[完結済み] この夜に祝福を。 (Rabbit Queen)
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そして月は私を照らす。

きっと貴方も、月を見たくなる。


 

 綺麗な月が出ていた。美しく、儚いその姿に私の瞳は奪われていた。

 奪われたのは今日が初めてではない。

 この世界に来てからは毎日のように、月を見てはこの瞳は奪われていた。

 飽きることがないその月に、まるで恋を抱くように、見つめる。

 もしこれが本当に恋ならば、決して届くことはない恋愛話として本にすればきっと売れるだろう。

 

 ああ、愛しき月よ。

 

 どうか今宵も、私と共に時間を過ごしておくれ。

 

 この長い長い夜を、共に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「月花夜兎さん。貴方は残念ながら死にました」

 

 

 あの日、死んだはずの私は目を覚ますと、自分を女神と名乗る少女に自分の今の状況を説明された。

 

 少女の話を聞きながら、私は死ぬ直前の事を思い出していた。

 

 

 月花夜兎。

 

 これは本名ではない。本名ではないが、私はこれを本当の名前のように扱っている。

 元々の名前は忘れてしまった。女神を名乗る少女も知らないらしい。

 まぁ、知らないのなら仕方ない。私も、そこまで興味はなかった。

 

 私がこの名前を使っているのは、なんてことはない、ただ単に生きていた頃の仕事がホストだったからだ。特別理由があってこの名前が気に入ってるわけではない。

 

 ただ、名前を決めたのは自分だったのは今も覚えている。

 先輩方から自分の名前を決めろと言われた時、私はただ自分の好きな物を言っただけだった。

 

 

 月、花、夜、兎。

 

 

 趣味も人と話す話題も持っていなかった私が、好きか嫌いかで言われれば恐らく好きだと思ったそれらを述べた。それが、そのまま名前となった。

 

 月、花、夜は、どれも共通があって好きではあった。

 美しくて、儚くて、決して、人の手には届かない物。

 私は、そんなものに憧れていたのかもしれない。

 暇さえあれば、ただじっと、夜になると月や花を見ていた。

 

 言っておくと、私は夜型の人間ではなかった。

 かと言って、朝方の人間でもない。少し、複雑なのだ。

 夜になると見える月が綺麗で、その影響もあってか、花に関しても夜に見ないと惹かれるものがなかった。朝に花を見ても、ただの花で、それ以上のものは何も感じなかった。

 

 それほどに、夜というものにも、私は強く惹かれていた。

 夜になれば、私が欲しかったものが全て揃う。この心が満たされる。

 そうして、私は長く、月と花、そして夜を共にしてきた。

 初めて瞳を奪われた日から、丁度10年が経とうとしていたある日の事だった。

 

 その日は、私がホストになって10年という記念で、普段私を指名してくれている女性の方々からお祝いの席と、多くのプレゼントを貰った。

 他人から写った私がどう見えているのかわからないが、私自身は至って普通の容姿をしていた。

 実際、指名してくれている女性というのも二人だけで。

 私と比べ先輩方やトップの人は何十人と多くの女性を魅了していた。

 

 彼らのスキルと生まれ持った容姿は素晴らしいものだとは思う。

 ただ、私は彼らほど女性に飢えてはいないし、富や地位などにも興味はなかった。

 指名してくれるお客様の事は、勿論大事にしていた。

 彼女達が望めば一緒に食事もするし、夜を共にしたこともある。

 

 ただ、後者に関しては、一度だけ関係を持つと、その後はパタリとその話題を振らなくなる。

 私が早漏やEDなわけではない。もしかしたら、ただ単に下手だったのかもしれない。

 もしそうじゃなければ、一つだけ思い当たるフシはある。

 そう、それは私があまりにも、夜や、その夜に輝く月に惹かれてしまっているから。

 

 何をやっても、何度同じ時間を過ごしても、結局変わらなかった。

 最後はいつだって、月を見て夜を過ごした。その姿が、きっと嫌だったのだろう。

 

 

 だから私は死んだ。

 

 

 きっと、名誉あることなのだろう。

 私を想って、その女性は刺してきたのだから。

 彼女は嫉妬したのだ。決して手の届かない月に。

 

 不思議と痛くはなかった。

 刺された事に関しても、まぁ仕方ないかと納得した。

 こういう仕事をしているのだ、女性の嫉妬を買うのは容易い。

 ただそれが他の女性ではなく、月に嫉妬したからなんて先輩方が知ったら笑うだろうな。

 私を拾ってくれた今は亡き店長も、きっと笑うだろう。

 

 

 薄れていく意識の中で、ただ一つだけ心残りだったのは、

 もう二度とあの月を、夜を、過ごすことは出来ないのだろうという気持ちだった。

 

 

 

 

 

 そうして、死んだ私は女神に呼ばれ新たな世界で生きていくという提案を受けた。

 魔王を倒すという条件付きで。

 私は断った。無理だと。

 すると女神は私に言った。

 手を貸してくれるなら特別な力を私に与えてくれると。

 私は、やはりそんなものに興味はなく断った。

 

 

 

 結果から言うと、女神が泣いた。

 

 

 

 予想もしなかった。

 女神というから、てっきり神の使いで素晴らしい知識や性格を持ったものだと思っていた。

 泣くなどと、誰が想定出来ただろうか。

 

 困惑しながらも、生前がホストだけあって女性を泣かせてしまった自分に恥じると、目の前で泣いている女神を名乗る少女をどうにか泣き止ませる。

 

 どうしても泣き止んで欲しかったら条件を飲みなさい。

 少女は泣きながら、それでも私を新しい世界に行かせようとしていた。

 私はあやしつつ、再度断った。

 

 とうとう大洪水のように泣いてしまった女神は、妥協として、魔王は倒さなくていいからその世界に行ってほしいと頼み込んできた。

 

 私はそれでも断るしかなかった。

 生まれてこの方喧嘩もしたことがない私だ。

 きっと足を引っ張るに違いない。

 私自身、この身を犠牲にしてまで正義の味方になりたいとは思っていなかった。

 

 だからそれとなく話してみた。

 それでも女神は駄々をこねて泣き止まなかった。

 何故そこまでして私を連れていきたいのか聞いてみた。

 女神は、このままだとノルマが達成出来ないと言った。

 

 ノルマか……それが達成出来ない辛さは、ホストをやっていたからよくわかる。

 私は亡き店長に世話されてた影響もあってかそこまで酷くはなかったが、本当に酷いやつは先輩方によくリンチされていた。

 あれだけは避けたいと思い、私も随分努力した。

 そのおかげもあって、記念を祝ってくれる程度には指名客が付いた。

 それほどに、ノルマというのは厳しいものだ。

 

 あまりにも可愛そうで、しかし自分の身を考えると、すぐには答えれなかった。

 その姿を見て呆れたのか、別の女神が現れるまでは。

 

 別の女神は泣いて地面に張り付いている女神を引っ張りながら言った。

 無理に行かなくてもいいと。その言葉を聞いて、少しホッとした。

 少なくとも選択権はあったからだ。

 その言葉を聞いてか、泣いている女神は更に泣き出す。

 身体中からそれらを出し切るように、延々と泣き出す。

 その姿がなんとも哀れで、見てるこっちが悲しくて。

 

 

 そうして、私は遂に折れてしまった。行ってもいいと。

 

 

 するとどうだろう。

 さっきまで泣いていた女神は急に立ち上がると、ほんとにほんと? と顔を近づけてきた。

 急な出来事にびっくりしたが、その気持ちに嘘偽りはない。私は答えた。

 

 それを聞いた女神は涙を拭うと、どこからか取り出したお酒が入ってそうな瓶を取り出し、飲み始めた。ゲフ―というゲップと共に流れてきた匂いが、アルコールだとすぐにわかった。

 

 

 「最初からそうしなさいよね」

 

 

 女神はそう言うと再び瓶に口を付けて飲み始める。

 まさか、嘘泣きだったのか。見事に騙された私は自分の甘さに反省した。

 まぁ、約束してしまっては仕方ない。

 

 私はもう1人の女神に言った。

 行ってもいいが、本当に戦うつもりはない。

 行っても、邪魔になるだけだと。

 その女神は私の言葉を最後まで聞くと、それでも大丈夫ですと答えた。

 

 話を聞けば、別に魔王を絶対に倒さないといけない、なんてことはないらしい。

 既に魔王討伐の為に出ている冒険者なるもの達がいて、私は保険という形で送られるらしい。

 それと、戦わなくても、例えば生産や料理など別の形で協力してくれても構わないと言ってくれた。もしその気があるなら、それをしてくれるだけでもありがたいと。

 

 残念ながら私は料理も物作りも得意ではない。

 ただ少しだけ、人の話を聞くのが得意だった。

 時には、相談事を聞いてあげたりと。それしか、私にはなかった。

 

 生活の仕方は各自に任せると言われた。

 どんな暮らし方をしても構わないと。

 ただ、やはり人様に迷惑をかけるような事はやめてくれと警告された。

 

 無論そのつもりはないし、仮にしたとしても返り討ちにあうだけだろう。

 私は了承し、最後に特典について話をされた。

 

 転生するにあたり、特別な力が与えられるらしい。

 それは武器でも、防具でも、能力でも。

 何にするかと聞かれ、私は悩んだ。

 

 力をくれると言っても、やはり私は戦う気はない。

 私と同じように転生した者が居るなら、そういう物を取って戦っているはずだ。

 なら、無理して私が戦う必要もない。

 

 もしもの為に防具は必要だと思った。

 とはいえ、四六時中警戒してそれを着るのも嫌だった。

 重い物は苦手だ。私は武器と防具を選択肢から外した。

 

 そうなると、残ったのは能力だ。とはいえ、欲しい能力などなかった。

 

 「……初めてですね。ここまで悩んだ方は」

 

 説明してくれた別の女神がそう呟いた。

 そうか、そう思うほどに私は彼女達を待たせてしまっているのか。

 そう思うと余計に焦り、なかなか決まらなかった。

 

 「なんでも良いんですよ?ワープとか、時間停止とか、なんでも」

 

 ワープ……瞬間移動的なものだろう。

 好きな所に一瞬で行ける。そんな能力。

 悪くはないと思ったが、生憎私は歩くのが嫌いではなかった。考えて、その案はやめた。

 

 時間停止は、聞いてすぐにやめた。

 この能力があればきっと、いつもよりずっと夜を過ごせる。

 いつもよりずっと、月を見ていられると思った。

 

 だが、それだけは駄目だ。

 それをやってしまったら、本当に私の中にはなんにも残らなくなってしまう。

 

 欲しい物とは、手に届かないからこそ、欲しくなるのだ。

 簡単にも手に入ってしまうそれに、果たして価値はあるのだろうか。

 少なくとも、私にはない。

 

 それに、私が夜を好きなのはそれだけではない。他にも、理由はある。

 

 悩みに悩んだ結果、私は言った。

 

 そうだ、ずっと、あればいいなと思っていたものがあった――。

 

 

 

 

 

 

 そうして、私は異世界に飛ばされ、独り夜を過ごし月を見ていた。

 空には美しく輝く月が、私を見下ろしている。

 夜に流れる冷たい風を肌で感じつつ、テーブルに置かれたグラスを持ち、中のそれを喉に流し込む。……美味い。まさか、こうしてじっくりと酒を味わえる日が来るとは、夢にも思わなかった。

 

 

 私が望んだ能力。それは、酒豪になること。

 

 

 恥ずかしい話、私は酒が凄く弱かった。

 お酒を扱う仕事をしているのに、普段飲んでいるのはお茶で、新しく指名してくれたお客様にはいつも笑われていた。

 

 仕方がない。生まれつきなのだ。

 何度も吐くまで飲んで、慣れさせようと先輩方は手伝ってくれたのだが、駄目だった。

 お前に酒飲みの才能は無いと言われた。ガッカリした。

 

 それでも何とか頑張って仕事をした。

 酒が飲めないデメリットはとても大きく、固定客を見つけるまでは本当に苦労したものだ。

 まぁ、新年会の度に先輩方や後輩には笑われていたのだが。

 

 そんな私が望んだ能力。

 ただアルコールに慣れるために吐くまで飲まされていたお酒。

 本当はずっと憧れていたのだ。これをじっくり飲んで味わう日を。

 

 それが叶った。とても嬉しくて、それだけで、ここに来て良かったと思えた。

 

 

 ただ、そんな夢が叶っても、やはりあれには、敵わない。

 

 

 

 生前に居た世界では到底見ることのなかった、とても綺麗な月。

 あっちの月も美しかったが、この世界の月を見せられると、私は今まで以上に夢中になった。

 

 そう思うほどに、この月は美しく見えた。

 当然だろう。この空は汚れていないのだ。汚れていない空が、汚れのない月を輝かせる。

 

 

 こんなにも、美しく、こんなにも、儚いなんて。この月を見る度に、私の心は惹かれていく。

 

 

 そっと右手を空に伸ばす。

 汚れのない月を、空を、決して汚すことをしなかったこの手でゆっくりと握る。

 この為に、私は自分を汚さなかった。月に見合うように、私は努力した。

 

 やっと、月に少しだけこの手が届いた気がして。

 ――それが気のせいだと知って、小さく微笑んだ。

 

 そうだ。これでいい。

 欲しいものは、届かないからこそ、欲しくなるのだ。

 

 今はまだ届かなくても良い。時間はたっぷりとある。

 

 だからこそ、月よ、夜よ。

 

 今宵も私と過ごしておくれ。

 

 

 この長い夜を共に――。

 

 

 




多分読み方は月花夜兎(げっかやと)

書いててお酒を飲みたくなったのは内緒。

不定期更新。続くか未定。続いたら兎の意味がわかります。


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それぞれの夜。それぞれの、月。

夜は必ず訪れる。違う夜を連れて。

月は必ず登る。人々の願いと共に。


 

 今日もまた、夜が訪れた。

 

 

 転生をしてから、多分一週間くらいは経っただろう。

 異世界での生活は徐々に、馴染みつつあった。

 それでもやはり、私にはまだ慣れないものがある。

 それは、彼ら冒険者だ。

 

 テーブルの上に置かれているグラス。

 その横には、今日はまだ開けていなかった瓶が置かれていた。

 私は瓶の蓋を開ける。

 透明なグラスに注ぎ込む。ゆっくりと右手で持ち上げた。

 夜と、月と、そして私の視線の先に居る冒険者達に、乾杯をした。

 

 

 一口飲んで、グラスをテーブルに置いた。

 つまみは無い。私は結構な少食で、飲み物だけでも十分お腹は満たされる体質だった。

 足を組み、顎に手を当てる。

 そうして私は、視線の先に居る彼ら、冒険者達を遠くから見ていた。

 

 この異世界での生活は確かに慣れつつあった。

 生活する上でお金はどうしても必要だ。

 転生をした次の日、私は仕事を探した。

 冒険者にならなかった私は、自分の能力を活かせる仕事を見つけようとあれこれ探した。

 そうして、ようやく見つけた仕事先は、花屋だった。

 

 給料はそれほど良いものではない。

 ただ、趣味もそれほど無く出費も激しいわけではなかった私にとっては、十分だった。

 ホストの時に貰っていたお金は確かに多かったが、どれもこれも女性の贈り物に使った。

 自分が意図して使ったといえば、募金だっただろう。

 コンビニに寄った時ふと募金箱を見て、気付いたら5万も入れていた。

 店員さんは驚いて確認しにきていたが、特別驚くことはない。

 それほど、私にとってお金は重要ではなかった。

 

 ただ、生活する上では重要なのは確かだ。

 食費、家賃、衣類や小物類に使う費用などなど。

 幸いな事に、この世界では光熱費は取られなかった。

 どういうシステムなのかは理解出来なかった。

 そもそもそれほど興味も無いものにあれこれ聞いても相手に失礼だと思った。

 ただありがたく、そのシステムには感謝をした。

 

 

 重要ではないと言ったが……よくよく考えれば、一つだけ大事な事があった。酒だ。

 今まで飲めなかった酒が、今では飲める。

 それが嬉しくて、仕事を終えてこうして夜になると、必ず酒を飲んでいた。

 酒の値段も高くはなかった。しかし、それでもお金はかかる。

 常にお金には余裕を持っておけと亡き店長から言われていた。

 私もその通りだと思った。だから、なるべく出費は抑え貯金はしていた。

 

 

 仕事は至って順調だ。

 それほどお客さんが来るようなお店ではなかった。

 かと言ってとても暇な仕事というわけではなかった。

 花の名前や種類、花言葉、それぞれの場面にあった選び方など、学ぶことは多かった。

 花屋に勤めてから、これまで以上に花に触れた。

 前まではただ飾っていたのを見るだけだったが、今では自分で手入れをする。

 おかしなものだなと私は1人笑った。

 そんな私の笑いをかき消すように、冒険者達は騒いでいた。

 

 

 あぁ、そうだ。話がそれていた。

 私は自分の能力を活かせる仕事を見つけた。

 朝は働き夕方に温泉に浸かり、夜はこうして月を見て過ごしていた。

 そんな私と同じように、働き、温泉に浸かり、夜を過ごす者達がいる。

 その中でも特に異彩を放っているのが、彼ら冒険者だ。

 ……いや、彼らからしたら、私のほうが異彩を放っているのだろう。

 そうだとしても、やっぱり私には彼らの方が特別だと感じた。

 その身を削り、最前線で戦う彼らの姿が。

 

 

 それぞれが武器や防具を持っていた。 

 彼らは集団で、1人で居ることはほとんどなかった。

 たまにパーティー……?から省かれた者も居たが。

 それでも集団で飲んだり騒いだりしてる人のほうが多い。

 彼らは自由だ。

 朝に冒険をする者も居れば、昼や夕方に動き出す者も居た。

 自由に冒険をし、自由に飲み食いをする。そして集まれば皆で騒ぐ。

 

 ホストの頃、騒ぐというのが好きではなかった。

 それも、仕事が女性を褒めてお金を貰うものだったから余計にだ。

 褒めて、騒いで、酒を飲んで、お金を貰う。

 その仕事をしている以上仕方がないとはいえ、好きではなかった。

 だからだろうか。彼ら冒険者の騒いでる姿が、羨ましかった。

 

 酔って騒いでる者も居た。便乗するように騒いでる者も居た。

 愚痴をこぼしたくて騒いでる者も居た。ただ楽しくて騒いでる者も居た。

 騒ぎ方はそれぞれ違ったが、それでも一つだけ全員が共通の物を持っていた。

 それは仲間だ。

 彼らはお金を貰って騒いでるわけではない。

 彼らは仕事で騒いでるわけではない。

 彼らは生きるために、生活の為に騒いでるわけではない。

 

 そこには仲間が居て。

 ただそれだけで、騒いでいた。

 それが私には、とても羨ましかった。

 

 

 とはいえだ、私にも恥じらいはある。

 今更、この歳であの和に入って騒ごうという行動力も思いもない。

 ただ、もし彼らが邪魔だと思わないのなら。

 許されるのなら、彼らの喧騒を聞きながら、この夜と月を楽しんでも構わないだろうか。

 

 右手で再びグラスを持つ。

 夜と、月と、そして彼らに、私は再び乾杯をした。

 

 

 

 

 

 

 仕事が終わり、私は店長に先に帰ることを伝えると、いつも使っている街の温泉に向かった。

 この仕事が終わるのは夕方時で、店から出ればいつも夕日が私を出迎えていた。

 人々が、思い思いに歩いていく。

 家族が、今日の夕飯を。

 冒険者が、依頼の報告を。

 恋人達が、美しい景色を。

 それぞれが、それぞれの想いで歩いている。或いは、その場所に立ち止まっている。

 

 一日が終わろうとしている。

 皆が一日の終わりの準備をしている。

 私は1人静かに笑った。

 私にとって、今日の一日はこれから始まる。

 長い長い夜が、今日も訪れる。

 

 

 ゆっくり温泉に浸かった私は、いつもの場所に向かった。

 いわゆる、馴染みの店だ。

 そのお店の、外に置いてあるテーブル席が私の特等席だった。

 初めて訪れた時、店の人は中に入ることを勧めた。

 だが私は、その場所を見つけると、真っ先にそこに座った。

 店員は驚き、今日は中がいいですよ?と言った。

 

 確かに、その日は寒かった。

 店の外のテーブル席には誰も座っていなかった。

 皆、店の中で楽しんでいた。

 しかし私は外を選んだ。

 何故なら、この席が一番よく見えたからだ。

 

 私は店員にそう言った。

 店員は困惑していたが、私の視線の先を見て、ようやく理解した。

 そうして、注文を頼んだ私はその席で月を見ては、酒を飲んだ。

 それが、日常になっていた。

 

 仕事が終わって、温泉に浸かれば、必ずこの場所に来て、この席に座る。

 3日、4日と連続で来れば、店員さんも理解するには十分だったと思う。

 彼女は私が席に座るとグラスとお酒を置いていく。

 これで大丈夫でしたか?と聞く彼女に、私は頷き、感謝する。

 それが、日常になっていた。

 

 

 今日は珍しいものを見た。

 普段座っている席に座り、いつも通り酒を飲んでは夜が訪れるのを待っていた。

 視線の先には、いつも楽しそうに騒いでいる冒険者が居た。

 彼らは私とは違う店でいつも騒いでいる。

 私が居る店の正面にも酒場があり、そこは比較的冒険者が集まりやすい店だった。

 行ったことはないが、きっと冒険者専用の酒場なのかもしれない。

 

 そう考えると、確かに私が通っているこの店は一般人が多かった。

 冒険者ではない者や家族連れで来ている者が多かった。

 何気なく選んだ店だったが、正解だったかもしれないな。

 そんな事を思いながら、視線を冒険者達に向けた。

 

 いつも楽しそうに騒いでいる大男や、その仲間達。

 四人の男女チーム。

 男だけのチーム。

 いろんなグループがそこにはあった。

 その中で、特に珍しいと思うものがあった。

 

 女性二人のグループだ。

 1人は銀色の短髪をした少女。

 もう1人は金髪のポニーテールで、全身に鎧を着込んだ少女がそこには居た。

 この一週間様々な冒険者を見たが、女性だけのグループは初めて見た。

 珍しさ半分、そして不安が半分あった。

 私はゲームという物をあまり知らない。アニメというものも、漫画もよくわからない。

 だから、純粋に心配だった。女性二人で大丈夫なのだろうかと。

 

 もしかしたら仲間を待っているのかもしれないとしばらく見ていたが、来る様子はなかった。

 私は冒険者の事をよく知らない。

 あの女神様に冒険者を断った時、それ以上の説明を受けなかったからだ。

 どういう仕組みで、どういう風に戦うのかもわからない。

 もし役割があるとしたら、それをどう分担しているのかも想像が出来ない。

 だからこそ、女性二人だけというのがどうしても心配だった。

 

 

 しばらくして、二人の少女はどこかに行ってしまった。

 本当に珍しいものを見たなと思いつつ、どうかあの少女達が無事に冒険出来るようにと願った。

 見知らぬ私が勝手に祈ったところで、どうにかなるとは思えない。

 それでも、力を持たない私はこうして祈るしかなかった。

 

 

 しばらくして、夜が訪れる。

 街は光で溢れ、仕事で疲れた者達が騒ぎ出す。

 また今日も夜が始まる。

 必ずやってくるその夜は、毎夜違う夜を運んでくる。

 

 

 「大丈夫だよ、ダクネス。きっと見つかるよ。ダクネスにとっての、大事な仲間が」

 

 「……そうだな。ありがとう、クリス」

 

 「良いって良いって!あ、見てダクネス!月がとっても綺麗だよ?」

 

 「本当だな。……せっかくだ、祈ってみようか」

 

 「あ、それいいかもね!」

 

