サムライ・デッドマンズ・パーティー/或いは貴衛残花の<Infinite Dendrogram> (クーボー)
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チュートリアル/あるいは新たな世界への案内
プロローグ・A


 □2043年7月15日

 

 その日、僕は珍しく人間相手に試合をした。

 いつも人形を相手にしていた僕への、両親の手向けだった。

 或いはそれは、僕の鼻を折ってやろうと寄越された、小さな親切心だったのかもしれない。

 

 見慣れないそれは、僕と同じように竹刀を構える。

 竹刀であっても刀であって、それなり以上に重かった。

 それでも僕には、やっぱりいつもと同じであって。

 

 いつものように竹刀を振って。

 いつものように身体を叩いて。

 ほどなくしてそれは倒れ伏して、辺りに赤いモノを撒いた。

 

 道場の畳に、紅から変わった茶色が染み付く。

 僕はいつものように試合を終えようとして、気付く。

 

 竹刀にも、同じ色が広がっていて。

 ふと見たそれは、蝿叩きで虫を叩いたときの、汚らしい汁を連想させた。

 

 その数瞬ののち、僕は気付く。

 己以外の己を見る目に、多分に畏れが滲んでいることを。

 

 その数瞬ののち、僕は気付く。

 己の貌が、ひどく吊り上っていることを。

 

 ——そのときだ。

 僕は、相手が「ヒト」であったことを……「肉袋(いつもの相手)」でなかったことと。

 

 己自身の醜い性を、自覚した。

 

 

       /欲性戒禁

 

 

 蒸し暑さを感じるようになってきた、七月の中旬の頃。挨拶もなしに僕の部屋に入ってきた、僕の主治医のような友達は、にこりと胡散臭い笑みを浮かべた。

 

「うん、まあ、安定してると言っていいんじゃないかな。まだきみは普通だよ、残花」

 

「そう言われる時点で、もう普通じゃないような気もするけどね」

 

 それを聞いて、禊は白々しく笑う。相変わらずの彼の姿を、僕は半目で睨み付けた。

 清浄(しょうじょう)(みそぎ)という男は、僕の幼少の頃からの幼馴染だ。

 身長は一六〇に満たない程度。昔から着物を好み、その嫋やかとすら評される少女じみた容貌は、街に赴けば退屈なくらいの「お誘い」を受けるという。

 

「そういえば、どうだったの、本家。神条院の御曹司さまとは仲良くなれた?」

 

「きみはぼくの母親か、残花。……まあ別に、どうってことないさ。ぼくなんて神条院本家からすれば木っ端の傍流に過ぎないからね。何もかも桁外れの、「巫」の一文字を受け継ぐことを許される正当後継者さまなんて、まさしく雲の上の人。関わりなんて持てないし、望んでない」

 

「よく言う」

 

 君とて彼がいなければ、或いは本家の正当後継者になっていたかもしれないくせに。

 それくらい、禊の才覚と容貌は図抜けている。いつかの日、正当後継者たる巫楽さまと並んだ姿を見たことがあったけれど、まるで双子のようだった。

 つまるところ、彼も天上人の一人なのだ。

 

「ねえ残花、聴いてる? 真木の長男さま、入院したって話だけど」

 

「まあ、それなりには。あの人は身体が弱いらしいから。それなのに各地を飛び回ってるから、どこかから厄介な病気でももらってきたんじゃないのかな。よく知らないけど」

 

「よく知らないって……。あのね、世捨て人も大概にしないと。きみはこの家の、貴衛家の当主なんだ。きみが世情に疎かったら、誰がこの家を守るというの」

 

「そんな大層なものじゃないよ。ただ古流剣術を継いでいるだけの、古臭い家だ。ここは権力争いからも離れてる。何より経営の類は、僕の補佐に全て任せてる。君なら知ってるだろ」

 

 何より、こんなへんぴな田舎の庵にこもってる僕のことなんて、大概の人が忘れてる。

 そう告げると、禊は難しい顔をしてため息を吐いた。

 

「もうぼくらも良い歳なんだから、そろそろ相手も探さないといけないのに……」

 

「そこもすべて、僕の弟に任せてる」

 

「気楽でいいねーきみは。ぼくは皆からせっつかれてるというのに」

 

「遮那裡ちゃん」

 

「ぼくは年下趣味じゃない……」

 

「どの口が言うのか……」

 

 互いにため息を吐く。

 人生、ままならないものだ。

 

「ところで、残花」

 

「なにさ」

 

「今日発売されたゲーム、知ってるかい?」

 

 

 /

 

 

 貴衛(たかえ)残花(ざんか)という男は、ぼくの幼馴染だ。

 昔、貴族が集まる野外パーティーで、ただ一人木の棒を振って遊んでいたから覚えていたら、いつのまにか話す仲になっていて。

 昔、とある事件を起こして人との関わりを絶った残花の、唯一といっていい友達となった。

 それがぼく。或いはお節介を焼いて、いつのまにか彼の係になった男。

 

 とはいっても、彼は劣等生ではない。

 小中高とともに過ごして、彼が赤点危機だったりしたことは一度もない。特に飛び抜けているわけでもなかったけど、それでも優等生といってよかった。

 運動はほとんどそれなりにできたし、ぼくも彼もそれなりにモテた。もちろん“幻の美男子”——さっき話題に出した真木の長男殿ほどじゃなかったけど。

 

 彼はその古臭いようなそうでもないような妙な名前と同じように、和洋折衷を好む。というより、面倒臭いから和洋折衷になってしまう。

 有り体に言えばセンスがない。

 

 たとえばパーカーとかのがっつりした洋服に雪駄を合わせたりする。一度真っ当にインバネスコートに和服を合わせてみたけれど、彼が着た中で良かったのはそれくらいだ。彼自身のセンスに信頼は存在しなかった。

 

 そんな彼は、いつも宮城の片田舎にある庵に引きこもっている。

 それはおそらく、かつて彼の、無自覚の趣向が引き起こした事件の結果——

 

 だから、だろうか。

 ぼくは彼に、とあるゲームを勧めた。

 

<Infinite Dendrogram>。

 今日発売された、ダイブ型のMMO。歴史を見ればただの失敗とされたVRというジャンルにおいて、大言壮語としか言いようがないセールスポイントを以て売り出されたゲーム。

 

 普通なら無視するだろうそれを、ぼくがわざわざ実費で二万出して買ったのは、多分、気まぐれだろう。

 でもその気まぐれは、多分、本物になるだろうことを、ぼくは何故だか妙な自信を持って確信していた。

 

 

 /

 

 

<Infinite Dendrogram>。禊からもらったヘルメット型のゲーム機を眺める。

 本物のリアリティを——第二の現実世界を提供するというそのゲーム。僕はまったく知らなかったけれど、かつて<NEXT WORLD>の失敗ならば知っている。

 

 それを経てもなおVRというジャンルに挑むのだから、よほどの自信があるのだろう。もしくはただの馬鹿か。

 

「……まあ、どっちでもいいか」

 

 一度試してみればいい。それで健康被害を受けるのなら、それでもいい。

 どうせ隠居した身だ。それに隣室で禊もやっているのだから、二人で散々な目に合うのも一興だろう。

 

「……だけど」

 

 もし、これが僕の期待に沿うものならば。

 それはまさしく、僕の理想(たから)となるだろう。

 

 説明書通りヘルメットを装着し、敷いた布団の上で仰向けに転がる。

 ボタンに手をやる。一瞬のためらいと数多の疑問を、息を吐いて吐き出して。

 

 スイッチを押した。

 瞬間、視界が暗転する——




空の境界みたいな文章を目指して書いたけどクソ難しいですねコレ!


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プロローグ・B

 ふと気付くと、そこは図書館だった。

 古臭いインクの匂いが鼻腔をくすぐる。ある種嗅ぎ慣れたその匂いは、僕の焦りにも似た急いた気持ちを、少しだけ沈めてくれた。

 あるいはそれは、所詮ここも現実なのだと、そう告げているようにも思える。

 

「はーい、ようこそいらっしゃいましたー」

 

「え……ああ、はい。よろしく、お願いします」

 

 眼前の、二足歩行する白猫は、そう言って薄く笑う。あまりに現実離れしたその生き物を、僕は訝しむように見つめた。

 ついさっき思い浮かべたことを反芻するに、これはもしかして、僕が造り出した幻覚ではないのだろうか——

 

「僕は管理AI13号のチェシャだよー。君のチュートリアルを担当するからー、少しの間だけどよろしくねー」

 

 そんな僕の妄想を否定するように、猫は笑う。管理AI、というのがなんだかは知らないが、まるで生身の人と応答しているような気分になる。

 このレベルのAIが、少なくとも13体も本当に存在するなら、もしかしたら、これは僕の理想そのままなのかもしれない。

 

「……よろしくお願いするよ、チェシャさん」

 

「うん、よろしくお願いされましたー。さてー、それじゃあ早速進めちゃうねー。まず最初に、視点を選んでほしいなー。サンプルが出るから、それを見て判断してねー」

 

 その言葉とともに、図書館の内装が変わる形で流された草原の映像は、現実準拠、フルCG、アニメと三通りに切り替わった。

 僕は少し悩む。あまり現実と差異がありすぎると、現実との行き来で気持ち悪くなりそうだ。しかしそれでもフルCGなどの見慣れない視界というのも、一度くらいは体験してみたい。

 

「あ、アイテムを使えば後で視界は変更できるよー」

 

 ……助け舟なのだろうけど、もう少し早く言って欲しかったな、などと思いつつ。

 それならば、と現実準拠に決定。飽きてきたら他のに変えればいいだろう。

 

「次はプレイヤーネームだねー。何がいいー?」

 

斬花(ザンカ)

 

 ゲームをするときは、いつもこの名前を使っている。「残花」という名前の漢字を変えただけだけど、知り合いにはわかりやすいし、ろくに外に出ない僕ならばリアル割れの危険もない。

 

「ならそれでねー。次はアバターの設定をするよー」

 

 アバター、と言われても、正直何をすればいいのかわからない。

 とりあえず少しいじってみてはみたものの、下手の横好きで妙な顔が出来上がる気配しかしないので、諦めて両手を挙げた。自由度が高すぎるのも考えものだ。

 

「じゃあ、リアル基準にするー? そこから少しいじればプレイに支障が出ない程度には造れると思うよー」

 

「なら、それで」

 

 瞬時に目の前のマネキンが、僕自身を模した造形へと変わる。

 これならばとスライドバーに手を付けて、僕の双子のようなソレに、少しづつ手を加えていった。

 

「それでいいのー?」

 

 そうしてできたのは、僕の目が黒から赤へと変わり、剣術を活かすために身長などは一切いじらなかった……有り体に言えばろくにいじられていない、ほとんど僕自身と言える容貌だった。

 言い訳させてもらえるならば、一言だけ言いたい。……やっぱり、僕にはセンスがなかった。

 

 こんな時に禊がいてくれたらな、と一瞬思った。

 けど多分めちゃくちゃに煽ってくるので、やっぱりいなくてよかったのかもしれない。

 

「……はい」

 

「それじゃあ一般配布のアイテムも渡しちゃうねー」

 

 そう言って渡されたカバン、曰くアイテムボックスを眺める。見た目はあまり実感がないけど、このアイテム一つで、ゲーム感がさらに増したような気がする。

 

「次は初心者装備だけどー」

 

「ああ、ならこれで」

 

 目について和装を指差す。

 

「……早いねー」

 

「袴やらは、着慣れてるので」

 

 いつも鍛錬の時に着替えているので、いつもの気分で過ごせるだろう。

 ちょっと防御力が低いかもしれないけど、そのときは胴当てなどを追加していけばいい。まさか入ってすぐに、初心者装備を貫通してくるような攻撃力の持ち主はいないだろう。

 

「なら、武器は刀でいいー?」

 

「あ、はい。真剣ならばなお良しです、使い慣れてるので」

 

「……真剣って使い慣れるようなものなのー?」

 

「まあ、お家の事情で」

 

「詳しくは聞かないけどー、わかったー」

 

 これで、それなりに様にはなるだろう。無刀流もそれなりには扱えるけど、やっぱり戦刀流が一番馴染むのだ。

 そのあとはある程度の路銀を渡される。これが路銀ということは、多分ゲーム内だともっと使うんだろうな……その感覚がリアルに伝染しないように気を付けよう。特段お金には困ってないけども。

 

「さて、お次はいよいよお待ちかね、<エンブリオ>だよー」

 

「……<エンブリオ>?」

 

「あ、そういえばまだ情報が出回ってなかったねー。それじゃあ説明するよー」

 

 曰く、<エンブリオ>というのは、プレイヤーのパーソナルに呼応して進化する、オンリーワンなシステムだ。

 それも色違いとか、そういう些細な変化をオンリーワンとして謳っているのではなく、発現するスキルも含めて類似したものはあれど完全に同一なものは存在しないという。

 

 正直、半信半疑だ。今までやってきたゲームとは桁が違うというか、そもそもこれ今の技術で造れるものなのか? 

 しかしながら運営を名乗る眼前の(チェシャ)の様子を見るに、真実であるらしい。

 

「それで、そんな<エンブリオ>だけど、一応共通するカテゴリーがあるんだー。

 大まかに言うとねー、

 プレイヤーが装備する武器や防具、道具型のTYPE:アームズ

 プレイヤーを護衛するモンスター型のTYPE:ガードナー

 プレイヤーが搭乗する乗り物型のTYPE:チャリオッツ

 プレイヤーが居住できる建物型のTYPE:キャッスル

 プレイヤーが展開する結界型のTYPE:テリトリー

 だねー」

 

「へぇ」

 

 いいな、僕の<エンブリオ>は何になるんだろう。そう考えると俄然ワクワクしてきた。

 

「他にも色々と上位カテゴリーとかがあるからー、頑張って育ててねー。と言っても、自分の意思でカテゴリーは決められないんだけどさー」

 

「そこはまあ、僕の希望を<エンブリオ>が読み取ることを祈るよ」

 

「それがいいかもねー。さて、<エンブリオ>は移植完了だよー」

 

「えっ、わっ、ほんとだ」

 

 僕の左手で輝く、宝石でできた卵のようなもの。

 これが<エンブリオ>。

 僕だけの、可能性。

 

「孵化した後はその宝石は外れて、あった場所には紋章が浮かび上がるよー。それがNPCとプレイヤーを見分ける手段だから、隠さない方がいいかもねー」

 

「そんなにNPCが高度なのか」

 

 でも、目の前にいるこの猫を見れば、あながち間違いじゃないと思う。<エンブリオ>なんてものがあるんだから、NPCにも相応の人工知能はあってもいいはずだ。

 

「じゃあ最後に、所属する国を選択してねー」

 

 チェシャ自身によって広げられた地図に浮かび上がった七つの光柱の中に、それぞれの国の説明が見える。

 

 

 白亜の城を中心に、城壁に囲まれた正に西洋ファンタジーの街並み

 騎士の国『アルター王国』

 

 桜舞う中で木造の町並み、そして市井を見下ろす和風の城郭

 刃の国『天地』

 

 幽玄な空気を漂わせる山々と、悠久の時を流れる大河の狭間

 武仙の国『黄河帝国』

 

 無数の工場から立ち上る黒煙が雲となって空を塞ぎ、地には鋼鉄の都市

 機械の国『ドライフ皇国』

 

 見渡す限りの砂漠に囲まれた巨大なオアシスに寄り添うようにバザールが並ぶ

 商業都市郡『カルディナ』

 

 大海原の真ん中で無数の巨大船が連結されて出来上がった人造の大地

 海上国家『グランバロア』

 

 深き森の中、世界樹の麓に作られたエルフと妖精、亜人達の住まう秘境の花園

 妖精郷『レジェンダリア』

 

 

「これは……」

 

 迷う。とても迷う。アルター王国とカルディナにはそこまで惹かれないけど、他の国には余すところなく行ってみたい。

 とはいえ、さすがに和装のままドライフやらグランバロアやらを訪れるのは少し気になる。黄河に行くならそれ相応の格好をしたいし……となると。

 

「天地で」

 

「了解ー。ちなみにどうしてー?」

 

「まず、日本風の国でゲームに慣れたいので。それに和装でレジェンダリアを訪れるより、まず先に天地でレベル上げをして、そこから世界を渡りたい。それに何より……直感ですね」

 

「直感」

 

「はい。天地なら、僕が求めるものが手に入るのではないか、と」

 

 あと、禊のやつはほぼ確実に天地を選ぶからだ。次点でレジェンダリアだけど、あいつなら多分、最初に高性能な和風装備を仕入れて各地を巡るだろう。

 大陸から遠いっていう欠点こそあれど、これだけの自由度を誇るのだから、天地から大陸に渡れないはずがないのだから。

 

「……なるほどねー。わかった、じゃあ天地の——」

 

「待って」

 

「はい?」

 

 首をかしげるチェシャに向けて、僕は少し深呼吸する。

 大丈夫、妙なことではない。ただの、小さな——

 

 

「この世界では、“人殺し”は、どう扱われてる?」

 

 

 疑問だ。

 それを聞いたチェシャは、特に顔色を変えることなく、世間話のついでのように口を開く。

 

「そりゃあもちろん、犯罪さー。けどそれは、NPC——この世界で言うティアンの人を殺傷した場合だけ。君たちプレイヤー、<マスター>とされる人たちが、お互いを殺す、いわゆるデスペナルティに陥れることに関しては、何も罰則は存在しないよー」

