<Infinite Dendrogram>~魔弾の射手~ (夜神 鯨)
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夢の続き

アニメがとてもよかったので久しぶりに書かせていただきました


「....ようやく戻ってこれたわね、この世界に!」

 

 旧ルニングス公爵領荒廃した都市で喜に身を包んだびの声を上げる一人の女性がいた。

 

 女性の名前は加奈、この<Infinite Dendrogram>へ約半年ぶりにログインした<マスター>だ。170cmと女性にしては高い身長と少し筋肉質だが、モデルのような体つきをしている。髪は白金の美しい長い髪をしており、それを頭の後ろで束ねている。蛇のような琥珀色の瞳と目尻の吊り上がった顔立ちは捕食者のような印象を与える。

 

 ストライプ柄の黒いスーツに身を包んだ彼女は黒塗りのバイクに跨った状態のまま、体の動きを確認するかのように手の開閉を繰り返す。

 

「う~ん、体に異常はないようね」

 

 一通り体の各所を動作確認する。と空気を大きく吸い込んで黒塗りのバイクから降りる。急いでログアウトした為、何もかもが中途半端な状態だった。

 

 字面に降り立った加奈は踏みしめる大地の感覚に乾いた土の香り、吹き荒れる風の感触と眩しい太陽の光、それらを受ける五感のすべてが、ここが現実であると感じていた。

 

「相変わらずここがゲームの世界だと信じられないわね」

 

 しかし、ここは<Infinite Dendrogram>ゲームの世界だ、その証拠に心の中で『メインメニュー』と唱えれば現実とは思えないゲームらしいウィンドウ画面が出てくる。RPGらしいこの画面を見ることで、やっとここがゲームの世界だと実感できる。

 

「...さてと、私は何をしていたんだったかしら?」

 

『世界一周の旅が終わり、ドライフ皇国からアルター王国に戻るところですよ』

 

 女性が疑問符を浮かべていると先ほどまで跨っていたバイクから声が聞こえてくる。振り向くとバイクはその姿を大きく変え、メイドの恰好をした女性へと変貌する。濡れ羽色の美しい髪は風でなびき、白く美しい肌が、冷たく輝く。身長も加奈ほどでは無いがそれでも女性としては高く165cm以上はある。濃紺のロングドレスに白いエプロンのメイド服を見事に着こなしていて、立っているだけでとても絵になる。

 

 彼女は加奈の<エンブリオ>であるTYPE:メイデンwithワルキューレ、ヴァルキリア。加奈と共にゲーム時間で3年間、世界を共に旅した。

 

「やあ、久しぶりねヴァル、1年ぶりくらいかしら?」

 

「いいえ、マスター。1年と5ヶ月ぶりです」

 

 加奈はヴァルキリアへとゆっくりと近づき彼女の頬をそっと撫でる。するとヴァルキリアは嬉しそうに顔を歪め、加奈を強く抱きしめる。

 

「...もう..お会いできない...かと..思いました」

 

 静かに涙を流す彼女の頭を撫でながら加奈は静かに言った。

 

「ただいまヴァルキリア」

 

「おかえりなさいマスター」

 

 感動の再会を迎えた二人はひとまず現状の確認を行う、まず2人が疑問に思ったのはこの現状、最後にINした時にいたのは確か、ルニングス侯爵領だったはずだ。あそこは穏やかな環境と豊かな田畑が広がる穀倉地帯だったはずなのだが、ここには見る影もなく荒廃した荒れ地と放棄された都市が広がるばかりだった。

 

「おかしいですねルニングスはもっと豊かだった思うのですが、この1年半で大きく環境が変わってしまったのでしょうか?」

 

「そうね、マップで確認する限りここはルニングス侯爵領で間違いないみたいだから何かがあったんでしょう」

 

<エンブリオ>を第7形態まで進化させた<超級>と呼ばれる廃人プレーヤー達であればこれくらいの地形破壊など造作もないだろう。一度共闘したことのある【冥王】と【獣王】も一般プレイヤーを超越した強さを持っていた。

 

「さあ、ヴァル、久しぶりに頼むわよ」

 

「了解いたしました。では、アルテアまで楽しいドライブを」

 

 ヴァルキリアはそう言うと黒塗りの()()()へと変形する。

 

 それを確認した加奈はヴァルキリアに跨り、ハンドルを握る。タイヤのないこのバイクは加奈のMPを消費して動く。そのためバイクはハンドルを捻ってもエンジンをふかす事はできない、あくまで飾りだ。だが一度走り出せば圧倒的な加速と速度を出しながらバイクは大地を駆ける。地を駆けるその姿はまるで一筋の稲妻。あらゆる景色を置き去りにしながら加速していくバイクを、加奈は楽しそうに操る。丘を上がり木々の間を抜け、風景を置き去りにしながら2人はあっという間にアルター王国の首都であるアルテアに到着した。

 

「ふぅ、約5年ぶりかしら」

 

 時間にすれば約2時間ほど、しかし加奈の体感では10分も走っていない。<Infinite Dendrogram>でしか体感できない速度の世界、いまだに興奮で火照る体と注いだMPによって赤々と光るボディを冷ましながら、2人はそびえ立つ城壁へと目を向ける。

 

 とある事情でゲーム開始国のアルター王国を早々に離れた加奈にとっては久しぶりの光景だ。

 

「まさか戻ってくるのに5年の歳月がかかるなんて思っても見なかったわ」

 

 しみじみと時の流れをかんじながら円形の城砦に囲まれた首都に目を当てる。四方の門から真っ直ぐ中心へと伸びている石畳の道、しかしその道は交差することはなく、その中心、城壁に囲まれた貴族街のさらに奥にある王城へと続いていた。

 

「あれ? アルター王国ってこんなに人が少なかったかしら?」

 

 サービス開始から時間が立っているといっても画期的なゲームであった<Infinite Dendrogram>はいまだに人気だ。品薄だったゲームも少しずつ供給がされ続け、プレイ人口自体はサービス開始時より増えている。それなのにこの活気のなさは異常に思える。中世ヨーロッパを彷彿とさせる西洋風の街並みも人気があり、取得できるジョブの幅も広い。更には手軽に入れる神級ダンジョンである<墓標迷宮>をはじめとしたダンジョンも豊富であり、レジェンダリアと比べると劣るがそれでも、初心者を始めとした各層に人気の国だった。

 

「確かに活気がないように見えますね、少し辺りを散策しますか? マスター」

 

「そうね、町の中心はもう少し活気があるかもしれないわね」

 

 ヴァルキリアの言うように町の様子を少し見て回ることにした2人は、町の中央にあたる貴族街及び王城以外の地域を2時間程ほど散策した。街道にはいくつも露店が並び城門付近よりは活気があるが、それでもサービス開始の時と比べても明らかに人の数が少なくなっている。それも<マスター>の数だけではなく、ティアンの数までもが少なくなっているように感じる。

 

「これはもう少し町で聞き込むしかなさそうね」

 

「誰かいい人がいればいいのですが」

 

「情報を集めるなら酒場にでも入りましょうか、ヴァル紋章偽装しておいてね」

 

「かしこまりました」

 

 そう言うとヴァルキリアの左腕に【交差した二丁の拳銃】の紋章が浮かぶ、加奈の持つ【円を描いた翼の中に戦乙女】とは違いこちらは偽装用の紋章、ヴァルキリアが<メイデン>と分かりにくくすると同時に<マスター>だと誤認させることで戦力を誤魔化すことができる。紋章の出現を確認した後、2人は身近にあった酒場へと入っていく。

 

 まだ日が落ちてっはいないが、酒場を利用している人間は多い。多くは<マスター>だが、中にはちらほらとティアンの姿も見える。2人は比較的人が集まっている付近のテーブル席に座り、適当に軽食とドリンクを注文した。注文の品がくるまでの間、2人は雑談をしながら周囲に聞き耳をたてる。そうしていると後ろの席から興味深い話が聞こえてくる

 

「お前はどうするんだ? アルター王国から出ていくのか?」

 

「そうだな...あの戦争以降アルターは著しく落ち込んでいるからなぁ..またドライフが攻めてくるって噂もあるし...少し遅いけどドライフにでも移住しようかな、お前はどうする?」

 

「うーん、確かにアルター王国三巨頭が次の戦争に参加する可能性も低いしなぁ...おれも移住しようかな..」

 

 盛り上がる周囲の話は戦争の話と王国三巨頭の話題が多い、それ以外には最近出没するPKの話と討伐したモンスターの話などが加奈は自身がINしていた頃とは環境が大きく変わってしまっている事を再確認する。もともとデスペナルティーで3日ログインしないだけでも環境が変わってしまうなんてことが多かった。それを考えれば1年5ヶ月と言う時間はあまりにも長すぎるのだろう。

 

「どうやら初心に戻って行動した方がよさそうね」

 

「ええ、その方がいいと思います。どうします、情報収集を続けますか?」

 

「そうね..」

 

 加奈は少し考えると注文したドリンクを持って席を立ち、先程興味深い話をしていた後ろの席へと向かい話をしていた男たちに話しかける。

 

「失礼、その話もう少し詳しく聞けるかしら?」

 

 

 

 

 

 

 



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リハビリ

 酒場で情報を集めた加奈達は<ノズ森林>へとやってきていた。酒場で集めた情報の中に集団でPKを行っている奴らがいるという情報があったので、早速狩りに行こうかと思い立ったのだが、流石に半年もINせずに颯爽と<マスター>を狩りに行くのは自信が無かったのでPKの情報がなかった初心者用の狩場である<ノズ森林>で腕慣らしをしに来たのだった。

 

「やっぱり初心者用の狩場だからあまり苦労はしないわね」

 

『あまり狩りすぎないでくださいよ、初心者もいるのですから』

 

 狙撃銃の形に変形したヴァルキリアが加奈を注意する。第1形態《ウルズ》AGIに威力依存した狙撃銃型の<エンブリオ>。今でこそ必殺級の一撃を放てるようになっているが、ゲーム開始当初は遅すぎる弾速に足りない威力のせいでロクにモンスターを狩れなかったものだ。

 

『なにか失礼なことを考えてませんか?』

 

「いや気のせいよ」

 

 そんな会話をしながらも加奈は立ち並ぶ木々の一本へと軽々昇り、細かく枝分かれしている枝の内頑丈な一本を見繕うと、足で体を保持し、頭が下になるようにぶら下がる。

 

 ぶら下がったまま体が揺れないように力を入れ、姿勢をコントロールして地面を見れば、狼型のモンスターである【ティールウルフ】が4匹程群れで動いているのが分かる。

 

 加奈は両手に保持した狙撃銃のスコープを覗き【ティールウルフ】へと標準を合わせる。そして大きく息を吸い込むと少しだけ息を吐き、一瞬呼吸を止めて、引き金を引く。狙撃銃からは連続して3発の弾丸が発射された。発射された弾丸は【ティールウルフ】の頭部へと吸い込まれるように侵入しその命を散らせる。

 

 弾丸が直撃した3匹【ティールウルフ】は即座に倒れ光となって散っていく。残された1匹は事態の異常性に気付きすぐさま逃げ出す。

 

 木々の間を縫うように逃走する【ティールウルフ】だが加奈はそれを逃がさず、再びの放った弾丸がコアを正確に貫いた。コアを貫かれた【ティールウルフ】は激しく地面へ倒れこみ、光となって散っていく。

 

『流石はマスター、時間を空けてもその腕前はお変わりない様で』

 

「うーん、リアルでも狙撃銃(コイツ)は触ってたしね、こっちのほうが(<Infinite Dendrogram>)当てやすくていいわ」

 

 加奈はそう言いながら狙撃銃へと変化しているヴァルキリアを撫でる。ヴァルキリアが変化している銃は【DSR-1】リアルだと約40年前のドイツで作られた銃だが、何回もの改修が行われ今でもなお名銃と名高い狙撃銃の一つだ。そして加奈がリアルでよく使う銃でもある。

 

「さてと、場所を変えながら何匹か狩りましょうか」

 

『了解しました』

 

 加奈は体を起こすと枝から枝へと飛び移り、空中で、枝の上で、木を垂直に上りながらなど様々なパターンで狙撃を繰り返す。狙う個所も頭や胴体、足先など様々な個所を狙い、動き回るモンスターを正確に撃ち抜いていく。

 

「さてと、これくらいでいいかしらね」

 

 加奈が満足する頃には日も落ち始め、きれいな夕焼けが森を照らしている。さっきまでの間で優に100体を超えるモンスターを狩っているが、動作の確認としてはまだ物足りない。

 

「次は何処に行こうかし....」

 

『マスター』

 

「...大丈夫、分かってるわ」

 

 ヴァルキリアからの警告にそう返すと加奈はヴァルキリアを2丁の拳銃へと変化させ、こちらへと高速で向かってきていたモンスターを迎撃する。3体飛んできていたモンスターを3発の弾丸で撃破した加奈は、即座に移動を開始、木々を飛び回りながら外套のスロットに装備した【喪失戦衣 ミスト】の効果を発動させる。

 

【喪失戦衣 ミスト】の効果は180秒間の光学迷彩効果及びまで気配の遮断。両方とも発動中はMPを消費し続けるためMPが少ないとすぐに効果が切れてしまうが加奈にとっては問題ない。

 

「さてと、相手はこちらを見失ったかしらね」

 

『おそらくは、追撃がくる気配もありませんね』

 

 先程のモンスターは名前が表示されなかった為、<マスター>の攻撃である可能性が高かった。その為、加奈は真っ先に退避行動を優先したのだった。彼女の職業である【魔弾姫】は遠距離のほうが効力を発揮する。その為、正体不明の敵を相手にして、同じ場所に居続けるのはよろしくない。

 

『先程から聞こえる悲鳴はほかのマスターでしょうか?』

 

 ヴァルキリアの指摘する通り、先程から段々と悲鳴が聞こえてくるようになっていた。スキルのおかげで被害者達の場所は概ね絞れるが、1人ずつ助けに行くと彼らがもたないだろう。

 

「おそらくそうでしょうね...しかし、PKを狩るために訓練していたのにまさかPKの現場に出くわすとは....」

 

『しかし放って置くこともできないでしょう? マスター』

 

 加奈はPKが好きではない<マスター>相手はもちろんの事、ティアンを殺すなんてもってのほかだ、相手が犯罪者や戦争なら話が変わってくるが、それ以外であればPKをしたくは無かった。そんな中行われるPK。加奈からすれば許しがたい光景だった。

 

「もちろんよ...ヴァル、第6形態起動、ホルスターは6機だけ残して残りは攻撃に当てていいわ」

 

 放って置く気はさらさらないのだろう、早々に返事を返した加奈は少し考えて素早くヴァルキリアへと指示を出す。

 

『分かりました、第6形態《ラーズグリード》起動します』

 

 ヴァルキリアの声と共に加奈が握っていた2丁の拳銃が光に包まれ現れたのは12機の金属板。長方形の形をした板は加奈の腰にスカート状にマウントされる。

 

「いつも通りビットの方は私が見るからホルスターの方を頼むわね」

 

 ヴァルキリアが了解と言うのと同時に、スカート状にマウントされていた金属板がパージされる。パージされた金属板は宙に浮いている。

 

 宙に浮く金属板の上方がハッチのように開きそこから一回り小さい金属板が出てくる。小さい金属板は長方形の金属板と形状が少し異なり、拳銃のような形をしているが持ち手が無い。

 

 ヴァルキリア第6形態《ラーズグリード》12機の格納誘導兵器(ホルスタービット)とその中に収納されていたもう12機の小型誘導兵器(ピストルビット)の計24機のビット群からなるこの武装は加奈の周囲を不規則に動き回っていた。そして加奈の操作によって6機のホルスターだけを残し、残りのビットは<ノズ森林>へと散っていく。

 

 ☆☆

 

 同時刻の<ノズ森林>内。今日<Infinite Dendrogram>を始めて一週間の初心者<マスター>リディア・スミスは混乱していた。

 

「クソッ、なんだよこの化け物は!!」

 

 あまりゲームが得意でない彼は【狩人】のレベルも20になったばかりで、ようやくこの<ノズ森林>でを一人で安定して出来るようになってきた。今日も狩りを終え、町に帰ろうとした途端見たことのない化け物に襲われたのだ。

 

「一体ずつなら、対処できるけど...数が多すぎる!」

 

 自身の<エンブリオ>である弓を使いながら迫りくる黒い化け物を対処していく。1体ずつなら対処できるが複数の敵が来たら対処できない。

 

 先程から聞こて来ていた悲鳴の数が少なくなってきている。みんな殺されたのだろうか。

 

「しまっ....」

 

 気を散らしてしまった一瞬で3体の化け物に囲まれてしまう。三方向から襲われれば対処できない、HPの低い自分ではやられてしまう。

 

 もうだめだ、そう思い恐怖から目をつむり手で顔を覆う。

 

「.....?」

 

 いつまでたっても攻撃は来ない。恐る恐る目を開けると目の前では短剣サイズの金属の板が2つ浮遊していた。

 

「うわ、まだ来る!」

 

 先程よりも多い化け物が迫りくるが、金属の板は先端から光を放ち化け物を殲滅していく。

 

「なんだか分からないけど助かった」

 

 リディアはお礼をいうと即座に反転し<ノズ森林>から脱出したのだった。

 

 ☆☆

 

「今ので12人か、少し行動するのが遅かったわね」

 

『しかし、PKは確実に防げています』

 

 加奈は両手に変形させたビットを握り森を駆ける。途中出くわした<マスター>達を救いながら、それと並行して同時に稼働している10機のピストルビットを操り、化け物を殲滅し続けている。既に12人の<マスター>を森から脱出さえているが、PKを知らないマスター達が新しく入ってきているのか<ノズ森林>にはまだ相当数の<マスター>がいるようだ。

 

「16機では手数が足りないか...」

 

 自身の防御に回している6機のホルスタービット、さらに両手に持った2機のピストルビットを除いた16機のビットでは広範囲に散ったマスター達を救助できない。しかしこのまま続けてもビット操作との並行処理で集中力が足りなくなってしまう。

 

『本体を叩いた方が早そうですが...』

 

「スキルを使った探知ができないのよね...私が探知できないとなると、恐らくは隠密系の超級職か特典武具の効果ね」

 

 先程から使用している探知系のスキルと合わせてビットによる捜索も行っているが、この事件を行っている敵の姿が見つからない。加奈はこれだけ邪魔をしているのだから、逃げるか向かってくるかをすると踏んでいたがその読みは見事に外れる。

 

「しかしこのままだと、じり貧ね」

 

 なるべく被害者を減らしたい加奈としてはこれ以上時間をかけて、被害者が増えるのは避けたかった。

 

「しょうがないわね、久しぶりだけれどいいわ、第7形態も使いましょう」

 

『よろしいのですか? 使いすぎればいくら【十束指輪 エーテリア】があるとはいってもMPがもちませんよ。ただでさえ【半騎器官 グレイテスト・ハート】の影響で自動回復以外の回復手段が絶たれているのですから...』

 

【十束指輪 エーテリア】は自身の最大MPを貯めることができる<神話級武具>しかも装備している指輪の数だけ効果が発揮される。加奈はスキルで増やしたアクセサリー枠も含めて合計10個の指輪をはめている。

 

 そして【半騎器官 グレイテスト・ハート】は<超級武具>ドライフ皇国へと移動中に出会った<SUBM>【一騎当千 グレイテスト・ワン】 との戦闘で入手した特典武具、当時は【獣王】【冥王】と協力して倒すことができた。

 

 効果はMPの自動回復、HPの自動回復、SPの自動回復、MP消費の軽減、周囲のMPを吸収し貯蓄する。そして自身のMPを10倍する。対価として、この装備の着脱不可、デスペナルティー常時2倍、回復アイテム等を用いた回復が不可能となり自動回復以外で回復できなくなる。というものだ、強力な反面対価も大きい。

 

「大丈夫よ、【十束指輪 エーテリア】も全て充填し終わっているし、今のMPでも最大稼働しなければ10分間は起動できるわ」

 

 第7形態《ブリュンヒルデ》は24機の小型誘導兵器(ピストルビット)及び格納誘導兵器(ホルスタービット)並びに、12機の狙撃大型誘導兵器(ライフルビット)及び格納誘導兵器(ホルスタービット)の計72機による広範囲殲滅を得意とする武装、強力な反面、膨大なMPが必要となる最大稼働すれば毎秒約10万ものMPを消費する。最大ではなく通常稼働でさえ5万ものMPを消費してしまうのだ。

 

 更にビットの操作は全て自動操作では無い。72機もの機体を加奈とヴァルキリアの2人で動かす必要がある。それに加え加奈は自身の移動や手足を使った攻撃、スキルの使用など一人の<マスター>が行うには多すぎる作業をこなさなければならない。

 

『了解しました、第7形態《ブリュンヒルデ》起動します』

 



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<ノズ森林>

<ノズ森林>を駆け巡る無数のビット、第7形態《ブリュンヒルデ》にて編み出される攻撃は化け物共を駆逐し<マスター>達を<ノズ森林>の外へと避難させる。

 

「ようやく人が減ってきたわね」

 

 外へと逃げた<マスター>が被害を報告してくれたのか、<ノズ森林>に入ってくるマスターの数は少なくなってきている。

 

『しかしMPが...』

 

 ビットの連続稼働によって加奈のMPは残り1割を切ってしまっている。

 

「いいわ、ヴァル【十束指輪 エーテリア】を使うわよ」

 

 加奈の宣言と同時に手に付けた指輪の一つが光り輝き、同時に加奈のMPが全快する。

 

「このまま、数で押し切るわよ」

 

『マスター! 前』

 

 ビットの操作と【十束指輪 エーテリア】の効果での瞬間的な硬直は前進していた体を制御できず、一瞬の不注意が一人の<マスター>との正面衝突を引き起こしてしまう

 

『ッ! 《カウンターアブソープション》!』

 

 突如目の前の<マスター>から光の壁が張られるが、ダメージの許容量を超えたのか、効果時間が切れたのか壁はひび割れて最終的には割れてしまう。しかしその間に加奈はビットを足場にして後方へ飛ぶことで勢いを殺す。その甲斐もあってなんとか体同士の正面衝突は回避される。

 

「なっ!」

 

 しかし急に現れた加奈を敵だと思ったのだろう金髪の少年は華奢な体系に不釣り合いな黒色の大剣を構えて戦闘態勢をとる。

 

「ごめんなさいね、大丈夫だったかしら?」

 

 すぐさま両手を上に上げ敵ではないことを伝える。少年も分かってくれたのか一先ず武器を下げる。

 

「...あんたはいったい何者だ?」

 

「そうね、名前も分からなければ自己紹介のしようも無いわよね。私は加奈そしてこの子が私の<エンブリオ>であるヴァルキリア」

 

『こんな姿で申し訳ございませんTYPE:メイデンのヴァルキリアですお気軽にヴァルとでも及びください』

 

 現在進行で敵の化け物を退けているヴァルキリアを元の姿に戻すわけにもいかず武器状態のままでの挨拶になってしまう。

 

「あんたもメイデンのマスターなのか、俺はレイ・スターリング。でこっちが<エンブリオ>のネメシスだ」

 

『うむ、TYPE:メイデンwithアームズのネメシスだ!』

 

 ネメシスと名乗る<エンブリオ>は勢いよく挨拶をする、いまだ弾丸の化け物に襲われている状態なので大剣状態での挨拶だが、それはお互い様のため加奈は気にしないことにする。

 

「あなた達まだ初心者でしょ?」

 

「ああ、<Infinite Dendrogram>は昨日始めたところだ」

 

 レイ少年の言っている事が真実だとすると、どれだけ頑張ったとしても未だ下級職のレベル10に届かないくらいだろう。そんな彼が化け物で満ちたこの森林にいるのは危険だ。

 

「君も遭遇したかもしれないけれど、この森林では今PKが行われているわ」

 

「黒い化け物を迎撃しながら逃げてる最中にあんたとぶつかったんだがな」

 

 それを聞いて加奈は少しばつの悪そうな顔をする。忠告しておいて逃げる邪魔をしているのでは意味がない。

 

「それはごめんなさいね、ともかくここを真っ直ぐ走れば街に着くわ。お詫びと言ってはなんだけど援護してあげるから街まで走りなさい」

 

『それは良いが...』

 

「あんたは大丈夫なのか?」

 

 まさか自分が心配されると思っていなかった加奈はつい吹き出してしまう。

 

「アハハハ..あぁいやすまないね、まさか心配されるとは思っていなかったから。でも心配はいらないわよ、私こう見えても<超級>なんだから」

 

「<超級>がなんでこんなところに?」

 

 レイ少年の素朴な疑問に加奈は少し頬を赤らめながら

 

「久しぶりのINだからリハビリにきてたのよ」

 

『<超級>でも随分と人間らしいのじゃな』

 

「あら、<超級>だって中身は人間よ。それより早く逃げなさい。急がないと手遅れになるわよ」

 

 レイ少年はうなずくとお礼を言って街の方角へと足り出す。

 

『面白い少年でしたねマスター』

 

「ええ、だからこそ、守りたいわね」

 

 既に<ノズ森林>には加奈とレイ少年、それとPKを起こしている張本人の3人しか残っていない。

 

 恐らく張本人も近くにいるのだろう、今までの比ではない程まとまった数の化け物が襲い掛かってくるのが感知できる。しかしビットは<ノズ森林>中に拡散させてしまっている為、この周囲にあるピストルビット6機、ライフルビット2機とライフル型のホルスタービット4機の計12でしばらくは凌がなければならない。

 

『マスター、一番近くのビット群8機が帰投するまでも1分かかります』

 

「なら1分凌げば反撃に移れるわね」

 

 加奈はホルスタービットを2機ずつ連結させ盾のようにして浮かせる。自分だけが戦うのであれば速度にものを言わせて撹乱すればいいが、後ろのレイ少年を守る為には迫りくる敵を迎撃し続けるしかない。

 

『敵来ます!』

 

 ヴァルキリアの合図とともに先程までとは比較にならない視界を埋め尽くさん程の化け物が襲い掛かる。

 

「なめて貰っちゃ困るわね」

 

 加奈は周囲に散ったビットの回収をヴァルキリアにすべて投げ、ここにある10機のビット操作に集中する。迫りくる敵を一匹ずつ丁寧にそして素早く撃ち抜いていく。攻撃力に優れたライフルビットが照射ビームで敵を薙ぎ払い、連射力に優れたピストルビットが撃ち漏らしを正確に潰していく。

 

 まるでそこに壁があるかのように化け物の進撃は加奈の2歩手前で完全に止まっている。あまりの集中に1分という時間が1時間のように感じる。永遠にも感じられる時間の中でヴァルキリアの声が響く

 

『マスター! ライフルビット4機ピストルビット4機帰投しました』

 

 これで反撃に移れると加奈が態勢の切り替えを行おうとした時後ろから声が聞こえる

 

『逃げろ!! マスター!』

 

 その声に反応して声のする方向にビットの1機を向けると、そこには5匹の化け物がレイ少年に襲い掛かる寸前だった。瞬間、加奈は防衛に隙は無かったはずだと思考するが、化け物の角度から恐らく正面から大きく迂回した個体であろうことまで推測できる。

 

 急いで対応しようとするが、態勢変更と追加のビット操作がヴァルキリアから加奈に切り替わるタイミングも重なりレイ少年まで手が届かない。

 

「逃げてくれ!! レイ君!」

 

 特化したAGIが生み出す超音速の世界で瞬間的に思考の切り替えと正面の防御、更にレイ少年を助ける為にライフルビットを2機向かわせるが、遠い。この身が向かえば間に合うだろうが、武器も手に持たない状態で向かったところで、肉壁にしかならない。それに自身が消えてしまえば敵の猛攻を受けとめる役がいなくなる。

 

「ヴァル《ニーベルンゲンの歌》を発動させなさい!」

 

 加奈の言葉に反応し黒色をしていたビットが紫色へ輝きはじめる。《ニーベルンゲンの歌》はMPの消費を10倍にする代わり、速度を<マスター>のAGIと同じ値にし、攻撃力を大きく引き上げる。

 

 紫に輝くビットがレイ少年を救おうと超音速で向かうが、一歩届かず、ビットが攻撃を開始する直前に化け物がレイ少年を粉砕した。HPを超えた攻撃を受けたレイ少年は光の粒となり、空気中に散っていく。

 

「クソッ!!」

 

 心からの叫び。

 守るといった存在を守れなかった悔しみ。

 目の前で命が失われていく喪失感。

 任務でいつも味わいそして味わう度に自分の無力さを嘆いてきた。

 

 この世界(<Infinite Dendrogram>)ならば届くと思った手さえも届かない。

 

 コレデハ...ツヨクナッタ...イミガナイ

 

終末の日来たれり(ヴァルキリア)

 

『マスター! いえ! 加奈様そのスキルは!!』

 

 ヴァルキリアが叫ぶがもう遅い。加奈が唱えたスキル。ヴァルキリアの名を冠する必殺スキルが発動する。

 

 加奈がスキル名を唱えた瞬間<ノズ森林>が光で包まれ散っていたビットが消失し、代わりに12体の人形が降臨した。人形達は加奈を中心に円を描くように広がり頭を垂れた。

 

「壊しなさい」

 

 静かに加奈がそう命令すると、12体の人形はゆっくりと頷いた。そして人形たちがその場から消えると同時に<ノズ森林>に殺戮の嵐が吹き荒れた。嵐は加奈が必殺スキルの効果で死亡するまで続いた。加奈がゲームからログアウトすると同時に12体の人形は消失し破壊の嵐は終わりを迎えたのだった。嵐は約5分ほど続き、<ノズ森林>はその姿が見る影も残らないほど破壊しつくされたのだった。

【致死ダメージ】

 

【パーティ全滅】

 

【蘇生可能時間経過】

 

【デスペナルティ:ログイン制限48h】



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再ログイン

【戦女上衣 レギンレイヴ】の名前が形態名と一緒になっているという指摘を受けましてこれはマズイと思い【戦女上衣 ヘルヴォル】へ名前を変更させていただきました


<マスター>加奈ことカナ・アルベローナは軍人である。25歳にして数々の勲章をもらう優秀な軍人だ。彼女が軍人になったのは両親の影響が大きい。

 

 彼女の一家はアメリカで代々優秀な軍人を輩出しているアルベローナ家、由緒正しい家柄であり、元はイギリスの貴族だったが古くにアメリカ大陸へと渡り、アメリカ大陸の発展に貢献した。そしてアメリカ独立戦争の際にアメリカの軍人として戦い、アメリカを勝利へと導いた。それ以降も優秀な軍人を輩出し続けている。しかしながら、早死にの家系であり、2つの分家と共に今日まで存続をしている。

 

 カナの両親も優れた軍人である。父親は少数精鋭の特殊部隊ネイビー・シールズ、チーム3の隊長として中東地域での紛争、内戦の鎮静化を行った。母親はCIAの職員として諜報活動や現地での情報収集を主に行い、国に尽くしてきた。

 

 そんな両親の間に生まれたカナは、アルベローナ家の伝統もあり、幼少期より体を思い通りに動かすための訓練や、各種戦闘技能訓練、電子戦や諜報活動訓練、武器兵器の取り扱い等など、多種多様な訓練を受けてきた。その成果もあり、15歳になる頃には、特殊部隊顔負けの戦闘技能を積んだ軍人へと成長していた。

 

 そんな平凡な日々が続いたある日、両親が戦死してしまう。内戦の激化する某国から逃げ遅れた民間人を救出する任務だった。その任務は珍しく両親がそろって参加した作戦だった。作戦は順調に進み、逃げ遅れた20名の民間人を保護し、後は脱出をするだけだった。しかし部隊はなぜか脱出地点に先回りをしていた敵兵に包囲され攻撃を受けてしまう。民間人に死者は出なかったものの部隊は半壊。父は民間人をかばった際に足と腹に被弾。部隊を逃がすために囮としてその場に残った。母も父を見捨てることが出来ず、その場にとどまり父と一緒に囮となった。

 