 「……どうか、私に仲間が出来ますように」

 

 それぞれが、それぞれの想いを抱いて夜を過ごす。

 

 「……また今日もパーティーに入れてもらえなかった。私は、一生このままなんだろうか」

 

 「……もう一度、明日またギルドに行ってみよう。それで、お願いしよう。仲間に入れてほしいって」

 

 「私なら大丈夫。私には、この爆裂魔法があるから……これがあればあの月だって!……月かぁ。お願い、してみようかな」

 

 「……私を受け入れてくれる人達が出来ますように」

 

 

 様々な感情が風のように、この夜を駆け抜けていく。

 変わらぬのは、この騒がしい声と。

 

 

 

 「……さぁ、今日も共に過ごそう。この長い長い、夜を」

 

 

 その夜と、夜に浮かぶ月を、今日も1人静かに見ている男だけだった。

 

 

 





お疲れさまでした。

とりあえず続けます。内容はこんな感じに。
ちなみにアニメしか見てないのでそんなにストックないです。
なので基本オリジナルストーリー。それでもよければまた次回。



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月夜に照らされ、涙に揺られ。

それはきっと月からの贈り物だろうか。

それはきっと、月からの落とし物だろうか。

貴方にとって。

私にとって。

それは価値のあるものだろうか。


 

 朝日が登る。

 

 今日も無事に夜が過ぎていった。

 多くの人が、活動するために目覚め、街はまた人々の働く顔で溢れていく。

 私もその1人だ。

 

 歯を磨き、顔を洗う。鏡を見て自分の顔を確認する。

 問題はない。特別、整ってる顔ではないが、まぁ悪くはないだろう。

 部屋に飾ってる花に行ってきますの声をかけ、私は家を出る。

 さぁ、仕事の時間だ。今日も働いて、夜を楽しもう。

 

 

 今日は5人もお客様が来てくれた。

 

 一組目はカップルだった。男性が、彼女に合う花を選んで欲しいと言った。

 私は悩み、デンファレという花を選んだ。花言葉は「お似合いの二人」だ。

 二人の表情を見ればわかる。

 男性は深い愛を、女性はそれを受け止め、愛らしい微笑みを浮かべていた。

 私には、この花が二人に似合うと思った。

 

 

 二組目は二人の男性だった。

 男同士が花屋に来るなんておかしいですよね。と彼らは言ったが、別に私は気にしなかった。

 ただ何の花が欲しいのか尋ねる必要はあった。友情なのか、はたまた、お互いの愛に対してか。

 

 理由を聞くと、それはなんてことはないものだった。

 とある女性達に、いつもお世話になっている感謝を込めて花を贈りたいという内容だった。

 彼らの服装は冒険者達が着るような物だった。勿論、鎧もつけている。

 私は、彼らと同じグループの女性メンバーに渡すのだと思い、一生懸命選んだ。

 悩みに悩んで、スイートアリッサムという花を選んだ。花言葉は「価値あるもの」だ。

 信頼や友情なども捨てがたいと思った。

 

 しかし、彼らは冒険者だ。

 命をかけてまでお互いを守ろうするその姿はきっと他の物よりも価値があるのだろうと思った。

 だから私はあえてこの花を選んだ。

 彼らは花言葉を聞いて喜んだ。

 そして彼らはこう呟いた。

 

 確かにあの夢はどんなものより価値があると。

 

 私は気になり、送る相手の事を聞いた。

 ……しまった。別の物にするべきだった。

 

 彼らが渡そうとしてる相手。

 それが性的な夢を見させてくれる特殊な種族に対してだとは思わなかった。

 いやまぁ、彼らにはそれほど価値があるのだろう。

 人の事を悪く言うつもりはない。

 ないのだが……困ったな。

 

 

 結局、彼らはその花を買っていった。

 私は別のにしようかと言ったのだが、彼らはそれをえらく気に入ってしまった。

 まぁ、お客様がそう言うのなら、私はこれ以上何も言えない。

 ありがとうございましたと頭を下げ、次からはちゃんと聞いてから花を選ぼうと思った。

 

 

 最後に来た三組目は1人の女性だった。

 

 それは、私が前に見た、銀色の短髪をした少女だった。

 私は驚いた。まさか、あの少女がこの花屋に来るとは。

 彼女は笑顔で私に話しかけてきた。

 私もすぐに笑顔で返した。

 お客様には常に笑顔でいるのが絶対だと亡き店長に強く言われていた。

 私は少女に何を探しているのか聞いた。

 

 少女は話した。

 何でも、彼女の大切な友達に、ようやく信用出来る仲間が出来たらしい。

 彼女の話を聞いて私は喜んだ。

 きっとこの少女が言う友達は、あの金髪の少女の事だろうと。

 良かった。あの子にも信用出来る仲間が出来たのか。

 これで不安は消えた。きっと、その仲間達があの子を守ってくれるだろうと。

 

 私は少女の言葉を受け、花を選んだ。

 選んだのはニオイヒバ。花言葉は「固い友情」

 

 あの子が、これからずっと先も、信用できるその仲間達と固い友情で結ばれる事を祈って。

 

 そして。

 

 この少女とも、決して途切れることはない固い友情で繋がっている事に私なりの敬意を払って。

 

 

 

 少女は花言葉を聞いて受け取ると、とても感謝していた。

 支払いを終えて帰る時、少女は小さく呟いた気がした。

 

 「いつでも見守っています」と。

 

 

 

 仕事を終え、私は街の温泉に向かった。

 身体を洗って、温泉に浸かる。

 この瞬間が、なんと心地の良いことか。

 温泉に浸かりながら私はふと考えた。

 そういえば、露天風呂はこの世界にはないのだろうか?

 もしあるとすれば、是非とも入りたい。

 それも夜に。

 そうすれば、この心地よさを感じつつ、夜を、月を、感じることが出来る。

 そしてそれらを眺めながら、一杯やる。

 ……あぁ、きっと、楽しいだろうな。

 

 

 十分に身体を休め、店から出た私は、店の横にある噴水に目をやった。

 私と同じように、身体を休めてきたであろう、青年が座っていた。

 珍しいと思ったのは、その青年が着ている服だった。

 あれは、この世界ではなかったはずだ。

 いや、単に私が見つけていないだけで、もしかしたら売っているのかもしれないな。

 そんな事を考えながら、私は歩きだした。

 

 ジャージ姿の青年を後にし、私はいつもの店に向かった。

 

 

 

 いつもの席に座り、いつものお酒を頼む。

 いつもの店員さんが来て、それを置いていく。

 いつものように感謝し、いつもと変わらない冒険者達の騒がしい声を聞きながら、酒を飲む。

 今宵も夜が訪れる。

 今日は、何を見せてくれるのだろうか。

 この夜は、何を運んできてくれるのだろうか。

 1人静かに微笑む。

 

 夜よ、月よ。

 

 どうか今宵も、私と共に――。

 

 

 

 

 

 

 

 今日は珍しく、遅く店に着いた。

 急な仕事が入ってきて、それの準備の為にあれこれやっていた。

 そうして仕事を終えて外に出れば、いつも出迎えてくれていた夕日は既に落ちていて。

 いつも月が昇るのを待っていた私。

 だが、今日は月が私を待っていた。

 もう夜は訪れていた。

 

 それに気付かないほど、私は仕事に集中していたらしい。

 なんてことだ、私が待つのは構わない。

 だが、月を待たせてしまうなんて、駄目じゃないか。

 私は急いでいつもの店に向かった。

 

 

 走って、ようやく店にたどり着いた。

 そんな私を、いつも出迎えてくれていた店員さんが驚いた様子で駆け寄ってきた。

 

 「大丈夫ですか?今日は全然来ないので、心配しましたよ?」

 

 店員さんはそう言った。私は息を整えると、彼女に大丈夫だと伝えた。

 事情を説明しながら席に向かう。よかった、いつもの場所は空いていた。

 店員さんは事情を聞き終わると、私に言った。

 

 「良かったです。席なら大丈夫ですよ。皆さん、わかってますから」

 

 私はそれを聞いて店の中を見た。

 中に居た他の店員さんやマスターさんが、私に笑顔を向けてきた。

 私は恥ずかしくなりつつも、彼らに頭を下げ、席に座った。

 そうか、彼らがそう感じるほど、私がここで過ごしてる時間は長かったのか。

 申し訳ない気持ちと、感謝を込めて、私はいつものお酒を、2本頼んだ。

 明日は休みだ。今日は、このままここで飲み明かそう。

 感謝してもしきれないが、私に出来るのはこれくらいだ。

 店員さんに注文し、私は月を見た。

 

 今日の月は、何故か怒っているように見えた。

 きっと、待たせてしまった事に怒っているのだろう。

 店員さんがお酒を持ってきてテーブルに置く。

 私はそれをグラスに注ぎ、手に持って月に向けた。

 

 「悪かった。だからどうか、機嫌を直してくれないか」

 

 そう小さく呟いて、乾杯をした。

 

 

 

 しばらく飲んでいると、騒いでいた冒険者達が静かになった。

 何事だと思い彼らを見る。冒険者達は皆同じ方向を見ていた。

 私も彼らと同じように、その方向を見た。

 1人の少女が、何やら威圧感を出しながら地面を見て歩いていた。

 冒険者達は黙って少女を見ていたが、その少女が顔を上げて立ち止まり自分達を見つめてくると、すぐさま目を逸らし、また騒ぎ出した。

 

 少女はじーっと、冒険者達を見る。彼らはそんな少女を無視した。

 

 

 しばらくじーっと見ていた少女だったが、誰も少女を見ない。

 少女は落ち込んでまた歩きだした。

 そうして私と冒険者達との間にある道を歩く。

 歩いて、丁度私の目の前で立ち止まり。

 

 そして――泣き出した。

 

 

 私は慌てた。

 冒険者達も驚いていたが、皆少女に近づかなかった。

 そして、また無視して騒ぎ始めた。

 私は可哀想だと思った。

 席を立ち、少女に駆け寄った。

 そんな私を、冒険者達が、いつもの店員さんが、何か言おうと止めようとした。

 しかし私は少女に近付いた。

 

 月明かりが少女を照らした。

 青く、綺麗な長い髪を持ったその少女は、どこか見覚えがあって――

 

 「ぐすっ……私もしゅわしゅわ飲みたい……ん?何よあんた……って、あれ?あんたもしかして……」

 

 

 それは、私を困らせて転生させた、あの嘘泣き女神のように見えた。

 

 

 





花言葉については調べた物を書いたので間違ってたらマジごめーん(ヤマイ風)

比較的書きやすい内容なのでパパっと書いたら投稿するスタイル。
なので更新はかなり自由です。あとはどれくらい続くかな。

また次回。


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月夜の下の相談屋

悩み事はありませんか?

不安を抱えていませんか?

もしよければ、お話を聞きますよ。


私と、この素敵な夜と、あの綺麗な月が、貴方の悩みをお聞きします――。


 

 「ぷはーっ!生き返ったわ!」

 

 青い綺麗な髪を持つその少女は口の横に白い泡を残しながら喜び叫ぶ。

 私はその姿を見ながら、彼女の手前に置かれている瓶の数をチラリと見た。

 ……これで3本目だ。なんて、早いスピードで呑んでいるのだろうか。

 全く酔う姿を見せない少女に驚きつつ、私はふと思い出した。

 果たして、お酒を呑んでもいい年齢なのか?と。

 私の疑問に対し少女は呆れたように私に言った。

 

 「はぁー?アンタ何言ってるの?わたし女神よ?お酒くらい普通に呑めるわよ。むしろ止めたら叩くわよ」

 

 女神だから呑んでもいいという謎の自信に不安を抱きながら、まぁ彼女は特別なのだろうと思うことにした。初めて出会った時も嘘泣きをした後にお酒を呑んでいたから、きっと天界でも変わった女神なのだろうと。気付けば3本目を飲み終えた女神様に四本目も頼みますかと聞き、もちろんよ!と返す言葉を聞きながら再度同じものを店員さんに頼んだ私は、ふと気になった事を聞いた。何故ここに居るのか。

 

 「わたしだって別に来たくて来たわけじゃないわよ?佐藤和真っていうクズマに無理矢理連れられて仕方なくよ!」

 

 彼女は最初愚痴のようにぶつぶつと話し始めるも、徐々に怒りへと変わり怒ったり泣いたり駄々をこねたりと、1人忙しくその表情と感情を変化させていく。そんな女神様の話を聞きながら、困った様子でお酒を持ってきてくれた店員さんに感謝しつつ、私が面倒見ておきますのでと伝え下がらせ、彼女の空いていたジョッキグラスにお酒を注ぐ。ひとしきり話し終えた女神様は注がれたジョッキグラスを片手で持ち上げ、腰に手を当てると一気に飲み干していった。そんな姿を見ながら、楽しいお人だと1人感じる。

 

 空いたジョッキグラスに再びお酒を注いであげると、女神様は悪いわね!と言って再び飲み始めた。今度は一気飲みせず、しかし飲むスピードは早かった。私はその様子をただ黙って見守る。彼女は私に気付くと、ジョッキグラスから口を離し言った。

 

 「なによ?貴方も飲みなさいよ。女神である私が注いであげるんだから光栄に思いなさい!」

 

 そう言って、私の手前に置かれていた、中身が入っていない透明なグラスにお酒を注ぐ。少し溢れたお酒を私は拭き取ると、グラスを持ち上げ女神様に乾杯をした。

 

 「ふふん♪それでいいのよ!貴方、なかなかわかってるじゃない!」

 

 嬉しそうにそう言って、彼女は再びジョッキグラスに口をつけ一気にお酒を飲み干した。元々は私が払っているお酒なのだが、口には出さなかった。こういう夜は、慣れている。ホスト時代にもこういう女王様タイプの人は居た。まぁ、あれは仕事だったから気にせず応じていた。だが、今回はそうじゃない。プライベートで呑んでいる以上、流石の私も駄目なものは駄目とちゃんと言う。しかし、この女神様に関しては、何故か悪い気はしなかった。奢らされているとは言え、どこか憎めない女神様に微笑み、彼女の空いているジョッキグラスに五本目のお酒を注ぐのだった。

 

 

 

 

 「貴方、結局冒険者にならなかったのね」

 

 目の前の女神様、アクアさんがお皿の上の肉をフォークで刺しながら言った。刺した肉を口に運び、何度か噛むと、置いていたジョッキグラスに口をつけ入っていたお酒を一気に飲み込む。ぶはー!と喜びを表現し、再び肉を食べてはお酒を呑んでいった。そんな生活が、一週間経った頃、彼女はそう呟いた。

 

 あれからずっと、毎夜アクアさんは私の元に訪れてはお酒を飲みに来ていた。無論、私の奢りだ。彼女は遠慮という物をあまり知らない。最初はお酒だけを飲みに来ていたが、段々と頼む物は増えていき、今ではこうして肉とお酒をセットで頼むようになった。無論……私の奢りだ。

 

 たまに、奢ってくれる事に感謝してなのか、アクアさんは私にお酒を注いでくれる事がある。普段は私が彼女の分も注ぐのだが、気分がいい日はそうしてくれる。お金は随分かかっているが、美女に注いでもらえるのならこれくらいどうってことはない。元々、使う予定のないお金なんだ。喜んでくれるのなら、奢ってもいいさ。

 

 「ふーん?花屋なんてやってるのねぇ。でも偉いわ!ちゃんと仕事を見つけてお金を稼いでいることは良いことよ!ついでに私にもっと奢ってくれると更に良いことよ!!」

 

 彼女は私を褒めつつ、もう一杯頼んでもいいかしら?という目で訴えてくる。私は笑って、店員さんを呼び、一本、追加で頼んだ。新しくお酒の瓶が届くと、彼女は喜び、鼻歌を歌いながらジョッキグラスを私に差し出した。私はそれにお酒を注ぐ。これが、私とアクアさんの日常だ。

 

 「んぐ……んぐ……ぶはー!!でもあれね、花屋だけじゃそんなにお金も貯まらないんじゃない?」

 

 まぁ、確かにそうだ。元々趣味もなく、こうしてお酒を呑んでるだけなら全然問題ないのだが、今はアクアさんの分も払わないといけない。まだまだ余裕はあるとはいえ、いずれそういう事も考えないといけないとは思っていた。内職か、それとも掛け持ちで何か始めようか考えてはいた。

 

 「わたしね、思ったんだけど、貴方、聞き上手だと思うのよ」

 

 「愚痴を聞いてお金を貰えばいいじゃない。ついでに相談にも乗ってあげれば利用者は増えるわね。いっそのこと、夜の相談屋にでもなりなさいよ」

 

 既に中身が無くなっていたジョッキグラスの底を寂しそうに眺めながらアクアさんは言った。相談か……そういえば、昔はよく人の愚痴を聞いたりアドバイスをしたりしたな。ただまぁ、あんたみたいな若者に何がわかるのよ!って怒られて以来、そういうのはやっていなかったが……ふむ、アリかもしれないな。私は考え込みながら、月を見つめた。月は、優しく私を照らす。

 

 ……そうだな。やってみるか。

 

 「……んぅ?なによ、そのニヤニヤした顔はー」

 

 ジョッキグラスの縁の部分を人差し指でなぞるアクアさんに対し、私はなんでもないと言って、店員さんを呼んだ。感謝を込めて、彼女にもう一本追加で頼んだ。

 

 

 

 

 そして、私は愚痴と相談を引き受ける夜の仕事を始めたのだが……まぁ、上手くはいかないわけで。始めてから二時間、今の所誰も寄っては来ない。わさわざマスターさんに許可を頂いたのだが、これではお店に申し訳ない。せめて、1人でも来てくれればいいのだが……こんな時、気の利いた人は友人を連れてくるのだろうが、アクアさんがそれをやるとは思えない。更にアクアさん以外に友人が居ない。つまり、そういうことだ。まぁ、気長に待つとしよう。

 

 

 「……あの、よろしいでしょうか?」

 

 

 気付けば、1人の女性が私の前に立っていた。さっきまで居なかったはずなのだが、私は少しだけ寝ていたのか?そんな事を思いつつ、どうぞと言って女性を席に座らせた。女性はそのまま私の正面の席に座った。髪が長く、黒っぽい服を来たその女性は、魅力のある大人なのだがどこか暗い印象があった。女性は自分の胸の前で両手をもじもじさせ、そして少しずつ話し始めた。

 

 「実は、お店の事で悩みがありまして……」

 

 彼女は、この街にお店を持っている経営者なのだが、どうも上手く経営出来ていないらしい。魔道具という物を扱っているようなのだが、思ったより売れず、赤字続きであると恥ずかしそうに言った。他にもな様々な悩みを相談してきた。私は相槌をうちながら話を聞き、一通り話し終えた女性に対し、ひとまず落ち着かせることにした。ふぅふぅと息を整える彼女に、私は様子を見てから、何か飲み物を頼みましょうか。と言って無難にお茶を店員さんに頼んだ。運ばれてきたお茶を彼女の手前に置き、どうぞと言って彼女に飲ませる。一口、二口と飲んだところで、私は答えた。

 

 話を聞くと、どうもその魔道具に問題があると思った。私は彼女に、商品の見直しをしてみてはと伝えた。彼女は驚いていたが、多分自分の商品に問題はないと思っていたのだろう。もう少し、売れそうな内容の物を選んでおけば、多少なりとも変わるのではと伝えた。後は、この店ならではの商品を作るとか。私の言葉に、彼女は商品を作るのは苦手で……と言った。私は一度月を見た。

 

 そしてふと、呟いた。大丈夫、貴方を助けてくれる人が現れます。と。

 何故そう言ったのかはわからないが、なんとなく、確信はあった。

 ただ本当にそうなるかはわからない。もしそうならなかったら、それは嘘になってしまう。

 別の事を言うべきだろうと考え、言葉を選ぼうと考える私に、彼女は言った。

 

 「……ありがとうございます。なんだか、頑張れそうな気がします」

 

 

 ……こうして、私の初めてのお客様は無事相談を話し終え、帰っていった。

 適当な事を言ってしまったのでは?とその日は反省した。

 やはり、私には向いていないのかもしれない。

 

 

 

 それから数日後、彼女から手紙が届いた。

 

 

 

 

 

 あの時はお世話になりました。おかげで、お店は順調です。

 

 常連さんも出来て、これでも結構、人気があるんですよ?

 

 お店が落ち着いたら、またお話しましょう。

 

 今度は相談者としてではなく、お茶飲み友達として。

 

 

                      ――ウィズ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 温泉に浸かった私は、今日もあの店に向かう。

 相談屋を始めてから一週間、あれから、相談する人は増えていった。

 初めてのお客様であるウィズさんが、どうやら私の事を周りに話したらしい。

 噂を聞いてやってきた人々の愚痴や相談を聞いて、時にはアドバイスをして。

 そんな事を続けて、気付けば、月夜の下の相談屋 などというあだ名が出来ていた。

 とても光栄なのだが、なんだか恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。

 顔を少し赤くしながら、ゆっくりといつものお店に向かう。

 

 今日もきっと、誰かが、夜と月の下で私を待っているだろう――。

 

 

 

 

 

 いつものお店、そして、いつもの席。

 

 そこには、見知らぬ男性が、座っていた。

 

 

 




お疲れさまでした。

お知らせです。

この夜に祝福を。 ですが、短編ではなく12話構成にします。

当初の予定では5話程度で適当に終わらせようと思ったのですが、話を考えれば考えるほど書きたい内容が出てしまって、12話で収まるかなという感じになりました。

最近は12話構成にしてますが、アニメとかを意識してですね。
少ない話数でどれだけ話を広げられるか、ちゃんと終わるのか。
最初に決めていれば話も書きやすいですし、変な方向に話も行きづらいので。


で、一応先に伝えておきますと、後半は結構オリジナル設定になります。
ぶっちゃけアニメしか見てないので、wikiとか頼りに話を作っています。
既に最終話までの話はある程度メモ帳に書いているのですが、結構内容違うと思います。まぁでも、二次小説ってそういうものでもいいかなと思ってるので、一つの作品として見ていただけたら嬉しいです。

設定は出来たので、後は話を書くだけになりますが、他の作品と違い一話が結構短いので、これも早めに完結すると思います。という感じで、12話構成の完結させる感じになりましたが、よかったら付き合ってくださいな。


余談だけど、あらすじ考えるのめっちゃ楽しいです。
あとタイトル。

ではでは。


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月に導かれし者達。

今日も月は輝いている。

いつものように、輝いている。

今日も夜が訪れる。

でもその夜は、いつもとは違う。

1人の労働者が。

1人の老人が。

相談屋の元に訪れる。


そしてまた1人、月に導かれる青年が居た――。



 

 私は立ち止まった。

 

 それは、いつも私が座っているあの席に、見知らぬ男性が座っていたからだ。

 最初はとても驚いた。しかし、このまま立ち止まっては通行の邪魔になると考え、再び歩き出す。元々、あの席は誰かのものではなかった。私だけの特等席というわけでもない。ただ、あそこに座っている時間が長かったから、私も、周りも、そう感じていた。あの席は私の場所だと。

 

 お店に近づくと店内で待機していたいつもの店員さんが私に気付いた。

 私に駆け寄ると、頭を下げて言った。

 

 「ごめんなさい!ちょっと目を離してたら席に座っていたみたいで……どうしましょうか?私から言いましょうか?」

 

 そう言った彼女に、私は大丈夫だと伝えた。さっきも言ったが、あそこは指定席ではない。たまたま私が長く座っているだけで、誰かが座ったとしてもそれはなんの問題もない。私は今日は、別の席に座ると彼女に伝え、いつもとは違った席に案内された。そうして、違った席で、いつものお酒を頼み、月を、月を見ようとして――み、見えない?

