異聞・ハイスクールD×D 辺境武宝惑星・地球 矛盾せし真実持つ英雄 (グレン×グレン)
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プロローグ

……文字通りあらゆる自作品の元が燃え尽きながらも、こうして再起いたしました。



めっちゃ長くなっていますが、これはキリの良さを考慮したものなので、ご了承ください。


 英雄を目指す者は、その時点で英雄失格である。

 

 元々は俺の母国である日本の特撮で言われた言葉で、何時の間にやらそれを見た事もない者達まで当然のように使い出して今に至る。

 

 元々はとある悪徳弁護士が、英雄になりたいと家族を殺した男に追い詰められた時についた言葉だそうだ。その弁護士はそこまで深く考えてはいなかっただろう。そして、彼が実在していたとしてもこうも広く使われるとは思わなかっただろう。

 

 そもそも対象がアレすぎるから、他の英雄を目指す者全てに当てはめるのは問題な気もする。大半の英雄になりたがる者達も、そんな奴と一緒にされたくはないだろう。

 

 だがこれは、今の人達が英雄に抱くイメージがどういうものかよく分かるという事だ。

 

 彼らにとって英雄とは、ぶっちゃければヒーロー番組に出てくるヒーローそのものだ。

 

 彼らは英雄になりたくて一生懸命頑張っているわけじゃない。守りたい者や守りたい日常、あとは世界平和とかの為に頑張っているだけだ。そしてその果てに英雄と呼ばれ称えられる。

 

 現実はそんな綺麗なものばかりじゃない。少なくとも、歴史上の英雄の物語はもっと血生臭いものだ。真剣に調べればすぐに分かる。

 

 自分達に直接のデメリットがないのなら、それを取らないのは酔狂な間抜け。近年は国際条約でその縛りが増えてきているが、それでも狂気や憎悪に染まれば、現場の兵士がそういう行動をとる事はある。縛りがない時代なら尚更だ。

 

 そんな環境こそが戦場である以上、英雄だって綺麗ごとだけではいられない。それより昔、本当に起きた事なのかも分からない神話の英雄だって、少し調べてみれば過半数は現代人なら非難するような真似をしたことがある。

 

 かの龍殺しの英雄シグルドは、穴を掘って不意打ちをするという手段で邪龍ファーブニルを滅ぼした。

 

 ギリシャ神話最強と称されるヘラクレスも、酔っ払って喧嘩した時に師匠を誤って死なせてしまう。

 

 神話ですらこうなのだ。現実の英雄もまた、やはりえげつない。

 

 かの聖女ジャンヌ・ダルクは、当時の戦場でタブー視されていた夜襲や奇襲などを積極的に採用し、敵味方双方のヘイトをかなり稼いでいた事が火刑に処される遠因となった。

 

 三国志とかで有名な曹操など、為政者として名を遺した者なら尚更だ。歴史に偉業をなした事で記される為政者という者は、頭の中のお花畑を現実に妥協なく再現しようとするもには務まらない

 

 そして、現代の戦争には英雄はもういないと言ってもいい。

 

 戦場の勝敗を左右するためには、運用される兵器の量と質が特に重要視される。そも武器の存在や優劣の差がにより、個人の能力に左右されない優位制を得られるいうこの視点の根拠は、人という強靭さという点では自然界において下位に属する種族が地球上でもっとも繁栄してきた事実に由来している。

 

 強大な兵器があれば、生身の人間相手にいくらでも一騎当千の戦果を上げれる。生身の兵士が兵器を打倒する事もあるが、それは基本的にチームで成し遂げるものであり、兵器と一対一で戦う歩兵など普通はいない。

 

 もはや神話の様な英雄は、物語の中にしか存在しない。そして、その物語の中の英雄ですら、真実はどす黒い血にまみれているのが大半だ。

 

 そして、それを大半の人間は薄々勘付いているんだろう。

 

 人類の発達は技術の発達で、それはすなわち技術を編み出す為の知識の発達にしてそれを教える学問の発達だ。

 

 義務教育でやるような歴史の授業でそれらのことは教わるし、情操教育の一環で現実の戦争に関与した人の話を聞く機会だってある。

 

 だから、普通の人間は心のどこかで勘付いているのだ。

 

 物語の様な英雄は、現実においては存在しない。彼らは現実の世界に生まれなかったからこそ、英雄になる事ができたのだと。

 

 これはあくまで俺の持論だが、たぶん該当するケースは多いと思う。

 

 だってそうだろう。そうでなければおかしい。

 

 金メダリストをとったスポーツ選手に憧れて、自分も金メダルを取る事を夢にスポーツ選手を目指す事は応援される。

 

 世界的な名医に命を救われた子供が尊敬の念を抱き、自分もまた命を救える医者になる事は尊ばれる。

 

 世界一位。ノーベル賞。ギネス記録。これら世界の各分野の頂に立つ者は称賛され。そして自分もなりたいと思い、精進する者は応援される事が殆どだ。

 

 勿論反対されたり馬鹿にされる事もあるだろう。だがそれは命の危険がある事や、誰が見ても何年も成果を上げれてないとかの事情ありだ。なろうとしてるからなれないなんて、そんな滅茶苦茶な理屈が理由になる事なんて普通はない。

 

 それは彼らが目指す英雄という者が、現実には存在しないという前提条件でもないとおかしいだろう。

 

 実際に否定する連中が言うような英雄とは、大抵が創作物の存在だ。現実に存在する英雄が提示された場合でも、彼らの情報源は大抵が伝記という脚色や取捨選択された物語。絵本やデ〇ズニーを見てシンデレラみたいな人生を送りたいという少女達が、原典のシンデレラが継母達に残酷な報復を敢行したのを知らないのと同じだ。

 

 ……だから、この現代で英雄を目指す事なんて間違っている。

 

 心の中の彼らを尊敬し、彼らのようになりたいのなら、慈善活動やボランティア団体を目指す方がよっぽどいい。少なくともそう言えば、馬鹿にされる確率は下がるだろう。

 

 なぜ俺がこんな長々と持論を語れるかというと、俺の先祖がいわゆる英雄の(たぐい)だからだ。

 

 豊臣秀吉。まともな教育を受けているのなら、この名を知らない日本人はまずいないだろう。知らない奴は歴史の成績で0点を何度もとるどうしようもないレベルだ。

 

 織田信長や徳川家康と戦国三英傑の一人として並び称される男。農民か足軽の子供らしいなどという出自が分からない身から関白にまで上り詰めた、日本の歴史でもトップクラスの立身出世で名をはせる男。本能寺の変で倒れた織田信長の、天下統一の道を代わりに成し遂げ、かの徳川家康ですら、この男が死んだごたごたを利用して日本をかすめ取るような形でしか徳川幕府を起こせなかったほどの傑物だ。

 

 上記のように彼は立身出世においては日本で指折りのまさに名君。しかし晩年には朝鮮出兵を行い、敵味方に多大な犠牲を出した末に結局失敗した暗君としての側面もある。

 

 英雄という存在の功罪。表と裏を示す意味でも分かりやすい人物だろう。

 

 そしてその豊臣家は、後の禍根を断つ意味合いもあったのだろうが、徳川家によって根絶やしにされる事になる。

 

 その決断がなければ、江戸幕府は世界的に見ても評価されるであろう長きに渡る長期政権を維持できなかっただろうから、その件における徳川家康の功罪は語らない。

 

 先も言ったが、英雄とは本来血生臭いのだ。度々大した理由も効果もない殺戮を繰り広げるような奴は問答無用で邪悪だが、何十年何百年先を見据えた最終手段としての殺戮は、むしろ見送って大損害に繋げてしまった者が暗君扱いされるだろう。徳川家康は戦国三英傑と称されるに相応しい判断をとったというべきだ。

 

 だが、この豊臣秀吉。歴史にも記されていないし、当時の徳川家も見落としてただろうし、肝心の本人もたぶん気づいていなかったある事実がある。

 

 ……彼が木下藤吉郎から豊臣秀吉に移り変わるまでに使っていた、羽柴秀吉の時期。うっかり酔った勢いで女と関係を持ってしまったのである。

 

 そして、その子孫はこの二十一世紀においても血筋を保っているのだ。

 

 与太話の類なのは言うまでもない。そも何百年も前に潰えた血筋が実は絶えてなかったと言われても、それを確かめる方法はまずないだろう。

 

 だが、その家系は今も続いている。代々伝承している。そして外には一切漏らさず、しかし家の誇りとして語り継ぐ事を良しとしている。

 

 なんで俺が知っているか。それは簡単だ。

 

 ……この俺が、その末裔の1人だからだ。

 

 眉唾物なのは事実だが、代々そう伝えられているのだと、死んだお袋が俺に伝えていた。

 

 お袋は与太話と割り切りながらも、それでも代々伝えられてきた事だからと俺に一度だけ語ってくれた。

 

 親父がそれをどう思っていたのかは分からない。そもそも知っていたかどうかも怪しいだろう。

 

 なにせ、俺の親父はお袋と数えるほどしか顔を合わせていなかったからだ。

 

 先にこれに関して説明すると、なぜ俺という人間の受精卵ができた事について話すべきだろう。

 

 息子の俺が言うのもなんだが、お袋は間違いなく善良で心優しく、そして誰かの為に頑張ろうとする人物だ。

 

 人の痛みを自分のことにように感じるお袋は医療関係の仕事をかなり早い段階で目指していた。そして医大に進学したお袋は、最終的に心療内科医を選択。医大を卒業してしっかり就職した。

 

 そんなお袋はある日たまたま立ち寄ったバーで、沈みに沈み切った出張外国人とである。

 

 性格的にも仕事的にも見過ごせなかった母は、彼と一緒に呑みながら、その男の割と精神的にきつい身の上を聞き、カウンセリングの流れになる。

 

 その男は国際企業の経営者一族に婿入りしたのだが、これが思わず涙ぐみそうになるぐらい可哀想な流れだ。

 

 経営統合とかそう言った感じの政略結婚。それも男の両親が打算百パーセントで勝手に話を通し、相手方も男の能力が高かった事から了承。妻になる女も自分達の会社の繁栄の為なら糞まみれの不男に股を開く事を誇りにすら思うような別の意味でやばい手合いで、顔は良いがサイコパスかと言いたくなるような人物。そして男がその話を知ったのは、結婚式の日取りが決まって初めての顔合わせの時という話だ。

 

 そんなわけで家庭での立場が悪いとかいう以前の問題で、むしろ家に帰るのが苦痛以外の何物でもない。頑張って子供は作ったものの、内面は完璧に母親似で、悪い意味で子供らしくない。更にそんな性質を自分以外の家族は歓迎すらしている。

 

 日本が深いところに関わっている国際共同プロジェクトに参加するのを良い事に出張の名目で逃げてきたが、彼は心労で死ぬんじゃないかってぐらい追い詰められていた。

 

 ……生々しい事になるので途中を簡潔にまとめるが、俺という男はその深夜と明け方の間ぐらいの時間帯に創られたと思われる。

 

 お袋は妊娠に気づくまで一切その後男に会っておらず、そのまま彼にも伝えず育てる事も決意。実家からは猛反対されるが、最初からそうなる事を承知の上で中絶する事を選ばなかったお袋は、シングルマザーになる事を決めていたのでそのまま実家を出て行った。そしてそれ以来、家族と一度もあってない。

 

 男……俺の親父は能力が優秀だったので、それとなく気にかけていた結果それにすぐ気づいた。そして責任を取って認知しようとしたが、これはお袋に断固として反対される。

 

 お袋としては親父の人生を振り回したくなかったのだろう。実際話に聞く限りの親父の周りの連中だと、親父が何かしらやばい事になるのも想像できたしな。

 

 親父はその説得を受けて断念したが、しかし養育費はきっちり入れてくれた。お袋は俺の為に全額貯金していたが、後で預金通帳を見つけてちょっと月いくらか計算してみたが、資金横領とかをせずに家にばれないよう毎月送り続けてるのなら、親父に目を付けた俺の継母の家系は人の能力を見る目はあるという他ない。

 

 そしてまあ、俺はお袋の手で育っていったのだが、中学生の時に死んだ。

 

 女で一人で俺を育てた事による過労ではない。殺されたんだ。

 

 たまたま残業した時の帰り道で殺されたと、司法解剖の結果判明している。翌朝通行人に発見された時には既に死んでいて、おそらく刺されてから意識をなくすまで大した時間はかかってないらしい。

 

 犯人は未だ捕まっていない。争った形跡はなく、犯人はたった一撃で致命傷を与えていた。

 

 金品を奪われた形跡はないので、物盗りではない。服も乱れていなかったので、乱暴目的でもない。特に周囲の人とトラブルはなかったので、怨恨目的とも考えづらい

 

 つまりは、ただの通り魔による犯行。特にお袋が狙われる理由はなかったのだろう。

 

 そして俺は、殆ど天涯孤独と言ってもいい身の上となった。

 

 事実上の不倫で生まれた子。母子家庭。更に通り魔だなんて理由になってない理由で親を失う。

 

 これだけ書けば、グレて真っ当な人生をドロップアウトしてもおかしくないだろう。周りの普通に生きてる人間が妬ましくなるだろう。そして無関係な他者にすら理不尽をふるうような道の踏み外し方をしてもおかしくない。

 

 だが、自画自賛するようで悪いが俺はそうはならなかった。

 

 理由はいくつかある。

 

 一つは、中学自体にできた悪友の存在だろう。

 

 周りがはれ物を扱うような態度をとるのが当然な状態だ。こういう年代の連中の中には、こう言った悲劇に見舞われたり家庭環境が普通と違うやつを「いじめても当然」とか考えて何の罪悪感もなく楽しみながら排斥するも当然いた。

 

 だけど、あいつらは違った。

 

 まあ同情はしてたし距離感を図り損ねてるところはあった。だけど、あいつらは俺に元気を出してもらおうとしてくれたし、そんな厄介な身の上の俺を普通に友達として扱ってくれた。あとちょっと特殊な連中なので、ゲスな連中はあいつらから距離を取る形で、俺に対して突っかかる事も避けてくれた。

 

 ……まあ、中学生のくせして人の教卓の上にエロ本を山のように乗せてくる連中とか、ドン引きではあるだろう。俺もこんな過程で知り合ってなければ、もうちょっと距離を置いてたと思う。

 

 だがまあ、話してみれば気の合うやつらだ。誰かが時折張り倒さないと後が面倒な奴らでもある。あとこういう手合いどもだから虫除けにも使える。

 

 そんなわけでつるんでいた事が、だいぶ俺にとって癒しになったのが理由の一つ。

 

 二つ目は、お袋の遺伝子と育て方だろう。

 

 お袋は小さな頃から、世の中には理不尽な事が多い事を語って聞かせていた。

 

 そして、自分がそれを知るだけでも苦しく感じる時があるから、できる範囲内でそういうのを無くしたいと思っている事も教えてくれた。

 

 そんな人の血と教えの影響もあってか、俺もぶっちゃけ人が酷い目に遭ってるところを見るのはいい気分がしない。

 

 だから、分かり切っている八つ当たりなんてする気にはなれなかった。まあ世の中には糞みたいなやつも多いので、そういう連中はぶっ飛ばしていたがこれは元からだ。

 

 とにかく俺はお袋は凄いと本心から思っているし、その血を継いでいる事を心から自慢に思う。

 

 そして最後。これが、俺が英雄について持論を持っている最大の理由。

 

 俺は、先祖が英雄である事を誇りに思っている。

 

 眉唾物の話で、証拠もない。だから、俺はさっき言った悪友達にも話した事はない。今までにそれを人に話したのは、ただ一人だけだ。

 

 功罪ある人物ではあるが、人間は大抵功罪ある人生を送るものだ。やらかした事の酷さも凄いが、起こした偉業の偉大さも凄い。

 

 俺はお袋に対してもそうだが、先祖に対しても胸を張れる自分でいたいと、心から願っている。

 

 それこそ、英雄と呼ばれるような存在になれたらそれは素晴らしいとも思っている。

 

 だが、同時に俺はこう思っているのだ。

 

 英雄である先祖に強い敬意を持つこの俺。だからこそ、彼に対して胸を張れるような男でありたい。

 

 だからこそ、俺は英雄を目指してはならないと、強く思う。

 

 過去の偉人に敬意を払うのなら、彼の人生から得られる教訓を生かして、正しい意味での教師にも反面教師にもするべきだ。

 

 良いところは真似して、悪いところはしない。これが一番大事だろう。

 

 彼らは俺たちの歴史の先達で、何百年も前の道を切り開いた人物だ。更にそこから何世代ものの間、道を切り開き整備した先人たちの積み重ねが、今俺が生きている人類史という道の最先端だ。いずれは俺たちが切り開いた道を後追いし、その先を切り開く奴がいる。

 

 だから、過去の英雄に憧れるのなら、彼らの生き方を改善して実践する事を目的にするべきだ。

 

 だから俺は、一つの結論を導き出した。

 

 民主主義は英雄を駆逐する。こんな言葉が出てくるように、時代は突出した個ではなく群衆の輪でによって切り開く時代だろう。

 

 戦争の趨勢を決めるのは個の武勇ではなくなった。だからこそ、戦場という場所に個人の名が輝く事もないのだろう。

 

 英雄になろうとする者は、その時点で英雄失格。そんな言葉が出てくるように、現実の悲惨さを嫌い、そんな事をする必要がない世界にするべく努力するべきだろう。

 

 俺は先達に敬意を払うからこそ、先達よりも良い生き方をしたい。そして、先達たちの積み重ねた先である現在は、英雄のいない民衆の世界だ。

 

 英雄になりたいからって戦争を引き起こそうとするのは、戦争を終わらせ平穏の時代を築き上げた先達に対する侮辱であり、戦争を引き起こした英雄たちの失敗を教訓にしない真似だ。歴史に名を残したいからって、善意も正義も大義名分すらない悪逆非道な行為をするなんて論外だろう。

 

 だから、俺は人に胸を張れる生き方をする。だから、俺は英雄になるわけにはいかない。

 

 それが俺、羽柴秀吉の末裔にして橋場正美の息子、橋場アラタが自分に課していることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そんな俺は今、自分の住んでいる駒王町の警察署で刑事さんにため息をつかれていた。

 

「……橋場ぁ。俺ぁ、お前は警察にしょっ引かれる奴じゃなくて、しょっ引かれる奴を警察に引きずり込む奴だろうに」

 

 ため息をつく刑事さんの顔はよく知ってる。

 

 俺が警察のお世話になるときに担当した刑事の一人だ。何度もお世話になっているうちに、お互いスムーズに取り調べを進める阿吽の呼吸を覚えてしまった。俺がここに連れてこられた時は、まずこの人が手すきかどうか確認するのが署の定石。

 

 そして刑事さんが言った通り、俺は割と警察のご厄介になる事が多い。基本的な生活範囲の問題で、通報を受けて駆けつけてくるお巡りさんとも顔見知りだ。最近では現場について顔を合わせてから苦笑交じりに挨拶し合うようになった。

 

 通報で駆けつけてきて挨拶というのも変な話だが、まあ挨拶もするだろう。

 

 だって大半の場合、通報したのは俺だからだ。

 

 刑事さんが言った通り、俺が警察署に行くのは俺が誰かを殴って通報されるんじゃない。通報してから俺が殴りに行くのだ。

 

 殴りに行くのは基本的に不良とかチンピラの類だ。恐喝とかいじめとかそういう事をしてる連中を見つけたので、まず通報してからそれを告げて大人しくするように伝える。そして逃げようとしたり自棄を起こしたやつを無力化し、駆け付けたお巡りさんに引き渡すついでに、きちんと事情聴取を受けるまでがワンセット。

 

 なにせああいう手合いは何人もいる時がよくあるからな。一人だけなら組み伏せられるが、同時に何人もいると悶絶させる必要がある。

 

 人には言えんが戦国大名の子孫である事を誇っているので、独学で武芸を学んできた。更に現代戦闘技術の類も学んでいる。相手がチンピラなら三人までなら武器を持っていても叩きのめせる自信がある。

 

 加えて中学時代は大変で、悪友達が虫除けとして機能しても突っかかってくる奴もいた。そもさっきも言ったがエロ本を中学に持ち込む変態なので、あいつらが絡まれる事もまれにある。結果、人をど突き倒しなれた。

 

 なれというのは恐ろしいもので、今やチンピラ程度なら相手に必要以上のダメージを与えずに鎮圧できるようになった。なので、高校になってからこの手のごたごたで過剰防衛になった事は一度もない。

 

 これは案外知られていないが、犯罪は現行犯なら誰でも逮捕ができるからな。警察じゃないとできないのは逮捕状を取ってからの逮捕だ。

 

 だからまあ、俺が駒王町の警察署で取り調べを受ける時は、お茶ぐらいは確実に出てくる。時間帯によっては取り調べが終わるまで空腹を紛らわせる目的でお茶菓子まで出る。

 

 だから、本来なら大した問題ではないのだが……今回はそうはいかない。

 

 刑事さんが遠い目をして、天井を見上げる。

 

「……俺も長年刑事やってきたけどよ? 「人質の命が惜しければ警察に通報しろ!!」なんて要求して、最終的に人質自ら警察に通報してきたのは初めてだよ。お前、未成年じゃなきゃ全国ネットに顔出てたぞ?」

 

 ああ、俺もそこは同意見だ。

 

 人質の命を盾に要求するなんて、明らかな凶悪犯罪をする事になるとは思わなかった。

 

 しかも普通、そこは警察を呼ばないように要求するところだ。ここだけ聞いたら誰だって俺の頭が正常か疑うだろう。

 

 だが、反論はさせてもらう。

 

「……刑事さん。確かに今回、俺は犯罪を犯しました」

 

 ああ、それは認めよう。

 

「仮にも人の命を盾に取るような真似ですし、最悪の場合は本当に殺す事も視野に入れてました」

 

 真実だ。そこにウソはない。

 

 だが、だがしかし!!

 

「……たかがビール一本の未成年飲酒を柿の種つまみにやっただけで、俺の命やばかったんですよ!? こっちもそんな横暴通してくる連中に遠慮なんてできませんよ!!」

 

「……ぼったくりバーに入っちまったお前もついてねえけどよ? お前さん相手にぼったくろうとしたあいつらにも同情するよ俺は」

 

 そう、俺が人質を取った理由は単純だ。

 

 ……入った店がぼったくりバーだった。

 

 実は未成年飲酒そのものはこっそりやった事は何度かあるんだが、店に入ったのは初めてだ。

 

 そしたらそこがぼったくりバー。分かりやすい悪徳契約染みた値段表記に引っかかって20万も請求され、額から血が出るまでテーブルに叩き付けられて、とどめに「東京湾に沈めてもいいんだぞ」とかいうお決まりの脅しコース。

 

 俺も酒が回っていたのが悪かった。これを言葉の通りに解釈してしまった。だからここまでやったのである。

 

 分かりやすく、その時の俺の思考回路を説明しよう。

 

 テーブルに叩き付けられて血が流れていたから、テーブルにも血がついている。そして海に沈めるという脅しを受けた=ルミノール反応という傷害の動かぬ証拠がある上に、殺害をほのめかす形での恐喝までされている=俺が警察に駆け込んで営業停止処分を受ける可能性があるので、どっちにしても口封じに殺しに来るとしか思えない。

 

 ……流石にちょっと思考が飛躍していたとは、俺も思う。

 

「……橋場? ああいう連中は脅し掛ければビビッて垂れ込んだりしないって高くくってるんだぞ?」

 

 刑事さんの言葉に反論できない。

 

 まあ、そういうわけで俺は腹をくくってしまい。一か八かの命がけの大勝負に打って出たわけだ。

 

 財布をあらぬ方向に放り投げて相手の意識をそらしてから、灰皿とビール瓶を即座に確保。そして灰皿で近くにいた奴の鼻をへし折り悶絶させ、その反動を活かして灰皿でビール瓶を粉砕。そして流れるように割れたビール瓶をそいつの首元に突きつけ、動揺した隙をついて捕縛。

 

 そして壁際に下がって他の連中をけん制しながら警察を呼べと要求し、最終的に人質にとった男のメンタルが限界になったので、そいつが警察に通報して駆け付けた警察のお世話になったというわけだ。

 

 ……悪友どもが何度も覗きをしても、その場で袋叩き似合ってるとは言え停学処分にすらならないおおらかさがウチの高等部の売りだが、流石にこれはまずいか?