 わずか15歳にして両親を亡くしたカナはアルベローナ家の名に恥じぬよう必死に訓練を続けた。州立大学を飛び級で卒業したのち、陸軍士官学校に入学。そこでも優秀な成績を収め21歳の時に卒業。アルベローナ家の人間であること、更に士官学校からの推薦もあり卒業後直ぐにグリンベレーの訓練課程に参加。その訓練課程も優秀な成績で卒業し。その後は内戦が続く中東地域での作戦に従事する。

 

 早くに両親を亡くしたカナは、勉学や訓練に一生懸命励む一方で、若くして両親を亡くしたカナはその寂しさを埋めるように当時流行っていたゲームへと没頭していく。FPSやアクションゲームに格闘ゲーム。パズルゲームにストラテジーゲームなど手当たり次第に手を出していった。そんななかで彼女が特に好きだったのがRPG、正義が悪を倒し弱気人々を救う、その姿に両親の影を重ねていたのだ。

 

 卓越した戦闘力と異常な並行処理能力を特に評価されたカナは、当時CIAとアメリカ陸軍が共同で新設していた特殊情報部隊へとスカウトされる。時を同じくして<Infinite Dendrogram>がリリースされると、<Infinite Dendrogram>の謎に目を付けたCIAの指示で<Infinite Dendrogram>の謎を探すことになったのだった。

 

 ☆☆

 

 昔の思い出に耽りながらカナは日課の訓練を続けていた。すでに<Infinite Dendrogram>からログアウトしてからすでに35時間以上が経過している。あと半日もすれば再びINできるようになるだろう。

 

「INしたらレイ少年に謝らないとなぁ」

 

 未だにレイ少年を助けられなかったことをカナは悔やんでいた。たとえゲームであっても失っていい命などない。ましてや<Infinite Dendrogram>の世界は生きている。命の価値は現実と変わらないだろう。偶々、彼が<マスター>だっただけ、あれがティアンだったら、謝ることさえできない。永遠に失われてしまう。久しぶりだからなんていった言い訳も許されない、言い訳で失っていい命なんてないのだから。

 

 カナは筋肉トレーニングとランニングを終わらせて射撃訓練へと移る。自宅に備え付けてある射撃場へと移動して慣れた手つきで準備を終わらせ訓練を始める。

 

「私はどうすればよかったのだろう」

 

 カナのつぶやきに返事は帰ってこない。それもそのはずこの部屋にはカナ1人だけしかいないのだから。

 

「あぁ、そう言えばデスペナしたからこっちの世界に連れてこれなかったなぁ」

 

 そう呟いたカナは一人で反省を続ける。問題としてあげられるものとして1つはビットの配置ミス。しかしこれは多くの人を救う過程上どうしようもなかった点でもある。もう一つは敵の正面攻撃にばかり気を取られ迂回攻撃に気づけなかったこと。これはもっと視野を広く、敵の攻撃を深く読んでいれば回避できた事だった。

 

 そしてもう1つ最大の反省点は《ニーベルンゲンの歌》を出し渋った事。MPの消費を抑えたくてあれを使用しなかったことが最も問題だ、あれをもっと早く出していれば少なくともレイ少年を助けることはできた。

 

 カナは射撃訓練を終わらせて、自宅へと帰る。時間も良いころ合いであと1時間ほどでログインができるようになるだろう。思考を並行しながら行った為いつもより多い量のトレーニングをこなしてしまったがこんなに有意義な時間が作れることもあまりないので丁度良かっただろう。

 

 ログインする間に最後の問題を上げるとすればやはりビット操作時の集中力の拡散が大きな問題となる。プログラミングを行ったことで、自動回避運動程度は行ってくれるようになったが第七形態時に出現する計72機のビットをヴァルキリアとカナの2人で行うの厳しいものがあった。

 

 特にカナは肉体の操作と共に多数の視点を共有して1つ1つに的確な指示を出している為、第七形態は流石に余裕がなくなってしまう。これは越えなければならない大きな課題でもあった。

 

 思考に更けているとペナルティが解除され<Infinite Dendrogram>へとログインが可能になった。

 

「まあ、取り合えずいきましょうかね」

 

 こうしてカナは再び<Infinite Dendrogram>の世界へと戻っていくのであった。

 

 

 ☆☆

 

 

 加奈がログインするとこちらの世界では6日が経過していた。【半騎器官 グレイテスト・ハート】の効果により常時デスペナルティーが2倍となっている。性能は高いが、反面ペナルティーが重すぎるとも感じる。

 

 管理AIのせいなのか、純粋にそういった星周りなのか、加奈の当たる特典武具は皆強力な反面、大きなデメリットを持つものが大半だった。

 

【半騎器官 グレイテスト・ハート】はもちろんのこと。便利な【十束指輪 エーテリア】でさえも身代わり系のアイテム装備不可というデメリットがある。更にSTRを3分の1にしDEXを2倍する効果をもつ【戦女上衣 ヘルヴォル】やENDを3分の1にしAGIを2倍する【戦女下衣 ヘルフィヨトル】など純粋に強い装備がない。

 

「戻りましたかマスター」

 

 ヴァルキリアの声で思考の世界に別れを告げた加奈は自身のいる場所を把握する。今いる場所はノズ森林ではなく王都の噴水前となっている。これは加奈がログインした際にセーブポイントを更新したため、王都での復活になったのだ。

 

 そして今、加奈は横に寝かされていてヴァルキリアに膝枕をされている状態であり、彼女は加奈を心配そうに見つめている。

 

「ええ、ありがとう。戻ったわ...って体がおっもい!!」

 

 加奈が感謝の言葉を述べている途中だったが、体現れた【猛毒】【衰弱】【食中毒】【酩酊】【風邪】【骨折】【出血】【火傷】【凍結】【石化】【麻痺】等々、とにかく多種多様な各種状態異常によって言葉は中断される。これだけの数の状態異常にかかればまず動ける状態ではない、それどころか早急に対処しなければ即座に死ぬ可能性すらある。

 

「とにかく、急いで装備を変更しないと」

 

 こうしている間にもHPがゴリゴリと削れ、ただでさえ少ない加奈のHPがすでに5割を切っていた。

 

 加奈は《瞬間装着》で装備品をすべて外し、キツネの姿をした着ぐるみへと着替える。この装備は【Q極きぐるみしりーず ようこ】であり、すべてのステータス値をほぼ初期値同然とする代わりに驚異的なHP自動回復の能力と異常状態の軽減が付与される特典武具である。

 

「....相変わらず凄い量のデバフですね」

 

『だからあの必殺スキルあまり使いたくないんだけど..つい使っちゃったわね....』

 

 加奈が苦しむこのデバフ祭りはヴァルキリアの必殺スキルである《終焉の日来たれり》の対価であり、24時間強制的に各種の状態異常とステータス値にマイナス補正を起こされる。

 

 しかも、この状態異常は完治させることが不可能であり、治療したとしても再び24時間の状態異常が繰り返される。更に死亡しても効果が解除されず、この状態異常を無くす為には、おとなしく効果が終わるまで耐えるしかない。更に言うならこの効果はログインしている間だけ有効であり、いくら時間が経とうがINしていなければ完治しない。

 

 それに加え加奈は外すことのできない特典武具【半騎器官 グレイテスト・ハート】の効果により自然回復以外の回復手段が封じられている為、【Q極きぐるみしりーず ようこ】を着用しなければ永遠に死に続ける無限ループに入ってしまう。

 

「1日は安静にしないといけませんね」

 

『戦闘なんてできないものね』

 

【Q極きぐるみしりーず ようこ】も少し特殊な特典武具であり特殊装備品以外全ての装備品を外さないと装備することができない。その為武器はもちろんアクセサリー等もつけることができない。ただし【半騎器官 グレイテスト・ハート】は特殊装備品を圧迫し続けている外すことのできない装備品なので問題なく、装備できている。

 

『ああ!そうだわ』

 

「どうかしましたか」

 

 キツネの着ぐるみを着た加奈が突然声を上げる。

 

「ああ、いえ、あの少年...レイ君を探さないと、あの時の謝罪をしないといけないわね...」

 

 助けると約束し、守り切れなかったレイ少年を現実世界で3日間も気にし続けていた加奈は、一度レイ少年に会って直接謝罪をしたかった。

 

 彼がどう思っているかは分からなかったが、気持ちを整理するためにも一度謝っておきたかったのだ。

 

「分かりました。それでは探しましょう」

 

『あ、あと装備品』

 

 加奈が手持ちを確認すると2丁の拳銃と大量のリルが失われていた。

 

『うわ、よりにもよって【月光】【陽光】が無くなっちゃったかぁ』

 

【月光】と【陽光】は天地で作ってもらった特殊な電磁誘導式の拳銃だ。外装にヒヒイロカネを使って何回も試作を重ねた末に完成した世界に二丁だけしかない最高傑作。従来の火薬式ではなく所有者の魔力を電力に変換して発射するレールガンと呼ばれる代物。しかもただでさえ複雑で作成しにくいこの武器を加奈とヴァルキリアの2人が使いやすいように調整してある。職人の満足がいくまで打ち直しを重ねたこの武器は試作品も含めて完成までにかかった金額は100憶リルを超える。職人も「これを超える装備はもう作れないだろう」というほどの傑作だったのだが。

 

「リルはともかく【月光】と【陽光】は....怒られてしまいますね」

 

『はぁ』

 

 ため息をつきながら加奈はヴァルキリアに肩を支えながら王都を散策し始める。加奈は痛覚を始めとしあらゆる設定を現実に寄せている。それは現実に寄せることで、この世界でも最大限のパフォーマンスを発揮するためでもあり、この世界をより楽しむためでもあった。しかし、各種状態異常にかかったこの状態では歩くどころか呼吸をするだけで精一杯だ。それでもレイ少年を探すために歩き回れているのは、彼に一度謝りたいという脅迫めいた気持ちが体を突き動かしているからだった。

 

『...ハァ....ハァ...現実でも歩くのがこんなに困難だったことはないわね』

 

 現実世界でもここまで辛かったことはない。さんざん体を酷使した各種訓練でも。敵に奇襲され、鉛弾が腹と腕と太股を貫いた時も、爆発の炎で体を焼かれた時もここまで辛くはなかった。

 

「少し休憩しますか?」

 

 加奈のあまりにも辛そうな雰囲気に肩を支えているヴァルキリアは心配になり休息を促す。

 

『いえ大丈夫よ』

 

 しかし加奈は休息を拒み、ヴァルキリアに支えられた体を引きずる様に歩く。鬼気迫る雰囲気を放ちながら進むキツネの着ぐるみは異常な光景だといえるだろう。ティアンはもちろん【マスター】でさえも寄り付かない。むしろ避けてさえいるように見える。しかし、そんなことを気にしないのか2人に対して近づく人影、いや熊影があった。

 

『大丈夫クマ?』

 

 そう、言いながら近づく2m近くある巨体な熊はそのキュートな見た目から本物ではなく加奈が着ているのと同じ着ぐるみであることが一目で分かる。

 

『ええ、大丈夫よお気になさら...うん?なんだか知っている気配ね』

 

 助けを断ろうとした加奈だったが、熊の着ぐるみに知人の気配を感じ、話を途中で切る。彼女の知り合いには何人か着ぐるみを愛用する変人達がいる。全員が変人であると同時にそれなりの強さをもった達人たちであった。

 

『ジ──ー』

 

 熊の着ぐるみを凝視しながら一歩また一歩と近づいていく。ゆっくりとはいえ歩くのは困難なためヴァルキリアに手伝ってもらいながらではあるが少しずつ熊の着ぐるみへと近づいていく。

 

 熊の着ぐるみも加奈のことをあやしいとは思っていたが、しかし、知っているような気がするキツネの着ぐるみを見て誰だったのかを思い出そうとしていた。彼の知り合いにも着ぐるみを着た変人達は多い。しかしキツネの着ぐるみを着る人物には心当たりがなかった。

 

『顔に何か付いてるクマか?』

 

 ゆっくりと近づいてくる加奈に対し警告の意味も込めて発せられたその一言。しかしその独特な語尾を含んだ一言を聞いた加奈は何か思い出したのか手を胸の前でポンと叩き、熊着ぐるみへと再び話しかけた

 

『....あなたシュウ・スターリングじゃないかしら?』

 

『ほう、俺の名前を知るお前は誰だ?少なくともキツネの知り合いはいないはずなんだがな?』

 

 名前を言い当てられたシュウ・スターリングは加奈を警戒し、戦闘態勢に入る。街中で戦闘をすればシュウにも被害はあるが、加奈のことを見極めるためにも戦闘態勢へとはいった。攻撃してくる狂人なら迎撃をすればよいし、常識をもった【マスター】なら容易に手出しをしてこないだろうと考えたのだ。

 

 第三者から見れば着ぐるみが戯れているようにも見えるこの光景、しかし可愛い光景とは裏腹に張り詰める空気。異様な雰囲気を感じた人々は静かにその場から遠ざかり始める。

 

『ああ、着ぐるみを着てたら分からないわよね。私よ私、加奈よ。久しぶりね』

 

 加奈は一度着ぐるみを脱ぎ顔をシュウへと見せると《瞬間装着》を使ってすぐに着ぐるみを着る。悲しきかな未だにHPは6割しかなく。少しでも着ぐるみを脱げば命が危ない。

 

『おお、久しぶりクマね、こっちだと2年ぶりクマ!』

 

 シュウは加奈の顔を見て、思い出したのか戦闘態勢を解除する。それに呼応して周囲の緊張度もみるみる下がっていく。

 

『てかなんで着ぐるみクマ?なんかやらかしたクマか?』

 

『そうね、それも話したいし貴方に聞きたいこのもあるからどこかのカフェにでも入らないかしら?もちろんお金は出すわよ』

 

『分かったクマ。ただし、自分の分は自分で出すクマ』

 

 こうして久しぶりの再会を果たした2人は近くのカフェへと足を運ぶのだった。

 

 

 



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再会

『なるほどクマね、仕事で半年間INできなかったクマか』

 

『そうよ、しかも久しぶりにINしたらノズ森林でPKに巻き込まれたんだからたまたもんじゃないわよ』

 

『お前さんは昔からPKが嫌いだったからな。全PKを震い上がらせた【PK殺し事件】が懐かしいクマ』

 

『ちょっと、昔の話でしょ、勘弁してよね』

 

 再開の挨拶を交わした2人は近くのカフェへと入り、昔話に花を咲かせながら近況報告を行っていた。

 

『しかし、<SUBM>との戦闘にドライフ皇国との戦争ね....酒場である程度の情報収集はしたけど、まだ知らないことも多かったのね』

 

『相変わらず掲示板なんかは見ないクマね』

 

『そうね、ネットに頼るのは楽だけど、楽しみが減っちゃうからね』

 

 加奈は<Infinite Dendrogram>が大好きだ、そしてこの世界を最大限この楽しむ為に、加奈はこの世界の住民となるべく同じ目線で過ごすように心がけている。その為、この<Infinite Dendrogram>起きた出来事や情報を全てこの世界の内で取得するようにしているのだ。

 

『それにいいのよこっちの方が新鮮で、それにゲームくらいズルなしでやりたいしね』

 

『まあ、楽しみ方は人それぞれクマ。自分が思った通りに行動するのが一番クマ....おっと忘れるところだったクマ』

 

 そう言いながらシュウが取り出したのは2丁の拳銃と大量のリルの入った布袋だった。

 

『あらこれは、私がデスペナルティでまき散らしたアイテムじゃない?』

 

 そこにあったのは【月光】と【陽光】。半ば見つけるのを諦めかけていた加奈の装備品だ。

 

『なぜ、あなたが持っているの?』

 

『弟が<ノズ森林>でPKにあったらしくってな、その復讐をしに行った時に拾ったんだ』

 

『そう、ありがとう。ちなみに復讐はできたのかしら?』

 

 加奈が聞くとシュウは残念そうに首を振った。

 

『いや残念ながら。ただ相手の名前だけはわかった』

 

「誰なのですか<ノズ森林>でPKを行っていたのは?」

 

 それまで、会話に入らず給仕をしてくれていたヴァルキリアが、加奈とシュウの空いたカップに紅茶を注ぎながら会話に入る。先ほどまで机の上を占領していたあった空の皿はすでに無くなり、代わりに3つのティ-カップと紅茶の入ったテーポットが運ばれてる。

 

『ありがとうヴァル』

 

『おう、サンキュークマ。こういう時にメイデンはいいクマね....いやこんなに従順なメイデンもあんまり見ないクマけど』

 

 シュウの言葉に加奈も知り合いのメイデンを何人か思い出すが、シュウの言う通り確かに従順な<エンブリオ>はあまり見たことが無かった。

 

「私の事はいいですから、それより誰なのですか?PKの犯人は?」

 

 記憶を探りながらヴァルキリアの方を加奈がじっと見ていると、ヴァルキリアは恥ずかしそうに顔を赤らめると話題をPKへとそらす。

 

『ハハハ、それよりPKクマね。今回のPKは王都を包囲するように東西南北の四方向で同時に行われた集団PKだったクマ』

 

「<ノズ森林>だけではなかったのですね」

 

『そうクマ。東の<イースター平原>は<K&Rカアル>。南の<サウダ山道>は<凶城マッドキャッスル>。西の<ウェズ海道>は<ゴブリンストリート>。そして北の<ノズ森林>は<超級殺し>と呼ばれるマスターがおこなったクマ』

 

 他の3カ所と違って加奈の居た<ノズ森林>だけは一人のマスターが起こしたPKのようだ。

 

『<超級殺し>ねぇ、ここで優雅にお茶を飲んでるってことはもうPKは滅んだみたいね』

 

『そうクマ、東は“月世界”の扶桑月夜をはじめとしたクラン<月世の会>が、南は“無限連鎖”のフィガロ。西は“酒池肉林”のレイレイ。そして北は“不可視狙撃”の加奈。まあ狙われたPK達もかわいそうだったクマな』

 

 シュウの口から出てきた名前は加奈からすればずいぶんと懐かしい名前だ。あまり覚えてはいないが全員、癖が強かったイメージがある。

 

『まあ、彼らのことはいいわ、それより裏にはどこがいるのかしら?順当にいけばドライフ皇国でしょうけど』

 

『それは、分らないクマ。ただ、ほかの国が関与している可能性もあるクマ』

 

「あんまり考えたい話ではないですね」

 

 ヴァルキリアの言葉を聞いて加奈は深く思考をする。たしかにあまり考えたくはない戦争の話だが、このままでは再び戦争は起こるだろう。話を聞く限りドライフ皇国はカルディナの侵攻によりやむを得ず撤退をした。つまり敗北して撤退したわけではない。戦力の損耗は多くないだろう。

 

 それに対しアルター王国は力を持っていたティアンの多くが倒され、<マスター>も離反をしている者が多い。カルディナの参戦がなければ前回の戦争で滅んでいたはずだ。

 

『しかし、そうも言ってられないわ、敵は必ず攻めてくる。一度滅ぼしかけた国を生かしておく必要もないもの。むしろ、諸外国が共闘してアルター王国を滅ぼす可能性すらあるわ』

 

 今回のPKによる狩り場封鎖、否、国境封鎖も王国の対応を見て戦力の確認をしただけかもしれない。そう考えれば、一度刃を交えてるドライフ皇国というよりも他の国、それこそカルディナが介入している可能性も高い。

 

『しかし、現段階ではすべて憶測の域を出ないクマ。今はやるべきことをやるだけクマ』

 

 そう、シュウの言う通りすべては憶測にすぎない。正確な判断をするためには多くの情報が必要になってくる。

 

「たしかに今はやれるべきことをやるしかありませんね。ところでシュウ様?」

 

『別に様をつける必要はないクマよ』

 

「いえ、そういうわけにはいきませんので」

 

『そういうところは固いんだな.....それで、どうしたクマ』

 

「いえ、先ほどはPKの話で流れてしまいましたが、<ノズ森林>はどうなったのかが気になりまして」

 

 情勢の話に区切りをつけ、ヴァルキリアは週に対し<ノズ森林>の質問をはじめた。彼女は加奈が大暴れした<ノズ森林>のその後が知りたかったのだ。通常であれば加奈が《終末の時来たれり》を使ったとしても、ヴァルキリアをはじめとする人形達に自我は残る。しかし激高して怒りに飲まれていた加奈がスキルを発動したことで、ヴァルキリア達もその怒りと同調し我を忘れてしまっていだのだった。

 

『ハハハ、なるほど<ノズ森林>の話クマね。まあ確かに俺が着いた時には<ノズ森林>は消滅してたクマ。遠目からみただけでも分かったが、あれじゃあもう、<ノズ森林>とは呼べないクマね』

 

『あら、やっぱりそうなっちゃうわよね。まあむしろあの一帯が吹き飛ばなかっただけでもマシかしらね』

 

『まあ、俺だったらあんなきれいに消すのは無理クマね。むしろよくもまあ、あそこまで綺麗に壊せたもんだクマ。後学のためにのぜひ教えてもらいたいぐらいクマよ』

 

 シュウの言う通り<ノズ森林>はもはや森林では無くなっていた。初めから森林では無かったかのようにキレイさっぱりと木々だけが無くなってしまい、まるで<イースター平原>かのような平原が続いていたのだ。

 

『ごめんなさいね、企業秘密なの』

 

『そうかクマ....まあ、ならしょうがないクマ』

 

 シュウは大げさに両腕を上げ首をかしげる。初めから返答をもらえるとは思っていなかったのだろう。

 

『さてと、楽しい話をありがとう、そろそろ私達は行くわ。探し人もいるしね』

 

 あらかた話をし終わり、情報の整理もできた為、加奈は話を切り上げようとする。懐かしい思いでに浸る心地よい時間もすごし、更にやらなければやらない事もいくつかできた。切り上げるには良い頃合いだろうと加奈は判断した。

 

『そうクマか、いや俺も楽しかったクマ。お前が帰ってくると楽しいトラブルも増えるだろうしな。それはそうと、次はどこに行くクマ?そんな体で』

 

 不意に投げかけられた質問に再びヴァルキリアに支えられながらゆっくりと立ち上がった加奈は少し考えてから質問に答える。

 

『そうね...次は決闘都市にでもいこうかしらね』

 

『なんで決闘都市クマ』

 

『アルター王国で活動していた時の拠点がギデオンにあるのよ。そこで装備のチェックとこの体のならしでもし直そうと思うわ』

 

 もともとCIAの指示で<Infinite Dendrogram>内の情報を集めていた加奈は各国に拠点を構え、自身の装備や財宝などを分散して保管している。そしてここアルター王国には王都も含め3つの拠点が置かれているがメインとなる拠点はギデオンに構えているのだ。

 

『なるほどクマ...そういえばギデオンには今ちょうど弟がいるクマ。もし会ったらよろしくお願いするクマ』

 

『始めたばかりかしら?貴方が付いていないってことはパワーレベリングをしないんでしょ?私が手伝っちゃってもいいのかしら?』

 

 この世界ではレベルだけでは無くプレイヤー各人の技術や工夫が必要となってくる。自身が持っている<エンブリオ>はもちろん、超級職ともなればそれぞれ個性が違う。その職、<エンブリオ>にあった選択が必要となってくる。

 

 だからこそ強者に付いていきレベルだけを上げるパワーレベリングをおこなえば、見た目だけは強くなった風に感じるが、自分より強い相手との闘いや、相性が悪い相手との戦闘で勝つことが出来なくなる。

 

『いや、眼をかける程度でいいクマ、初めてまだ数日だから見かけたらアドバイスでもしてあげてほしいクマ』

 

『分ったわ、落とし物を拾ってもらった恩もあるわけだしね』

 

 加奈は迷わず了承をする、しかし同時にシュウの提案に疑問を持つ。

 

 シュウは【破壊王】の超級職を持つマスターだ、取得時期は覚えてはいないが、たしか私よりも少し遅い程度だったはずだ、その彼が身内につかずにいるということはおそらく自身の身分を明かしていないのだろう。しかし、身バレの危険性もあるため目立つのが好きではなかった彼のことを考えればわからない話ではないが。

 

『それで、その弟、何て名前なのかしら?』

 

『ああ、言ってなかったなレイ・スターリングだクマ』

 

「.....」

 

『.....』

 

 加奈とヴァルキリアは驚きのあまりに絶句する。

 

『...どうしたクマ?』

 

『いえ、何でもないわ、少しびっくりしただけよ、まあとにかく、弟くんの件は了解した。貴方の代わりになるかどうかはわからないけれど、面倒を見ましょう』

 

『そうかクマ、助かるクマ』

 

『ええ、じゃあ私たちはそろそろ行くわ。それじゃあまたね』

 

『バイバイクマー』

 

 加奈はヴァルキリアに支えられながらカフェを出る。シュウに断られたお代は既にヴァルキリア経由でお店側に支払い済みになっている。シュウが追加注文しなければ代金を払う必要はないだろう。

 

「しかし、マスター驚きましたね、あの時の少年がシュウ様の弟君でしたなんて」

 

『そうね、しかし考えてみればシュウ・スターリングにレイ・スターリングなんて、関係者ですって言っているようなものじゃない。気づけなかった私たちが間抜けね』

 

 シュウの居たカフェから離れ、加奈たちは現在ギデオン行き馬車へと向かっていた。普段なら走ったほうが早いのだが、今の状態ではギデオンにつく前に死んでいしまう。その為今回は馬車での移動をすることにしたのだった。

 

「久しぶりですね、馬車で移動するのも」

 

『そうね、ヴァルに乗って移動する方が断然はやいし、それじゃなくても自分で走ったほうが速いんだもの。こんな状態じゃなければ馬車になんて乗らないわ』

 

 馬車に乗った場合、ギデオンにつくまで概ね1日かかる。それに対し、ヴァルキリア乗って移動すれば2、3時間ほどで到着することが出来る。荷物も収納できるので、わざわざ時間をかけて移動する必要もなかったのだ

 

『まあ、いいじゃない。こんな経験あまりないんだから2人でのんびりと行きましょう』

 

「そうですね」

 

 こうして二人はギデオン行きの馬車へと乗り込んだ。目的地は決闘都市ギデオン。先ずはレイ少年に謝罪する為に。

 

 



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決闘都市ギデオン

 馬車に乗り込んだ2人は順調に旅路を進んでいた。加奈たちが目指すのは決闘都市ギデオン。そこにある拠点で一先ず物資の供給をする予定だ。

 

 そもそも回復アイテムや復活・身代わりアイテムを使えない加奈は物資の補給など必要ないようにも感じるが、加奈が使う装備の中には火薬式の銃や使い切りの装備品も多い。それに加奈自身が使用しなくとも他のティアンとうに使用することはある。事実アルター王国に向かう道中にもいくつか消耗品を使用している。

 

「のどかですねマスターこんなにユックリ流れる気色は久々に見た気がします」

 

『そうね、移動に時間をかけたのなんて最初の頃以来じゃないかしら』

 

 荷車で揺られながら、加奈は昔を思い出す。まだレベルも上がってなく、AGIも低かった頃はよく行商人の護衛をこなしつつ街から街へ移動した。トラックの荷台や強風のヘリなど様々な乗り物にのった加奈だったが、<Infinite Dendrogram>を始めるまで馬車というものには乗ったことがなかった。車両にくらべるとゆっくりとした移動速度にあまり乗り心地の良いとは呼べない荷車、しかし、現実では機会のない経験に心を躍らせていたものだ。

 

 しかし、移動手段が確立されてくると、各国を回ることや、攻略を優先したことで、馬車などの移動手段を使わなくなっていった。

 

 荷馬車のホロから外を眺めると、戦っている<マスター>の姿がちらほらと見える。ここ<サウダ山道>は初心者狩場の一つでも初心者狩場の一つでもある。モンスターが大量の群れで襲ってくることもなく、初心者でも冷静に対処すれば勝つことは容易い。

 

「しかし、申し訳ない気もしますね、護衛もせずに乗っているだけというのは」

 

 加奈たちは現在、行商人の馬車に相乗りしている状態だ。戦闘もすることなく他の荷物と共に揺られている。護衛として雇われている者達がいるので、加奈たちが護衛をする必要もない。その為により多くのリルを払っているのだ。

 

『ヴァル、貴女が行きたいなら行ってもいいのよ』

 

「しかし....」

 

『私ばかりが戦闘をしてるから少し動き足りないんじゃない?』

 

 ヴァルキリアは同レベルのメイデンと比べると、ステータスの値が高い、その代わり加奈に対するステータス補正は無しとなっている。

 

 加奈直伝の戦闘技術も合わせれば<超級>の戦闘職<マスター>と十分に渡り合う程の戦闘力も持っている。しかし、加奈が最高のパフォーマンスを発揮する為にはヴァルキリアを装備する必要があるため、彼女単体で戦闘する機会は少ない。

 

「今回は遠慮しておきます。彼らが対処できなかったときにでも...」

 

「【ゴブリン】だ【ゴブリン】の大群だぞ!!」

 

「この前、【ガルドランダ】が倒されたばかりだぞ!なのに何でこんなにモンスターが沸いているんだ!」

 

 ヴァルキリアが会話を終える直前で、外が騒がしくなる。加奈たちが外を見てみると、丘の先から100を超すゴブリンたちが向かってきているのが見える。

 

『出番みたいよヴァル』

 

「....【月光】と【陽光】を借りても?」

 

『ええ、MPは大丈夫かしら?』

 

「問題ありません。私はMPを使ってませんから」

 

【半騎器官 グレイテスト・ハート】の効果は<エンブリオ>であるヴァルキリアにも適応される。その為MPの消耗が激しい【月光】と【陽光】も短時間ならば使うことができる。

 

『無理はしないでよ私は助けにいけないんだからね、無理だと思ったら逃げなさい』

 

 加奈はヴァルキリアにそう忠告すると【月光】と【陽光】を手渡す。

 

「行ってきます」

 

「おい!嬢ちゃん無茶な真似はよせ」

 

 そう言って荷車から飛び出したヴァルキリアは【ゴブリン】の群れへと突撃していく。何名かの護衛がヴァルキリアを止めようとするが、蛇のようになめらかに動くヴァルキリアを誰一人として捕まえることが出来ない。

 

「なんだい、あの嬢ちゃんは」

 

 護衛たちを尻目に、群れへと突っ込んだヴァルキリアは懐から取り出したグレネードを周囲へとまき散らす。すぐさま群れのいたるところで爆発が起き、何体かのゴブリンが爆発に巻き込まれる。

 

 爆発により群れが混乱している間に【月光】と【陽光】を使い、ゴブリンを1体ずつ処理していく。見れば【ゴブリンウォーリア】や【ゴブリンアーチャー】なども散見されるが第七形態へと至っているヴァルキリアを止めることはできない。

 

「こんなものですか!?」

 

 戦闘をしながらヴァルキリアは高らかと笑う。敵を撃ち抜き、爆破し巻き上がった血しぶきを浴びながら嬉しそうに笑う。まるで舞でも舞っているかのように鮮やかに敵を駆逐していく。

 

『まったくあの子は戦闘になると人が変わるんだから』

 

 そういいながら加奈は荷車から降りてアイテムボックスから火薬式の大型狙撃銃を取り出す。あながち人が変わるという表現は間違いではなく、実際に代わっているのだろう。しかしそんなことは関係ない。加奈は近くの丘へと寝そべると狙撃銃を構えた。

 

 そして普段と同じように、大きく息を吸い込むと少しだけ息を吐き、一瞬呼吸を止めて、引き金を引く。

 

 加奈が放った弾丸は大きな発砲音を立てながらヴァルキリアを後ろから襲おうとしていた【ゴブリン】を貫く。表記を見れば【ゴブリンアサシン】となっている。レベル50のこのモンスターをこの狩り場で見たことはなかったが、時間の移り変わりで今は出るのかもしれない。

 

 ヴァルキリアは一瞬、加奈を見てにっこり笑うと、再び狩りへと戻っていく。

 

『本当にしょうがない子だわ』

 

 その後も加奈はヴァルキリアの援護を続ける。ヴァルキリアが戦闘を開始してから20分が経つ頃には、【ゴブリン】の群れもほぼ壊滅し、残るは数体といった所まできていた。

 

「【ゴブリンチャンピオン】ですか、アルター王国の周辺ではあまり見ませんが、目の前にいる以上は倒すしかありませんね」

 