 

 ……しまった、この席では全然月が見えないじゃないか。

 困ったな……いやしかし、わざわざ席を変えてくださいと言うのも……うーむ。

 

 

 「あの、月夜の下の相談屋さんですか!?」

 

 悩んでいる私の耳に、そんな言葉が聞こえた。

 私は声がした方向を見た。

 いつも座っている席に、見知らぬ女性が、見知らぬ男性に声をかけていた。

 女性は二人組で、1人は興奮した様子で声をかけた女性。

 もう1人は落ち着いた女性で、少しだけ目の前の男性を警戒したような目で見ていた。

 声をかけられた男性は、無言で女性達を見ていた。

 

 「……ねぇ、やっぱり違うんじゃない?」

 

 「え?で、でも、話を聞いた感じだとここに座ってるって……」

 

 「そうだけど、聞いた話と見た目が違うじゃない。カッコいいって聞いてたけど、ちょっと怖いよ?この人」

 

 「……あの、相談屋さんじゃ、ないんですか?」

 

 女性は再度聞くも、男性は黙って女性達を見ていた。

 不安そうになってる二人の女性に対し、私は席を立ち上がり、彼女達の元に駆け寄った。

 近づく私に二人の女性は気付き、落ち着いた女性は私を見て小さくあっ……と呟いた。

 私は最初に謝り、自分が相談屋だと話し、席に座っている男性に目をやった。

 男性は鋭い目で私を見ていた。いや、睨んでいるのか?

 身体も大きく太い両腕を組んでいる男性は、日焼け後とその身体から肉体労働者だとわかった。

 私は彼に、もしかしたら殴られるかもしれないなと覚悟を決めつつ、彼の目を見て言った。

 すみませんが、少しだけ席を譲ってくれませんか、と。

 

 

 

 「ありがとうございました!私、頑張ります!!」

 

 「ありがとうございました。良かったね、相談聞いてもらえて」

 

 「うん!」

 

 

 二人の女性はお礼を言って、仲良く歩いていった。

 その姿を見送りながら、私は座っていた席から立ち上がり、隣に立っている男性に席を譲る。

 男性は私の仕事の様子をずっと見ていた。そして、仕事を終えて席を離れようとした私に、彼はそのまま席を譲ると言った。

 

 私は感謝を込めて、彼に一杯奢りますと言った。そうして、私の右側の席に男性は座った。

 

 

 「……いつも、やっているのか?」

 

 言葉は少ないが、一言一言が力強く腹の底に伝わってくるその声に、私は答えた。

 この仕事は最近始めたという事を、その前から、この席で月を見るのが日課だった事を、男性に話した。彼は酒を少しずつ呑みながら、私の話を黙って聞く。そうして、話し終えた後、沈黙が流れる。私は月を眺め、彼は静かに酒を飲む。

 

 「……あの女性、嬉しそうだったな」

 

 しばらく経って、彼はそう言った。

 確かに、とても嬉しそうだった。

 内容に関しては、なかなか重いものだったが……それでも、相談して良かったと言ってくれた。

 側に居たもう1人の女性も、最初は警戒していたが、最終的には私に感謝していた。聞いてくれてありがとうと。それがとても、嬉しかった。私は微笑み、酒を一口飲む。

 

 「……お前も、嬉しそうだな」

 

 彼の言葉に、私は頷いた。

 彼は、言葉を伝えるのがきっと下手なのだろうと思った。

 最初、睨んでいたと思っていたそれも、生まれつきのようだった。

 きっと、いろんな人に誤解されて生きてきたのだろう。

 私も、危うく誤解するところだった。

 それも、今ではわかる。

 彼は、いい人だ。

 私にはわかる。

 言葉にするには、少し難しいけど――

 

 

 月夜に照らされた彼の顔も、どこか嬉しそうに見えて、私にはそれで十分だった。

 

 

 

 

 「……よぅ」

 

 いつもの席にやってきた私に、彼は小さくそう言った。

 あれから、私と彼は、時間が合えばこうして同じテーブルでお酒を飲む、飲み仲間になっていた。と言っても、私には仕事が先にあるわけで、店にやってきた私はまず相談屋として仕事を始める。そして3時間くらい営業し、その後はプライベート時間として彼と酒を飲んでいる。仕事の時間は、彼は黙って隣の席に座り仕事の様子を見守っていた。たまに相談者が怖がって逃げようとするけど、私が事情を説明すると戻ってきてくれる。

 

 ありがたいのは、彼が仕事中に横槍を入れないことである。私の考えに対し、後で俺はこう思う。と話すこともあるが、仕事中は決して言わない。私の仕事であり、彼の仕事ではないからだ。そんな彼に対し、私は感謝を込めて必ず一杯は奢ることにしてる。彼は黙ってそれを受け入れてる。

 

 

 「……今日は、静かでいい」

 

 彼が言う静かとは、アクアさんの事に対して言っている。

 私が彼と飲み始めてからしばらく経って、アクアさんが飲みに来た。無論、私の奢りだ。

 前まで毎夜来ていたアクアさんだったが、どうも仲間のカズマさんという男性にバレてしばらくは夜に出歩くのを禁止されていたらしい。

 

 無論お酒も我慢していた彼女だが、まぁ、彼女が素直に従うのは無理なわけで。

 そうして、しばらくしてから現れたアクアさんは、お酒が飲めなかったイライラと、無愛想な彼と喧嘩し、二人の仲はあまりよろしくはない。とはいえ、乱闘騒ぎを起こすほどの事ではないのが幸いだ。私が止めてくれと言うと、二人は止めてくれる。こういう時は素直なのがありがたい。

 

 そういうわけで、彼はアクアさんが居ないこの夜を嬉しそうに、

 でもどこか寂しそうに、酒を飲んでいた。

 

 私は彼に付き合うように、グラスを持ち上げ彼に向ける。

 それに気付いた彼も、同じようにジョッキを持ち上げ、私に向けた。

 

 今日は、この静かな夜に、乾杯を――。

 

 

 

 「おぅ!ここか!相談屋が居るというのは!!」

 

 そう思って、乾杯をしようとした私達に、その老人は現れた。

 彼はジョッキを持ち上げたまま、老人を睨む。いや、見ている。

 私は苦笑しながら、グラスを置いて、目の前の、これまた巨体な老人を席に座らせた。

 

 

 「実はのぅ、この依頼を受けようと思っているのだが、どう思うか聞きたくての」

 

 老人は、持ってきた一つの紙を私に見せる。

 内容は、雪精霊を捕まえろ!というものだった。

 達成すればそれなりのお金が貰えるのだが、その老人は何故この程度の依頼がそれほど高いのかが気になっていた。というのも、雪精霊は比較的楽に捕まえられるらしい。攻撃的でもなく、どちらかと言うとマスコット的なそれを捕まえるだけで高額な報酬が貰えるのは、何か裏があるんじゃないかと疑問に思ったそうだ。

 

 私はその依頼が書かれた紙を見ながら、ふと思い出した。

 そういえば、アクアさんも以前同じ依頼をやっていたと聞いた。

 確かその時は……失敗したと言っていたような。

 なんだっけか……雪将軍?がなんとかで……。

 思い出せないが、よくない事が起きたというのは聞いていた。一応、伝えておこう。

 

 「ほほう、雪将軍か!なるほどのぅ、それはちと厳しいのぅ」

 

 話を聞いた老人は納得したように頷いた。どうやら、その雪将軍を知っているらしい。

 腕を組み悩む老人を置いて、私は彼を見た。まだ、ジョッキを持ち上げたまま老人を見ている。

 一度置いたらどうだい?と声をかけると、彼は置いて腕を組んで老人を見る。

 そこは、変わらないんだね。

 

 

 「うーむ……よし、決めたぞ!今回はやめておこう!!」

 

 悩みに悩んで、老人は答えを出すと、ガッハッハと笑い、私の肩を強く叩いた。これが結構、痛い。

 

 「いやぁ、助かったわい!危うく死ぬところじゃったわ!!!」

 

 腕を組んで大きな声で笑う老人に、向かいの店で騒いでいた冒険者達が何事だと思い見てくるも、なんだあのじじぃかと言って再び騒ぎ始めた。どうやら、冒険者達には知られてる人物のようだ。老人はしばらく笑うと、笑い疲れたのか、店員さんを呼び、ジョッキを3つ頼んだ。運ばれてきたジョッキを老人、彼、そして私の手前に置く。私は驚き、彼は黙って見ている。

 

 「世話になった礼じゃ、遠慮せず飲めい!!」

 

 そう言って、先に老人は飲め始め、そしてまたガッハッハ!と笑う。

 彼は黙ってジョッキを持ち上げ、私達に差し出した。

 私は微笑みながら、同じようにジョッキを持ち上げ差し出した。

 老人は私達を見て、大きく笑い、そして言った。

 

 「ガッハッハ!!乾杯じゃ!!!」

 

 

 それから、私と、彼と、老人の、静かで、騒がしい夜が訪れるようになった。

 老人は別の方からやってきた冒険者らしく、とある理由の元この街にやってきたらしい。

 冒険者の中には老人を知る者も居るらしく、なかなかの強者らしい。

 彼もなかなかの身体だが、この老人はもっと凄かった。

 

 筋肉という筋肉が、そこら中についている。私は二人に比べ華奢なので、老人には肉を食え!肉を!と言われ毎回奢ってくれるのだが、少食なので全然食べれない。

 

 残すのももったいないので無理してでも食べようと思っていると、どこからか現れたアクアさんが気付いたら肉を食べていた。最初は老人も驚いていたが、肉を注文する度に現れる彼女が面白いのか、はたまたペットに餌を与える感覚なのか、よーしよしと毎回アクアさんの頭を撫でていた。

 

 

 

 そんな日が続き、私の日常も、少しずつ……いや、だいぶ変わった頃だった。

 彼に出会ったのは、これが、初めてだった。

 

 

 「今日はあの老人も、無愛想なアイツもいないのね」

 

 仕事を終え、1人静かに月を見ながら酒を飲んでいた私の元にアクアさんは訪れ、

 いつものように酒を頼んで飲み始める。

 今日は珍しく、二人共来なかった。

 考えてみれば当たり前の事だ。

 私達はずっと昔から知り合いというわけではない。

 連絡手段もなく、集まる時はこの場所に自然と集まる形だった。

 知り合ってからはほぼ毎日、約束もしていないのに私達はここに集まり飲んでいた。

 そんな彼らも、たまには1人で居たい日があるだろう。

 私も、今日は少し、静かに飲みたいなと思っていた。

 まぁ、アクアさんが来た事でそれは無理なのだが。

 

 

 ……と、1人苦笑してる私に、アクアさんは顔を近付けてきた。

 

 「むぅ、なによ1人でニヤニヤして。水の女神アクア様が許可するわ、言いなさい。今すぐ言いなさい」

 

 既に頬を赤く染めながら、アクアさんは私に絡んできた。

 今日はやけに、酔いが早いな。

 

 「……ひっく……しかたないでしょー、カズマさんの目を避けて来るのが、どれだけ大変だったか……ひっく」

 

 そう言って、空いたジョッキグラスを私に差し出す。

 いつものように注ごうとし、注ぐよりも先に、アクアさんの頭が叩かれた。

 

 「てぃっ」

 

 「いったぁ……だ、だれよ!?女神の私の頭を叩くなん……て……」

 

 「おいアクア、俺言ったよな?当分夜の外出は禁止だって。無視したらお前のシュワシュワをめぐみんに飲ますって」

 

 「い、いやその、これはですねカズマさん……そ、そうよ!この男が悪いの!この男が勝手に奢ってくるから!」

 

 「ていっ」

 

 「いったぁ……二度も叩いた!!なんでよ!!叩かないでよ!!」

 

 「うるさいお前は黙っとけ!!ったく……」

 

 ジャージ姿の青年は私に目を向ける。私は黙って青年を見る。あのジャージ、どこかで――

 

 「えっと夜兎さん、ですよね?うちのアクアが、今まで迷惑かけて、本当にすみませんでした……!」

 

 うちのアクア、そう言った青年に私は驚く。

 

 そうか、彼が――

 

 

 彼が、カズマ。同じ転生者の、佐藤和真君か――。

 





お疲れさまでした。

我らがカズマさんの登場ですぞ。


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月夜に、さらば。


この月の下で、また会おう。



たとえ叶うことがなくとも、私はずっと待っている――。


 佐藤和真。

 

 私と同じ、日本からの転生者。

 違うのは、年齢と、その壮大な使命。

 彼は、皆の期待を背負い、この世界の平和、魔王の討伐を目指している。

 こんなに若い青年が、命をかけて戦っている。

 

 改めて、転生者の役目と、

 それでも冒険者にならず思うままに日々を過ごしている自分の情けなさに心が締め付けられる。

 強い能力を得る機会も、強力な武器や防具を得る機会も沢山あった。

 だが私は、たかが酒を飲みたいがために、大事な機会を潰してしまった。

 果たして、本当にこれで良かったのだろうか。

 自分が選んだ選択は、本当によかったのだろうか。

 

 

 「えっと、夜兎さん?どうしました?」

 

 私の目の前に立ち、心配そうに声をかけてくる和真さんに、

 何でも無いですよと返事をして彼を空いている席に座らせた。

 何か注文しますか?と言うと、彼は恥ずかしそうに小さく言った。

 

 「いやぁ……その、今ちょっとお金に余裕が無くて……あ、あはは」

 

 目をキョロキョロとさせ、両手の人差し指同士をくっつけ、

 気まずそうにそう言った和真さんに、私はそうですかと頷き、店員さんを呼ぶ。

 彼がお酒を飲める年齢なのかわからなかったので、ひとまずジュースを頼んでおいた。

 運ばれた飲み物を和真さんの席の前に置く。彼は驚き、席から立ち上がった。

 

 「え!?あ、いや、大丈夫ですよ!そんな、奢ってもらわなくても!」

 

 普段アクアさんにお世話になっているから、そのお礼に奢らせてほしいと和真さんに言った。

 彼は悩み、お世話になってるのはこっちなんだけどなぁ……と呟きながら、

 頭をかくと私に頭を下げて言った。

 

 「……すみません!そ、それじゃ、頂きます!」

 

 どうぞと私は言って彼がジュースを飲むのも黙って見守る。

 恥ずかしそうに一気にジュースを飲み干すと、彼もまたアクアさんみたいに喜びを表現した。

 

 「……ぷはー!いやぁ、美味しいです!丁度喉渇いてて、本当にありがとうございます!」

 

 嘘をついている様子はなかった。和真さんが来た時、彼は額から汗をかいていた。

 きっと、急いでアクアさんを探しに来たのだろう。

 私は中身が無くなった彼のグラスを見て、もう一杯飲みますか?と訪ねた。

 

 「いや!もう大丈夫です!これ以上お世話になるのは、流石に申し訳ないので……」

 

 そう言って和真さんは隣に座っているアクアさんを見た。

 彼女は私と和真さんの会話を聞きながら、

 新しく追加されたお酒の瓶を手に取りジョッキグラスに注ぎ込んでいた。

 

 「ふんふふーん♪……どうしたの?カズマ。あ、もしかしてわたしに見惚れちゃった?やだもー、カズマさんったら!」

 

 ベシッと和真さんの右肩を叩くと、ジョッキグラスを片手で持ち上げぐいぐい飲んでいった。

 和真さんはその様子を見ながら、右手をぷるぷると震わせていた。

 今にも殴りかかろうとしている和真さんを止めつつ、

 更にもう一本追加で頼んでいるアクアさんを見て、私は苦笑するしかなかった。

 

 

 

 「……ほんと、うちのアクアがすみませんでした!お金が入ったら必ず返しに来ますので!!」

 

 和真さんは再び頭を下げながら私に謝る。

 私は返さなくても大丈夫、自分達の為に使ってくださいと返した。

 

 「いや、そういうわけにはいかないです!使った分は絶対返しますので!!」

 

 それでもなお返すと言うので、私は今までかかった費用の金額が書かれた紙を見せた。

 私が書いたんじゃない。

 いつもお世話になっているこのお店のマスターさんが毎回書いて渡してくるのだ。

 いつか、ちゃんと払わせないと駄目ですよと念入りに言われて。

 まさか、このような形でこれが役に立つとは思わなかったなと思いつつ、

 紙を見ている和真さんの表情を見る。

 

 ……あぁ、そんな絶望したような顔をしないでおくれ。

 大丈夫、お金は返さなくていいから。

 

 本当にこれ全部アクアが飲んだんですか?と和真さんは尋ねる。

 その様子を見ていたいつもの店員さんとマスターさんがやってきて、和真さんに説明した。

 どんどん顔色が悪くなっていく和真さんに、

 本当に大丈夫だから気にしないでと言って和真さんを落ち着かせる。

 頭を抱えてぶつぶつと何か呟いている彼に対し、

 アクアさんはまた一本追加しようとしていたので、それに気付いた和真さんが止めにかかる。

 追加の酒を止められたアクアさんは暴れ、私と和真さんとマスターさんでなんとか止め、

 今日ラストの一杯ということで手を打ってもらった。

 

 何度も何度も謝る和真さんに、私は一つ提案をした。

 乗ってくれるのなら、今までの分はそれで無しにすると。

 和真さんはすぐに食いつき、なんですか!?と訪ねてきた。

 

 そして、私は彼に伝えた――

 

 

 

 

 

 「お疲れさまです、夜兎さん」

 

 3日後。

 冒険から帰ってきた和真さんが私の席にやってくる。

 私は立ち上がり手をふると、和真さんを自分のテーブル席に座らせた。

 何か飲み物を注文しますか?と尋ねる私に、

 あ、今日は自分で払うので大丈夫です!と答え自分で飲み物を頼んだ。

 後で知ったのだが、和真さんは一応お酒は飲めるらしい。

 男二人、月に照らされながら、運ばれてきたお酒が入ったグラスをそれぞれ掲げ乾杯をした。

 アクアさんとは違い、ゆっくりと飲む和真さんの様子を見ながら、

 この素晴らしい冒険者の青年が今日も話してくれるのを静かに待った。

 

 

 

 「冒険話……ですか?」

 

 私は和真さんに、和真さんが体験した、

 あるいは仲間から聞いた冒険話を私に聞かせてほしいという提案をした。

 私は一度そういう話をつまみにしながら酒を飲んでみたいと思っていたのだ。

 ホスト時代に先輩方や後輩の武勇伝は何度も聞いたが、どれも楽しいものではなかった。

 1人を複数人でボコったり、カップルを襲ったり、

 とても楽しそうに人に話せるものではなかった。

 そういう話をする時はいつも聞き流していた。

 

 だが、和真さんは違う。

 命をかけて仲間と魔物や悪と戦うその姿は、

 正しく私が聞いてみたかった話そのものだ。

 時に楽しく、時にシリアスな冒険をしてきたに違いない彼の話なら、

 私はぜひ聞いてみたいと思った。それを、私は和真さんに提案した。

 和真さんは驚き、本当にそんなものでいいんですか?と訪ねてきた。

 まぁ、当然だろう。アクアさんにかかった費用は、正直話程度でどうにかなるものではない。

 だが、私はそんなものよりも、和真さんの話が聞きたかった。

 ただ月を見て過ごす私とは違う、壮大な使命を持ったこの青年の話を。

 それはきっと、お金よりも価値があるはずだから。

 

 悩みに悩んだ和真さんは、その提案を承諾した。

 ただ、どうしても話に来れない日が来るかもしれないから、

 その時はお酒代を払いますと言った。

 私はいいと言ったのだが、和真さんもなかなか折れない。

 仕方ないので、一杯だけ奢らせてもらうという形で手を打った。

 

 そうして、私と和真さんの不思議な関係は始まった。

 和真さんが冒険から帰ってくると、私はそれを迎い入れ、この月の下で乾杯をする。

 アクアさんはいつも一緒に来るのだが、たまに和真さんの仲間もやってくる事がある。

 めぐみんさんとダクネスさんという女性二人を紹介され、

 私も挨拶をしながら、お近づきの印として二人に一杯奢った。

 めぐみんさんがとても嬉しそうにお酒を飲もうとしていたが、和真さんがそれを止めた。

 どうやら、まだ彼女には飲ませないようにしているらしい。

 迂闊だったと思い反省しつつ、代わりに晩ごはんを奢ってあげた。

 

 

 ダクネスさんは一度見たことがあったので、その事を話した。

 彼女は驚きつつ、私も貴方の事は聞いていると返してきた。

 花を選んでくれてありがとう。と。

 私は恥ずかしくなりながら、どういたしましてと答えた。

 

 

 和真さんには多くの知り合いが居た。

 そしてたまにこうして私に紹介してくれる。

 私は出会う度に、一杯奢る。

 彼らは遠慮するが、それでも私は奢った。

 命をかけて戦う彼らに私が出来ることは、これくらいだからと。

 

 そうして、今日もまた、この夜と月の下で乾杯を交わした――

 

 

 

 

 

 

 「ガッハッハ!乾杯じゃ!」

 

 「……何度目だ」

 

 3度目の乾杯をする老人に、彼は呆れ、私は苦笑して答えた。

 私達がこうして集まるのは、深夜に近い時間帯になってからだ。

 和真さんが帰ってしばらくした頃に、こうして集まるようになった。

 最初は私が店に着いた頃には集まっていたのだが、

 最近は二人共忙しいのと、

 私の仕事と和真さんと話しているのを邪魔しないようにしてくれているらしい。

 私は気にしないのだが、彼らには思う所があるらしい。

 

 

 そうして、3度目の乾杯を終え、老人がいい感じに酔い始めた頃になって、口を開いた。

 

 「……ふぅ。それで?おぬし、何を言いたいんじゃ?」

 

 老人の言葉は、彼に向けられていた。老人は、彼が何かを隠している事に気付いていた。

 私も彼に目を向ける。実は私も、彼が何か隠しているのは気付いていた。

 というのも、彼は隠し事が苦手のようで。

 今日は店に来てからずっとそわそわしている様子だった。

 ずっと聞きたかったのだが、もしかしたら自分から言いたいのかもしれないと思った私は、

 彼が喋ってくれるまで待とうとしたのだが、老人は我慢出来ずに彼に聞いた。

 まぁ、そうでもしないと彼は話しそうには見えなかった。

 私も彼に、話してくれないか?と言った。

 

 

 彼はしばらく黙り込み、

 まだ半分以上入っていたジョッキグラスの中の酒を一気に飲み干して、言った。

 

 

 

 

 

 「……結婚、するんだ」

 

 

 

 

 予想もしなかったその言葉に、私も、老人も唖然とした。

 そんな私達に、彼は少しずつ話してくれた。

 

 実は結婚相手というのがこれまた不思議なもので、

 私が彼と初めて出会った時に相談に来ていた、あの元気な女性だった。

 あれ以降たまたま街で出会った二人なのだが、

 実は彼、初めて会った時に一目惚れをして、何も言えずただじっと見つめていたらしい。

 街で偶然会った時、もうチャンスは無いと思ったらしく、勇気を出して声をかけ食事に誘い、

 そこからは段々仲良くなって、最終的に彼がプロポーズをしたという。

 いや、まさかそんな事があるとは……

 私は驚きすぎて、追加で酒を運んできてくれた店員さんにさえ気付かなかった。

 大丈夫ですか?と声をかけられ、ようやく事態を飲み込めた私は彼を祝福した。

 

 「ガッハッハ!!いや、めでたい!!やるではないか!!ガッハッハ!!!」

 

 老人も同じように事態を飲み込むと、これでもかと笑い、彼の背中をバシバシと叩いた。

 それから、わしからの祝杯じゃ!と言いこの店で一番高い酒を頼んだ。

 なかなか高くて私も彼もまだ頼んだ事はなかったが、

 老人にとってもそれほど嬉しかったのだろう。

 顔を赤くして照れてる彼に、私は本当におめでとうと再度祝福した。

 