 

 ちょっと冷や汗を流すが、刑事さんは苦笑いを浮かべながら、扉を開ける。

 

 そこには、湯気が立ち上るカツ丼があった。

 

「……まあ安心しろ。あのバーを調べてる連中がドラッグや密輸拳銃を見つけて大慌てだ。どうやらどっかの犯罪組織がいろんなしのぎ稼ぐ為のアジトだったみたいでな。摘発のきっかけになった事やこれまでの馬鹿ども叩き込んでくれた恩とかに免じて、裁判所送りは勘弁してやろうかって話になってらぁ」

 

「……普通、そんなヤバイブツ売る場所の隠れ蓑でぼったくりバーまでするんですか?」

 

 流石にこれは想定外だぞ、おい。

 

 刑事さんも呆れ顔になると、俺に箸を渡した。

 

「ま、馬鹿が調子に乗ってたとかそんな感じだろうよ? それと……だ」

 

 そこで、刑事さんは一つ息をついた。

 

 この刑事さんなんだが、実はもう一つ俺と縁がある。

 

 ……彼が下っ端時代に、俺は人生でも一二を争うほどに酷い顔を見せた事がある。

 

 お袋が死んだと知らされて、その確認をした時だ。

 

 気を失いそうな俺に気を使って、奢ってもらったジュースは心に染み入ったのを覚えている。

 

「……俺は名前は知らねえが、アンタの親父さんは、あの島の生存者にはいないんだな?」

 

「………ええ。まず間違いなく、海の藻屑で魚の餌っすね」

 

 そう、俺が店で酒を飲もうなんてアホな事を考えたのは、それが理由。

 

 俺の親父が、つい先日に死んで、これはそのうっぷん晴らしをもくろんだのがきっかけだ。

 

 刑事さんには詳しい事情は伝えてない。

 

 彼が知ってるのは、お袋が親父が認知しようとしてお袋に断られたこと。それでも親父は俺に養育費を振り込んでいること。親父が国際企業の経営者一族に婿入りしていること。

 

 そして、その親父が住んでいたのが、その国際企業の支社がある、つい先日住民の九割以上とともに沈んだ島だということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 太平洋の日本領海部分に、ある人工島が作り出された。

 

 名前はデイライトシティ。世界各国が技術開発などの様々な理由で共同して作り出した、ギガフロートでできた人工島だ。

 

 軍事拠点としても価値を見出せた事から、戦争を自分から仕掛けないと憲法に則った判断を、国際情勢で白い目で見られる事があっても順守する日本に管理を半ば押し付けており、代わりに相応の資金援助を受けている。これにはアメリカにあまり大きい顔をされたくないが、しかしある程度は融通を利かせないとややこしいことになるため、国防関係である程度マウントが取れる国に管理させる妥協案を世界各国がとったためだ。

 

 そして今から少し前、俺が高校一年生を終えて春休みを迎えていた頃。そこで大規模なテロが起きた。

 

 その結果、デイライトシティは基底部を破壊されて完全崩壊しほぼ沈没。約十五万人の住人のうち、生存した者は1万人に満たないという、世界の歴史に残りうる悲劇的な終焉を迎える事になる。

 

 デイライトシティがデストロイ(破壊)されたという事からD×D事件と呼ばれる事になるこの事件。はっきり言って何も分かってないと言ってもいい。

 

 事件発生から島の崩壊まで二日もかからなかったこと。あらゆる箇所で多種多様な武装を持った多数の武装勢力が同時蜂起した事から、駐屯している自衛隊のキャパシティを完全に超えていたこと。太平洋上という立地条件故に、自衛隊や各国の軍隊の増援が間に合わなかったこと。生存者が全体の一割未満であること。そしてこれだけの事件にも関わらず、犯行声明が出されていない事から、事件の手掛かりが殆どないのが事実だ。

 

 数少ない監視カメラの映像から検証も行われているが、これが逆に混乱を生んでいる。

 

 なにせテロリストが使用している銃火器は、世界各国が正式採用している物を、まるで万国博覧会のようにまぜこぜで使用しているのだ。更に歩兵傾向型とはいえ対空ミサイルも対戦車ミサイルも持ち込まれ、挙句の果てに民間用とはいえヘリコプターまで使い市民たちを上から射殺するという、テロリストとは思えない充実した武装である。

 

 そんな物をどうやって調達したのか。そもそもどうやって島に持ち込んだのか。そしてそれができたとしても、それを別々の場所に運び込んだ方法や隠し場所はどこか。

 

 そんなあり得ない事だらけで、誰もが混乱していると言ってもいい。

 

 一時は、「日本政府は自国が対処不能な事態で大損害が出た場合、各国から補償金をもらう契約になっていた。これはそれを狙った日本政府によるマッチポンプだ」などという意見も出たが、このあり得ない手間暇にかかる費用やばれた後のリスクからあっさり否定され下火になる。しかし、現実的な方法でこれを成し遂げる方法が誰にも分らない。

 

 今やネット界隈の与太話でもなんでもなく、「この星にはフィクションに出てくる悪の秘密結社がいて、彼らによる陰謀である」などという話をテロ関係に詳しいコメンテーターが本気で語るほどだ。

 

 そして、その事件で死んだ者の中に俺の親父がいる。

 

 D×D事件の悪影響でつい先日倒産し、経営者一族が失踪までした国際企業。重工業を主要産業としている、アメリカに本社を置くピグマリオン社。その日本での拠点である、デイライトシティ支社。

 

 その支社長。ウィル・カンホワイトが俺の父だ。

 

 親父は死んだ。これは間違いない。

 

 死体は上がっていないが、しかしまず間違いなく死亡している。生存は絶望的ではなく、確実に死んだといっていい。

 

 その理由は、簡単だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……俺は、親父がいるビルが崩れ落ちるのを、その目で目撃しているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌朝。身元引受人になってくれそうな人は既に寝てそうだったので、そこら辺を配慮してくれた警察署の人達に留置所を貸してもらいとりあえず一睡。仮眠室を借りる手もあったが、死人が出かねない騒ぎを犯したうえでそれは図々しいので自粛した。

 

 目を覚ましてから、刑事さんからとりあえず学校側の対応を教えてもらってから、電話を掛ける。

 

 数コールの後、すぐに相手が出てくる。

 

『……橋場? なんだよ、始業式の朝から』

 

「ああ、イッセー。実はちょっと連絡事項があってな」

 

 兵藤一誠。通称イッセー。

 

 中学時代からの俺の悪友の1人。まっすぐで気持ちのいいやつで、名前の通り誠実な………ド変態だ。

 

 俺達は駒王学園高等部に通っているのだが、本来イッセー達は偏差値が全然足りなかった。

 

 しかしある理由で一念発起し、その偏差値を一気に上げて無事合格した。

 

 その理由は、元女子高だった影響で女子比率が周辺で一番高い共学の高校だったから。要は「女だらけの環境に行ければモテる」という、見通しの甘すぎる未来をつかむために断崖絶壁を登り切ったんだ。いい意味でも悪い意味でも馬鹿なところがあるが、馬鹿ゆえに時々常識じゃ計り知れないことするから怖い

 

 そして悪友と俺が言った時点で分かると思うが、中学生の時からエロ本を堂々と教室で見せるその性根は、まったく変わってない。あと女子更衣室を覗くのも治ってない。

 

 まあ、そんな奴が退学になってないうちの高校は結構大らかだが、それでも俺の場合は事が事だ。

 

「……昨日の夜、紆余曲折あってヤクの売人たちと大立ち回りして今留置所。球技大会が終わるまで停学になった」

 

『……お前は、どっかのドラマの主人公か何かか?』

 

 うん、この程度のツッコミで済む辺り、俺という男に対する認識がどんなものなのかよく分かるな。

 

 まあいい。偉そうな事を言える状態じゃない。

 

「実は新学期になってから確認しておきたい事もあってな。松田達に事情説明してもらうついでに聞いておこうかと思ってよ」

 

 因みに、俺の親しい友人はそう多くない。

 

 このイッセーとさっき言った松田と最後に元浜の、変態三人衆が男側。あと女側はこいつらとエロで会話できる業のものである桐生と、あと一年次の二学期に転校してきた一橋ぐらいだ。

 

 履歴の一番上がイッセーなので電話した程度の優先順位で誰でも選べる程度には気安いから、まあ誰に聞いても大丈夫だろ。

 

 で、俺はとりあえず気になっていた事を聞く。

 

「……今の生徒会長って、外国人じゃなかったよな?」

 

『……橋場。お前、漢字と英語の区別もつかないのか?』

 

「うるせえ。お前らとは別件の知り合いが、何故か駒王学園高等部(ウチ)の生徒会長を外人だと思い込んでたんだよ」

 

 ああ、確か名前は支取蒼菜だ。俺も覚えてたが一応な。

 

『……駒王学園、変なデマが広がってるんだな』

 

「ああ。……んじゃ、とりあえずクラスの連中にはとりあえず説明しといてくれや。……俺は大立ち回りでまだ疲れてるから、もうちょっと寝る。」

 

『あ、ああ。分かった』

 

 まだちょっと動揺してたが、イッセーはそう納得し―

 

『……なあ、大丈夫か?』

 

 その言葉は、大立ち回りのことじゃない。

 

 イッセーは、俺がD×D事件の生き残りだと知っている。

 

 なんで行ったのかも知っている。親父の詳細情報は伝えていないが、親父がそこに住んでいて、そこで一度会う事になったと親しい奴には伝えてたからな。

 

 そして、D×D事件を生き残ってからイッセーと言葉を交わしたのはこれが最初だ。

 

 メールで事情は伝えてたが、事情聴取とかで忙しかったから、結局春休み中は会えなかったからな。

 

「……まだ、割と引きずってる」

 

 だから、その辺は素直に答える。

 

 正直、あの一件は色々ありすぎて俺のキャパシティを遥かに超えてる。

 

 俺があの事件で体験した出来事の衝撃は、普通の日本人の一生分の衝撃を上回るだろう。いい意味でも悪い意味でも、そして大半が悪い意味だが、凄まじい衝撃だ。少なくとも、日本に住んでいる殆どの連中は一生かけても味わえない衝撃だ。

 

 散々今の時代に英雄はいらないと言っていてなんだが、英雄の血を引く男が歴史に残るレベルの惨劇の中でさらにとんでもない出来事に巻き込まれて生き残るって言うのは、壮大な物語の主人公に用意されたバックボーンっぽい。

 

 そしてこの惨劇は、きっとまだ続きがある。

 

 だから、俺はこう言う他ない。

 

「ま、このまま潰れる気はないさ。停学明けまでに持ち直すから、そん時は復帰祝いに高いエロ本でも恵んでくれや」

 

『……ああ! 松田や元浜と金出しあって、とびっきりのエロ本を用意してやるぜ!!』

 

 その言葉に頷いて、俺は電話を切る。

 

 ……俺も男だ。それもお年頃だ。性欲は人並み以上にある。

 

 そして、イッセー達のエロにかける情熱は本物だ。審美眼もある。上物が期待できるだろう。

 

 だが、俺の心はそれとは別の方向を向いていた。

 

 ……そう、俺が主役か脇役かに関わらず、まだ俺が巻き込まれた事件は終わってない。

 

 D×D事件の全貌が明かされてないって意味じゃない。俺が復讐の為に事件の真相を明かそうとか言う意味でもない。

 

 そんな事をするまでもない。あの事件を起こした側の連中は、俺に対して何かしらのアクションを起こす。間違いなく、絶対に。

 

「……生徒会にいるシトリーというファーストネームの外国人、もしくはグレモリーのファーストネームの外国人、か」

 

 俺はそう呟いて、天井を見上げる。

 

 俺はD×D事件の渦中で、親父が死ぬ直前のことを思い出す。

 

 崩れ落ちる支社ビルと運命を共にする直前、そんな連中に接触しろと、親父は俺に言い残した。

 

 なんで親父が生徒会長を外国人と勘違いしたのかは分からない。だけど支取とシトリーは似ていて、ファミリーネームは苗字のことだ。ついでに言えば、グレモリーの方は俺も知っている。

 

 俺の一年上の生徒で、学内で五指に入る人気を誇る有名人。二大お姉様と称される超絶美少女の片割れ、リアス・グレモリー先輩のことだろう。こっちは間違いないはずだ。

 

 生徒会のメンバーはともかく、有名人とはいえ接点のない人物に言及して、イッセーに首をひねらせないような理由が思い浮かばなかったので、電話では言及を避けた。だが、こうもドンピシャなら間違いないだろう。

 

 そこからふと、どちらかというと社交的じゃない俺が高根の花のグレモリー先輩にどうやって接触するかを考えたその時、スマホが鳴った。

 

 画面を確認すれば、そこには登録して一週間も経ってない―つまり、D×D事件生還後に登録した、一人の名前が出ている。

 

 ラミ・リスタート。

 

 ……今現在における、俺の事実上の身元引受人。しかし就職していたピグマリオン社がD×D事件の影響で倒産し、そもそも事件発生の直後に辞表が受理された事になっている―断じて辞表は提出してない―ので、絶賛無職の女性。そして、そのピグマリオン社ではデイライトシティ支社の秘書課に勤務して親父の担当だった、デイライトシティの数少ない生き残り。

 

 紆余曲折会って共に生還し、俺は基本的にラミ(ねぇ)と呼んでる彼女が、電話してきた。

 

 嫌な予感がして俺は電話に出た。

 

「……ラミ(ねぇ)? あの、どこまで知ってる?」

 

『……アユミから全部聞きました。日本では、犯罪組織相手に命のやり取り一歩手前の戦いをするのを「ちょっとハメを外す」というんですね?』

 

 ちょっとすねた感じの声が聞こえてきて、俺は即断した。

 

「……本当に申し訳ありませんでした!」

 

 思わず電話越しなのに勢いよく頭を下げてしまう。

 

 D×D事件で始めて知り合った仲なんだが、協力して生き残った吊り橋効果か、俺はこの人に親近感とか仲間意識を覚えてる。

 

 少なくとも日本じゃ大事件の類なので、ここは素直に謝るべきだ。実際反省している。

 

「マジでちょっと馬鹿な事やって発散したかっただけだったんだ。中二病こじらせた馬鹿が好きでもないのにタバコ吹かすノリで、店で飲みたかっただけだったんだ。ぼったくりバーなうえに違法な物を裏で売ってるなんて知らなかったんだ。マジで命の危険感じる事態になるなんて思わなかったんだ。後アルコールが回ってて判断ミスってしまったんだ。……その辺の事情を斟酌してくれると嬉しいけど、でも心配かけて悪かった」

 

 長々と言い訳してしまったのは勘弁してくれ。俺はまだ高校生なんだ。

 

 ラミ姉はその言い訳に何かを言いたくなっていたようだけど、少ししてからため息を吐くにとどめてくれた。

 

『……お昼前に迎えに行くから、そのまま駅前でお昼を食べながら詳しく聞きます。それまでの間、反省していてくださいね?』

 

 ……どうやら、俺へのお仕置きは朝食抜きのようだ。

 

 かつ丼を奢ってもらって助かった。この年で二食も抜くのは流石にキツイ。

 

 俺がそうほっとしていると、ラミ姉が話を続けてくる。

 

『一応聞きますけど、アユミのことは気づかれてないですよね?』

 

 ラミ姉の懸念は、まあ当然だろう。

 

 アユミ。当人が言うには『個体識別名称、アユミ・インディペンデンス』。

 

 俺とラミ姉の命の恩人。そして、おそらく今回の事件でバーの連中が強硬手段に出た場合、警察が来る前に全員叩きのめしただろう超強い奴。俺とラミ姉を良き隣人として守るように、親父に懇願された俺達のボディガード。

 

 名前じゃなくて個体識別名称なんて名乗り方するだけあって、ぶっちゃけかなり特殊な奴だ。警察に存在を伝えるわけにはいかないから頼れなかった。もし頼った場合、自分で言ってたあいつ自身の事情的に「……敵を排除しました」ってな感じでバーの連中皆殺しにするのがアニメでよくある定番パターンになる存在なので、なおさら頼れなかったりする。

 

 だから一切伝えてない。頭うったと思われるだけだろうし、信じたら信じたで大騒ぎだしな。

 

「ああ、そこは隠したから安心してくれ。で、アユミは?」

 

『私に事情を伝えてからまたいなくなりました。二人の安全を考慮すると、中間地点にいるのが効率的……だそうです』

 

 相変わらずだな。

 

 だけど、コンタクトを取ってくれるならまあいい。

 

 それなら、親父が俺に頼んだことは何とかできるだろう。

 

「……悪いけど、二か月以上停学くらっちまった。あと、念の為接触するのはグレモリー先輩の方が確実っぽいんだが、俺の社交性だとどうやって話したらいいか分からねえんだけど」

 

『分かりました。適当な言い訳を一緒に考えましょう。できればアユミにも参加してほしいですし、お昼は買って帰る方がいいですね』

 

「んじゃ、まだ荷物の整理が終わってなかったはずだしラミ姉のアパートにすっか」

 

 俺はラミ姉と今後のことについて軽く相談しながら、親父の事実上の遺言を思い出す。

 

 親父は死ぬ前に、電話越しに俺とラミ姉、そしてアユミにそれぞれ言葉を遺した。そして同時に、俺達三人にある事を頼んだ。

 

 接触対象はさっき言った通り。そして、接触してする事ももちろんある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―二人のうちどちらかに接触し、アユミが持ってる記録媒体を渡す。そしてシトリーの場合は姉、グレモリーの場合は兄に必ず届けるように告げること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その記録媒体を見せてもらったが、どう見ても宝石とかそんな感じのもので、どうやって情報を取り出すのかも分からない。

 

 そんな、まるで壮大な何かに巻き込まれた、物語序盤の登場人物のような状況。

 

 幻想の世界にしか存在しない、壮絶なストーリーを思わせる一幕。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それに心振るわせる自分を理解して、俺はとことん自己嫌悪に苛立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、のちにその記録媒体に残されていた内容を見た俺は、幾つかの事を思った。

 

 それは、俺が本当に世界の命運を左右しかねない物語の、主要人物となってしまったという衝撃。

 

 それは、引き起こした奴らに対する怒りと、巻き込まれる人達への憐憫と、関わる事ができるという歓喜とそう思う自分に対する嫌悪。

 

 最後に、呑気に停学期間中、のちにリアス部長と将来呼ぶ事になるグレモリー先輩に接触する方法を、ゆっくり考えて大丈夫だと思っていた事に対する後悔だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に、親父が懸念していた事態は起きていた。ラミ姉が俺に電話する時には、既に動乱の火ぶたは切って落とされていた。

 

 それが日本のテレビで緊急報道されるのは三十分後。

 

 南極を覗いた五つの大陸。その各地で、D×D事件など話にもならない規模の武装勢力が侵略活動を開始。瞬く間に各地は占領され、そして世界の主要言語で犯行声明が送られる。

 

 反撃の為に送り込まれた世界各国の軍隊。世界最強のアメリカ合衆国のそれすらたやすく返り討ちにした、地球全土を一つの政府の下に統一する為に行動するなどと告げた、まるでフィクションの世界の武装組織。

 

 その名はドクサリア・ネットワーク。

 

 親父が知り、世界の脅威と認め、しかし死ぬまで誰にも伝えられず、そして死してなお全容を伝える事ができない脅威。

 

 禍の団(カオス・ブリゲート)というテロ組織を、世界の裏側の足止めする為に利用し、そして()()()()()()()()()()()表世界の陣地を確保する為に動く、この地球という星が初めて遭遇する脅威の先兵。

 

 そんな彼らを、俺は三か月も野放しにしてしまったのだ。

 




はい、めっちゃ長くなりましたが、これでプロローグは終わりです。


ただし次から始まるのは、一章ではなく序章です。エクスカリバー編ですが、原作部分はそんなに書かず、割とオリジナル要素が詰め込まれると思います。








とりあえずいろいろ設定は書けたので、これからをご期待ください


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序章:1 アラタ「……正直、あの時世界が爆発する前兆と言われたら絶対信じた」

 さて、エクスカリバー編を舞台にした序章の始まりです。


 

 ドクサリア・ネットワーク。彼らが全世界に対して宣戦布告してから、二か月と少しが過ぎた。

 

 地球という星を一つの政権で統一する事を宣言した彼らは、たったそれだけの時間で世界中にその力を見せつけた。

 

 二か月の間ほぼ毎日、世界の各地で大規模な軍事衝突が起きていた。

 

 それは世界各国の軍隊による、制圧された地域の奪還作戦。

 

 そして、それらは全て返り討ちにあった。

 

 その理由は大きく分けて三つある。

 

 一つ目は、ドクサリア・ネットワークは基本的に都市を制圧して拠点としていたこと。

 

 都市には当然何万人もの人間が住んでいる。そして犯行声明を制圧してから行っている以上、その時都市の人間は避難などしてない。そして電撃作戦ゆえに、その大半はほぼ確実に生存している。

 

 自国の救出すべき民間人がいるというのは難点だ。航空機による面制圧は巻き込む危険性があるし、核攻撃など以ての外。自走砲の類におる砲撃もしづらい。

 

 結果として、空軍や海軍の戦力を当てにする事ができない。基本として陸軍だけで事に当たるしかなかった。

 

 二つ目は、ドクサリア・ネットワークの武装だ。

 

 第三世界、先進国、それどころかアメリカ合衆国ですら、彼らより洗練された武装を持っている兵力がいなかったのだ。

 

 突撃銃、対物狙撃銃、多種多様な機関銃。果ては対戦車兵器から対空ミサイルまで。そして陸戦兵器から航空機兵器までも。

 

 それら全てにおいて、ドクサリア・ネットワークは非常に高度な技術によって作り上げたものを使用していた。

 

 以前、現代の戦争は兵器の質と数で決まるといったのを覚えてるだろうか。

 

 その歴史が示す一人の真理を、ドクサリア・ネットワークは証明してのけた。

 

 そして三つ目。これこそがもっとも衝撃的。

 

 ドクサリア・ネットワークが使用する新機軸の兵器。その存在の有無は絶望的な差を生んでいた。

 

 なんと人型兵器を現実に投入してのけた。そして現代戦で通用させてしまったのだ。

 

 名をオオカ・ラダン。兵器の種類としてはデカカ・ラダンとか言っていたが、まあこれはどうでもいい。

 

 全長三メートルに満たない全長。背中にはめ込むような形でコックピット。メインウェポンは歩兵用の装備を一回り大型化した程度の代物。

 

 そんな、人が操縦するロボット兵器として多くの人が創造するのとはずれたそれは、しかし強大な存在だった。

 

 昔日本で一つのロボットアニメを作る時に、スタッフが科学者の意見を参考にしたと聞いた子がある。

 

 それによると、戦場で実用的なロボット兵器を作るのなら、全高は五メートル未満が限界であるとのことだ。

 

 そしてその限界値よりだいぶ下に設計されたそれは、それゆえに強大な力を発揮した。

 

 自然界において、人間は脆弱な存在だ。それより弱い存在が代わりに持つ繁殖力がない。それを喰らう側が持つ、優れた身体能力がない。そしてその差を是正する角や毒などの優位点もない。

 

 しかし、人類はそれでも地球でもっとも繁栄している種族である。

 

 その大きな理由の一つは武器や道具を開発したこと。そしてそれを最大限に活用できる柔軟性と汎用性に長けた体をしていることだ。

 

 人間の骨格を模したフレーム構造を持つデカカ・ラダンという兵器は、その人間の利点を保ったまま、人間を遥かに超える身体能力を発揮する。

 

 機体が小型である事が逆に幸いし、彼らは歩兵のできる事をスケールアップする形での運用が可能。それはこれまでの操縦するタイプの兵器が持つ、「人間にはできない凄い事をする」在り方とは真逆の、「人間にできる事を凄くする」在り方だ。その上で、予備武装として機体に武装を内蔵したり、手で使用しない形で固定するといった運用もできる。

 

 これは、市街戦に代表される遮蔽物が多い環境で猛威を振るう事になる。

 

 パルクールとかフリーランニングなどの移動術を駆使する事で、ビルからビルに飛び移る事も可能。そして多種多様な兵器を使い分ける事で、陸軍の兵器としては破格の戦闘能力を発揮した。

 

 更にその動きや反応は人間がそのまま自分の体を動かしているそれに近いという意見があり、これにより不意打ちに対する迎撃が比較的できた事で強襲攻撃を仕掛けて返り討ちに遭う者が続出。まるでロボット兵器ではなくサイボーグか何かではないかというレベルの動きをとってくる。

 

 とどめに、関節部に装甲がつけれないというロボットアニメですら突かれる事が多い弱点を狙った攻撃すら、何故か殆ど通用しない。

 

 装甲がついてないところに当たったはずなので、対物ライフルやグレネードランチャー程度ではビクともしない。装甲の厚い部分に至っては、攻撃ヘリのロケット砲や戦車砲の直撃でも貫通しきれないといったことまである。

 

 そんなオオカ・ラダンを主力とする戦闘によって、世界各国は連戦連敗。

 

 ならば技術を解析して、自分達も開発すればいい。ロボットアニメでもよくある打開策が建てられたが、それもまたとん挫する。

 

 地球全土を統一するとか言っていたくせに、何故かドクサリア・ネットワークは最初に都市部を制圧して以降、防衛に主眼を置いた戦略をとっているのだ。

 

 結果として各国側が勢力図を押し返した事はなく、なので残骸を回収する事ができず、つまり解析する材料がない。

 

 まあそんなわけで、アメリカ合衆国や中国といった国土を奪われた国以外は、比較的平穏を取り戻した国も多い。

 

 特に、専守防衛でしか戦闘しないこの国に戦争を仕掛ける奴はいないだろう……などという楽観的にもほどがある意見が割とよくとおる、平和ボケが多いこの日本は、どこかで戦闘が勃発したというニュースでもない限り日常そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな日本の学校は、制服があるなら夏服に切り替わる時期に入っていた。

 

 そしてこの俺。駒王学園高等部二年生、橋場アラタ。麻薬や拳銃を売りさばきながらぼったくりバーまで経営するろくでなし相手に大立ち回りをした、学園史上類を見ない規模の警察沙汰の中心人物。

 

 俺はその騒ぎのケジメとして言い渡された二か月以上の停学処分が漸く明け、ついに二年生になって初めて学園に入る事ができたわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー橋場。お勤めご苦労様ー」

 

「おい桐生。誰がいつ刑務所に入った。書類送検で終わったから少年院どころか裁判所にすら行ってねえよ」

 

 教室に入って早々、真っ先にからかってきた女友達の桐生藍華にそう返しつつ、俺は中学一年の時にいやというほど味わった視線の集中攻撃をあえて無視する。

 

 停学理由が「麻薬売買グループ相手に、未成年飲酒が切っ掛けで大立ち回り」という日本学生史上に前例がないだろう―っていうかあってたまるか―やらかしを仕出かした俺に、何とも言えない視線を向けられる。

 

 お袋が通り魔に殺された時よりは、視線の種類はまあましだ。だが、別の意味で視線の温度が冷たい。

 

 目が口ほどにものをいう。俺の狭い交友関係を知るがゆえに、視線の総意は分かりやすい。

 

 ……割れ鍋に綴じ蓋。変人の友達はまた別の変人何だなぁ。まともなのは一橋ぐらいか。

 

 そんな視線をあえて無視して、俺はとりあえず席に座る。

 

 そして、その目の前に一冊の雑誌が置かれた。

 

 視線を上げると、眼鏡をキラリと光られた男―友人の一人である元浜―が、優しい笑顔を向けていた。

 

「言われた通りの出所祝いだ。俺達三人はもちろん、桐生だけじゃなく一橋までお前にぴったりなのは何か議論したんだぜ?」

 

 そして坊主頭―こっちは松田だ―がそう言いながら、俺の肩に手を置いた。

 

 俺は静かに、視線を電話した相手であるイッセーこと兵藤一誠に向ける。

 

 天然物の金髪を伸ばした見覚えのない女と一緒にいるイッセーは視線に気づいた。そして、無言でサムズアップ。

 

 ……よし。

 

「アッパーかフックかストレートか好きな殴られ方を選べ。一人一発で勘弁してやる」

 

「うん。ちょっと待ってね?」

 

 可及的速やかに一撃必倒の打撃を叩き込まんとしてた違った瞬間、その声とともに一瞬で組み伏せられそうになる。

 

 とっさに地面に倒れこむように振り払い、転がって距離を取ってから立ち上がると、俺は取り押さえを敢行した女に半目を向ける。

 

「……なぁ一橋。アホの三馬鹿と悪乗りする桐生はともかく、お前はTPOってやつ弁えられるだろ? 前もって止めてくれよ」

 

「あはは……。これぐらいバカな事した方が、橋場君も気兼ねなく復帰できると思ったんだけどね。それに兵藤君達がこういうの躊躇しないのはいつもの事でしょ?」

 

 そう朗らかに返すのは、割と伸びてる黒髪をツインテールにした、しかしどこかボーイッシュな少女。

 

 一橋(ひとつばし)瀧野(たきの)。去年の二学期に転入してきて以来、俺らとよくつるんでいる、俺の数少ない友人の一人だ。

 

 戦国時代初期から江戸時代まで、それなりの家格を維持し続けてきた武士の家系。江戸幕府とともに侍の世が終わり、世界が変わっていく事を痛感しつつも、代々軍事に関わりのある職業を選択。現代においても一族の九割が自衛隊そのものか深く関わる職業を選択するという、平和国家日本にあるまじき生粋の武闘派一族。

 

 荒事慣れしてる俺を取り押さえかけたさっきの手腕でわかるだろうが、当人も幼少期から自衛隊式の戦闘技術を仕込まれていてかなり強い。高校に入ってからはやってないそうだが、それ以前は長期休暇の際に海外の射撃場で銃に触れた事もあるとか。

 

 自分にも他人にもやるべき事をやる事を良しとするが、肉体的にも精神的にも人には向き不向きがある事を理解しているところがあるからか、癖の強い変人だらけの俺らと普通につるめるできた人物。しかし面倒見がいいからこそ、何かしら俺らが騒ぎを起こしかけるのを見た瞬間に鎮圧を図るので油断できない。

 

 ……こいつが俺らのグループに属してるのは、ある意味で俺の自業自得ではある。転校初日にトラブルに巻き込まれたのを助けてから、俺を足掛かりに人間関係作ろうとしたのが原因だろう。

 

 イッセー達がド級の変態さえ除けば好漢揃いなのを分かっているいいやつだ。同時に、裏を返せばその一点特化型の欠点が常人受けしない事も分かっているから、あほやらかした時は容赦しないのも難点だが。

 

「それより大変だったね。あの後芋づる式に売買ルートが摘発されたけど、日本じゃ珍しく銃撃戦になった時もあったらしいよ?」

 

「平凡な日常生活の裏で、犯罪組織の報復を返り討ちにする毎日が待ってそうねー。ドラマか映画の主役でも目指してんの?」

 

 一橋の言葉を利用してからかってくる桐生に、俺はため息で返答する。

 

 誰がそんなこと望むか。この現代に至る大きな段階の一つを作り出した先祖に敬意を持つ身として、彼らが切り開いた先である現代社会を荒らす気はない。より良い方向に進めるべく微力ながら力を振るうべきだ。

 

「んなわけねえだろ。物語の主役を張りたいなら、俺は帰宅部じゃなくて演劇部に入ってるっての」

 

 そうぼやきながら、俺はエロ本をつまむとしげしげと眺める。

 

 ……さすがエロに一家言ある連中が雁首揃えて餞別した逸品だ。

 

 帰ったら熟読するとしよう。ラミ姉はそういうのに理解があるから、いないときに読むぐらいの気遣いで十分だ。本棚には普通に入れれる。

 

 そしてとりあえずエロ本をカバンに入れようとすると、それに視線を向けて真っ赤にしてるさっきの金髪美少女がいた。

 

「は、はぅ~。イッセーさんはまたそんな本を持ってきてるんですかぁ!」

 

 そう言って恥ずかしそうに顔を赤らめながら、同時にちょっと怒りながらイッセーに涙目を向けてきた。

 

「部長さんも私もいるんですから、ひ、必要ないと思いますよ!」

 

「……アーシア。男にとってエロ本は別腹なんだ。それとは別に必要不可欠なんだ………っ」

 

 そして何を真剣極まりない表情をしている。両手を相手の肩において諭すな。

 

 俺がそうツッコミを入れるべきか、それともまずそのアーシア?……とかいう子について聞くべきか考えた時、ある意味もっとやばい事に気づいた。

 

 今、このアーシアって子はイッセーになんて言った?

