Fate/Serment de victoire (マルシュバレー)
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平尾克親(♂)
1995年11月7日生まれ25歳
173cm70kg
召喚サーヴァントクラス:ライダー・セイバー(魔力のパスを接続しているだけなので召喚してはいない)
令呪位置:左手の甲(使用回数0)
属性:火・土
特記事項
東山名第一高を卒業後、県立舞綱工業大に進学。現在南武HDの支社で営業部の平社員。
山名地区で最も長く続いてるとされる魔術師一家平尾家の七代目。
研究分野は強化で、たいていの術は二~三節程の詠唱で発動が可能。基本支援特化の為いざという時、サーヴァントへダメージを通すことは難しい。
回路はメインと3つのサブを合わせて105本。
コミュニケーション能力に自信がない、あと友達が少ない。
15歳以前の記憶をほぼ失っており(義務教育で受けたような知識は残っている)、思い出そうとするたびに酷い頭痛が襲う。
実はとある手術で本当の彼自身は死亡しており、今存在しているのは後述する八月朔日の兄である人間の複製を整形などして作り替えたもの。
そしてその身には聖剣デュランダルの力を宿していて、硬いイメージとして深層意識にも鎮座している。
起源は「具現」であり、自らの考えを表現させたがる性質を持っているらしい。
ライダー:マンドリカルド(♂)
171cm68kg
出典:シャルルマーニュ伝説 地域:西欧
属性:中立・中庸 隠し属性:人
特性:男性・人型・騎乗・王・愛する者
ステータス:筋力B 耐久B 敏捷A 魔力B 幸運C 宝具A
(筋力・魔力はマスター効果よりワンランク向上、幸運は逆にワンランクダウンしている)
クラススキル:対魔力C 騎乗B
固有スキル:九偉人の鎧A 間際の一撃C ブリリアドーロの嘶きA 抛棄の王B
宝具
第1宝具:不帯剣の誓い(セルマン・デ・デュランダル)ランクA 対人宝具 レンジ1 最大補足1人
第2宝具:絶世の儚剣(レーヴ・デ・デュランダル)ランクA+ 対人宝具 レンジ1 最大捕捉1人
第3宝具:咎人に与える鉄槌(エグゼキュシオン・クリミネル)ランクC 対軍宝具 レンジ1~50 最大補足500人
第4宝具─────(───────────)ランク─ ──宝具 レンジ─ 最大補足─人
特記事項
セラヴィ・アムスールという通り名があり、基本戦闘以外の場面で使用される。
マスターからはセラヴィとだけ呼ばれることが多い。表向きは一応23歳ということにしている。
真剣を帯びない特殊な騎士で、ライダークラスであるが騎乗する馬はめったに呼ばないというか呼べない。
宝具の特性上たいていのものは武器として使用が可能であり、場合によっては粗大ゴミで殴打する事でも攻撃ができる。
自称三流サーヴァントかつ店の店員にいつも頼むものを把握されただけで精神にダメージが入るような陰キャ系(戦闘時は少しばかり頑張って強気になる)。
タタールの元王様であり冒険者、ヘクトールに憧れその武具を求め続けた戦士の一人。
デュランダルを持って召喚されない英霊としての不完全性を有していて、それを払拭するためにもと立派な騎士になるという願いを抱いている。
ある時意識の奥でマスターにより王権を与えられたため、一応今は王様としての権がある(なお国民一名)。
デルニと名付けられた所謂”もう一人の自分”を持っていて、たまに会話しているらしい。
実は抑止の守護者(アラヤ側)であり、この戦争に仕掛けられた人類の危機と成りうる事象を破壊するべく動いている。
だが、生前の自分を殺したものと同じ剣で心臓を貫かれ消滅している・・・・・・とされたが瀕死の状態で後述の司馬田にコンサベージされ、マスターである平尾の魔力を供給されたことにより復活を果たしている。
平尾の内部に存在するデュランダルを手にしたことで第1宝具を破棄、第2宝具の『絶世の儚剣』を発動できた。
これは本人も内容を知覚していなかったものであり、奇跡のなせた技といえるだろう。
司馬田海(♀)
1995年3月15日生まれ24歳
167cm63kg
召喚サーヴァントクラス:アサシン
令呪位置:右脇腹(使用回数0)
属性:風・水
特記事項
平尾とは高校の同級生で、卒業後は国立明海大に進学。
現在司馬田家の家業である宝石商を継ぎ、代表取締役社長になっている。
魔術師としては四代目で、山名地区内に限れば平尾家の次に長く続いている。
研究分野は宝石魔術で、会社で製造している人工宝石を利用し術式を組むことが多い。人工のため、どんなに大きなものを製造したとしてもAランクには届かない。よって対魔力の高いサーヴァント相手に対抗することは少々難しい。
回路はメインと2つのサブを合わせて70本。
右眼は魔眼であり、人から見た印象などを変更する「印象改変」の力を持つ。大人数の認識を変えることができる上に使いようによっては人の運命そのものも変化させる可能性がある、宝石に近しいノウブルカラー。
魔眼殺しのためモノクルを着用している。ニコチン中毒。
生まれたときからド畜生と平尾が人知れず思っているくらいには自分勝手で極悪非道な良くも悪くもお嬢様(暴力的)。
気に入らないものや見たくないものには目上の人間だろうと何だろうと容赦なく拳や踵が飛んでくる。
そんな面ばかり表出してはいるがなんだかんだで完全な悪人でもない。
身内を切らなければ終わる、と言った場面でもできるだけ損害を抑えようとして動いていたりするので、自分よければすべてよしという単純な性質でもないようだ。
あと胸囲がすごいらしい(平尾、アサシン談)が、それを本人に言うと本気の蹴りを食らわされる。
中学時代平尾にアンバーの指輪を送ったようだが、その真意を彼女は隠そうとしている。
アサシン:???・近藤勇・土方歳三・沖田総司(♂)
180cm76kg
出典:史実 地域:日本
属性:中立・中庸 隠し属性:人
特性:男性・人型
ステータス:筋力C 耐久A 敏捷A 魔力C 幸運B 宝具B
クラススキル:気配遮断A 単独行動B
固有スキル:───── ──── ご用改めB ──(──)─
宝具
第1宝具:──────────(──────)ランク─ ──宝具 レンジ─ 最大補足─人
第2宝具:──────────(──────)ランク─ ──宝具 レンジ─ 最大補足─人
第3宝具:誓いの羽織(ちかいのはおり)ランクC 対人宝具 レンジ1 最大補足1人
特記事項
通り名は篠塚周平。喫茶プレイヤード・ダン・ルヴァンでもこの名を使っている。
アサシンのクラススキルである気配遮断と固有スキルによりサーヴァントの気配を完全に絶つことが可能。至近距離にいたとしても知覚することはできない。基本武器は日本刀であり、一般人の制圧などには木刀を使用する。
召喚の時に起こったイレギュラーのせいで、4体の英霊が一騎のサーヴァントとして霊基にねじ込まれている。
基本は”芯”と呼ばれる未だ真名を明かさない英霊が表出するが、時折沖田と土方が出ることもある。近藤は"芯"への信頼故か滅多なことでは表に出ないそうだが、アヴェンジャーとの戦闘時には満を持して登場、その剣術を以て圧倒した。
判別方法は口調と好物。沖田は甘味(羊羹や団子など)、土方はたくあん、近藤は金平糖、そして”芯”はあんぱん(似た存在に性質が引き寄せられているらしい)。
あと土方はおっぱい魔神。
来栖榛奈(♀)
1997年生まれ23歳
163cm54kg
召喚サーヴァントクラス:セイバー
令呪位置:胸部(使用回数0)
特記事項
平尾と同じ会社の人事部所属。
魔術師との関わりはない完全な一般人。今回の戦争に参加したのも、セイバーを召喚したところを見られ焦った元のマスターに襲われた末に事故ではあるがそのマスターを殺害。なし崩し的にセイバーと契約しただけであった。
魔術回路は数本しかなく、”開き”も行われていないため生成魔力はほぼないに等しい。そのせいでセイバーの維持すらままならない状態であったが、人を襲うことによっての魔力供給はよしとしない方針のためジリ貧に陥っていた。
セイバーの魔力供給パスのみ平尾のほうへとつなぎ換えたおかげで現在その問題は解消されている。
恥ずかしがり屋な面が強く、人におちょくられたりすると刃物とかでもかまわずにものを投げつけてくるので注意。
内気な性分もあいまってかイエスウーマンになりがちだが、いざという時は自らの意見をはっきりと表明することも可能である。
セイバー:ヘクトール(♂)
180cm82kg
出典:トロイア戦争 地域:ギリシャ
属性:秩序・中庸 隠し属性:人
特性:男性・人型・騎乗
ステータス:筋力B 耐久B 敏捷A 魔力B 幸運B 宝具B
クラススキル:対魔力B 騎乗B
固有スキル:トロイアの守護者A 仕切り直しB 友誼の証明C
宝具
第1宝具:不毀の極剣(ドゥリンダナ・スパーダ)ランクA 対人宝具 レンジ1 最大補足1人
第2宝具:不毀の極槍(ドゥリンダナ・ピルム)ランクA 対軍宝具 レンジ1~50 最大補足50人
特記事項
30代後半から40代ほどと、全盛期の姿で召喚されるというサーヴァントにしては少々年齢が高め。自分が老けているということを自覚しており、一人称でも”オジサン”という言葉をよく使用する。
お調子者でいつもへらへらとしているイメージが強いが、恐らくそれは本気の自分というものを隠蔽するための皮であると推測される。
敏捷ステータスの高いライダーをもってしても追いつけるか不明と言わしめる速度であり、魔力が十全に供給されている現在は最も加速できると推測が可能。
頭もかなり切れるタイプであり、生前は知将としても名を馳せた英雄であったはずだ。
魔力の問題から途中で平尾と供給のパスをつなぎ直したこともあり、ライダー陣営とは今のところ完全な協力関係にある。
ライダーの真名は知らないはずだが何かを察している素振りを見せ、最後に決闘を望んでいることもその素振りの一端である。
ギルガメッシュ戦でついにその真名を明かし、宝具でギルガメッシュの宝具『天地乖離す開闢の星』を押しとどめた。
ところどころで煽りを入れたりと性格が悪い一面を見せる。
ナデージダ・ユーリエヴナ・シトコヴェツカヤ(♀)
2001年生まれ19歳
160cm50kg
令呪位置:─────(使用回数最低でも1)
召喚サーヴァントクラス:バーサーカー
特記事項
愛称はナディア。
明海地区では最大の魔術師一家であるシトコヴェツカヤ家の六代目当主。六代目ではあるがそれは日本に根を下ろしてからの話であり、ロシアでの活動も含めたとすると十八代目。約400年ほど続いているかなりの名家。
舞綱の脈に目を付け移動してきたのはいいが、その当時舞綱の脈全体を支配していた平尾家と衝突し軽い戦争を起こしたことがある。
数代に渡って続けられた戦いだが結局は平尾家が山名を、シトコヴェツカヤ家が明海をという形で分割することになり講和、終戦。だが彼女は未だ根に持っているらしく、克親を目の敵にしている。
研究分野は植物などを利用した魔術であるがかなり秘匿されており詳細は不明。置換魔術によって瞬間移動に近い芸当は行える。
基本高圧的なザ・お嬢様で、なぜかイントネーションなどは関西弁。
バーサーカー:ユーリ・アレクセーエヴィチ・ガガーリン(♂)
165cm68kg
出典:史実 地域:ロシア
属性:混沌・中庸 隠し属性:星
特性:男性・人型
ステータス:筋力C 耐久A 敏捷B 魔力B 幸運B 宝具EX
クラススキル:狂化EX 対魔力D
固有スキル:黎蒼の天A カスマナーフトB カリスマC
宝具
第1宝具:始原の宇宙飛行士(ゼムリャー・ガルバヴァータヤ)ランクEX 対軍宝具 レンジ10~999 最大補足1000人
特記事項
労働者階級の英雄としての側面が強く出たのか、軍人ではあるが物理的な戦闘は不得手らしい。基本的に相手の精神を乱す攻撃で、内ゲバを誘発させる戦法を用いる。
マスターであるナディアとの会話が可能な点を鑑みると、狂化ランクは低いかある方向に特化しているタイプであると見て間違いはない。
先述したとおり宝具はマスターの方に直接干渉してくることが可能なものであり、これをまともに食らうと思考回路が崩壊する。記憶処理などを施しても解消は不可能であり、解除するにはサーヴァントの宝具か、バーサーカーそのものの排除、あるいは魔法クラスの術式が求められる。
感情の波が入り乱れ、愛も憎もわかりきらぬままにサーヴァントを殺そうとしてしまう。
ライダーによりかなりの重傷を負わされ、ナディアの令呪で強制移動し逃亡した。
その後アーチャーとの戦闘で消滅した(らしい)。
八月朔日しのぶ(♀)
1995年生まれ25歳
159cm52kg
召喚サーヴァントクラス:アヴェンジャー(?)・アーチャー
令呪位置:うなじ(使用回数3)
属性:?
アメリカの大学で飛び級などを利用したこともあり25歳という若さで研修医を卒業、舞綱中央医療センターの脳外科長にまでなったというあからさまなスーパーエリート。
親の七光りがどうのと言われる事もあるが、どれもこれも結局本人の技量に圧倒されて黙ってしまうらしい。
言うことを守らない患者などに対してはとてもきつく当たり『儼たる神のしのぶ』などと呼ばれている。反面それ以外の人にはいつでも腰が低く礼儀正しい態度のため、人気は高い。
アヴェンジャーのマスターでもありアーチャーのマスターでもあるような振る舞いで翻弄を繰り返す。
アヴェンジャーを餌にライダー陣営を誘き出し、アサシンに倒させ油断を誘ったところで捕獲し拉致を行った。
平尾の体内にある聖剣を覚醒させ兵器として運用させる、という計画を立てていて、ライダーに拷問などを行ったり本人の知らない事実を公開することで感情に揺さぶりをかけるアプローチをしていたが計画は未完のままに終わる。
最後はアーチャーにより心臓を剣で射抜かれ、絶命した。遺体は後述する不破が細切れにして焼却炉に叩き込んだもよう。
アヴェンジャー:大石内蔵助(♀)
157cm60kg
出典:史実・忠臣蔵 地域:日本
属性:中立・悪 隠し属性:人
特性:女性・人型・愛する者
ステータス:筋力B 耐久B 敏捷B 魔力D 幸運E 宝具B
クラススキル:自己回復(魔力)C 復讐者A 忘却補正C
固有スキル:カリスマC- 忠臣の誓いA 軍略B
宝具
第1宝具:首級を取れ、仇討ちの時だ(あこうしじゅうしちし)ランクB 対人宝具 レンジ1 最大補足1人
特記事項
吉良を殺害した時点で生前の怨恨は解消されたはずだが、なぜか召喚に応じている。なにかしらの願いを持っているとみて間違いないが、それがなんなのかはわからない。
強い念の力も相まって宝具を使用する際には固有結界も展開可能。生前共に戦った仲間を結界内部では呼び出すことが可能で、47人で単独の敵を一斉に袋叩きにする。言わばリンチである。
アサシン(中身は近藤勇)との戦闘で敗北し消滅した。
ほとんどの媒体で男性として伝えられているはずなのに、今回は女性の姿で現界している。その理由は不明のままだ。
アーチャー:ギルガメッシュ(♂)
182cm68kg
出典:メソポタミア神話 地域:バビロニア・ウルク
属性:混沌・善 隠し属性:天
特性:男性・人型・王・神性
ステータス:筋力B 耐久B 敏捷B 魔力A 幸運A 宝具EX
クラススキル:対魔力D 単独行動A 神性B
固有スキル:黄金律A カリスマA+ バビロンの蔵EX
宝具
第1宝具:王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)ランクE~A++ 対人宝具 レンジー 最大補足ー
第2宝具:天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)ランクEX 対界宝具 レンジ1~999 最大補足1000人
特記事項
王の中の王、英雄の頂点と自称するような男であるが実力は本物。
なにもない空間に穴を空け、そこから英雄の数だけ存在するであろう宝具レベルの武器をこれでもかと打ち込んでくる。金の鎖によって拘束することも可能で、鎖により捕まえた相手を宝具で嬲り殺すという戦法が得意なようだ。
自分が一番だと言って憚らず、性格もかなり高圧的。そのせいかかなり油断というか慢心する癖や過小評価らしいことをする性質があるらしく、ライダーやアヴェンジャーをあと一歩で消滅というレベルに追い込んでおきながら適当な理由にて帰っていたりする。
アーチャーのクラススキル単独行動もあるため、マスター(と思われる人物)を容赦なく殺害している。
貴志文晴(♂)
2002年生まれ17歳
183cm75kg
召喚サーヴァントクラス:ランサー
令呪位置:────
属性:土
特記事項
調べたところ貴志家で二代目の魔術師。刃学院高校の2年2組出席番号15番。
魔術師としての家が完全に構築されていなかったせいか、性格はほとんど普通の人間である。
基本誰にでも優しく接するタイプで、よほどのことがないと怒らない(彼を知る人間談)。
住んでいるところはなかなかにランクの高い住宅地であり、明海地区のど真ん中にあるため派手な戦闘には適さないようだ。
飛行魔術を習得しているがまだまだ練度が足りず20kgが限界。
なお年齢と魔術師としての家の歴史を考えるとかなり才能はあるほう(平尾評)。
ランサー:ブラダマンテ(♀)
182cm68kg
出典:シャルルマーニュ伝説 地域:フランス
属性:秩序・善 隠し属性:地
特性:女性・人型・愛する者
ステータス:筋力B 耐久A+ 敏捷A 魔力C 幸運D 宝具B
クラススキル:対魔力A
固有スキル:クレルモンの勲B 白羽の騎士B+ 魔術解除A
宝具
第1宝具:目映きは閃光の魔盾(ブークリエ・デ・アトラント)ランクB 対軍宝具 レンジ1~30 最大補足100人
第2宝具:麗しきは美姫の指輪(アンジェリカ・カタイ)ランクC 対人(結界)宝具 レンジ1~10 最大補足30人
特記事項
マスターは不明。
シャルルマーニュ伝説群に登場する女騎士であり、求婚者を何人も返り討ちにしたという話がある。
ランサーではあるが基本は盾を主体にした戦法を取るタイプらしい。
戦闘の末消滅させたライダー曰わく、姿を隠すアンジェリカの指輪については形こそ違えども効果発動を見たという。
伝承からしてヒポグリフを持っていてもおかしくはなかったのだが、今回の召喚では連れてこなかったと推測できる。恐らくライダークラスで現界すれば持っていたかもしれないが。
盾と槍から発する閃光と暴風で相手を制圧しそのまま突進してくる宝具。閃光による目潰しで、宝具後も有利に動くことができるためにかなり厄介なものである。
唐川俊也(♂)
1993年生まれ27歳
170cm69kg
所属:聖堂教会
属性:──
特記事項
舞綱教会の神父であり、この聖杯戦争の監督役。金髪天パの関西人で怪しさとうざさはこの上ない。
面白い展開になるならばどんな悪戯や悪行にも手を染める本物の快楽主義者。敵に回すと厄介だが味方につけてもまあそれなりに厄介なので結局は関わり合いにならないのが最善である。
本人曰わくそういった嗜好を持つものたちが集まる場所があるらしいが、1000%魔境なので興味があっても近づくべきではない。死にたくないのであれば。
味覚もかなり常軌を逸しており、店主は人を殺しにかかっているのではという疑惑まで囁かれる激辛料理店ヴィクテムエルドラドの料理を好んで食す。おやつ替わりに世界最強レベルに名を連ねる唐辛子をよく食べている。
聖杯戦争で起こった事故などの処理はかなり雑で、整合性があまりとれていない。
本人なりの優しさで両親を失っていた平尾のところに足を運んでは構っていたが大概ろくなことにはなっていない(タダ飯食らい、ヴィクテムエルドラド強制連行、建造物破壊、裏山で自然破壊など)。
平尾邸の修理費でまだ500万くらい払わなければいけないらしい。自業自得だ。
八木澤康助(♂)
1972年生まれ48歳
168cm67kg
喫茶プレイヤード・ダン・ルヴァンの店主。
コーヒー鑑定士とQグレーダーというどちらも取得が難しい資格を持っていて、コーヒーに関しては舞綱で右に出る者はほぼいない。
どこかお調子者のような性格でもあるが、基本的には温厚篤実。『おやっさん』ポジションがこれほどまでに似合う人間は他にないだろうと常連は異口同音に話す。
勅使河原諫(♂)
1983年生まれ36歳
174cm65kg
エーデルシュタイン・グランツ(司馬田の会社)の副社長であり、メディア露出をほぼ一手に担う男。
代表取締の役も貰っており、対外的な契約を結んだり根回しなどもかなりできる優秀なタイプの人間。
30代後半という年齢だがそれなりに体は引き締まっているイケメンで、女性社員からの人気も高いが未だに独身。
海に心酔しているところがあるらしく社長の座を簒奪するつもりは毛頭ないようだ。
ドM疑惑がある。
不破琉斗(♂)
2000年生まれ20歳
184cm76kg
属性:─
異端審問の役を担う代行者の一人。
人の身ながらサーヴァントとそれなりに戦うことが可能で、埋葬機関にかなり近いレベルの代行者。
自分たちが絶対的な正義とは思っていないが、敵対者を尊重することはほとんどない。
人類の存続を理想としており、それに仇なす者はすぐ潰す。なぜそうするのかといった問いには、「大儀を掲げて人殺しとかができるから」と理由を語っていたがその後の発言により冗談だと言っているので真意は不明である。
切り替えがうまく、今処分するべきでないと判断した場合は即座に攻撃を止めるタイプ。
黒鍵による攻撃を得意としており、それは教会の人間が使用するものと比べれば異質な動きらしい。
基本的に教会の指示を軸として行動するが、自分の信念に反するものであれば結構簡単に反逆する。始末書を書くのは嫌だが、自分の信念を裏切るような行為はもっと嫌という理論からだそうだ。
実は甘党らしく筋金入りの辛党である唐川を『バカ舌』と嫌っているらしい。
炭素を操るという魔術の使い手で、タンパク質や糖などを多く摂取しているところがよく確認されている。
本人によると食わなくてもそのまま炭素のみを取り出せるが、それだと勿体ないので一回ちゃんと食っているそうだ。非効率というのは禁句である。
やろうと思えば生きた動物の炭素を取り出すことも可能だが、流石にそれはやらないあたり最低限の倫理は存在している。
なお死体ならやってもいいだろとか思っているらしい。やっぱ外道。
八月朔日喪(♂)
八月朔日家の長男らしい。
今までその存在は全く浮上しておらず、平尾に関する情報が出てくるついでとばかりに出てきた人間。
医者にもなっておらず、どこかへ旅をしているわけでもない。
現状の情報としては、この人物が今の平尾克親の基礎となっているということ、しのぶの兄であることだけである。
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一日目
1話 一日目:サーヴァント召喚
なにぶんStaynightセイバールートしかク(文章はここで途切れている)
────────独りだった。
小学校でも、中学校でも、高校でも、大学でも。
だが魔術師とはそういうものだと教えられてきたせいか、友達が欲しいと思うことはあまりなくて。
自分だけ周りと隔絶されている世界で生きてきたかのようだ。
あったのはただの人数合わせ的な関係。
校外学習の班を作るのにここ足りないから入って、組体操のここに人が必要だから入って。
俺に求められたのは精神でなく肉体のみ。異性との触れ合いも、俺の内情なぞつゆ知らずな人が求めた一夜限りの云々なんてことくらいしかない。
母の顔は忘れた。大脳の引き出しから出してこれるのは優秀な魔術師だった親父のものばっかり。
自分以上に優秀な者を作るためと俺に課したものはとても大きかった。そして、この背中に移したものも大きかった。
根源の渦への到達。
これは魔術師ならばほぼ誰もが持つものであろう。
その中でも俺の一族が悲願として望むのは第一魔法の習得。
つまり、「無の否定」と呼ばれるものである。
「・・・・・・はあ」
親父は俺にでかい屋敷とかそういうやつだけ残してきれいさっぱりと逝っちまった。
人としてのうんたらとかは全く教えんで、いかに魔術師として強くなるかばっか教えてくる典型的な人道的要素欠落系魔術師だったがまあ実力は折り紙付きだってのは絶対に言える。
今の時計塔ロードと殴り合いして引き分けに持ち込んでるんだから・・・・・・まあそれのせいで生まれてしまった縁が俺を現在進行形で苦しめてるんですけども。
「聖杯戦争なんて俺はお断りですよ、あんなモンに頼ったところでロクなことにならんだろうしそもそも手に入れられるかもわからないもんなんざ・・・・・・」
「まあそういうなよ平尾くん。こっちにも事情があってな・・・・・・頼まれちゃあくれんかねえ。もう召喚期日はすぐなんだからいい加減折れてくれって」
向こうでドラムの激しい連撃が繰り広げられている音。
こないだまでiPodとかだったのに今度は高級志向のスピーカーか、魔術師の癖に科学物品大好きすぎんだろうが。
人のことは言えんけど。
「つか、ニルヴァーナたあまーた定番なもん聞いてますね。あんたのことだから最新のロックでも聞くと思ってたけど」
「たまにゃあこういうのも悪かないだろうよ。新しいもんとか世界に革命起こすようなもんが好きとは言ったがそうじゃないやつが別に嫌いって訳じゃないんだよオレは。ま、例の剣手に入れたって聞いたしとにかくよろしく」
一方的に押し切られ通話が途切れてしまった。
つーつーと電話の鳴き声が虚空に響く。あざ笑うかのように近所のゴミ捨て場にたむろするカラスが声を上げた。
「そのために無理やり抜いてきたわけじゃねえんだよなああの剣は」
携帯を尻ポケットにねじ込みながら地下の工房へと繋がる扉を開く。
精密に研磨され一切の狂いがない石の階段を一段ずつ降り、部屋の灯りをつける。
ここだけいまだに電気が通っていないのは如何なものかと思うが、こんなところに業者なんて入れたら工事終わって即抹殺なんていう沙汰になりかねないからこのままになっている。
「・・・・・・デュランダル」
シャルルマーニュ伝説に出てくる聖剣。
ローランの歌ではシャルル王に天使が授けたものとして、狂えるオルランドではトロイア戦争における英雄ヘクトールが使っていた剣として名を馳せたもの(そちらではドゥリンダナと呼ばれていたが)・・・・・・のレプリカである。
昔盗まれたとかなんとかで差し替えられているブツだが長いことデュランダルとしてそこにあったという事実があればまあいいというわけだ。そのためだけに前科案件をやらかしたのはさすがにやばかったと後悔したが。
「不毀の絶世剣から研究のアプローチと行きたかったんだがねえ」
錆にまみれたその剣の表面を指先で撫でる。
ざらざら、置いていた机の上に粉状のものが落ちていく。多分電柱一本斬ったらボッキリ折れそうなくらい劣化している・・・・・・レプリカだから仕方ない。
聖杯戦争におけるサーヴァント召喚システムは触媒によって呼び出す英霊をかなり絞ることができるらしい。
触媒とはまあ英雄が生前使っていた武具とか、直筆の書物とか。例をあげるとすると、本多忠勝を呼びたいならば蜻蛉切を召喚術式に用いるとかそんな感じだろう。
だがどんなに良い触媒を用いても英霊の方が召喚を拒んだら意味がない。お望みのものを貢ぐのはとっても大事なんだそうで。
ついでに関連物品であるなら市販品でも極小な効能はあるらしい。知らんけど。
「偽物とはいえデュランダルだしな・・・・・・触媒に用いればシャルル王かローランくらいは呼べる、って算段かね。なんならヘクトールでも呼べと」
そう簡単にいくかぼけなんて悪態をついて、自らの血で描いた魔法陣の広がる床に座り込む。
日頃からため込んでいる魔力リソースは十分にあるし、今からでも召喚は可能っちゃあ可能だ。
だが俺の魔力が一番励起してくれるのは午前3時。それが訪れるまでいつの間にかもう30分。
晩飯は食ってしまったし、風呂も入った。もう日常的なものでやることはない。
戦争の開始は明日から。7騎のサーヴァント・・・・・・召喚された英霊が揃ったところで口火が切られる。
そっからはもう人智を超えた武士たちの戦い。肉弾戦やら魔術戦、ありとあらゆる形態をとり戦闘が繰り広げられ、最後の1騎になるまで終わらないとされる。
正直言ってそんな厄介ごとやりたくなかったし他の奴と戦うのも嫌、聖杯とかいらない。なんて言ったらサーヴァントに八つ裂きにされるから今のうちに言わないよう暗示をかけておこう。サーヴァントはそれなりに大きな聖杯にかける願いをもって現界するんだから。
「はーやだやだめんどくせえ。第一後継者も作ってねえのに死にかねん事案に参加させやがって・・・・・・」
買った水銀試薬瓶の封を開け、専用の筆で床に陣を描く。
買うのに身分証明、管理すると言ったせいでとらされた毒劇資格・・・・・・生贄の血とか溶かした宝石なんて使えないし使いたくないからって水銀を用いるためどんだけ苦労したことか。
「俺は化学とか好きじゃねえってのに」
恨み節をぶちぶち吐きながら大きく弧を描いた線を繋いで円にする。
消去の中に退去、退去の陣を4つ刻んで召喚の陣で囲む。
大きな水銀試薬瓶丸ごと一本使い切る術式を組み、触媒である朽ちた聖剣を所定の場所に置いた。
電波が遮断される空間にあるせいで電波時計が狂うなどということもなし、時間はきっちり午前2時55分。
そろそろ、開く時がきた。
額にある空想のボタンを脳にまでめり込むように強く押し込む。
最初の「開き」がイヤイヤ期による壁頭突きだったせいで未だに回路を開けるたび頭が痛い。
幼児の頃の自分に叱りつけたいがタイムスリップなんちゅう芸当はできるわけもなく。そもそも時間旅行は第5魔法だしできる人間なんていないに等しい。
「・・・・・・
メイン30本の回路をゆっくりと起こしていく。
神経と入れ替わった”それ”が魔力を生成し、反発による疼痛が体の芯を焼いていった。
時は来た。只それだけ。
肉体全部に魔力を行き渡らせる。満ち足りながらも物足りない、とても不可思議な感覚。
脳裏に浮かぶ、光輝の剣。壊れず、折れず、曲がらず・・・・・・神話に等しい世界にあった剣。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師────────。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
体に熱がこもる、だがもう一度詠唱を始めてしまえば止められはしない。
「
脳裏に浮かぶ光景。
焔が、服だけでなく我が骨肉すらも焼けただれさせる。
熱い、ああ熱い。だが止められない。
「汝の身は我が下に、我が命運には汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意この理に従うならば応えよ。誓いを此処に、我が命運、汝の総てに預けよう。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者。汝三天の言霊を纏う七天・・・・・・抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───────────────!!」
怪物に腕を丸ごと食われたかのような虚無が襲う。瞼を閉じていようと貫通する極光、体全てを吹き飛ばすような衝撃。
なんとか倒れることなく、最後まで陣に魔力を注ぎ込む。
多大な魔力を喰らい、聖杯によってエーテルの体を作り出された英霊。
さあ、誰が来たか。シャルルマーニュか、ローランか。
めんどくさいから嫌と言っていた割にはわくわくしながら、俺は閉じていた目を開いた。
「サーヴァント、ライダー。召喚に応じ参上したっす・・・・・・じゃねえ、させてもらった。じゃあ、まず問おう」
三白眼の中に輝く漆黒の光彩が俺を見据える。得物を俺の顎に突きつけ、口角をほのかに歪めた。
品定めのつもりか、お気に召さなければ殺されるのだろうか。
「────アンタが、俺のマスターか?」
「・・・・・・ああ」
「そうか。ここに契約は成された。我が真名はマンドリカルド・・・・・・今からアンタのサーヴァントとして、剣として、いかなる命にも従いますぜ、マスター」
静かに男は目を閉じ頷く。
俺は、仕えるに値する人間だったのだろうか。ああ、なんか疲れて頭が回らない。今すぐにでも寝たいくらいだ。
「そうか、それはよかった・・・・・・んで、誰?」
魔力を大幅に持って行かれ判断力が鈍っていたせいでもんのすごく失礼なことを口走ってしまったような気がする。
まあまず状況整理をしよう。出てきた彼は俺のサーヴァントで間違いないだろうが風貌はどうみてもヤンキー然とした男子高校生。黒髪に白のメッシュが入ったなかなかファンキーな髪型。
んで宝具らしいものが、すごいとげとげしてて釘バットみたいになってる木剣。
扱いを間違えればリンチされそうな気がする・・・・・・やらかしたかこれは。
「ですよね、俺みたいな三流どころか五流くらいの英霊なんて知らないっすよね。イキって申し訳ありませんでした座に帰ります、令呪とかいうやつで契約切っといてください。アンタがこの戦争で勝てるよう座の端っこで見守ってるぜ・・・・・・」
「待てぇええええええええ!!」
なんらかを悟ったような表情をして鳩尾に木剣をぐりぐりするマンドリカルドとやらを疲労困憊の体で止める。
「介錯はいりやせん帰らせてくださいお願いします!!」
「召喚後1分でさようならするサーヴァントがどっこにいるんだよ!」
「ここにいるから俺に早く二度目の死を」
「させるわけないだろうが!・・・・・・はあ、令呪をもって命」
自害するなの命令で一画使うのはさすがにもったいない気がしたがここをどうにかしなければ論ずるに値しない案件になるわけで。
仕方なく左手の甲に浮かんだブツを消費・・・・・・
「わかった、やめるから令呪使わないでくれ!」
やっと彼が得物を地面に置いたので、俺は安心してその場にへたり込んだ。
膝がどんな王だろうとしないような爆笑をしている。ここまできついのは研修旅行で槍ヶ岳登ったとき以来な気がする。
「・・・・・・疲れた」
「・・・・・・俺もっす、マスター」
なんかもう主従関係というものが一瞬で瓦解したような気がする。
ぼっちの俺には、これがまるで友達のように思えてきて・・・・・・ってこんなのは違うだろう、断じて違うだろう。
兎に角、召喚は成功したのだ。いろいろ確認をして、明日にゃ神父のとこに言うだけ言おう。
・・・・・・あの「胡散臭さを臭気9段階快不快度表示で表すならー4」みたいなやつに会うのは嫌だけどしゃーないか。
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2話 一日目:最初の会議
聖杯と結晶をたくさん入れました(実は間際の一撃だけスキルレベル9っていうね)
スカディ&玉藻よりマイフレンド優先は当然のことである
推しだから(なお宝具レベル)
こんな陰気臭い地下室で話を続けるのもなんだと言って、召喚したばかりの彼を階段から外へと連れ出した。
無駄に豪奢な作りになっている我が家の内装を見て彼はなにやらそわそわとしている。
「どした、生前の記憶にくるか俺ん家は」
「いえ、そうじゃ・・・・・・ないん、ですけど」
召喚直後の威勢よさはどこへやら、俺の後ろを歩いているのはまるで弱みを握られたパシリ的なサムワン。
こんなんじゃあ戦闘入った瞬間にジャパニーズ土下座を披露して降参しかねないぞって懸念が浮かぶくらいなよなよしてる。
「まあ取りあえず俺の部屋来な、お前の部屋もきっちり用意するつもりだがまずは情報を互いに渡すとこからだ」
へっぴり腰調な彼の左手を取り、半ば強引に引っ張っていく。
俺の寝室にある一人掛けのソファに座らせ、俺もテーブルを挟んで向かい側にあるソファへと腰を下ろした。
彼はまるで面接を受ける大学生かのように握り拳を膝の上に載せ縮こまっている。
コミュニケーションに関してほんとに不安でしかないのだが、なにぶん俺もそういう類が大の苦手なおかげで適切な距離感がわからない。
さっきよりも主らしく上から感あふれる態度で接してみたけど完全に萎縮しちゃってるしこれは大失敗だ。
とにもかくにもこの戦い勝つにはサーヴァントの力をいかに引き出すかが勝負、険悪な雰囲気になったらいざという時の仲違いで俺が殺される羽目にだってなりかねない。
・・・・・・まあこの縮こまりかただと俺に直接手を下しそうなタイプじゃないとは思うけど。
「・・・・・・最初に決めておくことだが、口調どうする」
「はい??」
向こうは絶対サーヴァントとしての能力関係を聞かれると思ってただろうから拍子抜けしたんだろう。調子の狂った声が喉から飛びだしてきた。
「さっきみたいにちいとばかし高圧的な態度取ってた俺が言うのもなんだが、主従を感じさせる言い方はやめて家族とか友達みたいなのに話しかける感じの・・・・・・でね・・・・・・まあ俺友達どころか家族もいないんだけど」
こういうとき社会的生物技能がダメだと辛い。
案の定彼は頭上にクエスチョンマークいっぱい浮かべてますし。
「あ、あのな。霊体化できるとはいえ、時には実体化して他の人と接する必要にかられる時があんだよ。そういうときに変なボロが出ないように、普段からそういう、態度で・・・・・・」
背中に冷や汗がつうと伝ったような気がした。
大丈夫だろうか何か勘違いされてねえか。久方振りの業務連絡以外っぽい会話だからうまいこと前頭葉が働かねえ、またとんでもないこと口走りそうで怖い。
「ま、マスターがそう言うなら、俺は従いますよ」
「マスターって言うの禁止!それ他のマスターが聞いたらめんどくさいことになるから!名前で呼び合うぞ名前で」
「え、ええええ!!んなこといきなり言われても!」
こうなりゃ雪隠火事ってやつだ。テーブルの上に放置していたスキットルのウイスキーを飲み干した勢いで全部済ませちまえ。
「俺は平尾克親、地味な商社で働いてる平社員だ。まあ呼び方は適当に克親でいいわ。で・・・・・・マンドリカルド、だっけか。どうすっかな・・・・・・真名はおいそれと呼ぶわけにもいかないしライダーてのも衆人監視な状況では不自然だろ。特撮みたいな感じになっちゃうし」
「特撮ってのが何かはよくわかりませんけど、まあ真名隠しについては賛成っす。マス・・・・・・か、克親が名前決めてくれ」
頬を紅潮させ俯いたマンドリカルド。
どうやら人見知り激しめなタイプらしく、まるでぬいぐるみのように木剣を抱いている。
んで名前を決めてくれと言われたのはいいが悩むものだ。欧州ぽさとアジアぽさが混じったような雰囲気だからどっちに寄せるかで大いに悩む。
・・・・・・まあ、適当に好きな言葉となんか名字っぽい音を名前にでもしておこうか。あまり凝ってたとしても不自然になる気しかしないし。
「・・・・・・セラヴィ。セラヴィ・アムスールでどうだ。なんかそれっぽいだろ」
「・・・・・・え?」
三白眼で元から小さい黒目が更に小さくなって胡麻みたいに変化するマンドリカルド。
ビーツの汁に一夜漬けしたかのように耳から何から真っ赤に染めて悶え苦しむ姿はなんか滑稽に見えてきてつい噴き出してしまいそうだ。
「なに、そんな恥ずかしい名前か?」
「は恥ずかしい訳じゃないっすけど、いややっぱ恥ずかしいっす!!セラヴィはともかくアムスールだなんて!」
どういうことかわからんので文明の利器であるスマートフォンの検索を使う。
アムスール、と文字を入れてエンジンを回したところ、出てきたのはフランス語フレーズ集。
該当箇所を見ると、アムスールはいわゆるソウルメイト的な意味だそうで。
・・・・・・学の無さがこういう結果になるなんて思わないじゃない、普通。
「あー・・・・・・そっか。お前フランス語圏か」
「一応出典がフランス辺りの話っすからね」
フランス圏の原典、デュランダルを触媒に用いた上での召喚、あと真名。
ここまで出てくりゃやっぱわかってくることは大きいものだ。
俺は手の上で転がしていたスキットルを置いて立ち上がり、後ろの本棚の奥で埃を被っていた一冊を取り出す。
ハードカバーに金糸の刺繍がなされたいかにも高そうな本には『THE ORLANDO FURIOSO』と書かれていた。
「そっか、なんとなく思い出したわ。マンドリカルドってあれだ、前半武勇伝で固められたかと思ったら後半狂乱してどっか行った奴のデュランダルパチったり一騎打ちで鎧の力過信して容赦なくぶちのめされたかませわんこの」
「く、黒歴史をこうもストレートに言われると心に来るっす・・・・・・」
引っ張り出してきた本の背表紙についていた埃をぺしぺしと手で払い、机の上に置いた。
イタリア語でびっちり36万行を越す大長編なだけあって、威圧感は広辞苑に負けずとも劣らない凶悪さだ。
「俺も小学校の頃読み聞かせてもらっただけだから忘れてたわこんなの。つかデュランダル触媒に使ったら普通ロジェロとかローラン来ると思うじゃん」
「その節は申し訳なかったとしか言えないっすよ。俺は聖杯にかける願いのことしか考えてなくって、あん時はマスターのこととか何も考えずホイホイ出てきちゃって・・・・・・」
「まあ正直俺としてはロジェロ&ローランはお断りだったしよかったんだけどな。フられて発狂するやべーやつと魔法耐性とかが0超越してマイナスまでぶっちぎってそうな輩だし。それに比べてお前は小悪党くらいで済んでるんだから扱いやすいわって話」
褒めてんだか貶してんだかぜんぜんわからない言い方ではあるが、これでも俺は彼を評価しているのである。
なんだかんだ言いつつ原典では一騎当千とはいかずとも一騎当百くらいの力は有しているし、ヘクトールの鎧を着ていいと認められた武勇も持っているのだから。
・・・・・・まあ途中で魔がさしてからアレにゃなったが。
「でも俺、陰キャっすけどね」
「会話出来てりゃ別に問題ねえよんなのは」
実際俺もコミュニケーション能力に不安のある人間なので思考の伝達共有が出来るだけで万々歳ってわけだ。
「俺、馬も普段から出せないし真剣が誓約のおかげで持てないっすからね」
「・・・・・・ん?」
なんか今、ものすごくとんでもないことを暴露されたような気がしたのは私の勘違いでしょうか。
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3話 一日目:とりあえず就寝
種火がたりません(血涙)
「馬って例の名馬と名高いブリリアドーロだよな」
「そうっすね。あいつがいなきゃ俺は英霊になんてなれなかったくらいの名馬なんすわ・・・・・・入手のいきさつがちょっと邪悪というか言語道断だったせいで戦闘の時に一瞬しか呼べないっていうからもう俺みたいな底辺のサーヴァントだけで戦わなきゃいけないっていう・・・・・・すんません、やっぱ帰らせてください俺なんかが勝てるわけないっす」
一瞬で自己嫌悪状態に陥ってからのこれである。有るはずもない尻尾が垂れ下がって見えるような・・・・・・幻覚症状まで引き起こしてしまうほどの闇オーラを噴き出している。もうこれだけで敵が倒せそうな気がした。
前言撤回、めんどくさい子だこれはこれで。
「いや悲観すんなって、ブリリアドーロいなくたって十分戦えるだろ?」
「十分なんかじゃないっす一分くらいしかないっす!!いやもう五厘!!」
タタール人のはずなのにやけに日本語に詳しいのは聖杯からの知識なのかが気になるけどもそれは置いといて、このマンドリカルドの自己肯定感の低さは何なのだろうか?
原典だとどこの歌を見てもだいたい俺様系キャラだったというのに、座で誰かしらから諭されたのかってくらいの変わりようだ。
「デュランダルはないし誓約の縛りで木とかでできた模造品以外の剣は使えないんすけど」
まあ今言えるのは精神的な面でだいたい装備品など頼りだったのに、召喚されたらそれがいろいろない状態ということが性格変容に噛んでいるのは間違いないと思う。
言い方から察するに自ら持ってこなかった訳ではなく持ってくることができなかった(困難だった)とみていいだろう。
「剣が使えないんなら槍でも斧でも銃でも使えばいいじゃねえか。うちには腐るほどその類があるからな、銃刀法違反でしょっぴかれる前に証拠隠滅に協力してくれたっていいんだぞ」
『名剣のドゥリンダーナを打ち振れば、いかなる盾も、兜も、また綿を詰めたる布も、いっこうに物の役には立たぬゆえ』なんて謳われる稀代の絶世剣がないのは痛いが戦えない訳じゃあないだろう。
相手がどんな業物使ってくるか完全にわからないので対策は練りにくいが、緊急時の対応が出来るように普段から気を張っておけばいいことだ。
「安心しろ。お前がそこまで言うくらいなダメダメ能力だろうと俺がどうにかするさ。こんなナリでも俺は七代目の魔術師なんだ、「強化」に関してはまあ自信があるっての」
背中を服の上から掻きむしる。
最初の「四角」と比べたらまあ3割前後が埋まったくらいか。
研究の度に更新しているおかげで魔術刻印は肩口まで線を伸ばしていて、起動したときはかなりわかりやすく緑に光る。
魔術師としての歴史が全て詰まった代物を背負うのはいいが、俺が貴族っぽいやつにありがちな科学嫌いじゃないことが親戚にとっては不満の種らしく、お前みたいなボンクラ魔術師に平尾家の歴史を任せられるかなどとめちゃくちゃな言われようなのだ。
一子相伝のシステムとはいえ魔術刻印は一部の移植だってできるんだし親族内での株分けしてもいいじゃんという持論を展開したことも要因に含まれていると思う。つくづく思うがめんどくせえ。
「俺の全霊をもってすれば、どんな神話の神だって殺させてみせる」
大見得切ったはいいがそんなことできる確証は全くない。というか無理に等しい。
思い切って話せるようにと酒を多めに入れちまったせいだ。がらにも無いことをすると大概そうなるもんだ。
「・・・・・・神だって殺せる、か・・・・・・」
高級カーペットのごとくのごとくびらり広げた大風呂敷だが、マンドリカルドはそれを真に受けてしまったらしく唇をもにもにと噛んで何かを考えている。
なんか、ただのほら吹きを信じられると広げちまったもんが畳めないと言いますかなんといいますか・・・・・・
「こんな一伝説の脇役だろうと、あんたはその魔術強化で勝たせられるってことっすか」
「まあな」
またその場のノリで肯定してしもうた。
もうこのフェーズから戻れる気がしない。今回召喚された相手のサーヴァントが弱い奴であることを祈るしかない。
あとは伝家の宝刀をぶっこ抜く決意を固めるとか、いかに普段の研究を活用するかとか・・・・・・
考えつく限りの手段を思い浮かべてみるのはいいがもう頭が鉄もとろけるくらいに発熱しそうだ。
明日(正確に言えばもう今日)が日曜日でほんとによかったと思う。
「・・・・・・ねっむ」
サーヴァント召喚で持って行かれた魔力が余りに多量だったせいで体を襲う倦怠感は俺史上1、2を争うほどの威力だ。
マンドリカルドと話しておきたいことはまだたくさんあるのだがさすがにこれ以上は体が持たない。
朝になったら聖堂教会のクソ野郎(別名怪人キャロライナリーパー押し付け男)に会わねばならないのだから、少しでも回復しておかなければ開戦直後に後ろからバッサリなんてことになるかもしれないのだ。あの男はほんと油断ならないから。
「じゃあ、部屋だけ教えるから寝るなりなんなりしてくれたらいい。まあつってもここ出て左曲がってすぐの部屋だけどな」
今にも寝落ちしそうな体を引きずってマンドリカルドを部屋へと連れて行く。
書斎と寝室が融合したような部屋で、魔術の研究や持ち帰った残業行き詰まりになった時よく使う部屋だ。
無論いつごろごろしに行ってもいいように整頓はしてある。
「・・・・・・いいんすか、こんな豪華な部屋もらっちゃって」
「いいんだよいいんだよ。これから運命を共にするやつなんだからそんくらい当然だっての。ここの本も勝手に読んでいいからな」
この部屋は昔買った漫画からうん百年ものの魔術書が混じり合うというなんとも雑な管理状態の書斎である。
親父が生きていたときはちゃんと分類されていた(というかそもそも漫画とかなかった)のだが俺が所有者になったとたんこの様というわけだ。家政婦みたいな片付け係もいないので、整っているところと言えばシリーズものの本が全部ちゃんと巻数順に並んでいるくらいだった。
ここを部屋として与えた理由を言えと言われてもキッチン周りと寝室と研究室とここ以外を混沌あふれる魔境にしているから選択肢が無かったとは八つ裂きにされても言えない。絶対にだ。
「・・・・・・ああそうだ、飯はどうする。今日はこんなんだから大したもん作れねえと思うけど」
サーヴァントは魔力さえあればこの世界に留まってられるのだが一応聞いておきたかった。
飯の有無が能力パラメータに影響するタイプもいる(らしい)し、なにも考えず飯抜きってのは不和の原因にもなるだろう。
「もらえるのなら、ありがたく食わせていただくっす」
「そうか、わかった。ちゃんと8時ごろくらいに起きれるかわからんが、用意はする。じゃ、とりあえずおやすみ」
「お、おやすみ・・・・・・克親」
肉体の限界がかなり近かったので俺はそれだけ言ってドアを閉めた。
さっきの部屋に戻り、ベッドへと転がり込んで目を閉じる。幸い俺の魔力回復は早いほうで、安静にしていれば魔力量が数値で表すところの0近くを彷徨った場合でも一日くらいありゃどうにかなる。
体内で循環するエネルギーの流れを感じ取りながら、俺はそのまま意識を落としていった。
アドバイスとか頂けると歓喜に咽び泣いて流星一条します
お好みで掎角一陣の弾にもなります髄液ぶっさしてください
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4話 一日目:サーヴァントにも飯はいるって騎士王がいってた
かわいいですレイド戦でバフ盛って宝具乱射の大暴れが楽しいです
そもそも俺なんかが召喚に応じたのが間違いだったと今更思う。
マスターは俺のことをロジェロとかより扱いやすいなんて言ってくれたけど絶対嘘だ。
何回も俺が座に帰ろうとするからそれを止めるための出任せだ。
どうせ内心では国を救った英雄みたいな奴じゃなくてがっかりしてるんだと思うと、なんか泣きたくなってくる。
「だめだだめだ、もうこんな考えやめるって誓ったんだ」
鎧を実体化させるために編んでいた魔力をほどいて、俺の周囲30cmくらいまで拡散させる。
そんでもってベッドの上で綺麗に畳まれていた毛布に頭までくるまってみた。
「・・・・・・はぁ」
ほのかに花のような匂いが漂う内部空間。俺のいた時代より何千倍も肌触りはよくあたたかい。
これならすとんと軽く眠れそうだと思ったが現実はそう簡単にはいかないものだ。
考えないようにしようと心の内で別の物事を考えていても、すぐに元へと戻ってしまう。
自分の能力パラメータへの不安、信頼関係が築けるかという不安、宝具の不安。
何度も何度も俺の胸と額を刺すように巡る悩みが消えない。
俺はなにも出来ない。
先王であった父をむざむざと殺されて、国を捨てて、人のものを奪って、いちゃもんつけて決闘して、殺されて。
ほんの少しだけあった武勇も、九偉人の装備品を受け継ぐ者としての矜持も・・・・・・あのとき全て捨ててしまった。
弱くて馬鹿で無駄に尊大で・・・・・・そんな情けない自分はもう必要ないと思って、俺は無理やり変わったのだ。
過去から逃げるように、全部忘れるように。もう二度と繰り返さないように、戻らないように。
「・・・・・・生まれ変わりたい」
全ての記憶をリセットして1からやり直したい。デュランダルの正当な所有者として召喚される方法を知りたいという願いもあったが、今じゃこっちの方が優先度が高いのだ。
そのためなら自分の生きた軌跡や名なんてものは消えていい、むしろ消してしまいたい。
それほど、俺は俺が大嫌いだった。
目覚ましのでかい音が鼓膜を連打する。
毛布で作った繭から手だけ突き出していつもの場所をふらつかせ、四角い塊を掴んだところで手のひらを使いボタンを押す。
一連の動きでいつもならすっきり目覚めているのだが、さすがに今回ばかりは意識がはっきりしない。
このままだれていたら二度寝タイムのスタートが来てしまうので、何とかブラックホールベッドから抜け出して一つ背伸びをした。
「・・・・・・7時30分か」
3時間ほどしか寝ていないがこれでくたばっていちゃあ魔術師なんてやってられない。
服だけ着替えて洗面台まで向かい、取りあえず冷水を手ですくって顔面に叩きつけた。これで否が応でも目が覚める。
「ふぁああ・・・・・・あー朝飯作らな」
手と顔をタオルで適当に拭いて、アコーディオンカーテン一枚で仕切られているキッチンへと移動する。
昨日の晩飯の残りである鶏の照り焼きをレンジで温めながら、フライパンを取り出し油だけ引いて加熱。
卵を溶きながら6枚切りの食パンを2枚トースターへ投げ入れダイヤルを捻る。
いつもならちゃんとした卵焼きを作るのだが今日に限っては簡略化してスクランブルエッグと炒り卵の中間体を作って皿にドン。
粉スープのもとをマグカップにばさあと移して熱湯を注ぐだけで羮は完成とお手軽。いい時代になったものだ。
「もうサラダは菜っぱむしるだけにすっか」
半分だけ残っていたレタスを一回湯に浸し復活させたところで適度な大きさにちぎり器にねじ込む。
それだけじゃさすがに寂しいのでミニトマトを半分に切った奴を計4個分散らしてシーザーサラダ用ドレッシングをなんとなくかけて完成。
こんな粗末な飯ではあるが怒らないといいなあ、なんて考えながら俺はマンドリカルドを呼びに部屋へ足を運んだ。
「マンドリカルドーごはーん」
「・・・・・・あと・・・・・・5分」
典型的な睡眠の魔力に憑かれた人間の言葉である。
二度寝は体に良いという話もあるが今それをされたらせっかくの飯が冷めてしまうというものだ。
というわけで何としても起こさねばならない、俺の戦いが始まる。
「朝飯作ったから食えーほら起きろって」
「・・・・・・もうちょっと・・・・・・だけ」
駄々っ子か貴様は、と叫びたいのを我慢して俺は毛布虫を解体しにかかる。
毛布にくるまっている以上どこかに布と布の境目があるのだからそこから手を突っ込んで引っ剥がせば問題はない。
「俺のフィルダウスがぁ・・・・・・」
「高級品でもない毛布で最高位の庭園扱いってどういうことだよ。寝ぼけてないで早く起きろっての」
死んだ魚のような目をしている彼。こんなので夜間戦闘や奇襲に対応できるのかが不安で危なっかしく思える。
まあ今は魔力のパスが100%の機能を発揮していないぽいのできっちり完璧に起動すれば大丈夫だと考えられるけども。
「言ってたとおり大したもんじゃないが」
食卓まで連行してきて俺はマンドリカルドを椅子に座らせ、向かいの椅子に自分も腰を下ろした。
テレビのリモコンがあるが、今はつけて食うような雰囲気ではないだろう。
「十二分に立派っすよ。こんなの俺が食っていいんすか」
「いいに決まってんだろなーに言ってんだよ」
またマンドリカルドの俺はこれに見合わないんじゃないかやっぱ帰ろうかな症候群の発作が起きそうだったので、無理やり箸を握らせうやむやにしてしまう。
コップに浄水器の水を8分めまで入れて、机の上にことりと置いた。透明な水面が揺れる様はいつ見ようが美しい。
「いただきます」
「・・・・・・いただきます」
これ以上食べる前にうだうだ言わせまいと挨拶だけして俺は朝飯を口に詰め込む。
昨日の鶏肉は一日置いていたおかげか味が更に染み込み、語彙力を無にして言うが旨い。
「・・・・・・早っ」
ふとマンドリカルドの方を見ると、俺が半分くらい食べ進んでいた時点でもう完食されてしまった。
つい俺基準で量を考え単純に二倍量作っていたのだが彼がそれなりにほっそりとした体型に反して大食漢であるという可能性を想定していなかったのだ。
「あ、すんません・・・・・・ペース合わせるべきだったっすか?」
「いやんなこたないけどさ・・・・・・量足りてるか?こんなんじゃ俺の胃は満足さんにならねえぜってことない?」
「ないっすよ、俺食べるの早いだけなんで。おいしかったっす、ごちそうさまっす」
彼の笑顔をきっちり見たのは今が初めてだったか。
つり眉が垂れ、にこやかに笑うその様はなんだかとてもさわやかである。
・・・・・・なんだか、彼をこの先戦わせることで苦しませると思うと使役するのがなんだかやりづらくなりそうだ。
でも俺はサーヴァントをただの駒としては見れない性分なのでどうしようもない。
「・・・・・・うし、ごっそさん。もう出ようと思うから、一応霊体化の試運転とかしとけ」
「了解っす」
目の前でマンドリカルドの姿が霧散するように消えた。
俺とはパスがつながっているのでなんとなく”そこにいる”のがわかるが、普通の人間が見たらまずわからないだろう。
他のサーヴァントは個人差こそあれど気配で察知できるようになっているらしいし、洗礼なんたらをこの状態で使われたら危険だということも知っている。
誰の前でなら霊体化をさせるか・解くかの判断が重要になってきそうだ。
「おし、問題ないな・・・・・・まあ今日は霊体に大ダメージ与える手段持ってる奴のとこに行くから実体化しといた方がいい。ついでに俺のよく行く店とかにも紹介しておいた方が良いだろうからな」
「教会の人って監督役だろ・・・・・・?」
監督役が攻撃なんてしてくるのか、という疑問を抱いているようだが確かにその考えは正しい。
普通の監督をする神父ならちょっかいは加えてこないのだが、この区域というか今回の奴は他と違うのだ。
「あいつは自分が楽しけりゃ平気でルールブレイクしてくる輩なんだよ。だから用心しなきゃ駄目」
俺の部屋までマンドリカルドを連れて行き、そこらへんにいそうな大学生くらいの男子服を誂え着替えてくれと頼む。
背格好が俺と似通っててとてもありがたい。ムキムキだったら新しく買わなきゃ駄目だったから。
「武装は何時でも出せるか?」
「うっす、鎧出したら多分服粉々になると思うけど大丈夫っす」
「おい」
実際にやらかす前に言ってくれたからよかったけどなんでそんな大事なことさらっと言ってくれてんだか。
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5話 一日目:ドエスサディストの信奉者
教会の人はだいたい辛い食い物狂いってイメージ愉悦部の人のせいでついちゃったんですからね
おのれ言峰だが絶対に許す
結局万一の時でも大丈夫なように、と量産されている服を着てもらうことにした(某○ま○ら系の)。
マンドリカルドの事前申告により俺のお気に入りは粉微塵にならずに済んだというわけだ。間一髪。
「それにしても似合うな。そこらへんのコンビニでバイトしてそうなくらい自然」
「そ、そっすかね?」
なんかマンドリカルドは照れくさそうに後頭部をぽりぽり掻いている。
意外と照れ屋さんで可愛いんだな、なんていう面と向かって言ったら絶対変な勘違いをされそうな感想は胸にしまった。
「俺と並んで歩いてても違和感ないのはありがてえな。どっからどう見ても友達どうしか先輩後輩って感じで、な?」
二人して絶妙な陰気さがほのかに溢れているタイプなので一緒にいてもさほど変な感じはない。
クラスのモブ枠と学校のマドンナ的な不釣り合いコンビじゃなくてほんとに良かった。つか来てくれたのが男で良かった。
などと俺の勝手な感想を披露しながら廊下を歩き、玄関までたどり着く。
無駄にでけえ靴箱と帽子&コートかけが並ぶこの空間は、もう単純なスペースのみで考えたら人が十分住めるくらいの広さだ。正直言って俺は靴なんて新聞取りに行くとき使うサンダルと外行きの靴が夏冬1足ずつ、あと会社用の革靴さえありゃ事足りるので空間を持て余しまくっていることこの上ない。
「靴は・・・・・・さすがに合わないか」
ある程度調整の効く服と違って靴は出来るだけ着用者の足にフィットしなければならない。
小さければそもそも入らないし、大きくてもかかとあたりがパカパカして咄嗟の移動に支障を来す。
あと足の幅とかもあるしこれに関しては新しく買った方がいいだろう。
「じゃあ靴だけ魔力で編みますね」
マンドリカルドの足元から濃密な魔力が噴きだしたかと思うと一瞬でレザーのスニーカーが現れる。
ワインレッドのアッパー外側部分にはトランプで使うダイヤのような模様が型抜きでつけられていて随分とシックでかっこいい。
「もう買わなくていいなこれ。普通にいい奴じゃねえか」
「結構気に入ってるんすよこれ」
マンドリカルドは立ち上がって三和土の上で軽く二回踵を鳴らす。初めての召喚だからか、知識だけしかない現代世界を早く見てみたいという好奇心が瞳の中で光っていた。
もう準備は万端、俺も靴を履いて出よう。
夏用のメッシュ生地が所々に入った青いスニーカーを履いて立ち上がる。
幸い今日はさっぱりとした10割の晴れ、花粉も今日はあまり飛んでいないし楽しく歩けるのが嬉しかった(マンドリカルドに花粉症で酷い顔面を見せずに済んで良かったとも言う)。
「家出たら結界の範囲からも出る。その時点で誰かに聞き耳立てられてると思った方がいい。話すことについては注意すんぞ、セラヴィ」
昨晩雑に作った偽名でマンドリカルドを呼ぶ。それが自分の名前だと認識してもらわないと困るのだから。
「了解っす。俺なりに克親に合わせるっす」
「そうしてくれると助かる。あとタメ語でいい、その方が自然だ」
玄関の引き戸を開け、一歩外に出る。
広がるのは我が家の庭で、門扉までは少し距離があった。
普段から魔術に使う薬草の栽培所以外は雑草引きと水やりくらいしかしていないのでかなり植物は勝手な交配をしていたりするが、害がないので全部ほっぽっている。
おかげでビオラの花は黄色やら赤やら紫やらがうっそうとしてサイケデリックな光景になっていた。
そろそろ整備しないと親父に呪われそうだから今度間引きくらいはしとこう。
「じゃ、いってきます」
「いってきます」
誰もいない家へそれだけ言って鍵を閉め、俺は踵を返して門扉の方まで歩く。
薫風に混じる醤油と生姜の匂い・・・・・・この季節の風物詩である。
「またいかなご炊いてんなあそこ。朝っぱらからひでえ飯テロだわ」
鉄で出来た大きな黒門を開く。
やけに重そうな見た目に反してスイスイと軽く動くのは魔術による軽量化やら中空化の賜物である。
「高台だから結構見通しはいいだろ。ちゃんと海まで見えるし」
ここは海と山の距離が結構近い事で有名だ。
俺の家はその小さい山脈の末端である高い丘の上に建っていて、駅もまあまあ近いということでなかなかの好物件なのだ。
ついでに一帯でも最高クラスの霊脈地であり、場合によっては大聖杯が置かれたかもしれないらしい。
まあ都合のいい地下空間が地盤的な問題もあって作れなかったそうだが。
「海か・・・・・・俺は出身が内陸だからなかなか新鮮っすね。どっかしらで嫌になるほど海の上で戦った記録はあるけど」
「そっか、タタールって今で言うところのロシアとか東ヨーロッパとかモンゴルとかだよな。結局どこなのか知らんけど」
沢山の民族を指す言葉として用いられた総称ということもありずいぶんとあやふやなイメージでしか想像できない。
黒髪直毛で目が黒く、肌はもう日本人くらいだ。だけどそれだったらテュルク系とかモンゴル系、ツングース系にもだいたい当てはまるわけで・・・・・・ああ悩ましい。
「まあそこらへんはぼかされてっから。一応今のモンゴルっすよ、俺がちゃんとまとめるはずだった国は」
また地雷スイッチを押してしまったようだ。みるみるうちにマンドリカルドのテンションが暴落しているようで元から猫背ぽい背中が更に丸まっていく。まったくここまで難解なマインスイーパーがあったかって文句言いたいくらいだ。
「昔の話はまたあとでとぅわっぷり聞いてやるから闇のオーラを放つんじゃねえよ。なぁに俺だって後ろめたい話や悲しい話はいくらでも持ってんだから傷の舐め合いでもしようや」
腰に軽い平手打ちをかまして姿勢を元に戻してやる。
接しているうちに少しは彼自身に自信が持ててるといいんだがなぁ・・・・・・と、俺は聞こえないくらいの声で呟いた。
坂道を降りて街に出た。
ここ舞綱市は基本2分割ができて、そのうちのひとつが俺の住む山名地区だ。
基本的に大きな古民家だとか地主の家系の人間が多く住んでいて、一軒家がとても多い。
とても小さいとはいえ山を削って作っているので坂が多く、場所によっては一度転ぶと1kmくらいは転げ落ちるほど長い坂があったりする。家の所有者が高齢化し始めたことで上り下りの負担を軽減するためのケーブルカーみたいなのが作られていて、観光客にも人気らしい。
もう片方は明海地区と言って商業的な発展をしている場所。
住宅はマンション、会社は何十階建ての大きなビルばかり。海岸にはこの街のシンボルともいえる舞綱マリンタワーがあってそれなりに景観は美しい。
「明日になりゃ明海には嫌でも行かなきゃならんからな。今日はこっちだけにしとくぞ」
教会は地区と地区の境目近くに存在する。
そびえ立つ純白の建造物と銀の十字架。結婚式などを執り行うために周りも随分広く、びっしり敷かれたタイルで装飾されている。
「・・・・・・はあ」
やっぱりいざ入るとなると拒否反応がえげつない。
体がもう帰ろうぜを連呼していて、ノブを握るための手があんまり上がってくれないのだ。
「克親、どうした」
「・・・・・・いや、あいつに会うことを遺伝子が拒絶してるだけだ」
無理やり左手で右手首を掴んで持ち上げノブを握る。
ドアを開けるとそこにはキャソックのような黒い服を着崩した金髪天パの男がいて・・・・・・ああさぶいぼ立ってきた。
「珍しいなあ、あんたがここ来るなんて。わざわざ来んとっても始まるのに律儀なやっちゃで」
いかにも胡散臭い関西弁でしゃべくる彼の名は唐川俊也。
舌の神経ぶっこ抜かないと食えないでおなじみ明海屈指の地獄店ヴィクテムエルドラドの飯を好んで食う輩である。
被虐者の理想郷という名前の通りあの店の飯はマゾヒスト専用な仕様。米や麺にも唐辛子パウダー、スープには勿論唐辛子、肉の下味にも粉をまぶすししまいにゃ救済措置のヨーグルトでさえデスソース添付という頭おかしいレベルなのだ。
テレビの取材で度々有名人があそこのメニューに挑戦していたりするが、ロケ行った奴は必ず一週間トイレに行くのが怖くなるという伝説まである。
そんな店の常連である彼は普段から唐辛子をおやつ替わりに齧っていて来た人にそれを半ば押しつけるように勧めてくるのだ。
そのせいで俺が地獄を見たのは言うまでもない。
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6話 一日目:これだから教会の奴は
オーロラと塵と伝承結晶さえあれば凍える吹雪が10になって影の国の女王様がスキルマになるのになあ・・・・・・
投稿頑張ってますが春休み終わったら高専という日本のラーゲリに行かなければならないのでスピードが落ちる可能性があります(そもそもコロナニキがいつ収束するかわからないけど)
「ま、一応監督役にゃ媚び売っとこうかなと思ってね」
「どういう風の吹き回しやねんな、俺みたいなタイプがいっちゃん嫌いなんとちゃうかったっけ?」
訝しげにこっちを観察してくる唐川。
視線に注目してみると、しきりに扉の奥・・・・・・つまり外の方を見ているのがわかる。
『扉に隠れてろ、あいつは無駄に勘がいいからな』
魔力のパスを通してマンドリカルドにそう伝える。
ブリリアドーロもデュランダルもないとはいえ、真名を見破られないとは限らない。
了解という彼の返答が同様に伝わったところで、俺は再び口を開く。
「もう7騎はすでに揃ってんだろ?」
「・・・・・・せやなぁ。今からでも開戦はできるで?」
霊器盤を持ってにやにや笑いを浮かべる唐川。こいつがこういう顔をしているときは大概ろくでもない企みをしているときだと経験が知っている。
だが、ここに来た理由の一つを達成しなくば意味がない。少々の危険を承知で聞いてみるとするか。
「・・・・・・召喚された奴らのクラスと召喚順は?」
「最初が10日前のアーチャー。んでそっからアサシン、セイバー、バーサーカー、ランサー、アヴェンジャー、ライダーだ。ライダーが今日の深夜頃やったしそれがお前のサーヴァントやな?左手の白手袋も令呪隠しか」
俺が最後まで参加を渋っていたことと、魔力の好調時間帯を鑑みればその結論へたどり着くのは当然であろう。
まあどうせ俺が来ようが来まいがバレていたことだ、まずいとも思わん。
「にしてもアヴェンジャーか。キャスターに洗脳系統の魔術でも食らったらどうしようかと思ってたが来ないとは僥倖僥倖」
「あーそういうこと言ったら俺がしたくなるじゃーん」
また面白いこと大好き生命体である唐川の本能が剥き出しにされる。この外道神父め。
そこはかとなくこいつとの付き合いが嫌になった俺はこれ見よがしにでかい溜め息をついてやった。
「白犬のおいど倶楽部は活動休止しとけ、ただでさえマスターとの戦いにビクビクしなきゃならんてのによ」
「なーんやつまらん。これやからお前は黒犬のおいどなんじゃい、おもろないな」
「自分の命と根源到達への希望がかかってんのにおもしろいことなんてやってられっか。もう俺は帰る、サーヴァント揃ってんだからさっさと開戦しな」
俺はそういって回れ右をしようとした。
瞬間、鋭利な物体が俺の心臓目掛けて一直線飛んでくる。
やはりかと思い俺は即発動型の防御壁を展開しようとしたが、それは間一髪のところで防がれた。マンドリカルドの木剣によって。
素材のせいで剣に飛行物体は垂直に突き立っている・・・・・・貫通したのか、反対側にまで鈍色の棘が生えていた。
「なかなか疾い子やないか。これは仕留めるんに難儀しそうやな」
「・・・・・・貴様、監督役の癖にそれはねえんじゃねえか」
掲げた剣を下ろし、唐川を睨めつけるマンドリカルド。
その背中を見るだけで察せるが、一瞬にしてもうブチ切れ寸前だ。今は剣だけを出しているが唐川が挑発を重ねれば鎧まで出して殺しにかかりそうでずいぶんと危なっかしい。
「ライダー止めろ。俺もこいつは阿鼻地獄に落としてやりたいくらいだが今殺したところで意味はねえ」
「阿鼻地獄とか宗教違いなんやけどなあ?ちょけただけやろがこまいことでえっらい怒んなぁ・・・・・・犬の躾はちゃんとせえよ、飼い主さんよ」
「じゃあゲヘンナに頭から落ちろ、つか死ね。戻るぞ、ライダー」
不服そうなマンドリカルドの左手首を掴んで教会から出て行く。もう戦争が終わるまで二度と行ってやるもんかんなとこ。
心の中で唾を吐き捨て扉を乱暴に閉めた。
「・・・・・・克親」
今のは殺すべきだったと、口に出さなくても目が言っていた。
そりゃ自分がこの世界にとどまっているための依代へ危害を加えられかけたのだし怒るのも当然だ。
「あいつはいつもあんな風さ。今のは大概、お前の実力を見てみたかったからだろうよ」
マンドリカルドの剣に刺さった物体(教会の連中がよく使う黒鍵というものだろう)を抜いた。
これは物理的な剣としての能力は低いが、その代わりに霊体への干渉力が高い。
よってサーヴァントへダメージを与えられる武器なので不用意に触らせる訳にはいかないのだ。おまけに謎の刻印もついてるし。
「・・・・・・でも、許せない」
ふつふつと煮える怒りの熔岩。
その気持ちはありがたいのだが、あまり簡単に激昂してもらっても困るというものだ。
「お前の思いは十分にわかるがな、あんま怒るな。なに、戦争が終わったら聖杯で願いを叶える前に祝勝祭としてばっちりあいつを血祭りにあげっから準備しとけ」
彼奴の対人戦闘力はかなり高いが、俺と戦って勝てるほどではない。
いざという時には一発で頸動脈引き裂いて始末してやるつもりだ。んな時はまだきてないけど。
抜いた黒鍵を強化魔術の応用で無力化し草むらに打ち捨てる。
「まあなんにせよ助かった。俺も反応が遅れたからな・・・・・・お前が間に入ってなかったら真皮くらいまでは刺さってたかも知らなんだ。ありがとよ」
最高に俺っぽくない台詞を吐いて、マンドリカルドの頭を撫でてやる。
白いメッシュの入った独特の髪型が滅茶苦茶に崩れるが、手を離した途端にびよーんと元に戻った。
「いきなりそういうのやめてくれよ・・・・・・びっくりすんじゃん」
「け、形状記憶ヘアー・・・・・・?」
サーヴァントの体には謎が多いと研究日誌の端っこに書いておこうと決めた。
降霊系統は門外漢だけど。
危ない事案もあるにはあったが今日の用事は無事に終われた。
後は本格的な開戦に備えての準備・・・・・・だが、その前に最後の(安寧が確約された)昼餐といこう。
教会前の広場を出て左に曲がり、100mちょい歩いたところに俺の行きつけはあった。
喫茶「プレイヤード・ダン・ル・ヴァン」。名前を直訳すると「風の中のすばる」である。プロジェクトなんたらが始まりそうな店名だがそこのマスターいわく偶然だそうだ。
ドアチャイムをからから鳴らして店内に入る。そんでもってまず目に入るのは店内備え付けのテレビをだらだら見ながらアンティークもののサイフォンにコーヒーの粉を入れている男の姿。ちょうどコーヒーの注文があったところらしい。
「お、いらっしゃい平尾くん」
呑気そうに笑うのがここのマスターである八木澤康助。俺が気さくに話せる数少ない存在である。
今まででも暇そうに働いてたってのにバイト雇ってからさらにゆるゆるになっているのが気になるが俺は文句を言えるような立場でもない。
「どーもマスター。取りあえずいつものやつ一つくれ」
「アメリカーノな。そこのお友達は?」
俺の後ろにいたマンドリカルドを見て八木澤は聞いた。当たり前のことなのだが少しマンドリカルドは困っているようで・・・・・・こういう場所に慣れてないみたいだし、ここは俺が勝手に注文するか。
「ああこいつは・・・・・・ラテでいいや」
「あいよ。飯はどうすんだ」
「俺は安定のエビグラタンと・・・・・・ん、ミートパイ?」
なんか知らん間にメニューが増えていた。具体的には肉料理関係と和食が滅茶苦茶増えている。
おそらく料理上手なバイトくんをこき使っているのだろう。おかげで売上は好調ぽいし悪いやっちゃ。
「いやあ篠塚くん料理うまくってね・・・・・・毎日のように新メニュー出しませんかって試作出されちゃうともうつい・・・・・・」
「マスターなあ、いくらフリーターだからって使いすぎんなよ?フットワーク軽いんだから出るときはすぐだぞ」
なんて俺が喋っている最中に音もなく差し出されたおしぼりとお冷や。
振り返るとそこにはにこやかに笑う黒エプロン姿の男子。
「出ませんから安心してください。で、エビグラタンとミートパイですね?すぐ作りますから」
「毎回気配消して来るのやめろって怖いからさ」
「すいません治らない癖で」
お盆を小脇に抱え戻っていく彼は篠塚周平。
9日前程にここへバイトとして雇われたフリーターで、料理の腕がとてもよくついでに顔が可愛いとのことで常連の女性客に人気らしい。ついでに人柄も温順で篤実と非の打ち所が行方不明となっている。
「・・・・・・克親」
「どったの?」
マンドリカルドがなにかを察したのか、ほんのり警戒色を強める。
双眸が辺りをきょろきょろと見回して俺の方へと視線を戻したところで、彼は首を横に振った。
「いや、何でもない。俺の勘違いだったわ」
ただの気のせいだったようで、それに安心したマンドリカルドはコーヒーの抽出工程を興味深そうに見つめだす。
まあ原典の時代設定がだいたい8世紀かそこらなので、コーヒーの起源説のうち一番昔な奴でも時期がギリかぶるかかぶらんかくらい。
つまり彼がコーヒーというものを知っている可能性は限りなく0に近いはずだった。まあ聖杯が押しつけてきたであろう知識にそれがきっちり入っているはずだけど。
「そういや気になってたんだが、その子は誰だい?初めて見るけど」
まあそりゃ知らない人が俺と一緒に来てたら聞かれるよな・・・・・・設定はそこまで練ってないけどこの際ごまかせればなんでもいいや。
「ああ、こいつはセラヴィっつって俺の友達。東京の方面から俺んちへちょっとだけ旅行に来た奴。一応外国人だけど日本にずっと住んでたから普通に日本語しゃべれるし日常生活もできんだ。まあちょこちょこ世間知らずぽい物言いすっけどまあそこが愛嬌ってことでよろしく」
簡単な設定だけ言った後でマンドリカルドに合わせろと少々難易度の高い命令を念話で押し付け、俺はお冷やをぐいと飲み干した。
自分勝手で申し訳ないが今を生き延びるためには必要なことなのだ。
「そうか。こんな地味なとこに観光だなんてご苦労様だね。まあ楽しんでいきなさい、派手じゃないけどいいところだから」
「わかりました。短い間ですが、よろしくお願いします」
ひとつお辞儀をして笑ってみせるマンドリカルド。
陰キャと自称していた割にはそういう挨拶がきちんとできるあたり、偉いとあとで褒めてやろう。
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7話 一日目:レトリックしか言えない表現力
スキルとかなら頑張りゃいけますけど宝具はどうしてもね!!
全部フレポでも石でも出てこないマイフレンドが悪いんだよ!!
金枠のランサーおじさんと記念撮影させてあげるから来てください(錯乱)
「あいよ。アメリカーノとカフェラテ」
ソーサーの上に鎮座するかわいらしい陶器のカップ。真っ黒で香ばしい薫りと、表面が葉っぱ模様でほんのり甘い薫りが混ざり合って鼻腔に届く。
マスターは料理に関しちゃその場のノリでみたいな人だが、コーヒーに関しては超がつくほど丁寧な仕入れや焙煎抽出をしているのだ。
店内にはなかなか取得が難しい資格だというコーヒー鑑定士とQグレーダーなる資格の認定証が自慢気に飾られてあるし。
「俺日本のコーヒー初めて飲むんすよね。住んでても飲むのはジュースとかばっかりでしたから」
マンドリカルドがあ両手で丁寧にカップを持ち薫りを楽しんでから、ゆっくりと唇を触れさせ液体を口へと含ませた。
舌先で転がしてみて味を楽しんでいるらしい。初めてっぽかったからマイルド系統から触れさせてよかったのかという今更の考えが頭を巡るが、彼が幸せそうな顔をしていたのでよかったとしよう。
「お待たせしました、エビグラタンとミートパイです。こちらお皿のほう熱くなっておりますので十分に気をつけて召し上がってくださいませ」
湯気と食欲をかき立てるにおいを発し、カウンターの向こう側からこちらへ運ばれてくる料理。
最近仕入れ先をちょこちょこ変えているらしく、エビの大きさと弾力感とかほんのりにじむ肉汁がもう見てるだけでおいしいとよくわからせてくれる。
「やっぱ篠塚くん来てからレベル上がったな。もう料理メインで売り出してってもいいんじゃねえか?」
「ダメに決まってんでしょ。うちはコーヒーが主体であって初めて成立する店なんだから」
カップを丁寧に拭きながらマスターがふてくされている。年に見合わぬ嫉妬はダサいぞなんて言ったら持ってるもの投げられて怪我しそうなのでお口チャック。
「・・・・・・つかどした、セラヴィ」
なにも言わないなと気になって隣を見たら、そこには目を煌めかせて今にも口からよだれを垂らしそうな我が友が。
俺の作った雑な飯よりよっぽど惹かれたのかなんなのか知らんが、まるで小学生みたいだなと思っちゃったりする。
自己評価が基本的に低いとはいえ人類史に名を刻んだ英霊様にそんなこと考えてていいのか、なんてことも思ったり・・・・・・
「これが日本のペレメシっすか」
「・・・・・・揚げてはないけどな」
記憶が定かじゃあないがペレメシとはタタール料理の一種で、ハンバーグのような肉だねを包んで揚げたパイ的なサムシングなのだ。
危険さえ感じる程の美味、不味いわけがないだなんて料理研究家が断言していたのを見たことがある。
「んじゃま、いただきますか」
「いただきます」
マンドリカルドはその言葉を号令に、豪快にパイへナイフを突き立て引き裂いた。
パイを8分の1サイズにまでカットしたところでフォークでぶっ刺し、一口でばくん。
これが約12世紀前くらいの人間なのかと思うとなんだかとても親近感がわく。俺だって初めて食べる馳走だとか初めて見る現象には興奮して我を失いかけるのだから。
「あっふ!!」
さすがに熱かったのかお冷やを勢いよく嚥下するマンドリカルド。
焼きたてなので至極当然。急いで食べるからそんなことになるのだ。
俺は優雅に休日の昼飯を・・・・・・
「あっつ!!」
スプーンで掬った量がちょっと多かったせいで舌と硬口蓋(もなか食ったときに皮がよくくっつくあそこ)をやけどしたっぽい。
昔とろとろ系たこ焼きを一口で食ってやらかした時以来のダメージ・・・・・・人は急ぐとろくなことがないらしい。
「友達同士だとやることも仲良しだね」
「うっさいわい」
あくまで飄々とついでもらったおかわりの水を飲むが、これでかっこがついている訳もない。恥ずかしい。
「んで、セラヴィくんは何日くらいここにいるつもりなんだい?」
ランチの時間帯をそろそろ抜け出し、人の数も少しだけ減ったところでマスターがふとそんなことを聞いてきた。
マンドリカルドは戦が終われば理に従い消える運命なので、いつまでここにいられるかは聖杯戦争期間によるのだが・・・・・・
俺に未来を見通す千里眼なんてものはないのでわかるはずがない。
「まあ・・・・・・2週間くらいだろうな。事情によって増減はするだろうけど」
「2週間か・・・・・・2日くらい職業体験でうち入ってみない?」
「駄目に決まってんだろうが、妄言もいい加減にしろ」
俺とマンドリカルドは一緒にいなければならない存在、家以外で離れたらとんでもないことになる。
まず魔力のパスがどうしても弱くなるし、緊急の呼び出しも令呪を用いなければいけない。
こんなところでサーヴァントに働かせていればいきなり会社に敵対するマスターがやってきて『サーヴァントを連れてこないなんてお間抜けさん』と笑われこの世からサヨナラ間違いなしだ。
と言うわけで八木澤の言うことは聞けないなと今の段階で突っぱねる。
「残念だな。篠塚くんとセラヴィくんならイケメンコンビで売り出せるのに」
「長いこと喫茶店やってる奴が言うことかそれ」
俺はホストクラブに入り浸りたくてきてる訳じゃねえっつの、とた俺はめ息をついて竹を斬ったみたいな形の伝票立てに入ったものを取って立ち上がる。
「マスター勘定」
「あいよ。1730円ね」
俺が2000円を出すと八木澤は手際よくいかにも高価そうな装飾が成された古いレジスターを開きおつりを返してくる。
ここらへん20年やってる人だから動きに無駄がなく見ていて面白い。
「んじゃ、ごっそさん。セラヴィ行くぞー」
「お、おう」
会計を済ませ、入ってきたとき同様にからからドアチャイムを鳴らして外へ出る。
この季節特有のほんのり暖かい風が肌を撫でていき、そのまま駆け抜けていった。
「んじゃあ晩飯の材料買いにいくついでで服も増やしとくか」
「そんな・・・・・・俺はすぐいなくなるのに、服買わなくたって」
金の無駄だと言いたいのだろうが、生憎と俺はそんな単純な損得勘定で動いているわけじゃない。
その旨を伝えたいのだが、いい言葉が見つからず悶々とする。店の隣にあるベンチに座って、少しだけ考えてみた。
俺とマンドリカルドの関係は言わば便宜的な主従かつ同盟関係。聖杯を求めるために俺はサーヴァントとしての彼の力を借り、マンドリカルドは俺をボラードとして・・・・・・自分自身が現世という岸にとどまるための柱として利用している。
主従というのもサーヴァントの高い破壊力、殺傷能力などを抑えるために与えられた制約があるだけのこと。本当に忠誠を誓っているかなどは知ったこっちゃなし。
相互利用の業務的な関係以外はなく、愛情を注いだところで戦争に勝利できるわけでもない。
・・・・・・だからとて、ただの兵器のように扱うのは違うという話だ。
「・・・・・・別にいいじゃねえか。友達にゃそうしたいだけ、全部俺の勝手。後で全部燃やそうが捨てようが怒らないから今は黙って押しつけられてろ」
今まで一人もいなかった癖してなに偉そうに語ってんだか、という心の中の冷ややかな目で見る自分が嘲笑う。
胸の中で渦巻く考えは全く明確な言葉にはならず、空を切るようにどこかへ抜けていく。
俺ってほんと馬鹿だ。こんな言い方するくらいなら押し黙ってた方がよっぽどよかったじゃないか。
向こうからは自分勝手にサーヴァントを友達だと勘違いしてるだけの愚か者にしか見えないだろう。ああまた失敗した、記憶を消してやり直したい。
「克親、俺は──────」
「ほら行くぞ、これはれっきとした命令だかんな!」
有無を言わせず彼を引きずるように連行する。
一週間後くらいに関係悪化で殺されたり裏切られることだけは回避したいななんて、呑気な自分が鼻をほじりながらそう呟いていた。
・・・・・・もうそんな頭お花畑なことも、戦いが始まりゃ言ってられなさそうだが。
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8話 一日目:服屋の店員とは基本テンションが合わない
リヨ絵のマイフレンドが可愛かったので他の全ては些事・・・・・・三白眼よき・・・・・・
ちょくちょく話に挙がるローランですが基本はただの変態扱いです()
というわけでやってきました、山名地区では一番でかい商業施設(というよりアーケード街)。
スーパーのように一店舗で全部揃えるというのは難しいのだが、そのかわりにあちらこちらで売られている商品の味や出来は外れなしだ。
基本個人経営の店ばっかりが並んでいるが、所々にチェーン店も店舗を構えている。そのおかげで様々なニーズに答えられるなかなかよい空間なのだ。
「らっしゃい、今日は何がええかな?」
「一番いい奴くれ。今日友達の歓迎パーティーなんだわ」
「さすが富豪やね平尾くん、ありがたやありがたや」
俺に歓迎パーティーするほどの友達がいたのかっていう指摘はない。そこらへん配慮はしてくれる。
んで魚屋の店主が奥から持ってきたのはマグロの大きいブロック。
筋も少なく適度な脂の散り具合が美しい・・・・・・どうやら本マグロとかその類な気がする。
「はい、本マグロ中トロのさく。最小ロットの1キロでしめて5000円や」
「足元ガン見したな・・・・・・買うけど」
財布から札を取り出し店主に握らせる。
まいどあり、とにやにや笑って1キロのマグロが手渡された。
・・・・・・今日は刺身とかでいいと思うけど、余ったら何に使おう。
煮るか焼くか蒸すか、いろいろ調理法を考えてはみるが悩むのなんの。
「なーセラヴィ、お前マグロだったら何にして食いた・・・・・・ん?」
振り返ると彼の姿が見えない。
一瞬敵のサーヴァントに拉致されたとかいう可能性が頭を去来したが、落ち着いて魔力のパスを辿ると全然そんなことはなかった。
魚屋の斜向かいにある古本屋にいるらしい・・・・・・一応マスターの隣から勝手に離れたことにお咎めなし、というわけにもいかないので、ちょっとマンドリカルドを怒りに俺は本屋へと入る。
「おい勝手にほっつき歩くなよ、いきなりいなくなってびっくりしただろうが」
「・・・・・・すまん」
彼は何やら文庫本を立ち読みしていたらしく、本棚へ戻される前にそれをマンドリカルドの手から取って見たところそれは『イリアス』であった。
ホメーロスが伝えたとされる長い叙事詩で、古代ギリシャあたりの戦いが描かれているものだ。
・・・・・・なぜこれを読んでいたのかと疑問に思ったが、その答えには案外簡単にたどりつく。
イリアスといえばトロイア戦争が題材、そしてトロイアの王子として登場するのが九偉人のひとりとして名高き英雄ヘクトール。
そしてマンドリカルドは・・・・・・
「ご先祖様の話、そんなに読みたかったのか」
「・・・・・・そう、っすね。ずっと昔読んだっきりだったんで」
なぜか視線を俺から意図的に逸らしているマンドリカルド。
俺の目は魔眼でもなんでもないのに、なぜわざわざ視線のバッティングを避けるような行動をするのか。
「まあせっかくだから買ってやるよ。この程度安い安い」
俺はイリアス片手にレジへと足を運ぶ。
背後から何か言いたげな彼のオーラを感じ取ったが、俺は気づかないふりをしてそのまま会計を済ませ本の入った袋をマンドリカルドに手渡した。
「別にお返しとかそういうのはいらんからな。これは全部俺が勝手にやったことだから・・・・・・な」
本屋を出て、3軒隣の服屋に入る。
そろそろ俺の勝手な行動に向こうもやっと折れたのか、今回は無言でついてきてくれた。
店内でゆっくりマンドリカルドに合う服を探していたのだが、途中で店員に捕まりもう俺の目の前であれやこれやの着せ替え祭り。
試着室を出入りするたびに彼の目がどんどん死んでいくさまを見て、これはさすがに悪いことをしたかと後悔した。
そして約30分後。
「ありがとうございましたー」
だいたいのものに合わせられるコーチジャケットとスキニージーンズ、白いパーカー、群青色のTシャツなどなどたっぷりと買わされ今日の財布が危なくなるところだった。
全くああいうやつに引っかかると口車に乗せられ引くに引けなくなるのが恐ろしい。
「すまんなセラヴィ・・・・・・俺も止めりゃよかったんだけど」
「陽キャがあんなに怖いなんて・・・・・・俺の体めっちゃ触ってくるし・・・・・・ある意味ローランより怖い」
すっかり疲労困憊のご様子なのでもう帰宅した方がいいだろう。明海ほどじゃないがこのあたりにも時折”パリピ”と呼ばれる人種が顕れるので、今の状況でそれとエンカウントしたら彼の精神が保たないと判断した。
「・・・・・・詫びはあとでする」
「・・・・・・いいんすよ、これも、コミュ障治療のための修行って考えれば」
はははははと乾いた笑い声をあげるマンドリカルドの顔には精気が宿っていなかった。
今この状態で襲われたら多分普通にやられると思うので、さっさと家へ退散である。
「いやほんとごめんな?」
食卓の椅子に座ってうなだれるマンドリカルドを見るとなんだかいたたまれない気持ちになって、つい声をかけてしまう。
意識を逸らしすぎて刺身づくりが疎かになり怪我しかけたが、ギリギリ手は切らないで済んだ。
「大丈夫っすよ克親。おーれは大丈夫っす」
腕へ押しつけていた顔を俺の方に向けてきたマンドリカルド。
かなり長い時間そうしていたからか、きっちり頬には服の跡がついていた。
よく起きる事故だが、マンドリカルドのような整った顔がこうなるとなんだかかわいそうに思えてくる。
手さえ離せればすぐ元に戻せるんだがなあなんて考えながら、俺は顔についた跡のことに言及せず調理を進めた。
晩飯はマグロうめえなとかいう会話以外特に話すこともなく進んで、時刻は現在午後8時。
日曜のゴールデンタイムということもあって番組は基本バラエティに偏っている。
俺は今日も今日とて若手芸人がドッキリに引っかかっては爆破オチで済まされるという適当さが面白い(と巷では話題らしい)の番組を適当に流し見していた。
「マンドリカルドー勝手にチャンネル変えていいからなー」
床に転がってクッキーを貪りながらテレビを見ているだらしない俺と反対に、マンドリカルドはなぜかソファーの上で礼儀正しく番組を見ていた。
どうやらテレビというものがとても新鮮で見ていて飽きない、だとか。
俺が先述したとおりの言葉を吐いたちょうど1分後くらいにチャンネルが切り替わる。
『時は8世紀、まだスペインがイスラム教徒のものであった時代・・・・・・大帝の開いた試合にやってきた美姫アンジェリカに騎士たちは恋い焦がれていた。その中の一人が・・・・・・』
嫌な予感がした。この展開から考えると現代のコンプライアンスに絶対引っかかるようなやつが出てくる。
冷や汗をかきながら続きを見守ると、画面にはどんと見たくもない男の尻がドアップで映った。
「うわースペシャルとはいえそれはねーだろまだ飯時だろうが」
そう、案の定出てきたのはローランである。
きっちり原作通りにすっぽんぽんの姿で現れたインパクトはそこはかとなく、これをOKした俳優も事務所も頭いかれてんじゃねえのと思うくらいだ。
つか今うちには当事者がいるってのにこれを見せるのはいかがなものか・・・・・・
「すごいっすね、俺の知ってるアレとそっくりだ。全裸に剣一振り、鞘も持たずの素っ裸で」
「・・・・・・ええ・・・・・・」
もうツッコミが追いつかねえ。
実際に見た人間が言うのだから間違いはないのだろうが、さすがにローランはトチ狂いすぎじゃないだろうか。
サーヴァントとして召喚しても戦闘のために実体化した瞬間猥褻物陳列罪ものではないか。
陽キャ免疫がないだけのマンドリカルドがどれだけ扱いの難易度的に当たりだったかが実感できた。
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9話 一日目:辺り一面に武器刺さってる場所とかないかな
オリジナルスキルとか宝具とか普通に出してますけどいいですよね。
SNとかで普通に5つくらいスキル持ってるやつとかいるからいいですよね(懇願)
平和な時間もすぐ終わり、今は二人そろって俺の部屋にいる。
明日からの戦いに備え、事前準備というわけだ。
「・・・・・・パラメータは悪くないな」
我が家に代々伝わるマスター用の魔導書を眺め、マンドリカルドの能力を改めて把握しているところだ。
筋力B耐久B敏捷A魔力B幸運C宝具Aと非常に高水準。自分のことを弱小だとか底辺サーヴァントだとかのたまってた癖になんだこの優秀さは、下手な円卓の騎士クラスでもおかしくはないんじゃなかろうか。こんなのいい意味で詐欺だ。
「あ、いやその・・・・・・これは克親のおかげっすよ。ほんとなら俺は幸運がBの代わりに筋力と魔力がCのはずなんで」
「そうだったとしても十分に強いだろ」
そう言いながら俺は基礎ステータスの下に記されたクラス別能力の欄に視線を移す。
『対魔力C:魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない。
騎乗B:大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、幻想種あるいは魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなすことが出来ない。』
これ関してはまあまあな線をいっている。今回魔術的な絡め手を得意とするキャスターがいないので対魔力に関してはこの程度でいいし、騎乗Bもいざという時俺が10年前に買って全然乗ってないバイクとかで走ってもらえればよい。無免許とかそういう問題はさておいてだが。
「で、次が個別スキルか」
『九偉人の鎧A:ヘクトールの鎧を身につけていた、という逸話が昇華されたスキル。様々に付加されたヘクトールの逸話は、マンドリカルドの体を強靭なものへと変え、その圧倒的な伝説力により擬似的なカリスマ(味方全体の攻撃力上昇)を発揮する。
間際の一撃C:
ブリリアドーロの嘶きA:名馬ブリリアドーロを奪って乗りこなした、という逸話が昇華されたスキル。機動力、攻撃力、名声などが上昇。代償として敵に姿を捉えられやすくなる。また、このスキルによってCランク以下であれば魔獣でも強奪、乗りこなすことも可能。
抛棄の王B:冒険のため自らの持っていた王権を捨て去った、という逸話が昇華されたスキル。弱体効果を消し、体力を回復する。』
間際の一撃のみ説明が記載されていないのに疑問と少々の不安を覚えるが、他の3つは効果としてとてもよいもののように思える。基本1対1の先頭になるためスキル1の味方全体というのが腐ってしまうがそれを抜きにしてもいい。
デメリットとしてスキル3の注目されやすさ上昇だが、ゲリラ戦法でもない限りこれは問題ないと見てOK。
スキル4の状態異常解除と回復効果も強力で、呪い系への対策もとりやすい。
これに俺の強化魔術を掛け合わせれば単純な効果アップもできるだろうしかなり使い勝手がいい。
「普通に強いじゃないか」
「・・・・・・いやそんなでもないっすよ」
この期に及んでまだ謙遜すんのかとマンドリカルドの肩を小突いてやる。
知名度補正が見込めないのでどうなることかと悩んだが、これならなんとかなりそうで安心した。
「ライダーらしく宝具は多めの4つか・・・・・・んで第2宝具は不明、こいつに関しちゃ名前すら記載されてねえ」
「第2宝具に関しては俺もわからないんすよ。確か、どこかで一度解放した記録があったはずなんだがどうもわからなくて。条件も効果も全然覚えてないっつーか・・・・・・」
どうだったかなと頭を掻きながら思い出そうとしているマンドリカルドだが、頑張っても無理らしい。
本人すらわからないものは使えないし諦めるほかあるまい。何かの拍子に思い出して使えるようになってくれれば幸運としよう。
基本対人戦になるので主だって切り札で解放するのは第1宝具になるだろう。だがその効果が随分と尖っている。
『デュランダルを手に入れるまで剣を身につけぬ、と誓った伝説の具現化宝具。手にしているものがどんな武器であっても彼がかつて身につけた絶世剣と同等の切れ味を持つようになる。棍棒や刀など、どんな武器でもデュランダルと同じ扱い方で使うことができる。ただし、デュランダルの通常威力のみをコピーしているので耐久力は手にした武器のランクに準ずる(ほぼEランク)。壊れることのないデュランダルと同じ扱いを脆い武器でするため、この宝具を真名解放したら耐久性アップの魔術をかけていたとしてもほぼ必ず得物は力に耐えきれず崩壊する』
そこらへんに転がっているゴミでもなんでもデュランダルとして扱えるのは最高に強力なのだが、普通に使うだけでもかなり早い段階で劣化するし真名解放後絶対に壊れるという効果が随分厄介だ。
丸太とか粗大ゴミがそこらへんに転がっていたなら適当に掴んで殴打作戦ができるのだが、何もない場所で襲われたときこれの発動がかなりウィークポイントになる。そしてデュランダルの威力模倣も手にしているとき限定であり、投擲武器や射出武器などとは相性が悪い。あくまでも近接戦特化の宝具と考えるとアーチャーなどとどう戦うかが勝利の鍵になってきそうだ。
「俺が武器を魔術で小さくして持ち運んでおくっつうこともできなくはないけど・・・・・・それでも量には限度があるからなあ」
俺が取得している体積変化系魔術のレベルで考えるとストックできるのはせいぜい5つ。
それ以上となるとどうしても魔術に割くリソースが負担になるので使うのは避けておきたい。
家にある古臭い武器がなくなったとき調達できるかも怪しいからやりにくい。現代社会では銃刀法違反でそう簡単に武器が手に入れられないのだから。
竹刀や木刀ならまだ可能だとは思うけど。
「いざという時には素手で戦うっすよ」
「それはさすがに危険すぎる。ランサーやアーチャーなら懐に入れば仕留められる可能性があるかもしれない、けど相手が短剣などを持っていたとき返り討ちに遭う可能性がまあまああるだろ?間合いを詰めてこられたくないサーヴァントなら相手が自分の主武装で倒しにくい所に入って来たときの対策をしていないわけがない。遠距離や中距離で確実に殺せるっていう自信持ちは別だがな」
相手の攻撃をかいくぐっての突入自体はできるやもしれないが、それに注意を割いてしまってはカウンターへの反応がしにくくなるというもの。いくら敏捷Aとはいえそう簡単に特攻させてたまるものか。
「とにかく武器がなくなったら基本撤退する方がいい。ここで倒そうと躍起になって突っ込んでお前に死なれたら、マスターをなくしたサーヴァントと契約されないためっつって俺も始末されるからな。とにかく、よっぽどの事じゃなきゃ生存を優先しろ」
「うっす、了解っす」
この戦争の最終目的は誰よりも敵を殺害することでなく生き残ることなのだ。どれだけ相手を倒そうと死んでしまえば願いは叶えられないし根源への到達もできない。
というわけで基本はいのちだいじに&漁夫の利作戦だ。
マンドリカルドが戦闘不能になっても逃げられないときは俺も魔術礼装などでなんとか抵抗しつつ逃げる算段もつけておこう。
「まあ今日はこの辺で終わっとくか。俺は寝るまで少し研究してるから、なんか用があったら2階階段上ってすぐ右の研究室来いな」
魔導書を閉じて小脇に抱え、俺は椅子から立ち上がった。
聖杯戦争における暗黙の了解として日中での戦闘は人目につくためしてはいけないというものがある。
というわけで仕事が終わった後の帰り道辺りで襲撃されると予測し、夜用の礼装などを調整しておきたかったのだ。
階段を登りながら周囲に迷惑を掛けず相手を潰す方法を考える・・・・・・
こういった心理も絡んでくるゲームはあまり得意ではないが、やれるだけやってみよう。
今回召喚されたマンドリカルドくんはLB5での記録を断片的にうっすら持っているという設定です。
オリジナルスキルですが抛棄の王はFGOでいうところのほんのり強化版仕切り直しで、もしゲーム上で表現するなら自信の弱体解除&弱体無効(1ターン)&HP回復(小)ですね。
え、チート?()
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10話 Interlude:信じたいけど
マイフレンドを市中引き回しのごとくストーリー中のバトルで引きずり回すつもりです(ド畜生)
キリ様前戦闘時クラスはキャスターだったし今回もそうだったらありがたいな、ライダー単体宝具のマイフレンドでボコボコにできるだろうな(超絶希望的観測)
夜になるたびに、また俺の中の何かが暴れ出す。
どうせ失敗ばっかりだ、なにをしたってうまくいくわけがない。
そんな声が俺を苛んでばかりだ。
さっき、あの程度の否定で済ませなければ良かった。俺という存在の弱さをしっかりマスターに伝えなければならなかった。
昼間の喫茶店で感じた違和感・・・・・・サーヴァントの気配も、ただの勘違いだったという可能性を考えて、間違っていたときのことばかり予測して何でもないとはぐらかしてしまったのだ。
それのせいで彼にとって悪いことが起きるかもしれないと考えるとまた心臓の辺りがきゅうと縮こまる。
もう誰にも迷惑をかけたくない、失敗したくない・・・・・・それを可能にするだけの力もないくせに高望みばっかりして。
「・・・・・・俺の本質はいつまで経っても変わらないのか」
このままでは、もし聖杯を手に入れられたとしても変われない気がする。
後ろ向きにずっと走り続けてばっかりの俺が、回れ右なんてできるわけがない。
頭の奥がじんじんと熱くなって、なぜかさらに不安や怖さが沸き上がってくる。
少しでも気を紛らわそうと、俺は座っていたベッドから立ち上がり、霊体化して外に出た。
「今日、満月か」
門扉の上で実体化して、上に座り込んだ。鉄の冷たさが臀部より凍みる。
少しだけあったかい春の風が吹き抜け、俺の髪を揺らしていく。
月はいつまでたっても同じことを繰り返しているだけなのに、どうして俺と違いあんなに綺麗に見えるのだろう。
・・・・・・それが月のあり方として、”自然”になっているからなのだろうか。
俺も、ああいう風に・・・・・・月のように、自分のままでいればよかったのか。否、もう変わってしまった俺にそんなことはできない。何もわかっていなかった俺を恥じて、霊基まで弄りかねない勢いで性格をねじ曲げた。
傲慢で強欲で他人の持ってる力に嫉妬ばかり。だから人間としてクズ以外の何者でもなかった俺を殺した。
「それも無駄でしかなかった。か」
いくら頑張ろうとクズがクズ以上の何かになれるわけもない。
誰かによってうまく仕立て上げられても結局俺は変われない。
弱いままだからいつかマスターに捨てられて、誰にも拾われず消える運命なんだ。
どうせ、どうせ俺なんて。
「おーいんなとこでぐらぐらしてっと頭から落ちるぞ?オジサン咄嗟にキャッチできる自信ねえんだがなあ」
サーヴァントの気配を感じ、門扉の上で武装する。
話しかけてきた男は目下で呑気そうににこやかな笑みを浮かべていて、見たところ武装は一切していない。
カーキのワイシャツに黒いベスト、そんでもって手ぶら。敵意は感じられないがなんだか少し警戒してしまう。
「・・・・・・あんたは、何の用で来たんですか」
「他陣営の偵察ってところかな?場合によっちゃ同盟組んでもいいっちゅう話だけど、どうよ?」
偵察となるとこちらとしてはあまり情報を渡したくない。
俺みたいなドがつくマイナー敵役でも手がかりから真名を掴まれる可能性が明日地球が爆発するくらいの確率で無きにしもあらずだ。
追い払った方がいいのだろうがここでいざこざを起こすと克親に知られる。もしかしたら向こうは最初っからマスター狙いで俺を利用し釣られて来たところを殺すつもりなのかもしれない。
ああ思考が錯綜する、どうすれば、どうすれば一番危険を犯さず切り抜けられる・・・・・・?
「・・・・・・話だけ聞かせてもらいます」
取りあえず、穏便にことを運ばせておきたい。
相手の戦闘能力がわからない以上、こちらも無闇に手の内やらは明かせないし。
「そうか、そりゃありがたい。オジサンこの年だから体を動かすのが大変でね~・・・・・・戦わないで済むのは万々歳よ」
軽々と俺の座っている門扉の上部まで跳躍してきた男。
ああも軽々しく来たというのに何故か膝をさすって苦笑いしている。
「やれやれ、膝が既に悲鳴を上げそうだ。やだねーほんと、なんでこんな時が全盛期扱いなんだか」
「それを言っちゃ俺だってそうっすよ。なんでこんな中途半端な年齢で召喚されちまったのか」
今の俺は簡単に言えばデュランダルを手に入れる前の状態。詳しく言うとヘクトールの鎧を手に入れた直後くらいだ。
行いから考えるとその時期が一番英雄らしかったのかは知らんが、どうせならデュランダルを持って召喚されたかった。
まあ今となっては後の祭りだ。
「お前さんはまだいいじゃないか。体の不調知らずって感じの年齢だろ?それに比べて、俺は現役引退待ったなしだから」
自虐的に笑う男。彼はそう言っているが全くそう感じられないのが不思議だ。
一度戦闘モードに入ったら俺を凌駕する俊敏さで首を刈りに来そうな・・・・・・戦士としての直感みたいなものがそう囁いている。
この人とは戦いたくない。戦いで勝てる気がしないのに加えて、何故か俺の霊核あたりがこの人の存在にざわめいているからだ。
多分、この人は生前の俺となにかしらの関係があるのかもしれない。だが、思い当たる節があまりない。
「・・・・・・あなたは、どこの英雄なんですか?」
「おいおい、それを言っちゃ真名がバレちまうよ。あんま知ってるやつぁいないだろうがね、一応そう簡単には教えらんないなぁ」
まあ当たり前か。
俺みたいな伝説に出てくるどうでもいいチョイ役なんかだったらまだしも、普通のサーヴァントならそれなりに知名度はあって然るべきだ。聞いてホイホイ教えてくれるわけがない。
「ま、クラスくらいなら大丈夫かね。オジサンはセイバー、武器にこだわりはあんまないけど今回は珍しく剣士で呼ばれたわけさ」
「・・・・・・ライダーです。馬が有名だったばっかりに、このクラスで来ました」
「そうかそうか。ライダーなら騎乗の技能も長けてるんだろうな。オジサンも一応同じやつ持ってるから機会がありゃ馬上試合でもすっか?」
全力で遠慮したいところなのだが一応はいとだけ言っておいた。
いくら名馬ブリリアドーロと言えど戦闘のとき一瞬しか呼べないし、そもそも今の俺に従ってくれるかもわからないし不安点しかない。ついでに言えば馬上での戦いは生前のトラウマ(死因ともいう)が関連して少し怖いのだ。
「・・・・・・どした?なーんかさっきから見てて思うけど元気がないねぇ。マスターとうまくいってないのかい?」
「・・・・・・いや、そういう訳じゃないんすけど・・・・・・自分がこの戦いで生き残れる気がしなくて。マスターは俺のこと評価してくれてるんすけどね」
俺はマスターがなんで褒めてくれるかがわからないのだ。
否、わからないというより信じられないのほうが正しいと思う。どうして俺みたいなのをああも賛美してくれるのか、あの人は本当に大丈夫かなんて、しまいにゃマスターに疑念を抱きかけている。
こんなんでは円満な関係なんて築けそうになくて、不安でしかないのだ。
「俺はお前さんのこともお前さんのマスターのこともわからんがね、そうビクビクするもんじゃないと思うよ。俺たちサーヴァントはよくも悪くもマスターに仕える影法師さ。従者なら従者らしく、自分のあり方を見せりゃいい。オジサンは守る戦いは得意だけど攻め込むのはそんな得意じゃなくってね、それを伝えてなきゃ出会い頭にぶっ飛ばしにいけみたいな感じでこき使われるところだったわけよ。あー危ない危ない」
気楽そうに頭を掻いて男は笑う。
「・・・・・・守る戦い、ですか。俺の知らないものですね」
生前も俺は守るべき国民を捨てて放浪したし、弟も俺が叩き売りした喧嘩が元で死んだしロドモンテと結婚寸前だったドラリーチェを奪ったのがきっかけで妹も死なせた。
全方位向け喧嘩売りさばき機だった俺に守るものなんて持てなくて、結局ドラリーチェを置いて俺はロジェロにぶっ殺されたわけだ。
あの時少しくらい自重していれば、そもそも王位継承者としての仕事をほっぽりだしてヘクトールの武具を求めていなければ。
その後悔が今も俺の中で竜巻のようにぐるぐる、回っている。
今回のマイフレンドはFGOより自己評価の低さがブーストしております。
あともう一人称がアレの時点でセイバーが誰か皆さんお気づきかと思いますがそれは言わぬが華という奴です。大丈夫だとは思いますが一応名出しはお控えくださいな・・・・・・()
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11話 Interlude:道具でよかったのに
なんかもうひとりにしておくと勝手に闇モードオンしちゃう性質がついてる今回のマイフレンドですが・・・・・・この先大丈夫だろうか(作者次第だろ)
「守る戦いを知らないのなら、この戦いで知ればいい」
煙草の煙が、ふわりと夜風に煽られ立ち上る。
サーヴァントのはずなのに、男は元からここにいたみたいにこの世界へ溶け込んでいた。
「・・・・・・この、戦いでですか?」
「ああ。単独でしばらく動けるアーチャーとかと違って俺たちはマスター無しじゃあ姿を保つことすらままならん。だからマスターを守るのは必定というもんだろ?」
確かにそうだ。
サーヴァントはマスターなしじゃ動けないし、現世にいることすらできない。
いくら能力が高くても、単独行動のスキルがなければマスターを失っただけですぐ消えてしまう。
だから基本はマスターの隣にずっとついているか、魔力のパスがきっちり繋げていることを前提にだがマスターを安全な場所にこもらせサーヴァントが単独で戦うかだ。
「もう英霊として成立しちまった以上そう簡単にゃ変われないが、記録として少しでも残せたらそれはお前の価値になるってな・・・・・・決めた。隙あらばその無防備な胸を一突きしちゃおうって思ってたけどやーめたっ」
男が立ち上がる。つか今もんのすごく物騒な台詞が飛んできた、俺軽く殺られるところだったってのか。
これって下手こいたら『殺されてなんたらスタンプ①ゲット☆』ルートだったってのかと、今更恐怖と冷や汗が間欠泉みたいに噴き出してくる。
男は確実に仕留められる技術を持っていると本能がしきりに言っていたのだからなおさら怖いのなんの。
「・・・・・・あ、あんたのお眼鏡にかなうようなことができっかわかりませんけど、ま、せいぜい頑張らせていただきますよ」
焦ってなに言ってんだ俺は!
ちょっと怖がってませんよアピールしたかったがためになんか喧嘩売ってるような口調になっちゃったし、声の震えが情けないことになってて全然かっこよくもねえというかダサい。
ああ死にたい、もうこれ死んだ方がマシじゃね??
「ははは、その意気だ。お前さんの顔は不敵に笑ったほうがかっこつくぜ。んじゃオジサンはそろそろ行かせて貰いますかね・・・・・・最後に、その盾。なかなかいいセンスしてるじゃないか。ほんじゃ」
男は目の前で霊体化し消えた。そのまま住宅街の壁を全部すり抜けて走っていく。
速度からして俺が頑張れば追いつけるかもしれないレベル・・・・・・敏捷は同ランクくらいだろうか。
俺の横にほんのり残った煙草のもやが、なんだか煙に巻かれたって感じをよりいっそう強調してくる。
男は結局、何を目的に来たのだろうか。同盟を結びたいのならばもっとそういった話をするだろうし・・・・・・やはり、最初の目的はブラフで敵陣営の戦力確認、機会があれば真名看破あるいは殺害といったところか。
何にせよ油断ならない、今日はマスターの研究を邪魔して不興を買いたくないので、明日の朝一番にでも報告しなければ。
「・・・・・・それにしても盾か」
背中に引っ提げていたそれを取って眺めてみる。
トロイアの家紋として伝えられた黒い鷲モチーフの紋様が刻まれた銀に輝く盾・・・・・・堅く、かなりの攻撃を防げる代物だ(ちなみにヘクトールのものではない)。
昔はヘクトールの盾をなんで持ってんだーっとロジェロに噛みついたのになんか俺が貰うとか言い出したグラダッソと喧嘩が始まって木をぶっこ抜いて殴り合いしたっけか。あんときのうのうと申し訳程度に制止しようとして眺めてたロジェロは今でもなんか一回八つ裂きにしたい。怨恨は意外と消えてくれないもんだ。
「これの何が気に入ったんだろ・・・・・・」
品質がよいだけでそれ以外特に変哲もない盾なのだが、見ただけではわからない何かを感じてそう言ったのだろうか。
まさかこいつを作った人・・・・・・なわけもないだろうし。
謎は深まるばかりである。
少しずつここから見える街の灯りが消えていく。もう皆寝る時間帯なのだろう。
俺も霊体化し部屋の中に戻って、読みかけだった本を取り開く。
マスターが俺のためにと買ってくれたもの。どうせすぐにいなくなるのに、と思ってはいても心の中で嬉しがってる自分がいた。なんだよ俺、生前にそういう経験ないからってちょろすぎねえか。
「はー・・・・・・友達かぁ」
今日彼に言われたことを思い出す。
あの時言えなかった言葉をいつか問える時が来るのだろうか。自分に、聞ける勇気があるのだろうか。
ああ、イリアスの内容が全然頭に入ってこない。ひらきっぱの本を顔に乗せ、俺は大きくため息をつく。古本だからか少し煙たい臭いがした。
「なに考えてんだ俺。あくまでも俺はサーヴァント、マスターに仕える召使いなんだ」
でしゃばっちゃいけない、マスターの心に癒えない傷を残してはいけない。
ただの傀儡、戦闘人形として戦いに徹しなければ彼のためにならない。
いずれ来るだろう終わりの時に、少しだけ悲しくなって欲しいけどそんなのは俺のエゴだ。マスターが死ぬときに、ああそんなやつもいたっけ?くらいでいい・・・・・・いや、もう覚えてもらえてなくったっていい。
「マスターの記憶の中に、俺はいちゃいけない。そうだろ、俺」
そうやって自分に言い聞かせても、収まらない。
なぜか胸中でじりじりと焼ける篝火が痛くて、少しでもそれから逃れようと感情を言葉にしようとするけど上手い言い回しどころかなんにも出てこない。泣きたい訳じゃないのにのどの奥がつんと張って涙が出そうになる。
また自分勝手な感情が騒いでいるのだろうか。そんなものは抑えていないといけないのに、俺の思いも知らず暴れやがって。
「・・・・・・くそっ」
何を思ってか俺はおもむろに立ち上がって部屋を出る。
窓からさす満ちた月光も、さっきまでは綺麗だと思っていたが今だけは鬱陶しくて嫌いだ。
こういうときは湯浴みでもしてさっさと寝るに限る・・・・・・サーヴァントは夢を見ないのだから、寝てしまえば余計なことを考えずに済みそうだ。
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12話 一日目:無意識のうちにある剣
んで詠唱のルビですがほんとの文と全然違ってたりします。まあよくあることです(弁明からの逃亡)
「・・・・・・あ」
まただ、また俺は魔力を無駄遣いしてしまった。
右手にあるのはさっきまでなかった黄金の刀身を持つ剣・・・・・・刃はついていないのか、柄では無いところを握りしめていたのに手から血は出なかった。
魔術回路を起こしての研究をしている最中に気が抜けるといつもこの謎の剣を作ってしまう。
俺は投影魔術を使わないし、平尾家もそれを非効率で不必要としあくまで儀式用にと最低限のことしか伝承していない。
だというのに、なぜ俺はこんなことをしているのだろうか。
「・・・・・・消えた」
構築が不完全だったせいか、顕れた剣は1分かそこらで魔力になって霧散する。
これの原因を知りたいところなのだが、俺には皆目見当もつかん。知り合いの魔術師に頼ってみようかと思っても俺の周りのやつは皆人格破綻者か馬鹿だ、まともな答えが得られそうもない。
だー!と両手を投げ出し椅子に深く沈む。長時間ゲームやデスクワークをする人間用の椅子だから物理的な体への負担はそこまでないのがありがたい限りだ。
「いっそこれを積極的に利用してみるか?」
今俺とマンドリカルドの抱える問題が武器の補填関係だ。
マンドリカルドの持つものは威力こそ彼の宝具でデュランダルと同等になるが耐久性は何の変哲もない木剣と同じ。
つまり破損したら修復魔術でも使わない限りそれっきりというわけで、俺はそういったものを治すというのは不得手(自然治癒力を強化することで生物を治療することはまだ出来るのだが加工済みの木は時間をかけないと難しい)。
ストック用の武器を常に持ち歩くというのも限度があるので、現地調達やらなんやらも考えていたところ・・・・・・
こいつなら魔力さえあれば非効率的だがいくらでも作れるので尽きる心配は一応ない。メイン回路だけじゃあ流石に回しきれないと思うからサブ回路をいくらか解放しなければならないだろうが。
「・・・・・・あ、そういやあいつ」
確かデュランダルそのものを手に入れるまで他の金属でできた剣は手にしないという誓いを立てていると言っていた。
なまくら剣でも一応金属だからその誓いに抵触するのか・・・・・・もしするとしたらサーヴァントとはいえなにかしらのペナルティを背負わされる可能性もある。その結果起こるのがクー・フーリンのゲッシュ破りの時のような半身麻痺とかだったらたまったもんじゃない。
ずいぶんと悩ましい問題だ。後で聞かなければならないじゃないか。
「だーもー礼装の調整もなんかできたはいいけど完璧じゃねえしーなーんもいい案思いつかねーしー」
自分のポンコツさ加減に反吐が出る。
こうなったら気分転換に他の礼装も作ってやろう、指先を無理にでも動かしていたらなにかいいアイデアが浮かぶはずだ。
おもむろに作業台の引き出しから魔術的な防御結界の貼られた金庫を取り出す。
それを開けて、中からひとつ宝石を取り出した。
クロムを含んだおかげで緑に輝くその石の名前はダイオプサイド。
分類はケイ酸塩鉱物で構造が単斜晶系結晶、硝子のような光沢感のある美しい宝石・・・・・・
と科学的な話は今回どうでもいい。
基本土や岩の中に算出する宝石というものは俺の属性(地)と相性がいいし、もれなくもう一つの属性(火)とも、この石が火山とまあ密接な関係があることからいい。
ついでに礼装として機能する最低限のサイズを買うのに2万円もかからないので、10万かそこらが平気で消し飛ぶダイヤやらの金食い虫なんかよりよっぽど安く手に入りやすいのでかなり俺は気に入っているのだ。
いや別に家の財政が苦しいってわけじゃないけど。
「さーてと」
ローゼンジカットの宝石を特別製のチェーンの先に付け、明確な方向性を付与した魔力を込める。
宝石はかなりの長期間に渡り魔力を保存することができるので、一度礼装として作って正しい管理をしていれば100年は軽く保つ。宝石魔術を得意とする家系ならば込めて変質させた魔力を元の純粋な力に戻すことも可能らしいのだが、俺は一度石に入力したら設定した事象としてしか出力させることができない。
色々なことは出来るがどれも極められはしない。器用貧乏というのはほんと辛いものだ。
「
一時的に休ませていた回路をもう一度叩き起こす。
これはいつかの未来の俺のため、そう思うと体に走る痛みは心なしかあまり感じなくなった。
「
言の葉を紡ぐ、意志の中に怨念じみた感情を注ぐ。
高濃度の魔力放出は流石にくるものがあるのか、額に脂汗が滲んだ。
「
汗を拭く事もなく、限定機能を持つ礼装として完成させる。出来上がったのは緑色に煌めく石のペンダントで、見た目も何一つ不自然ではない。
こいつがあれば少しくらいは安心して戦えるはず・・・・・・だがこれにも少し問題があった。
「果たしてあいつがちゃんとつけてくれるか・・・・・・」
できれば普通に渡したいのだが、いいですよ俺なんかにーと渋られたらまた押し付けルールを使わなければいけない。
これで向こうは気を悪くしてないだろうかとか不安になっていた矢先にまた同じことを繰り返すってのもなんだか気分が悪いから、俺としてはほんとに自然にあげたい。
「・・・・・・とりあえずまあ、渡しに行くか」
彼が武装形態をとるとその首もとには某神奈川のプロレスラーかってくらい太い鎖がついているので、これが入り込む余地があるかなんて不安もあるが・・・・・・
階段をゆっくり降りて、彼に与えた部屋の扉をこんこんと優しくノックする。
「マンドリカルドーいるー?」
返事はない。どこに行ったのかと思ってパスを辿ってみると、風呂に入っているらしい。
わざわざそこまで行って渡すのも変だし、ここは部屋に置いて帰るという風にしておこう。スルーされると悲しいし困るので手紙とセットにして。
俺は手のひらをちょうど覆い隠すような大きさの紙に、ちゃんと読める字体で書いておく。
『ついさっき作ったばっかりの即席ですまんが、お前のための礼装だ。できればつけておいてくれると嬉しい。 克親』
あんまり長文でこいつに込めた効果やら思いやらをつらつら書くのも違うなと思い、簡潔にまとめてやった。
情緒もクソもあったもんじゃないが、ここでこちらの熱の入りようを見て引かれるのは嫌だったから仕方ない。
・・・・・・なんか今日の俺の行いを振り返るとすでに引かれている可能性があるがそれからは目を背けておこう。
明日は仕事があるのだから、早く寝なければ勤務時間中に居眠りして上司にどやされること間違いなしなので、俺は寝室に移動し愛するベッドに飛び込んだ。ごく薄く感じる花の匂いがまた安心させてくれる。
「ふぃー・・・・・・疲れたぁ」
今日も今日とて魔術回路をグルグル回したおかげで体の疲れも適度にある。
そのまま俺が眠りに落ちるのに、そんな時間はかからなかった。
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二日目
13話 二日目:セイバーは誰だ?
13話にしてやっと二日目なんですけどこの調子で言ったら戦争集結に何話かかるんだろう・・・・・・()
目玉焼きを作りながら、俺は大きなあくびを一つした。
時刻は午前7時、始業の時間が9時からなのでまだちょっとはゆっくりしていられる。
「おはようございまぁあふ」
「今日はお布団ダンジョンからきっちり出られたんだな。起こしに行く手前省けたわ」
大あくびをして食卓の椅子に転がり込むマンドリカルド。
服装は寝起きらしく乱れに乱れたシャツだったが、その首筋に煌めいていた銀色一条。
・・・・・・少しだけ胸元をのぞき込んでみると、きっちりダイヤ型の石が揺れていた。
「あ、昨日の付けてくれたのか。よかった」
気付かれてなかったらどうしようなんて考えていたが大丈夫なようで何より。
キツネ色に焼けたトーストを皿に乗っけて、朝飯の準備もできたところだ。
いろいろと説明もしなければならないのでさっさと食うもん食っちまおう。
「いただきます」
「い、いただきます」
なんだかマンドリカルドの様子がおかしい。
やけにそわそわしているというか、なんというか・・・・・・
なにか言いたいことがあるけれど逡巡しているようにも見受けられる。ここで話させないと後々厄介なことになりそうだと俺は見て、マンドリカルドに洗いざらい話してみろと促す。
「・・・・・・実は、昨日」
10tくらいありそうなほどに重い口を開けて、彼は昨日あったらしい出来事を話してくれる。
第2宝具でも思い出したか、それともまた新しい何かを見つけたか。何を聞いても驚くまいと心に決め、俺はコーンポタージュを飲むためカップを口につけた。
「セイバーと、出会ったんです」
「へぶぅえ!?」
全くの予想外だったせいで俺は派手にスープを噴いた。
なんてことさらっと言ってのけてんだこいつは、油断ならないったらありゃしねえ。
テーブルの上に置いてあったティッシュを2枚程取り口を拭く・・・・・・あとで布巾もってこなきゃ。
「・・・・・・無事で済んだみたいなのはいいが、なんで黙ってた」
油断していたら一発で殺されていたこと間違いなしだろう。
敵陣営と接触したらすぐ逃げるかどうかはさておきすぐ俺に報告しておいてほしいものだ。
報連相は現代社会の基本なのだから。
別に説教垂れたい訳でもないので小言はほどほどに、事実確認を優先して進める。
マンドリカルドの話によるとそのセイバーと自らクラス名を名乗った男(濃い茶色の髪を後ろでちょっと結んでいる感じの髪型で、顎にひげを生やし自らをオジサンと称するらしい)はこちらへ同盟を結ばないかと提案してきたらしい。だがその割には契約のような話は一切なく、マンドリカルドの不安を聞くだけ聞いて去っていったという。
ついでにさらっと隙あらば始末していた発言されたらしい、恐ろしいにもほどがあるってんだ。
随分と怪しい挙動だが、なにか意図があってのことなのだろう・・・・・・真意が全く掴めないが、今はそう考えるだけに留まる。
「なにかまずいことはしゃべってないだろうな?」
「・・・・・・自分のクラス名ぐらいしか明確な情報は渡してないつもりっす」
ライダーであることを明かしただけならばまあ損失は少ないといえるか。向こうもセイバーと名乗っている訳だし。
クラスから真名を探られる可能性だってなきにしもあらずだが、ライダークラスは基本騎兵として名を上げたもの以外にも乗っていた馬などが有名だった英霊や船乗り(船長クラスが多い)とかならたいがい当てはまる。
つまり他のクラスよりちょっとはバレにくい・・・・・・はず。希望的観測ではあるけれども。
「まあそれくらいなら痛手でもない。とにかく何事もなくてよかった」
「・・・・・・あ、あとちょっとだけ気になることがあったんすけど・・・・・・これ」
そう言ってマンドリカルドが出してきたのは盾、武装したときに背中へ引っ掛けている丸盾だ。
銀色に黒の装飾が美しく、中心部に結ばれた黄色い布が飾り兼簡易版目くらましとしてひらひら揺れている。
「その盾がどうした?」
「セイバーにこの盾いいセンスしてるって言われたのが気になって・・・・・・ただそれだけなんすけど」
黒い鷲の模様がつけられただけの何の変哲もない盾なのだが、セイバーにとってそれは馴染み深いものということだろうか。
馴染み深いもの・・・・・・つまりセイバーが見たものもしくは身につけたことがあるものなのかもしれない。
そう仮定するといろいろセイバーの真名予想が進む・・・・・・見たものであったとすれば彼はマンドリカルドと生前どこかで会ったはず。つまりシャルルマーニュ伝説の関係者。
「まさかの弟?」
確か盾に関する話を持っていたような気がする。
「それはないっすよ。カンドリマンドのやつは基本洞察力だけいい馬鹿なんで俺の盾見て気づいたら”兄貴ー!”とか言い出しますぜ。あとそもそも俺は40いくまえに死んでんだ、それより先に死んだあいつがおじさんの姿で召喚されるわけないっすよ」
ド正論で真っ向から否定される。
まあ自分より先に死んだ弟が自分より明らかに年食ってくるわけないよね、そりゃこう言われるのも是非もなしだ。
セイバーの真名を探るのは結構難航しそうなので、この件はあとに回しておこう。もしかしたらミスリードを誘うためにわざと情報を撒いた可能性もあるので、考えるのはもう少し情報が揃ってからだ。
「で、そのペンダントちゃんとつけてくれたんだな」
飯も食べ終わり今はゆったりテレビを見ながら出勤の準備を整えているところだ。
マンドリカルドは霊体化すればいいので昨日のようにきっちり座って朝のニュース番組を見ている。
「風呂から戻っていきなりあったんで驚きましたよ。綺麗っすね、これ」
「そうだろ?俺も気に入ってんだそのデザイン。シンプルイズベストってな」
ペンダントトップとチェーン、あと接合部の補強パーツ以外はなにもない究極のシンプル。
簡素だとかつまらんとか言われりゃしまいだが、これはこれで美しいというものなのだ。
「どんな効果があるんすかこれ?すごい・・・・・・なんつーかあったけえっていうか、優しさを感じるっていうか」
石を握りしめてマンドリカルドがそう呟く。
サーヴァントだとやはりマスターの魔力に敏感になるのか、俺が込めた意志をやんわりとだが受け取れているようだ。
・・・・・・でも、さすがに今効果をバラすと多少戦闘スタイルが変化しそうなので言いたくない。よしぼかそう。
「簡単に言っちまえばお守りみたいなもんさ。少しでも長くお前といられますようにってな」
うわ気持ち悪い、言い回しも言い方もなにもかも完全に女口説こうとしてるやつじゃねえか。
案の定マンドリカルドが目に見えて困惑してるし。
もともと小さめな黒目が更に小さくなって目自体もスイミングタイムだ。
「お、お前武装したときいろんなところにダイヤ模様あるだろ?せっかくだからそれにあわせようと思って石も・・・・・・その・・・・・・形を・・・・・・」
駄目だ巻き返せそうにない。
どうして好きな人に告白ってわけでもないのに俺はこんなに焦ってんだ畜生、ちったあ冷静になれ。
そう自分を咎めても状況が改善されるというわけはない。どうすりゃいいんだか・・・・・・
「ありがとな、克親」
はははと軽やかに笑ったマンドリカルドの顔を見て、俺を悩ませていた焦燥感がなぜか薄れてしまう。
ああ、笑ったらやっぱかわいいななんて言えるわけない感想を抱きつつ、俺はどういたしましてとだけ返した。
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14話 二日目:のーもあはんざい!
昨日はずっと絆周回して憔悴してたのれす・・・(言い訳)
防御用の礼装を下着の上に纏い、その上からワイシャツ、ジャケットと重ねていく。
これは通常の銃弾なら傷一つつかない特別製のもので、練り込んだ術式の数が桁違いなのだ。
魔力の隠蔽も高水準で行っているためまず相手にはバレないはず・・・・・・とは言いつつも聖杯戦争に参加する魔術師はだいたい超一流クラスなので過信は禁物である。その上サーヴァントの攻撃にどれだけ耐えられるかは未知数だし。
「さーてと、そろそろ行くぞー霊体化しろー」
俺は鞄を引っさげ玄関まで歩を進める。そのすぐ後ろをきっちり霊体化したマンドリカルドがついてきた。
鍵を取り出し手のひらで遊ばせながら履きつぶした革靴を履く。
「行ってきまーす」
『行ってきます』
玄関を出て、家の鍵をしっかり閉める。防御結界の綻びがないか確認し、門扉を開いた。
昨日通ったところと同じ坂道を下り、駅まで行くバスに乗る。今回も時間ぴったりに来てくれる日本の交通は素晴らしいなと本当に思う。外国でルーズな電車(1時間遅れとかざらにある)にやきもきしていた時期があっただけに余計ありがたく感じる。
12分程バスに揺られ、終点の駅前まで運ばれたところでそれを降りて電車へと乗り換える。
ここはあまり大きくない都市なのだが、それでも東西に走る地下鉄の駅が11位はある場所なので明海に行くにもいろいろ必要なのだ。
定期をいつも通り自動改札に叩きつけて、いつも通りの時刻に出発する車両へと乗る。
変わらず車内は通勤通学ラッシュをもろに食らって80%位埋まっていた。東京の方と比べりゃ屁でもないだろうがきついもんはきつい。
『・・・・・・大丈夫か』
一応マンドリカルドがはぐれるなんて大惨事になっていないかとかの確認のため念話を繋げる。
霊体化しているので人間でも何でもすり抜けられるらしいが、まあするに越したことはない。
『問題なしっすよ、ちょっとここまで人がいると霊体でもきつく感じますけど。なんか圧迫感があるっつーか・・・・・・』
『俺は実体だけどよくわかる。これでもダイヤ改正で本数増えてるんだけどな』
扉の横っちょで縮こまる。この時間帯女子大生やらも普通に乗っているので何かの拍子に触れてしまわぬよう細心の注意を払っているのだ。
女性の中には男を嵌めて冤罪で警察にしょっぴかせるのを楽しんでいる輩だっているという話なので恐ろしいのなんの。
『まあ5駅程度の辛抱だ、ここは一つ耐えてくれ』
ごとごと揺れる車両の中。香水やらなんやらの入り混じった空気が充満しているせいであまり気分はよろしくない。
なんでこんな電車の中でまき散らせるのか、家でやる時間もなかったのか。その神経がわからぬ。
俺は呼吸の回数を最低限にまで減らし目を瞑る。
ああ早く会社のデスクに行きたい・・・・・・
『克親、なんか誰かの手が尻に』
『・・・・・・なんだよ、俺なんか狙う痴漢がどこにいっ・・・・・・!?』
マンドリカルドの言ったとおり俺の臀部を緩く触ってくる誰かしらの手。動きからしてもう完全に痴漢のそれである。
全身が粟立ち軽い震えを帯びる。何の目的で俺に触ってくるのだろうかこいつは、まさか何かに気づいた魔術師か?
ほぼありえない話すらも可能性と考えてしまうくらいに焦ってしまう。
こいつをとっつかまえて変態ですと警察送りにしてもまあ遅刻にはならないくらいの時間だが、どうしたものか・・・・・・
「いでででで!!」
思案を巡らせていると、俺にお触りしていたらしい男の呻き声がなぜか上がった。
別に俺は何もしていないのだが、なにかあったのだろうか。
『克親、今の奴なんとか離れたぞ』
『・・・・・・そりゃ俺もわかってる。なにかしたのか』
『まあ手だけ実体化させて足掴んだんすけど力強くて足首にちょいとひび入れちゃいました・・・・・・やりすぎだったっすかね?』
しれっと病院に行かざるを得なくなるようなえげつないことをやってくれているがまあ今回ばかりは助かったのでお咎めなしでいいだろう。
これに関しては完全な善意というものなので現代との間に起こる若干な道徳心の乖離はほっといても問題ない。
殺さなけりゃなんだっていいと、俺も魔術師の子らしく人間らしさを欠かしてるしコンビにはちょうどいいさ。
『いや、あんな外道普通は首の骨折ったって良かったくらいだ。灸を据えるのにはこんくらいがいい』
さっきの男がさっさと降車したことでとりあえずの安寧は手に入れられた。
もう二度とあんな経験したくねえ。
「・・・・・・ふう」
やっとこさ会社にたどり着き、エレベーター前の機械に社員証をかざす。
無駄に豪奢な音が鳴って扉が開かれると、運良く他の人は乗っておらず空のやつがきた。後から乗ってくる奴もいない。
俺は7階のボタンを押して、そのまま流れで閉じるボタンも押す。
透明なエレベーター周りの空間。明海どころか山名まできっちり見えるというのはなかなかいいものらしく、社会科見学できた子供たちには人気なんだそうだ。
まあそんなこた置いといて、俺はエレベーター出てすぐの営業部区画にあるいつもの座席に腰を下ろす。
デスクに置いてあるのはパソコンと資料、あと多少の気分転換グッズくらいだ。
デスクトップの横き佇むそれの頭を人差し指の腹で撫でてから、パソコンの電源を入れる。
そっからはもう慣れたものだ。ログインを済ませソフトウェアを起動、そして資料の束を開く。
効率化を計りたいがそれに費やす時間もあんまないので今のところは丁寧な作業というわけだ。
腱鞘炎対策はしっかりしないと後がとっても怖い。
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15話 二日目:じゃぱにーず社畜ばっどかるちゃー
夢火も躊躇せずぶちこみました
でも宝具レベルはまだあがりません、どうして・・・・・・(血涙)
それにしても絆礼装テキストいいですよね
泣けますねあれでオシポシマック20個は食えますよ
「なあ平尾、これもやっといてくれ」
「あ、これもお願いします」
「すまんがついでにこれも」
やっとこさノルマの半分位を終わらせたあたりで机に積まれるのは書類のチョモランマ。
俺が朝からここまででやった仕事量と遜色ない量で心底萎えるというかなんというか。
「・・・・・・りょーかいでーす」
だが物事を断れない優秀なぼっちという俺の立場的に断ることもできない。ここで嫌な色を見せたらなんとか回してもらっている細かい情報の把握ができなくなって困るので結局このままだ。
既に涙も涸れた目を無理やりまばたきで潤して画面を見続ける。
こうなるんだったら仕事の最中こっそり強化魔術を使わなければよかったと後悔するが、もう今更戻れないので使うしかなくなるのだ。
「だーおわらねー」
一般人ができる限界速度まで達したタイピングにより爆速で情報入力を済ませ、そのままパソコンの出力に合わせて処理を手作業で行う。
そんな間にも取引先から受注の電話だったりが入ってなかなか思うようには行かないのがこの仕事。
内心ちょっと苛立っているがこんな感情を顧客にぶつけちゃ関係を切られて俺も怒られるので、あくまでも電話で話すときは人当たりがとてもよい好青年を演じてやる。
「はい、今期も同じロット数で発注ですね。ご愛顧本当にありがとうございます、それでは失礼させていただきます」
電話を切って発注の情報を製造部の方へ送る。
俺も俺でしんどいが、実際モノを作る人はもっとしんどいと考えると文句もあんま言ってられない。
上司が俺のことをずいぶん気に入っちまったまではいいが、それを鼻にかけた連中からの嫌がらせみたいなレベルで押しつけられた仕事に手を着けたはいいがまだまだ残っている。チョモランマがK2くらいの高さになったくらいだ(つまりほぼ減ってない)。
こんな一人に任せっきりの状態じゃあ、俺が聖杯戦争で死んだりしていなくなったときに大惨事だぞと・・・・・・いつの間にか昼休みになって、誰もいなくなったオフィスで一人毒づいた。
『克親、昼のご飯はどうすんだ』
念話で話しかけてきたマンドリカルドだが、自分の空腹を訴えたい訳ではなさそうだ。
ぶっ通しで働き続けてきた俺の身と精神を案じてのことだろうが、今日はさすがに昼飯を買ってこれるほどの時間すらない。ぬるくなった缶コーヒーを無理やり煽って耐え凌ぐ。
『今日は無理そうだ。帰ったらたんまり晩飯食わねえとな』
でっかいため息をつきながらも、俺の作業スピードは緩まない。
定時退社するために俺は身と骨をPM2.5くらいの大きさまで粉みじんにして働く。
残業代として会社から給金をせしめることは出来ないが、俺も魔術師としての研究があるので残業が出来ないってのが辛いところ。
俺だけ1日が48時間とかにならないかなと思ってみたりするが、途中で発狂するのでやっぱそんなのは御免だ。
『・・・・・・克親、もうそろそろ言ってた定時ってやつじゃないか?』
さすがにマンドリカルドが心配してこんな声をかけてくれる。
窓の外を見ればもう真っ暗で、その近くにある時計を見ればもうそんな時刻。
だが仕事はまだ残っている。現在朝に追加された分の8割が終了したところで、もう手は疲労軽減の魔術をかけていなければとっくの昔に動かなくなってそうなくらいにガクガク。
全く過労死とかブラック企業とかいろいろ言われている今のご時世にこの仕打ちなので、近々労基あたりに内部告発文でも送りたい気分だ。
「あとちょっとだからがんばっかぁ・・・・・・あんにゃろう覚えてろよ・・・・・・」
俺にやりたくない処理押しつけてきた奴らの顔を思い浮かべ、その目に指を叩きつけるイメージでキーボードを乱打する。俺が管理職になったら貴様等の悪行全部洗いざらい吐いてやるんだからなと口に出さない呪詛を紡ぎながらラストスパートをかけていく。
「あー平尾くん、もしよければこれもやってくれないかな」
「・・・・・・今日は病院の予約があるのでこれ以上は無理っすね」
さすがにこれ以上やったら発狂するのでもう嘘をつく。
俺に死霊魔術でもかけられた動く死体のようなおぞましさでも感じたか、向こうはすぐに引き下がってくれた。
『よかったのか?あれで』
「いいんだよあんくらい」
もう疲れて念話すらおぼつかなくなってきているので危険域である。
ちょうど最後の処理が終わったので、データのバックアップをとってから保存し即座にパソコンをシャットダウンする。
有無は言わさん、俺はここで帰る!
確固たる意志を持って俺は椅子を立ち、引き留める声も聞かずに帰る。
今の俺に文句言っていい奴は誰もいない。残業せずにずるいとか言われても知るもんか、定時までにあらかた仕事を終わらせてない貴様等が悪いんだよと心の中で叫んでエレベーターに乗った。
『あー疲れた、帰ったら肩揉んでくれねえか』
ごきゃっというえげつない音を鳴らして俺は凝り固まった首あたりをほぐす。
こんな体じゃいざという時にとんでもない不調を起こしたりする可能性が高いのでさっさと取れるだけの疲れは排除しておきたい。
『了解っす。克親の満足するようなことができるかはわかんないっすけど』
『ありがとよ~アムスール~』
『その呼び方止めてくれって!!』
霊体化しているせいでマンドリカルドの顔は俺からは見えないのだが、それでも彼の慌てながら照れるという表情は簡単にわかった。
複雑怪奇なところもあれば単純なところもある。彼のあり方が少しだけわかってきたような気がしたけど、基本的に人と関わらない俺の感覚だから全く信用はならないというのが悲しい点である。
「今日は・・・・・・焼き肉にすっか」
もう家で飯を作る気がわかないので、駅近辺で店を構えた焼き肉屋に向かう。
近くのトイレでマンドリカルドを実体化させて、そのまま何事もなく・・・・・・
「・・・・・・おい」
今、なにか嫌な予感がしたような。
「克親もわかったか?・・・・・・あの男の匂いがする」
「そのセリフだけ見るとヤンデレ彼氏みたいだな・・・・・・っつーのはどうでもいい、アレがいるのはビルの非常階段か」
誰かに見られていたような感覚を二人して覚えたのだ、恐らくマスターとサーヴァントとみて間違いないだろう。
サーヴァントはそれ同士存在を認識し合うもの・・・・・・霊体化しようがわかるもんはわかるので、どの道隠蔽はしきれなかったから気づかれるのも仕方はあるまい。
「・・・・・・今の時間帯は人通りもあるし仕掛けてこんでしょう。問題はこの後っすよ」
「・・・・・・ああ。人気がないところに行けば・・・・・・」
襲撃は多分避けられない。
だからとて今の時間さっさと帰っても人通りが少ない場所を通って帰るのは変わらないので、今は少しでもエネルギーを貯めておきたい。
というわけで、予定変更することなく俺たちは食事のため店に足を踏み入れた。
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16話 二日目:おうちかえりだい
後少しだけ待てば・・・うおおおおお
本編はやっとこさ戦闘です、マイフレンドの感じた”臭い”というもの&クラスでなんか察せるでしょうがわかってもお口チャックでお願いします。
と、いうわけで。
「食べ放題だからたんまり食ってくれていいぞ。満腹で動けないってならんくらいになら俺が許す」
網の上が一瞬にして肉で埋まり、かぐわしいにおいをあげている。
こういったものにはいまだに慣れていないマンドリカルドのために、食べ頃の奴を取っては渡していく。
「お前がどこを信仰してるのかは知らんが多分ヒンドゥー教じゃねえだろうし牛肉だったら宗教的にも大丈夫だろ、ほら食え食え」
俺も肉を貪りながら勧めまくる。こういうときは疲れていても少しくらい詰め込まなければならないという無意識中の圧力が見事に働きまくっていた。
店内中から聞こえる肉の焼けていく男に聴覚をほぼジャックされそうな気分・・・・・・こういうところに来なければわからない感覚だ。
「ご飯おかわりいっすか」
最初は戸惑っていた彼もスイッチが入ったのかどんぶり飯を当たり前のように平らげ、ばくばくと肉も野菜も吸い込むように食っていく。普段とちょっとイメージが違う、意外と食いしん坊キャラなところが面白い。
「やっぱ肉は正義っすね」
頬袋にリスのごとくものを詰め込んでの発言。
いつの時代も人間ってそういうもんなんだなあとぼんやり考えながら、烏龍茶を喉に通していく。
積み上がる皿の塔はいつしか俺の座高をゆうに越すほどのものへと成長。
それでもなおブラックホールのような胃には肉が取り込まれていく。
「やっぱ普段の飯じゃ量足りてなかったりする?」
「いやそういうわけじゃないっすよ。俺はただ食おうと思ったら結構入れられるだけなんで」
目にも留まらぬ箸さばき。
本能的になのかどうかはわからないが、じゃっかんほんの少しだけ高い肉をことごとく食われていく。
これで今回食べ放題じゃなきゃどうなっていたことかと戦慄を覚えながら、俺も飯を楽しんだ。
会計を済ませ店を出たところ、あたりは既に暗くなっていた。
そして感じる視線・・・・・・マンドリカルドとも念話でやりとりしたがやはり気づいているようだ。
少し誘ってみるため、駅から離れ人気のない路地裏へと移動する。前にシャッターを下ろしてしまった店に囲まれている場所で気づかれる心配もまあない。
ゴミ箱まみれな細い道を抜け、少しだけ広い場所へ出る。
「・・・・・・さすがに暗いだろうから、暗視の強化かけとくぞ。
詠唱を簡略化した魔術をマンドリカルドにかけて、俺は背後をとられないよう壁に寄る。
彼も完全武装を纏い、例の木剣を携えあらゆる角度からの急襲を防ぐべく気を吐いていた。
今回俺が持ってきている武器のストックは5本。真剣が使えないため、槍などの武器を中心とした構成になっている。
できれば使いたくはないのだが、恐らくサーヴァントとの戦いは一筋縄じゃいくわけもない・・・・・・いざという時は強化魔術を使って逃げる算段も立てておかねばならぬ。
さあ、相手方はどうくるか・・・・・・
「アナタ、サーヴァントですね?」
上から飛び降りてくる人影。こちらも警戒していたためか攻撃は入れてこず、ちょうどマンドリカルドの3mほど前方へと降り立った。
サーヴァントは女性であり、金色の髪をツインテールにして、手には大きな槍の穂先らしい何かと光る盾らしき物を持っていた。
・・・・・・ところまではいいのだが、いかんせん格好がなんというか破廉恥という問題がある。
もう公共に出す上で最低限のところ隠せばいいか!レベルの・・・・・・もはや水着に腕と足の装甲を足してマントを羽織っただけというその姿。視線をどこにやればいいかわからなくなる。
ほら、マンドリカルドもああいう女子ちょっと苦手そうだし震えているじゃないか。
「ま、マス、た・・・・・・ぁ?」
振り返るマンドリカルド。
その顔は蒼白で額には脂汗、ついでに言ったらもう既に泣きそう。
そこまで苦手だったのか、この手合い。一応理由だけ聞いてみようかと思い、俺はこう返す。
「どした、なんかあったか」
「・・・・・・トラウマの匂いがするっす・・・・・・俺にはできません無理!」
トラウマとは何のことかと考えたが、答えはすぐに見つかった。
恐らく生前の彼を葬った騎士ロジェロあたりのことをさすとみてまあ間違いはなかろう。
となると、彼女の正体候補はかなり絞れるのではないか?せっかくだから真名看破まで持っていったほうがよいのではないか?
そんな考えに至り、俺はマンドリカルドに言う。
「トラウマがなにか知らんが戦ってくれ」
「嫌だ!おうちかえる!!」
「帰るな戦え」
「嫌っす!絶対嫌!!」
こんなところで今まで全然してこなかった反抗をされるとは思わなかった。
だがここで尻尾巻いて逃げるというのも外聞やらがよくないだろう。
令呪を制御のために使うのはあまりやりたくなかったことだが、この際仕方がない・・・・・・
「令呪をもって命・・・・・・」
「わーわかりました、わかりました戦いますから!それだけは勘弁してくださいって!!」
対魔力がCなので絶対に逆らうことが不可能な令呪をちらつかせると結局こんな感じで従ってくれるからありがたい。
下手に能力が高いと耐えられて逃げてしまうから、やはり制御のためにもそういったステータスは平均くらいがよいのだ。
「・・・・・・終わりましたか?」
相手もなんでこんな律儀に待ってくれるんだか。
彼女なりの信念みたいなものがあるのか、そのまま俺たちの前で仁王立ちしている。
「お、終わりました・・・・・・アホみたいなお見苦しいもの見せて申し訳ない」
一応謝罪だけしておこう。一応神聖な戦いの場を汚しかねない行為ではあったし。
俺がそう言うと彼女は金の髪を揺らし頷く。
「いいでしょう、謝罪に免じて許します。私はサーヴァント、ランサー。騎士たるもの名を名乗るのが礼儀ですが、此度はそれを禁止されているためクラス名での名乗り、お許しください」
深く頭を下げるランサー。
随分と礼儀正しい騎士らしく高潔・・・・・・中身はとてもよい女性というと語弊があるがまあ俺はそう感じた。
「・・・・・・サーヴァント、ライダー。俺はどこぞの有名な騎士でも何でもないただの冒険者だが、一介の戦士として名乗りを上げられないこと、慚愧に堪えない」
さっきまでのへっぴり腰はどこへやら、マンドリカルドの顔は覚悟を決めた漢の顔つきになっていた。
この際相手が女性の姿でなぜか現界したロジェロとかだったとしても関係なしに戦ってくれそうである。
「では、早速ですが戦いましょうか。私が女と見て真剣を持たないという手加減、後々後悔しますよ」
これは手加減じゃないんだよなあなんて宣っていられる余裕はない。
彼女が構えるのに合わせ、マンドリカルドも木剣を両手で握り込む。
宝具の使用はよっぽどのことでもない限り禁じているが、いつあれが壊れないとも限らないのでストック用に体積を魔術で弄った槍を手のひらで握っておく。
「そうか。ならその後悔ってのをしないように、こちらもがんばるだけがんばらせてもらいますよってね」
随分と自信ありげな言い方をしながら、マンドリカルドは剣を持ったまま重心を低く下げる。
ぐ、と足底に力を込めて・・・・・・彼は先に一撃を叩き込むべく飛びかかっていった。
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17話 二日目:街壊したら教会の奴が泣くから・・・
明日の更新がもしなかったら察してください、自分はマイフレンドとオリュンポスで暴れ回っています。
今回初の戦闘シーンですかね?(海馬クソザコ)
今までよりさらに拙い出来かも知れませんが許してください。
Interlude表記ありませんがマイフレンド視点です。
嚆矢は既に射られた。
鋼を埋め込んだ木剣を両手で握りしめ、最速で振り下ろす。
ランサーには案の定光の盾で防がれるがそんなことは始まる前からわかっていた。
防御を考えない俺の特攻に向こうもチャンスと見たか右手の武器で俺の脇腹を狙ってくる。
「俺の横っ腹ぶち抜くなんて無理なんだよ!」
対策はたっぷりとってありますよ、だって生前の死因だから。
鍛治の神が造った九偉人の鎧・・・・・・だけだと普通に防具貫通してくる剣を隙間からねじ込まれてしまったことが致命傷になり殺されたので、避ける方策はいくつも考えてある。サーヴァントというのは死因が弱点になってたりするから。
左側から迫ってくるその槍の穂先を蹴り飛ばしてその勢いで空中回転からの着地、間髪入れずに追撃を繰り出す。
「はッ!!」
反撃の暇さえ与えないための連撃。盾に阻まれなかなかランサー自身にダメージが通らない。
淡緑色の光でできた部分の範囲がなかなかに広く、どこからなら攻め込めるかが不明だ。
こうなったら一度あのめんどくさい盾を吹き飛ばすしかあるまい。
そう思って俺は剣のグリップを強め、強撃を相手に叩き込まんと・・・・・・
「・・・・・・げ」
「折れたァ!?」
ばこんといった低い音がしたかと思うと、剣の重さが急になくなってそのまま重心を崩してしまいそうになる。
マスターの仰天声が聞こえたので大丈夫だと取りあえず叫んだ。
さすがにこれで転倒したらフルボッコ間違いなしなので、何もなかったかのようにそのまま左足で踏み込み、残った剣で無理やりランサーに攻撃しにかかる。
マスターはこんなに早く剣が壊れるとは思っていなかったみたいで、代替品の受け渡しにはまあ時間がかかりそうだ。
リーチがとんでもなく短いがここで退くわけにもいかない。
「そんな耐久性の武器を使っていただなんて、私を見くびるのにもほどがあります!」
別に侮ってこれ使ってる訳じゃないんすけど、という反駁を発せる雰囲気ではない。
なぜか手に持った槍っぽい武器ではなく盾で殴りかかりにくるランサーの攻撃を防ぎつつ、背中につけていた盾を取って投擲する。
こちらも盾で殴打しようとしたが手が滑りあらぬ方向に飛んで行かせた愚考と見たか、向こうはこれ好機なりとさらに攻撃を仕掛けてきた。
だが甘い。
「なんだかんだ言ってそっちも俺を賤しめてんじゃねえのか!?」
盾に付随してたなびく布を無理やりひっつかみそのまま遠心力をかけながら振り下ろす。
向こうの槍に阻まれかけるがそこは柔軟な布。槍の持ち手部分に合わせて曲がりランサーの背中に盾本体を直撃させる。
さすがに今のはきいたらしく向こうは一瞬怯んだがすぐ持ち直された・・・・・・なかなか決め手に欠けるこの戦い、武器がなくなったら終わりな俺たちの方がいかんせん不利。ここではブリリアドーロを呼んでも満足な機動は出来ないし道は狭く逃げるのも難しい。
・・・・・・あれ、初っぱなから負けフラグじゃね?
「くそっ、んなわけあっか!」
無理やり首を横に振って考えを振り飛ばす。
戦うときくらいは強気でいようと思ったのにすぐこうなる。冷静な分析もいいが悲観をしてたら勝てるもんも勝てないってんだ。
「ライダー!すまん魔術解くの手間取っちまった!」
マスターが投げ渡してきたのは馬上試合用の刃がないランス。
一応例の誓約を立ててからは槍とかも使っていたがかなり久方ぶりな気がするので大丈夫か不安だが、こうなった以上これでやるしかない。
「ほう、あなたも槍を使うのですね!ならばランサーの端くれとしてさらに全力でお相手しなければ!」
なんか向こうが本気出してきた。
ランサーの端くれといっても結局さっきまでと戦闘スタイルは変わらず、例の盾で俺を殴るか圧殺しようと突進してくるかだ。
「ランサーって言うんだったら槍主体で使えよ、お前シールダーでいいだろそれ」
「失礼な!」
さっきより一層殴りつけの勢いが激しくなる。
こっちもランスで防ぐのはいいが攻勢に入るのが難しい・・・・・・さっきとは立場が逆だ。
ランサーの持つ盾から燐光が少しずつ漏れ出てくるのが嫌でもわかる。このまま耐久を続けていては危険だと本能が察知し叫ぶが戦況を変える手段も瞬間も見つからない。
「・・・・・・
マスターがなにやら詠唱して魔術をかけてくれたらしく、四肢に魔力が染み渡る感覚がした。
腕と足の力が強化されたらしいが、それでもこれで打破できる状況ではあまりない。
・・・・・・ならば、少しでも猶予時間を稼がなければ。
「・・・・・・っくっ!」
後ろに飛びすさる。
相手がこちらに猪突猛進してくる前にマスターを抱え、俺は壁を蹴った。
横幅がまあまあ広く縦幅が小さいこの空間ならば、対面の壁を交互に移ることで効率的な上昇ができる。
約15mほど登ったところで後ろを見るが今は追って来ないようだ。
このままちんたらしてりゃ階段でも何でも使って来るだろうし今のうちに退散といくしかない。
「ライダー逃げんのか!?」
「そりゃそうでしょうよ!あのままだったら向こうは宝具かそれに匹敵するくらいの技ぶっ放してきたんだから、それでビルとか壊れられたら俺ら死ぬし街の人にも迷惑っしょ!」
マスター相手になんたる口振りだ、と言った後で後悔するがもう口から出たものは戻せない。
あとで何十回か謝罪しようと心に決め俺はマスターを抱えたまま跳ぶ。
駅周辺のビルを転々と移りながら、できるだけ人目につかない場所に一度降り立つ。
20mくらいの所から降りてきたので普通なら足の骨を折っているところだが、マスターの魔術のおかげで無事に済んだ。
このまま電車で帰れればいいのだが、あのランサーが車内に乗り込んできて周りを巻き込みながら戦闘を繰り広げるかもしれないと思うと無理がある。
戦争の本には書いてないルール的なので、一般人への被害はできるだけ抑えることというものがある・・・・・・
非常事態にそれを遵守する暇があるのかと言われたらそれまでだが、あまり俺としても目立ちたくない。
だって電車のど真ん中にイベントもない中こんな体を鎧で固めた奴がいたら、常日頃からコスプレしてる変人扱いされるし絶対。
「待ちなさい!」
なんて逡巡していたらさっきの奴が追ってきた。
こんな場所で戦えるわけがないので俺は道路を駆け抜け雑木林の方へと脱兎のごとく逃げすさる。
フェンスに“不審者出没注意!子供は入らないこと!”と書いてあったので人除け効果は高いし周りの目にもつきにくい。
ついでに言えば周りに住宅街やらがないため少々の無茶なら通せるはず。
「戦士同士の戦いで背中を見せて逃げるとは何事ですか!」
「あっこで逃げたのは申し訳ないと思ってる。だがそっちは宝具的な奴の準備をしていただろ、どんな攻撃なのかは知らねえがあんなとこで撃たれたら大惨事間違いなしだっての」
俺は暗に示す、ここなら撃ってもまだ影響は少ないぞと。
その意図を汲んだらしいランサーは少しだけ唇を噛む。
さすがに対要塞やら対星レベルの物を解き放たれたら俺とマスターはまとめて消し炭になるしかないのだが、そんなことはなかろうと信じてランスを構えた。
「ならば、全力で参ります・・・・・・!」
彼女の持つ槍から解き放たれる極光。
目が焼けそうなほどの光度。だが目を瞑るわけにもいかない。
この程度耐えて見せねば、此度の戦争には勝てぬ。
九偉人の鎧を信じ、俺は・・・・・・マスターの真ん前に立った。
灼けるものならば灼いてみろ、俺の皮膚に火傷の跡を一つでもつけてみろ。
俺はただ、ランサーを睥睨した。
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18話 二日目:螺旋に廻る螺鈿の光
今回はマイフレンドを前衛でも後衛でもいいからとにかく連れて行くというゲッシュを背負ってやりましたがなんとかいけました(なお令呪どころか石が数個消えた模様)
マイフレンド推しは!!!今すぐオリュンポスを蹂躙しなさい!!!(ご褒美が待ってるぞおおお)
小説の話しろと言われそうなのでしますね。
ランサーはすぐ真名がわかってしまうっていうSN兄貴的な状態になりましたが仕方ないのです・・・・・・そういう風に展開させてしもうたのでどうしようもなかとです・・・・・・
頑張って書いとるんです・・・許してつかあさい(血涙)
※今回もマイフレンド視点です
ランサーの体が一瞬青白い光に包まれる。
槍より昇る光柱は空を二分するかのように天高く伸び、風のような、竜巻のような光帯がそれを取り巻く。
「光よ!螺旋とっ、なりて!」
規模は大軍クラス、食らえばひとたまりもないことは明白。
だがこちらも煽った以上ここで逃げるという選択肢はない・・・・・・ただマスターを守りつつ迎撃するしかない。
これがただの目くらましであるという可能性も考え、俺はカウンターの態勢を整える。
瞬間、轟!という爆音が鼓膜を蹴りつけた。
ランサーがあの槍を振り下ろすと同時に、光も追随して此方に落ちてくる。視界が全部白で塗り潰されたと錯覚してしまうほどに眩い極光。
吹き飛ばされそうな風と、なにかそれ以外にとんでもない圧力を感じた。熱エネルギーはあまり感じず、他の場所に力を裂いているということがなんとなくわかった。
それにしても俺の全身に纏わりついて後ろへと押し込んでくる謎の力。これは一種の魔術なのだろうか。
「マスター大丈夫か!」
ここまでの力だと、魔術強化を施しても人間の域を出られないだろう彼が心配になって俺は後ろを向いて問った。
そもこれはサーヴァントどうしの戦い、マスターがこんなに近くにいては危険が過ぎるというものだ。
「ああ・・・・・・目は眩しさでイかれたっぽいがまだ大丈夫だ。風以外にくるこの前から押される力、おそらくはこの光そのもの・・・・・・理屈はなんとなくわかったが説明は後だ!くるぞ!!」
わかってると俺は叫び再び前を向く。
あの盾を前に構え一直線に飛びかかってくるランサー。さすがにこれをもろに食らえば二人して吹き飛ばされるであろうこと間違いなしだ。
「全身、全霊!!
その宝具の名を聞いただけで理解できた。俺があのランサーから感じた
忌々しい、にっっくきあいつを追いかけ回していた女騎士・・・・・・そう、彼女は。
「んなとこで刃を交えるたあ思わなかったぜ、
ランスに俺自身の魔力を注ぎ込み宝具を擬似展開状態まで持って行く。
さっきの木剣より耐久性は高いだろうが、宝具の迎撃・・・・・・それも生前何人もの男を叩きのめした女騎士のものとなると崩壊までいくかはさておき幾ばくかの破損は免れない。
マスターに念話で次の武器を用意するように言い、俺は槍を振りかぶった。
その様は現代で言うところの”ヤキュウ”とやらのように、踏み込んだ左足を軸とし重心を移動させる。
後ろの方にかける力を無くして前へ全ての体重をかけ、一瞬・・・・・・インパクトの瞬間にすべての力を注ぐ!
「っ吹き飛べぇええええ!!」
がぃん、と金属がぶつかり合うような音が静寂貫く雑木林の葉っぱたちに波打たせる。
なんとか感知できるサーヴァントの気配を辿ると、ランサーは俺たちの前方10mほどの場所まで後退していた。
直撃のダメージは防げたしマスターへの被害もない・・・・・・が、手は痺れ膝に力が入らない。あの閃光が消えたせいで暗闇に戻り、視界も完全に不良・・・・・・動くこともままならない状態でこちらは完全に無防備。
防がれることを想定し受けた相手の戦闘力を一時的に無効化する宝具。
やはり、侮っていたのはこっちか。
俺が消えようともマスターの命だけは救わねばと、無理やり顔を上げる。
「勝負あったようですね」
「・・・・・・は、ははは・・・・・・ロジェロにぶっ飛ばされた時以来、2度目の一生の不覚ってか。結局俺は、主人公の一味に倒される運命なただの
「・・・・・・あなたは、まさか!」
「お察しの通りってわけだ。殺したければ殺せよ、命は奪ってないにしろお前の大好きな人のドタマかち割った人間だ・・・・・・憎くないはずがなかろうよ」
なんとか、なんとか言葉で時間を稼ぐ。
念話でマスターに逃げろと言い、俺は続けようとした。
『馬鹿言え!死ぬときは一緒、一蓮托生ってもんだろうが。例え俺がお前を置いて逃げたってこの先サーヴァント相手に戦って勝てるわけねえんだから・・・・・・もうこうなりゃ生きるか死ぬかの二者択一。雪隠火事のヤケクソだっつの』
何をするつもりだと問おうとしたその時である。
やっと視界が回復して、周りの景色が見えてきたころ・・・・・・向こう側からサーヴァントが一騎、駿馬の如き速さでやってきているのを知覚した。
まさか、ランサー・・・・・・否、ブラダマンテの協力者?そうなりゃ俺は完全にこの場で殺される、マスターも逃げることが叶わなくなる。
嫌だと、心の中で叫ぶ。俺のせいで誰かを死なせたくないのに、無力だからもう何もできない。
嗚呼、哀しきかな。
『・・・・・・マスター』
『大丈夫、なんとかする。せっかくの英霊を、ほぼ奇跡でしか成せない業の権化・・・・・・知りたいことはたんまりあるのに、こんな戦争始まってすぐ失わせるわけないだろうが』
未だに震える手を、彼が握る。
俺の手は赤い布に6割程覆われていたのにもかかわらず、直接魔力リソースの供給が成された。
だがそれは向こうの宝具で少し曖昧になりかけていた俺の存在を強固にしただけで、戦闘力はあまり見込めない。
さあどうすればいいことやら・・・・・・
「やーれやれ。またマスターに命令されて嫌々来てみりゃあ戦闘中ときた。オジサンがなにやれってんだいこんな状況で」
「・・・・・・あんたは」
その顔には見覚えがあった・・・・・・先日見たばかりの、セイバー。
俺を見るや否や彼は機嫌良さそうに笑い、手を振って見せてきた。場の緊迫感をものともしないその態度に、戦慄を覚える。
「おやおやこないだのライダーくんじゃないか。いやはやこんなところで会うなんて奇遇だねえ」
「・・・・・・セイバー」
マスターの命令と言ったが、あんたは何をしに来たと問おうとして・・・・・・俺は口を開きかける。
だがその前にブラダマンテがセイバーに飛びかかる。セイバーは俺に注目を向けていたせいで完全な奇襲となり、背中を槍で斬ら・・・・・・れ?