 「……感謝するのはこっちだ。お前のおかげで、女房に会えた。ありがとう」

 

 初めて、彼は長く言葉を喋った気がした。

 それよりも、彼が私に、優しく微笑んでそう言った事に、

 とても嬉しくなって、とても恥ずかしくなった。

 

 

 

 「いやぁ、めでたいのぅ!!」

 

 老人は嬉しそうにそう言いながら、酒を飲む。

 しかし、実はまだ終わりではない。

 私は気付いていた。そして彼も、同じように気付いていた。

 隠していたのは彼だけではない。あの老人も、何かを隠していると。

 老人も嘘がつけないのか、何か考え事をしている様子で今日は現れた。

 酔いが回り始めた彼が、楽しそうに言った。

 

 「……じいさんも何か隠してるだろ?」

 

 さて、この老人は何を隠しているのだろうか。

 私も微笑んで老人を見た。

 

 

 

 しかし、私と彼の反応とは違い、老人は、急に笑うのをやめると、こう言った。

 

 

 「……なんじゃい、おぬしらにはお見通しか」

 

 その言葉に、私も、彼も、笑みが消える。

 何か、聞いてはならないような事を聞いてしまった、そんな感じがした。

 彼は言った。

 

 「……どうしたんだ?」

 

 「いやなに、別にたいしたことじゃないんじゃ。なぁ夜兎よ、おぬしに相談……ではないのじゃが、わしの話を聞いてくれんか?」

 

 なんですか?と、私は訪ねた。

 

 

 

 

 

 

 「魔王の幹部、ベルディアに、わしは挑むつもりじゃ」

 

 

 

 

 

 それは、冒険者達から聞いた事があった。

 

 元騎士で、魔王側についたアンデッド。

 王都方面ではかなり恐れられており、そのベルディアによって多くの者がやられたらしい。

 並大抵の者が勝てるほどの相手ではない事は、私にもわかっていた。

 

 それを、この老人は挑むという。

 

 

 「ふざけるな!!」

 

 

 彼が怒り、持っていたジョッキを地面に投げ捨てた。

 ジョッキは割れ、ガラスの破片が地面に落ちていた。

 騒ぎを見てやってきた店員さんがどうしたんですか!?と訪ねてきたので、

 私は大丈夫ですと答えガラスの破片を拾う。店員さんも同じように拾い始めた。

 

 「……たしかに、こんなめでたい日に話す事ではなかったの。すまん」

 

 「……そういうことじゃ、ねえだろ」

 

 割れたガラスの破片を拾い集め、ポケットに入れていたハンカチで包み込み、

 店員さんに怪我をしないように注意しつつ渡し、席に戻る。

 新しく運ばれてきたジョッキを受け取り、感謝を述べ、彼の手前に置いた。

 そして、私は静かに目を閉じた。

 

 彼が怒るのもわかる。

 何故なら、この老人は、今から死にに行きますと言っているようなものだったからだ。

 めでたい日に言ったから怒ってるのではない。

 何故、無謀とわかってまで、挑もうとしているのか。

 彼は、それに怒っていた。

 

 「おぬし達の言うこともわかる。だがの、わしにとって、これは無駄ではないのじゃ」

 

 老人はそう言って、長い長いその話を、

 老人の、これまでの人生を話し始めた。

 

 

 

 「わしはの、若い頃からずっとこの身体とこの武器だけで冒険者をやってきた」

 

 「戦う事しか知らなかった、そんなわしにも、愛する人が出来た。たった一つのかけがえのないものが出来たのは、本当に偶然じゃった」

 

 「それからは、その愛する人、ばあさんも、この身一つで守ってきた。戦い疲れて帰ってきたわしを、ばあさんはいつも笑顔で出迎えてくれた」

 

 「子供には恵まれなかったが、本当に幸せだったんじゃ。それが、去年亡くなった」

 

 「わしはの、ばあさんが居ない世界が信じられないのじゃ」

 

 「最初こそ我慢はしたが、気付けば1人泣いている事が多くなっての」

 

 「40年じゃ……40年、共にした愛する者が、急にいなくなるのじゃ。それはもう、耐えられるものではなかったわい」

 

 「……元々、この街に来たのは、死ぬためだったんじゃよ」

 

 「ばあさんの生まれ育った街が、ここなんじゃよ。最後に一目見て、そこらのモンスターにでもやられて死のうと思っとった」

 

 「じゃが……おぬし達に出会い、もう少しだけ、生きてみたいと思った」

 

 「ばあさんに話す土産話を、少しでも多く持っていこうと思っての」

 

 「じゃが、それも終わりじゃ」

 

 「古い友人から聞いたんじゃ。この付近に、魔王の幹部、ベルディアが居るかもしれんと」

 

 「既にわしの仲間が奴が居ると思われる場所で待機しておる。わしも、明日の朝には向かうつもりじゃ」

 

 「もしこの街にやつが来たら、きっとあっという間に街は滅ぶじゃろう」

 

 「人も、街も、全て消えてゆく。それだけは、阻止せねばならんのじゃ」

 

 「例えそれが無駄だとわかっていても、わしはやらねばならん。ばあさんの街を、そして、おぬし達との思い出を、消したくないのじゃ」

 

 

 老人は全て語り、黙り込んだ。

 彼も、何も言わず、席に座り腕を組んで黙る。

 私は1人、月を見た。

 

 

 

 そして、彼のジョッキに新しく酒を注ぎ込んだ。

 老人のジョッキにまだ酒が残っているのを確認し、

 私は自分のグラスを静かに持ち上げ、掲げた。

 

 

 

 ――乾杯。

 

 

 

 ただ、それだけを言って。

 

 老人も、彼も、私を見て、そして、同じように掲げた。

 

 

 それから、いつものように騒いだ。

 この夜が、いや、この人達と過ごす夜が、明日も来ると願いながら――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「夜兎さん!」

 

 

 次の日の夜、私は独り酒を飲んでいた。

 そこに、いつものように、和真さんがやってきた。

 その様子はどこか焦っているようだった。

 後からやってきたアクアさんの顔を見る。

 あの女神様も、普段とは違い、何か、悲しい目をしていた。

 

 

 私は、もう理解していた。

 だから、和真さんには何も言わなくていいですよと言った。

 

 

 

 そして、月に、あの老人に、私はまた乾杯をした――。

 

 

 

 




補足です。
この時点でアクセルの人達はまだベルディアに気付いてません。
時系列としてはベルディアが街に来る前のお話。
何かに殺られたという情報だけ伝わってる感じです。


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友に捧げる、月の唄。


この出会いを。

この別れを。

私は決して忘れない。

だから唄う。友に捧げる、月の唄を――。


 

 あの老人が去ってから、早くも二週間が経とうとしていた。

 

 私は、いつもと変わらない日々を過ごしていた。

 朝から夕方まで働き、夜は月を見ながら酒を飲む日々。

 少し違うのは、出会いと、そして、別れがあっただけ。

 

 和真さんやその仲間さん達は私を気遣ってくれた。

 私は大丈夫ですよと言って、彼らの冒険話を聞き続けた。

 アクアさんだけは変わらず、いつもの調子で私に酒を奢らせる。

 周りが気を使ってくれるのも凄く嬉しいのだが、私にとってはそれが一番ありがたかった。

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 仕事場で花の手入れをしていた私の耳に、外から何やら騒がしい声が聞こえてきた。

 それは夜によく聞くあの楽しそうな騒がしい声ではなく、

 何か、不安を掻き立てるようなものだった。

 私は花の手入れと店内に居るお客様の対応の為に様子は見に行けなかったが、

 代わりに様子を見に行った店長がお客様に聞こえないように私の耳にひそひそと話し始めた。

 

 

 それは、忘れるはずもない。

 

 あの老人が挑み、そして亡き者にした本人。

 

 

 

 

 ――魔王の幹部、ベルディアが城門前に現れたという。

 

 

 

 

 私は驚き、手に持っていた花瓶を落としそうになった。

 しかしすぐに冷静になり、両手にしっかり力をいれ花瓶を抱きしめる。

 落ち着け。こういう急な事態には慣れている。

 老人の敵がそこにいる。それはわかっている。

 しかし、私はただの人間だ。

 和真さんのように、冒険者達のように、力を持っているわけではない。

 仮に持っていたとして、果たして私がその幹部に勝てるだろうか?

 今まで一度も人を殴った事も、ましてや殺めた事もない私が、

 能力を一つ、いや武器を、今更持ったところで戦えるだろうか?

 

 

 きっと、無理だろう。

 

 

 だから私は、今自分のやるべきことをやる。

 ひとまず、お客様に不安を与えないこと。

 いつも通り、笑顔で接客を。

 今はただ、何も起きないことを祈りながら――。

 

 

 

 

 

 「……話は、聞いたか?」

 

 夜。

 いつもの店で、いつもの席に座る私に、

 仕事を終えて息を切らしながらやってきた彼が席に座りながら尋ねる。

 私は頷き、グラスの中に入っている酒を見た。

 中身はまだ減っていない。この席に座ってから30分経ったが、今日はまだ口をつけていない。

 

 

 仕事を終えて私が真っ先に向かったのは、冒険者ギルドだった。

 初めて入る建物とその雰囲気に緊張しながらも、居るはずの青年を探した。

 私が建物に入ると、そこに居た冒険者の大半が驚いた。

 和真さんの紹介で知り合った人も居れば、私が相談を受けた人達も居た。

 こういう場所に縁がないはずの私が居る、それは彼らにとってありえないことだったのだろう。

 

 ギルドの受付をしていたルナさんが私の元まで駆け寄ってきた。

 彼女の事も勿論知っている。何度か私に相談しに来た事があるからだ。

 主に和真さんのパーティーの事でだが……。

 そんな彼女も、驚きながら私の元に駆け寄る。

 

 「どうされたのですか?夜兎さんがギルドに来るなんて……」

 

 私は事情を説明し、目的の人物が居ないか訪ねた。

 

 「それでしたら……あっ」

 

 ルナさんは何か言おうとし、私の後ろを見て言葉が詰まる。

 何事かと思い私は後ろを向いた。

 そこには、頭を抱えどうしたものかと悩みながらギルドに帰ってきた、

 和真さんとその仲間さん達が居た。

 私は目的の人物である和真さんに、何があったのか話を聞いた。

 

 

 

 

 

 グラスの中の液体が大きく揺れる。

 ガンッ!と大きな音を立てながら、ジョッキグラスがテーブルの上に強く置かれた。

 私は自分のグラスから、隣に座る彼に視線を移す。

 和真さんに聞いた話を私は彼に話した。

 それを黙って聞いていた彼は置いていたジョッキグラスを持ち上げ、

 並々に注がれた酒を一気に飲み干した。

 そうして、さっきの大きな音が鳴った。

 周りが驚き、店員さんも心配そうにこちらを見てくる。

 彼は、額に血管が浮き出るほどキレていた。

 

 すぐそこに仇がいる。

 そしてそいつが、老人だけじゃ飽き足らず、

 和真さんのパーティーメンバーであるダクネスさんに呪いをかけた。

 彼は和真さんのパーティーメンバーと仲がいいわけではない。

 話したのは一度っきりで、それ以降は面識がない。

 それでも、同じ街に住み、自分達を守ってくれている人達が、

 わけのわからない呪いで死ぬかもしれないと聞くと彼は怒りを顕にした。

 私は先に話すべきだったと彼に謝り、続きを話した。

 ダクネスさんにかけられた呪いは、アクアさんが浄化したという事を。

 彼は驚き、そういう事は早く言え。と怒り気味で言った。

 私はすまなかったと頭を下げて謝った。

 

 

 「珍しいわね。喧嘩でもしたの?この女神アクア様が仲裁してあげるわよ?」

 

 彼に謝っていると、いつものように酒を飲みに来たアクアさんが現れた。

 私は事情を説明し、彼女を座らせる。

 様子を見ていた店員さんがアクアさんにお酒を運んでくる。

 彼女は感謝を述べ、グビグビと飲み始めた。

 そんなアクアさんに、彼は言った。

 

 「……お前、凄いやつだったんだな」

 

 彼の不器用な褒め言葉に、アクアさんは口に含んでいた酒を私に吹きかける。

 彼女の唾液と口に含んでいた酒でびしゃびしゃになった私は、

 店員さんを呼び拭くものはないですかと聞いた。

 そんな私を無視してアクアさんは驚きながら彼に言った。

 

 「ちょ、急になによ!?気持ち悪いわね……」

 

 「……悪かったな。話を聞いて、感心しただけだ」

 

 「話?話って何よ?あなた達わたしの話なんてしてたの?ちょっとやめてよー照れるじゃない♪」

 

 「……まぁ、間違ってはいない。お前は、よくやった」

 

 「え……ちょっとどうしたのよ。素直すぎて逆に気持ち悪いんですけど……」

 

 「……今日は、オレも一杯奢ろう」

 

 「え、ほんと!?……って、だ、騙されないわよ!?そうやって喜ばせておいて最後にはわたしを泣かせるんでしょ!?知ってるんだからね!ねぇそうなんでしょ!?」

 

 アクアさんはそう言ってびしゃびしゃになったシャツを脱いで身体を拭いている私の肩を、

 両手で強く掴み左右に大きく揺らしてきた。

 私は違いますよと言いながら素肌に当たる夜風が冷たくて、早くシャツを着たいと思った。

 

 

 

 

 替えのシャツ……なんてものは持っていなかったので、

 お世話になっているお店の店長に何かないか話をした。

 話をしておいて、流石に替えの服を置いている飲食店などないんじゃないかと思った。

 案の定、店長さんは困っていた。

 そんな困っているところに、いつも私を対応してくれる店員さんが白いシャツを持ってきた。

 それは彼女達が仕事場で使うものだった。

 これでもよければ、と言う彼女に私は感謝を述べて受け取る。

 真っ白なそのシャツを着た時、店長さんは呟いた。

 

 「あれ、確かそのシャツも丁度切らしてなかったかい?」

 

 彼の言葉を不思議に思いつつ、私はふとその匂いに気付く。

 それは、その真っ白なシャツに付いていたもので、その匂いに私は覚えがあった。

 私はシャツを持ってきた彼女を見た。その時、彼女から匂いがした。

 

 それは、私が着ているシャツと同じ匂い。

 甘くて、少しクセになりそうなその匂いが、私を包む。

 まさかと思い、私は彼女にそれを言おうとし、

 彼女は自分の口元に人差し指を当てると、秘密ですと言いたげな優しい目で私を見た。

 

 「さっき探したら、一つだけありましたよ」

 

 そう言って誤魔化す彼女に、店長さんは疑いもなく納得した。

 そして、店長さんは他のお客さんに呼ばれその場を離れる。

 

 店長さんが離れた事を確認した私は彼女にすみませんと謝った。

 彼女は微笑んで、いつも贔屓にしてもらってますからと言った。

 それでも申し訳ない気持ちで居た私に、彼女は言う。

 

 「それじゃ、貴方の濡れたシャツをください。私のと交換です」

 

 彼女の言葉に、私は驚く。

 そんな私に対し、彼女は、なーんて。と笑う。

 私は、少し考え、承諾した。

 彼女の言葉に驚いた私だったが、今度は彼女が、私の承諾に驚いた。

 こんな物でよければ。そう言って、濡れたそのシャツを差し出す。

 口を半開きさせ唖然としている彼女の姿は初めて見るなと思いつつ、

 やっぱりいらなかったですか?と言って引っ込めようとした。

 彼女はサッと私の持っていたシャツに手を伸ばし強く引っ張る。

 

 「も、貰えるのなら……いただきます」

 

 少し照れくさそうに、頬を染めた彼女に私は笑ってそれを差し出した。

 この子のように、私の物を欲しがる人は居た。

 大抵は私が持っていたブランド物を、受け取って飾ったり売ったり。

 流石にシャツを欲しがる子は居なかったが、不思議な物を欲しがるなと思いつつ渡した。

 大事にしますね。そう聞き慣れた言葉を聞きつつ、私は自分の席に戻った。

 

 

 

 

 席に戻った私は、既に出来上がっていたアクアさんを見て、

 今日はあと2本頼んだら終わりかなと思いつつ席に座る。

 さっきまで怒っていた彼も、今じゃ顔を赤くさせ楽しそうに酒を飲んでいた。

 遅れて私も飲み始めようとグラスを持ち上げ、

 入れてから十分すぎるほど時間が経ったその酒を飲み込む。

 そして、朝の出来事を振り返る。

 和真さんとアクアさんの仲間に呪いをかけたベルディアという人物は、

 そのまま自分の住む城に帰っていったという。

 一度は帰ったとはいえ、いつ、また訪れてくるかはわからない。

 果たして、次も同じようにどうにかなるのだろうか。

 それとも……

 

 

 「安心しなさいよ。わたしとカズマ達でどうにかするわ。守ってあげるから感謝しなさい」

 

 

 私の不安をかき消すように、アクアさんは呟いた。

 彼女の見る。楽しそうに酒に酔って酒瓶を抱えていた。

 いつものだらけた頼りないその姿が、今の私と彼にはとても頼もしく思えた。

 そして、その言葉を聞いて安心したからか、彼は静かに眠りだす。

 アクアさんも楽しそうな顔をして、よだれを垂らして眠りだす。

 私は、そろそろお開きかなと思い席を立ちアクアさんのよだれを拭いた。

 最後に一杯飲もうと、グラスに酒を入れて月に掲げる。

 

 

 意味がないかもしれない。

 

 

 それでも――

 

 

 それでもどうか――この女神様と和真さん達に、祝福を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に目撃されたと言われるその場所に、私達は訪れた。

 

 

 その日私は無理を言って、和真さんとその仲間さん達に護衛を頼んだ。

 冒険者達の情報を頼りに、その場所に向かい、そして辿り着いた。

 手には酒瓶と、グラスを3つ。

 私のグラスと、

 彼のジョッキグラスと、

 老人の、ジョッキグラスを。

 

 それぞれにお酒を入れる。

 そして、小さく建てたその墓の前に、老人のジョッキグラスを置いた。

 和真さん達は気を利かして、離れた場所で待機している。

 今日も彼らには依頼があって、その短い時間に私の頼みを聞いてもらった。

 

 少ししかないその時間。

 でも、私と彼には、十分だった。

 多くの言葉はいらない。

 ただ、報告を。

 

 そして、あの日と同じように。

 

 私達3人は、乾杯をした。

 

 

 

 

 

 

 

 私に訪れた別れは、もう一つあった。

 

 

 

 

 

 「……女房の両親のところに、行くことになった」

 

 

 

 それは、老人に会いに行った日の夜だった。

 彼は高いあの酒を頼むと、私にゆっくりと話した。

 

 彼の奥さん、その両親が居る街に行くことを。

 挨拶だけではなく、その両親がやっている農業を手伝うのだと。

 奥さんの両親はもう長くないらしく、彼が引き継ぐことを決めたらしい。

 最後まで両親の側に居させたいと思った彼は、奥さんを説得して行くことにした。

 看取って、そして彼も、出来ることなら奥さんとその街で最後を迎えたいと。

 

 彼には両親がもう居ない。

 事故で急に亡くなった彼にとって、奥さんだけはせめて最後まで一緒に……と。

 老人が自分の話をした時、それ以上怒らなかったのはきっとそういう事だったのだろう。

 自分と同じように、それまで一緒に過ごしていた大事な人を、

 一瞬で奪われ失う辛さを、彼は知っていたのだ。

 

 私は、そうですかと言い、では乾杯をしましょうと伝えた。

 新たな門出に?それとも、この夜に?

 悩む私に、彼はジョッキグラスを掲げ言った。

 

 それは、予想もしなかった言葉だった。

 私は驚き、照れて、そして――

 

 

 

 

 

 

 「ふーん……あの無愛想な男もどっか行っちゃったのね」

 

 独り静かに飲んでいた私の元に、アクアさんがやってくる。

 いつものように酒を注文し、いつもの席に座り、グイグイと飲み始める。

 私の話を聞いた彼女は、興味無さそうに、でもどこか寂しそうに、呟いた。

 

 「でも変な関係ね。あなた達ってそういう関係じゃなかったの?」

 

 アクアさんの言葉に、私は微笑む。

 私も、彼も、あの老人も、きっと同じように思ってたと思う。

 でもそれは、言葉にするのには少し恥ずかしくて。

 ずっと言えなかった言葉。

 でも彼は、最後にそれを口にした。

 

 

 私は、今は遠く、そして同じようにこの月を見ているだろう彼に向けて乾杯をする。

 

 あの日と同じように。

 

 

 

 

 

 

 「……友に」

 

 

 ――あぁ、友に。

 

 



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月に代わって、お仕置きですよ……?


悪さをする者達よ!

このバニルと!!

こ、このゆんゆんと!!

――夜兎が……


「「月に代わってお仕置きだっ!!」」


――ここにまで現れるんですね……





 

 機動要塞デストロイヤー、というものを、知っているだろうか?

 

 

 私がそれを知ったのは、

 それが丁度この街に向かっている事と同時に、初めて知った。

 

 

 外では既に街を離れようとしている人達の群れが出来ていた。

 私が務める花屋の店長も、各自今すぐ必要な物だけ持って逃げるべきだと話した。

 店の金庫からお金を取り出すと、私と、同じように働く者達にそれぞれ渡す。

 

 「これしか渡せないけど、皆ちゃんと生きるんだよ!」

 

 そう言って、店長は奥の部屋に行くとせっせと準備を始める。

 他の者達も店を離れ自分達の住む家に戻り始める。

 私は貰ったお金をひとまずポケットにしまうと、冒険者にギルドに向かい始めた。

 

 

 しばらく歩き始め、ギルドが見え始めたところで、立ち止まる。

 ……果たして、今の状況でギルドに入って良いのだろうか?