【ゴブリンチャンピオン】、【ゴブリンキング】には劣るが、かなりの強敵である。巨大な図体と大きな鉈の様な大剣から繰り出される一撃は強力で、上級職を得られていない<マスター>ではSTRかENDにそうとう振っていないと一撃で死亡まで持っていかれてしまうだろう。

 

『ヴァル、雑魚は私が片付けるから、ボスを屠りなさい』

 

「わかりました」

 

 ペロっと口の周りについていた血を舐めるとヴァルキリアは【ゴブリンチャンピオン】へと前進する。対する【ゴブリンチャンピオン】は持っている大剣を横薙ぎに振るう。

 

 迫りくる大剣の下に滑り込むことでかわし、両足へと銃撃を食らわせる。何発もの魔弾を足に受けた【ゴブリンチャンピオン】は体勢を崩して跪いてしまう。

 

「これで終わりね」

 

 跪いた【ゴブリンチャンピオン】の頭に2発、そして立て続けに胸へ3発の魔弾を撃ち込む。動かなくなった【ゴブリンチャンピオン】から距離を置き確実に死んだことを確認するとヴァルキリアは馬車の所へと戻る。

 

「援護ありがとうございます。無事に完了しました」

 

『お帰りなさいヴァル、血が死体と一緒に消える判定で良かったわね、じゃななきゃもう馬車には乗れない所だった』

 

「あはは....申し訳ありません。戦闘になるとどうしても」

 

『まあ、いいわ、しょうがないことだもの、それより馬車に乗りましょう出発するわよ』

 

 馬車に乗り込む途中、加奈たちは護衛と行商人からお礼を言われたが、『気にしないでください。お金なども結構ですので』言ってお礼を断った。そもそも、ヴァルキリアがやりたくて行った行動であるためお礼を言われる立場でもない。

 

 加奈たちが乗り込むと馬車はギデオンに向かって再び進み始めるのだった。

 

 ☆☆

 

【ゴブリン】の襲撃以外は特に異常もなく加奈たちは無事にギデオンへとたどり着くことが出来た。

 

「この後はどうしますか?」

 

 馬車から降りた加奈とヴァルキリアはギデオンの中心街から外れ、外壁付近まで歩いてきている。

 

『...そうね、拠点で情報の整合をとったあとレイ少年を探しましょ』

 

「分かりました。それにしてもこの拠点に帰ってくるのも久しぶりですね、皆元気にしてるといいんですが」

 

『どうかしらね、資金はあるから元気にやってるとは思うけれど』

 

「あっ、見えてきましたよマスター」

 

 ヴァルキリアが指を指す先には少し大きめの建物が見える。周りに建っている建物と大きな違いは無いが、その建物の前では子供たちが元気よく遊んでいた。

 

『丁度いい時間に来たようね』

 

「あーきつねさんだー」

 

「もふもふ」

 

 建物に近づくと、きつねの着ぐるみに気づいた小さな子供たちが寄ってくる。加奈はすぐに周りを囲まれ子供たちに遊ばれる。

 

『うっ....まあ元気がいいのはいい事ね...』

 

 普段ならば問題は無いが、少し早くギデオンに着いたことによって、加奈は未だ状態異常にかかった弱体化中である。その為、子供たちの戯れであっても体に響いてしまう。

 

「コラコラ、止めなさい」

 

 子供たちに囲まれてしばらくすると、建物から20歳くらいの少女が駆け寄ってくる。

 

「あ、カノンおねーちゃん」

 

「いきなり抱きついたらご迷惑でしょ、申し訳ありません」

 

 カノンと呼ばれた女性は子供たちを引き離すと、一緒に頭を下げる。

 

『カノンか...随分と立派に成長したものね』

 

「え?」

 

 不思議そうな顔をしている子供たち。それを見た加奈は着ぐるみを脱ぎ去って素顔を見せる。

 

「久しぶりね、シスターはいるかしら?」

 

「加奈様!?少々お待ちください」

 

「おかしのおねーちゃんだ」

 

 カノンは急いで建物へと戻っていく。それを見た加奈もキツネの着ぐるみを着直して後を追う。

 

『ヴァル、子供たちと遊んであげてね』

 

「..かしこまりました」

 

 加奈に続いて着いていこうとしたヴァルキリアだったが、加奈に子供たちの事をお願いされ、面倒を見ることになった。正直彼女はあまり子供が得意ではないが、<マスター>である加奈の願いであれば<エンブリオ>の誇りにかけて遂行するのみであった。

 

「さあ、みんな仲良く並んでください。お菓子は沢山ありますよ」

 

 ヴァルキリアは何処からか取り出した机の上にお菓子を並べ子供たちへと配り始めた。子供たちは喜びながらも小さい子から順に並んでいく。

 

『あっちは大丈夫そうね』

 

「わざわざすいません、子供たちの面倒まで見ていただいて」

 

 建物の方から女性の声がする、カノンとは違いもう少し落ち着いた声だ、声に反応した加奈が後ろをむ振り向くと、建物の戸口からシンプルな服装を身に纏った30代半ば程に見える女性がこちらへ向かって歩いてくるのが見える。

 

『良い教育が施されているのね、このまま育ってくれれば、いい子たちに育ちそう』

 

 子供たちを見る加奈の眼は自然と緩み、柔らかな表情になっている。着ぐるみを着たままでは第三者にはわからないが、こころなしか、雰囲気もいつもより暖かい。

 

『貴女様が、援助をしてくださるおかげです、子供たちの着る服が一般家庭で育つ子供たちと遜色なくいられるのも、子供たちに無理な仕事をさせずに教育させることが出来ているのも貴方様のおかげなのです』

 

 その言葉を聞いた加奈は緩んだ身を引き締め女性を見つめる。

 

『やあ、シスターグレース、久しぶりね』

 

「いえいえ、こちらこそお久しぶりですね、加奈様。外ではなんですから中へどうぞ」

 

『そうね、それでは行こうかしら』

 

 ヴァルキリアに子どもたちを任せ、3人は建物の中へと入っていく。建物の中にはまだ外で遊ぶことのできない子供たちが何人か残っており、その面倒を14、15歳の子供たちが見ている。

 

『少しずつ子供たちが増えているようね』

 

「ええ、前の戦争の影響孤児になった子供たちが多かったものですから...なるべく多くは受け入れてはいるのですが、これ以上となると人手が足らず...」

 

『成長した子供たちは?』

 

「16歳になった子供たちは、近くのお店で働いたり冒険者となって、少しずつ独立を始めています」

 

 この孤児院を設立した当初のも目的通り、子供たちの独立は上手くいっているようだ。カノンなどをはじめとする成長した子供たちも無事自身の道を歩んでいる。しかし、想定外だったのは、やはり、戦争の影響だ。ただでさえ少なくない孤児たちに加えて戦争孤児による孤児全体の増加はあまり芳しく無い。

 

『ほかの拠点と連携しても賄えないかしら?資金はまだあるでしょう』

 

「それについてなのですが、1つ問題が」

 

『問題?』

 

「はい、近頃ゴゥズメイズ山賊団という山賊たちが<クルエラ山岳地帯>を拠点として暴れていまして、奴らは…子供たちを攫い身代金を要求してきます」

 

 そこまででは普通の盗賊と何ら変わりはない、根城にしているのがカルディナ領土と隣接している以外は特段問題もない。

 

「奴らは攫った子供たちの身代金が届かないと…子供たちを…食うのです。私たちが保護をしている子供たちにはまだ被害がないのですが、それでも孤児となった子供たちは攫われ、孤児たちに身代金を払う者もなく、食われてしまうのです」

 

『なるほど、そんなやつらが活動しているのに子供たちを乗せた馬車を出すことなど出来ないわけね』

 

 加奈の言葉にシスターは強くうなずく。

 

「こちらがゴゥズメイズ山賊団の情報です、奴らの中でもゴゥズと呼ばれる牛頭鬼、及びメイズと呼ばれるアンデッドが強く生半可な力では<マスター>でさえも敵いません」

 

【クエスト【殲滅──ゴゥズメイズ山賊団 難易度:八】が発生しました】

 

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 カノンからゴゥズメイズ山賊団の情報を得られると同時に加奈の脳内に直截イベントクエスト発生を告げるアナウンスが流れた。

 



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ドクターフラミンゴ

「それでは、お願いします。加奈様」

 

『えぇ、任せなさい。それと、私が預けている財産から一割を自由にしていいわ。ほかの拠点にも同様に伝えておいてちょうだい』

 

「よろしいのですか?一割と言っても相当の額になりますが...」

 

『いいのよ、急に1年も消えたんだから迷惑料ってことで』

 

「わかりました。ほかの拠点にも伝達しておきます」

 

『ええ、よろしく。ヴァル、行くわよ!』

 

「...わか...り..まし...た」

 

 シスターとの話を終わらせてヴァルキリアを呼ぶ。すると子供たちを大量に乗せたヴァルキリアが死にそうな顔でこちらへと歩いてくる。

 

『大丈夫?』

 

「問題...ありません」

 

「あぁ、すいません!コラ、早く降りなさい」

 

 駆け寄ったカノンによって子供たちはヴァルキリアの上から降りる。全員が降りた事を確認してから加奈は身軽になったヴァルキリアに手を貸す。

 

 加奈の手を借りたヴァルキリアは立ち上がり、砂まみれになった服をはたく。数回はたくだけで、メイド服は綺麗になり、準備ができたヴァルキリアは何もなかったかのように姿勢を正し凛としている。

 

『じゃあ、私たちは行くわ』

 

「えぇ、お気を付けて」

 

「またねーおねーちゃんたち」

 

 シスターと子供たちに見送られ、加奈とヴァルキリアは孤児院を後にする。目指すはゴゥズメイズ山賊団の拠点がある<クルエラ山岳地帯>だ。

 

「そういえばマスター。そろそろ着ぐるみを脱いでもいいのではないでしょうか?」

 

『それもそうね、ペナルティーの時間は終わったことだし』

 

 ヴァルキリアに言われた通り、加奈は《瞬間装着》を使い【Q極きぐるみしりーず ようこ】の着ぐるみを脱ぐ。そして、いつもと変わらないストライプ柄の黒いスーツに身を包む

 

「やっぱりこっちが落ち着くわね」

 

「これで、戦闘もできますね」

 

「まだ全力戦闘はできないけどね」

 

 キョトとしているヴァルキリアに、加奈は左手を胸の位置にあげてヴァルキリアによく見えるようにする。

 

「あぁ、【十束指輪 エーテリア】、半分は使用済みなのですね」

 

「えぇ、私の4倍に当たるMPを消費したら<ノズ森林>くらい消えるのも当然ね。我を忘れてたと言っても大失態だわ」

 

 加奈は《終焉の日来たれり》を使用する際に無意識化で【十束指輪 エーテリア】を使用していた。【十束指輪 エーテリア】は装備している数分自身の最大MPを貯蓄できる装備だ。ただし、その代わりに【救命のブローチ】や【身代わり竜鱗】といった身代わりアイテムを装備する事が一切できない。最大MPを貯蓄できる優秀なアイテムだが、貯蓄するMPも自身のMPが最大の時に余剰分のMPが回復される仕様となっている。

 

【半騎器官 グレイテスト・ハート】の効果で10倍になった加奈のMPは6千万にも及ぶ。自然回復量が上がっていても、周囲のMPを吸収できなければ指輪分のMPを貯めるだけで約一日かかる。さらに吸収できる周囲のMPは自然界に漂う魔力という制限がある。その為レジェンダリアのように魔力が豊富な土地でなければ効果を発揮できない。

 

「単純に計算しても全快するまで6日はかかるわ」

 

 先ほどまで必殺スキルのペナルティーがあったおかげで、加奈自身のMPも約二割ほどしかない。この状態では全力戦闘どころか、MPを使用した戦闘は極力避けたいところだ。

 

「かと言ってゴゥズメイズ山賊団も無視は出来ない。もうこの際、接近戦でもしようかしら」

 

「やめてください。移動ならばともかく戦闘なんてしたら自身の速度に殺されますよ」

 

【戦女上衣 レギンレイブ】と【戦女下衣 ヘルフィヨトル】の効果によって加奈のDEXとAGIは10万を軽く超えている。しかしその反面STRとENDは3000ほどしか無い。その為。加奈が全力で接近戦などしようものならば自身の速度に耐えられず。僅か1万しかないHPは瞬間的に無くなってしまうだろう。

 

 そもそも、ステータスの高いメイデンであるヴァルキリアはさらに、各形態時にスキルを持っている為、ステータス補正がAGIにしかない。それに加え【魔弾姫】をはじめとする職業はMP及びDEXに特化している。その為合計レベルが1000を過ぎようがステータスの伸びが良くない。

 

「たまたま、今の装備があるから戦えるけど、あまりにもバランスが悪いわよね」

 

 自分で言っておきながら加奈はつい笑ってしまう。なにせまともな<マスター>であれば絶対しない構成だからだ。いくらAGI特化と言っても自身の速度に耐えきれないのであればその構想は破綻している。

 

「ですが、良いのではないですか?、マスターの武器は銃器なのですし。直接相手に攻撃さえしなければ【迅雷疾走 ライトニング】が移動ダメージを無効にしますし」

 

「本当に装備に救われてるわ」

 

 そんな他愛もない話をしながらギデオンを歩く2人の前を1体の着ぐるみが通る。もちろんシュウではない。何の変哲もないペンギンの着ぐるみだ。

 

「マスター?」

 

 しかし、加奈はその着ぐるみになにか引っかかる。言葉にはしにくい。しかし、街中にIEDをしかけるテロリストの様な、密林で虎視眈々と敵兵を待ち続けるゲリラの様な、綿密な計画を立て対象を必ず殺す加奈()の様なそんな嫌な雰囲気を着ぐるみから感じる。

 

「そこの貴方少し、いいかしら?」

 

 どうしても無視できなかった加奈はペンギンの着ぐるみへ話しかける。

 

『なにかし..らッ!』

 

 その着ぐるみは加奈を見た瞬間微かにだが動揺をした。クルクルと回りながら変人ぶることで、誤魔化しているが、それを見逃す加奈ではない。

 

「失礼、私は加奈<マスター>よ。あなたが知り合いに似ていたから声をかけたのだけれど、どうやら人違いのようね」

 

『そうかい?私の名はフラミンゴ、ドクターフラミンゴと呼んで欲しいねぇ』

 

 ドクターフラミンゴはその場でグルグルと回転し、全身でVの字のポーズを取る。

 

「そう、ドクターフラミンゴはここで何を?」

 

『私は【研究者】の端くれでね。珍しいものを求めて街を転々としているのさ!』

 

「そう、どうやら貴方の邪魔したみたいね、ごめんなさい。もう行くわ」

 

『そうかい?ここで会ったの何かの縁だ、なんだったら試してほしい薬があったんだが...』

 

 ドクターフラミンゴは腹部についているポケットからポーションらしき薬瓶を取り出し、加奈の前へと差し出してくる。

 

「ごめんなさいね、私ポーションが効かないのよ」

 

『そうか、それは残念だ』

 

「えぇ、また縁があったその時にでも」

 

『そうだねぇ』

 

 ドクターフラミンゴは残念そうにポーションをしまうとまたクルクルと回り始めた。

 

『じゃあ、また縁があったときにでも』

 

 そして、ポーズを決めそう言い残すとその場を立ち去ろうとする。

 

「そうだ、ドクターフラミンゴ」

 

『なんだね?』

 

 ドクターフラミンゴが立ち去る寸前、加奈は彼を呼び止める。

 

「いえ、なんでもないわ」

 

 そう言い残した加奈はフフフと笑いながら。その場を立ち去る。

 

「マスターお知り合いですか?」

 

 それまで黙っていたヴァルキリアが加奈に問う。加奈は少し悩んでから

 

「たぶんね」

 

 と答えた。

 

「それよりはやく<クルエラ山岳地帯>へ行きましょう」

 

「分かりました」

 

 加奈はもう一度ドクターフラミンゴの方を見たが、そこにドクターフラミンゴの姿は無く。加奈は前に向き直ると<クルエラ山岳地帯>へと向かうのだった。

 

 ☆☆

 

 加奈が立ち去ったあとドクターフラミンゴことMr.フランクリンは暗い路地で高ぶる鼓動を抑えながら愚痴をこぼす。

 

「なんで、よりにもよってアイツがアルター王国にいるんだ!!」

 

 フランクリンの言うアイツとは勿論、加奈のことである。フランクリンは近くにあった木箱を蹴っ飛ばす。路地には大きな音が響いたが、そのおかげでフランクリンも少し落ち着くことが出来た。

 

「....奴がいるなら計画を変更しなければ...必ず負ける」

 

 1年半ほど姿を消していたようだが、よりにもよってこのタイミングで出現するとは...初心者以外の<マスター>で彼女の名前を知らない者は相当他人に興味が無いか、常識知らずかのどちらかだろう。それほどまでに彼女は有名だ。

 

【不可視狙撃】の加奈、この異名が付いたのには2つの理由がある。1つは彼女の戦闘スタイル。超長距離から狙撃し、撃ったらすぐに移動する。何処から撃たれたか、どこにいるのかわからないゆえの【不可視狙撃】

 

 そしてもう1つの理由は【PK殺し事件】という有名な事件。彼女に狙われたら絶対に逃げられないとまで言わしめた事件だ。

 

 それは、少し前のこと。PKで有名だった1つの大型クランが消えた。クランの名は<CCC>。ティアン、<マスター>関わらず、なにからなにまで略奪をしていく、悪い意味で有名なクランだった。

 

 しかも、リーダーは【蛮族王】の職を持つ<超級>、当時、まだ数えられるほどしかいなかった<超級>の内の1人だ。彼らに狙われれば許しを請いてアイテムを差しだすか、諦めて死ぬしかな無いほど強かったのだ。

 

 しかしそのクランは壊滅した。【不可視狙撃】の加奈が1人で壊滅させたのだ。クランメンバーが誰もINをしなくなるまで殺し続ける。リアルで約3ヶ月もの間続いたそのPKは、クランのメンバーを追って監獄にまで行ったとも噂されるほどのものであった。

 

 クランメンバーがINしたら最後、遅くても2日目にはその命が消えた。どこにいても何をしていても何処からか飛来してきた弾丸がその命を散らす。しかも加奈自体は普通にクエストや経験値稼ぎをしている。のにも関わらず2日目には必ず死亡するのだ。

 

 正直、異常だ。私なんかよりもずっと。完全に頭のねじが飛んでしまっている。しかも今の彼女は<超級>だ、生半可な駒では勝てない。

 

 そしてもう1つ。彼女の標的となるトリガーはティアンの殺害。実際に<CCC>が最後に行った略奪もティアンの村に対する襲撃だった。最悪ティアンさえ殺さねければ標的になることも無い。

 

 最も恐ろしいのはドライフ皇国が標的となることだ、無いとは思うが、確実に無いとは言えない。

 

「まさか、計画を始める前から及び腰になるとは思いもしなかった」

 

 兎にも角にも計画を進めるためにはもっと強力な戦力が必要だ、奴を確実に殺し、計画を達成するほどの戦力を集めなくては.....。

 

 

 

 

 

 

 



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ゴゥズメイズ山賊団

少し文字数が少なくてすいません。

あと質問でも頂いたんですが主人公の名前はフェアリーテイルとは関係ありません。クロスオーバーとかではないです。名前が一緒だってことに気づいてませんでした。

なんか語呂がいいなー。しっくりくるなーとか思ってたんですけど、既出でしたね。すいません。今のところ名前を変える予定はないです


 加奈とヴァルキリアはギデオンから続く山道を<クルエラ山岳地帯>方面へと小走りで走っている。小走りと言っても、優に音速を超える速度で進んでおり、周囲を行き交う人々や景色を置きざりにしている。

 

「そういえば、マスター、今回は<超級殺し>を追わないんですか」

 

<クルエラ山岳地帯>への道のりも半分ほど過ぎた頃、ヴァルキリアが加奈に質問をした。

 

「なんでかしら」

 

 加奈としてはなぜ<超級殺し>を追わなければならないのかが分からなかった。質問に質問で返すのは少し気持ちが悪かったが、ヴァルキリアが何故、そんなことを質問するのか、意図が分からなければ答えようもない。

 

「いえ、前回<CCC>を壊滅させた時は問答無用で襲われたではないですか、今回はレイ少年を初めとした初心者の方々が被害にあわれているので報復でもするかと思ったのですが....」

 

 ヴァルキリアの答えを聞いて、加奈は納得する。

 

「なるほど、確かにヴァルが疑問視するのも納得できるわね。」

 

 しかし、と言葉を切って加奈は続ける。

 

「確かにレイ少年を初めとした初心者を殺したのは<超級殺し>よ、初心者を狙ったのは許せないことだけれども、今回責められるのは彼らを救えなかった私でしょう。まあ、殺された者の中に身内が入っていたら話は変わってくるけれど、今回はそう言ったわけでは無いし<超級殺し>が一概に悪いわけではないわ、裏で糸を引いてた人物もいるみたいだしね」

 

「そういうものですか」

 

 ヴァルキリアは戻ってきて早々、加奈による狩りが始まるのかと心配していたが、どうやらその心配は杞憂で終わりそうだ。

 

「それに、殺人もとい、殺しね。命を奪う行為を非難するのであれば、私こそが非難されるべきだわ、<Infinite Dendrogram>(こっち)でも現実(あっち)でもね」

 

「ではなぜ<CCC>の時は報復したのです?」

 

 となれば、ヴァルキリアが気になるのは何故あの時報復をしたのかだ、あの6ヶ月がなければ、レベルをさらに上げる事も、<UBM>をもっと狩ることもできたはずだった。一応、報復は世界中を調査しながらその合間に行われていたが、それでも、無駄な時間だったことに間違いない。

 

「あぁ、彼らは、何の目的もなくただ楽しむ為だけに、女や子供、果ては老人といった非戦闘員を虐殺したのよ、なんの躊躇もなくね。」

 

「それは....」

 

 おそらく、彼らはゲームだと思って現実では決してできないことを楽しんでいたのだろう。しかしヴァルキリアはそれを加奈に言うことは出来なかった。

 

「言いたいことは分かるわ、彼らにとってはただのゲームなのでしょうねこの世界は。でもね、私はこの世界に本物を見てしまったのよ。だから守りたいのよ。この世界でこそね」

 

 加奈は多くを語らない。ヴァルキリアの前では特にだ。ここまで自分のことを言う加奈はヴァルキリアにとっても初めてだった。この世界にいなかった間に何かがあったのか、現実(あちら)に行けなかったヴァルキリアには分からない。しかし、彼女も加奈の<エンブリオ>として、パートナーとして多くを見てきた。だからこそ、これからも...

 

「着いたわね」

 

「はい、しかしすでに先約がいるようですね」

 

 孤児院で渡された情報通りにゴゥズメイズ山賊団の拠点に到着する2人。しかし既に拠点付近では既に戦闘が始まっているようで、銃声や金属音に機械音などが入り混じった戦闘音が聞こえている。

 

「この機械音はドライフ皇国の<マジンギア>ね、何でこんなところにドライフの主力戦闘兵器があるのかしら」

 

 加奈の頭には一瞬ドライフ皇国の再侵攻というワードが浮かんだが、すぐに消し去る。もしこれがドライフ皇国の再侵攻であるならばゴゥズメイズ山賊団の拠点で戦闘をしていることが先ずおかしい、それに加え、音から推察して<マジンギア>の数は1機だ。分散進撃をするにしても戦力が少ない。

 

 そもそも、<マジンギア>は人の手で量産が可能な亜竜級ほどの戦闘力を持つマシンだ。その為少数で戦闘するより数にものを言わせた波状攻撃をしたほうがいい。その観点からドライフ皇国の侵攻部隊の可能性は排除できる。

 

「となればカルディナに横流しされた機体かな?、それにしては機体の状態が良すぎる気もするけど...まあ兎にも角にも、視認しましょう」

 

「はい」

 

 2人は森の茂みに隠れつつ戦闘が目視できる所まで近づく。森を抜けた先の景色には、石造りの頑丈そうで巨大な建造物があった。森の中に拓けた数百メートル四方の空間、その真ん中に建てられている。外壁にはびっしりと蔦が張っている。どうやら昔に作られ放棄された古い砦のようだ。その入り口で5メートル程はある<マジンギア>が山賊団相手に大立ち回りをしている。

 

 しかし、多勢に無勢。いくら優れた機体であっても、どれだけ優れた【操縦士】であっても数の力には勝てない。その証拠に戦闘中の<マジンギア>は既に大破寸前でいつ停止してもおかしくは無い。

 

「おそらく【高位操縦士】ね【超級職】の動きではない」

 

<マジンギア>とその【操縦士】の分析をしている間に、<マジンギア>は山賊たちに囲まれてしまう。

 

「ずいぶんと規模が大きな山賊団ですね、まだ30名ほど動ける輩がいますね」

 

 砦の周りにはかなりの量の死体が転がっている。その数は100以上。かなり奮戦したようだが、このままでは負けてしまうだろう。

 

「しょうがない助けに入りましょう。まだ砦の中に強いやつも控えてそうだしね」

 

「分かりました。どれで行きますか?」

 

「そうね.....二手に分かれましょう。私が敵を殲滅するからその間に<マジンギア>の【操縦士】と外にいる子供たちを避難させて頂戴」

 

 加奈の視線の先には馬車に乗せられた子供たちの姿が映る。どうやら<マジンギア>の損害も子供たちを庇って受けたものだろう。

 

「今回は私が【月光】と【陽光】を使うわ。ヴァルは...そうね【橘花】でも使って頂戴」

 

【月光】と【陽光】を両足のホルスターに装備した加奈は、ヴァルキリアに向かって木製ストックのライフルを渡す。単発魔法式小銃【橘花】取り回しの良さと速射性を求めた魔法式銃でMPの消費も少ない

 

「わかりました。できる限り援護はします」

 

「ええ、頼んだわ。ただ、子供たちの避難を最優先に考えなさい」

 

「はい」

 

 ヴァルキリアの返事を聞いて頷いた加奈は砦の方へと全力疾走する。それをみたヴァルキリアも馬車の方へと走り出した。

 

「ガ、ハ.....しかしこんなところでやられる訳には」

 

「そこの<マシンギア>まだ動けるのなら下がりなさい」

 

 即座に戦場へと駆け付けた加奈は生きている山賊たちに弾丸を撃ち込みながら<マシンギア>に下がるよう勧告する。

 

「あなたは...一体....」

 

 いつの間にか現れた女性に<マシンギア>のパイロットユーゴー・レセップスは驚きを隠せない。

 

「私の正体なんかは後でいいでしょ?とにかく下がりなさい。何かしたいと思うのなら撤退している馬車を守りなさい」

 

 女性の言う通り守っていたはずの馬車を見ればこの砦から離脱しようとしている。

 

「誰だかわからないが、一時ここを任せる」

 

 そう言い残してユーゴーはヴァルキリアの操作する馬車と共に砦から離脱していく。子供たちも含め街にまで行かなくても、ある程度離れた場所で護衛させればまず安全だろう。

 

「さてと、はぁ本当に胸糞が悪いわ」

 

 加奈の視界には山賊の死体の他に子供たちの死体も映っていた。

 

「なんだぁ?」

 

「また、新しい敵かよ、やっちまうぞ!野郎ども!!」

 

<マシンギア>を後退させたのが原因か、山賊たちの士気は高い。

 

「うぉぉぉ!!」

 

 雄たけびを上げて向かってくる山賊たち。その刃先が加奈に届く瞬間に全員が息絶える。

 

「ぁ......」

 

 なのが起こったのかわからない様な顔をして山賊たちは息絶える。

 

「ひぃ....」

 

 突如目の前で起こった仲間の死。何をされたのか分からない。一瞬で仲間の胴体に大きな穴が開き、絶命していった。

 

「たすけ...」

 

 助けを乞おうと1人の仲間が武器を捨てるが、武器が地面につく前にその首が飛んだ。

 

「安心して。助けを請う必要も、許しを請う必要はないわ。元から皆殺しのつもりだもの」

 

 1人また1人と何をされたかわからないまま山賊たちは死んでいく。いつの間にか加奈の手に【月光】と【陽光】が握られていたことすら気づかぬまま山賊たちは全滅した。

 

 

 



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ゴゥズ

ごめんなさい、連続投稿しようと思ったのですが、できませんでした


「さてと、いつまで隠れてるつもりかしら?」

 

山賊をあっけなく全滅させた加奈は,広場の奥にある頑丈な扉へ向けて話しかける。

 

「.....」

 

返事がないか少し待つがいつまで経っても、何の返答も帰ってこない。辺りは急に静かになり、風の吹く音だけが周囲に響く

 

「...まあいいわ」

 

いつまで経っても現れない敵に痺れを切らした加奈は、扉に向かって【月光】を発砲する。扉に当たった魔弾は大きな爆発を起こし、扉は爆煙に包まれる。

 

「いてえいてエ。おまけにアツい」

 

破壊された扉の先から現れたのは牛の頭をした巨大な鬼であった。口には猛獣のごとく鋭い犬歯だけの牙が並び。その巨大な背丈は先程の<マシンギア>ほどはある。鍛え抜かれた屈強な体からは先程の山賊よりも高い戦闘能力を持っているだろうことが分かる

 

「あら、意外と頑丈みたいね」

 

「なンだ、ヤッぱりバれてたか」

 

現れた巨漢の牛頭は愉快に笑いながら広場の中央、加奈のいる方へとゆっくりと近づいてくる。

 

「あなたがゴゥズね、牛頭のゴゥズ」

 

「オお。俺様はゴゥズメイズ山賊団の二大頭目、【剛闘士】のゴゥズだぁ」

 

【剛闘士】、【闘士】系の上位職の一つ。肉弾戦に特化したジョブの1つ。この巨体から繰り出される攻撃を食らえばこの砦の城壁すら簡単に破壊できるだろう。

 

「おうおう、やってくれたなぁ、おめえ。かわいいかわいい子分共が全滅しているじゃあねえか」

 

そう言うゴゥズは嬉しそうに笑っている。その表情は子分の死を悲しむ親分の顔でない。どちらかといえば、獲物が死んだことを喜ぶ狩人の顔だ。

 

「その割には悲しそうにしないのね」

 

「だってよぉ、これで子分共の死肉が食い放題じゃあねェか」

 

そうでしょうね、と加奈は納得する。彼が亜人だから、という理由ではなく。恐らくそういう人物なのだろう。彼にとって山賊たちは、餌を運んでくる便利な道具であり、同時に美味しそうな餌でもあったのだろう。

 

「あまぁい子供の肉もうめぇがよぉ。ビターな大人の肉もたまには食いたくてなァ。知ってるかぁ? 大人は悪人の方が味に苦味が増してうめぇんだぜぇ?」

 

「あいにくだけど、私に食人の趣味は無いわ」

 

「おイおい、好き嫌いハ健康に良クないゼ」

 

ガハハと愉快に笑いながらゴゥズは言葉を続ける。

 

「まア、それとモ<マスター>ってぇのは不死身なだけあって体が丈夫なのカァ?」

 

「まあ、そうね、間違っては無いわ。食事にこだわる必要もないもの」

 

ゴゥズはどうやら加奈が<マスター>だということに気付いるようだ。しかし、ゴゥズでなくとも、山賊を瞬殺した加奈を見ればティアンの冒険者でないことくらいは分かるだろう。

 

「さてと、おしゃべりはこれくらいにしましょうか、奥にもまだ、敵がいそうだしね」

 

加奈は話を切り上げ戦闘態勢に入る。しかしそれを見たゴゥズが、大きく手を挙げながら首を横に振る。

 

「なンだよ、気にならねェのか、俺がなかなカ出て来なかった理由トかよォ」

 

「大体理由なんて分かるわ」

 

「ほう」

 

「貴方たちこの拠点を捨てるつもりだったでしょう?道具は処分して、そうね....貴方ともう一人メイズって奴と2人で何処かに移動する予定だった。違う?」

 

それを聞いたゴゥズは目を大きく開き驚く。

 

「ほう、良ク分かっタなァ」

 

「よく考えれば子供でも分かるわ」

 

この砦は古びているとは言え、拠点にするには最適だろう。先程の<マシンギア>が壊したであろう部分以外はいまだ頑丈な城壁が健在であり、防衛がしやすいよう中庭も設けてある。しかも、カルディナとも近く、金銭さえ用意できればカルディナの軍隊を自分たちを討伐しに来るアルター王国正規軍への牽制に使うこともできる。