「嘘、だろ?」
マスターがそう驚嘆するのも仕方ない。
セイバーは振り返ることもなくブラダマンテの武器を後ろ手で受け止めていたのだ。剣もなしで。
そして視界から一瞬で消えたかと思うと逆に彼女の背後を取り、いつの間にか手にしていた剣で斬りつけていた。
黒い柄、黄金でできていると見紛う細長い刀身。どんな銘かはわからないが、あれはまさしく聖剣の類。
背中が痙攣するかのように震える。やはり彼をやすやすと敵に回してはいけないと、本能的な危機察知能力のあたりが絶叫した。
「嬢ちゃん、次はないよ」
へらへら笑っているけれど、目には隠されもしない殺気が宿っている。
これ以上攻撃を続ければ腕一本飛ばせてもこちらの首が同時に飛ぶと、彼女も察したのか素直に逃げていった。
ブラダマンテの宝具により荒れた雑木林の中、男3人が立っている・・・・・・気を抜けばすぐに、マスターの心臓が壊されてしまいそうだ。
「・・・・・・セイバー、なぜ俺を助けた」
「助けた?おいおい戦争の場でそんな甘っちょろくて都合のいい考えはよしてくれよ」
煙草を悠長に吹かしながら男は軽く鼻で笑った。
「今の戦いを中断させたのも俺のマスターのご命令さ。ま、なぜかっていう理由の内容は言えないけどね」
・・・・・・つまり、セイバーのマスターはなにかしらの意図をもって今の交戦を止めさせ、俺たちとの会話を望んでいる。
なぜそんなことをするのか、敵対するサーヴァントなら全員殺したほうが手っ取り早いのではないか。疑問がどんどこ溢れ出す。
「お前は、ライダーと戦うつもりなのか」
「いや、”今はまだ”やり合わないさ。来たる時に・・・・・・できれば最終決戦がいいかな。そん時、一騎打ちの死合といこうじゃないか」
つまり、暫くは敵対しないつもりらしい。
・・・・・・俺のような雑魚何時でも殺せるから、多分最後まで見逃してくれるだけなんだろうな。
勝手な俺の被害妄想だけど、なんかちょっと泣きたくなった。
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19話 二日目:口下手どもの十六夜
次のFGOイベントくるのいつになるんですかねえ・・・それまでは延々種火地獄です()
「ま、俺らはお前さんらを最後まで攻撃しないってわけでそっちも介入すんのは控えてくれるとうれしいって話だ。それでも来るってんならオジサンも自己防衛のために本気出させてもらうからね」
剣についた血を2度の素振りで取り払い、そのままくるりと手首を返して肩に担ぐ。
不敵に笑う男・・・・・・マンドリカルド曰わくセイバーは、此方を見据えたまま動かない。
さっきの言葉を信じて俺たちが逃げようとしたら始末するという作戦などを考えていそうで、なかなか退くに退けない状況。
「・・・・・・つまり、今日はなにもしてこないんだな?」
「そういうこと。オジサンも体にガタがきてるからあんま頻繁に戦いたくないし、そっちもさっきので疲れてんだろ?」
確かに、マンドリカルドはさっきの宝具を食らったせいで戦闘能力が少しばかり落ちている。
もうしばらく止まって魔力を渡し回復させればいけなくもないが、その前に首を掻かれるのは間違いない。さっき見せた咄嗟の対応力と俊敏さを見るに相当分が悪いってやつだ。
戦うのを避けられるならこれ以上ありがたいことはない。
「・・・・・・そうだな、一時的な不可侵条約ってところだ。異論はないか、ライダー」
「ないっすよ。俺も今の状態で勝てる気がしないんで」
「理解が早くて助かるなぁ。んじゃ、俺はこれで失礼しま~す、っと!」
目の前でセイバーの姿が瞬時に消滅した。それはまるで吸血鬼が霧に変化して移動するかのような不思議な光景である。
俺は自分自身と繋がっているマンドリカルド以外のサーヴァントが霊体化した場合それを感知出来ない。
というわけで霊体化されてもある程度気配を察知できるマンドリカルドにセイバーはどこかにちゃんと行ったかと聞いたところ雑木林の奥に消えたと返ってきた。
「じゃあもうそろそろ帰るか。さっきの光でいろいろ察した他の奴が来ないとも限らんし」
「そうっすね。電車で帰りますか」
この場で武装を解除し普段着に換装、二人並んで林を出て路地を歩く。
今日は十六夜の月だから街灯が少なくても、意外と近隣は明るく見える。
「せっかくだから今日は乗客として電車乗ってみるか」
「・・・・・・電車賃無駄にならないかそれ?」
「まあいいじゃねえか、短い間でも舞綱市民として生活してみた方がためになるだろ。知らんけど」
また安定の持論押し付けである。
駅についたところで10年ぶりくらいに感じる切符購入を行い、最寄り駅までのそれをマンドリカルドに手渡す。
無論大人料金、しめて290円。安いもんだ。
「座れる席があるといいんだがな・・・・・・どうだろ」
改札を通過し目的地方面の電車がくるホームに降りる。
いつも無理やり定時退社を行っているので、今の時間帯だとちょっと残業して帰宅する人が多くまあまあ混んでいた。
そしてやってくる車両も50%程の入りよう・・・・・・こりゃ立つ以外なさそうだ。
「・・・・・・俺今からでも」
「ここでしたら怪奇現象だぞ。ここは一つ、我慢してくれ」
一瞬霊体化しかけたマンドリカルドを手で制し、そのまま人混みに押されるまま車内に流れ込む。
朝のギチギチ具合からは程遠いが結構混雑している世界。反対側扉の方に追いやられたが降車の時開くのはそっち側だったため問題ない。
「・・・・・・この時間に電車乗るのはあんま無かったから結構きついな」
「・・・・・・陰キャに人混みはきついっす・・・・・・」
隅っこで縮こまるマンドリカルド。心なしか体そのものすら収縮してるんじゃないかと感じるがさすがに気のせいらしい。
ごとごと揺れる車内、彼は駆け抜ける舞綱の街並みを見ながら小さくため息をついていた。見るからに憂鬱そうである。
どんなことを思っているのかと気にはなったが・・・・・・いくらパスで繋がっているとはいえ普段の考えまでは見抜けないし、プライバシーのために見抜こうとも思わない。
彼なりの感性があって彼なりの思いがあるのだから、無用な詮索はしないほうが吉。
「はー久し振りだなこの時間帯にここらへんほっつき歩くの」
駅を出てバスターミナルまで移動した。
俺の家近くを通る24系統のバス停には人がまあまあ並んでいて今回も混雑が予想できる。
ため息をつかざるを得ないがこれはどうしようもない。前にいる奴全員焼き払ってもいいがそうすりゃ俺の帰るところは豚箱になるだろう。
「あれ、こんな時間に珍しいですね二人とも」
ちょうど前に立っていたのは俺が贔屓にしてる喫茶店のバイト、篠塚だった。
両手に大きな荷物を引っさげにこやかに笑う。多分あのオヤジに言いつけられての買い出しなのだろう。
「まあ今日はこいつと親睦会してきたんだ。いやあスーツ着てたの忘れて騒いだもんだからもうぐちゃぐちゃよ」
皺の増えたジャケットを引っ張って笑ってみせる。
今さっき命狙われてたなんてことは言えないので適当なことを言ってやった。
「あらま、大丈夫なんですか明日の出社。洗うの間に合います?」
「大丈夫、替えはあるから・・・・・・てかなんでこんなところで金平糖ぼりぼり食ってんだ」
両腕にレジ袋を掛けた状態で袋から取り出した金平糖を頬張る篠塚。
なぜそこまでしてバス待ち中に食べているのか訳が分からない。
「口が寂しくてですね・・・・・・どうも、食べちゃうんですよ」
ぼりぼり、ぼりぼり。
あっという間に大きい袋がすっからかんになってしまった。
こないだはたくあん一本分茶漬けでまるまる食ってたり饅頭30個のピラミッド瞬時に解体してたし、こいつの嗜好はどこか突き抜けてると思う。作る飯はとても美味いのになぜ本人はこんななのか。
「くれぐれも糖尿病にはなるなよ」
「大丈夫ですよ自制してますんで。これ以上持病が増えたらさすがに・・・・・・いや、何でも、ない。俺は大丈夫だから気にするな」
なんかものすごい爆弾発言をされたのだが追求するのも恐ろしい形相で見られたので何も言えなかった。
そうこうしているうちにバスがやってきて、後ろのドアが開く。俺らは流れ込むように乗車し、なんとか2人席を勝ち取った。
「ほれバス代」
「うっす」
210円をマンドリカルドに渡し、俺は体の力を抜く。
この先会社勤めを続けながら戦っていけるのか心配だ。
俺が万一死んだとしたらそれの補填をするのにどれだけの力がいることやら。常日頃から断れない性格のせいでたくさん仕事を押しつけられていることもあって、営業部の間では俺に任せときゃどうにかなるって風潮まであるらしいし。
まあ、あんな働かせといて俺の給料に一切の箔なしとかいうクソ会社さっさと潰れろとも思うけど。
「セラヴィ、明日の朝飯なにがいい?」
「・・・・・・別に何でもいいっすよ」
「そういうのが一番困るんだって~」
静寂が耐えられなかったのでマンドリカルドに話しかけるが不毛な会話しかできない。
話したいことは山ほどあるがここでできるわけもないせいだ・・・・・・さっさと家に帰りたいものなのだが、降車する予定の場所は終点。つまり暫くはこのままだ。
結局話は止まって、俺は虚空を見つめるばかり。マンドリカルドのほうに視線をやると、彼はまた窓の外で流れていく景色を物憂げに眺めていた。
ガラスに反射する彼の目は昏々。底知れぬ闇を湛えたままだ。
「・・・・・・あんま、自分を責めるなよ」
口出しするつもりではなかったが、つい言ってしまった。
マンドリカルドがその貌を此方に向けるが、俺は前を見据えたまま動かないでやる。
「あのときこうしていればなんてのはいくらでも言えるが実利はない。だからな、んなこと考えてる暇あったらこれからどうすりゃ挽回できるかをもっと考えろ」
人の心は損得だけで動かないのはわかっている。
一介の人間性を欠かした魔術師としての俺はこういった言い方しかできないのだから仕方ないのだ。
篠塚くんの様子からなんか気づけた人がいたらすごい(例え正解だろうが何も出ませんけど)
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20話 二日目:あんぱんで戦争を始めようとするな
終点まで来ると、もう乗っている客はほぼいなくなっていた。山の方だから当たり前なのだけど。
「そういや篠塚くんってここらへん住みだったっけ」
バスを降りたところで篠塚に話しかける。
基本的に俺が出社するより前に喫茶店は開くし、帰ってくるより後に閉まる。
そのせいで彼の住居がどこにあるかなんて知らなかったのだが、今日こういう形で分かるとは思わなんだ。
「そうですね、あるすっごいお金持ちの方がご厚意で住まわせてくださってるんすよ。俺はお手伝いもなにもしていないのに、家賃もなにも徴収されないんでちょっと申し訳ない気持ちになるんすけどね?」
そう答えて今度はあんぱんをむさぼる篠塚。
お前はプレイヤードのほうで昼晩とまかない食ってるんじゃなかったのかと突っ込みたい。
というか持っていた大荷物は家用だったのか、きっちり買い出しという手伝いしてんじゃねえか。
「・・・・・・ここいらの中でも金持ちというと、
司馬田は宝石商で隣の県に高さ100mは普通にあるでかい本社ビルをおったてている家。
そこの跡取りである
そんでもう片方の八月朔日は長く続く医者の一家で、そこは本家分家に関わらずほぼ全ての人間が医療関係者だ。
業界でも権力が強く、一族の誰かを怒らせた瞬間そいつの医者人生は終わるなんて噂さえまことしやかに囁かれている。
「司馬田さんのところにお世話になってます。ちょくちょく宝石の目利きみたいなことも教えてくれるんすよ、時たまとんでもないサイズの金剛石なんて見せられて卒倒しそうになるんでいきなり持ってこられるのは勘弁してほしいですけどね」
「まああいつは昔から宝石を見慣れてるからな。一般人が見りゃ驚きで吹き飛びそうなブツでも普通に投げてくるんだわ」
あいつの厄介な話ならいくらでも持っている。
そりゃもうそのまま新書サイズの本にして600円はむしり取れそうなくらいたっぷりと。
「帰ったら言っといてくれ。1個だけで面積甲子園並みの別荘が建つような物を雑に扱うなと」
「そうかそうかつまり君はこいつを投げてきて欲しいんだな!」
急に篠塚の背後から現れたのはダブルコートの誰かさん。
穴あきドームがフランチャイズの某球団投手よろしく完璧なアンダースローで飛んでくる赤い石・・・・・・
俺の顔面に直撃するか、というところでマンドリカルドがそれを防いでくれる。キャッチも丁寧で傷一つついていない。
「ありがとよセラヴィ。んで・・・・・・どうせ来ると思ったぞ海。金持ちにありがちなクレイジー価値観どうにかしろ」
「いいじゃねえか別に。これ人工のやつなんだし」
「人工だからって粗末にしていいわけないだろ。あと持ち歩くな。ったく、そんなんだから変な女に言い寄られるんだよ」
そう、家が家なだけあって司馬田はたくさん宝石を持っている。
中でも人工宝石は工業的にも需要が高いので、ドリルとかにくっつける前の試作宝石などがたくさん生産される。
検査後のサンプルがよく本家に送られてくるため、海の部屋にはその類がごろごろと転がっているのだとか。
別に天然じゃなくても構わないから宝石頂戴と海はよく女に寄ってこられていつも頭を悩ませているのだが、俺が何度お前の性格が悪いと言っても治らないのだ。
「そうは言ってもな。一回使えば終わりな石なんだからたくさん持っとかないと、だろ」
「・・・・・・お前さあ」
ここで察した人もいるだろうが、何を隠そう司馬田家は魔術師の家。
海で四代目なので七代目の俺が当主をしている平尾家より歴史は浅いが、それなりの実力を持つところなのだ。
得意な魔術は無論宝石魔術。一家が興った時からの家業なのでそれよりあとに始まった魔術師としての方向性がそうなるのも当たり前という奴。
「もういいやそれについては。んで?なんの用でこっちまで来たんだ。まさかこんなに立派な青年へご丁寧な迎えをしにきたわけでもあるまいに」
疑問点はそこなのだ。
どうみても篠塚は20歳を越えているのにお坊ちゃまよろしく親切な迎えが必要なわけがない。
「なに、ちょいとだけ夜風にでも当たっとこうと思ってうろついてただけだ。屋内禁煙令が敷かれてからこっちも肩身が狭くてね」
そう言って煙草をくゆらす海。
篠塚の顔が心なしか不機嫌そうだ。そらこのきつい臭いを強制的に嗅がされてるんだから仕方ない。
「ったく、近々路上喫煙も禁止になるぞ。ここらへん高齢者特に増えてんだし、近所の人の肺を壊しにいくな」
「知ったことか。さっさと副流煙でみんな仲良くくたばりゃいいんだよ」
「しれっと殺人宣言するなこのクソニコ中」
人道的感覚が完全に欠落した畜生だがこいつとの関係は切っても切れない腐れ縁。
このまま死ぬまでこれだと思うと心底嫌になってくる。
「へっ、さすが舞綱イチの名家たる平尾さんとこのぼっちゃまは違いますわ。どうせあんぱんもこしあん派だろ」
「しいていえばそうだが、それがどうした」
「開き直りやがって!
どうやら向こうはつぶあん派らしいが正直言ってそんなのどうでもいい。つぶあんだろうがこしあんだろうが白あんだろうがずんだあんだろうがおいしければ構わないってのに。
「んなくだらんことにつきあってる暇はねえんだよ、こちとら明日も仕事だ仕事。お前みたいなのとは違って毎日身をニュートリノレベルに粉砕して働いてんだ」
もういい帰ると俺はそのままマンドリカルドの手をひっつかんで引きずるように歩く。
あいつとつき合ってると仕事の三倍くらい精神が疲れるからこれ以上はやってらんない。
「・・・・・・克親、よかったのか?あれで」
「いいんだ、あいつとあれ以上やり合ってたら夜が明ける」
家にたどり着くための坂を登りながら、俺はため息をついた。
帰ったら戦闘の話やら研究の続きやらしなきゃならないのになんで今日はこんなめんどくさいことになるんだか。
家の門扉を開きつつ、結界の確認をする・・・・・・綻びも侵入者跡もないので、俺はそのまま家に戻った。
「ただいまぁ~」
「ただいまっす」
誰もいない家の灯りをつけ、そのまま寝室へ転がるようになだれ込む。
ふかふかベッドに沈み、この世ならざる存在のような声を上げた。もう寝たい、だが寝ることはならぬ。
「もううごきだぐない」
「・・・・・・着替えくらいはしたほうがいいんじゃないか」
マンドリカルドの正論にぐぬぬと唸りつつスーツやらを脱ぎ、ベッド横の洗濯物用籠に放り込む。
礼装はクローゼットの中にしまい込み、そのまま寝間着を着た。今すぐに落ちる準備はもう万端だ。シャワーももういらない。だがしなければいけないことが残っている。
「・・・・・・
魔術で無理やり意識を覚醒させ、ベッドの上に座った。
こいつを長時間使っていると体に悪いので、やるべきことだけさっさと済ませてしまおう。礼装改良研究は中止だ。
「マンドリカルド、こっち来い」
ぺしぺしとシーツを叩く。柔軟剤の効果が素晴らしいためか、しばくたびにいい匂いが立ち上る。
「ソファじゃなくっていいんすか?」
「ああ、耐久Bだし大丈夫とは思うが一応体を見ておきたい、あと俺が動きたくない」
彼は俺のずぼらさにため息を吐くこともなく静かに頷き、俺の隣に座った。
目立った外傷などはないが、先ほどの戦いを見るに筋肉や骨などに何かがあっても可笑しくはないので手を出させてそれを握る。
そこから魔力を通すことで内部の解析を行うのだ。
普段ならそこから強化の魔術をかけたりするのだが、今回は解析のみにとどめておく。
「っ・・・・・・う、あ、熱っ」
「すまんな、霊媒医師とかじゃねえから苦しいだろうが我慢してくれ」
目を閉じる。他人の体に魔力を通すのは難しいことで、それは自分とパスをつなぐサーヴァントも例外であるとは言えない。
流し込むこと自体は魔力供給の観点から容易なのだが、注いだあとのそれを自分の意志で操ることが難儀なのだ。
パスから滲ませるように力を広げ、異常なポイントがないか素早くチェックしていく。
基本的にダメージがあるのは筋肉(特に手足と腰まわり)と内臓。筋肉に関してはブラダマンテの突進を野球のバッティングみたいな動きで打ち返したことが原因。そして内臓はあの謎の光による圧迫で少し・・・・・・というかこれに関しては彼自身が猫背であることのほうが悪い気がするのであとで多少矯正しておいた方がいいのかもしれない。
いやサーヴァントにそういうの必要なのかと言われたらそれまでだけど。
「ひっ!」
とある場所を探るとマンドリカルドの体がびくりと跳ねた。なにかの症状かもしれないと思って数度魔力で撫でるように触れてみる・・・・・・が、そこに集う魔力が濃いだけで別に異常はない。
「れ、霊核だけはっ・・・・・・触らないでくれ・・・・・・!」
「・・・・・・すまん」
人間で言ったら心臓を素手でさわさわされているようなものだろう、そりゃ拒否反応が出ても仕方あるまい。
多少宝具の影響でそこもダメージを受けているのだが、それ以上そこを診るのは諦めてほかの場所を治しにかかる・・・・・・といっても俺の魔力を馴染ませるだけだが。
「最初はちいとアレだろうが、これを繰り返していけば慣れてくるはずだ」
俺の魔力パターンを定着させることにより、次回以降の供給と強化がよりスムーズになる。そうすればいざという時の対応力も高くなりやられる可能性も低くなる、という算段だ。
だいたいの場所を修復した所で、俺は握っていたマンドリカルドの手を離し、顔を上げた。
やっとこさ主人公以外の魔術師が増えましたね・・・
主人公が強化魔術使いでその次に出てくるのが宝石魔術使いとかそれどこのsnなんだ()
魔力供給的なのの描写がおかしいって?それは原作リスペクトです(苦しい言い訳)
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21話 二日目:あいきゃんふらい計画
それにしてもデュランダル(SNに出てくるデザイン)とドゥリンダナ(ヘクおじのやつ)をどう扱うか困りますねえ・・・
「・・・・・・なんだその表情」
頬を真っ赤に染め、唇を噛んでいるマンドリカルド。
そこまで霊核に触れたのがまずかったのかと額に手を当ててみたところまあまあ熱い。
「熱あるじゃないか・・・・・・さっきのがそんなにダメだったか?」
「だ、ダメじゃ・・・・・・ないっすけど。ちょっと体の中のエネルギー量が過多なだけで・・・・・・」
話によると注ぎ込んだ分が少し多すぎたらしく、体内に熱がこもっているとのこと。
しばらく安静にしていれば問題はないらしい・・・・・・次からは過剰供給を意識的に防止しなければいけないなと脳みそのメモ帳に書き記した。
「・・・・・・しばらくベッドに転がってるといい。その状態で座ったままの話はきついだろ」
「いや、いいっすよ別に!克親のベッドで寝転がるだなんてそんな」
「別に怪しいことはしないから安心しろ、ほらさっさと横になれ」
マンドリカルドの肩をとんと押して倒す。
それでもなお起きあがってこようとするのを手で止めた。
なんかこの様子、誰かに見られたら勘違いされるんだろうな・・・・・・などと、俺ら以外誰も居ないのだから心配するだけ無駄なことを考えながら俺は話を始める。
「・・・・・・まず、あのランサーについてだが。真名はブラダマンテで間違いないな?」
あの光を放つ盾と変な槍らしい武器を振り回す女騎士。
マンドリカルドは宝具解放の時に気づいたのかその名を叫んでいたが・・・・・・
「偽装されてたとしたらわからないけど、多分間違いないと思うっすよ。あの魔盾と真名解放した宝具の名を聞く限り、あれは魔術師アトラントの奴っす。幻惑の力を持ってるとかなんとかいう話があるっすけど、俺はそこまで知らないっすね」
あの目潰しは幻惑の能力によるものだと考えれば辻褄が合う。
俺は頷き、あのランサー=ブラダマンテということで確定というていにして話を進めていく。
「盾での突進はまあ置いといてだ、槍から出てくるあの光・・・・・・あれが厄介だな」
「・・・・・・あの光、浴びただけなのになんか力を感じたっす」
彼の報告にもあるとおり、あの光からはなにかしらの圧力を感じた。全面的に体が押されるような感覚・・・・・・それを、マンドリカルドの後ろに隠れていた俺でも感じ取っていたのだ、本人に行った力は凄まじいものだろう。
「あの光、魔術的なものだと言われればそれまでだが・・・・・・放射圧という物理科学的な話で説明がつかなくもない」
電磁放射を食らう物体に働く圧力であり、地球が受ける太陽光線で4.6μPa程度。
あれほどの圧力を感じるほどの光なら俺の体は消し炭になるはずなので、荒唐無稽な話だと結局笑った。
盾の力で放射圧のみを増幅したという考えもあるが、それをするくらいなら火力に回して敵を周囲の建造物やら自然諸共に焼き払った方が早いのであまりありうる話ではない・・・・・・これ以上の考察は中止にしておこう。
「他に厄介そうな装備とかはあるか?ビーム放つ剣とかそういう類の」
「ビーム放つ剣・・・・・・とかは思い当たらないっすけど、触れた相手を絶対落馬させる槍とか、あらゆる魔術を解除できる上に口に含めば姿が隠せるアンジェリカの指輪とか、ヒポグリフとか・・・・・・あいつがもってこれそうな類いはこれくらいっすかね?」
随分と彼女は厄介な物ばかり持っているようだ。
なにしろマンドリカルドのクラスはライダー。戦闘中一瞬だけとはいえ馬を顕現させ戦う彼に、絶対落馬させる槍が来るだなんて相性が悪いったらありゃしない。
その上魔術解除&隠密の指輪と幻獣の子、ヒポグリフときた。
このうちどれを向こうが持ってきているかによってこちらのとる戦術は大いに変わってくる・・・・・・落馬の槍ならばブリリアドーロは駆りだせないし、指輪なら俺の魔術攻撃による支援ができない。ヒポグリフなら言わずもがな空中戦を強いられるだろうし、悩ましいことだ。
「あっちにはマンドリカルドの名前がバレてるだろ?そうなると対策練られるだろうからな・・・・・・」
「あれは迂闊だったっすね・・・・・・申し訳ないっす、克親を逃がそうとしたばっかりに・・・・・・一番教えちゃいけない情報を漏らしちまった」
もうこれに関しては過ぎたことだし許容する以外ない。俺を思ってのことだったばかりに怒ろうにも怒れないというところもある。
またマンドリカルドが自分はダメだループに入りそうだったので、俺はどうしたもんかと悩んだ末彼の頭を撫でるという行為をするに至った。人の慰め方とかがわからんので悲しい。
「・・・・・・大丈夫、大丈夫だ。俺がなんとかするから、落ち込むな」
彼は何か言いたげにしながら、しばらく口を閉じていた。
わかっている。彼は・・・・・・どう自分の意志を伝えれば俺が一番傷つかなくて済むかばかり考えているのだ。そうする理由が、嫌われることを恐れてかまではわからないが。
「言いたいことあったら遠慮なく言っていいんだぞ。俺は何だって受け入れるから」
少しだけ嘘をつく。俺にだって逆鱗はあるというのに、それを隠してしまった。
俺も似たようなものだ・・・・・・近くにいてくれる相手が萎縮しないように離れないようにと、自分をつい偽る癖がある。
「・・・・・・さ、話の続きだ」
自分自身が嘘で塗り固められてしまっても、それですべてがうまくいくのならいい。
俺が思うのはただ、それだけだ。
「とりあえず向こうは宝具クラスのもの全部持ってきているていで話を進める。まずアンジェリカの指輪により魔術がキャンセルされるだろうから火砲支援は不可能、俺からは能力強化や防護膜でのサポートが主体になるだろう」
俺は元より攻撃魔術の類はそこまでたくさん習得していないため、どっちにしろこういった形での支援が主なものになる。
そもそもからしてサーヴァントには同じサーヴァントをぶつけないと基本勝てない構図になっているため、俺の魔術がもし通ったとしても蚊に食われた程度にしか感じないと思う。そこは遊○王ZE○ALのナ○バーズ的な解釈で見ていい(※アニメ版とする)。
「で、落馬させる槍だが・・・・・・これを使われるとやっぱ危険だから、ブリリアドーロは基本出さない方向で行かせてくれ。次の戦闘とかでこれは持ってないなと判断したら解禁するつもりだ」
「うっす。正直早く一緒に戦いたいけど落ちて俺が死んだら駄目っすもんね」
「そういうこと」
きっちりブリリアドーロと戦いたいという意志を示してくれたのでこれはいい傾向だ。
この調子で少しずつ本人のやりたい戦術を聞き出して、できる限りそれを作戦に組み込んでやろう。
戦いにおける士気というものは、情熱というものはとても重要だ。
『情熱は心の刺激剤だ。それはネガティブな影響力を心から追い払い、心の平和をもたらしてくれる』
と、どこぞの実業家が言っていたとおり、やる気があれば無理なことも少しはひっくり返せるはずだ。
「最後にヒポグリフだが・・・・・・アレがいるとなるとこっちも空を飛ばなきゃならない。俺なら初級動魔術でいくらか動けるが、俺だけ移動できても意味がない。だからお前には簡易空中移動ユニットを渡す」
ベッド下に置いていた箱を引っ張り出してきて、それを開ける。
中に入っているのは薄っぺらい中敷きのような護符二枚。ついでに言うとサイズは靴に合わせてある程度の変更が可能だ。
「こいつは一定時間空中に仮の足場を作り出してくれるやつだ。空中に階段をイメージすればそれを登ることで上昇下降もできる。んで効果時間は約30分の使い捨て、ついでに言えばこいつは外国にいたとき買った奴で入手が今は難しいから替えは効かん。無駄遣いだけは禁物な」
仮想足場形成だけならば簡単な術式だけでいいのだが、こいつはまあまあの高級品なため転倒時や効果時間終了直後のダメージ軽減などの保険まで掛けてくれている優れもの。
一足分しかないため本当に無駄遣いはできないので、ここだけは口酸っぱく言っておく。
これを使い切ったらマンドリカルドには地上から俺にラジコンのような操作をされながらか、俺を背負って空中戦をしなければいけないことになるのだから。
「・・・・・・心得た」
了解を得たところで俺は護符をしまい、箱をベッドの下に戻した。
ブラダマンテ自身の対策はこれまでにして、これからはこちらの身を守る話を進めよう。
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22話 二日目:男の忠告
「こっちの弱点はやっぱり生前致命傷食らった脇腹だな。これに関しては鎧を魔術で強化して防御無視の魔剣でも来ない限り絶対に耐えられる状態にしよう・・・・・・んで、あと心臓。どっちにしろここを壊されたら消滅回避はほぼ不可能だが、一応対策はとっておこう。なにしろお前武装したら胸元バッチリ露出してるからな」
服の隙間から覗くセクシーな胸部はどうにかしていただきたいところ・・・・・・
いくら九偉人の鎧の力で露出部すら守られているとはいえ見た目が無防備すぎる。
「・・・・・・了解っす」
心なしか不満顔な彼だがここは我慢していただこう。
俺とてあまり格好を弄り倒したくはないのだが・・・・・・苦渋の決断なのだ。
「あと宝具の解放だが、使ったあと得物が壊れるから本当に最後の切り札で使ってくれ。壊れた剣も持って帰ってきたがこれの修復は不可能だ。家の裏山から適当に伐採して作るにしても結構時間がかかる・・・・・・槍とか斧でも発動できるよな?」
できないとなると今日は寝る間も惜しんで武器の製造に取りかからなくてはならない。
燃費的にはかなーり優良児めな彼だが、こういうところが少々手間である・・・・・・いや、これで文句言ったらさすがに怒られるだろうしお口チャック。
「手に持てる物なら棒だろうが石だろうがゴミだろうがなんでも。つかその折れた剣持って帰ってきたんすか・・・・・・いつの間に」
もう使えない物なのになんでわざわざ・・・・・・とうすーくため息をついてマンドリカルドは俺を見る。
「なに、ただの思い出ってやつだ。正体すら分かっていない敵に真正面から立ち向かうお前の勇姿を忘れないためのな」
「・・・・・・は、はあ」
根元から粉砕された、かつて剣だったもの。埋め込まれていた鋼も一緒に拾えるだけ拾って帰ってきたので形だけは元に戻すこともできる・・・・・・だが、それではなにかが違う。
壊れたままでいいというものも世の中にはある、というものだ。
「いつかこれが役に立つかもしれない、と俺の勘も言ってたことだしな。こういうときの直感ははずれなしだ」
などと俺は言うが、正直言ってこれがどう役に立つというのか。遭難したときの焚き火か、燃料なのか?
露骨にマンドリカルドが『なに言ってんだこいつ』という目でこちらを見てくる。視線がとても痛い、刺さるように痛い。
「・・・・・・もう今日は寝ろ。俺のベッド使っていいから」
「いやそれはさすがに悪いっすよ。隣の部屋行くんで、失礼しましたっす」
突然立ち上がったマンドリカルドだが急な体勢移行で目眩でも起こしたか、ぐらりとバランスを崩してしまう。
危うくベッドサイドの棚に頭をぶつけるところだったが、すんでのところで止めることに成功した。
体に触れてみるとまだ熱い・・・・・・やっぱり暫くは寝かせておいた方がいい。
「俺が全面的に悪いとはいえ、こんな状態で行かせらんねえよ。冷えピタとかいるか?」
「・・・・・・それはいいっす」
今度は抵抗することもなく静かに横たわり目を閉じてくれた。俺は薄い毛布だけ被せ、ソファの方へと移動する。
今日から聖杯戦争にっき(仮)と称して気づいたことを書き留めておこう。勿論マンドリカルドには内緒で。
二日目から付け出すというのもなんだか歯切れが悪いが、思い立ったが吉日。今からでも遅くない。
使いかけのノートを開いて、新しい1ページに先述の題名を記す。
とは言っても文体に困る。論文調にするか、本当に日記にするか・・・・・・
「まあ、箇条書きでいいか」
昨日から共にいてわかったこと・・・・・・
相手のことを思って色々考えてくれてるために、無口で挙動不審ぽくなりがち。とか基本自己評価が低くて優しくされるのに戸惑うことがある、とか・・・・・・ヘクトールが本当に好きであることとか、戦闘のときは一度強く焚き付ければそれなりに強気で行ってくれるとか。
マンドリカルドと俺はどこかほんの少し似ているなんて思うのは仮にも人類史に刻まれた尊い英霊様にとっては失礼な話なんだろうが、やっぱり思ってしまうものがある。
一見他人に心を開いているように見えるが、結局は俺も表面上の人格で相手の喜ぶように振る舞ってるだけ。
八木澤と司馬田以外の存在に本来の自分自身なぞめったなことでは見せない。
「・・・・・・はあ」
駄目だとはわかっている。
だがどうしても、気を許すことへの恐怖があるのだ。
過去のことなんて別にどうでもいいし関係ないと思いつつも、心の奥でまだ蠢いている記憶。
消してしまえば自分の本質すらも変わると知っているから、捨てようにも捨てられないそれにずっと悩まされ続けてきた。
「俺って、駄目だなほんと」
ペンを走らせながらまた呟く。自分をどれだけ蔑もうと何も起きないってのに馬鹿の一つ覚えのように繰り返す。
どうせ誰も助けられない、俺のそばにいてくれる人は誰も守れない、ただひたすらに無力の塊。
だから嫌だったんだ、この戦争に参加するのは。
令呪の兆しとやらが現れた瞬間に自分の家系を恨んだ。人が傷つく様なんてもう見たくはないのに。
あのとき圧力に負けて召喚したのが間違いだった、あのままほかの奴に任せておけばよかった。
マンドリカルドに『あのときこうしていればとか考えるな』と言った癖して、俺自身も後悔ばかりしている。
ノートを書き終え、研究室まで行って平尾家最強と名高い金庫にしまい込んだ。魔術刻印によって開く特別製で、平尾家の当主でしか開けられない仕様。霊体化したサーヴァントでも入れないように結界まで仕込んであるため、大事なものは基本ここに置いておけば間違いない構造になっている。
「明日も更新できる情報があればいいんだが」
因みに、敵陣営の情報は別の媒体で記録してある。つまりあのノートはマンドリカルド専用・・・・・・もはや聖杯戦争にっきならぬライダー観察日記なのだ。
正直言って何やってるんだろ俺。ストーカーか、恋心こじらせた挙げ句の果てに対象のスリーサイズやらなにやらまで完璧に把握しちゃう系のストーカーなのか。
自分の性癖(?)に気づいてしまった俺は頭を抱えながら階段を下りる。
今まで女性とまっとうな付き合いをしてこなかったからわからなかっただけで実際はこんなんだったのか。うわあ最悪だ、誰にも迷惑かけてないでよかった。
強制覚醒の魔術がもうすぐ切れそうなのでその前にベッドへと飛び込もう。途中で効果が終了したら野垂れ死にのように眠ってしまい風邪を引くから。
廊下を歩く、そして寝室の扉に手を触れようとしたその時であった。
誰かが見ている。そう感づいた俺は回れ右して窓の外を見る。鉄の柱が幾百と並ぶ塀の奥に、”それ”は立っていた。
金髪に、赤い眸、そして容姿も端麗。白いシャツの上に黒く短いジャケットを羽織っていて、さながら格好は(バイクの)ライダーである。
ここらへんにこんな男が越してきたなんて話は一切聞いていない。それに・・・・・・彼から感じる力の波動が尋常じゃない。普通は隠すものなのにこいつはもはやひけらかしている・・・・・・自分の正体をある程度悟られようとも構わない姿勢、悍ましいほどの自信だ。
どう考えてもサーヴァントかそのマスター。まさか、ここを襲いにでも来たのか。平尾家においても最高錬度の結界をぶち壊すほどの火力があるとしたら・・・・・・そいつを破られたら最後、家どころか山が消えてもおかしくはない。
何かを話していると気づいた俺は窓を開け、男の声を聞く。おそらく殺されたくなければ平伏しろという類だと想像、していたのだが・・・・・・
「貴様の従える雑兵・・・・・・今のうちに殺しておけ。呑まれたら最後、容易には取り返しがつかんことになるぞ────?」
嗤う男。どういう意味だと俺が問う前にそいつは踵を返し坂の向こうへと消えていった。
追いかけたいが、もう魔術の効力的にも限界が近い・・・・・・外で倒れたら車に轢かれたり他のマスターに殺られる・・・・・・諦めて、寝るしかないみたいだ。
寝室に入り、マンドリカルドの寝るベッドへと潜り込む。
『今のうちに殺しておけ』『呑まれたら最後』『取り返しがつかん』
彼奴の言った言葉が脳内で反響して仕方がない。
頭を傾け隣を見ても、そこには静かに、優しそうに眠るマンドリカルドの姿しかない。
・・・・・・あれは、ただ俺を疑心暗鬼にさせ自滅を謀るためだけの言葉だろう。絶対にそうだ、そうだと思いたい。
余計な考えを捨てようと唸りをあげていた途中で魔術の効果は切れ、そのまま俺は寝落ちした。
いやもうあからさまに男がアレじゃねえかというツッコミはなしでお願いしますね?ね?
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23話 Interlude:あかいろ
眼前に緋色が広がる。
鼻をつくのは鉄のにおい、足を伝うのは生暖かい液体、手には剣。
「・・・・・・なんだ、これ」
ふらふらと体が勝手に動く。足がぬちゃりとあたたかい何かを踏み抜いて、土踏まずに硬く鋭利なものが刺さる。
痛いはずなのに、なぜかこの体は止まらない。
俺の記憶ではないこの映像、そしてサーヴァントは夢を見ないはずだから・・・・・・これが何かという答えはすぐわかってしまう。
「マスターの、記憶」
先ほどの魔力供給で大きく広げられたパスが元に戻っていないせいか、こちら側にマスターの過去が流れ込んできているのだろう。昨日はなにもなかったからつい失念していたが、互いのために共有領域の意識カットをしておくべきだった。
だがそんな考えは今更になって繰り広げても無駄、ここから出る為には記憶の再生が終了するかマスターのほうが目覚めなければならない。そして夜はまだ始まったばかり・・・・・・恐らく、しばらくは脱出不可能だろう。
それにしてもなんでこんな事態になっているのだ。体の感じからして年齢は15歳前後、この時期にあった大きな事件は鉄道事故くらいじゃないか。
部屋に散らばったものを見るに、ここまでの大規模な殺人となれば聖杯から教えられる知識の中に残っていてもおかしくはない・・・・・・もしかしたらもみ消されたのか?
「克親!」
部屋の扉が乱暴に開け放たれ、その勢いで吹き飛んだ何かが俺の腕にまとわりつく。よく見ればそれは誰かの臓物で、血まみれの戦いに慣れている俺でもその感触と見た目と臭いは気持ち悪く感じた。
仕方なしに手を払ってそれを振り落とし、マスターの名を呼んだ男に視線を向ける。
・・・・・・その目は脅えているようにも見えて、期待しているようにも見えた。
例えるならば、怪物の生誕を前にして畏れ多くも感激している狂信者か。
「・・・・・・これは、お前がやったのか?」
分かり切ったことを聞くのも確認の為なのだろう。
俺は真相を全くもって知らないが、ここでは頷く他にない。
持っていたその剣は鈍色の刀身を真っ赤に染め、今もなお誰かを屠らんと胎動している気がした。
「まさか、まさかここまでやるとは思わなかったぞ克親。その力をもってすれば、行方知れずのままになっている不毀の絶世剣すらも!」
・・・・・・不毀の、絶世剣?
俺に馴染み深い言葉が唐突に湧いて出たせいで、俺の気分はいきなり後頭部をギリギリ撲殺にならない程度の威力で殴られたかってくらいだ。
なぜこんなところでそれが出てくるのだ。俺の求めてやまなかったあの剣が、手に入れても結局一瞬で失ってしまったあの剣が。更に事態がややこしくなっていく。
「ふはははははは!悠は死んだが、これほどの成果を出せたのならば問題ない!よかったな悠よ、お前が命を賭して守った子は・・・・・・今度こそ起源を覚醒させるぞ!」
駄目だと考えるより先に本能が言った。起源を覚醒させてはいけない、それは聖杯からもきっちりと教えられている。
記憶の中なので意味はないとわかりつつも俺は後ずさりし逃げようとした・・・・・・だが、体の主導権を奪われたかのように自由が利かない。
ここから先は黙って見ていろということか。
「い、ヤ・・・・・・もう・・・・・・嫌だ・・・・・・!」
のどの奥から勝手に絞り出される呻き。
握りしめていた物を男に投げつけるが弾かれ、からんとその見た目の雄々しさに反した音を鳴らして床に落ちた。
「もう遅いぞ克親。もう準備は整ったのだ・・・・・・お前の起源は、ぐっ・・・・・・!?」
男の首を絞めた。俺の中で何かが蠢動する・・・・・・背中を食い破って出てきそうな苦痛が全身を焼くかのようだ。
これが魔術刻印が作用するときの苦痛なのだろうか。術の補助を受けて首へかけた手にこもる力は増幅し、今すぐ頸椎を折ってもおかしくないくらいまで高まってきた。
「母さんを殺しやがって・・・・・・俺が、俺が・・・・・・お前を阿鼻地獄にぶち落とす!」
鈍い音が響き、両手に反動とも言える衝撃が伝わった。
扼殺なんて甘ったるいもんじゃない殺し方・・・・・・体全体に焼き付いてしまった感覚が離れない。
なぜ、生前こんなにも抵抗のなかった人殺しが怖いんだ。マスターの感情が此方にまで浸食しているわけでもないのに、どうして?
動かなくなった男の体を踏みつけながら部屋の外に出た。外の景色は現実で見たのものと同じ、舞綱市山名地区。
家も現在の間取りと同じらしい・・・・・・廊下を歩くと俺の部屋と今のマスターの部屋につながるドアも見えた。
どこへこの体は向かうのかと何も言わず任せていると、たどり着いたのは風呂場。
バスマットで足の裏の血を拭い、浴室へと入る。中で服を脱ぎ捨て、シャワーの冷水をこれでもかと浴びせていく。
さっき人を殺めたというのに、一切の動揺はない。
『・・・・・・こんなのが、慣れっこだってことか』
おかしいだろと、声も出せない中だが呟いた。
「・・・・・・ん」
唐突に目が覚める。普通なら一度眠ってしまえば朝まで目を覚まさないのだが、今回に限ってこれとは。
何らかの力が・・・・・・生前の俺がいた軍に隙あらば不和の種をバラまいたあの悪魔みたいな奴が働いているのかもしれない。
無理やり瞼を下ろしても全く意識が落ちる気配はないので、俺は上体を起こし辺りを見回す。
問題は何もなく、傍らのマスターはあの記憶など持ち合わせていないのかといわんばかりに優しい表情をして眠っている。
・・・・・・家の中なら離れても大丈夫なのだろうし、少しくらい家の中を探らせてもらっても構わないだろう。
普段の俺なら絶対しないようなことだが、今だけは例外だ。胸の奥でくすぶるわだかまりのような何かが気になってこれじゃあ昼も眠れやしないのだから。
寝室を出て、左に曲がる。あの記憶共有で見た部屋の扉はすぐに見つかり、鍵がかかっていないことも把握した。
マスターすまんと心の中で謝罪し、そのドアノブへ手をかけ開く。
「っ!?」
満ち溢れる瘴気、霊視をしてもなにもかもが乱されわからなくなるほどの闇が部屋に充満していた。
これはやばいと思った瞬間に体は行動していて、蜻蛉返りのように後ろへ跳んでドアを閉める。
あんなもの長時間浴びていれば霊基すら汚染されるのではないかという恐怖・・・・・・鳥肌が立った。
「どうなってんだこの家・・・・・・恐ろしいにも程があるんじゃねえか」
最初は何の変哲もない魔術師の家だと思ったのに、ふたというかドアを開けてみればこの有り様だ。
俺を心配させないように隠していたのかもしれないが、やっぱりマスターには疑念を抱かざるを得ない。
夢の中で殺した男が言っていた『不毀の絶世剣』も気になるし・・・・・・俺は何をすればいいのかわからなくなってくる。
しばらくはマスターに従っておくべきだろうか。彼自身は普通に接してくれるし、俺使ってなにか実験しようとかも考えていなさそうだし、ちゃんと戦いのことも考えてくれてるし・・・・・・信頼と猜疑心の狭間に放り込まれ、俺は唸るほかなかった。
今回は記憶共有の話でしたが克親サンの過去の真相とあの瘴気部屋の正体やいかに・・・(考えが固まってない)
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三日目
24話 三日目:それは雷のように
何かとても嫌な夢を見た気がした。
マンドリカルドの体温とかがあるとはいえ寝汗がいつにも増して酷い。
時間に余裕はあるからシャワーでも浴びて汗を流しに行こうと、まだ隣で縮こまっている彼を起こさないようにゆっくりとベッドから抜け出した。
着替えを持って風呂場へ足を向けた、のはいいのだがその前に気になったことが一つ。
「・・・・・・あの部屋、なんでドアがちょっと開いてるんだよ・・・・・・」
何年も開けていない場所なのに、今年に入ってからはドアノブすら触っていないというのに。
ここには使用人もいないし、答えなんてのは最初っから一つ・・・・・・マンドリカルドが開けたのだろう。彼の性格から鑑みて可能性は低いが、動機は家の探検でもしたかったからだろうか。
取りあえず開けっ放しはいけないので閉じておかねばと、扉の前に立つ。そして俺はドアノブに手をかけた。
瞬間である。
「・・・・・・ぐぁ・・・・・・あ、ああ!?」
唐突な激しい頭痛。まるで雷にでも打たれたかのような痛みが後頭部を襲う。
立つことすら不可能になった俺はドアの前でくずおれる他ない。
痛い、痛い痛い痛い。頭が砕け散りそうだ、随意筋も自由に動かせない。
これの原因は何だと痛みの中で探る。魔力を体に走らせ見た結果これはクモ膜下出血などの異常ではなく、魔術による痛みだということがわかる。でも何故?
「マスター!」
俺の異常を嗅ぎ取ったかマンドリカルドが走り寄ってくる。
なにがあったと聞かれるも言葉が全く喉から出てくれない、だからといって体中が震えているから筆談もできない。
どうすりゃいいのかと思案を巡らせているうちに意識が朦朧としてくる。
マンドリカルドに手を伸ばそうとしたが、それが届く前に俺の世界はブラックアウトした。
「・・・・・・う」
真っ白い光が瞼を刺しているのに気づき、俺は目を開ける。
知らないベージュの天井と青いカーテンが視界を占領していたところ、右側から知った顔がにゅっと伸びてきた。
何を詰め込んできたのかギチギチパンパンの鞄を膝の上に乗っけて、マンドリカルドが眉を下げつつ安堵の溜め息を漏らす。
状況から見て察するに、彼は俺を病院まで連れてきてくれたのだろう。恐らくは救急車か何かを呼んで。
「・・・・・・克親、頭・・・・・・もう痛くないか?」
「ああ。頭痛の方はもう大丈夫そうだ・・・・・・すまんな、心配させちまった」
礼を言った直後いや俺は救急車呼んだだけでという謙遜が入ったのでそこまでにしておけよと止めてやる。
今回の対応はとてもよかったからほめてしかるべきなのだ。謙遜なんかする悪いサーヴァントにはほっぺた掴みの刑だ。
手を使ってマンドリカルドの頬を両側から押してやる。意外とぷにぷにした感触でなんだか楽しいが、長いことやってるといくら暴力を振るわない彼だってどつきに来るだろうからすぐ離してやった。
気を取り直して窓の外を見るとそこはビル街・・・・・・明海まで来たということか。
ならここは舞綱中央医療センターなのだろう。舞綱1医療体制の整っているここならどんな急病や傷でも対応できるはずだ。
「診てくれた神経内科ってところの人が言ってたんだが、クモ膜下出血や脳静脈・・・・・・血栓症?だっけか、そういう類の症状は見てないって。いきなり痛くなってピークがすぐ来る頭痛が何回も繰り返して起こったらRCVSとかいうやつかもしれないから、また頭痛したら受診しにきてくれと。あと固定のやつで勝手に会社へ電話したけど・・・・・・まずかったか?」
「大丈夫だ・・・・・・セラヴィありがとな。俺も今日のは予想外だったもんで任せっきりになっちまった」
意識を失うレベルでの頭痛なんて経験したことがなかったせいだ。
家に自分以外の人がいてくれて助かった。
「・・・・・・どう、いたしまして。克親がいなくなったら俺もきえ・・・・・・いろいろキツくなるからな」
彼は単独行動スキルの類を有していないから、俺がいなければ現世に留まることも難しくなるし当たり前だ。
この相互利用関係のおかげで救われたか・・・・・・聖杯戦争のシステムに今だけは感謝しよう。
「平尾さんの様子どうですかー?」
話をしている途中に割って入ったのは1人の女性。
黒いショートカットの髪を振り乱してぱたぱた駆けてくるその姿には見覚えがある。
彼女の名前は八月朔日しのぶ。センターの病院長である八月朔日浩太郎の愛娘かつ、本人は脳外科の科長。
つまりスーパーエリート様である。俺と同年代なはずなのに随分と違いが出たもんだ。
「あ、今目を覚ましたところです。頭痛ももう治まっているらしいですし・・・・・・」
「そうですか、それはよかったです!念のため神経の人と一緒にもう一度検査させてもらいますね・・・・・・異常なければ再発防止のお薬出して今日はご帰宅頂けますので・・・・・・」
八月朔日は『もう検査始めましょうか』とにこやかに笑って促す。こっちにもこれを拒否する理由がないので、俺はマンドリカルドの手助けを軽く貰いながら立ち上がり歩き出した。
幾つかの検査室を盥回しにされた結果、出たのは完全問題なしという結論。
渡された薬も頭痛が再発したときに飲む頓服薬だけであった。
「今日はこれで帰宅していいですが、次症状が出た時には薬で痛みが治まってもできる限りすぐ来院なさってくださいね。今回の検査ではなんの異常も発見されませんでしたがこの先どうなるかはわかりませんので・・・・・・では」
口酸っぱく忠告をして、八月朔日はそのまま診察室へと戻っていった。
彼女は言いつけを守らない患者には厳しく、ぷんすか頬を膨らましながら指導を繰り返した挙げ句ついた異名が『儼たる神のしのぶ』だそうで。
俺はお世話になっていないので真相は知らないのだが、同僚が前にそんな話をしているところを聞いた。
正直言って彼女の顔は厳しさとはかけ離れたふんわりタイプなので想像がつかん。
まあ、俺は一生お目にかかれない光景でいい。医者に反抗するほど馬鹿じゃあないし。
「・・・・・・もう帰るか。一応会社に顔出しとこっかねえ」
傍らのマンドリカルドに声をかける・・・・・・が、返事はない。
おーいと目の前で手を振りながら彼を呼んだところやっと顔を向けてくれた。
なにやら彼は思い悩むようなことがあるらしい。
今後の軋轢を出来るだけ生まないためにも聞いておくべきだろうか。
「どうした、なんかあったか?」
「・・・・・・いや、ただ・・・・・・俺のせいで、克親が倒れたんじゃないかなと、思って・・・・・・」
なぜそんなことを思ってしまうのか。きっかけは確かにマンドリカルドがあけっぱにしていたドアのせいかもしれないが、彼には落ち度がない。なんてったって知らないのだから。俺は故意だったり未必の故意であれば叱責することがあるけれど、過失であれば基本咎めはしない。
「なに言ってんだ、お前は悪くないに決まってんだろ。もし悪かったとしてもちゃんと救急車とか呼んでくれた点で完全に帳消しだっつの!」
だから自分のせいだと思うなと、俺は病院から出たところで彼の肩を叩いた。
こんなんでも本当に感謝してんだぞ俺は。わかりにくいかもしれないけどさ。
八月朔日さんがちょっと例の医神的なキャラ付けになってしまいました
完全に予想外です(作者の癖に)
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25話 三日目:喜んで毒牙にかけられるほどMじゃねえ
「そういや、お前のその荷物なに入れてきてたんだ」
マンドリカルドの肩にかけられた大きな鞄・・・・・・俺がたまにしか使わない旅行用ボストンバッグなのだが、あからさまに容量オーバーすれすれなほど物が詰められている。3泊はできそうなくらいの荷物、彼は何を思って入れてきたのか・・・・・・
「・・・・・・いや、もし入院てことになったらいろいろ必要かなって。着替えとタオルと毛布とかを取りあえず持ってきたっす」
「そっか、いろいろ考えが回った結果のそれか。優秀な友を持って俺は幸せだなあ」
偉いぞ~なんて子供を褒めるかの如くなでくり回してやったところ、本人は満更でもないようだ。
それでも瞳の奥には自責の念が透けて見えるというか、なんというか・・・・・・言いたかったけど、そう何回も指摘していたら逆効果かもしれないと考えるようになって声を出すのに躊躇してしまった。
「さてと、いきなりぶっ倒れちまった謝罪回りにでもいきますかねっと・・・・・・会社の奴らに君は誰だとかなんとか言われるだろうが、ボロ出さねえように注意しとけよ。まあお前に限っては大丈夫だと思うが」
「うっす、了解っす」
センターから徒歩で会社へと向かう。
途中ショッピングモールの壁につけられた大きなデジタル時計を見たがそいつの示す時刻は午後2時。
随分と俺は眠っていたようだ。
平日のこんな時分にほっつき歩くというのも久方ぶりなもんで新鮮味を感じる・・・・・・あたりは早く学校の終わった小学生やら、晩飯の買い物をしている主婦の方々ばかり。
なんだか俺がろくでなしぽい感じでなんだか溶け込めない。
「なんだかなー。俺らが大変な目に遭ってるってのに、世界は呑気だほんと」
もしかしたら戦いに巻き込まれて明日死ぬかもしれないのに、みんな知らないからって。
八つ当たりじみた愚痴を吐き、俺は空を見上げる。
今日も今日とて晴れの日続き。なんだかつまらなく感じてきてしまう・・・・・・たまには、雨だって降ってもいいのに。
「・・・・・・誰にも知られないまま終わるのは、悲しいっすか?」
唐突にマンドリカルドがそう問いかけてくる。
振り返るとまた、あの時のような顔をしながら彼は俯いていた。
「・・・・・・そりゃ悲しいに決まってんだろ。知ってもらいたい、覚えていてもらいたい、認めてもらいたいっつう気持ちがあるからな。俺とほんの一握りのやつらしかお前を知らないままサヨナラとか、考えるだけでも寂しいさ」
なんか、今顔を見るといらんことまで公衆の面前で吐いちまいそうだったから視線を逸らした。
「いいんすよ、俺みたいな三流・・・・・・誰にも、知られなくたって」
「よくねえよぶぁっかやろー」
彼は自分がマイナーであるということを自覚している。
それだけならまだいいのだが、こういった過度な自虐が問題点・・・・・・どうすりゃもっと自分に自信を持ってテンションを高く保てるのだろうか。
「お前な、そんな調子だったら持てるもんも持てなくなるぞ?」
「・・・・・・それは」
騎士道の体現者とされる九偉人。
その内のひとりであるヘクトールの武具を求めたものならばそれなりの誇りを持って然るべきだ。
ヘクトールに並ぶ武勇をもってかの鎧を手に入れたのだから、自分を卑下しすぎることはそれ則ち彼への侮辱に値する。
人がいる前でヘクトールだの鎧だの言えないからそこらへんはぼかしたが、俺はマンドリカルドにそう言ってやった。
「っそんな、俺は!・・・・・・俺は・・・・・・」
彼は静かに唇を噛む。血が出そうなほどに、強く。
「いやあすみませんすみません」
マンドリカルドをエレベーター前に待たせておいて、営業部のオフィスに入るとちょうど部長が出てきてくれた。
「あ、平尾くん!大丈夫だったのか??倒れたと聞いたが・・・・・・」
マンドリカルドが倒れた直後に連絡をしてくれていたお陰で業務に大きな損害は無さそうだ。
「最近根詰めすぎたせいで・・・・・・お恥ずかしい。迷惑かけて誠に申し訳ございません」
「いやいいんだよ、平尾くんの働き分がなくなって困っていたけど大打撃まではいかなかった・・・・・・いやはや、それでも結構危なっかしいんだけどね?」
そりゃそうだろう。俺に普段任せてる仕事幾らあるか分かってるだろうあんたなら。普通なら賃金今の1.5倍でもおかしくないやい。と内心毒づきつつ俺はにこやかに受け答えをする。
「私も少し無理しすぎたみたいで・・・・・・有給ここで使わせてください。二年分あわせて20日分残ってますから、取りあえず10日ほど・・・・・・これ以上だとさすがに入院沙汰になって手当せびらなきゃいけなくなりますんで・・・・・・ね?」
聖杯戦争でこれからなにがあるかわからない。もしかしたら戦いがエスカレートして敵がここまで巻き込み覚悟の上襲撃してくる可能性だって、無きにしもあらずなのだ。被害は出来るだけ抑えておきたい。
笑顔の奥に『断ったら週刊誌にたれ込みとして俺の扱いようを告発するぞ』という確固たる意志を込めてやる。
相手は断れまい。
「そ、そうかね・・・・・・非常に困るが仕方ないな」
よし、一週間以上の休みは一ヶ月前から申請しろという暗黙の了解を
「・・・・・・ではまた」
長居する必要もないと俺はエレベーターの方まで戻る。
そこではまったく想像していなかった光景が広がっていた。
「きゃーかわいい!君何歳?」
「・・・・・・あ、えと・・・・・・23です」
「ってことは大学卒業してすぐってことかな?」
「・・・・・・え、あ、はい・・・・・・あの、じ自分陰キャ系なので構わなくって・・・・・・いいっすよ。お嬢、様方ぁ」
マンドリカルドがうちの面食いどもに襲われていたのだ。
確かに目つきが少し鋭い感じがあれど彼は文句なしのイケメンに分類される顔、ついでに若々しいし体も猫背なところを除けばほぼ完璧。
うちの奴が食いつかないはずがなかった。平尾克親、一生の不覚也・・・・・・
もう此方を見るマンドリカルドの目は子犬のように震えている。SOSサインだろうこれは。
「セラヴィをよってたかっていじめないでくださいよ。ほらもう完全に縮みあがってるじゃないですか」
アマゾネスたちを押しのけ俺はマンドリカルドの手を握る。
俺も海以外の女性とはあまり絡むのが得意じゃないのでさっさと退散したい(装いからなにから男にしか見えない海を女と言っていいのかは少し疑問だが)。
「あれ、平尾くんの知り合い?」
「・・・・・・そうです。こんな顔だけど東ヨーロッパ系の外国人なんです。日本語は堪能ですけど文化についてはまだ勉強し足りないっつーわけで俺のところに下宿しながらいろいろしてるわけっす」
かなり雑な説明だがこれで納得してくれるだろうか。彼女たちは設定というものが気になり出すと止まらないから油断ならない。
「ってことは平尾くんと一つ屋根の下」
「日本の文化というものを教え込まれている・・・・・・」
「ちょっと待ってそれ尊い」
なんかとんでもない方向に話が進んだような気がしたのですがこれは気のせいでしょうか。
心なしか彼女たちの笑みが凶悪になったような・・・・・・なんかさぶいぼ立ちそう。
「では私帰りますねサヨナラ!!!」
これ以上いたら精神汚染の危機に瀕しそうなのでマンドリカルドを連れ俺は逃亡した。
危ない橋にツァーリ・ボンバ落としながら歩けるわけなかろう。
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26話 三日目:コーナーで差をつけろ
「はひーひどい目に遭った・・・・・・」
「おんなのひとこわい、まじこわい。マルフィーザよりこわい」
明海から山名まで戻ってきて始まったこの会話。
生前調子乗って口説いてこっぴどい撃沈かましたあの戦闘狂系女帝マルフィーザより怖いときたか。現代社会のアマゾネスたち、恐るべし。
でかい荷物を抱えつつ俺の横を歩くマンドリカルドの表情はとても重たい。
やっぱりあんま女性と会わせるのは控えた方がいい・・・・・・海も含めて周りにはろくなのいないから。
「まあこれからは買い物以外基本引きこもりってことにするか。最初にも言ったとおり、漁夫の利作戦といこう」
「・・・・・・そっすね。俺なんかこすい手を使わないと勝てませんもん」
またこいつはこういうこと言う。
はいはいと軽く受け流して、歩き疲れた俺は近くの公園に寄った。
喉も渇いたので、スポーツドリンクと炭酸ジュースを一本ずつ自販機にて購入。炭酸のほうをマンドリカルドに渡してベンチに座り込んだ。
「なんすかこれ」
「ん?サイダーのオレンジだけど」
ペットボトルを見つめじろじろ見るマンドリカルド。まさか炭酸初めてとかそういうやつか。
恐る恐る彼は蓋に手をかけひねる・・・・・・そして当たり前のようにぷしゅうと音を立て軽やかに噴き出す二酸化炭素。
「んなぁ!?」
「あぶねっ!!」
驚いたのかそれを放り投げたマンドリカルド。危うく中身を盛大にこぼしかけたが俺がキャッチしたおかげもありキャップ一杯分程度の損失で済んだので間一髪でセーフとしよう。
「す、すまん克親!」
「いいってことよ・・・・・・ひー140円が無駄になるとこだったあぶねえあぶねえ」
服が少々汚れたがこれくらい些事というもの。
受け止めたペットボトルを再びマンドリカルドの手に戻し、俺はスポーツドリンクを煽る。
さっぱりしつつも甘いこの味・・・・・・運動後じゃなくても美味しい。
「・・・・・・そっか、炭酸も飲んだことなかったかー」
「まあそういうことっすね・・・・・・ん、む・・・・・・?なんだこれ口痛っ」
一口含んで飲み下し、マンドリカルドは顰めっ面でペットボトルを睨む。
そりゃ初めてだからしゅわしゅわ感最高とかそういう感覚には至れないよな。うん買い与えるやつ間違えた。
「飲んでりゃ次第に慣れてくるはずだ。まあ、あんま大量に飲んだっていいことないからほどほどにな」
「・・・・・・はあ」
なんだかんだいいつつ美味しかったのか中身をちびちび、あーからっ!とか言いながら飲んでいくマンドリカルド。
やっぱり人間炭酸をからいと表現するもんなんだなあと感慨深かったり。
「げふっ」
「結局500ml飲み干したか・・・・・・」
背中をさすってやると連続で二酸化炭素を吐き出すマンドリカルド。そりゃあそうもなるわ。
「あー苦しい、旨かったけど苦しい」
彼は腹をさすって一息つく。このまま歩かせても可哀想だし、しばらくはこのままでもいいか。
俺も背もたれに寄りかかり、大の大人が二人してベンチを占領する・・・・・・子供もいないし今だけは許される行為だろう。
「・・・・・・そーいやお前、23とか言ってたけどあれほんとか?」
会社のアマゾネスどもに絡まれていたときそう言っていたが・・・・・・よくよく考えてみれば俺はマンドリカルドの年齢を知らない。
記憶としては生まれてから死ぬまでのものを保有しているが、肉体年齢はその英霊の最盛期と言われるだけでわからないのだ。前に40歳はいってないとか語ってたのは覚えているが。
「体は一応20代っすから・・・・・・まあ、その辺は適当に言っちまったっす」
「ああそう・・・・・・疑われなかったら別になんでもいいんだけど」
俺がちょうど25歳だしそれと比べりゃあマンドリカルドはほんのり若いかなってくらい。
学生っぽさを少しだけ残しつつ大人らしさもある、4年制大学卒業後すぐくらいの23歳としてはとても自然な状態・・・・・・
つまり簡単にいいますと、ナイスだ我がマブダチよというわけである。
「んじゃあ歴史系の学科卒でイリアスとかの研究してたってことでいっか。ヘクトールのことバレないくらいにあつーく語ってもいいぞ」
「へぁ、いいんすか!?」
あ、なんかスイッチ入った。
「ヘクトール様はっすね、トロイア戦争におけるスーパー大英雄!人類と俺、つか地球に生きるすべてのものが尊敬する九偉人が一人!俺みたいなちんちくりんには到底及ばない知略と武勇を兼ね備えたトロイアの王子でアカイアを敗走寸前まで追い込んだとんでもなくすごい方なんですよ!!その上ぇ、戦いの場から離れれば一転良い父親かつ夫で戦争に負けたときアンドロマケー様とアステュアナクス様の身を案じていたとの話もあります!!いやあもうねぇ俺なんかとはぜんっぜん違う正真正銘の英雄ですよ英雄の王たる人物ですよぐへへ!そんでもって?パリで作られたトランプの絵柄でダイヤのジャックはヘクトール様がモデルだそうですし!?それのおかげで俺の服もめちゃくちゃダイヤ意識した格好にしちゃいましたしぃ!?あと生きてたときは別に嫌いでもなかったけどルーアン版トランプでダイヤのジャックになりやがったオジェのクソったれはほんと嫌い5回くらい殺すマジ殺すッ!!」
押してはいけないものを、俺は押してしまったらしい。
オタク特有の早口というものなのだろうか。
アナウンサーの技術試験だけなら一発で通るんじゃねえのっていうくらいの滑舌と音量・・・・・・人生をかけて推しの遺品を集めようとしたファンというものは末恐ろしい。気持ち悪いとか言ったら撲殺間違いなしなので口が裂けても言えない。
「まあそのノリで頼むわ、うん、な」
「なんなんすかそのどん引き丸出しな態度!!」
頬をフグみたいに膨らませて怒るマンドリカルド。病院でやったようについ俺はまた、手で両側からほっぺたを押してしまう。
口の中にあった空気がぽひゅっと軽く抜け、次にやってくるのは沈黙・・・・・・さすがにキレさせちまったか。
「どうせ俺はキモオタですよ、同担拒否勢のガチオタっすよ、軽蔑してください侮蔑してくださいこんな人間のくず」
「いやそこで普通落ち込むか!?」
普通キレ散らかして俺に殴りかかってきてもいいくらいだろこの状況。
なんでまたこいつは自分が悪いんだばっか言い出すんだ・・・・・・なんかおかしいレベルだぞ。
「あぁら、こんなところで白昼堂々痴話喧嘩?こんなところでうるさく振る舞われてはたまりませんわ!」
なんか話に水を差してきたのは見るからにお嬢様っぽい金髪の女の子。
横には小柄めな執事らしい男を侍らせており、いかにもという雰囲気・・・・・・
『・・・・・・克親。あそこの男、サーヴァントだ』
マンドリカルドから入ったのはそんな念話。
こんなところで戦闘となると注目を集めかねない・・・・・・隙を見て逃げた方がよいだろうか。
「・・・・・・あんたは」
「知りません?私はナデージダ・ユーリエヴナ・シトコヴェツカヤ・・・・・・呼び名はナディアとでも」
シトコヴェツカヤ(男性用の姓で言うとシトコヴェツキー)・・・・・・舞綱に根を降ろす魔術師一家の名だ。山名地区では俺の家と司馬田の家、そしてこいつの家が大きな魔術師家とされる。
俺が知っているのは前の当主。彼女の名前から察するに先代だと思うが・・・・・・
「つかなんで関西弁?」
「そこ今つっこむところじゃないですわダボ!!タイミングというものを知らないのですかあんたは!!」
お嬢様のはずなのにものっそい汚い言葉で罵られてしまった。
シトコヴェツカヤ家の教育はどうなっているのだろうか・・・・・・
Q.やっぱりこの作品の登場人物にまともな人はいないのですか?
A.(基本)いません。
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27話 三日目:何もかも虚しく
「ふん、まあいいですわ。平尾さん、今日はそんなどうでもいい問答をしにわざわざやってきたわけやないの」
ギットギトの関西弁を続けながらナディアはこちらへ歩み寄ってくる。
そんな簡単に距離を詰められても困るので、俺はマンドリカルドの手を引き茂みの方へと退いた。
彼女たち以外に見られないと判断したところで念話にて武装命令を下す・・・・・・一瞬だけ霊体化してキャストオフ、先日と同じ装備をつけて再び実体化させる。
『向こうが怪しい動きを見せたらすぐにかかれ』
『了解っす』
体積を弄って小さくしていた方天戟(呂布などが使っていたとされる槍、西洋で言うとハルバードに相当する)を元のサイズに戻し、マンドリカルドに手渡す。
・・・・・・やるならば一撃、人目に付かないように一発で仕留め武器を仕舞わねばならない。
難易度は高いが、昼に戦うというのはそういうことだ。
「・・・・・・ふふ。ランサーとお見受けしましたが無駄ですわ。射程圏には届かせまへん・・・・・・
槍を持たせたのが幸を奏したのか、向こうはマンドリカルドをランサーと誤認しているようだ。
彼自身一応はランサークラスの適性もあるそうだし、どうせならこのままにしておいた方がいい。
「
言葉からしてバーサーカーはロシア圏の人間、とは言っても候補が多すぎる。バーサーカーなぞどんな英霊だろうと召喚のための詠唱時に特定の文を挿入するだけでいいのだ・・・・・・そう簡単に当てられる訳がない。
「こっちも行くぞ!突撃!!」
「
「なんでお前もロシア語なんだよ!?」
向こうがそうだからって何故マンドリカルドも乗るんだと、俺は場にそぐわぬつっこみを繰り出してしまった。
・・・・・・タタール語でも万歳が『Ураааааааа』と言うことを知るのは、しばらくあとになってからのお話。
「可愛いやんか・・・・・・猪突猛進してくる子ブタちゃんは嫌いやないわ!やりなさいバーサーカー、あいつの霊基を歪ませなさい!」
一瞬にしてバーサーカーへと肉迫するマンドリカルド。戟を振るえば一瞬で首が飛ぶ距離へ入ったというのに向こうは一切の狼狽もない。
・・・・・・怪しい、やはり裏に何かあるのでは?
「・・・・・・んふふふふ!此方が策をほのめかしていたにも関わらずアホのように飛びかかるだなんて、あなたのところの家畜はどうなってんのかしら!」
「なッ・・・・・・あぁ!?」
ひと薙ぎで敵の霊核もろとも砕くはずであったはずの戟が、止まっている。
いくら力を込めても動かないらしく、マンドリカルドは一度それを元の位置に戻した。
「っクソ、どうなって・・・・・・やがる!」
マンドリカルドは諦めず何度も叩きつけようとするが悉くそれは彼らの体の前で止まってしまうのだ。
強固な防御魔術で弾いているのではない、まるでこちらの無意識に侵入して当てることを反射的に出来なくさせるかのごとき・・・・・・まさか、まさか奴らは!
「戻れセラヴィ!そいつらは・・・・・・」
「時すでに、遅し・・・・・・もう子ブタちゃんにはマスターの声、聞こえていまへんよ?」
がくりと、マンドリカルドの膝が折れる。手に持っていた戟も力なく落ち、傍らに乾いた音を立て眠る。
ナディアが地に着いた手を容赦なくピンヒールで踏みつけてそのまま踵で蹴るが、彼は痛みに叫ぶこともなくただ倒れ込んだまま転がることしかしない。
それほど過度な運動でもなかったはずなのに呼吸が荒れている。
俺がどれだけ叫んでも反応はないし、目も開いてはいるが虚ろ・・・・・・あからさまにおかしい。
「この子は未来に進めない・・・・・・右も、左も、上も、下も!関係ないのですわよ!もう・・・・・・無重力状態にただよう哀れな負け犬なのですわ。それにしても・・・・・・
「・・・・・・どういうことだ」
「そのままの意味に決まってるやないの。やからね、もっと・・・・・・かわいくデコってぐちゃぐちゃにしてあげたわ?あなたはせいぜい、自分のペットにむざむざと殺されなさい!うっふふふふふふふふ!」
反応のないマンドリカルドの腹を蹴り飛ばして、ナディアはバーサーカーを連れて何処かへと向かっていく。
追いかけたかったが今の状況では絶対に返り討ち・・・・・・もはや、見逃されたという方が正しいだろう。
俺は追跡を諦め、ひとまずマンドリカルドの元へと駆け寄った。
「おい、セラヴィ。大丈夫か」
声をかけてもやはり反応はない。目の前で手を振っても、鼻に指を突っ込んでもだめ。
ベンチに座らせて一部の防具を外し、膝の下を叩いて見たところびくりと足が跳ね上がった。
・・・・・・どうやら、脳そのものはちゃんと動いているらしい。そうとなると、マンドリカルドは五感や平衡感覚などを全部ひっくるめて無くされたということか。
外界を知る手段全てを奪われてしまった恐怖を考えるだけでさぶいぼや冷や汗が酷く出る・・・・・・できるだけ早く元に戻さねばなるまい。
このままここにいても他の奴らに襲われかねないので、俺は動けないマンドリカルドを背負ってあの坂の上にある家へと帰る。
膂力があまりないので鎧と病院に持ってきていた荷物も合わせて70キロは越えるであろう彼を運ぶのは大変だったが、死ぬよかましだというわけだ。
ひいひい言いながら家へとたどり着いた。
結界の確認もちゃんと行った上でマンドリカルドを運び込み、寝室のベッドに転がしてやる。
「まだ、俺の声は聞こえないか」
乱れた呼吸はましになったが、未だにまともな感覚は戻っていないらしく声をかけても反応はない。
こればかりは俺も長期的な治療をしなければいけないと覚悟、彼には辛い思いをさせてしまうかもしれないが仕方がない。
俺の無力さがまざまざと見せつけられるようで、胸が痛みに震える。
一族が満場一致で後継者と認めてくれるような魔術師であれば、彼をこんな目にはあわせなかったのでは?
錯綜する思考、こんなことしている場合じゃないのに、心の何処かにいる自分自身が姿を隠したまま俺を責める。
「・・・・・・違う、違うっ!」
”それ”を振り切るために壁へ頭を打ちつける。あたりどころが悪かったのか、額からなにか生温かいものが垂れてきて・・・・・・
「・・・・・・ひ、あ、ああああああ!」
血だ。
嫌だ、赤い色が、壁に、床に、おれのからだに、ひろがっていく。
耳鳴りがする。高い音が脳を貫くように響き、朝の時と同じ痛みが走る。
ざあざあ雑音と共に流れる風景、人だったものを分解しながら嗤う誰か。怯える残党の視線、目障り、全部殺した。否違う、俺はあんなことやってなんかいない!
滅茶苦茶になる頭。思考は混沌、感覚は歪曲。このままいれば俺は歪んでねじ切れてしまう!
少しでもいいから溢れる痛みを和らげるべく”知らない記憶”を無理やり編んだ魔術で打ち捨てて、俺は立ち上がる。
とりあえず八月朔日に処方してもらったあの薬を飲まなければならない。俺が少々無理してでもマンドリカルドのサポートをしなければ、この戦争引きこもっていても勝てはしない。
「っく・・・・・・まさか、あんな手で来るとは」
これも、あのナディアとバーサーカーの仕業なのだろう。マンドリカルドのみにかけた術かなにかだと思わせておいて、サーヴァントとマスターの間に通るパスを悪用して此方にまで侵食してくる業・・・・・・去り際に彼女が言っていた通り、精神を崩壊させ内ゲバを誘発し自滅させて自分たちは無傷で生還という算段だろう。
狡猾だがとてつもなく合理的な戦法だ。
「となると、早く俺は回復しなきゃ・・・・・・なあ」
鞄の中から薬を取り出し、ふらつきながらもキッチンのほうへと向かう。
水を汲んで言われたとおり2錠を飲んで流し込んだ・・・・・・頓服薬と言えど、すぐさま効果は出ないらしい。
失神してしまいそうな痛みの中、俺は食卓の椅子に座ってうなだれる。
「嫌だなあ・・・・・・どうして、どうして俺もマンドリカルドもこんな目にあわにゃならねえんだよ」
苦しむために彼は来てくれた訳じゃない、死ぬために俺はこの戦いに参加した訳じゃない。
与えられるのは苦難ばっかりで、希望らしい希望なんてろくに見えてこないまんま。
まだ今日は三日目でしかないのだから、この先もっと苦しいことや悲しいことがあると思うと戦うことが嫌になる。
・・・・・・でも、あのクソ神父に泣きついて保護してもらうなんてのは、
精神的に乱されている時もその思いは絶対に変わらん、絶対にだ。
中の人ネタをいきなりテニミュから持ってきてしまいました。だって作者が全国立海好きなんだもん(言い訳)
ナディアちゃんが某ドラゴンステーキの人みたいになってますがそこらへんはお許しくだされ・・・・・・
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28話 三日目:ごまかせません
輝かせたいけれどいつ本当に煌めかせるかが!決まらぬ!!
ようやく痛みが収まったところで、マンドリカルドと共有する意識領域をある程度切り離しこれ以上の侵食を防ぐ。
俺の方に流れてくるはずの力が彼の中で対流するので先ほどより辛い思いをさせるかもしれない、だからすぐに治す。
寝室に戻り未だに眠るマンドリカルドの額に手を当てる・・・・・・少しずつ触覚が戻ってきたのか、彼は呻くような声を上げて体を小さく動かした。
「・・・・・・少しずつ感覚が戻ってきてる、のか・・・・・・?」
試しに彼の名を呼んでみたところ少しだけ反応した素振りを見せてきた。
おそらく何かが聞こえるということはわかっているが、その言葉の意味を取れるまで明瞭には聞こえていないレベルだろうか。
何しろ未知の出来事過ぎて手がかりもへったくれもありゃしないのだ、手探りでどうにかするしかないというのだからしちめんどくさい。
不平不満言ってる暇はねえとわかりつつも精神的に参っているせいかテンションが上がらん。ここが日本じゃなかったらアンフェタミンでも作って吸うんだがそういうわけにも行かないのでカフェインで代用するしかあるまい。
台所に移動して、インスタントのコーヒーを淹れる。それを寝室に持って帰りベッドサイドへ引きずってきた椅子に座って口に含み嚥下した。カフェインが興奮伝達物質に関する機構のブレーキを不能にしてドーパミンを暴れさせてくれる・・・・・・
これで嫌でも気分が上がってくるっちゅう絡繰りだ。
「っしゃおらあ!」
飲み干したカップをサイドテーブルに叩きつけ俺は立ち上がる。
どかどかと研究室まで走って、持ってこれるだけの道具を引っ張り出してきてすぐさまベッドに逆戻り。
強化魔術のため、一緒に研究している解析学のセットを持ってきた・・・・・・何かしらはこれでわかるはず。コラそこ、お前の研究してる魔術基礎的なのばっかだなとか言わない。
「・・・・・・さて、調査だ調査」
敵サーヴァントの感覚を奪い、マスターにもパスを辿って攻撃を行う精神干渉型の術。
ここまで強力なものとなるとやはり、宝具に近しい何かであろう。
解析魔術を機械と融合させることにより生み出した逸品『Médecine légale』により、マンドリカルドのエーテルでできた体全域へと魔力を薄く広げ魔術を発動、結果を言語化し液晶へと映し出す。
出た内容は『外界との隔絶』『精神汚染』『霊基の歪み』。どれも随分と物騒な話だ・・・・・・
霊基の歪みについて詳細を調べさせたところ、クラスチェンジを起こすまでの異常には至っていないという。
安心は全くできないが、いきなりバーサーカーになるとかの大事故はないらしいというわけでほんのちょっぴりの安堵である。
「はぁ・・・・・・それにしても真名解放してないのにこの威力、恐ろしすぎる」
ナディアの従えていたバーサーカーはマスターとの会話が出来ていたため狂化ランクは低いと見ていいだろう。
もしくは、理性ある狂気を持っているという可能性もあるが。
体格もかなり小柄めだったし格闘には強くなさそう・・・・・・やはり向こうの戦法は搦め手、とにかくこちらの自爆狙いで行動してくるに違いない。
キャスターがいないと一安心していたのにこれかと俺は溜め息しかつけないまま。精神感応系はいくら九偉人の鎧をつけていても防げはしない。
「ま、す・・・・・・た」
突然マンドリカルドが声を発したので俺は飛び上がってそれに耳を傾ける。
何か解析ではわからない情報があるかもしれないから、一言一句逃すまいとキスしかねない勢いで近づいた。
「どうした、マンドリカルド」
「・・・・・・も、だめ・・・・・・たす、け・・・・・・」
苦しそうに俺を見て手を伸ばしてくるマンドリカルド。
俺は慌てて手を握ってやったが、それが返す力は子供のようにごくごく微弱。
彼の目尻から伝った透明な筋を見て、少しだけ・・・・・・胸が締め付けられるように痛くなった。
あれからまた、彼は眠ってしまった。
声はある程度まで聞こえているのか耳元で叫ぶとうるさそうに寝返りを打つようになり、足の裏をくすぐるとびくりと足を引っ込めるので感覚自体は大丈夫そうだ。
先ほど発したあの言葉、助けを求めるあの声を思い出して、どうすればいいのか悩みながら椅子の上で縮こまる。
自分にできることはなんだ。彼を助けられる方法はなんだ。
無理矢理思考を4つに割って考えるもまともな策は出てこない。
「・・・・・・だぁああクッソ!!」
埒があかん、一回外の空気でも吸いに行かねば。
玄関から家の外に出て、何にも思いつかない自分に対する苛々の感情を庭の雑草にぶつける。
なんとか封じ込めたとはいえ、さっきの精神攻撃がまだ効いているのか激情が収まらない。ぶちぶちと草を根元から抜いては投げ捨て、叫ぶ。端から見りゃ狂人そのものだ。
「す、すいませーん平尾さーん?」
「・・・・・・篠塚くん」
とんでもないものを見せつけてしまって申し訳ないと取りあえず謝り、俺は土を払いながら門扉の方へと歩いていく。
彼は大きな紙袋を引っさげて立っていた・・・・・・ほのかに鼻を刺激する香ばしい香りを感じる。
「どうしたんだ、わざわざこんな山の上まで」
「いやあ、マスターに言われて平尾さん家までこれ届けに来たんですよ。材料の発注間違えて冷蔵庫がそれに占拠されるっていう地獄を回避するためにマスターが家を知ってる常連さんとこへ、おすそ分けといいますか押し付けといいますか」
中身を聞くとローストチキンとオムレツだそうで・・・・・・鶏と卵の親子まとめて誤発注とかどんだけおめでたいミスしてんだか。
まあ今日は飯を作る気力が足りなかったのでちょうどいい、ありがたく頂いておこう。
「そういえばセラヴィさんどうです?ここの生活は楽しんでますか?」
「あーまあとりあえずな。今日はちょいと事情があって寝込んじまったけど」
事実を洗いざらい吐くわけにもいかなんだ、というわけで雑に今の状況を説明する。
また元気になったら顔見せるよとでも言ってサヨウナラと行きたかったが現実はそう甘くないらしい。
篠塚の視線がいきなりぐっと強くなり、此方を見据えてくる。
どうした聞けば、セラヴィさんを診せてくださいなんて言い出すし。
「いや大丈夫だって、ただの風邪だから」
「だめです、ちゃんと病院に行ったんですか」
「・・・・・・行ってないけどさ」
サーヴァントなのだからそうおいそれとかかれる訳ないだろう。保険もないんだし診察してもらうにはいろいろ不都合がありすぎるのだ。
「なら診せてくださいよ。いいでしょ、旦那」
「・・・・・・仕方ないな」
これ以上引き下がっても無駄だと気付いたので俺は渋々篠塚を家に入れる。
なにかまずいことをされるのも嫌なので監視はしなければ・・・・・・
「セラヴィさん、体調のほう大丈夫ですか?」
やはり返ってくるのは寝言未満のような意味のない音ばかり。こりゃぐっすりと眠っているようだ。
「熱はないし、不感蒸泄もそんなにない。体の赤みもあまり認められないし・・・・・・ほんとに風邪ですか?これ」
やはり診せない方が良かったかもしれない。完全に嘘であると看破されている。
このまま追い返しても”友達を睡眠薬などで眠らせなにかしらをしようとしていた”と思われこれまた厄介なことになる。
さて、どうしたものか・・・・・・
前にも書いたと思いましたが克親さん、役に立つなら科学だろうがなんだろうが使うタイプです。
それのせいで魔術使い呼ばわりされることもしばしばという・・・・・・
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29話 三日目:ローランキャストオフの被害者
派生作品まあまああるので要約文でも読むの楽しいですよ(ド畜生)
「ああ・・・・・・実を言うと、軽い居眠り病なんだこいつ。アフリカ睡眠病じゃないからまだいいんだけどな・・・・・・最近は金縛り頻発くらいの症状だったのに、今日はいきなり落ちちまったんだ」
その場で思いついたことを言ってどうにかしようともくろんだが、めちゃくちゃな設定付け過ぎてあとでどう取り繕うべきかわからなくなった。
サーヴァントがナルコレプシーとか生前の伝承が昇華された以外に何があったらそうなるんだっての。
「・・・・・・そうなんですか。お薬とかは?」
「ああ、一応貰ってる。定刻になりゃ無理矢理飲ませてるし大丈夫だ」
また嘘に嘘を重ねまくる。
収拾がつかなくなる前にやめたいのだが篠塚がどこまで聞いてくるかわからない恐怖・・・・・・早く帰ってくれねえかなあ。
「定刻、というのは」
「あぁ・・・・・・明確には決まってねえが朝と昼に一回ずつってところだな。昨日は飲むの忘れたせいかね、今日いきなりこれだったのも」
もうこれ以上の追求はよしてくれという俺の意志が伝わったか、篠塚はそこからさらに質問を続けるということはしなかった。
右手を顎に軽く当て、熟考しているもよう・・・・・・篠塚くんは魔術師でもなんでもないはず、マンドリカルドがサーヴァントであることなんてバレやしない、うん大丈夫だ。
「そういえば旦那もおでこどうしたんですか。血の跡がついてますよ」
え、マジ?とか言いつつ額を触ると乾いた血の塊が粉になって落ちてきた。
洗うことを完全に失念していたのだ・・・・・・これはこれでまたいろいろ問いただされる予感。
「そう言えばすっ転んでやっちまったんだっけか。その直後にセラヴィがいきなりぶっ倒れたから洗うのも忘れてた」
「駄目ですよそんなの。雑菌が入ったら大変なことになりますから・・・・・・俺タオル持ってきます」
ああいいのにと止めかけたがその前に篠塚は行ってしまった。
なかなか世話焼きな奴・・・・・・こりゃ女タラシの類だなとひとりで合点する。
「はい、水道勝手に借りましたよ・・・・・・顔拭いてください」
「わーってるよ・・・・・・ったく」
水で湿ったタオルを顔面にこすりつけ、額の血を拭き取る。いつの間にか結構出ていたようで、くっついた粉状の血がかなりとれた。
「うへぇ・・・・・・こんなに出てたか」
「そうですよ、ちゃんと消毒してくださいよね傷は」
口酸っぱく言ってくる篠塚の小言を半分聞き流しつつ、俺は再びベッド横の椅子に座る。
横でぎゃいのぎゃいの言っていたにも関わらず、マンドリカルドは未だにぐっすり。いつ起きるかも分かったもんじゃない。
「・・・・・・そういえば、セラヴィさんはどういった経緯でここに?」
「あー・・・・・・俺のじーちゃんと知己だった奴の孫なんだ、こいつ。家全体でも絡みあったもんだから、俺が当主になってからもこいつの家といろいろしててな・・・・・・今回もその縁でこっちに来たわけよ。都を離れて他の場所の勉強をしろってことで」
「そうだったんですね・・・・・・俺もここに来て間もないのでセラヴィさんとは舞綱初心者同士で友達になれそうです。再来週位には帰ってしまう予定だと聞いてますがその間にでも」
にこ、と笑う篠塚。
・・・・・・友達かと、俺は考えつつマンドリカルドの顔を見る。
俺が無理矢理言っているだけでこいつからすれば本当の友達なんてどこにもいないのだろうと少し思っていた。
マスターでもなんでもない一般人の友を、作った方がいいのだろうか。
でも1か月続くかすらわからないこの聖杯戦争、その上友達になったが故巻き込まれ怪我を負うかもしれない・・・・・・そう考えると悩ましい話だ。
マンドリカルドにとって、そして篠塚にとって互いの幸福が最大となる可能性はどれか。功利主義的な”最大多数の最大幸福”という考えを軸に考えるとかなり難しい。
「どうしたんです旦那、そんなに考え込んで。もしかして・・・・・・俺みたいなフリーターは駄目だとか?」
「そういう訳じゃねえんだよ。いやこいつなあ・・・・・・結構繊細なとこあるから旅行先で友達作っちゃったら最後になって帰りたくないって喚くかもしれねえし。いや俺は友達になるの歓迎したいくらいなんだけどな?」
それっぽいことを言ってはいるが正直適当である。
すまんなマンドリカルド、お前が寝ている間にめちゃくちゃな設定ばかり盛っちゃって。
目が覚めたらそれなりに詫びを入れるつもりだから我慢してくれ・・・・・・
「・・・・・・そう言われたらちょっと困っちゃいますね。でも、まずはセラヴィさんの気持ちを聞くところからじゃないとだめですから。また今度、機会があればセラヴィさんと一緒にお店へ来てくれると嬉しいです。俺はこのあたりで・・・・・・他の家にもおすそ分けを騙った押し付けしてこなけりゃならないんで」
「そっか、明日か明後日には行けるはずだからよろしくな。あとあのオッサンに言っといてくれ、お前もボケが回ってきたなって」
言えるわけないでしょ俺みたいなのがマスターに!という焦ったような声を上げつつ、篠塚は玄関から出て行った。
取りあえずこれにて一難は去った・・・・・・なんだかんだで篠塚との話はいい気分転換になったし、もう一回本腰入れて解析を進めるとしよう。
「・・・・・・ぐぬぬ」
マンドリカルドの食らった攻撃の性質まではわかった。
トラウマなどの記憶を強制的に思い出させ、精神的に疲弊したところを利用し霊基に有無を言わさず圧力をかけ歪ませる宝具・・・・・・真名解放をされていないので、ここは仮称として『
それにしても本気の力を解放せずにここまでとなると、全力で解き放たれた時はそれこそ主導権を奪われるかもしれない。
そうなれば俺の死は確実・・・・・・なんとまあ恐ろしい敵なのだバーサーカーは。
「もう夜になっちまったか・・・・・・こりゃ長丁場だ」
篠塚から貰ったおすそ分けを開けて食べつつ、マンドリカルドの様子を見る。
ご飯抜きにして大丈夫なのかと考えたが、そもそもサーヴァントは飯なぞ食わずとも存在を保てるのだから心配はまあいらないと気づいた。でもやっぱりかわいそうな気がしたので、冷蔵庫にあったゼリー系保存食をなんとか流し込んでやる。
ちょくちょくこぼしかけたが無事胃の中に収まったようだ。
「これが無駄じゃなかったって証明される日が来るといいな」
来るわけねえよと内心自分につっこみつつ、俺はまた気分転換に本を開いた。
その題名は狂えるオルランド・・・・・・そうですマンドリカルドの黒歴史たっぷりブックです。
彼の話はだいたい14歌から始まり、ヘクトールの鎧を手に入れるまでとデュランダルを手に入れるまで真剣を持たないという誓いをしたという壮大な自分がた・・・・・・武勇伝が綴られている(狂えるでは詳細が普通端折られるのだが、俺の持っている本はご丁寧に補完されている)。
ついでとばかりにさらってきたドラリーチェと懇ろな仲になってたりする。
今の人とあまり関わりたがらない彼と大違いだ。
その後23から24歌あたりでローランとの決闘・・・・・・アンティルールで勝者にもたらされるのはデュランダル。
だが途中でマンドリカルドの馬が暴走し彼は落馬、戦闘中断の間にローランが色々あって失恋の末素っ裸になって狂乱(よくあること)。彼が戻ってきたときにはデュランダルやらブリリアドーロが放置プレイを食らっていたため略奪、止めた奴も始末して口止め、とここで闇堕ち。
あとは皆さんご存知の通り調子乗ってロジェロにぶっ飛ばされたというわけである。おもしろすぎる人生とか言ったらもんのすごく失礼だがそう思いたくもなるというものだ。トンチキ十二勇士に振り回され最終的には主人公の餌食。そもそもこの作品が貴族ヨイショのために書かれたという事実も鑑みればかわいそうなまでの扱い・・・・・・いやまあ最初はめっちゃかっこよかったんだけど。
「せっかくだからもうちょっとだけほかの奴も・・・・・・」
なんか気分が上がってきたので書斎の奥を漁りとある本を掘り出してくる。
名は『ロドモンテの嫉妬』・・・・・・本人の寝ている間に洗濯ならぬ黒歴史洗いだ。
「俺も、悪よのう・・・・・・」
いつかこいつを彼の前で声高らかに朗読会なんて出来るといいな。いやストレスでマンドリカルドが座に帰るからやめよう。
最近文体に悩んでいます。
こうしたほうがいいよってアドバイスくださるとありがたいです(改善するかどうかはわからない)。
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30話 三日目:手のひらを返すような人格に生まれ変わったなら
「風呂、入るか・・・・・・」
食後から結構時間もたったことだし、入浴といこう。血行がよくなって何かいいアイデアが浮かぶかもしれない。
クローゼットから着替えを取り出して、俺は浴室へと向かう。俺の家にある湯沸かしシステムは3分で半身浴位は出来るようになるので、体を洗っているうちに浴槽は満タンになる。
「今日は42度でっと」
いつも通りボタンを一個押すだけで機械的な女性の声と共に湯が溢れてくる。
その間に俺は髪を濡らして洗い、その流れで体も洗う。
「はーさっぱりさっぱり」
汗をしっかり流して、タイミング良く沸いた浴槽に足をつける。心臓に負荷がかからないようゆっくりと体を沈め、そのまま首もとまで湯の中に入った。
足先が冷えていたのか、随分とじんじん熱く感じてしまう・・・・・・最近冷え症の気が強くなってきたか、生姜かなにかをとらなきゃ。
「ふへぇ・・・・・・」
情けない声を漏らして水面の下へと口を沈め、ぶくぶく息を吐き出してみる。
吐息の泡が浮かんでははじけ、俺の顔を飛沫で濡らしていく・・・・・・幼稚園の頃からやってしまう俺の悪い癖だ。
静かに目を閉じてそのままぶくぶくを繰り返す。悩ましいことばかり脳裏に浮かんで、そして薄れていく。
ああ、なんか眠くなってきちまった・・・・・・風呂での眠気は失神の予兆。
のぼせてそのまま死なないように、俺は一度水を顔に叩きつけ強引に覚醒する。
「・・・・・・風呂入ってもまともな解決策は出ない、かぁ・・・・・・」
つくづく自分の無能さには反吐が出る。
少しだけでいいから、神は俺に天啓を与えてくれないだろうか。ため息まみれになりつつ、俺は湯に浸る。
風呂から上がって、体を拭き髪も乾かしたあと。
そういえばマンドリカルドは今日の戦いでかなり土埃を被っていた、と思い出して・・・・・・俺は湯を少量入れた桶と、真っ白なフェイスタオルを2枚ほど持ち寝室に戻った。
こんなタイミングで目を覚まされたら大変だなあとか思いつつ、タオルを湯で濡らして絞った。
びっくりさせぬように、マンドリカルドの服をゆっくりと脱がしていく。
体を先ほど湿らせたタオルで優しく拭いてやる。目には見えにくかったが、やはり所々砂などがついていたらしくタオルがほんのり黒くなった。
「・・・・・・あ」
何気なしに脇腹を見たが、そこには両側共に大きな傷痕のようなものが残っていて。
サーヴァントになってからも消えない記憶の顕れというものなのか、それとも傲慢かつ白痴であった自分への戒めか。
彼にとっての致命傷であったあの傷は今もなお鎮座している。
そこにタオルを這わせると、彼の体は小さく痙攣するように動いた。その場所へ触れてはならないと、そう言いたいかのように。
傷つけたくないと、思ってしまった。
彼を守りたいと、思ってしまった。
強大な敵と戦ってしまえば、もしかしたらどうしようもない大怪我を負うかもしれない。
四肢が消し飛ぶ、はらわたが零れる、血が噴き出る。
一度想像してしまえばなかなかそのイメージは離れない。痛みに喘ぐ彼の姿を空想して、俺は勝手に苦しくなった。
そんなことを、俺は強要しようとしている。今まで運良く大きな傷を負うことなく来れたが、あの夜謎の忠告をした男やセイバーのような奴を思い出すと・・・・・・やはり、無傷での生還は出来ないと思ってしまう。
「・・・・・・もう、これでいっか」
これ以上考えていたらまた、俺も瘴気に呑まれてしまいそうだ。
彼の体を拭き終わったところで服を替えさせ、俺はまた桶とタオルを返すために風呂場へと戻った。
胸騒ぎがするのは何故だろうか。外は普通に晴れていて月が見えるし、どこかで火事が起こったとかそんな感じもない。
でも何か、大きな災いがここを襲うような気がして・・・・・・
俺はその考えを否定するために首を振った。もうこれ以上嫌なことなんて起こってほしくない。
「・・・・・・ん、あぁ・・・・・・」
時刻は午後10時。本を片手に俺はまた虱潰しでマンドリカルドの治療法を探っていた頃。
唐突に彼が目を覚ましたのだ。それはもうなんの予兆もなく。
「大丈夫かマンドリカルド、頭とか痛くない?」
「あぁ?何俺にタメ口きいてんだよ、殺すぞ」
思考回路が凍結した。
あの陰気ながらもそれなりに従順でかわいらしかった彼の面影は消え失せ、ここにいるのは粗暴な口振りで不満を露わにする男。
・・・・・・何が起こったというのだ。
「いや殺すだなんて物騒なこと言わないでくれるか、これでも友達だろ」
「友達とか何勘違いしてんだおめでたい野郎だなテメェ、つかなんだこいつ・・・・・・俺の体に何しやがった!」
解析のためつけていた機械のコードを引きちぎり、マンドリカルドはベッドの上で立ち上がる。
どうしてかわからないが完全に怒っている・・・・・・彼の目つきはいつもより鋭く、眉間には深めの皺が刻まれていた。
宥めようにも逆ギレされそうな気がして全然言葉が出てこない。ああ、どうすればいいんだ。
「何しやがったって聞いてんだよテメェの耳は飾りかぁ!?飾りなら引きちぎってやってもいいんだぞ」
「・・・・・・何って、マンドリカルドの体を調べて」
「勝手なことすんじゃねえよ、俺をこの世界に留めることだけが仕事なマスターの分際で!!」
意味が分からない。
何故彼は豹変してしまったのだろうか・・・・・・これも、バーサーカーの仕業か。
答えはそれしかないというのに、混乱して考えがすぐばらけてしまう。一度、落ち着かなければならない。
「・・・・・・す、すまん」
「・・・・・・けっ」
マンドリカルドは徐に服を脱ぎ捨て武装し、ベッドから飛び降りた。
こんな夜分にどこへ行くというのだ。まさか勝手に戦いに行くつもりなのか。
「なんで武装した。今日はもう寝ていろ、まだ完全に回復したわけじゃないだろう」
「俺が人の命令なんて聞くかってんだよ!安心しろ、俺が全員ぶっ殺して聖杯分捕ってきてやるからテメェはここで優雅におねんねしてな」
どこからか出したあの木剣を肩に担ぎ、マンドリカルドは寝室を出て行ってしまった。
さすがにあのまま放っておくわけにもいかないと、俺は彼を追いかける。
協力しないとこの戦いは勝てないのだからと叫んでも止まってはくれない。
ついには家の外にまで出てしまった。周りに誰も通行人がいないからと、俺は走って彼の盾についたあの黄色い布を掴んで引き止めた。
「・・・・・・邪魔すんじゃねえ」
「邪魔するに決まってんだろ。どうしたんだよお前、そんな性格じゃなかったろ?」
自分に自信が持てなくていつも何かに萎縮したような佇まいだった彼と違う、目の前の”彼であり彼でない誰か”を見据え俺は呟くように言う。
何かをつかむことができて、自分を誇れるようになったのならばいい・・・・・・だが、これは違う。
拒絶の仕方が攻撃的かつ積極的になっただけで本質は何も変わっていない。
「ピーピーピーピーうるせえな・・・・・・帰れよ、俺にはお前なんざ必要ねえ」
「・・・・・・令呪使ってでも家に戻ってもらうぞ」
手袋を片方だけつけていても不自然だからと、令呪隠しのため新たに貼っていた大きな絆創膏を剥がして見せる。
大きな目のような禍々しい円形の模様・・・・・・さすがにこれをちらつかせれば少しは反応が変わってくれるはず。
「使ってみろよ、発動する前に宝具でお前のドタマかち割るぞ」
俺の眼前に剣の切っ先が突きつけられる。
彼から噴き出す殺気・・・・・・こいつは本気のようだ。
「・・・・・・令呪を持っ・・・・・・!」
「言うこと聞かねえ奴だなテメェはぁ!」
側頭部が木剣の腹で強く打ち据えられる。
サーヴァントの一撃に俺みたいな奴が耐えきれる訳もなく、一瞬にして意識は吹き飛んでいった。
地味に今回のサブタイ中の人関係だったりするのです・・・・・・(それがどうした)
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31話 三日目:なんだってんだよ
額が何か冷たいなと感じて重たい瞼のシャッターを開けてみる。
視界は見知ってはいるが自宅のものではない和風の天井・・・・・・そして顔を触ってみると冷えピタらしいものが貼ってあった。
俺が殴られたのは側頭部なのだが、そこらへんはまあどうでもいい。問題はここがどこかということだ。
・・・・・・司馬田の家なのである。そう、あの煙撒き散らし系ヘビースモーカー司馬田海の家。
気絶してたのをいいことに拉致してきたのか?
「お、やっと目ぇ覚ましたか。まったく、俺が外で煙草吸いに出歩いてたら道端でぶっ倒れてんだ・・・・・・見つけたときはついに野垂れ死んだかと思ったぞ」
「・・・・・・迷惑かけたな。ちいと内輪もめがこじれてセラヴィにぶん殴られたんだわ」
目覚めてから凶暴になった彼に混乱して扱いあぐねた挙げ句の果てにこのザマだ。
軽く記憶が飛び飛びな気がするくらい頭を強く打ったらしい・・・・・・これについては殺されなかっただけマシと考えるべきか。
「お前、その気になれば強化魔術で一ひねりじゃねえのか?」
ぐ、と詰まる。
強化魔術でも無理だったと思う、とか言うとマンドリカルドがサーヴァントであることがバレてしまう。
聖杯戦争はできるだけ秘匿性を保たなければいけない儀式・・・・・・ペラペラ喋りたくはない。
「・・・・・・友達を魔術とか使って殴りたくは無かったんだよ。フェアじゃねえ」
「はーん・・・・・・強化使ってもサーヴァントに本気出されたら勝てないからか?」
俺は絶句した。
いつの間にバレていたのだ、そういう素振りは全然見せていなかったはずなのだが・・・・・・
驚愕一色な俺の表情を見て心底愉快そうに海はくつくつ笑う。そういうときだけ奴は女の子っぽい顔するんだなとか言うと脳天に風穴が空くので口は開けない。
「いつからわかった」
「最初に会ったときから察してたさ、篠塚からの話を聞いた時から疑ってたがな。よっぽどの事情がなきゃあんな見た目の奴を下宿させるわけないだろ。近くの民宿でも借りてそこに押し込むはずだ、お前なら」
やっぱり少々ヤンキーぽい見た目だとは海も思っていたらしい。
教室の端で来るんじゃないオーラを出しつつ静かに来週のレポートやるような俺は、そういう類のとは関わらないだろうと思った。などと奴は続けてくる、俺が黙ってると見りゃ好き放題言いやがってこの野郎。
「・・・・・・海にはバレるか。ったく、俺も嘘が下手くそだわ!」
すでにぬるくなった冷えピタを引っ剥がして奴の顔面に投げつけるが海は飄々とした顔つきのままそれを避けた。
ぺたっ、と気の抜ける音を鳴らして力なくそれが貼りつく。
「このところ原因不明の建造物倒壊やら人の変死が起こってるらしいし、霊脈もいろいろと活発化してたからな。聖杯戦争が始まったってのは何となくわかったんだ。お前はここいらで一番古い家だし参加してても特に驚きはするまいよ」
「・・・・・・建造物倒壊ねえ」
やっぱり周囲を気にしないタイプのマスターが堂々戦ってやらかしているのだろう。
あのクソ神父は事後処理きちんとしているのだろうか・・・・・・全部ガス爆発で適当に済ませてなんてしてないだろうな、ああでもあいつならしそうだ。
雑に舞綱の会社2つか3つ潰しても知らん顔してそうだし・・・・・・俺の会社にまで被害が及ぶことだけは勘弁してほしいものだが。
「篠塚曰わくお前は朝になるまで安静にしてろ、だとよ。何があったか知らんが夕方頃にゃ頭から血を流すような重ための怪我してたんだろ、あんま無理するとすぐ傷口開いて鮮血噴水ぴゅーだぞ。俺に傷口縫われたいか」
「死んでも勘弁だわ」
「じゃあ素直~に寝ろ、すぐ寝ろ」
俺の喉元に手をやりそのままぐいいと押して寝かせてくる海。抵抗すれば息が苦しくなるという寸法だろう。
だがのうのうと朝を待つわけにもいかないのだ。
「いや、俺はあいつを追いかけなきゃならねえんだよ。あいつを・・・・・・一人ぼっちにしちゃあ駄目だって思うんだ」
「・・・・・・駄目だっつってるだろ。セラヴィとやらはサーヴァントだろ、お前が思っているよりずっと強いはずから安心しろや」
「お前になにがわかるんだよ。いや、俺だって出会ってから三日ほどしか経ってねえから偉いこた言えねえけどさ」
海の手を引っ剥がして、俺は立ち上がる。
魔力のパスを辿ってマンドリカルドを見つけようと目を閉じたが・・・・・・なぜか、彼の存在は知覚できるのに居場所がわからない。
まさか、双方向性な繋がりが片方のみ絶たれてしまったのだろうか・・・・・・こうなってしまえば俺はただ魔力を吸われるだけで何もできない。
存在自体に魔力を多く使うバーサーカーよりマシっちゃあマシなのだが、ライダーの彼が自慢の宝具を連発してしまえば、いくら魔力回復の早い俺でも魔力不足で倒れてしまいそのままゲームオーバーだ。
「海、お前バイク持ってたよな。あいつに俺の魔力が吸われまくって死ぬ前に見つけてとっつかまえたいんだが」
「お前確か免許4年前位に更新忘れてそのままだろうが・・・・・・俺が2ケツでのっけてやってもいいが、それを許可するのは夜が明けてからだ。眠くて俺が事故るからな。つか体を粉々にしてまで勤める会社はどうするんだ、もし今から出たとしても捜索が長引かないという確証はねえぞ」
向こうの言い分も尤もだ。つい先日会社が大事とかいうことをのたまっておいて今日になったらこんな調子。
つっこみたくなるのもよくわかる。
「生死がかかるとなるとさすがにな。有給無理やり分捕った」
「わっるいやつ。まあ俺はそこらへんとやかく言わねぇ、勝手にしろ。だが今日は何と言おうと俺ん家の結界出て勝手に探し回ろうとすんな」
煙草関係では平気で条例違反してくるくせにこういうところは厳格なこいつにため息が出る。
法律と条例だから違うもんって線引きなんだろうがむかつくのに変わりはない。
「はぁ・・・・・・わーったよ強情な奴め」
「うるせえな寝ろ、こっちもそろそろ寝るから」
雑に髪をくくっていたゴムを取り去り、海はぶんぶんと顔を振った。
美しい茶髪が夜風に靡く・・・・・・こういうとき、彼女が年相応の女性として可愛く見えるのだ。
「見惚れるな気持ち悪い」
「・・・・・・自惚れるなよ、馬鹿が」
モノクルのチェーンに引っかかった髪を指先に巻きつけて耳にかけ、海は苦笑する。
あんまりにも辛辣な言われようだったのでつい言い返してしまったが、実際綺麗なもんは綺麗。
今まで貰い手がつかなかったのも奔放な性格とヘビースモーカーなせいで・・・・・・それさえ抜くことができれば完璧なのだ、司馬田海という人間は。
・・・・・・まあその、”それさえ抜けば”を本当に抜いたら、奴はほぼ確でニコチンを求めるばけものじみた何かになるだろうし無理なんだろうけど。
「・・・・・・ちったあ信用してやれよな、自分の仲間をよ」
去り際に海はそれだけ言って襖を閉じ、ごそごそと向こうで布団を引き出した。
・・・・・・さすがに部屋が近すぎじゃねえかと思ったが今更ずけずけと文句を言えるわけもない。
仕方ないので俺は渋々目を閉じた。明日の5時には彼奴を叩き起こしてでも出発せねば。
次回
多分(←ここ重要)Interlude入ります
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32話 Interlude:写し身の宝具
FGOでめっちゃ不敵に笑うマイフレンドが間近で見られるアレ。
「よう兄ちゃん、そんなかっこしてコミケ帰りかぁ?金持ってそうだなあ?」
殺しにいくサーヴァントを探しに行くため、街を歩き回っていた途中のことだ。
よくわからない男に引き留められ人気のないところに連れてこられた・・・・・・話によると俺に金をせびっているらしい。
・・・・・・だが、俺はそんなもの持ってないし持つ必要すらない。
「・・・・・・テメェに渡す金なんてびた一文持ってねえよ、さっさと失せな」
すでにぶっ殺してもいいくらいの評価点にはなっているが、俺とて一般人を始末するのはなんか気が引ける。
騎士や戦士ならば基本どっかで死ぬ覚悟ができているから容赦なく戦えるのだが、こういった類はまったく覚悟できていないどころか死ぬということの意味さえ分かり切っていないレベルだ。
そういうわけで俺はこいつを手に掛けたくない。全力でぶつかり合って殺すことが一番楽しく感じるのだから。
「あぁん?随分と威勢いいじゃねえか、金払いたくねえならかかってこいよぶっ飛ばしてやっから!」
そう言って男は下手くそな右ストレートを放ってくる。
あえて防御はすまい、この程度何も感じないのだから。
「っが・・・・・・なんだお前、なんでビクともしねえんだよ!」
「殺されたくなかったら・・・・・・さっさと俺の前から消えな。次こそはその軟弱な腹切り裂いて内臓引きずり出すぞ」
肩に担いでいた木剣を構える。
相手方は俺の得物を見て安心したのか、戦闘態勢に変化した・・・・・・どうやら、死にたいらしい。
忠告を無視して来るならば、こちらも約束通り戦うべきだ。
俺は重心を落とし、待ち構える。
「・・・・・・来な」
ちょっと煽ってみただけなのに向こうはすぐ殴りかかるために飛んでくる。
ああ、やっぱりこいつは戦いに慣れちゃいない。虚勢を張るだけの一般市民だ。
だから殺すのは勘弁しておいてやろう・・・・・・俺が始末するのは本物だけと決めているのだから。
「・・・・・・つまんねぇ奴」
がら空きな男の脇腹に一閃、剣に刺さった鋼をめり込ませる。
勢いにより壁にまで吹き飛ばして、そのまま俺は踵を返した・・・・・・俺が戦いたいのはサーヴァントだけなんだ。
「よう、うちのシマで何してくれてるんだ?」
路地裏から出ようとしたところでまたどうでもいい男に声をかけられる。
さっきのよりかは骨がありそうなやつらだが・・・・・・雑魚であることに変わりはない。
どうでもいいやと無視して歩き出したのだが、即座に囲まれてしまった。
「・・・・・・邪魔だ、どけ」
「そう言われてどく男はいないな」
短刀やら銃とかいう奴を持って俺の包囲を狭めてい男ども。
集まりゃ強いと思っているのが本当に愚かだ。人間、そういうところはフランス軍と似ている。
「そうかぁ・・・・・・なら、テメェら一人残さず殺してでもさよーならさせてもらうが、いいのか?」
返り血一つついていない剣を振る。こいつはこんな奴らのために汚したくない代物だが、向こうがそのつもりで来るというのならば仕方はない。
無言で得物を持ってにじりよる奴らを眺めながら、俺はまた同じ構えをとった。
「死に晒せ、ゴミが」
音を切り裂きそうな速度で飛ぶ弾を剣の鋼部分で弾き落とす。
別に当たろうがどうってことないけども、それはなんか癪に障るから全部撃墜してやった。
命知らずどもめがまた突貫してくるので横薙ぎに打ち払い、バランスを崩したところで頭に一発食らわせ戦闘能力を奪う。
振り下ろされる刃物もガントレットに当てて弾かせ、その隙に手首を蹴り遠い場所に得物を吹き飛ばす。
やはり俺の体が例え生身であったとしても無傷で終わりそうなほどに弱い、現代の人間というものはここまでも軟弱なのか・・・・・・期待外れだ。
「この程度か・・・・・・こんなの、ステゴロでも勝てたな」
転がる死体”一歩手前”の奴らを踏んづけ、俺はこの狭苦しい空間から脱出する。
ようやく強い奴の気配を感じ取って、俺はほくそ笑んだ。
「・・・・・・こないだぶり、だな」
街のはずれで見つけたのはランサー、ブラダマンテ。先日はマスターなんぞを庇って情けない立ち回りをしてしまった俺だが、今日は足手まといもおらず心置きなく戦える。
「なんですか、また戦いたいと?」
「ああ、決着つかず宙ぶらりんってのも気分が悪い、俺はテメェを完膚なきまでに叩きのめしてぇんだよ」
ふつふつ、血が沸き立つ。
やっとサーヴァントとしての力を放てる相手が見つかり気持ちいいくらい興奮している。
ああ早く、早く死闘を繰り広げたい。すっかり夜も更け誰もいなくなった公園の広場に移動する。
ここならば少々荒々しいことをしても修繕が簡単だろう。なんて俺は優しいんだか。
「・・・・・・じゃ、始めるか。ブラダマンテ」
「ええ、先日は邪魔が入って取り逃がしましたけど今日は容赦しません!私の真名を知って対策してきたのでしょうがそれはこちらも同じですよ、マンドリカルド!」
同時に地を蹴る。
向こうはセオリー通りに俺の生前の死因へ直結した場所たる脇腹をまた狙ってくるが、そんなものでやられる俺ではない。
ことごとく飛んでくる攻撃を盾で打ち払い、その隙に向こうの盾へと剣から飛び出た鋼を引っ掛ける。
「何をっ!」
このまま手前に引っ張って盾をはがし攻撃を食らわせると見たかブラダマンテが手に力を込めた。
「引くかと思ったか?」
反応される前に俺は突きを繰り出す。すんでのところで体をひねられてしまい剣の切っ先は肩を掠めるだけとなってしまったが、十分とはいかずとも八分くらいの効果は得た。
木剣でやられたにしては深い傷がブラダマンテのそこに刻まれる。
「なっ・・・・・・?」
「ほらほらよそ見すんなよ!」
この剣を見くびってはいけないとようやく気づいたか、ブラダマンテの目つきが変化する。
やっぱり俺の武器をただの改造された木剣だと思っていたらしい。動きが更に素早くなり先ほどよりも隙を狙うのが難しくなった。
「それだよそれ!俺は本気のテメェが見たかったんだよ!」
「ならばあなたも本気を出してはくれないですかね!話には聞いていましたがやはり本性は傲慢な王でしたか!」
煽りにも乗ってやろうじゃないか。あのマスターには使うなと言われていたが、この際だから出してしまおう。
盾を背中に戻し空いた左手で虚空を撫でる。
ごく短い間ではあったが共に駆けた馬、こいつがいなければ俺は幻霊レベルでしかなかったというのがなんか悔しいがそんなことはもうどうでもいい。
「来いっ、ブリリアドーロォ!」
俺の魔力を吸い顕現する名馬。
手綱を握るだけですぐに俺の意志を理解しブリリアドーロは疾駆する。
あいつに貰ったへんちくりんな中敷きの力によってか空すらも走り、ブラダマンテの頭上を往く。
「なっ、ブリリアドーロに飛ぶ力なぞ!!」
「ははは!キマイラ退治の大英雄よろしく俺はベルレフォーンなんつってなァ!!」
さすがに分が悪いと見たか、ブラダマンテはあの盾を構えた。
どうやらまたあの宝具を放つつもりらしいが、あれは目潰しに加えて軽い麻痺を食らうために回避したい。
突進はともかく光の束でぶちのめされるのは避けようがない・・・・・・ならば、こちらから先に仕掛けて一発で始末するのみ。
「さぁて・・・・・・そろそろ必殺技の御披露目といこうじゃねえか!」
俺は地上に戻り、ブリリアドーロにある指令を下し地面に降りる。こういうとき、難解な命令すら理解してくれる賢馬はとても頼もしい。
「ならば、こちらも迎え撃つまで」
「そうか、なら・・・・・・本気でいくか」
体内魔力を循環させ増幅、そして剣へと注ぎ込む。
表面へオーバーレイシステムを構築し、そこらへんの木と金属でできた何の神秘もない物体を無理やり宝具へと昇華させた。
「我が手に剣なし、されど剣あり」
シリアにて誓ったあの言葉を逆説的な解釈にてこねくり回すことで手に入れた・・・・・・模倣、虚飾の宝具。
・・・・・・デュランダルを持つまで、俺は剣を持たぬ。ならば、
屁理屈でしかない、だがそれが俺らしい。
騎士道もなにも知らない、蛮カラ野郎にゃちょうどいい。
地面を強く蹴り跳躍する。着地点へ先についていたブリリアドーロが俺を背に乗せ、その脚をもって駆ける。
向こうはまだついてこれない、ならば今のうちだ。
「栄光の剣、
蛮歌を唄い、木剣に集約した魔力を解放した。
眩き光が刀身を包み、俺の持つ剣をデュランダルそのものにする・・・・・・大岩をも切り裂く聖剣は、今この手にあり。
正面から・・・・・・ぶちかます!
『
溢れ出す光帯は・・・・・・盾すら貫きブラダマンテへと降り注いだ。
このマイフレンド狂ってるはずなのにまともとか言わないのですよ、絶対()
アンケートとっとりますが2日後くらいの結果次第で変更になりますのでよろしくお願いします。
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33話 Interlude:拒絶の理由
木剣が粉々に砕け散る。
そりゃそうだ、あからさまに耐久を無視した攻撃をかましたのだから無事なはずはない。
「・・・・・・ふぃー・・・・・・交換、交換っとぉ・・・・・・」
相手が怯んでいるのをいいことに俺は後ろに飛び、公園のベンチを持ち上げた。
重量もあるし足は細く攻撃向きな性能・・・・・・立ち直られる前に畳み掛ける。
「あなた・・・・・・そこまでの力を持っていたのになぜ」
前の戦いではあんなに逃げ腰だったのかとでも問いたいのだろう。
そんなのは自明の理。マスターを守らねばならなかったからと、あの時の俺は無意識のうちに戦闘を避けていたからだ。
あんな俺なんていらない、返り血を浴びて楽しく笑う俺さえいればそれでいい。
王の座を蹴り飛ばして捨てた俺にはお似合いだ。
「・・・・・・テメェ・・・・・・反撃はしてこねえのかぁ?」
「そんなにお望みならばたっぷりとしてあげますよ!」
俺の一撃で肩口にえらく深い傷を負ったブラダマンテだが、まだ折れる気はないらしい。
勢いよく立ち上がり、俺の方に突進してくる。
「そうかそうかそうこなくっちゃなあ!!」
ブリリアドーロを一度帰しつつ迎撃態勢へと移行、こないだとは違うところをもっと見せつけてやる。
そのまま盾とぶつかり合うように思わせておいて眼前でベンチを振り下ろす。
勢いで体を跳ね上げ一回転、背後へと回り込み奴の背中を打った。ベンチの足で刺せればよかったのだがそこまでの操作に手を回せなかったのが悔しい。
「っがはっ!」
彼女の体が吹き飛んで公園の木にぶち当たる。
とどめを刺すために再度飛びかかったが、捉えていたはずの像が一瞬にして霧散し俺の振り回したベンチが空を切った。
姿隠しができるアンジェリカの指輪は手に見えなかったのだがその能力を他のものに移しているのだろう、この現象の説明をつけるならそれしかない。
「おうおうどこ行ったぁ?まさか逃げたわけじゃないだろうな?」
ちょいと煽りを入れてやったところすぐに奴はすぐに出てきた・・・・・・が、姿が点滅するように出ては消えを繰り返され狙いがつけられない。しばしば盲点に入られてそれも俺の捕捉が追いつかない原因となっている。
・・・・・・ここで攻撃されたらさすがに守りきれない。
仕方ないと割り切ってベンチを傍らに置き仁王立ちする。
「はぁぁああ!」
正面から現れ例の槍を振りかぶるブラダマンテ。俺は腕を組み咄嗟の防御をするが防ぎきれはしない。
上にしていた左腕の肉を易々と裂き、そいつがぎりぎりと骨を軋ませるような力を与えてくる。
焼けるような熱さを伴い腕から血がこぼれ、公園の土をじっとりと濡らしていく。
「ぐ、ぎ・・・・・・いっでぇなあ・・・・・・」
骨で止めたはいいが左腕はしばらく使い物にならん。再生速度を無理やり速めることにより止血するとともに、ブラダマンテの槍を固定する・・・・・・魔力の消費が割に合わんが今はこの一手が最善。
「・・・・・・動かねえだろ。その槍がいくら魔術を解除するって言おうが・・・・・・無駄だ」
橈骨尺骨が二人して悲鳴を上げている。さすがにこれを長時間続けりゃ俺もろともぶった切られるのは間違いない。
・・・・・・ブラダマンテの得物が槍で良かった。
「・・・・・・このまま、どうするつもりですか」
「どうするってったって・・・・・・こうするに決まってんだろ!」
左腕の肉が剥離するのと引き換えにブラダマンテの手から槍を奪い取る。
向こうがバランスを崩した隙を狙い、地面に倒して上を取ってやった・・・・・・絶対優位な状況ではあるが油断はできない。
「・・・・・・随分と、てこずらせやがって・・・・・・ロジェロの野郎と同じでめんどくさい奴だ」
「くっ・・・・・・不覚、です・・・・・・!」
このまま余裕ぶっこいてやられるという可能性が無きにしもあらずなので、俺はさっさとこいつを始末するために奪った武器を構えた。
ああ、なんと心地いいのだろう。戦いの末に得られる快楽、相手を我が手に掛けるという事実に恍惚してしまいそうだ。
喉からは勝手に笑い声が漏れ出す。
「じゃ、
投げつけた槍で心臓をひと突きし、踵で地面に刺さるまで深く押し込む。
大量の血を出すまでもなく霊核を一発で破壊し殺すのは俺なりの優しさというものだ。
ブラダマンテの体から光の粒子が溢れ出て、少しずつ実体化していたそれも稀薄になっていく。
・・・・・・なぜか、胸が痛い。
「・・・・・・あぁクソッ」
なぜこの状況において戦うことに否定的なのだ”アイツ”は。
サーヴァントは戦う為だけに呼ばれたただの戦闘人形。非道にもならねばこの先やっていけるわけがない。
それになぜ、アイツはマスターへ手を伸ばそうとしているのだ。
「・・・・・・どうせ失うものならば、最初から求めなければいいんだよ」
これは、自分のためなのだから。
かつて人を受け入れず孤独なまま生を終えた俺自身の願いなぞもう諦めたのに、なぜ・・・・・・アイツが蒸し返す。
怖いのならば触れるな、嫌ならば夢想をするな、自分の運命すらもうすうす感づいている癖にわがままを言うな。
・・・・・・俺は、ひとりぼっちのままでいい。否、
少し座面の板が凹んだらしいがこの程度なら不満も言われまい。
ベンチを元の場所に戻し血痕を拭き取り休息とばかりに座り込む。
左腕の大きい裂傷はすでに塞がったが、しばらくは戦闘が不可能・・・・・・武器を魔力で編むだけでカツカツなのだ。
「どーせあのおせっかいマスターのことだ、目が覚めりゃどっかでやんややんや言いながら探し回るんだろうな」
めんどくせえなとため息をつきつつ空を見る。
曇天らしく星は一つも見えない・・・・・・頬に触れる風からして暫くすれば雨が降りそうだ。
「・・・・・・ちょいと先回りして雨宿りといくか」
公園の中央部にある休憩所へと入る。扉がないので風が吹き込んでくれば一発で濡れるが、まあベンチの上で野ざらしよかましだろう。
こんな夜だから誰もいない・・・・・・椅子に寝転がって俺は静かに目を閉じる。
「あれ、平尾くんところのわんこやないか。何やこないなところでお休みなさーいとか・・・・・・もしかして飼い主に捨てられた?俺が拾ったろか?あとキャロライナたん食べる?」
うるせえ声でうとうとしていたのに目が覚めてしまった。嫌悪の感情を顔からはみ出すくらいに塗りたくって起きあがったところそこにいたのはマスターが毛嫌いする神父がいた・・・・・・名は唐川とか言ってたっけか。
目の前でうりうりと見るからに殺意凛々な赤い物体をちらつかせ、赤ん坊を相手にするような変顔を見せつけてくる。
「なんだテメェ、安眠妨害すんじゃねえよ。魚みてえに頭から背骨と神経丸ごとぶっこ抜いて永眠させてやろうか・・・・・・あとキャロライナなんたらはいらねえ、自分で食えや」
「おーこわ。一日二日でなんちゅうイメチェンぶりや」
こりゃおもろいわとけたけた趣味の悪い笑顔を浮かべ唐川は俺の前にあるテーブルへと座る。
偉そうに足まで組みやがってムカつく。こいつならサーヴァントじゃないけど殺していいんじゃねえかと思うくらいだ。
「・・・・・・見たところ、精神汚染ってところやね。ここまでぐっちゃぐちゃにされて会話ができるってのは根っこがよほどまっすぐだったか、元からめちゃくちゃやったか」
「テメェと話すことは何にもねえよ、失せろクソ野郎」
そう言い放ってやったのにも関わらず唐川はにたにた俺を査定するかのように見るばかり。
よほど俺のようなゴミに興味がわいたのか。随分と物好きな輩だ。
「失せろっつってんだよ耳ついてんのか」
「ついとるついとる、でもずぁーんねーんなーがーら・・・・・・失せまっへぇん~」
流石に耐えきれず盾を持って立ち上がった。撲殺したい、めっちゃこの場でぶちのめしたい。
こいつは人をイラつかせる天才か。俺が短気めなのもあると思うがそれにしてもデフォルトおちょくりがひどすぎる。
「まあまあちょいと聞いてくれや俺の話。お前のマスターのことなんやがな?」
こいつ、話してくれと言ってもいないのに勝手に語り出した。
・・・・・・もうこいつは殺すまで喋るんだろうなとある意味心が折れ、結局俺は唐川の話に耳を傾けることにした。
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34話 Interlude:夢でいいから
次からやっと視点が元に戻る(はず)
「・・・・・・マスターがどうした、俺はもうアイツの助けなんて借りずにこの戦争勝つつもりなんだよ」
いつの間にか雨が降り出し、さあさあと屋根に粒が当たって弾けていく。
風はなく、俺の背中や髪を濡らすことはない。
「なに、あいつのこっちゃからどうせお前には教えてへんと思う話を伝えときたいだけや・・・・・・それ聞いてどないするかはご自由にどうぞってわけ~」
呑気に鼻くそをほじりながら言う唐川。
俺がその気になれば一瞬でぶっ飛ばせるというのに余裕綽々な雰囲気を醸し出しているあたりとても怪しい。
無意識のうちに怪訝な顔つきをしてしまったのか、俺の表情を見て奴は笑った。
「嘘は言わへんよ?こういうとこでの嘘は俺の美学に反するからやね、信用してくれてべっちょおまへんで」
「・・・・・・わかったよ、さっさと言え」
敵対心マックスで睥睨するも向こうは気づかないフリ。調子が狂わされるから俺もこいつは嫌いなタイプだとわかった。
監督役じゃなくてマスターだったら真っ先に血祭りに上げてるところだ・・・・・・
「・・・・・・んじゃあお言葉に甘えて。まずライダーくん、お前のマスターが主だって使う魔術はなんや?」
「強化だが、それがどうした。何回かかけてもらったことはあるが、特に何の変哲もない術だったぞ」
特筆すべきことと言えば魔力が異様に体に馴染んだことくらいか。
強化の魔術を研究する七代目の魔術師ならば、あのレベルにまで達するのだろうし・・・・・・別に変なことはなにもない。
俺がそう答えたところで唐川は烈火のような色をたたえた唐辛子っぽい物を口にそのまま放り込んで咀嚼、飲み込んでからまたあの笑みを浮かべた。
「まあそんくらいは知っとって当然か。じゃあ、解析の方は食らったことあるか?」
「・・・・・・あるにはあるが」
あの、体の中にカテーテルを通され全身同時に広げられるようなあの感覚は体に染み着いている。
”アイツ”の中でも特に記憶に残った事柄なのだろう・・・・・・今でも、目を閉じるとあの感触が想起されてくるのだ。
「そうか・・・・・・わかったわ」
腕を組んでふんふんと唸る唐川。俺に質問するだけして肝心の話が何にも出てこないではないか。
やはり話すことなど何もなく、俺の状態を見たかっただけなのだろう・・・・・・
「お前さん、随分と溺愛されてんのやな」
「・・・・・・は?」
この程度でなぜ溺愛されてるとまで言われなければならないのだ。
確かに過保護というかそういう面はなきにしもあらずだが・・・・・・別に異常って程でもないだろう。
「あいつが他人のことそないに気にかけて知りたがるなんて珍しいわ。今年中に太陽爆発するんやないのってくらい珍しい」
「珍しい、か。どうだっていい話だ」
アイツが見ていたマスターはいつだって人と深く関わりたがらない人間だった。
喫茶店の人と司馬田とかいうの以外には優しそうな青年の顔をしてにこにこばっかしてるし、八方美人。
俺みたいな全方向性喧嘩売りマシーンとは大違いだ。
「お前もそんなこと言っとるけどな。心の内では愛されたいとか思っとるんやろ?」
「・・・・・・んなこと」
思っていない、訳ではなかった。
でもサーヴァントは、いつか消える時がくる・・・・・・俺はマスターと別れる時に未練なく消えたいだけなのだ。
俺だってアイツと同じくらい願望や欲望はあるけど、この身分で望んではいけないものばかり。
だから、無理やりゴミ箱にねじ込んでいるだけ。
「意外と噛み合うかもしれんで?平尾のヤツも似たような感じやしさ」
唐川は強くなってきた雨足を見て、こりゃ暫く帰れへんわとため息をついた。
どうやらまだここに居座るらしいが、叩き出す気にはなれない。
「・・・・・・アイツは昔俺が教会の手伝いしとったときにいきなり転がり込んできたんよ。雨降ってなかったのに髪の毛湿っとってな。洗い流したんやろけどめっちゃ血の臭いさせとって・・・・・・すぐおかしいってわかったわ」
前に見たマスターの記憶・・・・・・その続きだろうか。
あの凄惨な光景は脳裏に焼き付いたかのように離れない。
「そん時の俺が18やったからアイツは16くらいかね・・・・・・シスターに言われて介抱したはええけど一向になんも喋らんくてさ、俺はあの手この手使ってなんか言わせようとしたんやけどそん時のことが原因であんな毛嫌いしてくんねやろな」
何やったらあそこまで嫌悪されるようなことになるのだと言いたいが、どうせろくなことじゃないと想像がつくので結局聞くまでもない。
おもしろ半分に拷問紛いのことでもやってたんじゃねえの。
「まあそないなことは今や些事じゃ。そっからちょくちょく魔術師と聖堂教会関係者っちゅう役柄もあって絡むことがあったんやけど・・・・・・」
「もう結論言ってくれ、俺は寝てえんだよ」
日本語の特徴上そうなってしまうというのは理解できるがやっぱり冗長なのには耐え難い。
魔力の回復もしておかねばならぬというからできるだけ寝て消費量を減らしに行きたいのに・・・・・・
「・・・・・・せっかちやなあ。お望み通り言ったるけどさ・・・・・・あいつはお前のことを大切に思っとるっちゅうわけや。自分の命が惜しいからとか、そういう感情もあるやろけどな。でも、お前を守りたいって思いはそんな自己愛の現れじゃない・・・・・・純粋な感情よ」
「どうしてそこまでわかったような口がきけるんだよ」
「まーお前さんとあいつの絡みは一昨日しか見てへんけどさ・・・・・・現在進行形でガチガチのキモいくらいの感情見せつけられ・・・・・・いや何でもないわ」
なんかとんでもないことを言われたような気がするのだが、これは続きを言わせていいものなのか。
俺の霊基がさらに混沌へと向かうような予想しか立てられない。
「兎にも角にも、お前さんは愛されてるっちゅうこと。せっかくやったらお返しでもしてみいよ、あいつのこっちゃから絶対おもろい反応するはずやで」
にししし、と悪魔のような笑い声を唐川は上げた。やはり自分が楽しければなんでもいいという根っからの快楽主義者らしい。
少しだけ雨が収まったと見て、ヤツはそのまま休憩所から出てしまう。
今を逃せばいつ帰れるかわからんから、らしい。
「・・・・・・あんたは監督者側でしょ、なんで俺たちなんかに肩入れすんだよ」
「肩入れなんてしてへんよ。俺は俺の見たいものを追求しとるだけやさかいに、今回はお前のところへちょっかいかけに来ただけや。明日になったらまた別のおもろそうなとこ行くわい」
んじゃあな、と手だけ振って唐川は夜の闇に消えていった。
「なんなんだよあいつ」
変な奴、と俺は呟きながら椅子に再び寝転がる。
降りしきる雨はまた強くなってきて、俺の顔にも霧吹きの水がかかるように雨粒が飛んできた。
・・・・・・逆に、目が覚める。
「・・・・・・愛されてる、ねえ」
息が詰まるような、そんな感覚がした。
期待してしまう自分がいた。
差し出された手を握ってしまいたくなる自分がいた。
『マスターのところに謝りに行かないと』
『俺みたいな底辺のサーヴァントでも、ちゃんと気にかけてくれる人だから』
『少しだけ、夢を見させてくれ』
なんで、なんで、なんで。
生きていたときよりもさらに短い、1ヶ月もたぬ夢幻泡沫の命なのに・・・・・・この場所にいることそのものが夢のような話だというのに、なぜお前はさらに求める?
俺はひとりで何とかすると決めたのだ、誰の助けも貰わないと決めたのだ。邪魔をしないでくれ、俺を惑わさないでくれ。
幸せになってはいけない、それが悪役として定義づけられた俺の宿命。
マスターまで苦しませたくはない、苦痛を浴びるのは俺だけでいい。
俺はもう誰も、大切な人を失いたくないだけなのだ。
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四日目
35話 四日目:ニンジャサイコー
あとこの話を境に18時投稿へスイッチすることと相成りましたのでご理解ご協力(?)をお願いします。
「っんだ・・・・・・体おっも」
バッチリ7時まで寝てしまったという不覚。だというのに体はとてもだるく重い。
・・・・・・マンドリカルドのヤツ、さてはサーヴァントとの戦いで宝具かなにか撃ちやがったな。
この世界にいることはわかるのだが、やはり居場所はどうやっても探れない。一晩あけて探知拒否を忘れてたりしないか、という淡い期待はここで潰えた。
魔力不足の頭痛も相まってかなりつらい・・・・・・このまま放っておけばマンドリカルドに精根果てるまで吸い尽くされそうな気がするから早く探し出して連行しないといけない。
「おーい海!もう朝だ起きろセラヴィ探しに行くぞ」
「あぁ~?朝ってのは9時からだろ早すぎるぞ」
こいつ、社会人になって時間の概念が崩壊したらしい。俺みたいな平社員ではなく重役だからなんだろうが、こんなんで人としてやってけるんだか。
これ以上待てないので俺は襖をしぺーんと開け、海を叩き起こしに行く。
「ってお前何ちゅうかっこしてんだ!」
簡単に言うと半裸、詳しく説明すると上がキャミソール一枚で下がハーフパンツ一枚。まだ肌寒さ残る季節というのにそんなものは関係なしとばかりのフリーダムさ加減、ため息が出る。
大胆にキャミソールはめくれあがりへそのあたりが丸見えだ・・・・・・こんな生き方してるけどお前も女だろと巻かれたそれの裾を戻してやる。
「よけいなお世話だっつの・・・・・・はーもう2時間も寝る時間減った」
「どう考えても過眠間違い無しなんだからこんくらいでいいの!」
ごねる海を一発しばき、無理やり意識を覚醒させる。
こんなんで事故られたらたまったもんじゃない、一応俺の命を預ける人間にはしっかりしていただきたい。
「朝飯食ってから行くけど、篠塚くんはご丁寧にあんたの分まで用意してくれてるんだとよ」
「そうか、じゃあありがたくいただくとしよう」
海を伴って食卓につくと、そこにはお言葉通り豪華な朝食がずらりと並んでいた。
種類も多くそのどれもが高いクオリティ・・・・・・昔彼は料理屋でもやってたんじゃないだろうか。
向かい合わせになる形で海と一緒に座り、俺は箸を取る。
「じゃあいただきます」
「いただきまーす」
初手テレビのリモコンを取って電源をつける海。いつもニュースかワイドショーを見るのが日課だそうで、この日は何時もより時間が早いため番組が違うことにご不満の様子。
人気のアナウンサーが誰それの結婚やら何やらを報道しているのだが、知らない俳優だったので興味も湧かん。
「続いてのニュースです。今日、──県舞綱市にて指定暴力団舞綱──組の幹部を含めた20人が暴行を受け重体、病院に運ばれたことがわかりました。県警は治療が終わり次第事情聴取をする予定だそうです。現時点で判明していることは、犯人が一人の男性であり・・・・・・黒髪に白いメッシュの入った髪型をしていたそうです。場合によっては───」
お茶の間が凍り付いたというのはこのことを言うのだろう。
黒髪に白いメッシュとか知ってる奴が一人いるんですが、というか昨日まで普通に会ってたんですが。
錆び付いた機械のように首をぎこぎこ回して海の方を見ると、さすがに奴も察したのか困ったような顔をして笑っていた。
「・・・・・・魔力摂取の為じゃね?」
「・・・・・・一般人相手にそういうことするなって言ってたのにとんでもない奴にちょっかいかけやがってあの野郎・・・・・・殺さなかっただけまだマシかもしれんが今回ばかりは逆にタチが悪い」
さすがにこれには頭を抱えざるを得ない。
無事にマンドリカルドを見つけても家へ帰るときに襲われそうで怖い・・・・・・どの道俺が死んでしまえばマンドリカルドも消えるので一緒の行動が取りにくいし、俺の防衛も兼ねて戦わなければいけないとなると彼にも負担がかかるだろう。
「監督の奴がなんとかしてくれることを祈るしかないな」
「唐川がご丁寧に記憶改竄とかしてくれると思うか?俺があの手の奴に追いかけ回されるの見てこれ幸いと唐辛子むさぼりながら傍観するに決まってる」
「・・・・・・あの人仕事自体はちゃんとして、自由なところで狂人になるタイプだろ。大丈夫だって」
精一杯海がフォローしてくれるが、俺には絶望的な未来しか見えない。
平尾家こんなところで終わりたくねえよ、取りあえず八代目見つけてぇよ・・・・・・
もうあいつがきっちり仕事するという一縷の望みに賭けるしかないという事実を飲み込み、俺は再び箸をとった。
「じゃあ法律の範囲内で飛ばして行くぞ」
「頼むわ」
ギリギリタンデム走行OKの車両でよかったなと軽口を飛ばしつつ、俺はヘルメットやグローブを装着する。
プロテクターに関しては一人分しかないので少々心許ないが、俺は魔術で防御が出来るため問題はない。
「じゃ、なんか緊急の要件あったら背中2回叩けな」
「あいよ」
エンジンをふかし、最速176km/hくらい出せるバイクは司馬田家のガレージを飛び出した。
この車種はタンデム走行が可能とはいえすることにはあまり適さないタイプなので俺の体勢はずいぶんきついがそれは我慢しなければならない・・・・・・死ぬよりマシだ。
先ほどのニュースで話があった暴力団云々の場所近辺を捜索するべく、まず俺たちは明海に向かった。
昨晩の話だからマンドリカルドはもう遠いところに行っているかもしれないが、とりあえずというわけである。
豪速で流れていく風景を見ながらマンドリカルドがいないかと動体視力を強化しつつ見てみるが見当たらない。
さて、彼はどこに行ってしまったのか・・・・・・
「・・・・・・もう一人サーヴァントがいりゃ探知してくれるんだけどな」
「んなもん俺にはいねえよ、自分で何とかしろ」
辛辣な海の言葉がグサリと刺さるが、こればっかりはドのつくレベルで正論なので俺の甘えを消し飛ばしてくれる。
海が協力してくれるだけありがたいと思わなければ。
明海でも特に都会化が進んでいる区域は一通り見て回ったがいない。
今持って行かれてる魔力量からして霊体化はしていないはずなので、どこかに姿はあると見ていいのだがやはり探索場所が広いとどうしても難しい。
「・・・・・・一回止まるぞ」
ある場所で海がバイクを道路の端に停めた。
トイレかなにかかと思ったがどうやらそうではなく、携帯に連絡が入ったらしい。
黒のスマホにクリアケースという女らしさ0のそれを手にとり、海は通話を始めた。
「もしもし司馬田ですけど・・・・・・あ、それらしきあとが見つかった?そうか、痕跡だけでもいい発見だ、場所は・・・・・・神足公園?了解了解、そのまま続けといてくれ」
なにかマンドリカルドのいた跡が発見されたようだ。
神足公園というと明海の北方にある大きな公園で、きれいなソメイヨシノが春咲き乱れるため花見の名所として県外からの観光客もよく訪れる場所だ。
今の時期は葉桜に移り変わる途中なので客足は少々減りつつあるくらいだが、それでもけっこういる花見客には見られなかったのだろうか。
「公園で戦闘の跡見つけたってよ。さっさと行くか」
「さっきの奴は誰だったんだ?お抱えの諜報員か何か?」
「ま、そんなところよ。ほらさっさと乗れ」
海に促され、俺はまたバイクの後ろに乗る。
いずれ腰をいわせそうな体勢だが、我慢・・・・・・
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36話 四日目:メガネキラーン!
切符を切られる一歩手前のところまでトルクをぶち上げ公園へと向かう。
フルフェイスメットじゃなけりゃ絶対呼吸すらままならないぐらいの風圧・・・・・・海の体にしがみつきつつタンデム用ベルトをつけていなければ絶対俺はぶっ飛ばされそうだ。
「よくハーフのメットとゴーグルだけで耐えられるよなこいつの風圧!」
「苦しいのが気持ちいいんだよ、四年も乗ってなきゃあんなことも忘れるか?」
俺より破天荒なこいつはハーフメットでのツーリングなんて危ないと言われているのにも関わらずいつもこうだ。
いつか飛ばしすぎて事故っても知らんぞと言っても、一瞬でお陀仏になれるんなら別にいいんだよと変わらないめんどくさい奴。
「っしゃ、着いたぞ・・・・・・って、まぁーた派手にやったなこりゃ」
ゴーグルを外して海が笑う。
フルフェイスじゃあどうしても視界が狭いので俺もメットを脱ぎ公園を見たところ、所々に荒れ模様が認められる。
芝生が禿げていたり、木楢の木に何かしらが激突した様子、ベンチの足みたいな先の細いもので地面を抉ったようなところまである・・・・・・それに暗い場所だった故か騒がれていないものの、血痕らしきものまであたりには広がっていた。
一般の皆さんは事情を知らないせいか昨晩ここで花見終わりの酔っ払いが殴り合いの喧嘩でもしたんだろうと言っている・・・・・・まあ、サーヴァントなんていう常識外の存在がやったなんて答えなぞ、簡単に出せるわけがない。
「これがセラヴィって奴のいた痕跡だとすると・・・・・・こりゃ一騎は殺ったんだろうな。俺は誰が呼ばれたかなんて知らんからわからねえけど、お前なら推測はつくんじゃねえか?」
「・・・・・・俺が今まで出会ったのはセイバーとバーサーカーとランサーだ。バーサーカーはこんな戦闘をせず搦め手で来るだろうから除外できるし、セイバーはセラヴィが勝てるはずないって感じで震えていた相手だ・・・・・・いくら好戦的になったとはいえそう簡単に勝負を挑めるか・・・・・・」
そう考えると相手はアーチャー、ランサー、アサシン、アヴェンジャーの四騎のうちどれかである。
セイバーがどうかはわからないが、ここでは一旦除外しておこう。
「アーチャーだったら弓を使うはずだしこんな近接戦闘しかない痕跡にはならんだろ。矢かなにかが地面に刺さった痕の一つや二つなければおかしいし。アサシンは主戦法として一瞬で仕留める奇襲を使うだろうしこんな広範囲にまんべんなく形跡が残るかとなると怪しいし・・・・・・まあ、サーヴァントなんちゅう奴はいっくらでも例外持ちだしこれはただの偏見でしかないがな」
「・・・・・・まあ例外を持ち出したらキリがねえし、今は偏見で物を見るべきだ。とにかく、セラヴィは一騎戦闘によって消滅させまた行方をくらました・・・・・・俺の感覚で言うがそん時に宝具も使ってるはず。つっても手がかりがなあ」
なかなか絞り込めないのがきつい。
四日目にして少なくとも三騎と会っているだけまだマシなのかもしれないが、やはり判断材料が少なすぎる。
「どうする、街中ぐるんぐるん回ってるうちにもう昼時だが・・・・・・飯食いながら話でもすっか?」
「・・・・・・まあ、そうしとくか。やっぱりセラヴィに食われた魔力が結構な多量だから少しでも回復しておきたい」
体はまだ若干重たく、目もしぱしぱする。
宝具を使ったと仮定しても公園の状況からして対人の第一宝具、『
第二は存在だけがわかっているが情報は一切なくマンドリカルド自身も知らないもの、第三は説明からして辺りが否応なしで大惨事になる、第四は常時発動のパッシブ系宝具・・・・・・自然と答えは第一にたどり着く。
主力宝具がこれとなると本当の切り札にせざるを得ないのだが・・・・・・もしかしたら、他に魔力を消費する出来事があったのかもしれない。
「何食うつもりだ?」
「めんどくさいからハンバーガーで」
「りょーかーい」
近場のチェーン店で注文し、テイクアウト。
花見もかねてと言うわけで公園に戻って食いたいらしい・・・・・・海にもかわいいところがごくまれにある。
「妙齢の女性らしい理由だな」
「妙齢言うなきっしょいわ。額に根性焼きしてやろうかバカ」
「額はさすがに止めてくれ、つかしないでくれんなもん」
少しでも女の子らしく扱ったらこの豹変ぶりだ。困った輩である。
ハンバーガーの入った紙袋を公園の休憩所にあるテーブルへ放り投げ、海はどかっと椅子に座った。
「・・・・・・んだこれ、なんか落ちてるぞ」
海がテーブルにこぼれていた何かを拾ってこちらに見せつけてくる。
それは白い円盤状の粒・・・・・・少し赤い欠片がついているあたり、唐辛子かパプリカ類の種子だろう。
・・・・・・なんか、嫌な予感がした。
「もしかして昨日、唐川のヤツがここに来てたって可能性が・・・・・・」
「まあそりゃあるだろうな。清掃係が毎日ここらへん掃除するらしいし、そのときにこんなゴミあったらすぐ取ってるはずだろ。それにこんな場所で唐辛子やらピーマン食うようなやつなんてそうそういねえし」
ということは、少なくとも昨日の掃除が行われた後に来ていたってわけで。
基本山名地区の教会に入り浸るあいつのことだ、こんな場所まで来たとなると・・・・・・そりゃ、聖杯戦争関連だろう。
もしかして、戦闘の前後くらいでマンドリカルドと接触していたら・・・・・・絶対何かちょっかいかけてるに違いない。
俺の背中に冷や汗が走る。
「セラヴィの方からなにか異常があったとか知らされてるか?」
「いや何も。とりあえずこの世界にいるってのはわかるんだが、それ以外がどうしてもだめだ」
未だ接続が操作されているまんま。
令呪を使って強制的に呼ぶということも考えたが、飛んできた直後に逆上して俺を殺しにくるという可能性もある。
最善の手がわからないから、手をこまねき続けるしかない。
「マスターってのも不便なもんだねえ・・・・・・サーヴァントに嫌われちまえばただの外付け燃料タンクってか」
「・・・・・・確かに、そういう点は否めないな。英霊たるサーヴァントが現世に留まるための存在でもあるけど、今は殺さないでおくってくらいにしかならないし」
バーサーカーのせいとはいえ、俺の接し方も悪かったなと思うとなんだか辛い。
あのマンドリカルドであるが少し違う彼に、友達であるということを否定されたりもしたからだろうか。
もともとは俺が勝手に言いだして、向こうが謙遜という形でしか否定してこなかったせいか・・・・・・明確に嫌がられるとやっぱり哀しいものがあった。
「・・・・・・友達になりたかっただけなんだがな」
「お前の口からそんな言葉が出るなんてな。明後日くらいにここらへん魚でも降るんじゃねえか」
「ファフロツキーズ現象が起こるほどの異常事態なんかじゃねえだろ失礼な」
モノクルの鎖を揺らしながら海はこちらを見つめてくる。
そんな俺は孤独大好きマンだとでも思われていたのか・・・・・・心外な。
「そういや魔眼殺しの調整ちゃんとしてんのかよ。そのモノクル結構手酷い扱いばっかしてるだろ」
鼻あてやら蝶番あたりの破損がかなりわかりやすく見える。
普段から振り回したり激しい動きに巻き込まれているらしく、いつレンズが外れるかわからないくらいだ。
「ノウブルカラーなんだからちったあ気にしろよお前」
「説教垂れんじゃねえよこっちはちゃんと対策してるっつの」
アイスコーヒーをストローもつけずに飲みながら、海は呑気そうに呟いた。
門外漢の俺が言うのもなんだが、さすがにこの雑っぷりにはため息せざるを得ないのだ。
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37話 四日目:友達の定義ってなんなのよ
海の魔眼が持つ力は幻覚で、それもランクは黄金に近い結構強いヤツ。
魔眼殺しがあると言えど風呂やプールの類でははずさなければいけないため、その時は基本的に自らの姿を偽造(男っぽい体)に変えているそうだ。実際のところ俺はそうやって使用しているところを見たことがないためどんな感じだとかは言えない。
「お前も一歩間違えれば封印指定モノだったと考えりゃ、なんか感慨深いな。いい眼持ってるのにばっちり腐らせよって」
「現代社会で有効活用できる機会がねえんだよ。なに、姿消してマジックの手伝いでもしろってか?」
「んなわけないだろ、ほら・・・・・・他者への運命干渉なんちゅうとんでもないことホイホイ出来るんだから、うまいこと」
正直言って俺も活用法が戦闘と隠密以外で全く浮かばない。
サーモグラフィー的な奴まで誤魔化せるんだったらそりゃ不法侵入し放題だが、本人曰わく別にそんなこともないらしく。
海が毎度言うように”輝く場面がねえ”というのは本当なのだろう。
「まだ眼単体で魔力作って発動するからいいけど、これが俺の回路からちょろまかして展開だったら本当・・・・・・目くりぬいて売りに出してたわ」
「お前さあ」
せっかく持って生まれたものなのにありがたいとは思わんのかと聞いたところ、思わねえよと一蹴された。
時たまこいつは俺よりサバサバしてやがる。
「自分の好きなところとかねえのか、お前は」
「・・・・・・ないな。好きだったらこんな生き方してねえよ」
やっぱり煙草は体に悪いと自覚しているらしい。
・・・・・・だというのに改善しないからタチが悪いのだ。さっさと死にたいという願いを潜在的に後押ししているものだから煙草もやめたがらない。
照り焼きチキンのハンバーガーをじとーっとした目で食いながら、海は葉っぱまみれになった桜の木を見ていた。
「かくいうお前はどうなんだよ、自分の好きなところあんのか」
「・・・・・・そう言われると特筆すべきものはない」
結局俺もそんなもんだ。
魔術師としての生き方をそのままなぞってるうちに脱線し始めて・・・・・・そのまま流れるように、ビー玉がより低いところへ転がっていくかのように生きている。
毎日毎日ニコニコニコニコ、もっと楽しい生き方があるとわかってはいるけどどうにも変われないままだ。
・・・・・・俺だけしか辿ったことのない歴史、というものに憧れはするけど・・・・・・やっぱり、一歩を踏み出せない。
聖杯戦争というものが俺の人生で一番変わった出来事になるんじゃないだろうか。魔術師としてもそう簡単に参加できない儀式だし。
「まあ普通そんなもんさ。自分が結局何なのか、何がいいところかなんてわからずじまいで死ぬもんだ、人間ってのは」
「20代のいう言葉かこれが」
すでにいろいろ悟っているような物言いで海はオニオンリングを3個まとめて口に詰め込んだ。
海に全部食われる前に食べとかなきゃと、俺も急いでハンバーガーを食らった。
あれから結構探し回ったのだが、結局見つからずじまいでもう16時である。
季節が季節なのでまだ日はそれなりの高度にあるが、あと3時間もすれば日没なのでそれまでには見つけて連行したい。
とりあえず海岸の方まで来て探してみたが、やっぱりマンドリカルドはいない。
「・・・・・・もうどこ行ったんだよあいつ・・・・・・見つけ次第こめかみに拳骨グリグリしてやる」
「普通勝手な行動したサーヴァント相手にその程度で済ますか甘ちゃん」
「い、い、の、そ、れ、で!」
なんだかものすごくイライラしてきた。
買った缶コーヒーを飲み干し、缶をゴミ箱に投げ捨ててため息をつく。
なんで自分のサーヴァントに悩まされなければならないのだ、という気持ちが俺の中で大きくなっている・・・・・・だめだ、マンドリカルドは友達なんだから、ちょっとくらい扱いに手を焼いたところで怒っても仕方がない。
「・・・・・・お前さ、あいつのこと結局どういう存在だと思ってんだ。どう考えても部下みたいな感じじゃねえよな」
ボラードへ片足をのせ、よくある映画とかドラマの男みたいなかっこをして海を見る彼奴が唐突に問うてきた。
・・・・・・そう言われると少々複雑な感じもするが、とりあえず思っていることは言ったほうがいい。
「やっぱり、友達・・・・・・になりたいけどなりきれないくらいの奴だな。部下というか、奴隷みたいには扱えないわ。俺にはとうてい無理」
「・・・・・・ふーん」
どうでも良さそうな海の反応につい青筋を立てて怒りたくなるが大人げないのでやめておこう。
・・・・・・マンドリカルドのことを友としてちゃんと接してあげたいとは考えていても、今までを思い出せばただの押し付けがましい男であったなと思う。結局自分のことしか考えてないのだ、俺は。
「友達の定義って、何だろうな」
「それ考え出したら友達できねえし減るぞ・・・・・・って元からお前にゃいなかったか。俺みたいな社会不適合者のドクズ野郎くらいしか」
へっ、と海が不敵に笑う。
・・・・・・俺としては微妙なところなのだが、世間的に見ればこの関係は十分友人・・・・・・もしくは親友に値するものなのだろう。学校を卒業してから仕事関係もなしにちょくちょく絡むし飯も行くから。
「そうだな。俺にはお前みたいな歩く公害しかいねえよ、友達は」
「公害言うな」
だったら禁煙しろ、と反駁をぶつけたが海は意にも介さずといったところだ。
「まあ人の扱いなんて俺にゃわかんねえからさ、そういった関係は勝手にしとけっちゅう話だ。もうお前らが最終的に抜きつ抜かれつみたいになっても知らん」
抜きつ抜かれつのところになんかすごい悪意を練り込まれていたような感じがしたけども気のせいだろう。
海はいつものコートを翻しながら立ち、俺の方を向く。
きっちり刻まれた眉間のしわがなんか怖いけども、デフォルトでこれだからもう慣れた。
「ま、頑張れや」
「・・・・・・言われずとも」
留めたバイクの方へ海が歩いていったと思うと、ハンドルに引っかけていたヘルメットを投げ渡された。
もうそろそろ出発するぞ、ということなのか。
「さぁて、我が親友たんの友達候補探しますか」
「親友たん呼ばわりやめろ気持ち悪い」
時折海はこういった言い回しというかおちょくりを仕掛けてくるのが厄介だ。
俺が不機嫌そうな表情をしているとものすごく楽しそうに笑い、海はバイクへと跨がる。
俺は後ろからその体を抱きしめるような形になって乗り、落ちないよう体の角度を調整する。
「てめっ、どこ触ってんだ」
「お前も胸触られたら気にするんだな」
薄っぺらいが女のものであるそこに触ったら流石に怒られた。ついでに軽口を飛ばしたらどつき回された。
・・・・・・暴力ヒロインはもう一世代くらい前だぞとか言えない、絶対言えない。
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38話 Interlude:笑えぬペテン師
サブ垢では兼ねてからの推しであるジュナ氏にしました~
サーヴァントを探しているうちに、いつの間にか日没が近づいてきた。
俺は海の近くにある廃倉庫に入り込み、休憩を取る。
やはりマスターと離れているせいで少しきつい・・・・・・つか、マスターの奴休みだからと言って俺を探し回りやがって。
おかげでおちおちほっつき歩けもしない。
「・・・・・・はぁ」
壁により掛かり一つため息をついた時・・・・・・とても怖い、声が聞こえた。
甘えにまみれた弱い俺自身の声が。
『戻ろう、マスターの元に』
「・・・・・・俺は、戻らねえ」
愛した者は誰一人として幸せにできなかった俺の性質が、サーヴァントになったからとて変わるわけがない。
これは、奴のためなのだ。死ぬときはひとりで寂しく消える・・・・・・俺は、そうありたいと願ったのだ。
『なんで、なんでお前はいつもひとりでいたがるんだよ』
「それがみんなの幸せに・・・・・・繋がるからだ」
俺ひとりが我慢すればそれでいいのだから、至極簡単な話じゃないか。
もう生前のようなわがままは言わないと、そう俺は決めた。
「いつか、絶対に失うもんだから・・・・・・俺はただ、悲しくなるのが嫌なんだよ」
俺のくせになんでわからないんだよと、叫びながら俺は壁を叩く。
大きな音を立ててもその声は収まらない。自分はまるで関係ないかのように無責任な言葉ばかり此方にぶつけてくる。
『俺は・・・・・・ひとりぼっちが嫌だ、寂しいんだ、誰かと一緒に生きてみたいんだ!』
勝手なことを言うな、サーヴァントの癖に夢を見るな語るな!
頭の中をかき回されるような苦痛が、俺を襲う。ああ殺したい、今すぐ殺してしまいたい。
いつまで経っても甘ったれて、わがまま言っときゃなんでも叶うと思ってる勘違いした王子様野郎が・・・・・・俺は大嫌いだ。
「うるせえ死ね、消えちまえ」
秘めるべき欲をさらけ出そうとする愚かな自分に怒鳴りつけ、俺は再び壁を殴りつける。
心臓が握り締められるような苦しみが俺を苛むが、この欲望を吐き出してしまうよりかは万倍マシだ。
ようやく収まったその声にため息をつきながら、俺は廃倉庫を漁り始める。
服や装備はともかくとして、木剣を魔力で編むのはかなり難しい。それも技術的な問題ではなく、魔力的な問題なのだ。
その気になれば何本でも出せるが宝具を発動する瞬間と同じレベルの量を持って行かれるため、使い捨てにすることを考えるとかなり効率が悪い。
マスターの魔力量に概算はつけているし、予備回路まで回させたときの予測も立てている・・・・・・だが、そう簡単にいかないのが現実。マスターと離れているので魔力の供給にラグが生じやすくいざという時に足りないということがかなりの確率であり得る。
ので、出来るだけ省エネ戦闘を心がけなければならないのだ。こういうところは落ちているものなんでも武器として使える性質が有利に働いている。
「お、あったあった」
幸い折れ曲がった鉄パイプや塩ビ管というものなどが転がっているのでそれを頂戴することにした。
あまり数はないが、ないよりましだろう。リーチもそれなりにあって、長いものは槍の代用品としても機能しそうなくらい。
取りあえず3本ほど頂戴して、俺はそろそろここをお暇しようと出口の方へと向かったのだが・・・・・・
そこに異様な雰囲気を放つ、赤い目の男がいたのだ。
「・・・・・・誰だ」
「問いを投げるか?雑種風情が・・・・・・この
此方を嘲るような視線、家畜以下のような何かを見る目、そして押しつぶされそうなほどの圧力。
奴はサーヴァントだ、それも・・・・・・相当な手練れの。
「誰だ、と言ってんだ。聖杯に言葉も教えてもらわなかったのか貴様は」
「・・・・・・ほう、我への拝謁などどうでもよいとばかりによく鳴く雑種だ。そんな癡鈍は生きるどころか・・・・・・死ぬ価値もない」
一歩、男が此方へと踏み出してくる。
武器も何も持たず、格好はただの現代人と同じ・・・・・・鎧も盾も、兜もない。
俺を完全に舐めくさっているとわかったが、それに漬け込んで殺すというビジョンが全く沸かないのは何故だ。
・・・・・・こいつがそれほどの力を持っていると、無意識のうちに知覚しているのだろうか。
戦うことを拒否している体を無理やり動かして、俺は鉄パイプを握る。
ここで逃げたら既にボロボロになっちまった名が更に廃るぞと、自分に言い聞かせた。
「ナメやがって─────ッ!!」
地面を蹴る。
相手が油断している家に殺さなければ、まずいと・・・・・・そう思ったからだ。
「・・・・・・下らんな」
男の立つ場所のすぐ近くが、ぐにゃと歪んだ。
顕れたのは一本の剣で・・・・・・とんでもない速度の初速を与えられたそれが、俺の顔面へ一直線で飛んでくる。
これが刺さったら流石に一発で終わりだと体は反射的に剣を打ち落とした。ぎぃん、という鈍い音が鳴りその剣が地面へと転がっていく。
「なんて奴だよ・・・・・・!」
虚空から剣を射出するなんて意味が分からない。
これじゃあ容易に近づくことが不可能ではないか・・・・・・鉄パイプじゃあ打ち合っててもそのうちに叩き折られるか斬られること間違いなし・・・・・・圧倒的に分が悪い。
「笑わせてくれるな雑種。貴様の持つ力・・・・・・どこか我にとって忌々しい者を想像させる。尤も、貴様は片手どころか小指一本で払いのけられるような者。
詐欺野郎呼ばわりされたことに少しカチンと来たが、それは間違いでなく真実。
絶世剣の名と切れ味を騙ってただの棒を振り回す俺は、まさしく詐欺を働く不届き者でしかない。
「何にせよ、我の持つ財宝の名を騙る道化には・・・・・・痛快な悲鳴で我を楽しませて貰おうではないか」
男は手をズボンのポケットに入れたまま嗤った。
瞬間、辺り一帯が先ほどのように歪み剣がまた姿を見せる。
それはまるで
「おかしいだろ、んなの・・・・・・!」
剣の刺さった肉塊に変えられたいという願望はない、そう易々とやられてたまるかってんだ。
一斉に飛んでくるものたちを必死に避けて地面を転がるが、どうすればあいつに一矢報いることができるのか。
「ふん・・・・・・その程度で我へと刃向かっているつもりか?我を倒したいのだろう?ならば、疾くその剣にも満たぬ屑を振るえよ雑種!」
「っ・・・・・・この、野郎──────!!」
こんなところで怒っても俺の寿命を早めるだけだとわかっていても、溢れ出す激情が止まらない。
鉄パイプに魔力を纏わせ擬似的なデュランダルを作り出し、男へと斬りかかる・・・・・・!