 街全体がパニックになってるこの状況。

 恐らく、ギルドも相当混乱しているはず。

 冒険者達が作戦を考えてるかもしれない。

 そんな所に一般人の私が行って、助けてくれ!と助けを求めるのはいいのだろうか。

 きっとそれも彼らの仕事だとは思う。

 こういう時こそ、彼らが前線に立って行動するものかもしれない。

 

 でも、彼らも同じ人間だ。

 そして、相手は敵うはずもない大きな機械だ。

 きっと彼らも、逃げる選択をするはずだ。

 

 

 なら私は、彼らに助けを求めるのではなく、

 同じように逃げようと考えている者達を1人でも安全な所まで誘導するべきではないだろうか。

 

 私は力を持たない。

 例え今それを持たされたとしても、振るうことはできないと思う。

 

 なら、

 

 なら、力を持たない私が、武器を持たなくてもいい私が出来ることを。

 逃げ遅れてる人が居るかもしれない。

 とりあえず、自分の行ける範囲まで行って声をかけよう。

 自分まで逃げ遅れたら元の子もない。

 冷静に、今出来ることを。

 

 非力な私は、それでもどうにかしてくれるかもしれない和真さん達に、

 ただただ願いながら走り出した。

 

 

 

 

 

 思っていたとおり、遊んでて逃げ遅れた子供達が居た。

 私は子供達を落ち着かせつつ、周りに親が居ないか確認しながら子供達を連れて歩く。

 既に周りに人影はなく、代わりに地面が揺れ、大きな大きな音が響いていた。

 私は音がする方を見る。何か、鉄の塊が少しだけ見えた。

 子供達は不思議と喜んでいた。

 機動要塞デストロイヤーとは、子供に人気があるらしい。

 とはいえ、この状況で喜ばれるのは少し困る。

 どうにか子供達を説得しつつ、私達はデストロイヤーから急いで離れようとした。

 

 

 

 

 その時だった。

 

 デストロイヤーが歩く音よりも。

 

 デストロイヤーが歩くことによって揺れる地面よりも。

 

 

 

 

 その、大きな大きな爆発は、今も私の頭の中に残っている――。

 

 

 

 

 

 

 

 あれからしばらく経って。

 

 

 私は、アクアさんと、ダクネスさん、そしてめぐみんさんと一つのテーブルを囲んでいた。

 いつものように酒をグビグビ飲むアクアさんと、

 力尽きてテーブルに頭を乗せてぐったりしてるめぐみんさんと、

 どうしたものかと悩んでいるダクネスさんが居て、

 

 彼女達のリーダー、佐藤和真さんは、ここには居なかった。

 

 機動要塞デストロイヤー、それを見事討伐した和真さん達一行は、

 感謝はされつつも、その時のとある問題によって……和真さんが連行されてしまった。

 そんな彼女達が、まぁ主にアクアさんがだが、愚痴を言いにここ最近訪れていた。

 

 「おかしいわよ!わたしたち頑張ったのよ!?褒められるべきでしょ!?女神なのにこの扱いってどういうことよ!!」

 

 いつもより酒酔いが酷いアクアさんが、空になったジョッキグラスに酒を注ぐ。

 溢れ出ても入れるのを止めないアクアさんに、私は彼女の手から酒瓶を奪い、

 代わりに水が入ったコップを渡す。

 

 「ゴクゴク……なんかこのお酒、味しないわねぇ」

 

 水を飲んで少し落ち着いたアクアさんは、そのままテーブルに頭を乗せると眠り始めた。

 二人の少女がテーブルの上に頭を乗せ寝ていたり、力尽きてぐったりとしてる中、

 ダクネスさんだけは今も1人腕を組んで悩んでいた。

 

 ずっと悩んでいても仕方ないですよ。

 そう言って、まだ中身が入っている酒瓶を彼女に向ける。

 ダクネスさんは私と酒瓶を見て悩み、そしてグラスを差し出した。

 

 「……そうだな。すまない、一杯もらえるだろうか?」

 

 私は彼女のグラスにお酒を注ぐと、一緒に乾杯をした。

 その後、すっかり寝てしまったアクアさんをおんぶして彼女達が住む屋敷に送り届けた。

 

 

 

 

 それから数日間、アクアさん達は私の元には訪れなかった。

 代わりにドカンドカンという音が毎夜響いていた。

 音がする方向には大きな花火が打ち上がっており、

 私はその音と花火を楽しみながら月に乾杯をした。

 

 後日、それがめぐみんさんの魔法だと聞かされ、私は苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

 

 「うぅ……酒が美味い……外の空気が美味しい……」

 

 そうして、私の知らない間にいろいろあって、和真さんは釈放された。

 和真さんが釈放される事になった裁判の日。私は仕事で遅れて最初から見れなかった。

 どうにか時間を見つけて和真さんの元に行った私が見たのは、

 カズマコールをしている冒険者達の姿だった。

 どうにかなったか、そう思っていたところに、あの領主が認めず、

 事態は最悪な方向に向かおうとしていて――ダクネスさんが待ったをかけた。

 彼女は、実は有名な貴族の娘だったらしい。

 その彼女の言葉に、流石の領主も何も言えなかった。

 だが、代わりとしてダクネスさんが領主の元に行ってしまった。

 

 無事裁判を終え和真さんが釈放されたとはいえ、まだ一つ問題は残っている。

 それでも青年は、和真さんは、何とかすると言った。

 自分が逮捕され、閉じ込められ、そして裁判で釈放からの新たな問題。

 次から次へと訪れる問題に、それでも和真さんは前向きだった。

 

 凄いね、君は。私は、そう言った。

 

 「凄くないですよ。なんだかんだ、皆の力を借りてどうにかなってるだけです」

 

 青年は照れくさそうにそう言った。

 そうだとしても、自信を持ってそう言える和真さんが、本当に凄いなと思った。

 

 「あ、勿論、夜兎さんも含めてですよ?いつも、本当にありがとうございます!」

 

 そう笑顔で言った和真さんの不意打ちに、思わず私は顔を赤くしてしまう。

 恥ずかしいな。そう言って、和真さんと乾杯をした。

 

 もし、私に出来ることがあるのなら、私は和真さんに協力したい。

 そう、月に誓って。

 

 

 

 

 

 

 

 私は和真さん達に、自分が出来ることをやった。

 

 和真さんが疲れてる時は愚痴を聞き、

 ご飯に困ってる時は奢り、

 お金が必要な時はその分を渡した。

 

 これまで和真さん達は、私が思っている以上に、多くの事を成し遂げてきたはずだ。

 多くの人を救い、身を削らせ、前に進めば進むほど、問題は降り注ぐ。

 それでも和真さん達は止めない。戦うことを、守ることを。

 

 感謝してもしきれない。

 それでも、少しでも力になるのなら、

 私は和真さん達に出来ることをやり続けた。

 

 

 

 

 そうして、やっと、

 

 

 やっと――この素晴らしい冒険者達(和真さん達)の行動が認められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、独りで飲んでいた。

 和真さん達が、二人目の魔王の幹部を倒した事で、

 今までの事が認められ、多くの感謝と、

 そして、私なら一生暮らしていける莫大なお金が、和真さん達の元に入った。

 和真さんはすぐに、仕事中の私の元を訪れた。

 カバンに入れていた大量のお金を私に見せ、返しに来ましたと。

 私は驚くも、仕事中だったことと、流石に周りの目が痛かったので、

 夜にまた会いましょうと言って一度帰ってもらった。

 

 夜に私は和真さんとその仲間さん達と、乾杯をした。

 二人目の幹部討伐と、無事、和真さん達の功績が認められた事について。

 その日は私も多く酒を飲んで、大いに酔った。

 楽しくて、和真さん達の功績が認められた事が嬉しくて、私も久しく騒いだ。

 

 

 

 

 

 あの日は本当に楽しかったなと思いつつ、グラスに口をつけ一口飲んだ。

 今頃、和真さん達は温泉に浸かっているだろうか、そう考えながら。

 功績を認められた和真さん達は身体を休める為に、とある街に向かったそうな。

 そこには大きな温泉があって、今までの冒険の疲れを癒やすらしい。

 温泉と聞いて羨ましいなと呟いた私に、和真さんは一緒にどうですか?と言ってくれた。

 私は嬉しかったが、今回は遠慮しておいた。

 今回の旅は、和真さん達の為の、旅行みたいなものだ。

 そんな大事な事に、私が入っては邪魔だろうと思った。

 それに、和真さん達にも仲間だけで居たい時間があると思ったからだ。

 

 私は、今頃温かい温泉に浸かっているかもしれない和真さん達に、乾杯をした。

 

 

 

 

 

 

 

 どうして、

 

 

 「さぁ!一緒に叫ぼうではないか!!」

 

 ――え、えっと……

 

 「我が名はバニル!!人間の期待を裏切られた時の顔が大好きな悪のヒーロー!」

 

 ――あの……

 

 「わ、我が名はゆんゆん!アークウィザードにして上級魔法を操る者。やがて紅魔族の長となる者!!」

 

 ――ノリノリだね、君も。

 

 「さぁ兎よ!お主も名乗るがいい!」

 

 ――いや、私は

 

 「や、夜兎さん!さぁ!」

 

 ――あ、あはは……はぁ

 

 

 ――わ……我が名は月花夜兎。花を愛し、夜を生き、月に導かれし者……。

 

 

 「愚かな人間よ!」

 

 

 「「月に代わって、お仕置きよ!!」

 

 

 ――お仕置き、ですよ……?

 

 

 どうしてこうなった……?

 

 

 

 

 

 

 

 それは、和真さん達が街を離れている時の出来事だった。

 いつもと変わらず、独り酒を飲んでいた私の元に、その人は現れた。

 

 

 「……ほぅ、聞いていたよりも随分と、不思議な男ではないか」

 

 黒のタキシードを着た男性は私の元まで来ると、普段アクアさんが座っている席に座ろうとし、

 何か嫌な感じがしたのか、そこに座るのはやめて、代わりに私の右側に座った。

 今はいない、彼が座っていた席だ。

 男性は店員さんに適当にお酒を頼むと、私をジロジロと見始める。

 私は、相談者かと思い、とりあえず最初から気になっていたそれに触れようとした。

 

 「何故私が仮面を付けているかだと?フハハハ!!!面白い男だ」

 

 私は驚いた。何故心で思っていた事がわかったのだろうか?

 

 「フハハハ!!残念だがそれは言えないな」

 

 「しかし、君があの青年の知り合いだということは知っている」

 

 あの青年?もしや、和真さんの事だろうか?

 

 「我輩は彼に頼まれたのだよ。留守の間、彼を頼むと」

 

 ……まさか、和真さんがそんな事を頼んでいたとは思わなかった。

 私なんかの為に、彼はそこまで考えて――

 

 「まぁ、嘘であるがな」

 

 ……騙された。

 

 「フハハハ!!その表情!!正に美味である……!」

 

 これはまた、なかなか個性のある人が現れたものだ……。

 私は苦笑いしつつ、とりあえず、この男性と乾杯を交わした。

 

 

 

 

 バニルと名乗った男性は、その後も私の元を訪れては、一緒に酒を飲んでいた。

 彼は毎回私を騙し笑い、私は騙され苦笑いし、

 それでも、和真さん達が居ない日々を楽しく過ごしていた。

 

 

 

 そして、これまた別の日に、新たな人物が私の元を訪れた。

 

 

 今日も数人の相談を受け、満足して帰っていく人達をこの席から見送っていた時だった。

 ……明らかに、こっちを見ている。

 私はチラリと、ある方向を見た。

 そこに居た人物はビクリと身体を震わせ、視線を逸らす。

 それが何度も繰り返されていた。

 その人物は、気付かれていないと思っているのかもしれない。

 現に私も、なるべく見すぎないように、本当にチラッと程度で見ていた。

 しかし、それでもその人物は目立っていた。

 

 

 幸か不幸か、月に照らされた彼女は、他の人達よりもずっと目立っていた。

 

 

 流石に気になって仕方ないので、私は一度じっくりと彼女を見た。

 彼女は驚き、視線をキョロキョロと逸らす。そしてまた目が合うと、また逸らした。

 それが何回か続いた後に、私は彼女に対し右手を上げてこっちにおいでと手を動かした。

 彼女はまた身体を震わせたが、恐る恐る、ゆっくりと私に近付いてきた。

 そうして、ようやく私の目の前まで来た彼女に、私は席に座るように言った。

 

 黒いローブを来た彼女、いや少女は、どこかめぐみんさんと似たような感じを漂わせた。

 席に座った少女に何か飲みますか?と尋ねると、あたふたと慌て始める。

 

 「だ、大丈夫です!ご迷惑になるので……!」

 

 ここ最近見ることのなかった遠慮する姿に、

 初めて和真さんと出会った時の事を思い出して小さく笑った。

 そして、遠慮する少女に、私はジュースを一杯奢った。

 

 

 「ほ、本当にいいんですか……?私なんかに奢ってもらっちゃって……」

 

 可愛い女の子に喜んで貰えるならこれくらい。

 私はそう言って、自分のグラスを持ち上げ少女に向ける。

 

 「か、かかか、可愛いなんてそんな……あ、あの、それじゃ……」

 

 少女は顔を真っ赤にさせつつ、目の前に置かれていたジュースが入ったコップを手に取り、

 同じように、私に向ける。

 私は、新たな出会いに。

 少女は、奢ってくれた私に。

 

 二人を照らす月の下で、乾杯をした。

 

 

 

 そうして、

 和真さんが居ない間に新しく出来た愉快な飲み仲間達と、

 今日も夜を共にしていた。

 一緒に過ごしていく内に、私は二人の事を少しずつ知った。

 バニルさんはウィズさんの元で働いていて、元々は違う街から来たという事を。

 この前出会った少女、ゆんゆんさんはめぐみんさんと同じ里の出身だということを。

 二人の話を聞いて、そしてこうして出会ったのも、

 元を辿れば和真さんのおかげだということを知った。

 私は二人に出会えた事を、そして、いつも中心に居る和真さんに、乾杯をした。

 

 

 

 

 それから、バニルさんが酔い初め、

 アルコールの匂いでなのか、同じように酔い始めたゆんゆんさんを見て、

 そろそろお開きにしましょうかと言った時だった。

 

 「てめぇ、やるのか!?」

 

 「上等だこらっ!!」

 

 

 向かい側の冒険者用の酒場で、騒ぎが起きていた。

 何が原因かはわからなかったが、

 喧嘩してる二人はお互いに酔っ払っているようだった。

 周りは様子を見ながら声をかけるだけで、誰も止めようとはしない。

 そうしてる間にも、二人はお互いを掴み合い暴れだす。

 テーブルや椅子にぶつかり、物が倒れる。

 流石にまずいと思ったのか、他の冒険者が止めようとして――

 

 

 

 「我輩の登場であるっ!!」

 

 

 同じく酔っ払ったバニルさんが、いつの間にか彼らの前に立ちそう叫んだ。

 二人の冒険者は唖然とするが、バニルさんは続けて言った。

 

 「無駄な争いはやめるがいい。せっかくの酒が台無しになるぞ?」

 

 フハハハ!と笑う彼に、ようやく状況を理解した二人はバニルさんに突っかかる。

 

 「んだこら!てめぇもやんのか!?」

 

 「まずはお前からだ変な仮面男!!」

 

 二人の敵意を受け、それでもバニルさんは冷静に、呆れていた。

 

 「……やれやれ、仕方ない」

 

 

 ビシッとポーズを決めたバニルさんは、そうして、名乗ったのだった――。

 

 

 

 

 

 「本当に、すみませんでした!!」

 

 二人の冒険者が頭を下げて私に謝る。

 私は、今後は気をつけてくださいね。と言って彼らに一杯奢った。

 ……内心、かなり緊張しながら。

 

 

 あの夜。

 酔ったバニルさんに便乗してゆんゆんさんも名乗り、

 そして二人に押され私も名乗ったあの恥ずかしい、あの夜。

 あの後、二人の冒険者がバニルさんに殴りかかろうとして、

 ようやく他の冒険者達がそれを止めた。

 覚えていろよ!そうセリフを残し去った二人なのだが……。

 

 翌日、彼らはこうして私に頭を下げて謝っていた。

 理由を聞いたのだが、なんでも、さっきまでギルドで昨日の話をしていたらしく、

 その話を聞いた他の冒険者や、受付のルナさんにこっぴどく怒られたらしい。

 バニルさんは知る人ぞ知る人物で、世話になってる人も居て。

 ゆんゆんさんも、冒険者達の中ではなかなか人気があるらしく。

 

 だがそれよりも……

 

 私に対しても暴力を振るおうとしたのが一番問題だったらしい。

 その場で話を聞いていた者達の多くが、私の夜の相談屋でお世話なっていたらしく、

 ただの一般人に何するつもりだー!あの人に手を出すなら黙ってねぇぞ!!と怒ったらしい。

 まさか自分も、そういう対象に入っているとは思っていなかった。

 恥ずかしい気持ちになりつつ、相談屋をやっててよかったなと小さく思い、

 反省してくれている二人と共に、乾杯を交わした。

 

 

 

 

 

 「ただまー。あー、疲れた」

 

 旅先から帰ってきたアクアさんが、私の正面の席に座り、

 いつものように酒を注文して、運ばれてくるのをワクワクして待つ。

 

 おかえりなさい。と返す私に、

 

 「ただまー。あ、ちょっと聞いてよ。カズマったらねまたわたしの事をね!」

 

 いつものように愚痴を言い始めるアクアさんを見て、

 変わらないなと思いつつ女神様の話を聞きながら微笑んだ。

 

 

 「そうそう、はい、これ」

 

 言いたいことを言いようやく落ち着いた頃になって、

 アクアさんは来た時に持っていた袋から、私に一つの瓶を差し出す。

 それを受け取り、なんですか?と訪ねた。

 

 「お酒よ。あっちに行った時にカズマがいつも世話になってるからお土産買っていけ―!ってうるさくてね。一応そこだけの限定品らしいわよ?」

 

 感謝しなさい♪と腕を組んでドヤ顔をするアクアさんに対し、

 私はお土産を貰えること事態想定していなくて、驚いてしばらく固まってしまった。

 そして、アクアさんにお礼を言いつつ、

 和真さんにもお礼を言わないといけないなと思った。

 

 「あ、せっかくだからそれ開けて飲みましょ!」

 

 アクアさんはそう言って、既に飲み干して空になったジョッキグラスを私に差し出す。

 わかりました。と苦笑しながら、私は蓋を開けて女神様のジョッキグラスに注ごうとして――

 

 

 「ほう、なかなか美味しそうではないか」

 

 急に現れたバニルさんがジョッキを差し出し、それに注いでしまう。

 そして、バニルさんはそれを一気に飲み干した。

 

 「……これは良い。兎よ。もう一杯くれるか?」

 

 そう言って席に座り、再度グラスを差し出すバニルさん。

 私は困惑しながらも、差し出されたジョッキグラスに注ぐ。

 注がれたそれをバニルさんはまた飲もうとして――アクアさんが奪い取った。

 

 

 「ちょっと!!わたしのお酒よ!!」

 

 「いいや、兎が我輩のグラスに注いだのだから我輩のである」

 

 「買ってきたのはわたしよ!!」

 

 「注いでしまえば我輩のものである!」

 

 

 お互い言い合いながら、一つのジョッキを奪い合う。

 そんな姿を見ながら、私はアクアさんのジョッキにひっそりと注ぎ、

 そして、自分のグラスにも注いで、乾杯をした。

 

 

 

 ――ふふ、美味しい。

 

 






明日も投稿予定なう。


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月まで届け、この一杯。

生まれてから、いつも聞かされていたあの人のお話。
初めて会ったその人は、かっこいいというわけではなかった。


ただ、凄く綺麗で。手を伸ばしても、届きそうになくて。


そして、聞いてた通り、ずっとずっと、優しい人でした。


 「そろそろギブアップしたらどうかしら?」

 

 「フハハハ!それは我輩のセリフだ女神よ!そろそろ限界ではないのか?」

 

 

 テーブルの上の酒瓶が、二人がジョッキグラスを強く置く度に少しずつずれていき、

 地面に落ちそうになるのを私は受け止め元の位置に戻す。

 それを、既に3回は繰り返していた。

 流石にもう限界かなと思いいつもの店員さんを呼ぶ。

 テーブルの上に置かれている大量の酒瓶を店員さんは運んでいく。

 数が多く1人では持てなかったので、私も手伝った。

 本来なら別の店員さんが手伝うのだが、今日は特別混んでいて。

 他の店員さんは忙しそうにあっちへこっちへ注文を受けに行っていた。

 

 「すみません、手伝ってもらって」

 

 彼女は私に謝るが、これくらいは全然構わない。

 むしろここ最近はアクアさんとバニルさんの、

 酒飲み勝負で迷惑をかけていることに、私はすみませんと謝った。

 

 「いえいえ、貴方が楽しそうでよかったです」

 

 彼女はそう言って笑う。

 この人にもわかるくらいに、私は表情に出ていたのだろうか。

 そう思うと、なんだか恥ずかしい。

 

 「初めて来た頃は、どこか怖いイメージがありましたので」

 

 ここに来た頃は、ただじっと月を見ていた。

 酒を頼み、つまみなども用意せず、ただ独りじっと月を見ていた。

 そんな私の姿が、彼女にとって、いや、当時から私を見ていた人達にとっては、

 相当変なやつだと思われていたのだろうか。

 元の世界に居た時も、私はずっと月を見ていた。

 何をするにも、最後には月を見ていた。

 

 だが、この世界に来て……

 

 多くの人に出会い、同じ夜を共に過ごしていくうちに、

 月を見ていた時間と同じくらい、私はその人達と話を交わした。

 月をただ見ていた私が、

 今では、月の下で、月に照らされつつ、誰かと一杯やる。

 

 それは私にとっても、

 そして彼女にとっても、とても喜ばしいものだったんだと思う。

 そう思わせるほどに、彼女の笑顔は嬉しそうだった。

 

 

 

 

 「夜兎さん、忘れていたのですが……これ、どうぞ」

 

 酒瓶を片付け席に戻った私はアクアさんとバニルさんとまた酒を飲み始めていた。

 そんな私の元に、彼女は思い出したかのように急いで駆け寄ってきた。

 その手には、一つの白い紙が握られていた。

 

 「お手紙のようですよ?なんでも、住所がわからず、この場所にいけば大丈夫だと」

 

 そう言って差し出してきたその手紙を、私は受け取る。

 表には私の名前が書かれていた。住所は、書かれていない。

 裏を見た私は、最初その名前が誰のものかわからなかった。

 その名前の横に書かれていたそれに気付いて、私はやっとわかった。

 

 

 ――生涯の友へ。飲み仲間より。

 

 

 それは、遠くの街に行った彼からの手紙だった。

 私は嬉しくなり、初めて彼から届いたその手紙の中身を見る。

 

 

 「なになに、手紙?ラブレターかしら?わたしにも見せなさいよ!……って、どうしたのよ?」

 

 「……そういうことか。女神よ、今は、何も言うでない」

 

 「な、なによ?どういうこと?」

 

 

 

 

 

 

 ――拝啓、遠くの街にいる、父の大事な友さんへ。

 

 ――話は、父と母からずっと聞いていました。

 

 ――貴方に、ぜひともこちらの街に来ていただきたいのです。

 

 

 

 

 

 

 ――どうか、父と母の墓に、会いに来てくれませんか?