 

お尋ね者として暮らしていくには最上級の物件だ、しかし、ゴゥズは<マシンギア>に拠点が破壊され、駒である山賊が山のように殺されても、加勢しなかった。それは何故か、答えは簡単もういらないからである。ここで果たすべき目的はすでに果たされたのだろう。捨てるものに、未練はない。むしろ要らないものを処分した<マシンギア>に感謝すらしているのではないだろうか。

 

「理由は聞く必要ないの、私も仕事で来ているだけだから、貴方たちの事情に興味もないわ」

 

「だから」と言うと同時に加奈の姿が消える。そして同時にゴゥズの背中に強い衝撃が走った。

 

「ッッ!!」

 

「消えなさい!」

 

背中に強い衝撃を受けて、前のめりになるゴゥズ、地面に倒れそうになり、慌てて手を着こうとするが、目の前に一瞬で目の前に現れた加奈が、ゴゥズの顔面に横から【陽光】を撃ったことで、吹き飛ばされたゴゥズは地面を転がり、城壁にぶつかって止まる。

 

「BUMOOOOOOOOO!!」

 

立ち上がったゴゥズは雄たけびを上げながら加奈へと突進をしてくる。加奈は突進を難なく躱し、再び今度は胴体へと攻撃を加える。再び吹き飛ばされたゴゥズは、城壁へとぶつかり城壁の一部を倒壊させる。

 

「案外、丈夫なのね」

 

服に着いた土埃を払いながら、加奈はゴゥズへ話しかける。

 

「BUMOOOOOOOOO!!」

 

既に理性は無いのか、加奈の言葉を無視したゴゥズは、腰に下げた袋から何かを取り出し、加奈へと投擲する。ゴゥズの持つSTRで投擲された物体は音速の速度で、加奈へと飛来するが、その上の速度で動ける加奈には当たらない。しかし、超音速を超える速度で動ける加奈はゆっくりと動く視界の中で自身へと飛んでくる物体をハッキリと見てしまう。

 

ゴゥズはが投げた、ボール大の物体は、目を見開き恐怖の表情で、血に塗れた髪を揺らす、少女の生首だった。もう死んでいる。それがハッキリと分かる死体に対し加奈は咄嗟に手を出してしまう。

 

瞬間、少女の首は大量の血しぶきをまき散らしながら、大きな音と共に、少女の生首が加奈の腕へと当たり、爆ぜる。

 

加奈はその衝撃で吹き飛ばされ、砦奥の壁に大きなクレーターを作る。

 

「ク、ハ.......」

 

凄まじい衝撃は加奈の肺に入っていた空気を全て体外へと排出する。加奈のHPは2割を切り、右腕は折れるまでいかないが、痺れて動かすことができない。

 

「なんダァ、当たらねェと思ったの二案外当たるんだなァ」

 

ゴゥズは、腰に下げた袋から取り出した別の生首を美味しそうに食べながらゆっくりと歩いてくる。先程までの攻撃で、ある程度ダメージを受けてはいるようだが、瀕死という訳ではないようだ。

 

「さて、終わりダァ」

 

ゴゥズが、振るう拳を紙一重で避けた加奈は中庭の中央へと移動する。血まみれで、頭から血を流し、右腕をだらーんとたらしながら、加奈は構えを取る。攻撃を受けた際に【月光】と【陽光】は手から離れ遠くの方へ転がっている。

 

『マスター大丈夫ですか?』

 

どうしようかと考えているとヴァルキュリアから念話が入る。

 

『.....大丈夫よ、そっちは....どう?』

 

『はい、孤児院から冒険者になった子たちが、増援にきてまして、彼らに<マシンギア>と馬車を任せてそちらへ向かっています』

 

『.....そう』

 

息も途絶え途絶えになりながら、加奈はヴァルキュリアへ言葉を返す。そして一先ずは子供たちの安全が確保できたことを喜ぶ。

 

『私もすぐにそちらへ合流します』

 

ヴァルキュリアの速度ならば、5分しない間に到着をするだろう。加奈は少し考えてから、ヴァルキュリアの合流を断った。

 

『いいえ、ヴァルはそのまま、砦の奥を攻略しなさい』

 

『....しかし....いえ、わかりました』

 

『よろしくね』

 

何かを察したのか、ヴァルキュリアは特に何も言わず、了承する。

 

「なんだァ、まだ元気そうダなァ」

 

念話を終了させた加奈。の目の前にはゴゥズは勝ちを確信し、地面に落ちた部下の遺体を食らいながら歩いてくるゴゥズの姿があった。

 

「....貴方も...元気そうね」

 

口の中が切れたのか、喋るのが辛いが、加奈は言葉を続ける。

 

「これくらいが、いいハンデじゃないかしらね」

 

ゴゥズはガハハと愉快そうに笑う。それにつられて、加奈も笑った。

 

「ガハハ、ハハ」

 

「アハハ」

 

「ほざいてロ!!」

 

加奈はゴゥズの放った蹴りを避け、蹴り上げられた足を取りもう一方の足を払う。そしてバランスを崩し倒れたゴゥズの顔に乗り、右目を蹴り抜いた。

 

「BUMOOOOOOOOO!!」

 

ゴゥズが、痛みでのたうち回っている間に端へと転がった【月光】と【陽光】を回収する。痺れていた右腕も自然回復力が上昇しているおかげで、動かせるようになっており、両手に銃が握られる。HPも5割程まで回復しており、戦闘続行には支障がない。

 

「ふう、まさか、少女の首を投げるとは、咄嗟に手が出てしまったじゃない」

 

残った左目で加奈を恨めしそうに見ているゴゥズへ話しかけながらも魔弾を放つ。魔弾をクロスした両腕で受け止め突進してくる。

 

しかし、加奈は突進してくるゴゥズを軽くあしらい、追撃を加える。ゴゥズも攻撃に耐え負けじと反撃を繰り出すもAGIが桁違いの加奈に攻撃は当たらない。

 

「ああ、HPとENDが高いのね、面倒だわ」

 

加奈は撃ちだす魔弾の属性を【魔弾姫】のスキル《悪魔の祝福》で、【月光】と【陽光】が持つ魔法属性から物理属性へと属性を変化させ、銃撃を繰り出す。

 

ゴゥズも反撃をしようと藻掻くが、絶え間ない銃撃のせいで体をうまく動かせない。悪あがきに再び子供の首や山賊の死体を投げつけるが、加奈に到達する前に、全て迎撃されてしまう。

 

加奈は攻撃の出力を下げ、ゴゥズを拘束するように絶え間なく攻撃を続ける。どれぐらいの時間が経ったのか、体を丸め込み耐えるように攻撃を受けていたゴゥズは力尽き、動かなくなる。

 

確認の為に加奈は出力の上げた弾丸でゴゥズの頭を撃ち抜く。何の抵抗もなく頭を撃ち抜かれたゴゥズは完全に死亡しこの世から消え去ったのだった。

 

 




【魔弾姫】の詳細を出すのが遅くなりそうなのでこのタイミングで1部書かせてもらいます。

【魔弾姫】フライクーゲル・プリンセス
魔力式狙撃特化
ステータスはMPとDEXに特化


条件 ①魔力式銃器を用いて敵を3万体以上撃破
   ②弱点部位を狙撃して2万体以上撃破
   ③上記の条件を達成するまで弾丸を外してはならない

《悪魔の祝福》
【魔弾姫】の固有スキル
攻撃属性の変更が可能となる。

《魔弾》
【魔弾姫】の固有スキル
相手の防御力を無視し魔弾のダメージ1割を確実に相手に与える。

《魔弾の射手》
【魔弾姫】奥儀
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《悪魔の魔弾》
【魔弾姫】の最終奥義
《魔弾の射手》で放たれる◻️◻️◻️の弾丸

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メイズ

 子供たちと<マシンギア>の【操縦者】を孤児院の冒険者に任せて、ヴァルキリアは加奈の指示通り砦の奥、地下通路へと進んだ。地下通路は一本道となっており、道中に山賊の姿などはない、しかし、その代わりに朽ち果てた骸骨と戦闘の跡がちらほらと見える。

 

 どうやら<マシンギア>の他に砦奥へと侵入した者がいた様だ。ヴァルキリアは細心の注意を払いながら奥へと進んでいく。道中散乱した骸骨を手に取って調べると、成長しきった骸骨から子供のものであろう骨まで様々なものがある。大人の骸骨の周りに鎧が残っているのを見ると、おそらくティアンの冒険者であろう。そして子供の骨は攫ってきた子たちのものであろうと推測できる。

 

「マスターがいなくて良かったです」

 

 加奈は子供が好きだ、子供は未来への希望であり、自分たちが命を懸けて守る価値のある存在だと口癖のように言っている。彼女が複数の孤児院を援助し、子供たちがより良い環境でより良い人生を送れるようサポートをしているのはその為だ。

 

 だからこそ、子供をないがしろにするもの、子供の命を脅かすものは許さない。それこそこの世界から存在が消えるまで排除し続ける。

 

「最近のマスターはまだ精神が安定しないみたいですしね」

 

 洞窟に転がる骨を見ながらヴァルキリアは考える。もしマスターがこの光景を見たら<ノズ森林>の二の舞になることは間違いないだろう。容赦なくそして後先も考えずに《終焉の日来たれり》を発動し()()()()()破壊を命じるだろう。今回は<Infinite Dendrogram>に来てからまだ日が浅い。おそらく、まだ、マスターは感情の起伏に慣れていないのだろう。昔INしていた頃よりも感情への慣れが薄まってしまっている。

 

「せめて、後1週間ほどあれば安定してくるとは思うのですが....」

 

 ヴァルキリアは1人小声でぼやく、一番の問題はマスターが感情の問題に気が付いていないことだろう。だからこそ余計に刺激の強いものを見せることは出来ないのだ。私は<エンブリオ>であり、ストッパーなのだから。

 

 そんなことを考えなら、道を進んでいくと、突き当りには破壊された扉が付いた入り口あった。ヴァルキリアの居る位置から中の様子は窺えないが、何かがいるのは分かる。ヴァルキリアは素早く壁へ張り付くと、ゆっくりと中の様子を見る。

 

 中は、特に装飾のない部屋があり、その部屋の奥に檻が設置されている。中には7人の子供たちが拘束されていた。7人全員の意識が無いようだが、どうやらただ、眠っていることが分かる。部屋の中にはもう一つ鉄製の扉があり、そちらは破壊されることなく、開いている。

 

 トラップ等がないかを目視で軽く調べたヴァルキリアは部屋へと入り子供たちに触れる前に鉄製の扉がある壁へと張り付いた。

 

 中はどうやら魔術師の研究室であろうことが分かる。床に描かれた魔法陣、天井まで飛び跳ねた血の模様、壁にぶら下げてある人間のものだったであろうなめし皮。樽一杯に詰まった白骨。壁に沿って置かれた机の上には無数の器具や素材らしきものが置かれていた。真っ当な魔法使いではない、おそらく死霊術師のものであろうことまでは分かる。

 

 

 しかし、そんなことより重要なのは、<ノズ森林>で会ったレイがヴァルキリアの目の前で後ろに背負った子供に首を描き切られるところを目撃してしまったことだ。

 

 ヴァルキリアは急いで部屋の中へと踏み入ろうとしたが、レイを攻撃した敵がいることに気づき行動を中断する。幸い彼は即死したわけではない。かろうじてだが、意識があるようだ。

 

「子供相手と油断したか。バカな奴だ」

 

 床に倒れていた骸骨が不自然に浮き上がり体を構成する。骨しかなかった体に皮が張り付き、肉が膨らむ。最後にローブを纏ったその姿は人馬一体の人馬種族。

 

「あれが、メイズですか」

 

 完全に白骨化した状態から復活した様子から【死霊術師】ではないおそらく、それより上位の職種。その人馬種族は孤児院で渡された資料と特徴が一致する。彼が【大死霊】メイズなのだろう。

 

「ほぅ、まだ生きているか」

 

 メイズの一言にヴァルキリアはドキッとするが、言葉から自分のことではないと判断し慎重に様子を窺う。メイズは倒れているレイ少年の武器に触れ、ため息をつく。

 

「意識もあるか? だが無駄だ。この短剣には【大死霊】である私が特別に調合した【猛毒】と【麻痺】の秘薬を塗布してある。貴様は身動きできずに死んでいく」

 

 メイズの発言にヴァルキリアはまずいと焦り始める【猛毒】と【出血】が体力を奪い、【麻痺】では回復することも難しい。彼は始めたばかりで、状態異常耐性装備は持っていない可能性が高い。これ以上時間が経てば助からない。

 

「さて、此処は引き払い、レジェンダリアに行くとするか」

 

 レイがもう助からないと踏んだのかメイズは部屋から出ようとする。このままでは、メイズとかち合ってしまう。ヴァルキリアは急いで装備している指輪の効果を発動させる。隠密の効果が付いた指輪はヴァルキリアの発見を困難にするだろう。

 

「もう山賊団も店じまいだ。子供は全て殺してアンデッドの素材にせねばな」

 

 メイズがこちらの部屋に入る直前、子供が入っている檻の方を見てそう呟く。

 

 その時、言葉に反応したのかレイの指がピクリと動く。

 

「ん?」

 

 メイズはその姿に何か気づいたのか 腹を抱えて笑い出す。

 

「く、は、ハハハハハハハハハ!!貴様まさか、子供を助けに此処まで来たのか? 私の財宝目当てでなく?」

 

 レイは土を握りしめ、体を震わせる。

 

「ハハハハハ、不死身の人でなしが、子供を助けにわざわざ此処まで? クハハハハハハ! おい、それはまた随分とヒロイックな遊びをしているじゃないか<マスター>君」

 

 レイの体から、感情の高ぶりを感じる。

 

「ククク、折角だ。【猛毒】で死ぬまで見ていくかね? 私のアンデッド作りを。自分でも中々巧みだと思っているよ。なにせ、これまで何百人分も作ってきたからな!!」

 

 ここにいるのが本当に私で良かった。ヴァルキリアはつくづくそれを実感する。マスターならすでにメイズを殺しているだろう。

 

「そうだな、骨の太そうな子供は【スケルトン】、脆そうな子供は【ゾンビ】に変えてしまおう。ああ、こっちの顔が良い子供らは剥製にして売り払うのも良いな。私はこれでも手先が器用でそういう作業は得意なんだ。これまでも好事家から好評を得ている」

 

「…………」

 

「さぁて、まずは貴様の首を切らせた子供からやってみようか! まずは自分で自分の首を……」

 

 メイズがそこまでいいかけたところで、不意に、風が吹き抜ける。それと同時にメイズの左手が地面へと落ちる。

 

「…………なんだ?」

 

 メイズは自身に起こったことに気が付いていないのか。失った左手を見て呆然としている。

 

「お前が……なら」

 

 倒れていたはずのレイが黒い斧槍を持った右腕を上げている。

 

「お前が、生者でないのなら」

 

 斧槍の刃は白銀の光が宿っている。アンデッドに特攻効果のある《聖別の銀光》だ。

 

「お前が、人の心を失くしたと言うのなら」

 

 レイは斧槍を構えならがゆっくりと立ち上がる。先程まで血を流していた首の傷も塞がり、状態異常にかかっている様子もない。

 

「お前が、あの光景を作ったと言うのなら」

 

 メイズは目に前で起こっている事に理解が出来ないのか、目を見開いて固まってしまっている。

 

「俺はお前を──殺せるぞ」

 

 レイの顔には爛々と光る双眸が見える。

 

 純粋で混じり気もない怒り。そして強く、ただ相手を殺すという明確な殺意が場を支配している。

 

 メイズからすれば理解できないだろう。遊び半分で生きているはずの<マスター>から受ける殺意。

 

 

「■■■■──《アビスデリュージョン》!!」

 

【──《デッドマンズ・バインド》!!】

 

 恐怖からかメイズは即座に行動を起こす、《アビスデリュージョン》《デッドマンズ・バインド》両方とも上級状態異常魔法スキルだ、【死呪宣告】・【衰弱】・【劣化】・【拘束】・【呪縛】・【脱力】合計6個の状態異常がレイを襲う。<超級>だとしても、対策なしに直撃すればただでは済まない。

 

「臥ァ!」

 

 しかし、レイは止まらない。まるで呪いが逆転でもしたかのように、更により威圧感を増した彼は《聖別の銀光》を灯した斧槍を振るい。メイズの体を横なぎにする。

 

「ぐぅ!?」

 

 あと一歩メイズが踏み込んでいればメイズの体は両断され決着はついていただろう。しかし、紙一重で攻撃を避けたメイズは攻撃を辞め逃げへと徹する。

 

「《アウェイキング・アンデッド》!!」

 

 メイズは《死霊魔法》を使い、室内の樽の中に保存していた無数のアンデッドモンスターを起動させる。メイズの姿を覆い隠すように現れるアンデットのせいで、レイはメイズを追うことが出来ない。

 

「クソッこれじゃ!」

 

「ともなれば私の出番でしょう」

 

 隠密状態を解除したヴァルキリアは【橘花】の連続射撃によって道を埋め尽くしていた。アンデットを一掃する。

 

「アンタは?」

 

「私は<エンブリオ>ヴァルキリア。そんなことよりあなたは彼を追ってください。ここは私が請け負います」

 

 出口へと続く道は確保されたが、部屋の中にはまだ無数のアンデットがはびこり、放置すれば、檻の中にいる子どもたちへと襲い掛かるだろう。

 

「....わかった。ここは頼む」

 

 何かを言おうとしたレイだったが、ここをヴァルキリアへ任せてメイズを追った。

 

「彼は、何故《乗馬》をしないのでしょう?」

 

 銀色の馬を召喚したレイは手綱を右手で握り締め、銀馬に引きずられながら通路を高速で上がっていった。

 

「まあ、今気にすることではありませんか。」

 

 ヴァルキリアはメイズの召喚したアンデットと戦闘を開始する。狭い部屋の中、檻の子供たちに当たらないように気を付けながら【橘花】を撃つ。しかしながら、圧倒的な質量を前にヴァルキリアはアンデットの接近許してしまう。しかし、近づいてきた敵には【橘花】の床尾を使い打撃を繰り出す。それでも対応が追い付か無いと判断すると【橘花】を手から離し、今度は拳や足で格闘を繰り出す。

 

 残念ながらヴァルキリアは《聖別の銀光》を使えるわけではない、しかし、強大なステータスから繰りだされる攻撃は、徒手とは言え強大なダメージを与える。

 

 次々へと迫りくるアンデットの胸を突き穿ち、頭を破戒し、首を飛ばす。殴り、蹴り、撃ち、投げる。

 

「アハ、アハハ!」

 

 タガが外れたかのように愉快に笑いながら、迫りくるアンデットを駆逐していくヴァルキリア。【スケルトン】の骨が散り【ゾンビ】の肉体からは残っていた血液が舞い散る。

 

【ゴブリン】と戦った時とはまた違う、美しい踊りの様な舞いでは無く、武術の型を繰り出す様にヴァルキリアは力強く舞う。

 

「アハハハ」

 

 檻の中にいる子供たちが起きていたらトラウマになるだろう。体中に血を被り、残酷に、しかし丁寧に一体一体アンデットを葬っていく。

 

 ヴァルキリアの楽しい時間はそう長く続かず5分も経たないうちにすべてのアンデットを討伐し終わる。

 

「ハハハハ、はぁ...さてと」

 

 人格でも変わったかのように急に笑やんだヴァルキリアは少しよろけながら膝を着く。そして頭を手で抑えながら何かを振り切る様に首を横へと振った。

 

「戦いは終わりです。戻りなさい」

 

 自身へと言い聞かせるように言い放ったヴァルキリアはしばらく座り込むと、何事も無かったかのように立ち上がる。

 

「そろそろ地上へ上がらなければ」

 

 衰弱している子供たちにポーションを飲ませたヴァルキリアは周囲の確認をし、安全を確保した後、地上へ上がる為の通路を走りだしたのだった。



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決着

 ゴゥズを葬った加奈は、死体となったゴゥスに座り込み、ヴァルキリアからの連絡を待っていた。

 

『マスター、レイ少年に追われたメイズが地上へ向かっています』

 

『....いろいろ聞きたいことはあるけど後にするわ。取り合えずメイズの件は了解』

 

『後はお願いします』

 

 待ちに待ったヴァルキリアからの連絡に加奈は驚く。レイがこの場にいた奇跡、ヴァルキリアがメイズを殺せなかった事実。しかし、呆然としている時間はない。

 

「流石に彼が追っている獲物を横取りするのは面白くないわね」

 

 砦の出入り口から蹄が地を蹴る音とそれに続くように金属が地を蹴る音が近づいてくる。音のなり方からして、馬であろう。2匹の馬が近づいてくる音が加奈の耳に入る。

 

「そろそろかしらね」

 

 加奈は膝を立てるように座り【月光】と【陽光】を構える。

 

「ウォォォオオオオオォ!?」

 

 メイズのものであろう叫び声が段々と近づいて来るのが分かる。

 

「ゴゥズ!! ゴォゥゥゥゥウウズ!!」

 

 ゴゥズの名を叫びながら人馬種族が現れる。しかし、その人馬種族は地上へと出た瞬間、前2本の足を撃ち抜かれて、地面へと伏せる。

 

「ぐぅぅぅ!!」

 

「あら、元気がいいのね」

 

 勢いよく土煙を上げながらは数m進んだメイズに対して、加奈はにこやかに言い放つ。

 

「冗談では、ない! 冗談ではないぞ!?」

 

 血を流しながら立ち上がろうとするメイズだが、生まれたてた仔馬のように震え上手く立ち上がることが出来ない。

 

「後は、好きにしなさい、元はあなたの獲物だしね」

 

 加奈は左手を胸へと置き、右腕を引くように体から離す。右足を軽く引いてく左足に交差させると軽く頭を下げた。

 

「....あんたは」

 

 レイは一瞬驚いた様子を見せるが、即座に切り替え、メイズへ《銀光》を纏た斧槍を向ける。

 

「こんなところでッ!!」

 

 斧槍を向けられたメイズは最後の悪あがきに何かのアイテムを床へ叩きつける。瞬間、黒い煙が広がりあたり一帯を包む

 

「なッ」

 

「まずいッ」

 

 黒い煙に包まれる前に加奈は大きく跳躍し後方へと飛び退いた。煙は砦一帯へと広がる。至近距離にいたレイは逃げることもできずに煙に飲み込まれてしまう。

 

 煙は数秒で晴れ、メイズとレイの姿が確認できる。両者とも立ち位置も変わっておらず、特に変化らしい変化もない。

 

「レイ君大丈夫かい?」

 

 煙が晴れたことを確認してから加奈はレイへと話しかけた。

 

「あぁ、問題なさそうだ」

 

 レイはなにも問題無さそうに立っている。斧槍は《銀光》を放ており、加奈から見ても異常が無さそうに見える。

 

 しかし、ならばあの煙は何だったのだろうかと加奈が思考を巡らせていると、倒れていたメイズが立ち上がり叫び始める。

 

「ハハハ、問題がないものかァ!!周りをよく見てみるんだなッ!」

 

 急に叫び始めたメイズに言われた通り、加奈とレイが周囲を見渡せば、先ほどまで倒れていた死体が動き出している様子が視界に写る。

 

「これこそが我が秘宝、【死屍操葬】(ししそうそう)の効果だ!」

 

 先ほどまで倒れていたゴゥズを筆頭に山賊、それに殺され、中庭に放置されていた子供たちさえも、アンデットとして動き始めている。胴体を切られたものは上半身と下半身が分離し、1つの生物の様に動き、千切れた手足でさえも、まるで操られているかのように動いている。

 

「.....私たちがいなければ勝っていたかもしれないのにねぇ?」

 

 勝ち誇ったように笑うメイズを憐れみながら加奈は1人呟く。

 

「はい、誠に残念ですが、運がなかったようで」

 

 加奈の呟きは独り言にならず、隣から、返答が返ってくる。加奈が隣を見れば先ほどまで誰もいなかった隣には血で真っ赤に染まったヴァルキリアが待機していた。

 

「.....あぁ、アンデット、ティアンが素材だったから、血が残ったのね」

 

 加奈が、やれやれと言った風にヴァルキリアへ向かってアイテムを投げる。加奈が投げたアイテムはヴァルキリアが受け取った瞬間、光輝き、周囲の視界を潰す。

 

「ぐぅ....」

 

「今度は何だ」

 

 光が収まった後、血塗れだったヴァルキリアの服はまるで洗濯をした後かのようにきれいになり、服本来の色を取り戻していた。

 

「ありがとうございます。マスター」

 

「お礼はいいわ、それよりも行くわよ」

 

「はい」

 

 加奈が第五形態とヴァルキリアへ念じると、ヴァルキリアは光の粒となり、狙撃銃型大型ビット及びホルスタービット併せて計8機のビット群となり、周囲のアンデットへ襲い掛かる。

 

「レイ君、周囲の雑魚は任せて、貴方はなすべきことをなしなさい」

 

 メイズの放ったアンデットたちは、加奈の操るビットによって次々へと破壊されていく。しかし、破壊された端から修復が始まり、瞬く間に復活してしまう。

 

「なるほど、怨念か」

 

 アンデットたちを蘇らせているもの、の正体は怨念だった、先ほどメイズが【死屍操葬】を使って周囲へまき散らしたのは、この一年かけて集めた子供たちの怨念だったのだ。

 

『ですが、この程度の数、殺し切るのは容易いですね』

 

 ヴァルキリアの言う通り、どれだけ復活をしようが、動く前に殺してしまえば居ないも同然。加奈は周囲の怨念が無くなるまで殺し続ければいのだ。

 

「なぜ、なぜだ!?」

 

 加奈たちがアンデットを殺し続けることによって、メイズを守るものは何もなくなってしまった。これでは先ほどと何も変わらない。加奈が近くに居ないだけで、メイズの天敵であるレイはすぐ近くに居る。

 

 逃げられない、そう悟ったメイズは、懐からもう1つのアイテムを取り出した、黒色を湛えた水晶【怨霊のクリスタル】メイズが【死霊王】へと至るの条件であると同時に、【死霊術師】系統の術師にとっては最高峰の魔術媒体。

 

 先ほどの【死屍操葬】は【怨霊のクリスタル】を作った怨念のあまりで作ったものにすぎない。【怨霊のクリスタル】を開放すればこの窮地を脱することが出来る可能性があった。

 

【怨霊のクリスタル】を作るためにゴゥズメイズ山賊団を率い、子供を生贄にしても一年近くの時を要した。ゴゥズも、山賊団も滅んだ今、ここでこのアイテムを使ってしまえば、メイズは二度と【死霊王】へと至ることが出来ないかもしれない。

 

「死ねば……無為!」

 

 しかし、死ねばすべてが終わり。メイズは必至に思考を続ける。

 

 ここで死するくらいならば、これを使って我が命を繋ぐべきだ。そうでなければ掛けた時間も労力も全て無駄になる。生き延びて、どこかの街でまたやり直せばいい。時間も労力も、生贄とていくらでもある。

 生きていればやり直せる!そう、私はまだまだ死ぬわけにはいかない!こんなアクシデントで死んでたまるか!。

 

「貴様も、貴様も、貴様らもォォォオ!!」

 

 覚悟を決めたメイズは【怨霊のクリスタル】に魔力を充填しながら叫ぶ。

 

「貴様ら如きにくれてやる命など無いわァァァアアアアアア!!」

 

 そして、【怨霊のクリスタル】に充填された怨念の全てを破壊エネルギーへと換算し、砦とそこにいるにいるアンデットごと、敵を滅ぼす心算で禁呪を解放する。それは【大死霊】その最大最強の攻撃魔法スキル。

 

「《デッドリィミキサァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ》!!」

 

 すべての感情を乗せ自身が持つ最大威力の攻撃魔法を撃ち放つ。本来ならば、純竜すら即座に滅ぼす破壊の奔流。

 

「《カウンターアブソープション》」

 

 しかしメイズの攻撃は何も滅ぼすことなく、目の前の少年が展開した光の壁によって無力化された。

 

「あ、あ、えぇあ?」

 

 目の前で起こったことに理解が出来ず、メイズは驚愕し、足を踏み違えて、転倒する。

 

「ば、ばかなぁぁあぁあああ!?」

 

 そう叫びながらも、目の前に移動してくるレイから逃げようとメイズは立ち上がる。

 

「ひぃぃぃぃいい!?」

 

 立ち上がり逃げだそうと足を踏み出すが、その瞬間、銀を纏った黒の斧槍が私の馬の胴体を貫通し、メイズを大地へと縫い止めた。

 

「げはァァああ!?」

 

 そして身中を《銀光》に焼かれる痛みによってメイズは悶え苦しむ、大地に縫い付けられていることに加え、あまりの痛さに、メイズは身動きを取ることが出来ない。

 

「もう……逃げるな」

 

「ま、待て、もう逃げない、ニゲナイ!」

 

 迫りくるレイにどうしても、逃げられないことを理解したメイズは命乞いを始める。

 

「と、取引だ! 金だ! 金をやろう! まだまだ金は残っている! 七千万リルはある! 全部やる! 全部やるから見逃してくれ!」

 

「…………」

 

 メイズがおこなった最後の悪あがき、その姿を見たレイは立ち止まり、ゆっくりと右の掌を差し出す。

 

「く、ハハハ、待て待て。今アイテムボックスから取り出して……」

 

 レイが差し出した右手を見て命乞いが成功したと考えたメイズはアイテムボックスを探り始める。

 

「いや、命だけでいい」

 

「え?」

 

 メイズの返答を待たず銀色の光を纏った右拳がメイズの頭を打ち砕く。そして、頭部を失ったメイズの肉体は崩れ落ち、骸へと帰っていった。



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報復術式

「終わったようね」

 

 動いていたアンデットが再び動かなくなったのを見て加奈は武装を解除する。

 

「みたいですね」

 

 ビットの状態から戻ったヴァルキリアは周囲を見渡しながら加奈の問いに答える。周囲のアンデットは再び死体に戻っており、動き出す気配はない。レイの居る方を向けば、【大死霊】メイズが倒され、その体が朽ち始めていた。

 

「どうやら、アッチも問題なくこなしたようね」

 加奈もレイの方を向きながら呟く。しかし安心していた加奈は呟いた瞬間レイの身体は地面へと倒れ込むのを目撃する。

 

 瞬間、超音速で動いた加奈は倒れ込むレイが地面に着く前に抱きかかえるように支える。

 

「.....?」

 

 メイズとの戦闘が終わり急激に重くなった身体を支えきれず、地面に倒れ込むと思っていたレイは突如感じた柔らかな感触に驚く。

 

「大丈夫かしら?」

 

 無理やり動かない身体を動かして言葉をかけられた方をレイが見ると、そこには<ノズ森林>で出会った加奈が体を支えてくれているのが見える。

 

「あんたは<ノズ森林>の.....」

 

「あの時はごめんなさいね、守ると言ったのに守れなくて」

 

 まさかの第一声が謝罪だったことにレイは再び驚く。彼からすれば、死んだのは自分が未熟だったからで、加奈のせいだと思ってもいなかった。

 

「いや、別にあれはアンタが悪いわけじゃない。こっちは助けてもらってばかりだしな」

 

「そう....なら良かったわ」

 

 レイから送られた言葉に加奈は少しホッとする。それと同時に今回こそは守れて良かったと安堵感が胸の内にわいてくるのが分かった。

 

「謝罪が出来たようで良かったです」

 

『そちは、地下室で会った』

 

 加奈が安堵していると、遅れて近づいてきたヴァルキリアに未だ斧槍状態のネメシスが反応する。

 

「きちんと挨拶をするのは初めてですね」

 

 ヴァルキリアは両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げて右足を斜め後ろの内側に引き、左足の膝を曲げ、腰を曲げて頭を深々と下げる。

 

「私は加奈様の<エンブリオ>TYPE:メイデンwithワルキューレのヴァルキリアと申します以後お見知りおきを」

 

「同じメイデンなのにお前とはずいぶん違うんだな」

 

 カーテシーと呼ばれる挨拶を深々とするヴァルキリアを見てレイがネメシスへ小言を言う。

 