 

「……何も?」

 

「何もー」

 

 そうか。

 

「……そう、か」

 

 手を、口元に這わせる。

 やっぱり、歪んでいる。人はそうそう、変われるものではないらしいと、僕はきつく唇を噛み締めた。

 どうせなら、取れてしまえばいいのに。……そうすれば、誰も悲しむことはないのに。

 

「……このゲームではね、誰もが無数の可能性に満ちている」

 

「チェシャ……?」

 

「英雄にも魔王にも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも、この世界に居ても居なくても、誰も咎めるものはいない」

 

 チェシャは、この世界における「神」である運営の一人は、そう言って笑う。

 

「だから、君が自分の心を受け入れても、受け入れなくとも、全て君の自由なんだ。僕らはそれに一切関与しないし妨げない。僕らが君たちのためにできるのは、ひとつだけ。

 君たちがこの世界を楽しめるように、応援するだけさ」

 

 それは、受け取る人によっては、淡白にも思える言葉だ。ゲームの運営が、そのゲームから去るという選択肢をも許容し、自由という名の無限の選択肢を与えてくる。

 それは親鳥が、子鳥を放任するのと同じ、厳しさにも思える自由。羽ばたくことすら選択なのだ。

 

 けれど、それもまた一つの許容なのだろう。

 僕のような、明らかな変人を、こう言って認めてくれるのだから。

 

「……ありがとう、チェシャ」

 

 口元から手を離す。もうそこには歪みはない。

 

「お礼なんていいよー。僕は当たり前のことをしただけだからねー。

 さて、いよいよ旅立ちの時だ。準備はいいかい?」

 

「ええ!」

 

「良い返事だねー。それでこそ、前人未到を容易く踏み切る、新たに生まれる<マスター>だ」

 

 

「これからの君を待つのは、その手に持つ<エンブリオ>と同じ、無限の可能性」

 

 

 

「<Infinite Dendrogram>へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」

 

 

 

 その言葉に、声を出そうとした、その時。

 唐突に、何の前触れもなくすべてが泡のように消えて——

 

 

「わ、わああぁぁぁぁぁぁぁぁッ───!!?」

 

 

 僕は、この世界(<Infinite Dendrogram>)に、足を踏み入れた。

 もっとも、足を踏み入れるというよりは、高速落下で突入中、と言ったほうが正しいのだろうけども。




なんか始めてまともなチュートリアル書いた気がする(ロボットの方はポンポン飛ばしてたので)


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序章 ナチュラルボーン・スレイヤー/あるいは<エンブリオ>の目覚め
第一話 刀都


 □刀都門前 斬花

 

「……こわかった」

 

 さすがに、いきなりパラシュートなしのスカイダイビングをかまされるとは思ってなかった。

 あまりに唐突すぎて、これ墜落死するまでがチュートリアルなのか、なんて世迷言じみた妄想をしてしまったくらいだ。高いところは得意じゃないし心臓に悪いから、最初に言ってほしかったな。

 

 そんなことを思いつつ、両手をついて立ち上がる。

 そして感じる、まるで現実のような、五感全てに訴えかける——草木と土の匂い。

 

 空を見上げて思い出す——というほど昔のことではないが、落下している中でも、冷たさはあったと覚えている。そして高所特有の薄い空気、一瞬だったけれど、確実にその存在を感じた。

 

 間違いない。これは本物だ。

 <NEXT WORLD>などという偽物ではない、本物だ——

 

「やあ、斬花君。この世界(<Infinite Dendrogram>)のご感想は?」

 

「……最高だよ。ありがとう、みそ……いや、(きよめ)

 

 この浄というのも、こいつがよく使う名前だ。どうやら禊と同じような意味を持つ浄化の浄と、清らかな乙女を意味する清女(きよめ)をかけているらしい。色んな意味でこいつにしか使えない名前だ。

 

 いつのまにか近くに来ていた浄と、力強く握手する。

 

「ついでにフレンド登録もしておこうよ」

 

「そうだね……はい、できた」

 

 少しメニューをいじってやれば、すぐに見つかったフレンド一覧。その中に浄が追加されたのを確認して、僕は彼から視線を外して、目の前の大きな木製の門を見る。

 

「これが天地の首都、か」

 

「天地で唯一の安全地帯、何者にも犯されぬ花開く絢爛の都・刀都ってね」

 

「それなにさ」

 

「公式サイトの情報」

 

 そんなことまで載ってるのか、ログアウトしたら僕も調べておこう。

 

 右に左に、全方位を守るように築かれた木製の門は開かれている。門番はいるが、さすがに無用心にも思える。

 けどよく考えたらここはゲームの世界。もしもモンスターが襲ってきても、強いNPC(ティアン)がいるから問題ないんだろう。

 

「あ、空から人が降ってきた」

 

「あの洗礼って全員共通なのね」

 

「あは、見てよすっごい変な姿勢で落ちてやんの」

 

「笑わないでやりなさいな」

 

 ケラケラと煽るように笑う浄の頭をポンと叩く。

 それでもクツクツと腹を抑えて笑いを我慢する浄に半目を向けて、面倒だからと神職風の服の襟元を掴み、門に向けてぐいぐいと引っ張った。

 

「なにすんのさー」

 

「ここに留まってたら邪魔になるだろ……それに、上から降ってきた人の墜落に巻き込まれて死にたいの?」

 

「……そーだね」

 

 浄も馬鹿ではないからすぐに理解する。多分浄も、世界で初めての本物のVRMMOでテンションが上がってたんだろう。その気持ちはわからなくもないが、こういう時こそ冷静に振る舞おう。

 

 他のプレイヤーがあまりのリアリティに戦慄しているのを横目に、僕らは門に近づく。

 

「すまないが、少し待ってはもらえないだろうか」

 

 かけられた方に視線を向ける。そこにいる門番……槍を構えた武士のような風貌の男が、少し緊張した顔でこちらを向いていた。

 

「……何用でしょう」

 

「なに、そこまで警戒せずとも良い。私は【門武士(ゲート・サムライ)】の金守町衛門と言う者だ」

 

「げーとさむらい……変な名前」

 

 余計なことを言う浄の両頬を挟み込んで黙らせる。金魚の口みたいな顔になった浄を適当に放り投げて、心なしか苦い笑みを浮かべる金守氏に誤魔化しを込めた笑いを向ける。

 

「そこの馬鹿はほっといて……で、どういう要件でしょう。怪しいものではない、と言っても信じてくれないでしょうけども」

 

「いや、一つ聞きたいことがあるだけだ。あなた……先ほどの少年も含めて、あなた方は、<マスター>か?」

 

<マスター>……ああ、さっきチェシャに、プレイヤーのことは<マスター>と呼ばれる、って言われたっけ。

 

「おそらくは。あと、これが<マスター>であると示す証だと聞いたのですが」

 

 左手の<エンブリオ>を掲げてみせる。微妙にふてくされた浄も、それを見て察したのか何も言わずに左手をあげた。

 それを見て、金守氏は驚愕半分、納得半分の表情を浮かべる。案外早く受け入れられて、少し驚いた。

 

「以前からこの国……いえ、この世界では、近頃多くの<マスター>が現れる、との噂があったのだ。そして空からあなた方が来た。これはもう、確定と思うしかないだろう」

 

「なるほど。……どう思う、浄」

 

「十中八九運営()の仕込み。多分ぼくらをここに送り込んだ管理AIが広めたんだろうね、粋なことをしてくれるよ」

 

 まあ、そうだろうな。一々<マスター>がなんなのか説明するのも面倒だ。金守氏の言葉を聞くに、多分管理AIが<マスター>としてこの世界に降り立ったか、もしくは元から噂を流しているんだろう。

 そもそもこの世界がどれだけの設定で形作られているのか知らない以上、全ては推測の彼方だけども。

 

「その管理えーあいが何かは知らないが……それでもあなた方が<マスター>であることに変わりはない。我々はあなたたちを歓迎しよう」

 

 ……予想以上に高度なAIだ。チェシャだけが特別かと思ったけど、もしかして全NPCがこのレベルの質疑応答を成立させられるのか——? 

 となると、少し心配になる。

 

「気をつけてくださいね」

 

「……ふむ、何を?」

 

「<マスター>は死にません。だから面白半分で……それこそ人殺しとか、そういうことをやる人も必ず出てくる」

 

 たとえペナルティの危険性が存在しようと、やる奴はやる。絶対に。必ずだ。

 

「僕らも決して善良とは言えない。ただ良識を尊重しているだけだ。やろうと思えば、どうとでもなる。だから……貴方達ティアンと、僕ら<マスター>を、同じ生物としてカウントしない方がいい。油断は、しない方がいい」

 

 知らず、刀を握りしめる。

 この人も強いんだろう。でもそれだけじゃ熱に浮かされた人間は止まらない。

 

 僕がかつてそうだったように。

 

「……見たところ、君はなんらかの武術を修めているようだ。そちらの少年も、おそらくは本当に神職の出なのだろう。振る舞いに品がある」

 

 金守氏は少し考えた風に、僕らに言う。

 ……そこまでわかるのか。

 

「流派の名を訊いても?」

 

「……邦衛式戦闘術」

 

「神条院派生、清浄神道」

 

「うむ。その流派の名が示す通り、あなた方は「あちら側」で経験を積んできたようだ。なればこそ、あなた方は人間だ。我らと同じな」

 

 軽快な笑み。それにあっけに取られて、彼に肩を叩かれる。

 

「確かに<マスター>は人間ではあり得ない力を持つ。それは否定しない。だが、その力を振るう心は人間なのだ。あなた方のように我らにわざわざ忠告してくれるような者がいる、それだけで十分だ」

 

「……それに何より、そういう犯罪者はこちらにもいる。面白半分で人を傷つけるような畜生だっている。そちらとこちら、<マスター>とティアンは、ただ力の差があるだけで同じ人間なのだよ」

 

 その力の差にしたって、三強時代の頃にはほとんどなかったけどな、と付け足して、彼は真面目な顔をした。

 

 僕は何を勘違いしていたのか。彼らは人間だ。ただのデータの集合体じゃない——本物の知能と知性を持つ生き物だ。それを無意識に下に見ていたのは、僕じゃないか。

 

「別に咎めているわけではない。むしろあなた方は善良だろう。我らは対等な立場を、<マスター>に望んでいる——そう受け取って欲しいのだよ」

 

「……わかりました。金守殿()——僕は斬花といいます。真名は明かせませんが、僕も、あなたと対等でありたい」

 

「ぼくは浄。まあ、この真面目ちゃんの親友さ。ぼくもこいつも、正直まだこの世界に面食らってる。だから現地人の友人というのは、とてもありがたいよ」

 

 ……やっぱり、こいつの対応力は頭抜けてる。僕も見習わなければ。

 金守殿は笑みとともに会釈すると、続く<マスター>の対応のために、正面に向き直る。

 

 僕らも前を向き、門を見上げる。

 

「すごいね、この世界」

 

「ふふ、買ってきてあげたぼくに感謝したまえ」

 

「うん、ありがとう。……さて、いこうか」

 

 僕らは門をまたいで、刀都に足を踏み入れた。

 

 この世界でなら、僕は——僕の心の行く末を、見つけられるのかもしれない。

 そう思うと、自然と足が弾むのだ——



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第二話 ジョブに就こう(そもそもジョブってなんぞや)

 □刀都 桜花道 斬花

 

「すごいねぇ、まるで本当にこの街にいるみたいだ」

 

「ぼくもこれは予想外だ……あ、ほら見て、あそこ。店の看板娘に男たちがアプローチしてる……」

 

「……あんなこともできるんだね、AIって。せっかくだし行ってみたら?」

 

「きみはぼくに男たちの恨みを買わせたいのか?」

 

「あは、冗談冗談」

 

 この畜生め、とぼやかれた言葉は努めて無視して、街を歩く。あまりにも現実味のありすぎる庶民の日常……まるで現実のように思えてくる。

 されど彼らが手に持つ刀や槍、側に侍らせた少女やモンスターを見れば、ここが架空の世界であることを思い出させてくる。

 

 これは、下手にアニメやCG視点にすると逆に損をしたかもしれない。

 

「それで、最初に何をやればいいのかな?」

 

「んー……公式サイトには、そういうことは書いてなかったからね。チュートリアルの兎は、好きにやっていいって言ってたけど」

 

「……兎? 僕の時は猫だったけど……プレイヤー間で異なるのかな?」

 

「まあそんな感じなんじゃない? 管理AIの演算能力を考えれば、ぼくらのチュートリアルなんて些事でしょ些事。それにしたってあの兎、ちょーっと態度が悪いような気がしたけどね」

 

 僕を担当したチェシャは管理AI13号。つまるところ「神」のような存在である管理AIが、最低13体は存在するということ。

 (チェシャ)って名前から考えるに、主人公(アリス)とか、狂犬(バンダースナッチ)とか、帽子屋(マッドハッター)とか、不思議の国のアリスを元にした名前を持ってるのかもしれない。

 

「まあでも、ステータスを見れば、おおよそ察しはつくな」

 

 

 斬花

 レベル:0(合計レベル::0)

 職業:なし

 HP(体力):100

 MP(魔力):15

 SP(技力):22

 

 STR(筋力):11

 END(耐久力):11

 DEX(器用):15

 AGI(速度):13

 LUC(幸運):17

 

 

 注目すべきは「職業」と「レベル」、今はレベル0だけど、おそらく職業に就くことでレベルを上げることができる。そして「合計レベル」と表記されていることから、転職を繰り返してレベルを上げていくんだろう。

 際限なく上がっていくとは考えにくいので、どこかで頭打ちするはずだ。いわゆるカンストである。

 

「ってことは、専用の施設があるわけだけど……」

 

「……あれかな?」

 

 浄が指差したのは、和風全開の街並みの中で、調和しつつも異彩を放つ、「冒険者ギルド」と書かれた建物。

 確かにあそこなら、色々とやれることはありそうだ。二人で頷きつつ、僕らは暖簾をくぐって中に入った。

 

 

 /

 

 

 □【接客者(アテンダント)】陽毬

 

 わたしは、刀都の冒険者ギルドで受付嬢をしている陽毬という者です。

 冒険者ギルドは、武芸者の皆様への総合的な支援を行う組織です。つまるところ武芸者の方々が消えない限り、七大国家が消えたとしても必ずどこかで残る、ある意味世界で一番安定した組織とも言えます。

 

 そんな組織なので、冒険者ギルドの受付嬢……に限らない従業員は、給料も充実していてヘマしなければ急に消えることもない、言ってしまえば花形的な職業です。

 もちろんそれ相応の知識や態度、有能さに加えて最低限人が見ても不快にならない容姿が必要なのですが、それを差し引いてもとっても倍率が高いのです。

 

 それも、世界で一番安全と言える首都の受付嬢となれば、想像を絶する量のライバルが存在します。

 わたしは幸運にもそれなり以上の容姿と記憶力があったので就くことができましたが、それを妬まれて色々と苦労もしました。

 

「陽毬ちゃん、あとでお茶でもどう?」

 

「申し訳ありません、今は仕事中なので……次の方が待っておりますので、後ほど」

 

「うーい」

 

 当然そんな仕事が楽なわけもなく。

 仕事中でもデートに誘ってくる困った方や、純粋にものすごい量の仕事があるので、毎日とても大変なのです。その分お給料も高いので、充実しているのですが。

 

 それはそうと、最近そこらじゅうに広まっている妙な噂があります。

 近いうちに、<マスター>が大量に現れる……そんな、無骨滑稽としか思えない噂。

 

 人の噂は七十五日で消え失せると言いますが、どうもこの噂は、出どころからして妙に怪しいと言いますか。あからさまに、広めることが決まっていたかのような——

 

「むむ、ちょっと想像と違うな……豪快にお酒飲んだりしてない?」

 

「そんなテンプレみたいな……現実との区別付けようよ浄」

 

「ここはゲームなんだよなあ」

 

「うーわ、一本取られた……」

 

「ちょっと、そんなショックそうな顔しないでよ」

 

 そんなことを言い合いながら、暖簾をくぐって入ってきたのは、対照的な二人の男性です。

 おそらくは一八〇に近い身長の、長髪を後ろにひとつで括った黒髪赤目の青年。ひどく整った顔立ちをしていて、その身を飾る袴が恐ろしく似合っています。しかしながら細身のようにも見えるその身体は、よく見れば程よくも効率的な筋肉が付いています。

 対して、一六〇にも満たない少年は、綺麗に肩のところで切り揃えた黒髪とわずかに輝く金目と、まるで少女のような雰囲気と容姿を持っています。接客に慣れているので少年だとわかりましたが、街中で出会っていたら少女だと勘違いしてしまいそうです。彼もまた神職の服をまとっており、それがまた似合っていて、ずっと見ていたくあります。

 

 正直、ここまで美しい方々は、あまり見たことがありません。時折ここを訪れる刃華(ジンカ)様にも匹敵します。どちらかといえばあの方は凛々しい容姿をしていらっしゃいますが、そういうのにかかわらず、容姿がいいというもは眼福なのです。

 

「ねーえ、本当にきみ、ぼくのことどう思ってるワケ?」

 

「大切な友達だって思ってるよ。あと僕の主治医」

 

「ぼくは医者じゃないし、もっと言えばカウンセラーでもないんだよねえ!」

 

「あは、まあ助かってるからいいじゃない」

 

 ダメです、ダメです……薔薇が咲いてしまいます……わたしの性癖には存在しないのです……わたしをおかしくしないでください! 

