっ、そうだったな」

 

 静かに見えて、胸の内で燃える闘争心は、戦神である自身に見劣りしない──そんなガイへ、セトはニヤッと笑った。それと同時に、己の力の欠片(カード)へと姿を変え、デッキの中に収まる。

 

「それじゃあ、ガイ先輩! 早速始めよっ!」

 

 アンジュが、ガイに駆け寄る。既にイシスも、カードに変身したのだろう。今は、使い手しかこの場にいない。

 

「そうだな。そのデッキの初陣、ありがたく相手させてもらおう」

 

 普段は静かなガイの表情に、闘争心が表れる。ツバサたちが見た中で、いちばん深い笑みだ。少々好戦的ではあるが。

 

 30cm近くの身長差がある2人のバトラーが真向かい、互いを見上げ、あるいは見下ろす。それぞれのソウルコアを掲げ──

 

「「ゲートオープン、界放!!」」

 

 

 

 ソウルコアから放たれた赤光が晴れ、2人の服装も戦装束(バトルフォーム)へと変わる。

 

 ガイのそれは、新入生歓迎会でバトルしていた時と同様、首から下を覆う紺碧の板金鎧。ただでさえ大柄で屈強な体格が、さらにがっしりとして見える。

 

 対するアンジュのバトルフォームは、乾燥地帯の踊り子を思わせる、涼しげでタイトな純白のドレス。胸部を明るい金のライフシールドが覆い、へそ周辺の肌が露出している。所謂「へそ出し」スタイルだ。全体的に、露出度が高い。

 

 マミとタイキがバトルしていた時とは違い、バトルフィールドの周囲には、見学者以外の生徒がぼちぼちと集まってきている。

 

 アンジュは、すぅ、と深呼吸すると、

 

「……よしっ、準備OK! 観に来てくれた人も、あたしと一緒に楽しんでってね!!」

 

 プレッシャーを吹き飛ばすどころか、増えてきた観衆を歓迎してみせた。

 

 

 

 ──TURN 1 PL アンジュ

手札:5

リザーブ:4

 

「メインステップ!

 創界神ネクサス・[創界神イシス]を配置!」

 

 アンジュの傍らに、早速イシスが現れる。今は双翼の冠をかぶっており、バトルフィールドの中で一時的に力の一端を取り戻しているからか、神々しい雰囲気を纏う。

 

「同名の創界神ネクサスがないから、配置時の《神託(コアチャージ)》!」

 

 アンジュのデッキの上から、3枚をトラッシュへ。落ちたのは[星天使女神イシスター][天使コーマ(RV)][水の熾天使ミレディエル]だ。

 

「あら、早くもわたくしの化神が……」

 

「あっちゃあ……でも、オールヒットだし、2枚目以降を引ければいい話だから!

 

 イシスターは「天霊」のアルティメット、コーマとミレディエルは「天霊」でコスト5以上のスピリット。オールヒットで、3チャージ!」

 

《神託》でデッキの核である化神が落ちるが、イシスにはコアを3個置くことができた。

 

「イシスのシンボルは、黄・究極としても扱えるから、今回は黄色として扱って、3コスト1軽減! ネクサス・[イシスの花園神殿]を配置!」

 

 続けて、アンジュのフィールドに花畑が広がり、純白の神殿が建った。[イシスの花園神殿]。その花園は「エジットで最も麗しい」とされている。

 

「黄属性か……相変わらず、美しいカードたちだな」

 

 その風景に、ガイも純粋な感嘆を零す。

 

「えへへ、ありがとう! あたしも、黄属性のこういうカード、大好きなんだよね。

 

 ターンエンド!」

 

 好きなカードを褒められて、アンジュの声が弾む。きっと彼女は、神同士の因縁など全く気にしていないのだろう。

 

○アンジュのフィールド

・[創界神イシス]〈3〉Lv1

・[イシスの花園神殿]〈0〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 2 PL ガイ

手札:5

リザーブ:5

 

「メインステップ。

 では、こちらも、創界神ネクサス・[創界神セト]を配置」

 

 ガイもまた、初手に創界神を持っていたようだ。現れたセトは、獣の頭部を象った兜を被り、露出の多い戦装束姿。フィールドの外にいた時は結い上げていた髪を下ろしている。

 

「配置時に同名の創界神ネクサスがないので、《神託》を行う。対象は、〔獣頭/界渡/化神&コスト3以上〕のスピリットと〔獣頭&アルティメット〕」

 

 セトの《神託》でデッキからトラッシュに置かれたのは、[砂海帝王セトナック3世][ゴッドシーカー 砂海祈祷士ケルドマンド][創界神セト]

 

「セトナック3世は「獣頭」のアルティメット、ケルドマンドは「獣頭」を持つコスト3以上のスピリット、2枚目のセトは《神託》対象外。よって、セトにコアを2個追加する」

 

 神託結果はまずまずと言ったところか。セトに2個コアが置かれた。

 

「続けて、セトの効果でシンボルを青として扱い、[砂海王子ナミルネス]を召喚。

 ナミルネスは「獣頭」のアルティメットであるため、セトに《神託》。

 召喚時効果は、対象がいないため不発に終わる」

 

 続けて、ガイのフィールドに、虎の頭を持つ、獣人が現れた。[砂海王子ナミルネス]。「王子」の名に相応しく、白いマントをはためかせる、堂々たる立ち姿だ。

 一度セトの方を振り向き、臣下の礼をとる。「はいはい。こっちでもよろしく頼むわ」と、セトの受け答えはかなりフランクだ。

 

「お、そうだ。ガイ、お前にひとつ、言っておきたいことがあるんだがよ」

 

 思い出したように、セトがガイに話しかけた。

 

「……間違っても、ライフ2以下にすんじゃねぇぞ? あいつの化神は、そういうやつだ」

 

 イシスの方を見据え、真剣な声色で。

 セトもイシスも、共に「エジット」に属する創界神。神世界では、同じ立場にある味方同士、謂わば旧知といえる仲なので、互いの戦い方をよく知っている。それゆえの警告だ。

 

「ライフ2以下……了解だ。善処する」

 

 セトの警告に、ガイは重く頷いた。

 つまり、ライフ3以上を保たなければいけない。簡潔だが、決して簡単ではない条件だ。予め防御に偏らせたデッキならともかく、普段使いのデッキでそうしろというのは、とんでもない無茶振りといえるだろう。

 

 だが、ガイは弱音も文句も垂れない。

 楽しむため、魅せるため──様々な考え方があるが、結局バトルは“勝つ”ためにするものだ。勝とうとしているのは相手も同じなのだから、バトルで不利な状況に陥るのは、ある意味“当たり前”のことなのだ。だから「善処する」。それだけのことなのである。

 自分の無茶振りにも動じなかった使い手に、セトは満足げに頷き返した。

 

 

 神世界では有り得なかった、旧「エジット」の創界神同士の戦い(バトル)。その行方は如何に──




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 今回は筆者の独自設定・独自解釈のオンパレードでしたが、楽しんで読んでいただけましたでしょうか……?
 不安なところはありますが、これからも無理のない範囲でついてきていただけますと幸いです。


 次回で、「バトルスピリッツ Over the Rainbow」の物語は最初の区切りを迎えます。ど○ぶつの森でいうところの、アルバイトが終わるようなイメージです。
 それに伴って、ちょっと何かをやってみようかなと考えていたりいなかったり……はい、私は勘違い系ハーメルン筆者です(自白)

 何はともあれ、控えめに期待していただければと思います。


 では、また次のお話でお会いしましょう。


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第8話 貴方を守りたかったから その2

 LoBrisです。

 手が滑って、今回は25000文字を突破してしまいました。私が書いてきた中で最多です。
 文字が多い分、乱文が目立つかもしれませんが、無理のない範囲で、時間がある時にお読みいただければと思います。

 また、くどいようですが、今回も念の為。
 本作の創界神は、筆者の独自解釈・独自設定が多分に含まれている他、あくまでも原作で活躍している彼らの「劣化コピー」なので、頭のネジの数が圧倒的に足りないことが多々あります。
 何卒、ご了承ください。


 本編とはあまり関係がありませんが、明日か明後日に、活動報告にてちょっとした予告をしようかなと思っています。控えめに期待していただけますと幸いです。


「アタックステップ。

 ナミルネスでアタック」

 

 第2ターン目。

 ライフ2以下にしてはいけない──セトから厳命を受けたガイは、メインステップを終えアタックステップへ入る。

 ナミルネスが短刀を抜き、アンジュのフィールドへと駆け出した。

 

「ライフで受ける!」

(ライフ:5→4)

 

 アンジュのライフを代償に開かれたシールドを、ナミルネスの短刀が軽やかに切り裂く。

 

「んっ……!」

 

 身体を走るライフダメージの痛みに、アンジュは反射的に目を瞑った。しかし、慣れだろうか、すぐにぱっと目を開け、前を向く。

 

「ターンエンドだ」

 

 アタックできるスピリットのいないガイは、ターンを終了。

 

○ターンエンド(L5 R0 H3 C5 D32)

・[砂海王子ナミルネス]〈s〉Lv3・BP5000 疲労

・[創界神(グランウォーカー)セト]〈3〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 3 PL アンジュ

 

「ドローステップ。

 ドローする代わりに、[イシスの花園神殿]の効果で、デッキの上から3枚オープン」

 

 迎えたアンジュのターンのドローステップ。

[イシスの花園神殿]の効果で、ドローの代わりにサーチが行われる。

 オープンされたカードは[エジットの天使ティティエル][イシスの力][星天使女神イシスター]。

 

「系統:「天霊」を持つティティエルを手札へ。さらに、黄の効果でオープンされた[イシスの力]も手札に加えるよ!」

 

 結果は上々。本来1枚しか手札が増えないはずのドローステップで、2枚の手札増加を図る。

 早いうちに引き当てられた化神はデッキの下に送られるが──イシスは、何も言わなかった。

 

手札:5

リザーブ:6

 

「メインステップ!

[エジットの天使ティティエル]をLv4で召喚!

 

 系統:「天霊」を持つアルティメットが召喚されたから、イシスに《神託(コアチャージ)》」

 

 ドローステップに手札に加えられた[エジットの天使ティティエル]が、早速召喚される。

 

 ボブヘアが特徴的な、蒼眼の少女。背中に生えた白い羽は、2枚1対。イシスを見ると、すぐさま彼女へ近づき、小さな花をイシスに差し出した。

 

「まあ。ありがとうございます」

 

 イシスが花を受け取り頭を撫でてやると、ティティエルは花開くような笑顔を浮かべて、フィールドへ戻っていく。

 

「召喚時効果で、デッキの下から1枚ドロー!」

 

 そして、ティティエルの召喚時効果で、デッキの下から1枚ドローする。

 

「デッキの下……!」

 

 フィールドの外で、ツバサが思い出したように呟いた。

 ドローステップ、[イシスの花園神殿]の効果でサーチした際、アンジュは残ったカードをデッキの下に戻した。つまり、今まさに、アンジュがドローしたカードは──

 

「あいつの化神か……」

 

 セトが眉を顰める。

 イシスの化神・[星天使女神イシスター]が、アンジュの手札に迎え入れられたのだ。

 

「ふむ。早速、新しいデッキを使いこなしているようだな」

 

 ガイも感心を口にした。しかし、声は一層低く、同時に警戒していることがわかる。「ライフを2以下にするな」という警告だけされている状態であるだけに、未知なるカードへの興味と、ほんの少しの不安が、より警戒を強めているのだ。

 

「えへへ。黄色、特に「天霊」は前から使い慣れてましたから! アルティメットが軸なのは……初めてじゃないけど、結構タイプが違ってて、新鮮な気分かな?」

 

 ガイの感心を聞き漏らさず、アンジュは胸を張った。

 ツバサの記憶だと、アンジュがこれまで使っていたのは[アルティメット・ミカファール]を使った、アルティメットとマジック軸のコントロールデッキである。

 一方、イシスから授かって今使っているデッキは、マジックが少ないように思われた。サーチもマジックを対象としていないので、端からマジックの運用を考えていないデッキなのだろう。

 

「次に、[ゴッドシーカー エジットの天使メヘトエル]を召喚!

 召喚時効果で、デッキの上から3枚オープン!」

 

 続けて、イシスの「ゴッドシーカー」が召喚される。水のきれいな湖面を思わせる青髪を靡かせる、やや物憂げな雰囲気を纏った天使。彼女は、両手を合わせてぎゅっと握り、どこか必死そうな表情で祈りを捧げた。

 

 召喚時効果で捲られたのは、[エジットの天使長ハトフェル][天霊王杖ウアス・セプター][ゴッドシーカー エジットの天使メヘトエル]だ。

 

「系統:「界渡」を持つアルティメット──[エジットの天使長ハトフェル]を手札へ!

 残りは、上から[ゴッドシーカー エジットの天使メヘトエル][天霊王杖ウアス・セプター]の順でデッキの下へ」

 

 2枚目の[創界神イシス]は引けなかったが、系統:「界渡」を持つ[エジットの天使長ハトフェル]を手札に加える。

 当のメヘトエルは、イシスを見つけられなくてがっくりするが、

 

「大丈夫。わたくしは、ここにいますよ」

 

 イシスがフィールドに降りて、メヘトエルの肩に手を置いてやる。淑やかな微笑を浮かべて、まるで子をあやすように優しく。

 メヘトエルは驚いてイシスのほうを振り返った。笑いかけてくれるイシスを見て、大きく安堵の溜息を吐き、胸を撫で下ろす。その輪にティティエルも入ってきて、ぎゅっと握られたメヘトエルの手を、小さな両手で包み込んで、温めた。

 崇敬する神(イシス)友達(ティティエル)に励まされて、メヘトエルはおどおどと、しかし確かに頷いた。表情も、召喚された直後よりも引き締まっている。

 

「……セト。彼女らは、いつもこういう感じなのか?」

 

 バトル中とは思えない、温かな光景が目の前で繰り広げられ、ガイはぽかんとしていた。

 

「ああ。戦争中もあんな感じで、ぱっと見頭がお花畑見てぇな連中だ。ま、それはあいつらなりの『作戦』……同時に『挑発』でもあるんだけどな」

 

 セトには、エジットの天使たちの傾向がわかる。何せ、神世界では、隣で戦った間柄だ。

 

「能天気に見せかけて、相手を油断させるってのもあるが……『自分たちは余裕ですが何か?』的なポーズをとることで、血の気の多いやつらは突っかかってくるし、臆病なやつらは戦意を喪失する。

 だが、突っかかって来られたところで、こっちはアルティメットだ。スピリットとじゃ地力が違うし、珍しく奮闘されたとしても、イシスのとこの天使共は持久戦に長けてやがる。考えなしに突っ掛ってきただけなら、先に力尽きるを待つだけで敵が減るって算段だ」

 

「力自慢共を倒せば、さらに戦意喪失するやつが増えてくれるからな」と。その言葉に好悪の感情はない。ただ、事実を語るだけ。一見荒っぽく脳筋に見えるセトだが、彼もまた、エジットの過激派に属する、冷徹な侵略者なのだ。

 

「なるほど。持久戦、か……」

 

 その使い手であるガイも、意見はしない。相槌を打つだけで、バトルに意識を戻す。

 

 いよいよ、アンジュのアタックステップだ。

 

「アタックステップ!

 ティティエル、アタックよろしく!」

 

 さっきのお返しと言わんばかりに、ティティエルが翔ぶ。

 

「ライフで受ける」

(ライフ:5→4)

 

 ガイのフィールドにブロッカーはいない。まだコアもない序盤であることもあり、ライフで受ける。ティティエルが手のひらから放った星型の光弾が、ガイのライフを砕いた。

 

「っ……!」

 

 ライフダメージを受けたガイの悲鳴は、とても小さい──というよりは、反射的に息を呑んでいるだけに見える。

 ライフ2以下まで、残り2点。

 

「ターンエンド!」

 

○アンジュのフィールド

・[エジットの天使ティティエル]〈1s〉Lv4・BP5000 疲労

・[ゴッドシーカー エジットの天使メヘトエル]〈1〉Lv1・BP2000

・[創界神イシス]〈4〉Lv1

・[イシスの花園神殿]〈0〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 4 PL ガイ

手札:4

リザーブ:6

 

「メインステップ。

 ナミルネスをLv4にアップ。

 そして、Lv4になったことによって、俺のメインステップ中、ナミルネスは青のシンボルを得る」

 

 まず、ガイはナミルネスのレベルを上げることによって、青のシンボルを確保する。

 

「さらに、セトのシンボルは青としても扱うことができる。

 よって、最大軽減で、ネクサス・[巨顔石の森]を配置。Lv2だ」

 

[巨顔石の森]が配置され、ガイのフィールドの地べたに、顔を象った不思議な石がごろごろと転がった。

 このネクサスが存在する限り、互いのトラッシュにあるカードすべての使用は封じられる。

 

「続けて[砂海賊神官ヒトコブ]を召喚。不足コストはナミルネスから確保し、同アルティメットはLv1にダウン。

 召喚されたヒトコブは「獣頭」のアルティメット。セトに《神託》」

 

 次に召喚されたのは、聖職者のような衣装を纏ったラクダの獣人・[砂海賊神官ヒトコブ]。戦の前に、己の信奉する神に祈りを捧げる。祈りを終えると、ラクダ特有の柔らかい表情を強張らせ、敵陣を見据えた。

 

「ヒトコブの召喚時効果。

 ボイドからコア1個を、カード名に「砂海」を含む自分のスピリット/アルティメットか、[創界神セト]に置く。 今回は[砂海王子ナミルネス]にコアを置き、同アルティメットは再びLv4に」

 

 ヒトコブが杖を掲げると、コアの恵みでナミルネスが再びLv4になった。

 

 セトが「おいおい、俺にはくれねぇのか?」と冗談めかして笑った。

 それに対して、ヒトコブが「そんなこと言われましても、無理なものは無理ですよー!」と言わんばかりに困り笑いを浮かべていることから、真に受けず、受け流していることがわかる。

 

 イシスとエジットの天使たちの関係を「母と子」と例えるならば、セトと砂海の獣頭たちの関係は「将軍と兵士」といったところか。形は違えど、どちらからも創界神と眷属たちの信頼関係が伺える。

 

「バーストセット。

 アタックステップは何もせず、エンドステップ。

 ここで[巨顔石の森]のLv2効果発揮。デッキの上から2枚ドロー」

 

 このターン、ガイはアタックせずターンを終了。

 

 しかし、エンドステップに、巨顔石の森の効果を発揮させ、デッキの上から2枚ドロー。

 任意で発揮できる効果で、2枚ドローした場合、手札が3枚以下になるよう破棄しなければならないが、ガイの手札はちょうど3枚。ディスアドバンテージなしに2枚ものドローをしてみせた。

 

○ガイのフィールド

・[砂海王子ナミルネス]〈2〉Lv4・BP6000

・[砂海賊神官ヒトコブ]〈1〉Lv3・BP5000

・[巨岩石の森]〈s〉Lv2

・[創界神セト]〈4〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 5 PL アンジュ

 

「ドローステップ。

 ドローする代わりに、花園神殿の効果で、デッキの上から3枚オープン」

 

 アンジュは、このターンでも花園神殿の効果でサーチを行う。今回捲られたのは[創界神イシス][エジットの天使ネチェリエル][エジットの天使モニファーエル]。

 

「系統:「天霊」を持つモニファーエルを手札へ。残りは、上からネチェリエル、イシスの順番でデッキの下へ」

 

 今回の成果は1枚。本来祀られているはずのイシスが、デッキボトムへ行ってしまうが──黄属性は、デッキボトムからのドローを得意とするため、油断ならない。

 

手札:6

リザーブ:5

 

「メインステップ!

[エジットの天使長ハトフェル]をLv4で召喚!

 

 系統:「天霊」を持つアルティメットが召喚されたから、イシスに《神託》。これで、イシスもLv2だよ!」

 

 次なる天使は、青の4枚羽を持つエジットの「天使長」ハトフェル。イシス、ティティエルとメヘトエルに手を振りながらフィールドに降り立った。

 ティティエルが嬉しそうに手を振り返し、メヘトエルも安心したように微笑んだ。皆に望まれ、愛想を振りまきながら登場するハトフェルは、さながらマドンナ。そんな天使たちの様を、イシスが見守っていた。

 それと同時に、イシスもLv2のアップ。アンジュのフィールドに、花吹雪が舞う。

 

「続けて、[アセト・カイト]を召喚! ハトフェルに直接合体(ダイレクトブレイヴ)!

 召喚時効果で、ボイドからコア1個を系統:「エジット」を持つ自分の創界神ネクサス──[創界神イシス]に置くよ」

 

 続けて、アンジュが召喚したのは[アセト・カイト]。イシスが所持する黄金円盤から作られたという、天使の形のブレイヴだ。

 ハトフェルと合体したそれは、彼女の周囲を飛び回っている。

 

「イシスさん、準備OK?」

 

 アタックステップに入る前に、アンジュはイシスに問いかけた。それが攻撃開始の合図ということは明白。

 

「ええ。どうぞ、貴方の心のままに」

 

 アンジュの問いかけに対し、イシスは躊躇いなく頷いた。

 

 フィールドでは、ティティエルが「やっちゃってください!」と言わんばかりに、ハトフェルにきらきらと視線を向けていた。

 期待に満ち溢れたその視線に、ハトフェルは照れないし、臆すこともない。「任せてちょうだい」と言う答えを、敵陣から逸らさない目と、振り返らない背中が語っている。

 

「アタックステップ!

 ハトフェル、お願いっ!」

 

 ハトフェルが、自陣を振り返ることなく、ガイのライフ目掛けて飛び立った。可憐な外見でも、彼女は天使たちの長だ。下手な爪鳥スピリットよりも速い。合体しているアセト・カイトは、シューティングゲームにおけるオプションのように、ハトフェルに追随する。

 

「アタック時効果で、あたしのライフ1個をボイドに置くことで……っ! ハトフェルは回復!」

(ライフ:4→3)

 

 ハトフェルのアタック時効果で、アンジュはなんと、自らのライフを砕く。処理の途中、ライフダメージを受けた時のように、一瞬だけ目を瞑っていた。

 

「黄属性はライフを増やすのが得意ではあるが……自らライフを減らしたか」

 

 一見すると、天使たちの可憐な容姿に見合わぬ、荒々しさを感じさせる効果。ガイが、普段よりも目を見開いていた。

 

「うん。でも、Lv2のイシスさんがいる限り、ガイ先輩も道連れだよっ!

 イシスさんのLv2の【神域(グランフィールド)】発揮!

 あたしのアタックステップ中に、系統:「天霊」を持つ自分のスピリット/アルティメットすべては、効果で自分のライフを減らしたとき、ターンに1回ずつ、相手のライフのコア1個を相手のリザーブに置く!

 ハトフェルの効果であたしのライフが減ったから、ガイ先輩のライフも1点、もらってくよっ! イシスさん、やっちゃって!!」

「ええ。貴方のライフをわたくしの天使たちに分けてくださったお礼です……!」

 

 イシスの杖から放たれた、眩い光弾が、ガイのライフ1点を撃ち抜く。

 

「む……狙いはライフバーンか……!」

(ライフ:4→3)

 

 これで、ガイのライフも残り3点。「2点以下」のデッドラインまで、あと1点。

 

「さらに、手札にあるこのカードは、バースト条件を満たしたとき、自分のトラッシュに黄1色のカードが1枚以上あれば、発動できる!

 よって、あたしのライフ減少によって、手札からバースト発動! [エジットの天使モニファーエル]!!

 バースト効果で、ボイドからコア1個をあたしのライフへ! そして、バースト召喚!!

 モニファーエルは、コスト5以上の「天霊」スピリットだから、イシスに《神託》!」

 

 だが、アンジュの攻勢はまだまだ終わらない。自分で「自分のライフを減らした」ことにより、手札に隠されていたバーストが発動される。[エジットの天使モニファーエル]。ティティエルやメヘトエルと比べて、顔付きも身体付きも大人びている。褐色肌に、衣装も茶色。他の天使たちと比べて明度も彩度も低い色味が、より彼女に落ち着いた印象を与える。

 一見平々凡々なライフ減少後のバーストは、イシスの天霊たちのデッキにおいてはエンジンのような存在だ。「自分のライフ減少」というリスクを帳消しにし、かつ頭数を増やすことができるのである。コスト6という点も、合体先や煌臨元にちょうど良い。

 

「さらに、ハトフェルLv4・Lv5の効果!

 あたしのアタックステップ中にライフが増えた時、このターンの間、ハトフェルはブロックされない!

 

 最後に、アセト・カイトの合体(ブレイヴ)アタック時効果で、ターンに1回、デッキから1枚ドロー!」

 

 さらに、モニファーエルのバースト効果でライフが増えたことによって、ハトフェルのさらなる効果が発揮される。

 

「『このターンの間』──ライフが尽きない限り何度もアタックできるアンブロッカブル。それも、ダブルシンボルということか」

 

「なかなか手強いな」と、ガイが唸る。

 

「こうやって、ライフをコントロールするのが、イシスの常套手段だ。このターン、お前はどう凌ぐつもりだ?」

 

 現状のままでは、このままガイが押し切られる可能性すらある。セトがぎりと歯噛みした。

 

「問題ない。凌ぐ手立てはある。

 相手のアタックによって、バースト発動。マジック・[私たちはソレスタルビーイング]」

「んんっ……!?」

 

 ガイのバーストは、アンジュの予想を超えたものだった。

 それは、神世界とは別な世界の人物・風景・事象をイメージして作られた、バトスピの膨大なカードプールの中では相対的に数が少ない、例外のひとつ。

 

「バースト効果で、このターンの間、俺のライフは合体していない相手のスピリット/アルティメットのアタックでは減らない」

 

 こういった「例外」のカードは、総じて例外同士のシナジーを見込まれているが、ガイが伏せていた[私たちはソレスタルビーイング]は違う。青属性でありながら、バースト効果で白属性のような防御効果を発揮することができるのだ。防御する分にはコストを必要としないうえ、発動条件も「相手のスピリット/アルティメットのアタック後」なので、そのターン中のライフダメージを0に抑えることも可能だ。

 このターン限りの粒子の壁が、ガイのライフを守るように立ち塞がる。

 

「でも、ハトフェルは『合体してる』。それに、『効果』なら、ガイ先輩のライフも減らせるよね!」

 

 が、イシスの天霊たちは「効果で」ライフを減らすことに長けている。[私たちはソレスタルビーイング]とは、相性が悪い。

 そのうえ、ハトフェルはアセト・カイトと合体しているため、彼女のアタックによるダメージも防げない。

 

「そうだな。だから、コストを支払いフラッシュ効果を発揮しよう。不足コストは、ナミルネス、ヒトコブ、巨顔石から1ずつ確保。ナミルネスはLv3、巨顔石はLv1に下がり、ヒトコブは消滅。

 対象となるのは、ブレイヴのコストを無視してコスト6以下のスピリット/アルティメット。よって、アタックしている[エジットの天使長ハトフェル]を破壊」

 

 そこで、バースト効果に続く、フラッシュ効果だ。アルティメットさえも対象に含み、ブレイヴのコストを無視することもできる、青お得意のコスト破壊。これもまた、シナジーを度外視して採用できる、汎用性の高い効果である。

 

 ブレイヴのコストを無視せずとも、[アセト・カイト]は合体中、自身をコスト0として扱う。

 そして、ハトフェルのコストは“5”。効果の対象にとられ、破壊されてしまった。

 

「コスト破壊まで!? ……合体していたアセト・カイトはフィールドに残す……!」

 

 バースト1枚で、戦線崩壊。アンジュは慌ててアセト・カイトをフィールドに残す。

 

「合体していたアセト・カイトが残るのならば、ハトフェルのアタックによって発生したバトルは続行される。

 そちらから何もなければ、ナミルネスでブロックだ」

 

 しかし、合体していたハトフェルのアタックを引き継いでいるため、単体では貧弱なブレイヴ単体でのアタックとして、バトル続行。ただでさえBPが低いので、高いBPが自慢のアルティメットにブロックされた。天霊たちの追加装備に過ぎないアセト・カイトは、ナミルネスの短剣によって、いとも容易く切り裂かれてしまう。

 登場し、即破壊されてしまったハトフェルとアセト・カイト。彼女らの破壊によって立ち昇る爆煙を、ティティエルとメヘトエルが不安げに見ていた。メヘトエルに至っては、表情に悔しさを滲ませるモニファーエルの服の裾を、ぎゅっと摘んでいる。

 

「皆様、どうか落ち着いて。次のターンを耐え抜けば、わたくしの化神を出し、反撃することができる……

 まさに、次が正念場。どうか、皆様の力をお貸しくださいませ……!」

 

 士気の下がった天使たちを見兼ねて、彼女らへイシスが呼びかけた。

 ティティエルとモニファーエルが驚いたように、メヘトエルはモニファーエルの服を摘んだまま、イシスの方を見る。いちばん最初に頷いたのは、モニファーエルだった。「そうだね。ここで凹んでられないよ!」と、他の天使たちを元気づけるように、凛々しい表情で。

 

「……ごめん、イシス。ちょっとミスっちゃったかも」

「謝る必要はありませんよ。非公開領域からの奇襲ですもの」

 

 軽く謝るアンジュへ、イシスが子をあやすように慰めた。

 

「何よりあの男、表情を読みづらい……セトだったら、すぐ顔に現れてくれるのに」

 

 ついでに、愚痴を零す。ガイは、表情からも声色からも感情を読みづらい。これもまた、彼が日常生活においてビビられる原因の一端なのだろう。バトルを楽しんでいるということはわかるのだが、いついかなる時も淡々と、慣れた手付きで処理をしている。己の劣勢にすらたじろがない。本人は意図していない傾向が、バトルにおいてはポーカーフェイスとして働いている。

 

「あー……それはすごくわかる。ぶっちゃけ、ガイ先輩よりもセトさんの表情見たほうがわかりやすいよね」

 

 アンジュまでもがそう言って、セトに視線をやった。おかげで、ティティエルやモニファーエルも、セトの方をジロジロと見る。前者はともかく、後者は確信犯に違いない。

 

「なっ……ジロジロ見てんじゃねぇぞアマ共!」

「あっ、すみませんでしたー!」

 

 セトが一喝すると、メヘトエルが萎縮してしまったので、アンジュも一応は謝罪する。その割には、調子が軽いし、目も笑っているが。それに合わせて、ティティエルとモニファーエルも、セトから視線を逸した。

 

「よし! 元気も戻ってきたことだし、気を取り直して……ターンエンド!」

 

 ターンエンドを宣言するアンジュの表情は、既に明るさを取り戻していた。

 

○アンジュのフィールド

・[エジットの天使ティティエル]〈1〉Lv3・BP4000

・[ゴッドシーカー エジットの天使メヘトエル]〈1〉Lv1・BP2000

・[エジットの天使モニファーエル]〈1〉Lv1・BP5000

・[創界神イシス]〈7〉Lv2

・[イシスの花園神殿]〈0〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 6 PL ガイ

手札:4

リザーブ:9

 

 ガイがメインステップの宣言をする前に、セトが、

 

「……ちょっとあいつら見ててイライラしてきたんだが。そろそろ、決めにいけるか?」

 

 誰がどう聞いても恨み言でしかないことを宣っていた。

 

「……善処する」

 

 ガイの声色は、いつもどおり。

 だが、彼の真向かいからも、フィールドの外からも、表情はわかった──「あ、今、苦笑いしていたな」と。

 

「メインステップ

 ナミルネスをLv4にアップ。

 

 そして[砂海王グリセティ1世]をLv4で召喚。

 グリセティ1世は、系統:「獣頭」を持つアルティメット。よって、セトに《神託》。セトはLv2に」

 

 古代の王族の衣装を纏った、青灰色の大熊が、砂嵐を伴ってガイのフィールドへ駆けつける。砂嵐は、セトがLv2に上がったことによって発生したものだろう。

 

「続けて、マジック・[ストロングドロー]を使用。デッキから3枚ドロー。その後、手札を2枚破棄」

 

 ガイのがっしりとした手が、デッキの上から3枚を掴み取る。ドローされたカードを見て──しかと頷いたのが見えた。

 

「手札からは、[砂海賊神官ヒトコブ][巨顔石の森]を破棄。

 ──これで、準備は整った。やるぞ、セト」

 

 ガイが手札のうち1枚を手に取り、セトに視線を投げかけた。対してセトは、にっと好戦的に笑って返す。「いいぜ、やってやれ」と。

 

「グリセティ1世の効果発揮。自分がカード名に「砂海」を含むコスト7以上のアルティメットカードを召喚するとき、自分のスピリット/アルティメット1体を疲労させることで、自分のリザーブから3コストまでを支払ったものとして扱う。

 よって、グリセティ1世自身を疲労させて、セトの化神を喚び出そう。

 

 ──抜山蓋世! 勇往邁進! 砂海の神は嵐の如く、立ち塞ぐすべてを破壊する!! [砂海嵐神タイフォーム]、Lv4で召喚!!

 タイフォームは、系統:「獣頭」を持つアルティメット。よって、セトに《神託》」

 

 砂嵐が渦を巻き、その中からセトの化神・[砂海嵐神タイフォーム]が現れる。人間の上半身と馬の首から下の全身を持つ、ケンタウロスのような姿──ツバサとアンジュが新入生歓迎会で見たものと全く同じだ。

 

「あたし……あのタイフォームとバトルするんだ…………!」

 

 アンジュが、タイフォームを見上げて、目を輝かせる。このターンが正念場だというのに、緊張よりも興奮が勝る。

 

「ああ。ちょうど良いから、新入生歓迎会と同じ『タイフォーム』を見せてやろう。

 

 手札にあるこのカードは、自分のアルティメットが召喚されたとき、1コスト支払って召喚できる。よって、タイフォームの召喚に伴って[地球神剣ガイアノホコ(RV)]を召喚。タイフォームに直接合体」

 

 アンジュの興奮に応えるように、新入生歓迎会でのバトルで、タイフォームが携えていたものと全く同じ剣刃(つるぎ)が、タイフォームの手に握られた。深緑に光る、地球神剣。

 

「巨顔石の森をLv2に。

 

 バーストをセットして、アタックステップ。

 征け、タイフォーム!

 まずは、ガイアノホコの合体アタック時効果から解決。相手はバーストを発動できない。

 

 そして、タイフォームのアタック時効果で、相手のデッキの上から3枚をトラッシュへ。

 しかし、ここでグリセティ1世Lv4の効果発揮。タイフォームの効果でトラッシュに置く枚数を+2枚。よって、デッキの上から合計5枚をトラッシュへ」

 

 そして、ついにタイフォームが動き出した。

 

 グリセティ1世の効果によって、そのアタック時効果は、新入生歓迎会で見たものよりもより強力になっている。

 

 アンジュのデッキの上からトラッシュに置かれたカードの中には──

 

「コスト3・[イシスの花園神殿]を確認。タイフォームは回復する。

 さらに、Lv4以上のアタック時効果で、コスト3のメヘトエルを破壊」

 

 タイフォームは回復し、彼が伴う砂嵐が、メヘトエルを襲い、破壊した。

 

「っ……! なら、メヘトエルの破壊時効果で、召喚時と同じ効果を発揮! デッキの上から3枚オープン!」

 

 しかし、メヘトエルは散り際、泣き声と共に最後の力を振り絞る。

 デッキの上からオープンされたカードは──[水の熾天使ミレディエル][天使コーマ(RV)][アセト・カイト]

 

[創界神イシス]も、系統:「界渡」/「化神」もない。スカである。

 

「……対象なし! 上からミレディエル、コーマ、アセト・カイトの順でデッキの下に戻す!」

 

 ヤケクソ気味に処理するアンジュを見て、セトがぷっと忍び笑いしていた。アンジュは、それを見逃さず、あっかんべーをし返す。使い手に倣って、ティティエルも。イシスとモニファーエルは、そんな2人を見て苦笑い。

 

「さらに、[創界神セト]Lv2の【神域】発揮。

 系統:「獣頭」を持つ俺のスピリット/アルティメットのアタック中、相手はマジック/【アクセル】を使用できない」

 

 だが、あまり笑っていられる状況ではないのはたしかだ。セトを中心に放たれる砂嵐によって、アンジュの手札にある[イシスの力]をはじめとしたカードが、セピア色に染まり、力を失う。地面から水分が失われ、渇いていくように。

 

「と、いうことは…………!」

 

 新入生歓迎会で見たものと、ほとんど同じ光景。そこから、ツバサは、アンジュが置かれた状況が如何に危機的なものであるかを理解する。

 

「ああ。あれが、ガイの常套手段なんだ。セトの【神域】で相手のマジック・【アクセル】を、ガイアノホコでバーストも封じて、タイフォームの連続アタックで畳み掛けていく。

 ついでに、[巨顔石の森]でトラッシュも封じているから、タイフォームでトラッシュに落としたカードを逆手に取ることもできないんだよなぁ……」

 

 唾を呑んだツバサに、タイキがガイの意図を説明した。

 

 マジック・【アクセル】・バースト──ほとんどのカウンター手段を封じながら連続アタックを決めていくのである。ツバサが「えげつな……」と慄いたが、[超・風魔神]の使用者が言えた台詞ではないだろう。

 

「じゃあ……逆に、どうやってタイフォームを止めるんですか?」

 

 マミが、タイキに純粋な疑問を投げた。彼女は、まさに今日復帰したばかり。空白期間の知識を埋めようとしているのだろう。

 

「それは……見ればわかるんじゃないか? アンジュちゃん、早速フラッシュ効果を使おうとしてるみたいだぞ!」

 

 タイキが指差す先には、色を失っていないカードを手に取るアンジュがいた。

 

「なら──フラッシュタイミング! リザーブのソウルコアを使って、モニファーエルに煌臨(こうりん)! [水の熾天使ミレディエル]!!

 

 ミレディエルは、コスト5以上の「天霊」スピリットだから、イシスに《神託》!」

 

 アンジュには、幸いにも《煌臨》というカウンター手段が残されていた。尤も、手札に握っていた[水の熾天使ミレディエル]は、「カウンター手段」というよりは、「防御手段」止まりだが。

 モニファーエルの姿が、青髪の天使の姿へと変わる。肌は白く、羽はより大きな4枚羽へ。

 

「ミレディエル……あいつ、まだライフを増やす気か」

 

 むっすりとしたセトの顔には「面倒くせぇ」と書いてあった。

 

「だって、ガイ先輩の手札、今0枚でしょ? この子の効果を使うなら、今しかないじゃん!

 だから……お願い、ミレディエル! あたしを守って!」

 

 アンジュの言うとおり、ガイの手札は0枚。今なら、邪魔されることなく、ミレディエルの強力無比な効果を発揮できるはずだ。

 モニファーエル改め、ミレディエルがタイフォームと切り結ぶ。

 

「アタック/ブロック時効果で、ゲーム中の1回、ボイドからコア3個を、あたしのライフへ!!」

(ライフ:4→7)

 

 それは、ゲーム中に1度のみ許された、ライフを3つも回復するという効果。アンジュのライフは初期値をゆうに超え、7個にまで回復する。

 

「タイフォームのアタックが途切れるまで、耐えるつもりか」

「うん! だって、それがイシスさんたちの強み……だと思うから!」

 

 アンジュは胸を張り──かけて、イシスにちらっと目線をやった。「そこは自信を持っていいのですよ……?」と、イシスが困り笑いをを浮かべている。ライフが一気に回復したからか、心の余裕は戻ってきているらしい。

 

「よかった、合ってたぁ……それじゃあ、もう一度フラッシュタイミング!

 イシスさんの【神技(グランスキル):3】を発揮! さらに、ボイドからコア1個を、あたしのライフへ!」

(ライフ:7→8)

 

 さらに、イシスの【神技】で、アンジュのライフがさらに増えた。

 

「だが、BPは俺のタイフォームが上。ミレディエルには退いてもらうぞ」

 

 だが、ブロック時効果を発揮するためにタイフォームと切り結んだミレディエルは、圧倒的な体格と力量の差で払い除けられ、地球神剣の一太刀で破壊されてしまった。

 

「ありがとう、ミレディエル。これでちょっと安心できる、かな?」

 

 破壊されたミレディエルに、アンジュが感謝の言葉を送る。

 

「回復したタイフォームで、もう1度アタック。

 アタック時の効果は先と同様。ただし、Lv4・Lv5のアタック時効果のみ、対象がいないため発揮されない」

 

 だが、タイフォームはまだ止まらない。

 今度も、アンジュのデッキの上から5枚がトラッシュへ置かれる。

 

「コスト6・[エジットの天使長ネフェリエル]を確認。タイフォームは回復」

 

「また起きた……!? ライフで受けるっ!」

(ライフ:8→6)

 

 防御手段を封じられたアンジュには、「ライフが尽きる前に、タイフォームのアタックが止まる」ことを祈ることしかできない。

 

 今回もタイフォームは回復し、アンジュは仕方なくライフを打たせる。

 

「んんっ……! まだ余裕はあるけど、それはそれとして、やっぱ痛い!」

 

 ダブルシンボルによるライフダメージは、ライフが1点減るときの2倍。さすがのアンジュも、苦痛に悲鳴をあげた。

 

「もう一度だ、タイフォーム。

 今回もまた、アタック時の効果は先と同様だ」

 

 さらに、もう一撃。三度、アンジュのデッキの上から5枚がトラッシュへ置かれる。

 

 しかし──

 

「……該当カードなし。疲労状態でアタックを続行する」

 

 アンジュの祈りが届いたのか、タイフォームの連続アタックが止まった。セトが小さく舌打ちしたのが聞こえる。

 

「やっと止まった……! これもライフで受ける!

 ……んんっ!!」

(ライフ:6→4)

 

 アンジュは、このアタックもライフで受けて、コアを溜める。それでも、まだライフは4も残っていた。

 

「あと4つか……まだまだ増えそうなのが恐ろしいな」

 

 攻めきれないと判断したガイは、アンジュのフィールドに目を凝らす。「恐ろしい」という言葉とは裏腹に、冷静さが欠ける様子は全く見えない。

 

「エンドステップ

[巨顔石の森]の効果で、デッキから2枚ドロー。

 

 ターンエンドだ」

 

○ガイのフィールド

・[砂海王子ナミルネス]〈2〉Lv4・BP6000

・[砂海王グリセティ1世]〈2〉Lv4・BP14000 疲労

・[地球神剣ガイアノホコ(RV)]

→[砂海嵐神タイフォーム]〈3〉Lv4・BP21000+5000=26000 疲労

・[巨岩石の森]〈s〉Lv2

・[創界神セト]〈6〉Lv2

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 7 PL アンジュ

 

「ドローステップ。

 ドローする代わりに、花園神殿の効果で、デッキの上から3枚オープン」

 

 アンジュは、このターンでも花園神殿の効果でサーチを行う。

 今回捲られたのは[アセト・カイト][エジットの天使長ネフェリエル][エジットの天使モニファーエル]。

 

「系統:「天霊」を持つネフェリエルを手札へ。残りは、上からモニファーエル、アセト・カイトの順番でデッキの下へ」

 

 ここで、手札が少なくなったアンジュにとって嬉しいドローソースを手札に加える。

 彼女の手札には、早期に引き入れた化神もある。いよいよ、反撃開始だ。

 

手札:3

リザーブ:11

 

「メインステップ!

 ティティエルをLv4にアップ。

 

 そして、[エジットの天使長ネフェリエル]を召喚。

 系統:「天霊」を持つアルティメットが召喚されたから、イシスに《神託》。召喚時効果で、デッキの下から2枚ドロー!」

 

 ストレートロングヘアーに、背中に黄金の羽を4枚持つ天使が、フィールドに降り立った。新たに現れた天使長の名はネフェリエル。イシスに向かって膝をつく彼女を、ティティエルが目を輝かせながら見ている。前のターンでイシス以外の味方がいなくなり、心細くなっていた反動だろう。先程まで静か、かつ堅い表情だったネフェリエルは、ティティエルへ穏やかに微笑んだ。「もう大丈夫」と言い聞かせるように。

 

 ネフェリエルの召喚時効果で、デッキ下から2枚ドロー。これによって、アンジュの手札に、ドローステップでデッキボトムに戻されたカード2枚が手札に揃った。

 

「それじゃあ、イシスさん! 貴方の化神の力を貸して!」

「もちろん、いいですよ。貴方が、わたくしの化神にどのような祝詞をつけてくれるのか、楽しみです……!」

 

 いよいよ、アンジュが化神のカードを掴む。

 イシスの温かい笑顔に見守られ、アンジュの口から、自然と祝詞が紡ぎ出された。

 

「何よりも、誰よりも、眩く光る白金の星! [星天使女神イシスター]、コア3個・Lv3で召喚!

 もちろん、イシスターも、系統:「天霊」を持つアルティメット。イシスに《神託》!」

 

 使い手たるアンジュですら目を瞑るほど眩い光と共に、蒼い6枚羽の天使──否、天使を統べる女神が降臨する。

[星天使女神イシスター]。創界神イシスの化神だ。

 彼女らの神の登場に、ネフェリエルが平伏する。ティティエルも、慌ててネフェリエルに倣って頭を垂れた。

 

「さらに、手札から[アセト・カイト]を召喚! イシスターに直接合体! 不足コストはティティエルから確保して、ティティエルはLv3にダウン。

 召喚時効果で、ボイドからコア1個をイシスへ!」

 

 2枚目の[アセト・カイト]も、イシスターと合体し、彼女の周囲を飛び回った。

 

 これで反撃の準備が完了。可愛らしい天使たちの、苛烈な仕返しの始まりだ。

 

「アタックステップ!

 イシスター、お願いっ!!」

 

 眩い光を纏ったまま、イシスターがゆっくりと、ガイのフィールドへ向かう。

 

「アタック時効果・【界放:2】! 黄の創界神ネクサスのコア2個でも代用できるけど、今回は、自分のライフのコア1個をこのアルティメットに置いて……っ! 相手のスピリット2体を手札に戻して、相手のライフのコア1個を相手のトラッシュへ!

 

 ライフのコア1個を置いたことで、イシスターはLv4にアップ!

 そして、Lv4から、あたしのアタックステップ中の効果で、自分のライフが減ったとき、回復するよ!」

(ライフ:4→3)

 

 そして、イシスターの効果で、アンジュは再び自身のライフを削った。

 しかし、今回は回復だけでなく、ライフバーンまでついてくる。

 

「む……『自分のライフが減った』ということは、さらにイシスの【神域】も発揮される、ということか」

(ライフ:3→2)

 

「あ、バレてた? ガイ先輩の察しのとおり、イシスの【神域】で、さらに1点、ライフをリザーブに送るよ!

 

 最後に、アセト・カイトの合体アタック時効果で1枚ドロー!」

 

 イシスターの放つ光芒に続き、間髪入れずに、イシスの光弾がガイに襲いかかる。

 

「っ……! 『ライフ2以下にするな』というのはそういうことか……!」

(ライフ:2→1)

 

 イシスターの自傷によるライフバーンと回復、それに反応する、イシスの【神域】。これらが組み合わさることで、アタック時だけで合計2ダメージ。アタック時にライフを2点奪うというのは、単純に強力といえるだろう。その時ライフが2以下であれば、アタック後やライフ減少後のバーストも踏むことなく、フラッシュタイミングを挟む必要もなく、ゲームエンドに至ってしまうのだから。

 本来であれば、相手のスピリット2体も手札に戻せるのだが、ガイのフィールドにはアルティメットしかいないため、不発に終わった。

 

「さらに、ライフ減少によって、あたしの手札からバースト発動! [エジットの天使モニファーエル]!!

 ボイドから、コア1個をあたしのライフに置いて、バースト召喚! 不足コストはイシスターから確保して、イシスターはLv3にダウン。

 

 2枚目のモニファーエルの召喚で、イシスに《神託》」

(ライフ:3→4)

 

 さらに、2枚目のモニファーエルが参戦。

 維持コストを確保するためにイシスターのレベルが下がってしまうが、次のアタックで再びライフからコアを1個取ってこれるので、あまり問題ない。

 

「残り1点。イシスターは回復していやがる……ここはどう凌ぐつもりだ?」

 

 セトが、ガイの方をしっかりと見て問う。言外に「お前はこの程度でやられるタマじゃないだろ?」という念が伝わってくるが、ガイの手札は[巨顔石の森]でドローした2枚しかないのだから、少々無茶に感じないでもない。

 ガイのブロッカーは、回復状態のナミルネスのみ。イシスターのアタックをブロックしたところで、彼女はライフが続く限り、何度でもライフバーン効果つきのアタックをしてくるだろう。ここを凌がなければ、確実にジ・エンドだ。

 

「相手の手札は[イシスの力]と、[アセト・カイト]のブロック効果でドローした1枚のみ──賭けになるが、防ぐ手立てがないわけではない」

 

 だが、ガイは、この期に及んでまだ動揺を見せない。

 

「まずは、相手のアタックによってバースト発動。マジック・[私たちはソレスタルビーイング]。

 バースト効果は先と同様。このターン、合体していない相手のアタックでは、俺のライフは減らない。フラッシュ効果は使わず、トラッシュへ」

 

 伏せていたバーストは、2枚目の[私たちはソレスタルビーイング]。粒子の壁が、再びガイの前に聳える。

 

 だが、それでは『合体している』うえに、本来のコストが“8”のイシスターを処理できない。仮にイシスターに合体している[アセト・カイト]を破壊したとしても、単体で『効果によって』ライフへダメージを与えられるイシスターはやはり止められない。

 だが、ガイは[巨顔石の森]の効果で引いた2枚の中に、対抗策になりうるカードを引き当てていたようだ。躊躇いなく手に取り、その効果を発揮させる。

 

「フラッシュタイミング。【アクセル】・[海賊艦隊キャプテン・ウォルラス]。不足コストは[巨顔石の森]から1つ、タイフォームから2つ確保し、前者はLv1、後者はLv3にダウン。

 コスト3以下の相手のスピリット/アルティメットすべてと、コスト5以上の相手のスピリット/アルティメット1体を破壊する。よって、コスト3のティティエル、及びコスト5以上のイシスターを破壊!」

 

 ズドン、と、アンジュのフィールド全体を巻き込む砲撃音がした。狙い撃たれたイシスターは破壊され、その余波でティティエルも後を追う形となった。

 

「っ……! [アセト・カイト]はフィールドに残さず、イシスターと一緒に破壊させる……

 合体したイシスターなら、ソレスタルなんちゃらも超えられると思ったのに……!」

 

 散ったイシスターたちを見上げながら、アンジュは唇を噛んだ。

 

「なら……今度はこっちのフラッシュタイミング! マジック・[イシスの力]!

 デッキから1枚ドロー! その後、1コスト支払って、手札にある、カード名に「エジットの天使」を含むコスト6以下のスピリットカード/アルティメットカード──[エジットの天使ネチェリエル]を召喚!

 ネチェリエルは「天霊」のアルティメットだから、イシスに《神託》!

 そして、召喚時効果で、リザーブのコアをライフへ!」

(ライフ:4→5)

 

 だが、すぐに切り替え、防御の準備を整える。

 イシスが杖を掲げ、喚び出されたネチェリエルがアンジュのライフを治癒。4まで減ったライフは、またも初期値に元通りだ。

 

「さらに、フラッシュ! イシスのコア3個をボイドへ置いて、【神技:3】を発揮!

 もう一度、ライフを1回復!!」

(ライフ:5→6)

 

 そして、モニファーエルのバースト召喚・[イシスの力]によるネチェリエルの召喚等よって、イシスにはコアが潤沢にある。

 そのコアを【神技】で費やし、さらにライフをひとつ回復。

 

「イシスターもアセト・カイトもいないから、バトルはこれでお終い。

 

 でも、あたしのアタックステップは終わってないよね!

 続けて、ネフェリエルでアタック!」

 

 イシスターのバトルが終わり、アンジュは「合体していない」ネフェリエルでアタックした。

 

[私たちはソレスタルビーイング]の効果は、「このターンの間」持続する。一見すると、ネフェリエルでアタックするだけ無意味、むしろ次のターンのブロッカーを減らすだけの行為に見える。

 

「ネフェリエルLv4のアタック時効果で、ターンに1回、ボイドからコア1個を、あたしのライフへ! そうした時、ネフェリエルは回復!」

(ライフ:6→7)

 

 だが、ネフェリエルのアタック時効果は、ターンに1回、ライフと自身を回復させるというもの。自身が回復するので、ブロッカーは減らないし、タイフォームの連続アタックが控えている手前、低いリスクでライフを1個増やせるだけでも有り難い。

 

「はぁ、相変わらずしぶといやつ……」

 

 尽きる気配を見せないアンジュのライフに、セトが溜息を吐いた。

 

「神世界で、そのしぶとさに助けられていたのは、どこの誰でしたか?」

 

 悪態を吐いたセトに、イシスはあえてにっこり笑った。大人しそうに見える彼女だが、思いの外挑発的だ。

 

「まだ増えるか……こちらはライフ1。首の皮一枚だというのにな。

 ネフェリエルのアタックは、ライフで受ける。[私たちはソレスタルビーイング]の効果で、合体していないネフェリエルのアタックで、俺のライフは減らないがな」

 

 あまりのライフ差に、ガイの表情も少々渋い。

 しかし、ネフェリエルのアタックは、粒子の壁に阻まれる。あと1点、届かない。

 

「──ターンエンド」

 

 今やれるだけの防御態勢を整えて、アンジュはターンエンドを宣言。

 ライフの差は歴然。しかし、ガイのフィールドには、ガイアノホコを携えたタイフォームが、反撃の時を今か今かと待ち構えている。まだまだ安心できない。

 

○アンジュのフィールド

・[エジットの天使モニファーエル]〈1〉Lv1・BP5000

・[エジットの天使長ネフェリエル]〈3〉Lv4・BP16000

・[エジットの天使ネチェリエル]〈1〉Lv3・BP8000

・[創界神イシス]〈7〉Lv2

・[イシスの花園神殿]〈0〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 8 PL ガイ

手札:2

リザーブ:9

 

「メインステップ

 タイフォーム、ナミルネスをそれぞれLv5に、[巨顔石の森]をLv2に」

 

 手札の少ないガイは、手札を消費せず、今あるアルティメット・ネクサスすべてのレベルを最大にする。

 

「俺のライフ1。ここで相手を動かせば、確実に負ける。だから、もうターンは渡さない────いくぞ」

 

 一度目を閉じ、自らに言い聞かせると、最高レベルとなったタイフォームのカードに、その大きな手を置いた。

 

「アタックステップ

 征け、タイフォーム!

 

 アタック時効果は、前のターンと同様。タイフォーム自身の効果に、グリセティLv4の効果で、デッキの上から5枚をトラッシュへ!

 さらに、ガイアノホコの合体アタック時効果で、相手はバーストを発動できず、

 セトLv2の【神域】で、マジック/【アクセル】を使用できない!!」

 

 再び、タイフォームが猛攻を開始する。アンジュのデッキの上から5枚がトラッシュへ。

 

「コスト3・[ゴッドシーカー エジットの天使メヘトエル]を確認。よって、タイフォームは回復」

 

 その中には、コスト3の「ゴッドシーカー」があった。アンジュにとってはあまりにも無情に、タイフォームの追撃の準備が整ってしまう。

 

「まだまだっ! フラッシュタイミング! もう一度、イシスの【神技:3】を発揮! これで、イシスはコア4個、Lv1にダウン。

 ボイドからコア1個を、あたしのライフへ!」

(ライフ:7→8)

 

 だが、アンジュのライフ回復も、まだ止まってはいなかった。ターンに1回の制約があるイシスの【神技】を切り、再び彼女のライフは8に。

 

「タイフォームのアタックは、ネフェリエルでブロック!

 ブロック時効果で、ターンに1回、ボイドからコア1個をあたしのライフに置いて、回復!」

(ライフ:8→9)

 

 さらに、Lv4のネフェリエルの効果はブロック時にも発揮される。

 これで、アンジュのライフは、このバトルで最多の9になった。

 

「だが、BPはタイフォームが上。BPを比べ、ネフェリエルを破壊する」

 

 しかし、最高LvとなったタイフォームはBP27000。ガイアノホコとの合体によって、さらにBP+5000されているため、そのBPは実に32000。ちょうど、ネフェリエルのBPの2倍である。

 

 ネフェリエルが杖から放つ光の奔流。タイフォームは、「それが何だ」と言わんばかりに、ガイアノホコで光を切り拓き、ネフェリエルへ突進。光の渦の中から、ネフェリエルが破壊されたことによって起きた爆炎が零れだす。光の渦が消え去り、残っていたのは、勝鬨を上げるタイフォームのみ。

 

「もう一度だ、タイフォーム!

 アタック時効果は先と同様」

 

 もちろん、回復したタイフォームは再びアンジュのライフを狙おうと走り出す。

 

 ──が、ここで異変が起きた。

 

 アンジュのデッキの上から、2枚しかカードがトラッシュへ置かれなかったのである。その内訳は、[天使コーマ(RV)]と[アセト・カイト]。タイフォームの回復を促すコストのカードではないが、カードのトラッシュ送りを阻止するようなカードではない。そもそも、デッキからカードを「破棄する」効果のメタカードなら数多く存在するが、「トラッシュへ置く」効果のメタカードは存在しないはずである。

 

 ──ならば、なぜアンジュのデッキが2枚しかトラッシュへ置かれなかったのか。

 答えは簡単。「デッキが2枚しかなかったから」である。

 

 ガイに大きな感情の動きは見られない。だが、彼の傍らで、セトが「勝ったな」と呟いていた。

 

「デッキアウト……!?」

 

 観客の中で、ツバサよりも先にその事象を理解したマミが、声を上げた。

 

「あー……そういや、グリセティで5枚トラッシュ送りになってたもんな。それで、あれだけアタックしてりゃあ…………」

 

 タイキが苦笑いしている。「アンジュちゃん、せっかくあんなにライフを増やしてたのに」と。

 

「だけど……それなら、デッキの厚さで『そろそろ負ける』ってわかるよな…………?」

 

 だが、ツバサにはひとつ、釈然としないところがあった。

 アンジュがいくらポジティブとはいえ、自分の置かれた状況くらいは顧みる。腐れ縁で、何度か彼女と対戦したことがあるツバサには、それがわかる。

 

 だが、今回のアンジュは、デッキが尽きかけていることを顧みているようには見えなかった。ライフを次々回復する様からは、「まだやれる」という強い意志すら感じさせた。

 

 そんな、ツバサの疑問に答えるように、

 

「……やっぱそうなるかぁ、仕方ない! タイフォームのアタックは、ライフで受ける! んんっ……!」

(ライフ:9→7)

 

 アンジュが大きく溜息を吐き、タイフォームにライフを渡す。デッキは0なのに、ライフは初期値以上を保っているのだから恐ろしい。

 

「やはり、イシスターを破壊された時から“わかっていた”のか」

「あー、やっぱりガイ先輩にはバレてました? 本当に図星なんですよねー、それが」

 

 アンジュは、フィールドに置かれた[イシスの花園神殿]のカードを指差す。

 

「あたし、花園神殿の効果で、デッキ下にカードを送ってたから……[イシスの力]を使った辺りから、かな? デッキの残りのカードがどんなのだったかわかっちゃってて」

 

 わかってても悔しいなぁ、と自嘲する。その割に、表情はあまり沈んでいない。

 

「それに、ガイ先輩、本当に何考えているかわからないというか……感情とか抑えてて、全然読めないし」

「『全然読めない』……そうだっただろうか?」

 

 ガイの冷静さと表情の大人しさは天然ものらしい。アンジュに指摘されるも、本人には自覚がないのか、きょとんとしている。

 

「だから、あたしはあたしで、笑顔でポーカーフェイスを作って対抗するしかないじゃん! って。どうでした?」

 

 わくわくしながら、ガイに評価を仰ぐアンジュ。「そうだな……」と考え込むガイの表情も、自然と緩んでいた。

 

「うん。敗色濃厚でも最後まで笑顔で。俺は、戦っていて楽しかったぞ」

 

 その時、フィールドの外にいる3人は思った。「それ、評価になってなくないか?」と。アンジュも、「それ評価になってないですよね!?」とツッコんでいた。

 

「ターンエンド」

 

 アンジュのツッコミを誤魔化すように、ガイはターンエンドを宣言。

 勝ちが確定した今、[巨顔石の森]Lv2の効果は使われなかった。

 

○ガイのフィールド

・[砂海王子ナミルネス]〈4〉Lv5・BP8000

・[砂海王グリセティ1世]〈2〉Lv4・BP14000

・[地球神剣ガイアノホコ(RV)]

→[砂海嵐神タイフォーム]〈6〉Lv5・BP27000+5000=32000 疲労

・[巨岩石の森]〈s〉Lv2

・[創界神セト]〈6〉Lv2

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 9 PL アンジュ

 

「スタートステップ

 ──デッキ0枚。対戦ありがとうございました!」

 

 アンジュが、かつてデッキのあった場所を指差し、バトル後の挨拶を述べると──ソウルコアの結界が消え去り、フィールドはバトル前のように、まっさらになった。

 

 ゲームセットだ。

 

 

 

「ホルス……ごめんなさい。わたくし…………」

 

 イシスが膝から崩れ落ちる。

 瞳には、零さないようにしている涙が滲んでいた。

 

「あ、女の人を泣かせた。いけないんだー」

 

 空気が重くならないようにするためか、タイキがボソッと呟く。

 

「俺はホルスとやり合おうとしてただけだ。そこにあいつが割って入ってきたんだから、自業自得だろうが」

 

「根も葉もないこと言うんじゃねぇよ」とセトが不機嫌な顔になる。

 

「だが、たしかに悪役みたいではあったな」

「ガイ、お前っ……! というか、その悪役みたいな立ち回りをしたのはお前だろうが!!」

 

 使い手からも「悪役みたい」と言われ、セトはいよいよ声を上げた。実際、セトは配置されてから、シンボルの供給と【神域】の展開をしていただけなので、どちらかといえば主導者はガイである。

 

「そうだな。だが、女性に対する態度はもう少し改めるべきだ。都筑とティティエルにあっかんべーをさせるようでは、さすがに擁護しきれない」

 

 だが、ガイがあまりにも表情を動かさず、逆にセトは終始好戦的で挑発的な態度なので、相対的にセトへヘイトが向いてしまったのだろう。

 

 

「いや、その、イシス……オレは大丈夫だから。守ってくれたのは嬉しいけど…………」

 

 一方、ホルスは、己の不甲斐なさを悔いるイシスを見て、申し訳なくなってきたようだ。手探りで言葉を選びながら、彼女を慰めている。とはいえ、いくらずっと目にかけてくれていたとはいえ、ホルスにとってイシスは、ずっと敵だと思っていた相手だ。いきなり「守る」と言われても、まだ心に隔たりがあった。

 

「オレはもう、守られなくても平気──というか、平気にならないといけない。だって、これからエジットを引っ張っていくんだぜ?」

 

 嘘は言っていない──はずだ。

 神世界にて、ホルスは、ラーを退けて「エジット」の最高神となった。それはつまり、これからは自分が統治する世界だけでなく、エジットに属する世界・神々すべてを先導する存在となったということである。他を守る立場に立ったホルスが、「誰かの助けがなければ立てない」などといったことは許されないのだ。

 

「だから、もう大丈夫。セトなんか、さっさと倒してやるさ!」

「ちょっと待った!? それに巻き込まれるのは俺だからな!?」

 

 先程から、ホルスとイシスに投げかける言葉に困っていたツバサが、軽々しく巻き込まれそうになっていることへ声を上げた。

 

 が、

 

「まあ……! ここまで成長したのですね、ホルス……!」

 

 イシスは嬉し泣きをしながら、ホルスを抱擁している。ホルスは、イシスの腕の中で困り笑いを浮かべていた。

 どう見ても、ツバサの話は聞いている者はいない。

 

 セトはセトで、ホルスの言葉を聞き逃さず「お、言いやがったな」と獰猛に笑っている。やる気満々だ。

 

「俺は、いつでも挑戦を受け付けるぞ?」

 

 ガイまでもが、ツバサに耳打ちしてきた。突然、大男の影が接近してきたものだから、ツバサは思わずびくっと身震いした。

 

 だが、そこへ、チャイムの音が校内全体に響き渡る。仮入部の1年生は、下校しなればいけない時間だ。

 

「あ、もうこんな時間か……セト、悪いけど、ホルスとのバトルはまた今度な?」

「ちっ……やっと邪魔がいなくなったと思ったらこれかよ」

 

 タイキが、セトにストップをかける。

 ツバサは胸を撫で下ろした。ひとまず、今日はバトルしなくて済みそうだ。

 

「あの……私はどうしましょう?」

 

 マミが、おずおずとタイキに質問した。1年生たちの仮入部のついでに来たとはいえ、彼女は2年生。まだ下校する必要はない。

 

「今はセトが不機嫌だし、俺とはもうバトルした後だからバトルはできないけど……どうだ? マミちゃんが入りたいと思ってくれているなら、今ここで入部の手続きもできるぞ? 考える時間がほしいなら、いくらでも待つし、強制もしないから」

 

 いかにも興醒めというようにむっすりしているセトを尻目に、タイキが答える。

 1年生の本入部受け付けは来週から。だが、2年生の場合、その縛りもない。今からでも入部可能だ。

 

「……わかりました。私、バトスピ部に入部します!」

 

 タイキは「いくらでも待つ」と言ったが、マミの決断は早かった。おっとりとした顔が、満面の笑顔を作っている。

 

「おおっ! って、ことは……良かったな、ガイ! 初めての同級生じゃねぇか!」

 

 マミの返答に、タイキがガイへ、にたっと笑い掛けた。

 

「む……言われてみればそうか。同級生がいるというのは、励みになるというものだな」

 

「来年度まで居てくれれば、寂しくならずに済む」と微笑む。意識せずとも冷静沈着な彼も、今は少しはしゃぎ気味だ。

 

「じゃあ、あたしも、本入部が始まったらここにしようかなー? ガイ先輩にもリベンジしたいし、普通に楽しかったし」

 

 アンジュも、本入部にだいぶ乗り気だ。彼女の脇で、イシスがセトへ「お覚悟はよろしいですか?」と睨んでいる。それに対して、セトは「もう1度ボコボコにしてやってもいいいんだぜ?」と煽り返した。

 

 ツバサは「なんで創界神って、実際に戦った時、いちばん労力を費やすのは人間だってわからないんだろう」と思った。彼としては、頼むからスナック感覚でバトルしないでほしい。

 

「アンジュちゃんが入ってくれたら、これで5人……なんとか存続できる!」

「嘘、あたしが入ることで、部を救えちゃうの!? 入ります入ります!!」

「気持ちはありがたいが、よく考えておいたほうがいいぞ。一度きりの高校生活だからな」

 

 タイキが思わず本音を漏らしたものだから、アンジュは仮入部初日だというのに即決しかけそうになった。昂ぶる彼女の肩に、ガイが手をぽんと置いて落ち着かせる。

 

「ガイ先輩もありがとう。でも、どの部活に入っても、先輩にはリベンジしに行くんで!」

「そうか。それは楽しみだ」

 

 イシスとセトはあんなにも火花を散らしているというのに、その使い手同士はとても平和だ。

 

「ツバサはどうするの?」

「えっ……俺か?」

 

 アンジュに突然話を振られて、ツバサはびくっとしてしまった。

 

(言えない……入ってもいいかなと思ってたけど、絶対に創界神のいざこざが面倒臭そうだからちょっと嫌になったとか言えない…………)

 

 だが、ツバサは、神々の因縁の中心にいるホルスの使い手。だが、正直巻き込まれたくないし、そもそも因縁の中心にいるような神を扱うような器ではないのだ。

 

「……検討しとく」

 

 溜息ひとつと共に、ひとまずツバサはこれだけ返しておいた。これは決して優柔不断なのではなく、いちいち巻き込んでこようとする創界神たちが悪い。

 

「あぁ? 逃げんのか?」

 

 隠す様子もなくガンを飛ばしてくるセトへ「そういうとこなんですけど……」と言いたくなったのは内緒だ。

 

 

 ともあれ、今日の仮入部はこれでお終い。

 ツバサが逃げきられるかどうかは、もう少し後の話である。

 

 ちなみに「逃げずに立ち向かう」という選択肢はない。ツバサとは、そういう人間なのである。

 

 

 

 

 

 その日の夕方。春の空が紫紺に染まり、大抵の生徒が帰宅・帰寮する頃。

 

「よぉ、フラれニート」

 

 セトは、一度ガイと離れて、とある人物を訪れていた。

 

 高校から歩いて20分程度。ごく普通の一般家屋の一室、あまり物が少ない畳張りの部屋に、目当ての人物はいる。

 

「その呼び方はやめろと、何度も言ったはずだが」

 

 ややけだるげに振り返った“彼”は、異質な容姿をしていた。

 

 左眼を包帯で覆っているが、どう見ても邪気眼などという甘っちょろいものではないと言い切れる。なぜなら、黒い無地の浴衣から見える四肢は、すべて機械の義肢だからだ。義肢であるおかげで惨い絵になってはいないが、本物の四肢欠損だ。

 

 そして、首から上。露出している素肌は、緑色。

 

 かろうじて人の形をしているが、誰がどう見ても「

人外」と判断するであろう容姿である。

 しかし、細めた片目でじとっとした視線を投げられたセトは「それがどうした」と言うようにケラケラ笑った。

 

「だって実際フラれニートだろ? 神世界からハンデまで持ち込んで、おまけに使い手にも使ってもらえない。ご苦労なこって」

 

「神世界から」という文脈から、大方の察し通り、義肢と緑肌のこの男もまた、この島に顕現した創界神である。

 

 創界神オシリス。

 セトと同じ「エジット」、それも侵略路線に属していた創界神だ。過去形なのは、例によって、ホルスが裏切った際の戦で消滅したからである。

 

「私だって、好きでこんな姿をしているわけではない。ただ……“こっち”に来ても、肌の色がこのままだとは思わなんだ」

「逆に、白か褐色か薄橙色の肌のお前とか想像つかねよ……吐くわ」

「吐くな」

 

 だが、同じ所属・思想とはいえ、馬が合うとは言っていない。セトとのやりとりも、このとおりである。

 そもそも、見てのとおり荒々しい武人であるセトと、(はかりごと)を得意とするオシリスとでは、正反対な点が多いのだ。だが、「こいつよりは、自分のほうが上」という謎の対抗心が共通しているせいで、口を開けば憎まれ口が飛び出すし、そこから言い合い等に発展する。場合によっては他所だろうが遠慮なく喧嘩を始めるので、今回はまだマシな方だ。

 

「……で、お前のほうからここに来るとは珍しいが、一体何の用だ? あと、そのTシャツいい加減止めたほうがいいぞ」

「せっかく俺が真面目な話してやろうって時にお前は! あと、着られるのがこれしかなかったし着られればいいんだよ! いいよなー、もやし野郎は肌が緑でもちゃんと隠せる服選べて!!」

 

 まあ、こういう2人である。

 

 オシリスも脈絡なく憎まれ口を発射するし、セトはセトでヤケに「もやし野郎」を強調しているので、双方大人げがない。

 

 しばし睨み合い、舌打ちしたり、鼻で嗤ったり、呆れたように溜息を吐いて、ようやく第1ラウンド終了。本題に戻る。

 

「……邪魔が入った。せっかくホルスの野郎をこっちに連れて来れたってのに、イシスのやつが変なところで出しゃばって、台無しだ」

 

「あいつの言うことなすこと、全然わかんねぇ」と、セトが深い溜息を吐いた。 

 

「イシスか……それは、なかなか厄介だな」

 

 オシリスも、口元に機械製の手をやり、苦い表情を浮かべた。

 

 そもそも、この2人がホルスのことを追っているのには、それぞれにれっきとした理由がある。

 セトは、神である前に武人として、ホルスと決着をつけたいから。闇討ちなどではなく、真正面から全力で。そのうえで自分に負けるようなら、あんな若造にエジットは任せられない。

 消滅し、スピリットに生まれ変わってから、エジットがオリンの属領にような扱いを受けたあの事件を目にして、どれだけもどかしい思いをしたことか──「もし、自分たちが健在であれば、オリンの悪辣に対し真っ向から反抗できただろうに」と。

 

 オシリスは、エジットを繁栄に導いた文官として、ホルスの力量に不安を覚えているから。ホルス自身の手腕は認めているが、彼が、これまでエジットを支えてきた4柱の欠けを埋め合わせられるかどうかと問われれば、間違いなく否と答えるだろう。

 消滅し、スピリットに生まれ変わってから、エジットがオリンの属領のような扱いを受けたあの事件を目にして、懸念が生まれたのだ。「自分を含む4柱が欠けて弱ったエジットを、ホルスは元通りにできるのだろうか」と──

 

 そのため、思惑は異なれど、利害は一致しているわけで。

 両者とも、性質が正反対で争いが絶えずとも、互いに無意味に利益を奪わないということは弁えているため、こうして奇妙な共謀・共闘関係が築かれたのである。

 

「肝心のホルスは結構乗り気みたいだがな。けど、そういうことだから、気をつけろよ。こっちじゃイシスはただの華奢なアマだが、お前もその身体ならどっこいどっこいだろ?」

 

 セトがニヤニヤしながら、オシリスの四肢をじろじろ見ている。

 一方、セトは見てのとおり筋骨隆々。そのせいで、着られる服が現状漢字Tシャツしかないくらいには。だから、こちらの世界ではイシスにも抵抗できそうだ。

 

「それが言いたかっただけか……」

 

 オシリスは、盛大に溜息を吐いた。

 セトは、それでマウントを取るために、わざわざオシリスのところにまで来たようだった。

 

 

 神が集う島は、幾多の縁が絡み合う。

 しかし、何も起こらないし、起こせない。

 ここでは、人も神も皆同じなのだから。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 やはり、黄属性のスピリット・アルティメットを描写するのは楽しいですね。ついつい筆が乗ってしまう……
「ライフが減らないからデッキを狙う」というのも、獣頭Uで書きたかった要素のひとつなので、今回のバトルは書いていてとても楽しかったです。


 ところで、現パロで、オシリスさんってどう書けばいいんでしょうね? 私は、彼が義肢で緑肌であることに最近気づいて、いろいろ考えた結果、そのままブチ込みました。我々は、彼が最初で最後の人外感溢れる創界神だったという事実を忘れてはいけないようです(←何言ってんだこいつ)


 今回で、仮入部周りの話はお終い。
 次回からは、いよいよエジット以外の創界神が登場していく予定です。

 では、また次のお話でお会いしましょう。


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第9話 問題児が神世界から来るそうですよ? その1

 LoBrisです。

 諸事情から、急遽話順を変更したため、更新が遅くなってしまいました……この次のバトルのプロットがまだ用意できていないので、次回更新もまた遅れてしまうかもしれません。


 今回は、筆者のちょっとした贔屓のせいでテキスト量がかさんでしまったので、バトルなし回です。
 たぶん、私の中では前代未聞の3分割になります。


 目黒マミは、母を亡くしている。

 

 勤勉な母だった。娘に苦労をかけまいと、父の収入に頼らず自らも働き、それでいて弱気な姿を娘に見せない人であった。共に過ごせる時間は、他の家庭より短かったかもしれない。それでも、温かく良好な親子関係であったと言えただろう。

 

 だが、別れは突然で、残酷だった。

 マミの眼の前で、母が車にはねられた。

 

 ひどく酩酊した運転手が運転していた車が、歩道へ逸れ、ぶつかられそうになったマミを、咄嗟に母が庇ったのである。

 久しぶりに、母と一緒に出掛けられる。久しぶりに、母と一緒に買い物ができる。そう言って喜んでいた11歳の彼女は、不意に母に押し退けられたその直後以降の景色を、感情を、あまり覚えていない。まだ幼かったからなのか、あえて忘れようとしたからなのかは、マミ自身にもわからない。それすらも、覚えていない。

 

 我が子への愛情はあれど、時間のないマミの父は「男手ひとつで娘を育てることは難しい」と判断した。一緒にいてやりたいのは山々だが、娘を不自由なく育てるには、金が必要だ。それを手に入れるには、働かなければならない。

 幸いだったのは、父の収入が安定していたこと。そして、彼の実家にいる兄──マミから見ると叔父にあたる──が、代わりに面倒を見ると言ってくれたことだった。

 マミの父は、その言葉に甘えることにした。住む場所は離れてしまうけれど、そのほうが愛娘に寂しい思いも苦労もさせずに済むからだ。

 

 かくして、マミは、この島にやって来た。

 

 しかし、この島に大学はない。進学するにせよ就職するにせよ、島外のほうが選択肢は広い。

 

 それが意味することは、つまり──

 

 

 

 

 

 

「目黒先輩。その……お仕事紹介、ありがとうございます」

 

 ある休日。

 ツバサは、ひょんなことからマミの家に来ていた。

 

 というのも、マミの家は喫茶店を経営していて、ホルスのバイト先にどうかと提案されたのだ。

 

 焼き鳥や餃子の香りが漂っているが、喫茶店である。ツバサがメニューを開くと真っ先にモツ鍋が視界に入ってきたが、喫茶店である。

 ……どう見ても居酒屋なのだが、店主であるマミの叔父が「お洒落な喫茶店」を自称しているので、喫茶店ということになっている。

 

「どういたしまして。叔父さんも人手不足で困っていたから、私も助かったよ」

 

 カウンター席に座るツバサへ、マミがコップに麦茶を注いで渡す。

 

 彼女の叔父が経営する居酒屋……もとい喫茶店は、受験を終えた前年度の高校3年生も各々の進学・就職先へ向かい、前年度の高校2年生がぼちぼちと受験勉強を始めるこの時期、ちょっとした人手不足に陥っていた。若いアルバイトが激減するのである。

 今、ホルスは面接中──といっても、奥の部屋から聞こえてくる楽しげなふたつの声を聞く限り、きっと合格だろう。基本的に好青年であるホルスのことだから、もはやただの談笑になっていそうだ。不合格よりは遥かにマシだが、ツバサは少し拍子抜けしている。

 

「……それはそれとして、なんでガイ先輩とセトさんがここに?」

 

 ツバサは、右隣のカウンター席に視線をやった。

 

「む? 俺がどうかしたか?」

 

 ツバサの視線を受けて、ガイが親子丼を頬張ったまま振り向く。席に置かれた丼は、当然の如く大盛りサイズ。身長190cmという巨躯の持ち主とはいえ、その辺りは食べ盛りの男子高校生らしい。

 

 さらに、そのまた左隣から、

 

「あぁ? 俺がここで親子丼食ってて悪いか?」

 

 セトが気怠げに頬杖をつきながら、ツバサの方を睨んできた。席に置かれた丼は、やはりというべきか大盛りサイズだ。それも、米粒ひとつ残さず完食済。

 

「い、いや、別に悪くないと思いますけど、そのナリとそのTシャツだと悪目立ちしません……?」

 

 ツバサの視線は、セトの顔から胴体へと移る。黒無地にでかでかと白で書かれた「和」の一文字。本人は「和」から程遠いところにいるというのに。

 

「そうでもないよ? セトさん、よくうちを贔屓にしてくれてるって、叔父さんが言ってたし。農家のお爺さんたちからも『よく働いてくれて助かる』って人気みたい」

 

 マミが、温かい苦笑を浮かべながら、ツバサに答えてくれた。

 

「えっ……そうなのか……!?」

「お前、俺を何だと思ってやがるんだよ?」

「逆に、あんな出会い方をして印象良いと思うほうがおかしいだろ!?」

 

 思いも寄らない評価に、ツバサは一瞬だけ呆然としかけた。

 彼にとっては、「セト=戦いたくないと言っているのにもかかわらず絡んでくるやべーやつ」なのだが、当の本人にそれを言うわけにもいかないので、正直には言わない。

 

「ま、農業が柄じゃねぇってのは認めるけどな。だがよ……なんで老衰しているやつらにあんな体力の要る仕事を任せるんだって思うんだよな。この前なんか、婆さんがぶっ倒れて大変だったんだぞ?」

 

 セトは、呆れたように大きな溜息を吐く。

 

「む、そんなことが……その女性は大丈夫だったのか?」

 

 セトが手伝っている農家の夫人が倒れたことは、使い手のガイも初耳だったようだ。この島で生まれ育った彼は、地域の住民との繋がりが強く、心配そうにしている。

 

「ただのギックリ腰だってよ。だが、ここは病院も少ないから、近所巻き込んで大惨事だ。俺が病院まで運んでやったから多少は早く済んだかもしれねぇが……」

 

「あんな現状、よく放っておけるよな」と、セトは忌々しげに呟いた。

 一見粗野で粗暴なセトだが、元はといえば獣人が住まう砂海を統治していた創界神(グランウォーカー)だ。“支配者”だった者として、自分が住まう場所の非効率的な点が放置されていることに苛立ちを感じているのである。

 そもそも、「世界が滅ぼされたならば創り直せばいい」というほどの力を持つ創界神でありながら、世界の住民を強化し、よく思わない旧い勢力を自ら駆逐した「エジット」の創界神たちは、ある意味最も「住民思い」といえるのかもしれない。

 

「それで、農家の手伝いを……」

 

 ツバサは思った。「俺の前でもそれくらいいい子でいてほしかったな」と。

 

 そこへ、

 

「ごちそう様でした」

 

 ガイも親子丼を完食。両手を合わせてマミにお辞儀し、丁寧に丼を返す。

 

「うふふ、ありがとうございました。だけど、今日は私が呼んだだけだから、ふたりの分も奢りでいいよ?」

 

 ガイから丼を受け取りながら、マミは微笑んだ。

 

「む。それは少々申し訳ない気がするのだが……」

「おっ、そりゃどーも。ガイ、お前も今回は甘えておけや」

 

 マミから奢ってもらうことに抵抗を示すガイに、セトが苦笑する。

 

「目黒先輩が『呼んだ』……?」

 

 だが、そこで、ツバサは少し引っ掛かった。

 たまたまホルスの面接に行った先がマミの家で、たまたまセトやガイがそこへ食べに来ていたものだと思っていたのだが、どうやらそういうわけではないらしい。

 

「うん。私が、ちょっと青葉君の頼み事をしてて──」

 

 

 

 マミがガイへ頼み事をするきっかけとなったのは、母が大事に持っていた黒い鍵だ。生前、母がほとんど常に首にかけていたそれは、あの事故の後も不思議と無傷だった。

 マミは、その鍵を母の形見として大事に持っていた。叔父の家に預かってもらうことが決まった際も荷物に入れて、今は自室の箱にしまってある。だが、マミはあえて亡くなった母のことに言及せず、話を進めた。まだ知り合ったばかりの人たちに、このような話をするのも“重すぎる”気がしたからだ。

 

 その鍵がなぜ今回の頼み事につながるかというと、

 

「叔父さんの部屋に、たまたま、その鍵と合う箱があって、その中に、こんな手紙が──」

 

 マミは、ツバサたちに1枚の紙を見せた。

 四隅がやや黄ばんでおり、仄かに古本のような匂いがする。だいぶ年季が入っているようだ。

 

 表に書かれた、縦書きの文章。その左端にはこう書いてあった。

 

『この手紙を読んでいるということは、お前も随分暇なようだな』

 

「いや、とんだ出落ちですよね、これ!? ただのドッキリだろ、こんなの!?」

 

 あまりにもあまりな第一行目に、ツバサが思わずズッコケて、ツッコんだ。

 用途不明の鍵、離れた地でようやくはまる鍵穴を発見、鍵を開けるとそこには手紙が──そこまでは、胸踊るような物語の始まりを予感させる要素で溢れていたのに、手紙の書き出しで台無しである。

 

「まあまあ……気持ちはすごくわかるけど、ここからが本題だから」

 

 マミがツバサを宥め、手紙を読み進める。

 

 手紙によると、どうやらマミの先祖は、かつて創界神の遺物を所持していたらしい。そして、その遺物が、理解なき者の手に渡ることがないように、家の近くに洞穴を掘り、そこに隠したのだという。

 

「家の近くに洞穴……って、ご先祖様もだいぶ暇してるよな」

「ああ。お前にだけは言われたくねぇって思ったわ」 

 

 珍しく、ツバサとセトの意見が合った。ふたりして、手紙の前で渋い顔だ。

 手紙は『勇気と覚悟のある者のみ、その扉を開けよ』と締めくくられていたが、これまでの文章が文章なせいで、あまり心が踊らない。

 

「……なるほど。つまり、目黒は、その創界神の遺物を入手したいのだな?」

 

 ガイだけが、いつもの調子でマミに問いかける。

 

「うん。だけど……今まで勇気が出なくて。私が島外出身だというのは話したと思うけど……こっちに来てから、新しい輪に入れなくて、なかなかバトルしてくれる相手を見つけられなかったから。こっちに来てからずっと、バトスピからも離れてて」

 

 マミが、少し恥ずかしそうに答えた。顔は少し俯きがちだ。

 

「……だけど、私、高校を卒業したら、この島から離れることになるから。そうしたら、もう二度と戻って来ないかもしれない。その前に、この遺物にいる創界神と会いたいと思ったの」

 

 しばし俯かせた顔を上げる。胸の前で拳を握り、普段は控えめな声も、声量が大きくなっていた。

 彼女の出身は、あくまでも島外。将来を考えれば、故郷のほうが過ごしやすいのは明白である。教育を受けられる場所も、職も、たくさんあるのだから。

 

 だが、「神世界(しんせかい)にいる創界神(正確には、その「劣化コピー」だが)と会える」のはこの島でしかできないことである。それも、たまたま遺物を入手できるという奇跡にまで恵まれたのだ。このチャンスを掴みたい──マミの言いたいことは、概ねこういうことだった。

 

「そうか。それで、復帰のために、俺たちを頼ってくれたんだな」

 

 マミの意思を聞いたガイが、ふっと微笑んだ。

 

「目黒が恥じることはない。本当の気持ちから目を背けず、後悔するまいと勇気を出した。それだけでも、十分誇ってよいことだ。勇気さえ出してくれれば、こうして俺たちで支えてやれる」

 

 ガイの底に響くようなバリトンは、話す速度が低めで、聞き取りやすい。堅く、言い切ることも多い口調は、激励に説得力を持たせる。

 

「そうそう。そこのチキンと比べたら、そうやって勇気を出せるだけ、良い傾向だと思うぜ?」

 

 セトが茶化すように、ちらっとツバサを見た。

 ツバサは「チキンで悪かったな」とだけ呟いた。「チキン」であることを否定はしない。

 

「……ありがとう。そう言ってもらえて、ちょっと安心したかも」

 

 マミの顔が綻んだ。ほっと、我慢していた溜息を吐き出す。

 

「そうと決まれば、善は急げだ。早速出発しよう」

 

 ガイが椅子の座面から離れ、その巨体が立ち上がる。普段は見る者に恐怖を与えてしまうほどに大きな背中も、今は頼もしい。

 

「それじゃあ、俺もこの辺で失礼しますね。ごちそう様でした」

 

 この様子なら、自分が巻き込まれることはなさそうだ──ツバサも席を立ち、その場を離れようとする。が、

 

「ツバサ、終わったぞ! 即決合格だって──」

 

 ホルスが戻ってきた。

 即決合格というのはありがたい報せだが、ツバサからしたら、今はそれどころでない。なんとかしてスルーしてもらえないかと祈る。

 

「……ホルスの野郎、よりにもよってここで働くのかよ。ちっ、ここの親子丼うめぇから気に入ってたのによ…………」

 

 早速、セトが殺意を放ち始めた。親子丼ひとつでここまで本気になるというのはいかがなものだろうか。

 

「げっ、セト……!? ……というか、この前の仮入部にいた2年の人たちまで? 何かあったのか?」

 

 ツバサの祈りは、天から突っぱねられたようだ。ホルスは、バトスピ部の2年が集まっていることに気づき、声をかける。

 

「あ、ホルスさん。合格おめでとうございます。それが、かくかくしかじかで──」

 

 さらに、ツバサが抱く思いなど知る由もないマミが、ホルスに事情を話してしまった。

 

「へぇ……それ、俺もついていっていいか?」

 

 ツバサは頭を抱えた。マミの話に、ホルスが興味を示してしまった。

 

「ああ。人数が多い分に、問題はないからな。それに、神世界の事情をよく知っている者がいる方が助かるだろう」

「おっ、いいのか? ありがとう」

 

 ホルスの申し出を、ガイが快諾。

 ツバサは脇で密かに項垂れた。せめて、ホルスの仇敵であるセトが異議でも唱えてくれれば、と切実に願う。

 

「ちっ……俺だけじゃ不足ってか?」

 

 仇敵が同行することにセトは不満げだが、異議は唱えない。どころか、

 

「──ま、そういうわけだからよ。逃げんじゃねぇぞ、チキン野郎」

 

 完全に、ツバサのことをマークしていたようだ。少しニヤニヤしている。

 

「お手柔らかにお願いします…………」

 

 物凄く悔しいが、彼から発される声に、もう力は残されていない。

 

(くそぅ……もうどうにでもなれ…………!)

 

 

 

 マミの先祖が遺物を隠したという洞穴は、板でしっかりと入口が塞がれていた。

 遺物の盗難防止というのはわかるが、少々──いや、かなり面倒だ。

 

「これはまた……厳重にしまわれているな。目黒の先祖は、この遺物に宿る創界神をとても大切にしていたのだろう」

 

 ガイが入口を塞ぐ板をノックするが、びくともしない。

 

「そうかぁ? 俺からしたら、次の使い手が現れるまでずっと暗い洞穴の中だなんて、何かの責苦なんじゃねぇかって思うぜ? 実質監禁みたいなモンじゃねぇか」

 

 入口を塞ぐ板を前に、セトが眉根を寄せる。「人間の思考回路って時々わかんねぇや」と。

 

「監禁、か…………」

 

 ホルスがぽつりと、小さな声で言った。何かを思案するような、真剣な表情だ。

 

「……マミちゃん、だったか? オレからひとつ、忠告したいんだけどさ」

 

 そんな表情を保ったまま、マミに話しかける。

 

「? 何でしょうか……?」

 

 不意にホルスから話しかけられて、マミはきょとんと首を傾げた。

 

「……こっちだと肉体は人間とはいえ、創界神は元々『神』だ。強い力を持つ分、中には問題児だっている。例えば、そこにいるセトみたいな」

 

 ホルスなりにこっそり話したつもりなのだろうが、セトが「あぁ? 何か言ったか?」とホルスを睨んでいる。

 

「だから、な。何か嫌な予感がしたら、すぐに──」

 

 ホルスが言いかけた、その時だった。

 

 

 どんがらがっしゃーん!

 

 

 どこか不穏な音がした。

 

「「ひっ……!?」」

 

 突然のことに、ツバサとマミが身震いする。

 音がした方向では、

 

「……こんなところか」

 

 ガイが、腕で汗を拭っていた。

 彼の目の前にあった、入口を塞いでいる板が、原型を保っていない。普通に割れている。

 

「よし。これで中に入れるぞ」

「いやちょっと待ってください!? 青葉先輩、その……板破ったんですか!?」

 

 何事もなかったように一行を手招きするガイに、ツバサはぶったまげた。マミとホルスは目を丸くしているし、セトもこれには苦笑いである。

 

「ああ。目黒の先祖が作ったからか、釘はだいぶ劣化していたし、コツさえ掴めば比較的簡単だぞ?」

「なんでそんなコツ掴もうとしたんですか!?」

 

 ガイは、自分のしたことの強烈さを理解できていないようだ。釘が劣化しているとかそういう問題ではないし、完全に「破れそうだから破った。これで中に入れるな!」と、善いことをした気分になっているのが質が悪い。

 

(こんなとこ見せられたら、俺じゃなくてもビビるだろ……!?)

 

 ガイのことが怖くなくなってきていたツバサだが、ここに来て恐怖心が再燃した。何の断りもせず、己の拳で板を割るような大男を「怖がるな」と言うほうが難しいだろう。

 

「……青葉君。こういうことする時は、ちゃんと一言言ってね? その……ビビっちゃうから」

「む……すまなかった…………」

 

 マミに窘められて、ガイは素直に謝罪。少ししゅんとしていた。

 

 だが、問題はここからだった。

 

「……おいおい、どうすんだこれ?」

 

 先んじて洞穴に入っていたセトが、呆然として地面を見ていた。

 それもそのはず、何せ、洞穴の中には、無数のガラスの破片しかなかったのである。

 

「……ガラスの破片? 遺物なの、これ…………?」

 

 マミも、困惑しながら、地面に散らばったガラスの破片を見つめている。

 

「……………………待て。まさか、これ……」

 

 ツバサは嫌な予感がした。

 ガイに蹴破られた板は、洞穴の内側に倒れている。そして、地面には無数のガラスの破片。ここから導き出される状況は──

 

「……青葉先輩。さては、遺物を割っちゃいましたね?」

 

 倒れた板が、たまたまガラス製だった遺物に当たって、遺物が割れた。

 

「…………うん」

 

 ツバサの言わんとしていることを察したのか、ガイは力なく頷くだけだった。

 原型を残さず破損した遺物は、果たして創界神の分霊と人間を繋ぐ触媒になりうるのだろうか。

 

「……すまない、目黒。遺物が脆い素材でできている可能性を失念していた…………」

 

 この惨状を前にして、最悪の可能性を思い描くことは容易だ。ガイは、マミに深く頭を下げる。

 

「い、いや、私も駄目で元々だったから! それに、板を退けようとしてくれてやったことなんだし、そのことには感謝してるんだから。あまり自分を責めないで。頭、上げていいよ?」

 

 マミは慌てて、ガイを宥めた。一世一代のチャンスを文字通り「砕かれて」しまっても、それは善意から来たものなのだからと、背中を撫でる。

 

「……もっと責めていいんだぜ? 優しすぎんのも、お前のためにならねぇぞ?」

 

 セトが呆れたように溜息を吐いた。使い手にとって不利益になることだろうが、容赦ない。

 

「おっ、意外」

 

 紳士な対応を見せたセトを、ホルスが微笑ましそうに見ていた。

 

「っせぇな。お前は平和ボケしてやがるからわからねぇだろうけど、優しすぎるってのも胡散臭ぇんだよ……」

 

 セトは舌打ちして、そっぽを向いてしまったが。

 

「私は大丈夫です。むしろ、青葉君共々、付き合ってくれてありがとうございます」

 

 だが、セトから「責めてもいい」よ言われようと、マミはガイを責めなかった。どころか、セトにまでお辞儀し、付き合ってくれたことへの感謝を述べた。

 ガイは未だに申し訳なさそうな顔を上げ、セトはぶっきらぼうに「感謝される覚えなんてねぇよ」とだけ返す。

 

「ガラスの掃除はこっちでしておくから。青葉君とツバサ君たちは、先帰ってていいよ」

「は、はい……すみません、目黒先輩。何もできなくって」

 

 ある意味「何事もなく」終わったことに安堵すべきなのか──しかし、胸の奥がモヤモヤする。最初は乗り気でなかったツバサだが、今はなぜか、複雑な気分で洞穴を去ろうとしている。

 

 その時だった。

 

 

《アハハハハハハッ! 久方ぶりに人が来たと思ったら、なかなか面白そうなことになっているじゃないか!》

 

 

 艶のある低音の哄笑が、洞穴に響いた。

 

「へっ……!?」

 

 突然のことに、マミがびくっと震えた。彼女を守るように、ガイが前に出る。

 ツバサも、嫌な予感がして、頭を抱えた。少し前までの彼であれば、マミと同じようなリアクションをしただろう。だが、今の彼は“聞き覚えがない声が聞こえてくる”現象に覚えがある。

 

 想定外だったのは、ツバサ以上に、ホルスが険しい表情をしていたことだ。

 

「くそっ……よりにもよって、お前だったのか…………!」

 

 普段から明朗な彼が、口汚い。嫌悪に満ちた視線の先には──

 

「そんな目で見るなよ。彼女が我をご所望のようだから、こうして顕現してあげただけだろう?」

 

 紫色の長めの髪に、貴族のようなジャケットを羽織った男性の姿。ジャケットの下からは、筋肉質な白い肌が露出している。ホルスから向けられた敵意に対しても、涼しい顔。どころか、愉しげに口元を歪めてすらいた。

 

「おい、ホルス。何だ、このいけ好かねぇ野郎は?」

 

 セトが、半眼のままホルスに尋ねた。彼もまた、抱いた嫌悪を隠し立てしない。

 

「……創界神ディオニュソス。オリンの冥府を治めている創界神だが、オリンどころか、ラー経由で『エジット(オレたち)』までも利用して、一連の戦争を高みの見物していた外道だ」

 

 ホルスの表情が、さらに険しさを増す。

 説明を受けたセトは「どおりで気に入らねぇわけだ」と溜息を吐いた。戦い、特に接近戦を好むセトと、「戦争を高みの見物していた」というディオニュソス。接触したことがないというのも自然だろう。

 

「『外道』って……そんなやべーやつなのか…………!?」

 

 ホルスの説明を小耳に挟んで、例によってツバサがビビり散らかしている。ガタガタしながら後ずさり。

 

「酷いなァ。狡猾さなら『エジット(お前たち)』も大差ないだろう? まあ──否定はしないけれど」

 

 ディオニュソスの目線が、ビビり散らかしたツバサの方を向く。値踏みするように、興味深げに。

 

「ひっ……!? というか、そこは否定してくださいよ!?」

 

 ホルスをして「外道」と言わしめるような創界神を前に、ツバサは必死にツッコんだ。とはいえ、既に泣きそうだ。セトからガンを飛ばされた時とは違い、明確な敵意が感じられない代わりに、得体の知れない不気味さで、身の毛がよだつ。自分のどこがディオニュソスの興味をそそったのかが全くわからないので、正直セトからガンを飛ばされた時よりも怖い。

 今にも泣きそうになっているツバサに、ディオニュソスはくすりと笑った。

 

「悪いね。反応が可愛かったから、つい」

 

 口ではそう言っているが、全然悪いと思っていなさそうである。謝罪のしの字も感じられない。

 

(遊ばれてる……なんか物凄く遊ばれてる…………)

 

 ツバサは、早く帰りたいと思った。セトと初対面の時は、早速ディスられたが、今回は早速遊ばれた。いよいよ、創界神に嫌な偏見を持ってしまいそうだ。ホルスの次に出会った創界神が、ありがたいくらい常識人なトトで本当によかった。

 ツバサの胸中を察したホルスが「落ち着け。こいつは、誰にだってこういうやつだ」と言っている。が、あまりにも棒読みだ。落ち着かせようという気持ちが、微塵も感じられない。

 

「ふむ。なかなかいい性格をしているのだな」

 

 この時点でペースを乱されていないのは、どこか抜けたところのあるガイだけだ。

 

「……ガイ。この期に及んでこいつを『いい性格』で済ませられるのはお前だけだからな」

 

 まったくもって、セトの言うとおりである。今回初めてディオニュソスと接触したセトがこれほどの評価をするのだから、相当厄介な性格に違いない。今のツバサも「セトさんって、だいぶ性格マシなほうだったんだな……」と思っているくらいだ。

 

 セトの言っている意味をいまいち理解しきれていないようで「うぅむ……」と唸っているガイの後ろで、

 

「その……ごめんなさい。私が、興味本位で『創界神と会いたい』とか言ってしまったせいで…………」

 

 マミが俯きながら、ガイの服の裾をきゅっと掴んだ。「そもそも自分が言い出さなければ、こんなことにはならなかった」と悔やんでいるようだ。

 

「目黒が謝ることではない。扱いづらい創界神と当たってしまうことはあるし、俺とセトもそんな感じだった」

「おいこらガイ!? 俺とこいつを一緒にするな!」

 

 ガイがマミの掌を温めて慰めるが、流れ弾で「外道」呼ばわりされるような創界神と「そんな感じ」で括られたセトとしてはたまったものではない。がなり立てるセトを尻目に、その「『外道』呼ばわりされるような創界神」ことディオニュソスがくすっと笑っていたのだから、セトの苛立ちもひとしおだろう。ツバサもホルスも、こればかりは同情した。

 

 相棒が酷い思いをしていることに気づかないまま、ガイはマミを諭し続ける。

 

「それに、目黒は考え抜いたうえで、『会いに行く』選択したのだろう? ならば、それは『興味本位』などではない。結果がどうあれ、立派な選択だ」

 

 マミの目をしっかり見て、

 

「だから──あまり自分を責めるな。顔を上げて、今、自分は何をすべきかを考えるといい」

 

 彼女からもらった言葉を返した。

 

「『今、自分が何をすべきか』──」

 

 マミが、ガイの言葉を復唱した。しばし沈黙し、言葉を咀嚼する。

 

「うん……大丈夫。勇気も出したし、覚悟も済ませた」

 

 自分に言い聞かせるように、囀るような声で。夜空と同じ色をした髪を靡かせて、膠着状態だった男神3人の前に躍り出る。

 

「神世界で何があったのかは知らないけれど、そんなの関係ない──喚んでしまったからには、私が責任を持って手綱を握ります!」

 

 ささやかな宣誓が、洞穴内部で響いた。

 残響が鳴り止むまで、誰の声も聞こえない。

 

 最初に静寂を破ったのは、

 

「アハハハハハハッ! 『手綱を握る』、か! ……面白いことを言うねェ。『オリン(うち)』の最高神(リーダー)ですら、我を持て余していたくらいなのに」

 

 第一声と同じく、心底愉しそうな、ディオニュソスの高笑いだった。

 

 ホルスが「あの子、正気か……!?」と戦慄している隣で、セトが「へぇ。やるじゃねぇか」と、マミの方へ目を凝らしていた。ツバサとガイは、それぞれぽかんとして、顔を見合わせている。

 

 実際、ディオニュソスは神世界にて、己が属する「オリン」の最高神さえも持て余す問題児だった──いや、「問題児」なんて甘っちょろい言葉で片づけられるものではなく、その最高神を唆し自らの傀儡に仕立て上げたような創界神である。ただの人間から放たれた「手綱を握る」という宣誓は、さぞ無謀に聞こえただろう。だからこそ、ホルスは戦慄していた。

 

「でも──ふふっ。退屈な使い手なんかよりも、ずっと面白そうだ」

 

 ディオニュソスの口からは、未だに笑い声が零れている。見かけよりも度胸のある使い手に心を踊らせているように。あるいは、その無謀さをせせら笑うように。

 

「いいよ。やれるものなら、やってごらん」

 

 ひとしきり笑い終えた彼は、口元に弧を描いたまま、これから使い手になる人間を煽った。

 

「お。それなら、俺はお前が女の尻に敷かれる日を見るのを楽しみにしとくか」

 

 それを聞いたセトは、彼からすればいけ好かない若僧を鼻で笑った。特に理由のない敵意を剥き出しにしている。

 

「ホルス……他の男神が悪くて怖いんだが…………」

 

 そろり、そろりと、ツバサがホルスの方へ寄る。まるで、隠れ場所を探す子供のようだ。

 

「セトはエジット侵略路線の中でもバリバリの武闘派。ディオニュソスは他人や戦を煽って遊ぶような外道。オレからすれば、こいつらが仲良くしているほうが逆に怖いぞ」

「うわぁ……俺、ホルスと出会えてよかったって初めて思った。消去法で」

「消去法なのかよ!?」

 

 ホルスの後ろで、ツバサが震え上がっている。ホルスの株は上がったが、所詮は消去法だ。

 

「……これで良かったのか?」

 

 啖呵を切った直後のマミにガイが寄り添った。あいかわらず変化に乏しい表情が、わずかに不安げだ。

 

「きっと大丈夫。一応、勝算がないわけではないから」

 

 吹っ切れたのか、マミの表情は凛としている。そこで凛としてしまうのはどうなのだろうか、とツバサは訝しんだ。

 

 

 かくして、神世界でも成敗しきれなかった外道を成敗すべく、ひとりの少女が立ち上がった。

 

 

 

 して、彼女の勝算とは、一体──?




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


 今回、やっと、バトスピにおける最推し創界神を出せました! 書く際には、「殴るべし、この笑顔」をコンセプトにするよう意識したつもりです(ひどい)
 ただ、台詞を書こうとしてから、己の解釈と決着をつけて書き進めるのに、約24時間かかりました。

 何せ、こいつ、普通に喋ってるフレーバーテキストがない。ほぼ全部感嘆符付きなので、参考資料が少ないのです。ディオニュソスさん、普通に喋って(ハートマーク)(うちわ)←

 今回はなんかそれっぽく書けていますが、これからだんだん扱いが酷くなっていくと思われるので、期待はほどほどにお願いします。そもそも、初っ端から遺物を割られていますからね。

 では、また次のお話でお会いしましょう。


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第10話 問題児が神世界から来るそうですよ? その2

 LoBrisです。
 これを書いている今、深夜3時33分です。ゾロ目です。会話が異常に長くなってしまって、私は白目です。

 正直、バトル前まで何を書いていたのか忘れたのではないかというくらい、本能に任せて書きました。
 土曜夜になって「誰がとは言わないけど狂気が足りない……!」と思って、狂気を無理矢理足しました。
 日曜夜になって「何がとは言わないけどこの話ブチ込みたい」と思って、ブチ込んだら難航しました。

 言い訳したいことが盛り沢山ですし、「じゃあ出すなや」と自分にツッコみたいのですが、どうしても仕事が始まる前に出したかったので何卒ご了承願いたく存じ上げます。


 今回は、背景世界の独自解釈のオンパレードな内容になっています。

 また、バトスピの神煌臨編・超煌臨編の背景世界を知っていることが前提の内容になってしまっているので、背景世界をあまり知らない方は、先に公式の「〜編の世界観」を一読されておくことをおすすめします。


「採用」

 

 ひとまず、マミの家である居酒屋──もとい自称喫茶店にお持ち帰りされたディオニュソスが、マミの叔父から言い渡された第一声がこれだった。

 これには、さしものディオニュソスも面食らっているようだった。何せ、挨拶をすっ飛ばして「採用」である。

 あまりにもあまりな状況に、セトがぷっと噴き出していた。あまり忍べていない、気持ちだけの忍び笑いをしている。人間3人はぽかんとし、最初に口火を切ったのはホルス。

 

「店長!? こいつだけはやめとけ!!」

 

 声を荒げる。顕現してから聞いた中で、いちばん声量が大きかった。

 

「お、ホルス。お前、知り合いなのか?」

 

 だが、マミの叔父の返事は相変わらず能天気だ。無理もない。彼は一般人。元々癖だらけの創界神とはいえ、まさか他の神々からストレートに「外道」と評されるような創界神が眼前にいるなど、知る由もないだろう──いや、見た目の時点である程度の胡散臭さは隠せていないだろうが、それでも外道であるという発想に至らせるには不十分だ。

 

「知り合いというより……敵だな」

 

 “面倒臭い”。普段は明朗なホルスの顔に、そう書かれているようだった。

 

「敵……? ああ、たしかに、ふたりともイケメンだよな。ライバルなのか?」

 

 だが、それでも、マミの叔父は我が道を行っていた。よくよく考えてみれば、どう見ても居酒屋なこの店を「お洒落な喫茶店」と言い張るような人物だ。まともなはずがなかった。

 

「「どうしてそうなった!?」」

 

 あまりにもあまりな認識に、ホルスはもちろん、ディオニュソスもいよいよ放置しておけなかったようで、見事にハモっていた。

 不本意ながら、ツバサも同感だ。悔しいが、ホルスとディオニュソスがどちらも整った容姿の持ち主であることは認めざるをえない。だが、「敵」という言葉から、容姿方面でのライバルと解釈するのは、想像力が豊かすぎるのではないか。

 

「オレのほうが断然イケメンだから! こんな不健全そうな男、敵じゃないから!」

 

 ──それに乗ってしまう、ホルスもホルスだが。

 

(普通、自分のことを「イケメン」って言わないだろ……!?)