 

 部長と私がいる? 必要ない? それも、エロ本を指して言ったんだよ……な?

 

 俺は、動悸と冷や汗に見舞われ、周りに視線を向ける。

 

 そして、さっきまである意味冷ややかな視線を向けていたクラスの連中は、今は逆に生暖かい視線を向けていた。

 

 だよなぁ……とかそう言った感じの視線だ。

 

 そして、俺は震える指先でイッセーを指し示し、数少ない友人達を見る。

 

 一橋は困ったように微笑んでいる。桐生は面白そうにニヤニヤ笑っている。そして松田と元浜は、長年の友人にするものではない、嫉妬の視線を血涙を流しそうな表情で嘆きの感情を全身からほとばしらせていた。

 

 そして、二人は俺の肩に手を置き、首を左右に振る。

 

「あの子はアーシア・アルジェントっていう転校生だ。そして、イッセーの家にホームステイしてるのだ」

 

 元浜が、まるで長い間追い求めていた夢を、突然の事故による後遺症で諦めるしかなくなった敗北者の表情で、転校生のことを教えてくれる。

 

 そして全身を悲しみで震わせながら、松田が唇から言葉を紡ぐために必死になっていた。

 

「そして、あろうとことか、我らがリアス・グレモリー先輩までもがあいつの家に下宿してるんだ。……寄りにもよって何でイッセーの家なんだ!?」

 

 最後が絶叫になったのは仕方ねえな。

 

 あいつの親父さん、海外の企業と提供してたりとかしてない筈だろ? なんで外人二人を下宿させてんだよ。

 

 って言うか、なんでグレモリー先輩が下宿してんだ!?

 

 あの人一年の時からいたはずだろ? 何で今更、ただのサラリーマンが建てた平凡な一戸建てにホームステイするんだよ? しかも、既にホームステイしてる家に? しかも、高等部はおろか駒王学園全学部全土を探しても、変態性で五指に入るイッセーの家だと?

 

 ……って言うか、なんで寄りにもよって()()()()()()()だと?

 

 親父が遺言で接触するように言ってたけど、どう接触すればいいのか分からなかったグレモリー先輩が? これまで何度か告白してきた連中を「よく知らない相手とのファッション感覚の恋愛をする気はない」という理由で断ってるから、学内での接触が困難すぎるグレモリー先輩が? 何とか住所と郵便番号を割り出して、身の危険を感じさせないような場所に呼び出すぐらいしか思いつかなかったグレモリー先輩が?

 

 俺の停学中に、俺の中学時代からの友人の家で、別ベクトルで高水準の美少女と、ホームステイしているだと!? 

 

 俺はもう一度、教室中を見渡す。

 

 その全員が、「気持ちは分かる」と無言で断言していた。

 

「………イッセー」

 

 とりあえず俺は、イッセーにこれだけは言っておこうと思った。

 

 そして振り返るイッセーが何か言うよりも早く、俺は言うべきことをいう。

 

「我慢できなくなっても風呂場に突入するんじゃないぞ。その時は、友としてお前を本気で殺す」

 

 いや、確かに言うべきところだけどそうじゃない。

 

 それよりも、今日中にでもイッセーの家に遊びに行く算段を整えるべきだ。

 

 それでグレモリー先輩と接点を作れば、そこから一気にアユミと引き合わせ、親父の遺言を果たす事ができる。

 

 そう思って、俺はすぐにそっちに話を変えようとする。

 

 とりあえず何を言うべきか考えて―

 

「と、突入する必要なんてありません!」

 

 アーシアが、俺が何か言うよりも先に声を上げた。

 

 そして、顔を真っ赤にしながらもしっかりとした意識をもって―

 

「……つい先日も、部長さんやイッセーさんと一緒にお風呂に入りましたから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてホームルームが終わるまで、イッセーはクラスメイトのほぼ全員から袋叩きにされる可能性に振るえる事になる。

 

 そして、そんな大騒ぎの所為で俺は話を切り出すタイミングを完全になくしてしまった。

 

 松田と元浜が無言でシャドウボクシングをし、桐生は周囲でイッセーに詰め寄るクラスメイトにやんややんやとやじをとばす。

 

 その光景に俺が頬を引きつらせてると、一橋が俺の肩に手を置いた。

 

 ……その手が少し震えているのが分かった。

 

 恐怖じゃない。緊張じゃない。そして怒りの類でもない。

 

 それは、耐えている何かが決壊寸前になっている者が見せる現象。焦燥という感情だった。

 

 ……俺は、何が限界なのかを察して、少し反省した。

 

 俺の今までの人生どころか、ここ数十年間の日本において、全く経験した事のない大規模な惨劇の現場に巻き込まれてた。そして、父親を失った。更に、よく分からない運命の渦に引きずり込まれた。

 

 その所為でいっぱいいっぱいで、俺は三か月以上もの間、あの時約束した「約束」をほったらかしていた事に気が付いた。

 

「……悪い。大丈夫か?」

 

「ゴメン。なんか久しぶりに会ったら気が抜けちゃって。……学校終わるまで我慢できないかも……っ」

 

 ……授業間の休み時間は十分。それだとちょっとばかし足りない。

 

 となると、タイミングとしては昼休みか。

 

「……昼まで耐えれるか? それまでに場所を見繕っとく」

 

「……うん、待ってる」

 

 こりゃ、グレモリー先輩との接触は後回し……だな。

 




因みに時期としては、この日の夜にイッセーたちはフリードと激突します。

つまりコカビエルが暴れだすまで秒読み段階。……アラタの明日はどっちだ!!


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序章:2 イッセー「ダチに内緒のアドバンテージがあると思ってたら、一年近く前から追い越されてた。正直死にたくなったOTZ」

序章第二弾です。

まあ、この部分はオリキャラ同士のつながり的な部分と、原作の時系列の確認みたいなものです。


 

 駒王学園二年生。兵藤一誠にはある秘密がある。

 

 彼は今から数か月前、人間から悪魔へと変貌を遂げた存在である。そして、神であろうと一握りの傑物でなければ滅ぼせる伝説のドラゴン、赤龍帝ドライグを宿す存在である。

 

 彼を悪魔にしたのは、駒王学園三年生であるリアス・グレモリー。彼女はソロモンの七十二柱に由来する、上級悪魔元七十二柱が一柱、グレモリーの本家次期当主である。

 

 七十二柱に元の文字がついていることから推測できるが、悪魔という種族は滅びの危機に瀕したことがある。

 

 キリスト教に由来する三つの勢力。聖書の神が率いる天使。欲に負けた堕天使たちが集まった神の子を見張るもの。そして、四大魔王が率いる悪魔たち。

 

 その三つの勢力はかつて大きな戦争を繰り広げ、どの勢力も大きな被害を受けたことで事実上の冷戦状態に移行した。現在でも小競り合いは頻繁に起こるが、かつての全面戦争の域にまでエスカレートさせることはない。少なくとも、悪魔側にそのつもりは存在しなかった。

 

 理由は大きく分けて二つ。

 

 一つは、現悪魔政権の方針は種の存続と繁栄を重視しているため。

 

 かつての戦いにより、悪魔側は指導者である四大魔王を筆頭として多くの物を失った。七十二柱はその半数が断絶。それ以外の悪魔も上級から下級まで多くの命が失われ、文字通り種の存続すら危うかった。

 

 それに伴い、残存する悪魔側は穏健派が台頭。それまでに四大魔王の血族が行っていた圧制の影響もあり、戦争継続を試みようとした魔王血族とその賛同者は内乱の末、敗北し追放された。

 

 そして、称号という形で魔王の座を継承したリアスの兄たち現四大魔王は、種の存続を図るために悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を開発。上級悪魔の血族に与えられるそれをもって、他種族を後天的に悪魔に変えることで、滅亡の回避を行うことを優先する。

 

 現四大魔王は全員が絶滅のリスクを背負ってまで戦争する気は全くなく、四人そろって三大勢力の覇権を握るような野心すらなかった。ことサーゼクスに限定すれば、彼は悪魔はもとより神や天使、それこそ人間に至るまで、滅びていい種族など一つもないという平和主義者にして共存共栄を求める精神性を有していた。

 

 第二に、他の勢力に漁夫の利を狙われるリスク。

 

 聖書の教えだけでなく、世界中には様々な勢力が存在する。北欧神話やギリシャ神話に始まり、世界各地に古くから伝わる神話は、そのほとんどが実在している。

 

 彼らの多くは神々が主力であり、中には聖書の神に匹敵する力を持つ強大な存在もいる。

 

 戦力の回復が完全ではない状態で再び全面戦争をすれば、更に消耗した隙をついてまとめて滅ぼされる可能性がある、それら先のリスクを考慮することができる現政権からすれば、そんな危険性を冒してまで戦争を続ける気にもならなかった。

 

 他にもう一つ隠された理由はあるが、それを知るものは三大勢力の重鎮のみ。戦争の大前提すら崩壊するこの事実は、限られたものにだけ教えることが三大勢力各重鎮の暗黙の了解となっている。そのため、七十二柱本家といっも当主の座を継いでないリアスも知らされていないので、ここでは割愛する。

 

 兵藤一誠という少年は、聖書の神が作り上げた人に宿りし異能である神器(セイクリッド・ギア)を保有する。それが先述した赤龍帝ドライグであり、厳密には彼の魂を宿した唯一無二の神器、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)。それぞれ別種の能力であるが、しかし極めれば神や魔王すら倒しるとされる、神器の頂点に位置する13の神滅具(ロンギヌス)一つである。

 

 転生悪魔になったイッセーは、神器について多少の知識があるリアスのアドバイスによりその力を覚醒。そしてその力の助けを借りながら、これまでに大きく分けて二度のトラブルを乗り越えた。

 

 彼の実家にホームステイしているアーシア・アルジェント。悪魔を癒したことで教会から追放され、その癒しの力の正体である聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)を殺してでも手に入れようと上層部を出し抜いて暴走した堕天使レイナーレ一派との戦い。

 

 そしてアーシアを転生悪魔として迎え入れた後で起きた、リアスの婚約者であるライザー・フェニックスとの婚約解消をかけた戦い。

 

 そんな戦いを乗り越えたイッセーたち。しかし現在、彼らはその二つをはるかに上回るトラブルに巻き込まれていた。

 

 堕天使勢力統括組織である、神の子を見張るもの。その幹部である最上級堕天使コカビエルが、聖書の神に仕える教会が保有する、聖剣エクスカリバーを強奪してこの駒王町に潜伏したというのだ。

 

 かつての戦いで七つに砕け、そしてその数だけ仕立て直されたエクスカリバー。そして一本が行方知れずになるも、残りはすべて教会で運用されていた。単純計算で七分の一になりながら、それでも協会が誇る上位の装備として運用されるそれを、コカビエルは二分の一にあたる三本も強奪したのだ。

 

 その悪用を阻止するべく、教会からはエクスカリバー使いが二人派遣。悪魔を信用しない上層部の意向により、彼女らはリアスにエクスカリバー争奪戦への不干渉を要求する。

 

 魔王から駒王町の担当を任されたリアスはこれに立腹するも、次期当主としての教育もあってそれを不承不承了承。しかしここで二つのトラブルが発生する。

 

 一つは、エクスカリバー使いがアーシアの情報を知っていたことにより、アーシアに気づかれたこと。

 

 悪魔との殺し合い担当という、教会でも特に悪魔に対して敵意を抱きやすい彼女らは、更に年若いこともありアーシアの断罪を行うことも考える。

 

 元よりその一件から聖書の神や教会に対して悪印象を抱いていたイッセーは、良くも悪くも宗教観が緩くなりやすい日本人気質もあって彼女らと真っ向から対峙して聖書の神すら愚弄。収まりかけていた緊張感が再び高まる。

 

 イッセー本人は一度文句が言いたかったところに火種を注がれたことで燃え上がったが、言うだけ言って少しは気が晴れたので、主であるリアスがたしなめれば矛を収める気で、少々一神教に対する配慮が足りなかったとはいえ、自分から戦端を開く気はなかった。エクスカリバー使いであるゼノヴィアにしても、むしろ悪魔になりながら信仰心を持つアーシアに対して慈悲をかけたつもりだったのに絶対視する主まで愚弄されて敵意が強まったが、上層部の指示と優先順位を忘れていなかったので、イッセーが矛を収めれば収まっただろう。

 

 しかし、ここでもう一つのトラブルが発生する。

 

 イッセーが入ってくるまでに、リアスは四人の転生悪魔を下僕としていた。悪魔の駒はチェスの駒を模しており、駒の種類に合わせてそれぞれ異なる特性と価値を持ち、同種の駒なら複数使用することで一つではキャパシティを超えるものも転生させる。

 

 そしてイッセーが知っているリアスの眷属は三名。

 

 雷の巫女の異名を持つ、最強の駒である女王(クイーン)を与えられて全能力が強化された、駒王学園三年生にして二大お姉様としてリアスと並び称される姫島朱乃。

 

 未成熟な体と不釣り合いな格闘能力を誇る、攻防を強化する戦車(ルーク)の駒を与えられた、一年のマスコットとして人気を誇る塔城小猫。

 

 そしてイッセーと同学年であり、学園の女子人気をこれでもかと集める優男。速さを強化する騎士(ナイト)の駒を与えられ、更に所有者のイメージをもとに、様々な種類の魔剣を作り出す魔剣創造(ソード・バース)という神器を持つ、木場祐斗。

 

 なおであったことがないのは魔力や魔法の力を増大化する僧侶(ビショップ)であり、アーシアもこの駒で転生。イッセーは特定の条件を踏むことで他の駒の能力を得ることができる兵士(ポーン)を、神滅具の強大さから八駒全部使用している。

 

 そして問題を起こしたのは、木場祐斗。

 

 これには、彼がリアスの眷属になる前の過去が関係している。

 

 上述のエクスカリバーに代表される聖剣は、強力な武器である。

 

 ただでさえ優れた攻撃力を持つ剣である上に、悪魔や吸血鬼といった類に対しては切られた箇所が消滅するレベルの追加ダメージが発生する。これらは魔剣創造の姉妹品ともいえる神器で創造したり、無銘の物も含めて普通に物品として存在するものもあるが、エクスカリバーはその中でも上位に位置する。

 

 しかし、兵器として致命的なある欠点が存在していた。

 

 それは適正。聖剣の力を発揮できるものは非常に珍しく、数十年間誰も使えず死蔵する羽目になったこともある。

 

 いかに強力な武器であろうと、運用するものを見繕えないのでは意味がない。ゆえに当然のごとく、その才能を後天的に与えることができないかという研究が行われた。

 

 祐斗は教会の組織で行われていた研究の被験者だったのだが、その研究所は彼を含めた被験者を「失敗作」として毒ガスで処分しようと試みたのである。

 

 仲間意識を持っていたほかの被験者たちは、独の影響が一番低かった祐斗を逃がすために抵抗。そして施設から逃げ出したものの、ガスが回って無念のうちに生命を落としかけるその間際、たまたまその日特施設の近くにいたリアスに発見され、彼女の眷属として悪魔に転生することで生き永らえた。

 

 そして今の名前を与えられた祐斗は、しかしそれゆえに教会の関係者を嫌い、特にエクスカリバーに対しては自分の手で破壊することで、自分を逃がして死んだ同胞たちの無念を晴らそうとその機会をうかがっていたのだ。

 

 その憎悪の対象であるエクスカリバーが目の前に現れ、更に同胞であるアーシアの殺害をにおわせ、同じく同胞であるイッセーと一触即発になった。

 

 更に間の悪いことに、この一件の少し前に、イッセーが小学校に入る前に海外に行った幼馴染のクリスチャンが、リアスの前任者の死にかかわっていると思しき聖剣使い子供であることが発覚。それに気づいたことでもとより憎悪の炎が激しくなっていたこともあり、殺し合い一歩手前になる。

 

 かろうじてリアスの起点により、実力を確認することも兼ねた上に内緒の模擬戦という形で納めることができたものの、結果は惨敗。

 

 イッセーはくだんの幼馴染でもある擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)の使い手、紫藤イリナと戦闘。模擬戦にかこつけてセクハラをもくろんだことでスケベ根性で肉薄するも、聖剣エクスカリバーの対悪魔における凶悪さを読み違え敗北。ついでにイリナのとっさの回避したことで、アーシアと小猫が全裸にされるというトラブルが起き、イッセーは小猫の制裁も受けたが、これは余談。

 

 一方の祐斗は執念で怒涛の攻撃を仕掛けるも、それが魔剣創造による手札の数と、駒の特性による機動力の上昇という持ち味を殺す結果になる。さらに相対した相手であるゼノヴィアが、寄りにもよって攻撃力の高さを持ち味とする破壊の聖剣(エクスカリバー・ディストラクション)の使い手であったため、持ち味を殺したうえ格上の土俵で挑むという自滅同然の敗北を遂げる。

 

 模擬戦とはいえ勝ったことでイリナとゼノヴィアの気も晴れ、二人はイッセーに赤龍帝ドライグと対をなす白龍皇アルビオンを宿す神滅具保有者がすでに力に目覚めていることを告げ、その場を去る。

 

 そして祐斗はその敗北でさらにこじらせてしまい、リアスの制止を振り切って独断行動をとってしまう。

 

 事態を重く見たイッセーは、事態の早期解決を仲間の因縁の清算もかねて行動を開始。

 

 生徒会長支取蒼菜こと、七十二柱シトリー家次期当主であるソーナ・シトリーの眷属である、つい最近知り合った匙元士郎を呼び出す。そしてイッセーの暗躍に気づいた小猫とともに、エクスカリバー破壊に一枚かませてもらおうと、話を聞いて即座に逃げ出そうとした匙を無理やり引きずりながらイリナとゼノヴィアに接触を試みる。

 

 結論を言えば交渉はスムーズに成功。イリナが詐欺に引っかかって活動資金をすべて失って異教徒の恐喝まで考え始めていた二人に食事をおごって恩を売ったこと。ゼノヴィアが「上に内緒にしたうえで、ばれても悪魔の力じゃなくて赤龍帝というドラゴンの力を借りたことにする」という屁理屈を考案したこと。そして二人だけでの勝率は、二人がいまだ明かさない伏札を含めても四割と低かったこと。これらの要素が組み合わさったことが要因で成立する。

 

 そして祐斗もそれを不承不承ではあるが了承。そして情報を共有するうち、ある真実が明らかになる。

 

 聖剣計画による被験者の虐殺。これは研究主任の独断によるもので、その恩恵にあずかった協会からしても汚点であった。その結果、祐斗の真の仇ともいえるバルパー・ガリレイという首謀者は追放され、現在は堕天使側に身を寄せているというのだ。

 

 そして祐斗は二人が来訪する前に、エクスカリバーの保有者と戦っていたことも発覚。相手はレイナーレとの戦いにおいてイッセーたちと激突し、一派の中で唯一の生存者であるフリード・セルゼン。教会の戦士であるエクソシストでも特に高い才能の片りんを見せていたが、殺戮を好む精神性ゆえに追放され、堕天使の側についた危険人物でもある。

 

 バルパーがコカビエルと行動をともにしているかはわからないが、バルパーの技術をコカビエルが利用している可能性は高い。それもあり、祐斗も若干冷静さを取り戻す。

 

 その後、匙が祐斗の個人的事情を知って大いに同情し、主であるソーナとできちゃった結婚するというどうしようもない夢を「自分も個人的事情を語るべき」という理由で暴露。主の乳首を吸うことを当座の目標としているイッセーと、この上なく意気投合するがこれは余談である。

 

 そしてイッセーは彼らと協力して、リアスやソーナ達には秘密でフリード達をおびき寄せるため自分達をおとりにしていたが、結果は芳しくない。

 

 こと純真無垢なアーシアに黙っていることに、強い罪悪感を感じているイッセー。しかし彼女は嘘がつけない性分なので、言いたくともいえない。ついでに言うと同居してるリアスがそろそろ怪しんでいる節がある。

 

 そのためイッセーは、昼間の悪友たちとの日常にとても癒されていた。

 

 あと数日後には皆でカラオケに行く予定で、その時にはグレモリー眷属の学園での顔である、オカルト研究部員を誘うとイッセーは約束していた。

 

 それまでにエクスカリバー争奪戦を終わらせ、祐斗も誘いたいとイッセーは思っている。

 

 そして、犯罪組織との大立ち回りで二年生になってから今まで学園に行くことができなかった橋場アラタ。彼をオカルト研究部のみんなに紹介したいと心から思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その気持ちを裏切られたかのような錯覚を、イッセーは覚えていた。

 

 そんなイッセーの視線の先。というより松田や元浜、そして桐生の視線の先。空き教室の中にいる一組の男女。

 

 胡坐で教室の床に座っている、橋場アラタ。

 

 そのアラタに足まで使って絡みつくように抱き着いている、一橋瀧野。

 

 二人は想定外の事態に目を見開いているが、祖の顔から流れる汗は冷や汗だけでは断じてない。その証拠に、二人の息は少し荒れており、顔もわずかに赤い。

 

 そして、アラタのズボンのベルトは外されている。その上にまたがる瀧野の片足には、下着が引っかかっていた。ついでに言うと、空き教室内には、性欲旺盛な童貞のイッセーがかぎなれたにおいと、嗅いだことのないにおいがほのかに漂っていた。

 

 それらを脳の演算能力をフルに使って考え、思考停止から回復した直後に答えを導き出す。

 

 そして、彼は以心伝心という言葉の意味を強く察することができた。

 

「「「死ね」」」

 

「待て待て待てシャレにならん!!」

 

 松田や元浜とシンクロして放たれた、イッセーの死刑としか形容できない言葉。それに対してアラタの顔色が真っ青になる。

 

 こと殺し合いを経験したイッセーの声には殺意が強く籠っている。停学理由が殺し合い一歩手前だったこともあり、アラタはそこも悟っているらしい。冗談抜きで殺されかねないと判断したようだ。

 

「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ三人とも。さすがに高校生が自由恋愛するのは別に問題ないわよ?」

 

 さすがの桐生もこれはまずいと思ったのか、珍しく真剣みがこもった声で三人を制止する。

 

 そしてアラタはそれに便乗したのか、ブンブンと首を縦に振った。

 

「そうだ! お前らちょっと後ろ向け! とりあえず一橋にパンツ履かせろ!」

 

「橋場君、今それどころじゃないと思うよ?」

 

 微妙にずれたことを言うアラタに、瀧野のツッコミもどこかずれている印象を与える。

 

 しかし幸か不幸か、これによりイッセーたちは殺意を少し薄れさせた。

 

 そも、別に自分達の誰一人として瀧野と付き合っているわけではない。ましてや瀧野に対する抜け駆け禁止令をアラタと結んでいたわけではない。文武両道眉目秀麗、癖はあるが良識的なアラタは優良物件であることも認めよう。そして瀧野が女性として外見内面ともにハイスペックなのは周知の事実。

 

 だから、一橋瀧野という女性が橋場アラタという男性に告白し、それをアラタが受け入れるというのは想定できたはずなのだ。

 

 そして三か月近い停学期間の間、真面目な瀧野が合わなかったことも納得できる。そうなればいろいろともやもやがたまっていたことだろう。

 

 それが爆発した結果、こういうことになったとしても驚かない。

 

 実際イッセーたちがこの現場を目撃したのも、昼休みになった直後に二人の姿が消えたからだ。

 

 停学明けを祝して、学食で何か奢ってやろうという程度の考えだった。そしたら二人していなくなっていたので、他の友達に誘われていたアーシアを置いて、遠回りで学食に行きながらちょっとだけ探していただけなのだ。

 

 そしたら、学友二人がSE〇していたというのはなかなかインパクトがある。

 

「畜生! なんで言ってくれなかったんだ!」

 

 松田が涙を流して叫び、元浜もうんうんとうなづく。

 

「全くだ! 俺たちは友達ではないか! なぜ一言も告げてくれなかったんだ!」

 

 その言葉に、イッセーも強く同意する。

 

 そして、やるせなさとともに声を張り上げる。

 

「そうだぜ! 一回徹底的にボコボコにしたうえで、それとは直接関係ないデマを一回流すぐらいで、そのあとは妬みながらも祝福してやるってのに!!」

 

「いやだから隠してたんでしょ。ってか兵藤、その馬鹿二人に似たような事されてホモ疑惑までもたれてるのに、よく同じことできるわね」

 

「……お前ら、いろんな意味で友達やめたくなったぞ」

 

 その三人のいいように、桐生とアラタが呆れという感情をこの上なく体現した目でバッサリと冷徹な発言を返す。

 

 そしてそこに至って、瀧野の思考回路がようやく正しい意味で機能したらしい。

 

 四人が何かに誤解していることに気が付いて、慌てて首を横に振った。

 

「ち、違うよ! 私と橋場くんの関係を誤解しないで!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「橋場君には私の性欲処理をお願いしてるだけだから! っていうか、兵藤君たちにもお願いしようか結構真剣に考えてたから!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この発言のせいで状況はさらに混乱。結果、この六人は昼食を食べ損ねたうえ五時限目に遅刻する。

 

 ……長期停学を開けたばかりのアラタが悪目立ちし他のは言うまでもない。その後カラオケに参加することは決まったが、五人がアラタの分の金を折半して出費することが決まるまで、全員アラタに怒気を向けられたことも付け加えておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……実は私、攻略済みの鬼畜ゲームヒロインみたいな経験があるんだ」

 

 その放課後、下見を兼ねて向かったカラオケボックスで瀧野が語った話は、いきなりヘビーだった。

 

「「「「……マジで?」」」」

 

「うん、マジだよ」

 

 異口同音で聞き返す四人に、瀧野は自嘲の笑みを浮かべてうなづいた。

 

 そして転校してきた初日、寄りにもよってその攻略してきた男たちの1人と出くわしたのだという。

 

 彼もまた同時期に転向し、その結果が駒王町にある底辺高校。当然不良たちのたまり場であり、彼はすでにそのうちの一グループと意気投合していた。

 

 そして過去の事実を餌に、その男は瀧野を新しいグループの慰み者にしようと目論んだのである。

 

「……転校することになったトラブルでちょっとは正気に戻ってたんだけどね。ひと月でかなりいろいろ限界が来てて、その時は受け入れようかと思ったんだけど―」

 

 そう告げる瀧野の脳裏に浮かぶのは、そう告げようとした瞬間に見た、凄惨な光景。

 

 いきなり目の前の男が顔面を地面にたたきつけられ、更に勢いよく何度も踏みつけられる。

 

 そしてその残虐ともいえる襲撃者に怖気づいてしまった不良たちは、喧嘩慣れしていた能力を発揮することなく叩きのめされる。

 

 それをしたのがアラタである。

 

 明らかに過剰防衛気味ではあるが、これはアラタの戦術的判断である。

 

 瀧野が廃墟に連れ込まれるところを見たアラタは、不安を覚えて裏口から侵入。そして会話の内容から相手がゲスであると判断。これは警察に通報するのもまずいと、いつものやり方を捨てた対処をとることにしたのである。

 

 英雄や偉人に敬意を払うアラタは、彼らをはじめとする過去の人たちが生きてきた人生の積み重ねでできている歴史に対して強い熱意を持つ。そのため世界史や日本史に関して、彼は常に学年十指に入る優秀な成績を誇っていた。

 

 そしてアラタはスタンスとして、歴史という他者の経験を人生の糧にして自分の人生に生かすことをモットーとし、それは荒事でも変わらない。

 