「やはり、ペテン師はペテン師よな」
刹那的な、その時間。
俺がいつか見た剣がそこにはあった。
見紛うはずもない・・・・・・人生をかけて求めた絶世の剣デュランダルそのものが、男の手に握られていた。
「馬鹿め」
一閃。
男が軽くその剣を振るっただけで、俺の持っていた鉄パイプは両断された。
どういうことだ、ローランやロジェロはあんな力どう考えたって持つ訳ない・・・・・・じゃあ、デュランダルを持っているあの男は一体何者だというのだ。
「貴様・・・・・・その剣をどこで!」
「どこで、と言われても困るな。この世の財宝はすべて我の物だ・・・・・数多いる王の中の王である、英雄王ギルガメッシュのな」
躊躇う様子もなく、そいつは真名を言い放った。
それは今から殺す雑魚に与えるせめてもの手向けか、真名を知られたところでどうということはないという自信の表れか。
いずれにせよものすごく恐ろしいことに変わりはない。
「さて、と・・・・・・そろそろ終わりだ、雑兵」
再び展開される無数の剣たち。先ほどよりも密度は高く、避けたところで致命傷とまでは行かずともかなりの傷を負うこと間違いなし。
だが俺はこんなところで死ぬわけにもいかん・・・・・・なんとか、してみせる。
いきなりの金ピカ(微妙に怒りモード)ですね。
口調がずいぶん怪しいんですが金ピカぽくできてるでしょうか、不安でならんのです(白目)
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39話 Interlude:それはもう絶対的な
「負けてたまるかってんだ、お前なんかに!!」
放たれる剣を膝当てや肩の防具で精一杯弾くがやはりその程度では凌ぎきれることもなく。
鎧の隙間から何本も、体内にねじ込まれてしまう。
「っんぐはぁ!?」
体の中が冷たい金属に冷やされたかと思うと溢れ出す血液で急激に熱くなる。
極力剣そのものへ触れないようにしながら抜き、昨日のように魔力によって無理やり出血を止めた。
ギルガメッシュとかいう金髪男は、その間何をするでもなく俺を観察していたが・・・・・・なぜとどめを刺さなかったのだ。
「・・・・・・なんで来ねえんだよ、俺を殺すには絶好の機会だったはずだ」
「なに、ここで始末すれば・・・・・・我がこんな三下へ本気を出したとでも思われて業腹なのでな。少し、遊んでやろうかと思ったのだ。喜べよ雑種、その頭地に擦り付け感涙に咽べ!」
ギルガメッシュが右手を振るう。
先ほどの剣たちと同じように虚空から現れるのは金色の鎖。
こんなものに貫かれれば動くことすらままならないと察した俺は後ろに飛び退いて大きな鉄材を掴む。
こんなに大きかったら取り回しがきかないと思って放置していたが、この際お構いなしだ。
「っぅらぁ!」
飛んでくるものたちを時に撃ち落とし、時に巻きつけ体への到達を防ぐ。
あの鎖を出している間は剣を飛ばしてこないと希望的観測をして、俺はギルガメッシュの方へ少しずつ進んでいく。
武器の差は歴然としているが、兎にも角にも戦うしかない。
「・・・・・・やはり、一本ではさすがに捕らえられぬか」
「なッ!?」
背後で何かが光ったと思い咄嗟に振り返ったが時既に遅し。
新たに現れた鎖は俺の四肢と首に素早く巻きつき、廃倉庫の床をぶち抜いて刺さる。今までの動きは全て舐めたプレイの最中であったと理解するのにそう時間はかからなかった。
「・・・・・・貴様、手加減してたってのか」
「そうするに決まっているだろう?我が本気を出したら最後・・・・・・お前はここ一帯の土地と纏めて塵一つ残らず消えるだろうしな。元より、我の本気なぞ・・・・・・友にしか見せるつもりはない」
なんの疑いもなくそう断言するギルガメッシュ。普通なら大法螺吹きとでもなんとでも言えるのだが、今回ばかりはさすがに不可能だ。
軽く手首を捻ろうとしたがびくともしない・・・・・・これほどの耐久だというのならもう俺に脱出できる目はない。
ただ、消える時を待つことしかできなくなった。
「やれ、天の鎖」
ギルガメッシュの命令に従い鎖は俺の腕や足を締め付ける。
首の鎖は何もしてこないが、これは呼吸ができなくなり俺が嗚咽を漏らせなくなることを避けるためだろう。
つくづく嫌な奴だ。
「・・・・・・ぐ、あぁあ・・・・・・が、ア!」
みしみしと骨が軋む。
激痛が俺の神経を焼くが逃げることは不可能。
先ほどの強制回復に使った魔力がかなり多く、マスターのところから奪うのにも時間がかかる。
宝具を発動できれば一本は斬れるかもしれないが、その間に俺の首が絞られ頸椎ごとちぎられるだろう。
そも、剣を編む魔力すら確保出来ていないのだ・・・・・・この状況を打開できる方法なぞ、ない。
「どうした、声が聞こえぬぞ?」
「ひ、イ・・・・・・あぁあああ──────────ッ!!」
ぎちぎち、鎖の締め上げが皮膚を巻き込んできた。
内出血から始まったそれはいつしか皮を絞めて切り、細く血の筋を流し始める。
倉庫の床にできる赤い円。水玉模様のごとく、ぽたぽたと灰色の地面を彩っていった。
「やめろ、さっさと・・・・・・殺るなら、首をもいで殺りやがれっ・・・・・・ぎ、うぐぁ!?」
腕の骨が折れ、変な方向にねじ曲がる。
砕けた骨の破片はその動きによって肌から飛び出し、僅かについた骨髄がぼたりと音を上げて落ちていく。
脳が麻痺するほどの痛みに絶叫することしかできない。
・・・・・・こんな辱めを受けるために召喚されたわけじゃないのにと叫びたかったが、声帯が思うように震えてはくれなかった。
「申し訳ないなぁ。我もこういった行為は好きではないのだが・・・・・・貴様のような雑種でもよいから、サーヴァントの体というものが診たいと望む者がいるのでな。我もつらい、と~ってもと~っても・・・・・・つらいのだぞ?」
心にも無いことを口から放ちつつ俺の姿を見て愉悦に耽る男。
ああ、この体が自由ならば、今すぐ八つ裂きにしてくれるというのに。
「・・・・・・っ、んな、勝手・・・・・・がぁ、っぐ通じると思うなッ・・・・・・あ、が、あぁ───────あぁあ!!」
体を締め上げる鎖が動き、俺は磔のような格好にされる。
言葉じゃ強がっているような素振りを見せているが実際のところ限界が近い・・・・・・このまま拷問じみた行為を続けられれば、心が折れてしまいそうだ。
歯を食いしばりながら胸元を見る・・・・・・そこには、あの時マスターから貰ったペンダントの石が緑色に輝いていて。
少しだけ申し訳ない気持ちになった。俺一人で聖杯を手に入れてみせると息巻いていたのに、このざまか。
これの礼も何も言えぬまま死ぬのかと思うと、目がじりじりと痛くなる。満足な答えも何も渡せないまま、俺は弱い人間のまま・・・・・・
「・・・・・・嫌、だ」
俺の中の何かが言う。
『抗え。それが例え、砂漠の中の水一滴にも満たない力だったとしても』
すでに原型をなんとか保っているレベルでしかない魂が言う。
『叫べ。それが例え、誰一人の耳にも届かなかったとしても』
弱音ばかり吐いていた俺が言う。
『戦え。それが例え、俺の名誉の為でなかったとしても』
いつ死ぬかわからないこの状況で何を無責任なと俺は笑いつつ、ギルガメッシュの方を向く。
・・・・・・消滅するのは、奴の鼻っ面をへし折ってからだ。
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40話 四日目:それでも殴りたいときがある
この調子でやってたらいつ終わるのかねこれ(白目)
39話天の鎖(エルキドゥ)とはカニファンくらいでしか言ってないのでルビ消しました~
胸がざわめいた。
「・・・・・・海、セラヴィが危ない」
今もどこにいるかはわからないが、彼が危機的状況に陥っていることが知覚できる。
恐らく、とても強力なサーヴァントと戦闘に入り大怪我をしたと見て間違いない。俺の中から持って行かれる魔力の量も増加しているし、こりゃ相当な悪状況だ。
「今こっちにも連絡が入った。山名と明海の境目あたりにあるボロ倉庫・・・・・・あそこで戦闘音を聞いた奴がいるらしい。そんで隠れて見たところアタリだそうだ。さっさと行くぞ」
信号がちょうど青に変わったので、俺たちの乗ったバイクは車の間を縫うように駆けていく。
件のボロ倉庫はここから時速50キロで行くとすると10分くらいかかる・・・・・・それまで、マンドリカルドが保っていてくれないと困る。
「今日は渋滞とかなくって助かったな」
「ほんとにな」
エンジンをふかしさらに加速していく。あと少しで警察に呼び止められるくらいのギリギリスピード・・・・・・海も精一杯の尽力をしているようだ。
「もう禁じ手その1使っちまおうか!?」
「大丈夫なのかそれ、捕まるような沙汰にならないならまだ許すが!」
「じゃあOKだな!いくぞ、”
バイク諸共俺達の姿が消滅する。
視認されなければ見つけられることもない、というトンデモ理論だが今回ばかりはこれに頼らざるを得ないのだ。
規定速度を20キロほどオーバーした車体は先ほどよりもさらに強い轟音を上げて爆走する。
流石の海も呼吸が苦しいんじゃなかろうか。
「海大丈夫か!?」
「たりめぇよ!」
信号も完全無視して道路を突っ走っていく。時折通行人を轢きかけるが轢いてないので問題ない。
予定していた半分ほどの時間で倉庫へとついた俺たち・・・・・・入り口の近くで誰かがこちらへと大きく手を振っていた。
よく見るとそれは篠塚で・・・・・・プレイヤードの仕事はどうしたというのだ。
「
海がお得意の宝石魔術により声の聞こえる範囲を限定する。
これで俺たちの会話は他人に聞こえない。
「篠塚くん!」
「平尾の旦那・・・・・・バレない範囲で覗いて見たんですけど、セラヴィさんが妙な金髪の男に拷問を受けてるみたいなんです。鎖で拘束されて酷い傷を負っていて・・・・・・」
妙な金髪の男・・・・・・恐らく、あの日俺に謎の忠告をしてきた赤目の奴だろう。
マンドリカルドに危害を加えることができているという事実を鑑みると、やはりサーヴァントで間違い無さそうだ。
しかし・・・・・・俺や海は強化でほんの少し戦えるがサーヴァント相手には瞬殺だろうし、ましてや篠塚なんて本当の一般人だ。
神秘の秘匿的な問題を考えてもこれ以上関わらせるのはまずい。
そして海も戦闘まで巻き込むわけにはいかない・・・・・・俺みたいな普通企業の平社員とは違い、海には自分の会社があるのだから。
「・・・・・・俺が行く。お前らはここらへんの地形が変わる前にさっさと戻っていろ」
そうとだけ言って俺は結界の範囲から出ようとするが、海に止められた。
顔を見るに俺も戦わせろと言いたいらしい。が、それを認めるわけにもいかん。
俺は迷いを振り切って結界から抜け、倉庫の入り口に立った。
「─────ッ」
金髪の男の背がまず目に入ったが、そんなことはもう一瞬でどうでもよくなった。
体中に絡みつく金の鎖。絨毯を敷いたかのような円形の血溜まり。有り得ない方向に折れ曲がった四肢。まるで針山のまち針がごとく、マンドリカルドの体に刺さる無数の剣や槍。
あまりの光景に、一瞬言語能力を失ってしまったかというほど言葉が出なかった。
「・・・・・・遅かったな雑種。貴様の僕は随分と主人を待ちわびておったぞ」
前と同じ黒いジャケットを着た男が機嫌良さそうに嗤う。
その服に血は一滴たりともついておらず、圧倒的な遠隔攻撃の名手だと見て取れた。弓を使っていないが、アーチャーなのだろうか。
「お前、こいつに何をした」
「我にそれを問うか?」
男は俺の求めた答えを言わない。
下等で卑賤な生物を見るかのような目で、質問を返してくるだけ。
「何をしたって聞いてんだよ」
「・・・・・・ふん、下僕が下僕なら・・・・・・主も主よな」
足首に何かが絡みついた感覚。
下を見やればそこにはマンドリカルドを拘束しているものと同じ鎖が幾重にも巻かれていて、ふくらはぎの半分ほどまで締め上げられていた。
「っうぁっ!?」
ぐん、といきなり何かに引っ張られ、俺は宙に舞った。足の鎖が一瞬にして解かれて自由落下するしかなくなる。
このままでは頭から地面に激突する・・・・・・とっさに腕を強化し最悪の事態だけは免れるが、この様子じゃどうやったって抜け出せる気がしない。
勢いそのまま床に転がって、止まった場所はマンドリカルドのすぐ前あたり。赤くまだ温かい血が肌に触れる、そして服に染み渡る。
「・・・・・・あ」
また”知らない記憶”が蘇って、俺の頭に槍で貫かれたかのような痛みが一瞬走る。
血は、嫌だ。見たくない、触りたくない、思い出したくない。
「そこに・・・・・・いるのは、ま、すた・・・・・・ぁ、か?」
ぽたぽたと唇から血を垂らしながらも、マンドリカルドは俺のことを確かにそう呼んだ。
虚ろではあるが、その双眸は俺を確かに見据えていて・・・・・・申しわけなさそうに、眉毛が動く。
またこいつは、自分を責めるのか。自分が悪い、自分が弱いと笑うのだろうか。
・・・・・・そんなことが許されてたまるか。
「待ってろよセラヴィ。俺が・・・・・・あのいけ好かない野郎めったくそにぶっ飛ばしてやるから」
「無理・・・・・・に、決まってん、だろうが・・・・・・」
馬鹿じゃねえのと俺を罵倒できる元気があるのならまだいい、少しだけ時間をよこせとだけ言って俺は立ち上がった。
どうせマンドリカルドがやられてしまえば俺もどのみち死ぬのだ。どうせ死ぬんなら戦って死んでやる、俺は一度でも友だと言った人間を捨て置ける人間なぞではない。
額にある魔術回路のスイッチを一瞬で入れて、全身に強化魔術をかける。今回はサブ回路も一つ叩き起こして合計55本・・・・・・これでサーヴァントにかなうかと言うと正直無理くさいがやるしかない。
「ふ、ふふふ・・・・・・ははははははははははははははははははは!!」
突如として額に手を当て高笑いをする金髪男。
そりゃそうだ、サーヴァントみたいな一体いるだけで戦闘機を落とせるような存在、ただのちょっと強い人程度で勝てるわけない。
笑い方がものすごくムカつくけども、俺が実際やろうとしていることはちゃんちゃらおかしくて横っ腹の筋肉が断裂するほどのものなのだから。
「よい、よいぞ雑種!その蛮勇、その尊大さに
「・・・・・・うるせえ野郎だなあっ───────!!」
一度横に跳び、壁を蹴って方向転換しつつ男の方へと突撃する。
拳にありったけの力と魔術を込めて殴りかかった。まずはその頬に一発叩き込ませろってんだ!
ギルさんが一人称を我(われ)と言うのは花札ネタですけどわかる人どれだけいるんだ・・・・・・
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41話 四日目:友と呼ばせて
まあ原作が例外祭りだしいいですよね(おい)
「馬鹿め!」
俺の腹をぶち抜かんと虚空より出で飛んでくる金の鎖。そんなものは予測済みよと強化した腕で打ち払う。
あいつはとことん遠距離爆撃特化のタイプと見て一気に距離を詰めてやる。
「ふ、甘いわ!」
どうやら本気で近接は嫌らしく、鎖をどかどかと射出して俺の動きを阻んできた。
もれなく剣やら矢やらも射出してきて厄介なことこの上ない。
分割思考の一つを使い、初級動魔術で体重の軽量化や重力制御を担わせ俺は飛んだ・・・・・・速度的に鎖は避けられなくもないほどだが何しろどこからでも出てくるからタチが悪い。
「くそ、じゃりじゃりじゃりじゃりうるせえな!」
「ちょこまかと目障りだな・・・・・・少し気が変わった」
また空中に開く門。飛び出てきたのは一本の赤い槍・・・・・・
この程度ならば簡単に避けられると思った、それが間違いであった。
いくらその槍を蹴ろうとも、弾き飛ばそうとも、俺を追ってくる。
先ほどまで直線的な投射しか出来ていなかったのになぜなのか。そもそもこいつはなぜここまでの量の剣たちを持っているのか。
「その槍は必中のゲイ・ボルク。貴様の心臓を貫くまで止まりはせぬぞ」
「・・・・・・お前、どっからどうみてもクー・フーリン関係ってぇ感じじゃねえけどな!」
神話からしてクー・フーリンはとにかく戦士としての名誉や節度を大事にするタイプで人を見下したり雑種呼ばわりはそうないはず。
というか戦闘スタイルが違いすぎる。
それにゲッシュで『一日に一人の戦士と戦う』というものがあるため、これを守っていたとすればサーヴァントはもう3騎ほど消えているはずだがそんなこともないっぽい。あと今日はマンドリカルドと戦闘をしていたはずなので、俺との戦いに応じたという時点でおかしい。
影の国の女王スカサハなんてこともないだろうし、ならばこいつは誰なのだ?
考察をいろいろしたいが分割思考にも限界がある。とにかく今はこの宝具を、止めなければ──────!
「ぐぁ!?」
先ほどよりも更に複雑な動きで鎖が放たれ、俺の腹へと巻き付いてきた。
こうなったらもう回避は不可能、この身で槍を受けるしかない。
「
「っ海、テメッ何を・・・・・・ぐ、ぁあああ!!」
深紅の槍が俺の肩を脱臼させつつぶち抜いた。激しい痛みと痺れ、そして出血。
死に至るほどの傷ではないが、やはり宝具ともなるとかなりの苦痛・・・・・・こんなものをマンドリカルドは何度も食らわされたのかと思うと、心まで痛くなってきた。
「マスター・・・・・・」
俺の悲鳴を聞いたマンドリカルドが、血に濡れた目をこちらに向けてくる。
お前の受けた苦しみと比べればわけないぞと俺は叫び、刺さったものを抜いた。
傷口からはじくじくと棘のような痛みが続くのだが、全然治癒してはくれない・・・・・・そういった呪いの類か。心臓に当たっていれば確実に死んでいただろう・・・・・・海の入れた横槍が幸を奏したというわけだ。
「邪魔が入ったな・・・・・・だが、奴はもうどこぞへ逃げていったわ。もうどうしようもないな、雑種?」
「・・・・・・はっ、どうやらここらへんで詰んだみてえだな・・・・・・まあいい、俺はこの首が吹き飛ぶまで、心臓が木っ端みじんになるまで・・・・・・セラヴィを、ライダーを守るために戦うだけだ」
抜き取った槍を手に俺は立つ。例えかなわずとも、最後まで逃げる気はない。
「なぜ下僕のために命をかける?」
至極当然の疑問だろう。総大将が足軽の命を優先して討ち死にしに行くような、突飛で滑稽な話だ。
生憎と俺は軍人とかじゃないんでねと言って、俺はさらに付け加える。
「簡単な話だ。俺はセラヴィと共に生き、共に思いをぶつけあって、共に戦うと決めたんだよ」
槍を握る力が強まった。
肩口からの出血は止まらないが、なんにせよこいつを殺せば治るという自信がある。
「・・・・・・サーヴァントを、友と言うか」
「よくわかってんじゃねえかお前も。そうだ、俺の友達に・・・・・・これ以上手ェ出されたくないだけだ──────!!」
俺は駆ける、純然たる殺意を持って。
「・・・・・・愚かよな」
「だぁらああああああああああ!」
放たれる武器を弾いて男ににじり寄ろうとするが速度的にジリ貧だ。この槍を扱うのもギリギリだし、射出されるものに押し負けないよう体へ強化をかけているのでぐんぐん魔力は減っていく。
ただでさえマンドリカルドが消費しているというのに、このままでは底をついて二人共々サヨウナラが避けられない。
どうすれば、どうすればここから一気呵成で勝てるのだ。
「マスター、やめろ、もういいから・・・・・・逃げろ」
「もうここまで来て尻尾巻いて退散できるわけあっかぶぁーか!」
腕が耐えきれなくなってきたか、何本か弾き切れず肌を切り裂いてしまう。
どくどくと体中から出血している感覚が気持ち悪いが、現状最低限の止血しかできないのが歯痒い。
「っ、ぐぅ!?」
ついに一振りの剣が俺の腹へ深々と刺さり、貫通してしまった。
さすがに耐えきれるはずもなく、俺はゆっくりと剣の刺さりまくった床へと倒れ込んだ。
痛い、痛い、痛い。
体が自由に動かない、意識がぼやけてくる。
・・・・・・これが死なのか?
「・・・・・・なかなか愉快だったぞ、人間。下僕なぞに命を投げ出しおって、誠に愚かよ」
「どうとでも言え・・・・・・俺は、俺の信念に従って、戦ったまでだ。セラヴィは・・・・・・俺の大切な、初めての友達みたいなもんだ。そいつのために死ねるのなら悔いはねえ、誰かを守るために命を失うのなら別に怖くねえ。友を死なせて、俺一人生き残るなんてのが嫌なだけだ」
まだ、俺が生きているのなら。
少しでもいい、苦虫を噛み潰したかのような顔をして俺を侮蔑するあいつに何かしてやりたい。
「・・・・・・なんで」
マンドリカルドがそう小さく呟いた。
「なんで、か・・・・・・理由なんかねえよ、友達だから、大切な奴だからで全部終わりだ」
「・・・・・・馬鹿だ、世界一の馬鹿じゃねえか、テメェは」
「そうだな。これは馬鹿なりの考えさ・・・・・・高貴な英霊さまには、到底理解できない話だろうよ」
マンドリカルドは唇を噛む。
こんな馬鹿マスターを持ったことを後悔しているのか。悪かったな、ポンコツでコミュニケーション能力がクソで血を見るとぶっ倒れて勝手なことばっか言う魔術師で。
「・・・・・・わかるわけねえよ、克親」
マンドリカルドは手に巻きつく鎖をぎゅうと強く握った。
いつの間にか俺の魔力を吸い骨折していたであろう場所は修復されて、新たに流れる血も無くなっている。
・・・・・・それでも、俺が死にゃ意味はなくなってしまうのだが。
「わかんないっすよ、俺は・・・・・・あんたの友達でいて・・・・・・いいのか」
「・・・・・・いいよ、いいに決まってんだろ」
そう言って、俺は笑ってやった。
つう、と。
俺の意識が消える刹那、マンドリカルドの頬に、透明な何かが伝ったのが見えた。
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42話 Interlude:忿怒
俺が間違っていたのかもしれない。
「・・・・・・あぁ」
俺のために命を差し出すことのできる人。生前の俺にはいなかった存在。
・・・・・・友と、彼は言ってくれた。こんな俺のことを、友達と呼んでくれた。
なぜか霊核が震え上がり、血管が燃えているような錯覚まで覚えるほどに血液が沸騰する・・・・・・激情が俺の思考回路を支配する。こんなに大きい感情の波、目の前でカンドリマンドが殺されたとき以来・・・・・・いや、初めてにも等しい。
「・・・・・・貴様も、人の子か」
「ああそうさ、俺は人だ。
善にも悪にも染まりきれない
中途半端な人だからこそ、感じることがあるというものだ。
「でもお前は殺してやる、何があろうと殺す!!」
「ふはははははははははははははははははははははははは!!愚蒙も甚だしいな!」
「うるせえ黙れ!!!」
今回だけは強くあろうとした俺自身と意見が一致した。
俺を守ろうとしてくれた奴のことを無駄にはしたくない。例え彼が息絶えようとも、俺が消滅するまでには猶予がある。
だから、その間にギルガメッシュをぶっ飛ばす。
「・・・・・・ぐ、が・・・・・・あぁああああああああああ!!!」
俺の手を縛っていた鎖を握りしめ、今の自分自身に出せる最大の力を持って引っ張ってやる。
引きちぎる、粉々にしてやる、絶対に!!
「・・・・・・よもや、そこまでの力を持つとはな。
視界に火花のような光が散る。
今の俺の限界をあからさまに超越し、神経は焼き切れる一歩手前。ちっぽけな体だって、今にも霧散してしまいそうだ。
それでもいい、それでもいいから・・・・・・俺に力をよこせ。
あいつに一矢報いることができる、何かを────────。
「ぁあ”あ”あ”あ”あ”ア”あ”ア”ア”ア”ア”あ”あ”あ”あ”あ”ア”ッ!?!?」
声帯が麻痺しそうなほどに、絶叫する。
ばきり、と一気にこもっていた力がはじけて・・・・・・鎖が切れた。
「・・・・・・気を違えたか。全く・・・・・・弱い霊基に負荷をかけるからだ」
「はぁ・・・・・・っがっは、ああ・・・・・・殺す、殺す殺す殺すっ!・・・・・・ギルガメッシュ、あんたは絶対にぶっ殺す!!」
この鎖は俺のものだ、俺の剣だ。だからもうあいつには操れない。
「忌憚なく・・・・・・手にありし剣を振るう」
千切れたそれへ、魔力を通し表層に展開する。
血を纏って赤かった金色の鎖が、青白い光に包まれその本体は隠れていった。
そう、これは俺の求めた剣である。それが、誰になんと言われても変わることはない。
「虚構を纏え、栄光を騙れ。どんな煤とて神器とて、我が手の中では絶世なり」
足の鎖も力づくで破壊し、自由を取り戻す。
はやる気持ちをある程度抑えつけ、持ったものへさらに力を注ぎ込む。
「切り裂け、謳え・・・・・・我が剣は、奇跡を起こす!」
地を蹴った。襲ってくる有象無象の剣を全て弾き飛ばして、閃光帯びた刀身をあのいけ好かない野郎に向かって振るう。
「
轟!!!
光は伸び、三方の壁を紙のように破った。
がらんがらんと支えを失ったものは落ち、窓は硝子の粉になる。
ばい煙にも近い土埃が巻き上がって視界を塞ぐが、ギルガメッシュは何もしてこない。
「・・・・・・う、くっ」
自己を保てるギリギリのところまで魔力を使ったせいか、体に巨人でも乗せられたかというほど強い重力を感じる。
耐えきれず俺は膝をついて、眼前を見やった。
「・・・・・・服に埃がついた。我はもう帰るぞ雑種・・・・・・その永らえた命、またいつか我の前で無様に散らすがいい」
不機嫌そうに黒いライダースーツの埃を手で払い、ギルガメッシュは踵を返した。地面に刺さっていたり落ちていた武器がまた溶けるように消えていく。
ああ、俺の限界を超えた一撃をもってしても・・・・・・奴には傷一つつけられないのか。
・・・・・・でも、これでマスターを死の運命から守れたのなら。
少しだけ、自分に自信が持てるかもしれない。
「大丈夫かお前ら。あんなめちゃくちゃなことされてよく死んでねえな。異能生存体か、アーマードコアのエイリーク的なアレなのか」
ギルガメッシュが去った後のことだ。
倉庫の横からひょこっと出てきたのは司馬田とかいうマスターの友人であった。
横に篠塚を連れて、マスターのところに近づいていったかと思うと人差し指で頬を突っついている。
「・・・・・・セラヴィ、お前が消えてないんならこいつはまだ生きてるっちゅう話だがこりゃ結構な危篤状態だぞ。とりあえずうちに連れて行く。いいな?」
「・・・・・・はい」
俺に治癒魔術の心得などないし、ここは任せた方が得策であろう。
なんとか立ち上がって、マスターの体を抱きかかえる・・・・・・身長は俺とさほど変わらないはずなのに、随分と軽く感じた。
「さすがにバイクへくくりつけて運ぶわけにもいかねえから俺んちの車呼んだ。乗れ」
「ありがとうございます。俺たちの為に」
「いいってことよ。俺も目の前で人が死なれるのは嫌なだけだがな」
あからさまに高そうな車がやってきて、後部座席のドアが自動で開く。
こんな豪奢な内装の車内を汚すのは少し躊躇してしまうが、今はそんなことも言ってられない。
俺はマスターを抱えたまま、席へと座った。
ここでようやっと緊張の紐が緩んだか体の力が抜ける・・・・・・マスターの魔力が枯渇しないためにも俺は消費量を最低限に抑えるだけ抑えて、一息ついた。
反対側の扉から篠塚が乗り込んできて、マスターの状態をチェックしてくれている。医療の心得か何かがあるのだろうか。
「脈拍危険域にかなり近いですがOK、呼吸数問題なし、血圧は不明、体温は少し低いです。覚醒はしないですが刺激に少し反応するので意識レベルⅢの200・・・・・・」
「了解、その様子じゃ即お陀仏って感じじゃねえだろう。出るぞ、ベルトちゃんとつけてるな?」
「つけてます」
よっしゃ行くぞと、司馬田がエンジンをふかす。
勢いよく発進した車は彼女(?)の家へと向けて走行しだした。
性能がいいのか、揺れはほとんど感じない。
「まあ平尾のバカはそう簡単にゃ死なねえから安心しろ。昔酔って『俺を殺すんならポロニウム茶かツァーリ・ボンバでもよこせ』なんてほざいてたからな」
俺を安心させる為なのか、変なことを言って笑わせてくる司馬田。
・・・・・・有り難いが、それでも俺の中では不安が渦巻いている。
さっき感情に任せて宝具まで撃ってしまったし、もしかしたら俺のせいでマスターが傷ついてしまったかもしれない。そもそも俺を守るために、彼は立ち向かってくれたのだ。お前なんかいらないと、狂わされていたとはいえそう言い放ってしまった俺のために。
「男だろ、仮にも女のいるとこで泣くな」
「・・・・・・泣いて、ないっす」
嘘を言った。
目尻からだらだらこぼれて俺の手のひらを濡らす、熱い液体は紛れもなく涙。
もう止めようにも止められない、漏れてしまいそうな嗚咽を抑え込むので精一杯だ。
「・・・・・・死ななきゃ全部大丈夫。平尾ってのはそういう奴だよ、適切な処置さえすれば翌日にゃしれっと復活してくるもんさ」
無責任そうな物言いだが、その言葉には確かに信頼が含まれていた。
マイフレンドの持つ性質をすごい拡大解釈をしていますね
神性がないからって鎖ぶち破るとかもうお前叙事詩に出てくるちょっと強い悪役どころじゃねえだろ問題
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43話 Interlude:君の守護者になりたい
「術式展開、これより治療を開始する」
布団の上に血などをタオルで拭かれたマスターが横たわり、その上を司馬田の手が行き来する。目に見えるのではと錯覚するほどに濃い魔力が放出され、マスターの体へと染み込んでいく。
「・・・・・・よし、術式変換」
一瞬で傷がじゅぶじゅぶと元の素肌に戻っていく。まるで映像を巻き戻してみているかのような不思議な感覚だ。
1分もしないうちに、一部を除いてマスターの負った傷は全て治ってしまった・・・・・・やはり、司馬田家も相当な魔術師の血統、ということだろう。
「脈拍、呼吸、体温共に問題なし。意識レベルはまだ改善されてませんが、このまま安静にしているだけで大丈夫でしょう」
「・・・・・・さすがに真名解放とまではいってなかったからよかったものの、やっぱりあの宝具の傷は簡単にゃ治らないか」
肩口だけ、血こそ止まってはいるがいまだに傷が残っている。
不治の傷痕を残す宝具だなんて、凶悪にもほどがある。俺なんかの宝具はただの紛い物に過ぎないという自覚も相まってなんだか惨めに思えてきた。
「まあこれで死ぬことはねえだろ。はー疲れた疲れたぁ・・・・・・俺は寝るぜ、あとよろしく~」
大あくびをかまして司馬田は隣の部屋へ行ってしまった。
残った俺と篠塚の目線がバッティングする・・・・・・俺こういう状況マジで無理なんだがどうにかならんか。
「・・・・・・セラヴィさん」
話しかけられてしまった。どう返せば一番自然になるのだろうこの場合。
迷惑かけてごめんなさい?助けてくれてありがとう?答えの候補がぽんぽんと湧き上がってきて選べない。
やっぱコミュ障陰キャはきつい。
「俺、聖杯戦争ってのよくわからないんですけど・・・・・・あなた、サーヴァントっていう存在だそうですね」
「・・・・・・あ、ああ・・・・・・そう、っすけど」
戦争中できるだけ神秘の秘匿をしなければならないという決まりがあったのだが、状況からして篠塚は司馬田と一緒に俺の宝具まで見てしまった。
もうあれまで見せてしまえばもう隠し通せるわけもなく・・・・・・仕方ないなと俺は口を開いた。
「過去の英霊なんですよね?すごいな・・・・・・俺なんかよりずっとすごい、存在で・・・・・・」
「・・・・・・そんなことないっすよ。英霊とはいっても俺は雑魚中の雑魚、物語の主人公ですらないただの悪役。あの金髪・・・・・・ギルガメッシュなんかよりずっと低いランクっす」
ギルガメッシュといえば最古の叙事詩に登場する王。とんでもない偉業をたくさん成し遂げた王の中の王。
即位し適当に圧政をしておいて、ローランをぶっ殺したいがために黙って国を捨てた俺みたいな愚の骨頂を体現した王様なんかとは比べものにならないレベルの奴だ。
今考えればあんなのと戦い、ぶっ殺してやるなんて鼻息荒く言っていた自分が恐ろしい。バーサーカーの宝具か何かで精神が狂わされていたとしても、だ。
「それでも、歴史に名を残せた人物なんでしょ」
「・・・・・・まあ、あんなのが残ったって言っていいかわからぬぇーんすけど。俺は、たいしたこともできていない無名の男っすよ」
そう言ってから、マスターに言われた言葉を思い出した。
『自分の成し遂げたことに誇りを持て。同等の武勇を得たって言われてるんだ、自信持たなきゃ憧れた英雄に失礼だろう』
胸を張らなきゃ、ヘクトール様にも失礼だと・・・・・・そう言われて、俺は何も言い返せなかった。
自分自身がいつの間にかぼろぼろに壊れていくような。俺は俺をいつまでも殴り続けないといけないという強迫観念が暴れ出す。
自信を持ちたくない、それは絶対に慢心へ繋がるから。
「たいしたこと・・・・・・ですか。英霊になれたのだから、あなたが認めていないだけでほんとはすごいことしてるんじゃないですか?」
「・・・・・・それは」
それだけ言って止まった言葉は、一向にその続きを紡ぐことはできなかった。
「それにしても戦争って名前がつくくらいだから、あんな戦いがずっと続くんですか?」
「・・・・・・まあ、小休止と戦闘を繰り返す・・・・・・ってところっすね。俺も戦っては休戦したり相手を倒したりして」
正直言って昨夜からの記憶がとても曖昧だ。
なにせ俺自身はよくわからない場所でふわふわ浮いていただけで、その間に起こった出来事は先ほどギルガメッシュとの戦いで主導権を取り戻した時にまとめて補完された。どうやらあの期間俺の体を操っていた何かは俺の方へと統合されたらしい・・・・・・というか、そもそもあれは『生きていた頃の俺自身』。
バーサーカーの力により、俺が無理やり押し留めていたものを解き放たれた。そして奴は散々暴れ倒した挙げ句俺と言い合いみたいなことになったが最終的にはマスターを・・・・・・否、友を傷つけたやつを許さんという方向で意気投合しそのまま溶け合った。
多分こんなことだったんだろうとは思う。なにしろあの時は我を忘れていたもんで・・・・・・
「セラヴィさんも大変なんですね。いや大変って言葉で済ましちゃいけないと思うんですけど・・・・・・マスターってのを守らなきゃいけないし」
「・・・・・・そうっすね。マスターを・・・・・・克親を守らなきゃいけないのに、自分が弱いせいで庇わせちゃって。克親もおかしいんすよ、なんで俺なんかを助けようと」
俺はそう、未だに眠る彼の顔へ視線を合わせながら呟いた。
「友達だから、じゃないですか?あの時俺にも聞こえましたよ。”友達だから、大切な奴だから”って」
「・・・・・・友達」
その言葉を聞く度に、胸の奥がきゅっと詰まるような感じがする。
俺がずっと知らないままでいた友達。誰にも大切にされてこなかった俺を、大事に扱ってくれようとしている人。
差し出された手を握りたくてしょうがない。それほど俺は、なにかに飢えている。
「俺、そろそろ行きますね。ご飯の用意しなきゃなので。ああそうだ、今日はお二人とも食べてってください・・・・・・栄養を取って万全の体制をとらなきゃですよ!だから今日はたくあん茶漬・・・・・・いえ何でもございません失礼しました」
なぜか顔を赤らめて出て行った篠塚だが、まああえて触れてやるまい。
向こうも俺の気持ちを汲み取って席を外してくれたのだろうし、追いかけるのも無粋だろう。
扉の方に目をやるのをやめて、俺はマスターの方へと視線を移す。
「・・・・・・克親。俺とあんたは・・・・・・と、とっととと・・・・・・友達、なんだよな」
手に触れてみると、当然だがそこは温かくて。
少しだけ握ってみたら、ほんの少しだけ握り返してくれた。
たったこれだけのことなのに、嬉しくて嬉しくて・・・・・・彼が生きているということに、自分が消えなくて済むという自己愛的な安心ではない感情が溢れ出す。
「・・・・・・よかった」
目の周りがまた熱くなって、頬を液体が伝っていく。
次こそこんなことにはならないように・・・・・・俺は少しだけ、強くなってみようと決めた。
大切なものを守りたいと、今際の際に自分の無力さを嘆き持ったもの以上の力を求めた・・・・・・あのときの俺を、裏切らないために。
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44話 Interlude:飯は心も満たすもの
まあこのお話マンドリカルドくんも主人公みたいなもんなんで許してたもれ・・・・・・
「ご飯できましたんで夕餉にしましょう。食べる気力があるといいんですが」
時刻は午後7時。
あたりも真っ暗になったところで部屋の扉が開き、篠塚が顔を出してきた。少しだけ長い後ろの髪をくくり、料理中に垂れないようにしているらしい。
ほくほく顔で俺を招いているあたり、今日は美味しい何かができたのだろう。
「せっかくなのでここはひとつ、呼ばれるとしますか。まあ俺サーヴァントなんで、飯は食わなくても生きてられるんすけどね」
「だめですよー食べなくてもいいからって抜きにしちゃ。体だけじゃなく、心まで壊れちゃいますよ?」
招かれるまま、俺は食卓のある部屋へと案内される。
マスターの家とは違ってかなり和風なここの作りは見ていて新鮮だ。欄間とかいう襖の上についている飾りのなんと精緻なことか・・・・・・あれだけでかなりの値段がするに違いない。
「すごい家っすよね、ここ」
「そうですよね。なにせこのあたりでも結構名のある家だそうで・・・・・・こんなところに居候させてもらうのが申し訳なくなっちゃいますよ、あははは」
後頭部に手を当てて篠塚が笑う。
つられて俺の口元も綻んできてしまった・・・・・・なんだか、彼には俺の出している心の壁なんて見えないみたいだ。
ついこないだ出会ったばかりの人なのに気さくに接してくれている・・・・・・これが穏やか系陽キャというものなのか、末恐ろしい。
「海さんはあとでってごねてますんで、今は二人だけで」
「・・・・・・ふ、二人っきりすか・・・・・・陰キャにはちょっときついかもっす」
相手は男だというのに何がきついというのだ。
つか前々からマスターと二人で飯食ってたのになんでここで緊張するんだよ俺は、人見知り拗らせすぎだろ。
・・・・・・相手は一般人だと言ってもあんまり喋りすぎるとあとで面倒なことになるという考えも根底にはあるが、あまり警戒しても逆に問い詰められそうな気がする。
「大丈夫です、ご飯の前には陰陽関係なしですから。俺陰キャだの陽キャだのあんまわかってないんで・・・・・・詰まるところ気にしないでいいですよ」
本物の陽キャほどそういうこと気にしないって本当だったなと感慨に耽りながら、俺は畳へと座る。
この家の食卓は四角い卓袱台方式みたいで、俺にとっては初めての経験・・・・・・この場合正しい座り方としては胡座か正座、正座してるとふくらはぎの圧迫がきつそうなのでここは胡座でいこう。
「さーて今日はいっぱい作ったんで、たくさん食べてくださいよ?」
お残しは許しませんでという言葉の裏に潜む圧力を感じた。
まあ今日はただでさえ魔力消費が激しかったのだ。飯を食えば僅かながら消費を抑えられるということもあるしここは食えるだけ食わせてもらおうか。
どかどかと並ぶ魚料理の数々・・・・・・基本内陸生活な遊牧民系の人間だった俺にとってあまり馴染みはないが、おいしいということはもはや説明不要。見るだけで幸せになれそうなものを作り出せる篠塚の料理スキルがおぞましく感じる。
「・・・・・・んじゃ、いただきます」
「いただきまーす」
豪快によそわれたご飯へ、照り焼きにされた魚の身をほぐしてのせそのまま口に放り込む。
悪魔的な醤油の味と魚自身の脂が米と絡み合って神経から幸せにしてくれる・・・・・・なんてことだ、なんてことだ・・・・・・あまりにも旨すぎる。
「この時期の鰤は美味しいですからね。最近工場とかから流す窒素量の最適値が見つかったらしくて、いい具合に魚が増えてるらしいんですよ・・・・・・おかげで、マトウダイなんてのもお安く手に入ったわけです」
薄紅色の刺身を持ち上げて、篠塚は嬉しそうにニコニコと笑う。
どうやら簡単に買える代物じゃないらしく、手に入れられた幸せをめちゃくちゃに謳歌していた。
「マトウダイは肝醤油作って刺身で食べるのが一番なんですよ。どぞどぞ」
渡された小皿に入っている醤油の中には、なにやら細かくされた物体が入っている。
篠塚の言葉からして、タイの内臓をすりつぶしたものなのだろう・・・・・・ちょっと鳥肌が立った気もしたが、これがこの国の食文化と割り切るしかあるまい。
意を決して、俺は刺身を食らう。
「・・・・・・褒める言葉が見つからねー」
なんとまあ美味しいことか。
醤油のキレがうまい具合に宥められまろやかになり、刺身本体との調和も最高。
無意識のうちに頭を抱えてしまっていたくらいだ、やばすぎるにもほどがあるだろう。
「喜んでいただけてよかった・・・・・・外国の方だから肝とか大丈夫かなって思ってたんですけど」
「いや大丈夫っす全然大丈夫っす。俺一応豚はダメってことにしてるんすけどこういうのなら大歓迎」
「あ、ムスリムの方だったんですか!?言ってくれればそういったメニューにしたんですけど」
めちゃくちゃ気を使われて申し訳ない気持ちになってきた。
俺は食べなくて大丈夫な体なんだし、他の人たちが食べたいものを食べればいいと思うのだが彼の前ではそういうことも通用しないらしい。
「配慮してくれなくて結構っすよ。豚がダメってのもちょっとした自戒くらいの気持ちなんで・・・・・・ここらへんなら神も見てない、はず」
自分がムスリム及びサラセン人なことを忘れないように・・・・・・と心に留めているだけだから、別に食べても構わないとは考えている。
英霊としていろいろしているうちに宗教観がじわじわと変わってしまったせいだ・・・・・・全く、英霊になっても敬虔な信徒であることを貫き続ける奴らからしたら俺は完膚なきまでに叩きのめされるのだろうな。
「・・・・・・そ、そうなんですか。そう言ってくださるのなら、こちらも通常通りさせていただきます」
ちょっと納得いってない表情をしながら篠塚は野菜を口に運びだす。
彼らからしたらサラセン人ってのは結構戒律に厳しいみたいなイメージがあるのだろう、たぶん。
その後もちょくちょく短い会話を繰り返しながら食事を続け、ついでに図々しくおかわりも請求した上で腹一杯になるまで食ってしまった。篠塚の作るご飯が美味しすぎるのがいけない(別にマスターのご飯がまずいとかいうわけでは絶対ない)。
「結構大食漢なんですね、びっくりしました」
「・・・・・・つい夢中になって食っちまったっす、すんません」
「ああいいんですよ、それだけ俺の飯気に入ってくれたってことなんでしょうし」
食器を片付けながら心底嬉しそうに笑う篠塚。
・・・・・・さすがに食いすぎたかちょっと苦しい、失礼だとは思うが我慢ならずに俺は畳の上で横になった。
独特な草の薫りが鼻を突き、そのまま通り抜けていく・・・・・・これが和室というものなのか。日本人じゃねえのに落ち着く。
「そんなところで寝たら顔に跡付いちゃいますよ」
「・・・・・・ああすんません・・・・・・寝るときはマスターのとこに戻るんで」
天井を見上げてふうと一息つく。蛍光灯の発する光が目に刺さるが、5秒もしないうちに眩しいとは思わなくなった。
「それならいいんですけどね?」
皿洗いが終わったらしい篠塚は、ぽりぽりと何かを食べながら先ほど食事をしていた席と同じところに座った。
前から気になっていたのだが、時折彼の口調というか中身そのものまで違って見えるのは何故なのだろう。
「・・・・・・金平糖、好きなんすね」
あまりじろじろ見ていても疑われると思ったので、俺は見たらわかるようなことを言って視線を逸らす。
いつもの篠塚ならそれなりに話しかけやすい存在だと思うのだが今の彼は遠くかけ離れたオーラを放っている。
雰囲気の柔らかさに拍車がかかって、まるで女の子のような・・・・・・
「ええもう大好きですとも!というかお菓子全般大好きなんですよね、金平糖だけじゃなくて団子とかも!」
あっかわいい、なんて彼に対して思ってしまったのは俺の勘違いということにしておこう。
篠塚くんの属性が多すぎる
アサシンパライソちゃんも戦慄せざるを得ない性癖(?)フックの多さだ・・・・・・
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45話 Interlude:なんでわかった
「・・・・・・あの、さ。アンタって・・・・・・時々中身が変わったみたいになるっすよね」
「え、やっぱそう見えちゃいます?ふとしたときに口調が何でか変わっちゃうんですよ・・・・・・別に二重人格とかってわけじゃないんですけどね?」
困ったもんですと篠塚が眉をハの字にして苦笑した。
・・・・・・単純な問題ではないということが見て取れるが、あまり無用な詮索をするのも可哀想だしと思って俺はふーんとだけ言い返す。
「まあそこまで社会的に終わるようなことにはなってないんで大丈夫なんですけどね・・・・・・たぶん俺の精神がまだ未熟で決まりきってないせいなんだろうとは思いますけど」
「・・・・・・未熟、か。俺からしたら、かなり立派な奴に見えるっすよ」
そう言いつつ、俺は顔を篠塚の方へと向けた。
金平糖を袋から一粒ずつ出してぽりぽりと食べるその姿は、さっきよりも幾分か男らしく見える。
「全然俺は、立派なんかじゃないですよ。セラヴィさんもお世辞が上手ですね」
「い、いや別に世辞で言ってるわけじゃあないんすけど・・・・・・」
陰キャにはこういった認識の齟齬への対応が難しい。思ったことをそのまま伝えても別の方に受け取られてしまう・・・・・・この問題は二人の頭が完全に共有でもされてないと解消できない、人間が持つ命題の一つなのだ。
「・・・・・・もう20時ですよ。旦那のとこへお戻りにはならないんですか?」
あっ、今の絶対愛想尽かされたやつだ。またぬかってしまったか、俺のバカ、死ね。
篠塚に促された以上反抗するのもなんだか嫌なため、俺はマスターのいる部屋へと戻ることにした。
畳から少し重たくなった腰を上げ、一つ背伸びをする。
「少し早いですけど、おやすみなさい」
「・・・・・・おやすみなさい」
仕方なしに部屋を出て、ペタペタ足音を立てつつ廊下を移動する。
二階に上がるとそこには光の漏れている部屋が2つ。マスターの寝ている部屋は手前側で、奥は司馬田の部屋・・・・・・そっちからはなにやら物音がしている。
・・・・・・マスターが腐れ縁だと溜め息をつくほど密接な関係を持った存在に少しだけ興味が湧いた俺は、霊体化して壁を突き抜け司馬田の部屋を覗いてみる。
別に彼女がマスターというわけじゃあないのだし、まあちょっとくらいなら許してもらえるだろう。
「コランダムのCr1%で83、Cr5%で130・・・・・・」
なにやら宝石を使って魔術の研究をしているらしい。
種類は白魔術系統のようで、魚を活け作りにしては元に戻すという狂気じみた実験・・・・・・俺のマスターが特殊なだけで、だいたい魔術師ってこういうものだと今更思い出した・・・・・・研究のためには仕方ないのかもしれないが、なかなかものすごい光景である。
「ルビーはやっぱ微妙だな・・・・・・ダイヤ=白金触媒が一番効率的・・・・・・合成のラインはもう敷いてあるしまたダイヤ1キロくらい作らせるか・・・・・・」
頭を抱えつつ司馬田は唸る。宝石魔術というのは金食い虫だとかよく言われているし、彼女も家が家だから普通より楽ではあるがそれなりに苦労しているみたいだ。
それにしても、人工物でもきっちり機能するというのは初めて知ったような気がする・・・・・・
基本、土の中でなっがい年月をかけて出来る宝石には自然霊の類が宿るとされ、それの力を利用して術に転換したりするのが基本原理だったはずなのだ。
自然霊の宿る余地がない人工宝石だとただの魔力伝導率がいいだけのものに過ぎないのに、彼女は何のためにそれを使うのだろうか・・・・・・
「・・・・・・おいセラヴィくんよ、人の研究を覗き見たあ随分いい趣味してんな?」
霊体化していて存在しなくなっているはずの心臓が跳ねた気がした。ついでに呼吸も一瞬止まった感覚だってした。
なぜ普通の魔術師である司馬田が霊体化した俺を知覚できたのだろうか、もしかしてどこかにサーヴァントが潜んでいる・・・・・・いや、そんな気配は全くしないし有り得ない。
「バレちまったらしょうがねえ」
取りあえず彼女のすぐ隣で実体化する。ついでに何かあれば即マスターを回収して逃げる算段を立てておく。
「は、適当に言ったがほんとにいるとは思わなかったぜ。で、なんだ?俺なんかの魔術が見たかったのか?」
どうやら当てずっぽうだったらしく、聞いて俺は安堵した。
人間の勘というものは意外と侮れないものだなと考えながら、司馬田に問いを投げかける。
「・・・・・・なんで自然霊のいない人造の宝石で魔術が使えるのかと、気になってつい」
「あーそれか。まあ普通気になるよな・・・・・・何てったって俺の家は宝石というものの構造を利用する魔術を継承してるから」
随分と科学的な観点から攻める魔術らしい。
話によると宝石は種類ごとに構造が違っているらしく、それぞれ術式に組み込む上での適性があるそうだ。
ダイヤはオールマイティー、ガーネットは発火と回復、サファイアは水関係と回数限りの模倣などなど宝石によって得意分野は千差万別。彼女の家は代を重ねるごとに『この宝石はこれが向いている』というものの記録を積み重ね、効率的な石の利用アルゴリズムを組んでいるそうだ・・・・・・どうやって根源を目指すのかは全くわからないが、さすがにそれまで教えてくれるわけもなかろうというわけで聞かないでおいた。
「てなわけで、日々ちまちまちまちま実験の繰り返しってわけだ」
「・・・・・・魔術師ってのも大変なもんなんすね」
「お前さん、前に聖杯戦争へ参加したこととかないのか?サーヴァントにしては知らんことが多いと思うんだが」
ぐ、と返答に詰まる。
元からそこまで頭がいいわけじゃないので記憶力にいささかの問題がある。というか聖杯から与えられた知識はちゃんと覚えているのに魔術師周りのことだけちょこちょこ薄ぼんやりしているのはなぜなのか・・・・・・
「・・・・・・馬鹿ですんません」
「まあ俺が実害被る訳でもないしどうでもいいや。んで、他になんか聞きたいことはあっか?」
「・・・・・・ないっす」
じゃあ出てけ、と出入り口の方を指差されたので俺はそれに従い部屋を出る。
正直マスターのことについてとか聞きたいことはまだあったが、それは俺が自分で聞かねばならないと思って言うのを躊躇ってしまった。
あのとき見たマスターの記憶。
彼の起源と、絶世剣という言葉・・・・・・いつかは知っておかないと駄目だって、俺の中にいる何かが叫んでいた。
「・・・・・・お前は、なんなんだ」
『─────である、マンドリカルド。俺は──を知っている、お前自身だ』
意図的に言葉がかき消されたのか、重要な箇所が全く聞こえなかった。
返答したのは奴の気まぐれだったみたいで、それ以上は何回声をかけようと何も返ってこない。
彼は、俺は・・・・・・何を知っているというのか。
「なんでこうも悩みが増えるんだか」
もう考えるのが嫌になったから寝ることにした。思考能力のカットが出来るし魔力の消費もほんのり穏やかになるから現状の最適解だ。
収納部に置かれていた布団を拝借し、マスターの隣に敷く。
勝手にこんな近い場所で寝るというのも如何なものか、と思うが・・・・・・まあ前にがっつり添い寝しているし不問にしてくれるだろう。してくれないと困る。
「・・・・・・朝になったら」
目を覚ましていてくれと、俺はマスターの頬を撫でて静かに目を閉じた。
祈ることしか出来ない自分が嫌だけども、今はそうするしかない・・・・・・誰か、俺に願いを叶える力を与えてはくれないのだろうか。
「・・・・・・自分で身につけなきゃ意味ぬぇーだろ、学習しろ俺」
自戒の意味も込めて一発自分自身の右頬をひっぱたき、そのまま流れで俺は意識を落としていった。
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46話 四日目:Un rêve
「皇子、あなたはこの国を治める者として自覚を持ちなさい」
俺は、弱い人間だ。
お父さんのように、このタタールという国を治めるなんてできっこないと最初っから思っていて、ちょっと血の気が強いカンドリマンドの方がずっと向いてるんじゃないかとも思っていた。
立派な王になるために毎日勉強勉強勉強、いかにして相手の国を倒して土地を奪い取るかみたいな話ばっかりで辟易していたのだ。
こんな生活になるんだったら正直言って平民に生まれたかった。平凡な生活を続けて特に大したことも為さないまま死んだ方がマシだ。
「兄貴~勉強終わった~?」
「・・・・・・うん、今日の分はな。それにしても、どうして俺が長男に生まれたんだろ・・・・・・おまえの方が王の器って感じなのに」
湧いた不満を脳内で別の言葉に変え、カンドリマンドに放り投げた。
意味もなく目をむいむいと擦りつつ寝床へと転がり、意味もなくため息をつく。
これが『隣の芝生は青い』というやつなのだろうか。
「最近そればっかだな。そんなに嫌なら俺が将来、兄貴が即位してすぐに王権簒奪してやるぜ?」
「どうぞしてくれ俺を殺さない手法で。俺はもう疲れた、死にたい」
精一杯の励ましも空回りしたとカンドリマンドは困った顔をして笑う。
困った兄貴を持ったもんだぜと軽口を飛ばして俺のすぐ隣に寝転がり、どういう意図をもってか知らんが俺の顔を興味深そうにのぞきこんできた。
「なんだよ、顔になんかついてるか」
「いや別に。ただ・・・・・・兄貴の夢って、結局なんなのか気になってさ」
唐突にそう問われ、俺は考えるとともに天井を見上げた。
夢や、叶えたい自分の願い・・・・・・
「・・・・・・ない、な」
なんにも、思いつかなかった。
頭の中ではただただ空虚が渦巻いているままだ。強いて言うのなら、今の立場を誰かに押し付けたいくらいか。
額に手の甲を当ててまたため息をつく。
「ほんとにないのかよ。美人な妃を娶って子作りしたいとかそういうのはねえのか?兄貴だって男だろうが」
「ねえよ。みんながみんな、性欲に忠実に生きてると思うんじゃねえよ馬鹿」
まったく、よくも悪くもカンドリマンドは自分にそう嘘をつかない。
思ったことを悪びれもせず言い放つんだからこっちも心配でたまらんのだ。
「そうかー・・・・・・兄貴のが本気出したとこ見たことないのってそういうわけかー」
「なにいらねえ考察してんだお前、馬糞溜めに顔面から放り込むぞ」
「めっずらし。そんな風に怒るの」
けっけっけと心底面白そうに笑うカンドリマンドの鳩尾に俺はうるせえと言いつつ一発膝蹴りを入れて、2回転ほど寝返りを打つ。
「お兄ちゃん、先生が」
さっさと寝ようなんて思っていたところにセラウラの声が響く。なんとまあタイミングの悪いことか・・・・・・
でもこれについてはセラウラに非などないので、行き場のない苛立ちを胸中で燃やしつつ俺は起き上がった。
「・・・・・・んだよこんな時分に」
「急を要するって言ってたから早く行った方がいいんじゃない?」
そう言われたらちんたらできねえじゃねえかと軽く悪態をつきつつも俺はとある部屋へと走った。
すでに空は月夜へと変わり、明かりとなる火もたかれだす。
「先生、何のご用ですか」
「・・・・・・マンドリカルド皇子。ついに、即位する時が来ました」
「・・・・・・え」
まさか先王が死んだのかと聞くと、どうやらそうではないらしい。
話を要約すれば先王は、これから大国カタイへと進むつもりで、タタールにいない期間がかなり長期に渡る予定。
その間に指導者を交代しておく必要があるとのこと。王位継承が最優先される長男の俺に、たすきが回ってきたということだ。
「強き王になるのです、皇子・・・・・・否、新たなる王」
実感がわかない。
祝福されることなのだろうが、俺にはちっとも嬉しく思えない。
「わかりました。立派な、王になります」
嘘をついた。嫌だと言ったら怒られると知っていたからだ。
・・・・・・俺がもっと強ければ、強ければこんな考えなんて抱かなかったのだろう。
自分が嫌いだ。
俺は強くなりたい。
こんな弱い自分は───────。
いらないとそう思っていたから、俺は変わったのだ。
けれど、結局はその甲斐もなく命を徒花と散らす。
久方ぶりに感じた激痛と、脇腹から突き刺さり心筋を引き裂く冷たい剣・・・・・・気管まで切れて出血しだしたのか、満足な呼吸すらできずに口から赤い液体をごぽりと吐いた。
「魔剣ベリサルダの前には、どんな鎧や鎖帷子の効き目もない。貴様の負けだ、マンドリカルド」
嫌だ、こんなのが俺の人生だってのか。
俺は何のために王であることを捨てた、何のためになにもかもを擲って歩いてきた。
ここで終わるのなら、生きていた意味などない。ローランを殺さなければいけないというのに、俺は・・・・・・俺は!
「──────────ッ!!」
最後の力を振り絞って、デュランダルでロジェロの頭を打つ。
向こうは勢いよく落馬していったが、俺はもう助からないほどの傷を負ってしまった・・・・・・向こうが死んだとしても意味はなく、賭けたものやこの鎧、そしてブリリアドーロは皆奪われるのだろう。
そう。かつての俺が、ローランの友を殺してデュランダルとブリリアドーロを奪取した時のように。
ヘクトールの武具達はもう集められない。
哀しさとともに、諦めの感情が去来する。
所詮自分の人生の主人公にすらなれなかった俺なのだ、死ぬときもどうせ情けない感じになるんだと思ってたさ。
俺は無力だ、なにもできなかった人間に過ぎないのだ。
弱さを吹っ切ろうとして嘘をついた。自分を守りたいという虚栄心から殻を作った。
それでもなお、俺は弱いまま死にゆくのか。誰にも理解されないで、誰もこの手で救えないで。
「かなしい、なぁ」
ああ、もし夢が叶うのなら・・・・・・力が欲しい。今の俺を大きく上回るような力が、なんだって成し遂げられるような力をこの腕に宿してほしい。
次に命を貰えるのならば、”誰かのために”生きてみたいのだ。
「─────ひか、り・・・・・・が」
こんな俺でもいいのなら。
どうか、どうか・・・・・・その場所に、いさせてください。
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五日目
47話 五日目:願い
哀しすぎて汝、星を鋤く豊穣(スクリーム・エレウシス)打てそう
唐突に目が覚める。
辺りはすでに真っ暗で、月明かりだけが差し込んでは部屋を照らしていた。
壁に掛かった時計を見ると午前1時・・・・・・どうやら、6時間程気絶していたままだったらしい。
「・・・・・・あれは、夢か」
これがおそらく『サーヴァントの記憶を共有する』現象なのだろう。
マンドリカルドの中に強く残っている出来事・・・・・・人生の転換ポイントや今際の際を見て、俺は少し申し訳ないような気持ちになった。
仕方ないことなのだが、人の思い出を覗くというのは些か悪いことのように思えるからだ。
乱れた髪を手のひらで制しつつ、俺は体温できっちり温まった布団から起き上がる。
あのゲイ・ボルクによってつけられた肩の傷はまだじりじりと痛むが、剣を貫通させていた腹の傷や、半ば地面に叩きつけられたことで骨に入ったであろうひびはすべてなくなっていた・・・・・・おそらく、海の奴が珍しいことに気を回して治してくれたのだろう。
「あいつもなんだかんだで世話焼きじゃねえか」
首を鳴らしてからもう一度寝転がる。
ふと隣を見ると、まるで胎児のように丸まって眠りに落ちる彼の姿があった。
自分の殻から出られないその深層意識の現れ・・・・・・なのだろう。
「お前の記憶・・・・・・見ちゃったよ」
天井を見ながら呟いた。
彼が原典でなぜああも粗暴な人格だったのに今こんなことになってるのかがよーくわかった気がする。
そもそもの性格は今と同じようなかたちであったのだ。
あの傲慢ちきなあり方というのは弱々しい自分を隠蔽し、強い王として君臨するためでしかなかった、というわけ。
そして最後の最期で、その選択を後悔して。
出来なかったことをしたいと願って、英霊になって・・・・・・
「・・・・・・なあ、セラヴィ。お前の夢って、なんなんだ?」
ふと思い浮かんだ言葉を漏らす。
聖杯にかける願いを聞いていなかったこともあるが、ただ純粋に知りたくなったのだ。
彼はなにを望んでこの戦いへ参加することを決めたのか。性格からして『聖杯とかどうでもいいし、とにかく戦いたいから来ただけだ。だからサーヴァント殺させろ』的な純粋なる戦士というか戦闘狂なんてことは絶対にないから、必ず願いがあるはずなのだ。
「俺はまあ、根源にたどり着きたいっちゅう魔術師にありがちな奴なんだけどさ。正直言って聖杯で叶えるのも味気ないって思うんだ。だから・・・・・・もしも俺たちが勝てたんなら、何でも願いを叶える力・・・・・・お前に全部譲りたいんだが」
結局言わないつもりでいた、『俺は聖杯なんて別にいらない』という話をこぼしてしまった。
もうこうなったら全部ぶちまけてしまおうか。どうせマンドリカルドは寝てるし。
「俺、魔術師としては破綻してるんだわ。科学も普通に利用するし、魔術も手段として使うし、生け贄は使わない。いわばアウトロー連中の一員でさ。何を犠牲にしてでも根源に行きたいとまでは思えねえんだ。ちゃんちゃらおかしいだろ」
大きな独り言。
彼に聞かせているというていで語ってはいるが、結局のところ自分に向けて言葉をぶつけている。
「俺は聞いてみたかったんだ。お前は・・・・・・何を叶えたくて、この戦争に身を投じた?」
まあ、寝ている相手にそんなことを言っても意味はないなと莫迦な自分を笑う。
こんなおふざけもたいがいにしなきゃなと思いつつ、俺は布団の上で一つだけ伸びをした。
「・・・・・・マスターを最後まで守り抜けるような、立派な騎士になりたいから」
いきなり聞こえてきた答えに俺はぎょっとして彼の顔を見やる。
いつの間に目を覚ましていたのだろうか。マンドリカルドは俺の方を見つめて、照れくさそうに・・・・・・そして、どこか物憂げに笑っていた。
「いつから起きてたんだよ」
「俺の夢が、なんなのかって聞かれた時からっす。黙っててすんません」
俺の盛大な独り言が全部聞かれていたのかと思うとめちゃくちゃ恥ずかしいが、まあこれに関しては気づかなかった俺が悪い。
「難しいっすかね。俺みたいな、特別な力も持ってない物語の脇役には・・・・・・やっぱ」
また前に見たような暗い顔をしてマンドリカルドがそう言い、苦笑した。
・・・・・・そんなわけは、ないに決まっている。
あのときぽろぽろと涙を流せた人間が、誰も守れないわけなんてないのだ。
難しいわけない、むしろ簡単だと言ってもいい。
「・・・・・・できるに決まってんだろ、お前なら・・・・・・絶対に。友として、俺が信じてやる」
ああ、なんかこっちまで恥ずかしくなってきた。
こんなくっさいセリフそう簡単には吐けないものだが、マンドリカルドの前ではつい口から飛び出してしまう。
一度射出した音は戻せないし、それが認識されたら最後、いくら訂正したとしても俺がそう言ったという事実は変えられない。
「・・・・・・あ、あの、俺は・・・・・・まだ友っていうものがわかりきってないし、生きてたときにいなかったから慣れてないし。だ・・・・・・だから」
布団から出て何をするつもりかと思えば、マンドリカルドは俺の左手を取り片膝を立てて跪く。
「今はもう少しだけ・・・・・・あんたの騎士で、守護者でいさせてくれませんか」
ちゅ、と小さく音が立つ。
俺の手の甲に浮かぶ、一画も消えていない令呪へと・・・・・・彼は口づけをした。
俺はどこぞのお姫様でもないんだぞと言ってつい笑ってしまうが、内心ものすごく嬉しい。
「・・・・・・いいぞ。許すから、少しずつでいいから・・・・・・友達になろうな」
「・・・・・・ああ。永遠に変わらぬ忠誠と、親愛を誓うっすよ。マスター」
一瞬で顔を茹で蛸の如き赤に染めて、声を細かく震わし彼は告げた。
言うことを聞かせるために使う令呪なんて必要ない、俺はマスターであるお前の意志にすべて従うぞという決意の表現なのだろう。
のどの奥が少しだけ熱くなる。漏れそうな嗚咽を抑え込んで、俺はおもむろに起き上がってマンドリカルドの体を抱きしめる。
あたたかくて、どこかなつかしい。まるで、夙に一緒だったような。
漠然とした感情が浮かんでは沈んでいく。
もしかしたら。
────あの日俺は、運命に・・・・・・出会ったのかもしれない。
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48話 五日目:えくしーどじょうたい
あと邪ンヌガチャ無事爆死しました(パールヴァティーさん来ただけでもよしとしたい)
あれからまた寝て、再び起きた頃にはもう午前10時である。
篠塚が出勤前に作っていったご飯を安定の寝坊をかました(本人はこれがいつもなのと言い張っているが)海と食べながら、いろいろと話を進めていた。
「いやあ俺もあそこで魔眼使っちゃったからさ、あのパツキン男・・・・・・ギルガメッシュとか言ったっけか?の敵認定されててもおかしくない訳よ。まあ歯牙にもかけられてないっちゅう可能性もあるが、一応は警戒しときたいもんなんだよ」
わかめと豆腐の味噌汁を啜りながら海が力説する。つまるところ自分を守れということなのか。
マンドリカルド一人にそういうことを任せるのもなんか申し訳ないような気がするけど、ここで海をほっとけるわけでもなく。微妙な板挟みを食らってしまい、せっかくの飯も旨さが20%減だ。
「家にいる間はまあ守れると思うが、仕事のほうどうなんだ。遠隔で指示が出来るようにその部門滅茶苦茶強化してるって話だけど」
「あーそこはもーまんたいよ。社屋の全棟が停電しようが地震が起きようが大丈夫なようにはしてんだし、連絡に携わる社員もできるだけ通信技術の高い奴とってるから。もれなく金もやってるし不平不満も今のところは上がってないし」
社員の不満をなくすための解決策が金とかいうめちゃくちゃ単純な戦法を乱用しているが、なんだかんだ言って海は人事に関しちゃまあ優秀だ。
本人が残業を死ぬほど嫌っているので会社でも残業は原則禁止らしく、それを実行していてもちゃんと業務が回せている辺り良い人材を取っているようだ。
最近は勤務の情報を見た新卒とかがこぞって面接に来るんだそうで、面接官役が毎回その時期になるとヒイヒイ言ってるのが難点・・・・・・という話。
「いやぁ、来てくれるのは嬉しいんだけどね。倍率がエグいことになってて毎度毎度大変なんだよ」
「はーん。俺みたいな平社員にゃわからん悩みだ」
最後の米粒(だいたい取りにくい)を箸でなんとか取って口の中に放り込み、麦茶で胃へと流し込む。
ごちそうさまの声だけ上げて、俺は一度畳の上に転がった。マンドリカルドはすでに食べ終えていて、なんかどこそこで猫が木の上にいたんですが助けられましたーみたいな平和ニュースばっか流してる番組をぼんやりと見ていた。
「何があったら20m近くある
「馬鹿と煙と猫は高いところに上るって話があるし、そういうことじゃないっすか?」
『猫は』の部分その言葉にあったか?という疑問を抱きつつも、俺は相槌を打った。
匍匐前進をするかの如く、腕だけでずりずりとテレビの前まで動いてそのまま転がる。
「お前らは兄弟か、同じような姿勢でごろごろしやがって」
部屋の中で煙草を吸うことが禁止されているので、海は苦虫を噛み潰したような顔をして棒つきの飴を舐めている。
どうやら何かしら歯で噛んでいないと不満らしい・・・・・・ヤニ中毒の次は糖尿病になるぞと言ってやったが本人はこれ以上妥協するつもりはないらしい。という飴ですら死ぬほど譲歩した結果だそうだ。
「もしかしたらそうかもしれねえな。俺とセラヴィはソウルメイトだし」
「ぶぼぇっ!」
突飛な発言にマンドリカルドが軽く悶死したがまあ問題はない。
海からの返答がないと思って俺は後ろを向いたが・・・・・・そこには、眼球が飛び出そうなほどに目を見開いている奴がいる。
俺はそこまで変なことを言ったつもりじゃあないんだが。
「お前がそんなこと言い出すなんて明日世界終わるんじゃね?」
「失礼な」
俺を何だと思っているのだ。
こっちだってちょっとぐらい浮ついた発言するんだぞとぶーたれるけども奴は初めて見たわと意固地になりやがる。
「い、いきなりソウルメイトとか言わないでほしいっす・・・・・・陰キャにそんなキラキラしたワードは・・・・・・きついっつーか」
また顔を赤くしてもじもじするマンドリカルド。
わかりやすく親愛を示す言動をされても慣れていないのかものっそいびっくりしてしまうらしい。
経験がないのも考え物だなと思うがよくよく考えれば俺も同じようなもんだったと気づく。
「じゃあ
「ももももっと駄目っすよ!!なんすか、克親は俺をからかってるんすか!!」
「そうだが」
「ぬわぁんでぇ!?」
憤慨しつつも、マンドリカルドが見せる表情にはどこか嬉しさを孕んでいるように見えた。
まあ、自分のことを宝物だと言われりゃ少しはそうなるよな。
ぎゃあぎゃあ騒いでいる俺たちを見て呆れたのか、海は500mlペットボトルの茶を脇に抱えてどこかへ行ってしまった。
「ほーらもう司馬田さんどっか行っちゃったじゃないすか!」
「いいんだよあいつはほっときゃ」
やいのやいの言ってる間に平和ニュース番組は終わり、いつの間にか普通の報道モノへと変わっている。
なんか昨日はいろいろとあったようで・・・・・・
「次のニュースです。先日舞綱市で起きた暴力団員への暴行事件、────容疑者は死亡していたことが明らかになりました。死因は銃が原因の失血死とされ、警察は被疑者死亡の事件として処理した上で、これが報復の可能性も見て捜査を続けています」
マンドリカルドが暴走していたときに起こした事件だったが、なぜか全く知らない男が槍玉にあげられたついでに殺されている。
・・・・・・おそらく唐川が手を回したのだが、何も円満に解決するため赤の他人殺さなくったっていいだろうに。ああかわいそ。
「・・・・・・俺のした犯罪をなすりつけられて殺されたんすか、あの人は」
「事実を述べればそうだが、お前がそこまで気に病むことじゃねえよ。唐川のバカがあんな隠蔽方法を取ったのが悪い」
よくも悪くも責任感が強い彼は一度『俺が悪い』と認識するとどんどん深みにはまっていく、というきらいがある。
早い段階ですくい上げて、お前は気にするなと言っておかねば危険だ。
なんとなく頭を撫でてやるが、そんなもので宥めになるのかと考えれば微妙な気もする。
「そもそもあいつらはここいらで事件起こしてばっかだったしいいお灸にでもなったんじゃねえか?舞綱市民も声には出せないがみんな内心すかっとしてるだろうよ」
実際俺もそうだしと付け足して笑ってみせるが、マンドリカルドの表情はまだまだ暗いというかなんというか。
さすがにこれ以上ちょっかいかけたところでって感じなので俺は続きを話すのをやめ、テレビの液晶へと視線を戻した。
「舞綱市にて辻斬りとおぼしき事件が発生し、3人が意識不明の重体で医療センターへと搬送されました。警察は殺人未遂罪として、捜査中とのことです」
聖杯戦争が始まってから随分と物騒になったものだ。
巨大建造物が壊れたなんていう事件はまだ起きていない(昨日の廃倉庫は海が魔術で偽装しているらしく、中に入られでもしない限りバレることはない)のだが、この調子だと終盤にはマンションの一棟や二棟くらいは消し飛びそうなのが恐ろしい。
「・・・・・・これは俺じゃないっすよ」
「わかってるよ。偏見で物を言うが、辻斬りとまで言うんだから日本刀でやられたって確証があるはずだろ?普通ならもっと簡単に刃物で斬りつけられてーって言うだろうし」
聖杯戦争と関係ない一般人がやったという可能性だって無きにしもあらずだが、おそらく剣士のサーヴァントが魔力を補給するために襲ったと見て間違いない。
セイバーは西洋剣を持っていたし、バーサーカーはロシア圏、アーチャーのギルガメッシュはあの宝具をいくらでも出す能力からして刀も持つことは可能だと考えられるが、本人の性格を鑑みれば一人ずつ食らっていくというそんなまどろっこしいことはせずに大人数を一気に殺害しそうだ。
ランサーのブラダマンテは先日消滅したそうだし、残りはアサシンかアヴェンジャー・・・・・・この二騎については情報が全くないので、判断がつかん。
「何にせよ、これはほっとくとヤバい話だな・・・・・・戦術的に間違っちゃいないが、出来るだけ一般人へ危害を加えるってのは抑えたほうがいい」
「・・・・・・やるんすか?」
マンドリカルドが俺の意図を汲んでそう問ってきた。
以心伝心、という感じがしてなんだか嬉しいなあと思うが今はそんなことを考えている暇もない。
俺はだらしなく転がしていた体を起こし、ちゃんと背筋を正して座る。マンドリカルドもそれに追随して同じように座り、俺の顔をじ、と見てきた。
「ああ、やるつもりだ。だが、俺たちは昨日の怪我もあって本調子じゃあない・・・・・・そうだろ?」
俺は海に治療してもらったとはいえ肩の傷がまだ地味に痛むし、マンドリカルドも派手に魔力を消費したせいで実体化を保ててはいると言えど戦闘面ではまだ不安が残る。
俺は気を失った後のことを知らないので事情がまだわかってないのだが、なんとなくわかるものがある・・・・・・彼は昨日、自分の限界を超えた駆動をしたおかげでオーバーヒートに陥っているような気がするのだ。
「そうっすね。あん時、なんつーか・・・・・・これ以上やったら自分の霊基がもたないっつう臨界点まで行きかけてたような。我を忘れてギルガメッシュをぶっ飛ばそうとしてたから何をどうしたのかあんま覚えてぬぇーんすけど」
「・・・・・・わかった。その現象・・・・・・まあ簡単にエクシード状態とでも呼ぶとしよう。アレは簡単に使えないし使ってはいけない代物ってのは間違いない。霊基が消えかかるまで魔力を使うんだ、俺の魔術補助を使ったとしても危険すぎる」
アレは最後の切り札、ギルガメッシュともう一度正面切って戦うような場面にしか使えない最終兵器であるという認識を俺たち二人の間で確定させる。
・・・・・・不安な部分がとても多いが、いざという時出せるカードを把握できただけでもよしとしておきたい。
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49話 五日目:ヒミツノハナゾノ
こわい
謎の辻斬りサーヴァントのことは調査する程度に留めておいて、今はまず療養が大事だ。
魔力を供給したことで、表面上は何事もないように見えているのだが隠れた場所の損傷がひどい。
その上一時的とはいえバーサーカーから精神汚染のような攻撃を食らったので、その面もちゃんとケアしてあげなければ。
「解析させてほしいんだが・・・・・・いいか?」
「・・・・・・構わないっすよ」
マンドリカルドは言葉の割に少し躊躇するような素振りを見せたので、伸ばしていた手を一度止める。
やっぱりあの体に自分ではない何かが侵入してくる感じは嫌なのだろうか。俺はその感覚を体験したことがないからわからない、というのが辛い点だ。
「やっぱ嫌か?」
「べ、別にそんなんじゃないんすけど・・・・・・ちょっと気になる事が、あの・・・・・・」
しどろもどろな言い方ではあるがなんとなく言いたいことはわかる。
彼もサーヴァントとして、俺の魔術を詳しく知っておきたいのだろう・・・・・・今まで雑な説明しかしてなかったし、この機会にいろいろと教えてやろうか。
「どした?なんか聞きたいことがあるなら言っていいぞ?」
俺がそう促すと、マンドリカルドは軽く狼狽の声をあげつつも顔をあげて俺の方を見る。
なんか表情が告白する前の女子っぽいな、とかいうものすごく失礼な考えが浮かんだ。
「・・・・・・克親は、俺のこと・・・・・・す、すすすす・・・・・・す、き・・・・・・なんすか?」
「そうだけど」
「へぁ!?」
自分から聞いといてなんでびっくりしてるんだか。生前はかわいい女の子見りゃすぐにアタックするし美女の顔をみたいがために軽く狂乱して軍列を単騎で荒らしていたというのに、なんといううぶさなのだろう。
もしかしてそのあたりの記憶だけ現界するときに置いてきたのか?
「それにしてもなんでいきなりそういうこと聞こうと思ったんだ」
「・・・・・・一昨日、聞いたんすよ。克親の魔術は、よっぽど愛している奴相手じゃないと使わないって」
絶対
いつかおはぎ(はんごろし)orお餅(ぜんごろし)の二択を迫ってやろう。ああどっちにしろ殺す、絶対に殺す。
「あいつに会ったのか。あの天パ味覚土砂崩れに」
「唐川さんのことっすよね?・・・・・・会いましたよ、一昨日の夜に。マスターにどれだけ魔術かけてもらったのかって聞かれたんで、答えたらそう。別にまずいことは言ってないつもりっすよ」
知られたら致命的なことは漏らしていないそうなのでひとまず安心だが、それでも完全に気は緩ませられん。
「そうか、それならいいんだが・・・・・・ま、実際俺の魔術なんて他人にゃそう使わねえもんだよ。強化魔術を他人に使うのは基本難しいっつーかめんどくさいし、解析も相応の技術を持たないと安定した結果が得られないどころか相手を傷つけかねないし。そういう面もあって、簡単に他人には使わん。それと平尾家の家訓として、『家伝ノ術ハ愛シキ者以外ニ使ウベカラズ』なんてのもあるからな」
「・・・・・・そ、それって」
こんなこと知るなら最初から聞かなければよかった、というマンドリカルドの感情がありありと見て取れる。
だがもう後の祭りなので諦めていただきたい。恨むなら唐川を恨め。
「ああ。自分の命を守るため、とかそんなのは関係なしに・・・・・・俺は、お前のことを愛している。つっても性的な意味は全くないから安心しろ、そういう趣味じゃあねえ」
あんま考えて言おうとすると余計な感情が出てきてだめになりそうだったので、俺はきっぱりとここで言い放つ。
あくまで友達というか親友、恋愛感情はないので安心されたし。
「そう、っすか・・・・・・よかった」
屈託のない笑みを浮かべられて、俺もつられるように顔が綻ぶ。
少しだけ心の壁が溶けたのかなと思うと、なんだかとても・・・・・・嬉しかった。
与えてもらった寝室に戻り、布団へとマンドリカルドを寝転がす。
前回多量の魔力を注いでしまったせいで軽い熱を出させてしまった反省を生かして、少量の受け渡しに向いている手から多量の譲渡専用に向いている心臓のあたりから解析の枝を伸ばしていこう。
マンドリカルドの着ているパーカーの前を開き、Tシャツと下着をたくしあげる。
露出した胸部に両手を当てて、静かに目を閉じた。
「いくぞ・・・・・・」
「・・・・・・いいっすよ」
その答えを合図にして、俺は回路をはっきりと起動させる。
焦らずゆっくりと魔力を生んで、そのまま彼の中へと注ぎ込んでいく。
「は、ぁ・・・・・・あ!」
手の時ほど抵抗による熱はないはずだが、かわりに霊核へと直結する心臓近くへ直接魔力を送り込むのでどっちにしろマンドリカルドへの影響は少なくない。
手際よく進めないとかわいそうなので、俺はどんどん枝を伸ばして末端神経まで浸透させていく。
やはり、一度へし折られた四肢や締め上げられた首へのダメージが大きい。それに修復されてはいるが百に近い数の傷があった・・・・・・ギルガメッシュに拘束されたまま、剣や槍で好き放題されていたのだろう。
霊基状態は推測通り、エクシード状態の反動で現在の実現可能最大出力が弱体化しているようだ。
「・・・・・・かなり、ボロボロじゃねえか」
「ふ、うぁ・・・・・・す、すんません・・・・・・俺、弱く、て・・・・・・ぇう!」
継続的に心臓周りを魔力の腕で撫でてしまうせいか、マンドリカルドの声はとても弱々しく上擦ったものになっていた。
「弱くねえよ、お前は。こんなんになっても最後まで諦めなかったんだろ、おかげで俺も生きてるんだ。自信持て」
いろいろと探っているうちに、何か変なところへとたどり着いた。
なんとなくのイメージでしか掴めないが、様相は恐らく大きな扉・・・・・・何かが、守られているような。
・・・・・・これは、秘密なのだろうか。
手を出していいものじゃないと知りつつも、つい・・・・・・見たくなってしまう。
枝たちを集め、その扉へと触れてみる。
「あ、ちょ・・・・・・そこは、だ─────!」
ぼんやりとした何かが実体化して、俺の方へと流れ込んでくる。
ぱき、と何かが割れるような音が脳裏に響いて、情報が爆発した。
・・・・・・マンドリカルドが心の奥にしまって、隠していたかったもの。それは、孤独だった。
生きていたころの30余年、英霊になってからの定義できるかすらわからない時間・・・・・・彼は、ずっと。
「・・・・・・寂しかったのか?」
「・・・・・・はぁ、はーっ・・・・・・そう、っすよ。俺は、っずっと・・・・・・満たされなくて、寂しくて」
彼が目を伏せる。
自分は醜いとでも言うかのように、俺の手をすっと包みこむ。
「結局俺は、いつまで経っても・・・・・・欲まみれなんすよ」
「いいじゃねえか、それで。なんでもいい、俺が許すから」
本能的に俺は察知していたのだ。
『マンドリカルドの力を引き出すためには彼の光も闇も、なにもかもを受け止めて認めてあげたほうがいい』ということを。
「生前いくら勝手なことしたからって、今なにもかもを禁止しなければいけないとかいう決まりなんてないだろ?法に触れることじゃないんならいくらでも言え。それがお前自身のためだ・・・・・・だから」
友達にわがままを言ったっていいんだぞと、俺は静かに告げた。
実を言うとこの世界ではなんかCCCとかに出てくるシークレットガーデンが存在してる設定です
なんか解放のしかたが男子勢と女子勢のまぜこぜになってるような感じですが全て気のせいです()
最近ノリがウ=ス異本的になってるのも気のせいです
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50話 五日目:風になれ(物理)
なんで主人公に苛烈なんですかね(あんたのせいだ)
「人ん家でちちくりあうなボケ」
しぺーん、と業を煮やした海が襖を開けて叱責してきた。こっちはいたって真面目なことをしているってのに、失礼なやっちゃ。
「いかがわしいことはなんもしてないんだが。邪魔すんじゃねえ」
「サーヴァントを半裸にして胸をまさぐってる光景がいかがわしくないというのなら、お前はそーとーおめでたい頭してるぞ」
まあ俺は事情知ってるしいいんだけどな。と付け足して、海は無造作に包装を剥いたキャンディを加えた。
確かに何も知らない人が見りゃ妙齢の男子をひん剥いて襲ってるように見えなくもない・・・・・・とは言えこれに関しちゃどうしようもない問題だ。どう触れば健全に見えるってんだよ。
「あとお前もなあエロい声出すな。襲うぞ」
デリカシー0か、というツッコミを入れる余地すらない。
「じょ、女性の方から来られるってのはさすがに未経験なんで勘弁してくださいっす」
「女扱いしてくれなくて結構。どうしても続きやりたいなら口の中に靴下でもねじ込んどけ」
「・・・・・・わかったよ」
ったく、と呆れた顔をして海は踵を返し出て行った。
水差し行為のうまさになんか冷めてしまったというかなんというか。今度からあいつピッチャーって呼んでやろうかな。
「・・・・・・ま、家主にああ言われた手前続けるわけにもいかねえよな」
マンドリカルドの下着を元に戻し、俺はため息をひとつ。
聖杯戦争の記録などを忘れる前に書いておきたいところなので、一回家に戻りたい・・・・・・これから海を匿うことを考えると、むしろあいつを向こうへ連れて行った方がいいような気もするのだが。
「セラヴィ、一回俺の家戻るか。裏山の林から適当に木切って剣も作っときたいだろ」
「そっすね・・・・・・あれも魔力で一応編めるとはいえ、すぐ折れるからコストに合わねえっつう感じですし」
そうと決まればって訳で、俺は服を着直し司馬田家を出ることにする。
奴には一応戻るという旨を言っておいたがついてくる気はないらしいので、ほっぽって行こう。
「・・・・・・それにしても、今の戦況はどうなってるんだろうな」
バトルロワイアル形式の戦いなのだから、こちらが知らない領域で戦闘が進んでいるのは間違いない。
問題はどうなっているか把握しきれないということだ。
あんだけ煮え湯を飲まされたバーサーカーだって、他のサーヴァントに消されている可能性があるわけだし・・・・・・そうとなるとリベンジのチャンスが失われるので歯痒い。やっぱりやられたらやり返したい性分なので、奴らだけは俺たちの手で始末したいのだ。
「どうなんすかね?俺に偵察能力とかがありゃ把握できるんすけど・・・・・・残念なことにそういうのは向かぬぇーもんで」
「それは仕方ない。いくら身分を隠して云々って逸話があったとて、アサシンじゃねえんだから」
俺らは愚直にやってこうぜとマンドリカルドの肩を叩き、家へとつながる坂を登っていく。
まだまだ春だというのに気温は高く、じんわりと汗までかきそうだ。
風で乱れた髪を指先で戻し、再び前を向く。
・・・・・・そこには、セイバーが立っていた。
「・・・・・・セイバー、こんな時間にやり合うつもりか?」
「いやいや、そういうわけにもいかないでしょ。オジサン、警察に追われるようなこたやりたくないんでね」
マンドリカルドとセイバー、どちらも武装はしていない・・・・・・が、いつ戦闘に入るかわからないため、俺は一応いつでも武装出来るようにと念話でマンドリカルドに通達する。
了承を意味する言葉が返ってきたので、俺は一歩後ずさり、半身をマンドリカルドの後ろに隠した。
「そんなに警戒しなくたって大丈夫大丈夫、今日は戦うつもりで来てないから。オジサン嘘言わない」
ほら手ぶらだろと両手を顔の横でひらひらさせるセイバーだが、なんか完全な信用はできない。
必ず言葉の裏に何かを含ませているように見えるので、俺はあくまで後ろにいるままにしておく。
「・・・・・・じゃあ、今日は何の用で来たんすか」
「なぁに、マスターのご命令でちょいと警告に来たのさ」
にこやかな笑みをセイバーは浮かべるが、やはり何か怪しい。情報をわざと与えて攪乱狙いか、それとも・・・・・・
「マスターの命令マスターの命令って、随分と従順なんだな」
「サーヴァントってのは、だいたいそういうもんだろ?そりゃ、お前さんらのようになかよーくするのも悪かないがね・・・・・・どうせ、最後には切り捨てられるべき存在なんだから」
間違ったことは言っていない。
6騎のサーヴァントを倒して聖杯戦争に勝ったとしても、根源に到達するための穴をあけるにはサーヴァント7騎が必要。
つまり、最後の最後に勝利したマスターは自らの手でサーヴァントを殺さなければならない。
とはいえサーヴァントと正面から戦っても勝ち目はない・・・・・・だから、令呪があるのだ。
マスターが最後にサーヴァントを令呪で自害させるのが、この戦争のセオリー。
だが、俺はそんなことをやるつもりはない。
「お前のところはそういうもんだと思うがな、俺らには俺らなりの考えってのがあるんだよ。勝てたとしたらの話だが、俺はライダーの願いをちゃんと叶えさせるつもりだ」
「おー立派なマスターで何よりだ。お前さん、よっぽどいい奴を引いたな。オジサン、羨ましいよ」
笑顔を剥がさないセイバー。羨ましいとは言ったが、彼の目にそんな感情は見られない。
底の知れない男はやはり信用できない。早いこと会話を切り上げて帰りたいところなのだが・・・・・・
「ま、それについてはどうでもいい。こっちの言いたいことは他のこった・・・・・・ライダーのマスターよ。お前さんの会社、結構危ないことになってるぞ?・・・・・・じゃ、メルクリウスの真似事は終わりだな。あばよー」
セイバーが一瞬で霊体化し、そのままどこかに消えていく。ヘルメスではなくメルクリウスという名を使ったあたり、彼はローマ神話を知る人間なのだろう・・・・・・
マンドリカルドにちゃんと彼が去ったことを確認し、俺らは一度路上会議を始めた。
「会社が危ないってどういうことだ、まさか魔力のために爆弾か何かを設置して社屋もろとも破壊的な」
「その可能性は高いっすね。あいつの言葉を信じれば、っすけど・・・・・・どうします、一回釣られてみるっすか?」
罠の可能性もあるが、社員の命が危険に晒されるという話を聞いた以上看過はできない。いくらこき使われようと大事な居場所ではあるのだから。
「そうするしかないな・・・・・・セラヴィ、こっから勤務先まで走れるか?」
「敏捷Aを舐めないでくれっすよ!」
軽々と俺を抱きかかえ、マンドリカルドはとんと軽くかかとを鳴らして走り出した。
俺が強化魔術をかけただけなのにその速度は乗用車を軽く越えてもおかしくないレベル。ついさっき無理はさせないと言ったのに情けない話だ・・・・・・本人は全然大丈夫そうなのが唯一の救いでもあるが。
「人ん家の屋根とか乗っても逮捕されないっすかね?」
「猫がいくらでも乗ってるしさすがに大丈夫だろ、たぶん!」
「じゃあ上行くっすよ!」
右足で強く踏み込んだかと思うと、人間じゃああり得ないほどの跳躍をして二階建ての家にある屋根に乗った。
これを見られたらさすがに彼が超常的な生き物だとバレるところだったが、周りに人がいないのでセーフ。俺の認識阻害魔術をかけてそのまま走らせる。
「そんじゃまあやりますか・・・・・・っと!」
そうして俺たちは、一瞬の風になった(息は苦しい)。
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51話 五日目:今度こそ
毎日小説更新できるように頑張ってますがカツカツです(一話作るのに間食してると1時間くらいはかかるので)
とんでもない速度で山名を駆け抜け明海まで到達する。
走れる屋根が無くなったのは痛いがマンドリカルドにはそんなこと関係なし。器用に人々の間を縫ってぶつかることなく走り続けている。
「疲れてんだろ、一回休むか?」
「大丈夫っす、克親の魔力たんまり貰ってるんで!」
風圧でめちゃくちゃ噛みそうだが何とか踏ん張って発音する。
なおサーヴァントってここまで加速する戦闘中でも喋れるレベルに調整されているのだぞ、と言わんばかりの平然さでマンドリカルドは声を出していた。
「もうそろそろ着くっすよ!!」
もはや速すぎて見えないレベルで流れていた景色を見ると、その言葉は嘘でないと判断できる。
俺の会社の社屋がもう目の前にあり、このままじゃあぶつかるのではという危惧さえあるくらいだ。
「よっしゃストーップ!」
「無理っす、このまま一回上行かせてもらいます!」
「え?」
ビルに激突する寸前のところでマンドリカルドは軽く跳躍したかと思うと、そのまま壁に足をつけそのまま駆け上がる。
落ちる前にもう一方の足で上に上にを繰り返し、どんどん高度を上げていく。
意味が分からないって?安心しろ、俺もだ。
「なんで壁走ってんだ!物理学演算ぶっ壊れてんぞ!!」
「あのままじゃ克親が挽き肉になってたっすよ!!仕方ないっしょ!」
「やっぱサーヴァントの思考回路ってどっかおかしい!!」
途中で力尽きて転落しないようにとありったけの術をかけたし死ぬことはないと思うが、やはり人間意味のわからんことを普通にやられると混乱してしまう。
フェンスを含めた25階建てのビル(75mくらいあるはず)を軽々と登りきり、マンドリカルドと抱きかかえられた俺はそのまま屋上床に降り立った。
一瞬で空気から感じ取れる異様さ・・・・・・ビルをものすごい速度で上っていった時にもなんとなく感じたが、この瞬間疑念は確信に変わった。
「・・・・・・ここまでの術式、ビルが木っ端微塵になるレベルだぞ」
いたるところに描かれた陣が示すのは破壊。
発動すれば最後、人間や機械もろともどかんと吹き飛ぶこと間違いなしだ。さすがに明海の真ん中にあるこのビルが崩壊するとなると、近くの通行人や隣の建造物まで巻き込んでの大災害になる。
「ここでどれだけの人をぶっ殺すつもりだ、ナディア」
屋上から見える明海のビル街を楽しそうに眺めていたナディアへと、俺は声をかける。
振り返る彼女。その顔には下衆そのもののような笑みが浮かんでいた。
「さぁ?どれだけ・・・・・・と言われましたら、この会社にいる社畜さんらと・・・・・・通行人と。しめて1000人は軽く」
悪びれもなく言ってのけるナディア。
普通魔術師というものは自分の利益の為なら平然と人を殺すもの・・・・・・どれだけの益が前に転がっていようとしない俺みたいなのが異端なのだ。
「お前の持つ魔力ならいくら燃費が悪いと噂のバーサーカーでも保つと思うんだが・・・・・・目的は何だ」
「・・・・・・あなたをもっと苦しませるために決まっとるのですわ!平尾家の血筋に傷を付けられる大義名分があるのですから!幾千の無垢なる民を殺してでも!」
ああ、狂ってやがる。
平尾家とシトコヴェツカヤ家にある地味な確執。舞綱市に根を下ろす魔術師一家の中でも結構な縄張り争いを前からしていたのだ・・・・・・しかしその話は司馬田家が魔術を始める前の時代。つまり平尾家で言うと二代目から三代目の間に起こった出来事。
そもそも舞綱の良い龍脈に目を付けたシトコヴェツカヤ家がやってきてここは私たちの土地だ呼ばわりしたのだから小競り合いしてしかるべき。ちょくちょく街を破壊しながら戦い続けていたが、まあ結局は平尾家が山名を、シトコヴェツカヤ家が明海を、という感じで市を二分するように終戦条約を結んでいたはずだが。
「俺に言われても困る話だ、お家同士の争いなんてめんどくせえことに固執しやがって」
「あんたにはわからんでしょうね!私の家が受けた辱めを!」
「ああわかる訳ねえだろ教えられてないんだし」
マンドリカルドが念話でこれ以上煽ったら危険だという旨を伝えてくるが、俺は安心しろとだけ返してやる。
俺には策があると察したらしく、彼はすっと押し黙った。
「俺は貴族っぽいこた嫌いなんだよ、先祖のことでぶちぶち言いやがって猫も跨ぐような不味い女だ」
とりあえず思いつく限りの言葉で罵倒してみる。
さて、以外と時間がかかったが向こうは気づく様子もないらしい。傍らにいつの間にか現れたバーサーカーにも、気づかれた訳じゃない。
「それに、一人前たあ言い難い俺なんぞの隠蔽した術式に引っかかるなんて・・・・・・お前の親が見たらどう思うだろうな?」
ガラスの割れるような音が空気を引き裂く。
ナディアの張っていた爆発の式は塵と消え去り、代わりに俺の巡らせた結界の式が発動した。
攻撃を無効化するカウンタータイプの結界なのだが、今回は攻撃の前段階で条件を満たさせ起こしたのだ。
「・・・・・・ライダー、ここで意趣返しといこうか。お前も煮え湯を飲まされた訳だし・・・・・・」
「うっす・・・・・・マスター、命令を」
一瞬で鎧姿に換装したマンドリカルド。俺はその手に、まだ持っていたままであった縮小武器の一つである大鎌を元のサイズに戻して渡す。
取り回しの難しい一品だが、そんなことはマンドリカルドにとって関係なし。
どんなものでも手にすれば彼にとってのデュランダルなのだから・・・・・・振るえて当然なのだ。
「よし・・・・・・ライダー、バーサーカーを殺せ。あとできるだけビルの設備は壊さないように」
「
俺の命を受け、マンドリカルドは大鎌をぶんと一度大きく振るって駆け出す。ビルの屋上だから水を溜めるタンクなどがあるので、それを破壊すると大惨事は避けられんのでそんな命令も下した。これが相手にとってのアドバンテージにならないといいのだが・・・・・・
「また勉強もせんとアホみたいに突進?これがじゃぱにーず”カミカゼ”?・・・・・・ふん、バーサーカーも見くびられたものですわ!やりなさい!」
「
バーサーカーがその腕を振るうと、そこからは風と違う”何かが”噴き出した。
これをもろに食らうと危ない、と察した俺は急造の結界を張る・・・・・・しかし、コンマ一秒ほど遅かったようだ。
「く、あァ!?」
マンドリカルドは急停止し、鎌を取り落とす。
頭を抱えて地面に転がり、四肢を痙攣させ始めた。
・・・・・・やはり向こうが使うのは精神攻撃、対策を怠っていたのがやはり仇となったか────!
「さあ、もうここで自らのマスターを殺し!消えるのですわライダー!」
「ア”、こ、ころ・・・・・・ス!ァアアアアアアアア──────────!!」
落とした鎌を拾い、マンドリカルドは俺の方へと振り返る。
目の中で出血をしたのか、白目が全て深紅に染まりおぞましい形相というのをより印象づけていた。
今度こそ、殺されるのか・・・・・・友として、一緒に戦うと誓った彼に。
「シ、ネェ!!」
・・・・・・令呪は使うまい。どうせこれほどの狂化をしたのだ、幾ら対魔力がCだからとて命令は通るわけがない。
ギロチンのように一瞬で首をはねてくれと願いつつ、俺は向かってくるマンドリカルドの顔を見つめた。
「ッラぁあ!」
空間すらも切り裂きそうな音を立て、その鎌が振るわれる。俺は反射的に目を渋った。
俺は、悶える間もなく首を飛ばされ絶め・・・・・・
「・・・・・・あ、れ?」
俺の首は飛ばなかった。どういうことかと目を開けると、そこにはおかしい光景が。
向こう側にいたバーサーカーの右腕が、肘から先をなくしていた。
「は、ははは・・・・・・今のは・・・・・・けっこーキツかったっすね」
ぜいぜいと息を吐きながら、マンドリカルドは俺の方を向いて笑う。
ああそうか、と俺の中で合点がいった。
「・・・・・・棄てたか、狂気すら」
「そういう、わけっすね・・・・・・この手、二回は通じないっすよ」
そんなことを言いつつもマンドリカルドは不敵な笑みを浮かべていた。
最初は使う予定なかったスキルですけどここで活きるとは思わなかったね()
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52話 五日目:ほしをみたひと
今回後半が頭おかしいことになってますが仕様です。作者に精神病院紹介しないでいいですよ()
「さぁて・・・・・・まだ、全部切ってねえだろそっちの手札は」
荒れた息を整えて、マンドリカルドが鎌を振るってついた血を落とす。
向こうは狼狽えることもなく此方を見ているが・・・・・・
「ふ、ふふふふふふふふふふ!!そうに決まっとるのですわ!さあバーサーカー・・・・・・宝具を使いなさい、こんな奴に使うのは癪やけどもういい・・・・・・その力を、狂気をもって消してやりなさい!」
「・・・・・・
マンドリカルドの斬り落とした腕がみるみるうちに修復されていく。燃費の悪いバーサーカーでこれほどの速度とは・・・・・・これもナディアの、シトコヴェツカヤ家が作り上げた魔術回路により生み出せる超膨大な魔力量が成せる技だろう。
「耐え凌げるか、ライダー?」
「・・・・・・命令とあらば、いくらでも我慢してみせるっすよ」
マンドリカルドはその大鎌を眼前へと構え、重心を落とした。
「・・・・・・なら耐えきれ、そしてあいつを何としてでも倒せ」
「了解っす、マスター」
復元されたバーサーカーの腕が上天に掲げられる。顕れるのは闇そのものを集約したような定型を持たぬ塊・・・・・・それが、ぶわりと広がって弾けた。
「
放たれる黒いガス状の何かは拡散し、結界の中へと充満する。下にいる社員たちへと被害がゆかぬよう、屋上と階下を繋ぐ扉に追加で結界を作った。
「
それはまさしく絶界。
黒に包まれた空間が、現実から完全に切り離されたような感覚・・・・・・重力を喪い、俺とマンドリカルドはふわりと宙に浮かんだ。
こいつの真名は詠唱でわかった。
しかし息ができず、声があげられない。なんとか生命を保てるように術を編むが、それで精一杯。マンドリカルドのサポートに全然回れないのが歯がゆいことこの上なし。
「
増大するエネルギーが、太陽そのものが表皮に当たるような熱が、俺の体をいたずらに刺す。意識のうちにもあの闇による狂気が侵食してくるのだが、それを撃退する事もかなわずただ押しとどめることに集中せざるを得ない。
なんとかマンドリカルドの方へと手を伸ばし、無理に割った思考で防御の魔術を何重にもかけてやった。俺が今できるのはそれぐらいだ、後は彼を・・・・・・信じるしかない。
「
ずくん、と脳の血管すべてが脈を打ったような気がした。
嗚呼、マンドリカルドを今ここでくびり殺したい、ばきりと首から鈍い音を立てて絶命する彼が見たい。
だめだ、だめだだめだだめだ。取り憑かれるな、俺が壊れてしまえば終わりだ、耐えろ、とにかく耐えしのげ。
「
あ。
ああ。
あたまが、おかしくなる。
「なあライダー」
「・・・・・・マスター?」
嗚呼厭、殺したい。大好き。愛してる。憎い。でも大好き。
「必ず勝たなきゃいけないとは封筒も走ってなかった。だから俺らはそこでパズルをするべき。そうすれば、聖杯も飛べるからな。そりゃオーディンだってです!ヴァルキリーの尺八やギターの伴奏をフロントに泳いで、カレンダーがじゃぶじゃぶ壊れるのはまさに圧巻だったよな!それはまるで襖のように、ジュヴナイル輝く白秋の学生を君はせせら笑うことくらい魔術協会すら知ってる常識なんだ」
「え、ま、マスター?何言ってんだか全然わからないんすけど?」
「今こそ太陽へ向かって沈降だ!美しい汚物はコラ半島の穴に開けよう!電磁波は全て受け取って、カーテンとスプレー缶は血みどろにする。無頼漢どもは突っ張り棒をとろけさせ、社会のゴミと化すばかり!さあさそれなら俺らが替わる、見るがいい、聖剣の愛液を!この儀式こそ外なる神が孕んだ上弦の望遠鏡、輝け、膨らめ、俺たちこそが、支配者だ!今すぐに、俺たちをその場に、連れていけ────────!!」
首、手、かける。
温かい血の流れ、せき止めて、信号をショートさせてあげる。
かわいい、かわいい、おれの、ともだち。
だれにもわたしたくないからこのてでころす。
聖杯になんて回収させない、俺と一緒になろう。
「ぐ、ぇぶ・・・・・・が、ひゅ・・・・・・ぅ!」
細い息もかわいい。
今にも途切れそうないのち、俺の手で消えそうないのち。いつかの英雄とあれども、今の人には勝てぬのか?
ああ、それはなんて愛おしい。か弱いものはかわいい、かわいいかわいいかわいい。大好き殺したいグチョグチョの肉塊にしてあげたい。かわいい、食べちゃいたい。
「ぅび・・・・・・ま、ひゅ・・・・・・た・・・・・・!」
必死に手を伸ばすのもかわいい、全部かわいい。
「俺の胃で全部とろけちゃおう、愛してるよ」
弱々しいその手に歯を立てる。
マンドリカルドの顔がさらに苦痛で歪む。もっとそれが見たい。
がぶがぶ、疵から滲んだ血を舐めて。鉄の味、おいしい。
「あははははははははは!なんて面白いの!?愛するあまりに殺したいやなんて・・・・・・あなたは最高よバーサーカー!積年の恨み、今ここで果たされたも同然!」
誰かが喋っているがそんなのはもうどうでもいい。
「・・・・・・ます、だぁ・・・・・・め、さま、して・・・・・・くれぇ!」
頬に痛みが走る。
なぐられた、どうして?おれはこんなにも愛しているというのに?
「なんで」
「マスターはバーサーカーの宝具で狂っちまったんすよ、正気を取り戻してくれ」
「ちがう、これは俺の」
あれ?
俺の、なんだったっけ?
本心?ちがう、なんだろうこれは、わからない、頭が痛い。
「・・・・・・なに?」
これは、なんなんだ?
ワードサラダ状態のセリフはそういうプログラムで作りたかったんですがめんどくさかったのでなんとなくやりました。
パプリカのあれ(オセアニアじゃ常識なんだよ!)みたいなのできるわけねえべ・・・・・・
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53話 Interlude:”わたし”
マスターの手を骨折させないようになんとか剥がす。
一体何が起こったと言うのだ。俺の方には何もなかったのに。
「マスター・・・・・・」
それでもなお俺の首へと手を伸ばす彼の腕を掴み、押さえ込んだ。
噛まれた跡がまだ、じりじりと痛む・・・・・・
まさか、宝具がマスターにも普通に作用するだなんて思いもしなかった。こうなったら狂乱のままに令呪で変な命令・・・・・・最悪の場合自害すら命じられる可能性がある。
それは何としてでも避けたい。あのナディアとかいう奴はマスターに恨みがある、護衛たる俺が消滅し戦争に負けたとすればマスターは殺されてしまうだろう。それを想像しただけで怖気が走るのだ・・・・・・彼との約束を守れないし、俺の願いも叶わない。
だからあいつをどうにかして止めるべきだ。そのためなら腕が何回千切れようとも、消し飛ぼうとも構わん。
「・・・・・・ちょっと夜までは早いっすけど、今は寝てくれ。マスター」
軽めにマスターのあぎとへ衝撃を加え、意識を奪っておく。
バックアップを受けることは完全に不可能となったが、起こしたままにしといても結局見込めないので別にいい。
さっさと勝負をつけねば。
「愚行よ!あんたのマスターがかけていた魔術が今ので切れてしもーたし・・・・・・また、狂いたいようやね!」
「・・・・・・”わたし”はもう、生きていたときから狂っていたさ」
口が、勝手に動いた。
「・・・・・・そう。それならもっと、あんたの記憶も何もかも乱すだけのこと」
「”わたし”には・・・・・・何もない」
主導権が全てなにかにかっさらわれる。
ふわふわと浮いていたはずの体は見えもしない地面を踏みしめるように立ち、ナディアとバーサーカーを静かに見据えていた。
あのとき俺と会話した誰かと同一のものということはわかるが、どこか変質しているように思える。
一人称も違う上に、感じるイメージが違う。
あのときのものはもう少し自信ありげだったのに、今の奴から感じるのは底なしの虚無だ。
言葉の通り、虚ろで何もない。同じ名と役割だけを冠した、”無”そのもの。
「すべてを喪って、すべてを棄てた。”わたし”は無責任ながら人としてのあり方を他に任せて・・・・・・専念する事にしたんだ」
このとき、俺は知ってしまった。
俺の奥底にある、誰にも言えやしない小さな小さな空想は、絶対に叶えられないものであると。
再び拾った鎌を持って、バーサーカーに飛びかかった。
幾千と襲ってくる精神を狂わす光弾を真っ向から食らうが何もなかったかのように突進を続ける俺の体。
何も存在しないから、どれだけ乱れようと結果は必ず虚無のまま。
「消えろ、”人としてのわたし”を苦しめた罰だ」
「令呪をもって命ず!バーサーカー、規定座標へ退避!」
令呪を発動し、例外的なほぼノータイムでの転移が始まる。
ここにきて取り逃すのか、と思ったが────。
「行くなら止めんが、折角だし手みやげはやるさ。たぁんと・・・・・・持って行くがいい!」
ざん、と大鎌が横薙ぎに振るわれる。
その軌跡はバーサーカーの肉体を真っ二つに切り裂き、ナディアの腹部にも大きな裂傷をつけた。
第二波をよこす前にバーサーカーには消えられたが、それでも結構な損害にはなったことだろう。
ナディアも2秒ほどでその場から消える・・・・・・どうやら置換魔術の類で転移したらしい。
空間全体を包んでいた闇は一瞬で霧散し、景色は元のビル街へと戻った。
この場所にいるのは俺と、昏倒しているマスターのみとなる。
「・・・・・・あそこでマスターを気絶させてくれたおかげで、”わたし”が出やすくなった。よくやったぞ」
晴れ渡った春の空を見上げ、彼は独り言のように呟く。
「あんたは、昨日の夜の?」
「ま、そういうことだな。別個の霊基を持って現れることもできない、マンドリカルドという英霊のいち側面・・・・・・とでも思っておいてくれ」
つまり、それ単体での召喚すら叶わぬマンドリカルド・オルタというわけか。
正直言って生前のクソ人格な俺が出てこないかとヒヤヒヤしていたが、彼は温厚そうな人格で本当によかったと胸をなで下ろす。何らかの手違いで俺とクソ人格オルタが鉢合わせしたら、向こうを死に物狂いで殺して俺も自害するつもりだったし。
倒れたままのマスターを抱き起こしたかと思うとおぶって、軽々とビルの屋上から飛び降りる俺自身。
こんなところ誰かに見られたらまずいだろうという俺の声も無視して地へと降りたち、そのまま人に視認される前に走り出し消える。
俺よりもひどいごり押し過ぎる神秘の秘匿方法に我ながらため息が出た。
「これはマスターには内密で。一人の中に二人いるってジキル博士とハイドでもあるまいし、マンドリカルドの伝承にもそんな話ないから疑われるだろ?」
「・・・・・・わかったっすよ、あんたのことは秘密ってことで」
それでいい、と奴は笑い話を続けた。
今回のように俺が出たままだと本格的に不可逆性の狂化をかけられ取り返しのつかない事案に、というのを回避するために表出しただけであって、そうそう容易には来ないとのこと。
一種の最終防衛機構として考えた方がいい。
そんでもって俺と区別するためにも、一応別個名を考えた結果裏を意味するフランス語、『デルニエール』を省略してデルニということにしておく。オルタ呼びはなんかしっくりこなかったというか、なんというか。
「あんたは、何のために俺を?戦闘なら俺よりずっと優れてるはずなのに」
「・・・・・・”わたし”より、ずっとお前は・・・・・・うまく、人と共に歩むことができるからだ」
どういうことだと聞いてもはぐらかされるばかりでなんだかもどかしい。
俺のような陰気サーヴァントが、うまく人と共に歩めるものか。
「マスター・・・・・・克親と、最後まで生き延びること。それが、お前の使命だ」
俺のすべてに浸透させるような声が響いた。
自分に与えられた使命、存在意義、生きる意味。
正体も確信は出来ないような存在だけど、彼の言うことは自然と信用できた。
復讐心に取り憑かれローランを殺すということを使命と勘違いした挙げ句の果てに、無意味な死を遂げたあのときの俺とは違う。
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54話 Interlude:な、なんだってー!?
相も変わらず誤字ばっかしてるかもですが許してチョモランマ(激寒)
「会社は無事だったみたいで何より何より」
体の主導権をデルニから返してもらって数分後のことであった。
また、目の前にセイバーが現れたのだ。武装はしておらず、また一般人そのもののような格好だ。
あの戦闘をどこかから見ていたのだろうか・・・・・・傍観を決め込むとはいい根性をしている。
「マスターの会社が本当に襲われかけていたのは真実だったが・・・・・・なんで、それを知っていた?そしてなんで教えた?」
放っておけばもしかしたら敵を一人潰せたかもしれないのに・・・・・・いや、バーサーカー陣営が多量の魔力を手に入れるのを恐れたのか。
そうだとしてもなぜ俺たちに頼ってセイバーを動かさなかったのだろう。いかにも強そうなオーラを醸し出す彼ならば、精神汚染を食らう前にバーサーカーなぞ真っ二つの筈だが。
「信用してもらうためってのが一番でかいかね。お前さんのマスターはあまり仕事以外で人と関わらないから、よほどのことをしないと信用してくれそうにないっちゅううちのマスターの言い分でな」
・・・・・・セイバーのマスターは、克親のことを知っている。そればかりか、人となりまである程度把握しているようだ。
ならば、知人であると見て間違いないが・・・・・・司馬田とナディア以外の魔術師が彼の知り合いにいるのか?
「良ければ会って話をしたいそうだが・・・・・・どうする?」
「・・・・・・どうせ断ったら俺の首が飛ぶんだろ?残念ながら俺のマスターはこの通りだが、それでもいいなら」
いやあ話が早くて助かるなあなんて嬉しそうに言いつつ、セイバーはくるりと180°回転した。
明海と山名の境目近くに、彼の主がいるらしい。
怪しい動きを見せたら即逃げられるように、ブリリアドーロの呼び出し準備だけはしておこう。
何事もなく、俺たちはとある一軒家へと到着した。
雑草がこれっぽっちもないきれいな庭と、汚れのない外壁。表札には来栖と記されてある。
「ここだ。罠もなにもないから安心してくれよ」
出来れば逃走時のため、家の前で話をしたかったのだが・・・・・・入らなければいけない雰囲気だ。
あ、ヤバい。こういう時に限って戦闘のときの疑似陽キャモードが切れそう。ああもうこれ以上は保たんだめだ!
「あ、ではお邪魔します・・・・・・っす」
開かれた門扉から中に入るが、結界の類は一切知覚できない。
隠蔽がよほどうまいか、それともなにもないただの丸腰か・・・・・・判断はつかないので、取りあえず最悪のパターンだけ考えよう。
こちらへの攻撃はまったくなし。足が遅くなるなどの弱体化系もなし。
家の中にまでお邪魔させてもらうが、それでもなおこちらへの干渉は行われない。
「マスター、連れてきたぜ。ライダーくんとそのマスターだ」
セイバーがある扉を開く。
そこに鎮座しているベッド・・・・・・上には、だいたい俺と同じくらいの年齢をしているであろう女性が座っていた。
黒く長い、艶のある髪が腰のところまで伸びている。黒い瞳はつぶらで、油断したら射抜かれてしまいそうなほどかわいらしい。
・・・・・・いや止めろ俺、生前のナンパ癖を再発させるな。相手は敵にも味方にもなるであろう存在だ、余計なちょっかい出して怒らせたらたまったもんじゃない。
「あ、ありがとうございます、セイバーさん。は、はは初めまして!来栖榛奈と申します!」
「・・・・・・ライダーっす。多分知ってると思うがこっちはマスターの克親」
未だに意識がないままの彼をずっと背負っているのもきついのでちょっとだけ床に寝かせようとすると、セイバーに止められた。
「床で寝させちゃ痛いでしょ。ベッドの方に・・・・・・」
「ななななななななに言ってるんですかセイバーさん!そんなの無理に決まってるでしょ!馬鹿言わないでください!」
わかりやすく慌てふためいて来栖はセイバーへと枕を投げつける。
そして彼はそれをひょいと軽く避けた・・・・・・のはいいが、枕はそのまま俺の顔面へ。
柔らかい枕なら大丈夫だろうと思って一瞬油断していたのが悪かった・・・・・・飛んできたものは顔面へクリーンヒット。おまけに中身は枕にあるまじき質量と硬さである。危うく首が持って行かれるところだった・・・・・・ま、まさか最初からこれを計算しての枕投擲か。やっぱこの家入っちゃだめだった。
「みゃぁああああごめんなさいライダーさんあの攻撃の意図は決してなかったというかあのえっと!・・・・・・これは私の過失ですごめんなさい!」
「・・・・・・大丈夫っす」
どうやら事故だったらしい。
転がっていった枕を返却して、取りあえず顔を手のひらで撫でてみる。鼻血の類はないし首も痛めてない・・・・・・よかった。
「蕎麦殻はさすがにきついでしょ。容赦ないねーマスターも」
「そもそもセイバーさんが悪いんでしょ!いきなりとんでもないこと言い出して!」
「すんませんねライダーくん。うちのご主人様、君のマスターが好きらしいんだ」
克親本人が寝ているからと言ってそれ言ってよかったのか、という疑問が浮かんだが無論いい訳がない。
さっきよりも苛烈になった彼女によるセイバーへの投げつけ行為・・・・・・だが標的にはちっとも当たっていない。もれなく流れ弾が数発俺に直撃している。
人間がサーヴァントに傷をつけるには相応の技術や魔術がいるため、当たりはしてもそこまで痛いわけじゃないが・・・・・・克親にこれがヒットすればそれなりの怪我になるので庇うのに必死をこかねばならぬ。
「刃物はさすがに克親が危ないっす!!ってうぎゃああああ!!」
ハサミまで空を飛んで壁にぶっささった。
よく見たら壁には何個も同じような跡が残っていて、過去何度もこんな行為を繰り返したであろうことが容易に想像できる。
「はー、はぁ・・・・・・ごめんなさい、取り乱しちゃって」
「・・・・・・怖かったぁ」
いくら攻撃を食らおうと怪我にならないとはいえ無差別爆撃は恐ろしい。
「すまんな。ついからかっちまった」
「すまんなじゃないですよもう!」
むくれ顔の来栖が立ち上がったと思うと、クローゼットの中から一本の棒みたいなものを取り出す。
真ん中に巻かれていたバンドを取り広げたかそれは大人の男1人を包み込めるようなブランケットへと早変わり。
その上にベッド上でなんとか投擲の餌食になっていなかったクッションを置いた。
「・・・・・・こ、こんなところで申し訳ないんですけど。平尾さんはそこに」
「わざわざすんません。気ぃ遣ってもらって」
克親の体をそこへ寝転がし、クッションを頭の下にねじ込む。
これで目を覚ましても体の節々が痛い・・・・・・ということはある程度防げるはずだ。
「ま、落ち着いたところで・・・・・・少し大事な話がある。マスターの方から言うか?」
部屋の中にある小さいテーブルを囲むようにして克親を除く3人が座る。
同盟関係でも結びたいのだろうが、あいにくと俺に決める権限はない。あくまでも決定するのはマスターである克親だ。いくら友達と呼ばれてもそれは変わりない。
「そう、しますね。あの、ライダーさん」
意を決して俺の顔を見つめ、話し始める来栖。
「私・・・・・・魔術師じゃ、ないんです」
「え?」
まさかの重大発表に思考回路が一時的な凍結処理をされた。
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55話 Interlude:モノローグ全部見えたら地獄だなこれ
「魔術師じゃないって・・・・・・じゃあ、どうして聖杯戦争に?」
一般人なら戦争の存在すら知らないはずだし、もし知っていたとしても参加するってのはわざわざ死ににいくような沙汰だ・・・・・・俺は彼女がそんな常軌を逸した人間とは思えない。
「信じてもらえるかわからないんですけど・・・・・・巻き込まれたんです、いろいろあって。12日くらい前の夜遅くにマリンタワーへ行ってたんですけど、そこである魔術師さんぽい人が何かしてるのを見て・・・・・・それだけだったら良かったんですけど」
彼女が言うに、召喚の場面を見たということで殺されかけたのだが半ば事故に近い形で逆に殺してしまったそうな。
そんでもって呼ばれた直後にマスターを失ったセイバーは単独行動スキルを保有していないためなし崩し的にその場で再契約、そのまま今日まで偵察と軽い交戦をしては撤退というのを繰り返していたらしい。
「ほんとはこんな戦い嫌だし逃げたいと思うんですけど・・・・・・このマスターの権利ってのを放棄したところで殺される可能性は消えないってセイバーさんから聞いて、ずっと」
「・・・・・・そういうことっすか」
一般人が意図せずして巻き込まれるというパターンはちょくちょくあるというのは知っている。
そしてかなりの確率で犠牲になっていることも。
「俺は棄権を一応薦めたんだがね。やっぱどっちにしろ狙われるんだったら守ってくれる人がいてほしいんだとよ」
そうは言っても彼女はまともな魔術回路すらない完全な一般人。
消滅しないようギリギリの出力でセイバーを現界させ続け、食事や睡眠などで時間を稼ぎなんとかつないでいたそうだ。
しかしそれにも限界はある。あと一日二日も経てば、実体化ができなくなるレベルまで消費してしまう域に来ているらしい・・・・・・
「というわけで、セイバーさんが集めてきてくれた情報を元に・・・・・・私と面識があって、協力してくれそうな人へ」
そのために何度も俺たちと接触していたそうだ。これなら辻褄も合うし納得ができる。
俺としても最優と名高いセイバーと協力できるのならば喜んでしたいところであるが、マスターである克親の意向がどうなることか。
嫌だと言われたならばやはり戦闘になるのだろうか。もしくは、仕方ないと諦めてくれるか。
どっちにしろ後味のいい話ではあるまい。
「俺は協力したいっすけど、克親がどう言うか・・・・・・いや、賛成してくれるとは思うんすけどね?」
確証がとれない以上明言は出来ないので、なんだかぼやけた表現で伝えてしまう。
正直なところを言うと、セイバーという戦力がなければこちらにとって彼女は足手まといに過ぎなくなる。それを防ぐため解決せねばならないという彼らの魔力不足問題なぞどうすりゃいいのだ。
奇跡的ながら来栖に魔術回路があったとしても、今から開くなんてのは難しいにもほどがある。
開けたとしても十全に稼働させられるまで時間がかかるだろうし、その間にセイバーは消えてしまう可能性が高い。
「俺、へなちょこサーヴァントなんで・・・・・・今までなんとか克親を守れてきてはいるんすけど、正直勝てるような力は持ち合わせてないんすよ」
限界を一時的に破壊するエクシード状態、そしてデルニの存在。そういったものがあるとはいえ、戦力的には随分と不安が残る。
ギルガメッシュにはいいようにやられたし、バーサーカーも俺単体では対処のしようがなかった。
そんな自分にいざという時二人以上の人間を守れるのか?アサシンやアヴェンジャーなどに奇襲を食らってもいけるのか?
答えはほぼノー。例え一騎打ちであったとしても、俺は二人を庇いきれる自信がない。
「そうかぁ?お前さんの能力は結構高いとオジサンは思うんだけどなぁ。擬似的な投影魔術?いやあの場合は降霊か・・・・・・そんなことまで出来てるんだし」
「・・・・・・どこまで、見たんすか」
いくら俺がマイナーな五流英霊だからって、宝具まで見られたら真名がバレている可能性だってある。
少し癪ではあるが俺のことをロジェロやローランと誤認していてほしい。
「さあ、どうだろうねえライダーくん。もしかしたら宝具まで見て真名までわかってるかもしれないし、ただの斬り合いくらいしか見ていないかもしれない」
はぐらかされてしまった。
別に見ていないけども一応ブラフを張ったという形にもとれるが、最悪の事態を想定するとなると向こうは俺の真名を知っているという話になる。
同盟を断れば、他の陣営にその情報を売り渡して同盟を結びにいくだろう・・・・・・その相手がギルガメッシュのような、すでに俺の宝具を把握済みの奴とは決して限らない。
ライダークラスの特性もあいまって、俺は宝具を使わねばとにもかくにも相手に勝てない・・・・・・その切り札をバラされたらやはり辛いのではないか?俺は訝しんだ。
「オジサン、今はこんなんだけど・・・・・・やろうと思えば一応やれるんですよ~?」
その気になればいつでも俺を殺せる、という宣言だろうか。
やばい罠にはまってしまったような気がする・・・・・・これは断れば最後、生きて家に帰れなくなってしまいかねない。
「ちょ、ちょっとすごい汗かいてるじゃないですか!暖房切りますね!?」
「あ、いや大丈夫っす」
冷や汗なんで、とまでは言えない。
それにしてもきつい状況だ・・・・・・克親が起きない限りは決定もできない。不興を買えば、俺を殺して克親に脅迫をかけ、魔力炉の代わりにしてしまうかもしれない。そんな技術を持ち合わせているのかという点については少々無理があるのだが、可能性としては無きにしもあらず。どうすりゃいいんだ助けてマスター頭が沸騰して蒸発しそう。
「こっちとしてはライダーくんとこと協力したいんだがねえ。バーサーカーはいつ内ゲバに発展するかわかったもんじゃあないし、アヴェンジャーも方針が合わん。アーチャーはそもそも協力すら必要としてなさそう、んでアサシンは今まで気配すら感知できなかった。前にランサーが倒されて以来、小競り合いはあれど事態は膠着し始めている。このまま放っておいてもいいこたないだろうよ」
「・・・・・・だからここで手を組み、一気に攻勢へ出るっつうことっすか?」
「そういうこと。何日か前に言ってた仮の不可侵条約を更新したい。理想の展開は他の勢力を全部墜として、最後の最後にオジサンとライダーくんでマスター殺し禁止の一騎打ちって感じかね?今の状況そのままで1対1の戦いとなると、さすがにこっちの分が悪いが」
へへへ、と臆面もなくセイバーが笑いながら言った。
緊張などという感覚は彼にないのだろうか、とすら思えるほど堂々とした振る舞いに戦慄を覚える。
「わ、わわ私死ぬのが嫌ってだけなんで・・・・・・あの、えっと・・・・・・」
「つまるところ、うちのマスターが聖杯にかける願いはない。そういうわけで、お前さんとオジサン・・・・・・願いを叶えられるサーヴァント一騎の枠を取り合うってことになる。まー捕らぬ狸の皮算用ってやつだがな」
いくらマスターが一般人で弱体化しているとはいえ、セイバーの脅威度は高い。
そのセイバーとの戦いを最後の方まで先延ばしにできる上、マスターの命は守れるという・・・・・・俺にとってはこの上なく嬉しい話だ。
・・・・・・だが、克親は前に言っていた。
何でも願いを叶える力を、俺に全部譲りたいと。
最善がなにになるか、全然わからなくなってきた。
評価つけてくれるとウレシイ・・・ウレシイ・・・(露骨な態度)
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56話 五日目:限定契約
単位取らないといけないので・・・()
なにか、とんでもなく嫌な夢を見た気がする。
マンドリカルドの首を締めて、殺そうとしていた夢。
「・・・・・・ん、あ・・・・・・?」
目を開くと、見たこともない家の天井が視界を覆い尽くしていた。
ほんのり桜色をたたえたそこの中心には大きな円盤状の電灯がひとつ。電気はついておらず、まだあたりが明るいということを示している。
「大丈夫っすか、マスター?」
「あ、うん。あんま調子いいわけじゃないが・・・・・・一応は」
頭をぼりぼりと掻きながら起き上がる。
・・・・・・ここはどこだ。大学生くらいの女の子が住んでそうな部屋だが・・・・・・もしかして俺たち捕まった?
「セラヴィ、ここ・・・・・・どこだ?」
「説明しなきゃいけないっすよね。ここは・・・・・・セイバーのマスターの家っす」
マンドリカルドが指し示した先にいたのはひとりの女性。ものすごく見覚えがあるのは気のせいでしょうか、いやそんなはずはない、俺の目は確かだ。
「・・・・・・人事の、来栖さん?」
「は、はひ!?そ、そそそそうです来栖です!」
あの長くて綺麗な黒髪と、華奢な身体。そんでもって慌ただしい振る舞い・・・・・・間違いない、俺の勤めている会社にいる来栖榛奈さんだ。
彼女の家は魔術と全く関係ないはずであったが・・・・・・なぜ聖杯戦争に参加しているのだろうか。
まさかどこぞの家にかけあって魔術回路を持つ子を作ったわけでもあるまい。そんなことをすれば大概俺の方まで情報が飛んでくるはずだ。
「あなた、魔術師じゃない・・・・・・ですよね?」
「は、はい・・・・・・私は、そういうの全然知らないんです」
やっぱり。
となると可能性はほぼ一つに絞られる・・・・・・何らかの事情により、巻き込まれた一般人というわけだ。
マスターであった誰かに権利を譲渡されたか、強奪したか、あと誤って召喚の手続きを完成させてしまったか。彼女は魔術師でもないので譲渡はほぼあり得ない。となると強奪か事故。
「どういった経緯でセイバーを?」
「まーそこらへんはオジサンが説明しますかねえ」
話に割って入ったセイバー。来栖に任せていれば時間がかかると判断したのだろう、こちらとしても手短に済ませられるのはありがたい。
彼が言うに、今回彼女が聖杯戦争に参加している理由はある種のマスター権強奪を行ったせいらしい。
召喚を見てしまい、その直後に神秘の秘匿云々を危惧した魔術師が殺しにきて、事故により死亡。
セイバーはその場に他の魔術師がおらず、再契約するまでに探し当てられる目がなかったため来栖と仕方なしに再契約したそうな。
後になって、マスターになるということは命を狙われると同義であったのを思い出し棄権を勧めるが拒否、魔術回路もないマスターのもとで毎日消えないよう節約して生き延びていたようだ。
その割には随分と動きが活発だったような気もするが。
「・・・・・・で、魔力のためにこちらと協力関係を結びたいと。人を殺して供給するのは嫌なんだな」
「そ、そうです・・・・・・戦争と関係ない人をエネルギーの為だけに殺めるのは・・・・・・」
俺もそれには完全に同意だ。まあ魔術師でない人間からしたらその考えは普通なのだが。
セイバーの現界維持ができるだけでよいと向こうは言うけども、それだけだといざという時魔力放出によるブーストがきかず戦闘では不利になりがち。彼の技術力というものは断片を見ただけでもひしひしと感じるが、それだけではうまくいかないのがこの戦争・・・・・・
「魔力供給のパスだけを繋げて、マスター権だけを来栖さんに残す。というのも可能っちゃ可能だが・・・・・・セラヴィはそれでもいいか?」
「構わないっすよ。克親の意志に従うつもりっす」
異存はないようなので、その方向で話を進めよう。
供給のパスと令呪による束縛のパスを分割して二人が管理する場合、供給される魔力に対しての知覚が難しくなる。
俺が生きているか死んでいるかくらいはわかっても、どこらへんから流れ込んでくるかは完全にわからない。
流れを感じ取らないといけないというサーヴァントもいたりするそうだが、セイバーはそういうわけでもないようなので問題なし。
「供給のパスを繋ぐ以上生殺与奪権はこっちにあるようなものだが・・・・・・構わないな?」
「わかりました・・・・・・それで、大丈夫です」
「オジサンは令呪を持ってるほうのマスターが死ななきゃなんでもいいや。というわけでよろしくお願いできるかな?」
相手方の了承も得たところでパスを繋ぎ変える術式を作り出す。
そもそも来栖とセイバーの間に魔力供給のパスは通っていないも同然なので、接続自体は結構楽だ。
「サブ回路の一つを使う。ここに手を」
本数が25本なので最大出力は並の魔術師程度に過ぎないが、メイン回路で起こした魔力により強化をかけることで瞬間的には50本相当の力を出すこともできる。
なおそれを使うと一週間は足が筋肉痛的なやつを起こして地獄を見るので使いたくはない。
セイバーが俺の太ももに手を置いた。
「・・・・・・
それを確認してから回路を起動し、静かに魔力を生み出していく。
彼の腕に俺の手を添えて力を注ぎ込み、解析魔術のような指向性を持たない純粋な力として浸透させてやる。
「
基本の魔術であるが故に応用も聞かせやすいこの強化。
魔術師の間ではこいつを極めようとする奴は馬鹿か無能かイかれた天才みたいな認識がある・・・・・・まあ、事実俺は馬鹿なのだが。
馬鹿なりに考えを巡らし、覚えている訳もないパスの繋ぎ直し術をその場で構築する。
「
本来は体液を通すことでより簡単に繋げる、という話があるけれども生憎俺は自分をオジサンと称するのが苦痛じゃない年齢の男と絡む勇気がない。
というわけでわざわざめんどくさい手順を踏んでやっているのだ。
「
「・・・・・・ああ」
彼が頷いたので、俺は最後の仕上げを始める。
接続した部分に防護膜をかけるのだ・・・・・・例えるならば、繋いだ二本の銅線に絶縁テープを巻いてやる感じか。
「よし、いけた・・・・・・セラヴィ、そっちはなにもないか?」
「何の支障もないっす」
珍しくサムズアップまでして無事を示すマンドリカルドに少し和ませられながら、俺はセイバーの方を見る。
魔力不足でのしんどさはかなり軽減されたらしく、今まで顔に少なからずあった疲労感が薄くだが消えていた。
「異常は?」
「全くなし・・・・・・それにしても、こりゃ生き返るねえ。これでサブ回路だって言うんだろ、すごいじゃないか。オジサンもびっくり。なんっつってな」
着崩した服の襟を指先で直しつつ、セイバーは呑気そうに笑って見せた。
兎にも角にも、これでセイバー陣営は俺の仲間になった。一応裏切りを阻止するための手綱はあるし、警戒も完全に解くわけじゃあないが緩和してよいだろう。
「・・・・・・ありがとうございます、平尾さん」
「どういたしまして。んで、まだ話すことはいっぱいあるんだが・・・・・・一気に進めるか」
せっかくなので情報を纏めておきたい。
基本偵察に徹していた向こうとその都度戦い得たものから推測するのみだったこっち・・・・・・量の差は大きいだろうが、少しでも有益な情報をあげられればいい。
今回の魔力供給だけ違う人からってのは四次ランサーみたいなやつです。
つなぎ方は平尾式(オリジナル)っていう・・・・・・
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57話 五日目:違うそうじゃない
ぴえん()
「まずこちらから持っている情報を出させてもらおう。消滅したランサーも含めて3騎の真名がわかっている・・・・・・はじめに、ランサーはシャルルマーニュ伝説でも有名な女騎士ブラダマンテ」
マンドリカルドの仇敵でもあるロジェロの恋人であり、はいて捨てるほどにいた求婚相手を武力で一掃するほどの武力を持つ騎士である。
ロジェロのことになると途端にポンコツ化するようだがそれ以外では騎士道に忠実な性格。
装備として特徴的だったのはあの大盾だ。マンドリカルド曰わく魔術師アトラントのものであり幻覚を見せる能力があるようだが、俺はその力が行使されている場面を見ていないのでわからない。
「ほう。あの嬢ちゃんそんなヤツだったのかい。どうりでオジサンの名前を察した瞬間ああも──────」
「・・・・・・なにか彼女と関係が?」
「あると言っちゃああるし、ないと言っちゃあない。そんなとこかね」
どこからか取り出してきた電子煙草をふかし、適当なことを言った風にセイバーが笑った。
シャルルマーニュ伝説の関係者だということをほのめかされたのだが、真偽のほどは不明である。
「・・・・・・まあいい。アーチャーが最古の叙事詩における主人公にして英雄の王、ギルガメッシュ」
「それって、古代メソポタミアにあった都市の王様じゃ」
恐る恐る聞いてきた来栖。俺はそうだと頷いて返答した。
正直言って叙事詩に関しちゃほぼ知らないのだが、一応名前などは聞いたことがある。深淵を覗き見たひとなどと表現されることがあるようなので、生前からとんでもない奴だったのは間違いない。
「あの英雄王を自称するギルガメッシュ・・・・・・おそらくアーチャーっすけど、神と人の中間って存在なんすよね。無限に武器と金の鎖を射出してきて、拘束されたら最後・・・・・・死ぬ二歩手前まで嬲られるっす」
トラウマになっていてもおかしくはないほどの苦痛をギルガメッシュから受けたというのに、あくまでマンドリカルドは苦虫を噛み潰したような顔をして私情を挟まず淡々と事実だけを述べる。
あれで宝具の真名解放を行っていないし、ギルガメッシュのことだ・・・・・・より神に近い、言うなれば権能と等しいような宝具を持っていてもおかしくはない。
そして主となる戦闘スタイルも、他の英雄が使っていたものをどこかから取り出し撃ち出してくるタイプ・・・・・・まるで意味がわからん。
射出ということもあって近接し戦う必要がないし、いざという時は壊れた幻想による爆破も可能だと思われる。よって彼は相当な脅威だ。
「・・・・・・あいつは、どっか俺らを見くびっているとこがあるんすよ。まぁーそうなっても仕方ないくらいの差が俺とあいつにはある訳っすけど・・・・・・その慢心につけこむぐらいしか倒す糸口はないっすね」
確かにそうだ。
奴には自分より強い奴などどこにもいないと確信しているように見受けられた。
その油断を狙うしか手はない。本気を出されたらこの舞綱市丸ごと巻き込んで消されるかもしれないのだ。
「俺もアーチャーの戦闘は見た。アヴェンジャーとの戦いだったと思うが、ありゃ数の暴力そのものって感じだったな。最後の最後に『今日はこの辺にしておいてやる』とか言って攻撃を取りやめたがな。アヴェンジャーがマスターによって連れ帰られたあと、彼はそれとなーく武器を回収している・・・・・・つまり」
「たくさん出てくる武器は、とても多いけど決して無限ではないってこと・・・・・・です、よね?セイバーさん」
来栖の出した結論にセイバーは首をゆっくり縦に振る。
無限でないのなら出させきれば勝機はある、と一瞬考えついたがそれはすぐ別の考えによって否定された。
「だが、奴はゲイ・ボルクなど他の英雄の宝具に相当するものを撃ち出してくる・・・・・・ならば英霊の数だけ・・・・・・ひとりで複数の宝具を持つ英霊もいるだろうからそれも込みでいくと、もはや出せるものは無限じゃないのか?その上、いくらでも出てくる金色の鎖だってある」
英雄の数だけ宝具はある。もしかしたら本人にしか適用されない概念的な物などは使えないかもしれないがあったとしてもそれはごく少数に過ぎないはず。
クー・フーリンというギルガメッシュにとっては後世の人間に該当する者の所持品も使えるとなると、人類が歴史を紡ぐだけ英雄は生まれるはずだからこれからも増えていく可能性が高い。
「まあそうだわな。一応数に限りはあれど、全部解放すればこの星が半壊するような沙汰になるだろうさ。下手すりゃ世界そのものが崩壊するかもしれん・・・・・・そこまでやられちゃいくらオジサンやライダーくんみたいなサーヴァントと言えど生き残れるはずもない・・・・・・まあこの星は全部俺のものみたいな思考だと思われる以上そこまではいかんだろうが」
セイバーは自分の持ち物を破壊するのは気が進まないはずということが言いたいのだろう。
あくまでも敵対者をいたぶりつつ殲滅するのが目的であるのなら、よほどのことでもないかぎり本気を出すことはない。
「倒すとしたら、きっ奇襲みたいなのがいいんですよね?」
「・・・・・・そうだな。やるとしたらそれくらいだろうなぁ。正面から立ち向かってもそう勝ち目はないだろ、あんな反則サーヴァント」
「失敗したら最後だけどな、セイバー」
どれだけ奇襲戦法が通用するかは未知数だが、もしもギルガメッシュが脅威と感じられるレベルではあったが回避されたとすれば・・・・・・向こうも流石にこちらを見くびる事を止めるだろう。そうなれば即座に抹殺されること間違いなし、避けられないゲームオーバーだ。
「今まで一切尻尾が掴めないほど隠密の能力に長けているアサシンなら、いけるかもしれないっすね」
「・・・・・・ああ、ここまで見つけられないとなるとマスターの補助があるとしても気配遮断BからAクラスだろうな。ギルガメッシュの能力にもよるが、気づかれることなく背後まで寄れる可能性は高い」
この場にいないしそもそも敵勢力であろうアサシンに頼るなんて無理な話だとは思いつつ、俺は考えだけを提示した。
セイバーもその理論自体には理解を示しているようだが、決して賛成ではないだろう。何しろ見込みも確証もなさすぎる。
「確かに、アーチャー包囲網ができりゃオジサンも成功率が比較的高い作戦の立てようがあるんだがな。そうそう組めるようなモンじゃあない。それにあまり大きい同盟を組めば監督役だって黙っちゃいないだろう」
確かに監督役としては、現在たった6騎しかいないサーヴァントのうちほぼ半数以上が固まるなんてのは避けておきたいはずだ。
それに加えて唐川のようなクソ神父のことだ。自分の見てみたい光景のためなら大抵のことはやる。
うまいこと興味をこちらの勝利へ引っ張っていければ恐怖も無いのだが、奴の心理を操ることなんて肘に顎をつけるくらい難しい。
難航する会議、俺は気の抜けた声を上げて後ろに倒れ込んだ。いくら七代目と言えど魔術師は魔術師。サーヴァントに傷をつけるなんてのは自爆覚悟の特攻ぐらいでしか無理だと思い知った。
だから俺の出来ることはマンドリカルドとセイバーのサポート。汎用性は高めな強化であるが、一回につき付与できる効果は3つが上限である。
「ごめんなさい、私が魔術を使えたら・・・・・・少しは役に立てたのに」
「いや、いいんだよ来栖さん。あなたは生きてくれるだけで役に立つ。セイバーを制御する令呪・・・・・・それさえあれば魔術が使えなくても彼を強化できるはずだ。俺なんかの強化よりずっと」
令呪がある以上彼女にも少なからず回路はあると見ていい。
まあ今から魔術師として養成するのは難しいだろうが・・・・・・令呪が使えるのはとても大きい。
「・・・・・・これのことですか?」
着ていたブラウスのボタンを幾つかぷちぷち外したかと思うと、来栖は大胆にそれを広げた。
同盟相手と言えど男に胸部を見せつけるのは如何なものか。反射的に顔を背けるしかなかったじゃないか。
「・・・・・・マスター、すごいところで大胆になるんだな。オジサンもこれにはびっくらこいたってやつだ」
「へ?あ、そっか・・・・・・う、うわああああごめんなさいいきなり痴女みたいなことしちゃいましたごめんなじゃあああい!!」
やる前に気づいてくれよ。
マンドリカルドが気を利かせて俺の両目を隠してくれたのでなにも見えていない、見えてないぞ俺は。
「そっちのマスターもうぶだねえ。そこまで顔真っ赤にするか?」
「・・・・・・ライダー、セイバーの口封じてきて」
「うっす、一撃で殺してやるっす」
俺の顔から手を離し立ち上がるマンドリカルド。その手には床に落ちていたクッション。それでしばき倒すくらいなら微笑ましい話なのだが、あいにく彼の特性として・・・・・・”手に持ったものは全部デュランダル”というものがある。
つまりだ。あのクッションも振るえば斬撃が飛び出るわけで・・・・・・
「口封じってそういう訳じゃねえからな!?やめろよライダー!?」
思わず柄にもない突っ込みを入れてしまった。ああ恥ずかし。
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58話 五日目:場を読めよと言わんばかりの
一応令呪は確認しておけ、と言うわけで渋々俺は顔の向きを戻す。
確かに彼女の胸部には赤い紋様がきっちり浮かんでいた。モルフォ蝶のような形をしていて、左右の羽と胴体で計三画きっちりとある。
「・・・・・・じゃ、俺のも見せとくか」
左手の甲にある目のような令呪を見せた。これまで何度もマンドリカルド相手に令呪使うからな使うからなとしておいて結局は一度も使っていない。
限られた魔力のリソースとして、出来ればギルガメッシュ戦までとっておきたいものだ。
「確認したところでだが、まだ出せる情報は残ってる。バーサーカー・・・・・・奴は、ボストーク1号に登場して宇宙に到達した最初の人間・・・・・・ソ連のユーリ・アレクセーエヴィチ・ガガーリンだ」
物理攻撃を一切行わず精神干渉ばかりしてきたのも、軍人としてではなく宇宙飛行士としての側面が強く出た結果だと考えれば納得できる。
労働者階級の英雄というガガーリン像がロシアだけでなく日本でも根付いているせいだろう、大佐にまでなったのに火器の類を全く見せてこなかったのは。
「ほー、そんな近代の奴が召喚されるなんてなかなか珍しいんじゃねえか?1960年とかそこらってぇと・・・・・・」
確かに100年も経っていない。
1869年までとされる幕末に生きた人間がサーヴァントとして召喚されたという例はあるらしいが、戦後の英雄ともなると初耳だ。
それほど人類史に強い跡を残した点でいえば座に登録されていてもおかしくはないのだが、どうしても珍しく感じてしまう。
「マスターの方がそれなりの干渉をしたってことも考えられるっすよね。触媒さえあればある程度呼べる英霊も絞れるし」
「そりゃそうだよな。ましてガガーリンなんて近代の英霊、宇宙服やらソ連邦英雄勲章やらの触媒を手に入れるのは苦じゃないだろうさ」
費用の観点を無視すれば、という話ではあるが。
シトコヴェツカヤ家は俺ん家と同じくらいの金持ちだったはずなのでそんくらい落札していてもおかしくはないと思う。
それにしてもロシアの英霊を呼ぶのであればもっと軍事寄りの人間がいたと思うのだが・・・・・・例えばヨシフ・スターリンとか、ゲオルギー・ジュコフとか。
「えっと・・・・・・触媒ってのを使ってわざわざ呼んだとすると・・・・・・なにか、意図があってのことなんでしょうか」
「意図・・・・・・ねえ。最初の宇宙飛行士・・・・・・でもシトコヴェツカヤ家の魔術は天体科と関係はなかったはず。時計塔でいう植物科のほうが近かった」
ちなみに俺は時計塔でいうところの全体基礎科、海の奴は鉱石科というところだろうか。
なお時計塔との関係は二人してほぼない。時たま俺がなぜか創造科のロードに絡まれるくらいである。
彼女はたしか民主主義派で、幾度か話を聞いてると俺のスカウトをしたいとかなんとかだったような・・・・・・正直言って俺は人の多いところにいるのが好きじゃない。魔術師でいる時は出来るだけひとりで自由に振る舞いたいのだ。
「もしかしたらの話だが・・・・・・あのマスターは宇宙に干渉できるかどうか賭けたんじゃねえか?サーヴァントの宝具なら時計塔の天体科も真っ青な事案だって普通にやらかすかもしれないし。まぁオジサンの妄想だけどね」
「・・・・・・無きにしもあらずだな」
神霊に近い英霊ならば普通に空間を歪めることだってあるだろう。半神半人のギルガメッシュも異空間に格納している宝具たちを出しているのだし、インドあたりの英雄なんて国を焦土にするくらいは朝飯前で下手すりゃ時間の概念すら破壊しかねない。
完全な人であるバーサーカーにそんな芸当が出来るのかと言われりゃ難しいかもしれないが、可能性は0じゃない。
だがシトコヴェツカヤの令嬢がギャンブルに手を出すとは思えん・・・・・・なにか、確証があるのかもしれない。
「それなりにヤバいブツを隠し持ってるかもしれないな・・・・・・精神どころか霊基すらめちゃくちゃにされる攻撃も危険だから、出会ってもすぐ逃げたほうがいい・・・・・・来栖さんも気をつけて」
「あ、はい!きっききききき気をつけます!」
会社で見るときよりも慌てん坊ぶりが強調されている気がするのだが、これで大丈夫なのか少し不安だ。
「そんな緊張するなよマスター。平尾クンと今のあんたは対等な関係に近いんだから」
「どっどこがですかセイバーさん!私なんかなにもできないのに平尾さんと対等な関係なんて言えるわけないでしょ!」
むすくれ顔でセイバーの顔を睨む来栖。かわいいとかここで言ったらまたいろいろと拗れそうなので俺は口を噤むしかない。
何の気なしにマンドリカルドのほうへ視線を向けると、ほんの少しだけ安心したような・・・・・・柔らかめの表情を浮かべていた。
「どったの?」
「・・・・・・いや、なんか今までずっと殺伐としてばっかだったんで」
訪れたしばしの平和がそれほど嬉しいみたいだ。
へへ、と笑う彼の顔に手をやる。柔らかい頬をむにりと摘まんで見ればそれはそれは良い感触で。前よりいくらか柔らかくなってないか?
「やめてくれっす、やり返すっすよ」
「すまんすまん」
先ほどの来栖よろしく頬を膨らますマンドリカルド。そんなに膨れてしまっちゃ俺がまたアレするぞなんて言ったらすぐ空気を抜いた。こういうところだけ本当にわかりやすい奴だ。
そんなおふざけ行為をしているとどこかから視線を感じたので振り返ってみると4つの目がじーっと此方を観測していた。
「平尾さんって、そんな風に笑うんですね」
ああそうか。
会社ではずっと演技臭い笑い声ばっかあげてたし、そう言われるのも当然だ。
「・・・・・・素だとこんな感じなんですよ。見苦しいものをお見せしてしまった」
「いえ、そういう訳じゃないんです。ただ・・・・・・あの、ちょっと」
「かっこいいなと思った。だろ?」
なんという完璧な水差し、空気なんて読めるわけねえだろ文字書いてないしと言わんばかりの爆弾発言。
案の定来栖の顔は烈火のごとく真っ赤っか。セイバー頭切れるくせにわざとやってるだろこいつ。
「・・・・・・ライダー、一回セイバーにビンタしてやってくれ」
「私からもお願いします、ひっぱたいてください」
「・・・・・・ま、マスターに言われちゃぁ・・・・・・しょうがない、っすよね?」
手を2回程振って、ふぅと大きく深呼吸。
「若人のビンタとかオジサン首もげちゃうから堪忍・・・・・・というわけには?」
「残念ながらいかないっすよ」
直後、乾いた音が上がったのは言うまでもない。
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59話 五日目:厄介すぎるサーヴァント性別問題
「あいててて、今のはけっこーきいたぞー?」
「申し訳ないっす、加減きかなかったっす」
マスター二人により宣告されたビンタの刑を執行し終え、マンドリカルドは右手を振りながら悪びれる様子もなく言ってのけた。彼は時折強かになる。
「まあ聖裁も終わったところで・・・・・・だが」
「・・・・・・アヴェンジャーのこと、ですよね?」
来栖は俺の求めていた言葉を発して、テーブルの上に一冊のノートを置く。
まだまだ新しいものと見受けられるが、一頁目だけが異様によれていた。
何か書いていてジュースでもこぼしたのだろうか。
「アーチャーと戦ってるところを隠れて見て・・・・・・出来るだけスケッチしてきたんです。動きが速かったせいで所々曖昧なんですが・・・・・・」
来栖が表紙を開くと、そこにはひとりの女の子が描いてあった。
ミニスカートのような丈まで短くなった着物を着ていて、色は黒地で袖だけ白。襟の近くに丸っこい家紋が描いてあるようだがそこはよく見えなかったのかぼかされている。
赤い花模様入りの下履きが結構印象的だ・・・・・・あと刀は2本程携えており、これが宝具であると見受けられた。
ノート曰わく身長は150~160cmと現代女性の平均レベル。髪は銀髪であったそうだ。
「女性剣士なので全然真名ってものの判別はつかなくって・・・・・・」
「あとの手がかりは『極楽の・・・・・・』って言葉だな」
辞世の句かなにかの一部だろうか。たった五文字だけじゃあ絞れても断定はできなさそうだ。
「辞世の句っぽいやつはいったん置いとこう。まずアヴェンジャーが女性ということから絞りこんで行きたい」
歴史の中でも名を残した女武芸者はそう多くない。時代などのヒントが手に入れば一気に特定へと近づくはずだ。
「有名どころといえば巴御前とか佐々木累か?」
「あと別式女や中沢琴ってのもいたはずっすよ・・・・・・座でなんとなく覚えただけなんで、あんまどんな人なのかは知らないっすけど」
今のところ上がった候補は四人。巴御前ならば騎馬を乗りこなし戦ったという逸話から馬を連れていそうなものだが、正直サーヴァントにはその理論が適用されるときとされないときがある。詰まるところわからん。
「・・・・・・つか、サーヴァントって生前の性別と違うほうで召喚される例があったような」
ここにきて重大事項を思い出してしまった。とある場所で起こった聖杯戦争では男として逸話が伝えられてきた英雄が女の姿で召喚されたという記録があったのだ。例のロードからマスターになることを押し付けられた時に色々資料を漁っていて、見た覚えがある。
「あーそれねぇ。ちょくちょくあるみたいよ。女だった説を持つ英霊はともかくとしてそういう噂なんて影も形もないようなやつまで、時折違う姿で出てくるってな」
例えば井伊直虎や上杉謙信といったところが女性説ありの英雄だろう。
だが、噂がないものまで出てくるとは・・・・・・?
「そうなると性別なんて何の根拠にもならねえじゃねえか」
「ははは、まあそういうこったな。ほかの観点から特定するしかない」
呑気そうに笑うセイバーだが、現状は全く笑えそうにない。
日本の英雄であり、剣士である。それだけでも大きい収穫といえば収穫なのだが、男女で絞ることが不可能となればあまりにも該当者が多すぎる。
現代周辺は除くとしても、平安時代から江戸時代まではしめて1074年。その間に剣で名を残した人間なんていくらいるというのだ。
せめて地域ぐらいは特定できればよかったのだが。
「申し訳ないがこれ以上は提示できる情報がないね」
「・・・・・・また調査だな。幸い俺の家から歩きで15分くらいのところだ、ちょくちょく作戦会議とか・・・・・・できますか、来栖さん?」
「は、はひ!大丈夫です!私しばらくお休み取らせていただいたんで!」
なぜか敬礼をして元気よく返事をしてくる来栖。まあこちらの望む返事がきたので満足だ。
俺はマンドリカルドに帰るぞと言って立ち上がり、座りっぱなしで疲れた腰を伸ばすように一度反った。
「んじゃ、また」
「・・・・・・お邪魔しましたっす」
「じゃーなー」
気の抜けたセイバーの声にずっこけそうになったが、踏みとどまって家の玄関から出る。
靴を履いて外に踏み出した瞬間連絡先交換しとけばよかったという後悔が脳裏に浮かんだが、今更戻って電話番号を聞き出すわけにもいくまい。また今度機会があれば、ということにしておこう。
「セラヴィ、今度こそ帰るか」
「結構な回り道になったっすね」
確かに、と俺は呟き笑う。
思えば海の家から俺の家までという短い往来だったはずなのに、一回明海に行ってから来栖の家に来るとかいう超遠回りになっていたのだから。
「今日は苦労かけたな。こんなクソ重たい俺の体抱えて走らせたり戦わせたりして」
「いやいや、こんなの苦労のうちに入りませんって。克親の身に何も起こらなくてよかったっつうか、なんつうか・・・・・・」
語彙のなかから言いたいことを捜索していたマンドリカルドの思考を一瞬だけ停止させるように、俺はずいとにじりよる。
紡ごうとした言葉は頭からすっぽり抜けてしまったので、無心でただ抱きしめた。
「・・・・・・克親」
マンドリカルドのあげた驚きの声は、少しばかり嬉しさも孕んでいるように聞こえた。
「あーなんだかんだで久しぶりじゃねえか俺ん家・・・・・・ちょっと待ってろ」
そうして帰宅してきた俺たちだが、家の中でだらりんちょする前にやることがある。
倉庫に入れていたほぼ新品の斧を出してきて、家の裏にある森の中に入る。そろそろ間伐しないと日当たりも悪くなってきそうだったので、ご神木だとかを除いて太い木を幾つか切り倒しておこう。
「
斧と俺の腕を強化して、ドカンと木をなぎ倒す。
「克親そういうの俺がやるっすから!」
「今くらい休んどきな!3本くらい切ったら終わるから!」
俺の腰よりも太い木を5発程の斧連打で切り倒し、持ちやすい長さで切ってどかどかとマンドリカルドの前に持って行く。
彼の持っていた剣の長さを考慮した上での切断なので、このまま削るだけでOkだ。
「これくらいありゃ十分か?」
「もう十分というか百分です!」
戦慄を顔に浮かべつつマンドリカルドが叫んだので俺は斧にかけた魔術を解除し、倉庫に戻す。
できた丸太を抱え、庭の方まで運び込んで置いた。こうみるとかなりの体積である。
「取りあえず鋭意制作ってところだな。さすがにこれだけの量ひとりで作らせるのもアレだし俺も手伝うわ」
「いや俺がやるっすから!」
「いや俺が」
これ以上はどこぞのトリオ的なネタに発展しかねないなとか思いながらマンドリカルドの言い分を押し切って製作に入る。
俺は絵よりも立体造形の方がどちらかと得意なのだから心配しなくて大丈夫だっつの。
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60話 五日目:起源
というわけで俺の寝室に木を運び込み、小刀片手にとにかくがしゅがしゅと削り出し作業中。
マンドリカルドの持っていた剣の形を思い起こしつつ丁寧に形を整えていく・・・・・・のだが、謎のイメージが邪魔して時折失敗しそうになる。
たぶん、四日前ほどにも顕れた謎の剣・・・・・・あれが、未だに俺の脳から離れていないのだろう。
考え出したらよりイメージが色濃くなって、それのことしか考えられなくなってしまう。ああ今手を止める訳にはいかないのに、どうして邪魔をするんだか。
「・・・・・・はぁ」
「どうしたんすか」
いっそマンドリカルドに相談でもしてみようか。解決できるかは不明だが、そこらへんの人間より信用もできるし魔術の知識はある。
心に決めた俺は一度回路を起こして、一度投影もどきを行う。
黄金の刀身を持つ剣が空中でぽんと生まれ、ベッドの上に落ちた。
「・・・・・・え?」
「なんかさ、俺の中で・・・・・・ずっとこんな剣のイメージが渦巻いてんだよな。なんかこれ見て思うことないか、マンドリカルド」
形成された剣を試しに振って木にぶつけてみる。
この間よりもイメージが固まってきたのか、丸太には浅い傷がついた・・・・・・刃ができているらしい。
「・・・・・・そ、それ・・・・・・デュランダルじゃないっすか」
「は?」
これがデュランダル?
マンドリカルドがその半生を懸けて求めたあの剣が、これ?
彼と契約したことで俺の中にあったイメージが変化したわけでもない(前々からこんな形だった)のだが、どういう理屈なのだ。
「見間違えるはずもないっすよ。この剣は・・・・・・俺が夢見た、デュランダルっす」
なんでそんなものをと聞くことはなく、マンドリカルドは木を削っていた手を止めて呟いた。顔には驚愕一色である。
これが本当のことならば、マンドリカルドに使わせることでなんらかの変化があるかもしれない。もしかしたら全くと言っていいほど情報のない、”空白の第二宝具”についても・・・・・・
そう考えた俺は彼にその剣を渡してやった。
「っぐぁう!?」
ばちん、と電気回路がショートしたときのような音が鳴る。
マンドリカルドは手から剣を落とし、痙攣する右腕を掴んでその場に倒れ込んだ。
「ど、どうした!?」
「誓約に引っかかったっぽいっす・・・・・・デュランダルの贋作的な判定だったらしくて、最大のペナルティは食らってないっすけど・・・・・・腕が痺れ・・・・・・いででででで!」
よほどきついショックを食らったのか、腕を押さえてのたうち回るマンドリカルド。
誓約破りの罰に関しては余計な干渉をすると悪化しかねないので、俺は取りあえず痺れによって軽く暴れる彼を抑え込みベッドに寝かせた。正座で足をやってしまったときと同じような例なのかはわからないが、こういうときは不用意に動かないことが大事だ。いや俺が偉そうに言う権利は全くないけれども。
「・・・・・・なんか、すまん」
「い、いや・・・・・・見た目がデュランダルだったらいけるっしょって思っちまった俺のミスっす。克親は悪くないっす」
あくまで本物でないといけないってことがわかったし収穫っすね、と右腕を震わせながら笑う彼。絶対強がってるだろと言ってみてもその表情は崩されず。
「・・・・・・贋作、ねえ」
放り出された剣を手に取ると、一瞬のうちに溶けてただの魔力に戻ってしまった。
それと同時にマンドリカルドを襲っていたペナルティも効果時間が切れたのか、右腕の震えは収まり、マットレスの上にぼふんと音を立てて落ちた。
虚空を見据えるマンドリカルドの目には、少しだけ悔しさが宿っているように見える。
「もしかしたら、もしかしたらだが・・・・・・俺とお前は、出逢うべくして出逢ったのかもな」
「・・・・・・俺も、そう思ってたところっすよ」
俺とマンドリカルドの間にある確かな繋がり。
あのとき触媒に用いたもの以外でデュランダルに関係する因子が、二人を引き合わせたのかもしれない。
ローランやロジェロ、シャルルマーニュが来なかったのもそのせいか。
「お前との繋がりが強くなったから、あの剣には刃がついたのかもしれない。この前よりも各段に剣としてのあり方が強くなってる」
「・・・・・・て、ことは」
二人の声が揃う。
『今よりもっと強固な関係を築き上げられたら、いつかはほぼ本物のデュランダルになるんじゃないか』と。
「つっても、どうすりゃ完成形になるかはわからねえよな」
「まあそりゃそうっすよね。一人の人間になるくらいまで近づかないと完成しないとかだったらどうしようもないっすもん」
そうなってしまえば聖杯戦争に勝てたとしても事後がめんどくさい。分離しなければいけないとしたらそれなりの負荷になるだろうし、そもそも実現できるかすらわからない与太話だ。
あの模倣剣で戦えれば便利だと思っていたのだが、誓約に引っかかって厄介なことになるしこの考えは封印だろう。
「自分の起源って、なんだかわかるっすか」
唐突に問われた、俺の起源。
俺には知る由もないことだ。魔術師として、起源を自覚してしまったらある意味終わりなのだから。
知ってしまったが最後、生き方も魔術もすべてそれに影響されて変化する。最初から知っていたのならそれを利用した術式を編むのも簡単だが、俺のような年齢になるときつい。
「なんだいきなり。そんなこと聞いたって俺は知らんぞ」
「そうっすか・・・・・・すまん、今のは忘れてくれ」
「なんだよ気になるじゃんか、言ってみろよ」
俺が要求するも、マンドリカルドの気は進まないらしい。
まあ下手したら俺の根幹すら揺らぐような事柄だ、是非もなしか。
「・・・・・・具現」
彼が呟いた熟語は、妙に俺の芯に馴染む。
その瞬間悟ってしまった。これが俺の起源なのだと。
どういう言葉を吐けばいいのかわからない。不用意に喋らせてしまった自分への怒りも、それで簡単に言ってしまったマンドリカルドへの怒りも湧かない。悲しみも嬉しさもない。
「そう、か」
「・・・・・・克親、言わない方がよかったっすか」
「いや、いいんだ。どうせ根源に到達することを目指すんだったら避けて通れん道だったろうさ・・・・・・」
それだけ言って、俺はふらつきながらも立ち上がる。
少し別のことを考えよう、記録もつけなければならないのだし。
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61話 Interlude:色恋沙汰はロクな話にならない(偏見)
やってしまった。
軽率に言うべきでないことだとは分かっていたのに、つい口から漏らしてしまった。
俺のせいで魔術師としての道が大いに乱れたのではないか、自由に出来ていたことが出来なくなるのではないか。
間欠泉のように不安が噴き上がる。
「・・・・・・莫迦だ」
いつまでたっても成長できない自分が嫌いになる。せっかくついてきた自信も、粉々の塵芥となって消えた。
額に手の甲を当て、女々しくもすすり泣く。
「俺は、人の心がわからない」
だから、いつだって誰かを傷つけて・・・・・・誰かを悲しませた。人を喜ばせた覚えなんて一つたりともなくて、王としても圧政ばかりしていた愚者そのものだ。
どうやっても振り払えない後悔が増幅し、息苦しさを増している。
何をやったって駄目だ、成功したってすぐそれ以上の失敗が待ってるだけだ。
彼を守ると俺は誓ったのに、ロクなこともできていない。
どうして俺は英霊になったのだろう、こんな苦痛を受けるのなら・・・・・・最初から名もなき王であればよかった。
もらった愛情に見合う働きなんざ何も見せられていない。
惨めだ、俺は憫然たる存在そのものだ。今にマスターも俺のことを嫌いになるだろう、こんな俺なんて誰も愛しちゃくれないんだ。
『またそれか』
ベッドサイドの鏡から、俺の声がした。
なんだなんだとベッドから起き上がりそれを手に取って見たら、そこには俺の姿勢と一致していない鏡像が映っている。
デルニはこんな出方も出来るのかとうっすら感心しつつ、鏡を置いた。
「・・・・・・何の用っすか」
『なに、また蟻地獄にはまりかけていたのを見かねてつい声をかけてしまっただけのことだ。お前は一回思いこむとそう簡単にはそれを否定できないきらいがある』
困った奴だと彼は煽るようにせせら笑い、お手上げのようなポーズを繰り出した。
お前も俺なんだったら同じようなこと経験しているだろと言っても我関せずの表情である。
『そんなに愛されるのが怖いか?』
「・・・・・・そういう訳じゃない」
いつか、その愛情が憎悪に変わる。俺はその瞬間が怖いだけなのだ。
自分の無力さに呆れ果て見限られるのが嫌で、人と接するのが怖い。
『自分の秘密まで見られといて今更それか。そろそろ諦めろよお前も・・・・・・マスターは本当にお前のことを愛しているんだぞ、そうでなきゃこんなもの贈ってくれたりはしない』
胸元で煌めくペンダントを摘まんで、彼はそう断言した。
・・・・・・わかっている、わかっているさ。これに、どれほどの思いが込められているかなんて。
どんな願いなのかはわからない、だけど・・・・・・
「・・・・・・でも、まだ」
『3歩進んで2歩退がるって言葉そのものだな。退くな、突き抜けろお前は』
意気地なしな俺の尻を蹴り飛ばすがごとく、奴はきっぱりと言い放つ。
こうも押されちゃ引くに引けないじゃないかと文句を言いつつ、俺は側頭部を軽く掻いた。
いつの間にか日は沈みかけ、夜の帳が降りようとしている。
綿の褥で寝るのは止めて、少しだけでも克親と対話するべきだろうか。
終わらない自己嫌悪の循環を抜け出さなければいけないのはわかっているが、その一歩が踏み出せない。
「無理だ、やっぱり俺には無理なんだ」
『甘ったれたこと言ってんじゃねえよ!!』
空気が震撼し、俺の鼓膜を乱打する。
さながらティンパニとオーケストラのための協奏曲ラストのごとく、鼓膜が破られそうになったと感じたくらいに。
呆然として鏡を見つめていると、唇を噛んで悔しそうにしている彼がいる。
『お前には使命があると言っただろ、一緒に生き延びなければならないと言っただろ。今日のことも忘れたのかこの鳥頭!鶏冠みたいな髪型とかなんだよかっこいいと思ってんのか!』
「髪型は関係ぬぇーだろうが!!」
あとお前も同じ格好だし完全なブーメランだろとどうでもいいことで言い合いになりかけたが、さすがにそれはデルニも許さんようで。
『・・・・・・とにかく、俺の言ったことを忘れるな。今どれだけ辛かろうと逃げるな、目を背けるな、前を向け。それが・・・・・・わたしたちの未練をすべて払拭することに繋がるんだ』
「未練をなくしたら・・・・・・もうこうしてサーヴァントとして召喚されなくなるだろ」
聖杯戦争は望みを叶えるために参加するもの。俺の求めたものが手に入ったら、召喚に応じる必要がなくなる。
それは俺の願ったことなのかもしれない。英霊として存在する事は、苦痛でしかないのだから。
『そうだ。それも、お前の望みだろ』
「・・・・・・でも、俺は」
長い沈黙のあと、俺は口を開いた。
心の中に存在する叶えるべきでない小さな小さな欲望は、未練を消し去ることに抵抗している。
「誰かと電話でもしてるのか、マンドリカルド」
寝室に出入りするための扉前から聞こえた克親の声に心臓が軽く1mは跳ねた。
もしかして全部聞かれていたのだろうか、そうだとしたらかなりやばくないか?