 

「もう、きみは相変わらず失礼だね」

 

「立場は対等だろう。どっちも当主なんだから」

 

「そりゃそうだけどー、このぼくにこんな態度取っていいの、巫楽様ときみくらいだからねー?」

 

「それは光栄だ。まあ僕の親友は君だけでいいけど」

 

 あーっ、ダメですっ、あーっ! 

 

「それはそうと……ほら、さっさと済ませちゃおうぜ」

 

「はぁ……わかったわかった、早くやっちゃおうか」

 

 何をヤるんです!? 

 

 その日、わたしは、新しく訪れた武芸者……新しく現れた<マスター>と出会い。

 同時に、わたしの性癖を、開拓されてしまったのでした。

 

 

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 □刀都 【武士(サムライ)】斬花

 

 滞りなくジョブについて教えてもらい、そして始めての就職を経験した僕は、ふてくされる浄に付き添って神社までの道を歩いている。

 

「まさか場所に応じて就けないジョブがあるとはね……」

 

「それにしたって数が多すぎるけどさー。でもまあ、【神官】になるためなら、このくらいの面倒は甘んじて受け入れるとも……はぁ」

 

「受け入れるんじゃなかったのか」

 

「受け入れても面倒なもんは面倒でしょ」

 

 それもそうだね、と適当に返す。

 先程の受付嬢さんによると、【神官】は【司祭】と互換関係にあるジョブらしい。とはいえ完全に同一なわけじゃなく、あちらが回復を得手とするのに対し、こちらは浄化……怨念やら状態異常の回復に秀でているようだ。

 

 といっても下級職時点だとそこまで違いはないらしいけどね。

 

 そんな風に雑談しつつ、神社に着いた浄は、【神官】となったのだった。




この作品では、ロボットに比べて変態要素が五割増しとなっております。

—情報限定開示—
【神官】系統
備考:
東方版【司祭】。ただ天地で東方版とは言わないと思うので、互換関係と表記。
回復を得手とするあちらに比べ、怨念の浄化に性質が傾いている。もちろん体力の回復も可能。


非戦闘系の【巫女】ってなんだ……うごご……【司祭】と何が違うんや……。
そもそも女奴隷とかモンスター強化スキル持ってるヒンプとテイマーでどうして非戦闘系と戦闘系にわかれてるんだ……。


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第三話 はじめての「殺生」

 □刀都 【武士(サムライ)】斬花

 

 浄の就職を終えたのを見届けた後のことだ。

 

「向こうで神主の人から聞いたんだけどさ、ジョブには下級、上級、超級(スペリオル)に分かれてるんだって」

 

「すぺりおる……なんでそれだけ? っていうか天地でスペリオルとか言われると違和感すごいね」

 

「それ言ったらおしまいだけどさ……理由はぼくも知らないよ。ちょっと聞いただけだし」

 

 曰く、浄の就いた【神官】は一般的な下級職であり、ここから上級の【神主】、そして超級職(スペリオル・ジョブ)の【宮司】に派生するらしい。

 俺の【武士】も、ここから派生していくんだろうけど……。

 

「でも、超級職は一人しか就けないらしいんだ。神主の人によると、もう【神官】も【武士】もティアンの人で埋まっちゃってるらしい」

 

「あー……まあ、別にそこにこだわりはないしな。ジョブなんていくらでもあるんだからどうとでもなるだろ」

 

「ぼくはちょっと考えないとなー……せっかくの夢のゲームでてっぺん目指さないなんて、ゲーマーの隅にも置けないじゃん?」

 

「あは、そーかもね」

 

 ゲーム——もっと言えばMMOの類は、基本的に不公平だ。

 万人に、万人のための機会が与えられるなんて、そんなことはありえない。どのゲームも、運と実力を兼ね備えた人間が高みへと登っていく。

 ツキが向いてないと乱数に惑わされるなんてしょっちゅうだ。僕も浄も、そういう経験には事欠かない。

 

 それが、一等リアルなこの世界なら、尚更だ。

 断言しよう。いずれ必ず、この世界では“最強”が出てくる。誰も敵わない、誰もが認めざるおえない存在が。そこに公平さなんて言葉が介入する余地はないし、犬の餌にもなりやしない。

 精々豚か金魚の糞で、ちぎれた本のしおりのように、なんの役にも立ちやしないだろう。

 

 僕は正直、トップに立ちたいとは思わない。

 立てるのならば立ちたいが、積極的にはどうにもなれない気がするのだ。

 

 それは多分——飛び抜けた存在は、打たれる杭すら通り越して、誰も対等にはなれないから。

 僕は結局、それが怖いのだ。

 

「まあ、ぼちぼち目指して行こうか。まずはレベル上げ、だろ?」

 

「そうだね。といってもぼくは戦闘では精々回復する程度だろうから、前衛は君に任せるよ」

 

「ああ、まあ、そこら辺は期待してておくれよ」

 

 これでも、一通りの戦闘術は学んでいる。

 邦衛式戦闘術——その中でも刀を扱う戦刀術に関しては、当代の誰よりも優れていると自負している。

 

「実戦は学生の頃以来だけど……どうとでもなる、か」

 

 僕は、邦衛式戦闘術を継ぐ貴衛家の、正当な直系なのだから。

 

 

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 □<刀野平原>

 

 

 眼前にいる、醜悪な小鬼。

 視界の端に映る【餓鬼】というネームを見ながら、僕は一瞬、息を吐いた。

 

「ギィィィッ!」

 

 瞬間、餓鬼がこちらへと向かってくる。その動きは、人間の子供よりも幾ばくか速い程度。

 しかしながら明らかな人外に襲われるというのは、なかなかに堪える光景だ。動きも人らしくない、動物じみた気持ち悪い動きだし。

 

 右足を一歩、前へ。

 

「ふ」

 

 刀を腰に構え、一瞬の間隙も脱力も設けずに、左足を踏み込ませる。ザ、とやけに軽い音が響くと同時、僕は迫り来る餓鬼の首元に刀を走らせ、すれ違うように切り捨てた。

 

「おー、さすが免許皆伝ー」

 

「そうでもないよ」

 

 このくらいの動き、うちの師範代でもできる。もっともうちの爺に複数人でかかって打ちのめされる程度の腕前で、その爺と正面から戦って勝った僕からすれば、いささか技量不足なのだけどね。

 いや、それも爺が亡くなる数年前の話だから……今の彼らなら僕に土をつけられるかもしれない。

 

「で……どう、感覚は?」

 

「……うん、問題ない。大丈夫、僕は正常なままだよ」

 

 心配そうに聞いてきた浄に、なんでもない風を装って返す。

 これは本当だ。モンスターを殺すことに限っては、僕の心から何も溢れ出ることはなかった。

 ただ少し、腕が震えるだけなのだ。

 

 あのどろどろとした、されど身を任せればどこまでも流されて、悦楽を得て、溺れてしまいそうになる、あの熱。

 ——おそらくは殺人衝動と、そう称されるであろうそれは、常に僕の心を蝕んでいた。

 

「うん、大丈夫。ここでなら、殺しても殺しても誰からも咎められることはない」

 

「本当? 唐突にぼくを刺し殺したりしない?」

 

「僕をなんだと思ってるんだ。それくらいの自制はできる」

 

 でなきゃとっくのとうに君を刺してブタ箱入りだ。

 

「それにしても難儀なものだね、きみの衝動というやつは」

 

「もう十年にもなるからな……そりゃ慣れてもくるさ。……でも、目を逸らして、それで終わるのならそれがいいよ」

 

 もっともそうでないからこそ、僕は浄という友人を縛り付けているのだろう。

 

 ああ、でも……それもまた良き哉と思ってしまうからこそ、僕は畜生なんだろうね。

 

「さて、まだまだレベルは低いから、どんどん進めて行こうか」

 

「そうだ——」

 

 僕が気付く。そして浄も気付く。

 

「……ね」

 

「もう少し自然体を保てよ、浄」

 

「ぼくはきみみたいにたくさん修羅場潜ってるわけじゃないんだよ……」

 

 それにしたってあまりにバレバレだと息を吐く。

 なんだ、天地は武芸者の国じゃなかったのか? 視線、姿勢、態度、気配、その全てが未熟にすぎる。

 

 あるいはここが初心者狩場で、だからこそ程度が知れているのかも知れないが——それにしたって、将軍のお膝元でやるか普通? 

 

 抜身の刀をわずかに構える。見晴らしのいい平原での盗賊行為なんて、普通自殺行為だ。相手もそれはわかっているから、こちらを見ているだけに留めている。

 ならばどうするか、そんなのは簡単だ。

 

「浄、少し移動しよう」

 

「どこへ?」

 

「ああ、そうだな。もっと奥の林の中、なんてどう?」

 

 初心者狩場である<刀野平野>から隣接する<刀野林>、そこはあまり周囲から注目されない場所だ。純粋に林は暗くて見えづらく、それでいて平野との出現するモンスターのレベルにそこまでの違いはないから——と聞いている。

 

 ならば、あそこで迎え撃つのも吉だろう。視線の数を見るにそこまで数は多くないから……うん、多分大丈夫だ。

 

 浄もそれを察してか軽く頷いて、短い杖をくるくると回しながら歩き出す。僕は時折襲ってくるモンスターを後ろで切り殺しながら、彼を護衛する。

 後衛を潰されたら順次前衛もすりつぶされるから、後衛を守るのは定石と言える。

 

 吉と出るか凶と出るか。

 林へ近づいていくにつれ、震えがひどくなる右手を抑えて、僕は浄の後ろから、歩を進めた。



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第四話 『ステータス』

 □<刀野林> 【武士(サムライ)】斬花

 

 雑木林の中は、不自然に暗い。

 日陰だからかほんのりと肌寒く、吹き込む風は生暖かい。その対照的な温度差に、知らず、身体が震えた。

 

「斬花」

 

「……大丈夫。まだ、大丈夫」

 

 安物の柄頭を、冷気とは無関係に震える右手で抑える。目障りな金属の摩擦音が鼓膜を揺らして、不自然な苛立ちが強まった。

 

 ダメだ、ダメだ、冷静になれ。

 苛立つな。

 衝動を抑えろ。

 ……恐怖に、酔うな。

 

「やっぱり、今からでも街に戻った方が……」

 

「戻ったって、僕ら以外の誰かが被害に遭うだけだよ」

 

 それが<マスター>なら、いいだろう。どうとでもなる。

 しかしそれが、ティアンの……現地人であった場合、死んでしまったらもう蘇ることはない。一度きりの命なのだ。

 

「……冷静じゃないだろうね、今の僕は。それくらいわかってる。でも、抑えられる気がしないんだ。現に今も、刀を抑える右手が、疼いて仕方ない」

 

「……十中八九死ぬぞ、斬花」

 

「どうにもならなければ、そうなるね」

 

 はぁ、と、深いため息を吐かれる。そして浄は、僕にジト目を向けながら、再度ため息を吐いた。

 

「きみは本当に馬鹿だ。阿呆だ。自分の衝動を恐れているくせに、どうしてわざわざ衝動を解き放つような真似をするのか。ぼくにはわからないよ」

 

「……ごめん」

 

「……もっと効率の良い方法があったことは否定しないよ。それこそ性急な解決を望まなければ、君の真似じゃないけどどうとでもなる」

 

 そもそも気づいた時に街へ戻り、門番らに情報を伝えたり。冒険者ギルドに情報を提供したり。

 今この状況に陥ることなく、その上で解決する手段は無数にあった。

 

 その上で僕がこんな最悪の手段を取った理由は、一つしかない。

 

「試したいんだろ、斬花。——この世界なら、きみの衝動を解消できるんじゃないのか、って」

 

「……ああ」

 

「<マスター>と犯罪者を殺す場合に限り、この世界では殺人も許容される。このあまりにリアルな世界でなら、きみはきみ自身をさらけ出せると……そう思っているんだね」

 

 本当に、僕の友人はすごい。

 

「……一字一句違わず、その通りだよ。僕は、殺したいんだ。人を」

 

 かつての練習試合で知った、僕の本性。あるい欲望と呼ばれるソレ。

 その衝動がために、僕は表舞台に立てなくなった。それに相応の憎悪もある、しかしそれ以上に、僕はそれを押さえ込むことへの窮屈さを感じていた。

 

「この世界の人々が、確かな生命を持ってるってことは、きちんと理解している。いや、この上なく実感しているとも。でもね、そう実感すればするほどに、僕は殺したくなってしまう」

 

 この世界を、第二の現実だと認めているからこその衝動。

 人から見れば異常だろう。それは僕も自覚してる。止められるのなら、止めていたい。目を背けていられるのなら、そうしていたい。

 

 けれどソレは、僕のことを(ゆる)さない。

 

「——なら、受け入れるしかないだろう」

 

 結局、僕は変わらない。どこであろうと僕は僕。それだけでいいのだ。

 

「……わかったよ。わかったわかった。どうせきみは止められないんだろ——まあ、肉壁にはなるから、付き合ってあげるよ」

 

 こうなるのなら、ケチらずに弓矢を買っておけば良かったと——かつての弓道部部長は言う。浄の場合、僕と違って実戦というより神事の時に扱えるように極めたのが正しいんだけども。

 

「あは、ありがと」

 

「ダチだからね、このくらいは付き合うよ。——さて」

 

 周囲を取り囲んでいる数多の気配……弱いものも強いものも、等しく僕らを狙っている。

 

「お話は終わったかい?」

 

「ああ。待ってくれるなんて、紳士的な蛮族じゃないか」

 

「へっ、違いねえな」

 

 林から出てきた、随分と薄着をした男。その人相はまさに悪人に相応しく、傍に持つ大斧は、おそらくは幾人もの生命を奪ってきたのだろう威圧感を放っている。

 他の手下どもは、彼ほど強くはないだろうが……。

 

「……問題ない、か」

 

 ステータスで言えば格上なのは間違いない。

 でも、どうしてだろうか。倒せる気しかしないのは。

 

「あは——まあ、どうとでもなる、か」

 

 ついでに<エンブリオ>が孵化してくれたら嬉しいな。杖を構える浄に遅れて、力を抜いた右手が、震えるように刀を抜いた。

 しゃらん、という鈴の音が、この場にいる生命へと、闘争の始まりを告げる。

 

「邦衛式戦()術免許皆伝、斬花」

 

 ——推して参ろう。

 

「オラァ、死ねやァっ!」

 

 その手に斧を持って飛びかかってくる男。その動きは完全に僕のステータスを凌駕している。これまでも幾人もの相手を仕留めてきたのか、己の動きに絶対の自信を持っているようだった。

 それを見て、僕は一歩後ろに下がる。刀を脇に構え、息を吐いた。

 

 それを見ても関係ないとばかりに突っ込んでくる賊の男に——

 

「執ッ」

 

 距離感覚を合わせて大きく踏み込み、上段に切り上げるようにして胸元から首にかけてを断ち切った。ぶじゅう、と赤い血潮が漏れて、何が起こったのかわからない様子も男の背中を蹴り飛ばす。

 

 トドメはいらない。

 ……すぐに死ぬから。

 

 その一連の流れを見た男たちの目に警戒が宿る。

 僕らを狩られる獲物ではなく——抵抗する猛獣だと理解したように。

 

「……あ、レベル上がった。殺してもレベルは上がるのか」

 

 それは僥倖。僕は口角を吊り上げる。

 

「僕はお前らを——殺せるぞ」

 

 ざり、と下駄が土を踏む。

 ひどく緊迫した世界の中で——僕は、ほうと熱い息を吐いた。

 

 この、殺意。この、衝動。

 向けられる視線に含まれる害意を読み取って、深く、深く、強く笑う。

 

「我が剣術は、戦場にて成立した、一対多数を旨とする業」

 

 ゆえにその体系に、万全な状態で、向き合って力を振るうことを前提とする抜刀術は存在しない。

 そして、流麗に相手を圧倒する剣技もまた存在しない。その剣は競技ではないからだ。

 

 戦場にて死合うは一期一会、故に相対するその刹那にて、確実に相手を殺すために磨き上げられたその一連の業。

 ——一族の主人たる「邦」を「守る」ために築き上げられてきたそれらの技術を受け継いできた一族は、かつて邦衛と呼ばれ……今は貴衛とされる。

 

 故にこそ——安寧の世であろうとも、殺人剣を磨き続けた僕の劔に死角はない。

 

「——一族の秘奥たる「邦衛」、その命を対価として、存分に味わうといい」




一時のテンションで舞い上がって宣言するけど後でめちゃくちゃ後悔するやーつ(台無し


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第五話 <エンブリオ>の目覚め

 □<刀野林> 【武士(サムライ)】斬花

 

 刀を構える。

 力を込めず、ただ大いなる流れに流されるように。

 されど、それで流されすぎても力を発揮することは叶わない。

 

 何事もそうだ。適度に力を込め、己にできる最高を、常に成し遂げる。

 限界を超えなくともいい。限界を超えねば乗り越えられぬ事態をなくせるようにすればいい。限界を超えることに頼るのは、それでもどうしようもない時だけだ。

 

「斬花、大丈夫か?」

 

「ああ。むしろ絶好調だよ」

 

「それならいいけど、さっ!」

 

 浄は杖のリーチを活かし、相手を近づけさせないように膝の皿や目、首筋などを狙う。ステータスが貧弱だからさほど有効ではないけども、それでも人間危ないところに棒が当たれば怯みもする。

 ステータスと怯み耐性は比例しないからな……あ、今弁慶の泣き所打たれてぶっ倒れた。

 

「っと」

 

「い゛っ」

 

 浄の観戦をしてるところを好機とばかりに突っ込んできた賊をひらりと交わす。紙一重で斧を避けて、続く一撃が来る前に、僕は股間を蹴り上げた。

 

「生憎、邦衛式はお貴族様に教えられるような上品な剣術じゃないんだ」

 

「ぁ」

 

 地面に蹲り、図らずとも首を差し出す姿勢となった男に、上段から刀を振り下ろす。最適な角度で入った刀が、骨に遮られることもなく的確に男の首を落とした。

 死刑執行体験系VRやっといてよかった、と思いつつ、邪魔なので男の身体を蹴り飛ばす。それなりに重かったが、それ以上ではなかった。

「て、めえ、何しやがる!」

 

「何って……これは殺し合いだろ。何寝ぼけたこと言ってんだ」

 

 ……あぁ、もしかしてこいつら農民上がりか? 飢えで苦しんだから盗賊にでもなったのか? 