 その彼が歴史から学んだ対集団戦の教訓の一つに、こういうものがある。

 

 集団に対して先制攻撃を仕掛けるのなら、確実に倒せる相手がいるのなら必ずそれをターゲットに設定。そしてほかの敵が我に返って態勢を整えるまでに徹底的に倒した相手をいたぶることで、残りの敵に恐怖心を植え付け、相手の士気を低下させてから、持ち直すまでに短期決戦。

 

 警察が来るまでの時間稼ぎ目的ではさすがにしないが、下手に警察を動かすとリスクがあると判断した場合、彼はこの方法で制圧することを前もって決めていた。

 

 その後、不良たちは動けなくなっている間に全裸に迎え、学生証を上に乗せた状態でその姿を撮影される。

 

 流されたら赤っ恥確実な弱みを握られた結果、彼らは相互不干渉というアラタの要求を承諾。そのまますごすごと退散することとなる。

 

 そして、アラタは他言しないと誓約したうえで事情を聞きたいといい、瀧野もそれを承諾。そのまま自宅に招いて事情を話し―

 

「……正直、体が疼いて限界だったからね。顔がいいうえに正義感もあってぐっときて、つい食べちゃって」

 

「「誘ったどころか襲ったのかよ!?」」

 

 松田と元浜のツッコミに、イッセーも内心でうなづいた。

 

 アラタも男である。それも、駒王学園で知らぬ者がいないレベルの変態三人衆である、イッセーたちと普通に付き合えるぐらいにはその手のことに理解がある。更に目の前の瀧野は控えめに言って「グっとくる」タイプである。

 

 そして、彼女は代々自衛官を輩出する武士を起源とする武闘派一族の出身。さらに戦闘関係の英才教育まで受けた、三大勢力などの裏にかかわらない生徒の中では屈指の戦闘能力の持ち主。不良の喧嘩レベルのバトル漫画なら女ボスを張れそうな人物出る。

 

 本気で組み伏せようとすれば、荒事慣れしているアラタと言えど分が悪い。無意識レベルとはいえ性的にみている相手が、性交目的で襲い掛かってくるのならなおさら不利だろう。

 

「……で? そのまま「発散相手がいないと道を踏み外しちゃう!」とか言いくるめてズルズルとって感じ?」

 

「……はい」

 

 呆れ半分ながらいつもの調子を取り戻した桐生にニヤニヤされながら図星を突かれ、瀧野は視線を横にそらした。

 

 というより、前の高校で彼女を調教的な意味で攻略した者たちは、いったいどうやって最初の第一歩を踏んだのだろうか。

 

 親しき中にも礼儀ありの精神で聞かなかったが、イッセーの疑問はたぶん他の三人も思っていることだろう。

 

「本当は、兵藤君たちにも手伝ってもらった方がいいんじゃないかって思ってたんだよ? 基本的に多人数相手しか経験してなかったし、三人はそういうところは信頼できるって橋場君も言ってたし」

 

 なら、なんで誘ってくれなかったんだろう。

 

 馬鹿な男三人が声に出す気力すら失ってうなだれる中、桐生はうんうんとうなづいた。

 

「まあ、下手に童貞卒業したら銚子の理想だもんね、こいつら」

 

「うん。それで芋づる式にばれるのは……ちょっと抵抗があって」

 

 良くも悪くも三人を理解していたアラタの懸念が理由だったらしい。それを瀧野も悟った結果、一年近く長々と続いていたようだ。

 

「・・・・・・ ま、そういうことなら仕方ないか。誰にだって言いたくないことはあるもんな」

 

 イッセーはそう収めると、気持ちを切り替えて立ち上がる。

 

 悪魔になったことを皆に隠している自分が、偉そうに責める話でもない。そもそも、事情を知れば人に言いづらいことなのもよくわかる。

 

 そして、これ以上話を聞く余裕もなかった。

 

 なにせ今はフリード達をつり出すのに忙しい。リアスやアーシアに怪しまれ始めている以上、ばれて止められるのを防ぐためにも早く発見されたいところなのだ。

 

 それに、フリードという男は危険以外の何物でもない。

 

 悪魔としての仕事現場で遭遇した時に、彼の異常さは嫌というほど思い知った。

 

 依頼相手と思われる人を磔にし、そのうえで腹部を切り裂いて殺すという悪辣な手段。そんな真似を嬉々として語れる精神性。さらに事情も話さずアーシアを裏方として参加させ、とがめた彼女に強姦すら試みようとした邪悪さ。

 

 すべてにおいて危険人物だ。さらにエクスカリバーを持っていなかったその時期ですら、あの男はイッセーが祐斗や小猫の力をかりてようやく戦えた相手。此方も諸事情あってきたえているが、その時間があったのは相手も同じで、更にエクスカリバーという強大な武器まである。

 

 万が一あの男に自分と彼らとのつながりを悟られれば、遊び半分の報復にバラバラ殺人ぐらいはしかねない。あの男が相手では、身体能力抜群の松田や高等部一般生徒最強格の瀧野であろうと分が悪い。

 

「悪い、ちょっと他に予定があるから、俺はこの辺で」

 

「……いいの? いっそのこと、ここですることも考えてたんだけど」

 

 瀧野の爆弾発言に体感時間で十分ぐらい思慮するが、実時間三秒ですぐに思い直した。

 

 松田と元浜に先を越されるリスクもあるが、しかしまずは祐斗の問題解決だ。本当に先を越されたらショックで死にそうだが、祐斗を放っておくと先走った彼が物理的に死にかねない。

 

「いや、ちょっと木場の奴が立て込んでてさ。部活仲間としちゃ現在進行形の問題だからほっとけない」

 

「マジか。あのイケメン王子も悩みとかあるんだな」

 

「大丈夫か? 本番のカラオケには奴も誘っているのだろ?」

 

 松田と元浜がそう気遣いの言葉をかける。

 

 女性人気をはじめとしたあらゆるもので上回られている嫉妬の対象であるが、それでも同じ思いのイッセーが気遣うほどの事態と知って、二人は素直に気にしてくれた。

 

 こういうところがあるから友情が続いているのだと、イッセーは納得しながらうなづいた。

 

「大丈夫だって。問題解決して憂いなくカラオケに連れてかせるからよ。そこは安心しとけ!」

 

 そういって親指を立て、そしてイッセーは非日常に足を踏み入れる。

 

「っていうかー。魔界の悪魔からナイト様に助けられた感じだけど、それから一年近く体の付き合いしてて、何か特別な感情とか抱いたこととか一度もないのかしらん?」

 

「………も、黙秘権を行使します」

 

「「やっぱ、橋場殺すか」」

 

 ……匙もこの話を聞いたら、松田と元浜に協力してくれるだろうか。

 

 割と趣味があう同じ駒の転生悪魔仲間の力を借りたいと思いながら、イッセーは躊躇した足を今度こそ非日常に向けて踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 踏み出したのである。

 




 瀧野の一件そのものは、この物語の大きな陰謀とは直接かかわりはありません。
 ただ、今後において少なからず掘り返したり因果があるので、詳細はその都度明かしていく形になります。









 そして次の話で事態は一気に動きます。具体的には、アラタ達がイッセーたちの裏事情に大きく深入りすることになります。


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序章:3 アラタ「……正直、イッセーが最後の切り札的認識なことに内心驚いてた」

 因みに、こんかいのサブタイトルは「登場人物がその時のことを思い返した時の感想」的な感じにしているつもりです。


 

「なあラミ姉。実は夕方に寒気感じたんだけど、風邪ひいたかもしれないから体温計貸してくれないか?」

 

「ごめんなさいアラタ君。実は医薬品関係はまだ買ってないんです」

 

 そんな会話をしながら、この俺橋場アラタは遅めの夕食をとっていた。

 

 俺は母子家庭故の貧しさで済んでいた安アパートに今も住んでいる。だが、今いるのはラミ姉が借りたワンルームマンションだ。

 

 アユミは()()()()()()なので、俺とラミ姉はできる限り一緒にいた方が都合がいい。しかしラミ姉をあの安アパートに住まわせるのは、防犯上問題。しかし俺としては、お袋との思い出があるあのアパートを出るのはちょっとためらいがあった。

 

 なのでとりあえずの折衷案として、ラミ姉には防犯設備が一通りあるワンルームマンションを借りてもらい、自衛能力の高い俺ができる限りそっちにいることでアユミの負担を減らすことにした。

 

あの事件の副産物で、俺はなんというかすごいことになっているから、本気を出せば駒王町内の端から端まで十分足らずで移動できるアユミが来るまでの時間稼ぎはできると踏んでる。

 

 まあ、できることなら使いたくはないけどな。あれは強力すぎるし、心構えが全くできてない。

 

 いきなり拳銃を渡されて、「目の前の悪人を撃ち殺してくれ」などと言われても普通はできないだろう。まともな奴がまともな精神状態で、そんなまともな日常生活から隔離したまねしろと言われて、はいそうですかとできるわけがない。

 

喧嘩慣れしているからこそわかる。日常生活で培った倫理観ってブレーキは割と自動で起動するのだ。これを意図的にオンオフにするには訓練とか場数とかが必要で、それが足りないと普通はかかる。それなしでブレーキのオンオフが切り替えられるのは、異常者だろうが英雄だろうが、とにかく普通から外れている。

 

 俺は英雄の血を継ぐものだが、あくまで英雄の子孫でしかない。喧嘩レベルのブレーキの切り替えはできるが、さすがにあれが必要なレベルの非日常の域に至っている自信はない。

 

 制御をミスったりブレーキを壊したりすれば、それこそ俺は先祖やお袋に顔向けできない。

 

 だからこれは悪手なんだが、しかし日常で培った価値観ってのはこういう意味でも厄介なもんだ。

 

 へたに良識があるせいで、こういう時の切り替えに支障をきたすのはよくあるもんだ。

 

「でもアラタくんのお友達の……兵藤君、でしたっけ? 彼がグレモリーさんとお近づきになっていたのはよかったですね」

 

 と、ラミ姉はほっと息を吐く。

 

 まあ、グレモリー先輩とどう接触するかは難題だったからな。俺の場合、接点がない奴にいきなり接触する奴じゃないから、高根の花に話しかけるとややこしいことになる。

 

 最悪、職員室に侵入して生徒の名簿を盗み見ることも考えてた。住所と郵便番号がわかれば、手紙を直接届けるという手段も使えたしな。

 

 だが、悪友の家にホームステイしてるってんなら話は早い。

 

 あいつの家に遊びに行けばそれで済むし、もし都合がつかなくてもイッセーに言づければそれで済む。肝心のイッセーに怪しまれそうだが、相手が一人だけならあまり騒がれないだろう。

 

 しっかし、もう夜も遅いな。久しぶりの登校でいろいろあって、それをラミ姉に話してたら遅くなっちまった。

 

「……さすがにちょっと遅すぎるが、そろそろ帰って眠らねえとな」

 

「え? 別に止まってもいいですよ?」

 

 ラミ姉はそういうけど、さすがに男子高校生が独身女性の家に止まるってのは……なぁ?

 

 そんな視線を向けるが、ラミ姉はポット頬を赤く染めるとなんかいやんいやんと手を頬に当ててる。

 

「別に、私はそういうことになってもいいんですよ? 一応カレッジ時代に経験はありますし―」

 

「ハイストップ」

 

 俺はため息をつきながら、いま直ぐ帰ろうと立ち上がる。

 

「そういうのはもっとお互いをよく知ってからな? 俺はファッション感覚の恋愛なんて興味ないから」

 

「もう、初めて会ってから三か月ですよ?」

 

()()三か月だっての。俺は清い交際とかこだわるわけじゃないけど、そういうのはきっちりとしたいんでな」

 

 その言葉に、ラミ姉はまっすぐに俺を見る。

 

 そこには、どこか悲し気な表情があった。

 

「……ウィル小父さんのことが、理由ですか?」

 

 ……全否定できないのが、まあキツイな。

 

「まあ、切っ掛けの一つぐらいにはなってるな。だけど安心しろよ」

 

 俺は目を伏せると、親父の最期を思い出す。

 

 結局、直接会話することも顔を合わせることもなかった。

 

 文句の一つも言いたかったし、同時に事情も理解してる。

 

 俺はあの人と、家族として向き合ったことは一度もない。

 

 だけど、それでも俺は親父の息子だ。そして、親父は俺の父親だった。

 

 だから、最期の頼みだけは必ずかなえる。

 

 それに―

 

「ラミ姉の大事な恩人が、悪人なんて思う気はないさ」

 

「……そういうところ、ずるいです」

 

 やばい。また顔が赤くなった。

 

 これは早々に退散しないと、俺は人生二度目の押し倒さされる経験を積むことになる。

 

 一橋のような化け物染みた戦闘能力はないが、メンタル的に強引に振りほどきにくい相手ではある。ここはすぐに逃げるに限る。

 

 そう思ったその時、俺の懐に入れていたスマートフォンが音を鳴らす。

 

 この音は電話なんだが、こんな時間になんだ?

 

「あ、どうぞどうぞ」

 

「悪い、……って一橋?」

 

 ラミ姉に促されて、俺は相手がその手のマナーはわきまえてる一橋なこともあってすぐに出る。

 

 疑問はあるが、だが一橋がこんなマナーの悪いことをするのなら、何かあることも考えるべきだ。

 

 そして電話に出た瞬間、一橋の焦ったような声を聴いた。

 

『は、橋場君! どうしよう、……私、脳の病気か何かかも!?』

 

 ……それは、医者に相談することじゃないだろうか。

 

 いや、パニックを起こした人間は冷静な判断力を失うものだ。見知らぬ専門家より安心できる知人を頼ってしまうことは十分にある。

 

 こと、俺は一橋を助けた経験もあるかな。さらに一橋の深い事情も知ってるし、なおさら安心できる距離感があるだろう。ならまず相談することもありうるか。

 

「……よし、落ち着け。まずなんでそう思ったのか、簡潔に話せ」

 

『うん、明らかにおかしなものが見えてるの。……具体的には、駒王学園にアニメみたいなバリアが張られてるみたいに見えてる』

 

 その言葉に、俺は一橋が住んでるマンションを思い出す。

 

 たしか、ベランダから駒王学園が見える距離だったな。

 

 そしてアニメみたいなバリアか。そんなものは現実に実用化されてないからあり得ない。脳の異常を疑うのは当然の判断だ。

 

『ふと窓の外を見たらそんなことになってて、慌ててベランダに出ても同じなんだ。でも、隣のベランダにも人がいたけど、全然騒いでないから……これは異常だって』

 

 なるほど、これは確実だ。

 

 ガス中毒か何かを疑うべきか。もしくは精神的な何かかもしれない。一橋はトラウマレベルのヘビーな過去持ってるしな。

 

「OK、落ち着け。まずは落ち着いてそのままベランダで深呼吸だ。そして気を静めてからも同じようなら、念のため救急車を呼んで―」

 

「いえ、病院に行く必要はないかと」

 

 ―後ろからの声に、俺は慌てて振り返る。

 

 その視界に移るのは、同じく後ろを振り返ったラミ姉と、その向こう側にいる第三者。

 

 俺と同じぐらいの女の子のようでいて、どこか無機質な、それでいて小さな子供のような印象を併せ持つ女。

 

 白い髪を持つ人形めいた彼女の名は、アユミ・インディペンデンス。

 

 親父が俺のために用意し、そして俺だけじゃなくラミ姉も託した守護者。俺の関係者において、間違いなく最強だと断言できる猛者。

 

「アユミ? どうしたんですか?」

 

 ラミ姉がそう尋ねる中、アユミはどこか緊張感を漂わせ、静かに告げる。

 

「……報告が遅れて申し訳ありません。駒王学園周辺に物理的なものではない障壁を確認しました。視認情報からの検索において、データベースに該当するものは一件。魔力障壁です」

 

 いろいろとツッコミを入れたいところだろうし、こいつの裏事情を知っている俺でもツッコミを入れたいところはあったが、しかしここは飛ばす。

 

 少なくとも、こいつの発言にウソはない。信じられないことだが、こいつが姿を現してまで俺たちに告げたということは真実だ。

 

「え、でも……そんなSFみたいなことになってたら、もっと騒がしいことになってるんじゃ―」

 

「SFではなくファンタジーに該当します。予測演算装置の算出した推論によれば、このレベルの障壁は一般人には認識されないようにする機能を併用するため普通は気づかれないとのことです」

 

 ラミの反論をアユミがそう言って否定する。

 

 自分の判断とは思えない言い方だが、こいつはそういうデータベースに検索をかけることができるらしく、自分が見た情報をそいつに送ってどういう状況か調べることができるそうだ。

 

 ってことは、なんというか駒王町にファンタジーなめんな地球文明的な事態が起きてるってことか?

 

 なんで一橋がそれに気づけたのかはともかく、これ、やばくね?

 

「……なあ、もし駒王町に何かあったら、学校が閉鎖されるとか……なくね?」

 

「それどころか、ばあいによっては学生がどこかに転校する可能性もあります……よね?」

 

 俺とラミ姉は顔を見合わせ、息をのむ。

 

 これ、グレモリー先輩に接触する計画、頓挫すんじゃね?

 

 って言うか、そんな障壁を町中で張るってことは大ごとで、一般人に見られてたとか知られたら、口封じされるんじゃねえか?

 

「……ひ、一橋! それ別の意味で見えたらまずいものらしいからそこから離れろ! しかも下手すると、駒王学園がすぐにでも吹っ飛ぶかもしれねえ!」

 

『えぇ!? ……で、でも最初に見てからもう十分ぐらいたってるけど……?』

 

 と、ということはいきなり大惨事とかそういうのじゃない?

 

 あれ? でも十分も前から張られてるってことは―

 

「なあ、十分前から張られてるみたい何だが、これ緊急性あるのか?」

 

 十分も悠長にしてられるんなら、意外と安全って演算結果が出たんじゃないか?

 

 しかしアユミは、五秒ほど沈黙した。

 

 おい、なぜ黙る。

 

「アユミ? 誰しも失敗はするものですから、何か失敗したのならすぐに言ってください。まずはその失敗を取り返す方法を考えなければいけないですから」

 

 ラミ姉がそう優し気に諭すと、アユミはどういう顔をすればわからないと言いたげに、ぽつりと一言。

 

「……実際に目視での認識は初めてで、その色彩などを記憶しようとして、行動が遅れました。……申し訳ありません」

 

 ……どうやら、初めて見る魔力障壁とやらがきれいで見とれてたということらしい。

 

 お前は幼稚園児か。知識と情緒のバランスがおかしいだろ。

 

 親父? 何かやばいことから俺やラミ姉を守るためにアユミに頼んだんだろうけど、俺は少し不安になってきたぞ?

 

 って言うかこれどうするんだ?

 

松田や元浜とかに連絡して、とりあえず避難してもらうべきか?

 

でも、いくら何でもこんな事いきなり言われたって信じる奴はいないしな。一橋の過去があれなのは今日の放課後に聞いてるだろうし、俺も春休みに親父を目の前で失ったうえに九死に一生を得たばかりだし。

 

 アユミがいれば結界を認識させれるかもだが、それをすると逆にややこしいことになるし―

 

『……は、橋場君!?』

 

 と、一橋が声を荒げたので、俺はとりあえず意識をそっちに向ける。

 

「な、なんだ? もしよければ、避難の手伝いとして俺たちもそっち行くが―」

 

『―兵藤君がグレモリー先輩やアルジェントさんと一緒に学校に向かって……飛んでったんだけど?』

 

 ………

 

 俺は、とりあえずあらゆる感情を切り捨てて、アユミに顔を向ける。

 

「アユミ。そのファンタジー的なやつで生身の人間は、空を自由に飛べたりするのか?」

 

「……情報検索完了。人間と同様の姿をした飛行可能種族及び、神器(セイクリッド・ギア)と呼ばれる希少能力を保有する人間、もしくは魔法と定義される技術体系など、そのように視認できる現象を説明する方法は多数該当しました」

 

 さすがファンタジー。既存科学とか目じゃないな。

 

 なるほど。親父がグレモリー先輩に接触しろって言ってた理由はそれか。あの人オカルト研究部の部長だそうだけど、マジでオカルト側なのか。

 

 そして、そんなグレモリー先輩がホームステイ先に選び、彼女が部長してるオカルト研究部に入っているイッセーが一緒に飛んでったってことは、あれだな。

 

「一橋。どうもイッセーはそのバリアにかかわってるようだ。多分、グレモリー先輩はその意味でもイッセーの先輩みたいだ」

 

『な、なるほど。兵藤君とアルジェントさん、グレモリー先輩にしがみついて飛んでたから、納得しちゃった』

 

 一橋。それ、飛んでたのはグレモリー先輩だけなんじゃねえか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから時間にすれば十分足らず、生徒会長支取蒼菜こと、ソーナ・シトリーは歯噛みしていた。

 

 数日前に来訪した教会の戦士からもたらされた、コカビエルによるエクスカリバー強奪及び駒王町への潜入。

 

 堕天使幹部と伝説の聖剣が絡むとは言え、敵対勢力同士の潰しあいだ。勝手に滅ぼしあってくれるのを止めて、余計ににらまれる必要もない。そんな甘く見た打算があったことも認める。

 

 幼馴染であるリアスの眷属である、木場祐斗の暴走の方が問題視するべき要素でもある。しかも彼を気遣って眷属仲間の兵藤一誠や塔城小猫が独断で聖剣使いと共闘を試み、更に巻き込まれた自分の眷属である匙が乗り気になってしまったことも困り者だ。

 

 少なくとも、これが堕天使と教会の殺し合いだけで終わったのなら、間違いなく彼らは上層部から失跡を受ける。自分の姉やリアスの兄である現四大魔王はともかく、彼らと政治的に対立する大王派などの古くからの重鎮はいい顔をすまい。自分達にも管理責任を追及してくるだろう。

 

 とはいえ木場祐斗の事情は知っているし、そこに同情も抱いている。そんな彼を思う一誠や小猫の献身には思うところがあるし、義憤を燃やした匙の在り方も、ある意味では評価するべきだろう。

 

 なので三人は体罰で済ませ、後は様子を生還しながら祐斗が死なずにこの問題が解決することを祈るだけにするつもりだった。

 

 だが、コカビエルの考えは常軌を逸していた。

 

 彼の目的は三大勢力の戦争再開。堕天使首脳陣で唯一の戦争継続派だった彼は、戦争を再燃させる気すらない同僚たちに見切りをつけ、他の勢力に火を付けさせるために行動を起こしていたのだ。

 

 エクスカリバーの強奪も、教会や天界を刺激するため。しかし彼らは事を荒立てることを良しとせず、勝算がある程度見込める程度の戦力しか送り込まなかった。そしてその可能性を考慮していたからこそ、彼はこの駒王町に潜伏したのだ。

 

 この地域を担当する上級悪魔は、リアス・グレモリーとソーナ・シトリー。奇しくも二人は現魔王の妹であり、更に現魔王に溺愛されている。

 

 その二人を挑発目的で殺し、更に追撃してきた聖剣使いもそれに巻き込む。駒王町を吹き飛ばす規模でそれを行うことによって、三大勢力関係の戦争再開の意思が強いものをたきつけるのが、コカビエルの真の目的だった。

 

 教会からの追撃者の片方である紫藤イリナは撃退され、所有するエクスカリバーも奪われる。そしてコカビエルは彼女を手土産に、その幼馴染であるイッセーの家に、リアスに対する宣戦布告目的で訪れた。

 

 彼は開戦ののろしとして駒王町を吹き飛ばすことを宣告し、その爆心地をこの駒王学園に指定。それを挑発材料に現魔王を挑発する。

 

最大の問題は、二人がこの一連の流れにおいて、上層部に何の情報伝達も行ってなかったことだ。

 

 リアスはひと月足らず前の婚約破棄において、結果的に兄に道理を引っ込める一歩手前の無理をさせてしまった。ゆえに彼に心配をかけさせたくないが故、様子見に徹して連絡を躊躇していた。彼女の側近である朱乃が独断で連絡したが、しかし増援の到着には時間がかかるだろう。

 

ソーナとしても魔王である姉に連絡するわけにはいかなかった。悪魔としてかなりの若手でありながら魔王に選ばれるだけの能力はあるのだが、いかんせん姉は自分を溺愛しすぎている。コカビエルが自分の近くにいるなどと知った時点で、職務を放り投げてでも即座に自分自身がきかねないし、自分たちを殺す気だと分かれば、コカビエルを倒したうえで管理不行き届きのけじめをつけさせるため、堕天使領に殴り込みをしかねない。

 

 そのため増援が来るまで時間がかかり、それまでの間自分達で粘らねばならない。

 

 コカビエル、そして合計四本のエクスカリバーがあれば、自分達ごと駒王町を滅ぼすことなどたやすいだろう。被害を抑えるために駒王学園に結界を張ったが、旧四大魔王とすら渡り合えるコカビエルなら、この程度難なく吹き飛ばせる。

 

 つまり、自分達は戦闘狂にして嗜虐的な側面のあるコカビエルを楽しませつつ、遊びの攻撃を全力で抑え込むことで増援までの時間稼ぎをしなくてはならないのだ。

 

「か、会長。あとどれぐらい頑張ればいいんですか?」

 

「……少なく見積もっても、あと四十分は必要でしょう」

 

 自分の眷属である匙の質問に、ソーナはあえてはっきりと答える。

 

 なにせ上層部にとっては寝耳に水だ。少なくとも現段階で、どの勢力も本格的な戦争再開は望まない。その前提で行動していたところで、いきなりコカビエルが本格的に動き出したのだ。事前の潜伏段階から報告していれば増援の迅速な派遣が期待できたが、いきなりこれではどうしても出遅れる。

 

 現状は自分達が余波を防いでいる間に、リアス達がコカビエルを引き付けるしかない。

 

 不幸中の幸いは、妨害の増援が二人来てくれたことだ。

 

イリナとともに逃亡したエクスカリバー使いであるフリード・セルゼンを追って行方知れずだった、彼女の同僚のゼノヴィアと、リアスの眷属である木場祐斗。

 

 計算に入れてなかった戦力が二人増えただけで助かるうえ、どちらも自分達シトリー眷属の平均より戦闘能力は高い。

 

「リアス達が粘っている以上、私たちは彼女たちの後顧の憂いを断つしかありません。……できますね?」

 

「……はい! 兵藤も体張ってるんだし、俺も裏方ぐらいはやって見せます!!」

 

 そう気合を入れなおす匙の後姿を見つめながら、ソーナは頭を回転させる。

 

 兵藤一誠と仲良くなったことは匙にとっていい影響だが、それをより良い方向に変えるには、この場を生き残らねばならない。

 

圧倒的を通り越して絶望的な戦力差であるが、しかし悪魔の未来のためにもこの街のためにも逃げる選択肢は存在しない。

 

 それに対して打開の糸口を見つけるべく、ソーナは状況を改めて俯瞰しなおし―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……支取会長!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後ろから、聞き覚えのない声を聴いた。

 

呼び方から考えて、駒王学園の関係者だろう。そしていくら生徒会長とはいえ、全学年の全クラスの全生徒と直接会話したことがないのだから、声だけで判断するのは困難だ。

 

 だが、駒王学園に在籍している異形関係者とは最低限の接触はしている。だから彼らなら脳裏に引っかかるものぐらいはあるはずだ。

 

 だが、異形と無関係の生徒が今ここにいることはおかしい。

 

 駒王学園を結界で包む際に、人避けや認識阻害も同時に張っている。異能を扱える人間や、そもそも人型の異形でない限り、ここに来ることすらできないようにしているのだ。

 

「……確か、兵藤と同じクラスの一橋……か?」

 

 眷属の一人がそうつぶやき、ソーナもすぐにその情報を引き出す。

 

 兵藤一誠のクラスに一橋という苗字の生徒は一人しかいない。去年の二学期に駒王学園に編入した一橋瀧野。数多くの自衛官を輩出している、戦国時代武士から始まった歴史ある一族。その本家の長女だったはずだ。

 

 確か住所はここから目と鼻の先の場所を示していたが、しかし問題はそこではない。

 