「あ、ああ・・・・・・ちょっと、な。克親が気絶して意識飛んでる時に電話番号交換した奴がいてあのえっとその・・・・・・うーあぁ、なんて言えばいいんだこれ」
「・・・・・・まあサーヴァントも例外あれど大概人間だし、恋だってするだろう。そこらへん深入りはしねえよ」
なんかあらぬ方向に勘違いさせてしまったかもしれない。もしかして来栖さんと秘密裏に関係持ってるとか思われてるのではないか、だとしたら話がこじれる。○○○オルランドって話は大概、恋した奴には厳しかったりするものだ(偏見)。
「あ、あの別に恋とかそういう浮ついたことでは」
「いいっていいって。秘密は秘密のままにしといてやる」
ヤバい、完全に彼女できたみたいな話になってる。
こっからどうやってデルニの事情を説明せずに誤解を解ける?頭悪いから解決策がまっっっっったくと言って良いほどに思い浮かばない。
「いやーサーヴァントになってからこんな甘酸っぱい恋とかすると思わなかったっすね。戦闘に影響ないようにしますんで・・・・・・すんません」
デルニが勝手に俺の口を使って喋りやがった。ここはいるということで押し切れという無言の圧力を、鏡の向こうにいる俺自身の姿から感じた。
「・・・・・・わかった。あー後継ぎのためにも探さないとなー俺も」
どうやら克親は研究室に戻ったらしい。一難は去ったが対価として百難くらい返ってきたのですが、デルニの奴はどう責任をとってくれるのだか。
『まあそこは・・・・・・適当で?』
「ノープランかよこのクソ野郎ぉおおおおおお!!」
さっきまでの悩みは完全に払拭されてしまった。
なお、もっときつい悩みが生まれたので解決はしていないというか悪化している。もう一人の俺、許すまじ。
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62話 五日目:お前が家族になるんだよ
基本終着点だけ考えてあとは思いつきで書いてるからカオスになりがち(物書きとして致命的)
聖杯戦争の記録を付け終え、俺は金庫からマンドリカルド専用ノートを取り出した。
最初の数ページ以降全く文も何も書かれていないそれを机の上に置き、まっさらのページを開く。よくよく考えれば最初に彼専用記録帳を作ると決めてから一度しかこいつを更新していない。いやそれは普通の聖杯戦争記録にも言えることだが。
バーサーカーに精神を壊されかけたり、アーチャーに腹をぶち抜かれたりと散々な目にあったが・・・・・・生きてこれを更新できることに少し嬉しさを感じた。
「さてさて、忘れないうちにと」
シャーペン片手にドカドカと内容を書き込んでいく。
彼の夢、言葉、秘密・・・・・・脳内にある彼の記憶全てを書き記して、万一なにがあっても無くさないように。
「・・・・・・これが、起源の力ってことか」
何かを生み出すのが、表現するのがとても心地よくて・・・・・・ついやってしまう。
自覚してしまうともう止まらない。ここ数日の思い出を私情たっぷりで綴って簡素ながら絵もつける。
さっきの電話、相手は誰だったのだろう。最近接した覚えのある女子だと海と来栖くらいしかいないのだが・・・・・・
海みたいなタイプはマンドリカルドからみればクセが強すぎるし、さすがにないだろう。
ならば答えは一つというものだ。
セイバー曰わく来栖は俺のことが好きだっちゅう話だが、俺はマンドリカルドの恋路を邪魔するわけにもいかん。
ああは言ったが別に結婚に関しちゃ急ぐことでもない。聖杯戦争に負けて死んだらそれが平尾家の終わりというわけだし。
「やっぱ引っ張られるもんだよなあ」
あらかた書き終えたところでノートを金庫に戻したあと俺は背もたれに背中を投げ出し、机の上で足を組んだ。
例の剣(デュランダルのパチモン)を再び強くイメージして・・・・・・魔力にて具現化させる。
先ほどよりも剣らしさが増したのか、実体化して落ちたそれはさくっとフローリングの上に突き立った。
「・・・・・・切れ味が再現されてきてる的な?」
剣を抜いてまじまじと見つめてみるが、最初よりも鋭利さが増している。起源を知った影響が如実に現れたのだろう・・・・・・
「マンドリカルドはこいつをまともに使えねえしなあ・・・・・・自己防衛のためくらいにしか使えんよな」
いざという時は誓約での麻痺を我慢してでも戦って貰いたいところだが、そこまで追いつめられてちゃどっちにしろ死の危機に瀕しているだろう。
なぜこんなイメージが俺の中にあるのかもわからないままやられるのは嫌だが、まあその時はその時だと腹をくくるしかあるまい。
「起源が具現だったのは助かった感じだな・・・・・・あからさまにヤバい奴じゃなくてよかった」
人づてでの話しか聞いたことは無いのだが、起源が禁忌である(とされる)女はするなと言われたことを無性にしてしまいたくなる性分が強くなって最終的には破滅しまったとかなんとか。
俺がもしそれだったとしたらマンドリカルドに恋しちゃうとかいう、あからさまに敗北フラグな展開しか見えない。
とは言ってもあくまで噂話レベルなので、どこからが無駄なおびれなのかはわからんが、とにかく起源によっては厄介な人格になるということだ。
その点具現というのは基本的な人の欲求に近しい。自分の中にあるイメージを現実に引っ張り出すという解釈をすれば、魔術そのものとほぼ同義でもあるし。
よっぽどこじらせでもしない限り、人に危害を加えたい衝動などは起きない・・・・・・はず。
だが人間いつ壊れるかはわからないので安心するべきではないともわかっている。
「・・・・・・か、克親いるか?」
珍しくマンドリカルドが研究室までやってきたようだ。
何か話したいことでもあるのだろう、と思い俺は扉を開けた。
「なんかあったか?」
「・・・・・・い、いや・・・・・・その、えぁ・・・・・・う、あの」
いつもより各段に話し始めが遅い。これはよっぽど言い出しづらい話なのだろう・・・・・・こういうときマスターとして、友達としてきっちり聞き出さないといけない。
この場合どうするのが最善なんだろうか。
「ゆっくりでいいから言ってみ?別になに言ったって怒らねえからさ」
「・・・・・・か、かか克親は・・・・・・来栖さんのこと、どう思ってるんすか?」
あくまでマスターを尊重するべくそんな話をし出したのだろう。正直言っていいなとは思っているが、それを開けっぴろげにすればマンドリカルドの思いを無碍にしてしまう。
さあどうしたもんか。
本心を言うか、それとなくごまかすか・・・・・・
「まー・・・・・・どっちかってえと好きの部類なのかね。つっても俺の基準だからさ、マンドリカルドの意志を尊重するけど」
「え、あいや俺は別に・・・・・・別に俺そういう訳で言ったんじゃなくて、えっと・・・・・・」
完全に照れてやがる。
これは応援するべきなのか否か・・・・・・サーヴァントという存在は戦争が終結すれば消える運命。これを回避するには聖杯へ受肉を願うくらいしか方法がない。
俺たちが勝利出来ればそれも可能なのだが、実現するかどうかは未知数。その上来栖もマスターなので、どこかで他のサーヴァントにやられる可能性だってある。
あまりに障壁の多い道だが、友としてここは全力を尽くしてやるべきであろう。
「安心しろ、俺はお前の恋路を邪魔するこたしねえ。つか応援するぞ」
「いいいいいやあの!俺好意寄せてるわけじゃないんすよ!ただただただただマスターのために」
またこいつはそうやって自分を優先しない。少しは自己中になれよと言っても反応は変わりない。
「本当に俺は来栖さんに恋してるってわけじゃぬぇーんすよ!マスターのことを思って、ね!?」
見たこともない表情をして力説するマンドリカルド。意外と強情な奴だ。
「ぬぁーもうどうすりゃ伝わるんすか!俺は!別に恋なんてしてないんすよ!!」
「わかったわかった・・・・・・そういうことな」
そうは言っても全くわかってはいない。
じゃあ彼は何のために連絡らしきことを行っていたのだろう。電話越しでの作戦会議かなにかだったのだろうか。
頭上に山ほどクエスチョンマークが浮かび上がったのが向こうにも見えたのか、更に彼は話を続けてくる。
「俺はこんな1ヵ月も持たないような命で恋できるほどの勇気はないっすよ。ただ、マスターにも・・・・・・家族ができてほしいなって、いうか・・・・・・なんて言えばいいんすかね」
「・・・・・・優しいのな、お前」
確かに500年近く(時計塔設立に携わったような家と比べると到底短いが)続く平尾家の当主としても、後継ぎは欲しいところ。
多少は魔術に造詣のある人間がいいかと思っていたが・・・・・・まあそんなのは親に刷り込まれただけの考えなんで別に気にすることではないし。
「まあ、この戦争が終わってオレと来栖さん、どっちも無事だったら考えるか」
「・・・・・・そうしてくださいっす」
「それまではお前が俺の家族な。友達と家族の兼業」
俺の唐突な言い分にもマンドリカルドは黙って頷いてくれた。それほど気にしていたんなら、こっちもそれなりの姿勢を見せるべきだろうな。
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六日目
63話 六日目:フラグはたいがい回収される
いいもん!うちにはマンドリカルドくんがいるもん!!宝具未だに1とか運営確率操作してんじゃねえのってくらい来てないけどいいもん!!(血涙)
あれから特筆することも起きないまま翌日となった。
一度海のところに戻るべきか、と思ったのだが・・・・・・向こうから来たメールはプレイヤードでの待ち合わせ。
あそこは地味に人が集まる場所だから、あまり込み入った話はできないのだが・・・・・・どういう意図であそこを選んだのだろう。
「ただ朝飯食いたいからとかの単純な理由じゃないっすよね?」
「あそこの飯は篠塚くんがやってるし家に帰ってくりゃすぐ食えるだろ。そういう説だったらコーヒー目当ての方がしっくりくる」
理由がまるでわからんが、とにもかくにも呼ばれたのだから無視するわけにはいくまいと・・・・・・俺はマンドリカルドと一緒にプレイヤードまで歩いていった。
本日の天気は晴れ。玄関から外に出ると眩しい陽光が網膜を焼いたと勘違いするくらいの晴天であった。
からんからんとドアのベルが鳴る。
すでに海は来ていて、早い時間帯だからまだモーニングを食いに来る客もいないため篠塚を侍らせサンドイッチを食っていた。
「おはようだな。んで、今日は何の用だ。そうややこしい話は言えんぞ」
「今回はそう難しいことを話すために呼びつけたんじゃねえよ。まあ単刀直入に言うとだな」
どうせたわいもない話だろ、とたかをくくっていたのがいけなかった。
「お前の家に居候させろ」
「はーーーーん!?!?」
思わず変な声が出た。
いや匿うという話は出たがなんやかんやで断念ということになったはずだ。なぜ今更蒸し返すのだ。
「そんな天変地異が起きかねない話でもねえだろうが。なんだ、寝室に俺には見せられんブツでもあるか?」
「特にそういったもんはねえが・・・・・・ただただ汚い。普段使ってる部屋以外は滅茶苦茶だ」
マンドリカルドに与えた部屋くらいしか客人に使ってもらえる空間がない。
研究室とか平尾家の最高機密まみれだし、俺の寝室は論外だし・・・・・・地下室も研究室と同じ理由。あとはリビング位だが・・・・・・布団はあっただろうか。
「リビング位はあいてるだろ。布団がねえんなら持って行く」
「なんとしても来る気だなお前」
海の目は本気である。こうなるともうよっぽどのことでもない限りてこでもTNTでも動かないのが奴の性質だ。
「・・・・・・しゃーねーな。布団持ってくるんなら場所貸すけど・・・・・・男二人に女一人だぞ」
「陰キャ×2が手を出せるわけねえだろ俺に。つかそういう目で見る奴は100割異常性癖だ」
「1000%アレだって言い切れる精神力が羨ましいっす」
おうおうマンドリカルド、海のもはやあるのかわからん神経に感心するんじゃない。確かにすごいかもしれないが羨望の眼差しを向けるべき相手では決してないぞ。
「まあお前をそういった目で見たことは生まれてこのかた一度たりともなかったが」
「そうだろ、つかあったならしばき殺す」
なぜこんなにも殺意溢れる目が普段から出来るのだろうこいつは。
八木澤の入れたエスプレッソを朝っぱらから一気に飲み下し、大きくため息をついた。
「えー・・・・・・まあ交渉成立ということで」
「場合によっちゃ即引き取ってもらうつもりだが、篠塚くん腕っ節の方は」
「そこまでですがまあ、なんとか」
自信なさげに目を伏せる篠塚。彼の肉体は度重なる重労働の中で成長したかのような印象を抱いていたが、別段そんなでもないのだろうか。まあ海一人くらいならいくらでも回収して家に持って帰れるだろう。
「あと約束しといてくれ、俺とセラヴィが外に出ていても研究室は荒らすなって」
「誰が荒らすか。お前のことだしどうせ人っ子一人どころかネズミ一匹寄せ付けやしない魔境になってんだろ」
お前は俺を何だと思っているのだ。いや確かに研究室は結構汚いが物の所定位置は決まっている、言わば理性ある混沌ってやつなのだ。
『克親、それ威張れることなんすか』
『念話でツッコミ入れてくんのかよ!まあそこはいいとして・・・・・・威張れる、絶対威張れる』
俺の研究室はただのぐちゃぐちゃなどではない、断じてない。
向かいに座る海の顔が露骨に疑りぶかーい表情になる。そこまで信用ならんか俺の部屋の美しさは。
新しく客が来て、篠塚は厨房に行ってしまった。
そのまま俺とマンドリカルドはモーニングをいただきつつ海との話を続ける。
「そういやこないだお前の会社ビルで謎の轟音が云々とか言われてたが、ありゃどうしたんだ?」
「あー・・・・・・まあそれは、聖杯のアレだ」
あまり大きな声で言えることでもない。ここにアヴェンジャーのマスターとかいないとも限らないし。
「そういうことか。それにしても、アレ関係なしに近頃物騒な話ばっかりだな・・・・・・どっかで俺も巻き込まれそうだ」
お前俺と関わり合いになってる時点でアレ関連の話にはほぼ巻き込まれたも同然だがな、と言ってやったが向こうは聞こえないフリを貫いてくる。
全く都合のいいやつだ。
「まあ巻き込まれても守ればどうにかなるっすよ。俺ができるかどうかは別として」
俺のサポートが完璧であればある程度の戦闘能力にまで持っていけるはずだが・・・・・・さすがにギルガメッシュのようなチートそのもの野郎みたいな奴には分が悪い。
幸いああいうタイプは簡単に力を見せたがらないやつだし、出会いさえしなければまあ大丈夫だろうと少々甘ったれた考えを浮かべた。
サブ回路の一つをまるまるセイバーの維持に使っているため、最大出力は少し下がってしまうだろうがアヴェンジャーくらいならいけるはずだ。バーサーカーも対策さえ取れればだが何とかできる。
アサシンの戦闘力に関する手がかりはまるでないからなんとも言えないのだが、ここまでこそこそ隠れてるとなるとよっぽど弱いのではないかという推測も出てくる。
漁夫の利狙いでずっと潜んでいる可能性はけっこう高いので・・・・・・見つけ次第殺すか利用するかってところだが、そもそも発見できるかどうかは未知数である。
寝首を掻かれるかもしれないと思うとおちおち寝てられもしない。
「まあそっちにも色々あるんだろうがよろしく頼むわ。俺が死んだら家の会社が総力を上げお前に金を請求するから覚悟しろ」
「そんなことに総力を使わせるな」
同年代らしい軽口を飛ばしあっていたところまではよかったのだが、その空気はある一瞬を境に霧散する。
ドアのベルを鳴らして入ってきたのは全身黒ずくめの男二人。サングラスに黒マスクとかいう花粉症にありがちな装備であるがずびずび言ってないところを見るにそうではないらしい。
「金を出せ」
「出さないのならここの客と一緒に殺すぞ」
その言葉に、店内でお茶をしばいていた人たちが悲鳴を上げ店の隅っこに固まる。
焦って外に出ようとしなかった点は評価できるが、集まったのがいかんせんよろしくなかった。人質を取る手間が省けたと言わんばかりに男のひとりが銃らしきものを見せつつにじりよる。
案の定面倒なことに巻き込まれたな、といった表情で海を見る。奴は呆れたような顔をして、ただ強盗たちを見ているだけであった。
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64話 六日目:瞬殺
バサスロもワルキューレもいるけどやっぱ適性ありって言われたフォーリナーとか欲しいって思うじゃん??()
あとサブ垢ではしょっちゅうマイフレンド来るんですがメイン垢全然こないですね
泣いていいっすか自分
「・・・・・・めんどくせえことになったなぁおい」
強盗が来ても海はあくまで平静を装っている。内心がどうなってるかはわからんが、表面上は飄々としたままだ。
俺も不用意に慌てれば目を付けられるだろうということで出かけた声を無理やり押しとどめ、マンドリカルドの背面へと静かに移動する。
彼の力を行使さえすればあんな男二人なぞ一瞬で沈められるのだが、そうなると目立っていろいろと今後動きにくくなる。
警察の取り調べやテレビのインタビューが少なからず来るような規模の事件なので、迂闊には手を出せないところ。
「おい、有り金全部出せ」
安全装置が外されている銃を向けられているのに、八木澤は動揺することもなくのんびりと座っている。
こういうときは普通素直に従うもんだろと思ったのだが・・・・・・なにやら様子がおかしい。
「
先日も見た声の伝達範囲を限定する術を海が使った・・・・・・どうやら俺たちの間だけで話したいことがあるようだ。
八木澤や篠塚、そしてたまたま居合わせた無辜の客も気にかかるが、取りあえず話に付き合おう。
「・・・・・・どうした」
「俺が奴らを張り倒すから、その隙にお前とセラヴィはできるだけ客と店主を回収して外に逃げられるか?」
そんな荒唐無稽な作戦通用するわけがないと警察に通報しようとしたが止められてしまった。
曰わく、今呼んでも向こうを刺激するだけで益につながらんとのこと・・・・・・あくまで、俺たちで解決するつもりらしい、
「2分・・・・・・それくらいの時間稼げるっすか?」
「そんくらいだったら楽勝」
自信ありげな海の顔。よほどの勝算があるらしいので、完全に納得したわけではないがこの作戦に賛同する。
遮音結界のなかでマンドリカルドに敏捷性強化の術をかけ、自身にも同じようなものを使う。
「おい、聞いてんのか!脳天に風穴空けるぞ!」
気づいていない八木澤に激昂した強盗の片割れが、威嚇射撃のためが銃口を天井に向け発砲する。
耳をつんざくような音が鳴り俺も思わず目を渋ったが、彼は全く知覚していない。
「おいジジィ!次はねえぞ、金出せ!」
「・・・・・・次がねえのはそっちだよ」
右手を強く握りこみ、八木澤に声をかけていた男の方へと歩み寄る海。
それに気づいたのか男は得物の発射口を海へと向けなおした。引き金さえ引けば、もう海の額には赤黒い穴があく。
「んだよお前、やんのか」
「ああそうさ・・・・・・てめぇら二人みたいな腐った白子そのドタマに詰めたような奴、1Å秒で片付くわ。ここで死ぬか豚箱で惨めな生活するか選べるだけましだと思え、社会の負け犬が」
簡素かつ大胆な煽りだが、向こうは完全にノセられてしまった。
人質に得物を向けていた男も海の方を見て殺意を顕わにしている・・・・・・言われたことをこなすにはこの瞬間しかない。
「行くぞセラヴィ!」
「さーいえっさー!」
壊れない程度に店内の壁を蹴り、マンドリカルドが一瞬で他の客の元へと跳ぶ。
幸い人数は四人程度、これくらいならなんのそのだと一気に抱えて堂々出入り口から脱出してしまった。
「っあのクソヤンキーいつの間に!」
「いやああの子見た目はちょーっち厳ついですけどシャイでめちゃくちゃかわいい奴なんですよ・・・・・・ね!」
しれっと俺も八木澤を回収して外のマンドリカルドに引き渡したが、まだ厨房には篠塚が残っているはずだ。海は奴の存在には気づかれていないと思っているのか知らんが、思いっきり中でちらちらこっちを見てるし犯人が気づかない訳もないだろう。勝手口のドアが機能するかわからんがまず出すことを念頭に・・・・・・!
「お前さっさと出ろ、邪魔だ」
「そう言うわけにもいかんだろ、中にまだいるじゃねえか!」
あからさまな舌打ちをして海が厨房の方にいる篠塚を睥睨した。
「そうかぁ・・・・・・貴様を殺してこいつと中の男人質に立てこもろうか」
ほら案の定相手がそういう思考になるし。
「ったく・・・・・・どうせ平尾のクソ野郎は言っても聞かねえだろうし・・・・・・この際だ、惜しみなくやれ」
どがらら!と向こうでボウルのようなものが落ちる音と同時に、篠塚がさっきのマンドリカルドと同じような跳躍を見せた。彼が右手を素早く横に突き出したかと思うと、虚空より一本の木刀が現れその手中に収められる。
「では・・・・・・御用改めだ!」
一瞬にして彼の像は風に吹かれた霧のように掻き消える。相手も動揺したのか無差別に銃撃を放ってくるのでこちらも防御するのが大変だ。
さっきの武器召喚といい今の消失(おそらく気配遮断のようなスキルか)といい・・・・・・彼が普通の存在でないことは明白だ。なぜあんな性格の海が居候を受け入れたのか、知ったときに疑っていればよかった。
「大人しくお縄についてもらいましょうか」
向こうが弾切れを起こし再装填し始める隙を見逃さず、篠塚は再び姿を見せる。片方が弾の装填を完了したのはよいが、どれだけ撃っても当たらない・・・・・・というか、剣を放った瞬間に弾そのものが崩壊しているようにすら見えるのは幻覚だろうか?
とてつもない速度で放たれる突きは、もはや時間差というものを全く感じさせない。
一瞬にして倒れた強盗たちを麻紐で縛り上げ、海のもとへと運んでは死体のようなそれらを雑に積み上げた。
「まあこの程度余裕だったな」
「ええ、正直殺しかけましたけど・・・・・・まあそん時は正当防衛ってことで!」
なぜかとてもテンションが高い篠塚。まるで中身が丸ごと違うかのような・・・・・・
というか、いろいろ聞かなければならないことがある。
「・・・・・・アサシン、なのか?」
「まあそういうこった。どっちにしろお前に知られる日が来ると思ったし、都合よーくきっかけが出来たもんだからついに御披露目ってわけ」
よくよく考えれば不思議な話だった。舞綱で大きい魔術師家3つのうち、平尾家とシトコヴェツカヤ家が参加しているというのに司馬田家が関せずってのは結構おかしい。
「まあこちとら潜伏決め込んで色々調べてたんだが・・・・・・こっから他の戦力にバレるとまずい。つうわけで俺らが何するかわかるな?」
「・・・・・・口封じか?」
奴のことだ、長いつきあいの人間だろうと自分の不利益を生むようになったなら瞬時に手を切るかそいつを消すのは予想がつく。
外でいろいろと対応に追われているっぽいマンドリカルドを呼ぶのは少し人目に付くという観点で難しい・・・・・・さて、どうしたもんか。
「馬鹿かてめぇは。そもそもこんな雑魚二人俺だけで十分ぶっ飛ばせた。それなのにわざわざご開帳したってことは・・・・・・わかるだろ」
俺の始末は行わない、というわけか。それならばまだよいのだが、結局海たちは何をするつもりなのだろう?
「協力しろ、あの金ぴかアーチャーをぶっ飛ばす為にな」
「・・・・・・そういうことなら大歓迎だ。てか警察来てるんだが?」
窓の外にはたくさんの野次馬と近所の交番にいる駐在さんがいた。野次馬の中にはスマホで映像を撮っている者もいるしかなり厄介だ・・・・・・マンドリカルドの今にも(精神的に)死にそうな応対の声も聞こえてきて、こちらはなんだか申し訳なくなってくる。
「まあ詳しい話はあとだ。お前の友達さっさと助けてやれ」
「印象改変使ってくれねえのか」
「やだね」
べー、とめちゃくちゃむかつく顔をして海が言い放ってきやがった。
篠塚の説得も虚しく空回り・・・・・・こりゃしばらくは記者的ななんかに追われるかもしれねえ。
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65話 六日目:ライダーだしちょうどいいよね、ね?
前々から考えてたネタでしたけどこんなにも唐突な話になるとは思わなんだ
「大丈夫かセラヴィ」
「あ、克親・・・・・・いかんせん不透明なところが多くて俺にはうまく説明できねぇっす・・・・・・」
確かに後半のマンドリカルドは客と八木澤を運び出して集まる野次馬をそれとなーく追っ払っていただけなので内部でのことをあまり見ていない。海たちは出る気がなさそうだし、ここは俺が行くか。
「じゃあ彼に代わって俺が話して大丈夫ですか?」
向こうからも許可が出たので俺はことのあらましをかくかくしかじかと概要を述べた。篠塚がサーヴァントであるだのマスターがどうだのまではそりゃ神秘の秘匿もあるので話さず(話したとしても信じてもらえる訳がない)、ただ剣道をやっている篠塚が木刀で輩を全部なぎ倒したということにしておいた。
一応それで納得してもらえたのか今日のところはひとまず解放らしい。犯人もきっちり捕縛してあるので今後こちらに来るであろう調査もそこまでめんどくさいものではないはずだ。
「とりま人が無事で良かったわ、よくやったセラヴィ」
「いや俺は何もやってないっす・・・・・・よ?」
濃密な魔力の波動を店内から感じた。海のやつ、印象改変をここで使うってのか・・・・・・
「いやーほんとセラヴィくんはすげえよなぁ。俺らが出る幕もなく強盗どもをなぎ倒したんだからねぇ??」
「そうですね。街の英雄ですよヒーローですよ」
魔眼殺しに阻まれているせいでよく見えないのだが、確実に海の眼は魔術を行使している。
十中八九というか十中十くらいの確率で、行った改変は『マンドリカルドこそが強盗を返り討ちにした英雄である』という内容だろう。
これからもアサシンとしては潜伏を貫いていたいのだろうがこちらへ全部押しつけてくるとはなんたる雑さ。
「・・・・・・セラヴィ、新聞の記者とかが来たら逃げるぞ」
「・・・・・・全くの同意見っす」
一般人に追い回されたらさすがに聖杯戦争へ支障が出る。神秘なんて隠すもクソもなくなってしまうし、なんなら戦いの途中で消し炭にしてしまう可能性があるのだ。
「あのすいません舞綱放送局の──────」
「すいません用があるので!ほんとにすいませんねって行くぞ!俺らは名無しの権兵衛でーーーーす!」
「いぇっさぁー!俺はジョン・ドゥっすそこんとこよろしくお願いしますっすーーーー!」
強行突破である。
人に注目されるのが嫌な陰気野郎二人は、それとなく足に強化魔術をかけ逃走した。
唐川があとでうまい具合にごまかしてくれないものかと俺にあるまじき幻想を抱いてしまう・・・・・・やっかいごとを背負うのはもうごめんだ。
「・・・・・・振り切れたか」
「そう・・・・・・っすかね。はひー疲れたぁ」
精神的にも参っていたであろうマンドリカルドは俺のすぐとなりで崩れるように座り込んだ。
メンタルケアがちょっと難しいタイプだというのに奴らはなんてことをやってくれたんだか。
「おもろいことやっとったなあ。Tmitterで拡散されててマジ草生え過ぎてパンパできるわ」
完全にSNSというものを失念していた。今更投稿を消せとか言えないし、俺はアカウントを持っていないので作成して声をかけてもあらぬ誤解を招くだけだろう。
唐川のクソボケナスは隠蔽する気全くなし。事態の展開を面白そうに追っているようだ。
「今日だけはお前に頼む。Tmitter破壊するでもなんでもいいから隠蔽してくれ」
「一応ひとりの人間相手にそういうこと頼むもんか普通?」
嬉々としてスマホを弄くっている唐川である。やる気は全くなし。
「お前のお友だちもかなーりでかい術使ったぽいし、その操作はこっちまで及んどる。ライダーくんがヒーローに祭り上げられてもう戻るのは不可能やね」
「・・・・・・なんてこった」
「パンナコッタ?」
新喜劇違うわと俺は叫んで奴の脇腹を一蹴してやった(物理)。
それにしても厄介なことになった。このまま情報が広がればあらぬ尾鰭も付属するだろうしテレビにも取り上げられる可能性が高くなる。
静かに感謝状だけもらって終わりにできればよかったのだがもうこうなりゃそうもいかん。
「・・・・・・セラヴィ。お前は今日から仮面ライダーだ」
「何ほざいてるんすかマスター」
困惑のあまりマンドリカルドの物言いが過去最高の直球さを見せてくれた。さすがに俺も今の発言は突飛すぎたなと遅すぎる後悔をしている。
「魔力でそれっぽい装備編めるか?出来なきゃ俺が出来合いで作るが」
「いやなんでやるていで話進めてるんすか!いや一応イメージさえ出来れば魔力で編めなくもないっすけど嫌っすよ俺!そういう正義の味方とか無理に決まってるでしょ!?」
とんでもない無茶ぶりに早口で文句を言い出すマンドリカルド。そりゃ生前俺が正義だってスタンスのシンプル悪役だったしそういう存在になるのは気が引けるもんだろう。
「なにそれおもろそう!撮影するんやったら協力するで!?」
お前は首突っ込むんじゃねえ!と俺たちの声がぴったり揃う。ただでさえ厄介な話なのに唐川に介入させたらもっと話がこじれる。
「まあ人前で事件に巻き込まれたりサーヴァントとの戦いになった時だけでいい、それとなくごまかせれば十分だ。大人に通用するかはわからんが、とりあえず子供たちは本当にヒーローがいると思ってくれる・・・・・・はず」
希望的観測の並べ立てでしかない。
こちらの目的は正体がバレることを防ぐため。そして神秘を可能な限り隠すためである。
少々無理があっても目的を達成できればそれでよい話なのだ。
「・・・・・・わかったっすよ、演技とかあんま得意じゃないタチなんで、そこらへんのフォローは全部任せるっすけどいいんすか」
「ああ、俺もそれとなくサポートする。炎とかのエフェクトも任せろ」
不承不承にマンドリカルドは頷いた。さて、そうと決まればイメージの構築だ。それなりの世界観がないとキャラクターの薄っぺらさが透けて出るし、安っぽくなる。
中学生時代まで番組を見ていた覚えがあるが、これを機に一回見直してみるのも一興。
「でけたら放送日時教えてな~」
「誰が放送するか」
久々にぶっ飛んだ話が出てきたおかげか、唐川はいつになく上機嫌で俺とマンドリカルドのもとを去っていった。
あの様子だといらん手出しはそうそうしてこない(介入するとつまらなくなりそうとか思っている)はずなので、気が変わられるうちにやることだけやっておきたい。
「・・・・・・いきなり変なこと言ってすまんかった」
「・・・・・・いいっすよ。仮面被ればいくらか相手へ強く当たれるし、宝具さえ出さなければ真名もそうバレんでしょ」
そう言う彼の目は死んでいた。ほんとにすまん。
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66話 六日目:配慮なき発言は命取り
アサシンの正体についてはもうほとんどわかっちゃってますけど・・・一応感想とかで真名出しちゃうのはなしでお願いしますね()
「まあ個人撮影のパロディVくらいのノリってことで周りには通しとこうか。さすがに本物だとか言ったら配給会社に殺される」
「そりゃそうっすよ。それ騙ったら犯罪っしょ」
そんなことを喋りながら家に戻る。
鍵を開けて中に入ろうとするもドアが開かない。もう一回試してみたところ、今度はちゃんと開いた。
つまり最初は鍵が開いていたということで、それイコール不法侵入者の在中につながる。俺の家に施してある結界の類はかなり強固なはずなのだが、どこから入ったのだ・・・・・・?
「セラヴィ・・・・・・武装して入るぞ。窃盗犯の類がいたら迷わずぶち殺せ」
「・・・・・・いいんすか?」
「ああ、許可する。正当防衛の結果被疑者死亡ってことにごまかすわ」
いくら何でもうちの機密事項に触れることは許されない。一匹残らず殲滅しろというのはこの家が始まってからずっと続く家訓である。
マンドリカルドが静かに鎧を着込んだところを確認し、ゆっくりと家の中へ足を進めた。
輩はリビングの方にいるので、研究室などに被害がいかないうちに始末しなければ。
「・・・・・・いくぞ」
「了解っす、克親」
部屋へと繋がるドアを乱雑に開け、そのまま突入する。
人影に向かってマンドリカルドはその場で拾った未使用のテーブルタップを持って鞭のように振り回す。
「ちょっと待てやる前に相手ぐらい確認しろてめぇ!」
一閃。
しなるコードが根元から切れ、擬似的なデュランダルとしての能力を失活して床へと落ちる。
一振りの刀を持った篠塚が、やれやれとため息をついてそれを鞘へと戻した。
「・・・・・・何で入れたんだお前ら」
「そりゃあんなクソガバ結界だったらいくらでも行けるわ。俺の魔術さえあればな」
人の家なのに煙草をふかす海の頭を一発平手でしばき回した。
普通できたとしてもしないのが道徳だろと言っても、魔術師の道徳じゃないからと雑にかわされてしまう。
「で?なんの用だ。まさかもう居候しにきたってのか?」
「そうに決まってるだろ。指示系統を一部再編してベースから離れてする通信も滞りなくしたし研究資材も持ってきた。1ヵ月はもつな」
そんなに長くいてもらっても困るのだが、聖杯戦争が終わるまでは何があっても出て行かなそうだこいつの場合。
人生諦めが肝腎なので、もうそこらへんは放っておこう。
「篠塚くんは・・・・・・サーヴァントだったな」
「そうっすね。あのときしっかり魔力の反応があったっす」
海はあの時アサシンと言っていたのは無論覚えているが、真名はなんだろうか。
プレイヤードで使っていた木刀、そして今その手に持っているのは日本刀・・・・・・長さ的には70~80cm程で腰につり下げられているところを見るに太刀の類だろう。
「ああその通り。俺はサーヴァント、アサシン・・・・・・まあ真名は当然ながら明かせねえが」
「毎度思うけどなんかちょくちょく口調変わるよね君って」
女の子のようなかわいらしい時もあれば今のように男らしい時もある。基本は腰の低い青年、というイメージなのだが時折それが崩壊するのだ。
「そこらへんは俺が説明するわ。実はだな──────」
そう言って、海がつらつらと事情を説明し始めた。
曰わく、海はとある組織の最強格とされる人間をセイバーで呼び出そうとしたらしい。
だが触媒の入手に難儀しており、探し回ってやっと手に入れた刀で召喚の儀を執り行ったのだが、なぜか触媒は狙った英霊のものでなくその部下が使っていたものだったという。銘の前半が同じだったので後半を見ることなく早とちりでやったせいもあり、その部下とされる英霊が召喚された。アサシンで、狙っていたクラスではなかったにしろ勝ち抜く戦術を組んでいたところまではいいのだが・・・・・・ある日、アサシンの異変に気付いたという。
あんぱんを好んで食していたはずの彼が、急にたくあんを所望してきたそうな。内心困惑しながらも買い与えると、なぜか口調が変化。現在の彼みたいな男らしい言い方になったらしい。
「・・・・・・んで、気になった俺はアサシンの霊基を調べてみたところ・・・・・・4体の英霊が一つの霊核に収まった存在、つまるところ複合英霊になっていたということがわかったんだよ」
「んなことがあり得るのか?二人一組みたいな感じで召喚されるサーヴァントってのは聞いたことあるが、一つの体に英霊が共存するだなんて」
聖杯による召喚のルールは未だ不明瞭なところが多いので、もしかしたらできるのかもしれない。
だがにわかには信じがたい話なのも事実である。
「俺らの芯になってる男は武術の心得もあったしそれなりに強いんだが、不安だしついて行きたいと唐突に俺の上司が言い出してだな。ほっときゃロクなことにならんと思って俺ともう一人連れて無理やり馳せ参じる前の奴を捕まえ俺らも行くと詰め寄った挙げ句の果てに一つの役へ押し込められたんだよ」
召喚者の操作が全くない、英霊たちの自由意志から生まれた複合体となるとさらに特異な例である。
「あいつのことは信頼していたはずなんだが、いざとなるとひとりで送り出せないとかどんなオカンだって話だ」
ソファに深く座り込み、篠塚・・・・・・アサシンはでかいため息をついた。
じわじわと今表出している彼の真名の候補は絞られてきたのだが、アサシンとしての真名はまた違うものだろう・・・・・・なかなか核心まではたどり着けないのがもどかしい。
「いくら一つの霊基とはいえ英霊4人分がすし詰めにされてたせいで消費魔力も多かったんだが・・・・・・芯の英霊がこれまた幸いなことにスキルで戦闘力と引き替えに燃費がよくなったってわけ」
海曰わくアサシンのクラススキルと彼の固有スキルによって、非戦闘時は微量の魔力で実体化の維持が可能かつサーヴァントの気配というのも完全に絶つことができたという。
実際何度も接触を繰り返していたというのに、マンドリカルドは彼がサーヴァントであるということを認識できていなかったようだし。
「もしかして、隙あらば俺ら殺そうとしてた?」
「なわけあるか。これでも腐れ縁じゃねえか・・・・・・殺したら後味悪いし別のこと考えてたさ。例えばセラヴィくんを人質に取って・・・・・・」
いらん話はせんでいいと海の口をふさぐ。どうせ俺に積年の恨みをぶつけるつもりだろうが、そういうことをマンドリカルドに聞かれると彼は警戒するに違いない。
「お前もいい友を持ったもんだな。性格はかなりアレだがなんてったって胸が最高だ。100点満点中1500点だ。普段は勿体ないことにさらしと厚着で隠しているが脱いだときの衝撃ときたらもうとんでもねえ・・・・・・普段からちゃんと出してくれれば3000は固いんだが」
「士道不覚悟で切腹するかこのおっぱい魔神」
海の口角だけは笑顔の形になっているが目は全くといっていいほど笑っていない。なんならこめかみに青筋まで立っている。
奴は自分の胸を限界まで押しつぶし、外から見ればぺったんこにしているのだ。おかげでふれたときもなんだか薄っぺらく感じるというもの。
「そうだぞー普段からちゃんと露出しとかないと体にも悪いぞー」
「・・・・・・うっせえなドタマかちわんぞ」
持ち込んでいたらしいウイスキーのボトルを逆さに握って海は俺の方を向いた。
ぴくぴくと引きつった表情筋が恐ろしいのなんのって・・・・・・って殴られそうなんですが助けてマンドリカルドさん。
「今のは自業自得っすよ」
「こういうときに限って非情だなマイフレンドぉおおおおおおお!!」
さすがに瓶で殴ったら死にかねないと判断したのか、海は俺の臀部に本気蹴りを繰り出した。
「・・・・・・バイオレンス」
「次は股間蹴るぞ」
半殺害予告を食らってしまった俺は、それ以上何も述べることはできなかった。
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67話 六日目:どっちがええねん
これってサーヴァントのステータスやスキルとかが書いてある版みたいな奴別で上げてもいいんですが適切な場所が全くわからないっていう・・・・・・どうすりゃいいんだ・・・・・・
「結構他のところも情報出てきたし、ここで一回おさらいしておくか?」
「お前のところみたいにどんどん戦ってるわけでもないし戦闘面での情報提供は出来ないが・・・・・・マスターの方は結構洗えてる。特に山名住みの連中はアサシンのおかげでバッチリだ」
「助かる。箇条書きで書き並べるか・・・・・・客観的に見るために、俺らの情報も出せる分だけ書こう」
賛成と海が返答したので、俺はB5用紙とペンを持ってきてリビングの机に広げた。
関係者をことごとく書き出し人間関係も推測、繋がりのありそうなところは断ち切りに行こう。
「・・・・・・じゃ、一気に羅列していくぞ」
平尾克親、1995年生まれの25歳で173cm70kg(±α)の男性。召喚サーヴァントのクラスはライダー。
東山名第一高を卒業後、県立舞綱工業大に進学。現在南武HDの支社で営業部の平社員。
山名地区で最も長く続いてるとされる魔術師一家平尾家の七代目。令呪の位置は左手の甲で、使用回数は0。
研究分野は強化で、たいていの術は二~三節程の詠唱で発動が可能。基本支援特化の為いざという時、サーヴァントへダメージを通すことは難しい。
属性は火と地、回路はメインと3つのサブを合わせて105本。
コミュニケーション能力に自信がない、あと友達が少ない。
ライダー、平尾のサーヴァントで男性。セラヴィ・アムスールという通り名があり、基本戦闘以外の場面で使用される。マスターからはセラヴィとだけ呼ばれることが多い。表向きは一応23歳ということにしている。
真剣を帯びない特殊な騎士で、ライダークラスであるが騎乗する馬はめったに呼ばないというか呼べない。
宝具の特性上たいていのものは武器として使用が可能であり、場合によっては粗大ゴミで殴打する事でも攻撃ができる。
自称三流サーヴァントかつ店の店員にいつも頼むものを把握されただけで精神にダメージが入るような陰キャ系(戦闘時は少しばかり強気になる)。
司馬田海、1995年生まれの25歳で167cm63kg(±α)の女性。召喚サーヴァントはアサシン。
平尾とは高校の同級生で、卒業後は国立明海大に進学。現在司馬田家の家業である宝石商を継ぎ、代表取締役社長になっている。
魔術師としては四代目で、山名地区内に限れば平尾家の次に長く続いている。令呪の位置は右脇腹で、使用回数はこちらも0。
研究分野は宝石魔術で、会社で製造している人工宝石を利用し術式を組むことが多い。人工のため、どんなに大きなものを製造したとしてもAランクには届かない。よって対魔力の高いサーヴァント相手に対抗することは少々難しい。
属性は風と水、回路はメインと2つのサブを合わせて70本。
右眼は魔眼であり、人から見た印象などを変更する「印象改変」の力を持つ。大人数の認識を変えることができる上に使いようによっては人の運命そのものも変化させる可能性がある、宝石に近しいノウブルカラー。
魔眼殺しのためモノクルを着用している。あとニコ中。
アサシン、司馬田のサーヴァントで男性。通り名は篠塚周平で、喫茶プレイヤード・ダン・ルヴァンでもこの名を使っている。
アサシンのクラススキルである気配遮断と固有スキルによりサーヴァントの気配を完全に絶つことが可能。至近距離にいたとしても知覚することはできない。基本武器は日本刀であり、一般人の制圧などには木刀を使用する。
召喚の時に起こったイレギュラーのせいで、4体の英霊が一騎のサーヴァントとして霊基にねじ込まれている。基本は”芯”と呼ばれる英霊が表出するが、時折女性らしい性格の英霊とより男性らしい性格の英霊が出ることもある。曰わく、”芯”のことが心配で今回の事象を引き起こした張本人は未だに表出したことはないらしい。
判別方法は口調と好物。女性らしい性格は甘味、男性らしい性格はたくあん、そして”芯”はあんぱん。
あと男性らしい性格はおっぱい魔神。
「おいセラヴィくんの情報だけ薄っぺらじゃねえか?」
「だってそんなに書くことないだろ。むしろお前らがぶ厚過ぎるんだよ」
普通真名とか宝具とかステータスのあたりを除いたらこんくらいの量になるはずなのだが、アサシンいかんせん例外の存在というか・・・・・・海も魔眼持ちだし。
「・・・・・・まあいい。続きだ続き」
「あいよ」
促されるままに俺は追記を重ねていく。
ナデージダ・ユーリエヴナ・シトコヴェツカヤ、2001年生まれ19歳の女性で愛称はナディア。召喚サーヴァントはバーサーカーで、令呪の位置は不明だが最低でも一画は使用されている。
明海地区では最大の魔術師一家であるシトコヴェツカヤ家の六代目当主。六代目ではあるがそれは日本に根を下ろしてからの話であり、ロシアでの活動も含めたとすると十八代目。約400年ほど続いているかなりの名家。
舞綱の脈に目を付け移動してきたのはいいが、その当時舞綱の脈全体を支配していた平尾家と衝突し軽い戦争を起こしたことがある。
数代に渡って続けられた戦いだが結局は平尾家が山名を、シトコヴェツカヤ家が明海をという形で分割することになり講和、終戦。だが彼女は未だ根に持っているらしく、克親を目の敵にしている。
研究分野は植物などを利用した魔術であるがかなり秘匿されており詳細は不明。置換魔術によって瞬間移動に近い芸当は行える。
基本高圧的なザ・お嬢様で、なぜかイントネーションなどは関西弁。
バーサーカー、ナディアのサーヴァントで男性。宝具からして真名はユーリ・アレクセーエヴィチ・ガガーリン。
労働者階級の英雄としての側面が強く出たのか、軍人ではあるが物理的な戦闘は不得手らしい。基本的に相手の精神を乱す攻撃で、内ゲバを誘発させる戦法を用いる。
マスターであるナディアとの会話が可能な点を鑑みると、狂化ランクは低いかある方向に特化しているタイプであると見て間違いはない。
宝具は『
感情の波が入り乱れ、愛も憎もわかりきらぬままにサーヴァントを殺そうとしてしまう。
ライダーによりかなりの重傷を負わされ、ナディアの令呪で強制移動し逃亡した。
来栖榛奈、1997年生まれの23歳で女性。召喚サーヴァントはセイバー。
平尾と同じ会社の人事部所属。令呪の位置は胸部で、使用回数は0。
魔術師との関わりはない完全な一般人。今回の戦争に参加したのも、セイバーを召喚したところを見られ焦った元のマスターに襲われた末に事故ではあるがそのマスターを殺害。なし崩し的にセイバーと契約しただけであった。
魔術回路は数本しかなく、”開き”も行われていないため生成魔力はほぼないに等しい。そのせいでセイバーの維持すらままならない状態であったが、人を襲うことによっての魔力供給はよしとしない方針のためジリ貧に陥っていた。
セイバーの魔力供給パスのみ平尾のほうへとつなぎ換えたおかげで現在その問題は解消されている。
恥ずかしがり屋な面が強く、人におちょくられたりすると刃物とかでもかまわずにものを投げつけてくるので注意。
セイバー、来栖のサーヴァントで男性。
30代後半から40代ほどと、全盛期の姿で召喚されるというサーヴァントにしては少々年齢が高め。自分が老けているということを自覚しており、一人称でも”オジサン”という言葉をよく使用する。
お調子者でいつもへらへらとしているイメージが強いが、恐らくそれは本気の自分というものを隠蔽するための皮であると推測される。現状戦っている場面はライダーとランサーが小競り合いをしている間に割って入った時くらいしか観測できていないが、それでも技量は桁違いだと言うことが見て取れるレベルであった。
敏捷ステータスの高いライダーをもってしても追いつけるか不明と言わしめる速度であり、魔力が十全に供給されている現在は最も加速できると推測が可能。
頭もかなり切れるタイプであり、生前は知将としても名を馳せた英雄であったはずだ。
アーチャー、男性。真名はギルガメッシュ(自分で高らかに名乗った)。マスターは不明。
王の中の王、英雄の頂点と自称するような男であるが実力は本物。
なにもない空間に穴を空け、そこから英雄の数だけ存在するであろう宝具レベルの武器をこれでもかと打ち込んでくる。金の鎖によって拘束することも可能で、鎖により捕まえた相手を宝具で嬲り殺すという戦法が得意なようだ。
自分が一番だと言って憚らず、性格もかなり高圧的。そのせいかかなり油断というか慢心する癖や過小評価らしいことをする性質があるらしく、ライダーやアヴェンジャーをあと一歩で消滅というレベルに追い込んでおきながら適当な理由にて帰っていたりする。
先述したとおりマスターは未だ不明。アーチャー故クラススキルの単独行動もあるため、もしかしたらすでに死亡している可能性もある。
ランサー、女性。真名はブラダマンテ。マスターは不明。
シャルルマーニュ伝説群に登場する女騎士であり、求婚者を何人も返り討ちにしたという話がある。
ランサーではあるが基本は盾を主体にした戦法を取るタイプらしい。
戦闘の末消滅させたライダー曰わく、姿を隠すアンジェリカの指輪については形こそ違えども効果発動を見たという。
伝承からしてヒポグリフを持っていてもおかしくはなかったのだが、今回の召喚では連れてこなかったと推測できる。恐らくライダークラスで現界すれば持っていたかもしれないが。
宝具は『
アヴェンジャー、女性身長は150~160cmらしい。マスターは女性であったというがそちらの名も不明。
日本刀を二振りほど帯刀しており、敏捷性も結構高いらしいが情報がほとんどない。
「まあ今のところサーヴァントとマスターについてはこんな感じだな。そっちはなんか付け加える情報があるか?」
「・・・・・・ああ、アヴェンジャーかアーチャーかはわからんがそのマスターと、ランサーの元マスターについては情報がある。だがその前に聞かせろ・・・・・・セイバーと魔力供給のパスを繋いだってのはどういう了見だ」
海の言葉にぐ、と詰まる。
サーヴァント一騎を維持するだけでもまあまあの労力だと言うのに、もう一騎と魔力供給についての契約をするだなんて言語道断だと言いたいのだろう。
いくら俺の回路が魔力生産に長けていると言っても、さすがに愚行が過ぎる。
「・・・・・・い、いやあそこはな?来栖さんを泣かせたくなかったというかーそのー」
「いらんところでお人好しだなお前は。精根枯れ果てても知らねえからな」
けっ、と嫌みな顔をしながら海は吸いきった煙草を灰皿に押し付けた。嫉妬してるのか、とか言い出したら今度こそミンチにされかねないので黙っておこう。口は災いのもと。
「その来栖とかいうやつ、胸はいかほどだ?」
「言えるかんなもん。海はともかく来栖さんは無理だっつの」
俺の言い方が悪かったのか、海の機嫌は露骨に悪くなる。お前は女扱いされたいのか男扱いされたいのかわからねえんだよはっきりしてくれ、と心の中でめちゃくちゃに叫んでやった。
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68話 六日目:テコ入れくるか?
「んで、そのマスターっつうのは誰だ?」
「まあそう早とちりするな。俺が書いてやるよ」
俺の右手からペンを強奪し、海は紙の空きスペースに2項目程書き連ねていく。
その中には俺にもまあ馴染み深い・・・・・・と言ったら齟齬が生まれそうな表現だが、とにかくそれは互いのことを知っている存在であった。
「八月朔日が、まさかマスターとはな」
「まああんなデケェ家だ、どこぞに魔術師としての軸ができてもおかしくはない話なのはわかってんだろお前も。重要な箇所はもっとある」
海が八月朔日の項を人差し指で示した。無言の指示に従って、俺とマンドリカルドはその部分を覗き込む。
八月朔日しのぶ、1995年生まれの25歳で女性。
令呪の位置はうなじ周りで、使用回数は3。
アメリカの大学で飛び級などを利用したこともあり25歳という若さで研修医を卒業、舞綱中央医療センターの脳外科長にまでなったというあからさまなスーパーエリート。
親の七光りがどうのと言われる事もあるが、どれもこれも結局本人の技量に圧倒されて黙ってしまうらしい。
言うことを守らない患者などに対してはとてもきつく当たり『儼たる神のしのぶ』などと呼ばれている。反面それ以外の人にはいつでも腰が低く礼儀正しい態度のため、人気は高い。
八月朔日家は魔術師としての歴史が短い(はず)なので、サーヴァントに早い時点で見限られた可能性はある。
「・・・・・・令呪をこの時点で全部使ってるのか」
「そこだ。重要なポイントは」
俺が顔を上げると、海は3回程首を縦に振った。
確かに、サーヴァントを良くも悪くも締め付ける令呪がないとなると一大事だ。殺されかけたとしても防御する手段がなく、非常に危険な状態・・・・・・令呪の痕跡がある時点でまだ敗北はしていないということだろうが、今後真っ先に落ちてもおかしくはない。
「現状で倒されたのはランサーだけだろ?それもうちのライダーがやった話だ、ほかの奴に介入なんてされてない・・・・・・」
「おそらく、サーヴァントが令呪を全部切らないと制御できないかなりのクセ者だったか、ものっそい弱い奴で消滅回避するだけで令呪を使う必要があるか・・・・・・ってところだな」
そう考えると彼女のサーヴァントはアーチャー、ギルガメッシュである可能性が高い。
圧倒的な火力と殲滅性能を前に、ブースト目的での令呪は必要ないと判断したのだろうか・・・・・・本人じゃないので内情は全くといっていいほどわからんが、多分そういう話なのだろうと俺は思う。
「あんな性格のヤツっすからね・・・・・・対等なコミュニケーションOKにするため令呪全部持ってったっつう話でもおかしくないっすよ」
「ありうるな。そんで気に入らない奴になったら即サヨウナラって道まで見える」
あんなヤツのマスターにならなくて良かった、とつい口から漏れ出てしまう。
海もそれに関しては全面的に同意らしく、俺もこいつが召喚できたのは運が良かったなとまで言った。
「セラヴィみたいなかわいいやつで良かったわほんと。あんな金ピカ自己中なんて相手してたら途中で絶対血反吐吐く」
「男に向かってかわいいとかそれ言っていいのは女子高生とかだけだぞ気持ち悪い」
「偏見が過ぎる」
ここは日本国なのである程度表現の自由が認められているはずだ。非人道的な話でもないのになんでそんな言われようになるのか理解できない。
「・・・・・・まあいい、八月朔日に関しては取りあえず泳がせとこう。召喚したサーヴァントを確定させた上で徹底的に叩く。例え相手がギルガメッシュだろうとな」
顔の前で手を組み不敵に笑う海。俺にはここまでの自信がないので、奴の図太さが羨ましく感じる。
取りあえずセイバーたちにも頼んで八月朔日周辺を気づかれないレベルで洗っておいた方がいいとだけ呟き、俺は海が書いたもう一人について話し出す。
「・・・・・・これが、ランサーの元マスターだな」
「ああ、もう権利は失ってるからほっといても大丈夫だろうがな。万一はぐれが出た場合にはこいつと再契約する可能性が高いし一応ってところだ」
一理ある。
サーヴァントを失い戦争に負けたマスターは、令呪を剥奪されそのまま終了。それ以降については生き残っている他マスターへの攻撃くらいでしか関わることができない。
なお、死ぬなどの要因でマスターを失った・・・・・・所謂”はぐれサーヴァント”がいると、優先的にそれと再契約させてくれるという。一度令呪を失っても、余ってる分が聖杯からもらえるらしい。
そう考えると一応対策しておかねばならない存在だ。サーヴァントを奪うべく、マスター狙いで奇襲をかけてくる可能性だってあるのだから。
貴志文晴、2002年生まれで17歳の男性。
特記事項
調べたところ貴志家で二代目の魔術師。刃学院高校の2年2組出席番号15番。
魔術師としての家が完全に構築されていなかったせいか、性格はほとんど普通の人間である。
基本誰にでも優しく接するタイプで、よほどのことがないと怒らない(彼を知る人間談)。
「・・・・・・名前がわかりゃ十分だな」
「すまんな、さすがに高校生の情報ぶっこ抜きは難しいんだよ。学校のデータベースからいくらかちょろまかしてきたけど、魔術師としてのデータとか書いてあるわけもねえし」
ペンを顔の横で器用に回しながら海が皮肉っぽく言う。
しれっと言っているがものすごい犯罪を犯しておいて随分飄々とした口ぶりだ。こいつの性格からして『バレなきゃ犯罪じゃない』みたいなことでも考えているのだろうが。
「初めて見たときはちょうどヤツの登校中だったんだがな・・・・・・驚くことにランサーはいなかったし令呪も丸出しだった。あれでよく殺されなかったなって思うわ」
そりゃサーヴァントをその場に連れていないマスターなんて全裸でここ狙ってねと急所を晒しているようなもんだ。
サーチアンドデストロイされる可能性だって大いにあったはずなのだが・・・・・・彼はおそらくそういうことを知らないらしい。
「まぁーこいつはとりまほっといて、一番の厄介ネタだが」
「・・・・・・あいつか」
一瞬で察しがついた。舞綱に根を下ろして長い魔術師ならだいたい知ってる悪魔の擬人化の話である。
唐川俊也、1993年生まれの27歳で男性。
所属:聖堂教会
特記事項
舞綱教会の神父であり、この聖杯戦争の監督役。金髪天パの関西人で怪しさとうざさはこの上ない。
面白い展開になるならばどんな悪行にも手を染める本物の快楽主義者。敵に回すと厄介だが味方につけても厄介なので結局は関わり合いにならないのが最善である。
本人曰わくそういった嗜好を持つものたちが集まる場所があるらしいが、1000%魔境なので興味があっても近づくべきではない。
味覚もかなり常軌を逸しており、店主は人を殺しにかかっているのではという疑惑まで囁かれる激辛料理店ヴィクテムエルドラドの料理を好んで食す。おやつ替わりに世界最強レベルに名を連ねる唐辛子をよく食べている。
聖杯戦争で起こった事故などの処理はかなり雑で、整合性があまりとれていない。
黒鍵の扱いはかなりうまく、特に投擲での使用となると9割は目標に命中し、そこから鉄甲作用で相手を吹き飛ばす。
「・・・・・・改めて書き出すとやべーなこいつ」
「近々テコ入れ入るだろうな。場合によっては代行者が来るかもしれねえぞ・・・・・・そうなったら唐川のやつそれなりにボコられんじゃねえか」
「そうなるとめんどくせぇな・・・・・・あの五枚舌がどうなろうと知ったこっちゃないが。客観的に見りゃ、完全に3陣営が結託してるうちみたいなとこを解体しにかかる可能性は高い」
今残ってるサーヴァントのうち半数が同盟を結んでいるので、ここから先加入していないサーヴァントとマスターを倒したらもっとここは狙われる。基本1対1のバトルロワイヤル形式なのに、そうなってしまってはさらに事態が膠着するに違いない。
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69話 六日目:お前の罪一回数えてこい
「・・・・・・あらかたの情報は集まったし、向こうからこの集まりを解体される前に難所はつぶしといたほうがいいんじゃねえか?」
俺たちの目的は、アーチャーの打倒である。俺とマンドリカルドがボコボコにされている場面を二人とも観測しているはずなので、そのあたりは変わらないはずだ。
俺は新しく紙を引っ張り出してきて、再びペンのキャップを開ける。水性なのでそこまできつくはないが、やはりインクの匂いが鼻を突いた。
「この場にはいないがセイバーたちも計算に入れた上で作戦を練るぞ。まずアーチャーの特徴的な点として、絶大な量の宝具を使用した絨毯爆撃がある・・・・・・そいつをやられりゃあさすがにひとたまりもない」
どれだけ敏捷性が高かろうと、周り一帯を破壊することも厭わないような攻撃の前には逃げ切れまい。
よっていかにアーチャーをその気にさせないかというのが重要だ。
「あの金ピカだって英霊だろ。アイツ本来の宝具はあるはずだ」
「そうなんだよな・・・・・・アレの性格からしてよほどのことがなけりゃ使わんだろうけど、世界が壊れかねんブツを普通に宝具として持ってそうだ」
人間の時代と神代の狭間に位置するときを生きた男。冥界下りやら女神との喧嘩やらとんでもないことばかりやらかしているのが伝承に残っているのだし、相当なものを持ち合わせているに違いない。
これは難しいぞと俺は頭を抱え、顔の横でペンをもにょもにょといじくり出す。なおそんなことをしても出ないもんは出ない。
「ま、やるとしたらライダー&セイバーでそれとなく注意を引きつつアサシンが後ろからずばしゃーって感じだろ。そんな単純な手が通用するかと言われたら微妙だが」
「それについては俺らとセイバーたちの話でも出てたんだわ。奇襲戦法・・・・・・でも今になってできるかどうかわからんくなってきた」
一番シンプルかつ的確な作戦なのだが、やはり単純故に読まれている気しかしない。
ギルガメッシュはそれなりに頭の切れる男だと聞いたせいでなおさらそう思う。
「でも、真っ向勝負で戦うのってかなりきついっすよ・・・・・・3人がかりでも下手したら返り討ちなんじゃ」
マンドリカルドの言う通りでもある。あの圧倒的な火力と範囲だ、数的有利とはいってもその差は埋められているようにしか考えられん。対抗するには少なくとも軍の師団一個二個レベルの数でサーヴァントが必要だ。
「それは否定しねえな。いくら俺たちとて、消滅覚悟で最後の切り札出しても倒しきれるかわからねぇし」
アサシンも正面衝突は防ぎたいらしい。となると、やはり奇襲及び搦め手が必要だ。
ギルガメッシュのクラスはアーチャー。マスターが消えても数日は実体を保っていられるはずなので、マスターを殺して魔力供給をストップ、弱体化したところを叩くといった方法が使えない。
弱点を突くといっても、生前の話から出た弱みは他人の宝具を利用することで無効化できるだろうし現実味がない。
唯一露出している欠点が、あの俺より強い奴はいないという慢心ぶりくらい。
彼を打倒できるぞという力を見せれば怒って本気を出すだろうから、やはりやるとすれば一瞬。
令呪のブースト効果をつぎ込んで、一気にぶちのめすしかない。
「これも通用するか怪しい話だが、多重フェイントとかどうだ?」
簡単に言うと、アサシンで奇襲すると見せかけてセイバーを突撃させる・・・・・・と見せかけ俺の魔術をたっぷりと食らったマンドリカルドが攻撃、という話だ。
戦力の逐次投入はこういう場合御法度。故に一か八かの大勝負を仕掛ける。
「俺っすか・・・・・・そういう、大事な仕事任されるってのは・・・・・・なんつーか、怖いっつーか」
「つってもお前しかいないんだよ。火力を出すにゃ令呪も切ることを想定しなきゃならん・・・・・・タイミングも重要だ。セイバーにこの役を任せるとなると、俺と来栖さんで完全なシンクロができなきゃいけない。今からそんなことやる時間はあるかわからねえんだ・・・・・・それに、アサシンは重要なフェイントを担わせる。てなわけでセラヴィがやってくれ」
他に選択肢がない、ということをかなり強く突きつける。消去法というマイナスな論法で結論づけるのはなんだか微妙だが、伝えるにはこれ以外なかったのだ。
「・・・・・・ま、俺はそれでいい。特に他の作戦も思いつかねえしな。アサシンは?」
「マスターの決めたことならば異存はない」
二人とも首を縦に振った。あとはセイバーたちに確認をとらなければならないのだが、今から行っても大丈夫だろうか・・・・・・そもそも家にいるのだろうか。
連絡先を交換していたらこういったことにはならなかったのだろうと思うとかなり後悔する。通信の重要さはわかっていただろうが俺。なんでやらなかったんだ俺。
「んじゃ、明日セイバーんとこに了解とりに行くか。俺は研究室いるから、なんか用あったら言ってくれ。冷蔵庫の中身は・・・・・・常識の範疇に収まる程度なら食っていいぞ」
勝手に食っていいと言ったらおそらくきれいさっぱりなくなっているはずだから一応注意だけしておこう。
「・・・・・・どした、セラヴィ」
研究室に移っていろいろ情報を纏め、例のノートに記していた俺のところへマンドリカルドがやってきた。
なにやら申しわけなさそうに縮こまって、何を言うわけでもなく俯いている。
これは重要な話かもしれないと判断した俺は、彼を急遽引きずり出してきた椅子に座らせて話を聞き出そうとした。
「冷蔵庫のアイス食われました」
「・・・・・・は?」
「いかにも高そうなあのカップのでっけーやつ、きれいさっぱりと」
ひさしぶりに思考凍結。
いかにも高そうなカップのでっけーやつ・・・・・・うちの冷凍庫に入れていた中で該当するのは一つしかない。
まさか、そんな極悪非道・・・・・・さすがに海でもしないだろう。確認のため、もう一回聞く。
「まさか蓋が赤紫っぽいカップのアイスか?こんなサイズの?」
「そうっす・・・・・・俺も止めるべきだったんすけど、鬼の形相で睨まれて動けなかったっす。すんません」
お前は悪くないと慰めつつ、内心俺は蛮族どもへの怒りに震えていた。
天誅くらいはやらねば気が済まん、さすがに許されざる行為なのだから。
どかどかと階段を下り、リビングのドアを乱雑に開け放つ。
台所の上に置かれていたのは、やはりハーゲンダッツのアイスクリーム。
「てめぇら勝手に765円(+税)食いやがったなこの野郎!!」
「えーなんのことかなーおれしらなーい」
「私も心当たりがありませんねーありませんよー」
白々しいにも程があるぞこいつら。俺はそこまで甘いものに狂ってるわけでもないが、さすがにこれは怒っていいだろう。
ちょっとずつ食べるのが楽しみだというのに全部、慈悲もなく食われたのだから。
「次の買い物任せるから買ってこい、絶対にな」
「はいはい」
「はいは一回じゃあほんだらぁ!!」
あ、マンドリカルドが入り口付近で見てるけどめっちゃ引いてる。アイス一つでなんであそこまで怒るのって顔してる。
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70話 六日目:ライダーだからってバイク乗らなきゃダメっていう話はないし
ゴリラスペシャルたのしかったです
きっちり二人を買い出しに行かせたので、しばしの静寂が俺の家へ訪れる。
さあ、奴らには言えないような話を始めよう・・・・・・鬼のいぬ間になんとやら、だ。
「・・・・・・んで、例の話なんだが。本当にいいんだな?」
「いいっすよ。俺も腹はくくったっす」
読みかけのイリアスへスピンを挟み込み、机の上に置いたところで俺を見やるマンドリカルド。その目には未だに迷いが透けて見えるのだが、ここは指摘しておいたほうがいいのだろうか。
「やっぱやめとくか?」
「気とか遣わないでくれて大丈夫っす。あんま心配されたらかえってやりにくいじゃないっすか」
にへらと笑う彼の顔を見て、この状況から止めるのは無粋だと感じた。
せっかくやる気があるのだから、ここは一つ利用させてもらうとしよう。
「仮面ライダーと言えばまずはバイクだな。倉庫の肥やしになってる子がいるし、この際ちょいと改造して使うぞ」
「免許は」
「・・・・・・そうだった」
マンドリカルドは免許どころか戸籍すら存在しない。そして俺は免許を4年前に失効してから更新していない。
つまり運転できるやつがいない。
他のサーヴァントも無理だし、来栖さんは確か二輪は持ってないとどっかで聞いた。免許持ちは海だけだが、相談しても鼻で笑われるに違いない。
「ブリリアドーロ出して乗り回すって訳にもいかんだろ?」
「そうっすね。一応馬は自転車扱いなんで免許無くても走れるっすけど・・・・・・さすがにそれは無理があるっすよ。第一ブリリアドーロはごく短時間しか呼べないんで、移動とか相手の追跡はできぬぇーっす」
となると、自分の足もしくは自転車で移動しなければならないというのか。
ずいぶんかっこのつかない光景しか想像できないが、まあこの際仕方がない。
「まあそれは置いといてだ。設定練るぞ設定!いかにもそれっぽく、周りの大人にも納得いってもらえるような内容で」
「最終的に何がしたいんすか克親は」
彼の言葉で目が覚めた。柄にもなく気分が高揚していたのか、顔が熱い。
なにかしらを作るという行為が今まで以上に楽しく思えてきて、そういうことをすると決まった瞬間からいろんな空想が頭の中で渦巻くのだ。例えるならばそう、蟲毒の壺のように混沌としている状況。
「・・・・・・すまん。先走っちまったな」
自分自身の奥底から間欠泉が如く噴き上がる創作意欲。礼装製作などでそれを発散してはいるのだが、それでも収まる気配はない。
「いやいいんすけど・・・・・・ただ俺頭よくないんで、設定とかそういうの全然思いつかないっすよ」
「そうか・・・・・・まあ細かい話はほっといていい、取りあえずコンセプトとモチーフだけ決めるぞ。ベルトとかそういうのは俺が全部礼装として作るから」
アイス事件の前に調べていたのだが、最近のドライバーというものは結構自由らしい。
めちゃくちゃな蛍光色だったりベルトとは別に腕の装備が必要だったりする上に、大きさもかなり作品差がある。
取りあえず変身用アイテムの装填→ベルトに何らかのアクション→装備展開という基本の流れのみを考えるとしよう。デザインとかは後でいいし、重要なポージングもベルトを作ってから考えればよい。
「・・・・・・それにしても随分と作ったっすね」
いつの間にか一面文字だらけになったメモ帳を見て、マンドリカルドが簡単の声を上げる。
約30分の会議で一応コンセプトとモチーフ、あとマンドリカルドの演じる役割についてかなり練りまくった。戦闘中にそう喋れないと思うので、一応寡黙設定。必要に応じて俺が情報を補完するので彼はそこらへんあんま気にせず戦えるというわけだ。
「まず剣・・・・・・というか真剣は誓約で使用不可。銃とか弓の飛び道具はマンドリカルドの宝具による恩恵を受けられない。つーわけで今回の主武装はご多分に漏れず槍だ。戦闘を行う場所とかも考えるとそこまで長さは取れないとこ覚えといてくれ」
彼の持つ能力及び性質を出来るだけ活かすためにはやっぱり槍しか使えない。分厚いナックルや腕装甲による格闘一本というのも考えたが、やはり彼には武器を持った状態で戦って頂きたいのだ。
武装イメージ図をメモ帳に描き、何回か修正を加えていく。
やはり付け加えて削ってを繰り返すという行為は楽しいことこの上ない。自らの脳内にあるイメージを具現化するという快感に溺死してしまいそうだ。
「克親、表情やばいことになってるっすよ」
「・・・・・・マジで?」
「マジで」
だめだ、マンドリカルドに指摘されるってことは相当にヤバい状態である。頬に手のひらを当て無理やり元に戻し、一度心を落ち着ける。
起源を知ったからって引っ張られ過ぎな自分に喝を入れ、湧き上がる欲求に打ち勝っていく。
冷静にならねば、この戦いは勝てないのだから。
「取りあえずこんくらい設定がありゃ十分だ。俺は研究室で装備一式造ってくるから、今日のところはここらへんで」
「うっす、あざっした」
俺が部屋を出ようとしたところで、彼は律儀にお辞儀をひとつ。
生前の粗暴でやんちゃな王とかいうイメージは(バーサーカーのせいで暴走していた期間を除いて)今日までほとんど沸いてこない。
どこからどういっても、『ちょっと根暗な礼儀正しい青年』でしかない。
サーヴァントという人に仕える存在となったこともあるだろうし、このまま普通に接していれば今の態度から少し軟化してくれるだけで終わるだろう。それがいいことなのかと言われると、少しだけ歯がゆい気持ちもあるのが実情。
彼の王らしい一面を見てみたいだのもっと仲良くなりたいだのエゴまみれな欲があるだけなので、そうおいそれと彼には言い出せない。
自然と引き出せれば一番なのだが、俺の能力じゃ機嫌を損ねて終わりになるだろうし・・・・・・という予想も、言い出すことを抑制しているが、欲望は消えてくれるわけもない。
・・・・・・『具現』という起源は何よりも厄介なのかもしれない。と俺は一つの考察を放り投げて椅子に沈み込んだ。
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71話 六日目:飼い慣らす(意味深)
製作に取りかかるのはいいが、ここで重要な問題点が一つ。
ベルトから装備を展開し肉体へ着装する、所謂パワードスーツ系という設定をした故に起こるもの・・・・・・そう、『その装備どこに格納してるんだよ問題』である。
生体機能を内部から強化し、ついでに外装を作り替える・・・・・・所謂初代あたりのタイプならまだしも、完全な一般人が強化アーマーで戦えるようになるという話だと体内から出てくるようなやり方が使えない。
等価交換を原則とする魔術師としても、番組のような演出(ベルトからとんでもない量のパーツが出てくる)というのは難しいし、今の俺が使える体積変更の魔術を使えばなんとかなるかもしれんが・・・・・・それだとどんな技術で大きさを変えているのかと不審がられる。
「・・・・・・となると、使える手はこいつしかないな」
トランク型のスーツモジュールを開発し、ベルトからの信号にて起動・・・・・・一度トランクのままマンドリカルドの元へ飛んで行って展開、着装。これを俺が初級動魔術などの駆使で担当する。マンドリカルド自身はそれっぽいポーズさえ取っていればそれでいい・・・・・・分割思考の数にも限度があるため、あまり細々としたパーツには分けられないが。
目撃してしまうであろう一般人相手には、それぞれに微小飛行ユニットを搭載しているとでも言えば誤魔化せるはずだ。
「さりとてそう簡単には行かないだろうな」
サーヴァントの攻撃を受けてもわかりやすい損傷を見せない金属パーツと、それを体積操作なく持ち運び可能なまでに納めるような収納のしかた。などなど課題はまだまだ存在する。
「どれだけ俺の強化をかけてもサーヴァントの攻撃を食らえば損傷はするだろうし、場合によっては熱で溶けるかもしれないんだよな・・・・・・」
心臓や首、そして死因からくる弱点の脇腹、んで人間誰しも攻撃を食らえばのた打ちまわる股間。ここらへんの防御が甘いと命取りだ。
ああ、確かマンドリカルドの鎧は九偉人の一人ヘクトールのもの。スキルによって防御力の向上も見込めるのだから、重要箇所は本人の装備を利用させてもらう形にするのが最善である。彼の敏捷を活かせるように外装も軽量化しておきたいところだし。
そうと決まればデザインの構築だ。幸いなことに彼の鎧(特に胸部プレート)はスーツの一部として使えなくもない。
あの白銀色を綺麗に溶け込ませるとなるとかなり小難しいが、不可能ではない話だ。
「燃えてきたな、こいつは面白い・・・・・・!」
またスイッチが入ってしまったが、この際洪水のように流れるエネルギーを使い果たす勢いでやってしまおう。
明日にでも実装できるように、最速で仕上げるつもりだ。
「買ってきたぞ、800円前後のアレ」
「冷凍庫の空いてるところにほりこんどいてくれ、俺は今忙しい!」
やっとこさ食ったアイスの補填を買ってきた海が俺の研究室に勝手に踏みこんでじろじろ見てくる。機密事項だと言って追い返そうとしても頑なに動かない。
「リビング戻れよ。それともなんか話したいことあるのか?」
「・・・・・・いや、ただ何をそんな躍起になって作ってるのか気になってな。お前そんな目に見えてやる気出す奴じゃねえし」
確かに、俺は意図的に本気というかやる気を見せないようにはしていた。
平尾家における暗黙の了解みたいなものが理由の一つだ・・・・・・どんなときも、常に冷静であるべし。例え家が存続の危機に瀕しようと、他人に泣きつくことは許されない。
正直言ってどうでもいいし、血統が無くなるのは駄目な話なのでいざという時は地に額を擦り付けることも辞さないつもりだ。
だがやはり意識は刷り込まれているもので、少し気どってしまう性質があるというのは自認している。
「ま、何にせよいいことじゃねえか。人のこと気にせず勝手にやるってのも悪かねえぞ?」
「まあ悪かないっつかいいんだが・・・・・・いかんせんお前は勝手すぎるんだよ」
会社の製造ライン一部私有化して魔術に利用してるし、そのプラント担当者たちに金を渡して口封じしてるし。
万が一外に漏らされるようなことがあればご自慢の魔眼で隠蔽の犯人を消去(島流し的な意味で)、なんなら人様の記憶までいじり出すのだからたちが悪い。
「いつ逮捕されても知らねえからな」
「印象改変でいつでも逃亡可能だが?」
だめだこいつ、生粋の”バレなきゃなんとでもなる”って思考の輩だ。知ってたけど。
もはや溜め息しか出ない。
「お前は人間としての倫理観どうにかしろよ。これまで何人社長の座狙ったやつ闇に葬ってきた」
「今日の朝食った米粒の数くらいは」
「うっわ凶悪」
茶碗一杯150gとして算出するとおおよそ3000粒は軽く超える。いや確かにこんなポンコツ自由人社長がトップだと苦言を呈したくなる気持ちもわかるけど、そこまで挑戦しては轟沈した奴がいるとは思わなかった。
「言うて恩情はある方よ?自主退職か、今後はこのことを金輪際画策しないと約束するか、海のもずくになるか。優しい優しい三択」
「最後殺してるじゃねえか。あと藻屑だそれを言うなら」
魔術師というのものはだいたい道徳が終わってる奴らの集まりであるが、さすがにここまでひどいというのは見たことがない。
俺は協会に所属していないからわからんが、時計塔やらではそういった教育はしていないのだろうか?
「さすがに殺されるのは嫌な奴ばっかだしだいたい前者二つを選ぶもんさ。それでもなお抵抗するつもりの奴は強制記憶消去しちゃってるし」
「お前さあ」
やはりこいつはここで殺しておいた方が世のためではないだろうかとさえ思えてきた。
基本的にメディア露出を担当する副社長の勅使河原という男の方がよっぽどできた人間だし(あくまでテレビなどの媒体で見ただけの判断だが)、それに比べてこいつときたらなんという自由奔放っぷりか。華麗奔放ならばよかったのにその美しさなんて地上に存在する反物質並みにない。
「勅使河原さんに任せっきりってのもどうかと思うぜ?代表取締役なんだしさあ」
「その役はヤツにも与えてるわ。外部との契約締結に関する権限も、情報を他の取締役へ完全に公開するという条件付きであるし・・・・・・」
じゃあもうお前いらないじゃん、という簡素な結論をぶつけてみたが本人にはダメージ0。
「カンちゃんは俺のかわいいペットなんで。何から何までずぶずぶよずぶずぶ」
「いつかそのペットに頸動脈を噛み切られろ」
一回まともな人間として更生する機会があってほしい、という俺の勝手な願望である。
これ以上こいつを野放しにしていると危険だ、どうにかして純粋無垢な25歳の女の子にしなければならない。
「はいはい、俺のごっきごきに固まった首がほぐされる日が来るのを待ってるわ・・・・・・んじゃ、そろそろ戻るわ。研究の邪魔したな」
研究室の扉から雑に出て行った海。
直後に電話がかかってきたらしく応対の声が聞こえて来るのだが・・・・・・いや俺が聞き耳立ててる訳ではない、決してだ。
『カン、あと最低でも四日は我慢しろ。そん時が来たらちゃんとやってやるよ、今回は嘘じゃねえ』
何やら重要な話らしい。聖杯戦争終結後の話をしているのだろうか・・・・・・海は一応生存前提で話をしているようだが、もしかしてやっとまともな社長になろうとしているのでは?
『わかったな、我慢できたらそれなりに褒めてやるよ。それまでにしっかりと縄毛羽は炙ってろ』
・・・・・・聞かなきゃよかった。
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72話 六日目:特別
もう少ししたら登場人物もう一人増える(はず)なのでその人とまとめて紹介欄にデデーンですかねえ
『いやすまんな、こっちも私用が増えちまったせいで・・・・・・ああ別に他の相手ができた訳じゃない。俺は多頭飼いできねーから・・・・・・俺のペットはカン、お前だけだぞ』
どうやら海はどこぞの壁に寄りかかって通話を続けているらしく、声の遠ざかりがなくなった。
それにしてもめちゃくちゃ怪しい話・・・・・・勅使河原のことをペット呼ばわりしているあたり、結構危ない関係なのではないか。
時たまニュースの新商品発表みたいなものに出てくる彼の顔が、もう純粋な目で見られん。
『んだよ、俺だってたまにはそういうこと言うさ。もっと厳しく言われたいならその要望聞くが』
珍しく海の声が甘ったるい。
俺相手には泥酔したとき位しかあんな声出さないというのに、勅使河原とは随分いい関係を構築しているようだ(社会的な是非はともかくとして)。
確か年齢は勅使河原の方が一回り近くとっているはずなのだが、そんなものはどうでもいいとばかりに海が優位な状態を保っている。彼の優秀さはかねてより噂されているのでそこまで問題のある話ではないが、この関係があるからこそずっと副社長を続けられているんだろう。
『そうか、今期もアクシデントがなきゃ大丈夫なように調整入れてるけど、なんかあったらすぐ報告しろ。脱税とかしてる奴がいたら問答無用で俺にチクれ。マルサに勘づかれるまえに粛清することと、ちょろまかされた額はきっちり耳そろえて徴収すること。支払い能力がない奴は腎臓片方もぐつもりでいっていい』
常識を逸脱している人間ではあるが、一応海はそういうことに厳しい。こないだのスピード&信号違反?あれは緊急事態だったし不可抗力というものだ。
『こないだ経理の奴がよくわからん外注費約1億円を報告してただろ・・・・・・ああ、そうか。営三の課長だな。晒し首にしろ、血反吐を吐かせてでも金は取り返せ。全責任は俺が取る』
過激な言葉まみれで一瞬おかしい社長みたいな感じになってはいるが、内容を見れば普通に不正を許さないタイプのいい経営者である。
なにしろ法律に抵触するような悪事から、犯罪で立件とまではいかないようなセクハラパワハラの類もすぐ報告するよう体制を整えているらしいし。
社長の権力は強いが、社員の声もちゃんとした力を持っている。
まっとうな社員からしたらよい会社だ。今年も倍率がエグかったらしいし。
ニュースになる前に潰され正されるという点から、そういった不正を暴きたがるマスコミにはよく思われていないと海は嘆いていたが、そういった奴らに気に入られても良いことはないと自己解決していたことを思い出す。
『ん、ああ・・・・・・え?今の居場所は言ったろ。山名の平尾家、そこの長男坊よ・・・・・・あ?付き合ってる訳あるか、あんな金だけはある大企業のぺーぺーなんかと。第一平尾と司馬田は協力関係にはなっても結婚とかしないようにって親父から言われてんだ』
「聞いてねえぞそんなこと!!」
思わず扉を乱暴に開いて飛び出してしまった。
海と結婚とか俺も願い下げではあるんだが、向こうでいつの間にそんな決定がなされていたというのだ。
「今のいかにも馬鹿そうな声の奴が平尾。ただの腐れ縁だ」
馬鹿呼ばわりに少々ぴきっときたが、こんなところで喚いても電話の向こうにいる勅使河原に好印象は与えないだろう。
こめかみに青筋がたつのを抑えつつ俺はゆっくりと海の方へと足を運んだ。
「篠塚といい平尾といい最近充実してますね、って嫉妬してんのかよらしくねえな。残念なことに俺と恋愛関係になれるほど狂ってはねえよ、ついてこれんのはお前くらいだろ」
けけけ、といかにも悪役の出しそうな笑い声を上げて海は勅使河原との通話を続けている。
近くまで来たのはいいんだが、横槍をこれ以上入れるわけにもいくまい。
「今日の報告はこれで終わりだな?なら切るぞ・・・・・・んじゃまた、なんかありゃかけてこい」
通話を一方的に切ってスマホをポケットにねじ込み、俺の方を向いて何を言うでもなく佇む海。こういった静寂に耐えられない俺は、つい口を開いてしまう。
「・・・・・・さっきは横槍入れてすまん」
「なに、カンのやつにお前のこと説明できてちょうど良かったさ。あいつ、なんか知らねえけど俺の近くに男がいるって知ると気を揉みしだくタイプなのよ・・・・・・心配しなくたってお前みたいなボンクラと結婚する訳ねえのにな」
ボンクラで悪かったな。
まあ海との結婚なんて死んでもお断りだしちょうどいいんだが。
「勅使河原さんとはどういう関係なんだ?経営者同士どころじゃない危険な香り漂ってるけど」
「危険な香りねぇ・・・・・・まあそうよな、飼い主とそのペットみたいなところよ、やっぱ説明付けるとなると。『私を飼ってください』とかいうパワーワードに俺も引いてたんだが、付き合ってやるとあいつの業績が目に見えて向上してな。やってるうちに俺も慣れちまった」
思った通りのやばい関係で逆に安堵した。
少女漫画かアダルトな漫画位でしか聞かないであろう言葉を現実に言うものがいるだなんて、とも思ったがここは変態帝国日本である。いても不思議なことではない。
「なんだかんだ言って俺の死ねない理由よ。あいつの嬉しそうな顔を見るの、結構楽しいんだわ」
「へーん・・・・・・お前にもまだ人の感性が残っていたとは」
うるせえと横っ面に一発げんこつを食らわされたがこれも日常茶飯事の範疇である。
「・・・・・・で、ペットとその飼い主ってのはいいが・・・・・・本当の家族になる予定は?勅使河原さんまだ独身だったろ」
「・・・・・・絶対にない、とまでは言い切れねえな。多分あいつは嫌がるだろうが」
仄暗くなり始めた窓の外を見て、海は少しだけ軟らかい声でそう言った。
窓のサッシに腰掛けて、春の風に髪を揺らしている。
「もしかして、好きだったりするのか」
「・・・・・・どうだかねえ。好きに該当するかわからんが、俺はあいつのこと特別に思ってる」
俯きながら呟くその顔には、確かに女性らしさが称えられていた。
こんな海がみられるだなんて、明日は大雪が降るんじゃないか?
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73話 六日目:夕餉の時間
「そういうお前はどうなんだよ、まさか金目当ての女にまんまと釣られるほど馬鹿じゃねえだろ」
「そりゃそうだ。平尾家の資産目当てですり寄ってくる女なんざ願い下げに決まってらぁ」
高校までもあったが大学に入って露骨になったあの手の奴。工業大でサークルの飲み会も出来るだけ断っていたというのに出会う頻度は凄まじかった。
就職してから1年目も結構な数やられたが、時間が経つと共に『平尾はそういうやつを歯牙にもかけない』ということが周知されて減少傾向・・・・・・今ではほぼ0というところにまできていた。
「だろーな。お前のお眼鏡にかなうような奴、どこにいるんだろうなー」
「どうだろうな。俺も知らねえよ運命の相手は」
来栖のことは少し気に入っているが、こちらより仕掛けるほどの勇気はない。
戦争中にそんな浮ついたことをやっていたらそれこそ死亡フラグ直結なので、終戦の時まではキープを続けるつもりだ。
「結婚式の時は俺の会社の商品使えよ、強制だからな」
「話がいきなりぶっ飛び過ぎだろお前・・・・・・まあ、最初っからそのつもりだけどさ」
ここまでの腐れ縁だと使わなきゃ呪われそう、とかいう幻想が頭をよぎる。
エーデルシュタイン・グランツのジュエリー自体はそんな見たことがないが、記憶にあるうちだけでも相当よいデザインをしている。
大量仕入れ大量制作大量販売という一歩間違えれば赤字間違いなしのやり方なだけあってお値段も随分と良心的なのだ。
「はーいご成約あざーすあとで契約書書けよとりま1億前金払え」
「足下をガン見するんじゃねえよ」
「あのーもうご飯しませんか?勝手に作っちゃってよかったのかわからないんですけど、もう夜になっちゃったんで」
階下から聞こえてきたアサシンの声と共に、醤油のいい匂いが鼻をつっついた。
口調からして今の彼は”芯”だろう。
せっかく作ってくれたのだから断るのも失礼な話だと思い、俺は海と一緒に階段を降り食卓へと足を運んだ。
「あれ、セラヴィは?」
「呼びに行ったんですけど、ちょうど就寝なすってて・・・・・・何回か声をかけて起きなかったんでそのまま」
普段に比べ随分と寝つきが早いのはいささか不自然だが、ここで問いただしに動くわけにもいくまい。
彼の分だけ残しておいて、先に頂くとしよう・・・・・・さすがにぼっち飯は可哀想なので俺は一応いてやるつもりだ。
「じゃあ先に食うか。いただきまーす」
「じゃあ俺も。いただきます」
「どうぞどうぞ・・・・・・いただきます」
なぜか無言で白飯をかきこむ二人。この様子じゃ会話することもないなと思い、俺はいつもの調子で飯を食った。
やっぱりアサシンの作る料理は旨すぎる。この天ぷらなんか新しい油を使ったらしくからっと揚がっていて、衣がそこはかとなく軽い。もはや空気と紛うレベルだ。
「ごっそさーん」
「はえーよ」
自分の皿にあったものを全部胃に収めた海はゆったりとした足取りでリビングのど真ん中に設置した布団へと寝ころんだ。
まるでここが我が家かのような振る舞いっぷりに少々苛立ちを覚えるが、これが司馬田海という女のあり方なのでもう諦めるしかない。
「そんな食ってすぐ寝ると牛になるぞ」
「なってもお前にサーロインは食わせねえぞー・・・・・・ふぁあ・・・・・・ねむ」
とかいった直後に奴は轟沈。なんかあいつ。いきなりバッテリーが上がって眠りがちな小学生に見えてきたぞ。
困った奴だと幾度も言った言葉を呟き、苦笑を浮かべる外ない。
「やっぱお前も大変だな、あんなのをマスターに持って」
「いえいえ、全然大変じゃないですよ。俺は基本プレイヤードで働きつつ情報を集めていればよかったんで、振り回される機会もないから実感がないです」
そういえばそうかもしれない。
あの店で完全な新人の料理係として潜伏をしていたのだから、海に直接命令される機会はあまりなかったはず。
戦闘もしてこなかったようで、今まで怪我することもなく安全にやってこれたのだと言う。
「・・・・・・そういや、お前って4体の英霊が一つにまとまったっちゅうとんでもないサーヴァントだったよな。上司に勝手についてこられたってのはどういう気分なんだ」
ふと疑問に思ったことを、話の腰を叩き折って言った。
複合英霊になったという当事者・・・・・・完全に被害者側である”芯”はどう思っているのだろうか?
「気分、ですか。サーヴァントとしての力を出すときはちょっと息苦しい時もありますけど、出力を抑えていれば大丈夫です。精神的には仲間の人がいてくれるって安心感もありますし・・・・・・」
どうやらそこまできついわけでもなさそうだ。
生前の上司たちが常に一緒であるというのは場合によっちゃ自害したくなるほどの苦痛だろうが、彼にとっては安心をくれるらしい。
かなり仲がよかったと見える。
「それじゃあ宝具ってどんな感じなんだ?個人のがそのもの残ってるのか、全く別のものになってるか・・・・・・」
「そこらへんは秘密にさせてください。いくら仲間と言えどそれは漏らせないんで」
そりゃそうか。
最終的には戦う相手になるのだから、宝具とかいう重要情報をおいそれと敵に渡すわけにもいかない。
しれっと聞き出せれば幸いだなと思って聞いたがさすがにそれは許されなかったか。
「ギルガメッシュとの戦闘になればご開帳すると思いますのでお楽しみにってところです」
「そうか、見るまでは死ねないな・・・・・・」
見たあとも聖杯戦争が終わるまでは死ねないのだが、そこは世辞というわけで許していただきたい。
「別に大したもんじゃないっすよ、俺自体の力ってのは。仲間の力がなきゃ、こそこそ隠れること以外なにもできないやつなんで」
「隠れるってのも戦いの中では重要だと思うがな。相手の情報をかき集め隙を見つけて仕留める、合理的なやり方ができるだろ」
なにしろ、5日・・・・・・開幕前までも含めると14日・・・・・・二週間もの期間、他のマスターにバレることなく人として振る舞っていたのだから。俺も全然感知できなかったほどの能力なのだから、それは立派な武器であると言って間違いない。
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七日目
74話 七日目:午前3時位まで起きてると体が痛くなる
イベントのほうエリセちゃん宝具5にしたし高難易度もクリアしたし素材もあらかた取ったので絆ポイント稼ぎくらいしかすることないめう~(915+マシュ配置ボーナスが地味においしい)
あれ以降は特に大した話もなく、ただただ計画していたモジュール開発を完遂するだけして俺は寝室に戻り爆睡した。
魔術基盤と機械を一体化させるというのは一見簡単そうに見えるが突き詰めていくと意外とめんどくさいものだ。
起源の補助もあっての結果なのだろうが、一晩で作り切れるとは思わなんだ・・・・・・
「おはようございまぁーふ」
「うぇーい・・・・・・」
4時間程度しか睡眠をとっていないせいでいまだに体が重たい。
こんな状態じゃあいざという時に対応できないのだが、残念なことに四肢は神経の叫びを聞き流している。
「克親朝飯もうできてるらしいっすけど、行かないんすか」
「・・・・・・今は無理だ。起きらんねー」
顔の横に手を投げ出して、俺はでっかい溜め息をつく。
いくらゲーミングチェアと言えど背もたれ使ってなきゃそこまで意味がないってやつだ。腰回りがバキバキで今にも粉みじんになりそう。
「しゃーない。あとで食うって伝えときますわ」
「頼む・・・・・・あいででで」
本格的にヤバい気がする。根を詰めすぎたのか、起きあがる気力すら湧かない。
辛うじてベッドの上を転がり回ることは出来るのだが、それ以上がどうしても無理。
「言ってきたっすけど、大丈夫なんすかほんと。開発めちゃくちゃ頑張ったってのはわかるんすけど・・・・・・あんま無理しないでくれっすよ」
心配そうに俺の顔を覗き込むマンドリカルド。そりゃここまで疲労困憊している様を見せつけちゃあそうも思われるだろう。
俺の不調は彼の不調へと直結するのだから、あまり勝手なことをして彼を弱体化させてしまうのもよろしくない。出来るだけ自重はしたいのだが、なかなかうまくいかないのが現状である。
「すまんな、俺の悪い癖だ」
そう言って大あくびを一つかますと、うつってしまったのかマンドリカルドも小さくあくびをした。
壁に掛かった時計を見ると時刻はすでに8時30分。今日はアーチャー打倒作戦についてセイバーたちともう一度、相談をしておきたいところなのだが・・・・・・今彼らは家にいるのかがわからないのでどうするべきか迷う。今日は金曜日なのだが、来栖さんの方は有給を取らせていただいたと聞いているので会社には行っていないはず・・・・・・
「・・・・・・来栖さんたちの居場所がわからんな・・・・・・」
「克親はセイバーに魔力供給のパス通してたっしょ・・・・・・それたどるのは無理なんすか?」
「その手があったか」
完全に浮かべていた可能性の数々にはなかったものたがマンドリカルドのおかげで浮かんできてくれた。
正規の接続と比べて半分程度しか繋がりがない状態だが、一応感知自体はできるはず。セイバーはアサシンのようにサーヴァント特有の魔力流を隠蔽する事が出来ないため、常時探知が可能だ。
「早速やるぞ・・・・・・ちょっとそっちにも魔力流出するだろうけど、一応気をつけといてくれ」
「うっす」
目を閉じて、メイン回路とセイバーと繋いでいる太ももの回路を起こす。
じわりとメインで魔力を発生させ、サブへと移動・・・・・・このときのロス分がそのままマンドリカルドに流れるのだが、微量なものなのでさして問題はないはずだ。
動かした魔力に指向性を与え、セイバーへと送る。
返ってきた情報から察するに彼らは家にいるようだ。まあこの時間帯だし当たり前っちゃ当たり前だ。
「・・・・・・来栖さん家だな。どうする、ちゃっちゃと出発するか?」
「克親が大丈夫なら俺は構わないっすよ。でもその様子じゃきついんじゃないっすか」
起き上がれない俺を見てまた心配したのか、ちいちゃい眉がわかりやすく角度を変えた。
「ま、それもそうか。ちょっと二度寝さしてくれ」
「了解っす」
というわけで俺はそのまま沈没した。少なくとも2時間位は寝たいところだ。
「・・・・・・克親、克親起きてくれっす・・・・・・」
夢を見ることもなく意識の奥深くまで沈んでいた俺をサルベージしたのはマンドリカルドである。
頬を緩くしばかれては三度寝というわけにもいかず、大きく伸びて一度起き上がった。
「もう10時っすよ。そろそろ行かなきゃだめなんじゃないっすか?」
「・・・・・・そうだな・・・・・・昼飯時に押し掛けるのもアレだろうし今くらいがちょうどいい。準備するから待ってろ・・・・・・ああそうだ、帰りにライダーシステム(仮)を試したいし・・・・・・」
どたどたと研究室まで移動し、大きめのアタッシュケースに入れていたものを確認する。
ベルトと装備を集約したトランク、そして主武装である伸縮可能な槍。改めてみるとこれを一日で完成させた俺の集中力は凄まじい。
「素材にも限りがあるもんでな、一部お前が持ってる鎧を転用させてもらうつもりだ。ベルトを起動すりゃ、このトランクの中身・・・・・・外装がおまえの周りを取り囲むからその間に鎧を実体化させてくれ」
「了解っす、タイミングを教えてもらえれば出来るようにするんで」
なんだかんだ言いつつ彼は心なしかノリノリである。やっぱり10世紀以上前の人間でも本質は今時の奴とそこまで変わらん男の子なのだろう。
「よっしゃ行くか」
「待てや」
玄関で二人して靴を履き出ようとしたところで、海に呼び止められた。
何か買ってきてほしいものでもあるのだろうか。
「どした」
「俺らも連れていけ、どうせセイバーんところにいくつもりなんだろ・・・・・・顔合わせくらいはしとかなきゃな」
珍しい。こいつがこうやって積極的に他人の家へ行こうとするだなんて。
基本家に居っぱなしで稀に俺の家へ嫌がらせに来るぐらいしかしなかった奴が、随分と成長したではないか。
「そういうことならついてこい。初手どん引きされるようなムーブは避けろよな、こっちまでとばっちり食らいかねない」
「わかってらぁ。あくまで司馬田のカシラとして振る舞わせてもらうわ」
海よ、お前の会社は公安に見張られてそうな指定暴力団か何かなのか。
確かにうちと司馬田でここいらの二大権力者ではあるが、べつに反社会的なことはしていなかったはず(秘密裏に人をコンクリ詰めにしている可能性はあるが)。
「出来るだけ女らしくしとけよそういう時くらい」
「嫌に決まってんだろボケ、俺はいつだってこのまんまだ」
煙草を取り出して口に咥えようとした海だったが、きっちりと傍らについていた篠塚・・・・・・アサシンに止められる。
彼の勤め先であるプレイヤードの方は昨日の事件もあり5日ほど臨時休業らしい。あそこのコーヒーが飲めないのはきついが、仕方ない話である。
話は戻るが、アサシンは人の家行くのに煙草は駄目でしょと母のような言い方で海へと注意を食らわせた・・・・・・恐怖というものがないんだろうかあいつは。
「煙草は一日二本まで、外出時は飴で我慢してください。公共のためと、マスターの肺のためです」
そして手渡したのは安定の棒つき飴。丁寧にあの外れを引いたら全然ほどけない包装も剥いてある。
「もう肺については手遅れだと思うけどな。しょうがねえ・・・・・・我慢しといてやるよ」
差し出された飴の棒を摘まみ、球状になっているキャンディー部分を口に含んだ。
煙草を吸えない寂しさも見えたが、心なしか表情はそこまで険しくない。
やはり糖分は正義である。
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75話 七日目:英雄王を撃ち落とすには会議じゃ会議
4人で押し掛けるというのも迷惑な話だな、とか思いつつ目的地へと到着した。
門扉の方についているインターホンを押し、カメラを覗き込んでみる。
「来栖さん?」
「は、はっひゃあああ平尾さん!?ああああ、開いてます!!」
アポなし訪問だったせいもあって彼女はえげつないほどに取り乱している。
やはり連絡先を交換しておいて事前に言っておくべきだったというのは痛感しているが、時すでに遅し。
「好きな人の訪問にびっくりしてら」
「なに言ってるんですかセイバーすぉあん!!??」
どがらしゃあと盛大に雪崩っぽい音が向こうから流れたが、セイバーは無事なのだろうか。
ああいや、サーヴァントなら大丈夫だなと独り合点して俺はお邪魔させてもらうことにした。
海たちは彼女の行動を全く心配していなさそうなあたり、既にその情報を取得済みらしい。
マンドリカルドも困惑を顔面に貼り付けているが、その表情には『またか』という呆れにも近い感情が漂っているように見えた。
「すいませんね、連絡先わかんなかったからアポなしになっちゃって」
「い、いえいえいえいえいえ教えてなかった私が悪いんです!セイバーさんのことで相談したい時に連絡したいなって思ってたのに言い出せなくって・・・・・・!」
リビングは外で聞いた音から想定したとおりのひどいありさまである。
慌てて片付けを始める彼女を手伝い、なんとか六人が腰を下ろせる場所に作り替えた。円卓を取り囲むように俺達は座り、みんなして来栖さんの顔を見る。
「ま、所々ある壁の傷が気になるがけっこういい家じゃねえか。一人暮らしでこれたあ実家は相当儲けてんな?」
テーブルに肘をつき、もごもごと舌の上で飴を転がしつつ海が言った。
お前がそれを言ったらいくら本心からの発言だろうと見下してるようにしか見えないんだが。
「・・・・・・い、一応・・・・・・母方の家はずっと昔、銀部の領主ではありました。今じゃなんの権力もありませんけど」
「銀部市っつったら舞綱の3つ隣くらいにあるとこか。なかなかいいところの嬢ちゃんてわけだ」
言い草がいつにもましてうざ絡みするおじさんみたいなのがなんかむかつく。
「あの、人違いだったら申し訳ないんですが・・・・・・司馬田さんですよね?エーデルシュタイン・グランツの社長で・・・・・・」
「人違いなんかじゃねえよ。俺は司馬田海、お察しの通り宝石屋の社長だ」
小さくなった飴を噛んで棒から分離し、そのまま棒を口から抜いてゴミ箱にノールックピッチ。案の定そんなものが入るわけもないので、それとなく俺が魔術を使ってゴミ箱へと導いてやった。
「そそそそんなすごい人が」
「別に俺は凄くねえよ。親の七光りで会社継いで部下を飼い慣らしてふんぞり返ってるだけさ」
ばりぼりと残ったものを粉砕して飲み込んだ海。にやりと笑って決め顔のつもりなのだろうが、全くかっこよくない。
ツッコミを入れるべきか入れざるべきかと迷っていたのだが、ちょうどそのタイミングで昨日聞いた着信音が鳴る。
どうやら海に電話が来ているらしい・・・・・・出ていいかと質問が来たのでいいぞとだけ口に出したが、それを言い切る前に奴は出て行ってしまった。
安定した『○○するけどいい?答えは聞いてない』のパターンである。どこのイマジンだてめえは。
「・・・・・・えーどうも、司馬田のサーヴァントでございます・・・・・・クラスはアサシンで、今までずっと潜伏しておりました」
訪れた沈黙をそう長く続かせるわけにもいくまいと、アサシンがいの一番に口を開いた。
「そうかいそうかい。おまえさんが今までずっと尻尾見せなかったアサシンか・・・・・・んで、マスターがいないところで話するのも何だが・・・・・・アンタは味方か?」
セイバーの呑気そうな雰囲気が一瞬にて張り詰める。やはりこいつ相当切り替えがうまい・・・・・・アサシンのように中で人間が入れ替わっている訳でもないのに感じるオーラは変化の前と後で全く違う。
「味方ですよ・・・・・・少なくとも、アーチャーを倒すまでは」
負けじとアサシンも凄む。視線の中点で火花が散りそうな睨み合いが始まったが、それはすぐに中断された。
なぜならば、海が戻ってきたからである。スマホをコートのポケットにしまい込み、どかりと乱暴にさっきの位置で座る。
「なんの話だったんだ?」
「うちの金ちょろまかしてたやつの処刑が終わったって話だが」
処刑とかあらぬ誤解しか生まない言い方はやめろよと言ったが覆水盆に返らず。来栖さんが舞綱のスターリンを前にして、完全に怯えている。
処刑って言ってますけどただの更迭ですから!となぜか俺がフォローしなければいけないとかいう訳わからん状況・・・・・・こいつとまともに会話できるせいでこんな役を担う羽目に・・・・・・
「そ・・・・・・そうなんですか、社長さんも大変なんですね」
「まあ社長としての業務は全部副社長に投げてるがな。俺がやってるのは処刑の最終決定やらだけだ」
「だから処刑って言うな懲戒処分か更迭にしろ」
こんなんじゃ一向に話が進まない。
周りに出来るだけ被害を与えない場所選び、あの性格の英雄王をそこへ誘導する行動パターン、そして討伐への流れ。
まだぼんやりとしかできていない作戦の構築、少しでもいいから現実味を帯びることが出来るように・・・・・・
「ライダーのマスターさんや、今日ここまで来たのはアサシンとそのマスターの紹介ってだけじゃないだろ?なんか話すことがあるんじゃねえかってオジサン思うんだけどさぁ」
こんなところで思わぬ助け船。さすがセイバーだ、頭が回る。
ちゃっちゃと本題に入って話を済ませよう、あまり長居しても来栖さんの迷惑だし。
「じゃあ、今日話したいことについてなんだが・・・・・・たぶん察しはついていると思う。アーチャー・ギルガメッシュを仕留めるための作戦についてだ」
まだ謎が多いアヴェンジャーと、おそらく生き延びて反撃の機会をうかがっているバーサーカーのことは一応脇に置いといて、兎にも角にも最大の脅威を潰す事に重きを置こう。
アサシンの言う通り、基本的にヤツを倒すまでの協力関係。セイバー陣営とライダー陣営(つまり俺達)は最後の二騎になるまで協力するということで話をつけているが、アサシンとはそういった約束を取り付けていない。
ギルガメッシュを倒したとして、その直後俺の頭と胴体がサヨウナラなんてこともあり得るわけだ。
海のことだから一度踏ん切りがつきゃ容赦なく襲ってくるだろうし、一応対策自体は考えてあるが効くか微妙・・・・・・いや、今はそんなことを考えるべき時間ではない。
「お前さんがほのめかしていたこともあって一応アサシンを加えての作戦は立案してるが・・・・・・どうする?」
「どうするも何も言ってくださいっすよ、出せる作戦があるってんなら」
マンドリカルドの言葉を待っていた、と言わんばかりの表情でセイバーは模造紙のような紙のロールを取り出してきた。
結構な量の文章であり、先日共有した情報とあれからさらに得たらしいものを元にギルガメッシュの分析もかなりされている・・・・・・俺達がぐだぐだしていた間にここまでやるとはなかなか有能だ。
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76話 七日目:優先事項
仮面ライダーの時間帯には起きれるようになった
成長(おい)
「まず、こないだオジサンたちは戦闘の臭いを嗅ぎつけてとある場所・・・・・・まあ大引寺近くにある広場つったらわかるか?あそこに行ったんだがそこではアーチャーとバーサーカーが戦っていた。これが画像、んでマスターのスマホで映像も少しばかり撮っている・・・・・・今再生できるか?」
セイバーが促し、来栖さんはかわいらしいケースを纏っているスマホを机の上に置いた。
フォトのアプリを開き、昨日の欄にある2分程の動画データをタップして開く。
俺、マンドリカルド、海、アサシンの四人が画面を覗き込んだ。
「・・・・・・オーバーキルじゃねえか」
「容赦ぬぇーっすね・・・・・・俺の時でもここまでいたぶられなかったっすよ」
一方的なまでの暴力が、バーサーカーを嬲っていた。マンドリカルドも食らった、あの鎖による拘束&他人の宝具射出による殺傷・・・・・・
置換魔術を利用した転移を行えるはずのナディアが全く手も足も出ないままに、ただただ自らのサーヴァントが傷つけられる様を見ている。
おそらく、術を使ったところで逃げられないと判断した末の状況であろう。
「ここでなんか気づくことはあるか?」
「・・・・・・武器の射出までに少し、時間のムラがある」
アサシンがセイバーの問いにそう返した。
「やろうと思えばかなり早く出せる代わりにクソガバエイムだな。狙って撃つことも可能だが、相応の時間がかかると見た」
海の言うとおり、ギルガメッシュの出すものたちは狙いを定めない限り命中率は低い。その性質もあいまってか、絨毯爆撃のように出来るだけ射出の密度を高めることで殲滅率を上げているようだ。
狙いを定めた場合は最低でも約2秒、この隙さえ突ければかなりのアドバンテージにはなるはず・・・・・・
「弾切れ狙いはたぶん難しいだろうから、出来るだけ時間を稼ぎつつギルガメッシュに誰か一人を狙撃させるよう誘導する必要があるっすね。俺のスキルを使えばタゲ取りできるんでそこらへんは問題ないっす。あの蔵みたいなとこにはゲイ・ボルクみたいな追尾式の宝具もあるだろうから・・・・・・そこらへんはまた対策を練らなきゃっすけど」
マンドリカルドも腕を組んで唸る。自分で言っておきながら、ギルガメッシュがそんな誘いに乗るはずがないだろうという考えのせいで悩んでいるらしい。
「誰か一人を狙撃する方針へうまいこと誘導できたとして、狙われた場合それを防ぎきれるっつう確証はあるのかい?オジサンは必要とあらば石でも飛んできた武器でもなんでも使えるけどね、お前さんそういうのできっか?絶対破損しない剣でもない限り、ヤツの攻撃を受けていればいずれ得物は壊れるだろうし」
「・・・・・・条件付きではあるっすけど、一応。木をぶっこ抜いて戦ったりするのも慣れてるんで」
真剣でないものであればなんでもデュランダルとして振り回せるという彼の特性上、ギルガメッシュとの相性はまあ悪い訳ではない。
拘束されていないのと、飛んできた武器の中に剣以外のものが混じっていなければならないというかなり難しい縛りは存在するが、逆に言えばそれさえクリアすりゃ勝算は見えてくる。
「それならいいんだが」
長い髪を結ぶ青いリボンを指先で弄りながら、セイバーはまたへらへらと笑った。
「あと大きな問題として、ヤツの機嫌というものがある・・・・・・悪いと当然情け容赦なく殺しにくるが、だからといってこちら側がご機嫌取りをすると逆効果だ。かえって不快に思われ死亡率が上がると見て間違いない」
こっちから干渉するべきでない・・・・・・つまり相手と出会ったとき勝負であるという。
ギルガメッシュがどういった行動で怒るのかがわからない以上、それとなく地雷を避けるように戦わなければいけない。なかなかハードな話ではあるが、死ぬよりかはましだと思う。
「理想はあいつが怒るまでもなくバイバイだけどな」
「さすがにそれは難しいだろ」
いくら脇が甘いとはいえ、英雄王を相手取ってそう簡単に勝てるわけがない。
アサシンの気配遮断スキルはAと高いが攻撃を加える瞬間は各段にそのランクが落ちることもあり、察される可能性がある。
敏捷性で言えばギルガメッシュに勝っているのだが、虚を突き切れなかった場合命取りだ。
「俺の魔眼を使って気配遮断の力を強めるってのもありだ。認識されなくなれば成功率は高くなるだろ」
「それはそうだが・・・・・・一度そこにいると思われたらもしもの時の第二刃が入れられないんじゃないか?」
「そこはお前らの仕事だろ。セイバーが防御が必要なマスターの警護、ライダーが攻撃。アサシンはサポートに回る形でパターンを増やす。単調な攻撃だったらその場しのぎであろうと対策とられんだ、出来るだけ多角的に攻めた方がいい」
確かにワンパターンだと即座に反撃される道筋しか浮かばない。
やられた時点でほぼゲームオーバー決定な俺たちマスターを守る人員は最低でも一騎必要。アタッカーとサブアタッカーをとにかく入れ替えまくって翻弄できればいいのだが・・・・・・
「場所アドを取られるときついから、できるだけ高い建造物がない場所で戦った方がいいよな・・・・・・ライダーはいざという時空中歩行も可能だが時間制限がある。それ頼みってわけにもいかん」
ビルのような堅牢な建物ならば、いつぞや見せたマンドリカルドの垂直壁上りを使って行けなくもない・・・・・・が、どうせ撃墜されてしまうこと間違いなし。
「平地希望なのはオジサンも同じだね。こちらの手が届きにくい場所に移動されてあの爆撃を食らうとひとたまりもないのは見え透いた事実だ。空中歩行を除くと、高度をとられた際の対抗策は武器の投擲くらいしかなくなる。オジサンの宝具をちょいといじれば槍にも出来るし投擲にも向いてるが・・・・・・それが安全な状態で戻ってくるという確証はない」
セイバーが言いたいであろうことは、おそらく『追いつめられたときの最終手段としてなら宝具の投擲もある』という話であろう。さすがにリスキーすぎる話なので、マスターの生命を優先するにあたっての最適解ならば・・・・・・という条件を設定した。
セイバーの望みとしてはマスターの無事が最優先。自分の願いは二の次みたいなところもあるらしく了解という返事が来た。
「俺たちはサーヴァント、自分の願いもそれぞれにあるだろうが・・・・・・まずはマスターを守らなきゃならんのはわかってるだろ」
「・・・・・・そりゃそうっすよ。俺らは所詮英霊の写しみたいなもんなんで死んでもノーダメみたいなところあるっすけど、マスターたちは一度死んだら終わりじゃないっすか」
「ここで負けても、俺たちには次のチャンスがある・・・・・・けども、マスターたちにはない」
そこらへんはわかってるなとセイバーが頷き、テーブルに肘をついた。
「これは勝ち目がない、危ないと判断したらこの中の誰かがマスターを連れて逃げろ。敗退したのなら、監督役の奴に匿って貰ったほうがいい」
「・・・・・・唐川の奴は信用ならんが、教会の守り自体は信じられるからな」
教会には聖杯(何号かは知らん)があるので勝手に取られないよう防御は硬い。
ギルガメッシュもよほど怒らせなければ既に負けた人間を始末しに来ることもないはずだし、唐川がいらんことをしなければ生命の危機はない・・・・・・はず。
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77話 七日目:試行
別にバルカンしゅきしゅきだからってその名前にしたわけじゃないんだからね(見え透いた嘘)
「おし、今日のところはひとまずこれくらいにすっか。いきなりこんなの連れて押し掛けたことについては謝罪する、申し訳ない」
「こんなので悪かったな」
背後であからさまに不機嫌そうな口調でそう言い放った海のことは無視して、俺は精一杯の謝罪・・・・・・腰90度のお辞儀を繰り出した。
これ以上を求められたらもう土下座か土下寝くらいしかない。
「えあいやいやいや全然気にしてませんって!なんなら平尾さんのほうから来てくれたのがなんかうれしっ・・・・・・って違う違う!ああああのとにかく大丈夫ですから、頭下げないでくださいって!」
「ボロが出たなマスター」
セイバーがいつも通り彼女をおちょくった直後緩い風が吹き、俺の隣くらいの場所で鈍い音が響く。
なんとなく展開を察しつつも首を横に傾けると、そこにはハードカバーの本を鳩尾に食らったマンドリカルドがいた。
「ぐぇ」
「セラヴィイイイイイイイイ!!」
サーヴァントである故体にダメージこそないものの、それなりの質量を持った物体が飛んできたせいでマンドリカルドの体は軽く吹っ飛んだ。
ソファがちょうど後ろにあったからよかったものの、これでずっこけ頭とかを打っていたらどうなったことか・・・・・・
「ぎゃああああすいませんセラヴィさん悪気は、悪気はないんです!」
「・・・・・・わかってるっす、避けられなかった俺の能力が・・・・・・悪いっす」
本をテーブルの上に戻して、ゆっくりと立ち上がる。
こんな茶番につきあってられないと海たちはお先に帰ってしまったらしく、4人から出る微妙な雰囲気が部屋に充満した。
「・・・・・・連絡先だけ交換しましょっか」
「わ、わかりました・・・・・・電話がいいですか」
「ええ、一応電話にしときましょう」
なんとも言い難いムードになってしまったが、一応目的は果たせた。
あと今日やることといえば、昨日急ぎ足で作り上げたなんちゃってライダーシステムの試運転と調整くらいか。
現在午後にさしかかり1時・・・・・・昼休憩をとっている人もいるだろうし公園ではあまり出せる代物ではない。
「・・・・・・じゃ、また今度」
「はい、また・・・・・・」
スマホを両手で包むように握り、彼女は深いお辞儀をした。
頬が真っ赤っかだったというのは見なかったことにしよう、言ったらまた何かが飛んでくるだろうし。
「セラヴィ行くぞー」
「うーっす」
とりあえず山名でも不審者出没地帯と恐れられ真っ昼間でも人が寄り付かん祟公園にでも行こう。
名前からして見るからに怪しい箇所だが、別に霊的な類は何にもないので大丈夫・・・・・・なはず。
「誰もいないな?」
「いなかったっすよ、ほんと誰も」
鬱蒼とした公園の雑木林を抜け、少しだけ日当たりのいい場所へと俺達は出る。このあたりならば外にいる人間に見られる心配も少なく、ちょっとくらい騒音を立てても怒られやしない。
俺は持ってきたケースを開け、ベルトだけをマンドリカルドに手渡した。
「すっげぇ・・・・・・」
「急造品ですまんが、取りあえずそれがベルトっつーかドライバーな。ライダーとしての名前はスプロンドゥ、知ってると思うがフランス語で『栄光』の意味だ」
マンドリカルドが元より持っている装備の銀と、服装などに多くあしらわれているダイヤ柄をうまいこと組み合わせたつもりだ。
トランプモチーフのライダーは既に存在するのだが、そんなことを気にしていてはどうしようもないのであんま考えないことにした。あくまでダイヤは意匠なので、今回のモチーフとは少し違う・・・・・・まあどっちにしろゲーム関連であることに変わりはないのだが。
名前に関してはあまり良い案が思いつかなかったのでかっこいい意味の言葉をあしらったのみである。どうせならもうちょい凝りたかったのだが。
「バックル部分を腰に当てるとベルト部分が飛び出して自動で巻き付いてくれる。んでキーを・・・・・・こうして、こう」
かなり難しい話なのだが、言葉で表現するとしたらこうだ。
外装モジュールとの接続を開始する剣型のキー(無論手のひらサイズ)のスイッチを押し起動。
バックル部分側面についている2つの穴のうち右側にこれをセットして、上部にある接続ボタンに接触といった感じか。
「一回試すぞ、まずドライバーをセット」
「こうっすか?」
マンドリカルドがバックル部分をわしづかみにして腰に当てると、がしゃがしゃと音を立てて鈍色のベルト部分が現れ彼の腰を囲って落ちないよう固定した。
苦しくない程度の巻き付きであることを確認するため、背中から指を数本かませてみたが問題なし。
「セットOK。んで次にこれを・・・・・・ポケットから出す感じでいくか」
彼の着ている濃藍色のジャケットをベルトから引っ張り出し、右側のポケットにキーを入れた。
ここから取り出して変身までの流れをスムーズに行えるようにならなければいけないので、ここらへんは練習を重ねておいたほうがいい。
「キーをポケットから出して・・・・・・なんかやりたいポーズとかある?」
「・・・・・・ぬぇーっす」
いきなり振られたせいもあってかマンドリカルドは困惑顔でキーを握りしめた。
まあ完全にパターン化しなければいけないという決まりはないので、今回は俺が考えよう。
「じゃあこうするか。ポケットから出したら一度勢いよく右に突き出せ、そんで円を描くように右手を回しつつ・・・・・・こう右手が顔の半分を越えたところで勢いよく肩へ向かって振り下ろしつつ左手をクロスするように前へ突き出す。このとき右足が前になるよう斜めに開いて、重心を一気に下げる」
頭上に10個程のクエスチョンマークを浮かべつつ彼は俺のした動きを模倣する。できるだけシンプルな動きにしているつもりだがやはり説明するのは難しいものだ。
「ここで止まって変身!って叫ぶ。まあ言い方はお前に任すけど・・・・・・で、叫んだ直後に手をこう広げるようにばっと開いて・・・・・・左手を体の横らへんで自由にしつつキーをここの穴にぶち込む。あとは右手もこうフラットな状態にして・・・・・・部品がやってくるのを待つ」
「・・・・・・な、なんとなくっすけどわかったっす・・・・・・」
「そうか、なら一回やってみるか」
ベルトを外してジャケットの左手ポケットにねじ込み、キーを右手ポケットに入れた。
さて、それっぽくなっていればよいのだが・・・・・・
「んじゃ行くっすよ・・・・・・」
まず左手でバックルを取り出し腰に巻きつける。
右手でキーを持って勢いよく横に突き出し、柄の部分についたスイッチを人差し指で押す。
『Pawn』
キーの音声が鳴る。
そう、今回メインで使用したのはチェスだ。あまり俺は強くないが、一応ルールくらいは理解していてゲームも可能である・・・・・・まあその道の人からしたら雑魚と罵られるレベルではあるんだけども。
俺が思っていた以上に滑らかな動きで所定の位置に手を持って行き、マンドリカルドはすっと瞼を下ろす。
「変・・・・・・身!」
目を開き、そのままドライバーにキーを差し込む。
『Opening』
危うく忘れていたところであった。ケースに残されていた外装をまとめてひとかたまりにしたものを取り出し、個別に動魔術で操作する。細かい部品もあるが、そこらへんは分割思考でごり押しである。
「俺が装備で視界を塞ぐからそこで装備出してくれ!出たところで装着に入る、痛かったら言えよ!」
部品たちで一度ドームのようにマンドリカルドを取り囲み、周囲からは完全に中を観測できないようにする。
内部から魔力の波を感じたので準備は完了したと認識し、部品を彼の肉体にはめていく。
できるだけリズムとタイミングよく、足から頭に向かって装備をくっつけ・・・・・・最後に、仮面。
「視界は」
「良好っす。体も軽いし戦闘に一切の支障なしでいけるっすよ!」
装備には無論質量軽減とある程度の柔軟性、仮面部分はマジックミラーの原理に近い物質(というか普通の金属に魔術強化をかけただけだが)を使用。少し間接周りが動かしにくい点はあるだろうが、できるだけフルスペックで戦えるように努力したのだ。
「よし、デザインも悪くない」
初期モデルがポーンということもありそこまで華美な装飾はしていないが、それでも仮面ライダーとして出られるくらいの完成度・・・・・・ここからフォームチェンジをどう行うかは未定(今日考える)なので、また明日の朝飯は食えないかもしれない。
「・・・・・・随分と悠長なことをしているな。D-273・・・・・・いや、ライダーのマスター」
「アンタ・・・・・・誰だ」
声に反応して即座にマンドリカルドは俺を守るべく前に立つ。
林の向こう・・・・・・俺たちの入ってきたところと真逆の方角から現れたのは、ひとりの男であった。
少し破れたりしていて一瞬わからなかったが、着ているのは黒いキャソック・・・・・・唐川の同業者だろうか?
「俺は不破・・・・・・バカ舌サボり魔の代わりって言えば伝わるか?」
「唐川の代わり・・・・・・?」
こないだ海と話していたことが現実になったらしい。あまりにも働かない唐川のことだからどっかで捨てられるだろうと思っていたが本当に捨てられるとは・・・・・・
「ああそうだ。んでいきなりだが・・・・・・その命、徒花と散らせ」
唐突に、柄から刀身までのなにもかもを漆黒に包まれた黒鍵が投擲された。
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78話 七日目:マガイモノ?
これは720%想定外めう
「っぶねぇ!!」
俺の左目を貫かんと飛ぶ黒鍵の軌道。マンドリカルドは咄嗟に俺を軽く押し飛ばしてそのまま立ちふさがる。
いきなりの出来事だったため俺は盛大に尻餅をついたが、おかげで眼球串刺しという惨事は免れた。
「監督役だってのにいきなり公平性を欠いた行動はいかがかと思うが・・・・・・あとD-273ってなんだ、俺は型番で扱われるような人間じゃねえぞ」
「・・・・・・なんっにも知らねえんだな、テメェは」
指の間につがえていた黒鍵を消して手を払いつつ、呆れたように不破は俺を見て言った。
その目には憐憫と少しの軽蔑を感じる・・・・・・全く心当たりのない話に、俺は首を傾げるしかない。
「どういう了見で理由も言わず俺のマスターを攻撃した」
「異端狩りにそれ以外の理由が必要か?」
確かに聖堂協会は教義にない異端を狩ることに特化した部門。
人の道を踏み外した魔術師や吸血鬼などを排除するための組織だと知っていたが・・・・・・
俺はせいぜい科学に造詣が深いとかそれくらいで、別に排斥されるようなことはやっていないはず。身に覚えがない罪で殺されるのは無論真っ平御免なので、とりあえず聞き出せるだけ聞き出したい。
「異端認定されるようなことをした覚えがないんだが・・・・・・俺の何がいけないんだ?」
「何が・・・・・・か。少ねぇ語彙で端的に表すなら『存在そのものが人類にとっての損害』だな。陳腐な物言いだが」
随分とスケールのでかい罪だ。存在そのものが不利益などと言われてはどうしようもない。実際俺は何一つ人類に貢献出来ていないのだから。
「神の猿真似をし続けた人間が作り出した産廃なんだよ、テメェは」
「・・・・・・お前、俺の何を知ってる?」
まるで俺が人の手で生み出された・・・・・・ホムンクルスなどのような存在であるかのような物言いだ。
記憶は薄いが、俺はれっきとした人間のはず。両親の顔も覚えているし、普通に学校にも行って、就職した。ホムンクルスであるのなら、最初から完成された存在であるべきだ。人間の代わりとして利用するのだから、育てる必要がないよう設計するはず・・・・・・
でも否定はできない。そうでないと証明できるものがないのだ。
戸籍なんてのは魔術を使おうが使わまいが偽造できる、写真も念写さえ拾得していれば簡単に思い出を捏造できる。
人の記憶も、海の持つ魔眼が生む術式を筆頭にいくらでも改竄ができる。
信じたくない。でもなぜか、納得している自分がいるのだ。
「全部だ」
そんなわけあるか、なんて・・・・・・今の俺に言う気力はなかった。
「アンタ、マスターをおちょくるのもいい加減にしろよ・・・・・・ふざけたこと言いやがって、さっさと教会に帰れ」
「虚栄心が丸見えだな。ちょっとは隠す努力したらどうだ」
「・・・・・・貴様」
人を見下すような笑い声を上げて不破は踵を返し・・・・・・その背中に、マンドリカルドが斬りかかる────
だめだ、行くんじゃないと声をかけても彼は止まらない。
後少しで奴の首に刃が到達する・・・・・・と思ったが、そのときは訪れなかった。
「潰すぞ」
瞬間、爆風が俺の顔を打った。
「っぐぁう!!」
立ち上った砂埃が晴れる。
マンドリカルドが先程までつけていた外装は所々外れて地面に落ち、露出した部分にこれでもかと例の黒鍵が突き立っていた。
まるで磔のようにされた彼の姿を見て、俺は絶句するしかない。サーヴァント相手に喧嘩を売っただけでなく、こうも簡単に鎮圧するなどあってなるものか。
「・・・・・・な、何モンだお前」
ようやっと絞り出した言葉は震えに震え、何とも情けない調子で空気を揺らす。
飄々とした顔つきで不破は俺の元に歩み寄って、仁王立ち・・・・・・その双眸はあからさまに俺を見下ろしている。
「俺はほかと比べてちょっとだけ強い代行者に過ぎねえよ。まぁこんなナリで一応埋葬機関送りになりかけたこともあるがな」
埋葬機関。
異端を武力行使で排除する教会の代行者、そのトップ中のトップが所属するという集団。
予備役含め8人しかいない少数精鋭、場合によっては教会の言うことを完全無視なんていう噂飛び交う無法集団。
そんなものに選ばれかけた人間がなぜこんなところにいるのだ。そしてなぜ俺を目の敵とばかりに詰め寄ってくるんだ。
「・・・・・・なんで、俺が」
「さっき言ったことをもう忘れたか?異端なんだよテメェは。形と遺伝子だけはまともな”人もどき”だ」
やはり、俺はホムンクルスかなにかなんだろうか。自分の記憶が信用できない、何を信じればいいのか全くわからない。
歯が勝手にがちがち音を鳴らす。これは何だ、恐怖か?怒りか?思考すらも破綻しそうになる、瓦解はなんとか抑えているが・・・・・・どんなきっかけで崩れるかわかったもんじゃない。
「それ以上・・・・・・マスターのことを言うな」
突き刺さった黒鍵を抜いて地面に撒き散らし、マンドリカルドがゆっくりと立ち上がる。
やはりエーテル体でも作用は絶大らしく、それの刺さった跡は随分と痛々しい。
「・・・・・・そうか、お前がか」
「”わたし”の邪魔をするな、今すぐ消え失せろ」
仮面を外し、不破を睨むマンドリカルド。
ふつふつと静かに煮えたぎる怒り・・・・・・心なしか、こちらにまでその熱が流れ込んでいるような気さえする。
「そういうことなら話は変わってくる。お前がいるなら当面、こいつの始末はできねえな」
「・・・・・・お前なんぞの手を借りずともなんとかしてやるさ、”わたし”にはそれができるのをわかっているだろう?」
「わーってらあ・・・・・・聖杯戦争関連で不正した場合は別件扱いで潰しに来るからそこらへん理解しとけよ」
そのまま不破は林の向こうへと消えていった。
ことが終わったと実感したせいか、体がずしりと重たくなる。
「大丈夫っすか、克親」
「大丈夫っすかは俺のセリフだ。黒鍵あれだけぶっ刺されてきつくねえのかお前は」
すでにマンドリカルドの負った傷は癒えているが、内部まで元に戻ったかは解析を行わないとわからない。
霊体干渉能力があるものだけに、恐ろしいのだ・・・・・・
「向こう、俺を殺す気じゃあなかったみたいで・・・・・・少し痺れがあるっすけど、もう少ししたら大丈夫っす」
手のひらを軽くはためかせて無事を示すマンドリカルドだが、その身振りに反して表情はこれまでになく重い。
「暗い顔すんなよ、俺までなんか気分落ち込むだろ」
「・・・・・・そうは、言ってもっすね・・・・・・克親のこと、あれだけ言われちゃ明るい表情になんてなれないっすよ」
確かに不破の放ったものは『俺は何なのか』という根本を揺るがすような言葉だった。
神の真似をした人に造られた、人もどき。
そして・・・・・・異端。
「ぅ、ぐ・・・・・・ぁ!?」
あの痛みだ。
思考が乱されるどころか崩壊する、雷のような頭痛。マンドリカルドが叫んでいるというのは認識できるが、発される音から意味をすくいあげられない。
俺はまた、触れてはいけない領域に触れてしまったのだろうか?
これはなんなのだ、わからないまるでなにもわからない!!
「嫌、嫌・・・・・・ァああああああああああああああああああ!!」
辛うじて生き残っている思考回路をつなぎ合わせ、この頭痛の発生源を突き止める。これは何かを守るための機構、ならば・・・・・・それを解けば正体が、見えるはずだ。
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79話 七日目:体の中に
間違いない、これは親父のかけた術式だ。人間の記憶を一時的あるいは永続的に封印するタイプのもので、解除さえすれば元の記憶が蘇る。
消さなかっただけまだ温情があるとは言えるが、そこまでして隠したかったものとは一体なんなのだろうか。
「これ、は・・・・・・?」
赤黒い何かが、小さな箱に貼り付いている。それはまるで、時間経過で黒ずんだ血液のような・・・・・・
ああだめだ、なんで俺は血が苦手だってのにこういうことを想像するんだ。
「兎にも角にも、開けてみなきゃだな」
どろどろとしたそれに恐る恐る触れる・・・・・・生暖かく、少し粘性のあるそれは紛れもなく少し乾燥した血液。
それを知覚した途端に鼻腔をどこか金属っぽい臭いがつつく。
正直卒倒しそうになったがここではそんなこともなく、頭痛のさなかではあるが意識を保っていられた。
付着物をおおかた取り払い、小箱の蓋をゆっくりと開いていく・・・・・・自分の本能が『これを見てはいけない』と叫んでいるが、もう戻れはしない。
「んだよこれ・・・・・・?」
視界が一瞬白い閃光に塗りつぶされ、俺は思わず目を渋った。まぶたを突き抜けるようなそれが収まったというところで目を開くと、風景が一変している。外の風景から察するに、ここは昔の平尾家で間違いない。
部屋中を埋め尽くす血の色、教科書で見たような臓物、そして不気味に光を反射するやや黄色いなにか。
一目見ただけで理解できる。これは生命体であったものであると。
背中に電流が走るような感覚。思わず四肢が震える、もれなく脳の奥がきゅうと締まるような気さえした。
いつの間にか手には血みどろの剣・・・・・・血で色こそわからないが、俺はこいつが何かを知っている。
・・・・・・俺がたびたび実体化させてしまう、あの模造デュランダルだ。
自分はこれで人を殺めたのか。それならば、教会の奴らに目をつけられてもおかしくはない。
だが不可思議なことがひとつ・・・・・・なぜ、俺はその場で殺されなかったのか?
魔術師の家で起きた殺人事件、それにこの時点で異端と判断されそうな『不毀の絶世剣』の模倣は行っている。
「っ今度はなんだ・・・・・・?」
世界がガウスぼかしをかけられたかのように曖昧さを増し、結ばれる像の姿は一瞬にして変容する。肉体の感覚も薄れ、まるでスペクテイターのように傍観するような形となった。
誰かの工房らしい部屋のど真ん中、手術台のようなベッドに拘束されているのはまだ中学生くらいの俺だ。綺麗に心臓の真上あたりを切開され、そこに何かを埋め込まれているらしい。そして術者は俺の親父。キャップもマスクも防護服も手袋もなしという、医者が見たら怒り狂うこと間違いなしな格好で電気メスを握っていた。
『・・・・・・あなた、本当によかったの?克親に、こんなことをして』
『悠・・・・・・これも、必要なことなんだ。平尾家が未来永劫残るために、デュランダルの持つ力を人体へと移植・・・・・・これにより、克親は死を超越するかもしれないんだ・・・・・・』
『でもそれは、死徒と同等かそれ以上のものを生み出してしまうのかもしれないでしょう?それに、いくら平尾家の存続を固める為とはいえ克親を不死の苦しみになんて────!!』
泣き崩れた彼女は、俺の母親だ。
いつ死んだのかも覚えていないような状態だが、確かに俺を守ってくれていた。
「・・・・・・母さん」
『克親・・・・・・』
手術台の上で眠ったままの俺に向かって、まるで問いかけるように呟く母さん。
その声に憐憫の思いはなく、ただただ悲しみだけを孕んでいるように思えた。
自分の中に聖剣・・・・・・それも、マンドリカルドが生涯をもって求めたものがあるだなんて信じられない。だが、あの体内にこもるような剣のイメージ・・・・・・それを具現化させたものは彼に『これは間違いなくデュランダルだ』と言われた。
あのイメージは体に埋め込まれた聖剣によって生み出されたとすれば辻褄が合う。
「そういうことか・・・・・・」
ショックではあったが、元がちゃんとした人間であったという点が救いだった。
不破に言われたような『人もどき』などではなかったのだから。
父の犯した罪を俺が払うというのはやはり納得いかないので、素直に殺されるつもりは毛頭ないのだが。
「・・・・・・でも、俺は俺で罪を犯した」
先ほど見た、人殺しの光景。
俺自身には覚えがなかったけども、あれは間違いなく自分。
あのときはおそらく15歳~17歳、やったことからして無期懲役もしくは死刑間違いなし・・・・・・時効は15年ほどだから、今行けば素直に捕まえてくれるかもしれない。
だがそれで贖罪になるのかはわからない・・・・・・何をもってすれば、俺は許されるのか。
「・・・・・・いや」
許されたいと願うのすらおこがましい。
どれだけ贖っても俺の殺した人が受けた苦しみは消えようがない。
ならば、ならば・・・・・・
同じ苦しみを受けることくらいしか、出来ることはないのか。
英霊でもない死者を現世に呼び戻すなど不可能・・・・・・というか、魔法の領域。
謝るとしても俺が死に、直接伝えに行くしかない。
感じたことのない自責の嵐。
本能はやはり、許されたいと願ってしまう。
聖杯にかける願いですら生き返らせるのは無理なはず。
『あなた。やっぱり克親の中の─────』
『もう同化は始まっている、取ろうとすれば・・・・・・逆に克親を苦しめるぞ。最悪の場合、死ぬ』
『・・・・・・そんなこと、言われたら・・・・・・もう、どうすればいいのよ!!』
顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして、母さんは叫んだ。
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80話 Interlude:似ているのか、否か
「お前らこの短い期間で何回ぶっ倒れりゃ気が済むんだよ」
「・・・・・・そうは言われても」
意識を失ったらしい克親を家のベッドにまで運び込み、寝かせたところで司馬田にそう言われた。
確かに俺と克親で片手で数え切れないくらいは気絶やら何やらをやっているような気がするのだが、なにしろ相手がヤバいので仕方ないとしか思えない。
「まあギルガメッシュやらなんやらにボコされてりゃそうもなるか。今日は何だって?新しい監督役に喧嘩売ったっつってたよな」
「こっちから喧嘩は売ってぬぇーっすよ!ただ向こうが克親のことで煽った上に攻撃してきた・・・・・・だけで」
俺が早いうちに彼の耳を塞いでいれば、こうはならなかったのかもしれない。
でもどっちにしろあの圧倒的な強さを誇る代行者にやられるのは変わらなかっただろう。初見というのもあいまって手酷くやられてしまったし・・・・・・殺意こそなかったが、あの黒鍵というものに刻まれた術か何かで未だに手の痺れが感じられる。
「・・・・・・煽りか。どういったやつだ?人格否定か中傷か、高圧的な言動か・・・・・・馴れ合い煽りみたいなやつもあるが」
「・・・・・・克親は、人もどきだとか、世界に損害を与えるとか・・・・・・そう言われて」
司馬田から例示されたものに当てはめると、中傷になるのだろうか。明確な証拠も提示されていないままにそう言われたものだから、控えようとは思っていても少し怒ってしまったのは事実である。
「そいつ、名前わかるか?」
「・・・・・・不破とか名乗ってたっすけど」
何か奴について知っている事があるのだろうか?
それならば是非とも情報を掴んでおきたい、いつかリベンジしたい欲が俺の中でぐつぐつはらわたと一緒に煮えくり返っているのだから。
「不破・・・・・・全部真っ黒な黒鍵使いだったか?」
「・・・・・・そっすけど。なんか知ってるんすか?」
どうやら心当たりがあるらしい。
唐川の使っていたものとは違う、少し銀色っぽい輝きを見せた漆黒の剣・・・・・・とてつもない速度で生成され俺を串刺しにしたアレは軽いトラウマになってもおかしくはないレベルだった。
「まあ一応な。異端狩りのターゲットになりそうなこじらせ魔術師界隈じゃあちょくちょく噂されてる存在よ。自分の信じる正義に従うタイプだが、行いは全て正しいとは考えていない。上からの命令も必要とあらば息をするように無視。まあある種芯は通ってるから行動理念さえわかれば対処は簡単なタイプ」
本格的に禁煙させたい篠塚が渡したであろう禁煙ガムを不機嫌そうに噛みながら司馬田は言った。
とにかく自分の信念に基づいて行動するタイプとあらば、一度こいつはやるべきじゃないと思わせておけばしばらくは大丈夫なのだろう・・・・・・彼と会った時にデルニがまた顔を出したのだが、それを見た途端奴は『そういうことなら話が変わってくる』と行動を変えていた。
『克親を殺すことにより生まれる利益』と『ここで一度見逃すことにより生まれる利益』を天秤にかけた結果後者が勝利したということなのだろうが・・・・・・彼は俺に何の可能性を見いだしたのだ?
「持って行きたい結末があって、それから外れるような行いをする奴は粛清するって考えなんすかね?そうだとしたら・・・・・・とことんあいつの理想に付き合ってやれば」
「まあそういうこったな。べつに付き合わんでもいい、邪魔さえしなけりゃあいつは攻撃しないだろうよ」
くっちゃくっちゃとガムを苦虫だとでも思っているかのごとき形相で食べている司馬田。やはり煙草を吸いたくて仕方がないようだが俺はそんなもの持ってないし買う金もない。
「あいつの理想ってのは兎にも角にも人類・・・・・・特にホモ・サピエンス種の存続だ。それに仇なす存在であれば問答無用で潰しにくる。そういう性質も相まって黒魔術の類は目の敵、ホムンクルスなどの人工生命体も大嫌い。核兵器とかなんてもってのほか」
「・・・・・・わかりやすい奴っすね・・・・・・でも、克親が人類の敵扱いってのは納得がいかないっすよ。別に今大量殺戮をしようとしてるわけじゃないし。人もどきとか言われても、ホムンクルスじゃないし・・・・・・」
俺がそう呟くように言ったが、返答はない。
もしかしてヤバい事案に言及してしまったのではないか、俺殺されるんじゃないか・・・・・・?
恐る恐る司馬田に声をかけてみたところ、やっと此方を向いてくれた。
「まあ、あいつはホムンクルスとかじゃないんだが・・・・・・ちと複雑な話があってな。俺が話していいような案件じゃねえから黙っとくが」
モノクルを外して眼鏡拭きで適当にむいむい擦っては吐息をかける司馬田。
重要なことを隠されたって逆に知りたくなるというのが人間なのだが、そこらへんを全然わかっていないらしい。
「言ってくださいっすよ。気になるでしょ」
「随分グイグイ来るようになったなお前。だが言わねえよ、俺と平尾の間にある最低限の信頼ってやつだ」
口を割る気は毛頭ないらしく、司馬田は大きなため息をついてリビングのソファにもたれかかった。
「・・・・・・俺、あいつに・・・・・・聞いてきます」
「悪いこた言わんから止めとけ。68×48の盤に爆弾777個のマインスイーパーを目隠しでポチりまくるようなバカ行為だぞ」
例えがよくわからないが、恐らく超危険であるということだけは理解できた。
だが、やはり気になるものは気になる。克親が目を覚ましてもそれを教えてくれるかはわからないし、もしかしたら忘れてしまっている可能性だってある。
・・・・・・そして、克親の全てを知っていると豪語したあいつのことが気にくわない。
たった一週間ほどしか一緒にいないけれど、あんな奴が自分より上だという事実を受け入れたくない。
この感情をなんと表せばいいのか、語彙力も何もない俺にはわからないが・・・・・・とにかく、あいつが嫌いだ。
「・・・・・・やっぱ、行ってきます」
「少なくとも俺より長い期間生きておいて、未だに青二才だな」
「何とでも言ってくれっす」
部屋を飛び出し、玄関で靴を魔力によって編み出す。
もうあいつは教会にいるだろう・・・・・・怒らせさえしなければ大丈夫だ、だから俺は・・・・・・
『嫉妬してるのか?』
「・・・・・・笑うなら笑えよ」
『笑わんさ。それは正しい感情なんだから』
デルニが懐かしがるように、小さく呟いた。
「・・・・・・お前がそう言ってくれるんなら、俺も気が楽だ」
『そうだといいんだけど。それにしてもあいつ、”わたし”の正体を早くも察したっぽいな~』
「似たようなもんどうしわかるとこがあるんじゃねえの」
坂道を軽く走りながら、脳内で会話を続ける。
周りに人がいないからこそできることだ(人前でこんなことしたら間違いなく精神病院を薦められる)。
『そうかもしんないな。叶え方の違いはあれど人を守るっちゅう使命は変わらんし』
「俺も、大切なものを守るためなら悪にも染まる・・・・・・ってか」
『俺らは中立・中庸だがあいつは例えりゃ善・混沌だろ。誰かのために動くけど行動は独自の俺ルールってところ』
「・・・・・・確かに」
似ているようで少し違う。
分かり合えるのかもしれないが、無理くさい面も結構あるっぽいのでなんか不安になってきた。
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81話 Interlude:結局脳筋じゃねえか
特に何事もなく協会に到着する。今のところ、二つほどしか人の気配がない。
恐らく不破と唐川の二人なのだろう・・・・・・。
「・・・・・・お取り込み中、ってことじゃあなさそう・・・・・・か」
魔術特有の波動、みたいなものは感じられない。
今から何かある可能性とすでに何かあった可能性は否定できないが、現時点ではまだ大丈夫そうだ。
中の雰囲気に気を張りつつ、扉の前に立つ。
ゆっくりとドアノブを握って、手首を捻る。無機質な音を伴い扉はすんなりと開く・・・・・・鍵はかかっていなかったようだ。
「・・・・・・は?」
明かりはなくカーテンは締め切られ、窓も開いていないので中は真っ暗。
それだけならまだいいのだが、俺の鼻を突くのはそこはかとなく甘いにおい。
「す、すみません・・・・・・だれか、いませんか?」
黙っているのも怖く感じた俺は、そう声を上げて前に進む。
こつりこつりと足音が響くも、それに反応して発声する人間はいない。
「・・・・・・すみませーん」
「お前さんはよ帰った方がええで」
床を這うようにして出てきたのは唐川。暗いせいでよくわからないが、かなり憔悴しきっているみたいだ。
「な、なんかあったんすか?」
「・・・・・・あいつこれでもかとあっまいあっまい菓子ばっか食いよるねや」
この甘ったるいにおいの原因はそれか。ここからでもかなりきついにおいなので現場が相当ヤバい状況なのは間違いない。
だが俺には聞かなければいけないことがある・・・・・・別ににおいで殺されるわけでもないので、行くしかない。
意を決して俺は発生源と見られる部屋のドア前に立つ。わずかに光が漏れ出しているのでまず間違いないだろう。
「・・・・・・やめとけ、その先は地獄やぞ」
「俺はそれでも行きます・・・・・・すみませーん!」
ばん、と結構雑にドアを開けた。
広がる光景はもはや意味が分からない。机の上どころか床一面に広がるチョコレートやケーキ、シュークリーム、羊羹、すあま、どら焼き、鯛焼き、御座候・・・・・・ありとあらゆるスイーツが入っていたであろう殻が散らばっていた。
そしてそのゴミ山の中でもくもくと食事を続けているのは無論不破・・・・・・口の周りにクリームがついているがそんなものはお構いなしらしい。
「・・・・・・うわあ」
「ドン引きやろ。糖尿病待ったなしやし舌おかしいわ」
これだけの量を摂取していたとしたらもう内臓が馬鹿になっていそうなものだ。なのに不破の体は至って普通・・・・・・というかむしろ糖分とは無縁とまで思える引き締まりっぷりだ。
莫大とまで言えるカロリーをどこで消費しているのか全くわからない。
「余計なお世話だ。あと脳みそカプサイシンにハッキングされた馬鹿にゃ言われたくねえな」
麩菓子をばりばりと粉を散らしつつ食べ漁る不破・・・・・・もはや言葉も出ない。
「お前さあ、いろんな人から募金とかでもろた運営費まで手つけかねん勢いでスイーツ食うんやめてくれや」
「教会の運営はちゃんとするし運営費からちょろまかすなんて主を裏切るような真似すっかよ、食い散らかすとしてもテメェの財布だけだ」
さらっと外道の極みそのもののような事を言ってのけたぞこの男。
「・・・・・・エリート代行者ってのは決まって横暴や。ゴミ片すから一回のきーや」
「あ”ぁ!?ゴミじゃねえよ貴重な資源だろうが捨てんじゃねえ!」
「ちょっ俺まで巻き込まないでくれっすよ!」
雨霰と飛んでくる黒鍵。牽制のようなつもりなのか、壁に当たった瞬間に崩れていく。
その破片を拾ってみるとやはり真っ黒・・・・・・だが、光に当てると少しだけ輝いた。まるで鉛筆とかの芯みたいだ。
「・・・・・・まさか」
「ったく、ビニールを捨てるとか万死不可避なんだが。こんないい素材そうそうねえんだから」
ミニシュークリームのラベルを引っ剥がし、中身をもっすもっす頬張りつつ取ったそれを翻す。
脳裏に浮かんだだけの可能性が、一気に現実味を増していく。
そんなことがあり得るのか。魔術師やら教会の人間は科学を嫌うってのは嘘か。
「・・・・・・アンタ、もしかして・・・・・・炭素を操れるのか」
「まあそういうこった。この世界に有機物がある限り武器は無限、ってな」
また随分と厄介な。俺達のようなエーテル体ならまだしも、普通の人間ならば体は炭素まみれだ。
ビニールからでも炭素を取り出せるようだし、タンパク質とかああいうのからも抽出できるはず・・・・・・つまり、いざという時は敵の体から自らの武器を作れるであろうということ。人類にとっては味方最大の脅威そのものではないのか。
なおさら敵に回してはいけない存在・・・・・・どうにかして自分たちが悪でないと証明しておきたい。陰キャモードはいったんオフだオフ。
「んで、なんの用だ?ここにマスターすら連れず来たってことはそれなりに理由があんだろ」
「・・・・・・ああ」
俺は頷き、一度唇を強く噛む。躊躇ってはいられない・・・・・・克親のことを聞き出さねばならないのだから。
「あらや・・・・・・もねえぞ、テメェのマスターについて言うことなんてな」
既にこちらの目的は察しがついていたようだ。
だが、そう言われた程度で引き下がるほど今の俺はへなちょこじゃあない。
「それでも教えて貰いたいんだよ、アンタの脳みそ引きずり出してでも知りたいくらいにな」
「同性相手に随分とお熱だな。そんなに言うんなら・・・・・・力づくで情報を吐かせに来な!!」
「・・・・・・わかったよ、洗いざらい全部吐いて貰うからな!!」
なんかもう引くに引けなくなったので俺は教会の外へ不破と一緒に飛び出した。
入り口近くで唐川がにやにやと見ているがそんなものはもうお構いなしだ、今日は暴れ回りたい気分だし、こいつにリベンジもしたい。
周りに人がいないことを確認して、装備を顕現させる。魔力の問題から木剣は咄嗟に1本錬成するのが限界・・・・・・折れた場合は植わっている木でも引っこ抜いて戦う外あるまい。
『いいのか、本格的に監督役へ喧嘩売ってるんだぞ今』
いいんだ、どうせ衝突するのは避けられんだろうし。
自分とデルニを説得するようにそう心の中で言って、俺は剣の柄を握った。
5mほど向こうにいる不破も両手に3本ずつ黒鍵を生成し、ゆっくりと重心を下ろす・・・・・・俺を射抜く眼光はまるで大狼のようだ。
「・・・・・・せいぜい洗礼詠唱で消えないようにな!」
「そっちこそ情報出す前に死ぬんじゃねえぞ!」
同時に二人の足が地面から離れる。
向こうが見せるのはやはり直線的な投擲・・・・・・だが、埋葬機関に選ばれかけた代行者がその程度で済むはずがあるまい。
「追躡!」
案の定だ。
一度回避したはずのそれがいきなり軌道を変更し俺に向かって飛んでくる。
仕方なしに全部剣で叩き落とし黒鉛の破片に変えてやった。
「はぁあああ!!」
中近距離での戦闘が可能な不破に対してこちらは近距離専門。『”手に”持ったものはすべてデュランダル』という俺の性質上自らの手を離れる飛び道具はあまり使えないのだ。
相手の攻撃可能圏内に飛び込むというのはいささか危険だ。
でも、だからといって有機物がある限り武器が作れるという実質無限の兵器工場相手に逃げ回るというのはかなり難しい。奴の魔力がどれほどあるのかにもよるが、克親並みの生成量であればまずこちらがジリ貧で死ぬ。
だから短期決戦最高火力。所謂脳筋戦法だ。
「フラグメント・オブ・ノーブルファンタズム!」
さすがに真名解放というわけにもいかないので、50%ほどでの使用に踏み切る。なんかそれっぽい技名だけつけて、俺は剣へと魔力を注ぎ込んだ。
これで決められればよいのだが、そんな簡単にいくはずもない。
不破が新しく何かを作り出している・・・・・・恐らく俺にとって初見の何かだろう、それを出される前に叩く。
「どぉらああああああああ!!」
「猪かなんかかテメェは!」
ばしゃ、と返り血が俺の頬にべったりとつく。
研ぎ忘れられた包丁程度の切れ味しかないが、それでも十分なダメージではある。なおこの程度の傷怪我に入らんとでも言いたげにしている不破が取り出したのは・・・・・・
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82話 Interlude:異質な強さ
「けっ、これまた厄介な野郎だ・・・・・・な!」
吐き気がしそうなほどに濃い魔力の波を感じた。不破の手に顕れたのはなんとも大きな爪形の武器・・・・・・透明な結晶がごとく透き通り、日の光を反射している。
「ダイヤモンドも作れるんだな、それ売れば金になるんじゃねえの」
「はっ、大した戯れ言だ──────!」
やはりダイヤというものは硬い。熱に弱いという話もあるが今俺の手元には熱源がない。
となると俺の力でこいつを破壊する方法は一つ・・・・・・だがかなり高度な芸当だ、俺みたいなへなちょこに出来るわけもなく・・・・・・
「ほらほらどうしたどうしたぁ!!さっきまでの心地いい殺意もっと見せろよなぁ!!」
狂ったような笑い声を上げながら、不破は俺に猛攻を加えてくる。
盾で防いではいるが、このままじゃあ一向に攻撃が入れられない・・・・・・どこかでタイミングよく形勢逆転がしたいところだ。
「ぐ・・・・・・きっつ・・・・・・!」
未だに不破の腕からは血がこぼれていってるが、彼の神経は現在断線しているのかと言わんばかりに気にされていない。
失血により動作が鈍重になるということもないあたりが厄介だ。完全に戦闘狂と化した向こう相手に為すすべもなく圧されていく。
一度距離を取りたいがあの黒鍵が怖い。普通の武器よりも霊体に干渉する力が強いそれは、あまり多く被弾してしまうと危険だ。
「舐めんじゃねえ!!」
無理やり自分を奮い立たせ、剣を振るう。かなりダイヤモンドの刃によって傷を付けられたが、まだ使える・・・・・・なんならただの棒になってしまったとしても、それはデュランダルになるのだ。
それにしてもどうすれば一番あの爪にダメージを与えられるか、演算が間に合わん・・・・・・それさえわかってしまえば、ダイヤの対処なぞ簡単なものだというのに。
『こういうのでお助けするのってどうなのかと思うけど、どうする・・・・・・わたしが出ようか?』
「いやいい、これは俺とあいつの戦いだ!」
もはや心の内だけで会話するのも不可能になるくらい焦ってきた。
不破はデルニのことをなにか知っているような気もするし、今更隠したところでという深層心理でもあったのだろう。
大見得は切ったが正直言ってデルニの手を借りたい。でもなけなしのプライドがそれを許さない。
俺の意志でこいつと戦うと決めた、俺の意志で・・・・・・克親のことを洗いざらい吐かせてやると決めた。だからこれは、俺の問題。いくら同じマンドリカルドという存在でも、デルニには任せられない。
「くっそ・・・・・・がああああ!!」
無我夢中で放った一発の斬撃。
こんなんじゃ勝てる訳ないと思いつつ、剣を振り下ろしただけだった・・・・・・だが。
「・・・・・・ちっ」
ぱき、と軽い音を立ててダイヤモンドの爪が割れた。
『劈開だな』
「・・・・・・そうか」
どれだけ強く砕けないダイヤモンドでも、ある方向から力を加えれば割れる。
そいつさえわかれば対処はまだできるほうだ・・・・・・偶然だが方法が見つかって良かった。
「まだ終わりじゃねえだろ、もっと来いよ!」
「言われずとも!!」
相手はそこまで驚いたわけでもなく、黒鍵を生成しては投げつけてくる。
先ほどよりも段違いに数が多いので避けきれない、仕方ないがここは受けるしか────
「っぐぁ!?」
あり得ないほどの衝撃が俺の足首に走る。踏ん張りきれずバランスは崩れ、その場に倒れ込んでしまった。
この状況でこれは相当危険・・・・・・さっさと起きあがらなければ本気で仕留められてしまう。
だが時すでに遅し。不破が俺の腹を右足で踏みつけ、容易に動けなくしてきた・・・・・・サーヴァントとしての力を出せばこの程度はすぐ抜けられるのだが、ここで無理に脱出しようとしたら逆に危ないと本能のアラートが鳴っていた。
「・・・・・・お前曲がりなりにもサーヴァントだろ、俺の足くらい軽くへし折って抜け出せんだろうが」
「そうしようとすれば即俺の額に風穴空けるつもりなんだろ?乗れるわけぬぇーじゃねえか、そんなあからさまな死亡フラグ」
「・・・・・・そこらへんはちゃんとわかってんだな」
軽く上体を起こすと、待ってましたなんて言わんばかりに黒鍵が額へと突き出された。あと1cmかそこらで切っ先が俺の額に刺さりかねないような距離である。
この状況でも向こうは殺害の意図を持っていないようで、ただただ制圧した俺の姿を見てくつくつと笑っていた。
あくまでこれは殺し合いでなく、試合のような・・・・・・
「なんでお前がランサーを倒せたのか全く意味がわかんねえな。それにその弱さでどうやってマスターを守るつもりだ」
「・・・・・・こんな俺でも、俺なりの戦法ってのがあるんだよ」
人外そのものみたいなアンタにはわからんだろ、と精一杯の口撃も虚しく不破はまた面白そうに笑うだけ。
俺がいくら知名度補正0でくそ雑魚の底辺サーヴァントだからって、さすがに強すぎではないか?
「勝負は俺の勝ちだな。んでテメェに一つ質問があるんだが・・・・・・いいか」
「答えるまで解放してくれねえんだろ、さっさと・・・・・・言ってくれっす」
疑似陽キャモードのタイムアウトにより口調がまた元に戻ってしまう。
もう少し長い時間保たせたいとは思っているのだが、やはり陽キャになりきるのには莫大なエネルギー(精神的ななんか)が必要なのである。なおあまり長い時間やりすぎても元に戻ったときの反動(さっきのは黒歴史だったな現象)が起こりやすくなるので兼ね合いが重要なのだが。
「お前は、たった一人のために他のすべての人間を殺せるか」
ずん、と胸に沈むような言葉が俺を刺す。
これは俺の覚悟を問っているのか、はたまた自分の敵か否かを見ているのか。
前者であればはいと答えるべきだし、後者であればいいえと答えるべきだ。答えを間違えると殺されかねないし、出来るだけ無難に行きたいが・・・・・・不破の目を見たところそういった逃げの答えは必要としていなさそうだ。
「・・・・・・殺せる。それが、使命だというのなら」
意を決してそう答えた。
できるできないの話は置いといてだが、俺はそうする。克親の為ならどれだけ酷いこともやる。命令であるなら何だって遂行する。
克親と一緒にこの戦いを生き残るということが俺の使命だと、もう一人の俺に言われたことを思い出した。
「・・・・・・そうか。それがテメェの答えか」
少しだけ意外そうに返事をした不破。
「気に障ったってんなら謝るっすけど」
「んなわけあるかよ、思想の違い程度でいちいちイライラしてられるか」
俺の腹を踏みつけていた足、それを離して不破は一度大きくため息をついた。
相容れはしないが、他の考え方も理解はしてくれる奴なのかもしれない。
「・・・・・・アンタは、人を守りたいんだろ」
そう他人から聞いたぞと付け加えて、彼の顔を見やる。
さっきまでの殺意凛々とした姿はどこへやらと、不破はまだまだ青い学生のような表情を見せた。
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83話 七日目:仕置は十分にやれ
「・・・・・・セラヴィ?」
いつの間にか目が覚めてしまった俺は寝かされていた寝室のベッドから起き上がり、辺りを見回した。結構な時間意識をすっ飛ばしていたらしく、もう外は暗くなりつつあった。
マンドリカルドが近くにいないということを感覚的に悟り、少し焦る。
もしかして俺が寝込んでいる間に拉致でもされたのか、と思ったが緊急での発信はないし信号がとぎれているわけでもない。ということは、自らの意志でどこかに行ったのだろう。
だとしてもどこへ?
「起きたかねぼすけ。お前のマブダチ勝手に家出してったぞ」
ドアが乱雑に蹴られたかと思うと、大あくびをかましつつ海がそう報告してきた。
マンドリカルドが、家出?
俺はそんなにまずいことをしてしまったのか?彼には悪いが俺には全く心当たりがない。
「なんでだ、理由言ってなかったかあいつ」
「不破のヤローにお前のことを教えてもらいに行くっつってそのままびゅーんだ。俺も一応は止めたんだぜ?でも珍しくあいつ聞かん坊モードでさあ」
あのめちゃくちゃ攻撃的な代行者か。俺の全部を知っているからと言ってそれをやすやすと信じて行くか普通。
俺の記憶している範囲であればいくらでもしゃべるってのに、後ろめたいからってさすがにそれはないだろ・・・・・・!
「あんの馬鹿・・・・・・!!」
唐川を押しのけて監督役になったくせして普通に参加者へ私怨攻撃を加えるような奴だ、それにサーヴァント相手でも普通に圧倒できる程のいかれた戦闘力・・・・・・嫌な予感しかしない。
「どうせまた追いかけ回して連れ戻す気だな」
「・・・・・・わかってんなら協力しろや」
「やだね。これはお前とセラヴィの問題だろ、俺らはしーらんしー」
「あってめっこの野郎!!」
無責任なやつめと文句を反射的に吐いたが、よくよく考えれば海の言い分も仕方ない点はある。
俺を友達であると仮定しても、友達の友達と俺のいざこざなんて首を深く突っ込んだところで利点はあまりない。
やはり俺がひとりで行くべきだろうか。
「・・・・・・わかったよ、俺ひとりで探しに行く・・・・・・鬼のいぬ間に好き勝手すんじゃねえぞ」
財布と携帯、そして最低限の防御礼装のみをつけて俺は家を出た。
魔力のパスがかなり弱い・・・・・・だが途切れてはいないので、どうやら単に遠出していっただけらしい。
大まかな居場所を探るために辿ると、出てきた答えは明海のかなり南側。海岸付近で何かをしているようだ。
面倒な事件に巻き込まれていたり、不破に完膚無きまでにやられていないか心配なので全速力で向かうしかない。
「見つけたらほっぺた全力で抓ってやろ・・・・・・」
皮膚が赤くなるくらい強く摘まんで好きにさせてもらおう、今回の勝手な遠足はそれくらい俺を怒らせた。
「・・・・・・はぁ」
明海行きのバスに乗り、俺は一つ大きなため息をつく。車内には学校帰りであろう学生や老人などがそれなりの人数詰まっている。時間が時間だけに当たり前なのだが。
使っていない定期券をぼんやりと眺めながら、また一つため息。
これほどまでに俺を悩ませよって・・・・・・許さんぞマンドリカルドめ。
「次は明海海浜公園、明海海浜公園です」
いつの間にか目的地に着いていたらしく、俺は急いで降車ボタンを押しバスを停めさせる。
舞綱を走るバスはだいたい市営で、料金はどこに行こうと一回の乗車につき220円。移動の多い人間にとってはかなりありがたい交通システムである。もれなく定期券はどの系統に乗っても使えるという超便利仕様(代わりに普通の交通カードと比べるとちょい割高だが)。
「あざっした」
運転手にお礼を言いつつ料金箱に定期を叩きつける。聞き慣れた電子音が鳴ったので俺は出口から軽く跳んでバスを降りた。
ここまで近くに来れば細かい座標まで把握できる。タワーの展望台だ。
「あいつサーヴァントだからってタダで侵入しただろ・・・・・・」
まあバレなきゃ犯罪じゃないってかともはやあきらめの境地に達した俺は、仕方なしにチケットを買ってエレベーターに乗った。
ここに来るのは中学校の校外学習くらいだろうか。市民にとってはかなり定番のデートスポットでもあるらしいが、残念なことに俺はそういったことに縁がなく・・・・・・(女性に言い寄られることは多々あったがそんな甘ったるい関係だった例は一つもなかったせいである)。
エレベーターで到達できる最上階のさらなる一つ上に、階段でしか登れないところがある。
この建造物もまあまあ古く、耐久性の問題やら何やらであと一階が伸ばせなかったそうだ。改修するのにもここらへんは海風が強く危険ということで土台の強化くらいしかできず上の方は作られた当時まま。バリアフリーもクソもねえ。
「・・・・・・上か」
上ろうと俺は階段へと歩を進めたのだが、ある人物の存在を確認した瞬間にそれは止まった。
「不破、お前・・・・・・」
「なんだ?俺がここいちゃ都合が悪いのかよ」
マリンタワー名物の海鮮焼きそばパンをカップル用ベンチにどっかりとひとりで座って貪る不破。周りにそれっぽい客がいないからいいもののそれはかなり酷い行為なのではないか。
「・・・・・・いや、悪いっつう訳じゃねえんだけど・・・・・・なんでここにいるのかって」
「ライダーのお守りだ。保護者が呑気に寝てたせいだぞ」
保護されるのはどっちかというと俺の方なんだが、なんていう無粋な突っ込みを入れると衆人監視とか関係なく殺しに来そうだったので口を噤んだ。
「・・・・・・セラヴィに危害は加えてないんだな?」
「いや、あいつが昼頃教会に押しかけて喧嘩売ってきたんでお値打ち価格で買い取ってやったぞ。殺してはないから感謝しろ」
どうやら正面から向かっていって返り討ちにあったらしいが、無事ではあるらしいのでひとまずの安心。
おそらく情報を引き出すために行ったのだろうがなぜそんながさつで無謀なことをやったのだろうか。普段のマンドリカルドを見ているだけにどういうことか全くわからない。
「そういうことならまあいいんだが・・・・・・」
そうこうしているうちにマンドリカルドに気づかれて逃げられる可能性だってあるから、俺は早いうちに階段を上る。
かんかんと金属の音が心地よい。
「セラヴィ!」
「・・・・・・克親?」
ちょうど上りきってすぐのところにあるベンチに彼は腰を下ろしていた。完全に日没となって、灯台の光が海を緩く照らし出すこの時間・・・・・・ひとりで何を見ていたのだろうか。
「っお前、勝手に遠足すんじゃねえよ」
「・・・・・・申し訳ないっす」
「申し訳ないっす、じゃあない!」
当初の目標通りマンドリカルドの両頬を強めに摘まみぐりぐりと乱暴に揉む。揉む、揉みしだく。
「あいででで!悪かったっす、だからやめ・・・・・・ぐぇえ」
「勝手に外ほっつき歩いただけじゃなく不破に喧嘩売ったらしいな。俺のことを聞きたいからって」
それを言った途端、マンドリカルドの目が露骨に泳ぎ出す。
そういうわかりやすすぎるところは嫌いじゃない・・・・・・とか言っている場合ではない。
「それに負けたらしいな?あ?」
「い、いやそれは」
「言い訳は家でみっちりと聞かせてもらうぞ」
諦めがついたのか、マンドリカルドは静かに目を伏せた。
再犯防止のためにもいろいろ搾り取ってやろう。
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84話 七日目:やっぱ教会のやつ頭おかしい
勢いで書くとギャグみがすごいんじゃあ^~
「もう帰るのか?」
マンドリカルドの手首を引きつつ家へ帰ろうと階段を降りたところだ。
ちょうど焼きそばパンを全部平らげたらしい不破が小さくげっぷをしながらこちらを見てそう言った。
「まあな。いつまでも街をほっつき歩けるような身分じゃねえんで」
「山名一の名家なのにか?」
デザートとばかりにでかいメロンパンを開けて食いだした不破。クッキー生地の部分が見事にボロボロ床とかへこぼれているが気づいているのだろうかこいつは。
まあそういったことはどうでもいいと、俺はそのままマンドリカルドを連れ降りようとした。
その時である。
がくんと、とんでもない振動が俺達を襲った。緊急地震速報が鳴っていないし余震も無いため地震じゃあ無いのだろうが、高層建築物の上にいるだけあってかなり怖い。
「な、なんなんすかこれ」
「・・・・・・わかんねえ」
揺れの原因が何か全く判断がつかん。何かトラックが塔にぶつかった程度でこんな衝撃は走らないだろうし、ましてや巨人がダイレクトにここを掴んで揺すったなんちゅうファンタジックな話も有り得ない。
だとしたら、付近の海底で実験か何かをしていたのだろうか・・・・・・例えば、クロスロード作戦のように水中で核兵器を使ったとしたらこんなことになってもおかしくはない。
だがここは誰がなんと言おうと非核三原則を掲げる日本だ。こんな大勢が観測できるような場所でわざわざやるわけがないしそもそも持っているはずがない。だとしたら他国の侵攻かなにかか。こんな島まみれの瀬戸内海を狙ってくるなんてよほど技術に自信があるってことなのか・・・・・・?