 

「ここは天地だ。聞いたぞ、ここには修羅しかいないってな。そんな土地で盗賊なんざやるんだから、当然死ぬ覚悟も殺す覚悟もできてるんだろ?」

 

 もしも、もしも、その覚悟すらないのだとしたら。

 

故郷(いなか)に帰っておねんねしてな——おのぼりさんは恥ずかしいぜ?」

 

「てめえ、人でなしの……突然現れた<マスター>のくせに! いっちょまえに人を語ってんじゃねええええええ!!」

 

 上段から力任せに振り下ろされた斧の側面に刀を当てて、弾く。そのまま首を一閃、したが、ステータスの差で避けられた。

 

「知らないの? 人間範疇生物って、<マスター>も含まれるんだぜ? それともそんなこともわからないほどに頭がお粗末なのか?」

 

「っざけ」

 

「ふざけてねえよ大真面目さ。ま、そりゃあおまえらに比べりゃ生温い人生送ってただろうよ」

 

 飢饉、殺人、災害。その全てがリアルでは大概対策されていて、精々中世程度の文明レベルしかないこちらとでは、人生の温度(みつど)が違う。

 

「——だけどな、こっちも相応の苦労やらしてきたんだ。生温ってことと、幸せってことは比例しない」

 

 たとえば勉学。

 たとえば関係。

 たとえば、たとえば、たとえば、たとえば。あげようと思えばいくらでも、辛かったことは挙げられる。

 

 自由というのは生きること、生きることは辛いこと。選択の自由がある限り、人は辛くなっていく。心が砕け散っていく。

 考えずに済むというのは、一般的に悪だと言われる。なんだっけか、そう、ディストピア。考えることを許されず、ただ決められたレールの中を歩くだけ。

 

 確かにそれは辛いだろう。確かにそれも辛いだろう。

 だけど、それはある意味幸福なことだ。考えることなくして全てを任せていられるんだから。

 

 それはある種、幼少の頃での母への甘えに近い。なにせ「自由」という充足を知らないのだから、それで満足するのだ。ああ、子供と、赤子というのは言い得て妙だった——子供は純潔なのだから、それ以外を知らないのだ。

 

 この世界にはジョブがある。「可能性」という「自由」がある。

 それは万人に選択を強いる。逃れられることのない選択肢。けれど、己がやれること、やりたいことが明記されているということは、とても楽なものだろう。

 

 ——現実(リアル)では、そんなものはない。手探りで見つけるしかない。

 僕だって、……最初から、そう言われていれば受け入れた。

 

 

 おまえは人を殺せる人間だと……最初からそう告げられていれば、どれだけ楽だったろう。

 

 

「結局のところ、どっちの世界も辛いんだ。おまえにも人生はあるし、僕にだってある」

 

「おまえの人生に敬意を払おう」

 

「おまえの生涯は、きっと僕の想像もつかない苦労と幸せに満ちていた」

 

 

 だが殺す。

 

 

「それも踏まえての人生だ」

 

 

 あれ——おかしいな、どうしてそんな顔で僕を見る? 

 まるで鬼か化け物でも見るように——ああ、いつかもそうだったな。

 

 あの時、相手をいつものように練習道具だと思って、いつものようにして、そして殺しかけた。

 彼は全身から血を流して、骨を折って、肉が裂けていた。それを見て僕は喜悦を感じた。

 

 確かに僕は人でなしだ。人殺しに、愉悦を感じる畜生だ。それ以上でもそれ以下でもない。ただ純粋なクソ野郎だ。

 僕は僕を嫌悪しよう。

 

 だけど、ああ、今わかった。

 

「あは」

 

 こんな僕でも友はいる。

 こんな僕でも心がある。

 

 己の欲を嫌悪して。

 人を尊べる、道徳がある! 

 

 それってつまり——僕は、どうしようもなく、人間ってことなんだ! 

 

 僕は、この衝動を抱え込んで、生涯前を向いて生きていこう! 

 この衝動を抑え込み、嫌悪して、命を尊び、ただの人として生きていこう! 開き直るなんて——そんなひどい真似できるはずがないじゃないか!! 

 

 それが、僕に許された「自由」——「可能性」なのだから!!! 

 

 恐怖と、焦燥と、嫌悪感、それらが向けられ振り下ろされた、一振りの斧に刀を差し出す。

 さながら首を垂れる罪人が如く。

 

「ああ、刀が欲しい」

 

 こんな鈍ではなくて。

 

「人を殺せる、強い刀が」

 

 斧が、刀を、叩き割って——

 

 

『ならばその願い、叶えましょう』

 

 

 ——新生する。

 

 

『人を殺せる強い刀を』

 

 

 左手の宝石が、解ける。

 

 

『己が悪性を移し取り』

 

『されど目を逸らす度し難き貴方様の為に』

 

 

 それはまるで、光の糸。

 

 

『人とは愚かしくも千差万別、まさに万華鏡の如くに美しい』

 

『であるからこそ、(わたし)は生まれるのです』

 

『目を封じ、淑やかに、貴方様に見合う美しきものであるために』

 

『されど、我が形代の、名のままに』

 

『この身は貴方の為に、五臓六腑を切り開き、貴方様の悦びのまま、人を人として蹂躙しましょう』

 

 

 解けた糸は、再度光として紡がれる。

 

 

『私は全てを受容(みと)めましょう』

 

『代わりに、私の全てを差し上げます』

 

 

『——ああ、愛おしき人。私の全てを、召し上げて?』

 

 

 答えることは、ただ一つ。

 

 

「もちろんだとも。僕は僕が果てるまで、君と共に在り続けよう」

 

『……嬉しいっ』

 

 

 そこだけは、年頃の少女のように。

 光が収束し、人型を形作る。ありえべからざる光景は、されど幻想の中でのみ成立する儚きもの。それが僕には、ひどく愛おしく思えるのだ。

 

「おはよう、僕の<エンブリオ>。それとも、妻と呼べばいい?」

 

「……せ、積極的すぎてきゅんとしました。ええ、ええ、好きにお呼びくださいな」

 

 そうして生まれた彼女は、白を基調として僅かに赤を散らした上等な和服を着ている。身長は、一五〇に届くか否かと言ったところ。

 肩辺りまで伸びた白山吹の髪も艶やかで、されど屍人じみた肌色と合わさり、まるで儚き幽鬼のよう。しかしそれもまた、彼女の美しさを引き立てる一因にしてならない。

 

 特徴的なのは、額に生えた二本の小さな角と、彼女の目を隠す和紙のような枷だろう。和紙には目のような紋様が描かれていて、まるで呪術師のようだ。

 角はほんのり赤みがかっており、着物と鼻緒の赤色に呼応しているよう。惚れ惚れするような赤色である。一流の染物屋でも、これほどの色は出せないと——そう確信できるほどだ。

 

「私は貴方様の刀。貴方様の喜悦のままに、その才覚を現すもの」

 

 少女は、僕の<エンブリオ>は、そう言って淑女の礼をする。

 

()を、イツキ。<エンブリオ>、TYPE:メイデンwithテリトリー・アームズのイツキでございます」

 

 

「——さあ、貴方様の御心のままに、愉悦を成し遂げてくださいまし」

 

 

 




それは強者を殺すもの。

『それは倫理に歯向くもの』

されど尋常の強者ではない。

『それは欲望を御するもの』

それが仇なすのは概念。

『それは喜悦を制するもの』

それは、人であるならば——

『それは、倫理及び抑制への反逆者』

——何者であれ、殺せるものなり。


/蛇足


浄(うわぁ)


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第六話 生まれながらの——

今話投稿に際し過去に挙げた話の一部を改変しております。


 □<刀野林> 【武士(サムライ)】斬花

 

 イツキが光に粒子になる。

 それは僕の左手に集まり、収束して、一振りの刀を創り上げた。

 

「……すごい」

 

 思わず、感嘆の声が漏れる。それほどまでにその刀は美しい。

 まず目を引くのは純白の刀身。白い着物を着ていた彼女を、その美しさもそのままで、刀に写し取ったかのようだった。手の方へと遡っていくと、純白に紛れて「縊鬼丸」と銘が切られていた。

 

 そして少し驚いたのが、鍔が普通の鍔ではなく、唐鍔という儀礼用に用いられた鍔であること。あるいはそれが、僕への戒めなのかもしれないが……少し気をつけねば。イツキの刀を僕の血で汚したくはない。

 

 また、柄には白い柄糸が巻かれており、隙間から覗く目貫は、彼女の角や着物に似た赤色だった。

 

 総じて儀礼用——飾太刀に似ているものの、細部は異なる……しかし極めて美しい一品と言える。

 

「……僕の蒐集品(コレクション)にも、これほどの刀はない。綺麗だ、イツキ」

 

『そ、そう言っていただけて嬉しい、です……。ですが、ほら、固まっていた賊どもが動き出しますよ?』

 

「ああ、それもそうだね」

 

 ならば手早く済ませよう。

 僕が刀を構えると、ワンテンポ遅れて彼らが各々の武器を構える。それは斧だったり、刀だったり、短刀だったり……バリエーション豊かで品質もバラバラだが、ひとつ断言できることがある。

 

 イツキよりも優れた武器は、そこには存在しない、と。

 

「疾ッ」

 

 空気を肺に取り込んで、左足で大きく踏み込んで加速。

 両手持ちしたイツキは随分軽いので、本来無手用の踏み込みができる。思わぬ僥倖だが素晴らしい。

 

 まずは加減込みで——腕! 

 

 下段からイツキを振り上げる。

 それは斧を構えた男の腕に、寸分の狂いもなく入り込んで、そして一瞬の抵抗も感じずに断ち切った。

 

 一瞬惚ける賊。しかし浸透する痛みでようやく認識したのか、汚い唾を撒き散らしながら絶叫する。別に人を嬲る趣味はないので、喉に刀を向けて突き殺した。

 しかし、切れ味が良いだけじゃなく……何か作用してるな、これ。

 

『さすがにこの魂はいりませんね……』

 

「イツキ、説明頼む」

 

『ん、わかりました。というか、これを見たほうが早いですね』

 

 目の前に表示されたウィンドウ、『保有スキル一覧』と書かれたソレの、一番上に表記されたものに目が止まる。

 

 

生まれながらの殺人鬼(ナチュラルボーン・スレイヤー)》Lv1

 対人間範疇生物(<マスター>・ティアン)特効。イツキ使用時のみ発動する。

 Lv1の場合、対人間範疇生物に対し、ダメージが50%上昇する。

 パッシブスキル

 

「……なるほど」

 

 そりゃ殺しやすいわけだ。他にもスキルはあるようだけど、今は関係ないようなのでウィンドウを閉じる。

 あとでまたゆっくりと見るとして——

 

「浄」

 

「ん、なに?」

 

「危ないから下がってて。もしかしたら間違えて切っちゃうかもしれない。……それと」

 

 

「ありがとう、こんな僕の友達でいてくれて」

 

 

「……馬鹿だなあ、きみは、そんなこと感謝せずとも当たり前のことだろうに。

 なら、さっさと終わらせてね。あとでたくさん問い詰めてやるから」

 

 メイデンとか聞いたことないし、とゲーマー魂が刺激されたのか、浄はふんすと息を吐く。それに口元に笑みが浮かぶのを隠しきれず、結局、照れ隠しみたいに前を向くしかなかった。

 

『……良い友人ですね』

 

「うん。本当に、僕にはもったいないくらいのね」

 

 さて、友達からせっつかれちゃった以上、手早く終わらせようか。

 

「あは」

 

 なに、どうとでもなる、ってな。

 

 僕は刀を構えて、一呼吸。

 一足に大地に踏み込んで、残りの賊どもへと突っ込んだ——! 

 

 その後数分で賊どもは死に、母なる大地へと無残な死体を捧ぐ。それを成したる僕の刀の眩く光る刀身は、血に塗れてもなお、歯止めを知らないかのように貪欲に輝いていた。

 

 

 /

 

 

「ひどい残虐ファイトを見た」

 

「失敬な、すぐに殺してあげたじゃないか」

 

「そこでそう返すからこそ残虐ファイトって言うんだよぼくは」

 

 そうかな? 嬲ってないから人としては上等だと思うんだけど。

 

 僕の気持ちを読み取ったらしい浄に呆れた目を向けられる。それを誤魔化す意味も込めて、傍のイツキを撫でた。

 

「それにしても……メイデン、かぁ。ねぇ、自分から可愛い女の子生まれて今どんな気持ち?」

 

「そっちで煽るのかよおまえ」

 

「勘違いしないでよね、あとで今回のセリフ抜粋して弄ってやるから」

 

「この畜生め……!」

 

 にゃはは、とまるで少女のように浄は笑う。少し苛ついたので、頭を軽く殴った。

 

 そういえばこいつの<エンブリオ>はどうなるんだろうな……なんか拗れた奴が出る気がするぞ。

 

「<エンブリオ>は千差万別にございます。私のようにメイデンが出る可能性は、あまり高くないでしょうね」

 

「っていうか、そもそもメイデンって何さ。チュートリアルでも聴かされなかったよ?」

 

 イツキは唇に細く嫋やかな指を当てて微笑した。

 

「メイデンは、いわゆるレアカテゴリーに分類されるのですよ。発現する人はあまり多くないので、そのチュートリアルでも説明されなかった、と思われます」

 

「なるほどねぇ……予想以上にこのゲーム、ガチャ要素が強いな」

 

「いえ、ガチャ、というわけではありません。個々人のパーソナル……深層心理や表層心理、トラウマや趣向に合わせて<エンブリオ>は発現するのです。ですので、最初からどんな<エンブリオ>になるかは決まっていると見て良いと思いますよ」

 

「それってやっぱり、クソみたいな性根だったらクソみたいな<エンブリオ>が出るってことだよね」

 

「斬花、それわりとブーメランだってわかってる?」

 

「うんまあ、わりと」

 

 こんな対人特化のスキルを持つ<エンブリオ>なんて、そんな多くはないだろう。希望通りも希望通り、僕にとっては理想そのままと言えるけど。

 

「こ、心の中であろうと褒め殺されるのは、その、嬉しいのですが……」

 

「……かわいい」

 

「わ、斬花が女の子にかわいいって言ってるの初めてだ」

 

 立場上勘違いされると困るからね、ってそうじゃなく。

 

 ——白い肌を持つめちゃくちゃかわいい女の子が、頬染めて俯くのは、大変眼福だと思う。

 

「コントラスト……!」

 

「ねえきみキャラ変わってない?」

 

「おまえはさっさと遮那裡(しゃなうら)ちゃんデンドロに誘ってこい」

 

「ちょっ、リアル方面から刺すのは反則だろ……!? あとぼくは年下趣味じゃないってばぁ! いつも言ってるだろぉ!?」

 

「見た目お似合いだぞ」

 

 まあ中学生で天真爛漫だから見た目だけ、なんだけど。でもあっちからだいぶせっつかれてるのに曖昧な笑みで押し通すのはお兄さんダメだと思うんだ。

 

「ぼくはロリコンじゃないんだ……!」

 

「大丈夫、僕は君が一回り年下の美少女に手を出しても笑って付き合える男さ」

 

「くそ、じゃあイツキちゃんはどうなんだ! 明らかにちっちゃいじゃないか! きみ一八〇近いから犯罪臭すごいぞ!!」

 

「ちっちゃい!?」

 

 イツキが結構なショックを受けてるのを尻目に、僕はわざとらしく屈んで、浄の肩に手を置いた。

 

「僕はね、好きな子がちっちゃかったらロリコンに堕ちるのも致し方ないと思っているんだ」

 

「きみはそれでいいのか、成人迎えた男のくせにそれでいいのか!!」

 

「正直ダメだとは思ってる……でもほら、イツキは身体は成人しているんだ。幼い美少女特有の……わかるだろ? それがない」

 

 だから合法オールオッケー。

 

「あと彼女は成人迎えた僕から生まれたので成人だ、つまり僕は真性ではない」

 