 一橋家は確かに日本では有力だが、しかし彼女自身に異形とのかかわりはない。あの家系で異形や異能に縁があるのは、将官や防衛省重役などのごく一部が知識として知っているぐらいである。

 

 それがなぜか、しかし考えている暇はない。

 

「その、魔力結界……? ……なんで張られてるんですか? こんな街中で張るような代物じゃないって、橋場君がさっき教えてもらったそうなんですけど?」

 

 そう尋ねる瀧野は、戸惑いながらも緊張感を漂わせる。

 

 本家出身ゆえに英才教育のたまものか、今が緊急事態だということを察しているようだ。

 

 此方の専門知識はほぼなく、最低限にも満たない情報を文字通りここに来る直前に聞いた程度らしい。

 

 橋場というのは同じクラスの橋場アラタだろう。兵藤一誠の中学来の友人だと、彼がリアスの眷属になったと聞いて軽く調べた情報にあった。そも生徒会長としては、始業式直前に麻薬密売組織の検挙に繋がる大立ち回りを未成年飲酒を切っ掛けに起こしてくれたので、悪い意味で有名人な一誠を瞬間的に上回る頭痛案件なので忘れられない。

 

 だが彼はその日から停学処分を受けていて、それが明けてからまだ日が明けるか否かという時期だ。

 

 彼が異能関係だという情報は聞いてないし、ここ数日匙とともに独断行動をとっている状況で話すとも思えない。それなら一誠が転生してから数か月を同じ教室で過ごした、親しい友人の一人である彼女が先に知っているだろう。

 

 だが、今は詮索している暇はない。

 

「……一橋さん。セラフォルー・レヴィアタン、聖剣計画、神器(セイクリッド・ギア)。以上の三つの専門用語に心当たりは?」

 

「………いえ、特に記憶には」

 

 その言葉で、彼女にわかりやすい説明文をソーナはすぐに組み立てる。

 

 少なくとも、彼女や一橋に知識を提供したのは一誠ではない。彼が教えるなら、自分が異形の社会にかかわった理由である神器ぐらいは教えているはずだ。

 

姉の名を知らないなら自分の事情も知らない。そして聖剣計画を知らないなら今回の事件の背景に触れてもいない。

 

 ゆえに、自分達の世界の専門用語を排して、分かりやすいたとえで告げる。

 

「……私たち駒王学園の現生徒会及びオカルト研究部は、全員があなたが知らない国家規模の勢力に在籍しており、私たちが生まれる前から同等規模の二つの勢力と、三つ巴の冷戦状態を続けています」

 

 そこでいったん切り、彼女に混乱のようすが見えないことを確認してから、本題に入る。

 

「現在、方の首脳陣唯一の戦争続行派によって、もう片方の勢力の強力な兵器を奪取したうえで、この街を跡形もなく吹き飛ばそうとしています。理由は私とリアスは私たちの勢力の首脳陣の妹だから。超兵器を奪取したのも、その奪還のために大勢力が動けば戦争境の火ぶたをキレると目論んだからです」

 

「……つまり、いまその超兵器が駒王学園(ここ)で爆発しようとしてて、グレモリー先輩は爆発前に解体を試みてる……と?」

 

 知識がない割にはよく推測できているが、ソーナはあえて首を振る。

 

「いえ。その超兵器は爆弾ではなく、また元凶の首脳はそれと同等以上の性能を発揮します。現在はこちら側の増援が来るまでの間、戦闘狂かつ嗜虐的な彼を楽しませて時間を稼いでいるだけです。……私たちが張っているこの結界は、気休めというほかありません」

 

 実際そういうほかない。

 

 核兵器は一回使えばそれまでで、放射能汚染のせいで後が面倒。それに比べ、コカビエル達最上級クラスの異形は休息をとることで何度も大技を放つことができ、壊した後を汚染することもなく、そもそれ以上の攻撃力を発揮することも可能だ。

 

 正直な話、コカビエルが妙な動きをしないようにするためにも、何かをでっちあげて住民を避難させることもできない。

 

 ほぼ自己満足の様だが、一橋にこれを理解させ、彼女だけでも避難してくれればと思い―

 

「……分かりました」

 

 そう告げながら、瀧野はソーナを通り越して一歩前に出る。

 

 それに誰もが目を見開く中、真っ先に匙が声を荒げた。

 

「馬鹿やめろ! コカビエルは本当にそれぐらいできるし、エクスカリバー持ってるフリードだってシャレにならないんだぞ!? どっちも自衛隊の駐屯地ぐらい一人で壊滅させることができるような奴だってのに、自衛官輩出してる家柄程度じゃ何もできることはねえよ!!」

 

 そう声を荒げて瀧野を止め、そして匙は歯を食いしばりながら結界に包まれた駒王学園を見る。

 

 つい最近築いたばかりとは言え、強い友情で結ばれたものが戦っているのだ。それも、瀧野とも親しい一誠がである。

 

「……お前に何かあったら、今あそこで頑張ってる兵藤だって悲しむ! だから、そんな無茶は―」

 

「―なるほど。支取ってのはシトリーに漢字を当てただけってわけか」

 

 その匙の声をさえぎるように、頭上から男の声が聞こえた。

 

 その声に振り仰ぐと同時、頭上から()()()()()()()()()細身の少女が、地面に着地する。

 

 常人なら明らかに骨が粉々に砕けるような高さから着地しながら、その少女はあっさりと立ち上がると、抱えている男女を開放する。

 

「到着しました。本来なら、私の製造目的に反する行動なのですが―」

 

「悪いなアユミ。俺を守るなら、俺の生活にも配慮してもらわないと困るんでな」

 

 その少女の苦言に反論しながら、少年が一歩前に出る。

 

「……橋場君。なるほど、一橋さんに教えた半端な知識は、そこの彼女の入れ知恵ですか」

 

 その人物の登場に驚きながら、しかしソーナはある程度の裏事情を理解する。

 

 アラタと若い女性―ラミ・リスタートという名前なのはソーナたちにわかるわけがない―を抱えた状態で人間離れした動きをした少女は、明らかに一般人ではありえない。

 

 自衛隊どころか、この国の異能保有者筆頭格である五大宗家であろうと、ここまでの動きができるのはごく一握りにも満たないだろう。

 

 生身も同然の姿でそんなことができるようになる技術は、表の世界には存在しない。なら自分達の側に縁ある者と考えるべきだ。

 

 そしてアラタはため息をつくと、ソーナに視線を向ける。

 

「非常事態っぽいんで手短に済ませます。会長の名前は漢字を当てただけで、本当はシトリーって苗字なんですね?」

 

「ええ。あと、この街の住民全員の生死がかかった非常事態ですので、ほかに質問があれば少なめでお願いします」

 

 素直に肯定しながらソーナが促すと、アラタも静かにうなづいた。

 

「じゃあ二つだけ。会長とグレモリー先輩は、ウィル・カンホワイトという人と何か縁がありますか? あとイッセーは今やばいことになってるんですか?」

 

 その表情は真剣で、後ろで少女とともに立つ女性もまた、その言葉に真摯な目をこちらに向ける。

 

 その事情を斟酌する余裕はないので、ソーナは彼が出した名前を記憶から探る。

 

 そして、すぐに結論は出た。

 

「……少なくとも、私はウィル・カンホワイトという人と会った覚えはありませんし、知人から会ったという話も聞いた覚えはありません」

 

 まずそこは言い切れる。

 

 最近テレビで見たような気もするが、しかしそんな名前の人物とあったことはないし、知り合いに直接言及された覚えもない。

 

 なぜそんなことを聞いてきたのかはわからないが、おそらく隣の超人染みた少女絡みとみるべきで、それは今どうでもいい。

 

 そして、次の質問の答えは面倒事に繋がりそうだ。

 

「兵藤君はグレモリー眷属……ああ、オカルト研究部のメンバーと受け取ってください。彼ら全員が構成員ですから。とにかく、その一人として学園内の危険人物の足止めを担当しています」

 

 しかし、勘付かれているうえに瀧野に知られているのなら、意味がない。誤魔化してもても彼女がばらすだろう。

 

 なので、もう簡潔に話せることを全部話した方がまだスムーズに進む。

 

 そう割り切り、ソーナは語る。

 

「その危険人物は文字通り一騎当千で、彼やその側近を暴れさせればこの町を滅ぼすことも大隊規模の正規国家軍を殲滅することが可能。更に彼は私やリアス事この街を滅ぼそうとしており、兵藤君はリアスを見捨てるつもりはなく、もし見捨てたとしても私より上の立場の者が「主を見捨てて逃げた」として粛清するでしょう」

 

 簡潔な情報を伝え、そしてはっきりと告げる。

 

「増援が来るまで命がけで戦うのが彼の使命。そして、今この場であの男が全力を出した場合に抑え込める可能性があるのは、兵藤君だけです」

 

 そう、それが現実。

 

 この地の異能側における管理者がリアスである以上、彼女の部下という立ち位置の兵藤一誠に逃げる選択肢はない。

 

 立場としても、リアスを想う男としても、そして一人のこの街の住民としてもだ。

 

 そして、もしコカビエルが本気で街を滅ぼそうと全力を出した場合、彼以外は勝負の土俵にすら上がれないだろう。

 

 初代魔王は聖書の神すら恐れた、ブリテンの赤き龍。その魂を宿した神滅具と称される神器を持ち、そして肉体の一部をささげて龍のそれに替えることで事で疑似的に発動する、禁手(バランス・ブレイカー)と称される神器の究極系。

 

 それ以外にコカビエルの全力と拮抗できる可能性がない以上、彼をここから遠ざける選択肢は存在しない。

 

 そして、それを聞いたアラタは―

 

「……これ、使う心構えがまだできてなかったんだがな」

 

 その言葉ともに片手を掲げる。

 

 頭と同じ高さで広げたその手に、何かが飛来する。

 

 それは、楕円形の飛翔物体。

 

 前方に二門の銃口を備え、後方には何かを挿入するスリットが見える。

 

 それを複雑な表情でアラタが見ていると、一人の少女が震える指でそれを指さす。

 

 シトリー眷属の誰でもない。アラタを連れてきた少女でもなければ、その隣にいる女性でもない。

 

「な、な、ななななな……!?」

 

 一橋瀧野が震える指でそれを示しながら、眼も顎も思いっきり開いていた。

 

 それに気を取られたアラタだが、ふと何かに気づくと、後ろの女性たちと顔を見合わせてからゆっくりと瀧野に目を向ける。

 

「……おい、まさか一橋」

 

「……うん、だから来ました」

 

 アラタにそう答えながら、瀧野もまた手を掲げる。

 

 そして、アラタの手に収まったのと同じ飛翔物体がその手に収まった。

 

 明らかに人間社会で一般的に流通している技術ではない。しかし異能技術だとしても、自分たち悪魔の側で作られたものではない。此方が把握してない神器だとしても、かなり科学的な外見をしている。

 

 ソーナたちがけげんな表情を浮かべるなか、アラタと瀧野がお互いを見合わせながら、同時に口を開く。

 

「「餞別ファミリアチェンジャー……」」

 

 その聞き覚えのない名称に、ソーナたちは首をかしげる。

 

 それに気づかず。アラタと瀧野は会話を始める。

 

「……手身近に聞くぞ。いつから持ってて、使ったことは?」

 

「去年の八月初頭の、前に言った事件の時。一度だけ使ったけど、これは平和な日常で使えるようなものじゃないからそれ以来は。……橋場君は?」

 

「俺はD×D事件で押し付けられた。試したのは戻ってから人気のないところで。同じくやばいからそれからは一度も」

 

 そう答えるアラタは、静かに息を吐く。

 

 そして、静かに空を見上げる。

 

「渡した奴は? 俺の場合はわけのわからないことを言うおっさんだった」

 

「私に渡したのは女の人だったよ。「君はプロローグを終えたばかり。これは本番に入ったら使ってくれ」……ってね」

 

 その言葉の意味は、さっぱりわからない。

 

 橋場アラタがD×D事件の時にデイライトシティにいて、そこから生き残ることができたのはつかんでいる。しかしそこで何を経験したのかまではつかんでいない。

 

 そして、一橋瀧野の転校前にいた高校については分からない。いくら何でも徹底的に調べるような真似をする気も理由もないが、しかしそれは気になっていた。

 

 なぜなら、瀧野の転校前の高校についての情報は何者かに秘匿されている節があったからだ。

 

 彼女の親族には自衛隊や国防省の高官もわずかながらに存在する。その気になれば高校生の来歴を隠すぐらいはできるだろう。だが理由がわからない、偽装まで言ってないのも不思議だった。

 

 そして、その分からない二つの過去に目の前の謎の物体がかかわっていると思われ―

 

 その瞬間、一つの白が障壁を粉砕した。

 




 まただいぶ長くなってしまいましたが、書いててキリがいいと思ったところで区切りをつけているので、一話一話の長さがバラバラになっていてもご了承ください。

 次の話からバトルが始まり、そこはすでに書ききっています。イッセー目線からするとついていけなくて失神しそうなレベルのバトルになっている思うので、ぜひ彼の気持ちになってみてくださるとうれしいです。











 そしてプロローグに会話で出ていたアユミ・インディペンデンスが登場。もちろんですが彼女もヒロインです。

 割とポンコツ臭を放っていますが、これに関しては彼女の裏情報が明かされれば「あ、そりゃそうなるわ」と思っていただけると思います。話が進むにつれて少しは改善し、ヒーローズ編の時系列で来歴的な設定の大半が明かされるので、そこまで続くように頑張るので応援よろしくお願いします。

 とりあえず序章でのバトルではこのポンコツ臭い子にアラタの護衛を任せた親父さんの判断が間違ってないことを実感してくれると思います。











 ラミ・アユミ・瀧野の三人に、ヴァンパイア編を描く一章に出てくる一人を加えた四人が一部におけるヒロインです。ちなみに第二部で転生悪魔で構成されたそれぞれのキャラと因縁があるライバルチーム的なのを出す予定で、そこの穴埋めや長い話に対する刺激として、イッセーにたいするイングヴィルドのような第二部ヒロインを作ろうかと思っております。

 すでにアラタ及び第一部から出てくるヒロインに対応する敵の大まかな構想や因縁はできているので、第二部まで続けるよう頑張るのでご声援してくれると嬉しいです。


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序章:4 ヴァーリ「コカビエル以下扱いされたのは苛立ったが、超えがいのある難敵に出会えたので、実に有意義な戦いだった」

はい、そういうわけでついに本作初のバトルシーンが入ります。









初戦から飛ばすぜ~?


 

 状況が、二転三転しすぎている。

 

 今、イッセーの目の前で起こっていることを見たものは、そんな感想を抱くだろう。

 

 余波で駒王町を吹き飛ばすエネルギーを生み出すほどの、分割された聖剣エクスカリバーの統合。

 

 その方法を編み出した、バルパー・ガリレイによる狂気の研究。人間が多少は持ち合わせている、聖剣の適正を左右する因子を取り出し、それを移植することで成り立つ人工聖剣使いの至り方。そして取り出すだけで済むにもかかわらず、抜き取った後の祐斗達の殺処分をゴミ掃除感覚で行ったバルパーの、逆恨み染みたコカビエルへの協力理由。

 

 その時に結晶化した因子の残りを取り込み、持ち主の残留思念と思いを通じ合わせて至った、木場祐斗の禁手(バランス・ブレイカー)双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)

 

 その聖魔剣及び、ゼノヴィアが生まれつき適性を持つ聖剣デュランダルの前に敗北する、七分の四の力を取り戻したエクスカリバーと、使い手である人工聖剣使いフリード・セルゼン。

 

 自分の研究で至れなかったデュランダルの適合者の存在や、本来七分の一のエクスカリバーにすら圧倒されるはずの祐斗の神器である魔剣創造(ソード・バース)。そんな彼らに研究成果の極みを任されたにもかかわらず。バルパーの衝撃はそちらに向かなかった。

 

 聖と魔の融合である聖魔剣。それは彼のような研究者からすれば、理論上あり得ない現象である。そして彼はその原因を推測することができた。

 

 そして用済みであったこともあるが、それに対する口封じとしてバルパーを始末したコカビエルは、そんな聖魔剣やデュランダルを扱う祐斗やゼノヴィアを「未熟」と圧倒し、あろうことはバルパーを口封じに殺したにもかかわらず、「戦争をするのなら隠す意味もなかった」とあっさりバルパーが思い至った事実を告げる。

 

 それは、キリスト教を含めたアブラハムの宗教における唯一神の死。初代四大魔王と相打ちで、聖書の神が死んだという事実。

 

 聖書の神は奇跡を行使するためのシステムを作り出していたため、それを生き残った天界をまとめるセラフが操作することで何とかごまかしているが、しかし神の不在によって、様々な不都合が起きている事実。そしてその物的証拠こそが、世界のバランスが取れているのならあり得るはずのない、聖と魔の融合を果たした祐斗の聖魔剣だと告げる。

 

 神によって作り出された天使は、神が死んだことで増えることはまずない。そして神の死が知れ渡れば、世界は大いなる混乱に包まれる。

 

 敵対する悪魔や堕天使すら上層部にしか伝えらることがない事実。その事実に、強い信仰心を持つアーシアとゼノヴィアは崩れ落ちる。リアス達もまた、もはや戦争をする理由がなくなっているとしか思えないのに戦争継続を望むコカビエルの狂気とその力に気圧される。

 

 しかし、こういう時馬鹿は強い。

 

 一神教における神の絶対性に対する理解が足りにくい日本というお国柄で育った精神性。

 

 そもアーシアを救わなかった件で根付いていた神に対する不信感を、逆にある程度払拭すらさせるその真実の思わぬ副産物。

 

 少し前まで一市民であったことと、友に対する誠実な人柄にって、まず目の前の大切な人々と生活を守りたいという考えを優先することができたこと。

 

 あと、ハーレム王になりたいという煩悩に忠実すぎる生きてかなえたい夢。

 

 何より、「リアスや仲間のためなら、たとえ神でもぶん殴る」という、彼自身が少し前に宣言した決意。

 

 そんな諸々が組み合わさった結果、目の前の圧倒的脅威に対して、兵藤一誠は屈しなかった。

 

 それに触発され、その場にいる者たちも立ち上がり、コカビエルもイッセーに興味を向ける。

 

 ……その後、堂々と断言していたイッセーの夢に対して「俺についてくれば女を見繕ってやる」とコカビエルが誘い文句で答えて思いっきり揺らぎ、いい意味でも悪い意味でも緊張感がほぐれた。

 

 そして呆れ半分でリアスが告げた、「コカビエルを倒したら乳首を吸ってもいい」という言葉に、馬鹿(イッセー)のやる気が急上昇。

 

 所有者の思いに応える神器に、出力を急激上昇させるような煩悩丸出しのその姿に、コカビエルもさすがに引き気味で、しかし警戒の色を見せる。

 

 そして、イッセーははっきりと己を宣言する。

 

「覚えとけ! 俺はリアス・グレモリーの兵士(ポーン)! エロと熱血で生きる、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の宿主、兵藤一誠だ!!」

 

 目の前の男を倒せば、主の素敵なおっぱいを―乳首を吸うことができる。

 

 ただその一念でコカビエルが警戒するほどの出力向上を果たしたイッセーは、しかしその力を開放することはなかった。

 

「―悪いなコカビエル。おイタはその辺にしてもらおう」

 

 その言葉共に、シトリー眷属が総力を挙げて張っていた結界が砕け散る。

 

 現れたのは白の鎧。

 

 どこか龍の印象を与えるその存在の称号は、白龍皇。赤龍帝の籠手に宿る、赤き龍ドライグと対をなす存在。白き龍アルビオンを宿した神滅具、白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイデイング)を禁手に至らせた存在。堕天使側に存在し、その中でも五指に届く実力を持つとされる、イッセーと対をなす存在だった。

 

 堕天使総督であるアザゼルの命で、コカビエルの暴走の尻ぬぐいをしに来た白龍皇は、コカビエルを圧倒する。

 

 急展開からの不意打ちで流れをつかまれた上に、更にコカビエルはその神滅具の効果を受けてしまう。

 

 自分の力を倍加し続けて、他者に譲渡もできる赤龍帝。それと対をなす白龍皇の能力はまさにその逆。敵の力を半減し続け、奪った力で己を強化する。

 

 完全に流れをつかまれたコカビエルは見る影もなく弱体化し、そして白龍皇はつまらなさそうにため息をつき。

 

「―くだらない。その程度で魔王を相手に戦争だなんて、身の程知らずの三流のセリフだな」

 

 その言葉とともに、コカビエルに拳を放ち―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―弱らせておいてそのセリフは、三流の悪党がいうことだぜ?」

 

 そう小ばかにする声とともに、拳をコカビエルに受け止められた。

 

 その光景に、誰もが自分の目を疑った。

 

 拳を放った白龍皇も、その戦いぶりを見守るしかないイッセーたちも、そして受け止めたコカビエル自身も。

 

 彼は自分が受け止められるとは思っていなかった。ただ悪あがきでガードを試みただけだった。すでに半減されつくされたその力は、白龍候どころかその場にいる誰でも勝ち目が見いだせるほどだった。

 

 だが、その半減されつくされた力は突如として取り戻された。結果、現存する純血の堕天使でも上から数えて一桁には入る力が、堕天使陣営で五指に入る実力者の白龍皇にも単純なステータスなら対抗可能だと証明できた。言葉にすればたったそれだけ。

 

 そして、それはコカビエルが独力で成し遂げたことではない。

 

 何より、その言葉を放ったのはコカビエルではない。

 

 誰もが、声がした先に視線を向けた。

 

 駒王学園高等部校舎。その屋上に何人もの人影があつまっている。

 

 性別は統一されていない。人種も統一されていない。体格もそれぞれが異なっており、全員が私服でセンスもばらばらであり、外見から推測できる年齢も異なっている。

 

 だが、それでも彼らが一つのグループであることはわかっていた。

 

 男も、女も。老人も、子供も。白人も、黒人も、黄色人種も。

 

 彼らの瞳には強い輝きが宿り、そして表情には決意と覚悟があった。

 

 まるで先ほどのイッセーのように、己の夢をかなえるために、全力で壁に挑もうとする者たち気迫がみなぎっていた。

 

 そして、彼らの一歩前に出ている男が、先ほどの言葉を投げかけた張本人だ。

 

 三十代半ばの白人男性。がっちりとした体格は鍛えられており、そのたたずまいは余裕に満ち溢れ隙が無い。

 

 命がけの修羅場をくぐってきたと肌でわかる。それも、質を問わず数だけで考えれば、文字通り生きた年月が違うコカビエルの次を、白龍皇を抑えて君臨しそうな貫禄がある。

 

 彼は手に持ったアニメや特撮に出てきそうな拳銃をくるくると回し、白龍皇にため息をつく。

 

「いけねぇなぁ。相手を弱らせておきながら「俺はお前より強い」だなんて吠えるのは。本当にそいつより強いと吠えたいなら、相手の全力を引き出してこそだろ?」

 

「といっても、俺は白龍皇なんでね。そういう力なんだから仕方ないだろう?」

 

 そうこともなげに返す白龍皇に対し、男はしかし呆れた表情を変えることはない。

 

 そして、拳銃の銃身に手をやると、それを折り曲げた。

 

 中折れ式の拳銃だったらしく、更にそこにあるスリットにちょうど入りそうな、一本の棒状の物体を取り出すと、それを収めながら告げる。

 

「つまり生まれながらの卑怯者か。そんな奴にそこの俺史上最も素晴らしい、その堕天使さんを倒させるわけにはいかねえなぁ」

 

『メガネウラ』

 

 その言葉と、そして合成音声がやけに響く中。白龍皇帝から殺意が解き放たれる。

 

『……どうやら、私たちは愚弄されたらしい。……赤いのの目の前でもある。ただで返すな』

 

「分かっているさアルビオン。俺も、なめられたままでは終われない」

 

 その怒気とオーラは、間違いなく彼がコカビエルに匹敵する戦闘能力を持つことを示している。

 

 しかし、その脅威を前にしながら、男は一切動じない。

 

 静かに拳銃を元に戻しながら、その銃口をなぜか上に向ける。

 

 そして、悪びれずにこう言った。

 

「いやいや、ちゃんと評価したぜ? ……つまり俺と同類だろ?」

 

 そして、後ろの者たちもまた、彼が持っているの徒同様の拳銃を取り出し、それに続く。

 

『『『『『『『『『『コンデンサー』』』』』』』』』』

 

 そして彼とは別の、しかし誰もが同じ音声を響かせ、それぞれが異なる構えで銃の引き金を絞る。

 

 そして彼らを率いる男性は、静かに告げる。

 

 彼らは皆、その身から放たれる感情を新たに加えた。

 

卑怯者(アンタ)の相手は卑怯者()がする。狡すっからい卑怯なやり口で、輝く世界を作り上げる輝くそいつを守って見せる」

 

 そこにあるのは怒り。

 

 誰もが、コカビエルに半減を仕掛けたうえで圧倒し、彼をさげすんだ白龍皇に怒りを向けていた。

 

 そしてそんな白き龍の同じ卑怯者は。目の前の男は静かに告げた。

 

「俺は、リアルタイムドリーマーズが一人、エイセイ・キーリュラウ。またの名を―」

 

 そして、エイセイと名乗った男は仲間たちとともに引き金を引き―

 

『『『『『『『『『『『ファイマー・チェンジ』』』』』』』』』』』

 

 その鳴り響く合唱とともに、全身に力の具現をまとって見せる。

 

 後ろの者たちが細部は違えど、似通った姿に変わるなか、先頭に立つエイセイ・キーリュラウは独自の姿に変わっていた。

 

 後ろの者たちと共通するのは、まるでSFのような空想科学に基づいた、変身ヒーローのような全身プロテクターであること。

 

 そして、エイセイはさらにその上で、機械化したトンボを思わせる、どくどくなプロテクターに身を包んでいた。

 

 この場にいるほとんどのものが知らないことだが、それはプロテクターに身を包む前から分かり切ったいことだった。

 

 メガネウラとは、太古の昔に生息していた、人類が知る限り最も巨大なトンボの一種。

 

 その名を響かせる装置を使用した彼が、トンボを思わせる姿に変わるのは必然だった。

 

「―ファイマー・ピカレス。輝くために己を磨き、輝かせるため世界も磨く、世界という物語を彩る、名有りの戦士の称号さ!」

 

 

 ―その瞬間、エイセイは白龍皇の隣に移動していた。

 

 反応できたのはコカビエルと白龍皇のみ。それ以外には、彼がその場に空間跳躍したと錯覚するような高速移動。

 

 そして反射的に白龍皇が拳を振るう頃には、そのすぐ真下に瞬時に移動。

 

 そして手に持つ銃が白き鎧に突きつけられ、瞬く間に弾丸が放たれる。

 

 その直前に振るわれた白の拳は空を切り、そのあとにようやく、白龍皇は自分の鎧が傷ついていることに気が付いた。

 

「馬鹿な。この俺が……」

 

「だからあんたは三流の卑怯者なんだよ」

 

 唖然とする白龍皇の真後ろで声が響き、振り向きざまの裏拳が放たれるも、それが到達する前に側頭部に移動してから放たれた銃撃が叩き込まれる。

 

 その瞬間、白龍皇は激高した。

 

「……玩具風情がぁ!!」

 

 全方位から放たれたオーラに、信じがたい光景に誰もが反応を忘れ弾き飛ばされる。

 

 コカビエルもまたそれをもろにくらい、しかしエイセイの仲間たちが、受け止めそしてカバーする。

 

 そしてそのころには、一方的な戦いが繰り広げられていた。

 

 上空を変幻自在な軌道で移動するエイセイの銃撃を立て続けに食らいながら、白龍皇はオーラの嵐を乱れ撃ち、しかし一発も攻撃を当てることはできない。

 

 損傷こそ軽微だが、しかしどちらが戦いの流れをつかんでいるかは明白。

 

 神や魔王すら殺せる白き龍。その力を堕天使側で有数の戦力と呼ばれるまでに発揮している男が、文字通り一方的に攻撃を受けている。

 

『……馬鹿な』

 

