チェンソーマンside「真実の悪魔」 (N系)
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1話

 悪魔の存在が一般的になったのは何時のことか。もう誰も覚えてはいない。それは自我の芽生えと同じようにあやふやで、事実として死が確定していることのように大事なようで誰もが気にも留めてないことだった。

 

 新しく発生する悪魔による被害に対し警察官、消防士、自衛隊等の職業に並ぶようにデビルハンターという職業が確立されていった。

 

 職業としてのデビルハンターの人気はあまり高くない。収入自体は大手の民間企業や弁護士などに負けずとも劣らない高給取りだが、いかんせん危険度が段違いだ。かけ金は自分の命は当たり前でそれは只の前提条件であるというのが驚異的だ。更に代償を上乗せしてどうにかなる程である。

 

「……命以上に何を賭けるというんです?」

「ハハ、すぐにわかるさ。なにせ今からその『代償』を払いにいくんだからな」

 

 東京某所。地下数百メートルをエレベーターで下る男が二人、どちらも顔を合わせることなく言葉だけを交わしている。

 

「悪魔について、どんぐらい知ってるだい?新人の……えーと?」

「トガタです」

「トガタ、トガタね。俺はハヤシってんだ」

 

 ハヤシと名乗る初老の背の低い男。右目の辺りが潰れて顔が歪んだシルエットになってしまっている。朗らかにもう一人の男に語りかけてはいるが表情筋はピクリとも動かさずもう片方の目も笑っていない。

 

「悪魔については一般常識程度の知識なら知っていますが……」

「なんだ、じゃあダイジョブだ。久々にマトモなのが来て嬉しいぜ」

 

 トガタと名乗った若い背の高い男が眉を顰め、ハヤシに問い掛けた。

 

「ええと、どういう事か少し掴めないんですけど……」

「聞いたぜお前、配属されたのは『特異課』だってな。あそこに寄越されるヤツは人外か狂人か……少なくともマトモじゃねーのが来るからなあ。ちょっとビックリしてんだ」

 

 ハヤシはこれまで全く動かさなかった口角をにいーっと歪めてトガタの方にゆっくりと顔を向けた。トガタはハヤシの恐ろしげな笑顔に一歩後ずさる。ハヤシはククッと喉を鳴らしたみたいな笑い声を漏らす。

 

「やっぱマトモだよお前、ホントに」

「あっ、その……すみません」

「いやいいんだ。……ホントに不思議だな。お前特異課、なんだよな?なんかの間違いじゃねえのか?」

「いえ、特異課で間違いありません。今では自分でも不思議に思いますが……これを」

 

 トガタはスーツの内ポケットから警察手帳を取り出しハヤシに見せた。「公安対魔特異4課トガタ……」と、そこまで目を通してハヤシはトガタの顔をジッと見つめた。

 

「しかも4課か……。これは確認を取らないといけないかもしれんな」

「そんなにですか?」

「4課は『マキマ』が管理している実験的な組織ってことになってるが……正直中々きな臭いトコロだよ」

「……」

 

 トガタは難しい顔をしたまま黙り込んでしまった。ハヤシも何か考え込むように顎をさすっていたが、すぐに声の調子を一つ高くしてトガタに話掛けた。

 

「ま、難しい話は後だ。もっと大事なことが目の前に来てる、そうだろ?」

「あー、はい……悪魔との契約は、油断ならないとは聞いています」

 

 エレベーターがガクンと揺れて到着を告げる。ここは公安のデビルハンターが捕らえた比較的危険の少ない悪魔を閉じ込めるための施設で、同時に公安にとっての武器庫ともいえる場所だった。

 

「ここが……」

「そうだ、悪魔共がそこらにいる。むやみやたらにアイツ等に受け答えすんなよ、大人しいつっても悪魔だ。機嫌悪けりゃ人を殺すようなヤツしかいねえぜ」

 

 ハヤシが先導するように歩きだすとトガタも恐る恐る足を踏み出していく。足音に混じり時折形容し難い様々な音が聞こえてくる。

 

「トガタ、契約するといってもどんな悪魔がいてどんな代償を払わされるかは考えようにも考えられんだろ?」

「ええ、まあそうですね。でも何かしらを失う覚悟はしているつもりですよ」

 

 トガタの力強い言葉をハヤシは鼻でフッと笑い飛ばす。

 