 

 

 

 

 

 それは、彼の死の知らせだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガタガタと揺れる小さな馬車の中から、私は外の景色を見る。

 その右手には、例の手紙を握っている。

 初めて見る外の景色に、少しはワクワクしていた。

 それでも、頭の中はずっと彼の事ばかり考えていた。

 私は再び手紙の中身を読んだ。

 とても綺麗で、でもところどころ文字がかすんでいるその手紙を、私は読み返した。

 

 

 

 彼は、友は、流行り病で亡くなった。

 当時、その街では流行り病起きていて、多くはなかったが何人かの命が亡くなった。

 その中の二人が、彼と、その奥さんだった。

 

 最初は奥さんが病気になった。

 医者に見てもらった結果、流行り病だという事がわかった。

 当時治すすべがなかったため、

 病気にかかったものは運良く生きるか、ただ死ぬしかなかった。

 医者は彼に、残念ですと話しながら奥さんと離れるように伝えた。

 奥さんも既に病気を理解しており、彼に感染るからと言って別れを告げようとした。

 それでも、彼は一緒に居た。

 

 ずっと側で看病していた彼に病気は感染り、徐々に彼の身体も弱くなっていたらしい。

 それでも、ずっと側にいて。

 そして、幸か不幸か、二人は同じ日に亡くなったという。

 最後には、お互いに手を繋いで。

 

 

 

 手紙の裏に書かれていた生涯の友へ。飲み仲間より。とは、彼の娘さんが書いたという。

 父の話を聞いた娘さんが、父ならきっとこう書くだろうと思って。

 娘さんに感染らなかったのは、彼女が別の街に居たから。

 成長した彼女は父と母の静止を振り切って冒険者になっていた。

 生まれた街だと両親に止められると思った彼女は、

 別の街のギルドに登録して冒険者をやっていた。

 

 

 そうして、しばらくして娘さんもその知らせをしったという。

 戻った頃には既に両親は亡くなっており、

 更に流行り病も二人が亡くなった直後に薬が出来て解決したという。

 娘さんは別の街で冒険者をやるのを止めて、

 今は住んでいた両親の家に住み、その街で冒険者をやっているらしい。

 墓も出来てようやく落ち着いた頃に私の事を思い出し、こうして手紙を送ってきた。

 

 

 

 最後まで読んで、そして書かれていた文字に人差し指を当てる。

 ところどころ濡れた跡でかすれている文字は、きっと娘さんが泣きながら書いたのだろうか。

 もしそうなら、きっと娘さんは今も……

 

 

 「……大丈夫ですか?」

 

 文字をじっと見ていた私に、彼女は声をかけた。

 私は大丈夫ですよ。と言って、本当に良かったのですか?と彼女に言った。

 普段の制服姿とは違い、可愛らしい私服姿の彼女は微笑んで言った。

 

 「だって、今の貴方1人だと、なんだか危なくて」

 

 私が守ってみせますから!と右手で拳を作って私の胸に優しく当てる。

 彼女の優しさに感謝しつつ、私は小さな馬車が走る先を見る。

 

 大きな城壁が見え、その向こうに待つ人物に私達は今から会いに行く。

 

 

 

 

 

 辿り着いた街で、

 私と彼女は手紙に書かれていた住所の場所を街の人に聞いた。

 話を聞いてくれた人達は皆、彼とその奥さんを知っていた。

 とても仲がよく、この街で一番お互いを愛し合っていた夫婦だったと評判だった。

 それがまるで自分のように私には誇らしくて、早くその事を彼に報告してあげたいと思った。

 

 そうして、人々に聞いて向かった先に――

 

 

 「……夜兎さん、ですか?」

 

 その娘は居た。

 

 彼と同じ強い瞳を、そして奥さんと同じ髪色をした可愛らしい女の子が。

 

 

 

 

 

 娘さんに案内され、私と彼女は彼と奥さんが眠るその場所まで歩いた。

 道中、大きな畑が見えて、それをじっと見ていた私に娘さんは言った。

 

 「父の畑です。いつか、夜兎さんに見せたいって言ってました」

 

 今は親戚の人や彼の知り合いが協力して育てているらしいその畑から、

 私は彼が一生懸命ここで働き、生きてきたんだと感じた。

 しっかりとこの目で彼の畑を見る。

 

 確かに、見たよ。

 確かに、感じたよ。

 君の、生命を。

 

 

 

 

 

 

 そこは、一番、月に近い場所だった。

 彼の最後の遺言だったらしい。

 

 

 ――どうか、俺と女房を、一番月の近い場所に。

 

 ――俺達を会わせてくれた月に、そしてあいつに、届くように。

 

 

 

 それを聞いた私は、1人だけで行かせてくれませんか?と言った。

 娘さんも、彼女も、小さく頷いた。

 感謝を述べ、ゆっくりと歩き出す。

 

 

 

 

 

 どれだけの時を、二人は共にここで過ごしたのだろうか。

 

 どれだけの夜を、二人は共に乗り越えたのだろうか。

 

 どれだけの月を、二人は共に見て、そして二人を、月は照らし続けたのだろうか。

 

 

 

 立ち止まり、小さな小さな、その墓に、呟く。

 

 

 

 ――やぁ。随分と遅くなったけど、来たよ。

 

 

 

 

 

 

 私は、彼に、そして彼が愛した彼女に、20年ぶりに会った。

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 娘さんが作ってくれた料理を、彼女は美味しそうに食べる。

 私は少しだけ食べ、そして残してしまった。

 申し訳ない、と娘さんに謝るが、彼女は大丈夫ですと答えた。

 私が少食なのも、娘さんは聞いていたらしい。

 一体どれだけの事を娘さんに話したのだろうかと苦笑しつつ、

 私はそれじゃ、失礼するよ。と言って外に出る。

 手には酒瓶とグラスを持って。

 

 

 

 

 

 「……あの」

 

 「はい?」

 

 「夜兎さんの、奥さんですか?」

 

 娘は彼女に言う。

 彼女は笑って、そして言った。

 

 「そうだったら、良かったんだけどね」

 

 その言葉を聞いて、娘は理解する。

 

 「……そうですか」

 

 そうして、二人は肩を並べて一緒に食器を洗った。

 

 

 

 

 

 

 初めて訪れる場所で、その月を見る。

 いつもと違った表情を見せる月が私を照らす。

 しばらく見て、そして彼のグラスに酒を入れて墓の前に置く。

 

 ――懐かしいですか?わざわざ、あの店から持ってきたんですよ?

 

 

 ふと、月が強く私を照らした気がした。

 

 

 私は再び月を見る。

 月は、笑っているように見えた。

 

 私も笑って、そしてグラスを月に掲げる。

 

 

 

 ――乾杯。

 

 ――……乾杯。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの、夜兎さん」

 

 三日後、私と彼女は帰ろうとした所、娘さんに声をかけられる。

 どうしました?と私は答える。

 

 「父と、母と、出会ってくれて、ありがとうございました」

 

 そう言って、娘さんは頭を下げる。

 私は、彼女に荷物を一度預け、娘さんに近寄る。

 そして、顔を上げた少女を、優しく抱きしめた。

 

 「え、あ、あの、夜兎さん……?」

 

 

 ――こちらこそ、生まれてきてくれて、ありがとう。

 

 

 「あ……」

 

 

 きっと、彼も、奥さんも、ずっと言いたかった言葉。

 私はそれを代わりに伝える。

 少女は、私を強く抱きしめ、泣いた。

 心を強く見せようとも、表面上強く見せようとも、この娘はまだ子供だ。

 だから今は、思いっきり泣いていい。

 ずっとずっと溜めていた物を、今は吐き出していい。

 彼が出来なかった事を、私が代わりに出来るのなら。

 

 

 今はただ強く、私にぶつけていい。

 

 

 

 

 

 

 「ごめんなさい。それと……ありがとうございました」

 

 気にしないでください。と答える私に、娘さんは言った。

 

 「聞いてた通り、本当に、優しい人ですね」

 

 恥ずかしいな。そう言って笑う私に少女は、同じように笑って、そして言った。

 

 

 「あの、いつか、いつか夜兎さんの元に行きます。そしたら、私とも飲んでくれますか?」

 

 ええ、勿論。

 その時は、貴方の父の話をしましょう。彼と過ごした日々の事を。私は答えた。

 

 「楽しみにしてます」

 

 少女は寂しそうに、でも何かを強く決心し、そう言った。

 私と彼女は、そんな少女にまた会いましょうと言って街を去った。

 

 

 

 

 

 

 「あの娘、貴方に恋をしましたね」

 

 

 

 帰りの馬車で、彼女は言った。

 私は笑って、それは無いよと返した。

 

 「はぁ、相変わらず、女の子の気持ちはわからないんですね」

 

 呆れる彼女に私は苦笑する。

 

 

 ……わかっているよ。十分、わかっている。

 でも私は答えられないんだ。

 

 

 あの娘にも。

 

 そして、君にも。

 

 

 

 「……あ、見えてきましたよ?今日の夜はどうします?」

 

 彼女の言葉に、私は笑って返す。

 

 

 ――勿論行きますよ。月を見るために。

 

 

 

 

 

 




明日も投稿します。GW中に完結です。


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月花夜兎。


 貴方はずっと、月を見ていて。

 とっても綺麗で、かっこよくて。

 私はずっと、貴方を見ていました。

 それも、今日で終わり。



 私の初恋のお話、聞いてくれますか?




 

 心地よい風が吹く。

 何度目かの春がやってきた。

 私は、この温かい夜風が、

 また新たな出会いを連れてきてくれるのだろうかと思いつつ、

 今日も独り飲み明かす。

 

 

 

 

 「夜兎さんって、結婚とかしないんですか?」

 

 青年の、和真さんのその言葉に私は思わず笑った。

 そんな私を、和真さんは不思議そうに見てくる。

 中身が入っていない空のグラスを眺めつつ私は言う。

 

 こんな老人を貰ってくれる人がいるかい?と答える私に、

 和真さんは右手を上げ左右に振って言った。

 

 「いやいや、夜兎さんモテるじゃないですか。この前も仕事場に大量の女の人、来てたの見ましたよ?」

 

 ああ、あの事か。

 不思議なことに、歳を取ると変にモテるらしい。

 落ち着いた紳士な男性だとか、ダンディーなところに惹かれるだとか。

 そういった理由で、ここ最近は特に女性客が来るようになった。

 

 ここでの相談屋もそうだ。

 初めて相談屋をやってから評判は徐々に上がって、

 気付けば女性の悩み事を聞いてる時間が多くなった。

 

 

 たまにサキュバスの方がお礼にお店に来てくださいとクーポンを渡してきたりすることもある。

 そういった物は全部和真さんや冒険者さん達にあげていた。

 最近は、ただ雑談目的で来たりする人も居る。

 私としては、愚痴でも雑談でも大歓迎なのだが……

 こういう風に、何かと茶化されることも多くなって少し困ってはいた。

 

 

 「和真さんも、モテモテじゃないですか」

 

 いつもの酒を運んできた彼女が、テーブルにそれを置いて和真さんに言った。

 彼女の言葉に和真さんは恥ずかしそうに、両手をバタバタと振って言う。

 

 「い、いやいや!俺達そういうのじゃないですから!何言ってるんですかもう!」

 

 あらあらと笑う彼女に、和真さんは仕返ししようと思ったのか、彼女に言った。

 

 「そう言うのなら、店員さんだって、夜兎さんといい感じじゃないですか!二人共付き合ってるんじゃないんですか~?」

 

 にっしっしと笑う和真さんに、私は困ったように苦笑し、

 青年の言葉から逃げるように月を見る。

 背中に彼女の視線を感じながら、その言葉を聞く。

 

 

 

 

 

 「私達も、そういう関係じゃないですよ。だって私、結婚しますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……え?」

 

 

 彼女の言葉に、和真さんは困惑する。

 私に、そして彼女に、キョロキョロと視線を移しているのがわかる。

 私はグラスを持ち上げ、独り静かに月を見て酒を飲む。

 彼女はしばらく私に視線を移し、そして和真さんの方を見て言う。

 

 「私が生まれた街に幼馴染が居るのですが、この前帰省した時にプロポーズされたんです」

 

 「そ、そうだったんですね……」

 

 「私も、もういい年齢ですし、そろそろ身を固めたらどうだーって、お母さんが」

 

 「あれ、店員さんて何歳でしたっけ?」

 

 「もう、女性に年齢を聞くのはだめですよ?カズマさん」

 

 「え?あ……す、すみません」

 

 「ふふ、冗談です。今年で28です。おばさんですよね?」

 

 「わっか!?いや全然!!そうには見えないですよ!?」

 

 「ありがとうございます。でも、周りからしたらもういい年齢ですよ」

 

 「へぇー……全然そうには見えないけどなぁ」

 

 「そういう事で、来週にはこのお店を辞めるんです」

 

 「……え!?ら、来週!?」

 

 「はい。急でごめんなさいね」

 

 「いや……でも、そっかぁ……もう、会えなくなるんですね」

 

 和真さんはそう言ってジョッキグラスに口をつける。

 ゴクゴクと飲んで、そして何か思いついたのか、言った。

 

 「そうだ!お祝いしませんか!?皆呼んで、パーッと飲みましょうよ!」

 

 「そんな、悪いですよ」

 

 「気にしないでくださいよ!今までのお礼も兼ねて、奢らせてください!」

 

 「うーん……」

 

 悩む彼女に、店内からマスターさんがやってくる。

 

 「いいんじゃないかな。私は賛成だよ?」

 

 「マスター……」

 

 「私達も君には随分と助けられたからね。カズマ君、決まったら教えてくれるかい?その日は彼女を休みにするから」

 

 「了解です!夜兎さんも、絶対来てくださいね!?」

 

 ええ、必ず行きますよ。私はそう言って和真さんと乾杯した。

 彼女は笑って、楽しみにしてますね。と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 「それでは、店員さんの新たな門出を祝して!」

 

 「「「かんぱーい!」」」

 

 

 

 そうして、彼女を祝うその夜がやってきた。

 そこには、今まで彼女に世話になった者。

 彼女の熱狂的なファン。

 同僚。マスター。

 そして、和真さん達一行が、彼女を祝っていた。

 私は独り、いつもの席で静かに飲んでいる。

 その様子を、彼女が笑っている姿を、私は見ていた。

 

 

 

 

 

 「隣、いいですか?」

 

 盛大に祝福され、少し疲れた表情をした彼女が私の元に来て言った。

 どうぞ。と言って彼女を座らせる。

 彼女は手に持っていたグラスをテーブルに置くと、

 同僚を呼んで新しいお酒を注文しようとした。

 私はそれを止め、違う物を頼んだ。

 それは、このお店で一番高い、あのお酒だ。

 

 「いいんですか?私なんかの為にあのお酒を……」

 

 私は言った。

 

 老人は、彼の祝福に。

 彼は、私との出会いに。

 私も、いつかは頼もうと思っていた。

 

 

 大切な人に贈ろうと。

 

 

 「……ずるいですよ、そういうの」

 

 

 彼女は寂しそうに言う。

 そうして、運ばれたあの酒を彼女のグラスに注ぐ。

 すると、今度は彼女が私のグラスに注ぎ始めた。

 

 「なら、私も贈ります。大切な貴方に」

 

 彼女は笑って、そう言った。

 私も同じように笑って、そしてグラスを掲げる。

 

 

 

 

 ――おめでとうございます。

 

 

 「……ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅立ちの日。

 私は城門前で、彼女を見送る。

 

 「こんな朝早くから……本当に、ありがとうございます」

 

 謝る彼女に、私は大丈夫ですよ。と答えた。

 そして、持っていたその花を彼女に渡す。

 

 「これは?」

 

 スイートピーです。と私は言った。

 花言葉は、「私を覚えていて」

 

 私も君の事を忘れません。

 だから君も、どうか暇な時にでも、

 あの高く上がり、輝き続ける月を見て、

 たまには私を思い出してください。

 

 そう告げて。

 

 

 「……ほんと、ずるいです」

 

 彼女は花を受け取ると、私の目を見る。

 そして、言った。

 

 「……結局、あの月から貴方を振り向かせる事はできなかったですね」

 

 「私、絶対に忘れません。貴方の事を、あの月の事を」

 

 「貴方と出会ったあの夜の事も。全部、覚えてますから」

 

 「また、月の下で会いましょ?兎さん」

 

 そう言って、彼女は馬車に乗る。

 小さな馬車はゆっくりと歩き出し、そして徐々に、遠くまで走っていった。

 私はそれを、見えなくなるまで見守る。

 

 そうして、私はまた一つ、別れを知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「こんばんは。今日も来てくれたんですね。いつものお酒、用意してますよ♪」

 

 

 

 「夜兎さん……ですか。不思議な名前ですね。でも、いいと思います」

 

 

 

 「……名前の由来ってそういう事だったんですか?じゃあ、今度からは兎さんて呼びますね!なーんて」

 

 

 

 「あの……今日はこの後お仕事もないので……その、一緒に!お酒を飲みませんか……?」

 

 

 

 「いらっしゃいませ。こちらの席にどうぞ……え?月がよく見える席……ですか?えっと、多分こちらだとよく見えるかと…………不思議な人」

 

 

 「お待たせしました。こちら……あっ……」

 

 

 ――ありがとうございます。……どうかしました?

 

 「あ、いえ!なんでもないです!そ、それじゃ!!」

 

 

 

 

 

 

 「……月を見てる姿、とっても綺麗だったなぁ」

 

 

 

 

 

 

 馬車の中で、彼女は涙を拭う。

 そして、もう遠くて見えなくなった男に、小さく呟いた。

 

 

 

 「……さようなら。ずっと、ずっと、大好きでした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……寂しいなぁ」

 

 私の前で、和真さんがため息をついて呟く。

 どうしました?と言う私に、和真さんは言った。

 

 「店員さん居なくなって寂しくないですか?もうあの笑顔も声も聞けないのが、辛くて辛くて……」

 

 

 和真さんの言葉に、私は月を見て言った。

 

 

 ――こうしていれば、彼女に会えますよ。

 

 

 「ロマンチストだなぁ、夜兎さんは」

 

 そう言って、和真さんはまたちびちびと酒を飲み始める。

 そしてふと、彼は言った。

 

 「そういえば、ずっと気になってたんですけどね?」

 

 なんだい?と答える私に、和真さんは続けて言う。

 

 「月花夜兎さんのそれぞれの文字の由来はなんとなくわかるんですけど、兎ってなんなんですか?」

 

 私はそれを聞いて、少し黙り込む。

 そして周りに人が居ないか確認し、和真さんに耳を近づけるように言った。

 不思議そうに、和真さんは耳を近付けて私の言葉を聞く。

 

 

 なんてことはない。

 

 月は、私が好きだから。

 

 花は、私が好きだから。

 

 夜は、私が好きだから。

 

 じゃあ兎は?兎も好きだから?

 

 

 いや、違うよ。

 

 

 

 「……あー、なるほど。言われてみれば、たしかにそうですね!」

 

 和真さんはそう言って、私を見てニヤニヤと笑う。

 こうして話すのは、君と、彼女だけだよ。と私は言った。

 そして月を見て、今日も乾杯をする。

 

 

 

 

 

 

 

 ――私はね、これでも結構、寂しがり屋なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ、聞いてるの?」

 

 青髪の少女に肩を揺らされ、私は気付く。

 ええ、聞いてますよ。と返して少女を見る。

 女神、アクアさんは私の返答にほんとに?と不満そうに返した。

 

 「むー。ほんとは夢でも見てたんでしょー」

 

 彼女の言葉に、バレましたかと私は答える。

 ふふん、女神様ならこれくら当然よ!と言って、誰の夢を見ていたのか聞いてきた。

 私は、和真さんの事を思い出してましたと答える。

 

 「……そう、カズマのことを、ね」

 

 そう言って、アクアさんはちびちびと酒を飲み始める。

 

 

 

 

 あれから10年。

 

 

 私の隣にはアクアさんだけが居る。

 

 

 

 

 

 世界を救った勇者、佐藤和真さんは、もうこの世界には居なかった――。

 

 

 

 






エーペックスやってて忘れてました(´゚ω゚`)

明日も投稿です。


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今宵、月は登らず。


いろんな人に出会い、共に乾杯し、そして、去っていった。

あの世界では、決して手に入る事が出来なかったそれらが、ここにはあった。

多くの夜を。多くの月を。私は過ごし、私は見てきた。

そうしてやっと、私は初めて、世界というものを好きになれた気がした。


本当にありがとう。私を、ここに連れてきてくれて。


――ありがとう。





 

 多くの人が青年を祝福した。

 多くの人が青年を愛した。

 多くの人が、青年に救われた。

 

 

 青年、佐藤和真は、その生命を削り、魔王を倒した。

 

 

 誰もが知っている、青年の偉業を。

 誰もが覚えている、青年の名前を。

 誰もが嘆いている、青年の死を。

 

 

 多くを魅了し、守り、そして消えていった青年を、誰も忘れない。

 私も、そしてアクアさんも、

 こうして、乾杯をする度に思い出す。

 今もこうして、隣で笑う和真さんの声が聞こえるような気がして。

 

 

 

 「ほんっっとに!!女神様を置いて死ぬとかありえないわよ!!!」

 

 アクアさんはそう言って、飲み干したジョッキグラスをドンッ!と置いた。

 私は苦笑しつつ、それでも、彼女の気持ちがわかるので何も言わなかった。

 

 「まぁ百歩譲って死ぬのは仕方ないとしてよ?何で最後に選ぶのが私じゃなくてめぐみんなのよ!!おかしいわよ!?」

 

 返答に困る言葉に、ただただ苦笑するしかなかった。

 和真さんは、最後の伴侶としてめぐみんさんを選んだ。

 二人は最後まで仲良く暮らしていた。

 ダクネスさんは和真さんの結婚を知ると、

 前々からお見合いを受けていた男性と結婚したらしい。

 そうして、独り残されたアクアさんは、

 和真さんが亡くなるその日まで毎夜私の元に来ていた。

 最終的に、屋敷に居づらいと言った彼女は、

 気付けば私の家に住み着くようになっていて。

 私は、そんな彼女の世話をしていた。

 

 

 「あーもう!ちょっと!!追加のお酒持ってきてちょうだい!!」

 

 アクアさんの言葉にビクッと震える店員さん達。

 誰も彼女の元に行きたがらないのがよくわかる。

 仕方ないので、私はマスターさんの元まで行き、一本追加で貰って席に戻った。

 

 

 「なんでわたしじゃないのよぉ……ぐすん」

 

 酔いが回って、泣き始めたアクアさんの様子を見ながら、月を眺める。

 今日は、少し曇っていた。

 たまにはこんな日もあるだろうと思った私は、

 上着をアクアさんの背中にかぶせ、独り静かに飲み始めた。

 短く切りそろえた白い髭を触りつつ、昔の事を思い出す。

 全てが懐かしくて、全てが、まるで現在のように、そこにあるかのように、思えて。

 気付けば独り、ポロポロと涙をこぼしている。

 老いたな、そう思いつつ涙を拭っていると、

 アクアさんが起き上がって背伸びをする。

 そして、置いていた水が入ったコップに口をつけ、一気に飲み干した。

 

 「ぷはー!あー、スッキリした」

 

 落ち着きましたか?そう言う私に、アクアさんはまぁまぁね。と答える。

 そしてしばらく一緒に月を見て、女神様は言った。

 

 

 

 

 

 「わたしね、帰ることにしたの。天界に」

 

 

 

 

 なんとなく、そうなるんじゃないかと気付いていた。

 それでも、その言葉を聞くと、やはり寂しくなって。

 私はしばらく黙り込んで、そして言った。

 寂しくなりますね。と。

 

 「え、なになに?寂しいの?ねぇ寂しいの?ぷーくすくす」

 

 アクアさんはそう言って茶化す。

 私は、寂しいですよ。と返した。

 

 「……ありがと。まぁ、悪くなかったわよ、あなたとの日々も」

 

 魔王を倒した事によって、女神様としての役割を果たした彼女は、

 この世界に残るか、天界に戻るかという話を受けていた。

 アクアさんは戻るつもりはなかったらしい。

 ……和真さんが亡くなるまでは。

 

 亡くなってから少しの間は、いつもの調子でアクアさんは過ごしていた。

 しかし、日に日に、アクアさんは1人考え込む時間が増えていた。

 私が飲みに誘っても、気分じゃないと断れることもあった。

 そんな日々が続いて、そうしてやっと、アクアさんは決心したんだろう。

 

 「長々と居てもしんみりするだけだし、もう行くわ」

 

 アクアさんはそう言って、席から立ち上がり、

 そして私に、大きな布袋を渡してきた。

 中を見ると、大量のお金が入っていた。

 

 「あなたにお世話になったお礼よ。感謝して受け取りなさい♪」

 

 そう言ったアクアさんに、私は、今までの感謝を述べた。

 貴方と過ごした日々は、とても充実してました。

 私を、この世界に連れてきてくれて、本当にありがとうございました。

 貴方は、私にとって、そして、和真さん達にとっても、最高の女神様でしたよ。

 私は微笑んで言った。

 

 

 そして、彼女も笑って言う。

 

 

 

 

 

 

 「当然よ!なんてたって、水の女神アクア様なんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、光になって消えていく女神様に、私はグラスを掲げて見送った。

 

 

 

 

 「……逝ったか。あの女神も」

 

 しばらくして、バニルさんが私の元に訪れた。

 その言い方じゃまるで死んだようですよ。と私は答えた。

 

 「女神はもうここに来ることもあるまい。同じようなものだ」

 

 そうですかね?と尋ねる私に、バニルさんは無言で席に座り私を見つめる。

 少し恥ずかしくなって、私は月を見た。

 月は変わらず、曇っていた。

 

 