 その光景を見て、イッセーに宿りし赤き龍ドライグが呆然とつぶやく。

 

『あの男、白いのを宿した連中のなかでも、すでに有数の力を発揮している。それを圧倒しているあの装備、俺は見たことも聞いたこともないぞ?』

 

 その言葉に、誰もが息を呑む。

 

 赤き龍ドライグと白き龍アルビオン。

 

 その二人は神器に姿を変えてなお、幾度となく戦いを繰り広げた。

 

 そのドライグをして有数の実力者である今代の白龍皇が、見たことも聞いたこともない力によって一方的に攻撃を喰らっている。

 

 放たれる攻撃の威力は明らかに白き龍が上。しかし、一発も当たらずに少しずつ装甲を削られているその光景は、だれがどう見ても白龍皇の敗北を予感させる。

 

「……まさか、あのヴァーリ相手にあそこまで戦えるのか?」

 

 その光景に驚くコカビエルをかばいながら、エイセイの仲間たちは彼を諭す。

 

「コカビエル殿。俺たちはあなたを迎えに来ました。ここは同志エイセイに任せて、貴方はあなたがいるべき場所に来てください」

 

 そう告げる同僚にうなづきながら、他の者たちも口々に告げる。

 

「アンタこそ最高の堕天使。ただ力を持っているだけの、くすんだ連中に邪魔されるべきじゃない」

 

「己を磨き、そして世界も磨いて輝かせようとしたアンタは、堕天使の世界を輝かせるために必須なんだ!」

 

「アンタと並び立ちたい奴らがいっぱいいる! そいつらのためにも、アンタは今は逃げるんだ!!」

 

「あ、ああ……」

 

 その熱意と尊敬に満ち溢れた視線と言葉に、コカビエルは思いっきり流された。

 

 メンバーの一人が展開する転移魔方陣に導かれ、コカビエルは遠くの場所へと転移していく。

 

 そしてそれに気づいて、白龍皇は舌打ちした。

 

「チィッ! 相手の誘いに乗っている暇はないか!!」

 

 その言葉とともに光翼が輝き、そしてエイセイの動きが見るからに遅くなる。

 

 その物理法則を無視したような軌道はそのままに、しかし速度は明確に下がる。

 

 同時に威力も低下した攻撃を強引に突っ切り、白き龍は拳を構える。

 

「貴様の言う卑怯者の力に敗れるがいい!!」

 

「いやぁ、俺は確かに卑怯者って言ったけどぁ―」

 

 その拳を前にエイセイはそう言葉を放ち―

 

「―()()()()()()()()()()()()?」

 

 その拳の鎧は、直撃と同時に砕け散った。

 

 ファイマー・ピカレスというプロテクターに叩きつけられた白龍皇の鎧は、その打撃の衝撃で見るも無残に砕け散った。

 

 その信じられないような光景の中、一人だけその現象を即座に理解したものいた。

 

 明らかに絶句しているイッセーたちではない。最初から仕組みを知っているエイセイ達でもない。拳を放ち、鎧が砕け、しかし()()()()()()()()()()()()ことから、白龍皇だけは何が起こったのかを理解した。

 

「……アルビオンの力が、削減された?」

 

「そ。だから言っただろ? 俺も卑怯者だって」

 

 そしてその瞬間、()()()()()()()()()()()()()()エイセイは引き金を引き絞る。

 

『メモリアル・オーバードライブ』

 

 その音声とともにプロテクターのオーラが増幅し、そして白龍皇のあらわになった腕を同時につかみ―

 

『テンカウント・メガネウラ・ブーストアップ!』

 

 その音声が鳴り響く中、文字通り十秒間《テンカウント》の間、ファイマー・ピカレスの力は絶大に跳ね上がる。

 

 白いジグザク軌道の線としか形容できない変速高速移動に、白龍皇一切の対応をすることができない。

 

 ただ揺り動かされ、地面に叩きつけられ、障害物と激突し、Gで体内を圧迫され、そして血反吐を吐いて空に投げられる。

 

 脳に回すべき血液が慣性の法則でバラバラに散り、ブラックアウトで意識すら定かではない。

 

 そして、コカビエルを先に転移させた仲間たちとともに、エイセイは銃口を彼に向ける。

 

「じゃ、自分を知らないおバカさんに折檻の時間だ。致命傷は避けて俺たちの治療所に運んでやるから、自分の居場所を知る前にちゃんと反省すること」

 

 その言葉とともに引き金が振り絞られ―

 

 

 

 

 

 

 

「いや、一応そいつにはダチが世話になったんでな」

 

「それに、ちょっと貴方たちに聞きたいことがあるんだよね」

 

 その言葉とともに、上空から弾幕が放たれる。

 

 エネルギー弾と思われるその掃射は、しかし悲しいことに、一発一発の破壊力は機関銃といったところだ。

 

 ただの人間相手なら軍隊にも通用するだろうが、封印前なら富士山すら一撃で消し飛ばすことも理論上可能であっただろう白龍皇を圧倒するファイマー・ピカレスを傷つけるには、戦車部隊の一斉射撃すら全く足りない。

 

 しかし、彼の仲間たちの気を引くにはそれで十分。一斉射撃を止めるには、それだけで足りていた。

 

 そしてその射撃の威力を瞬時に見切り、さらに照準を白龍皇に向けたまま、変速機道で射線からずれたエイセイは引き金を改めて引き絞り―

 

『―――本来の用途から外れますが、アラタから「借りは返したい」と言われましたので』

 

 逆に地上から放たれる輝く散弾の捕縛網に、初めて急所をかばう防御行動をとった。

 

 即死に繋がる急所を両手両足でカバーし、そしてもっとも被弾が少なくなるよう、最短距離で強引に突破。

 

 空に飛び散るその散弾は、しかし一発一発が彼の銃撃にも匹敵する威力。それは、この一連の流れで初めて生まれた、ファイマー・ピカレスというプロテクターの損傷が示している。

 

 そして、空からの弾幕を放った物体が、皆の視界に映り込む。

 

 舞い降りるのは同じ形をした、楕円形の飛翔物体。

 

 そしてそれは交差する軌道を描き、主のもとへと飛んでいく。

 

 それをかばうは、ファイマー・ピカレスに初めて有効打を与えた鋼の獣。

 

 獰猛な肉食獣を思わせるフォルム。しかし薄暗い夜空の下でなおわかる、三門の銃身を持ったロボットアニメに出てきそうな背中の砲台が、それを人工物だとはっきりと示している。

 

 そして、それがカバーする一組の少年少女が、飛翔物をつかみながら姿を現す。

 

 その姿を見て、兵藤一誠は眼を口をこれでもかと大きくする。

 

「……橋場に、一橋!?」

 

「無事だなイッセー。あとグレモリー先輩や、オカルト研究部の連中も大丈夫みたいだな」

 

 悪友とその主に致命傷がないのを見て取って、橋場アラタはほっと息を吐く。

 

「大丈夫、兵藤君? 状況は全然わからないけど、駒王町を吹き飛ばそうって人は……彼?」

 

 同じく安堵しながらも、しかしエイセイ達を見て警戒する瀧野。

 

 アラタもまた警戒の色を見せるが、だが少し勘違いをしている。

 

 そして、それにイッセーが答えるよりも早く、白龍皇が声を出した。

 

「いや、コカビエルはすでに逃げた。……奴らの仲間に助けられて……な」

 

 そしてふらつきながらも立ち上がり、白龍皇は吐いた血を鎧の隙間からこぼす。

 

 そして、震えながらエイセイを、ファイマー・ピカレスを見据える。

 

 そこには怒りではなく、喜びがあった。

 

「……いいね、実にいい。邪魔も愚弄もされたが、冷静に考えれば都合がいい」

 

 狂気すら感じさせるその喜の感情を浮かべ、白龍皇は膝をつく。

 

 その事実に悔しそうにこぶしを握りながら、しかし彼は喜んでいた。

 

「名も知らぬ俺以上の強者は最高だ、俺は俺より強い奴がいないつまらない世界で生きたくないから、その事実は素直に喜べる」

 

「……そいつはいい。つまらない物語に存在価値はねえもんな」

 

 そううなづきながら、エイセイは視線を彼には向けない。

 

 実にうれしそうな雰囲気を漂わせながら、アラタと瀧野を見据えて告げる。

 

「仕事は終わりだが使命がまだだ。輝かしい物語を始める勇者たちが現れたんだから、序章にふさわしい戦いをしなきゃな。ライトノベルだってつかみが肝心だろ?」

 

 そう言いながら指を鳴らすと、残っていた仲間のうち二人が、静かに前に出る。

 

 それに対して機械の獣が砲身を向けるが、橋場は獣の一歩前に出る。

 

「アユミ。お前はあのトンボ擬きを抑えててくれ。どうやら奴さん、俺と一橋にこいつを使わせたいらしい」

 

 そう言いながら、アラタは静かにエイセイ達をにらみつける。

 

 そしてイッセーは我に返り、その背中に声を飛ばす。

 

「ば、バカやめろ! そのトンボみたいなのめちゃくちゃ強いから、たぶんその取り巻きもやばい!!」

 

 そう、彼らは警戒に値する。

 

 自分達が束になっても、遊び半分であしらったコカビエル。それを不意打ちでペースをつかんだとはいえ、あっさりと追い詰めた白龍皇。その白龍皇を一方的になぶったファイマー・ピカレスことエイセイ・キーリュラウ。

 

 明らかに戦闘能力のインフレが加速しすぎている。イッセーが悪魔になってから経験した戦いの難易度が、たった数時間で大きく角度が変わってしまった。

 

 アラタも瀧野も戦闘能力は高い。だがそれは人間の範囲内であり、技術はともかく性能においては、神器を使ってない状態のイッセーの方が上だろう。よしんば神器を宿していたとしても、今使い方がわかってないのなら危険すぎる。

 

 だから前に出ようとするが、その肩に瀧野の手が乗せられる。

 

「大丈夫。兵藤君はちょっと休んでて」

 

 そして瀧野も前に出て、そしてアラタとともにつかんでいた飛翔物体を構える。

 

 その二人の姿に、エイセイ達は涙すら流しそうな狂喜を見せた。

 

「餞別ファミリアドライバー。ついに俺たちと戦う者たちまで出てくれたのか!」

 

「どの同士が渡したのかは分からねえが、目の付け所が違うぜ!」

 

「ああ、ついに我らが渡した魔法の剣を、振るって輝く勇者が来たのか!」

 

 歓喜の声を次々に挙げる、リアルタイムドリーマズを名乗る武装集団。

 

 それに対して警戒の色を見せながら、アラタと瀧野は足を止め、そして鋭い視線を突き付ける。

 

「……プレゼントまでした相手に敵対されて喜ぶとか、本気で何考えてるのかわからないな」

 

『キャノン』

 

「……正直少し気味が悪いけど、帰ってくれないならしかたないよね」

 

『アーミー』

 

 二人が同時に取り出すは、エイセイ達が使用したものと酷似した、しかし明らかに別種の構造体。

 

 それを、餞別ファミリアチェンジャーと呼ばれた飛翔体のスリットに挿入し、そしてそれを放り投げる。

 

 そして、それらは宙に浮かび、底面を二人に剥けると同時に、先ほどエイセイ達が響かせた音声を発音した。

 

『『ファイマー・チェンジ』』

 

 そして底面からプロテクターが形成され、二人の体に装着される。

 

 それは、エイセイ達と同様の技術で作られていることがわかり、しかし異なる設計であることもわかる、似て異なったプロテクター。

 

 その姿に感動すら覚えているエイセイは、歓喜に身を震わせながら声を張り上げた。

 

「最高だ! さあ、銘を付けてるなら教えてくれ!!」

 

 その言葉に―

 

「ファイマー・ノウブル。橋場アラタ」

 

 青の装甲をまとったアラタが左腕を彼らに突きつけ―

 

「ファイマー・ディアン。一橋瀧野」

 

 緑の装甲をまとった瀧野が、左腕を引き右手を前に出す、武道の構えをとる。

 

 そして、二人のプロテクターに共通して存在する、左腕のプラットフォームに、餞別ファミリアチェンジャーが接続される。

 

 それを見計らい、エイセイの前に立つ二人の戦士が腰を落とし。

 

「「さあ、初陣を勝利で飾って見せろ!!」」

 

 心からの歓喜と、魂からの願いを告げて、しかし全力で倒すと態度で示しながら、彼らは突撃を敢行した。

 




 はい、第一部メインオリ敵である「リアルタイム・ドリーマーズ」がいろんな意味でインパクトのある登場をしました。

 ネームド敵にフルボッコにされたヴァーリですが、リアルタイム・ドリーマーズのネームド全員が禁手状態のヴァーリをフルボッコにできるかというとそうでもありません。現段階で奴らのネームドは五人ほどいますが、ここまで一方的にボコボコにできるのは二人ぐらいです。そしてエイセイが上から二番目であるかというとそうでもなく、単純な戦闘能力なら同率三位ですね。

 これは人から指摘されたことのある自分のキャラ設定の傾向である「原作キャラに対するメタ能力」に由来します。
 エイセイ・キーリュラウは「精鋭」「龍キラー」をそれぞれアナグラムして作った名前で、リアルタイム・ドリーマーズの一番槍としてエクスカリバー編である序章用に設定したキャラです。リアルタイム・ドリーマーズの強敵ぶりを示すため、そして組織の思想から言って必ずコカビエルを助けにいくため、「ヴァーリをボコれる組織の精鋭」として作りました。
 彼はその名の通り対ドラゴンにおいてはリアルタイム・ドリーマーズでも最強格であり、そこに限定すれば別格である第一部ボスより上。ただしヴァーリはドラゴン以外にもチート染みた強みがあるので、対ヴァーリ戦ならボスの方が勝率が高いです。









 そしていいタイミングで登場したアラタ達。

 イッセー視点なので獣と表記しましたが、あれはアユミです。

 細かい説明はヴァンパイア編の時系列で当人に語らせますが、普段の彼女の姿は戦闘用ではなく、ガチ戦闘の時はこんな風にマジの異形になります。ジャンプ漫画「ワールドトリガー」の遊馬みたいなのがイメージとしては近いです。

 そして戦闘モードに入ったアラタと瀧野。

 名称を見て勘付いた方もいると思いますが、二人やリアルタイム・ドリーマーズが使用する「ファイマー・システム」は「仮面ライダーゼロワン」の変身システムからインスパイアしました。そのため変身用の道具も色々種類があり、それぞれ種類別に特色がある感じです。餞別ファミリアチェンジャーは基本的に禍の団以外の勢力が使用するものですが、作ったのも渡したのもリアルタイム・ドリーマーズです。









 リアルタイム・ドリーマーズは禍の団でも特別頭がいかれている連中とお考え下さい。

 最近の活動報告でなんどか話題に出しているLight作品風に言うなら「馬鹿と邪龍の悪魔合体」みたいな組織です。アラタや瀧野が餞別ファミリアチェンジャーを使って自分達と敵対したことを知れば、構成員の八割が「今夜は赤飯だー!」テンションで祝いの飲み会をするような連中です。

 詳細は話が進むごとにわかっていくようしたいですが、まあ個人的な持論をもって、彼らに対して読者側の視点で考えることを告げましょう。









「狂人は精神を理解するのではなく、生態を把握するように努めるべき」

 そんなスタンスで観察するのが、読む側の精神状態の健康につながると思います。


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序章:5 イッセー「乳首を吸えなくなったことに気づくのが遅れるぐらいすごい戦いだったなぁ。……え、そんなことはどうでもいい!? てめえリアスのおっぱいを何だと(以下略」

それではついにアラタ達主人公たちの戦いです。

イメージとしてはストーリー開始時点ですでに変身できるライダー作品のアバンみたいなものだと思ってくださいな。


 

 そして、同時に三つの戦闘が勃発する。

 

 その中で最も激しく強いのは、エイセイが挑む四足獣との戦いだろう。

 

 前に出た二人の戦いの邪魔させないと、エイセイはその圧倒的な三次元変速軌道で、敵を単独で半球状に包囲。そのまま正確な射撃を放つ。

 

 その攻撃は正真正銘、神域の猛攻だった。

 

 白き龍を宿し、対をなす赤き龍からも指折りと評価された、歴代でも有数の実力を持つ、今代の白龍皇。

 

 それを圧倒した能力は本物。その動きは相手を警戒していることもあり、先ほどの不不意打ちのようにはいかない。

 

 防御はしない。当たりもしない。何より動きを止めもしない。

 

 三次元を自在に舞う戦士は、先ほど当てられた散弾射撃を、連続でかわし続けている。

 

 そしてその猛攻はすべて正確かつ迅速。そして時折フェインとすら混ぜることで、射線を読まれにくくしている。才能と執念と経験が積み重なった、真の意味で最高峰だ。

 

 おそらくプロテクターをまとっていなくても、ただの人間としての射撃の腕がすさまじい。しかも拳銃の片手撃ちという、本来フィクションでしか多用されない撃ち方に慣れているということが、生身の彼すらただものではないことを示している。

 

 それに対して機械の獣は、明確に不利な条件で戦っていた。

 

 理由は単純。次元が違う。

 

 空中を舞うファイマー・ピカレスは、正真正銘三次元の軌道で攻撃を回避することができる。しかし機械の獣は完全な陸戦仕様の様で、地上を這うように移動することしかできない二次元に捕われたものだ。

 

 木々や校舎を利用した壁面飛びを組み合わせれば、疑似的な三次元軌道はできるだろう。だがエイセイの射撃はその妨害すら念頭に置いた撃ち方をしている。うかつにそれを求めれば、瞬時に一発当たり、それが銃撃の連続命中に繋がることは間違いない。そしてその場で跳躍すれば、着地するまでの間は回避の余地が存在しない。

 

 それを理解しているのか、獣はあえて近づかない。校庭の中心部に近い位置取りで戦闘したことがあだとなり、目論んで動けば嵌め殺しになると、何らかの形で悟っているのだ。

 

 最初からそれができる位置で戦えれば良かったのだろうが、しかし獣はアラタの護衛を考慮して前に出てきた。それがこの戦いが()()()になっている原因の一つだ。

 

 そう、()()()なのだ。

 

 三次元対二次元という、圧倒的なアドバンテージ。陸戦型と空戦型という、ぬぐいきれない相性差。高所や制空権の確保という、古来より実証されてきた地の利という戦の一つの勝利条件。ファイマー・ピカレスと銘うたれた戦士は、それをこの場で明確につかみ取っていた。

 

 そしてエイセイという男は、地対空攻撃に対する修練を積んでいるのか、回避も反撃も手馴れている。そして対する獣の方は、まるで教本を読んでその机上論を再現しているかのように、何かが決定的に足りてない。

 

 才能、執念、経験。それら三つのエイセイの持つ力の柱。白龍皇という戦の天才は具体的に、そしてそれ以外の者たちも感覚的に薄々と。獣にはそれが欠如していると理解していた。

 

 例えているのなら、彼女の動きには実感がない。実戦どころか実地演習すら経験していない、座学と型通りの動きの訓練だけを積んだルーキーという印象だ。

 

 そんな、いくつもの重要な勝利を左右する要素が欠如しながら―

 

「……よく躱せるな」

 

 ―白き龍が感心するほどに、獣はすべての攻撃を回避していた。

 

 その白き龍が圧倒されていた光景を見ていたからこそ、イッセーたちは誰もがその光景に唖然となる。

 

 機械の獣は、戦士として明確に白き龍に劣っている。性能に関しても、おそらく数値で計測すれば、そのほとんどは白き龍に軍配が上がるだろう。そも陸戦兵器と空戦兵器という、相手に対する相性の差が歴然だ。

 

 しかし、獣はファイマー・ピカレスと互角の勝負を演じている。

 

 その理由は―

 

「……動きが妙だ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ―白き龍は、見抜いていた。

 

 その高速の動きに対して、白き龍は幾つかのパターンを見抜いていた。

 

 機械らしくそれは誤差があまりに少なく。精密機械にあらざる身には、差といえるようなものがわからない者もある。

 

 移動速度。踏み込みの強さ。接地面の条件。そして変更する方向。

 

 それら数多くの条件がどれも同等ならば、そこから生まれる方向転換の結果は同じでなければならない。

 

 だがしかし、獣はそれを無視している。

 

 本来同条件なら同程度の影響を受けるはずの、歓声と摩擦による僅かな滑り。

 

 陸戦兵器としては破格の速度故に、それはどうしても発生する。F1マシンが急カーブを曲がろうとしても、高速走行時にはどうしても旋回半径が長くなるように。

 

 それが、あまりにもばらついている。

 

 本来想定される滑り方がある。まるでアニメか何かのように、一切滑ることなく曲がる時がある。まるで足をつけてないかのように、何メートルも滑ってから曲がるドリフト走行もある。

 

 そんな、わかる物ならこれは夢かと疑うような動きによって、ファイマー・ピカレスは獣と一発も当たらない射撃戦を展開していた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その間に戦士たちは二人に迫る。

 

「超えて見せろ、俺たちを! コンデンサースティックで長続きするだけの、ベーススーツに劣ってくれるな!」

 

「輝く物語()の初陣だ。ここで勝たなきゃ肩透かしだぜ?」

 

 勝ってくれ。超えてくれ。俺達はお前より弱いんだと、心の底から言わせてくれ。自分は敵より強いんだと、その強さを見せつけてくれ。

 

 そんな狂気のような願いを漏らしながら、二人はそれぞれアラタと瀧野に襲い掛かる。

 

 そして二人の左腕に接続された、飛翔体から弾幕が放たれる。

 

 それを一切気にすることなく、そして真実傷一つなく、彼らは突撃を敢行する。

 

 その手に持つ拳銃は使わない。ファイマー・ピカレスの戦いぶりを見れば、打ち合いなら勝てるだろうに使わない。

 

 その理由は、単純明快。

 

「車載機銃程度の威力しかない、その自衛機能は対只人用だ! 人外魔性のぶつかり合いに、そんなもんは通じねえ!」

 

「だから、殴り合おうぜ勇者様! 選ばれた光の戦士なら、その異能をもって挑んできやがれ!」

 

 そう、そんなことは最初から分かっているから。

 

 そして、彼らが見たいのはその先だから。

 

 ファイマー・キャノンとファイマー・ディアンは、もっと強大な力があると知っているから。

 

「「カオスバレットチェンジャーは使わない。さあ、メモリアスティックの特性を引き出して見せろ!!」」

 

 彼らが見たいのは、その力を引き出し自分達を超えるところなのだから。

 

 そして襲い掛かる戦士に対し、アラタが変じたファイマー・ノウブルは跳躍で回避する。

 

 人飛びで20メートルは飛び上がり、そして同時に弾幕を浴びせる。

 

 しかし、飛翔ではなく跳躍なのが問題だ。これでは空中で起動を変更することはできず、ゆえに今攻撃すれば確実に当たる。着地寸前を見切れば接近戦も容易だろう。

 

「だから、そいつは効かないんだって―」

 

 そう言いながら振り仰いだ男の顔面に―

 

「―分かっているさ、そんなこと」

 

 ―アラタの言葉とともに顔面に届いた、大口径の砲弾が直撃する。

 

 発生するは大爆発。その砲弾はシンプルなHE弾。そしてその威力は、自衛隊の自走砲をはるかに超えた威力を生んだ。

 

 そこから生まれる当然の余波をうまく受け止め、アラタは軌道を変更しながら着地する。

 

 そして同時、そのまま放ち続けていた機銃の着弾音を瞬時に判別。

 

 地面ではなく敵のプロテクターに当たったと音で判断し、そのまま()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして今度はAP弾。単純な質量と速さと硬さの方程式による、物理的破壊力による一撃が、不意の有効打に戸惑った敵に叩きつけられる。

 

「……へぶぁ!?」

 

 その悲鳴とともに50メートルは吹き飛んだ敵に、アラタはため息をついて、あきれ果てたかのような視線を向ける。

 

 ファイマー・ノウブルという走行越しにわかるほど、彼はあきれ果てていた。

 

「……同軸機銃って概念を知らないのか。今のはただの照準合わせで、そしてスティック通りに砲撃戦を挑むともさ」

 

 そう言い切る、ファイマー・ノウブルの左腕はまさしく砲身と化していた。そうなれば、左腕に固定されて放たれる弾幕は、射線を示す照準器となる。

 

 そう、アラタがファイマー・ノウブルを形作るのに使用したのは、キャノンの名を関したメモリアスティック。

 

 ならば距離をとっての砲撃戦闘こそが真骨頂。接近戦を挑む気などさらさらない。

 

「一橋、そっちは大丈夫か!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、うん。これぐらいなら大丈夫!」

 

 その言葉とともに、一橋瀧野の技量を完全に生かしたファイマー・ディアンが、手に持ったスコップで敵を滅多打ちにしていた。

 

 その動きはまるで武術の様に洗練されており、事実彼女が洗練された動きでスコップで戦闘できるのは当然である。

 

 彼女は自衛官を何人も輩出した一族の娘。そして自衛隊とは他国の軍隊と同等の装備を有し、他国の進行からの制圧という運用が設定されてないだけである。そして陸軍の装備において、スコップが存在しないなどありえない。

 

 塹壕を掘るときや立ち往生した車両の救出など、陸軍の運用環境はスコップが必須な局面と隣り合わせだ。そして塹壕戦用の銃器が生まれるまで、ショベルは塹壕に敵が入ったときに最も適した武器だった。それを抜きにしても銃座の代用からフライパンの代わりとして、非常に高い汎用性を持つ。

 

 装備重量が割とシャレにならない歩兵にとって、この汎用性を武器にも転用できないかと考えるのは必然。面での打撃だけでなく、斬撃や刺突も可能とするために刃のように側面を研ぐことも選択された。

 

 自衛隊においては旧陸軍の名残から円匙(えんぴ)と称されるその能力。旧共産圏においては自衛隊の銃剣道並みの熱心さで教えられている。

 

 ゆえに自衛隊式の英才教育を受けた、瀧野の儀ずつは素晴らしい。先制攻撃の完璧なカウンターの拳を叩き込まれてから、相手は一方的に攻撃を受けていた。

 

 その光景を見て、大半のものが「……怖い」もしくは「……可哀そう」と相手に対して同情する。そして、イッセーたちが思うことはもう一つ。

 

「……どこから出した? 木場祐斗と同系統の神器か?」

 

 ゼノヴィアの言葉がすべてを物語っている。

 

 そう、ファイマー・ディアンのプロテクターに、そんなオプション装備はついてなどいなかった。

 

 獣とファイマー・ピカレスの戦闘に気を取られているうちに、いつの間にか彼女はそれを武器に戦っている。

 

 その攻撃力は間違いなく異形の戦士にすら通用する。間違いなくただのスコップではありえないが、しかし異形社会でそんな攻撃力のあるスコップが作られたなど聞いたことがない。

 

 イメージにそった魔剣を作り出す、祐斗の魔剣創造(ソード・バース)のように、創造系と称される無から有を用意する神器を想像するのは当然の理屈で、しかしその推測は間違っている。

 

「すげえ! アーミ―メモリアスティックってスコップまで作れたんだ!」

 

「確かに、歩兵が運用する装備は理論上作れたからな。作業用とはいえ戦闘転用も想定されてるなら、作れない道理はないな」

 

 感心しているリアルタイムドリーマーズの言葉がその答えだ。

 

 ファイマー・ディアンのプロテクターを形成したのは、アーミーメモリアスティック。

 

 その結果生まれる能力は、陸軍兵士の装備を具現化するということなのだろう。

 

 それも、エイセイが使っているメガネウラメモリスティックは白龍皇を当人の能力込みとはいえ圧倒したのだ。

 

 ならば、彼女がアーミーメモリアスティックで具現化した装備も、神滅具の禁手に通じる威力を発揮する余地はあるのだろう。

 

 今はまだ、そこまでは到達していない。だが、もしかしたら到達するかもしれない。

 

 そう思わせる戦いぶりを見て、控えている戦士たちがエイセイに告げる。

 

「同志! デビュー戦はこれで十分でしょう。仕事は終わりましたし、今日はこの辺りにするべきかと!」

 

「……だな!」

 

 その言葉にうなづき、エイセイは即座に後方に飛ぶ。

 