「なに言ってやがる。失うつもりで来てんのは殊勝な姿勢ともとれるけどよ、どこまで本気で言えてるか自分で分かってるだろ?」

「それはっ……ええ」

「……全く、『マキマ』の考えてることはよくわからんな。お前みたいのが特異課んとこに送られるのが心苦しいぜ」

 

 ハヤシが深く溜息を吐く。トガタが暗い顔を俯かせたままなのに気付くと背中にポンと優しく手を乗せた。

 

「そう暗くなるな、今の自分を忘れるなよ。マトモの基準を自分の中で持っとけ。大事なことさ」

「……そうですか?」

「そうとも……さて、ザ・常識人のトガタくん。君も支払う代償は少ない方がいいだろう?」

 

 二人の歩みが止まる。ハヤシは目の前の扉を顎で示しトガタを誘導するように手を動かした。

 

「資料によると、この悪魔が求めた一番小さな代償は『世間話』だったそうだ。それでいて強力な道具が入手できたらしい」

「……不思議な悪魔もいたもんですね」

「ただ、契約が成立したのはこれまでに三人。この施設に呼ばれたやつは全員会わせているのにだ」

 

 扉に向かってトガタが一歩、二歩とゆっくりと歩を進める。その顔は先ほどより幾ばくか凛々しさを感じさせるものだった。

 

「『真実の悪魔』……グッドラック、トガタ」

 

 ハヤシから鍵を受け取りトガタが重い扉を開く。長い廊下の先のもう一枚の扉に向かって彼は進む。ゴウゥン…とハヤシの前の扉が閉じ、トガタの姿が見えなくなった。

 囚人でも突っ込んでおくような薄暗く小汚い部屋へとトガタは一歩ずつ、地雷の有無でも確かめるみたいに慎重に入っていく。

 

「……?」

 

しかし、ドアを押し開け部屋の中心まで来ても何者もの姿も見えないことにトガタが気付く。狐にでも化かされているのか?いや、この場合は狐というよりも……。そんな風に考えながらふと後ろを振り向くと―――

 

「わあっ!!」

「ゥオオオウ!?」

 

 突然、不意を衝かれたトガタは間抜けな叫びと共にその場に尻餅をついてしまう。そんな彼を見下ろすのは一人の女性……の、姿をしていた。安っぽいトレーナーにジーンズを履いた街中にでも居る様ないたって普通の女性の姿だった。可愛らしい顔立ちだが特別見目麗しいということもなかった。

 

「……そんなに驚いちゃう?面白い通り超して呆れちゃうね。キミ、過去イチのマヌケっぷりだぞ」

 

 呆れる、等といいつつも彼女はトガタにニマニマとしながら手を差し伸べる。トガタが一つゴホン、と咳払いをして彼女の手に向かって自分の手を伸ばす。が、彼女はトガタが触れる直前にヒョイと手を戻した。トガタは悪態を零しながら立ち上がる。

 

「全く、なんなんですかアナタは……」

「なにって。悪魔に決まってるじゃん、そりゃ」

「……はあ、そうですよね。ああもうすっかり毒気を抜かれてしまいましたよ」

「そう?ま、ピリピリされるよりかはいいかな?」

 

 そういう彼女は、何処からかパイプイスを持ってくるとそこに座った。……トガタを立たせたまま。

 

「はい、それじゃあ面接を始めマース」

「……」

「まずは、自己紹介。はい!」

「……公安対魔特異4課のトガタです。よろしくお願いします?」

 

 彼女の笑顔が凍りつく。すっと立ち上がるとトガタの目の前まで早足で駆けて肩を強く掴む。

 

「あの、え?どうしたんですか?」

「特異4課?ホントに?」

「は、はい。ここに―――」

 

 トガタが警察手帳を内ポケットから出そうと手を動かすより早く、彼女はトガタの頭を両手で恐ろしく強く掴んで自分の額に引き寄せる。突然の彼女の行動にトガタは混乱しつつも抵抗はしなかった。否、できなかった。

 

「あの……」

「なるほど」

 

 彼女がトガタの頭から手を離す。その表情は先ほどとは打って変わって冷たく、無表情だった。

 

「トガタ」

「……は、はい」

「契約をしよう。させてくれ」

「ホントですか!?あ、待ってください条件は―――」

「条件は一つだけだ」

 

 トガタは彼女の行動に振り回されながらも彼女が契約をしようとしてくれたことに喜んだ。それがまさしく悪魔の代償だったと、トガタは最期まで気付かないだろう。

 

「マキマの『真実』を暴け」

 

―――――銃の悪魔襲来まで、あと90日。




 


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