 

 ツバサは、ホルスの神経に感心した。同時に、反面教師にしようと思った。この時点で、セトはもうゲラゲラ笑っている。この状況が異常だとわかっているなら、どうかツッコんでほしい。

 一方、ツバサの隣では、ガイが「……そうなのか?」とマミに尋ねていた。容姿に無頓着な彼には、「どちらがイケメンか」ということがわからないのだ。ツバサにもわからない。マミが、ガイに対して「……見た人の感想次第なのではないでしょうか?」と、困惑気味に返事していたので、そういうことなのだろう。

 

「酷いなァ、『不健全そう』だなんて」

 

 ディオニュソスは、ホルスの言い草に若干の対抗心を示しつつ、屈んでホルスの頭をさらりと撫でた。

 

「そういうお前も、小さくて、華奢で──いや、これはこれで可愛らしいか?」

「くっ……今まで絶対誰かに思われていたけど黙ってもらっていたであろうことをっ…………!」

 

 どう見ても挑発されているのだが、ホルスは否定しない。否定できない。彼はオリンのとある女神よりも身長が低かったのだ。共同戦線を張ったその女神──創界神アテナとたまたま並んで立った時の衝撃を、はっきりと覚えている。

 たしかに、アテナはオリンの女神の中で最も背が高い。しかし、それを加味したうえでも「女神よりも身長が低かった」ということが、ホルスとしてはショックだったのである。

 

(野郎が野郎の頭を撫でている時点で、十分不健全だと思う)

 

 一方、ツバサは、ちょっと引いていた。子供ならまだしも、どう見ても容姿は成人男性だし、創界神なのできっと途方も無い年月を生きているのだろう。見ていて嫌悪感が湧いてくる。

 

「ちょっと! 何煽ってるんですか!」

 

 早速やらかしているディオニュソスを見て、マミが叱責している。が、既に声色が悲鳴に近い。

 

「別に煽ってはいないさ。ただ、思ったことを言っただけ。先に『不健全そう』と言ってきたのはホルスの方だろう?」

 

 と、すっとぼけているディオニュソスだが、口元が弧を描いているので説得力など皆無だ。撫でられているホルスの顔には青筋が立ちまくっているので尚更である。そんなホルスの肩に、ガイがぽんと手を置いた。ホルスとは真逆の方向に体格のコンプレックスを持つ彼なりに、同情したのだろう。口数が少なく不器用な彼らしい親切なのだが、置かれた手が逞しすぎて、ホルスにとっては追い打ちである。

 ちなみに、セトはというと「だから筋肉が足りねぇとあれほど……」などと呟いている。神世界で、一体何があったのだろうか。

 

「もう、どうしよう……そもそも叔父さんがライバルとかそういうこと言っちゃうから……!」

 

 手綱を握ると啖呵を切った手前、この有様。マミは非難するように、叔父の方を見た。

 

「ああ、すまんすまん。別に甲乙つけろってわけじゃなかったんだけどなぁ」

 

 だが、事の発端である本人は、なんだか微笑ましそうに男神2人のやりとりを眺めている。これが大人の余裕というものなのだろうか。こんなところで発揮しないでほしい。

 

「そんなに白黒つけたいなら、それこそバトルすればいいんじゃないのか?」

 

 しかも、そこは創界神と縁が深い地の住民。「バトルで決着つければいいのでは?」という戦闘民族の如しアイデアを持ち出してきた。

 

「バトルと顔面偏差値は関係ないような……!?」

「────それだ!」

 

 ツバサが危機回避を試みるが、そこへホルスが割り込んでくる。誰にもツッコまれたくなかった体格にツッコまれ、さぞご立腹のようだ。が、エジットのニューリーダーがそれでいいのだろうか?

 

「元からこいつには問い詰めたいことが山ほどあったんだ。ちょうど良い機会だし、いっぺん正義の鉄槌をお見舞いしてやる!!」

「待て待て待て!? 簡単に『お見舞いする』っていうけどな!? 実際にライフダメージ食らうのは俺たちなんだぞ!?」

 

 ツバサはデジャヴを感じた。似たようなやり取りを、つい先日もしたような気がする。今回は、ホルスの方から乗ってしまったので、なおさら質が悪い。

 

「アハハハッ! やぁっと乗ってくれた!」

 

 容易く挑発に乗ったホルスを見て、ディオニュソスもご満悦の様子。ツバサの反応を含め、この状況を完全に愉しんでいる。

 

(駄目だこいつら、文字通り「ヒト」の話を聞いてない……!)

 

 例によって話を勝手に進める神々に、ヒト科・ヒト属・ヒトのツバサはもはや頭を抱えるしかない。彼は無力だ。

 

 それでも──まだ諦めない。

 

「いや、まだ諦めないぞ……! だいたい、俺はバトルしたいと思っていないし、目黒先輩だって了承しているかどうかわからないだろ!? ですよね!?」

 

 ツバサは、助けを求めるように、祈る気持ちで、マミの方を見た。

 

 が、マミは「えっ!? 私……!?」と驚いたきり、何やら口ごもっている。

 

 嫌な予感がしたが、ここで追求したら負けな気もする。ツバサは、申し訳ない気持ちで、マミの答えを待った。

 

「……目黒、どうした?」

 

 すると、不審に思ったガイが、ツバサよりも先に尋ねた。諭すような声色で。

 

「ああ、ええと、その…………」

 

 ガイに問われて、マミはようやく、明瞭になった言葉を発した。

 

「『この機会に、新しいデッキも回してみたいなぁ』なんて、思っちゃって……でも、ツバサ君が乗り気じゃないなら申し訳ないし。バトルって、本来楽しいものでしょ?」

 

 マミが秘めていた気持ちは、ツバサにとって非常に都合の悪いものだった。

 

 マミの叔父のじとっとした視線が、ツバサの方を向く。

 

(どうしてそうなるんだよ!? この島には戦闘民族しかいないのか……!?)

 

 ツバサは頭を抱えた。マミに関しては、こちらの心理も配慮してくれている分、少々断りづらい。

 

「そうか。たしかに、千鳥も同じ復帰勢。相手としては申し分ないというわけだな」

 

 抜けているガイは、ツバサの気持ちなど知ったこっちゃなしに、マミの言葉を肯定してしまう。彼は彼で、なぜマミが口ごもってしまっていたのか、今一度考えてみてほしい。

 

(それと、セトさんも、その「あーあ御愁傷様(笑)」的な顔やめてくれよ!?)

 

 特に期待していなかったが、駄目元でセトの顔を見れば、苦笑とも嘲笑ともとれるような、生暖かいようなそうでないような、非常に微妙な目線を投げかけられる。ツバサは、少しでも期待した己を恨んだ。

 

「ああ、もう! わかりました! バトルすればいいんでしょう!? バトルすれば!」

 

 ここまで来ると「断る」という行為にも勇気が要るわけで。自他共にチキンと認めるツバサには、そこまでの勇気もなかった。ヤケクソになって喚き散らかすが、言っていることはただの承諾である。

 

「ありがとう、ツバサ君……! ごめんね、付き合わせちゃって」

「大丈夫です。だいたい、付き合わせたのは目黒先輩じゃなくて、他の男たちなんで……」

「……?」

 

 マミはすっかり「自分のせいで、無理矢理付き合わせてしまった」と思い込んでいるようだが──創界神だけで包囲網ができあがっているせいなので、彼女が謝るのは少々的外れだ。

 

「おう! この性悪を、一発ぶん殴る!!」

 

 まず、やる気満々、殺意も満々なホルス。彼といいセトといい、いくら創界神が頑張ろうと殴られるのは使い手なのだということを理解してほしい。

 

「言ってくれるねェ。それでこそ、翼を折る甲斐があるというものだ」

 

 次に、思惑通りと言わんばかりに口元を歪めるディオニュソス。既にツバサの心はポッキリ折れているようなものなので、悪趣味も大概にしてほしい。

 

「いいぞ、やっちまえ! どっちが負けても、俺としては万々歳だからな!」

 

 さらに、ツバサのこともホルスのこともディオニュソスのことも全員目の敵にしているセト。完全に悪ノリで「どっちが負けても万々歳」なバトルを見物するつもりでいるようだが、大人げなく人間まで目の敵にしないでほしい。

 

「このとおり、逃げ場なんてないので」

 

 ツバサは、盛大な溜息を吐いた。

 今更マミが何をしようと、バトルさせられる未来に変わりはなさそうなのである。

 

「……わかった。今日みたいなことがないように、あとで私の方からも叱っておくね」

 

 すべてを諦めた様子のツバサを見かねて、マミが重く頷いた。優しく素直な性格の彼女に、あれほどの問題児の手綱を握れるようには見えないのだが……今考えても仕方がない。

 

 

 

 バトルのため、屋外へ。ヒトの言うことを聞かない神様をデッキに入れて、よく似た境遇の復帰勢2人が向かい合う。

 

(そういえば、このデッキは…………)

 

 ツバサは、握ったデッキをちらり見た。

 少し遅れてホルスから「授かった」デッキ。デッキの中身はある程度確認して改造したものの、運用するのは今日が初めてだ。

 

(俺も目黒先輩も、互いに初めて使うデッキなんだな。つい最近知り合ったばかりなのに、ここまで条件が一致するのか……)

 

 ツバサは、巻き込まれて仕方なくバトスピに復帰した。マミは、「島を出る前に一度は」と、自らバトスピに復帰した。だから、バトルに向ける情熱の差は明らかだろう。どう考えても、マミのほうが強いはずだ。

 

「ツバサ君。復帰勢の後輩として、胸を貸してもらうね」

「は、はいっ! お手柔らかにお願いします……!」

 

 だが、マミからすれば、先に復帰したツバサが「先輩」らしい。「胸を借りる」という言葉で突然敬意を向けられ、ツバサの調子が乱れた。

 

(くそぅ、こんな頼りない「先輩」がいてたまるか……!)

 

 実力に自信はない。自分を誇る気持ちだって、一寸たりとも湧かない。だが、勝手に敬われては仕方がない。ツバサは両の頬をぺちぺちと叩いた。熱くなるのは苦手な彼も、こうすれば、物理的に、本能的に熱くなれる。

 

 久しぶりの合言葉を、ほんのりとした顔の熱が冷めないうちに。

 

「「ゲートオープン、界放!!」」

 

 

 

 ツバサがバトルフォームを着るのは、入学式の日ぶりだ。山岳地帯の戦装束のようなそれは、色合いこそ落ち着いているが、マントをはじめとして形状が派手なものが多く、やはり恥ずかしさを拭えない。

 

 対するマミは、仮入部の時に見た、マゼンタのミニドレス。鮮やかな色だが、装飾は少なく、洗練された印象を与える。

 

「うぅん……やっぱりこの色、ちょっと恥ずかしいな」

 

 子供の頃は好きだったけど、とマミが苦笑した。頬が少し紅い。

 

 女心からか、幼い頃は明るく装飾の多い服装に憧れるものだが、年齢を重ねて、いろいろなことを知っていくうちに「それが似合うのは幻想の中だけ」ということに気づくのだ。

 マミが初めてこのバトルフォームに袖を通した時は、まさに「まだ夢や憧れをたくさん抱えていた頃」のことだ。当時はこの綺麗なマゼンタに興奮したものの、今では「もう似合う年ではないだろう」というある種の悟りが先行してしまう。

 

「似合ってるぞ、マミ!」

 

 マミの叔父は、本人よりも興奮しながらエールを送っている。あくまでも「親代わり」とはいえ、親バカなのだろうか。

 

 実際、マミのバトルフォームは、紫のライフシールドさえなければ、パーティードレスのように見える。良く言えば落ち着いた、悪く言えば地味な印象のマミの容姿なら、鮮やかすぎるくらいの色がうまい具合にアクセントとなっていた。

 

「もう、叔父さんってば! 無理しなくていいから!」

 

 だが、自覚がないマミは、お世辞のように感じたのだろう。より顔を紅くして、照れ隠しにせっかくのエールを突っぱねてしまった。

 

 一方──

 

「……あいつ、チキンのくせに、あんなの着るんだな」

 

 セトがツバサの方を見て、ぽつりと呟いた。尤も、例によって睨むような目で見られているので、ツバサはビクビクしているのだが。

 

「そうだな。勇敢で凛々しい戦士のようだ」

 

 そのセトの使い手──ガイはというと、ツバサのバトルフォームを好意的にとらえているようだ。普段は臆病なツバサからは、鷹を思わせる戦装束を着てバトルに臨む姿を想像できないだろう。意外そうに、興味深げに、ツバサへ熱を帯びた視線を向けている。

 

「っ!? そんな恥ずかしい感想を臆面もなく堂々と……!?」

 

 ツバサとしては、もらった感想があまりにも正直すぎて、かえって素直に受け取れないのだが。

 

「そうなのか?」と問うようなガイの表情。思ったことはどんどん口に出すセトも、ガイのそういったところは諦めているようで「素直すぎるんだよ、お前は」の一言で済ませた。

 

「ん"ん"っ……とにかく! 目黒先輩。あらためまして、対戦よろしくお願いします!」

 

 気を取り直して、ツバサはマミと向き合った。4枚の手札を握り直して、深呼吸。カードに描かれた新しい仲間たちの初陣に臨む。

 

 

 

 ──TURN 1 PL ツバサ

手札:5

リザーブ:4

 

「メインステップ。

[ゴッドシーカー 天空鳥キジバトゥーラ]を召喚

 

 召喚時効果で、デッキの上から4枚オープン」

 

 ツバサの初手は、授かったデッキの中に入っていたゴッドシーカー。その名の通り、金と翠の装飾を纏ったキジバトのようなスピリットだ。ぽーぽー、ぽっぽーと、独特のリズムで、歌うように、楽しそうに鳴いて、仲間を呼ぶ。

 デッキトップからオープンされたのは、[三十三代目風魔頭首ヤタガライ][天空双剣ホル=エッジ][天空翠凰ファラ=ニクス][創界神ホルス]

 

「[創界神ホルス]、系統:「界渡」を持つ緑のアルティメットの[天空翠凰ファラ=ニクス]、同系統を持つ緑のブレイヴ・[天空双剣ホル=エッジ]を手札へ。

 さらに、[三十三代目風魔頭首ヤタガライ]は、こいつ自身の効果で、デッキからオープンされたとき手札に加えられる」

 

 サーチの結果は、大成功と言えるだろう。[創界神ホルス]のみならず、オープンしたカードをすべて手札に加えることができた。幸先の良い滑り出しだ。

 

「大当たりだな……」

 

 ツバサ自身もこの結果に驚いた。キジバトゥーラが、「すごいでしょ?」と言わんばかりに、文字通りの「鳩胸」を張りながら、にぎやかに歌い続ける。

 

「バーストをセットして、ターンエンドです」

 

 手札に加えたホルスは、キジバトゥーラを維持するために、まだ配置しない。バーストを伏せて、ツバサはターンエンドを宣言した。

 

○ツバサのフィールド

・[ゴッドシーカー 天空鳥キジバトゥーラ]Lv1・BP3000

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 2 PL マミ

手札:5

リザーブ:5

 

「メインステップ

 ええと……うん、先にこの子から、かな?」

 

 手札を見て、少しだけ長く思考。今日初めて出会う仲間を活かせるように、頭を働かせる。

 

「まずは……[ゴッドシーカー 冥府作家ラス・カーズ]を召喚」

 

 マミの初手もゴッドシーカーだった。

 やつれたスケルトン。しかし、上半身から下半身まで、上品な紫色の服を着ており、人外めいた胴体は露出していない。頭部を見て、ようやくスケルトンであると判断できる。

 

「召喚時効果で、デッキの上から3枚オープン」

 

「冥府作家」の手の上で、分厚いハードカバーが開かれる。人間には読めない神世界の文字が、ページから浮き上がって、宙に物語が紡がれる。

 

 オープンされたのは、[冥府神剣ディオス・フリューゲル]が2枚と、[創界神ディオニュソス]

 

「……[創界神ディオニュソス]、系統:「天渡」を持つ[冥府神剣ディオス・フリューゲル]1枚を手札へ。残りは、デッキの下に」

 

 バトルの面で見れば良い滑り出しと言えるのだろう。が、癖の強い性格の創界神が早速手札に入ってしまったことに、マミは「もう来ちゃったのかぁ……」と微苦笑を浮かべていた。

 

 残った2枚目の[冥府神剣ディオス・フリューゲル]をデッキの下へ戻し、深呼吸。

 

「続けて、[創界神ディオニュソス]を配置」

 

 意を決して、縁を結んでしまった創界神を配置する。

 バトルフィールドにも、「外道」の悪名にも似つかわしくない、鼻孔をくすぐるような果実と花の香りが漂って、神世界全土を巻き込む騒乱の黒幕がお出ましだ。その黒幕──ディオニュソスは、キジバトゥーラしかいないツバサのフィールドを一瞥する。

 突然、キジバトゥーラが歌うのをやめた。まるで、再生中のCDが突然切れてしまったように、さえずりが途切れる。彼(ツバサはさえずりのリズムと「キジバト」であることから♂だと判断した)は、今にもこの場から逃げたいと言わんばかりに、小さな身体を震えさせていた。野生の勘だろうか。ツバサにわかるのは「ディオニュソスを見て『よくわからないけど怖い』『早く帰りたい。逃げたい』と思うのは間違っていない」ということだけだ。さっきまで楽天的に見えたキジバトゥーラだが、案外状況判断能力に優れているらしい。

 

「ふぅん、ホルスはまだ来ていないのか」

 

 当のディオニュソスはというと、つまらなさそうに一言だけ。怯えているキジバトゥーラには毛ほどの興味もないようだ。

 

「はぁ…………興味ないなら、無意味に相手をからかうような真似はしないでくださいよ」

 

 マミが、冷たく、初っ端から癖の強さを見せつけたディオニュソスを叱る。吐き出した溜息の大きさが、彼女の疲労を物語っていた。

 

「からかってなんかいないさ。あの子が、勝手に怖じ気づいただけ。創界神とスピリットでは格が違うんだから、大して珍しいことでもないのだけどね」

 

 尤も、その程度でディオニュソスが態度を改めるはずもなく、叱られる謂れはないとでも言いたげに肩を竦めた。

 

 ここでマミがとった行動は、諦めのスルー。

 

「……まず、常時発揮される【神域(グランフィールド)】から解決。カード名に「冥府」を含む自分のスピリットすべてのLv1コストを0に。ただし、私のトラッシュにあるカード名に「冥府」を含まないカードすべては、手札に戻せなくなる」

 

 ルールマニュアルver.11.0に合わせたルール改定によって、配置時の《神託》の前に、常に発揮される【神域】の解決が先に行われる。その内容は、特定スピリットの維持に必要なコアを0にしてしまうという掟破りな効果だ。

 

「はぁ、そういう……とっくにくたばってる奴らに、生命維持もクソもねぇってことか」

 

 その効果を知ったセトの顔が、あからさまにむっすりしている。

 スピリットを維持するためのコストを必要としないということは、その分使えるコアも増え、動きやすくなるということだ。ついでに、コア除去による消滅も狙えなくなる。尤も、セトは「敵にしたら厄介だから」というよりも、単純に「気に食わないから」というだけで不機嫌そうになっているのだろうが。

 

「次に、同名の創界神ネクサスがないので、配置時の《神託(コアチャージ)》を発揮」

 

 配置時の《神託》でトラッシュに置かれたのは、[冥府石像ボーン・ガルグイユ][冥府神王カヴァリエーレ・バッカス][冥府神剣ディオス・フリューゲル]。

 

「[冥府石像ボーン・ガルグイユ][冥府神王カヴァリエーレ・バッカス]は系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリット。[冥府神剣ディオス・フリューゲル]は系統:「神装」を持つブレイヴ。よって、コア3個をディオニュソスに置きます」

 

 神託結果は上々。ディオニュソスの化神・[冥府神王カヴァリエーレ・バッカス]がトラッシュへ置かれているが、紫属性はトラッシュからの再利用を得意とする属性だ。化神の登場までのカウントダウンが始まったと言っていいだろう。

 

 マミのリザーブのコアは0個。だが、本来ならシンボル維持のために残しておくべきラス・カーズのコア1個が“余っている”。彼の肩書は「冥府」作家。ディオニュソスの【神域】の対象だ。

 

「さらに、ネクサス・[旅団の摩天楼]を配置。不足コストは、ラス・カーズから確保」

 

 その余ったコアで、マミは[旅団の摩天楼]を配置した。フィールドに暗闇が立ち込める中、天にも届かんばかりに立ち上がる。

 これで、マミのフィールドには既にシンボルが3つ。

 

「配置時効果で1枚ドロー

 ターンエンド」

 

 配置時効果で1枚ドローし、ターンエンドを宣言した。

 

○マミのフィールド

・[ゴッドシーカー 冥府作家ラス・カーズ]〈0〉Lv1・BP2000

・[創界神ディオニュソス]〈3〉Lv1

・[旅団の摩天楼]〈0〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 3 PL ツバサ

手札:8

リザーブ:4

 

(目黒先輩……初めて使うデッキ、なんだよな?)

 

 ハンドアドバンテージではツバサに軍配だが、王手をかける準備の進み具合では、圧倒的にマミが上。維持コストが0個になるという利点を、早速使いこなしているように見えた。

 

 まだ先攻2ターン目の開始時とはいえ、自分のフィールドが寂しく見える。キジバトゥーラが完全に勢いを失ってしまっているので、尚更だ。

 

「メインステップ

 なら、こっちも……! [創界神ホルス]を配置!」

 

 皮肉にも、焦りがツバサの声を大きく、力強くする。

 

 そして、一足遅れて現れたホルスは、フィールドを見るなり、

 

「おい、ディオニュソス! お前、キジバトゥーラに何をした!? せっかくキジバトゥーラが楽しそうに歌ってたから来たのに!」

 

 頭のネジが勢い良く抜けていた。

 キジバトゥーラも、気持ちはわからないでもないが、ここでホルスに向かって飛んで泣きつくのはどうなのだろうか。

 ツバサは、これまで蓄えてきた知識から、キジバトゥーラのさえずりは「さえずりによって自分の居場所を伝えることで、仲間を呼んでいる」ものだと思っていた。が、実際は、本当に楽しく歌っていただけだったらしい。「牧歌的」とは、まさにこのことか。

 

「やれやれ。何でも我のせいにするのは、さすがに短絡的すぎるのではないのかい?」

「ここでこういうことをやるような性格してるのはお前しかいないんだよ。それ以前に、神世界での行いを顧みろ」

 

 悪びれもせずこう言ってのけたディオニュソスに、ホルスは努めて冷静に、駄目元の指摘をした。どうせはぐらかされるのがオチなのだから、ここで感情的になっても無意味に疲れるだけである──と、思っていた。

 

「そうは言われても、ねェ──」

 

 どうせ適当に流されるだろうと思っていた指摘を受けて、ディオニュソスが何やら思案している。だが、軽薄な笑みは崩れないし、零れた言葉が逆接なので、きっとろくなものではないだろう。

 

「我は、ゼウスを『解放してあげた』だけだ」

 

 悪びれないどころか、恩着せがましい物言い。ホルスに、その意図はわからない。だが、「確実にろくでもない」ということだけはわかった。

 踏み込めば、ディオニュソスの思う壺だろう。しかし、神世界にて、あれだけの騒乱を起こした彼の行動原理・経緯が不明なままというのも不気味だった。

 

「…………どういう意味だ」

 

 疑問に呆れを多分に混ぜて、ホルスは問い直した。ツバサが今まで見たことがない、殺気立った表情。離島の平和な日常の中で隠されていた、ホルスの「冷たさ」が顕になる。

 

「おや、わからないのかい?」

 

 それでも、ディオニュソスは嘲るような口ぶりのままなのだから、ある意味、肝が据わっているというべきか。

 

ゼウス(アレ)はなかなか面白いモノを持っているんだ。けれど、少々いい子すぎるから……せっかく持っているそれを、ひた隠しにして、内に抱え込んでしまう。そのままにしておいたところで、肥大化するだけなのにねェ」

 

「あ、これ完全に人間置いてけぼりなやつだ」と、ツバサは思った。いきなりゼウスとか言われても、名前に聞き覚えがある程度だ。ホルスもディオニュソスも、そういうのは使い手のいないところでやってほしい。マミと目を合わせる。「どうすればいいんですか、これ?」とでも言いたげな視線と視線が、こつんと、緩やかにぶつかり合う。どうしようもない。

 

 だが、事情を知っているホルスは、張り詰めた表情で、ディオニュソスを睨めつけていた。

 

「……だから、ゼウスが抱えていた“野心”を『解放してあげた』と? 神世界を巻き込むような戦争を煽ってまで?」

 

 もはや、ホルスは怒りを抑えることすら放棄していた。晴空を思わせるような声に、怒気が滲んでいる。足元で、キジバトゥーラが「ホルス様、大丈夫ですか……?」と尋ねるように、恐る恐るホルスを見上げていた。

 

「アハハハハハハッ! さすがは『太陽と天空に祝福されし、生まれながらの王』といったところか……理解が早くて助かるよ」 

 

 ホルスの敵意が大きくなればなるほど、ディオニュソスの笑みも深くなる。より愉しげに、邪悪に歪む。

 ディオニュソスの隣で、ラス・カーズがカタカタと音を立てた。死んで骨だけになり、声を失った彼の嗤い方なのだろうか。いずれにせよ、耳障りで、聞いていて気持ちの良い音でないのはたしかだ。

 

「……ろくでもないのはわかっていたが…………くそったれが。そんなことのためだけに、俺たちの世界(エジット)を────!」

 

 ホルスの口から、普段よりも下品な言葉が漏れた。彼の感情は推して知るべしだろう。

 

 が、その時、ホルスの傍で、深呼吸するような音がした。

 

「同名カードがないから、配置時の《神託》発揮」

 

 そこへ割り込んできたのは、いつもより冷静なツバサの声だった。

 ……いや、「冷静」とは少し違う。ただ「冷たい」だけだ。

 

「え……?」

 

 ホルスの困惑も無視して、ツバサはデッキの上から3枚をトラッシュへ置く。[風魔頭首シノビオウ][天空神鳥ハロエリス][天空勇士ジェト・イーグル]。

 

「シノビオウは系統:「爪鳥」を持つコスト3以上のスピリット、ハロエリスとジェト・イーグルは、系統:「爪鳥」を持つアルティメット。対象3枚で、ホルスにコアを3個追加」

 

「ええと、ツバサ……? どうした、急に…………?」

 

 ホルスが恐る恐るツバサへ声を掛ける。

 ツバサは「はぁ〜〜〜〜〜」と、深く大きい溜息を吐いた。

 

「俺たち人間だから! 神様の事情とか知らないって! 前にも言っただろうがッ!!」

 

 彼なりに、怒っていたようだ。ビビっている時に出す悲鳴を除けば、ホルスが今まで聞いた中で、最も声量が大きく、熱を帯びた声だった。言っていることは「うるせー! 知らねー!」と同義であるが。

 

「せっかく面白いところだったのになァ」

 

 つまらないと言わんばかりに、ディオニュソスが呟く。その割には、目線がツバサの方を向いている。「反応が可愛い」チキンの奮起に興味を示したのかもしれない。

 

「よくわからないけど、ここは神世界じゃないし、私たちは人間だからね。何言ってるのかわからないし、何が面白いのかもわからないんですよね」

 

 ツバサに続いて、マミも彼へ同意を示した。それから、何やら「先に例のブツを持ってきたほうがよかったかな……?」と思案しているが、彼女の真意を知るものは誰ひとりとして存在しない。

 仮入部の際に似たような言葉を聞いたセトは「あーあ、こいつ全然ブレねぇな」と一言。渋い声色とは裏腹に、にんまりとしている。フィールドだけを見ているツバサが、そんなことを知る由もないのだが。

 

「俺から言いたいことはこれだけだ──『頼むから、神世界での因縁とかそういう話は他所でやれ』! 『俺は早く帰りたい』! 以上!!

 

[天空翠凰ファラ=ニクス]を召喚!」

 

 ツバサにとって、神世界の話など心底どうでも良いようだ。前後の文脈など知ったこっちゃなしで、流れるようにファラ=ニクスを召喚しだす程度には。

 使い手の勢いに釣られてか、キジバトゥーラと同じ黄金と翠の装飾を纏った若き鳳凰・ファラ=ニクスがフィールドへ急降下。

 

「系統:「爪鳥」を持つアルティメットの召喚によって、ホルスに《神託》!

 

 そして、召喚時効果で、ボイドからコア1個をファラ=ニクスへ!!」

 

 勝ちたい理由は「早く帰りたいから」という、バトラーとしては至極不純なもの。だが、この際理由は関係ない。勝ちたいという思いが、ツバサの心身の動きを加速させる。

 

「アタックステップ!

 ファラ=ニクスでアタック!」

 

 紫属性の十八番は、コア除去によってスピリットを消滅させること。だから、次のマミのターンに備えて、コアブーストによって増えたファラ=ニクスの余剰コアはそのままにして、アタックステップに入った。

 新しいデッキでの、初アタック。若き鳳凰が、澄んだ鳴き声を上げながら、先陣を切る。

 

「ライフで受ける!」

(ライフ:5→4)

 

 前のターンでコアを使い切ったマミは、迷いなくライフで受けた。ファラ=ニクスの嘴が、マミのライフ1個を貫く。

 

「うっ……!」

 

 殺傷性のない棒で胸を突くような痛みに、マミは目を瞑った。しかし、復帰戦でライフダメージの感覚を取り戻したからだろう。ライフを受ける時の姿勢は前よりも楽になっている。

 

「ターンエンド」

 

○ツバサのフィールド

・[ゴッドシーカー 天空鳥キジバトゥーラ]〈1〉Lv1・BP3000

・[天空翠凰ファラ=ニクス]〈2〉Lv3・BP7000 疲労

・[創界神ホルス]〈4〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 4 PL マミ

手札:7

リザーブ:7

 

「『早く帰りたい』か……」

 

 マミは、ツバサが勢いで放った言葉を口に出した。

 

「あっ、その……不快にさせてしまってたらすみません!」

 

 それに気づいたツバサが、慌てて頭を下げた。先程「他所でやれ」と言い放った勢いは一過性のものだったのだろう。結局は、いつもと変わらないチキンである。

 

「そういうわけじゃないよ。むしろ、ツバサ君があそこでぶちまけてくれて、感謝してるくらいだもの。ありがとう」

 

 怯えたツバサに、マミは優しく感謝の言葉を伝えた。彼があそこで叫んでくれなければ、「帰りたい」という願いも笑い話では済まなかっただろう。

 

 ──だから、ツバサが「早く帰れる」ように、このターンで全力を出しきる。

 勝負するうえでの礼儀も兼ねて、心の中で決めた。

 

「メインステップ

[冥府貴族ミュジニー夫人]を召喚」

 

 召喚されたのは、白いヴェールに、レースのあしらわれた紫色のドレス姿のスケルトン・ミュジニー夫人。極端に細い骸骨の身体は、ドレスに“着られている”ように見える。

 ところが、フィールドに現れたミュジニー夫人は、ぴくりとも動かない。元が死骸なので、呼吸もないし、そもそも呼吸器がない。ただの屍、あるいは骨人形である。

 なぜなら、彼女にはコアが置かれていないからだ。コアはスピリットたちの生命力の源。それがないのだから、動かないのも道理である。

 

「系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリット召喚によって、ディオニュソスに《神託》

 

 召喚時効果で、2枚ドロー」

 

《神託》の処理と同時に、ディオニュソスがフィンガースナップをした。紅く塗られた爪先から、軽やかな破裂音が鳴る。

 すると、それまで動かなかったミュジニー夫人が、優雅に淑女の礼(カーテシー)をとった。スケルトンには声も表情もなく、どこかわざとらしい。だが、両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げて、その上で腰を曲げて頭を深々と下げる動作自体には全く違和感がなく、生きた人間との差異はほとんどなかった。

 

「自らの支配下に置き、褒美として作り物の命を与え、都合の良い人形に仕立て上げる──それが【神域】のトリックか」

 

 動き出したミュジニー夫人を、ホルスが忌々しげに見つめている。しかし、神から向けられた敵意に対しても、ミュジニー婦人は「なぜそのような視線を向けられるのかわからない」とでも言いたげに、小首を傾げるのみである。冥府の骸たちのふてぶてしい態度は、主に似たに違いない。

 

「80点。原理は間違っていないけれど、彼らはそれを理解したうえで、我に身体を委ねている。にもかかわらず『都合の良い人形』呼ばわりは失礼だなァ」

 

「お前たちもそう思わないかい?」と、ディオニュソスがラス・カーズとミュジニー夫人に同意を求めると、彼らは「全くそのとおりだ」と言うように、首を縦に振った。

 

「それに、我としても、彼らを支配する気はさらさらないんだよねェ。だって、最初から最後まで操るなんて、あまりにもつまらないだろう?」

 

 ホルスは「オレに同意を求めるな。つまらないも何も、お前みたいに他人の感情を弄ぶような趣味はないんだが」と言いたい気持ちをぐっと堪えた。無言で答えを催促する。

 

「最初だけ手伝って、あとはやりたいようにやらせてやったほうが、見ていて愉しいんだ。ゼウス=ロロの時もそうだけど、あと1人──ラーの側近だった剣士クンとか」

「…………ッ!?」

 

 ホルスが息を呑んだ。驚愕と憤怒が入り混じった表情。彼が酷く動揺していることは、火を見るより明らかだった。

 

「へぇ。今度は、ちゃんと覚えてたんだ」

 

 動揺を見せたホルスを、ディオニュソスが嗤う。奔放ながらも「生まれながらの王」の名に相応しい高潔さを持つホルスの苦渋を堪能し満足したのか「おまたせ。どうぞ続きを」とだけ言って、使い手にバトルの続行を促した。

 

「はぁ……どう考えても、続きって雰囲気じゃないんですけど」

 

 言っても聞かないのだろうが、バトル中だろうが手のかかる問題児に、マミは非難の目線を向けた。止めなかった自分にも非があるのだろうが──自分がよく知りもしないことに口を出す気にはなれなかったのである。その点、よくわからないのにもかかわらず、強引に話を止めたツバサは、ある意味すごいのかもしれない。本来は見習うべきではないのだろうけれど。

 

「ツバサ君、ごめん……続けて大丈夫?」

 

 そんな後輩へ問いかけた。ソウルコアの結界は、勝負がつくまで消えない。だから、続けるしかないのである。

 

「……はい。俺は投了でもいいんですが、たぶんそれはホルスが許してくれないですし、先輩もまだデッキを回し足りないと思うので、適当に終わらせたいです」

 

 ツバサは相変わらずブレない。「投了でもいい」とまで言い出した。

 

(ツバサ君はツバサ君で、よくこの島でやっていけてるよね……)

 

 この島の性質を考えると、彼の苦労が偲ばれる。どう考えても、向いていない。だが、マミは、ツバサが適当に発したであろう言葉の一部を聞き逃していなかった。

 

(でも、私が『回し足りないと思うので』なんて言って。本当は優しい人なんだろうな)

 

 あれだけ「帰りたい」と言っているのにもかかわらず「先輩もまだデッキを回し足りないと思うので」と気遣っていたのである。ここで、ツバサの願望通り投了を認めたところで、彼は「気を遣わせてしまった」と自責しそうだ。

 

(それなら──今は、彼の厚意に甘えさせてもらおうかな)

 

 

 

 一方、ホルスは独り、ある創界神のことを想起していた。ぽつりと、誰にも聞こえない声で、その名を呼ぶ。

 

「アヌビス…………」

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 きな臭い会話を書くのは苦手です。話しているのが創界神なので、テンポ問題が……台本形式ならともかく、地の文も要る形式だと、想像以上に難産でした。
 とりあえず、「お前ら、バトル中に1500文字近く話し込むな」と思いました。


 次回、ようやくこのサブタイにも決着がつきます。
 本格的にある創界神に触れたり、殴り合ったり、殴ったりするような内容になる予定です(深夜テンションの語彙力)

 では、また次のお話でお会いしましょう


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第11話 問題児が神世界から来るそうですよ? その3

 LoBrisです

 ついにこのサブタイトルにも決着……したのですが、何を間違えたか、1.75ターンほどしか書かないはずなのに、過去最高の文字数を更新してしまいました。
 約0.75ターンの描写に16000文字超というのが既におかしかったのですけどね

 そして、これを書いている今、午前4時30分頃です。ちょっと夜が明けかけているからか、窓の外から小鳥の声が聞こえてきています

 深夜テンションで書いた、約28000文字。
 時間のある時に読んでいただければと思います。


 ホルスの起こした「革命」は成功した。だから、ホルスは今、「エジット」の新たなる盟主として立っている。

 

 少し頭が堅いとはいえ、これまで先導してきた創界神(グランウォーカー)4名を失ったエジットは、目に見えて規模が小さくなった。

 だが、このまま時代の流れに呑まれて滅びゼロに還るよりは、たとえひとつだけであろうと、残せるものが多いほうが良い。ホルスとしては、小さくなっても独立した勢力となるのが望みだった。規模が小さくなっても、再び一から築き上げていけばいいのだから。かつてラーが、不毛の砂漠から「エジット」を興し、繁栄へと導いたように。

 

 だが、「革命」を果たしたホルスを、永い悪夢から覚めたエジットを待っていたのは、あまりにも残酷な仕打ちだった。

 

 対等な友人として歩んでいくはずだった「オリン」──その最高神ゼウス、否、ゼウス=ロロが裏切ったのである。

 

 理想と現実は大きく乖離した。

 ホルスの望みに反して、エジットは完全なる属領の扱いを受けることとなる。彼に残されたのは、空虚な「最高神」の席のみ。

 

 その時のゼウス=ロロは、とうに“歪められて”いた。しかし、彼の娘にしてオリンの知将であるアテナですら、そのことに気づけていなかった。ゼウス=ロロが理想を歪められた存在であることに気づき、その元凶を探し出すべく動いていた女神も、悟られないように秘密裏に動く必要があった。オリンではなくエジットの創界神、部外者ともいえるホルスがそんな事情を察することができなかったのも、当然の道理だ。

 

 だが、このことがきっかけに、ホルスの中に迷いが生まれた。

 エジットの独立を保ちつつ、他の勢力とも歩み寄れる未来を標榜していたはずだ。そのために、過激派の身内を裏切りもした。その結果が、このざまだ。

 

 ──これでは、まるで、「オリンにエジットを売った」も同然ではないか!

 

 

 さらに、追い打ちをかけるように、ゼウス=ロロ一派との交戦中、“あの事件”が起きた。

 同じくエジットに属する創界神・アヌビスの裏切りである。

 

 そもそも、彼は、今は亡きラーの側近で、ホルスとは同期。傍からは「ライバル」と言われるような関係性だった。反逆されることくらい、想定できたはずだ。ホルスは、ゼウス=ロロという大敵に気を取られていて──ついでに、自身の鳥頭もあって──内に潜む小さな影に気づけなかったのである。

 

 アヌビスが率いているのはスピリットだ。それも、300という、そのすべてが精鋭ということを加味しても、神が率いる軍勢としてはあまりにも小さすぎる規模である。だというのに、彼らは、アルティメットとの力量の差など関係ないと言わんばかりの勢いと実力を伴っていた。不意打ちだったとはいえ、たった1柱の創界神の謀反によって、自軍どころか、友軍であるトトの軍までもをズタズタにされたほどだ。オリンの“とある伏兵”が助太刀に来なければ、崩壊も時間の問題だっただろう。

 

 

 神世界の時流に乗って、他の勢力に歩み寄れるエジットを築く。そんな大志を抱いて革命を起こしたというのに、実際はどうだろうか。

 信じた相手からは裏切られ、自身の属する勢力の内側でも不和を招いた。きっと、アヌビスが謀反の際に見せた異常な勢いの裏には、ホルスが最高神の座に就いてから抑圧してきた憎悪があったに違いない。

 

 

 

(何やってんだ、オレ……)

 

 先程、アヌビスのことに触れられたホルスは、暫し思考に耽っていた。アヌビスが、ゼウス=ロロの計略をトリガーに反乱を起こしたのはたしかだ。が、内憂を放置していたホルス自身にも非がある。

 

 そして、そのゼウス=ロロを裏で操り、間接的にアヌビスが謀反を起こすよう仕向けた張本人が、今、目の前にいる。持てる限りの敵意を込めて、正面を向くと──

 

 

 

「何やってんだ、あいつ?」

 

 何かがおかしかった。

 

 マミのフィールドに、並々ならぬ妖気のようなものを纏った剣が突き刺さっている。ここまでは普通だ。

 剣身や(つか)が白骨で装飾されており、鍔の部分には何か怪しげな赤い物体が蠢いているが、そこまで気にするほどのことでもないし、気にしてはいけない。この剣の使い手を知る者が見れば「まあ、あいつのことだし」と口を揃えるだろう。

 

 問題は、剣が突き刺さっている位置。

 なんと、ディオニュソスから1mも離れていない、超至近距離である。今にも彼の肌を刃が掠めてしまいそうなところに、突き刺さっていた。

 

「何のつもりかな?」

 

 ディオニュソスが、ゆっくりと使い手の方を振り返った。

 

「言っても聞かないなら、身を以てわからせるしかないかなと思って。欲を言えば、貴方の脳天にぶつけるつもりでした」

 

 その使い手──マミは、毅然とした態度でこう言った。

 

「やれやれ。勝ち気なお嬢さんだ」

 

 彼女の狼藉を、ディオニュソスは溜息ひとつで不問にした。至近距離に突き刺さった剣が浮かび上がる。

 

 どうやら、マミは、神話(サーガ)ブレイヴ・[冥府神剣ディオス=フリューゲル]を、ディオニュソスの脳天目掛けて召喚していたようだ。たしかに、直接合体(ブレイヴ)させる形で召喚すればこういうことも可能ではある。実行するかどうかはともかくとして。

 フィールドで、ミュジニー夫人が「何ということを……!」と言うように、文字通り「怒りに震えて」いた。ガタガタと、震える骨が音を立てる。

 

「怖っ……」

 

 ツバサがホルスの思っていたことと全く同じことを呟いた。

 普通は、いくら苛ついたからといって、相手が外道だからといって、「鞘から抜いた剣を脳天に落下させる」という発想に至るだろうか。いや、ない。

 その異常な暴力性を「勝ち気」で済ませるディオニュソスもディオニュソスである。ソウルコアの結界内で受けた傷は、勝敗がついて結界が消えれば癒えるとはいえ、当たったらどうするつもりだったのだろうか。ホルスとしては、ぜひ一度は脳天に命中してほしいものである。常に余裕綽々で、一発以上は殴りたくなるような薄ら笑いを浮かべているディオニュソスには、一度のもならず何度でも痛い目に遭ってほしい。

 

「系統:「神装」を持つブレイヴの召喚によって、ディオニュソスに《神託(コアチャージ)

 

 そして、ディオス=フリューゲルの、ネクサス合体(ブレイヴ)時効果・【神域(グランフィールド)】発揮。このネクサスにコアが3個以上置かれている時、ディオニュソスの【神域】でコアが0個になっている自分のスピリットすべてを最高Lvに」

 

 ディオス=フリューゲルの剣身から放たれる、紫色の闇の波動。それが、骸に宿る仮初の命を強化する。波動を浴び、高揚し騒ぎ立てるように、ラス・カーズがガシャガシャと骨の音を鳴らした。

 

「──そして、[冥府骸導師オー・ブリオン]を召喚!

 系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリット召喚によって、ディオニュソスに《神託》」

 

 紫煙と共に現れたのは、黒い襤褸を纏った、背の高いスケルトン。これもミュジニー夫人と同様に、ディオニュソスのフィンガースナップと同時に、ゆらりと動き出した。虚ろなはずの片眼に紫の光が宿り、鋭い歯を見せ嗜虐的な笑みを作る。

 

「もう我の化神を喚ぶ気かい? 見かけによらずガツガツしてるねェ」

 

 オー・ブリオンを見て、マミのやろうとしていることを察したのだろう。ディオニュソスがにやりと笑った。

 

「こんなに早く仕掛けたくなったのは、半分以上貴方のせいなんですけれど……あと、一言多いですよ」

 

 マミは心底面倒臭そうに返すと、フィールドに向き直る。きっと、この問題児には何を言っても無駄なのだろう。だが、彼の読みは当たっている。なぜなら、オー・ブリオンの召喚時効果は──

 

「召喚時効果で、自分の手札/トラッシュにある、カード名に「冥府」を含むコスト8以上のスピリットカード3枚までを、1コストずつ支払って召喚!

 手札から[冥府三巨頭クイン・メドゥーク(RV)]を、そして、トラッシュから──」

 

「冥府」の名を冠する大型スピリットの踏み倒し。

 先のターン、ディオニュソスの《神託》によって、トラッシュには彼の化神たる「冥府神王」が落ちている。

 

 配下たる冥府三巨頭が1柱、クイン・メドゥークと共に、早くもその姿を──

 

「あむっ!?」

 

 現さなかった。

 というか、召喚しようとしたマミが不意に間の抜けた声を出し、困惑している。

 

 ついでに、冥府の強者たちを喚び出そうと魔術を行使していたオー・ブリオンも、突然のことにビクッと動きを止める。急停止した際に、露出している胴体の骨がガラガラッと音を立てた。

 

「なんか、口が勝手に動きそうになったんだけど……!?」

 

 ツバサは「ああ、なるほど……」と苦笑した。彼にも「バトル中、口が勝手に動きそうになる」という経験には覚えがある。ホルスの力を授かった化神、ゲイル・フェニックス・ホルスを召喚する時、いつも勝手に口が動いていた。それも、抗いようもないくらい自然に。でなければ、あまり自分に自信がないツバサが、わざわざあんな大仰な口上をつけるようなことはしない。

 

 思えば、リョウが[聖刻神機ジェフティック=トト]を召喚する時も、ガイが[砂海嵐神タイフォーム]を召喚する時も、アンジュが[星天使女神イシスター]を召喚した時だって、そういった口上がついていた。彼らの場合、様になっていたので、観客からしても違和感はなかったが。

 

 創界神もまた、自身の化神に愛着を持っているようで、きっと特別な存在なのだろう。それこそ、使い手の口が自然と動いてしまうくらいの神威を秘めているのかもしれない。

 

 マミが間の抜けた声を出したのは、口から零れだした言葉を無理に呑み込んだからだろう。

 

「どうしたんだい? 我の化神を喚んでくれるんだろう?」

 

 ディオニュソスの声音は、僅かに催促しているように聞こえた。さすがの彼も、使い手が零れだした言葉(のりと)を呑み込むとは予想していなかったのだろう。……尤も、「面白そうな子を見つけた」と言わんばかりに、使い手を見る目が細められているが。

 

「そのつもりだった、けど……っ!」

 

 意図せず口が動きかけるという怪現象に、マミは辟易としていた。だが、それ以外にも惑う理由はある。ツバサが今まで見てきた創界神たちは、若干性格に難があるとはいえ、皆がそれぞれの正義を持っていた。

 

 だが、今回は話が違う。己の愉悦のために、数々の創界神を股掌の上に玩んだ、神世界の問題児。その化神の召喚と共に紡ぎ出される言葉は──きっと、ろくなものではない。ツバサも、マミも、そう考えていた。

 

 そんな軽い膠着状態を破る声は、場外から。

 

「『デッキはデッキ、使い手は使い手』だ。目黒がそう信じている限りは、な」

 

 底に響くようなバリトン。今まで黙っていた、ガイの声だ。

 

「……? あの、どういうことですか?」

 

 マミが、ぱちぱちと目を瞬いた。

 

「使っているデッキのカードや戦術と使い手の人格が一致するとは限らない、ということだ。目黒がそうだと信じている限り、自然と出てくる言葉もお前自身のものになると思うぞ」

 

 静かながらもはっきりとした、力強い励ましの言葉。最後に「頑張れ」と付け加えて以降、ガイは何も語らなかった。

 

「私自身の言葉で、か……」

 

 すぅ、と深呼吸して、マミはトラッシュに置いてあった1枚を手に取る。唇が勝手に動く。だが、もう怖くない──そんな気がした。

 

「不屈であれ! 不浄なまでに、不滅であれ! たとえその身が骸になろうと、抱いた正義が虚ろになろうと、止まらず退かず、道を斬り拓けっ!! [冥府神王カヴァリエーレ・バッカス]、召喚っ!!」

 

 そして、紡がれた祝詞は、あまりにも勇ましく、泥臭い。紛れもない、マミ自身の言葉だ。

 

 奈落の底から現れたのは、4本の腕と血のような色の4枚羽を持つ、全身を鎧で包んだ騎士。ディオニュソスの化神・[冥府神王カヴァリエーレ・バッカス]だ。顔の部分は影が落とされており、表情は伺いしれない。どんな眼差しをしているかもわからない。

 

 カヴァリエーレ・バッカスと同時に、冥府三巨頭が一柱であるクイン・メドゥークもまた、オー・ブリオンの魔術で召喚された。これまた4本の腕を持ち、脚部は大蛇の尾を持った、異形の女性。

 

「系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリット召喚によって、もう一度、ディオニュソスに《神託》

 

 さらに、オー・ブリオンの効果で2体召喚したことによって、デッキから2枚ドロー!」

 

 他の冥府のスピリット同様、ディオニュソスのフィンガースナップで命を吹き込まれ、戦士たちが動き出す。だが、カヴァリエーレ・バッカスは沈黙を保っていた。顔が見えないため、相変わらず何を考えているのかわからない。ひとつわかることがあるとすれば、化神の割には、ディオニュソスと性格があまり一致していないことだ。

 

 一方、クイン・メドゥークは、敵陣をしっかり見据えると、右下の腕に湾曲刀を現出させた。他の冥府のスピリットたちのような相手を舐め腐ったような態度ではない。ゆったりと構えているようでいて、威圧感を放っている。作家や貴族ではない、戦場に生きる存在であるがゆえに、天空の勇士たちへ敬意を込めて。

 ツバサのフィールドにいるファラ=ニクスと、クイン・メドゥークの目が合った。若き鳳凰は、臆さず高らかに鳴き声を上げる。クイン・メドゥークは、若く勇敢なアルティメットを見て、満足げに首を縦に振った。

 

「冥府のスピリットにも、マトモなやつがいたんだな……」

 

 ホルスがボソッと呟いた。ようやく、明確で明快な戦意と礼儀を持った戦士が現れたのだ。沈んでいた気分が上がってくる。

 

「アハハハッ! 元気がいいねェ──そこの鳳凰クンがメドゥークと死合うことはないだろうに」

 

 そして、一瞬で下げられた。

 ディオニュソスが、ファラ=ニクスを嗤っている。せっかく勇ましい戦士と相まみえたというのに、創界神がこれだから台無しだ。

 

「なんで! こう! いちいち煽るのっ!?」

 

 痺れを切らしたマミが、丁寧語もかなぐり捨てて、ディオニュソスを叱った。もちろん、もう彼の反省は期待していないが。叱責に乗っかって、ファラ=ニクスも小さな足で地団駄を踏み、喧しく鳴き出す。マミのフィールドでも、クイン・メドゥークが、ジロリとディオニュソスを睨んでいた。

 

「本当のことを言ったまでなんだけどなァ。それとも、大きすぎる希望を抱かせておいたほうが面白かったかい?」

 

 反省を期待していないとはいえ、マミの想定する「最悪」を超えた返答だった。

 

「それはっ……!」

 

 だが、言い返せない。事実、ファラ=ニクスは、BP勝負を待つまでもなく除去できてしまうのだから。勝ちに行くにあたって、これは避けられない道だ。マミにはカードの効果がわかっているから、それも理解していた。

 

「ホルス、どういうことだ……?」

 

 効果を知らないツバサには、やりとりの意味がわからない。おそらく既に知っているだろうホルスに質問した。

 カヴァリエーレ・バッカスは8コストの大型化神。それだけでもう、嫌な予感しかしない。

 

「あいつの化神カヴァリエーレ・バッカスは、コアが0個の時に完全耐性を持つ。そして、アタック時にフィールドのコアを3個リザーブへ置いて、消滅した数だけ相手のライフを奪うし、今なら──」

「今、後攻2ターン目だよな? なんで当たり前のように完全耐性持ってて、コアシュートのついでみたいに最大3点ライフバーンできるやつが出てくるんだ? しかも、なんかまだ何かありそうな口ぶりなのは気のせいだよな?」

 

 何がひどいかというと、今はまだ後攻2ターン目であるということ。ディオニュソス配置時の《神託》でカヴァリエーレ・バッカスが落ちた際、化神が出てくるまでのカウントダウンが始まったという思いで構えていたが、次のターンになって早速出てきてしまった。しかも、雑に強い効果を詰め込んだような性能である。

 

 ツバサのフィールドには、コア1個のキジバトゥーラと、コア2個のファラ=ニクス。

 これが意味することは──

 

「バーストをセットして、アタックステップ!

 カヴァリエーレ・バッカスでアタック!!」

 

 顔のない騎士が駆け、赤紫色のストールが靡く。4本ある腕のうち2本に、それぞれに片手剣を携えて。

 

「アタック時効果で、フィールドのコア3個──キジバトゥーラのコア1個、ファラ=ニクスのコア2個をリザーブへ! そして、消滅したスピリットの数だけ、相手のライフをリザーブへ!!」

 

 まずは、剣を一振り。それだけで、キジバトゥーラとファラ=ニクスの命が、各々の肉体から切り離される。

 

「……ぐあっ…………!!」

(ライフ:5→4)

 

 そして、彼らの「斬られた」感覚は、ツバサの身体にも伝えられた。不意に胸に、身を裂かれるのではないかという激痛が襲いかかる。身体の内側からの攻撃ともなれば、回避どころか、構えの取りようもなく、いつもより悲鳴が大きい。

 ライフを代償に、シールドがひとつ、自ずと砕け散る。このシールドは、フィールド内で受ける攻撃であれば、勝手に展開されてダメージを肩代わりしてくれるようだ。

 

「くそっ、全滅させられたのはいいとして……いや、良くないけど……! 内側からダメージとか予想つくわけないだろ…………!?」

 

 体勢を立て直しながら、ツバサはフィールドに視線をやった。スピリットとアルティメットは全滅。そこにはホルスしか残っていない。

 

 対するマミのフィールドには、今アタックしているカヴァリエーレ・バッカスのほかに、スピリットが4体。彼ら、全員が最高レベルだ。ついでに、痛がるツバサを見て、オー・ブリオンとラス・カーズが呵呵と笑っていたし、ミュジニー夫人もくすくすと忍び笑いしていたのが気に入らない。声もなく表情の変化も乏しいスケルトンたちが嘲笑しているとわかるというのも不思議だが、カラカラと骨を震わす音がするのでわかってしまうのだ。

 

「アハハハッ! 痛かったかい? だけど、まだ終わりじゃないんだよねェ」

 

 そして、やはり彼らの神も、相変わらず愉しそうに嗤っている。いや、「相変わらず」というか、ツバサとしては、もはや「ここまで来ると、もう生きてるだけで愉しそうだよな」とさえ思えてきている。見習おうとは微塵も思わないが。

 

 だから、ディオニュソスの態度については諦めている。彼の前で感情的になっても、さらに弄ばれるだけだろう。今、気がかりなのは、「まだ終わりじゃない」という発言だ。

 

「これ、かなりヤバくないか……!?」

 

 ホルスが咄嗟に振り向いた。視線の先には、コアが4個置かれたリザーブ。

 

「正直、申し訳ない気がするけど……それでも、やっぱり私は『勝ちたい』から! 遠慮はしないよ!

 

 カヴァリエーレ・バッカスの【冥界放】発揮! ディオニュソスのコア3個を私のトラッシュへ置いて、相手のリザーブのコア最大5個までをトラッシュへ!!」

 

 騎士の剣舞は終わらない。仕える神から力を吸って、ツバサのリザーブのコアまでもを微塵に切り裂く。ガラスの割れるような音が、フィールドに響いた。生命の器である肉体のみならず、生命力の源であるコアそのものを斬るという離れ技。冥府神王の通った後には、生命の息吹すら残らない。その様は、まるで、敵陣までも冥府に変えてしまうようだ。

 

「使えるコアが0個って、嘘だろ……!?」

 

 空になったリザーブを見て、ツバサは愕然とした。

 ホルスには【神技(グランスキル)】を1回使うだけのコアがある。だが、その効果の都合上、デッキから爪鳥を喚び出すための1コストと、彼らを維持するためのコア1個、最低でもコア2個が必要だ。コア0個では、どうにもできない。

 

 カヴァリエーレ・バッカスのアタック時効果は、これでようやく終わり。

 だが、マミのフィールドで、ミュジニー夫人が変わった動きを見せていた。具体的に言うと、先程まで持っていなかった、ドレスと同じ紫色の扇子を広げている。

 

「まだあるのかよ……!? こっちにはもう失うものがないぞ!?」

 

 ツバサに再び嫌な予感が走る。フィールドはホルスを除いて全滅。使えるコアも0個。これだけで既に満身創痍だというのに、これ以上どこを攻撃されろというのだろうか。

 

「まだあるじゃないか。手札が、6枚も」

 

 うろたえるツバサを見て、ディオニュソスの口許が弧を描く。そこから発せられた声には、可笑しみが混ざっていた。

 

 ミュジニー夫人が扇子を振りかざす。それと共に放たれた黒いエネルギー弾がツバサの手札1枚を撃ち抜いた。[天空双剣ホル=エッジ]が空中で砕け散る。

 

「あっ、ちょっと!?」

 

 それを見て、マミが素っ頓狂な声を上げた。

 

「えっと、ごめん……ミュジニー夫人Lv3の効果で、系統:「無魔」を持つ自分のスピリットの効果で相手のライフが減ったとき、相手の手札が3枚以上なら、自分は、相手の手札1枚を内容を見ないで破棄……した。うん」

 

 自由奔放な冥府のスピリットの振る舞いのせいで、事後報告である。

 

「あっ、はい……じゃあ、ライフで」

 

 あまりの事態に、そのノリを引き継いで、ツバサもライフで受ける旨を宣言する。そもそもコアがなければ何もできないので、緊張を保てていようがいまいが、結果は同じだっただろう。

 

 が、カヴァリエーレ・バッカスは単体でダブルシンボルなので──

 

「……いっつぅっ!?」

(ライフ:4→2)

 

 心の準備を忘れ、平時の2倍の痛みで、正気に戻った。間は抜けているが、いつもより悲鳴が大きい。狂気の化神による斬撃で正気に戻るとは、何とも皮肉なことだ。

 

「2点受けてコアが2個……今ならオレの神技を支えるが…………」

 

 ホルスが、マミのフィールドをちらりと見た。カヴァリエーレ・バッカスのアタックは切り抜けたが、クイン・メドゥーク、オー・ブリオン、ミュジニー夫人、ラス・カーズ──計4体が回復状態で控えている。しかも、クイン・メドゥークはダブルシンボルだ。

 ホルスの【神技】を使うにしても、コア2個では、せいぜい1体召喚するのが限界だ。召喚したスピリットでクイン・メドゥークを止めるにしても、残り3体のアタックが控えている。ツバサのライフは残り2なので、ブロッカーが足りない。

 ツバサが既に[三十三代目風魔頭首ヤタガライ]を手札に加えているのは知っているものの、その【アクセル】はコスト6・軽減3。全滅し、フィールドにホルスのシンボルしかない今の状況では、使いたくても使えない。万事休すか──

 

「けどっ……ライフ減少によって、バースト発動! [天空の覇王ロード・ドラゴン・バゼル]!! こいつをバースト召喚!!

 系統:「爪鳥」のコスト3以上の召喚によって、ホルスに《神託》!」

 

 だが、ツバサの声で、ホルスの懸念は消えた。

 

[天空の覇王ロード・ドラゴン・バゼル]。遥か昔に活躍した、とある覇王の師にして親友である英雄龍が、共に駆けた覇王の創界神化に伴い、蘇った姿だ。

 その際、ホルスと共闘することになり、天空の力を得たという。「天空」の名と、系統:「爪鳥」がその証だ。

 

 カヴァリエーレ・バッカスのアタック時のライフバーンを受けた直後は、使えるコアを0にされ、無理にバーストを発動させる旨味がなかったが──今なら、召喚につなげられる。

 

「召喚時効果で【旋風:1】を発揮! クイン・メドゥークを重疲労状態に!!」

 

 そして、召喚時効果で、クイン・メドゥークを重疲労させる。誇り高い冥府の女戦士が、ない片膝をついた。が、目はツバサをしっかり捉え、ニヤリと、好戦的に笑っていた。「そう来なくてはな」と言わんばかりに。

 

 召喚されたロード・ドラゴン・バゼルは、Lv1でBPも低いとはいえ、ブロッカーになれる。これで、回復状態の3体のうち1体をロード・ドラゴン・バゼルで、別の1体をホルスの【神技】で召喚したブロッカーに防がせれば、このターンを凌げる。

 

「首の皮一枚だな……」

 

 ホルスは、安堵の溜息を吐いた。

 これがスピリットやアルティメットの破壊/消滅を条件としたバーストだった場合、バースト発動のチャンスを失っていたところだ。そのままゲームエンドに持ち込まれる可能性が十分にあった。

 

「おや? 早く帰りたかったのではなかったのかい?」

 

 ディオニュソスが、興味深そうにツバサを見ている。無気力で臆病に見えたツバサが、試合時間を延ばして、牙を剥いてきたのだ。元々彼の反応を愉しんでいたディオニュソスとしては、そのほうが面白いし、弄り甲斐があるというものだった。

 

「そりゃあ、早く帰りたいけどな……それじゃあ先輩の試し切りの相手としては不足だろうし…………いや、この際はっきり言わせてもらうけどなぁ…………!」

 

 疲れきった口ぶりと声色のツバサが、言いかけた建前を呑み込んで、

 

「お前みたいなのに舐め腐られたまま素直に終われるほど、俺もチキンじゃないんだよ!!」

 

 大きな声で言ってのけた。ツバサには、神世界の事情はわからないし、興味も湧かない。今までに飛び交った固有名詞が何を指すのかもわからないし、結局ディオニュソスが何をしでかしたのか、ちんぷんかんぷんである。だが、自分や相棒(ホルス)が弄ばれたままで終わるのは、気に入らなかった。自分たちの苦渋に満ちた表情を堪能するディオニュソスの嗤い声も、骸たちが嘲る時に鳴らす骨の音も、耳障りだ。

 

 それに、ツバサは神世界について知ろうとも思わない分、現実世界、即ち目の前のことをよく見ている。だから──マミの気遣いが尽く踏みにじられている様も、見ていて不愉快だった。これは、決して正義感や、思春期らしい異性に対する関心から来るものではない。単純な“快”・“不快”の問題だ。

 

 尤も、ツバサが奮起したところで、ディオニュソスはくすりと微笑むだけだ。彼にとっては、観察対象が少々イレギュラーな挙動を見せただけのことなのだろう。少しだけ悔しい。

 

「さて……攻め手は足りなくなったけれど、ここからどうするつもり?」

 

 平時の調子は崩さずに、ディオニュソスは、使い手の采配を催促した。どうしろとも言わない。勝敗にさして興味があるわけでもなく、ただ単に、意外に強気な一面を持つ少女がどのように動くか、試していた。フラッシュで頭数が増えることなど、端から期待していない。何せ、使えるコアが少ないのは、こちらとて同じなのだから。というか、布陣を整えるのにすべてのコアを費やしたので、今は0個だ。

 

「バゼルはBP6000、ホルスさんの【神技】が1回分、使えるコアは2個……それなら!」

 

 マミは、オー・ブリオンのカードに手を置いた。

 

「アタックステップは継続するよ! オー・ブリオンでアタック!」

 

 そして、それを横にする。彼女は元から紫属性の使い手ではあった。が、そのデッキは、赤属性を混ぜ、指定アタックでボードコントロールを図る、わかりやすく攻撃的なもの。一見おとなしそうに見える彼女のバトルスタイルは、意外と押せ押せだ。この状況で、ひとつでもライフを削るべく、フィールドのシンボルも、ホルスのコアも減らすべく、並べたスピリットたちを総攻撃させる。

 

 オー・ブリオンが、骸骨頭の意匠を凝らした杖を振った。彼の足元から立ち上った紫煙が、地面を這いずって、ツバサのフィールドへ立ち込める。

 

「BP12000か……ライフで受ける!」

(ライフ:2→1)

 

 オー・ブリオンのBPは12000。ロード・ドラゴン・バゼルの実に2倍であり、到底超えられないことを見越し、ツバサはライフで受けた。

 

「……うっ…………! 」

 

 煙を吸ってしまったような苦しみがツバサを襲い、ライフのコアが1個、砕け散った。これで、ライフは残り1。もう、後がない。

 

「次に、ラス・カーズでアタック!

 アタック時効果で、ターンに1回、召喚時効果と同じ効果を発揮!!」

 

 ラス・カーズが、宙に文を紡ぐ。召喚された時は1行だけだったが、今回は横に2行。

 上の1行は、召喚時と同様の、神を喚ぶ呪文。

 下の1行はやがて、今にも飛ぶ鳥を地へ堕としてしまいそうな紫電へと変じた。

 

 デッキからオープンされたのは、[冥府骸導師オー・ブリオン][旅団の摩天楼][冥府秘術ネメシス・リープ]。

 

「系統:「天渡」を持つオー・ブリオンを手札へ! さらに、ラス・カーズの効果でオープンされた[冥府秘術ネメシス・リープ]は手札に加えられる! そうした時、ボイドからコア1個を自分の創界神ネクサスへ!!」

 

 引きは上々。2枚目のオー・ブリオンと、マジック・[冥府秘術ネメシス・リープ]が手札に迎えられる。さらにおまけで、ディオニュソスにコアを追加した。

 

 ロード・ドラゴン・バゼルの直上から、紫電が落ちてくる。

 

「ラス・カーズはBP4000……そのアタックは、バゼルでブロック!!」

 

 しかし、「冥府作家」なんて御大層な肩書を持っていようが、ラス・カーズはゴッドシーカーの一種。ディオス=フリューゲルの【神域】下にあるため最高Lvになっているとはいえ、紫属性の小型スピリットのBPなどたかが知れている。

 

 ロード・ドラゴン・バゼルはBP6000。執拗に狙い撃たれる紫電を華麗に躱しながら肉薄。翠の剣尖が、ラス・カーズに向かう。

 

「フラッシュタイミング!」

 

 だが、どちらのコアも枯渇したこの状況で、マミがフラッシュ効果の使用を宣言した。

 ギリギリの状況にあるツバサとホルスは「んんっ!?」と度肝を抜かれ、顔を見合わせた。一方、ディオニュソスも「ほぅ?」と視線をマミの方へ寄せている。

 

「マジック・[ビクティム]! フラッシュ効果で、ラス・カーズをBP+2000!」

 

 マミが切ったのは、紫のマジックカード・[ビクティム]。スピリットの召喚を補助するメイン効果を主な用途とするマジックカードだが、フラッシュ効果は単純なBPバンプだ。

 かなり旧いカードのセレクトは、復帰勢のマミらしいと言えるか。

 

「び、びくてぃむ……!? けど、コアはどこから…………あっ!?」

 

 ツバサは、旧世代からの不意打ちに動揺した。何せ、使えるコアが1個もないのに、BPバンプするマジックで奇襲をかけてきたのだ。

 だが、トラッシュにおちていく[ビクティム]のカードと、マミのフィールドを見て合点が行った。

 

「コアがなくても、シンボルは十分にあるからね! [ビクティム]はコスト4に対して紫軽減が4個。0コストで使わせてもらったよ!」

 

 驚いた表情のツバサに、マミがウィンク。

 

 これで、ラス・カーズのBPは6000。ロード・ドラゴン・バゼルと並んだ。翠の刃がラス・カーズの胴体に触れるのと同時に、マジックの支援を受けたラス・カーズが散り際に急いでもう一発呪文を放つ。

 

 ラス・カーズの身体を構成する骨が細切れにされ、直後、破壊した相手への呪いのように、紫電がロード・ドラゴン・バゼルの身を焼いた。BP勝負の結果は、引き分けだ。

 

「刺し違えてでも討ち取ったか……本当に、勝ち気なお嬢さんだ。あの作家先生が覇王と刺し違えるところを見せられるなんてねェ」

 

 焼跡を眺めて、ディオニュソスが呟いた。

 

「倒せる相手は、とにかく倒して道を拓く──私はそういう人なので」

 

 マミの口ぶりは相変わらず冷たく、神世界の問題児に対しても塩対応。が、言っていることがだいぶ逞しいため、その冷たさが凛々しさに昇華されている。

 

 フィールドの外で、「お前、いい後輩を持ったな」と、セトがガイに──やけににんまりと笑いかけている。

 

「うん」

 

 ガイは、セトの意図を察することもなく。相槌を打つだけだが、彼が新しくできた、あまりにも強い「後輩」を見る目は、とても澄んでいて晴れやかだった。

 

「合格。案外、お前とは相性が良さそうだ」

 

 ディオニュソスの紅い爪先が、口元を撫でた。

 

「はぁ!? どこをどうしたらそうなるの!?」

 

 マミが悲鳴のような声をあげた。ディオニュソスに関しては、言動が言動なので、そうなるのも無理はない。

 

「おやおや、つれないねェ。能力的な相性は良いと思ったんだけれど」

 

 ほとんど拒絶に近い反応をされようと、ディオニュソスは平常運転だ。

 

 だが、実際のところ、彼の能力は──そう考えると、ホルスには何となく納得できた。できてしまった。

 

(冥府のやつらって、ああ見えて、やってることはダブシン並べて殴る・ブロック制限するし、ブロックされても殴るってことなんだよな……)

 

 例えば、もし、あと1つでもディオニュソスのコアが多ければ、ツバサたちは負けていただろう。こっそり胸を撫で下ろす。

 

「ああ、でも……もし、お前が性格面でも仲良くなりたいと言うのなら喜んで。こう見えて、我は『来る者拒まず』って質なんだよねェ」

「断固お断りしますッ!!!」

 

 それにしてもこの酒神、自分が一般的にどう思われているかをきっちり理解したうえで、使い手を弄りにかかっている。字面だけは好意的な辺り、彼なりにマミを気に入っているのだろうか──そうだとしても、単純に「使い手として」か「弄り甲斐のある玩具(おもちゃ)として」かでことは変わってくるのだが。

 

 対するマミは、全力で拒絶。今まででいちばん、声量が大きい。逃げるように、最後のアタッカーのカードに手を置く。

 

「とにかくっ! ミュジニー夫人でアタック!!

 

 アタック時効果はないけど、そっちは更地! ホルスのコアは使い切ってもらうよ!!」

 

 ミュジニー夫人が、纏ったドレスと同色の扇子を振りかざす。きっと、彼女の武器なのだろう。

 華麗に見えるが、ミュジニー夫人もまた、ディオス=フリューゲルの【神域】による強化を受けている。

 

 Lv3、BP9000。

 ホルスの【神技】でブロッカーを呼べるとはいえ、残されたコア2個のうち1個を召喚コストに使う分、コアを1個しか置けない。いかにアルティメットといえど、最低LvでBP9000を上回るものは大型のみだ。

 

 だが、今はマミの思惑に乗ってやるしかない。このアタックを通せば、負けてしまうのだから。

 

「……フラッシュタイミング! ホルスの【神技:4】を発揮! デッキの上から3枚オープン!」

 

 ツバサは、祈る気持ちでデッキの上から3枚を捲った。できれば、Lv3でBP9000を上回る大型アルティメットが来てくれれば、と。

 

「頼む! オレたちを助けてくれ!!」

 

 ホルスの口笛が、遠い天にまで響いた。

 デッキから捲られたのは、[天空双剣ホル=エッジ][天空勇士セメン・バード]──

 

「っ…………!」

 

 3枚目のカードを見て、ツバサは息を呑んだ。見間違いだと思った。だが、カードに描かれた、機械的な武装、輝く(くれない)の羽は、どう見ても──

 

 

 

 創界神ホルスの化神・[天空鳳凰ホル=アクティ]そのものだ。

 

 

 

「……その中の系統:「爪鳥」を持つカード1枚を、1コスト支払って召喚できる」

 

 良い意味で驚き、高鳴る胸を落ち着ける。化神のカードを掴むと、例によって、唇が勝手に動いた。

 

「あの日見た太陽へ向けて、決して焼けない翼と、鉄の勇気を友にして、舞い上がれっ! [天空鳳凰ホル=アクティ]!! 召喚!!」

 

 太陽の光を受けて、紅の翼を燦然と輝やかせながら、ホル=アクティがツバサのフィールドへ飛来する。

 

「ホル=アクティ! 来てくれたんだな! もしかして、あっちが油断する時を狙ってたのか?」

 

 自分の化神の登場に、ホルスはご機嫌だ。彼につられるように、ホル=アクティが高らかに鳴き声をあげた。

 

「アルティメット……!? ライフ1で、他のスピリットやアルティメットもいないのに…………!?」

 

 ツバサとは真逆の意味で、マミも声を上げて驚いていた。

 

 何せ、ツバサの残りライフは1。スピリットもいない。そんな状況から大型のアルティメットが出てきたのだ。復帰したてのマミにとって、アルティメットとは、他のスピリットやアルティメットの存在やライフの数を召喚条件とするものだ。中にはライフ3以下を条件とするものや、エジットの天使たちのようなライフ6以下を条件とするものもいるが、どちらかといえば彼らのほうが少数派である。

 

 その驚愕はあまり間違っていない。召喚されたホル=アクティも「自分の爪鳥スピリット/アルティメット1体以上」を召喚条件としているアルティメット。更地となったツバサのフィールドには、降り立てないはずなのだ

 

「それが……ちょっとズル臭いけど、ホル=アクティはオープンを介して召喚される時、召喚条件を無視するんです」

「そうそう。それが、天空の爪鳥(とり)たちの強さだからな! いつでも駆けつけてくれるんだ!!」

 

 ツバサの注釈に、ホルスが機嫌良く乗っかる。

 どんな窮地だろうと、颯爽と駆けつける──それが、ホルスが統べる天空の勇士たちの強みだ。

 

「そのアタックは、ホル=アクティでブロック!!」

 

 ホル=アクティが、ミュジニー夫人へ襲いかかろうと、ツバサのフィールドから飛翔する。

 

 Lv3のホル=アクティはBP10000。

 ギリギリだが、ミュジニー夫人のBPを上回っていた。

 

「このタイミングで化神、か。彼も潰すのかい?」

 

 明らかな逆転の予兆を前にしてなお、ディオニュソスは笑みを崩さず、使い手の采配を促す。

 

「潰したいのはやまやまけど、2枚目がないし……ラス・カーズの時に使わないで、こっちで使っとけばよかったかな……?」

 

 が、マミの手札に2枚目の[ビクティム]はなかったようだ。

 

 互いにフラッシュはなく、バトルが続行される。

 

 貴族の女とはいえ、ミュジニー夫人も素直にやられるほど殊勝ではない。振りかざした扇子からは、瘴気の風が吹き、ホル=アクティにとっての向かい風となった。それは、化神の進行すら阻むほどの暴風となって、ホル=アクティが近づこうとすればするほど、彼の身体が侵されていく。ディオス=フリューゲルによる強化を受けているからだろう。今の彼女は、たしかに、化神とほぼ互角に渡り合っていた

 

 だが、ホル=アクティは負けない。猛禽類に似た鋭い眼をカッと開いて、飛行速度を急上昇。力任せに向かい風を振り切った。その勢いを保ったまま、ミュジニー夫人の小さな髑髏頭を脚でしっかり掴み、ポキリと、首から切り離した。おまけに、脚で掴んだ髑髏の頭は、鼻から上が爪で握り潰され粉砕──

 

「いやいやいやいや!? いくらなんでもエグくないか!?」

 

 あまりの光景に、ホル=アクティを出した側であるはずのツバサがぶったまげていた。

 それに反してホル=アクティは、自陣に凱旋するなり「どうだ! 見たか!」と言うように鳴く。

 

「やれやれ……淑女(レディ)に対して酷い仕打ちだ」

 

 蛮行を窘めるような口振りで、ディオニュソスがわざとらしく肩を竦めた。

 

「その『淑女(レディ)』を戦わせてるのは、どこのどいつだ……」

 

 言っても聞かないのだろうけど、と、ホルスは溜息を吐く。

 

 だが、先程散ったミュジニー夫人は、ディオニュソスの【神域】の原理を「理解したうえで、身体を委ねている」とのこと。そして、彼の「支配する気はさらさらない」「やりたいようにやらせてやったほうが、見ていて愉しい」という発言を鑑みると──ぞっとした。

 冥府のスピリットたちはおそらく、たとえ貴族や作家といった身分の者であろうが、自ら進んで狂気の神に身を捧げ、彼の手駒となるのである。態度を見るに、クイン・メドゥークやカヴァリエーレ・バッカスはそうでないにしろ、そうした傾向の者が一握りであることに変わりはない。それほどまでに、スピリットたちを惹きつける──否、狂わせる魔性は、下手な洗脳より恐ろしい。

 

(なんというか……使い手がいろいろと“強い”やつでよかったな…………)

 

 ホルスは、その「いろいろと“強い”」使い手であるマミの方を、ちらりと覗いた。

 

 当の本人は、まさか自分がそんな高評価を受けていることなど知る由もなく、

 

「……ターンエンド」

 

 緊張した面持ちで、ターンエンドを宣言していた。

 

 次のターン、ツバサのリフレッシュステップで、減らしたコアが戻ってくる。対するマミには、使えるコアが1個もない。今は、バーストだけが頼りだ。

 

○マミのフィールド

・[冥府骸導師オー・ブリオン]〈0〉Lv3・BP11000 疲労

・[冥府三巨頭クイン・メドゥーク(RV)]〈0〉Lv3・12000 疲労

・[冥府神王カヴァリエーレ・バッカス]〈0〉Lv3・BP16000 疲労

・[冥府神剣ディオス=フリューゲル]

→[創界神ディオニュソス]〈5〉Lv1

・[旅団の摩天楼]〈0〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 5 PL ツバサ

手札:7

リザーブ:7

 

「よし、回ってきた……!」

 

 コアもブロッカーもない絶望的な状況を打開し、ツバサは一息吐いた。

 

 ライフの数は1対4。大きく差をつけられてしまったが、今のマミには使えるコアがない。背水の陣なのは相手も同じなのだ。ならば、コアが戻ってくる前に攻めきるのが得策だ。

 

「メインステップ

 2体目の[ゴッドシーカー 天空鳥キジバトゥーラ]を召喚!

 系統:「爪鳥」のコスト3以上の召喚によって、ホルスに《神託》!

 

 召喚時効果で、デッキの上から4枚をオープン!」

 

 先攻1ターン目と同様の愉快な囀りが、再びツバサのフィールドから聞こえてくる。オープンされたのは、[天空鳥ナイルバード][天空翠凰ファラ=ニクス][創界神ホルス][小凰ニックス(RV)]。

 

「[創界神ホルス]と、系統:「界渡」を持つ[小凰ニックス(RV)]を手札へ! 残りは、ファラ=ニクスを上にしてデッキの下へ。

 

 そして、手札に加えた[創界神ホルス]をそのまま配置!」

 

 2枚目のホルスと、ゴッドシーカーのようなサーチ効果をもつ[小凰ニックス(RV)]を手札へ迎え、前者をすぐさま配置。2枚目のホルスのカードから溢れた力が、最初に場に出ていたホルスに吸収されていく。

 

「へぇ、2枚目ってこんな感覚なんだな! まるで『自分2人分』ってくらいの力が湧いてくる!」

 

 単純に、自分が持っている力が2倍になったような高揚感に、ホルスの声も弾む。

 

「よかった……ホルスが増えたらちょっとホラーだし、手に負えないし、どうなるかと…………」

「おい!? それってどういう意味だよ!?」

 

 当の使い手は、ある意味ヒヤヒヤしていたようだが。

 

「そういう感じなんだ。よかったぁ……ひとりいるだけで手に負えないのに、増えたら阿鼻叫喚だし」

 

 一方、マミも、ツバサと同様、胸を撫で下ろしていた。たしかに、「手に負えない」という意味では、彼女の側のほうが深刻である。

 

「酷いなァ。パートナーにそれはないんじゃないのかい?」

「だっ、誰がパートナーですかっ!?」

 

 噂をすれば、その「手に負えない」張本人であるディオニュソスが口を挟んでくる。

 それに対するマミの台詞はベタに見えるが、手札を持っていない方の手で拳を握っていたので、ツバサは見なかったフリをした。

 

「[小凰ニックス(RV)]を召喚!

 系統:「爪鳥」のコスト3以上の召喚によって、2枚のホルスにそれぞれ《神託》!

 

 召喚時効果で、もう一度デッキの上から4枚をオープン!」

 

 続けて、サーチカード効果を持つ[小凰ニックス(RV)]を召喚。

 ふわふわした薄緑の羽毛に包まれた鳳凰の雛。まだ足も羽も小さくて、よちよち歩きだ。けれど、キジバトゥーラに続くように、可愛らしい鳴き声で囀ってみせた。それに気づいたキジバトゥーラが、ニックスの囀りとリズムを合わせてやる。より強い仲間を呼ぶための、小鳥たちのセッション。ホルスも、小気味いい鼻歌でこっそり参加していた。。

 デッキからオープンされたのは[天空の双璧イネブ・ヴァルチャー]2枚と、[天空の覇王ロード・ドラゴン・バゼル][天空双剣ホル=エッジ]。

 

「[天空の双璧イネブ・ヴァルチャー]を手札へ!

 残りは、上から、ホル=エッジ、イネブ・ヴァルチャー、キジバトゥーラの順でデッキの下へ」

 

 捲られた中で、アルティメットは1種のみ。その1種[天空の双璧イネブ・ヴァルチャー]を手札に加える。

 

「ホル=アクティをLv4に上げて、バーストセット。

 

 アタックステップ!

 いけっ、ホル=アクティ!!」

 

 いかにコアブーストの得意な緑とはいえ、フィールドを全滅させられた直後では、シンボルも少なく、フィールドの立て直しは難しい。メインステップでの召喚はサーチ効果を持つスピリットだけに留め、ホル=アクティのアタックに移る。

 小鳥たちの応援歌を背中に受けて、ホルスの化神は飛び立った。

 

「アタック時効果で、デッキを上から3枚オープン!」

 

 ツバサがメインステップでアルティメットの召喚を行わなかった理由は、もうひとつあった。

 ホル=アクティのアタック時効果で、デッキを3枚捲る。

 

 捲られたのは、[創界神ホルス][天空勇士ハルシエシス][ゴッドシーカー 天空鳥キジバトゥーラ]

 

「[天空勇士ハルシエシス]が自分の緑1色のアルティメットの効果でオープンされたとき、ボイドからコア1個を自分のリザーブへ!

 

 そして、ホル=アクティの効果で、その中の系統:「爪鳥」を持つ[天空勇士ハルシエシス]を、1コスト支払って、Lv4で召喚! 不足コストはホル=アクティとキジバトゥーラから確保して、前者はLv3、後者はコア2個のLv1にダウン」

 

 ホル=アクティの効果は、ホルスの【神技】とよく似た、デッキからの召喚効果。

 ホル=アクティが雄々しい鳴き声を上げると、それに応えて爪鳥のアルティメットが助太刀に馳せ参じた。[天空勇士ハルシエシス]。比較的最近ホルスによって見出された、新入りの天空勇士である。新入りと言うと弱い印象を受けるかもしれないが、そんなことはない。若く、やる気と勢いに溢れた、前途洋々なルーキーである。今も、まるで先輩を慕う後輩のように、ホル=アクティの隣へ駆け寄っていた。

 

「そして、この効果でアルティメットを召喚したとき、相手のライフ1個をリザーブへ!!」

 

 だが、ホル=アクティの効果は、召喚するだけに終わらない。アルティメットを喚んだ時に、相手のライフを奪うことができるのだ。

 召喚されたハルシエシスが、ホル=アクティの前に出て、羽ばたきによって旋風を巻き起こす。巻き起こされた風は刃のように鋭く、マミのライフ1点を切り裂く。それは、物語の中の「鎌鼬」を彷彿とさせた。

 

「うっ……! 仲間を喚ぶだけじゃなくて、攻撃まで…………!?」

(ライフ:4→3)

 

 強く引っかかれるような感覚を胸に受け、マミはホル=アクティたちが飛ぶ空を見上げた。

 

「それ、先輩が言えたことじゃないですよね……? 1点しか取らないだけ、むしろこっちのほうが優しい気が」

 

 だが、ツバサは忘れていない。前のターン、カヴァリエーレ・バッカスのアタック時効果で、フィールドを全滅させるついでにように、ライフバーンされたことを。消滅させられた片方がアルティメットだったから1点ダメージで済んでいたし、ライフバーンできるかどうかは相手依存だが、その分、素でダブルシンボルで、使えるコアも減らし、完全耐性まで兼ね備えているというのだから、とんだバケモノである。

 

「さらに、【界放】! ホルスのコア3個を置くことで、ホル=アクティは回復する!!

 

 これでアタック時効果の処理が終わったので、系統:「爪鳥」を持つアルティメットのハルシエシス召喚によって、2枚のホルスにそれぞれ《神託》!」

 

 だが、ホル=アクティは、【界放】で回復ができる。ホルスのコアが続く限り攻撃を続けることができ、その度にアタック時効果で爪鳥の仲間たちを喚ぶ。

 

 仲間との連携による、一気呵成の総攻撃。それが、爪鳥たちの強さだ。

 

「いくぞ、ホル=アクティ!」

 

 ホルスの呼びかけに応じて、ホル=アクティが奮起し、回復する。空を翔ぶ彼の姿は、こころなしか気持ちよさそうに見えた。

 

 さらに、この効果による召喚では《神託》を行うことができる。ややこしいことに、発揮のタイミングは【界放】によるコアの移動よりも後。それでも、次なる【界放】やホルスの【神技】に繋げられると考えると、馬鹿にできない恩恵だ。

 

「アタック時の効果は終わったね。それなら、こっちも……ライフ減少によって、バースト発動! [冥府貴族バロン・ド・レスタック将軍]!!」

 

 だが、マミもまだ音を上げない。コアがなくても発動できるバースト効果で食らいつく。

 

「バースト効果で、スピリット3体のコア3個──キジバトゥーラのコア2個とニックスのコア1個を相手のリザーブへ! 2体が消滅するから、私のリザーブへ2個、コアブースト! そして、バースト召喚!

 系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリット召喚によって、ディオニュソスに《神託》!」

 

 通常、バースト召喚したスピリットの維持にもコアが1個必要だが、開かれたバースト[冥府貴族バロン・ド・レスタック将軍]は「冥府」の名を冠するスピリットだ。ディオニュソスの【神域】によって、Lv1コストが0になっている。

 

 ワインレッドのコートを纏い、頭部が少々角張った骸の将軍は、愛剣で容赦なくキジバトゥーラとニックスを切り裂いた。小鳥たちの歌が、断末魔に変わる。突然響いた断末魔に、ホル=アクティがびくっと急停止し、後ろを振り返った。

 

「あっ、このっ……! せっかく楽しそうに歌ってたのに!!」

 

 そして、ホルスの対応はこれである。この創界神、実は歌が好きらしい。

 

「だいたい、なんでスピリットばっか狙ってくるんだよ!? 本命は他にいるはずだろ!?」

「いや、アルティメットには触れられない効果なんて星の数ほどあるんだし、そこはこっちとしては大助かりなんじゃないのか……?」

 

 だが、ホルスはただ、小鳥たちの歌を止められたことに怒っていたわけではない。違和感を感じていたのだ。バトルの面では、こちらが有利をとれるとはいえ、露骨なまでに本命(アルティメット)に触れない、冥府のスピリットたちに。

 バースト召喚されたバロン・ド・レスタック将軍は、スピリットからしかコアを外せないがために、キジバトゥーラやニックスといった小型のスピリットを攻撃するのみであった。

 それよりも露骨だったのが、カヴァリエーレ・バッカス。アタック時にスピリットとアルティメットの両方からコアを外せるものの、消滅した体数に応じたライフバーンはスピリットにしか対応していない。

 

「たしかに、アルティメットに対応していない効果はたくさんある。オリンにある『デルポニア』の兄妹も、アルティメットとの戦闘を想定しておらず、エジット(こっち)のアルティメットに歯が立たなかったというのも、記憶に新しい」

 

 ホルスは、フィールドの外にいるセトの方にちらりと視線をやった。彼は、オリンに属する世界のひとつ「デルポニア」を巡った戦の当事者だ。

 

「だが、ラーと密約を交わし、エジット(オレたち)を利用していたお前が、『アルティメットとの戦闘を想定していない』というのは無理がある。

 ──そうだろう? どこまでも、舐めた真似をしやがって…………!」

 

 セトから視線を逸らし、ホルスはディオニュソスを睨んだ。

 ホルスの冷たい視線を受けて、ディオニュソスの口元が歪められる。まるで、「その答えを待っていた」とでも言わんばかりに。

 

「半分正解ってところかな。こう見えて、我も時々ドジを踏んだりするんだよねェ」

 

 軽口を叩くような話しぶり。真剣な表情をしているホルスに全く萎縮しないどころか、嘲っている。

 

「たしかにアルティメットは敵に回せば厄介だけど、“倒す”なんてナンセンスな方法に拘ることはないだろう? 最初から手駒(みかた)にしてしまえばいいだけのこと」

 

 冥府のスピリットが露骨にアルティメットに触れない理由。それは、彼らの神であるディオニュソスが、「そもそも、エジットを手駒としてしか認識していなかったから」であった。“敵”とすら認識していなかったのだ。

 

 エジットの盟主である創界神ラー共々、神世界にて駒にされたセトが、心底面白くなさそうな顔をしていた。

 

「何か言わないのか?」

 

 そんなセトへ、ガイが、こっそり耳打ちした。

 使い手だからこそ、普段は直情的なセトが怒りを抑え込んでいることが異常事態であると察したのだ。

 

「……これは、ホルス(あいつ)の戦いだ」

 

 セトは、ガイと目を合わせもせず、それだけ答えた。

 観ていて、聞いていて腹立たしいが、視線はバトルフィールドから逸らさない。

 

「──だが、ラーと相反する思想を持つオレたちまでは手元に置けなかった。そんなところか?」

 

 まだ、ホルスの怒りに火は点かない。

 ディオニュソスの手駒になっていたのは、当時エジットを先導していた侵略路線の者のみ。ホルスには直接関係のないことだし、言ってしまえば、これはラーの過失なのだから。

 

「アハハハハハハッ! 大正解! お前のお陰で、アルティメットが敵に回る羽目になってしまったからねェ。仕方がないから、意趣返しも兼ねて、遊ばせてもらったけれど……」

 

 ディオニュソスは、己の誤算すらも愉しげに語る。ついでに、ゼウス=ロロを通してエジットに行った悪辣が「遊び」であったことも。今もなお、ホルスに真実を教え、彼に屈辱を味わわせて遊んでいる。

 

「──エジットって、不穏分子を放置しておくのが趣味なのかい?」

 

 婉曲的に“あの事件”を掘り返し、ホルスの心にできた小さな傷を抉るような問い。挑発に乗るのは非常に癪だった。が──

 

「黙れッ!! お前が、エジットを語るな……!」

 

 ホルスはここで憤らずにはいられなかった。

 ラーが最高神であった頃のエジットにおいて、ホルスはまさに「不穏分子」といえた。慎重ながら大胆なラーのことだから、イシスによる擁護がなければ、ホルスは早々に切り捨てられていた可能性が高い。だから、これは、自らの立場と愛情で板挟みになりながら、そっとホルスを守ってくれていたイシスへの侮辱だ。

 

 そして、ホルスが、虚ろな最高神の座に収まり、見逃してしまっていた「不穏分子」──創界神アヌビス。ホルスは、彼のことを責めきれない。自身が元は反逆者で、抱いた理想を抑圧してきたから、反逆者(アヌビス)の気持ちはわかってしまうのだ。

 

 だというのに、当時は、ゼウス=ロロという強大な敵に気を取られ、アヌビスのことを“認識してすらいなかった”。今さっき語られた「敵とすら認識されていなかった」という屈辱を味わわせていたのである。

 反逆する分には、自らの思想を悟られていないほうがよい。だが、反逆する側としては、「自分の思想が歯牙にもかけられない」ということが屈辱であり、反逆の要因になるのだ。

 

 今のホルスに反論はできない。が、ここまでエジットを馬鹿にされて黙ってはいられなかった。新しい、エジットの最高神としても、創界神である以前に、エジットの住民としても。

 ホルスの怒りに応えるように、ホル=アクティが再び飛翔する。

 

「やっぱり、そこを突かれると弱いんだねェ、エジットの創界神は。まあ、見たいものは十分見られたし、もう終わりでも構わないよ?」

 

 ディオニュソスも、ホルスの、ひいてはエジットの屈辱を堪能し終えたからか、軽い調子でとどめを促した。

 

「まあ、このままだと、終わるのはお前のほうなんだけどねェ」 

 

 ──なんてことはなかった。

 

「は……? 何を言って…………っ!」

 

 一見ハッタリに聞こえる発言を怪訝に思い、ホルスはフィールドを見回した。そして、気づく。重疲労し、膝をつきながらも、骸たちに呪いの力を与え続ける、冥府三巨頭が一柱、クイン・メドゥークの存在に。

 

 彼女が骸たちに与える呪いの力──【呪滅撃】は、破壊された時に、相手の(ライフ)を奪い復活する(厳密には「フィールドに残る」効果だが)。

 

 ツバサのライフは残り1点。先程バーストで召喚されたバロン・ド・レスタック将軍にブロックされ、彼を破壊すれば、文字通り“呪い殺される”。

 

「はぁ……あのなぁ…………」

 

 だが、ここで、ツバサがようやく口を開いた。盛大な溜息と共に。

 

「お前ら、話が長すぎるんだよ……!!」

 

 今まで置いてけぼりを食らった、その怒りをぶちまける。

 彼には、クイン・メドゥークによって付与される【呪滅撃】と、回復状態のバロン・ド・レスタック将軍らを踏まえたうえで、勝算が見えていた。 

 

「こっちのバーストがないなんて、一言も言ってないだろ!」

 

 それは、このターンにセットした、とあるバーストのおかげ。

 

「スピリットの消滅によって、バースト発動! [天空の双璧イネブ・ヴァルチャー]! Lv2でバースト召喚!!

 

 系統:「爪鳥」を持つアルティメットのハルシエシス召喚によって、2枚のホルスにそれぞれ《神託》!」

 

 小鳥たちの仇を討ちにやってきたのは、天空勇士の古参・「天空の双璧」の片割れである巨鳥イネブ・バルチャー。その登場に、新入りであるハルシエシスは、黄色い声をあげる。

 

「召喚時効果で、将軍とオー・ブリオンを重疲労状態に!」

 

 大きな翼が風を喚び、バロン・ド・レスタック将軍とオー・ブリオンに膝をつかせた。

 

「助かった……ヒヤヒヤしたぞ、本当」

 

 ホルスは胸を撫で下ろした。

 

 これで、マミのフィールドにブロッカーはいない。BP比べに持ち込まれなければ【呪滅撃】の発揮も望めない。

 

 これで、チェックメイト──

 

「それなら……! フラッシュタイミング!」

 

 ──というわけにもいかなかったようだ。

 マミの凛とした声が、待ったをかけた。

 

「マジック・[スクランブルブースター]!

 このバトルの間、自分のスピリット/アルティメット1体は疲労状態でブロックできる! カヴァリエーレ・バッカスを指定! ホル=アクティをブロックして!!」

 

 カヴァリエーレ・バッカスが、所謂「疲労ブロッカー」となって立ち塞がる。

 完全耐性を持っている彼は、ほぼ除去不可能だ。

 

「嘘だろ……!?」

 

 突然の疲労ブロッカー化による奇襲に、ツバサは声を上げた。

 

 ツバサのアタックステップ開始時点でマミのリザーブにはコアがなかったはずだ。しかし、ホル=アクティによるライフバーン、バロン・ド・レスタック将軍のバースト効果によるコアブーストによって、なんとか3コスト分のコアを捻出していたのだ。 

 

 ホル=アクティの翼を、剣が掠めた。

 道を阻んだカヴァリエーレ・バッカスを乗り越えんと、ホル=アクティが向き合う。化神同士の死合の始まりだ。

 

 共にBPは16000。何もなければ、相打ちは必至。だが、カヴァリエーレ・バッカスも系統:「無魔」を持ち、クイン・メドゥークによって【呪滅撃】を付与されている。相打ちになれば、その瞬間に【呪滅撃】が発揮され、ツバサの最後のライフを砕かれるだろう。

 

 カヴァリエーレ・バッカスの剣舞を、ホル=アクティは紙一重で躱していく。が、4本腕の騎士は、空を翔ぶ敵相手に隙を見せない。より高く飛べないよう、巧みな剣裁きでホル=アクティを牽制。思うように見動きがとれないホル=アクティは、彼の領域である空へ飛べない焦燥に駆られながら、脚で応戦する。髑髏頭を首から切り離し握り潰せるほどに強靭なそれは、カヴァリエーレ・バッカスの鎧にも少しずつ傷をつけ、身体を地面に叩きつけんとする。

 鎧を砕けば、敗北に至らしめる呪いが零れだす。だが、だからといって、ただでやられるわけにもいかないし、スピリットやアルティメットたちは、良くも悪くも手加減が苦手なのだ。

 

「まだだっ! フラッシュタイミング!」

 

 だが、まだ死合は終わっていない。

 

 その隙に、ツバサは、1枚のカードを提示した。

 

「【アクセル】! [天空勇姫ネフェルス]! 不足コストはイネブ・バルチャーから確保して、こいつはLv3にダウン。

 重疲労状態のクイン・メドゥークを、手札に戻す!!」

 

 疲労状態のスピリット1体を手札に戻す効果の【アクセル】を持つ、爪鳥のアルティメット・[天空勇姫ネフェルス]。

 

 カヴァリエーレ・バッカスは完全耐性を持っているから除去できない。だが、クイン・メドゥークは除去できるし、【呪滅撃】もバウンスには無力だ。

 

 ツバサがフィールドを見据える眼は、まさに獲物を狙う鷹の眼のよう。去り際にそれを目にしたクイン・メドゥークは、「良い顔をしているな」と言うように、ゆったりと首を縦に振っていた。

 

[天空勇姫ネフェルス]は、バウンス効果発揮後に1コスト支払って召喚できるが、彼女の召喚条件は「自分のライフ2以上」。ツバサのライフはもう1しかないため、召喚は叶わず、通常の【アクセル】と同様に、手元へ置かれた。

 

「ツバサ! そういうのは、ブロックされる前にやってくれよ! 負けるんじゃないかってビビったんだからな!?」

 

 ホルスが、笑いながらツバサを叱りつける。カヴァリエーレ・バッカスにブロックされる前のフラッシュタイミングでクイン・メドゥークを除去しておけば、ここまで慌てさせられることもなかっただろうに。

 

 とはいえ、これで、ホル=アクティも大手を振ってカヴァリエーレ・バッカスを倒すことができる。敗北要因が消えたことで勢いづき、カヴァリエーレ・バッカスの牽制を振り切って、空へ飛翔。一度空を翔べればこちらのもの。天空より、翠の風を呼び出し、それを追い風に急降下。その中途で、無数の鋭利な風の刃がカヴァリエーレ・バッカスを斬り裂いた。

 だが、カヴァリエーレ・バッカスは、ホル=アクティと一度たりとも目を離していなかった。猛スピードで接近してくるホル=アクティの脚が、首から頭部を攫う──その直前に、斬撃が一閃。ホル=アクティの双翼が防具ごと胴体から斬り離されるのと、カヴァリエーレ・バッカスの頭がホル=アクティに狩られるのは同時だった。

 

 カヴァリエーレ・バッカスは、頭があった場所から闇を零しながら、紫煙と共に爆散。纏った防具ごと翼を斬られたホル=アクティも、無防備な状態で地に墜ち、力尽きる。

 化神同士の死合は引き分け(ドロー)に終わった。

 

「クイン・メドゥークはいないから、もう【呪滅撃】は発動しない! そして、お前にはもうコアがない!

 ──この勝負、オレたちの勝ちだ!!」

 

 あまり主張しない使い手に代わって、ホルスが勝利を宣言する。その額には、冷や汗が数滴。先程まで、カウンターを食らって負けかけるところだったのだから、珍しくツバサよりも肝を冷やしていたのだ。

 

「はぁ……あと一歩、届かなかったなぁ……!」

 

 マミが、悔しそうに苦笑する。

 

「でも、ありがとう。最後まで相手してくれて」

 

 だが、ネガティブな感情は、汗と一緒に拭って、ツバサに微笑みかけた。

 

「やっぱり、バトルって、勝っても負けても楽しいんだなって。こんなになったのに……燃え尽きるまで戦えて、本当に楽しかった!」

 

 彼女は、島に来てから相手を探せず、バトスピから離れていた。けれど、きっかけひとつで勇気を出して、仲間にも恵まれて、思い出したのだ。全力でぶつかり合う、身体も心も熱くなるような昂りを。現に、コアが切れるまで、最後まで貪欲に勝利に食らいつき続けたマミの顔には、熱い汗が滴っている。

 ……その「きっかけ」であり「こんなになった」原因には、あえて触れないでおくが。

 

「それなら、よかったです。これで、やっと帰れる……!」

 

 女子から心からの感謝と微笑みをもらっても、ツバサは相変わらずこの調子だが。緊張が解れ、クイン・メドゥークを睨んでいた時のような鷹の眼が、くしゃりとほぐれた。

 

「……よし、決めるぞ。

 イネブ・バルチャーでアタック!」

 

 もう誰も阻むことのない空を、イネブ・バルチャーが悠々と翔んだ。

 

「うん──ライフで受ける」

(ライフ:3→1)

 

 マミは、しっかりと頷いて、イネブ・バルチャーのアタックをライフに刻んだ。

 

「ううっ……!」

 

 ダブルシンボルのダメージを耐えるため、マミはしっかりと地べたを踏みしめる。

 彼女の残りライフは1。イネブ・バルチャー単体では、トドメを刺しきれない、が──

 

「[天空勇士ハルシエシス]のLv4の効果で、系統:「爪鳥」を持つコスト5以上の自分のアルティメットのアタックによって相手のライフを減らしたとき、さらに、相手のライフのコア1個を相手のリザーブに置く。

 

 先輩、最後のライフをいただきます」

 

 古参の天空勇士に導かれたように、新入りの天空勇士が、間髪入れずに追撃に来た。既にマミの眼の前まで飛んできていて、勢い良く、シールドへ突撃する。

 

 彼女の最後のライフが貫かれ、赤光の結界が解ける時、

 その傍らにいたディオニュソスは、勝敗には目もくれず、真向かいに立つホルスを見ていた。

 

「あぁ、愉しかった」

 

 ぽつりと零れた言葉は、当事者とは思えないほどに軽く。

 結局のところ、彼は観劇者にしかなれないのである。

 

 

 

 

 

 あのバトルから数日後。

 

「気に食わねぇ」

 

 セトが、カウンターテーブルに肘を突いて、むっすりとした顔をしていた。

 

「いや、そうは言われても、オレが店員になってるんだから仕方ないだろ……」

 

 彼の隣には、長い黒髪を後ろでひとつに結わえたホルス。この店で採用されてから、平日の昼勤で働き始めた彼は、白いポロシャツと黒いギャルソンエプロンを早速着こなしていた。セトのオーダーである唐揚げをカウンターテーブルに置いてから、ふぅと溜息を吐く。

 喫茶店で唐揚げが出るというのも不思議な話だが、そこにツッコんではいけない。ここは、そういう店なのだ。

 

 現在、時刻は16時過ぎ。彼らの使い手が、ようやく放課後を迎えた頃だ。

 

 ツバサは、相変わらず図書室で自然科学の本を読んでいるか、外へ動植物の観察にでも行っているのだろう。

 

 一方、普段はバトスピ部の部室に直行しているはずのガイは──

 

「待たせたな、セト」

 

 なんと、居酒屋、もとい喫茶店に直行。店のドアから、セトへ声をかける。

 

「おっ、もう来やがった。気合入ってんなぁ」

 

 使い手の姿を見るなり、セトの機嫌が元に戻った。荒々しい彼も、なんだかんだでガイのことは気に入っているようだ。からかうように、相棒へ笑いかける。

 

 ホルスはほっとした。単にセトに難癖をつけられるだけならいいのだが、店員として彼と接している時にそれを言われると、客からのクレームと化するのである。そんなセトも、「お客様は神様」だとか持ち出してこない辺りはまだまだ優しいのだが。

 

「目黒なら大丈夫だと信じているが、やはり心配だからな」

 

 どこか機嫌良さげなセトに、ガイは微苦笑した。彼がこの店に直行したのは、飲食に来たからではない。用があるのは、その上の階だ。

 

「だいったい何なんですか、その爪はっ!!」

 

 上方から、聞き慣れてきた女声が聞こえてくる。半ば、悲鳴に近いが。

 

「おー、やってるやってる」

 

 セトはニヤニヤしながら、天井を見上げ、

 

「あいつら、本当にやる気なのか……?」

 

 ホルスは二度目の溜息を吐いた。

 

「……行ってくる」

 

 ガイはすぐに踵を返し、階上に向かう。何か後輩の役に立てれば嬉しい──今は、ただそれだけを胸にして。

 

 

 

 いろいろあったが、結局、神世界の問題児(ディオニュソス)の処遇は以下のようになった。

 

 ひとまず、起こしてしまった責任をとらなければいけないのと、監視を兼ねて、目黒家で預かることに。

 

 そうなると、他の創界神同様、生活費が必要になってくるわけで。だが、こんなのを野放しにしてしまうのもまた、不安がある。ゆえに、ホルスの「こいつだけはやめとけ」という声も無視して、

 

 本当に、「採用」する羽目になった。

 

 そもそも、悪い意味で自由すぎるディオニュソスがそれに応じるかという話なのだが、これが意外と簡単にクリアできたのである。なぜなら、顕現した創界神の身では「身分証明書がない=酒を買えない」からだ。

 ……字面はアルコール中毒者のそれだが、真面目な話である。創界神とはアイデンティティが最も重要とされる存在。酒神が酒を飲めないというのは大問題なのだ。よって、なんとか同意を引き出すことに成功、したの、だが──

 

 

 マミの部屋の出入り口から、鼻孔を刺激する独特な匂いが漂っていた。アセトン臭というものらしいが、ガイにそんな知識はない。明らかな異臭を不審に思い、マミの自室の戸をノックする。

 

「失礼。入ってもよいだろうか?」

 

 すると、あまり間を開けずに、

 

「あっ、青葉君! うん、大丈夫だよ。ちょっと除光液臭いけど」

 

 じょこうえき。ガイにとっては聞き慣れない言葉が聞こえてきた。「ふむ……」と首を傾げる。だが、悩んでいても仕方がない。ゆっくりと、戸を開いた。

 

 足元に、フライパンが落ちていた。

 

「……………………?」

 

 さすがのガイも、謎のフライパンを目にして、眉が「し」の字に近い曲がり方をした。

 

「ごめんね、散らかってて。ちょっと、ディオニュソスに除光液を塗ろうとしてて──」

 

 マミはそう言っているが、部屋から異臭がして、フライパンが落ちているというのは、「散らかっている」というか、それ以前の問題なのではないか。ガイは訝しんだ。

 

「とんだじゃじゃ馬娘がいたものだねェ」

 

 困惑を隠せないといった表情のガイの肩に、ディオニュソスが片手を置いてきた。艶のある低音が、くすりと笑う。

 

「……一体、ここで何があった?」

 

 ガイは溜息を吐いた。先程の、階下にまで聞こえたマミの叫びからして、なんとなく「またディオニュソスが何かやらかしたか」と目星がつく。

 

「おや? もしかして、また我のせいということにされているのかなァ?」

 

 しかし、その予想は外れていたようだった。「酷いなァ」と、ディオニュソスがわざとらしく肩を竦める。

 

 そうなると、消去法的に、この軽い惨状を作ったのは──

 

「あのっ……青葉君、これは、その…………」

 

 マミが、ガイから目を逸らしていた。顔が、かあっと赤くなっている。

 

「いやはや、いくら爪を手入れしていないからって、まさか10年前の除光液を出されて、ちょっと逃げようとしたら脳天にフライパンが降ってくるなんて思わないよねェ! アハハハハハハッ!!」

 

 が、ディオニュソスは、マミのことなどお構いなしに──いや、見兼ねたうえで、真相をバラしてしまった。

 

「ああああああああっ!! このっ……! 何バラしてるんですかっ!!」

 

 顔から火が出たマミが、落ちていたフライパンを拾い上げ、振り下げるまで、2秒もかからなかった。恥ずかしさで狙いが粗くなっていたため、今回は躱されていたが。

 

(それは笑うところではないような……?)