「じゃあなんだ、きみ自分は嫌なくせにぼくのことを真性扱いしようとしてたのか……!?」

 

「いいから、っていうか彼女学校で人気あるんだろ。純朴な好意を無碍にするのは度し難い下衆の行為だぞ」

 

「話をすり替えやがって……ったく。はいはい、彼女にデンドロ買ってあげますよーだ」

 

 筆頭株主である清浄の、しかも御曹司たる禊なら、向こう側も断れないだろうからね。というか利害は一致してるんだからさっさとロリコンに堕ちろ。

 

「……あの、つまり私と貴方様の関係は……?」

 

「あー……うん」

 

 素面に戻ると恥ずかしいな。

 

「わりと一目惚れだったから……婚約者、妻、みたいな?」

 

「は、はい! ふ、不束者ですが、よろしくお願いいたします。……幼い身体でも興奮してくれるでしょうか」

 

 あっ、これ先に僕が堕ちるかもしれない。

 




生まれながらのロリコン(

ひっどいオチだけど作者はロリコンじゃないです。ええ。現実では興奮しません絶対に。

—情報開示—
殺生刀后(せっしょうとうごう) イツキ】
TYPE:メイデンwithテリトリー・アームズ
紋章:刀を抱いて眠る少女
能力特性:対人特化・怨魂殺収
モチーフ:人を通り魔のように殺す妖怪・縊鬼(いつき)
食癖:新鮮な食べ物しか食べない(野菜などにも当てはまる)
ジャイアントキリングの形:たとえ相手が格上でも、人であるなら殺してみせる
備考:
白髪に白い着物に白い肌、そして和紙の目隠しをした白づくめ大和撫子風鬼娘。属性特盛。
性格もお淑やかで大和撫子的だが秘めたるスケベな一面を持つ。ただ怒らせると斬花が相手であろうと問答無用で正座させるとかさせないとか。
武器としての姿は飾太刀のような真剣。刀身には「縊鬼丸」と銘が切られている。芸術品かなにかと見紛うような美しさを誇るが、その性質は妖刀か何か。

“デンドロ世界の命をリアルと同じように感じている”にも関わらず、現実からずっと抱え込んできた殺人衝動を持つ斬花の、“どうか自分の衝動を律することができるように”との願いを受け発現した<エンブリオ>。
なので衝動から目を逸らす意味を込めて目隠しをつけているが、斬花のガバガバな倫理に対応してかわりとひらひらして中の目を覗かせる。目は美しい緋色で斬花とお揃い。

しかし抑制のパーソナルも見ているため、斬花が衝動で暴走しそうになると嗜める役割を持つ、総じてイエスマンではない<エンブリオ>と言えよう。おそらくアポストルとの性格的相性は悪い。
ステータス補正はオールG。いっそ清々しいほどのスキル特化型。

スキル:
生まれながらの殺人鬼(ナチュラルボーン・スレイヤー)》Lv1
人間範疇生物(<マスター>・ティアン)特効。イツキ使用時のみ発動する。
Lv1の場合、対人間範疇生物に対し、ダメージが50%上昇する。
イツキ運用における要とも言えるスキル。
パッシブスキル

《殺生統合》Lv1
“相手が人間範疇生物で(スレイヤーと同じく双方の意識に左右される)”“自分より合計ステータスが上”である相手を殺害した時、相手の魂を刀身に蓄積して保護する。Lv1では三個まで。
この保護状態は怨念などによる凶化を防ぎ、Lvに応じて蓄積できる魂が増えていく。初っ端でイツキが「この魂はいらない」と言ったのはこのスキルで保存するか否かを決めたためである。
アクティブスキル

《怨念統合》Lv1
怨念を引き寄せて吸収する。この怨念は刀身と柄の狭間に蓄積され、必要に応じて出すことが可能。
Lvに応じて吸収できる量が決まる。
ON/OF不可。
(強力にも思えるスキルだが、もちろんというか表記されていないマスクデータ的デメリットも存在する。
それは怨念とともにアンデッドを自動的に誘引すること)
パッシブスキル 


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第一章 アンデッド・サムライ/あるいは色物系<マスター>への道行
第一話 怨念の利用法


 □<刀野林> 【武士(サムライ)】斬花

 

 イツキが目覚めてから、デンドロ内時間で数日のこと。

 僕らは、刀都から出てすぐの<刀野平原>ではなく、そこから少し歩いた以前賊を殺した<刀野林>で狩りをしている。

 デンドロが本物の夢のゲームだと知った連中が大勢訪れて、狩場が箱詰め状態になっているために、僕らがあまり人気のない狩場を使わざる終えなかった。

 

 その弊害がこれだ。

 

「あーっ、もうっ! アンデッド多すぎっ!」

 

『うう、私のせいで、申し訳ありません……』

 

「いや、イツキのせいじゃない。強いて言えば僕とシステムのせいだね」

 

 グロテスクで醜悪な化け物……ゾンビと呼ばれるアンデッドの首を断ち切って蹴り飛ばす。直後光の粒子となって消えていくが、後ろを見ればまだまだ湧き出るようにゾンビやスケルトン、レイスがいる。

 同時に奥から紫色の気色悪い力が、イツキの刀身と柄の狭間に流れ込んでいる。これがイツキの第三スキル、《怨念統合》の効果にして弊害だ。

 

 天地は修羅の国である。ここが安全地帯である刀都の近くであっても、古くから累積された怨念はいくらでも存在する。

《怨念統合》は、それらの累積された、地中深くの怨念すらも引き寄せて吸収する。それは第一形態の、それも三つあるスキルとしては強力にすぎる。

 

 だから、表記されない効果も設けられた。

 そう、怨念とともに、アンデッドをも引き寄せるという、今僕らが苦しんでいるデメリットを。

 

「でもデメリットと言ってもっ!」

 

「自動的に経験値が寄ってくるんだから、まだマシだよねっ!」

 

 浄が弓を、彼に発現した<エンブリオ>である【浄桃神弓 オオカムヅミ】を構えて矢を放つ。オオカムヅミの第三スキルである《破魔の弓矢》の効果で弓矢を媒介とした攻撃に聖属性が付与されているので、まとめて二、三体ほどアンデッドを爆散させていた。

 

 僕の方はイツキの特効が働かないので、地道に一体ずつ仕留めている。さすがにレイスとかの物理無効持ちはどうにもならないから、浄に任せているけども。

 

「そういえばわりとグロテスクな肉片付いてるけど気にしないの?」

 

『殺すことは私の本望ですので……むしろ少し気持ちいいくらいですよ、貴方様』

 

「それならよかった」

 

 全部ポリゴンになって消滅するとはいえ、気にされると斬りにくいからね。イツキが気にしないタチでよかった。

 

「……あっ」

 

 矢筒に手を入れて固まるな、めちゃくちゃ嫌な予感がするぞ……! 

 

「聞きたくないけどどうした」

 

「矢が切れた! ちょっと置物化しちゃうかもー!」

 

「なら前もって言っといてよ!!」

 

 その後は、随分な泥仕合となった。

 

 正直こんな連戦、浄なしじゃもう二度とやりたくないな……。その甲斐あってかレベル50になったし、レベリングには最適だけども。

 

 

 /

 

 

 □刀都 冒険者ギルド 【武士(サムライ)

 

<マスター>が増えたことで活気が増した冒険者ギルドの一席の中で、妙に寒気のする視線を感じながらカタログをペラペラとめくる。

 

「むぅ……」

 

「何悩んでるのさ」

 

「いや、次のジョブがさ、いいのが見つからないから」

 

 色々とジョブについての解説が書かれたカタログを貸してもらったのはいいものの、ジョブプランがほとんど決まってないからあれこれと目移りした挙句にこれじゃないと落胆する。

 

「ぼくは【弓武者(ボウ・サムライ)】にする予定。せっかく弓の<エンブリオ>が出たんだし、それを活かせる方向にシフトしないとね」

 

「イツキの怨念がな……どうにかして活かしたいんだけど」

 

 あとは魂に関してどうにかできるなら最高だけど、そこまでは高望みしない。ただあの怨念の貯蔵量がどれほどなのかわからない以上、怨念を消費する手段を考えなくちゃいけない。

 明らかにヤバイ色だから、吸収できずに引き寄せるために悪影響が起こることもあり得るかもしれないし。

 

「私もジョブについては、知識がありませんから……元は私のせいなのに、力になれず申し訳ありません……」

 

「君は僕の<エンブリオ>だ。つまり君の力は僕の力、君の責任は僕の責任だよ。謝る必要はない」

 

 イツキの頭を撫でる。恥ずかしそうだけど逃げる様子はない。

 まあ、弟の頭は散々撫でてきたからね。それなりには慣れてるとも。

 

 ……兄としては、落第も落第だろうけどさ。

 

「何かお困りですか?」

 

「あ、陽毬さん」

 

 僕らに親切にしてくれてる受付嬢の陽毬さんが、僕らの隣の席に座る。こら、威嚇しないの。

 

「あの、この子は……」

 

「ああ、僕の<エンブリオ>。可愛いだろ?」

 

「そ、そうですね」

 

「男から女の子が生まれるって恥ずかしくないのかな」

 

「聴こえてるぞ浄」

 

 あとでなます切りにでもしてやろうか。

 そう視線に込めて睨むが、べーと舌を出して挑発してくる。それでも似合っているのだから余計腹立たしい。

 

「ま、まあそれはともかく、ジョブに迷っているならこれを貸し出しましょうか?」

 

「んん……【適職診断カタログ】?」

 

 え、これお高いやつでは? 

 

「いくつか在庫はあるので、一つくらいならしばらくお貸ししますよ?」

 

「ありがたいですが……」

 

 少し声のボリュームを下げる。

 

「……これ、わりと公私混同に当たるんじゃ……」

 

「あはは、まあ、そうなんですけどね」

 

 陽毬さんは困ったように笑う。しかし、それに僕らが何か言おうとすると、人差し指を唇に当ててウィンクした。

 

「わたしも一人の人間ですので……少しくらいの贔屓は、ね?」

 

「……あは」

 

 本当に、どこまで時代を先取りしているんだろうな、このゲームは。

 

「ま、ぼくも経験あるしね……」

 

「他言無用でお願いしますよ?」

 

「もちろん。さすがにそこまで恩知らずじゃない」

 

 せっかくだし、この好意に甘えよう。イツキが陽毬さんに軽く会釈するのを見ながら、僕は【適職診断カタログ】を開く。

 

 そして行われた、5分間に及ぶ質疑応答の時間を終え、提示されたジョブは……。

 

 

「……【死霊術師(ネクロマンサー)】?」

 

 

「……あっちゃー」

 

 陽毬さんの口から、「わたしのせいかもしれないけどでもそれ選ぶ普通?」みたいな、色々な感情のこもったあっちゃーが漏れた瞬間、僕と浄、そしてイツキは、目を見合わせたのだった。




多分陽毬さんはちょうどいい年齢でいい感じの恋愛してしれっといい男捕まえていい感じの年齢で皆にいい感じに惜しまれつつ寿退社する……みたいなデキるタイプのキャリアウーマンです。ただし天然。
脳味噌腐ってるからそこだけがちょっとアレですけど。

感想たくさんくだちい……(強欲の塊)(人の姿をした家畜)(恵んでもらう感想は嬉しいか?→うれちい!!!!)

ここからタイトルの通りアンデッド祭りになっていきます。
天地で忌まれるジョブに就いた斬花君はどうなってしまうのか?乞うご期待!
(なお作者はアンデッド嫁大好きです。ハーレムって入れたほうがいいのかな?)


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第二話 【死霊術師】斬花

いつのまにかたくさん評価がきていた……。
ありがとうございます!


 □<刀野林> 【死霊術師(ネクロマンサー)】斬花

 

 目の前の、殺されてから数時間経った後の腐敗したような状態の死体……アンデッド祭りの時に偶然落ちた【完全遺骸】を前に、僕はイツキの刀身から怨念を引き出した。

 途端、紫色の瘴気にあたりが包まれる。浄のスキルで怨念耐性を得ているけども、さすがにちょっと気持ち悪くて、思わず眉を潜めてしまった。

 

「……まあ、我慢我慢」

 

 僕がそういう道を選んだんだし仕方ないと納得させて、刀の切っ先を遺骸に向ける。

 

 側に控える浄に目星する。

 もしも暴走したら、その時は今も構えてもらってる浄に矢を叩き込んでもらうことになっている。

 お互いに準備はできていると確認し、頷きあって深呼吸した。

 

 僕には《死霊術》のノウハウはない。

 僕が持つ【死霊術師】としてのアドバンテージは、この怨念の量だけ。

 

 だから僕にできるのは、

 

「《死霊術(ネクロマンシー)》、発動」

 

 怨念に任せたゴリ押しだけだ。

 

 周囲の怨念が切っ先を伝って完全遺骸に流れ込む。ビクリと遺骸が痙攣する。もう死んでいるのにも関わらず、だ。それほどまでに濃い怨念は、当然術者である僕にもそれなりの影響を及ぼす。

 怨念が寒気をもたらし、不自然に背筋が震える。それを唇を噛み締めることで抑え付け、怨念をひたすらに注ぎ込む。

 

 この後どうなるかなんて二の次だ。

 周囲から新たに寄ってくる怨念は、イツキが選別して吸収していく。まず処分するのは今回だけだ、寄って来る側から使っていたらいつまで経っても終わらない。

 

「化け物が生まれそう……」

 

 言うな浄、僕も薄々感じてるんだから……! 

 

 ビクビクと不気味に痙攣していた遺骸から、一気に力が抜ける。そしてぐじゅりと白濁した目が辺りを見渡し、おぼつかない動作で起き上がった。

 

 知らず、汗がたらりと流れて。

 

 ——僕に跪いたのを見て、はっと安堵の息が漏れた。

 

「暴走しなくてよかった……」

 

 膨大な量の怨念を使ったから、半分暴走するもんだと思ってた。

 一度イツキを通したから、少し大人しくなったのかもしれない。何にしても僥倖だった。

 

「ぼくも無駄に戦闘しなくてよかったよ……だってそのアンデッド、絶対めちゃくちゃ強いじゃん」

 

 浄も僕と同じように安心しながら、しかし油断なくアンデッドに目線を向けながら言う。アンデッドの方も反応はしているが敵対行動をするような素振りはない。今すぐ戦闘になることはなさそうだ。

 それはともかく、陽毬さんからもらった片眼鏡を装備して、と。

 

「えーっと……【ハイ・ウーンド・ソンビ】、か」

 

 本で読んだところによると、通常のゾンビの上位種。……死霊術師成り立ての僕が作ったと言えば凄まじいけど、あれだけの量の怨念を使ったことを思えば素直に喜べない。

 率直に言えば少し損をしたような気分だ。

 

「うーん、もっとレベルが上がれば怨念を効率良く活かせるのかな……」

 

 今でもそこら辺の土から染み出して刀身に呼び寄せられているとはいえ、さすがに無限ってわけじゃないだろうし、いずれ底を突くだろう。

 その時に、この時無駄に使ったことを後悔はしたくない。

 

「デメリットがあるだけあって、怨念の貯蔵量はめちゃくちゃ多そうだもんね」

 

『はい。しばらく使わずとも、ある程度余裕がある……と思います。私でも正確な量はわからないので、半分以上推測になりますが……』

 

「まあ、イツキが人間形態の時は呼び寄せられないみたいだし、あんまり武器形態のままでいるのはやめておこう」

 

 これで街までアンデッドを呼び寄せて指名手配されたらたまったもんじゃないし。

 

 でもイツキを使う時には、自ずと怨念が引き寄せられるから、どうにかして消費しなきゃいけない。でもそのためには、《死霊術》のスキルレベルを上げなきゃいけないわけで。

 

 結構、道は遠いな。

 

「怨念処理か……あ、なら斬花、ならあのアイテム作ってみたら?」

 

「あの……ああ、本で見たアレね」

 

 なんだっけか、そう……【怨霊のクリスタル】。【清浄のクリスタル】に怨念を吸わせることで製造できるらしいけど、天地だと不吉だとされているからか、あんまり詳しい製法は書かれていなかった。

 

「アレ、結構上等なアイテムみたいだから、とりあえず怨念ぶちこんで作っといたらいいんじゃない? 【死霊術師】のきみなら無駄にはならないでしょ」

 

「んー、確かにね」

 

 それも一応想定して、【清浄のクリスタル】を購入してある。わりと高かったけど、アンデッド祭りでルーキーながらそれなりにお金を稼いだからそこまで懐は痛まなかった。

 

「じゃあ……」

 

 ……今更だけど、このアンデッドを街に持ち帰るの嫌だな。【ジェム】は一応買ってるけど、こんな汚いのをずっと入れてるのは、なんだかテロリストになったみたいで良い気分にはならない。

 

 かわいそうだとは思うけど、ついでだし処分しておこうか。

 

「はい、これ食べて」

 

「GAU——!?」

 

「ちょ、斬花!? もったいなくない!?」

 

 いいのいいのと手を振って、【清浄のクリスタル】を呑み込んで(正確には僕が口に突っ込んだ)、まるで太陽に当たった吸血鬼のように悶えるアンデッドの身体に刀身を突き刺す。

 

「よし、寄ってきてるのもまとめて入れちゃおう」

 

『え、えーと……ごめんなさい』

 

 ズオオ、と重苦しい音とともにアンデッドに怨念が流れ込んでいく。

 

 正直、元のなった人物のいない自然発生のアンデッドなんて、ただのモンスターと同じだろう。ただ造形がヒトに近いだけだ。さっきのアンデッド祭りの時もそうだけど、僕は正直そこに価値は感じない。

 

 大事なのは命を自覚しているか、ヒトとしての心を持っているかだ。そこから外れているのだから、僕はそれを資源として使い潰すことに、躊躇はない。

 ……我ながら歪んでいるとは思うけどね。

 

「G、GA——」

 

 やがてアンデッドの身体が解けるように消えていく。あるいは濃すぎる怨念で身体が溶けているのだろうか。

 僕にそれは推測することしかできないけれど、残った結果はただ一つ。

 

 黒々とした、先ほどまでの清らかな光ではない、汚濁の如く汚らしい色を放つ結晶が一つ、地面に落ちていた。

 

 それは間違いなく、本で見た【怨霊のクリスタ——

 

 

【清浄のクリスタル(汚染度:中)】

 

 

『「「いやなってないの(です)!?」」』

 

 

 結局、そこから追加で膨大な量の怨念を注ぎ込んでも【怨霊のクリスタル】は完成しなかった。

 あの流れで完成してなかったとか、ちょっと色々台無しだよもう……。




待って、石を投げないで、説明しますから!!