 「兎よ。調子はどうだ?」

 

 大丈夫ですよ。と私は答える。

 

 「我輩を前に嘘をつくとはな。だが、兎の気持ちもわからんでもない」

 

 すみません。と私は謝る。

 

 「気にするな。時に兎よ」

 

 なんでしょうか?私は尋ねる。

 

 

 「実は、少し考え事があってな。話を聞いてもらおうと思ったんだが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長くなった髪を後ろで縛る。

 髪も、髭も、すっかり白くなった。

 鏡で顔を見る。

 シワが増え、ここに来た頃の面影はもう無くなっていた。

 そう思いながら、再びやってくる眠気に耐えつつ、私は準備をする。 

 

 

 

 

 ここ最近、月を見れていない。

 

 

 

 正確には、夜を迎える前に寝てしまっていた。

 寝る、という行為は、とても良いことだ。

 だが私にとって、寝る事は違うことを意味する。

 

 

 

 

 

 私は、重度の不眠症だった。

 

 

 

 

 寝れる日は、一ヶ月に一度あるか無いか。

 これは、私がホストになる前からそうだった。

 そして、不眠症によって、

 私は月に出会い、そして救われたのだ。

 

 

 

 

 

 

 親が、私によく暴力を振るっていた。

 それは、必ず夜になると、酔った父が酒瓶で私を叩いてた。

 母は止めなかった。母も、私を苛めていたからだ。

 父は目に見える暴力を。

 母は私の身体に汚れを。

 それが毎夜行われていた。

 

 

 

 私は、夜が嫌いだった。

 

 

 

 何時殴られるかわからない日々に、

 何時起こされるかわからない日々に、

 私は怯え、震え、気付けば、眠る事が出来なかった。

 15の時、私は家から飛び出した。

 勇気を出して逃げた先は、ただ暗闇だけがあり。

 戻るにしても、進むにしても、闇しかなかった。

 

 

 そんな私を照らすように。

 道を示すように。

 

 彼女は、輝き続けた。

 

 

 

 それから私は、夜の街を歩き続けた。

 歩いて、歩いて、

 そうして、あの店長に拾われた。

 容姿を褒められ、どこか惹かれるモノを持っていると言われ、

 言われるがままにホストを始め、

 休みの日には勉強を教えられ、

 食事の作法を、言葉遣いを、

 必要な事全てを、教えられた。

 

 

 

 そうして、20になって。

 

 

 私はようやく好きになった夜に、

 そして、ずっと照らし続けてくれた月の下で、

 

 

 私は死んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 茶色いコートを着て、玄関で靴を履き、外に出る。

 鍵を閉め、私はいつもの店に向かう。

 眠気は収まらない。むしろ、段々酷くなってきている。

 それでも私は歩む。

 

 ただまっすぐ。ただ、まっすぐに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 眠い。

 眠くてたまらない。

 

 意識が飛びそうになる。

 その度に頭を振って、強く叩く。

 

 それでも眠気は襲ってくる。

 眠くて仕方がない。

 

 

 それでも一歩。

 また一歩と歩む。

 月を見るために――

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄れゆき意識の中で。

 

 私は最後の力を振り絞って、顔を上げる。

 

 見上げればそこにはいつもの月があるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月は、無かった。

 

 私は、眠った。

 

 



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この夜に、祝福を。

 これは、作り話ではない。

 アクセルという街に、確かに存在した、月を愛した男のお話だ。

 月下の相談屋と呼ばれた男は、多くの人の悩みを聞いた。

 そして、悩む人々の道を、照らしていった。

 

 我輩は、男の話を本に書くことを決めた。

 勿論、本人からも許可を得ている。


 

 これは、月を愛した男のお話。


 これは、我輩の友、兎に送る本である――。




 

 歩いても歩いても、その先はずっと暗闇で。

 

 後ろを向けば、今まで出会った人達が居た。

 

 その先頭に、和真さんが立っていて。

 

 もう休んで良いんですよ。と私に呼びかける。

 

 

 

 それでも、歩みを止めなかった。

 

 

 一歩、後ろに戻ればあの日々に戻れる。

 

 一歩、後ろに戻ればあの人達に会える。

 

 

 

 全てが、私の後ろにある。そして、私が戻ってくるのを待っている。

 

 

 

 

 でも。

 

 それでも、私は歩み続ける。

 

 老人は言った。

 

 何故進む?その先には悲しみしかないぞ?

 

 彼は言った。

 

 お前も十分頑張った。だからもう、俺達と共に戻ろう。

 

 和真さんは言った。

 

 皆、待ってます。俺も、仲間達も!だから夜兎さん、もう休んでいいんですよ。

 

 

 

 皆の声を背負い、私は歩む。

 

 歩んで、歩んで、そして立ち止まり、振り返って言った。

 

 

 

 

 

 

 

 ――それでも、私は歩みます。だって、この月が、今も私の道を照らしてくれてるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……とさん。

 

 ……やとさん。

 

 

 ……夜兎さんっ!!

 

 

 

 声が聞こえた。

 私は答える。

 

 「よかった……!夜兎さん、私が、わかりますか?」

 

 女性の言葉に、私は聞き覚えがあった。

 ええ、覚えていますよ。と答える。

 亡き友の、娘さんに、私はそう答えた。

 何故君がここに?と私は尋ねる。

 

 「……私、大人になりました。お酒も飲める歳になりました。だから夜兎さんに会いに」

 

 そうですか、もう、そんなに経ったのですね。

 答える私に、彼女は言った。

 

 「どこか、痛いところはありませんか?」

 

 大丈夫ですよ。と私は答える。

 すると、彼女の近くから男性の声が聞こえた。

 

 「ったく、心配したぜ爺さん。嬢ちゃんが急に助けてくれ―!って言うから駆けつけてみれば、月下の相談爺が倒れてるじゃねぇか。ほんとにびっくりしたんだぜ?運んだオレたちに感謝してくれよな!」

 

 そう言って、男性は私の肩を軽く叩いて笑う。

 私は、すみませんでした。お礼に今度一杯奢ります。と言った。

 

 「ん?なんだ、爺さん。どっか行くところだったのか?」

 

 ――はい。これから、月を見にいつものお店に行く予定です。と答える。

 

 「……何いってんだ?爺さん」

 

 「夜兎、さん?」

 

 ――おかしな事を言ったでしょうか?と私は尋ねる。

 もしかして、今日も月は曇っているのだろうか。

 

 

 

 「……」

 

 「夜兎さん……?どうしたんですか……?」

 

 

 私の言葉に、娘さんも、男性も、

 そして恐らく、周りに居るであろう人達も、黙り込む。

 その様子を感じ、今日も曇っているのですね。と言った。

 

 

 

 

 

 

 「何いってんだ爺さん……月は、見えてるじゃねぇか」

 

 

 

 

 

 

 

 男性の言葉に、私は何も言えなかった。

 

 ただ、自分の目を両手で触ろうとした。

 

 手探りで探して、ようやく触れたそれは。

 

 確かに開いていた。

 

 でも、この瞳に光は無くて……

 

 

 

 

 ああ、そうか。

 

 

 私は、もう月が見えないのか。

 

 

 

 

 

 しばらく黙り込んで、そして男性に聞いた。

 ここは、あのお店なのですか?と。

 

 「ああ、爺さんが普段から飲んでるあの店だぞ」

 

 そうですか。と答えまた黙り込む。

 座ってる感触は、あった。

 でも、どこを見ても、真っ暗だった。

 声がする方向を見ても。

 人が居るであろう方向を見ても。

 何も無い。

 

 

 あるのはただ、暗闇だけだった。

 

 

 

 そうだ、乾杯をしましょう。

 私は周りに居る人達に言った。

 皆さんも、ぜひ飲んでください。私の奢りです。

 そう言って、店員さんを呼んで酒を注文する。

 若い店員さんは、私の状況を見て困惑してる。

 私には、その様子がなんとなくわかる。

 それでも、いつもの酒を、代わりにマスターさんが持ってきてくれた。

 

 「はい、いつものね」

 

 ありがとうございます。そう言って、私は置かれているであろう酒瓶を手探りで探す。

 すると娘さんが言った。

 

 「わ、私が注ぎます!」

 

 迷惑をかけてごめんね。彼女に言う。

 娘さんはそんな……と小さく呟きながら、グラスに酒を注いでいるのがわかる。

 

 「……どうぞ」

 

 差し出されたであろうグラスを、右手で探す。

 ゴツゴツとした手が私の右手に触れる。

 

 「違う、爺さんこっちだ」

 

 ありがとうございます。

 娘さんに、男性に、そして、私のわがままに付き合ってくれている人達に、感謝を述べた。

 

 

 

 

 月は、たしかにそこにある。

 でも、その光も、暖かさも。

 今の私には感じることが出来ない。

 ただ、暗闇に。

 何も無いその場所に、私はグラスを掲げる。

 これが私の最後。

 

 

 これが、私の最後の、乾杯。

 

 

 

 

 

 

 ――貴方は、今もそこで輝いているのでしょうか?

 

 ――あの時と同じように、私を照らしてくれてるのでしょうか?

 

 ――……だとしたら、ごめんなさい。

 

 ――私はもう、貴方の輝きに答えられないようです。

 

 ――……ありがとう。ずっと、照らしてくれて。私を、支えてくれて。

 

 

 

 ――さようなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……本当に世話のかかるおじいさんね!」

 

 

 「……今回だけよ!またわたしが怒られるんだからっ!!」

 

 

 

 「……どうか、どうかあなたに」

 

 

 

 

 

 

 ――この夜に、祝福を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、とても輝いていた。

 

 いつまでも、いつまでも、私を照らし続けていた。

 

 あの日も、そして、今日も。

 

 彼女は輝き続ける。

 

 月が、私を照らし続ける。

 

 

 

 ――綺麗だ。

 

 

 

 その言葉に、男性も、娘さんも、驚いた。

 

 「爺さん?もしかして、見えてるのか?」

 

 「夜兎さん……見えるんですか?」

 

 ――ええ、見えますよ。とても、とても綺麗です。

 

 そう言って、私はグラスを月に掲げる。

 いつものように、でも、別れを告げるように。

 

 

 

 

 

 

 月に、乾杯をした。

 

 

 

 

 

 

 

 パリン。という音が聞こえ、持っていたはずのグラスが右手からこぼれ落ちていた。

 

 「夜兎さん……?夜兎さん!!」

 

 「おい爺さん!?返事をしろ!!」

 

 薄れゆく意識の中で、私を呼ぶ多くの声を聞きながら、

 

 わがままだとは思っても、最後の後悔を思い出す。

 

 

 

 

 それは、決して届くはずのないもの。

 

 それは、決して叶うはずのないもの。

 

 

 どれだけ願っても、聞くことのできないその声は、いつしか私の夢だった。

 

 

 

 ……だから、嬉しかった。

 

 

 

 

 

 「――これからもずっと、貴方と共に」

 

 

 

 

 

 ――ああ、やっと。

 

 ――やっと、貴方()の声が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、一つの光がアクセルという街から上がり、月まで登っていった。

 多くの人が、その夜は月を見ていた。

 何故、そうしていたのかはわからない。

 それでも、見ないといけない気がした。

 忘れてはいけない何かを、しっかりをその目に焼き付けるように。

 

 

 「……お疲れさまでした。月花夜兎さん」

 

 

 銀色の短髪をした少女は、小さく呟いた。

 その目は、光となって消えた、男性のあの席を暖かく見守って。 

 消えゆく男の最後の夢を叶えて――。

 

 

 

 

 

 

 「ふむ……なかなか、いい出来であるな」

 

 「バニルさん?……もしかして、出来たのですか?」

 

 「うむ。さぁポンコツ店主よ。明日からこれを売り出すぞ」

 

 「わかりました。それじゃ、今から準備しましょうか」

 

 

 

 それから数週間後、ウィズの店には一つの本が売られていた。

 魔道具ではなく、一つの物語を描いたその本は、翌日当店オススメの商品として売られた。

 人々が興味本位で買ったその本はやがて、多くの人に、そして子供達に知られる。

 

 

 

 

 

 

 ――それは、月を愛した男のお話。

 

 ――力も地位も富も求めなかった男が、唯一それを求め、そしてそれを愛したお話。

 

 ――男は世界に影響を与えたわけではありません。

 

 ――でも、確かにその男は、多くの人に、そして月に、愛されていました。

 

 ――そんな男と月のお話。

 

 ――男は今日も小さく呟きます。

 

 

 

 

 ――ああ、夜よ、月よ。

 

 

 

 

 ――どうか今宵も、私と共に……。

 






お疲れさまでした。

以上で、本編は終了となります。

今日までお付き合いいただき、ありがとうございました!





――次回。


――アフターストーリー  そして、月は私を照らす。



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アフターストーリー  そして、月は私を照らす。上

 ⚠アフターストーリーはこのすば要素がほぼありません。
  完全にオリジナルのお話です。
  それでもよければ、お付き合いください。






 老いた兎がこの世を去った。
 
 その兎を、愛した人が二人居た。

 片方は自分の恋を諦め、
 
 片方は、未だに恋を追い続けている。


 これは、諦めた女性の物語。
 
 その想いは、別の形で現れ、そして女性を支えるのであった――。




 

 ふと、昔の事を思い出していた。

 

 私がアクセルという街で過ごしていた日々の事を。

 最初は慣れなかった接客業に苦戦して。

 たまにお客さんにセクハラもされそうになって。

 挫けそうになったけど、それでも頑張って続けて。

 ようやく慣れ始めた頃に、私はあの人に出会った。

 

 

 ずっとずっと、この目で追い続けていた。

 最初は興味本位で。

 でも、時が経てば、それは恋に変わって。

 いつか、私の気持ちに気付いてくれるかもしれない、なんて淡い期待をして。

 

 

 私の想いは、あの人が月に抱く気持ちと同じように、儚くて、決して、届くものではなかった。

 

 

 

 結局、私は実家に帰ってきた。

 昔から仲の良かった幼馴染に告白されて、私は彼の言葉を受け入れた。

 最初はまだ振り切れない所もあったけれども、この人はずっと私を待っていてくれた。

 楽しくて、笑顔が素敵で。子供っぽいところもあって。

 あの人とは全然違うけれども、私は、この人を少しずつ好きになっていた。

 

 

 

 そうして、私達の間に子供が生まれた。

 

 可愛くて、一生懸命生きようとしてて。

 

 私も、彼も、嬉しくて、ずっと、ずっと支えてあげようと思った。

 

 この小さな、私達の王子様はどういう人生を歩むんだろうって。

 

 私達は、それが楽しみだった。

 

 

 

 

 

 

 あれから数年経って。

 この子も、だいぶ大きくなった。

 

 少し無口で、私や彼とは正反対の性格だけれど、私も、彼も、この子を変わらず愛していた。

 夫は仕事で休みの日以外居なくて、普段は私と一日を過ごしている。

 そんな小さな王子様には、少しだけ困った事があって……。

 

 

 

 「今日も遊びに行かないの?お友達が呼んでいたよ?」

 

 この子は、人付き合いが苦手だった。

 友達は出来ていたけれど、自分から誘って遊ぶことはなかった。

 ……そもそも、この子に趣味はほとんど無かった。

 何かやらせようとしても、興味を示さず、ごめんなさいと私と彼に謝る。

 別に怒っているわけではない。私も彼も、この子が望む事をやらせたかっただけだから。

 

 ……でも、そのやりたい事が、私達にはわからなかった。

 

 

 

 そんなある日、夫が仕事で王都に行き、無事帰ってきた時の事。

 彼は、一冊の本を買って、この子に渡した。

 それは、とある街でのお話だった。

 

 「なんでも、子供達だけじゃなく、大人にも人気の本なんだって」

 

 それは、どこか聞いたことのあるようなお話だった。

 

 その主人公も、登場する人達も、私には覚えがあって。

 でも、それはきっと私の勘違いだと思った。

 

 

 「……おしまい。良いお話だったね」

 

 そう言って、私は本を閉じようとして、この子がそれを止めた。

 まだ、続きがあると言って。

 私は不思議に思う。

 残ってるのはこの本を書いた人の名前と、感想だけだった。

 

 名前は謎仮面の男と書かれていて、どこかで聞いたことあるような気がした。

 感想は、何故この本を書くことになったのか。その想いが書かれていた。

 作者の想いを読んで、そうしてやっと、私は最後の文章で気付いた。

 

 

 

 

 ――これは、我輩の友、兎に送る本である。

 

 

 

 

 

 やっぱり。

 

 

 やっぱり、貴方だったんですね……夜兎さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり暗くなった夜の下で、私は高く上がる月を家の庭で見ていた。

 隣に置いてあるテーブルの上には、

 私が働いていたあのお店から送られてきたお酒が置いてあった。

 小さなグラスに少しだけ注ぎ、お酒が入ったグラスを月に掲げる。

 

 「……ちょっと恥ずかしい。夜兎さんは、恥ずかしくなかったのかな」

 

 そう思いながら、この月に、私は乾杯をした。

 

 

 

 

 小さな足音が聞こえ、私は後ろを振り向く。

 そこには、小さな王子様が何かを言いたそうに立っていた。

 

 「どうしたの?眠れないの?」

 

 そう尋ねる私に、この子は小さく頷いて、私の元に駆け寄る。

 よしよし。と頭を撫でて、膝の上に小さな王子様を乗せる。

 

 「寝れるまでお母さんと月でも見よっか」

 

 そう言って、私は月を見る。

 この子も、同じように月を見た。

 

 

 

 

 

 

 ――今日も、綺麗ですね。

 

 

 

 

 

 

 「……え?」

 

 

 私はその声に驚き、周りを見渡す。

 でも、その人物は居ない。

 聞き慣れたその声を持つ人物は、居ない。

 

 幻聴かな……そう思い、ふと、膝に乗せてた小さな王子様を見た。

 

 

 

 

 

 「……あっ……」

 

 

 

 

 月を見るこの子の横顔は、あの人にそっくりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 どうしたの?と聞いてくるこの子に、私はなんでもないよ。と答える。

 夜はまだまだ続く。けれども、この寒さは子供にはまだ辛いはず。

 私は、小さな小さな、この王子様を抱きかかえた。

 

 

 

 「……戻ろっか。眠くなるまで、お母さんが一緒に居てあげるからね」

 

 

 

 そう言って、私は、夜兎と名付けたこの子を部屋まで連れて行った――。

 

 

 





下は0時に投稿予定。


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アフターストーリー  そして、月は私を照らす。下



 老いた兎がこの世を去った。
 
 その兎を、愛した人が二人居た。

 片方は自分の恋を諦め、
 
 片方は、未だに恋を追い続けている。



 これは、未だに恋を追い続けている女性の物語。

 その約束は、決して果たされる事がないもの。

 それでも、彼女は乾杯をする。自分の想いをこの一杯にのせて。




 

 

 父と母が亡くなって、もう14年が経つ。

 

 

 冒険者として、それなりに名の知れるようになった私は、

 なかなか両親の墓の手入れが出来ない日々が続いていた。

 遠くの街に依頼で呼ばれる事もあり、家には帰れず、

 昔から仲良くさせてもらっていたお隣さんや、両親の知人に家の事は頼んであった。

 帰ってきたら汚くなってる……なんていうことが無いのが、正直かなり嬉しい。

 

 依頼などで疲れ切った身体を無理矢理動かして、家の掃除をするのは結構疲れるものだから。

 助かっている反面、身内としてはどうなのだろうと思うこともある。

 両親の事は、今でも大好きだ。

 父は無口だったけれども、いつも優しくて、そしていつも、友人の事を話してくれた。

 母はいつも笑顔で居て、優しくて、綺麗で、そしていつも、父とその友人の事を話してくれた。

 二人を会わせてくれた人、月花夜兎という人物の話を、私はいつも聞いていた。

 

 

 

 

 

 父と母が亡くなって。

 生まれ育った街に戻り、しばらくはそこで冒険者をしていた頃。

 遺品整理も兼ねて両親の部屋を掃除していた時の事。

 私は、父が最後に残したその手紙を読んだ。

 

 

 ――娘へ。

 

 ――身勝手なのは十分わかっている。

 

 ――それでも、どうか俺達の墓を、一番月の近い場所に建ててくれないか。

 

 ――俺と妻を会わせてくれたあの月に、そしてあいつに、届くように。

 

 

 ――わがままな両親ですまない。ずっと、愛している。

 

 

 

 

 口下手は父が残した手紙を読んで、私は、泣くことができなかった。

 ああ、やっぱり、お父さんらしいな。って思うと、泣くよりも、自然と笑っていた。

 そうして、私は両親の墓を建てた。この街で一番、月が近い場所に。

 

 

 ふと、その人物の事を思い出した。

 あいつ……というのは、恐らく、いや、きっとあの人の事なのだろうと。

 私は父の部屋で、その人の住所が書かれた紙が無いか探した。

 探しても探しても見つける事が出来なくて、途方に暮れた時、

 父と母が出会った場所の事を思い出した。

 それは、アクセルという街にある、とある酒場。

 いつも同じ席に座って、いつも月を見ているその人なら、

 きっと街にいる人に聞けばすぐにわかるはず。

 

 

 私はその人の住所を書かず、

 代わりに、聞かされていた酒場の詳しい詳細を郵便屋さんに話した。

 受付をしていた人は、それじゃ難しいかもしれないと言った。

 困る私に、話を聞いていた受付の上司さんが言った。

 

 「……もしかして、月下の相談屋のことかな?」

 

 その名前を、私は知っている。

 そうです。と答えると、やっぱりあの人か。とその上司さんは答えた。

 その上司さんは、元々アクセルに居た人だった。

 仕事の都合上、遠くの街に引っ越さないといけなくなり、

 その時、付き合っていた女性についてきてくれと話すべきか、

 別れるべきかで悩みを相談していたらしい。

 悩みを打ち明けて、その人の言葉を聞いた上司さんは、女性にプロポーズをして、

 一緒にこの街にやってきたという。

 

 上司さんは、その酒場の事を知っていて、私が出しときますよ。と言ってくれた。

 私は感謝を述べ、お願いします。と持っていた手紙を預けた。

 上司さんは言った。

 

 「君も悩み事かい?」

 

 私は、少し悩んで、そして答えた。

 

 「ラブレター……みたいなものです」

 

 上司さんも受付の人も、微笑んで受け取ってくれた。

 少し恥ずかしい気持ちもあったけど、間違いではない。

 私は、少しだけ、夜兎さんの事が気になっていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく辿り着いた街で、私は荷物を置くために宿屋を探した。

 途中、屋台を見て回り、美味しそうな物がないか探す。

 その時だった。

 

 「……貴方、もしかして」

 

 ふと、隣から視線を感じた。

 私は振り返って、その人を見る。

 あの頃と比べると、少しだけ老けたかもしれない。

 それでも、全然変わらない。

 あれから数十年経っているのに、私はすぐにわかった。

 綺麗で、可愛らしい笑みを浮かべたその人に。

 

 「お久しぶりです、お元気でしたか?」

 

 同じ人を好きになったその女性に、当時の事を思い出しながら私は返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 「そう、依頼でここに来たのね」

 

 それから、私は彼女に連れられて、彼女が住む家でお茶を飲んでいた。

 私は依頼でここに来たこと、丁度さっき着いて宿屋を探していた事を話した。

 すると彼女は、ここに泊まっていかない?と言ってくれた。

 私は迷惑じゃないですか?と聞く。

 

 「全然。私ね、もっと貴方といろいろ話したかったの。もしよければだけど、泊まる代わりに私のお話に付き合ってくれたらなーって」

 

 迷惑じゃなかったらだけど……。と彼女は返す。

 私は笑って、それなら、お言葉に甘えて。私も、貴方とお話したかったです。と返した。

 

 

 

 

 

 

 それから二人で昔話をした。

 彼女は、あの人の側を離れて、幼馴染の男性と結婚した事を。

 私は、あれからずっと冒険者をやっていて、今も独り身で居ることを。

 お互いの事を話し、そして当時の事も思い出し、結局、最後にはあの人の話になっていた。

 

 

 「そっか……夜兎さん、最後も月を……」

 

 私は、夜兎さんの最後を見届けた人物の1人として、

 亡くなった事を後で知った彼女に、あの人の最後の姿を話した。

 最後まで月を求めたその姿は、綺麗で、美しくて、でもやっぱり、寂しかった。

 私でも、彼女でもない。

 あの人が選んだのは、月だったから。

 

 

 

 「ねぇ。もしも、もしも夜兎さんが生きてたら、どうしてたの?」

 

 

 彼女の言葉に、私は当時抱いていた想いを隠さず言った。

 

 「勿論、告白していました。振られようとも、私は夜兎さんに告白していたと思います」

 

 私の言葉に、彼女は羨ましそうな目で言った。

 

 「……そっか。いいなぁ、若いって。羨ましいよ」

 

 「貴方は、何故しなかったのですか?」

 

 「……ほんと、なんでだろうね。いくらでも機会はあったのに。なんで、出来なかったんだろう」

 

 彼女はそう言って、遠くを見る。

 私は、なんとなく彼女の気持ちがわかっていた気がした。

 月を見るあの人の横顔を見れば、告白なんて出来るわけがない。

 そう思うほどに、あの人の目には月だけが映っていた。

 

 「でもね、後悔はしてないよ。今の旦那さんを、私は凄く愛してるから」

 

 その言葉に嘘はないようだった。

 それからは、旦那さんの事を、そして二人の子供の事を聞かされた。

 家族の事を話す彼女の姿はとても嬉しそうで、幸せそうだった。

 

 

 

 

 しばらくして、旦那さんとその子供が一緒に帰ってきた。

 今日は二人でお出かけしていたらしい。

 私は旦那さんに挨拶する。

 笑顔が素敵で、彼女と話す旦那さんは凄く幸せそうだった。

 そして、旦那さんの後ろに隠れる少年に、私は声をかける。

 初めまして。と言った私に、少年は旦那さんの後ろから姿を現す。

 

 その姿と、名前に、私は驚かずには居られなかった。

 

 

 「……夜兎です。初めまして、お姉さん」

 

 

 

 

 

 

 

 どことなく、あの人に似ている少年に、私は困惑した。

 彼女は私の姿を見て、旦那さんと子供にお風呂に入るように言った。

 私と彼女だけが部屋に居る。彼女は、私に言った。

 

 「勘違いしないでほしいのだけど、私と夜兎さんの子供じゃないからね?」

 

 それを聞いて、少しほっとした。

 家庭問題に足を突っ込むところだったと思うと、冷や汗が止まらなくなりそうだった。

 ……でも、それなら何故?