 

 フライパンで脳天を殴れば、打ちどころが悪いと死ぬはずだ。

 いかに創界神とはいえ、こちらの世界に顕現するのは「劣化コピー」だし、身体は人間と同スペックである。打ちどころを間違えれば、普通に死ぬので、笑いごとではない。

 

(それを叱るのに使う目黒も目黒だが……いや、まさか…………)

 

 ガイは、マミに「これでよかったのか」と聞いた時のことを思い出した。彼女は「一応、勝算がないわけではない」と答えていたから安心していたが……その勝算が「フライパンで頭を殴る」だったのではないか。

 ……ガイは、だんだん自分が何について思考しているのかわからなくなってきた。「む、む、む……」と唸らされる。これが「狂気」というものか。

 

 ひとまず、今、マミに言えることは──

 

「目黒。フライパンはさすがに威力が高すぎるからやめておこうか?」

 

 

 

「狂気には狂気を」とでもいうべきか。こうして、際限のない爆発力を持った少女と、果てのない狂気を孕んだ問題児の、奇妙なタッグが爆誕したのであった。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


Q. なんでバゼルとかスクランブルブースターとか入ってるの?
A. そのほうが面白いからです

Q. バトスピは対話とはいえ、話しすぎでは?
A. 私もそう思っています


 最後の最後、完全に深夜テンションの産物と思うじゃないですか? 普通にプロットどおりなのですよね。

 女子キャラがいい子ばかりなので、ひとりくらい「おもしれー女」がいてもいいのではないかと思って、いろいろな意味で強い子にした結果がこれです。

 マトモな人間に手綱を握られるような推しは解釈違いだったのもあったので(←)、これはこれでよく出来たのではないかと思っています


 さて、次回は兼ねてから予告していました、ブラストさん作『バトルスピリッツ -7 guilt-』とのコラボ回となります。
 架空バトスピ小説の大先輩の作品とのコラボというのは少し緊張しますが、だいぶ難産だった今回を書ききったことをバネにして、良いものを書き上げられるよう頑張ります!


 では、また次のお話でお会いしましょう


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第12話 特別編1-1 龍、飛来せし時

【注意】
 この「特別編1」は、ブラストさんの小説『バトルスピリッツ 7 -Guilt-』とのコラボとなります。
 コラボしていただいた作品の都合上、オリカが登場しますことを、何卒ご了承ください。

2021/4/15(木) 追記:
 このコラボ編時点での時系列は、コラボしていただいている『バトルスピリッツ 7 -Guilt-』の第22話時点を想定しています。そのため、コラボ先の最新話とこちらのコラボとの情報が乖離しているところがあります。
 こちらも併せてご了承ください。

 ────────

 最後の投稿から1ヶ月以上空いてしまい申し訳ございませんでした。LoBrisです。

 こんなに待たせてしまったのにもかかわらず、バトルなし回です。なぜなら、ひとつの場面に最大12人分のキャラが登場するほどのお祭り状態と化し、2万文字を超えてしまったからです。
 あまりにも文字数が肥大化し、途中で「よく考えたら、12人に平等に出番分配するなんて無理だな!」と開き直りました←
 各キャラクターの魅力は、それぞれがバトルする回で描ければと考えています。


 スタートダッシュとでも言わんばかりに波乱に満ちた4月が過ぎ、5月になった。

 ピンク色の花を咲かせていた桜の木は、すっかり緑の葉桜になっている。耳をすませば、そよそよと揺れる木の葉の音の中に、少しずつ近づいてくる夏の足音が聞こえてきそうだ。

 

「はぁ…………」

 

 だが、今のツバサは自室の床で大の字になっていた。とてもではないが、四季の風情を感じられるほどの精神的余裕はない。

 

 西の窓から春の陽が差し込んでくる。ぽかぽかとした陽気は、まるで微睡みに誘うようだった。

 

 ホルスと出会って、1ヶ月が経とうとしている。

 

「まだ1ヶ月も経っていなかったのか」と思わされるくらい、いろいろなことがあった。

 入学初日に、エクストラターンを食らったり、初手に『ラインの黄金』と『凍れる火山』を配置されるなどした。

 仮入部が始まった初日に、見知らぬ大男に用件不明の手紙を渡されてビビったり、漢字Tシャツ姿のマッチョマン(創界神セト)に因縁をつけられるなどした。

 やっとホルスの職が見つかったと思えば、ちょっとした宝探しに巻き込まれ、神世界の問題児(創界神ディオニュソス)にホルス共々弄ばれるなどした。

 

 とにかく、ツバサは、疲れていたのだ。具体的には「人間よりも動植物に興味を惹かれ、それゆえに人間関係の軛から解き放たれていたのに、いよいよ五月病を罹患する時が来てしまった!」というくらい疲れている。

 

 だが、そんな彼にも、ゆっくり羽を伸ばせる時が来た。

 

 そう──ゴールデンウィークである!!

 

 創界神(グランウォーカー)と出会っていようがいまいが、学生の年度始めはとにかく忙しい。普通の学生であれば、新しい環境や科目、人間関係に慣れなければいけない。勉強ひとつ取っても「この先生、こんなに授業のペース速いなんて聞いてないぞ……!?」などといった想定外によって、スタートダッシュから置いてけぼりを食らうことだってザラにある。

 

 そんな学生に与えられる、黄金の(ゴールデンな)連休──それが、ゴールデンウィークなのだ。

 そして、そのゴールデンウィークが、明日から始まる。

 

(明日も休みだし、今日くらい昼寝したっていいよな……)

 

 ホルスやトトはまだ勤務中。リョウも、いつものように生徒会の仕事をしているからか、まだ帰寮していない。彼らの終業時間・帰宅時間を想定すると、1時間は部屋を占有できるはずだ。

 

 ツバサは、ゆっくりと目を閉じた。久しぶりに、ひとりの、安心した時間を得られた彼の寝顔は、こころなしか、はにかんでいるように見えた。そして、快眠へと至る。

 通学鞄に押し込まれた「1学期中間テスト・出題範囲」のプリントのことなど、すっかり忘れて──

 

 

 

 そして迎えた、ゴールデンウィーク初日。

 

「なーにがゴールデンウィークだ。農家に休みなんてねぇんだよこんちくしょう!」

 

 などと言いながら、なんだかんだ真面目に夏キャベツの収穫に励んでいるのは、この世界に顕現して久しい創界神・セト。普段は適当な漢字Tシャツを着ている彼も、農作業中は紺の長袖と長ズボンをはじめとし、オーソドックスな作業着スタイルだ。というか、彼のサイズに合う服は、この島で市販されているものだけだと作業着しかない。

 顕現してからも鍛錬を怠っていない彼の肉体は、体力を要求する農作業でも音を上げない。朝から作業を始め、既に昼時だというのに、重量のあるキャベツを、球技で使うボールを運ぶような手軽さで運んでいる。悪態をついている割には、やたらと手際が良い。

 

 エジットきっての荒くれ者である彼が、わざわざ農作業に励んでいる理由はふたつ。

 ひとつは、今の「人間と同スペック」の肉体を保たせるための食料──を買うための金を稼ぐため。

 もうひとつは、60歳以上の高齢者が、衰えつつある身体に鞭を打って体力を要する仕事をこなす姿に感心し、同時に、そうした仕事を高齢者に任せきりにしている現状・それが当然のようになっている風潮に苛立ちを覚えたから。初めてこれらの感情を覚えた時、セトは勢いで力仕事の手伝いを買って出てしまった。一度きりにしようと思っていたのだが、汗水垂らしながら、セトですら力が抜けるような炎天下、せっせと畑の雑草を抜く農家の老人を目にすると、なんだか見なかったフリをするのはイライラするわけで──そんな感じのことを、日々、色々な農家でやっていたら、お駄賃までもらえるようになり、今に至るのであった。

 

「……にしても、暑いな。オンボサノス(うち)と比べたら大したモンじゃねぇけどよ、この島の5月ってこんなに暑かったか?」

 

 現在、気温は25℃。5月上旬にしては珍しい、夏日である。8月の猛暑日などと比べればまだまだ序の口だし、そもそも砂漠に広がるエジットの夏は酷暑に襲われる。セトにとっては、まだまだ取るに足りない気温だ。

 だが、この島の農業に従事する高齢者たちの場合、そうはいかない。ヒトは、老いると暑さを感じにくくなる。それは、熱中症の進行に気がつきにくくなるということ。

 

「5月のくせに生意気なんだよ、くそが……」

 

 などと呟いていると、前屈みなった姿勢のせいで、玉の汗が収穫した夏キャベツに垂れようとする。適量の汗は、身体が暑さに適応できている証拠。今はまだ、良い兆候だが、これから誰かの口に入るであろうものにつけるわけにはいかない。

 

「おっと、危ねぇ」

 

 すんでのところで、その場で立ち上がり、顔を上を向けた。視界に広がる色が、土色から空色に変わる。

 

 が、雲ひとつない青空に、黒点がひとつ。

 

 鍛え抜いたセトに限っては有り得ないが……立ち眩みで変なものでも見えているのではないかと、一度目をこすった。だが、黒点は空に在る。というか、こころなしか大きくなっているような──

 

「「「うわあああああああああ!!!」」」

 

 上方から、男声女声入り混じった悲鳴が聞こえてくる。それはどんどん大きくなっていき、黒点もそれに比例して大きくなって──

 

(“大きくなってる”んじゃねぇ! “近づいてきてやがる”!)

 

「面倒なことになりやがった……!」と、セトは舌打ちした。黒点──に見えていた人影は、間違いなく畑に不時着しようとしている。そして、畑には、この家の農夫が御老体に鞭打って、自然災害からも守り抜き、他人の口に入れられるようになるまで育て上げた夏キャベツがある。もし、キャベツのある箇所に墜落されたら、非常に面倒だし、胸糞が悪い。

 

 もう一度空を見上げた。

 悲鳴の声質からして、おそらく、落ちてくるのは男女混合で3人。

 セトは、両手の手袋を外し、右手の腕をまくった。作業着で隠れていた筋肉が露わになる。

 

(俺が受け止めてやるから、ぜってぇキャベツ傷つけんじゃねぇぞ、馬鹿ッ!!)

 

 

 

 雲ひとつない春空を、人間3人が急降下していく。もちろん、不本意ながら。

 

「どうなってるんだ!? 俺たち、いつもどおり、スピリッツエデンに向かってたはずだよな!?」

 

 3人の中で最も背の高い少年が、頭に載せた伊達眼鏡を片手で抑えながら、険しい表情で周囲を見回す。

 眼下に広がるのは、雄大な自然と、人の生活を感じさせる建物とが共存する陸地。そして、それらを取り囲む青い海。

 

「ああ。ヘルさんからは『スピリッツエデンにある島で、バトスピの祭典があるから』と聞いていたし、島には着いたみたいだが……」

 

 少年の声に応えたのは、短い金髪の少女。どちらかといえば「かわいい」というより「かっこいい」だったり「凛々しい」といった言葉のほうが似合いそうな相貌が、どうしようもない状況を見下ろしながら、唇を噛みしめる。

 

 目的地の特徴としては間違っていない。だが、いつもなら、地上に瞬間移動できるはずなのだ。

 それなのに、突然の落下。今までこんなことはなかったし、自分たちをここに送り出してくれた協力者からも聞いていない。

 

「っ……! 僕たち、どうすればいいんでしょうっ!? このままじゃ、地面に墜ちて──」

 

 体躯の小ささから自然と2人に隠れるようになっていた少年が、悲痛な声をあげた。

 

 脳裏を過るのは、最悪の結末。最悪を回避できたとしても、この勢いで落下しているのだから、重傷は必至だ。

 

 そうこう嘆いているうちに、地表が近づいてきた。真下に広がるのは、キャベツ畑。なんだか「バトスピの祭典」が開催される島にしては、どうも田舎っぽい気がするが、今はそれどころではない。耕された土はやわらかそうだから、最悪は回避できるだろうが──

 

 その時だった。

 彼らの隣を、巨大な影が通り過ぎていく。

 

 突如落とされた影によって、視界が暗くなり──次の瞬間には、落下が止まっていた。

 地面に落ちたのではない。空中で身体が浮いたわけでもない。

 

 そう、彼らは──

 

光黄(こうき)様! 御無事ですか!?』

 

 龍の背中に乗っていた。

 

 10mを超える、黄金の翼竜。その巨体に不相応な、少年のような声が発せられる。

 

「ライト……!? お前、なんでその姿に…………!?」

 

 翼竜の声に、「光黄」と呼ばれた金髪の少女が応えた。

 

 慌てて、持っているデッキケースから、1枚のカードを取り出す。「雷光天龍ライトボルディグス」と書かれたカード。そこに描かれた翼竜の姿と、自分たちが今乗っている竜の姿は、完全に一致している。

 

『申し訳ございません。(わたくし)にも、詳しいことはわからないのです。「光黄様を助けたい」「バトルフィールドにいる時のように、本来の姿になれれば助けられるのに」──そう思っていたら、身体に力が湧いてきて、この姿に……』

 

 空を舞いながら、黄金の翼竜「ライトボルディクス」(以下、ライト)が、申し訳なさそうに俯く。

 

「そうか……でも、ありがとう、ライト。お陰で助かったよ」

『光黄様……! っっ! お褒めに預かり、恐悦至極にございますッ!!』

 

 使い手である光黄から感謝の言葉を賜り、ライトは感激に打ち震え、しばし栄光を噛み締めた。

 歓喜の声が、青空に響き渡る。

 

「今までに一度も、光黄の『執事』らしいことできてなかったもんなぁ。よかったじゃないか!」

『そこ! 余計なこと言うと振り落としますよ!』

 

 頭に伊達眼鏡を載せた少年が茶化すと、ライトがぷんすこと物騒なことを言い出した。

 少年は「おっと、それは困るな!」とわざとらしく言ったきり、口を噤んだ。前より高度が低いとはいえ、ここから墜落すれば、重傷は避けられない。

 

「でも、スピリットたちは、バトルフィールド以外では実体化できないはずですよね? スピリッツエデンの中には、特例的にスピリットが実体化できる場所があるのでしょうか……?」

 

 背の低い少年が、ライトの背中にしがみつきながら問う。

 

 彼らが向かっていた異世界「スピリッツエデン」では、バトルスピリッツが「国技」と言えるほど普及している。だが、スピリットが実体化ができるのは、バトルフィールドの中で、ルールに則って召喚されたときだけだ。いきなり落下している途中に、想いひとつでスピリットが実体化するなど、奇跡でも起きない限り、有り得ない。

 

『記憶がないので断言はできませんが……私の知る限りでは、存在しないはずです』

 

 命の危機は脱したが、これはこれで得体が知れない。ライトの声と表情が真剣なものになる。

 

「そうですか……エヴォルは、何か知ってる?」

 

 背の低い少年が、同じ竜の背中に同乗している、小さな存在に声をかける。「エヴォル」と呼ばれたそれは、甲羅の上が原っぱのようになった小さな亀、といったような容姿をしていた。ライト同様、どう見ても人間ではない。

 

『むぅ、儂も心当たりがないな……』

 

 そのエヴォルは、年老いた男性のようなしゃがれた声で、溜息を吐いた。

 

「ライトとエヴォルも知らないのか……駄目元で聞くけど、キラーはどう?」

 

 頭に伊達眼鏡を載せた少年が、思案しながら、エヴォル同様傍らに浮かんでいる存在へ問いかける。「キラー」と呼ばれたそれは、スピリット[グラッディ・スクアーロ]をSDサイズにしたような、鮫の姿をしていた。

 

『ちっ……すごく癪だが、俺様にもわからねぇよ』

 

 自分を上に見るような一人称の彼は、まさに「すごく癪」なのだろう。ぶっきらぼうに舌打ちする。

 

「そうか……」

 

 キラーの答えを受けて、少年が考え込む。頭に載った伊達眼鏡からぱっと見チャラそうな印象を受ける彼だが、今の彼は冷静で──

 

「突拍子もないことを言うようで悪いんだけど、さ……俺たち、もしかして『スピリッツエデン』とは別の世界に来ちゃったのかもな…………」

 

 

 

「……何だアレ?」

 

 すっかり、落下してくる少年少女を受け止めるつもりでいたセトは、空を見上げたまま呆然としていた。

 

 無理もない。見知らぬ少年少女が落ちてくると身構えていたら、いきなり、10m超の翼竜が空に現れたのだから。

 

 この島は、どこでもスピリットが実体化できる。突如現れた翼竜を「何らかの理由で、かの少年少女が持ってるスピリットが召喚され、実体化した」と仮定すれば辻褄は合う。

 だが、セトにはひとつ、気がかりな点があった。

 

(アレがスピリットだとして、仮にも創界神である俺が知らねぇってのが怪しいな。いきなり空から落ちてきたことといい、何モンだ、あいつら…………?)

 

 その翼竜は、永き時を生きた創界神であるセトにも、見覚えがないものであった。思い当たるスピリットはいそうだが、どれも細部が一致せず、種を特定できない。

 

 もう一度、空に目を凝らす。見たところ、彼らは畑近くの道に降りていくようだ。

 はぁ、と溜息をひとつ吐くと、収穫したキャベツを、ひとまず室内へ。竜が降り立とうとしているところへと駆け出した。

 

 

「おい! てめぇら何モンだ!?」

 

 ちょうど降り立ったばかりであろう巨大な翼竜に、一切怯むことなくガンを飛ばす。

 

「そこの黄色いのを“召喚した”ことは不問にしてやる。緊急事態だったみたいだからな。

 ……だが、すぐにそいつを“消滅させろ”。それができねぇなら、島を出ていけ」

 

 ここは、スピリットたちが実体化できる島だ。「人間と比べて遥かに大きな力を持つ存在が闊歩できる」というのだから、最悪荒れ放題になっても仕方がない環境を、セトら「創界神(グランウォーカー)」の存在が抑止力となることで、治安を保っている。それすらも、バトル以外ではむやみにスピリットを召喚しようとしない、島民の単純な良心に依っているところがあった。

 今回は、少年少女が落下から助かるために翼竜を召喚したと見られる。だから、バトル以外で召喚したことは見逃すが、この状態のまま闊歩されたらたまったものではない。

 

 最初に聞こえたのは、まだ声変わりしていない少年の、小さな悲鳴だった。「ぴっ……!」と、今にも泣きそうになりながらも、表情と気を引き締めて、黄金の翼竜──ライトの背後に隠れる。

 

『消滅させろ、って……そんなこと言われて、素直にはいそうですかって言うようなやつがどこにいるんですか!』

 

 ライトが、容姿不相応な敬語で吠える。いきなり「消えろ」と言われたのだ。当然の反応だろう。

 

「……そいつの使い手は俺だ。一体どういうつもりかは知らないが、初対面でいきなり消えろとは随分だな」

 

 そこへ、金髪の少女──光黄が、少年とライトを庇うように前へ出る。男勝りな容貌と、声と、一人称。セトに臆さず、鋭くした目と目を合わせた。

 

「へぇ、お前が……」

 

 セトは、訝しげに、しかし値踏みするように、金髪の少女を見つめる。そこらのなよなよしい男よりも、良い面構えだ。もう少し出会い方が違えば、と惜しまれるくらいに。

 

「相棒と仲が良いのは結構なことだが、いっときの情けで道を踏み外すのは感心しねぇな。今生の別れってわけでもねぇだろうに」

「『いっときの』って……お前ッ…………!」

 

 あまりにもぶっきらぼうなセトの言葉に、光黄が食ってかかろうとする、その時だった。

 

「そこまで! いきなり『消滅させろ』ってのも随分な挨拶だし、仮にも相棒にそんなことを言われて怒るのはよくわかるけど、光黄ちゃんも一旦落ち着いて!」

 

 既に声変わりの済んだ、別の少年の声が、光黄たちに制止をかけた。

 声の主は、伊達眼鏡を頭に載せた少年。一見チャラそうな風貌だが、この非常事態を前に、表情は真剣そのものだ。

 

「ミナト……! 悪い。柄にでもなく、熱くなってしまった……」

 

「ミナト」というのが、少年の名前らしい。光黄が、申し訳なさそうに俯いた。

 

「あの物言いは、俺も正直ないと思う。だけど、今は替わってくれないか?」

 

 ミナトが尋ねると、光黄は重く頷いた。了承を受けて、ミナトはセトと向き合う。

 

「……なぁ、おっさん。『スピリッツエデン』って知ってるか?」

 

 呼びかけ方こそ軽い調子だが、表情は張り詰めたまま。

 いくら肝が据わっていようが、ここはスピリットが実体化できてしまう未知の土地。恐怖は拭い去りきれない。

 

「初対面で『おっさん』ってのもどうかと思うがな……知らねぇな、そんな世界。俺が知らねぇってことは、神世界(しんせかい)の外にある世界か?」

 

「スピリッツエデン」という聞き慣れない言葉に、セトは疑問を示した。エジットではだいぶ地位のある位置にいた創界神であるセトだが、そのような名前の世界は見たことも聞いたこともない。

 

「そうか……」

 

 セトの答えを受けて、ミナトは少し考え込んだ。

 

 頭の中で、情報を整理する。

 まず、ここは異世界スピリッツエデンではないということはわかった。眼前の男──セトから出てきた「神世界」という単語は、一旦気にしないとして。

 だが、聞いたこともない世界の名前らしきものを聞けたということは、彼もある程度、異世界等の事情に通じている証拠と言えそうだ。

 

「正直『何言ってるんだ?』と思うかもしれないけど、真面目に聞いてほしいんだ。

 ──俺たちは、その『スピリッツエデン』に行こうとして、迷子になってしまったらしい」

 

 ここは、単刀直入に切り出す。

 

 目的地であったスピリッツエデンだって、地球から異世界に渡る技術が普及したことによって栄えた世界だ。

 セトの発言も、ここが「端から世界間移動に理解のある」世界で、そこで暮らす住人のそれと仮定できるだろう。

 だとすれば、変に隠し立てするよりも、正直に自分たちが陥った状況を説明するほうが、話が早そうだ。

 

「へぇ……って、ガチの異世界人かよ!?」

 

 話はとても早かった。

 セトは「そりゃあ、ここでスピリットが実体化することも知らねぇよな……てか、ピンポイントでここに来ちゃったのかよ、マジか…………」と、ぶつぶつ呟いて、

 

「……危なかったな、お前ら。あとちょっと座標がずれてたりしたら、みんな仲良く海に落ちてたところだぞ?」

 

 背筋がゾクリとする労いをかけられた。海に囲まれた島だから、当然と言えば当然なのだが。

 

『ハッ、そんなことがあったら、俺様が特別に乗せてやるよ! ライトにできて、俺様にできないわけがねぇからな!』

 

 と、そこへ、新たな声が入ってきた。

 見れば、ミナトの右肩辺りに、小さな鮫のマスコットのような──キラーが浮遊している。

 

「ははっ、そういえばお前がいたな。まあ、その時は頼んだぜ? ……と、そういえばそうだ」

 

 頼もしいことを言ってくれたキラーにミナトが笑いかけると、もう一度セトに向き直った。

 本題はここからだ。

 

「さっき、『スピリットが実体化する』とか言っていたけど、どういうことだ? まあ、キラー(こいつ)は、元からこのサイズで出てこれてたけど……」

『そうなんです! 私自身も、なんでこの姿になってしまったのかわからなくて……!』

 

 ミナトが投げた問に、ライトが付け足した。彼も、結果的に光黄たちを助けられたからよかったものの、元の姿に戻る方法がわからず、困惑しているようだ。

 

「ここじゃなくても、チビサイズで出てくるスピリット、なぁ……正直、俺からしてもイレギュラー過ぎて、確実なことは言えないが──」

『あぁ!? 誰が「チビ」だと!?』

 

 特に他意はなく「チビ」という言葉を使ったセトへ、キラーが宙でじたばたした。

 

「いずれにせよ、召喚したスピリットたちの消し方は、バトルしてる時とそう変わらねぇよ。バトル中なら、コアをLv1コスト以下にすればいいし、想いひとつで出てきちまったなら『ちょっと1回消えろ』って願えばいい」

『「消滅させろ」ってそういう……いや、結局私消されちゃうんですか!? 嫌だ! 私は、まだ光黄様の執事としての務めも果たせていないのに!! 欲を言うなら、美しい女性の方ともっと出会いたい!!』

 

 セトの答えに、すかさずライトが悲鳴を上げた。が、最後の一文で下心丸出しなうえ、当の光黄が「だから、俺はこんな執事を雇った覚えはないと言ってるだろう……」と呆れているので、台無しである。セトも「何言ってんだこいつ?」と若干眉を顰めていた。

 

「はぁ……元々この世界で生きているやつらならともかく、元がカードから出てきたのなら、また召喚すればいいだろ? それとも、何だ? お前、バトルで破壊されたり消滅させられたら死ぬのか?」

 

 沈黙。

 

 光黄とミナトが間の抜けた顔を見合わせ、ライトと、彼の後ろに隠れていた少年も、ぽかんとした視線を合わせた。

 

『消滅させろってそういうことか!!』

 

 それはもう、見事なハモり具合であった。

 

 

 

 ようやく双方の誤解が解け、ところ変わって、セトの使い手・ガイの家へ。

 

「うちの創界神が迷惑をかけたな。済まなかった」

 

 ガイは正座し、光黄ら御一行に深々とお辞儀──というか、土下座をした。

 

「いや、土下座するほどのことじゃ……それに、俺たちだって、いきなり迷い込んじゃって、少し慌ててたのもありますし…………」

 

 誠意が過剰なガイの反応に、光黄は辟易としてしまった。ガイは身長約190cmの巨体なので、土下座するだけで妙に迫力があって、余計に気が引けてしまう。

 

 一方、セトは、大人しくガイの側の壁にもたれかかっている。光黄たちを威嚇した側にしては、やや態度が悪いように見えるが、きまりの悪そうな表情だ。罪悪感はあるらしい。

 

「そうそう。正直、最初は何かと思ったけど、こうして家に呼んでもらって、お茶までもらっちゃってますし」

 

 光黄ほど困惑していないミナトも、彼女に同意している。「ちょっと暑かったし、助かりました」と付け足して、ガイが出した麦茶に口をつける。

 

「心遣い、痛み入る」

 

 光黄とミナトから赦してもらい、堅苦しい感謝の言葉と共に、ガイは(おもて)を上げた。

 

「ところで……緑仙(りょくせん)、だったか? お前の分もあるぞ?」

 

 ガイは正座したまま、光黄とミナトと一緒にいたもうひとりの少年──緑仙 星七(せな)に声を掛けた。

 ガイに挨拶する際、互いのフルネームを教え合った。光黄のフルネームは「黄空(きそら) 光黄」、ミナトのフルネームは「牙威(きばい) ミナト」とのこと。

 

 星七は、ガイの様子を伺うように、ミナトの後ろに隠れかねない位置に座っていた。声を掛けられて、ぴくっと一瞬だけ身震いする。

 

「はいっ……! すみません……まだ、いきなりのことで、動揺してたというか、その…………」

 

 彼は、他の2人と比べて気弱というか、引っ込み思案なところがあるようだ。どうも歯切れが悪い。

 しかし、「うーん、うーん……」と言いながらも、ようやく観念したように、本当の気持ちを吐き出す。

 

「…………ごめんなさい。セトさんのこと、まだ怖くて」

 

 今までずっと息を止めていたかのような大きな吐息と共に、心底申し訳なさそうに。

 

 ミナトとガイの「ああ……」という声が重なる。

 

「それは、緑仙が謝ることではないぞ。彼は、誰に対してもああいう態度だし、屈強なうえ目付きが悪いから、しばしば相手を怖れさせてしまうんだ」

「おいそこ、どさくさにディスってんのか?」

 

 冷静にセトのことをけちょんけちょんに言うガイへ、セトがすかさずツッコミを入れた。それに対して「『屈強』は褒め言葉だぞ?」と曇りなき表情で言うガイも、どこか抜けているというか、なんというか。

 

「そちらの世界では『創界神が顕現して、普通の人間のような生活を送っている』ということも、にわかに信じられないだろうからな」

 

 だが、星七のみならず、一行がいちばん驚いたのは、「創界神が実在しているどころか、島に顕現し、普通の人間と同じような生活を送っている」ことである。

 

 彼らの住む世界において、創界神は「少し珍しいカード」という程度の認識だ。

 本来向かっていたスピリッツエデンにおいては、一部の強豪バトラーしか持たないカードではある。

 

 だが、創界神が“バトルフィールド外で”“人間と全く同じように喋り、現代社会に適応する”など、前代未聞だ。

 

「ま、島の外では勝手が違うようだがな。この世界が、というよりは、この島がイレギュラーなんだろうよ。

 本土の方じゃ、スピリットたちは限られた場所でしか実体化できないみたいなんだってよ」

 

 尤も、セトが補足したとおり、海を隔てたその先は違うようだ。

 

「なんだか、すごいですね……別の世界に行こうとしてたのに、迷い込んで、広い世界の中の、こんな不思議な島に着いてしまうなんて」

 

 星七の態度からは、まだ怖れがとれない。だが、ガイとセトから説明を受け、感想を述べる声は、こころなしか弾んでいるように聞こえた。

 

「そうだな。俺も、異世界が存在するということはセトたちから何度も聞かされていたが、実際に来訪者に出会えるとは僥倖だ」

 

 徐々に星七の声に元気が戻っているのを察してか、ガイの頬も緩む。

 

「尤も、そちらとしては困った話だろうが…………」

 

 が、すぐに微笑が苦味を帯びた。

 

 光黄ら一行は、元の世界に帰還する手段も、目的地であるスピリッツエデンに向かう手段も失ってしまっていたのである。

 

 スピリッツエデンに向かうために使っていた機器は、完全にフリーズしたうえ、まだ復帰する手段を発見できていない。島に迷い込んだのも、異世界への転移中に機器が急停止し、道中にあった適当な世界・適当な座標の放り込まれたからだと推測できる。言うなれば「目的地行きへの電車が止まり、途中にある駅に無理矢理降ろされた」ような感覚に近い。

 

 その機器を提供してくれた彼らの協力者とも、音信不通。そもそも世界が違うからか、携帯電話でいう「圏外」のような状況になっている。

 

「そうだな……俺たちには使い方しかわからないし、協力者(ヘルさん)と連絡できない以上、どうにもならない…………」

 

 光黄が、悔しそうに唇を噛んだ。

 

 消費者に使い方こそわかれど、トラブルシューティングの方法はわからないというのは、一般的な家電でもよくあること。だが、自分たちの危機管理の甘さを痛感し、深く反省しているようだ。

 

 その様子を見たセトは「自責しすぎじゃねぇか?」と思った。

 彼は、この少年少女たちが背負っているものを知らない。だが、老人に体力の要る農作業を任せきりにすることに“苛立ち”を覚えるような人物でもある。まだ若く、これからたくさんのことを知っていくのであろう少年少女だけに事態の解決を任せきりにするのも、なんだかモヤモヤした。

 

「……ひとりだけ、その機械を直せそうなやつに心当たりがある。時間はかかるかもしれねぇが、お前らが任せてもいいって言うなら、俺から頼んどいてやるよ」

 

 セトは、大きな溜息を吐いて、提案した。

 彼自身は、正直「その機械を直せそうなやつ」というのに頼ることには気乗りしないのだが、だからといって見て見ぬフリできるほどの悪人にはなれなかった。

 

「「「ほんとですか!?」」」

 

 一縷の望みに、3人の少年少女の声が重なる。

 

「本当に直せるかどうかはあいつ次第だがな。

 が、知らねぇ土地に来たばっかのガキを脅かしたんだから、少しくらい詫びとかないと筋が通らねぇだろ?」

 

 セトの言葉選びは、どこか素直でない。迷惑かけたことを認めている割には「ガキ」呼ばわりである。

 

 それでも、彼の提案が、今の光黄らにとって唯一の希望であることに変わりはない。

 

「お願いします! たとえ直らなくても、何もしなかったら、変えられる状況も変えられない……!」

 

 異世界からの御一行を代表するように、ミナトが声を上げた。

 一見チャラそうに見える彼だが、この状況においては、最も冷静さを保っているように見える。

 

 セトは、彼の心意気に一瞬だけ目を見張ると、ふっと比較的(・・・)穏やかに微笑んだ。

 

「了解。じゃ、お前らは肩の力抜いて待ってろ」

 

 直後、「ふぅ……」と、緊張の糸が切れ、まさに「肩の力を抜いた」ような安堵の溜息が聞こえた。

 

 溜息の主は星七。セトの快い返事を受けて、ようやく怖れが消えたようで、うっかり一息をついてしまったようだった。「あっ……」と、少しだけ紅くなって、微苦笑している。

 そんな彼を、光黄とミナトが、慰めるように、微笑ましげに見ていた。まるで、星七のおかげで、張り詰めていた空気が綻んでいくようだ。

 

 それを見届けると、セトは「ぱぱっと行ってくるわ」とだけ言って、踵を返した。光黄ら御一行が持ってきた、うんともすんとも言わなくなった小さな機械を携えて。

 

「……ところで、黄空たちは、修理が終わるまでの間、どうするつもりなのか?」

 

 皆が気楽になってきたのを見兼ねて、ガイは、3人に問うた。

 

「そうだな……元々、バトスピの祭典に行くつもりでいたけど、いつ機械が直るかもわからないし……」

「そもそも、この島のことも全然知らないし……」

「正直、やることがないですね……」

 

 どうやら、3人とも途方に暮れていたようだ。

 突然見知らぬ土地に放り込まれたのだ。当然の心情だろう。

 

「ふむ」と、ガイは相槌を打った。

 迷い込んだ3人には少し悪いが──彼としては、むしろそういう答えを待っていたのだ。

 

「なら、こうしよう」

 

 皆で囲んだ机の上に、視線を向ける。

 そこには、マスコットサイズで実体化している、ライト、キラー、エヴォルがちょこんと座っていた。

 

「[雷光天龍ライトボルディグス]」

『はいっ!』

 

 底に響くようなバリトンで正式名称で呼ばれ、少々そそっかしく、黄金の翼竜・ライトが返事をする。

 

「[海牙龍王キラーバイザーク]」

『あぁ?』

 

 海色の鮫・キラーは、今日初対面の相手であるガイに対しても、包み隠さず生意気に、視線だけ向けた。

 

「[樹進超龍エヴォルグランド]」

『む……』

 

 甲羅に緑を背負う亀・エヴォルは、しゃがれた声で、静かに反応する。

 

「使い手から聞いたが、お前たちは『七罪竜』というそうだな」

 

 ガイは、なんだかんだで反応を示してくれた3体を、興味深そうに見つめた。

 

「七罪竜」──異世界スピリッツエデンを創造したという7体の竜を総称してそう呼ぶらしい。

 それぞれ、この世界では「7つの大罪」に数えられる罪の名を冠しており、彼らを集めし者は、どんな願いでも叶えられるという。

 

 ガイにとっては、願いなど、正直どうでもいい。

 

 だが「この世界には存在しないカード」には、興味が尽きなかった。

 

「──他にすることがないなら、お前たちにバトルを申し込みたい」

 

 むしろ、「彼らと手合わせしたい」というのが、彼の願いだと言ってよかった。

 

 光黄らが住まう世界とスピリッツエデンまでの道中、幾多もの世界があるかもしれない中で、自分が住む世界の、自分の住む島に迷い込み、こうして出会えた──これを、「奇跡」と呼ばずして何と呼ぶのだろう。

 

 ガイの申し出に、『へぇ』と、最初に興味を示したのは、いちばん興味なさげに見えたキラー。

 

『それはいいな。俺様の力、この世界にも知らしめてやろうじゃねぇか!』

 

「傲慢」の罪を冠する彼は、良くも悪くも、誰よりも大きな自信を持つ。

 

「一応言っておくけど、狙われてる身だからな、お前?」

 

「言っても聞かないだろうけど」と、使い手のミナトが苦笑する。

 

「いいですね! 僕としても、青葉さんの胸を借りられるのであれば、喜んで!」

 

 次にガイの申し出を快諾したのは、意外にも星七だった。

 一行の中で最も年若く、少し気弱な彼は、その胸に「強くなりたい」という純粋な目標を抱いている。

 

「エヴォルも……いいよね?」

『ああ、儂も異存はない。見知らぬ土地での戦いも、進化の糧にしてくれようぞ』

 

 星七のパートナーであるエヴォルも、使い手を励ますように、自身を鼓舞する。

 

『えぇ……異世界に来てまで、ゴリゴリマッチョ野郎の相手ですか…………?』

「こら、ライト!」

 

 一方、他の罪竜たちとは違って、ライトはあまり気乗りしない様子。どころか、ガイのことを「ゴリゴリマッチョ野郎」呼ばわりしたものだから、光黄が慌てて窘める。

 

 だが、ガイは「ゴリゴリマッチョ野郎」呼ばわりに対して特に言及はせず、

 

「ふむ、そうだな……では、俺たちのバトスピ部と合流しよう。今日は活動していたはずだし、黄空のような、強く美しい女性もいるぞ?」

『雷光天龍ライトボルディグス、喜んでお相手させていただきますッ!』

「こらっ、ライトっ!!」

 

「マジか! 俺もますます楽しみになってきたぜ!」

「お、おいっ、ミナトまで……!」

 

 バトスピ部と合流することで、女子の部員と出会えることを示唆。

 

 間髪入れずに、下心も包み隠さずにライトが飛びついた。ついでに、ミナトまで飛びついた。

 これには光黄も半ば呆れ果てて、頭を抱えている。

 

「すみません……こいつにまで気を遣ってもらって」

 

 罪悪感の欠片も感じていないであろうライトに代わり、光黄がガイに頭を下げた。

 

「いや、元々、バトスピ部の皆とも合流したいと思っていたところだ。気にするな」

 

 だが、最初からガイは、バトスピ部の皆と合流するつもりだったようだ。「さすがに3連戦は疲れるからな」とも付け足される。

 

「それにしても、バトスピ部、ですか……!」

 

 今の星七の表情は、誰よりも活き活きとしていた。もちろん、ライトのように、女性に惹かれたわけではない。

 きっと一度きりしか来られないであろうこの島で、いろいろなバトラーと、いろいろなカードと出会い、戦えることにわくわくしているのだ。好奇心か興奮している彼からは、少年らしい純粋さを感じさせる。

 

「青葉さんは、そこの顧問だったりするんですか? 他にどんな方がいらっしゃるんでしょう?」

 

 期待に胸を膨らませながら、ガイに尋ねる。

 

「……?」

 

 だが、ガイは、一瞬だけきょとんと首を傾げた。「む……?」と何やら考え込んでいる。

 

 何か失礼なことを言ってしまっただろうか──期待に満ちていた星七の心に、再び不安が生まれる。

 

「……ああ、そういう」

 

 何かに納得したような口ぶりで、ガイが星七の方を見た。

 そして、一言。

 

「緑仙。俺はまだ16歳、高校2年生だぞ?」

 

 優しく微笑みながら放たれた一言は、しかし、星七を驚かせるには十分であった。

 

(お、同い年……!?)

 

 学年では星七のほうが下だけれど──

 

 星七は、片手で自分の頭に触れた。160cmに満たない彼とガイとの身長差は30cm以上。

 それに加えて、ガイの声はとっくに声変わりを済ませているどころか、成人男性と比べても一際低いバリトンだ。どこか堅い喋り方、冷静な態度のおかげで、より大人っぽく見えてしまう。

 ……なんだか悔しい。

 

 だが、星七以上にぶったまげたのは、光黄とミナトである。

 

((年下……!?))

 

 この2人は、18歳の高校3年生だ。ガイよりも年上である。

 だが、星七と同様の理由で、すっかりガイのことを成人男性だと思っていて、敬語を使っていた。

 

 だが、どこか抜けているところがあるガイは、3人の驚き具合など露知らず、

 

「そうと決まれば、早速行くぞ。ついでに、昼飯も奢ろう」

 

 強豪バトラーとのバトルを心待ちにしながら、鼻歌交じりで外出の仕度を始めるのであった。

 

 

 

 何かが、おかしい。

 

 光黄ら3人と、罪竜の3体は、バトスピ部と合流するはずであった。

 

 だが、なぜだろうか──彼らは今、テーブル席で、大盛りの親子丼をご馳走されている!

 

「あの、青葉さん……俺たち、バトスピ部と合流するんだよな? なんで居酒屋……?」

 

 と、ミナトが問おうとすると、店主らしき男性から「居酒屋じゃない! お洒落な喫茶店だ!」と注意されたので、もう訳がわからない。

「お洒落な喫茶店」は、厨房からジュウジュウと、やかましいほどにグリルの音が聞こえるものなのだろうか。メニューででかでかとビールを広告するものなのだろうか。

 まだ未成年だからというのもあるが、少なくとも、ミナトが女の子と行く「喫茶店」に、こんな店はなかったと記憶している。

 

(何なんだ一体……世界が変わると「喫茶店」の定義も変わるのか?)

 

 光黄や星七と比べると一歩引いたところから物事を見る傾向にあるミナトも、こればかりは、変に邪推してしまっていた。

 

『おっ、美味ぇじゃねぇか!』

 

 彼のパートナーであるキラーは、すっかり親子丼に夢中だ。「海牙龍王」の名を冠するほどの鋭い牙で、ガツガツと食べ進める。急ぎすぎているせいだろう、丼の周りには、米粒や具材の(かす)が飛び散っていた。

 

『全く、はしたないですねぇ……』

『何だ? 俺様がどんな食べ方をしようが、お前には関係ねぇだろ』

 

 キラーの汚らしい食べ方に、ライトが嫌味ったらしく溜息を吐く。言うだけのことはあって、彼は、机上に具材を一切零していなかった。

 

「ははっ! 今回は俺たちの奢りだからな! 食え食え!」

 

 親子丼を貪り食うキラーを広い心でに見守っているのは、バトスピ部の現部長・大岡タイキ。

 青少年らしい若々しさを感じさせる、ハイトーンボイスが、今日も元気に跳ねている。

 

「ありがとうございます、部長さん。だけど……ごめんなさい。僕、食べ切れないかもしれないです。こんなに大盛りだと思わなくて」

 

 生まれつき身体が弱い星七は、丼の半分くらい食べ終わったところで、浮かない顔でギブアップの可能性を示唆した。

 そもそも、この大盛り親子丼は、育ち盛り・部活疲れの学生たちをターゲットに、通常の親子丼の2倍の量になっているのである。これだけ残ってしまうのは、星七が少食だから・虚弱体質だからではなく、親子丼が多すぎるからに違いない。

 

『じゃあ俺様が食べてやる! 光栄に思いな!』

 

 星七の弱音を聞きつけて、キラーが彼の丼に駆けつけた。「傲慢」の罪を冠する彼は、常に自分が最上だと思っているらしく、物言いがいちいち傲慢で、恩着せがましい。

 

『いや、おぬしは単にもっと食べたいだけじゃろうがい』

 

 ガツガツと親子丼を貪るキラーに、エヴォルがやれやれと溜息を吐いた。『星七、おぬしはああなるんじゃないぞ』と、無垢な使い手に釘を刺す。

 

 一方、

 

「ごちそうさまでした」

 

 同伴してきたガイも、キラーの次に、大盛りを完食していた。丁寧に手を合わせ、静かに食後の挨拶。

 

 そこへ、キラーとガイが食べ終わった丼を片付けに、店員がひとり。

 

「うふふ、お口にあったようで何よりです」

 

 目黒マミ。バトスピ部の部員にして、この居酒屋──もとい、喫茶店のアルバイトである。

 異世界からの来客であるキラーに看板メニューを気に入られて、嬉しそうににこにこしている。

 

『ッ…………!?』

 

 その時だった。それまではまだ落ち着いていたライトに、異変が起きたのは。

 

 親子丼を食べるのをやめ、マミの方へ超特急で飛びだつと、

 

『お初にお目にかかります、桔梗(ききょう)の花の如く麗しきお嬢様! 私、色欲を司りし罪竜・ライトボルディグスと申します。どうぞ「ライト」とお呼びください。以後、お見知りおきを』

 

 すっ、と、文字通りの急接近(アプローチ)

 

「き、ききょう……?」

 

 突然の口説きに、マミはぱちぱちと目を瞬いている。

 

「ライト! 店員の方が困ってるだろ!」

『はっ! 申し訳ございません! 光黄様という方がありながら……!!』

「いやそういう問題じゃなくてだな!!」

 

 すかさず光黄が叱りつけたが、ライトにはなぜ叱られたのか理解できていないようだ。彼女の声がここまで荒れるのも珍しい。

 

「は、はあ……ざいりゅうって言うと、貴方が、青葉君の言っていた『七罪竜』の子ですね」

 

 マミは、理解できなかった口説き文句をスルーして、ライトの自己紹介だけを反芻する。客扱いなので、一見少年のようなライトにも、敬語で話していた。

 

「はじめまして、ライトさん。私は、目黒マミと言います。

 今日はバトルできないと思いますが……ライトさんの勇姿、しっかりと見学させていただきますね」

『ありがとうございます……って、ええっ!? 今、「バトルできない」って…………!?』

 

 マミが微笑みながら答えたおかげで、ライトの目がぱあっと輝いた──のも束の間。 

 マミの口から放たれた「バトルできない」という発言に項垂れる。

 

「いや、その、ほら……今はゴールデンウィークのかきいれ時だしね? あまり仕事を休みたくなくて」

 

「それに……」と、マミは弱々しく付け足した。「うちの創界神はクセがすごいから」

 

 この場で唯一、彼女らの初陣を知っているガイが「あ……」と呟いていた。

 

『それでは、誰が貴方の代わりに戦うのですか……?』

「俺っ!」

 

 ライトの疑問に答えたのは、バトスピ部の部長であるタイキ。

 

『結局野郎じゃないですかッ! ちょっとそこのマッチョさん! 女性の方がいるって嘘だったんですか!? ねぇ!?』

「ライト! とりあえず落ち着け!!」

 

 ガイに詰め寄るライトに、光黄はついに、ぺしっと平手打ち。

「七罪竜」と言っても、今のライトはマスコットサイズ。あえなくテーブルから弾き飛ばされた。自業自得である。

 

「いやいや、ライト君の気持ちはよくわかるぜ? 俺もそういう年頃だし、うちのバトスピ部は女性部員が少ないから、割と最近までむさかったし、女性バトラーって聞くと、なんというか、ちょっと、男子高校生的に嬉しくなっちゃうというか……」

「わかる!」

 

 タイキの言い分に、ミナトが同意を示す。有事にあっては冷静な彼も、結局外見通りチャラかったらしい。

 今年で18歳の高校生3年生同士が、「いぇーい!」だの何だの言いながら、接戦を繰り広げた直後かというくらい固い握手を交わしていた。

 

「男の心は、どうもわからないな……」

 

 光黄はツッコミをやめた。

 

『星七、おぬしはああなるんじゃないぞ?』

「あっ、はい……?」

 

 男たちの有様を見て、エヴォルが再び星七に注意を促した。

 

 ……と、そこへ

 

「遅れてすみませーんっ! 先輩、異世界人とバトルできるってマジですか!?」

 

 いかにもバトルする気満々な一言を伴って、アンジュが店に駆け込んできた。

 

「こら、アンジュ。部員以外のお客様もいらっしゃるのですから、店内ではお静かに、ですよ?

 皆様も、お待たせしてすみませんでした」

 

 微苦笑しながら、アンジュのパートナー・創界神イシスも、遅れて入店してくる。

 

 そして、この2人は、女性である。

 

 先程平手でテーブルから弾き落とされたライトは、床の上に仰向けに転がりながら、かっと目を開いた。急いで態勢を立て直すと、アンジュとイシスの元へ軽やかに飛んでいく。

 

『ずっとお待ちしておりました! 天使のように可憐なお嬢様がた! 私は色欲を司りし罪竜・ライトボルディグスと申します。どうぞ「ライト」とお呼びください。本日は美しき貴方がたと手合わせできて、まことに光栄ですッ!』

 

 そして、例によって熱烈なアプローチ。

 完全にアンジュらとぶつかるつもりでいるライトの台詞に、タイキが「おいおい、まだ対戦カードは決まってないぞー?」と茶々を入れた。

 

 突然のことに、イシスが口元に手をやって驚いている中、

 

「ライト君って言うんだね。あたしは都筑(つくし)アンジュって言うんだ。気軽に『アンジュ』って呼んでね!」

 

 アンジュは、あまりにも自然にライトを受け入れている。

 

『「アンジュ」さん、ですか。良いお名前ですね。まさに、天使のような貴方にぴったりです』

「えへへ、ありがとう!

 ライト君こそ、先輩から『七罪竜』なんて聞いた時はどんなおっかないのが出てくるかってドキドキしてたけど、こんなにかわいいなんて! 撫でていい!?」

『お褒めに預かり恐悦至極にございます。ええ、どうぞお気の済むまで!

 ……って、あれ? 「かわいい」? 「かっこいい」じゃなくて!?』

 

 どころか、ライトを自分のぺースに巻き込んでいる。これが陽キャのコミュ力というものなのだろうか。

 

 だが、たしかに、マスコットのようなサイズになり、声変わりの済んでいない少年のような声を持つライトは、「かっこいい」というよりも「かわいい」という言葉のほうが似合うだろう。

 

『うむ、かわいいじゃろ?』

『ちょっとジジイ! ここぞとばかりにからかわないでくださいよ!』

『こら! 儂はおぬしと同い年じゃ!』

『じゃあその年寄り臭い喋り方やめたらどうです!?』

 

 今まで星七の教育に悪いところばかり見せつけられた腹いせなのか、エヴォルまで乗っかってきた。

 人生の先輩のような振る舞いをする彼だが、どうやらライトやキラーと同い年なのだそう。

 

「ふふ、皆様、仲がよろしいのですね」

 

 ライトとエヴォルの様子を見て、イシスがくすりと笑った。上品に見えて、その実エジットの他世界侵略に貢献し前線で戦争を見てきた彼女にとって、罪竜同士の喧嘩は、じゃれ合いに見えるのだろう。

 

『どこがだよ……?』

 

 マイペースな女性たちに、キラーが珍しくツッコミに回っていた。

 

 

 

「……っと、みんな食べ終わったなー?」

 

 全員が親子丼を食べ終わり、タイキが部長らしく声を掛ける。

「はーい!」と、アンジュが元気良く返事していた。

 

 机の上には、空になった丼が人数分──いや、キラーとガイがそれぞれ1杯ずつおかわりをしたので、2杯多い。

 

「じゃ、早速外に出るぞ! バトル開始だ!」

 

 バトルの舞台は、居酒屋──もとい、喫茶店の前。

 

 本当は校庭を取りたいところだったが、このバトスピ部の部員数は少なく、アクティブなものとなるとさらに限られる。運動部とは違い、机上でもバトルはできるということから、校庭使用の優先順位はかなり低く、すぐに取れるものではなかったのだ。

 

 だが、店の前でバトルということには、マミを含めた店の人も納得しているようだ。

「まあ、これはこれで、客寄せになるからね」とは、マミの弁。

 

 そういうわけで、皆で店外へ出ようとした──その時だった。

 

「来ないでくださいッ! 帰れッ!!」

 

 マミが突然大声を出した。

 

 彼女は店員だから、悪質な客を追い払うために、こんなことを言っているのだろうか──と思えば、彼女の声は店内に向けられている。

 

 それもそのはず、彼女が追い払おうとしているのは、客ではなく、

 

「酷いなァ、パートナーに対して帰れだなんて」

 

 使い手(マミ)から「クセがすごい」と評された、神世界の問題児・ディオニュソスだったのだから。

 今だって、言葉とは裏腹に、口元が孤を描いている。どう見ても、使い手の言うことを聞く気がなさそうだ。

 

「だって貴方、絶対お客様に失礼働くでしょうが!」

 

 ここでいう「お客様」とは、光黄たちのことである。叔父の経営する店を手伝ってきた彼女は、異世界からの来訪者をきっちり「客」として捉えているようだった。

 マミの口から「もうやだ……」という弱音が零れだす。

 

 一方、

 

「えっ……!? これがツバサがこの前話してたインチキおじさん……!? 普通にイケメンじゃん…………!」

 

 アンジュは、ディオニュソスにそこそこ熱視線を向けていた。彼女はツバサから話を聞いていたようだが、なんだかんだ言って初対面だ。そして、ツバサの受け売りとはいえ、しれっと「インチキおじさん」呼ばわりである。

 

「褒められているのやら貶されているのやら……一体どんな紹介したのかな、あの子は?」

 

 基本的に何を言われても涼しい顔のディオニュソスも、これには若干苦言を呈している。

 おそらく、ツバサは、後攻2ターン目に、ダブルシンボルと完全耐性を持つ化神を召喚されたうえ、1ターンでトドメを刺されかけたことに、相当肝を冷やしていたのだろう。

 

「アンジュ、騙されてはいけません。彼は、わたくしたちエジットを──何より、ホルスの志を踏みにじった悪神の類。そのことを常に念頭に置いておくように」

 

 使い手に反して、イシスは、ディオニュソスへ敵対心を剥き出しにしていた。天使たちの聖母らしい微笑みはすっかり消え去り、冷たく鋭く、愛子の仇敵を睨みつける。

 

「おやおや、怖い顔しちゃって……せっかくの綺麗な顔が台無しじゃないか」

 

 その程度でディオニュソスが黙るはずもなく、自分の掌の上で踊らされた女神をせせら笑っている。

 

『ええと……マミ様。まさかとは思いますが、貴方のパートナーって…………?』

 

 ライトが、マミの身体を翼でちょんちょん叩きながら、恐る恐る尋ねた。

 

「うん……恥ずかしながら、彼なんです。あと、私はパートナーなんかじゃないです。監視役です」

 

 マミが俯き気味に、無理矢理吐き出すように答えた。

 

『なるほど……貴方でしたか…………』

 

 ライトが、ディオニュソスのほうをじっと見つめる。アンジュのような熱視線でもなければ、イシスのような冷たい視線でもなく、まるで観察するように。

 

「どうしたんだい? そんなに我の方をじっと見て。案外男もイケるクチ?」

 

 先程までの会話を聞いていたなら、ライトが男に興味がないことは明白であるにもかかわらず、この発言。確実にわかってやっている辺り、早速弄る気満々である。

 

『は? なんで野郎に惹かれないといけないんですか?』

 

 ライトもライトで、どこまでもゴーイングマイウェイだ。「はぁ〜、やれやれ」と、所謂クソデカ溜息と共に首を横に振っている。

 

『ただ、貴方が来たということは……ワンチャン、マミ様がバトルに出てきてくれるかなぁ、って…………』

 

「「そこぉ!?」」

 

 タイキとミナトが声を揃えた。

 

「ふえっ!? ちょっと待って! 私はバトルできないって、さっき言ったよね……!?」

 

 ライトの発言の困惑するマミ。

 彼女の後ろで、ガイが落ち着けと言う代わりに、マミの背中を優しくさすってやっている。

 

(……あの人もあの人で、距離近くない?)

 

 ミナトは訝しんだ。

 

 が、人柄のお陰か、ガイがマミから文句を言われることはなかった。むしろ「ありがとう、青葉君」と感謝されている。

 

「うちのライトがすみません、本っ当に……!」 

 

 あまりにも包み隠さないパートナーに代わって、光黄がマミへ深々と頭を下げた。

 

「いや、その……大丈夫です。ライトさんは悪くないです。全部うちの問題児が悪い」

 

 そう言うマミの目は、既に死んでいる。

 

『星七はああなるんじゃないぞ。全く、この台詞何度目じゃ…………』

「はい……絶対になりません」

 

 本日何度目かのエヴォルの警告。星七の返事も、いつもよりはっきりしていた。

 

「でもなぁ……うん、そうなんだよなぁ…………」

 

 混沌する中、タイキが何やら思案している。マミのほうを、ちらり、ちらりと覗きつつ。

 なぜなら──

 

「マミちゃん、出席日数少ないんだよなぁ……」

 

 ぎくっ、とマミが身震いした。

 

「すみません……私のほうから入りたいって言ったのに、この有様で。ゴールデンウィークが明けたら、いろいろ落ち着くと思うのですが……」

「ああ。家が忙しいのはわかってるぞ。うちは、今や3年も幽霊部員だらけだし、来ようと思ってくれてるだけですっごく嬉しい。だけど──」

 

 マミに意欲がないわけではない。

 うっかり「創界神ディオニュソスの使い手」なんて貧乏くじを引いてしまっても、何かと彼女は研鑽を続けている。初陣の敗北が「次は勝ちたい」というモチベーションになったのかもしれない。

 

 だが、家の手伝いも兼ねたバイトとの掛け持ちにまだ慣れておらず、どうしても部活への出席日数が減ってしまっていた。

 

 それだけなら良いのだが、タイキにはどうしても、マミの出席日数不足を看過できない理由があった。

 

「堅苦しいのは苦手だし、これは俺たち先輩の責任でもあるんだけど、このバトスピ部って、今年度の2年生がマミちゃんとガイしかいないんだよな」

 

 それは、バトスピ部に付き纏う、単純な「部員少ない」問題。訳あって、このバトスピ部は、今年度の2年生の部員が極端に少ない……というか、ガイしかいなかった。そこへ、奇跡のように部室に訪れ、入部してくれたのがマミなのである。

 

「俺たち3年生は、夏休み前に部活を引退することになる。部室に顔は出せるけど、次期部長はガイに決まっているし、書類の上で必要な『副部長』はマミちゃんにせざるをえない。

 ガイになら仕事を任せられると信じているけど、俺としては、あいつと並んで戦っていけるくらい、経験を積んでほしいと思っているんだ。

 

 だから──」

 

 堅苦しいことを話すのに疲れたのか、タイキは一息置いて、元気良くこう言った。

 

「部長命令だ! マミちゃん、俺の代わりに戦ってくれ!!」

『わーい! 女性の方が増えましたね!!』

「ちょ、ライト君!? 今それなりに格好つけてたつもりだったのに、台無しなんだけど!?」

 

 間髪入れずにライトが大喜びしたせいで、威厳もクソもないが。「それなりに格好つけてた」と白状してしまうタイキも、格好つけるのに不慣れなのだろう。

 

「ライト、いい加減にしろ!」

 

 少し遅れて、光黄がライトをぺしっと叩いたことで、ひとまずその場は収まった。

 

「私が、部長の代わりに……!?」

 

 当のマミは、自分の言われたことをオウム返しにした。

 

 タイキはあくまで「自分の枠を譲る」という意味で「代わりに」という言葉を使ったようだが、責任感の強い彼女のこと。想定以上に重く受け止めてしまっているのだろう。

 

「目黒、難しく考えることはないぞ。そもそも、お前は入部初日に部長を破っているのだからな」

「ちょっと!? みんなして俺の株を下げてくのやめて!?」

 

 それを見兼ねて、ガイが声を掛けてやる。間接的に、タイキの株が下がっているが、それはそれ。

 

「マミさんって、そんなに強かったんですか?」

 

 ガイの言葉に、星七は興味津々だ。

 

(言えない……「たぶん部長が後攻2ターン目までほとんど動かなかったおかげで勝てた」なんて、部長の名誉のためにも言えない…………!)

 

 真実は少しばかし微妙なので、マミは「う、うん。一応、ね?」としか返事できない。

 

 ともかく、マミは完全に逃げ道を奪われてしまった。

 だが、自分を囲う言葉は、概ね温かい、善意から来るものだ。悪い気はしない。胸に伝わった温かさに応えるように、抑えていた熱がふつふつと沸いてくるのを感じる。

 

「…………わかりました。今までバトルできなかった分の鬱憤を晴らすつもりでやってみます……!」

 

 死んでいた彼女の目に、星のような光が灯った。声にも、張りが戻っている。

 

「ああ、その調子だ。俺も応援しているぞ」

 

 部内唯一の同級生にしてかわいい後輩の奮起に、ガイが穏やかに微笑んだ。

 

 そんな、温かい輪の外で、

 

「『鬱憤』ねェ……」

 

 ディオニュソスが、ぽつりと呟いた。「難儀な使い手を持ったものだ。本当は、闘いたくてウズウズしてたんじゃないか」

 

 

 

「それじゃあ、俺はマミの代わりに店手伝ってくるから!」──それだけ言うと、タイキは居酒屋、もとい喫茶店に直行した。

 部員を無理矢理バトルさせたからには、マミが雑念を覚えることなくバトルできるようにと、張り切っているようだ。

 料理未経験でも、タイキはコミュ力が高く愛嬌もあるほうなので、ホールに出る分には問題ないだろう。

 

 なぜか、彼の声で「らっしゃいらっしゃい!」と、八百屋か魚屋のような掛け声が聞こえてくるが、全員で聞かなかったことにした。

 

「えー、こほん……」

 

 いつも冷静なバリトンが、少しだけ緊張しているように聞こえた。

 

「──俺たちバトスピ部は、大会の大小に問わず、最初のバトルの前に全員で『とある言葉』を言うのが通例だった。

 きっと、皆もよく知っている言葉だ」

 

 1年前、まだ部室にその「とある言葉」が飛び交っていた頃のことを懐かしむ。

 あの頃は、図体だけは大きい、部内の最年少だった。それが、数ヶ月後にはもう「部長」なのだから、時の流れは早いものだ。

 

 だが、瞼を閉じて、感慨に浸るのはまた後で。

 今は、自分の言葉を心待ちにしてくれている、後輩と来訪者の目を見る。

 

「とある言葉」に小首を傾げるマミ。

 唾を呑み、気と表情を引き締める星七

 佇まいはクールでいて、しかし強者とのバトルを心待ちにしている光黄。

 ワクワク、といった擬音が聞こえてきそうなくらい、目を輝かせているアンジュ。

 ガイを促すよう、粋に微笑んでみせたミナト。

 

 彼らに送るのは、世界の隔たりも何もかもを超えて、同じ闘技場(バトルフィールド)(いざな)う言葉だ。

 

 ガイは、大きく息を吸った。そして──

 

「ゲートオープン──!」

 

 底に響くようなバリトン。今は文字通り、空にまで響きそうな声量であった。

 

 ガイの言ったとおり、世界の垣根を超えて皆が「よく知っている」言葉へのレスポンスは、とても早い。性別も声質も様々な5人の声が重なり、ガイの後に続く。

 

「「「「「──界放!!」」」」」




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 初めてのコラボ回、至らぬところもあったでしょうが、私なりにまずはやりきったという気分です。ブラストさんにも、たくさんキャラについて質問させていただき、少なくとも自分なりに納得できるものになったとは思っています。

 次回から、いよいよ3回勝負が始まります。誰が誰と当たるのか、どんなバトルになるのか、楽しみにしていただけますと幸いです。

 では、また次のお話でお会いしましょう。


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第13話 特別編1-2 第1回戦前半:萌える命の女神たち

 LoBrisです。
 目標2週間以内に対して、余裕投稿です。8月中にもう1話出せるとは思っていませんでした。わーいわーい!

 今回は、バトル前のやりとりと、サブタイどおり第1回戦の前半戦です。

 後半戦のバトルプロットもできているので、私は今まで犠牲になっていたソシャゲの周回や、他の作品ネタの書き出しに手をつけようと思います←


 また、今回から、フィールドの状況の書き方を少しだけ変えさせています。
 該当箇所は、合体しているブレイヴの表記方法についてです。従来のものだと、ブレイヴがメインでスピリットがサブみたいな書き方になってしまっていたので、調整させていただきました。読みやすくなっていたらいいなと思います。


 居酒屋、もとい喫茶店にて、バトルフィールドへの合言葉が叫ばれたその頃、

 男子寮・ツバサたちの部屋に、ひとりの男が訪れていた。

 

「……またですか?」

 

 突然の来客を出迎えたのは、ツバサのルームメイトにして、この高校の生徒会長・雪谷(ゆきがや)リョウ。ツバサには優しく接していた彼だが、今は表情があまり芳しくない。

 

「勉強中のとこ悪いな。お前の相棒に用がある。どうせあいつのことだし、土日祝は休んでるんだろ?」

 

 出迎えられたセトは、手短にリョウの相棒──創界神(グランウォーカー)トトを呼び出した。片手には、異世界からの来訪者が持ち込んだ、物言わぬ機械が携えられている。

 

「トトに……? ホルスではなくて?」

 

 虚を突かれたように、リョウが瞬きする。

 

「……おい、何だその顔は?」

 

 隙のないリョウが見せた間の抜けた表情に、セトが不機嫌になった。

 

「……失礼しました。貴方は今までホルスさんにご執心のようでしたから、少し意外で」

「はいはい、悪かったな」

「悪いですよ、本当。4月中は毎日のように部屋に押しかけては『ホルスとその使い手を出せ』と、よく飽きませんよね……うちのかわいい後輩をあまりいじめないでください」

 

 ──が、どう見ても、これはセトの自業自得である。なぜなら、彼は、仮入部の日に裏切り者(ホルス)と戦い損ねて以来、4月中ずっと、ツバサの部屋に押しかけていたからだ。もちろん、ルームメイトのリョウも被害に合っており、正直彼もうんざりしていたのであった。

 おかげで、ツバサの思考から「バトスピに入部する」という選択肢が切り捨てられたのは、言うまでもない。

 

「あー……っと。たしかそんなことあったな」

 

 だが、セトは悪びれないでおいた。第一印象で損をすることが多いだけで、根は割と筋が通っている彼だが、裏切り者相手となると、どうも素直でなくなってしまうのだ。セトからすれば、この部屋の男子生徒はなよなよしく感じられて、少々気に入らないのもある。

 

 先述のとおり、用があるのはトトのほうだ。彼も裏切り者の片割れだが、今はそれに関する用事ではない。少なくとも、今は。

 

 言っても無駄だろうと諦めたのか、リョウは溜息を吐きながら、トトを呼びに行った。

 程なくして、お目当てのトトは出てきたのだが、

 

「ホルスは留守だ」

 

 セトを冷たく睨みながらの第一声がこれであった。

 

「お、おう……てか、ホルスに用があるだけなら、わざわざお前まで呼ばねぇよ」

 

 もちろん、それで萎縮するようなセトではないが、少し辟易してはいる。

 

 今ではホルスの兄貴分が板についたトトだが、元は彼も、セトらと同じ侵略路線の思想を持っていた。合理的で神経質。エジットを守るためならば、手段は選ばない。ツバサたちの前で見せたような穏やかさも、当時は欠片もなかったので、時折自分の世界に住まうスピリットたちへの愛を垣間見せる盟主(ラー)よりも恐ろしかった。彼の統べる世界・「ヘルモス」の住民は皆機械。造物主(トト)からの愛や承認など必要としていないから、このような性格でもやっていけたのだが──これには、さすがのセトも「創界神まで殲滅マシンかよ……」とドン引きしていたほどだ。

 

 このように、あの頃のトトは“情”なんて信じていなかった。下手すれば、セトやオシリスよりも過激で冷徹だったかもしれない。だが、ある意味、誰よりも公正なので、一個人に入れ込むこともなかった。

 

 ──だというのに、今のトトを見てみれば、このとおり。

 他の誰でもない「ホルスを守るために」、刃物のように鋭い視線をセトに向けている。

 

「……お前、本当に変わったよな」

 

 それがなんだか微笑ましくて、つい軽口を叩いてしまった。

 

「む……それは言わないでほしかったのだが…………」

 

 変わりきったことは本人にも自覚があるようで、そこにツッコまれた瞬間、氷柱のように冷たかった視線が焦りで熱くなり、表情は綻び柔らかくなる。

 

「無茶言うな。で、どんな風に口説かれたんだ?」

「私が変わったこととホルスは関係ないだろう!」

「いや、まだホルスとは一言も言ってねぇんだが……」

「っ……!」

 

 見事な自爆であった。

 まだホルスの名前を出していないのにもかかわらず、セトの軽口に含まれた「口説かれた」というワードだけでこの有様。普段は冷静で、どこか冷淡であるようにも感じさせるトトが、顔から火を噴き出している。

 

 言い出しっぺのセトも、ほんの少し申し訳なくなってきた。

 

「……私にもわからないんだ。最初は馴れ馴れしくて、平和ボケしている青二才だと思っていたし、煩わしくて仕方がなかったはずなのに……なぜか、ほんの少しだけ胸が温かくて」

「乙女かよ」

 

 冗談でそう言うと「断じて違う!」と、トトが声をあげた。

 同じ勢力の創界神として、セトとトトは付き合いが長いはずだが、ここまで動揺している彼を見るのは初めてだ。

 

 トトは、自ら凍てついた道を選び、永い時を冷血漢として過ごしてきた。情愛を「取り除く」技術は心得ていても、「受け容れる」技術を忘れ去ってしまっていたのだ。

 ゆえに、ホルスに対する感情を、上手く処理できていないのだろう。

 

 過去のトトを「殲滅マシン」と形容するならば、今のトトはまさに「バグっている」と言えそうだ。

 

(……ま、こっちのほうが話しやすいけどな)

 

 このようなバグを経て、永らく感情を殺してきたトトが人情を取り戻していくというのは、微笑ましいと思わないでもない。

 

 セトは、トトがホルスに心を開いていたことを、戦場で不意打ちされたとき初めて知った。だから、当時は冷やかしなんてしている余裕もなかったが……

 

「……で、そうして絆された結果がアレか? 『お前だけが太陽だ』とか──」

「やめろ! あれは、ホルスがいきなり呼びかけてきたから、どう応えればいいのかわからず、咄嗟に……」

「アレが咄嗟に出てきたのかよ!?」

 

 彼はしっかり聞いていた。

 革命だと意気込み、戦場を翔けるホルスの呼びかけに対する、トトの言葉を。

 

 ──「ああ、エジットに太陽はふたつもいらない。お前だけが太陽だ」

 

 ただでさえ不意打ちを食らっている最中に、さらに不意打ちを食らったものだ。

 

 あまりにも情熱的。ましてや、エジットで最も「情熱」から程遠いであろう神の口から、こんな熱い言葉が出てきたのだ。それはもうぶったまげた。

 

「……昔の話はその辺にしてくれ。お前も、からかいに来ただけではないのだろう?」

 

 さすがにからかいすぎたのか、溜息を吐いて話題を変えようとするトトの顔には、薄っすらと青筋が立っていた。

 

「はいはい。そんじゃ、本題な。こいつ、直せねぇか?」

 

 セトも、同期の変化が気になっただけで、どこぞの酒神のように他人の神経を逆撫でするつもりはなかったので、言われたとおりこの辺で切り上げた。

 

 異世界からの来訪者から預かった機械を、トトに見せる。

 

「……見慣れない形状だな。この世界に機械は星の数ほどあるが、この辺鄙な島に、こんな風変わりなものがあるのだろうか? ここは、然程工業が盛んではないはずだが」

 

 見慣れない機械を前に、トトが眼鏡の奥の目を細めた。

 

「さすが、元・エジット(俺ら)の兵器職人ってとこか? 察しのとおり、そいつは異世界から来た連中が持ってきた機械だ。今は壊れてるみたいだがな」

 

 トトが興味を持っていることを確認し、セトは話を続ける。

 

「……で、こいつがなんと、異世界間の移動を可能とするという代物らしい」

 

 付け足した情報に、トトが息を呑んだ。

 

「機械で異世界間の移動を……? これは、人間の発明なのだろう?」

 

 スピリットやアルティメットでも、異世界間の移動が可能な者は限られる。それこそ、創界神直属の眷属──系統:「界渡」、あるいは「天渡」を持つスピリットやアルティメットだけだ。

 人間は、スピリットやアルティメットよりも遥かに弱い。

 これは、神世界出身の者の偏見などではなく、不変の事実だ。この島の創界神たちは、己の身を以てそれを知っている。にもかかわらず、この機械は人間の手で作られたというのだ。

 

「おう。あいつらの話を聞く限り、これを作ったのは人間らしいな。肝心の発明者は来てねぇようだが」

 

 セトの答えに、トトが「そうか……」と少し声を落とした。「少し、話を聞きたかったな」と、小さく付け加えて。技術者なら、未知の技術に興味をそそられるものだ。

 

 しかし、かつてのトトは違った。他者との繋がりを煩わしく感じていた彼は、世界の運営も、技術の開発も、だいたいワンマン経営だった。それでやっていけるだけの力と才能に恵まれていたから、誰も文句を抱かなかったし、言わなかったわけなのだが。

 

「……お前、本当に変わったよな」

 

 機械を興味深そうに観察するトトに聞こえないよう、セトはもう一度呟いた。

 

 

 

『のぉーーーーーーーーっ!!』

 

 居酒屋、もとい喫茶店の前にて。黄金の竜が、天へ吼えた。

 

『まさか……2/3が女性だというのに、よりによって1/3を引き当ててしまうなんて…………! このライト、一生の不覚ッ……!!』

 

 三叉路のうちふたつが天国へ続いていたというのに、彼が選んでしまった道の先にあったのは、地獄までとはいかずとも、やはり天国と比べてしまうと言葉に詰まるものであった。

 確率的に、これを引き当てる可能性は低かったはずなのに。なぜ、この世はこうも残酷なのだろうか──いや、ここは異世界だが。

 

「静かにしろ、ライト。対戦相手を選り好みするなんてはしたないぞ」

『いてっ!』

 

 ……そして、黄金の竜ことライトは、無事使い手に成敗(平手打ち)されるのだった。ぺしっ、という音が、どこか軽快に聞こえる。

 

「光黄さんとライト君は仲良しなんだね。まあ、あみだくじで決めたんだし、こればかりは仕方ないよ」

 

 その様子を見て、アンジュがにっこり笑った。

 

 彼女がタブレット端末のアプリで作ったあみだくじ。それに従って対戦カードを決めた結果、ライトはうっかり、ガイを引き当ててしまったのである。

 実際のところ、あみだくじは光黄が選んだので、ライト自身には非も不覚もないのだが、それでも使い手を責めていないのは紳士といえるのだろうか。

 

「仲良しってほどでも……すみません、青葉さん。こいつが失礼しました」

 

 パートナーの言動について、光黄がガイに謝罪した。

 バトルとは関係ない部分だとはいえ、ライトが冠する罪どおり「色欲」塗れで、ガイに対してだけ言動が失礼なのが、どうも申し訳ない。

 

「気にするな。俺にはわからないというだけで、年頃の男は美しい女性とお近づきになりたいと思うものらしいからな」

 

 だが、男女以前に、そもそもマトモに話しかけてくれる人が少ないガイとしては、それくらい正直に話してくれるだけで嬉しいというものだった。光黄に向けている顔も、頬が緩んでいる。

 

「……ああ。決して、黄空が美しくないというわけではないからな。凛としていて、格好良いと思うぞ」

「っっっっっ!?」

 

 まるで当然のことのような流れで彼が付け足した言葉に、光黄は顔を真っ赤にさせられたのだが。

 

(この人、恥ずかしげもなく何言って──!?)

 

 純粋な褒め言葉だとはわかっている。しかし、クールに見えて存外シャイなところがある光黄としては、たまったものではない。

 

「それに、ライトも逆にみるといい。女性と一度も手合わせできないということは、逆に女性たちの試合すべてを観戦できるということになる。懸命に闘う者たちの横顔もまた美しいぞ?」

「う、うつくしっ…………!?」

 

 ガイには、言動が正直すぎるきらいがある。真面目で邪気のない彼は、褒め言葉だから隠す理由がないと考えているのだろうが……今はセトも不在。ツッコミがいない。

 

『美しいお嬢様がたの横顔……! 考えてみたらテンション上がってきました!』

 

 一方、ライトは、ガイの言葉で浄化(?)されていた。動機は不純だが、これ以上光黄の頭を下げさせるようなことをのたまわないのであれば、ガイとしても本望だ。

 

「あのさ……もしかして、青葉さんもこっち側?」

 

 光黄の様子を見兼ねたのか、ミナトがおずおずと尋ねると、ガイは「いや」とゆっくり首を横に振った。

 

「俺は『女性の』とは言っていないぞ? 懸命に闘っているなら、男性の立ち姿もまた勇ましく格好良いだろう」

 

 そう語るガイの瞳に曇りはない。言葉に邪気もない。

 

 ミナトは、なんだか負けた気がした。

 

「……と。俺の相手はマミちゃん、かな?」

 

 気を取り直して、あるいは話題を変えるように、あみだくじで当たった対戦相手──マミのほうを見る。

 

 彼女は頭を下げていた。

 

「……ごめんなさい」

 

 唐突に謝罪された。

 

「えっ……!? なぁ、俺、何か気に障ることしたか!? ごめん……!」

 

 ミナトには、謝られるような心当たりがない。だが、彼には、過去、いい加減に人付き合いをしてしまったがために、「本気で」自分に好意を寄せてくれた少女を怒らせ、悲しませてしまったことがある。今でも、嫌な思いをさせてしまったことを謝りたいと願っているが──彼女からは、未だ赦してもらえていない。

 後悔を抱えているミナトは、チャラい性分は直らないものの、どこか思慮深かった。取り返しがつかなくなる前に、と、突然謝った理由を問いつつ、頭を下げる。

 

「あっ……! 牙威さんは何も悪くないです! ただ、その────」

 

 マミが慌てて、ふるふると首を横に振った。

 歯切れの悪い言葉と共に、視線はミナトから逸れていく。

 

「うちのが早速、キラーさんのことを……」

 

 マミの視線の終着点、ミナトも同じ方を見てみると、そこでは、

 

「お手柔らかに頼むよ、お魚サン?」

『だから、俺様は魚じゃねぇ! 鮫だって言ってんだろ!!』

 

 ディオニュソスが、小さくなっているキラーの身体を、指先で軽く、弄ぶように撫でていた。キラーは鮫肌なはずなのだが、そのザラザラした感触にもお構いなしである。

 

 ……キラーはキラーで、鮫は魚類(おさかな)に属するはずなのだが、今「じゃあお前は何者なんだよ!?」とツッコむのは野暮であろう。

 今の彼の状況を「立派な獅子(ライオン)が『仔猫ちゃん』呼ばわりされている」のと同じだとすれば、彼が味わっている屈辱もわかる……はずだ。

 ましてや、キラーの冠する罪は「傲慢」。性格もまさにそのとおりである。自分が舐められることは許せない性分なのだ。ただ──浮いたまま地団駄を踏むような動きをしているのだが、魚の形をしているので、どうもじたばたしているようにしか見えない。

 

「アハハハッ! 元気がいいねェ。脆くてすぐ折れちゃいそうな子も好きだけど……こうやって食ってかかってくる子のほうが、いろいろと愉しそうだ」

 

 もちろん、ディオニュソスも、それをわかったうえでやっているに違いないから、とてつもなく質が悪い。現に、まだバトルが始まっていないというのに、キラーを嘲っている。

 

『こいつ……! どこまでも俺様のことを舐め腐りやがって…………!』

 

 キラーは激怒した。必ず、目の前の創界神を除かねばならぬと決意した。

 

『おい、ミナト! さっさとこのクソ野郎をぶっ倒すぞ!!』

 

 キラーには創界神を除去する方法がわからぬ。キラーは、スピリッツエデンを創造したとされる七罪竜が一柱である。記憶を失いながらも、ミナトという実力のある使い手と出会い、割と楽しく暮らして来た。けれど、自分が舐められることに対しては、人一倍に敏感であった。

 

 ……ただ、今回は相手が悪かった。

 何せ、相手は「他人の苦悶で酒が美味い」を地で行くディオニュソスだ。キラーが怒れば怒るほど、悪意に満ちた笑みを深くする。

 

 バトル前からあまりにあまりな惨状、なのだが……そこへ、追い打ちをかけるような出来事が起きていた。キラーに呼ばれて、ミナトが彼に意識を向けて、初めて気づいたことだ。

 

「あー……別にぶっ倒すのはいいんだけど。お前、なんか大きくなってないか? 大丈夫?」

 

 そう──キラーは、舐められたことへの怒りによって、徐々に本来のサイズに戻りつつあったのである! スピリットがどこでも実体化できるこの島だからこその現象だろう。

 

『お、ほんとだ』

 

 どさくさに紛れて鬱憤を晴らしたいのだろうか。キラーはそれほど慌てていない。そう言っているうちに、今の彼は1mほどにまで大きくなっている。

 

「いや、ほんとだじゃなくて! 気持ちはわからないでもないけど、決着はバトルでつけてくれ!! 頼むから!!」

 

 だが、ここで暴れられるのは大問題だ。何せ、居酒屋もとい喫茶店の前である。キラーが本来のサイズで暴れたら、店への損害が尋常ではない。

 

「ここが壊れたら、親子丼食べられなくなるぞ!」

 

 駄目押しに、キラーが気に入っていた親子丼を引き合いに出してみる。

 

『チッ、仕方ねぇな……』

 

 キラーが舌打ちしながら、元のサイズに戻った。

 激怒しかけた「傲慢」の罪竜を鎮めてみせる親子丼、恐るべし。

 

「おやおや……随分と従順なんだねェ」

 

 ディオニュソスがくすりと笑った。もちろん、決して微笑ましさなどという感情から来るものではなく、キラーの怒りを再燃させるための言動である。「従順」という言葉選びも、天を貫くまでにプライドが高いキラーの神経を逆撫でするためのもの。

 彼からすれば、キラーの激情を煽った真っ先に水を差されて、興醒めなのだろう。

 

『あぁ? これはあいつのためじゃなくて、親子丼のためだ。そこんとこ、取り違えるんじゃねぇぞ?』

 

「キラー……それ、ツンデレのテンプレみたいな台詞なんだけど」

 

 今度は比較的冷静に返したキラーだが、台詞の内容はまさに「あんたのためじゃないんだからね!? 勘違いしないでよ!?」である。

 

「本当に、もう……! 間接的に使い手の家を壊そうとする創界神がどこにいるんですか……!!」

 

 マミが悲鳴にも怒声にもなりきらない、どっと疲れた声で、ディオニュソスを叱りつけた。とはいえ、無駄と知っているので、これ以上は相手にしない。ミナトに向き直り、もう一度頭を下げる。

 

「本当、うちの問題児がごめんなさい……!」

 

「ああ、うん……でも、少なくとも、マミちゃんが謝ることじゃないと思うな?」

 

 ミナトはひとまず、マミには「使い手が謝ることじゃない」という旨を伝えておいた。この一連の流れの何がひどいかというと、ディオニュソスの使い手が責任感の強いマミだから、彼女が言い訳ひとつせず謝罪するほどの罪悪感を背負わされているということである。

 

「うう……お気遣いありがとうございます……」

 

 マミはミナトの言葉を受け止めたものの、浮かない顔は変わらない。

 

「……前はフライパンで止めたのですが、打ちどころが悪いと危ないからやめておけって言われて…………」

「そうなんだ……ゑ? ふらいぱん……?」

 

 が、沈んだ声と顔から放たれたのは、少しばかし予想外な言葉であった。驚いたミナトが、問題の単語をオウム返しにする。

 

「はい。こう、フライパンを脳天にどーん、と……」

 

 マミはやや恥じらい、しおらしそうに答えるが、言ってることは暴力である。

 

(当たり前のように「フライパンを脳天にどーん」って言い出すのもどうなのさ!?)

 

 ミナトは訝しんだ。

 彼の周りの女子も、光黄をはじめとして、何かと気が強い者ばかりだが──ここまで苛烈な実力行使に及ぶ者はいなかったはずだ。殴られるとしても平手。グーすら食らったことはない。

 

 

 一方、消去法的に最後の一組であろう星七とアンジュはというと──

 

「都筑さん、ですね。よろしくお願いします!」

「こちらこそよろしく、星七君! 楽しいバトルにしようね!」

 

 すごく、平和であった。

 

 それもそのはず。無垢で向上心のある星七と、明るくポジティブなアンジュ。性格に大きなクセがあるわけでもなければ、正反対というわけでもない。

 

 それは、彼らのパートナーも同様で、

 

『創界神イシスよ。儂のためにも、星七のためにも、ありがたく胸を借りさせてもらうぞ』

「ええ、こちらこそ。樹進超龍エヴォルグランド──そのお力、しかと拝見させていただきます」

 

 エヴォルとイシス。それぞれの父性と母性が見事に噛み合い、彼らの相性は非常に良かったようだ。エヴォルは星七の肩の上で、ゆっくりとイシスにお辞儀。イシスも、着ている白いワンピースの両端をつまみ、創界神からスピリットに対するものとは思えないくらい恭しく、礼をする。

 スピリットと創界神、といった身分の差はあるけれど、今はそれを忘れて。己が見守る使い手の、良き好敵手にならんと信じながら、敬意を贈る。きっと一度きりしか戦えないであろう相手。その試合を、心から楽しめるように。

 

「「……いい子だ」」

 

 彼らの様子を見て、先程一悶着あったミナトとマミは、うっかりそう呟いてしまった。

 

「対戦カードは決まったが、誰から先にやるか? 俺たちは、まだセトが戻ってきていないから、後回しになるが……」

 

 それぞれが対戦相手を把握したことを見計らって、ガイが皆へ声を掛ける。

 

 機械の修理を頼みに行ったセトが戻ってきていないので、必然的に、最初のバトルは、ミナト対マミ、星七対アンジュのどちらかになる。

 

『そうと決まれば、俺様がやってやる! そこのクソ野郎は一発以上はブッ飛ばさないと気が済まねぇ!!』

「はいそこ、ちょっと頭冷やそうな? すみません、ガイさん、俺たち後ででいいでーす」

『っておいミナト!! 何しやがる!? はーなーせー!!』

 

 真っ先にキラーが名乗りを上げたが、SDサイズなのをいいことに、ミナトに羽交い締めされて止められた。水揚げされた魚のように、じたばたと全身で暴れるが、SDサイズの彼では、到底抜け出せそうにない。

 

「俺も、お前の気持ちがわからなくもないけどな? ここでマジになったら、アレの思う壺だ。少し冷静になれ」

 

 ミナトとて、キラーが一刻も早く屈辱を晴らしたがっているのはわかっている。だが、同時に、あの手の相手の煽りでムキになってはいけないというのも、熟知していた。

 

 ミナト自身、バトルにおいては、“戦術の一環として”相手を挑発するようなプレイングや言動をすることがある。そうする時は、大抵、打って出てきた相手へのカウンターを狙っている時だ。だからこそ、理解している。挑発に乗る時は、相応の心の準備をしていなければ、相手の思う壺だということを。

 キラーも、ミナトの隣で戦ってきたから、使い手の言葉に込められた説得力を誰よりも強く感じていた。心底悔しそうな顔をしながらも、暴れるのをやめる。

 

「可愛いねェ、彼は」

 

 彼らを遠目に、ディオニュソスが目を細める。わかりやすく、反応も大きいキラーを弄び、ご満悦の模様だ。

 

「本当、貴方って人は……対戦相手弄りも大概にしてください」

 

 マミがこめかみを抑え、溜息を吐いた。本音を言うと、今すぐにでも彼の脳天へフライパンを振りかぶりたい。

 

「……ふむ。では、最初は緑仙と都筑のバトルだな。ふたりとも、準備はできているか?」

 

 ミナトの意図を汲んで、ガイは星七とアンジュのバトルを促した。

 

「はい、僕はいけますよ!」

「あたしも、準備OKです!」

 

 顔を見合わせ、頷き合う。互いにパートナーをデッキに収め、準備万端だ。

 

「ならば、早速始めるとしよう。ふたりのバトル、楽しみにしているぞ」

 

 ガイがにっこり笑った……と言っても、表情の変化に乏しい彼のこと。実際は、口元が緩み、気持ち穏やかな顔になっただけなのだが。

 

 ともあれ、最初の対戦カードは決まった。奇しくも、それぞれのチームの最年少同士──光黄やミナトより年齢が2つ下の星七と、バトスピ部の新入部員のアンジュが向き合う。

 

「星七君、ソウルコアは持ってる?」

「ソウルコアですか? ……はい、持ってますよ」

 

 いつもの合言葉の前に、アンジュから確認入った。星七は、デッキと一緒に携行しているソウルコアを取り出す。

 

「ここでは、こうやってバトルフィールドを開くんだ。星七君も、あたしを真似してね」

 

 星七の手の中で煌めくソウルコアを確認し、アンジュは滿足げに頷いた。そして、恥じらうことなく、堂々と、むしろ星七に見せびらかさんばかりに、親指と人差し指の間に挟んだソウルコアを前方へ掲げる。

 

「えっと、こうですか……?」

 

 星七も、見様見真似でソウルコアを前へ突き出してみる。慣れない行為であることもあり、元来ポジティブなアンジュと比べると、躊躇いがちで少しぎこちない。

 

「うん、いい感じ! あとは、さっきと同じ『合言葉』を言うだけだよ」

 

 自分に応えてくれた星七を見て、アンジュはにっこりと笑った。あとは、いつもの合言葉を言うだけ。「せーの──」と合図し、出会ったばかりの相手と声を合わせる。

 

「「ゲートオープン、界放!!」」

 

 

 

 ふたりのソウルコアが赤く煌めき、放たれた赤光がドーム状に広がっていく。その軌跡は、透明な結界でできた壁になり、バトルフィールドを形作った。

 

 それらは、ソウルコアを媒介して、バトラーの魂の力を引き出したもの。

 だからなのだろうか──内部にいるバトラーの姿も、そのパーソナリティが色濃く反映されたものになっていた。

 

「すごい……服が変わってる…………!」

 

 自身の胴体を見下ろしながら、星七が呟いた。

 

 彼の戦装束(バトルフォーム)は、さながら「楽器を持っていない吟遊詩人」といった感じのもの。草色のジャケットを基調とした、彩度が低く落ち着いた色合いの服装に、胸部を覆うターコイズカラーのライフシールドが映える。

 

「わ、都筑さんも……! ここでのバトルって、みんなこうやって変身するんですか?」

 

 アンジュに服装の変化について尋ねようと、前を向く。すると、涼しげでタイトな純白のドレスを纏ったアンジュの姿が視界に入った。

 

「うんっ! 『バトルフォーム』と言って、この中でしか着られない、自分だけの一張羅なんだ!」

 

 自分のバトルフォームを見せびらかすように、アンジュはくるんっとその場でターンした。白いスカートが、一瞬ふわりと広がる。

 

 この時、観客として結界の外でフィールドを観ていたミナトとライトが唸らされていた。

 ──目のやり場に困る……! と

 

「涼しげ」と言えば聞こえは良いが、悪く言えば、アンジュのバトルフォームは「露出が多い」。乾燥地帯の踊り子を思わせるそれは、今後見舞われることがないであろう酷暑に対応するためか、ノースリーブ。へそ周辺の肌も大胆に露出した、所謂「へそ出し」スタイルなのだ。高校生にしては、刺激的・蠱惑的すぎる。だが、年不相応なそのギャップに目を奪われる──

 そんなふたりの様子を見聞きした光黄は、呆れて溜息を吐いていた。

 

「星七君のもいいね。落ち着いた色合いが、大人っぽくてかっこいい!」

 

 紳士諸君からの、挙動不審な熱視線には全く気づかずに、アンジュは星七ににっこり笑って、グーサインを送った。

 

「ありがとうございます。えへへ、『大人っぽい』かぁ……」

 

 慣れない服装に緊張していた星七の頬が緩む。彼は、昔は身体が弱かったから、その名残でやや背が低い。実年齢より下に見られることだってある。だから「大人っぽい」と言ってもらえることが嬉しくて、微笑が零れてきた。

 

「よろしくお願いします、都筑さん!」

 

 すっかり緊張も解れて、星七は笑顔を保ったまま、アンジュに礼をした。初めて見る異世界・初めて立つバトルフィールドだからという不安は、とうに消えてなくなっていた。

 

 

 

 ──TURN 1 PL 星七

手札:5

リザーブ:4

 

「メインステップ。

 創界神ネクサス・[創界神サラスヴァティー]を配置」

 

 星七が最初に出したカードは、[創界神サラスヴァティー]。緑の髪をサイドテールにし、弦楽器(ヴィーナ)を携えた少女の姿をした、「インディーダ」の創界神だ。

 

 だが、この島の創界神と出自を異にするカードから配置された彼女は、この島の創界神ほど強く主張はしない。喋ることはなく、しかし神々しく、フィールドに佇んでいる。

 

「同名の創界神ネクサスがないので、配置時の《神託(コアチャージ)》」

 

 星七のデッキの上から3枚トラッシュへ。捲られたのは[エイプウィップ(RV)][ゴッドシーカー 休音獣チンチラスト][乙の跳獣ドロップロップ]だ。

 

「すべて、系統:「遊精」を持つコスト3以上のスピリット。対象3枚なので、サラスヴァティーにコアを3個追加。

 これで、サラスヴァティーはLv2にアップです!」

 

 サラスヴァティーのレベルアップに伴って、星七のフィールドから、軽快ながら神秘的な旋律の音楽が聞こえてきた。音楽の神・サラスヴァティーが奏でる、森の動物たちへの応援歌。

 

「サラスヴァティーさんは、Lv2になると楽器を弾いてくれるんだね。なんだか、すごくワクワクしてきた!」

 

 開始早々、サプライズのように流れ出したBGMに、アンジュは耳を傾ける。既に足でリズムを刻んでおり、ノリノリだ。

 サラスヴァティーも、多くは語らずとも、ノリの良い対戦相手の方を見て、にっこりしていた。

 

「バーストをセットして、ターンエンド」

 

 星七はバーストを伏せ、ターンエンドを宣言した。

 

 

○フィールド

・[創界神サラスヴァティー]〈3〉Lv2

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 2 PL アンジュ

手札:5

リザーブ:5

 

「メインステップ。

 それじゃあ、あたしのパートナーの女神様も喚んじゃうよ!

 創界神ネクサス・[創界神イシス]を配置!」

 

 サラスヴァティーに対抗するように、アンジュのパートナーである創界神・イシスも、光と共に戦場に現れる。

 

「あら……今回の相手はサラスヴァティーですか?」

 

 耳を澄まさずとも、サラスヴァティーの奏でる音楽が聞こえてくる。この島ではまだ見たことがない創界神を前に、少し驚いた表情だ。

 

「うん。イシスは知り合いだったりする? ほら、女の子同士でとか?」

「ああ、いや、その……そこは、あまり詮索しないでくださると助かります、ええ…………」

 

 珍しく、アンジュにわかりやすい難色を示すイシス。それもそのはず。背負う世界がない今は心穏やかに過ごせているものの、彼女は「エジット」の過激派に属していた創界神だ。

 

 セトがいない今、神世界の事情を知っているのはひとりだけ。

 

「過激派と穏健派……ここでは言えないような確執もあるわけか。女神(おんな)の内緒話には、首を突っ込まないほうが身のためだよ、お嬢さん?」

 

 そのひとり──ディオニュソスが、無駄に含みのある言い方で、アンジュへ警告した。……警告というよりは、「ついでにイシスのドロドロした部分を暴きたい」という悪意から来る発言なのだが。

 もちろん、無邪気なアンジュにはその意味がわからず、目をぱちくりさせている。

 

「そこ、お黙りなさい」

 

 イシスが、場外のディオニュソスを睨みつけた。普段の慈愛に満ちた瞳はどこへやら。視線も態度も冷たい。

 

「つれないなァ。お前が困っていたみたいだから、口添えしてあげただけなのに」

 

 などと言っているが、同じ口から、忍ぶ気のなさそうな忍び笑いが漏れているから、全く説得力がない。

 

 ガイとマミは、だいぶ渋い表情になっていた。ふたりとも「こいつ、場外からも弄りにかかってくるのか……」と呆れている。

 ミナトが「アレ、いつもこんな感じ?」と恐る恐る尋ねると、ふたりの重い頷きが返ってきた。

 

「……失礼しました。アンジュ、続きをどうぞ」

 

 溜息ひとつ吐いて、イシスはなんとか気を持ち直す。

 

「ああ、うん……それじゃあ、気を取り直して! 同名の創界神ネクサスがないから、《神託》発揮!」

 

 幸い、アンジュは切り替えが速いし、ポジティブだ。即座にいつもの調子に戻り、処理を進める。

 

 デッキの上からトラッシュへ置かれたのは[天使コーマ(RV)][イシスの力][エジットの天使長ネフェリエル]だ。

 

「コーマは系統:「天霊」のコスト5以上のスピリット、ネフェリエルは系統:「天霊」のアルティメット。2枚ヒットでイシスに2チャージ!

 

 さらに、[イシスの力]は、自分の黄の効果でデッキからトラッシュに置かれたとき、手札に加えられるよ! この効果でトラッシュから手札に加えたとき、ボイドからコア1個を自分の黄1色の創界神ネクサスへ。対象は、もちろんイシスさん!」

 

 アンジュも、星七と同様、配置時の《神託》でコアを3個追加。さらに[イシスの力]を手札に加えた。

 

「続けて、ネクサス・[星空の冠]を配置」

 

 イシスの傍らへ、まるで彼女への献上品のように、黄金の星々をちりばめたようなティアラが安置された。

 

[星空の冠]。ライフが減る度に、デッキトップのオープンを介して手札を補充でき、Lv2になれば特定属性のスピリットの効果回復を封じる、汎用性の高い黄属性のネクサスだ、が……

 

「リバイバルじゃないのか……?」

 

 観客の光黄には、1点気掛かりな点があった。

[星空の冠]には、リバイバルされたものもある。そちらは、相手によってライフを減らされる度にデッキから1枚「ドロー」できるため、手札補充の際に情報アドバンテージを失わない。Lv2になってからの回復効果では、スピリット/アルティメットを問わず、属性とタイミングさえ合えば、効果で回復した者を問答無用で破壊することができる。言ってしまえば、アンジュが先程配置したリバイバル前の上位互換だ。

 

 光黄も黄属性のデッキを愛用している身なので、あえてリバイバル前を採用した理由が気になった。

 

「たしかに、一般的には、リバイバルのほうが有用だろうな。だが、都筑のデッキなら──」

 

 光黄に答えたガイも、みなまでは言わず、すぐバトルフィールドへ意識を向ける。言外に「理由は見てのお楽しみ」と言うように。

 

「ターンエンド」

 

 ある程度、迎撃態勢を整え、アンジュはターンエンドを宣言。

 

 現在、両者のフィールドにはネクサスのみ。それぞれのフィールドを整え終わった次のターンからが本番だ。

 

 

○フィールド

・[創界神イシス]〈3〉Lv1

・[星空の冠]〈0〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 3 PL 星七

手札:4

リザーブ:5

 

「メインステップ。

 召喚コストにソウルコアを使って、[エイプウィップ(RV)]を召喚。

 

 系統:「遊精」を持つコスト3以上のスピリットの召喚によって、サラスヴァティーに《神託》」

 

 今回のバトルで星七が最初に出したスピリットは、[エイプウィップ(RV)]。苔むしたような体表と4本腕が特徴的な類人猿型のスピリットだ。

 一見すると恐怖心を掻き立てられなくもない異形ではあるが、サラスヴァティーの奏でる音楽に合わせて、2対の腕でハンドクラップし、歌うように甲高い声で鳴きながら踊る姿からは、邪気を感じられない。

 

「召喚時効果で、ボイドからコアを1個リザーブへ。

 さらに、召喚コストにソウルコアを使ったので、さらにコアを2個、トラッシュへ」

 

「一度に3個も……!? お猿さん、やるね!」

 

 が、その召喚時効果は強力無比。コスト4のスピリットでありながら、1度に3個ものコアブーストを行ってしまうもの。アンジュも目を見開き、当たり前のように感嘆を口にする。

 純粋な褒め言葉に、エイプウィップもよりご機嫌に。音楽をなぞるように発する鳴き声が、より大きくなった。

 

「エイプウィップに代わって、ありがとうございます。なんだか、自分のことのように嬉しいです!」

 

 バトル中とは思えないくらい、アンジュは素直に褒め言葉を投げかけてくる。星七は、エヴォルと出会ってからというもの、罪竜の争奪戦をはじめ、殺伐としたバトルもしてきた。ここまで素直に敬意と賛辞をぶつけ合えるバトルは、久しぶりかもしれない。

 

「メインステップを続けますよ。

[テッポウナナフシ]を召喚! エイプウィップに直接合体(ダイレクトブレイヴ)!!」

 

 増えたコアを利用し、星七はブレイヴを召喚。その名のとおり、鉄砲のような体のナナフシが、エイプウィップの腕にひっついた。

 

「召喚時効果で、手札をすべて破棄。相手の手札と同じ枚数ドロー」

 

 星七は、2枚の手札を破棄。破棄されたのは、2枚目の[テッポウナナフシ]と[ワイルドライド]だ。そして、新たに、アンジュの手札と同じ枚数──4枚ドロー。手札の枚数の差を逆手に取った。

 

「アタックステップ!

 エイプウィップでアタック!」

 

 使い手の指示を受けて、エイプウィップが勢い良く走り出す。テッポウナナフシがひっついている腕を前へ突き出し、アンジュ目掛けてロックオン。

 

「さすが緑属性ですね……ホルスもそうですが、やはり攻めに転ずるのが速い……!」

 

 イシスが、サラスヴァティーの方を一瞥する。

 

「……さては、わたくし達の場が整っていない今のうちに、4点持っていこうという算段ですね?」

 

 イシスから星七への問い掛けに先に答えたのは、アンジュだった。

 

「4点!? 今、先攻2ターン目だよね? どういうこと……!?」

 

 アンジュも、幼馴染が緑属性の使い手なので、彼らの動きの速攻さを知らないわけではない。それでも、先攻1ターン目に、開始時には5点しかないライフのうち4点を削られるというのは、いざ相手取ると想像以上に厄介だ。

 

「[創界神サラスヴァティー]は、Lv2の【神域(グランフィールド)】によって、自分のアタックステップ中、バトル終了時に自身か「遊精」を回復させることができます。

 

 現在、彼女のコアは4個。系統:「遊精」を持つエイプウィップを回復させることができるのです……!」

 

[星空の冠]は、まだLv1。緑属性は、Lv2からの回復したスピリットを破壊する効果の圏内だが、“ネクサスの効果による回復”には反応してくれない。

 

「マジ……!? ……仕方ない、ライフで受ける!!」

 

 今のアンジュには、使えるコアがない。

 イシスの【神技(グランスキル)】でライフを1点回復することはできるが、彼女らの主戦法はイシスLv2の【神域】あってこそのものだ。まだ使いたくない。

 

 アンジュの宣言と共に、ライフ2個を代償にしたシールドが展開される。そこへ、エイプウィップが、テッポウナナフシを大連射。

 

「んんっ……!」

(ライフ:5→3)

 

 一発目からダブルシンボルによるライフダメージを食らい、アンジュが身体を震わせる。

 

「ライフが減った時、[星空の冠]の常在効果発揮!

 自分のデッキを上から1枚オープン!」

 

 オープンされたのは、[エジットの天使ティティエル]。コスト2以下のスピリットカードではないし、元よりアルティメットが軸となるアンジュのデッキに、対象となるカードは入っていない。だが、どんなカードがオープンされたとしても、手札に加えることは可能だ。ドローを加速する分には問題ない。

 

「サラスヴァティーLv2の【神域】発揮! バトル終了時──」

「いや、待っただよ、星七君!」

 

[星空の冠]の処理が終わり、イシスの読んだとおり、バトル終了時に発揮するサラスヴァティーLv2の【神域】を発揮しようとした星七。しかし、そこへアンジュが待ったをかけた。

 

「手札にあるこのカードは、バースト条件を満たしたとき、自分のトラッシュに黄1色のカードが1枚以上あれば、発動できる!」

 

 アンジュはバーストをセットしていない。だから星七も、エイプウィップで猛攻をかけようと動いたのだ。しかし、アンジュは、手札から発動できる特殊なカードを握っていた。

 

「あたしのライフ減少によって、手札からバースト発動! [エジットの天使モニファーエル]!!

 バースト効果で、ボイドからコア1個をあたしのライフへ! そして、Lv2でバースト召喚!!