まず、普通【清浄のクリスタル】を怨霊のクリスタルにするには、膨大な怨念が必要だというのは、メイズが原作でやってたことから理解しました。
ですが、メイズは5000年分の命のアンデッド化と並行して……つまるところ100人くらいの子供で条件を達成し、そこからさらに作っているうちにクリスタルの作成に成功したと書いています。

で、原作の被害規模からして、200人までは行ってないと思うんです。ゴゥズの残虐性も加味すると、普通よりも速く完成したと思われます。

で、天地はご存知の通り修羅の国。それもフラグマンの時代からそうだったらしいので、累積した怨念は膨大なものでしょう。死んだ数は1000じゃ効かないと思います。
一回戦争でも起これば手足欠損して死んだりする相手は腐るほどいそうですし、高レベルティアンは野試合で悔いなく死ぬこともあると吟味しても絶対怨念がやばいくらいたまってます。
その上天地だと怨念利用系は忌まれますし……怨念だまりは地下に大量にあるでしょう。

で、イツキのスキル効果で地下から周辺から問答無用で怨念を吸収する(デメリット付きなのでさらにドン)ので、結構な量の怨念を食ってます。

なのでそれを全ツッパした結果汚染度中の中途半端な怨霊のクリスタルができ上がった……とお考えください。

さすがに初っ端から怨霊のクリスタルを作れちゃうとバランスブレイクとかそれ以前の問題なので、色々と調整しました。
でも怨念を各地から収集できるイツキがあるので、近いうちに完成はすると思われます。そもそもそれ使うようなクソ強いアンデッドを作れるような素材、今はありませんけどね。

面白かったから感想もよろしくお願いします。
感想をくれると豚みたいに喜ぶのだ……作者が。


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第三話 助けを喚ぶ声

展開が遅いなと感じたので、ちょっと繰り上げます。


 □刀都 【死霊術師(ネクロマンサー)】斬花

 

【清浄のクリスタル(汚染度:中)】を造った、次の日のこと。

 

「私、第二形態に進化しました」

 

「ついでにぼくも進化したよー」

 

「……なるほど」

 

 唐突すぎやしないか、と思ったが、掲示板見る限り他の<マスター>もこれと同等かもっと早い段階で進化しているようで。

 ならこれが普通なんだろうと納得して、ステータスを見た。

 

 

 イツキ

 TYPE:メイデンwithテリトリー・アームズ

 

 武器攻撃力:100

 武器防御力:50

 

 ステータス補正:

 HP補正:G

 MP補正:G

 SP補正:G

 STR補正:G

 END補正:G

 DEX補正:G

 AGI補正:G

 LUC補正:G

 

 

 うん、清々しいくらいのオールGである。明らかな最低補正だ。

 ちなみに浄は大体EとかDとからしい。その代わりスキルは浄でないと使えないようなものがあるので、その分の補正だろう。

 

「スキルも全部Lv2になったし、貯蔵できる怨念の量とかも増えたな」

 

「それに、《殺生統合》も保護できる魂が四つに増えましたので、不慮の事態にも対応できますっ」

 

「まあまだ使う機会はないけどね」

 

 そもそも条件が厳しすぎる。ティアン限定でなおかつ合計ステータスが高い相手を殺した場合しか保護できないとかなんなのか。

 それに魂を保護してどうするんだ、アンデッドにでも使うのか? どこのマッドサイエンティストだ。

 

「ぼくもスキルが良い感じに成長したよ……《武神の一矢》以外は」

 

「正直、それってわりとアレなスキルじゃない?」

 

「……ぼくも正直思ってる。いやだって風も重力も勘定に入れない弾道予測線とか何の意味があるのさ?」

 

「わからないなぁ」

 

【オオカムヅミ】の第一スキル、《武神の一矢》。浄も言っている通り正直使い道が浮かばない。

 矢が直線上に飛ぶなんてありえないのに、その予測線を出されてどうしろと。リアルでも達人級な浄だからこそそれに左右されずに撃てるわけで……ぶっちゃけ欠陥みたいな、むしろ邪魔みたいなそんなスキルだ。

 

「でもそれ以外の《仙桃の加護》、《破魔の弓矢》は有能だからなおさらわけわかんなくて……」

 

「確か自動でHP・MP・SPのリジェネだっけ」

 

「うん。まだ第二形態だから雀の涙だけど、育っていけばすっごい便利だと思うよコレ」

 

 自動回復は便利だからね……大抵のゲームだとバランスを壊さないために弱いけど、一人一人に固有スキルなんてものを与えるこの世界がそんなのを気にしているとは思えないし。

 

「お、《怨念統合》も貯蔵できる量が増えましたよ!」

 

「張り合わなくていいんだよ、イツキ」

 

 そりゃイツキは……普段の狩りだと使いにくいけど、色々と僕のパーソナルからそうなったんだろうなっていう納得がある。

 人を殺すことに愉悦する性から生まれたんだから、そのくらいの使いにくさは受け止めて、その上で使うくらいの覚悟が必要だろう。

 

「貴方様ぁ……!」

 

 イツキが感激したように抱きついてくるのを受け止めて、頭を撫でる。

 

 ……とはいえ、そろそろアンデッド祭りもメリットとデメリットがわりに合わなくなってきたところだ。

<マスター>がさらに増えたことで、<刀野林>に入ってくる数が増えて無闇にイツキを使えなくなった。なにせ僕は【死霊術師】、その上に妖刀を使っているとか思われたらティアンとまともに会話できなくなってしまう。

 

 見た目だけは綺麗なのがイツキだ。能力の血に飢えた妖刀っぷりはできるだけ知られない方がいい。

 

「というか、浄は浄で金食い虫だし、僕は僕でアンデッド用に色々買い込んでるからお金が足りないんだよね……」

 

 そのためのアンデッド祭りだったんだけど、バレたら元も子もない。

 

 と、なれば、効率的に金を稼ぐ他ない。

 

「<修羅の奈落>……神造ダンジョン、ね」

 

 言うなれば運営が拵えたダンジョン。この刀都にある無限湧きのモンスターの宝庫。

 そこに入れば金欠とは無縁と言える。今の僕らにとっては理想の場所だ。

 

 だけど、そんな場所に無償で入れるほどこの世界は甘くない。

 

「【修羅の奈落攻略許可証】……入手条件は」

 

「奈落を守る門番に挑み、その力を示すこと」

 

 ——あは、最高だ。

 

 少なくとも、今の僕の力を試すにはもってこいだ。

 

 なに、<マスター>なのだから、死んでもどうとでもなる。まあ好き好んで死にたくはないけども、それでもティアンほど条件は厳しくないだろう。

 

「じゃあ、取りに行こ——」

 

 

『——助けてや』

 

 

 何処から来たのかはわからない。

 ただ漠然と、そんな声が聞こえた。

 

 

 後ろを振り返る。郊外を見ても、なにも聞こえない。

 空蝉にしては、奇妙なほどにしっかりとした、少女の声だった。

 

 助けを求めていた。

 

 多分、誰でもいいのだろう。底無し沼に落ちて、藁でも掴めればいいと——そんな風にも聞こえる、諦観と絶望の入り混じった声だった。

 

 それでも僕は、聞こえてしまった。助けを求める声を。

 

 ——なら、無視するわけにはいかないな。

 

「……浄、先に行ってて」

 

「……理由は聞かないけど。なにか、あるんだね?」

 

 やはり、というか、僕とイツキ以外には聞こえなかったらしい。

 それが偶然なのか、あるいはスキルの効果なのかはわからないけど。

 

「うん」

 

「じゃあ、行ってこい」

 

 力強い言葉だった。

 

「きみは確かに変人だけど、それでも、人としての良識を、捨てるつもりはないんだろう? なら何かあるはずだ。なにが起こってるのかは知らないけど」

 

「ありがとう」

 

 ならば、その期待には答えねば。

 なにが起こってるのかなんて、僕にだってわからない。

 

 でも、これを放っておいたら——僕は、僕がこの世界を楽しめなくなる。

 

 そんな予感がするのだ。

 

 

「……急ぐぞイツキ!」

 

『はいっ!』

 

 刀に変化したイツキを携え、僕は全速力で平原を駆けた。

 

 

 /

 

 

 やだ。

 

 一緒になんてなりたない。

 

 

 ※プレイヤー非通知アナウンス

【(<UBM(ユニーク・ボス・モンスター)>認定条件をクリアしたモンスターが発生)】

 

 

 うちがなんか、悪いことした? 

 

 

【(履歴に類似個体なしと確認。<UBM>担当管理AIに通知)】

【(<UBM>担当管理AIより承諾通知)】

 

 

 やだ、やだ、うちはばけものちゃう。

 

 

【(対象を<UBM>に認定)】

【(対象に能力増強・死後特典化機能を付与)】

 

 

 やめて、やめてや。

 

 

【(対象を逸話級──)】

 

 

 ——助けて。

 

 うちを、殺して——!




今ここら辺でロボットの時はクロマドーラ会敵とかそこら辺なんですよね……あとここら辺は単純に書いてて面白くないので、合間に挟まってた色々はスキップします。


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第四話 死してなおその才故に

十日以上空けてすみませんでしたーっ!(平伏土下座


 □<刀野平原> 【死霊術師(ネクロマンサー)】斬花

 

 駆ける。

 平野を翔ける。

 

 跳ぶように、されど止まらないように。僕の血が継いできた武術が示す完璧な足運びのままに、高くないAGIを全力で振り絞って雑草を振り払うように駆けていく。

 

「うわっ!?」

 

「なんだっ、って人間!?」

 

 時折すれ違う<マスター>、しかし今は邪魔だからと、それすらも意識の間隙に追いやって、ただ己の身体を動かすことに全霊を注ぎ込む。

 

『イツキ、方向は間違ってないかな?』

 

『はい、このまま一直線に走れば、流れてきた悲鳴の元へと辿り着きます』

 

 よし、とさらに脚に力を込める。

 高い身体能力があるということは、それを活かせる動きがあるということだ。まして僕は、戦場で成立した武術を継いできた一族。たとえ足場が悪くても、走ることには支障はない。

 

 息切れもない。数十分は走り続けることができるだろう。

 

「すぅ……ふぅぅ、待ってろ……!」

 

 ——お前が今、どんな姿なのかはわからないが。

 それでもお前が人ならば、俺は、お前を——

 

 

 /

 

 

 ■□??? ??? 

 

 

 古い古い、昔のことだ。

 

 その屋敷には、仲睦まじい領主様に奥様に、とても美しく賢いお嬢様が住んでたんだ。

 

 皆領民からも慕われ、とてもとても、幸せに暮らしていたのさ。

 

 

 けれど、世の中というのは……天地という国は、とても厳しかったんだ。

 

 ある日、屋敷が襲撃された。

 

 誰かは知らん、誰かも知らん。ただひとつ言えるのは、その時に彼らの幸せは潰えて、そして終わっちまったってことなのさ。

 

 

「まあ、恨みは……抱えてしまうよねえ、当たり前のことだけれど」

 

「……なるほどね。まさかそんな厄ネタを、斬花が聞きつけたとはね」

 

「あんたたち、<マスター>なんだろう。それなら、救ってくれるんじゃないのかい?」

 

「さあね。ぼくは知らないよ。そういう家業ではあるけれど、霊はそれなりに苦しむこともあるし。少なくともぼくがここにいるってことは、つまりそういうことなのさ」

 

 

「全部斬花に任せてみてさ、そしたらきっと、きっとひょっこり帰ってくるよ。斬花はそういうやつなんだ。そういうやつだと、ぼくは誰より知ってるからさ」

 

「……なら、任せてみるかね。お嬢さんが恨みを抱えてるならね」

 

「……また、武器を買いにおいでよ。今度は友達も連れてさ。そしたら、良い矢を仕入れているからね、たくさん売ってあげるよ」

 

「なら、そうしてもらおうかな。……また来るよ、おばあさん」

 

 

 /

 

 

 死ぬっちゅうのんは、案外辛ないことやった。

 そら、端からわしの身体欠けていく感覚は、とんでものうしんどかったけど……想像しとったような責め苦やなかったねん。

 

 せやさかい、お父様とお母様が死んだってわかった時も、そこまで悲しゅうはなかったし……ふわふわと漂ううちのように、二人もまだ消えてへんで、いつかもういっぺん会えて、暮らせるって思うとった。

 

 そんなんを思うとったさかい、なんかな。

 

 ……こんなんに、なってもうたんかな。

 

 

 ふわふわと漂ってたら、うちは竜に襲われた。

 普通の竜ちゃうくて、朧げな、うちとおんなじ魂だけで生きてる竜や。

 

 抵抗しよう思ても、所詮ただの霊でしかなかったうちは抵抗できひんで……喰われた。

 

 

 せやけどうちは消えへんかった。二度目の死は迎えへんで…………もっと最悪なことになった。

 

 

 ——うちの身体は、もううちのものちゃう。出て行ってって思ても、それ叶える力はあらへん。

 術を使うても意味はのうて、ただただ、身体の中で蠢くなんかを、抑え込んでさざめくように泣くだけで。

 

 こら、父と母の死を悼まへんかったうちへの、たった一つの罰なんやろう。

 

 そやさかい、死を免れた私、言えるこっちゃあらへんけど。

 ——この罪と罰を濯ぐには、今度こそ死ぬしかあらへんのやと、そう思た。

 

 未練があらへん言えば嘘や。

 両親のように恋愛をして、結婚して、子供を作ってみたかった。おもろかった術の勉強を、もっともっとしたかった。

 

 せやけど、うちが「人」であらへん以上、もはやそら叶わへん。

 そやさかいどうか、心なくして生き物どすらななる前に。

 

 ——どうかうちを殺してくれと、徒然のように思うんや。

 

 

 ……ほんでももしも、うちに光があるやったら。

 

 うちを、助けて。

 

 

 /

 

 

 

 距離一〇〇。

 

 

 距離九〇。

 

 

 ……距離五〇。

 

 

 距離一〇。

 

 

 ——見つけた。

 

 

 /

 

 

 小さな小さな、古屋のような屋敷のような、そんな古びた家の脇。

 まるで蜘蛛の子を散らすが如く、唐突に障子が突き破られて、静謐を湛えていた古屋に轟音を響かせる。

 

 それを為した男は、埃臭い廃屋特有の臭いに顔をしかめ、振り払うように白く美しい刀を振るう。空気を裂く音が鼓膜を震わせ、水面に浮かぶ葉っぱのような驚くほど静かな目が、畳の上に蹲る少女を射抜く。

 

「一つ、訊くよ」

 

『……ぁ』

 

 

「君は、人か」

 

 

「それとも——(かばね)か」

 

 

 刀を向けて、ただ答えろと言わんばかりに男は言う。その瞳に冷たさはなく、されど静けさゆえに戸惑うことを許さない。

 

『……うちは』

 

 少女は……己の片目を抑え、握り締める。いっそ潰せ、潰れてしまえと、あらんかぎりの力を手と腹に込めて叫ぶ。

 

 

『うちはっ……!!』

 

 

『うちはッ、人間や!!』

 

 

 その怒声と見紛うばかりの声に、男は。

 

「……よく言った」

 

『え』

 

 そう表情を緩め、唖然とする少女に向けて刀を構える。

 

「君がそう思うのなら、僕はそう扱おう。君が人だと言うならば……君が人だと叫ぶのならば、僕がそれ以外のもの(バケモノ)として扱う道理はない」

 

「で、あるからこそ」

 

『……第一、第二スキルの効果が適応されました。いけます、貴方様』

 

 その声を聴いて、男は笑う。

 

 優しげに、儚げに——けれど修羅とすら思えるほどの、場に似合わないその笑みは。

 

 されどきっと、少女にとっては——

 

 

「僕は君を、殺せるよ」

 

 

『……………嬉しい、な』

 

 

 ——紛れもない、たった一つの救いなのだ。

 

 

<マスター>——【武士】斬花。

 

<UBM>——【怨竜姫 ウラオトヒメ】。

 

 救済(バトル)開始(スタート)




本編のウラオトヒメの独白の意訳です。
とあるサイトを利用しているので割と雑ですが、ご了承ください。


死ぬっていうのは、案外辛くないことだった。
そりゃ、端から自分の身体が欠けていく感覚は、とんでもなく苦しかったけど……想像してたような責め苦ではなかったのだ。
だからお父様とお母様が死んだってわかった時も、そこまで悲しくはなかったし……ふわふわと漂う私のように、二人もまだ消えてなくて、いつかもう一度会えて、暮らせるって思ってた。

そんなことを思ってたから、なのかな。

……こんなことに、なってしまったのかな。

私は竜に襲われた。普通の竜じゃなくて、朧げな、私と同じ魂だけで生きてる竜だ。

抵抗しようと思っても、所詮ただの霊でしかなかった私は抵抗できずに……喰われた。

でも私は消えなかった。二度目の死は迎えずに…………けれどもっと最悪なことになった。

——私の身体は、もう私のものじゃない。出て行ってって思っても、それを叶える力はない。
術を使っても意味はなく、ただただ、身体の中で蠢く何かを、抑え込んでさざめくように泣くだけで。

これは、父と母の死を悼まなかった私への、たった一つの罰なんだろう。

だから、死を免れた私が、言えることではないけれど。
——この罪と罰を濯ぐには、今度こそ死ぬしかないのだと、そう思ったのだ。

未練がないと言えば嘘だ。
両親のように恋愛をして、結婚して、子供を作ってみたかった。面白かった術の勉強を、もっともっとしたかった。

けれど、私が「人」でない以上、もはやそれは叶わない。
だからどうか、心をなくして生き物ですらなくなる前に。

——どうか私を殺してくれと、徒然のように思うのだ。


……それでももしも、私に光があるならば。

私を、助けて。


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第五話 人であるなら殺してあげる

特殊タグの存在を知ったので投稿です。


 □<怨床襤褸屋敷> 【武士】斬花

 

 右斜めから一体、雑兵。

 左上から二体、程々。

 

 正面から一体、強兵——! 