「余計な一言じゃマスター。それより状態異常は大丈夫かのう」

 

 人型に戻ったネメシスは動けない<マスター>の身体を心配する。それもそのはず、現在レイの身体は今いくつもの状態異常に蝕まれている。その中でも【死呪宣告】の隣にあるタイマーの表示はドンドンと減っており、既に300秒を切っている。

 

「……【解毒薬】の類は買い込んだけど、さすがにこんな状態異常は想定していない」

 

 レイのHPと【死呪宣告】の秒数はドンドンと減っている。このままではデスペナルティーになるのも時間の問題だろう。

 

「ええい! あの馬ゾンビめ! 余計な置き土産をしてくれおって!」

 

「……どうしよう」

 

 動けないレイの代わりにネメシスがアイテムボックスの中に何かないか探している。しかし、良いアイテムが無いようで、ネメシスはあたふたとしている。それに見かねた加奈が右足に付いたレッグポーチから薬瓶の中身【万能霊薬】(エリクサー)を取り出しレイの口元へと当てる。

 

 レイが薬瓶の中身を飲み干すと、彼にかかっていた状態異常。呪いの類が一切無くなり、HPとMP、SPまでもがほぼ回復する。

 

「これはいったい」

 

【万能霊薬】(エリクサー)と呼ばれる万能薬よ、大抵の状態異常や呪いは無効化するわ」

 

「いいのか?」

 

「わたしが持っていても無駄だもの」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

【万能霊薬】はその分、作成に知識と貴重な素材を要求する貴重なアイテムなのだが、回復アイテムを使えない加奈にとっては宝の持ち腐れだ。

 

「そういえば、<マシンギア>を見なかったか?」

 

「同じクエストを受けた仲間が乗っていたじゃが」

 

 もしかしてデスペナルティを喰らってしまったのかとレイとネメシスは心配したが、加奈の言葉で安心する。

 

「あぁ、彼?彼女?まあ、どっちでもいいわ。<マシンギア>なら馬車に乗っていた子供たちと一緒に逃がしたわ、もしかしたら戻ってきてるかも....」

 

 加奈がそこまで言いかけると、遠くから機械音が聞こえてくるのが分かる。先ほどまで聞いていた<マシンギア>の駆動音だ。その音は少しずつ大きくなり、近づいて来ているのが分かる。

 

「やあ、2人とも大丈夫そうだね」

 

 半壊した<マシンギア>に乗って現れたのは格好つけたような若い男。

 

「ユーゴー無事だったか!?」

 

「やっほーわたしもいるよ」

 

 ユーゴーと呼ばれた青年に続いて、<マシンギア>のコックピットから白い髪、白い頬、白い帽子加えて白いフェルト製のロングコートと白いマフラーを着込んでいる。小さな少女が現れる。

 

「キューコおぬしも無事じゃったか」

 

「いぇす、ぶじだよー」

 

 ネメシスとキューコと呼ばれた少女は再会を喜ぶように、会話を楽しんでいる。加奈とヴァルキリアは完全に蚊帳の外だ。

 

「レイ君?下の子供たちを助けなくてもいいのかしら?」

 

「そうだった」

 

 加奈に指摘されたレイは慌てながら地下に捕らわれている子供たちのことをユーゴーたちに話した。

 

「ここは私とヴァルが見張るから貴方たちは子供たちを助けてあげて」

 

「わかった、ここは任せる」

 

 加奈とヴァルキリアを残し4人は地下へと入っていく。

 

 ユーゴーの<マシンギア>は洞窟の入り口に鎮座している。加奈が見張っているので、ユーゴーも収納せずに地下へと向かってしまった。

 

「これがあると邪魔なんだけど....」

 

「まあいいではないですか、もう死にかけですし」

 

 2人はそう言いながらメイズの死体に向けて視線を送っている。

 

「無駄よ、気配でわかるわ」

 

「......なぜ、なぜ分った!?」

 

 死体となったメイズの懐から小さな不定形の身体をした物体が出てくる。その体は生きているのがやっとの状態で、戦闘を行うことは出来ないだろう。

 

「流石、【超級職】に王手をかける人物はいろんな奥の手を持ってるのね」

 

「遊び半分で生きている<マスター>如きがぁぁ!!」

 

 メイズは怒りを前面にだし叫ぶ。しかし、不定形の身体は叫びに合わせて揺れるだけで何もできない。

 

「こんな...ところで.....こんなところで終わってたまるか!!」

 

 メイズは叫びながら自身が持っていた正方体の黒い箱状のアイテムボックスを壊す。

 

「何を!?」

 

『起動』

 

 メイズは、卵の様な物体を掴むと高く上げる。卵の色は赤黒く、表面に一箇所だけ“瞼”が付いていた。

 

「ここで無様に死ぬくらいならお前たちも道連れだァ!!」

 

 メイズの言葉に呼応するように卵も無機質な音声を発する。

 

『アイテムボックスの破損を確認』

 

『所有者:【大死霊】メイズの魔力波動サーチ』

 

『……………………反応なし』

 

 この姿になったメイズは、メイズであってメイズではない。彼はレイによって殺されたのだ。ここにいる不定形の物体は無論、メイズの魔力波動を発する事も無い。

 

『【大死霊】メイズの消滅を確認』

 

『敵対者による強奪行為と推定』

 

 その為、メイズが行った行動は強奪行為と判断される。そして、その判断は彼が組んだ術式が発動する条件をすべて満たす。

 

『報復術式──《グラッジ・アンデッド・クリエイション》』

 

 音声の後、卵はメイズを触れていた部分から吸い込み始めた。まるで排水溝に汚水が流れていくように、小さなメイズだった物体は小さな卵へと入っていく。

 

「マスター!」

 

 卵の異常性に気づいた2人は、すぐさま後ろへと下がる。 直後、卵から血管に似た管が噴出しあたりに撒き散らされている死体を次々吸い込んでいく。

 

「なッ」

 

 周囲にある死体を手当たり次第に吸収しながら卵は少しずつ大きくなってく。周囲の死体を吸収し終えた卵はまだ足りないのか管を加奈たちの方へと伸ばしてくる。

 

「ヴァル!第二形態《ヴェルダンディ》!!」

 

 加奈に命ぜられたヴァルキリアは身体を2丁の大型拳銃へと変える。ヴァルキリアを握った加奈は迫りくる管に触れないよう丁寧に撃ち落としていく。

 

 1時間...2時間....どれほどの時間が経ったのだろう。真上で輝いていた太陽が傾き初めた頃、卵型の怪物は加奈を諦め、ゆっくりとその姿を変える。 牛の頭、人馬のシルエット無数の死体を継ぎ接ぎしたかのような醜悪な見た目。ユーゴが置いていった<マシンギア>を優に超す大きさ。

 

 頭上に【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】と名前が付けられたその化け物は加奈に引きつけられ移動していた砦の入り口から洞窟の方へゆっくりと移動を始める。

 

「レイ君たちを狙ってるのね」

 

『まずいですね、洞窟の入り口で待たれたら子供たちごと薙ぎ払われてしまいます』

 

 たとえ<超級>の<マスター>であっても洞窟という狭い空間で子供たちを守りながら戦えば、勝つことは出来ないだろう。ましてレイは始めたばかりの初心者だ。出待ちに対処するのは不可能だろう。

 

「そのための私たちよ。ヴァル、第六形態《ラーズグリード》」

 

 加奈が命令した通りヴァルキリアは2丁の大型拳銃から、12機のホルスタービットへと姿を変える。ホルスタービットからは小型のピストルビットが射出され、【ゴゥズメイズ】へと攻撃を開始する。

 

「.....異常なほど回復力が高いのね」

 

『しかし、気を引く事は出来たようです』

 

 加奈の繰り出す攻撃では異常な再生速度をもつ【ゴゥズメイズ】へダメージを与えることが出来ない。攻撃によりできた傷は次々へとふさがり、ダメージを受けている様子もない。しかしヴァルキリアの言う通り【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】の気を引く事には成功しており、洞窟の入り口から中庭の中央へと誘導する事ができている。

 

「《聖別の銀光》が無いとアンデット相手には分が悪いわね」

 

『しかし、かと言って全力戦闘をして洞窟の入り口を崩してしまえば元も子もありませんよ』

 

 第七形態《ブリュンヒルデ》で全力戦闘を行えば、【ゴゥズメイズ】を簡単に倒す事もできるだろう。しかし、同時に辺り一帯にも多大なダメージが出てしまう。必然的にレイや子供たちを巻き込んでしまうだろう。

 

「しかも<マシンギア>を守りながらなのが辛いわ、ただでさえ苦手な状態異常系なのに」

 

 馬車のような乗り物は先ほどの子供たちを逃がす為に使ってしまっているし、その他、使えそうなものはゴゥズと加奈が戦闘した際の余波で壊れてしまっている。

 

『しかたありません、子供たちを逃がすにはアレに乗せるしかないでしょう』

 

 ヴァルキリアの言う通り、子供たちを逃がすには<マシンギア>に乗せて離脱させるしか方法が無いだろう。そもそも檻に閉じ込められていた子供たちは自力で歩けるかすら怪しい。衰弱してしまっている可能性も十分にある。だからこそ加奈たちは【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】に<マシンギア>を壊させるわけにはいかなかった。

 

「勿論守り切るわよ」

 

『はい』

 

 

 



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【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】

【ゴゥズメイズ】を中心に円を描くようにピストルビットとホルスタービットが浮遊している。ピストルビットとシールドビットは交互に射撃を繰り返し、【ゴゥズメイズ】をその場に釘付けにしている。

 

 鬱陶しい攻撃に【ゴゥズメイズ】は迫りくるビットを払うように両腕を振り回し、ビット目掛けて突進を繰り返し暴れているが、2人が操作ビットは【ゴゥズメイズ】に当たることなく攻撃を加え続ける。

 

『《ラーズグリード》では攻撃力が足りませんね、全力で攻撃してやっと抑え込むことが出来ます』

 

 洞窟の入り口からは多少引きはがしたが攻撃力と魔弾が持つ衝撃力が少ない《ラーズグリード》では絶え間ない攻撃を続け、体を削り続けなければ、【ゴゥズメイズ】をその場に抑え込むことが出来ない。

 

 少しでも気を抜けば【ゴゥズメイズ】は洞窟の方へと戻っていってしまう。おそらく洞窟から発せられる強い怨念に引かれているのだと加奈は考えているが洞窟に近づかれればレイたちが出てきた瞬間に【ゴゥズメイズ】と鉢合わせてしまう。それだけは避けなければと攻撃を続けているが。

 

「やっぱり、回復が速すぎるわね」

 

【ゴゥズメイズ】は攻撃を食らった端から即座に回復をしている。加奈の行っている攻撃は【ゴゥズメイズ】の気を引きその場に抑えつけているだけで、【ゴゥズメイズ】に一切ダメージを与えられていない。

 

『おそらく、この砦に満ちている怨念を吸収しているからだと思います』

 

 ヴァルキリアの言う通り、【ゴゥズメイズ】の身体には常に黒い靄がかかっていて、攻撃を食らうたびに靄が身体に吸収されていくのが見える。

 

「《レギンレイヴ》なら押し切れるかしら?」

 

 第五形態《レギンレイヴ》、《ラーズグリード》とは違い4機の狙撃銃型大型ビットとそれに付随するホルスタービットからなる武装だ、攻撃力と衝撃力に優れている。ピストルビットと比べて連射性が低く、多数の相手には弱いが、少数の強敵相手ならば、ピストルビットよりも優れている。

 

『しかし、4機のホルスタービットでは【ゴゥズメイズ】が新たな攻撃をした際に対処できませんよ』

 

 現在は【ゴゥズメイズ】が理性的な攻撃を一切せず、ただ暴れまわっているから対処できているが、これに他の要因が加わればどうなるかは分からなかった。

 

「どちらにせよ、攻撃に回しているホルスタービットを防御に回した途端、奴を抑える事は難しくなるわ、だったら魔力消費も少ない《レギンレイヴ》でレイ君たちが出てくるまで耐えましょう」

 

『かしこまりました《レギンレイヴ》に装備を変更します』

 

 瞬間、【ゴゥズメイズ】を攻撃していたビットはすべて加奈の元へと戻り、光の粒となって一度消えると狙撃銃型のライフルビットへ変わり再び現れる。

 

「いくわよ!」

 

 1機のライフルビットを両手で保持した加奈は残る7機のビットへ指示を出す。

 

「ホルスターの方は任せたわ」

 

『かしこまりました』

 

 3機のライフルビットは加奈が4機のホルスタービットはヴァルキリアが操作する。

 

 ライフルビットから放たれる攻撃は強力で、照射型の魔弾がビームの様に放たれている。魔弾は【ゴゥズメイズ】の身体を抉り、深い傷を負わせていく。それに連動する様にヴァルキリアが操るホルスタービットも魔弾を放っていく。ライフルビットと比べれば攻撃力は劣るが、【ゴゥズメイズ】の繰り出す攻撃をホルスタービットが受けることで、【ゴゥズメイズ】の動きを制限していた。

 

 ライフルビット用のホルスターはピストルビットのものより防御力に優れ、現在では攻撃力に優れた<超級職>の攻撃を防御する事もできる。しかし代償として、食らった攻撃の威力に比例してMPが消費されてしまう。

 

「これでも削り切るのは無理なようね」

 

 加奈たちの攻撃は、先ほどと比べれば効果があるものの、それに比例するように【ゴゥズメイズ】の回復力も上がっていく。

 

「クッ!」

 

 更に、先ほどまで暴れまわっているだけだった【ゴゥズメイズ】は突如全身から触手のようなものを出すと、<マシンギア>及び加奈へと攻撃を開始した。

 

『マスター!』

 

「私はいいから<マシンギア>を守って、あれがないと後が辛くなるわよ」

 

 ヴァルキリアは何も言わず操るホルスタービットを使い、加奈の命令通りに<マシンギア>を守る。

 

 触手の攻撃は一撃一撃が強力ではなかったが、何十本もの触手が同時に襲い掛かってくるため、ヴァルキリアは<マシンギア>の防衛で手いっぱいになる。

 

 加奈は迫りくる触手を躱しながら自らが手に持つライフルと操っている3機のビットで【ゴゥズメイズ】に攻撃を加え続けた。

 

 どれくらいの時間が経ったのか、日は沈み始め辺りが暗くなり始める頃まで、加奈たちと【ゴゥズメイズ】の戦闘は続いていた。

 

『....マスターそろそろ魔力が』

 

「最悪の場合【エーテリア】を使いましょう」

 

 今日1日戦闘をしながらも半分程度まで回復していた加奈のMPは残り一割を切っていた。この状態から今の【ゴゥズメイズ】に勝つのは加奈でも不可能だ。

 

「接近戦を出来ないのが辛いわ、あと状態異常」

 

 加奈は迫りくる触手を後方に下がることで回避する同時にビットで触手を焼き払い【ゴゥズメイズ】の手数を減らす。しかし焼き払って尚も100を超える触手は勢いを止めることなく加奈へと殺到している。

 

『GUSDSDCAASWGBASAA!!』

 

 叫びながら【ゴゥズメイズ】が放った触手は加奈を囲むように接近する。更に加奈の逃げる方向からは【ゴゥズメイズ】が生み出したアンデットが迫って来ており、挟まれた加奈はすれ違いざまに多少のダメージを追ってしまう。

 

「クッ!」

 

『マスター』

 

 幸いダメージ自体は大したことのなく自然回復で治ってしまう様なものだったが、ダメージを負ったことに加奈は衝撃を受けた。今回の戦闘が始まって加奈がダメージを負ったのはこれが初めてだったからだ。

 

「これ以上時間をかけると古代伝説級まで進化しそうな感じね」

 

 加奈と【ゴゥズメイズ】の戦力差は圧倒的だ。たとえ相性が悪く、復帰したばかりで最大のパフォーマンスを発揮できていないとしても、本来、神話級まで至っていない<UBM>では加奈と勝負にならない。しかし、守るべきものがあり、全力で戦えない加奈は四方八方から迫りくる攻撃に対応することが出来なかった。

 

『こちらの行動パターンを学習してますね』

 

「...そうみたいね、最初はバラバラだった意識も徐々に1つへと収束され始めている」

 

 触手を使い始めた頃から【ゴゥズメイズ】は少しずつ変化を始めた。状態異常を引き起こす魔法や、角を用いた突進、更に自身の身体を分離しアンデットの文体を放つなどの多彩な攻撃。さらに先ほどの様に罠に追い込んだり、<マシンギア>を攻撃することでこちらの意識を割いたりなど、理性の感じる行動をいくつも取っている。

 

『GEEEHAAAAAASAGAA!!』

 

 長時間加奈の攻撃を受け続けた【ゴゥズメイズ】はこの砦どころか周囲からも怨念を集め始め、吸い寄せられたモンスターすら吸収しようとした。現在も雄たけびを上げながら周囲から怨念を巻き上げている。

 

『最初に戦っていた時よりも明らかに強くなっています。そろそろ本気を出さなければこちらが負けるかもしれませんよ』

 

「.....」

 

 ヴァルキリアの言葉に加奈は何も言い返すことが出来なかった。なぜならそれは加奈も薄々感じていたことだからだ。時間が経つにつれて強くなる【ゴゥズメイズ】。急激な成長を遂げる奴相手では、先ほどダメージを受けたように、この後の戦闘ではより大きなダメージを負うことになるだろう。

 

【ゴゥズメイズ】との戦闘の余波で加奈は洞窟と正反対の方へと飛ばされている。この距離ではレイたちを守れないと考えた加奈は迷うことなく【エーテリア】を発動させMPを回復させる。

 

「ヴァル、《ブリュンヒルデ》に装備を変更、奴を倒すわよ」

 

『かしこまりました《ブリュンヒルデ》に装備を変更します』

 

 少しずつ強くなっていく【ゴゥズメイズ】を相手に子供たちの安全を考えると、今のうちに体力を削っておくべきと考えた加奈は保身を捨てて地形に影響が出ない範囲の全力で攻撃を開始する。

 

【ゴゥズメイズ】の周囲を舞っていたビットたちは加奈の元へと戻り光の粒となる。そして次の瞬間現れたのは計72機にもなるビット群。24機のピストルビット並びに12機のライフルビット、それぞれのホルスタービットからなるその群れは、現れた瞬間から【ゴゥズメイズ】へ容赦のない攻撃を開始する。

 

『YEEGGAAAAXASAAAFFAAAAAA!?』

 

 これまでの戦闘で少しずつ耐久力も上げてきていた【ゴゥズメイズ】だったが、ビットたちはそんなことお構いなし【ゴゥズメイズ】の身体を貫いていく。

 

「クッソ、倒しきれない」

 

 周囲に影響が出ないように威力を絞っているせいで【ゴゥズメイズ】を倒し切ることが出来ない。通常なら細切れになるような攻撃を受けても、受けた先から次々と再生していく。それでも加奈が優勢なことに違いは無く。【ゴゥズメイズ】の身体はし少しずつボロボロになっていく。

 

 このままいけば押し切れるというところで洞窟の出口から子供の叫び声が聞こえた。加奈が目を向けると、洞窟を上がってきていたレイたちが子供を引き連れて丁度出てくるところだった。

 

『GUSDSDCAASWGBASAA!!』

 

 声にならないほどの絶叫を上げながら【ゴゥズメイズ】は触手をレイたちの方へと向ける。加奈に身体を撃ち抜かれることなど気にも留めず、恐怖という負の感情を露わにする子供に狙いを付ける。

 

「....間に合わない」

 

 空中に浮く無数のビットが子供たちに向かう触手を迎撃するが、数が多すぎて全てを迎撃することが出来ない。

 

「うぁぁぁ、こわいよ!」

 

「おかぁさぁん、おとぉさぁん……」

 

 ビットの迎撃もむなしく10本程の触手がレイたちの前へと到達する。

 

「ユーゴー子供たちを頼む」

 

 ユーゴーに子供たちを任せ、レイは触手の迎撃にあたるが、大振りな武器を持つレイでは触手すべてを抑える事は出来ずに、2本程通過を許してしまった。

 

「やらせるかよ!!」

 

 通過した触手を迎撃しようとしたレイだったが、次々と迫りくる触手に対応を迫られ、触手を取り逃してしまう。

 

「クッ」

 

『マスター』

 

 子供たちに迫る触手を見て加奈は走る。ビットによる触手の迎撃は行ったまま、自身に迫る触手への対応はすべてを無視してただ走る。少しずつHPが減っているがそれすら気にも留めずただ走る。

 

 泣き叫ぶ子どもたちに触手が到達する寸前、間に合った加奈が間へと入る。1本の触手は素手で迎撃するが、もう1本の触手は加奈の脇腹を貫き大きなダメージを与える。

 

「....<マシンギア>は動けるわ、子供たちを乗せて早く逃げなさい!」

 

「すまない!恩に着る」

 

 脇腹を貫いた触手を抜きながら加奈はユーゴーへと叫ぶ。声を出すたびに貫かれた脇腹が痛むが今はそれを気にしている余裕すらない。HPは3割程度、まだ動くことは出来る。

 

【ゴゥズメイズ】の周囲に展開していたビット群も今は加奈の周囲へ展開し、迫りくる触手の迎撃を行っていた。

 

 残念ながら先ほど削った【ゴゥズメイズ】のHPは既に全快近くまで回復されているが、子供たちを助ける為だと加奈は割り切る。

 

『マスター無理はしないでください』

 

「大丈夫よこれくらい。それより気を抜かないでよね」

 

 子供たちさえ居なくなれば加奈は全力全開で戦闘ができる。

 

<マシンギア>の方向を見ればユーゴーが子供たちを両手に乗せて出発しようとしていた。子供たちとの距離が離れた今、【ゴゥズメイズ】は再びビットによる攻撃で釘付けにされている。

 

 迫りくる触手もすべて撃ち落とし、わずかに撃ち漏らしがあってもレイが<マシンギア>の近くで迎撃をしている為、子供たちに被害はでない。

 

 釘付けにされていると言っても全く動きのない【ゴゥズメイズ】に加奈は違和感を覚える。よく観察をすると額に先ほどまでなかった第三の目が現れているのが分かる。まるで宝石のような、しかし輝きのない石。

 

「もしかしてコアかしら?」

 

 今までの戦闘でどれだけ身体を破壊しても決して現れなかった【ゴゥズメイズ】のコアと思わしき物体。

 

『しかし、何故今更?』

 

 ヴァルキリアの疑問に加奈は嫌な予感がした。攻撃に晒されている今わざわざ危険を冒してコアを出現させるわけが分からない。

 

 残念ながら加奈の予感は的中し、次の瞬間には【ゴゥズメイズ】の額では莫大なエネルギーが渦巻き始める。

 

《デッドリーミキサー》先ほどレイに放ったものと同じ大魔法。

 

【《DEDDDDDDDRYYYYYYYYYMIXIIIIIIISAAAAAAAAAAAAAAAA》!!!】

 

 怨念を破壊力へと変換する大魔法は即座に<マシンギア>へと放たれた。

 

「なっ!!」

 

 自身に放たれると思っていた加奈は一瞬反応が遅れる。

 

 加奈の指示で集まったホルスタービットは組み合わさり3枚の壁となり<マシンギア>を守るように立ちはだかる。すぐさま1枚目の壁に《デッドリーミキサー》が金属が削れるような音を出しながらぶつかる。

 

 ホルスタービットで形成された壁は《デッドリーミキサー》を耐えきるかのように見えたが怨念の塊とも呼べる【ゴゥズメイズ】から放たれた《デッドリーミキサー》は非常に強力で、容易に1一枚目の壁を弾き飛ばす。

 

「早く行きなさい」

 

 迫りくる攻撃に呆然としていたユーゴーだったが、加奈の一言で我に返り<マシンギア>を走らせる。

 

 続く2枚目の壁に《デッドリーミキサー》が衝突すると、少しだけ勢いを削ったが、1枚目と同じように吹き飛ばされる。

 

「レイ君あなたも逃げなさい」

 

「俺にも何かできるはずだ」

 

 覚悟の決まったレイの瞳を見た加奈は満足そうに頷く

 

「なら、少し下がりなさい」

 

 レイは加奈に言われた通り少し下がった場所で大剣を構える。いざというときに《カウンターアブソープション》を放てるように。

 

 加奈は3枚目が突破された際に《デッドリーミキサー》を無力化するため<マシンギア>があった場所で動けるビットを集結させ、ホルスタービットと同じように組み合わせる。2つの円の様になったビットは円の中心が一直線上になるように重なり互いに別方向へ回転を始める。

 

 ゆっくりと回転を始めたビットは徐々に加速を始め、時間が経つとともに円の中心でエネルギーが収束していく。

 

 3枚目の壁が《デッドリーミキサー》に接触し、わずかに勢いを削るが、数秒時間を稼いで、弾き飛ばされる。

 

「まだチャージが足らないけど」

 

 ヴァルキリアから知らされるエネルギーのチャージ率は10%、しかし既に3枚目の壁が破壊され《デッドリーミキサー》が目前まで迫って来ていた。

 

「しょうがないわね」

 

 迫りくる《デッドリーミキサー》に合わせて、加奈もチャージしていたエネルギーを放つ。圧縮され球体状になったエネルギーは《デッドリーミキサー》と衝突し辺りを白い光で塗りつぶした。



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勝利

 眩い閃光は一瞬で消え去り数秒で加奈たちの視界が晴れる。

 

『GIIINNNNNNASAAASASAAAASADWDWDAAQA!!!!!』

 

 晴れた視界の先では【ゴゥズメイズ】が2発目の《デッドリーミキサー》を放とうとしている。加奈が周囲に目を向けると強い光に当てられたレイは軽く意識を失っているようだ。

 

『このままでは共倒れですね』

 

 既に《デッドリーミキサー》が放たれるまで、あと数秒しかない。加奈一人であれば逃げることもできたが、レイを連れて逃げれば2人とも《デッドリーミキサー》に飲み込まれるだろう。

 

「でも彼を見捨てることは出来ない」

 

 固い決意と共に加奈はハッキリと呟く。1度ならぬ2度までも守ると誓った人物を殺させる訳にはいかない。

 

『そうですね』

 

 ヴァルキリアは少し笑いながら加奈に同意した。

 

「行くわよ!」

 

『ハイ!』

 

 もう一度ビットを集めてエネルギーを収束させる時間は無い。ならば

 

「第三形態《スクルド》」

 

 空中で待機していたビットは光となり加奈の手元で大型の狙撃銃へ変わる。否狙撃銃と呼ぶにはあまりにも大きすぎたそれは銃というよりは砲と呼ぶのが正しいほど巨大だった。

 

 加奈の身体と一体となり地面へ固定された砲身は真っ直ぐ【ゴゥズメイズ】へと向けられている。

 

「【エーテリア】の魔力を炉心に流し込みなさい」

 

『分りました』

 

【十束指輪 エーテリア】の残りはあと3つ。使用した【エーテリア】の魔力は《スクルド》へと吸収される。

 

『魔力充填中』

 

《スクルド》の準備が整う前に《デッドリーミキサー》が発射される。

 

 迫りくる破壊の奔流に少し遅れて、《スクルド》が発射された。照射型の魔弾が放たれ《デッドリーミキサー》と衝突する。しかし魔力の充填が十分ではない砲撃は《デッドリーミキサー》に押し返される。

 

「こんなところで終われないのよ!!」

 

 照射が続いていく砲身へ加奈は魔力を湯水のごとく流し込む。《スクルド》の砲身は真っ赤に焼ける。それでも射撃は止まらない。

 

 砲撃は《デッドリーミキサー》とせめぎ合い再び大きな爆発を起こし、身動きのとれない加奈の身体を焼き払う。

 

「ぐぁぁぁ!!」

 

 爆発の熱風に焼かれ《スクルド》が解除される。固定されていた加奈の身体は自由になった途端、吹き飛ばされて地面に転がった。

 

「マスター!!」

 

 地面を何回も転がり、地面にぐったりと倒れている加奈に、武器化が解除されたヴァルキリアが急いで寄り添う。加奈のHPは1割を切っているが彼女の体を回復させる手段は存在しない。

 

「....私はまだ.....大丈夫よ」

 

 途切れ途切れの言葉を吐きながら満身創痍の加奈は身体を引きずって立ち上がる。全身に【熱傷】と軽度の【出血】更に右腕及び左足の【骨折】とても動ける状態ではない加奈だが、それでも吠える。

 

「...これくらいの怪我は....どうってこと...ないわ....さあ...戦うわよ」

 

【ゴゥズメイズ】にも先ほどの爆発で受けたダメージが見られるが、既に再生が始まっている。それに比べ加奈は状態異常が邪魔して再生が始まらない。むしろ、残り少ないHPが減らないだけでも加奈にしてみればありがたかった。

 

「おぬしたちはまだ戦うのか?」

 

 ボロボロになった加奈を見て武器化と解きレイを呼び掛けていたネメシスが話しかける。

 

「勿論よ、レイ君を助けるだけじゃない。あの化け物を放って置いたら街にも被害が出るわ」

 

「私はマスターが戦うのならばどこまででもお供します」

 

 2人は意気揚々と答える。その勇ましい姿に重症であることすら忘れそうになる。

 

『何故、そこまで戦うのじゃ?』

 

 ネメシスは純粋に疑問だった。既にHPは一割を切り、身体中が怪我だらけ常人では戦うなどと思わない程の状態だ。それなのに彼女たちはなぜ戦えるのかネメシスはそれが知りたかった。

 

「....現実はままならないことが多いわ。救いたいものは救えず、大切な仲間があっけなく死に、守った人達からは石を投げられる」

 

 語りながら加奈の脳裏には昨日のことかの様に過去の記憶が流れてくる

 

「どれだけ訓練を積もうと、体を改造しようと、どれだけ願おうと英雄にはなれない」

 

 それは後悔の記憶、救えなかった、救いたかった人々の記憶。

 

 夢半ばで散っていった仲間たちの記憶。

 

 そして両親の記憶。

 

「だからこそ私は<Infinite Dendrogram>(この世界)でだけは守りたい者を守る英雄になるって決めたのよ」

 

 そう語る加奈の表情には確固たる意志があった。

 

 身体は満身創痍だ。骨も折れ出血が止まる気配もない。身体は重く片腕と片足が動かない、身体全体に走った火傷はズキズキ痛む。MPも残り少なく頼みの綱である【エーテリア】すらあと3回しか使うことが出来ない。

 

【ゴゥズメイズ】の戦闘力は逸話級のそれではない。多くの敵と戦ってきた加奈には【ゴゥズメイズ】が古代伝説級の力を持っているであろうことが理解できる。それに加えて相性も最悪だ。今の状態で戦えば負けるであろうことは明白だった。

 

 しかし、そんなことは関係ない。ここで倒さなければ街が焼かれる。奴に更なる怨念が集まればだれにも止めることの出来ない化け物にだってなりうる。

 

「だから、私はもう行くわ、幸い怨念の量も減ってきている今なら殺し切れるかもしれない」

 

 自身は無い。負ける可能性の方が高いだろう。しかし最悪の場合、必殺スキルを使って【ゴゥズメイズ】を道ずれにすることはできる。

 

 死ぬのは嫌だ。加奈はなるべくならば死にたくなかった。それもログインしてデスペナルティーが終わったばっかりだ。しかし、背に腹は代えられない。ここで【ゴゥズメイズ】を倒すしかない。

 

「レイ君が起きたら逃げるように伝えて頂戴。それじゃあね」

 

 加奈はレイを置きざりにして【ゴゥズメイズ】との戦闘に向かう。ヴァルキリアは加奈の呼びかけに答え《ブリュンヒルデ》へと変形し、攻撃を開始する

 

『のぉ、マスター聞いておったか?』

 

 今にも消えそうなか細い声でネメシスはレイへと呼びかける。

 

「あぁ」

 

 ネメシスの声を聴いたレイはゆっくりと上半身を起こしながら呼びかけに答える。

 

 レイの瞳にはボロボロになりながらも必死に戦う加奈の姿が映っている。こうして戦っている今も加奈はレイの方へ攻撃が届かないように立ち回っている。

 

「最初から俺たちの事なんか気にせずに戦えば簡単に勝てたんだろうな」

 

 加奈を見てレイの中に湧き上がる感情。それは恐怖、圧倒的な強者たちの戦いをまじまじと見せられたレイはかつてないほどの恐怖を感じていた。

 

『それで、どうするかのぅ? マスター』

 

 ネメシスからの問いかけにレイは震える拳を握り締める。奴は俺が倒すべき相手だ。メイズから生まれたあの化け物は俺の手で決着をつけるべきなのだ。

 

 しかしここで俺が行くのは正解なのだろうか。俺は【ゴゥズメイズ】に勝てるのだろうか。加奈の戦いの邪魔にならないだろうか、そんな疑念がレイの中を駆け抜ける。

 

「....全力の...可能性の掴み方か」

 

 レイの不意に口からそんな言葉がもれる。この言葉を言ったのは確か兄貴だったか...