 

 コスト5以上の「天霊」スピリットだから、イシスに《神託》もするよ!」

(ライフ:3→4)

 

[エジットの天使モニファーエル]。イシスのデッキにおいて攻防共に活躍する、縁の下の力持ちである。

 褐色肌に、衣装も茶色。全体的に明度も彩度も低いカラーリングで、顔立ちも大人びている。

 

「BP6000……エイプウィップでは越えられませんね…………」

 

 いかに合体しているとはいえ、エイプウィップのBPはたったの3000しかない。強力な召喚時効果を持つ代わり、同コスト帯のスピリットではBPが極端に低いのである。

 

 これでは、回復させてもう一度アタックしたところで、モニファーエルとのBP比べで破壊されるのがオチだ。

 

「……さすがに、そう簡単に通してくれませんね」

「もちろん……! この島のバトスピも、あたしの創界神(パートナー)も、舐められるわけにはいかないもんね……!」

 

 星七は、軽く唇を噛んだ。アンジュも肝を冷やしてはいたようで、元気の良い言葉に緊張の色が宿る。

 

 モニファーエルの登場を受け、星七は当初の予定を変更。エイプウィップを回復させず、サラスヴァティーのコアを温存した。

 

「エンドステップ。

 トラッシュにある[ワイルドライド]1枚は、自分のエンドステップに手札に戻る。

 

 ターンエンド」

 

 星七は、メインステップに[テッポウナナフシ]の効果で破棄された[ワイルドライド]を手札へ。手札交換の際に生じたディスアドバンテージを緩和した。

 

 

○フィールド

・[エイプウィップ(RV)]〈1〉Lv1・BP1000+2000=3000 疲労

↳[テッポウナナフシ]と合体中

・[創界神サラスヴァティー]〈4〉Lv2

バースト:有

 

 

「一進一退、だな……」

 

 ガイが、ぽつりと呟いた。

 

「ああ。星七が先制したけど、都筑さんもライフ回復と手札補充。贔屓目抜きにすれば、今の攻防は都筑さんのほうが上だっただろう。

 ……とはいえ、俺も、もし先攻2ターン目にあんな猛攻をされたら、上手く対処できないかもしれないな」

 

 ガイの呟きに、光黄が反応する。先のアタックは、先に仕掛けた星七が、アンジュのアドバンテージを許す展開になってしまった。とはいえ、この段階でダブルシンボルスピリットによる連続アタックというのは、アンジュに大きなプレッシャーを与えられたようではある。

 

「けど、星七も負けてないぞ? このターン、あいつは3個コアブーストしたうえ、手札交換もしている。次のターンはきっと、もっとすごいのが来るはずだ」

 

 静かに戦況を分析するふたりの間に、ひょいと、ミナトが割って入る。

 彼の言うとおり、メインステップでの動きを見れば、星七のアドバンテージの稼ぎ具合もなかなかのものだ。3個ものコアブースト、手札交換と[ワイルドライド]の回収。

 

「それに──」

 

 さらに、ミナトは少し勿体つけて、

 

「星七は、日に日に強くなってる。まだまだこんなもんじゃないぜ?」

 

 彼と星七と組んでタッグバトルの大会に挑んだことがある仲だ。引っ込み思案な星七がどんどん強くなっているということは、隣で戦ってよくわかった。だから、信頼している。星七はまだまだこれからだ、と──

 

「そうか」

 

 どこか挑戦的な言葉に、ガイはふっと息を吐くように笑った。見知ったばかりの相手から、これだけ真っ直ぐな戦意と闘志を向けられるのは新鮮で、やぶさかでもない。

 

 一息置いてから、ミナトへ向き直ると、

 

「だが、伸びしろと成長速度なら、俺たちの後輩も負けてはいないぞ?」

 

 同じく、後輩に向ける信頼を乗せて、挑戦的な言葉を投げかけた。

 

 ガイとアンジュは、まだ出会って1ヶ月も経っていない。それでも、仮入部でバトルした際に、彼女の強さはひしひしと感じられた。何せ、何度攻めてもライフを削りきれず、半ば強引にデッキアウトさせて勝利を掴んだほどの相手だ。それも、アンジュが握っていたのは、その日初めて使ったデッキであったにもかかわらず。それほどの好敵手を、誇らずにいられるものか。

 

 ──きっと、今戦っている両者は、自分たちの「先輩」からそこまで信頼されているとは思っていないのだろうけれど。

 

 

 

 先攻2ターン目終了直後。

 どちらが勝つかは、まだ誰にもわからない。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 第1回戦は、デザイナーズと比べるとやや差異があるとはいえ、環境を取ったことのあるデッキ同士のバトルです。

 こういうデッキは、うっかりするとワンサイドゲームになりがちなので、いつもプロットが難産です。ヒーヒー言いながら書いてます。それだけ強いからこそ、環境を取れたのでしょうね。

 次回はきっと、それぞれのエースが登場します! もちろん、エヴォルこと[樹進超龍エヴォルグランド]も……!
 適度に期待していただけますと幸いです。

 では、また次のお話でお会いしましょう。


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第14話 特別編1-3 第1回戦後半:燃える命の女神たち

 LoBrisです。

 予告通り、今回はコラボ回第1回戦の後半戦となります。
 文字数の都合で、今回はバトルのみとなります。

 2週間以内に書きたいと言っていたのが、この有様です。
 が、今回書いて確信しました。私の文字数では、安定して2週間以内投稿はキツいかもしれないですね……

 なぜなら、今回、35000文字を超えたからです。
 どう見ても、過去最高文字数です。本当にありがとうございました。


 光黄たちが住んでいる世界は、アンジュたちの住む世界と似ている。

 異世界転移を可能とする機械など、創界神さえ唸らせるほどの、ごく一部のイレギュラーな超技術さえ除けば、文明レベルは同程度。バトルスピリッツの普及率も同様だ。

 

 そんな世界の小さな一点でしかない街の郊外にある、ファミリーレストランにて。昼過ぎ、徐々に客足が減っていく店内で、ある3人組が窓際のテーブルを囲んでいた。だが、窓から差してくる陽光と、クリーム色のソファ席といった明るい雰囲気の店内に対して、彼らの表情はどこか固い。

 

「……ヘルさん、光黄たちがいなくなったってほんとですか…………?」

 

 赤髪の少年が、絞り出すような声を出す。

 彼の名は天上(てんじょう) 烈我(れつが)。光黄たちの友人である。直情径行、前向きで熱血な彼だが、今は友達の行方不明という情報に動揺しきっていた。

 

「ああ。いつもどおり、スピリッツエデンに送り出したはずなんだけどね……彼らの反応が消えたんだ。万が一のために、転移に使う機械に発信機もつけてたんだけど、この世界からも、スピリッツエデンからも、反応を受け取れなくてね……」

 

「ヘル」と呼ばれた男性が、重く頷いた。無精髭をたくわえた、普段ならどこか呑気そうな顔が、真剣な面持ちになっている。

 

「嘘だろ、そんな…………!」

 

 烈我は、冷水の入ったコップを握った。しかし、その腕は少しだけ震えている。

 

 友人の行方不明。それだけでも重く暗い報せなのだが、烈我たちの場合、さらに重くのしかかる事情がある。

 

『くそっ、何やってんだ、あいつらは……!』

 

 烈我の前、テーブルの上で、ティラノサウルスのマスコットのような生物が地団駄を踏んだ。

「憤怒」の罪を冠する七罪龍が一柱・バジュラブレイズ(以下、バジュラ)。烈我のパートナーである。

 

 

 そもそも、七罪龍は「7体揃うとなんでも願いを叶える」と伝えられている代物だ。常識的に考えてしまえば眉唾ものの伝承とはいえ、野心を持つ者の食指を動かすには十分すぎるくらいだ。

 とはいえ、この世界とスピリッツエデンのどちらかに1枚しか存在しないカードを、それも7種揃えるのは極めて困難である。「なんでも願いを叶える」とは言うが、生半可な願いならば、自力で叶えるための努力をしたほうが早い。

 

 しかし──異世界スピリッツエデンには、そんな困難など意に介さないと言わんばかりに、七罪龍を狙う組織が存在した。

 その名も「罪狩猟団(デッドリーハンターズ)」。所属人数・技術力ともに規模が大きく、「帝騎」と呼ばれる幹部たちは、スピリッツエデンでも屈指の実力者揃い。不意打ちだったとはいえ、光黄が捕らえられたこともある。

 そして、それほど強大な組織の頂点に立つ首領は、七罪龍に「世界(スピリッツエデン)の滅亡」を願おうとしているのだ。

 

 

 ──つまり、今や烈我も、光黄も、ミナトも、星七も、世界を背負っているのである。異世界からの、神出鬼没な強敵たちと戦いながら。

 

 そんな折に舞い込んできた、光黄、ミナト、星七の消息が絶たれたという報せ。いかに烈我とはいえ、悪い方向に考えるなというほうが無理だ。

 

(光黄……また攫われていたりしないだろうな…………!?)

 

 特に、光黄の安否が気掛かりで仕方がない。もちろん、ミナトや星七のことも心配だ。だが、烈我にとって、光黄は特別なのである。

 幼少期から、ずっと想い続け、幼き日に彼女と交わした「勝てたら結婚してやる」という約束を愚直に信じ続け、3桁にも及ぶ連敗を経て──それでも「高嶺の花だったから」などという理由で諦める気は到底湧かないくらいの、大事な大事な初恋の相手。

 加えて、過去に彼女が帝騎のひとりに攫われた際、力になれなかったという悔しさもある。そして、今回もまた、自分の知らないところで、光黄が危険な目に遭っているかもしれないのだ。なぜ、こうもタイミングが悪いのか。

 

「くそっ……! 俺が寝坊なんてしていなければ…………!」

 

 ──肝心の、彼がここに残っている理由が「寝坊して、集合に間に合いそうになかったから」なのだが。あまりにも情けないというのは、烈我自身がいちばんよくわかっていた。握ったコップのガラス越しに、氷水の冷たさが手に沁みる。

 

「うん、おじさんも寝坊については擁護できないな」

「いや、ちょっと!? そこは擁護してくださいよッ!?」

 

 烈我のリアクションに、ヘルは「そんなに元気なら大丈夫そうだな」と苦笑した。その裏には、烈我がショックで調子を乱していないことへの安堵と信頼が含まれている。

 

「けれど、結果オーライだったよ……烈我君が出遅れていなければ、3人諸共行方不明になっていたかもしれないからね」

 

 それに、3人全員の反応が途絶えたということは、彼らの抱える事情を鑑みると「罪狩猟団に一網打尽にされた」と考えるのが自然だ。

 もしそのように仮定した場合、烈我が同伴していても、彼も一緒に行方不明になっていた可能性が高い。残念ながら、彼は光黄に1度たりとも勝てていないのである。光黄どころか、行動を共にしていたミナトと星七までもをまとめて下すような強者を破る可能性は低いと言えるだろう。

 

絵瑠(える)ちゃんだけに頼むのも、いろいろと心配だったしね」

 

 烈我のツッコミを無視して、ヘルは、烈我の隣の座る少女へ視線をやった。

 烈我たちと同じものを背負う、この世界に残されている中では、ただひとりの仲間だ。

 

 絵瑠と呼ばれた少女の席の前で、到底彼女のものとは思えない、低い男声がした。

 

『あぁ? 俺だけでは不足とは、もぐもぐ、随分と舐められたものだな』

 

 何かを咀嚼しながらなので、いまいち迫力に欠けるが。

 

「いや、実力云々というより、君が絵瑠ちゃんにしたこと的に心配なんだよね、おじさんは。あと、口に食べ物を入れたまま話すのはやめようね、シュオン?」

 

 ヘルは、浮かべた苦笑の苦味を強くして、声の主──「暴食」の罪を冠する七罪竜・エルドラシュオン(以下、シュオン)を窘めた。

 

 漆黒の体表に、やや歪な形をしたドラゴン──小さくなっても、その禍々しさの片鱗を覗かせる姿をしたシュオンだが、彼は今、絵瑠が頼んだチーズハンバーグをもぐもぐと頬張っている。

 そもそも、彼らがファミリーレストランで話しているのも、絵瑠とシュオンの食べ歩き中に、光黄たちが失踪したという報が入ったからなのである。腹ペコな使い手に連れ回された結果、「暴食」の罪を冠するシュオンも、半ば腹ペコグルメ龍と化しており、それがこのざまであった。

 

『チッ……』

 

 咀嚼していたチーズハンバーグをごくんと飲み込むと、シュオンはそっぽを向いた。

 

 今では絵瑠のパートナーであるシュオン。しかし、最初こそ、絵瑠が抱え込んだ焦り、嫉妬、それらから生まれた欲望を狙い、彼女の身体に取り憑き、利用しようとしていたのだ。ヘルの口から出た「絵瑠ちゃんにしたこと」という言葉には、返す言葉もない。

 

「ヘルさん、私はもう大丈夫ですよ。もぐもぐ。シュオンも、もう私の欲望は小さくなっていて、喰らうに値しないって言ってたし」

 

 そんなシュオンを見兼ねて、ようやく彼の使い手・式音(しきね) 絵瑠が口を挟めた。女性にしては背が高く、身体も成熟している絵瑠だが、自分で頼んだチーズハンバーグを頬張ってご満悦な表情をしているので、子供っぽい。同時に、いまいち緊張感に欠ける。

 

「な、シュオン?」

 

 ハンバーグを飲み込んで、シュオンに呼びかけると、シュオンは「ん……」と、重く静かに頷いた。

 

 ……実のところ、シュオンが絵瑠に語った「喰らうに値しない」という言葉は、半分嘘で半分本当。

 まだ絵瑠の欲望は消えていない。彼女の欲望を喰らえば、力を取り戻すことができる。だが、一度は身体を乗っ取ったのにもかかわらず、今や無邪気に信頼を寄せてくる絵瑠を見ていると、毒気を抜かれるというか──

 傲岸不遜なシュオンがそれほどまでに搖らぎつつあることを、絵瑠も、他の罪竜も、彼らの使い手も、まだ知らない。

 

「だから、私たちも頼ってください。世界を滅ぼすなんて絶対にさせないし、このまま光黄にいなくなられて勝ち逃げされるのは嫌だ。

 ……ミナトも、まあ…………」

 

 ミナトの名前を出した時、少しだけ、絵瑠の顔が斜め下に傾いた。彼女は、ミナトに対して良い印象を持っていない。最悪な出会い方をして以来、彼のことを信用していなかった。

 

 けれど──意識を乗っ取られていたのに覚えているというのも不思議だが──絵瑠がシュオンに憑かれていた時に見せた、ミナトの態度を、言葉を、嘘だとは思えないのだ。

 軽くてチャラい彼が、普段は絶対見せないような怒気を滲ませ、剥き出しにして、本当の“式音 絵瑠”を取り戻そうと自分(シュオン)に挑んできて。彼が救ってくれたから、絵瑠は今ここにいて、七罪竜の使い手として立っている。

 

「……あいつには借りがあるから」

 

 けれど、まだ「助けたい」なんて素直でかわいい言葉は言ってやらない。

 

「……わかった。それじゃあ、まずは、光黄ちゃんたちが行ったはずの座標──スピリッツエデンの島で調査してくれないかな?

 元々、そこで行われるバトスピの祭典に行くつもりだったし、しっかりした会場だから、彼らがそこに辿り着いていたなら、参加者の名簿に名前があるはずだからね。職員に聞いてみれば、手掛かりが得られるんじゃないのかな?」

 

 絵瑠の意図を汲んで、ヘルは、烈我と絵瑠に指示を出した。

 ファミリーレストランという背景には似つかわしくない緊張感を孕んで、残された仲間たちによる、光黄・ミナト・星七救出作戦が始動する──

 

 

 

 ──とはいえ、行方不明になった光黄、ミナト、星七はというと、平和な島で、平和なバトスピ部の部員たちと、平和にバトルしているところなのだが。転移に使った機械を直せる宛ても得られたので、それこそ、本当に心置きなく。

 

 

 ──TURN 4 PL アンジュ

手札:6

リザーブ:6

 

「メインステップ。

 神話(サーガ)ブレイヴ・[天霊王杖ウアス・セプター]を召喚! イシスさんに直接合体(ダイレクトブレイヴ)!!」

 

 イシスの掌へ、天使の片翼を模した黄金の杖が、ストンと静かに落ちてくる。

 その時だった。ウアス・セプターの先端から眩い光が放たれると共に、サラスヴァティーのシンボルが、創界神特有の雫型から、黄色い楕円形に変色・変形してしまった。楽器を奏でていたサラスヴァティーが、一瞬驚き、わっと跳び上がる。

 

「サラスヴァティーのシンボルが……!?」

 

 星七も、初めて見る現象に瞠目した。

 

「ウアス・セプターのネクサス合体中効果・【神域(グランフィールド)】で、相手の創界神ネクサスすべてのシンボルを黄色に!

 この効果以外でシンボルの色は変更されないし、そのシンボルはお互いのシンボルとして扱うよ!」

 

 してやったり! と言わんばかりに、アンジュはサラスヴァティーの方をビシッと指差した。

 

 黄属性のカードが入っていない星七のデッキにとって、ウアス・セプターの【神域】効果は、実質的なシンボル奪取だ。

 

「続けて[エジットの天使 ティティエル]を召喚!

 系統:「天霊」を持つアルティメットの召喚によって、イシスさんに《神託(コアチャージ)》!

 これで、イシスさんはLv2だよ!」

 

 小さな2枚1対の白い羽を背負った天使が、今日もイシスへ花を贈る。前回とは花の色が違うが、前回と同じようにイシスが微笑みかけていた。彼女らのバックでは、イシスの【神域】によってもたらされた花吹雪が舞う。

 

「ティティエルの召喚時効果で、デッキの下から1枚ドロー!

 

[星空の冠]をLv2にして、ターンエンド」

 

 

○フィールド

・[エジットの天使モニファーエル]〈1s〉Lv2・BP6000

・[エジットの天使ティティエル]〈1〉Lv3・BP4000

・[創界神イシス]〈5〉Lv2

↳[天霊王杖ウアス・セプター]と合体中

・[星空の冠]〈1〉Lv2

 

 

 

 ──TURN 5 PL 星七

手札:6

リザーブ:8

 

(攻めてこなかった……罠かな? それとも────)

 

 早々と攻め立てに行った星七に対し、アンジュは動かず。彼女の意図がわからない以上、星七も少し攻めづらい。

 

 だが、既に彼の手札には、エヴォルに負けない切り札が握られていた。

 ウアス・セプターの効果で出しづらいが、出すなら今だ。

 

「メインステップ。

 まずは、[乙の跳獣ドロップロップ]を召喚。

 系統:「遊精」を持つコスト3以上のスピリットの召喚によって、サラスヴァティーに《神託》

 

 召喚時効果で、ボイドからコア1個をドロップロップ自身に置きます」

 

 ぴょん、と、耳の垂れ下がった兎(ロップイヤー)のようなスピリットが、フィールドに飛び込んでくる。小さな口にコアを咥えてきて、「いいもの拾ったよ!」と自慢するように、星七とサラスヴァティーへ見せつける。その無邪気な様に、星七とサラスヴァティーも自然とにっこり。

 

「そして──

 女神より生み出されし蒼白の獣! 美麗なるその姿をいざ現せッ! [神聖天獣ガーヤトリー・フォックス]召喚!!」

 

 ゆっくりと、狐のような姿のスピリットが、星七のフィールドへ歩いてくる。整った蒼白い毛が、太陽の光を浴び、輝いて見えた。

[神聖天獣ガーヤトリー・フォックス]。創界神サラスヴァティーの化神たるスピリットだ。動物型の化神にしてはサイズが小さめだが、その能力は他の化神に引けを取らない。

 

「系統:「遊精」を持つコスト3以上のスピリットの召喚によって、再びサラスヴァティーに《神託》!

 

 召喚時効果で、サラスヴァティーにコアを2個追加!

 さらに【界放:1】! サラスヴァティーのコア1個をガーヤトリーに置いて、このターン、相手のバースト効果発揮を封じます!」

 

 現れたガーヤトリー・フォックスは、見かけによらずマイペースなのだろうか。まずはサラスヴァティーの下に歩み寄り、その場でおすわり。

 サラスヴァティーにはその意図がわかるようで、嫌な顔ひとつせず、むしろ花開くような笑顔で、ガーヤトリー・フォックスを優しくなでなでした。喜んだガーヤトリー・フォックスは、サラスヴァティーに身体を擦り付けてじゃれつく。

 

 バトル中にもかかわらず緊張感のない光景だが、この行為によってガーヤトリー・フォックスは真の力を発揮する。

 

「出ましたね、創界神サラスヴァティーの化神、ガーヤトリー・フォックス……

 バーストをセットしていないとはいえ、モニファーエルも封じられてしまいましたか…………」

 

 イシスが心配そうにアンジュの方を振り向いた。

 先を憂える彼女の視線を受けて、アンジュは唾を呑みながらも、しっかりと頷いた。普段は良い意味で緩んでいる表情が、今は少し固い。

 

「[エイプウィップ(RV)]に合体していた[テッポウナナフシ]を、ガーヤトリー・フォックスに交換!

 

 ……都筑さん、行きますよ!」

 

「うん……! きっと──ううん、絶対に止めてみせるから、かかってきて!!」

 

 サラスヴァティーのコアも増え、化神も合体し、いかにも準備万端なこの状況。

 

「アタックステップ。

 まずは、僕のアタックステップ開始時に、サラスヴァティーの【転神(グランフォーゼ):2】を発揮!

 サラスヴァティーのコア2個をボイドへ置いて、このターンの間、このネクサスは、Lv1/Lv2BPが3000のスピリットとしても扱い、創界神ネクサス以外では破壊されません!」

 

 アタックステップ開始と共に、サラスヴァティーがバトルフィールドに躍り出た。フィールドに降り立った彼女を、遊精のスピリットたちが、拍手や黄色い声援で出迎える。まるで、舞台に上がったアイドルを出迎えるファンのようだ。

 

「えっと、何……? ぐらんふぉーぜ?」

 

 しかし、普段なら、ノリノリでサラスヴァティーを出迎えそうなアンジュは、聞き慣れない効果に困惑していた。

 

「【転神(グランフォーゼ)】──『インディーダ』という勢力に属する創界神が、自分の世界を伴わずに単独で他世界へ往来するために編み出した秘技中の秘技……」

 

 イシスが、険しい表情で、サラスヴァティーの方を見つめていた。

 

 本来創界神は、自身の世界に強すぎる縁で結びついており、自らの世界を伴わなければ、他の世界へ移動はできない。そこで、サラスヴァティーらが属する勢力「インディーダ」の創界神が編み出した秘術が【転神】だ。一時的に世界との結びつきを緩めることで、単独で他の世界へ渡ることができる。

 そして、ルールに則った試合(バトル)における【転神】は、自陣と結びつきフィールド全体に様々な効果を及ぼす創界神が、一時的に結びつきを緩めて、相手のフィールドへ攻め込むことができる能力となる。 

 

「……あくまでも、世界間の戦争の抑止力としての技なので、BPだけなら大した脅威ではありません。ですが、彼女らは創界神なので、スピリットになっている間も、創界神ネクサスを対象とした効果しか受けません……気をつけてください」

 

 イシスからの説明を受け、アンジュは静かに頷いた。そして、フィールドへ向き直る。いよいよ、ファーストアタックだ。

 

「いきますよ! ガーヤトリー・フォックスでアタック!!

 

 アタック時効果で、系統:「遊精」を持つ自身とサラスヴァティーへ1個ずつコアブースト!!」

 

 蒼白の天狐が、アンジュのフィールドへと駆け出した。自身を奮い立てるようにあげた鳴き声は、サラスヴァティーへの声援にもなり、彼女に力を与える。それは、さながら奏者と観客が互いのボルテージを上げ合っているよう。

 

「さらに、フラッシュタイミング!

 手札にあるこのカードは、召喚コストを、自分のリザーブから支払うか、自分の赤/緑の創界神ネクサスからボイドに支払って召喚できます!

 よって、緑の創界神ネクサス──サラスヴァティーから2コストをボイドに支払って、[音獣エイトーンラビット]を【音速】召喚!!

 さらに、系統:「遊精」を持つスピリットの召喚によって、サラスヴァティーに《神託》!」

 

 さらに、サラスヴァティーが音色を奏でると、それに惹かれたスピリットが1匹、たたたっと駆け寄ってきた。

[音獣エイトーンラビット]。小兎のような姿をしたスピリットだが、他の「遊精」たちとは違う点がひとつ。

 

「あっ、この子かわいい! 【音速】だから、耳も音符型なのかな……?」

 

 アンジュの気づきどおり、兎特有の長い耳が生えているはずの部分が、8分音符の形になっていた。音楽を司るサラスヴァティーの眷属らしい特徴だ。小兎というだけでも可愛らしいのに、音符型の耳というのは、アンジュのようなかわいいものが好きな女の子のハートを掴むには十分すぎる威力だった。

 

「しかも、サラスヴァティーさんのコアが召喚コストになっちゃうなんて……創界神の皆の仲間たちには、こんなスピリットもいるんだ!」

 

【音速】の効果に言及するのが後回しになるくらいには。

 エイトーンラビットは3コスト1軽減。【音速】の条件に合う創界神ネクサスであるサラスヴァティーから2コスト支払って召喚されている。そして、サラスヴァティーの《神託》対象でもあるので、払った1コストは既にサラスヴァティーへ返ってきていた。

 

「はい。ですが、エイトーンラビットの効果は、ただサラスヴァティーのコアで召喚できるだけではありませんよ?」

 

 関心と感心が止まらないアンジュ相手に、引っ込み思案な星七も、少し得意げに。

 

「エイトーンラビットの召喚時効果発揮! 相手のスピリット1体、モニファーエルを疲労させます!」

 

 エイトーンラビットの耳の音符から、子守唄のような優しい音色が奏でられる。それを聞いたモニファーエルは欠伸(あくび)をし、はっとする。眠気を自覚してから、抵抗しようと目をこするが、睡眠欲には逆らえず、目を閉じ眠ってしまった。

 

「創界神のコアでフラッシュに召喚するだけじゃなくて、疲労まで!? かわいくて強いとか、最高じゃん!!」

 

 フラッシュタイミングに召喚コストを創界神のコアから捻出し召喚できるうえ、召喚時に相手のスピリットを疲労させる効果を発揮するので、奇襲性も抜群。召喚した後は、単純な追撃要員にもなる。

 シンプルながら強力な効果だが、これを食らってなおアンジュは渋面を見せない。エイトーンラビットを「かわいくて強い」と評価し、興奮している。

 

 アンジュに評価されたエイトーンラビットは「わーい、褒められたー!」と言うように、その場でぴょんぴょん跳び跳ねた。その様子を、サラスヴァティーが微笑ましげに眺めている。

 

「……だけど、ごめんね、エイトーンちゃん! あたし、このままやられるわけにはいかないんだよね……!」

 

 それでも、いくら平和だろうが、ここは真剣勝負の場。スピリットのかわいさに絆されて負けるわけにはいかない。

 

 アンジュは、断腸の思いで、手札にある1枚を提示する。

 

「フラッシュタイミング!

[星空の冠]のソウルコアをトラッシュへ置いて、モニファーエルに《煌臨(こうりん)》! あたしたちを助けてくれるヒーローを喚んじゃうよ!!」

 

 モニファーエルの身体が、光に包まれる。

 その中で、彼女の姿がみるみるうちに変わっていった──というよりは、単なるコスチュームチェンジである。

 

「[仮面ライダー鎧武 カチドキアームズ]! いざ出陣、えいえいおーっ!!」

 

 光が晴れて、現れたのは橙色の鎧兜。その姿は、乱世を駆け抜ける武将のよう。

 しかし、中身はモニファーエルなので、明るくノリ良く、使い手に合わせて「えいえいおーっ!」と周囲を鼓舞している。

 ……というか、身も蓋もないことを言ってしまえば、「[仮面ライダー鎧武 カチドキアームズ]のコスプレをしているモニファーエル」だ。

 

「ライダースピリット……!?」

 

 意外な相手の煌臨に、星七は息を呑んだ。天霊を相手していると思ったら、いきなり仮面ライダー──実際には、そのコスプレをしたモニファーエルである──が出てきたのだ。無理もない。

 

「そっちの世界では『ライダースピリット』って言うんだ。なんだかそっちのほうが格好いいかも!」

 

 アンジュも、星七の口をついて出た聞き慣れない言葉に、好奇心で胸を高鳴らす。

 

「処理を続けるね!

 召喚・煌臨時効果発揮! 相手のスピリット/アルティメット2体をBP-15000して、この効果でBP0になったとき破壊できる!

 エイプウィップ君とエイトーンちゃんをBP-15000! BP0になるから、破壊させてもらうよ! ごめんねっ!」

 

 鎧武カチドキアームズの背中に備えつけられた2本の旗・「カチドキ旗」。ただの装飾に見えるそれは、間合いの広い杖のような武器として機能する。

 

 鎧武カチドキアームズが2本の旗を薙ぎ払うと、それに合わせて強力な熱波が発生。それに吹き飛ばされたエイプウィップとエイトーンラビットの動作は、鎧武カチドキアームズと比べてゆっくりしたものになっていた。

 

「っ……!? ガーヤトリー・フォックスを破壊してこなかった…………!?」

 

 突然現れた異世界からの伏兵。その威力に星七は驚き、次に一見不可解な選択に驚かされる。

 BP-15000、BP0になれば破壊できるのであれば、合体してもBP12000のガーヤトリー・フォックスを破壊できたはずだ。そちらを破壊したほうが、ダブルシンボルのアタッカーを防ぐことができ、ライフダメージが少ない。

 さらに言ってしまえば、煌臨でソウルコアをトラッシュに送ったおかげで[星空の冠]はLv1。【転神】して「スピリット」としても扱うようになったサラスヴァティーのLv2【神域】による回復も封じられない。

 

 常にポジティブで、対戦相手へのリスペクトを欠かさないアンジュの笑顔が、今では一種のポーカーフェイスのように感じられた。劣勢なのか、まだ反撃手段を残しているのかが読めない。まるで、眩しい光で目が眩んで、周囲が見えなくなってしまうようだ。

 

「……でも、ガーヤトリー・フォックスのアタックは継続中です!」

 

 一度走り出した天狐の足は、もう止められない。星七は顔を上げ、ガーヤトリー・フォックスの進行方向と同じ正面を、しっかりと見つめた。

 

「うん、わかってるよ! ライフで受ける……!!」

(ライフ:4→2)

 

 それに応えて、アンジュはしっかりと頷き、ガーヤトリー・フォックスの攻撃をライフに刻んだ。毛並みの整った尻尾が、2つのシールドを撫でるように、しかし力強く、叩き、打ち砕く。

 

「っつぅ……! やっぱり、ダブルシンボル2連発はキツイなぁ……!」

 

 蓄積した痛みに後退しそうになった身体を、呼吸を整えながら整える。が、アンジュの瞳から闘志の炎は消えていない。

 

「だけど、相手によってあたしのライフが3以下になったとき、手札からこのカードを召喚できる!

 

[エジットの天使ネチェリエル]!

 系統:「天霊」を持つアルティメットの召喚によって、イシスさんに《神託》!!」

 

 アンジュの手札から、自軍の危機を感じて、小さな天使が駆けつけた。

 

[エジットの天使ネチェリエル]。小さく細身な身体に不相応な冠をかぶり、灰色の細めな双翼を背負う天使だ。

 

「召喚時効果で、効果で召喚されたとき、相手のスピリット1体をBP-17000して、BP0になったら破壊! ガーヤトリー・フォックスにも退いてもらうよ!」

 

 ネチェリエルが力任せに「えいっ!」と杖を振ると、上部の先端から黄色い光線が発射される。それは、ガーヤトリー・フォックスに命中し、彼女を光の粒子に変えてしまった。

 

「ガーヤトリー・フォックスまで……!? ……あえてアタックを通したのは、このためだったんだ……!」

 

「それだけじゃないよ! [星空の冠]の常在効果で、ライフが減ったとき、デッキの上から1枚オープン!」

 

 アンジュがあえてガーヤトリー・フォックスのアタックを通したのは、ネチェリエルを召喚するためだけではない。

[星空の冠]の効果で、デッキを1枚オープン。捲られたのは──

 

「[水の熾天使ミレディエル]…………!?」

 

 バトルフィールドの外で、星七を見守っていた光黄が、表情を険しくした。

 

[星空の冠]で捲られたカードは、召喚できないカードでも手札に加えることができ、今回もアンジュの手札に加わる。この[水の熾天使ミレディエル]は、ゲーム中に1回しか使えない代わりにライフを3個回復できるという、バトスピにおいても最高クラスのライフ回復効果を持つカードだ。

 

 ……このターン、星七は残ったドロップロップと、【転神】したサラスヴァティーで2回アタックすれば、現状の盤面だとライフを削りきれる。

 

 しかし、アンジュの手札には[イシスの力]が温存されている。フラッシュタイミングに、1枚ドローし、手札の「エジットの天使」を踏み倒して召喚するマジックカード。この効果で1体でもブロッカーを出されれば、凌ぎきられてしまう。

 

 加えて、下手にアタックすれば[星空の冠]の効果で、さらにデッキを掘り進められる。そうすれば、次のアンジュのターンで、星七が不利になってしまうのは明白だ。

 

「都筑のバトルは、ライフ回復による耐久だ。星七の攻めも見事だが、アレが相手では息切れも視野に入りかねないぞ。……実際、俺がそうだった」

 

 ミレディエルのカードを見て、ガイも少々渋い表情を見せた。部の後輩を応援しているものの、彼もこの耐久力の被害者なのだ。

 

 星七の手札は3枚。

 緑で一般的な手札補充の要である[テッポウナナフシ]は、既に2枚落ちている。比較的手札の補充が苦手な緑では「息切れ」もそう遠くはないだろう。

 

「あっさり凌ぎきられちゃいましたね……ターンエンドです」

 

 星七は、【転神】させたサラスヴァティーをアタックさせることなく、ターンエンドを宣言。自嘲と、アンジュへの称賛から、微苦笑を浮かべた。

 

 

○フィールド

・[乙の跳獣ドロップロップ]〈1〉Lv1・BP2000

・[テッポウナナフシ]〈1〉Lv1・BP2000 疲労

・[創界神サラスヴァティー]〈5〉Lv2

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 6 PL アンジュ

手札:6

リザーブ:8

 

「メインステップ。

[水の熾天使ミレディエル]をLv2で召喚!

 系統:「天霊」を持つコスト5以上のスピリットの召喚によって、イシスさんに《神託》!」

 

 アンジュのターン。先程、[星空の冠]で手札に迎えられたばかりのミレディエルが、早速フィールドに降り立った。 

 

 他の天使よりも大きな4枚羽。澄んだ水のような青い髪が、花吹雪を吹かせる【神域】の風に靡く。美しくも凛々しいその姿は、さながらエジットの乾きを潤しにきた救世主のよう。

 本来は、彼女ら四大熾天使とエジットの天使たちは敵対しているのだが、「守るべき世界」という枷がなくなった今、能天気で根が優しい彼女らは、そのような些事を気にしない。

 

「鎧武カチドキアームズと、[星空の冠]をLv2に。

 

 アタックステップ! 今度はこっちの番だよ!!」

 

 攻撃準備を整え、いよいよアンジュの反撃が始まる。

 

「ミレディエルでアタック!

 アタック時効果で、ゲーム中に1回、ボイドからコア3個をライフへ!!」

(ライフ:2→5)

 

 水の熾天使のもたらす恵み。青く澄んだ水は、結晶化してコアになり、アンジュのライフを癒やす。

 

 これで、ライフ5。星七からすれば、振り出しに戻ってしまった。

 

「さらに、Lv2・Lv3のアタック時効果で、ライフのコア1個をミレディエル自身に置いて……っ! [テッポウナナフシ]をデッキの下に戻して、回復するよ!!」

(ライフ:5→4)

 

 しかし、アンジュは回復するだけに終わらない。ミレディエルから受けた癒やしの一部を彼女に返し、勝利へと邁進し始める。

 

 アンジュのライフを受け取ったミレディエルは、使い手へしっかり頷いた。剣を持っていない方の手を、星七のフィールドへ向けて翳すと、彼女の後方から走り出した激流が、フィールドに残されたテッポウナナフシを呑み込んでいく。

 

「自分でライフを減らして、回復……!?」

 

 星七は、アンジュの戦い方に度肝を抜かれた。

 ライフダメージの痛みも辞さず、自分でライフを砕き、スピリットに捧げたのだ。いくら耐久力が高く、回復を得意としているとはいえ──元が引っ込み思案気味な星七は「自分にそんな勇気はないなぁ……」という風に考えてしまう。

 

「うん! だけど、今、イシスさんはLv2! このまま、星七君も道連れにしちゃうよ!!」

「み、道連れっ……!?」

 

 しかし、アンジュの、そこそこ不穏な言葉によって、星七は我に返った。自分でライフを減らして「道連れ」ということは──

 

「イシスさんのLv2【神域】発揮!

 自分のアタックステップ中、系統:「天霊」を持つ自分のスピリット/アルティメットすべては、効果で自分のライフを減らしたとき、ターンに1回ずつ、相手のライフのコア1個を相手のリザーブに置く!

 ミレディエルの“効果で自分のライフを減らした”から、星七君のライフ1個もリザーブへ送らせてもらうね!!」

 

「お願い、イシスさん!」というアンジュの掛け声に応え、イシスの杖から眩い光弾が放たれた。

 

「うっ……! なるほど、たしかに『道連れ』ですね…………!」

(ライフ:5→4)

 

 イシスからの奇襲。星七は、少しだけ荒くなった呼吸を整え、彼女を見つめる。

 

「ええ。貴方の創界神が生命力を繁茂させ、軍勢を強くすることを得意としているのは聞き及んでいますが……生命力を操る技では、わたくしも負けてはいませんよ?」

 

 イシスが、星七のフィールドに立つサラスヴァティーへ目配せし、にこりを笑った……が、そのゆったりとした笑顔と、感じさせる余裕は強者のそれ。

 サラスヴァティーが一瞬だけびくりと身震いし、星七もごくりと唾を呑んだ。

 

「まだ終わらないよ! 自分のライフが減ったから、[星空の冠]の効果で、デッキから1枚オープン!」

 

 さらに、アンジュのライフが減ったことで、[星空の冠]の効果が発揮される。捲られたカードは──[星天使女神イシスター]。イシスの化神が、アンジュの手札に加えられた。

 

「[星空の冠]のリバイバル前の効果発揮タイミングは『自分のライフが減ったとき』。『相手によって』という指定がないから、自分でライフを減らす都筑さんのデッキでは、こっちのほうが向いているんだな……」

 

 アンジュの最初のターン、リバイバル前の[星空の冠]の採用に疑問を呈していた光黄が、納得したように呟いた。

 そこへ、ガイの「正解だ」という一言が返ってくる。

 

 たしかに、リバイバルの同名カードであれば、Lv1からの常在効果で、「相手によってライフが減った時」、オープンを介さずに──情報アドバンテージのロスなく手札を増やすことができる。Lv2の効果も、スピリット/アルティメット問わず、色が合っていて効果で回復したのであれば問答無用で破壊できる上位互換だ。

 

 だが、リバイバル前だと、常在効果の発揮タイミングは「ライフが減ったとき」。リバイバル後とは違い、“自分でライフを減らした”場合にも、効果が発揮されるのだ。

 

 一般的なデッキには、自分でライフを減らす手段はなく、リバイバル後のほうが使いやすいとされている。しかし、アンジュのデッキは、ライフを回復し、それを自分で減らすことで、イシスの【神域】をはじめとした強力な効果を発揮する。その関係上、リバイバル前のほうが、自傷に伴うドローを見込むことができ、都合が良かったのだ。

 

「まだまだいくよっ! 鎧武カチドキアームズLv2・Lv3のアタックステップ中の効果!

 あたしのスピリットがアタックしたとき、このターンの間、相手のスピリット/アルティメット1体をBP-10000! BP0の相手のスピリット/アルティメット1体をデッキの下に戻すよ!

 

 残ってるドロップロップちゃんをBP-10000! BP0になるから、デッキの下に帰ってもらうね!」

 

 天使たちの攻勢はまだ終わらない。

 鎧武カチドキアームズが、火縄銃型の武器「火縄(ひなわ)大橙(だいだい)DJ(ディージェイ)(じゅう)」で援護射撃。良い意味で武器の見た目に見合わない、マシンガンのような連射が、ドロップロップを撃ち抜いた。

 

「僕のフィールドが、更地に……!?」

 

 これで、星七のフィールドには、スピリットがいなくなった。

 ライフが尽きない限り、ミレディエルは回復し続ける。このままでは、星七の敗北は決定的だ。

 

「でもっ……! そのライフバーンは、僕のバーストのトリガーです!

 

 ライフ減少によって、バースト発動! 『斬騎士ラグマンティス』!!」

 

 しかし、まだ星七には対抗策が残されていた。

 バーストエリアに伏せられていた殻人の騎士[斬騎士ラグマンティス]が、使い手の危機に駆けつける。

 

「バースト効果で、ミレディエルと鎧武カチドキアームズを疲労! その後、疲労状態のミレディエルをデッキの下に戻します!

 これらの効果は、『フィールドに残る』効果以外では防げません!

 

 そして、ラグマンティスをLv3でバースト召喚!

 系統:「天渡」を持つコスト3以上のスピリットの召喚によって、サラスヴァティーに《神託》!」

 

 現れたラグマンティスが、両手の刃で虚空を切り裂くと、緑の衝撃波が発現。それは高速でミレディエルと鎧武カチドキアームズへ突撃し、彼らを横転させた。

 それだけに終わらず、ラグマンティスはミレディエルに肉薄。彼女に剣で迎え討つ暇も与えず、腹部を十字に強く切り裂く。

 

 重傷を負ったミレディエルは、切り裂かれた瞬間、無数の水滴に姿を変え、飛び散っていった。

 

 星七のフィールドに戻ったラグマンティスは、元のポジションに戻って残心。彼の立ち姿は、まさに、星七のフィールドを守る騎士のようだ。

 

「ッ……! 甲殻騎師団からの援軍、ですか……!」

 

 イシスが目を見張った。

 ラグマンティスは、サラスヴァティーの眷属ではない。「オリン」の軍神である創界神アレスの眷属だ。

 そのアレスがまた堅物で気難しいので、彼が率いる「甲殻騎師団」の者がどこかほのぼのとしている遊精たちの中にいるということに、どうしても違和感を拭えない。

 

「うーん、これはやられたなぁ……」

 

 アンジュも、少しだけ弱気な声を出す。

 

 ちらりと星七のフィールドへ視線を向けた。彼を守るように立つラグマンティスは、BP12000。アタックできるティティエルとネチェリエルでは超えられない。

 鎧武カチドキアームズの効果は、“スピリット”がアタックした時にしか発揮されないので、BP-効果で強引に突破することも不可能だ。星七も、それを見越したうえで、鎧武カチドキアームズを疲労させたのだろう。

 片方のアタックは通せるとはいえ、せっかくウアス・セプターの【神域】によって、星七のシンボルを減らしているのだ。今は下手にコアを与えず、アルティメットゆえの効果の受けにくさから、受けに回ったほうが得策だと考えた。

 

「僕のフィールドも、だいぶ苦しいですけどね……」

 

 アンジュの弱音に、星七も微苦笑した。彼も、ラグマンティスの効果発揮までに、今まで召喚していたスピリットたちすべてを除去されているのだ。まだ「逆転」と言うには、状況が芳しくない。何より、次のアンジュのターン、イシスの化神・イシスターが召喚される。しかし、今の星七には、まだ勝算が見えていなかった。

 

「あはは、苦しいのはお互い様かぁ……」

 

 そう呟くと、アンジュは「ターンエンド」と宣言。星七にターンを譲った。

 

 

○フィールド

・[仮面ライダー鎧武 カチドキアームズ]【煌臨中】〈2〉Lv2・BP10000 疲労

・[エジットの天使ネチェリエル]〈1〉Lv3・BP8000

・[エジットの天使ティティエル]〈1〉Lv3・BP4000

・[創界神イシス]〈7〉Lv2

↳[天霊王杖ウアス・セプター]と合体中

・[星空の冠]〈1〉Lv2

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 7 PL 星七

手札:4

リザーブ:9

 

(攻めてこなかった……やっぱり、ウアス・セプターの効果で動きにくくするためか…………)

 

 星七は、カードが置かれた盤上を見下ろした。サラスヴァティーのシンボルが実質奪取されている以上、彼のフィールドのシンボルは、ラグマンティスの持つ緑シンボル1個しかない。

 

(だけど、今出しておかないと、決めづらい……!)

 

 次に、手札を見る。その中には、彼の相棒であるエヴォルの描かれたカードが1枚、握られていた。

 

「メインステップ。

[ゴッドシーカー 休音獣チンチラスト]を召喚!

 

 系統:「遊精」を持つスピリットの召喚によって、サラスヴァティーに《神託》!」

 

 最初に召喚されたのは、サラスヴァティーのゴッドシーカー。その名のとおり、チンチラのような姿をした彼(あるいは、彼女)は、召喚された直後はくぅくぅ寝息をたてていた。が、バトルフィールドに着地する直前に、慌てて目を覚まし、目を見開く。じたばたしながらも、なんとか足で着地し、ほっと一息。

 

「召喚時効果で、デッキから4枚オープン!」

 

 チンチラストが、8分休符のような形の尻尾をゆっくりゆさゆさ振ると、耳に心地良い鈴の音が、チリンチリンとフィールドに響き渡った。サラスヴァティーも、それに合わせて奏でる曲を変更。1柱と1匹のハーモニーが、森の仲間たちを呼び寄せる。

 

 デッキから捲られたのは、[英雄獣の爪牙(ヒーローズクローズ)][神楽器サヴィトリー・ヴィーナ][テッポウナナフシ][音獣ノーツパリア]。

 

「系統:「神話(サーガ)」を持つ[神楽器サヴィトリー・ヴィーナ]を手札へ!

 そして、自分の緑の効果でデッキからオープンされた[英雄獣の爪牙]を手札へ!

 さらに、自分の緑のスピリットの効果でオープンされた[音獣ノーツパリア]は、自分の手札が5枚以下のとき、手札に加えられます!

 

 残った[テッポウナナフシ]はデッキの下へ」

 

 オープンされたカードのうち、対象は1枚のみ。しかし、[英雄獣の爪牙]と[音獣ノーツパリア]が、それぞれの効果で星七の手札に加わった。

 

「オープンされた時、手札に加わるカードかぁ。「遊精」にも、そういうカードってあるんだね!」

 

 星七の手札に入ったカードを、アンジュがニコニコしながら見ている。

 

「『「遊精」にも』……?」

 

 何かを思い出したような、その言い方に、星七が首を傾げた。

 

「ああ、えっとね……あたしの友達に、強い緑属性使いがいるんだよね。その子は「爪鳥」使いなんだけど、似たような効果のカードを持ってたなぁ、って。たしか、ヤタガライ、だったかな?」

 

 アンジュの脳裏に過ぎったのは、ちょっと卑屈な幼馴染と、彼の仲間たち(デッキ)。基本は速攻、防御は主に疲労効果。オープンした際に手札に加えられるカードを擁し、何より──

 

「もしかして、星七君たちって、なんだかあたしの友達に似てる? かも……」

 

 少し引っ込み思案で、それでも一度フィールドに立てば、かわいい仲間たちと共に全力でかかってくるところが、どこか似ていた。尤も、バトルに対する積極的さは段違いだが。

 

「ありがとうございます。都筑さんが『強い』と言うような相手と『似てる』って言ってもらえるなんて……ちょっと照れちゃいます」

 

 星七も、速攻をしかけているはずなのに、ここまで耐えきっている強者が評価するバトラーと「似ている」と言われて、少し頬を赤らめる。が、表情はまんざらでもなさそうだ。

 

 一息吐いて、照れから浮つきかけた心を落ち着ける。

 そして、いよいよ、相棒が描かれた手札のカードを掴んで、

 

「では、いきます……!

 

 数万年の時より生きし伝説! 怠惰なる龍! あらゆる環境、困難さえも己が進化する糧としろ!! [樹進超龍エヴォルグランド]、Lv3で召喚ッ!!

 

 不足コストはラグマンティスから確保し、ラグマンティスはLv1にダウン」

 

 地響きと共に大地が揺れ、バトルフィールドの地表に亀裂が走る。

 

 アンジュのフィールドで、何事かとティティエルとネチェリエルが慌てて、鎧武カチドキアームズ──というよりは、中身のモニファーエルが、ティティエルたちを庇うように前に出た。

 

 星七と共に戦い慣れているはずのチンチラストも、地鳴りに驚き、思わず跳び上がった。それを見兼ねたラグマンティスが、手にした刃を一度手放して、驚いているチンチラストを抱っこしてやる。

 すると、チンチラストは安心したように脱力し、ラグマンティスの両腕に身を委ねた。あまりの懐かれように、ラグマンティスも少し辟易としている。

 

 そして、天使たちが額に汗を一筋かきながら、

 サラスヴァティーと、ラグマンティスの腕の中のチンチラストは驚きつつも興味深げに、

 ラグマンティスが真剣に見守る中、

 

 地面に走った亀裂から、緑豊かな山林が──否、山林を背負ったように見えるほどの巨体を誇るドラゴンが、姿を現した。

 

[樹進超龍エヴォルグランド]。

「怠惰」の罪を冠する、七罪龍が一柱である。

 

「でかっ!? これが、エヴォルさんの本当の姿なんだ!?」

 

 その大きさに、アンジュも面食らっている。

 

 最初に会ったときは、SDサイズ化していたため、龍というよりも亀のように見えたエヴォルだが、バトルフィールドに立ち上がった彼本来の姿は、まるで山ひとつを丸ごと背負ったように見えるほど巨大。どう見ても“亀”なんかではない。紛れもなく“(ドラゴン)”だ。

 

 ソウルコアの結界内では、巨大なスピリットは結界内部の面積に合わせて、1/nのスケールで現れる。

 エヴォルの姿も、本当はもっと大きいのだろうか──アンジュの興奮はまだまだ冷めない。

 

『ほっほっほ、驚かせてしまったかの?』

 

 エヴォルが穏やかに、やや怯えた様子の天使たちを見下ろすと、ネチェリエルが「驚いてないですー!」というようにエヴォルのほうをしっかりと見上げ、少しだけ鋭い視線をぶつけた。

 

「まさか! むしろ、すごく興奮してるよ、あたしは!!」

 

 アンジュも、エヴォルの巨体を見たくらいでは臆さず、より自らの心を奮い立たせる。

 

「さすがですね、都筑さん……今まで、全然怯えたりしてない。ずっと笑顔で、なんだか憧れちゃいます」

 

 そんなアンジュを見て、星七は、引っ込み思案な自身へのもどかしさを含めた言葉と微笑みを零した。

 

「『笑う門には福来たる』って言うでしょ? 早々と諦めて浮かない顔するより、無謀でも諦めないで『まだやれる! あと一踏ん張り!!』って思い続けたほうが、デッキもそれに応えてくれるかなぁ、ってね。

 きっと、星七君にもできると思うよ!」

 

 アンジュには、虚弱だった星七の過去や、彼らが臨んでいる世界の存亡を賭けた事情を知らない。知る由もない。けれど、星七の「憧れ」が純粋に嬉しくて、お礼代わりに、自然と激励が口をついて出た。

 

「『諦めない』か……」

 

 星七は、アンジュが口にした言葉を反芻した。

 彼女と似た姿勢でバトルに挑む人物を、星七も、どこかで見たことがあって──

 

「都筑さんも、なんだか、僕が憧れてる人に似てる気がします」

 

 まだ、人に声を掛けるのも苦手だったあの頃、ショップで見た背中。それは、正直「大きな背中」とは言えないけれど。自分の気持ちを声高く叫んで、何度負けても、決して諦めず、また挑む。そこにどんよりとした感情はなく、ひたむきに、熱く、何より、心の底から楽しそうにバトルする“彼”の姿に惹かれた。自分も、そんな輝きを放てるくらい、心の強い人になりたいと思った。

 そして「バトスピを始めれば、自分もこんな風に変われるだろうか」という希望と共に、星七はカードを手に取ったのである。 

 

「えっ、そうなの? ……あはは、今さっき、あたしのほうから似たようなこと言ったくせに、なんだか照れちゃうなぁ」

 

 アンジュは、ほんのりと顔を赤らめながら、本音を隠さず照れ笑い。

 

 一方、観客席で、

 

「……そう、だよな」

 

 光黄が、何かに同意を示すような呟きを零していた。

 あの日、星七が憧れた光の正体を、それがいかに胸を熱くするかを、彼女はよく知っている。

 

(そうだ……“あいつ”は、ずっと、俺に気持ちを伝え続けてくれたのに、俺は…………)

 

 それを思い出すと、急に心細くなってきた。怖くなってきた。

 罪狩猟団の帝騎に攫われた時も、ここまで恐怖しなかったはずだし、大切な何かが危機に晒されているわけでもないはずなのに。

 

「……光黄ちゃん?」

 

「女丈夫」という言葉が似合う親友が見せた、物憂げな表情。それを見兼ねたミナトが、労るように、彼女に声を掛けた。

 

「っ……! 何でもない! 大丈夫だ、きっと…………」

 

 半ば前が見えなくなりかけていた光黄は、ミナトの声で我に返る。咄嗟に出た、まるで自分に言い聞かせるような言葉。その真意は──

 

(俺は、「あいつ」にまた会えるのだろうか? もし、このまま、帰る方法が見当たらなかったら、俺は…………)

 

 ──「あいつ」に、本当の気持ちを伝えないままになってしまうのだろうか。

 

 速まる鼓動を黙らせるように、大きく息を吐く。

 

 再び見たバトルフィールドでは、

 

「……ターンエンドです」

 

 星七がターンエンドを宣言したところだった。

 

 新たにバーストがセットされている。が、スピリットもサラスヴァティーも、誰も疲労していないところを見るに、このターンは動かなかったようだ。

 

 

○フィールド

・[ゴッドシーカー 休音獣チンチラスト]〈1〉Lv1・BP3000

・[斬騎士ラグマンティス]〈1〉Lv1・B6000

・[樹進超龍エヴォルグランド]〈3s〉Lv3・BP15000

・[創界神サラスヴァティー]〈7〉Lv2

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 8 PL アンジュ

手札:7

リザーブ:8

 

「メインステップ。

 

 ティティエルをLv4に。

 

 そして、[エジットの天使長ネフェリエル]をLv4で召喚!

 系統:「天霊」を持つアルティメットの召喚によって、イシスさんに《神託》!

 

 召喚時効果で、デッキの下から2枚ドロー!」

 

 黄金の4枚羽を持つ[エジットの天使長ネフェリエル]が、バトルフィールドに降り立ち、イシスへ跪く。参上が遅れたことを侘びているようだ。

 

「こればかりはカードの巡り次第……仕方のないことです。頭を上げてください?」

 

 イシスが穏やかに微笑みかけると、ネフェリエルは顔を上げた。そして、イシスへ頷くと、彼女はアンジュの元へも駆け寄って、静かに2枚のカードを手渡した。

 

「……ありがとう、ネフェリエル」

 

 アンジュがにっこり笑って感謝を述べると、堅かったネフェリエルの表情が綻んだ。

 ネフェリエルの後ろでは、ティティエルが「こっちおいで!」と言うように、にこにこ笑いながら手を振っていた。後輩天使の求めに応えて、ネフェリエルもバトルフィールドに戻っていく。

 

「よしっ! それじゃあ、星七君! あたしのデッキのエースも見せてあげるね!!」

 

 ネフェリエルが持ち場についたのを確認すると、アンジュは手札1枚を摘む。それは、前の自分のターンでオープンした、イシスの化神──

 

「何よりも、誰よりも、眩く光る白金の星! [星天使女神イシスター]! コア3個・Lv3で召喚!

 不足コストはティティエルと鎧武カチドキアームズから確保。前者Lv3にダウン、後者は消滅するよ。

 

 イシスターも、系統:「天霊」を持つアルティメット。イシスに《神託》!」

 

 モニファーエルが、鎧武カチドキアームズのコスチュームを脱いで、ほっと一息。コスチュームの中が暑かったのか、額の汗をさっと拭うと、天使長であるネフェリエルに「お疲れ様!」と笑顔でお辞儀し、消滅した。

 

 フィールドを包み込む、金と銀の眩い光。

 イシスター自身とイシス以外の誰もが正視できない明るさに、皆が目を瞑る。

 

 光が弾け、姿を現したのは、背中に青い6枚羽を生やした、天使たちを統べる女神。[星天使女神イシスター]。

 

 その威容は、星七のフィールドにいるチンチラストがあんぐりしたまま固まり、ラグマンティスが刃を握る腕を僅かに震わせるほど。

 

『おお、これが…………!』

 

 普段から落ち着いているエヴォルも、イシスターを見上げ、感嘆している。

 

「[星天使女神イシスター]……これが、都筑さんの切り札ですか…………!」

 

 星七も、イシスターの神々しさ、そこから来る威圧感に、額に冷や汗を一筋流した。

 

「うん! すごく綺麗でしょ?」

「はい。とっても綺麗で……とっても強そうです!」

 

 だが、自分のペースを乱さないよう、アンジュに対して普段どおりに振る舞ってみせた。

 

 一方、イシスターが登場したのにもかかわらず、イシスの表情は芳しくない。心配そうに、アンジュの方を見る。

 

「アンジュ。先程、彼が手札に加えた[音獣ノーツパリア]は──」

 

 その理由は、先のターンで星七が手札に加えた1枚のカード。[音獣ノーツパリア]。ライフバーンに反応して召喚され、以降のライフバーンを無効化してしまうスピリットだ。まさにそのライフバーンを主戦法とするイシスとイシスターにとっては、相性最悪である。

 

「うん、わかってる……でも、今のうちに、少しでも攻めておきたいな。まだ勝算もあるからね!」

 

 だが、アンジュはイシスの懸念を掻き消すように、にこっと笑った。

 現在、彼女の手札は7枚。そのうち、内容が判明しているのは、ネフェリエルの召喚時効果によってデッキの下から回収された[水の熾天使ミレディエル]1枚のみ。どんな札が握られていてもおかしくない。

 

「……わかりました。貴方の采配を信じましょう……!」

 

 アンジュに頷くと、イシスはフィールドの方へ向き直った。アンジュも、イシスに続く。

 

「バーストをセットして、アタックステップ!

 イシスターでアタック!!」

 

 眩い光を纏って、イシスターがゆっくりと星七フィールドへ侵攻する。

 

「アタック時効果・【界放:2】!

 まずは、あたしのライフのコア1個をイシスターへ! これで、イシスターはLv4にアップ!!」

(ライフ:4→3)

 

「っ……!」と、アンジュの小さな悲鳴が漏れた。彼女から捧げられた生命力(ライフ)を受け取って、イシスターの纏う光はさらに明るさを増し、質量を持つ。

 

「相手のスピリット2体を手札へ! 相手のスピリット2体を手札に戻して、相手のライフのコア1個を相手のトラッシュへ!!

 対象は──」

 

「いいえ、待ったです! イシスターのバウンス効果が発揮される前に、エヴォルの常在効果・【進化(エヴォリューション)】を発揮!!

 このスピリットを、スピリットではなくアルティメットとして扱う!!」

 

 イシスターから放たれる光の奔流に、星七のフィールドが呑み込まれそうになった、その時、

 エヴォルの身体が金色に輝き、彼に向かっていた光が弾き返された。

 

「その黄金色は……まさか……! スピリットから、アルティメットになったというのですか…………!?」

 

 普段は静かなイシスが、珍しく声をあげた。

 

 アルティメットは、エジットを原点とする種族だ。盟主(ラー)が、かつて存在した他の勢力との戦いに対して、“必勝”を期して創った、スピリットを超えた存在。

 しかし、その創造にも永い年月がかかったとのこと。それもそのはず、一朝一夕で急激に変化するなど、スピリットには不可能だ。生物は、何世代にも及ぶ時間をかけて、ゆっくりと環境に適応していく。それが、自然の摂理である。

 

 ラーとて、むやみにスピリットを改造しているわけではない。“必勝”を期す必要があったのは、あくまでも、エジットに住まうスピリットたちを守るため。創界神としての力に任せて無理矢理進化を促したところで、後に、スピリットたちの大きな負担としてのしかかってしまうのは明白だった。だから、「アルティメット」という種の創造にも、永い時間を掛けたのだ。

 

 ──だというのに、眼の前のこの龍は、進化(それ)を一瞬のうちに行った。

 

 他に対象がいないため、チンチラストとラグマンティスが、温かな光に呑まれたのが見える。その光景から、イシスは、エヴォルが「自分のためだけに」進化したということを知る。

 

「……なるほど。全生物が何世代も生き抜くために、長く永い年月をかけて、必死に命を繋ぎ止めて初めて使える力を、自分のためだけに…………」

 

 創界神という立場だからこそ、彼女には、七罪龍が一柱・樹進超龍エヴォルグランドの冠する罪悪が理解できた。

 

「“強大な力を持っていながら、それを自らのためだけに浪費する”──たしかに『怠惰』です。本来なら、きっと、わたくしたち創界神とは相容れない考えでしょう……」

 

 世界を運営する創界神は、その大地に縛られてでも、己の統べる世界のために、そこに住まう住人のために力を振るい、施す。言うなれば、強者の義務(ノブレス・オブリージュ)

 

 だが、エヴォルの在り方は、それと正反対だ。強大な「進化」の力を持っていながら、それを自分のためだけに使う。

 それだけだと、然程大きくない罪であるように聞こえるかもしれない。しかし、対象にとれなくなった彼に代わって、チンチラストとラグマンティスが光の奔流に呑まれていく光景を見れば、力を持つ者の「怠惰」が如何に残酷であるかがわかるだろう。

 

 ──とはいえ、何事にも例外は存在するわけで。

 

「……『創界神』で括らないでほしいなァ」

 

 フィールドの外、イシスと同じ創界神の一柱であるディオニュソスが、くすくすと嘲笑している。

 イシスとはそもそもの所属が違うとはいえ、それだけの理由では済まされないほど、ディオニュソスは異質だった。何せ、己の悦楽のために、すべてを仕組んで、神世界全土を混乱に陥れた黒幕である。

 まさに、イシスが指摘したエヴォルの罪悪に近しい──というか、力を他者に向けて悪用しているので、さらに質が悪い。

 

「自分の力が強いかどうかを決めるのは持ち主自身。強者の義務だとか、『自分は強い』などと自惚れた者が勝手に遂行しているだけ。けれど──」

 

 誰に向けたわけでもない独り言。だが、逆接の言葉と共に、彼の視線はキラーへ向けられた。

 

「それは、ある種の『傲慢』なのではないのかな? お前も、そう思わないかい?」

 

 答えを求める気のなさそうな問を投げかけると、ディオニュソスは「傲慢」の罪竜の額を指先で弄んだ。

 

『知らねーよ! 俺様に気安く触れるんじゃねぇ! というか、話しかけてくるな!!』

 

 もちろん、キラーは自分が舐められることが我慢ならない性分なので、宙でじたばたし、全身で怒りを表す。

 

「その割には、ちゃんと答えてくれるじゃないか。本当にかわいいなァ、お前は」

 

 そして、ディオニュソスもキラーの性格をある程度把握し、完全に玩具として気に入った模様である。

 

 あみだくじ、許すまじ。

 

「こらぁっ! キラーさんにちょっかい出すのやめてくださいよっ!

 キラーさんすみません! この人ちょっと頭がアレなんです!」

 

 慌ててマミが制止にかかり、キラーに向かって何度も頭を下げた。しれっと言っていることが、少し酷い。

 

「酷いなァ。我は、この子をちょっと可愛がっているだけなのだけど」

「それを『ちょっかい出す』って言うんですよ!!」

 

 尤も、ディオニュソスがこの程度で聞くはずがないのだが。マミの手が、既に拳を握っている。今にも、虚空を振りかぶりそうだ。

 

「キラー! お前も、いい加減あいつは相手にするな!!」

 

 ミナトも、じたばたするキラーを羽交い締めにして、取り押さえる。

 

『あぁ!? あんな糞野郎に舐められているのに、黙ってろってのか!?』

「だから、それがあいつの思う壺なんだって!!」

 

 だが、「傲慢」の罪を冠するまでに大きな自尊心を持つキラーは、いよいよ怒髪天を衝きそうだった。おそらく、親子丼のことがなければ、今頃本来のサイズにまで巨大化していただろう。

 

『……なんだかんだで、野郎を引き当てたのが正解だったのかもですね。あんな男が光黄様と相対するところだったと考えると、ぞっとします…………』

 

 騒乱から少し離れたところで、ライトが安堵の溜息を吐いていた。

 

 ギャラリーの喧騒はさておき、バトルは続く。

 イシスターのバウンス効果で、効果の対象にとれなくなったエヴォルに代わって、チンチラストとラグマンティスが手札に返された。

 しかし、彼女のアタック時効果はまだ終わっていない。

 光弾が放たれ、星七のライフを撃ち抜こうとする。が、そこへ──

 

「イシスターの効果でライフが減るとき、手札にあるこのカードを1コスト支払って召喚することで、それを無効にします!

 

 よって、[音獣ノーツパリア]をLv2で召喚!

 系統:「遊精」を持つスピリットの召喚によって、サラスヴァティーに《神託》!!」

 

 星七のライフを守るように、中型犬のようなスピリットが駆けつけ、イシスターの放つ光弾に噛みつき、噛み砕いた。

 

「さらに、ノーツパリアの効果で、相手のターンの間、僕のライフは相手の効果で減りません! これで、イシスさんの【神域】も発揮できないはずです!!」

 

 主人のライフを奪おうとした、イシスターを睨んでグルルと唸る。BPでは圧倒的不利なのだが、それでも怯まない。まさに、頼れる番犬だ。だが、近づいてくるイシスターの威容に、星七の表情は緊張したままだった。 

 

「やはり、ライフバーンが封じられましたか……」

 

 イシスが、表情を曇らせた。これでは、イシスターの効果で自傷しただけになったも同然だ。ディスアドバンテージに対するアドバンテージが少なすぎる。

 

「いいや、まだだよ! イシスターのLv4・Lv5の『自分のアタックステップ』中効果で、自分のライフが減ったときに回復!!」

 

 だが、アンジュは振り返らない。そんな彼女の心意気に応えるように、イシスターも回復。再攻撃の準備を整える。

 

「次に、ライフが減ったから、[星空の冠]の効果で1枚オープン!」

 

 さらに、ライフが減ったことにより、[星空の冠]によって手札を補充。

 捲られたカードは、[アセト・カイト]。そのまま、アンジュの手札に加えられた。

 

 ここまでは、公開領域に出ている効果。ライフ減少に伴うライフバーンを封じられても、それを単なるディスアドバンテージに変えないところはさすがとはいえ、星七も織り込み済みである。

 だが、[音獣ノーツパリア]が見えていてなお、アンジュが見出した「勝算」はここからだった。

 

「さらに、ライフ減少によって、バースト発動!!」

 

 イシスターでの自傷は、彼女が直前にセットしたバーストの発動につながった。彼女が「勝算」と称した、奥の手の正体は──

 

「[極天姫ヒフミ]!

 バースト効果で、このターンの間、相手のスピリット/アルティメットすべてのアタック/ブロックを封じるよ!!

 そして、バースト召喚!!」

 

 背中に蝶の羽根を生やし、和風な戦装束を纏った妖精。華黄の国からやってきた「戦姫」のアルティメット[極天姫ヒフミ]。

 彼女から放たれた黄色い光芒が、フィールドに残されたエヴォルの動きを鈍らせる。

 

『むぅ……これはちとキツいかもしれんな…………』

 

 光に抑えつけられ、エヴォルの表情が憂いを帯びた。

 

 ヒフミのバースト効果は、アルティメットをも対象としている。エヴォルの【進化】は、スピリットからアルティメットになるだけでなく「このスピリットをBP+10000する」「このスピリットをコスト20にする」という効果も持っているが、いずれもヒフミの効果には適応できない。

 

「“このターンの間”“スピリット/アルティメットすべて”ということは、悔しいけど【音速】でスピリットを召喚しても無駄、と……さすがですね、都筑さん。効果でライフを減らせなくなっても、ただでは倒れない…………」

 

 星七も、効果によるライフダメージを減らした矢先に不意打ちを食らい、うーんと唸った。

 

 さらに言うと【音速】を持ったスピリットたちは、アルティメットに触れられないという弱点を持つ。アンジュがイシスター召喚にあたって鎧武カチドキアームズを消滅させたのは、きっと[音獣エイトーンラビット]の召喚時効果などといった、スピリットしか対象にとれない疲労効果によって、アタッカーを減らされることを防ぐためだ。

 

「えへへ、ありがとう。デッキの主役を決めるのは大事だけどさ、ひとりじゃどうしようもない時だってあるでしょ? だから、仲間の力を貸してもらうの!

 ……効果でライフ減らせないなら正面突破! いくよ、星七君!!」

 

 実質的なアンブロッカブルとなったイシスターが、星七に迫る。

 彼女は自分のライフを減らした際に回復が可能。ライフバーンを封じたところで、[極天姫ヒフミ]のバースト効果が機能している今では、連続アタックだけでゲームエンドへ持ち込みうるだろう。

 

「だけど、僕もやられてばかりではいませんよ!

 

 フラッシュタイミング! マジック・[英雄獣の爪牙]!!

 アタックしているイシスターと、ネフェリエルを疲労させます!!」

 

 だが、星七にもまだ対抗策がある。

 

 チンチラストの効果で手札に加えた[英雄獣の爪牙]。この効果であれば、アルティメットも対象にとれる。

 ひとまず、この盤面で特にアタッカー性能の高いイシスターとネフェリエルを疲労させた。

 

「そして、そのアタックはライフで受ける!」

(ライフ:4→3)

 

 しかし、イシスターを疲労させただけで、アタックは継続している。星七に打つ手はなく、イシスターの攻撃をライフで受けた。

 

「うっ……! だけど、ライフ減少によって、バースト発動! 2枚目の[斬騎士ラグマンティス]です!

 

 ネチェリエルとヒフミを疲労させ、疲労状態のイシスターをデッキの下へ! そして、バースト召喚!!」

 

 だが、それは、彼のバーストのトリガーだ。開かれたのは、2体目の[斬騎士ラグマンティス]。星七の危機に、「仕方がないやつだ……」と言うように再び駆けつけ、1体目と同様、緑の衝撃波でネチェリエルとヒフミを疲労。さらに、イシスターへ果敢に向かって行き、彼女を十文字に切り裂いた。

 

 切り裂かれたイシスターは、大量の光の粒子をバトルフィールドに撒き散らしながら、デッキボトムへと消えていく。

 

「またもラグマンティスですか……

 動けるのはティティエルだけになってしまいましたが、いかが致しますか?」

 

 己の化神が散った痕を眺めながら、イシスがアンジュに問いかけた。

 

「うん、そうだね……ここは、続けちゃおうか!」

 

 アンジュは手札を確認し、自分に言い聞かせるよう頷いた。

 

「ティティエルでアタック!」

 

 相手がブロックできない隙を突いて、BPが低いティティエルが翔けた。「いざ突撃ー!」といった調子で、小さな羽を羽ばたかせる。やや向こう見ずにも見えなくはない使い手と、マイペースなティティエルに、イシスも「あら」と微苦笑した。

 

「フラッシュタイミングで、イシスさんの【神技(グランスキル):3】を発揮!

 ターンに1回、イシスさんのコア3個をボイドへ置いて、ボイドからコア1個をライフへ!!」

(ライフ:3→4)

 

 だが、アンジュがアタックしたのには、もうひとつ理由があった。それは、アタックすることで、自分のターンに、フラッシュタイミングを作るため。

 

「なるほど……わたくしの【神技】を使うために、でしたか…………」

 

 イシスの【神技:3】は、コア3個でライフを1回復できるが、“『お互いのアタックステップ』のフラッシュタイミング”に、「ターンに1回」しか発揮できないという制限がある。そのため、1個でもライフを多く持ったまま星七の次のターンに臨むには、このターンにフラッシュタイミングを作っておく必要があった。

 

「いずれにせよ、彼の手札にはもう、わたくしたちを止められる札がない……攻勢に出て正解だったのかもしれませんね」

 

「う……バレちゃってましたか」

 

 加えて、実のことを言うと、星七の手札は既に内容が割れている。そのことを悟られていたのだと知った星七は、ごくりと唾を呑んだ。

 4枚ある手札のうち2枚は、イシスターの効果でバウンスされたラグマンティスとチンチラスト。残りは、チンチラストの召喚時効果で手札に加えられた[神楽器サヴィトリー・ヴィーナ]。そして、序盤に[テッポウナナフシ]によって手札から破棄され、効果で手札に戻った[ワイルドライド]だ。

 

 スピリットすべてのブロックを封じられていることもあり、今の星七に、ティティエルのアタックを止める手段はない。アンジュが攻撃の手を止める理由は、あまり見当たらなかった。

 

「さらにフラッシュ! マジック・[イシスの力]!!

 

 デッキから1枚ドロー!

 そして、手札にある、カード名に「エジットの天使」を含むコスト6以下のアルティメット──2枚目の[エジットの天使ティティエル]を、1コスト支払って召喚!

 

 系統:「天霊」を持つアルティメットの召喚によって、イシスさんに《神託》!!」

 

 さらに、アンジュはフラッシュ効果を切った。イシスの《神託》でトラッシュに落ちた際手札に加えられた[イシスの力]。

 

 1枚ドローし、2体目の[エジットの天使ティティエル]──即ち、さらなる攻撃役を召喚する。既に召喚されているティティエルと、新しく召喚された2体目のティティエルは、最初こそ目が合った途端ぎょっとしたが、すぐに微笑み合った。

 

「召喚時効果で、デッキの下から1枚ドロー!」

 

 さらに、デッキボトムからのドロー。それは、つまり──

 

「戻ってきましたね、イシスター……!」

 

 先程ラグマンティスのバースト効果でデッキボトムに戻したイシスターが、再びアンジュの手札に戻ってきたということ。今は、ノーツパリアがライフバーンを防いでくれるが、次のアンジュのターン、イシスターのアタック時効果でノーツパリアのバウンスとライフバーンを同時にされてしまった場合、ライフバーンの無効化もできなくなり、ジ・エンドだ。

 

「ライフで受ける! うっ……!」

(ライフ:3→2)

 

 だが、今の星七に対抗手段はない。1体目のティティエルのアタックを、ライフで受ける。

 

「もう1体のティティエルでアタック!」

 

 さらに、アンジュは2体目のティティエルにもアタックさせる。

 

 彼女のアタックが通れば、星七のライフは残り1点。バウンスされたラグマンティスを再びバーストエリアにセットしても、発動させることはできなくなる。

 

 だが、わかっていても、星七に打つ手はない。

 

「ライフで受ける! うっ…………!」

(ライフ:2→1)

 

 仕方がなく、ライフで受ける。

 

 だが、これでようやく、アンジュのフィールドで動けるスピリットはいなくなった。

 

「ターンエンド。

 ……今度はあたしが耐える番、かな?」

 

 ターンエンドを宣言したアンジュの表情も、少しだけ緊張している。

 彼女もまた、何度も星七の猛攻を凌いで、やっとの思いでここまで追い詰めたのだ。星七に仕掛けられるその度に、彼の強さを痛感させられていた。

 

 次は耐えられるかどうか──それは、両者の札と天運次第。

 

 

○アンジュのフィールド

・[エジットの天使ティティエル]〈1〉Lv3・BP4000 疲労

・[エジットの天使ティティエル]〈1〉Lv3・BP4000 疲労

・[エジットの天使ネチェリエル]〈1〉Lv3・BP8000 疲労

・[エジットの天使長ネフェリエル]〈2s〉Lv4・BP16000 疲労

・[極天姫ヒフミ]〈1〉Lv3・BP7000 疲労

・[創界神イシス]〈6〉Lv2

↳[天霊王杖ウアス・セプター]と合体中

・[星空の冠]〈1〉Lv2

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 9 PL 星七

手札:5

リザーブ:12

 

「メインステップ。

 

 ここで、エヴォルのLv2・Lv3効果発揮!

 このターンの間、このスピリットに好きな系統を1つを追加します! よって、エヴォルに系統:「遊精」を付与!!」

 

 おそらく最後になるであろう星七のターン。彼は、エヴォルの効果を発揮させる。それは、エヴォル自身に対する、任意の系統付与。

 

 進化の力によって、エヴォルは自身のフィールドにも適応する。山林ひとつを背負ったような巨躯。その背中に生えた木々から、野兎や小リスなどといった小動物が顔を出した。

 

『ほほ、かわいらしいのぅ』

 

 バトル中、それも最終局面とは思えぬ光景に、エヴォルもにっこり。

 

『……して、星七よ。そろそろ決めに行くかの?』

 

 しかし、すぐに気持ちを切り替え、星七の覚悟を問う。

 

「うん。そうしないと……きっと僕たちがやられる」

 

 星七も、覚悟を決めて、しっかりと頷いた。残りライフは1。アンジュのデッキがアタック時のライフバーンを得意とする以上、泣いても笑っても、これが最後になるだろう。

 このターンに全力を尽くす──そう決意し、一度目を閉じ深呼吸。ゆっくりと目を開き、フィールドを眺めた。

 

「まずは、神話(サーガ)ブレイヴ[神楽器サヴィトリー・ヴィーナ]を召喚! エヴォルに直接合体!!

 

 系統:「神装」を持つブレイヴの召喚によって、サラスヴァティーに《神託》!」

 

 サラスヴァティーの持つ弦楽器・[神楽器サヴィトリー・ヴィーナ]が、エヴォルの背中へ置かれる。すると、彼の背中の中にいた小動物が、サヴィトリー・ヴィーナに興味を持ち、拙いながらも弦を爪弾いた。

 

 音楽の創界神が愛用する楽器から放たれる、神秘的な音。それに惹かれて、他の動物も駆け寄ってきて、また別の弦を弾くと、新しい音が聞こえ、新しい動物がやってくる──その様子がフィールドにいるスピリットたちにも想像できるほど、色とりどりの音が漏れてきた。

 エヴォルのみならず、星七とサラスヴァティーも、でたらめで、どこかかわいらしい音楽に、少しだけ耳を傾ける。

 

「続けて、[ゴッドシーカー 休音獣チンチラスト]を再召喚!

 系統:「遊精」を持つスピリットの召喚によって、サラスヴァティーに《神託》!!」

 

 続けて、チンチラストが再びフィールドへぴょんと飛び降りてきた。エヴォルの背中に集まった動物たちの演奏と、サラスヴァティーの奏でる音楽に耳を澄ませると「仲間に入れて!」と言わんばかりに、ゆさゆさと尻尾を降る。

 

「召喚時効果で、デッキの上から4枚オープン!」

 

 そして、チンチラストが揺らした尻尾から鈴の音が鳴り、森の動物たちを呼び寄せる。

 

 デッキから捲られたのは、[ワイルドライド][風翼刀ドウジキリ][五線獣バッファロースコア][エイプウィップ(RV)]。

 

「系統:「天渡」を持つ[五線獣バッファロースコア]を手札へ! 残りは、上から[風翼刀ドウジキリ][エイプウィップ][ワイルドライド]の順でデッキの下へ戻します!!」

 

 手札に加えられたのは1枚だけ。それでも、問題ない。活路を拓くのに必要な札は、もうとっくに揃っている。

 

「ラグマンティスをLv3にして、アタックステップ!

 

 エヴォル、お願いします!!」

 

『おう! おぬしの期待、しかと受け取った! しっかり決めてくるわい!!』

 

 サヴィトリー・ヴィーナを背負ったエヴォルが、アンジュのライフ目掛けて突進した。

 

「サヴィトリー・ヴィーナをサラスヴァティーに合体させず、【転神】もしない……たしかにエヴォルグランドは「遊精」を付与されたため、サラスヴァティーの【神域】で回復できますが…………」

 

 彼らの立ち回りを見たイシスが「妙ですね……」と呟いた。

 本来なら、創界神ゆえに強固な耐性を持つサラスヴァティーにサヴィトリー・ヴィーナを合体し、【転神】によってアタックさせるのが定石。しかし、アタックステップ開始時にしか【転神】できないサラスヴァティーが、【転神】してこなかったのである。

 

「あたしにはどこが妙かもわからないけど、考えても仕方ない! ここはもう、やれるだけやって耐えるっきゃないでしょ!

 

 まずは、イシスさんの【神技:3】発揮!

 コア3個をボイドへ置いて、あたしのライフを1回復!!」

(ライフ:4→5)

 

 アンジュに至っては、なぜイシスが訝っているのかもわからない。「考えても仕方がない」と割り切って、まずは、イシスの【神技】を切る。

 

 これで、彼女のライフは5。まさに「振り出しに戻る」だ。

 

「まだライフ5……初期値ですか…………」

 

 その耐久力に、星七も一瞬萎縮してしまう。だが──

 

「……それでも、きっと……きっと、押し切ってみせます!!」

 

 まだやれる、と自分を鼓舞し、前を向く。アンジュがライフを回復させてくることも織り込み済み。サラスヴァティーを【転神】させなかったのも、その耐久力を超えるためなのだから。

 

「うん! 星七君のその心意気が嬉しいな!

 

 エヴォルさんのアタックは、ライフで受ける!!」

(ライフ:5→3)

 

 星七の闘志を真正面から受け取り、アンジュの笑顔も好戦的に。

 

 エヴォルの突進が、アンジュのライフシールド2つを打ち砕く。「んんっ……!」と身じろぎしたのも束の間、

 

「だけど、相手によってあたしのライフが3以下になったとき、手札からこのカードを召喚できる!

 

[エジットの天使ネチェリエル]、2枚目っ! 召喚コストはネフェリエルから確保して、ネフェリエルはLv3にダウン。

 系統:「天霊」を持つアルティメットの召喚によって、イシスさんに《神託》!!」

 

 手札に隠し持っていた受けの一手を繰り出す。前に星七の第一のエースであるガーヤトリー・フォックスを破壊していた[エジットの天使ネチェリエル]。

 

「彼女の召喚時効果なら覚えていますよ!

 

 エヴォルの【進化】発揮! エヴォルをアルティメットとして扱います! これで、ネチェリエルのBP-効果は受けません!!」

 

 だが、星七も2度目となれば、効果がわかる。

 相手の「スピリット1体」をBP-17000──値は大きいが、対象にとれ(当たら)なければ、どうってことない。

 

「やっぱりそう来るよね……!

 

 でも、ネチェリエルの召喚時効果はこれだけじゃないよ! リザーブのコア1個を、あたしのライフへ!!」

(ライフ:3→4)

 

「っ……! まだ増えますか…………!」

 

 だが、1体目が召喚されたときには発揮できなかった、ネチェリエル本来の召喚時効果が発揮される。

 リザーブのコアをライフへ。使えるコアは減るが終盤、それも最終局面を耐えきれるか耐えられないかという場面で、その程度の損失を惜しんではいられない。

 

「そして、効果で召喚されたとき、相手のスピリット1体──ラグマンティスをBP-17000! BP0になるから、破壊するよ!!」

 

 そして、星七の予想どおり、スピリット1体のBP-。最高レベルのラグマンティスも、ネチェリエル渾身の魔法の威力に耐えきれず、光の粒子となって消えた。

 

「そして、ライフが減ったから、[星空の冠]の効果で、デッキの上から1枚オープン!!」

 

 さらに、アンジュのフィールドには、ライフが減る度に、デッキから1枚オープンし手札を補充できる[星空の冠]がある。その効果は、最後まで諦めず、前を向き続けるだろう使い手を支える、まさにアンジュに相応しいともいえるだろう。

 不確定要素だが、この効果で捲られたカード1枚次第で、勝敗は左右される。土壇場で防御札を引かれる可能性を減らすためにも、アタック1回あたりの打点を増やして、「ライフが減る」回数を減らす必要があった。

 

 今回捲られたのは──[舞華ドロー(RV)]。まだ、エヴォルを倒すには至らないカードだ。

 

「……まだまだこれからです!

 サラスヴァティーLv2の【神域】! コアを3個ボイドへ置いて、系統:「遊精」を付与されたエヴォルを、バトル終了時に回復させます!

 

 そして、もう1度エヴォルでアタック!!」

 

 防御札を引かれなかったことへの安堵、そしてこれから引かれるかもしれないという不安を抱いて、それでも星七は、エヴォルと共に突き進む。

 

「それなら、今度はこっちのフラッシュだよ!

 マジック・[舞華ドロー(RV)]! チンチラストをBP-3000して、BP0になったら破壊して、1枚ドロー!!

 そして、このカードをフィールドへ!!」

 

 だが、アンジュも星七のアタッカーを確実に削っていく。ラグマンティスに続いて、[星空の冠]で捲られた[舞華ドロー(RV)]をチンチラストに使用し、破壊。そして、1枚ドロー。防御札を発掘するために、デッキを掘り進める。

 

「そのアタックは、ネチェリエルでブロックするよ!」

 

 BPはエヴォルのほうが圧倒的に上。アンジュも、それをわかっている。

[神楽器サヴィトリー・ヴィーナ]は、合体(ブレイヴ)アタック時に、バトルしている相手のスピリット/アルティメットが消滅/破壊されたとき、1点のライフバーンを行う。一見無駄に見える抵抗──しかし、これでいいのだ。

 

 エヴォルのアタックは、サラスヴァティーのコアが尽きれば止まる。2点で受けるよりは、ブロッカーを犠牲にして1点で受けたほうが[星空の冠]によるオープンの試行回数が増える。それだけ、逆転の札を引き当てられる可能性も上がる。

 

 だが、「アタック回数を増やすことで、サラスヴァティーの【神域】が発揮できなくなるまでコアを減らせる」とは考えていない。

 

「次は僕の番です! フラッシュタイミング! マジック・[ワイルドライド]!!

 エヴォルをBP+3000! さらに“『このスピリットのアタック/ブロック時』BPを比べ相手のスピリットだけを破壊したとき、このスピリットは回復する”という効果を付与します!!」

 

 序盤の序盤、[テッポウナナフシ]の効果で落ちたことで見えた[ワイルドライド]。スピリット1体をBP+3000したうえで、簡潔に言ってしまうと「BP比べに勝利したとき回復する」という効果を与えるマジックだ。

 

「そういうことでしたか……

【転神】したサラスヴァティーでは、チャンプブロックに対しても、Lv2の【神域】でコアを使って回復しなければいけませんが、一応は(・・・)スピリットであるエヴォルグランドなら────」

 

 イシスが納得したように、しかし、自陣の危機に憂いながら、爆進するエヴォルを見た。

 

【転神】した創界神は、「創界神を対象とした効果以外を受けない」という強固な耐性が仇となって[ワイルドライド]の恩恵を受けられない。

 そのため、【転神】でコアを費やすうえ、チャンプブロックされる度、回復するためにLv2の【神域】でコアを消費する必要があった。

 

[ワイルドライド]で効果を付与できる“スピリット”であれば、サラスヴァティーのコアを使うことなく、チャンプブロックされた後に回復できる。

 アタックできる回数を増やし、確実に討ち取る──星七が【転神】したサラスヴァティーにではなく、エヴォルにアタックさせたのは、このためだった。

 

「BPはエヴォルが上です! BP勝負でネチェリエルを破壊!!

 サヴィトリー・ヴィーナのアタック時効果で、バトルしている相手のスピリット/アルティメットが消滅/破壊されたとき、ライフを1点リザーブへ!!

 

 さらに、BP比べで相手だけを破壊したので、エヴォルは回復します!!」

 

 BP19000にまで上がったエヴォルの突進で、彼とは対照的な小さな体躯のネチェリエルは、一撃で弾き飛ばされてしまった。

 

 すると、エヴォルの健闘を祝福するように、彼の背中で、動物たちが拙いファンファーレを奏でた。

 やや騒々しい音律は、振動でアンジュのライフ1個に亀裂を入れ、破壊する。

 

「んっ……! なるほどね。他のスピリットなら、[ワイルドライド]の効果で回復した時点で[星空の冠]Lv2効果の対象になるけど…………」

(ライフ:4→3)

 

 ライフ減少によって、[星空の冠]の効果で捲られたのは[エジットの天使モニファーエル]。これも、アンジュの手札に加わる。

 

 アンジュは、星七のもうひとつの狙いを悟り、フィールドを覗いた。視線の先には、[星空の冠]を前にしても悠然としている、エヴォルの姿。

 

「はい。[星空の冠]で対象にとられる前に、エヴォルの【進化】を発揮!

 このスピリットをアルティメットとして扱います!

 

 これで、[星空の冠]Lv2の効果は受けませんよ!!」

 

 そう──星七がエヴォルにアタックを任せた理由は、もうひとつ。

[創界神サラスヴァティー]という「ネクサスの効果で」回復したスピリットは、たしかに[星空の冠]Lv2効果での破壊対象にはならない。だが、[ワイルドライド]は、スピリットに効果を付与し、「スピリットの効果で」回復させてしまう。星七のデッキに入っている緑のスピリットたちでは、[星空の冠]の効果で破壊されてしまうのだ。

 

 だが、エヴォルだけは別だった。

 

「……[星空の冠]Lv2の効果対象は、スピリット/マジックの効果で回復した赤/緑/青の『スピリットすべて』──効果が適用される際に、一時的にアルティメットとして扱うエヴォルグランドであれば、[ワイルドライド]で付与された効果で回復されても問題ない、ということですね?

 

 まさか、こんな形で突破されるとは…………敵ながら天晴です」

 

 イシスが感嘆し、星七に微笑んだ。

 

「まさか、イシスさんに褒めてもらえるなんて……ありがとうございます」

「おや? わたくしがそこまで冷たい性格に見えましたか……?」

「あっ、いや、その……そうじゃなくて…………! 創界神(かみさま)に褒めてもらえるなんて、思っていなかったので……とても嬉しいです。本当にありがとうございます!」

 

 星七が慌てて言い直すのを見て、イシスは「大丈夫、怖がらないで」と優しい声を掛ける。

 

「わたくしは、かわいい子どもたちが自らの力で成長していく姿を見るのが大好きなのです。いずれ巣立ち、わたくしと袂を分かつことになろうと……ね」

 

 しみじみと何かを懐かしむようなイシスの話しぶり。

 

「イシス、さん……?」

「ああ、気にしないでくださいね? こちらの話です。

 

 ──さあ、バトルに集中しましょうか? アンジュも、わたくしも、まだ諦めてはいませんからね」

 

 疑問を呈した星七を適当にはぐらかして、イシスは次なるアタックを促す。

 

「では、続けます!

 もう1度、エヴォルでアタック!!」

 

『うむ、今日の儂は「怠惰」にしては働き者じゃな』

 

 本日3度目の、エヴォルのアタック。本来、彼は文字通り「動かざること山の如し」という戦闘スタイルなのだが、今日の彼は活発に動いている。エヴォルにもその自覚があるようで、くすっと微笑む。

 

『……じゃが、使い手にここまで頼られるというのも、吝かでもない! ここまで来たら、勝つまで突き進むのみじゃ!!』

 

 だが、「吝かでもない」という言葉どおり、彼はノリノリだった。

 前途洋々な使い手の期待を乗せて、エヴォルは地を駆ける。彼の背中では、サヴィトリー・ヴィーナを囲んで、動物たちがぴょんぴょん跳ねていた。まるで、エヴォルを応援しているようだ。

 

「そのアタックは、ライフで受ける! んんっ……!!」

(ライフ:3→1)

 

 ブロッカーのいないアンジュは、そのアタックをライフで受けた。再び、ライフ2点分のシールドに巨躯が突進し、打ち砕く。

 

 これで、エヴォルが最初にアタックした直後には5個あったライフも、残り1個。

 

「まずは、[星空の冠]の効果で、デッキの上から1枚オープン────!!」

 

 だが、この時、[星空の冠]でオープンされたカードを見て、アンジュが息を呑んだ。星七からすれば、嫌な予感がする。

 

「──[跪いて エブリワン]! 今までどおり、これも手札に加えるよ!!」 

 

 黄属性のマジックカード・[跪いて エブリワン]。

「このターンの間、コスト4以上の相手のスピリットのアタックでは、自分のライフは減らない」という効果を発揮する防御札だ。

 

 エヴォルは合体していなくてもコスト8。

 このマジックカードを使われれば、もう彼でライフは減らせない。

 

 それだけでは終わらない。

 

「手札にあるこのカードがバースト条件を満たしたとき、自分のトラッシュに黄1色のカードが1枚以上あれば、このカードのバーストを発動できる!

 

 ライフ減少によって、あたしの手札からバーストを発動するよ! [エジットの天使モニファーエル]!!

 

 バースト効果で、ボイドからコア1個をあたしのライフへ!」

(ライフ:1→2)

 

 彼女が、[星空の冠]の効果でオープンした[エジットの天使モニファーエル]も、バースト条件を満たして、手札から駆けつける。

 

 ネチェリエルのような除去を仕掛けてこなかったとはいえ、ライフも増えて、次のターン、イシスターで【界放】する準備も万端だ。

 

「そして、モニファーエルLv3でバースト召喚!

 

 系統:「天霊」を持つコスト5以上のスピリット召喚によって、イシスさんに《神託》!!」

 

 皆が疲労しきったアンジュのフィールドに、モニファーエルが颯爽と現れる。「あたしが最後の砦になる」という決意を、瞳に宿して

 

『星七…………』

 

 万事休すか──心配そうに、エヴォルが星七に視線をやる。

 だが、星七の表情からは、闘志が消えていなかった。

 

「──いいえ、まだ、僕のアタックステップは終わっていません!

 

 もう一度、サラスヴァティーLv2の【神域】発揮! コア3個をボイドへ置いて、系統:「遊精」を付与されたエヴォルを、バトル終了時に回復!

 

 エヴォル、もう一度お願いします!!」

 

 アタックを指示されたエヴォルも、アンジュとイシスも、フィールドの外のギャラリーも、騒然としていた。[跪いて エブリワン]が見えている状態で、エヴォルをアタックさせる。一見無意味に見える判断だ。

 

『──応。儂は、星七を信じるぞ!』

 

 だが、たじろいだのは一瞬だけ。エヴォルは、使い手を信じて、特攻していく。

 

 星七はまだ未熟なところがある。だが、決して「無謀」ではない。やや引っ込み思案なのも、周囲と自分との差を「考えすぎる」からで、それはバトルにおいて「熟慮」に昇華されるのだ。

 

「させないよ! フラッシュタイミング! マジック・[跪いて エブリワン]!!

 このターンの間、コスト4以上の相手のスピリットのアタックで、あたしのライフは減らない!!」

 

 もちろん、アンジュは[跪いて エブリワン]を切る。これで、もう星七は、アンジュのライフを減らせない。フィールドに残っているノーツパリアも、コスト4。ギリギリ、防御圏内だ。

 

 ややどぎついアイドルソングがフィールドに流れた。バトルフィールドに音楽が流れるのは【タイプ:歌】を持つマジックの特徴だ。

 サラスヴァティーの奏でる音楽がスピリットたちに力を与えるように、[跪いて エブリワン]の旋律は、エヴォルとノーツパリアに膝を突かせる。

 これだけ見れば、一見スピリットを対象にしたマジックに見えるが、効果はあくまで「自分のライフ」にかかるもの。エヴォルを対象にとられたわけではないので【進化】で対応することはできない。

 

『星七、今じゃ! お前のことだから、きっと何か、策を隠し持っているのじゃろう!?』

 

 膝を突かされながら、エヴォルは、使い手への信頼を叫ぶ。

 

「はい──もちろんです!

 フラッシュタイミング! リザーブからコストを支払って、手札の[音獣エイトーンラビット]を【音速】召喚! Lv3です!!

 系統:「遊精」を持つコスト3以上のスピリット召喚によって、サラスヴァティーに《神託》!」

 

 星七の狙いはこれだった。

 幸運にも、彼がこのターンのドローステップに引き当てていた、「コスト3」、かつ【音速】でフラッシュタイミングに召喚できる[音獣エイトーンラビット]。

 

 彼(女)であれば、[跪いて エブリワン]をすり抜けて、アンジュのライフを狙うことができる。

 

「エイトーンラビットの召喚時効果で、モニファーエルを疲労!」

 

 さらに、召喚されたてのモニファーエルを疲労させ、ブロッカーも排除。1体だけでは小さく弱いエイトーンラビットも、障害物となるスピリットがいなければ問題なくアタックできる。

 

「っ!? 唯一見えていなかったカードがエイトーンちゃんだったなんて……!」

 

 アンジュは目を見張った。

 前のターンと同様、星七の手札は、このターンのドローステップでドローしたもの以外、すべて割れていた。その中に、コスト3以下、かつフラッシュで召喚できるスピリットはいなかったはずだ。

 

 つまり──このエイトーンラビットは、たまたま、あるいは運命的に、このターンのドローステップで引き当てたものである。

 

「都筑さん、言ってたじゃないですか。『ひとりじゃどうしようもない時だってある』『だから、仲間の力を貸してもらう』んだって! 『「まだやれる! あと一踏ん張り!!」って思い続けたほうが、デッキもそれに応えてくれる』って! だから、僕も、見習わせてもらいました!」

 

 星七としては、諦めずに済んだのは、アンジュの言葉あってのことだと考えている。

 彼女が、かつて憧れ、今は超えたいと望んでいる相手とどこか似ていたから──「自分も、こんな風にバトルしたい」と真似して、真似た熱意に、デッキも応えてくれたのだ、と。

 

「あたしの言葉、そんなにためになるものかな?」

「はい。少なくとも、僕は見習いたいと思いました」

 

 アンジュも、まさか自分の言葉がここまで星七の熱意を引き出すことになろうとは思っていなかった。嘘偽りのない尊敬の眼差しを一身に受け、タジタジだ。

 

「……とりあえず、エヴォルさんのアタックは、ライフで受ける! [跪いて エブリワン]の効果で減らないけどね!!」

 

 膝を突かされたエヴォルでは、アンジュのライフに届かない。ライフは減らず、エヴォルのアタックが終了する。

 

『儂はもうここまでのようじゃな……あとは頼んだぞ』

 

 アタックを終え、回復せず疲労したままエヴォルが、エイトーンラビットに意思を託した。エイトーンラビットは、気負いした様子なく、「はーい」とのんびり片手を上げた。2体の様子は、先生と生徒のようだ。

 

「僕からも、頼んだよ。よろしくね。

 ──エイトーンラビットでアタック!」

 

 星七からも勝敗を託され、エイトーンラビットはぴょんと駆け出した。立ち塞がる者がいない、独壇場となったフィールドを、短い足で軽やかに走る。

 

「アンジュ、何か対抗策は……?」

「……ごめん、今はもうないや」

 

 心配したイシスが、アンジュに声を掛けたが、彼女の手札にはもう、防御札はない。

 

 アテにできるのは、エイトーンラビットのアタックをライフで受けた直後の[星空の冠]のみ。

 

「ライフで受ける!」

(ライフ:2→1)

 

 今度こそ最後──意を決して、ライフで受ける。

 

 エイトーンラビットがより高く跳躍し、アンジュのライフ1個へ飛び蹴りした。ライフが割れる際の音も、パリンと一瞬だけで、軽やかだ。

 

「んっ……!

[星空の冠]の効果で、デッキの上から1枚オープン!!」

 

 アンジュのデッキから捲られた、最後の1枚は──[天使コーマ(RV)]。

 

 このターンの間、相手のスピリット/アルティメットすべてをアタック/ブロック不能にする、[極天姫ヒフミ]のバースト効果と同様の【アクセル】を持つ「天霊」のスピリットだ。

 

「一手、遅かったですね……」

 

 イシスが、残念そうに呟いた。

[天使コーマ(RV)]の【アクセル】を使えるようになるのは、早くても、次のフラッシュタイミングだ。だが、フラッシュタイミングが生じるのは、「相手がアタックし、アタック時効果やアタック後バーストの発揮が終わった後」。

 コーマの【アクセル】は、フラッシュタイミングに入った際に、「既にアタックしている」スピリット/アルティメットは止められない。

 

「うーん、遅かったかぁ……でも、頑張って間に合おうとしてくれたのかな?」

 

 少し出遅れたコーマも、アンジュは「頑張って間に合おうとしてくれた」と解釈した。逆に言えば「あと1発耐えられれば、勝てた」ということ。僅差での負けは、耐えられなかったことへの自責ではなく、「次は勝つ」というバネになる。

 

「危なかった……本当に、ギリギリですね」

『うむ。それでも、勝ちは勝ちじゃ』

 

 胸を撫で下ろした星七に、エヴォルはにっこりと微笑んだ。彼の背中で鳴いたり跳ねたり踊ったりする動物たちは、星七を祝福しているように見えた。

 

「サラスヴァティーLv2の【神域】で、バトル終了時、コア3個をボイドへ置くことで、系統:「遊精」を持つエイトーンラビットを回復させます!」

 

 系統:「遊精」を持つエイトーンラビットは、サラスヴァティーLv2の【神域】で回復できる。

 アタックステップ開始時には10個あったサラスヴァティーのコアも、今では2個しかなくなっていた。Lv2に【神域】発揮には、コアが3個必要なので、これ以上は回復できない。

 

「エイトーンラビットでアタック!」

 

 だが──それでもギリギリで勝利に手が届いた。謙虚な星七が露わにしない喜びを代弁するように、エイトーンラビットが嬉しそうに、耳の音符から楽しげなメロディを鳴らしながら、フィールドを駆ける。

 

「……せっかく来てくれたんだし、出させてあげようかな?

 

 フラッシュタイミング! 【アクセル】・[天使コーマ(RV)]!!

 このターンの間、相手のスピリット/アルティメットすべてはアタック/ブロックできない!!」

 

 もう、アンジュに打つ手はない。しかし、「せっかく来てくれたのだから」と、コーマの厚意に応えて、彼女の【アクセル】を発揮した。

 

 地面に刻まれる、かみのけ座の紋様。そこから、コーマの幻影が現れ、彼女の長く美しい髪が、エイトーンラビットを除く星七のスピリット全員を縛り上げた。

 古来より、長く美しい髪には霊的な力が宿るとされる。一見拘束力が低く、エヴォル程度であればすぐ破れそうな拘束だが、強い霊力が込められていて、意外にも手強い。エヴォルの【進化】でも拘束を破れなかった。

 

 しかし、フィールドを走るエイトーンラビットは捕えられず、彼(女)の隙ができるまで、縛ることは叶わない。

 

「……ですが、エイトーンラビットのアタックは継続中です!」

 

 だから、両者の読みどおり、エイトーンラビットのアタックは通る。仲間の危機に、エイトーンラビットは一瞬ぎょっとして振り返るが、エヴォルに『儂に構うな! 行けッ!!』と一喝され、再び駆け足に。

 

「うん、わかっているよ! だから──」

 

 真っ直ぐな視線を向けてくる星七に対し、アンジュはにっこり笑った。

 

「──ライフで受ける!」

(ライフ:1→0)

 

 最後の宣言も、溌剌と。

 

 エイトーンラビットの飛び蹴りが、アンジュの最後のライフを打ち砕いた。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。本当にありがとうございます……!(約38000文字の果て)

 ミレディエルが捲れた時点で1万文字超えた時は「まさか」とは思いましたが、3万文字になるなんて夢にも思っていませんでした。

 でも、最後のアタックステップで効果テキストの穴の突き合いだったり、フラッシュ効果、その他派生効果の応酬を書くのは、「今すごくバトスピ書いてる気がする!」と思えたので、我ながらお気に入りです。


 さて、第1回戦は、星七さんの勝利で終了。
 ここで、ブラストさんが作成された[樹進超龍エヴォルグランド]のテキストを公開致します。原作からの抜粋です。


樹進超龍エヴォルグランド コスト8(3) 緑
系統:樹魔、罪竜
Lv.1(1)BP9000、Lv.2(2)BP10000、Lv.3(4)BP15000。

Lv.1、Lv.2、Lv.3【進化(エヴォリューション)
このスピリットが相手の効果の対象になる場合、その効果適用前に次の効果を使用する。
・このスピリットを、スピリットではなくアルティメットとして扱う。
・このスピリットのBPを+10000する。
・このスピリットのコストを20にする。

Lv.2、Lv.3『自分のメインステップ開始時』
系統を一つ指定し、このターンの間、このスピリットに指定した系統を追加する。


 彼の固有の能力は【進化(エヴォリューション)】。
 効果の対象になる時に即時発揮され、アルティメットになったり、BPやコストを大きく上げることができるという、面白い効果です!
 また、『メインステップ開始時』というタイミングの都合上、普通に召喚した場合1ターン待つ必要がありますが、Lv2からは好きな系統を付与できます。
 今回は、「遊精」を付与されて連続アタックをしましたが、他の系統でも悪さできてしまうかもしれませんね。

 さて、次回は第2回戦の前半戦。
 第1回戦後のあれこれや、次の対戦カードは、また次回のお楽しみとしていただけますと幸いです。

 では、また次のお話でお会いしましょう。


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第15話 特別編1-4 第2回戦前半:暗転する戦場

 お久しぶりです、LoBrisです。生きてます。
 転職活動は終わっていませんが、合間を縫って投稿しました。

 前回は、星七さんとアンジュのバトルに決着。
『バトルスピリッツ 7 -Guilt-』の世界の皆さんと、拙作バトスピ部との3本勝負は、今回で第2回戦に突入です!


「いくらなんでも早すぎるだろ……」

 

 セトは呆然とした。

 

 眼の前には、自分が少年少女に代わって持ち込んだ、異世界の機械。修理を依頼したときにはうんともすんとも言わなかった、はずなのだが、今は電源ランプと思われる箇所が、らんらんと緑色に輝いている。

 

「ひとまず、電源が点くところまでは修復できた。内部にかなりガタが来ていたようだから、欠落しかけていた箇所を手持ちの部品で応急処置させてもらったよ」

 

 一仕事を終えたトトは、自分の仕事を誇るでもなく、当然のように語る。

 セトも、トトの才能の程は神世界にいた頃から知っていた。が、この島において、劣化コピーとして顕現しても健在だったとは──

 

「あー……いろいろツッコミたいんだが、とりあえず、手持ちの部品って何だ? 職場から横領したのか?」

 

 だが、トトが才能に恵まれているとはいえ、材料が限られるこの島で、部屋から一歩も出ずに、どうやって部品調達したのだろうか?