 

 何処をどう動けば生き残ることができるのか。感じた殺気から敵手の位置を読み取って、考えるよりも先に身体が動く。

 

(無理に切り捨てずともいい)

 

 ただ、「生きるため」——違う。

 彼女を救い、そして己が生きるため。

 

 ただそれだけのためでいい。

 ただそれだけのためだけで、僕の肢体(カラダ)は鋭利を晒す——! 

 

 一瞬踏み込んで、その場に沈む。途端飛びかかってきた骸どもを、飛び上がる要領で蹴り飛ばす。その勢いのまま程々の一体を、袈裟懸けに斬り下ろす。

 血と油で刃が止まった瞬間に、残りの程々に突っ込むように地面を蹴る。まともに突進を受け止めた程々の骸は一瞬だけ硬直し、同時に僕が繰り出した脚撃で切り裂かれた骸諸共後ろに吹っ飛んだ。

 

 同時に後ろから掴みかかってくる強兵に、振り返りざまにイツキを振るう。《剣速徹し》が適応されてなお胴に食い込むだけで両断できなかったが——これで良い。

 

「《ネクロ・アナライシス》」

 

 MPが減り、イツキに黒いオーラがかかる。それがかかった瞬間、止められていたはずの刃が一気に滑り込み、骸を両断する。

 

《ネクロ・アナライシス》。死体を分解するスキルで、アンデッドに使用すればある程度ENDを削減できる。さらにイツキは怨念吸収効果もあるので、怨念で造られていると思しきこのアンデッドには効果覿面だろう。

 

『貴方様。この怨念、先ほど聴いた声と同じものです。しかしこちらは少し嫌がっているような……』

 

「……だから僕でも、こんな簡単に殺せたのか」

 

 彼女は<UBM>。聴いたところによると、逸話級でも並大抵のボスモンスターを凌ぐ力を持つらしい。そんな存在である彼女……ウラオトヒメによって造られたのだろうアンデッドがこんなに弱いのは違和感がある。

 

 しかし、本人が拒絶していたのなら話は別だ。彼女がどういう経緯でこうなったかはわからないが、本意でないのは見て取れる。

 

 ならば僕にできるのは、それに応えて殺すこと。それだけだ。

 

『う、ぐ、ううううあああああ!!!』

 

 ゴボリ、と彼女の背からヘドロのようなものが湧き出る。あれは……怨念? 

 

『嫌や! うちは、うちは、人間——いやぁぁぁぁあああああ!!?!?』

 

「ッ」

 

 放出された怨念が、さらに引き寄せられたアンデッドに取り憑いて……その威容を増幅させた。

 

 雑兵が程々を超え、程々が強兵へ——そして強兵は将へと変わる。

 ……これでも抑制されてることを鑑みれば、最悪の場合雑魚が全て強者に変わる可能性がある。これは、早々に決着をつけないとまずい。

 

「イツキッ、怨念の吸収でどうにかできるか!?」

 

『誘引してもあまり動きませんっ、おそらく彼女の出力が私のスキルの支配力を上回っています! ですが、直に刃を触れさせれば——』

 

「強化をひっぺがせるってことか……」

 

「……どうとでもなる、ね。あはっ」

 

 一度だ、一度切るだけでいい。それのなんとたやすいことか。

 

 貴衛式戦刀術は、戦場で生き延びるために編み出された、相手を確実に殺すための術。

 

 ならば必要とされるのは、数多に分かれた必殺か? あるいは息もつかせぬほどの神業か? 

 

 違う、違う、あまりにも違う。理念が違う。

 戦場で同じ輩と会敵する確率は限りなく低く、そして一度負った負傷を今すぐどうにかする術はないならば、必殺も神業も必要ない。

 

 一度切る。それだけで相手は行動不能になる。

 それが頭なら、脚なら、腕なら——それで終わりだ。

 

 今の世では、手術という手段や再生医療が存在するために一度切るだけではどうにもならない。だからかつて賊どもを殺したように、一手一手致命撃を重ねていくように時代に合わせて変革させていったのだ。

 

 しかし今ならば。

 回復という手段のない、戦場という一体多数の場であるならば、僕の劔は原点に回帰する。

 

 すなわち、一期一会にて一撃を喰らわせ、後の生で戦えなくすることである。

 

 

 一様に向かってくる骸どもに向けて——震脚。

 

「縮地」

 

 一瞬の踏み込みに力を込めて、跳躍の要領で大きく身をかがめて地面と平行に滑空する。そのまま骸の脇を抜き——

 

馬殺(あしそぎ)

 

 すれ違いざまに脚を断つ。そうして地面に倒れ込んだ骸を捨て置いて、あるいはまだ倒れぬ者の延髄を貫く。粒子となって消える最中に盾として蹴り飛ばし、刹那の余裕のうちにまた腕と脚を削いでいく。

 

 そうして達磨となった骸の頭を踏み砕く。

 

「たとえお前らの肉が強くても、心がないのならどうとでもなる」

 

 心技体揃って故に、人は人らしく強いのだから。

 心と技を欠けた化け物に、人が敵わぬ道理なし。

 

『……相変わらず凄まじいですね、貴方様は』

 

「これでも剣の道に生きてきたからね、っと」

 

 一閃、首を断つ。目がなくなれば蹴り飛ばすのも簡単だ。

 

『これで彼女の怨念も回収できました。何か起こる前に潰せてよかったです』

 

「油断は禁物だけど、それは喜ばしいことだ」

 

 さて。

 

「……随分と凛々しい姿になったね」

 

 己のうちに生じた化け物を抑え込む……それは難しいことだろう。なんたってそれは己なのだから、己を抑え込むのはひどく辛く、難しい。そうであるから知っている。

 

 手と、目。非常に麗しい少女のかんばせはそのままに、病的なまでに白い肌と神々しさすら感じさせる瞳には、まるで竜の如き鱗と有鱗の縦線が浮かんでいる。あるいは襤褸ながらも仕立ての良い着物の下にも、何かあるのだろうけど……そこを暴くのは変態の所業なので割愛する。

 

 しかし、彼女は未だ人だ。人であらんとする美しい少女だ。

 化け物ではない。断じて。

 

『……うちは、も、う』

 

「人だよ。誰がなんと言おうと人だ。甘美な道に堕ちず、人として己が心を保つ姿は、紛れもない人間の姿だ。そんな姿が、僕は好きだから」

 

『…………もう、こないな時に……惚れてまうわぁ……」

 

 なんと言ったかはわからないが……しかし、今ならば。

 

「動くなよ……!」

 

 せめて苦しまないように——!? 

 

『オ、オレ、ハ、……——!!!』

 

「チッ!?」

 

 突如奥から襖を突き破って現れた大男は、僕に向けて拳を振るう。

 速くはない……が、当たったら即死する!! 

 

『あ、んた、は』

 

「柔は苦手なんだけど……!!」

 

 頼むから折れてくれるなよ、イツキ! 

 

『お任せを!!』

 

 振るわれた拳がスローに見える。これは僕が速くなったのではなく、一瞬の思考の加速。

 世界が灰色に染まる中、僕の動かしたイツキの刀身が奴の拳の側面に添えられる。全力を振り絞って万力を込め、明らかな致命打であるはずのその拳の軌道をわずかに逸らした。

 

 勝機——! 

 

「貴衛式戦刀術、奥義」

 

 奴の腕の力に併せて刀身を動かし、徐々に徐々に運動エネルギーを同化させていく。

 それが最高潮にまで高まった、そう感じた瞬間——地面を踏み締めていた脚が軸に——!? 

 

『お、前……は……!! お前はぁぁぁぁあああああああああ!!!!』

 

 ズオッ、と少女から怨念が吹き出る。あまりにも濃い、いつも怨念に触れているはずの僕でも冷や汗が流れるほどの質と量。

 

「待て——」

 

『《天性黒書》』

 

 それは、異能(スキル)の宣言。

 

 

『《デッドリー・ミキサー》ァァァァァァァアアアアアア!!!』

 

 

 ——まずい。

 

 全ての筋肉を強引に動かす。その悲鳴を無視して、一気に後ろに跳んだ。

 

 そして、僕に迫っていた骸もろとも、屋敷が一撃で消し飛んだ——! 

 

 

 /

 

 

《天性黒書》。

 

 それは【怨竜姫 ウラオトヒメ】の最弱(・・)の能力にして、彼女がこうなってしまった最大の原因でもある。

 

 そのスキル効果は、『MP・技量が伴っていて(・・・・・)、効果を理解している魔法系スキルを再現できるようにする』というもの。

 

 一見強力無比にも見えるが、しかし実態は違う。それはレベル0の状態でも全ての魔法が使えることを意味するが、しかしMPとそれを扱えるに足る技量がなければ無意味と言っているに同じ。

 

 さらに魔法にも一切の補正が掛からず、MP問題を解決できる<UBM>であろうともそれを賄う技量を獲得することが容易ではない以上、無意味なスキルのはずだった。

 

 

 ——それを持っていたのが、【怨竜姫 ウラオトヒメ】でなければ、の話だが。

 

 

 彼女は元々ティアンだった。そしてそんな存在が、【ドラゴンスピリット】などという存在に捕食されても意識を持ち——それどころかその霊体を逆に支配できる(正確には竜の意識の一切を抑え込む)なんてこと、あるはずがないのだ。

 

 

 彼女が持っていたもの——それは、魔法全般に対する絶大な才能。

 あるいは【大賢者】にも後継者足りうると認められ……あるいはもう少し習熟すれば【神】でも即座に答え……あるいは<UBM>となってもスキルとして世界に認められるほどの、魔法に限ればハイエンドにも匹敵するほどの才覚を持っていたのだ。

 

 そもそも彼女がそのようなスキルを持っていたからこそ、《天性黒書》が発現したのかもしれないが……それを知る者はいないし、意味はない。

 

 重要なのは、MP問題は<UBM>となったことで解消された、ということ。技量に関しては世界のお墨付きがあり、そして全ての魔法を使用可能にするスキルがあり……その上で彼女を捕食したドラゴンが有していた複数の固有スキルと、ちょうど彼女を喰った後に“何故か”落ちていた■■■■■——それら全てが組み合わさることで、逸話級ながらもその力は伝説級に匹敵する。

 

 さらに魔法特化の天災児の力を持つために、将来は神話級……あるいはその先に至れるほどの才能を秘めていた。

 それこそ、彼女らを襲った野党がアンデッド化した者……それを一欠片も残さずに消し飛ばせるくらいには、その力は強大だった。

 

 

 ——もっとも、それにとって誤算だったのは、彼女の意思力が壮絶なまでに強固だったこと。

 

 そして、彼女が生まれたそのすぐ近くに……『人であるならば格上だろうと殺すことができる』メイデンを持つ、同じく剣に限ればハイエンドにも匹敵する技量を持った者がいたことだった。

 

 

 /

 

 

「……イツキのスキルで怨念を吸ってなきゃ死んでたな」

 

 アイテムボックスから取り出したポーションを全身に振りかけながら、立ち上がる。咄嗟にイツキが怨念吸収で威力を抑えてくれたからよかったものの……そうでなかったら半身が抉れて死んでいた。

 

「頬も肉が抉れて骨が見えてそうだ……くっそ、油断した」

 

 それでも骨は折れていないからまだ動ける。

 

『……あ、ぁ』

 

 そしてこの、眼前でショックを受けたように倒れ伏す少女にトドメを刺すこともまた、可能だ。

 

「……」

 

 僕は彼女のバックボーンを知らない。

 どんな生涯を送ったのか……そしてどうして死んだのかも知らない。

 

 彼女がこうなった理由すらも……わからない。

 

 一歩一歩、千鳥足で彼女に近付く。

 まるで処刑される前の囚人のように首を差し出す彼女の前に膝を突き、その頭を撫でた。

 

「僕は……結構、ひどい奴でね。人を殺すのが好きなんだ。でも、どうしてかな。今はなんだか、あまり楽しくないや。……僕は外道だ。恨んでくれて構わない。結局、誰でも死ぬのは怖いから」

 

『……怖ないよ。うち、とっくに冷たいもん。こんなん望んでへんかった……せやさかい、感謝の気持ちはあっても、恨む気なんて毛頭あらへん。…… 世界からも化け物だなんて言われたうちを、人として扱うてくれた。それだけで充分』

 

 そう言って、少女は憔悴した様子ながらも、微笑んだ。その笑みがあまりに可憐で、唇をきっと噛み締めてしまう。

 

『あ、や、ちゃうな。ちゃうちゃう。充分なんて嘘』

 

「……おい」

 

『せやさかい——ね』

 

 少女は頬を潤ませて……その外見に見合わぬ膂力で僕の顔をがっしり掴むと、勢いよく自分の顔に近付けた。あわや激突かと思ったが、急に減速して、僕と少女の唇がゆっくりと合わさる。

 

『な……な……な……!?』

 

 イツキの焦ったような泣きそうな声を尻目に、少女は接吻を続ける。正直ステータスに差がありすぎて抵抗できない……こんな強かったのか、この子。

 ……なんか急すぎて焦ろうにも焦れない感じ。あとイツキが狼狽しすぎてこっちは落ち着いてくる……。

 

『……ちゅぱ。なんや、そないに焦ってへんね。もしかして経験あった?』

 

「ないけど急すぎて現実逃避しています」

 

『そんなん今ちゅーした女の子の前で言う? まあええけど……うちは側室でええもん』

 

『側室!?』

 

『え、違うた? 戦うてる時も貴方様って呼んでるし……やったらうちが正室に』

 

『や、わ、私が正室ですぅ!! それだけは譲れません!!』

 

『ほなうち第一側室ね、言質取れたわ』

 

「そもそもそういう話は僕に意見を聞いてくれないかな?」

 

 ポンポン話が進みすぎて困る。可愛い子は大好きだけど責任取るとなったら別の話だからね? そもそもキスくらいで責任取るのかって話だけどさ……だけどさ! 