 

「可能性はいつだって、お前の意思と共にある。

 

 極僅かな、ゼロが幾つも並んだ小数点の彼方であろうと……可能性は必ずあるんだよ。

 

 可能性がないってのは、望む未来を掴むことを諦めちまうことさ。

 

 お前の意思が諦めず、未来を望んで選択する限り、たとえ小数点の彼方でも可能性は消えない。

 

 それはレイ(自分)自分(レイ)たらしめている原点。その言葉は今でも俺の芯に、たしかに残っている。

 

「行こうネメシス」

 

 勝てるから戦うんじゃない。勝てないから恐ろしいからこそ挑むのだ。

 

『そうじゃな』

 

 2人は決戦の場所へと歩き出す。2人の瞳には恐怖などはなく。固い決意の色が輝いていた。

 

 ☆☆

 

 ヴァルキリアは視界の端でレイとネメシスを捉える。2人の瞳に迷いはなく、戦う気持ちは十分のようだ。

 

『マスター彼らは来たようですよ』

 

「そう」

 

【ゴゥズメイズ】と戦い傷つきながら2人の姿を確認した加奈は頬を緩ませる。と同時にレイへの期待の高まりを感じた。

 

 (レイ)は思った通り強い子だった。<ノズ森林>で出会った時に感じたように。メイデンの<マスター>でありながら彼は自らの力で理不尽に抗うことの出来る人間なのだと。ならば見てみたい。彼がこの世界でどんな選択をし、どのように生きていいくのか。私とは違う彼は一体どんな世界を見るのだろうか。

 

「この戦い負けられなくなったわね」

 

『そうですね』

 

 頬を緩ませ笑う加奈の表情を見てヴァルキリアは加奈の考えていることを察した。多くの時間を共に過ごしたからこそマスターが何を考えているか理解できる。ならばこそ負けるわけにはいかないだろう。ヴァルキリアの操るビットは【ゴゥズメイズ】の攻撃を完璧に捌く。触手の一本たりとも加奈へ触れることはかなわない。

 

「俺たちも戦う」

 

 レイとネメシスはすぐに戦闘に参加し、迫りくる触手を撃退している。加奈が攻撃した時と違い《聖別の銀光》を纏ったネメシスは確実に触手を破壊する。【ゴゥズメイズ】も負けじと、破壊された部位を切り捨て再生をさせているが、《銀光》に侵された部位は他よりも再生が遅い。

 

「レイ君、大ダメージを与えられる攻撃はあるかい?」

 

『マスター《復讐するは我にあり》が使えるぞ』

 

「....それならたぶん行ける」

 

 ネメシスは現在メイズに使った《カウンター・アブソープション》で溜まったダメージを【ゴゥズメイズ】へ放つことが出来るようになっていた。洞窟の中で違和感を感じていたネメシスだったが、それは加奈との戦闘で【ゴゥズメイズ】の主人格が変更されていたせいだった。

 

 しかし、加奈との戦闘で、メイズの怨念が主軸となり怨念を最適化したせいで、【ゴゥズメイズ】は【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】でもありメイズでもある状態になっていた。

 

 その為《カウンター・アブソープション》で蓄積されたダメージを【ゴゥズメイズ】へ返すことが可能となっていた。

 

「《カウンター・アブソープション》は何回使えるかしら」

 

『ストックはあと1じゃ』

 

「上等。レイ君はそのまま触手を迎撃しつつ《カウンター・アブソープション》を使えるように準備して。そのあと続けて《復讐するは我にあり》を【ゴゥズメイズ】へ放って、タイミングはこちらで指示するわ」

 

 加奈が「OK?」と聞くとレイは首を縦に振る。加奈が何故《カウンター・アブソープション》のことを知っているのか等聞きたいことはあったが、今はその時ではないと抑える。

 

「それじゃあ行くわよ」

 

 加奈は《ニーベルンゲンの歌》を発動させると同時に走り出す。《ニーベルンゲンの歌》の効果で速度が加奈と同等になった、ビットは【ゴゥズメイズ】を翻弄するように攻撃を加える。

 

 ビットが【ゴゥズメイズ】を翻弄するなか超音速で走る加奈に8機のライフルビットが追走する。ビットは4機ずつ合体し、先ほどの様に円状になっている。加奈に追走しながら自身を高速で回転させ、エネルギーを収束させる。

 

 AGIが上昇したことにより、回転速度が増し、エネルギーの収束効率も上昇する。10%..20%..40.60..80..結合したビットの数が少ない事もあり、容量の少ないチャンバーにはすぐにエネルギーが溜まり、収束率は100%になる。

 

「行くわよレイ君!」

 

 レイと【ゴゥズメイズ】直線上に並ぶように陣取った加奈は、収束していたエネルギーを即座に【ゴゥズメイズ】へ放つ。

 

「食らいなさい!」

 

 球体状になった魔弾は徐々に速度を増しながら【ゴゥズメイズ】へと進んでいく。

 

『BOUSYUSSADASAAAAA!!!』

 

 自身に向かってくるエネルギーに気づいた【ゴゥズメイズ】は即座に《デッドリーミキサー》を放つ。加奈に負わされた傷も回復しきっていなかったが、迫りくるエネルギーにすべてのエネルギーをぶつける。

 

 再び大きな爆発が起き、白い光が辺りを包む。

 

「後は任せるわ」

 

 加奈は倒れ込む

 

「あぁ、任された」

 

 加奈に庇われたレイは、構えた黒大剣を【ゴゥズメイズ】へ向ける。

 

【ゴゥズメイズ】は先ほどと同じように二度目の《デッドリーミキサー》を放つ先ほど相手を追いこんだ戦術。<UBM>となっても所詮はアンデット、複数の怨念を吸収し続けた【ゴゥズメイズ】に明確な意思などもはや存在しない。メイズを主軸として組み上がった人格もすでに無数の怨念に飲み込まれ、平均化されたその意思はすでに形骸化している。

 

 だからこそ、実績のある手段にこだわる。既に戦術と呼べるものを考える頭もない。あるのはただ、怨念だけだ。

 

「《カウンター・アブソープション》」

 

 迫りくる怨念の奔流は光の壁によって阻まれる。

 

 何かがマズイ。そう感じた【ゴゥズメイズ】は目の前にいる少年を何とか殺そうと抗う。しかし、自身を衝動的に動かしていた怨念も使い切った【ゴゥズメイズ】有効な攻撃手段を持たない。それどころか《聖別の銀光》に対抗する為に残した痛覚が動きを阻害する。

 

 追い打ちをかけるように加奈のビットが【ゴゥズメイズ】の足を撃ち抜く。せめてコアだけでも守ろうと頭にあるコアを身体に収納しようとするが、時すでに遅し。圧倒的な力の奔流が【ゴゥズメイズ】を突き抜けた。

 

「《復讐するは我にあり》」

 

 レイが放ったネメシスの必殺スキルは、メイズが放った《デッドリーミキサー》と【ゴゥズメイズ】が放った《デッドリーミキサー》その両方を倍にした威力で【ゴゥズメイズ】に直撃する。

 

【ゴゥズメイズ】の全身を包むように放たれた光は【ゴゥズメイズ】の体を細かく分解し、コアを灰へと還した。

 

【<UBM>【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】が討伐されました】

 

【MVPを選出します】

 

【【レイ・スターリング】がMVPに選出されました】

 

【【レイ・スターリング】にMVP特典【紫怨走甲 ゴゥズメイズ】を贈与します】

 

 MVP特典を与えられたレイはきょとんとした顔で特典がもらえた事を不思議がる。

 

 そんな顔をみた加奈はレイの考えを察し説明を始める。

 

「それは、そうよ。なにせ私がしたことは【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】を古代伝説級の力を持つ化け物に進化させただけだもの。私が与えたダメージはほとんど効果が無く、貢献したとは言えないわ」

 

「そういうものなのか?」

 

「とにかく勝ったんだからいいんじゃないかしら」

 

「其れもそうじゃの」

 

 武器化を解除したネメシスが加奈の言葉に同意する。

 

「さあ、戻りましょう。子供たちの様子も気になるわ」

 

 こうして無事に【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】との戦闘は幕を閉じる。4人は決闘都市への帰路に就くのだった

 



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帰還

 戦闘を終えた4人は帰路へと付いた。レイは特典武具である【紫怨走甲 ゴゥズメイズ】の効果で乗馬可能となったシルバーに跨り、そして加奈は《ヒルドル》へと変形したヴァルキリアに跨りギデオンへ向かい疾走する。

 

「そういえばMVP特典の調子はどうかしら?」

 

 風を切りながら整備された山道を進む中、加奈が切り出す。

 

 道が分からないレイの代りに先頭と走る加奈は後ろを振り向きレイへと聞く。レイの足には先ほど取得した【紫怨走甲 ゴゥズメイズ】が装備されており、シルバーの鞍から延びる鐙へと掛けられている。

 

「ずいぶんと調子がいい」

 

「そう、それは良かった。ちなみにランクはどれかしら?」

 

「ランクは<伝説級>らしい」

 

<伝説級>それを聞いた加奈は少し思考にふける。あれほどの強さを持ってまだ<伝説級>だったとは、あれ以上欲張らなくて良かったと。

 

「しかし、ユーゴーとは合流できそうにないな」

 

「そうでしょうね、戦闘にかなり時間を取られてしまったし、アッチはとっくに街に到着しているころじゃないかしら」

 

 加奈が指摘する様にレイの視線では既にクエスト──【救出 ロディ・ランカース】のクリア報告アナウンスが流れてきていた。

 

「そんなに心配しなくてももうすぐギデオンよ」

 

 加奈が言うと同時にようやくギデオンの街が見えてくる。日はもうすっかり落ちているが、ギデオンの街では遠くからでも分かるほどの明かりも灯り活気に満ちているのが分かる。

 

 そして、ギデオンの街から出てくる大量の明かりも確認できる。明かりはどんどん加奈たちへと近づき、同時に、何頭かの馬が固まって動く金属音、足音が聞こえてくる。

 

「なんだ?」

 

 レイはまさか人馬の【大死霊】の群れじゃないだろうな?などと考えていたが、足音が大きくなるにつれて、足音を出している集団の輪郭がぼんやりと見えてくる。

 

 それから間もなくして数頭の武装した騎馬とそれに登場する騎兵の姿がはっきりと確認できた。女性を戦闘に突き進む騎兵の集団を確認してレイが声をあげる。

 

「リリアーナさんじゃないですか。今日はよく会いま」

 

「レイさん! ご無事ですか!?」

 

「すね……?」

 

 やや食い気味に必死な顔で返答した少女は後ろの騎兵共々、統一された小奇麗な武具を身に纏い隊列を崩すことなく停止する。

 

 その練度の高さから冒険者ではなく、アルター王国の紋章が入った統一の武装をアルター王国の騎士、それに加え、細かい動作から見てもわかる練度の高さと良質な武装から近衛騎士団ではないかと加奈は予想する。

 

 更に、重装備を抱えて馬を走らせている様子から、砦に出現した【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】を討伐する目的があったのだろうこのまで予想が出来る。

 

「あの、えっと、何が?」

 

「巨大なアンデッドは!? 無事に逃げられたんですか!? それともこの近くに!?」

 

「……あぁ」

 

 そのやり取りをへて彼女たちの目的を察したレイはリリアーナからこれまでの経緯を聞いていた。

 

「レイくん、後はその人たちに案内して貰いなさい」

 

 リリアーナとレイがある程度親しい関係だと気づいた加奈は後の案内を騎士団へと委託する。

 

「わかった。ありがとう助かったよ」

 

「ええ、なら良かったわ、あとそれとこれも渡しておくわ」

 

 加奈が差し出したのはフレンド申請。レイの視界には

 

【加奈をフレンドとして承認しますか?】

 

 というウィンドウが表示されていた。

 

「なぜフレンド申請を」

 

 加奈とレイのレベル差は大きい。レイは見向きもされないと思い込んでいたため加奈からのフレンド申請に驚いていた。

 

「貴方のお兄さんに頼まれたのよ。それに今回の戦闘を見て貴方の戦闘スタイルは大体分ったわ、丁度決闘都市にいることだし、今度体の動かし方をレクチャーしてあげるわ」

 

 決闘都市では一部の闘技場を練習用にレンタルすることが出来る。戦闘の基礎、体の動かし方を理解し意識することが出来れば今後の戦闘で良質な経験が出来るようになる。

 

「この世界はリアルだから、体の動かし方、武器の扱い方ひとつでステータス以上の力を出せるようになるわよ」

 

 加奈の問いに対しレイは少し悩み、ウィンドウの【YES】を押した。

 

「また、今度連絡する」

 

「ええ、待ってるわ」

 

 レイから喜ばしい返事をもらった加奈は上機嫌でヴァルキリアへと跨り、去ろうとするがその前に一言だけ付け足した。

 

「レイ君、その耳似合ってるわよ」

 

「余計なお世話だ!!」

 

 笑いながらそう言い残した加奈は《ヒルドル》へ変形したヴァルキリアに乗ってギデオンへと一人向かうのだった。

 

 ☆☆

 

 ギデオンに無事到着した加奈は孤児院にてクエストの報告を行うと共に、今回の一件で行き場の失った子供たちを保護する様に頼むと、孤児院の空いた部屋を借りて休息を取る。

 

「やはり、【エーテリア】の消費が大きかったわね」

 

<ノズ森林>とデスペナ明けに行った【ゴゥズメイズ】との戦闘で十指に装備していた【十束指輪 エーテリア】は残り1つしかチャージできていない。

 

「普通にしていても10日、急いで充填するなら、大気中の魔力が濃いレジェンダリアか、<墓標迷宮>にでも潜って敵を倒しつ続けるしかありませんね」

 

【半騎器官 グレイテスト・ハート】の効果でMPが6千万を超える加奈は、自然回復に任せると0になったMPが全快するまで約1日は必要になる。

 

 しかし同じく【グレイテスト・ハート】の効果を使えば、大気中の魔力を一定の割合で吸収でき、更に倒したモンスターレベルに比例して一定割合でMPを回収できる。その為、レジェンダリアだと移動を含めて6日、<墓標迷宮>に籠った場合、40階層付近で絶え間なくモンスターを倒し続ければ、最大効率の場合、3日ですべてのMPを貯めることが出来るだろう。

 

「一旦ログアウトしてあっち(現実世界)で済ますことを済ましたら<墓標迷宮>に潜りましょう、競合さえしなければ少し大変だけどこちらの方が速いわ」

 

「分かりました、それでは準備をしましょう」

 

 加奈とヴァルキリアは<墓標迷宮>へ行くことを決め、準備を始める。MPを貯めるという目的がある以上、MPを消費する魔法式の銃器を使用することは出来ない。その為、火薬式の銃器を使用せざるおえないが、主に魔法式の銃器を使用する加奈は、あまり火薬式の手持ちが無かった。幸いにも弾丸の貯蓄だけはいざというときに備えて孤児院に備蓄してもらっている為、問題は無かったが、持っていく銃器の選定に頭を悩ませてた。

 

 孤児院にも何種類か火薬式銃の備蓄があるが、それはいざという時、孤児院を守る為に置いてある護身用の武装で、比較的装備条件が緩く、ダメージも弱い物が大半だった。そして、それとは正反対に加奈が持つ火薬式重火器は装備条件が厳しい代わりに強力なものが殆どだが、どれも取り回しが悪く、狭い空間で使用するには向いていなかった。

 

 結局ヴァルキリアが前衛としてサブマシンガンタイプの銃器を使い、加奈がライフルタイプの銃器で援護する形で陣形が決まった。

 

 陣形が決まった後、2人は用意できるものから優先的に【アイテムボックス】へと積み込んでいく。今回は2人がそれぞれ【アイテムボックス】を持ち、長期間の戦闘を考慮して、容量は少ないが、時間停止型で【窃盗】スキル対策が施してあるウエストポーチ型の【アイテムボックス】を持っていく。約一週間の物資、弾薬を積み込み残るは食料の積み込み、のみを残した状態で2人は荷造りを終える。

 

「よし、準備は出来たわね」

 

「こちらも、異状なくあとは食料のみですね」

 

 こちらの世界で食事を足らなくとも死ぬ心配はないが、【空腹】の状態異常が付くため、相当の理由が無い限り、大抵は食事を取る。ましてや、ダンジョンに潜るという時に食料の準備をしないのは相当の愚か者と呼ばれるだろう。

 

「なら、一旦ログアウトするから準備しなさい」

 

「こちらはいつでも大丈夫ですよ」

 

「そう」

 

 ヴァルキリアの返答を聞いた加奈は『メインメニュー』から『ログアウト』画面を選択する。

 

【ログアウトします】

 

【次回ログインポイントはセーブポイントと現在位置のどちらにしますか?】

 

 加奈は現在地を選択する。

 

【承知しました】

 

【またのご帰還をお待ちします】

 

 すると加奈とヴァルキリアの姿が消失し、2人は意識が遠のくように<Infinite Dendrogram>の世界を後にしたのだった。

 

 



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カナ・アルベローナ

今回はちょっと加奈の掘り下げです。次回からは<超級激突>へ向けて書いていきたいと思います。


「んッ...ん」

 

 現実世界へと戻ってきたカナは眠っていたベットから起き上がる。同時に先ほどまで身体中を駆け巡っていた感情が段々と消失していくかのように感じ始める。

 

「クッ....」

 

 現実世界に戻ってきたせいでカナの体内にあるマイクロマシンが急速かつ確実にカナの感情を抑制しにきていた。ゆっくりとしかし確実に感情が失われていく感覚に耐えながら、カナは一人の名前を呼ぶ。

 

「....ヴァル、居るかしら....ヴァル...」

 

 先ほどまでとはまるで違う、別人のように弱く消えてしまいそうな声を出しながら藁にでも縋るような気持ちでカナは、本来ならば決してこちらにはいないはずのヴァルキリアの名前を呼び続ける。

 

 段々と感情の薄れていく恐怖に耐えながらカナは、起き上がったはずのベットに赤子の様にうずくまる。

 

 次第に恐怖も感じなくなり、感情のない機械のようになる直前、頭の奥底から聞こえる声をカナは聞いた。

 

『...ター』

 

『...マ...タ....』

 

 声は次第に大きくなり、そしてハッキリと聞こえるようになる。

 

『マスター!!』

 

 本来、聞こえるはずのないヴァルキリアの声をハッキリと聴いたカナは、同時に失われていった感情が今度は徐々に戻っていくように感じる。

 

『感情制御を優先して掌握させていただきました気分はどうですかマスター?』

 

「.....最悪の一歩手前って感じかしら」

 

 今度こそはっきりと頭に響くヴァルキリアの声へ、カナは軽口をたたきながらも青ざめた顔を手で覆いつつ答える。

 

『すいません。新しいシステムに同期するのに手間取りました』

 

「いいのよ、こうなることは予想していたから」

 

 ヴァルキリアが現実世界に来るのは初めてではない、それどころかカナが<Infinite Dendrogram>を始めてしばらくした頃からカナの人格データに偽装し現実世界へと<Infinite Dendrogram>の世界をカナと共に行き来していた。

 

 もちろん普通の人間では高性能AIである<Infinite Dendrogram>の運営をだますことはできない、事実、アメリカ軍情報部が行った<Infinite Dendrogram>への不正介入はあらゆる手を尽くしても阻止されている。

 

 しかし、カナも普通の人間ではない、それを語る前にカナの所属するアメリカ軍の現状を語った方がいいだろう。

 

 現在のアメリカ軍には3種類の人種が存在している。まず、一般の肉体を持ち、鍛えあがられた肉体と知識そして豊富な経験から任務をこなす一般兵。

 

 次に脳を金属の骨格で包み、電脳と呼ばれるユニットに改造したのち、肉体も強化された機械の体へと変更することで、過酷な環境、任務を確実にこなすことができるサイボーグ兵。

 

 そして最後に脊髄に埋め込まれたマイクロマシンユニットから生成されるマイクロマシン、及びナノマシンによって体をゆっくりと徐々に強化していく強化人間と呼ばれる兵士達。

 

 このうちカナは強化人間と呼ばれる兵士を造る計画の中でも、より優れたオンリーワンの兵士を造り上げる計画に参加していた。カナが選ばれたのはアルベローナ家の分家であるアルベルト家がマイクロマシンの計画を一手に担っており、兵士たちを信用させる為に利用された形になる。

 

 こうして体内にマイクロマシンを埋め込まれたカナは陸軍士官学校を卒業以来、現在に至るまで体の改造を行われいる。カナが<Infinite Dendrogram>で同時にビットを動かすのに用いている。複数の事象を並列的に処理や卓越した空間把握能力などは彼女が生まれ持った才能であるが、彼女の才能に最適化された体組織に感情制御や痛覚の遮断、情報伝達の高速化や思考の高速化、更には常人の何倍もの力をもつ筋肉などはマイクロマシンによって体を改造され続けた結果である。

 

 その為、すでに人間の脳とコンピューターのハイブリットとして機能しているカナにかかれば、自身の生態データと共にヴァルキリアのデータを移行させることも可能となる。

 

『しかし、こちら(現実世界)あちら(<Infinite Dendrogram>)にそれぞれのデータを用意するなんて....』

 

 今回、ヴァルキリアを自身の体へ招き入れる為に、カナはあらかじめヴァルキリアの擬似データを用意し、そこへヴァルキリアを上書きする形で招き入れた。これによって、本当の意味でカナとヴァルキリアは2人で1つの人格データを得たことになった。

 

『それにしても感情抑制が酷いですね、95%って殆ど人間性を失うレベルですよ』

 

「紛争の対処続きだったからね、システムが自動的に抑制レベルを引き上げたんでしょう」

 

 カナは冷蔵庫に入っている炭酸水をコップに注ぎながらそう答える。今回カナが無理をしてでもヴァルキリアと一緒になったのにはデータの行き来を運営の眼から欺く為、ともう一つ理由があった。それは、ヴァルキリアに感情抑制を管理して貰うためだ。

 

 感情抑制95%、ヴァルキリアから聞かされた数字にカナは表情には出さなかったが、内心はかなり焦りを抱えていた、まさか95%も感情が抑制されているとは思ってもいなかったからだ。少しおかしいとは感じていたがこれほどまでとは思っていなかった。

 

 感情抑制は自身で気づくことが出来ない。ごく当たり前のように自然と管理されている為、違和感を感じにくい。それにもし自身で気づけたとしても、今のカナではどうしようもなかった。脳までもほぼ機械と一緒にしてしまっているサイボーグ兵たちとは違い、強化人間であるカナはまだ自身の体を制御しているシステムを直接いじくることが出来ない。しかし、システムに干渉できる存在がいればまた話は変わってくる。それでも、下手な相手に身体を委ねれば自身の体を乗っ取られかねないが、<Infinite Dendrogram>で同じように暮らしたヴァルキリアならば自身の体を預けることに心配はなかった。

 

『一先ずは50%まで引き下げました。これ以上の引き下げは時間をかけて戻さないと、マスターの精神が崩壊してしまう可能性がありますので』

 

「わかったわ。今回で現実世界側にもヴァルのデータが残るから、身体の事は貴女に任せるわ」

 

『わかりました。システムが複雑すぎて完全に掌握するには時間がかかりそうなので、私としてはありがたい限りです』

 

 カナはコップに入った炭酸水を飲み干すと大型のパソコンが置いてる机のイスへと腰を掛けた。

 

「なるほどね、確かに今までが異常だったってことが良くわかるわ」

 

 感情が徐々に戻ってくるにつれて、カナは冷えた炭酸水の美味しさ、窓から見える空の綺麗さ、そしてイスの固さなど、今までなにも感じなかったことに対して沸いてくる感情に感動を覚えていた。

 

『マスター大丈夫ですか?まだ50%ですよ』

 

「大丈夫よ、それに<Infinite Dendrogram>では制限なかった訳だから、そのうち慣れると思うわ」

 

 そう言うと同時に、カナは再ログインしてから<Infinite Dendrogram>で感じていた新鮮さの理由が分かったような気がした。

 

「なるほどね、<Infinite Dendrogram>でのあの胸の高鳴りは感情の有無だったのね」

 

 しばし、余韻に浸りながらカナは軽い食事を取ったのち、いつもの運動をこなす。ヴァルキリアが入ったことによって調整されつつある身体は扱いやすく、いつもは力で押してしまう場面も優しく丁寧にこなすことが出来る。特に顕著だったのが、長距離射撃の訓練、普段は視界の端に出されるだけの環境数値も、3Dで最適化された情報が視界に出ることで、視界から得られていた情報以上のデータを射撃に組み込むことが出来ていた。それによって今までにない程、高精度の射撃が出来たカナは満足して日課の運動を終えることが出来た。

 

「もっと早くからこうすればよかったわ」

 

 今まではヴァルキリアをあくまで外部データとして扱っていたカナだったが、ヴァルキリアの高性能ぶりに素直に感心した。

 

『ですが、結局はマスターの思考領域を占領することになってしまっていますから』

 

「気にすることは無いわ。これからは一緒に世界を見ましょう」

 

『はい!』

 

 カナの言葉に嬉しそうに返事をするヴァルキリア。普通では決してあり得ないこの状況、〈エンブリオ〉が世界を超える事などあってはいけないのだろう。そしてこの関係がいつまで続けられるのかわからないと言った不安もヴァルキリアの中にはあったが、それでも今はこの現状を少しでも楽しもうと密かに心に誓うのだった。

 

 運動も終え、シャワーを浴びたカナは再びベットへと身を寝かせると<Infinite Dendrogram>の入ったゲーム機のヘルメットを被る。

 

『準備はよろしいですか?』

 

 ヴァルキリアの言葉にカナは不敵に笑う。

 

「ええ、不安要素は無くなったし、これで十二分に<Infinite Dendrogram>を楽しめるわ」

 

『それでは行きましょうか』

 

 ヴァルキリアの言葉に頷きカナはゲーム機の電源再びを入れる。すると視界が暗転し<Infinite Dendrogram>の世界が映し出されるのだった。

 

 

 



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〈墓標迷宮〉

「それにしてもマスターはまだアルター王国所属だったんですね」

 

「え?そうよ。だって所属国の変更イベント面倒くさかったからやって無いもの」

 

 加奈たちは会話をしながら迫りくる、体長10Mを超す地竜【レッサードラゴン】へと鉛玉をぶち込む。

 

 流石に亜竜級とはいえドラゴンとなると数発の弾丸では死なず、攻撃をものともせず、加奈たちへ鋭利な爪の生えた腕で反撃を繰り出してくる。

 

 しかし、加奈とヴァルキリアは繰りだされた腕をひらりと躱すと、ヴァルキリアは至近距離から両手に持つサブマシンガンの照準を【レッサードラゴン】の顔に向けて引き金を引いた。同時に大きな音を立てながら大量の銃弾が【レッサードラゴン】顔に向かって吐き出される。

 

 たまらず距離を取った【レッサードラゴン】に向けて、加奈が構えた大口径ライフルが火を放つと、弾丸は【レッサードラゴン】の顔へ吸い込まれていき、大きな穴を開ける。攻撃を受けたドラゴンは断末魔上げる暇すらなく地へと倒れ光となって消える。

 

「いまので何体目かしら?」

 

「今ので187体目です!まだ来ますよ」

 

 ここは〈墓標迷宮〉四十一階、ドラゴンたちの闊歩する階層。四十一階からは主たるモンスターがドラゴンだからか、今までの階層より天井も高く道幅も広い。

 

 この階層に到着してから既に4時間、2人は非常に速いペースでドラゴンたちを殲滅していた。

 

 再度ログインをしたとき<Infinite Dendrogram>では夜も中ごろといった所だった。加奈たちはまだ夜も明けない内に急いで準備を終わらせ〈墓標迷宮〉へと向かった。元々アルター王国のマスターであった加奈が自前の【墓標迷宮探索許可証】を衛兵へ見せると問題なく通過することができ、そのまま、【エレベータージェム】を使い四十階から始めた2人は四十一階に狩り場を構築してひたすら狩りに勤しんでいる。

 

「敵の数が少し多いですね、ほかの冒険者はいないのでしょうか」

 

「これが醍醐味なような気もするけど、確かに数が少し多いわね」

 

 2人の目の前には次々とドラゴンたちが押し寄せてきている。強さは亜竜級~純竜級まで種類も【レッサードラゴン】と呼ばれる下級の地竜から、口から吐き出す炎が特徴である地竜【デミドラゴン】、更には飛行し高高度からの一撃離脱を得意とする【スカイワイバーン】などを初めとする多種多様なドラゴンが加奈たちを狩るつもりで押し寄せている。

 

「....はぁ..まあ強者と戦えるのはうれしいですけどね!」

 

 現在、2人は背後を通路のない壁に預け、挟撃される可能性を排除した上で、正面には土嚢と木や金属でできたバリケードを構築し、正面から来る敵だけをなぎ倒している。

 

 ヴァルキリアが両手に持ったサブマシンガンで制圧射撃を加え、加奈が後方からライフルで確実に仕留める。それでも足りなければ持ってきている爆弾やトラップを活用しドラゴンを追い詰め、それも突破されれば、銃を用いた格闘、ガン=カタやライフルの先に装備された銃剣を使った銃剣術を用いて敵を殲滅する。

 

「そういえばマスター」

 

「なにかしら?」

 

 無数の銃声に交じりながらヴァルキリアの声が加奈へと届く。

 

「そう言えば、外ではそろそろ<超級激突>が始まる頃ではないですか?」

 

「あーそういえばあったわねそんなの...ていうかそのせいじゃないかしらこの現状」

 

<超級激突>決闘都市の王者【超闘士】フィガロと黄河の決闘ランキング二位【尸解仙】迅羽、<超級>同士が闘う初めての試合。アルター王国以外からも様々な<ティアン>、マスターがギデオンに集まり、ギデオンは今やお祭り騒ぎとなっている。

 

「そうですね、確かにこんな時に〈墓標迷宮〉に潜っているのなんて私たちくらいしか、いないですものね」

 

 そう言うヴァルキリアの表情は少し悲しそうにも見えたが、根物を見つけ嬉々として弾丸を放つヴァルキリアに加奈は考えるのを辞めた。

 

「それにしても、フィガロは<超級>になってから会ってないし迅羽も出会った時まだ<超級>じゃなかったし久しぶりに会いたい気もするわね」

 

 フィガロは元々レジェンダリアのマスターだったらしいのだが、レジェンダリア特有の自然現象の影響でアルター王国まで飛ばされてきたらしい、加奈が彼に出会ったのは世界中を回る旅に出る前、ギデオンでシュウと一緒にいた彼を見かけたのが最初だ、以降何回か闘技場で遊んだことがある。

 

 迅羽と出会ったのも闘技場での事だった。黄河から天地に渡り、再び黄河へと帰ってきた時に出会ったのだ、彼女とも何度か手合わせをし、それなりには仲良くなることが出来た。

 

「では会いに戻りますか?」

 

 もうすぐ<超級激突>が始まる。時間的に空いている席は余り無いと思うが、お金に糸目をつけなければいくらでも席の取りようはあるだろう。しかし....