「テメェら、なんかややこしいこと考えてるだろうが話は結構単純ぽいぞ。海のほうに注目してみろ」
こぼしまくったメロンパンのかけらを集めてもともとパンが入っていた袋に戻していた不破が立ち上がり、ガラスの外を見やる。
何も見えないが、強い魔力を感じた・・・・・・まさか、マスターがこんな神秘の秘匿ガン無視のような行為をやるってのか?
「このままほっときゃ俺らはともかく海にいる奴は全員屠られること間違いなしだ、こんな横暴あってたまるか」
「ど、どうするんすか!さすがに俺海は泳げないっすよ基本内陸の人間だし!!」
確かに、マンドリカルドの住んでいた位置(タタール人は遊牧系の民族だったらしいので定住地は知らんが)は大概モンゴルあたりの内陸部。泳げるようなところがあってもそれはだいたい湖か川くらいだったはずだ。
そして彼の冒険が描写されているオルランド系列でも、海では船を使って移動していた覚えがある。
あと水浴びエピソードとしては馬も武器も持たず軍を飛び出したが案の定途中で困ったので、偶然見つけたテントっぽいところからパチろうとした結果なんやかんやあって火で身包み全部燃やされ飛び込んだ泉で云々・・・・・・という話。
潮の流れがある海で泳がせるのも危険(このあたりだと離岸流もちょくちょく発生するそうなので尚更)。その上今は海開きすら行われていない春、しかも夜。
「・・・・・・それはそうだよな、どっかにモーターボートでもありゃ」
「おっと作戦会議中悪いが・・・・・・出てきたぞ」
海面から現れたのは巨大な軟体生物らしい何かの足。少し赤っぽいので表現するならばクッソでっかいタコ、と言ったところだろうか。いや鱗らしき何かがついているので不適切か。
来場者もそれを見たせいか我先にとエレベーターへ乗ろうとして向こうは混沌としている。できるだけ魔術に関する話は人に見られたくないので、こっちにとっては好都合っちゃ好都合だがあの様子を見ていると事故が起きないか心配だ。
「お、おおおおおおオルクぅうううううううう!?!?」
「落ち着けセラヴィ!多分あれ全然違う何か!プリニウスのおじさんこんなグロキモイ生命体そういう風に呼んでないよ!?」
海魔オルクといえばシャルルマーニュ伝説及び狂えるオルランドに登場する生物だ。
マンドリカルドも狂えるの方で二度ほど戦ってなんとか生還していたはず・・・・・・さすがにこれだけで真名はバレないだろうが関係者であるということはわかってしまうに違いない。というわけで錯乱の末かなり危なっかしいキーワードをぶちまけるマンドリカルドを止めてなんとかその場でごまかしつつ、俺はこの場を切り抜ける策を講じる。
「と、とにかくあれ鎮静化させねえと、ここらへんうろついてるクルーズとか漁船ひっくり返ってえらいことになる!」
「・・・・・・カナヅチ×2じゃああれの相手はきついか?」
「なんで俺が泳げないってこと知ってんだよ!!」
ああそうか不破は俺のこと何でも知ってるとかいう意味分からん人間だったな、と思い出して唇を噛みつつ窓から下を見る。
何でもいいから泳ぐ以外の方法で移動できるものはないか、と探し回るがいかんせん暗くてよくわからん。
こうしている間にも地響きのような振動がタワーを揺らしている・・・・・・恐らくオルク(仮称)が移動を始めたのだろう。
「しゃーねーな」
不破がこちらへと手をわきわきさせながら近づいてくる。よからぬことを企んでいるに違いない、絶対めんどくさいこと考えてるだろこいつ。
「な、何するつもりだって首根っこ掴むんじゃねえよ!」
「暴れんなよ、200m下でトマトみたいに潰れたくなかったらな!あとテメェは一回霊体なって下で待ってろ、こいつ連れてくから!」
「りょ、了解っす!」
納得するんじゃねえよと叫びたくなったがもう遅い。
マンドリカルドの姿が霧のように消え、反応が一瞬で薄れる。霊体特有のすり抜け能力で一気に下まで降りたのだろう。
それを確認したであろう不破が俺を掴んだまま窓の方へと走り始める。
嫌な予感とかそういうものを認識する前に俺の頬を風が嬲った。
「アホかお前はぁあああああああああああああああ!!!!」
タワーのほぼ最上階から紐無しバンジーとか誰がやっても気絶間違いなしの行為を了解も取らずやりだす不破は、どっか倫理観というか道徳観がぶっ飛んでいるのではないか?
非人道的な行いにも程があるぞと言いたかったが落下していくために顔面が食らう風圧でまともな音が発せない。
「・・・・・・っとぉ!!」
いきなりびん、と上から引っ張られたような感覚がして俺は上を見る。
タワーの鉄骨部分になにやら真っ黒な紐っぽいものが巻き付いているようだが、あれは何なのだろう。見たところ不破の手首からまるで某ヒーローのように飛び出ているっぽいが・・・・・・
「タワーが鼓型で助かったな。下手したらお前の顔面鉄骨に激突してたかもしれなかったぜ」
「しれっとなんてことを言ってくれるんだお前は」
さすがに自然治癒力をいくら強化したって顔面の骨折はそう簡単に治らない。海が使う回復の術式でもかなりの労力を消費するだろうし。
損害賠償請求したらきちんと払ってくれるかどうかも怪しい奴に俺の体は任せられねえ・・・・・・と言いたいところだがここでそんなことを言ったら『そっか、じゃあ自分でなんとかしろ』と俺の体を掴んでいる腕を離されて終わり(死)間違いなし。この高度ではいくら俺の強化があっても無理である。
「まだ暴れんなよ、ここで落ちても強化してなかったら全身骨折だからな」
「・・・・・・わかってる」
徐に不破が靴の片方を脱ぎ、俺に持っていろと言ってきた。ついでに靴下も脱がせと命令されたので不本意ながらもバランスを崩さぬよう丁寧に脱がせ靴下をポケットにしまう。
「これで安定降下出来るんだからそういう顔すんじゃねえよ」
足の先からもなにやら黒い紐を出して50m程下の鉄骨に巻きつけた。
手首から出ている方を少しずつ伸ばして、逆に足から出ている方をしまい込むことによって風の干渉をなるたけ抑え込みつつ降りる、ということなのだろう。
俺の予想通り不破はそれなりの速度を保ちつつ降下し、途中で紐を付け替えるなどしてそのまま地面まで到着する。
命綱もなしにぶら下げられている俺としてはいつ落ちるかわかったもんじゃないという恐怖心でみっちりだったが、まあ何事もなかっただけよかった。
「克親、なんも危ないことなかったっすか」
「ああ、なんとか無事には済んだが・・・・・・不破、お前俺をほっぽって行けば良かったのになんで連れ出したんだよ」
俺を敵視しているんじゃなかったのか、と素朴な疑問をぶつけた。
監督役なのだし、起きたことの隠蔽さえしていればよいものなのに・・・・・・
「俺ひとりであんなんの相手は無理だからな。タダ働きしてくれ、でないと後でテメェの首もぐぞ」
「っ・・・・・・わ、か、った、よ!!」
もはや脅迫に等しい不破の提案を嫌々飲み、俺は靴下と靴を投げつけた。
どっちにしろ魔術に関する騒動なのだから、俺がみて見ぬ振りをするわけにもいかん。不破に屈した訳なんかじゃねえと自分に言い聞かせるしかなかった。
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85話 七日目:太陽の子(模倣)
「兎にも角にもあっちまで向かうしかねえな。水上バイクちょいとパクるか」
正々堂々と犯罪宣言されたがもう突っ込むまい。
「というかレンタル屋いるんだし聞いてからやれ、俺まで巻き込んで前科つけさすな」
オフシーズンなので利用客は少ないのだが、一応開いてるっちゃ開いてるのでまず聞くのが先決だ。時間のロスとかそういうのはほっといてでも社会的な体裁を・・・・・・ってもう手遅れかもしれんが。
「もう夜だから営業時間終わってるだろ。ほれ見ろあっこのシャッター閉まってらぁ」
「マジか・・・・・・」
こうなってくると本格的に無断拝借しなければならない。緊急時なので容赦してくれるはずという希望を無理やり持ちつつ、俺は3人用のジェットスキーを探し出してやった。
無論エンジンキーがついていたりするのだが、そこは不破が黒い物体を持ち出してきて強引に開けた。恐らく形を自由に変更できる魔術素材で穴内部のピンを押し上げたのだろう・・・・・・悪用すればたいていの家やロッカーを開けられる危険な術だが、こいつは健全に使っているのだろうか。
「行くぞ、後ろ乗れ」
「・・・・・・お前免許持ってんのか?」
確かこういった乗り物は小型の船舶免許か何かが必要だとどこかで見た気がする。
「あるわけねえだろ、こういうのはだな・・・・・・ノリで行くんだよ!」
「セラヴィ、投げ出された時が俺たちの終わりだこれ」
泳げない&海泳ぎしたことないコンビである我々は、落ちた瞬間結構な確率で死ぬ。
マンドリカルドが海での泳ぎに対応できればまだ道はあるが、例の海魔にやられる可能性は否めない。
「大丈夫だっつの、しっかり掴まってりゃ・・・・・・な!」
いきなりアクセル全開でぶっ飛ばす不破。物理法則が普通に適用されるせいで俺たちはいきなり後ろへ飛ばされそうになるがなんとか不破の体を掴むことで耐えきった。
発進するぞとかの言葉をちったあよこせと文句を言いたいがもはやこいつに話は通用しない。
「かかか克親これってあの怪物んとこ辿り着いても足場がなきゃまともに戦えないっすよ・・・・・・?」
「そういうことだがなんかいい案はあるのか不破くんよ」
「ねえよ」
無責任な!と二人の声が揃った。
そんな気はしていたが、巻き込んだ癖して全くのノープラン&人任せというのはさすがにいただけない。
マンドリカルドにあげた空中歩行の護符がまだあればいいのだが・・・・・・
「セラヴィ、こないだあげた護符効果時間まだ残ってるか?」
「まあ25分くらいならいけるっすよ」
彼が慎重な性格で助かった。これで使い切っていたら俺が無理やり動魔術で彼を浮かせなければならなかったし、正直今の状態じゃあそれをやってもまともな戦闘はできないだろうから効果が残っていて本当によかった。
「かくいうお前は飛べるのか」
「そりゃそんくらいの魔術使えるに決まってるだろ、教会の奴だからって舐めんなよ」
いや別に舐めてなんかないですけども。
というか主の御名の下、魔術や異端を許さないのが聖堂教会なんじゃなかったのか。こうも堂々と魔術が使えると言われちゃ認識が間違っていたんじゃないかとまで思えてくる。
まあ埋葬機関にあわや入りかけたような人間だから普通の信徒や神父とは結構違うんだろうが、さすがに一線を画しすぎではないか?
「さーてーと、海魔とご対面だ」
そうこうしているうちにかなり近くまでやってきた。
オルク(仮)はこちらに気づかず、水中に居座っているようだ・・・・・・あまり見えないので全員へ暗視の術をかけ、観測を始める。
いつ気づくかが完全予測できないだけあって恐ろしいことこの上ない。
周囲に帰港しようとする漁船などがないことを確認した上で、オルク(仮)に刺激を加えてみる。
「おーら起きろ不味そうなタコ」
不破が黒鍵を一本出してきて、海中の魔物へと投擲する。
水の抵抗などなんのその。減速することなくそれは突き進み、怪物の瞼っぽい場所へ刺さった。
瞬間、鼓膜が破れそうなほどの悲鳴が耳をつんざく。
思わず耳を塞ぎたくなったが、今ここで手を離したら間違いなく吹き飛ばされてドボン間違いなしなので歯を食いしばり耐えるしかない。
「っと・・・・・・んじゃ行ってきますか。ライダー、下手こくんじゃねえぞ」
「・・・・・・わかってるっすよ。克親、もしなんかあった時は先に岸へ行っといてくれ」
マンドリカルドの言葉に俺は相槌で返し、二人を見送る。
万が一のために出来るだけ魔力は温存しておきたいが、取りあえず生存を第一に乗り捨てなども考えつつ戦況を見守ろう。
「人類っのきょーいはみっなごっろし~♪ちーりひーとつのっこさんぞ~♪」
やけにコミカルだが歌詞が物騒な歌を歌いつつ、不破が運転席立ち上がってキャソックの袖をたくしあげた。
右腕をばっと横に突き出したかと思うと、肩の方から黒い何かがぞわりと現れる。それは血管のように枝分かれし、ずんずんと太さを増していった。
恐らく体表を覆うことによって何らかの能力向上を図っているのだろう。顔にまでその枝は浮き上がり、固着化する。
「・・・・・・じゃ、行くぞ」
「・・・・・・うっす」
マンドリカルドも鎧を実体化させ、一つ大きく深呼吸。
作ってあった剣を渡し、俺は操舵者のいなくなったジェットスキーのハンドルを握る。
「そらよっと!」
二人が跳んだタイミングでオルク(仮)が水面から顔を出す。
やはり様相は禍々しい鱗を纏ったタコで、頭の部分も相当にでかい。
取りあえずこいつの絶命を目標とするが、体の特徴もタコに準拠しているとなるとかなり厄介だ。
なにしろ心臓が3つもあるのだから・・・・・・まあ、メイン一つのサブ二つという感じなので、とにかくメインだけを潰せば殺せるとは思うのだが。
「どるるるるるぅうあっしゃぁああ!!」
ものすごい巻き舌でまくし立てる不破が確実にオルクの頭上へと降り立ち、マンドリカルドもすぐ近くに一度着地する。
オルクもさすがに頭へ乗られると気づくのか激しく足を動かし叩き落とそうとするも二人の前には空振りばかり。
だが回避行動ばかりせざるを得ないためなかなか有効な一撃を与えるのが難しいらしく、手をこまねいている。
俺も傍観するだけではいけないなと思い、取りあえず一般人相手にはこれが見えないように隠蔽してやった。
あの海が自ら教えてくれたという珍しい魔術で、俺の回路とは微妙に合わないがそれなりの錬度で使えるようにしてあるので有効には働いてくれる。少しでも魔術に造詣がある人間には聞かないが、ないよかマシだ。
「っしゃナイスゥ!俺の仕事減らしてくれたしこれで思う存分暴れられるぜ!」
どうやら人目を気にしてあまり大きな技は使えなかったようだ。不破の性格からして全く気にせずぶっ放すかと思ったが意外とそんなでもないらしい。
狂化EXでも入ってるんじゃねえのって表情をしながら不破は空中に何かをばらまく。
それは瞬時に黒鍵へと姿を変え、オルクのある一点を目掛け一直線に飛んだ。
マンドラゴラの声ってこんなトーンなのかって思えそうなほどに悲痛な叫びが響くも、血は噴き出さない。あくまでタコに似ているだけのものらしいが・・・・・・
「この鱗結構硬いぞ、引っ剥がすか隙間狙え!」
「今ちょうど隙間作ってくれたし利用させてもらいますかっと!!」
不破が黒鍵を抜くと、そこには無論傷があるわけで。
再生能力がどれほどあるのかはわからないが、ノータイムで攻撃を加え続けるならばそれもまあ無視ができる。
「リボルクラーッシュ!!」
「太陽要素どこだそれ!」
ほぼ確実に相手が死ぬような大技の名前を叫び、マンドリカルドは不破の開けた傷からオルクへ蒼白に光る剣を突き刺した。
俺の知らないうちに誰かからいろいろ吹き込まれたのか。そうなのか?
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86話 七日目:討伐じゃー
「ははは!RXたあまた俺と趣味が合うじゃねえか!俺も黒は大好きだぜってな!」
先程の一撃でオルクはかなりの傷を負ったらしく動きが鈍っている。回復される前に倒しきるつもりなのか、二人とも休むことなく攻撃を続けていた。
不破が鱗の間に差し込んだ黒鍵で無理やり空間を開け、そこにマンドリカルドの剣が刺さる。
「いやあ時間があったら全部見たいんすけどねぇ、何しろ毎日大変で!っとあぶねっ」
「そりゃ戦争してりゃおちおち見てられねえだろうよ、可哀想なこって!」
最後の力を振り絞っているのか、これまでとは各段に違う力で暴れ出すオルク。
海面がかなり揺れて俺の三半規管も狂いそうになる・・・・・・元から船はあんまり得意じゃないだけにきついのなんの。
「でけぇの来るぞ!」
「え、でけぇのってなんだ────!?」
狂乱したオルクが触手を振り回し、無差別に海面を叩いた。
生まれる波紋と衝撃、俺の乗っていたものはそのまま揺られて宙に投げ出されてしまう。
これはヤバいと実感した俺はエンジンを再駆動させ岸へと引き揚げていく。
「・・・・・・ん?」
波止場に戻る前、灯台の下に誰かがいたのが見えた。
灯台下暗しという言葉もあるだけに随分暗くどんな奴だったかはわからないが、白っぽい服にパンプスらしい靴を履いていたのでおそらくは女性・・・・・・なんだろう。
方角からして確実にオルクと二人の戦いを見ているようだ。おそらくは魔術師及び魔術使い、マスターであれば今ここで消してしまってもよいが、ぬかった時の取り返しがつかないのでここは一度泳がせておこう。
「克親後ろぉおおおお!!」
「何だよセラヴィ、今逃げるって・・・・・・え」
後ろを見た。
ちょうど俺の脳天を叩き割るような軌道で振り下ろされる、オルクの触手。こんなもの食らったらさすがに俺でも耐えきれる訳がない。
「いっ嘶けっ、ブリリアドーロ!!」
がくん、と軌道が唐突に変わる。
マンドリカルドのすぐとなりに現れたブリリアドーロが大きく嘶き、空気を震撼させる。
スキル発動によるタゲ取りをここで発揮してくれたのはいいが、ブリリアドーロという名前から真名がほぼほぼバレているがもう命には代えられない。
「助かった、ありがとな!」
「うっす!!」
ブリリアドーロに乗りマンドリカルドは空中を駆け回る。
オルクの注目を一斉に浴び、とにかく逃げ回って隙を作っていった。そしてその隙を不破が余すとこなく突きまくる。
かなり衰弱してきた海魔だが、最後の最後で全員巻き込んで自爆する可能性がある・・・・・・なんて思考にたどり着いてしまった。
「・・・・・・
瞬間的な強化をマンドリカルドにかける。なお距離が遠いためかなり魔力のロスが生まれているがもはやそんなことを気にもしていられない。
「一気に片付けろ、セラヴィ!!」
「了解っす!」
「っしゃあ、もっかい穴ぶち開けるからテメェがトドメ刺せ!!」
不破が天を指差し、くるりと大きく円を描く。
月光を遮るように顕現するのは2.5mほどの大砲・・・・・・口径は確実に5インチ以上。
「食らえっ100ポンドキャノン!」
今度こそ鼓膜が片方破れた気がした。
完璧なまでの零距離砲撃、いくら硬い鱗でも吹き飛ぶと言うものだ。
「はぁああああああああ───────っ!」
開いた穴に剣を根元まで刺し、マンドリカルドは咆哮する。
結構な量の魔力を食らい、それを全て注ぎ込む。
言うなれば体中の穴という穴を塞いでおきつつ口に水をどばどばと流すような拷問。
途中まで肉体が耐えられようとも、いつかは限界が来て爆発する。
ばんっ、という風船の割れるような音と湿っぽい音の混じったようなものが響いた。オルクの体は弾け飛び、海中に破片として散らばってゆく。
「あー疲れた。糖分不足」
「昼にあんだけ食ってたのにっすか」
皮膚に浸食していた黒い何かを収め、呑気にケツを無造作に掻く不破。さっきまでの戦闘狂っぷりはどこへやら、なんか何をするにもめんどくさそうな少年になってしまった。
「一緒に戦ってくれてありがたかったんだが・・・・・・よかったのか、俺らに肩入れしてるとも見られることなんてして」
「いいんだよ、俺がルールなんだから」
「・・・・・・あっそう、それならいいんだが・・・・・・うん」
答えになってるんだかなってないんだかよくわからない言葉を返され、俺はお茶を濁すしかなくなってしまった。
聖杯戦争というものは監督役が勝手にルール変更できるとかいう代物でもないのに平然と言ってのけるあたり、こいつはどっかおかしい。確かにその気になりゃサーヴァントすら制圧できる技量はあるが、ギルガメッシュのようなチートの塊とか絶対勝てるわけないだろう。預託令呪もないはずなので制御できるわけもなし。
「そう言えば、戦況についてはどれくらい把握してるんすか?」
「んぁ?まあ今日までの流れと街中で起きたいざこざについては89%ほど完全に把握してるぞ。未確認の話と流れを理解してないやつもあるが、せいぜいそこらへんは公園で鳥が死んでたくらいだしほっといても大丈夫だろ。それ以外はきっちりもみ消しといてやるからな、ライダーさんよ」
なんちゅう邪悪な顔をしているんだこいつは。
確かに4日ほど前そっちの人らに喧嘩売られて買い叩いたっつうトンデモ事件(向こうが悪いとはいえ)を起こしているので心当たりがないとは全く言えないが、これをダシになにかされたらたまったもんじゃない。
「すいませんでした」
「まあそれが俺の仕事だしいいんだけどな。神秘の秘匿を口実にして口封じ扱いで潰せるし一石二鳥だ」
「おい」
どさくさに紛れて舞綱をカオスにするなと言いたい。
いや確かにここいらを支配している組の奴らはめんどくさいし、山名一帯の龍脈を握っている俺としても少し魔力が澱む場所を増やされるのは嫌だった。
正面衝突したらめんどくさいことになるの間違いなしなので、どうにかして裏から崩壊させようと狙っていたのだが・・・・・・
「お前にとっても目の上のたんこぶだろアレは。そして俺にとっては人の平和な生活を脅かす敵だし・・・・・・言っちまえば崩壊する予定がちょいと早まっただけだろ」
人差し指を鼻に突っ込んで雑にほじくり返しながら不破はけたけたと快活ながらも性悪な笑い声をあげた。
「・・・・・・悪い奴じゃ無いんだろうけどさ」
「まー俺は正義だし悪いわけがないな。俺の言ってることは正しいから・・・・・・ま、冗談だけど」
「・・・・・・妖怪ボタンむしりみたいなこと言いやがって」
遊び心塗れなので途中に爆発する的なことは心配しなくてもよさそうだが、別の方向に心配せざるを得ない。
見たところ俺より年若いっぽいのでまだ若気の至りで片づけられそうだけどもこのままだとなんともめんどくさそうな大人になりそうだ。
俺らは帰路につくためバス停まで歩いているのだが、なぜか不破もついてくる。
「なんで来るんだよ」
「教会とテメェらの家ってだいたい同じ方向だろ」
ぐうの音も出ない正論をぶつけられ俺は言葉に詰まった。
確かに明海から俺の家近くに行くバスは途中教会前にも停まる。よく物事を考えないで発言すると恥ずかしい例だ。
「まあ今日はもうちょい話付き合えや。せっかく同じ敵と戦った仲間だし」
「信用ならなさやべえな」
「そっすね」
初対面で普通に俺の命狙ってきたような相手なのでまだ気は許せない。会話していて根っこはとにかく自分に正直なタイプだとはわかったが、それ故に『俺は俺の正義を貫く!だからやっぱお前死ね』といった展開になる可能性を大いに孕んでいるからだ。
あまり懇意にしてると寝首を掻かれそうなので恐ろしい。
「ひでえやつだ。俺ほど正義感溢れる男はいねえぞ」
「その正義ってのが社会的な常識と完全一致してりゃ信用するけどな」
あくまで不破独自の基準を設けているのでまだそういうのは無理、絶対無理。
「ライダーがいるうちは手出ししねえよ。神に誓う」
「・・・・・・わかった、セラヴィがいる間だけはある程度信じるさ」
神への誓いまでされちゃ無碍に扱うのも反感を買うため少し妥協してやった。
全く真意の読めない男め。
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87話 七日目:唐突な疑問
まあ87話まで読んでくださってる方はよくおわかりかと思いますが()
「んじゃお先に」
何事もなくバスに揺られ、教会前で不破が降りていった。
帰宅ラッシュ直撃ということもありけっこうなすし詰め状態だったので、窮屈そうにしながら人の間をすり抜けていく。
「・・・・・・今日も大変だったな」
「そっすね、あれで大変じゃないって言うんだったらこの世界に大変っちゅう事象がなくなるっすよ」
さすがに疲れたのだろう、マンドリカルドがぐへぇとぐうの音を漏らしてバスの窓に頭を寄りかからせた。
そんなことしたら脳が揺れるぞ、と注意しようとしたがサーヴァントにそういった脳震盪みたいなのはないのか平然としている。
「それにしても何だったんだろうなアレ」
「・・・・・・さあ。俺には計り知れないなにかっすよ」
反応が近くになかったため、恐らくサーヴァントの召喚したものではないと推測できる。
だが、舞綱の魔術師であそこまで大きな召喚獣をやる奴なんて知らない。外から入ってきたという可能性も否めないが、俺の直感は違うぞと囁いている。
「あの類なら、八────」
『胎児よ 胎児よ 何故踊る 母親の心がわかって おそろしいのか』
「・・・・・・あれ?」
俺は何を言おうとしていたのだろう。
馬鹿な、まだ30にもなっていないのにここまで完璧など忘れなぞ平尾家の名が廃るってやつだ。
思い出せ、脳内から無理矢理にでも引っ張り出して・・・・・・
「克親、もう降りるんじゃないっすか」
「あ、ああそうだな・・・・・・すまん」
結局、何を言おうとしたのか忘れてしまった。
大事なことだったと思うからなんとか掘り起こしたいのだけど、どれだけ思考を巡らせても戻ってくることはない。
仕方なく俺はマンドリカルドと一緒にバスを降り、家へと続く坂道を上っていく。
少しずつ春・・・・・・そして初夏を感じさせるような風が吹き、俺たちの服をはためかせる。
「・・・・・・不破から、なんかいらんこと吹き込まれてないか」
「・・・・・・いや、なんにも」
見え透いた嘘だった。
「言うなら、今のうちだぞ」
「・・・・・・ほんとに、なんも言われてないっす」
あくまでも口を割る気はないようだ。
ここで強引に白状させるという手もあるが、路上でそんなことをやってしまえば1000%警察のお世話になること間違いなし。
どうすれば彼の口から自発的に漏らすことが可能か、と考えたがそんなによい案は浮かぶわけもない。
「俺のこと知りたいんだったら言ってくれ。お前になら、話せるから」
「・・・・・・そう、すか」
ずっと俯いたまま、目を合わせようとしないマンドリカルド。
どうやら相当話したくないようだが、もう今は放っておくしかないのが歯痒かった。
「おけーりー」
「・・・・・・ただいま」
久々に誰かの声へ返事する形でただいまを言ったと思う。
靴を脱いでそのまま酔っ払いのようにふらふらしながらリビングへと転がり込む・・・・・・が、海の顔には労いの感情ひとつも存在しない。
「なんだよ、マブダチ迎えに行ったくらいでそんな疲弊するもやし人間だったかお前は」
「・・・・・・単なる迎えだったらここまで疲れねえよ」
なんだか体が重たいのだ。
オルクとの戦闘中マンドリカルド相手に使った魔力なぞ俺の回路をもってすれば1分程度で回復するし、隠蔽に使った結界もそんなに燃費が悪いわけじゃない。というのに、なぜか魔力失調を起こしたような症状が出てきている。
まさか、人知れず不破に吸い取られていたか?否、あいつの出力からして普段より相当量ため込んでいる筈だし、性格上敵視している俺からちょろまかすという行為などしないはず。
最近不可思議なことが多過ぎて頭が変になってしまいそうだ・・・・・・
「帰る途中、海からでっかい魔物が出てきて・・・・・・あの監督役と一緒に戦って殺したんすけど」
「・・・・・・あぁ、あの鱗タコか。俺のとこにもいくらか情報が回ってきてた。サーヴァント関係の術式じゃ無さそうってことだったが、なんだかんだでアレお前らが倒したのか」
そうだ、とだけ言って俺はカーペットに寝転んだ。長いこと使ってきたせいでもふもふ感が一切残っていないが、ついた匂いが嫌いじゃないので交換できずにいるやつ。
「セラヴィと不破がうまいことやってくれたわけだ。俺はなんもしてねえのに疲れた、あと腹減った」
「篠塚曰わくあと45分待てだそうだ。先風呂入ってきな」
「・・・・・・うぃー」
寝室に足を運んで、着替えをクローゼットから引きずり出す。
ポケットにそれをしまい風呂場へ移動し服を脱ぐ。
扉を開けたところ入浴剤を入れていないっぽいので、洗面台の下にあるラックから一個取り出して適当に投げ入れた。
「・・・・・・はぁ」
タオルとドライヤーだけ用意して、そのまま浴室に入った。
かけ湯を数回して浴槽に飛び込むと、湯がざぱり、俺の体積分だけ溢れ出る。
『なんなんだ、この違和感』
湯の中でぶくぶくと泡を吐きながら、俺は考えていた。
むず痒い、どれだけ掻いても発生源には届かなくて永遠にかきむしり続けている時のようなもどかしさを感じている。
俺の知らないなにかを知っている不破と、不破からそれを教えられたであろうマンドリカルド。
そして、どこか俺に関しての隠し事をしている海。
自分の知らない領域で情報をやり取りされるのはけっこう腹立つ事なんだなとか思いつつ、頭まで浴槽に沈めた。
『俺は・・・・・・誰、なんだ』
ふと、疑問に思う。
自分の全てが、嘘だったとしたら。自身を”平尾克親”と思いこんでいるなにかだとしたら。
俺は、何になるのだろう。
手を見つめる。
見慣れた自分の手だというのに、今だけはなぜか恐ろしい。
例え本物であったとしても、この肉体の連続性は保たれているのか。
細胞は刻一刻入れ替わり、古いものは棄てられるか分解される。
これは最初の俺と同一なのか、それとも、違う個体なのか。
今まで考えつかなかったか、思いついても馬鹿馬鹿しいと笑っていたことだったのに。
どうして今俺の中で膨れ上がっているのだろう。
あぶくをぼこぼこ破裂させて、水面の外を覗き込む。
「ぎゃああああああああああああああ!?!?」
なにやらマンドリカルドの絶叫が聞こえたので何事かと浴槽から飛び出した。
ちょうど風呂場の床にぺたんと正座を崩したような女の子座りをしてかたかた震えているのが観測できたが・・・・・・
「どした」
「10分もシャワーとかの音がないからなんか不安になって、見たら溺死してるかと、思って」
10分もやっていたのか俺は。
確かに風呂はいってしばらく音がなかったら頓死を疑うのもわかるが今はもう4月に入るかってところだ。よほどの手抜かりがない限りヒートショックのようなことは起こらない(はず)。
「・・・・・・心配して来てくれたのは嬉しいが杞憂だぞ」
「それならよかったんすけど」
青ざめたままの表情で風呂場を出て行こうとするマンドリカルド。
・・・・・・このまま帰すというのもなんかなあと思った俺は、とち狂った発言をぶっ放す。
「一緒に入らねえか、セラヴィ」
「・・・・・・は?」
そりゃ『馬鹿かこいつ』みたいな顔するわな。
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88話 七日目:プロのピッチャー(水差し的な意味で)
「嫌か?」
「い、嫌って訳じゃぬぇーんすけど、そんな心の準備っつーかなんつーか・・・・・・」
体の前で手を細かくこねくり回しながらマンドリカルドはそう告げる。
やはりまだこっぱずかしい感覚があるらしく、ダメそうな気配・・・・・・
「そっか。残念だ」
俺がそう言ってまた湯船に轟沈しようとしたところで、慌てて彼は止めにくる。
そんなに焦ったら濡れた床で滑るぞと言いたくなったが、その言葉が俺の口から出ることはなかった。
なぜなら、芸術的なまでの転倒でマンドリカルドは頭から浴槽に突っ込んだからだ。
どぼちゃあというわかりやすい水しぶきと衝撃、俺が中で足を畳んでいなかったら大惨事になっていたであろうことが間違いない軌道で突入する頭。
綺麗な犬神家状態になった彼をなんとか助け、一度風呂場の椅子に座らせた。
長い前髪と特徴的なメッシュの入った横髪がじっとりと濡れ、顔面一帯にはりついている。
「ドジっ子属性持ちかお前」
「そんな属性つけた覚えは断じてないっす」
濡れそぼった前髪を分けつつマンドリカルドがきっぱりと言った。
まあそんな属性進んでつける奴なんているわけがないだろう。
「・・・・・・もう濡れちまったものはしゃーねーし、入るっすよ」
着ていた服が一瞬で霧散し、一糸纏わぬ姿へと変わるマンドリカルド。
やはり、いつ見ても脇腹の傷跡は痛々しい。
「・・・・・・なんすか?」
「いや、なんでもねえよ」
いたたまれなくなって視線を逸らした。
「・・・・・・ここの傷っすか」
図星を突かれ俺はぐ、と言葉に詰まる。
こういうとき何を言えばいいのだろう、否定するべきか、それとも肯定するべきか・・・・・・
「別に克親が気負うようなもんじゃないっすよ。これは愚かだった俺を忘れないための、自戒の傷っす。これを免罪符にしてるんじゃないか、って言われたら否定できぬぇーんすけどね」
傷を指先でつうと撫で、マンドリカルドは小さく笑った。
これで許されようと思っている自分自身をせせら笑うような乾きが透けて見え、こちらもかける言葉がない。
「・・・・・・─う」
何か鏡に向かって彼が呟いたようだが、声が小さかったせいで聞き取れなかった。
なんか言ったかと聞いてみても、気のせいじゃないっすかとはぐらかされるばかり。
釈然としないが、言いたくないような話なら追求しても向こうの気を悪くするだけだ。
「俺もそろそろのぼせそうだから入るといい。髪とか洗わなきゃだし」
「うっす、じゃあ失礼して」
湯をかけることで体を慣らし、ゆっくりと湯船に足を浸す。
「熱いとかねえか?俺42度派だが熱けりゃ下げるぞ」
「大丈夫っすよ。こんくらいが気持ちいいっす」
肩まで沈んでふうと安堵したときのような声を漏らすマンドリカルド。
ここ最近忙しかったせいでこういったリラックスできる時間も少なかったはずだ。今だけはあまり邪魔しない方が良さそうか。
そんなことを思いながらシャワーで髪を濡らして、俺はシャンプーボトルの頭を二度押した。
いつも通り髪を洗いつつ鏡の中を見たが、特になにもないただの鏡だ。
マンドリカルドは一体何に対して声をかけたのだろうか、疑問は深まる。
「・・・・・・克親。俺、欲に忠実でいたほうがいいんすかね」
「どうした唐突に」
真っ暗かつブラインドがあるせいで外の景色が一切見えない窓を眺めながらマンドリカルドはそう問った。
どういう欲かにもよるが、基本は発散させてあげた方がよいものだ。
「まあ、常識の範囲内でならいいんじゃないか?抑制しすぎたって良いことねえし」
「・・・・・・常識、すか」
髪をかきあげて呟くマンドリカルド。
常識というものがどういうものかなんて個人の解釈によりいくらかは変化するだろうが、彼の欲というものが具体的にどんなものかわからないため曖昧なことしか言えないのだ。
「俺みたいなひねくれた非常識な魔術師になんざわからないが、とりあえず人に危害を加えないとかものを盗まないとか社会一般の規範さえ守ってりゃどうにでもなるもんよ。深く考察しようとすると際限なく考えることになるぞ」
「・・・・・・そうっすよね。言ってくれてありがたいっす、克親」
全体に泡が行き届いたところでシャワーにて洗い流し、そのまま顔も洗う。
顔面が濡れるというのが苦手な類なので、一気にやることだけやってタオルで水分を取った。
「背中、流すっすけど」
「じゃあお言葉に甘えてやってもらいますかねー」
椅子を少しだけ前にやって、ボディソープのボトルを一回彼に渡す。
きゅいきゅいと軽い音に続けて少し粘ついた音がしたと思えばすぐに背中へひんやりとしたものが触れた。
誰かにこうやって触られるというのもいつぶりだろうか。少しくすぐったくも感じてしまう。
「なんかあったら言ってくれっす」
「あいよ」
手のひらが何度も触れる。
石鹸と風呂場特有の匂い、水滴の垂れる音しかしなくなった室内。
「・・・・・・克親。俺は、立派な騎士になれるんすかね」
マンドリカルドが口からぽろっとこぼしてしまったかのようにそう呟く。
「俺、まだ自分を信じられなくて・・・・・・怖いんすよ、どこかでまた下手こいて失うのが」
俺の背中に隠れて見えないが、とてつもなく哀しい声を聞くだけで表情がわかってしまう。
またなにか自信を失うようなことがあったのだろう、恐らくは、不破とのやりとりで何かを・・・・・・
「大丈夫・・・・・・大丈夫だ。俺はお前を信じてるから、お前は俺を信じてくれればそれでいいんだ」
俺が信用できなかったらそれで終わりなのだろうけど、今だけは少し自信ありげな言い方をしてみた。
こういうところであんまりなよなよしていても説得力がないだろうし、理にかなっている・・・・・・はず。
「・・・・・・ありがたいっす。こんな俺の戯れ言につきあってくれて」
「どこが戯れ言だ。大事なことだろ」
背中を洗う手を止めさせ、俺は一度体の向きを変更する。
マンドリカルドとまともに向き合う形になり、泡まみれになった彼の手を握った。
なぜか頬を真っ赤に染め、唇をもにょもにょと噛むマンドリカルド。視線はもちろん明後日の方向である。
このまま話を続けるわけにもいかないので俺は彼の顔を横から手で挟み込み優しく此方へと向けてやった。
「・・・・・・克、親」
「俺だって不安だし怖いけどさ、それは────」
「ご飯できたってよー・・・・・・ってなんでお前ら風呂場でキスする3秒前みたいなことしてるんだ」
ここまで完璧な水差しがあっただろうか。
つか海お前仮にも女だろ、いや男でも人の風呂を正々堂々と見にくるとかおかしい。
綺麗に凍りついた俺たち二人を見て、また性根の腐ったような笑い声をあげやがってこいつ。
「一回ドア閉めろ寒い」
「えーやだ」
「いいから閉めろ馬鹿野郎!!」
「俺からもお願いするっす!!」
男子二人の絶叫が響き渡る(風呂場という場所も相まってことさら反響しまくっている)。
人を小馬鹿どころか大馬鹿にしたような表情をしながら海はそのドアを閉めていった。あいつほっといたら会社のやつか誰かに言いふらしかねない、あとで弁解もしくは記憶奪取しておかねば。
・・・・・・もうマンドリカルドを元気づけようとか思って放とうとした言葉の続きは言っていられない、こうなりゃさっさとあがる。
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89話 七日目:ご飯は集中して食いたい
「いやあまさかおまえらがそういう関係だったなんてなー」
「一部分だけ切り取って物事をみないでくれますかね」
食卓でめちゃくちゃ弁解しなきゃいけなくなったせいで、せっかくの旨い飯も味を感じられない。
黙って食いたいのに海の奴はどんどん追求してくるから喋るしかないのだ。口を閉ざしたら『はい認めた~』ってすぐ言ってくるからだ。
「でもセラヴィのこと好きなんだろ?」
「・・・・・・大好きだけどさ、不純なことはしねえよ」
好きじゃないときっぱり否定したかったが本人がいる前でそんなことを口走ったら、それこそ関係が崩壊する。
だから恥ずかしいけども認めるしかない。
「やっぱ好きなんじゃん」
「友を好きでいてなにが悪い」
毅然とした態度の方が効果的なのかもと一瞬思ってしまったせいで開き直ったみたいになっている。
もうこの際自棄になってもいいんじゃなかろうか。
「俺に初めてできたまともな友達だぞ、人のことちゃんと考えてくれる優しい奴なんだし嫌いになる理由がねえよ。それに比べてお前はさ」
「悪かったなまともじゃなくて。嫌なら俺と縁切ってもいいんだぞ」
珍しくすねたように唇を突き出し、海はそう言った。
こいつのことだからどれほどのことを言ってもダメージなんてないと思っていたが、意外と傷ついているのだろうか。
「これまで何回縁切る縁切る言ってなあなあにしてきたと思ってるんだよ、どうせ俺たちには無理な話だ」
初めて出会った時から、こいつとは相容れないと互いに思っていた。衝突する度に離れることを決意しても、いつの間にか元の状態に戻っている。不思議な話だ、どれだけ嫌っても・・・・・・結局その気持ちは消えてしまうのだから。
鮭のフレークを山ほどぶっかけた白米をかきこみつつ、俺は目の前の海を見る。
「・・・・・・なんだよ」
「別になんでもねえよ・・・・・・ごっそさん」
食べ終わった食器を食卓の上に残し、海は席を立ってしまう。
もうこれ以上は何もいわない方が良いのだろうか。
「・・・・・・はぁ」
「旦那。隣、見て」
篠塚にそう言われて俺は首を回し、隣のマンドリカルドを見る。
顔が風呂場で見たときと同じくらい赤い。
どうしてこうなったか理由が全くわからないため、困惑するしか俺にはない。
「好きだっていわれるたんびに赤くなってましたよ」
「なんで克親が気づいてないことをわざわざ言うんすか!やめてくださいっすよ!!」
耳まで真っ赤っかにしながらマンドリカルドは慌てて叫ぶ。
もう手遅れだぞと言っても意味はなさそうだ。
「好きだって言われるのがそんなに恥ずかしいことかよ」
「ははははは恥ずかしいに決まってるじゃないすか!言われ慣れてぬぇーんすよこっちは!!」
首をぶんぶん振りまくるその様はなかなか滑稽に見えた・・・・・・が、吹き出してしまったらそれこそ信頼ががた落ちしそうなので全力で我慢するほかない。
「なんかものすごい笑い堪えてるのわかるんすよそういうの!」
かなりお怒りのご様子なので一旦冷静にさせた方がいいか。
なお、そんな方法は知らないため対処しようがない。
「笑って受け入れとけそういうのは」
「簡単に飲み込めたら苦労しないんすけど!」
恐らく中身が入れ替わったであろう篠塚がこれまたそういうことを言い出しマンドリカルドがぷんすかと怒る。
こういった平和な争いばかりであれば楽しいものだが、何日か後には必ず殺し合わなければならないと思うと少し胸が痛い。
「すいませんね、あの人色恋沙汰には事欠かなかったもんでそういうところがはちゃめちゃにイかれてるんですよ」
「・・・・・・お、おう」
謎のフォローをしてくれたのはいいがそれで解決したかと言うとそうでもない。
マンドリカルドの表情は未だに戻らず、頸椎痛めるぞと言わんばかりの角度をもって全力で下を向いている。
「・・・・・・なんか、ごめん」
「克親が謝る必要なんて・・・・・・ないっすよ」
彼は無理やり表情を元に戻して顔をあげた。
「ただ俺が慣れてないだけなんだし、克親は遠慮なく言ってくれればそれでいい。いつか、ちゃんと返事できるくらいになったら・・・・・・俺も」
胸の奥が締め上げられたかのような感覚を覚えた。
頑張って俺の言葉を受け入れてくれようとしている、その健気とも言える様を見てしまったせいだろう。
「ありがとな」
「・・・・・・っす」
それ以上言うことなど、何もなかった。
飯も食べ終わり、時刻は現在22時。
不破にどさくさ紛れで破損させられたライダー装備を修復したいところだがどうも気力が沸かん。
研究室の椅子でぐるぐる回りながら無心で天井を見てばかりなのだ「
「なんだかなあ」
つぶやきつつぐるぐるぐるぐる。
三半規管がそろそろ発狂するという寸前で回転を止め、背もたれにどかりと背中をのっけて虚空を見つめるばかり。
「克親、いるっすか」
唐突に研究室のドアがノックされる。そして相手はマンドリカルド。
なにか体に不調でもあったのかと思い急いでドアを開けると、そこには何やらもじもじしながら俯く彼がいた。
手にマリンタワー最上階にあるお土産屋の取っ手がない紙袋を持って(強く握ったのかかなりくしゃくしゃになっている)、何を話すでもなく佇んでいた。
「どうした、なんか・・・・・・あったか」
「こ、こここれ!受け取ってくださいっす!!」
俺に渡してきたのは手に持っていた袋。
いきなりどうしたんだよと内心訝しみつつ、俺はそいつに貼られていたシールを取って中身を取り出す。
土産物屋ならどこにでもありそうな少し高いボールペンと、好きな文字を入れられるメダル型キーホルダーだった。
『Син миңа бик ошыйсың』と記されたそのキーホルダー・・・・・・キリル文字に対応してるのかよという謎の感心は置いといて、恐らくタタール語で書かれただろうそれを見てなんだか感慨深くなる。
タタール語に関しては全然と言って良いほどわからないので、意味ははかれないがとにかくいい言葉であることは間違いない。
「ありがとう。お前からこんなもの貰えるとか思ってなかったから予想外だ・・・・・・嬉しいよ」
「・・・・・・そ、っすか。よかった・・・・・・」
胸を撫で下ろして安堵の声を漏らすマンドリカルド。口には流石に出せないがかわいい。
「・・・・・・つかどうやって買った?お前に金持たせてなかったと思うんだが」
「タワーの上でちょっとどんなのがあるのかなってお土産見てたら不破さんが、『なんだ、マスターにプレゼントでも送りつけたいのか?』とか言ってなぜかお金渡してくれて。断りはしたんすけどいいからいいからって・・・・・・成り行きで」
見かけによらず案外気が利くというかなんというか。
取りあえず後日返済出来るように小銭の準備位はしておこう。流石に返さないと社会人的にもまずいし。
「それならいいんだが・・・・・・そもそも、なんでマリンタワーなんかに行ったんだ?行きたければ俺に言ってくれりゃよかったのに」
「・・・・・・理由については・・・・・・秘密、っつーことで許してくれないっすかね?」
「・・・・・・しゃーねーな」
残念なことに今の俺は気分がいい。
だから問い詰める気は全く起きやしなかったのだ。
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八日目
90話 八日目:分業大事
ゴリラごっこたのしい
え、マーリン?知らないですねあんなグランドろくでなしなんてエーンエーン
「起きろカス」
「ぶべらっ!?」
朝っぱらから腹にかかと落としを食らわされ、一瞬身体が息を忘れたせいでベッド上にて転げ回る。
2分ほど呼吸の動作データをサルベージに使い、なんとか減りつつあった酸素を供給した上で俺は海を睨んだ。
「・・・・・・殺す気か」
「オメーがその程度で死ぬわけねぇからやったんだよ、ほらさっさと起きろっての」
やけに急かしてくるもんだから俺は頭上に沢山のクエスチョンマークを浮かべつつベッドから降りた。
時刻は午前8時・・・・・・土日だというのに何があるってんだか。
「篠塚とセラヴィの二人がアヴェンジャーの気配を感じ取ったんだとよ。お前ん家の裏山に誘い込んで潰しちまおうぜ」
「・・・・・・そうか」
そろそろこの戦いにも動きが必要だ。
これ以上じりじりと時間を浪費していてもらちがあかないのは事実である。
「朝飯前の労働はきついだろうが、アヴェンジャーほっとくわけにもいかねえからな」
「そらそうだ。のんきに食ってられねえよ」
取りあえず寝間着から着替えるだけ着替えて、一発大きな伸びをする。
頬をしばいて強制的に意識を覚醒させ、俺は海と共にリビングへと移動した。
「旦那、話は聞きましたか?」
「ああ聞いた。アヴェンジャーが近くにいるんだってな」
俺がそう言うと篠塚とマンドリカルドは同時に頷く。
「こっちのことも知ってるっぽいからまだ手出ししてこないんすけど、このまま泳がせるのも違うし」
「つまり今日殺したい」
棒のついた飴をばりばりと噛み砕きながら海が結論を言い放った。
三人の決意は固いので、俺がここで止めても無意味・・・・・・というかまず俺も賛成なので考えなくてもよいのだが。
「マスターはついてるのか?」
「いや、俺が確認したところいない。だがどこぞに隠れていざという時不意打ちの令呪をぶっぱするかもしれねえし」
令呪を使われれば此方の予想を遥かに越える挙動(瞬間移動をはじめとした動き)をするかもしれないので注意が必要不可欠。せっかく同盟を組んでいるので、できればそれを使われないようにどちらかが牽制したいという思いもあるが・・・・・・
「取りあえず、向こうのマスターに警戒しつつセラヴィが囮になって裏山に引き込め。まず誘導したところで奇襲をかけるが、回避されたらちとずっこいが二人がかりで攻めるぞ。異論はあるか」
「ない。礼装持ってくるから待ってろ」
研究室へと繋がる階段を駆け上がり、ドアを半ば適当に開ける。
睡魔との激戦を制し修復したライダー装備群と俺の防御&出力安定化礼装を引っ張り出し、後者を急いで着込む。
トランクの中身を目視確認し、一度蓋を閉めてリビングへと持って降りる。
三人とも今の時間を利用して準備を整えていたのだろう。マンドリカルドは鎧を出し易い簡素な服装に、今にも寝そうなほどに眠たげだった海の目はぱっちりと開いている。
「・・・・・・あれ、篠塚は?」
「指定の場所にきっちりスタンバってる。俺があとでその場所に連れてくから、取りあえずお前らはアヴェンジャーの標的になれ。煽り散らして判断力を減衰させてるとなおよしだ」
ぐっ、とサムズアップする海。俺は了解の言葉だけ返しサムズアップをし返した。
どうやら海も一緒に外へ出るらしいので、家の鍵を閉めることにする。
「じゃ、あとは頼む」
モノクルを外してコートのポケットにしまい込み、海はその場で消えた。
魔眼の能力を行使したためとはいえやはり目の前で消滅されるとびっくりするし慣れないものだ。
「・・・・・・セラヴィ、アヴェンジャーの気配は」
「こっから見て右方向に斜めこんくらいっす」
ちょうど南の方を向いてマンドリカルドが指し示すのは2時方向。直線距離で400mほど先にいるようだ。
確かそのあたりは場尾プラザとかいうスーパーやドラッグストアが集まっているような地帯だったはず・・・・・・こちらから行ける最短ルートなどを考え、算出する。
山名の中でもとりわけここらへんは俺の庭と言って差し支えない場所なので道はだいたい覚えているのだ。
「よし、まず坂降りてあっち行くぞ。追いかけられる途中に攻撃される可能性も考えて、帰りは建物間隔が広い道を通って裏山な」
「うっす」
トランクを小脇に抱え、少し急ぎ足で現場へと向かう。
前に辻斬りが頻発しているという話も聞いたので、刀を装備しているアヴェンジャーがその犯人と見て間違いない。
となると、やはり捨て置けないものだ。
「・・・・・・なんか反応が変わったっす、市街地で出すべきじゃない出力・・・・・・まさかとは、思うっすけど」
「そのまさかっぽいぞ!」
小走りから全力疾走に切り替える。
だが既に手遅れと俺たちをあざ笑うように、女性の金切り声が響いた。
男性の逃げろという叫びやらなんやらも聞こえてくる。
「・・・・・・マジかよ・・・・・・!」
マンドリカルドの眉間に深い皺が刻まれる。
それもそうだ。悲鳴の発生源であろうプラザが見える道へと飛び出した俺達の視界に入ってきたのは、凄惨な光景。
いろんな店へと繋がる交差点の真ん中で、赤いプールが開かれていたのだから。
まだ息があるのか痙攣するように動く人の身体・・・・・・そこに、容赦なく刀が突き刺さる。
「やめろ、お前何してんだ!!」
昨日見た記憶がフラッシュバックする。それとともに訪れる頭痛で膝を折りそうになるが、ここでもたついていては無様な死に方をするだけだ。
無理やり口の中の肉を噛む形で紛らわし、俺はアヴェンジャーを見据えた。
「・・・・・・ライダーか」
性別の判断が一瞬付かないような低めの声が、悲鳴の鳴り止んだプラザに響く。
遠くからはパトカーらしい車のサイレンが聞こえ、ここでサーヴァント同士としての戦いを繰り広げるべきでない、早く裏山に行けと本能的に察知する。
向かうため背を向けなければならないのだが、そのタイミングがつかめない。アヴェンジャーの敏捷性が不明なので油断が許されないのだ。
「魔力のためだかなんだか知らんが、罪なき人を殺したな」
「・・・・・・私も心痛いが、これも不可抗力と言うものだ。誰もが貴様のようなマスターを持つと思うな!!」
鼓膜に直接来るような重たい声だ。
心痛いと言ってはいるが、彼女の目からは人を殺すことへの躊躇いを全く感じられない・・・・・・人斬りの目そのものだ。
「心が痛いってんならもう罪を犯さないようにしてやるよ、たとえ俺らが罪を被ろうと」
「・・・・・・その霊基、聖杯に返すっすよ!」
俺は隙を見てマンドリカルドにベルトとキーを投げ渡す。
万一人に見られても少しだけならヒーロー対人型の化け物みたいな構図に解釈してくれる・・・・・・はず。
プラザ交差点に転がっている誰かの亡骸はどうするべきか全くわからないので、ちょっとだけ申し訳ない気持ちもするが不破の野郎に任せることとしよう。
マンドリカルドが渡したベルトを腰に巻き、右手に持ったキーを横に勢いよく突き出す。
『Pawn』
昨日かなり雑だが完成させたシークエンス通りに起動し、今回は滑らかさよりもキレを重視した速い挙動で肩のちょうど上へと右手をやり、左手を突き出す。
あまりもたついてもいられないだろうという彼の判断だろう。俺もトランクから装備一式の圧縮パックを取り出し、備える。
「・・・・・・なにをしている」
「黙って見てろ・・・・・・変、身ッ!」
一気に両腕を広げ、左手でベルトを抑えつつ右手でキーを装填する。
『Opening・・・・・・A glorious rider, an unbroken history of carving! It's time to reign!』
トランクの部品を分解し、展開する。
一気にマンドリカルドを取り囲むように動かし、彼が鎧を出した直後に部品を貼りつけていく。
「・・・・・・メイトインワン。アンタはもう、詰んでんだよ」
仮面のおかげでテンションの上がった彼からいかにもなセリフが飛び出す。
多分ことが終わったらあのくっさい決めゼリフは黒歴史だなんだと騒ぎそうなのでそこらへんカバーしなければ・・・・・・
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91話 八日目:作戦なんてのは失敗したときのカバーが重要
「詰んでいる、か・・・・・・それはこっちのセリフだ!」
全長80cmはあるだろう刀を右手に、アヴェンジャーは血まみれの地面を蹴った。
一瞬にして距離が詰められると判断し、俺は彼女と向き合ったまま後ろ向きに走り出す。
「
脚力を強化し一度プラザの上まで跳ぶ。
マンドリカルドも視線はこっちに向いていないが俺の挙動を察知してか此方まで跳んできてくれた。
「っしゃ行くぞ!」
「お前どうせ跳べる脚力もねえだろ悔しかったら追いかけてこいよザーコ!!」
海に言われたせいもあるのか、珍しく煽りを入れていくマンドリカルド。効果はかなりあるらしく、アヴェンジャーの顔が返り血と似たような色に変化した直後に跳躍してきた。
『今の煽り単純だけどいいぞその調子だ』
『いやもう俺今のでMP全部使ったんで克親に任せるっす、俺みたいなタイプの陰キャに煽りは無理っした』
仮面で顔は見えないはずなのに半ば涙目となったマンドリカルドの表情がいとも簡単に想像できる。
勢いに乗って言っちゃったけどやっぱり後悔、みたいな感じなのだろうけども。
「すまん、これ以上無理はさせん」
「殺すぞ貴様ぁ!」
こちらが思っていた以上にアヴェンジャーはブチ切れのご様子。
結構速いので俺の全力疾走では追いつかれそうな気さえしてくるのだがどうしたもんか。
「ちょっと克親を頼む!!」
「え、あ、ブリリアドーロ!?」
突如として現れ併走するブリリアドーロ。マンドリカルドが俺の首根っこを掴んだかと思うといきなり放り投げ、ブリリアドーロの背中に腹ばいの状態で乗せられてしまった。
嘶きが風に乗って響き渡り、そのまま俺を裏山へと連れて行ってくれるらしい。
「お前どうすんだよひとりでやるのか!?」
「ちゃんとあとで追いつくっすから安心してくれっす・・・・・・って危なっ!?」
背後から飛んでくる突きをすんでのところで避けながら、マンドリカルドはブリリアドーロと俺を見送るように手を振った。
「・・・・・・大丈夫なのかこれ」
ブリリアドーロの鳴き声が俺の声に呼応するかのごときタイミングで放たれる・・・・・・まるで『大丈夫だ』と俺を安心させたいのかと言わんばかりの反応だった。
もしかしてだが、ブリリアドーロって人間の言葉理解してたりするのか??
「あぁああああそこは勘弁してくれっすぅおああああああ!!!」
向こうからマンドリカルドの悲鳴が聞こえたのだが果たして無事なのか・・・・・・
「お前セラヴィはどうした!?」
裏山へ連れて行かれる途中、海の声がいきなり聞こえてきた。
霧が晴れるようにその姿は表され、俺たちの前へと立ちはだかる。ブリリアドーロは利口な馬なのでちゃんと急ブレーキをかけて体当たりしないように止まってくれた。
「後から追いつくっつって俺をこの子に乗っけた後アヴェンジャーと・・・・・・」
「死んではねえな?」
「ちゃんと反応はある。じわじわこっちに来るよう誘導してるっぽいんだが、向こうの攻撃がきついんだろ」
海はあからさまな舌打ちをして、貧乏揺すりをしまくっている。
流れを狂わされたことにこれだけ苛ついているところを見るのは初めてかってくらい珍しい・・・・・・命が関わってくるとなるとこうも必死になるものか。
「今のうちに不破へ連絡しといた方がいいよな、数人殺されてたし」
「しといた方がいいだろうな、殺人っつうことなら誰かに擦り付けるとかでやりやすいだろ」
それで解決するのか、という疑問はあるがこの際仕方ないのかもしれん。
取りあえず教会の固定電話にかけてみるとしよう。
ちょうど電話のある部屋にいたのか、すぐに受話器が取られる音がした。
『もしもーし、聖堂教会の唐川どぅえーす』
「戦争がらみの殺人だ、さっさと不破にかわれ」
呑気そうな声を出して応対してくる唐川を一回どころか五回くらいぶっ殺したいななんちゅう思いは胸にそっとしまい、不破の呼び出しを申しつけた。
せっかくの着信やったのにいけず~と不満そうな声を漏らし、一度受話器をどこかに置いた音がした。
『不破ちゃーん平尾クンから電話ー』
『要件はなんだ、つまんねえ話だったら殺すぞ』
随分不機嫌そうな不破の声が小さいが聞こえてくる。
もっちゃもっちゃとなにかしらを食っているようだが、食事中ということでの怒りなのだろうか。
『アレ関係の殺人だとよ。口振りからするに目撃証言的な感じやろなー』
『・・・・・・それなら出るしかねえな』
ばん、とドアが開く音。
どかどかといった荒い足音の後に受話器の取られる音がした。
『もしもし、不破だが・・・・・・どこで殺人があった?』
「場尾プラザのど真ん中で五人ほどやられてた。犯人はアヴェンジャーで今ライダーが交戦してる。んで俺らのほかにもみた奴がいるし警察も来てるっぽいんだわ」
かなりサイレンの音もでかくなってきた。
おそらくSNSで少しは拡散されているであろうことも考えると隠蔽はかなり厄介なのかもしれない。
『・・・・・・アヴェンジャーか。人を襲って魔力供給してるっつう話だったが、まさかそこまでやるたあ許せねえな。取りあえずテメェらはそいつぶち殺せ、そうしたら被疑者死亡扱いでなんとか誤魔化しといてやるよ』
「そうしてくれると助かる、んじゃ頼んだぞ!」
そうやって通話を切った。あまり長々としていても隙を見せるだけになるだろうし。
唐川の仕事しなさっぷりがひどかったせいで、不破の姿勢が物凄く高得点に見える現象が発生している。
ちゃんとこちらの言ってることを信じた上で行動してくれるってのはこれほどありがたいものだったかと価値観すらぶっ壊れたような気がするのは気のせい・・・・・・ではないだろう。
「取りあえず隠蔽にハンドル切ってくれるのはわかった。あとはアヴェンジャーを始末するだけだ」
「打倒できるのが確定事項かっつうと微妙だがまあ奴を消したらとりま一件落着ってのは間違いねえ。つかセラヴィの奴遅くねえか?」
確かに、と俺は後ろを向いてみる。
彼とアヴェンジャーの姿は未だに見えない・・・・・・場所を探ってみると不破に電話する前からさほど変化していないようだ。
「膠着してるっぽいなこれ・・・・・・アヴェンジャーは人を襲って魔力を奪わないといけない境遇的にしばらく戦ってりゃジリ貧になるはず・・・・・・だが」
「あのあたり住宅密集地だろ。今の時間帯だったらそこらの適当な家に上がり込んで家族数人ぶっ殺せるんじゃねえの」
軽々と恐ろしいことを言ってのける海だが、それは紛れもない事実だろう。
県外まで通勤するような社会人ならもっと早くに家を出ているだろうが、このあたりに住んでいる人間の市内勤務率はまあまあ高かったはず。
つまり危険度がかーなーり高い。
「もう行った方がいいんじゃねえのか、いくら俺の魔力があったとしてもセラヴィひとりで戦い続けるってのはアレだろ」
「・・・・・・仕方ねえ、プラン変更だ。現場行くから連れていけ!」
「お、おう!ブリリアドーロ、2ケツいけるか?」
問題ないという意味にも捉えられる嘶きを聞いて、海が俺の後ろ側に乗る。
篠塚は海の反応を追って来てくれるそうなので、まずはマンドリカルドの元に行かねば。
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92話 八日目:死合を始めようぜ
アヴェンジャーももう少しで出せる(つかもう今回の話で90%くらいバレてるんすけどね)
「セラヴィ!」
「克親!どうしたんすか、予定外っすよ!?」
「すまんが独断だ!怒るなら怒ってくれていいぞ!」
海の方は万一のためにと一応魔眼で姿を隠している。
まあそいつは置いといて、俺は周囲へ簡易的な結界を張り、出来るだけ周囲に被害を及ぼさないようにした。
自動車の走行を止めるくらいなら出来るのだが、いかんせんサーヴァントの攻撃ともなると耐えきれる自信がない。
外から中への力には強いのだが、内側からの破壊にはちと弱いのが特徴なもんで・・・・・・あまり派手なことはされたくないのだ。
「克親が、決めたことならっ・・・・・・俺は従うっすよ・・・・・・!!」
会話の合間合間に挟まる剣戟の音。
刀と木剣では耐久力の差がありすぎるため、せめてもの抵抗として剣に刺さった金属片の部分で受けているがそれももうきつそうだ。なにしろ今までそれでいなしていたが取れてしまったのだろう、残り1つしかないのだから。
「我が主を殺した罰を受けよ、これは仇討ちだ!」
マンドリカルドがなんとか怒涛の突きを避け反撃の機を狙っているが、相手もこちらの動きを見て即座に行動を合わせてくるため全く付け入る隙がない。
・・・・・・それにしても、俺らはアヴェンジャーのマスターを殺した覚えなんて全くない。というかこの戦争で人殺しをした覚えがないのだ。マンドリカルドが前に暴走したときあっちの道の奴をボコボコにはしたが、誰一人死亡まで追い込んではいないし、なにしろ奴のマスターは女性だったはずだ。
「身に覚えがないっすよ!俺がやったのはランサーと海魔だけっす!!」
「貴様らの行動が周り回って主を殺したのだ、覚えがあろうとなかろうと仇討ちされる義務がある!!」
完全に自分の正義に取り憑かれてしまったのか、鬼気迫る表情で彼女はマンドリカルドにどんどん詰め寄っていく。
民家の塀まで追い詰められ、機動を制限され始めた・・・・・・このままではどこへ行こうと一撃をまともに食らいかねない、どうするべきだ、令呪で一度此方に瞬間移動でもさせるべきか?
「・・・・・・訳がわからぬぇーっすよ、説明くらいしてくれっ・・・・・・おっと!!」
彼も追い詰められたことに危機感を覚えたか、一度後ろを向いて塀を勢いよく蹴って駆け上がり跳んだ。
アヴェンジャーのちょうど後ろで着地し、今度こそ一撃を加えようと腰をひねり剣を振りかぶる。
「篠塚!」
海がその名を叫んだ直後、アヴェンジャーから血しぶきが上がった。
何もない場所から斬撃が飛んできたことに一瞬混乱しかけたが、篠塚のことをよくよく考えれば不思議な話でもない。なにせ気配遮断Aだし、やろうと思えば攻撃時にレベルが下がってしまうそのスキルも海の力で簡単にカバーできる。
「どうも、前から間者行為や闇討ちに心が痛まないド外道です」
刀・・・・・・にしては随分柄の長いものを持ち、戦いの場にそぐわぬ笑みを浮かべている篠塚。
よっぽど余裕があるのか、それともお調子者を偽ったただの隙作りか。
「道場稽古じゃこいつを使ったが、サーヴァント稼業じゃあ久方ぶり。そしてここいらは摂津、つまり・・・・・・俺の庭だ」
「篠塚、あんまペラペラ喋らんほうがいい」
「おっと失礼しました・・・・・・ちょいと気分が高揚しすぎたもんで」
今までにない不敵な笑顔。
先日の強盗相手に見せたような雰囲気とは段違いの強さに、俺ですら圧倒されてしまう。
「・・・・・・まあいい。で、アヴェンジャーの真名はもう推測出来てんだろ?」
海がさも当然というように言い放った。
さすがに俺でもこの情報の乏しさでは判別がつかないのだが、篠塚はもうわかっているというのか。
確かに情報収集に長けているような話はよく聞いたが、そこまでとは・・・・・・
「ええ。おかげで・・・・・・局長とかがちょいといきり立ってますよ」
局長?
その言葉で、一気に篠塚・・・・・・いや、アサシンの真名が浮かび上がってくる。
”芯”である者は完全に断定できないが、他の3人はほぼほぼ絞り込みが完了した。
文久三年に生まれた、治安維持隊・・・・・・攘夷志士を弾圧するための浪士組。
「・・・・・・新撰組、だな」
正解、と言わんばかりに首を縦に振る篠塚。
局長ということはおそらく近藤勇・・・・・・芹沢や新見もあり得るっちゃあり得るが、こういう場合は大概一番有名な近藤勇であると見ていいだろう。
そしてかねてから表出したりしなかったりを繰り返していたのは土方歳三と沖田総司(逸話とかを調べたが二人の特徴と似通っていた)だろう・・・・・・なんだこのてんこ盛りサーヴァント、ギルガメッシュとは別ベクトル(?)で反則だこんなの。
「まあそこまでわかっちゃ俺の名前もわかるでしょう。答え合わせはまた後でしましょ!」
「・・・・・・私を殺す事を前提として話すんじゃない」
アヴェンジャーの言うことも尤もである、と言いたくもなったが・・・・・・さすがに今の空気感で俺が言ったら白い目で見られるどころの話ではない。というわけでお口チャック。
「局長の憧れっつうわけで、ここは一回譲らせてもらいますよっと!」
篠塚が手に持っていた柄の長い刀を掲げた。
その瞬間それは光の粒子となって消え、変わりに一枚の羽織が顕れる。
「こいつ作っても全く着なかったってのに、現代じゃあこいつがうちの証ってのが面白い!」
浅葱色っぽい羽織の袖口に染め抜かれた白いダンダラ模様。
それは紛れもない新撰組の証。
確かに作ってから一年かそこら程度で使わなくなったという説がかなり有力だと言われているが、まあ近年の創作でイメージが確立されたせいもあって違和感は全くない。
「・・・・・・似たような模様を使いよって」
アヴェンジャーの着ている服にも似たような模様が入っている。ただしこちらは黒地に白という配色だ。
「これも尊敬の表現ですよ」
筋が少し丸みを帯びている特徴的な鍛え肌を持つ刀を手にし、彼は静かに構えた。
おそらく、アヴェンジャーと真っ向勝負でやり合いたいという意志のあらわれだろう。
「・・・・・・さあ、”死合”といきましょう」
「仕掛けられたならば、乗る外ないな!」
アヴェンジャーも無理やり傷を塞ぎ、立ち上がる。
これでかなり魔力を消費しているだろうから、弱っている今のうちに叩かなければまずい。
彼は勝つ気満々な様子なので、不覚をとらない限り大丈夫であるとは思うが・・・・・・なんかフラグっぽい気分がする俺はひねくれているというか心配性なのだろうか。
「・・・・・・そういえばさ、こいつって局中法度の私闘厳禁にひっかからねえのか?」
「馬鹿かお前。これで引っかかったとしたら誰も倒せねえだろ」
確かに。その場の思いつきで言ったがよく考えれば当然のことだった。
明確に試合というものが設定されないバトルロワイヤル形式なのだから、これを私闘としてやらなければ傍観以外なーんにもできない。
「一応これは便宜的な上司たる俺の命令だ、法度にゃ引っかからねえし切腹も命じねえよ」
お前時々天然発言するよな、と呆れたような言い方で俺の肩を叩く海。
「そういやお前の名前ってアサシンとぴったりだよな」
話の腰を叩き折るのも厭わない発言に奴は呆れ果てながらも頷いた。
司馬田海(しまだかい)だし、ちょうど新撰組の監察にいた島田魁(しまだかい)と同音の名前だから。
・・・・・・まあそれがどうしたっつう話なんだが。
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93話 八日目:変転
それにしても当初のプロットから大幅にずれてるから予定通りの畳み方にできるか不安になってきためう!!
「・・・・・・では」
「いざ、尋常に」
勝負!という叫びを皮切りに、両者は一斉に飛びかかった。
俺がそういうのに疎いせいでこれは何流のなんという技なのか全くわからないが、兎にも角にもこれは異常と言っていい程の技の応酬。
「・・・・・・速すぎる」
「こんなん目で追うだけで手一杯っすよ」
金属音が連続して響き、地面を擦る靴の音も途切れることはない。
時折双方傷を負うためか細い血痕がどんどん民家の塀などに飛んでいく・・・・・・とれなくなる前に洗いたいがそんなこと出来る余裕なんてものはない。
「さすが東軍流といったところ。随分手ごわい」
「それが天然理心流とやらか・・・・・・噂通り、殺し特化というところだな!」
試合じゃないこの場面では殺したもん勝ち、どんな非道も厭わないであろうその勢いは凄まじい。
必要とあらば足払いやらもお構いなし、相手の攻撃を防いでとにかく数を叩き込む。
「これが貴様の剣術か!恐ろしいかもしれんが、やはり技術としてはまだまだよな!」
「・・・・・・”勝てば官軍”ってぇ話だ」
敢えてその言葉を口にし、にやりと笑うアサシン。
「そうか。そういうことならば・・・・・・こちらも本気を出さなければいけないな」
強い魔力の波を感じた。
もはやアヴェンジャーに残っているであろう力はかなり少ないはずなのに、自爆覚悟の宝具か────!
「こんな場所で宝具とか駄目だって!!」
「そっすよ、対人とか固有結界じゃなきゃここらへん焦土になるっす!」
「・・・・・・宝具解放」
みしみしと、世界が何かに塗りつぶされる。
目に映るものは全て上書きされ、現れたのは大きな武家屋敷。
何人もの浪士たちがアヴェンジャーの背後についていて、その数はざっと50人近くか。
マンドリカルド曰わくその一人一人からも低ランク相当のサーヴァント反応があるらしい・・・・・・さすが、必殺技たる宝具なだけはある。
「・・・・・・我が主の無念を果たす。それがどんな悪であれ、我らはただ進むのみぞ!!」
吹き飛ばされてしまいそうな音圧の叫び。覚悟を決めた男たちとアヴェンジャーの絶叫が結界の中で跳ね返る。
ゆっくりと刀を振り下ろすアヴェンジャー。その先には無論、アサシンがいる。
「俺ら逃げたほうがよいのでは?」
「・・・・・・大丈夫だ。奴が負けるわけあるか」
絶大な信頼を寄せる海だが、この状況でどうしてそこまで言えるのだろう。
アサシン当人もかなり自信のあるような顔つきだが・・・・・・
「例えどんな地獄が待ち受けようと、歩みを止めることなかれ」
噴き上がる熱。まるで此方が焼かれているのかとさえ錯覚するような力。
必ず復讐はすると誓った彼女たちの目はもう揺らがない。
『極楽の 道はひとすぢ 君ともに 阿弥陀をそへて 四十八人』
アヴェンジャーが静かに重心を下げ、アサシンを見据えた。
「『
数の暴力が襲う。
もとよりひとりを狙って四十七人が攻めいったのだから、もうこんなこと卑怯と避けはしないだろう。
・・・・・・彼女の真名は、おそらく『大石内蔵助』。どういった理由で女性の姿を取っているのかはわからないが、間違いないとは思える。
「まさか英霊となった後にこう戦えるとは至極光栄!!」
焦る様子もなく、アサシンは再び構える。
ただの浪人四十七人相手ならまだしも、後世に名を残すような腕の立つ集団だというのに・・・・・・一切遅れをとっていない。
大人数相手の戦闘も慣れているおかげ・・・・・・とはいえさすがに異常だ。
「ど、どういう理屈で成り立ってんだありゃ」
「あの羽織だ。あれが強力な解除不可のバフを仕掛けてるおかげで・・・・・・まあ軽くステ1ずつ上昇って感じかね」
世間一般でそれはチートと呼ばれること間違いなしの宝具だ。
アサシンは確か筋力C耐久A敏捷A魔力C幸運B・・・・・・全部一個ずつ上がったとしたらステータス上ではギルガメッシュも簡単にぶちのめせるような化け物の出来上がりだ。
「ふんッ!」
かなり腕などに傷を負っているが、動きは殆ど鈍っていない。
アサシンの刀・・・・・・おそらく虎徹(真贋はよくわからん)についた血を遠心力でふるい落とし、更に浪士たちを斬りまくる。普通の日本刀は適切な斬り方をしないと劣化がかなり早いと聞くが、サーヴァントの持つ武器だから耐久はかなり高いらしい。マンドリカルドの使うものは基本現地調達だったりするのと宝具自体の性質も相まってかかなり脆いが・・・・・・
「よもや、ここまでかッ────!!」
かなり押されているアヴェンジャー・・・・・・口ではそう言っているが、何か最終手段を出そうとしているようにしか見えない。
現状存在を保つことすらままならないレベル、死に際の一手をここらへんで打ってきそうだ。
「・・・・・・せめて、貴様だけ・・・・・・でもッ!あ”ぁ”あ”ぁ”あ”ぁ”あ”!!!!」
崩れそうな膝に鞭を打って無理やり立ち上がり、アヴェンジャーは屋敷の壁を蹴る。
死を覚悟し全てをこの一撃につぎ込むと決意した、彼女の一踏ん張りは・・・・・・アサシンに届く。
「っと・・・・・・これは、随分と痛い一撃だ」
心臓を一突きする寸前で少し下がられたせいで、刀が深々と刺さったのはアサシンの下腹部。
羽織までしっかりとその刀身が貫通しているというのに、アサシンは痛みに吼えることもなく静かに佇んでいた。
「くそ、叶わなかっ・・・・・・た、か!」
ぐしゃりとその場でアヴェンジャーは崩れ落ちた。
その瞬間固有結界も鏡が割れるような音を立てて砕け、先ほどまで俺達のいた景色が戻ってくる。
次第に彼女の像は消滅を始めて薄くなってゆく。アサシンに刺さっていた刀も一緒に姿を消し、2分ほどで全ては消え去ってしまった。
「・・・・・・う、くっ・・・・・・」
ぱたた、と地面に血がこぼれてゆく。腹に刺さっていたものがなくなったせいで切れた血管をふさいでいたものも消え、出血が始まってしまったのだろう。
まだ少し慣れないせいで気分が悪くなるが、ここで戦ってくれたアサシンを助けなければ示しがつかない。
そう思って俺はマンドリカルドと一緒に介抱へ向かおうとした・・・・・・のだが。
「平尾さん、処方したお薬・・・・・・ちゃんとお飲みになりましたか?」
唐突に、上の方からそんな声がした。
二階建て住宅の屋根に立つのは、八月朔日しのぶ・・・・・・この状況を見て、なぜ最初にそれを問うのだろうか?いろいろ訳が分からないと首を傾けつつ俺は答える。さっさとお前がアヴェンジャーのマスターかと聞いてやりたい、あと一応海魔を仕掛けた犯人なのかも。
「・・・・・・最近忙しくて、頭痛があっても全然飲んでないです」
「駄目じゃないですか。言いつけを守らない患者さんは嫌いですよ・・・・・・けど、そんなのはどうでもいいんです」
まるでショーの司会がごとくポーズを決め、八月朔日は一度指を鳴らす。
だが何も起こらない。
「・・・・・・なんだよ、急に気取って。なんか強制薬飲ませ機とかでも来るのかと思った」
「そんな生ぬるいもんじゃあございませんよ?う・し・ろ!」
俺が振り返った時にはもう遅い。
瞬時に縄のようなものが俺の体に巻きつけられ、拘束されてしまう。
「克親!!離せっ、アンタらなにしてんのかわかってるっすか!?」
マンドリカルドが不意を突かれたせいでアサシンにがっちり組み敷かれ、抵抗むなしく地面に押しつけられている。
俺は俺で海に丁寧な緊縛をくらい、地面に座らされている。
「・・・・・・お前ら、最初っからそのつもりだったのか」
こいつはいざという時簡単に俺を突き飛ばすだろうと思っていたから、今の心には焦燥感すら生まれない。
こういう形で殺されるっつうのはなんかロマンがねえなとか考えるだけ考えて、ちょっとため息をつくだけ。
「いや、途中で気が変わったんだよ。こっちの方がやりやすいってな」
「あっそ。こんだけ丁寧に縛ったんならきっちり介錯してくれや、首は適当に俺んちの門にでも置いといてくれ」
「残念ですがそう言うわけにもいきません。こちらも製品の処分にはマニュアルがありますんで」
人間を製品扱いとは随分と立派なサイコパスだこと。まるで俺が八月朔日のところでできたロボットかなんかみたいな言いようだ。
遠くから無駄にうるさい音を上げエンジンをふかす車がやってきて、俺は荷物入れのところにねじ込まれる。
もれなくマンドリカルドも仮面やらを引っ剥がされたあと、同じように荷物入れへ縛り上げられ詰められた。
後部座席の背後=荷物入れでない車種だから、こちらを監視するのも難しいはず・・・・・・隙を見て逃げ出したいところだ。
『・・・・・・縄抜けできるか?無理なら引きちぎってでも・・・・・・』
『無理っす、こいつ・・・・・・どうやら対サーヴァント拘束に突出してるっぽくて全然体に力がこもらぬぇーっす。霊体化も出来ないし』
マンドリカルドははちきれんばかりの焦りをどうにか押さえ込んで、冷静に事実を伝えてくれた。正直よほどメンタルが強くないとパニックに陥って暴走してもおかしくはないのだが、ありがたいことにそんな症状は現れていないようだ。
それにしても、物理的な破壊で逃走されると厄介だからか向こうはきっちり手を打ってきたらしい。
どれだけよわっちい紐であろうと、拘束される者に力を出させなければ破壊されないのだから。
『・・・・・・こりゃ、本格的にやべえぞ』
『ここにきて最大のピンチ、っすね・・・・・・』
車は何処かへ移動を始めた。
真っ暗な中から外の様子は見えないので目的地は見当もつかないが、おそらくついたときが俺たちの終わりに違いない。
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94話 八日目:へやのなか
荷物入れに詰め込まれたままかれこれ10分程度揺られているが、運転席とかに乗っているやつらの会話が全くない。
終始無言でただただ移動を続けているだけなので、なんだかこちらも怖くなってくる。
『・・・・・・どうなるんだろうな、俺たち』
『わかんねっすよ、俺には』
あの手この手で脱出を試みたが無駄だった。
一ミリたりとも縄は緩まず、俺の体を縛ったままだ。轢かれる可能性を顧みず、荷物入れの扉を開けて転がり出ようとも思ったがこの車は内側から開けることが不可能なやつらしく、徒労に終わっている。
処刑台までどんどん近づいているというのにここまで手をこまねいていてはどうしようもない。
マンドリカルドも力を完全に押さえ込まれているようで、ちょっと首を動かすくらいで限界らしいのだ。
こういうとき都合よく検問とかしてくれてないかなと考えたがあるわけもなく、不破とかが来てくれてわざわざ助けてくれるなんて甘ったれた理想も駄目だと捨てた。
『俺が何したってんだよ・・・・・・』
『・・・・・・克親は、なんにもしてないっすよ。なんにも』
何かを知っているような口振りで、念話をよこしてくるマンドリカルド。
問い詰めたい思いがこの状況で先行してしまったせいか、俺はつい漏らしてしまった。
『お前、やっぱなんか知ってるだろ。教えてくれ、頼むから』
『・・・・・・駄目っすよ。あいつとの約束は絶対に破れないっす』
俺より不破の方が重要なのか、と少しむっとしてしまう。
『そうか、お前ってそういう奴か』
情けない。
自分の優先度が少し低いってだけで拗ねるなんて、子供じゃねえんだから。
『・・・・・・俺は、アンタのことを思って』
『そんな言い訳は別にいい』
振りかぶった腕が止められない。いい大人だってのに、なんでこのくらいでキレるんだよ。
自分が嫌になってくる。彼にとっての最善を貫こうとしているだけなのに、俺の勝手で邪魔するべきでないとわかっているのに・・・・・・自分の中でくすぶる歯がゆさ、或いはもどかしさが嫌に背中を押してくるのだ。
『・・・・・・信じてたのに、残念だ』
『・・・・・・っ!』
無理やり体を捻って寝返りを打った。
目が慣れてきたせいで、真っ暗の中でも彼の顔が見えるようになっていたから。哀しそうな顔を、見たく無かったから。
自分勝手だと言葉を投げつけてから思う。
思い通りにならなかったからって傷つけていいわけがない。友として・・・・・・いや、人としてどうかしている。
後悔してももう遅いのに、今になって胸が痛い。
『・・・・・・克、親』
念話の声が震えている。
自分で傷つけておいて”泣かないでくれ”と言えるほどの勇気は、俺にはなかった。
「ほら着いたぞ」
車が止まったかと思うと唐突に荷物入れの扉が開き光が差し込んでくる。
光に慣れていないせいもあってかなり目が痛い。瞬きを10回くらい高速でやって、なんとか正常な視界を取り戻した。
「・・・・・・早く出ろよ」
「どこに目玉付けてんだよお前、この状況で出られるわけあるか」
足までがっちり拘束されているせいでジャンプか尺取り虫ムーブくらいしか移動手段がない。
荷物入れの中から出ることすらままならない状態でどうやって動きゃいいんだか。
「・・・・・・しゃーねーな」
軽々抱え上げられ海の肩と俺の腹が触れるような体勢で運ばれる。
アサシンによってマンドリカルドも同様に輸送されていく。
周りの様子ビルとかを見るに中央医療センターの一角らしい。周りを高い塀で囲われているので恐らくVIP用の入り口かなんかだろう。
建物の中に入った直後からエレベーターでかなり下の階へと降りる・・・・・・駐車場とかではないだろうしどんな階層なんだと思っていたが、扉が開いただけでで答えはわかってしまった。
「・・・・・・隔離施設ってとこか」
「そうですよ?”また”暴走して逃亡されたら困りますんでね」
廊下を少し歩いたところで出てきた真っ白な扉。
それが開いたところで出てきたのは扉同様に純白の部屋である。
「・・・・・・またってなんだよまたって」
右端に寄せられたベッドへ転がされ、そのまま縄を解かれる。
今くらいしか逃げ出すタイミングはないと身構えたが、八月朔日はそれもお見通しらしい。
「変な動きをしたらこの子殺しちゃいますよ~」
アクリル板らしい板の嵌められた壁の向こうで、アサシンがマンドリカルドの首もとへ刀を突きつけている。
彼はマスターが無事に済むってんなら死んでもいいと言いたげな顔でただ目の前を見つめていた。
どうやらマジックミラーらしく、俺の姿は向こうに見えていないのだろう。
「・・・・・・そこまで卑劣だとは思わなかったな。目的のためならなんでもありか」
「魔術師にとってそれは基本でしょ?あなたから望んだ結果を引き出すためなら、あの子をどれだけ痛めつけようとも構わないもの」
趣味の悪い顔を浮かべながら、八月朔日は踵を返して部屋から出て行ってしまった。
「・・・・・・ったく、やり口がいっつもダメダメなんだよなあのクソアマ」
縄を簡単に纏めて海はそいつを肩に乗っけた。
そしてポケットから細いブレスレットのようなものを取り出してきて、俺の右手首につけてくる。
「・・・・・・なんだよこれ」
「魔術を使った瞬間に無効化した上で制裁を加える礼装だとよ。お前の魔術汎用性の塊だからな」
そのあたりは対策されても仕方ないとは思っていたが、いざやられるときついものだ。
魔術さえ使えれば右手で初級の爆破術、左手で威力増大の術を編み・・・・・・あわせるだけで結構な威力にはなる。
術式の同時展開は結構難しいが、長いことやりまくって慣れてくれば息を吐くように出来るのだ。
「あーあ、お前と八月朔日ごと巻き込んで自爆してやろうと思ったのにつまんねえの」
「そんな軽口叩けるうちはまだいい。こっから結構やべーことが始まるからな」
「・・・・・・結構やべーことってなんだよ・・・・・・っておい待て話まだだろ!」
出ていこうとする海を捕まえようと俺はベッドから飛び降り走ったが雑に腹を蹴られてぶっ飛ばされた挙げ句追いつけなかった。がちゃんという無機質なロック音が丁寧に現実をお知らせしてくれる。
鳩尾のすぐ近くにヒットしたせいで結構息がきつい・・・・・・
「さて、そろそろライダーくんも一回座らせてあげなさいな。今くらいは優しく・・・・・・ね?」
今くらいは、という言葉が引っかかった。
まさか、本当に痛めつけるつもりなのか?何の罪もない彼を、俺に望んだ結果を出させる為ならば・・・・・・
「・・・・・・な、何をするつもりっすか」
「簡単なこと。あなたの知ってる情報を話して欲しいから、無理矢理にでも吐かせるの。大事なマスターについて、秘密にしていること全部言ったら許してあげる」
「んなことするわけがないっす、どんなことされても絶対に」
彼はそう、毅然とした態度で言い放った。
「残念ね。アサシン、みっちりやってくれて構わないわよ」
「・・・・・・御意」
少し躊躇ったような素振りを見せつつも、アサシンはそう呟いた。
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95話 八日目:へいきだから
「う、あ・・・・・・ぁ!」
まるで磔のように、腕を拘束されたマンドリカルド・・・・・・真名を知らないとはいえ、まさかキリストの真似をするだなんて随分と八月朔日は意地が悪いようだ。
小さな呻き声を上げて、何本もの串が刺さった指先から血を垂らす。
俺から絶えず魔力は供給され続けるため、その場ですぐに回復してしまうのが逆にたち悪い。
何個もつけられた裂傷は即座にじゅぶじゅぶと塞がり、その上からまた傷を入れられる。
肉体的な痛みだけならまだしも、精神的にも相当追い詰められているに違いない。
窓を叩いて声をいくらかけても向こうには伝わっていないようで、俺も胸が痛くなってきた。
「なんで、あいつが痛めつけられなきゃなんねえんだ・・・・・・くそっ!」
感情にまかせて、握った手を窓に叩きつけた。だがどういうわけか、こちらの声どころか窓を叩く衝撃音すら、彼には伝わっていないらしい。
無意識のうちに魔術をかけようとしていたのか、半身がじりじりと痺れてしまう。
この壁を吹き飛ばしたくても、吹き飛ばせない。俺の力じゃ何もできない、誰も助けられないのか。
「・・・・・・早く言った方がいいんじゃないですか」
アサシンはさすがに可哀想だと思ってきたのか、動きが鈍くなっている。
新撰組は拷問もそれなりにやっていたという話だが、”芯”の彼はそこまで得意じゃないのだろうか。
「何があっても、言うつもりはないっすよ・・・・・・好きなだけ、やってくれればいいっす」
荒い息を上げつつ、彼はそう言って笑った。
心臓が握りつぶされるような苦しさが、俺の息を詰まらせる。
思わず目を背けてしまう。分かっていても怖い、辛いから・・・・・・目の前の事実からなにもかもが逃げたがっている。
「・・・・・・マスターのこと、そうまでして守りたいんですか?」
「そうに・・・・・・決まってるっすよ。克親は、俺の・・・・・・大切な友達っすから」
やめてくれ。
俺なんかを友達と呼ばないでくれ。
お前を幾度となく傷つけてきた俺に、そんな資格はない。
「頑なですねー。仕方ないなぁせっかくだからあなたの口から聞かせてあげたかったけど、先に始末しちゃいましょーっと」
「アンタまさか────あ”ぁ”あ”ッ!?」
テスラコイルとかで見るようなものと比べて約5倍ほど太い稲妻が彼のいる部屋に走った。
サーヴァントだからこれで死ぬようなことはないが、肌とかの一部が黒く焦げている・・・・・・
「やっぱ人間用のは効き目が薄いしつまんないわね」
「あ”ぁ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」
目を剥いて、腕を括り付けられていた木がみしみしと音を立てる。
拘束を容易く破壊し、勢いよく前のめりになって転がるマンドリカルド。
「・・・・・・っ!」
「クソ・・・・・・いってえ・・・・・・なぁ」
俺からは見えないところで、どさりと何かが落ちるような音がした。
「・・・・・・あら、壊したのはすごいけどもうくたばっちゃうの。か弱い男の子は嫌いじゃないわよ」
「・・・・・・ざっ、けんなよ」
膝に手をつくような形で彼は無理矢理立ち上がり、再び椅子へと座る。
「俺は克親がいてくれる限り絶対に消えねえ、んで口も割らねえ!」
断固としてそう言い放った彼だが、どこか恐怖が透けて見える。
虚勢を張っていなければ自分が保てない、というのは俺にもわかるが・・・・・・どちらにしろ、辛いことに変わりはないだろう。
「・・・・・・それなら仕方ないわねー。じゃ、さっさとバラしちゃいましょ」
バラす・・・・・・?
それは、マンドリカルドの体を解体するということか?
想像しただけで鳥肌が全身に現れる・・・・・・そんなもの見た日にはもう、まともな人でいられる気がしない。
「アンタ、最初から知ってて俺にこうしたのか」
「そりゃそうでしょ。大切な子をめちゃくちゃにいじめて絶望させて・・・・・・って、ついでにやることって考えればコスパいいじゃない?」
コスパを見た結果だけで簡単に拷問ができるとかいう神経がわからない。
良心の呵責など全くない、完全なる悪人。
自分の欲を果たすためならば、どんな行為も厭わないのか。
「平尾克親さん・・・・・・いえ、八月朔喪。なぜ、あなたがデュランダルと思しき剣を具現化できるのか。なぜ人を殺めたことを忘れていたのか。なぜその記憶に触れた途端雷鳴頭痛に襲われるのか・・・・・・!!」
「・・・・・・やめろ」
マンドリカルドの声が、これまでになく低い。
「簡単な話ですよ」
「もうそれ以上言うんじゃねえ!!」
もう、八月朔日の言葉は止まらない。
「喪兄様、あなたは・・・・・・生体兵器なのですよ。壊れるということを知らない、聖剣デュランダルそのものを体に埋めた、戦争で人をただただ切り刻むだけの最高に美しい機構!!それにもうすぐ完璧な空想具現化が叶う、これさえできれば核分裂なんて旧世代の遺物なぞどうでもいい、最高の抑止力になるッ!!!!」
・・・・・・俺が、生体兵器か。
どうしてだろう。驚くべきことなんだろうけども、心は何も訴えない。
「・・・・・・やっぱ、人間じゃなかったのか」
「いいえ、あなたはちゃんとした人間ですよ?喪兄様の遺伝子を複製した体と、お父様が手術に失敗して死んじゃったほんとの平尾克親さんのエッセンスを無理矢理まぜこぜにしただけのふっつうううううの、人間です!」
どこが普通だよと突っ込みを入れることすらできない。
俺は、八月朔日家の喪という人間を基礎にして作られたクローンなんだろう・・・・・・顔を元々の俺そっくりにしたとかそんくらいで、言ってしまえば別人。
「・・・・・・克親」
「なんだろうな。ショック、なのかなこれ」
足から力が抜けて、部屋の中でくずおれる。意味もなくただ天井を見つめて、煌々と輝く電灯で目を軽く焼かれた。
不破がやけに俺のことを人類の敵だなんだと言っていたのもこのせいか。そりゃ人の複製や偽装なんて人倫を完全に無視しているし、悪用してしまえばいくらでも奴隷にだってできる。
そして人体を利用した生体兵器ともなれば、彼は激怒して当然だろう。あの時の俺には自覚がなかったし意図して無辜の民を攻撃することもなかったとはいえ、完璧に兵器として起動してしまえばという想像に至るのは当然だ。八月朔日を始末するのは後回しにして、取りあえず不発弾のような俺をこの世界から撤去するべきとでも考えていたのだろう。
「・・・・・・んで、10年ほど前に暴走して父さんたちを殺しちまったのか」
「それ嘘」
「・・・・・・は?」
嘘ってなんだ、あれほどまでのものが全部嘘だと言うのか?
じゃあなぜ今の俺にマンドリカルド以外の家族がいないんだ、まさか八月朔日に捕まって・・・・・・
「あなたの体が本物じゃないってケチつけてきたからぶっ殺したの。そこにいたあなたは激昂して暴れ回ったけどたかが15歳だからね、何の損害もなかった。んで親を殺しちゃったことチクられたらやばいから脳いじいじしてあげて、自分が殺したって認識に書き換えておいたってわーけー。そんでもってもれなくその記憶もかったいかったい引き出しの中にしまっといて、開けた瞬間いかにもな頭痛がどどーんという安心設計」
もう何を言っていいのかわからない。
この感情は何だろう。
目から涙がぼろぼろ出ているあたり、悲しいのだろうか。
「克親、克親しっかりしてくれっす!」
「・・・・・・なんかもう、無理だ」
大丈夫だと思っていたが、知らないうちに心は砕けてしまったらしい。
胸の奥で何かが脈を打つが、これは興奮由来のものでも何でもないことだけはわかる。
「・・・・・・兵器に心なんていらないから都合はいいわ」
「・・・・・・貴様!!」
「”感情は効率低下一番の原因”・・・・・・ってね」
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96話 Interlude:敵か、味方か
「あーあ、ついにバラしちまったかー」
「・・・・・・どの面下げてこっちに来たんすか」
俺達を裏切っておいて、よく飄々としていられるな。
煮えたぎる怒りを吐き出しても吐き出しても収まらない。
「・・・・・・不可抗力ってぇ奴だよ」
一応病院の一施設であるこの隔離部屋で堂々と煙草を吸いわざとらしく煙を吹きかけてくる。
目が痒くなるし、篠塚も嫌そうな顔で見ているからやめてほしいのだが・・・・・・止める気配は見受けられない。
「・・・・・・不可抗力不可抗力ってなんなんだ、それ言っとけばどうとでもなるって考えてるんすか」
「あいつと俺がくたばらねえで済む方法がこれしか無かったんだよ!」
ずっと眠たげな目をしていたのが一気に見開かれ、そう吼えられた。
一瞬気圧されて腰が引けてしまったが、ここで逃げるわけにもいかない。
「お前に赦されなくってもいい、俺は俺にできる最善を尽くしてるだけだ。嫌がるなら勝手にしてくれていい」
「・・・・・・マスター、今そんなこと言ってる場合じゃないですって」
俺をそれとなく手当てしてくれている篠塚・・・・・・向こうに俺を殺すつもりは一切無いらしいが、信用は全くできない。
彼女らにとっての最善は、俺達にとっての何なのかがわからないからだ。死を回避できたとしても、もしかしたら克親はこの戦いが終わったら本格的に生体兵器として操られるかもしれない。
例え感情を失っていたとしても、人を殺して回るだけの物体になるだなんて・・・・・・克親は望んじゃいないはずだ。
「アンタは、何をもって最善にしてるんすか。ただどっちも死ななきゃいいってだけじゃないっすか??」
「・・・・・・んなわけあるか。俺らはともかく、あいつは、あいつだけは────」
彼女は携帯灰皿に煙草をねじ込み火をもみ消した。
俺に何か伝えたいことがあったようだが、言い出す寸前に思いとどまったらしい。
「篠塚、セラヴィを頼む」
「どこにお出かけですか」
「・・・・・・あいつが世界一嫌ってる奴のとこだ。あいつ馬鹿だから適当に煽ってりゃ釣れるし」
まだ中身のありそうな煙草の箱を部屋の隅にある机へ置き、彼女はそのまま出て行ってしまう。
「・・・・・・行ってらっしゃいませ」
「ああ、しばらく頼んだ」
ゆっくりとドアは閉じてゆく。
克親が世界一嫌っている奴・・・・・・となると俺の知る限りじゃあ答えは一つしかない。
おそらくそれは唐川だろう。不破はアヴェンジャーのやった事件の処理で忙しいだろうし、そもそも現監督役だから容易に手出しはできない。
唐川であれば現状教会にいるだけの完全ニュートラルな存在なので、味方につけても問題ではないだろう。
「・・・・・・あの人は何をする気なんだ」
「それは、神のみぞ知るって奴ですよ・・・・・・おっと、もうご飯の時間ですしちょっと行ってきます。あとで持ってきますね」
俺の腕に細い包帯を巻き終えて、彼も部屋から出て行ってしまう。
彼らには自由な行動ができる権限があるようで、勝手に料理やらなにやらができるそうだ。
「こんな時にいいっすよ、俺なんかに・・・・・・一応、敵同士でしょうが」
「何言ってるんですか。敵だろうがなんだろうが、あなたは同じ釜の飯を食べた仲間なことに間違いはないでしょ。あなたが折れちゃあ旦那どころかこっちも困りますんで・・・・・・絶対挫けんじゃねえぞこの野郎」
いきなり凄まれてビクッとしてしまった(陰キャにありがちな症状)が、彼の言葉で少しは踏ん切りがついたかもしれない。
俺が膝を折ってしまえば、全てが終わってしまう。
明確な克親の味方が・・・・・・友達が、家族が、誰もいなくなってしまう。
今の俺にできることはほぼ何もないけれど、それで諦めちゃあだめだ。
「・・・・・・わかった。そこまで言うならこの体が保つまで戦ってやるよ」
大見得を切ってやる。
最後まで戦い抜くと、断言してやった。
「局中法度に追加だな・・・・・・第6条、勝手に死んだら許さん」
「俺まさかの新撰組入りっすか」
「・・・・・・そういうこった」
へっ、と軽く笑って篠塚(中身はおそらく土方)は出入り口まで移動する。
「・・・・・・それにしても八月朔日のやつはいけ好かねえな」
「いけ好かないってまた直球なこと言うっすね」
「なにしろあの断崖絶壁だからよ、あんなんじゃ満足いくわけねえだろ」
・・・・・・こんな状況だというのに平常運転で何よりだ。
向こうの方で結構がこがこと音を立てつつ調理する音が聞こえてくる。
こういう家で聞くような生活音は少しだけ俺の平常を取り戻してくれるのだ・・・・・・
「・・・・・・あー腕いってえ」
既に傷は消え去っているが、やはりまだ痛みが残っている。
手加減してくれたとはいえここまで酷いとなると、篠塚の本気というものを想像してなんだか勝手に体が震えてしまう。
どうやら今は100%完璧な敵ではないようだし、なんなら此方を応援してくれるような素振りまで見せている。
隠された意図が読めない限り信用を置くことはしたくないが、向こうに合わせて一応こちらも宥和策くらいはとっておきたい。
「・・・・・・俺はどうすれば一番いいのか・・・・・・わっかんねえなあ」
『言っただろう、彼と共にあれ』
「・・・・・・克親と共に・・・・・・か」
デルニの言葉を半分聞き流しながら、俺はそう呟いた。
この部屋から出たら問答無用で消滅まで追い込むぞと脅迫されているので、余程の勝算がないと脱獄するわけにもいかないだろう。
『・・・・・・彼を、抑止力なぞにするわけにゃいかないだろ』
「・・・・・・俺がそうだからな」
そう、俺はブラック企業抑止力としておなじみの人類の無意識アラヤに雇われて、人類に仇なす悪を始末するための殺し屋をやらされている。どういう理由か、今までそのことを忘れさせられていたが。
今際の際に『強くなりたい』という願いが受理され、あの時の俺は契約文書の隅っこに書かれていた「終身雇用」という文字を見ていなかった。
おかげで何度も何度も最低限の力しか出さないでおなじみのアラヤに、こんな戦いばっかり強いられていたのだ。
デルニが意図的にそのことを俺に隠していたのも、途中からは薄々感づいていた。
明確にそれを知ったのは不破の口からであった。彼は世界を自由に飛び回って人類へ刃を向ける悪を断罪するうちに”そういうの”がなんとなくわかるようになったらしいが・・・・・・そんな特技あっていいものなのだろうか。
そこらへんは少し怪訝に思うが、事実その感覚は当たっていたのだし信用せざるを得ない。
「・・・・・・俺がここにいるってことは」
『まあな。なんとなく原因は察せるがまだ確定事項じゃない。つーわけで、まだまだ俺らの役目はみんなにゃ内緒な。不破も漏らさんだろ』
「・・・・・・ああ」
俺にはやるべきことがある。
使命を果たすためならば、この体がみじん切りにされようとも生き伸びてやろう。
あ、いや、霊核を粉々にされたり克親との繋がりが絶たれたらさすがに無理ではあるが。
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97話 Interlude:おぞましや
ペロニケさんにドクズ要素バチクソ放り込んだみたいになりましたわ八月朔日のヤツ()
調理の音がまだ聞こえる中、突然部屋のドアが開く。
司馬田が唐川を無事釣って帰ってきたのかとそこに目を向けたが、現実はそう甘くないらしい。
「ご機嫌はいかがですか~?」
「・・・・・・最悪に決まってんだろ」
俺らにした仕打ちなんて忘れているかのような八月朔日の振る舞いには反吐が出る。
今すぐ殺せるもんなら殺してやりたいのだが、ここで下手をこいたら克親の命が危ないだろうから手は出せない。
「そう。それは残念ですね」
じりじりとベッドの上までにじり寄ってくるので、嫌な感覚を覚えた俺はその場を離れてみる。
だが奴は近づいてくるのを止めない。
「・・・・・・なんだよ」
「いやあ、ライダーくんはかわいいなーって」
「・・・・・・そう、っすか」
これ以上どう返せばいいのかわからんが、取りあえず気持ちの悪い笑顔でこっちを見ないで欲しい。
部屋の隅っこまで追い詰められてしまったのだが、抜け出すタイミングが見当たらないのだ。
「ねえ、一回その服脱いでみてよ」
「・・・・・・は?」
唐突にそんなことを言われたせいで思考が一瞬停止してしまう。
奴はその隙を逃さずに俺の足を引っ張って床に寝かせ、俺の腹に乗っかってきた。
「抵抗したら今すぐあなたのマスター・・・・・・どうなるかわかるよね~?」
そこはかとないドクズだこいつは。
克親を人質に取られたら俺はどうしようもない。
やっとできた友達を奪われる上に、現界すら保てない・・・・・・そうなると、今回の使命を果たせなくなってしまう。
『我慢しろ、どれだけ屈辱であっても・・・・・・生き残る為だ』
「んなこと言ったって・・・・・・!!」
嫌なもんは嫌に決まっている。
生前物語に書かれてないような領域でやたらめったらに女を漁った経験はあるし、中にはやべえ悪女もいたもんだがさすがにこいつは受け付けない。
もはや霊基が拒否している。克親にひどいことをしたという認識もそれに一役買っていることだろう。
「あーもうじれったいなあ・・・・・・しょうがないから切っちゃお」
「やめろ、こいつは克親に買ってもらった大事な服で・・・・・・」
「たかが布切れ程度でよく騒ぐのね。また買えばどうとでもなるじゃない」
胸ポケットに入っていた、恐らく緊急時に服を裁つ鋏・・・・・・俺の着ているパーカーの裾へと、その刃が触れる。
また買ってもらえばいいだなんて、それで済むようなもんじゃない。
あの時、服屋の店員にあれやこれやと着せ替えばかりさせられて「俺やってけるのかな」って不安になったのも、今じゃいい思い出だ。
俺がいきなり家を飛び出しても心配してくてるし、追いかけてきてもくれる。
友達であり家族だと言ってくれたあの時なんて、これまでになく嬉しかった。
生きていたころより沢山の愛情をもらって、何も返せていなかったことが悔しくて。
「お願いだから、それだけは・・・・・・止めてくれっす。脱ぐ、脱ぐっすから」
「・・・・・・泣くほどのもの?」
「そうっすよ、俺の・・・・・・大事なものなんすよこれは」
馬乗りになられているせいで動きにくいが、なんとか脱いで畳んですぐそばに置く。
冷たい床が背中に触れ、少しだけ身震いした。
「ふーむふーむ。まーるでほっそいもやしみたい。んで、ここの傷は、なーに?」
「っうぁ・・・・・・っ!」
脇腹の痕を撫で回され、思わず声が漏れてしまう。
ぞわぞわと鳥肌が立ってきて、反射的に体を捻って逃げ出そうとしてしまった。
「だめじゃない逃げちゃ。もしかしてここに秘密がある感じかなー?」
「触んな!!」
ここは克親以外に触れさせたくない戒めの傷だ。こんなやつに、好き勝手なんてされたいわけがあるか。
八月朔日の手をはたき落とし、その忌々しい顔面を睨みつける。
ああ、できることなら今すぐぶち殺してぇ。
「なになに、陰キャだって言ってたはずだけど意外と反抗的なのねぇ。かわいいとこあるじゃん」
わざとらしく俺の肌を撫で回して、にたにた笑う八月朔日。
ふつふつと殺意が募る。このままやっていればいつ制御が聞かなくなって手がでるかわかったもんじゃない。
「殺したい?殺したい?」
「・・・・・・ああそうさ、今すぐにでも・・・・・・アンタは殺してぇよ」
悪意はもう隠せない。
許さないという思いだけが湧き上がり、憎しみに呑まれかける。
『やめておけ、イドに墜ちるな』
なぜデルニが俺を抑え込もうと躍起になっている。
ここで感情のままに動くのは駄目だとはわかっている。だが、もう許せないものは許せないのだ。
「もっと殺意見せていいよ・・・・・・ほら」
腹部に触れる生温かい物体。
ぴちゃぴちゃと嫌な音を立ててへそに唾液が溜まる・・・・・・
「っやめろ・・・・・・気持ち悪い」
ぐいぐいと奴の頭を押しのけて後ずさる。
もう嫌だ、こんな気色悪いやつの相手なんてやってられるか。
「ねえ知ってる?」
「・・・・・・んだよ」
「サーヴァントに人権なんてないから犯罪の被害者にし放題なんだよ」
血の気が引いた。
こんなサイコ人間の相手なんてやってられるか、もう俺は逃げたい。
「第176条も適用されないってわけでそれはやりほうだいってわーけーでー」
「ひ、い、や・・・・・・止めてくれ!」
下まで脱がされそうになってもう俺は理性をぶっ飛ばしかけ逃げ出す。
ここまでおぞましい体験もう嫌だ。
「逃げちゃダメでしょ・・・・・・えぶっ!?」
「きっしょいもん見せつけるんじゃねえよこのボケが」
八月朔日の脳天に完璧なかかと落としを食らわし昏倒させた司馬田。
彼女は机の上に置いていた煙草のうちの一本を取り出し、オイルライターで点火し口に煙を目一杯吸った。
焦って入ってきたところを見ていなかったのだが、来ていきなりこれとはかなり過激だ。いやおかげで助かったし感謝しているんだけども。
「・・・・・・なんで助けた」
「さっき言った通りだ。人権無視するバカにゃ正義の鉄槌をってな」
完璧に泡を吹いて気絶している八月朔日を引きずって、司馬田は部屋から出て行った。
取りあえず一難去ったところで、俺は起き上がり腹部を部屋備え付けのタオルで拭く・・・・・・恐ろしい経験だった。
「あんなやつに克親をあれ以上めちゃくちゃにされてたまるか・・・・・・」
自分が本当の平尾克親じゃないことに、自分が兵器として作り出されたことに絶望している。
俺がもし強ければ、あいつなんて、あいつなんて────っ!!
『・・・・・・だめだ、まだだ』
「なんでお前はいつも俺を止めんだよ、お前も俺だろうが!」
『俺も確かにマンドリカルドだが・・・・・・担う役は違うんだよ。そのあたりわかってくれ』
わかるわけないだろうと、大きな独り言を言う。
デルニの声は、いつの間にかもう息を潜めていた。
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98話 Interlude:誠意は言葉より金額って時もある
「ご飯出来ましたよーって・・・・・・なんで服脱いでるんですか」
「ああ、これにはちょっとわけがあってっつーか・・・・・・」
八月朔日に襲われ、霰もない姿になっていた俺。
晩飯を運んできた篠塚の前で、恥ずかしながらも服を着させてもらう。
「あの人からいかがわしいことでもされたんですか」
「・・・・・・そうだよ」
克親を人質にとられたせいで、あんなになるまでやられてしまった。
司馬田がいなければどうなっていたことか、考えるだけでも体が戦慄を覚える。
「俺もやられましたよ・・・・・・もっとも俺の場合、やるとこまでやられちまったんですがね」
ものすごく嫌なものを思い出す、といった表情で、篠塚はでっかいため息をついた。
やるとこまでやられたというのは、そう、つまり・・・・・・
「・・・・・・もってかれたんすか」
「俺もマスターを人質に取られてね。ありゃ地獄だった」
どんより顔で箸を俺に渡してくれる。
あんなやべえ女に好き勝手やられるだなんてどんな拷問よりも精神に来ること間違いなしだ。
もはや表向き平然としていられる篠塚の方がおかしいと思う。
「・・・・・・あ、さめないうちにご飯食べましょう。マスターはやることがあるってんで後回しですんで」
監禁生活とは思えないほど多くバラエティ豊かな食卓に、なんだか俺は申し訳ない気分になる。
立場上は一応敵にあたる彼と、ここまで呑気な生活をしていいのだろうか?
「克親は、ご飯どうなんすか」
「・・・・・・いらない、みたいです。今は深めの眠りについているらしくて・・・・・・」
深めの眠りという言葉が少々引っかかった。
まるで一生目覚めないようなニュアンスで言われたような気がして、おかずにのばしかけた箸を止める。
「無事なんすか、なにも・・・・・・なにも克親には起こってないっすよね?」
「・・・・・・まだ、戻れないレベルでの変化は来てないらしい。でも、このままだといつか人格が破綻して・・・・・・」
そんなことを言われたらなにも食べる気がしなくなってきたではないか。
自分がのうのうと生きている間に、彼はどんどん人らしさを失っていく。救いようがなくなってしまう。
それだけは嫌だ、絶対に嫌だ。
「どんくらい経てばそれが起こるんすか」
「・・・・・・分からないけど、俺の見立てでは明日の晩にでも」
明日の晩?
この部屋には時計がないのでわからないが、もう今は夜だ。
となると、もうリミットは24時間もないはず・・・・・・今すぐにでも克親のもとへ行かなければならない。
「・・・・・・克親のいるところは、どこっすか」
「それは守秘義務違反で俺たちが処刑されかねない。だから言おうにも言えないんだよ」
とても苦しそうな顔をして、篠塚は箸をぐっと握りしめた。
俺達だけの都合で全部ことが動けばなんら問題はない・・・・・・だが現実は、彼らの立場も考えなければならない。
死だけは回避したいと彼女は言っていたし、ある程度の暴行程度なら仕方なく耐えるだろうがさすがにそれ以上は耐えられないだろう。
俺の勝手な行動で向こうが死んでしまっては本格的に動きづらくなってくるので、今それだけは避けておきたいところだ。
「それはどうしようもぬぇーっすね・・・・・・でも、俺が今できることで最善のこと・・・・・・なんかないんすか」
「この空間から出ることを禁止されているということを考えると、今出来るのは救い出す計画を秘密裏に練ることと・・・・・・夢を通しての精神介入くらいか。だが今の状態でマスターと繋がれるかというと微妙だけど」
夢という形で記憶を共有することができるサーヴァントとマスターの関係。
だがそれはいつできるかわからないし、長さもその時々によってまちまちだ。
強く願えば接続できる確率が高まるけれども、100%できるかと言うと肯定はできない。
そして繋がれたとしても、向こうの精神が汚染されつくしていたら俺にはどうしようもないのだ。浄化する力もないし、話せるまで狂うような芸当だってできるわけがない。
「・・・・・・もし克親の精神へ干渉できると仮定したら、俺は何をすればいい」
あくまでも仮定の話だ。
もし願いが通じて繋がれたとしても、するべきことを知らなければどうしようもない。
「何を・・・・・・ですか。俺にはわからない話ですけど、とにかく・・・・・・優しく接してあげればいいんじゃないかと。もしかしたら、もしかすると・・・・・・何かを取り戻してくれるかもしれない」
わかった、とだけ俺はつぶやく。
優しく接するというのが具体的にどんなものかは完璧に想定できないが、少しはましになったかもしれない。
俺はいただきますの言葉と共に、大きなオムライスの付け合わせを口に放り込む。
きっちり蒸された、甘いブロッコリーの味がした。
「・・・・・・そういえば、アンタって自分のマスターのことどう思ってるんすか」
唐突にそのことが気になって、篠塚へと問った。
あんな華麗とはかけ離れた自由奔放っぷりに、振り回されていて疲れやしないのかと前々から疑問だったしちょうどいい。
「自分勝手なところもあるけど、ほんとはとってもいい人ですよ。行動がちょくちょく暴力的だけど根っこには思いやりが隠されてたりするんで」
暴力の根っこに思いやりという状態があまりよく理解できないが、まあ嫌ってはいないのだろう。
篠塚はにこにこしているし。
「あと意外と女の子っぽい一面もあるんですよ!テレビ見ててこの人イケメンかそうじゃないかって時たま話したりしますし」
そんなことは知らなかった。
色恋沙汰で男には興味なさそうな顔しておいて意外とそういうこともするんだなと感心してみたり。
「あと胸がで」
「その先だいたいわかったからストップ」
彼女に聞かれていたら俺まで無駄に殴られそうな予感がしたため止めた。
「・・・・・・あ”ー八月朔日のヤツも唐川のヤツもめんどくせえよクソが」
案の定彼女が戻ってきて、部屋の隅っこにある椅子へどかっと乱雑に座る。
なんだかくたびれたサラリーマンのように、丸まった背が哀愁を漂わせる。
「お疲れ様です。ご飯今ならまだ温かいですけど・・・・・・」
「もうちょっと落ち着いてから食うわ。あー疲れた、もう無事にことが終わったら平尾のやつにうちの株5000くらい買わしたろっかな」
株についてはほとんどわからんのであまり説明はできないが、おそらくとんでもない金を株といった形でふんだくろうとしているに違いない。
「マスター、あなたの会社アレでも一部上場企業でしょ。今の株価いくらなんです」
「今日の昼情報だが4万飛んで10円」
となると5000株で2億飛んで5万円である。流石に一回でそこまでふんだくろうとするのは強気すぎではなかろうか。
「克親の家そんな金あるんすかね」
「まあ10年前くらいで5000億くらいあったって俺の親父も言ってたしあるだろ。あいつそこまで無駄遣いしないタイプだしそこまで使い込んでないし社会人として築いた貯金を主に使ってるだろうからまあ」
俺のマスター兼友達兼家族は思っていたよりもすごい金持ちだったらしい。
どこぞの王族に名を連ねていてもおかしくないくらい持ってるってすごいな・・・・・・それに比べて俺の国は・・・・・・ああもうそういうのやめにしよう惨めすぎる。
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99話 八日目:運命か宿命か
長い人じゃ3ヵ月以上もわたくしめの作品にお付き合い頂いてますけどもありがとうございますううううううう
俺は、誰なんだろう。
何度自分に問っても、まともな答えは見つからない。
本当の平尾克親と、八月朔日喪の混ぜものである俺は・・・・・・どちらにもなりきれないままふよふよと浮いている。
記憶にも嘘が練り込まれ、俺自身にはどれが真実でどれが虚構か一切合切わからない。
「・・・・・・セラヴィ」
そこにいるのなら、どうか俺の願いを聞いてくれないだろうか。
もしも俺が俺でなくなった時には、その剣で・・・・・・首を刎ねてくれ。
何もかもがぐちゃぐちゃで、わからなくなる。
父さん母さんと作ったたくさんの思い出も、海と喧嘩して殴り合いで会話した思い出も、会社にこき使われまくった挙げ句一度死のうと思って登ったマリンタワーから見えた景色も。
全部、作り物だったらどうしよう。
全部、なかったものだったらどうしよう。
「・・・・・・そんなの・・・・・・耐えられるわけねえよ」
今度こそ俺は、人でなしになる。
八月朔日はそれを期待して俺に全てをぶちまけたのだろうが、まだ隠し玉があってもおかしくはない。
もしそれがあったとしたら、どんなものなのだろうか。
俺の生きてきた理由も、何もかも・・・・・・否定されるのだろうか。
「・・・・・・それは、それだけは嫌だ」
そんなことをされるくらいなら死んだ方が何億倍もマシだ。
罪のない人を傷つけて殺すなんて、嫌に決まってる。
デュランダルは・・・・・・ドゥリンダナは、騎士でもなんでもない俺なんかの手にあってはいけない。そう、俺の大切な友達にこそ持って欲しいのだ。
立派な騎士になりたい、と願った彼に・・・・・・マンドリカルドの手にこそ相応しい。
だから、まだ折れたくはない。
いつか彼へ、俺の手から渡したい。
自分の中にある”それ”を知覚して、明確な形を描き出す。黄金色をした刀身、漆黒の柄、橙色の紋様。
あの暴露があったせいか、前よりもさらにイメージは鮮明化している。
「クッソ・・・・・・」
だが、魔術を編めないようにとされたブレスレットのせいで具現化はできない。
これさえできれば、扉を物理破壊して逃げられるというのに・・・・・・
「・・・・・・それができたとしても、完成じゃあないけどさ」
何かが足りないのだ。
俺の中にあるデュランダルの形は殆ど完成している。けれどそれは概形だけで、中身がない。
魂のこもっていない剣なんてのはいくらものが切れてもだめだ。
誰を殺したいとかいうような腐った内容であっても、強い思いという中身が必要だ。感覚と偏見でものを言っているから、明確な根拠もクソもないがこれは真実であるはず。
俺にはまともな心がないから、空っぽのままなんだろうか。
「そうだとしたら・・・・・・悲しいにもほどがある」
人間を寄せ集めて作った人間未満の生命だから、本物には追いつけないのだろうか。
完成まであとひとつというところで、最初からないパズルのピースを探し続けなければいけないのだろうか。
そんなことを続けるだなんて、虚しいにもほどがあるだろう。
すべてを投げ出して、ピースと一緒に枠すらも破壊してしまったらどれだけ楽だろうか。
でも俺の起源がそれを許してくれはしないだろう。「具現」は、完成するまで俺の本能に語りかける。
「その空想を具現化しなさい」と。
なら最後のピースをくれと叫びたくなった。
はめるものが無ければどうしようもない、適当にパテで埋めて絵を描けばいいじゃないかという問題でもない。
何が、答えなんだ────?
「・・・・・・もしかしたら」
ある考えにたどり着く。
デュランダルのレプリカでロジェロでもローランでもなく、デュランダルを持って召喚されない彼が呼ばれた理由が、その英雄としての不完全性にあったとしたら。もしもこれが
「・・・・・・俺は、あいつを英雄として完成させるために生まれたのか?」
彼との関わりの中で俺は最後のピースを獲得し、イメージする聖剣をこの世界に具現化する。
そしてそれを彼に手渡すことで、完全な英霊になれるとすれば。
それを叶えることは、俺の生きる理由になる。
いいことじゃあないか。俺の貰った最後のひとかけらが、彼の最後のひとかけらにもなるのなら。
ただの金だけはあるような魔術師がする根拠もクソもない妄想だが、それは俺を挫けさせることなく立たせてくれる強い支えになる。
マンドリカルドがまだ近くにいてくれるという感覚が、とても嬉しい。
ブレスレットのせいでかなり魔術的な感覚は鈍っているが、彼との繋がりはよくわかる。
目を閉じて少しだけ集中をすれば、遠くにいるだろうセイバーの反応も検知できた。
おそらく向こうも、俺からの供給に異変を感じたか教会に言って長いこと話し込んでいるらしい。
出来れば外部からうまいこと介入し助け出してくれれば最善なのだが、八月朔日どころか海まで相手にいるとなるとかなりきついはずだ。
不破とセイバーたちがうまい具合に結託してくれれば可能性はあるけれども、流石に不破はそこまで協力してくれるかどうか・・・・・・
それこそ八月朔日の計画が完全に露呈すれば、俺諸共の可能性はあれど潰しに来てはくれそうである。
だが俺は死ぬわけにいかないので、どうにかして八月朔日たちだけを消してくれるよう仕向けられは・・・・・・俺には到底無理か。
「俺の中にあるデュランダルを取り除けばどうにかなるのか・・・・・・?」
空想具現化だけに止まらず体から摘出してマンドリカルドに渡してしまえば、俺の体からは脅威となるものが無くなるはずだ。
雑な推測が浮かんで消えてを繰り返す。
調べる手段がないから検証しようもないし、最善手があったとしてもそれへ実際たどり着けるかどうか・・・・・・
壁は多いが、道が丸ごと崖になってなくなっているよりかはずっとましだ。
壁なんてのは乗り越えてもいいし壊してもいい、下に潜ったっていいしなんならちょっと遠回りして抜けたっていい。
それはいつか通れるだろう道だ。最後の最後に何もなくったって、その場所にはたどり着ける。本当の記憶が何かもわからない俺だけど、それは確実な轍になる。
死ぬときに少しだけ振り返って後ろにそれがあれば、俺はもう満足するさ。
「あの旦那、ご飯・・・・・・食べません?」
扉の向こうから篠塚の声が聞こえてくる。
確かに朝から何にも食ってなかったはずだし、腹の虫も泣き喚く寸前だ。
「毒とか盛ってないならありがたく頂く」
「盛るわけないでしょうが。俺は旦那をもし殺すとしたら、ちゃんとそん時は刀で殺しますよ」
絶妙に信用ならない言葉を吐いて、篠塚は部屋の扉を開ける。
給食を運ぶときに使いそうなでっかい台に何個も皿をのっけてがらがらと運んできたのはいいが、どこからどうみても一人前じゃない。
「一応多めに作っときましたんで、お腹いっぱいになったら残してくれても構いませんよ。言ったとおり毒は何一つ盛ってません・・・・・・アレルゲンとかいう奴はあるかもしれないですけど」
「俺は花粉症意外なんも持ってねえよ・・・・・・ま、ありがとな」
「では戻らせて頂きます・・・・・・あ、最後に一つだけ」
右手の人差し指を立てて天井を指さすようにポーズを取る篠塚。
どこぞの警部というか特命係長の真似っこをしているつもりだろうか。
「・・・・・・なんだ?」
「今晩、ちゃんと早めに寝たほうがいいですよ?」
なぜそんなことを問うんだと聞き返したかったが、その前に篠塚は行ってしまった。
早く寝たら俺にとって良いことがあるのだろうか。もしかしたら早いこと人体実験を始めるために俺には寝ていてほしいとかそういうことでは・・・・・・いや、そうなってくると飯に睡眠薬でも入れておいた方が早いと思うのだが。
いろいろと考えながら俺はまずサラダに手をつける。
ばりばりとシーザードレッシングのかかったレタスを頬張りながら、無意味に俺は天井を見つめていた。
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100話 八日目:もう一度
篠塚に言われたとおり俺は早めにベッドへ潜り込んで目を閉じた。
不思議とすぐ眠気はやってきて、意識は底の方へと沈んでいく。
「・・・・・・来てくれたんすか」
ちゃぷ、と足が冷たい水に浸った。
小さい小屋のような建物の縁側に、マンドリカルドは座っている・・・・・・めちゃくちゃ和風な建造物だが、これは彼の心象風景ではないのだろうか。
「この建物は?」
「休憩所みたいなもんすよ。その人が一番安らげる場所の形で現れる・・・・・・そうっすけど、俺にはよくわかんぬぇーっす」
ちょうど踝まで浸かるような水をぱしゃぱしゃと弾きながら、彼はなんだか不安そうな目をして此方を見た。
いろいろわからないことが多いから、今のうちに聞いておきたい。俺はそう思って、彼の隣に座る。
「・・・・・・ここは?」
「・・・・・・俺の、深層意識一歩手前って感じのところっす。すぐそこに水が噴き出してる穴があるっしょ、あそこから無意識のなんたらに入れるとかなんとか」
大きな石で作られた円筒形のものから、確かに水が定期的に溢れている。
それはさながら地下水がめちゃくちゃ出るようになって氾濫し始めた井戸のような・・・・・・
「この水は、俺の欲望・・・・・・らしいっすよ。なにかを願うたびに、あそこから溢れ出すっつう・・・・・・」
「・・・・・・これが、か」
俺は唐突に立ち上がって、地面にたまったそれへと飛び込んだ。
前述したとおり踝ほどまでしか水深がないので盛大に背中を打ったが、不思議とそこまで痛くは感じない。
「・・・・・・なにやってるんすか」
「お前の欲を体で感じてみたかった・・・・・・ってぇとなんか変な言い回しだよなぁ」
冷たい水が俺の耳に入っては出たりを繰り返す。
彼は無理やり自制しているから、こんなに冷たいのだろうか。
ふつふつ煮えたぎって沸騰しそうなほどの欲でも、別にいいんじゃないかと思うんだが・・・・・・
「変な誘い文句にしか聞こえないっすよね、それ」
マンドリカルドも俺の隣に寝転がり、水を掬ってはそれをじゃばじゃばと元に戻していく。
澄み切った綺麗な水だから、どれだけ浸かっていても不快感はない。
「・・・・・・でさ、俺はここでどうすりゃいいんだ?まさかずっとこのままだらだらしてりゃいいって訳でもないだろうに」
「まあ、あっこ入れってことでしょうね」
マンドリカルドの指差した先には例の井戸。
あの中に入って、彼の無意識に触れてこいということだろうか。
「そういうことか。なら、ちょっとお邪魔させてもらいますかねえ」
縁まで水がひたひたになっている底へ顔をつける。
現実世界の水とは違って中でも呼吸はできるらしいので、俺はそのまま入ることにした。
「・・・・・・お前は?」
「俺はそこには入れないっすよ、無意識の領域に同じ人間の意識が入り込むのは無理っぽいっす」
ここで待ってるんで、また帰ってきてくれっす。と笑顔でマンドリカルドは俺を送り出してくれる。
彼の深層意識を知れば、俺の中にあるデュランダルに足りないかけらを見つけられるかもしれない。
そう信じて、俺は井戸の中へと飛び込んだ。
真っ暗な井戸の中を、壁伝いでどんどん進んでいく。
全身が欲望の水(仮称)に触れていると、少しだけ自分の体との境目がわからなくなっていく。
深くへ進むにつれ、水の温度がじわじわと上がっているのだろう。俺の体温と同じくらいのあったかさになったせいで、温度による境界の区別がつきにくい。
油断しているとマンドリカルドの中で溶かされて消える気がしてしまったから、取りあえず自己はしっかりと保てるように自分はなんなのかという自覚をもつ。
「・・・・・・光が」
ほんのり黄色い魔術回路のような線が、井戸の中に走った。
俺との契約でワンランク上昇したとはいえ、魔力Bの回路とはここまでのものか。生前魔力を使ってどうのこうのという逸話は聞いたことがないってのになかなかの出力・・・・・・さすが、サーヴァントといったところだ。
力の流れに呼応して、俺の体も活性化する。
メインの回路全てが励起し、自動的にマンドリカルドの持つ回路とさらなる接続を始めた・・・・・・これにより、どれだけ離れていても無視できるほど少ないロスで供給が可能になるだろう・・・・・・が、流石にこれ以上やると俺と彼の区別がつかなくなるので完全な結合になる寸前で止めてやった。
「体の枷から出たら、こんな感じだったんだな」
俺の思考に仮想の体がすぐ反応してくれるおかげで、かなり自由に動ける。
もうすぐ細い井戸から出られるだろう・・・・・・その先に何があるか、この目でしっかりと見なければ。
「・・・・・・ここは」
大きなドーム状の空間だった。壁と床にはマンドリカルドの魔術回路が結構な数敷き詰められており、その中心部には大きな玉座が一つぽつんと置かれている。
かつて一国の王であったという自覚なのだろう・・・・・・だが、その玉座には誰もいない。
かわりに、粉々になってしまった王冠のようなものがばらまかれていただけだった。
「自分を、認めてないってのか」
すぐそばにある剣の台座にも、デュランダルは刺さっておらずなにもない。
玉座の裏に置かれた彼にとってのヘクトールを模した像だけは煌めいているけれど、彼自身に関係するものの殆どはどこかくすんでいる。
「・・・・・・なんだろうな」
俺の言葉は、ここまで届きはしなかったみたいだ。
深層意識まで浸食した強い自己嫌悪はいつまでもこの場所で、俺のことを嘲笑うように鎮座している。
そりゃそうだ。死んでから何度も何度もこんな戦いに呼ばれて、向かって、戦って・・・・・・そのたびにこの念を強くしていたのならここまでこびりついていても仕方がない。
すぐ俺はマンドリカルドと自分を同じ規格の存在として見てしまうが、実際は違うのだ。
彼は英雄の移し身、俺は人の形をしたばけもの。
なにもかもが違っていてもおかしくはない話だろう。
『かつちか』
急に彼の声で名前を呼ばれ、俺は顔を上げた。
どこかに無意識を司る彼自身がいるのだろうか。
「・・・・・・マンドリカルド?」
『おれといて、たのしい?』
無邪気な子供の声みたいに、そう問われた。
愚問でしかないだろう、こんな質問は。
「楽しいに決まってるよ。ずっと一緒にいたいくらいだからな」
『・・・・・・そっか。じゃあ・・・・・・おれのこと、なんだと思ってる?』
これは相当な質問責めに遭いそうな予感だが、こういうのは我慢してなんぼだろう。
途中で投げ出したら、それこそ彼の自信をなくしてしまう。
「お前のことは、友達であって家族でもある特別な存在だと思ってるよ」
『・・・・・・おれのこと、みとめてくれる?』
「・・・・・・ああ、認める」
俺に話しかけるマンドリカルドの声が、止まる。
その瞬間、世界は一変した。
めちゃくちゃな水の奔流が、玉座のすぐ下から現れたのだ・・・・・・それを食らった瞬間、俺は本能的にわかってしまった。
彼の隠していた秘密は孤独以外にも存在した。
それは、”承認欲求”。誰にも認められなかった(と認識している)彼自身は、無意識に求めていたのだ。
自分のことを、本当に認めてくれる人に。
『愛して、俺が何も考えられなくなるくらい』
やっと、本当のことを言ってくれた。なんの躊躇もない、彼自身の本音が・・・・・・やっと聞こえた。
「ああ、そうする。だからもう欲望を全部ぶちまけろ。俺にできることならできるだけ叶えてやるから」
『・・・・・・克親』
俺の手に、壊れた王冠のかけらが集まっていく。
それは一度光となって溶けると、元の形に再構成されて再び現れた。
『俺を、もう一度・・・・・・”王にしてくれ”』
「それが、お前の望みなら」
渡された王冠を手に、俺は浮上を始める。
これこそが、俺と彼にとっての・・・・・・最後のかけらにつながるはずだ。
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101話 八日目:王
「じゃあ、俺はもう行くよ」
『・・・・・・行ってらっしゃい』
仮想の体が浮かび上がる。
先ほどここへ移動する時に使ったあの細い通路まで飛び、そのまま突入した。
この深層意識に存在していた”彼”の、終わりなき願望が声は無くとも俺の後ろ髪を引いてくる・・・・・・『行かないで』、『まだ一緒にいたい』『俺のこともっと聞いてよ』。
なんのフィルターもかかっていないだろう彼の思いが、俺の心をぎゅうと締め付ける。
時間が許すならいくらだってこの場所にいてやりたいが、いつ八月朔日に叩き起こされるかわかったもんじゃない。
それにもう、この聖杯戦争もそう長くは続かない。
俺たちが勝って、マンドリカルドが聖杯に受肉を願わない限り・・・・・・その思いは成就しない。
この状況で海と八月朔日を打倒し、セイバーとの戦いを制することができるのだろうか。それを考えると無理じゃないかって思えてきて辛い。
せめて心持ちだけでも、俺たちは絶対に勝てると思っていたいのに。
「・・・・・・また、いつか。ここで会おう」
俺はそうとだけ告げ、向こうへと繋がる管へ入った。
「おかえりっす」
「ああ、ただいま」
手に持っていた王冠を背中に隠し、先程の建物でどこか遠い空を眺めていたマンドリカルドの元へ歩み寄る。
俺が彼の深層に潜って干渉した結果こちらにもかなり影響が顕れたのだろう、なにもなかった空間が地平線まで続く草原へと変貌を遂げていた。
「・・・・・・俺が行く前と後で随分変わったなあ」
「まあ、奥深くで何かがあったんだろうってことはわかるんすけど・・・・・・俺にはまだ全然わかんないっすよ」
体育座りを解き、そのまま草の褥に転がるマンドリカルド。
どんな風景よりも似合っている・・・・・・さすがは遊牧民の王だ。
「ああそうだ。マンドリカルド、ちょっと俺の前で跪いてくれるか?」
俺の申し出に、何も言わず従ってくれるマンドリカルド。
召喚したとき以来じゃないだろうか、こんなふうにマスターとそのサーヴァントみたいな構図になるのって。
「はい、これ」
2歩だけ歩いて、隠していた王冠を彼の頭に乗せる。
髪型が独特なので安定する場所を見つけられるか不安だったが、すっぽりと綺麗に収まってくれたので杞憂に終わってくれた。
「・・・・・・なんすか、これ」
「・・・・・・令呪を以て命ず。”もう一度、王となれ”」
この空間で俺の本体が魔術を行使できない環境の中、使えるのかという疑問はあったが、俺の左手にある令呪は普通に作用してくれた。
三画ある中で左の一画がきん、という音を立てて光と消え、ほんのり痕が見えなくもない程度に薄れてしまう。
「初めてこんな命令の仕方したな。人から王権与えられるのってタタール王族的にはどうなの」
「・・・・・・お、王権神授説なんてのは16世紀に生まれたものなんで、俺は関係ないっすよ。大丈夫っす」
なんでこんな命令をされたのか理解が追いついていないのだろう、彼の頭の上にたっくさんのクエスチョンマークが浮かんでいるのが目に見える。
頭の上に乗っかった王冠を人差し指で何度も突っついて、これは本物なのかとやたらめったらに触りまくっていた。
「それはお前の深層にあった願いの形だ。向こうでのお前は俺にはっきり言ったんだよ・・・・・・俺をもう一度王にしてくれってな」
「・・・・・・俺の、願い」
自覚していなかったであろうそれを知って、マンドリカルドはほんの少し呆れたような顔を見せる。
「俺ってわがままなんすね。立派な騎士になりたいとも思って、王様になりたいとも思って・・・・・・」
「なーに、王様兼騎士なんて12世紀くらいからの話だがいくらでもあるしわがままなんかじゃねえよ。どっちも国や民を守る役目があるだろ」
なんとなく笑ってごまかしてやる。
「安心しろ。俺はいつまでもお前のもんだ」
その言葉に反応して、マンドリカルドは急に立ち上がった。
「・・・・・・俺はサーヴァントっすよ、この戦いが終わったら・・・・・・消えるんすよ?」
いなくなると知っているのに、それでもその言葉を言えるのかと俺を試しているのだろうか。
愚問だ、俺の覚悟なんてのは既に決まっている。
「この世界からいなくなったくらいでやめるつもりは毛頭ねえ。俺はお前の友達で、家族で、国民だ」
自分でも何を言っているのかわからなくなってきたが、もう勢いで腹の中に溜まっていたものが全部出てきてしまう。
俺だって願望をぶちまけたい、という思いに突き動かされもう止まってくれない。
「俺は、お前のためにすべてを捧げたい。兵器にする事を目的として作られたこの体を、埋め込まれたデュランダルの力を、全部・・・・・・お前に渡したいんだ」
こんなに体が熱く感じるのは初めてだ。
俺の中心にある何かが溶けて、また新しい形へと変化する。
それはまるで、さなぎの中で体を完全な別物に作り替える蝶のように。
「そうっすか。それなら俺は・・・・・・克親の願いに応えよう。アンタの全てを、俺にくれ」
「・・・・・・喜んで」
差し出されたその手を握る。
これで、最後のピースがはまったみたいだ。
「・・・・・・なんていい気分なんだろ」
監禁されているのにとても心は爽やかだ。
マンドリカルドとの繋がりがより強固になり、自分の存在する理由が明確にできたおかげだろう。
手の甲を見るときっちり一画分の令呪が消えていて、ちゃんと効果が発動された証拠にもなっている。
自分の中にあるデュランダルの像もかなり変貌を遂げていて、今までのものとはいえ全然違う形・・・・・・白銀の刀身に、黄金の柄。これはこれで見た瞬間わかるような聖剣らしさがある。
例のブレスレットさえ無ければ今ここで具現化させて試し斬りをしてやるというのに、できないからめちゃくちゃ歯がゆい。
「今のデュランダルなら、セラヴィも」
不完全な具現化では贋作デュランダルとしてペナルティを食らっていた彼だが、もうそれも大丈夫だろう。
俺の空想が作り出した姿であるとはいえ、本当のデュランダルには違いないのだから。
「なんか令呪の反応があったんだが、なんかやったのか」
いきなり扉を開け、海の奴がずかずかと部屋の中に入ってくる。
令呪を近くで使ったら他のマスターもそれを認識できるというのを忘れていた・・・・・・これは相当まずいのでは?
「・・・・・・悪いか」
「ああ悪いな、めっちゃくちゃに悪い。俺が八月朔日の奴しばき倒して気絶させてなきゃお前即人権奪われてたぞ」
人権を奪うとは、いきなり兵器として利用するために作り替えられる・・・・・・ということか。
この推論が本当であればかなり危険な話だ、八月朔日が意識を失っていて助かった。
「・・・・・・お前のおかげで間一髪ってわけだ」
「感謝しろ、あとで俺の会社の株5000は買え」
「んな金簡単に出せるか」
あの会社の株価普通に4万とかいってるらしいしそんなポンポン買えるような額にはならん。ましてや5000株とか万一潰れたときの損失がやばすぎる。
「お前んとこの財産なら普段の買い物で使うような額だろ」
「普段の買い物で2億も使うようならとっくの昔に破産申請してるわ!!」
確かに貯金やら不動産やら魔術の特許やらを総合して考えればまあギリギリ1兆行くか行かんかだろうけど軽々1億を使えるほど俺の金銭感覚は金持ちじゃない。むしろ小市民寄りだ。
「そんなんだからモテねえんだよ。金持ちでそれなりにイケメンでまあ安定してるだろう職も持っててそれって一生結婚できねえぞ」
「勝手に言ってろ、お前こそ大企業の社長で煙草さえしてなきゃ完璧なビジュアルの癖して全く男の影もねえじゃねえか」
なんの言い争いなんだ、と自分でも疑問に思うのだが一度出した拳は簡単に引っ込められないのが現実である。
「なんだよ煙草なけりゃ完璧なビジュアルとか!侮蔑してんのか褒めてんのかよくわからねえよ!」
「これでも最大限の褒めなんだよなあ!つかお前しれっと俺のことイケメンって」
「言ってねえぞぶっ殺すぞ!」
「言っただろどう考えても!俺の耳ちゃんと聞き取りましたぁ!」
「幻聴だ幻聴!」
一応俺と海は敵同士。
だってのにいつも通り不毛な戦いを繰り広げている。
・・・・・・まあ、このいつも通りが一番落ち着くっちゃあ落ち着くんだが。
初めての令呪行使になりましたがなんかカドックくんを思い出すような内容になりましたねえ
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九日目
102話 九日目:信じていいの
「あーたたたほんとあなたって暴力的な女性ですよね。一晩中意識吹き飛んじゃいましたし」
「セラヴィを性的な意味で襲ってた阿婆擦れ野郎にゃ言われたかねえな」
頭頂部を撫で回しつつ、八月朔日が部屋に入ってきたのはいい。
俺の注目点はただ一つに絞られている・・・・・・そう、それはもちろん”セラヴィを性的な意味で襲ってきた”という箇所だ。
「・・・・・・おい、海・・・・・・それマジか?」
「マジだよ。セラヴィの服引っ剥がして腹を舐め回してたぞこいつ・・・・・・流石にキモすぎたから見た瞬間体が勝手にこいつぶっ飛ばしたわ」
許せん。
彼のなんだかんだ言って繊細な心に多大なダメージを与えた八月朔日のことが許せん。
手のひらから血がにじみそうなほど強く拳を握りこみ、怒りをためこんでやる。一発こいつの鳩尾をぶち抜いてやりたい気分で一杯だ。
「あんな陰気くさいのにちょっと苛めただけでよく啼いてくれるし反抗的にもなってくれる子、なかなかいないんだもん。しばらくあなたのことほっぽって調教したいくらいだったわ・・・・・・奴隷にしたらとってもかわいいだろうから」
「ざけんな・・・・・・俺の友達にそんなことしてみろ、真っ先にお前をぶっ殺すぞ」
こいつはこれからなにがあろうと許しはしない。
マンドリカルドに手を出したことを後悔させることもなくぶち殺す、首をぶった斬って殺す。
「友達・・・・・・ねえ?人権もない過去の英雄の写し身程度が友達?あはははははははは!なにそれ、意味わかんない!」
「・・・・・・そろそろやめとけよ」
海がそう告げたのにも関わらず、八月朔日はその口から言葉を飛ばし続ける。
怒りで理性を失いそうだ。人権がないかもしれない、過去の英雄の写し身程度かもしれない。けれど俺にとってマンドリカルドは、大切な友だ。その関係を、思いを・・・・・・八月朔日なんぞに否定されてなるものか。
「あんなもんを友達って言い張るなんて・・・・・・やっぱあなたは人未満の兵器でしかないのよ。兵器同士馴れ合って・・・・・・惨めにもほどがあるわねー。ほんと、三文もあげられないわ」
「・・・・・・俺とセラヴィのことをこれ以上言うんじゃねえ、その頸椎折られたいのか」
あのほっそい首をへし折ってやりたい。
憎さが積もり積もって有り余る殺意へと変貌する。俺なんかよりずっとこいつは、人類の敵だ。
「兵器にこれを言うのはなんだか変だけど敢えて言ってあげる・・・・・・”C'est la vie”」
もう我慢できん、腕の一本や二本を犠牲にしてでもこいつは一発殴らなきゃ気が済まない。
俺はついに強く握りすぎたせいで出血した拳を振り上げる。
「あら、所有者に刃向かわないで。兵器風情が」
振り下ろそうとした手は、途中で力を失い落ちてゆく。
それだけじゃない、体中の力が抜けて俺は床へと転がった。
まるで筋肉全てがストライキを始めたみたいだ。
「・・・・・・お、あえ」
口も自由に動かない。この怒りをぶつけたいのに、伝わらないんじゃあ意味がない。
「さ、そろそろ連れて行くわ。それを背負って」
「・・・・・・あいよ」
俺の体を海が雑に持ち上げて背負う。
抵抗したいのに体は全く言うことを聞いてくれず、ただただされるがまま。
マンドリカルドに一度会いたいのだが、そんな余裕は全くなさそうだ。
「・・・・・・辛いのはわかってるが・・・・・・今は耐えてくれ。いつか、お前のことを助けるから」
八月朔日に聞こえないくらいの声で、海は確かにそう言った。
助けてくれるというのなら、俺はこの体が保つまで耐え続けてみせる。だが、まだ海のことは信じきれない。自分のためなら嘘も平気でつけるような性格だ、俺を助けるというのが出任せであれば・・・・・・ああ、想像もしたくない。
「なに立ち止まってるの?」
「こいつ70はあるから重てーんだよ。俺だってゴリラじゃねえんだ、ちったあ我慢しろ」
確かに俺は70kgちょうど。体を魔術で強化していないと重たくてまともに運べないってのは当然だ。
・・・・・・だがこいつ、俺をここへ運んできた時はまあまあさっさと歩いていたはずだが・・・・・・まあ、俺に何か告げたことをごまかしにいったのだろう。
「ゴリラ・・・・・・どっちかというとカバじゃないの?」
「あ?63kgの体当たり見せてやろうか?なんなら70kgの武器もついてさらに殺意マックスの出血大サービスだ」
しれっと俺を棍棒のように扱わないでほしい。俺は剣を生成できてもこの体自身にはそこまで攻撃力ないんだし。
強化でブーストかけただけで人の域はあんま出られないし。
「大事な実験体を乱暴に扱わないでくれますかねー」
「俺ここ10年はこいつをことあるごとに殴りまくってたけどな」
そういやそうだ。
俺の覚えてるうちは高校生のころ教科書忘れたから見せろと言ってきてちょっと出し渋ったらすぐ張り手をくらわされ、週刊の漫画誌を貸せと言ってどつかれ、大人になってからも煙草を止めろとかそんなことでしばかれた。普通だったらいじめ案件なのだが、いつの間にかクラスの中では俺と海がカップルみたいな噂のせいで先生も心配しつつ暖かい目で見てきたし。流石に平尾家の長男と司馬田家の社長令嬢とかいう大物×2とかで第一の中では結構な話だったそうな。
正直言って俺が海と付き合うなんて無理。今までのような拗れた友人くらいがちょうどいい。
それにしても日常茶飯事なので忘れていたが、今までやられたことは立派な暴行罪だし警察に突き出してもいいくらいだ。
・・・・・・まあ、海は威力の調節がうまいらしく一回もケガというケガはやってない(ちょっと殴られるのを避けようとして転んだ挙げ句の打撲とかはあったが)からもう豚箱送りにしようとも思わんが。
今考えると例の副社長、勅使河原の教育(?)でその力加減を会得していたんだろうなと思う。
「あーらなんと野蛮なことか」
「どうとでも言えクソアマ」
堂々と中指を立てて挑発する海だが、八月朔日はそのあたりを気にするような素振りすら見せない。
海外で長いこと勉強してたのに寛容・・・・・・と言っていいのかこれは。
「あなたほんっっと気に入らないわ。あとで洗脳でもして会社の資金全部寄付してもらおうかしら」
「んなことしていいのか?血液分析のペレット、眼科のルビーメス、デンタルブロックのジルコニア、プランジャー各種その他諸々全部取引打ち切りにするぞ。あと俺を洗脳した程度でぶっ壊れるほど馬鹿な会社じゃねえよ」
役員が各自しっかりとした権限を持ち、平等に話し合える場が存在する。
ロクに出勤もせず舞綱でぐうたらしているような社長の海が機能しなくなったところで、役員自ら対処ができると海は信じているようだ。
人格は破綻しているが一応そのあたりだけはまともってわけ・・・・・・とか口に出したら床に叩きつけられそうだ。
「まあそんなことはどうでもいいの、早く運びなさい」
ドアの前に立ち、八月朔日が手をかざす。
指紋などの情報を読み取り認証したのか、ロックを解除しますという電子音声と共に扉が開いた。
「・・・・・・こいつをホルマリン漬けにでもする気か?」
まず目に入ったのは大きな瓶状の物体。
2mと少しくらいの高さがあり、人がすっぽりと収まりそうなサイズだ。
「まだ生かしておきたい生物を劇物漬けにするとかただの馬鹿じゃないの。別に下手なことしなきゃ死にゃしないわ。ほら、それを中に入れて」
けっ、と心底嫌そうな顔をして海は俺の体を降ろし、瓶の中に放り込んだ。
若干適当にやられたので体の節々が痛い・・・・・・こういうときくらい優しくしてくれたっていいじゃないか。
「服着たまんまでいいのかよ」
「どうせあとで剥ぐし問題ないわ」
力がまだ入らないので俺は瓶の中でぐったりすることしかできない。
蓋が閉められ、ばらばらとめちゃくちゃな数のコードが降ってくる。
「・・・・・・さーて、生まれ変わりましょっか?」
嫌だという声さえ、俺の喉は絞り出せない。
海の言ったことを信じて・・・・・・俺はもう、耐え忍ぶだけだ。
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103話 九日目:だれかのもりびと
ぱーふぇくとまいふれんどへの道を往く・・・終着駅が来ると思うと悲しいなあ()
俺の着ていた服は丁寧に機構の腕が剥ぎ取り、一糸纏わぬ姿にされた。流石にパンツの中身は見たくないのか、それだけは取られずに済んだ。
すぐさま体にコードが絡みつき、そのうちの何本かは俺の肌を貫いて奥深くまで到達する。
「・・・・・・っく」
「さーて注水注水っと!」
ほんのり薄い黄色をした液体が俺の入れられた瓶へと注ぎ入れられる。
すぐさま中は満たされてゆき、空気が減っていく・・・・・・このままでは溺死するに違いない。
「おまっ、溺れる!こんなとこでっ、殺すのがぶぁ!!」
口の中に液体が入ってしまうがもう吐き出しても空気は得られない。
「べーつに死なないわよー。ほーら早く肺に水入れて」
「ごぼっ、がはっ!!」
呼気は漏れ出し、かわりに液体が肺の中まで到達する。
どうやら生きるのに必要な酸素はくれるらしいがなんとも言えない感覚だ。
痛みと息苦しさはすぐさま収まったが、その次に待っているのは薬液の注入。弛緩しきっていた筋肉は元の調子を取り戻したが、もう外には出られそうにない。
薬によって全身の魔術回路が無理やり励起させられ、その中に人工の魔力・・・・・・おそらく電気から変換したであろうそれをたっぷりと注ぎ込んでくる。
俺の魔力保有量はかなり多い方だと自負しているが、無尽蔵というわけでもない。
流石にこのままエネルギーを入れ続けてくるとなれば流石に耐えきれず体が爆発すること間違いなし。
魔術の行使は禁止されているが、体内で魔力の流れをいじることくらいはできる。
少し辛いだろうが、マンドリカルドとセイバーの方へいくらか力を横流しさせてもらおう。魔力過多の状態になるとおそらくサーヴァントの体は軽いオーバーヒートのようなものを起こすっぽいが、魔力の供給元である俺が死んだら彼らもかなり早い段階で消滅してしまうはず。
だから、我慢してもらうしかない・・・・・・セイバーの動向が俺には全く掴めないためかなり不安だが、今に限ってギルガメッシュとやり合ってるなんちゅう最悪のパターンはないだろう。もしそうだったらかなーりヤバい。
「あーらー?せっかくのご飯なのにどこへ捨ててるの?まさかサーヴァントにあげてる?」
「・・・・・・この量を入れられたら流石に俺の回路もパンクする」
「まーそうなっちゃうわよね。でもおかげであの子発情したみたいに悶えてる」
モニターを見つめてにやにやと笑う八月朔日。
せっかくだから中継しちゃおっと言って端末へなにかを入力する。
『・・・・・・あっ、づ・・・・・・ぅ、あぁ・・・・・・力が・・・・・・!』
顔を真っ赤に染めてベッドの上で転げ回るマンドリカルド。
恐らく自分の身になにが起こったかは推測がつくだろうが、この場合サーヴァントが対処する方法はほぼないと言って良いだろう。
「かわいいよね~あんな風にかわいい子が体中を汗でびっしょびしょにしながら喘ぐとか、ハンパなAVより興奮するでしょ」
「・・・・・・俺に言ってんのなら今すぐお前の首斬って脊髄ごと引きずり出すぞ」
海はいつも通りのテンションで煙草をくゆらせている。その手は地味に震えているがあれはニコ中の症状じゃあないだろう。
いつ八月朔日の額に煙草を押し付けてやろうかと悩んでいるって感じの顔だ。
「まーだアサシンくんのこと根に持ってるの?」
「・・・・・・そういう訳じゃあねえよ」
気分がわりぃ、とだけ言って海はどこかに行ってしまった。
流石に八月朔日のやることに嫌気がさしたか、一度どこかで休むつもりだろう。
「ほんと司馬田の令嬢は・・・・・・」
「昔っからあいつんとこは箱入り娘よか箱出し娘を作りがちだろ。今更言えたことでもねえよ」
代によって方向性がちょくちょく変わるが、だいたい司馬田家に生まれた女性というものは開放的だ。
スポーツ好きだったり旅行好きだったりと外に出て運動したりするのが好きなタイプもいれば、海のような自由人かつ破天荒みたいな方向で発達したタイプもいる。
性根が引きこもりの俺とはあんまり合わないはずなのだが、海とはなんだかんだで腐れ縁だ。
『っ・・・・・・はぁ・・・・・・やべぇ・・・・・・体、あぢぃ・・・・・・』
額の汗を拭い、マンドリカルドは呼吸を整えようとする。
だが俺の流している魔力は止まることを知らない・・・・・・お陰で、ずっと苦しいままにしてしまっているのだ。
「止めないの?」
「こっちの台詞だ。お前がこの過剰供給を止めろ・・・・・・そんなもんなくても俺はセラヴィをこの世に止めていられる」
「あっそう。ご厚意を無碍にされちゃったなあ~なんつって」
ようやく魔力の注入は収まったが・・・・・・回路が過剰な労働を強いられたお陰で体中なんだか痛みを感じる。
万一の時フル稼働できそうにないので恐ろしい・・・・・・海の言う俺を助ける時ってのが今じゃないことを願おう。
「何がしたかったんだ」
「聖剣の降臨。空想具現化だけじゃあ不安定だろうしいっそここで降ろしちゃおうってね。莫大な魔力とサーヴァントをぶち込めば人間の姿を保ちつつ剣の力を使える兵器になるんじゃないかなーって。デュランダルならあの頑丈さが一番の売りだし、ツァーリ・ボンバを落としても耐えられるかも~」
さすがに50メガトンは体が消し飛ぶと思うのだがもう奴は俺の言葉を聞いていない。
「平尾家の魔術刻印も継承してるとなるとぉー、使い勝手がよくなること間違いなし!刻印が渡される直前に死んで良かったよほんとの克親くんは!!」
みし、と俺の心が軋んだような気がした。
あいつは、本当の俺をなんだと思っているんだ。死んだことを全く悲しむ素振りもなく、ただ自分の計画が成功に近づいていることを喜んでいる。
背中に刻まれたそれを、手でそっと撫でてみた。
「・・・・・・失うわけには」
例え体が違えども、この刻印を受け継いだ平尾家の七代目たる俺はここで死ぬわけにいかない。
死ぬのなら、せめてこれだけでも誰かに渡したい・・・・・・
体が違うせいで記憶も曖昧模糊・・・・・・家族の記憶もまともにないがこれだけはずっと覚えている。
『愛する人を守れる人になりなさい。それが私との・・・・・・約束』
あの時、そう言われた。
誰に言われたのかはもうわからないが、いつまでも心の奥に残り続けるこの言葉。
八月朔日のいう兵器にされてしまえば、その約束が守れない。愛する人を・・・・・・マンドリカルドを、守りたい。
サーヴァントとマスターとしての役目が逆になるかもしれない。けれど、俺はそれでもいい。
ついさっき誓ったばかりなのだ。彼に・・・・・・自分の全てを捧げると。
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104話 九日目:怨嗟
「・・・・・・デュランダルのデータがパス付きzipフォルダみたいになってる」
端末をしばらく無言でいじくり回していた八月朔日が、唐突にそう呟いた。
zipというと複数のフォルダを圧縮して小さく纏めたものについてる拡張子の一種(ほかにはlzhやcabなどが該当)である。
八月朔日の表現から察するに、俺の中に秘められたデュランダルの力や形のイメージがとある箱に入れられて小さくまとめられており、それを開けて解凍するには何らかのパスワードらしいものが必要だということ。
無論俺はそんな操作した覚えがない。それに今でもデュランダルの形は容易に思い描けるのだが・・・・・・
「あなた、解除方法を教えなさい」
「知らんがな」
設定した覚えのないシステムの解除方法なんて知ってる方がおかしい。
どういうタイミングでそれがなされたのかと考えればまあ、昨晩マンドリカルドと夢の中でいろいろやりとりした時くらいだろうなあとは思いつくが、少なくとも俺はそういった操作をしていない。
マンドリカルドが俺を自らの深層に潜らせた後接続を利用して俺の内部に干渉、聖剣の概念をかき集めて封印した・・・・・・いや、そんなことを彼が勝手にするだろうか・・・・・・?
「しらばっくれるの?なんならベラドンナ由来の自白剤ぶち込むわよ?」
「お前はそれでも脳外科医かつ魔術師か」
そんな適当極まりないやり方をされちゃあ秘密を吐く前に廃人になること間違いなしだ。いや吐く秘密もないんだけど。
せっかく脳外科のスペシャリストかつ魔術にも造詣のある人間なら医学か魔術でやっていただきたい。まあ実際のところやってほしくはないんだが。
「つか俺に何やっても無駄だぞ。マジでそのパス付きzipみたいなデュランダルのデータとかそんな風に圧縮した覚えも何もねえ」
真実をきっちりと伝えたつもりだが向こうは全く俺のことを信用していない。
兵器に加工されるのを拒否って起動の要たるデータを封印したと見ているようだ・・・・・・俺は言葉で説得するくらいしか出来ることがないので、現状方法が存在しない。
「んーめんどくさー。またあの子いじめよっかなー」
「・・・・・・んなこと簡単に言うんじゃねえよ」
体に刺さる物を全部ぶっこ抜いて瓶を叩き割って殴りかかりたいくらいだが、出来るわけもないしどうせ出られてもまた筋肉が弛緩するアレを打たれておしまいだろう。
言葉での抗議はするけれども、やっぱりこいつは人の話を聞かないというか都合のいいことしか頭に入れない。
「アサシンくんいるー?またあの子いじめてくれない?もう腕とか足とか大事なところ切っちゃっていいから。これの目の前で」
「・・・・・・わかりました。殺さない程度に切り刻みますか?」
厨房にいた彼は玉ねぎを刻んでいた手を止めて、冷徹にもそう言った。
彼はあくまでも八月朔日の命令には従うらしい・・・・・・叛逆すれば自分が消されかねないし、仕方ないとは思うがやはり憤りを感じる。
「ええ、ついでにあの子からも情報を引き出せたら最高ね・・・・・・どうせサーヴァントだし重要なところさえ壊さなきゃ消えないでしょ」
「・・・・・・御意」
随分と暗い顔つきで、篠塚はみじん切りにしていた玉ねぎを深いボウルに移してラップをかけた。
包丁を撫でて洗い元の場所に戻したところで、エプロンを脱ぐ。
カメラの画角から見えなくなったと思えば、すぐにマンドリカルドのいる部屋へとその姿を現した。
「・・・・・・セラヴィさん。ごめんなさい」
「なんすか突然」
目にも止まらぬ速さでシーツを使いマンドリカルドを縄なし簀巻きにする篠塚。彼の技巧が恐ろしいということなのだろうが、流石に軽くやられすぎじゃあないだろうか我が友は。
むーむーと暴れる彼を抑え込み、またカメラの視界から消える。
「さてさてお楽しみターイムの始まり始まり~」
また端末を操作して何かをしたかと思うと、いきなりちょうど俺の目の前に大きな椅子が現れる。
床下に格納されていた拘束具つきのそれは、明確なまでの害意を感じるデザインだ。
「そしてショーの主役は我々、なーらーぬーかわいいかわいいあ・の・こだ~!!」
キャスター付きの台に沢山の刃物やら何やらを置いて、篠塚を迎え入れる八月朔日。
椅子の上にシーツでぐるぐる巻きにされたままのマンドリカルドが乗せられ、あっという間にそこへと括り付けられた。
傷をよく見せるためか、パーカーとズボンは取り払われている。
「・・・・・・また拷問ってか。今度は克親の前で・・・・・・」
「うんうん。映像だけじゃあ実感が沸かなかったみたいだから、実際にみてもらった方が効果高いと思ってね」
「・・・・・・いくらでもやってくれっすよ。俺はなにがあっても折れる気はねぇ」
歯をぎりりと鳴らし、八月朔日を睥睨するマンドリカルド。
彼女の手は脱がした服を適当に持っていて、こいつをどうするべきかと指先で弄っている。
「・・・・・・あのさ。この服、すっごい大事なものなんでしょ?」
にたりと悪意を隠そうともしない顔で、八月朔日がそう言った。
「ああそうっすよ、克親に買って貰った大事なもんだ。昨日も言ったはず────っ!?」
彼女の右手にはいつの間にかライターが握られている。まさか、火をつける気か。
「マスターとの思い出とか、どうでもいいもんわざわざ抱え込んで気持ち悪いんだよ未練がましい悪霊が」
かち。
立つ炎は、無慈悲にもパーカーの袖に引火し焼けていく。
綿とポリエステルでできたそれは簡単に燃え、ばらばらと黒い炭素の塊に鳴りながら崩れていく。
マンドリカルドはなにも言わないまま、ただ口を開いてその様を見つめていた。
「・・・・・・なんで」
震える声で、彼が呟いた。
落ちたかけらを見つめて、静かに涙をこぼす。
「使い魔程度が主と友人関係なんてちゃんちゃらおかしくて横っ腹に激痛走るわ。勘違いにも程があるだろ、なにそれなんていう思い上がり??」
「・・・・・・ふざけるな」
彼の唇から血がにじむ。
「大切な思い出を抱え込んでなにが悪い。友達でなにが悪い。確かに俺はサーヴァントだ、けど人でもあるんだよ!!」
「は?きっしょ」
片口まで焼失したパーカーを床に投げ捨て、八月朔日はその足を振り上げる。
マンドリカルドの頬に回し蹴りを食らわせて・・・・・・大きな溜め息を彼女はついた。
彼に対して人間がダメージを通すには、はよほど高度な技術(不破の使用する鉄甲作用などが該当)および魔術が必要なので実質ちょっと衝撃を感じたぐらいなのだが、彼の顔はかなり痛そうに見える・・・・・・心の痛みが表情に出ているのだろう。
「なにお涙頂戴みたいなこと言い出してんですか、あなたはどこまで行っても下僕でしかな・い・の!人としてイカれたマスターに優しく接されたせいでひっどい勘違いしてるっぽいけど、それ修正した方がいいよ?」
「・・・・・・誰が修正するか」
ぐっと握られた拳には、憤怒そのものが込められている。
悲しみで震えはいつしか憎しみの震えへと変化し、マンドリカルドの中で煮えたぎっているように見えた。
「俺は克親のために戦って死ぬと決めたんだよ。友達でいることがもし間違いだったとしても、それでいい。克親は俺と友達になりたいって言ってくれたし、俺もそれに応えたかっただけだ。アンタなんかにそれを否定される筋合いはねえ」
きっぱりと彼はそう言い放った。
譲れない思いを彼女に叫びで叩きつけて、さあ殺さば殺せと鼻息荒くアピールする。
「・・・・・・ああもうほんと・・・・・・調教しがいのある子だこと!アサシン、さっさとこいつの体を切り落とし肉に加工しなさい!」
「・・・・・・わかりました」
大きな菜切り包丁のようなものを手に、篠塚はゆっくりとマンドリカルドから見て左側に佇む。
左手で彼の手を抑えつけ、包丁を握ったその手を高く掲げた。
「ごめんなさい」
その刃は振り下ろされ、いとも簡単に肉を断つ。
何度も、何度もそれが叩きつけられ、骨にもダメージが通り出す。
「あ”、ぁ”あ”!!!」
腕が断たれると共に鮮血が飛び散り、辺り一面を血の海に変えた。
前みたいな拒絶反応が顕れ、ずきりとひどい頭痛が俺を襲う。
すぐそれは再生するが、痛みが引くわけではない・・・・・・繰り返しそこに攻撃は加え続けられ、俺の魔力が限界になるまで破壊と再生を繰り返すことだろう。
保有量がかなり多いだけに、そう簡単に供給はストップしないから永遠にも感じる責め苦を受け続ける・・・・・・だからといってここでパスを切ることにより再生を制限しても消滅という結末が早く訪れるだけで何の解決にもならないのだ。
「・・・・・・セラヴィ」
「まだだ、まだ・・・・・・こん、なんでっ!!」
呻き声を上げながらも、彼はずっと耐えている。
助けたいのに、俺には何もできやしない。
分厚い硝子の壁に手を触れても、出ることは叶わず・・・・・・傍観しか出来ないのだ。
「・・・・・・セラヴィ、すまん。俺のせいで」
俺がもっと強ければ、こんなことにはならなかったのに。
彼を泣かせることも、無かったはずだって言うのに。
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105話 Interlude:終焉の一撃?