 

『だってよう考えてみてや。味方いーひんし、周りは化け物だらけだし、心の中で化け物囁いてくるし、世界から人でなしって言われて……その中で唯一私を助けに来てくれて、人として扱うてくれて、あまつさえ殺してくれるっちゅう、しかもえらいかっこええ男の武芸者来たら、そら好きになってまうやん』

 

『……確かに!』

 

「……そもそも君はこの世に絶望してないの?」

 

 とりあえず突っ込みを放棄した僕の疑問に、少女は簡潔に答えた。

 

『ぜーんぜん。嫌にはなっとったけど……あんたを見つけてもうたさかい、まだ捨てたさかいちゃうな、って』

 

「……つまるところ僕のせい、おかげ?」

 

『そゆことやね』

 

 ……よかったんだろう……よかったんだろうけど釈然としない。

 

『そやさかいうちは、今ここで死ぬ。そのあと、綺麗になって会いに行くわ』

 

「特典武具になったら、会えないよ?」

 

『ならそれ以外の形になったらええだけ。それくらいの決定権は、うちにはある』

 

 ……ふぅ。これはもう折れないな。

 

「なら、わかった。娶るかどうかは別として、その気持ちは理解する。どうなるかは僕にもわからないからそのつもりでね」

 

『わかった、ええよ。……一緒にいれるだけでも幸せやし』

 

 イツキを構える。少女は両手を祈るように合わせて、ぺたりと地面に座っている。

 

「君の名前を、聞いておきたいな」

 

『小夜。淤加夜橋(おかやばし)小夜(さよ)

 

「……良い名前だね」

 

 ありきたりな僕の言葉に、へにゃりと幸せそうな笑みをこぼして。

 

 僕はその首に、刃を振り下ろした。

 

 

【<UBM>【怨竜姫 ウラオトヒメ】が討伐されました】

【MVPを選出します】

【【斬花】がMVPに選出されました】

【【斬花】にMVP特典【怨竜姫完全遺霊 ウラオトヒメ】を贈与します】




淤加夜橋は作者オリジナルの家名。なろうの方で使う予定だったけど考えるの面倒だったのでぶち込みました。あっちもあっちで呪術の大家だったしええやろの精神。

—情報開示—
【怨竜姫 ウラオトヒメ】
種族:アンデッド
主な能力:アンデッド生成・怨念貸出比例強化・霊体捕食・全属性魔法
発生:認定&デザイン型
備考:
元々UBMに至れるくらいの才能があったドラゴン・スピリットが、付近を漂っていたレイス=小夜を捕食した結果乗っ取られて主導権が入れ替わり、さらに例のアレを取り込んだ結果UBMの中でもバケモノと化したリアル合体事故なモンスター。要するにジャバウォックの悪ふざけの産物。
ただ小夜の精神が強固だったことから完全な化け物にはならず、その結果として斬花に討たれた。なお全力の場合斬花はぷちっと潰されてアンデッドの軍勢を作るためにどこかに引きこもり、まだ<超級>もほとんどいない中イレギュラーかSUBMに到達して真性の災害と化していたほどの才能を持つ。
それでいて人の理性も備えているので、サービス開始前に生まれていたらSUBMが一体増えていたのは確実である。
スキル:
《怨霊姫君》:
自身のレベル以下のアンデッドを無条件で従える。
《天性黒書》:
単体ではほぼ無意味なスキルだが素体となった小夜の才能によってイレギュラー化したスキル。あるいは小夜の才能ありきで発現した。
今の時点でも本で読んだだけの上級職の奥義を再現できたので、おそらく神話級まで行っていればイマジナリー・メテオを超える大災害をもたらす魔法スキルを再現、あるいは開発していた可能性が高い。
《御怨と崩公》:
作中でアンデッドを強化したスキル。強化したアンデッドが死んだ時、あるいは彼らがリソースを得た時にその一部を徴収して成長するスキル。ただ回収に怨念を使用するので、それを丸ごと吸収された対イツキだと他者強化にしかならなかった。
《霊魂捕食》:
こっちはドラゴン由来。捕食した霊魂のMPを一部取り込んで定着させる。条件もそれなりに厳しいが成長性は高い。


ちなみに魔法の才能はハイエンドに匹敵しますが、ただのティアンだったのでMPが足りずに再現できませんでした。UBM化してからも今の段階だとMPは龍帝に遠く及ばないので、レベル100を超えない限り彼に並ぶことはできないでしょう。
生前だと時間が足りません。あと一番あってる大賢者の枠がないので……。

次回で一旦エピローグ、そのあとは確定で時間ジャンプします。練る時間もあると思うので遅くなると思われます、ご了承ください。


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エピローグ

 □刀都 【武士】斬花

 

「終わったよ、浄」

 

「ん、おかえり斬花」

 

 ギルドの前で団子を食みつつ適当な返事をする浄に微妙な顔をしながらも、僕もその隣に座る。

 帰る途中で買ってきた駄菓子を口に放り込んで、噛み潰す。高くないからか、雑に甘かった。

 

「……訊かないの?」

 

「きみがここにいるってことは勝ったんでしょ。それでいいさ。……ぼくも大まかに知ってるけど、それ以上のことはまた、君が話したいと思うときまでとっとくよ」

 

「……そっか」

 

 なら……それでいいか。

 

「彼女にも、君を会わせてあげたいから……その時に、話す」

 

「会えるものなの?」

 

「ああ。絶対に」

 

 僕の手の中にある小さく光るもの……それこそが彼女が遺した可能性の残滓。

 これからの僕の行動次第で、如何様にもできるだろう。

 

「……僕、ちょっと【武士】から外れることにする」

 

「……蘇らせるのに必要なんだね?」

 

「うん」

 

 まずは【大死霊(リッチ)】でも、目指してみよう。人を辞めることになるけれど、それは僕の身体だけ。心は人のままでいよう。

 それに、小夜とともに戦うならば、それくらいは必要だろうから。

 

「なら、ぼくは応援するとも。ぼくはきみの友達だからね」

 

「ありがとう」

 

 頑張ろう。

 がんばって、がんばって……そうしてこの手に、もう一度。

 

 僕は傍のイツキの手を握って、決意を込めて前を向く。

 その手に握った霊魂が、少し強く、輝いた気がした。

 

 

 

 □■??? 

 

【怨竜姫 ウラオトヒメ】

 最終到達レベル:18

 討伐MVP:【武士(サムライ)】斬花 Lv50(合計レベル:93)

<エンブリオ>:【殺生刀后 イツキ】

 MVP特典:逸話級【怨竜姫完全遺霊 ウラオトヒメ】

 

「何?」

 

 男は、想定外だと言わんばかりに声を出した。

 管理AI4号——この世界にて神ともされる存在、その中でもモンスターを担当するジャバウォックと名付けられた人外は、眼鏡をかちゃりと上にあげる。

 

「早すぎる。余程運が良かったのか……しかし、【ウラオトヒメ】は逸話級ながらも伝説級を超える逸材。いずれは<SUBM>にも到達するものと見込んでいたもの……まだレベルが100にも到達していない<マスター>に打倒できるほど、容易い存在ではないはず」

 

 そうぼやき、戦闘ログを確認して……納得した。

 

 殺人と怨念に特化した、状況にメタしたジャイアントキリングに適した能力。

<マスター>自身の、未だ歳若くも世界で最上位に位置するほどの技量。

 最後、彼女の怨敵とすら言える山賊のアンデッドが現れ、それを消し飛ばしたことによる一時的な破壊衝動の解消。

 

 要因は数あれど、必須要素は一つ。

 

「なるほど。ティアンの意識が己の力を抑え込んでいたか……それならば、撃破できるのも頷ける」

 

【怨竜姫 ウラオトヒメ】とは、そのティアンが持つ才能と竜が持っていたスキルによって、際限なく成長していく強力な個体だ。

 

 あらゆる魔法を行使し、無条件で配下にしたアンデッドから徴収したリソースで高いステータスを持ち、それによってさらに軍団の力を増幅し、敵対者の魂を捕食してMPとリソースを獲得し、そうして力を増していく。

 

 素のドラゴンのスキルもあれど、基本はティアンの……かつて大名家だったティアンの才能とカリスマを利用する個体である。故に、その中枢とも言えるティアンの意識とドラゴンの意識が衝突し合い、己の力を制限していたならば、下級のボスモンスター以下の力しか発揮できない。

 

 まして相手が……【刀神】が埋まっていなければ、ある程度ステータスが成長するだけでその座に就けるほどの技量を持ち、さらに相性が良く状況にメタした<エンブリオ>を持っているならば、負けることも道理である。

 

「なるほど、なるほど。理解した。このようなケースは珍しいが………参考にはなった」

 

 もっともアンデッドとなっても狂わずにいられるような規格外の魂などほとんどありはしないが、と最後に付け足す。

 

 あるいは先代【刀神】であれば別の話だが——それはまた別の話だ。

 

「何はともあれ、喜ばしい。このような<マスター>が<超級>に到れば、我らの望みも叶うというもの」

 

 思う存分楽しむがいいと、男は笑う。

 

「君たちにとっては、この世界は遊戯(ゲーム)なのだから」




次回は多分大幅に時間飛びます。


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たとえ死した我が身でも、貴方に逢えて幸せだから

 □<怨床襤褸屋敷> 【大死霊(リッチ)】斬花

 

 あれからリアル時間で数ヶ月の時が経った。

 イツキも巷では上級と呼ばれる段階……第四形態に進化し、僕は【死霊術師】から【大死霊】に、浄は【弓神官】という神官系統と弓士系統の複合系上級職へと就いた。

 

 他のジョブも死霊系統と武士系統で埋めている。我ながら変なジョブビルドだとは思うけど、イツキを活かすためと、そして彼女を蘇らせるためにはこれが最適であるのだと……そう理解しているからだ。

 

 レイスを使役するにはどうしたらいいのか。MVP特典素材で蘇らせたアンデッドの前例、必要な素材エトセトラエトセトラ……大量の課題をクリアして、今僕は彼女と出逢ったこの場所にいる。

 

 外には浄に待機していてもらい、《怨念統合》で寄ってきたアンデッドを払ってもらう。他にも彼女を蘇らせた後の調伏にも、必要なら協力してもらう手筈だ。

 

「じゃあ、イツキ。取り込んでいた怨念を全部解放して、あたり一帯の怨念を根こそぎ奪い取って」

 

『はい、了解しました』

 

 僕は僕で、大量に蓄えたイツキの怨念が吐き出されるのを横目に、儀式の準備を進める。

 

 純竜の血液で円を描き、中心に主人の血液を垂らす。レイスなのでゾンビと違い普通の素材は必要ないけど、その代わり魔力とか怨念とか、そこら辺の非物質系の素材を大量に要求される。

 もちろんそこもクリアしている。携えたアイテムボックスを数個破壊して、内部に蓄えた魔力を全て解き放った。

 

 さすがにレジェンダリアの魔力濃度ほどじゃないけど……その分は怨念で補う腹づもりだ。

 

 そして最後に、アイテムボックスから一つの、おどろおどろしく濁った光を放つ結晶を取り出す。

 

 ——【怨霊のクリスタル】。折を見てイツキから怨念を吸わせていたものが、つい先日完成したものだ。逆に言えばこれの完成なくして今回の儀式は成立しないと言っていい。

 

 なにせ今回の僕が挑むのは、<UBM>にも至ったアンデッドの使役。

 これくらいの素材がないと失礼だし、そもそも成功しないのだから。

 

「……すぅ」

 

 胸に抱いた万感の思いを、吐き出すようにしてため息を吐く。

 あの日からずっと準備して……今、ようやくこの時が来た。

 

 今回の儀式の祭祀は、《死霊術》Lv10を持つ僕。

 祭具は、あまなく怨念を呼ぶイツキ。

 そして対象は、人知を超えた力を持った一人の少女。

 

 成功する保証はない。

 でも、やるしかないのだ。

 

 

 ——やがて充分な量の怨念が集まったことを確認して、僕は【怨霊のクリスタル】を持った手を前に突き出した。

《死体化》を持つ僕だから耐えられるほどの怨念の密度。先程解放した魔力と緻密に絡み付き、悍しくも美しい力の圧が発せられる。知らず、クリスタルを握りしめる。

 

「《死霊術(ネクロマンシー)》、発動」

 

 宣言と同時に、円の中心に安置された輝くもの——【怨竜姫完全遺霊 ウラオトヒメ】に全ての怨念と魔力が吸い寄せられていく。あまりに強い力の奔流、しかし鍛えた体幹でどうにか堪えて、霊魂へと一歩一歩足を進める。

 

「ウラオトヒメ。いや、小夜」

 

「君の想いに、応えられるかどうかはわからない」

 

「けれど、……だからこそ、もう一度逢いたいと思うんだ」

 

 クリスタルを、霊魂に押し付ける。まるで水に石が沈むように、ゆっくりと水音もなく内部にするりと入り込んだ。

 僕はそのまま、慈しむように霊魂に触れる。

 

 さあ、僕の力も喰らうといい。馳走とは呼べないかもしれないが、この世に一つしかないものだから。

 

「応えておくれ、応えておくれ」

 

「太陰より出でしもの、安寧の土を踏みしもの。どうか願いを聞いてほしい」

 

「生ある故に我らの道は永く険しい、果てはなく、夢はなく、いずれ朽ち果てる無為の虚道(うろみち)

 

「故にこそ、あなたの言葉が必要だ。我等が道を誤らぬよう、正し、戻して、我らを導く八百万(よろず)一柱(ひとり)の御力を、我らのもとに遣わして」

 

「どうか我らを愛しているなら、嗚呼」

 

 

「——その暗き道を歩いた命の輝くほどの灯火で、我らの道を照らしておくれ」

 

 

 僕のHPが、MPが、SPが——凡そ代替となり得るものが、全て、全て消えていく。

 そしてHPが1で止まり、MPとSPが全て尽きた瞬間に、霊魂が眩しいほどの光を放った。

 

「わ——」

 

 しかし、目を塞ぐことはできなかった。そんなことができるはずもなかった。

 

 光の中で、怨念が浄化されていくように、霊魂を中心に寄り集まって一つとなる。

 一つになった光の粒子が、蛍が集まって大きな光になるように、限りなく同じものとなった。

 

 それはまさに、女神のごとく。

 

 あるいはその血筋が何かと見紛うほどに美しく、そしてあまりにも神々しい。

 

 そして光が収まっていくとともに、粒子が身体を形作る。

 

 肩まで伸びた艶やかな黒髪。

 極限まで造形にこだわり抜かれた人形のような、完璧な配置のかんばせ。

 なだらかな肩。

 程よい大きさの胸。

 すらりとした腹に、そこから伸びる肢体と、間にわずかに見えるもの。

 

 幼女から少女へ、そして少女から女へと変わっていく複雑な過度期の全てを切り取り、その一瞬に煮詰めたような、神々しくもしっかりと欲情を誘う堪らない極上の女体。

 

 そしてそれが、白い寝巻で覆い隠されて、隠されたというのにそれすらも美貌を飾るものに過ぎないソレ。

 イツキが大和撫子、淑やかな絶世だとするならば、こちらは活発ながらも気品を備えた同じく絶世の少女だ。彼女が今この時にも生きていたなら、おそらくはこの地を統べる王が娶るに相応しいものと言えるだろう。

 

 しかし、その身体は僕のものなのだと——彼女を(しい)し、手に入れたのは僕なのだと、そう思うほどに湧き上がってくるものがある。やはり僕も男だから、美姫の全容を前にして、独占欲を抱かぬはずもなかったようだ。

 

「……………ん」

 

 そして彼女が目覚める。

 ぱち、と眠そうな目は、かつて見たように鱗を有したもの。しかしかつてと違うのは、まるでその目が聖者のごとく、金の美色に染まっていることだった。

 

 ぱちくりと、状況を把握するようにあたりを見て——眼前で彼女を覗き込むように見ている僕をようやく認識した瞬間、その顔がにぱりと、花が咲くような——しかし淑女らしい清らかさは有したままで、喜色に満ちて輝いた。

 

 

「また逢えたんやなっ、旦那さまっ!」

 

 

 彼女が全力で僕に抱きつく。なにせ初めてのことだから少しだけ面食らったけど、焦らずに僕も抱きしめ返した。

 

「うち、うちねっ、信じとったっ、信じとったけど少しだけ不安やった! だってうちはアンデッド、不死者の端くれやさかい、怖がってもう逢えへんのちゃうかって! 

 せやけど貴方はまたうちと逢うこと選んでくれたっ、それが何よりも嬉しいの……!」

 

「あは、あんな別れ方して怖がるなんて嘘だろう? 僕にはただの、綺麗な子でしかないのにさ」

 

「もーっ、そうやって茶化すー、うちは本気やのにー」

 

 そう言ってくすりと笑った後、——瞳に涙を湛えて、彼女はこう告げた。

 

「……せやけどええで。これから貴方をもっと知っていきたいの、そやさかいうちは此処におる」

 

 

「うちはウラオトヒメなんかちゃう。うちは小夜、淤加夜橋小夜。

 これからの貴方の最強の仲間で、貴方が築く屍の道を歩くもの。えらい好きな貴方の側でなら、うちはきっと、もっといっぱい沢山の出逢いに恵まれると思うさかい。

 うちのこと、ぜったい大事にせなあかんよ。天地の女は、重いさかいね!」

 

 

 ——そうして僕は。

 何よりも変え難い一人の少女を、手に入れたのだ。




浄「……いつの間にそんな話に?(事情聞いてなかった)」


斬花の小夜の全裸についての評価は、我ながら書いてて気持ち悪いなコイツと思いました(小声
いやだって明らかに変態だもの……作者は変態じゃないけど。

詠唱部分は即興で考えた感じです。多分死霊術でもあるだろうなーと妄想しながら適当に考えました。楽しかったです。

(-▽-)作者の僕の扱いがひどい(ロリコン扱い
(-▽-)いやでも人間綺麗なもの見たら言い表したくなるだろう?だから僕はロリコンじゃない、万が一そういうことがあってもその場合好きな子がちっちゃかっただけの話だ!
(-▽-)というかそもそもこの顔文字も適当すぎないかな?かな??
(-▽-)あ、浄や小夜、イツキの顔文字は面倒くさいから気が向いたら作るそうだよ
(-▽-)イツキはない可能性が高いらしいけど
(イツキ)どうしてですか貴方様っ!?
(-▽-)原作でネメシスの顔文字ないし……あと顔文字作るの面倒だから、らしい
(キヨメ)うっわ適当〜……
(サヨ)うちだけ一文字たらんで浮いてるさかい早く頼むえ?
(Oサヨ)←淤加夜橋のO
(Oサヨ)これはないわ……ってちゃっちゃとやめえや!

多分たまに寸劇やるかもしれません。やらないかもしれない。
未来のことは誰にもわからない……(要するに行き当たりばったり


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