 

「失礼な。全部正規の手段で入手したものだ。疚しいものは一切ないし、使った部品に一切の欠陥がないことは約束しよう」

 

「横領」という言葉に、トトがほんの少しむっとして反論する。尤も、ホルスのことに言及されない限り、表情や声色の起伏に乏しいトトのことなので、本当に「ほんの少し」だが。

 

「お、おう、俺はこういうのは門外漢だから、お前を疑う気はねぇんだけどよ。単純に、異世界の機会を修理できるような部品、どこから持ってきたんだ?」

 

 だが、トト自身に才能と技術があったのだとしても、材料が限られる環境であることに変わりはない。セトとしては、これから少年少女に返すのだから、なるべく不明な点を減らしておきたかった。

 

「簡単な話だ。適当に、近くにあった[聖刻兵パラトルーパー・メエヘイト]のカードから彼を召喚して、分解──」

「うん! たしかに違法ではないし、そういや元々お前はそういうやつだったよな!!」

 

 あまりにも当然のように眷属を分解し、新たな眷属の創造に利用する、非情の所業。だが、トトとしては「自分で作った機械を自分で分解することに文句を言われる筋合いはない」というスタンスなのか、全く悪びれない。というか、それが「非情」な行為であると理解していない。

 神世界にいた頃から、トトはそんな感じだった。さらなる効率のためならば、旧きを壊すことに何の躊躇いも持たない。だからこそ、エジットには早すぎたホルスの思想にも同調できたのだろう。

 

「……しかし、なかなかひどいものだった。だいぶ使い込まれていたようだし、表面も所々に小さな傷がついている」

 

 ふぅ、と、トトが溜息を吐いた。

 

「これの持ち主は、一体どういう使い方をしていたのだろうか? 一技術者として、きっちり指導したいところなのだが……」

 

 声色が、明らかに呆れている。相変わらず抑揚は乏しいのに「きっちり指導したい」という言葉には、異様な迫力があった。

 

「おい、トト。俺が、物を粗末に扱う自業自得なやつらのために、わざわざ裏切り者を頼りに来ると思うか?」

 

 だが、セトは臆さない。イシスと比べたら、怒気を孕ませたトトの迫力など、大したことないのである。暗に「お前の目は節穴か」という意味を込めて、光黄ら一行のフォローに回った。セトとしては、異邦の地に放り込まれて右も左もわからないのに、自分に臆さずパートナーを庇った彼らの度胸は買っている。あれだけパートナーを大事にする者たちだ。物を粗末に扱うことはないだろうという確信があった。

 

「……そうだったな。私の知っているお前は、そこまでお人好しではない」

 

 トトが自嘲するように、苦笑を浮かべた。

 

「俺から言わせれば、お前の方こそ、見ず知らずの相手のために機械を修理してやるほどお人好しじゃなかったと思うのだがな」

 

 が、セトがニヤリと笑って一言いうと、

 

「……これは、異世界の、それも人間が、これほどまでの機械を作るものかと感心したからだ。あくまでも、『私の知的好奇心を満たすため』で、見ず知らずの相手のためではない。持ち主には『もっと丁寧に使え』と伝えておけ」

 

 トトはつんとした態度になって、セトに機械を押し付けると、自室に戻ってしまった。どうやら、自分の変化に触れられるのが相当気に入らないようだ。

 

「良い傾向だと思うけどな、俺は」

 

 相変わらず感情を処理しきれていないかつての同胞に、セトも苦笑い。

 仮にトトの言葉が本心からのものだったとしても、ホルスと出会う前の彼だったら、“人間の力を借りて”、“人間の身体で”顕現することすら拒否していただろう。この時点で、どう足掻いても言い逃れできないのだが──

 

(それにしても、ちときな臭くなってきやがったな)

 

 だが、目下の問題は、トトから返された機器のことだ。

 

 彼から「なかなかひどい」と言わせるほど損傷が激しかったようだが、先述のとおり、セトは光黄ら一行を「物を粗末に扱うはずがない」と見ている。その評価と裏腹に、損傷が激しかった理由。それには、なんとなくだが合点が行く。何でも願いを叶えるという、「七罪竜」のカード──

 

(……ま、野心家なら、喉から手が出るほど、欲しがるだろうな。神世界(あっち)(ラー)が知ったら、絶対マークしそうだ)

 

 そして、野心に囚われ、欲望に呑まれた者は、手段を選ばない。野心と欲望で正気を失った者たちは、罪竜のことも、ただのカードや道具としてしか見ないのだろう。人間だろうが、スピリットだろうが、創界神だろうが、精神面は案外大差ない。容易に想像がつくことだ。

 

 異世界に漂着し、理由のわからないことで責められてもなお、パートナーを庇うほどの優しさと勇気を持つ、それぞれの使い手たち。きっと、彼らは、自らの器を弁えない愚か者にパートナーが奪われることを良しとしない。だから、守るために、抗うために、修羅場もくぐり抜けてきたのだとしたら──

 

 セトは、拳を握り、ポキポキと指の骨を鳴らした。

 

(ま、腕っぷしなら、誰にも負けねぇよ。必ず無事に届けてやる)

 

 ささやかな、無言の誓い。

 セトは、修理された機械を抱え、男子寮を後にした。

 

 

 

 エイトーンラビットがアンジュの最後のライフを蹴り破る。詰めの一手という大一番を終えて、きれいに着地。決着と共に、ソウルコアの結界が解かれた。

 

「いやぁ、惜しかったなぁ……!」

 

 最後のライフを砕かれ、敗北したアンジュが、普段着のまま地面で大の字に寝転がったまま呟いた。

 

「こらこら、そんなにのびのびと寝転がるんじゃありませんよ」

「そうは言っても、すごく疲れてるんだもーん! もうちょっとだけ寝かせて!!」

 

 恥ずかしげもなく、マイペースに寝転がるアンジュへ、イシスが苦笑し窘める。

 しかし、アンジュは適当に駄々をこねて、寝転がったままだ。

 イシスも、最初から然程真剣ではなかったからか、これ以上は指摘しなかった。「仕方がありませんね……」と、奮闘した使い手を休ませてやる。

 

「本当に、そうですね……僕も、何度もヒヤヒヤさせられましたよ」

 

 勝利し、バトルフォームをで脱いだ星七も、未だに心臓がドクドクしていた。

 落ち着かない鼓動を、深呼吸して、ようやく落ち着ける。

 

「あの、都筑さん……対戦ありがとうございました。本当にいいバトルでした……!」

 

 そして、寝転がったアンジュへ手を差し伸べて、少し恥じらいながら、感謝を述べた。彼の笑顔は無邪気で、仰向けに寝転がっているアンジュには、澄んだ青空をバックにしているように見える。

 

「ありがとう、星七君」

 

 星七の手を借りて、「よいしょっと」と言いながら、アンジュも起き上がった。

 

「あたしも楽しかったよ! 燃え尽きるまでやり合えたし悔いはないや」

 

「反省はあるけどね」と、微苦笑する。

 アンジュが星七に重ねた相手。たしか、彼も緑のアルティメットを使うようになったという。エヴォルのことを最後の最後まで止められなかったのは、彼が「アルティメットとして扱われた」からだ。それは即ち、「アルティメットへの対抗手段が足りない」ということ。

 ちょっと卑屈な幼馴染にまた勝つためにも、もっと前に進まないと──そうして自分を奮い立たせて、アンジュはにっこり笑った。

 

 一方──

 

『むっ、まだまだ子供だと思ったら、なかなかやりますね……!』

 

 いつの間にか、ライトが星七の肩のところまで飛んできており、ジト目を向けている。

 

 そう──あまりにも自然にアンジュに手を貸した星七だが、しれっと“女性に手を貸し”、“女性と手を繋いだ”のである。

 

「えっ? えっ……? 何のこと、でしょうか……!?」

 

 なぜライトからジト目を向けられているのかわからず、うろたえている星七には、最初から下心などなかったようだが。

 

『気にするな、星七。あやつがヤキモチを焼いているだけじゃよ』

 

 SDサイズに戻ったエヴォルが、困惑する星七の肩へ駆け寄って、大丈夫だと言い聞かせた。

「は、はい……ヤキモチ…………?」と、端からライトの視線の意味を察せていない星七の返事は、歯切れが悪かったが。

 

『別にヤキモチなんかじゃありません! 私には光黄さんという素晴らしい主がいますからね!!』

 

 頬をぷっくり膨らませ、ムキになって否定するライト。

 その「素晴らしい主」こと光黄本人が「だから、俺はお前の主でもなんでもないし、執事を雇った覚えもないんだが……」と呟いているのは、言わぬが花。

 

「星七君もライト君も、あんまり気にしないの! バトルした。あたしが負けて、星七君が勝った! それだけでいいじゃん!」

 

 うろたえる星七と、ご立腹なライトへ、アンジュが各々の肩へ片手を置いた。

 

『うむ。彼女の言うとおりじゃな。星七よ、良い戦いぶりじゃった。初めて会った時よりも、確実に強くなっているな』

 

 アンジュが星七の肩に手を置いたのを真似るように、エヴォルも星七の肩にぽんと乗っかる。そして、引っ込み思案な使い手を安心させるように、激励の言葉を贈った。

 

「ありがとうございます、都筑さん。

 エヴォルも、ありがとう。そう言ってもらえると、使い手として誇らしい、かな?」

 

 ふたりに励まされ、星七がはにかんだ。頬は、淡い紅に染まっている。

 

「ライト君も、これからかっこいいところ見せてくれるんでしょ? 楽しみにしてるよ!」

 

 次に、アンジュはライトの方を向いて、にっこり笑った。

 

『はい、もちろんですっ! アンジュ様のご期待に添えた働きをしてみせます! バトルが終わった頃には、アンジュ様も、きっと私の虜になっているでしょう!』

 

 女性に期待を寄せられ、ライトもすぐさまドヤ顔だ。今は小さな胸を張って、嬉しそうに啖呵を切る。

 

「本当!? すごく楽しみだなぁ!」

『ええ、楽しみにしておいてくださいね!!』

 

 アンジュも、ライトの堂々とした態度を疑わない。目をきらきらさせて食いつくものだから、すっかりライトが調子に乗っている。

 

「格好良さでは、俺も負けたくないのだが」

 

 そんなライトと当たるであろうガイは、少しだけ不満げに、対抗心を露わにした。

 

「まあまあ。まずは、セトさんが戻ってきてからですよ」

 

 少し闘争心が疼きだしたガイを落ち着けるように、光黄からそっと声をかける。

 

「そうだな。だが、まだ戻ってきていないようだ……」

 

 だが、肝心の彼のパートナー・セトがまだこの場にいない。すぐ戦えないことに、ガイは少ししょんぼり気味だ。

 

『逃げちゃったんじゃないですか?』

「む。彼は逃げないぞ、絶対に」

 

 ライトの冗談に、ガイは少しむっとしながら返した。

 

「たしかに、あれはどう見ても逃げそうに見えないよな……むしろ、喜んで戦場へ走っていきそうというか」

「そのとおりだ」

 

 光黄の見解に、即座にガイは同意を示した。使い手が言うので、本当にそうなのだろう。

 

「どちらかと言うと、自分から勝負を仕掛けにいって、相手を困らせる」

「あの、わかりましたから、そこまで言わなくても……」

 

 光黄は、少しだけセトに同情した。

 

「ひとまず、俺たちの勝負は後にお預けだな。そうなると次の対戦カードは──」

 

 ガイと光黄が、自分たちでも、星七とアンジュでもない、もう1組の対戦カードに視線を寄せる。

 

 すると、そのもう1組──ミナトとマミが、あからさまにぎくっとした。

 

「ん? どうした?」

 

 それはもう、天然なガイにもはっきりわかるほどにあからさまだった。

 

「いやぁ、その……なんというか…………」

「うちのが、その、すみません……」

 

 ミナトが歯切れ悪く何かを言いかけ、

 マミが、団欒の場から少しだけ離れた場所を指差した、そこには──

 

『ったく、待ちくたびれたぜ……おい、ミナト! つべこべ言ってないで、さっさとこのクソ野郎を噛み殺させろ!!』

 

 早く戦いたくて、否、此度の相手を打ち負かしたくてウズウズしているキラーと、

 

「おやおや、『クソ野郎』とはとんだ御挨拶だ。そんなにお仕置きされたいのかい?」

 

 傲慢なキラーの闘志をくすくすと嗤うディオニュソス。

 

 バトルが始まっていないのに、既にきな臭い。

 

 

「お・ま・え・な・ぁ! 自分から突っかかってどうする!?」

 

 ひとまず、ミナトが慌てて、キラーを抱っこで回収した。

 

『あっ、この……っ! はーなーしーやーがーれッ!!』

 

 もちろん、舐められっぱなしでは気が済まないキラーは、ミナトの腕の中で暴れだす。鮫肌なので、ミナトの手の平は今にも擦れてしまいそうだ。

 

「決着はバトルフィールドでつけろ。そっちのほうが、本当のお前の姿も実力も、正々堂々、存分に見せつけられる。いいな?」

 

 それでも、ミナトは引けなかった。相手は部長命令で出てきてくれたマミである。忙しい彼女の時間を借りているのだから、あまり彼女の気分を害したくない。何より、きっと一度きりになるであろう対戦の機会である。ミナトだって、やるからにはバトルを楽しみたい。

 

『ちっ……言うからには、上手く俺様を使えよな?』

「おっと、俺がお前を上手く使えなかったことがあるか?」

 

 渋々返事するキラーへ、ミナトは不敵に応えた。

 

『ハッ、そうだな』

 

 物怖じしないミナトの答えに、キラーもニヤリと笑う。

 

 プライドが高いキラーは、使い手に求める実力も高い。その「実力」の中には、バトルの腕だけでなく、心の強さも含まれる。

 キラー自身や、敵──例えば、罪狩猟団の帝騎にも怯まず、媚びず、対等に渡り合う。そんな態度をとれるほどの自信を持ち、しかし、キラーの使い手であることを傲らない。

 簡単そうで難しいその要求をクリアし、初見で“傲慢”な海牙龍皇のお眼鏡に叶った者が、牙威ミナトという男だ。

 

『あいつの吠え面、俺様にも拝ませてくれよ?』

 

 彼ならきっと、あの忌まわしい創界神を打ち破れるだろうと信じて、キラーは実体化を解いた。ミナトの手の中にあった[海牙龍皇キラーバイザーク]のカードが、一瞬だけ、深海のような濃紺色の輝きを放つ。

 

「ああ。相棒がコケにされたお返しだ。目にもの見せてやる」

 

 カードの中のキラーへ目を合わせて、ミナトはしっかりと頷いた。

 

 

 同じ頃、

 

「い・い・か・げ・ん・に・し・て・く・だ・さ・いっ!!」

 

 どこからか、悲鳴のようなマミの声と共に、カコン! と、軽快な音がした。具体的に言うと、ディオニュソスのいる方向から。

 

「おっ、と……いきなり殴るなんてひどいじゃないか」

 

 どうやら、例の如くというかなんというか、ディオニュソスが殴られたようだ。だが、フライパンと比べたら音は小さく軽快だ。

 威力もだいぶ低かったようで、「ひどい」などと言っているが、殴られたディオニュソスの口からは、例によって忍ぶ気のなさそうな忍び笑いがぽつぽつと零れている。

 

「それで、今回の得物は?」

 

 その理由は、マミが握っていた得物。

 

「おたまですよ! 悪かったですね!!」

 

 頬を膨らませながら怒るマミの右手には、おたまが握られていた。料理で使うおたまである。そう──彼女はなんと、おたまで、ディオニュソスの頭を一発殴ったのだ!

 

「いや、悪いとは一言も言ってないよ? むしろ、健気なことじゃないか。お前だって、そろそろ無駄だと気づきかけているだろうに」

「褒めてないどころか貶してますよね!?」

 

 尤も、本人がこれなので、全く効いてなければ、懲りる素振りもないのだが。過去にフライパンで頭を一発殴ってもこれなのだ。おたまで一発殴ったくらいで、ディオニュソスの嘲笑を止められるはずがないのである。

 

「それと、無駄でも、努力し続けることに意義があるんですよ。『手綱を握る』って言ってしまったんだから。逃げたら、それこそ格好悪い……」

 

 マミは深く溜息を吐いた。

 彼女だって、本当は諦めてしまいたい。だが、島を出る前、最初で最後の思い出作りのために一歩踏み出して、こんな問題児を喚んでしまった時に、協力してくれた皆の前で誓ったのだ。

 

 ──「喚んでしまったからには、私が責任を持って手綱を握ります」と。

 

 だから、これはマミなりのけじめである。たとえ、ディオニュソス本人から徒労として嗤われようと、やめるわけにはいかないのだ。

 

「……『お客様』に迷惑かけないでくださいよ?」

 

 だから、何本だって釘を刺し続けてやる。「決して折れてやるものか」と、まさに釘の尖端のように鋭い視線だけで告げた。

 

「そうだねェ……そこは、あの子次第かな?」

 

 見かけによらず気丈で勝ち気な使い手から念押しされようと、ディオニュソスはどこ吹く風。振り返りもせず、今日の獲物(キラー)を眺めている。歪められた唇を、紅い舌先がなぞった。そして、キラーが実体化を解いたところを見届けてから、ようやく、使い手であるマミの方を振り返る。睨んでくるマミに対して、あまりにも不相応なほど嫋やかに微笑みかけ、

 

「今日の舞台も楽しみにしているよ」

 

 ただ一言、それだけを告げて、己の力の欠片(カード)へと姿を変えた。ディオニュソスが立っていた場所からは、微かに、花と果実とアルコールの香りがした。

 

「見物客のつもりなら、静かにしててほしいんですけどね」

 

 手に取ったディオニュソスのカードをさっさとデッキに入れて、マミは溜息を吐いた。

 

「えーっと……大丈夫、マミちゃん?」

 

 そこへ、先にキラーとの話を終えたミナトが、そっと声をかけてきた。片手にはデッキと、ソウルコア。後者は、星七とアンジュがバトルを始める時に使ったことを覚えていたのだろう。何から何まで、準備万端だ。

 

「あっ……うん、もう大丈夫。ありがとう、牙威さん」

 

 自分を労る声に、ようやく緊張が解れたマミは、安堵の表情で、ミナトに感謝を述べた。

 

「それならよかった。あと『ミナト』でいいよ。そっちのほうが、リラックスできるだろ?」

 

 ミナトに優しく笑いかけられて、マミの表情も、少しずつ柔らかくなっていった。

 

「そう、だね……ありがとう、ミナトさん。本当は私がもてなす側なのに、なんだか情けないかも」

 

 ぽろりと弱音をこぼせる程度には、肩の力が抜けてきた。マミは温かい微苦笑を浮かべる。

 

「まあまあ。いろいろあったけど、今は客とかそういうのなし! これは、あくまで俺とマミちゃんのバトルで、あいつらもデッキの中のカードでしかないんだから。接待とか、キラーへの気遣いとかは抜きにして、全力でかかってきてほしいな」

 

 なんとかマミの緊張も解れてきたようで、ミナトも一安心。

 

「──それでも、勝つのは俺だけどな!」

 

 もちろん、だからといって、マミに勝ちを譲る気はないが。“優しくする”ことと、“媚びる”こととでは雲泥の差があることを、彼は知っている。悪戯っぽく、そして好戦的に笑みを深めると、星七とアンジュがやっていたように、ソウルコアを指でつまみ、前方へ突き出した。

 

「あーっ、言いましたね?」

 

 ミナトからのささやかな挑発を受けて、マミの声も弾む。

 

「貴方の言うとおりにもなりませんよ! 勝つのは私です!」

 

 根っこはだいぶ気の強いマミのことだ。ここまで言われたら黙ってはいられない。勝つのは自分だと、ひとつ年上の男相手にも、臆さず断言してみせた。ミナトのソウルコアにぶつけんばかりの勢いで、マミもソウルコアを突き出す。

 

 クセのあるパートナーを持つふたりも、今はとても楽しそうだ。

 

 

「む…………」

 

 ガイは、そんな平和な談笑の光景を尻目に、低く、小さく唸った。今、同い年の後輩が楽しそうにバトルに臨めそうであることは、良いことだと思う、のだが。マミのそういう「気を遣いすぎるところ」を気遣えなかったのは、先輩として不甲斐ない気がした。

 ──いや、それ以上に、彼女の緊張を解す役割を、異邦人ともいえる男が担っているということが、本当は、少し、ほんの少しだけだが、面白くないのは内緒だ。

 もちろん、普段から感情が面に出ず、誤解を生んでしまうことすらある男の秘めた想いに気づく者は、まだいない。本人が内緒にしているのだから、なおさらだ。

 

「「ゲートオープン、界放!!」」

 

 ふたりの掛け声が耳に、ソウルコアから放たれた赤い光芒が目に差し込んで、我に返る。

 

 きっと、この雑念も、熱いバトルを見れば忘れられるだろう──そう自分に言い聞かせ、ガイは前を向いた。かわいい後輩の勇姿を、その目に収めるために。

 

 

 

「へぇ、そう来たか!」

 

 ソウルコアによって生成された結界の内部で、ミナトは感嘆の声を上げた。

 

 彼が纏ったバトルフォームは、白のプールポワンに、濃紺色に金のボタンが輝くフロックコート。格式高い焦茶色の飾り帯(サッシュベルト)に、黒皮のベルト──言ってしまえば、大衆が夢想する、ベタな「海賊」の服装だ。それも、どちらかと言えば船員ではなく、海賊船の船長のような、身分と格式の高そうな雰囲気を漂わせる。ミナトのチャラい性分が、野蛮で質素な海賊の格好を許さなかったのかもしれない。

 ライフシールドは、フロックコートの下で、胸部を覆う。深海を思わせる深い青に太陽の光が差し、その光沢を際立たせた。

 

「星七は吟遊詩人っぽかったけど、俺の場合は海賊になるんだな。しかも、ちょっとお洒落!」

 

 いつもは比較的冷静なミナトも、突然ファンタジーのような服装に変わるという現象にはしゃいでいる。

 

「ええ、とってもミナトさんに似合ってます! なんだか羨ましいくらいです」

 

 自分を慰めてくれた相手の子供らしいところを見て、マミもにっこりしている。

 彼女のバトルフォームは、昔から変わらない、マゼンタのミニドレス。装飾が少なく、上品な印象だ。胸部を覆うライフシールドは、落ち着いた紫色。微風に吹かれ、膝丈のフレアスカートが僅かに揺れた。

 暗めで落ち着いた色合い、ふんわりとしたフレアスカート、露出が少なく貴婦人然とした佇まい──何から何まで、先のバトルでのアンジュとは対象的である。

 

「ありがとう、マミちゃん。そっちも似合ってるよ?」

「そう、ですか……?」

 

 ミナトから感謝のついでに贈られた褒め言葉に、マミは虚をつかれたような顔をする。

 

「昔は好きだったけど、今じゃ派手すぎて恥ずかしいんですよね……なんだか、自分に釣り合わない気がして」

 

 紅くなったマミの顔が伏せられる。

 

 幼い少女の頃は、こういった鮮やかな色に、衣装に憧れたものだ。例えば、赤、ピンク、黄色、オレンジ──そんな明るい色たちを基調とした可愛らしいコスチュームを纏った、画面の奥のキャラクターたちに。だが、心身が成長し、自分の器量を弁えるようになると、そういった色を自然と遠ざけてしまうようになってしまった。

 だけど、バトルフォームは、昔から変わらないまま。あの頃は、身の程も弁えず、こんな姿を夢想していたのだ──派手なマゼンタを見て、着させられる度に思い知らされるようで、マミはこの衣装があまり好きではなかった。

 

「そんなことないって! マミちゃんは控えめだからそう思ってるだけで、本当によく似合ってる。むしろ、これくらい華やかな色のほうが、明るく見えると思うよ」

 

 ミナトの言葉は、嘘偽りない本音だ。マミのような、おとなしく、どこか儚げな女性を見るのは久しぶりだった。長い黒髪を垂らし、黒と白で構成された仕事着も着崩さない女性が、華やかな衣装に身を包むギャップは、ミナトとしてもアリよりのアリだ。──というか、彼の周囲にいる女性は気の強い者が多いので、マミのような奥ゆかしい女性は新鮮なのである。

 

「……ありがとうございます。お世辞でも、そう言ってもらえるだけで、すごく嬉しいです」

 

「お世辞でも」と言っているが、ミナトの真意は伝わったのだろう。マミはゆっくりと顔を上げ、頬を緩めた。

 

「お世辞なんかじゃないよ。本当に──」

 

 と、いい雰囲気になりかけたその時、

 

『そこ! 何抜け駆けしようとしてるんですかッ!?』

 

 フィールドの外から、咆哮にも近いライトの声が、一喝した。

 

「ライト!? いや、今のは別に、そういうわけじゃないんだって!」

 

 ライトの言う抜け駆けとは、ずばり“女を口説いた”ことを言っているのだろう。ミナトとしては、純粋な褒め言葉のつもりだったのだが──いかんせん、日頃の行いが祟ってしまった。

 

「よっ、ミナトさんの天然ジゴロ!」

『おぬしというやつは、そういうとこじゃぞー』

 

「それ褒め言葉になってないよアンジュちゃん!? エヴォルも追い打ちかけないでくれ! てか、そういうこと言うキャラだった!?」

 

 アンジュは、ミナトの言葉が本音だとわかったうえで「天然ジゴロ」という言葉を褒め言葉として使っていそうではある。だが、エヴォルに関しては確信犯だろう。たしかに、こういう言動が祟って、本気で向き合ってくれたひとりの少女の誠意を傷つけてしまったことはあるけれど、今は掘り返さないでほしかった。

 

「いや、今のはアウトだろう……」と光黄の渋い声が聞こえた。その隣では、ガイが、口を結んだままミナトのほうをじっと見ている。遠目からでは彼の表情は分かりづらいが、それが逆に恐ろしい。

 

(うっわぁ!? 四面楚歌だし、なんかいちばん怒らせたら怖そうな人にまでマークされてる!? 理不尽! すごく理不尽!!)

 

 ミナトは戦慄した。初見で「チャラそう」という印象を抱かれる彼だが、一応軟弱ではない程度の身体能力はある。だが、自分よりも年下なのに10cm以上も背が高くガタイの良い男相手は、さすがにたまったものではない。

 が、ガイがこちらを見ていることに対する納得はあった。

 

(ああ、なるほど。マークされてるのは、俺じゃなくてマミちゃんか)

 

 ミナトは、三本勝負が始まる前、ガイがマミにやや距離が近い慰め方をしていたことを見逃していなかった。

 ただ、天然で、恥ずかしげもなく、他の女性のことを「美しい」と言ってしまうようなガイのことだ。加えて、表情も読みづらい。これも天然なのか、マミに対して意図的にそう振る舞っているのかということまでは、判別できなかった。

 

 ミナトは「みんな俺を何だと思ってるんだよ」と深い溜息を吐いた。

 

「……どうやら、これ以上話すと変な誤解を招きそうだな。そろそろ始めようか」

 

 苦笑しながら、マミを促すように、開いた手の平を差し出す。

 

「そうですね。……でも、私は、ミナトさんの言葉が、すごくありがたかったですよ」

 

 当のマミだけは、ミナトの厚意をまっすぐに受け取っていたようだ。もう顔も上げていて、ミナトと目を合わせて、にっこり笑う。

 

「全力を出せるようにしてくれたお礼は、私の全力を以てお返しするのが筋、ですよね。いきますよ!」

 

 

 

 ──TURN 1 PL マミ

手札:5

リザーブ:4

 

「メインステップ。

 ええ、っと……?」

 

 マミは手札の1枚を手に取り、早速、ほんの少しだけ首を傾げた。読み間違えではなかろうか、と。だが、手に取ったカードには、たしかにこう書かれていた。

 

「……ネクサス・[ディオニュソスの酒蔵神殿]を配置」

 

 マミは、もはや、名前だけでツッコみたくなった。

 なぜなら、配置されたその「酒蔵神殿」とやらは、酒蔵にしては巨大というか、どう見ても城館である。冥府の暗闇に溶け込んでしまいそうなチャコールグレーの外壁を、窓から漏れる光が照らしだす。暗闇の中では、仄かな黄色い照明の光も、金塊のように貴く見えることだろう。屋根の色は紫。彩度も明度も低く、落ち着いていながらも鮮やかに見える色味は、暗灰色の城のアクセントになっている。こんなに格式高い佇まいでありながら、これは「酒蔵」である、らしい。

 

「さかぐら? しんでん?」

「酒蔵で、神殿らしいです……」

「このナリで酒蔵なのか……?」

「酒蔵らしいです、このナリで……」

 

 マミもそうだが、ミナトからの反応もなかなかひどい。

 無理もない。どう見ても、酒蔵にしては、あまりにも豪華すぎる。

 

「いや、上辺だけこんな豪華にされてもなぁ……」

「ですね……成金趣味か何かなのでしょうか?」

 

 それにしても、この2人、当の城主(ディオニュソス)がいないことをいいことに、だいぶ貶している。

 

「……では、配置時効果を使いますね。

 デッキから1枚ドロー。

 さらに、系統:「無魔」を持つ[冥府三巨頭クイン・メドゥーク(RV)]を破棄して、1枚…………あ」

 

[冥府三巨頭クィン・メドゥーク(RV)]を破棄し、追加でドローを行ったマミが固まった。

 

「……来ちゃった?」

 

 これまでの文脈で、今日初対面であるはずのミナトにも、その理由は容易に察することができた。

 

「来ちゃいましたね……」

 

 噂をすれば影と言うべきか。この時点で、主語を言わずとも互いの言わんとしていることがわかっている。それだけ仲良くなれた証拠なのか。あるいは、単純に彼らが思い浮かべる者が問題児すぎるだけだからかは、定かではない。

 

「創界神ネクサス・[創界神ディオニュソス]を配置」

 

 芳醇な美酒から香るような、鼻孔をくすぐる花と果実の香り。それと共に、“一応”マミのパートナーである、創界神ディオニュソスがフィールドに降り立った……が、

 

「さっきから、我への評価が酷くないかい?」

 

 使い手らの陰口は彼に聞こえていたようで、わざとらしい溜息を吐いた。とはいえ、ある意味鷹揚といえる態度は変わらない。

 

「いや、だって、これで酒蔵はないでしょ……何本飲めば気が済むんですか?」

 

 溜息を吐きたいのはこっちの方、と言わんばかりに、マミは、聳える酒蔵神殿にジト目を向けた。「なんかとんでもないアル中を住まわせちゃった気がする……」と、あえてディオニュソスに聞こえるように零す。

 

「アル中とは心外だなァ。我は、酔い潰れるまで飲むほど無粋ではないよ」

 

 使い手の言い草に、ディオニュソスは肩を竦めた。

 たしかに、マミは、ディオニュソスが酔い潰れているところをみたことがない。彼を顕現させてしまってから数日、監視と、ついでに酔い潰れている隙に一発殴ってやろうと考え、彼の様子を伺っていたが、全然酔わないのである。

 それもそのはず。放埒な振る舞いが目立つ彼だが、意外にも、一度に飲む量を弁えているのである。神から人の身になったのだから、一度に摂れるアルコールの許容量に大きな落差が生じているはず。だが、それも計算済だったのか、本当に全然酔わない。

 

(それでも、毎日必ずアルコールを摂ってるんだよね、この人)

 

 とはいえ、ディオニュソスは酔うほどの量を飲まない代わりに、毎日欠かさず酒を飲んでいる。そのことを知っているマミは、堪えきれなくなった溜息を吐いた。

 

「……まずは、常時発揮される【神域(グランフィールド)】から解決。

 

 カード名に「冥府」を含む自分のスピリットすべてのLv1コストを0に。ただし、私のトラッシュにあるカード名に「冥府」を含まないカードすべては、手札に戻せなくなります」

 

「スピリットの維持コストを0に……」

 

「性格だけじゃなくて、効果もまた面妖な……」という本音を、ミナトはぐっと堪えた。

 紫属性相手のバトルは、シュオンに憑かれた絵瑠を相手した時をはじめ、経験がないわけではない。が、Lv1コストを0にするという掟破りな効果に直面するのは初めてだ。

 

「次に、同名の創界神ネクサスがないので、配置時の《神託(コアチャージ)》を発揮」

 

 デッキの上から3枚をトラッシュへ。その内訳は[ゴッドシーカー 冥府作家ラス・カーズ]2枚と、[冥府大魔導エシュゾ]だ。

 

「3枚とも、系統:「無魔」を持つスピリットカード。よって、コア3個をディオニュソスに追加。

 

 ターンエンド」

 

○フィールド

・[創界神ディオニュソス]〈3〉Lv1

・[ディオニュソスの酒蔵神殿]〈0〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 2 PL ミナト

手札:5

リザーブ:5

 

(フィールドにシンボルが2つ、手札4枚か……)

 

 ミナトは、マミのフィールドに視線をやった。「紫にしても、だいぶ速いな……」と苦笑する。加えて、スピリットがコア0個で召喚されるというのだ。スタートダッシュで、だいぶ差をつけられてしまっている。

 

 だが、ミナトが焦燥を面に出すことはしない。決して直情的ではない彼は、差をつけられている時ほど冷静だ。

 

「メインステップ。

 ネクサス・[海底に眠りし古代都市]を配置」

 

 ミナトのフィールドの地表が、紺碧の海水に覆われる。深い青の上には、石造りの建造物群が立ち上がった。その様は、まるで、水底から浮かび上がってきたよう。事実、この建造物群は、ある世界の南の果ての海底に眠る、古代の都市である。一見すると遺跡のようだが、現在も都市として機能しているという説も唱えられていて、外見だけでなく、その実情まで神秘的だ。

 

「古代都市……きれいですが、油断できないネクサスですね」

 

 潮の香りと、眼前に広がる都市を見つめながら、マミが苦い表情を浮かべた。

 

「たしか、制限カードだったはず…………」

 

 復帰したてで覚えたての知識を手繰り、この都市がとても強力な力を持っていることを思い出す。その強さは、競技の場では、デッキに1枚しか入れられなくなったほどだとか──

 

「そのとおり。マミちゃんがエンジン全開だから、俺も全力で食らいつかせてもらうよ」

 

 ミナトは、マミへ、ニヤリと不敵に微笑んでみせた。すると、マミの表情もわずかに綻んで、

 

「私についていくのは大変ですよ?」

 

 柔和な顔立ちが、好戦的に笑う。一見おとなしそうに見える彼女だが、やはり勝ち気な側面があるのだ。パートナー(本人は否定しているので、あくまで便宜上だが)とは違って、真っ直ぐな気概が見られて、ミナトも向き合っていて気持ちが良い。

 

「そこまで言われると、いっそ追い抜いてみたくなるな」

 

 最近は、傲岸不遜なパートナーであったり、自分と本気で向き合ってくれた女であったり、大切な存在を賭けて、負けられないバトルを強いられ続けていた気がする。知らないうちに、心のどこかで焦がれていたような“楽しいバトル”が、そこにはあった。

 

(……これで、相手の創界神が“これ”じゃなければ完璧だったんだけどな)

 

 それだけに、嫌でも鼻孔をくすぐられるような花と果実の香りが、その根源がとてつもなく邪魔に感じられてしまうのは内緒だ。

 

「バーストをセットして、ターンエンド」

 

 

○ミナトのフィールド

・[海底に眠りし古代都市]〈0〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 

 ──TURN 3 PL マミ

手札:5

リザーブ:5

 

「メインステップ

 ネクサス・[朱に染まる六天城]をLv2で配置。

 常在効果で、このネクサスの色とシンボルは紫として扱います」

 

 マミのフィールドが茜色に染まる。それは、ちょうどミナトのフィールドに広がる海の色──紺碧と対照的だ。地表を覆う花々は美しいのだが、色が鮮やかすぎて、少し毒々しい。青空は紫だって、黄昏時になったよう。ネクサスの属性と同じ色に染まる天地の狭間には、立派な天守が堂々と聳え立っていた。先に配置されていた酒蔵神殿と隣合うその様は、まさに和洋折衷。

 

「続けて、[冥府貴族ミュジニー夫人]を召喚。

 系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリットの召喚によって、ディオニュソスに《神託》」

 

 白いヴェールを被り、紫色のドレスに包まれた、細長い骸がひとつ。ぴくりとも動かず、紅の花々の上に立っている。

 軽やかな破裂音も、未だスピリットがいない静かなフィールドにはよく響く。ディオニュソスが指を鳴らせば、骨だけの身体に仮初めの命が宿り、なめらかに動き出した。対戦相手の男に淑女の礼(カーテシー)をするミュジニー夫人の動作は、五体満足な人間のそれと変わりない。

 身体を動かすための筋肉すらないはずの骸骨が、カタカタ、カシャカシャと音をたてて、まるで生きた人間のように動き出す──その不気味な光景を前にしたミナトは、

 

「あっ、俺、さすがにアンデッドはストライクゾーン外なんで」

 

 いつもどおりであった。

 

「そういうとこだぞ」

『そういうとこじゃぞ』

 

 ギャラリーの光黄とエヴォルが声を揃える。やや遠回しに、ミナトの言動を批判しているようだ。

 

「いや、なんつーか、悪い。挨拶してもらったのはいいんだけど、さすがに骸骨は生理的に受け付けられなかったから……」

 

『追い打ちかけてるじゃないですか! まあ、たしかに、私も、死んでるうえ、性悪男に介護されてる女性はごめんですけど!!』

「ストップ! ライトさんも追い打ちかけてるって!!」

 

 どうやら、異世界の女たらしたちは、死人が嫌いな様子。ライトも、ミナトを窘めているように見えて、しれっとミュジニー夫人のことを貶していて、アンジュがストップをかける。

 アプローチしてすらいないのに勝手にフラれたショックからか、単純に呆れ果てたのか、ミュジニー夫人の動きが止まった。まるで、動き出す前の、物言わぬ骸に戻ってしまったようだ。

 

「おやおや、可哀想に」

 

 そんな言葉とは裏腹に、ディオニュソスがくすりと笑った。きっと、端から哀れんでなどいないのだろう。むしろ、素っ気なくフラれたミュジニー夫人のことを、内心で嘲笑してすらいそうだ。

 

「女性の心は繊細なんだから、優しくしてあげないとねェ」

 

 弧を描いた唇から、くすくすと、可笑しそうに嗤う声が零される。

 本当はそんなこと思っていないくせに──それくらい、火を見るよりも明らかなはずだったのに、ミナトは、ディオニュソスの言葉を無視できなかった。

 

「ッ──!」

 

 かつて傷つけてしまった、ひとりの少女の姿が脳裏を過ぎって、思わず息を呑む。過剰反応だというのはわかっている。この感情を面に出してしまえば、あの掴み所のない酒神の玩具にされてしまうのがオチだ。

 

「じゃあ私にも優しくしてくださいッ! 私だって、女の子の端くれなんですよ!!」

 

 だが、そこへ、無駄に力強いマミの叫び声が割り込んできた。

 

「えぇ? 頭を鈍器(フライパン)で叩かれても不問にしてあげてるのに、これ以上優しく?」

「そもそも、貴方が本当に優しくしてくれているなら、フライパンで頭を叩いたりしないはずなんですよね!」

 

 わざとらしい困り顔を作るディオニュソスに、マミはさらにがなりたてる。

 

「えっ、ふらいぱん……?」

 

 フィールドの外で、観戦していたアンジュが目をぱちぱちさせた。

 

「それは、あれだ……いずれわかる」

 

 実際にマミがフライパンを振りかぶった跡を目にしたことがあるガイは、複雑な表情でお茶を濁した。一応、自分が現場に居合わせていた時に、マミが恥じらっていたことを踏まえての配慮だろう。

 

 それからも、「だいたい、貴方はこの前だって──」と、マミのお説教が続くが、ディオニュソスは全く聞いていない。形だけの相槌すら打ってこない。見事にスルーされている。

 

「はぁ……先攻2ターン目なのに、どっと疲れた…………」

 

 言っても無駄だと諦めたのか、ひとしきり説教を終えたマミは、深く溜息を吐いた。

 

「……ミュジニー夫人の召喚時効果で、デッキ2枚ドロー。

 その後、私の手札が6枚以下なので、この効果で相手はバーストを発動できません。

 

 ターンエンドです。ミナトさん、お待たせしちゃってすみませんでした」

 

 ミュジニー夫人の召喚から、そこそこ長い言い争いを経て、ようやくターンエンド。ミナトへターンを渡す際に、マミはぺこりとお辞儀した。

 

「いや……一応、きっかけは俺だし、マミちゃんは何も悪くないよ」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるマミを安心させるように、ミナトは彼女に笑いかけた。彼からすれば、「何も悪くない」どころか、感謝しているくらいなのだ。不意に古傷を抉られそうになった瞬間、「自分だって女だ」と叫んでくれて──まるで庇ってもらったような気がした。ミナトが抱えるものをマミが知る由もないし、意図していない振る舞いなのだろうが、それでも、少しだけ安堵できた。

 

「……俺からもありがとう、マミちゃん」

 

 こっそり、感謝の言葉を添える。素直に告げられないのが、少しもどかしかった。

 

 

○マミのフィールド

・[冥府貴族ミュジニー夫人]〈0〉Lv1・BP4000

・[創界神ディオニュソス]〈4〉Lv2

・[ディオニュソスの酒蔵神殿]〈0〉Lv1

・[朱に染まる六天城]〈1〉Lv2

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 4 PL ミナト

手札:5

リザーブ:6

 

「メインステップ。

 ネクサス・[No.36 バーチャスアイランド]を配置」

 

 ミナトのフィールドを覆う海が渦を巻き、渦潮を作り出した。渦潮の発生と共に、ミナトの背後に現れたのは、古びた寺院。見た目よりも頑丈な吊り橋が、使い手の立ち位置と寺院をつなぐ。

 

「バーチャスアイランド……初めて見るネクサスですね」

「安心して。効果はすぐにわかるからさ」

 

 記憶にないネクサスを前に、警戒心を強めるマミ。彼女とは対照的に、ミナトは軽く勿体つけてみた。

 

「続けて、マジック・[ストロングドロー]を使用。

 デッキから3枚ドロー。そして、手札から2枚──2枚目のバーチャスアイランドと[ディアマントチャージ]を破棄」

 

 次に、ミナトが切ったカードは、マジック・[ストロングドロー]。青の代表的なドローソースであり、手札を2枚破棄しなければいけない代わりに、コスト3・最大軽減でコスト1という低コストで、デッキを3枚分も掘り進めることができる。

 

「そして、この時、バーチャスアイランドの常在効果発揮!

 自分の手札が破棄された時、ターンに1回だけ、ボイドからコア1個をこのネクサスに置く!」

 

 そして、[ストロングドロー]に伴う手札破棄に応じて、バーチャスアイランドの常在効果が発揮される。ターンに1回だけ使うことができる、コアブースト。

 

 ミナトの背後に浮かぶ寺院の中で、青い光が輝き、扉から光芒が漏れている。同時に、バーチャスアイランドのカードの上に、コアが1個出現した。

 

「手札交換にコアブースト……さすがですね。手札もコアもどんどん増えていってる」

「ははっ、この程度はまだまだ序の口だよ」

 

 アンジュほど大きくないとはいえ、マミの反応も素直だ。復帰したてであることもあり、目線でどのカードに関心を示しているのかがわかりやすい。顔に表れている彼女の向上心は、ミナトも見ていて微笑ましかった。

 

 互いの戦意を、仲睦まじく交わし合う、その陰で、

 

「なるほどねェ」

 

 ……ディオニュソスが、何かを思いついたように呟いていたのは、言わぬが花だろう。

 

「さらに、[ダーク・スクアーロX(テン)]を召喚!

 

 メインステップで系統:「異合」を持つスピリットが召喚された時、[海底に眠りし古代都市]Lv1・Lv2の効果発揮。ボイドから、コア1個をリザーブへ!

 

 増えたコアを、ダーク・スクアーロXに置いて、こいつはLv2にアップ!」

 

 ミナトのフィールドに広がる海から、インディゴブルーの鮫が、ざぱあっと水飛沫を上げながら飛び跳ねてきた。通常の鮫と比べて特異なところは、腹びれにあたる箇所が、人間の腕のようになっており、右手に剣を、左手に盾を握っているということ。鮫の身体をベースに、ヒトの腕が生えたような姿は、まさに「異合」らしいと言えるだろう。

 

 そして、その系統:「異合」を持つスピリットの召喚によって、[海底に眠りし古代都市]の効果が発揮される。命を育む海からの、生命(コア)の恵み。使い手からそれを受け取ったダーク・スクアーロXは、「オレに任せとけ!」と勇むように、剣を天へ突き上げた。

 

「ダーク・スクアーロXもやる気十分みたいだし……いくか! アタックステップ!」

 

 ミナトの宣言に、ダーク・スクアーロXの身体がウズウズしだす。見た目通り、凶暴で、好戦的な性格のようだ。

 

「[ダーク・スクアーロX]でアタック!」

 

 待ち侘びた攻撃の指示に、ダーク・スクアーロXが、にやりと笑った。鮫らしい鋭い牙が剥き出しになる。

 武器を持ったまま、海中へ飛び込んだ。腹びれにあたる箇所がヒトの腕のようになっているにもかかわらず、すいすいと海中を進んでいく。

 

 通常、ダーク・スクアーロは、自身の色を変える効果しかもたない。しかし、ミナトのフィールドにいるそれは「X(テン)異種」と呼ばれる特殊な個体。容姿は通常の[ダーク・スクアーロ]と変わらないが、通常のスピリットよりも強力な力を秘めているとされている。

 

「アタック時効果で、相手のデッキを上から2枚破棄して、シンボルを0にする!

 

 さらに、Lv2・Lv3のアタック時効果で、ボイドからコア1個を[ダーク・スクアーロX]自身に追加!」

 

 コアが増え、より活力を得たダーク・スクアーロXが、吠え声と水飛沫を上げながら飛び跳ねた。マミのデッキにもかかった水飛沫が、上からカードを2枚、吹き飛ばす。

 紺碧の海から、真紅の大地へ、意気揚々と侵攻する。その姿は、さながら海賊だ。

 

 獰猛に牙を剥くダーク・スクアーロXを前にしたミュジニー夫人が、くるりとマミの方を振り返った。眼は虚ろ、というか、眼窩しかないはずなのに、「こんな野蛮な鮫男など、相手にしたくないですわ。貴方が受けなさい」という強い圧を感じる。

 マミとしても、このアタックはライフで受けるつもりだったのだが、こうやって肉壁のように扱われるのは、ムカッと来た。

 

「はぁ〜……」

 

 創界神だけでなく、眷属も奔放すぎる。骨のくせに、面の皮が厚い。マミは、今日いちばんの溜息を吐いた。

 

「……ライフで受ける」

 

 ダーク・スクアーロXの剣の刃が、ライフを代償に展開されたマミのシールドに触れる。しかし、彼のシンボルは0。マミのシールドは切り裂かれない。刃とシールドがぶつかった際の衝撃で、ダーク・スクアーロXは自陣へ弾き返される。

 獰猛で好戦的な見た目に反して、穏やかにすら思える攻撃。シンボルを0にする効果は、一見デメリットにも見える、が……

 

「相手のライフは減らないから、自分だけがコアブーストできる、と……」

 

 アタックによって砕かれたライフのコアは、基本的に使い手のリザーブへ移動する。ライフを減らすことと、相手が使えるコアを増やすことはイコールなのだ。

 

[ダーク・スクアーロX]は、Lv2・Lv3アタック時効果でコアブーストを行う。しかし、Lv1〜Lv3のアタック時効果でシンボルが0になり、相手のライフを削らないため、相手が使えるコアを増やさない。

 このターン、ミナトは、メインステップ中にもコアブーストを行っている。増えたコアは合計3個。青属性でありながら、コアブーストを得意とする緑属性に負けないくらいの増加数だ。

 

「言っただろ? 『全力で食らいつかせてもらう』って」

 

 ミナトがウィンクすると、彼のフィールドに戻ってきたダーク・スクアーロXが、人間のような左腕から、一度盾を捨てて、何やらジェスチャーをしている。

 手のひらを上にして、人差し指を内側に曲げる──挑発のジェスチャーだ。特に、最初から戦うことを放棄したミュジニー夫人を、ニヤニヤしながら煽っている。

 誘ってもないのに勝手にフラれたり、勝てない勝負を避けたからと下品に煽られたり、ミュジニー夫人の身体はぷるぷると震えていた。カタカタと、彼女を形成する骨たちが音をたてる。

 

「こらっ! お前まで煽るんじゃない!!」

 

 不和の予感がして、ミナトはダーク・スクアーロXを窘めた。ダーク・スクアーロXは「ちぇー」と口を尖らせるが、挑発のサインをやめ、盾を握り直す。少なくとも、冥府の者たちよりは聞き分けが良さそうで、ミナトは、内心安堵した。

 

「俺は、これでターンエンド」

 

 

○ミナトのフィールド

・[ダーク・スクアーロX]〈3〉Lv2・BP6000 疲労

・[海底に眠りし古代都市]〈0〉Lv1

・[No.36 バーチャスアイランド]〈0〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 5 PL マミ

 

「ドローステップ。

 ここで、[朱に染まる六天城]のLv2効果発揮。

 ドロー枚数を+1。その後手札を1枚破棄します。

 

 2枚ドローし、手札から[冥府神王カヴァリエーレ・バッカス]を破棄」

 

[朱に染まる六天城]Lv2の効果は、マミがかつて使っていた[灼熱の谷]Lv1・Lv2効果と同様のドロー加速。

 

 破棄されたのは、ディオニュソスの化神[冥府神王カヴァリエーレ・バッカス]だ。

 

 化神が破棄されたということは、何か狙いがあるということ。トラッシュへ落ちていく化神のカードを睨むように見つめ、ミナトはごくりと唾を呑んだ。

 

 

手札:6

リザーブ:5

 

「メインステップ。

 

 では、いきます──!」

 

 マミが、こころなしか厳かに、1枚のカードを手に取る。それは、(これでも)オリンの剣士でもあるディオニュソスが愛用する神装。

 

神話(サーガ)ブレイヴ[冥府神剣ディオス=フリューゲル]を召喚! ディオニュソスに直接合体(ダイレクトブレイヴ)ッ!!」

 

 盤上に叩きつけているようにも見えるほどの勢いで、やたら力強く召喚される。

 

(え……えっ? ゑっ……!?)

 

 ミナトは目を疑った。

 

 なぜなら、召喚されたディオス=フリューゲルは、

 

 何を間違えたのか、

 刃先を下にして、

 ディオニュソスの直上から、落ちてきていたのだから。

 

 どう見ても、ディオニュソスを縦に串刺しにしようとしているとしか思えないポジショニングだ。

 

(この子、もう勝ち気とかそういうレベルじゃないよな!?)

 

 ミナトは、マミのことをおとなしそうな少女だと評していたが、胸中で撤回した。

 普段はたしかにおとなしいのだ。だが、溜まりに溜まった時の爆発力が強すぎる。

 

「おっと、危ない」

 

 今まさに串刺しにされそうなディオニュソスは、慌てる素振りも見せず、ひらりと身を躱す。

 天から落ちてきたディオス=フリューゲルは、標的を失い、勢い良く地に突き刺さった。

 

「やれやれ……随分と侮られたものだねェ。我が二度も同じ手を食らうとでも?」

 

 ディオニュソスは、ゆったりと、マミのほうを振り返る。まるで怒っていない。どちらかというと、使い手の蛮行を嘲笑っている。

 

「ちょっと待った! 二度目なのかよ!?」

 

 あまりにもイカれた光景に、いよいよミナトも声をあげてツッコんでしまった。

 

「だって、いちいちムカつくんですもの」

 

 ミナトのツッコミに律儀に答えたマミの顔には、うっすらと青筋が立っている。気持ちは大いに理解できるが、だからといって、普通ブレイヴを頭に刺そうとはしないだろう。

 

「あの、青葉さん、これは……?」

 

 ギャラリーも騒然としていた。あんぐりとしている星七の隣で、光黄が恐る恐るガイに問いかける。

 

「俺にもわからない」

 

 あまり表情の変化が少ないガイも、今回ばかりはだいぶ苦い表情をしていた。太い指が、こめかみを押さえている。

 

『マミ様……お淑やかなだけでなく、いざとなれば男相手でも毅然として立ち向かえる胆力をお持ちとは……!』

 

 周囲が騒然としているのをいいことに、ライトが何か言っている。

 

「お前って本当にポジティブだよな」

『光黄様! お褒めに預かり光栄にございます!!』

「いや、褒めてないからな?」

『えっ』

 

 ……そんなギャラリーの一幕はさておき。

 

「系統:「神装」を持つブレイヴの召喚によって、ディオニュソスに《神託》。

 

 さらに、ディオニュソスのコアが5個なので、ディオス=フリューゲルのネクサス合体中の【神域】発揮。

 このネクサスのコアが3個以上の間、自分のカード名:「創界神ディオニュソス」の【神域】でコアが0個になっている自分のスピリットすべてを、そのスピリットが持つ最高Lvとして扱います」

 

 剣身や(つか)が白骨で装飾された、暗紫色の剣。地面に突き刺さったそれをディオニュソスが握った瞬間、刃先から、闇色の波動が、ふわりと、煙のように舞った。仮初の命を吹き込まれた冥府の骸たちが、波動を浴びて強化されていく。

 

「続けて、[冥府骸導師オー・ブリオン]を召喚!

 

 系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリット召喚によって、ディオニュソスに《神託》!!」

 

 続けて、マミが召喚したのは、黒い襤褸を纏った骸骨[冥府骸導師オー・ブリオン]。

 コアが置かれていないので、召喚直後はぴくりとも動かず、黒い襤褸が微風に揺れるのみだった。しかし、ディオニュソスのフィンガースナップと同時に、片方の眼窩に紅い光が宿り、ゆらりと動き出す。

 

「召喚時効果で、自分の手札/トラッシュにある、カード名に「冥府」を含むコスト8以上のスピリットカード3枚までを、1コストずつ支払って召喚!

 

 今度は私が仕掛ける番です!」

 

 トラッシュにある、カード名に「冥府」を含むコスト8以上のスピリットカード──ミナトは、この条件に当てはまるカードに見覚えがある。

 マミの「私が仕掛ける番」という台詞からも、召喚されるカードは簡単に予想できた。

 

 ミナトが気を引き締める真向かいで、マミも、密かに自分の心を落ち着けていた。

 初陣でこそ「ディオニュソス(こんなやつ)に呑まれてたまるか!」という一心だったが、一度自分の言葉で口上(のりと)を唱えられた後だ。きっと、大丈夫──そう自分に言い聞かせると、気が楽になった。

 

「不浄なまでに不滅の騎士よ! その身が骸になろうとも、止まらず道を斬り拓けっ!! トラッシュより[冥府神王カヴァリエーレ・バッカス]を召喚っ!!」

 

 それでも充分泥臭いのは、マミの性分だろう。

 

 オー・ブリオンに喚ばれ、不透明な紫煙から姿を現したのは、ディオニュソスの化神たる、顔のない騎士。

 あの問題児の化神なのだから、どんな性悪が出てくるかと思えば、想像以上に静かだ。身体を動かせば、骸を覆う鎧がカチャリと僅かに音をたてるくらいで、カヴァリエーレ・バッカス自身は極めて寡黙。だが、その異様な静寂が、ミナトの緊張を呼び起こす。

 

「さらに、同じくトラッシュより[冥府三巨頭クイン・メドゥーク]を召喚!!

 オー・ブリオンの効果で、バッカスとメドゥークは同時に召喚されたため、ディオニュソスへの《神託》は1度のみ行います。

 

 さらに、この効果で召喚したスピリット1体につき、1枚ドロー! 2体召喚したので、2枚ドローします!!」

 

 さらに、カヴァリエーレ・バッカスの隣に、紫煙がまたひとつ。それを振り切るようにして現れたのは、「冥府三巨頭」の紅一点、クイン・メドゥーク。

 彼女はしっかりと敵陣を見つめると、4本もある腕のうち1本に、湾曲刀を握った。

 動きこそゆったりとしているが、戦う意思が目に見える。戦を本分としない貴族たちとは違い、彼女は身も心も戦士なのだ。

 

「けど、その召喚時効果、もらったぜ! トラッシュにある[ディアマントチャージ]の効果発揮!」

「!?」

 

 だが、ミナトも、ただマミが盤面を揃えるのを待っていただけではない。

 

「トラッシュにある[ディアマントチャージ]は、『このスピリット/アルティメットの召喚時』効果を持つ相手のスピリット/アルティメットが召喚されたとき、手札に戻せる!」

 

 マミが多用する『このスピリットの召喚時』効果を逆手に取って、先のターンに[ストロングドロー]で破棄した[ディアマントチャージ]を回収する。

 

「そんな効果が……あっ…………」

 

 マミが、自身の浅慮を省みようとして、あることに気づく。

 

 トラッシュは公開領域。つまり、フィールドにいる、いちいちうるさい創界神には見えていたわけで──

 

「……貴方、さては、わかってて何も言いませんでしたね?」

 

 ディオニュソスのほうを、じろっと睨む。

 

「そんな怖い顔をしないでおくれよ。我だって、お前にそこまで頼ってもらえているとは思っていなかったんだから……」

「はぁ!? なんでそうなるんですか!?」

「相変わらず素直じゃないねェ。さっさと本当のことを言ってしまえば、楽になれるのに……ふふっ」

 

 だが、彼への叱責は逆効果だった。反省しないどころか、ねっとりと使い手をからかう始末である。

 

「あぁ、もう……! 貴方に他の創界神と同じ振る舞いを求めた私が馬鹿でした!!」

 

 使っているのは紫属性であるはずなのに、マミの顔はまっかっか。照れではなく、怒りで赤くなっているということも、火を見るより明らかだ。

 

「……バーストをセットして、アタックステップ!

 カヴァリエーレ・バッカスでアタック!!」

 

 ディオニュソスからそっぽを向いて、強引にアタックステップへ。

 マミから攻撃指示を受けたカヴァリエーレ・バッカスが、赤紫色のストールを靡かせ、駆ける。

 

「アタック時効果で、[ダーク・スクアーロX]のコア3個をリザーブへ! この効果で消滅したスピリットの数だけ、相手のライフのコア1個をリザーブへ置きます!」

 

 クイン・メドゥーク同様、4本もある腕。うちの2本に、握られた片手剣。その一振りで、ダーク・スクアーロXの生命・魂が、肉体から切り離される。

 

「ぐあっ……! 何だこれ……!? 俺自身は斬られてないはずなのに、今、たしかに斬られたような…………!」

(ライフ:5→4)

 

 カヴァリエーレ・バッカスによってスピリットが「斬られた」感覚は、その使い手にも及ぶ。

 身体の内側から、腹部を真一文字に切り裂かれた感覚。本来ならば、さらなる激痛が使い手を襲うのだが、ライフが身体へのダメージを肩代わりしてくれたようだ。5個あったライフが4個になっており、リザーブにコアが増えている。

 

「さらに、ディオニュソスのコア3個をトラッシュに置いて【冥界放:3】!

 相手のリザーブのコアを、最大5個までトラッシュに置きます!!」

 

 だが、カヴァリエーレ・バッカスの攻撃は、まだ終わっていない。

 主であるディオニュソスから力を授かり、騎士の剣術は、さらなる極地へと至る。スピリットらの肉体だけでなく、そこに内包されていた生命力の源・コアそのものも斬り刻む。

 リザーブにあったコア4個さえも失ったミナトのフィールドからは、生気が消えていた。

 

「使えるコアがなくなった……!? くそっ、軽い調子に見せかけて、化神がやってくることはえげつないな……!」

 

 コアがなければ、フラッシュタイミングでの抵抗も難しい。ミナトは、空っぽになったリザーブを見て、表情を険しくする。

 

「減るのはコアだけじゃないですよ!

 ディオス=フリューゲルの【神域】で、私のスピリットは最高Lvとして扱われています。

 

 よって、ミュジニー夫人のLv3効果発揮! 系統:「無魔」を持つ自分のスピリットの効果で相手のライフが減ったとき、相手の手札が3枚以上なら、自分は、相手の手札1枚を内容を見ないで破棄!!」

 

 ミュジニー夫人が扇子を振りかざす。貶されたことへの仕返しなのか、放たれた黒い光弾は、こころなしか勢いが強く感じられた。

 

 光弾に撃ち抜かれ、破棄されたカードは[千獣の王者ドス・ダイモス]。一度フィールドに出れば、互いの手札を3枚までしか持てないように制限してしまう、諸刃の剣の如き効果を持ったスピリットだ。

 

「ただじゃやられないよ! バーチャスアイランドには、こんな常在効果があったよな?

 

 自分の手札が破棄された時、ターンに1回、ボイドからコア1個をこのネクサスに置く!

 これは、自分で破棄した時だけじゃなくて、相手によって手札を破棄された時にも有効だ!!」

 

 窮地陥ったミナトの闘志に応えるように、バーチャスアイランドに建つ寺院が、再び青い輝きを放つ。

 まんまと回収が利く[ディアマントチャージ]を破棄させることができれば、ディスアドバンテージは0に等しく、アドバンテージだけを得られたところだが、こればかりは仕方がない。

 

「さらに、ライフ減少によって、バースト発動だ! ネクサス・[No.26 キャピタルキャピタル]!!

 こいつをノーコストで配置!」

 

 彼を救うネクサスは、バーチャスアイランドだけではない。ミナトのフィールドの上空に、島が浮かび上がる。

 キャピタルキャピタルという名の空中都市。寺院が密集し、居住者の許可がなければ入ることすらままならないという、極めて神聖な都市だ。

 

 空中都市の出現によって、地面に影が落とされる。少しずつ暗くなっていくフィールドに、やや間隔の大きな拍手が響いた。

 

「アハハハッ! そう来ないとねェ」

 

 だが、拍手の主はディオニュソス。純粋な称賛からの行為でないことは明白で──

 

「主役が登場せずに幕引きなんて、何の面白みもない。もっと、もっと、我を愉しませてもらわないと」

 

 まるで、劇を面白がって観ているような口ぶり。そこには、遠回しな、ミナトへの嘲りが含まれていた。

 

「もう『幕引き』だと思われてたのか? ……随分と舐められているみたいだな」

 

 自分が嘲られていることを察したミナトも、感情的になりすぎない程度にムッとした。

 

 ディオニュソスの言う「主役」とは、ある意味で彼が気に入っているキラーのことだろう。つまり、彼が登場せずに「幕引き」とは、「キラーがフィールドに出るよりも前に、ミナトのライフが0になる」という状況を指している。

 コスト4/8のスピリット/アルティメットを破壊できる[ディアマントチャージ]も、完全耐性を持つカヴァリエーレ・バッカスと、【呪滅撃】を持つクイン・メドゥークの前では無力。きっと、ディオニュソスはそのことを見通しているのだろうし、事実、バーストがなければ、ミナトはこのターンでライフを0にされるところだった。窮地に陥っていたことは内緒だ。ポーカーフェイスには慣れている。

 

「……カヴァリエーレ・バッカスのアタックは、ライフで受ける!」

(ライフ:4→2)

 

 一息置いて、心を落ち着かせてから、カヴァリエーレ・バッカスのアタックを受ける。ミナトのライフ2個がシールドを展開し、これらをカヴァリエーレ・バッカスが二刀流で斬る。

 

「ぐっ……! こいつ自身だけでも2点なのか……!」

 

 真一文字に斬られたような感覚が、ミナトの左右の胸に走った。特に外傷はないけれど、左胸を押さえながら、態勢を立て直す。

 

「キャピタルキャピタルの効果で、[ソウルコア]が置かれていない相手のスピリット/アルティメットがアタックするとき、相手は、リザーブのコア1個を相手のトラッシュに置かなければアタックできない!

 そっちのスピリットは、そもそも全員コアが置かれていない。リザーブのコアは0──このターンはアタックできないだろ?」

 

 痛みで歪んだ表情を笑顔に変え、マミに問いかける。

 

「察しのとおりですよ、ミナトさん。何もできないので、これでターンエンドです。

 ……本当に、うちのがすみません」

 

 ターンを終えて、マミがあらためて頭を下げた。おそらく、おもてなしの心が強く、他者を優先しがちな彼女のほうが、ミナト以上に気分が悪いに違いない。何せ、本人が真っ直ぐにバトルしたいと思っているのに、便宜上のパートナーがあれなのだから。

 

「マミちゃんが謝ることじゃないって。勝って、あいつに頭下げさせるから、気にしないで」

「心意気はすごく嬉しいんですが……この人、負けても悪びれないですし、反省しないんですよね…………どうやったらわからせられるのか、私も知りたいです」

「うっわ質悪っ!」

 

 それにしても、このふたり、本人(ディオニュソス)がいてもけちょんけちょんである。

 

「本人の前で言うことかい?」

 

 と、本人が言っている。尤も、ディオニュソスが他人の目を気にするほど殊勝ではないことは、マミも重々思い知らされていた。

 だが、フィールドの外でも、光黄が「何だこいつ……」と呆れたような声を出しているし、ガイに至っては「フライパンに代わる武器……ううむ…………」と、わかる人には物騒だとわかることを考え込んでいる。

 

 なお、星七に関しては、

 

「あの、エヴォル……? 前が見えないんだけど……」

『見ないほうがいいぞ、あんなの。本当は耳も塞ぎたいところじゃが、この姿では両耳を塞げないから我慢じゃ』

「えぇ……?」

 

 エヴォルによる検閲が入っていた。 

 

 ただひとり、アンジュだけは、

 

「すごい……! ツバサがインチキおじさん言ってたけど、本当にインチキ臭いね、あの化神さん!」

 

 持ち前のポジティブシンキングで、いつもの調子を乱さずバトルを観戦している。

 

「楽しそうで何よりなのですけど……その……何と言うべきなのでしょうか…………?」

 

 代わりに、イシスが気まずそうにしていたが。

 

 

○マミのフィールド

・[冥府貴族ミュジニー夫人]〈0〉Lv3・BP9000

・[冥府骸導師オー・ブリオン]〈0〉Lv3・BP12000

・[冥府三巨頭クィン・メドゥーク(RV)]〈0〉Lv3・BP12000

・[冥府神王カヴァリエーレ・バッカス]〈0〉Lv3・BP16000 疲労

・[創界神ディオニュソス]〈4〉Lv1

↳[冥府神剣ディオス=フリューゲル]と合体中

・[ディオニュソスの酒蔵神殿]〈0〉Lv1

・[朱に染まる六天城]〈1〉Lv2

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 6 PL ミナト

 

手札:3

リザーブ:14

 

「メインステップ。

 マジック・[フェイタルドロー]のメイン効果を使用!

 デッキから2枚ドロー! さらに、自分のライフが2以下なので、もう1枚ドロー!!」

 

 赤属性のドローマジック・[フェイタルドロー]。

 先のターンはコアを使えなかったミナトだが、彼はこれまで充分にコアブーストをしていた。そのうえ、ライフを3点削られたということは、さらに使えるコアが3個増えたということ。赤属性のカードも、今は余裕で使うことができた。

 

 ライフが2以下なら、合計3枚ドローできる、起死回生のマジックカード。それによってドローされたカードを見て──

 

「……よし、いい流れだ」

 

 手札で一瞬顔を隠して、少しだけほくそ笑む。誰にも聞こえないような小声で、ドローの結果を喜んで、自身を奮い立たせる。

 

「[カニコング]を、ソウルコアを置いてLv3で召喚!」

 

 浮上した古代都市の外壁に、ゴリラともカニともつかないスピリットがよじ登り、立ち上がった。体型や大きさはゴリラに近いのだが、カニのような甲羅を背負っており、手はハサミになっている。これまた、異なるふたつの生物の特徴を持つ「異合」のスピリットらしい。

 

「こいつは、Lv2・Lv3、かつソウルコアを置かれている間、自分の手札を相手の効果から守ってくれる。さらに、相手は、系統:「殻人」/「異合」を持つ自分のスピリットすべてのコアを取り除くことができなくなるんだ。

 

 これで、バッカスはコアを除去できないし、ミュジニー夫人も手札を破棄できない」

 

[カニコング]はコスト2。しかし、軽いコストに対して、高い防御性能を発揮する。手札保護と、特定の系統を持つスピリットへのコア除去耐性付与。

 コア除去によって真価を発揮するカヴァリエーレ・バッカス、召喚後は手札破棄による追い打ちが仕事となるミュジニー夫人には特に刺さる効果だ。

 

「さらに、系統:「異合」を持つ[カニコング]の召喚によって、[海底に眠りし古代都市]の効果発揮。ボイドからコア1個をリザーブへ」

 

 2コスト1軽減・1コストで召喚された[カニコング]の召喚コストは、[海底に眠りし古代都市]によるコアブーストで埋め合わされる。

 現在、彼のリザーブにはコアが6個。さらに、バーチャスアイランドの上に、前のターン、手札破棄されたことによって増えたコアが1個。スピリットは少ないが、ネクサスは3つ。シンボル数も十分だ。

 

 ──さあ、準備は整った。

 正面を向いて、散々舐め腐ってくれた相手を、キッと睨みつける。

 

「待たせて悪かったな。お前の望みどおり、今日の主役を喚んでやる!」

 

 ミナトの右手には、手札から抜き取った1枚のカード。そこに描かれているのは、傲慢だが、それ相応の強さを持った相棒。

 

「神をも恐れぬ大胆不敵の傲慢な王よ! 牙を研いでその傲慢な野望を実現させろッ! [海牙龍王キラーバイザーク]、Lv2で召喚!!」

 

 ミナトのフィールドを覆う海の底で蠢く、巨大な影。徐々に、しかし急速に大きくなっていき、鋭い眼光が水中から覗く。

 古代都市の上で、好奇心を刺激されたカニコングが影へ近寄った。と、同時に、影は海から空へと跳び出し、空中で耳をつんざくような咆哮をあげる。その吼え声は、フィールド上の大海原に大きな波を立たせ、空から豪雨を喚ぶ。ソウルコアの結界の中は、たちまち大嵐の様相を呈した。突然の出来事に驚いて、カニコングは、急いで古代都市の中に隠れてしまった。

 

 嵐を伴って現れた影の正体──それは紛れもなく、今日の主役。[海牙龍皇キラーバイザーク]。鯨のように、という比喩でも足りない。龍のように巨大な鮫。これが、キラーの真の姿だ。巨体のあまり、再び海に飛び込んだ際の水飛沫も、局所的な豪雨のようで──ミュジニー夫人のドレスや、オー・ブリオンの襤褸がびしょ濡れになった。

 

「これが、キラーさんの本当の姿……!」

 

 豪雨に負けず、マミはしっかりとキラーの姿を見る。その姿だけでも戦慄してしまいそうだ。思わず気圧されないよう、手札を握っていないほうの手に力を入れて、ぎゅっと握った。

 

「やっと来てくれた。待ちくたびれたよ」

 

 警戒心を強める使い手に対して、ディオニュソスは、不気味なまでに悠然としている。フィールド全体を巻き込む嵐には目もくれず、待ち侘びた主役、あるいは獲物を歓迎するように、両手を広げた。

 

『ハッ、俺様が、テメェごときに背を向けるとでも思ってたのか?』

 

 憎き仇に応えるよう、キラーは牙を剥いた。マスコットのようなサイズでいた時でさえ鋭かった牙は、さらに鋭さを増している。

 創界神を前にしてなお、不遜な態度はいつもどおり──否、相手が相手なせいで、いつも以上である。まさに「神をも恐れぬ大胆不敵の傲慢な王」というべき立ち姿だ。浮いているが。

 

『……散々舐め腐ってくれた礼だ。俺様が「主役」のハッピーエンドを見せてやるよ』

 

 そんな彼が抱く「傲慢な野望」。それは、眼前の悪神らを打ち破り“自身が主役のハッピーエンド”へ至ること。今日が初対面のはずだが、彼も、ディオニュソスの趣味の悪さは熟知している。

 

「そうそう、お前はそれでいい。愚直な主人公は我も大好きだよ」

 

 ──堕とし甲斐があるからねェ。

 隠す気はさらさらないのだろう。口に出さずとも、心の声が丸聞こえだ。にこりと深められた上辺だけの笑みからは、無邪気さも慈悲も感じられない。底のないようにさえ思える悪意が、目で見てとれる。

 キラーにとっては、そのほうが好都合だ。こちらの魂胆がバレているなら、隠し立てする必要もない。両手を振って、ディオニュソスの描く舞台を、脚本を、めちゃくちゃにしてやれる。

 

『テメェも、薄気味悪ぃ骸骨どもも、全員まとめて沈めてやるよ』

 

 キラーも、大きな口の両端を上げる。「海のギャング」の呼び声に相応しい、恐怖のみを感じさせる笑顔だった。

 

「アハハハハハハッ! ……あぁ、あまり笑わせないでおくれよ。お前如きが、我に届くはずがないんだから」

 

 ひどく愉しげなディオニュソスの高笑いが、暗雲立ち込め黒ずんだ空に響く。

 

 

 暗澹たる空の下、なおも続く舞台(バトル)。結末は、果たして、どちらに傾くだろうか──




【悲報】まだ前半

 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 やはり、天霊と無魔は文字数がインフレしますね。……え? 後者は、ついつい筆者が推しを贔屓しすぎるからじゃないかって?
 ……………………(何も言えない)(ごめんなさい)

 何はともあれ、キラーさん改め[海牙龍皇キラーバイザーク]が、ついにフィールドに登場!
 傲慢で自信満々な彼の能力は、バトルをどう引っ掻き回してくれるのか、そして、なんかバチバチしてしまったバトルの行方は──!?

 転職活動は終わっていないので、元の投稿ペースに戻るまでまだかかると思いますが、気長に次回をお楽しみにしていただければ幸いです。

 では、また次のお話でお会いしましょう。


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第16話 特別編1-5 第2回戦後半:曇天に吼える

 新年あけましておめでとうございます!(大遅刻)

 そして、今日は何の日でしょう?
 ──そう、1年前のこの日、バトルスピリッツ超煌臨編第4章「神攻勢力(エマージング・ディーサイド)」が発売されました!
 ディオニュソスのお誕生日です! でも彼、登場章ですぐ退場したから、命日でもあり一周忌ですね!←

 そういうわけで、前回に続いて、ブラストさんとのコラボ3番勝負・第2回戦です!


 ──ない、ない、ない。

 

 片手で持った名簿に目を通して、烈我は声を失った。

 

 だって、お目当ての名前が全然見当たらないのだ。自分を慕ってくれた、真っ直ぐな後輩の名前も。だいぶチャラいが頼りになる親友の名前も。そして──ずっと想いを寄せてきた、初恋の相手の名前も。

 

 異世界スピリッツエデン。7体の竜に創られたと伝えられるこの地は広大だが、地域によっては、開拓も文明も進んでいる。

 ましてや、烈我と絵瑠が探している友達が行こうとしていた場所は、バトスピの祭典が催されている場所。海を隔てた、小さくも過ごしやすいリゾート地。スピリッツエデンの中でも一歩以上先に進んだ技術力を持つヘルの発明を以てすれば、そこへ向かうのは簡単だった。

 

 だが、祭の入口で、「人を探している」と懇願し、スタッフから見せてもらった参加者名簿を見ても、消息を絶った友達の名前はなかったのである。

 

「嘘……だろ…………」

 

 見間違いではないかと、何度も何度も見直したが、現実は酷だった。ずらりと並んだ名前の中に、彼が知る名前はない。

 

 単純に、機械についていた発信機が切れただけならば、よく知る名前が確認できたはず。そして、光黄たちと合流できるはずだった。

 

 ……が、どうやら、事態は、烈我たちの思う「最悪」か、それに準じるほどにまで発展していたようだ。

 

「あの……! ここに3人組って来ませんでしたか!? 金髪の男の子みたいな女の子と、少し背の低い男の子と……頭にサングラスのっけた、いかにもチャラそうで節操なさそうな野郎と!」

 

『本人がいないからって、言いたい放題だな……』

 

 動揺しながら、それでも手掛かりを得ようと、スタッフに質問する絵瑠。動揺しすぎているからか、特徴の説明が冷静でない。ひどい言いように、彼女の肩の上で、シュオンが苦笑した。

 

『なんで見当たらねーんだよ! 烈我! 本当に見逃してねぇんだろうな!?』

 

 烈我の肩の上で、バジュラが地団駄を踏んだ。仲間が心配というわけではないのだが、なぜだかイライラする。「憤怒」の罪を冠する竜は、このような事態に陥れた敵へ、そして、何もできない自身へ、怒りを募らせていた。

 

「おっ、おい……! 肩の上でじたばたするなって! 爪が痛いっ、からっ……!」

 

 バジュラが地団駄を踏むと、足の爪が烈我の肩に食い込む。その痛みで、烈我はようやく我に返った。

 

「何度も見直したって! でも、本当に、あいつらの名前がないんだよ……!」

 

「くそっ!」と、やりきれない気持ちを、口汚く吐き捨てる。

 

「こっちも駄目だ。スタッフに聞いてみたけど、『そんな名前のバトラーは来ていない』って……」

 

 スタッフへの質問を終えた絵瑠も、沈んだ顔をしている。

 光黄たちが無事でないことは確認できた。だが、これからどうするべきか、全くわからない。手掛かりが少なすぎて、途方に暮れる。

 

 ──その時だった。

 ふたりが転移に使った機械から、ピピピッと音がした。

 

「ッ!?」

 

 何か状況に変化があったことは明白。だが、それが朗報と悲報を知らせているのかわからず、烈我と絵瑠たちは、黙って電子音を聞き続けることしかできない。

 

 音が鳴り出してから1分もしないうちに、2人が住んでいる世界に待機しているヘルから、通信が入った。曰く「光黄たちの居場所がわかった」と──

 

「それって本当ですか!? なら、すぐにその場所を──!」

『ああ、それが……たしかに、彼らの居場所はわかったんだけど…………』

 

 すぐにでも光黄を助けに行きたい烈我は、食い気味にヘルに情報共有を要求した。が、通話越しのヘルは、どうも言いづらそうに言葉を濁していた。

 

『居場所はわかったし、こうして反応が返ってきているのは、きっと良い兆候なんだ。だけど、ね…………所在が、烈我君たちの世界でも、スピリッツエデンでもないんだよ』

 

 ヘルは観念したように言葉を継いだ。

 突拍子のない答えに、烈我も絵瑠もどう返せばよいのかわからず、「え?」と言いたげな表情で固まっている。

 

『そいつはどういうことだ? 現代(あっち)でもスピリッツエデンでもないってことは、まさか詳細不明の世界にでもいるってことか?』

 

 頭を使うことが苦手な使い手たちを尻目に、呆れたシュオンが溜息混じりに問うた。

 

『大体その認識で問題ないよ。わざわざ機械を直したということは、ひとまず安全そうだけれど……行った先に何があるか、おじさんにはわからない。まだ罪狩猟団(デッドリーハンターズ)の罠である可能性が消えたわけでもないし、スピリッツエデン以外の異世界への移動なんて初めてだから、』

 

 ──最悪、帰れなくなるかもしれない。

 

 呆然と先程まで話半分で聞いていた烈我と絵瑠を、最後に添えられた一言が揺さぶった。背筋がヒヤリとする感覚が、思考を停止しかけていた彼らを咎めるようだ。 

 

『それでも、君たちは行くのかい?』

 

 少年少女が取り返しのつかない失敗をしないよう、彼らの気持ちを抑えるのも大人の役目。通話越しのヘルの声は、いつもよりずっと重い。

 

「行きます! 光黄は強いし、ミナトも星七もいるから、きっと大丈夫だろうけど──知らない世界で、あいつらだって怖くても頑張ってるんだ!」

 

 烈我は躊躇わずに答えた。

 機械の通信が戻ってきたということは、光黄たちも、知らない世界で、生きて帰ろうと頑張っている証拠なのだ。

 

「だから、俺だけ怖じ気づいてなんかいられねぇ! 今度こそ、俺が光黄を守るんだッ!!」

 

 右の拳を握って、誓う。今度こそ、大事な大事な想い人を守るのだ、と。

 

『ははは、やっぱり烈我君はそうだよね』

 

 少し安心した、とヘルが笑った。烈我は「やらずに後悔するよりは、やって後悔する」という質の熱血漢だ。へルも、身の安全のためにかけた脅しの言葉だけで、彼が仲間の救出を諦めるだろうだなんて考えていなかった。

 

『絵瑠ちゃんは、どうだい?』

 

 次に、絵瑠へ名指しで声を掛ける。

 烈我の熱気に当てられたようにぼうっとしかけていた絵瑠は、へルの声で我に返った。

 

「私は…………」

 

 誰だって、烈我のように強くはないし、勇敢で無鉄砲なわけではない。言いかけて、絵瑠は口ごもった。「助けに行きたい」という気持ちと、「怖い」という気持ちが、胸中で打ち合っている。

 今なら、後に引ける。怖い思いもしないで済むだろう。だが、なぜだろう──後戻りしよう、と考えても、恐怖心は消えてくれない。

 

『烈我君が行くからって、無理に行く必要はない。最悪の事態が起これば、七罪竜とその使い手全員が異世界に取り残されてしまうのだから──』

「……嫌だ…………!」

 

 慰めようとして掛けられたヘルの言葉を、咄嗟に否定してしまう。やはり、絵瑠もまた、心のどこかで、仲間を助けたいと叫んでいた。

 

「ここで後戻りなんかしたらいけない……そんな気がするんだ」

 

 仲間に囲まれて、一途に想ってくれる相手がいる光黄が、羨ましくて、妬ましかった。そうして抱え込んだ羨望を、嫉妬を、自分に憑いたシュオンが代弁してくれて初めて、絵瑠は、彼らの仲間になることができたのだ。

 絵瑠は自覚していないが、羨望と嫉妬をずっと抱え込んできた彼女は、根が真面目な人間なのだろう。わがままに仲間や絆だけを求めて、自分だけ逃げたら、今度こそ自分を赦せなくなる──そんな予感があった。

 

『…………わかった。では、これから教える数字を、君たちの機械に入力してくれるかい?』

 

 どこか切迫した様子の絵瑠に面食らいながら、ヘルは2人へ、異世界へ向かうコードを託す。烈我と絵瑠は、唾を呑んで頷いた。

 

 程なくして、スピリッツエデンから、2体の七罪竜と2人の使い手の反応が消えた。

 

 

 

 烈我たちが追った、発信機の反応。それは、光黄たちが持ち込んだ機器に電源が点くようになったことで、再び得られたものだった。

 発信機からの電波状況が「圏外」でなくなったのは、エジットでも天才的なまでの技術力を持つトトが修理に携わったからだろう。修理だけに終わらず、彼さえも無自覚に細かいところを改良してしまっていることは、きっと今後誰にも知られることはないのだろうが。

 修理された機器は、セトの手によって、光黄たちの元へ運ばれており、いよいよ、居酒屋もとい喫茶店の前に到着したところだ。

 

「よう、お前ら。待たせた……なッ!?」

 

 が、ここまで来て、セトは絶句した。

 

 異世界からの来訪者のほうは問題ない。金髪の女丈夫に、少しばかり背の低い少年。バトルフィールドでは、チャラそうな出で立ちだった青年──牙威ミナトが、格式高い海賊のようなバトルォームを瀟洒に着こなしている。彼らの人数にも異常はない。

 だが、ミナトと向かい側に、お呼びでないやつがいる。使い手であるマミのほうは、まだ良いとして、

 

「なんであの野郎がいやがるんだよッ!?」

 

 問題は、そのパートナー(便宜上)である。創界神ディオニュソス。曲者の多い創界神の中でも、とびきりの異端児。

 親善試合だったはずなのに、「親善」から最も程遠いところにいる男が、なぜかいる。しかも、よりによって、明らかに相性が悪そう──どころか、会わせてはいけないと懸念していた相手・キラーと対峙している。わけがわからない。

 

「ご苦労だったねェ。お邪魔してるよ」

 

 そんなセトの心境を察したのか、ディオニュソスは愉しげに、ひらひらとセトへ手を振った。

 

「俺たちの邪魔をするな! 帰れッ!!」

「おやおや……他人の戦いに水を差すとは、エジットの戦神も落ちぶれたものだ」

「だってお前、端からマトモに戦うつもりがねぇだろうが!」

 

 わかってはいたが、セトがいくら言葉を重ねても、ディオニュソスは聞く耳を持たない。どころか、かえってセトのほうが、精神を逆撫でされている。

 怒りを堪えて唸っているセトを見兼ねて、

 

「セトさん、ごめんなさい……元はと言えば、私の出席日数が少ないから、こんなことに…………」

 

 マミがぺこりと頭を下げた。そもそも、彼女が参加しているのは、出席日数の少なさから、部長命令で出席を命じられたからだ。一応、直接的な原因はマミのほうなのである。

 

「……それも、目黒が部長命令される前に、ディオニュソスがウザ絡みしてきたのが発端だがな」

 

 申し訳なさそうなマミをフォローするように、ガイがぽつりと呟いた。

 

(こいつ、「ウザ絡み」とか言うんだな……)

 

 強面なだけで温厚な使い手にしては、辛辣な発言。セトは少々目を丸くした。

 

「まあ、これで時間切れというなら、それでも構わないよ? 彼らが許すかどうか、ってところだけれど」

「あぁ? テメェ、何わけわからねぇこと言ってやがる?」

 

 ディオニュソスの真意を、愛想は悪いが真っ直ぐな気質のセトには理解できなかった。

 

『……ミナト。今のこっちのライフは2だよな?』

 

 キラーが、どこか忌々しげに、使い手へ問いかける。彼の言わんとしていることはわからないが……ミナトは、静かに頷いた。嫌な予感がする。

 

『で、あっちのライフは5。これも間違ってねぇな?』

「ああ、ライフは2対5。正直不利だけど、まだ勝機は──あっ…………!」

 

 続くキラーの問いへ答えを返し、ミナトは気づいてしまった。先程まで、キラーがライフの数を聞いてくる理由に。そして、どれだけ気分が悪くても、後には引けない理由に。

 

「本当、お前な……俺たちが、少なくともキラーがそんなこと認めるわけがないってわかってて言ってるだろ?」

 

 怒りを通り越して呆れてくる。

 

「もちろん。我としても、まだまだ遊び足りないからねェ。お前たちには、もっと踊ってもらうよ?」

 

 遠回しな挑発に気づいたミナトへ、ディオニュソスは静かに微笑んだ。

 

 

「えーっと……どういうこと?」

 

 フィールドの外で、アンジュが頭上に疑問符を浮かべた。彼女には、キラーたちが引けない理由が、理屈として理解できない。感情としては、なんとなく理解できるのだが。

 

「バトスピのフロアルールだ。時間切れになった場合、まず両者のライフを比べ、ライフのコアが多い方が勝ちになる」

 

 無邪気なアンジュに対して、フィールドの事情を察した光黄が説明してやる。「この世界でも同じなんだろうな……」と、呟きを添えた。

 

「──今、時間切れを認めれば、目黒さんの勝ち逃げということになる。目黒さんは全然悪くないけど、あの創界神にあれだけ弄り倒されたうえ勝ち逃げされるなんて、たまったもんじゃないだろう。俺だって嫌だし、キラーなんか特に……」

 

 キラーは、傲慢ゆえに、自身の力に揺るぎない誇りを持っている。光黄も、これまでの共闘を通して、キラーの性分を知っていた。

 

 

「あの……なんか申し訳ないんで、ここは『時間切れ』じゃなくて『投了』ってことで…………?」

 

 ぴりぴりした空気に圧されて、今まで黙っていたマミがおずおずと話しかけるが、

 

『そういう問題じゃねぇッ!』

 

 キラーが、大口を開けて一喝。口内の鋭い牙が剥き出しになり、その容貌の恐ろしさと、咆哮にも近い大声に、びくりと、マミの身が微かに震えた。

 

『俺様は“勝ちたい”んじゃない。そいつを“倒したい”んだ! 与えられた勝利になんか、これっぽっちも興味ねぇんだよ!!』

 

 暗雲で塗り潰された空に、キラーの叫びがこだまする。

 

『──お前も、全力で来い。俺様がすべて上回ってやる』

 

 キラーの視線が、マミを射止める。劣勢にありながら「すべて上回ってやる」と言い放ち、敵をあえて叱咤するその姿は「龍王」の名に相応しい威容だ。

 

 鋭利でいて真っ直ぐで、炎のような熱さを感じさせる視線を受けて、マミは俯き気味だった顔を上げた。

 

「わかりました、キラーさん」

 

 誇り高い龍王と、目を合わせる。猛獣のような瞳に、心から、笑いかけた。

 

「──『お客様』のお望みとあらば、喜んで。この目黒マミ、全力でお相手させていただきます!!」

 

 負けじと、心火を燃やし、堂々と。

 

 キラーは、合わせられた瞳に宿る炎を、たしかに見た。

 

『ハッ、そうだそうだ! 俺様とやり合うなら、それくらい言ってくれねぇと張り合いがねぇ!』

 

 豪快に、呵々と、キラーが笑う。相変わらず、笑顔は獰猛だが、そこに悪意は感じられなかった。

 

「よし、話はまとまったな? それじゃあ、キラー! 【潜水(ダイビング)】だ!

 キラーと、こいつのコアすべてをデッキの横へ!!」

『ミナト、おまっ……今せっかくいいとこ、なんだがぁっ!?』

 

 じゃぽっ、と水飛沫が音を立て、キラーの身体が、フィールドを覆う海に潜り込んだ。キラーが自分の意思で潜ったようには見えない。

 フィールドから、キラーの姿が消える。海面からは、キラーの魚影(キラーは龍であるが)が見えた。彼の巨躯は、海中にあっても、海面にできた巨大な黒点に見える。

 

 まさかの展開に、マミが「はいっ!?」と声をあげた。キラーが、フィールドから消えたのである。消滅したようには見えない。フィールドを覆う海に潜り込んだような──けれど、そんなことができるスピリットを、復帰前後ともに見たことがない。あと、あれはどう見ても、キラーが望んで潜水していない。

 

「アハハハハッ! 本当に可愛いなァ、お前は!」

 

 一見すれば滑稽な光景に、ディオニュソスが手を叩いて大笑いしている。

 

「正直、さっきまでの一幕は暑苦しくて興ざめだったけれどねェ……やっぱりこうでないと。王なんかよりも道化のほうが向いているよ、彼」

 

 キラーが牙を剥けないのをいいことに──いや、いても変わらなさそうだが──いっそ清々しいくらい、馬鹿にしている。

 

『なぁ、ミナト。俺様、仮に七罪竜が揃ったら「こいつ殺せ」って願ってしまいそうなくらいこいつ噛み殺してぇんだけどよ? 駄目なのか?』

 

 キラーの魚影が、ぷるぷる震えている。無理もない、いよいよ「道化」呼ばわりされたのだから。

 

「気持ちはすごくわかるし、俺も一瞬名案だと思ったけど、あの力をこんなやつのために使うのは、スピリッツエデンを冒涜してるんじゃないかってレベルの無駄遣いだと思うし、お前の効果(それ)はターン1だから駄目だ。我慢してくれ」

 

 キラーの心情を汲んで、ミナトもあえて、諫言の中にディオニュソスへの罵倒を含める。あそこまで馬鹿にされれば、キラーでなくても憤るだろう。

 

『チッッッッッ!』と、キラーの盛大な舌打ちが聞こえたが、それ以降は何も言わなかった。彼がいた水面が静かになる。

 

「バーストをセットして、ターンエンド」

 

 ミナトも、あえて静かにターンエンドを宣言。ソウルコアの結界内部に吹き荒れる嵐の音が、より際立つ。さっきまでゴボゴボと音を立てていた水面も静まっている。静まっていた、のだが、

 

「これで終わりかい? せっかく主役が登場したというのに、いきなり逃げるなんて、つれないねェ」

 

 と、ディオニュソスが嗤うと、早速水面が波立った。潜水しているキラーが、地団駄を踏むようにじたばたしているのだ。

 ミナトも「いくら何でも直情的が過ぎないか……?」と疑問に思いかけた。が、キラーからすれば、本当は誰よりも強さに自信があるのに「逃げた」などと言われたのだ。たまったものではないということは、これまでの付き合いから理解できる。憤りすぎないように。肝に銘じながら、ミナトは溜息を吐き出した。

 

「俺もキラーも、勝ちにいってるんだ。貴族様は『戦略的撤退』って言葉も知らないのか?」

 

 この程度の挑発に乗ってくれるような相手ではないだろうが、キラーの名誉のために、ミナトもあえて煽り返した。

 

「おやおや……そうムキにならないでおくれよ、ふふっ」

 

 ミナトの予想通り、やはり、ディオニュソスの余裕を奪うことは叶わなかった。むしろ、子供をあやすようなゆったりとした口調が、癇に障る。たしかに、創界神からすれば、齢18の若者なんて、赤子同然なのかもしれないのだろうが、今はそういうことを言いたいのではなく。

 

「知識としては知っているよ? ただ、その辺りは役者の自由にするほうが面白いじゃないか。どちらが誤って無様を晒そうが、我には関係のないことだ」

 

 元々そういうやつだと思っていたけれど。ミナトは言葉を失った。「役者」という言葉選びに、苛立ちと呆れを覚える。

 キラーと出会ってから、たくさんの敵を迎え撃ってきた。が、罪狩猟団の帝騎となって牙を剥いてきたかつての親友も、大切な女に手を出した暴食の七罪竜も、果ては無名の罪狩猟団の下っ端でさえも、皆が皆持っていたものが、ディオニュソスからは感じられない。

 

 ──なぜなら、端から「勝ちたい」とすら思っていないのだから。

 

 熱意も闘志もくそもない。彼にとっては、このフィールドが“戦場”ですらない。神という高みから、使い手とスピリットが織りなす“舞台”を面白がっている“観劇者”に過ぎなかった。ここまで来れば、マミの語った「負けても悪びれないし、反省しない」というのも、理解できる。

 

「最低だな……罪狩猟団の小物なんかよりも、ずっと、ずっと…………」

 

 ぽつりと零した、心からの侮蔑の言葉は、嵐に呑ませて消し去った。

 

○ミナトのフィールド

・[カニコング]〈3s〉Lv3・BP5000

・[海底に眠りし古代都市]〈0〉Lv1

・[No.36 バーチャスアイランド]〈0〉Lv1

・[No.26 キャピタルキャピタル]〈0〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 7 PL マミ

 

(ターンエンドした……? たしかに、キラーさんを入れても、ライフは削りきれないけれど──)

 

 前のターンでのミナトの選択を勘繰り、マミは思い出す。

 

(……そういえば、エヴォルさんの時も、そんな感じだったよね)

 

 自分の前にバトルした、星七とアンジュのバトル。そこでも、エヴォルが召喚されたターンで、星七はターンエンドしていた。そして、次のターンのアンジュの猛攻を【進化(エヴォリューション)】で耐え抜き、メインステップ開始時に、自身の効果で系統:「遊精」を付与してのフィニッシュ。おそらく、キラーの効果も防御寄りで、ミナトは、このターンを耐えることを見越しているのだろう。

 

「フィールドからいなくなる効果……」

 

 けれど、そのキラーの効果と、ミナトの意図が、いまいち読めない。フィールドからいなくなれば、効果も受けなくなるが、自分のシンボルとして数えられなくなるし、ブロッカーにできなくなる。これだけなら、召喚する意味がないような──

 

「……ドローステップ。

[朱に染まる六天城]のLv2効果で、ドロー+1枚。

 その後、手札から、2枚目の[創界神ディオニュソス]を破棄」

 

 今は考えても仕方がない。思考をやめて、ターンを進める。

 紫のシンボルが数並んだ今、除去されないシンボルを用意する必要性は薄い。また、ディオニュソスの【神技】は要求するコアの数が多く、今配置したとて、使用するまでにはまだまだ時間がかかると考えたのだ。

 

手札:6

リザーブ:10

 

「メインステップ。

[冥府三巨頭バロック・ボルドー(RV)]を召喚!

 系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリット召喚によって、ディオニュソスに《神託(コアチャージ)》!!」

 

 マミが引き当てたのは、クイン・メドゥークと同じ「冥府三巨頭」が一柱・[冥府三巨頭バロック・ボルドー(RV)]。左右に3本ずつ、計6本の腕が生えた、歪な形をした白骨の戦士。禍々しい見た目に反して、冷静な佇まい。クイン・メドゥークの好戦的ながら悠然とした佇まいとは違い、戦に慣れきった歴戦の老兵のような落ち着きを感じさせる。なお、召喚された彼は、ディオニュソスを一目見て「なぜそこにおるのだ?」と複雑そうな呟きを零していた。

 

「なるほどな……アレなら、邪魔な[カニコング]を即座に処理できるってわけだ」

 

 観戦しているセトが、苦い表情を浮かべる。その理由は、バロック・ボルドー独特の効果にあった。

 

「バロック・ボルドーの召喚時効果発揮。

 私のデッキの上から3枚、裏向きで彼の下に置きます」

 

 それは、雑兵の命を吸い上げ、自身の力にする外法。尤も、死者が享楽に耽る冥府にて、人道に背くとして彼を咎める者などいない。

 他の兵の命をコストにするだけあって、その効果は強力、かつ攻防一体だ。バロック・ボルドーは、Lv2・Lv3のアタック時、下に置かれたカード1枚を破棄することで、相手のスピリット1体とライフ1個を無条件に破壊する。

[カニコング]はコア除去耐性と手札保護をばら撒くが、効果による破壊には無力である。この状況において、バロック・ボルドーは、活路を拓く先鋒になるだろう。

 

「なら、その召喚時効果に対応して、俺のバーストが発動だ! マジック・[キングスコマンド]!!」

 

 だが、バロック・ボルドーの召喚時効果に対して、ミナトもバーストで対抗してくる。発動されたのは、バースト効果を持つ青のマジック・[キングスコマンド]。

 

「バースト効果で、デッキから3枚ドローして、手札を1枚破棄。俺は、手札の[ディアマントチャージ]を破棄」

 

 そのバースト効果は、3枚のドローに対し1枚の手札破棄を要求する、手札交換。発動条件がある代わりに、青属性のドローソースの中では最高の効率を誇る。しかも、ミナトは破棄したのは、回収が効く[ディアマントチャージ]。ディスアドバンテージのない3枚ドローと言っても過言ではないだろう。

 

「そして、コストを支払って、フラッシュ効果を発揮。不足コストは、[カニコング]から確保し、こいつはLv2ダウンするぞ。

 このターンの間、コスト4以上の相手のスピリットはアタックできない!」

 

 抜け目のないミナトは、即座にバロック・ボルドーへの解答を突きつけた。

 バロック・ボルドーは、フィールドを離れる時、下に置かれたカード1枚を破棄することで、回復状態でフィールドに残る効果を持つ。そのため、除去効果で彼を止めるのは難しい。だが、[キングスコマンド]の効果は、相手のコスト4以上のスピリットを“アタックをできなくする”効果だ。バロック・ボルドーはコスト8で、もちろん、アタックできなければアタック時効果も発揮できない。

 

「……これで一安心、ってところか?」

 

 ミナトは、安堵から一息吐く。彼としては、[カニコング]という、「今のマミの盤面ではどうにもできない」スピリットを用意することで、召喚時効果を使うように誘っていたのだ。でなければ、今の盤面で、みるみると湧いてくる骸の軍勢を凌ぎきるのは難しい。

 

「王の命令」という訳のとおり、マミのフィールドにかかるプレッシャーが、大量に並んだ骸たちの膝をつかせる。尤も、勝ち気なクイン・メドゥークは、ミナトのフィールドをきっと睨んだままだし、バロック・ボルドーも膝をつかされながら、次はどう動くべきかと思案している。ただで膝をつかないのは、強靭な心を持つ戦士である証左といったところだろう。

 

「……それは、どうでしょうか?」

 

 だが、ミナトの安堵を聞きつけたマミは、ニヤリと笑ってみせた。彼女の正面には、[キングスコマンド]にも屈せず、それを誇りもせず、ただ静かに立ち続ける騎士の姿。

 

「カヴァリエーレ・バッカスは、コアが0個の間、相手の効果を受けません。よって、このターンも、問題なくアタックできますよ!」

 

 コアの置かれていないカヴァリエーレ・バッカスは、相手のいかなる効果も受けないという耐性を持つ。寡黙な騎士のような振る舞いを見せることが多い彼だが、その本懐は冥府の神にして王。それほどまでに強大な存在が、どこの者とも知れぬ王の威圧に屈する道理はない。

 

「相変わらずガツガツしてるよねェ。我としては、このターン、わざわざ攻める意味があるとは思えないのだけれど?」

 

 勇む使い手と化神を見て、ディオニュソスはわざとらしく肩を竦めた。

 

「最初の一言余計です! あと、もう一押しするので黙っててください!」

 

 マミも、なるべく意に介したくなかったのだが、やはり「ガツガツしている」と形容されるのは気に食わない。それを見兼ねたのか、ふと、観客側から、少しやかましい少年のような声が差してきた。

 

『そうですよ! マミ様はガツガツしているんじゃなくて、強くて逞しいんです!!』

「ライト……それ、たぶんフォローになってないぞ」

 

 空気を読めているかはさておき。助け舟なのか追い打ちなのかわからないライトの声援(?)。光黄が、なんとも言えなさそうな表情を浮かべていた。

 

「あっ、うん。ガツガツよりはマシなんだけど……マシなんだけどね、うん…………」

 

 マミも、いよいよ完全に素が出ている。言葉を濁しているが、本当は思い切り難色を示したいに違いない。

 思いがけずそんな一幕を見せられたディオニュソスも、いつものような高笑いはせずとも、肩を震わせて笑っている。そもそも彼の発言がなければ、このような事態にはならなかったはずなのだが──完全に他人事である。

 

 だから、マミは、その隙を突いて、

 

「2枚目の[冥府神剣ディオス=フリューゲル]を召喚します」

 

 2本目のディオス=フリューゲルを、空から降らせた。もちろん、例の如く、ディオニュソスのいるところを狙って。

 

 これは、ガツガツしてるとか逞しいとかじゃなくて、単純に『凶暴』なだけではないのだろうか。ミナトは訝しんだ。

 

「……っと。相変わらず物騒な子だなァ」

 

 だが、まあ、ディオニュソスからしても、今回でディオス=フリューゲルが脳天目掛けて降ってくるのは3度目なわけで。マミが「フ」を発音したくらいで、愉悦に浸るのを切り上げ、普通に歩いてディオス=フリューゲルを躱している。

 そして、彼が立っていたところには、冥府神剣が、まるで選定の剣のような佇まいで、(あけ)に染まった地面に突き刺さっていた。

 

「外れちゃったかぁ…………召喚したディオス=フリューゲルをカヴァリエーレ・バッカスに合体(ブレイヴ)します」

 

 地面に突き刺さったディオス=フリューゲルを、カヴァリエーレ=バッカスが、何事もなかったように握る。平時は二刀流のところ、4本ある腕のうち3つに剣を握って三刀流だ。ただでさえ迫力があるのに、より存在感を増している。

 

「ちょっと待った! マミちゃん、まさか、ディオニュソスの頭に剣をブッ刺すためだけに、わざわざ直接合体せずに……?」

「……はい」

 

 マミは重く頷いた。

 ミナトは考えることをやめた。

 

「系統:「神装」を持つブレイヴの召喚によって、ディオニュソスに《神託》」

 

 さらなる言及から逃げるように、マミは《神託》の処理を進める。これで、ディオニュソスのコアはちょうど“6個”だ。

 

「……へぇ。我にやらせてくれるんだ。お前も、なかなかいい趣味してるじゃないか」

 

 使い手の狙いを察したディオニュソスが、口角を上げる。

 

「貴方と一緒にしないでください! 私は、ミナトさんからもキラーさんからも『全力で来い』というお言葉をいただいたから、使えるものを全部使ってるだけです……!!」

 

 精一杯の否定の意を込めて、マミは叫んだ。

 たしかに、今考えている作戦は、ミナトとキラーにとって不名誉なものになるだろう。だが、あの海牙龍王から「『与えられた勝利』は要らない」と言われているのだ。ここで接待するのも、かえって客の意に反することになる。

 

「あの子……決めるつもりですね」

 

 ギャラリーの中で、イシスがぽつりと呟いた。表情は、少しだけ苦い。

 

「えっ? バッカス以外アタックできなくて、コアシュートも封じられてて、ブロッカーもいるのに?」

 

 パートナーの呟きに、アンジュが首を傾げた。そういえば、彼女がディオニュソスを見るのは、今日が初めてだ。

 

「あの男の【神技】は、疲労状態のスピリットを破壊し、破壊したスピリットによるブロックを無効化するのです……これでは[カニコング]だろうと、あの海牙龍王だろうと、意味がない……

 スピリットたちの献身を嘲笑うようで、あまり好きになれませんね……」

 

 イシスの語るとおり、ディオニュソスの【神技】は、破壊したスピリットによるブロックを無効化する疲労破壊。発揮に6個ものコアを要求するが、詰めの局面において強力な効果だ。冥府のスピリットたちは、Lv1維持コストが0になるおかげで展開が速く、それに比例して《神託》によるコアの再充填も容易。詰めに使う前提であれば、コア6個という重いコストも然程気にならないだろう。

 

『さて、それはどうかのぅ?』

 

 キラーの危機を憂えるイシスへ、エヴォルは挑発的に、それでいて、どこか穏やかに微笑む。その真意は、きっと、この世界の住民にはわからない。

 

「アタックステップ!

 そちらのキャピタルキャピタルの効果で、リザーブのコア1個をトラッシュへ置いて、カヴァリエーレ・バッカスでアタック!!」

 

 使い手の命を受けて、三刀流となった冥府神王が駆ける。アタック時効果は、フィールドには[カニコング]の上にしかコアが置かれておらず、リザーブにコアもないため、実質不発に終わった。

 カヴァリエーレ・バッカスはトリプルシンボル。ブロックするか、防御札を切らなければ、ミナトの敗北が決まる。しかし、ブロックすればディオニュソスの【神技】の餌食となり、たった一度の抵抗さえも無意味にされる。

 

「させるか! フラッシュタイミング! キラーの効果で、デッキの横に置かれたこいつのカードとコアを、元の状態でフィールドに戻す!!

 浮上しろ、キラー!!」

 

 だが、ミナトの瞳に諦観の色はない。「浮上しろ」という指示を受けて、水底にいたキラーが顔を出す。

 

『おう! あの、三刀流のデカブツを噛み殺せばいいんだな!!』

 

「俺様の力を見せつける時か」とウズウズしているキラー。BPで大差をつけられているのにもかかわらず、まったく怖じ気づいていないのはさすがと言うべきか、無謀と窘めるべきか。

 

「キラーさんが出てきた……!?」

 

 再び現れる巨影。マミは目を見開いた。フィールドから消えて、また現れて。復帰勢ということを抜きにしても、こんな相手は初めてで、わけがわからない。攻めに関しては案外「カードパワーと打点で正面突破」といえるところのある冥府のスピリットたちにとっても、非常にやりづらい相手だ。

 

「アハハハハッ! お前が相手してくれるのかい? 嬉しいねェ」

 

 一方、最高の獲物と再び対面したディオニュソスはご機嫌だ。彼からすれば、勝敗よりも「自分が愉しいかどうか」が優先事項なので、平常運転といえば平常運転なのだが。

 

「誰がお前の相手なんかするか!」

 

 きっぱりと否定するミナト。そこに、普段の軽薄さは感じられない。

 

「そのアタックは、キラーでブロック!

 そして、フラッシュ! もう一度【潜水】だ!!」

 

 キラーにカヴァリエーレ・バッカスの相手を任せたのも束の間。牙と剣がぶつかり合ったその瞬間、再びキラーが海へ潜る。

 

「マミちゃんのフラッシュがなければ、こっちのフラッシュもないけど、どうする?」

「は、はい……特にありませんが、これは…………?」

 

 キラーは海底に潜ったまま、姿を現さない。剣を交えていた相手が消えたカヴァリエーレ・バッカスも、その使い手であるマミも、滅多とない状況に辟易としている。

 

「キラーはいないけど、ブロック宣言した時点でブロックは成立している。そして、フィールドにいなければ、そこの創界神を以てしてもキラーを捕捉できないから、ブロックも無効化されない。そういうトリックだよ」

 

 何が起きたかわからないという顔をしているマミを見兼ねて、ミナトは説明してやる。少し悪戯っぽいのは、散々相棒を弄んでくれた創界神への意趣返しも兼ねて、だ。

 海という環境を味方につけ、神出鬼没に立ち回り、戦を制する。それが、キラーの能力であった。

 

「へぇ、彼の力はそういう……」

 

 端から勝敗に興味がないディオニュソスも、キラーそのものには興味を示しているようで、値踏みするように水面を見下ろす。

 

「高みの見物は我が得意とするところだけれど……いや、彼の場合は、さながらシャイボーイの人見知りといったところかな?」

 

 再び水面がじゃばじゃばと音を立てる。キラーが暴れているのだろう。「誰がシャイボーイだ!」と否定したがっているのだと、誰が見ても理解できた。

 

「おっ、おう、その発想はなかった……じゃなくて! だから、言っただろ? 『誰がお前の相手なんかするか』って」

 

 今は言葉を発せない相棒に代わって、ミナトはディオニュソスを睨んだ。だが、口振りはまだ落ち着いている。感情に呑まれれば優位を奪われると、自分自身のやり方でよく理解しているからだ。

 

「お前もなかなか威勢がいいねェ。この手で壊してあげられないのは残念だけれど……」

 

 指先で唇を撫で、思案していたディオニュソスの口角が上がる。

 

「せっかくだから、時間をかけて、じっくりとわからせるのも一興かな」

 

 悪戯っぽく笑う彼からは、無邪気さなど微塵も感じられなかった。そもそも、無邪気な者は「わからせる」なんて言わない。

 

「……負け惜しみか?」

「さあ、どうだろう? 生憎、采配を振るのは我じゃないからねェ」

 

 きつい言葉で煽ってみたが、やはりと言うべきかディオニュソスの薄ら笑いは崩れない。今向き合っている敵は、端から勝つことを目的としていない。負け惜しみかどうかを問うたところで「勝敗を気にしていない相手が負けを惜しむはずがない」ということくらい、なんとなく予想できていた。

 

(くそっ、本当にやりづらいやつだな……!)