そんな目で見ないでくれ。
もっと苦しくなるから。
「・・・・・・セラヴィ」
克親はもっと辛いんだろう。だから俺なんかの心配しなくていいのに。
俺はただ痛いだけだから、死ぬことはないんだから。
「・・・・・・いたい・・・・・・あ、あ”ぁ”」
腕を何度も何度も斬られ続け、苦しみのあまりつい声を漏らす。
目の前で焼け焦げてしまったあの大切な思い出が視界にちらちら、フラッシュバックして心も痛い。
失うのはもう嫌だ、この手からするりと消えていくのはもう嫌だ。
克親がいてくれるから存在を保ち続けていられるが、もしそれすらも失ってしまったら・・・・・・俺は自壊するだろう。
やっとできた友達だ。
やっと見つけた、俺を本当に好きでいてくれる人だ。
もうそんな人の前で、死ぬなんて・・・・・・御免だ。
「もっと鳴けよ犬」
「う、あ”ぁ”あ”あ”あ”あ”ぁ”!!!!」
ざく、と俺の体に短刀が刺さり、引き抜かれる。
肝臓あたりをやられたか、おびただしい量の血液が俺の脇腹から溢れ出す。
いくらサーヴァントと言えども、大量の血液を失ってしまえばかなり機能不全に陥る・・・・・・いざという時の抵抗力を奪うにはもってこい、というわけだ。
「・・・・・・ねえ、私の仲間になったらこれもすぐ止めるけど」
「お前みたいな奴に味方するか。例え人類を脅かす存在であろうとも、俺は克親の隣にいるって誓ったんだ・・・・・・っぐ、だから・・・・・・絶対に、折れねえ」
こんな奴に魂を売り飛ばすくらいなら死んだ方が1000%マシだ。
俺は最愛の友のために戦うと決めたのだ、絶対に寝返るつもりはない。
「・・・・・・まあそう言うと思ったけど、つくづくあなたって馬鹿ね。触媒なしで召喚したんじゃないのってくらいマスターにそっくりぶぅあーーーか!!」
煽るように目の前で変な顔をしてくる八月朔日。
もうぶっ殺してやろうかとすら思えなくなってきた。純粋な怒りだけが俺の内部で循環し、いろんなものを煮えたぎらせる。
「俺のことをどれだけ馬鹿にしようが構わねえ、実際俺は馬鹿でどうしようもないクソ野郎だ。だがな・・・・・・克親をこれ以上愚弄するな」
「なにアイドルの引退ライブじみた構文使ってんのよ」
八月朔日はまた嘲笑う。
好きなだけ蔑めばいい。好きなだけ下等だと罵ればいい。
だが克親をこれ以上侮辱するのはもう許せない。
「お前だって好きな人やもののことを馬鹿にされたら許せねえだろうが」
「まあ相手をぶち殺すわよ?」
「・・・・・・俺とおんなじじゃねえか」
体の作りが違っても、人種や時代が違っても、同じ人間同士だ。
その魂はいつだって同じで、本質はいつだって等価値なはずだ。
「そうかもしれないわね。まあ人もどきだもの、似ていてもおかしくはないわ」
八月朔日はまた嗤う。
見る人を苛つかせる才能はもう世界最強なんじゃないかとさえ思えるほどの煽りがこもったその表情・・・・・・どうしても俺の中で殺意が沸き立った。
「どれだけ人に似ていようがどうでもいい、大事なことは別なのよ。サーヴァントは所詮過去に存在した人のショートカットに過ぎない・・・・・・どれだけぞんざいに扱ってゴミ箱に捨てようと、元のアプリケーションさえ無事ならいくらでも作れるの・・・・・・好きなだけ解体してぶっ殺してもいい。あなたの大切なマスターも元は同じショートカット、それにいろいろ手を加えて新たなアプリケーションにしたけど本質は変わらない」
確かに、俺は座にいるマンドリカルドという英霊の一側面を削り取るような形でできたコピー体だ。
いくらこの体が消えたところで本体には何の損害もないし、「あ、コピーが一つ消えたんだろうな」程度の認識で終わるだろう。
けど克親はもう違う。
八月朔日喪とやらの体と克親の顔をくっつけたコピー体キメラだとしても・・・・・・それから歩んできた時が彼をオリジナルへと作り替えているはずだ。
そして、元々克親であった体はもう遺体になっている・・・・・・つまり本体が、元のアプリケーションに相当するものが消えている。体から遺伝子を取り出して複製することもできるっちゃあできるだろうが、司馬田曰わく本体が死んだ事実を隠蔽するために、その体はすでに無縁仏として焼かれているらしい・・・・・・流石に焼かれてしまえばどうしようもないだろう。
「俺は消えたってなんの問題もない・・・・・・けど、克親は・・・・・・俺のマスターである克親は、この世界に一人だけだ。お前がいくら増やしたって変わらない、俺の愛する人はあそこにしかいない」
どれだけ同じ体だとしても。
どれだけ同じ性格だったとしても。
どれだけ同じ記憶を持っていたとしても。
俺の大切な人はたった一人だけだ。マスターの権限を奪われたって、俺は克親のそばにいたい。
「甘ったるくて反吐が出るわ。戦うためにこの世界に呼ばれておいてなにふぬけたこと言ってるの?」
「何とでも言えよ、俺はそう感じてるだけだ」
もう腕を斬られたり千切られる痛みにも慣れてきた。
だくだくと腹から血の川がせせらいでいるが、意識はまだはっきりしたまんま。
八月朔日に対する怒りが俺をずっと覚醒状態にしてくれているのだろう、どくどくと血液が沸騰してくる。
「ねえ、この子こんなことほざいてるけど」
「どこにも咎はねえだろ。人が人を好きになってなにが悪い、大切な人を愛してなにが悪い、そこに年代も性別も人種も関係ないだろ」
克親はきっぱりとそう言い放つ。
八月朔日に向かって、なにも恐れずにそう声をあげたのだ。
「・・・・・・なんかムカつく」
唇を噛みながら、八月朔日はばっと此方を振り向いた。
アサシンの右肩をぐいと掴んで引き寄せ自らの方向を向かせる・・・・・・手に持ったのはどこかで見たことのあるような、ないような・・・・・・といった一振りの剣。
なんだったか。
「せっかく英雄王様にあなたを殺す最高の剣選んでもらったしこいつで一突きといきますか。アサシン」
「・・・・・・はい」
「この剣でこいつを殺しなさい」
ああ、思い出した。
忌々しい、俺を殺したあの剣は・・・・・・ベリサルダ。
ヘクトール様の鎧すら貫通する力を秘めており、俺はあれで心臓を貫かれて死んだ。
脇腹の傷と、心臓が疼く・・・・・・英雄王すなわちギルガメッシュは、あのときにもう俺の真名を推測していたらしい。
英雄の中の英雄、王の中の王みたいな男の脳内に俺みたいな三下どころか三十下の雑魚の名前があったのかと言うと疑問ではあるが、俺を死に追いやった剣をピンポイントで出してきたあたりほぼ知っていると見ていいだろう。
流石に二度も同じ剣で殺されるってのは体が拒否しているし、精神的にもまっぴらごめんだ。
俺は克親と最後まで生き残ると決めたのだ、だからこんな中途半端な所で正面から戦うこともなく殺されたくない。
「・・・・・・さようならですね」
「待ってくれ、俺はまだ・・・・・・!」
「・・・・・・では、またどこぞで会いましょう。セラヴィさん」
禍々しい気を纏ったそれが、一直線に俺の胸元へと肉迫する。
拘束された状況では身をよじって心臓を避けることすら不可能だ・・・・・・ああ、もうこれは万事休すか。
ざく、と。
俺の胸に、どこか懐かしい金属の感触がした。一瞬ひやりと冷たさを感じたが、すぐにその感覚もなくなってくる。
大量に溢れる血で熱いなと感じながら、俺はただ無念を嘆くこともなく、目を閉じた。
なんとも言えない所で終わってますけどもまあ
最終的には幸せにできる・・・・・・はず
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106話 九日目:どんなに小さな寄る辺でも
ああ、ああ。
消えないで、どこにも行かないで。
心臓に深々と剣が刺さった彼の青ざめた顔を見て、俺の心臓がぎゅうと泣く。
アヴェンジャーが消滅するときにも見たあの光が・・・・・・マンドリカルドの周りからふわふわと漂いだした。
やめてくれ。俺からそいつを奪ったら・・・・・・もう何も残りやしない。
寄る辺のなくなった俺はもう、人でいられなくなるだろう。
そう思えるくらいに、俺はマンドリカルドのことを愛していた。依存していた、誰にも渡したくないと思っていた。
ごぽっ、と・・・・・・口から赤黒い塊を吐き出し、彼は力なく頭を垂れる。
「・・・・・・嫌、だ」
「克親・・・・・・アンタに、会えて・・・・・・俺は」
その言葉を言い終えるのを前に、彼は粒子となって消えた。
みしりと大きな音を立てて、心が軋む。俺は、彼になにもかもを捧げようと誓ったのに・・・・・・この願いは、どう叶えればいいんだ。
体を包む液体の中に涙が混じっていく。
底無しの悲しさと喪失感が、俺の中を埋め尽くした。
「ねえ、今どんな気持ち?」
「・・・・・・っ」
答える気にもならない。
やっとまともな生きる理由ができたと思ったのに、頑張ろうと思えたのに。
マンドリカルドへ、俺の空想から作り上げたデュランダルを渡してやりたいと・・・・・・その一心で、どんな事にだって耐えてみせると決心したのに。
もう全ては無へ還った。
もう死んだ方がいいんじゃないかな。
この世界に俺がいる意味ってあるのかな。
俺が死んだって、この世界にいる誰も悲しみはしないのだろう・・・・・・ああ、来栖さんなら・・・・・・少しは悲しんでくれるだろうか。
「・・・・・・旦那」
「・・・・・・許せねえよ」
どんな事情があったとしても、こんな仕打ちはあんまりだ。
俺を生かすためなら、マンドリカルドにも手をかけるのか。そんなことされるくらいだったら俺諸共死んだ方がずっとマシだ。俺の寄る辺はあいつしかいなかったのに。
「篠塚。ちゃんとやったか?」
「・・・・・・ええ、しっかりと心臓を一突きで」
「海テメェどういうつもりだ!!!」
呑気に煙草を咥え会話するあいつにはらわた全部が煮えくりかえる。
どれだけ海が好き勝手やっていたとしてもなんだかんだで許していた俺だが、流石にこればっかりは無理だ。
自分の身が可愛いからって、死にたくないからって、負けたくないからって・・・・・・そんな自己中心的な考えで俺から奪っていいものじゃあなかったんだ。
「・・・・・・不可抗力だこれは」
「コラテラルダメージとかそんなんで済むような問題じゃあねえよ、俺にとってセラヴィは・・・・・・生き残るためなら切り捨てられるような、そんな軽い存在じゃなかった!!」
煙草を咥えたまま、海の奴は何も言わず唇を噛んでいる。
マンドリカルドを失ったのなら、もうどうだっていい。死んだっていいからあいつらを一発ずつぶん殴って自殺しよう。
頸動脈を掻き切って、血の海で溺死してしまおう。
「・・・・・・克親。お前は──」
「黙れ、黙れよ!もうさっさと俺を殺してくれ、どんな方法でもいい、毒殺でも絞殺でも刺殺でも扼殺でも爆殺でもいい・・・・・・俺を殺せ!!!!」
瓶の内側からどんどんと拳を叩きつけ、ただただ叫ぶ。
俺の苦しみなんて知りもしないだろう、生きてればそれでいいとでも思っているんだろう。
俺を助けるからと言ってくれたけど、マンドリカルドのことを助けるとは言ってくれなかった。あの時点で気づくべきだったんだ、あいつは俺のことさえ救えれば他はどうだっていいことに。
「・・・・・・やだね。俺はお前を殺しやしない。”お前を殺して俺になんの益がある?”」
ああ、もうだめだ。
こいつは自分の利益しか考えていないのだ。
俺を助け出そうとしたのも、死なれたら自分に不都合だから。
なんで俺は今までこんな人間を信じていたのだろう。
俺って、本当に馬鹿だ。
「あー面白かった。いくら殺したって罪にならない奴を始末するだけであそこまで追い込めるとか、やっぱコスパ最強だよねえ」
「・・・・・・これからどうするんだよ、セラヴィ・・・・・・すなわちライダーは消えた、あいつに抵抗する術はもうないぞ」
「決まってるでしょ。聖剣の力.zipを火炎放射器で炙ってでも解凍して兵器へと転用する、核を持てない我が国でも使える抑止力の完成よ・・・・・・アレ一つで師団一個は軽いわ」
戦争でも始める気か。
確かに自衛としての手段も馬鹿に無くされようとしている今日この頃、何か一つでかい武器を隠し持っていたいという考えはわからなくもない。だが方法が下手くそすぎるのだ。医者の癖して人を易々と犠牲にしやがって。
「・・・・・・あっそ。火力ならご自慢の奴が一人いるんだよなぁウチに」
「・・・・・・何かしら?」
「まあそいつぁあとのお楽しみってわけだ」
吸い終わった煙草の火を携帯灰皿で揉み消し、海は気楽そうに言った。
「・・・・・・セラヴィ」
お前がまだ、そこにいるみたいだ。
霊体になって、俺との繋がりを制限してそこに立っているみたいだ。そう、俺のすぐ、近くに・・・・・・
体の感覚までおかしくなってしまうほど、俺は狂ってしまった。
自分の夢をやっと見つけたのに叶わなくなった悲しみや、起源が俺に達成を強要してくる願いもできなくなった。
マンドリカルドと俺が出会うのは本当に宿命だったのだろう。でなければ、こんなことになるわけがない。
『克親』
声が聞こえる。
ただ記憶を再生しているだけだというのに、どうしてここまで歯がゆい思いをしなければならないのだろう。
・・・・・・やっぱり、俺の中でどこか・・・・・・彼がまだ生きているという願望が、もう一度本人の口から聞きたいとわがままを言っている。
『大丈夫、大丈夫だ・・・・・・俺が、なんとかしてみせる』
姿さえ見えてきたし、幾多のコードを掻き分けてその手が俺に触れる感触まで覚えた。
そんな幻を見るほど、俺は壊れてしまったのだろうか。
なら、壊れたままでいたい。壊れたままで死にたい。
幻影でもいいから・・・・・・大切な友の腕の中で、全てを終わらせたい。
「セラ・・・・・・ヴィ」
『まだ終わりじゃない。この戦い絶対に勝てるから・・・・・・諦めないでくれ、克親』
どうしてそんなことが言えるのだろう。
心の内では疑っているのに、口から溢れる思いは違う。
「・・・・・・勝つって、誓えるのか?」
『
幻の彼が笑った。
ああ、ああ。
今だけは、それに縋ろう。掴むことすらできない細い糸でも、藁でもいい。
あともう少しだけ、甘えさせて。
タイトルをしれっと回収してみたかったんです
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107話 Recollection:共依存
悲しみ
しれっとInterlude以外のものを増やす奴
或る男に、こう問われた。
「テメェは愛する者が化け物だと知っても、変わらないでいられるか?」
息をするようにミニシュークリームを口に投げ込んでは咀嚼し続けるのだが、言葉に詰まりは一切ない。
「・・・・・・場合によるっすよ。別に姿形なんてのはどうでもいいけど、もしそれが人を傷つけるような存在であったのなら・・・・・・敬遠とか、酷けりゃ殺してしまうかもしれないっす」
「媚び売ってんのかってくらいに俺好みの解答だな。テメェはそういう主義か、最大多数の最大幸福的な」
俺の顔を見てけたけたと嗤う男。
空いた菓子の空箱をしれっと魔術で体に溶かし、またどこかから新しい食べ物をする引っ張り出してくる・・・・・・こんなんで病気にならないのかって思うが、俺にそれがつっこめるだけの勇気はない。陰キャだし。
「そうなる・・・・・・っすかね。アンタの主張とどっか似通ってるっす」
「そうかもな。じゃあもう一つ質問・・・・・・”人間は平等だと思うか?”」
男の目つきがぐ、と鋭くなった。
恐らくこの質問に対する答えの如何によって、俺を同志と見なすか敵と見なすかが変わってくるだろう・・・・・・だからといって、こんなところで自分を偽ったって必ずどこかでボロが出る。
「・・・・・・平等なんかじゃないと思うっすよ。俺の生きていた時代ですら格差や差別はあったし、ずっと人は自分と違う人を排除し続けてきたじゃないっすか」
「俺は・・・・・・そう思わないんだよ」
男の言葉は、とても冷たい。
「なんで、っすか?」
「本来、人は生きている間はみんな平等に”無価値”なんだよ。自分は強い、他より優位に立っているんだ・・・・・・という浅ましい考えから、どうでもいい人の価値という概念を作り出す。そして自分より弱いものを徹底的に叩こうとする。それを抑えるために法というもんはあるんだ」
言っていることがあまりよく理解できないが、つまり彼は・・・・・・人の欲というものを嘆いているらしい。
本当は平等なはずなのに、欲がそれを拒んでいる。平等でありたいと嘆くくせに、本質は平等でいたいと思う自分かっこいいでしょアピールをしている場合が多いというのもそれのせいか。
「特定の個人だけお金をたくさん持っているのはずるい、だから累進課税を作る。特定の個人だけハーレムを作るのはずるい、だから重婚や浮気が禁じられる。特定の個人だけ強力な武器を持つのはずるい、だから銃刀法とかを作る。倫理ってもんは突き詰めればずるいって感情から生まれただけのものに過ぎない。だが、これが結果社会的な平等に一役買ってるのは間違いないだろ・・・・・・どうしようもない案件はのさばってるんだけどな」
缶に入った飴を5個ほど取り出して一気に口に放り込む男。
せっかくのフルーツ味が混ざり合ってしまうのだがそこらへんは気にしてないのだろうか。
「じゃあ、人が他人に価値を見いだすってのはどうなんすか。それはどうでもよくないでしょ」
「まあそうだわな。こいつを自分のものにすれば、自分自身も強くなる。より強い子を残せるという考えから人は誰かに価値を作る。男だったら今の基準で言えばイケメン、金持ち、適度に痩せてる、優しいとかそのあたりが高得点だろうな。あとついでに戦闘力があって背も高いとなおさらだったりする」
男は今挙げたうちの4つくらいは満たしていると思うが、優しさというものがあまり見受けられないからかそこまでモテているとは思えない。
まあ仕事が仕事だし仕方ないのだろうけども。
「強い奴との子を作りたいってのは人の本能でしょ、それはどうしようもないっすよね」
「・・・・・・そうだな。異性にそれを見いだすのは人・・・・・・否、動物としての本能だ」
飴を全部右頬に詰め込んで栗鼠のように揺らしているが可愛げは全くない。
「じゃあ同性に対してはどうだ。異性に向ける感情とおんなじものを持つ場合は置いとくとして・・・・・・友達に何の価値があると思う?」
俺の抱えている悩みや思いを見据えたような顔をして、男は言った。
これもまた、俺を値踏みしているのだろうか。
「友達の価値・・・・・・っすか。言われてみれば、考えたこともないっすね」
強い友を持って俺に手を出したらこいつが黙っちゃいねえぞと言うこともある。価値あるものを盾に無価値なものが威張る、虎の威を借る狐だ。
だが彼と俺だったらどうだろう。少なくとも俺にとっては、彼の威を借りているという自覚はない。
彼に価値を見出している要因は何だろうかと考える。
・・・・・・彼を失えば自分も消えるから、彼を守るべきものとして見ている?
否、本質はそうだとしても・・・・・・違う。
俺はただ、彼のことが好きなだけだ。理由なんてものはなにもわからないが、何かに惹かれ・・・・・・守りたいと思うようになった。
「わかんないっすよ。俺は、友達のことが・・・・・・克親のことが大好きだけど、なぜかは全くわからねぇ。愛してくれるからこっちも相応のものを返したいとか、そんな簡単な話じゃない」
「・・・・・・あの人は自分がいないとだめになるとか、そういうことを思ってるんじゃないのか?」
ぐさ、と鋭いナイフが突き刺さった気分だ。
確かに、そんなことを思っているふしはあった。克親は俺が守らなきゃいけないと、ほかの誰にも任せられないだろうと・・・・・・自分の能力に見合わない考えを抱いていた。
「図星っぽいな」
「・・・・・・お恥ずかしながら」
ニヒルな笑みを顔に貼り付けて、男はまた笑った。
「完璧な依存だな。そんでもって向こうも同じように、頼りつつも俺がいないとだめになるって思ってる・・・・・・共依存ってわけだ」
的確に核心を突かれ、俺は何も口に出せなかった。
克親がいることで、彼を守ることで、俺にも価値があると思いこんでいたかった。
生きていた頃の反動のように、誰かから認めて貰わないと嫌で・・・・・・なんとまあ、惨めなことか。
「・・・・・・じゃあ、俺からも質問いいか」
「俺に質問するなと言いたいところだが、まあいいか。言えよ」
「・・・・・・アンタは、人の種の存続を理想にしてるんだろ。それなら普通、人を守るべきっつう理由があるんじゃねえかって思ってたんだが・・・・・・聞いてる限り、理由が見つからない」
ばき、と鈍い音がした。
恐らく彼が飴を噛み砕いた音だろう。ぼりぼりと低い咀嚼音が続いている。
「アラヤの真似事をしている理由か?簡単だ、大義を掲げて殺しができるから楽しいんだよ」
「・・・・・・そんな不純な動機が?」
「冗談に決まってんだろ」
そう言って、不破は椅子から立ち上がる。
「・・・・・・テメェを連れ戻しに来る馬鹿の顔、見に行ってくるわ」
俺がどういうことだと聞く前に、彼はもう階段を降りていった。
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108話 九日目:後で覚えてやがれ
嘆くだけじゃ、何も変わらない。
魔力を体に循環させるだけで麻痺症状を起こさせてくるこいつを怖がって何もしないようじゃ、兵器として利用される以外の結末はないだろう。
もう全てを失ったようなもんだ。こうなったら、八月朔日だけでも殺してやろう。
体についたコードを引きちぎろうと、手で鷲掴みにする。
外れた途端に俺を殺すようなシステムになっている可能性だって考えついたが、もうそんなリスクを恐れて縮こまるつもりはない。
死んだらそれまでだと、覚悟を決めた。
「・・・・・・脱獄するつもりか?」
唐突に声がした。
扉の奥からひょこっと顔を出して不敵に笑う海・・・・・・どうせ八月朔日にチクって終わりなんだろ。ああ早いゲームオーバーだった。
「ほっといてくれ。俺は・・・・・・行きたいんだ」
「ほっとくわけねえだろ、馬鹿かお前は」
また煙草に火をつけて、大きく煙を肺に取り込んで恍惚とした表情をする海。こんな緊迫した状況で余裕綽々だな、と言う元気すらない。
「味覚土砂崩れの奴らとやいのやいの言ってたら結構長引いてな。おかげでセラヴィに悪いことしたとは思ってる」
「・・・・・・悪いことしたとかで済む問題じゃねんだよ、何回も言ってるだろうが」
コードをぶちっとまとめて引き抜き、適当に放り投げる。
腕に空いた穴数本から血が流れ出す・・・・・・この程度で失血死するような体でもないしどうだっていい。
「おい馬鹿、コード抜くなら抜くって言えよバレるだろうが」
「・・・・・・お前にとっちゃバレたほうが手っ取り早いだろ」
「なわけあるかい。ったくお前は昔から勝手な奴だ」
お前に言われたかねえよと返したが、海の様子が何やらおかしい。
壁に手を付いて、右手で頭を抑えている。息は少し荒くて、見るからに体調が悪そうだ。
・・・・・・でも、今の状況で大丈夫かと言えるほど、俺は寛容じゃない。
「・・・・・・くっそ・・・・・・んなとこで・・・・・・くたばれるか」
足を引きずりながら、俺の体が入った瓶の前まで奴は進む。
俺の足元あたりにある端末に顔面を近づけ認証させ、何やら操作を始めた。
「・・・・・・ははは、あいつけっこうガバってるわ。生体認証だけとかワロスの極み」
手際よくパネルの上で指を踊らせ、2分程度・・・・・・
いきなり俺の足元から大きな穴が現れ、例の液体をどんどん吸い込んでいく。
「え、ちょっと待って俺まで巻き込まれるだろこれ!!」
「耐えて」
「てっめ無責任過ぎにもっ・・・・・・ごぼぇあ!!」
肺の中で酸素を供給していた液体も、すぐ酸素を使い切ってしまい窒息しかける。
なんとか瓶の壁を四肢で抑え、液体を吐いたがまともに動ける気がしない。
こんなん、途中で八月朔日に見つかって最悪の結末になること間違いなしだろう。
「まあそうなると思った」
「げっほ、ぐぇ・・・・・・お前、ちょっと・・・・・・がはっ」
なんとか瓶の中から這いずり出て、浮力に慣れてしまった自分の体を立て直す。
足がまだふらつくが、いざというときは走れなくもない・・・・・・例の筋肉を弛緩させてくるアレを打たれなければの話だが。
「・・・・・・しゃあねえな、ほら」
「・・・・・・背負ってくれんのかよ」
珍しい。
こいつが進んでこんなことを言い出すなんて。
俺が死んだら困るからってだけの理由だろうが、今は利用させてもらおう。
ことが終わったら徹底的にボコボコにしてやる。
海の肩に手を乗せ、背中に体重をかけた・・・・・・なんだか、所々汗ではない少しぬめついた液体に触れるのだが、まさかこれは・・・・・・
「血、出てねえかお前」
「あ?・・・・・・あー、ちょっとカプサイシンに寄生された奴と一悶着あってな。そんときの返り血」
埋葬機関に行きかけたという不破が強すぎてかすんでしまうが、唐川の奴もかなり戦闘は強かったはずだ。
それを海の奴が返り血をあびるほど殴ったってのはいまいち信じられん。
まあ唐川のことだから殴られるのって面白いとかいう方向性に目覚めたあげく・・・・・・という常人ならまずないような変わりかたをしかねないのでどうとも言えないけども。
「・・・・・・お前は怪我してねえのかよ」
「ちと黒鍵かすっただけだ。ガバエイムだし血は出てねえ」
「・・・・・・そんならいいけど」
いつの間にか、海といつも通りの会話をしている自分がいる。
許せないはずなのに、どうしてだろうか。高校からの付き合いだし、本当10年程度・・・・・・大学を卒業してからはめっきり話していなかったので、体感としては少し短いがそんくらいだ。
その程度の関係だってのに、どうして俺はいつもこうなるんだろう。
海のことを、許してしまいたくなるんだろう。
意味がわからなかった。
「旦那は無事ですか」
「・・・・・・ああ」
パンツ一丁の俺を背負ったまま海がエレベーターのところまで歩いていくと、篠塚が黒っぽい服を着て影に溶け込むように潜んでいた。
顔だけ出して俺の安否を確認した後、目にも留まらぬ速さで海の隣に飛んでくる。
「・・・・・・旦那、先程は申し訳ないことをしました。俺を容赦する必要はございません」
「・・・・・・そうか」
あの時に見た、幻のマンドリカルドが言っていた『まだ終わりじゃない』という言葉。
どこかに、彼がいる気がして・・・・・・怒りが少しだけ和らいだ。
「俺も、不可抗力っつって・・・・・・ひでえことをした。いつか、戦争が終わったその暁には・・・・・・俺を好きなだけ、気が済むまで殴ればいい」
これは海なりの贖罪なのだろうか。
それだけで全てが許される訳じゃないけれど、俺はその気持ちを受け取らない訳にはいかない。
ちょうど俺も海をボコりたかったところだ。普段は女扱いするなといわれているけれどもやはり海が女性であることを思ってしまい容易に手が出せなかった。
あいつがいいなら好きなだけやってやろう。それが俺にできる最善だと信じて。
「・・・・・・もうあいつら着いてるんだってよ」
「あいつらって誰だよ」
「見りゃわかる」
エレベーターに乗り込み、あっという間に地上へ到達する。
病院のシークレットな出入り口・・・・・・今はちょうど昼頃らしく、太陽がかなり上の方にいた。恐らく南中だろう。
舞綱の地理を考えるに、南中が訪れる時間帯はだいたい正午だったはずだ。
「お、やっと来たか。いやーオジサン待ちくたびれちゃったよ」
「お前・・・・・・!?」
いつもの調子で後頭部を雑に掻くセイバー。
後ろには、来栖さんまでいる。
「なんでここに」
「いや当たり前でしょ。お前さんが死んだら俺も消えちまうんだし、助ける以外の選択肢がないっての」
場の雰囲気にそぐわない、陽気そうな笑顔を見せてくるセイバー。
少しでも俺の緊張を解こうとしてくれているのか・・・・・・真意はよくわからないが、そんなセイバーの振る舞いがとても嬉しかった。
「それにな。もし俺がなんとかかんとか他やつから魔力もらえることになっても・・・・・・お前さんがいなくなりゃライダーの奴は絶対本気出せないだろ?例え他の奴と再契約しても・・・・・・な」
本気のマンドリカルドと、セイバーは戦いたいらしい。
あいつは、この戦いに勝つと誓ってくれた。
なお幕引きが、セイバーの望んだような形にできるかはわからない。俺としても、正々堂々と綺麗に決着をつけて終わらせたいけれど・・・・・・マンドリカルドが、俺の元に戻ってきてくれるかもわからない状況ではどうしようもないのだ。
「・・・・・・セイバー」
「ライダーくんはお前さんがいなきゃ最大出力は出ない。なんてったってここいら一帯でも最強クラスの魔術師だろ?巨木みたいなお前さんと比べりゃあ他の奴らは一部除いて全部ドングリみたいなもんだ」
それに、とセイバーはさらに付け加える。
「何回か見てて思ったけどな・・・・・・アンタと彼は出会うべくして出会ったんだろうよ」
俺もそう感じていたことだ。
セイバーがいうのだから、それは恐らく本当の話なのだろう。
俺とマンドリカルド。デュランダルを体に宿す者と、それを手に入れるため人生をかけた者。
聖杯がそれらを引き合わせるのも、当然だったのだ。
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109話 九日目:不要とあらば
術寄りの善人ぽいのがいいか弓(sn)のクレイジーがいいかはたまたhaみたいなやつにするか・・・・・・()
「んで、俺の来た理由だけども・・・・・・まずこいつを切りゃいいんだろ?」
俺の手をとり、そこにぴっちりと張り付くように巻かれた魔術禁止のブレスレットを指差す。
これを外すくらいなら俺以外の奴誰でもできそうなもんだが・・・・・・
「・・・・・・ああ、そいつ下手すると派手に爆発してこいつ殺しちまうらしいからさ・・・・・・頼む」
「手首ごと飛ぶが、いいな?」
「いい、その剣ならスパッとくっつけやすいように切れるだろ」
おい待て。
こいつを外さなければならないってのは俺にだってわかる・・・・・・だが手首を切り落とすとな?
令呪がついていない方の手だから、万一無くっても大丈夫ではあるが・・・・・・いや大丈夫じゃないだろ何を言ってるんだ俺は。
「じゃあ・・・・・・逃げるんじゃないぞ」
「待て!心の準備くらいさせてくれって────!!」
次の瞬間、見事に右手の感覚が無くなった。コンマ2秒くらい遅れて激痛が走る。
朱色の血とどす黒い血が纏めて噴き出し、アスファルトを汚す・・・・・・見ただけで失血死しそうだ。
「ほらよっと」
綺麗に真っ二つとなったブレスレットを外し、俺の手を篠塚に投げ渡すセイバー。
おい俺の体だぞ、なんか仕事終わりに缶コーヒーを奢るみたいなノリで投げつけるんじゃない。
「動かないでくださいね、ずれてくっつけちゃいますんで」
にこやかに笑いつつ、俺の腕をがっしりと掴んでくる篠塚。
もう動かないからさっさと元に戻してくれ、このままじゃ普通に死ねる。
手首に残ったブレスレットのもう半分を撤去し、切断面を一ミリのずれもないように微調整・・・・・・
「・・・・・・行きます」
歯を食いしばり、俺の体へと魔力を込める篠塚。
不思議なことに切断されたそこはじゅぶじゅぶと傷が埋まり出して、次第に感覚も戻ってくる。
宝具レベルの治療術に感服するしかあるまい。
「・・・・・・今のは宝具か?」
「ええ。真名開放すればもう少し感覚を取り戻すのが早まるんでしょうけど、今はまだ温存させていただきたかった次第で」
開放せずにこれほどのものとなれば、さぞ彼の正体は医療者であったに違いない。
新撰組で医者の心得がある奴となると・・・・・・まあほぼひとりに絞り込めるが、ここで言うのも無粋だろう。
「まあこれで助かったわ」
「せめてもの償いですので」
お前は真面目だなとか言いながら、俺は試しに魔術を一つ。
基本中も基本の視力強化(の威力を50倍にした奴)を両目にかけ、取りあえず地面を見てみる。
10m先を歩いている蟻の列が簡単に捉えられたので、どうやら問題はなさそうだ。
「さーて一回こいつの家で仕切り直し・・・・・・と行きたいところだが」
海がくるりと振り返る。
「ま、そう簡単に行くわけないわな」
そこにはかなり怒り心頭といった顔つきの八月朔日がいた。
局地的な地震が起きているんじゃないかというくらいに貧乏揺すりを繰り返し、俺たちの方を睨む。
「セイバーが全然けしかけに来ないなと思ってたけど、アンタらぜーんぶグルちゃんだったわけね。なんかそんな気もしたけど、まさか本当に組んでたなんて」
「まあ俺とライダーくんの間ではちょっとした約束をしててね。あいつはもう死んだが、一応義理ってもんがある」
剣を構え、凄むセイバー。
やはり普段の朗らかっぷりとは全く違う、戦争屋の顔だ。
「義理ねえ。サーヴァントなんだからそんなの無視してりゃあいいのに律儀な奴」
「せっかくこんなところに呼ばれて来たんだ。どう生きるかはオジサンの勝手だろ?」
個人が痛いなーとか小声で漏らしているものの、それによる向こうのアドバンテージは全くなさそうだ。
今のセイバーにとってのウィークポイントといえば、やはり俺と来栖さん・・・・・・二人のマスターをどう守りつつ戦うかだろう。
俺がやられてしまえば、存在を保ちきれず消える。海と再契約するにも時間がない。
来栖さんがやられてしまっても消えてしまうはずだ。それに、来栖さんは俺と違って魔術的な戦闘力がない。
そのためセイバーが八月朔日を殺しつつマスター二人を守るには、八月朔日の反応速度を上回っての攻撃が必要になる。
少しでも向こうに考える隙を与えたら、この空間に仕掛けられている罠が作動するとかでこちらを殺しにかかること必至。
「・・・・・・仕方ないわね」
流石に分が悪いと見たのか、八月朔日が踵を返す。
さすがここで逃すほど皆は馬鹿じゃない。全員が走って追いかけようとしたその時だ。
「テメェはギルティ、さっさと地獄に堕ちろ!!」
俺のちょうど真上を、黒い何かが飛んでいく。
八月朔日の体にそれは巻きつき、その場で奴の動きを止めた。恐らくカーボンナノチューブの配列を作り、堅牢な縄にしたのだろう。よほど身体強化をしない限り、そいつを切れるわけはない。
「・・・・・・不破お前」
「あーあーもうこれでかんっぜんにやらかした、わっかりやすく参加者の味方した!!テメェらあとで始末書の文言ゴーストライターしろ!!」
「・・・・・・あ、あああのそれって始末書の意味にならないのでは?」
そんなことはわかってんですよ、セイバーのマスターさん!と怒りながら微妙に敬語とかいう笑かしてくる口調で不破は叫んだが、八月朔日を縛り上げた縄から手は離さない。
「嫌なら付き合ってもらわなくたってよかったんだが?最初から唐川に頼むつもりだったし」
「・・・・・・これは俺の信念がやれって言ってたんだよ、始末書は嫌だが・・・・・・信念に背くことだけは死んでも御免だ」
右手に黒鍵を持ち、八月朔日の頭を吹き飛ばそうと不破は歩み寄る。
「じゃあ、ゲヘンナへの片道切符だ」
「待ちなさい、私がこれまでどれだけの人を救っていると思っているの!?これからの数も視野に入れてみなさい、損失どころじゃあないわよ!!」
不破の振りかざした黒鍵が止まる。
その隙を突いて・・・・・・一本の剣が八月朔日の心臓へと突き刺さった。
「・・・・・・あ、ぇ?」
ごぱ、と八月朔日が口から血を噴く。
不破の足元で頭を打ちつけるように崩れ、信じられないと言った目で剣の出所を見た。
「・・・・・・あれは」
棟の上に立ち、何を言うでもなく下の様子を見つめている男がいる。
あの真っ黒なジャケットと、完全なる金髪。そして赤っぽい目。
紛れもない、英雄王ギルガメッシュだ。
「・・・・・・自分のマスターを、殺したのか」
マスターがいなくても数日間行動できるというアーチャーではあるが、まさかここまでするものか。
稀にこういった話があると聞くには聞いたのだが、目の前で見ることになるとは思いもよらなかった。
「話には聞いていたが、随分と切り捨てるのが早いな英雄王様よ」
不破が天に掲げていた腕を下げた。恐らくあのままでいたらギルガメッシュに、こいつは我に敵対したと思われ殺されていたであろう。迅速な判断だ。
「必要ないと思ったのだから捨てるしかあるまい。いつか来るであろう雑種の死を少し早めただけだ、何の問題もなかろう?」
「・・・・・・そうかも、しれないだろうけど」
俺にした行為は脇に置いておくとして、彼女は現に何人もの人を救ってきた。
彼の価値観がわからないせいで、何を持って殺すと判断したのかがわからない。
俺の中に少しやりきれない気持ちがあるせいだろう、少しだけ苛ついた。八月朔日の頬を一発しばいてから地獄にでも送ってやりたかったのに。
・・・・・・まあ、そんなことを口に出してしまってはそれこそ俺が死体に加工されかねないので絶対に言えやしないのだが。
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110話 九日目:選んだもの
「なんで今まで見逃してきたんだ。こいつのやろうとしていること、知ってたんだろ」
「知っていたが、どうでもよいことよ。人類の危機にすらならない数を殺そうとしていただけだからな、この道化は放っておいた」
まるで人類の危機になるレベルでやっていたらすぐ始末していたと言わんばかりの口調で英雄王はそう宣う。
風で乱れた髪を指先で軽く整え、俺達を完全に見下しくさった笑顔をしていた。
「ならどうして、今ここで始末した?」
そうだ、どこかでキレて殺しにいくって流れまではまあ想像がつく。
だがなぜ今かがわからない。兵器として俺を作り変えようとしていただけだが、それのなにが彼の逆鱗に触れたのだろうか。
俺が英雄王にとって特別な存在なんてわけじゃああるまいに。
「誰が上にいようとこの星の地は全て我のものに回帰する。人がそこでどれだけ憎み争い殺し合おうと、絶滅するようなものでなければ捨て置く・・・・・・だが、我の宝物を掠め取ったり贋作を生み出そうとする不逞の輩がいたのなら、話は別だ」
英雄王の眼前に黄金の門が開く。
そこから顔を出したのは、マンドリカルドにとどめを食らわせた魔剣ベリサルダ。
いつの間にか回収していたのだろうが、ギルガメッシュはその剣を眺め苦虫を噛み潰したような顔をした。
「・・・・・・あの雑種、最初は我をとにかく崇拝するような様を見せておってな。面白い道化よとこれも一度与えたが失敗だった」
あのような雑兵を殺す為だけに剣を穢した。と・・・・・・確かに奴はそう言った。
確かにギルガメッシュという世界最強の王だと自他共に認めるような存在にとっちゃ、マンドリカルドはそこらへんにいくらでも転がってる奴くらいにしかならんだろう。
道理のようなものは理解できるが、やはり受け入れられない。
俺にとっては最高の友達で、最高の王なのだから・・・・・・
「それにだ雑種、我が宝物を汚しているのは貴様も同じよ。貴様自身の意思が絡まなかったとはいえ・・・・・・な」
俺の中に存在するデュランダルのことを言っているのだろう。
確かに、俺が願ってこうなった訳じゃないが・・・・・・彼が怒るのもなんとなくわかる。
自分のものを模倣したあげく、どうでもいい殺人に利用するなど言語道断というわけだ。
となると、俺も殺される対象になるのだろうか?流石に今の状況でギルガメッシュ相手に戦い勝てるという道は見えない。
セイバーとアサシンのサーヴァント二騎と、ある程度ならサーヴァント相手にも戦えるが人間の不破。そしてマスターが3人・・・・・・来栖さんは魔術が使えないのでどこかに隠れていて欲しいものだが、ギルガメッシュは広範囲の絨毯爆撃を得意とするアーチャーなのでよっぽど遠い場所でもないと普通に殺されてしまう。
・・・・・・最善は何だろう。
「俺の存在自体がお前の逆鱗に触れたのなら、さっさと殺せばいいだろう。俺が考える暇とか与えずにいつだってやれたはずだ」
「・・・・・・業腹だが、そうもいかん」
ベリサルダを一度しまい、英雄王は一度その場に腰を下ろした。
どうやらここで俺を殺すつもりは無いようだが、何故にそうせざるを得ないのだろう。
篠塚の持っていたジャケットを羽織っているが実際のところパンツ一丁なのだし、サーヴァントに対抗できるような防御礼装なんて全くつけていない。その気になれば適当に頸動脈か大動脈でも切り裂いてサヨナラバイバイが可能だと思うのだが・・・・・・
「・・・・・・なんか俺を殺したら不都合でもあるのかよ。あんたがそれを避けようとするレベルの厄介な出来事かなんかが」
「それもあるな。これ以上この戦争が壊れれば面倒なものが呼ばれる」
面倒なものというのが何かは全くわからないが、ギルガメッシュにそう言わせるレベルのものということはまあよほど強いのだろう。
それが武力なのか権力なのか、どちらにせよ来た時点で俺たちに逆らう手段はなさそうだ。
「英雄王様にとっての厄介ごととなりゃ相当のもんなんだろうな。俺たち雑種にゃ到底太刀打ちできねえようなやつってわけだ」
もうギルガメッシュ相手にはどう話したらいいのかわからんのでいつも通りの口調に戻っているが、手に掛けるつもりがないだけで内心くっそ怒っていたらどうしようとか思い出した。
機嫌を損ねる言い方とか地雷の話題とかがあまり察せないので仕方のないことだが。
「何にせよ今は貴様を殺すときではない。だがいつかは死ぬ・・・・・・そのときまで存分に踊れよ、雑種」
唐突に大きな金色の船を持ち出してきて、それに飛び乗るギルガメッシュ。
流石にあれを追いかける元気はない・・・・・・というか、向こうに本気を出されたら終わるのはこっちなのでつっつくべきじゃあないだろう。
あれだけでかい規模の船(恐らく誰かしらの宝具)、一発でその辺を焦土にできるような迎撃装置を搭載していてもおかしくはない。
見逃してもらえるだけありがたいと思って、今はさっさと逃げ帰らせてもらおう。
「・・・・・・一回俺ん家帰りてぇんだが、いいか?」
「俺もそのつもりだったしそうするか。そっちはどうするよ」
そう不破と来栖さんに問う海。
来栖さんはともかく、不破は監督役としての仕事があると思うので来ない・・・・・・とか考えていたが、どちらも行くと答えた。
「もうやらかすんだったらとことんやっちまった方がいいと思ってな、どうせ始末書の枚数が増えるだけだし」
事切れた八月朔日を建物の中に蹴り飛ばし、ぱんぱんと埃を落とすように軽く手を払った不破。
死体はちゃんと遺棄(それもどうかと思うが)したほうがいいと言ったら、その場で細切れにして腰から取り出したゴミ袋に詰め込んだ。炭素を操る能力というものは便利なもので、やろうと思えばダイヤモンドカッターらしいものの作成だってお手のものらしい。
「テメェの家に焼却炉とかあるか」
血まみれの袋をずいと俺に見せつけるような形で不破が俺に聞く。
流石にこの戦争で慣れたとはいえ、やはり血を見るのは苦手だ。だから見せないでくれお願いだから、俺お前ほど殺し合いが常の環境で生きてないんだから。
「あるけどそんなもん燃やしたくねえよ」
八月朔日のことだからろくなことが起こらなさそうという偏見でものを言う。教会の聖なるパワーでどうにかしておいてほしいと言ったら、不破はめんどくさとか言いつつもわかったよと袋を肩に担いだ。
「サンタみたいだなそれ」
「死体プレゼントしてくるサンタとか子供ギャン泣きするわ」
なんというイカれた発想をしているのだ海は。
そんな殺伐としたサンタががいてたまるか。
「じゃあ俺はこいつの処分をしてくる。あとでそっち行くから勝手にどこぞへ出かけるんじゃねえぞ」
「わーったよ、今日はもうどっか行く元気ある訳ねえ」
つーわけでまたな、と不破は囲いの外に出る。これまた真っ黒なバイクのエンジンをふかし、行ってしまった。
あそこまで堂々と人体の細切れを運べるのはもはや感服できるレベルだ。流石に警察が見たら逮捕間違いなしなので、乗る前に炭素の幕を作り中身は隠していたが。
「俺らも行くか。お前手の調子はどうだ?」
「もう大丈夫だ。いつでもお前の鳩尾に叩き込める」
右手を数回握ったり広げたりを繰り返したが、違和感は存在しない。
ピーク時より怒りの感情はましになったが、さすがに海のやったことは到底許されるべきでない行為だし、それなりの制裁は加えてやらないといけない。殺すのはさすがに嫌だが。
「・・・・・・私が言えた立場じゃないですが、あなたのしたことはやっぱ駄目だと思います。平尾さんの大切な人も、奪っちゃったんですよね」
「ああそうだ、俺のせいでセラヴィは・・・・・・」
「他に方法は無かったんですか、誰も傷つかないで済むような方法は」
まるで猛獣に立ち向かう猫のような目をしているあたり、かなり無理しているのだろうとは思う。
だがそれでも来栖さんは言いたかったのだろう。俺の友達を傷つけた奴が許せないってことを。
「俺の力じゃどうしようもなかった。俺だって誰も苦しまずに終われるやり方があったのならそうしてたに決まってる。理想はあっても、それを実現するだけの能力がないならできないんだよ。だから・・・・・・だから、少しでもマシな方法を選ぶしかなかった。セラヴィが死ぬか、こいつが死ぬか。俺の生死を問わないとしても、あん時の俺にできたのはこの2つの中から選ぶしかできない・・・・・・こいつが、克親が死んだらセラヴィも一緒に消滅するのは目に見えてた。もれなくセイバーも危険に晒される・・・・・・だからだよ。確定1のみと、確定1想定2をとるなら少ない方をとるしかない」
トロッコ問題のようなものだ。
一人だけを殺すか、三人を殺すか。この選択肢以外がないとすれば、どちらにせよマンドリカルドは消えてしまうとすれば、できるだけ損害がないほうを選ぶしかない。
「言い訳がましいだろうが、これが俺なりの最善策だった。いくらでも文句をつけてくれていい、俺みたいな馬鹿にゃそれ以上の案は思いつかなかったんだから」
自分でい言って悲しくならないのだろうか。
半ば開き直るように、そう言い張った海。
確かに俺も、海と同じ境遇にあれば一人を犠牲にしてしまうだろう。そう思うと、責めようにも責められない。
「悪だけを駆逐して誰も彼も救えるような正義の味方になれるんなら、なりたかったに決まってんだろ」
いきなりくるりと踵を返し、海は行ってしまった。
篠塚が待ってくださいよと言いつつ後ろをついて行く・・・・・・追いかけるべきだろうか。
「やめとけ、今捕まえてなんか言っても駄目だ」
セイバーがやんわりと止めてきたので、俺は踏み出そうとした足を止めた。
「・・・・・・あの、私言い過ぎたんでしょうか。それならやっぱり謝らなきゃ」
「謝らなくっていいよ。来栖さんの言うことだって正しいんだから」
あいつは叶うかどうかわからない理想を追いかけることよりも、少しでもマシな現実を持ってくるようにしたけだ。
その選択を頭ごなしに否定するのは駄目だが、少しは理想を求めるべきと言ったっていいだろう。
価値観の違いが消え去る日なんて永遠に訪れやしないのだから、仕方のないことだ。
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111話 九日目:古い家って修理大変なんやぞ
「・・・・・・あのさセイバー。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
まだ春の陽気に染まりきらない季節なので少し肌寒さを感じつつ、俺は海が去った後に続く静寂を切った。
セイバーは拒否する様子もなく、俺の質問を待っている。
「この格好で街中歩いたら捕まるよな」
「まあよほどの事情がなきゃ確実だろうな」
明らかに白昼堂々明海ど真ん中を歩く露出狂だ。不破のバイクに載せてもらうか、それなりにあたりを歩ける服を貰っておけばよかった。
ジャケットはボタンを閉めればどうにかなるが、下半身がどうしても見えてしまう。というわけでズボンというかボトムスが欲しい。
「・・・・・・仕方ない、オジサンの臭いが染み付いた奴でいいなら貸そう。俺は霊体化とかで誤魔化すから」
「迷惑をかける」
「まあマスターの為と思えば別に迷惑でもない。やりたくてやってるわけじゃあないんだし」
そうやってセイバーが俺に服をくれようとしたところであった。
なんか上から人が降ってきたのである・・・・・・かっこよく決めて着地したかったようだが途中でバランスを崩して無様に倒れた、キャソックを着た天パ男。
「あいててて、腰やっちまったかこら」
「・・・・・・今更何しに来たんだよ」
臀部をさすりながら立ち上がる唐川。
不破のように助太刀しにきたというのならわかるが、なぜ終わった今わざわざ来るんだろうか。
「いやあワテもな~できれば不破ちゃんとおんなしタイミングで来たかったんやけどな?ちょいとおもろいこと発見してもたからそっちに時間かけちゃって間に合わんかった」
どうせ遅れるなら平尾の服を持って来いと不破に言われたようで、Tシャツ短パンが渡された。
25にもなって短パンってどうなんだとか思うが、この際通報されない服ならなんでもいい。
ちょっと来栖さんには視線を逸らしてもらって(セイバーがやさしーく見えないように衝立役をしているので安心)、俺は唐川に貰った服を着る。
「・・・・・・なんか濡れてないか?」
「そうか?」
「めっちゃ熱いんだがなんか塗っただろ」
Tシャツになにやらジェル状のものがくっついていて、それに触れると次第にあったかくなってくる。
そういうスポーツ選手が使うものなのだろうが、いくら何でもきつすぎじゃあないだろうか。もう脱ぎたくなってきたぞ。
「いやーあったかいものもってきといてやれって不破ちゃんに言われてさー。俺の手持ちに無かったから緩めの唐辛子クリーム塗っといた」
「お前ぶっ殺すぞ」
Tシャツだからまだよかったものの短パンにそれをつけられていたら、確実にクリームがパンツに染み込み悶死していたこと請け合い。
なんでこんな悲惨な目に遭ってる人間へ追い討ちを書けるような行為を平然とやるこいつ、本当に聖職者なのか。
人に主の教え説いておいて裏じゃ(隠す気もないから実質表みたいなもんだが)ここまで極悪非道とか許されない。
俺はTシャツを唐川の顔面に投げつけ、先ほどまで羽織っていたジャケットを再び着た。畜生まだ体が熱くてジンジンする・・・・・・こんなことされるくらいならシーツでぐるぐる巻きにされてもう一回荷物入れにぶち込まれた方がよっぽどましだとすら思えてくる。
「ここまで敵意剥き出しの目で見られるんも久しぶりやな。10年前以来か」
唐突に感慨深そうな声で唐川が呟く。
俺の顔を見て、懐かしむように小さなため息らしいものをひとつ・・・・・・視線を虚空に移した。
「・・・・・・10年前」
「あんさんが血まみれで教会に転がり込んできたんは今でも強い思い出や、もう知っとるんかな。あん時何があったのか」
あのとき俺は、家族を殺して・・・・・・後悔の末狂乱しながら教会に飛び込んでいたと思ったが、違った。
ある手術の際に死んだ俺のことを誤魔化すようにして作られた、八月朔日家の長男を基礎にして生み出された言わば偽物。そのことに気づき八月朔日に文句を付けた両親が殺され、その光景を見た俺は発狂して・・・・・・
「あれから、俺は記憶を弄られたんだよな。教会に行ったあとの帰り、八月朔日に捕まって」
「まあそうやろな。俺もそれとなーくサポートしてみたはええけどあんまうまく行った気はせんなあ」
「お前がやってたのはどっからどうみても嫌がらせだろ。飯時にちょうど来てタダ飯を食らうわ今日は俺が奢るっつって例の阿鼻叫喚激辛店強制連行していくわ魔術の練習相手になってやるとか言って裏山の木何本か消し飛ばしたわ・・・・・・もう挙げるだけキリがない数やってきただろ、あと家に大穴あけたやつの修理費まだ返済してねえの忘れんなよ」
高校生の間は親のいなくなってしまった俺を気にかけてか、ちょくちょく邪魔をしに来ていたものだ。
あの時は鬱陶しくて仕方なかったが、今考えるとあれのお陰で潰れずに済んだのかもしれないと思いかける。
だが家屋損壊、修理に掛かった金額しめて1000万ちょい。今のところ半分くらいしか返ってきていないのだが、どうせしめればいいか悩むものだ。
「そろそろいいか?もしかしてこのままずっとオジサンたち視線外してないと駄目なのかい?」
「あー申し訳ない、もう大丈夫だ」
上半身が結構クリームのせいで赤くなっているが、もうこの際構ってられないだろう。
家に帰るまでの辛抱だと思って、無理やり我慢するしかない。
「じゃー近くに車停めとるから、切符切られる前にさっさと乗るか」
綺麗なまでに真っ白の車体に、でかでかと「舞綱教会(山名)」の名前が黒で書かれていて、主と共にとかの言葉と連絡先や住所が記されている。
わかりやすい教会の車なのだが、あからさまに唐川が私用で使っている形跡まみれなところが見受けられる・・・・・・
助手席にはこれでもかと飲み物の空き缶が積んだか積んだかで、荷物入れの所にも大量のカップ麺や湯沸かし機とかが散乱。
絶対面白いこと目当てでどっかに行って車中泊というのを繰り返してきたんだろう。こんなんまともに乗れたもんじゃねえ。
「幸い後ろ3席が無事だったからよかったけどさ」
男二人に挟まれるというのもアレなのだが、来栖さんを真ん中の席に座らせる。
そしてその右側にセイバー、左側に俺といった状態だ。なんか目に見えて来栖さんの顔が赤いのでさっさと解放してやらねばならない。
「安全運転かつちょっと速めに」
「注文が多いねん。まあそうしますけども」
エンジンをふかし、車は滑らかに発進する。
ここから俺の家までそう遠くはないだろうし、早く帰って話すべきことを話したらさっさと眠りたい。
マンドリカルドが隣にいない現実がまだ辛いから、夢の中でくらい自由に遊びたいのだ。
戦いや自分のことから完全に目を背けて生きられる時間が、俺にはただ欲しかった。
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112話 九日目:勝手で申し訳ないね
死にそうめう
なんだかもうかなり久しぶりに感じる俺の家だ。
既に海が帰っているのか鍵は開いていて、すぐ中に入ることができる。
「やーっと帰って参りましたぁ」
ずっと嗅いできた臭いが鼻の中に広がってくる感覚がなんだか心を落ち着かせてくれる。
ああ寝たい、さっさと長い昼寝をしたい。
「おかえり。ちょっと所用で地下勝手に使ったぞ」
いきなりの爆弾発言に俺は反射行動で地下室へと駆け込む。
あそこは平尾家の最高機密が保管されている場所でもあるのだ、知られちゃ困るような情報(先祖が作った魔術の特許関連)などが鍵付きの金庫入りとは言え沢山適当にほっぽりだされている。
勝手にそいつを悪用されちゃあ家の資産に損害が出てしまうのだから繊細にならざるを得ないのだ、
「・・・・・・あんの馬鹿野郎!」
扉をばん、と乱雑に開ける。
そう言えばその部屋は、俺がマンドリカルドと出会った場所と同じだ。
まだ床に水銀などの薬剤が残っているかもしれないから、不容易に触られていると危ない。
「なんだこれ、人の死体か・・・・・・?」
マンドリカルドを召喚した陣の跡、その真ん中にブルーシートでくるまれた人型の何かが適当に転がされている。
どこかで神秘の秘匿関連でいざこざが起こり結果殺してしまったので、ここに取りあえず運び込んだというわけだろうか。そうだとしたら海だけでなく俺まで罪に問われるじゃないか、最悪でしかない。
「お前・・・・・・これはなんなんだ」
後を追うように階段を降りてきた海へ、俺はそんな言葉をかけた。
今からでも自首していただきたい。俺へ容疑がかからんようにしてほしいのだ。
「ま、取りあえずそいつめくってみろよ。お前が卒倒するようなもんじゃ・・・・・・いやある意味卒倒するかもだが」
「・・・・・・それって」
いや、まさかそんなことは。
俺はそのブルーシートを捲り、包まれていた人の顔を見る。
「・・・・・・セラヴィ」
生気を失ったように顔は青白いが、確かにこの顔はマンドリカルドだ。
見間違えるはずもない。この特徴的な髪型とメッシュ、そして眉毛・・・・・・絶対に、俺の友だ。
「お前、どうしてここにセラヴィがいるんだよ。あいつは・・・・・・消えたはずだろ?」
「半分くらいは消えてたな。あん時も、今も・・・・・・篠塚の絶妙な剣さばきで生死の淵になんとか立たせておいて、俺の術で完全消滅したっぽーく演出。八月朔日のクソアマ騙くらかして死にかけのセラヴィを篠塚から唐川でリレーさせてお前ん家のここまで運びこんでやったってわけだ。スケジュール的に唐川がいなけりゃマジでこいつ消えてたし危なかったんだからもはや感謝されて然るべきだぜ?」
俺はどうすればいいのかわからなくなった。
海へと向けていた怒りのやり場が消えてしまったも同然だからだ。
弱々しい呼吸を繰り返すマンドリカルドの頬を左手で緩く撫でながら、奴に言うべき言葉を探す。
「・・・・・・俺、何にもせずに裏切ったのかとか喚いてただけだったけど・・・・・・お前はずっとがんばっててくれたんだな」
「やっべ、ほんとにそう来られるときしょい、無理だわやっぱ」
「・・・・・・お前さあ」
二の腕をしきりにこすりうぇ~さぶいぼ不可避~とかちょける海。
取りあえず奴は殴りたきゃ殴れと言っていたので今鳩尾に叩き込んでやろうかしら。
「なあ、俺のこと殴らねえのかよ」
俺が右手をぎゅうと握り込んだところで、海がそう言った。
「俺はどんなことされたって文句は言えねんだ・・・・・・命が惜しかったから、お前らを危険に晒した、セラヴィも怪我させまくってついには半殺しまで追い込んじまったんだ。その禊とは言わん、一発でもいい、百発でもいい。お前の好きなだけ俺を殴り倒せ」
「・・・・・・海が許してくれるのなら」
「許しを乞うのは俺の方だろ・・・・・・ま、そんな気は毛頭ないがな」
きっちりと閉じていたコートの前面を開け、腹部の守りをわざと薄くしてくる海。
お前がそうまで言うのなら、こちらも応えるしかないな。と俺は握り拳を今一度固め、海の腹筋へと盛大な一発をねじ込────
「お前服の間になんか入れてねえか?」
「炭化タングステンなら」
「手の骨全部粉々になるわ」
海が服の内側から取り出してきたのはでっかい一枚のプレート。
綺麗な銀色に輝くその板は、見るからに鈍器として作用しそうなほどに重々しい。
そんでもって炭化タングステン(WC)と言えばダイヤモンドとかじゃないと削れないような超がつく硬度の合金だったはずだ。
さすが石屋の若頭なだけあるわとか思ったが今そんなことはどうでもいい。
「お前好きなだけ殴れっていったくせにカウンターというか罠で俺を嵌める気満々だったろ、さすがにこれは許されない」
「ほーれ悔しかったらしばいてみろ~」
煽り度合いMAXの顔でおちょくってくる海にさすがの俺もブチ切れ。
絶妙なひねりを加えることで威力の増した鉄拳聖裁パンチをお見舞いしてやった。中でくすぶっていたなにもかもが吹き飛んだ気がしてすっきり。
「こ、呼吸、一瞬止まった・・・・・・」
「その一発で勘弁してやる」
ちょっと力を込めすぎたかと気になったので海の腹部に手をやろうとしたが、大丈夫だからと止められてしまった。
「取りあえずセラヴィはパソコンで言うところの充電切れかけスリープみたいな感じだ。十分な動力を入れて電源入れたら大丈夫だろ・・・・・・なんかあったら言え。ってぇ・・・・・・内臓潰れたか思た」
腹をさすりながら海は部屋を出て行った。
・・・・・・まあ、これからはあんま人に見られたくないような感じもする行為なのでいないに越したことはない。
「受けた恩は返さなきゃいけないな」
善に善をもって応じるのは誰でも。悪に善をもって応じるのが、本当の人。
タタールに昔から伝わるとされている言葉だ。
恩を恩で返すのなんて誰にでもできるとまで言われているのだから、やらなきゃ男が廃るってものだ。
これからいつまで続くかわからない戦いではあるが、あいつの為にも頑張らなければ。
「・・・・・・ふぅ」
マンドリカルドの体を覆っていたブルーシートを取って部屋の隅に追いやる。
着ていた服をパンツだけ残して全て脱ぎ捨て、彼の着ているシャツも脱がしてぎゅうと抱きしめた。
僅かなロスもなく、マンドリカルドに魔力を注ぐためだ。パスの繋がりが強固な今では本当に微々たるものだが、これは気持ちの問題である。
少しだけ冷たいその体を温めるように優しく手で背中をさすり、体中の回路を起こしていく。
「・・・・・・お前が生きててくれて、嬉しいよ」
回路に過剰な負荷をかけないよう細心の注意を払いながら魔力を生産し、少しずつ彼の方へと送り込む。
セイバーの維持に割いているサブ回路を除いた全身の回路をフル稼働させているので、すぐに体はじっとりと汗で濡れそぼった。
「う・・・・・・ぁ」
蒼白だったマンドリカルドの顔に少しずつ血色が戻ってくる。
いきなりたくさんの力を送り込まれているためそちら側も体の発熱が起こり、二人して熱に浮かされたような声を上げた。
「大丈夫か、マンドリカルド」
「克、親・・・・・・おれ、生きて・・・・・・?」
緩く開いた三白眼めな双眸が、俺の顔を見て口からそう漏らす。
安心したような声が聞こえてきて、もう俺の脳内にある言葉では表しようのない感情がどんと広がっていった。
「・・・・・・ああ、生きてる。生きてんだよ、お前も、俺も。痛い思いさせたよな、苦しませたよな。もう・・・・・・もう、大丈夫だから」
これからの一切が大丈夫だという確証なんてどこにもないけれど、俺はただそう叫びたい。
汗に濡れた二つの体を重ね合わせ、できる限りの魔力を供給した。膨大なエネルギー量にマンドリカルドは少しぼんやりしているが特に問題はないだろう。
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113話 九日目:贈ったもの
「・・・・・・海のおかげで、なんとか完全消滅は免れたらしいが・・・・・・実際のところどうだったんだ」
書斎のベッドにマンドリカルドを寝かして、俺は傍らの椅子に座りこう問った。
「少しでも気が緩んだら駄目になるってくらいっした。頑張って、いつか克親にまた会えるって信じて・・・・・・ずっと、俺は俺を保ってたっす」
ベリサルダによって裂かれた胸の傷は既になくなっているが、マンドリカルドは伏し目がちにそこを指先で撫でる。
食らった痛みを思い出してしまったのか、弱く彼は唇を噛んだ。
「・・・・・・よく頑張った。お前がそこで挫けてたら俺もおしまいだったんだ、本当にありがとうとしか言えない」
弱っちい俺のメンタルだ、マンドリカルドが消えてしまったら、その事実が受け入れられずに粉微塵になってしまうのは目に見えていた。
あの時見た幻のおかげでなんとか復讐のチャンスを探ろうと思っていた矢先のこれなので、まだ何ともいえない思いは残るが彼さえいてくれればそれでいい。
少し崩れたマンドリカルドの髪を更に乱すような動きでわしゃわしゃと撫でてやる。確か形状記憶型ヘアーだったはずだが、今は元に戻す気力も無いらしくめちゃくちゃなことになってしまった。
「やめてくださいっすよ、この髪型結構整えるの大変なんすからー」
右目を隠すように垂らされた前髪を耳にかけ、にへらと邪気のない笑顔を浮かべるマンドリカルド。
やめてとか言っている割には満更でもなさそうだな、と俺は指摘し更に髪型を乱してやった。
「・・・・・・あのさ、新しいパーカー・・・・・・どうしよっか」
八月朔日に燃やされてしまったあの服のことを思い出す。
もう着れなくなってしまったと涙をこぼしたあの表情が脳裏に焼き付いて離れないのだ。
たかが3000円程度のものであったのに、あれほど大事に思っていてくれたのかと考えると・・・・・・俺はどうやって慰めるべきなのかわからない。
同じものをもう一度買おうか、それとも違うものを買って新しい思い出を上書きするべきか。
マンドリカルドの望んだようにしてあげたいと思い、露骨な問いを投げかけたのだ。
「・・・・・・おねだり、してもいいんすか?」
「ああいいさ。こんなんでも一応金はあるし、好きなものを買っていい。明日のうちに買いに行こう」
窓の外へ視線を移したマンドリカルド。
どんなものが欲しいと言うべきか悩んでいるらしい・・・・・・ここで無為な横槍を入れるわけにも行かないので俺はなんとなく本を取り出して読もうとした。
「克親の着てた服が、欲しいっす」
「・・・・・・そうか・・・・・・って、え?」
俺のお下がりなんかでいいのだろうか。
せっかく新しい服を手に入れられるチャンスだってのに、別段かっこよくもなんともない無難で陰気な俺の学生時代の服なんて・・・・・・
「そんなんでいいのか?」
「俺はそれでいいんすよ・・・・・・ダメならまた考えるっすけど?」
徐に彼は起き上がり、机の上に放置されていたイリアスを手に取り開いた。
まだまだ読めている部分が半分もいってないあたり、俺たちのせわしなさというものが目に見えてしまう。頁の厚みをできるだけ削った(辞書レベルの薄さに仕上げたお陰でちょうどいい文庫本サイズになっている)ものの、イリアスはかなり分厚い本なのでなかなか読了までに時間がかかってしまうというのは仕方がないものだ。出来れば最後まで読ませてやれる時間があればいいのだが、そういうわけにもいかないのがこの戦いである。
「いや、お前が言うなら俺はそうする。持ってくるから待ってろ」
ちょっとだけひとりでゆっくりさせてあげたいなとも思ったので、俺は自分の寝室に移りクローゼットを漁りだした。
マンドリカルドと俺の体格はほぼ一緒なのでまあサイズによる問題は無いのだが、似合うデザインのものがあるのかどうか。
黒地にワンポイントで白い狼のマークが入ったいかにも友達いなさそうなやつが着るやつとか、そういう類しかない。
まああるだけかき集めて向こうに選んでもらおう。社会人になってからそうそう着ないもんだしどれをもってかれようが困ることはないし。
「どうした服なんか漁って。買い物にでも行くのかよ」
「寝室に入るときはノックぐらいしろ変態」
俺がもし人様に見せられないような行為でもしていたらどうするつもりだったのだ。
・・・・・・まあ、奴のことだからきしょいとか言いつつ無慈悲な攻撃を飛ばしてくること請け合いなのだが。
「こんな真っ昼間からサカるような猿じゃねえってわかってたし良いだろ」
「いいわけあるか。もし俺がここ数日たまりにたまったもん解放しようとしてたらどうする、お前襲うかもしれねえぞ」
「できる訳ないくせしてよく言うわ」
小指の先で鼻を雑にほじくり返す海。女としてのデリカシーやらなんやらは舞綱の海に不法投棄してきたと豪語するだけあってどうしようもなく酷いし治療不可能という救えなさっぷり。
こんなんだから誰もまともにつきあってくれねえんだよとか言おうと思ったが、いらんこと言ったらぶち殺すぞという殺意凛々な視線を食らったので黙らざるを得なかった。
「で?なにしてんだよそんな服漁って。もしかしてアレか?くるちゃんの前でちょっとでもかっこよく見せようと思ってんのか?」
「それだったらもっと前から服装にゃ気を使ってるだろうが。違うわ、セラヴィの新しい服探してんだよ・・・・・・新しいの買おうと思ってたんだが、向こうから俺のおさがりが欲しいって言われたからな」
いくらか見つかりはしたが、マンドリカルドの気に入りそうなデザインというのがわからないので絞ろうにも絞れんままである。
あからさまにこんなの着ないだろうというゲテモノ柄だけは外したが、残ったのはほぼ似通ったものばかり。
まあ、彼がおさがり欲しいって言ってきたんだしこちらがこれ以上気を使うのも悪いだろう。
洗濯物用の籠をひっくり返してパーカーたちを投げ込み、マンドリカルドのいる書斎へ戻ろうと俺は足を動かそうとしたのだが、海に止められる。
「・・・・・・この指輪って」
開けた引き出しの奥にあったであろうものを引っ張り出して、海はそれを見つめた。
綺麗な黄金色をした透き通る丸い石が一つ、台座についているだけの至極シンプルな造りで可愛らしい。
「あーそれか。昔誰かに貰ったと思うんだが・・・・・・誰だったっけか。凄い嬉しかった気はするんだけども多分それ中学の時の奴でさ、今の俺には記憶がないっつーか」
新しく平尾克親として成り代わったこの肉体には、高校以前の記憶がほとんどない。
少しは元の俺からコピーアンドペーストされているのか、ぼんやりとしたものだけは残っているがそれはどれも明確な像を結んでくれない。
それが思い出せれば、少しは以前の俺に近づけるんだろうなとか考え出して・・・・・・勝手にひとりで胸を痛くしている。
「これ、琥珀だろ・・・・・・プレゼントしたやつはお前の誕生日知ってたんだろうな、多分」
「・・・・・・そっか」
俺の誕生日は11月7日。
中学時代ともなると、普通にクラス内で誕生日が祝われることもある。
プレゼントしてくれた奴が知っていたっておかしくはないのだが、一つだけある疑問点。
中学生がわざわざこんなものを買って持ってきてくれるものだろうか。琥珀はまあダイヤやらそういう類に比べりゃあかなり安い部類だが、それでもこのサイズだと5000円はしてもおかしくない。
普通の家庭なら親に諫められるもんだと思うんだが・・・・・・よほど金持ちだったか、真面目に恋を応援していたか、それとも・・・・・・
「・・・・・・あぁ」
海の表情でなんとなく察しがついてしまったが、ここで何かを言っても幸せにはなれないと直感で思った俺は・・・・・・口を噤んだまま、静かに寝室を出て行った。
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114話 九日目:或る馬鹿の独白
もどかしい。
言いたいのに、言い出せない。
・・・・・・クソ、クソっ・・・・・・!!
もうどの彼の指にも入らないであろうそれを握りしめ、言葉を漏らす。ただ呻く。
どうして、あの時言い出さなかったんだ。どうして、また会えると信じて大切なことを保留にしたんだ。
自分があと一歩踏み出せていたら、なにもかもが違っていたのかもしれないのに。
同じ明日が来るなんて、信じてた俺が馬鹿だった。
もうあいつは、どこにもいない。
俺の好きだったあいつは、いなくなってしまったのだ。
替わりとして今を生きる彼のことだって嫌いじゃないが、いつもその姿にはあいつの面影を写してしまう。
肉体と声が似ているだけの別人なんだと自分に言い聞かせても、気づくとやっぱり見えてしまうのだ。
・・・・・・こんなんじゃ、あいつにも申し訳ないってのに。
重ねてしまう自分が嫌で、あいつの前でだけ女になりそうな自分が嫌でたまらない。
殴って、蹴って、叩いて、罵倒して。
素直になりたくなかった。自分でいたくなかった。
嫌われていたかったけど、離れられるのは嫌だった。
いつまでも自分勝手だ。いつまでもエスに溺れたままだ。
猫を被って、自分を演じ続けるのはもう疲れたのに・・・・・・それを脱ぎ捨てるチャンスを見つけられない。
このまま、死ぬまで続けるのか?
10年モノの嘘はもう、嘘でしたと言って終われるほど簡単な物じゃないというのはわかっている。
彼の中で作り上げられた俺の像は、よほどのことがない限り改修されることはないだろう。
・・・・・・嫌だ。
俺だって、誰かの隣にいたい。
自分を偽り続けて、こいつは自分の愛した男じゃないと無理やり感情を抑えつけた。
それでも、それでも・・・・・・彼には、笑っていて欲しいと思う自分がいる。
セラヴィと出逢ってからか、彼は目に見えて楽しそうに生きている。だからそれを最後まで邪魔したくはない。
少しでも良い結末のためになるのならヘイトだって買ってやる、どれだけ体がぼろ雑巾同然になろうと生きてやる。
例え俺が微塵も幸せにならなくったっていい、あいつが・・・・・・笑ってくれるのなら、俺はそれだけでいい。
重たすぎるよな、こんなのって。
絶対面と向かって言ったら敬遠されること間違いなしだ。
こんなめんどくさい想いを抱え続けてるなんてバレた暁にゃあいつもドン引き間違いなしだ。
後悔するくらいなら、あの時思い切って縁を切ってしまえばよかった。
あいつは俺のことを知らないで、それなりの人生を歩めていればよかったんだ。俺だって、ただの社長令嬢つう箱に収まっていればよかったんだ。
くだらないとすら思えてくる後悔の繰り返し。
俺は指輪をまた引き出しの奥にねじ込んで、俺は静かに部屋を出ようとした。
・・・・・・そんな時に限って、無駄な欲は湧き上がってくるというものだ。
一度この家を出たら、もう戻ってこれないかもしれない。
もしかしたら、あいつだけ残して俺は死んでしまうかもしれない。
そう思うと抑え込んでいたものが間欠泉のように噴き上がってしまう。ほんの少しでもいいから、思い出が欲しい。
「・・・・・・汗くさ」
ベッドに顔を埋めた。
至極ふつうの成人男性らしい汗の臭いが鼻を突く。
人様には言えるわけもない想像が泡沫のように浮かんでは消えてを繰り返す。
あんなことが無ければ、今頃俺たちは結ばれていたんだろうか。
意味のない、悲しいだけの想像が渦巻く。
今更叶うわけもないたらればの話ばっかりしてないで、未来のことを考えなければならないのに・・・・・・俺はいつまでも、過去に固執してしまう。
「・・・・・・マスター」
「篠塚か、どうした?」
顔を上げることもなく、俺はくぐもった声で答えた。
「・・・・・・教えてもらいたいんです。マスターの、本当の願い」
そういえば教えていなかった。
恥ずかしいからと適当なことを言って誤魔化していたのだが、こいつには気づかれてしまったようだ。さすが諜報屋、そこらへんの機敏は見逃さない、ってわけだ。
「どうしても言わなきゃ駄目なのかよ」
「・・・・・・どうしても、聞きたいんですよ」
今までずっと素直な人形ぽく思えるような彼の従順ぶりだったが、珍しく今日は押しが強い。
互いの願いを知るというのはある種のテンプレみたいなところもあるし知りたがるのはまあ当たり前っちゃあ当たり前だ。
「・・・・・・やだ」
でも言いたくないものは言いたくないに決まっている。
「素直じゃないですね、そういうところだけ」
知ってましたけど、と言って篠塚は小さな足音を立てて部屋の中を移動する。
俺が顔を上げたタイミングで、彼は窓の枠へ腰を下ろした。
「また後悔しますよ?」
「・・・・・・わかってらぁ」
今言わなきゃ、もう二度とチャンスは回ってこないかもしれない。
未練を抱えたまま死んでしまうかもしれない。
それでも、一歩が踏み出せないままだ。
「無理だ、俺なんかには。俺はあいつを幸せになんてできやしない」
「幸せにできないからって、諦めるんですか?根性なしもいいところですよ」
窓の外を見て、主の情けなさに呆れるようなため息をつく篠塚。
向こうの言い分も十二分にわかるが、どうしたって俺にはできない。
「それに、今更10年前になんて戻れねえよ」
あれから俺が捨てたものはあまりに多い。
「聖杯に願ったらいいじゃないですか」
「・・・・・・それは、そうかもしれねえが」
ああ、こんなんじゃマスター失格だ。
負けてしまいたいと願うなんて、篠塚に言ったら殺されること間違いなしだろう。
「マスター、ならせめて・・・・・・これくらい」
懐に隠していたであろうそれを取り出した篠塚。
・・・・・・まあ、これぐらいならいいか。
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115話 九日目:口は災いのもとって言うじゃん
本日もわいはいろんなものに追われています
たすけてくだちい
「うぃーセラヴィ持ってきたぞ」
籠に詰め込んだパーカーをベッドサイドの机にどかっと置いて、取り出し並べまくる。
基本的に黒ぽいやつばっかなので選択肢はほとんどないにも等しいのだが、まあそこらへんは仕方ない。俺のファッションセンスなんてものはそれこそ友達いない系のものなんだし。
「・・・・・・こん中からだったらどれでもいいんすね?」
「ああ、好きなの選んでくれていいぞ」
それなりに読み進められたイリアスにしおりを挟んで、ゆっくりと起き上がりむぬぬと唸るマンドリカルド。
悩むような問題なのか、とか思ったが彼の中では重要なことがあるのだろうし邪魔はしまい。
「んー悩むっすねえ」
「お、おう」
鏡がないな、と思ったので俺の寝室から大きめの手鏡を引っ張り出してくる。確か祖母が使っていたやつで、雑な扱いをするとロクなことにならんという呪い付き・・・・・・だからちょくちょく拭いたり錆の処理をしてやっているのだが、これでいいのかはわからない。たまにはコンパウンドで磨いてやってもいいが、なかなかタイミングが掴めないもんでやれずじまい。
会社の近くにそういった研磨に狂った人間御用達とか言われている店があるので一度はやってみてもいいだろう。
「・・・・・・ん?」
ふと俺のベッドを見ると、不自然に毛布の真ん中だけへこんでいる。まるで誰かしらが顔を突っ込んだみたいな跡だ。
・・・・・・海みたいなやつはそんな変態ムーブをするわけがないし、来栖さんがそんなことするとも思えない。
まあ人間の頭くらいある荷物を俺が置いていて、それを取った後もへこみを直してなかったとかそんな話だろう。
一回平たく引き直したあとで、俺はマンドリカルドのもとに鏡を持って行くため寝室を出た。
「あ、平尾さん」
「お、来栖さん。なんかありました?海の奴が変ないびりとかしてきたり・・・・・・まあそんなんはないか」
あいつは敵と気心の知れた奴以外にはそこまできつく当たりはしない。
相手が気づかず自分の嫌なことをされてしまった時にガチの舌打ちとかはするが、まあそうでもなければ荒々しいのは口調だけになるだろう。
「いえ、そんなことはないです。司馬田さんすっごく優しくて・・・・・・いろいろ平尾さんのこと教えてくれたんです」
「・・・・・・とんでもない情報、しれっとしゃべってそうだなあいつ」
ファーストキスとか、そういう類のやつ。中学以前の記憶が曖昧なので何ともいえないが、まあ恥ずかしいもんは恥ずかしい。
高校時代は二人してまあ好き勝手やってたところもあるし、ちょっと冒険しようぜみたいな流れになってあと一歩で警察のお世話になりかねないような行いまでした覚えがある。
中でも一番ヤバいと思ったのはターボ焼き芋とか、買い手つかずの土地にあった廃墟の工房化。後者に限っては完璧な軽犯罪法違反であり、そのことに気付いた俺がしれっとそこの土地を買い取ったのでまあ一応セーフ・・・・・・ではあるが、あと数日やるのを遅らせていれば危なかったと思う。
「高校時代どんな趣味でどんな漫画読んでたかとか、いつも遊びに行ってた場所はどこそこだとか、そんな話です。いかがわしい話なんて一切されてませんでしたよ」
「それならいいんですけど・・・・・・もしあいつに爆弾発言されても聞かなかったことにしといてくださいね」
いつ大規模破壊兵器ばりの話をされるかわかったもんじゃない。
今後家族とかそのような関係になるのならいつか話さなければいけないのだろうが、今のタイミングでバラされるわけにもいかなんだ。
晩飯の時に海にはそれとなく注意・・・・・・いや、そういうこと言うと逆に言い出しそうだから困るな。
「・・・・・・私、やっぱり謝った方がいいんですかね。勘違いしてたんです、あの人のこと。セラヴィさんのことを切ってしまったのは許せなくても、やっぱり・・・・・・」
「セラヴィなら大丈夫。生きてます」
「・・・・・・生きてる・・・・・・って」
このままマンドリカルドのことを知らせずに戦いへ赴かせるのも駄目だろうと思い、俺は来栖さんを連れて書斎へと足を踏み入れた。
セイバーはしれっと霊体化してついてきているらしく、一応いかがわしい暴行をしないよう諫める抑止力になっている。
まあ俺たちみたいな陰気人間組にそんなことができるわけもないので杞憂ではあるのだが。
・・・・・・いや、生前のマンドリカルドだったらしそうな気もまあするけど。
「セラヴィー鏡持ってきたぞー」
「わざわざありがてえっす、克親」
扉を開けると、そこには白でまあまあでかくトランプが描かれているパーカーを来たマンドリカルドが座っていた。
俺と違って三白眼めでキレのある視線を放てる彼とはなかなか相性がよく、ちょっとアウトローめな雰囲気で決まっている、
「え、セラヴィさん!?な、なんでここに!!??」
驚愕を隠せない来栖さんにどう事情を説明するべきか、と問題に直面した彼はなんとも言えない表情を出しつつ言葉を探っている。
よく考えれば『今から二人に説明するぞ』、と決めてから説明の順序を考えて言うべきだったのだろうが・・・・・・申し訳ないことをしてしまったようだ。
「あー来栖さん、なんだかんだあって・・・・・・なんとか、生きてるっすよ。まあほぼ死にかけって時もあったんすけど」
場をどういう雰囲気にすればいいのかわからなかったのだろう、へへへと軽くマンドリカルドは笑って、いきなり毛布にくるまって団子になった。
おそらく『今の説明はなんだよもっといい言葉遣いとかあっただろ』みたいな感じで恥ずかしくなったんだろう。引っ剥がすのもかわいそうなので少しだけ安静にさせておいたほうがいい。
俺は持ってきていた手鏡を踏んで壊れるとかがないよう机の引き出しへ一度入れ、少し空いたベッド上のスペースに腰を下ろした。
「まあ・・・・・・まずは一回座って話をさせてください。結構ややこしいとも思える展開があって」
「わ、わかりました・・・・・・無事で何よりですが、どうして」
俺はかくかくしかじかの事情で・・・・・・とことの顛末を少し端折りつつも来栖さんに伝えた。
どうして教会の連中と俺らが協力体制になっているのか、というあたりはまあめんどくさい話やら俺の過去にも関わってくるので今回は省略。また機会でもあれば言っておきたいところだ。
「なるほど・・・・・・司馬田さんと、アサシンさんと、教会の人とが協力してセラヴィさんを救ってくれたんですね。ますます謝らなきゃいけない状況じゃないですか、私今からでも」
「大丈夫っすよ謝らなくって。あいつも自分のしたことを悪いと思ってるみたいだし、許しを乞うつもりもないとかのたまってましたし」
あいつはめんどくさいから全面的に許容されると逆に卑屈になる。
俺みたいなやつにまー大層なこったと嬉しがる素振りなんて全く見せんのだから、接し方を少しだけ軟化させる程度がちょうどいいのだ。
俺はもう禊の一発(腹パン)を食らわしたのでこれ以上やいのやいの言うつもりは全くないけど。
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116話 九日目:かっこのつかねえ約束
発破かけるにゃこんくらいがいいのかもしれない(適当)
「セラヴィそろそろ布団虫から孵化してくれないか。来栖さんにケツ向けたまんま乗り切るつもりかお前は」
「今回は乗り切らせてくれっす」
話の間あえて触れなかったが、丸虫と化しているマンドリカルドを俺はぽふぽふと叩いた。
元気な顔もうちょい見せてやれやと言ってみるも動かず。
全く強情な男だ。
「王様~お願いしますよ~大事な国民のお願いじゃないっすか~」
「どういう姿勢でお願いしてきてるんすか克親は!俺は王様なんかじゃな・・・・・・あ、いや王様なのか」
あのとき令呪を使って俺が与えた王権。別に正式な国の領土が存在するわけでもない、人民は王を除き現在一人しかいない、権力はもはや国民と対等な状態である。
国家としての基準を何一つ満たしていないが、正式じゃなくても国は国。俺は王を信じて生きるのみの民だ。
「・・・・・・どもっす」
布団の中から顔だけむにゅ、と出してきたマンドリカルド。その姿はさながらかたつむりのようだ。
顔を数回横に振るって荒れた髪の毛を元に戻す(例の形状記憶パワー)と、少し怖がっているようにも見える素振りをしながら来栖さんの方に顔を向けた。
「とにかく生きててよかったです。セイバーさんも、セラヴィさんとの戦いを楽しみにしてらっしゃるので・・・・・・」
「最初っから俺は知ってたけどねーセラヴィくんが生きてるの」
なんとも間の抜けた声でそう言いながら実体化するセイバー。もはや脱いだ方が邪魔にならんだろうというところまで着崩したワイシャツからなにから、完全夏休み中の部長みたいなくつろぎようだ。そして右手には安定の煙草である・・・・・・海から渡されたんだかなんだか知らないが、なんかいつも嗅いでいる煙の臭いがした。
「セイバーさん知ってたんですか!?あのとき普通に落胆してたじゃないですか!!」
「アサシンのマスターがやろうとしてることにオジサンは途中で気づいちまったが、お前さんに言うのもなんだかなあって感じで伝えてなかった。もし面倒なのに捕まってセラヴィくんのことを聞き出そうとしてきたらどうする。俺はともかくとして、マスターは精神や記憶をいじくられる耐性なんてないだろ?」
セイバーの言い分にも一理ある。
もし身体的な拷問に耐え切れたとしても、魔術で直接脳にアクセスされちゃあどうしようもない。
同じ魔術師であればある程度の対策は可能でも技術で上回られれば情報を抜き取られる。一般人である来栖さんなんて、先天的な精神攻撃耐性とかいうトンデモ特性でも持っていない限り記憶の閲覧を防いだりすることは不可能だ。
だから、万一の時に情報を持って行かれることがないようにという対策の一種だったのだろう。
来栖さんがそれを知ることによるメリットと、もしも拉致られて敵方に知られるというデメリットを比べて後者が重いと感じただけだ。
「それは、そうですけど・・・・・・でも、私だけなんか仲間外れっぽいの嫌なんですけど」
「ごめんごめんって。これからはちゃんと話に入れるようにしてやっから」
まるで子供を慰める父のような手つきで来栖さんの頭を撫でたセイバー。
随分と似合っている、とか言ったらまた俺の顔面に何かしらが飛んできそうなのでやめておいた。
「そういや、セイバー・・・・・・お前は、なんでセラヴィとの決闘を望んでいたんだっけか?」
「そこはそん時までの秘密、でしょうよ。わかってないねえ」
セイバーは壁にもたれかかり、また軽くおちょくるようにそう告げた。
お楽しみは最後に取っておきたいということだろうが、もしギルガメッシュとの戦いでどちらかが消えてしまったらどうするつもりなのだろうか。
今のうちにでも、聞いておきたいというのが俺の思いなのだが・・・・・・
「そこの丸まってるお前さん、ちったあ話に参加しようぜ」
未だに布団つむりなマンドリカルドへそう声をかけるセイバー。
さすがにこうされては縮こまったままでいられるはずもなく、嫌々と言った感じで彼はコクーンモードから孵化した。
パーカーが似合ってるかどうか確認させてあげたかっただけなのに結構長くなりそうな話・・・・・・なんか申し訳ない気すらする。
「セイバー・・・・・・ッ!?」
マンドリカルドの喉元に、輝く剣の切っ先が突きつけられる。
ちょうど喉仏の一番出っ張った部分につんつんと当たる・・・・・・マンドリカルドが少しでも前に倒れかかったら刺さること間違いなしだ。
「ちょ、ちょっとセイバーさん何してるんですか!」
「そうだ、こんなタイミングで内ゲバたあやってらんねえぞ!!」
セラヴィも文句言っていいぞなんて言って焚きつけようとしたが、彼の表情はそれどころじゃあないらしい。
突きつけられた剣を見て、もとより小ぶりな黒目を更に小さくしてうち震えている。
「・・・・・・なんで、デュランダルがこんなところに」
・・・・・・確かにそうだ。
セイバーの持っていた剣は、これまで見せていたものと特徴だけは似つつも違うものだった。俺の中で構築されていたデュランダルとほぼ同じ形状・・・・・・今までのものは、真名を隠すためのカモフラージュ。
「お前さん、俺のやりたいこと・・・・・・わかるだろ?」
「・・・・・・ああ、アンタと俺が誰であろうと構わねえが・・・・・・本物のデュランダル所有者に相応しい人間は決めたいってことだろ」
「ま、噛み砕いて言えばそんなこった」
くるくると手の上で器用に剣を回してどこぞにしまい込んだセイバー。
一応マンドリカルドの首元を見たが傷はついていない。今のところ敵意はないと見て間違いないか。
「聖杯を取れる上にそんなもんまで取れるってのはこの上なくおいしいだろ?乗らない手はないよな」
「あるわけねえよ、例えアンタが────人類の中でも最高の英雄、ヘクトール様だったとしても・・・・・・俺は、戦う」
いつぞやオタク丸出しみたいな言い方で長ったらしくヘクトール様の好きなところをとりあえず並べ立ててまくし立てていたのを思い出すが言うまい。こんなところでマンドリカルドの切った大見得を台無しにしてたまるもんか。
「いい返事だ・・・・・・てなわけでわかってるよな?」
「・・・・・・消えるつもりは毛頭ねえよ」
『うわああああどうしようこんなメンチ切ったの生きてた時依頼じゃねえか死ぬマジで死ぬあからさまに俺より年上のサーヴァント相手にこんなのダメだろ失礼すぎだろもしセイバーがヘクトール様だったら消えるつもりはないとか言っておきながら俺マジで死ぬよ腹にそこらへんの鉄パイプぶっ刺して死んじゃいますよジャパニーズハラキリですよああ篠塚にやり方教えてもらおうかなああどうしようどうしよう』
などという彼の心の声が聞こえた(実際は聞こえてないが表情と深い場所での意識共有を行ったためかなんとなく感情の機敏がわからないでもない)。
それとなーく俺は念話で『憧れの人と一戦交えられるんなら幸せだろ、弱腰でいったら向こうにも失礼だ』とかなんとか言ってマンドリカルドのテンションを持ち直させようとしているが、効果はそこまで見受けられず。
また時間に頼った方がいいのだろうか、答えは誰にもわからない。
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117話 九日目:そういうことじゃないんだけど
「例の馬鹿焼いてきたぞ」
顔面にまだ返り血をつけたままの不破が我が家にやってきた。不破に呼ばれて処理の手伝いをされた唐川もセットである。
この時間帯外に出る人はまあ少ないからいいものの見つかって通報されでもしたら大変なことになりかねない。
教会で洗ってこなかったのかと問えばめんどくさかったと返答する彼に、俺はため息をつくしかない。
「人の体って牛さんとかと基本物質同じやのになんであんな焼いたら臭いんやろな。脳みそとかヤバかった」
まだ鼻に残るわと鼻をつまえて唐川がいろいろと話すのはいいが、俺たちにそんなとんでもない想像をさせないでいただきたいところ。
「すまんな、適当に切り刻んだからはらわたとか脳漿とかそういうの全部漏れた。なんなら一回ミンチにしてハンバーグに加工してやった方がよかったか?」
「やめーや人肉ミンチで作ったハンバーグとかどこのカニアマゾンの店だよ」
物騒な話ばっかしながら家に上がり込む二人。
不破はシャワー浴びると言って勝手に風呂場を占領、唐川は食卓の椅子を二つも奪って寝転がっている。
前から自分の家だというような振る舞いにため息が出るけども、もう唐川のおせっかい祭りで慣れていたりするのが実情。
仕方ねえなとため息をつきながら、俺は篠塚と晩飯の用意を始めた。
俺、マンドリカルド、海、篠塚、来栖さん、セイバー、唐川、不破と8人分の食事はなかなか大変なもので、いちいち出してくる材料の重さが結構ある。
まあ、俺ひとりじゃ持て余していた大きい食卓の椅子がちょうど全部埋まるってのは・・・・・・感慨深いものでもあるが。
「不破の奴は超甘党だが・・・・・・普通の飯まで特別にしなくていいよな?」
「んぁ~?まー普通に作って~、あいつの近くに砂糖とか置いとけばええやで~。サッカリンとか出すと九割九分殺しされるから気ぃつけや」
サッカリンといえば弱めの発癌性と対糖能異常を引き起こすとされている物質だ。
後者の対糖能異常とかいうのは、血糖値をいい具合に保つ体のシステムが馬鹿になる的な症状。普段から炭素の補給として甘いものばっかり食ってる不破からしたら恐ろしいものなのだろう。
あん時は俺も死ぬかと思ったで。と唐川がさらっと言う・・・・・・やったのか、お前。
「上白糖とグラニュー糖と粉糖と・・・・・・あとフロストシュガーならあるけど」
結構上白糖はでかい塊を形成しているが、崩せばなんの問題もない。
砂糖には賞味期限がない(表記を省略可能)というのをいいことに結構前の奴もあるが、まあいくら食っても死なんだろうとでかい砂糖入れにどさどさ入れてやった。
「じゃあ甘い卵焼きとかも作ったほうがいいですかね?俺はどっちかというと出汁入れる派なんすけど」
わざわざ煮干しと鰹節、昆布で取った出汁を舐めて味見しつつ篠塚が卵を手際よく割る。無論片手で。
本人曰くこの出汁は味噌汁とぶり大根に使うらしいが、だし巻きに回せるほどの量があるらしい・・・・・・まあ大鍋一杯なみなみ作ってるから出来るんだろうなとは思うが。
「あーあいつ生まれは関東やさかいなぁ、作っといて損はねえんやないか?別にあいつうどんの汁はどっちでもええって言うとったけど」
「ここと関東じゃあ大違いだってのにこだわりないのか」
俺も仕事の都合上ちょくちょく出張する事があるので知っているのだが、かなり差は大きい。
醤油の味を全面に押し出すか出汁の味を押し出すかの違いなのだが、慣れないうちはうどんの汁を残してしまったりしたものだ。
「旨けりゃ何でもええんとちゃう?知らんけど」
お約束のように伝家の宝刀知らんけどを繰り出し、唐川は寝転がっていた椅子から起き上がったかと思うとテレビの前でまた転がりだした。
ソファでくつろいでいるセイバーがなぜか足を乗っけたが、嫌がる様子もなく夕方にかけて放送されるちちん○いぷいをぼけらーっと見ている。
ちょうど今日のおかずにこれどうですか系のコーナーをやっているので、俺これが食べたいとか言い出さないか不安だ。
「そういえば旦那、有給とか大丈夫なんですか?」
「あー一応十日ほどとったからまあ余裕はあるけども、どっかで痺れ切らされるかもだな」
「・・・・・・なんか私、職場で噂されてるっぽいんですけど」
スマホの画面を見つつ、来栖さんが怯えたような声でそう言った。
同時期に長期休暇を取った若い独身の男女・・・・・・まあ噂されるわけがないわけではない。
「どうしたんです?まさか俺と来栖さんがデキてる的な感じに────」
「まさにそうです」
来栖さんが見せた某アプリの画面には、俺と来栖さんの映った写真がバッチリ乗っけられていた。
服装的に、恐らく数ヶ月前にあった新年祝いの飲み会帰りだろうが・・・・・・今出すものか普通。というかこの写真のあとそういういかがわしい施設に行ったわけでもなく、ただただ帰り道が途中まで同じだからと一緒に帰っただけだ。
なんか変な尾鰭ばっかつけられて社内で出回ってると思うと復帰できる気がしない。
「二人して1日違いで10日の休み取ったのって親御さんに挨拶して入籍とかする予定なんでしょとかもういろんな言われようなんですよ・・・・・・」
「来栖さんの実家って日帰りで行けるはず・・・・・・?」
舞綱の3つ隣にある銀部市。
3つと言っても間にある幣条、秋山、東雲はまあまあ細長い形でありいうほどここから銀部までの距離は長くない。
バスを2本と電車2本を乗り継ぐ必要はあるが、それでもすぐ到着できる。
「行けますね、なんなら今から行っても19時にはつくと思いますよ」
それならば10日も休みをもらう必要なんてないだろうに、なにやら他のことまで考えて噂でもされてるんじゃなかろうか。
言ってしまえば、初夜というかそういう日すらも想定に・・・・・・いやいやさすがにそれはないだろう。
「誤解解けそうですかね・・・・・・?俺社内に友達いねえから、そういうの出来ないんすけど」
「私もちょっと立場が弱くって・・・・・・しばらくネタにされる雰囲気しか無いんですよ・・・・・・どうしましょう」
もう海に頼って無理やり認識を改変するとかそんくらいじゃないと対処のしようがなさそうだ。
だがその海は魔眼をそんなことに使いたくねえよと言い出しそうなので当てにならない。軽く詰んだ音がしたのだが・・・・・・
「海、ダメもとなんだが」
「やるわけあるか結婚して末永く爆発しろ」
Fickt euch!とド直球な罵倒と共に中指を突き出す海。協力するつもりは一切ないようだ。
「いいのかお前はそれで」
「ああいいよ、この戦い終わったら結婚するんだみたいなフラグ立ててからお前ら爆発しろ盛大に」
めちゃくちゃな言いようだが海は俺たちがくっつくことを応援しているのかもしれない。
真意の程は推し量れないが、そんな可能性はあってもおかしくないだろう。
「・・・・・・そっか、ごめんな」
「なんで謝るんだよ、まるで俺がお前のこと好きみたいじゃねえか」
だってそうだろう?と言いたかったけど、海の表情が俺にそうさせることを止めた。
泣きそうになっていると思ってしまう。その思いは秘密にさせてくれと、言っているような気すらする。
いつか言って欲しいけど、そんな日はいつまでも来やしないんだろうな。
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118話 九日目:デリカシーとは
瀬戸内は住みやすい環境だけど辛いっぴ!!
「あーさっぱりした」
そう言ってリビングのドアを開けて入ってきた不破。
それを見た全員が絶句して行動を停止した。セイバーはチャンネルを変えようと持っていたテレビのリモコンを取り落とし唐川の頭にぶつけ、来栖さんはスマホをクッションの上に放り投げてから後ろを向いて縮こまっている。
篠塚はゆでこぼしのために煮ていたぶり大根を吹きこぼし、海はやれやれと新しい煙草を咥えた。
「お前仮にも女性二人のいる部屋だぞ。片方は俺の全裸見ようが気にしない奴だが」
バスタオルならともかくフェイスタオル一枚を腰に巻いて出てくるだなんてやっぱり教会の連中はおかしい。
この部屋にほとんどの人が(詳しく言えば書斎で自由にさせているマンドリカルドを除いて全員)集まっているのだから、その中に女性がいることも把握していたはずだ。ついさっきまで普通に話していたし、万一知らなかったとしてもそれで察せるだろう。
「ああそうか、普通の奴は気にすんのか」
仕方ねえとため息混じりに不破は言って、あろうことか巻いているフェイスタオルに手をかけた。
これを取ってしまえばさすがに見せられないよ!の看板と自主規制くんが必要になってくるのだが・・・・・・
「すまんな、教会の連中は慣れてたもんだから正常な反応ってのを忘れてた」
ぶわりと黒い膜が広がり、不破の全身を包む。
その中からフェイスタオルを引き出して放り投げると、体表に張ったそれが変化していった。
上下真っ黒なTシャツと短パン姿に換装した不破は、これでいいだろとめんどくさそうにうなじのあたりを掻いた。それにしても便利だなその炭素いじり魔術ってのは・・・・・・
「・・・・・・来栖さんもう大丈夫ですよ」
「あ、はい、ありがとうございます・・・・・・?」
ゆっくり元の立ち方に戻った来栖さん。顔が真っ赤なあたりやっぱ恥ずかしいところがあるのだろう。
そりゃ出会ってそう時間の経ってないやつがいきなりそんな姿見せてきたら誰でもそうなる。不破の性別が女だったりしたら俺だってそうなってた・・・・・・かもしれない。
「お前替えの服はどうした」
「持ってきてない」
しれっとそんな発言をするあたり、こいつは過去にも同じようなことを繰り返しているのだろう。
俺より10cmくらいはでかいので、服のサイズ的に微妙かもしれないが取りあえず大きめの服を持ってきて投げつけてやる。
いつ炭素の服が消えるかわかったもんじゃないし。
「取りあえずそれ着とけ。んでさっきまでの服はどうする、洗濯か?」
「下手に扱ったらテメェの腕が吹き飛ぶが、それでもいいならしといてくれ」
そんなこと言われて誰がやるか、と文句をつけてやる。
服一枚洗うのに危険なんて犯したくないねと俺は晩飯作りに戻る。
盛大に吹きこぼれたぶり大根の汁をあちあちと言いながら拭いていた篠塚に、替えの布巾を投げ渡し俺は味噌汁用の玉葱を切る。
ちゃんと冷蔵庫で冷やしておいたので硫化アリルによる目の痛みはほとんどない。
「俺は薄切り派だが・・・・・・どうする、分厚いのが好みとかあるか」
「俺はどっちでも構わないですよ」
やっとこぼした汁を拭き終え、水を再度追加しゆで直す篠塚。
今のでゆでこぼしの必要はなくなったと、醤油とかを取り出してきて調味を始めていった。
篠塚にどちらでもいいと言われたので俺は玉葱を薄く切り、ある程度出汁の入れてある鍋へと突っ込んだ。
量的にギリギリ8人分ちょうどという感じで、おかわりは入れられそうにない。まあ一人暮らしを続けていた俺だから鍋の大きさもそれに適応させられていたししょうがない。
「んでライダーは?」
「セラヴィなら書斎で本読んでると思うが」
この場にいないマンドリカルドのことを気にしてか、不破が聞いてきた・・・・・・別に阻害しているわけなんてないし、彼がそんな風に感じたのならすぐに改めこっちに連れてくるだろう。
ちょっとはひとりの時間があってもいい・・・・・・友達だからってベタベタするわけにもいかんだろうし。
「・・・・・・そうか」
「どこ行くんだよ」
「書斎」
何か話でもあるんだろうか?
重要なことなら飯の時に言えばいいと言ったが緩く断られ、不破をそのまま見送る形となってしまった。
敵対状況にある訳じゃないので大丈夫だとは思うが、万一の場合が不安だ。
不破の戦闘力はマンドリカルドに迫るレベルで高いし、初見殺しというファクターが消えた今でもこちらが勝てるかはわからない。
秘密裏になんらかの取引を行っていて、しれっと殺しに来たら・・・・・・なきにしもあらずなのが恐ろしい。
「・・・・・・二人っきりで何の話をするってんだ」
「男同士、密室、二人きり・・・・・・何も起きないはずがなく」
「あからさまなフラグ建設やめろ」
セイバーが大丈夫だろ、といかにも適当な物言いで唐川を転がしている。いいマッサージになるのか唐川は文句を言わないが、それでいいのかと聞きたくなった。
「不破はそういう方面の奴じゃないから安心しろ。戦争に恋したみたいな人間やぞ、前からちょいちょい話にゃ聞いてたが女の影も男の影もありゃせえへんがな」
生粋の戦争屋・・・・・・というよりか単騎で大暴れするタイプの戦闘狂なのだろうが、20になったばかりであるという彼がそんな擦れた状態になるもんだろうか。
まあ代行者にまともな奴はいないとかよく言うしそれでもおかしくはないっちゃないのかもしれないのだけど。
金髪の巻き毛を人差し指でいじくり回しながらけったいな笑顔を浮かべる唐川だが、いまいち信用しきれないあたり人望が透けて見える。
「なんかあったらお前のせいな」
「なんでやねんな、俺が嘘ついたことあるか?」
「星と同じくらいの数あるだろ」
ことあるごとに冗談も含めた嘘ばっかし言ってる唐川だ。
俺実はオンドゥル星から来た云々で~みたいなあからさまに嘘だとわかる奴から、かなり深く考えないと気づけないような巧妙な騙しとレパートリーは様々。そんなのに10年もつきあわされてちゃあ、唐川の嘘を見抜く力はつくというもの。
「え~そんなついてへんて~せいぜい土星の衛星の数くらいやろ」
85とかで足りるわけあるかと俺は吐き捨て、豆腐を掌の上で一口大に切り鍋へと放り込んだ。
時折失敗して粉々になることがあるのだが、今日は成功したので嬉しい。
「ちょっ、アンタなにしてッ────!!」
そんなマンドリカルドの声が聞こえた瞬間俺は無意識に飛び出していた。
唐川の言葉はだから信用できないのだ。不破の野郎め俺の大切な友に手を出しやがって一回シメるかお灸を据えなければいけない。
「何してんだ!」
「・・・・・・反応が早いなマスターさんは」
マンドリカルドの体を綺麗にベッドへ押し倒し、服まで上へとたくしあげている。
こんなのどう考えたってアレでしかないじゃないか。戦闘力が落ちるのは仕方なしだが、一回こいつはここで殺さなければならない。許されるわけがない。
「別に性的暴行加える訳じゃないから安心しろっての」
「それ以外でも安心できねえんだけどな?!」
玉葱くさい手で不破の腕を掴むも、筋力の差があるのか全然引きずりおろせない。
こうなったら強化を使ってでも殺るしかないか・・・・・・
「・・・・・・わかったわかった。”わたし”が出ればいいんだろ?」
流れるようにめくられた服を元に戻して起き上がるマンドリカルド。
・・・・・・最初に不破と出会ったときにも見たような、虚無感を感じるオーラを纏っている・・・・・・
「お前は・・・・・・?」
「わたしはデルニ・・・・・・この
俺の思考が一瞬止まったのは、言うまでもない。
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119話 九日目:ブラックそのものじゃねえか
「本来の所有者って・・・・・・」
じゃあ、今まで俺と一緒にいてくれたマンドリカルドは・・・・・・ただの居候?
待てそんなことがあっていいのか。俺に一切明確な存在を示さず、本来のマンドリカルドはずっと隠れていただなんて。
「デルニとか言うけどだな、テメェは結局のところオルタみたいなもんだろ。とある英霊の一側面でしかない」
「確かに、平行世界に存在するであろうまっとうなわたしから見れば・・・・・・わたしはオルタに相当するだろう」
乾いた笑い声。
なにもかもを諦めた人の出すような音の波が、俺の耳を刺激する。
「・・・・・・お前が本当の人格なら、あいつは・・・・・・なんなんだ?」
「とある時点での性格をコピーしサーヴァントとして再構築した、表向きのわたしとして活動してもらうためのものだ」
・・・・・・つまり、俺の知っているマンドリカルドはこいつに作られた存在。話の内容を鑑みるに、若い頃の彼を再現したということだろう。本人は死ぬときまでの記憶を持ち合わせているが、精神年齢自体は10代後半から20代前半らしいし。
こいつが隠れるための蓑になるという役割か。
「なんでそんな・・・・・・隠れる必要があるんだよ」
「正義の味方が最初っから正体を現すわけ無かろうよ」
正義の味方、という言葉を毛嫌いするように眉間へ皺を寄せながら言うデルニとやら。
いろいろとわけがわからない。マンドリカルドは・・・・・・結局どういう存在なのだろう。
「テメェの雇い主は・・・・・・人か?」
「ああ。人だ・・・・・・わたしは、お前と同じ理想を実現するための戦闘人形でしかない」
不破の理想と同じ。
ということは、人類の存続を願うものというわけだ。
「俺もそこに入れてくれはしないのか」
「そんな簡単に就職できるもんでもねえよ。つかこっち側へはこない方がいい・・・・・・際限ない地獄ばっかりだ」
困ったもんだとばかりに手のひらをくるくるしてやれやれポーズをするマンドリカルド。
二人の間でなにかしらの会話ができているらしいが、俺にはわからん領域だ。
「それにしても・・・・・・テメェが呼ばれたってことは、そういうことなんだろうな?」
「ああ。わたしが召喚されるようになった原因は・・・・・・今もまだこの世界に存在している。それが何なのかは把握できてないがな」
俺にもわかるように説明してほしいのだが、こんなところで口を挟もうにも挟めないのが俺の性。
二人の会話からいろいろ意味をとっていってるが理解は進まん。
「んでその原因ってのはこいつに関係してるのか?テメェが殺さずに守るってことは・・・・・・こいつが死ぬことによって何かがある?」
「そういうことだろうな。一番のイレギュラーになりうる存在だ。上から、今回は克親をなるたけ守るようにと言われているあたり・・・・・・克親の死がもしかしたら破滅の引き金になっているかもしれない」
・・・・・・確かに、俺の中には聖剣デュランダルが眠っている。
八月朔日の計画通りにことが進んでいれば、いずれ俺は無心で人を殺すような存在になっていたはずだ。
そしてそれは今も変わらない。マンドリカルドの深層意識に触れたせいかどうかはわからないが、デュランダルの力は今封印されているらしい・・・・・・が、それさえ解けばいつでも兵器として使えるようになってしまっている。
芯を得ずふわふわとしていたイメージが固定化され、独立した概念としてもうここにあるのだから。
でも俺が死んだら万事解決ってわけじゃない事については疑問だ。殺戮兵器がいなくなってしまえば終わりだと思うのに・・・・・・
「”今回は”?」
「場合によっては・・・・・・克親を殺す必要があるかもしれないということだ」
俺が人類の敵側に回ったら、人を守るという立場上マンドリカルドは対立せざるを得ないらしい。
道理はわかるがかなり不条理を感じてしまう。愛した人の別人格に殺されるというのはとても歯がゆい。どうせなら・・・・・・俺の友であるマンドリカルドに殺されたい。勝手過ぎる願いに俺は内心で自分を嘲笑う。
「・・・・・・俺の力を扱いあぐねたら、そりゃとんでもないことになるだろうな。壊れることがないとか言われた聖剣なんて対処のしようが無いだろ」
「そういうことだ。わたしはお前を殺してもいいが、表のわたしがそれを許さんだろう。てなわけで一応案は練ってあるが・・・・・・成功できるかは表のわたしにかかっている」
右手をわきわきさせて、軽やかに笑うもう一人の彼。
純粋という風にも見えるのだが、やはり俺にとっては虚無を感じてしまう。
「セラヴィが?」
「ああ。お前もわかっているだろう・・・・・・わたしという英霊は決定的な部分が闕如している」
ああ、わかっている。
マンドリカルドに足りないもの。彼の不完全性でもあり、また美しいとも思えてしまう点。
”真剣を持てない”という呪いのような誓いに蝕まれ、それに触れれば体が麻痺をしてしまうという・・・・・・妖精の王との誓約。
「おっと、これ以上は俺のいていい場所じゃないなぁ」
俺の欲しかった答えは得た、と不破が席を外した。
気を利かせてくれてありがたい。
「・・・・・・マンドリカルド」
「彼に救いを」
わかってるよ、と俺は自分の胸に手を当てる。
「・・・・・・サーヴァントって、未練がなくなったらもう召喚されないんだよな」
もしもマンドリカルドの願いが全て果たされたのなら、もう会えない。
人生で二度同じ英霊と出会うことなんて滅多なことじゃあないと思うが、そんなこと関係なしになんだか悲しい気分になる。
「残念なことにわたしたちはどれだけ満たされようと召喚されるさ。それはもう、四の五の言う暇もなく勝手に引きずられていくんだから、心配するな」
不敵な笑みを浮かべつつ、俺の頬をくすぐってくる。
「・・・・・・ブラック企業なのか?」
「まあそんなもんだ。年中24時間営業中、サビ残上等賃金0円のトンデモブラックだ」
あんなんと契約した俺が馬鹿だった。とアメリカンなやれやれポーズを披露して、マンドリカルドは手をベッドについた。
俺には英霊の世界にもそんな所があるんだなあという、小学生以下の感想しか出てこなかった。
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120話 九日目:最後の晩餐(になるかもしれない)
「八月朔日が言うに、俺の中のデュランダルにはロックがかかってるんだってな」
強固な鍵が設定され、俺を作ったといっても過言ではない八月朔日にすら解けない封印の黄金櫃となってしまっているらしい。
おそらく俺とマンドリカルドの行動により圧縮されたデータが解凍されるとは思うのだが、その方法は全くわからない。
例え八月朔日が生きていたとしてもそれを解明することはできないだろう。
「確かに、デュランダルの気配は前よりも薄くなっているな。存在自体は以前より強固で明確に感じ取れるのに」
試しに魔力を流して具現化を行おうとしたが、何も出てきてはくれない。
イメージは出来るのだが物体として表現できないことに少々の憤りを覚える・・・・・・これも起源の作用だろうか。
「・・・・・・これじゃあいざという時出せるかわかんねえな」
解放の手順があったとして、それを実行できないのであればどんな強大な力でも意味を成さない。
だからせめて、ギルガメッシュとやりあうまでには見つけたいのだ。
「それはもう一人のわたし次第だろうな。あいつが条件を満たさない限り、我が最大にして最高の宝具は解放できないだろう」
「・・・・・・それって」
故意に隠匿されていると俺が感じた、アレ・・・・・・
確かにそこへ何かが記されているはずなのに、なにも情報が掴めないままでいた、謎の空白。
おそらくなにかしらの宝具だとは思っていたが、ここにきてようやくということか。
「教えてくれ、その条件ってのを」
「わたしもそれは知らなんだ」
飄々と彼はそう言い放つ。俺は盛大な空振りということを知って、思わずずっこけそうになってしまった。
いかにも全貌を知っているという口振りだったのに、全く知らないとはどういうことだ。
ヒントなしの手探りを続けなければならないだなんて、一番必要になるであろうときに間に合う気がしない。
「まあいつも通りでいいだろう」
わかりやすく適当に言ったなこいつ。これでも人類の守護者だと言うのか。
まあ俺が下手に手出ししても駄目な気はするので、こいつの言うとおりに・・・・・・変わらない接し方でいたほうがいいのだろう。
「それにしても、彼がここまで幸福になったケースはそうそうないな」
ふふふ、と機嫌よく笑うマンドリカルド。
胸元にある緑の石・・・・・・俺のあげたペンダントのそれに触れ、感慨深そうに呟く。
「終わりなき地獄の中にも、救いはあるものだな」
「・・・・・・あの、さ・・・・・・あいつは、それ・・・・・・喜んでるのか?」
「喜んでるに決まってるだろう。死んでも手放さないと言ってたぞ」
ああ、それなら良かった。
俺が願いを込めた意味があったということだ。
「ありがとう。愛してくれて」
「・・・・・・友達なんだから、当たり前だろ」
なんか今更のことだと思うけど、少しだけ照れくさくなった。顔面が少しだけ熱くなってきたのが恥ずかしくて、手のひらでそこを隠す。
「ごはーん」
「・・・・・・あいよー」
ちょうどいい具合に水をさしてきた唐川に今だけは感謝しながら、俺はマンドリカルドと一緒に部屋を出る。
「・・・・・・な、なあ」
「なんすか克親」
いつの間にか元に戻ってしまったらしく、聞き慣れた口調で彼が返答してくる。
・・・・・・まあ、デルニとやらに聞くのはまた後にしておこう。
「みんないますよね」
「勝手に蒸発とかしねえだろ」
サーヴァントなら蒸発(したように見える行動)はできるだろうが、まあそんなことを指摘するのも無粋だろう。
俺はいつもの席に座って、他の奴らを待つ。
篠塚が全員分のご飯をよそい、手際よく食卓に並べていった。
無駄にだだっ広かったこの卓も綺麗に全席埋まり、なんとも賑やかな雰囲気だ。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
合図を出した俺以外の全員の声が綺麗に揃った。
一斉に箸の持ち上げられる音がしたあと、各々好きなおかずあるいはご飯を食らっていく。
日本人も、それ以外も、みんなが同じような食事をとるというのはなかなか見ることのない光景だ。
サーヴァントだからなのか、箸とかいう道具があったかもわからない時代の人間であるマンドリカルドと、おそらく相当古い年代の人間であろうセイバーも平然と箸を取り回している。もれなく基本的な作法まで身につけて。
「こんな飯時になんだが、例のアーチャーはどうするんだよ」
話そう話そうと思って完璧に失念していたことに不破が言及する。
平和であるべきな食事時に血なまぐさい話はアレかもしれないが、全員が一カ所に集中する場面なんてこのときくらいしかない・・・・・・これ以上先延ばしにしていたら何も有用な策を見いだせないまま戦いに突入する可能性を孕んでいる。
「俺らが画策していた当初の作戦通りに行けるっちゃ行けるけど、不破とこいつをどうするべきかだよな」
どこで戦闘するかにもよるが、出来ればひとりは周りの被害を抑え目撃者の記憶をどうにかして奪わなければならない。
ギルガメッシュ相手ともなると固有結界以上のレベルでないと抑えこむことは難しいだろう。
「ほいじゃ俺は周りがえらいことならんよう対策しといたるわ。どうせサーヴァント相手したってワイ・即・斬よ。不破ちゃんやったらちったあどうにかできるかも、やけどな」
「ギルガメッシュ相手とか俺にも無理に決まってるだろうが。できてマスターどものお守りぐらいが限界だ」
俺だって体は人間だからな、と卵焼きを二切れ一気に掴んで醤油をぶっかけ口にねじ込む不破。
流石に物を口に入れてしゃべくるのは憚られると考えたが、わざわざ箸を置いて唐川の方を指差し両手の人差し指でペケの形を作った。
「二人に任せられるってんならこっちも幾分か楽だな。俺も3人以上を守るのには不安があるし」
いくら防戦慣れしてるからって普通の戦争とこれは違うし。とセイバーが続ける。
「俺もマスターのことをお任せできるんならアサシンらしく動きやすいですね。無限に近い宝具を持つアーチャーともあれば見抜かれる可能性もありますが、隠密に集中できれば少しは時間を稼げるかと」
「死ぬ前提で話を進めるんじゃねえよ。お前は生き残ってこいつらの泥沼に首突っ込むんだよ」
「武士道に反します・・・・・・まあマスターのご命令なら、いくらでも御意と答えるほかないんですけど」
「え~アサシンくんも来るの~オジサン流石にそれはきちぃよ」
「俺もに決まってるじゃないっすか、三つ巴の乱闘とか・・・・・・経験無くはないっすけどあんまいい思い出ないんで」
結果的に自分の死因となった戦いを思い出して勝手に青ざめているマンドリカルド。
普通聖杯戦争ってのはそういうバトルロワイヤルだろ。とか言いたかったが、俺は参加が今回で初めてなので言えたことではないと思い自重した。
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121話 九日目:思い出
「じゃあまず遊撃のライダーが適度にあいつをおちょくって平地に誘い出す。そっからセイバー加入、ある程度やりあった所で隙を突いてアサシンが霊核を狙っての一撃・・・・・・これが成功しなかったとしたらもう延々白兵戦だろう。向こうが本気の宝具をぶっ放す前に何としても決着をつけるべきだ」
ギルガメッシュが本気を出せば日本が消し飛びそうなので、早期の決着は確かに望ましい。
「それにしてもいつ戦いに出る?向こうからの示し合わせもないし、普段どこにいるかもわからない・・・・・・コンディションが整ったまま突入できれば一番なんだが」
「あいつの居場所自体はわかってる。ランサーのマスターだった奴の家になぜか居候して、再契約もせずにやつをいじくり回しているらしい」
アーチャークラス故にマスターはしばらく必要とせずとも生きていられるらしいが、再契約をしない理由がわからない。
ランサーのマスターであった男は魔術師の歴史も浅くそこまでの技術も持ち合わせていないらしいが、そんなんでもしないよりかましだと思う・・・・・・
「じゃあそこに喧嘩売りに行けばいいってことだな」
「いや待てよ海、確かランサーのマスターって刃学院とか言ってたろ」
学区を考えるにあそこは特待生以外は明海の人間限定だったはずだ。それだけの制限をつけていても舞綱マンモス校の一角として数えられる位なのだから学生数はお察しである。
「ああそうだな。普通学生だからまあ明海の奴だ」
明海地区でも田舎寄り区域と都会区域があるので一概には言えないが、基本的にあっち側は住宅密集地やビル群だらけだ。
広場という広場と言えば北にある神足公園と海岸沿い辺りくらいしかない。一応市庁舎とがある中心部にも公園があるにはあるが、大概立地が致命的。少しでも宝具が敷地の外に飛び出れば、大企業のビルやら何やらが粉微塵になること間違いなしだ。
「そいつの住所わかるか?」
「わかる。ちょっと待てよ」
食事中にタブレットをいじくり回すのはいかがなものかと思うがこの際言ってられない。
悠長にやっていいほどの暇なんてないのだから。
「えー明海の・・・・・・堂上区亀田通り7丁目5-3」
「まあまあいいところじゃねえか」
準一級邸宅地呼ばわりされることがしばしばな区域にやつは家を持っているらしい。
そんなところで殺し合いなんて始めたらちょっとセレブなお母様がたに目を付けられるどころじゃ済まないような大惨事になること請け合い。
流石に海が土下座して宝石を送りつけようとも許される感じにはならんだろう。
「うまい具合にギルガメッシュだけ神足公園とかへ呼び出せねえか・・・・・・そういうのできるかライダー」
「その場で殺されない程度に煽るのってどうすりゃいいんすか、陰キャに何を期待してるんすか」
マンドリカルドが手に持っているお茶入りのコップがかたかた震えている。
零れるんじゃないかと心配したが、緊張で喉を乾かした彼が一気に中身を飲み干したので杞憂に終わった。
「・・・・・・一応、スキルを使えば狙われる確率は上げられるっすけど・・・・・・あいつに効くかはわかんぬぇーっすよ」
ブリリアドーロの力も借りて敵の注目をかっさらうというスキル・・・・・・確かにそれと、防御力を上昇させる力を持ったもう一つのスキル、九偉人の鎧を使用すれば立ち回りとしてはかなりやりやすくなるだろう。
スキルランクもかなり高かったはずだし、ギルガメッシュにもちゃんと効果を発揮するとは思うのだが、マンドリカルドの自己評価はなぜか低い。
「裏山で立ち回りの流れの確認もしたいけど夜だからな・・・・・・灯りもないし危ないだろ」
基本的に平尾邸の裏山は水道くらいの設備しか存在しない。
昔から夜になってあそこに行くと帰ってこられなくなるなんて話が子供の躾話として加わっていたこともあってか、今に至るまでまともな利用方法なんてものはないのだ。
一応アカマツやらが生えているので探し回れば松茸とかも取れると思うのだが、そんなことをするほどの余裕は俺にはない。
時折勝手に入ってきて松茸をパチっていく不届き者がいるにはいるのだが、特に気にすることでもないなと放置していたところだ。
まあ魔術に関する物を見つけられたらその瞬間に粛清コースなので、彼らが綱渡りしつつ犯罪していることに変わりはないのだが。
「まあなるようになるやろ」
人差し指を鼻の穴に突っ込んで呑気にほじくる唐川。
きたねえなと不破が美しいどつき回しを見せたところで俺はつい噴き出してしまった。
「笑うなや~わいちゃんの不運ってやつを~」
「俺がやっかいごとに巻き込まれたら、だいたい笑顔のまんまギリギリまで傍観してたお前が言えたたちかよ」
みんなが飯を食い終わって、ゆっくりといろんな場所に散らばっていく。
まあ俺ら以外は基本リビングに詰め込まれる形なので、部屋移動はそうそうないのだけど。
「明日か」
廊下で静かに佇んでいた海がワイングラスごしに外を見る。何でもない月が、ただそこには浮かんでいるだけだ。
「なんだよんな顔しやがって、死兆星でも見えたか?」
現在この角度から北斗七星は見えないはずだが、まあ俺は冗談めかしてそう言った。
「・・・・・・見えちまったかもなあ」
きゅぽ、と何かの栓が開く。
なんだろうと思って海の手元を見たらそこにあったのは一本のワインであった。
「あっお前1995年のシャトー・マルゴー勝手に開けやがって・・・・・・」
「いいだろどうせ、明日死ぬかもしれねえんだから・・・・・・今飲もうぜ」
一つっきりのワイングラスにそいつをなみなみと注いで、俺に渡してくる海。
流石にこの量を一気に飲むと具合が悪くなりそうなので半分だけ残そう、こういうのはじんわりと楽しむもんだ。
「味はいかほどで?」
「旨いに決まってんだろ」
いい具合に果実の芳醇な薫りが舌を転げ回るように広がり、特有の渋みもあまり感じられない。
当たり年と呼ばれるだけあってかなり出来のいい味わいだった・・・・・・できればもうちょっとゆっくり楽しみたかったのが本音だ。
「・・・・・・そうか」
俺の手からグラスを奪い取って、一気に残りを飲み干した海。
間接キスの概念を知らんのかってレベルに雑な挙動に溜め息も許されそうなところだが、もう海の自由さなんてのは慣れっこだ。
「満足したか?」
「した・・・・・・もうこれでいつでも死ねる」
「自分で縁起でも無いこと言うんじゃねえよ」
背中をどついて、俺は寝室へと戻る。
言いたいことがあったのに、言えずじまいで。
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122話 九日目:忘れたいこともある
いつの間にか夜も更け、皆が寝静まるような時間帯になってきた。
流石に6人を寿司詰めにするわけもいかんだろうと思ったが、そんな瞬時に混沌で満ちた部屋が片付けられる訳もない。
セイバーと不破はいつ襲撃があっても対応できるように、と交互に代わる代わる番をするそうなので用意しなくてもかまわんらしいが・・・・・・それを考慮しても4人か。布団はあるがリビングで寝るにはちとめんどくさそう。
「せっかくお前の部屋のベッド広いんだから来栖さんと添い寝すりゃいいだろ」
露骨なフラグ操作をしようとするな、そして灰皿も持たず煙草を吸うな海。
いきなりそこまで近づいてしまったらそれこそ死亡フラグじゃあないか。
「それくらいだったらセラヴィを俺の部屋に呼んだ上で来栖さんには書斎のベッドを使ってもらう。俺がいつ間違いを犯すかわからんからな」
俺と海でボトル一本空けたし、普段よりかは判断力が鈍っている。
ちょっと香りにつられて欲情しないとも限らないのだ。俺だって精神は普通の20代男子・・・・・・のはずだから。
「は~つまんねえなあ。お前らがサカってる音聞いてみたかったのに」
「どういう性癖だよそれ!!別に漫画の世界とかだったらいいけど現実でそれってちょっとねえんじゃねえか」
少なくとも俺は、そういう音を聞かれて気持ちいいような人間じゃない。
やるとしたらお前ら追い出すぞ、と言ったら「じゃあ外出てるからやれよ」と言われたので渋々言葉を取り消した。
「あーもうお前ほんとかわいくねえ、顔面と家柄とおっぱいだけしか取り柄ねえな!」
酒のせいで本音的な何かが垂れ流しになってしまう。おいおい俺、ノブレス・オブリージュの精神はどうした・・・・・・と自らに問ったが、最初からそんなものはなくあるのは驕り高ぶりだけだったことに気づく。
「ほぉ~・・・・・・?おんどれぇ、どつき回すぞゴルァ」
「あっぢ!?」
俺の額からじゅうとタンパク質の焼ける音。
このタイミングでそんなところに根性焼きを食らわすとはなんたる横暴。
俺がなんとかその場で治癒の術をかけたから大丈夫だろうが、ほっとくと一生大仏様の白毫みたいなやつがついたまんまになるところだった。やっぱヤンキーだわこいつ。
「やめろよお前俺に思い出の根性焼きとかさ、せめてなんか痛くない奴というか痕の残りそうにないもん選べよ!」
「痕残したいからやってんのにそれはねえよ」
じゅう、と今度はわざわざ俺の左耳たぶを掴んでまで火を押しつけてくる海。こいつは懲りない、永遠に懲りない。
「あっづい言うてるでしょうが!!」
「右耳がよかったか?」
「通ってる神経は同じなんだよなあ!!」
穴が空いてないか指で触ったところ、どうやら無事ではあるようだ。
また修復をかけて元に戻してやったが、堂々巡りになりかねん。さっさと逃げ出したい。
「まあ来栖さんにはそう言っとくから、セラヴィのほうに伝えとけよ。今日は俺と寝る日だ・・・・・・ってな」
「寝るにいらん意味を含ませるんじゃねえよ」
ほとほと呆れ果て疲れてしまったが、思ったよりも精神へのダメージは少ない。
いつものような馬鹿の言い合いが無意識のうちで癒しにでもなっていたのだろうか・・・・・・そうだとすれば、なんだか悔しい。
海のことなんてどうでもいいとか言っておきながら、心の内じゃあそんなことを考えているなんて。
負けた気がする。どうでもいい意地の張り合いに。
「なあ・・・・・・いいのか」
「なにがだよ」
「俺に、なんも言わなくて」
ずるいことをした。
本当は俺から言い出さなければいけないのに、海の方から言って貰おうと浅ましい言葉を吐いた。
「・・・・・・いいんだな、それで」
「・・・・・・やめろ」
「言うなら今のうちだぞ」
「やめろって言ってるだろ!!」
かなりきつく右足の太ももに蹴りを入れられた。じんじん痛みが走るけども、弱音なんて吐ける雰囲気じゃない。
「忘れさせてくれ、もう辛い思いなんてしたくねえんだ・・・・・・女々しく俺が泣いてるとこでも見たいってのか」
「そうじゃない、そうじゃない・・・・・・けど」
「じゃあなんなんだよ、もうほっといてくれ」
風呂場のある方へ行ってしまった海。
ここで逃がしてしまえば、あいつは絶対後悔するだろう・・・・・・そんな妙な偏見を理由に、俺は駆け出した。
「海!!」
ばん、とドアを開ける。
まあ当たり前っちゃ当たり前なのだが、海は・・・・・・その、風呂に入る準備をしていたおかげで・・・・・・
「・・・・・・今日は人肉ステーキの気分だなあ」
「暴力反対!カニバリズム反対!!」
ごきごきと指の節を鳴らして俺をたこ殴りにする気満々の海。
そんな挙動をしたら胸に巻いてるさらしが落ちるぞ・・・・・・なんて指摘をする前に、フラグは回収された。
ぱら、と脱衣所の床に落ちていく白い布。高給取りらしく、見るからに肌触りと通気性のよさそうな布だ。
そしてそれに隠されていた海の・・・・・・
「・・・・・・見るんじゃねえよ」
「・・・・・・すまん」
目をそらしたが、網膜に直前の光景が焼き付いて離れない。
あんなもん実際に見たのは初めてだったはずだ、俺だって男の子なので出るとこが出てしまいそうになる。
「出てってくれ、伴侶でもねえ男と風呂入るような趣味はねえ」
「そっか、そりゃ残念だ」
もうこんな状況でさっきの続きなんてやれるわけがない。ほんとに俺が挽き肉にされる。
不本意ながらも俺は書斎に足を運び、セラヴィへ寝る場所の変更を伝えようとした。
「セラヴィ、いるか?」
「なんすか、なんかあったっすか??」
がったがったと部屋の中でいろいろやっているみたいで、彼はどこかしら焦っているみたいだ。
「あのさ、今日来栖さん書斎で寝てもらいたくってセラヴィ動けるか?俺の寝室で一緒ってことになるけど」
「あー・・・・・・申し訳ぬぇーっす、今ちょっと木くずがやばくって。剣作ってる途中なんすけど」
さっきからちょくちょく聞こえてきた何かの削れる音ってのはそれが原因だったのか、と合点した。
「そうか・・・・・・掃除間に合いそうにない?」
「頑張りゃなんとかできると思うっすけど。ちょっと待っといてくれっす・・・・・・終わったら部屋行くんで待っててくれればそれでいっすよ」
大急ぎで箒を振り回す音が聞こえてきた。
マンドリカルドのことだから部屋の中大惨事という沙汰はないだろうと信じて、俺は一度寝室に戻った。
さっきの海とのやりとりを思い出して後悔を重ねながら、天井に描かれた模様を天に掲げた指で辿っていく。
なんだか虚ろな感じがしてきたのは気のせいだと信じたい。
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123話 九日目:自責
長すぎる
あ、やっとマイフレンドの宝具マックスになって絆11になりました
マイフレンド恒常の癖になんであんな沼らせて来たんじゃ・・・・・・
「なんとか片付いたっす」
結構疲れたのだろう、こめかみあたりに透明な粒が伝っている。服の至る所に様々な大きさの木くずがひっついてるあたり急いでいたであろうことがわかった。
流石にこのまま寝られたら俺の顔面に尖った木くずが刺さりまくりかねないので丁寧に指、小さいものだとピンセットを用いて取り除いていく。
なお、途中でまどろっこしくなったので衣服用コロコロで全部粉も含めてくっつけてやった。やはり文明の利器はすばらしい、なぜこんなものを魔術師は毛嫌いするんだか。
「ん?なんか怪我でもしてたのか?」
ふと彼の指先を見ると、少しだけ血らしきものが付着していた。もうこのくらいの血ならまだ耐えられるくらいになってしまったらしく、淡々と問いを投げかけた。
サーヴァント故にすぐ傷は塞がって何もなかったように戻るのだが、気になるものは気になる。
「あぁ・・・・・・ちょっとミスっちまったんすよ、時々木って硬いところあるじゃないっすか、そこをなんとか削ろうと無理やり力込めたら勢いよくいっちゃって指をずばっと」
想像しただけでも痛い。
確かに俺も美術の授業かなんかで木造の像を作ったことがあったが、そん時にクラスメイトが数人やらかしていたことを思い出す。
美術室の床にできた血だまりを思い出して・・・・・・これ以上はやめておこう。
「霊体だからすぐ治ると言っても気をつけろよ~なんかの拍子に致命的なやつ食らわれても困るからな」
「別に旋盤とかやるわけじゃないっすから大丈夫っすよ」
そりゃ魔術師の家にそんなもん置いてるわけない。まあ時折科学技術の結晶を利用する人間はいるけれど、かなり少ない。
科学嫌いをこじらせた挙げ句パソコンもまともに触れないようなゆとりが量産されている現状、そんなことをしているのは俺のような『人道に反さないのなら、使えりゃなんだっていい』みたいなスタンスの(異端認定されかねない)奴らだけだ。
「裏山の木って整備してねえから曲者揃いだっただろ・・・・・・幹こそ真っ直ぐに見えるけど家から流れ出したなんかの溶液と作用してることもあったし」
「あぁ、それでやけにこいつから魔力を感じたんすね・・・・・・この木そのものがエネルギーをため込めるように変化してて、これならいざという時なんかに使えそう」
俺の知らないところでそんな状態になっていたとは驚きだ。
確かに高濃度の魔力を含む、もしくは発生させる液(自然産出宝石の融解したものなど・・・・・・水銀もそれにあたるが流した瞬間豚箱送り)を吸収して擬似的な宝石と化すのかもしれない。かなり適当な推論だが概ねそんな話で合っていると思う。
宝石魔術に関しては詳しい知り合いが海くらいしかいないので完全に信頼できるエビデンスを得ることは難しいが、また今度聞くだけ聞いてみようか。
「出来、見せられるか?」
「・・・・・・あー・・・・・・まだっす。まだ概形終わったところで・・・・・・明日また完成させるつもりっすよ」
「そうか、楽しみにしてる」
謎にもじもじして何かを隠しているように見えたが、まあ大したことでもなかろう。本気で隠し事をしていたらもっと険しい顔になっているであろうことを俺は知っているし、少し恥ずかしそうにしているだけだ、大方俺にサプライズでも仕組んでいるレベルだと想定できる。
もし本当にそうだとしたら、そいつを渡されたりした瞬間全力で驚いてやろう。そして全力で感謝してやろう。
それが、察してしまった者としての礼儀というものだ・・・・・・って何を言ってんだろうな俺は。
「さ、あの金ピカと戦うのは明日になるかもしれねえからさっさと寝るぞ」
「うぃーっす」
もはや就寝時霊体化するという選択肢はない。
二人してでかいベッドに寝転がり、毛布の中へうまい具合に潜り込む。
希う。
明日も、ちゃんと目が覚めますように。
「・・・・・・ここ、は」
一振りの剣が、何もない場所に突き刺さっている。無論それは、俺の中に存在するデュランダル。
無意識のうちに、足が動く。
抜けるだろうか、抜けたとしたら・・・・・・
その柄に手をかけ、力を込める。
「ふんっぬぅ・・・・・・う、く・・・・・・うぅ!!」
1Åすらも動かない。
やはり、彼が言っていたように・・・・・・俺一人で解放することは不可能なのだろう。目の前にそれがあるのに、手に入れられないもどかしさたるや・・・・・・
「・・・・・・あれは」
はるか彼方、ギリギリ俺の視力で顔を判別できるくらいの場所に、誰かがいた。じっと俺を睨むように見つめつつ、その場に立っている。
それは中学生くらいの男の子で、俺にとてもよく似ていた。
もうだいたい察しが付いてしまったが、ここで逃げるわけにもいかない。もしかしたら重要な何かを持っているかもしれないのだから。
「なあ」
俺は歩み寄り、彼へと声をかける。
「────」
ふっ、と・・・・・・蜃気楼のように消えた。
しばらく俺は呆然として地面を見つめていたが、また視線を感じたので顔を上げる。
「・・・・・・そういうやつか」
そこには彼がいて、また俺を睨んでいる。
追いかけても、追いかけても・・・・・・もうすぐ触れられるというところで消えてしまう。
パラドックスとして有名なアキレウスと亀じゃあないけど、永遠に追い越すどころか追いつけないみたいな・・・・・・
「待て!!」
「────」
逃げる、逃げる。追いかける、追いかける。
千日手じみたこいつに嫌気が差し、俺はその場に座り込んだ。夢の中なのに疲れるとか最悪すぎる。
「・・・・・・なんなんだよお前」
「────」
何かを言っているのはわかるが、肝心の内容が聞こえない。もしくは聞こえてもその意味を理解できない。
知ってしまった瞬間俺がどうにかなるのでは、という恐怖もあるが、このまま放っておいてもわだかまりにしかならないのだ。
何としてでも聞き出したい、というのが俺の考えなのだが・・・・・・
「わかるように言ってくれ、頼むから」
「──して」
「・・・・・・え?」
「返してよ」
ぐっと歯を食いしばって、その少年は喉から声を絞り出した。
俺だって、望んで奪った訳じゃない。奪いたくて奪った訳じゃない。
「んなこと言ったって・・・・・・俺は」
「俺の経験するはずだった10年を返してくれよ、俺を殺した医者の息子が成り代わるなんて、そんなことあるのかよ」
人生で一番楽しいであろう10年を失った、彼の悲しみは十二分に理解できる。
これは俺の自責の念の現れなのかもしれない。そうだとすれば、自分なんかが人の居場所を奪ったことへの罪悪感が、心の中でくすぶっていて・・・・・・今形になったのだろう。
「返したいけど、返せない。俺は時間を遡れるような魔術師じゃない」
「・・・・・・わかってる、俺の家は強化の術に命賭けてきたようなところだ・・・・・・そんなんはわかってんだ!」
理屈は理解できても、納得はしてくれない。
当たり前なのかもしれない。俺だって・・・・・・同じ立場だったら自分を襲った理不尽に怒るだろう。
「俺にはもう、お前の分まで頑張って生きるしかねえんだよ。それ以外、何もできねえんだ」
聖杯に願っても、彼のような既に死んでしまった人間の蘇生は無理だろう。遺体はもう残っていない(焼かれた)だろうし・・・・・・
時間旅行、平行世界への干渉及び運営、無の否定・・・・・・この3つのうちどれかあるいは複数の魔法が絡むのだ。
無の否定をする方法探求が俺に課された命題でもあるが、答えなんてのは未だに見つかるわけもない。
俺がそう言い訳のように答えたあと、彼が口を開くことはなかった。
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十日目
124話 十日目:ものづくりはたのしい
途中登場人物設定とまあまあの齟齬が生まれてしまったけど許してください何でもはしませんけどそれなりのことであればウアアアアアアア
気づけばもう朝だった。昨日の疲れを鑑みると当然というくらいの眠りこけぶりではあるが、少し寝坊してしまっただろうかと思い俺は部屋の時計を見る。
時刻は概ね許容範囲内。アラーム設定を完璧に忘れていたわりには上出来だと思いたい。
「・・・・・・あれ」
ふと隣を見ると、マンドリカルドがいない。
昨日言ってたとおり、剣を作るのに没頭しているのだろう。
俺は大きく伸びをして、なんとか体を叩き起こす。耳をすますと隣の部屋から木を削る音が聞こえてくる・・・・・・来栖さんはもうリビングに行ったのだろうか。
「いっでっ!?」
時折そんな叫び声が聞こえてくる。
昨日同様に勢い余って指先でも切ったのだろう、ぶきっちょなやつめ。
「・・・・・・あー・・・・・・俺もやらなきゃいけねえことが多いなあ」
もはや意味をなさなくなったごまかし用のライダーセットも、勿体ないからなんかに改造してやりたい。
あと、もうすぐ誕生日である海に一応プレゼントを押しつけておきたい。実際は15日なのであと3日はあるのだが、早いうちに渡しておかないと後悔しそうな気がするのだ。
「・・・・・・つってもなあ」
今から買いにいくとなると絶対みんなついてきそうだから怖い。
できれば家から出ずにどうにか出来ないものか・・・・・・
宝石屋なんだからそういった装飾品というのはあまりよろしくなさそうだし、どっかで勝手に魔術へ転用されかねないし。
・・・・・・アクセサリー関連でプレゼントするのならまあ時計とか、そういう・・・・・・
「・・・・・・あ」
一つ思い出した。
海のつけているモノクルは最近劣化が激しくなっていて、今にも魔眼殺しの効力を失いそうになっている。
さすがに常時認識を改変しかねない状態というのは危険なので、新しい眼鏡をあげた方が良さそうだ。
「そうと決まれば・・・・・・だな」
幸い我が家の魔術は物作りにも適している。強化を自分以外にかけそれを自然解除しないように保護することさえできれば、の話ではあるが。
俺はもうそういった魔術品の作成は慣れているので、焦らず行程を進めれば何ら問題はないだろう。
研究室へ向かうため、二階へと続く階段を上る。
今日は雨が降っている。ギルガメッシュもわざわざこんな日に来ないだろうという希望的観測をしつつ、俺は椅子に座り込んだ。
体全体を優しく包み込んでくれるこの力・・・・・・最高だ。
「さーてとっ」
モノクルなので基本的に眼鏡と素材は同じ。
海の視力は両方とも本人曰くAAだそうなので、別に度は必要ないだろう。
レンズ径は45mm、つるの長さも平均くらい。
「・・・・・・ねじあるかこれ」
眼鏡用の小さいねじを引き出しの中から探し出す。
かなり古い菓子の入れ物(中にフィギュアの入ってるチョコ菓子)に大きさで分類しまとめた部品は入れているが、何しろどれにどれが入っているか皆目見当もつかんのが困りどころだ。
いつかクリアケースに入れようと思っているけれど毎度毎度めんどくせえなと思ってしまい今の今までやらずじまい。俺の悪い癖だ。
「これでいけるか」
かなり小さいねじを発見した。サイズ的に眼鏡用と見て間違いない。確か母さんが眼鏡っ子だったこともありそこら辺は結構揃っている・・・・・・って、これ俺の記憶にあったか?
「・・・・・・元の俺か?」
昨晩見た夢の中出会った本当の平尾克親。
あのときは、俺の後悔や自責の念が生んだ幻想だと思っていたが、もしかしたら本物の可能性もある。
そうだとすれば、少しありがたい。いつか彼を蘇生させるため、人格は残っていた方がいい。
「さて、材料が揃いはしたが・・・・・・」
レンズ、フレーム、つる、チェーン、鼻当てなどの基本部品はなんとか引き出しから探し当てたり、元となる金属を簡単に整形してコンプリート。飾りの部分はあとから考えるとして、まずはレンズの加工からだろう。
「excitation」
空想のボタンを押し込んで、正式に魔術回路を起動させる。いつも通りの頭痛も、今となっては懐かしい気分だ(最近ちゃんとした起動してなかったし)。
レンズに指紋が付かないよう専用の台に移し、両手に魔力を充填する。
簡略化が大好きな平尾家なので、呪文はどれもこれも短いものばかり。暴発を防ぐためにイメージ力はかなり必要で、きっちり出力するためにはそれなりの時間をかけなくてはならない。面倒ではあるが長ったらしい呪文を言わされるよりかはマシだ。
「l'écriture」
宝石より書き込みやすさが低い硝子素材なので、最初にコマンドプロンプトの状態にさせておく。
向こうが命令を受け付けるようになったところで、本題のプログラムを構築する。
「Contrôlez l'œil magique éblouissant.」
まずメインの効果として、魔眼の制御。
口には出さないがかなりややこしい術式を組み上げ一瞬でぶち込んでいる。
「Et parfois l'aider.」
そして副次効果として、魔眼起動時に魔力の拡散防止措置や標的追跡機能をくっつける。
前に『一回目標的から目を離すと効果が半減する』と言っていたため、視線固定を強制しない方式でターゲティングをサポートするのだ。
そしてもれなく俺の強化を隠しコマンドのようにねじ込んでやった。使用者が強く願うことによりコマンドが起動、魔眼の効力を強める作用がある。
これこそ基本を極めようとする家の技術力。ちょっと屁理屈を言うだけでたいていのことはできてしまうのだ。
「Je n'ai qu'un seul souhait ... Béni par mon mauvais ami.」
最後に祈りの言葉。マンドリカルドにあげたペンダントとは少し違う思いだが、本質は似たようなものだろう。
魔術品としての加工を終えたレンズをある程度研磨し細かい傷を落とす。言ってもそこまで細かい目のものを使っていないので普通のものと比べたら微妙かもしれないがまあそこはご愛嬌。
薄くコーティングをして、一度埃がつかぬよう保管しておく。
「さて、物持ちの悪いあいつに耐えられるようなフレームかあ」
隙あらば手に持った新聞でしばくし、ペンも気分で折る。宝石も適当に投げることだってあるし、服はちょくちょく破ける。
絶望的なまでに荒々しい生き方をしているあいつなので、その乱暴に屈しないものを作る必要があった。
硬く、熱にも強く、人体に悪影響を及ぼさない・・・・・・となると、チタンが一番適している。
金属加工はあまり得意ではないほうなのだが、一応可能っちゃあ可能だ。
あいつのことだから少しでも不備があると文句垂れそうだし、全力で挑むほかあるまい。
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125話 十日目:プレゼントと秘密
「あーきっつぅ・・・・・・」
ひいひい言いながらチタンを加工し、レンズと合体させる。ねじの稼動も問題なくスムーズに折りたためるので概ね問題はなし。
鼻当ての部分を汚くならないように液体プラスチックで接着し、同じ要領でチェーンもつけた。
これでもう完成っちゃあ完成なのだが、それだとさすがに味気ないので一つだけチェーンの付け根に飾りを接着する。
何の花だったかは忘れたが、それはそれは綺麗な形をしていた。
「よし、以外ときれいにできたんじゃねえか?」
傷の有無を確認し、一度小さな箱に入れる。
メッセージカードなんてものは恥ずかしいので入れない。
「突き返されたら終わりだよなこれ」
海以外の誰が使うんだってわけだ。俺の知り合いに魔眼持ちは他にいないのだから。
努力を無駄にさせないでくれよと祈りつつ、俺は階段を下りる。時刻は既に朝ご飯の時間帯、篠塚が何かを作っている音と共に香ばしい香りが鼻をつく。
「雨はめんどくせえな」
この頃ずっと晴ればっかりだったような気がする。気圧の関係か、地味に調子は悪い。
リビングで少しくつろごうと思って扉を開けたが、そこのソファは海が堂々と占領していた。
寝っ転がるばかりか足までのばしよって。来栖さんが正座でテレビ見てるじゃないか。
「おはよーございまーす」
「おせーよ」
中指だけ立てて海が時計を指差す。時刻はもう10時だ。
朝ご飯どころか昼ご飯の時間帯に近づいている・・・・・・魔眼殺しを作るのにそこまで没頭していたか。
呼んでも来なかったんで朝ご飯は置いといたんですよ、と篠塚がサンドイッチを差し出した。随分と中身の層が分厚く、食べ応えがありそうな逸品・・・・・・このままほっといても腐るだけなので俺はありがたくそれをいただく。
「・・・・・・うーん安定の旨さ」
もぐもぐとそれをほおばって、海に持っていた箱を渡す。ちょっとマヨネーズが付いてるけど別にいいや、海だし。
「・・・・・・んだよこれ」
「もうすぐ誕生日だったろ、お前」
「・・・・・・明日は台風だな」
3月に台風とか数年に1回くらいの感じで出来るが、ここらへんまで来ることはそう簡単にはない。つまりそんだけ珍しいということだ、失礼な。
「いいから開けろ、できたてだぞ」
「・・・・・・こいつは、もしや」
取り出したそれを見つめ、珍しそうに俺の顔を見る海。
「お前のそれ、もうボロボロだろ?だから新しく魔眼殺し作ってやったんだよ、迷惑ならさっさと返せ」
「・・・・・・いや迷惑なんかじゃねえよ・・・・・・」
目にかけていたものを取り外し、俺の作った方を装着する。
装飾とかのランクはかなり落ちたなあと我ながら技術力の低さに泣きたくなった。美的センスをもっと磨いてりゃよかった。
「やっぱ返してくれ、俺のセンスがクソすぎて恥ずかしくなってきた」
「・・・・・・嫌だね」
「なんで」
「何でもいいじゃねえか」
これ以上聞くなめんどくせえとため息をついて、海は再び寝転がってしまった。
「付け心地わっる」
「だったら返せっての」
「やーだ」
小学生か、小学生なのかお前。文句言いつつも返さないとか気に入ってんのかお前。
それならもういいやと俺はリビングを出て研究室に戻る・・・・・・そういや、マンドリカルドはまだ剣を作っているのだろうか。
「セラヴィ?」
書斎とつながるドアの前に立ち、その名を呼んだ。
だが返答はない。こんな時間に寝ているのだろうか?