 獣の散弾をガードし、回避しなかったことで移動の幅を広げたことで、味方の元へと戻ることができた。

 

 同時に仲間たちが銃撃を放ち、アラタと瀧野をけん制する。

 

 そして戦闘していた二人が戻るのと交換するかのように、機械の獣は二人をかばるために立ちふさがった。

 

「じゃ、俺たちはこの辺で失礼するぜ」

 

 それに対して自然体で、エイセイははっきりと告げた。

 

 それに対してアラタ達も含めたほかの者たちがあっけにとられるが、エイセイ達はすでに戦意を完全に消していた。

 

 そして仲間たちが転移準備をしている中、興味深そうに彼は機械の獣を見る。

 

 なぜか一誠達の中で一番きょとんとしている風に見せる獣に視線を向けながら、エイセイは軽く肩を震わせる。

 

「……慣性制御、もしくは足のグリップを変えられるのか。ま、とにかくおかげで照準予測が難しいな。何を仕込んで誰の手のもんかが気になるとこだな」

 

『いえ、各種条件で粘性を変化させるリキッドを脚部から分泌させているのですが』

 

 その即答に、イッセーたちはおろかエイセイたちも沈黙した。

 

 まさか応えるとは思わなかった。大体誰もが一致した。

 

 瀧野が思わず警戒を忘れて獣に顔を向け、アラタは装甲越しでもため息をつきそうな表情なのが予測できるほど、やれやれと言わんばかりに顔をうつ向かせて額に手を当てる。

 

 そして彼らの転移準備すら止まる中、獣は不思議そうに首を傾げた。

 

『……? 確かに既存科学で軍用レベルではありませんが、未確認技術が投入されることはよくあることでは? 本来は大出力砲撃時の反動対策ですが、副産物として先の照準予測妨害や、市街戦での壁面装甲などに―』

 

「アユミ」

 

 唖然とする皆の前でぺらぺらとしゃべる獣に、アラタがついにため息をつきながらそう制止する。

 

「そんなぺらぺらと手のうち喋ってると、次にこいつらと戦うとき対策されるから」

 

『いえ、その時は―』

 

「ハイストップ。だから手の内を喋るな。喋らなきゃ「何かある」とは思われても「何が出る」かは分からないんだからな?」

 

 獣の反論をそう言って止めると、アラタは左腕に接続された餞別ファミリアチェンジャーと呼ばれた飛翔物を外す。

 

 そしてプロテクターが宙に消え、鋭い表情があらわになる。

 

 それにこたえるように、エイセイもまたカオスバレットチェンジャーといっていた銃から、変身前に挿入していた物体を取り外し、プロテクターを消した。

 

 こちらは逆に、心から嬉しそうな顔をしていた。

 

 その視線を交差しあってから、アラタは面倒くさそうに片手をひらひらとふった。

 

「とっとと行けよ。どうせ逃げる算段は立ててんだろ? こっちはこっちでやることがあるから、逃げるってんなら追いかけない」

 

「そうだな。せっかく物語が始まったってのに、ここで終わらせるのも味気ねえ」

 

 そう言いながら指を鳴らすと、仲間たちは我に返って転移準備を再開する。

 

 そしてエイセイは、再び獣に視線を戻す。

 

 警戒態勢を取り直していた獣を見て、彼はまるで親や教師が見せるような表情を向けた。

 

「腕は立つが経験が足りないって感じだな。だが、こういう頼もしい仲間に恵まれたってのは、ファイマー・ノウブルの物語をより輝かせる」

 

 そう告げると、すでに完成し仲間たちが入っていく魔方陣へと、飛び退る。

 

「お前たちの物語は始まったばかりだ! もっと輝かせるために己を磨け! 死んだらお前たちの物語は、そこで打ち切りになっちまうんだからな!」

 

 まるで、卒業する教え子たちを激励するかのような表情の言葉。

 

 それを別れのあいさつにして、リアルタイム・ドリーマーズは姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 後に大いなる地球の危機に立ち向かう若き戦士たち「D×D」と、禍の団(カオス・ブリゲート)という世界を混沌に包みかねないテロ組織の一派である「リアルタイム・ドリーマーズ」。

 

 この戦いは、その前哨戦ともいえるものであった。

 




あと一話で序章は終わるんじゃ。それが終わったら一章です。









 敵を相手に優勢に戦っていたアラタと瀧野ですが、これは敵が一般構成員だからできたようなもんです。

 ガンダ〇に乗ったばかりのアム〇が、ジー〇の乗ったザ〇じゃなくて実戦を経験したモブが乗ったグ〇と戦っている感じですね。ちなみにザ〇は駒王会談で出てきた魔法使い共で、エイセイは専用ゲルグ〇にのった異名持ちパイロットぐらいです。

 最終的にインフレは一年戦〇通り越して第二次ネ〇・ジオンぐらいまで行きますが、まあこれはD×D原作も今そんな感じだから問題ないですよね。ファイマー・システムはイメージとしてはビル〇やゼロワ〇の仮面ライダーをイメージしているので、まだまだインフレするからご安心ください。








因みに、エイセイ相手に渡り合っているアユミですが、これは初見殺し的なこともあります。

第二ラウンド移行はそうはいきませんし、ヴァーリと戦ったら半減などもなって押し負けるのが、D×Dの恐ろしいところ。エイセイがヴァーリを圧倒できたのは、相性とかがあるので参考にしないように。


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序章:6 アラタ「……ここで素直にグレモリー先輩の世話になった方が品行方正な生活が送れたかも……ってのは今だからこそ言えるんだよなぁ」

 アユミがエイセイ相手に互角に渡り合えたのは、いくつかの好条件が重なっていたからで、彼女がヴァーリより強いわけでは決してありません。

 その根幹はあの四本脚形態の固有能力。

 あの状態のアユミは、足に特殊な液体の分泌機能と、その粘性を操作するための電流や振動を発生させる装置があります。それによって接地面とくっついたり摩擦係数を操作することで、慣性を操作したかのような曲がり方や滑り方やドリフト走行を可能とし、状況次第では壁を走ったりその場で止まったりできます。本来の目的は全力砲撃時の反作用で狙いがずれるのを止めるためのジャッキでしたが、この応用ができることに設計時に気づかれたことで、壁面からの射撃や、高速移動時に止まることなく精度の高い狙撃をするといった、足で走る陸戦型では普通出来ない射撃ができるようになりました。

 エイセイはなまじ腕が立つため、相手の動きや速度から「どれぐらいの時間と距離を反転時に滑るか」ということまで予測して撃っていたため、この機能のせいで狙いがくるっていました。これが二人の戦いが千日手になってた最大の理由で、アユミがヴァーリより強かったからああなったわけではありません。

 種がわかった以上エイセイもその辺を考慮しない形で狙いをつけるので、同じ条件で再選すれば十中八九エイセイが勝ちます。その時はその時でアユミにも策はありますが、素直にしゃべりそうになったのでアラタが止めた……ということですね。


 

 ……何だったんだ、あいつらは。

 

 コカビエルとかいう奴がこの町ごとグレモリー先輩や生徒会長を吹き飛ばそうとして、それを止めに来たらしい白い鎧の奴を、俺や一橋に餞別ファミリアチェンジャー(コレ)を渡した奴らの仲間が叩きのめしていた。

 

 しかも、俺や一橋が渡された物を使って敵対してきたのにも関わらず、あいつらはむしろ感動しやがった。

 

 その後確かに一戦交えた。だが、あいつらはむしろ俺達の実力を確かめるのが目的で、明らかに手を抜いていた。

 

 ……ファイマー・ピカレスとかいう奴こそアユミが抑えていたけど、他の連中が総がかりで挑めば俺と一橋をどうにかする事はできただろうに。イッセー達が展開が変わりすぎてて動いていなかったとはいえ、こいつらを殺す気だったコカビエルを助けに来たのなら、ついでに殺すぐらいしても良かったんじゃないか?

 

 つくづく頭のおかしな展開になってきやがった。くそ、D×D事件以来、俺の生活は急展開すぎないか?

 

 リアルタイム・ドリーマーズ……か。

 

 訳の分からない連中だ。D×D事件で俺達の前に現れたおっさんといい、一橋が前の学校で会った女といい、いったい何を考えてる?

 

 それに、餞別ファミリアチェンジャーを渡された奴が俺達二人だけってこともないだろう。奴らの持ってた銃も似たような機能を持っていたんだ。銃タイプが一部隊の共通装備なら、餞別ファミリアチェンジャーもあの銃も、まだまだ作られているって考えるべきだ。

 

 これは、奴らの仲間や奴自身がまた現れてちょっかいかけてくるって考えるべきだよな。

 

 ……俺は、明確に感じる頭痛とうっすら感じる高揚に、ため息をついた。

 

「……アラタ、アユミ。大丈夫ですか?」

 

 と、背中に届いた声に気が付いて、俺は振り返った。

 

 そこには生徒会長達に連れられて、ラミ姉がこっちに気づかわし気な表情を向けている。

 

 軍隊すら無双する化け物をどうにかする力なんてないラミ姉には、心配させるだろうけど生徒会と一緒に残ってもらっていた。

 

 生徒会の人達も結界が吹き飛んだ状態で一般市民に事が知られないように動いていたので、ついでにラミ姉の保護も頼んだのだ。

 

 そして会長達が来たって事は、とりあえず安全という事でいいんだろうな。

 

 ま、辺りを見渡せば動く敵はいない。血まみれで倒れている少年と中年がいるが、多分中年の方はもう死体で、少年の方は……ギリ瀕死ってところか?

 

 D×D事件の所為で死体の山が誕生過程に至るまで嫌になるほど見たからか、その手の判断能力がある程度身についてしまった。基本戦争と無縁な日本国の一般人が習得していい能力じゃない。

 

 せめて、自衛隊とか警察に就職してから習得したかった。こんな血生臭い技能、学生が持ってても何の自慢にもならねえ。

 

 だがまあ、とりあえず今回はしのいだわけだ。

 

「ま、当座の問題は解決した……ってことでいいんですかね?」

 

 俺がそう振り向きながら訪ねると、グレモリー先輩は肩をすくめた。

 

「……ええ。もっとも、私達は事後処理があるし、あなた方にも話を聞くべきでしょうけどね」

 

「……なら、俺も言われた事をできる限りでやる事にしよう」

 

 先輩の言葉に応じるように、白い鎧の奴が立ち上がった。

 

 まだだいぶふらついているようだが、瀕死の少年を肩に担ぐと、静かに首を振る。

 

「コカビエルを逃がした事でアザゼルに何か言われそうだが、だからこそこの男には聞く事があるんでね。……まあ、こちら側で把握できた情報は後でそちらの政府にも伝えられるだろう」

 

『ふぅ。赤いのの前で情けない姿を見せてしまった。雪辱の機会が訪れるといいのだがな』

 

 何故か鎧からはそいつ以外の声も聞こえるが、まあその辺については後でグレモリー先輩に聞いてみるとしよう。

 

 っていうか、赤いの? グレモリー先輩のことを指してるようでもないんだが―

 

『―気にするな。此方は見ての通りまだまだ未熟でな。既に至っているお前の宿主を馬鹿にする気はないさ、白いの』

 

 と、思ったらイッセーの左腕からも声が聞こえてくる。

 

 その時になってやっと気づいたが、イッセーの左腕、なんかごつい籠手がついてるな。

 

 なんとなくだが、白い鎧と似ているな。だけど実戦で籠手だけ着けるってのもおかしな話だし、それ以外が破損したってわけでもない。アユミが言ってた神器(セイクリッド・ギア)ってやつか?

 

 まあいいか。今は情報が足りなすぎる。後でグレモリー先輩から話を聞くか、アユミにデータベースとやらから情報を引き出してもらうとするか。

 

「……って、ちょっと待てよ?」

 

 と、イッセーがふと何かに気づいたかのように目を見開いた。

 

 なんだ? まさか他に敵が?

 

 そう俺が身構えた時、イッセーは静かに崩れ落ちた。

 

「……コカビエルに逃げられたってことは、部長の乳首は吸えないってことじゃねえか!?」

 

 俺は、五秒ほど考えて行動に移った。

 

 具体的には、イッセーに跳び蹴りを叩き込んだ。

 

 お前は駒王町が吹き飛びかねないって時に、何を考えて行動してるんだコラ。

 

 五メートルぐらい吹っ飛んで転がるイッセーを無視して、俺はアユミにさっさと行動をとってもらうことにする。

 

「アユミ。とりあえずそこの赤い髪の女子高生が、うちの学校唯一のグレモリーって苗字の外国人だ。……親父が言ってた映像記録媒体を」

 

「了解です、アラタ」

 

 と、そこにいるのは機械の獣じゃなく、少女の姿をしたいつものアユミだ。

 

 いつの間にか獣と入れ替わって現れたアユミに、グレモリー先輩たちが身構える。

 

「……いつの間に」

 

「あらあら。どちら様かしら?」

 

 一年の塔城と三年の姫島先輩が、それぞれ警戒してきてる。

 

 いやちょっと待て。体術の構えが堂に入っている塔城はともかく、姫島先輩は何で全身からバチバチ電流がほとばしってんだ。

 

 いや、この世界はどうやら異能バトルものらしいのはさっき薄々勘付いたが、その舞台がなんで俺の通っている高等部なんだ。

 

 つい数か月前にテロリストに襲われる日本の人工島なんてラノベ展開をしのいだばかりだってのに、今度は日常生活の場が異能バトルものだったとか、別の意味でヘビーすぎる。

 

 俺が割と本気で転校を考える中、それに気づいたラミ姉が、その手の機微に疎いアユミに代わって前に出た。

 

 グレモリー先輩を庇う様に二年の木場が前に出て、イッセーの奴も復帰してなんとなくみたいな感じで一応グレモリー先輩の盾になれる位置に立つ。

 

 それを興味深げに見る白い鎧の視線も浴びながら、ラミ姉はグレモリー先輩に向かって一礼します。

 

「初めまして、リアス・グレモリーさん。私はラミ・リスタート。先日倒産したピグマリオン社の、デイライトシティ支社で社長秘書見習いをしていました」

 

 その発言内容に何人かがこっちに視線を向ける。

 

 まあ、俺がD×D事件の生存者なのは知ってるやつもいるだろう。イッセーは確実に知ってるから、その流れで同居人のグレモリー先輩やアルジェントも話に聞いた事ぐらいあるだろうしな。

 

 その視線に俺がむず痒いものを感じてる中、ラミ姉は一回咳払いすると、話を続けた。

 

「私とアラタは、D×D事件で行方不明者と発表された、ピグマリオン社のデイライトシティ支社長にしてアラタの血縁上の父である、ウィル・カンホワイトから、あなたかそちらの生徒会長さんに接触するよう言付かっておりました」

 

「……悪いけど、私もソーナも、ピグマリオン社の重役と直接の縁はないはずよ?」

 

 ふむ、こっちもか。

 

 ま、会長も特に心当たりはなさそうだったからな。望み薄なのはわかっていた。

 

 ラミ姉もそこは予想済みだったのか、特にけげんな表情は浮かべなかった。

 

 ま、親父の言っていた事の内容も色々奇抜だからな。これぐらいは予想の範疇ないだろう。

 

「……そこに関しては、おそらくアラタが接触できる範囲内で、最も用のある人物に近しいのがあなた方二人だったからだと思われます」

 

 ラミ姉はそう推測してから、改めてグレモリー先輩と生徒会長と向き合う。

 

「ウィルから言付かった内容は「アラタの通っている高等部で、生徒会長を務めているはずのシトリー、もしくは三年に在学しているグレモリーに、私の隣にいるアユミ・インディペンデンスを連れて接触。そしてアユミが保有している映像記録媒体を渡し、貴女達の兄か姉に届けてくれるよう頼む」といった内容です」

 

「お兄様……魔王様に?」

 

 グレモリー先輩が怪訝な表情を浮かべる。

 

 ってか、今度は魔王かよ。世間一般の日本人の日常から乖離しすぎだろ。親父はどこから聞きつけた。

 

 俺がなんというかげんなりしていると、生徒会長は何か納得した用だった。

 

「なるほど、橋場君と彼が接触できる範囲内の異形関係者に、異形の首脳陣へ届け物をする為の中継点としての役割を求めたわけですか」

 

「私は詳しくは知りませんが、お二人があなた方の所属する陣営において、首脳陣の肉親だというのなら……そういう事だと思います」

 

 ラミ姉も詳細は聞かされてないからな。そう推測するしかない。

 

 まあ、とりあえずやることやるか。

 

 ラミ姉も俺と同じ考えなのか、アユミに振り替えると頷いた。

 

「アユミ。ウィル小父さんが言っていた映像記録媒体を、彼女達に渡してください」

 

「はい。此方に」

 

 アユミがそう言いながら、いつの間にか手に持っていた結晶体を差し出した。

 

 木場が警戒しながらそれを受け取り、少し確認してからグレモリー先輩に渡す。

 

「……魔法使いの社会で流通している、映像記録用のアイテムに似てます。特に呪いなどのトラップはなさそうですね」

 

「そうね。仮にも息子に、魔王様を害せるほどのトラップが付いた物を運ばせるとも思えないわ」

 

 そう言うと、グレモリー先輩はそれをしっかりと持って頷いた。

 

「ご苦労様。貴女の上司が遺したこれは、私が責任をもって魔王様に届けるわ。ただ、内容は確認しないけど、一応危険な仕掛けがないか精査はさせてもらうわ」

 

「それは構いません。当然の警戒だと思います」

 

 ラミ姉はそう言うと、少し肩の荷が下りたのか力を抜く。

 

 そしてそれを見てから、白い鎧が肩をすくめた。

 

「かのD×D事件の犠牲者が魔王に託した物か。気にはなるが、まあ堕天使側が首を突っ込む事ではないようだ」

 

 そういうと、奴は空に浮かぶ。

 

「では、俺は帰らせてもらう。そろそろアザゼルに報告しないといけないんでね」

 

 そして、白い兜越しにイッセーに目を向けた。

 

 何だろうか。そこには興味と、どこか失望のようなものが見える。

 

「強くなれ、俺の宿敵。あの戦いを見たのなら分かるだろうが、俺達の世界は強者である事を俺達に否応なく求めてくるし、俺も君に求めるんでな」

 

「え? ま、俺も上級悪魔になる為に頑張るつもりだけどさ。……あ、部長の乳首を吸えなくなったのはムカつくけど、一応助かったぜ」

 

 そう戸惑いながら返すイッセー、そいつは何も返すことなく飛んで帰って行った。

 

 予備知識が殆どないから、何が何だかさっぱり分からん。

 

 とりあえず、これで親父からの頼みは果たした。

 

 さて、俺はどうしたもんだろうか。

 

 そんなことを思っていると、アユミが何故かイッセーの籠手をガン見してる事に気が付いた。

 

 なんだ? 何かあるのか?

 

「ドライグ? なんかあの子、お前に心当たりがあるんじゃないか?」

 

『いや、奴に心当たりはないぞ? 相棒より幼いようだし、そうなると直接関わる機会もないんだが?』

 

 ……駄目だ。知識が足りなさ過ぎてさっぱり分からん。

 

 そしてグレモリー先輩達も、アユミに心当たりがないから首を傾げている。

 

「あ、一応言っとくと、さっきトンボ野郎と戦ってたロボットはアユミです。詳しくは俺も知りませんが、ガチバトルの時は他の体に替わるみたいでして」

 

「ああ。だからあのロボットがいなくなったのね? 何かの神器を使った応用技かしら?」

 

 俺がグレモリー先輩に補足説明していると、何かに納得して頷いているグレモリー先輩を無視し、アユミがイッセーに近づいた。

 

 うん。アユミって割と出てるところは出てるから、イッセーに近づけるのは不安なんだが。

 

 イッセーも何が何だか分からなさそうに首を傾げていると、アユミはイッセーの目の前で屈み込み―

 

「……おぉ~」

 

 ―目をキラキラさせてイッセーの籠手をつんつんとつついた。

 

 俺とラミ姉は顔を見合わせて、アユミの意図を悟って苦笑する。

 

「悪いなイッセー。アユミはお前の籠手(それ)に興味津々らしい」

 

「少し前のこの学園を覆っていた結界に見惚れてましたから。できれば、もう少しそのままでいてくれませんか?」

 

 なんだかねぇ。子供が職場の外人な同僚に目を輝かせてるような感じ……か?

 

 こんなでかい子供を持つ年でもないんだがな。俺もラミ姉も。

 

 ま、そんなこんなで空気が緩む中、俺は様子を見守っていた一橋に振り替える。

 

「悪いな。俺の都合にも巻き込む形になりそうだ」

 

「大丈夫だよ。私も、結構色々経験してるから……さ」

 

 そう言って苦笑する一橋だが、少し視線をずらし、校庭の様子を見る。

 

 なんていうか、大量のクレーターで埋め尽くされてるな。

 

 生徒会の奴らが手を輝かせながら辺りを動き、それに合わせてクレーターが埋まっていくのはファンタジーそのものだ。

 

 まさか、自分の通っている高校でこんなラノベみたいな裏事情があるなんてこと、考えてもみなかった。

 

 しかもそれ絡みで街ごと吹っ飛びかねない羽目になるとはな。正直、D×D事件を経験してなきゃ現実逃避してそうだ。アユミの存在もいい慣らしになった。

 

 ……だが、これで終わりってわけにもいかないだろうな。

 

 どうも今回の件、イッセー達が関わっている裏事情が絡んだ世界規模のややこしい事態みたいだ。その上、そいつらが知らない謎の凄腕集団が介入してきた。とどめにそいつらは俺と瀧野にスーパーヒーロー変身セットを押し付けてきてやがる。

 

 間違いなく、これで俺達の役目が終わるって事にはならない。いやでもグレモリー先輩達と密接な繋がりを持つ羽目になるだろう。

 

 何より、リアルタイム・ドリーマーズとかいったあいつらはちょっかいをかけてくる。

 

 今回のスーパー超常大戦を考慮すりゃ、いっそ自分から踏み込んだ方がまだまし……かねぇ。

 

 つっても、色々と勢力争いしてる業界に関わるんだ。下手に何も考えずどっかに所属するのは、ちょっと不用意すぎるよな。

 

 敵を知り己を知ればなんとやら。判断するには情報が必須で、俺達にはそれがあまりに足りない。

 

 となると、イッセーには悪いがいきなり先輩や会長の庇護下ってのも、今回のごたごた考えるとちょっとなぁ。

 

 俺がそれを懸念していると、一橋も同じことを考えたのか、俺に近づいてきた。

 

「ねえ、橋場君。あのラミって人やアユミって人、今は橋場君と一緒に住んでるの?」

 

 ……凄い邪推された気がする。いや、一橋には事情話してないから、電話越しにアユミからの情報提供聞いてた事実と時間帯からそう勘違いするのも無理ないが。

 

「いや、ちょっとそれには抵抗あってな。……まあ、できる限りまとまって生活してた方が安心なんだが」

 

 俺がそう言うと、一橋は一つ頷いた。

 

「橋場君、いきなり先輩達のお世話にならずに様子見したがってるよね」

 

「……ああ。判断材料がなさすぎる」

 

 やっぱりすぐ分かるな。

 

 イッセーは、個人としては信用も信頼もできる。それは一橋も分かっている。

 

 だが、イッセーが今所属してる勢力までそうだと判断するのは早計ってやつだ。

 

 どうも国家規模の組織らしいからな。時として、非道な事であっても組織全体を考えるとしないといけない事ってのはある。それはどこの国でもある事で、国家規模の組織ならそれも同じだろう。

 

 その組織全体の方向性ってのが分からなければ、切られる判断がされるかどうかの判断ができない。

 

 イッセー個人について詳しくても、イッセーが組織の在り方を決めるわけじゃない。むしろ俺達がうかつに深入りしたら、俺達が切られる時にイッセーにまで迷惑がかかる。それは避けたい。

 

 そこを不安に思っていると、一橋は小さくつぶやいた。

 

「……会長の言っていたことを考えると、私の実家にはその事情に知識がある人がいるみたい何だよね。私はまずそこから調べようと思ってるんだけど……」

 

 そこから続く一橋の提案に、俺はちょっと面食らった。

 

 とりあえず、ラミ姉にはまた引っ越ししてもらう事になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球の片隅。人里から遠く離れた場所にある、普通の人間が近くする事が出来ない建物。

 

 そこに、一人の少女が腕立て伏せをしていた。

 

 指先で体重を支えながらトレーニングをする彼女に、一人の少年が声をかける。

 

「アイレア。リアルタイム・ドリーマーズが白龍皇と一戦交えたそうだよ」

 

 そう告げる白髪の少年に目を向けず、アイレアと呼ばれたその少女は、腕立て伏せを続けながら声を投げかける。

 

「確かコカビエルを勧誘するとか言ってたわね。ということは、もう開戦するの?」

 

「いや、どうやらコカビエルも独断で戦争を起こそうとしていたみたいでね。明日からすぐに仕掛けるとかそういうことにはならないそうだよ」

 

 その行動に苦笑しながら、少年は肩をすくめる。

 

「サーゼクス・ルシファーとセラフォルー・レヴィアタンの妹をエクスカリバーで殺して魔王と枢機卿をキレさせるつもりだったらしい。結果的に三大勢力が共闘して対抗って言う、皮肉な結果になったらしいよ」

 

 その内容に、アイレアと呼ばれた少女はため息をつく。

 

「……堕天使のトップじゃ唯一共闘できそうって話だけど、意外と考えなしなのね。これは、精々戦士長ってところが限界かしら?」

 

「かもね。まあ、僕達からすればシャルバみたいな馬鹿なトップが他の派閥を率いてくれた方が、色々と動きやすいからいいんだけどさ」

 

 その返答に、アイレアはトレーニングを終えながら鼻で笑う。

 

「……まあ、戦士と政治家じゃあ必要な能力が違うのは当然だったわね。なら、その辺りは出来そうな連中に頼るべきだったわ」

 

 そういうと、彼女はふと遠いところを見るかのような目つきとなる。

 

 それにいぶかし気な表情を向ける少年を無視して、彼女は静かにかぶりを振った。

 

「まあ、私が言えた事じゃないけど。政治家ではなく戦士として価値を高めると決めたのだから、後は価値を証明できる場所を用意してくれればそれで十分」

 

 その言葉に、少年は不敵な笑みを浮かべて頷いた。

 

「ああ。英雄シグルドの子孫として、この魔帝剣グラム()を思う存分振るいたいものだよ」

 

 その少年の言葉に頷いて、アイレアは拳を握り締める。

 

 そこに込められた力の強さを実感し、それだけの力を振るえるようになった己の修練に思いをはせる。

 

 そして、静かに虚空を睨みつけた。

 

「ええ。神や魔王が相手だからこそ、彼ら強者に私は届く事が出来るのか試したい。だからこそ、私は道理を捨ててでもあなた方の誘いに乗ったんだからね、ジークフリート」

 

「ああ。僕ら英雄派は、君のような強い人間を歓迎するよ、アイレア・ハイエンド」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英雄の血を継ぐ者でありながら、英雄であろうとすることを否定する者。豊臣秀吉が末裔、橋場アラタ。

 

 英雄の血を継ぐことなく、英雄であろうとする系譜達と共に戦う者。禍の団(カオス・ブリゲート)が一つ英雄派所属、アイレア・ハイエンド。

 

 相反する存在はお互いの存在を知らず、しかし運命に引き寄せられるかのように戦う事となる。

 

 駒王町を襲う新たなる危機。後に駒王会談と呼ばれる、異形社会の歴史に名を遺す、三大勢力の争いの終わり。

 

 その終わりを彩り、そして世界を揺るがす禍の団。その最初の戦いの場となった駒王学園。

 

 二人がその場で出会うまで、後一月足らずだった。

 




第一章で顔出しさせるつもりでしたが、仲間外れは可哀そうだと思ったので、最後の第一部ヒロインをちょいだししました。

とりあえず序章はこれで終了。次からは第一章ですね。

一応現段階でも第二部といえるアザゼル杯のことは少しずつ考慮しています。すでに「アラタ達がアザゼル杯に参加したら」を考慮した新キャラは考えており、そのうち一人も登場する予定です。