 

 プレイングとほんの少しの挑発で、対戦相手の心を乱して、有利な戦局を招き寄せていくのが、ミナトの常套手段。だが、今の相手には、それが効きそうにない。どころか、言葉を交わせば交わすほど、こちらが煙に巻かれているように感じさせられる。

 

「……ターンエンドです」

 

[キングスコマンド]のフラッシュ効果で、他のスピリットをアタックさせられないマミが、ターンエンドを宣言した。

 

○ターンエンド(L3 R8 H4 C15 D3)

・[冥府貴族ミュジニー夫人]〈0〉Lv3・BP9000

・[冥府骸導師オー・ブリオン]〈0〉Lv3・BP12000

・[冥府三巨頭クィン・メドゥーク(RV)]〈0〉Lv3・BP12000

・[冥府三巨頭バロック・ボルドー(RV)]〈0〉Lv3・BP12000

・[冥府神王カヴァリエーレ・バッカス]〈0〉Lv3・BP16000+5000=21000 疲労

↳[冥府神剣ディオス=フリューゲル]と合体中

・[創界神ディオニュソス]〈6〉Lv1

↳[冥府神剣ディオス=フリューゲル]と合体中

・[ディオニュソスの酒蔵神殿]〈0〉Lv1

・[朱に染まる六天城]〈1〉Lv2

バースト:有

 

 

 

 

 ──TURN 8 PL ミナト

手札:6

リザーブ:11

 

「……メインステップ」

 

 自分の優位は保てているはずなのに。ミナトは、固唾を呑んで、自分のターンを迎えた。声が、平時よりも固い。対戦相手、というよりも、いちいち感情を煽ってくるディオニュソスのせいで、普段の精神的余裕が失われてしまっているのだ。

 自然と強張ってしまった体を、大きめの吐息ひとつでほぐす。手札から選んだのは、神にすら届く、海神の三叉槍──

 

「激流の海で敵を流し、刺し貫く水の槍と化せ! [三叉神海獣トリアイナ]を、Lv2で召喚!」

 

「三叉」の名が示すとおり、3本首を持つ海獣が、結界の向こう側から、水飛沫を立てながら駆けてくる。水面すらもまるで地面であるかのように難なく駆け抜け、足元に波紋を作りながら海に立つその姿は、堂々としていた。

 

「召喚時効果発揮! 相手の創界神ネクサスのコア3個をボイドへ!!」

 

 ミナトが、少し意地の悪い笑みを作る。同時に、トリアイナは、前方──まさに、ディオニュソスを睨みつけた。

 そこからは一瞬だった。三叉槍の名を冠する海獣は、目にも留まらぬ速さでディオニュソスへ向かって突進。全力の体当たりを食らわせる。三叉頭だからなのだろうか、ディオニュソスの保有していたコア3個が宙へ飛び散った。持ち主を失い、濁った紫色に染まっていたコアは、元の澄んだ青へと戻り、砕けた粒が土へと還る。

 

「おっ、と……ああ、お前はたしか、ポセイドンのところの」

 

 観劇を邪魔されて、ディオニュソスはようやくトリアイナへ目を向けた。

 

「ご主人様の同胞なんだから、もう少し優しくしてくれたっていいじゃないか」

 

 全く困っていないくせに、眉を下げ、困り笑いのような顔を作る。左右の口角が上がっている辺り、心にもないということを隠すつもりはなさそうだ。

 トリアイナにも、それはわかっているのだろう。が、大きな鳴き声を上げて、足でじゃばじゃばと海水を掻き立てて、異を唱えるような素振りを見せていた。

 

「誰が同胞だ、この裏切り者めが」

「心にもないことを言うのはおよしなさい。わたくしも不愉快です」

 

 トリアイナだけでなく、所属する勢力が違うセトとイシスからも、この言いよう・言われようだ。

 トリアイナの「ご主人様」ことポセイドンは、神世界の一大勢力「オリン」の海神である。それも、最高神ゼウスの兄で、他でもないディオニュソスに唆されたことによって理想を暴走させた弟を止めるべく、面従腹背の姿勢を見せていた穏健派だ。だから、暴走したゼウス──もといゼウス=ロロとも理想を違えているし、そんな主を、何の思想も理想も情熱もなく高みの見物で面白がっているディオニュソスと『同胞』扱いなんて、忠臣として我慢ならなかったのである。

 

「お前たちも言うようになったよねェ。舞台の準備にあれだけ協力しておいて、それはないんじゃないかな? お前たちは“被害者”じゃなくて、“共犯者”なんだよ?」

 

 そして、ディオニュソスもディオニュソスで、旧エジットの創界神のことを「都合の良い傀儡」と認識しているので、口振りはそのままに、遠回しな毒を含んでいる。全く反省していないどころか、ついにギャラリーでも遊び始めた。

 

 骸である無魔には呼吸器がないはずなのに、クイン・メドゥークが溜息を吐いているように見える。バロック・ボルドーに至っては、ミナトとトリアイナに向かって「すまぬ。我らと出会った時には既にああいうやつなのだ……」と頭を下げていた。

 この創界神、「人望がない」というよりは、あまりにも人望が偏りすぎている。

 

「おっ、おう……マミちゃんにも同じこと言ったけど、お前らも悪くないからな?」

 

 ミナトには、神世界の因縁の話なんかされてもわからない。だが、使い手はもちろん、彼ら冥府三巨頭だけは悪意を持っておらず、むしろ主の言動を申し訳なく思っているということに、少し救われたような気がした。

 

 冥府三巨頭に代わるように、マミも「面目ないです……」と謝罪の一礼をした。

 トリアイナも冥府三巨頭たちの謝罪は受け取ったのか、「ケッ、やってられるか」と言わんばかりにそっぽを向いたきり、相手にするのをやめたようだ。

 

「あの野郎……どこまでも俺たちをコケにしやがって……!」

「……セト、そこまでにしておきましょう。トリアイナが無視を決め込んだ手前、わたくしたちが憤ったところで、消えかけた火に油を注ぐだけです……」

 

 今にもバトルフィールドに殴り込みかねない勢いのセトへ、イシスが制止をかける。盛大に舌打ちをしつつも、出かけた拳を収めるセトは「終わったら一発ぶん殴る」という決意表明にも似た呟きを零していた。

 

「……ったく、スピリット1体でこれだから面倒だよな。どんだけ恨み買ってんだよ、こいつ」

 

 事態が鎮火したのを見兼ねて、ミナトは今日で何度目かもわからない溜息を吐いた。

 

「[海底に眠りし古代都市]をLv2にアップ。

 これで、俺の「異合」スピリットはダブルシンボルに。

 

 そして──待たせて悪かったな。浮上しろ、キラー!」

 

 ミナトの合図を受けて、キラーが海底から跳び上がってくる。じゃばんと、大きな水飛沫がフィールドを舞った。

 

『おうっ! 今度こそ、あの野郎を噛み殺していいんだな!?』

 

 この時を待ち侘びていた。そんな気持ちが、ウズウズとしている巨体に表れている。意気揚々とした問いかけに対して、しかし、ミナトは、

 

「あー……悪い。お前には、今回防御を手伝ってもらいたいな、って」

『あんだってぇ!?』

 

 言いづらそうに発された、意に沿わない要求。キラーは思わず、拍子抜けたような声を出してしまった。

 

「おやおや、可哀想に。『噛み殺す』なんて息巻いていたけれど、口だけだったのかなァ?」

 

 その様に、ディオニュソスがくすりと嗤う。

 

『この野郎……! さっきから、俺が殴ってこないからって、舐めた口聞きやがって…………!』

「でも、実際に襲ってこないじゃないか。……いや、襲いたくても襲えないんだよねェ?」

 

 ウズウズしていたキラーの身体が、今度はぷるぷると震えだした。尤も、ディオニュソスは、その反応を待っていたと言わんばかりに口元を歪め、

 

「アハハハハッ! まあ、別段恥ずかしいことではないよ。創界神である我からすれば、スピリットのお前は“格下”なんだから。出来もしないくせに、あんなに威勢良く息巻いちゃって……本当に可愛いなァ、お前は」

 

 声色は幼子を愛でるように甘いが、そこにはねっとりとした嘲りが含まれている。

 一触即発な二者の後ろで、マミの「貴方に触れられるカードのほうが少ないじゃないですか」と、ミナトの「お前に触れられるカードのほうが少ないじゃねぇか」というツッコミ、それに混ざる溜息が重なった。

 

 だが、ミナトとて、キラーを海の底から呼び出したのは、ちゃんとした理由がある。

 

「キラー、あいつの言葉をマジにするな」

 

 いつもより低い、ミナトの声。

 キラーには、自分が浸かっている海水が冷たくなったように感じられた。こんなミナトは、とある七罪竜に身体と心を乗っ取られた“ひとりの女”を助けた時以来だ。

 

「俺が、理由もなくお前を浮上させるほど馬鹿じゃないって、お前がいちばんわかってるはずだろ? そして、お前の強さは、俺が、誰よりも、いちばんよく知ってる」

 

 ──だから、俺の言葉だけ信じてろ。

 

 傲慢な竜王へ、負けないくらい強く、ともすれば傲慢な言葉が掛けられる。

 

 いつもの軽薄なミナトからは想像つかないほどの迫力と鋭さに、キラーは思わず目を見開いた。でも、驚いたのは一瞬だけ。舐められたことへの怒りで歪んだ表情が、ニヤリと笑う。

 

『いいぜ、この俺様が信じてやる。お前がそこまで言うってことは、その場しのぎでもハッタリでもねぇんだろ?』

 

 いつもの、傲慢で自信満々な龍王が戻ってきた。

 

「ああ、もちろんだ! 俺も、お前のことを信じてるし、頼りにしてるからな!!」

 

 それに続くように、良く言えば明朗で、悪く言えば調子の軽いミナトも戻ってくる。先程までの冷たい雰囲気はどこへ行ったのやら。曇天の中にあってなお快活な声が、キラーの背中を押すようだ。

 

「リザーブのコアを全部キラーへ! そして、もう一度【潜水】だ!!」

 

 ミナトからリザーブのコアをすべて託されて、キラーはすべてを悟る。

 

『おう! 俺様に任せときなッ!』

 

 使い手の背中を押し返すように、キラーもよく通る声を残して【潜水】した。口が大きいからか、声量も大きくて、フィールドに広がる海面が波立つ。

 

「臭いなァ。我は三文芝居を見に来たわけではないのだけれど」

 

 玩具を取り上げられたディオニュソスは、興醒めしたと言わんばかりに溜息を吐いた。

 

「これくらいの啖呵切れなきゃ、傲慢な王様の相棒はできないってこと。それに、俺はこういう話好きだぜ?」

 

 やっと引き出せた苦言に、ミナトはニヤリと笑う。普段の調子が戻ってきている。そろそろ反撃の時間だ。

 

「アタックステップ!

 トリアイナでアタック!!」

 

 トリアイナが、鼻息荒く駆け出した。

 

「トリアイナLv2のアタック時効果発揮! 自分の「デッキ破棄効果」の枚数を+5枚する!!

 

 そして、Lv1からのアタック時効果で、相手のデッキを10枚破棄! その中のスピリットカード3枚につき、ボイドからコア1個をトリアイナへ!!」

 

 トリアイナのアタック時効果は、相手のデッキを5枚破棄し、破棄されたスピリットカードの枚数に応じてコアブーストを行う効果。これだけでは、最大でも1個しかコアブーストできないが、自身のLv2の効果で破棄枚数を増やすことで、10枚のデッキ破棄・最大3個のコアブーストが可能になる。

 

 海獣の咆哮と共に、青の強風がマミのデッキへ吹きつけ、カードをトラッシュへ落としていく。マミのデッキから破棄されたスピリットカードは5枚。コアブーストは1個だけで済む、が、

 

「デッキ残り6枚……『次はない』ってことですね」

 

 初手からドローやトラッシュ肥やしを繰り返していたマミのデッキ枚数は、残り1桁にまで落ちていた。

 トリアイナは1回のアタックで最大10枚のデッキ破棄を行う。もう一度アタックを許せば、マミの敗北が決定してしまうところまで追い詰められていた。

 

「ああ。でも、狙うのはデッキだけじゃないぞ? [海底に眠りし古代都市]の効果で、トリアイナはダブルシンボルだ!」

 

 加えて、今のトリアイナは、デッキ破棄の枚数だけでなく、シンボルの数まで増強されている。アタックしているスピリットのシンボルを0にし、相手の使用可能なコアの増加を抑えていた序盤から一転し、一気に攻勢に出ている証拠だ。

 

「トリアイナはBP12000……」

 

 マミは、クイン・メドゥークへちらりと目配せする。強く気高い女戦士は「妾が迎え討とうか?」と言うように視線を合わせてくれたが、今は首を横に振る。

 クイン・メドゥークのBPはトリアイナと同値の12000。BP勝負では相討ちだが【呪滅撃】を持つため、トリアイナを破壊し、ミナトのライフを奪いつつ、フィールドへ復帰することができる。

 賢いミナトのことだ。トリアイナが【呪滅撃】の餌食になるのは読んでいるのだろう。きっと、トリアイナからコストを確保して適当なマジックを撃ち、Lvを下げ、クイン・メドゥークの破壊を阻止することくらい考えていそうだ。

 

 それを鑑みたうえでも、誰もが「トリアイナを除去できるチャンス」であると思う局面なのだが、今、マミがいちばん除去したいのは彼ではなく──

 

「ライフで受ける!」

(ライフ:5→3)

 

 神にも届く三叉槍の攻撃を、一身に受ける。ダブルシンボルになっていることもあり、ライフのコア2個にダメージを肩代わりさせても、刺し貫かれたような感覚が腹に残っている。

 

 観客席で、星七とアンジュが「えっ!?」と拍子抜けた声を上げた。彼らよりも冷静な光黄とガイが真剣にフィールドを見守る中、破壊覚悟でトリアイナを特攻させたミナトも啞然としている。

 クイン・メドゥークも、心配そうにマミを見ていた。勝気で強気な彼女だが、根は善いスピリットなのだろう。

 

「私は大丈夫。心配してくれてありがとう」

 

 そんな中でも、マミは動じず、気遣ってくれたクイン・メドゥークへそっと微笑んだ。笑顔はそのままに、正面に向き直る。

 

「ライフ減少によって、バースト発動! マジック・[アルティメットウォール]!!

 バースト効果で、このバトルの終了時に、アタックステップを終了させます!」

 

 彼女がトリアイナのアタックをライフで受けたのは、セットしていたバーストを発動させるためであった。白のマジック・[アルティメットウォール]。色こそ合わないが、バースト効果で、コストを支払わずにアタックステップを終了させられる。自分のターンでコアを使いきって猛攻をかけるマミの戦い方とは噛み合っていた。

 

 両者のフィールドの境界線上に氷の壁が立ちはだかり、以降の侵攻を防ぐ。

 

 さらに、このマジックのフラッシュ効果は──

 

「さらに、コストを支払って、フラッシュ効果を発揮!

 コスト3以下の相手のスピリット3体を手札に戻します! “コスト2”の[カニコング]を手札へ!!」

 

 コストの軽いスピリットを一度に3体も手札に戻すという、速攻対策に特化した効果。コストを支払う必要はあるものの、先の【冥界放】によってコアが増えており、かつ前のターンでコアを温存していた今であれば、容易く使うことができた。

 

 冥府のスピリットたちにとって天敵のような効果を持つ[カニコング]も、バウンスには無力だった。凍てつく風に吹き飛ばされ、ミナトの手札に戻ってしまう。

 

「狙いはそれか……!」

「はい。ノーコストでアタックステップを終わらせられるから入れたのですが、正直、フラッシュ効果に救われるとは思っていなかったです」

 

 まさに「肉を切らせて骨を断つ」といえるような動き。

 ミナトは感心と危機感から、ふぅと大きく息を吐いた。不本意だが、今なら、ディオニュソスがマミのことを「ガツガツしている」と評したのにも頷けてしまう。いくらメタを張ろうと、あらゆる手段で突き破ろうとしてくる。決して諦めず、貪欲に勝利を狙い、こちらへ食らいついてくる。

 

「ターンエンド。

 ……強いな、マミちゃんは。受け流すのにも一苦労だ」

 

 メタとカウンター、そしてちょっとした挑発で相手の策を受け流し、疲弊した相手から勝ちを分捕る戦い方を得意とするミナトだが、肝が据わっていて思い切りが良いマミには効いていないようだった。彼女からは、疲れも、ペースの乱れも感じられない。

 

「それはこっちの台詞ですよ。本当は、もっと攻めていきたいのに、ずっと受け流されっぱなしだもの……」

 

 ミナトの称賛に、マミは微苦笑で返した。彼女からすれば、まだまだ攻め足りないのだ。彼女は元々、指定アタックを軸とした、赤と紫の混成デッキ使い。最初はキャピタルキャピタルで、次は[キングスコマンド]で、という風に、ずっと攻撃を止められ続けている。

 

「でも、私、ミナトさんのような強い人と戦えて、今とっても楽しいです! ディオニュソスがいなかったらもっと楽しかったです!」

 

 だが、マミはこのバトルを楽しんでいた。空白期間があるからこそ、戦う度に知らないことをたくさん知れる。そのうえ、自信満々な異世界の龍王と手合わせできる、きっと一度きりのチャンスである。その龍王から背中を押されたのだから、楽しくないわけがない。

 

 それはそれとして、

 

「本人の前で言うことかい、それ?」

 

 ついでのように「いなかったらもっと楽しかった」などとほざかれたディオニュソスは、窘めるような声音で苦笑する。尤も、上っ面の態度だけで、胸中はいつもどおり「悪意はあるけど反省はしない」というスタンスなのだろう。

 

「お前の後輩、最高かよ」

 

 あまりの正直さに、フィールドの外で、セトがぷっと噴き出していた。相棒の後輩の、良くも悪くも隠し立てしない人柄を見て、彼にしては愉快げだ。

 その相棒ことガイは、セトの「最高」という言葉に、きょとんとした表情をしていたが。

 

「厄介な[カニコング]も今はいない。今度こそ、私の全力をお見せします!」

 

 そんなギャラリーの様子は露知らず、マミは正面を、相対するミナトのフィールドだけを見ていた。

 

○ミナトのフィールド

・[三叉神海獣トリアイナ]〈5〉Lv2・BP12000 疲労

・[海底に眠りし古代都市]〈2〉Lv2

・[No.36 バーチャスアイランド]〈0〉Lv1

・[No.26 キャピタルキャピタル]〈0〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 9 PL マミ

 

「ドローステップ。

[朱に染まる六天城]のLv2効果で、ドロー+1枚。

 その後、手札から、[冥府三巨頭バロック・ボルドー]を破棄」

 

[朱に染まる六天城]の効果は、Lv2である限り強制的に発揮される。デッキが薄くなった今となっては、かえって自分の首を絞めてしまうが、仕方がない。

 マミは、自分のデッキを削らなければ真価を発揮できないバロック・ボルドーを捨てて、メインステップを迎える。

 

手札:5

リザーブ:11

 

「メインステップ。

[朱に染まる六天城]をLv2に。

 

 そして、[冥府三巨頭ザンデ・ミリオン]を召喚!

 系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリット召喚によって、ディオニュソスに《神託》!!」

 

 ついに現れた、冥府三巨頭の最後の一体。異形の角と巨腕を持つ、骸の戦士・[冥府三巨頭ザンデ・ミリオン]。他の三巨頭よりもアグレッシブなのか、巨大な手の骨をポキポキと鳴らしている。今にも「どれから殴ればよいのだ?」という副音声が聞こえてきそうだ。獰猛な気配を感じたトリアイナが、蹄で海面を踏みしめ、波紋が広がる。

 三巨頭がフィールドに全員揃い、クイン・メドゥークも、こころなしかご機嫌に見えた。一方、バロック・ボルドーは、血がないのに血気盛んなザンデ・ミリオンを、どうどうと宥めている。

 

「続けて、マジック・[マインドコントロール]のメイン効果を使用!

 お互い、それぞれ自分のスピリット上に置いてあるコア4個を、持ち主のトラッシュに置きます!」

 

 次にマミが繰り出したカードは、紫のマジックカード・[マインドコントロール]。その効果は、スピリット上のコア4個をトラッシュへ置かなければならない代わりに、相手にも同じことを強いて、使えるコアを減らすという、強力な効果。

 

「なるほどな……マミちゃんのスピリットにはそもそも“コアが置かれていない”から、俺だけがコアをトラッシュへ置くことになるのか」

「はい、そのとおりです。それに、今、ミナトさんのフィールドのスピリットはトリアイナだけですよね?」

 

 ──が、その実情は、字面以上に強烈だ。なぜなら、使用した時、スピリットにコアが置かれていなければ、一方的に相手のスピリットのコアだけをトラッシュへ送ることができるのだから。コアシュートの対象はスピリットのみなので、自分のフィールドにアルティメットやネクサスしかない場面に使っても良い。

 そして、これは極めて特別な例だが──ディオニュソスの【神域】は「冥府」の名を冠するスピリットのLv1コストを0にするというもの。スピリットを維持するために、コアを置いておく必要がなくなるので、既にフィールドにいるスピリットを消滅させることなく、[マインドコントロール]のメイン効果を使うことができるのだ。

  相手が使えるコアを4個も減らせて、スピリットの消滅も見込める、これだけのマジックが4コスト、最大軽減で1コストで使えるというのはあまりにも破格だった。今日では、ミナトの[海底に眠りし古代都市]と同じく、デッキに1枚しか入れられない「制限カード‹1›」に含まれている。

 

「そう、だな……トリアイナのコアを4個をトラッシュへ。これは、ちょっときついかもな」

 

 マミの指摘どおり、ミナトのフィールドのスピリットは、トリアイナのみ。コアが5個置かれていた彼も、コア1個・Lv1にまで弱体化してしまう。

 消滅しなかったのが救いのように見えるが、続くカヴァリエーレ・バッカスのアタック時効果で消滅する圏内だ。彼のアタック時効果で消滅すれば、消滅体数に応じたライフバーンの餌になってしまう。

 ミナトの残りライフは2。カヴァリエーレ・バッカスのアタック時効果を食らえば、残り1にまで追い込まれるだろう。けれど、今の彼に、トリアイナのコアを除き、自壊させる手段はない。

 

「バーストをセットして、アタックステップ!

 

 リザーブのコア1個をトラッシュへ置いて、カヴァリエーレ・バッカスでアタック!!」

 

 最低限の動きしかしなかったから、リザーブにもコアが有り余っている。今度こそ、誰にも阻まれることなく、骸の進軍が始まろうとしていた。

 

 先陣を切る化神の背後で、すっかり出陣するつもりでいたザンデ・ミリオンが、少し不貞腐れている。

 

「脳筋はひとりで十分なんだけどなァ」

 

 そんなザンデ・ミリオンを見て、わざとらしい溜息を吐くディオニュソス。だが、口角は上がっている。

 

「ちょっと待ってください。脳筋って、それ私のことですか!?」

「さあて、どうだろうねェ? まあ、我は嫌いじゃないよ? そういう子が、ない知恵絞って悪足掻きしてるところは可愛くて──なかなかそそるモノがあるんだ」

「やっぱり貶してますよね!? 思いっきり貶してますよね!?」

 

 マミは、うっかり取り合ってしまったことを後悔した。女として、脳筋呼ばわりには思うところがあるが、やはりスルーしておくべきだったと頭を抱える。

 バロック・ボルドーが「あっ、始まっちゃった……」と言うように曇った表情をしていた。ギャラリーではセトが「何言ってんだこいつ」と呟いていたし、エヴォルに至っては、

 

『星七、おぬしは何も見ていない。おぬしは何も聞いてない』

 

 念仏のように、星七に否定の言葉を言い聞かせている。当の星七が「えっ……? エヴォル、どうしたの……?」と怪訝そうにしているのが救いか。

 

 だが、ちょっとした混乱を背にしたカヴァリエーレ・バッカスは、至って冷静だった。誰よりもディオニュソスに近い立場にある化神だから、このくらい慣れているのだろうか。あまりにも淡々と、コアが1個しかないトリアイナを斬り伏せ、[海底に眠りし古代都市]からも生命の息吹を奪い去る。青かった海は、一度色を失い、モノクロに染まった。

 

「あっ、こらっ! 勝手に処理しないの!!」

 

 対象が限られているからといって、勝手にトリアイナとその他コアの始末を始めたカヴァリエーレ・バッカスを、マミが半泣きで叱った。だが、時既に遅し。斬られたトリアイナの痛みは、先と同様にミナトを襲う。

 

「ぐッ……!」

(ライフ:2→1)

 

 一度目で身体の内側から襲ってくる「斬られた」感覚を覚えたから、前ほどの動揺はない。

 僅かに呻いたミナトには目もくれず、カヴァリエーレ・バッカスは、剣を持っていない方の手をぐいっと後ろへ伸ばし、虚空を掴んだ。その掌中で砕けたのは、濁った紫色のコア。

 

「おやおや。ご主人様に対して無礼だなァ」

 

 勝手にコアを取られたディオニュソスが、やんちゃっ子を見守るような微笑を浮かべた。が、そのすぐ後に「もう一度、きっちり躾けてあげないと」などとほざいたものだから、結局いつもどおりである。

 

 マミからすれば【冥界放】を使う予定だったので、カヴァリエーレ・バッカスが勝手にディオニュソスからコアを取ったのは問題なかった。が、彼がコアを取ったことで、ディオス=フリューゲルの合体時の【神域(グランフィールド)】を展開するためのコアが足りなくなっている。フィールドを舞っていた紫煙が消え、他のスピリットたちが弱体化していた。

 

 ともあれ、一度目同様、コアを斬り刻まれて、ミナトに残されたコアは1個。フラッシュで[キングスコマンド]を撃とうにも、1個足りない。

 

「……バッカスの効果で相手のライフが減ったので、ディオス=フリューゲルの合体アタック時効果で1枚ドロー!

 

 さらに、ザンデ・ミリオンのアタックステップ中効果!

 系統:「無魔」を持つ自分のスピリットがアタックしたとき、相手はスピリット1体を破壊しなければブロックできません!

 これで、キラーさんもブロックできないはずです!!」

 

 さらに、ディオニュソスの【神技:6】を回避して、確実にブロックができるキラーのことも、今回は対策している。

 ザンデ・ミリオンのアタックステップ中効果で、今のミナトはスピリットを1体を生贄のようにしなければブロックできない。

 カニコングもトリアイナも除去された今、彼を守れるスピリットはキラーのみ。ブロックする際生贄にできるスピリットがいないのだ。

 

「キラーのブロックまで封じてくるなんて……さすがだな、マミちゃん」

 

 少しでもチャンスを与えてしまえば、弄した策もすぐに突破されてしまう──全力で試合に臨むことを決めたマミからは、それだけの気迫を感じられる。ミナトはごくりと唾を呑んだ。だが、絶体絶命の状況の割には、余裕があるようにも見えた。

 

「──でも、まだ俺は倒せないよ!

 フラッシュタイミング! 浮上しろ、キラー!!」

 

『おうッ!』と力強い応答と共に、キラーが水中から跳ね上がってくる。

 

「キラーさん!? ブロックできないはずでは……」

 

 ミナトの意図が読めず、マミは目を疑った。だが、彼が無意味な手を打つような相手でないことは、戦いを通じて痛感している。

 手札をちらりと見た。フラッシュで打てる手はあるが、どうすれば彼の策を打ち破れるのか、見当がつかない。ここで駄目押しするのが正解なのか、温存しておくべきなのか──

 

「まだわからないのかい?」

 

 そこへ、くすくすと、ディオニュソスのせせら笑う声が聞こえてくる。

 

「……さては、また何か隠していましたね?」

「酷いなァ。せっかくお前を気遣って、声を掛けてやったのに。まあ、当たっているんだけどね」

「心にもないこと言わないでくださ……やっぱり当たりじゃないのッ!!」

 

 いよいよマミの素が出てきた。八つ当たりで振りかぶったげんこつは、うっかり台パンしそうになっていた。

 

「仕方がないだろう? さすがに我の化神や冥府三巨頭でも、コアを海の底に隠されたらどうしようもないよ」

 

 どう見ても怒っている使い手を、ディオニュソスは嗤い続けている。弧を描いた唇から、抑えきれていない笑い声が漏れていた。

 

「──そういうことだろう、坊や?」

 

 彼はあくまでも観劇者のつもりでいるらしい。使い手を嗤いこそすれど、自陣の劣勢は全く気にしていないようで、ゆったりとした口調でミナトへ問いかける。

 

「…………あっ、『坊や』って俺のこと!?」

 

 ミナトとしては、内心「俺もう18歳なのに『坊や』なのかよ」という不満はあるが、口から出そうになった言葉を呑み込む。

 

「まあ、当たりなんだけどな。もう一度、フラッシュをもらうよ!

 マジック・[デルタバリア(RV)]を使用! “不足コストはキラーから確保”して、キラーはLv2にダウン!」

 

 その宣言で、マミははっとした。

 ミナトが提示したのは、白属性のマジックカード・[デルタバリア(RV)]。彼のフィールドには白のシンボルがなく、1コストも軽減できないはずだった、が──

 

「キラーさんにコアを置いて、【冥界放】から守ったんですね。フィールドでもリザーブでもない、“フィールドの外”なら、安全にコアを置くことができる……」

「そういうことっ! そして、[デルタバリア(RV)]の効果で、このターンの間、効果とコスト4以上のスピリット/アルティメットのアタックでは、俺のライフは0にならない!」

 

 しかし、ミナトは、前のターンでキラーにコアを置いたまま、彼に【潜水】させて、コアを守っていたのである。

 マミのフィールドに、コスト4未満のスピリットがいない。キラーを浮上させる前に言われたとおり、まだ、ミナトを倒すことができない。

 

『言っただろ? 「俺様がすべて上回ってやる」ってな! 戦嫌いの貴族ども如きじゃあ、俺様もミナトも倒せねぇよ!!』

 

 守りの要を担えたからか、キラーはいつも以上に得意気だった。ここぞとばかりに、自分を散々弄んでくれたディオニュソスを嗤い返す。

 

「助かったぜ、キラー!」

『ハッ、コアを守るだけなんて、俺様には役不足なくらいだな! 一発殴らせてくれたっていいんだぜ!』

「よし、フラッシュタイミングでもう一度【潜水】だ!」

『おいーッ!?』

 

 戦いたくてウズウズしていたキラーが、またも水底へ引き込まれていく。逆らわない辺り、彼もミナトを信頼しているのだろう。それがなんだか微笑ましくて、一本取られたばかりなのに、マミはくすりと笑ってしまった。

 

「バッカスのアタックは、ライフで受ける!

[デルタバリア(RV)]の効果で、俺のライフは0にならないけどな!」

 

 ミナトの前に現れた三角形の障壁は、冥府神王の剣を三振りともすべて受け止めてなお破れない。

 

「……ターンエンドです。

 ここまでやっても、まだ届かないなんて……本当に強いですね、ミナトさんも、キラーさんも」

 

 自嘲の溜息を吐きながら、マミは純粋な称賛を口にした。

 

 デッキは残り3枚。ライフも残り3。

 ミナトは「受け流すのも一苦労」と言っていたが、それはマミも同じことだ。次のターンも耐えきれるかどうか。マミは気を引き締める。

 

 

○マミのフィールド

・[冥府貴族ミュジニー夫人]〈0〉Lv1・BP4000

・[冥府骸導師オー・ブリオン]〈0〉Lv1・BP5000

・[冥府三巨頭クィン・メドゥーク(RV)]〈0〉Lv1・BP6000

・[冥府三巨頭バロック・ボルドー(RV)]〈0〉Lv1・BP6000

・[冥府三巨頭ザンデ・ミリオン(RV)]〈0〉Lv1・BP7000

・[冥府神王カヴァリエーレ・バッカス]〈0〉Lv1・BP8000+5000=13000 疲労

↳[冥府神剣ディオス=フリューゲル]と合体中

・[創界神ディオニュソス]〈1〉Lv1

↳[冥府神剣ディオス=フリューゲル]と合体中

・[ディオニュソスの酒蔵神殿]〈0〉Lv1

・[朱に染まる六天城]〈0〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 10 PL ミナト

手札:6

リザーブ:18

 

「メインステップ。

[カニコング]を、ソウルコアを置いて再び召喚。

[海底に眠りし古代都市]の効果で、ボイドからコア1個をリザーブへ」

 

 再び迎えたミナトのターン。彼は、再び[カニコング]をフィールドに出す。見かけによらず器用なのか、カニコングはハサミの手でドラミングしていた。「俺が来たからには安心しな!」と得意気になっているようだ。

 

「あー、うん……悪いけど、今は、その…………」

 

 そんなカニコングを見て、ミナトは言葉を濁した。

 カニコングがいれば、冥府のスピリットたちの効果は軒並み防ぐことができる。が、防戦一方では埒が明かないことがわからないほど、ミナトは愚かではない。

 これまでマミの攻撃を受け流し、ギリギリで掴み取ったエースのカードを手に取った。キラーが守りの要ならば、このカードは、きっと強力なアタッカーになってくれるだろう。

 

「三つ首の獣、本能のままに叫び! 敵を威圧する咆哮を! 勝利への雄叫びを上げろッ!! [戌の十二神皇グリードッグ]、Lv3で召喚ッ!!」

 

 それは、異世界グラン=ロロにて、誰よりも勝利に貪欲なことで名を轟かす、三つ首の神皇。召喚されるなり「こんなん邪魔だ!」と言わんばかりに拘束具を引きちぎり、トリアイナと同様に、海面を地面のように踏みしめる。「戌」の名の通り、三つ首の先からは立ち耳の犬の頭が生えており、鋭い牙を剥き出しに咆哮をあげた。

 

「神皇ってことは……ツバサが使ってた、ゲイル・フェニックスのお仲間さんだね! 頑張れーっ!」

 

「神皇」の名に、真っ先に反応を示したのはアンジュだった。幼馴染のエースと同じ称号を持つグリードッグに、黄色い歓声を浴びせる。

 とはいえ、グリードッグは、グラン=ロロの栄えあるサバイバルレースグランプリにて、手段を選ばぬダーティプレイで悪名を轟かせた、謂わばヒール役。観客から純粋に応援されるのは慣れていないようで、きょろきょろして歓声の元を探す。それを見兼ねたアンジュが、グリードッグへグーサインをしてやると、グリードッグも「ワン!」と快活に吠え返してくれた。

 

「マジかよ。ちゃんと『ワン』って吠えるグリードッグ、初めて見た……」

 

 とても素直なエースの姿に、ミナトもほんの少し驚いている。

 

「ねぇねぇ、あれがミナトさんのキースピリットなの?」

「ああ。グリードッグが出たということは、きっと決める気なんだろうな」

 

 わくわくしながら観戦しているアンジュの隣では、光黄が固唾を呑んで戦況を見守っていた。

 

「へぇ、X(テン)異種と神海の子に続いて、神皇まで……使い手に似て、節操がないなァ」

 

 わざわざ「使い手に似て」とつけている辺り、ディオニュソスは、遠回しにミナトを煽っている。

 

「……節操が『ない』んじゃなくて、『何でもあり』って言うんだよ」

 

 危うく点火してしまいそうになったのを堪えて、ミナトは淡々と返した。周囲の言動から、自分の人となりは概ね察せられているだろう。それでも、かつて自分が悲しませてしまった『ある少女』のことについてまではバレていない、はずだ。

 よく鼻の利くグリードッグが、鼻孔に纏わりついてくるような花と果実の香りに、苛立ちの唸り声を上げていた。まるで、使い手の密かな怒りを代弁してくれているようだ。

 

「続けて、異魔神ブレイヴ・[青魔神]を召喚! グリードッグに直接合体(ダイレクトブレイヴ)!!」

 

 続けて召喚されたのは、嵐を思わせる意匠を凝らされた異魔神ブレイヴ・[青魔神]。装飾だけでなく、実際に暗雲を纏って、ミナトのフィールドへ舞い降りる。空が曇り、豪雨が海面に打ちつける中だと、その姿はまさに雷神のようであった。

 青魔神は、纏った暗雲を玉座のようにして、フィールドにどかんと鎮座。合体し、力を与えられたグリードッグは、力強い咆哮を上げる。一声で、荒れた海がさらに波立った。

 

「さらに、【アクセル】・[煌星第一使徒アスガルディア]!

 BP12000以下の相手のスピリットをすべて破壊! そして、この効果で破壊したスピリット/アルティメットの効果は発揮されない!!

 これで、メドゥークの【呪滅撃】も、ボルドーの復帰効果も無効化できるよな!?」

 

 系統:「星竜」のスピリット・[煌星第一使徒アスガルディア]。赤属性のスピリットで、その【アクセル】も赤軽減しかなく、コストも6と高めだ。が、ミナトは、それまでに入念にコアブーストを行い、この最終局面で、冥府のスピリットたちを一気に焼き払った。

 厄介な効果を持つ者が多い冥府のスピリットたち。その多くは、フィールドを離れるときや破壊されたときに発揮する効果のせいで、場持ちが良く、ただでは転んでくれない。特に、冥府三巨頭は、その類の効果で継戦能力を高めている者ばかりである。が、アスガルディアの炎は、骸たちの黄泉帰りを赦さない。不浄なる死に損ないを断罪するように、あるいは浄めていくように、問答無用で焼き尽くす。

 今は、冥府三巨頭で唯一Lv3のBPが14000もあるザンデ・ミリオンも、Lv1・BP7000。トリアイナの召喚時効果でディオニュソスのコアを外したことが、このターン、ディオス=フリューゲル合体時の【神域】を止めることにつながったのだ。

 

 煌めくばかりの炎が、マミのフィールドを包み、燃やし尽くす。強い熱風が、マミのバトルフォームの裾を揺らした。

 

「はい。ミナトさんの言うとおり、ですが──」

 

 フィールドを包んだ橙色の煌めきが晴れていく。酒蔵神殿と六天城は無事だったが、後者を彩どっていた茜色の花畑は焦土と化していた。だが、

 

「……コア0個のとき完全耐性を持つカヴァリエーレ・バッカスは、破壊効果を受けず、フィールドに残ります!」

 

 焼け野原となったマミの陣地で、膝をつきながら、ディオス=フリューゲルを支えにして立ち続けた騎士がいた。姿勢だけは辛そうに見えるが、それは疲労状態だからであり、呼吸や態勢の乱れはない。無魔である彼のことだから、そもそも呼吸器はないのだろう。

 

「わかってはいたけど、やっぱり化け物じみてるな……」

 

 ミナトの呟きは、カヴァリエーレ・バッカスの完全耐性にのみ向けられたものではない。その異様なまでの大人しさに、動揺しているのだ。無魔だからというのもあるのだろうが、生きた感情というものがほとんど感じられない。もちろん、戦意も感じられない。顔がないから、表情も見えない。空っぽな何かを相手にしているようで、不気味だった。けれど、今、この化神の正体や真意に思考を巡らしている時間はない。

 

「おやおや。ここまでやっておいて、怖気づいたのかい?」

 

 黙り込んだミナトへ、ねっとりとしたディオニュソスの声がかけられる。

 唯一残ったカヴァリエーレ・バッカスは疲労状態。マミの残りライフは3点。ブロッカーはおらず、[青魔神]はダブルシンボルの異魔神ブレイヴだから、グリードッグのアタックが1度でも通れば、使い手の敗北が決まる。そのはずなのに、ディオニュソスの声は愉しげだった。やはり、端から勝敗そのものに興味はないのだろう。それがわかってしまえば、平静を保つことは容易だ。

 

「『怖気づく』? まさか! むしろ、燃えてきたところだぜ!」

 

 にやりと笑い返す。10ターン目まで守り抜いて、ようやく活路が拓けたのだ。

 

「メインの最後はお前の出番だ! 浮上しろ、キラー!!」

 

 互いの盤面からして、いよいよ最終局面。キラーが浮上した際の水飛沫も、今までより強く感じられた。焼け野原となったマミのフィールドを、無数の水滴が濡らしていく。

 

『おうッ! もう一度、あのデカブツからコアを守れってことでいいんだな!?』

 

 いよいよクライマックス。キラーの高揚も最高潮だ。彼がいちばん、ミナトの勝利を確信しているのだろう。自分の認めた使い手が負けるはずがない、と。このターンを耐えられたとしても、誰よりも強く、唯一無二の効果を持つ自分が守るのだから、勝てないはずがない、と。

 

「ああ! 話が早くて助かるぜ!

 リザーブのコア2個と、カニコングのコア1個、お前に託すぞ!!」

 

 先のターンのように、余ったコアをキラーへ託す。

 しかし、[カニコング]はLv1にダウン。その強力な耐性付与効果は、Lv2からでなければ発揮できないはずであるにもかかわらず、だ。

 

「[カニコング]をLv1に……!?」

「ああ。これが俺の覚悟ってこと!」

 

 ミナトの意図を察せず、マミは首を傾げた。けれど、彼が発した「覚悟」という言葉から、油断できない状況だということは明白だ。

 

「キラー、もう一度【潜水】だ! 頼んだぞ!!」

『ハッ、頼まれなくても、このくらい朝飯前よ!』

 

 ミナトは、キラーを再び【潜水】させ、熱い視線で彼の魚影を見送る。誰よりも傲慢で自信満々彼が、これだけ信頼を寄せてくれているのだ。彼に認められた使い手である自分も、相棒に疑いを持つわけにはいかない。

 

 フィールドへ向き直ると、

 

「──[カニコング]のソウルコアをグリードッグへ。これで[カニコング]は消滅」

 

 真剣な面持ちで、[カニコング]のソウルコアをグリードッグへ置く。今までミナトの陣を強く、ひっそりと支えてきたカニコングが、いよいよフィールドから消えた。

 

「アタックステップ!

 グリードッグでアタック!!」

 

 もう後戻りはできない。ミナトは、自分で言ったとおりに覚悟を決めて、アタックステップへ入る。

 

「まずは、グリードッグのアタック時効果!

 グリードッグのソウルコアを《封印》!!」

(ライフ:1→1s)

 

 ミナトのバトルフォームの胸部、深い青のライフシールドの中央へ、ソウルコアが《封印》され、赤い輝きを放った。

 

 それを見て「おおっ!」とアンジュが声を上げる。

 

「やっぱり、グリードッグも《封印》するんだ!」

 

 幼馴染が使っていたゲイル・フェニックスで見慣れた《封印》。ソウルコアをライフへ置かなければならない代わりに、強烈な効果のトリガーとなる効果。

 ツバサの使うゲイル・フェニックスは【飛翔】という効果を発揮していたが──アンジュは「グリードッグはどんな効果を発揮するんだろう?」と、わくわくしながら見守っている。

 

「[カニコング]を消滅させたのは、このためか」

 

 フィールドを見据えて、ミナトの意図を理解した光黄が呟いた。

 

 ソウルコアをライフに置く都合上、《封印》中は、ソウルコアを要求する他の効果を発揮できなくなってしまう。その好例が[カニコング]による耐性付与効果であった。ソウルコアを置かれていない[カニコング]は、カヴァリエーレ・バッカスのアタック時効果でコアを外され消滅すると、ライフバーンの踏み台にされてしまう。だから、この局面で攻めるには、半端な数のコアを置いてフィールドに残すよりも、自分で消滅させてしまうほうが賢明だったのだ。

 守りを捨てて、グリードッグのアタックに賭ける。だから、[カニコング]を消滅させたとき、彼はこう言ったのだ。「これが俺の覚悟」なのだと。

 

 助走をつけて駆け出すグリードッグ。ダーティプレイを得意とする彼は、眼前の敵が女だとしても容赦しない。

 

「ッ……!?」

 

 マミは思わず目を瞑ってしまった。普通の大型犬より遥かに大きく、牙も鋭い狂犬が、小さな手に向かって飛びかかってきて──

 

 けれど、予想していた痛みは襲って来ない。

 

「大丈夫。俺が女の子の身体を傷つけるわけないだろ?」

 

 優しく掛けられたミナトの声を受けて、ゆっくりと目を開く。

 襲いかかってきたグリードッグは、マミの“手札”に食らいついたのだ。比喩でもなんでもなく、物理的に。グルルルルと唸り、絶対に離すものかと、マミを威嚇している。

 

「……もう、びっくりさせないでくださいよぉ…………!」

 

 抱いた恐怖が徐々に引いてきて、マミは拍子抜けた声で不平を垂れた。

 

「ごめんごめん。こっちの世界じゃこうなるなんて思わなかったから……」

 

 ミナトにも、グリードッグがここまで凶暴な行動をとるということは想定外だったらしい。この世界のバトルフィールドで戦うのは初めてで、それも異世界からの来客なのだ。想定しろというほうが難しいだろう。

 

「……絶対傷つけないから、ちょっとだけ我慢してくれよ?

 

《封印時》のアタック時効果・【強奪】! 相手の手札をすべて見て、相手の手札すべてを見て、その中のマジックカード1枚を破棄!」

 

 グリードッグの専用効果・【強奪】。発揮の宣言と共に、マミの手札が表へ返る。

 グリードッグが、ずっと噛み付いていた1枚は[冥府秘術ネメシス・リープ]。鼻が利く彼には、マジックカードはこれだとわかっていたのだろう。その嗅覚どおり、マミの残りの手札はすべてスピリットカードかネクサスカードだった。ミナトから見て右から順に[ゴッドシーカー 冥府作家ラス・カーズ][冥府貴族ミュジニー夫人][ディオニュソスの酒蔵神殿]──

 

「……[冥府骸導師オー・ブリオン]…………!」

 

 左端に握られていたカードを把握して、ミナトは息を呑んだ。

[冥府骸導師オー・ブリオン]。彼は、系統:「無魔」を持つコスト6以上のスピリットに煌臨した時にも、召喚時効果と同じ効果を発揮することができる。

 煌臨条件は厳しいが、今のマミのフィールドには、たった1体、煌臨条件を満たせるスピリットが残っている。完全耐性のお陰で、アスガルディアの【アクセル】による大量破壊を唯一免れた化神──カヴァリエーレ・バッカスが。

 

「……でも、グリードッグが破棄できるのはマジックカードだけでしょう?」

「ああ。……[冥府秘術ネメシス・リープ]を破棄。破棄したマジックカードのメイン/フラッシュ効果を、コストを支払わずにただちに発揮することはできるけど、効果を受ける対象がいないから不発だな」

 

 ミナトの答えを聞いて、マミが胸を撫で下ろした。

 手札を見る限り、この状況ではオー・ブリオンだけが頼りだったのだろう。伏せられていたバーストは[アルティメットウォール]のような、ライフ減少後に発揮するものだったと推理できそうだ。まだ、相手のスピリットのアタック後・手札増加後の可能性も考えられるので、油断はできないが。

 

「だけど、まだグリードッグのアタック時効果は終わってないぜ! こいつのLv3アタックステップ中効果で、相手の手札が減ったとき、ターンに3回まで、系統:「神皇」/「十冠」を持つ自分のスピリット1体を回復させられるんだ!

 回復しろ、グリードッグ!!」

 

 破棄した[冥府秘術ネメシス・リープ]を噛み砕き貪り食ったグリードッグは、飢えが癒やして、疲労状態から回復した。噛みついていたカードを失い、後方へ着地すると、再び牙を剥き、今度はライフを食らうべく突進する。

 

「さらに[青魔神]の追撃! デッキから2枚ドローして、手札を2枚──[異海獣アビスシャーク]と[ストロングドロー]を破棄!!

 

 この手札破棄に反応して、バーチャスアイランドの常在効果発揮! ボイドからコア1個をバーチャスアイランドへ!!」

 

 風神のような出で立ちの青魔神が、やや乱暴に、ミナトへカード2枚を投げつけてきていた。ミナトは、効果を処理した後に「乱暴だなぁ」と苦笑する。

 

 だが、今はあまり笑っていられない。

 

「アタック時効果はこれで全部だ──来るなら来いッ!」

 

 なぜなら、対戦相手であるマミが、逆転策になる札を握っているのだから。スピリットカードだから、グリードッグだけではどうしようもなく、いずれ向き合わなければならない一手だった。

 

「ええ! いきますよ、ミナトさんっ!」

 

 手札を見られた手前、マミも、自分のやろうとしていることがバレているとはわかっていた。そうしなければ、敗れるのは自分だ。キラーから「全力で来い」と言われていることもあって、一切躊躇いもせず、思い切り声を上げて、己のフラッシュタイミングを宣言する。

 

「フラッシュタイミング!

 リザーブのソウルコアをトラッシュへ! カヴァリエーレ・バッカスに[冥府骸導師オー・ブリオン]を《煌臨(こうりん)》ッ!!」

 

 膝を突くカヴァリエーレ・バッカスへ、上空から、宵闇に溶けてしまいそうな黒の襤褸が、ふわりと被さる。抵抗どころか身動きひとつ取らないカヴァリエーレ・バッカスの身体はどろりと溶けて、有角の骸の身体が再構成されていった。

 むくり、と、化神に煌臨したオー・ブリオンが顔を上げる。空っぽの 眼窩には、すぐに赤い光が灯った。

 

「系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリットの煌臨によって、ディオニュソスに《神託》!

 

 そして、煌臨時効果で──」

 

 言いかけて、マミははっとした。

 

 今のオー・ブリオンは、対象となるスピリットを2枚までしか召喚できない。彼の召喚/煌臨時効果には、召喚した体数と同じ数だけデッキからドローする効果も付随する。

 だが、マミのデッキは、残り3枚しかない。3体召喚して、残り3枚をすべて捲ってしまえば、残りデッキ枚数は0。このターンを耐えきれたとしても、次のスタートステップが回ってきた瞬間に、敗北が決まってしまうのだ。

 

(なら、今召喚すべきなのは……)

 

 トラッシュを確認する。ダーク・スクアーロXやトリアイナがデッキを削ってくれたおかげで、化神も、冥府三巨頭も、2枚目以降がトラッシュへ落ちていた。

 

「──2枚目のカヴァリエーレ・バッカスと、さっき破壊されたザンデ・ミリオンを、1コストずつ支払って召喚!!

 2体の召喚によって、デッキから2枚ドローします!

 

 さらに、系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリット召喚によって、ディオニュソスにもう一度《神託》!!」

 

「あとちょっとだよ、頑張ろう!」と、トラッシュから復活させたカヴァリエーレ・バッカスとザンデ・ミリオンに呼びかける。相変わらず前者は無反応だが、ザンデ・ミリオンは力強く首を縦に振ってくれた。先程アスガルディアに破壊されたばかりなのもあって、「よくもやってくれたな」とミナトを睨み返した。

 

 オー・ブリオンの煌臨と彼の効果によりカヴァリエーレ・バッカス、ザンデ・ミリオンの召喚で、ディオニュソスのコアは3個になった。再び、紫煙のような闇の波動が、ディオス=フリューゲルの刃からフィールドへ舞い込んでくる。

 闇の波動を浴びて、オー・ブリオンが愉快そうに、口元や歯からカタカタと音を立てて笑う。

 

「そのアタックは、カヴァリエーレ・バッカスでブロックです!」

 

 カシャ、と、鎧の音を鳴らして、カヴァリエーレ・バッカスが討って出る。グリードッグの目の前に立ち塞がり、二本の剣を操って牽制。忌々しげに、グリードッグが唸った。

 

「けど、BPはグリードッグが圧倒的に上だ!」

 

[青魔神]の強化を受けた最高Lvのグリードッグは、BP27000。紫属性にしてはBPが高い部類であるカヴァリエーレ・バッカスのBP16000に対し、10000以上もの差をつけているのだ。

 

 グリードッグが牽制に悩まされたのも、ほんの一瞬だけだった。三つ首のうち左右の首が、カヴァリエーレ・バッカスが操る2本の剣に食らいつき、噛み砕いた。得物を失ったカヴァリエーレ・バッカスに、態勢を取り直す間も与えず、腹わたに突撃して、地べたへ押し倒した。十二神皇を決めるグランプリで結果を残しただけある4本の健脚は、カヴァリエーレ・バッカスに身動きひとつとらせない。カヴァリエーレ・バッカスも「勝てない」と悟ったのだろう。地面に押さえつけれたままの態勢で、ぴたりと動かなくなった。先程までの躍動が嘘のようだ。

 動かなくなった獲物の身体を、グリードッグは遠慮なく貪る。その姿は、狩った獲物へぱくつく肉食獣のようだった。だが、カヴァリエーレ・バッカスの鎧の中に“肉体”は存在しない。鎧を破られた瞬間、紫煙と共に爆散してしまった。

 突然の爆発に、すんでのところで後退するグリードッグ。警戒するように、爆発痕を睨みつけ、唸っている──ように見えた、が、

 

「いや、『くそぅ……俺のご馳走がぁっ…………!』じゃねぇよ。なんでそれがご馳走に見えんだよ」

 

 彼の真意が見かけよりも間の抜けたものだとわかってしまい、観客であったセトは、呆れ返って、ついツッコんでしまった。

 

 無惨に噛み殺されたカヴァリエーレ・バッカス。対する、グリードッグは回復状態。次なる獲物への期待から、呼吸が荒くなっている。

 しかし、その期待を塗り潰すように、観劇者の嘲笑が注がれる。

 

「ステイ。躾のなってない子には、お仕置きが必要だよねェ?」

 

 愛玩犬に掛けるような甘い声音は、決して温かくはない。唇の端から、押し殺すつもりがあるかどうかすら定かではない嘲笑が零れている。

 

「あの、私そういうつもりはないんですけど!? なんか、そのっ……勝手にそういう方向で話進めないでくれます!?」

 

 いちばん困っているのは、使い手であるはずのマミなのだが。次につなぐ一手を打とうとした瞬間これなので、とてもやりづらい。

 

「やれやれ、相変わらず冗談の通じないお嬢さんだ。我は、お前の書く脚本をより面白くしてやろうと思って──」

「私は面白くないんですよッ!!!」

 

 ディオニュソスが言い終わる前に、掻き消すように否定の声を上げるマミ。その声量は、自陣のオー・ブリオンどころか、敵陣にいたグリードッグもが、びくっと驚いていた。一方、ザンデ・ミリオンはうんうんと首を縦に振っている。マミに同意を示しているようだ。

 

「あの、ミナトさん……別にそういうんじゃないですからね! 私は、キラーさんに全力で掛かってこいって言われたから…………!」

「うんうん、わかっているよ。俺も、対戦相手に接待を強いるような野暮なことはしないから」

 

 ミナトは苦笑して、マミに続きを促した。彼もフィールドを見ていないわけではない。今からマミが何をしようとしているかも、わかっている。

 

 ミナトに促されて、マミは「……わかりました」としっかり頷いた。

 

「カヴァリエーレ・バッカスの破壊によって、ザンデ・ミリオンLv2・Lv3の自分のアタックステップ中効果発揮!

 系統:「無魔」を持つ自分のスピリットが相手によって破壊されたとき、自分のトラッシュから、破壊されたスピリットよりコストの低いスピリット1体を、1コスト支払って召喚できます!!」

 

 ザンデ・ミリオンが咆哮した。それは、屍の山から強者を呼び覚ます号令となる。

 

「よって、トラッシュから──」

 

 オー・ブリオンを今召喚してしまうと、デッキをすべて引ききってしまう。だから、マミが選んだのは──

 

「1コスト支払って[冥府大魔導エシュゾ]を召喚!

 系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリットの煌臨によって、ディオニュソスに《神託》!!」

 

 最初に《神託》でトラッシュへ落ちてから、ずっと助太刀の機会を伺っていた眷属が、いよいよフィールドへ馳せ参じた。襞襟(ひだえり)のついたコートを纏った、2本角が生えた背の高い白骨・[冥府大魔導エシュゾ]。片方の角の根本は剥げており、脳味噌が見えてしまっている。

 他の冥府のスピリットと同様、最初はコアがなく動かない白骨だったが、ディオニュソスが指を鳴らせば、カタリと音を立てて動き出した。

 動けるようになったエシュゾは、真っ先に仕える神へ跪き、頭を垂れる。遅参を詫びているようだ。

 

「なぁに、気に病むほどのことでもないさ。お前が登場すると、すぐに舞台が終わってしまうだろう? それでは少々物足りないからねェ」

 

 真面目な腹心に、ディオニュソスは妖しく微笑みかける。

 機嫌の良さげな主を前にして、エシュゾは頭を上げて、カタカタッと微かに音を立てた。人間には、声を持たない骸の言葉はわからないはずなのに、マミとミナトには「あっはい」という副音声が聞こえた気がした。冥府のスピリットたちも、曲者だけとは限らないようだ。

「行っておいで」と促されて、エシュゾはもう一度、カタカタッと小さく音を立てた。すっと立ち上がって、戦場へ出る。

 

「なんというか……貴方も苦労してるのね」

 

 同情したマミに、エシュゾはぺこりと頭を下げた。顔を合わせるのは今日が初めてなのに、立ち振舞から、律儀で真面目な性格が嫌でも感じ取れてしまう。

 

「ここで、エシュゾの召喚時効果発揮! 自分のトラッシュに系統:「無魔」を持つカードがあるとき、カード名:「冥府大魔導エシュゾ」以外の、紫のカード1枚を、カード名に「冥府」を含んでいるものとして手札に戻すことができます!

 1枚目のオー・ブリオンを手札へ!!」

 

 エシュゾが懐から取り出したタクトを振るうと、メインステップで破壊されたほうのオー・ブリオンが、トラッシュからマミの手札へ帰ってくる。次のターンにオー・ブリオンを召喚すれば、直前に破壊されたカヴァリエーレ・バッカスも、再びフィールドに舞い戻れるだろう。

 だから、ミナトとしても、次は与えたくないところだが──

 

「召喚時効果を持つ相手のスピリットが召喚されたから、トラッシュの[ディアマントチャージ]を手札へ。

 ……ターンエンドだ」

 

 マミの手札にグリードッグを再アタックさせたところで、回復できるかどうかはわからない。オー・ブリオンの煌臨時でのドローで見えていない手札が2枚増えているが、その中にマジックカードがある可能性に賭けても、攻めきれないことは確実だ。BP比べでスピリットを破壊しても、ザンデ・ミリオンの効果で、別のスピリットをフィールドに召喚されてしまうため、相手の頭数を減らすことも叶わない。そのうえ、マミの手札に2枚目のオー・ブリオンがある。回復状態のグリードッグをアタックさせ、フラッシュタイミングで[ディアマントチャージ]を使用し“コスト8”のザンデ・ミリオンを破壊したところで、次のターンには蘇られてしまうのがオチだろう。端的に言えば、今攻めたほうがよい理由がなかった。

 

 だが、マミのデッキは、残り1枚。次のドローステップで0枚になる。次のターン、死んでも死なない骸の軍勢の猛攻をを凌ぎきれるかどうか──それにすべてがかかっていた。

 

○ミナトのフィールド

・[戌の十二神皇グリードッグ]〈4〉Lv3・BP21000+6000=27000

↳[青魔神]の右に合体中

・[海底に眠りし古代都市]〈0〉Lv1

・[No.36 バーチャスアイランド]〈1〉Lv1

・[No.26 キャピタルキャピタル]〈0〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 11 PL マミ

手札:7

リザーブ:16

 

「メインステップ。

 泣いても笑っても、これが最後ですね」

 

 ドローステップで最後の1枚を引いたデッキの枠を見つめ、微苦笑する。初手でディオニュソスを貼ったにもかかわらず、ここまで長期戦になるとは、バトル前は想像もつかなかっただろう。

 

「どうせこのターンで終わるんです、出し惜しみはしませんよっ!!」

 

 だが、そこからは早かった。

 グリードッグの【強奪】で既に存在がバレている2枚目の[ディオニュソスの酒蔵神殿]を配置、[ゴッドシーカー 冥府作家ラス・カーズ][冥府貴族ミュジニー夫人]を召喚。デッキがないので、いずれも配置時/召喚時効果は発揮できない。

 そこへ、オー・ブリオンの煌臨時効果を発揮した際かドローステップで手札に加わったのであろう[冥府石像ボーン・ガルグイユ][冥府貴族バロン・ド・レスタック将軍][冥府骸騎士アジャクシオン]が続けて召喚される。

 もちろん、それまでに、ディオニュソスの《神託》もしっかりと行っており、彼のコアは現在9個。使う機会は訪れないであろう【神技:6】を切ってなお、ディオス=フリューゲルの合体時【神域】を発揮できるほどのコア数だ。

 

「さらに、先程手札に戻した[冥府骸導師オー・ブリオン]をもう一度召喚!

 

 召喚時効果で、トラッシュからカヴァリエーレ・バッカスを2枚、ザンデ・ミリオン1枚を、それぞれ1コストずつ支払って召喚します!

 オー・ブリオン自身の召喚と、カヴァリエーレ・バッカス2体とザンデ・ミリオンの同時召喚で、計2回、ディオニュソスに《神託》!!」

 

 オー・ブリオンの外法によって、もわりと地面から競り上がった紫煙から、冥府の強者(つわもの)たちが蘇る──その時、異変が起きた。

 

 フィールドにいる2体のカヴァリエーレ・バッカスを、2体のザンデ・ミリオンが押し退けようとしている。カヴァリエーレ・バッカスは相変わらず不動なので、なすがままだ。

 その2組の間で、非力な軽量スピリットであるラス・カーズが押し潰されそうになっている。しかも、武器のひとつであるペンをどこかに落としてしまったようで、珍しく非常に慌てた様子だった。

 彼らだけでなく、ミュジニー夫人も、石像によく似たガーゴイル型のスピリット[冥府石像ボーン・ガルグイユ]が鎮座する台座を、コンコンと執拗に叩いている。ボーン・ガルグイユも、カヴァリエーレ・バッカス同様動じていない──というか、全く動かない石像のフリを貫き通している。

 ボーン・ガルグイユをどかそうとしているミュジニー夫人の隣では、2体のオー・ブリオンが互いに席を押し合っている。片方は、カヴァリエーレ・バッカスから煌臨した際に受け継いだディオス=フリューゲルをちらつかせ「おう、やる気か!?」とでも言いたげである。

 赤い双翼と得物の大鎌が特徴的な骸の騎士[冥府骸騎士アジャクシオン]は、身体と得物に紫電を纏わせた。近づく者を払い除ける気満々である。

 

 こんなことになっている理由は、然程大したことではない。マミのフィールドには、現在、スピリットが12体──数が多すぎて、フィールドがすし詰めになっているのである!

 実際、マミがカードを置いているプレイマットも、フィールド一面が召喚/配置したカードで覆われていた。

 

「えぇ……何してるのぉ…………?」

 

 マミとしては、プレイマットが入り切らなくなる分には問題ない。だが、だからといって、スピリットたちがポジションの取り合いを始めるなどと、予想がつくはずもなかった。それも、上辺だけは高貴かつ尊大に振る舞っていたのに、いきなりわちゃわちゃと争い始めているのだから、もはや困惑するしかない。

 バロン・ド・レスタック将軍が、何やらエシュゾと話し込んでいる。軍を率いる「将軍」と、冥府最後の良心であるエシュゾは、この事態を収めようとしてくれているらしい。

 暫しの相談を終え、溜息を吐くような動作の後、将軍がディオニュソスの前へ出て、歯からカタカタカタッ! と大きめの音を発した。

 

「えぇ? 『我からも何か言ってくれ』って?」

 

「やれやれ、困った子たちだ」などと呟き、指先で唇をなぞるディオニュソス。が、言葉とは裏腹に、口元が歪んでいた。全然困ってなどいない証拠である。

 

「我はあまり気が進まないけれど……上演中も静かにできない悪い子は、“元に戻して”しまおうかなァ?」

 

 騒がしかった冥府のスピリットたちはおろか、将軍とエシュゾまでもがぴたりと動きを止めた。まるで、フィールド全体が凍りついたように。

 マミやミナトにはわからなかったが、ディオニュソスの言う「元に戻す」というのは「動くことすら叶わない骸に戻す」という意味である。冥府のスピリットたちが動けるのは、ディオニュソスの【神域】で仮初の命を与えられているから。彼がその気になれば、いくらでも命と人格を奪えてしまうのだ。

 

「……なぁんて、ね。ちゃんと静かにできたじゃないか」

 

 その反応が当然であるかのように、ディオニュソスは微笑んだ。それはもう、動きを止めた眷属たちにはあまりにも不相応なほど、柔らかく、嫋やかに。

 ミュジニー夫人が胸を撫で下ろし、ザンデ・ミリオンはけっと言いながら、カヴァリエーレ・バッカスから手を引いた。押し潰されかけていたラス・カーズは解放され、落としたペンを拾うと、ささっとフィールドの端へ引っ込んでいく。

 言い出しっぺの将軍とエシュゾは「そこまでしろとは言っていないよな、俺たち……」と顔を見合わせた。

 ……過程はともあれ、冥府のスピリットたちは、すし詰めの状況を受け入れてくれたようだ。

 

「将軍さん、エシュゾさん、本当にありがとうございます……」

 

 自分に代わって、性格も趣味嗜好も面妖なディオニュソスへ進言してくれた2体へ、マミは心からの感謝を述べた。これで、やっと処理を進められる。

 

「片方のオー・ブリオンに合体しているディオス=フリューゲルを、カヴァリエーレ・バッカスに交換!!」

 

 すし詰めになっているフィールドで、カヴァリエーレ・バッカスがオー・ブリオンの方へ手を伸ばし、強引にディオス=フリューゲルを取り上げる。化神である強力無比な騎士に、魔術がなければひ弱な骸に過ぎないオー・ブリオンが抵抗できるはずもなく。剣を取り上げられたオー・ブリオンは、こころなしかしょんぼりしているように見えた。もう片方のオー・ブリオンが、ケラケラと同族を嘲笑っている。

 

 マミの手札は0枚。

 リザーブのコアは残り1個しかない。ミナトのフィールドには[No.26 キャピタルキャピタル]があるため、1度しかアタックができないはず、だが

 

「……勝ったね、彼女」

 

 すべてを知っておきながら、傍観に徹していたディオニュソスが、こっそりと口角を上げる。

 

 マミは躊躇わなかった。何をしたって、ミナトにターンを譲れば敗北するのだ。ここまで耐えきっておいて、最後まで抗わないわけがない。

 

「いきますよ! アタックステップ!

 

 リザーブのコア1個をトラッシュへ置いて、合体している方のカヴァリエーレ・バッカスでアタック!!

 アタック時効果で、グリードッグのコア3個をリザーブへ!!」

 

 最後のコアを代償に、三度(みたび)の出陣を果たした化神が、グリードッグへ先制攻撃をしかける。3本の白刃が、ミナトを守る番犬のように立ち塞がっていたグリードッグを斬りつけた。耳をつんざくほどの、悲鳴のような吠え声が戦場に響き渡る。三つ首の付け根に刻まれた裂傷から漏れ出た紅色が、青い海へ零れ落ちていく。

 だが、じりじりと痛む3本の首筋に鞭打って、グリードッグはカヴァリエーレ・バッカスを睨み返した。とどめを刺さんと迫ってきた剣へ、勢い良く噛み付く。牙と剣とがぶつかり合い、ガキンッと鈍い音を立てた。彼は、一度カヴァリエーレ・バッカスと死合ったことで「刃を噛み折ってしまえばこちらのもの」と学習していたのだ。噛みついた剣を手放される前に、カヴァリエーレ・バッカスへ力いっぱい突進し、押し返す。卑劣で汚い手段で十二神皇の座についた異端児という呼び声。それは、悪知恵で王座にまで至ったほどの、ある種の頭脳派であることの証明だ。

 グリードッグの彼の残りコア数は1個。Lv1に下がってしまったが、ギリギリで踏みとどまっている。生存した彼は「お前如きに倒されるものか」と怒鳴るように、カヴァリエーレ・バッカスへ吠え立てた。

 

 だが、ミナトは険しい顔をしている。耐えきったグリードッグを褒めてやりたい気持ちは山々だ。が、彼だけでは──

 

「グリードッグは生き残ったけど……そっちにはザンデ・ミリオンが2体もいやがる。ブロックしようにも、体数が足りないってことか…………!」

 

 カヴァリエーレ・バッカスの両サイドには、2体のザンデ・ミリオン。最後の進攻を邪魔しようものなら、化神に指一本触れる前に破壊されてしまうだろう。

 ミナトに残されているスピリットは、グリードッグと、【潜水】しているキラーだけ。ザンデ・ミリオンの追撃を掻い潜ろうにも、1体足りない。

 

「私だって、これが最後ですもの! 手心は加えませんよ!!

 カヴァリエーレ・バッカスの【冥界放】を発揮! ディオニュソスのコア3個をトラッシュへ置いて、相手のリザーブのコア5個までをトラッシュへ!!」

 

 グリードッグが鮮血と共に散らしたコア3個も、斬り刻まれて使い物にならなくなってしまう。

 それでも、ミナトにはまだ、キラーに置いたコアが6個残っている。軽減なしでも、マジックカード1枚を使うには充分な数だった。

 

 ──そのマジックカードが、平時と同様のコストであれば。

 

「さらに、エシュゾのアタックステップ中効果! 系統:「無魔」を持つ自分のスピリット2体につき、相手の手札/手元にあるカードすべてをコスト+1!

 私のフィールドには、無魔のスピリットが12体! よって、コスト+6ですよっ!!」

 

 使い手へ振り向いて、エシュゾが頷く。空っぽの眼窩で敵陣をまっすぐ見ると、剣のように細長いタクトを構えた。その先端が輝き。藍紫色の光が、ミナトのフィールドへ降り注いだ。

 

 力の源は、同じ冥府のスピリットたちの魔力。我が強い彼らの力を束ね上げるのは、エシュゾの技量と人徳があって為せる業だろう。

 長期戦を耐え抜いたマミのフィールドには、系統:「無魔」を持つスピリットが12体もいる。タクトの先の光も、その数の多さに比例して、輝きを増していた。

 

 降り注いだ光に、ミナトの手札にあるカードの表面が不自然に反射し、テキストも何もかもが読み取れなくなってしまう。それも一瞬のことで、すぐに元のカードに戻ったように見えた、が──

 

「コスト10…………!?」

 

 光が差す前と後とで、明らかに違う点があった。カードの左上に書かれたコストの数値が書き変わっている。それも、誤差程度ではなく、桁数が増えるほどの大幅なコストアップ。マミの宣言で、そういう効果が来るとわかってはいた。が、イラストもテキストもそのままに、コストだけ変化したカードをいざ見せられると、未知のものを目にしたような感覚に陥ってしまう。

 

 心を落ち着けて、もう一度手札を見る。[ディアマントチャージ][スプラッシュザッパー]──そして、[青魔神]の合体中アタック時効果で奇跡的に引き当てた[デルタバリア(RV)]。本来のコストは、[ディアマントチャージ]と[デルタバリア]が4で、[スプラッシュザッパー]が7。

 だが、エシュゾの効果によって、前者2枚がコスト10に、後者はコスト13に書き換えられてしまっていた。

 

 ミナトは、フィールドとフィールドの外に目をやった。グリードッグはコア1個、【潜水】しているキラーはコア6個。彼に使えるコアは、合計7個。 

 

「参ったな、こりゃ……」

 

 手札の中で最もローコストで使える[ディアマントチャージ]でさえ、フル軽減してもコスト8。コアが1個足りない。

 通常なら、ここで潔く負けを認めて、ライフで受けると宣言するところなのだが──

 

『おい、ミナト! どうして俺様を呼ばねぇんだ!?』

 

 傲慢な相棒を浮上させるか、【潜水】させたままにするか、それが問題だ。

 なぜ自分を呼ばないのか、と問うてくる彼は、使い手がこのターンも耐え抜くだろうと信じている。だが、今、彼を浮上させれば──

 

「おや……この期に及んで、あの子はまだ、お前が勝てると思っているようだ。健気だねェ」

 

 ディオニュソスの嘲笑が、悩むミナトの心へ揺さぶりをかけてくる。

 

「さあ、お前はどうするんだい? このまま無視して、何も知らせず幕を引く? それとも、お前を守れなかった主役の嘆きでフィナーレを飾ってもらうかい?」

 

 問いを投げるディオニュソスは、心底愉しそうだ。どう転んでも自分好みの結末になるだろうという確信すら伺える。

 それが、ミナトには非常に腹立たしかった。現状維持か浮上のどちらを選んでも、キラーの心とプライドを傷つけることになる。その二択を自分で選ばないといけないのが、ただただ不甲斐ない。どちらも選びたくなくて、黙り込んだ、けれど──

 

『ちっ……そういうことかよ。ンなことどうでもいいから、早く俺様を呼びやがれッ!』

 

 キラーの魚影と声が、水面へ近づいてきた。ここまで来れば、ミナトがただ一言命令すれば、すぐにでも浮上できるだろう。

 

「キラー、お前……いいのかよ!? だって、今出たら──」

『ンなことどうでもいいって言っただろうがッ! さっさとしろ!!』

 

 胸に渦巻いた懸念をキラーに言いかけても、彼は折れなかった。端からミナトの意見を聞く気などなさそうだ。それに「そういうことかよ」と言ったということは、彼も、現状をある程度理解しているのだろう。

 

「わかった──浮上しろ、キラー!」

 

 ざぱあっ、と音を立てて、キラーが海から顔を出した。牙を剥き出しにしているのは、終わりを悟ってなお冷めない闘志の証。まだぎらぎらした目で、ディオニュソスを睨む。

 闘争心が鎮まらない様子のキラーと目を合わせて、ディオニュソスはこれ見よがしに、にこりと微笑んだ。顔立ちこそ美しいが、それは、敵ですらない愛玩動物に向ける笑みだ。

 

『てめぇ……最初から、この戦局を作るためにわざわざ舐めた真似を…………!』

 

 目は逸らさない。瞳に宿した闘志も絶やさずに、キラーは唸った。

 

「『最初から』ではないよ? さすがの我も、神世界の外にいるスピリットまではわからないからねェ。だけど、お前が我の【神技】を躱した時に、いいことを思いついたんだ」

 

 その反応を待っていた、とでも言うように、ディオニュソスの笑みが深められた。

 

「ただ潰すだけなんて、何の興もない──どうせなら、たっぷり調子に乗らせてから、最後に何もできなくなったお前の姿を晒したほうが面白いだろう、とねェ?」

 

 押し殺せなかった嗤いで、肩を揺らしてさえいる。

 

「……あいつ、いつもあんな感じなのか?」

「おう。お前らのダチが嘲笑われるとこなんかを見せるつもりはなかったんだがな……」

 

 前よりも忌々しげな光黄の問いに、セトも盛大な溜息を吐いた。だって、本当に、この悪趣味な創界神はお呼びでなかったのだ。

 

「あのっ、違うんです……! 私は、本当に、キラーさんの超え方がわからなかっただけで……」

 

 罪悪感で、ディオニュソスの使い手であるはずのマミまで取り乱している。キラーに「全力で来い」と背中を押され、それに応えると啖呵を切ったのに、自分まで掌の上で踊らされてこの様だ。他者を思いやりすぎて、自罰的なきらいがあるマミ自身も、不甲斐なさでやりきれなかった。

 

「……ああ、わかっている。目黒、お前はよく頑張っていたぞ」

 

 フィールドの外、ガイがマミのほうをしっかりと見て、そっと慰める。今の彼には、フィールドに押し入りかけたセトの心情がよくわかる気がした。

 

『ハッ、なるほどな……だから、使い手まで泳がせて、わざとターン数を稼ぐような真似をしたわけか』

 

 一周回って、キラーの相槌も気の抜けたものになっている。もちろん、ある種の舐めプレイと言える行為に憤りも覚えている。が、キラーが浮上したのは、相性最悪で性根も最悪な創界神と言葉を交わすためではないのだ。

 

『ミナト、お前は相変わらずよくやったじゃねぇか。ここまで追い詰めといて、しょげた顔するんじゃねぇ。屈辱は、この俺様が一緒に背負ってやらぁ』

 

 まずは、あと一歩にところまでマミを追い詰めた相棒へ声をかける。

 不意に慰められて、ミナトは思わず「……え?」と間の抜けた声を出してしまった。だって、あの、傲慢で我儘な相棒が──

 

『ッ……!? きっ、キラー……貴方、いつから使い手の気遣いなんてできるようになったんですか…………!?』

 

 ギャラリーのライトが、ミナトの気持ちを代弁してくれた。ミナトとしては「そんな率直に言っていいものなのか!?」という気持ちがあるのだが。

 

『そんなんじゃねぇよ! 負けを認めるにしても、負け様ってモンがあるだろうがッ!! 俺様だって、負けから逃げないために、わざわざあの糞野郎の前に立ってやってんだ! だから──』

 

 キラーは、大きな口を笑みの形にして、へっと笑った。

 

『お前も、最後くらい、いつもみたいにふてぶてしく笑いやがれ!! 「誰がお前なんかの思い通りになるかバーカ!」ってなぁ!!』

「ちょっと待てキラー!? 俺のことどんなやつだと思ってんだよ!?」

 

 いきなり貶されたようで、だが、あまりにも得意げに、にやりと笑って言ってのけた相棒に釣られて、ついぷっと笑ってしまう。

 

「……でも、そうだな。誰が何と言おうと、俺たちが笑ってりゃ、ハッピーエンドだ」

 

 感情に呑まれたら負け。ずっと、キラーにそう言い続けてきたのだ。今ここで自分が呑まれたら、精神的にも敗北を喫することになる。

 前を向いて、傲慢で自信満々な相棒に倣って、にかっと笑う。散々自分たちを弄んでくれた神に「ざまあみろ」と言い放つように。逆に、自分たちの気持ちを慮りながら、最後には正真正銘の全力をぶつけてくれた少女に「大丈夫」と語りかけるように。

 

「ハッ、そういうこった。

 ほら、お前も! 便宜上の味方にまで泳がされて、それでも最後にはこの俺様を破ったんだぞ!? もっと誇りやがれ!!」

「私も、ですか……!?」

 

 キラーは、俯いていたマミにも喝を入れる。マミは、すっかり怒られるのではないかと思っていたようで、びくっと身震いした。

 だが、キラーからすれば、彼女は今日初めて【潜水】の能力を目にして、最後の最後で最適解を掴み取り、龍王の守りを突破したのだ。それも、自分の力だけで。己の実力に誇りを持っているからこそ、キラーとしては、自身を打ち破った強者に誇ってもらわないと困る……というか、こんなに強い自分を破ったのだから「海牙龍王とあろう強者に勝利したのだ」と喜ぶのは当然のことだと思ってすらいる。

 

 だから、マミの反応に、はぁ〜〜と盛大に呆れ果てて、

 

「全力で来いと言ったのは俺様で、それに応えて、お前は最後まで考えて、戦い抜いた。そこに負い目を感じることなんざねぇんだよ」

 

 それはもう「喜べ」という圧を感じさせるほどの物言いだった。

 マミも、そこまで言われたらもう、喜ぶしかない。

 

「……そう、ですね。たしかに、私、最後にキラーさんを超えることができて、すごく嬉しかったです……!」

 

 観念したように浮かべた笑顔は、とても晴れやかだ。それも、作り笑顔なんかではなく、客に喜んでもらえた時に見せるような、自然なものだ。

 

 ミナトも、最後にマミが笑って終われてよかったと、心から思う。負けたのは自分なのに、胸を撫で下ろしているのは、やや不思議な感覚だ。

 

「おや、やけに潔いじゃないか。お前は、駄々っ子のように振る舞っている時のほうが魅力的なんだけどなァ」

 

 期待に反して潔く負けを認めたキラーを見て、ディオニュソスは興醒めだと言うように微苦笑した。なお、「駄々っ子」と、キラーを子供扱いするような言葉を選んでいる辺り、彼で遊ぶのをやめたわけではないようである。

 

『俺様にも、こんなの予想つかねぇよ。まさか、ここまで舐められて、そのうえ煽られて、何もできないのに、全く苛つかねぇなんてな』

 

 正直なところ、キラー自身も不思議なくらいだった。ここまで自身の無力さを突きつけられて、それなのに、いつもの誇りを保っていられるとは。

 

(あいつ……たしか、あの美味い飯を食わせる店のやつだったか?)

 

 だが、なんとなく、この清々しさの理由に見当はついていた。何せ、自分たちを「お客様」として扱うマミに、彼女の全力を注文したのは、他ならぬキラーなのだから。

 その結果が、今の完封、そして敗北。これらは、彼女が誠意を以て注文に応えた証拠。注文どおりのものを出されて、文句を言う理由はない。

 

『……ま、いいか。ミナト、さすがに、もう覚悟はできてるよな?』

 

 上辺だけでなく、心の底から敗北を認めたキラーは、ミナトへ終わりを促した。

 

「ああ、もちろんだ!」

 

 あのキラーが敗北を受け入れているなら、もう肩肘張る必要はないだろう。ミナトは心の緊張を解き、来るべき痛みに身構えた。すぐ近くまで迫っていたカヴァリエーレ・バッカスを見上げる。目を合わせようにも、顔は見えないし、そもそも何を考えているかもいまいちわからない化神なのだが、それはそれとして。

 

「──ライフで受ける!!」

(ライフ:1s→0)

 

 カヴァリエーレ・バッカスの三刀流、そのうち二振りが、ミナトの魂のコア(ソウルコア)ごと、残りのライフを両断した。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。本当にありがとうございます……!(約45000文字)

 入れたかったもの全部詰め込んだら、こうなりました。嘘です。本当は酒蔵神殿のぶどうを欲しがるグリードッグさんのシーンも入れたかったのですが、カットしました。

 第2回戦は、デッキ0枚というギリギリの状況で、マミの勝利で終わりました。競っているわけではないけど、これで1対1。最後のバトルはどちらが制するのか、乞うご期待です!


 では、ここで、ブラストさんが作成された[海牙龍王キラーバイザーク]のテキストを公開致します。原作からの抜粋です。


海牙龍王キラーバイザーク コスト8(4) 青
系統:海首、罪竜
Lv.1(1)BP9000、Lv.2(3)BP12000、Lv.3(4)BP16000。

Lv.1、Lv.2、Lv.3 フラッシュ:【潜水(ダイビング)
このスピリットと、このスピリット上のコアを全てデッキの横に置く。この効果でデッキの横に置かれたコアは一切の効果で使用できず、この効果はターンに1度しか使用できない。

Lv.1、Lv.2、Lv.3 フラッシュ
デッキの横に置かれたこのカードを元の状態でフィールドに戻す。

Lv.2、Lv.3 『このスピリットのバトル終了時』
このスピリットを回復状態にする事ができ、そうした場合、このスピリットの【潜水】の効果を発揮する。


 彼の固有の能力は【潜水(ダイビング)】。
 なんと、フラッシュでフィールドの外に離脱してしまうという、掟破りな効果です!
 デッキの横を使うカードといえば、禁止カードの[ルナティックシール]等が挙げられますが、スピリットカード自身がフィールドの外へ出てしまうというのは前代未聞でしょう。耐性貫通効果を持っているカードだろうと対象にとることができないのが、また強いですね。

 Lv2からの効果は、バトル終了時に回復し【潜水】を発揮するという効果。発揮させれば、連続アタックだってできてしまうので、攻防一体なカードと言えるでしょう。

 今回は、Lv1からの効果のみを使用しましたが、それだけでも、ディオニュソスの【神技:6】を回避してブロックを成立させたり、カヴァリエーレ・バッカスの【冥界放:3】の効果からコアを守ったり、防御で大活躍!
【潜水】を使った防御も、それをどう破るかどうかも、考えていてすごく楽しかったです!

 さて、次回の3回戦で、コラボ回の3番勝負も最後。
 対戦するのは光黄さんとガイ。そして、烈我さんと絵瑠さんは、彼らと合流できるのか。いずれも、楽しみにしていただけると幸いです。

 では、また次のお話でお会いしましょう。


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第17話 特別編1-6 幕間:龍、飛翔する時

 お久しぶりです、LoBrisです。長き眠り(2ヶ月超)から覚めました。

 今回は、少し予定が変更となりまして、コラボの続きのバトルなし回。長らく出番のなかった主人公が、ついに登場します。
 ブラストさんが7guilt側で書いてくださったコラボ回の内容にもがっつり触れていますので、先にそちらを読んでおくと、ニヤリとできるかもしれません。


 ミナトとマミがバトルを終えたのと同じ頃。

 

「……着いたぁっ! ホルス、大丈夫か?」

 

 島でいちばん高い山──といっても、山にしては低めの標高で、ハイキング感覚で登りにいける高さだが──の頂上に到達した青年がひとり。

 

「はぁ、はぁ……大丈夫、じゃないな。飛ばずに徒歩で山に登るのなんて初めてだから、足腰が……」

 

 否、ふたり。

 一足先に頂上の辿り着いたツバサに、遅れてやってきたホルス。ゴールデンウィークの初日から、彼らは山登りをしていたのである。

 だが、本来なら飛行できる身であるホルスは「自分の“足で”山に登る」ということ自体が初めてだった。そのうえ、今の身体は、まだ使い慣れていない“人間としての”肉体だ。慣れていないことだらけで、すっかりへばっている。

 

「ああ、思ったより体力ないなぁ、と思ったらそういう……ごめん。俺が慣れてるからって、つい飛ばしちゃったよ」

「いや、最初についていきたいって言ったのはオレだからな。気にしないでくれ」

 

 配慮の至らなさを謝るツバサ。だが、同行はホルスから申し出たものだったようで、彼は自嘲するような苦笑を浮かべた。

 

「それにしても、お前って意外と体力あるんだな。ネガティブだし、常にぐったりしてるイメージだったから、もっとひ弱なものかと」

 

 が、ホルスの口から明かされるツバサへの偏見は、なかなかにひどいものだった。本人は褒め言葉のつもりなのだろうが、

 

「えっ、俺ホルスにどんな偏見持たれてるんだ? というか、誰のせいでぐったりしてると思ってるんだ?」

 

 さすがにツバサも、これには苦言を呈している。ホルスは「だって、一部はセトやディオニュソスのせいでもあるし……」と零すが、「そいつらに絡まれる原因作ったのはどこの誰だ?」という追撃に、すいーっと目を逸らした。

 

「……ほら、俺って昔から動物や植物が好きだからさ。昔から、割と頻繁に、こういうハイキングとかバードウォッチングとかで出かけてたんだよ。夏休みとかには、自然博物館とか水族館とかにも出かけたし」

 

 そう語るツバサの表情は柔らかく、少し楽しげだった。ネガティブで、年不相応に枯れているように見える彼も、好きなことには熱くなれるんだなと、ホルスにも安堵のような感情が湧いてきた。珍しく活き活きとしたツバサの様子は、見ていて微笑ましい。

 

「……で、たしか、今回は、頂上に生えてる大樹の観察、だっけ?」

 

 楽しそうなツバサを見て、ホルスは今日の目的を思い出した。口にして、あらためて、生物に対する情熱だけは桁違いだなと実感させられる。あんなにバトルを嫌がっているのに、木1本を観察するためだけに、短くない山道を登っていったのだ。

 

「ああ。一見普通の大樹だけど、実はすごく昔からある木で。この前、図書室の郷土資料の本で見かけたから、一度見に行きたかったんだ」

 

 前方へ向き直るツバサの視線の先には、緑の茂った大樹が聳えている。ホルスに、この世界の木々のことはよくわからないが、幹の太さ、地面に広がる根、木陰の広さから、大きな存在感を感じた。

 

「あっ、根っこは絶対に踏むなよ?」とホルスへ告げると、ツバサはその場に座り込んだ。木の幹との距離は空いているが、これも彼の言うとおり、踏圧で樹木を傷つけないようにするためだろう。

 

 

 持参したスケッチブックを開き、鉛筆で観察した木を見たままに描いていく。サイズが大きいだけあって、全体の輪郭を捉えるだけでも、そこそこ時間がかかった。ツバサからすれば、それでこそ見応えも描き甲斐もあるというもの。2Bの筆を握る手の動きは軽やかだった。

 

 木の幹の下書きを終え、枝葉へと視線を移す。眼前に立つ大樹は、その高さもかなりのもので、全容を捉えようとすると青空が視界に入った。

 

(こういうのをやりたかったんだよなぁ。空気がきれいで、自然に囲まれた場所で、気が済むまでスケッチして)

 

 やっとこの島でやりたいことができて、ツバサの気分も、見上げた空のように晴れ晴れとしていた。やはり、血湧き肉躍るバトルなんかよりも、こうしてゆっくり自然と向き合っているほうが性に合う。変な人や神に絡まれないし、痛くもない。そんな当たり前であったはずの日々を、ずっと望んでいたのだ。

 

(こんな日が、これからも続いてくれたらいいんだけどな……)

 

 平和の象徴たる青空を見上げ、ぽつりと願う。

 

「ツバサ、あそこを見ろ! ドラゴンが飛んでいるぞ!!」

 

 なお、その願いは、即座に打ち砕かれたの模様。ホルスの声に、「んあぁ……、もうやだぁ……」と唸る。ドラゴンなんて、にわかに信じがたいけれど。実際、巨大な影がツバサの真下へ落とされているのだ。

 ここは、創界神もスピリットも皆が実体化できる場所。もはや、何が起きても驚きより呆れのほうが勝る程度には、ツバサもこの島に毒されていた。

 

 

 

 それは、数分前のこと。

 その時はまだ、空にドラゴンの巨影など存在しなかった。ただ、

 

「ぎゃあああああああっ!? 何なんだよ何なんだよ!? 空から真っ逆さまに落ちるなんて、そんなの今までぎゃああああああ!?」

「烈我、とりあえず落ち着け! ここで焦ったらうわあああああああん! 私まだ死にたくないいいいいいいいぃっ!」

『お前ら情けねぇ声出してんじゃねぇッ! ったく、何なんだこれは……!? ヘルの野郎、帰ったら覚悟しとけッ……!』

『全員うるさいッ! いいから黙れ!!』

 

 異世界からの闖入者が、重力のされるがままにされ、空から山頂へ向かって落下していた。

 天上烈我と式音絵瑠。そして、彼らのパートナーである七罪竜、バジュラとシュオン。

 

 尤も、やや感情的になりがちな烈我と絵瑠、“憤怒”の罪を冠するとおり、非常に怒りっぽいバジュラは、とっくに冷静さを失っている。悲鳴と怒声を上げる彼らへ、まだ冷静さを保っているシュオンが一喝するも、やはり2人と1体の大声に勝る声量を1体で出すのは不可能だったようだ。動転しきった彼らに、シュオンの声は聞こえない。

 

(チッ……ここで落ちたら困るのはお前らなのに、どうしてこうなんだよ……)

 

 怒りを通り越して、いっそ呆れてくる。

 使い手である絵瑠、そして彼女の友である烈我は人間だ。翼もなければ、空などちっとも飛べない。バジュラも、地上に棲まうような恐竜の姿をしており、飛行能力を持っていない。バジュラはともかく、人間である2人は、この勢いで地面に叩きつけられてしまえば、ひとたまりもないだろう。

 一方、シュオンには、歪な形をした翼がある。地面に近づいた適当なタイミングで、飛行すればいい。

 

(…………そうだ。別に、あいつらがどうなろうと、俺には関係ない)

 

 そう思い至って、シュオンははっとした。地面に着くタイミングを見計らわなければならないのに、反射的に、使い手たちの顔がある上方を向いてしまった。

 何かがおかしい。体が言うことを聞いてくれない。身体から自由を奪われる感覚は、全くないはずなのに。

 

(くそっ……なぜだ…………!)

 

 ドラゴン特有の鋭い牙で、唇を噛む。七罪竜は皆「自分がいちばん強い」と思っているし、シュオンは中でも傲岸不遜な部類だ。自分の身体が思い通りにならないことへ、苛立ちが募って──いや、違う。本当にシュオンの胸を満たしているのは、

 

(どうして、俺はあいつらのことなんか気にかけているんだ……!?)

 

 使い手たちはどうなってもいい。そう思い至ったはずなのに、未だ彼らのほうを向いたことへの、疑問と困惑。断ち切れない焦りが加速して、わけがわからない。

 当然、胸中から外へ出ない疑問へ、与えられる答えもない。代わりにシュオンへ訪れたのは、心地良い変容だった。胸を満たしていた疑問が、困惑が、焦燥が、何かに変わっていく。

 

(なんだ、これは……? なんで、こんな時に力が…………ッ!?)

 

 歪な黒翼が、晴天を覆った。

 

 

 

「おーい! 誰だかわからないけど、こっち! こっちですよー!!」

 

 ツバサは、空を飛ぶドラゴンの影へ呼びかけた。彼らが着地するべき場所に立って、上げた両手を大きく振る。

 

「お前、そういうことするキャラだったか?」

 

 ネガティブな使い手にしては、明らかに面倒臭そうな事物に対しても積極的に見える行為。記憶の中のツバサなら、一目散に逃げようとするはずだが──ホルスは訝しんだ。

 

「ホルス、お前は何もわかってないな」

「えっ、なんかいきなり貶された気がするんだけど」

 

 使い手の異変を疑うホルスへ、ツバサにしては妙に目線の高い台詞が投げかけられる。豹変、とまではいかずとも、いきなりネガティブでなくなったように見えて、ホルスの調子は狂っていた。少々失礼ともとれる台詞に、怒る気も湧かなかった。

 

「あんなデカブツドラゴンに、歴史ある木の根っこを踏ませたら、踏圧で傷つくどころじゃ済まないだろ!!」

 

 が、その一言で、ホルスはすべてに納得がいった。なるほど、ツバサが助けたかったのはドラゴンではなく、大樹のほうだったのだ。

 

「これだけ長生きしている木なんだ。きっと、この島がかつて戦火に見舞われた時さえも、必死で生き延びてきた! 今も、手入れしてくれる住民がいるって、本にも書いてあった! そんな、皆の愛の結晶を! どこの誰かもわからないぽっと出ドラゴンに踏み荒らされてたまるかッ!!」

 

 一見すれば、怒りの方向が少しズレているように見えるかもしれない。だが、ツバサは本気で大真面目だ。彼は「足掻いても変わらない状況でスピリットを傷つけるくらいなら」と、素直に最後のライフで受けるほど、爪鳥に対して優しかった。きっと、他の動植物に対しても同様で、傷ついてほしくないのだろう。

 ホルスにも、ツバサが激昂している理由が理解できた。創界神にとって、自らの統べる世界が歩んできた歴史は非常に重要だ。ホルスに関しては、自分や眷属たちで育んできた世界を踏み躙られたことがあるから、なおのことツバサの気持ちに共感できた。守りたいものが「世界」から「木」に変わっただけ。今のツバサは、創界神としての自分と同じなのだと。

 

 

 

 そして、空では。

 期せずして飛翔した黒竜の背で、彼に救われた2人の少年少女が、ツバサの声を受け取っていた。

 

「なぁ、シュオン。あっちの方で、誰かが呼んでるぞ」

 

 いきなりのことで、未だシュオンの背中にしがみついていた絵瑠が、パートナーへと声を掛ける。

 

『何だ? この世界で、俺たちを知っているやつがいるとは考え難いのだが……まさか、罠か?』

「うーん、たしかに『誰だかわからないけど』って言ってたはずだから大丈夫かと思ってたけど……罠、って考えはなかったな。どうしよう…………?」

 

 だが、彼らの中では今、見知らぬ世界にいることになっている。それも、確かな実力を持った仲間たちが消息を断った場所へ向かっているところだ。七罪竜が追われる身である以上、警戒心を緩めるわけにはいかなかった。

 

『絵瑠、お前は少し、他者を信じすぎるきらいがある。俺を使い続けるなら、足元を掬われないように気をつけろよ』

 

 忠告したシュオンの顔には、自嘲の笑みが浮かんでいた。他ならぬ自分自身が、そんな絵瑠の甘さに漬け込んでいるのに。どの口で、何を口走っているのだか。

 本来のサイズにまで巨大化し、正面を向いて飛んでいるシュオンの顔は、絵瑠に見えていない。だから、

 

「はは、そうだな……ありがとう、シュオン。気をつけるよ」

 

 彼女は何の疑いもなく、シュオンの言葉に頷いた。あまりにも素直な態度に、シュオンも「うっ……」と言葉に詰まっている。

 

 一方、同じ背中の上に乗っている烈我は、

 

「……でも、あの声、なんだか聞き覚えがあったんだよな」

 

 絵瑠が聞いたであろう声について、思案していた。あの呼び声を聞いて、なぜだか安心している自分がいる。ここは、見知らぬ世界であるはずなのに。

 

『奇遇だな……実は、俺もだ』

 

 しかし、烈我の呟きに、バジュラも同意を示している。怒りっぽい彼は、声を聞いてからずっとモヤモヤしていて、イライラしてもいた。喉まで出かかっている、とまではいかないが、何かが引っ掛かっている。けれど、はっきりとしない。

 

「一体何なんだ……? 光黄のでも、ミナトのでも、星七のでもない。他の七罪竜のでもない、はずなんだけどな……」

 

 烈我が考え込んでいると、バジュラがもそもそと歩み出そた。端の方まで歩いて、声の聞こえる方向を見下ろす。今はサイズの小さな彼が地上の方向を覗き込むと、どうも崖っぷちに立っているように見える。

 

「おい、バジュラ! そんな端まで行くと危ないぞ!」

 

 それを見兼ねて、烈我もバジュラへ声を掛けた。バジュラには、ライトやシュオンのような飛行能力がない。万が一にも落ちてしまえば、せっかく命拾いしたというのに大惨事だ。

 バジュラは返事をしない。代わりに、神妙な面持ちで眼下に広がる世界を眺めている。ふと、何かを思い立ったように、すぅと息を吸うと、

 

『おい、テメー! どこも誰かを知らんが、コソコソしてないで名を名乗りやがれッ!!』

 

 頂点にまで達した憤怒を、高らかに吠え立てた。彼渾身の怒声はドスがきいていて、烈我や絵瑠でさえ、思わず竦み上がってしまいそうになった。

 

「えぇっ……!? バジュラ、いきなり何を言って……」

『名前を聞けば、何か思い出せるかもしれないだろうが! 名乗らないなら怪しいやつ! 名乗ったら怪しくねぇやつ! 名乗ったうえで罪狩猟団(デッドリーハンターズ)の連中だったらただの馬鹿か、自信を伴ってる強者だから退却! それでいいだろ!』

 

 短気なバジュラは、あまりにも単純な手段で、呼び声の主を探りに出た。わかりそうでわからないなら、相手に直接問えばいいのだ、と。

 

『いや、いきなりどこの誰だかわからないドラゴンに名前を名乗るやつがいるわけ──』

 

 シュオンが呆れて溜息を吐いた、その瞬間だった。

 

「ちっ、千鳥ツバサ! 16歳! 趣味はバードウォッチングです! 食べないでくださいっ!!」

 

 やけに焦った、というか完全に動転しきって震えた声で、名乗りを上げる声が返ってきた。ご丁寧に、年齢と趣味の情報までセットである。正直、要らない。

 

『……おい、バジュラ。あれ、俺が詰問したと勘違いされてないか?』

『だってお前、最初は相棒の欲望を喰らおうとしてただろ?』

『いや、だからって、俺にも見境くらいあるわ』

 

「食べないでください」という声に、シュオンは自分が冤罪を着せられていると悟る。たしかに、かつては絵瑠に取り憑いて、彼女の欲望を喰らおうとしたし、今や彼の影響で美食家となった彼だが、さすがに「人肉はちょっと……」というのが本音である。

 

『けど、まあ、あいつは安全なんじゃないのか? 名乗れと言われて、大声で趣味の情報までセットでつけてくるなんて、よっぽどのチキンで動転したか、ある意味やべーやつかの2択だろ』

 

 シュオンの分析に、絵瑠が「よかった……」と胸を撫で下ろした。「ある意味やべーやつ」のほうだったらどうなのだろうか、と懸念しないのだろうか。呑気なパートナーに、シュオンは微苦笑した。

 

 だが、その心配はなさそうだ。

 

「ちどり、ツバサ……ツバサ…………?」

『チキン……チキン…………?』

 

 烈我とバジュラの脳内で、ぼんやりと浮かんでいた像が、はっきりと形を現した。

 たしか、あれはどうしようもなく暇だった日、バジュラが「異世界のリゾート地へ行こう」と提案し、行った先で起きたこと──

 

 

 

「……なぁ、ツバサ」

「なんだよぉ……俺、もう疲れたよぉ……」

「えっ、退行? まさか退行してる……?」

 

 一方、山頂にて。

 頭を抱えたツバサへ、ホルスがそっと声を掛ける。が、彼が使い手を気遣ってやった時には、もう手遅れで──ツバサは、若干退行したようにも聞こえる声を発していた。

 

「いや、でもさ……年齢と趣味の情報、要らなかったよな?」

 

 声を掛けてもだめだったので、ホルスは追い打ちを掛けてみた。すると、ツバサの口から「っ!」と、前よりは張りのある声が出てくる。

 

「何も言うな、わかっているから……

 あぁ、俺が何をしたって言うんだ……俺は、やっと今日こそ、平和にハイキングができると思っていたのに……こんなのあんまりだ…………!」

 

 なんとか、年頃の男子らしい口振りは戻ってきたようだ。顔はくたびれたままで、先程からぶつぶつとうわ言ばかり言っている始末である。根っから気弱なツバサが、いきなりドラゴンに名前を名乗れと吠えられて、怯えないはずがなかったのである。

 

「うん、うん。ちゃんと答えられただけ頑張ったよ、お前は」

 

 それでも、きちんと名乗ることはできたのだ。ホルスは、使い手を労って、肩に手をぽんと置いた。

 

 再び静まる山頂。木の葉のざわめきが強くなったのは、その1分ほど後であった。

 風を切る羽ばたきの音と共に、山頂へ黒いドラゴンが降りてくる。歪な形をした翼は、たしかに、先程空を舞っていたドラゴンに違いない。彼に恐喝されたと思っているツバサは、すっかり怯えて、適当な木の幹の後ろに隠れてしまっている。木を守ろうとしていた時の激しさはどこへ行ったのやら。

 

 平和な島には不似合いな姿をした黒竜を前に、ホルスは毅然としていた。ツバサを守るように前へ出て、黒竜と相対する。

 

「お前たちは何者だ? このまま、ソウルコアの結界の外でスピリットを出し続けるなら、オレも黙ってはいないが」

 

 黒竜へ警告する、凛とした、威圧的な声。敵意の滲む瞳。穏健派なホルスが滅多に見せない臨戦態勢だ。ツバサは、木の幹の後ろで、ヒヤヒヤしながら事態を見守っていた。

 

 竜の背中から降りてきたのは、赤い髪の青年。彼の姿を見留めても、ホルスの表情は変わらなかった。

 

 

 

(嘘だろ!? あんな事件があったのに、覚えてないのかよ!?)