 何故、あの人に似ているのだろうか?

 

 「……昔ね、アクアさんという人が酔ってた時に言ってたんだけど」

 

 この世界には、私達には知らないシステムが存在しているらしい。

 夜兎さんと、あの英雄サトウカズマさんは、元々この世界の人間ではないという。

 どういったものかはわからない。けれども、たまに生まれ変わる事もあるらしい。

 もしかしたら、あの子は夜兎さんの生まれ変わりなのかもしれないと。

 

 一通り話して、でも彼女は否定した。

 

 「似てるだけで、性格は正反対だよ。人と居るのは好きじゃないみたいだし、お友達も作らないの。1人で居る時間が好きみたい」

 

 確かに、それだけ聞くとあの人とは全然違う。

 それなら何故、同じ名前にしたのか?

 

 「元々違う名前をつける予定だったの。最初その名前で呼んでも全然返事しなくて。悩んでる時に夜兎さんだったらどうするかなって呟いたら、それに反応しちゃって」

 

 それから、夜兎という名前にしたらしい。

 やはり、生まれ変わりなのだろうか?と考える私に、彼女は言った。

 

 「生まれ変わりでも、そうじゃなくても、私はあの子の事をとっても愛してるよ。私と旦那さんの、可愛い子供だから」

 

 そう言って笑う彼女に、私はそれ以上追求せずそうですね。と返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜になって、私は彼女の家の庭で1人酒を飲んでいた。

 すっかり大人になった私は、あの人との約束を果たすために、ずっと酒を飲み続けていた。

 そうして、ようやくあの人に会って。

 交わした約束を果たせず、あの人は逝ってしまった。

 

 

 右手に持つグラスを、私は見続ける。

 あの人が使っていたグラスだ。

 私は無理を言って、店のマスターさんに譲ってくれないかと頼んだ。

 最初は断られて、それでも時間が許す限り店に訪れてはマスターさんにお願いした。

 そうして、仕事の都合上帰らないと行けなくなった日に、グラスを譲っていただいた。

 そこまでして欲しい理由はなんですかと尋ねるマスターさんに、私は昔のことを話した。

 事情を聞いて、悩んで、そうして、私にそのグラスを渡してくれた。

 大事に扱ってください。という言葉をしっかりと胸に刻んで、私はそれを受け取った。

 

 

 

 

 未だ綺麗に輝き続けるその透明なグラスに、酒を注ぎ込む。

 こんな物を欲しがるなんて、私もどうかしているな。そう思いながら、あの人の事を思い出す。

 静かに、そっと右手を上げて、月に乾杯をするその姿は、今も私の脳裏に焼き付いている。

 同じように真似をしようとし、右手を上げる。

 

 「……ちょっと恥ずかしい」

 

 そう思いつつ、乾杯をしようとして、あの少年が現れた。

 

 「……何してるんですか?」

 

 私の姿を見て、少年は若干引き気味で言った。

 私はグラスを置いて、少年に話した。

 こうしていると、ある人の事を思い出せるんだよ。と。

 少年は興味無さそうに聞いて、私の正面の席に座る。

 

 「それって、月花夜兎さんのことですか?」

 

 少年の言葉に、私は頷いた。

 

 「そんなに、凄い人だったんですか?その人って」

 

 少年の言葉に、私は首を左右に振った。

 特別すごいことをやった人ではなかった。

 ただ、優しくて、綺麗で。

 その姿に、優しさに、救われた人も居るんだよ。と答えた。

 

 「お姉さんも救われたのですか?」

 

 少年は言った。

 私は、そうだよ。と答え、昔話をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全部話して、それを聞いた少年が言った。

 

 「約束、果たせなかったんですね」

 

 そうだね。と私は答える。

 もう叶うことが出来ない約束だけれども、私は未だに、それを引きずっていた。

 そんな私の想いを察してか、少年は言った。

 

 「……僕でいいなら、乾杯しますよ」

 

 そう言って、少年は家の中に急いで戻り、ミルクが入ったグラスを持ってきた。

 

 「お酒は飲めないですけど……」

 

 恥ずかしがりながらそう言う少年に、私は嬉しくなり、優しく頭を撫でてあげた。

 この子なりの優しさに触れつつ、私は少年に、自分のわがままに付き合ってもらった。

 

 「……こうして、それで、乾杯って言うの。大丈夫?」

 

 「こう……ですか?」

 

 「そうそう。それじゃ、一緒にやってみようか」

 

 私はお酒が入ったグラスを少年に。

 少年はミルクが入ったグラスを私に。

 お互いに向けて、そして乾杯をする。

 丁度、月明かりが少年の顔を照らした。

 

 

 

 「乾杯」

 

 

 笑顔で少年に乾杯した私は。

 

 

 ――乾杯。

 

 

 月明かりに照らされた少年の姿が、あの人とそっくりで。

 

 

 「あっ……やと……さん……」

 

 

 姿、形は違うけれども、約束が果たされた気がして。

 

 私は1人、泣いてしまった。

 

 あの日、あの人に抱きしめられながら、

 

 生まれてきてありがとう。と声をかけられた時と同じように。

 

 

 

 私は、泣いて、泣いて、そうしてやっと、夜兎さんと乾杯をしたんだ――。

 

 

 

 







 次回は未定。あと二話あります。


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アフターストーリー 月下に咲いた花。


 その花はとても綺麗で、多くの人に愛され、多くの人を魅了した。

 月の下で咲き続けた花はいつしか枯れてしまい、そしてまた、新たな花が生まれる。



 その花はとても尖っていて、誰も寄せ付けず、けれども、確かな魅力はあった。

 そしてその花は、同じように月の下で咲き続ける。


 ――ただ、彼とは違うやり方で咲き続ける。




 

「貴方は一体、なんなんですか」

 

 

 僕は、暗闇の中で輝き続けるその月に向かって、呟いた。

 その先に居るであろう、月花夜兎という人物に対して、僕は呟いた。

 僕は、同じ名前を持つその人が嫌いだった。

 

 

 

 

 

 物心つく頃から、その人の話を聞かされていた。

 お父さんが買ってきた本はその人の物語が書かれていて、

 お母さんが、この人は本当に居たんだよ。って、その人の話を聞かせてくれた。

 お母さんのお友達も、その人の事を知っていて、その人の事が大好きだったらしい。

 

 

 僕には、その人の面影があると言われた。

 性格は全く違うけれども、月を見る姿はその人と同じだと言われた。

 その人のことを知れば知るほど、確かに、僕と似てる部分もあって。

 

 

 でも、それがわかる度に、僕は自分を嫌いになっていた。

 お母さんも、お母さんの友達も、僕を見ているんじゃない。

 

 僕の後ろに居る、その人を見ていたんだと思うと、僕は自分が嫌いになりつつあったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日、僕は街の子供と喧嘩して、家出をした。

 

 

 その子は男の子で、自分よりも小さい女の子をいじめていたんだ。

 僕は別にその子が好きだったわけじゃない。

 男の子が嫌いだったわけじゃない。

 でも、お母さんもお父さんも言ってたんだ。

 男の子は、女の子を殴っちゃ駄目なんだって。

 

 だから僕はそれを止めた。

 止めても話を聞かなくて、逆に怒ってきて。

 僕も殴られて、だから、殴り返したんだ。

 そうしたら、その男の子が泣いちゃって。

 

 

 しばらくして、お母さん達がやってきた。

 相手のお母さんは謝れって怒っていた。

 お父さんとお母さんは、貴方は悪くない。と言って、相手のお母さんに謝っていた。

 間違ってないのに、何でお母さんもお父さんも、謝っているのだろうか。

 僕にはわからなかった。

 わからなくて、自分が悪いんだと思って、それで、家を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 気付けば夜になっていて。

 僕は山の中を、歩き続けた。

 何が駄目だったんだろうとずっと考えていて、気付いたら、僕はこうして山を歩いていた。

 前を進んでも暗闇で。後ろを見ても暗闇で。

 ようやく自分の状況を理解して、そして怖くなった。

 夜はいつもお母さんが隣に居て、1人で夜を過ごした事はなかった。

 

 

 夜が、僕を食べようとしているみたいで。

 あんなに明るかった空が、街が、全部黒く染まって。

 そんな夜を、お母さんは、好きだと言っていた。

 綺麗で、心が落ち着くって。

 でも、僕にはそれがわからなくて。

 ただ、夜が。闇が。

 僕を包もうとしていて、僕は泣きそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 立ち止まり、とうとう泣き出そうとした時だった。

 暖かい光が、僕に触れて。

 ふと、空を見上げた。

 そこには、大きな大きな、月が輝いていて。

 その月の輝きが、僕を包もうしていた闇から守ってくれようとしているみたいで。

 僕は、その暖かさに、その輝きに、目が離せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと、ずっと、その人が好きだったその月が、嫌いだった。

 綺麗だと思った事はなかった。

 ずっと見ていたいと思った事もなかった。

 ただ輝き続ける月を、好きになる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――でも、今なら、少しだけわかる。

 

 

 ――認めたくないけど、でも……少しだけ、貴方の気持ちがわかりました。

 

 

 

 

 悔しい気持ちもあるけど、それでも、それを好きになれたという嬉しさのほうが大きかった。

 月に照らされ、輝きに導かれ、そうして僕は、気付けば家に辿り着いた。

 

 

 

 

 

 お母さんとお父さんはすごく心配していた。

 少しだけ怒られたけど、よかった。って、抱きしめてくれて。

 泣いて喜ぶ二人に、僕はごめんなさいと謝った。

 

 

 

 あれから、僕には趣味が一つ出来た。

 何をやっても楽しくなかった僕の日々に、ようやく出来たその趣味は、

 僕の嫌いな人と同じ物で、少しだけ嫌な気持ちもあるけれど。

 ……それでも、僕は、それを尋ねられたら、迷うこと無く言うと思う。

 

 

 

 

 「あら、今日もここで見てたの?すっかり月を見るようになっちゃって……そんなに好き?」

 

 

 

 

 ――うん。好きだよ。お母さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの!貴方が、噂の相談屋さんですか……?」

 

 黒髪の少女が、僕の前に立ちそう尋ねる。

 いつもの席に座り、いつものミルクを頼んだ僕は、

 グラスにミルクが入ったそれを受け取り、テーブルに置いた。

 そうですよ。と返した僕に、少女は自分の悩みを打ち明けてきた。

 少女の悩みを聞き、そして僕の答えを出す。

 どこかの誰かがやっていたそれを、僕は同じようにやる。

 

 少しだけ違うのは、僕の飲むものはミルクで。

 そして、必要以上に誰かと接しないこと。

 

 

 僕には友も、愛する者も居ない。

 ただ、この月だけがあればいい。

 静かに見守ってくれるこの月だけがあれば、それでいい。

 

 

 そうして、今日も人々の悩みを聞く。

 あの日、月の輝きに救われた僕と同じ人を。

 月に導かれた人々を、僕が救う。

 きっとその人もそうしていたのだろう。

 同じ事をするのは嫌だけど、でも、僕だって救ってみせる。

 その人とは違うやり方で。

 そして、その人よりも多くの人を、僕は救ってみせる。

 

 

 

 

 グラスを持ち上げ、月に掲げる。

 お母さんも、お母さんの友達も、そして、その人もやっていたように。

 

 

 

 僕も、同じように、月に乾杯をした――。

 

 

 

 






 次回、アフターストーリー最終話。

 0時更新予定。



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アフターストーリー 月の下で、兎が笑う。


 

 ねぇ、もしも一度だけ誰かに会えるとしたら、貴方はどうする?

 
 ――そうですね……あの少年に、会いに行きます。

 はぁ?カズマでも友でもおじさんでもなく、あの少年に会うの?何でよ?

 ――ふふ……そうですね、あえて言うのなら……





 ――あの子もまた、迷い人だからですよ。





 

 変わることのない月が、今日も輝き続ける。

 あの日と同じように、悩む人々を導くために。

 僕は、その悩む人々を待ち続ける。

 それが、僕の役目だから。

 

 

 

 

 今日も、僕は誰かを待ち続ける。

 それは、男性か、女性か。

 子供か、大人か。

 誰が来るかはわからない。でも、ただずっと、待ち続ける。

 いつかやってくる終わりの日まで、僕は待ち続ける。

 

 

 

 

 

 

 1人の男性が現れた。

 その人は、僕を見つけると、嬉しそうに、でも、どこか寂しそうにしながら、近付いてきた。

 悩み事ですか?と尋ねる僕に、その人は驚き、そして言った。違うよ。と。

 では、なんでしょうか?と尋ねる。その人は、隣に座ってもいいですか?と言ってきた。

 悩み事なら別に構わない。でもそうでないのなら、正直誰かと一緒の席なんて嫌だった。

 

 

 ごめんなさい。と謝ろうとした僕の前に、また1人現れる。

 その人は女性で、悩み事を相談しに来たらしい。

 僕はようやく来た相談者を席に座らせた。僕も同じように座る。

 1人立ち尽くす男性を、相談者の女性は見ていた。

 僕も気になって仕方ないので、仕方なく隣の席に座らせた。

 男性はありがとうございます。と言って、酒を注文した。

 僕はそれを無視して、女性の相談を聞いた。

 

 

 

 

 女性の悩みは、少し難しくて。

 正直、僕にはよくわからないものだった。

 だから、とりあえず僕が思ったことを話した。

 でも、女性は納得のいく様子ではなかった。

 あれこれ話して、それでもどこか引っかかっているようで。

 僕もいろいろ意見を言ってみる。このままじゃ引き下がれないから。

 それでも、納得のいく答えが見つからず、僕も、女性も、次第に疲れていく。

 答えが見つからない事に僕は少しだけ苛立っていた。

 きっと彼女も、そうなのだろう。

 

 

 しばらくして、女性がなんとか頑張ります。と言って去ろうとした。

 僕は引き留めようとして、でも何を言えば良いのかわからなくて……その時だった。

 隣に座っていたあの男性が、持っていたグラスをテーブルの上に静かに置いて、そして言った。

 

 

 

 

 

 ――私の考えを、聞いてくれますか?

 

 

 

 

 

 

 男性の話を、僕と女性は黙って聞く。

 その人の喋りは、どこか落ち着くようなものがあって。

 一つ一つの言葉が、心を優しく包み込むように暖かくて。

 気付けば、僕の中の苛立ちは消えていた。きっと女性も、同じなのだろう。

 不快感がなく、むしろ、もっと聞いていたいその声に、僕も女性も夢中になっていた。

 そうして、喋り終えた男性が、女性にどうですか?と尋ねる。

 女性は、笑顔で答えた。ようやく、答えが出ましたと。

 男性はよかったです。と答える。

 女性は、僕と、男性に、お礼を言って去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 男性と二人っきりになった僕は、気まずくなって、無言になる。

 さっきまで無視していた男性が、僕よりも良いアドバイスをして。

 僕が救うはずだった人を、その人が救ってしまって。

 悔しい気持ちが溢れ出す。

 それでも、あの女性を救ったのは、僕じゃなく、この男性で。

 僕は、僕の代わりに救ってくれた男性に、感謝を述べた。

 すると男性は、首を左右に振った。

 

 

 ――彼女を救ったのは、私だけじゃないよ。

 

 

 そう言う男性に、でも結果的に貴方の言葉であの人は答えを得たんだと言った。

 

 

 ――確かに。でもね、それは君と、私の意見、両方の話を聞いたからこそ、出せた答えなんだよ。彼女の悩みは、君だけじゃ難しいものだった。でも、私だけでも難しい悩みだった。だから、君の意見と、私の意見。2つの意見を聞いて、彼女は答えを出せたんだと私は思うよ。

 

 

 

 男性は答える。それでも僕は、納得が出来なかった。

 うつむく僕に、男性は言った。

 

 ――難しいよね。でも、それでいいと思う。君が失敗だと思ったそれも、経験だから。その経験は、いつか自分の為になる。だから、今はただ悔しいという気持ちを十分に感じなさい。

 

 

 まるで自分の心を読まれているかのように、男性の言葉は僕の心に響いた。

 この人は僕とは全く違う。

 僕は相手が求めているであろう答えを当てて、そうして救ってきた。

 実際にそれで救われた人は何人も居た。

 でも、さっきの女性みたいに、たまに納得のいかない様子の人も居て。

 意地になって、あれこれ言って、そうしてようやくわからせてきた。

 

 でも、この人は違う。

 答えを当てるんじゃなく、自分の素直な気持ちを相手に伝えていた。

 きっと、時には厳しい言葉もあったと思う。

 それでも、この人の素の言葉によって、救われた人は多く居たはずだ。

 ……きっと僕が救った数よりも、多くの人を。

 何故、こんなにも違うのだろう。

 僕と貴方は、何が違うのだろう。

 

 

 ――君は、何のためにそれをやっているんですか?

 

 急に男性が僕にそう訪ねてきた。

 

 僕は答える。それが、僕の役目だと思っているから。 

 あの日、月に救われた僕は、その恩を、人の悩みを解決することで返そうと思っていた。

 その人がしたであろう、同じ事を繰り返して。

 

 

 ――……君の月は、それを望んでいるのかい?

 

 

 男性の言葉に、僕は戸惑った。

 君の月……?どういうことだろう。

 

 ――私も、君と同じように月に救われたよ。……でもね、私が見る月は、そういうのを一切望んでいなかったよ。ただ、私が歩む人生をずっと見守ってくれていた。私も、同じように彼女をずっと見守っていた。お互いが何かを望んだわけじゃない。ただ、同じ時間を、同じ夜を、共に過ごした。気付けばいろんな人が月の下に導かれて、私に相談事を話してくれていたけどね。でも、一度たりとも、誰かを救ってやれって言わなかったよ。君の月は、君に何かを望んだのかい?

 

 男性の言葉に、僕は違うと言った。

 ただ、僕がそうするべきだと思ったから。

 

 ――そっか。君もずいぶんと大変な道を歩こうとしているね。私はそれを止めはしないし、応援しているよ。ただ一つだけ。少しだけ、力を抜いてもいいと私は思うよ。力を抜いて、それで月を見てみなさい。きっと、いつもとは違う姿が見れるはずだから。

 

 男性はそう言って、店員さんを呼び出す。

 力を抜いて月を見ろ。言われなくたって、僕はいつも月を見ているさ。

 でも、男性が言った違う姿とは何なのだろう。

 僕が普段見ている月とは、違うのだろうか。

 

 

 ――せっかくだから、乾杯をしましょう。

 

 

 新しくお酒を注文した男性が僕に言った。

 僕は、お酒は飲めないと言った。

 それでもいいですよ。と男性は言う。

 

 

 

 ミルクが入ったグラスを、僕は掲げる。

 酒が入ったグラスを、男性は掲げる。

 僕は、何に乾杯をするんですか?と訪ねた。

 男性は微笑んで、そして言った。

 

 

 

 

 

 ――二人の兎に、乾杯を。

 

 

 

 

 

 月に照らされたその綺麗な笑顔に、僕はその人にようやく気づいた。

 そして、理解した。

 あの人達が好きになった理由も、この姿を見れば、わかってしまう。

 

 

 

 そう思うほどに、本当に、綺麗だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「夜兎さん?もしもーし?」

 

 

 僕は、目を開ける。

 気付けば眠っていたらしい。

 隣には、あの黒髪の少女が座っていた。

 何故君が?尋ねる僕に言った。

 

 

 「この前悩みを聞いてくれたお礼です!今日は私の奢りですよ!」

 

 そう言って、少女は店員さんを呼んで何かを注文する。

 僕は、いつものミルクを頼んだ。

 

 

 

 そうして、運ばれてきた飲み物をそれぞれが受け取る。

 僕はミルクが入ったグラスを、月に掲げた。

 

 「どうしたんですか?」

 

 尋ねる少女に、僕は乾杯をするんだ。と答えた。

 

 「あ、じゃあ私も!」

 

 そう言って、少女も同じようにグラスを掲げる。

 

 

 ふと、その人の言葉を思い出した。

 僕は、自分なりに力を抜いてみた。

 お母さんに頭を撫でてもらったときの、あの心地よい気持ちを思い出して。

 

 

 

 

 

 月が、笑っていた。

 

 それは、今まで一度も見たことがなくて。

 

 今ままで見た月の中で、一番綺麗で、楽しそうで。

 

 

 

 

 

 

 ――……ずるいですよ。

 

 

 ――貴方はずっと、この月を独り占めしていたんですね……夜兎さん。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、僕は、この騒がしい少女と、月の下で微笑むもう1人の兎に、乾杯をした――。

 

 

 

 






 これにて「この夜に祝福を」は終わりとなります。

 外伝最終話を0時にした理由は、個人的な理由なのですが実は誕生日でして。
 
 記念というか、なんとなくその日に合わせて終わらせようかなと思いました。

 短いようで長かったような連載期間。

 皆さんお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


 ではでは。



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