 

「なんか嫌な予感がするのよね」

 

「....嫌な予感ですか?」

 

 現実でもこちらでも加奈は直感を外したことが無かった。いままで何かある時は心の中の自分が囁いてくるのだ。その囁きに従って失敗したことは無く。むしろ何度も命を救われていた。

 

「ええ、まだ行くなと囁くのよもう一人の私がね」

 

 その直感が現在加奈に訴えかけていた。<超級激突>今すぐに見に行くべきではないと。幸い同じ階層に誰も居なく、かつハイペースでモンスターを倒し続けているおかげで魔力が分散せずに加奈に集中して集まっている為。MPの回収効率が当初計算していたよりも良い。既に2つの指輪に魔力が溜まり、【魔物寄せのお香】というモンスターを集める魔導着のおかげもあり、贄となるモンスターは次々とやってくる。更にダメ押しで使用した【経験値獲得量減少】の効果が付いたポーションのおかげで、大気に散っていく魔力リソースも多くなっている。

 

「....ならばマスターの直感を信じましょう。幸い暇を潰してくれる獲物は沢山です」

 

 ヴァルキリアはサブマシンガンの弾倉を入れ替えながら陽気に答える。2人の足元にはすでに足の踏み場もないほど空薬莢と空弾倉で溢れている。

 

「せめて、後2つ指輪に魔力が溜まるまでやりましょ」

 

「分かりました」

 

 ☆☆

 

 それから更に数時間後、加奈たちの周りには破壊されたバリケードに吹き飛ばされて意味のなくなってしまっている土嚢。足元には山のようになった空薬莢と弾倉が積み重なって放置されている。

 

「マスター?そろそろ弾が底を尽きそうです」

 

 ヴァルキリアが弾倉を交換しながら【アイテムボックス】を確認する。彼女の【アイテムボックス】に入っていた大量のサブマシンガン用の弾倉はもう数えるほどしか残っておらず、用意してきた爆薬や陣地構築用の資材、トラップなども残り僅かとなっている。

 

「私も、もう弾薬が無くなりそうよ」

 

 ヴァルキリアと同じく加奈の【アイテムボックス】にも物資が殆ど残っていない。唯一余っているのは3日分ある食料のみだろう。

 

「だから火薬式の銃器は嫌いなのよね...これだけの狩りでこんなに弾薬を消費するなんて...」

 

「まあ、かと言っても500体を超すドラゴンを狩っていたらMPの消費もすごいと思いますけどね」

 

 今回使った弾薬は【大鉄砲鍛冶】に頼んで作ってもらってあった対モンスター用の高威力弾薬、素材と値段は張るが、普通の弾薬を使うよりはるかに強い攻撃力の出せる代物だ。それをサブマシンガン用の弾薬で10000発、ライフル用の弾薬で2000発を用意していたが、そのほとんどが無くなってしまった。

 

 しかし、対価に対して成果も上々で、順調に進んだ狩りは【エーテリア】の5つ目まで魔力を貯めきることが出来ていた。

 

 幸いにも面倒な能力を持つモンスターは現れず、加奈とヴァルキリアの持つ銃器で対応できるほどのドラゴンしか現れ無かったがその分、自業自得ではあったものの一息つかせる間も無いほどの物量と長時間戦い続ける羽目になった加奈たちであった。

 

「それにしてもまた弾薬をお願いしなくちゃいけないわね」

 

「孤児院からも少々弾薬をお借りしましたからね」

 

 今回使用した弾薬の内、ライフル弾1000発とサブマシンガン用の弾薬2000発は孤児院から拝借したものであった。孤児院のまだ弾薬に余裕はあったがいつ何が起こるかわからない。早急に補充する必要があった。

 

「それにしても、本当は今日と明日の昼くらいまでに500体倒せればいいかと思ってたんだけどね」

 

「恐らくほかの冒険者もいないからでしょう、【魔物寄せのお香】が無くても多くのモンスターが集まったと思いますよ」

 

「あれだけ大きな音を立てていればそうなるわよね」

 

 今回は【魔物寄せのお香】というモンスターを引き寄せる特殊なアイテムを使っていた事もあり、普段の3倍ほどのモンスターが加奈たちに押し寄せたのだが、原因はそれだけではなく、そもそも〈墓標迷宮〉に潜っている人間の数が少なく同じ階層にいたモンスターが加奈に集中して集まっていた事も原因の一つであろう。

 

「さてと、5つめの指輪まで魔力も溜まったし、弾薬も尽きそうだしね一度戻りましょうか」

 

「そうですね、ドラゴンも一度打ち止めみたいですし」

 

 お香の効果も切れ、襲ってくるドラゴンたちも散発的になって来ていた。キリがいいと踏んだ加奈とヴァルキリアが空薬莢と弾倉を拾い一度補給に戻ろうと帰りの算段をつけていると、加奈の【アイテムボックス】が迷宮中に響くほどの音量を鳴らす。

 

「うわ、なになに?」

 

 慌てて加奈が【アイテムボックス】を漁ると、原因である札の様なアイテムを見つける。加奈がアイテムを握ると、音は鳴り止み迷宮に再び静寂が訪れる。

 

「マスターなんですかそれ?」

 

 音に連れられてやってきたドラゴンを始末しながらヴァルキリアは加奈へと聞く

 

「う~ん、なんだったかしら?」

 

 アイテムには【呼び出し札】と書かれているので、機能を推察することは出来たが、誰と対になっているアイテムだかを加奈は思い出させずにいた。

 

「いえ、機能は分かるのよ」

 

「ではどんな機能なのですか?」

 

「えぇ、これと対になるもう一つの札があってね、対となっている札のどちらかを強く握るともう一つの札にさっきみたいな音が鳴るようになってるのよ」

 

 しかし、これは仏のアイテムではなく、道士系統の一つである【符術師】に頼んで作ってもらったものだ。

 

「そう、たしか...大きな危機が訪れた時に駆け付けられるように私が渡しておいたのよ....アルター王国の危機に駆け付けられるように....」

 

 世界各地を飛び回っていた加奈はアルター王国に危機が訪れてもすぐに気づくことが出来ない。その為アルター王国所属のマスターに渡していたはずだ...と、数秒悩むように頭を指でトントンと叩いていた加奈だったが突如思い出したと大きな声をあげて手を叩いた。

 

「そうよ!シュウだわ、シュウ・スターリング、もう一つの札は彼に渡しておいたはず」

 

 加奈がこれを数に渡したのは、かなり昔の事だ、結局アイテムは一度も使われず今日まで過ごしてきた。

 

「シュウも既に<超級>相当の事が無ければ使わないはず。しかし使ったということは何か良くないことが起きている」

 

 先ほどまでの直感とシュウからのメッセージ確実に良くないことがアルター王国に起きていると加奈は悟った

 

「シュウはたしかギデオンで<超級激突>を見るって言っていたわよね?」

 

「はい、確かフィガロ様の応援をされると言ってらしたはずです」

 

 加奈はゴゥズメイズ山賊団を討伐する前に一度ギデオンでシュウと出会っていた。その時、彼は<超級激突>に出るフィガロを応援する為にしばらくギデオンに滞在すると言っていた。

 

「もうすでに<超級激突>は始まってる時間よ、ならば彼は大闘技場にいるはず」

 

「急ぎましょう、あまり時間は無いように感じられます」

 

「そうね」

 

 加奈は急いで【アイテムボックス】から【ジェム‐《エスケープゲート》】を取り出すとすぐに使用した。

 



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騒動

 その日は決闘都市ギデオンにとって何の変哲もないただの一日だった。唯一違うことがあるとすれば<超級激突>というお祭りに街全体が浮かれていることぐらいだ。

 

 ギデオンの孤児院で働くシスターカレンはお祭りで浮かれる街の様子とは違い、今日も汗水たらして一生懸命働いていた。彼女が何故忙しいかと言うと、レイ・スターリングとその仲間たちによって討たれたゴゥズメイズ山賊団、そこから救い出された子供たちの対応に当たっているからだ。

 

 救い出された子供たちは決して多くない。攫われた多くの子供たちは既にその尊い命が失われ、親の元へ帰ることは無い。それでも、30を超える子供たちが救い出され、そのうちの半数は親元に帰ることが出来た。

 

 しかし、もう半数の残された子供たちは、親元へ帰ることが出来ず、孤児として冒険者ギルドが一時的に預かることとなった。子供たちが親元へ帰れなかった理由としてそのほとんどが、両親が故人となってしまっている為だった。何故、故人となったか?その理由は様々だが、あるものはゴゥズメイズ山賊団に立ち向かい、あるものは子を失った悲しみから自ら命を絶ち、あるものは子を救い出す為の資金を捻出するために身を粉にして働いた結果、身体が限界を迎えてしまった。など悲惨な結果を迎えてしまう事例が多くあった。中には生きてはいるのだが、精神を酷く病み、自らの子を認識できないものまで居た。

 

 こうして身寄りのなくなった12名の子供たちは冒険者ギルドからシスターグレースが婦長を務める孤児院<ヴァルハラ>へと預けられることとなった。

 

「あぁ、新しく来た子供たちの部屋割りは問題なし、服はある。あとは、明日以降出す追加分の食事の材料と予算を計算して....」

 

 日も落ち辺りは既に暗くなっているが、シスターカレンは一人机に噛り付いて書類の束と格闘していた。

 

「シスターカレン?少し休んだらどうかしら?」

 

 そう言いながらカレンの机に紅茶の入ったカップを置くのはシスターグレース、彼女も自身の仕事に追われているのだが、一人頑張るカレンの事が気になり少し様子を見に来たのだった。

 

「婦長、わざわざすいません。丁度キリが良いので少し休憩させて頂きます」

 

 グレースが持ってきた紅茶を一口飲むと、口の中にミントのさわやかさが広がる。

 

「さっぱりしたかしら?」

 

 グレースは微笑みながら自身も空いた椅子に腰を掛け、紅茶を飲む。

 

「珍しい茶葉ですね、口の中に広がるミントのさわやかさがとても良いです」

 

 そう言うと同時にカレンは忙しい婦長に気を使わせてしまったと少し気を落とす。

 

「そう気にしないで、カレン。貴女がいてくれて私も助かっているわ」

 

「そうならよいのですが」

 

 グレースの言葉に少し俯きながら言葉を返すカレン。彼女は本当に恩が返せているのかその自信が無かったのだ。

 

 彼女、カレンは早くにして両親を亡くし、幼い頃より孤児として過ごしてきた。彼女が居た孤児院の環境はあまり良いとは呼べず、食事は一日1食、遊ぶ時間や勉強の時間などなく、刺繍などの縫物や畑仕事をして過ごしていた。そんな彼女がここ<ヴァルハラ>に拾われたのは5年前、近辺の貧しい孤児院を合併するような形で誕生した孤児院<ヴァルハラ>の第一世代として<ヴァルハラ>へ入った。

 

 そこでは今までとは全く違う世界が広がっていた、毎日3食出る食事、労働ではなく、学習する時間と自由に遊べる時間。掃除や洗濯などの手伝いもあったが、やさしいシスターグレースに見守られて充実した日々を過ごした。

 

 カレンがシスターになったのはその恩を少しでも返したかったからだった。しかし、本当に恩が返せているのか彼女は不安なのだ。同期である他の第一世代の子供たちは冒険者になったり、または加奈の為、彼女の創った孤児救済機構<エインヘリャル>の為に各国で諜報員として活動をしている。そのなかで得た情報、資金を一部<ヴァルハラ>へ寄付することで恩を返しているのだ。

 

「他の仲間にくらべて私...役に立ててるでしょうか?」

 

 グレースの持ってきた紅茶でリラックスしていたからだろうか、カレンは普段なら決して口に出さない言葉を出してしまう。

 

「えぇ、もちろんですとも」

 

 しまった、とカレンは思うが時すでに遅し、ぼそっと呟いた言葉はしっかりとグレースの耳へと届いていた。

 

「実はこの紅茶、加奈様が貴女と私にと持ってきて下さったものなのよ」

 

「婦長ではなくわたしにもですか?」

 

 その言葉にカレンは驚く。その表情を見て、微笑んだグレースは言葉を続けた。

 

「本当はね、ここを出ていく子供たちにもっと自由な人生を歩んでほしかったのよ」

 

 加奈もそしてその考えに賛同した各孤児院の婦長たちもみな考えは同じだった。世界にはモンスターがはびこり、孤児の数は少なくならないこの世界。十分な資金もなく、自由も学も無く明るい人生を歩むのが難しい子供たちに少しでも良い人生をと孤児救済機構<エインヘリャル>を設立した。

 

「諜報員や冒険者じゃなくてねもっと安全で素敵な人生を歩んでほしかったのよ」

 

 しかし、子供たちの自由を望むがゆえに、加奈を含めた大人たちは彼らの決めた選択を強制することはできない。

 

「だから、子供たちの面倒を楽しそうに見る貴女を見て加奈様は喜んでいたわ。もちろん仕事を手伝ってもらっている私もね」

 

 子供たちの選択を曲げることは出来ない、ゆえにカレンの様な道を歩む子供たちが増えるようにと加奈を始めとして皆が心から願ているのだ。

 

「だからね、そんな卑屈にならないで」

 

「...ありがとうございます」

 

 こんなことでも望まれて、喜ばれている。返せるような恩ではないけれども、少しでも役に立てるなら...カレンは心に再び決意を刻む。

 

「さ、そろそろ仕事に戻りましょう」

 

「はい!」

 

 カレンが返事をするのと同時に大きな爆発音が響き渡る。爆発によって起きた衝撃波が窓ガラスを割り室内にガラス片を散乱させる。

 

「なに!?」

 

 慌てたカレンが空いた窓から外を眺めると先ほどまで大闘技場で湧き上がっていた歓声は失われ、代わりに爆発音と悲鳴が街の至る所から上がっている。

 

「シスターカレン子供たちを安全な所へ」

 

「はい」

 

 何が起こっているか2人にはわからないが、自分たちがなすべきことをなす為に動き出すのだった。

 

 ☆☆

 

 第四形態となったヴァルキリアへ跨った加奈は全速力でギデオンへと向かった。超音速を優に超える速度で空を駆けた加奈たちは、<墓標迷宮>から出てギデオンに着くまで時間にして1時間もかからずに到着する。

 

 しかし、到着したギデオンは街の外からでも聞こえる程の悲鳴と怒号、夜の闇を明るく照らす炎があちらこちらで上がっている。普段でも明るいギデオンの街並みは、至る所から上がる火の手によって更に明るく周囲を照らしていた。

 

『これはただ事ではありませんね』

 

「えぇ、急ぎましょう」

 

 街の中は更にひどい惨状だった。燃え上がる家屋、逃げ惑う人、<マスター>もティアンも関係ないあらゆる人が恐怖し錯乱している。

 

「君、大丈夫かい?」

 

 加奈は近くで倒れていた少年を見つけ声をかける。加奈は急いで少年の身体に異常が無いかを確かめる。幸いにも少年は転んで膝を擦りむいただけのようだが、痛みからか泣いていてその場から動けないようだった。

 

「.....ぐすん....お姉ちゃん...誰?」

 

「気にすることは無い、ただの冒険者だ。それより、君、ご両親は何処だい?」

 

「...わかんない...はぐれちゃった..」

 

 そう言うと少年はまた泣き出してしまう。

 

「困ったなぁ」

 

 加奈は周囲を見渡すが、誰もが自分の身を守ることで精一杯のようで、少年を気に掛けるものはいない、それによく見れば少年以外にもはぐれた子供たちや動けなくなった大人が散見される。

 

「情報が足らない。ヴァル、第七形態」

 

『分りました』

 

 ヴァルキリア一機のビットだった第四形態から72機のビットである第七形態へと姿を変える。

 

「とにかく情報を集めましょう」

 

 加奈が情報収集のためビットを飛ばすのと同時にティアンの衛兵と険者たちが避難誘導にやってくる。

 

「現在冒険者ギルドを一時避難所としています。誘導しますので私どもに従ってください!!」

 

「申し訳ない、この子も頼めるかな?」

 

 加奈は近くにやってきた衛兵に少年の状態を説明して後を託そうとする

 

「貴方は?」

 

「私は<マスター>の加奈よ、これからこの状況の対処を行いたいのだけど状況の説明を簡潔にお願い」

 

 加奈がそう言うと冒険者は面倒くさがらず、簡潔に状況う説明を行う。

 

「現在ドライフ皇国の<超級>Mr.フランクリンの策略によって大闘技場に大勢の<マスター>が軟禁されています。一部<マスター>は軟禁から脱出し、街で暴れるモンスターの対処を行ってくれていますが、いかんせんモンスターの数が多く苦戦を強いられています」

 

 衛兵として優秀なのだろう彼の話を聞いて加奈は状況を理解する。同時に大量のビットから送られてきている情報からギデオンの現状も把握した。

 

「わかりました。街中で暴れているモンスターは何とかします。なので非難の誘導をお願いします」

 

 加奈が慣れた手つきで手を頭へと持っていき、挙手の敬礼をすると、つられた衛兵も自然と敬礼を交わす。

 

「ご武運を、ちなみにスライム状のモンスターは攻撃すると爆発し更に復活もするそうなのでそれも気をつけてください」

 

「わかりました。そちらこそお気を付けて」

 

「それと、もう一つ重要なことが」

 

 別れようとした加奈に向かって冒険者が一言付け足した。

 

「フランクリンは第二王女を誘拐しています。戦闘する際はお気をつけて」

 

 それだけ付け足すと短い挨拶を交わして冒険者はその場から立ち去った。それに呼応するように加奈はその場から立ち去る。

 

 目指すは大闘技場。推測が正しければそこに自身を呼び寄せたシュウ・スターリングが居るはずだ。

 

『マスター、どうやら孤児院の人間は全員地下への避難が完了しているようです』

 

「流石ね、こういうときの為の避難マニュアルを作って置いて良かったわ」

 

<ヴァルハラ>には最低でも3つの脱出経路と5つ以上の避難・脱出計画が用意されている。グレースを始めとした孤児院組は問題なく避難を完了したようだ。ヴァルキリアと視界を共有すると、地下の入り口がカレンによって閉められる様子が確認できる。更に第二、第三の計画として、これ以上に被害が広がれば街からの脱出を開始する手筈になっている。

 

「助かるわ、これで懸念材料が一つ減った」

 

 流石の加奈でも子供たちを守りながら街の被害を鎮静化させるのは困難であったが、孤児院の無事が確認できれば、街の被害鎮静化に動くことが出来る。

 

「まずは、大闘技場でシュウを探しましょう」

 

『かしこまりました』

 

 加奈とヴァルキリアは火の手の上がるギデオンの街を中心へ向かって走りだしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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元凶

 夜空に溶け込みながら、一路西へと飛行する隠蔽型飛行モンスター【ナイトラウンジ】。

 

 その背中に腰を下ろしながら、フランクリンは手元の端末──2010年代に流行したタブレット端末に似たもの──を操作していた。

 

「中央広場の寝返り組は全滅。結果は想定の範囲内ですけど、想定より早すぎますねぇ」

 

「なにをみておるのだ?」

 

「どうぞー」

 

 フランクリンはアイテムボックスから自分が操作している端末と同じものを取り出し、エリザベートに手渡した。

 

 エリザベートが手渡された端末に視線を落とすと、そこにはギデオンの地図が表示されていた。

 

 同時に、千を優に越える光点も表示されている。

 

 だが、それらの八割方は中央の大闘技場の中にあった。

 

「このひかりは……<マスター>か?」

 

 光点の数は多いがギデオンにいる人間の総数としては少なすぎる。

 

 ならばギデオンにいる人間で、なおかつ<マスター>に絞ったものではないかとエリザベートは考えた。

 

「正解でぇす。馬鹿じゃないですねぇ。馬鹿じゃない人とは話が早いから好きですよぉ」

 

「ちちうえのかたきに、すきといわれてもこまるのじゃ」

 

 エリザベートがそう答えると、フランクリンは何がおかしいのか「ですよねぇ! それがあったりまえですよねぇ!」と言って大笑いした。

 

 その反応はエリザベートにとって不愉快であったが、それ以上になぜそんな反応をするかが不可思議だった。

 

「あの人はそんなことにもまだ気づいてないんですもんねぇ。ま、自分より年嵩の皇族を皆殺して皇王の座をもぎ取った人にはわっかんなくて当然かもしれませんけど」

 

「さっきからはなしのつなぎかたがいみふめいなのじゃ」

 

「それは私と貴女の持っている前提情報に差異があるからですねぇ。話を戻しますけど、お察しの通りにこれは現在ギデオンにいる<マスター>の所在地マップです。リアルタイム…………のね」

 

 端末上では千を越える光点が各々動いている。

 

 このマップはフランクリン手製の隠密監視モンスターにより送信される監視網の情報を、フランクリンのクラン<叡智の三角>が作成した受信端末が受け取り、図示したものだ。

 

 フランクリンはそれらを計画実行の数日前から少しずつ街中にばら撒いていた。

 

 ただし、高度な隠密能力と<マスター>を識別する能力を持たせた結果、情報として送信できるのは位置情報だけになってしまい、そこに誰がいるかはわからない代物になっている。

 

 しかしフランクリンにはそれで構わない。

 

 このマップはあくまで<マスター>位置と──敵味方の識別さえできればいいのだから。

 

「ひとつおしえてほしいのじゃ」

 

「何ですかねぇ?」

 

「このひかり、あかとあおのいろにわかれているがこれは」

 

「ええ。赤が我々の手の者。青が王国側です。ああ、赤だと敵っぽいですけど、私は赤が好きなのでねぇ」

 

 表示される丸い光点は赤と青の二色に分かれている。事前に登録しておいたフランクリン側の<マスター>は、赤色の光点で表示されているのだ。

 

 総数としてみれば赤は青よりもかなり少ない。

 

 しかし、青の殆どが中央大闘技場に収まっているため、ギデオンの市街で見れば赤と青の差はほとんどない。

 

 そしてさらに情報を付け加えるならば、

 

「この市街地の青ですが、戦闘に耐えうる<マスター>の数はこの半分もいないでしょうね。大半は決闘に興味のない非戦闘職か、決闘が見たくても今夜のメインイベントのチケットが手に入らなかった三流です」

 

 それゆえに、青い光点は赤い光点に近い順に次々と消えている。

 

 フランクリンの手勢は中央広場の寝返り組を除き、フランクリンとエリザベートの手の中にある端末を渡されている。

 

 それゆえに青い光点──王国の<マスター>を探し、順次撃破できる。

 

 数少ない例外は、つい先ほど大闘技場から飛び出した青い光点によって、瞬く間に中央広場の赤い光点が消滅したことくらいだ。

 

 それも当然。中央広場の寝返り組は、寝返り組の中でも戦力としては弱い部類なのだから。

 

 対して市街地を遊撃している寝返り組は彼らよりも強い。非戦闘職と三流相手に早々遅れはとらない。

 

 だが

 

「はぁ、まずいですね、この反応は彼女が来てしまったようです」

 

 フランクリンがそう呟くと、同時に端末が震える。

 

 端末を操作すると、そこから声が聞こえてきた。

 

『助けてくフランクリン!』

 

『ナニコレ!?助けて!』

 

『...ビット?』

 

『ファンネルじゃねぇか!!』

 

 その音声の直後、通信は途切れ、あとはノイズ音だけが発せられている。

 

 フランクリンは端末のボタンを押して通信を切った。フランクリンの持つ端末では赤い点が次々と消えていく。それと同時に青い点が付いたり来たりを繰り返している。

 

「これが相手ではクラブだけでは荷が重いでしょうね...それに本体の居場所が分からない」

 

 次々と端末からは赤い点が消滅する。マップに残る赤い点は数えるのみ。

 

「クラブ?」

 

 端末に目を落とせば、マークで表示されている光点は三つある。

 

 一つ目はクラブ。あちらこちらを移動しながら行った先で青い光点を消している。それも赤い光点を消せる戦力を持つ、“例外”の青い光点ばかりを。

 

 二つ目はハート。ギデオンの西門付近に位置して不動。しかし……西に近づいた青い光点が一つの例外もなく消滅している。

 

 そして三つ目はダイヤ。ゆっくりと西へと移動しているこれは……地図と周囲を見比べればわかるがフランクリン自身だろう。

 

「これはなんじゃ?」

 

「ああ、このマークは特別です。他の赤い光点は今回雇った連中なんですけどねぇ、マークの光点は自前で用意した戦力なんですよ....」

 

 しかし、そのマークにも青い点が纏わりつく様に追従している。

 

「あぁ、なるほど...私を攻撃しないのは第二王女がいるからか」

 

【ナイトラウンジ】の周りに5機のビットが見える。しかしビットは攻撃をする様子も無く、ただ【ナイトラウンジ】を囲んでいる。

 

「どうするのじゃ、これでおまえさんのたくらみはしっぱいかの?」

 

「まさか。確かに、ギデオンで彼女に会った時からこんな風になる予感はしていました。何せ今回の計画は彼女が居ない事を前提にして立てた計画です」

 

 この世界に生きる<マスター>たちにアルター王国で戦いたくない者を上げろと言ったら殆どの者が<アルター王国三巨頭>の名前を上げるだろう。しかし、一部の<マスター>は<不可視狙撃>の名を上げる。フランクリンもその一部のものであった。

 

 確かに<アルター王国三巨頭>は強い、“正体不明”の【破壊王】、“無限連鎖”の【超闘士】(フィガロ)、“月世界”の【女教皇】(扶桑月夜)確かに<超級>として申し分のない強さを持つ、しかし彼らは最強であり最悪ではない。

 

 しかし、彼女は違う、“不可視狙撃”と言う通り名を持ち、1つのクランを文字通り消滅させた最悪の<マスター>、“不可視狙撃”の【魔弾姫】(加奈)。フランクリンに銃口を向けている張本人だ。

 

「しかし、もうおいつめられているのではないか?」

 

 たしかにエリザベートの言うようにフランクリンの計画は現在、失敗と言うべき状況にある。街に放ったモンスターや<マスター>は討たれ、自前で用意した戦力も自由に動ける状態ではない。それでもフランクリンはニヤリと笑う。なぜなら

 

「見つけた」

 

 フランクリンの見つめる視線の先、中央の大闘技場に彼女は居た。大闘技場の中にいる誰かと話しながら、その視線はずっと【ナイトラウンジ】を向いている。

 

「恐ろしい、私の事でさえその気になれば一瞬で始末できるわけですか....」

 

 フランクリンは恐ろしいと呟きながらポケットから出した1つのボタンを押す。

 

「恐ろしいから排除してしまいましょう」

 

 フランクリンがボタンを押した直後、加奈に向けて高速で物体が飛来する。金属の骨格に身を包んだワイバーンの様な姿をしたドラゴン。

 

こいつの名前は【MGF】(メカニクス・ゴッド・ファランクス)元は【DGF】(ダイノアース・ギガ・ファランクス)というパキケファロサウルスの様な見た目をした、ただ強いだけのモンスターと対になるように製作をしたが1体だったが、製作をしている最中に楽しくなってしまい追加で特典武具を加えて調整を重ねた末に完成してしまった傑作の1つ。

 

残念ながら最高傑作である【MGD】(メカニクス・ゴッド・ディラン)には及ばないがそれでも強力なブレスと飛行能力、そして《竜王気》のおかげで、並みの<超級>であれば圧勝するほどの実力はある。

 

「本当はこんなところで【MGF】を出すはずではなかったのですが、仕方ありません。貴方がゲームに参加するとゲーム自体が壊されかねない」

 

 フランクリンはクスクスと笑いながら再びマップに視線を落とす。

 

 加奈によって手駒を減らされはしたが、ギデオンの街は相も変わらず混乱しており、そのマップの中でフランクリンを示すダイヤが悠々と無人の野を往くが如く進んでいる。

 

 多少の修正は必要だったが何も問題はない。

 

 二秒後、自分を示すダイヤのマークの真後ろに青い光点が出現するまでは。

 

「?」

 

 その表示に驚き背後を振り返ろうとして、フランクリンは頚動脈を撫で切られた。

 

 続いて、弾丸の如き奇怪なモンスターがフランクリンの体のあちこちを貫きながら爆裂する。

 

 被害はフランクリンだけに留まらず、【ナイトラウンジ】の背中で無数の爆発が起こり──耐え切れなくなって高度を落とし、墜落していく。

 

 フランクリンは、目まぐるしく混沌と化す視界の中で目撃した。

 

 黒い靄に包まれた何者かが、爆発のショックで気絶したエリザベートを抱きかかえて飛び降りる瞬間を。

 

(…………あー)

 

 フランクリンはその靄に包まれた姿に見覚えがあった。

 

(そういえばいましたね。<超級>でもないのに<超級>を倒した人が)

 

<超級殺し>。

 

 そう呼ばれるPKの存在を思い出しながら、瀕死のフランクリンを乗せた【ナイトラウンジ】はギデオンの路地へと墜落した。

 

 



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動乱 序

 加奈は燃え盛るギデオンの街を中心に向かってひたすらに駆ける。道中なるべく騒動を鎮圧するために街中にビットを展開し、蔓延るモンスターや武装した<マスター>を展開したビットで無力化する。

 

 しかしモンスターはともかく<マスター>に関しては、どちらが敵か味方かも分からず、ビット越しでは問いかける手段も無い為、仕方なしに武装している者を問答無用で無力化していた。何割かは味方も混ざっているだろうが、後手に回るよりはマシと加奈は考えたのだった。

 

 逃げ惑う人々の間を縫うように進み、加奈がギデオンの中心、大闘技場に到着するまでにそこまで多くの時間は掛からなかった。

 

 大闘技場に到着するまで僅かな時間だったが、街中で暴れていた多くの<マスター>はそのほとんどを無力化することに成功している。

 

 しかし、<マスター>の数が減少するにつれて、それを補うように数多くのモンスターが街の至る所から出現していた。加奈もヴァルキリアと分担して対応をしているが、不意急襲的に現れるモンスターから街のすべてをカバーするには72機のビットだけでは不足していた。

 

『マスター、首謀者らしき人物を発見しました』

 

 シュウに会う前に少しでも状況を打開しようと頭を悩ませていた加奈にヴァルキリアから朗報が入る。

 

「殺れそうかしら?」

 

 加奈は簡潔にそう聞いた。

 

 それに対してヴァルキリアは少し黙ると、申し訳なさそうに呟く。

 

『....難しそうです』

 

 そう言ったヴァルキリアは加奈が質問する前にその理由も話す。

 

『フランクリンと思われる人物の隣には情報提供のあった第二王女と思われる人物もいます。攻撃すれば第二王女に当たる可能性も0%ではありません』

 

 ヴァルキリアと視点を共有し、首謀者がいると思われる地点を加奈は覗く。ギデオンの上空、西に向かって飛行する飛行モンスターの上にそれはいた。白髪とメガネと白衣を身につけているくらいしか特徴がない男、そしてその横には加奈が知っているより少し大人になった第二王女が座っていた。

 

「確かに危ないわね、流石に私もエリザベートちゃんを殺して“監獄”行きになるのは嫌よ」

 

 王族殺しは重罪だ、どれだけ功績をあげ、アルター王国に尽くしても王族殺しをしてしまえば確実に罪に問われる。

 

『《魔弾》を使えばフランクリンだけを殺すことはできますが、身代わり系のアイテムがあれば無意味になってしまいますね』

 

【魔弾姫】の奥義を使えばフランクリンだけを確実に仕留めることができるが、最後の魔弾でなければ確実に殺しきることはできないだろう。

 

「今はまだやめましょう、監視だけつけて放置でいいわ」

 

『分かりました』

 

 ヴァルキリアが言うと飛行モンスター【ナイトラウンジ】の周りに5機のビットが張り付く。これで少しは牽制できただろうと考えながら加奈は大闘技場へ向かった。

 

 大闘技場に着くと大闘技場には内外を遮りるような結界が張られていて、大闘技場内では何人かの<マスター>が無力さを嘆くように項垂れていた。

 

「なるほどね、闘技場の結界と同じようなものか、これなら破れないこともないと思うけど」

 

 闘技場の中にはシュウがいる。彼ならこれくらいの結界を破るくらい造作もないだろう。しかし、結界はいまだ破られず、<マスター>達が抵抗をしているようすもない。

 

『となると、この結界を攻撃、または破った場合に何かしらのペナルティーが発生する可能性が高いですね』

 

 恐らくは、<マスター>ではなくティアンやギデオンの街に仕掛けられた仕掛けが発動するのだろう。なんとも陰湿な作戦だ。

 

「考察はここまでにしましょう。正確な情報を集めて適切に動かなければこちらが負けてしまうわ」

 