 

 烈我の姿を見ても、ホルスは敵意を見せたままだ。烈我の中では、ツバサとホルスと共闘した思い出が、深く記憶に刻まれているというのに。

 

「なぁ、覚えてないのかよ! 俺は天上烈我! 前に、お前とも一緒に戦ったはずだろ……ホルス!」

 

 せっかくの再会。知った顔に出会えて安心していたのに──けれど、落胆する気持ちを押しのけ、烈我は名乗りを上げた。たしかに、共に肩を並べたはずの創界神の名前を呼びかけて。

 

「烈我、知り合いなのか……?」

 

 呼びかけ続ける烈我のもとへ、絵瑠が駆け寄った。彼女は、この世界のことも、目の前の創界神、ホルスのことを知らない。そもそも、絵瑠は、烈我たちの中では最後に七罪竜を手にした使い手だ。自分が仲間に加わるまでのどこかで会った相手と思っているのだろう。相手の姿を知らないことに、気後れしているように見えた。

 

「ああ。俺とバジュラは前に、ふたりだけで、この世界に来たことがある」

 

 だから、この世界を知っているのは、自分たちだけ。光黄たちは何も知らない。言外から読み取れた事実に、絵瑠が胸を撫で下ろした。

 

 だが、

 

「えっ、マジ? てんじょう、れつが? …………どうしよう、例によって覚えてない」

 

 肝心のホルスが、烈我の名前を聞いてなお、首を傾げている。これでは説得力がない。

それにしても「例によって」というのはどういうことなのだろうか。創界神ホルスとあろう者がこれでいいのだろうか。

 

 思い出してもらえない烈我、思い出せないホルス。困り果てた両者の間へ、人影がひとつ駆け込んでくる。

 

「誰だかわからないけど、すみませんっ! こいつ、どうしようもない鳥頭なんです!!」

 

 突如駆けつけたそれは、頭を地面へ叩きつけそうなくらいの勢いで土下座。度が過ぎた腰の低さ、怯え具合。それらは、烈我が覚えている人物の特徴と完全に一致していた。

 

「ツバサ! やっぱりお前だったんだな…………って、ん? 今、『誰だかわからないけど』って……?」

「……あれ? 俺たち、どこかでお会いしたことある感じです…………?」

 

 が、駄目だった。ツバサもまた、烈我の顔を見て、気まずそうな顔をしている。指先で頬を掻きながら記憶を辿っているようだが、「うーん……」と唸るだけで、答えに辿り着く様子は見られない。この様子だと、おそらく待っている間に日が暮れる。

 

「力になれなくて悪いな。こいつ、人間にあんまり興味がないから……」

「いやいやいやいや!? 何『力になれなくて悪いな』って〆ようとしてるんだよ!? むしろここからが本題だぞ!? というか、人間に興味ないとかそういう問題なのか、これ……!?」

 

 申し訳なさそうに困り笑いを浮かべるホルス。それでも、烈我としては、まだまだ聞きたいことも、ツッコミ所も山ほどあるのだ。ここで会話を切り上げられては困る。が、相手がこちらを思い出してくれないことには、何も始まらない──

 

『……つまり、人間じゃないなら、覚えているはずなんだな?』

 

 手詰まりになった烈我を見兼ねて、バジュラがツバサとホルスのほうへ歩み出た。今の彼の体は小さいはずなのに、その足音は大きく感じられた。

 

『おい、チキン。まさか、俺を忘れたとは言わねぇだろうな?』

 

 容赦なく、土下座し正座した体勢のままのツバサを睨む。「チキン」と呼ばれたツバサは、その呼び名どおりというべきか「ひっ……!?」と小さな悲鳴をあげた。正座したままだから、後ずさりはできない──否、最初から後ずさりをする気はないのかもしれない。ぷるぷると震えながら、しかし、ツバサは、バジュラから視線を逸らさなかった。

 

「おっ、おう? いきなりそんなに見つめられると、ちょっと調子狂うな?」

 

 真っ直ぐな視線を受けて、バジュラの怒り顔が崩れる。おおかた、怖がられ、拒絶される心積もりでいたのだろう。思っても見ない手応えに、射止めるようなツバサの視線に、タジタジとしていた。

 

「ひっ、ごめんなさい……! でも、たしかに、俺たち、会ったことあるみたいですね……」

 

 バジュラの一言だけで、びくりと身震いするツバサ。だが、青ざめていた顔が、健康的な肌色を取り戻している。

「たしかに、俺たち、会ったことある」──その言葉に、バジュラも少し嬉しそうだった。「おう! ようやく思い出せたか!」と興奮気味に答えを促し、ニヤリと破顔一笑。

 

「気づかなくて、本当にすみません! 烈我さん、バジュラさん……!!」

 

 

 

 ツバサにだって、にわかに信じられなかった。何せ、もう会うことはないと思っていた異世界からの来訪者が、眼の前にいるのである。

 たしか、あの時は、烈我たちと同時に、創界神を狙う者が2人も来ていた。ツバサのもとには、ホルスを狙った自称「怪盗」の予告状が届いて──他の創界神も警戒態勢を敷いていたところ、たまたま、同じく見ない顔であった烈我とバジュラに出会ったのだ。

 

 うっかり忘れかけていたけれど、バジュラの声と姿で、記憶に覆い被さっていた霧が晴れていくような気がした。彼は怒りっぽいから怖いけれど、臆病な自分へ喝を入れてくれた時の熱さと気持ち良さも、未だ胸に焼きついている。

 

「まさか、お前たちとまた会う日が来るなんてな! 元気してたか?」

 

 お世辞にも対人コミュニケーションが得意とはいえないツバサに代わり、ホルスが烈我たちと談笑している。ツバサは「お前だってすっかり忘れていたよな?」という本音をぐっと呑み込んだ。

 

「ああ、俺たちは元気だぜ! そっちも変わりないようで何よりだよ」

『というか、本当に変わりなさすぎないか、そこのチキン……?』

 

 バジュラの指摘に、ツバサの口から「うっ」と嗚咽に似たような声が漏れる。返す言葉もない。

 

「……で、今回はどうしたんだ? 見たことない女の子とドラゴンまでいるみたいだが」

 

 ホルスが絵瑠の方へ視線をやる。創界神とあろう者に目を合わせられて、絵瑠は慌ててホルスへ向き直った。ぎこちない動作で、ぺこりとお辞儀。

 

「式音 絵瑠です。こっちは……なんかでっかくなってるけど、相棒のシュオン。ごめんなさい。私たち、特にシュオンを巨大化させるつもりはなかったんだけど……転移直後に墜落しそうになって、思わず」

「ああ、そんなに畏まらなくていいぞ。ここじゃあ、オレもほとんど人間と同じだからな」

 

 緊張した様子の絵瑠へ、ホルスが爽やかに笑いかけてみせる。彼から敵意が消え去っているのを感じた絵瑠は、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「それにしても、ふーん……落ちそうになってたところを、なぁ」

 

 ホルスは、絵瑠から、歪な翼を持つドラゴン──シュオンへ視線を移した。絵瑠への態度とは違い、じっくり観察するように、まじまじと見つめている。シュオンが「おい、あまりジロジロ見るな」と不満を垂れた。「悪い悪い」と苦笑するホルスへも、ジト目を向け続けている。その様は、さながら縄張りを侵した人間へ牙を剥こうとする竜にも見えた。

 

「お前、こう見えて優しいやつなんだな」

『ッ……!?』

 

 が、何気なく放たれたホルスの一言で、その竜は、口からではなく顔から火を噴き出した。せっかく見せた鋭い瞳も牙も、全部台無しだ。

 

「ああ。こんな見た目だけど、シュオンは優しいやつだぞ! 最初は私に取り憑いてきたりしたけど、今はバトルでも食べ歩きでも頼りになる、心強い仲間なんだ! こいつがいなかったら、私は今頃助かってなかっただろうし」

『おい、絵瑠……! たしかに、俺は戦いにおいては心強いだろうし、結果としてお前を助けたのだろうが……いや、待て。食べ歩き? 「食べ歩きでも頼りになる」とは一体どういう意味だ!? まるでわけがわからんぞ!?』

 

 巨大化してしまったシュオンを擁護する意図だったのだろう、絵瑠も胸を張ってシュオンの善性を力説している。夜の闇に溶け込んでしまいそうな体色もあり、七罪竜の中でも屈指の強面といえるシュオン。だが、使い手から純粋な好意をぶつけられて、その威厳は見る影もない。

 

『へぇー、仲良くやってるじゃねぇか』

 

 絶賛照れ隠し中のシュオンへ追い打ちをかけるように、ミニサイズのバジュラが、ニヤニヤしながら、ちょいちょいと足首の辺りをつついてきた。褒められているはずなのだが、シュオンからしたら、四面楚歌といえる状況に陥った気分だ。

 

『……ふん。どこの世界の者とも知れぬ有象無象に拾われるくらいなら、まだ今の使い手のほうがマシだったというだけだ。勘違いするな』

 

 シュオンは、観念したように盛大な溜息を吐いた。

 

 さすがにいたたまれなくまって、ツバサはこっそりシュオンへ近づく。

 

「シュオンさん、ですよね? こっちのホルスがすみません……」

 

 ぺこりと下げられ、再び上げられた顔は、たしかに申し訳なさそうで、「悪い悪い」と言いながらも爽やかな笑顔を浮かべていたホルスよりは、誠意を感じられる。

 

『……バジュラはお前のこと「チキン」と言っているようだが、俺はお前みたいなやつのほうがまだマシだと思うぞ』

「ありがとうございます……」

 

 木陰で苦笑し合う1人と1体の姿は、まさに「日陰者」と言えそうだ。

 

「……おっと、そうだ。結局、烈我たちに何があったか、だよな? わざわざ異世界まで、何の用もなしに来たわけじゃないだろう?」

「ああ。実は──」

 

 本題を思い出したホルスの問に、烈我はすべて正直に話した。光黄、ミナト、星七、そして彼らと共にある七罪竜の消息が絶たれたこと。その後、突然電波が復活して、この世界、この島にいることがわかったということ。そして、この世界に迷い込んだであろう仲間たちの安否を確認し、救い、元の世界に帰すために、再びこの島にやってきたということ。

 異世界に、信頼できる相手がいるというのは、存外心が安らぐものだ。共に戦ったホルスへ語る烈我の口振りからは、ふにゃりと力が抜けていた。

 

「……それは大変だな。ここは治安が良い場所だけど、この前みたいに敵もこっちに来ている可能性がある……」

 

 ホルスは、烈我の語る経緯に相槌を打つと「あっ」と言って表情を歪めた。

 

「あいつ、何かやらかしてないだろうな……」

 

 彼の脳裏を過ぎったのは、わざわざここまで足を運んできた「敵」を誑かし、敵味方問わず弄ぶだけ弄んだ酒神の姿。けれど、大局的に見れば、彼は「力を欲しがっていた者に与えてやった」だけで、以降はただただ敵と味方を言葉で弄んで愉しんでいただけなのである。だから、今日も、何食わぬ顔、というかニヤニヤしながら、誰かの感情を煽って手玉にとるような日常を謳歌しているわけで。お咎めなしに終わった憎き仇敵を思い出して、ホルスは溜息を吐いた。

 

「あいつって……ああ…………」

 

 ホルスの様子を察した烈我も、同じものを想起する。彼の記憶の中でも、あの創界神は悪い意味で異彩を放っていて「嫌な事件だったな……」という偽らざる本音が零れた。一部始終を知っているツバサも「あっ、ああ……」と消え入りそうな声を出している。

 

『おい……なんだかきな臭くなってきてないか?』

「なぁ、烈我。本当に大丈夫なのか、この世界?」

 

 暗雲立ち込めるような雰囲気に、シュオンが眉を顰めた。同じく、ここに来るのは初めてである絵瑠も、不安そうに、訝しげに、烈我をジトッと眺めている。

 だが、烈我は絵瑠とシュオンのほうをしっかり見て、迷わずに答えた。

 

「光黄たちなら大丈夫だ。あいつらは、あんなやつの言葉に乗せられないくらい、強いから」

 

 自分よりもずっと強くてしっかり者の光黄。チャラく見えて、実は誰よりも冷静に物事を見ているミナト。気弱なようで、年上の烈我たちと並び立って戦える根性と実力を持つ星七。行方知れずの仲間たちは、決して甘言に惑わされるような心を持ち合わせていない。

 

「そうか……なら、そうなんだろうな」

 

 烈我から感じ取れるのは、離れていても揺るがない、仲間たちへの信頼。ホルスは、静かに頷き、確信した。烈我なら、その仲間たちと必ず再会できるだろう、と。

 

「そもそも、普通は、あんな胡散臭さの権化みたいなやつの言うことをマジにしないよな……」

「ツバサ……やっぱりお前、言うときは結構言うタイプなんだな」

 

 晴れやかな空気は、ツバサの正論によって、台無しにされてしまったが。

 

 

 

 無事に転移も完了し、運良く協力者も見つかった。光黄たちが所持している転移機器との距離が縮まったことにより、発信機から、より詳細な位置情報が送られてくる。あとはそこへ向かうだけ、なのだが……

 

「……ここ、目黒先輩のいる居酒屋、違った、喫茶店だな」

 

 送られてきた位置情報を見たツバサが、苦虫を噛み潰したような顔になった。「居酒屋」と言いかけて、慌てて「喫茶店」と言い直す。ツバサだって、どう考えても居酒屋だと認識しているが、店主が「お洒落な喫茶店」を自称しているので、あれでも喫茶店なのだ。

 

「目黒先輩?」

「はい。烈我さんも、ちょっと顔を合わせたことがあると思うんですけど。その、インチキおじさん──ディオニュソスの使い手の」

 

 ツバサの懸念はそこだった。目黒先輩ことマミがいれば、きっと問題ないはずだ。が、最初に烈我がこの島に来た時の一件でも、ディオニュソスは、使い手の目を盗んで外を出歩き、異世界からの敵と接触していた。

 そこは、元来がネガティブなツバサのこと。穏やかではない予兆に、「うへぇ」と気の抜けた声が出る。

 

「インチキおじさん?」

「すみません。今の聞かなかったことにしてください」

 

 ついでに、うっかり、ツバサがディオニュソスに抱いた印象そのままのニックネームも、ぽろりと零れてしまっていた。烈我に聞き返され、慌てて撤回する。ツバサとしては、この呼び方はオフレコにしておきたいところなのだ。……彼の知らないところで、少し口の軽い幼馴染が、ディオニュソス本人にぶちかましていたけれど。

 

「……そうなると、うかうかしてられないな」

 

 この中で、最もディオニュソスから被害を受けた経験のあるホルスが、ぎりと唇を噛んだ。

 

「……なぁ、その、ディオニュソス? ってやつは、そんなにやばいやつ、なのか…………?」

 

 この島に来るのは初めての絵瑠が、蚊帳の外から、恐る恐る烈我たちに問いかける。

 

「『やばい』なんてレベルじゃねぇ。あいつは……一言で言うなら『外道』だ」

 

 表情も声色も険しく、ホルスが忌々しげに答えた。神世界で、当人から守るべき世界と理想を蹂躪された彼の言葉は、実感がこもっていて、ずっしりとした重みがある。

 

『……なぁ、本当にこの世界って平和なのか?』

「ああ! 平和だぞ! 住民の中に、若干1名、どうしようもない腐れ外道がいるだけで!!」

 

 シュオンの疑問を、ホルスが引き気味に否定した。あまりの勢いに、さしものシュオンも気圧されて「おっ、おう……」と相槌を打ってしまう。

 

『……いや待て。腐れ外道が存在する島を、平和とは言わんだろう』

「平和ったら平和なんだよ! 平和だったんだよ!! くそっ、あいつが顕現しさえしなければ…………!!」

『おう。つまり、今は平和じゃないというわけか』

「平和!!!」

『いや、そこで無理するな』

 

 それでもなお続くシュオンの質問によって、ホルスの現実逃避はボロを出した。それでもなお、ホルスが「平和」を主張したがる辺り、いかに彼がディオニュソスを忌々しく思っているのかが伺える。

 

「まあ、野生の動植物の観点からすれば、ヒトなんて、無限に行動半径を広げて環境を破壊する侵略者だし、俺も含めて人類皆外道だよな」

 

 ホルスを擁護するつもりがあるのやらないのやら、ツバサがぽつりと呟いた。

 

「勝手に外道にされた……」

「勝手に外道扱いされた……」

 

 人類である烈我と絵瑠は、気軽に放たれた話の大きさに、言い返す気すら起きなかった。ふたりして、呆然としている。

 

『いや、いきなりスケールをでかくするなや! なんで人類の話になってるんだ!?』

 

 現実逃避をするホルス、現実を見せようとするシュオン、いきなり主語を大きくしたツバサ、突然の主語拡大に呆然とする烈我と絵瑠。収拾がつかなくなった彼らを、バジュラが一喝した。

 

「ひっ、ごめんなさい! 独り言のつもりだったので……まさか聞かれてたなんて…………」

 

 バジュラが声をあげれば、チキンとさえ称されるツバサはこのとおりだ。彼でなくとも、“憤怒”の罪を冠するバジュラの怒声には迫力があって、再び全員に緊張感が取り戻される。

 

『つまり、あいつらは、あの胡散臭え野郎のところにいるってわけか……烈我の言うとおり、あいつらは簡単に誑かされるようなタマじゃないだろうが、ちょっと急いだほうがいいかもな』

 

 そこまで語って、バジュラは『うーん……』と唸りだした。唸るよりも前に吠え立てるような性格の彼にしては、少し珍しい。

 

『なぁ、ホルスとやら。俺の見立てが間違ってなければ、ここ────山の中だよな?』

「山の中というか、山頂だな」

 

 バジュラが唸っていたのは一瞬だった。ホルスから予想していた答えが返ってきて、彼はすぐに「ちくしょう!」と吠え、地団駄を踏んだ。

 

 光黄ら一行のもとへ向かうには、まず山を下る必要がある。居酒屋、もとい喫茶店は、そこからさらに距離の離れた場所にあって、徒歩で向かえば1時間はかかるだろう。個々の体力の問題もあるから、より長く時間を見積もったほうがよいかもしれない。

 七罪竜を連れている烈我たちが道中で誤解を招かないようにするために、ホルスとツバサがついてくる必要もある。自然観察のためなら、いくらでも歩く気力が湧くのだけれど──ツバサも、面倒臭さのあまり虚空を見つめていた。

 

「……普通に、夕暮れ時になるかもな」

 

 西の空で輝く太陽を見上げて、ホルスもぽつりと呟いた。

 

「くそっ! 早く光黄たちに会いたいのに、夕暮れ時かよ……!」

 

 烈我としても、気が気でない。大事な大事な仲間たちが、初恋の相手が、少々危険な香りのする場所にいるのだから。本当は、一刻も早く駆けつけたいくらいなのに。方法はそれしかないのだろうか。一同が諦念に包まれかけた、その時だった。

 

「──いや、待ってくれ」

 

 絵瑠の一言。真剣そうな声色が、だれかけていた男たちを叩いた。彼女の表情も張り詰めている。

 

「その前に……ホルスさん、だっけ? 貴方に、聞きたいことがあって」

 

 絵瑠にしては他人行儀で、神妙な態度。烈我とバジュラは顔を見合わせ、ホルスも「えっ、オレ?」と、彼女の質問に心当たりがない様子だ。

 

「はい。シュオンについてなんですけど……彼は、どうして大きくなったんですか? ホルスさんは何か知っているみたいですけど……シュオンに、何か異常とかないですよね? 大丈夫、だよな……?」

 

 烈我たちの世界やスピリッツエデンでは、いくら創世の七罪竜と言えど、バトルフィールドの外で本来の姿にはなれない。初めてこの世界に来る絵瑠にとっては、遠くにいる仲間のことはもちろん、突然本来の姿を現した相棒も心配だったのだ。一体シュオンの身に、何が起きてしまったのだろうか、と。二度も類似の問いを投げる絵瑠の姿と口振りは、明らかに焦っていた。

 

「……ああ、そうか。たしかに、初めてだと驚くよな。安心してくれ。きっと、何の異常もないぞ」

 

 絵瑠の問に、ホルスも納得が行ったようだ。こくりと頷き、そっと微笑みかける。

 

「ここは、カードやそれに準ずる触媒さえあれば、スピリットとアルティメットがいつでも実体化できてしまう──そういう島なんだ。シュオンってのも、意図せずその恩恵に預かっちまっただけだと思うぞ」

 

 さらに「これはオレの憶測に過ぎないけど」と付け加え、

 

「シュオンが巨大化したのは、墜落しそうになった絵瑠ちゃんたちを『助けたい』と思ったからじゃないのかな?」

 

 小首を傾げるホルス。同時に、どこかから「ぶっ!?」と噴き出すような声がした。

 

『待て待て待て! お前……ッ! 黙っていれば、次々と勝手なことを……!』

「あっ、気に障ったか? 悪い悪い……まあ、あくまで憶測だから、気にしないでくれ」

『創界神だとかなんだかは知らないが「憶測に過ぎないけど〜」って前置きしたからって、何を言ってもいいというわけではないからな!?』

 

 声の主はシュオン。必死にホルスへ異議を唱えるが、反省の色が薄い彼を見て、さらに精神を逆撫でされているように見える。

 

「シュオンさん、でしたっけ……? すみません。うちのホルスが…………」

『お前は悪くないけど、あの創界神、嫌いだな……』

 

 悪意もなければ罪悪感もないホルスに代わって、ツバサが頭を下げているから、なんとか怒りを抑えられているまであった。

 

「そうか……なら、よかった」

 

 ホルスの答えを聞いて、絵瑠は胸を撫で下ろした。ふぅ、と大きめの吐息が漏れる。

 

「シュオン、本当に、体調悪かったりとかしないんだな?」

『ああ。俺が、この程度の飛行でヘタれるとでも?』

 

 今度は、シュオン自身に不調の有無を尋ねる。先程までの困惑を取り繕うように、シュオンは不敵に笑い返した。不遜な彼らしい答えに、絵瑠も「そっか」と微笑する。

 

「じゃあ……もう一度、私たちを乗せてもらっていいかな? 光黄や星七、あと……ミナトのところまで」

 

 

 

「うええええええっ!? なんかめちゃくちゃ高く飛んでる!? なぁ、本当に大丈夫だよなこれ!?」

『うるせぇぞチキン! 男なら、空飛んだくらいでビビるんじゃねぇ!』

「だって、ドラゴンならともかく、ヒトは両手を広げたところでお空はちっとも飛べない生き物なんだぞ!? 無茶言わないでくれ!!」

 

 場面は大きく変わる。島の上空3000m。晴れやかな蒼穹に、翡翠の双翼が羽ばたき、歪な漆黒の翼が後に続く。

 ツバサは、前者──ゲイル・フェニックス・ホルスの背中に、四つん這いの姿勢でしがみついていた。そのビビりようを、後ろを飛ぶシュオンの背中に乗ったバジュラに叱られる。

 

 絵瑠が提案したのは、単純明快。実体化したシュオンに乗って、空から仲間たちのもとへ向かおう、ということだった。これなら、徒歩で山を下って移動するよりも、ずっと速く到着できるし、体力も消費しない。本来、バトルフィールドの外でスピリットを実体化させるのは、暗黙の了解で御法度とされていることだが、この場で彼らを抑止する立場にいるホルスは「『異世界人がこの島で行方不明』という事態が既にイレギュラーだから」と、これをあっさり了承した。

 ……尤も、ホルス本人は「お前はなんか乗せたくない」という拒絶を突きつけられ、ゲイル・フェニックス・ホルスに騎乗することになっているのだが。ホル=アクティはホルスの一人乗り用なので、ツバサを乗せるには、ゲイル・フェニックス・ホルスのほうが適任だったようだ。かの翡翠の不死鳥の背に乗って飛行──ツバサも、最初こそ胸をときめかせて提案を受け入れたが、正直に言うと後悔している。なぜなら、

 

「これ高度大丈夫だよな!? 神とドラゴンは知らないけど、ヒトの高度限界はだいたい3000mだからな!? まず、鳥とヒトとでは呼吸器からして作りが違うんだ!!」

 

 ツバサは、幼い頃から自然と親しんできた。だから、空を飛ぶ鳥たちとヒトの違いも把握している。鳥の中には、世界最高峰の山頂にまで及ぶほどの高空を飛ぶ種もいるけれど、そこはヒトから「デスゾーン」と称される場所。最悪の場合、死の淵を彷徨うことさえあるというのに──

 

「うん。それだけ叫べてるなら、大丈夫だと思うぞ」

 

 悠々とゲイル・フェニックス・ホルスを駆るホルスから、生暖かい視線を向けられた。

 烈我や絵瑠は、気軽に異世界を行ったり来たりするような冒険経験者だし、七罪竜を巡る争いも掻い潜ってきたのだろうから、このくらい怖くないのかもしれない。あるいは、虚構の世界のように、ドラゴンに乗って遥か高空を舞っても問題ないと思っているのかもしれない。だが、彼らにどんな事情があろうと、ツバサは人並み以上に動植物が大好きなだけの一般人だ。酸素が不足すれば普通に死ぬ。

 お陰で、今は「人の高度限界はだいたい3000メートル……」とうわ言のように繰り返している始末だ。

 

「……! なぁ、ホルス! あの赤いやつ……!」

 

 ふと、烈我が眼下に広がる景色を覗き、指を差した。こんな空高くから、よく下を向けるものだ。その度胸に、ツバサは感心した。自分は、遠近法で小さくなった島や、それを囲む青い海を見ただけで、ここから落下してしまった時のことを考えてしまうというのに。

 

「……あれは、バトルフィールド…………!」

 

 烈我が指差した「赤いやつ」とは、半透明な赤い半球状の結界。まさに、バトルフィールドを包み込むソウルコアの光であった。

 

 ホルスは唇を噛んだ。何せ、よりによって、そのバトルフィールドの在り処は居酒屋、もとい喫茶店の眼の前である。事件とタレと酒の匂いしかしないけれど「お洒落な喫茶店」を自称する、あの喫茶店である。

 

「シュオン! 悪いけど、ペースを上げてくれ!!」

「おい、ホルス! いきなり何言ってうわぁあああああああああああ……!!」

 

 後ろを飛ぶシュオンへ鬼気迫る声を掛けて、スピードを上げる。体を撫でる風も急に速くなり、今にも泣きそうなツバサの悲鳴が尾を引いていた。

 

「シュオン、俺たちも行こう!」

『あ、ああ。何があったかは知らんが、うだうだしている暇はないようだな……!』

 

 烈我にも背中を叩かれて、シュオンもより速く羽ばたく。

 

 ドラゴンの背に乗って飛ぶなんて、滅多にできない体験だろう。本当は、もう少しこの空を満喫したかったけれど、そんなことは言っていられない。焦燥に駆り立てられる気持ちを落ち着けるように、烈我は大きく深呼吸した。

 

「光黄……今、助けるからな…………!」

 

 目的地まで、あと少し。烈我は、ぎゅっと拳を握った。かつて守れなかった愛する人を「今度こそ守る」と、誓いを立てて。




※なお、ディオニュソスに関するアレコレは、9割くらい濡衣です。


 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 休止期間中、いろいろあって、結局書こうとしていたネタがどんどんお流れになったりもしましたが、なんとか気力を取り戻しました。やはり、一定数待ってくださる方がいるOtRには実家のような安心感がありますね。
 読者の皆さんには本当に助けられています。UAや感想のひとつひとつに、モチベーションをいただいています。ありがとうございます。

 さて、次回は3回勝負の3回戦! 残るは光黄さんとガイの対戦のみとなりました。このコラボもいよいよ大詰め。最後までしっかり書き上げたいと思います!

 では、また次のお話でお会いしましょう。


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第18話 特別編1-7 第3回戦前半:島を離れるその前に

 LoBrisです。
 前回から10日後の投稿となり、我ながらモチベが上がっているなぁと感じています。

 最初のお話から長らくおまたせしているコラボ編ですが、前々回で第2回戦が終わり、いよいよ第3回戦! 最後に残った光黄さんとガイのバトルとなります。

 また、今回、バトル前に若干の腐要素があります。恋愛ではないので必須タグの条件には該当しないのですが……
 苦手な方にはお手数をおかけしますが、読み飛ばすかブラウザバックを推奨します。

 最後に。前書きが長くなり申し訳ないのですが、第12話の前書きに追記した、一連のコラボ中の時系列について、こちらにも記載させていただきます。

 このコラボ編時点での時系列は、コラボしていただいている『バトルスピリッツ 7 -Guilt-』の第22話時点を想定しています。そのため、コラボ先の最新話とこちらのコラボとの情報が乖離しているところがあります。何卒ご了承ください。


 冥府神王の二刀流が、ミナトのライフ2点を斬りつける。通常のコアと、《封印》されたソウルコアが同時に両断された、フィールドへ仰向けに投げ出されたミナトは、

 

「いっっっっって〜〜〜〜!!」」

 

 激痛に、悲鳴を上げていた。

 ソウルコアは、謂わばバトラーの魂の一部が具現化したもの。つまり、魂を斬られて、身体全体を激痛が走っているのだ。

 

 過去にツバサとバトルし、そのことを知っているアンジュは「あっ……」と申し訳なさそうに零し、イシスも「あらら……」と苦笑していた。ガイも「忘れていた……」と呟いている。失念していたことを明らかにした使い手を尻目に、セトが「はぁ」と溜息を吐いた。自身が認めた人間たちには比較的甘いところのあるセトも、今回ばかりは、使い手を擁護する気もない模様だ。

 

「みっ、ミナトさん!? 大丈夫ですか!?」

 

 復帰したてのマミにも、《封印》したソウルコアを砕かれた際の痛みはわからない。意図せず“客”を傷つけてしまったのではないかと、慌ててミナトの元へ駆け寄る。

 

「ああ。俺は大丈夫。ありがとう、マミちゃん」

 

 ミナトの声には力がない。それほど痛かったのだろう。だが、マミに心配をかけまいと、微苦笑を作って無事を伝えた。「よかった……」と、マミの顔に安堵が浮かぶ。

 

「……立てますか?」

「うん。オーバーキルだったからだいぶきつかったけど、これくらいは耐えられなきゃ、男が廃るってものさ」

 

 と、言いかけて、ミナトは気づいてしまう。

 マミが、文字通り、手を貸そうとしていた。

 たしかに、彼女が出してきた手を支えにすれば、立ちやすいだろう。立ちやすい、のだが、

 

(えぇ……!? 既に思いを寄せてきてるかもしれない男を前に、マミちゃんの手を取れと!?)

 

 ミナトは、バトル前に起きたことを覚えている。謙遜するマミと、彼女の衣装を心底から褒めたら、なぜか四面楚歌になったことを。そんな中で、ただ一人、声は上げずにじっとこちらを見てきた、ガタイの良い男がいたことを。

 

「ミナトさん……?」

 

 動きを止めたミナトを案じて、マミが心配そうに首を傾げる。彼女は、下心のない善意から手を貸してやっているようだ。たしかに、ディオニュソスにフライパンを振りかぶったという話だったり、脳天目掛けてディオス=フリューゲルを刺そうとする等、多少人目を憚らない一面はありそうだ。

 さて、この厚意を無碍にして自力で起き上がるべきか、ありがたく受け取るか──

 

「あぁ、何でもないよ。ありがとう、マミちゃん」

 

 ミナトが選んだのは後者だった。厚意とかを抜きにしても、手伝いがあるのはありがたい。差し伸べられた手を取ろうと、手を伸ばす。下心はない。ないのに、

 

『こらぁああああああっ! そういうところだって何度も言ってるでしょうがッ! この女たらし!!』

 

 なぜか飛んできたライトが、ふたりの手と手の間に激突!

 手のひらにぶつかられた衝撃で態勢が崩れたミナトは、上がりかけた頭を地面に強くぶつけた。ただでさえ、最後に受けたライフダメージの激痛が残っているのに、頭部にさらなるダメージ。泣きっ面に蜂である。

 

「こらっ、ライト! お前、何をして……!?」

『止めないでください光黄様! この男は、絵瑠様という女性がありながら、マミ様の手を……!』

「気持ちはわからなくもないが、お前が言うなッ! どうせヤキモチ焼いてるだけだろうが!?」

 

 幸い、ライトはすぐさま光黄に回収された。が、光黄にも誤解されている気がする。ミナトはすべてを悟り、諦め、いっそ清々しい表情で天を仰いだ。

 

 

 それと同じ頃、

 

「さあて、あの子はどこかなァ?」

 

 ソウルコアの結界が解かれ、役者(スピリット)舞台装置(ネクサス)も掃けたバトルフィールドで、ディオニュソスは、舞台に残った主役を探していた。それはもう、心底愉しげな嘲笑を、瞳と口元に浮かべながら。

 

 が、彼は気づいていなかった。

 土を蹴る音。助走をつけて、目にも留まらぬ速さで近づく屈強な人影。結わえた青い髪を揺らしながら。

 

「なんでテメェがここにいやがるんだよッ!?」

 

 その者の名は、創界神セト。2m近い身長と極限まで発達した筋肉、恵まれた体格で、お呼びでない観劇者へタックルをぶちかます。ドガッ、という、明らかに人体から鳴ってはいけない類の音がした。

 ディオニュソスも、自ら戦うことをやめた身には不相応なくらいの筋肉がついているものの、生粋の拳闘士が相手では体力が劣る。加えて、基本的に酒浸りなので、筋肉の分解も早まりがちだ。さらに、出不精で運動量も少ないので、むしろあの筋肉量を保てているのが異常なのである。

 そういうわけで、セトの渾身のタックルによって、ディオニュソスは仰向けに押し倒されることとなった。

 

「っ……と。これはまた、随分と熱烈な挨拶じゃないか。そんなに我に会いたかったのかい?」

「逆だわボケ! 呼んでねぇのに、どっから湧いてきやがった!?」

「もう、水臭いなァ……こうして同じ所属になったのも、何かの縁だろう? お前とは、もっと仲良くなりたいんだけどなァ」

「断るッ! どうせ、お前の『仲良くなりたい』は『玩具にしたい』なんだろ!?」

「アハハハッ! さすがだねェ、セト。我のことをよくわかってくれている」

 

 ……尤も、タックルをかまされようが、ディオニュソスはいつもどおりなのだが。仰向けに倒れた態勢のまま、詰問するセトの苦く渋い表情を愉しんでいる。飛びかかってきた犬を撫でるかのように、セトの頬を指先で撫でてさえいた。

 

「「俺は何を見せられているんだ……」」

 

 光黄とミナトの声が重なった。体の自由が利く前者に至っては、星七の両目を手で隠しにいってさえいた。

 

「えっ……あの、光黄さん……?」

「悪い、星七。少しだけこうさせてくれ」

 

 眼の前が真っ暗になり、困惑する星七。彼には何がどうしてこうなっているのかわかっていないようで、その無垢さに、光黄は微苦笑した。

 

『心遣い、痛み入る……』

 

 前々からディオニュソスのことを「星七の教育に悪い輩」と認識していたエヴォルは、光黄へぺこりと頭を下げた。

 

 一方、

 

『ちっくしょお……次は絶対噛み殺してやるからなあの野r…………』

 

 ミニサイズに戻ったキラーが、ひょっこりと皆の輪の中に顔を出すと、

 

『俺様は何を見せられているんだ……』

 

 使い手と全く同じ反応を見せた。バトルフィールドでは、海上と海中を自在に行き来し躍動したキラーが、その場で固まっている。

 

「……セト、気持ちは大いにわかりますが、今は抑えてください。このままだと……その──」

 

 惨状を見兼ねたイシスがセトのほうへ歩み寄り、口添えする。このままでは、子供たちにとっていろいろとよろしくない。何より、彼女の使い手に至っては、

 

「──アンジュが腐ります」

 

 沈黙。

 最初に沈黙を破ったのは星七だ。「えっ、『腐る』って、どういうこと……?」とあたふたした声で。

 

「へっ!? イシスさん!? あたし全然そういう趣味はないけど!?」

 

 最初に沈黙を破ったのは、アンジュ本人だった。彼女には、イシスの言う「腐る」という言葉が、自身の性根に向けられたものではないとわかっている。これは、どちらかというと、自身の趣味嗜好などに向けられたもので──

 

「いや、あの顔は困惑とか驚愕というよりは関心でしたよね……? 完全に、顔の良い男同士の絡み合いに魅せられていましたよね…………?」

「待って待って皆まで言わないで!? あたしはせいぜい『ほーん、これが所謂BL……』と思ってただけで、魅了されてたわけではないから!!」

「興味を持っていることは否定しないのですね……!?」

「そっ、そういうイシスさんだって、『顔の良い』とか言ってるじゃん! まあ本当のことなんだけど!!」

「ッ! しまった、わたくしとしたことが……ッ!」

 

 事態は、だいぶ混沌としてきている。

 

『アンジュ様、腐っていらっしゃったのですか!? ……いえ、たとえアンジュ様が所謂『腐女子』であろうと、私は否定しませんとも!!』

「ライト君まで何言ってるのっ!?」

「えっ、なんでライトがそんな言葉知ってるの? ちょっと待って。光黄ちゃん、まさか…………!?」

「ミナト、断じて違うからな。というか、どこでそんな言葉覚えた、ライトっ!」

 

 ライトの一言で、疑惑の矛先が光黄にまで向いてしまった。もちろん、100%濡衣である。

 

「なッ!? 俺が!? こんなクソ野郎と!? び、びぃえっ!?」

 

 セトもセトで、あまりにもあまりな見方をされ、激昂を通り越して動転している。

 

「アハハハッ! どおりで、あんなに熱烈に出迎えてくれたんだ。それなら、もっと可愛がってあげないとねェ」

 

 対するディオニュソスは、ただでさえ妖しい笑みをより深めて、セトへ顔を近づけた。それだけに飽き足らず、指先をセトの頬から顎へ移し、くい、と軽く持ち上げる。普段のセトならば振り切れていただろうが、動転していた彼にはそれも叶わなかった。「あ"ぁ"!?」と反射的に汚い声を上げるも、視線と視線が合ってしまう。

 それにしてもこのディオニュソス、ノリノリである。彼は、神世界で狂気と悪意に満ちた本性を明かした時点で、非難の視線を向けられることにも吹っ切れているのだ。

 

「待てお前はなんでそんなに乗り気なんdオエッ、匂いきつっ!?」

 

 なお、顔同士が近づいたせいで、セトのほうがディオニュソスの呼気に滲む芳香に耐えきれなくなった模様。彼は、今にも吐き出してしまいそうな嗚咽を漏らしながら、近づいてきたディオニュソスを押しのけ突き放した。最初のタックルによって押し倒され仰向けの姿勢となっていたディオニュソスは、再び地面に後頭部をぶつける羽目になる。ゴン、と鈍い音がした。

 

「はぁ……いくら『他人の不幸が蜜の味』だからって、手段を選ばねぇのにも限度ってのがあるだろ」

 

 立ち上がったセトは、舌打ちと共に吐き捨てた。それからも「はー、キモ」「えっ、キモ」など、ブツブツとディオニュソスを罵っている。

 

「もう、照れちゃって。ふふっ……可愛いなァ、彼も」

 

 尤も、当のディオニュソスは、未だ気持ち悪さに囚われているセトを見て、愉悦に浸っているわけだが。

 

「…………」

 

 そんな彼の使い手であるマミは、一部始終を見て、わなわなと震えていた。顔は俯き気味で、目の下に陰ができている。

 

「……目黒、大丈夫か?」

 

 明らかに普通でない新入りを見兼ねて、ガイがそっと声を掛けた。

 

「あっ……ごめん、青葉君。私は大丈夫。だけど…………」

 

 ガイの声で顔を上げたマミは、恥じらうように彼から目を逸らした。少しだけ、頬が紅い。そして、小鳥の囀るような声で。

 

「……ディオニュソスが押し倒されてた時、うっかり『顔面踏みつけたら大人しくなるかなぁ』って、考えちゃって…………」

 

 ……可愛らしい声と態度とは不相応に、放たれた一言は、とてつもなく暴力的だった。

 これに関しては、ガイも「むむむ……?」などと唸ることすらせず、

 

「早まるな、目黒」

 

 即答した。

 

『あああああああっ……おぬしら、星七になんてものを見聞させてくれておるのじゃああああああああ…………!』

 

 また、マミがひとり密かに怒りを滾らせていた一方、エヴォルはひとり撃沈していた。突然の腐女子疑惑、突然の顎クイ、突然のバイオレンス。思い返せば思い返すほど手遅れで、無力感が募って、地団駄を踏んだ。

 

「どうしたの、エヴォル!? 大丈夫!?」

『星七よ……お前は、どうかそのままでいてくれよ…………!』

「えっ……あっうん…………?」

 

 

 

 セトの到着早々、お呼びでないやつがいたせいで遅れたが、そういえば。光黄は、セトがここに来る際に持っていた“荷物”に気がついた。異世界間の転移に使う機械。よく見ると、既に電源ランプが明るい光を放っている。外見を構成するパーツも取り替えられたのか、まるで新品へ取り替えられたようにさえ見えた。 

 

「あの、セトさん。もしかして、これ……!」

 

 期待を込めて、地上に置かれた機械を指差す。

 

「ん? ……ああ、これか。安心しろ。わざわざ“あいつ”に頼んだ甲斐あって、ちゃんと直ったみたいだ」

 

 返ってきたのは、まさに期待したとおりの答えだった。機械の故障によって帰路を塞がれた光黄たちだが、それが直ったということは──

 

「……と、いうことは、僕たち、ちゃんと帰れるんですね!」

 

 星七が「よかったぁ……」と胸を撫で下ろした。大きめな安堵の溜息が、ここぞとばかりに吐き出される。今まで不安や弱音を抑えていた分を発散するように。

 

『うむ。ここまでよく頑張ったな、星七』

 

 気弱な星七が不安や恐怖と戦っていると知っていたエヴォルは、ここまで戦い抜いたパートナーへそっと微笑んだ。「うん……ありがとう、エヴォル」と、星七もはにかんでみせる。けれど、目には涙が滲んでいて。怖かったのか、嬉し泣きか判別はつかないけれど、ここは「泣くな」と叱る場面ではないだろう。

 

『はぁ〜〜〜! やっと、あのクソ野郎ともおさらばだな!』

 

 キラーも、わざとらしい溜息をひとつ。星七の溜息とは違い、安堵した・胸を撫で下ろしたというよりは、単純な疲れから来るものだ。

 

「ほら、言われてますよ」

 

 キラーの溜息を聞きつけて、マミがジトッとディオニュソスを睨んだ。

 

「えぇ? 我は愉しかったけどなァ。彼は毎回反応が大きいから、実に弄り甲斐があったよ」

 

 当のディオニュソスはというと、全く意に介していない、どころか、よりキラーとマミの神経を逆撫でするような言動をとった。造形だけは整っている彼が目を細め浮かべた微笑は、たしかに愉しげではある。だが、唇から零れる嗤いは、聞いていて気持ちが良いものではない。

 キラーに釣られるように、マミも「はぁ〜〜〜……!」と大きな溜息をひとつ吐いた。

 

「そうか……俺たち、帰れるんだな。よかった……」

 

 光黄も、ひとり静かに胸を撫で下ろした。真っ先に脳裏を過ぎったのは、ずっと昔からめげずにアタックしてくる幼馴染の顔。きっと、今頃大慌てで自分たちを探しているだろう。

 

(帰ったら、まずはあいつに顔を見せてやるか)

 

 ふっと微苦笑が漏れた。“彼”からのアタックは、熱すぎて、照れ臭いけれど。こうして「自分を想ってくれている」と確信が持てるほどの相手がいるというのも、吝かではない。

 

 だが、

 

「……待ってくれ」

 

 光黄の背中に、この中の誰よりも低いバリトンボイスが注がれる。振り返らずとも、声の主はすぐにわかった。常に冷静な彼の声が、やや焦りを帯びている理由も。

 

「ああ。もちろん、『帰るのは、最後の1戦を終えてから』だよな、青葉さん?」

 

 振り返って、声の主──ガイへと、好戦的に笑ってみせる。

 

「そうだ。……引き止めるようで、少々申し訳がないがな」

「気にしないでくれ。青葉さんの気持ちは、俺にもわかる。だって、いちばん最初に『バトルしたい』と言ってきたのは、そっちだろ?」

 

 最初に「バトルを申し込みたい」と言ってきたのは、他ならぬガイなのだ。きっと、誰よりもこの瞬間を心待ちにしていたに違いない。光黄もバトラーのひとりだから、彼の気持ちは理解できた。共感を抱いてさえいた。

 好意的な答えに、ガイは安堵したように微笑んだ。とはいっても、普段から表情の動きが乏しい彼のこと。口元がやや緩んでいるくらいの変化しかないが。

 

「おうおう、やっと俺の番か?」

 

 それを見兼ねたセトが、光黄とガイのもとへやって来た。戦いを好む彼もまた、この試合を心待ちにしていたようだ。

 

「早く帰りたいだろう異世界のやつらを引き止めてるんだ。退屈なバトルにだけはするなよ?」

「もちろんだ。俺も、全身全霊で勝ちに行く」

 

 セトの忠告に、ガイは頷いた。相変わらず曇りのない瞳で、しっかりと。

 

「大丈夫ですよ、セトさん。俺は、強いから」

 

 不器用ながらも真っ直ぐな闘志が嬉しくて、光黄は少し、啖呵を切ってみせた。自分から言うことではないが、光黄は、元の世界のチャンピオンシップで優勝したことさえあるし、自身の実力は自負している。

 

 初対面の時から光黄の度胸を買っていたセトは「へぇ」とだけ言って、ニヤリと笑った。笑顔から漂うのは、強者を前にした強者の風格。対戦相手の態度に満足したのか、彼はカードに姿を変えて、ガイのデッキに収まった。

 

「そうか……それなら、なおさら楽しみだ」

 

 戦いを好むセトに認められるほどなのだから、ガイも相当腕の立つバトラーなのだろう。今だって、光黄の啖呵を聞いて、さらに心を踊らせている。

 

「……さて、俺も準備をしないとな。ライト、行けるか?」

『はい! 不肖ライト、いつでも準備はできております!』

 

 光黄に呼ばれたライトも、ばびゅん! と光黄の元へ飛んできた。勢いが良すぎて、少し暑苦しくて、苦笑が漏れる。ガイからすれば、これくらいの熱意がある相手のほうが嬉しいだろうけれど。

 

 黄金の光に包まれ、ライトもカードに姿を変える。空中からひらりと降ってきたカードを、光黄はデッキの中に挿し込んだ。

 

「では──いくぞ、黄空」

「ああ! 望むところだ!」

 

 20cmほど上にあるガイの目へ、目を合わせる。バトルフィールドの開き方も、これまで観戦してきたお陰で、既に知っていた。己の闘魂を示すように、指で掴んだソウルコアを前方へ突き出して──

 

「「ゲートオープン、界放!!」」

 

 

 

 三度開いたバトルフィールド。赤光の中で、光黄とガイの両者の服装が、それぞれの戦装束(バトルフォーム)に変わる。

 

 光黄のそれは、銀のビキニアーマーに、黄色いケープ。けれど、首から膝上までを覆う黒いインナーのお陰で、アンジュのバトルフォームのような露出度の高さは感じられない。ライフシールドは、ビキニアーマーの胸部に埋め込まれている。

 

(でも、実際着てみると、ちょっと恥ずかしいな……)

 

 同じ女子であるアンジュやマミのバトルフォームとは違って、華やかさがない分、まだ耐えられるけれど、こんなファンタジーのような服装は慣れなくて。光黄は、ひっそりと頬を赤らめた。

 

「……ん? どうした、黄空?」

 

 羞恥心を拭いきれずやや挙動不審な光黄に、ガイが首を傾げた。天然で、この島にいちばん慣れている彼のことだから、きっと「新しい衣装に慣れなくて、少し緊張している」ということに気づく由もないだろう。

 そんな彼のバトルフォームは、いつもの板金鎧。鎧をベースとしている点は両者で共通しているが、光黄のほうはファンタジー世界の冒険者のように軽やかな印象を与える。ガイのほうは、鎧で武装した騎士のように、より体格ががっしりしているように見えた。

 

「……あ、ああ。なんでもない。始めよう」

 

 顔色を戻して、光黄はガイへ向き直った。彼女の答えに、ガイは「了解した」と頷き、

 

「スタートステップ」

 

 バトル開始の合図とするように、自身のスタートステップを宣言した。

 

 

 ──TURN1 PL ガイ

手札:5

リザーブ:4

 

「メインステップ。

 マジック・[ストロングドロー]のメイン効果を使用。

 デッキの上から3枚ドローし、その後、手札を2枚破棄する……[太陽の砂海王ラムセトス2世]と[セトナクトアロー]を破棄。

 

 ターンエンドだ」

 

 ガイの初手は[ストロングドロー]による手札交換。序盤にしてはコストの高い2枚を捨て、ターンを終える。

 

○ガイのフィールド

(更地)

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 2 PL 光黄

手札:5

リザーブ:5

 

「メインステップ。

[ガトーブレパス]をLv2で召喚」

 

 2本の角と翼の生えた、四足歩行の「想獣」スピリット。体色は真っ黒で、黄属性の「想獣」スピリットにしては強面だ。

 

 光黄は、ちらりとガイのフィールドへ視線をやった。まだスピリットもネクサスもなく、バーストもセットされていない。

 使い手の狙いを察したのか、フィールドのガトーブレパスも、威嚇するように、2本足で立ち上がってみせた。召喚されて早々、やる気十分だ。

 

「バーストをセットして、アタックステップ。

[ガトーブレパス]でアタック!」

 

 光黄の指示を受けて、自分以外誰もいないフィールドを、ガトーブレパスが駆けた。たっぷり助走をつけてから、大きくジャンプし、翼を広げる。

 

「早速攻めるか……いいだろう。ライフで受ける」

(ライフ:5→4)

 

 まずは、1点。ガトーブレパスの2本角が、ガイのライフを貫いた。

 ライフダメージの痛みで、ガイは「む……」と小さく唸る。身震いも後退もしないのは、彼がライフダメージを受け慣れた歴戦のバトラーである証拠といえるだろう。相変わらず表情の変化は乏しいが、これまでの言動から、彼が純粋にバトルが好きだということは、ひしひしと伝わってきていた。光黄の顔に、笑みが浮かぶ。「そう来なくっちゃな」と目が語っていた。

 

「ここで[ガトーブレパス]のアタック時効果・【聖命】発揮! ブロックされなかったこのスピリットのアタックで相手のライフを減らしたため、ボイドからコア1個を俺のライフへ」

(ライフ:5→6)

 

 どこからともなく現れたコアが、光黄の胸部、ライフシールドに収まる。これで、彼女のライフは6。早くも、ライフ2点の差をつけてみせた。

 

「【聖命】でのライフ回復を絡めた一番槍か。早速、良いものをいただいてしまったな」

 

「これからが、もっと楽しみだ」と、ガイが呟く。冷静ながらも、心底からバトルを楽しんでいるのは、誰の目にも明らかだ。

 

「そうやって構えていられるのも、今のうちだぞ」

 

 徹頭徹尾、冷静沈着。しかし、熱い気持ちは伝わってくる。こんな人物を相手取るのは、光黄も初めてだ。楽しそうなガイに釣られて、光黄も好戦的な言葉を掛けてみる。

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

 ターンエンドを宣言する彼女の表情は、どこか晴れやかだった。

 

○光黄のフィールド

・[ガトーブレパス]〈1s〉Lv2・BP2000 疲労

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 3 PL ガイ

手札:6

リザーブ:6

 

「メインステップ。

[砂海王子ナミルネス]をLv4で召喚。

 召喚時効果で、“コスト4以下”の[ガトーブレパス]を破壊する」

 

 ガイのフィールドに、虎の頭に白いマントの獣人・ナミルネスが現れる。召喚されるや否や、素早く、しかし音もなくガトーブレパスを肉薄。身の丈に合った短剣の一刺しで、ガトーブレパスを仕留めた。

 

「ナミルネスのLv4・Lv5効果で、メインステップ中、自身に青のシンボル1つを追加。

 

 よって、[ゴッドシーカー 砂海祈祷士ケルドマンド]をフル軽減で召喚。Lv1コストは、ナミルネスをLv3に下げて確保。

 召喚時効果で、デッキの上から3枚オープン」

 

 ナミルネスが吠え、彼に呼ばれたように召喚されたのは、祈祷師の衣装を纏ったマンドリルの獣人。[ゴッドシーカー 砂海祈祷士ケルドマンド]。セトに対応する「ゴッドシーカー」のスピリットだ。

「祈祷師」の名に偽りなく、ケルドマンドは、己の信奉する神へと祈りを捧げる。獣の言葉で唱えられる祈りの言葉は、人間にはただの鳴き声にしか聞こえないが。

 

 デッキからオープンされたカードは[地球神剣ガイアノホコ(RV)][獣童パンザー(RV)][砂海の武王ビャッコウラー]。肝心の創界神の姿が見えず、ケルドマンドはこてんと首を傾げた。少々間の抜けた様に、ナミルネスが「おいおい」と言うように苦笑している。

 

「系統:「界渡」を持つ青のアルティメットカード・[砂海の武王ビャッコウラー]を手札へ。残りは、[地球神剣ガイアノホコ(RV)]を上にし、デッキの下に戻す。

 

 さらに、バーストをセット。

 

 アタックはせず、このままターンエンドだ」

 

 ややコミカルなやりとりをする獣人たちとは裏腹に、ガイは捲れたカードへの感想すら漏らさない。素直に対象となる[砂海の武王ビャッコウラー]を手札に加え、ターンエンドを宣言した。

 

○ガイのフィールド

・[ゴッドシーカー 砂海祈祷士ケルドマンド]〈s〉Lv1・BP2000

・[砂海王子ナミルネス]〈1〉Lv3・BP5000

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 4 PL 光黄

手札:4

リザーブ:6

 

「メインステップ。

 ネクサス・[黄の聖遺物]をLv2で配置。

 

 ターンエンドだ」

 

 続く光黄のターン。彼女は、ネクサスを配置するのみでターンを終えた。

 大きな白い杯に白い帽子を被せたような物体。黄の世界にて祀られる[黄の聖遺物]。杯の縁に添えられた黄色い花の形の宝石が、光黄のフィールドを照らすように、光を灯す。

 

○光黄のフィールド

・[黄の聖遺物]〈1s〉Lv2

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 5 PL ガイ

手札:5

リザーブ:5

 

「メインステップ。

 ナミルネスを再びLv4に。このレベルアップによって、再び青のシンボルを獲得する。

 

 よって、フル軽減で[砂海の武王ビャッコウラー]をLv4で召喚」

 

 ガイのデッキの展開の要といえるナミルネス。彼の力を借りて、その名の通りな白虎の獣人、ビャッコウラーが戦場に馳せ参じた。

 

 拳を握り、早くも臨戦態勢をとるビャッコウラーへ、ナミルネスが駆け寄る。実のところ、この2体は親子同士。ナミルネスが砂海の王子で、ビャッコウラーはその父王なのである。それも、「武王」の名のとおり、王という立場でありながら、武勇で名を馳せた強者だ。

 父王の参陣に、ナミルネスは目に見えて嬉しそうだ。いくら堂々たる虎の王子といえど、父王を前に尻尾を振り振りする様は、まるで甘えん坊な子猫のようだった。

 

「さらに、異魔神ブレイヴ・[砂海魔神]を召喚。左にビャッコウラーが来るよう、直接合体(ダイレクトブレイヴ)

 不足コスト確保のため、ナミルネスはLv3にダウン」

 

 父王との遭遇を喜ぶナミルネスを叱咤するように、彼らの背後へ、ぬっとワニ型の異魔神ブレイヴが現れた。ビャッコウラーがその異魔神ブレイヴ・[砂海魔神]と合体(ブレイヴ)している間に、ナミルネスはそそくさと退散していく。ビャッコウラーと合体した砂海魔神は、自らを奮い立てるように、両の拳を前に突き出した。

 攻撃開始の合図か。光黄は気を引き締める。

 

「次はこちらの番だ。アタックステップ。

 ビャッコウラーでアタック。

 

 アタック時効果で、デッキから1枚ドロー。その後、手札を1枚破棄。この時、“コスト4以上”の[鉄の覇王サイゴード・ゴレム]を破棄することで、ターンに1度だけ回復する」

 

 光黄の勘どおり、ガイはアタックを仕掛けてきた。それも、ダブルシンボルによる連続アタックだ。

 

「さらに、[砂海魔神]の追撃。

 ボイドからコア1個を、自身以外の系統:「獣頭」を持つ自分のスピリット/アルティメットに置く。よって、ナミルネスにコアを1個追加。同アルティメットは再びLv4だ」

 

 さらに、[砂海魔神]の【合体中】アタック時効果は、コアブースト。こちらには、ターン1の制限がないため、回復したビャッコウラーがもう一度アタックすれば、さらにもう一度コアブーストができる。

 そうでなくても、回復したビャッコウラーは合体によりダブルシンボル。彼だけで合計4点ライフを削ることができるため、ガイのフィールドにいるスピリットたちで総攻撃を仕掛ければ、6個ある光黄のライフも削りきれてしまうのだ。コスト4とは思えないほど攻撃的で強力な効果は、神世界でも過激派とされたかつてのエジット、その中でも特に戦いを好む戦神の眷属に相応しい。

 

「ライフで受ける!」

 

 ブロッカーのいない光黄は、ライフで受けることを宣言。

 もちろん光黄も、無策でターンを渡したわけではなく……

 

「……だが、ここで[黄の聖遺物]Lv2の効果発揮!

 相手によってライフが減るとき、自分のデッキの上から1枚オープン。そのカードが黄のマジックカードのとき、自分のライフは減らない」

 

 前のターン、光黄が配置した[黄の聖遺物]。そのLv2効果は、自分のデッキトップ次第では、相手のあらゆる手段から自分のライフを守ることができるというものだ。

 

「オープンされたのは[マジックブック]。黄のマジックカードだから、俺のライフは減らない。

 オープンされたカードは、そのまま手札へ」

 

 光黄のデッキトップから引かれたのは、黄のマジックカード・[マジックブック]。それに応じて、黄の聖遺物が光の障壁を張り、ビャッコウラーの拳による殴打から光黄を守った。

 

「ふむ……」

 

 このターンで倒しきるルートを絶たれたガイは、静かに思考する。相手が「ライフで受ける」と宣言する度に、手札を増強され、ライフダメージも与えられずに終わることさえある効果を前に、どう動くべきか──

 

「……再び、回復したビャッコウラーでアタック。

 アタック時効果で、デッキから1枚ドローし、手札の[砂海魔神]を破棄。

 

 さらに、[砂海魔神]の追撃。今度は、ケルドマンドにコアを追加する」

 

 ガイは、再びビャッコウラーをアタックさせた。この一手で光黄のバーストを踏み抜くにせよ、フラッシュタイミングで反撃されるにせよ、アタック時効果での手札交換とコアブーストは行える。

 

「ライフで受ける!

 ここで、もう一度、[黄の聖遺物]Lv2の効果発揮だ。デッキの上から1枚オープン」

 

「オープンされたのは[クダギツネン]。スピリットカードだから、ライフは2点減少する」

 

 オープンされたのは、スピリットカード。防御は叶わず、ビャッコウラーのワンツーパンチが光黄のライフ2点を打ち砕く。鎧越しに胴を叩かれるような感覚に、光黄は「ぐっ……!」と唸った。

 

 だが、

 

「ライフ減少によって、俺のバーストが発動! マジック・[妖雷スパーク]!!

 バースト効果で、ケルドマンドをBP-5000! BP0になるため破壊する!!

 

 さらに、コストを支払いフラッシュ効果を発揮! デッキから1枚ドロー!!」

 

 ライフ減少によって、光黄のバーストが発動した。和風な錫杖から放たれた電撃が、ケルドマンドを討つ。

 

「なるほど、ネクサスとバーストでの二段構えか。だが……」

 

 妖雷スパークの電光に目を細めるガイ。しかし、依然として、表情も態度も揺るがない。

 

「ケルドマンドの破壊時効果で、召喚時と同じ効果を発揮。デッキの上から3枚オープン」

 

 今際の際に、ケルドマンドがもう一度祈りを捧げた。自らの崇める神へ助力を乞うように。「どうか、我が軍へ勝利を」と、獣の言葉で紡ぐ。

 デッキから捲られたカードは[砂海嵐神タイフォーム][戦国六武将タイダル・ブルー]、そして──[創界神セト]

 

「[創界神セト]、及び系統:「化神」を持つ青のアルティメットカード・[砂海嵐神タイフォーム]を手札へ。残りはデッキの下へ」

 

 まるで、討たれた眷属の仇討ちのように馳せ参じたセトと、その化神タイフォーム。手札に加わった彼らを見て、光黄は唾を呑んだ。

 

「ターンエンドだ」

 

 ライフは2点しか減らせていないが、アドバンテージを稼ぎ、次のターンへの準備を整え、ガイはターンエンドを宣言した。

 

○ガイのフィールド

・[砂海王子ナミルネス]〈2〉Lv4・BP6000

・[砂海の武王ビャッコウラー]〈1s〉Lv4・BP10000+5000 疲労

↳[砂海魔神]の左に合体中

バースト:有

 

 

「ふむふむ、なるほど〜。キルターンをずらす感じのネクサスかぁ」

 

 光黄の[黄の聖遺物]を眺めて、アンジュが呟いた。

 

『おぬし、まさか、あれ以上耐久するつもりなのか……?』

 

 つい先程彼女と対戦したエヴォルが、恐る恐る尋ねた。彼からすれば、効果で自傷してなお高い耐久力を誇るアンジュがさらなる耐久力を持つのは、もはやオーバーパワーな気がする。

 

「うん、まあね。なんだかんだ負けが込んでるから、どうすれば今より強くなれるか、考えてるところなの」

 

「負けが込んでる」という都合の悪い事実も、アンジュは包み隠さなかった。むしろ、強くなる方法を模索している彼女は、楽しそうですらある。

 

「でも、僕も、一手遅ければ負けていたところでしたから……もっと、もっと、頑張らないと」

 

 その向上心に釣られるように、星七も自らを奮い立たせる。

 

「よかったら、またこっちに遊びにおいでよ。あたし、今度は星七君にリベンジしたいから!」

「はい! 今はちょっとバタバタしてるけど……いろいろ落ち着いたら、ぜひ!」

 

 アンジュの提案に、星七も元気良く頷いた。七罪竜を巡る争いも終息して、また純粋に、ただただ楽しくバトルができるようになったら。バトスピはもちろん、心も強くなった自分を見せられるだろうか──やや後ろ向きな節がある星七も、今は明るい未来を見ている。

 

『おっ、おう……儂は良いのじゃが。星七がもう少し大きくなったら、で良いか?』

 

 が、エヴォルからしたら、少々悩ましい話だ。何が困るかって、バトル前の惨劇である。過保護なのは承知の上だし、時間が経てば水に流せるようになるとは思うが、あれを見せられた直後では、どうしても首を縦に振りづらい。

 

「「えっ、なんで!?」」

 

 純真な子供たちは、揃って不満げに首を傾げている。その純真さを守りたいからこそ、エヴォルは答えられないのだが。

 

『「なんで」と言われてもじゃな……のう、イシス。おぬしからも何か言って──!?』

 

 使い手に対し似たような感情を抱いているであろうイシスへ、エヴォルは助けを求めた。が、返事どころか、そこにあるはずの、女神の姿もなくて──

 

 

 

 ──TURN 6 PL 光黄

手札:7

リザーブ:7

 

「メインステップ。

[クダギツネン]を召喚」

 

 狐面を被った小狐といった奇妙な出で立ちのスピリット・[クダギツネン]。見た目通り、年齢もまだ幼いのか、誰もいない広々としたフィールドに大はしゃぎ。ぴょこぴょこと、フィールドを駆け回っている。

 

 落ち着きのないクダギツネンに微苦笑しながら、光黄は次の手を考える。[黄の聖遺物]や[妖雷スパーク]のフラッシュ効果のお陰で、手札は十分なのだが、どうしてもコアが足りない。一方、ガイは先のターンでも十全なコアブーストと手札補充をしている。セトも化神も見えているので、次のターンには攻めて来るだろう。

 ひとまず、今打てる手は……

 

「……続けて、[マジックブック]のメイン効果を使用。

 手札のマジックカードを好きなだけオープンして手元に置くことで、オープンしたカード1枚につきデッキから1枚ドロー。

 

 俺は、手札の[ディーバシンフォニー][フルーツチェンジ][アブソリュートゼロ(RV)]をオープンして手元へ。3枚手元へ置いたので、デッキから3枚ドローだ」

 

 先程[黄の聖遺物]でオープンした[マジックブック]を使用。光黄の手元に開かれた魔導書に、彼女がオープンしたマジックの情報が書き足されていく。

 その効果は、マジックを手元にオープンして置くことによるドロー。相手に情報アドバンテージを与えてしまうが、手元に置いたマジックは手札にある時と同様に使用できるし、手札の使用を封じる効果からも逃がすことができる。

 それに、相手に情報を明かすことは、時に有利へ転じることもある。

 

「[フルーツチェンジ]か……」

 

 バトルに慣れているガイは、光黄がちらつかせた情報を見逃さなかった。

 バトルしているスピリット/アルティメット同士のBPを入れ替えるマジックカード・[フルーツチェンジ]。ガイのデッキは、アルティメットを軸としている以上平均BPが高く、光黄のスピリットたちのBPを軒並み上回る。ゆえに、このようなコンバットトリックを可能とするマジックカードをちらつかされると、攻めにくくなるのであった。

 

「続けて、ネクサス・[朱に染まる薔薇園]を配置。

 

 バーストをセットし、ターンエンドだ」

 

 光黄は、[マジックブック]で引いた[朱に染まる薔薇園]を配置。カード名のとおり、フィールドに真紅の薔薇の花畑が広がり、地表を塗り潰す。はしゃぎ回っていたクダギツネンは、突然の変化に驚き、その場でぴょこっと跳び上がった。

 

 そして、バーストをセットし、ターンを終える。まだ、攻められない。

 手札と手元のマジックカードと、黄の聖遺物。そして、防御役にしては少々頼りないクダギツネンを頼りに、次のターンを待つ。これが、コアが足りない彼女にできる、精一杯の布陣だった。

 

 

○光黄のフィールド

・[クダギツネン]〈1〉Lv1・BP1000

・[黄の聖遺物]〈1s〉Lv2

・[朱に染まる薔薇園]〈0〉Lv1

バースト:有

手元:[ディーバシンフォニー][フルーツチェンジ][アブソリュートゼロ(RV)]

 

 

 

「『朱に染まる』薔薇園……私のデッキに入っている六天城と似た名前ですね」

 

 光黄のネクサスの名前に、同じ名前を冠するネクサスを使っていたマミが反応した。 無数に咲く薔薇の景色と香りにすっかり見入っているようで「綺麗だなぁ」と、素朴な感想が零れる。

 

「ああ。あれは、赤と黄色のダブルシンボルネクサスだからな。たしか、マミちゃんの六天城も赤属性だっただろ?」

 

 興味深そうに薔薇園を見ているマミを見兼ねて、ミナトが説明してやった。カードを見ればわかることだが、それでも話したくなったのは、光黄がこのネクサスを採用している理由を、なんとなく察しているからだ。

 

「きっと、光黄ちゃんなりのこだわりなんだろうな」

 

 元々察しの良いミナトは、男勝りな光黄が抱いている“想い”を知っている。長年付き合っているから、というのもあるが、だって、本当にバレバレなのだ。星七とアンジュがバトルしていた時に見せた一瞬の動揺も、おおかた突然“彼”のことを思い出して、怖くなったのだろう。そう──ミナトと出会うよりもずっと昔から、何度敗れようと諦めず光黄にアタックを続ける、熱い“赤属性”の使い手のことを。

 

『おい、ミナト。何ぼーっとしてやがるんだ?』

 

 感慨に浸るミナトの足を、キラーがつんつんとつついてきた。

 

「……ん? あぁ、キラーか。どうしたんだ?」

『いや、「どうした?」って聞きたいのはこっちの方なんだが、まあいいや。それ以上に、お前らに聞きたいことがあってよ』

 

 そこまで言ったキラーの表情が、一気に険しくなる……否、一周回って死んでいるというべきか。その理由は、次の一言で容易に察しがついた。

 

『あっっっっっのクソ野郎どこ行った?』

 

 キラーが名前を出さず、かつここまで嫌悪感を滲ませる相手といったら、1人しか該当しない。間違いなく、ディオニュソスのことだ。「他人の不幸で酒が美味い」を地で行く、あの酒神のことだ。自分の愉しみのためならどんな策も芝居も打つ、最悪の黒幕のことだ。バトルの直前でも、タックルをぶちかましてきたセトへ“その気”があるような態度をとってみせて煽り、ついでにエヴォルを絶叫させた、怪しさも妖しさも1000%くらいあるのではないかという創界神のことだ。

 そんなディオニュソスが、いない…………?

 

「「ゑ……」」

 

 ミナトも、マミも、絶句して固まってしまった。

 

 

 

 ──TURN 7 PL ガイ

手札:6

リザーブ:6

 

「メインステップ。

[創界神セト]を配置」

 

 迎えたガイのターン。彼は早速、前のターンで手札に加えた[創界神セト]を配置した。

 

 現れたセトは、フィールドの外にいた時とは別人のようだった。……普段着が漢字Tシャツだから、余計そう見えてしまうのかもしれないが。

 獣の頭部を象った兜を被り、露出の多い戦装束姿。結い上げていた長い青髪を下ろしており、彼の背で燃える青い炎のように揺れていた。

 

「やっと出番かよ。おい、相手も急ぎなんだから、もうちっと早くできなかったのか?」

「これでも既に15枚は掘り進めているぞ」

 

 開口一番、無茶なことを言い出すセト。慣れているのか、単純にそういう性格だからか、ガイは平然と答えて流す。

 

「同名の創界神ネクサスがないため、配置時の《神託(コアチャージ)》を発揮。対象は、〔獣頭/界渡/化神&コスト3以上〕のスピリットと〔獣頭&アルティメット〕だ」

 

 セトの《神託》でデッキからトラッシュに置かれたのは、[ゴッドシーカー 砂海祈祷師ケルドマンド][砂海魔神][砂海嵐神タイフォーム]。

 

「ケルドマンドは「獣頭」を持つコスト3以上のスピリット、タイフォームは「獣頭」のアルティメット、[砂海魔神]は《神託》対象外。よって、セトにコアを2個追加する」

 

《神託》の結果、セトに置かれたコアは2個。強力なLv2の【神域】展開までは、もう少しだけ時間がかかりそうだ。

 

「続けて[砂海戦士イブン]を召喚。

 系統:「獣頭」を持つコスト3以上のスピリットの召喚によって、セトに《神託》」

 

 まだ【神域】展開には至らないセトへ力を捧げるべく現れたのは、狐の獣人・[砂海戦士イブン]。細身ながらも、曝け出された胴体と腕には、筋肉が盛々とついている。その外見どおり、スピリットでありながら、他の砂海のアルティメットたちに引けを取らない実力を持った戦士だ。

 

「そして──」

 

 来る。光黄は身構えた。ガイが掴んだのは、きっと、セトの化神アルティメット──

 

「[アルティメット・ダ・ゴン]をLv4で召喚! 不足コストはナミルネスとビャッコウラーから確保し、両者はLv3にダウン。」

「「んんっ!?」」

 

 フィールドに立ち上がったのは、漆黒の身体を持つ三ツ首の異形。光黄の予想に大きく反して、ガイが召喚したのは、「獣頭」も「界渡」も持たない青のアルティメット・[アルティメット・ダ・ゴン]だった。普段は冷静な彼女も、思わず拍子抜けたような声を出してしまう。それどころか、ガイの側であるはずのセトまでもが、光黄と同様に驚愕し、図らずもハモっていた。

 

 かくして、多くの者が思いも寄らなかった形で、最後のバトルは佳境を迎えることになる。

 

 

 

 

 

 光黄とガイがバトルを繰り広げる一方。強者同士のバトルに心躍らせる人間たちの輪の外で。

 

「へぇ。あっちの人間も、面白いものを作るじゃないか」

 

 ディオニュソスの指先が、無骨なフレームをなぞった。光黄らをつれてきた、異世界間の転移を可能とする装置。その電源ボタンにそっと触れると、電源ランプが光り、小さめの液晶画面が何の飾り気もない入力画面を映す。

 

「今度は何を企んでいるのですか?」

 

 そこへ差し込む、冷たい声。座り込んで機械をいじるディオニュソスを、イシスが背後から睨み、見下ろしていた。神世界では、セトやオシリスからも恐れられた彼女が睨むと、たしかに迫力がある。

 だが、殴られようが死のうが改心する素振りを見せないディオニュソスが、この程度で萎縮するはずもなく。薄ら笑いを貼りつけたまま、彼はゆっくりとイシスの方を振り返った。

 

「これはこれは……どうしたんだい、イシス? お前がバトル中に席を立つなんて、よっぽどあっちのバトルがつまらなかったのかなァ?」

 

 イシスの右手が、拳を握った。「ッ……!」と口から出かけた怒声を抑えて、苦虫を噛み潰したような表情になる。子供好きな彼女は、まさにその子供たちを侮辱され、早くも沸騰寸前だ。ディオニュソスも、イシスの逆鱗をわかったうえで、そこに触れているのだろう。

 

「いつの間にか貴方がいなくなっていたのですよ。警戒しないはずがないでしょう」

 

 ふぅ、と一息。昂りかけた気持ちを落ち着けて、本当のことを淡々と言った。再び、今度はより語気を強めて「今度は何を企んでいるのですか?」と問う。

 

「あぁ、そこについては安心しておくれ。いくら我でも、あの子たちの行き先を適当に弄って、さらなる異世界へ放り込んでやろう、なんて考えやしないさ」

「つまり、考えたんですね?」

 

 イシスは、安心するどころか、警戒心を強めた。眉根を寄せて、より険しい表情を作る。

 言ったとおりに安堵しないイシスに呆れたのか、ディオニュソスはわざとらしい溜息を吐いた。くるりと顔を正面へ戻すと、再び機械の操作を始める。イシスからすれば、溜息を吐きたいのはこっちの方なのだが。

 

「考えていたとして、実行するとは限らないじゃないか。興味があるのは、陥れた後。我は、渦中に追い込まれた彼らがバッドエンドを迎えるまで、じっくり観察したいだけだから。

 さっきの構想だと、プロローグより後はお預けになってしまうだろう?」

 

 指先で機械を弄りながら、諭すような口振りで、ディオニュソスは語った。

 遺物を通して顕現した創界神には、神としての能力もスピリットとしての能力も付随していない。仮に、帰還しようとした光黄らをまんまと未知の世界へ誘うことができたとして、その先を観測する手段もないのである。

 イシスにも、ディオニュソスの言わんとしていることは理解できた。決して共感はできないが。

 

 けれど、実際、イシスが注意深くディオニュソスの手元を観察してみても、特に気安く変えてはいけない設定に触れている様子はない。特にあてもなく、画面を切り替えているだけだ。ざっと仕様把握といったところだろう。今のところ、ディオニュソスの食指が動くような機能はないようだ。

 未知の機械のことがわかるというのは、一見すると不思議なことかもしれない。だが、イシスも、こう見えて、機械に強いエジットに属する創界神の一柱。画面やボタンを見れば、どのように操作するかどうかは概ね察しがつく。だから、こうしてディオニュソスを監視するために席を立っているのだ。本音を言うと、早く戻って観戦したい。

 

「……おや?」

 

 ふと、ディオニュソスの手が止まった。何か、彼の興味を引くものが見つかってしまったのだろうか。既にカンストしかけていたイシスの警戒心も、限界を突き破ってしまいそうだ。

 液晶画面に映っていたのは、レーダーのようなもの。異世界で造られた機械なのだから、この世界にレーダーに反応するようなものはない……はずなのに。色のついた円がひとつ、中心へ向かってゆっくりと動いている。何かが接近しているのだろうか。しかし、その“何か”とは一体──

 

「ちょうど、これにも飽いていた頃なんだよねェ」

 

 ディオニュソスの口角が上がった。「面白いものを見つけた」とでも言いたげに。彼からすれば、こちらに近づいてきた者が誰であろうと、等しく玩具に過ぎないのだろう。道具と近づいてきた存在を同列に扱うのはいかがなものかと思われるが、もはや良識を説く気にすらなれない。

 出会う前からディオニュソスに目をつけられた哀れな来訪者に、イシスは内心同情した。

 

 

 三本勝負はいよいよ大詰め。

 遅れてやってきた来訪者は、最後に何を齎すのだろうか──




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 終盤で明らかになった「来訪者」の正体は、前回を読んでいただいた方には、もうわかっているのではないかと思います。

 筆者のリアル事情もあり長く続いたコラボ回も、次回で最終回……になる予定です。少し描写に文字数を割きたいシーンがあるので、もしかしたら、エピローグを別に用意するかもしれません。いずれにせよ、楽しみに待っていただけましたら幸いです。

 では、また次のお話でお会いしましょう。


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第19話 特別編1-8 第3回戦後半:想いを届けるその時に

 LoBrisです。
 たいへんおまたせ致しました! 『バトルスピリッツ 7 -guilt-』コラボ回、ついに最終回です!
 いやはや、ここまで長かった! あと少しで、執筆開始から1年経つし、GW初日とか言ってたら、現実のほうのGWが終わるなどしまして(←ぽんこつ筆者)

 ですが、妥協せずに、書きたいものは全部書けたので満足しています! 例によって文字数ものすごいですが、ぜひバトル後まで余すことなく読んでいただければと思います!


 漆黒の身体を持つ、三ツ首の異形。光黄の前に立ちはだかったのは、想定外の切り札であった。

[アルティメット・ダ・ゴン]。強力すぎるデッキ破棄効果を持つがゆえに、制限カード〈1〉に認定されているほどの難敵だ。

 

「俺の化神が出る流れだと思ってたんだがな」

 

 これにはセトも苦笑いである。タイフォームが見えていたので、彼もまた、すっかり自分の化神が出ると見ていたのだ。

 

「相手のフィールドにはLv2の[黄の聖遺物]がある。この際、ライフよりもデッキを狙ったほうが手っ取り早いと思うが」

「おう……まあ、それもそうだな」

 

 セトの言うことに首を傾げるガイ。言っていることは間違っていないので、セトは軽く肯定を示した。「お前って、本当に容赦ねぇよな」と添えて。

 

「容赦する理由など、どこにある? 相手の力量はどうあれ、バトルならば、自分のすべてをぶつけるのが礼儀というものだろう」

 

 馬鹿真面目なガイの答えに、セトはふっと笑い返した。相変わらず冗談が通じないし、全く以てそのとおりである。

 

「[砂海魔神]の左のビャッコウラーを、イブンと交換。さらに、ダ・ゴンをその右へ合体(ブレイヴ)

 

 合体していたビャッコウラーは、文句をひとつも漏らさず、砂海魔神をイブンへ明け渡す。本来部外者であるアルティメット・ダ・ゴンにも、手持ち無沙汰のナミルネスが、まるで外国の大使をもてなすような丁寧さで、砂海魔神への合体を促した。丁重なもてなしを受けて、アルティメット・ダ・ゴンもこころなしかご機嫌に見える。

 砂海魔神に合体するスピリットとアルティメットたちの動きには、無駄がなかった。歴戦の戦士たちは、互いの連携もしっかりしている。特に、どこぞの骸たちとは大違いだ。

 

「アタックステップ。

 アルティメット・ダ・ゴンでアタック」

 

 砂海の獣人たちからのもてなしを受けたアルティメット・ダ・ゴンは、意気揚々と砂の海を漕ぎ出した。乾いた地面から、薔薇の咲き乱れる敵陣へ。咲いていた薔薇たちは踏み荒らされ、彼の軌跡を彩るように花弁が飛び散っていた。

 

「アタック時効果発揮。U(アルティメット)トリガー、ロックオン。

 相手のデッキの上から1枚をトラッシュへ置き、そのカードがコスト7未満ならヒットだ」

 

 アルティメット・ダ・ゴンの咆哮と共に、光黄のデッキの上から1枚、カードが吹き飛ばされる。[天剣の勇者リュート(RV)]。コストは3だ。

 

「トリガーヒット。相手のコスト4以下のスピリットすべてを破壊し、破壊したスピリット1体につき、相手のデッキを上から4枚破棄!」

 

 襲い来る異形に驚き、あわあわと逃げるように駆け回っていたクダギツネン。しかし、小さく短足な彼がアルティメット・ダ・ゴンという強大なアルティメットから逃げ切れるはずもなく。漆黒の三ツ首、そのうちひとつが、容赦なくクダギツネンに食らいつき、ごくんと一呑み。

 スピリットを喰らい力を得たのだろう。クダギツネンを呑み込んだのと同じ口から、激流が噴き出され、光黄のデッキをさらに4枚削った。

 

「ブロッカーを残したのが仇となったか……!」

 

 光黄は唇を噛んだ。既に見えていたタイフォームによるコスト破壊の範囲は3/5/7/9。加えて、獣頭のアルティメットたちは破壊するだけで、破壊することによって追加で効果を発揮するものが少ない。だから、コスト0の[クダギツネン]をフィールドに残していたわけだが──予想外だった[アルティメット・ダ・ゴン]によって、光黄の首を絞める結果となってしまった。

 波に呑まれて、光黄のデッキからカードが吹き飛ばされていく。1枚、2枚と──しかし、ここでデッキ破壊が止まった。なぜなら、

 

「相手の「デッキ破棄効果」で破棄されたこのカードは、コストを支払わずに召喚できる。さらに、このターンの間、自分のデッキは破棄されない。

 

 ──よって、[ミノガメン]を召喚! 不足コストは[黄の聖遺物]から確保し、こっちはLv1にダウン。

 召喚時効果で、デッキの上から1枚オープン」

 

 光黄のデッキから文字通り“飛び出してきた”のは、苔むした甲羅を背負ったスピリット・[ミノガメン]。一般的な亀の前足にあたる部分が翼のようになっており、ゆったりとマイペースに光黄のフィールドを回遊していた。

 召喚時効果で、デッキから捲られたカードは[クダギツネン]。コスト2のスピリットカードであれば手札に加えられたが、そうでないためデッキの上へ戻される。

 

「む……」

 

 ガイが僅かに顔を顰める。このターン、[アルティメット・ダ・ゴン]の効果で、光黄のフィールドは更地になるはずだった。が、[ミノガメン]が召喚され、光黄のフィールドに1体、ブロッカーが立ってしまった。それも、よりによって、アルティメット・ダ・ゴンのLv4・Lv5アタック時効果によるさらなるデッキ破棄を阻止しながら。

 コスト2と非常に軽量な[ミノガメン]はBPも低く、ガイの獣頭アルティメットであれば、ブロックされても軽く一捻りできるだろう。が、今、光黄の手元には──

 

「……[砂海魔神]の追撃。系統:「獣頭」を持つイブンにコアを追加。同スピリットはLv2に。

 

 やろうとしていることはわかっている。来るなら来い!」

 

 一度敵陣へ漕ぎ出したアルティメット・ダ・ゴンは、もう引き返せない。潔くブロックを促すガイヘ、光黄は「ああ!」と頷いた。

 

「[ミノガメン]でブロック!

 

 そして、フラッシュタイミング! 手元から、マジック・[フルーツチェンジ]を使用!!

 このバトルの間、BPを比べるとき、お互いのバトルしているスピリット/アルティメットのBPを入れ替える!」

 

 襲いかかってくるアルティメット・ダ・ゴンを一目見て、「えっ!? これと戦うの!?」と言わんばかりにびくっとするミノガメン。しかし、光黄のマジック使用宣言で胸を撫で下ろし、すいすいとアルティメット・ダ・ゴンの懐へと飛び込んで行く。

 バトルしている両者のBPを入れ替える[フルーツチェンジ]。アタックするだけで10枚とトリガーで1枚のデッキ破棄が確約されるアルティメット・ダ・ゴンを除去できる僅かな隙を、光黄は見逃さなかった。

 

 幼児向け絵本に登場するような林檎の妖精──果物人(フルーツェル)と呼ばれるスピリットが、アルティメット・ダ・ゴンとミノガメンの間に割って入り、小さな杖を一振り。それだけでそそくさと退散していく。

 BPを入れ替えられ、弱ったアルティメット・ダ・ゴンが苛立ちを露わにし唸った。一方、“究極”とも言われるアルティメットのBPを授かったミノガメンは、今にも「うおーーーっ!」という声が聞こえてきそうなくらい、興奮している。小さな身には余るほどのBPを得て、とてつもなくハイテンションだ。昂ぶる気持ちの赴くままに、翼のような形の前足でぺちぺちとアルティメット・ダ・ゴンをひたすらビンタ。弱らされたアルティメット・ダ・ゴンは、そのビンタにすら逆らえず、地面に押し倒され、そのまま爆散、破壊された。

 

「……なんつぅか、くっそシュールだな」

 

 軽量スピリットのビンタで倒されたアルティメット・ダ・ゴンを尻目に、セトはぼそっと呟いた。一方、彼の眷属たちは、アルティメット・ダ・ゴンの破壊に驚嘆し、どよめいている。

 

「はぁ……おい、てめぇら。こっちの大将が誰だか、忘れたとは言わせねぇぞ?」

 

 取り乱しかけた眷属たちを、セトが叱りつけた。セトからすれば、アルティメット・ダ・ゴンは、“強力な傭兵”に過ぎず、あくまでも、大将は化神であるタイフォームであると。

 やや不機嫌ながら、いつもどおり不遜で気のいい戦神の姿に、砂海の獣人たちの士気が再び上昇していく。

 セトがガイヘ目配せした。彼と出会って久しいガイには、これが「士気上げてやったから、攻めるなら攻めろ」という意味だとすぐにわかる。

 

「……ふむ」

 

 ガイは、再び光黄の手元を確認し、

 

「アタックステップを続行する。イブンでアタック。

 アタック時効果で、デッキから2枚ドローし、手札を1枚破棄。この時、系統:「獣頭」を持つカードを破棄した場合、コスト4以下の相手のスピリットを破壊する。

 よって、手札から2枚目の[砂海の武王ビャッコウラー]を破棄。“コスト2”の[ミノガメン]を破壊する」

 

[砂海魔神]と合体したイブンにアタックさせた。

 彼は、まず手始めに、出てきたばかりのミノガメンをパンチ一発で捻じ伏せる。

 

「さらに、イブンのLv2・Lv3効果発揮。

 自分のアタックステップで、カード名に「砂海」を含む自分のスピリット/アルティメットが相手のスピリットを破壊したとき、ボイドからコア2個を自分のスピリット/アルティメットへ置く。

 ビャッコウラーのコアを置き、同アルティメットはLv4に。

 

 さらに、[砂海魔神]の追撃。今度はナミルネスにコアを置き、こちらもLv4だ」

 

 加えて、イブン自身の効果と[砂海魔神]の追撃で、手札交換とコアブーストを行い、次のターン、タイフォームを出撃させる準備を整えていく。このアタックだけでも、3個ものコアブースト。

 

 向かい合う光黄の表情も自然と強張っている。[黄の聖遺物]のLvが下がったところに攻め込んできたダブルシンボル。だが、彼女がイブンのアタックへの回答を持っていることは、ガイにもわかっていた。

 

「フラッシュタイミング! 手元から、マジック・[アブソリュートゼロ(RV)]を使用!! 不足コストは[黄の聖遺物]から確保。

 このターン、アタックしているイブンのシンボルを0にする!」

 

 光黄の手元にオープンされていた、[アブソリュートゼロ(RV)]。最大軽減1コストでスピリット/アルティメットのシンボルを0にできる、黄属性の防御マジックだ。

 攻撃中、絶対零度の光線を受けて、イブンの呼吸が弱々しくなっていく。それでも無理に走るものだから、光黄のライフの眼の前に着く頃には、足取りもおぼつかず、息切れ寸前になっていた。

 

「ライフで受ける」

 

 ここまで弱ってしまえば、自慢の拳で光黄のライフに亀裂を入れることすら叶わない。ビャッコウラーと同じようにワンツーパンチしても、光黄のライフに亀裂が入ることはなく。戦果も手応えも得られず、とぼとぼしながら自陣へ戻っていくイブンに、光黄は一抹の罪悪感を覚えた。なんというか、少し申し訳ないことをしたような。

 

「ターンエンドだ」

 

[黄の聖遺物]はLv1になったが、残ったナミルネスとビャッコウラーだけでは、光黄のライフをギリギリ削りきれない。攻めにも使える[フルーツチェンジ]を切らせられたこと、イブンのアタック時に得られたアドバンテージを成果と見て、ガイはターンエンドを宣言した。

 

○ガイのフィールド

・[砂海王子ナミルネス]〈2〉Lv4・BP6000

・[砂海の武王ビャッコウラー]〈3〉Lv4・BP10000

・[砂海戦士イブン]〈2〉Lv2・BP5000+5000=10000 疲労

↳[砂海魔神]の左に合体中

・[創界神セト]〈3〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 8 PL 光黄

手札:4

リザーブ:10

 

「[黄の聖遺物]をLv2にアップ。

 

 2枚目の[クダギツネン]を召喚。

 

 さらに、[翼神王グリフィ・オール]をLv2で召喚!

 召喚時効果で、トラッシュにある黄のマジックカードをすべて俺の手札へ!!」

 

 燦々たる炎のような翼を持った、獣たちの王・[翼神王グリフィ・オール]。彼の召喚時効果で、これまで防御のために切ったマジックに加え、アルティメット・ダ・ゴンによって破棄された中に含まれたマジックカードが、光黄の手札へ戻っていく。猛禽類のような甲高い鳴き声は、自軍の反撃を宣誓するように聞こえた。

 

「ちっ、[フルーツチェンジ]どころか、全部戻ってきやがったぞ」

 

 一足先に光黄の狙いを悟ったセトが、眉を顰めた。今、手札に戻ったカードと、光黄の手元にあるマジックを見れば──おそらく、こちらのフィールドはほとんど一掃されるだろう。

 セトの言わんとしていることを察したガイは、あえて真っ直ぐに光黄のフィールドを見据えた。

 

「バーストをセットして、アタックステップ!

 

 グリフィ・オールでアタック!!」

 

 鮮やかな金と赤の翼が、光黄のフィールドから飛び立った。

 

「フラッシュタイミング!

 ここで、グリフィ・オールのLv2・Lv3アタック時効果発揮! 自分のマジックカードすべてを、フラッシュタイミングでコストを支払わずに使用できる!!

 

 よって、手元のマジック・[ディーバシンフォニー]をノーコストで使用! 相手の合体スピリット/合体アルティメット1体のブレイヴすべてを分離させ、効果発揮後、このターンの間、相手のスピリット/アルティメット1体をBP-7000する!

 

 イブンの[砂海魔神]を分離させ、ビャッコウラーをBP-7000!!」

 

 獣の王という、一見獰猛そうな肩書に反して、グリフィ・オールは魔法(マジック)の使用を得意としていた。コストすら必要とせず、自由自在に魔法を繰る。まずは、【歌】のマジックを鳥のような鳴き声で歌い上げた。旋律だけで歌詞がついていないとはいえ、所謂アイドルソングである[ディーバシンフォニー]も、王の威厳に溢れた声から紡がれると、神聖な一曲であるように聞こえる。

 

「自分のアタックステップ中にマジックを使用した時、[黄の聖遺物]Lv1の効果で、デッキから1枚ドロー!」

 

 その歌に応えるように、黄の聖遺物が再び光を放つ。マジックの使用に反応した1ドロー。使い捨てであるマジックの使用による手札の消費を、即座に補っていく。

 

「さらに、マジック・[イエローサン]をノーコストで使用!

 相手のスピリット/アルティメットすべてをBP-7000! この効果でBP0になったものをすべて破壊する!!

 

 もう一度[黄の聖遺物]Lv1の効果で、デッキから1枚ドロー!」

 

 ガイのフラッシュがないことを受けて、光黄は第二のマジックを使用した。7ものコストを要求されるマジック・[イエローサン]。しかし、グリフィ・オールの能力があれば、使用も容易い。

 ガイのフィールドの上空、浮かび上がる太陽のような光球。そこから放たれた高熱の光線が、既に弱ったビャッコウラーや分離させられ孤立した砂海魔神、無傷のナミルネスとイブンにも降り注ぎ、焼き払う。眩い光の中で、皆が灰燼と帰していく。

 

「ナミルネスは、自身の効果で、相手の効果で破壊されないため、フィールドに残る」

 

 光が晴れたガイのフィールドには、歯を食いしばったナミルネスだけが立っていた。彼も既にBP0になっているが、自らの耐性効果で、ギリギリフィールドに残り続けていたのだ。光線の猛攻が止んだのを見て、態勢を立て直す。向かってくるグリフィ・オールを、野性味の滲んだ虎の瞳がギッと睨んだ。

 

「おい、親父の仇を取りてぇ気持ちはわかるが、無茶するなや。そんなの、お前の親父は望んじゃいねぇだろ」

 

 父王ビャッコウラーの仇を取る──激情のまま、危うい決意を固めかけたナミルネスを見兼ねて、セトが溜息を吐いた。それでも何か言いたげなナミルネスへ、一言。

 

「やるなら、確実に仕留めて生還しろってこった」

 

 その決意は否定しないが、今ではない、と。生存したものの、BP0のままのナミルネスでは、グリフィ・オールに到底敵わない。仮にBPで上回れていたとしても、光黄の手札には再び[フルーツチェンジ]が回収されているはずだ。ブロックしたところで、何ひとつ勝ち目がない。

 

 ガイとしても、展開の要であるナミルネスをここで捨てるつもりはなかった。セトに諌められしゅんと身を引いたナミルネスに、わかってくれたことへの感謝を込めて、ゆっくり頷いた。そして、柔らかくした表情を、再び引き締めて、眼前に迫るグリフィ・オールへしっかりと宣言する。

 

「そのアタックは、ライフで受ける」

(ライフ:4→3)

 

 グリフィ・オールの羽ばたきから放たれた火炎の旋風が、ガイのライフを焼き払う。ライフダメージも、痛みというよりは熱さの形で襲いかかってきた。それでも、普段から身体を鍛えており、バトルにも慣れているガイは少し苦痛に顔を歪めるだけで、フィールドから目を離さない。

 

「続け、[クダギツネン]!」

 

 BP0のナミルネスだけが残ったフィールドへ、弱く小さなクダギツネンまでもが、元気良く駆けていく。ぴょこん、ぴょこんと、かわいらしい跳躍音を立てながら走るクダギツネンを見て、彼を迎え討つほどの力も残されていないナミルネスが歯痒そうにしていた。

 

「それもライフだ」

(ライフ:3→2)

 

 クダギツネンが軽やかに、ガイのライフへ突進する。小さな体の突進は、ぶつかった際の痛みも小さい。だが──相変わらず毅然としたガイに、クダギツネンは一瞬だけたじろいでいだ。普通はスピリットに人間がたじろぐような力関係のはずなのに。そのせいで、ライフによるダメージよりも、ガイの心にダメージが行くこととなってしまった。

 

「むぅ…………」

 

 今のガイすごく複雑そうで、いっそ一周回って呆然としているようにさえ見える。

 

「……あの、青葉さん。どうしたんだ?」

 

 初対面から一度も見たことがないガイの表情に、光黄が戸惑っていた。そもそも彼は感情が表に出づらい人物なのだから、なおのこと気掛かりだ。

 

「あー、あいつの唯一デリケートなとこなんだ。気にすんな」

 

 本人に代わって、セトが苦笑混じりに答えた。セトとは違って、ガイは自分の容姿で怖がられることを、見かけ以上に気にしている。

 

「……わかった。ありがとう。

 俺はこれでターンエンドだ」

 

 続きを促してくれたセトに感謝を伝えて、光黄はターンエンドを宣言した。

 

○光黄のフィールド

・[クダギツネン]〈1〉Lv1・BP1000 疲労

・[翼神王グリフィ・オール]〈2〉Lv2・BP6000 疲労

・[黄の聖遺物]〈2〉Lv2

・[朱に染まる薔薇園]〈0〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 9 PL ガイ

手札:5

リザーブ:15

 

「ほら、さっさとしろ」と、セトが使い手を急かした。双方同意の上とはいえ、異世界からの客を引き止めて手合わせしてもらっているのだ。「ああ」と、いつもより重く頷いて、ガイはターンを進める。

 

「メインステップ。

[巨顔石の森]をLv2で、[海帝国の秘宝]をLv1で配置」

 

 顔を象った不思議な石たちが、ごろごろと、[イエローサン]に焼き払われたガイのフィールドに転がる。ネクサス・[巨顔石の森]によってフィールドにばら撒かれた石の数々。それらに守られるように、フィールドの後方中央に安置されたのは、青い三つ首龍の像・[海帝国の秘宝]だ。

 

「出たなっ、巨顔石……!」

 

 真っ先に反応したのは、アンジュだった。同じチームな割に、戦慄しているようである。

[巨顔石の森]が存在する限り、互いのトラッシュにあるカードすべての使用は封じられる。セトの化神タイフォームは、そのアタック時効果で相手のデッキのカードをトラッシュに落とすが、このネクサスがあれば、トラッシュからの奇襲も、グリフィ・オールの召喚時効果ような回収手段も封じることができる。イシスから授かった初陣で同じネクサスを相手取ったアンジュは、その強力さをいちばんよく知っていた。

 

「続けて、[砂海賊神官ヒトコブ]をLv4で召喚。

「獣頭」のアルティメット召喚により、セトに《神託(コアチャージ)》。

 

 召喚時効果で、ボイドからコア1個を、カード名に「砂海」を含むヒトコブ自身へ」

 

 フィールドへゆっくり歩み出たのは、聖職者のような衣装とふさふさとした毛並みを纏った、ラクダの獣人・[砂海賊神官ヒトコブ]。その名のとおり、背中には、特徴的なこぶがひとつ。種族柄穏やかな顔立ちな彼は、戦の前に、恭しくセトへ祈りを捧げた。頭を上げて、杖を掲げると、空から一滴の雨粒のように、ぽつりとコアが降ってきた。掌に降ってきたコアを握り締めて、前を向いた。

 

 セトがちら、と、ガイの方を見た。使い手たるガイは、こくりと頷き返し、手札に抱えていたセトの化神を掴む。

 

「抜山蓋世! 勇往邁進! 砂海の神は嵐の如く、立ち塞ぐすべてを破壊する!! [砂海嵐神タイフォーム]、Lv4で召喚!!

 

「獣頭」のアルティメット召喚により、セトに《神託》。これで、セトはコア5個・Lv2だ」

 

 セトがLv2になったことで、フィールドに砂嵐が吹き荒れる。そして、ガイのフィールドの中央で砂塵の竜巻が巻き起こる。竜巻の中から姿を現したのは、人間の上半身と馬の首から下の全身を持つ、巨大なケンタウロスのような姿。現れた化神へ、ヒトコブは自身の召喚時効果によって増やしたコアを、喜んで捧げた。

 

 向かい合うタイフォームに再び身構えた光黄へ、ガイはしっかりと視線を合わせた。

 

「アタックステップ。

 征け、タイフォーム!

 

 アタック時効果で、相手のデッキの上から3枚をトラッシュへ。その中にコスト3/6のカードがあれば回復する。

 だが、この時ヒトコブのLv2効果で、タイフォームの効果に書かれた“コスト3/6”を“コスト2/3/6/9”に変更する。」

 

 タイフォームの健脚が、渇いた土を蹴る。砂を吹き上げる暴風を追い風に変えて突き進む。

 

 タイフォームの効果で、光黄のデッキの上から3枚がトラッシュへ落とされる。その中の1枚が、セトの目を引いた。

 

「……[創界神ラー]、か」

 

 平時より真剣な声色で、その名が呼ばれる。セトたちが属するエジットの頭目ラー。別の世界で作られた彼のカードが光黄のデッキに入っているとは。

 

 ガイも、ラーのカードを目にして、ほんの一瞬だけ目を丸くしていた。天然もののポーカーフェイスな彼にしては珍しい、大きめなリアクション。だが、すぐに気を取り直して、表情を引き締める。

 

「コスト2・[創界神ラー]を確認。タイフォームは回復する。

 

 さらに、セトのLv2【神域(グランフィールド)】発揮。「獣頭」のスピリット/アルティメットがアタックしている間、相手はマジックカードと【アクセル】を使用できない」

 

 フィールドに吹き荒れる砂嵐は、光黄の手札にまで襲いかかってきた。彼女の手札に蓄えられていた多彩なマジックカードたちが、セピア色に染まり、力を失っていく。まるで、水分を奪われ渇いていく地面のように。

 タイフォームには、青の創界神からコアを置くことで相手のアタックステップ終了効果に対するメタ効果を発揮する【界放】を持つが、ガイはこの【神域】を維持するために、あえてそれを使っていなかった。

 

「問答無用でマジックを封じる効果か。これは、さすがの光黄ちゃんもきついか……?」

 

 この場で最も光黄との付き合いが長いミナトが、微苦笑を浮かべる。ミナトにとっても光黄は仲間なので、中立に寄りつつも、やはりどちらかといえば彼女に勝ってほしいと思うものだ。が、マジックによる防御やコントロールを軸とした光黄のデッキには、セトの【神域】があまりにも刺さりすぎている。

 

「ライフで受ける!

 この時、[黄の聖遺物]のLv2効果で、デッキから1枚オープン!」

 

 ミナトの察しどおり、マジックを封じられた光黄は、フラッシュタイミングで防御する手段を失っていた。[黄の聖遺物]に賭けて、ライフで受けると宣言する。

 オープンされたのは、[堕天神龍ヴィーナ・ルシファー]。ついに手札に引き込まれた、光黄のエース。だが、黄のマジックカードではないので、ライフダメージは防げない。タイフォームが携えた長柄の武器が、光黄のライフを叩き砕く。

 

「くっ……!」

(ライフ:4→3)

 

 ライフダメージに小さく呻く光黄。得意のマジックが使えない分、表情に余裕がない。が、だからといって、抗う術がないわけでなく、

 

「ライフ減少により、バースト発動! [大墳墓亀アペシュ]!! Lv2でバースト召喚だ!! 不足コストは、グリフィ・オールから確保!」

 

 ライフが減ったため、セットしていたバーストが発動する。四角錐の建造物──ピラミッドの形をした巨大な甲羅を背負った亀型スピリット・[大墳墓亀アペシュ]。BPが低くなりがちな黄属性にありがたい、「想獣」スピリットの体数に応じたBPバンプ効果を持つスピリットだ。

 だが、BPバンプに必要な「想獣」のスピリットをトラッシュから喚び出すバースト効果は使えない。ガイのフィールドにある[巨顔石の森]によって、トラッシュ利用を封じられているからだ。

 光黄のフィールドにいる「想獣」スピリットは、アペシュ自身とグリフィ・オールのみ。これでは、アペシュはBP16000止まりだ。アルティメットゆえに高いBPを持つタイフォームには及ばない。

 

「アタックステップは続行。もう一度、タイフォームでアタックだ!

 先と同様のアタック時効果で、再びデッキの上から3枚をトラッシュへ」

 

 それを見兼ねて、ガイもアタックステップを続行する。自陣へ帰りかけていたタイフォームは、キィッと強く土を蹴る音を立てながらUターンし、再び光黄のフィールドへ向けて駆けた。

 

「コスト3・[シンフォニックバースト]を確認。タイフォームは回復する」

 

 今回も、捲られたカードは、タイフォームの効果の対象となるカードだ。力を得たタイフォームが、走りながら雄叫びをあげた。その後ろで、眷属たちが「やっちゃってください、セト様!」と言わんばかりに、黄色い声援を送っている。

 

「それもライフだ!

 もう一度、[黄の聖遺物]Lv2の効果で、デッキの上から1枚オープン!」

 

 セトの【神域】は依然として展開されたまま。光黄は再び、タイフォームのアタックをライフで受けた。

[黄の聖遺物]の効果で捲られたのは[鳳凰竜フェニック・キャノン(RV)]。黄のマジックカードでないため、再びライフを削られる。

(ライフ:3→2)

 

「続けるぞ。さらにもう一度、タイフォームでアタック!

 

 先と同様のアタック時効果で、再びデッキの上から3枚をトラッシュへ」

 

 疲れ知らずのタイフォームは、まだまだ止まらない。此度のアタックで落とされたカードの中にも、コスト3の[ガトーブレパス]があった。三度、タイフォームが回復する。

 光黄は現在ライフ2。そろそろBP負けを覚悟でアタックをブロックしなければ、後がない。

 

「そのアタックは、アペシュでブロック!」

 

 彼女のフィールドで最もBPの高いアペシュが、使い手たちを守らんと打って出る。だが、BPは16000。タイフォームLv4のBP21000には及ばない。

 

 が、その時だった。

 

「フラッシュタイミング! 【天雷(テンライ)】発動!!」

 

 今までフラッシュタイミングで沈黙していた光黄が、高らかにフラッシュ効果の使用を宣言した。セトの【神域】でマジックも【アクセル】も封じられているはずなのに──これには、ガイも「む……?」と疑問を露わにしている。傍らにいるセトも「あぁん?」と、ややガラの悪い声を出していた。使い手も創界神も共に「歴戦」といえるであろう彼らでさえ、聞き覚えのない効果。ならば、きっと光黄が使おうとしているのは──

 

 事実、掴まれたカードは、力と色を失ったマジックカードではなく。

 砂の混じった風が、音を立てるほどに強くなる。天から、低く唸るような遠雷の音がする。セトの起こす砂嵐とは、別の嵐。その予兆に、鋭い感覚を持つ獣人たちが勘づきざわつく。だが、彼らの使い手であるガイはというと、至って冷静──いや、平静は失っていないけれど、高揚している。なぜなら、ここに立っているのも、すべては“彼”と戦いたかったためなのだから。

 

「自分のスピリットのバトル中、このスピリットを疲労状態で召喚する事で、このスピリットをバトルに加える!

 

 瞬光雷進! 色欲の咎を持つ雷竜! 戒めのない自由な天を舞い、地上の敵に轟雷の光を下せッ! [雷光天龍ライトボルディグス]、天雷召喚ッ!!」

 

 ピカッ! と、雷鳴一閃。タイフォームとアペシュの間に割って入る、眩い稲光。まさに、天から落ちる雷のように現れたのは、セトが初めて光黄らと対面した時にも見た、黄金の翼竜そのものだった。

 この時、不足コストは[クダギツネン]と[黄の聖遺物]から確保され、前者は消滅。後者はLv1にダウンしている。

 

「来たか、ライトボルディクス……!」

 

 対戦相手が打ってきた逆転の兆しを、ガイは好戦的に笑って歓迎した。ニヤリと笑い口元を緩める。普段顔に感情が表れづらい彼だからこそ、心底からライトの登場を心待ちにしていたのだとわかった。普段から冷静で自制できる性格だからわかりづらいだけで、ガイもまた、相棒であるセトに負けないくらい、熱く激しい戦いを好んでいるのだ。

 

『ええ! 雷光天龍ライトボルディグス、光黄様の求めに応じ、罷り越してございます!