では、次の章からアラタの物語は加速します。

ラブコメもバトルも白熱し、彼視点でのD×D事件も書く予定ですので、お楽しみください。


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一章:1 アラタ「……ここで叩き潰すべきだったと同時に、冤罪で戦闘しなくてよかったとも思うのが複雑だ」

はい、そういうわけで第一章スタートです。

ヴァンパイア編ですが、諸事情あってギャスパーの出番はかなり少なめ。その辺については本文を見てから、あとがきで補足させていただきます。


 

 俺は、夢を見ている。

 

 間違いなく悪夢といっていい内容だ。夢だと自覚していることだし、気合と根性で無理やり目覚めるとかできるかもしれない。

 

 だが、俺はあえて夢を見続けることを選ぶ。

 

 今俺が見ている光景は、いわゆるD×D事件と称される惨劇だ。

 

 世界各国が出資し、日本が管理を担当することになった人工島デイライトシティ。その人工島が海に沈み、人口の九割以上が運命を共にすることなった未曾有のテロ。

 

 突撃銃や機関銃で撃ち殺される住人。ロケット弾で吹き飛ぶ車両。ミサイルや爆弾の影響で崩れ落ちる建築物。

 

 その光景はいわゆるノンフィクションといってよく、だから事実そのものじゃない。俺が実際に経験した事件の記憶が、この夢の光景を形作っているんだから。その光景は、映画やアニメとは比べ物にならないほど現実に近い。

 

 血しぶき。臓物の破片。消し炭になった死体。破壊されたさまざまなものの破片が飛び散り、建物は穴だらけになる。

 

 そんな破壊の光景を、俺はあえて目をそらすことなく受け止める。

 

 そして、その光景はクライマックスを浮かべる。

 

 ひときわ印象に残っていた、ピグマリオン社のデイライトシティ支社である一つのビル。

 

 夢の中でもひときわ正確に再現されたそのビルが、一斉に各所から発生した爆発の直後に崩壊する。

 

 いわゆる爆破解体ってやつだ。そして、恐ろしいことにこれと同じことがデイライトシティの数多くのビルで行われたそうだ。

 

 だが、俺にとって重要なのは、犠牲者には悪いがその俺が見てないビルの解体作業じゃない。

 

 この夢の最後に映し出される光景を、俺は一つ予想していた。

 

 そして、その予想は的中する。

 

 現れるのは一人の男。親父が死んだ直後に現れた、俺に餞別ファミリアチェンジャーを押し付けた男。

 

 目の前にいるのは本人じゃない。俺の記憶が形成した幻影にすぎない。

 

 だから、その行動も発言もそのままじゃない。だが、似たようなことは言いそうな記憶がする。

 

「さあ、プロローグを終え、そして最初の戦いすら乗り越えた」

 

 そう陶酔した声と表情で、俺の想像した男は俺に告げる。

 

 それをまっすぐに見据える俺の視界の中で、奴は告げた。

 

「輝く物語の始まりだ。さあ、英雄譚を描いてくれ!!」

 

 圧倒的にふざけた話だ。

 

 現代において、英雄譚が現実を侵食する余地はない。

 

 民主主義は英雄を駆逐する。そして民主主義は、英雄たち過去の人々が切り開いた道の先にある俺たちのいるこの場所だ。

 

 それに逆行するこいつらを認めるわけにはいかない。それは、俺が英雄である先祖を誇りに思っているからこそ譲れない。

 

 だけど、俺は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、俺はベッドの上で目を覚ました。

 

 んでもって、俺は致命的な失敗をしたことに気が付いた。

 

 時間帯は午前。朝を取り越して昼に近い時間帯だと、部屋にさす光の差し具合から判断できる。あと、腹時計からも判断できる。

 

 そしてここは俺の住んでいる安アパートじゃない。天井が違うし、そもそも俺の寝具は布団だ。

 

 そしてジャージを寝間着にしているはずなのに、俺は素っ裸で眠っている。ついでに言うとシーツをかぶってもいない。

 

 そして、ゆっくりと顔を横に向けると、そこには眠っている一橋の姿。当然、服は着てない。

 

 ……まずい。一橋と一戦交えた後、そのまま疲れて眠ってしまったらしい。

 

 そして時間帯的にもうすでに―

 

「アラタ、瀧野。そろそろ起床して食事をとらないと、生活バランスが不安定になってしまうかと判断します」

 

 何の躊躇もなくドアを開けて、アユミが入ってきた。

 

 音や声で判断できるが、俺はものすごく振り返りたくない。

 

 とりあえず、そこらへんに無造作にほおっておかれていたシーツで股間を隠し、余っている部分で一橋の体も隠す。

 

 一橋は見られても問題ないと思うが、想定外の部外者がいたらあれだからな。

 

 そして深呼吸を一つ。そして心を決めて振り返る。

 

 その視線の先、めちゃくちゃまじまじと見つめてくるアユミの後ろで、プルプルと震えているラミ姉がやっぱりいました。

 

 顔も赤いけど、震えているのも含めて羞恥じゃないだろうな。どっちかって言うと、怒っているんだろうなぁ。

 

 そしてラミ姉が息を吸い込むのに合わせて、俺は静かに目を閉じた。

 

 なんというか、耳をふさがなくてもこれだけでましになった気がするよな。気休めも馬鹿にならない。

 

「……どういうことですかぁあああ!! ずるいですぅうううううううううっ!!!」

 

「……ラミ。あまり当躯体の耳元で大音量での発言はやめてください。その……非戦闘時に受けるべきでない瞬間的ストレスが」

 

 アユミ。お前はもう少し人の機微について学ぼうな。この流れだと、耳をふさがなかったお前の過失もあったりするから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ご、ごめんなさい。橋場君とはその、いわゆる体だけの関係ですから、気にしなくても……しますよねぇ」

 

 朝昼兼用のスパゲッティを食べながら、一橋は言い訳をしようとしてあきらめた。

 

 食事まで作ってもらいながら、変な言い訳をするのは駄目だと判断したらしい。基本的にまじめな一橋らしい。

 

 俺は俺で説教が本格的になることも覚悟して、とりあえず覚める前にスバゲッティを掻き込んでいる。

 

 一方、アユミはアユミで俺たちを交互に見ながら、さっきまで俺たちが寝ていた一橋の寝室を見たりしている。

 

 ちなみに食事は必要ないらしいが、別に食べても問題ないから一緒に食べてた。すごい夢中になって食べてたな。味付けが気に入ったのか、それとも食事という行為が新鮮なのか。

 

 そしてこの食事を作ったラミ姉はというと、少し頬を膨らませながらも、しかし普通に食べている。

 

 そして拗ねた様子を見せながらも、軽く息を吐いてからいつもの調子を取り戻した。

 

「まあ、そういうのは欧米圏出身の私の方があると思います。避妊はきちんとしているようですし、むやみやたらと風潮してないのなら、何か言うんもヤボというものでしょう」

 

 そう前置きしてから、しかし俺にジト目を向けてきた。

 

 蛇を出さないよう藪をつつかなかったのに、結局蛇から出てくるとか理不尽だ。

 

 俺がげんなりしていると、ラミ姉は自分の胸をちらりと見ながら、む~っと俺を軽くにらむ。

 

「私には手を出してくれないのに、瀧野さんには出すんですね?」

 

「一つ言っとくけど、一橋とそうなったのはラミ姉と会うより半年以上前だからな?」

 

 俺がそう予防線を張っているのは、まあわかっているやつも多いだろうが、一橋の住んでるマンションだ。

 

 今現在、ラミ姉は借りたばかりのワンルームマンションを引き払い、一橋のところに厄介になってもらっている。俺の安アパートは引き払ってないが、最近はこっちで寝泊まりしている。

 

 グレモリー先輩に接触して親父の遺言を果たした俺たちだが、はっきり言ってもことの深刻さを実感した。

 

 ファイマーシステムの戦闘能力の高さも実感したが、それ以上に先輩や会長の裏事情に驚いた。しかもイッセーが深入りしてるってのが、世界の狭さを実感させる。

 

 悪魔だか天使だか堕天使だか、とにかく軍隊を一人で圧倒しそうな超常インフレ存在の実在。しかも聖書の神は死んでるそうだが、ギリシャとか北欧とかの神話も実在していた、そっちの神はまだ生きている。どうも妖怪とか吸血鬼も存在しているらしい。

 

 いくら一橋までファイマーシステムを持ってるとは言え、こう深入りしているといろいろと絡まれそうだ。

 

 なにせ、堕天使勢力でも上位一けた台の強さらしいコカビエルってのが、あと事件での元凶だ。そしてそいつを不意打ちで追い詰めた白龍皇ってのはイッセーの持つ力と対になる。そんでもって、俺達とは仕様が違うファイマーシステムを使ったやつが、タイマンでそいつを追い詰めた。

 

 経験の違いはある。変身者もぜんぜん違う。変身に使った道具も違う。なら条件は大きく異なるだろうが、しかし同系統の技術を俺と一橋は持っている。

 

 大戦争勃発寸前の大騒ぎ。それに深くかかわってしまった俺たちは悪目立ちだ。何の後ろ盾もないことを考えると、何かしらちょっかいをかけられる可能性もあった。

 

 いくらファイマーシステムやアユミがいるとはいえ、それではい大丈夫って言うのも油断しすぎだ。特にラミ姉は戦闘能力がないから、分散しているとアユミがカバーしきれない。

 

 ならグレモリー先輩や生徒会長のお世話になるべきかって言うと、それもちょっと待つべきだ。

 

 あの騒動が終わった直後から思っていたが、俺たちは情報をあまりに持っていない。

 

 先輩や会長の表向きの態度すらあまり知らない。だから二人が悪魔として行動するときどういう態度をとるか、俺が判断するには材料がなさすぎる。

 

 イッセーのことは信じているが、あいつの立ち位置は「伝説の力を宿した()()()()()()()」でしかない。あいつ個人に権限があまりなさそうだし、ならあいつが魔王とやらの判断に反対しても、それで保証されるのはあいつ1人の協力だけだ。

 

 だから、考えなしにいきなり先輩たちの庇護下に入るのは無しだ。幸い、最低でも日本国(ウチ)には異能関係の担当部署がいるらしい。そして一橋の家は国防に深い縁がある上に、その担当との接点持ちもいると会長が言っていた。

 

 なら、まずはそこから業界常識を最低限確保するべきだ。少なくとも悪魔側の人間に対する表向きのスタンスは知りたい。可能なら、他の三大勢力及び、この国に属する異能陣営のそれもだな。

 

 そこから、俺は一体どこの側に付けばいいのか判断する。それまでは、イッセーともあまり深入りしない方がいい。

 

 下手に拗らせて悪魔側と揉めたとき、イッセーに迷惑をかけるのもあれだしな。あいつはグレモリー先輩を慕っているが、俺が悪魔側と敵対したら真っ先に近くにいる先輩に指示が飛ぶだろう。そうなって一番きついのはあいつだからな。

 

 というわけで、俺たちは当面、できる限り一塊になって行動するべきだと結論が出た。そして一橋が真っ先に提案し、現実問題として一橋の借りてるマンションが一番広く、グレモリー先輩たちも監視しやすいので、こういうことになっているわけだ。

 

 そして俺が思い返している間に、話の方向も切り替わったようだ。

 

 ラミ姉も本格的に期限を取り戻し、そして窓の外から駒王学園を見る。

 

 ……あれだけの被害があったのに、その日の朝を迎えるころにはほぼ元通りってのが怖いな。悪魔ってすげえ。

 

「グレモリーさんから電話がありました。詳細は後で別途送るそうですけど、今度三大勢力で会談が行われるそうです」

 

 と、ラミ姉が駒王学園に視線を向けたまま告げる。

 

 ……コカビエルとかいう奴の件で、か。

 

 まあ、あわや世界を巻き込んだ大戦争が起こりかけ、挙句に謎の凄腕率いる連中が元凶を助けて行方をくらましてるわけだからな。

 

 どうもどの勢力もガチの戦争をいまする気はないそうだし、他の神話勢力に対する警戒もかねて歩調を合わせるべき……って判断だろう。

 

 でもって、俺たちに連絡が来るってことは―

 

「……その場に居合わせたうえ、その前から奴らと接点がある俺たちにも出てほしいって? 言い分は納得できるけど、バチカンとか冥界とかに行くのはちょっとな」

 

 三大勢力の会談なんだから、当然彼らの勢力圏内でやるのが普通だろう。となれば当然、天使・教会陣営なら宗教的権威が強いバチカンとかになるだろう。悪魔や堕天使なら冥界だな。

 

 だが、安心していいと判断できない連中の勢力圏内に行くのは抵抗があるな。

 

「……出来れば、日本国民として日本政府の手が出せる場所にしてほしいかな。冥界は当然だけど、バチカン市国のあるローマとか飛行機代が馬鹿にならないし」

 

 一橋も同意見で、更に現実的な問題まで思い至っていた。

 

 そうだよ。バチカン市国って地球の裏側じゃねえか。移動とか会談前に待機するホテルとか、学生が平気で払えるような金額じゃないぞ。

 

 冥界ならなおさらだ。安全確保どころかそもどこで休めばいいのかもわからないぞ?

 

 出来れば国内で、かつ日本政府が介入できるような状況であってほしい。あとできれば、ホテル代と移動関係の経費はだれでもいいから負担してほしい。

 

 俺と一橋がそう思いながら顔を見合わせると、ラミ姉は苦笑した。

 

「……それが、どうやら駒王学園の高等部校舎の一室でするそうですよ?」

 

「え、マジで?」

 

 いくら会談の発端である事件の当事者が、半分以上そこの生徒だからって駒王学園でやるのかよ。

 

 大国規模の勢力を持っているだろう、それぞれの三大勢力。その今後を左右しかねない会談を、まさか高校の校舎でやるのか。いや、魔王の妹が二人も在学してるんだから、そりゃ裏で相当のつながりがあるんだろうけど。

 

 なんていうか、自由だな三大勢力。

 

 俺がそんな呆れ半分の感嘆とともに視線を駒王学園(そこ)に目を向けた時―

 

「……おい、なんかすでにトラブルが発生してるぞ」

 

 なぜか高等部の方から、煙が立ち上ってるんだが。

 

 それも時々稲光がほとばしっている。あとなんか、黒っぽいエネルギーもほとばしってるんだが。

 

 明らかに騒ぎになりそうな光景なんだが。……特にテレビで緊急速報にはなってないな。周りもうるさくないし、こりゃコカビエルの時と同じく認識阻害が働いているか?

 

 ったく。今度いったいなんだ?

 

 コカビエルと同意見な三大勢力の誰かが、会談妨害のための嫌がらせでもしたか? それとも北欧とかの他の神話関係者がちょっかいでもかけたか? もしくはまたリアルタイムドリーマーズとか言うんじゃないだろうなぁ。

 

 まあとにかく、不意打ちで何かされる前に様子を見に行った方がよさそうだな。

 

「……一応様子を見に行くとするか。誰かついてくか?」

 

 俺はラミ姉たちに視線を向ける。

 

 トラブルが一気に発展して巻き込まれるより先に、一応の偵察は必須だろう。

 

 一人で行って袋叩きってのもあれなので、とりあえず同行者がいてくれると嬉しいなぁ、という視線を向けてみた。

 

 最有力候補としては、親父が俺の護衛として用意したアユミなんだが……。

 

「……っ」

 

 なぜか、アユミは顔を赤らめながらぼんやりとした目をしていた。

 

 俺にも駒王学園にも目を向けず、心ここにあらずといった感じだった。

 

「アユミ? どうしましたか?」

 

「……っ。し、失礼しました、何事でしょうか?」

 

 ラミ姉に声を掛けられて、我に返ったアユミ。

 

 これはあれか? ちょっと疲れてるのか?

 

 やっぱり、アユミが休憩をとる余裕を作るためにも協力者はもう少し欲しいところだ。

 

 そのためにも、まずは会談そのものは必要不可欠。変なトラブルで何か起きないように、様子を見るとしますかねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ~。これは、まずかったかな?」

 

 そんな三人の様子を見て、瀧野が軽く頬をひきつらせたことには、誰一人として気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神の子を見張る者(グリゴリ)に所属する、二人の神滅具(ロンギヌス)保有者の1人、白龍皇ヴァーリ。

 

 彼が駒王学園に来たのは、暇つぶしを兼ねた赤龍帝の観察だった。

 

 彼は強者との戦いを心より望む。そして、これまでの歴史において歴代の二天龍はおおむね相対する宿命を持ち合わせていた。

 

 運悪く戦うことなく終わった歴代の担い手もいる。だが、大抵の場合は激突を経験しており、そしてヴァーリは自分と同年代の現赤龍帝との戦いを心待ちにしていた。

 

 それが、寄りにもよって初の邂逅は事実上の共闘。そして三大勢力の会談に出席が命じられた以上、その時接触しても、()()は激突することはないだろう。

 

 それを残念に思ったこともあり、未熟な赤龍帝をからかい半分で見に来たようなものだ。

 

 収穫がないわけでもない。

 

 赤龍帝が属しているリアス・グレモリーの眷属には見どころのある者が何人もいた。

 

 前代未聞の聖魔剣の担い手や、教会から鞍替えしたデュランダル使いは実にいい。今戦ったとしても負ける可能性はまずないが、その実力差を二人とも察することができた。順当に鍛え上げていけば、いずれ自分とも戦える領域になるだろう。

 

 悪魔すら癒す僧侶の少女や、戦車の小柄な少女、そしてリアス・グレモリー本人も見るべきものはある。

 

 女王の娘に至っては、あのバラキエルが五大宗家の姫島の女との間に作った子供。三大勢力の重鎮と五大宗家の一角の血を混ぜ合わせたという意味では、神の子を見張るものの神滅具保有者である自分やもう一人を足して二で割ったようなものだ。神滅具というファクターが抜けているとはいえ、将来的に魔王クラスに手が届かないなどありえないだろう。

 

 むしろそういう意味では―

 

「……肝心の赤龍帝がいまいちとは、正直素直に喜べない陣営だね」

 

 ―一番重要な部分で落胆してしまったのが皮肉である。

 

 校門を出て、彼らに聞こえないと判断したからこそ言える言葉。挑発とも受け取られかねず、さすがにこれを言えばあとで神の子を見張るものの上層部に何か言われそうな言葉。

 

 だからこそ聞こえないところで行ったのだが、思わぬ形で返答が返ってくる。

 

 それは、明確な敵意がまず最初に来た。

 

「……イッセーのことでいいんだろうが、この国の高校生に無茶ぶりしすぎだろうが、アンタ」

 

 続けて放たれる言葉に振り替えれば、そこにいたのは一人の少年。

 

 自分を相手に圧倒したエイセイとかいう男。彼が率いたリアルタイム・ドリーマーズのメンバーたちが、やけに喜びながら戦いを挑んだイレギュラー。ファイマー・ノウブルという装甲をまとって戦った一人の少年。

 

 そこまで思い至り、ヴァーリは不敵にほほ笑んだ。

 

「やあ、ファイマー・ノウブル。あの時はなかなかいい戦いぶりだったね。性能だけで押し切ったわけじゃない、確かな才能を感じさせる動きだったよ」

 

「そりゃどうも。この国の高校生としてはできてどうよって言う行動だがな」

 

 そう返答する少年―橋場アラタは、警戒心を一切隠さず、ヴァーリをにらみつける。

 

 いつでも距離をとれるよう、絶妙な力加減で軽くひざを曲げている。また攻撃に対して致命傷をもらわないよう、半身を向け、いざという時の反撃に使えるよう、後ろに回した右手は握りしめられている。そして変身に使えるよう、キャノンメモリアスティックを持ち、餞別ファミリアチェンジャーもすでに周囲に旋回させている。

 

 血の匂いを感じないあたり、場数は踏んでないのだろう。それでここまで対応が取れているあたり、相当の鍛錬かよほどの才能を持っていると取れる。

 

 何より―

 

「いいね」

 

 ヴァーリは、心から楽しそうにそう評価する。

 

 実際、ヴァーリは今日再開したあの一件の関係者で、彼を特に評価する。

 

 伸びるだけの素質を持っているリアス・グレモリー達ではない。相対する宿命を宿した兵藤一誠ではない。各上だという事実を察して震えることができた、実力者の片鱗をみせた聖魔剣やデュランダルの使い手でもない。

 

 白龍皇ヴァーリは、心構えという点において橋場アラタこそを最も評価する。

 

「それを使っても俺の方が強いと理解し、しかし恐怖することなく「ならどう立ち回るか」に思考が完全に切り替わっているとは恐れ入る。……下手に君に手を出せば、赤龍帝たちが来る前に手足の一本ぐらいへし折られそうだ」

 

 実際それぐらいされかねないと、ヴァーリは心から思っていた。

 

 相手は彼我の実力差を即座に看破している。すでにファイマー・ノウブルになって殴り掛かっていたとしても、鎧を展開するまでしのがれると踏んでいる。その上で戦えば、十中八九叩き潰されると想定している。そしてそれはヴァーリも理解している。

 

 だが、その上で彼は震えることなく静かに身構えている。

 

 勝てないという事実で思考を止めず、そんな相手と戦うことになったらどう立ち回ればいいかに意識を割り振り、恐怖に思考が縛られることが全くない。

 

 おそらく戦闘になったのなら、彼はいかに致命傷を負わずにこちらに戦闘に支障をきたすような負傷を与えるかを考慮するのだろう。そしてそれを狙いながら時間を稼ぎ、増援が来るまでしのぐという目標を立てている。

 

 赤龍帝たちはすぐ近くにいるし、おそらくあのアユミとかいう謎の強者も短時間で駆けつけることを踏まえている。そしてその上で、だから大丈夫だと安心するのでもなく、此方がその前に自分を殺せる可能性まで考慮して、それを防ぐための戦い方まで考えている。

 

 間違いなく優秀な人物だろう。少なくとも、いくつもの修羅場をくぐっているわけでもなく、また殺し合いの場で生き残るための専門教育をろくに受けてない者としては異例といっていい。

 

 よほどの傑物か、それとも英才教育を受けているのか、それとも壮絶な経験を積んだのか、はたまた複数該当するのかそれとも全部か。

 

 背景はどうあれ、この男が先天的な異能や種族のアドバンテージの差を度外視してでも、まれにみる傑物ということは理解できた。

 

「できることなら、君が今代の赤龍帝ならよかった。そのファイマー・ノウブルとかいう力に赤龍帝の力が合わされば、俺と相対するのにこれほどない存在となっただろうに」

 

「俺はそっちの知識が全くないから的外れなことかもしれないが、イッセーの籠手がお前の鎧みたいに全身に展開されるなら、効率悪くないか?」

 

 むしろ、数少ない知識からその推論ができることは褒めるところだろう。

 

 実際、赤龍帝の籠手は白龍皇の光翼と同じく、禁手という究極系に至れば、基本的には鎧になる。

 

 僅かな情報からその可能性に思い至ったあたり、地頭がそもそもいい方なのだろう。

 

 やはり得難い人物だ。赤龍帝の籠手が彼に宿ってないのが残念でならない。しかしファイマー・ノウブルという力を手にしてくれていたのは不幸中の幸いだ。

 

「確かに赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)は、ともに禁手(バランス・ブレイカー)という極みに至ると基本的に俺のように全身鎧として具現化する」

 

 なので、この優秀な人物に少し位肩入れしたくなった。

 

 強者との戦いは自分にとっても望むところ。そして強くなる余地があるのなら、将来戦い街のある存在になってもらうために塩の一つでも送りたい。

 

 世界で自分より強い者がいなくなったのなら、そんなつまらない世界に生きている気がない。そんなヴァーリからすれば、彼は自分の人生が長く楽しいものにするために必要な人材でもあるからだ。

 

 此方の知識を少しでも仕入れることができれば、それを元によりうまく立ち回ることができるだろう。業界の一般常識レベルなら、話してもまあ怒られることはない。

 

「ただし、俺たちが持つ神器(セイクリッド・ギア)は亜種という形で発言することがあってね。こと禁手という極みの場合、至ったものの各種状況に応じて亜種となることもある。君がファイマー・ノウブルとして戦うことを前提に禁手に至ったのなら、おそらく基本形である赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)にはならないだろう」

 

 アラタはそれに対して口を挟まない。

 

 戦う気がないのならそれで結構。戦う前の前口上であろうと、味方が来るまでの時間が稼げるのならそれはそれでよし。そう言ったところだ。

 

 だからつい、ヴァーリはからかいたくなってきた。

 

「だから、もし君の窮地に赤龍帝が奮起したのなら、もしかしたら君を強化する形の禁手に至るかも―」

 

 そう言いながら、これ見よがしにパンチに見せかけたフェイントをかけようとし―

 

「―その辺にしようぜ、兄弟ぃ?」

 

 ―ふと、肩に手をかけられた。

 

 その人物が、自分達に近づいていることには気づいていた。

 

 アラタの方も気づいており、どことなく焦っている雰囲気はあった。彼はまだ一般人とこちら側の判断ができてないのだろう。万一民間人だったらと、そういう懸念があったと見える。

 

 そして、ヴァーリの方も軽く驚いていた。

 

 後ろの男がこちら側であることは気づいていた。おそらく手練れの部類であり、自分の行動に何らかの警戒を見せて近づいていたのだろうとも思っていた。

 

 とはいえ、殺気がかけらもなかったとはいえこうも後ろを取られるとは不覚だった。

 

 そしてその男は、フレンドリーな態度を崩さず、しかし僅かにこちらの肩に力を籠める。

 

「堅気がごろごろいるところで、あんまり殺気をちらつかせんじゃねえよ。つい反応する奴が出たら、上に怒られるのはあんただぜ?」

 

「ふむ。それで魔王やセラフが出てくるなら一興だけど、コカビエルを止めた俺が、舌の根の乾かぬ内にそういうことをするのも無粋か」

 

 ヴァーリは肩をすくめ、挑発目的の戦意も収める。

 

 それを理解した男は手を放し、そしてアラタの方に顔を向けるとにかっとわらう。

 

「兄ちゃんもそこら辺にしときな。この手の輩はやるきがなくても戦意滾らせてるから、ピリピリしてると疲れるだけだぜ?」

 

 肌の濃い、二十代後半ほどの男性だ。どこか愛嬌のある顔つきをしながら、しかし自分と似通った血煙が漂う場所に生きるもの特有の気配を漂わせている。

 

 そんな、鞘に収まっているナイフのような男は、いつの間にか自分とアラタの間に割って入っていた。

 

「ほら、いい加減にし解かねえとグレモリーの嬢ちゃん辺りがマジで苦情を上に送るぜ? からかいってのは引き際見極めなきゃいけねえよ」

 

「そうだね。これ以上はアザゼルたちにも怒られそうだ」

 

 その言葉にうなづくと、ヴァーリは肩をすくめて歩き出す。

 

 どうもグレモリー眷属たちにも勘付かれたらしい。駆け足程度の速度で近づいているのがわかる。

 

 さすがにこれ以上喧嘩腰で相手をされるのも面倒だ。そろそろ帰らないとシェムハザあたりが小言を言ってくるだろう。

 

 そう考え、ヴァーリはそのまま歩き去ることにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことを起こすのは会談当日ということになっているのだ。ここで暴れたらつまらないことになりかねない。

 

 そのあたりをきちんと見極めて、ヴァーリは本格的に動くまで行動を自粛することを決めた。

 




 此処で叩き潰しておけば駒王会談は比較的安全に終わったが、今回敵視している理由は完全な冤罪なので、アラタはこの時にヴァーリに複雑な感情を向けるしかない。そんな思いが生んだ今回のタイトルです。

 現段階においては、あえてリアス達の庇護下に入らない方向性をとっているアラタ達。アラタは過去の歴史から「個人が善意を向けてるからと言って、組織の一員がそれだけで動けるわけじゃない」と理解しているので、イッセーからの好意に関してもあえて距離をとる方針です。

 まあ、そんなスタンスなので駒王会談までは巻いていきます。その会談でアラタ視点のD×D事件を描き、そのあと禍の団がテロる感じですね。


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