「・・・・・・入るぞー?」
そう問いかけても返答はないので、静かに俺はドアを開けた。
床には大量の木くずが散らばっており、机の上には謎の大きな木箱(メロンとかが入りそうなサイズ)と小刀らしいものが置いてあった。
剣を作っていたというのは嘘だったらしい・・・・・・大方予想通りではある。
さすがに中身を勝手に見るわけにも行かないので、俺は箱に触れることなく部屋の掃除を始めた。
読みかけのイリアスを顔面に置いて眠っているマンドリカルドを起こさぬよう、静かに箒とちりとりで木くずを取っていく。
「・・・・・・多い」
どれだけゴミ箱に入れても終わらん。
そりゃあの木箱、板を張り合わせたものかと思ったら彫りだしだったしこんな参事になって当然だ。
ひいひい言いながら出来るだけの量を詰めてゴミ袋に詰める。なんか袋からとげのように飛び出してこないか不安だ。
「・・・・・・克親?」
大あくびをかまして起きてきたマンドリカルド。俺の姿を見て少しだけ焦っている感じがする。
「あ、あの・・・・・・」
「箱の中身なら見てねえぞ」
「・・・・・・それはよかったっす」
安堵の息を漏らして、その木箱をベッドの下に隠すマンドリカルド。俺が存在を知っているから隠すだけ無駄なんだが、まあ突っ込みはよしておこう。
「剣じゃなくて何を作ってたんだよ」
「・・・・・・それは」
唇をゆるく噛んで、いかにも言いたく無さそうに振る舞うマンドリカルド。
かかとですすすと箱を奥に押し込んでいる。そんなに見せたくないのか。
「まあ秘密にしたいならどうぞってことにしとく。隠したまま消えるのだけは勘弁してくれよな」
「消えるつもりはぬぇーっすよ・・・・・・ちゃんと完成した奴、克親に渡すつもりっすから」
「お、プレゼントだったのか」
「あ」
言っちまった、とばかりに頬を紅く染める。
箒を本棚に立てかけて、マンドリカルドのほっぺたに両手で触れた。かなり熱い。
「・・・・・・今のは聞かなかったことにしといてくれっす」
「えー」
柔らかい頬を少しいじくり回すと、少しむすくれた顔になったマンドリカルドが俺の手を引き剥がしてきた。
「えーじゃないっすよ!今すぐ忘れてくれないすかねえ!?」
「王の勅命とあらばやりますけども?」
「あーもうそれでいい、それでいいから忘れてくれっす!!」
しょうがないなあと俺は自分に記憶処理を施す。といってもその記憶を鍵付きの引き出しにねじ込んで鍵をかけただけなので、結構簡単な衝撃(物理精神問わず)で思い出すのだが。
「えっと、んでなんの話してたんだっけか?」
「・・・・・・なんもないっすよ」
「・・・・・・そうだっけ?」
取りあえず部屋の木くずをかき集めていた筈だが、マンドリカルドと何を話していたのか・・・・・・
「おい家主ーちょっと来いよ」
外からそんな不破の声がしてきた。どうやら俺を呼びつけているようなので、少しもやもやが残るままだが箒とちりとりだけマンドリカルドに渡して部屋を出る。
玄関の方で少し髪を濡らしている不破が俺を待っている・・・・・・さっさと行かなきゃ叱責されそうだ。
「どうした?」
「来たんだよ、こいつが」
ドアを開けると、そこにはひとりの男子高校生が立っていた。刃学院の制服を着ているのを見るに、おそらく彼が貴志なのだろう。
傘もささないでこっちまできたのだろうか、全身ずぶ濡れ・・・・・・平日になんでだとかそんな話は置いといて、この状態じゃあ風邪を引いてしまうだろう。敵同士かもしれないが、今は取りあえずバスタオルを渡してあげた方がいい。
「敵意は」
「今のところなし。まあ巧妙に隠している可能性もあるから一応俺が対応策をとっている。敵対行動をした瞬間首が飛ぶさ」
物騒すぎるだろと突っ込んだが、不破曰わく戦争ってのはこんなもんらしい。
確かに一理どころか千理あるのだが、こんな高校生にやっていいものか・・・・・・いや、マスターとしての関係ならみんなほぼ対等なんだけども。
「取りあえずここに来た理由とかを教えてくれ、話はそれからだ」
「はい、お邪魔します・・・・・・」
礼儀正しく一度深いお辞儀をして、彼は家に上がる。
もしかしたら仲間になる可能性だってあるから、適当な扱いはできないだろう。
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126話 十日目:まああんなん一筋縄じゃいかんよな
「まず目的を教えてくれ」
篠塚が風邪を引かぬようにとドライヤーで髪を乾かしている。うちのやつは静音めなモデルだがそれでもごおごおうるさいのは仕方ない。少しだけ声を張って会話しよう。
「は、はい・・・・・・あの俺、気持ち悪い変な医者に追いかけられて・・・・・・」
「・・・・・・変な医者?」
ものすごく嫌な予感がする。聖杯戦争に関わっている医者といえば、八月朔日。でもマスターであったしのぶはあのギルガメッシュが殺したはずだ、不破が死体を燃えるゴミのように焼いているので死んだのは間違いない。
「それは、どんな奴だった?男か?」
「いや、髪の長さから見て女性だったと思います。身長はだいたい・・・・・・160前後くらいだったかと。白衣を着てたんですけど、胸に大きな穴が空いたような赤黒いシミが怖くて・・・・・・なんとか振り切ってここに匿ってもらおうと。山名で一番の魔術師って言われてる平尾さんの家だから、一応端くれとして知ってたんですよ」
「・・・・・・ほう」
嫌な予感、ほぼ的中と見て間違いないだろう。
どういうわけか知らないが、八月朔日は生き返っている。そしてマスターであった貴志を付け狙っている・・・・・・もうランサーは消滅したのでその権利を奪うことは不可能。確か八月朔日は令呪を全部使用していたはずなのでおそらく貴志の持つものを奪いに来たのか。
「その手のひらのやつか。それも2画・・・・・・」
菱形の模様が貴志の手にはきっちりと出ていた。
形状から見て、おそらく三層に別れ、内、中、外と段階を踏んで使用のたびに消えていくのだろう。
そして使われたらしい1画が外側、次に無くなるとしたら今一番外にある層が消えるはずだ。
「はぐれサーヴァントの出現により、聖杯から再分配されたんだろうな。元々マスターだった奴に優先して配布されるからそいつが戻ってきたっつうわけだ」
不破のいうはぐれサーヴァントとは無論ギルガメッシュのことだろう。単独での行動が可能とはいえマスターはきっちりと失っているのだから。
「あのクソアマ、どうやって復活したか知らんが体は恐らく別モンなんだろうな。だから魔術刻印もないだろうし、マスターとしての権利もない。たいがい、一回死んで復活した元マスターのわいには余ってたランサーのマスターの令呪が貰えるやろ~とかいうアホみてえな算段だったんだろ」
海の推論はかなり説得力がある。
八月朔日というずる賢さも含めた天才児(俺からしたら天災児だが)が、そんな希望的観測まみれの行動を起こすかと言われると微妙だが、令呪をもういくつか貰っておきたいという行動原理は間違ってないだろう。
「バーサーカーとアヴェンジャーのマスターが持ってた令呪はどうなんだ?」
「恐らくこいつの手に2画しか出てない時点で、全部消費された可能性が高いだろうよ。脳みそ花畑系魔術師だったらやべーやつに殺されそうになったらすぐビビって令呪をぶっ放しかねない。んで変態だったらいらんことに全部使ってサーヴァントにぶっ殺されるパターンが多いだろ?」
バーサーカーとナディアはおそらく純粋火力が低かったために緊急避難を続けまくったりしたのかもしれない。話によるとギルガメッシュにやられたそうなのでそのときに抵抗して後の2画を使ったのだろうか。
アヴェンジャーに関しては不明だ。来栖さんとセイバーが見たのは八月朔日の指揮下に移ったアヴェンジャーだけ。
もしも令呪が存在するのなら惜しみなく投入してくるだろうし、それがなかったということはもとより0。
アヴェンジャーの美麗な顔を見ると、悲惨な目(所謂性的なお話)に遭わされていても、そんでもってそいつをたたっ斬るという展開もまあ納得はできる。
「まあその消費理由は別に今どうでもいいだろ。てか、令呪ってマスターからマスターで受け渡しとかできたっけか?」
「いくらか方法はある。一つは特殊な術式を用いることで無理やりこう、回路からべりべりっといくやつ。こいつは相当な手練れじゃないと成功しない上に、激痛が伴うそうだから奪われる側も暴れまくってかなり難しい。二つはもう令呪の出てる部位をスパッと切ってさっきと同じようにはがして得る。こいつは元のマスターとの接続が途絶えている状態だから、まあまあ簡単に取れるっつう話だ。あとはどこぞの歴史長めな家の奴らが使うらしい偽臣の書ってやつ・・・・・・まあこいつは作るのに令呪1画使うらしいからクソレートだし微妙と」
手早く説明をしてくれた不破。このあたりのことは頭に入っているのか、詰まる様子もなくすらすらと呪文を唱えるように話す様は結構感心する。
「基本令呪の取引は教会を通してやるのが多いんやがね。基本サーヴァント失ったら教会来るんが定石なんやが、この子怖いもん知らずでさ、ランサーがいなくなってたのに平然と学校行ってたんだぜ?」
「それは強い」
「部活が忙しくって・・・・・・行かなきゃ先輩にどやされるし」
「元帰宅部にはわからん辛さだ」
帰宅部というのはどれだけ早く家に帰れるかという己との戦いを楽しむスポーツクラブである。え、友達と帰るとかいうのはないのかって??ぼっちの俺にはダブルスなんて存在しなかったのだ、悲しいことに。
「今日は部活休んだのか?」
「・・・・・・はい、なんとか認識を弄って俺がいない理由を信じ込ませたんですけど、効いてるかどうか・・・・・・俺まだ下手くそなんで」
髪の毛が十分乾いたのか、ドライヤーの音が止まった。
片付けて来ますねと篠塚がぱたぱた洗面所へ行くところをなんとなく見届けて、話を再開する。
「どんな内容でごまかした」
「あー・・・・・・ちょっと柄の悪い人に絡まれたって」
「あとがめんどくせえ奴だろそれ。ちょっと待ってろ」
海がモノクルを一度外す。鼻当ての後が結構残っているところを見るに俺って眼鏡作り下手くそだなあと悲しくなった。
「・・・・・・理由なき納得を、人々へ・・・・・・その先輩の名前なんだ?」
「えーっと・・・・・・野田隆太郎先輩、藤田巧先輩、鈴木伊知朗先輩・・・・・・ですかね、後輩に厳しいの」
「顧問はどうする?」
「大丈夫です、うちの顧問ゆるいんで」
先輩が厳しくて顧問が緩いとかどういうことやねんと言いたいところだが、海の集中をそらすとぶっ飛ばされること請け合いなので黙っておく。
「・・・・・・よし、照準固定、印象改悪・・・・・・」
いつも改変なのに今回は改悪というあたり、悪いことをしているという自覚らしい。
「・・・・・・非効率だがこうする他ねえな。範囲、舞綱全域」
基本的に相手を見ないと本領を発揮できない魔眼だが、海は魔力と引き換えに効果範囲を莫大にする事ができる。
魔眼の作り出した分と、自分でも生み出す分を合わせて初めて適用されるのだ。
「こっちにも来た・・・・・・」
「・・・・・・ぐえ」
つかれたと自転車にひき殺された牛蛙のような声を出して海はソファへどさあと倒れ込んだ。
そりゃそうもなるわ。
「今日あいついないけどまあいっかくらいの感じにしといてやったぞ、なお明日行かなきゃお前の存在そのものがそいつらの中から薄れるのでご注意ですわよ」
謎のお嬢様言葉を最後に海は滑るように寝た。篠塚がすかさず薄手のブランケットを持ってきて海にかけている。なんとまあいい彼氏なことか。
「あ、あれが魔眼ってやつですか」
「ああ、一応ノウブルらしいぞ」
見るからに貴志の目が輝き出した。ああいう異能感バチバチなタイプがお好きなもようだ。
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127話 十日目:友達ごっこなわけあるかい
最近テストまみれで死にそうなんですけどだれか運命力わけて
「魔眼とか憧れます、かっこいいです!!」
「・・・・・・お、おう」
いきなり詰め寄られたせいで海が完璧な困惑の声を上げた。いきなりパーソナルスペースに侵略してくるタイプは容赦なく張り倒す奴ではあるが、さすがに高校生相手にそれをするのは憚られると思ったのか何もしなかった。
「どうなんですか、それって普通の目と視界が違ったりするんですか?」
「まあ独立した魔術回路みたいなもんだし、どっか微妙差はあるんだろうが・・・・・・母ちゃんの股から捻り出された時からこんなんだし、どこがどう違うとかはわからねえよ」
モノクルを目にかけ、ソファにもたれかかる海。
そういえば、どこかでそんな話を聞いた。俺とお前の見ている景色は違うのかもしれないという話を。
「こっちのは使いすぎるとわかりやすく機能不全に陥るポンコツおめめでなあ。一日に能力をフルパワーで1、2回も使えば一瞬でやられるから困りもんなんだぜ」
だからあんまり力を使いたがらない海なのだが、此度の戦いで目にブラック業務を押しつけていないかと心配になる。
あからさまに体は不調を訴えているようだったし、一度魔術関係の医者にでも連行したいところだったのだが、八月朔日なんて絶対魔眼くり抜いてきそうだし、唐川も一応そういった治療法を会得してはいるがその場の気分でいらんことをしでかす気しかしないので頼れない・・・・・・というわけで手をこまねいていたのだ。
「機能不全とは?」
「色覚異常だな。もう疲れた日なんて全部が全部白黒の世界よ。もう左普通で右白黒とか頭おかしなるっての」
それを防ぐための魔眼殺しでもあるんだがな、とモノクルのつるを撫でた。俺そんな色覚補正の式入れてねえけど大丈夫なのだろうか。
「んで、俺のめんたまの話はどうでもいいだろ?問題は八月朔日ぽいなんかだ」
「・・・・・・それはそうだな、あいつはアーチャーに始末されたはずなんだが」
ギルガメッシュによって死体に加工された直後、不破の手によって解体されているためにあそこで入れ替わったということはないだろう。
となれば、俺を追いかけてやってきたアレそのものが偽物で、今貴志を狙う奴こそが本物・・・・・・もしくはまた別の偽物である。俺の体も、八月朔日喪というやつの複製に手を加えたという話なので、クローンを作成する技術自体は10年前に完成させているはず。奴自身がそれを使っていたってなんらおかしくはないだろう。
「複製可能となると厄介だよな、どれくらい奴を叩けばいいんだかわからねえ」
「1人いたら300人はいるってことだろうな」
「ゴキブリかなんかか」
まあ俺らにとっちゃゴキブリ以上に不快かつ有害なオオスズメバチみたいなもんだ。さっさと巣ごと焼いて駆除してやりたいところだがまあそれは問屋が卸さんだろう。
「あいつのことだ、令呪奪ってマスターに返り咲きとかその程度で済ます訳がねえ」
「そりゃそうに決まってんだろ、下手すりゃ人類崩壊シナリオまで書いててもおかしくねえようなリア狂だぞ」
リア(ル)狂(人)なのは俺もお前も同じじゃねえかという突っ込みはさておいて、八月朔日のことだからやりかねないのが困ったところ。
「聖杯なんて英霊7騎放り込みゃ世界に穴ぶちあけて根源まで到達させることができる代物だ、あんなもんあいつがほっとくかよ」
「・・・・・・マスター、それ本当ですか」
傍らで聞いていた篠塚が少しだけ、困惑と怒りの混じったような声で告げる。
聖杯はサーヴァントにそういうことを伝えてないらしいし、こんなことを聞いても困るだけだ。自分の願いを叶えるために来たのに、最後の最後で信頼していたマスターに殺されるとかいう展開許されるべきではない。
「知り合いから聞いた話だが恐らく1000%マジの話だろうな」
「じゃあ、じゃあマスターは俺を・・・・・・最後の最後に殺すつもりなんですか?その令呪を使って」
「だーれがんなつまんねえことするか馬鹿かお前」
そもそもそんなんで根源到達して嬉しいわけねえだろ、と人差し指を鼻の穴に突っ込んで盛大にほじくる海。もう何も言うまい。
「・・・・・・でも」
「なんだ、令呪が怖いか?」
無造作にシャツをたくしあげ右の脇腹を見せつける海。いきなりのことで驚きながら視線を背けた貴志だが、なんだか首からヤバそうな音を上げていた。大丈夫かと一応診るだけ診てやったが1日もすれば治るくらいの奴なので、いたいのいたいの飛んでいけ(自己回復強化魔術つき)をかけてやったからもう大丈夫だろう。
風車のようなその模様は、きっちり3画残っている。
確かに令呪というのはいざという時サーヴァントを自害させるという命令も通せるもの(抵抗される場合はあるが)だ。
それほどの命令権が3回分も残っているとなると、彼にとっては怖くないわけがない・・・・・・
「・・・・・・俺は、自決を言い渡されたらきっちりこの腹を切るつもりでした。でも・・・・・・でも今は・・・・・・いや、やめておきます。惨めなしがみつきなんて、武士道に反しますから」
生に執着する自分自身が恥ずかしくなったとばかりに、篠塚はその場で姿を消した。
「つい口を滑らしちまったな」
「まあああなって当然だろ。信頼してる奴に裏切られる可能性がいきなり飛んできて後頭部に当たったようなもんだし」
「俺らには縁の無いことでも言わねー方が良かったな」
やらかしたわ、と頭を抱える海。
「でも、お前はやる気ねえんだろ?外への穴空けるってのは」
「当たり前なんだよなあ。俺は魔法使いになるよりも金が重要なの」
それはそれでどうなんだと言いたくもなるが、まあ聖杯への願いで金ってのはまあ平和な方だろう。
やろうと思えば因果を少々ねじ曲げて変な方向に行かせることもできるだろうし、使い方さえ間違えれば抑止力の社員がすっ飛んでくるはずだ。
「お前はそこらへんどうなんだよ」
「まあ俺も根源へは自分の足で行きたい。聖杯とかいうヘリコプターで上から到達までの道すっ飛ばして頂上きちゃ~とか面白くねえにもほどがある」
その頂上へ至るまでに必要な、靴とかストックにあたるツールくらいなら聖杯に要求してもいいだろうが、それであればわざわざ親友を殺さずとも可能だろう。
「そうだろ?あんなんアラサーさしかかるかさしかからんかくらいの年齢で至ってもそのあとめんどくさいだろ。協会&教会からずっと追いかけ回されること不可避ってやつ」
封印指定なんて食らった暁には不破と同程度かそれ以上クラスの戦闘狂が大量投入されるはずなので、地獄であることは間違いないはずだ。
「やっぱ根源到達は次の代任せだろうな」
「お前で末代だったりしてな」
「そのセリフそっくりコピペして返すわ」
双方今までロクな恋愛をしていない。
というわけで互いをこう笑うのは当然・・・・・・なのかもしれん。
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128話 Interlude:信頼とは
たちけてえ
「・・・・・・ん?」
視線を感じて、ふと振り返る。
そこには音もなく、あと気配もなく篠塚が立っていた。時間が時間だったらこの家全体に響いてもおかしくないほどの悲鳴をあげていたことだろう。俺は仕上げ作業に入っていたそれを一度箱にしまって、話を聞いてみることにする。
あまり感情を表に出さないよう心がけている彼が、珍しく思い詰めたような表情だったから・・・・・・さすがに俺も陰キャのクラススキル「コミュニケーション能力欠陥」を振り切らざるを得ない。
「どうしたんすか、用があるなら言ってくれっすよ。俺今のところ暇なんで」
「・・・・・・あの、セラヴィさん」
ベッドの傍らに置いてある椅子へ篠塚は腰を下ろす。
言おうか言うまいか、かなり自分の中で葛藤を繰り広げているようだ。これは相当重たいものに違いない。
「もし、自分のマスターが裏切って自分を始末するしれないって思ったら・・・・・・サーヴァントは、どうすればいいんですか」
「・・・・・・それは」
おそらく彼は知ってしまったのだろう。サーヴァントが一番知ってはいけないであろう事項を。
「俺、もし自決を命じられても主命とあらば従うつもりでした。でも、いざそのことを聞いてしまったら、怖くて」
心が生前より弱くなってるんです、と手を強く握りしめる篠塚。
俺はどう言葉をかければいいのかわからない。
抑止力に死後の自分そのものを売り渡してしまった、到底まともではない英霊・・・・・・否、英霊という格に無理やりしがみついた悪霊の俺には。
生前従うべきである主は唯一神以外おらず、教典の戒律と精霊より課された呪いに等しい誓約以外はもはや守ることもなく好き放題していた自分だ。新撰組という将軍を護るために命をかけ、厳しい法度の元に時には仲間すらも泣く泣く殺したような人達に偉いことは一切言えるはずもない。人間としての格が違いすぎるのだ。
「もし俺がその立場だったとして、マスターとちゃんとした関係になれてなかったとしたら・・・・・・早とちりしてマスターを殺してたかもしれないっすね。最後まで戦ったのに願いが叶えられないかもしれないって思ったら、より願いを叶えさせてくれそうなマスターを探し出したいっすもん」
俺のクラスがライダー故に、そういうことをやるのであれば次のマスターを見繕ってからやらないと消えかねないので危険だ。
アサシンやアーチャーであれば、そういった心配はそこまでないのだろうけど。
「そうですよね。ああよかった・・・・・・」
どうやら自分と同じ感性のサーヴァントを探していたらしい。
セイバーはマスター(来栖さんのほう)の安全を最優先していることもあり、最後の最後でもし裏切られたとしても「あーあ、結局働き損感すんなー」とか言うだけ言って大人しく自害しそうなイメージではあるため俺の方に来たのだろう。
どこか似たもの同士という印象を俺も抱くししょうがないのかもしれない。
「でも俺は・・・・・・もう願いなんて無くなっちまいそうなんすよ。この戦いに参加して・・・・・・4つのうちの3つは叶いそうだし、残りの一つだってもしかしたら」
俺の内側はほぼ完璧に満たされている。
克親の奥に存在しているあれこそが、欠陥品である俺を元に戻す欠片であると・・・・・・もうわかってしまっている。
普通の英霊なら未練を失えば人類滅亡や地球崩壊というような世界の危機でもない限り、二度と召喚されることはない。だが残念なことに、俺はいくら生前求めていたものを手に入れてもサーヴァント稼業から足は洗えない。永久雇用契約をしてしまったせいだ。
「・・・・・・羨ましいです」
「あの・・・・・・アンタは、マスターのこと信じてるんだよな?」
「当たり前じゃないですか。皆さんの前では結構な扱いされてるように見えるかもしれないですけど、本当はすごい優しいし」
「それじゃあいいじゃないっすか、最後まで信じりゃ。もし裏切られたんなら地獄の底まで付き合ってもらうつもりで殺しちまえばいいし」
我ながらとんでもないことを言っている気がする。
自害を命じられるということは大概令呪を使用されてのことになるだろう。
令呪へ対抗することもできるにはできるが、対魔力のランクがAでやっと1画分を耐えきれるくらい・・・・・・つまり数値化が不可能であるEX(無論上に振り切れている場合)くらいだったとしても、複数使われれば従わざるを得ないはずだろう。
一度精神のみの状態でそれを受けたが、対魔力Cの俺だと抵抗するだけ無駄だと思えるような圧力を感じたのだ。
あの時は戸惑いもしたが、心なしか嬉しく思っている自分がいることに気づきすぐ受け入れたが、そうでない命令・・・・・・例えば、意味もなく人を殺せなどと言われたときが怖いとは思った。
克親がそんな命令をするだなんて全く思えないし今回に限っては完全な杞憂ではあるが。
「そんなことできるんですか」
「まあ・・・・・・一応できるにはできるはずっすよ。自害を命じられた瞬間体がそれを実行する前にマスターを殺して自分も死んだってパターンを知ってるっす」
抑止力としての任務を遂行するためならば、その覚悟もしておけとデルニにも言われた。
まあ克親を守りきることが俺の仕事なので、今回それを覚悟する必要はないのだが・・・・・・言葉は忘れられないものだ。
「・・・・・・一応聞いとくっすけど。アンタにはそれだけの願いがあるってことっすよね?」
聖杯戦争に参加しているのなら当然かもしれないが、聞いておきたかった。
これまで大切に接してきたマスターを殺してでも、叶えたい願いがあるのかと。
「ええ。誰もがしょうもないと笑うようなつまらない願いですけど」
俺という存在の、根幹に関わることなんで。と篠塚は言う。
「どんなもんだろうと、俺は否定しないっすよ。俺だってどうしようもなくしょうもない願い持ってたっすから」
生前のぼっち生活に嫌気がさしたせいで生まれた友達が欲しいという願い。
今じゃあ聖杯に願うことも無かったではないかと笑えてくる。
例えどれだけどうでもいい、人類の歴史に影響を与えないものであっても・・・・・・与えられた擬似的な命をがりがり削ってまで実現させたいと願うのであればそれは立派な欲望であり願望だ。
好きなだけ希えばよいのだ、そんなものは。
「少しだけ気が楽になりました、ありがとうございます」
心なしか少しだけすっきりした様子だ。
俺なんかが役に立てたというのなら嬉しいけども、あんな言葉でよかったものかと少しだけ後悔してしまう。悪い癖は治らない。
「では、買い出しに行ってきますので。ああ、あと気になってたんですが」
俺の後ろにある箱を指差し、篠塚は少しだけ微笑む。
「それは、マスターのために?」
「・・・・・・そうっすよ。これが俺の、最──」
どごぉと大きく雷が鳴り、俺の言葉がかき消される。
こんな時にかっこつかないのって何なんだ、新手のデバフかなんかか??
「え、今なんて?」
「・・・・・・なんでもないっす」
はぐらかした。よく考えればさっき雷に邪魔された部分めちゃくちゃ恥ずかしい言葉だったし、よくよく考えれば雷GJ案件・・・・・・なのかもしれない。
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129話 十日目:教鞭をとってみたり
ものっそい平和
「んでさ、お前んとこにあの金ピカが居候してるっつう話を聞いたが本当か?」
「ええ。俺は早々に負けたんで事情がわからないんですが、あの英雄王様・・・・・・とやらは家にいらっしゃいますよ」
なぜか俺の寝室を占領してます、と付け加え貴志はうなだれる。恐らく部屋の中で好き放題やられているのだろう、かわいそうに。
「英雄王サマからなんか話は聞いてねえのか?」
「ちょっと聞いてみたりもしたんですが、再契約もしているのに答えるわけないだろと一蹴されまして・・・・・・」
まあ当たり前か。契約もしていない相手に情報を漏らしたらこんな感じで敵対してるところにタレコミされる可能性があるのだし。さすがに慢心大好き野郎と名高いあいつでもそれはしなかったか。
「こうなるとアド取るにはこっちから奇襲するしかねえな。だがそれだと最悪の場合テメェの家が粉々になりかねんが・・・・・・」
言葉の裏に「隠している情報があるなら今吐け」という旨の脅迫を練り込んで、不破が雨に濡れたであろう髪を拭く。
貴志もさすがにその意図を察したか、俺は何も知らないですからねと念を押すように震えた声で言った。
「どうだかなあ」
不破が軽く右手を振るう。
一瞬にして形成された黒鍵が少しだけ開いていた貴志の口に入り込み、強制的に切っ先を加えさせる形となる。黒鍵はどちらかというと投擲や刺し穿つ方向性に特化しているため切れ味はまあまあだというが、この状態で喋ったら普通に舌は切れてしまうことだろう。釘を刺したつもりだろうがいくら何でも過激すぎる。
「さすがにいたいけな高校生を虐めるのはどうかと思うぞ」
「高校生に対していたいけとか中年の言うことだろ」
その場で形成した剣を回収する不破。ただの炭素塊となり、彼の肉体に収容されていく(どこにそんなスペースがあるのかはわからない)。
完璧に貴志の目は脅えている。俺はこいつ頭おかしいから仕方ないと謎のフォローをして落ち着かせるためにジュースでも出そうと立ち上がった。
「そういや、得意な魔術は?」
聞いていなかったことを思い出し、俺はオレンジジュースをコップに注ぎながらそんなことを言う。
このあたりで一番有名だのなんだのと言われる俺ではあるが、ここに根を下ろす魔術師を全員知っているわけじゃない。
「俺が父から教わったのは飛行魔術ですね。完成には程遠いですけど」
「ほう。動魔術ではなく?」
「違いますね。動魔術って3Dのモデル動かす時みたいにいっぱい関節周りを制御しなきゃならないじゃないですか」
確かに自分を動かすためには複数箇所を魔力で制御して、空中でバランスを保持しなければならない。
そのために初級動魔術とは銘打っているが、習得には並列思考がほぼ必要不可欠だ。
「近年ハリー・ポッターとかの話が世界中に広がってますし、神秘設定も拡張されてるでしょ。おかげで男であっても箒とかがあれば空は飛びやすくなっているってわけです」
まあ俺にはできませんけど、という言葉を後付けして貴志はため息をついた。
そりゃあ人間を浮かすともなるとものすごい魔力消費になること請け合い。まだまだ歴史が浅いらしい彼の家系では可能にできるほどの魔力が作れるかも怪しいだろう。
「現状どれくらいなら行けるんだ?」
「なんとか頑張ってこのテーブルが限界ですね。コップがあったらいけるかどうかも怪しいというか」
このローテーブルは確か20kgくらいの重さなので、家の歴史や本人の修行期間も鑑みると相当才能はあると言っていいだろう。
一応見せてもらおうと俺は上に置いてあったものをすべて片付け、結露によってできていた水滴をすべて布巾で取った。
暴走して大惨事になることを防ぐために、リビング一帯へ強化魔術をかける。これでテポドンが飛んできてもこの部屋だけは耐えられるくらいにはなった。
「・・・・・・じゃあ、いきます」
貴志がいきなり右手の親指を咥えたかと思うと、強く噛み締めた。
恐らくそれが魔術回路を起動するためのスイッチ・・・・・・開くのに特定行為が必要とはずいぶん大変そうだ。
親指の根元が内出血を起こすんじゃないかってくらいに力を込めたあと、貴志は指を口から引き抜く。
その親指を握り込み、テーブルをぎっと彼は睨む。
「飛べっ!!」
濃厚な魔力の流れがテーブルへ渡り、ふわりとまるで風を受けた羽のように宙へ浮かぶ。
姿勢制御はまだまだ甘っちょろいがこれだけの力量ならば十分褒めてもいいんじゃないだろうか。
浮かせた状態から動かすのは無理だということで、ゆっくりとそれをおろしてもらう。
俺はなんとなく、術を行使している間のロスが大きいと感じた。せっかくの魔力が効力を発揮する前に拡散して一部が意味をなしていない。
消費する魔力が多くなりがちな飛行魔術においてそれは致命的だろう。
「・・・・・・あ」
青ざめた顔で倒れ込む貴志。恐らく魔力欠乏による体調不良だろう。
仕方がないので俺が少し充填してやると、血色は目に見えてよくなった。
「魔力を送り込むイメージが雑なんじゃないか?テーブルに到達するまでに俺の推測ではあるが10%はロスしてるぞ」
「それは俺も思ってました・・・・・・でもどうすればいいのかわからなくて」
確かに時計塔やらにでもいかなければ本格的な授業を受けることは厳しいだろう。舞綱は各魔術師間の繋がりも薄っぺらい感じなので元より自らの技術を伝えたがらない性質もあいまって教えあいっこなどということはもはや存在しないにも等しい。
だがそれだと寂しいなあと俺は思うので、少しくらいなら助力したっていいと時折手を貸すこともある。
まあ大概断られるもんだけど。
「ちょっと失礼」
貴志の肩に両手を置く。
解析の魔術を通すため魔力を生成し中へ送り込む・・・・・・そして回路の様子を見たところ、かなり効率の悪い使い方をしているらしい。数自体はまあ平均くらいだから、運用さえ間違わなければそれなりに使えるようにはなるだろう。
「痛かったら言えよ」
「え、何を・・・・・・ひんっ!?」
解析に使う魔力の腕で、使用されていないであろう回路の部分を少し刺激してやる。
自らの回路を完璧に認識していないせいだろう、これでここにもあると観測させることができたはずだ。
そして生んだ魔力まとめて練り上げる力もまだまだ弱い。
俺の魔力を無理やり燃料にしてもらう形で、一度練習をしてもらおう。
「いつもやってるように魔力練ってみ」
「・・・・・・は、はい」
内側からその成り行きを見守るが、かなり丸め方が甘っちょろい。例えるならパン作りで生地を作る際にそこらじゅうへ小麦粉撒き散らしつつ、水も足りないというような感じか。
「まあ魔力を練るのは難しいよな」
外側から少し手を貸す。ゆっくり、粉を大きな生地にするイメージで・・・・・・何度も何度もこねてこねてこねまくる。
慣れてくると意識せず塊を形成できるのだが、まだまだこれからと言ったところか。
「これでさっきよりはましなやつが使えるはずだ。やってみ」
「・・・・・・飛べ!」
先ほどよりも軽々とテーブルが持ち上がる。
軽すぎて天井からぶら下がる照明にぶち当たりそうで恐ろしかった。
「すっげ・・・・・・こんな軽くできるなんて」
「能力自体はとてもいいから修練次第ってところだろうな・・・・・・頑張れよ」
「は、はい!」
これは将来有望と言ったところだ。これから先戦争絡みで殺されないことを祈るしかない。
そう俺は思いつつ、貴志から手を離した。
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130話 十日目:それがせめてもの贖罪
んで最近キアラさんとテスラさんが来たのでわいは運を使い切ったと思いますブハハハハ死んだら供養してください
「将来時計塔の方に行く予定とかはあるのか?」
昼下がりのクッソどうでもいい情報ばっか垂れ流すワイドショーがよほど退屈なのか、海は大あくびをかましながらそう問った。
貴志は何にも考えてないといった顔をしている。言葉の答えを聞くまでもない。
「あっことつきあい出すと得もあるがそれなりに損もあるってところだな」
魔術の特許関連で俺もいろいろと関わり合いになってはいるが時計塔そのものへは行ったことがない。
一応今からでも入って研究云々ということもできるが、今更めんどくさいしと言うわけで現状がこれだ。
「まぁあそこは科学排斥派と容認派やら貴族主義と民主主義やらの対立まみれでめんどくせえらしいからな。俺はああいうの嫌だから入ってねえけど」
煙草の値上げ報道にくたばれJ○とド直球も甚だしい罵声を上げ、胸ポケットからまた煙草を取り出す海。このニコ厨が。
「お前さあ、俺はともかくとしてこいつの真ん前で煙草ふかすのはどうかと思うぞ。肺に悪い」
「はいはいわかりましたよーだ」
嫌な国になったぜ全くと悪態をつきつつ、海は廊下に出て行った。今日は雨、さっき海の手の中にある箱を見たが今あいつがくわえているであろうやつが最後の一本。
また篠塚あたりがパシらされるんだろうなと予測がつく。
「来栖さんはセイバーと一回家に帰るっつってたが、いつ帰ってくるんだか」
最悪の場合籠城戦にもなりかねないから(この家がギルガメッシュの宝具祭りに耐えられる前提なのがおかしいが)と1週間分の服や食べ物を持ってくるらしい。
いくら結界張った上で防空壕も兼ねる地下室へ逃げ込んだところで因果律を書き換え触れたものは何でも粉砕する宝具とか出されたら即おしまい不可避なのだ。
なんだかんだで空襲があってもちょっと屋根が焦げた程度で済んだ家だが、至近距離で核爆弾ぶっぱされたらそりゃ消し炭になるわけで・・・・・・
「とはいえ防衛システムもうちょい硬くしとくべきか」
フローリングに手で触れ、敷地内に張り巡らされた索敵網と結界をアップデートする。
俺の家は龍脈の真上も真上、このあたりで一番魔力の流れが強いから強い結界システムを組んでも俺にはそこまで負担がない。
俺という水道を使わなくても井戸から水を勝手に汲んでやってくれるのだから便利だ。時折不届き者が毒を混入する場合があるので濾過に関してはかなり厳重でなければならないのだが。
「やっぱ平尾さんって、このあたりの龍脈って全部支配してるんですか?」
「山名は一応そういうことになってるな。明海に関しては知ってると思うがナディアっつうやつの管轄だ。万が一のために舞綱全域の脈を独占する手段もあるが県丸ごと吹き飛ぶような隕石でも来ないとやらない」
貴志がそれを聞くなり平服するような格好を見せる。俺はそういうの求めてないからとなんとか元の姿勢に戻させた。
「俺に魔術を教えてください師匠」
「教師になった覚えはないんだがなあ」
「そこをなんとか」
まあ万一俺が子孫を残せず死ぬような事態になってしまっては、平尾家が代々研究して積み重ねた技術が水泡に帰してしまう。
保険というのも何だが、俺がこの先ギルガメッシュに殺されるだのなんだのという可能性を考えたら少しだけ技術を教えるという手もある。
絶妙に悩ましいが、思い切ってやってしまった方がいいだろうか。
「言っとくが機密度の高い情報は外部に漏らしたら即刻首ちょんぱだぞ」
「は、はい!」
この様子だと基本的な強化すらもまともにやっていなさそうなので、まずはそこからだ。
後継ぎができたときのシミュレーションとして少し彼を実験台とさせてもらおう。回路や属性の相性もあるため全く同じ手法でOKということはないだろうが、しないよりかましだ。
「ただいま帰りましたー」
2時間ほど貴志を相手に教鞭を振り回していたところで来栖さんとセイバーが帰ってきた。手には大きなボストンバッグとレジ袋。2Lペットボトルの先端部が袋を破って突き出ているあたり、崩壊まで後少しと言ったところか。レジ袋をケチるのは危ないだろうに・・・・・・
「やれやれ雨の中買い出しは疲れるねえ」
傘をさしていただろうに、セイバーの肩は濡れている。おそらく来栖さんに傘を傾けすぎたせいだろう。
サーヴァントだから風邪は引かないだろうが、このまま放置するのもかわいそうということで俺はタオルを持ってきてセイバーに投げ渡した。この勢いで使っていると今日の風呂時に足りるか不安だ。
「そういやどうすんのさ、今から戻って英雄王のお相手でもするのか?」
「・・・・・・そっちの方が良さそうな気はしますけど、あの医者が怖くて」
令呪を指先で撫で、俯く貴志。
「・・・・・・マスターだけは死なないでくださいって、言われたんで」
「ランサーにか」
俺がそう聞くと、貴志は静かに頷いた。
「俺は、なにもしてやれなかったんです・・・・・・お任せくださいって言われて、真に受けて。危ないって感じて令呪で呼び戻そうとしたけど」
その前に消滅を迎えたというわけだ。暴走していた俺の友にとどめを刺されて。
「何にもわからないまま、代理戦争をしてもらうだけの話だと思って・・・・・・」
「あぁ・・・・・・巻き込まれたんだな」
参加する意志を持った奴が7人に満たなければ、定員に達するまでその街にいる魔術師から無作為に選ぶシステムらしい。
召喚の順番は確かアーチャー、アサシン、セイバー、バーサーカー、ランサー、アヴェンジャー、ライダー。人数あわせとしてランサーと貴志が選ばれたのだとしたら、アヴェンジャーのマスターもいわゆる巻き込まれで参加したはずだ。
つまるところ、最後まで渋っていた俺と、参加を表明した魔術師が事故で死んだおかげで巻き込まれた来栖さんを含めても5人しかいなかったと推測できる。
「聖杯戦争について知ってる魔術師とか、そう簡単にはおらんから仕方ないだろうよ。だが言われなかったのか、マスターが死ぬとサーヴァントも消えるとか、そういった話」
「・・・・・・聞いてましたけど、わざわざこっちを狙ってくるだなんて」
「馬鹿言え、マスター狙いはだいたいのやつが考えつく手段だ。わざわざ兵器ぶつけ合わせて戦うよりもよっぽど楽だしコスパもいい。だから戦争中はサーヴァントにずっとついてもらうか工房に引きこもるべきなんだよ」
少しきつく言ってしまっただろうかと、俺は貴志の表情を見る。
納得してはいるが、どこか悔しそうな顔つきだ。
「じゃあ俺は、俺なりにランサーの隣で支援していればよかったんですか」
「・・・・・・まあそういうこった。家に籠もって必要な時に支援を送る戦法もメジャーだそうだが」
俺も資料を見ただけなのでご高説を垂れていいわけじゃあないが、取りあえず言うだけ言ってみるほうがいいのかもしれない。
「・・・・・・そうですよね、俺が、適当なことやってたせいで・・・・・・ひどいことをした」
ぎゅうと右手を握りしめ、貴志は唇を噛む。
「・・・・・・後悔してるならせめて生き延びる努力くらいはしといた方がいい。もうどうでもいいってなって死んじまったらランサーも・・・・・・ブラダマンテも浮かばれないだろ」
適当なことを言った。ブラダマンテの気持ちなんてわかるはずもないのに、わかったふりをして。
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131話 十日目:酔った勢い
いやーもうすぐちょっとだけの夏休みなんでなんとか・・・()
「今日のごはんはなんだーい」
海と篠塚の間に起きたことを知らないセイバーは呑気にキッチンへ立つ篠塚へそんな問いを投げかける。
首が錆び付いたロボットのように篠塚は振り返り、献立らしきものをつぶやいた。だが声が小さく聞こえない。
「なんだって?オジサン地獄耳じゃないんだからそんなの聞こえないよ」
「・・・・・・人間の活け作り」
だめだこいつ、精神がやられておる。
冗談だろと俺が聞いたら、はっと我に返った様子で篠塚は改めて献立を言う。今日はハンバーグだそうだが・・・・・・さっきの謎めいたつぶやきのせいで今練ってる肉は普通の牛豚合い挽きなのかと疑問に思えてくる。
サーヴァントならそんなものを食っても大丈夫だろうが、俺たち普通の人間はだめ(病気になって最悪死ぬ)なのでそこらへん厳しくしておきたいものだが。
「篠塚、相談なら乗るぞ」
「いえ大丈夫です。セラヴィさんといろいろ話しましたから」
ぺったぺったとこねた肉の塊をトレーに落とし、大きめの氷を一つ中へ埋め込む篠塚。そうすることで美味しくなるという話だがよくわからん。なんだかんだで化学は苦手である。
「雨足強くなってきたな」
「天気予報によると明日も雨だそうだ」
足元が悪い中戦いたくねえなとセイバーが腰に手を当てて言う。まあぬかるみに足をとられて転び、腰を痛めるということはこのあたりのご老人によくある事故・・・・・・サーヴァントもそんな情けない負傷するのかとは思ったがそこは個人の特性だそうで。
召喚された年齢がかなり高かったり病弱の逸話を持った英霊ならいらないパークスキルがついているという話。
例えば沖田総司の病弱という特性は確率で発動するそうなのだが、
「でじマ?」
「・・・・・・ほんとですよお・・・・・・私単独で召喚されたときは十中八九ひどいことになるんです。無辜の怪物みたいな被害受けてるんですぅ」
今回みたいなケースは初めてだそうで、このように複数の英霊が混ざり合った状態で召喚されるとそういったスキルは発動しないらしい。
おそらく”芯”である彼の力が強くでている状態なので、本来発動するべきものが薄まって体感できないくらいになっているというだけかもしれないがとにもかくにも運動に問題はないとのこと。
「あーこうなるって知ってたら最初から土方さん連れて召喚されてればよかったなー」
「それでいいのか天才剣士」
そんなパークスキルの克服方法であれば永遠にその逸話は消え去らないし相方がいない状況で呼ばれたらどうするのだ。
座の概念がまだ把握し切れてないためそれで大丈夫なのかもしれないが、俺は不安でならない。
「ふぃーやっとできたっす」
額に浮かんだ汗を手のひらで拭いながら、マンドリカルドがリビングにやってきた。
冷蔵庫から牛乳を出してきたかと思うといきなり開けてラッパ飲み・・・・・・腹壊さねえのか(俺は牛乳を飲むとすぐに腹がゆるくなる)。
「あ」
「・・・・・・なんすか?」
「明日のホワイトソースに使おうと思ってたんですが」
まさかそのまま飲むとは思わなかった。と篠塚がへへへと笑ったのはいい。このくらいのアクシデントくらい別にどうとでもなるという表情だったがマンドリカルドの方からそれは見えない。
どんどん彼の顔が蒼白になっていく。流れるような土下座の美しさには現代日本に生きる社会人として見習いたいとさえ思えてくる・・・・・・
「今から買ってきます」
「いやいいですよこんな大雨の中」
窓の外を指差す。山が土砂崩れを起こしかねないほどの雨量・・・・・・聴覚や視覚、もれなく嗅覚も雨に支配される状況だ。
人間が行くのも危険だし、実体化した状態のサーヴァントもあまり出していい状況ではない。
裏山はたくさんの木が根を張っているためそこまで地滑りなどの事故は発生しないはず(俺もその上から地盤強化魔術を使っていいる)・・・・・・だが危険なことには変わりなし。
「口付けたんならちゃんと責任とって全部飲んどいてくださいね。サーヴァントの身だから大丈夫ですけど一応衛生的に・・・・・・」
「わかったっす、今すぐ飲み干します!」
某番組で見た乳牛祭りがごとき勢いで1.5Lの牛乳パックを逆さにし、一気に取り込んだマンドリカルド。
そんな飲み方したらきらきらしたエフェクトで加工されたなにかしらを口から出すんじゃあないかと雑巾の場所を探したがそんな心配は無用であったようだ。
「・・・・・・ぷはー」
「そういやお前大丈夫なタチか」
騎馬民族ということはまあそりゃ馬やら何やらの乳を取って飲んでいたと想像できるし、その中で大量に飲む祭りが開催されるようになってもおかしくはない。マンドリカルドが王族であった時代のことは原典であんま言及されていないだめただの妄想に過ぎないが。
「いやー懐かしいっすね。年一でやってた馬乳酒早呑み大会・・・・・・俺毎回飲んだ直後に戻してたっすよ」
そりゃ酒一気飲みしたら吐いたり急性アル中になってもおかしくはないだろう。よくそんなしょーもない方法で乙らなかったもんだ。
「普通の牛乳や馬乳はもう慣れてるっすから大丈ぶっ・・・・・・」
「・・・・・・一応トイレは早め早めにな」
霊体であるサーヴァントにそういったものがあるのか知らんが一応言っとく。俺の家は清掃そんなに簡単じゃないし。
その後は何事もなく全員で飯を食い、確実割り当てられた部屋に戻って自由な時間となった。
・・・・・・今日もマンドリカルドは俺と寝室で一緒になっているはずなのだが姿はない。
「・・・・・・珍しいな、霊体化するなんて」
『そっすか?』
存在が希薄になっている感覚は今の状態でもあるが、彼が今どこらへんに漂っているかはよくわかる。
しばらくつけていなかった寝室のテレビをつけた状態で、その真正面にあるソファの周りにもやが浮かんでいる・・・・・・テレビ見るなら実体化すればいいのに。
『たまにはこんなんでもいいじゃないすか・・・・・・基本サーヴァントってこういうとき霊体化するもんでしょ』
「俺らの基本はちーがーうーだーろー」
姿見せろやーいと少し晩飯の後に飲んだ酒のせいで変なことすら口走る。
ちょっと今日のは喉が焼けるようなやつだったせいで酩酊がいつもよりきついようだ。
ふわふわした魔力が俺の枕元に流れてきて、一瞬にして凝縮され実体のマンドリカルドが現れる。
少し困ったような顔をした彼を俺は無理やりベッドに引きずり込み、抱き枕がごとくきつめに抱きしめた。
「ちょ、克親・・・・・・!」
「俺駄目だー来栖さんに手なんて出せないーこわいー」
いらんことばっか言い出す。こんなのセイバーに聞かれてみろ殺されるとまでは行かなくても絶対きつめにしばかれるわ。
「・・・・・・そんなこと言ったって俺をこうする理由がわかんぬぇーっす」
「わかんなくてよろしい」
汚らしい感情をゴミ箱に押し込んで、なんとか保っている。ああ、こんなんになるんだったら酒なんて飲まなきゃよかった。
「・・・・・・克親」
俺が手を離した直後、マンドリカルドが俺の胸元に顔を埋めてきた。
「少しだけ、いいっすか」
何かを思い出したかのように、彼は目を閉じる。
「・・・・・・いいさ、少しだけなんて言わなくていいから」
彼は俺の心臓に耳を当て、安心したように小さく笑う。
その顔を忘れることは多分できなさそうだと、俺は本能的に感じ取った。
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132話 十日目:変わらないもんだ
もうすっかり彼は眠ってしまっただろうか。
静かな寝息が俺の胸元あたりから聞こえてくるし、鼻呼吸による空気の動きもなんとなく感じ取れる。
「・・・・・・だめだ」
俺は静かに起き上がり呟いた。
離したくない、別れたくない。
やっとできた友達という存在が当たり前になって・・・・・・独りに戻るのが怖くなる。
こんなだだっ広い家にひとりぼっちなんてもう嫌だ。
誰とも話せないで食べる晩飯の惨めさはもう味わいたくない。
心の底から、笑いたい。
「俺の意気地なし」
そんな弱音なんて、わがままなんて吐いてちゃだめだろう。
寂しいからって奇跡の成し遂げる業まで利用して友を現世に留めるのは正しいのか?
俺は幸せかもしれないけど、彼にとっては違うかもしれない。
「・・・・・・デルニ、起きてるか?」
「なんだいきなり」
なんとなく声をかけてみると、すぐに裏側の彼は目を覚まし俺の顔を見やる。
やはりいつものマンドリカルドに比べてどこか冷たい印象・・・・・・というか、虚無の波動を感じた。
「もしも、俺がお前の・・・・・・正確には表のお前を受肉させたいと願ったら、お前はどう思う」
「わたしは別にどうとも思わん。記録だけ座の方へ提出させたらこの体はただの魔力に戻るだけだし、それが受肉して新しい生を謳歌しようが座のわたしにとってはどうでもいいことだ」
サーヴァントとは英霊の一側面をコピーして削りだしたもの、というのだからどれだけ霊基が肉体を得ようと害はないということだろう。関与もするつもりはないらしい。
「それを望むのか」
「・・・・・・ああ。独りが、怖くなっちまってさ」
酔いは少しずつ醒めていく。
窓の外は未だに土砂降り続きで、たくさんの音がかき消されてしまう。
「・・・・・・わたしと、同じじゃないか」
「・・・・・・そっか」
人類の守り手である彼は、ずっと孤独に滅亡の原因を抹消していたはずだ。
同業者もいるにはいるのだろうが、任務は多分いつだってひとりぼっち。
擦り切れてなにもなくなった自分の代わりに活動してもらうという意図も含め、いつものマンドリカルド・・・・・・若い頃の自分を人格として作り上げたのだろう。
「手が覚えているんだ、人類を救うためだと大義を掲げて・・・・・・人を殺していくときの感覚を」
彼は、弱々しく右手を握りしめた。
何かを思い出したのか、ぎゅうと目を渋っている。
「こんなとんだブラック企業さっさと辞めたいのにな・・・・・・いつぞやの俺のせいで、人類滅亡までこのままだ」
人類が存続するためならば、少しは殺しても構わない。功利主義みたいなことだろう。
例え好きな人間であったとしても、それは変わらないみたいだ。
「他人のために魂をすり減らすのは、間違ってるのか?」
「・・・・・・俺には、わからんさ」
自分のために生きても、誰かのために生きてもいい。そんなものは人の自由だ。
だから、俺は肯定も否定もできない。合ってはいるが、間違ってもいるのだから。
「でもな、俺はお前の生き方・・・・・・嫌いにはなれねえよ。正義の味方みたいでかっこいいじゃないか」
海の言った言葉が、言っていて脳裏に浮かぶ。
「悪だけを駆逐して誰も彼も救えるような正義の味方になれるんならなりたかったに決まってる」・・・・・・あのときの顔は少しだけ後悔の念が透けて見えていた。
「正義の味方・・・・・・そんなもん、どこにもいない」
心底嫌そうに、彼は吐き捨てた。
思い出したくもない記憶でもあるのだろうか。
「絶対なる正義ってのはどこにもない。こいつのいってることはすべて正しいなんてわけない。生き物ってのは大概生きてるうち何度も過ちを犯すもんなんだ」
それは確かにそうかもしれない。
生き物は、何度でも、何度でも、失敗ばかりする。
「ラプラスの悪魔がいたって、全人類を幸せにすることなんてできないだろ」
ラプラスの悪魔・・・・・・すべてを知り尽くした者、すなわち全知全能の神に等しい存在。
確かに、神が全人類を幸せにしたという話はあるだろうが、必ずどこかでそんな世界は崩れることになっている。
人の裏切り、戦い、そして他の神による諍い・・・・・・生命は、戦わなければ生き残れないのではなく、戦わなければ生きていけないものなのだ。人も、植物を食らい動物を食らう。力の差があるせいで認識はしにくいが、これこそ種族同士の戦いでしかないじゃないか。
「未来を知っていても、無理だってことか」
「ああ、現にわたしも未来のことはわかる。だが・・・・・・それで誰かを幸せにしたことなんてない」
座というものは時間の概念がいろいろ変わっているらしい。そのため、いつどこの誰に呼ばれても対応できるようになっているそうだ。
まあ明日の記憶を話してしまったらそこで因果が書き換わる(もしかしたらそれすらも因果の範疇だったりするだろうが)から話せないのだろうけど。
「なら俺が幸せになってやる、初めての相手になってやるよ」
「・・・・・・おめでたいやつだ」
呆れ果てた顔で、デルニは起き上がって俺を背中から抱きしめてくる。
「こんなやつに救われるってのが、そこはかとなく悔しい」
「こんなやつで悪かったな」
デルニの隠していた弱音を散々口にすることで吐き出させまくる。
何もかもが磨耗して劣化したと前に語っていたが、話を聞いていたらいつものマンドリカルドとそこまで大した差はないみたいだ。
強いていうなら精神年齢が十数年ほど上ということが差にはなっている。
「・・・・・・お前の望みは?」
「あいつと、同じさ」
ってことは・・・・・・と俺は振り返るが、彼は既に引っ込んでしまったらしい。
また柔らかい寝息を立ててマンドリカルドは眠っている。
「・・・・・・ああ」
書き忘れていたあのノートのことを思い出して、俺はベッドから立ち上がる。
マンドリカルドに毛布をしっかりとかけ、研究室へとつながる階段を登った。少し轟音が聞こえるので、また雷でも鳴っているのだろう。
「さて、かなりの日数とばしたからな」
忘れないうちに記録しておこう。
紛れもない一生の思い出なのだから・・・・・・あ、またみんなで写真撮っときたいな。
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133話 十日目:雷雨の夜に
「これでいいか」
一通り内容を書いたところで俺はノートを閉じ、金庫の中に入れた。
深く椅子に座って、大きくため息をつく。
「明日も雨、つってたな」
2階からの景色は1階と同じように大雨。
ざあざあと降る雨は屋根で一度溜まって、滝のような流れを生み出している。
「・・・・・・あれは」
虚空で、何かが輝いたような気がした。
こんな雨だ、星でもなければ月でもない、高度を考えたら普通の飛行機とかでもない。
ならばなんだ、こんな雨の中わざわざ誰が────
「まさか」
背筋になにかが走り、ぶるりと思わず体を震えさせた。
ギルガメッシュがこの近くを通ったんじゃないかという可能性がとても高い。なんなら爆撃を食らわせてもおかしくなかった。
なぜまだ放っているのかわからないが、早く決着をつけるべきだろうか。
皆は寝ている。不破は聖杯を確認するため教会に戻った。つまりこんなタイミングでやられちゃひとたまりもないのは自明の理だろう。
「いつか来るとはいえ、おぞましいな」
「なにがおぞましいのだ雑種」
心臓が跳ねる。
いくら強固な結界を張っていても相手は人智を越えた存在であるサーヴァント。破られるかもと思っていたがこんな簡単に侵入されるだなんて・・・・・・
俺は、声の聞こえた方へ目を向ける。
「ぎ、ギルガメッシュ」
あんな雨の中移動してきたのなら必ずズボンの裾でも濡れていそうなものなのに、一滴の水もついていないように見える。
俺の研究室に土足で入るとか言語道断なのだが、そんなこと言ってたらキリがないしそく首ちょんぱされても仕方のないことだろう。
「・・・・・・俺を殺しにきたのか」
「なに、殺しはせん。ただその身にやつした剣を取り戻しに来ただけのことよ」
胸に手を当てる。
この剣は、デュランダルは・・・・・・マンドリカルドのための剣だ。こんなやつに渡してなるものか、奪われてなるものか。
「やめろ、これはライダーとの約束に」
不完全な彼を完成させるための、最後のひとかけらなのだ。すべてを水泡に帰するなど、俺が死んでも死にきれない。
マンドリカルドに強めの念話を送る・・・・・・眠っている状態故に対応まで時間がかかるかもしれないが怠るわけにはいかないだろう。
「呆れた雑種よ・・・・・・このままでは、死ねなくなるぞ?」
「・・・・・・それでもいい、俺は決めたんだよ」
例え、どんな地獄を味わおうとも・・・・・・友のために俺は誓ったのだ。
これは誰にも渡さない、渡すものか。
「・・・・・・それならば仕方あるまい。我もそれなりに対応するだけだ」
ひゅん、と眼前に鎖が顕れる。
反射的に俺は後ろに跳びかわしたがこの早さでは2撃めを食らうこと請け合い。
ならばと俺は思い切って体をひねり、窓をぶち破って外に出た。大雨のせいで一瞬にして体が重たくなる。
「克親!!」
再び飛んできた鎖を、マンドリカルドの剣が打ち払う。だがやはり耐久度の差か、壊れはしなかったが剣はかなりへこんでいる。
「こんな雨の日にやり合うだなんて思いもしなかったっすよ」
いつになく殺る気凛々のマンドリカルドが、部屋に残るギルガメッシュを睥睨する。
向こうは何をいうでもなくこちらを嘲るように笑うだけだ。
「・・・・・・ふん、貴様のような雑兵・・・・・・指一本で倒せるわ」
「だったらやってみろってんだよ!!」
大雨よろしく飛んでくる剣を手に持った木の剣で打ち払っているのだろうが、動体視力を強化していない俺の目では何が起こっているか全く視認できない。
あのときみたいに、剣で腹をぶち抜かれることがないか心配ではあるが離れるわけにもいかないと強化をかけて支援しなければならない。
「っ・・・・・・くそ、数が多すぎるっす!」
剣の強度を上げてはいたがさすがに耐えきれなかったのか、盛大な音を立てて粉々になる。
他の剣を出すこともままならない状況、どうするのかと思ったがマンドリカルドはいきなり森の中に走り去っていった。
「はっ、所詮はその程度か」
わざわざ傘のようなもの(これも宝具なのだろうか)を出してギルガメッシュは窓の割れた研究室から出てくる。
何らかの宝具を使い浮遊したまま、家の屋根へと降り立った。やはり高いところにいなければ我慢ならないらしい。
「ふぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉおおおおお!!」
遠くからなにやらとんでもない声が聞こえてくる。
いやそんなまさか、こんなところで原典の再現をやるつもりか。
一本の木が大きく傾いた。
「おもてええええええええええええ!!!」
そりゃそうだろ、と俺は仕方なく筋力増強の魔術をかける。こんなんで勢い余って家を壊さなければいいのだが・・・・・・
というか、そもそも俺が剣を出せればなんの問題もなかったはずなのに。情けない。
「うおらぁ!!」
土がついたままの根っこを一度地面に突き刺したかと思うと、棒高跳びの容量でマンドリカルドは一瞬にしてギルガメッシュまで肉薄する。
さすがに屋根の上で大木を振り回すわけにもいかないと判断したのか、盾を取り出し握りしめるマンドリカルド。
ギルガメッシュはわかりやすく怒り顔になって、びゅんびゅんと剣やら槍を出しまくるのはいいが屋根に大穴があけられまくっている・・・・・・修繕するのにどれだけかかるかわからない、取りあえず雨漏りだけでも防がせてほしい。
「つかなんでドンパチやってんのに気づかねえんだあいつらは!!」
篠塚は寝ているのかもしれないがセイバーは見張りやってたはずだろうがと俺は悪態をつきつつ雨漏り防止魔術を仕掛ける。
「天に仰ぎ見るべきこの我と、同じ場所に立つか!」
「俺だって王だからな!!」
突き刺さった槍を抜き、距離を詰めるマンドリカルド。
ギルガメッシュも負けじと鎖で動きを妨害しに来るのだが、敏捷Aは捕まらない。
俺の上げた空中歩行の中敷きを使い、そこら中に見えない壁を生成して不規則な動きにより翻弄していく。
なんて呑気に動きを見ているわけにもいかず、ギルガメッシュは俺のほうにも宝具を飛ばしてくるから危なっかしい。
「うおっとぉ間に合った」
「セイバー!」
もはや庭の原型を留めないくらいに飛んでくる宝具群を簡単に打ち落としつつ、セイバーは俺の前に立ったままめんどくさそうに話す。
「マスターとちょっち話してたもんだから遅れた。オジサンそこまで足早くなくって申し訳ない・・・・・・まあ防戦は得意なもんだから守って見せますよっ・・・・・・と!」
ぎぎぎぎん、と連続して襲いかかるものたちを落としてセイバーはマンドリカルドとギルガメッシュの戦況を見守る。
分裂できるわけもないので加勢できないと彼は嘆くように言ったが、増えられる方が怖いので守ってくれるだけで十分だ。
「克親!宝具いっすか!!」
「家だけは壊さないでくれよな!!」
さすがにこの状態で宝具を使うなと命令したら負けるのは必至。余波だけでも我が家が粉々になるだろうが、背に腹はかえられない。
「・・・・・・せいぜい謳うがいい、雑兵」
「ああ、言われなくてもやってやるよ────」
誰のものかもわからない槍を強く握りしめ、マンドリカルドは大きく跳ねた。
この軌道、家粉みじんになりそう。
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134話 十日目:いつかの豪語
「我が身すら焼く、永劫の焔よ」
篠突く雨が降っているはずなのに、彼の持つ槍の切っ先からは青白い炎が燃えている。
それはマッチにつけた火のように広がり、マンドリカルドの体まで燃え広がっていった。
青い炎ともなれば温度はかなり高いはずなのに、彼は苦しむこともなくギルガメッシュが繰り出す宝具の連打をことごとくいなすばかり。
「罪を熬る篝火」
雨水が、炎に触れた瞬間蒸発している。
足の裏からも吹き上がる炎は彼に推進力を与え、さらにギルガメッシュのすぐ近くまで迫る。
「精霊よ、俺の罪を焚物に・・・・・・全てを焼き払え」
マンドリカルドが、奴の手首を掴んだ。
不快そうにギルガメッシュが眉を顰め振り払うも、炎はもう避けられはしない。
「巻き添えになってもらうっすよ・・・・・・『
ごう、と音を立て青い焔が燃え広がる。
消えぬ炎の手は止まるはずもなく、ギルガメッシュの着ている服へと燃え移った。
「・・・・・・手ぬるいな。その程度の罪で、焔で・・・・・・我を斃せるなどと思ったか」
「なっ────────!?」
裾が焼け焦げただけで、ギルガメッシュはなんともないと左手に剣を出す。
右腕を掴むマンドリカルドの手を逆に捕らえ・・・・・・穢らわしいと吐き捨てた挙げ句斬りつけた。
血の雨が、俺の顔にまで降り注ぐ。
「いっ・・・・・・でぇなあ!!」
ぼとりと重たげな音を立てて、何かが地面に落ちた。
一瞬にして魔力の霧となり拡散したが、あれは紛れもなく彼の腕。
ちょうど鎧の隙間から斬られてしまったのだろう、二の腕の真ん中から下あたりを綺麗に失っている。
「う、あ」
胃から酸っぱい何かが上がってくる。
我慢しきれるはずもなく、俺はその場に全部をぶちまけた。もっと凄惨な光景を見てきたはずなのに、どうしてか各段に胸が痛む。
早く回復をしてもらうために俺は回路をぶん回し、ほぼ限界というところまで魔力を生産し続ける。
「・・・・・・っはぁ・・・・・・はーっ・・・・・・!」
「・・・・・・そろそろ諦めたらどうだ雑兵」
濃密な力が吹き上がり、マンドリカルドの腕は再生する。
だがそれに手間取ってしまったせいか、あえなく鎖に絡められ動きを封じられる。
それはまるで標本のように、ピン留めされた蝶のように・・・・・・だがその制作者はそれを美しいとは微塵も思っていないようだ。
「前のような力は出ないようだな」
「・・・・・・っ、くっ・・・・・・あ”ぁ”!」
どれだけ鎖を掴んで動こうとも、それはびくともしないまま。
歯を食いしばる彼の顔を、俺は見たくないとすら思ってしまった。
「雑種、貴様はなんのために戦う」
英雄の王が、問う。
「・・・・・・俺と、マスターの夢を叶えるためだ。それ以外の何物でもねえよ」
「ふ、ふははははははははははははははははははははは!」
高らかな笑い声が、大雨の夜に響く。
すべてをつまらぬものと言われたも同然のような声だ。そりゃ、神と人の狭間にいる奴にとって、俺たちの願いはとるに足らないものなのかもしれない。
でも、でもだ・・・・・・
「はっ・・・・・・夢というものは、いつか必ず醒めて消え果てるのが道理というものよ」
「・・・・・・それでも、俺は戦う。例え無駄なことだとしても、俺は・・・・・・」
心臓が痛い。
体の中で刃物を振り回されているような、そんな感覚がする。
「おいおいマスターさん大丈夫か?お前さんはオジサンの命まで預かってんだからしっかりしてくれよ」
「・・・・・・あ、ああ」
もどかしい。
もうすぐ、取り出せそうなのに何かがつっかえている。
どうすればいい。
なにをすれば・・・・・・
「アンタにどれだけ馬鹿にされたっていい、どれだけ無謀なことでもいい。俺は・・・・・・人故に、做すべきことがあると信じ続けるだけだ」
血にまみれたその体が、ぎしと震える。
怒りでも、悲しみでもない、決意による武者震い。
「俺たちは夢の為に戦う、俺と・・・・・・克親の二人で!!」
俺と、マンドリカルドの間にある繋がりが・・・・・・力を増していく。
それが我が王である彼の意志であるのなら、俺はそれに従おう。
「セラヴィ!!」
まだ封印は解けていない、だがその片鱗は見せられるはず・・・・・・
「・・・・・・人の幻想が、我に勝るとでも思ったか」
マンドリカルドに絡みついていた鎖が解かれたと思えば、いきなり別の鎖で横薙ぎに吹き飛ばされる。
宙に浮く彼の体、ここから落ちればサーヴァントとはいえ相応のダメージは食らいそうなものだ・・・・・・
そう思った瞬間、体は動いていた。
「ちょっと待て動くならオジサンに言ってからにしてくれっての!」
「んな暇ねえよ!」
体中に踏ん張るための術をかけ、マンドリカルドの体をなんとか受け止める。
なにやら雨水よりも粘度のある液体が手に付いたが、もう考えても特にはならない。
「大丈夫か」
「・・・・・・なんとか」
雨は小康状態へと落ち着いた。だがここで休めるわけなんてあるはずもない。
「なぜ貴様はそこまでして隷へと寄り添う。そうまでして聖杯を手に入れたいか?」
「・・・・・・言っただろ・・・・・・セラヴィは、ライダーは俺の友達だからだよ。お前なんぞが理解できるかわかんねえがな・・・・・・友であるのなら、どんな時だって見捨てたりはしない。ひとりで死なせやしねえ!!」
俺は御守りとして密かに持っていた”それ”を握りしめる。
もうこんなところで怖じ気づいていられるか、俺が戦わないでどうするんだ。
「俺たちは絶対に勝つと、そう約束した。神だってぶち殺すと、俺はセラヴィに言った!!」
濡れた前髪を掻き分けて、俺は屋根の上で悠々と見下してくるギルガメッシュに言い放つ。
もうどうなろうが関係ない、邪魔立てするなら潰すのみだ。
「決めたぞ────貴様は、殺す」
少しだけ焼けた上着を脱ぎ捨てて、ギルガメッシュは上半身をさらけ出す。
金色の門が開く・・・・・・何を取り出すのかと思ったら、それは赤い剣のような物体。
「こんな雨の中で機嫌は悪かろうが、目覚めてしばしの宴に華でも添えてもらおうか・・・・・・」
「おいおい、ありゃ俺でも無理だぜ・・・・・・?」
全てを瓦礫に変えてしまいそうな風が吹き荒れる。
赤い烈風が、肌を切り裂いてくるような錯覚。
俺は本能的に察知した・・・・・・あれは、ギルガメッシュ本人の持つ宝具。
「セラヴィ、一応聞くが・・・・・・諦めちゃいないよな」
「・・・・・・当たり前っすよ」
俺は、握っていたそれを元の大きさに戻す。
これなら、不完全な今でも使えるはずだ。
「これは、まさか」
「・・・・・・そいつを軸に、呼び覚ます」
俺の意図を察したのだろう。マンドリカルドは静かに頷いた。
「セイバー、ちょっとでいいから時間を稼いではくれないか」
「・・・・・・何秒だ」
「5秒でいい」
それならまあオジサンみたいなロートルにもいけますかねえ。とセイバーが剣を握りしめた。
「・・・・・・これが”手本”だ、しっかり見とけよ」
いつも通りのへらへら笑いではない。
セイバーの本気が、俺には見えた。
咎人に与える鉄槌ですがFGOで言うとどうなるんでしょうね
自分にやけど状態(5ターン・300ダメージ)を付与&バスターアップ(1ターン)&「悪」属性特攻を付与&敵全体に強力なダメージ
的な(微妙)
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135話 十日目:例え儚くとも
「────啼くがいい」
ギルガメッシュの体に走る赤い紋様が、心なしか光った。
魂が理解している。こいつをまともに食らったら、細胞の1つさえ残らないだろうことを。
だが俺は逃げるわけにもいかない。マンドリカルドと一緒に生きて、一緒に死んでやる・・・・・・その覚悟で戦ってきた。
俺は手に持っていた”それ”を彼に渡し、静かな息を吐く。
「貴様には地の理など必要ない、天の理を見せてやろう────」
一瞬でも気を緩めたら全てが吹き飛んでしまうような地獄。マンドリカルドとセイバーのために魔力を生産するだけで気が遠のくような状態なのに、倒れることは断じて許されない。
セイバーが宝具の発動準備段階に入る。太ももの回路が悲鳴を上げ始める・・・・・・あからさまなオーバーヒート状態だけど、この際ぶっ壊れようが構わない、死ぬより断然マシだ。
「そんなもんはいらねえな。こちとら地でも天でもなくって”人”だからよー」
セイバーの剣が、光を纏い打ち震える。
「壊れず、折れず、曲がらず──────我が剣は全てを刺し穿つ」
「・・・・・・そうか、ならば・・・・・・好きなだけ謳うがいい、雑念」
神話の出来事と言われてもおかしくないような力が、圧倒的な力が、一帯に吹き荒れる。
ああ、見惚れる暇なんて許されない・・・・・・なのに、それは俺の視線をいとも容易く奪い取っていくのだ。
「・・・・・・原初を語る。元素は混ざり、固まり・・・・・・万象織り成す星を生む」
「掛け替えなき物の守人として死ぬるなら、この命すら惜しくはない!!」
これ以上もたついていたら間に合わない。セイバーと最後の決闘をする約束が、果たせない。
俺はマンドリカルドの手に、優しく触れる。
「今になって不安になってきたっすよ・・・・・・あんな戦いに、俺なんかが」
ここに来て自信を失わせる訳にはいかない。自分を信じさせなければ、何も成功しないだろうから。
俺は、マンドリカルドの双眸を見つめて告げる。
「・・・・・・お前なら。行けるさ、絶対に」
それでも揺れる瞳。
俺は思い切って、彼の額に張り付いた前髪を掻き分けそこに唇を触れさせた。
「・・・・・・あ」
「・・・・・・大丈夫、俺がお前を信じてるから。お前は俺を信じてくれるだけでいい」
戸惑う彼だったが、さすがに決心がついたか口を真一文字に結ぶ。
「わかった・・・・・・俺は、克親を信じる」
聖杯戦争が始まって二日目。あのとき折れて粉々になった、マンドリカルドが最初に持っていた木剣の柄を握りしめ・・・・・・静かに彼は目を閉じる。
俺の一番奥がどくりと大きな脈を打つ感覚。封印は全て解けていないが、その力の片鱗は遺憾なく発揮できる!!
「ふ・・・・・・う”っぁあああああああああああ!!」
俺はすべてを擲ってでも、彼の力になる。
例えこの体がばらばらになって消え失せようと、魂すら残らず奪われようと、構わない。
この身に背負った平尾家の歴史が、自発的に駆動する。
神経がぶった切れても、血液が沸騰して気体になってもおかしくないような熱が体を焼く。雨で体が冷えていなければ、普通に体温が42度を越えていただろうとさえ思える。
「う”ぅおおおおおおおオオオオぉおおおッッッッ”!!」
俺のオーバーヒートの影響で辛いはずなのに、それをおくびにも出さず懸命に耐えるマンドリカルド。
網膜を焼くような閃光が、俺の左胸から溢れ出る。
柄から先のない剣にそれは集い、実体と見紛うような刀身を形成した。
「・・・・・・ふ、不完全ながら形にしよったか。まあいい、全て消し去るのみだ・・・・・・世界を裂くは我が乖離剣」
「そういうわけには行かねえな・・・・・・俺のもう一人マスターからも言われた。何があっても守り抜けってな!」
セイバーが、剣を構えた。
「死を以てその口を閉ざせ・・・・・・『
地を穿つ力の奔流が、視界を埋め尽くした。
ああ、死ぬ────────と、普通なら思うだろう。
だが、今は”普通”なんかじゃない。
「『
強大なそれが、ある一点で2つに裂かれる。
それでもなおギルガメッシュの力は強く、背後にある森の木々をなぎ倒す所か消してゆく。
「・・・・・・ヘクトール、様」
顕現させた光の剣を手に、マンドリカルドは命を懸けて追い求めた英雄の名を呟いた。
やっぱり、あなただったんですね。と・・・・・・静かに、右目から一粒零す。
「感動の出会いとかそういうのはあとだ・・・・・・さすがにオジサン耐えきれなくなっちまうからな!」
行け、とセイバー・・・・・・否、ヘクトールが叫んだ。
そう言われてしまったらもう踏みとどまってはいられない。
「行くぞ、セラヴィ!!」
「ああ、心中覚悟の特攻だ!!」
勝利を引き寄せる風になると、そう決意して俺たちは走り出す。
なにもかもを破壊する力だとしても、決して屈しない。打ち破って見せる。
破砕の奔流へ光の刀身が触れた。
「・・・・・・う”ぉる”ぁあ”ぁ”ア”ぁ”ア”ァアアあ”ぁ”ァ”ッ”!!!!」
彼は全ての力を振り絞り、絶叫する。
これは、人のもたらした夢の形だ。
いずれ醒めて消える宿命であろうとも、その輝きは嘘になんてなりはしない。
例え、どれだけ儚くとも────────。
「ぶち破れぇええええええええええええええええッ!!!!」
魔術刻印が眩く輝く。
あんな奴には、絶対に負けない。
「俺は、大切な人を守る”ッ・・・・・・それが俺の・・・・・・全てだ──────っ!!」
赤の奔流が、完全に裂ける。
そして眼前には、少しだけ眉を動かし驚いたような素振りを見せるギルガメッシュ。
さあ、例え届かずとも、この剣の輝きを脳裏に焼き付けてやる。
「我は、第一宝具を誓約のもとに破棄する・・・・・・我が手には宿命の絶世、不毀を誓う極剣!!」
さらなる光が、剣の全てを包む。
「これは俺が・・・・・・否、俺たちが見た、”人の夢の結晶”!!我が親友の為、此処にその力を解放する!!」
マンドリカルドはその剣を両手で持ち、高々と天へ掲げた。
指し示す、生き方の形。
見るがいい、これが俺たちの・・・・・・すべてだ。
「『
その名を、彼は叫ぶこともなく静かに言った。
瞬間、光の奔流が世界を包む。
雨を降らせていた雲は一瞬にして蒸発し、隙間から月が顔を見せた。
「・・・・・・綺麗だな」
「・・・・・・ああ、本当に」
一緒に地を蹴り、天を駆ける。
「行けっ!!!!」
「っらぁああああああああああああああああああああ!!」
その刀身が、ギルガメッシュの脳天を切り裂かんと振り下ろされる。
向こうはただ、手を掲げるだけだ。
「・・・・・・これも、友というあり方か」
ギルガメッシュがぎっと歯を食いしばり、なにかしらの剣を取り出してきた。
さすがに抵抗はするだろう、だが打ち負ける気はしない!!
「ちょっとごめんなさいね」
「・・・・・・え?」
聞き覚えのない、見知った声が聞こえた。
なんだ、唐川も、不破も、来栖さんも・・・・・・ここには来ないはずだろう?
「・・・・・・ッが」
ギルガメッシュの心臓を、一振りの刀が貫いた。
切っ先から血が垂れる。確実に、これは死ぬ一撃だ。
「最初っからこんな作戦だったろ」
「・・・・・・あ、ああ」
なんで今まで忘れていたんだ。海と篠塚の存在を。
「なんで忘れてたんだろうな、お前らのこと」
「失礼な」
奴はそう言って、右目を擦る。
月明かりだけだからよくわからないが、どこかおかしい。
「認識災害を意図的に引き起こすのは奴らから言われてたんだがな。しゃーなしだ」
「・・・・・・ふ、はははは・・・・・・よもや、そこまでとはな」
あくまでもギルガメッシュの表情は崩れ去らない。
蝋燭が燃え尽きるとき最後の劫火らしいものは見えない・・・・・・諦めた、という表現は適さないだろうが、そういった感じなのだろう。
「・・・・・・これが、人の力だ」
刀身を失った剣を下ろし、マンドリカルドがそう呟く。
俺は顔を上げた。
「・・・・・・ん?」
黒い穴のようなものが、虚空に見えたのは気のせいだろうか。
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136話 十日目:召喚の理由
黒点がいきなり、ぶるると震える。
これはアカンやつだと本能的に察知した俺は、篠塚と海をとっさに屋根の下へと蹴り落として、マンドリカルドの手を引き地面へと降り立つ。
「そういうことするならせめて言えやボケ」
「んな悠長にやってられねえよ!!」
少しずつ消滅しかかっているギルガメッシュのエーテル体に、穴から這い出た真っ白な腕が絡みつく。
・・・・・・まさか、聖杯に収められる前に取り込もうとでも言うのか?
「っ・・・・・・下郎、そこで踏みとどまっていろ!」
黄金の鎖がマンドリカルドの腹に絡みつく。
恐らくこの体を支えにして鎖を手繰り寄せる形で穴から出ようとしているみたいだが、力の差は歴然だ。
あれに取り込まれたらどうなるかわからない以上、こちらもマンドリカルドをあの中に入れる訳にはいかない。
「セラヴィ、鎖で体ちぎれるとかないよな!?」
「ああ、宝具の残留効果的なので鎧が強化されてっからそういった心配はないが・・・・・・さすがに腹が、絞まる・・・・・・!」
いくら硬くなっても金属であることに変わりはない。というわけで九偉人・・・・・・ヘクトールの鎧も壊れはしないが弾性のおかげで少しは曲がる。
鎖によって締め付けられ、ただでさえ体系にぴっちりと合ったタイプの鎧はマンドリカルドの体にじわじわとダメージを与えていく・・・・・・打ち破ったとは言え先ほど受けた宝具の影響か内部にまで損傷が行っているので、あまり無理はさせたくない。
「さっさと出てこい!!こっちだって金属で体出来てるわけじゃねえんだぞ!死にてえのか英雄王!!」
「ぐっ・・・・・・死ぬつもりなどどこにもないわ、耐えておれライダー!!」
雑種から昇格してるとかいう話はもはや今となっちゃどうでもいい、ギルガメッシュがどうなろうと知ったこっちゃないがマンドリカルドまで道連れにされてなるものか。
先ほどの連続宝具使用で魔力はすでにカツカツだが、魔力切れで死にかける寸前までやるしかない。
「おいライダー!足に力入れとけ!!」
ずりずりと少しずつ引きずられていった俺たちだが、不破の言葉とともに足が止まる。
ちょうどくるぶしから下あたりに、無色透明の結晶が生まれ固定されたのだ。
おそらくは不破の魔術によって作られたダイヤモンド。地中深くまで結晶は埋まっていて、かなり強い支えとなっている。
「支援はありがたいが劈開方向とか大丈夫か!?」
「俺が考慮してねえわけねえだろうが!引っ張られる向きでは壊れねえようにしてる、あとはテメェらがどうにかしろ!」
これほどまでの支援を貰ったのならもう文句は言えない。
龍脈からマナを汲み上げ、俺の力へと合流させる。一気に大量の水を飲んだみたいなものだから、あまり過剰になりすぎると中毒じみた症状を引き起こしかねない。
・・・・・・まあ、何年も龍脈の要となるような場所で生活を続けていたため俺にはまあまあ無縁な話だが。
回路を破壊するような毒が混ざっていないのを見るに、相手はそこまで俺を殺りにきたわけではないだろう・・・・・・考えが変わられるうちにさっさと対処してやりたい。
「こ、これやべーっす・・・・・・異常に細いコルセットしてやべえ体型になるどこぞの姫様の苦しみがわかっ・・・・・・ぐぇ」
「セイバー鎖切ってぇ!!」
そろそろ泡を吹いて戦闘不能になりそうなマンドリカルド。ギルガメッシュには申し訳ないが、これ以上は無理だ。
「いいのかい?」
「ああもういいよ、あいつ助けたいには助けたいがその前にセラヴィが逝く!!」
顔が青白くなってそろそろ危険域だ。なんとか最後の一線を越えることはないように魔術で抑え込んでいるが、いつそれが弾けるかわかったもんじゃない。
魔術が物理的破壊を食らったときはそれこそマンドリカルドの胴体と足がさようなら。最悪のパターンになる(回復はできるがかなりの期間戦闘行為は不可能だろう)。
不破がやめとけと言っているが躊躇はできん、やるしかない。
「マスターがそう言うなら仕方ないね・・・・・・そらよっと」
さすがはデュランダルの元にもなった剣ドゥリンダナと言うべきか、その刃は簡単に鎖を破壊する。
「残念なことに俺に神性はなくってな。ただの鎖なこいつとか、ドゥリンダナで斬れちまうんだわ。友達に悪いことしたね~」
セイバーがこれもマスターのご命令なんで。と心底煽りを塗りたくったような表情でギルガメッシュを一瞥する。
性格わっる!!と内心思ったが俺がそんなことを言えた立場ではない。
「おのれ・・・・・・おのれおのれおのれおのれおのれぇ──────────っ!!」
ずるり、と奴が中に引きずり込まれる。そしてあの大きな黒点は閉じた。
「・・・・・・あれは」
「こうなる前にテメェに報せときたかったんだが、最悪のニュースだ」
不破がポケットから取り出して見せたのは小さなショットグラスサイズの器。黄金でできているらしく月光で煌めいている。
「・・・・・・これって」
「うちの教会にある聖杯だ。本来ならここにギルガメッシュを含めたサーヴァント4騎が入っているはずなんだが・・・・・・”ない”」
どういうことだ。
負けたサーヴァントは聖杯に回収され、願いを叶える力=世界に穴を開ける力になるのではないのか?
不破が険しい表情をしているのを見るに、これは相当ヤバいことが起こっている・・・・・・俺は、ギルガメッシュを無理してでも助けるべきだったのか?
「つまりそういうことだよな、異端が」
いつの間にか、小さな匣を持った男が立っていた。
いつ見たって苛立つ謎に得意げな顔、そして天パ・・・・・・怪しいとは思っていたが、まさかここまでとは思わなんだ。
「お前が黒幕ってわけか、この味覚土砂崩れ道徳心0振り切って-273.15」
「絶対零度ってそんな冷たいわけあるかいや。俺はそんな極悪非道やないで?」
めちゃくちゃに殴りたい表情をして、唐川は持っていた匣を放り投げる。
瞬間、光が消えた。
なにもかもをかき消すような黒の天幕が、俺の家一帯を包み込む。暗視の魔術をもってしても見えない、つまり全く光のない世界。
「・・・・・・お前、何するつもりだ」
「神霊を呼ぶ。簡単なこっちゃ」
神霊。
そんなもの、聖杯戦争で呼べるわけがない。
ましてやたった4騎の魔力で・・・・・・!
「あともう1騎いてくれれば完璧やったんやがしゃーなし。ギルガメッシュの魂はひとりでサーヴァント3騎分とかいうC○レモンみたいなお徳用で助かったわ」
「俺が呼ばれた理由は・・・・・・それか」
暗闇の中、ふらふらとマンドリカルドが立ち上がる。
何も見えない、こんな状態では戦えるのかどうか・・・・・・
「神霊の召喚。こりゃ上司も俺を大急ぎでここに放り込んだわけっすよ」
呆れ果てたような口振りでマンドリカルドはそう言った。
抑止力の働くようなこととなれば、確かに壮大なことだ・・・・・・俺の中に存在するデュランダルの力とは比べものにならないほど強い、神の存在。
「・・・・・・タナトス」
空間に広がる闇が収束する。
それは人と似たような形を作り・・・・・・その背に翼を生やす。まるで少年のような体で、一振りの剣を携えていた。
その姿に怖いと認識させるものは一切ないというのに、おぞましい。
なぜだかわからないけど、絶望が俺の心を一気に汚染するような・・・・・・これも、一種の認識災害だろうか。
「いやあ困りましたねえあなたには。人を生かすことで救うはずの医者がこんなことするだなんて」
「なに、自然の摂理をちょっと後押しするだけじゃない」
ひょいと現れたのは八月朔日・・・・・・貴志の言っていた通り、胸にどす黒い何かがついている。
「八月朔日テメェ・・・・・・!!」
「まあ自分のバックアップとか作っといて当然よねーふはははははは!!」
高らかに笑う奴の顔を原型がなくなるまで殴りたくなったのはいうまでもない。
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137話 十日目:守るために
「おいおい、死の概念そのものとか殺せるわけねえだろ」
セイバーがこりゃ参ったなといつものようにへらへら笑いで言うが、その表情の裏に余裕は全くと言っていいほどない。
タナトスは「死」を神格化したもの。これを殺すということは死の概念を破壊することとなり、どうしようもないパラドックスが形成されるだろう。
死そのものが死んだとしたら、この世界の命はどうなる?
数も減らない、食事として摂取したくても肉牛などは生き返り食えたもんじゃない。人口は現状よりもっと強い加速度で増殖し、土地が欠乏する。
食事はすべて化学合成の栄養剤。処理速度に追いつかないゴミ。
こんなことをしてしまえば地球滅亡待ったなしだ。
「なんつー無理ゲーなんすかこれ・・・・・・勝っても負けても終わりじゃないっすか」
「そうなることを予期してタナトス様をお呼びになったんですのよ~」
降臨した青年は黒い服を揺らし、こちらをただ見つめている。
俺たちの命の価値を、見定めているのだろうか?
「・・・・・・アンタは、何故ここに来た」
「人間は増えすぎたから。それだけだ」
つまりは、数の調整。この星に暮らす何十億という人間を、飢餓に苦しんだとき行う口減らしのように殺すというのだ。
言い換えるなら、人間の間伐。
「人間は皆平等だ。平等に────無価値だ」
「・・・・・・神の癖してテメェも虚無主義者かよ」
不破が吐き捨てたが、タナトスは気にもとめず話を続ける。
「ヘルメスが何故英雄の魂のみ冥府に運ぶのかわからない」
「・・・・・・英雄」
ここにいるマンドリカルド、ヘクトール、そして新撰組の核となる英霊が習合した篠塚。
サーヴァントは皆、知名度とかの差はあれど英雄だ。俺なんかとは比べものにならないくらいの。
「皆、平等に冥界へと送らねばならない。ヘルメスの仕事なぞ、必要ない」
「・・・・・・そんなことしたら、英霊の座は崩壊するだろ」
そうなってしまえば、実質的に世界は終わりだ。
マンドリカルドは確かにそう言った。
「そりゃあな。オジサンみたいなやつはともかくとして、冠位持ちとか抑止の守護者がいなけりゃ人類はおろか地球そのものが滅びるかもしれねえ」
冠位を持つ七騎は人類を滅ぼすような一個の存在群を倒すために存在する。
抑止の守護者・・・・・・マンドリカルドのような存在も、人類が危機に瀕したときそれを脱出するための鍵となる。
それが存在しなくなれば・・・・・・自明の理であろう。
「そこの凡庸なる英霊よ、貴様も同じことをしようとしているはずだ」
「・・・・・・違う、少なくとも・・・・・・今は違う!!」
手を握りしめ、神を睥睨するマンドリカルド。
「確かに仕事上、何人も無辜の民を殺した。人類のためだと割り切って、ただ剣を振るった」
上擦る声。
おそらく今の彼はデルニなのだろう・・・・・・自分のしてきたことを思い出したのか、彼は歯を食いしばった。
「でも今回のわたしは・・・・・・人を殺さなくていい。守り抜けばいい」
「・・・・・・そうか。ならば、邪魔なだけだ」
「っ!?」
いきなり俺の心臓が千切れそうな程に痛む。
立っていられる力は一瞬で消え失せ、泥まみれの地面に顔から倒れ込みそうだ。
「克親!」
マンドリカルドが体を支えてくれたお陰でひどい鼻血を出さずには済んだが、それよりもずっとひどい心臓の痛み。
呼吸がまともにできない。魔術も構築できない・・・・・・英雄の魂を持つマンドリカルドを消すために、凡人の魂を持つ俺を殺しにきたか。
「・・・・・・やめろタナトス、克親に手を出すな!!」
「・・・・・・勝手に言っていろ」
駄目だ、脳細胞が死んでいくような感覚が・・・・・・意識も遠のいていく。これじゃあもし生き残ってもまともな生活が出来なくなる。
視界が、ぼやけ、て────。
「・・・・・・そいつは、
いきなり苦痛が晴れ、まともな酸素が脳に届きだした。
あれは、海の声だった・・・・・・ような。
「あ”、う”・・・・・・」
「・・・・・・”克親”!」
彼のサーヴァントが駆け寄る。
すでに終末呼吸の兆しが見え始め、処置をしなければすぐに彼は死んでしまう。
だが俺の魔術じゃ・・・・・・”宝石魔術”じゃどうしようもない。この手に彼を救えるほどのものはない。
「・・・・・・篠塚」
「はい、マスター」
「・・・・・・神って、暗殺できる範疇か?」
「できるかは未知数ですが、主命とあらばやりましょう」
彼を救うためにはやるしかない。
迷ってなんていられない。
「・・・・・・令呪参画を以て命ず・・・・・・神を殺せ、”山崎丞”────────ッ!!」
「・・・・・・御意」
山崎が長巻を抜く。
脇腹の令呪が赤く光り、一つ残らず消滅していった。
「我が主の命に従い、我はここに力を解放する!集え・・・・・・我が同胞!!『誠の旗』よ、ここに翻れ!!!」
山崎丞が、地面に一本の旗を刺す。
赤地に黒字の旗が、風で大きくはためいた。
彼の体から3つの光が分離、独立する。加えて沢山の気配が現れ、少しずつ実体化し始めた。
「やっぱうちの監察は最高だな」
「なんてったって記録に存在する隊士ほぼ全員ですからねーチートですよ」
「よっしゃさっさと行くぞ」
何人いるのかすら数える気にならん人数の隊士・・・・・・おそらく全員サーヴァントが一斉に襲いかかる。
「無駄よ」
「・・・・・・やってみなきゃ分からねえだろ」
タナトスに弾き返されるのが大半だが、その刃は確実に届いている。
おそらく英霊の魂として認められた存在はタナトスの管轄外・・・・・・倒せずとも干渉は可能なのだろう。
「この太平の世を守るためならば、この身塵に帰そうとも──────」
山崎のもつ長巻から、多大なエネルギーが噴き上がる。俺の令呪によるブーストもかかり、並のサーヴァントなら一撃で消し飛ぶであろうほどの力・・・・・・
「例え守るものが間違いであったとしても、俺は戦う」
克親の家が壊れていくが、もうしょうがない。
俺はただ、やれとだけ叫んだ。
「『
轟ッ!!!
ただの横薙ぎであるはずなのに、それは全てを吹き飛ばすような風を上げて疾った。
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138話 十日目:大団円を望ませて
つかキャストリア全然当たらんので悲しみのロリンチちゃんで轢き逃げアタックwithマイフレンドで心臓狩りツアー開始してます()
「意味のないことを」
「意味がなくったって、俺は戦う・・・・・・我が主のためならば、何を棄ててでも!」
あまりの力に、空間さえ歪んだのではないかと錯覚する。
山崎の放った斬撃はタナトスに直撃し、小さくはあるが傷を作った。
令呪を全部使っての攻撃だというのに、歯が立たない・・・・・・これ以上強い攻撃なんて、なにも・・・・・・
「食らえこのクソ外道!!」
俺のこめかみのそばを、何か黒い物体が通り過ぎる。
不破の放った炭素の黒鍵が唐川の体に刺さり、次の瞬間────。
「発散!」
黒鍵は溶け、奴の体内に浸透する。
炭素の塊が爆裂して、血しぶきと肉片を飛ばしながら唐川の腹を抉った。
「なかなかえげつないことをしやがる・・・・・・」
「うっせえ人類の敵ならぶっ殺す他ねえだろ!」
不破の連続攻撃によって体内から臓器をこぼしかけている二人だが、まったくもって死ぬ気配がない。
バックアップのことを無意識に考えてしまっているのだろうか・・・・・・
タナトスは神霊であるが、一応サーヴァントと同じシステムで呼び出され実体化しているので召喚者に従わなくてはならない。そして・・・・・・召喚したマスターに値する存在を消せば、自動的に向こうも帰るのではっつう寸法らしい。
「おいセラヴィ、克親の様子は────っ」
答えなぞ・・・・・・聞かずともわかった。
嘘だ、そんなこと、嫌だ。
「・・・・・・”海”」
強い認識災害の力で、自分こそが平尾克親だと奴は世界に言ったのだ。
抑止力により現実改変の力は弱められるはずなのに、奴は、平然と世界を・・・・・・そして神すらも騙しきった。
「・・・・・・どうして」
足元がふらつく。
勝手に俺は海のもとへ歩み寄り、どさりと崩れ落ちた。
何も言えないまま、別れの時を迎えてしまった。奴が示していた覚悟を、俺は冗談だろと笑い飛ばしていた。
それがどんなに愚かで、酷い行為だったのかなんて言わずもがなだろう。
「俺は、俺は・・・・・・」
頭が思考を止めたがっている。言いたいことが言葉にできない。
「今悲しんでる暇はねえ、さっさと立て!!」
戦わなければとは思っている。
だが、もう俺は一歩も踏み出せない。
どうしようもなく、生きる気力が失われていく。マンドリカルドが大丈夫かと差し出した手を、満足に握ることすらできない。
「克親、泣くのは・・・・・・あとにするっすよ」
「・・・・・・そんなこと言ったって」
「息を引き取る間際、言われたんすよ。”地獄で待ってるが、お前は80年後以降に来ねえと入れてやんねえからな”って」
それが海の言葉か。
遠回しに”死ぬな”と告げられたのなら、生きるしか無いじゃないか。
「・・・・・・セラヴィ。もっかい神をぶっ潰す覚悟あるか」
「・・・・・・ああ、克親がいるのなら・・・・・・何度だって撃ち落としてみせる」
デュランダルを顕現させるだけの魔力は、もう体内に残っていない。
篠塚・・・・・・否、山崎の放った宝具により魔力の消費はかなりきつい状況。龍脈から直接拾い上げていなければ、とっくの昔に俺は精魂ともども枯れ果てて土に還っていたところだろう。
「セイバー、来栖さんは無事なのか?」
「ああ大丈夫だ、今のところはとしか言えんがな・・・・・・!ていうかオジサンもそろそろ死ぬ気でやらねえとだめっぽいな」
セイバーは煌めく兜を身につけ、あからさまに殺気を放つ。
兜輝くヘクトール・・・・・・その二つ名の通り、というわけだ。
「行くぞ!」
海の体を比較的被害の及ばなさそうな場所に動かしてやり、俺は意を決してマンドリカルドの横を走り出した。
敏捷Aのサーヴァントが出す本気に追いつくというだけで相当工程の多い術式になるのだが、魔術刻印によるブーストにより現状俺の使えるあらゆる魔術式はシングルアクションと同じ程度の短さで発することができる。
こうなれば脳筋戦法だと思い切り、俺はいくつものバフをかけまくってやった。
龍脈から溢れ出す魔力はよほどのことでもない限り尽きることがない。一瞬くらい派手に使ったって大丈夫。
「Renforcement! Renforcez votre vision dynamique! Déployez un film protecteur! Taux de réussite! Augmentation de la vitesse de calcul!」
噛みそう。ものすごく舌を噛み切ってしまいそう。
だが止めるわけにもいかない。
「そぅら食らいなっ!!」
「クソ天パテメェのことは会ったときからぶち殺してぇと思ってたぜ!!」
セイバーと不破が八月朔日と唐川に猛攻を加えている。その隙に俺らでタナトスをぶっ飛ばすしかないというわけだ。
「・・・・・・行くぞ。海はもういねえが、大丈夫か篠塚」
「ええ。アサシンなもんで・・・・・・動けはしますよ」
ならそれでいい、と言いながら俺はマンドリカルドに念話で指令を飛ばす。
もう海の手助けはない。俺が今一度あの権能により死を与えられることとなれば、避ける手だてはないだろう。
「結界が効くたあ思わんが・・・・・・っと!」
幻想種に対抗するためにと開発された式を編み、展開する。
さすがに神相手には効き目が悪く、ほんのり動きが遅くなったかというレベルに過ぎない。
だが時間稼ぎがまだいる。あれを完全に俺の体から出す方法はわかっているが、何しろ工程が嵩む・・・・・・
「・・・・・・無駄な足掻きよ」
「っあ”っ・・・・・・!!」
またあの痛みだ。
背中に冷や汗が伝う。ここでくたばるわけにはいかない、死ぬわけにはいかない、死んだら海に殴り飛ばされてでも現世に戻されるだろう。
俺はもう、すべてを捨てる覚悟で刻印を起動させた。この体が朽ち果てようとも俺は生きてやる、「死にたくない」ではない、俺は「生きたい」のだ。
本能、即ちリビドーが間欠泉のように湧き上がる。
「っ・・・・・・あ”、う”ぁ・・・・・・!」
何度も心臓が止まる感覚。
鼓動を完全に止めてなるものかと力業で動かしながら、俺は自分の奥底にあるそれに指をかけた。
「う”、ぁ”・・・・・・ぁ”あ”あ”あ”あ”ア”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ァ”!」
叫んだ。
海の死を無意味なものにさせないためにも。
叫んだ。
まだ生きていたいという願いを。
「・・・・・・克、親」
マンドリカルド。
俺の、大切な友よ。
「・・・・・・令呪を以て命ず・・・・・・勝つぞ、マンドリカルド」
彼は何も言わず、静かに頷いた。
俺と彼の共鳴はこれ以上ないと言っていいほどに高まる。
もはや俺たちの間に、心の境界線は存在しない。
『聖剣・・・・・・完全解放』
声が揃う。
英雄のマンドリカルドと、なんでもない凡人の俺。二人の存在が混ざり合って非局在化することにより、タナトスの権能は無効化される。
マンドリカルドが俺の体から一本の剣を抜いた。
それは紛れもなく、俺たちが見た夢の結晶。彼に足りなかった、最後のひとかけら。そして、俺の存在そのもの。
「・・・・・・これが、克親の、デュランダル」
「違う・・・・・・”俺たちの”だ」
彼の手を握る。
こんな戦いはおしまいにしよう。
幸せを、望んでもらおう。
しあわせを、認めてもらおう。
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139話 十日目:神代すらも凌ぐ牙
閃光が炸裂する。俺は反射的に目を瞑り目を護ろうとするが、瞼など貫通してくるような白色のオーラがあふれ出ていた。
目を開けると、そこにいつもの彼はいない。白銀の髪に、黒のメッシュ。よく日焼けした、という印象を受ける褐色の肌・・・・・・そして、手に握られた聖剣。これこそが、彼の本来の姿。
「神代の存在だろうと構わない、俺たちの剣はそれすらも凌ぐ牙・・・・・・否、剣だ!」
「・・・・・・小賢しい真似を」
マンドリカルドは、デュランダルをぎゅうと握りしめた。
あれだけの大見得を切っても、いまだに恐怖心は残っているようだ。
俺は何も言わず、その手を包み込むように手で触れる・・・・・・微かな震えが、はっきりと知覚できた。
「もう怖いものはないだろ、冀った・・・・・・望みを叶えられたんだ。さっさと決着つけちまおうぜ」
「・・・・・・ああ、そのつもりだ」
俺たちはただ、剣を掲げた。
全てを斬り裂く不毀の絶世・・・・・・その剣に、斬れないものなどありはしない。
神を潰すのならなんだってしてやるという決意が、強い因果操作の力を引き起こす。
海が命を賭してまで行った行った印象改変のおかげで、現実改変までもが可能となっている。
ああ、あいつは・・・・・・最期まで世界と、俺を騙しきったんだ。
とんだ大嘘付きだよと俺はため息混じりに呟く。
「く、あ”ぁ!兵器風情が・・・・・・神を倒すとか、あるべきじゃない!!」
「うるせえお嬢ちゃんだ・・・・・・つかなんで死なねえんだこれ」
八月朔日の体には数えるのすら馬鹿馬鹿しくなるほどの裂傷ができている。
それなのに、内臓はこぼれていないしほとんど血も出ていない。どう考えてもおかしい。
「・・・・・・テメェらさっさと神ぶち殺して来い!業腹だがこいつら殺すのはあとんなる!」
不破もカーボンナノチューブを集合させた縄で唐川を縛り上げめきめきと右腕の骨を粉にするかのごとき勢いで殴打していく。
それでもなお唐川は悲鳴など上げず、されるがままだ。
「・・・・・・神に仇なすのか、兵器よ」
タナトスはただ、その場に突っ立っている。
それはこの状況を一瞬で塗り替える手立てがある故の余裕か、諦めかはわからない。
俺たちはただ、神を倒すだけだ。
「俺は・・・・・・俺たちは、兵器なんかじゃない」
自分に言い聞かせるように、俺は言った。
「そうっすよ。サーヴァントだって夢を見ていいっしょ・・・・・・例えこの体が紛い物であったとしても、俺は俺。この時代に生きる、ひとりの人間なんすから────」
神に近しい存在でもなく、想像で生まれたものでもない。
俺たちは誰がなんと言おうと人間だ。例え親に望まれなくとも、この世界に生まれ、この世界で生きて、この世界で死んでいく人間だ。
「死の神格化とかそういうのは関係ない。俺は必要とあらば誰だって倒す・・・・・・そう、それが例え、全ての母であったとしてもだ」
俺の名は、その願いを込められた。
克親。
親に克つ、親を超克する────それは人間にとって、必要な力だ。
俺は、親父を超える。そして、俺という存在を作った奴にも克ってやる。
その邪魔をするのなら、なんだって吹き飛ばす。
「・・・・・・準備、できてるか」
「ああ、いつでも」
マンドリカルドが微笑んだ。もう恐怖はない、ただこの剣を振るうのみ。
「人の聲剣、その身でしかと受け止めろ」
「我が手は、天をも切り裂く」
タナトスは、この瞬間に至るまで何もしなかった。
「そこまでして、守りたいか・・・・・・アラヤの遣いよ」
「守りたいに、決まってるだろうが!!」
一緒に、その手を振り下ろした。
「神を貫け、『
網膜すら焼き切れそうな光の柱が上がった。
それは再び集い始めた雲を蒸発させ、大気圏を簡単に突破・・・・・・月すら穿ったのではないかという錯覚にさえ陥るほど、それは簡単に伸びていった。
「・・・・・・は、所詮は英霊の域を超えないとはいえ、退けるだけの力はあったか」
大きな傷を負っているのにも関わらず、タナトスはかなり余裕を持った声で呟いた。
「・・・・・・まあいい。欲張って魂をかっさらうべき時ではなかったと言うわけだ・・・・・・最後に非礼を詫びる、とでも言っておこうか。人間」
まさか神に謝られるだなんて、と声を上げかけたところでタナトスは空間に空けた穴から帰っていった。
これにて一件落着というわけにも行かないのが悲しいところだ。
「さて、人類悪×2を粉々にするしかねえなこりゃ」
不破の魔術でめちゃくちゃな緊縛を食らっている二人。普通だったらもう死んでいるだろうという状況だが飄々としている。さすがにおかしい・・・・・・
「ちょっと待つっす・・・・・・今残ってるサーヴァントって何騎っすか」
なにを言っているのだマンドリカルドは。宝具連発で疲労の末に記憶が飛んでしまったのか?
デルニ曰わく抑止力のパシリをやってるとそうなるときがあるらしいが、このタイミングでか。
「お前と、セイバーと、篠塚。どう数えたって三騎じゃねえか」
「・・・・・・克親違う、なんか・・・・・・新しい奴が」
「は?」
まさか、ギルガメッシュが前に言っていた厄介な存在が召喚されるとでも?
これ以上聖杯戦争がぶっ壊れたら来るかもしれないという話だったが、それならタナトスがくる前に出てこいよという話なのだが。
「そいつの言うとおりだ、新しい霊基っぽいのを確認した・・・・・・クラスは・・・・・・ルーラー?」
不破が霊器盤を見て告げた。
ルーラー・・・・・・まさか、定規を司るサーヴァントって訳じゃないだろう。となると答えは自ずとわかる。
裁定者・・・・・・つまりゲームマスターのような存在だ。
「遅れて申し訳ございません・・・・・・なにしろ、不慣れなもので」
緑のシャツに赤い布を纏った、一人の男が現れた。
裁定者らしく敵対的な雰囲気は全くといっていいほどない。
「私の名はヨハネ。ゼベダイの子、ヨハネと申します」
俺は一応仏教徒の類ではあるが彼を知らんわけはない。新約聖書におけるイエスの使徒ヨハネ。誰がなんと言おうと聖人であること間違いなしといった人物だ。ヨハネによる福音書や、ヨハネの黙示録と言ったものが有名だろう・・・・・・さすがに中身までは読んだことがないため知らないが。
「ルーラーってことは、この戦争を管理するために?」
「ええ。例え善悪が明らかであろうとも、平等に裁定を下すのが役割です。ですが今回は、この戦争に起因する事象で世界に歪みが発生すると判断されたために召喚されたのです」
世界の歪みって?などと聞く必要はないだろう。もしかしなくても俺の身に宿ったデュランダルとタナトスの召喚関連のはずだ。
「タナトスは追い返した。っつーことは・・・・・・俺の始末が目的ということか」
「いえ、違います」
きっぱりと彼は言い放った。
「この戦争が終結し、ライダーがその剣を座に持ち帰ることであなたの考えているであろう問題は解決されます」
真の問題はこちらなのです。と彼がその手で指し示したのは八月朔日と唐川。
・・・・・・思っていたよりろくでもないことをしていたのかもしれない、こいつらは。
それにしてもルーラー出るの遅すぎ問題g(タイミング逃しただけ)
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140話 十日目:さあどうする
「彼らをこのまま放っておけば・・・・・・人類はある意味滅びます」
「ある意味」という言葉の意味はまだ察せないが、人類滅亡という結論を出されたということはそれ即ちとんでもない危機。
人類を守るという役を背負ったマンドリカルドの召喚された理由ってのが、また増えちまったというわけだ。
「それってどういうことだ、まさかこいつらの頭おかしい耐久性が問題とかそういうことか?」
不破とセイバーによって普通なら10回くらい死んでるダメージを負わされているはずの二人だが、まだ平然と息をしている。
あそこまででっかく腹を裂かれたのなら、腸どころか胃を超えて食道まで外に露出していてもおかしくないはずなのに。
「その物理的な耐久力も、人間の飽和という別の滅亡理由になり得ますが・・・・・・最大の問題はまた、違うものなのです」
「まさか・・・・・・」
俺はひとつとんでもない可能性を脳裏に浮かべてしまった。
地球の歴史上例があまり見られなかっただけで、存在自体はしていてもおかしくはないものだ。
だが信じたくない、宿主の体を巣食い最終的に乗っ取る”寄生生物”がいるなんて。
「もう彼らの体は、人の物ではありません。外側だけは一緒ですが、中身が違う」
俺の考えは正解であったことが、聖人の口から語られた。
内部を何者かに侵され、人類としての力を完全に利用されているのだろう・・・・・・挙動自体はこれまでとあまり変わらないため、おそらくは人格のデータに干渉、閲覧を行っているものと考えられる。
「寄生虫みたいなやつに全部食われたけど、人間としての生体機能は維持してるってことっすか」
「そういうことだろうよ。体の中身が殆どほかの生物で置換されている状態を、人間というべきか・・・・・・そこらへんの話も絡んでくるはずだ」
言わば中途半端なテセウスの船だろうか。
構成要素が修理や代謝などで時間とともに刻々と入れ替わっているのなら、その存在における過去の一瞬を切り取ったものと現在のそれを比べたらそれは別の存在と言えるのか。みたいなパラドックスのことだ。
数回の修復を経て元々の部品が全く存在しなくなってしまった道具は、修復を行う前のものと同一存在として見なせるのか・・・・・・パラドックスだけあって解決はしていないはず。
「どうすればこいつら死ぬんだよ、取りあえず首ぶった斬るぞ」
随分と太い剣を生成した不破が、それを横に振って唐川の首から上を切り飛ばした。べちゃ、という音を立てて泥塗れの地面に頭が転がっていく。
普通なら卒倒するような光景だが、その異常性の前では俺の意識も釘付けになるというもの。
・・・・・・骨が無いのだ。首にあるはずの、太い太い頸椎が。
じゃあなぜ、数キロは普通にある人間の頭を支えられていた?
筋肉だけではどうにもならないような重量なのだ、頸椎に替わるものがなければ支えられずひどいことになるのは目に見えている。
・・・・・・黒い、何かがいる。
一瞬不破の魔術による産物かと思って聞いたが、俺は内側から破壊するんだったら脳ごと爆裂させる。と答えられた。
じゃあなんなんだ、あれは。
「・・・・・・あ、れ?」
黒だと思いこんでいたが、月光の下にその姿を見せたそれは深い緑色・・・・・・例えるなら、黒板みたいな色をしていた。
無色透明のゼリー状物質に包まれ、不可視の深緑色領域が中心で蠢いている。
そいつが全て体の中から出てきたあとの体は、まるで脱皮でもしたあとの皮かというほどに何もない。首から上と腕、そして股間から下はまだ骨などが残っているらしいが、そこ以外には何もない。完璧な虚無だ。
酸っぱいものが腹から込み上げ、俺は嘔吐してしまう。もう胃の中身は何もないのに、ただただ吐き気が俺の体を襲い続ける・・・・・・ああ食道が、喉が焼けるように痛い。じりじりとした胸やけのような状態になるまで俺はその場に倒れ込んだまま口から酸を吐き続けた。
あれは内臓を全部食ったのだ。邪魔な骨もまとめて・・・・・・
「克親危ねえ!!」
”それ”が、俺の方へと食指を伸ばしてきたのだろう。マンドリカルドは飛び込むようにして俺の前に立ち、”それ”をデュランダルで斬った。
さすがは絶世の剣、スライム状のものですら一刀両断という切れ味には感嘆の声を漏らすほかない。
「ダメだ、斬ったら斬るだけ増えるぞ!!」
「・・・・・・え?」
不破の言うとおり、真っ二つになったそれは死ぬこともなく丸まり、小さくはあるが完璧に元の姿へと戻ってしまった。
サイズが小さくなるとはいえ、こうもプラナリアのように増えるのなら剣は使えない。
ならどうやって倒せばいい?
「なんなんだよこいつ、俺へのメタで誰かが送り込んできたのかってくらい相性わりーじゃねえか!」
そう、マンドリカルドは特性上持ったもの全てがデュランダルと同等の切れ味を持つようになる。
つまり鈍器だろうがなんだろうが剣になるので、武器を持って攻撃する以上必ず斬れてしまうのだ。
「だからって体術勝負っつうわけにもいかねえだろ、もしひっつかれた挙げ句乗っ取られたらどうしようもねえぞ!」
いくらサーヴァントが魔力の塊でできた体と言えど、相手は未知の存在。
もしかしたら同じ人間の姿を持つということで、マンドリカルドにも何かしらの害があるかもしれない・・・・・・
「・・・・・・でも試すしかないっしょ」
「・・・・・・俺の目の前で死んでもいいってのか、お前も」
ただでさえ海がいなくなって辛いのに、最愛の友を喪ってしまえば俺は二度と起き上がれなくなってしまうだろう。
彼は、たった一つの寄る辺なのだから。
「そんなの、どうすりゃいいって言うんすか」
戦わなければ死ぬ。
だが戦っても死ぬかもしれない。
この状況ならリスクを犯してでも戦わなければいけないと頭ではわかっている。だけど、感情がそれを許してくれない。
デュランダルを顕現させたおかげか、俺の中にあった確かな芯は消えている。だから、支えが必要なのだ。
「・・・・・・わかんねえよ、なんっにも」
まだ酸っぱい口の中。
不破が異常存在を炭素の被膜で覆い、なんとか近づくやつを壁の方まで押し戻すが・・・・・・操作できる範囲などのこともあり、壁へそれが叩きつけられた瞬間膜が破られすぐこちらにじりじりと侵攻してくる。
二つのうち片方は先ほどと同様にこちらへやってくるが、もう片方の挙動がおかしい。
ずるずると体を動かし、家の中に侵入しようとしているようだ。
・・・・・・まさか。
「セイバー来栖さんのとこさっさと行け、篠塚もいるだろうがあいつははぐれ化してるんだ・・・・・・単独行動でまだ存在できてるだろうがいつ消えるかわかんねえぞ!」
不破が奴の意図に気づき、セイバーへと声をかける。
だがもうそこに彼はいない。もっと早い段階で気づいて、霊体化をしつつ向かったようだ。一応俺にも存在を知覚できているので消滅したという訳ではないだろう。
「さて、今ここにいるのは俺とテメェらとルーラー・・・・・・どうやって勝つよ」
あくまで死ぬ気はさらさらない不破。この状況下でそのメンタルを保てるってのが心底羨ましい。
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141話 十日目:黒
「・・・・・・蜈玖ヲェ・・・・・・縺ゥ縺?」
”それ”が、俺には到底理解のできない言語を用いて何かを告げた。
「なに、言ってんだこいつ」
「菫コ縺ョ荳ュ縺後°繧峨▲縺ス縺ェ繧薙□・・・・・・蜉ゥ縺代※繧」
ぶくぶくと内部でなにかが沸騰した水のように泡立つ。それはまるでヤマビルのように細長く伸び、俺の背中へと触手らしいものを回り込ませた。
アレにくっつかれたら終わりだ、と本能的に察した俺は吐瀉物塗れの口を拭って横っ飛びする。
「繝槭Φ繝峨Μ繧ォ繝ォ繝菫コ縺ョ蜿矩#菫コ縺ョ諢帙☆繧倶ココ縺ゥ縺薙↓繧り。後°縺ェ縺?〒縺上l縺ェ縺?°」
脳へ何か声が響く。軽度の精神汚染だろうか、言葉がもつれそうになって危なっかしい。
おそらくこいつは唐川の使っていた魔術を吸収したのだろう。あいつは人をおちょくるのだけは一級品だったから。
「縺薙l縺御ココ逕」
ぶくぶく、ぶくぶく。
それが大きく棘を伸ばし、人間の四肢にも似た構造体を形成する。
それだけだったらまだ気持ち悪いなと思っただけかもしれない。だが、許されざる事象が、次の瞬間発生したのだ。
「・・・・・・か、つ・・・・・・ちか」
「・・・・・・ざけんな」
それは当初の質量からは考えられないような膨張をして、人の形を取った。
やけにスレンダーな脚。
随分と目つきの悪い三白眼。
かなりヤンキーくさい自由な髪型。
トレードマークとも言える白いZ字のメッシュ。
「あいつ・・・・・・俺になりやがった」
呆然とした顔で、マンドリカルドはそう呟いた。
今度は俺への嫌がらせか。友をこの手で殺せというのか。
全身が深緑色だったそれは少しずつ着色されていき、本物と全く見分けがつかないくらいに変化した。
「随分と悪趣味な奴だなテメェはっ!!」
不破が鎖を展開し、紛い物へ絞殺を試みる。
だがそれは右手から一瞬で剣を生み出し、鎖を断ち斬ってしまった・・・・・・どす黒いが、あれはおそらくデュランダル。
姿を変えた時に剣のデータも読みとっていたのだろうか・・・・・・なおさら腹が立つ。
「・・・・・・アンタ、何者だ」
「言わなきゃわからないとか・・・・・・本物のくせに馬鹿っすね、アンタって奴は」
奴がけらけらと笑う。それは本物のマンドリカルドそっくりで、俺の心を少しだけ揺さぶってくる。
何故だろう、友は俺の隣にしかいないってのに。
「克親、そこの出来損ないじゃなくて俺の方に来るべきっす。満足するまでいくらでも愛してやれるっすよ、俺なら」
「んなこと許されると思ってんのか、克親は俺と一緒にいるって言ってくれたんだよ!!」
「俺もアンタも・・・・・・同じ存在だろ?」
剣に取り憑いた瘴気が消え、奴の持つデュランダルは本物と一切変わらない姿に変わる。
精神汚染の効力も相まってかどっちがどっちかわからなくなりそうだ。耐えろ俺、本当の友を見失うな。
「大丈夫かよ」
「・・・・・・ああ、まだ、なんとか」
とても苦しい状況だが、弱音は吐いていられない。
目を離しちゃいけない、逃げてはならない。
膝に手をついてでも、俺は立つことを止めない。
「どっちが本物か証明する方法は・・・・・・わかるだろ」
「殺し合わなきゃ、生き残れないってこった」
ぎ、とマンドリカルドが歯を食いしばって剣を握る。
一斉に二人は飛びかかり、強烈な剣戟を開始した。
どちらも技量は同じ、きんっきんっとデュランダルのぶつかり合う音が反響する。壊れることのない剣がぶつかり合うために、どちらかが破損する事もない。
つまり、持ち主がどれだけ耐えるか、攻めるかが問題なのだ。
「せいっ!!」
「そらどうしたァ!!」
片方が盾を投げつける。もう片方が防御の緩みを一瞬で察知しすかさず足払いを繰り出してバランスを崩そうと画策する。
このまま倒されてなるものかと彼は首に巻いていた鎖を取り鞭のように振るい、相手の右手を強く打った。
本物の胸には俺のあげたペンダントが揺れているのだが、あまりにも双方の動きが早すぎて見分けがつかん。
「ぐっ!!」
片方が剣を取り落とし、右手を軽く抑えた素振りを見せた。
さすがに決着がつくかと思われたがそんなことはない。
「なーんちゃってぇ!」
トドメを刺そうとしたマンドリカルドの腹に、奴の手が触れる。
その瞬間、深緑色の何かが体に入り込み、偽物の体は消えていった。
「セラヴィ・・・・・・」
「あ”、う”・・・・・・やめ、ろ”・・・・・・あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!」
心臓を抑え苦しむ彼。
鈍色の目が金入れ替わり、肌の色も白に寄っていく。鎧は美しい白銀から禍々しい黒色に染色、剣も同様に汚染された。
そして、メッシュも黒く染まり地毛の部分と同じ色と化した・・・・・・
俺が知覚できるレベルでもわかる霊基の変化・・・・・・何が起こっていると言うのだ。
「・・・・・・黒化」
「・・・・・・それって」
嫌だ。そんなことがあってたまるか。
「あれは聖杯の泥に似たもの・・・・・・それがサーヴァントに触れると霊基は汚染され、強制的に別側面が引きずり出される」
ルーラーの奴はあくまでも冷静に分析を続けた。
サーヴァントを侵しもれなく人間の肉体を乗っ取れるような聖杯の泥に似た物体となれば、世界中に拡散した時点で終焉待ったなし。ルーラーが呼ばれるってのもわけないっつうことだ。
「あー気持ちいい!やっぱ略奪ってさいっこーだよなあ!!」
胸元で煌めくペンダントを握り、彼は問答無用でチェーンを引きちぎった。
地面にぼとりと落とされるそれを見ても、俺の口からは言葉が出ない。
意味のない音と、嗚咽を漏らす。どうして、どうして俺を苦しめるんだ。俺はただ、少しだけ幸せでいられたらそれでいいのに。マンドリカルドと、普通に笑って別れたかったのに。
なんで、世界は俺を苦しめるのだ。
「テメェ・・・・・・何やってるかわかってんのか」
「わかってるに決まってるだろ?俺以外が不幸になろうが死のうがどうだっていい、俺は俺の快楽に従うだけだ・・・・・・楽しかったぜ?アンタとの親友ごっこ。薄ら寒くて風邪ひきそうだったわ」
霊基が汚染されているからこんな言葉が出るんだとわかっていても、胸が痛い。
同じ声でそんなことを言わないでくれ。俺の、居場所だったのに。
「いやぁほんとに苦労したのなんの。コミュ障患った陰キャの真似して、雑魚に苦戦してるような素振りまで見せてさぁー・・・・・・しっかしアンタって馬鹿だよなぁ?暴走した時点で俺の危険性なんてわかってたはずなのにさぁ??」
今まで見たこともないような歪みを感じる笑顔。
そんな顔は見たくない、そんな台詞はもう聞きたくない。俺をどれだけ絶望させれば気が済むのだ。
「・・・・・・テメェ、そろそろ黙れ」
何か言いたいのに、言葉にできない。
頭がもうぐちゃぐちゃになって、考えても考えても言葉が出ない。
「なんで黙らなきゃいけないんだかな?どうするかは俺が決める、アンタが口出しすることじゃねえよ。黙るのはそっちだ」
「じゃあその口・・・・・・縫い止める!!」
細い炭素繊維のワイヤーが数え切れないほど不破の両手首から飛び出す。人の体に当たったらおそらく、簡単に肉が裂けるような代物・・・・・・
「お前も馬鹿だったみてえだな!!とっとと死ね、『
『
ああ、ああ・・・・・・俺たちの夢は、どこに行ってしまったのだ。
一人うずくまる俺の肩に、ルーラーが音もなく手を置いた。
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142話 十日目:まだできること
黒の連弾が再びしとしとと降り始めた雨の中で共鳴する。
わかっていたことだが人間対サーヴァント。どれほど不破の技術があったとしても、壊れた彼を止めることは不可能だ。
最後の令呪一画が浮かぶ、手の甲を俺は見つめた。今の彼はどう考えてもステータスが上昇している。Cだった対魔力もいくつかランクアップしていたっておかしくはない。
となると、もう俺の力で制御することはできないという可能性まで浮上する。
「・・・・・・セラヴィ、セラヴィ・・・・・・!」
地面を這うようにして動き、落ちたペンダントを拾い上げ握りしめる。
雨のせいで冷えていたはずだが、それはほんのり温かいまま。ずっとマンドリカルドの肌に触れていたからだろうか・・・・・・たったそれだけのことなのに、涙が止められない。
「おせえんだよアンタはっ!そら『
幾度となく繰り返される、反転した彼の宝具発動。どういうわけかクールタイムを一切合切無視して宝具を撃ちまくっている・・・・・・
「っ、げほっ、がはっ!?」
体の力がどんどん奪われていく感覚。
あいつは・・・・・・俺との接続をわざと切っていない。魔力欠乏で俺を苦しめたいという意図の表れだろうか。
どっちにしろ、このままじゃ死ぬ。
「止まれ、セラヴィ・・・・・・お願いだから・・・・・・止まって、くれ」
「うるせえんだよ」
不破と戦うための踏み台がごとく、俺の背中に彼の踵がぶつけられる。その衝撃で上体を支えていた腕はがくりと崩れ、顔面は泥の中にびしゃりと浸かる。
その上でジャンプされたもんだから、ブーツのヒール部分が深く背中に刺さり呼吸をまともにさせてくれなくなった。
ひゅうひゅうと情けない音を漏らし、必死で酸素を取り込む。
まだ死ぬわけにはいかない。マンドリカルドとの誓いを果たすまで、生きていたい。
「ぐっ、ぅううっ!・・・・・・はは、ははははは・・・・・・ここまで魂ごと焼け付くような戦いは久方ぶりだ!!」
額から夥しい量の血を流してなお、不破は狂気を孕んだ声を上げる。
戦闘力の低いサーヴァントなら制圧も可能という技量と、未だ底らしい底を見せていない魔力の量。
やはり、埋葬機関に近しい人間というわけか。
「受肉したってのが運の尽きだと思え」
不破の左胸に大きく浮かぶ青い回路・・・おそらくこれが、彼の魔術刻印。
三日月のような形は、まるで彼の操るもの・・・・・・即ち炭素の「C」にも見えるが偶然だろうか。
「心臓すらまろび出る暇なく崩壊させてやんよ・・・・・・!」
不破の着ていたキャソックの一部が翼のようにはためいた。
一瞬で針のように尖り、奴の体を追い回す。
「随分と厄介なもんやってくれてんだなこいつはっ・・・・・・と!?」
「有機体に生まれたことを後悔しろ」
やつの体に針の一本が刺さる。
それを見てか、デュランダルで奴は自ら左腕を切り落とした・・・・・・受肉したというのは本当らしく、普通ならすぐに止まる血も勢いよく噴き上がっている。
次の瞬間には針がぶくりと不自然に膨れ、左腕の組織を吸収していく。おそらくこれはタンパク質などを分解して炭素を回収するという技・・・・・・対人戦ならばどうしようもなく強い。
「その程度かよ!」
「まだに決まってんだろうがクソったれ!!」
再び激しい両者のぶつかり合い。双方大量の傷を負って、地面に血しぶきを撒き散らす。
不破の表情はかなりおかしくなっていて、簡単に言うなれば「頭イってる」とかそんな感じだろう。奴に対する憎悪と、強い相手と殺しあえる快感に揉まれているせいだろうか。
「『
「っ脳筋かテメェ、そこらへんは元の奴の方がよかったなっ!!」
もはや家が壊れまくっていることなんてお構いなし。
周囲の木すらもなぎ倒してあいつらは戦闘を続けている。
・・・・・・奴が何発も宝具を撃つせいで、俺の体が壊れていくのにも拍車がかかる。
「ぐはっ、が・・・・・・げほ」
鼻血が中を通って口にまでやってきたせいだ。俺は降りてきた生臭い味を早く無くしたくてそれを地面に吐く。
当たり前だが鼻からもたらたらと赤黒い血がこぼれてきた・・・・・・ここまで来るとかなりやばい。龍脈の魔力を濾過することもなく無理やり体に入れることでなんとか生命維持できているが、さすがにこれ以上耐久できる気配は全くない。
「縺ゅ↑縺溘?莉雁ケク縺帙〒縺吶°?」
「・・・・・・あ」
完全に忘れていた。まだ、アレは存在する。
八月朔日の体から這い出てきた”それ”は、静かに不破と奴の戦いへと近づいていく。
・・・・・・不破が戦闘へ夢中になっている隙に、乗っ取るという算段だろうか。さすがにそこまでやられたら終わりだ、俺にはどうしようもなくなってしまう。
「ルーラー・・・・・・俺は、俺は・・・・・・どうしたらいいんだ」
ペンダントを、右手でそっと握りしめる。
顔についた泥と血と涙を手の甲で拭った・・・・・・令呪の模様が、嫌でも目に入る。
最後のひとつ。目のようなそれが、俺を見ている。
未だに顔の周りがつーんとして、喉が痒い。いろんなものをなくしてしまった悲しさが、俺の中には残ったままだ。
また目尻からボロボロと涙があふれ、雨と混じり合う。
俺の存在は罪なのか。
生きてちゃ、幸せになっちゃ駄目なのか。
俺だってそんな風に生まれたくなんてなかった。俺はただ・・・・・・普通に生きていたいだけなのに。
こんな戦いに参加したのが悪いのだろうか。さっさと断って別の奴に押しつけてしまえば、こんなことにはならなかったのか?
「・・・・・・いや、違う」
この流れ、俺がいてもいなくてもどうせこうなっていた。
八月朔日のやつが聖杯の泥に似たものを持ってくるし、抑止の使者は必ずここにやってくる。
そして放っておけばそのまま世界が終わる・・・・・・俺がいて、変わることなんて。
「・・・・・・ライダーのマスター。”貴方だからこそ、出来ること”があるはずです」
俺を見かねて、ルーラーはそう俺に告げた。
「・・・・・・もう絶世の剣デュランダルは俺の中にない。それでもか」
ルーラーは静かに頷いた。
俺の持つ、チェーンの壊れたペンダントを見て。
そういうことか、と俺は一人納得する。
「私が守護するのは忠誠と愛、そして・・・・・・友情」
それは俺に味方してくれるということだな?と確認だけとって、俺は仄かに温かみを感じる石を両手で包み込んだ。
ルーラーが令呪を消費し、マンドリカルドの現実性・・・・・・つまり、彼の存在そのものを強化する。
奪われた霊基は取り戻され、幻霊未満となっていた存在は英霊に返り咲く。
だがまだまだ足りない。この世界に呼び戻す為には、依代が必要だそうだ。
・・・・・・ならなってやろうじゃねえか。
友を取り戻せるのなら、命以外のものはなんだってくれてやる。
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143話 十日目:決着
文の質を無視したら本出せるわ(なお三点リーダの乱用)
「令呪を以て命ず・・・・・・我が身を寄る辺に舞い戻れ、マンドリカルド!」
もはやセイバーたちにはにはバレているだろうからと、俺は思い切って彼の名を叫んだ。
真名が持つ力は絶大で、その上サーヴァントという普段は名を隠すような存在なら尚更というわけ。
世界に言って聞かせてやろうじゃあないか。我が友はここにいる、白陽の鷲とともに。
手の甲にあった最後の令呪が、きんっという音を立て瞳を閉じるように消えていく。
握り込んだペンダントの石は大きく啼いた。
俺の献じた王冠はそのこうべの上で星のように煌めく。
再冠の時は今ここに。
王は、今こそ発ちぬ。
「・・・・・・っ、来い!!」
半透明の彼に、手を触れた。
存在座標の完全一致。世界はこれを、同一存在として認識する。
「克親・・・・・・今行く!」
マンドリカルドの存在が俺の体表で拡散し、オーバーレイ状態へ移行。
同じ意志の元に、魂は結合する。
体を濡らす雨の雫も、強大な力によって吹き飛ばされた。
どんな絶望の畔に立たされようとも、俺たちは負けやしない。
俺とマンドリカルドの間にあった縁は誰にも切らせない。
「・・・・・・ああ」
この腕の中に、確かに彼がいる。
それだけで満たされる、それだけで嬉しい。
冷えた体に熱がこもる。
俺たちは、ぎゅうと右手を握りしめた。
地面を強く蹴り、数メートルを一気に跳躍する。その右手が目指すは無論、友の体を乗っ取った野郎の顔面。
「俺の友達を返して貰おうか!!」
捻りを加え、思いっきり手を手前に引いた。全力を込めて、拳を突き出す。
「今更かよっ────!!」
黒に染まったデュランダルの刃が此方へと振り下ろされるが、聖遺物の力を纏っているお陰か掠り傷で済んだ。
この程度の血なんてもう見飽きたと、そのまま手は軌道も変えず奴の頬へとたたき込まれる。
「っが!!」
奴は一瞬で横へと吹き飛ばされ壁にぶち当たった。動きが鈍った瞬間を見逃さず不破は奴を拘束した。
衝撃でデュランダルを取り落としたのを俺は見逃さず、そいつを奪い取りそちらへ投げ渡す。
「俺が殺れってか!」
「ああそうだ、俺と一緒にこいつをたたっ斬ってくれ!」
どういう理屈だよと言われればそれまでだが、俺にはなぜか絶対の自信があった。
目を閉じ、意識を集中させる。
葎の広がる心象世界、そこにはもうなかったはずの剣があった。
「・・・・・・具現化」
起源の力を駆り、それを現実世界へ引っ張り出す・・・・・・言わば、視界を変化させない極小の固有結界。空想具現化。
マンドリカルドの存在そのものと同化したそれは強い現実性を持ち、あたかも最初からそれがあったかのように・・・・・・現実を書き換える。
固有結界の性質上、抑止力にかき消されやすいが今という異常事態・・・・・・それも、目を瞑ってくれている。
「勝つぞ」
「・・・・・・今、誓いを果たすっすよ」
再びこの世に顕現した聖剣。
この轍こそが、宿命だ。
「・・・・・・アンタら、どうなってやがる。デュランダルの力はもうないはずじゃなかったのか」
「これに関しちゃ概念の上塗りだ」
実のところ俺もよくわかっていないが、こんなときは気持ちで勝ちにいくほうが合っている。
剣を上段に構え、全身の力を手へと集約させる。
不破も俺の状態を見て、下段霞の構えを取った・・・・・・受肉したのなら、先ほどのように分裂される心配もない。
「・・・・・・クソ」
観念したか、奴は静かに目を閉じる。
少しカラーリングが違うだけでほぼ彼そのもののような姿を斬るのは少々気が引ける気もするが、躊躇うわけにはいかん。
「さっさと去ねぇええええええええええ!!」
「消えろおおおおおおおおおお!!!!」
同時に聖剣と魔剣が交錯する。
汚染されたデュランダルは、正規のデュランダルとほぼ逆の力を持っている・・・・・・かと思われたが握っていてわかった。
あれの力は奴にねじ曲げられただけで本質は変わらない。
逆の力ならば相殺するものだが、衝突する瞬間同じ位相のものが融合するために増幅が起こる。
腕が吹き飛びそうな衝撃が、びりびりと顔面に伝播してきた。
だがまだ終わるわけにはいかない。何度も剣を打ちつけ、完膚なきまでに叩きのめす。
「もうそろそろいいだろ、灰燼に還してやる!!」
「待てや!俺まで消し炭にされるのはゴメンだっての!!」
慌てて不破が横に飛び、ルーラーの背中に隠れる。さすがに彼も食らったらヤバいと見たのだろう、正しい選択ではある。
核らしき部分に、緑の粘性物体が張り付いている・・・・・・こいつを引き剥がせば大丈夫だと俺は察知し、剣を掲げた。
空想は具現化する。
願いは叶えられる。
それが、人類のためならば。
「・・・・・・人の営みに、お前は必要ない」
剣の切っ先へ、すべてを集約させた。
霊核を砕かぬよう、優しく・・・・・・それを触れさせる。
「繧?a繧、繧?a繧・・・・・・繧?a繧阪d繧√m繧?a繧阪d繧√m繧?a繧!!!」
「・・・・・・
音もなく、それは蒸発した。
八月朔日の体から這い出たそれも、意味の理解できない言語を吐いて消え去る。
・・・・・・おそらくこれは感覚を共有するもの。どこぞの魔法少女製造業の奴らとは違い、どれかが死ねばそれがすべての個体に共有されるという性質の。
「・・・・・・聖杯の泥みたいなもん、っつっても所詮は魔術師の作ったパチモンってわけか」
「・・・・・・本物だったらこうはいかないだろうな」
ぱちん、と音がして俺の体からマンドリカルドが離れた。恐らく元の体が戻ったからであろう。
「つかさ、さっきは焦ってたから言及しなかったけどなんでテメェ霊核ごと乗っ取られてんのにそんな芸当ができたんだ」
不破の言うことも一理どころか万理ある。
「それはだな・・・・・・俺もわからん」
「理解しとけ」
正直ペンダントにそんな魔術はかけていなかったはずだ。
死なないでの思いとともに、致命傷を2回耐えきるような・・・・・・某ゲームでいう「きあいの○○」みたいなやつ。
汚染効果が致命傷という判定だったっつうならそれまでだが、どうもよくわからん。
「まあ兎にも角にも騒動は終わった。あとはこの戦争に決着をつけるだけだ・・・・・・って言っても俺に監督役の資格はないがな」
聖なる杯をポケットから取り出してルーラーに渡した不破。
「俺はもう公平性を捨て、こいつらに味方した。全部を決める権利はテメェにある、ルーラー」
ルーラーは金の杯を見つめたあと、小さくため息をついて不破に返した。
不破の方はなんでだよと押し付け返そうとしたが、やっぱり地味にサーヴァントとしての力を発揮され無理やり返してきた。
「・・・・・・そんなに俺に持っていて欲しいのかよ」
ルーラーは静かに頷き、とんでもない惨状を呈している俺の家を見た。それにつられて俺も視線をそちらに移す。
屋根はバキバキ、二階の研究室は完全に露出。研究室の床に穴も空いたせいで雨漏り放題。
修繕にいくらかかることやら。
「・・・・・・まあ、周りに被害が出るよかマシか」
被害を受けたのが俺の土地のみなので、不破がカバーストーリーを作り上げる難易度はかなり低い。
簡単に、俺が趣味の工作をしていたらガスの配分間違えて爆発したとかその程度でいいのだから。
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144話 十日目:終わりなき後悔の話
今更ながらなげえなこの話()
屋根にブルーシートだけかけて、俺は中に戻った。
幸い電気系は無事らしく、一階の部屋の電灯はつく。
「来栖さんは大丈夫だったか」
「ああ、最後はお前さんらに助けられたがなんとか守りきった」
オジサンには重労働でしたわ、と笑うセイバー。
ソファのうえでへなへなになっているあたり、相当な戦闘が行われたのだろう。家具への損害が抑えられているあたり防戦のプロというわけだが。
「・・・・・・そういや、篠塚と海の体は」
篠塚は消滅したのかもしれないが、海の体が消えることなんてあり得るのか。
「・・・・・・篠塚さんは、司馬田さんの遺体を抱えて出て行っちゃいました。家で静かに眠らせてあげたいって」
なんて勝手な奴だ。
俺にさようならくらい言わせてくれ、それじゃああいつに示しがつかない。
俺は少しだけ考え・・・・・・玄関へ足を向けた。
「行くんすか?」
「・・・・・・ああ」
このまま永い別れだなんて、そんなのは俺の心が許さない。
俺だけじゃない、本当の平尾克親だって許さんだろう。
靴を履く前に、一つの部屋へ立ち寄った。それはあの日以来中に入らなかった・・・・・・入れなかった部屋。
記憶処理の魔術が解けたことにより、もう頭が叩き割られるような痛みはない。
「・・・・・・子供部屋?」
「ここ、俺の部屋だったんだ」
正しくは、中学生までの俺の部屋。
綺麗ではあるが所々落書きやシールの貼ってある勉強机と備え付けのクローゼット以外撤去され、何もないけれど・・・・・・確かにここは俺のいた場所。
「あいつに、渡せなかったもんを渡しとこうと思って」
引き出しに入っていた小さな箱を取り出す。
ずっとそこにあったせいで、10年もこのままだったのに包装は綺麗なままだ。
「・・・・・・さっさと行くか。篠塚が消える前に」
「そうっすね、話さなきゃならんことが俺にもあるんで」
どんな話なのかはあえて触れないでおくが、マンドリカルドもあちらへ行くことを望んでいる。
幸い雨は霧雨のように変わっている。体が濡れはするが、さっきまでの大雨よりかは何千倍もマシだ。
傘を2つ持って、外に出る。
まだ心の中に残っていた迷いを振り切って、俺は一歩踏み出した。
マンドリカルドもそのすぐ後ろをついてきてくれる。
肌に触れる雨が冷たい。
・・・・・・それにしても、雨だと花粉症の言い訳がつかなくなるから嫌なんだ。
「・・・・・・篠塚、いるか?」
海の家に着いて、彼の名を読んだ。真名は知っているが、俺なんかに呼ばれたって嬉しくはないだろう。
しばらくして、静かに扉が開かれる・・・・・・篠塚の顔は見えないが、入っていいということらしく二人してあがらせてもらった。
「・・・・・・海は」
「寝室にいらっしゃいます」
その声には、悲しみ、悔しさ、喪失感、怒り・・・・・・たくさんの感情がこもっていた。
俺は何を言うでもなく、その部屋のドアを開ける。
寝息が聞こえてきそうなほど自然な状態で、海はそこにいた。
大声を出したら飛び起きて俺を殴ってきそうなほど、自然に。
「・・・・・・ごめん、な」
謝罪なんていらねえよとあいつから言われそうだが、言わなければ気が済まない。
海の気持ちをないがしろにして、ちゃんと向き合えなかった。
今考えればあのときの言葉は助けを求めていたのかもとか、そんな想像ばっかり浮かび上がる・・・・・・
「海。俺・・・・・・」
言ったら怒られるだろうか。
俺はお前が好きだったという言葉を。
「・・・・・・旦那」
マンドリカルドと出会うまで、海は一緒にいるのが楽しいと思える唯一の存在だった。
しょーもないことで馬鹿みたいに笑っていた日が恋しい。
もう二度と訪れないことなのに、失ってから初めて悲しいと思った。
俺は海のことが好きだったんだ。だけど・・・・・・偽物の平尾克親に言われたらあいつはどう思うのだろう。と考えて、この気持ちに気づいてからも言い出せなかった。
「マスターの願い、何だったか知ってますか」
「・・・・・・それ、は」
聞いたことがない。
何度もはぐらかされたり無言でしばかれたりしたせいで、情報は何もつかんでいない。
・・・・・・わざわざこの場で言うことなら、それはもう・・・・・・限定される。
「手紙を預かってるんです。マスターが亡くなってしまったあと、あなたに渡すように」
篠塚が差し出した一つの封筒。中にはけっこうな量入っているらしく、厚みがよく見えた。
「遺言ではないのでご安心を。全てお読みになった後は、どのようにしてもらっても構いません」
つまりこれは、俺に対するただただ普通の手紙。
封を解いて、俺は中にあるものへと目を通す。
「・・・・・・っ」
こんなのに耐えきれる訳もなく、俺はその場でくずおれた。
「俺の、馬鹿・・・・・・馬鹿だ、どうしようもない馬鹿だ、俺は」
何もしてやれなかった。ただこの戦いでは頼ってばかりで・・・・・・あいつの本当の声なんて全然聞こうとしなかった自分が憎い。
あいつはずっと、俺のことも好きでいてくれたのだ。それが本当の俺にとってどういう意味になるのかを知っていて、ただひたすらに隠していた・・・・・・
気づけていれば、海はもっと幸せになれたのだろうか。そんな可能性の話なんて実証しようがないけれど、ただ知りたかった。
『私はただ、克親が幸せでいてくれたのなら・・・・・・それでいいと思ってた』
『あなたの幸せに、私は必要ないと分かっていたから』
『こんな(インクが滲んでいて読めない)と一緒にいてくれてありがとう』
『(インクが滲んでいて読めない)』
『(インクが滲んでいて読めない)』
ああ、ああ。
もうだめだ。
涙で前が何も見えない。
喉は嗚咽しか漏らせない。
マンドリカルドが何も言わずに背中をさすってくれたので、少しだけましにはなったが。
「・・・・・・っ、そうだ・・・・・・これっ」
ポケットからあのプレゼントを取り出し、箱を開けた。
「・・・・・・時計っすか?」
その中にあったのは、小さな女性用の腕時計。
針は止まったまま、10時を指し示していた。
「そうか、やっぱり・・・・・・そうだったんだな」
男性から女性へ時計を送るときは『同じ時を過ごしたい』という、ほとんどプロポーズと言っていいような意味が与えられる。
今の俺が成り代わる前の平尾克親は、やっぱり海のことが好きだったんだろう。
こんなことにならなければ、手術が普通に終わっていれば・・・・・・二人は幸せでいられたはずなのに。
「・・・・・・ごめんな、ほんと・・・・・・ごめん」
その時計を、海のそばに置く。
会社に連絡をしなければならないが、こんな時間じゃ誰もいないに決まってる。ただでさえあそこは残業大嫌い体制だし。
「じゃあ、俺らは一旦家に帰るよ。篠塚は?」
「・・・・・・もう少しだけ、ここにいます。あなたたちの戦いに、水を差しはしませんよ」
彼は柔らかい笑みを浮かべ、俺たちを見送ってくれた。
雨足は強くなっていて、傘にぱらぱらと雨粒が当たる。
「セラヴィ、ちょっとだけいいか」
「いいっすよ、克親の好きなだけ」
俺たち以外誰もいない道路の真ん中で、傘を下ろして俺は泣いた。
子供がだだをこねるような声を出して、目が痛くなるのも無視して泣き続ける。
味覚がおかしくなりそうなほどに塩辛いはずの涙は、口に入る雨のせいかあまり味がしなかった。
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145話 十日目:あの時から答えは同じ
ひとしきり泣いた後、俺は傘を持ち上げることもなく歩き出す。
後少しで粉々になってしまいそうな心のままで、ふらりふらりと前に進む。
こんな時間だ、車なんて滅多なことじゃ通らない。だから大丈夫。
「克親、もう今更かもっすけど風邪引いちまうっすよ」
「・・・・・・そう、だよな」
差し出された傘を受け取った。
びしょ濡れになった俺を、彼は後ろから抱きしめてくれる。あたたかい、生きている・・・・・・一度死んだ存在でも、今この世界に彼は生きている。
海が死に物狂いで守ってくれたのだ。絶対に、最後まで一緒にいなければ。
「篠塚に話さなきゃならないこと、あったんだろ」
どうして話さず俺について出てきてしまったのだろう。わざわざ彼が言うくらいなのだから、重要な話だと思っていたが。
俺の胸の前で手を組み、マンドリカルドはもういいんすよと小さく呟いた。
「あいつの顔見たら、聞くまでもなかったかなって。選択を変えさせるような権力なんて俺にはないし、あのままにしておいた方が本人のためだと思ったまでっす」
本人がいいってんなら、俺は文句言えないな・・・・・・と、それ以上は何も話さなかった。
雨の音と風の音だけが響く世界に、少しだけ濡れた服の擦れる音が混ざる。
ぶり返す心の痛み。収まったと思った衝動がまた暴れ出し、涙をぼろぼろとこぼすのだ。もう目が痛いのに止まってくれない。こんなに苦しいのなら忘れた方がマシだったかもしれないと、思ってもいないことを言い出しそうになる。
「気が済むまでいっぱい泣いてくれっす、好きなだけ甘えていいんすよ。俺はいつまでも・・・・・・待ち続けるし、応えるから」
その声に、憐憫の色などはない。
「・・・・・・こんな意気地なしで、ごめんな」
「何言ってるんすか。克親は立派っすよ・・・・・・俺なんかより、ずっと・・・・・・ずっと。すんません、俺・・・・・・下手なことしか言えなくて」
その言葉に、大人気なくかちんときた俺は住宅街のど真ん中にもかかわらずつい叫んでしまった。
「俺がお前より立派とか、んな訳ねえだろ馬鹿」
半泣きのまま俺は体をくるりとひねり、マンドリカルドの両頬を持ちうる力全て使って摘まんだ後に引っ張ってやった。
痛いっすよとも聞き取れる不明瞭な音を発して、彼はされるがまま。まるでそうされることを望んでいたかのように、目元は笑っている。
「ったく・・・・・・いつまで経っても自虐癖は治らねえな、お前は」
抑止の守護者として世界を守り続けているのだ。この世界の誰よりも立派で、かっこいいに決まっているだろう。
人類の為だと自分に言い聞かせて、したくもない殺戮をしたり、愛した人を失ってきたのだろう。それも、数え切れない回数。
滅亡の理由を消したとしても、自分自身が無事だとは限らない。
時には反吐がでるような死に方だってしただろうに、それでもなお戦い続けるんだろう。
擦り切れた心を、かつての自分でどうにか補修して。
たった一度の失敗が、全ての終わりになる恐怖を知っていてもなお・・・・・・そこに立っていなければならないんだろう。
それはきっと、終わりなき英雄譚に違いない。
「絶対に凡人とは比べものにならない英雄なんだよ、それにお前は、俺にとっての・・・・・・救世主だ。だから・・・・・・さ」
少しでいいから笑っていてくれないかと、俺はひどい要求をした。
救ってくれた人が悲しそうな顔をしていると、自分が嫌になってしまいそうだから。
自分でも情緒不安定になっているとわかっていながらも、わがままが言いたくてしょうがない。
「・・・・・・わかったっす」
白く綺麗な歯を見せて、にこやかに彼は笑う。
あからさまに無理している顔だ。でも、文句が言えるわけもない。
「・・・・・・ありがとな」
「それはどういたしまして、っす」
今日はもう温かくして寝ようと提案されたので、俺はそれを呑みさっさと帰ってそうすることにした。
明日からまた、忙しくなってしまうだろうから。
「へぶしっ」
もう風邪引いちまったかもしれねえ。
「・・・・・・ただいま」
とりあえず家に戻って真っ先に風呂場へ向かい、濡れた服を脱ぎ捨てた。
かなり体は冷えているからと、もう一度湯船に浸かり大きなため息をつく。
セイバーとの決戦、職場への復帰、海に関する話、家周りの補修、龍脈の整備・・・・・・やることが一気に増え、げんなりする。
感情を捨てでもしねえとやってられねえよと俺は虚空に向かって文句を付けた。無論そうしたところで家が勝手に治るわけでもない。
「なあ」
「なんすか?」
洗面台でなにやら顔を洗っていた彼を呼ぶ。
触れていたい。と思ったのだ。この手で掴んでいないとどこかに行ってしまいそうな気がして、怖くなる。
そんなことを言ったら、マンドリカルドは嫌な顔一つせずに来て俺の手を取ってくれた。
「・・・・・・わかるっすよ、俺も・・・・・・似たような感じになったっすから」
自分のせいで家族を死なせた時はそんな風になったっす。と乾いた笑い声を上げて、マンドリカルドは手を優しく撫でてくれた。
令呪はもう全て消え、その左手にあるのはうっすらとしたあとだけ。
「令呪は無くなったけど、ここでいきなりの裏切りとか・・・・・・」
「する訳ぬぇーっすよ。ここまで来ておいて」
そんなこと言うくらい辛いんすよね、と彼は優しく手の甲にキスをする。
「前にも言ったと思うっすけど、俺は克親の騎士・・・・・・そんでもって友達。どんなことがあったって、それは変わらない」
俺の人生で一番の愚問だった。
彼は、とっくの昔に最後まで添い遂げる決意をしていたというのに、俺はそんなことも忘れて・・・・・・やっぱ俺ってほんと馬鹿だ。
「やっぱ、克親の魔力が一番あったかいっすね。龍脈から汲み上げた魔力も澄んでいて綺麗な感じっすけど、どうにも冷たい感じがして・・・・・・」
俺の手を緩くさすりながら、彼は何かを堪能するように目を閉じ小さく息を漏らす。
「魔力足りてないってことか?」
「いや、そういうわけじゃないんすけど・・・・・・ただただ克親のが欲しいなーとか・・・・・・あーでも今日の戦いでめちゃくちゃ消費した上に回復もしてないっしょ、だから聞き流して───」
「・・・・・・やだ」
このあとどうしたかは言うまでもない。
え、あらぬ勘違いを生むから言え?
・・・・・・まあ、例の解析魔術みたいにダイレクトで注いでやっただけだ。
案の定大量摂取のお陰でのぼせられたが、わかっていたことなので問題ない。うん。
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146話 十日目:聞きたいこと
ずっとひぐらしだけ鳴いていてくれねえかな・・・()
たっぷりと魔力を注いだ影響か、マンドリカルドは頬を赤くしたままうつらうつらし始めた。
まるでご飯を食べたあとの子供みたいな挙動だな、と俺は風呂から上がり体を拭き下の服を着る・・・・・・彼はなんとか立っているけどもいつ落ちるかわかったもんじゃない。
「眠い?」
「・・・・・・ん」
サーヴァントは寝なくても死にはしないというけれど、眠くはなる。目をむいむいとこすりおぼつかない足取りで寝室へと向かっていったが途中で倒れてたりしないか心配だ。
濡れた髪へドライヤーを当て乾かしたところで、上の服も纏い脱衣所を出た。
特徴的な煙のにおいが、俺の鼻を刺激する。
・・・・・・海のとは違う、煙草の香り。
「セイバー、来栖さんは?」
「もうお休みなすってるよ。襲うなら今だぜ?」
それがどっちの意味なのかはあえて聞かないが、俺は来栖さんにそんなことするつもりはない。
襲わねえよ、とだけ言って俺は窓の外を眺めるセイバーの隣に立った。
まだまだ辺りは暗く、今の状況で見られるのは戦闘で少し荒れた庭だけである。
「ルーラーと監督役が協議した結果決闘は明後日・・・・・・まあ正確には明日なんだがな。その日にやるみたいだ。一応公平な戦いにするため前日は回復か何かに当てろっつう話だよ」
その決定は俺にとってとてもありがたいものだった。
マンドリカルドとセイバーの魔力供給を一手に担っている上に今日派手な消費をしたせいで、回復までまあまあ時間がかかる。
回復速度は早い方なので1日もあれば十分な領域まで持ってこれるはずだろうから、肝心要の決闘には影響しないはずだろう。
「それは随分とありがたいもんだ・・・・・・セラヴィと最後の戦い、全力で楽しんでくれ。って俺が言うのも違うか」
「ははは、一応お前さんも俺のマスターではあるんだから違っちゃいないだろうよ」
携帯灰皿に燃えかすを落とし、再びくわえて大きく煙を吸い込むセイバー。
相変わらず、何かを隠していそうな不敵さを感じる笑顔・・・・・・よからぬことを企んでないか不安だ。
「そういや聞いたか?アサシンの反応が消えたって」
「・・・・・・いや、聞いてないが・・・・・・まあ想像の範疇ではあったよ」
彼は自害する事を怖がっている素振りだったが、それはマスターという存在から命令されることに対する恐怖。
自分の意志で死ぬのは怖くなかったんだろう。武士道に生きた、新撰組の人たちなのだから。
海に操を立てたか、それともただただ惨めに他人へしがみついてまで願いを叶えたくなかっただけなのか・・・・・・それは俺にはわからない。わかるはずもない。
「もう邪魔する奴は、どこにもいねえってこった」
「・・・・・・まあ、そうだろうな」
もうこれ以上聖杯戦争へ介入する存在など、ルーラーの奴が許さないに決まっている。
あくまでも、これはちゃんとした決着をつけるはずだ。マンドリカルドとセイバー、どちらが勝つかは未知数だろうが。
「なあセイバー・・・・・・いや、ヘクトール。お前は・・・・・・セラヴィのこと、どう思ってんだよ」
彼のマンドリカルドに対する思いは少しだけ知れたと言ってもまだまだほんのひとかけら。
明日聞けるかわからないから、今聞いてしまおう。
「・・・・・・彼のこと、ねえ」
ヘクトールは少し目を閉じ、言葉を吟味するように小さく唸った。
まあまあ綺麗にまとまった顎ひげを親指で少しいじくりながら、しばしの時間が経過する。
「すんごくひん曲がってるように見えるけども、根っこは良くも悪くもまっすぐ・・・・・・だなーって。オジサンの偏見だけど」
ギリギリまで吸いきったその煙草を携帯灰皿でもみ消して、彼は胸ポケットへとそれをしまい込んだ。
適当なこと言ってるから本気にしないでおくれよ~とは言っているけど、おそらくはこれが本心。俺には直感でなんとなく感じ取れた。
「お前の言うとおりだよ。セラヴィはまっすぐで・・・・・・綺麗なんだ」
自己嫌悪とそれに起因する自虐はあれど、根底は実に素直。
俺なんかだめだと繰り返すのも、保険の一種。捨ててくれていいといった旨の発言だろうと、本心は違っていたりするのだ。
俺が噛みしめるようにそう告げると、ヘクトールは当たっててよかったなんて言ってくるりとその場で回転・・・・・・窓にもたれかかる。
「・・・・・・なあもう一人のマスターよ」
「・・・・・・なんだ?」
また、へにゃついた視線が一気に鋭くなった。
未だに慣れないせいで俺の体はほんのりびくっと震えてしまったのは・・・・・・バレバレのようだ。
「近いうちにオジサンたちはいなくなる・・・・・・決闘に勝とうが負けようが、聖杯に受肉を願わない限りな。いなくなったあと、お前さんはどうするんだ」
どうする、とはどんな意図で聞いているのだろうか。
マンドリカルドも海もいない世界で、生きていけるかの心配?・・・・・・否、辛いことに変わりはないが、膝を折るわけにはいかないとわかっているしヘクトールもその考えを知っているはずだ。
だとしたら、彼が聞きたいことは・・・・・・
「来栖さんなら、ひとりでも大丈夫だよ」
「・・・・・・本当にそう思ってんのか?」
ああクソ、本来の考えまで見透かされてるんじゃねえかこれ。
来栖さんをひとりにさせるのはかわいそうだとか、俺の勝手な感情だから言わないでおいたものを。
「でも、俺と一緒にいたらややこしいことに巻き込まれる・・・・・・ただでさえ普通の人が遭遇してはならないことを経験してるんだ。これ以上変な目には遭わせたくないし、守りきれる自信がない」
そう、来栖さんは魔術回路があるかもわからないような一般人。
こう言うとまるで差別のように聞こえてしまうだろうが、俺と彼女では生きる世界が全然違うのだ。
今までのように、同じ会社にいる、ちょっと名前を知ってるくらいの間柄でいい。それが、一番なにもないはずだから。
「・・・・・・そうアンタが言うんなら、それが正解だと思うんなら・・・・・・俺は何も言わんさ。けど、最後に聞かせてくれ」
「・・・・・・なんだよ」
「好きか?」
飾りもなにもないそのままの言葉が、俺の胸に容赦なく刺さる。
これはどう言えばいいのか。嫌いなわけはないし。
「・・・・・・好きでは、ある」
けれど、その手を伸ばすわけにはいかないのだ。
「来栖さんが一番幸せになれる方法があるってんなら、俺はそれに従いたいよ」
俺と一緒にいることが一番だというのなら、ちゃんと付き合って愛してあげたい。
だけど脳裏に海の顔がちらつくのも事実・・・・・・裏切ってしまうような気がして、少しだけ怖いのだ。
「・・・・・・だとよ。マスター」
リビングへとつながるドアを見やるヘクトール。これはまた謀られたか・・・・・・と俺は頭を抱えた。
扉がほんの少しだけ開いて、ちらりと丸っこい目が見える。俺の表情を見てそそくさと退散しかかったが、ヘクトールに言われおずおずとその姿を見せた。
「・・・・・・釣ったな?」
「へへへ、アンタにゃ悪いことしたねえ」
ちっとも悪いと思ってねえぞこいつ。
しれっと霊体化して逃げられたし、無理やりふたりっきりの場面になってしまった。
・・・・・・海以外の女性と話すのはあんま得意じゃないってのに、ほんとあのおじさんは・・・・・・
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147話 十日目:告白を
シグルド育てる資産が~()
「あ、あの・・・・・・ごめんなさい、セイバーさんが勝手にあんなこと計画しちゃって」
「あ、ああまあいいんですよ・・・・・・はい」
一気に話がぐだり始めた。どう言えばこの場が丸く収まるのかが分からないせいだ。
ヘクトールの奴機会があったら一回しばくぞという決心だけして、なんとか脳内で言うべきであろうことをまとめる。
まず俺の好意自体は露呈した。その先・・・・・・どこまで行きたいかは提示していないが。
まあどこまでと言ってもただの知り合い、友達、体だけの関係、交際、結婚を目的とした交際などいろいろあるため此方からこうしたいと言うのもなんだか違うような気がする。あくまでも俺は来栖さんの意志を尊重したいのだ。
「・・・・・・あの、えーっと・・・・・・ひ、平尾さん」
「な、なんでしょうか」
来栖さんが何かを言い出そうとして、口を噤む。
おそらく未だ躊躇いが残っているせいで、はっきりと言葉にできないんだろう。俺が急かす訳にもいかないだろうと、ゆっくり言っていいんですよなんて言葉をかける。
「・・・・・・ひ、平尾さん・・・・・・好きです。もしも迷惑でなければ、け、けけ結婚を前提にお付き合いさせてください!」
完璧な90°のお辞儀をして、来栖さんはそう確かに言った。
・・・・・・まあ今時男だの女だの言ってられないかもしれないが、こういうのって普通俺からするもんだよな?
「司馬田さんのこともありましたし、私なんかがいきなり平尾さんの隣にいるのなんて駄目かもしれませんけど・・・・・・それでも、好きなことに変わりは・・・・・・なくって・・・・・・」
海がここにいたのなら、こんなときどう言っただろうか。
無論オレは海じゃないから分からないのは当たり前だが、手紙に書いていた言葉を思い出す。
『私はただ、克親が幸せでいてくれたのなら・・・・・・それでいいと思ってた』
自分と結ばれなくてもいいからと、あいつはただただ俺の幸せを願っていてくれた。
・・・・・・それなら、認めてくれるだろう。今はただ、そう信じたい。
「・・・・・・こちらからも、よろしくお願いします」
来栖さんはただ、両手を口に当ててあわあわとしているばっかりだ。
駄目でもともとみたいな告白だったんだろう・・・・・・まあ玉砕覚悟の特攻ってのはなかなか心打たれるものがあった。
「海も、たぶん許してくれるはず・・・・・・向こうで”リア充爆死してミンチ肉にでもなればーか”とか言って堂々と中指立ててるだろうけど」
なんか背筋に冷や汗が伝ったんですけど気のせいでしょうか。なんも憑いてないよね、と振り向くが案の定と言わんばかりになにも無かった。
「・・・・・・ありがとうございます、ほんとに・・・・・・!」
今にも泣き崩れそうな来栖さんだが、ここはちょっとでも抱きしめるべきなのだろうか。
おずおずと手を差し伸べ、触れる寸前で指先を止める。不用意に触りでもしたらさすがに怒られそうな気がしたし。
「せっかく交際を始めんならもう、タメ口でいいよな?・・・・・・あーまあ、会社でそれだといろいろ言われるからアレだけど」
いきなりこんなことを言い出すのもなんだが、これからずっと敬語混じりなしゃべりだとお互い疲れそうだし早めに言い出しといたほうがいい。
「そんな・・・・・・平尾さん先輩なのに」
「いいっていいって。変わらない変わらない」
いつになく無理しているせいか精神が加速度的に磨耗していきそうだ。やはり高校時代恋愛とは無縁だったしまともな付き合いなんてしたことなかったし・・・・・・誰か俺によい彼氏としての動き方かなんか教えてくれないかしら。
「じゃ、じゃあ・・・・・・また明日からよろしくおね・・・・・・よろしく!」
「ああ、よろしく」
まあなんだかんだで落ち着いたしこれでいいだろう。明日(というより今日)は魔力の回復につとめ、明後日(明日)の戦いを経て本格的にいろいろ始めよう。
・・・・・・これが嫌なフラグにならないといいのけど。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさ・・・・・・おやすみ」
わざわざ途中で止めて言い直さなくたっていいのに、とか言ったらまた何かしらが飛んできそうな気がしたので俺は口を噤み、寝室へ戻った。
「ひゅーひゅー」
「茶化すんじゃないよ」
しれっと現れたヘクトールの頭をちょっとだけ小突く。こんくらいじゃ痛くも痒くもないだろうが、俺のせめてもの怒り表明だと思え。
「セラヴィもう寝てる?」
「・・・・・・んー・・・・・・」
小さい唸り声を上げてマンドリカルドはベッドの上で寝返りを打った。無事爆睡中なようで何より。
俺もさっさと寝るべくベッドの上に転がろうとしたところ、向こう側の机に何かが置いてあることに気づいた。
近づいてみると、それはマンドリカルドの作っていた木箱。盾についている黄色い布をリボンにしたのだろう、ちゃんと蓋と本体はそれで縛られている・・・・・・これは簡単に触ったら気づかれそうだなと、俺はなにもせずそっとしておいた。
起きたときにマンドリカルドがちゃんと渡してくれるだろうから、それを静かに待ってやろう。
「・・・・・・ふぁぁああ」
俺史上一番大きいあくびをかまして、毛布の中に潜り込む。
戦いで疲れ、泣き疲れ・・・・・・夢の世界なら疲労もなく遊んでいられるだろうか。
そんなことを思いながら、ゆっくりと沈んでいった。
気づけば、まっさらな草原が目の前に広がっている。
一部分だけ露骨に草がなく凹んでいる場所を見つけたのでそこを見てみると、無言で空を見つめているマンドリカルドがいた。
雲一つない晴天だが、眩しくはないのだろうか。
「・・・・・・もうすぐ、終わりっすね」
「・・・・・・そうだな。あと48時間もないうちに、さよならだろうな」
寂しいけれど、それが現実。
聖杯戦争が始まったときからわかっていた結末だ。
「別れるのは辛いか?」
「辛いに決まってるだろ。俺は・・・・・・いや、なんでもない」
今言うべきじゃねえと彼は口を閉じる。
そんな含み持たされたら気になるのが人間というものだ。なんとかして聞き出せないだろうか・・・・・・?