 見ていてください、お嬢様方! ここからが私の真骨頂──』

「ライト、頼むから、今は目の前のバトルに集中してくれ」

『あっはい』

 

 快く応え、ついでに観客の女性たちにアピールをしようとしたライトは、すかさず光黄に止められた。だが、幸い、観客の女性のひとりであるアンジュが「ライト君かっこいい!!」と早くも大興奮だ。とはいえ、マミは苦笑しているし、イシスに至っては、ディオニュソスを監視するため不本意ながら離席中だが。

 

「ライトが【天雷】で召喚された時、こいつはバトルに加わり、BPとシンボルはバトルしているスピリットの合計とする。

 

 ライトはBP6000、アペシュはBP16000。よって、BPは合計22000!」

 

 押されかけていたアペシュの元へ、ライトが助太刀に入る。2体合わせて、BP22000。これで、タイフォームのBPを僅か1000の差で上回った。すばしっこいライトがタイフォームを牽制し、アペシュを攻撃から遠ざける。そのおかげで余裕の生まれたアペシュは、目を瞑って、力いっぱいタイフォームへ突進した。巨大な甲羅を背負うアペシュは、重量も相応に大きく、タイフォームを後退させることに成功する。

 

「おいコラ、せっかくの勝負に水を差すったぁどういう了見だ!?」

「セト、落ち着け。そういうカードだ」

「ちっ、わかってるっつの……! あっちの手札に[フルーツチェンジ]がなければ、すぐにでも射てやってたのによ」

 

 戦いを見るのも自分で戦うのも好きな戦神のセトは、真剣勝負に割り込まれるように見えたようで、少しご立腹のようだった。ましてや、その効果で自慢の化神を破壊されるのだから、苛立ちもなおさらだろう。

 セトの【神技:4】であれば、バトルに参加しているライトかアペシュのどちらかを破壊できるが、そのためにコアを費やせば、マジックと【アクセル】を封じる【神域】を維持できなくなる。片方を除去したところで、バトルはもう片方のスピリットが続行しているのだ。そこへ[フルーツチェンジ]で互いのBPを入れ替えられれば、結局タイフォームのBP負けという結果に終わってしまうのだ。

 

 ガイの手札は1枚。スピリットと比べ受けられるサポートが少ないアルティメットのBPを上げられるカードはそう都合良く握られていなかったようで。彼はフラッシュ効果の使用を宣言することなく、タイフォームの負け戦を固唾を呑んで見守る。

 

 後退したタイフォームが態勢を立て直す前に、鈍足なアペシュに代わって、ライトが飛んだ。タイフォームへ雷電の光線を放ち、動きを封じる。

 

『さあ、決めますよっ!』

 

 自慢の雷速でタイフォームに肉薄し、電撃を纏った角を素肌に一刺し。激痛にタイフォームが小さな悲鳴を上げる。それに目もくれず、ライトが力いっぱい角を引き抜くと同時に、白みのかかった閃光を伴った爆発が発生。タイフォームのいたフィールドには、落雷に見舞われたように、黒い焼跡だけが残っていた。

 

『私にかかれば、むさ苦しい野郎なんてこのとおりです! いかがでしたか、お嬢様がた!』

 

 敵のエースを討ち取るという大金星を上げたライトは、誇らしげにフィールドを飛び回り、再び観客の女性たちにアピールする。

 

「うんうん! かっこよかったよ、ライト君! 本当に稲妻みたいで、あたしびっくりしちゃった!!」

 

 相変わらずポジティブなアンジュは、ライトへ素直な感想を伝える。おかげで、ライトはさらに鼻の下を伸ばして『お褒めに預かり恐悦至極にございます!』と興奮気味に感謝を述べていた。

 

「へぇ、ちょっと見直したかも」

 

 ミナトもこれには感嘆しており、ライトには聞こえないように、ぽつりと呟いた。もし聞かれたら、さらに調子に乗られそうだから。

 

「負けは認めるが、これだけ言わせろ。今の性別関係ねぇだろうが!!」

 

 不貞腐れたセトの指摘に、今はライトの味方であるはずの光黄が、うんうんと頷いている。実際、ライトの【天雷】の発揮に、性別は全く関係ない。

 

「だが、見事なカウンターだった。やはり、黄空は強いな」

 

 一方、不貞腐れているセトに反して、彼の使い手であるガイは、いっそ晴れやかな顔をしているようにも見えた。デッキのエースである化神を失ったが、それでこそ胸を借りた甲斐があるというもの。純粋な称賛の裏で、密かに、静かに、さらに闘志を滾らせる。

 

「エンドステップ。

[巨顔石の森]のLv2効果で、デッキから2枚ドロー。そうした時、自分の手札が3枚以下になるよう破棄する必要があるが、俺の手札はちょうど3枚なので、手札は破棄しない。

 

 ターンエンドだ」

 

 光黄の残りライフは2。彼女のフィールドにはグリフィ・オールがブロッカーとして残っており、ナミルネスとヒトコブだけでは攻め手が足りない。

 

[巨顔石の森]のLv2効果で減った手札を補充しつつ、ガイはターンエンドを宣言した。

 

 

○ガイのフィールド

・[砂海王子ナミルネス]〈2〉Lv4・BP6000

・[砂海賊神官ヒトコブ]〈2〉Lv4・BP6000

・[巨顔石の森]〈1〉Lv2

・[海帝国の秘宝]〈0〉Lv1

・[創界神セト]〈5〉Lv2

バースト:有

 

 

 

 その頃。吹き荒ぶ砂嵐や雷鳴の音に隠れて、上空で鳴き声がした。甲高い、鳥の鳴き声。だが、普段この空を飛んでいる鳥たちにしては、声量が大きい。翡翠の不死鳥と、歪な翼の黒竜。前者は見覚えがあるはずのものだが、バトルに目を奪われている子供たちには気づけない。

 

 代わりに、ディオニュソスの監視のついでに、たまたまこちらに接近してくる存在を察知していたイシスが声を上げる。

 

「ゲイル・フェニックス・ホルス……! どうしてここに……?」

 

 見上げる空を舞っている鳥は、たしかに、彼女が愛するホルスの仲間だ。見間違えるはずがない。だが、鳥頭でも、聡明で我慢強くもあるホルスが、不用意にこの島でスピリットを召喚するとも思えない。イシスとしては、愛し子との思わぬ再会を喜びたいところだが、わからないことが多すぎる。

 

 一方、最初から退屈を紛らしてくれる玩具(あいて)を求めていたディオニュソスは、上空の影を見留め、口角を吊り上げた。

 

「へぇ。面白いおまけがついてきたねェ」

 

 こちらの世界に存在しないはずの竜。それだけでも興味深いのに、化神であるゲイル・フェニックス・ホルスまでついてきたのだ。その主・ホルスといえば、イシスが我が子のように愛する創界神であり、かつてディオニュソスによって理想を踏み躙られた創界神である。

 

「……ホルスに、手出しはさせません」

 

 イシスが、鋭く、冷たく、ディオニュソスを睨んだ。神世界では、彼の悪辣にホルスが弄ばれる様を見ていることしかできなかったけれど、今は違う、と。同郷のセトとオシリスからも密かに恐れられていただけある彼女は、神性を失ってなお威圧感を感じさせる。

 

「彼に手を出したことなんて、一度もないんだけどなァ?」

 

 だが、そんなイシスの様子を、ディオニュソスは鼻で笑った。声色は困った風を装っているが、顔はニヤニヤしている。

 

「惚けないでください! そもそも貴方がいなければ、アヌビスも、ゼウスも……!」

 

 大人しくなるどころか、よりイシスの神経を逆撫でするような言動に、イシスは声を荒げた。

 

 ホルスの理想を踏み躙ったのはゼウス=ロロ、さらに追い詰めたのはアヌビス──傍から見ればその通りで、ディオニュソスの言葉は間違っていないように見える。が、まずアヌビスを謀反へ駆り立てたのがゼウス=ロロであり、そのゼウス=ロロを唆し、影からすべてを操っていたのがディオニュソスだ。実行犯ではないけれど、そもそも彼がいなければ、ホルスも受難を逃れていたはずなのである。

 

「おやおや、随分と過保護だねェ。可愛い子には旅をさせるのが、お前の流儀じゃなかったのかい?」

 

 ついに声を荒げたイシスに対しても、ディオニュソスは嘲笑を絶やさない。むしろ、その反応を待っていたと言わんばかりに、笑みを深めてさえいる。

 

「そもそも、彼の謀反も、我のお目こぼしがあったからこそ成功したようなものじゃないか。巣立ちの舞台を彩ってあげたことに感謝されるのならまだしも、そんな風に怒りをぶつけられるのは心外だなァ」

 

 諭すような声音を発しつつも、口元は歪められたまま。一世一代の反逆も掌の上の出来事に過ぎず、気まぐれ次第でどうにでもできたのだと、イシスの愛し子を嗤う。

 元来イシスは、愛する者や世界のためなら自身の死さえも受け入れられるほど献身的な創界神だ。自身への侮辱よりも、愛するホルスへの侮辱に怒りを駆り立てられる傾向にあった。ゼウス=ロロをはじめとした強大な創界神の心を弄び、神世界に狂乱を巻き起こしたディオニュソスのことだから、きっとイシスの心のいたぶり方も熟知している。

 それでもなお、唇を噛み締め、怒りを堪えるイシス。バトルの喧騒から離れた静かな一角に、ディオニュソスの唇の隙間から零れる嘲笑だけが微かに聞こえていた。

 

 が、そんな膠着を破るように、風が吹いた。晴天には似合わない、肌を打つような風。微かな違和感にイシスとディオニュソスも気づいた次の瞬間には、もう──

 

「ゲイル・フェニックス・ホルス! いっけぇえええええええええッ!!」

「待った待った待った待った!? 俺まだ心の準備が────!?」

 

 ディオニュソスの腹に、突然飛んできたゲイル・フェニックス・ホルスが激突! 後方へ突き飛ばす形で、イシスからディオニュソスを引き離した。

 

「イシス! 何もされていないな!? 大丈夫だよな!?」

 

 突撃に伴う号令の主は、ゲイル・フェニックス・ホルスを駆っていたホルス。先に飛び降りていた彼は、イシスへ駆け寄った。

 

 そして、その反対側では、

 

「おい、ホルス……! いきなり『低空飛行する鳥の背中から飛び降りろ』って言われても、無理に決まってるだろうが…………!」

 

 加速したゲイル・フェニックス・ホルスから振り落とされ、うつ伏せに倒れているツバサの姿が。どうやら受け身に失敗したらしい。地面にぶつけた顎が赤くなっている。

 呼びかけたホルスからは、返事がない。代わりに、

 

「おっ、おい……大丈夫か?」

 

 ゲイル・フェニックス・ホルスの後に続いていたシュオンが着地し、彼の背中から降りた烈我が駆け寄る。

 

「本音を言うと、帰りたいです……」

 

 顔を上げて、烈我へ本音を告げる。ツバサ本人のぐったりとした声色、枯れた雰囲気も相まって、一度ゆっくり休ませたくなるほど、疲労の色が濃い。

 

「……ごめんな。もうちょっとだけ、付き合ってくれないか?」

 

 烈我も、ここまで来ると、付き合わせていることに申し訳なく感じてきた。切実な声音で、謝罪とお願いを口にする。

 

「大丈夫です。足も変に打ったみたいなので、帰りたくても帰れません……烈我さんたちは、俺に構わず先に行ってください」

 

 それだけ言うと、ツバサはがくりと顔を下げ、動くのをやめた。心身の疲労が溜まって、起き上がるだけの体力もないようだ。

 

「ああ……それはありがたいんだけど、えっ? 本当にいいのか?」

「と、とりあえず、しばらく休ませてやろうか。シュオン、ツバサさんを日陰に運んでもらえないか?」

『おっ、おう……』

 

 少しお人好しな烈我と絵瑠には、さすがに放っておけなかったようだ。仲間たちのもとへ駆け出す前に、動けないツバサへ手を貸してやることにした。シュオンも、元からツバサの振り回され様に同情していたからか、絵瑠の指示を存外素直に受け入れた。倒れたツバサを頭で掬い、背中で横たわらせてやってから、適当な木陰へ運んでやる。一見すれば、竜と人が共存するファンタジーの1ページのようではある。

 

 が、彼らの目の前では、

 

『絶対に離すんじゃねぇぞ、ゲイル・フェニックス! ……あぁ? 「ゲイル・フェニックス“・ホルス”だ」って!? ンなのどっちでもいいだろうが!!』

 

 ミニサイズのバジュラが、ゲイル・フェニックス・ホルスと言い合いながらも、ディオニュソスを取り押さえていた。起き上がれないように、ゲイル・フェニックス・ホルスの足が、ディオニュソスの身体を押さえつける。

 尤も、

 

「やれやれ。いくら我に会いたかったからって、少々挨拶が情熱的すぎるのではないのかい?」

『うるせー知るか! むしろ二度と会いたくなかったくらいだ!!』

 

 やはりこのディオニュソス、懲りない。

 

 なぜゲイル・フェニックス・ホルスに激突されたのかわかっていない、というよりは、すっとぼけているディオニュソスに、バジュラがぎゃんぎゃんと吠え立てる。何せ、バジュラの冠する罪は“憤怒”。怒りそのものをアイデンティティとし、高まる激情を力に変える性質を持つ彼は、とてつもなく煽り耐性が低いのだ。

 ゲイル・フェニックス・ホルスも、甲高く、落ち着かない様子の鳴き声を上げている。バジュラの応答に対して「そーだそーだ!」と同意しているようだ。

 

「つれないなァ……我はまた会いたいと思っていたのに。特に、恐竜クン? こう見えて、我は、あれからお前のことを考えなかった日は一度もないくらい、お前のことを気に入っているんだよ?」

 

 予想外にもディオニュソスに名指しされたバジュラは「おっ、おう……?」と間の抜けた声を出してしまった。代わりに、ゲイル・フェニックス・ホルスがジトッとディオニュソスを見下ろしている。「嘘吐け」という副音声が聞こえてきそうだ。

 

「化神に気を取られていたお前が捕まった時の様は、実に愉快だったよ。苦痛に歪むお前の表情もまた素晴らしかった。何より、我なんかに“潰される”と悟った時の哭き声と来たら──」

『クソがッ! お前の言葉をまともに受け取った俺が馬鹿だったぜこんちくしょうッ!!!』

 

 僅かに恍惚の色すら浮かべて、バジュラを“潰した”時の愉悦を反芻するディオニュソス。もはやバジュラは、まともに取り合おうとした自身にさえも苛立ちを募らせてしまうほど、怒りという怒りを抑えられずにいた。明らかに平静を欠いてしまっている。というか、若干サイズが大きくなっている。キラーの時と同様に、溢れる激情から、本来のサイズで実体化しつつあるのだ。

 

 それでいちばん困っているのは、ゲイル・フェニックス・ホルスだ。大きな翼を、バジュラの視界を隔てる壁にするよう広げて制止しつつ、足はディオニュソスをより強く押さえ付ける。内心では「ホルス様もう限界です、早くこっち来てください」と思っている。

 

 そして、そのホルスはというと、

 

「よかった……どこも異常はないようだな」

 

 イシスの安堵を確認し、安堵の溜息を吐いた。吐き出された息は、ホルスにしては深い。

 

 安堵するホルスの姿に、イシスは目を丸くした。対立する思想を掲げていたから、神世界では、愛する彼から良い感情を抱かれていなかった。口にする愛情も、所詮は口だけのものとさえ思われていただろう。だが、真意を明かせた今、ホルスはイシスの無事を安堵して(よろこんで)くれている。驚き以上の歓喜が、心の底から溢れ出してきた。

 

「ええ、そこはなんとか……」

 

 本当は、自身のことよりも、ホルスのことを嘲笑われて、胸が苦しかったけれど。その言葉は、ぐっと呑み込んでおいた。代わりに、とびきりの優しい微笑を浮かべて、

 

「貴方に守ってもらえる日が来るなんて……わたくしは、とても幸せです」

 

 偽らざる本音を語る。すくすくと成長してなお、少し低い位置にあるホルスの頭を、ゆっくり撫でた。

 

「あ……おいおい、やめてくれよ。オレ、もう子供じゃないんだぞ?」

 

 撫でられたホルスは、顔を紅くして拒否の言葉を口にした。だが、うっかり顔が綻んでいる。内心、まんざらでもなさそうだ。

 

「ふふ、そうですね。貴方はわたくしよりも遥かに高いところへ、巣立っていってしまったのですから……」

 

 互いに笑顔を交わす──けれど、神世界では叶わなかった奇跡のような状況に、イシスはの瞳は若干潤んでいた。

 

「……ああ。これからは、オレがイシスを守るよ」

 

 嬉し涙の滲むイシスの目を真っ直ぐ見て、ホルスはしっかりと誓った。ようやく夜明けを迎えたエジットでは、イシスやセトを含む、これまでエジットを守り導いてきた神々が消滅し、スピリットとして──エジットの住民として、生まれ変わっている。思想が対立していたというのは過去の事実。新たな最高神の座に就いたホルスには、生まれ変わったイシスを守護する義務があるのだから。

 

 だが、イシスとホルスが、互いの成長や愛情を確かめ合っていた、その最中。

 

 ゲイル・フェニックス・ホルスは見てしまった。

 妙な行動を起こさないよう、ずっと見下ろし監視していた男の顔から、表情が抜け落ちていたことに。表情だけではなく、唇の隙間から零れるような嘲笑も。けれど、瞳に滲んだ狂気は変わらない。

 思わず、足から力が抜けてしまった。嗤うことをやめた彼の纏う雰囲気は冷たくて、化神にして神皇とはいえ、スピリットであるゲイル・フェニックス・ホルスは、不覚にも萎縮してしまっていた。

 

「おや? さっきまでの威勢はどうしたのかい?」

 

 ふと、その男──ディオニュソスから声をかけられ、ゲイル・フェニックス・ホルスは我に帰る。再びディオニュソスの顔を見下ろすと、平時の如く、他者の苦痛を何よりもの愉しみとする狂気の創界神のそれに戻っていた。

 

「ごめん、待たせたな、バジュラ! 光黄たちのところに行くぞ!」

 

 未だ狐につままれたような気分のゲイル・フェニックス・ホルスの思考は、バジュラの使い手の声を受けて、一旦中断された。その隣には、神世界で縁を結んだ主の姿もある。

 

「? どうしたんだ、ゲイル・フェニックス?」

 

 その主──ホルスは、ゲイル・フェニックス・ホルスがやや挙動不審であることに気づいたようだ。少し心配そうに、翡翠の不死鳥の顔を見上げる。

 

「……お前、ゲイル・フェニックス・ホルスに何か手を出したな?」

 

 ホルスがいつも以上に不安そうなのは、ついさっきまで取り押さえさせていた相手がディオニュソスだから、というのもあるだろう。

 

「我も随分と嫌われたものだねェ。まだ何もしていないのに」

「おい、今『まだ』って言ったな?」

 

 本人は容疑を否認しているが、その時の台詞さえ、ホルスをさらに不安にさせるものだった。「まだ」ということは、これから何かするつもりだったのか。疑惑の視線をディオニュソスへ向け、じろっと睨む。

 

「相変わらず疑り深いなァ。そもそも、そんなに大切なものなら、ちゃんと守ってあげないと」

 

 呆れたような顔を作って、ディオニュソスは溜息を吐いた。が、直後、溜息を吐いたのと同じ口から、くすりと微かな嘲笑が零れる。

 

「──まあ、王座を継いで早々、オリン(こっち)にエジットを支配されたような暗君には、土台無理な話だろうけれどねェ? アハハハハハッ!」

 

 可笑しくてたまらないと言わんばかりの大笑。その支配さえも、ディオニュソスがゼウス=ロロを通して行った戯れの一環なのだから質が悪い。

 

「こいつ……! どこまでもエジット(オレたち)を舐め腐りやがって……!」

 

 ホルスの右手が、拳を握ったまま震えている。それでもなお振り上げられることがないのは、ここで挑発に乗ってはディオニュソスの思う壺だと理解しているからだ。

 怒り心頭の主を見て、ゲイル・フェニックス・ホルスが落ち着かない様子で周囲をきょろきょろ見回す。まるで、誰かに助けを求めているようだ。

 

「あー、えっと……よくわからないけど、こんなところで油売ってる場合じゃないって、ホルスさん!」

「っ…………ああ、そうだな。悪い、烈我……神世界(あっち)でのことで、つい…………」

 

 だが、よくわからないなりにこちらを諭そうとする烈我の声で、ホルスは、今本当にすべきことを思い出した。今の身体は人間だが、自分よりも遥かに年少の人間に見苦しいところを見せてしまった、と、怒りの代わりに湧いたのは、ほんの少しの不甲斐なさ。

 

「大丈夫。俺はもっと怒りっぽいやつに慣れてるから」

『おい待て烈我! それはどういう意味だ!?』

「だからそういうとこだって!」

 

 だが、烈我はホルスへにかっと笑ってみせてくれた。実際、“憤怒”の罪を冠するバジュラと比べたら、ホルスの怒りは責めるほどのものでもないのだろう。引き合いに出されたバジュラは、少々ぷんすこしていたが。

 

「……はは、ありがとう。少し気が楽になったよ」

 

 その微笑ましさにつられるように、ホルスもゆっくりと苦笑を浮かべる。自分へ言い聞かせるように、「……よし」と一度大きめに頷いて、

 

「ゲイル・フェニックス、ここまでありがとな。こんなのに構ってないで、さっさと行こう!」

 

 いちばんの懸念事項がここにいるのなら、仲間たちに危害が加わっていることもないだろう。目指すは、ソウルコアの赤光に包まれたバトルフィールド。先程までの怒りを振り切るように、ホルスは爽やかに呼びかけ、駆け出した。

 

 

 

「なぁんか、外が騒がしいな……」

 

 バトルフィールドの外、なぜかここまで聞こえてくる突風の音や甲高い鳥の鳴き声に、セトは眉を顰めた。確実に、何かをやらかされている。ナンなら、微かに聞こえる鳥の鳴き声は、セトも神世界にて聞いたことがあるものだった。

 

「どうかしたのか?」

 

 不機嫌そうな顔のセトに気づいた光黄が、声を掛ける。

 

「ああ、こっちの事情だ。悪いな。お前の番だぜ」

 

 バトル中に他所見をするという非礼を侘び、セトは光黄に処理の続行を促した。フィールドに意識を戻した彼は、ニヤリと獰猛に笑って、

 

「俺の化神を倒しやがったんだ。もっと面白ぇモン、見せてくれや」

 

 あえて挑発的な態度をとる。自ら戦場に立つだけでなく、血湧き肉躍る試合を観ることも好むエジットの戦神は、使い手同様、この先の光黄の動きを楽しみにしていた。

 

「ああ。言われなくても、そのつもりだ!」

 

 戦を本懐とする神から、試されるような感覚。獰猛な笑みは、まるで獲物を見つけた獣のようでもあって、恐ろしさを駆り立てられるけれど、その程度では決して萎縮しない。同じく好戦的に笑い返して、巡ってきた自分のターンに臨む。

 

 

 

 ──TURN 10 PL 光黄

手札:10

リザーブ:9

 

「メインステップ。

 ──それなら、そっちの望みどおり、俺のエースを見せてやろうか!」

 

 光黄は、手札の中から1枚、カードを掴む。それは、[黄の聖遺物]の効果によって手札に迎えられていた、光黄のデッキのキースピリット──

 

「来たれッ! 煌き羽ばたく堕天の龍よ! 地に堕ちしその身を再び天へと羽ばたき降臨せよッ!」

 

 ソウルコアの結界が映し出す上空に、さらなる暗雲が立ち込める。唸る遠雷の音。ここまでは、ライトが登場した時と似ているが、その竜は、雲間から差し込む光と共に、ゆっくりとフィールドへ降りてきた。

 

「[堕天神龍ヴィーナ・ルシファー]、Lv.3で召喚ッ!!」

 

 上品な金色に、天から舞い降りる天使のような佇まい。だが、その身体の一部や、2対6枚の翼の片側は黒く染まっている。

[堕天神龍ヴィーナ・ルシファー]。かつては美しき金星神龍と呼ばれたスピリット。身体の一部に黒が染みついてなお、立ち振る舞いは堕ちる前と何ひとつ変わらず、むしろ気高さを感じさせる。フィールドに降り立った彼女の咆哮は、空を覆っていた暗雲を吹き飛ばした。

 

「[堕天神龍ヴィーナ・ルシファー]……黄空のキースピリットか」

 

 ヴィーナ・ルシファーを見上げるガイの視線は、畏怖よりも期待に満ちている。何せ、光黄とあろう強者が「エース」と豪語するほどの切札なのだから。

 

「さらに、[朱に染まる薔薇園]をLv2に。これにより、同ネクサスの効果で、俺の手札にある赤のスピリットカード/ブレイヴカードすべての軽減シンボルすべてを黄としても扱う。

 

 よって、5コスト2軽減で、異魔神ブレイヴ・[砲凰竜フェニック・キャノン(RV)]を召喚! 右にヴィーナ・ルシファー、左にフェニック・キャノンが来るよう、直接合体(ダイレクトブレイヴ)!! 不足コストはアペシュから確保し、こいつは消滅する」

 

 さらに[朱に染まる薔薇園]の効果で軽減シンボルの色を変え、真っ赤な機体の翼竜が、光黄のフィールドへ飛来した。異魔神ブレイヴ・[咆凰竜フェニック・キャノン(RV)]。他の異魔神ブレイヴと同じく、ヴィーナ・ルシファーとグリフィ・オールの背後に控え、便宜上は合体している彼らを強化する。合体の影響か、美しい黄金色の身体を持つ堕天神龍と獣の王は、さらに煌めく火花を身に纏った。

 

「そして、フェニック・キャノンの召喚時効果! 相手のネクサス1つを破壊する! よって、[巨顔石の森]を破壊だ!!」

 

 スピリットがいないため、もうひとつの召喚時効果は不発だけれど──フェニック・キャノンの双翼に1台搭載された砲、そのうち1つが、ガイのフィールドに転がる顔の刻まれた石に狙いを定めた。砲口の先にあるのは、中でも最も大きな石。ドン! と大きな砲声と同時に、撃たれた石が砕け散った。砕かれた巨顔石は、ネクサスの核となっていたものらしく、地面に転がっていた他の石も黒い砂へ姿を変え、消え去ってしまった。

 

 それと、ほぼ時を同じくして、

 

「みんなっ!!」

 

 一部の者には馴染みのある、赤髪の少年が、ギャラリーの中へと駆けつけた。

 

「れっ、烈我さん!? どうしてここに……!?」

 

 真っ先に彼へ反応したのは星七。予想外に早くなった再会に思わず度肝を抜かれている。もちろん、良い意味で。

 

「どうしてはこっちの台詞だよ! いきなりみんなしていなくなって……すっっっっっごく心配したんだからな!!」

 

 烈我の目の中には、涙が溜まっている。熱く前向きな心を持つ彼だって、大事な仲間と、愛する人ともう会えないかもしれないという恐怖を抱えながら、やっと仲間の元まで辿り着けたのだ。安堵し、緊張の糸が切れて、抱え込んでいた不安と再開の喜びが、涙の形になって溢れてきた。

 

『ったく、心配かけやがって! というか、俺たちに何の断りもなく平和にバトルとはどういう了見だ!? あぁ!?』

 

 烈我の肩の上では、散々心配をかけてくれた仲間たちに、バジュラがぷんすこしている。彼なりの思いやりだろうか。が、元から烈我が寝坊したことが原因なので、他の面子が先にバトルをしていることを責めるのはお門違いというものである。

 

『星七よ、良い仲間を持ったな』

 

 エヴォルは、口うるさい仲間のことを見事にスルーし、星七に声を掛けてやった。

 

「……うん」

 

 引っ込み思案な星七が憧れ、一歩踏み出し、初めて得た仲間。そんな烈我が涙を流すほどに心配してくれていたことが、彼には少し悪いけれど──少し、嬉しくもあった。友達になって距離が近くなっても、星七にとって烈我は憧れの存在のままだ。自分も彼と同じくらい、仲間を想い、仲間のために自分から動けるようになりたいと、温かな願いが胸を満たした。

 

「……よかった。みんな無事みたいだな」

 

 烈我に続いて、絵瑠も仲間たちの元へ駆けつけ、胸を撫で下ろした。これで、七罪竜の使い手が5人勢揃いだ。

 

「絵瑠!? お前まで、どうして……!?」

 

 烈我だけでなく、絵瑠まで追いかけてきた。その事実に、ミナトは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。純粋な驚きから出たもので、決して他意も後ろめたいこともない、のだが、

 

「なんだ? 私がいたら悪いことでもあったのか?」

「いや、別にそういうわけじゃないけどさ! 俺たちだって帰り方がわからなかった異世界に、お前たちまで来るとは思わn」

『絵瑠様! こいつです! こいつ、異世界に来てなお、対戦相手の淑女の方を口説いてましたッ!!』

「ライトぉっ!? お前バトル中にどうして……!? いや誤解! 全部誤解だから!!」

「へぇ…………」

 

 すうっと、絵瑠の目が細められる。もちろん、笑顔を作っているわけではなく、まるで、視線だけでミナトを詰っているようだ。

 さすがに、このまま言われっぱなしというわけにはいかない。ミナトは、すべて誤解であると、今回ばかりは揺るがない真実を主張し続けるが──

 

「帰ったら、じっっっっっくり話を聞かせてもらおうか?」

「ちょっと待って話聞いて!?」

 

 元々、絵瑠からミナトへの信用は最低に限りなく近い。彼の叫びも虚しく、修羅場の出来上がりだ。

 

「……? 私って口説かれてたの?」

 

 なお、当のマミはというと、口説かれていたという自覚がなかったようだが。

 

「それで、光黄は!? なんか、途中に酒臭くて胡散臭いのがいたけど、光黄は大丈夫なのか!?」

「あぁ、戦況は、まあ見ればわかるだろ?」

 

 次に烈我は、ミナトのほうに駆け寄った。彼の安否を確かめるような言葉を吐かないのは、きっと信頼しているからだろう。

 

 ミナトの指差す先には、赤い半透明の結界に覆われたバトルフィールド。そこには、見慣れた美しき黄金色のスピリットたちに、見慣れない戦装束に身を包んだ想い人の姿が──

 

「光、黄……?」

 

 烈我の口から、いつもの張りを失った声が零れた。その姿に思わず目を疑い、目を奪われて、勢いを失ってしまう。

 

「烈我…………!?」

 

 自分の名前を呼ぶ声に、光黄も、ようやく一瞬だけフィールドから目を逸した。だって、帰ったら真っ先に会いに行こうとしていた相手が、なぜかそこにいるのだから。

 

 それだけならよかったのだが。

 

「いや、そのっ……違うんだ、これは! 俺も、決して好きで着ているわけじゃなくて…………!!」

 

 今の光黄の衣装といえば、銀のビキニアーマーに、黄色いケープ。首から膝上までを覆う黒いインナーのお陰で、露出度は抑えられているが。それでも、光黄自身でも羞恥心を感じているのに、大好きな幼馴染に見られる心の準備など、できているはずがない。

 

 だが、その“大好きな幼馴染”は、にっと溌剌に笑って、

 

「すっごく似合ってるぜ!!」

「……へ…………?」

 

 思っても見なかった称賛に、光黄は思わず、拍子抜けた声を出してしまった。

 彼はお世辞を言うようなタイプではない。そうわかっていても、光黄には、にわかに信じられなかった。褒めてくれているはずなのに、羞恥心は落ち着かない。どころか、むしろ増大しているような──

 

「うっ、うるさいバカ烈! バトル中に水を差すな!!」

 

 ともかく、光黄には心の準備ができていなかった。来るとは思っていなかった烈我が突然ここに来て、少し恥ずかしいバトルフォームを見られ、思いも寄らず褒められ、気分は悪くないけれど──いきなりすぎて、彼の言葉を受け容れられない。嬉しさと照れ臭さが、光黄の中で許容量をオーバーしていた。

 

「えぇぇぇぇぇっ!? なんで!?」

 

 複雑な乙女心など知る由もない烈我は、突然の拒絶にがっくりと肩を落とす。

 

 そんなふたりの様子を見て、

 

「くそっ、じれってぇな……」

 

 セトが、舌打ちをした。さらに、「はぁ」と大きめの溜息も付け加えられる。

 

「……セト、どうした?」

「別に、なんでもねぇよ」

 

 浮かない顔のパートナーに、ガイが尋ねてみたが、いつもの調子で……いや、やや不機嫌そうにはぐらかされた。セトが隠し事をするような態度をとるのは初めてで、ガイにも真意は測れない。

 

「セトさんもいきなり何を言っているんだ!? ……ああ、もう…………!

[朱に染まる薔薇園]をLv1にして、[黄の聖遺物]をLv2に!

 

 アタックステップ! ヴィーナ・ルシファーでアタック!!」

 

 この場で唯一、セトの言わんとしていることがわかってしまった光黄は、はぐらかすように処理を進めた。落ち着かない様子の使い手に、アタックを指示されたヴィーナ・ルシファーが、困り顔を浮かべながらも飛翔する。

 

「Lv3の【合体中】のアタック時効果で、手札のスピリットカードを1枚破棄することで、デッキトップをマジックカードが出るまで破棄! 破棄されたマジックカードのフラッシュ効果を、コストを支払わずにただちに発揮する!!」

 

 フェニック・キャノンの機体のような真っ赤なオーラを纏ったヴィーナ・ルシファー。さらに自身の体色と同じ、黄金色のオーラを纏い、炎のように煌めく。

 それと同時に発揮された【合体中】アタック時効果は、デッキを削りながらマジックカードを探し、さもヴィーナ・ルシファーのアタック時効果であるように発揮させるというもの。光黄のデッキは、ガイの猛攻を受けてだいぶ薄くなっているが──それでも、振り返らずに攻めていくのは、防戦一方だった彼女が勝ちに行っている証拠だ。

 

「破棄された[オニユリフィールド]の効果発揮! このターンの間、相手のスピリット1体をBP-6000するか、相手のアルティメット1体をBP-12000し、BP0になった対象を“デッキの下に戻す”!!

 よって、ナミルネスBP-12000! デッキの下へ退いてもらうぞ!!」

 

 捲られたのは[オニユリフィールド]。スピリット/アルティメットの両方に対応したBP-とバウンス効果を持つマジックだ。今回は発揮されなかったものの、耐性を無視する効果も持っており、相手の足場を崩すにはうってつけといえるだろう。

 

 光黄のフィールドに、一輪の鬼百合(オニユリ)が咲く。草丈が人間の身長ほどもあり、オレンジ色の反り返った花弁から、花粉のように光の粒子が放たれた。

 

「む。ナミルネスの耐性をすり抜けて来たか」

 

 アルティメットゆえの高いBPと場持ちの良さに加え、自前で効果による破壊に対する耐性を持つナミルネス。獣頭たちの展開の要ともいえた彼が、ついに陣から身を退いた。ぽつんとフィールドに残されることとなったヒトコブが、慌てた様子できょろきょろと周囲を見回し、びくっとする。

 

「おらそこ、ビビってんじゃねぇ! 俺がまだいるだろうが!!」

 

 孤立無援の状態に恐れを隠しきれないヒトコブを、セトが叱咤した。

 

 だが、セトから放たれた“俺がまだいる”という言葉は、光黄の胸にも響いている。

 

([創界神セト]の【神技:4】は、ブレイヴのコストを無視して、コスト9以下のスピリットを破壊する。ヴィーナ・ルシファーのグリフィ・オールどちらかは確実に除去されるわけだ)

 

 ガイの残りライフは2。ヴィーナ・ルシファーかグリフィ・オール、どちらかのアタックは確実に通しておかなければならない。確実に、フェニック・キャノン(RV)と合体したどちらかがセトの【神技:4】で除去されることを考えると、そのためには、ガイのフィールドを更地にする必要がある。

 もちろん、手札が潤沢な光黄には、残りのヒトコブを除去できるだけのカードがある。コストは、ヴィーナ・ルシファーのLv3を維持するために置いていたコアから確保すればいい。

 

「──では、相手のアタックにより、俺のバーストを発動しよう。マジック・[私たちはソレスタルビーイング]。

 バースト効果で、このターンの間、俺のライフは合体していない相手のスピリット/アルティメットのアタックでは減らない。

 

 さらに、コストを支払い、フラッシュ効果効果を発揮。“ブレイヴのコストを無視して”“コスト6以下の”相手のスピリット/アルティメットを破壊する」

 

「ッ……!?」

 

 だが、それは、ガイがずっと温めていたバースト、それによって張られた粒子の壁に阻まれることとなる。[私たちはソレスタルビーイング]。ブレイヴしていない相手からの攻撃を防ぐだけでなく、ブレイヴのコストを無視した、対象の広いコスト破壊もこなせるマジックだ。

 そして、ヴィーナ・ルシファー本来のコストは──

 

「よって、本来のコストが“6”のヴィーナ・ルシファーを破壊する!」

 

 対象にとられたヴィーナ・ルシファーが、纏っていた金と赤のオーラと共に爆炎へ呑まれ、姿を消した。

 デッキを削ってでも打って出た賭け。しかし、呆気なく形勢は逆転してしまった。

 

「さすがだな、青葉さん。最初から、ずっとバーストを温存していたなんて。『全身全霊で勝ちに行く』と言っただけのことはある……」

「こちらも、先のターンで化神を討ち取られたからな。そのお返しも兼ねて、だ」

 

 それでも、光黄は弱音を吐かない。だって、弱音を吐く自分なんて、ここまで駆けつけてきてくれた幼馴染には見せられない。そんな、未だ闘志の潰える様子のない光黄へ、ガイはふっと笑った。

 

「──だが、これで終わりではないぞ?」

 

 だが、彼のカウンターはこれで終わらない。手札のうち1枚を掴み取り、

 

「手札にあるこのカードは、自分の青1色のバーストが発動後、バースト条件を無視してこのカードのバーストを発動できる。

 よって、バースト発動! [神海賊船カリュブデス号 -女神顕現-]!!」

 

 どすん、と大きな音を立て、手と足元に大量の帆船を伴った大ダコ──その足の数は明らかにタコの8本をゆうに超えているが──のスピリットが、ガイのフィールドへ降りてきた。[神海賊船カリュブデス号 -女神顕現-]。帆船が小物のように見えるほどの巨体をした彼女を、ヒトコブがぽかんとした顔で見上げている。

 

「まずは、このカードを、Lv3でバースト召喚。不足コストはヒトコブから確保し、同アルティメットはLv3に。

 その後、相手の手札が5枚以上のとき、相手の手札すべてを破棄することで、相手はデッキから2枚ドローする」

 

 召喚された女神のカリュブデス号は、ぬっと光黄の眼の前まで近づいてきて、彼女の手札へ顔を近づける。そして、その長いタコ足で「いちまい、にーまい……」と、彼女の手札を1枚ずつ掴んでは捨てていく。光黄は、その間、異形の巨体に気圧されないように、あえて女神のカリュブデス号をずっと睨んでいた。

 手札をすべて捨て終えた女神のカリュブデス号は、最後に光黄のデッキの上から2枚を長い足の先で掴んで、両手が空っぽになっていた光黄へぽんぽん、と気軽に渡した。そして、呑気にぷかぷか浮かびながら、自陣へ帰っていく。

 やっていることはえげつないはずなのに、やけに呑気な助っ人の姿に、彼女に助けられたはずのヒトコブまでもが、なんとも言えなさそうな顔をしていた。正直なところ、光黄のほうも、どう反応すればよいのかわからない。セトも、ツッコむ気をなくしたと言わんばかりに、少し大きな溜息を吐いていた。

 

「さらに、系統:「界渡」を持つ-女神顕現-の召喚により、セトに《神託》」

 

 そもそも、獣の頭を持たないうえ異形であることから察せられるとおり、このカリュブデス号は、セトの眷属ではない。エジットではなく、ディオニュソスが属していた(そして、裏切った)オリンの穏健派ポセイドンの眷属である。だが、創界神の眷属は、ある程度共通した系統:「界渡」を持っており、この系統を持つコスト3以上のスピリットも、セトの《神託》の対象に含まれているのであった。同じ青属性であることも相まって、かつて創界神同士で敵対していたものの、バトルフィールドに立った時の相性は抜群である。

 

「BP18000……グリフィ・オールでアタックしても、返り討ちにされるだけだな」

 

 さらに、女神のカリュブデス号は、手札を一気に削ぎ落としてくるバースト効果だけでなく、その巨体の相応しいBPも併せ持つ。ただでさえ、黄属性のスピリットはBPが低い傾向にあるというのに、光黄はヴィーナ・ルシファーのレベルアップにコアを費やしたため、残ったスピリットは全員Lv1。彼らを援護できるマジックを手札ごと失った今、フェニック・キャノン(RV)と合体したグリフィ・オールでも、あっさりと返り討ちにされてしまうだろう。

 

「……ターンエンドだ」

 

 為す術もない光黄は、アタックステップを終え、ターンエンドを宣言した。

 

(俺のデッキは残り6枚……普通に考えれば、-女神顕現-のアタック時効果で終わる、けれど…………)

 

 光黄の手札にあるのは、先程女神のカリュブデス号から渡された2枚のカードだけ。[アブソリュートゼロ(RV)]と[天剣の勇者リュート(RV)]。後者は、デッキ破棄へのメタ効果と効果破壊耐性を持っている。デッキの中に残されているであろうカードを鑑みるに、リュートを次のターンに持ち越すことができれば──光黄は、ごくりと唾を呑み、フィールドへと向き直った。

 

 

○光黄のフィールド

・[翼神王グリフィ・オール]〈1〉Lv1・BP4000+3000=7000

↳[砲凰竜フェニック・キャノン]左合体中

・[雷光天竜ライトボルディクス]〈1〉Lv1・BP6000

・[黄の聖遺物]〈2〉Lv2

・[朱に染まる薔薇園]〈0〉Lv1

バースト:有

 

 

「光黄……!」

 

 劣勢に立たされる友を前に、烈我は息を呑んだ。このバトルは、自分が以前来た時のように、何かを賭けたものでも物騒なものでもないとわかってはいるけれど、なぜだか、やけにドキドキする。自分がバトルフィールドに立っている時よりも、ずっと。

 

「おっ、やってるな。あの子が烈我の友達なのか?」

 

 不意に後ろから掛けられた声に、烈我ははっとした。すっかり、フィールドに釘付けになってしまっていた。

 声の主は、ここまで連れてきてくれたホルスの姿。イシスも、彼と一緒に観客たちの輪の中に戻ってきている。

 

「ああ。光黄っていって、すっごく強くて、すっごくかっこいい、俺の幼馴染なんだ!」

 

 だが、驚いたのも束の間。大好きな幼馴染について尋ねられ、烈我の声は自然と弾んでいた。

 

「ふふふ、とても仲が良いのですね」

 

 興奮気味に幼馴染のことを語る烈我を見て、イシスがにっこり微笑んだ。元々子供たちのことが大好きな彼女は「貴方のお友達のこと、もっと聞きたいです」と、純粋な興味から続きを促す。

 

「俺も、何度もバトルを挑んでるんだけど、全然勝てなくてさ。だから、すげぇな、って。あのデッカい兄ちゃん、光黄をあんなに追い詰めるなんて……」

 

 だが、元気のある声は、徐々に勢いを失っていく。烈我自身にも、ここまで理由はわかっていた。こんな気持ちは柄ではないけれど、胸の奥でずっとムズムズしていた。彼も、あまり褒められたものではないとはわかっている。けれど、それを隠し立てするのは、もっと柄ではない気がして。

 

「……でも、なんだかちょっと気に入らないな」

 

 苦笑混じりに、胸の奥に秘めていた本音を吐き出した。

 

 イシスが「あら……?」と首を傾げる。彼女は幼い天使たちのことをずっと見守ってきたから、烈我の言わんとしていることはなんとなく理解している。もちろん、彼がそれを恥じていることも。

 

 だが、

 

「……と、いうと?」

 

 ホルスはそこまで繊細でもなければ敏感でもない。彼は、かつてのエジットでは異端であったとしても、穏健派を貫いた者。良くも悪くも、心根が非常に図太いのだ。

 

「こら、ホルス。他人の心にずけずけと踏み込んではいけませんよ?」

「うーん……でも、言わずに溜め込んでいるのも心に毒じゃないのか? それに、彼はオレと違って“人間”なんだぞ?」

 

 少々不躾なホルスを、イシスが咎めた。けれど、ホルスはそれで黙らず、逆にイシスを諭している。だって、ホルス自身も、本当の思想や気持ちをずっと隠すのは堪えていたのだ。彼には“神”であるがゆえの自負と誇り、そして使命感があったから耐えられていたのかもしれないが、目の前の烈我は“人間”、そのうえ、年齢的にもまだ“子供”だ。永い時を生きる神でありながら、その半生を我慢に費やしてきたホルスとしては、烈我にあまり我慢を強いたくなかった。

 

「だから、ほら。思うところがあるなら、無理に隠さなくてもいいんだぞ?」

 

 軽く、優しく、それですっきりするなら、と。烈我に本音を吐いてもよいと語りかける。

 

「ありがとう、ホルス。うん、そうだな……」

 

 烈我には、ホルスの置かれた境遇を知る由もない。けれど、今はほとんど人間と同じだとしても、“神”の端くれからの許しは心強く感じられた。

 

「俺さ、ずっと昔から、光黄に勝ちたい! って、何度も何度も挑戦し続けてきたんだ。もちろん、これは俺の身勝手だって、わかっているんだけどな? それでも、なんだか……」

 

 促されるまま、本心を吐露する。ここから先は、他の仲間たちには聞かせられないくらい不甲斐ないが──自嘲するように、溜息を吐いて、

 

「俺の前で、俺よりも先に光黄を倒されるのは、なんだか先を越されたような気がして、モヤモヤしてしまうんだ。絶対無敗、なんて有り得ないのはわかってるのに、な」

 

 観念したようにホルスの方を向いて、くしゃりと苦笑した。烈我にも、この気持ちを端的に言い表すとしたら「嫉妬」の一言で済む話で、あまり褒められたものではないと知っている。だから、わからなかった。今まで無縁だった感情を、どのように処理すればよいのか、ということが。

 

 答えを聞いたホルスは、虚を突かれたような顔をしていた。だが、それは一瞬だけのこと。

 

「……それなら、烈我が光黄のことを『負けてしまいそう』なんて思ってちゃ駄目じゃないか!」

 

 ホルスは、ぽん、と、烈我の肩へ強く手を置いた。少し小さく肌が滑らかな手。日に焼けたような褐色をしているからだろうか、少し温かいような気がした。

 

「どんなにきつい戦況でも、烈我が、心の底から『光黄が勝つんだ』って信じてやるだけで、変わるかもしれないだろ? 何せ、この島は──」

 

 

 

 同じ頃、最初からバトルを観戦していた者たちの持ち場に、靴音が近づいてきた。

 

 最初に反応したのはマミ。「ふぅ……」と、唸っているようにすら聞こえる、盛大な溜息をひとつ吐く。だって、その靴音が近づくにつれ、花と果実の芳香と、それに混ざったアルコールの香りが、鼻孔をくすぐってくるからだ。この場から何の断りもなく姿を消した問題児のことを、嫌でも連想させられる。

 

「貴方……さっきまでどこほっつき歩いてたんですか?」

 

 もう一度、大きめな溜息を吐いて、マミはその問題児──ディオニュソスのほうを振り返った。

 

「おや、心配してくれていたのかい? 優しいねェ」

「たしかに、ある意味『心配』はしてましたけど! 貴方がまた何かやらかしてないか!!」

 

 が、例によって、ディオニュソスは涼しい顔をしているわけで。効き目のない説教を続けるマミも、内心ではダメ元だとわかっている。本日何度も吐き出した中でも最大級の溜息を吐いた。

 どうすれば良いのかわからず、助けを求めるようにきょろきょろ辺りを見回した星七の肩へ、ミナトがぽんと手を置いた。そんな彼の表情も、何とも言えなさそうというか、もはやある種の生暖かさすら感じさせた。一方、今さっき合流したばかりの絵瑠は、この微妙な空気感に耐えられず、「な、何なんだ、こいつは……?」とひどく怪訝そうな顔をしていた。

 

「その心配には及ばないよ? 先に目を付けていた玩具は少々期待外れだったからねェ。それに──」

 

 それでもなお、周囲の反応など毛ほども気にせず、ディオニュソスはゆっくりと腰を下ろす。

 

「案外、こっちのほうが面白そうじゃないか」

 

 その視線の先にあるのは、スピリットたちが向かい合うフィールドではなく、ターンエンドを宣言したばかりの少女の姿。暫しの観察を終え、彼の口元が弧を描いた。

 

 

 

 ──TURN 11 PL ガイ

手札:3

リザーブ:13

 

「ふむ……」

 

 自らのターンを迎え、ガイは暫しの間、考え込む素振りを見せた。自分の手札と、両陣営のカードたちを、それぞれ見比べて、口を開く。メインステップを宣言し、一呼吸置くと、

 

「黄空のトラッシュにあるカードを、今一度確認したい」

 

 手札からカードを提示するでもなく、フィールドやリザーブのコアを動かすでもなく、光黄のトラッシュの確認を要求した。

 

「……ああ、わかった」

 

 バトスピにおいて、トラッシュは公開領域。だから、光黄に断る権利も理由もない。彼女の了承に応えるように、トラッシュに置かれたカードたちがひとつの束になって、ガイの手の中へ飛んで行った。

 トラッシュのカードを受け取ったガイは一言、「感謝する」と告げ、普段は握らない黄色い縁のカードたちへ視線を落とした。

 

 まず、彼が注目したのはマジックカード。次に、トラッシュの中から2枚だけカードを手に取る。

 

([ミノガメン]と[天剣の勇者リュート(RV)]は、まだ1枚ずつしか出ていないか……)

 

 警戒しているのは、デッキ破棄に対するメタ効果を持つ2種のスピリットカード、[ミノガメン]と[天剣の勇者リュート(RV)]。

 普通に考えれば、光黄のデッキは、女神のカリュブデス号のLv3アタック時効果で削り切ることができる。だが、それも、デッキ破棄メタ効果を持つ上記のカードたちに止められては意味がない。また、光黄のトラッシュにあるマジックカードの顔ぶれを見るに、彼女のバーストもある程度絞れてきた。一度頷くと、トラッシュのカードを光黄に返却した。

 

「まずは、2枚目の[創界神セト]を配置。

 

 続けて、[太陽の砂海王ラムセトス2世]を、リザーブのコアをすべて置きLv4で召喚。

 系統:「獣頭」を持つアルティメットの召喚によって、2枚のセトにそれぞれ《神託》」

 

 青いマントをはためかせ上空から降り、しっかりと砂を踏みしめ着地したのは、内側に巻いた角が生えた獣人。歴代の砂海の王の中でも「王の中の王」と誉れ高いラムセトス2世だ。手には、大柄な彼の背丈に負けず劣らずな長さの弓を持っている。

 

 2枚目のカードを配置され、力を増幅させたセトが、使い手へちらりと視線をやった。長年共に戦ってきたガイには、相棒の言わんとしているがわかっている。頷きをひとつだけ返して、

 

「アタックステップ。

 ラムセトス2世でアタック!

 

 アタック時効果で、【T(トリプル)U(アルティメット)トリガー】、ロックオン!

 相手デッキの上から3枚をトラッシュに置き、それらのカードのコストが、ラムセトスのコスト未満であった場合、トリガーヒットとする」

 

 ラムセトス2世が弓を番えた。セトから直々に手ほどきを受けた者にしか使えない剛弓。弦を引くと、青い光が収束し、矢の形をつくる。「ロックオン」という言葉通り、光黄のデッキへ狙いを定め、矢を放った。

 

 通常【Uトリガー】で相手のデッキからトラッシュへ置く枚数は1枚だが、ラムセトス2世のそれは、1度のアタックで相手のデッキの上から3枚ものカードをトラッシュへ置く【TUトリガー】。ヒットした数が多いほど発揮される効果も強くなるうえ、そもそも残り6枚しかデッキが残っていない光黄にとっては、デッキを3枚削られるだけでも十分すぎる脅威だ。

 

 ラムセトス2世の矢でデッキから撃ち抜かれたカードは、コスト7の[パニックヴォイス]・コスト2の[ミノガメン]・コスト4の[黄の聖遺物]。

 

「ダブルヒット。よって、コスト10以下のライトボルディクスを破壊!」

 

 次に、ラムセトス2世は、天へ向かって光の矢を放つ。それは、上空で爆ぜ、矢の雨となって、光黄のフィールドへ降り注いだ。

 合体によって強化されているグリフィ・オールは、身体を蹲らせて矢の雨を耐え抜いたが、丸腰のライトは、翼を射られて──

 

『くっ……! 申し訳ありません、光黄様!』

 

 地へ撃ち落とされる直前、最後まで戦場にいられなかったことを光黄へ謝り、散っていった。

 

「……いや、ありがとう、ライト。俺がここまで耐えられたのは、お前のお陰だ」

 

 破壊される時まで相変わらずな自称「執事」へ向けて、光黄は感謝の言葉を贈った。ライトを調子に乗らせないように、そっと、静かに。

 

「次に、ダブルヒット時の効果だ。相手のライフを1点、リザーブへ置く」

 

 だが、感傷に浸っている暇はない。間髪入れずに、ラムセトス2世の矢先が光黄の心臓(ライフ)へ向けられる。

 

「……[黄の聖遺物]Lv2の効果で、デッキの上から1枚オープン」

 

 ラムセトス2世が弦を引いている隙に、光黄は[黄の聖遺物]のLv2効果を発揮させる。しかし、捲られたのは[妖精神官アンドロメダ(RV)]。スピリットカードであったため、黄の聖遺物はうんともすんとも言わない。何者にも妨げられることなく、ラムセトス2世の矢が、光黄のライフを撃ち抜いた。

 

「くっ……!」

(ライフ:2→1)

 

 胴を貫くような痛み。それでも、光黄は、痛みで崩れた体勢を立て直して、キッと眼光を鋭くする。

 

「だが……! ライトの破壊によって、バースト発動! マジック・[シンフォニックバースト]!

 バースト効果は、ライトがコスト5以下でないから不発だが、コストを支払いフラッシュ効果を発揮! このバトル終了時、俺のライフが2以下なら、アタックステップを終了させる!!」

 

 マジックを“使用”できないのなら、“発揮”してしまえばいい。光黄も、相性が悪いセトの【神域】を見越したうえで、セットするバーストを選んでいた。スピリット破壊後に発揮するバースト効果と、フラッシュでのアタックステップ強制終了効果を持つ[シンフォニックバースト]。発揮に成功したから、このバトルを耐え抜けば、光黄のターンが回ってくる。

 

 グリフィ・オールは、ブレイヴしていなければコスト8。ブレイヴのコストを無視して除去を行うセトの【神技:4】は避けられない。だが、2枚のセトのそれぞれに置かれたコア数は7個と1個。【神技】を使えるのは前者のみ。それを撃った1枚目のセトのコア数は3個になり、マジックや【アクセル】を封じる【神域】は維持できなくなる。その直後のフラッシュタイミングで[アブソリュートゼロ(RV)]を使い、ラムセトス2世のシンボルを0にしてしまえば──

 

「なら、このバトルで、ゲームに勝てばいいことだ」

 

 だが、その思考を遮るように、ガイの声が差し込む。

 

「フラッシュタイミング。アタックしているラムセトス2世のソウルコアをリザーブへ置き、同アルティメットに《煌臨(こうりん)》!」

 

 セトの【神技:4】を発揮させる、その前に。ガイが握っていた“最後の一枚”がその姿を現す。

 ガイのフィールドから動いていなかったラムセトス2世が、剛弓を降ろした。それと同時に、番えていた青い光も消える。そして、大柄なラムセトス2世の身体が、砂の竜巻と、彼の矢と同じ色をした光の螺旋に包まれる。

 

 砂と光が、弾かれるように散った時、そこにラムセトス2世の姿はなかった。代わりに立っていたのは、ガントレットをはじめとした金の武装と、蛇身のように湾曲した2本角が特徴的な、ワニの獣人。

 

「[砂海拳王クロコクセス]・Lv5。

 系統:「獣頭」を持つアルティメットの煌臨によって、セトに《神託》」

 

 弓ではなく拳ひとつでのし上がった、砂海の歴代王者がひとり・[砂海拳王クロコクセス]。ウォーミングアップのつもりなのだろうか、虚空へ拳を突き出した。所謂シャドーボクシングというものだろう。突き出された自慢の拳は、ラムセトス2世の矢と同じ色の光芒を纏っている。

 

 クロコクセスの煌臨に、光黄は息を呑んだ。煌臨によってコアが増えたといっても、1枚目のセトに置かれたコアは8個。まだ、【神技:4】の発揮と【神域】の維持を両立することはできない。が、クロコクセスが持つ、さらなるフラッシュ効果は──

 

「さらに、クロコクセスのフラッシュ効果発揮。このアルティメットの煌臨元カード1枚を、1コスト支払って召喚できる。よって、クロコクセスの煌臨元となったラムセトス2世を、Lv4で再び召喚。コストはクロコクセスの余剰コアより確保」

 

 クロコクセス煌臨元だったラムセトス2世の究極(アルティメット)シンボルがフィールドに現れ、再び召喚される。自分に代わってアタックを続行するクロコクセスを見守りつつ、再びの出番に備えて、再び弓を構える。

 

「以降の効果は、相手のコスト8以下のスピリットがいないため不発。だが、系統:「獣頭」を持つアルティメットの召喚によって、2枚のセトに《神託》」

 

 そして、ラムセトス2世が再召喚されたことにより、2枚のセトに追加の《神託》。これで、1枚目のセトのコア数は9個。【神技:4】を発揮しても、コアが5個──Lv2【神域】を維持できるだけのコアが残る。

 

「さらにフラッシュ。1枚目のセトのコアを4個ボイドへ置き、【神技:4】を発揮。

 ブレイヴのコストを無視して、コスト9以下のスピリット──グリフィ・オールを破壊する!」

 

 ガイの指示を受けて、セトが面倒臭そうに溜息を吐いた。

 

「ちっ……俺は接近戦のほうが好みなんだがな」

 

 その言葉に偽りなく、セトは接近戦を何よりも好む。だが、ラムセトス2世に弓術の手ほどきを施したのもセトに他ならない。

 ラムセトス2世のものと同じ剛弓を現出させ、光の矢を番え、構える。番えられた光は、ラムセトス2世のそれよりも強く眩しく、青白く輝いている。標的であるグリフィ・オールへ向ける視線は、まるで獲物を狙う猛獣のよう。獣人たちを統べる“神”の眼光に、獣の国の王までもが身を竦めた。

 標的の動きが止まった一瞬を、セトは決して逃さない。グリフィ・オールの急所へ一矢。青白い光に心臓を貫かれたグリフィ・オールは爆ぜて、空中で黄金と紅の羽を散らした。

 

 眷属たちが「セト様、さすがです!」などともてはやす中、そんな称賛に耳を貸すことなく、セトはクロコクセスへ視線をやる。

 

「道は空けといた。おら、一発ぶちかまして来い!」

 

 尊崇する神から発破をかけられ、クロコクセスはしっかりと頷いた。これまでも道を切り拓いてくれた己の拳をぎゅっと握りしめ、敵陣へと駆け出す。きっとこれが、最初で最後の一撃になる──そんな予感を抱いて。

 

(っ……! こうなった以上、もうどうしようもない……!)

 

 光黄の手札にある防御札は[アブソリュートゼロ(RV)]のみ。それも、セトの【神域】によって力を失い、使用できなくなっている。

 フィールドに残った[砲凰竜フェニック・キャノン(RV)]は、異魔神ブレイヴなので、ブロッカーになり得ない。

 

 絶対絶命──いや、光黄のフィールドには[黄の聖遺物]がある。

 デッキは残り2枚。構築した本人だから、デッキに残っているカードの内訳はわかっている。スピリットカードとマジックカードが1枚ずつ。このバトルを凌げるか否かは5分と5分だ。

 

「ライフで受ける……!

[黄の聖遺物]Lv2の効果で、デッキの上から1枚オープン」

 

 深呼吸して、光黄は自分のデッキトップへ手を置く。

 

(……頼む。どうか、このバトルを耐えさせてくれ……!)

 

 カードを掴んで、光黄は念じた。

 バトラーである限り、絶対無敗など存在しない。札の巡りや対面の相性が悪すぎて、敗北を避けられない時だってある。実際、仲間からは「最強」と呼び声高い光黄にも、敗北の経験はある。だから、それくらいのいことはわかっているけれど──

 

(せめて、烈我の前でだけは、不甲斐ないところを見せたくないんだ……!!)

 

 だって、それでも、自分の身を案じて、わざわざここまで駆けつけてくれた幼馴染の前で……本当はやりきれないくらい大好きな彼の前で、負けざまなど見せられない。彼の憧れる“黄空光黄”であり続けたい。

 

 そんな、少し我儘な願いを込めて、デッキトップを捲った。

 

 

 

 ──[シアーハートアタック]

 

 黄属性のマジックカードだ。

 

 

 

「黄属性のマジックカードだから、俺のライフは減らない……!」

 

 オープンされた[シアーハートアタック]を手札に加えながら、光黄は胸を撫で下ろした。

 

 力いっぱい振るわれたクロコクセスの拳は、光黄のライフに届かなかった。代わりに、黄の聖遺物が生み出した光の障壁が、パリンと音を立て打ち砕かれる。

 

「ちっ、今かよ……」

 

 捲られた[シアーハートアタック]を尻目に、セトが舌打ちをした。だって、ガイは現在、バーストもセットしていなければ、手札すら残されていない。先の攻撃で、今あるすべてを出しきったのだ。それだけ無防備な状態で、あのマジックを使われてしまえば──

 

 光黄のデッキ残り1枚、ライフも残り1。それでも、このバトルで、ガイのアタックステップは終わる。

 

「……ターンエンドだ」

 

 先のターンのエンドステップにはあった[巨顔石の森]がないから、手札の補充も叶わない。だが、ターンエンドを宣言するガイの表情は、どこか爽やかだった。

 

○ガイのフィールド

・[砂海賊神官ヒトコブ]〈1〉Lv3・BP6000

・[砂海拳王クロコクセス]〈4〉Lv5・BP19000 疲労

・[太陽の砂海皇ラムセトス2世]〈4〉Lv4・BP22000

・[神海賊船カリュブデス号 -女神顕現-]〈4〉Lv3・BP16000

・[海帝国の秘宝]〈0〉Lv1

・[創界神セト]〈5〉Lv2

・[創界神セト]〈3〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 12 PL 光黄

手札:5

リザーブ:10

 

 ドローステップで、光黄のデッキは0枚になる。泣いても笑っても、これが最後になるだろう。だが、光黄には、勝ちへの道筋がはっきり見えていた。きっと、対戦相手であるガイにも、彼の相棒であるセトにも、それが見えている。しかし、ガイは、悲嘆せず苦笑もせず、悠然と構えていた。その佇まいが「来い」と光黄に告げているようだ。自然と、光黄も頷きを返していた。

 

「メインステップ!

[天剣の勇者リュート(RV)]をLv2で召喚!」

 

 更地になったフィールドへ、小さな辰が降りてくる。[天剣の勇者リュート(RV)]。

 名前に冠する「天剣」とは、彼が持っている、刃先が羽の意匠の装飾に覆われた不思議な剣のこと。大天使たちの羽を材料に神の泉で鍛えた、伝説の武器『天剣ルナー』。異世界グラン・ロロにて黄の勇者であるリュートが振るったそれは、遥か後世にレーシングチームの名前として受け継がれるほど有名だ。

 ……尤も、リュートらが戦った虚神は、大元のエジットにとっては尖兵に過ぎず、神世界全土に名を轟かせるというほどではない。が、たまたま観客の中に(ツウ)がいた。

 

「へぇ。あれが、グラン・ロロの……」

 

 ディオニュソスのことである。

「自分で戦うなんてナンセンス」と語り、どちらかと言えば策士の印象が強い彼だが、これでもオリンの剣士なのだ。また、神世界中の剣を集めている蒐集家でもあり、そんな彼が、伝説の武器と誉れ高い“剣”に興味を持たないはずがなく。

 

「ゼウスにグラン・ロロを支配させているうちに、回収しとけばよかったなァ」

 

 くすりと笑いながら、誰にも聞こえないような声で呟く。「回収」と言えば聞こえはいいが「奪っとけばよかった」と同義なのだから、相変わらず良心の欠片もない言動である。幸いなのは、神世界にある彼の本体は既に消滅しているため、奪取は不可能だということだろう。だが、天剣に注がれる邪悪な視線を感じたリュートは、一瞬だけ身震いすると、きょろきょろと辺りを見回していた。

 

「召喚したリュートを、[砲凰竜フェニック・キャノン(RV)]の左に合体!」

 

 そこへ、光黄からの指示が飛んできて、慌てて持ち場へつく。ぴゅん、と駆け込むようにフェニック・キャノンの左につくと、真っ赤なオーラがリュートの身体から湧き出してくる。

 コスト3に合体できるブレイヴは、かなり限られる。加えて、シンボルを持っているブレイヴとなると、その数は極めて少ない。が、フェニック・キャノン(RV)は、左の合体条件が「コスト3以上」、シンボルも持っているという、かなり特異な異魔神ブレイヴだった。

 

「続けて【アクセル】・[妖精神官アンドロメダ(RV)]! トラッシュにある黄のカード1枚──[イエローサン]を手札へ!

 

 そして、手札に戻した[イエローサン]を使用!

 相手のスピリット/アルティメットすべてをBP-7000! この効果でBP0になったものをすべて破壊する!」

 

 次に、光黄は[妖精神官アンドロメダ(RV)]の効果で、先に使用した[イエローサン]を回収。そして、即座に使用する。

 再び、太陽のような光球がガイのフィールド上空に浮かび上がり、黄金の高熱光線が降り注いだ。エジットは砂漠を起源とする勢力だから、もちろん砂海の者たちも、暑く乾いた土地には慣れている。が、灼熱の光線が直接当たるとなれば、話は別だ。元より戦士ではないヒトコブが音を上げ、灰となる。砂海でも随一の戦士であるラムセトス2世やクロコクセス、圧倒的な大きさに相応しい体力を秘める女神のカリュブデス号は、身体の一部が火傷しようと、戦場に立ち続けていた。この程度で退いてなるものか、と、クロコクセスが自身の頬を叩く。一度目とは違い、強豪の揃ったガイの陣は、この程度では崩壊しない。

 

「さらにマジック! [シアーハートアタック]! 不足コストは[黄の聖遺物]をLv1に下げ確保!

 このターンの間、BP10000以下の相手のスピリット/BP20000以下の相手のアルティメットすべてはアタック/ブロックできない!!」

 

 だから、さらに一押し。先程オープンされた[シアーハートアタック]を使用する。

 リュートのあどけない瞳が、突如として赤い眼光を宿した。無邪気な竜の子のようだった彼が、今は猛獣の如く唸り、激しく威嚇している。赤く鋭い眼光は、多くのスピリットやアルティメットを威圧し、[イエローサン]を耐えていたクロコクセスたちも、いよいよ身を竦ませ、動きを止めた。

 このマジックの対象は、“BP10000以下”の相手のスピリット(と、“BP20000以下”の相手のアルティメット)なので、本来なら、Lv3BPが16000のカリュブデス号は対象にとれない。しかし、BPを下げ弱体化されたことによって、半ば強引に対象にとられ、彼女もまた身動きがとれなくなった。

 

 敵陣から動ける者がいなくなったのを確認し、平時の瞳に戻ったリュートは、光黄のほうを振り返った。「これでいいんだよね?」と問うように、小首を傾げる。使い手からの頷きを受けると、彼もまたこくりと頷き返し、再び正面を向いた。

 

「アタックステップ!

 合体したリュートでアタック!!」

 

 リュートの攻撃態勢が整ったのを見て、光黄は彼のカードを横にした。使い手の指示を受けて、赤い光を纏った黄金の辰が翔けだす。

 

[シアーハートアタック]の効果で、ガイのブロッカーはいなくなっている。1枚目のセトにはコアが5個置かれており、あと1回【神技:4】を使えるだろう。だが、

 

「なるほど。効果破壊に対する耐性を持つリュートなら、セトでも破壊できない、と」

「おう。わかってはいるがよ、俺に聞こえるように言うんじゃねぇ」

 

 光黄がリュートにアタックを任せた理由は、ガイも悟っていた。リュートはLv2から「相手の効果で破壊されない」という効果を持っている。たとえ創界神であるセトであろうと、リュートを破壊できない。なおも冷静なガイに代わるように、セトが苦虫を噛み潰したような表情をしていた。そんな相棒に、ガイは微苦笑を浮かべる。セトが悔しがるのも、自分の手に握られたカードがないのも、光黄が勝つのも、この戦場に立つ誰もが真剣にこの勝負と向き合い、ただただ勝つために全身全霊を捧げた証拠なのだ。

 ガイは微苦笑から苦味を消して、彼は、迫るリュートの方をしっかりと見る。

 

「ありがとう。とても良いバトルだった」

 

 その様は、どこか言伝を頼むようだった。異世界の者と出会えた奇跡に、さらに手合わせすることまでできたという僥倖に、何より、こんなにも熱く楽しい時間を過ごさせてくれた勝者へ、心からの感謝を。

 

 そして、最後の最後まで力強く。

 

「ライフで受ける!」

(ライフ:2→0)

 

 ガイのライフを、振るわれた天剣ルナーが切り裂く。剣身から迸る白金の光の中には、真っ赤な火花が混ざり合っていた。

 

 

 

 

「いっただっきまーす!!」

 

 溌剌とした絵瑠の声が、居酒屋……もとい、喫茶店内に響く。彼女のテーブルには、自習や部活を終え、帰路につく男子高校生をターゲットとした大盛りの親子丼。スプーンで、口の中がいっぱいになるくらいの量をすくい、いざ実食。咀嚼している最中から、笑みが徐々に深くなっていく。頬張った親子丼を飲み込む時には、幸せそうに目を瞑り、満面の笑みを浮かべていた。

 

「ん〜っ、美味い! いきなり見知らぬ異世界に行くなんてドキドキしたけど、来てよかった! 最高のご褒美だよ!!」

 

 親子丼ひとつで、異世界から帰れなくなる恐怖を帳消しにできるとは。「好き」という気持ちは、時に思いも寄らないほどの力を発揮するものである。

 

「『最高のご褒美』とは、ありがたいお言葉ですね。これだけ美味しそうに、喜んで食べてくれるお客さんと出会えて、私も嬉しいです」

 

 再びエプロンに着替え、給仕する側に回ったマミも、絵瑠の食べっぷりを笑顔で見守っている。昔から店を手伝ってきたマミにとって、客の笑顔と感謝の言葉こそ「最高のご褒美」なのだ。

 

 三本勝負を終えた3組と、新たに加わったもう3組は、再び店内へと戻っていた。まだ5月とはいえ、気温的には夏日の炎天下で、彼らはバトルや観戦を続けていたのだ。誰も体調は崩していないとはいえ、そろそろ涼をとるべき頃合いだった。特に──

 

『あいつ……いくら疲れてるからって、木陰で休ませてやったらすぐ寝るか普通? 熱中症か何かではないかとヒヤヒヤしたのだが?』

「あっ、うっ……すみません、シュオンさん。ご迷惑をおかけしました…………」

 

 この暑さの中、疲れから盛大に寝落ちたツバサは、特に涼しい環境へ移さなければならなかった。使い手からの指示と、本心からの同情から彼の面倒を見てやっていたシュオンも、これには呆れ果てたようなジト目を向けている。今日では仲間たちの輪に馴染んだシュオンも、ビジュアルから来る威圧感は、七罪竜の中でも屈指のものだ。そんな彼に睨まれて、ツバサは身を縮こまらせながら謝罪した。

 

 一方、その隣では、

 

「天上、だったか? 黄空は強いな」

 

 改めて烈我との挨拶を終えたガイが、烈我の想う相手へ称賛を贈っている。

 

「当ったり前だ! なんたって、俺たちの町でも最強の、チャンピオンシップ優勝者だからな!!」

「む。それほどの強者と手合わせしていたのだな、俺は」

 

 烈我の口から何の気なく飛び出した「チャンピオンシップ優勝者」という言葉に、ガイに耳がぴくりと反応した。強者との戦いを何よりも好む彼にとっては、これほどの僥倖もなかっただろう。たとえ、結果が敗北だったとしても。

 

「『強者』だなんて、俺はそんな大したやつじゃないよ。それに、青葉さんに勝ったのも、たまたま[黄の聖遺物]での捲りが良かったから……今回は、まぐれみたいなものだ」

 

 だが、その「チャンピオンシップ優勝者」こと光黄の反応は、あまり芳しくない。全力を出してなお、最後に彼女を救ったのは運だったのだ。勝ったとはいえ、今回のバトルは、その肩書に相応しいものとは言えない気がしていた。

 

「そうでもねぇと思うけどな、俺は」

 

 そこへ、セトの独り言……のような調子のフォローが差し込まれる。

 

「知ってるか? ここは“想いが力を持つ”場所なんだぜ?」

 

 まるで、虚空に問うように、光黄とは目を合わせない。だが、烈我には、すぐに、それが自分たちに向けられた問であるとわかった。

 

「あっ……! それ、俺もホルスさんから聞いた!!」

 

 なぜなら、少し前に、別の口から、同じ言葉を聞いていたから。

 

 ヴィーナ・ルシファーのアタックを切り返され、さらに、女神のカリュブデス号のバースト効果でハンデスまで食らった直後。烈我は、つい、光黄の勝利を疑ってしまった。敗れてしまうのではないか、と思ってしまった。そんな胸中に寄り添い、聞いてくれた創界神が言っていたのだ。

 

 ──「どんなにきつい戦況でも、烈我が、心の底から『光黄が勝つんだ』って信じてやるだけで、変わるかもしれないだろ?」

 ──「何せ、この島は“想いが力を持つ”場所なんだ。もちろん、その想いを遂げるための努力も必要だけどな?」

 

「だから、俺、『光黄に勝ってほしい』『光黄が勝つんだ』って、信じ続けることにしたんだ。そしたら──」

 

 その直後だったのだ。光黄が、最後に[黄の聖遺物]で[シアーハートアタック]をオープンし、[シンフォニックバースト]のフラッシュ効果で、ガイの攻撃を耐えぬいたのは。

 

「へっ、そういうこった」

 

 烈我の話を聞いて、セトはニヤリと笑った。そして、初めて光黄の方を向く。真っ赤になった彼女の顔を見て、少しだけ笑みを深めながら。

 

「お前が勝ったのは、まぐれでも、ガイの想いの力が足りなかったからでもねぇ。お前自身に加えて、もうひとり分の想いに背中を押されていたんだよ。

 ……で、どうした? なんで顔真っ赤にしてんだ?」

「お、お前……ッ! わかっているくせに…………ッ!!」

 

 よもや、色恋になど縁がなさそうなセトから言及されるとは。なかなか頬の熱さが戻らず、光黄は焦燥と共にセトを睨んだ。

 

「おい、セトさん。あんまり光黄をからかってやるなって」

「おっと、わりぃわりぃ。すっかり“両想い”ってやつだと思ってたからよ、つい」

 

 ミナトに制止をかけられ、セトは一度光黄から視線を逸した。だが、口ぶりはニヤニヤしていた時のままだし、そもそも、かくいうミナトも楽しそうにしている。

 

「あら……? 彼らはまだ付き合ってなかったのですか?」

「つ、つきあっっっ!?」

 

 そこへ、イシスからの追撃。上品に小首を傾げながら尋ねてくる。だが、質問内容はかなり大胆で、光黄は素っ頓狂な声を出してしまった。

 

「こちらの法だと、齢18ともなれば結婚だってできるはず……貴方も、そろそろ将来のこと……例えば、パートナーについて考えてみても良いのではないでしょうか?」

 

 しかし、イシスは光黄の反応など機にする様子もない。はっきりと「結婚」とまで言ってのける。

 

「ぱっ、パートナーなんて、そんな……!? 俺にはまだ早すぎます!!」

 

 たしかに、年齢的には可能だけれど。こういうのは、もっと互いのことや世事を理解してから、少しずつ──というものではないか、というのが光黄の考え。口から出た言葉は、紛れもない本心だ。いくらなんでも性急すぎる。

 

『ほっほっほ。青春じゃのぅ』

「うぅん……僕には、まだちょっと早すぎる話のように思えますけど。でも、烈我さんと光黄さんが話しているところって、なんだか見ていて微笑ましい気分になってきます」

 

 顔を赤くしたままの光黄を、エヴォルが微笑みながら見守っている。彼の使い手である星七も、烈我と光黄の仲の良さを評価しているようだ。

 

「青春かぁ…………いいなぁ。あたしも、光黄さんみたいな青春ができたらなぁ」

 

「青春」という言葉に、アンジュもキラキラした視線を光黄に注ぐ。自分にはないものに、憧れ、羨むように。だが、光黄の青春は、きっとアンジュが望んでいるようなものではない。自分の想いははっきりしているのに、それを伝えることができず、ひどく大きな遠回りをしている青春なんて、彼女の理想像からは程遠いだろう。向こうが勝手に憧れているだけなのだけれど、あまりにも純粋な瞳をしているものだから、騙してしまっているような気がしてくる。

 

『皆して何言ってるんですか!? 光黄様に勝ったこともないような若輩者、執事の私は認めませんよ!!』

 

 だが、そんな中、ただ1体だけ、烈我と光黄の仲を否定する者がいた。光黄の自称「執事」こと、ライトである。

 

「お前は俺の父親か!? いやそもそも! 俺は執事を雇った覚えはないからな!!」

 

 ぴしゃりと叫ばれた言葉は、どう見ても「執事」の領分を超えたものだが。光黄は、いつもどおりな相棒に、少し安堵していた。ツッコミを入れる声に、少しだけ張りが戻っている。

 

「ああ、そうだな……! まずは光黄に勝つ! 話はそれからだ!!」

 

 ライトの言葉を受けて、烈我も改めて奮起する。彼の脳裏には、かの“約束”を交わした幼き日の光景が焼きついていた。

 

 ──「なぁ、光黄の好きな人って誰?」

 ──「好きな人? ……そうだね、私より強い人かな?」

 ──「ならさ、もし俺が光黄より強い男になったらさ、俺と付き合ってくれる?」

 ──「いいよ、烈ちゃんが私より強くなったら結婚でも何でもしてあげる!」

 

 あれから10年以上経って、なお烈我は、光黄に勝てたことがない。だが、決して心が折れることはなかった。敗れるその度に、強くて格好良い幼馴染への憧れと恋慕はさらに増していく。今度こそ超えたいという闘志が湧いてくる。今だって、見ての通り、負けてばかりの過去なんかちっとも気にしていない。いつか光黄に勝つ、そんな未来だけを見つめていた。

 

 ──尤も、その約束が、彼らの箍となっているのだが。なぜなら、光黄は、そんな烈我の努力を無駄にしたくないからこそ、どうすればよいのかわからないのである。

 

「なぁ、イシス……アレ、どう見ても両片想い(アレ)だよな?」

「ええ。どう見ても両片想い(アレ)ですね。セトにしては、鋭い指摘です」

「おい、『しては』ってどういうことだ?」

 

 きっと、彼らの真意は、人生経験豊富で、多くのスピリットやアルティメットの生を見守ってきた神々からは、とうに気づかれている。現に、セトとイシスが、何やらこそこそ話をしていて──

 

「しっかし、じれってぇな……あんなに露骨に青春しやがって。あいつもあいつで悠長なこと言ってんじゃねぇよ。さっさと押し倒せこの野郎」

「こればかりは、わたくしもセトに同感です……ヒトの命は有限なのですよ? 押し倒すまでとはいかずとも、早くキスでも何でもしてしまえばいいのに……ああ、もどかしい…………」

 

 明らかに、光黄には刺激の強すぎる話が聞こえてきた。たしかに、悠久の時を生きる神々からすれば、人の生は刹那の時とも言えるのだろうけれど、烈我も光黄も、あと50年くらいは生きていられるはずだ。さすがに、急ぎすぎにも程がある。

 光黄の額には、小粒の冷や汗が大量に湧いていた。キスも大概だが、さすがに「押し倒せ」はぞっとする。さすが、獰猛な獣人を束ねる神は言うことが違う──いや、今は感心している場合でも、呆れている場合でもなくて。

 

(まずい……この場にいたら、確実にまずい…………!)

 

 危機感の赴くまま、光黄は、机上の親子丼を一気に口の中へとかき入れた。喉をつめない程度に咀嚼し、ごくんとしっかり飲み込むと、箸を左右揃えて箸置きへ置き、両手をぱちんと合わせる。

 

「ごちそうさまでした!!」 

 

 これらの動作にかかった時間は、僅か7秒。食後の挨拶だけ残して、光黄はあてもなく駆け出した。文武両道な彼女は、全力疾走すればかなりの速度になり、親子丼にがっついていたキラーさえも、一瞬で眼前を過ぎ去っていく彼女の影に、思わずない手を止めた。

 

『マジかよ……あいつ、俺様や絵瑠よりも速く完食しやがった…………』

 

 

 

 逃げるように居酒屋──もとい、喫茶店を出た光黄は、しかし異世界にて単独で遠くへ行くわけにもいかず、店の裏に回った。日が西へと沈みかけており、昼よりも涼しくなっている。建物の影も長くなっており、風が涼しい。ここなら、ひとりで気持ちを落ち着けられそうだ。ふぅ、と、疲労や安堵から溜息をひとつ吐いた。

 

 建物に寄りかかるようにして、橙色になりかけた空を見上げた。今は、何も考えたくない。だって、こっちはやっと、自分の想いに一定の踏ん切りがついたばかりなのに、いきなり急接近を求められても、心の準備ができていない。ましてや、あれだけの大人数に、今日初対面の者にまで囲まれた中、思い切って本心を明かすなんて、それができるだけの度胸があれば、最初から苦労も苦悩もしないのだ。

 心を無にしようと意識すれば意識するほど、先の一幕で見聞きした言葉が脳裏を巡る。これから、自分はどうするべきかなど、答えのない、ひどく抽象的な思考を始めてしまう。思い通りにならない心がもどかしくて、もう一度溜息を吐こうとした、その時だった。

 

 ふぅ、と、自分の吐息ではない音がした。思いきり、右の耳元で、甘ったるく、やや湿った吐息が──

 

「うわぁあああああああああああっ!?!?!?!?!?」

 

 ヒヤリと、背筋に恐怖が走る。抑えきれなかった悲鳴を上げながら、光黄は、何かを振り切らんばかりの勢いで右を見た。

 

 いつの間にやら彼女の隣にいたのは、ディオニュソスだった。というか、考えてみれば、吐息の香りと性格を鑑みれば、彼以外にこんなことをしでかす者などいるはずがない。光黄の反応がそんなに面白かったのか、彼は、隠す様子もなく、くすくすと愉しそうに笑っている。

 

「おっ、お前ッ……! 後をつけてきた、のか……!?」

 

 なんとか冷静さを保とうと、ディオニュソスを睨みつける。だが、いざふたりきりという時に相対すると、他の仲間たちがいた時と違って、ぞっとするようなものを感じた。直前に、いきなり耳へ息を吹きかけられたのだから、なおさら不気味に感じられる。今だって、耳たぶに、くすぐられた後のような感触が焼きついているくらいだ。

 

「そう怖い顔するなよ。我は、いたたまれなくなって逃げ出したレディを慰めにきただけだよ?」

「後つけてるじゃないか! それを『後をつけている』って言うんだよ!!」

 

 心外だと言わんばかりに、肩を竦めるディオニュソス。だが、言い方を変えただけであり、やっていることは尾行に変わりないのではないか──そう思って、光黄が絞り出した指摘にも、彼はどこ吹く風。突きつけられる指摘に対して、他人事のように、溜息を吐いている。

 

「……それで、目的は何だ?」

 

 この創界神に良識を説いても無駄だろう、と、光黄はさっさと話題を変えた。だって、突然耳に息を吹きかけてきて「慰めに来た」は、いくらなんでも無理があるだろう。ファーストコンタクト以降のディオニュソスの言動を顧みても、彼がそんな殊勝で紳士的な人物だとは思えない。

 

「それは先に話したじゃないか。『いたたまれなくなって逃げ出したレディを慰めにきた』と」

 

 ディオニュソスは、あくまでも、説得力0な言い分を貫き通すつもりでいるらしい。「だから無理があるんだって」という言葉を、光黄は呑み込んだ。ここで彼のペースに呑まれては、玩具にされてしまうだろう。

 

「……あぁ、そうだ」

 

 そこへ、何かを思い出したような台詞が付け加えられる。尤も、そう聞こえるのは、字面だけ。口ぶりは、まるで、最初から台本に書かれていたように聞こえた。「本題はここからだ」と暗に告げられているようで、光黄は身構える。

 

「これも何かの縁だ。せっかくだから、お前にいいことを教えてあげようか?」

 

 何かの縁だなんて白々しい、と、光黄は思った。明らかに、最初からこちらが目当てだったのだろう。知ろうとすれば、確実に手玉にとられる──そんな確信すら抱かせる。

 

「……余計なお世話だ」

 

 光黄は、努めて冷静に拒否した。ぷい、と、ディオニュソスから目を逸らす。

 

「おや、いいのかい?」

 

 光黄が冷静さを保とうとしているのは、きっとディオニュソスに悟られている。彼は、目を逸らした光黄を視線で追うこともしなかった。しかし、口元を歪め、言葉を続ける。

 

「我が“あの子”と一度会ったことがあるということは、お前も知らないと思うのだけれど」

 

 光黄は息を呑んだ。「ッ……!」という声が、口から飛び出してしまう。

 

「案外わかりやすいねェ。ふふっ、なかなか可愛いところがあるじゃないか」

 

 一瞬の動揺を、ディオニュソスは見逃さない。光黄を一瞬だけ横目で見た彼の視線は、まるで、罠にかかった獲物を値踏みする捕食者のようだった。

 

「あの子は一度、パートナーの恐竜クンとだけで、こっちに来たことがあるんだ。その時は──たしか、罪狩猟団(デッドリーハンターズ)だっけか? たまたまそこのメンバーも偵察に来ていた」

「!?」

 

 光黄自身も知っている、嫌でも知らざるをえなかった敵の名が、ディオニュソスの口から出てきた。それだけで、彼の言うことの信憑性が一気に増す。きっと、彼の言う「恐竜クン」とは、烈我の相棒である“憤怒”の罪竜バジュラのことだ。ここまで来ると、光黄の心を搔き回し弄ぶための嘘とは思えない。

 光黄は、一度口を噤むことにした。これ以上、この男の前で、迷いや揺らぎを悟らせては行けない気がする──というわけではなく。

 

(あいつ……俺が知らないところで…………)

 

 自分の知らない、烈我の冒険。良くも悪くも、それが気になって仕方がなかった。彼が無事に帰還できたことは、今そこにいる彼を見れば一目瞭然だ。

 だが、そういえば、彼が突然いなくなって、ひどく疲れた様子で帰ってきたことがある。あの時は、疲労困憊の彼を見て、起きたことを問い詰める気になれなかった。そして、そのまま罪竜たちを巡る争いの日々の中に埋没していったから、結局、彼の身に何があったか聞けていなかったのだ。

 ディオニュソスの語りに、耳を傾ける。手放しに信用できる相手でないことは承知の上。それ以上に、自分の知らない烈我の話を知りたかった。真偽については、裏表のない烈我のことだから、後で彼から問いただせばいい。

 

「その時は、我も特等席から鑑賞させてもらったけれど……少しだけ、危うかったかもしれないねェ。2対2だったから助かったとはいえ、切札であろう恐竜クンも破壊され、ライフは残り1。一歩間違えれば、彼も、帰還が叶わなくなっていただろう」

 

 思い出話のように、ゆったりと。しかし、その言葉の端々に、ほんの少しの凄みが加わっている。最後に何気なく添えられた一言が、光黄の背筋を凍らせた。「一歩間違えれば、彼も、帰還が叶わなくなっていただろう」という言葉。それを聞いた瞬間、意味を咀嚼する暇もなく、心が恐怖で満たされていくのを感じた。

 

「──それが何を意味しているのか、賢いお前にはわかるよねェ?」

 

 ディオニュソスが、光黄の方を見て、問いかける。彼女の恐怖心を堪能するように、うっすらと目を細める。瞼で一部を隠された瞳は、光黄の心を見透かしているようにすら思えた。

 

 まさに、蛇に見込まれた蛙とでも言うべきだろう。ずっと目を逸らしていた可能性を突きつけられた光黄には、答えを見出だせない。悪神邪神の類いだ、と心のどこかで侮っていた神から、これまでの逃避を断罪されるような感覚に陥っていた。

 

「……なぁんて、ね。少しお遊びが過ぎたかな?」

 

 にこり、と、ディオニュソスの笑みが深められる。悪戯をした後の子供のような、外面は邪気のない笑顔。

 

「おい……! お前……あれだけ言っておいて…………ッ!!」

 

 だが、光黄からすれば、たまったものではない。自分にとって無視できない問だけを投げられて、しかし答えはお預けなんて。なら、自分はどうすればよいと言うのだろう。そんな、平静を失った光黄へ、ディオニュソスは身体を近づける。落ちつかない光黄の口に、そっと人差し指が当てられる。

 

「お前は真面目な子だねェ」

 

 微苦笑と共に投げかけられた言葉に、嘲りの色は見られない。だからといって、称賛というわけでもない。ただの感想だ。

 

「どうするかはお前次第、さ。我はお前を救いはしないし、咎めもしない」

 

 より距離が近づいた光黄へ、甘く、優しく囁く。ここだけを切り取れば、ディオニュソスだって、享楽三昧の死者たちを受容し見守る慈悲深い神のように見えるかもしれない。

 

 しかし。

 

 囁きを紡いだ口が弧を描く。口角が吊り上がる。駄々っ子を窘めるような微苦笑は跡形もなく消え去り、代わりに表れたのは、美しくも醜悪な嘲笑。上下の唇の隙間から、抑えきれなかった嗤い声が零れ出す。

 

「そのほうが面白いからねェ……アハハハハハッ!」

 

 最後に、自分を愉しませてくれた“役者”に哄笑を浴びせて、ディオニュソスは踵を返した。この行動だけで、ディオニュソスが光黄に教えた回想も、投げかけた問も、すべて光黄の心を揺り動かして遊ぶためでしかなかったということは明白だ。

 

 だが、それでも。ディオニュソスにとっては遊びでしかなかったのだとしても、光黄は、未だ真剣に考えていた。

 

(もし、ある日突然、烈我に会えなくなるのだとしたら、俺は────)

 

 彼女が居酒屋もとい喫茶店の裏から離れたのは、それから数分後のことだ。

 

 

 

「あっ、光黄! よかったぁ……迷子になったんじゃないか心配してたんだぜ!?」

 

 思い足取りで店内に戻った光黄。彼女を真っ先に出迎えたのは、烈我だった。場所が異世界だからとはいえ「迷子になったんじゃないか」という些か子供っぽい懸念に「いやいや、お前じゃあるまいし……」と苦笑する。

 

「あー、光黄ちゃん……ごめんな? さっきは配慮が足りなかった」

 

 先程、少し楽しげに光黄をからかっていたミナトは、心底から申し訳なさそうな顔をしていた。彼の後ろでは、絵瑠が「本当だよ」と責めるように、うんうんと、首を縦に振っている。

 

「……いや、ミナトは然程…………さっきもちょっとからかってきただけだろ? あれくらい、どうってことないよ」

 

 こちらも相変わらずだな、と、光黄は安堵した。むしろ、こうして謝ってくれることが、ちゃんと気遣ってくれているという証拠だと思う。光黄から「気にしなくてもよい」という旨の言葉を告げられ、ミナトは胸を撫で下ろしていた。

 

 反省したのか、創界神の面々からも、これ以上の追及はない。ひとまず、光黄の“青春”に関する話題は、一旦鎮火したようだ。

 

「……? なぁ、光黄。なんか、ちょっと顔色が悪いような……本当に、大丈夫か?」

 

 しかし、どうやら成り行きというものは、光黄の心を休ませてくれないようだ。

 烈我が、光黄の顔を覗き込んでくる。心配そうな顔で、

 

(なんでこういう時は鋭いんだよ、バカ烈!!)

 

 その鋭さを、さっきからかわれていた時や、バトル中に発揮してくれれば、ここまで思い悩むこともないのに──! やりきれない思いが、光黄の涙腺をぶち破る。彼女の目からは、数滴の雫が溢れ出した。自分が泣いていることに気づき、はっとする。

 

「光黄!? どうしたんだ……!? 何があったんだよ……!?」

「うるさい、バカ烈……! 何もない……わけでは、ない、けど…………!!」

 

 仲間想いな烈我が、仲間の涙を放っておくはずがない。だからこそ、今回も適当にはぐらかしておきたかったのに、烈我の声を聞けば聞くほど、この声が聞けなくなる日を案じて、ぽろぽろと零れ落ちる涙の量も多くなってしまう。

 

 だからこそ、やはり、この気持ちに、この不安に、決着をつける必要がある。光黄は確信した。ここまで感情を表に出してしまった以上、もはや隠しようがない。それなら、いっそ──

 

「……あのな、烈我」

 

 想う相手の名を呼びかける。

 どこか思い詰めた様子の光黄の顔を、烈我が困惑した様子で見る。

 彼と目と目が合った時、自分でも、結局どうしたいのかわからなくなった。

 

 できるなら、これからも、ずっと烈我と一緒にいたい。

 けれど、烈我との約束を反故にしたくない。

 烈我の頑張りを、無駄なものにしたくない。

 いつか自分を打ち破ってくれる。烈我に抱いた、そんな、願望混じりの信頼を、捨てたくない。

 

 でも、早く、答えを出さなければ。

 

「──俺を、置いていかないでくれ」

 

 口をついて出た言葉は、今まで烈我に見せてきた“黄空光黄”の言葉にしては、だいぶ弱々しかった。

 具体性も脈絡もない、光黄らしくもない発言に、烈我は目をぱちぱちしている。言葉に込められた意味を理解しかねているようだ。

 烈我だけではなく、彼よりも冴えた観察眼を持つミナトをはじめとした、ほぼ全員が疑問を呈したり、顔を見合わせるなどしている。ただ、先程率先してふたりをくっつけようとしていた創界神2柱は、それぞれ「おっ?」「あら?」と、続く言葉を心待ちにしている様子だが。

 

「いや、その……今のは、だな……あれだ! 今度は勝手にひとりで異世界に突っ走って行ったりするな、ってことだ!!

 だいたいお前は、前にもいきなりいなくなったと思ったら、疲労困憊で帰ってきたことがあっただろう!?」

 

 やはり、駄目だ。こんな衆人環視の中、告白なんてできるはずがない。観念した光黄は、せめてもの足掻きとして、建前とは言いきれない説教を、烈我へぶつけた。

 

「うえぇっ!? なんで今それを……!?」

 

 烈我にも、これには心当たりがあるようで、明らかに嫌そうな顔をする。彼のすぐ近くにいたバジュラも『あー……あの時のことか』と苦い顔をしていた。

 これなら、上手く誤魔化せそうだ。光黄は、あえて烈我を責め立てる。

 

「別に、異世界に行くなと言うわけじゃない! ただ、俺たちが突然いなくなったことをお前が心配してくれたように、俺も、ある日突然、お前がいなくなったらと思うと──!!」

 

 いつか自分を倒すと、そう約束したのだ。烈我が勝ったら、結婚でも何でもしてあげる、とも。

 しかし、当の烈我がいなくなったら? 烈我は、光黄に勝つどころか、バトルを挑むことも、会って言葉を交わすこともできなくなってしまう。

 

「──だから、次にそういう場所に行く時は、俺を置いていくな! いいな!?」

 

 その本心も、厳しい言葉で覆い隠してしまったけれど。それでも、烈我は、未だ目が赤い光黄を見て、にっこり笑った。

 

「……ああ、わかった! 次に異世界に出掛ける時は、光黄も一緒だ!!」

 

 ふたりの手と手がつながる。光黄の手をぎゅっと握る烈我の手は温かく、「絶対に離すものか」という気概を感じさせた。

 烈我は本当に律儀な男だ。光黄は、嫌というほど、彼の律儀さを思い知らされている。だって、幼少期の約束を未だに真に受けていて、そのせいで、現在進行形で焦らされているのだから。

 だが、それだけ律儀な彼が、またひとつ、約束をしてくれたのだ。きっと、彼なら、この約束を守り抜いてくれるだろう。それに、自分が一緒なら、たとえ烈我が破れそうになったとしても、守ってやれる。氷が溶けていくように、光黄の不安が消えていった。

 

 

『そ、そんな……光黄様が、自ら、あの男をお誘いに…………!?』

 

 彼らから少し離れたところで、ライトがあんぐりしている。いや、それどころではない。ショックで飛ぶ力を失い、ひゅるるる……と床面へ落ちていった。

 

「ら、ライトさん!? 大丈夫ですか!?」

『私も……光黄様に……デートのお誘いを受けたかった人生……いえ、竜生でした…………がくっ』

「ライトさん!? えっ、ライトさん……!?」

 

 突如容態が悪化した(ライト)を目撃し、店員(マミ)が駆けつける。遺言のように煩悩をのたまっているが、すっかり店内で死人(人ではないが)が出そうだと勘違いしているマミからすれば、全然笑えないし、無視できない。

 

『大丈夫じゃよ。あやつは何もかも大袈裟なだけじゃ』

 

 それを見兼ねたエヴォルが、溜息混じりに、マミへ口添えをした。「えっ? そういうものなのですか……?」と、マミは未だ信じきれていない様子だが。

 

「本当、そんなんだから、いつまで経っても執事とすら認められないんじゃないのか?」

 

 同じく、呆れ果てたミナトの呟きに、ライトが再び「がふっ!?」と嗚咽を漏らした。どうやら、かなり心にきたようである。

 

「デート、ですか……うふふ、一歩前進ですね」

「へぇ。お前もなかなかやるじゃねぇの」

 

 ライトの口から放たれた「デート」という言葉を、ゴーサインと受け取ったのだろうか。先程よりも過激でないにせよ、イシスとセトも、再び烈我と光黄を見守る保護者のような言動をとり始めた。

 

 冷静さを取り戻した光黄は、気づいてしまった。「俺、だいぶ恥ずかしいことをしでかしたのでは……!?」と。周囲の生暖かい視線が痛い。

 

「……よし、帰るぞ!」

 

 再びこの場から逃げ出さんと、光黄は高らかに宣言した。

 

「ふむ、そうだな。こちらも、もうすぐ日が暮れるだろう。この島を気に入ってくれたのは一住民として嬉しいが、長居しすぎて家族を心配させるのは感心しないな」

 

 何も気づいていない様子のガイが、光黄の宣言に賛同した。空が橙色から紫色に染まりだす頃。人口の少ない島は街灯も少なく、島外から来た子供たちだけで歩かせるのは危険だ。

 

「あっ、ほんとだ! たぶん、姉ちゃんも、そろそろ夕飯作って待ってるかも……!!」

 

 ガイの言葉を受けて、烈我も、自分を待ってくれている家族の存在を思い出した。弟の行動に対する束縛はだいぶ緩いが、自分の姉もきっと、光黄のように、自分がいなくなれば心配するだろう、と。もしかしたら、これまでも、知らずしらずのうちに不安な思いをさせていたのかもしれない。それに気づいたら、早く家へ帰らなくては、という気持ちが湧いてきたのだ。

 

「なーんか強引な気もするけど、まあそういうことなら。バトルに機械の修理にと、いろいろありがとうな!」

『次こそは、あの野郎を噛み殺す! 覚悟し──おい、あいつどこ行った?』

 

 光黄の真意を概ね察しつつ、ミナトはあえて触れない。世話になったバトスピ部の皆へ、手を振って感謝を述べる。彼の相棒キラーは、憎き怨敵たるディオニュソスへのリベンジを誓いかけ、その当人がいないことに気づいた。

 

 店内に戻る前にディオニュソスと遭遇していた光黄が「そういや、さっき見たな……思いっきり店の反対側へ歩いて行ってた」と呟く。それを捉えるや否や、マミが「今日の夕勤!」と叫び、青筋を立てながら駆け出したのは言うまでもないだろう。なぜか殺虫スプレーを片手に持っていたが。

 

「僕からも……知らない世界にいるんだ、って不安も吹っ飛ぶくらい、楽しい時間でした!」

『うむ。この経験はきっと、星七にとっての進化の糧となることじゃろう』

 

 ミナトに続いて、星七もぺこりとお辞儀をひとつ。人数が多く、誰に向かって礼をすれば良いのかわからなかったのだろう。彼の身体は、手合わせしたアンジュの方を向いていた。

 そんな星七へ、アンジュは満開の笑顔と共にグーサインを贈った。快い反応に、星七もぱあっと笑顔を浮かべる。

 

「んあっ!? もう行くのか……!? あぁ、えぇと、その……もし、また次に来たら、今度こそ、ここの店のメニューを食べ尽くしてやるからな!!」

 

 皆がいよいよ帰還すると見て、絵瑠は大急ぎで本日3杯目の親子丼を完食した。大食いな使い手に、シュオン『いや、さすがに食べすぎだろう!?』とツッコんでいる。

 

「ごちそうさまでした!」と幸せそうに言う絵瑠の様子を、ホルスは一店員として見守っていた。

 

マミ(せんぱい)がいないなら、オレが言うしかないかな?」

 

 元の世界へと帰還するため、彼らはまもなく店を出る。こういう時、店員として言うべき言葉があるはずだ。ホルスは、あの問題児を追って店を出た先輩を案じて苦笑した。彼女がいないなら、この言葉は、きっと自分が言うべきだ。

 

「ありがとうございました! またのご来店をお待ちしてますっ!」

 

 晴天のように澄んだ声を持つ創界神の挨拶は、まるで、帰還する七罪竜の使い手たちを祝福するようだった。

 

 

 

 一度はぐれた仲間たちが、足並みを揃えて店の扉を開き、外へ出た。きっと、トトに直してもらった機械を使って、元の世界に帰還したことだろう。

 

 最初に彼らと出会ったセトは、へっと笑った。少しだけ、自嘲的に。

 

「さて……今日サボっちまった分、明日からはしっかりしねぇとな」

 

 なぜなら、今日一杯、農家の手伝いをサボってしまったからだ。異世界からの予期せぬ来訪者への接待は、必要な処置だっただろうが、サボりの免罪符になりえないと自覚している。

 

「そうだな。俺も、明日からは中間テストに備え、励まなければ」

 

 セトのぼやきに、ガイも深く頷いた。来たる中間テスト。それを前に、嫌そうな顔も声色もしていないのは、さすがというべきか。

 

「「あっ……」」

 

 そして、ガイの口から放たれた「中間テスト」という言葉は、彼の後輩をも現実へと引き戻す。アンジュとツバサが、気まずそうに顔を見合わせた。ついでに、厨房のほうからは、「げっ!?」と、ここでは最年長の人間であろうタイキの声が聞こえてくる。「おい部長、しっかりしろ」と、セトが一言叱っていた。

 

 

 異世界からの来訪者が帰還し、皆もまた日常へ戻っていく。ゴールデンウィークと言えど、明日からは、平凡で少し煩わしい日々がまた始まるに違いない。

 しかし──いや、だからこそ。奇跡的に出会った異世界の来訪者との非日常は、彼らの記憶の中で、きらきらと輝き続けることだろう。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 そして、ここまで待ってくださった読者の皆様、コラボしてくださったブラストさん、本当にありがとうございます!

 いろいろ語りたい裏話等がたくさんあるので、その多くは、後日、別の機会(たぶん活報)に書くとして、まずは今回登場したライトさんのテキストを公開致します。今回も、原作から概ね抜粋です。


雷光天龍ライトボルディグス コスト6(3) 黄
系統:導魔、罪竜
Lv.1(1)BP6000、Lv.2(2)BP9000

Lv.1、Lv.2 フラッシュ:【天雷(テンライ)
自分のスピリットのバトル中、このスピリットを疲労状態で召喚する事で、このスピリットをバトルに加える。(BPとシンボルはバトルしているスピリットの合計とする)

Lv.2 『このスピリットのバトル時』
BPを比べ、相手のスピリット/アルティメットだけを破壊した時、このスピリットを手札に戻してもよい。または、自分のスピリット1体を回復することができる。


 彼の固有の能力は【天雷(テンライ)】。
 既にバトルしているスピリットに途中から参戦することで、BPと打点を強化してくれる、トリッキーな効果です。手札から颯爽と現れて、バトルしているスピリットを勝利へエスコートするその姿はまさに執事……なのかもしれませんね。
 今回は、とにかくこの効果で逆転するところを描きたくて、タイフォームとのバトルに参戦してもらいました。Lv2効果はコア数の関係で断念しました(←ぽんこつ筆者)


 コラボ回が終わり、次回以降は本編再開となります。先日の活報でお伝えしたとおり、途中で「エジット」のパスト公開待機期間が入ってしまうかもしれませんが、何卒ご了承いただきたく。

 また、執筆にあたり長い時間をかけたこともあり、コラボ回開始前と現在とで、割と文章の書き方が様変わりしているところがあるため、誤字等を修正しつつ、過去の話の文章を現在のものに寄せるブラッシュアップ的な作業をし、それが終わったら次話にの執筆に取り掛かりたいと思っています。

 では、また次のお話、あるいは活報でお会いしましょう。


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掌編:守り手を巡る狂騒

 マミのデッキの防御札事情について、設定として存在していた話を形にしてみたものです。

 若干の胸糞要素の仄めかしを含むのと、あと念のため赤タグ増やしておきますね(遠い目)。
 この回を読まなくても、本編を読むうえで問題はないので、上記の件で苦手そうだなぁと思ったら、遠慮なくスルーしてくださいませ。


 それは、目黒マミがディオニュソスの使い手として選ばれてから間もないある日のことだった。

 

 

 

「それじゃあ、青葉君。対戦よろしくね」

「ああ。俺からもよろしく頼む」

 

 バトスピ部の部室にて。机を挟み、ガイとマミとが向かい合う。この島だと、机上でバトスピをするためにも、ソウルコアの結界を展開する必要があり、向かい合う2人のバトラーも、それぞれの戦装束(バトルフォーム)に着替えていた。紺碧の板金鎧に、マゼンタのミニドレス。年季の入った教室には不相応なほど格調高い服装は、どこかシュールに感じられる。

 

 まだ仮入部の期間も終わっておらず、後に正式に入部することになるアンジュもいない。ガイとマミの試合を、部長であるタイキだけが見守っている、静かなバトスピ部の日常だ。

 

 デッキを切って、4枚ドロー。手札を確認する。

 マミの手札は[ディオニュソスの酒蔵神殿][ゴッドシーカー 冥府作家ラス・カーズ][冥府貴族ミュジニー夫人]────

 

(……何、これ…………?)

 

 マミは目を疑った。左から順に見た際は4番目となる手札に、見覚えがない。

 

 紫属性のマジックカードだろうか。コストは2、軽減シンボルは紫1個。サイズが軽く、コアを使い尽くす今のデッキでは使いやすいかもしれない。

 が、問題はそれよりも下。イラストには、なぜか実写の人間(?)が映っている。さらに下へと読み進めていくと「このカードは「ボンバー」と認められたカードバトラーしか使用できない。」という不可解なテキスト。バースト効果を持っているようだが、その条件は「自分がオナラをした後」。

 類似するテキストは、マミの記憶の中にもある。例えば、当時は唯一のデッキ除外カードだった[ギャラクシードロー]。たしか、それらは公式戦でしか使えない特別なカードだったはずだ。

 マミのデッキは40枚。件のマジックカード──名前は[ボンバースト]というらしい──を除こうにも、そうすればデッキが40枚未満になってしまい、いずれにせよ失格になってしまう。

 

 マミは、自分の手札を()にして、机に置いた。

 

「すみません、部長(ジャッジ)お願いします」

 

 

 

 結局、マミの察しどおり、件の[ボンバースト]は公式戦で使えない「GXナンバー」のプロモーションカードであった。ソウルコアの結界は「マミの反則負け」と認識したようで、一度解除されている。マミはいつものブレザーに、ガイはジャージ姿に戻り、問題のデッキの中身を確認していた。

 

「えっと、つまりマミちゃんのデッキに、入れた覚えのないGXナンバーのカードが入ってたってことかな……?」

 

 突如として起きた怪現象。しかし、その核心となるGXナンバーのカードがネタに走ったものであることもあり、タイキの声がいつもの張りを失っている。恐れている、というよりも、苦笑と困惑が入り混じったような、そんな感じの声だ。

 

「はい……こんなカード、私も初めて見たので、何がなんだかわからなくて」

 

 より困っているのはマミのほうである。彼女は見た目通り、基本的には(・・・・・)おとなしい性格で、「淑女」という言葉がぴったり合う女性だ。そんな彼女が、好んでこのようなジョークカードを入れるとは思わない。……が、もし、自ら好んで[ボンバースト]を入れたのだと思われているのであれば、その疑惑は早急に払拭せねばならない。何せ、彼女の家は飲食業を営んでいるのだから。オナラが云々など書かれたジョークカードを好む質だと誤解されるだけで、店のイメージダウンに繋がりかねないのだ。

 

「いや、こりゃあ『デッキに入れられた』っていうよりは『何らかのカードがすり替えられた』と見たほうがいいんじゃないか?」

 

 大きめの溜息と共に意見をくれたのは、ガイの相棒である創界神セト。漢字Tシャツ姿に戻った彼は、かの“外道”を相手取ることになろうとバトルを楽しみにしていたらしい。待ちわびていたバトルを開始前から台無しにされて、不機嫌そうな顔をしている。

 彼の意見は正しいだろう。デッキの枚数は40枚ちょうど。何かしらのカードを抜かれて、その枠に[ボンバースト]を入れられたと見るのが自然だ。

 

「ご丁寧に3積みされてますからね。このデッキで3積みしたカードは…………なるほど」

 

 マミの目が細められた。とても渋い顔をしている。

 

「入れたはずの[選ばれし探索者アレックス]が入ってないです」

「ッ……!!」

 

 その言葉を聞き、セトが唇を噛んだ。怒れる獣を思わせる瞳は、マミが表にしたまま置いた手札のうち1枚を射抜くように見つめている。そのカードの名は──

 

「おい、ディオニュソス! さてはてめえの仕業だな!? あぁん!?」

 

 個性の強い創界神の中でも、特に一線を画すレベルの問題児、創界神ディオニュソス。セトの怒声を浴びたカードは、微かなワインの香りを伴う暗紫色の靄となり、それは、徐々に、質量を持った人型を形成していった。

 

「うーん、何でもかんでも我のせいにするのはよくないと思うけどなァ?」

 

 現れたディオニュソスは、困ったような声色で首を傾げた。しかし、両眉で八の字を描いていても、口元が歪んでいる。

 セトの直感は当たっていたようだ。彼の口から、溜息とも唸り声ともつかない苦い声が零れた。

 

「はぁ……俺から提示できるような証拠はねぇがよ、その顔が『自分がやりました』って言ってるようなモンだろーが」

「ふふっ、いいねェ、その目……縄張りへの侵入者を威嚇する獣のようで、実にそそられるよ」

「話聞け」

 

 セトに詰められても、ディオニュソスの人を食ったような態度は変わらない。直情的で真っ直ぐな性格のセトは、心底面倒臭そうに眉間に皺を寄せている。

 

「……セト、[選ばれし探索者アレックス]が[ボンバースト]にすり替わっていることに、なぜディオニュソスが関与していると考えたのだ?」

 

 神世界の事情を知らず、置いてけぼりのガイが、セトへ尋ねる。マミとタイキも、ちんぷんかんぷんだと言わんばかりの顔をしていた。

 

「俺でいうホルスみたいなものだ。あいつは、2柱の最高神すら取り込んで、一度は最強の創界神といえる存在になりかけた。が、そこのアレックス──こいつは後に神になったわけだが、まさにそいつによって、2柱の力を分離させられ、こいつの陰謀はご破産になったんだよ」

 

 ディオニュソスを嘲っているようで、セトはどこか苦虫を噛み潰したような顔をしているようにも見える。それもそのはず、かのアレックスは、エジットの過激派に属する創界神としても、忌々しい存在なのだ。弱小勢力だった「ウル」に突如現れた若き創界神。それは、創界神としてはひどく幼い身で他の創界神の目を盗み、ウル・オリンの連合によるエジット打倒に大きく貢献した。どうやら、かつて神世界の旗手として立っていたアマテラスからも気に入られているらしい。その華々しいまでの躍進は、敗れた側のセトからすれば、些か面白くないものだった。

 

「『陰謀』だなんて人聞きが悪い。ただの『遊び』じゃないか。……とはいえ、我としても、せっかくの舞台をあんなにも陳腐な結末にされたことは、少し根に持っているよ」

 

「センスのない役者のアドリブほど、質の悪いものはないよねェ」と呟きながら、ディオニュソスは懐から3枚のカードを出した。マミのデッキから抜き取ったのであろう[選ばれし探索者アレックス]。スリーブを外されているものの、カードの表面・裏面共に傷や破損はない。

 だが、

 

「まあ、使いたいなら使えばいいんじゃないのかな? …………あぁ、でも、ここから出てくる彼女が、お前の知っている『選ばれし探索者』であるとは確約できないよ?」

 

 やけに潔いと思ったが、そんなことはなかった。2文目の警告めいた言葉に、マミは背筋がヒヤリとするのを感じた。

 

「……何をしたんですか?」

 

 マミは、ディオニュソスを睨み返す。だが、この“狂気”の創界神なら“そういうこと”もやりかねない。そんな確信めいた予感があった。

 

「いや何。彼女が二度と我を不愉快にすることがないよう、我直々に“教育”してあげただけさ」

 

 責めるような使い手の視線を受けてなお、ディオニュソスはくすくすと嘲笑を続けている。マミの脳裏を過ぎった予感がどのようなものかも理解し、その答えに至ることをずっと待ち侘びていたかのように。

 

「……最低だな、てめぇ」

「アハハハハッ! セトとあろう者に褒めてもらえるなんて。嬉しいねェ」

「貶してんだよ馬鹿!!」

「おやおや……お前は“狂人”に正常な感覚を求めるのかい?」

 

 セトに罵られてなお、ディオニュソスは笑っている。明らかな罵倒をされてなお、何ひとつ意に介さず、むしろ愉しそうに口元を歪めている様は、たしかに彼が自称するとおりの「狂人」のようだった。

 

「……タイキ。ディオニュソスは、アレックスに何をしたのだ?」

「えっ!? それを俺に聞く!? えぇ……!?」

 

 なお、ガイだけは、ディオニュソスのしでかしたことに皆目見当がついていないようだった。きょとん、首を傾げられたタイキは、齢18にも満たない後輩にどう説明したものか、すっかり困り果てている。

 

「探索者のほうのアレックスは、まだ神ではないし、我とは面識もない──つまり、我の本性を知らないんだよねェ。だから、その隙に付け入って、無邪気なあの子をコロッと──」

「おいばかやめろ! 純真無垢極めてる俺の使い手に変なこと吹き込むな!!」

 

 ここぞとばかりに、嬉々として自身の悪行を語ろうとするディオニュソスへ、セトの手が出かけた。

 

 が、それよりも先に──

 

「いい加減黙ってください! ぶちますよ!?」

 

 普段は小鳥の囀るような女声が、吠える。警告のような台詞だが、間髪入れずに、ディオニュソスの脳天へ竹箒が降ってきた。

 

 

 

 

 

 視線の先、立ち塞がる氷の壁。その向こう側で、凍てついた風が吹いている。カニのような甲羅とハサミを持ったゴリラのようなスピリット[カニコング]が、地を踏みしめ、吹きつける極寒の風を堪え抜こうとする。しかし、体表は凍りつき、足にかけている力が抜け──その異形はあえなく吹き飛ばされ、使い手の手札へ戻っていった。

 

 前のデッキでも世話になっていた[選ばれし探索者アレックス]。どうやら彼女は使えなさそうで、代わりに入れたカードが、思わぬ仕事をしてくれたようだ。一時的にとはいえ、最大の障害を除去できて、マミは胸を撫で下ろした。

 

 彼女のデッキに成り行きで採用されたカードの名は[アルティメットウォール]。トラッシュに落ちたそれを見るマミの表情は、やや複雑だ。正直なところ、マミのいる環境では、確実にアレックスのほうが頼りになるだろうと思っていた。事実、防御札の候補としてこの2択を提示されたら、ほとんどのバトラーがアレックスのほうが適していると言うだろう。だから、元を辿れば、勝利への活路を拓けたのは、ディオニュソスが探索者のアレックスに酷いことをしたお陰となってしまうわけで──

 

 いや、今は過ぎたことを考えている場合ではない。

 今応対している客は、異世界から来た不思議な竜たちと、その竜たちがそれぞれ選んだ使い手たち。マミの担当は、その中でも頭ひとつ抜けて傲岸不遜な龍王と、その使い手。客の前で、余所見をするのは失礼だろう。ましてや、この龍王からは、自身の全力を注文されているのだ。雑念にかまけるなんて、以ての外。

 マミは、見かけよりも紳士的な対戦相手に向き直った。そして、海の底にいる今日の主役にも聞こえるよう、大きな声で。

 

「──今度こそ、私の全力をお見せします!」

 

 心の底から楽しそうな声が、曇天に響いた。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 マミがディオニュソスの話の途中で殴れる子でよかったと思っています、いや本当に。
 ちなみに、マミがディオニュソスを殴る時に使った竹箒は、部室の掃除用具入れに入っていたものです。箒の先で殴ったので、あの後ディオニュソスの頭は埃まみれになっていたかもしれませんね。こんなナリでも筆者の推しです。

 今月はややスランプ気味&他にやりたいことに集中したいため、本編は来月から執筆再開する予定です。長らくおまたせして申し訳ございませんが、ご了承ください。

 では、また次のお話でお会いしましょう。


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