「言いたいことがあるなら今のうちだぞ」
「・・・・・・だめっすよ、言ったら・・・・・・」
口を割らんなこいつは。かと言って令呪は使い切ったし無理に言わせることもできないから諦めるしかないんだろう。悔しいことだ。
「まあいいや。俺は言いたいことあるんだよ」
「なんすか」
マンドリカルドの隣に転がり、同じようにして空を見上げる。
めちゃくちゃ網膜が太陽光で焼かれる感覚を覚えたので、まぶしっ、と反射的に俺は目を閉じた。
眩しかったけれど、空はやはり綺麗な蒼。澄みきった心の中を感じさせる、いい色だ。
「この戦争が終わって、お前が消えても・・・・・・俺はまたいつか、お前に会いたい」
「・・・・・・どうするつもりっすか。もう一回戦争参加するつもり・・・・・・ってわけじゃなさそうっすけど」
「俺は自分の力で根源に到達する。そうなりゃ、抑止力の使いっぱしりなお前を呼べるだろ」
俺が到達できるという根拠もないし、到達したところで本当にアラヤとやらが来るかもわからん話だが、夢だからでかくいってもいいだろうと俺は大法螺を吹いた。
「あのっすね。もしそうなったとしても俺が来るとは限らぬぇーっすよ。俺以外にも同業者いっぱいいるんだし」
「それはお前がどうにかして俺の所まで来いよ」
「無理っすよ!!下っ端に仕事は選べぬぇーんすから!!」
とんでもないこと言うな克親は・・・・・・と呆れたように彼は言うがどこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「どうせなら最期に見る顔はお前と来栖さんの顔がいいなーって・・・・・・だめか」
「それは・・・・・・だめじゃ、ないっすけども」
いややっぱりよくねえ!!とマンドリカルドはいきなり起き上がる。
目を開けてその顔を見たら、なぜか知らんがほっぺたが赤い。
・・・・・・そんな風になるようなこと言ったつもりねえんだけど。
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十一日目
148話 十一日目:カバーストーリー作家
最近とうらぶ始めました
加洲清光かわいい()
「もう二度と会えないって知ってるから、俺は普通でいられるんすよ。もし二度目があってしまえば・・・・・・耐えきれねえっす」
何かを否定するようにぶんぶんと頭を振って、彼はそう言った。
「何がどう耐えきれないってんだ」
突如として俺の目を執拗に攻撃していた光は遮られる。何を言うでもなく多い被さってきたマンドリカルドによって。
歯がかたかたと鳴っているのが見受けられるあたり、極度に緊張しているのがわかりやすい。
あんまり急いて舌を噛むんじゃねえぞと俺は少しだけマンドリカルドの頬を撫でてやる。めちゃくちゃに熱い。
「・・・・・・克親を、独占したくなる」
表情から察するに、これは彼の最後の秘密。
つらつらと口からこぼされる言葉の数々は、とてつもない欲望にまみれている。
「だめっすよね、どれだけ近づこうとしても・・・・・・俺は死んだ存在で、克親は今生きてる存在だから」
死者と生者が交わるのはいけないことだというのは、俺だって知っている。
だがそれがどうした。
・・・・・・俺たちにとっちゃ、そんな懸念は今更すぎるのだ。
「何言ってんだ、お前ってやつは」
「・・・・・・え?」
背中に手を回して、抵抗される前にぐっとこちら側へ引き寄せる。
マンドリカルドの体を支えていた両手はがくんとバランスを崩し、体は俺の上へ重なるように触れた。
「ずっと前から、俺はお前のものだ。生きてるとか死んでるとかそんなもんは関係ないだろ」
「でも」
「口答えしなーいの」
もう自分の存在そのものすら渡した。
この体と、ひとときだけとはいえ同化もした。
ここまで深く関わっておいて今更付き合いをマイナス方向に改めるだなんて、嫌に決まってるじゃないか。
「・・・・・・何をやってるんだ」
「デルニか?」
「逆にそれ以外の誰だと?」
白銀の髪と褐色の肌が目立つ、彼の姿がどこかから現れる。これはやはり抑止の守護者である彼の本来の姿・・・・・・
よくわからんが現代日本とは比べものにならないブラック企業に就職したら、こんな風になってしまうのか。ってそんなこたどうでもいいんだ。
デルニが叢に沈む俺たちの姿を上から覗き込むように見て、心底呆れたようなため息を漏らした。
「おかげさまでわたしという英霊は完成したようなもんだが、そんなにそいつを誘惑するのもどうかと思うぞ」
「誘惑って・・・・・・別に俺はそういうことがしたいっつうわけじゃねえよ」
「わたしの本質はわたしが一番理解している。昔っから甘えたなのは変わらん」
何か見えないものが背中から刺さったかのように、俺の上に乗っかっているマンドリカルドの体が跳ねた。
自分自身から出た言葉とはいえ、やはり図星を食らうとあんな感じになるのだろう。
「わがまま放題の面食いで倫理観のかけらもなくて道徳はそこらへんにポイ捨てしてきたような人間のまだマシだった頃を持ってきただけだからな」
そこまで言わなくてもマンドリカルドくんのHPはもう虫の息ですデルニさん。
自分に厳しいと言えば聞こえはいいだろうがさすがにこの言い様はひどいというかなんというか。
「・・・・・・その通りっす俺は我慢を知らないダメ人間っすよ」
元からハイライトの見えにくい目がさらに死んでいく。戻ってこいお願いだから。
とりあえず慰めようと背中をさすっていたら、おもむろにデルニは俺の隣へ腰を下ろす。どこを見ているのだろうか、視線は遥か向こうにあった。
「お前の目には何が映ってんだ?」
「・・・・・・何の変哲もない、ただの草原だ。青い、青い空ばっか広がってる」
どうやら俺の見ている世界と同じらしい。
地平線まで木もなにもないまっさらな草原。俺たち以外の生物は存在しない、静かなる世界。
「これはいつかと同じ景色・・・・・・あるべき姿に戻ったんだろうな」
ぽつりと彼は、確かに呟いた。
これが本当の世界だというのなら、もし俺の干渉でここまで戻ったのなら・・・・・・なんの根拠もなさげな話だが、嬉しい。
ふと彼が俺の顔を見やる。
「ありがとう」
もう一人のマンドリカルドは、そう言って静かに笑った。
「・・・・・・もう朝か」
深夜まで活動していたせいか、体はまだ重たい。
時計を見るとすでに9時・・・・・・そろそろ起きなければ生活リズムが崩壊しかねないので、なんとか布団という蟻地獄から抜け出し大きく伸びをした。
「ふぁぁああ・・・・・・くっそねみ」
顔を洗うためにまだふらつく足で洗面台の方へ歩いていき、冷水をかぶることで無理やり目を覚ました。
疲れたからって、一緒にいられる数少ない時間を無駄にはしたくない。
「昨日あんだけ長丁場だったってのによく9時起きができるな」
「それはお前にも言えることだろ」
サーヴァントに混じり平然と戦って、それなりの怪我はしていたが余裕で生きている不破の恐ろしさったらありゃしない。
切り傷まみれだったのにシャワーを浴びるとか痛くねえの?と聞いてみたところ、炭素の膜で傷口の洗浄に必要な分以上の水は触れないようにしているとのこと。便利すぎるだろ炭素魔術。
「アサシンとマスターの件は俺の方でなんとかカバーストーリー作って流布させるから安心しろ。長年のヘビスモぶりが祟って家帰った時に心不全かなんかで死んだっつう話になるだろうが・・・・・・異論はないか?」
「ねえよ。俺まで全身燻製にされるんじゃねえのってくらいのニコ中だったんだ、誰も疑いはしねえだろ」
俺が同じ立場であろうとなかろうと同じ話を思いついただろう。
・・・・・・まあ、今の俺じゃあそれを広める途中でなんか心が折れそうだから、不破に全部投げられるのはありがたい。
「テメェが納得するんならそれでいいな・・・・・・ったく、あの馬鹿舌はともかく八月朔日までくたばったのはめんどくせえな・・・・・・俺からしたら死んで良かったんだが何しろあれでも医学界の権威みたいなもんだろ」
あからさまなため息が浴室から聞こえてくる。まあそりゃそうだろう。
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149話 十一日目:行きたいところに
「一応例の医療センターの院長・・・・・・あいつの父親にはいろいろ連絡をとっている。娘が聖杯戦争に参加していたことはきっちり知ってたそうだからまあ話は理解できるだろうよ」
洗面台のふちに乗せられていたタオルが、にゅっと浴室から出てきた手によって持って行かれる。なんでこんなところに置いてるんだと思っていたが、体から垂れる水滴でマットをびっちゃびちゃにしたくないという本人のこだわりらしい。
ばふばふと乱雑に髪の毛の拭かれる音と共に不破は話を続けた。
「ルーラーの奴はライダーとセイバーの決闘が始まるまでは基本教会にいるそうだ。曰わく聖杯戦争によって崩壊した箇所の修繕に協力したいらしい」
「・・・・・・今一番やべえのは間違いなく俺の家だがな」
研究室を中心にめちゃくちゃなことになっているのだから。
ブルーシートで隠してはいるが、あからさまにとんでもないことが起こったと言うのがバレバレの状態・・・・・・近所の奥様方が何か噂話でもしてそうだが、変なのが出回る前にさっさとカバーストーリーを流さなければならない。
「まあ誰がどうみてもそうだろうな。こいつ完璧に直すとなると相当な時間と金がかかる・・・・・・俺は戦争が終わったら始末書書かされに強制帰還だろうからな、力を貸すなら今くらいしかねえけど・・・・・・さすがにテメェは家の修繕で一日丸々潰したくはねえだろ?」
確かにそうだ。
せっかく与えられた猶予なのだ、少しでも・・・・・・マンドリカルドと長くいたい。
舞綱の街をもっと一緒に歩いて、もっと一緒に笑って・・・・・・そう考えると、あんまゆっくりもしていられないような。
「元々テメェらのやらかした後始末つけるのが俺だ。気にせず好きなだけライダーの野郎といちゃこらしてろ」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
事態の収拾は不破へと任せることにして、俺は今日を全力で楽しむことにしよう。泣いても笑っても明日には別れの時がくる・・・・・・だから、今のうちに残すものは残していないとだめだ。
「空のSDカードまだ残ってたかな」
実験の記録用やらに必要だろうと買ったコンデジは一応機密資料まみれなので研究室の金庫に入れてあったはず。
カードさえ入れ替えればなんら問題はないため、それで思い出を残しておきたい。
俺は研究室のある二階へ移動し、もはや扉としての存在意義を失ったそれを跨いで越えた。
天気予報はめちゃくちゃに外れていたらしく現在は綺麗な晴天で、屋根にかかるブルーシートの向こうから強めの光が貫通してくる。夏でもないので放っておいても溶けるということはないだろうが、一応緩く強化の術だけはかけておく。
「お、あったあった」
防水加工していた机の引き出しに、未開封のSDカード(16ギガ)。1800万画素で1840枚くらいは残せるはずだから、よほど派手な連写でもしない限り使い切ることはないだろう。
もし足りなくなったら近くのコンビニにでも行けば買えるだろうし問題はない・・・・・・はず。
金庫からカメラを取り出し、不調がないか解析してバッテリーも充分な状態であることを確認する。
一日は持つはずだし、いざとなれば俺が魔力で電気を生成・・・・・・つっても今日は魔力の回復につとめるべきということを考えれば控えた方がいいのは明白。
必要なとき以外は起動しないほうがよさそうだ。
「ま、そろそろ起こしに行くか」
昨日のことを考えればああまで疲労困憊していても仕方がないけれど、そろそろ起きないと寝坊だろう。
カメラをポケットに入れて寝室に戻る。小さく物音が聞こえてきたあたりもう起きているのかもしれない。
「疲れはとれたか?」
「・・・・・・まあ一応はとれたっす。この状態で戦えって言われたらちょっと勝てるかわかんねって感じっすけど」
体中の傷は見る限りじゃ全部消えているが、使いすぎた魔力はまだ完璧に戻っていないらしい。
曰わく、激しい運動さえなければ普通の生活で充分万全になるそうで・・・・・・それなら遊びに出ても大丈夫なはずだ。
「結果はどうなるかわからんが、一応もうすぐお別れだろ?だからさ」
俺はコンデジを取り出して電源をつけ、おもむろにシャッターを押す。
最近のものは勝手に適切な設定を施してデータ化してくれるため、技術のない俺でもきれいに撮れるのだ。
小さい電子音が鳴り、液晶部分に撮影した画像が表示される。
きょとんとした彼の顔がきれいに真ん中を陣取り、なんとも言い難い雰囲気だ。
「・・・・・・写真?」
「不破にややこしい仕事丸投げしたから、今日は一日遊び倒そうじゃないか」
金ならある、とまるで不祥事を塗りつぶしたがる富豪のような台詞を吐いて俺はクローゼットを開きベッドの上に腰掛けた。
さて、服はどうするべきか。
「え、あのいいんすか?丸投げって・・・・・・全部?」
「全部だ。海のことも八月朔日のバカのことも篠塚も唐川も全部任せた。さすがに俺の家まで手が回せるかってのは微妙そうだったがな」
彼は心なしか嬉しそうな表情をしているが、なんとなく「いいんだろうかそれで」という思いが拭い切れてないような気がする。
あいつがいいって言ったんだからいいの。とごり押し感を覚えそうな言葉で俺は押し切り、淡々と服を選んでいく。
「・・・・・・じゃ、じゃあ・・・・・・遊びに行ったほうがいいんすかね?」
「いいに決まってんだろ~」
さっさと服を着替え、寝癖がまだ残る髪を櫛で押さえつけてやった。俺の髪は反発的でもないが従順とまではいかないのでちょっと強めにいく必要がある。
ふと後ろを向けばすでにマンドリカルドはお着替え済。気合い入りすぎではなかろかルンバ・・・・・・
「かっこいいじゃん」
「そ、そっすか」
俺のあげたパーカーを着て、恥ずかしがりながらも楽しそうな顔をする。
そんな彼の手を取って、俺は家から飛び出した。来栖さんとセイバーは家に戻ってすることがあるそうなので、不破が今のところいるから大丈夫だと思うが結界の強化を施しておく。ICBMが飛んできても壁が焦げる程度で済むくらいには仕上げてやったのでとりあえずは大丈夫だろう。
「行ってきまーす」
俺たちの声が揃う。
リビングの方から不破のけだるそうないってら~という声が聞こえたのを確認して、扉を閉じた。
「じゃあどこ行く?舞綱たいがいのもんあるから遊園地でも水族館でも動物園でもあるし、買い物行きまくってもいいぞ?」
財布にはできるだけの金額を詰め込んであるし、いざという時にはカードとか電子決済もある。正直カード決済だとうっかり使いすぎそうな気がするのであんまり出したくはない。
現金だけでも「こっからここの棚全部くれ」みたいなことができる程度にはあるはず(高級ブランドの鞄屋とかはさすがに無理だが)だから大丈夫だろうけども。
「どこに行ってもいいんすか?」
ああ、いいよ。と俺は告げる。
どこにだって行ってやろうじゃないか、マンドリカルドの笑顔が見られるんなら。
まあここまで読んでくださっている皆様に向けていうのもナンセンスかと思いますが時間があれば評価及び感想をくれると泣いて喜びます。
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150話 十一日目:踊りませう
「マリンパークとか来るのも大学の卒業祝い以来だな」
10時に開園したばっかりの遊園地なので、他の客はまばらにしかいない。
もれなく平日ど真ん中の水曜日。来る奴は春休み中の学生だとかそういった層が多いようだ。
「乗る奴ならたっぷりあるけど、どこ行く?」
夏場限定のプールとかは置いといて、ここは年中世界展開するようなテーマパークにも引けを取らない規模のアトラクションを建設、運営している。事故対策は特に念入りで、万一ジェットコースターが脱輪してぶっ飛んでいっても死なないマニュアルなんてのがあるってのは舞綱でおなじみの都市伝説だ(無論そんなことがあれば普通に乗客は死ぬ)。
「じゃあ・・・・・・あれとかどうっすか?」
「ほう、最初っからホーンテッドハウス系とはなかなか攻めるな」
「・・・・・・あの見た目でお化け屋敷なんすかあれ。ただの店かとおもった」
マンドリカルドが困惑するのもわかる。
何てったって見た目はめちゃくちゃファンシーなショップというか風景を楽しむコースター的な様相なのだから。
騙されて入ったら地獄を見ると有名な初見殺しお化け屋敷こと、「ぬいぐるみと死の舞踏」。あからさまなホラー調フォントではなくいかにもなポップさも初見殺し要素としてきっちり働いている。
「以外と凝ってて面白いぞ?ダンサーのスカウトをしてくるくまのぬいぐるみとかえげついからアレ」
さすがに全部言うと意味がないのでぼかしたが、それでも充分なイロモノさ加減は伝わったらしい。
やっぱやめとくっす、とそそくさ逃げ出そうとする彼の首根っこをひっつかみ連れ戻す。
「・・・・・・お化けがお化け怖がるとか」
「いや怖いもんは怖いっしょ。一応このあたりに漂ってる奴らとは訳が違うんで」
よくも悪くも人の感性そのままなのーとまた理由を付けてどっか行こうとするマンドリカルド。逃げるなと俺は入り口の方まで連行していく。
「克親は鬼っすか!!」
「鬼畜とは言われたことがあるな」
高校時代海とゲームしてて一方的にボコったらそんなことを言われどつかれた思い出がある。
「そんなんはどうでもいいんだ。行くぞ」
「やーーーーだーーーーー!!」
珍しくだだをこねる彼であったが、中に入った途端一気に鎮静化した。
こういうところで諦めが早いのは助かる。
「ぬいぐるみたちの舞踏会へようこそ。ここでは小さな仮面をつけて、みんなと一緒に踊りましょう!」
アナウンスと共に、差し出されたのは二人分の仮面。目元だけが隠れるベネチアンマスク仕様で、なかなか豪勢な羽飾りが横にひっついている。
「こ、これつければいいんすよね?」
「ああ、外したらダメだってよ」
しれっと壁に書いてある注意書きを指し示す。
『舞踏会の中でこの仮面を外した瞬間、恐ろしいことが起きる』・・・・・・なんとも抽象的な話だが、全年齢向けとなるとこれくらいの方がいいんだろう。
ちゃんとつけたことを確認して、ゆっくりと中へ進入する。楽しそうだった世界は扉一つでシックな雰囲気に変化・・・・・・音楽もそれにあったものへと入れ替わる。
「ハチャトゥリアンとはまーた王道な」
曲名はそのまま「仮面舞踏会」。確かにぴったりではあるんだろうがいかんせん安直・・・・・・とかいうと怒られそうだ。
何を感じ取ったのか知らんがやけに殺気立っているマンドリカルドの手を引いて、俺は会場へと足を進めた。
「・・・・・・なんすかこれ」
「見たとおりだろ。ただの舞踏会」
たくさんの着ぐ・・・・・・ぬいぐるみたちがステージの上でくるりくるりと社交ダンスの応酬を見せている。
あんなんでよく疲れないな、と俺はひっそりと呟きそのままステージへ上がった。
「え、あの上がっていいんすか??」
「上がらなきゃなんも始まらないぞ~」
ちょうど曲の終わり目だ、次の曲のスタートと同時に踊ろうではないか。
困惑一色を顔面に貼り付けた彼の体を抵抗される前にゆるく倒し、ポーズを取る。
一応貴族なんだからと叩き込まれたものが芋づる式で発掘されてきた。”俺”は受けていない授業であったが、”本当の俺”の記憶がこっちに流れてきたんだろう。せっかくだから頭の肥やしにはせず、使った方が知識も喜ぶはずだ。
曲にあわせ、大きく3歩歩く。
そこから大きく滑らかに回転し、手を伸ばしたまま横へと歩きだす。
一瞬だけ静止し、さっきみたいなターンの逆回転を繰り出したり、彼の上体を地面に近づけさせたり。
「・・・・・・足、もつれてるぞ」
「・・・・・・こんなのっ、ついてくだけできついっすよ」
「・・・・・・仕方ない奴だな。じゃあ俺に全部任せてくれ」
マンドリカルドは答えも言わず、俺の背中へ腕を回す。
まるで曲芸みたいに振り回すばっかで目が回るだろうが・・・・・・周りはごくごく自然な踊りだと言わんばかりに気にしてない様子。
「これじゃあどっちが王子かわかんねえ・・・・・・いや、お前はもう王様だったな」
自分で王権を与えといて何を言ってるんだか、と呆れられそうだったがマンドリカルドは文句の一つも言わなかった。
少しずつ動き方を理解し始めたのか、ほんのりとだが俺の動きに合わせてきている。
「流石です、我が王」
「そういうのやめてくれっす・・・・・・恥ずかしい」
ちょっと頬を赤く染めながらも、彼は満足そうに笑っていた。
さて・・・・・・この舞踏会の本番は、これからだ。
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151話 十一日目:邪魔をしないで
あと単発をぶんまわしてたら水着キアラさん来たのですがこれってわいが変態というステータス持ちに起因する縁召喚なんでしょうか・・・・・・(白目)
一曲が終わり、その場で踊っていた全員がゆっくりとその動きを止める。
ステージの向こう側から高い革靴の足音が響き渡り、小さな拍手の音も聞こえだした。
「いやはや見事、もしやとは思いますがあなた様は・・・・・・」
「・・・・・・ただの一般市民ですよ」
大嘘をついた。自分から俺は舞綱一の金持ちだーとかのたまうほどの勇気はない。
「そんな訳はないでしょう。その技能、そして仮面越しでもわかる美貌・・・・・・ただならぬ魅力。わかりますよ、あなたは・・・・・・」
濃密な魔力の流れが俺の神経を撫でた。ステージに立っていたぬいぐるみの中身が出てきて、ガワをそこらへんに転がしていく。こども相手だったらギャン泣きされるだろうな、ということが脳裏に浮かんだ。
演出の一環かと思ったが、まさかこういう方向性で襲撃をかけるとかどういう神経してるんだこいつら。
服の下にバレないよう装備を顕現させ、マンドリカルドは俺の前に立つ。
「・・・・・・用心棒様で?」
「ああ、敵対するってんなら・・・・・・全員そのはらわたぶち抜くぞ」
実質ぶっ殺す宣言をして、その両手を堅く握りしめる。
剣を出してしまっては銃刀法違反でしょっぴかれるおそれがあるためだろう、一応殴り合いもできるっちゃできるそうだから今回に限っては止めない。
「俺の今の状況知らないってなると・・・・・・お前らはそこまででもなさそうだな」
一般人ならともかく普通の魔術師なら、聖杯戦争が勃発していることやマスター7人の中に俺がいるということもわかっているだろう。開始直後ならともかくここまでドンパチやってりゃどこぞの情報網からそれは漏れていて当然なのだし。
というわけでこいつらはまともな魔術師としての情報ルートを持たない魔術使いの一種・・・・・・おそらく魔術を犯罪に悪用してると言ったところだろうか。
「そう言ってられるのも今のうちだ・・・・・・平尾さんよ」
空間転移の術式が発動したようだ。おそらく現在の場所を切り離し別働隊の存在する座標を置換しているタイプ・・・・・・これならどれだけ暴れようとバレないし運営にも支障がないってやつだろう。
「名前知ってんなら仮面なんかつける必要ないな」
つけていたそれを地面に投げ捨て、マンドリカルドのものも流れで外して放り投げた。
俺を攫ってどうにかするつもりなのか知らんが、邪魔なので消すに越したことはない。
控え室かどこかから現れた新規の部隊もわらわらと出てきて、完全に包囲される。ここまでのコミュニティを形成するんなら普通ちゃんとした情報収集ができて当然なのだが、それができていないあたり底が知れる。
「・・・・・・もういっすか、克親」
「10分の9殺しでいいぞ。セイバーと戦う前の体慣らしだ」
こんなんじゃ体慣らしにもならぬぇーっすよ、とマンドリカルドはちょっと悪い笑顔を見せた。
わざわざ俺を狙うような奴にはきつめのお灸を据えなければならん。あとマンドリカルドとの平和な一日を邪魔したから万死どころか兆死に値する。
案の定俺たちの簡素な煽りに食いついた奴らが一斉に飛びかかったり魔術を放ってくるが・・・・・・サーヴァントにかなうわけもない。かなうのは不破レベル以上になってからだ。
「せいやっ、と!!」
奴らの魔術や刃物は当たりすらせず、ただただマンドリカルドの拳と踵が次々に叩き込まれるだけである。
確かにこれじゃあ対セイバーのウォーミングアップにすらならんだろう。
茶番そのものな三文芝居はさっさと終わらせた方がいい。神秘は秘匿してなんぼだし。
「終わったっす」
「よくできました」
返り血一つ浴びず全員を叩きのめしたマンドリカルドの頭を撫で、さっさとつまらん空間から脱出する。
スタッフルームの地下だったらしく、このまま出たら残党らしい奴らと遭遇しかねないので注意深く周りを見つつ外へと出た。
あいつらの正体はなんだったのだろうと考えれば、まあいろいろ説が思い浮かぶ。
スタッフを洗脳したかなんかで入れ替わりに違和感を覚えなくさせて利用させていた可能性もあるし、元からこの遊園地の運営がそういったことを目的にああいう部屋を作っていたと考えられもする。
「克親と普通に遊ぶ時間だったのになにを邪魔してくれたんすかねあいつら。迷惑極まりねーっすよ」
「まあそうだな。あそこは面白いお化け屋敷だったってのに変な方向へねじ曲がってたもんだ」
ちょっとむすくれて頬を膨らます彼を慰めるが、ちょっとご機嫌斜め30度なのはしばらくなおりそうにない模様。
仕方なく遊園地特有の割高ジュースを買って渡し、二人して近くのベンチに座る。
「ほら笑顔笑顔」
カメラを持ってきたのだから写真を撮らねば意味がない。
レンズを彼の方へ向けると、ちょっと無理したような顔で彼が笑う。
「ぎこちないぞ顔が」
「そうは言ったって・・・・・・あ、ちょなにするんすかっ!?くすぐるとかずるいってあはははっはは!!」
簡単に笑い転げたのでその隙を狙って写真に収めてやった。本当に撮りたい表情なのかと問われたらまあ微妙だが、かわいいのでなんら問題はない。
「じゃあ次どうする?」
「克親が決めていっすよ。さっきは俺の要望聞いてもらったんで」
あれで要望を聞いてもらったというのもなんか違和感を覚えるのだが、本人が頑なに俺へ選ばせようとしてくるため素直に好きなところへ行かせてもらおう。このあたりを漂う魔力の流れを見たところ不審な動きはもうないため、多分先程のようなめんどくさいことに巻き込まれる心配もないはずだ。
「じゃ、コースターでも行くか」
ここのジェットコースターは絶叫マシンマニアにはぬるいと言われることしばしばなのだが、普通に乗るに当たってはまあまあ怖い。
ひねりとかもない普通のものだがなにしろ速度がかなりあるため、息が詰まることが多くあまりそう何回も乗りたいと思うような代物ではないのだが、せっかくなので乗っていこうではないかと。
「・・・・・・克親ってそういうのの方が好きなんすか?」
「いや別に?」
さすがに幾星霜の英雄生活を送ってきたと言えどジェットコースターに乗るような余裕なんてそうそうないだろうし慣れてないのはわかるけども、そこまで怯えなくったって大丈夫なのだが・・・・・・
「ぁあああああぁああああいやぁあああああぁぁぁっぁああああああぁ!!!」
「よくそんな声出せるなお前!!」
風圧で髪型がとんでもないことになっているがそんなもんもお構いなしでマンドリカルドは安全バーをがっちり掴んでいる。普通の人間なら大丈夫だとは思うが、サーヴァントの握力でそんな持ち方をしたらひしゃげないか心配だ。
「蛇にまとわりつかれたまんま谷底落ちてった時よりこえええええええええええ!!!!」
「んなわけあるかぁああああああああ!!!」
運悪く最前列だったので一番恐ろしい光景を見ながら俺たちは喉を潰しかねない大絶叫をかました。
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152話 十一日目:ヒールで人を蹴ってはいけない
高専爆発しろ()
「窒息するかと思った」
「しないしない」
遊園地内のレストランの一角を陣取り、ぐえぇと机に突っ伏すマンドリカルド。
お化け屋敷の一件で少し時間を食ったせいかもう正午だったので昼飯を食うことになったのだが、何を買ってくるべきか・・・・・・
「昼飯はがっつり食っときたいか?」
「どっちかというと食べときたいっすね。いつさっきみたいなことになるかわかんねぇっすもん」
別に食事を取ったところでサーヴァントのパフォーマンスはそこまで向上しないのだが、そこらへんはモチベーション維持の一環というわけで。
席取りの意味を持つ荷物を置いて、注文カウンターの方まで向かう。土日とかならめがっさ混んでるそうだが、やはり平日は空いていて楽だ。
「どうする?」
「あー・・・・・・んじゃ俺これで」
彼が選んだのはこの店一番人気のメニューであるオムライス。タンポポタイプにデミグラスソースという組み合わせで、店主のえげつないこだわりっぷりが余すところなく出ている逸品・・・・・・俺も食いたくなってきた。
「じゃあ俺もおんなじやつ食おっかな・・・・・・飲み物とサイドメニューは・・・・・・まあ無難なやつでいいか」
カリカリとした食感がいいニューストリングカットのフライドポテトとシーザーサラダ、そして飲み物にブラックコーヒーとオレンジジュースを頼んで札を取り席へと戻る。完成次第運んできてくれるのでしばらく暇な時間ができた。
「・・・・・・このまま何もない平和な時間がずっと続いてりゃいいのにな」
「そういうわけにもいかないっつーのが悲しいところっすね」
刻々と迫る終わりの時。
それが近づくにつれて、彼を手放したくないという欲求が爆発しそうになる。
令呪の消えた手に、右手の指で触れた。
「やっぱり、俺は受肉を望んだ方がいいんすかね?」
「・・・・・・何を願うかは、お前の自由だ。俺の干渉するような話じゃない」
「・・・・・・そうっすか」
ばつが悪そうに、マンドリカルドはストローに口をつけぶくぶくとジュースの中で泡を弾けさせていた。
お前のやりたいことのために、戦ってくれと俺は言った。
次の言葉を紡ごうとする直前に注文していたオムライスが届き、話は中断される。
頂きますのかけ声を揃って発しながら、スプーンをその皿へと刺し小さなオムライスを作る。
口へそれを突っ込んだ直後、こわばっていた頬が一気にとろけた。
「ぅううめえええええ」
「さすが1000円も取るだけあるっすね・・・・・・なんだこれうっま」
目を輝かせたマンドリカルドの口に次々と消えていくオムライス。
できたてで熱いはずなのだがそこらへんお構いなしで鼻息も荒く食べまくっている。
「これだけで来た価値あるっすね。ごちそうさまでした」
「はえーよ」
俺が半分食べ終わったところでもう彼は皿をきれいさっぱり(ソースまで綺麗にスプーンで掬い取って)完食してしまった。
腹まだ減ってるんなら追加してもいいぞと言うも、やんわりと断られる。
「待たせるがいいのか?」
「いいんすよ、ずっと待ってるっすから急がなくって」
滑らかに光るアカシアの机に肘をつき、じーっと静かに俺を射抜く彼の視線。
見られていることを意識しながら食う飯の恥ずかしさたるや・・・・・・
「・・・・・・本当にいいのか?いくらでも甘えてくれたっていいんだぞ」
「・・・・・・まだそん時じゃないっすから、今はこのまま」
半ば「あとでわがまま言います」という宣言をして、また俺を見つめる双眸。
鈍色の眼が、きれいだと思った。
「ごちそうさま」
俺も食べ終わり、皿を返却して店を出た。
帰る時間なんて気にせず遊べるだけ遊ぼうではないか。それが今日の存在意義なのだし。
一日で回りきれる気がしないくらい多い施設を散策し、乗りたいものがあり次第乗りまくるという方針だ。
「・・・・・・どした?」
ふと後ろを振り返ると、あるものを前にして立ち止まっていた彼がいた。
視線を辿ると、そこに鎮座しているのはメリーゴーランド。単なるメルヘン趣味・・・・・・というわけでもなさそうだ。
「乗りたいのか」
「いや、そうじゃないっすけど・・・・・・ただ、ブリリアドーロのことを思うと・・・・・・なんか全然出してやれなかったなって」
彼の霊基に一体となって登録されているらしい、名馬ブリリアドーロ。
確かに戦闘の時にしか呼べないという特性を加味しても、その出番が少なかったのは明白だ。
「帰ったら庭先でちょっとだけ出せるかやってみたらいいんじゃないか?ちょっと俺も触れ合いたいし」
対アヴェンジャー戦で俺を運んでくれた時ろくにお礼すら言えなかったし。
「わかったっす。呼べるかわかんねっすけど・・・・・・」
彼もやる気を出してくれたので、忘れられる前に帰った方が良さそうだが・・・・・・まあ、そこらへんは気分次第で。
「あばばばば目がまわる”ぅううううう」
「吐くなよお前ぇええ」
「いやそこらへんは大丈夫っすけどおぉおおお」
コーヒーカップに乗った俺たち。
男子にありがちな調子乗って回せるだけ回したあと遠心力でぶっ飛ばされかねない状況になるまでやり戻れないというアホをかましたせいで、二人して胃の中身がシェイクされまくり危険地域。
もう少しでマーライオンしそうだ、といったところで機械が止まったからいいものの・・・・・・死屍累々である。
「お客様大丈夫でしょうか?」
「・・・・・・大丈夫っす」
「自己責任なんで心配なさらなくて大丈夫です・・・・・・ぐえ」
そばのベンチで溶ける。
やはり25ともなれば三半規管に衰えがくるってもんだな・・・・・・と空を見上げながら一人思った。
「あーらこんな平日に遊園地だなんてリストラでもされたんですかぁ?」
向こうの方から何やら聞き覚えのある声がして、なんだなんだと俺は顔の向きを元に戻す。
・・・・・・そこにいたのはナディアであった。この戦いからしれっと脱落していたのは知っていたが、いらんちょっかいはかけられずにすんだのかピンピンしている。
「有給だっつの」
せっかくの休みに何の用だと言おうとして、少しだけ恐ろしいことを想像し背筋が冷えた。
まさかこの期に及んで聖杯戦争を勝ち残ろうと、マンドリカルドを奪おうなんて魂胆で近づいて来られたとしたら。
反射的に体が動き、大切な友の体を守るべく前に立つ。
「なに警戒してるんですの。もう戦いに興味はないのですわ・・・・・・完璧に負けたんやから」
「・・・・・・そうか。セラヴィを取らねえってんならいいんだ」
彼女の表情を見て、それは真意であると判断した俺は元の位置に戻る。
「それにしてもいいんですの?」
「・・・・・・何がだよ」
その答えに、ナディアは珍しく眉を動かし困ったような顔をする。
何を言いたいのかはわかっていた。だが、俺の口がそれを言うことを拒否しているのだ。
「司馬田さんのこと」
言いたいことはたくさんあるが、言えない。
無意識にか歯を食いしばってしまったのか、顎がじんわり痛い。
のどの奥が痛くなって、目尻と鼻の奥がつんとする。こんなところで、泣きたくないってのに。
「わかってる、んなもんはわかってる・・・・・・けど、俺は」
本当なら。
本当なら、もう少しだけ・・・・・・一緒にいられたはずなんじゃないかとか、そんなことばっかり考えてしまうのだ。
ああすることでしか、俺が生きていられる道はなかったというのに・・・・・・それでも、海の犠牲は間違っていたのではないかと思ってしまう。
失礼にも程がある。命を賭して俺を救ってくれたのに、もっといい方法があったんじゃないかって思うのは。
「俺はあいつの分まで生きて、地獄の底でまた殴り合うって決めたんだ。だから」
「・・・・・・それならいいんですわ。生きる気があるっていうのなら」
踵を返そうとするナディアを呼び止める。
「・・・・・・なんで俺に生きていて欲しいんだよ。死ぬほど嫌いだろ、俺のこと」
「勝手に死なれては困るんですわ。あなたこそ正面から叩き潰さなければコカンに関わるってやつですの」
「沽券なそれ言うなら」
「・・・・・・言い間違えただけですわ!!」
俺の鳩尾に激しい蹴りを食らわし帰って行ったナディア。
ピンヒールの先っぽが見事に刺さりちょっとえずいたのは言うまでもない。
つかマンドリカルドいつの間に寝てんだ。
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153話 Interlude:赦し
とてもあたたかい、夢みたいな時間だ。
俺のちっぽけな理想が、やっとここに実現したのだ。
「克親」
太陽はいつもと変わらないように空の向こうへと落ちていく。
今だけは地球の自転が時速60キロとかにならないかななんて、絶対に無理なことを願いそうになる。
・・・・・・離れたくなかった。
「なー次何乗るよ。もう日暮れてきちまったけどさ・・・・・・ってどうした」
「・・・・・・なんでも、ぬぇーっすよ」
その服の裾にのばしかけた手をバレないように引っ込めた。
あのまま掴んでしまったら、またどうしようもない独占欲に支配されそうだから。
空の色が変わっていく。
青い、青い空から・・・・・・赤い、赤い夕焼けへと入れ替わる。
「セラヴィのいた世界でも、夕焼けってこんな色だったか?」
「全然違っていて、今でいう全部白黒の空だった・・・・・・とか俺が言ったら、どう思うっすか?」
適当な冗談を行ってみたところ、彼は真剣な顔をして何かを考え出した。
「・・・・・・それはそれで面白いな。本質は全く同じなのに、見る人の目が変わると表現もそうなるってか」
へへへ、と楽しそうに笑う克親。
胸がぎゅうと締めつけられたような気がした。これが陽キャ女子の言う胸キュンとやらなのだろうか?
「まあ、実際は全くおんなじなんすけどね」
「しってた」
唐突に俺の手を握ってくれる克親。
ぐいっと引かれ、俺はただただついていくばかりだ。
「どこ行くんすか?」
「ほら、海を見るのも山を見るのもこれが一番いいだろ?」
マリンタワーの展望台から見る景色もいいけれど、と指さしたのは観覧車。
ゆったりと回るゴンドラ・・・・・・この時間帯はものすごくロマンチックなこと請け合いだろう。
「ほら、日が沈む前に」
「・・・・・・そっすね!」
あの頂上から真っ赤っかな夕焼けを見てみたいと思った。
ちょっと否定的だった足取りを、肯定的な足取りに変えて走り出す。
「すんませーん大人二人で!」
いきなり押し掛けてきた俺たちにも係員さんは全く動じず、淡々と手続きをして乗り場まで案内してくれた。
ゆっくりと動くゴンドラに乗り、少しずつ上昇が始まっていく。
誰がどう見ても、二人っきりの時間。良くも悪くも、何人たりとも邪魔することは許されない。
「・・・・・・静かだな」
「・・・・・・ほんとに、っすね」
次第に高くなっていくゴンドラ。
それに対比して、水平線の向こうへと隠れていく太陽。
いつもと変わらないはずなのに、なぜだかこの空はとてもとても綺麗に見えて・・・・・・窓に手をついてまで見とれてしまう。
「舞綱、好きか?」
「・・・・・・大好きっす」
それはよかった、と克親が同じ空を見て笑う。
この世界に呼ばれてから経過したのはたった11日だけど、知っている場所はとても少ないけれど、舞綱の街は大好きだ。
生前の記憶と重なり合うように、サーヴァントとして召喚されるようになってからの記録も重なり合うように。
俺はいつだって、この色をした空が大好きだったのだ。
生前あまり縁のなかった海も好きだ。
揺らめく水面と、反射する光・・・・・・いろんなものを思い出す。
誰かを守るために俺はあそこで沈んだり、誰かを救うために体の半分を奪われながらも戦った。
自分自身の記憶ではないためあまり実感はないけれど、どうしようもなく落ちこぼれな自分の誇りとも呼べるそれが、小さな心の支えにもなっていたのは事実。
「・・・・・・もう、頂上だな」
登りきった瞬間に、人を照らす星はその身を隠した。
ほの暗くなっていく空。
白かった月が、少しずつ黄金色へと変遷する。
「克親と一緒に、この景色を見れて・・・・・・俺は幸せっすよ」
「嬉しいこと言ってくれるなお前は」
ぐりぐりと頭を撫でられ、流れるように克親の方へと引き寄せられる。
がくんと露骨に地面が傾いたような感覚がして、一瞬冷や汗がこめかみを伝った。
「ちょっとこんな不安定なとこでバランス崩すようなことっ・・・・・・!」
「日本の技術的にこんくらい大丈夫大丈夫」
体中のいたるところに、その手が触れる。
まっすぐで、優しい指先。じんわりとそこから魔力が伝わってきて、奥底までしみてゆく。
愛される嬉しさを知ってしまった。かわいがられる心地よさに溺死してしまいそうだ。
「俺撫でて、楽しいっすか?」
「楽しい以外の答えがあると思ったか?」
好きだ。
こんな自分を愛してくれる、克親が大好きだ。
「なーに泣いてんだよ」
「・・・・・・だって、だって────」
言葉が出ない。
嗚咽が漏れるばっかりで、何も言えない。
もっと一緒にいたい、離れたくない、克親の最期までを見届けたい。
どうしようもなく強欲な俺に、溢れ出るものを止める術なんてなかったのだ。
『吐き出せ。イドから全部』
デルニの声が、理性のたがを外しかける。
アンタはスーパーエゴの現れだろうに、なんで推奨するようなことを言うんだと思って内心で言い返したが、もうデルニは引っ込んだようで返答がない。
「俺、ちゃんとさよならっつって別れたいのに・・・・・・それが嫌で、決めたはずなのに何度も何度も何度も迷って・・・・・・」
俺の中にある何かが決壊した。
「欲に、勝てねぇ」
ここまで満たされていてもなお、その先が欲しくなる。
幸せが欲しい。自分の罪を忘れさせてくれるような、幸せな時間が永遠に欲しい。
人類が滅亡するときまで終わらない戦いから逃げたくってしょうがない。
わがままを言いたい。
ただただ、静かに眠りたい。
「・・・・・・俺はやっぱ、ダメ人間っすね」
克親は、何も言わずに俺の顔へ触れる。
ぐい、と持ち上げられた顎。優しい彼の顔がすぐ目の前にある。
「・・・・・・克親?」
「もっと、好きなだけわがまま言っていいんだよ」
優しい彼は、全てを赦してくれる。
唇が、優しく触れた。
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154話 十一日目:簡単に決められないものもある
彼の口から聞くたくさんのわがままは、どれもかわいいものだった。
静かに夜へと変わる空、街の灯りがいっせいにともる。
つらつらと綴られ続ける言葉が、小さな空間に響いた。
「もっと、一緒にいたい」
どれだけそれはいけないことだと自分に言い聞かせても、その願いは消えてくれなかったらしい。
正解のない問いには、何を言ったってどうしようもないだろう。
「俺にとっては、初めての友達だから」
召喚されるたびに同じ記憶を有した別人になるという彼にとって、その先でできた初めての友はいつだって自分自身の初めてになる。
そして彼は、サーヴァントの身。いつか座に還らなければならない。
・・・・・・そのたびに、友と永遠の別れを繰り返してきたのなら。
少しくらいここにいたいと思うときだってあるはずだ。
「・・・・・・もう、ひとりは嫌なんすよ」
デルニがいるけれど、彼も本来は自分自身。
どれだけ話そうと自問自答を繰り返しているようなものなので、他人を求めたいのは必定。
「もしも許されるのなら、俺もお前の一部になるのにな」
この体を捨てて、永遠にマンドリカルドの剣となって生き続けるのも・・・・・・俺にとっては苦ではない。
「それは・・・・・・それは、だめっすよ。克親まで、俺の贖いに付き合わなくったって」
「贖い、か」
生前の罪はもう償いきれたはずだろうに、彼はまだ戦うつもりか。
犯したたくさんの過ちを、奪ったたくさんの命を・・・・・・帳消しになりはしないだろうけど、その負債は返済しただろうに。
「それが無間の地獄だったとしても、俺は・・・・・・」
「血迷っちゃいけねえっす。そんなもんは俺だけ味わってればいいんすよ、俺だけが」
ひとりぼっちは嫌だけど、俺が永遠を生死の狭間で味わい続けるのも嫌らしい。
道理はわかっていても、この感情が理解したくないと叫んでいるようだ。それでも俺はそばにいてやりたい、という思いが心の中で燃え上がり全てを消してしまいそうだ。
「なら、どうすればいいんだ」
それ以外で、俺がマンドリカルドを幸せにできる方法はない。
彼が受肉を拒むのなら、何も。
「・・・・・・いつかまた、会いに来させてくれ。招待状は克親に任せるから」
その言葉が意味するのは何なのか、すぐにわかった。
「それなら、俺にもできるな」
それ彼がそれを望むのなら、俺はこの人生すべて”それ”に捧げてやろう。
例え結末がどんなものであろうと構わない、一期一会をねじ曲げてでも、俺はまた出会ってやろう。
・・・・・・彼が、全てを覚えていなかったとしても。
「約束する。俺は絶対に・・・・・・またお前を呼ぶよ」
「ああ・・・・・・頼んだ」
2度目があれば、彼は俺を独占してしまうだろうと言った。
それでもなお会いたいという気持ちは抑えられない。
ならば、その2度目が別れの時になればいい。俺は再度の邂逅で人生に幕を降ろす。マンドリカルドの剣で、首をはねられて。
「・・・・・・申し訳ねえっす、こんな・・・・・・願いがコロコロ変わる人間で」
「人ってそんなもんよ」
ずっとひとつの願いに向かって突っ走るタイプもいれば、どんなのが自分の願いなのかわからずに歩き続けるタイプもいる。そんなものは十人十色、千人千色だ。
「ほら、もう終わるぞ」
「写真撮ってくださいっすよ」
「そうだな」
なんだかんだで10枚くらいしか撮れていないけれど、大切な思い出の塊。
それに、また一枚データが増えた。
「なんだかんだで楽しかったな」
「めんどくさいことに巻き込まれはしたっすけどね」
マリンパークを出て、舞綱でも一番都会都会しているとこを散策する俺たち。
このあたりは高級な飲食店やら宝石屋やらが立ち並ぶエリアと漫画やアニメ関連の物品が盛んに流通している店のエリアが隣り合うというどこかよくわからない構造をしていて、遊び歩くのには持って来いな場所だ。
「いうてお前なんかこの期間に見てたアニメとか漫画あったか?ないならこっちの界隈行くけど」
あからさまに高そうな物ばっかり置いている店のディスプレイ・・・・・・その中にあった鞄のうちのひとつについている値札を見た途端彼の顔が凍り付いたのがわかった。
そりゃ何入れられるんだよと言わんばかりの大きさだったり、これ誰がかっこいいと思うんだというデザインだったりしているのにも関わらず百万台がゴロゴロなのだから。
俺にとっちゃああいったものをかき集めたがる奴の気が知れん。
美的感覚が庶民と同じなんてのは俺の評価にありがちなものだ。
数回鞄をせびってきたわかりやすく金目当ての奴にそれを言ったせいでフラれた覚えもある(正直どうでもいいが)。
「んー・・・・・・あれなら読んだっすよ。風都探偵」
それ俺が買ってた奴じゃねえか。
まあそれなら仮面ライダー系列っつうわけでいろいろ商品展開もあるはずだろう。DVDとかフィギュアとかベルトとか。
神秘を秘匿するべく仮面ライダーもどきをやろうとしていたことが懐かしい。結局あれは不破にボロッカスに壊されたこともあり修理中(永遠に)だ。よほどのことがない限り日の目を浴びることはないと思う。
「ぬーん・・・・・・前にあげたペンダントもあの時壊れちまったし、新しいのあげたいんだけどな」
「いやいや、もうすぐさよならだってのにそんなプレゼント畏れ多すぎてもらえねぇっすよ」
アンタのことだから高いやつ買おうと思ってるでしょ、と至極当然のことを言ってへへっと彼は笑った。
「たりめぇよ、また会うときにつけてくれりゃ俺はそれで満足して即時成仏する」
「俺が覚えてるとも限らねーっすよ。忘れたときどうなるんすかそれ」
「その場ではなにがあろうと死なない」
「さらっととんでもないこと言ってるっすね克親!?!?」
そりゃ言うに決まってんだろーと俺はマンドリカルドの手を握り、とある店に入る。
エーデルシュタイン・グランツという、俺には馴染みが浅くもあり深くもある店へ。
「・・・・・・平尾さま、いらっしゃいませ」
「社長が逝ったってのにやってんだな、ここは」
昼頃、俺の携帯にもそのニュースが入ってきた。
不破のカバーストーリー流布がうまく行ったようで、世間ではばっちり死因が(煙草の吸いすぎによる)急性心不全だとされていた。
誰かに送るようなことがあまりないため商品自体はそんなに買ってないが、ここの店長とはなんだかんだで長いつきあいだ。
「ええ。あの人は”俺がいつくたばるかわかんねえ、だが・・・・・・どっかで俺がくたばろうとも営業は続けろ”とよく言っておりましたので」
確かに、海の奴は自分がいなくても会社が回るようにといろいろなところに手を回していた。
残業全廃による社員のやる気向上、わかりやすく金を餌に能力を引き出す単純作戦。そして反対するものを説き伏せること(たまに調教がなされるが)により一体感を生む。などあの手この手で社内の平和を保っていたようだ。
破天荒ではあるがちゃんと筋は通す、いい経営者というわけである。
「新しい社長はどうなる感じだ?まあ決まりきってるようなもんだが」
「当然ながら勅使河原さんですよ。あの人はいつも社長に心から付き従っていたのですし」
それならあいつも安心して任せられるな、と言って俺はカウンター前の椅子へマンドリカルドと一緒に座った。
「さて、平尾さま。今日のご注文は?」
「俺の友達に、一番いいネックレスを。金ならいくらでもある」
「承りました。少しお待ちを」
そうして持ってこられたのは、インペリアルトパーズとダイヤモンドの複合といったデザインのペンダント。どちらもかなりの存在感を示しながらも、お互いを食い合うような様は感じられないよいデザインだ。
「・・・・・・やっぱプロはわかってんな」
「お気に召されたようなら何よりでございます」
値札を見て、わかりやすく足元を見られたと感じたが今日はそんなもんお構いなしだ、と俺は札束を突きつけた。
鞄に金をかける奴はわからんが、宝石に金をかけるやつはわかるというなんとも言えない嗜好だと自分でも思う。
「じゃあ現金で」
「あ、あの、え、えとマジっすか?値段にコンマが2つ以上あるんすけど・・・・・・マジなんすか?」
「マジだけど」
彼が青い顔をして絶句したのは言うまでもない。
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155話 十一日目:常連のいるいない
「カニになる気かお前」
とりあえず試着のためにそれをつけてやったのだが、マンドリカルドの表情はわかりやすく青ざめ今にも泡を吹いて後ろにぶっ倒れそうな感じだ。
王様の癖になんでこんくらいの高級品つけるのにビビってんだか。
「来世があるならサメになりたいっす」
こんなんじゃすぐ捕まってフカヒレにされそうな気がする。
・・・・・・まあメガロドンクラスならスペックで全部どうにかできそうだから大丈夫そうな感じだけど。
「ほらつけ終わったぞ」
「・・・・・・あ、はい」
恐る恐る、その指先がペンダントトップに触れる。
少しピンクっぽいインペリアルトパーズと、澄んだダイヤモンドの色。
落ち着いたらしく、その色を見て彼の口元は緩くほころんだように見えた。
「気に入った?」
「・・・・・・そりゃ、もう」
その瞼が静かに降りる。
何かを思い出しているのだろうか。
「もうすぐ故郷に帰るのに、こんなもんもらっていいのかとは思うけど・・・・・・これは、綺麗で好きっす」
「そうか、そんじゃもうつけたまま行くか」
金なら払ったし高いものを買うときにありがちな手続きもぱっと終わらせてしまった。
あとは飯食って帰ってブリリアドーロと少しだけ遊んで、寝て・・・・・・最後の戦いに臨む。
「では、ご武運を」
「・・・・・・ああ」
店長のやつ、知ってたのか。
なら、海の本当の死因も・・・・・・薄々察しはついていそうなものだが、言ったところで誰も幸せにはなれないと知っていたので俺は無言で礼だけして店を出た。
空はもう完全に真っ暗で、月が煌々と輝いている。
もうそろそろ帰らねばならない。
「じゃ、家帰る前に寄るとこ寄って帰るか」
「・・・・・・うっす」
戦争のせいで忙しくって全然行くことができなかった場所がある。
マンドリカルドのことを知っている人だし、篠塚のことも知っているのだから・・・・・・それなりに言うことはあるだろう。
「・・・・・・いらっしゃい」
「いつものやつ、二つで」
「いいのかい、一つはカフェラテじゃなくて」
コーヒーマシンを丁寧に拭きながら、そう店主は言った。
俺はいいんだとだけ告げて、カウンターの席へと座る。少しだけ遅れてマンドリカルドもその隣へと腰を下ろした。
「篠塚くん、実家の事情で帰っちまったってね」
「・・・・・・そうらしいな。あいつの飯うまかったってのに永住しねえとか残念だ」
豆の挽かれるがりがりとした音が、静かな店内に響く。
ここには男3人しかいない空間。やかましい音なんて何もない。
「そういう君は舞綱に永住するんだったね」
「・・・・・・まあな。これでも山名の地主みたいなもんだし勝手にどうこう動くわけにもいかんだろ。会社でもそこらへん察されてるのか転勤の話は全くと言っていいほど来ない」
出張自体なら時たまあるが、だいたい長くて一週間。
土地の管理だとか(表には出さないが龍脈の管理も)でいざこざを起こされて会社に来なくなられたら困る、という話なんだろう。
「そりゃ市民なら大概知ってる存在だろうからね。大金持ちなんだし」
こぽこぽと湯の落ちていく音。
コーヒーの芳香が鼻腔を突っついた。
「ま、そのせいでめんどくさい奴に絡まれることもあるんだよな。今日も盛大なカツアゲくらいかけたし」
遊園地の事件を思い出す。
あれで悪用するタイプの魔術使いグループが殲滅できたとは到底思っていないが、根絶など多分無理なので諦めるしかないのが辛いところだ。
俺は魔術使いの存在自体は許容できるのだが、悪用するというのだけはまあ許し難いとは思う。
何をもって悪とするかの線引きは俺基準にならざるを得ないが、少しくらいは街の平和に一役買わないと誰かさんからいらん噂を流されかねない。
「大丈夫だったのかい?」
「セラヴィが全員粉砕した」
サムズアップの形を取った右手の親指でマンドリカルドを指し示した。奴らが攻撃を加える前に殲滅してしまった、とまでは言わないが目にも止まらぬ速さで仕留めたということだけは伝えておこう。
「ほー、強いんだねセラヴィくんは。友達のためにまたその技術使えよ?」
「・・・・・・わかってるっすよ」
少しだけ暗い顔をして俯くマンドリカルド。もうこの身に宿した力は、後少しの間しか俺のために使えないと知っているからだろう。別れを意識してしまうのか、緩く唇を噛んでいる。
「・・・・・・そうは行かないみたいだね」
「まあ、そうだ。セラヴィも近いうちに帰っちまうからさ」
「・・・・・・そっか。あの子もいなくなっちゃったし、寂しくなるね」
八木澤が示す”あの子”が誰なのかは、言うまでもないだろう。
差し出された湯気のたつコーヒーカップ。淹れたてということを示すように、液面の縁へ小さな泡がついている。
さすがにこのまま飲んだら舌をやけどするのは自明の理なので、しばらくそれを眺めて薫りを楽しむのがいつもの俺だ。
「まあ安心しろ、俺は少なくともマスターがくたばるまでここに来ては入り浸ってやるさ」
「ははは、晩年くらいはゆっくりさせてくれよ」
「・・・・・・ゆっくりコーヒー淹れろ」
週に一回は飲まないと気分が落ち着かない状態にはなったが断じてカフェイン中毒ではないと信じたい。
高校や大学時代でもカフェインの量がえげつない所謂エナジードリンクの類が流行っていたが、俺はそれに手を出すほどの勇気は無く一度も飲まずに終わったのだ。
おかげで授業中よく寝る子状態になりいじられたのはいい思い出でもある。
「今でも老骨に鞭打ってんのにひでえや」
そう言って喫茶店のマスターひとりは、心なしか嬉しそうに笑った。
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156話 十一日目:帰路
さいきんとうらぶでレアいっぱいあたるんですがそのうんをきゃすとりあがちゃにまわしたかったです
「老骨つったってお前まだ年金もらうまで結構あるだろうに」
「はっはっは」
なに笑いで全部ごまかそうとしてるんだこいつは。
ほんの少しだけ冷めたアメリカーノを口に運び、一口分だけそれを含み嚥下する。
・・・・・・いつも通りの、コーヒーの味だ。
「なんだろうね。昔はめちゃくちゃに大きな年齢の差だったはずなのに、今じゃ全然だな」
「そりゃ、どっちも大人だもんな」
再び静寂に戻る店内。もうラストオーダーの時間は過ぎている。
じきに店を閉める時間になるというのに、八木澤は何も言わず俺たちへ憩いをくれた。
その身に溜まった疲れを見てか、小さなおにぎりまで作ってくれる。
「別ればっかは、疲れるもんな」
「・・・・・・ああ」
もう二度と取り戻せない、ということを知っているから悲しい。
枯れるほどに泣いた目から、また涙が滲みそうになる。
「克親、大丈夫っすか」
「大丈夫だ。ああ、もう大丈夫」
こんな無様もう晒せるか、と俺は唇をぎりりと強く噛んで涙をこらえた。もうこれは、最後の時まで取っておく。そう決めたのだ。
「セラヴィくんは優しいな」
「・・・・・・そうでも、ないっすよ」
そう言ってマンドリカルドは、自分のカップを静かに皿に置く。
「俺は、克親の友達を名乗ってよかったんすかね」
「お前が名乗らんでどうするよ。あの子と同じ、いやそれ以上に・・・・・・こいつの友達でいてくれてただろう?まあ俺はそのやりとり全然わかってないとか言われりゃそれまでなんだけど」
少し背を曲げる彼の頭に、八木澤の手が触れる。
泣いた子を慰めるように優しく撫でて、よしよしと諭すように。
「自分を誇っていいんだぞ、セラヴィくん。手のつけられない問題児に手綱つけられただけでも評価できるってのに、ここまで親密になれるなんて天才だと思う」
「誰が手のつけられない問題児だこら、これでも物事の区別はついてるつもりだっつの」
奴の発言に少しムッときたが、言われたマンドリカルドのほうは心なしか嬉しそうなのでこれ以上ちくちく言うのはやめておいた。
全部終わった後でそれなりにやり返そうと脳内のメモ帳に書き記し、飲みやすい温度になったそれを一気に飲み干した。
食べやすいサイズに作られているおにぎりを手にとってかじる。どうやら中身は鮭のようだが・・・・・・めんどくさかったのか焼いた奴をそのまま入れているせいで中身がちょくちょくこぼれる。俺の食いかたがぶきっちょ極まりないとか言われたらおしまいだけども。
「篠塚くんが買うだけ買ってきてくれて残ったまんまのご飯の材料、どうするか困ってるんだよね」
「食えってことか?」
「まあそういうこと。ちょっと値引きするから、ね?」
「・・・・・・普通に食って死なないもんなら、値引きしなくてもいい」
「それはありがたい」
八木澤が厨房に隠れ、黙々と料理を始めた。
まだ夕餉という夕餉を食べていないので、出してくれるというのであればありがたくいただこう。
「なあ、お前はもう・・・・・・決心ついたか?」
「・・・・・・正直、まだっす。帰りたくない」
空っぽになったカップの中身を見て、何かを思案する彼。
トルココーヒーではないのでどれだけひっくり返そうと占いにはならんことを知っているだろうし、彼の行動はわからない。
フライパンから発されるじゅうじゅうといった音と、香ばしい薫りがここまで飛んできた。これは肉のにおいだろうか。
「時間はあるかい」
「・・・・・・正直言ってないが、マスターの作る飯なら待つよ」
「そっかそっか」
そうやって彼は、楽しそうに料理をしている。曰わく篠塚に教えられたから自分でもメニューを増やせるようにがんばっているらしい。企業努力することはいいことなのだが今後変なオブジェクトの事件代台にされたら嫌だな、と思った。
「ほい、これ」
そうやって差し出されたのは・・・・・・エビグラタンとミートパイ。
あのとき食べたものと同じメニューだ。狙ってるんだろうか。
「熱いうちにお食べ、と言いたいところだけどまた舌でもやけどされちゃ困るか」
綺麗な銀色に輝くナイフやフォークなどを渡される。やけど防止のための氷たっぷりお冷やも。
本当に焼きたてでかなりの量の湯気がたっているから、これは相当に下への攻撃性が高そうだ。
「篠塚くんのやつくらいうまくはできないけど、そこらへんは許してくれよ」
「最初からアレくらいのクオリティ出せるわけもねえからわかってる」
俺はそう言ってスプーンをグラタンの中に突っ込んだ。
柔らかいマカロニと大ぶりのエビがホワイトソースとチーズに絡み、見ただけでよだれをこぼしかねないルックスである。
執拗に息で冷やし、口の中へとスプーンを入れる。
粘度の高いソースのため中はまだ少し熱かったが、やけどするほどではない。
「なんか、懐かし感じるっすね」
「まあ、ちょうど十日前くらいだったよな」
ぱりぱりとキツネ色に焼けたミートパイを切り裂いて、一口大になったものをフォークで刺し口に運ぶマンドリカルド。
目を閉じて、静かに咀嚼し味を感じている。
「・・・・・・うまい」
「そりゃあよかった」
今日の夕刊を片手にして、八木澤は笑う。
「ほんのちょっとしか会ってない俺が言うのもなんだが、向こうでも元気にな」
「・・・・・・善処するっす」
八木澤の考える”向こう”が普通の海外にあるどこかであることはまあ間違いない。
だが、マンドリカルドにとっての”向こう”は・・・・・・それよりずっと、遠くて近いところ。
それを言うわけにも行かないので、俺はただ黙々とグラタンを食らう。お冷やで舌先を冷やしつつ、ただただ静かに。
「ごちそうさまっした」
「ごっそさん。代金おいくら?」
「1730円」
八木澤がカルトンを差し出してくるので、俺は千円札二枚をそれに入れて席を立ち踵を返す。
セラヴィと彼の名を呼んで、その手をとり足を前に出そうとした。
「おつりはいらんのか?」
「お駄賃にでもしとけ」
「そこはせめてチップとかにしてくれないもんかなぁ。まあ言質はとったからあとで返せとか言うなよ」
「言うか」
自販機のジュース一本二本分程度のちょっとした損失だ。これぐらいでネチネチ言ってたらさすがに金持ちとしてまかり通る平尾家の名が廃る・・・・・・とまでは思わんがなんかダサいので、男に二言はねえよとだけ告げ外へ出た。
「じゃあまた明日?」
「来週かもな」
上についているベルの音を慣らしながらぱたん、とドアが閉まる。
ゆっくりと食器を片付ける八木澤の行動音が聞こえた・・・・・・もうそろそろ、今日は閉店だったから。
「もう道に誰もいないし、ブリリアドーロ呼んでみるか」
「え、いいんすか?確かに歩いてる人も車もいねえっすけど」
「見られたら記憶処理すればいい、顎でも殴って」
「そんな物理的な記憶処理とか俺がしたら人の首吹っ飛ぶと思うっすよ」
確かにサーヴァントの力を考えりゃ人間なんて柔らかいもの。
となるとやっぱり魔術的な干渉をしなければならないというのか・・・・・・めんどくさい。
「ま、そん時はそん時だ。俺が不破に怒られるだけだろ」
「・・・・・・は、はあ。じゃあ一回呼んでみるっすよ・・・・・・来てくれ、ブリリアドーロ」
色のついた霧が一瞬で凝縮し、美しい毛並みを持った栗毛の馬に変化する。
たてがみと尻尾は変わらずマンドリカルドよろしくメッシュ入りなところがかわいらしい。
「お、呼べた呼べた。じゃあまずこないだはありがとな」
ブリリアドーロの鼻先に手を差し出し、俺のにおいを感じてもらう。
次に首の付け根あたりを優しく撫でると、その目を細めて鼻先をこちらにすり寄せてきた。
「どうやら甘えたいみたいっすよ」
「さすが騎馬民族だな」
俺が静かに撫でるのを続けると、前足で地面を掘るかのように動かし始めた。
「乗ってほしい・・・・・・んじゃないっすか?」
「そっか。前の時は何も言わずに乗っちゃってごめんな」
気にしていない、といった表情でブリリアドーロはその場に佇む。
「馬って人が乗ったら軽車両だから、一応車道歩くぞ」
「了解っす」
「んじゃ、よろしくな。ブリリアドーロ」
そう俺が声をかけると、名馬はちらりとこちらを一瞥したあと乗りやすいように首を下げてくれた。
・・・・・・賢い。
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157話 十一日目:真実
夜の住宅街を、静かに歩く音。
月光と街灯が俺たちを照らし、行くべき場所を指し示す。
「やっぱ作中きっての名馬と名高いブリリアドーロとこのかっこいい馬具なだけあるな。乗らせてもらっててここまで体に負担がないとか」
俺が褒める言葉を連発すると、ブリリアドーロはどこかしら嬉しそうな素振りをした。
機嫌良さそうに夜の車道を駆けるが、こちらが止まれと言わなくても赤信号で停まるため相当頭がいいんだろう。
おそらくマンドリカルドと長い間サーヴァントとして活動してきたことも関わっているんだろうけど。
「やっぱはぇえなあ、もう家じゃないか」
気持ちいい風を感じていたかと思うと、すぐに山の上に鎮座する平尾家に到着してしまう。
なんだかこれだけじゃ味気ないなあ、なんて思いもしたけれど・・・・・・基本戦闘の時にしか顕現させられないブリリアドーロをなんとか呼び出すのは疲れるのだろう、俺が馬上から降りた瞬間にその像はほどけていった。
「大丈夫か?無理とかしてないか?」
「無理はしてねえっすよ。でもただ・・・・・・少しくらい、ブラッシングしてやりたかったっすね」
虚空に手を伸ばし、そこにはいないブリリアドーロの頭をマンドリカルドは撫でた。
「英霊として完成したんなら、常に出してはいられないのか?」
「残念ながらあともう少し、ってところっすかね?」
それは彼がまだ完成していないということを示す言葉。
まだ足りないというのはよくわかるけども・・・・・・これで満足してちゃだめなのだろうか。
「じゃあ、なにをすればいい。お前が完璧になれる方法はなんだ」
「克親」
まるで諭されるように、彼の両肩へ彼の手が置かれる。
ゆっくりとマンドリカルドは首を横に振り、そんなことはしなくていいんすよと告げた。
「・・・・・・なぜ?」
「俺は、本当の完璧なんかじゃなくったっていい」
完璧なのはデュランダルだけでいい。持ち手には多少なりとも欠陥がなければバランスがとれないのだ。
そう言わんばかりに彼は俺の目を見て微笑む。
「お前が望むのなら俺は無理強いしないけど・・・・・・いいのか」
「いいんすよ、それで。さ、もう寝るっすよ」
「お、おう」
ブルーシートのかかった家の二階を見る。さすがに一日で直せる訳はないはずだが、なぜか欠損によるへこみのようなものが全くない。支柱でも立ててブルーシートの中に雨水が垂れないようにでもしているのだろうか。
不破に何をやったかまた聞いておこうと思いつつ、玄関のドアを開ける。
「遅かったな」
「・・・・・・いたのか」
一応、必要であればと裏山の資源採集許可と一時的な宿泊の許可は出していたが・・・・・・合い鍵などは渡していなかったはずだ。
来栖さんは家に泊まり用の服などを戻しにいって今日はそのまま寝るだとかなんだとか言っていたので鍵はあいていなかったのだが・・・・・・
「屋根に大穴空いてんだから簡単に進入できるだろ。いくら結界があるとはいえ泥棒に入られた挙げ句盗られたら最悪みたいなもんがあるだろうと思ったから一時的な修復はしておいた。まあカーボンチューブでできた膜張っただけだけどな」
そういえばそうであった。結界を乗り越える力(および俺により与えられたクリアランス)と二階の穴まで到達する力さえあればどうとでもなる。
はしごは倉庫の奥深くに眠っていたから彼は見つけられるはずもない・・・・・・まあ性格的に跳んで入ったのだろう。
「それとカバーストーリー”ニコチン中毒死す”と”唐突なとんぼ返り”、”引火性気体がある中で火をつけた馬鹿”の流布は終わった。最初と最後のやつはSNSと近所の噂を聞くに一応成功、2つ目のやつも一応店長には信用してもらえた」
今日はかなり仕事づくめだったようで、あからさまに疲弊しているのが不破の顔からありありと伝わる。その功績に免じて最後の題名については不問だ。普通だったらどつき回してたが。
いくらここが都会だからってこの街に来たばっかりの奴に信用問題関わることをさせてくれるなとも言いたそうだ。おそらくは唐川に対する苦言であろう・・・・・・相手が死んでいるためにもうその怒りはどこにもやれないが。
「あと”若き天才医師の自殺”についてもセンターの院長に掛け合って流布してもらえるということになっているから安心しろ。関与は疑われようとも犯人に仕立て上げられることはない」
センターの院長といえば、八月朔日の父。おそらくは魔術にも精通しているだろうし、娘のやったことを把握してもいるだろう。
医者というものは派閥や権力を好み、不祥事が露呈することを心底嫌う。証拠を抑えて提示するだけである程度こちらの望むように動いてくれるはずだ。
「今回の聖杯戦争に関わる話はともかくとして、賄賂だの何だのに関する情報を叩きつけたら平身低頭で話をつけてくれた・・・・・・その不祥事の中にはまあ、10年前の医療ミス関連の話もある」
「・・・・・・それ、って」
わざわざ10年前と言ったのには理由があるだろう。
おそらくは、俺に関わる話。となると・・・・・・示す対象は一つしかない。
「申し訳ないな。どうしても冒涜的な行為を働いた奴らが許せなくて、つい情報を吐かせちまった。嫌なら何も言わんでおくが」
死んだ本当の俺と、成り代わった今の俺。
あのときどういった理由があって俺は死んでしまったのか、知りたい気持ちもあるが怖い。それがどうしようもなくつまらない理由であったら、生きていることにまた後悔してしまいそうな気がするから。
「・・・・・・言ってくれ。この先、俺が自分で聞きに行くなんてことできる気がしねえから」
何かを察したマンドリカルドが、静かに姿を消した。
俺はさんざん彼のデリケートな部分に踏み込んで行ったのだ、知ることを回避したいのならそれでいいが、俺への負い目から聞かないでいるってのはやめてほしい。
そんなことを念話で伝えたら、霊体化したままで俺の背後に戻ってきた。
「そんなら、話す」
立ち話で済むような話でもないだろうと、不破はリビングに移りソファの真ん中にどかりと座った。
胸ポケットから一枚の紙を取り出してきて、俺に渡してくる。
「・・・・・・インシデント報告」
そこには本当の俺が死んだ理由について、書かれていた。
脳腫瘍の摘出手術であったのだが、摘出直後に投与する薬剤を取り違えたため脳梗塞を起こした末の死亡であったそうだ。
・・・・・・人は誰しも間違えると言うが、やはり許し難いという思いも捨てきれない。
本当であれば助かったはずの命だというのに、たった一つの間違いで・・・・・・
「普通なら訴訟されようと金だけ払って終わりだったんだがな、患者が舞綱一金持ちな家の息子だったことがこの事例を起こした」
平尾家は、ナディアの家と双璧をなす貴族の血を引く家系。歴史の流れるうちに身分は一般人に分類される者と変わりはなくなったが、土地などに関する強い権限と経済力は健在だった。
八月朔日の家系が有する病院などには我が家の融資による金が沢山注がれていたことは家に残っていた資料からも推測できている。その上魔術にも手を出しているあそこは龍脈を支配しているうちに媚びなければやっていけないと判断していたはずだ。
「うちの融資と魔力を絶たれるってのはそりゃ文字通りの死活問題だからな。それをもみ消そうとするのは当たり前か」
「そうだろうな。立場上平尾家と対立構造を作っているシトコヴェツカヤ家に泣きつくわけにもいかないもんだから、何としてでも平尾家との関係を切りたくなかったんだろう」
だからと言って許されることではない。
すべてを俺の家族に言ってくれたのなら、こんなことにはならなかったのに。
俺のような人間が生まれることも、なかったのに。
「八月朔日喪という男の存在は知っているか?」
「・・・・・・ああ、しのぶの奴に言われたよ。俺の体・・・・・・そいつのなんだろ」
不破は頷くと、机の上に一枚の写真を置いた。
そこには20前後のかわいらしい青年が写っている。当たり前だが、今の俺とは似ても似つかない。
「そいつは八月朔日家の正統後継者になる予定だったんだが、魔術の素養がおもしろいほどなかったそうでな。そんなもんだからどうにかして魔術回路を生殖以外で増やそうだのなんだのしたせいでひでえことになったらしい」
魔術回路というものは代を重ねるごとに増やせるものだ。他人から拒絶反応を振り切って移植でもされない限り、人の持つそれは生まれたときから変わらない。魔術師ならほぼ全員が知っている常識だ。
「クローンの作成およびその魔術回路の強制移植が行われていたことがわかっている。一体の完成品を作るまで生まれ死んだ八月朔日喪は判明しているだけでも100は越える」
かわいそうなことだ。
魔術の才能がなかったばっかりに、魔術回路が少なかったばっかりに人権を無視されそんなことを繰り返されるだなんて。
「そうか。その体が・・・・・・今の俺」
「そういうことだ。体が完成する頃には、もう娘のしのぶが刻印を継承するだけの力を持っていた。つーわけで、厄介払いと言わんばかりに改造に改造を重ねた喪の体は顔を作り変えられ平尾克親に成り代わった」
自分の手を見た。
記憶が無いためか、それが到底俺自身の話だとは思えない。
この体に走る回路はほとんどが移植されたもの。自分どうしなら拒絶反応も少ない故にぽんぽんと剥いではつけをくりかえしてきたのだろう。
「・・・・・・魔術刻印が普通に継げたのはなんでだ?俺は平尾家と全く血縁関係のない人間だったのに」
「そこらへん詳しくはわからん。ただただ相性がよかっただけなのか、改造を繰り返すうちに何でも適応できるような体へと変質したのか、それとも別の要因か・・・・・・」
喉が渇いた、と徐に不破は立ち上がって冷蔵庫を開けに行く。
未開封の乳酸菌飲料(2Lペットボトル)を持ってきたかと思えば、コップもなしにそいつをテーブルに置いた。
「・・・・・・ええ・・・・・・」
そして豪快に一気飲みである。そんなに飲んだら口の中で残る謎のアレがものすごいことになるだろうに・・・・・・
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158話 十一日目:甘噛みとマジ噛みって境界線どこ
「テメェはただの被害者だった。才能がないからって、幾度となく自分の複製を作られては殺され・・・・・・デュランダルの力を軍事転用するために利用された。最初に会ったとき俺はテメェを敵視するようなことを言ったが、あれは撤回させてくれ」
デュランダルの力を適切に使えなければ地球を破滅させるかもしれない人類の敵だなんだと言われてその当時はむっとした覚えがあるけれど、実際それは間違いじゃなかったのだし怒る気もない。
「・・・・・・思い出したがあのとき、なんでお前は俺のことを全部知ってるって言ったんだ」
「ありゃあ、ただのでまかせだ。正直言っちまえばあん時俺はテメェの名前、身長、体重、勤務先、専門の魔術部門、デュランダルを精神的な次元に内包している特性くらいしか知らなかったからな」
それでも今まで会ったこともないような人の情報としては十分だとは思うが。
「・・・・・・この戦いが終わったら、俺はどうなる?」
「どうもならねえよ。固有結界にも等しい現実性を持つデュランダルの概念は、ライダー・・・・・・マンドリカルドとか言ったっけか?の手によって吸収・習合された。まだテメェの中には強いイメージが残ってるだろうが、もうそれを実体化したところで本物には到底及ばんさ」
確かに、目を閉じると強いデュランダルの像が脳裏へ浮かんでくる。
魔力さえ流してしまえば普通に具現化できそうだったので、試しに力を込めようとしたところ不破に止められた。
「明日のためにとっていろ」
まあ、確かにそうだ。
明日は俺とマンドリカルドにとって最後の戦いになる。
勝とうが負けようが後悔のない戦いにしてやるんだと決めた以上、途中で魔力不足を起こしてぶっ倒れる訳にはいかない。
「じゃあ俺はそろそろ帰る。明日の朝8時には来て、ルーラーと最後の決闘を見守ってやる。寝坊したらセイバーの不戦勝な」
遅れることのペナルティが重すぎではなかろうかと思うが、監督の言うことは絶対なので目覚ましをつけられるだけつけるしかない。
不破が部屋を出ようと立ち上がり、ドアの前に立ったところで止まった。
「・・・・・・どうした?」
「最後に一つ。テメェは・・・・・・ライダーのことはなんだと思っている?」
確かめるための問いだろうが・・・・・・愚問だ。答えなぞ、とうの昔に決まっている。
「マンドリカルドは、俺の最高の騎士で、王様で、家族で・・・・・・親友だ」
俺の背後に漂っているマンドリカルドが恥ずかしそうに俺の背中をつついた感覚がした。おそらく指先だけ実体化させすぐ元に戻したんだろう。
「そうか。道具でもなく、奴隷でもなく・・・・・・友達か」
彼は目を閉じて、少しだけ微笑んだように見えた。
「一緒に笑って一緒に泣いて、そして一緒に戦ってくれる。いいマスターを持てて幸せだったな。ライダー」
にや、とその微笑みはニヒルな笑顔に変わり、俺のすぐ後ろにいる彼を見やった気がした。
そこにいるというのは感じていたのだろうか。そうだとすれば恐ろしいことこの上ないが。
「じゃあ明日」
「お、おう」
静かにドアが閉まる。不破の気配はどんどん遠ざかっていき、最終的には感じ取れなくなるほどになった。
家を出たという確認ができたので、俺は静かにソファへと腰を下ろす。
「・・・・・・もう実体化しても大丈夫だろ」
俺を包み込むようにして彼は空気へ溶けていたが、その言葉を聞くなりすぐに姿を見せた。
心なしかほんのりと頬が紅潮しているように見える。気のせい・・・・・・かもしれないが、俺にはさっきの言葉を恥ずかしがっているように思えた。
「どうした。今更あの程度言いふらしたところで何ともないだろ」
「そうかも、しれないっすけど・・・・・・やっぱ俺、克親に友達って言って貰えるのが嬉しくて、恥ずかしくて」
少しだけ伏し目がちになった彼の瞳をのぞき込もうとすると、ぷいっとそっぽを向かれる。
逆側から攻めようと試みたらあえなく逃げられる。恥ずかしいというラインがどこなのか未だによくわからん。
「こっち向けよ~」
「嫌っす」
「なんで」
「なんでもいいじゃないっすか」
「正当な理由がないなら却下」
ぐぬぬ、と渋々ではあるがマンドリカルドはこちらに顔を向けてくれた。
茹でた蟹かと思うくらい耳や頬を真っ赤に染めて、ほんの少しだけ唇を噛んでいる。
「風邪でも引いたか?」
「サーヴァントがそんなもん引くわけないっしょ。霊体に干渉する病原菌があるならまだしも」
まあそりゃそうか。
英霊が死後も風邪やらなんやらの感染症で苦しんでたら働きづらいしかっこがつかなさすぎる。
「じゃあなに、興奮してんの?」
「・・・・・・克親、そういうこと言うんなら俺もそれなりにやっちまいますよ」
じりじりと俺をソファの端っこに追いつめてくる。ちょっと目つきがガチっぽいのはなんなのだろうか、まさか本気でそういうことするわけもなし・・・・・・
「お前サラセン人だろそういうのは信仰的にアウトじゃねえのかぁああ」
「死んでから無宗教になりましたぁ!!」
ついにソファへ引き倒されてしまった。
やはり口は災いの元と言うべきか、ここまで怒らせるとは想定外である。
「・・・・・・ちょっと勘弁してつかあさい俺にもさすがにそんな経験はないっつかなんというか」
「本気でやるわけないっしょ、なにいってんすか克親は」
「いやお前目つきがガチだったから・・・・・・ってなんだよ」
未だに頬の赤い、整った顔が近づいてくる。
「・・・・・・克親のばーか」
そんな軽い罵倒をして、マンドリカルドは右耳にかぶりと噛みついた。彼にとっては甘噛みなのだろうが、俺の体には結構なダメージが入っている。耳たぶが千切れそうだ。
「いだいいだいいだいいだいたんまたんまたんま!!」
口を離れさせ被害の箇所に触れてみる。血こそ出てはいないっぽいがきっちり歯形らしい凹凸ができていた。
せめてもの反抗、みたいな感じで行為自体はかわいらしいのだが、それはそれ、これはこれ。
「なんの意図があってこんなことをしたんだ・・・・・・片耳なしになるところだったぞ」
犯人は悪びれる様子もなくテレビをつけて何ともいえないバラエティ番組を見ている。こいつ自分悪くないオーラ出しやがって・・・・・・
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159話 十一日目:例え全てが変わろうとも
噛まれた耳が少し心配だが、風呂に入って明日への力を貯めよう。
ぼーっとテレビを見ているマンドリカルドに声をかけたが眠いのか生返事ばっかりで、仕方なしに俺は彼を放って一度風呂場へと向かう。
「・・・・・・はあ」
栓を閉め風呂沸かしのボタンを押す。これで数分待ちゃすぐに入れる風呂の完成だ。
その間に何かできることなんてもんはあまりないので、寝室でだらける外ない。
「もうこんな時間か」
もうすぐ今日が終わる。
別れの日が、刻々と近づいてくる。
もうここにはいない、あいつの誕生日も。
「・・・・・・また俺は同じことを」
どれだけ決意を固めても、濁流にも等しい感情がそれを溶かそうとしてくるのだ。
一緒にいたい、手放したくない、取り戻したい。
わがままだとはわかっていても、なお・・・・・・大人になりきれない俺は、悩んでいる。
「情けないにもほどがある」
寝室で着替えを取り出しながら、俺は一人呟いた。
起こってしまったのなら仕方ないと受け入れなければならない。
今や未来を変えるのならまだしも、過去を変えるなんてことは許されないのだから。
「・・・・・・そう、そうだよな」
机の上に置かれたままの本を手に取った。
彼にとっての黒歴史が刻まれた、ハードカバーの大きな本。ぱらぱらとページをめくり、すぐに閉じる。
「あいつの後悔に比べたら、俺の後悔なんて」
1200年。
どうしようもなく長い時間を、彼は生きた。死人のまま、生きていた。
国を捨てた自分の愚行を、家族を失うきっかけとなった自分の愚行を、欲のために騎士道を捨てた自分の愚行を、彼は後悔していた。
けれど、その歴史を消すわけにはいかないと知っている。
忘れたい過去であろうとも、それは自分が守らねばいけないものだと知っている。
滅べば自分の汚点を覚えている奴など誰もいなくなるというのに、守るために、剣を振って・・・・・・敵を殺してきたのだろう。
それに比べれば、俺の後悔は・・・・・・罪は、あまりにも軽すぎるのだ。
「地獄で待ってるあいつのためにも、まっとうに生きなきゃな」
彼女は、自分の運命を受け入れていた。そんなシナリオなら仕方ないと、文句の一つも言わず。
その意志を俺の勝手でねじ曲げることなぞ到底許されない。それこそあいつにどつき回される。
地獄の底で、共に罪科を償おうではないか。俺がしていいのは、それぐらいだ。
本を元の場所に戻して、近くの椅子へと腰かける。
・・・・・・もう眠い。
「風呂、入らないと」
うちの給湯器は古いくせして性能はいい(魔術強化を俺がゴリッゴリにかけただけだが)ので、少し呆けているだけですぐに沸いてしまう。
案の定オルゴールのような音を鳴らして、機会音声がもう入れると伝えてくれる。
着替えを持って風呂場に行き、静かに服を脱ぐ。
所々傷は残るが、綺麗なままの体が洗面台の鏡に映る。
腕が吹き飛びそうなこともあった。腹に剣がきれいに貫通した時もあった。それでもこの体はちゃんと五体満足のままここに存在してくれている。
守ってくれた人たちへ、声にはしない感謝をした。
「・・・・・・あったけえ」
かけ湯をして、浴槽に沈む。
今日は43度の気分だったのでかなり熱いのだが、疲れた体にはいい衝撃だ。さすがにこれ以上高い温度の風呂に入ったら心臓に悪そうだからやめておくけど。
・・・・・・それにしても眠い。久しぶりにマリンパークへ行ったせいだろうか、俺にもかなり疲れがたまっていたのであろう。
浴槽の中で寝てはいけないという話は常識の範疇だが、睡魔には勝てん。ほんの、少しだけ・・・・・・
「・・・・・・あれ」
次に目を開くと、そこは何も存在しない空間だった。
真っ白な世界が延々と続いていて、果てがない。
俺はこれをどこかで見た気がする。
「本当の、俺?」
そこにいるんだろう。あの時殺されてしまった、本物の平尾克親よ。
俺が声を上げると、俺にそっくりな実体がゆっくりと出てきた。前まではまだ中学生くらいだったはずなのに、なぜこう変化したのだろう。
「どうしたんだ、俺の姿になぞなって」
「もう・・・・・・俺が俺でいられるのも、無理があるってだけのことだ」
なんとなく、察しはついた。
「・・・・・・消える、のか?」
「お前の中に溶けて消える。簡単に言えば統合だ」
彼が手を差し出すと、その手のひらの上に小さな光球が生まれた。
ふよふよと緩く上下運動をしていて、どこかかわいらしくも思えてくる。
「お前を恨むのはもう、やめにした。そもそも俺は、あの場所で死んだんだ・・・・・・どうせ味わえなかった時を、間接的ではあるが体感しているというのに・・・・・・今更それを欲しがるのはずるく思えてきたんだよ」
光の球が、俺の方へと向かってくる。
敵意は全く感じられないから、逃げもしないが・・・・・・これは、一体なんなのだろうか。
「俺はお前の一部になりたい。もう人格は保てないけれど、まだ生きていたいと願ったら駄目だろうか」
あんなことを言ったから、断ってくれても構わないと言われたが・・・・・・別に、断る理由もないだろう。
俺と、彼は・・・・・・確かにどちらも、”平尾克親”だ。そこに一切の差別はない。
「いいよ、満足できるまで生きられるかはわからないけど・・・・・・一緒にいよう」
俺がそう言うと、光の球が大きくなっていき拡散した。
「・・・・・・ありがとう」
彼の姿が消える。
忘れていたと思っていた記憶が、彼の秘密にされていたであろう記憶が甦ってくる。
その中には無論、初めて好きになった人のこともあった。
中学のころの彼女は、社長令嬢らしく淑やかな雰囲気が強く出た子であった。
行動力の高さは変わらず、俺が告白すべきか戸惑っていた時に正面突破を仕掛けてきたのだから。
俺は内心ラッキーとか思いつつ交際を初め、互いの誕生日には中学生離れしたプレゼントを贈りあった(俺はあの時計を渡す前に死んでいるのだけど)。
そんな彼女は、俺が死んで変わってしまったのだ。
手術の影響で記憶と人格に影響が出るとか言われたのだろう。自分のことを覚えていないのは嫌だとやさぐれた挙げ句おなじみのアレへ変化した。
一人称が”俺”になり、魔眼殺しの眼鏡もモノクルに変わり、たびたび授業を休むようになった。
そんな自由さが好きだった俺は、周囲が白い目を向けているのなんて気にせずあいつに絡むようになる。
・・・・・・あとはもう前に述べた通りだ。
「・・・・・・例え記憶がなかろうと、ほぼ中身が別人だろうと・・・・・・俺は、俺だったんだな」
そんなことを呟いて、意識を浮上させていく。
そろそろ起きなければのぼせて最悪の場合死にそうだったから。
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160話 十一日目:しんじるひとがいて
髪と体を洗ったあと、今一度湯船に体を浸した。
この家の敷地が広いせいもあるが、隣の家の音なんてものは聞こえてこない。
俺の呼吸音と、蛇口の先から一滴ずつ垂れる水の音・・・・・・遠くはあるが、テレビの音は一応聞こえてくる。
この時間帯だとどこもニュース番組か見る奴を選びそうな内容のものが増えてくるはずだが、マンドリカルドは適当にザッピングでもして見ているのだろうか。
「・・・・・・もう、あがるか」
ざば、と俺の体にまとわりついていた湯が風呂場の床に弾き飛ばされる。
プールやお風呂のあとにありがちな重力の増加(錯覚)を感じながら、俺は少し立ち止まる。
「これが、俺」
10年付き合ってきたこの体。
八月朔日喪の体を作り替えてできたこの体。
魔術刻印は、今でも平然と体の中で煌めいている。
いくら本物の人格を少しではあるが継承しているとは言え、本物が受け継ぐはずだった魔術刻印を持っているとは言え、紛れもなく自分は贋物。
だけど、本物は存在を認めてくれた。
ここにいていいと、認めてくれた。
「・・・・・・俺は、俺だ」
もう今となっては、自分自身こそが本物の平尾克親だ。
誰に恨まれることもない。何を恐れることもない。俺はただ、自分のしたいことをして生きればいい。
昔の俺のためにも、八月朔日喪のためにも・・・・・・失われるはずだった二人の人生を、生きたい。
何も為せなくたっていい、無様な最期でもいい。その悔しさを味わえるだけ、幸せなのだから。
「湯冷めしちまう前に寝るか・・・・・・」
タオルで濡れた場所を拭きつつ脱衣所へと移動する。
全身の水滴を取ったあとで、下半身の服だけつけドライヤーで髪を乾かす。
熱い風が頬を叩き、髪の水分を飛ばしてくれる。
「・・・・・・ふう」
一通りやり終えたら、肩にタオルをかけて部屋を出た。
いつの間にかテレビの音はしなくなっていて、無音の空間に特有なつーんとする音が耳の中で響く。
もう先に寝てしまったのだろうか、リビングのドアを開けてもそこには誰もいなかった。
「・・・・・・まあ、眠たそうにしてたし仕方ないか」
踵を返し、寝室に向かう。
俺も眠くなってきたし、早くベッドに転がりたい。なんて思いながら、ドアを開けた。
「やっと来た」
彼はソファに座っていた。真ん前にあるのは例の木箱・・・・・・渡すために起きてたのだろうか。
「・・・・・・起きてたのか」
「そりゃこれ渡さずに寝れねーっすよ。克親、こっちへ」
言われるがままに、俺はマンドリカルドの隣へ座った。
黄色いリボン代わりの布が解かれ、ずっと気になっていた中身がご開帳される。
「・・・・・・これは」
まず取り出されたのは指輪サイズのリング。
とてつもなく細かな装飾が彫られていて、これだけでも伝統工芸品として十分値段のつきそうなものだ。
「俺が女だったら刺繍で何か作れたんすけどね。残念ながらそういったことは教わってねえもんで、こういうのになったっす」
彼曰わく中指につけてほしいとのことなので、言われた通りにはめてみる。
木で出来ているというのに一切棘のようなものは感じられず滑らかな触感だ。薄い作りになっているおかげで指の可動範囲も狭まっていない。
「・・・・・・綺麗だな」
「喜んでもらえたんなら、頑張って作った甲斐があるっすよ」
ほんのちょっぴり頬を赤くして、マンドリカルドは微笑んだ。
ああ、なんてかわいいのだろう俺の親友は。
「じゃあ、あとはこれっすね」
大きなものが箱の中から出された。
これは木の彫刻像だろうか・・・・・・体格的に男であることは間違い無さそうだが、モデルはどちらなのか。
「顔似せるのうまくいった気がしないんすけど・・・・・・ま、そこらへんはご愛嬌っつーことで」
それは、何かを抱き止めようと手を広げている俺のかたちをしていた。
台座は雫のような形に削られていて、どれだけつつこうが倒れる心配のない仕様。
本人は顔が似てないと言うが、俺からすりゃ十二分にうまく表現できている。
「・・・・・・器用だな」
「克親に比べたら全然っすよ」
この期に及んで謙遜するのか、というふんわりとした怒りを表明するために俺はマンドリカルドのこめかみを軽く拳の硬いところでぐりぐりしてやった。
なお人間の攻撃はサーヴァントに通用しないため、痛いともなんとも思われてなさそうだ。
「葬式の時棺には入れてもらえるように今から言っとかないとな」
「墓場まで持ってくってそういう」
「それは誰にも言えない秘密のことだろうが」
ぺし、と突っ込みを入れる。
ニホンゴムズカシイネ、なんてわざとらしく片言っぽく言うもんだから追加で突っ込んでやった。このまま関西に入り浸らせれば芸人として大成しそうな気がする。知らんけど。
もらった俺の像をベッドサイドテーブルに置いて、布団に潜り込む。
もうこうやって寝られるのも最後。だから後悔しないように、言葉を交わしたい。
「・・・・・・克親」
鈍色に輝くマンドリカルドの双眸が、俺を見つめていた。
「どうした?」
「俺は・・・・・・ちゃんと、生きられた?」
明日を含めてたった12日。
そんな短い時だったけれど、彼は誰よりもうまく、誰よりもちゃんと生きられただろう。
生前の後悔を背負って、人類の未来を背負って、それでもなお潰れずに進み続けてきたのだから・・・・・・
「心配せずとも、だ」
敢えて言葉の先は声に出さない。どうせ何を言うかなんて、彼はわかっているはずだ。
「・・・・・・そう、っすか」
胸の前で彷徨っていた手が、俺の手を握る。
彼の体温がしっかりと伝わってきて、なんだかとても心地よい。
「俺がこの世に呼ばれた意味があったってことだ」
目を閉じて、彼は噛みしめるように呟いた。
俺の中にあった剣はその手に渡され、自分こそがその正当な聖剣の使い手として名乗りを上げる。
それが、世界に認められたのだ。
「明日、勝てるって信じてるから」
「俺は神でもなんでもないっすけど・・・・・・信じられたのなら、応えなきゃな」
英霊は、誰かに信じられることにより力を増す。
知名度補正という名前を付けられ、聖杯戦争を知る魔術師の間では常識とも言える事柄だ。
その土地でその英雄を知る人が多ければ多いほど強くなる。日本であれば、歴史の教科書に必ず乗っている聖徳太子だの小野妹子だの源氏や平氏や名のある戦国大名やらがたくさんいるはずだ。
・・・・・・現実史にモデルがいたかどうかもわからないとある物語のいち悪役でしかなかった彼には、そんな補正がまったくのらない。世界中のどこに言ったら補正を受けられるんだってくらいの知名度ということを彼も自覚している。
だがそれがどうした。
信じる奴はここにいる。
たった一人であろうと、俺がマンドリカルドという存在を信じる。
「俺はいつまでも、味方だから」
その言葉を聞いて満足したのだろうか。
彼は静かに、眠りへと落ちていく。
「・・・・・・おやすみ、マンドリカルド」
幸せそうな顔を網膜に焼き付けて、俺も目を閉じた。
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十二日目
161話 十二日目:約束を結んで
泥沼に沈むかのように、深い眠りだった。
夢は見ていたのかもしれないが記憶にはない。
気づけば外は朝で、よくわからない小鳥がどこかでさえずっていた。
「・・・・・・時間が止まればいいのに」
一秒、一秒・・・・・・少しずつ、その時は近づいてくる。
彼に触れられなくなる。話せなくなる。会えなくなる。
いまだにうじうじが収まってないので一度心を切り替えるため俺は洗面台まで行き冷水を被った。
ここまで来りゃあもう腹を括るしかない。
「・・・・・・さてと」
朝ご飯を作らねばならない。
篠塚の残していった大量の作り置きがあるからそれを温めて、パンを焼いて・・・・・・きんぴらごぼうと食パンとかいうなんとも合わなさそうな組み合わせになっているが仕方ない。食べなければ腐ってしまう。
「よっと」
焼きたてで指先をやけどしそうなパンを皿に2枚づつ乗っけて、食卓の上に置く。
冷めても美味しいのだが、やはりここは熱いうちに食べてしまいたい。
早くマンドリカルドを呼びに行かねば・・・・・・と、俺は今一度寝室へと足を運んだ。
「・・・・・・朝飯だぞーって・・・・・・あれ?」
俺が起きたときには普通に寝ていたはずだが、いつの間にかいなくなっている。
霊体化しているわけでもなく、ただ外に出ているだけだが・・・・・・こんな朝っぱらから何の用があったのだろう。
「マンドリカルド?」
「お、克親」
庭先で鎧を身につけ、素振りを行っていたマンドリカルド。
その手には、あのときと同じ聖剣がある。
「準備運動か?」
「そうっすね。憧れのヘクトール様と戦うんすもん、状態上げてないと失礼っすから」
それもそうだ。
かつて人生を賭けて追い求めた英雄と直に決闘出来るのだ、彼にとっては何よりも嬉しいことだろう。
「朝飯食ったら俺も付き合うぞ」
「・・・・・・どういう風にっすか」
「そりゃ・・・・・・なんだ、その・・・・・・そう言われるとどうすりゃいいかわかんねえな」
魔力を使った行為は一応平等を期するために控えろと不破に言われたし、だからといって単純な武力行使での手合わせなど俺が頭から真っ二つにされておしまいだ。
となりゃ俺がマンドリカルドのためにできることなんて声かけとかその程度にしかならないじゃないか。
「・・・・・・ま、とりあえず飯食うっすよ」
「そうだな、話はそれからだ」
不破とルーラーは8時に来るそうだが、決闘はいつになるのかわからない。
おそらく一時間もせずに始まるだろうから、その前にやるべきことはやらないと・・・・・・
マンドリカルドを連れて家の中に戻り、二人して手を洗い食卓へつく。
「・・・・・・最後の晩餐ならぬ、朝餐か」
示し合わせたわけでもないのに、俺たちのいただきますは揃った。
来栖さんとの関わりもあるが、別れてしばらくは静かなる日々が続くだろう。
今のうちに、声帯を使っておかなければ。
「なあ」
「・・・・・・なんすか?」
トーストの上に乗せた目玉焼きから黄身を盛大にこぼしつつ、マンドリカルドは返事をした。
大事な服なんだからさっさと拭きな、とか言いながら俺はティッシュの箱を持ってきて彼へ突きつける。
「約束、忘れるなよ」
「・・・・・・忘れないっす」
唐突に小指だけを立てた握り拳を突き出してやる。
彼はどういうことか十数秒ほど俺の意図を掴もうと目をしばたたかせていたが、ついには意味がわからなかったのかとりあえずとばかりに俺の真似をして手を差し出してきた。
彼の小指を自分の小指で引っ掛け、例の歌を歌う。
「ゆーびきーりげーんまーんうっそつーいたらはーりせんぼーんのーますっ、ゆびきった!」
これできっちりと約束は取り付けた。守らなかったとき本気で罰を執行しに向かってやる覚悟も暗に示している。
「・・・・・・なんすかその歌」
「日本伝統約束の歌。破ったら拳骨で一万回しばいて針を千本水なしで飲ましてやるからな」
「普通に拷問じゃないっすか」
「されるのが嫌だったら守れよー」
ぐぬぬ、とマンドリカルドは唸りつつも首を縦に振った。
双方の同意がなければ約束は無効みたいなものだが、まあそこは言わんでおこう。
「じゃ、そろそろ腹ごなしするか」
最後の朝餐を終えて、俺たちは庭へ出た。
荒れ放題ではあるけども、不破の尽力によって一応庭の体裁は保っている。
再びマンドリカルドは九偉人の鎧を身に纏い、その手にすべてを貫く聖剣を持った。
・・・・・・それはそれは凛々しい、王の姿そのものである。
「・・・・・・かっこいいよ」
「そっすか?」
わかりやすく鼻の下を擦り照れる彼の顔がかわいらしい。永い時を生きていても、そのあり方は若々しいものだ。
「そうに決まってるだろ・・・・・・王様」
ここに王冠があればいいのにな、とか言ってマンドリカルドの頭を撫でてやった。
それならこれでどうっすか、と彼が言うので少しだけ手を離してやったら一瞬でその頭にぽん、と小さな王冠が現れる。
・・・・・・あのとき俺が渡したのと全く同じデザインだ。
「正直、即位したときこんなのあったっけって感じもするんすけど」
「かっこいいなら全部許されるわ」
なにやら見えない力が働いているらしく、王冠は斜めについているってのに落ちないどころか全く動かない。
「・・・・・・頭から生えてんのかこれ」
突っついてみても全く動じないそれの不思議に首を傾げるけども、よく考えれば自分は巷では超常現象と呼ばれるものをぽんぽんと引き起こしてるのだから今更でもある。
「お前らもう起きてたか」
某栄養補給のビスケットもどきみたいなやつをもっさもっさと何も飲まずに貪りながら不破が塀の外よりこちらに声をかけてきた。
「喉渇かねえのかそれ」
「正直パッサパサ」
だろうな、と俺は返しながら門扉を開く。
「ルーラーと来栖さんたちは?」
「もうそろそろ来るだろ。集まり次第、別れの挨拶だの辞世の句だの済ませてから殺りあえ」
もう死んでる身に辞世の句、というのもよくわからん話ではあるが、最後にそんな時間を取ってくれるのはありがたい。
気の迷いを全て振り払えるように、俺は声をかけてやらねば。
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162話 十二日目:ライダーと、セイバー
とりあえず200を最低目標にがんばるぞい!!(テストはどうした)
「おはようございます」
「ルーラーも来たか、てことはセイバーのとこもだな」
ちょうどルーラーが敷地内に入ってきたところで、道の向こう側から二人分の人影が見えてくる。
今日全てを懸けた決闘があるというのに、セイバーはわかりやすく呑気なふりをしていた。
「・・・・・・皆さん、来ましたね」
「じじいは早起きって言うが俺は朝あんま起きれないタイプなんだよなー」
大あくびをかましつつ、朝っぱらから煙草をふかしているセイバー。
いかにも弱体化してますよーという感じを醸し出しているがこれはただのアピールだろう・・・・・・ヘクトールともあろう英雄がそんな理由で負ける訳なぞあるはずもない。
「朝でもいいって言ったのはどの口だセイバー、忘れたとは言わせねえぞ」
「へいへい、わかってますよーい」
いつの間にか手に持っていた自分のデュランダル(以下ドゥリンダナ)を軽く振り回し、首を回して一度だけ凝りきった肩を鳴らした。
やはりかの大英雄ともなればオーラというものは凄まじく、無意識のうちに後ずさりしてしまいかねないほどだ。
「お、いいなその王冠。かっこいいじゃないか」
「・・・・・・あざっす」
いざ相手が自分の憧れだと意識するとやはり緊張するのか、マンドリカルドの喉から出た声は滅茶苦茶小さい。
しっかりしろよと肩を軽く叩いてやったが・・・・・・どうやら服の下は脂汗でべっとべとらしく服が湿っていた。
「緊張しすぎだって」
「いやでもやっぱ目の前にいるのがあのヘクトール様だって思うと俺おかしくなるっす、心臓が破裂しそうっす!!」
「推しが自分の国に来てくれた時のオタクかお前は!!」
顔面は蒼白と紅潮が組み合わさった訳の分からない色になっていて、今にも泡を噴いて倒れてしまいそうだ。
さすがにそんなので不戦敗(この場合は相手のオーラにやられたため微妙なラインではあるが)を喫するなどマンドリカルドは良くても俺が良くない。
「いくら憧れの人だろうと怖じ気づくな、最期まで無様であろうがかっこよく生きろ」
主命だぞ、と付け加え俺にできる限りの力を込めて両肩をしばいた。
令呪はもうないためこの言葉にはなんの強制力もないが・・・・・・そんなものはなくても彼は聞いてくれる。
デュランダルをぐっと強く握り、まぶたを閉じた彼は唇を噛んだ。
「・・・・・・いけるか」
「・・・・・・ああ」
一歩を踏み出す。
もう戻らないという決意を込めた、その一歩。
ヒールが地面を抉る。
地面に向いていた顔が、前を向いた。
「いい顔してんじゃねえか」
もうすぐなくなる寸前の煙草を携帯灰皿に押し付け火をもみ消すヘクトール。
その灰皿を来栖さんに投げ渡して、マンドリカルドと対峙する。
「・・・・・・その胸、借りるぞ」
迷いを全て振り切ったか、かの王は凛々しくそう告げた。
春の風が吹く。
ヘクトールのマントと、マンドリカルドの腰布が激しく揺れた。
「愚問だろうが、お前さんは・・・・・・何の為に戦う?祖国のためかい?」
「国を捨てたまま死んだ俺がそんなことをする資格はどこにもない。俺はただ、マスターのために戦うだけだ」
そう彼は、きっぱりと言い放つ。
セイバーはその答えを聞いて、満足したように一度だけ頷いた。
「・・・・・・セイバーのマスターは魔術が使えないが令呪2画が残っていて、ライダーのマスターは優秀な魔術師だが令呪は0画。公平性のため、ライダーのマスターは魔術を使用していいが許可されるのは10回までだ。令呪および魔術での援護以外に干渉は禁止、サーヴァントが相手のマスターを攻撃するのも今回は禁止とする」
令呪の持つ絶大な力は一発で戦局を逆転させるほどの力を持つ。例え保持者に魔力の才が一切無かったとしても。
それが2つも残っているとなれば相当なハンデになるので、俺の方にも術の行使を許してくれたのだろう。
二人が実体化できるだけの魔力を保つことを条件に、何であろうが使っていいそうだ。
「さて、辞世の句を詠むのも今のうちだ。マスターとのやりとりも最後になるかもしれないのはわかってるだろうな」
「そりゃそうでしょうよってね。んじゃちょっくら行きますか、マスターよ」
「ちょっと軽くないですかセイバーさん!?」
後頭部を無造作に掻きながら、ヘクトールは気分良さそうにけたけたと笑う。
「オジサンにはこんくらいのあり方が合ってるってやつさ。そんじゃま、どっちにせよこれでさようならだな」
来栖さんをルーラーの作る安全地帯に向かわせて、輝く兜をその頭に装着する。
・・・・・・これが本気というわけだ。
「・・・・・・マスター、俺は」
「マスター、じゃないだろ?」
震えを隠すように握られていた彼の左手に触れる。
「・・・・・・克親」
揺らぎかけたものを抑えこんで、彼は俺の顔を見つめる。
鈍色の眼には俺の像が結ばれていて、涙ぐんだせいかそれは少し歪みを持っていた。
「大丈夫」
たくさんの思いを込めて、それだけを告げた。
なにもかもを喋っていたら到底終わらないだろうから。
「・・・・・・克親が、そう言ってくれるなら」
彼の手にあった震えは収まった。
これなら、俺がそばにいなくたって大丈夫だろう。
「・・・・・・また、あとでな?」
「ああ」
その言葉を最後に、俺は安全地帯へ足を進めた。
やはりルーラーの力は凄まじく、濃密な魔力をもってですべての攻撃を無効化できるバリアを張っているらしい。
これならば例え星を穿つような一撃を食らわされようとも、死ぬことはないだろう。
「・・・・・・ルーラー、何も言わないつもりか?」
「ええ。そもそもこのクラスというのは戦いを公平に進め終わらせる役。公正に、平和に終わらせることができるのなら、何も言いませんよ」
赤い外套を指先で軽く弄りながら彼はそう告げた。
やはり裁定者のクラスで呼ばれる正真正銘の聖人である。
「じゃ、双方やり残したことはないな?」
ない、と二騎のサーヴァントが同時に声を上げた。
「では3数えた瞬間より決闘の開始だ。フライングは即刻敗北になるから気をつけろ」
不破がその手を天へと掲げた。
死者のための典礼に用いる紫のストラが春の風にはためいている。
「・・・・・・3、2・・・・・・」
彼らが同時に体の重心を下げ、最初の一撃を狙う体勢に移行する。
「1」
手汗がいつの間にかじっとりと滲んでいる。
俺が緊張してちゃだめだろうがと、首を激しく振って邪念を吹き飛ばした。
最後の戦いを、マンドリカルドの勇姿を・・・・・・ちゃんと俺が見てやらねば。
「はじめっ!!」
瞬間、地を蹴る音が響いた。
まずヘクトールはマンドリカルドの太ももを狙い、マンドリカルドはヘクトールの腕を狙う。
同然剣はぶつかり合い、甲高い音を立て反発する。
「はぁあああっ!!」
「ははっいい力だが・・・・・・マン振りじゃどうにもならねえぞってな!」
互いに一撃目が当たらないことは目に見えていたのだろう、また別の場所を狙って剣を繰り出すもまたそれが衝突する。
二人の素早さはランクで表せば同じだが、現状だとヘクトールの方が上を行くと見受けられた。
つまりこのまま放っておけば手数の多さで押し込まれる可能性が高い・・・・・・使える魔術の残弾は10発、まず最初に使うのはやはりこれであったか。
「Raccourcis ta vie, traverse mon amour!」
対人用でも最上級の加速魔術・・・・・・使う魔力の量がかなり多いために時間を決めて使用しなければならないというのが難点ではあるが、かなりの速度上昇が期待できる。
「おっとここで速くなったか。だが戦っててわかったさ・・・・・・俺より断然遅いな、がきんちょ」
見かけはマンドリカルドが目にも止まらぬ剣戟を繰り出し、ヘクトールがそれをなんとかいなしているようだ。
だが、実際はそうじゃない。
ヘクトールは敢えてマンドリカルドに攻めさせ、疲労の末の自爆を誘っている。
その上防御に専念する事で自らの手の内を明かさず、相手のやり口をその場で学習し対策を練っているのだ・・・・・・
「くっ、そがあ・・・・・・っ!!」
彼も向こうの作戦には気づいていることだろう。だが攻撃の手を止めるわけにもいかないのだ。
防戦一方ではあるが、ヘクトールはタイミングさえ見つけりゃすぐに一発を加えようと殴ってくる。
その隙を与えないためにも、とにかく数を稼ぐ必要があるという話・・・・・・
「一回離れて立て直せ!」
「了解っす!」
体勢を元に戻すためマンドリカルドは後ろに飛ぶ。
だが休む暇などあるわけもなく、1秒も経たずにドゥリンダナの切っ先が彼の顔めがけて飛んでくる。
「がっ!!」
危うく顔面に横一文字の傷が入る所だったが、すんでのところで後ろにのけぞり回避する。
しかし大きくバランスを崩した状況、誰がどうみても大ピンチだ。
「おっともう終わりかい!」
「なわけねえよ!!」
剣を右手に持っていると言うのに彼は両手を地面につき後方転回。
金属でできたブーツでヘクトールの急所へ蹴りを入れようとするも向こうに意図が察されたのか避けられてしまった。
回避されはしたが当初の目的通り一度間合いを開けることには成功した。あとはこれからどうするべきだろうか・・・・・・
「どこがオジサンだアンタ!!」
「へへっ残念だったな!!大国に喧嘩売って正面から殴り合った戦争屋を見くびったっつうわけだクソガキ!!」
もはや双方アイドルとそのファンらしい関係を忘れ去り、殺意MAXの視線で互いを睥睨しつつ熾烈な煽り合いを重ねている。
これで平静を失った方が負ける・・・・・・とはいえ、どちらも半分理性を失いつつやり合ってる感じがするのは俺だけだろうか。
「・・・・・・あんなセイバーさん初めて見た」
「・・・・・・だろうな」
これは正義と悪の戦いでも、正義と正義の戦いでもない。
互いの欲を、願望をかけたエゴのぶちまけあいだ。
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163話 十二日目:大きな壁を前にして
というかマンドリカルドくんが殺気立ちすぎになってりゅ・・・()
「来てくれっ、ブリリアドーロ!!」
マンドリカルドの左手が空を切ると、そこに名馬ブリリアドーロが顕現た。彼はその上に飛び乗り腰を下ろすもブリリアドーロはこの程度どうということはないとばかりに冷静な顔つきだ。
庭の敷地からすれば馬が走り回るのも無理ではないが、ただの平原とはわけが違う。
騎馬民族の彼のことだ、そのあたりの取り回し方はわかっているだろうけども。
「・・・・・・この状況で騎兵になるか」
そもそも騎兵というのは機動力と、それに追随する攻撃力の高さで押し切るようなタイプだ。
反面防御が手薄になりがちで、遠距離の攻撃にはかなり弱い。
歩兵との戦いでは優位性を保ちやすいほうではあるけども、それが人類史でもかなり上の部類に入る知将に通用するのだろうか。
「忘れたか」
ヘクトールの双眸がぎらついた。それを表現するのなら、餌を前にした鷲か獅子・・・・・・見られただけで常人なら神経が自主退職するような恐ろしい視線にも、マンドリカルドは怯まず向かっていく。
ブリリアドーロの通るであろう軌道上にいるというのに、ヘクトールは全く回避行動をとる気配がない。
・・・・・・完璧な迎撃ができるという自信からだろうか。そうだとしたら末恐ろしいものだ。
壮年の男は焦る様子もなく、黄金に輝くドゥリンダナを構えた。
その剣の柄に濃密な魔力が通されていく・・・・・・早くも宝具を展開するつもりか?
「そらっ!」
一瞬にして、その黒い柄は大きく伸展した。
どこからどうみても普通の剣から射程の長い槍へ・・・・・・前に”宝具をちょっといじれば槍にもできる”などと言っていたのは記憶にあるが、そんな一工程で簡単に伸びるだなんて思うわけがない。
「マジかよっ!!」
危うくふくらはぎに一撃を加えられるところだったがマンドリカルドは咄嗟に剣を足元へ構え直すことで攻撃を防ぐ。
相手がただの剣しか持っていない歩兵ならまだしも、いつどこまでその切っ先が伸びるかわからない槍を持っているのなら話は違う。
槍使いにはありがちな入られては困る間合いもなく、剣使いの苦手な遠距離から攻められてもそれなりに対処のしようがある。
それに相手はかのアキレウスと真っ向からやりあったこともある大英雄。不死身性やら神の加護やらなんやらは持っていないと見受けられるが、経験の差が大きすぎる。
「・・・・・・俺が諦めてどうすんだ」
情けない自分の頬をつねる。俺はただ、友の勝利を祈り、助けていればいい。
「っ・・・・・・ブリリアドーロ、ちょっと頼むぞ!」
馬上から彼は飛び降り、地面に着地する。剣と剣同士の間合いでなければ勝ち目はないと判断したのか、一気にマンドリカルドはヘクトールに肉迫する。
ブリリアドーロは消えることなくそのまま裏山の森へ向かって駆け出し、そのまま姿を見えなくさせていった・・・・・・どういう意図があるのだろう、戦い慣れなどしていない俺にはわかるはずもない。
「っぐぅ・・・・・・っ!!」
「ほらどうしたどうした!?」
止まらない金属のぶつかり合う音。衝突により弾け飛ぶ閃光はまるで花火でもやっているのかと誤認しそうなほどだ。
双方完全破壊耐性を持つ聖剣、折れることなんて絶対に有り得ない。
マンドリカルドが上半身に意識を集中していると見るやすぐさまヘクトールは足払いを仕掛けてくるので油断ならん。
昨日一日晴れていたとはいえ未だに湿っている地面。転んでしまえば簡単には起き上がれなさそうなほどじっとりしている場所だってある。
「さすがっ・・・・・・俺の憧れなだけあるっすね!!」
「んなこと言うんだったら憧れくらい越えてみろよ、まあ俺には勝てねえだろうがな!!」
互いにまだ一つも傷をつけられていない。
中断する様相は全く見せない熾烈な剣戟が、朝の住宅街まで響いていく。
・・・・・・二人とも、笑顔なのは気のせいだろうか。
ヘクトールが土を蹴り上げて視覚をある程度封じようとするも、マンドリカルドは器用にデュランダルでそれを撃ち落としついた土も振り払う。
「まあそう簡単にはいかんなぁ」
「そりゃそうっすよ!」
マンドリカルドがその場で大きく跳ねたかと思うと、そのまま空中に駆け上がっていく。
俺の渡した空中歩行の中敷きがまだ残っていたのはいいが、剣術の戦いで高所アドバンテージなぞ取ったところで意味がない。
「・・・・・・なにやってんだあれ」
「U=mghだな」
不破が決闘という映画を鑑賞しつつポップコーンを貪り食っている。
未破裂の固い粒も構わずばりばりと噛み砕き飲み下しているあたり歯の強度は凄まじいようだ。
「それってポテンシャルエネルギーの式・・・・・・いやまさか自由落下とかしないだろ」
68×9.8×5というエネルギーが加わるため単なる加速と衝力は凄まじいものになるだろうが、自由落下ではコントロールが全くできない。いくら加速するとはいえ着弾点がわかってしまえば簡単に逃げられるし自分の頭が割れる。
そんな危なっかしいことを平然とやってのけるほど勇猛さ(悪く言えば無謀さ)を持ち合わせているとは思えない、違うことをやってくれるはずだ・・・・・・
「その兜ごと割ってやるよ!!」
空中で彼が一回転したかと思うと、そのまま重力に従い体が落ちていく。
いや、そんなまさか。
「お、おばかあああああああ!!!」
そんなの自爆でしかないだろと俺は思わず飛び出しかけたが、不破の手がしっかりと俺の首根っこを掴む。
無言の圧力を背に感じ、仕方なくそこに座り込むことにした。
加速するマンドリカルドの体。上段に構えた聖剣は輝く兜をかち割らんと陽光に煌めいている。
「今だ!!」
凛々しき馬の嘶きが聞こえた。
その力は半強制的に周囲の注目を集め、その他のものから注意を逸らす。
「その程度で惑わされるほど、オジサンは甘くねえよってなぁ!」
再び剣の柄が伸び、容赦なくヘクトールはマンドリカルドの頭にその先端を突き刺そうとしてくる。
さすがにそれをやられれば不死身の生命体でない限り誰であろうと死んでしまうだろう、マンドリカルドも無理やり体を捻ってその攻撃を回避した。
「それで逃げられたとは思うなよ!」
槍が傾けられ、狙ってくるのはマンドリカルドの膝裏。
そこまで長いわけでもない鍔だと言うのに、ヘクトールは見事に膝裏へとそれを引っ掛けそのまま地面へ落としにかかる。
「・・・・・・セイバーさん、かっこいいですね」
「まあ、トランプの絵札に描かれるくらいには大英雄だからな。かっこよくて当然だろうよ」
どうっ、とマンドリカルドを家の壁に叩きつけてヘクトールは一つ大きく息を吐いた。
左手を腰にやり苦笑いをしているが、やはり腰は痛いのだろうか。
だからといってそれを絶対的な優位性にできると言われれば微妙なところ。もしかしたらあれすらもただのポーズかもしれない。
「・・・・・・大丈夫か」
やはりさっきの衝撃はすさまじかったのか、マンドリカルドはまともに立ち上がれない。
ひゅうひゅうと弱い息を吐き、大きく咳き込む。
強い胸部打撲を食らった際によく起こる事例だ・・・・・・この状態じゃそろそろとどめを刺されてもおかしくはない。
「・・・・・・Récupération continue」
継続的な回復の術をかけたが、これじゃあごまかしにもなるかどうかだ。
今耐え切れても長期戦に突入してしまえば難しいし、倒す手だてが今のところ一切ない。
「・・・・・・っ、が・・・・・・げほっ」
デュランダルを地面に突き刺し、震える膝を手で押し込みなんとか彼は立ち上がる。
顔面は泥にまみれているけれども、それを振り払う力すら今は惜しい。
取り出すタイミングを掴みあぐねていた盾を左手に持ち、一度深呼吸をした。
「なんで、殺さなかった」
「さあ、なんでだろうな?」
「・・・・・・まあ、いい」
剣の泥を再び払い、マンドリカルドは地を蹴る。
諦めるつもりは全くない。死ぬまで戦うと決意しているから。
負けるつもりは全くない。俺と、約束をしているのだから。
「俺を侮ったこと、後悔させてやる────アンタの敗北をもってだ!!」
三白眼がさらに見開かれる。
躊躇はいらぬと、聖剣が彼の叫びに共鳴した。
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164話 十二日目:ゆめゆめかなわぬゆめを
都々逸へたくそ選手権優勝してますごめんなさい0
一直線に、彼は走った。デュランダルは薄い光を纏い、彼の思いに同調する。
「猪突猛進ってのもいいけどな・・・・・・勢い任せの行動は時に身を滅ぼすって知ってるだろ、お前さんは」
敵の首を刈らんと、その剣を下段に構えたままマンドリカルドが前へと進む。
ヘクトールも負けじと足を踏み出し、真っ向から勝負する・・・・・・と、俺が予測した直後だった。
「残念でしたァ!」
槍を唐突に地面へ突き立てたかと思うと、そのまま棒高跳びの要領でヘクトールは大きく飛び、ちょうどマンドリカルドの背後を取ってきた。
常時背中に盾をつけていたせいで攻められなかったが、それが左手に移ったことで満を持して後ろから攻めに行ったということか。
咄嗟にマンドリカルドも振り返り迎撃しようとするがコンマ一秒遅い。
「ぐあっ・・・・・・!」
斬られたら即死んでしまうような場所は回避したが、左の上腕あたりを切り裂かれた。
山吹のシャツに赤黒い血が滲み出し、裂けた服の下からは綺麗に真皮まで見えるほどの傷がある。
サーヴァントの肉体故にそれはすぐさま治るだろうが、それにとる魔力と時間が相手にアドを与えてしまうのだ。
「一発食らっただけで機能不全たあなってないね」
ヘクトールの攻撃は雨あられのように降り注ぐ。
それを必死で弾き返すもいくらかいなしきれずに食らっているマンドリカルド・・・・・・このままじゃジリ貧だ、さっさと終わらせなければならないというのに。
「ふひっ・・・・・・はははっ、はは!!」
変な笑い声を上げた彼は、デュランダルで攻撃を弾き返すのをやめた。盾はいつの間にかどこかに吹き飛ばされている。
そんな、もう諦めるのか。俺との約束を反故にして、憧れの人に殺されて終わるのか。
それは嫌だ、そんなことされるくらいなら、俺が間に入ってやる。
「・・・・・・終わりだな」
「・・・・・・そんな、はずは」
エクレアを頬張りながら言う不破に、俺は明確な否定の言葉を言えなかった。
「とどめと行くか」
「・・・・・・嘘だよな、セラヴィ」
血みどろの体。
塞がって間もない、数えるのすら億劫になるほどの切り傷。
頭から血を流して、彼はまだ笑っていた。
「じゃあな」
黄金の聖剣が振り下ろされる。
肉が、骨が、石をも斬り殺す剣に裂かれる音がした。
「おっと・・・・・・こりゃ予想外」
「・・・・・・俺には、毎度こんな手しか使えないんすよね!!」
ドゥリンダナの切れ味を知っていながら、彼はその手で刀身を受け止め握りしめたのだ。手首には九偉人の鎧の一部があるからその先は斬られないと、右手を犠牲にヘクトールの首筋へ薄い傷を付けた。
「・・・・・・やっと、届いた!!」
「だが死ぬまで終わらねえのは分かってるだろうな!!」
再びデュランダルとドゥリンダナがぶつかり合う。
さすがに首へ傷を入れられたことに焦ったのかヘクトールも余裕をなくして笑い、致命傷を食らう前に相手を殺してしまおうという感情が透けて見えてくる。
「Renforcement de l'armure・・・・・・Ajout d'onde de choc・・・・・・Récupération immédiate!」
防御上昇、衝力上昇、瞬間回復の術をかけた。これで残るは5回。
双方が傷つきそのたびに回復しているせいか俺の魔力もごりごりと減っていってる感覚・・・・・・倒れないように今のうちから龍脈より魔力を汲み上げておくべきか。
「だぁらぁっ!!」
マンドリカルドの振るった剣は、ヘクトールの左腕をはねた。
肘から先の部分が吹き飛び、こちらの方まで転がってきた直後魔力の霧へと還っていく。
今まで感じたこともないようなめまいに、俺は思わずよろめいてしまう。
「だ、大丈夫ですか克親さん」
「・・・・・・あ、ああ」
欠損箇所の再生には時間と大量の魔力が必要だ。
俺の体が出せる限界の速度を超えて回復させられているため、彼と繋がっている回路のオーバーヒートが酷く、立ち上がれない。
「契約した時点でわかってただろ。最終的にはそういう羽目になるって」
「・・・・・・ああ。だがそうしなければ、来栖さんも救えなかっただろ」
「お人好しめ」
「お前もたいがいだろ」
主義主張の違いはあれど、俺たちの本質は似たもの同士。
付き合いが長ければそれなりの友達にはなっていそうだが、彼は仕事が終わり次第帰ってしまうからもったいないものだ。
「なかなかしぶといなお前さんも!」
「往生際の悪さには一部で定評があるんでね!!」
どちらもいつ倒れるかわからない状態。
熾烈な剣戟は未だに続く。折れるどころか刃こぼれすらしない、不毀の剣がぶつかり合う。
双方息が上がりつつあり、普通の動体視力じゃ捉えられそうにない動きも次第に見えてくる。
「はーっ、はーっ・・・・・・!」
「まだまだ・・・・・・こんなもんじゃねえ!!」
ばちばちと、金属音に合わせて火花が散る。
この戦いの終わりはいつ来るのだろうか。俺には予想のつかない未来の話だ。
「壊れず、折れず、曲がらず──────我が槍は全てを射抜く」
打ち合いの最中、その詠唱が鼓膜を叩いた。
不毀の極剣の詠唱とは違う、彼のもう一つの宝具・・・・・・
「避けろ、マンドリカルド────ッ!!」
ヘクトールの右肘についていた装甲から、まるでジェット機のような爆風が噴き上がる。
衝撃波でこの隙に攻撃することすらままならない、これをまともにくらってしまっては────!
「・・・・・・れ、令呪を二画もって命ず・・・・・・ヘクトールさん、勝って下さい!!」
向こうはこれで勝負をつけに来たらしい。だがそう簡単に死んでもらっては困るのだ。
「Endure, vis, ne meurs pas, s'il te plaît, gagne, âme soeur────!!」
大規模魔術5回分の魔力を消費し、俺は叫んだ。
ヘクトールの宝具使用合わせたあまりの強度の負荷に、立つことはできなくなった。
本来は別々に展開しなければいけない術式を並列思考で無理に組んだためか脳にもダメージがでかい。衝撃波で毛細血管がやられたのか鼻から血が噴き出ている。
「か、克親さん!!」
「・・・・・・だ、い・・・・・・じょうぶだ」
俺は顔を上げる。例えどんな結末になろうとも、彼の戦いから目を背けたくなかったからだ。
「
その切っ先が、マンドリカルドの心臓を貫く。
家の壁に磔にされ、がくりとうなだれる彼。ごぽり、と口から痰混じりの血を吐いて・・・・・・
「・・・・・・今度こそ、かね」
「・・・・・・いや、まだだ」
心臓に刺さった槍を掴み、彼は引き抜いた。
もう魔力を回復に回そうだなんて思考はない。切れて振り子のように揺れる、無惨に根本から切れた彼の指たちは、邪魔だとばかりに落とされた。
「・・・・・・あのとき俺は、夢を見た」
右手で、血まみれの聖剣を握りしめる。
「地獄の中で、ただひとつ」
デュランダルに、ほのかな光が灯る。
体を維持する魔力すらそれにつぎ込んで、あるものを編み上げる。
「誇りを胸に、誰かを守る・・・・・・そんな騎士に、なった夢」
「・・・・・・あいつ」
ヘクトールは何もせず、ただその様を見ていた。
それが、単なる宝具使用後のオーバーヒートなのか、諦めなのか・・・・・・それとも他の何かなのか。俺には、俺たちには、知る由もない。
「この身写し身、英霊の影・・・・・・されど人なり、心あり」
勿忘草の光が吹く。
それはまるで俺に、「私を忘れないで」と訴えかけるような・・・・・・そんな気がした。
「・・・・・・人の夢はかくあるべしと言うのなら、我は今散ろう」
視神経を焼く、閃光。
吹き荒れる暴風の中で、凛としたその声が響いた。
『
明確には書けてないんですけどついに間際の一撃使っちゃいましたよ・・・
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165話 十二日目:誓い
「・・・・・・強いな、お前さんは」
全てを賭けた最後の一撃を食らい、ヘクトールの体には大きな裂傷が作られていた。
まともに話せるはずも無いだろうに、彼は平然と、希薄になったマンドリカルドの姿を認めその頭を軽く撫でる。
「ヘクトール様に比べたら、全然」
もうほぼ霊体としか言いようのない状態ではあるが、その声はちゃんと響いている。
半透明になった顔に伝う、透明な糸も見えた。
「この期に及んで謙遜か。ま、お前がいいならそれでいい」
マンドリカルドのところから離れて、ヘクトールは来栖さんの元へと歩み寄る。
体からは金色の光が溢れ出ていて、もうすぐ消滅するといったことを示しているようだ。
「すんませんねマスター。最後の最後に負けかましまして」
「・・・・・・いえ、いいんです。ヘクトールさんが・・・・・・満足なら」
胸元にあった令呪の痕を撫でるように、触れる。
「あのとき、咄嗟の判断で契約してよかった。元々のマスターじゃあロクな結末にならなそうだったからな」
真っ赤に染まったその手で、変わらず頭を掻く。
「んじゃあとは任せたぞ、もう一人のマスター」
「・・・・・・ああ、必ず守ってやるさ」
俺がそう告げると、彼は光の中に還っていく。
その光波は不破の持つ聖杯へと取り込まれ、消えていった。
「その様子じゃライダーもじきに霊核の維持ができず消えるだろうな。さっさと願いを言え」
「・・・・・・マンドリカルド、そこにいるか?」
俺との繋がりが、薄れていく。
ああ、別れはもう、すぐそこだ。
「俺はここにいるっすよ」
ふわふわと漂う、小さな光。
「・・・・・・あいつらにちょろまかされたせいで、でかい願いは叶えられそうにないらしい。せいぜい、ほんの少し未来を変えられるくらいだろうな・・・・・・で、どっちから言う?」
明日を変えられる、俺はただそれだけで十分だ。
「じゃあ、俺から言うよ」
「・・・・・・よし、聖杯を降ろすぞ」
彼の詠唱と共に、聖杯の器へ概念と化した本物が降臨する。
小指を入れたら詰まってしまいそうなほど小さな孔が、世界に開く・・・・・・あれが、世界の外側につながっているのか。
「・・・・・・孔は固定された。願いを」
「────俺は」
元から、叶えたい願いなんてなかった。
根源に至るのだって、聖杯の力なんて借りなくていいと思っていた。
だから、俺は誰かのための願いを言おう。それが望まれなかったとしても、いい。
「大切な親友たちの未来が、少しだけ幸せになってほしい」
たった二人の友達に、親友に。
俺はただ、笑っていてほしい。
「・・・・・・克親」
「ほら、ライダーも言え。そんな体じゃもうここにしがみついてられないだろ」
「・・・・・・ああ」
俺の言葉に、彼は何を思ったのだろう。
どんな顔をしているのかはもうわからない。怒っているのだろうか、泣いているのだろうか。
「俺は────」
彼の声は、激しい突風にかき消された。
聖杯には伝わったのか、その孔は次第に閉じていく。
「これにて聖杯戦争の終結を宣言する」
「・・・・・・これにて終わり、ですね。私は今回何もできませんでしたが・・・・・・申し訳ないです」
ルーラーの体も少しずつ金色の光に包まれ消えていく。
「・・・・・・いや。あなたがいなければ、その力でマンドリカルドをここに留めていてくれなければ・・・・・・この結末は絶対に迎えられなかった。謙遜する必要なんてありませんよ」
「・・・・・・そうですか。ならばよいのですが・・・・・・」
不破と来栖さんに短い間ですがありがとうという旨の挨拶を告げ、最後に彼は俺にひとつ礼をして消えていった。
「・・・・・・まだ、そこにいてくれてるんだな」
蛍の光みたいに小さいけれど、確かに俺の友はいる。
終結を宣言された時点で契約は切れたから、もうすぐ彼は座に帰る。
本当のさようならだ。
『克親』
大好きな声が、響く。
『俺と、一緒に生きてくれてありがとう』
涙が止まらない。
そこにいる光が、歪んでいく。
「・・・・・・ありがとう、マンドリカルド」
何かが肩に触れる感触がして、俺は顔を上げる。
そこには、笑顔の親友がいる。
「・・・・・・い」
行かないで。
そう声に出しそうになった。
そんなことを言ったってどうにもならないと知っていたから、それは心の内にしまい込む。
『もう、最後っすね』
「・・・・・・そう、だな。約束・・・・・・守れよ」
『誓約は守るっすから。絶対』
その顔が、溢れ出す涙で崩れていく。
無意識のうちに俺は彼を抱きしめ、目を閉じたまま涙と鼻水と汗を、血まみれの彼の首筋へ塗りたくる。
『じゃあまた。いつか、どこかで』
「・・・・・・またな」
嗚咽まみれの声で、三文字だけを呟く。
触れていたものの感覚がなくなっていく。
目を開けて涙を拭う頃には、もう彼の姿はない。
「・・・・・・ありがとう、さよなら」
底のない寂しさを胸に抱いたまま、俺は一歩ずつ前に進む。
庭の整備に使うシャベルを手に取り、小さな穴を掘った。
「何、してんだ?」
全てを終え、上司への連絡メールを送ろうとしていた不破が俺の行為に気づき声をかける。
「・・・・・・1200年前の死人に今更墓ってのも、変な話だとは思うがな」
掘った小さな穴へ、俺はひとつものを入れる。
それは粉々になった彼の木剣。最初の戦いで根元から折れ、初めて第2宝具を解放した時にただの木くずと化したものだ。
なんだかんだで未練まみれのそれを、決別のために埋める。
「剣の墓でもあるってか」
「・・・・・・そう、だな」
今まで作っては折れてきたかの木剣達を代表して、ここに眠ってもらおう。
俺たちを守ってくれてありがとうな、と感謝の意を込めて、少しだけそこへ水をかけた。
「ああ、そうだ。またいろいろと事後処理の連絡はするが・・・・・・急を要さないもんはあとでいいか?」
「いや、できるうちにしときたいから俺の仕事はさっさと回してくれ」
時間をおくと辛くなってできなくなりそうだから、という理由は言わないでおいた。
「・・・・・・じゃあ、また明日会社で会いましょ・・・・・・会おうね、克親さん」
思い出したように語尾を変えて言う来栖さんにちょっとだけ笑顔にさせてもらいながら、俺は門扉から出ていく二人に手を振った。
さあ、また忙しくなる日が来る。
「・・・・・・いい天気だ」
俺は家に戻り、研究室へと足を運ぶ。
古めかしい階段の鳴る音が、久しぶりに耳をついた気がした。
「・・・・・・ここ数日は、結構うるさかったもんな」
静かなる日々に戻った家。
ボロボロになってしまったが、また直さなければ雨漏りに毎回泣かされることだろう。
「さて」
ロクな内容を書けていないけれど、とりあえず始めたのだからやり遂げなければならない。
金庫の中から二冊のノートを取り出して、俺はペンの蓋を取った。
便宜的に置いてある裸電球しか照明がないけれど、この際どうでもいい。
「・・・・・・覚えてるうちに全部書いとかないと」
飯を食うのも忘れて、ただ俺は書き続けた。
がりがりとペンの先が紙を削るような音を響かせ、全てを綴る。
彼と俺の約束を果たすために、向かうべき場所を忘れないように。
俺は、また歩き出そう。
これにて聖杯戦争は終結
ではございますがあともうちっとだけ続くんじゃ(たぶん)
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十三日目
166話 十三日目:戻りゆく日々
まあこんなに書いてりゃ当たり前かあ
思い出を敷き詰めたノートに突っ伏して、俺はいつの間にか寝ていたようだ。
ある種のものごとは、別のかたちをとらずにはいられない・・・・・・とはよく言ったもので、俺の中の寂しさが眠りを誘ったのだろう。
耐えると言ったはずではあるが、やはり心は相当なダメージを負っている。
「・・・・・・はぁ」
ふと廊下の向こう側を見ると、青い、青い空は・・・・・・夕焼けとは思えないほど赤い、赤い空に変わっていた。
起きることもなく夕方まで寝ていたというのか。と思い時計を見れば午前・・・・・・
「ほぼまるまる1日寝てたのか・・・・・・」
どうりで体中がごきごきと鳴るわけだ。頬にもわかりやすい服の跡がついているみたいだし・・・・・・
「・・・・・・飯」
ノートを金庫にしまい込んで、重たい体を無理やり立たせ1階へと降りる。
慣れていたはずの静けさが、やはり心に痛い。
あまりの寂しさに猫でも飼いたくなる気分だが、俺のような人間にペットというのは合わない。
いつ実験中に部屋に来られて事故を起こすかわかったもんじゃないし、どれだけ長くても20年はそう持たない命だ・・・・・・飼ったら飼ったで、未来の俺が悲しむだけだろう。
「飼うなら鶴か亀・・・・・・ってか」
鶴は千年亀は万年と言うが実際のところ鶴が約25年、亀が約100年かそこら(種類にもよるが)なのでどっちにしろ長生きな方ではあるだろう。
・・・・・・飼い方がよくわからんが。
「まあどっちにしろ、か」
朝の燃えるゴミ漁りを狙ったカラスが、いつかのように俺をあざ笑った。
俺以外誰もいない食卓。
篠塚の作っていたものが残っていたからそれを温めて食べる。
どうしてか、塩辛い。彼はいつだって健康に気をつけていたから、味が薄いということはあれど味が濃すぎるなんてことはなかったのに。
「・・・・・・人のせいにしたってなんも解決しねえだろ」
目の前にいてくれる人が、恋しい。
たまらず俺は食事中だというのに立ち上がり、研究室へ歩いていった。
時間経過でスリープ状態になっていたプリンターの吐き出し口に残っていた一枚の写真を手に取り、急いで食卓に駆け戻る。
並ぶ皿の横に、それを置いた。
こんなんじゃ何の気休めにもならないと、わかっていた。それでも・・・・・・俺は彼の姿を見ていたかったのだ。
「・・・・・・ひとりって、こんな寂しいもんなんだな」
彼の使っていたグラス。彼の使っていた箸、茶碗、皿・・・・・・彼の座っていたソファ、彼の読んでいた本、彼の着ていた服、彼の眠っていたベッド。この家には、たくさんの跡がある。
例え生きていた痕跡さえも融かしてくれる誰かがいたとしても、俺は融かすことは願わないだろう。
足跡が春雨に消えていこうとも、忘れたくない。
「ごちそうさまでした」
もうそろそろ、出社の準備をしなければならない。
皿をシンクの中に放り込むだけ放り込んで、寝室へと向かう。
しばらく着ていないうちにカバーへ積もっていた埃を払い、中身のスーツを取り出す。
ワイシャツとベルトを引っ張り出すだけ引っ張り出してきて、昨日のことをようやっと思い出したか俺はシャワーを浴びにいった。
血まみれの彼を抱きしめたのだ、相当いろんなところに体液がついていることだろう。
昨日寝落ちしたので手は洗っていたけど体は洗っていない状態だ、どこか複雑な気持ちもあるが洗っておかねば社会的にちょいと顰蹙(ずわいがにではない)を買ってしまうことだろう。
シャワーから出る液体をちゃんとお湯にして、頭から被った。
「・・・・・・あぁ」
温かい液体が皮膚を滑り落ちていく感覚は、とても気持ちがいい。
滞っていた血流が強引に目を覚まされ駆動する。やっと普通の思考が取り戻せただろうか。
軽く汗を流したところで風呂場から出て、体中にタオルを駆けめぐらせる。
そろそろいつも起きる時間だ。今日はゆっくり行ったって大丈夫。
いつもなら絶対にしないであろうドライヤーまでかけて、髪を万全に乾かす。
ぼさぼさの髪を櫛でなんとか調教し、いつも通りの状態にまで持って行くことができた。
「・・・・・・ふぅ」
下着だけの姿になって廊下をさっと通り過ぎ、寝室に置いてあったうちのズボンとワイシャツだけ着てリビングのソファにどかっと座る。
テーブルに書類などを広げて整理し、今日使うであろうものを揃え特定のファイルに綴じた。
後はもういつもの時間に出るだけだ。
テレビをつけると、やっぱり一局を除いてどこもかしこも海が死んだ件について報じている。
不破のカバーストーリー流布は完璧であったとはいえ、疑り深い連中が関係者にああだこうだと聞き込みをしているらしいが、社員にとっちゃいい迷惑だろう。
新しく社長になった勅使河原は、毅然とした態度でしめじのようににょきにょき生えてくるマイクへ向かって淡々と事実を述べていた。
一応海の側近だったこともあり魔術に関しては少しの知識があったらしく、不破も彼にだけは真実を話したそうだが・・・・・・あの様子を見るにうっかり漏らすだなんてことはおそらくない。
「次のニュースです、──市の路上にて轢き逃げ事件が発生しまし────」
見る気を無くしたので俺はテレビを消した。
ムクドリの地味にうざったらしい鳴き声が響き出す。
あーあうるせえな、なんて思いながらソファの上で寝返りを打とうとした時である。
「・・・・・・こんな時間に呼び鈴?」
宅急便を頼んだ覚えなどはない。
誰だろうかと思ってのそりと起き上がり、玄関へ向かう。
「・・・・・・あの顔は」
門扉の前に立っていたのは来栖さん。
人事部の規則に合った服装をしていて、おそらく出勤前・・・・・・
「・・・・・・どうしたんだ、こんな朝っぱらから」
「ちょっとだけ、克親さんのことが心配で」
体の前で鞄を抱え、恥ずかしそうにうつむく彼女。
わざわざ会社とは逆方向にある俺の家まで来てくれたのだからそのご厚意は無碍にできないだろう。
「・・・・・・ありがとう。正直、まだ心折れかけな感じだった」
来てくれて助かった。とそう言って笑えば、来栖さんは安心したようにふうと吐息を漏らした。
「せっかく来てくれたんだしちょっと休んでく?時間に余裕はあるだろうし」
「そ、そうさせてもらいま・・・・・・もらうね」
門扉を開け、来栖さんを招く。
茶の一つでも、と思ったが今の冷蔵庫状況を考えると水とコーヒーとジュースしかない。
「やっぱぼっちに戻るってのは辛いな、寂しいのなんのって・・・・・・あ、何飲む」
「じゃあ、アイスコーヒーをひとつ」
「あいよ」
大きめのコップ2つにコーヒーを注いで、ソファの前にあるテーブルへ置いた。背もたれへかけていた俺のジャケットを横にかけ直し、来栖さんを導く。
「隣だなんて、そんな」
「何言ってんだ、お付き合いしてくださいって言ったのはそっちのほうだろ?」
ぐ、と先日のことを思い出したか言葉に詰まっている。
おそらく心の奥でめちゃくちゃな量の演算を繰り返しているんだろう。マンドリカルドと似てい────
・・・・・・いやいや、なに姿を重ねているんだ俺は。いくらマンドリカルドのことが忘れられないからって、そんなの来栖さんに失礼だろう。
首を横にぶんぶんと振るい、湧いた邪念を押さえ込む。
「・・・・・・克親さん?」
「なんでもない」
やっぱダメ人間だな、と・・・・・・俺は静かに、唇を噛んだ。
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167話 十三日目:し っ て た
「そろそろ行こうか」
「そう、ですね」
時間もいいとこになってきたので、俺たちは立ち上がり用意を確認して玄関へと向かう。
「・・・・・・あ、これ・・・・・・持って行かなくていいの?」
「何が?」
リビングから少し遅れて出てきた来栖さんが渡してきたのは一枚の写真。
・・・・・・朝飯を食ったときに持ってきたマンドリカルドの写真だ。
「・・・・・・ああ、ありがとう」
俺はそれだけ言って写真を受け取り、スーツの胸ポケットへ入れた。
忘れていた訳じゃない。持って行ったら、つい見て仕事に手がつけられなくなるような気がしたから、躊躇ってしまったのだ。
「やっぱり、会社休んだほうが」
「いや、そろそろ行かなきゃ部長にどやされる・・・・・・行くよ、ちゃんと」
危うくカビを生やしかけた革靴を履いて、太ももを叩き俺は立つ。
綺麗になってしまった手の甲を見て、もう俺はただの魔術師なんだと自分に言い聞かせた。
そう。俺はもうマスターでもなんでもないのだ。
「・・・・・・じゃあ、行こうか」
「は、はい」
家を出て、鍵を閉める。
結界の強度を確認し術式のほつれに補強をかけた。俺が敷地から出て門扉を閉めれば、よほど魔術解除が得意な魔術師・・・・・・それこそ魔法使いレベルでもないと入れない。
「行ってきます」
ただいまを言うまでこの扉は開かないだろう。
行ってきますだって、立派な呪文なのだ。
こうやって電車ですし詰めになるのも久方ぶりに感じる。
がたんがたんと揺れる車内。到着時出やすいように、とドアの近くを占拠するのだが、窓に顔面が押しつけられるのできつい。
痴漢に疑われる心配はほぼないのがまだ助かる点だ。
「ちょ、ちょっと大丈夫なんですかっ、窒息死しませんよね・・・・・・!?」
小声で隣の来栖さんがそう心配している旨を伝えてきてくれる・・・・・・が、こんなのは日常茶飯事なので全く問題ない。
無言のサムズアップだけを見せ、俺は耐久勝負を楽しんでいた。
「・・・・・・顔に跡ついてますよ」
「ははは、よくある話・・・・・・てか、女性専用車両じゃなくてよかったのか?」
「あー・・・・・・もし何かあっても、克親さんが守ってくれるかなって」
しれっとなんてことを言ってくれるんだこの人は。
いや俺はヘクトールのかわりに来栖さんを守るって誓いましたよ、誓いましたけど・・・・・・いざそのことを言われるとなんとまあ恥ずかしいというか、なんというか・・・・・・
「顔、赤くなってますよ」
「・・・・・・そっちのせいでしょうが・・・・・・」
熱くなった顔面に、無理やり水を当てて冷やす。
ああこんな不特定多数の目に付くような場所でこんなの・・・・・・ああダメだ、陰キャの精神が悲鳴をあげておる・・・・・・
「氷でも買ってきましょうか?」
「いや、さすがにそれはいいや」
鞄を抱え、改札を出た。
ここから会社まではそう遠くない。着き次第それぞれの部署に別れて勤務を始めるだろう。
・・・・・・うちの場合営業と人事は上下でお隣と言った状態だ。そのせいでいつ人事の奴が来るかわかったもんじゃないので後ろめたいことをしている奴らはいつもびくびくしているのである。まあ(魔術関係を除いて)清廉潔白鶴も驚く白さの俺にはなんら恐怖はないのだが・・・・・・
「もう着いちゃいましたね」
「昼飯は・・・・・・俺は社食だけど、来栖さんは?」
「お弁当ですが、食堂で食べましょっか」
「・・・・・・だな」
なんだろうこのむずむずする感じ。これまでまともな恋愛をしていなかったせいもあり今回が初めての経験なのだが、女性と付き合うってのはこうも心にくるものなのか。
海が地の底からくたばれリア充の声をあげていそうだが、心のうちで申し訳ないの言葉だけかけて我慢してもらおう。ほんとごめんて。
「じゃ、またお昼」
「ああ、じゃあまた」
そう言って俺たちはさりげなく別れ、社屋へと入る。
社員証を機械に見せ照合し、入ることを認められたところでそのまま正面のエレベーターへ乗り込んだ。
「お!克親パイセン久し振りィ!!」
男性社員とちょうど二人きりになる。ああたしかこいつは、中途採用で入ってきてやけに馴れ馴れしく絡んでくる奴だ。
名前は確か・・・・・・
「・・・・・・ピヨ丸」
「大丸っつってんでしょ、そんなかわいくねっすよ」
せめて間違えるなら近鉄とかにしてくれっす、とよくわからん文句を垂れる鶴丸・・・・・・じゃなくて大丸。
それにしてもなぜ俺なんぞと絡むんだ。金目当て、という雰囲気はまるでないし、目的がいっさい見えない。
「パイセンさっき来栖さんと話してたっすね、それもなかなか親密に」
いきなり核心を突いてきやがったこいつ。これはまずい、言いふらされたらたまったもんじゃない。
有給使ってちちくりあってたなんて思われてりゃ・・・・・・
「あのさ、ひとつ聞きたいことがあるんだが」
「なんすか」
「営業部どうなってる」
「・・・・・・それ聞きます?」
肩をすくめ笑う大丸。
・・・・・・嫌な予感しかしない。
「一応、教えてくれ」
「来栖さんとパイセン、結婚一歩手前とか噂されてるっすよ」
エレベーターが営業部のある階層にたどり着く。
扉が開いたのと同時に、俺は膝から崩れ落ちた。
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168話 十三日目:よくあるやらかし
紛らわしいっすよねアレ
「・・・・・・大丈夫っすか」
「大丈夫と思えるならお前の頭カチ割って中身見てみたいわ」
これは少々よろしくない。いや俺と来栖さんは確かにこの有給の間でくっついたけども・・・・・・その期間中ずっといちゃらぶしてたなんて思われちゃなんか嫌だ。表向きは一応療養もかねて、という休みなのでしれっとちちくりあってたなんて言われちゃ・・・・・・なんか平尾家の沽券に関わるというかなんというか。
「あ、平尾さんじゃないですか!10日ぶりくらいですね」
「・・・・・・おはようございまーす」
書類の大山を抱えて颯爽と走り去っていく男性社員。
こんな無様長々と晒してられないな、と俺は起き上がり何事も無かったかのように席へ着いた。
話しかけるなオーラを意図的に噴き出させ必要最低限の話しかさせない、うちは社内恋愛OKだから咎められることはないがとにかく話してたまるもんか。
「パイセーン顔怖い顔怖いほら笑って」
ぎゅうと真一文字に結ばれていた俺の口。大丸が頬を無理やり手のひらで挟み込み口角を上げさせてくる。
どれだけ口が笑っていようと目と心が笑っていなけりゃ意味がないだろうに・・・・・・
「お前いいとこの生まれだろ適当に都合いい噂でも流してくれねえか」
「いやいやふっつーの中流家庭に何言ってんすか。つか生まれが良くてもインフルエンサーになれるとは限らねえんすよ」
デスクトップのパソコンを起動しながら、諦めるこってすね。と無情なことを言う後輩。こういうところだけかわいくない。
「・・・・・・はあ」
「あぁ平尾くん!!待ってたんだよ・・・・・・やっと休みも終わりかい」
部長が俺の隣まで来てそんなことを言う。俺がいなくてもどうにかなるよう頑張ってたんだろうが、どうしても無理なところはあったのだろう。命に関わるような経験もして挙げ句友達を失ったのだ。そんなんで休みのツケなぞ払えるほど俺は強くないぞ。
「いやあ君じゃないとできないことがあってね・・・・・・これでもできるだけ減らしたんだよ」
どか、と載せられる沢山の紙、ファイル、USB・・・・・・弊社は俺に死ねと言っているようだ。
「・・・・・・わかりました。これ片付け次第帰らせてもらいますよ」
「ひゅーパイセンかっけー」
どのみちこの量だと定時に帰れるかもわからんが、無駄な依頼をされないためにもそうとだけ言って俺はパソコンを起動した。
またカフェイン大盛り飲料の世話になりそうだ。
「・・・・・・腹減った」
「たった3時間で死人みたいな顔になってるっすよ」
そりゃたまりにたまった取引先の管理やらなんやらを全部やってるのだから死んだような顔になってもしょうがない。
というか何で平社員にこんなことを任せるんだ、係長とか課長はなにやってんだよほんとに。
「・・・・・・昼飯食ってくる、お前は?」
「俺はまだ残ってるんで。来栖さんとよろしくやっといてくださいっすよ。パーイセーン」
「・・・・・・お前な」
文句のかわりに一発どついてやりたかったが、今のご時世それをやると俺の方が痛い目に遭う。
冷ややかな視線だけなすりつけ、俺は席を立つ。
「・・・・・・はあ」
反吐がでるほど平和な毎日だ。昨日まで命のやりとりをしていたって言うのに。
食堂のある階層に着く。入って少しあたりを見回し、来栖さんを見つけて向かいの席へ座った。
「遅くなってごめんな」
「い、いえ私も2分に来たばっかりですので・・・・・・」
周囲の視線が刺さる刺さる。俺たち針鼠になっちまうってくらい視線の筵だ。
だがこれも宿命か・・・・・・
「・・・・・・やっぱ他のとこにするか?」
「いやそんな・・・・・・大丈夫です、ここで」
「そっちがいいんならまあ・・・・・・いいんだけど」
俺もカウンターで飯を頼まねば。品切れになって大急ぎでコンビニに走るのはめんどくさい。
「・・・・・・やっぱ金持ちは違うな」
「プレゼント買い放題だよなあ」
案の定である。
確かに俺は気に入った奴へはプレゼントを贈りたがる性質ではあるが、そんなぽんぽんと金は使わん。
マンドリカルドのことについては特別だ。別れの時がわかっていたから、ただ彼の笑顔を目に焼き付けていたくて・・・・・・思い出を作っていたかっただけだ。
「G定とシーザーサラダ、あとアイスコーヒー」
「あーら、久し振りだね平尾の坊ちゃん」
「今日は魚の気分なんだよ、皮肉は焼いてほかのとこに出しといてくれよばっちゃん」
「そんなつもりはまつげの先ほども無かったんだけどねえ」
けらけらとマスク越しでもわかる会心の笑顔。御年70の調理師であるばっちゃんは毎度毎度切れ味の鋭い包丁と皮肉で切りかかってくるから危なっかしいの何の。
「ま、ここ10日くらい大変だったんだろうけどあんたなら大丈夫だろうよ、ほれ」
そうやって出されたG定食のおかず。心なしかアジフライがいつもより大きい。
怪訝に思っているということを顔面に貼り付け顔を上げると、ばっちゃんはわっるい笑顔で俺にサムズアップをして見せた。
・・・・・・海の訃報を聞いてサービスしてくれたのだろうか。
まあなんでもいいかと、俺は礼を言ってご飯やサラダの受け取りのためトレイと一緒に横へ滑っていった。
「お待たせ。先に食べててもよかったのに」
「そ、そうするとなんか恥ずかしいじゃないですか・・・・・・待てずにがっつくなんてなんだか」
「早弁する男子高校生みたい、って?」
箸を持つ手がかすかに震えている。これ以上刺激したら箸が目に刺さりそうなのでやめておくことにする。
「・・・・・・じゃ、いただきます」
「・・・・・・い、いただきます」
周りから好奇の目が寄せられているが気にしない、気にしない・・・・・・
「克親さんそれ醤油ですけど後ろ抑えなくていいんですか」
「あ」
ソースのノリで危うくアジフライを醤油漬けにするところだった。
慌てて俺はソースを取り直し、慎重にフライへかける。
「あわや腎臓をぶち殺すところだった」
「変なところで危なっかしいですね」
「変なところか・・・・・・?」
醤油とソースの取り違え、砂糖と塩の取り違えなんてよくある話じゃないか。
少なくとも俺はそれでゲロ甘さ卵焼きを作った前科があるのだが・・・・・・さすがに俺だけというわけでもあるまいに。
「あ、あっま・・・・・・!」
「・・・・・・砂糖と塩間違えたでしょ」
ほら、やっぱり俺だけじゃなかったよ。
「人のこと言えない・・・・・・」
「お互い様ってこった」
自然と笑い声が漏れる。ああ、こんな風に女性と話したの初めてなんじゃないか?
海とは完璧に男子の友達(悪友)みたいな絡みかただったし、中学以前は俺であって俺でないし、これまで他の女性と付き合いはしても金か体ばっかりの関係だったし。
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169話 十三日目:それってどういう
ふたつ案があるけども完結までの道が見えない
「あのさ、人事でも・・・・・・」
俺が全部を言い終わる前に来栖さんは頷いた。
案の定噂は広がっているらしく、朝っぱらから質問責めをくらいまくったらしい。
「不都合なことがありゃすぐに言ってくれ、俺にできる範囲でどうにかするから」
「・・・・・・はい、ありがとうございます」
心なしか彼女の顔が赤い。さては人事女子(仕事柄スキャンダルの情報集めに強いのが多い)になんか言われたのか。
「・・・・・・ほんとに大丈夫か?」
「大丈夫です、あの・・・・・・克親さんのこと聞かれただけなんで」
俺のこと・・・・・・か。ただの興味か、不祥事狙いか、隙あらば奪いにこようという算段か・・・・・・
おおかた善意が前に出た内容ではあるまい。
「どういうこと聞かれた?」
「・・・・・・す、好きなもの、とか・・・・・・いろいろ」
こりゃ絶対シモの話も聞かれただろうな、と表情から察する。
残念なことにまだそういったことは致してないので答えようは全くないのだが。
ご飯に温泉卵を投げ入れ醤油をぶちまける。生卵でやると結構な確率で腹を壊すので俺が卵かけご飯を作るときは毎回温泉卵なのだ。
それをかっこんで、コーヒーで一気に流し込む。
人によっては牛乳×ご飯のようにえづいてしまうだろうが俺は大丈夫なクチだ。
「そちらは大丈夫でしたか?」
「・・・・・・ああ、まあ、なんとか」
まともに話そうとも思えないほどのオーラと気配遮断の魔術を薄くかけていたおかげで仕事の邪魔は殆ど(大丸の世間話などを除いて)されなかった。
俺が元から自分のことを話さないのが幸いしたか、周囲も気を遣ったか・・・・・・そのあたりがどうなのかはわからんが、とにかくそれに助けられたのだ。
「ま、こんなんで折れてちゃやってられないからな」
学生時代俺と海が付き合ってるだのなんだのはあったが、あれは地位がかなり近い状態だったからお似合いだよね扱いされて双方あまりいびられることはなかったが、来栖さんは実家がそれなりに強力と言えど彼女自身は限りなく一般人。
なにかしらの妬みがあってもおかしくはない。
アジフライの尻尾を除いて空っぽになった机上の盆。あまり長居してもばっちゃんに怒られるだろうし、そろそろ俺は退散するべきだ。来栖さんも殆ど食べ終わっているし時間的にちょうどいいだろう。
「ごちそうさま。俺は今日定時に仕事終われるかわかんないから申し訳ないけど・・・・・・」
「無理はしないでくださいね。その調子で働いてたらカフェイン中毒で腎臓が死ぬって篠塚さん言ってましたよ」
そんなの聞いた覚えがあったかな?とか思いながら俺は盆を持ち上げ返却口まで歩き出す。
「そんじゃ、また明日」
「明日はお弁当作ってきますね?」
「・・・・・・頼むわ」
どんな風に言うのが適切なのかわからないから、とりあえずそんなことを言って俺はその場を去った。
次の瞬間来栖さんのテーブルに大量の女性社員が集まりわあわあとなにか言っている。
ひどい高音でちょくちょく聞き取りが難しい箇所もあるが、なんとか聞ける部分を分析したところ『なんで平尾さんとくっつけたの』だの『どんなプレゼントもらったの』だの質問祭り。恐らく人事以外の女性社員が事実を知って来たんだろうがあれじゃあまともに動けもしないだろう。
「おまえさんら、食堂はご飯食べながらしゃべる場所ではあれどなんも食わずくっちゃべる談話室じゃあないんだよ。ほら散った散った」
見るに見かねたばっちゃんが助け船を出してくれたお陰で、集っていた女性社員は渋々自分の席に帰るか食堂を出て行った。
「わかってないねえ」
「・・・・・・悪かったなと思ってるよ」
へっ、と人を見下したような顔で彼女は俺を笑った。ちょいと苛つく感じもするが、悪いのは俺なので言い返せはしない。
また今度不用心に先走ってしまったことを謝ろうと思いつつ、俺は営業部の階へ戻った。
「あーもう疲れた」
ぐたあ、と机の上に突っ伏した。金属にありがちな冷えが頬をちくちくと刺す。
「休み明けにあんな量鬼の早さで消化してってんだから疲れて当然っすよ。ほら」
大丸が差し出してくるのは某界隈で水のように飲まれている黒と緑のデザインが印象的なアレ。
いや、来栖さん(というか篠塚)に心配されたのだ、そういったものに頼るのはもうやめにしたい。
あと睡魔を抑え込んで無理やり起きる魔術もしばらくは使用禁止にしておこう。どれだけ高位の魔術師でも体を壊したら普通に死ぬ可能性があるし、見えない体のダメージが凄まじい。本能がやめろと言っているので素直にやめる。
「いや、やめとくわ。そろそろやべえぞって医者に言われたからな」
正確には医者に治療の腕を認められた監察、だが。
「確かにそうっすよね。こないだまでパイセンやばかったっすもん、この世の人間とは思えないくらいにひどい顔して手足軽く痙攣してたっしょ」
「記憶にないな」
記憶障害とかそういう話ではなく、ここ一週間半の記憶が強すぎて印象に残っていないだけなのだ。
「ほんと緑のスライムでもぶちまけてやろうかと思いましたよ」
「俺がもし動く死体だったらどうするつもりだったんだお前は」
「そん時は世界終焉を茶でも飲みながら見守ってますよ」
「人類滅亡の戦犯なのにひでーやつ」
「他人に興味なんてないっすから死のうが何だろうが関係ねーっすよ」
「じゃあなんで俺に構うんだか」
書類の山から次やるべき仕事を引っ張り出してきて、パソコンのスリープ状態を解除する。
さて、18時に帰れればいいんだが・・・・・・
横で棒状の焼き菓子をぼりぼりと食べながら大丸が笑っている。仕事しろよ、と言おうとしたが、俺の声はその先を紡がない。
「だってパイセン、普通じゃないっすもん」
背筋が、ちょっとだけシャーベット状になった気がした。
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170話 十三日目:その名の意味を
「・・・・・・久し振りのフル勤務はきつかったな」
結局19時までかかってしまった。
もう空は暗く、完全な夜。
これから遊ぶと明日が辛いこと請け合いだろう。俺はさっさと帰ることにした。
「・・・・・・変わらないな」
世界は滞りなく回り続ける。
そりゃそうだ、人が一人二人死んだところでそう簡単に変わりなどしないだろう。
・・・・・・けれど、その小さな喪失が後に大きな変容になるということもある。ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こす・・・・・・という話もあるのだから。
少しだけ酒に頼りたくなって、俺は酒屋で一つ高い日本酒を買う。
剣の墓に供える・・・・・・ってのはどうなのかと思うが、どうせなら彼にも飲ませてやりたい。
・・・・・・ああ、また腎臓と肝臓が泣くんだろうか。優しくしてやらなければならないのに。
「まいどあり。また高いの買ってってくれよ」
「俺は浪費家じゃねえから期待しないでいただきたい」
丁寧に梱包された酒を入れてある細長い紙袋を揺らし、俺は店を出る。
この商店街に来るのも、初めてマンドリカルドへ服を買ってあげたとき以来だ。
ああ、福屋の店員に好き放題されて目が死んでたあのときの顔が懐かしい。途中でいなくなったと思えば古書店にたどり着いてイリアスを読んでたから買ったり・・・・・・楽しかった。
「やあ、そこの兄さんや」
「・・・・・・何ですか」
不意に話しかけられたので、俺はその声の方向を見る。路地裏の方から聞こえたなとそこを覗けば、顔をヴェールで隠したひとりの女性・・・・・・と思わしき占い師のような人が紫のクロスをかけたテーブルを前に座っていた。
こういうやつと関われば大概ロクな話にはならんのが常だけど、今日の俺は付き合ってやる気分だったのでそっちへと歩を進めた。
「俺に、何か用でも?残念ながらお金は払いませんよ」
「いいや、ただ興味深いものが見えたから教えてやりたかっただけさ。金はとらんよ」
そう言って占い師は俺の顔を指差した・・・・・・と思ったが、その方向は少し違う。俺の背後に何かいるということを示しているらしい。
「随分と柄の悪そうな顔した子に憑かれてるね、兄さんよ。霊力が弱いから本体じゃなくただの残滓なんだろうけど・・・・・・随分と強い思念であんたの背中にくっついてる。守護霊か何かだね、そりゃ」
後ろを見ても、そこにあるのは商店街の喧騒だけだ。
だが俺には、占い師が適当なことを言っているようには思えなかった。
「そいつ、どんな見た目してる?」
誰がいるかなんて簡単に察しがつくけれど、確認のため聞いてみる。
「随分と綺麗な剣を持った男の子だよ。ここにZみたいな白い模様が入ってる」
そうやって指さすのは左のこめかみ。
やっぱりそうだ。俺には見えないけれど、彼は確かにいてくれてるんだろう。
「・・・・・・おそらく、俺の友達です。彼は」
「そうかい。亡くなっちまったのは悲しいが、そいつはちゃんとあんたの後ろにいてくれてるよ・・・・・・ああ、何か言いたげだな」
「・・・・・・何か、とは?」
もしかして、伝えられないままだったことがまだあるのだろうか。
それならば占い師の力を借りてでも聞きたい。それが未練になっていたらたまらないし。
「本の中、だとよ。それが何を表してるか知らんが、見てやったらいいんじゃないか?」
「・・・・・・ああ、そうさせてもらう」
俺は無造作に財布から一万円札を出し、机に叩きつけた。
「金ならとらんと言ったはずだが?」
「なに、チップだ。もってけ」
「そうかいそうかい、じゃ、ありがたくいただくこととするかね」
くつくつとヴェールを揺らして笑う占い師は、豪奢な装飾のついた箱にそれをしまい込み・・・・・・次の瞬間、机や椅子ごと姿を消した。おそらくは魔術使いのひとりなのだろう。俺のことを知っていてわざわざ情報をよこしたのか。
随分と人がいいのだか、なんなのか。
それはそうと、奴の言っていることが本当であったのなら帰って見てみなければ。もしも彼の残したものがあるのなら、放っておく訳にはいくまい。
急いで家まで帰ってくる。荷物を置くことすら忘れて、書斎の扉を開いた。
「・・・・・・本の、中か」
彼と関係の深い本といえば、あのとき買ったイリアスしかない。
机の上に置いてあるそれを取ってみると、明らかにスピン以外の何かが挟まっている感触がした。
取り出して見てみるとそれは一通の手紙。彼なら到底選ばなさそうな封筒を見るに、おそらく来栖さんからレターセットをもらったのだろう。
『マスターへ』と真ん中に小さく、それでも力のこもった字が書いてある。
俺はそれを開いて、中に入っていた便箋を見た。
『我がマスター、平尾克親様へ。
おそらく、アンタがこれを読む頃には聖杯戦争も終わって俺は消えているころだろう。
俺のことだから、最期は言いたいことも言い切れずに情けなく別れるんじゃないかって心配だ。
だからこうして保険も兼ね手紙に記そうと思う。
まず短い間だったが、俺と一緒にいてくれて嬉しかった。
こんな英霊のなり損ないみたいなサーヴァントのことを信じてくれたアンタには、どれだけ礼を言っても足りないだろう。
こんな俺の全てを認めてくれて、友達として歩み寄ってくれて・・・・・・
果ては重要なものが欠落していた俺の存在そのものも、埋め合わせて完全な状態にしてくれた。
本来あってはならないことだけども、俺のためにその命を捨てようともしていただろう。
記録はマンドリカルドという英霊の座に残るだろうが、アンタに返しきれないほど沢山の愛をもらった記憶は俺のものだ。他の誰でもない、俺だけのものだと考えると・・・・・・どこか優越感に浸れる気がする。
召喚されるたび同一人物だけど別人、となる性質だから、今まで消えていったどこかの俺もそんな宝物を持っているはずだ。
約束通り、またいつか会えたとしても。
俺はアンタのことを覚えていないだろう。
それでもいいから、また会えた時には言ってくれ。
Син миңа бик ошыйсыңと。
まだアンタの人生は長い。どれだけ辛くても、苦しくても、生前の俺みたいに大切なものは捨てないほうがいい。
何があっても、アンタは乗り越えてくれる。
俺にくれた名の意味は、
もうこれ以上続けるのも冗長だろうし、そろそろ終わり時だ。文面になると饒舌になるのって、まさしく陰キャの特徴でものっそい恥ずかしい気がするけど、もう陰だの陽だの言うのもどうでもよくなってきたと思う。
それじゃあ、また未来のアンタに会う準備をしてくる。
そのときまで、長い別れだ。
克親、───────、────────────。
追伸
地下室の隅っこ』
一カ所だけめちゃくちゃに塗りつぶされた跡があるが、ものすごい筆圧で消されているため溝から判読したりだのできなさそうだし解読は不可能だろう。まあ、だいたいどんなことを書いていたかなんて想像できるものだけど。
追伸に書かれていた場所に何かがあるんだろうなと俺は手紙を片手に階段を降りていく。
「・・・・・・あれ、か」
俺にくれたあのプレゼントと同じ位の大きさな木製の箱が、本当に部屋の隅っこへ隠されるように置いてあった。
リボンも手紙もなく、ただそこに置いてあったものは、端から見ればプレゼントとは到底思えないだろう。
そんな箱を取り、蓋を開ける。
「・・・・・・やっぱりか」
俺の像を見た瞬間、変な感覚を覚えた。
その視線の先に誰かがいるような、誰かを抱き止めようとするような。俺にはそう見えたのだ。
彼のことだ、作っておいて恥ずかしくなり最後に分割してしまったのだろう。
何かに・・・・・・その先でまつ俺に向かって飛びつこうとするマンドリカルドの姿が、そこにはあった。
「・・・・・・ばかやろ」
その像を手に、寝室へ。
俺の像のすぐ横に置けば、元からそうであったと言わんばかりに二人の体勢が噛み合う雫のような形の台座も、組み合わせることでハートの形になった。
心優しい友を持てて幸せだったと、俺は天井をなんとなく見つめる。
ああ言われたのだ、彼にまた会うその時まで・・・・・・俺は折れやしないさ。
もうあと一話でおしまい、でしょうなあ・・・・・・
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???
171話 ???:守られた約束
あれから長い時間が経った。
海の葬式を済ませて、八月朔日の葬式にまで体が弟のものだからって巻き込まれて。
そのあとになんとか家を直したが、戦争勃発前の状態には戻らずまた新たな外装で家の外観となじませた、という感じだ。
不破は始末書として原稿用紙10枚分を書かされた(約束通り俺も手伝った)あと、舞綱の龍脈を管理する役職につけられたらしい。つまりしばらくの間舞綱に居座ることとなったのだ。
前までは俺が自由に扱ってよい、という話だったのだが今回派手に使いすぎて少々奴らに目をつけられたらしく、これからは規定量以上使うと罰金刑だそうだ。そもそもあれだけ派手に使ったのは聖杯戦争で生死の危機に瀕していたからであり、これからそんなことをする必要なんざ全くないだろう。たぶん。
「・・・・・・はる」
我が細君の名を呼んだ。
戦争終結後、半年の交際を経て俺たちは結婚した。
式は親戚のみで行われたが、身よりのない俺にはほとんど来ず、来てくれたのは殆どが彼女の親族であった。
それでも盛大に行われた式は、今でも色濃く思い出に残っている。
「・・・・・・やっぱ、魔術師の宿命さな」
彼女の返事はもうない。
そりゃそうだ、もうあれから120年も経っているのだから。
俺は根源に到達するための実験を重ね、結果その体に異常性を宿してしまった。
無くしたはずだった不毀の絶世剣デュランダルの持つ力が暴走して、擬似的な不老不死になってしまったのだ。
それ故、夙に俺の姿は30歳の見た目から変わっていない。中身だけが老け、その間にいろいろなものと別れてしまった。
細君と、愛娘の梨花。孫の里菜。今じゃ曾孫のうち透と星蘭が我が家に暮らしている。
「ひいじいちゃーんあの木に水やってきまーす」
「ああ、いっておいで」
あのとき埋めた木のかけらは、こもった魔力の作用により奇跡とも言えるような芽吹きを見せた。
今では大きな楡の木になり、家を見下ろしている。
根元に供えた酒は未だに飲んでいないから、かなりの古酒になっていることだろう。
「・・・・・・さて、そろそろか」
あと一歩で、根源へは到達できる。
そろそろ死にたいと思っていたところだ、俺を殺してくれる彼が来ないのであれば、手にした魔法で無へと還ろう。
十分すぎる時を生きたのだ。もうこれ以上、この世に止まるわけにもいかんだろうさ。
ふと窓の外を見る。
透が水をやるシャワーを持ち、星蘭が蛇口を捻っているようだ。勢いが良すぎて幹で水滴が跳ね返り、透の服がびしょ濡れになっている。
冬ならば風邪を引くだろうからとすぐ家に戻したが今の季節は夏。逆に気化熱などで涼しいくらいだろう。
「おまっ、なにしてんだ!」
「めんごぜよ」
「謝って済むなら警察と裁判所と法律はいらねんだよ!!」
楽しそうなおいかけっこが始まった。
こりゃしばらくは戻ってこないだろう。
「・・・・・・殺すなら今のうちだぞ」
「・・・・・・言われずともわかっている」
人の思い出は音から忘れていくと言うが、これは一時も忘れたことのない声だった。
ずっと待っていた。ずっと進み続けた。
お前に殺されるために。
「あれから120年か」
「・・・・・・何のことだ」
ああ、そうだった。
忘れているんだったな。
「Син миңа бик ошыйсың」
「・・・・・・ぶ、ふふ・・・・・・ははは!!」
約束の言葉を告げると、彼は吸っていた息を噴き出し笑った。
「アンタ、初対面の男に愛してるとかどんだけトチ狂ってんだよ!しかも自分を殺しにきた相手だってわかってる癖に!!」
思わず取り落としてしまった剣を拾い、彼は乱れた呼吸を元に戻すため深呼吸を3回行った。
もう次のことを言っていいだろうと判断した俺は、続きを言う。
「・・・・・・昔のお前が、また会えたときに言ってくれって遺言でな。ひさしぶりだ、俺の親友」
「・・・・・・昔の、俺?親友?」
言葉の組み合わせに納得がいかない、とばかりに彼は首を傾げる。
「生者と亡者は交わるべきではない、そうだと言うのに・・・・・・友だと?」
「ああ、120年前の聖杯戦争でな・・・・・・俺は友達になったんだよ、マンドリカルドというひとりの英雄と」
俺がその名を口に出すと、彼の三白眼がさらに見開かれる。
彼からすれば初めて会う敵対者が自分の真名を知っているのだ。驚いて当然だろう。
「・・・・・・その名は」
「これで証明になるか?」
空間転移術で、寝室に置いていたそれを手元に引き寄せる。
「・・・・・・あ」
「紛れもなく俺とお前だろ?」
あのときとほぼ変わらない姿で、二人はここにいる。
「・・・・・・そうか、俺が、そんなことを・・・・・・」
胸元に光っていたのは、最後の日の前に俺がプレゼントしたペンダント。
それはきらきらと、とても柔らかく優しい光を放っている。
「さ、ここにきた意味はわかってる。あの子たちが戻ってくる前に、スパッと殺しておくれ」
「・・・・・・ああ。無へ還るのは許されないこと・・・・・・抑止の守護者として、我は裁きの鉄槌を加えよう」
懐かしい煌めきを見せる剣が、天へ掲げられた。
ああ、やっとだ。
不完全に顕現してしまったデュランダルの霧は、本物によってかき消される。
「・・・・・・打ち砕かれよ、許しは死の中で与えられる。永遠の安らぎを享受せよ、光の中で静かに眠れ・・・・・・さあ、最期の言葉を告げよ」
「長い人生だったが、楽しかった。遺言状は加工不可にして置いてあるしもう問題はない。ひと思いに殺してくれ・・・・・・セラヴィ・アムスール・・・・・・」
「・・・・・・今はただ、安らかに」
「・・・・・・ありがとう、約束通りにしてくれて」
剣が振るわれ、俺の首を骨などなかったと言わんばかりに軽く切断する。
皮も肉も血管も、全てが切り裂かれた。
噴水のように噴き出す血が、遠くに見える。
「・・・・・・どういたしまして・・・・・・か・・・・・・」
彼が、何かを言おうとして詰まる。
落ちた俺の首を抱え、何をするのだろうか。
斬首してから生きていられる限界は1分ちょい、もうすぐ俺の意識と生命は終わりを迎えるだろう。
「・・・・・・まんど、り・・・・・・かるど?」
頭部にあるだけの回路で無理やり声帯を震わせる動魔術を発動させ声を出したが・・・・・・反応は鈍い。
いや、俺の感覚が消えていっているだけだろう。
「克親」
俺の頬へ、その指は確かに触れる。
ああ、ああ。
最期に、俺の名前を呼んでくれた。それだけで、ここまで生きた甲斐があったと・・・・・・俺は目を閉じる。
「愛してる」
ぽた、とまぶたに一滴だけ落ちた透明な何かが何だったのかを理解する前に、俺の意識は消えていった。
これにてFate/Serment de victoireは終結とあいなります!
最初の登場人物紹介入れて約52万文字とかいう頭おかしい長さになりましたが、ここまで読んでいただき時に感想を下さったり評価をしていただきまして本当にありがとうございました!!
五体投地しすぎて地面に頭めり込んでます額割れてます!!!
最後の解釈とかは各人にお任せしますので都合いい続きを妄想してくださっても構いません。
このシリーズは完結としてこの先更新することもないでしょうけど、また新しい話を考えたらこのサイトにぶん投げると思うんでそのときはまたよろしくお願いします。
3月の終わりから9月の終わりまで・・・・・・長い間どうもありがとうございました!!
ヒマダッタラヒョウカシテッテモイイノヨ(オイ)
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