『そうですね。まずはシュウ様に会わなくてはなりません』

 

 加奈は「ええ」と返事をすると。壁の近くに立っている冒険者に声をかけた。

 

「すこし、よろしいかしら?」

 

「あんた、俺に話しかけてるのか?」

 

 袴を履いて、刀を腰に下げた侍の様な男は壁の外から話しかけられたことに驚きながらも、加奈の問いかけに応じる。

 

「驚いたな、あんた<マスター>だろ?こんなところで何をしているんだ?」

 

 こんな非常時に戦闘もせずにふらついているように見える加奈を男は怪しむような眼で見る。

 

「怪しいものじゃないわ。ギデオンから爆発音が聞こえたから駆け付けたのよ。何体かのモンスターと<マスター>は倒したけど状況が分からなくてね、情報が欲しいのよ」

 

「なるほど、フランクリン側の手勢じゃないってことか....いいだろう。俺はムサシ、一応は【武将】っていう上級職だあんたは?」

 

「私は加奈、【魔弾姫】の超級職よ」

 

 加奈の職を聞いたムサシの眼にわずかな輝きが戻る。

 

「超級職ならありがたい。この結界は闘技場の結界が流用されててな、そのおかげでレベル50以下の初心者(ルーキー)は外に出られるんだが、逆にそれ以外の奴は基本的に出られない。結界を攻撃すればギデオンにモンスターが解き放たれちまう」

 

 ムサシの語る情報は、加奈たちが想定したものとほとんど変わらなかった。

 

「そのせいで今ギデオンの騒動に対処しているのは50以下の初心者たちか、<超級激突>を見に来ていない僅かな者達だけだ」

 

 その対処に当たっている者達を倒してしまったかもしれないと加奈は思ったがその思いは決して口にしない。

 

「OK、大体わかったわ、外の状況には私が対処するから1つお願いがあるの」

 

「なんだ?」

 

 変な要求でもされるのではないかと男は息をのむ。

 

「クマの着ぐるみを着た人物を見つけて連れて来て欲しいの。名前はシュウ・スターリング。加奈が呼んでいるって言えば来ると思うわ」

 

「なんだそれぐらいだったらいいぜ」

 

「よろしくね」

 

 男は仲間を何人か連れて奥の方へと走っていった。少しふれまわるだけでシュウは反応するだろう。そう考えながら加奈がシュウを待っていると、上空から巨大な気配が接近してくる事に気付く。

 

「フランクリン...ではないみたいね」

 

『真っ直ぐこちらに向かってきます。接敵まで5秒』

 

 ヴァルキリアの読むカウントが進むにつれて敵の姿が大きくなる高速で接近してきたのは金属の骨格に身を包んだドラゴン。

 

 赤いオーラを纏ったドラゴンは速度を一切緩めることなく、加奈へと突撃した。

 

「……無茶苦茶ね」

 

『全くです』

 

「しかもあのオーラは《竜王気》ね少し面倒だわ」

 

 この世界にいる竜種、ドラゴン達の中には【竜王】という者達が存在する。

 

 純竜の中の一種族の王であると共に、当代唯一無二の強大な存在であるためにいずれもUBMとも認定される。

 

 彼らが持つスキルの1つが《竜王気》物理攻撃も魔法も大幅に減衰する攻防一体のオーラを纏う。

 

 高速で突撃したドラゴンは加奈に当たる直前、金属の板に阻まれた。加奈とドラゴンの間に入ったビットは3枚で1つの盾となり、ドラゴンの突撃を完全に防ぐ。

 

 突撃が防がれたドラゴンは、間髪入れず口からブレスを吐く。放たれたブレスは余熱で地面を溶かしながら加奈へと進む。ブレスは大闘技場の壁まで防がれることなく進み周囲一帯を炎と高熱で満たす。近くにあった石像は溶けて原型が完全に無くなり、闘技場を囲むように建っていた家屋も徐々に融解していく。

 

「なかなかやるわね、物理攻撃が防がれたら、次は広範囲に広がる属性攻撃なんて」

 

 燃え盛る炎の中から加奈の声がすると同時に炎をかき分けてビットが飛び出す。

 

 飛び出したビットは【MGF】の周りを囲むように飛び交い、次々とビームを放つ。

 

 次々と飛来する光線が【MGF】の身体を貫く。攻防一体の赤いオーラ《竜王気》によって減衰しているはずの攻撃は、少しずつしかし確実に【MGF】へダメージを与えていく。

 

 たまらずブレスを中断し距離を取る【MGF】しかし距離を取っても追従するように飛翔するビットは四方八方から攻撃を加える。

 

「耐久力も上々、それに防御力も高いみたいね」

 

『惜しいものです、こんな状況でなければ良い戦いができたでしょう』

 

【MGF】が放ったブレス、燃え盛る炎の中を加奈は何事も無かったかのように歩いている。

 

 加奈の周りには彼女を中心にするようにビットが展開し、周囲の炎を抑え込んでいた。

 

「グゥゥ....」

 

 分が悪いと踏んだのか【MGF】は上空へ逃げようと翼を広げようとする。

 

 しかし、上手く翼は広がらない。【MGF】が慌てて自身の翼を見れば、翼は凍り付き広げることが出来なくなっている。

 

ならばと後ろに飛び退こうとするが、急に体重が鉛のように重くなり尻餅をつくように後ろへと転んでしまう。

 

「ごめんなさいね、今は遊んでる時間が無いのよ」

 

 無慈悲に加奈が言い放つと同時に数機で合体したビットが【MGF】へ向かって極太の光線を放った。

 

光線に当たった先から【MGF】は分解されて数秒で影も形も無くなってしまう。

 

「さすがクマね」

 

【MGF】との戦闘が終わり大闘技場へ戻ろうとした加奈に聞きなれた声がかけられる。声がした方向を見ればつい数日前に別れたばかりのクマがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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動乱 破

「あら、案外早いご到着ね」

 

【MGF】を倒した後クマの着ぐるみを発見した加奈は声が届きやすいように大闘技場へと近づく。

 

「おいおい、嫌みはやめてくれクマ、こっちにも対応すべき案件があったんだクマよ」

 

 ゆっくりと近づいて来る加奈にシュウは苦笑いをしながら答える。

 

「それは、貴方が外に出ない事にも関係するのかしら?」

 

「勿論クマ。“物理最強”と“魔法最強”が闘技場内にいるクマ。理由までは分からないけど、もし、万が一にも暴れ始めたときに止める者が必要クマ」

 

「なるほどね、ちなみに<超級激突>で戦ってた2人は?」

 

 シュウの話を聞いて加奈はシュウが大闘技場を警戒する理由を理解する。通りで大闘技場内からとてつもない気配を感じたわけだ。シュウが異常時につき力を開放していると考えていた加奈だったが、<超級>が複数人いればとてつもない気配を感じるわけだと納得した。

 

 しかし、大闘技場内には<超級激突>で戦っていた迅羽とフィガロが居るはずだ。迅羽は分からないが、フィガロがいれば最悪彼に任せる事もできたはずだ。

 

「フィガロはどうしたの? 彼であれば勝つことは出来なくても時間稼ぎくらいできるでしょ」

 

「あぁ、フィガ公は闘技場の中にある結界に捕らわれているクマ。もちろん助ける事も出来るが、そうするとフランクリンにバレそうだからな、今はまだ大きく動けないクマ」

 

 柱に寄りかかりながら話すシュウからは怒りの感情が伝わる。あまり感情を表に出さない彼からここまで強く気配が伝わるのは相当悔しいのだろう。

 

「それと、弟がこの問題を解決しに仲間たちと向かった。方角的には西に向かったと思う、すまないが動けない俺の代りに助けてやってくれ」

 

「OK、いいけど、彼を優先することは出来ないわ。この街には助けなければならない子たちもいるかね」

 

「それでいいクマ、余裕があれば助けてやってくれ」

 

「わかったわ。もう少し話したい事もあるけど今はこれだけ聞ければいい」

 

 本当は【呼び出し札】の話やこの事件が起こった経緯などを詳しく聞きたかった加奈だが、残念なことに今は時間が無い。多少の情報交換と、対処しなければならない事の情報を軽く聞いただけで加奈は話を終わらせた。

 

 それに、どうやら加奈が【MGF】と戦っている間にもフランクリンの方にもひと悶着あったようであった。監視用のビットを1機しか残さなかったので情報の収集を正確には出来なかったが、第二王女が何者かに一度攫われそれを無事に取り戻したみたいだ。フランクリン自体も一度倒されたが、現在もギデオン上空を飛行していることからなんとか無事だったのだろう。

 

「ヴァル、一番大きな戦闘が起きているところから介入していくわよ」

 

『それですと、第二王女様を攫った人物が現在ギデオン九番街の付近で戦闘をしています。かなりの強者みたいですので、助けることが出来れば戦力にはなるかと』

 

「分かったわ、そこから行きましょう」

 

「頼んだクマよ」

 

 シュウに手を振りながら加奈は九番街へと走る。全力を出せばほんの1、3分で到着する距離だ。道中見つけたモンスターは追従するビットで容赦なく撃ち抜き、1匹残らず殺しつくす。

 

 屋根の上を走り、九番街に到着した加奈の眼下では戦闘が開始されていた。加奈と同じようにスーツを着たサングラスの女性。それと相対するのは鳥の顔を模した帽子を被って指揮棒を振る男性。その彼を囲むように弦楽器を弾き鳴らすケンタウロス。管楽器を吹き鳴らすケットシー。打楽器を打ち鳴らすコボルド。鍵盤楽器を奏でるハーピー。がそれぞれの楽器を奏でている。

 

 彼らは目まぐるしく動きながらそれぞれの攻撃を繰り出す。スーツの女性は手に持ったリボルバーから爆発する生物の様なものを撃ち出し、付近の建物を爆発させている。避難が終わって無ければ被害は甚大だろう。

 

 相対する指揮者の格好をした男性は迫りくる弾丸生物を手前ですべて砕き、お返しとばかりに超音波による斬撃をお見舞いする。

 

「強いわね、2人とも超級職、エンブリオも第六形態の<上級エンブリオ>ってところかしらね」

 

『そのようです。女性の方は速度に特化したタイプ、<エンブリオ>はアームズかレギオンでしょうか。それに対して男性の方は支援系でしょうか? <エンブリオ>はレギオンみたいですけど』

 

「おそらく女性の方が暗殺系の職なのでしょう。立ち回りと速度特化しているところから分かるわ。男の方は職と<エンブリオ>の相性がいいのね、それにおそらく音を使った目に見えにくい攻撃。広範囲に広がる攻撃では速度を活かすのは難しいわね」

 

 2人のせわしなく動く戦闘を観察した加奈たちは2人の力量を正確に測っていく。

 

「それで、ヴァル何方が味方かしら?」

 

「第二王女様を攫ったのは女性の方です。フランクリンに一撃入れてましたのでこちら側で間違いないかと」

 

 観測している間にも戦闘は進んでいく。男性の放つ音の結界を破れない女性は攻撃を放ち続けてはいるがいまいち攻めあぐねている。おそらくこの後の戦闘を考えての温存だろうが、どちらにせよ倒すためには奥の手を出さざるおえないだろう。

 

「戦闘を楽しんでいるところ申し訳ないけど速攻で沈めましょう」

 

『分りました』

 

 指揮棒を振っていた男が指揮棒を止め演奏が停止する。おそらく攻撃方法の変更。スーツの女性は警戒して攻撃に出れていない。ならば今が好機とヴァルキリアは集めた20機のビットを操り男へ向けて雨のように光線を放ち続ける。

 

「なっ!」

 

 上空からの奇襲、音の結界を貫通してくる攻撃に男は回避するしか選択肢がなかった。

 

「面白い戦術ね」

 

 男の戦術は面白いものだった。自身が鳥の帽子を被ることによってハーピーの存在を隠し、時間がかかる大技の発動を上空で待機していたハーピーが行う。スーツの女性がハーピーに気付いていなかった様子からそれ以外にも仕込みを行っていたのだろう。

 

 しかし加奈には関係ない。この指揮者の男ベルドルベルがギデオンの中央広場で、ここ数日の間ずっと演奏をしていたことも。上空のハーピーを巧みに隠し、目の前の女性マリーに気付かれないようにしていたことも。

 

「お前は....!!」

 

 加奈の声に気が付いて振り向いた時にはすでに遅い。彼を守る音の壁ごと殴られた彼は建物の方へと吹っ飛んでいく。なんとか受け身を取ろうとベルドルベルが近づいている壁の方を見ると、そこには先ほど自分をふきとばした女が構えて待っている。

 

「ごめんなさいね」

 

 そう言うと加奈は飛んできたベルドルベルを上空に蹴り上げる。上空に打ち上がったベルドルベルはヴァルキリアの操作するビットの一斉掃射を受ける。ヴァルキリアの放つ光線はベルドルベルを守る振動結界を無視して彼にダメージを与え続ける。途中【救命のブローチ】などの身代わりアイテムが何度も発動するが、それは破壊の嵐とも呼べる攻撃の前では一瞬、刹那の延命でしかない。

 

 自信を守る音楽隊は存在せず、空中で体のバランスを整える事も出来ず、ベルドルベルは光の粒となって消えてしまう。

 

「あなたは、一体?」

 

 突然の乱入者によって救われた形となったマリーだが、乱入者が何者なのかも分らないのでは警戒を解除する事も出来ない。彼女は何者なのか? なぜ自分を助けたのか、その理由を得られずにいた。

 

「私は加奈、浮いているこの板みたいなのが私の<エンブリオ>よ。第二王女をフランクリンから奪い返したのは貴女でしょ?」

 

「そうですが、また奪われてしまいましたが....」

 

「ああ、いいのよ、気にしないで。そう言えば貴女名前は?」

 

「私はマリー・アドラー、一応は王国側の人間です」

 

 マリーの名前も確認しニコニコと笑う加奈だが、マリーとベルドルベルの戦闘を邪魔したことを申し負けなく思っていた。実力も拮抗している。さらにこの世界にかける願いも同じ部類のものだろう。最後まで戦えば互いに良い成長が望めた戦いだった。

 

 そんな戦いを邪魔してしまったことに若干の罪悪感を持っていた。しかし、早期に介入した甲斐もあってマリーの損害はそんなに大きくない、多少の疲労感はあるだろうがまだまだ戦闘をこなすことは出来るだろう。

 

「戦闘を終えた後に悪いのだけど少し頼まれごとをしてくれないかしら」

 

「頼まれごとですか?」

 

「そう、簡単に言えばモンスターの処理をお願いしたいのよ」

 

 ギデオンの街中にモンスターをばらまいているのは街中に設置されたモンスター解放装置が原因であった。狙撃手系の派生職を極めている加奈は《隠蔽感知》も持ち、《隠蔽》の施されたものを得意としていた。その甲斐もあって街中に設置されたモンスター解放装置を発見する事に成功していた。

 

 しかし、それらすべてを破戒し回収する為には1人では手が足りない、現在発見できているだけでも1000個以上の装置がばら撒かれており、街中に出現しつつあるモンスターの数を考えると総数はもっと多いかもしれない。

 

 シュウから聞いた話ではフランクリンが予告した刻限になるとモンスターが街中に放たれるらしい。そうなってしまえばどれほどビットを駆使しようが、必殺スキルを使おうが1000体を超すモンスターを被害なしで抑える事は出来ない。

 

「街中に散りばめられたモンスター開放装置、それを私と一緒に破壊回収して回って欲しいの」

 

「なるほど...それならば協力はできそうです」

 

 加奈の提案にマリーは即座に了承をする。

 

「助かるわ、戦闘を見ていた限り貴女もかなりAGI特化みたいだったから2人でやれば予告された時刻までには終わるはずよ」

 

 モンスター開放装置を回収するのはもし仮に予告した刻限までに対処が出来ずにモンスターが開放されてしまった時に対応し易くするためともう一つ理由があった。

 

 それはフランクリンが約束を破ってモンスターを開放する可能性があるからだ。第一にギデオンに壮大な下準備をして時期を狙った用意周到な大規模テロを仕掛けた相手が、時刻までにクリアできたからハイ終わりとなるなんて加奈は考えられなかったのである。

 

 街中に設置された1000体を超すモンスター、<マスター>の裏切りを手引き、大闘技場の小細工に、その地下に感じた生体反応。大闘技場に偶然居合わせた2人の<超級>、さらにギデオンの外で待機している何か、ここまで策を巡らせている奴を相手にして、その場凌ぎの対応をしていれば必ずこちら側が後手に回ってしまう。そうなればフランクリンに勝つことは出来てもギデオンが滅びかねない。

 

 そうなってしまえば王国は間違いなく衰退の道を辿ることになる。だからこそここで革新的な一手を打たなければならない。幸いにもフランクリンは西門の外で最終フェイズに入ろうとしている。さらに彼を止めようと騎士団とレイ君と仲間たちが向かっている。それに加え街中を監視していたモンスターもその大半を始末済みだ。こちらに割くリソースは多くないだろう。

 

「とにかく、一個でも多くの装置を破戒回収して、近くの装置まではこのビットが案内するわ」

 

 加奈が言い終わるとマリーの横に一機のビットが付く。

 

「わかりました。それではまた後で」

 

「ええ、お願いね」

 

 ビットに引き連れてマリーがその場から消える。それと同時に【十束指輪 エーテリア】の内1つが淡く輝き、加奈のMPが回復する。

 

『指輪も残り3つですか』

 

 全力で動かし続けた《ブリュンヒルデ》は加奈のMPを尋常ではない速度で消費し10分ごとにMPを消費しつくしてた。

 

「形態を《ラーズグリード》に戻しましょう。モンスターの数も減ってきた今なら《ブリュンヒルデ》でなくても対応できるでしょう」

 

『分りました』

 

 ヴァルキリアは第七形態《ブリュンヒルデ》から第六形態《ラーズグリード》へと姿を変える。それに合わせてゴリゴリと削れていた加奈のMPは多少減少が収まる。

 

『ギデオンの街中を監視することは出来なくなってしまいましたが、ビットの配分はどうしますか?』

 

 ヴァルキリアに問われて加奈は少し考える。街の中心から東のエリアに関してはほぼ索敵が終わりモンスター解放装置もかなりの数発見する事が出来ている。見逃したものもあるかもしれないが、見返す時間は無い。幸いにもマリーが東のエリアから順に潰してくれているので後は彼女に任せるしかない。なのでビットの配備が重点的に必要なのは西側となる。しかしビットの数も3分の1となってしまっている。

 

「フランクリンの監視及びマリーの案内は継続。後は私の周りに3機を残して、それ以外は西側の探索に当てなさい」

 

『分りました』

 

 加奈が指示を出すと、加奈の周りで待機していたビットも3機を残して西の方へと飛んでいく。

 

「後は時間が勝負よ」

 

『わかりました』

 

 加奈はビットを足場の代わりとして建物の屋根へと上る。そして眼下に広がるギデオンの惨状を一瞥すると、西へと走り始めたのだった。

 

 

 

 



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動乱 急

「さてと、困りましたね」

 

 ビットに引きつられながら道を進むマリーは子声でそう呟いた。自身の声がビットに聞こえてないだろうか?それ以前にあのビットは音を拾うのだろうかそんなことを考えながら先ほどの事を思い出す。

 

 しかし、まさか“PK殺し”がこの場にやってきているとは思いませんでした。私の事はバレていないでしょうか?うーん、心配です。

 

 白金の髪を後ろで結び、蛇のような琥珀色の瞳をもち無数のビットを扱う女性。顔を見たのは初めてでしたが、加奈という名前といい彼女がかの有名な“PK殺し”なのでしょう。

 

 なにせ彼女の情報は噂の広がりに反するように異常に少ない。そのことさえ、彼女の事を知る人物はみな消されてしまった、情報を得たものは消されるなど、半ば都市伝説のような噂が出回る始末です。

 

 そんな彼女を前にしたら頭が真っ白になってしまったので、一体どんな受け答えをしたかも覚えてません。変な受け答えはしてなかったでしょうか....やはり心配です。

 

 しかし、私とほぼ互角だったベルドルベルをまるで赤子をひねるように倒してしまうとは流石は<超級>の中でも上位に位置していただけの事はあります。しばらくのブランクがあるはずなのにあのランクにいるとそんなものは関係ないのでしょうか。

 

 “不可視狙撃”に“PK殺し”の通り名を持つ狙撃手。今回の事件を起こしたフランクリンもかなりヤバいやつですが加奈、彼女はそんなものの比ではありません。なにせフランクリンが一人をこのゲームから排除したのに対して彼女は1つのクラン、しかも大規模なPKクランをこのゲームから排除してしまったのですから。

 

 こう思うとフランクリンもかわいそうなものです。フランクリンもかなり危険な奴ですが、加奈の前だと霞んでしまいますね。

 

「おっとどうやらついたようですね」

 

 先導をしていたビットが止まり銃口がある一点を指す。私も《隠蔽感知》を発動させると、そこにはジュエルが埋め込まれた機械のようなものが存在した。

 

「これを壊して...っと」

 

 壊した機械を大きな袋の中に入れていく。袋は既にかなり膨らんでおり、中には先ほどと同じ機械が大量に入っている。

 

「これで212個目ですか...まだまだ先は長そうです」

 

 私が機械を回収したのを確認するとビットは次の場所へ向かって移動を始めました。あのビットは自動で動いているのでしょうかそれともすべて動かしている?

 

 そんなささやかな疑問を抱きながらマリーはビットの後を追って走り出した。

 

 ☆☆

 

『マリー様は212個目の装置を回収しました』

 

「あちらも順調のようね」

 

 加奈は320個目となるジュエルが埋め込まれた機械を回収しながらヴァルキリアの報告を聞く。合計で500個以上の装置を回収できたが、まだまだ先は長い、新たに発見した装置を含めると合計で1500個ほどの装置が確認できている。

 

「早めに動き出して良かったわ、1500体ものモンスターが暴れ始めたらどうしようもなかったもの」

 

 ここが街でなかったらいくらでもやりようはあった。最悪シュウが暴れればすべてが無に還るが問題は解決できるのだ。しかし、“決闘都市”とも呼ばれる発展した都市を無に還すことはアルター王国にとっても大打撃になってしまう。

 

『しかし、尋常ではない程の量ですね既に出ているモンスターも合わせれば2000個ほどの装置が隠されていたのではないでしょうか』

 

「でしょうね、これだけ倒してもまだモンスターが出続けているのを考えるともっとある感じもするわね」

 

 倒したモンスターの数は500体を優に超している。それでもなお増え続けているモンスターを見ると2000個以上の装置があっても不思議ではなかった。

 

「それに時間が来るか、大闘技場の結界を攻撃しない限りモンスターが出ないって言うのも嘘みたいね」

 

『それでなければ結界を攻撃し続けている<マスター>がいるか、ですかね』

 

 そんな馬鹿なと加奈は思うが、誰が何をするかなど完全に予測することは出来ない。もしかしたらなどとも考えるが、すぐにそんな考えを打ち切る。

 

「まあ、そんな奴がいたとしてもフランクリンが約束を守っていないと考えても同じようなものよ」

 

『フフフ、確かに私たちの状況が変わるわけでもないですものね』

 

 そんなことを話しながらも加奈たちが回収した装置の数は500個を超えている。<Infinite Dendrogram>の中でも最高峰と呼べるAGIを持つ加奈のは雷のようにギデオンの街中を駆け抜けモンスター解放装置を回収していく。

 

「先が見えないわね、街の状況にもあまり注目できない」

 

 モンスター解放装置の索敵、破壊、回収を最優先して自身の身体とビットを操作している加奈は外の様子を気にしている余裕が無い。情報収取と状況の対処をヴァルキリアへと丸投げし、自身は装置の回収に集中してる。

 

『フランクリンが予告した時刻まで後10分ほどです』

 

「現在の個数は!?」

 

『現在合わせて1500個以上の装置を回収しています』

 

「そう、なら間に合うわね」

 

 集まった装置の個数に加奈が安心をしていると突如、空中に映像が映し出される。

 

『この映像をご覧の決闘都市の皆様、そして王国の皆様! 先ほどぶり、あるいはハジメマシテ! 【大教授】Mr.フランクリンでぇす。今宵これより、私のゲームのクライマックスをお見せいたしまぁす!』

 

 映像に映し出されるのはフランクリン。録画かと疑う加奈だったが、フランクリンを監視しているヴァルキリアがリアルタイムの映像だと肯定する。

 

 

『ここにありますは、ある装置のスイッチ! その装置とは、決闘都市全域に仕掛けられたモンスター解放装置に他なりません!』

 

「不味いわ、まだ回収し終わってない」

 

 モンスター解放装置をちらつかせるフランクリン。加奈の焦りを感じ取ってか、フランクリンは監視をしているビットへ目線を向けてニヤリと笑った。

 

『このスイッチにはタイマー機能がついておりまして、あと652秒後に全てのモンスターを解放する電波を発信する仕組みになっておりまぁす! ……と言っても、何匹かは乱入者のおかげでフライングして解放せざるをえなかったですけどねぇ』

 

 フランクリンの言う乱入者とは十中八九、加奈の事だろう。

 

『全モンスターの解放!? 待ってください、それでは……!』

 

 画面の先で近衛騎士団の副団長リリアーナが切迫した表情で叫ぶ、それを見たフランクリンは笑みを強めて答えた。

 

『そう、およそ3000の装置から湧き出る、亜竜クラス以上のモンスター3000体。それが一斉に決闘都市を襲いますねぇ。一応は<マスター>以外の人間は襲わないように設定しているけど、<マスター>は襲うし建築物にも躊躇しませんねぇ。この街、どれくらい壊れるんでしょうねぇ?』

 

「その情報も信用できるか分からないわね!」

 

『全くです。ここで正確な数を必要がありませんからね』

 

 装置を回収していると分かっているからブラフとして数を言ったのか、それは分らないが、しかし少なく見積もっても装置は3000個以上あることだけを加奈たちは理解できた。

 

 なぜならば、わざわざ誇張する必要がないからだ。少なく数を言うことで加奈たちの油断を誘う可能性はあるが、数を誇張する必要はない。なぜなら時間が来ることで結果は出てしまうからである。

 

 加奈たちをギデオンに足止めするならば時間制限を設ける必要がないのだ。そうすればいつどこから現れるかわからないモンスターに対処するため街に残り監視をする必要が出てくる。そうなれば、大闘技場の中にいるマスターも牽制できるうえ、加奈かマリーを街の警護に残すことが出来る。

 

「まあ、時間で全モンスターが開放されるっていうのがデマだったら、もう対応できないわね」

 

『初動で後手に回てしまいましたからね、予期出来ていれば人員を集められたのですが』

 

 ヴァルキリアの言葉に加奈は息を飲んだ。

 

『どうかしましたか?マスター』

 

「いえ、完全に予期できなかった訳ではないわ。ゴゥズメイズ山賊団を壊滅させる前にであったドクターフラミンゴ....しっかり調べておけばこんなことには....」

 

 あの着ぐるみの中に入っている人間の名前までは分からなかった。ただ、悪だくみをしている事と、知ったような気配がしただけだった。しかし、あの着ぐるみの中身は間違いなくフランクリンだったのだろう。おそらくモンスターが開放装置を設置している最中だったのだろう。後悔しか残らないと加奈は思った。あの時もっと注意をしておけば...。

 

「しかし、今更後悔しても遅いわね。残りを早く集めましょう」

 

『さて、このスイッチですが……ぽーい』

 

 映像の中ではフランクリンがスイッチを自身のモンスターに食べさせている。

 

『あと600秒程でスイッチは信号を発信しますが……発信を止めるにはこの【RSK】を倒すしかありません』

 

 フランクリンはそこで言葉を切り……オーバーモーションでリリアーナを指差した。

 

『戦いを挑むのは近衛騎士団副団長【聖騎士】グランドリア卿! 近衛騎士団第三位【聖騎士】リンドス卿!』

 

 二人を指した後、

 

『そして! この場に唯一辿り着けた<マスター>……【聖騎士】レイ・スターリング君でぇす!』

 

 レイ・スターリングを指差した。

 

『さぁ! 三人の【聖騎士】は決闘都市を守れるのか! 全てはこの三人の肩に掛かっております!』

 

 

『ですので』

 

 そこで一度区切ったフランクリンはまがまがしい笑顔で

 

『──街がなくなったときはこの三人を怨んでくださいねぇ?』

 

 と言い放ったのだった。

 

『目くらまし!?』

 

『レイさん! この光に乗じて攻撃が来ます!』

 

 画面を覆いつくす程の閃光の中、映像の先では戦闘が開始されている。

 

「ヴァル、援護できそうかしら?」

 

『どうやら厳しいみたいです。フランクリンを監視しているビットにも他のモンスターが集まってきました。しかも、相手かなり早いです!』

 

「あくまで邪魔はさせないつもりね」

 

 集めた装置は2000個を超えた。フランクリンを信じたくはないが、彼が言った言葉が真実ならば残り1000個となる。しかし、討伐しているモンスターも含めるなら残りは500個以下だ。

 

「ごめんねシュウ、レイ君のピンチだけど助けに行けそうにないわ...」

 

『マスター』

 

 悲しく呟いた加奈だったが次の瞬間には俯いた顔を上げヴァルキリアへ指示をだす。

 

「ヴァル、今貴女が行っている役割は私が持つわ。だからレイ君に助力してあげなさい」

 

『しかし、ビットの数が足りませんよ』

 

 加奈は自身のステータスを確認する。MPはまだ6割ほど残っている。【十束指輪 エーテリア】もまだ3つ残っている。これなら全力を出しても大丈夫なはずだ

 

「第七形態《ブリュンヒルデ》へ再度移行。ヴァルは好きなのを15機連れて行きなさい」

 

『平行作業をそんなに行って負担は大丈夫ですか?』

 

 自身の身体を超々音速で操りながら、マリーの案内をしつつ、モンスター開放装置を探す。同時に暴れている<マスター>やモンスターが出ればその対処に当たり、またそれを見逃さない様に街を監視する。

 

 フランクリンの監視を除けば、加奈とヴァルキリアで行っていた作業を一人で行うのだヴァルキリアが心配するのも当たり前だろう。

 

「大丈夫よ、知ってるでしょう?私は複数の事象を並列的に処理するのは得意なのよ。それより行きなさい、こっちが終われば私も合流するわ」

 

『分りましたご武運を』

 

 第六形態《ラーズグリード》が第七形態《ブリュンヒルデ》へと変わり、まるで舞い散る羽根のように飛び散ったビットは各地へと舞い始める。

 

「ぐッ!!」

 

 途端先ほどでとは比にならない程の操作量、情報量が脳へとなだれ込み、加奈は鼻から血を垂らす。

 

「フフフ、まだまだ余裕よ」

 

 鼻から垂れた血を拭い加奈は不敵に笑う。

 

 自身の身体を限界まで酷使し今にも手放しそうになる意識を意志の力で無理矢理繋ぎとめる。

 

 頭がおかしくなりそうな程の痛み。

 

 其れだけの苦痛を味わってもなお加奈は笑った。

 

「これよ!これが、この痛みこの苦しみこそが最高に良いわ!!」

 

 現実では決して味わえない痛みに苦しみ。

 

 久しく忘れていた自身の限界が更新されていく感覚。

 

 全身全霊で魂をも燃やすような感覚。

 

 本当の自分を曝け出しているような感覚に加奈は歓喜した。

 

「アハハ!ホンットに!最高ね!!」

 

 これではヴァルの事をあんまり言えないわね、そんなことを思いながら加奈は更に加速する。目的はモンスター開放装置の回収。ギデオンを救うために全力で街を駆けるのだった。



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決戦

 加奈と別れたヴァルキリアはレイを支援するために西門へ向かていた。普段は加奈の肉体に意識を宿しているヴァルキリアだが、ビットに意識を移すことも可能だ。今はビットに意識を移して西門へと向かっている。

 

『....やはりこうなりましたか』

 

 加奈の行動を残したビットで確認したヴァルキリアは加奈の行動を見てため息をつく。

 

『私も多少狂っている自覚はありますけど、マスターも大概ですよね』

 

(そもそも、マスター精神から私が生まれたので、私が狂っているならマスターが狂っていないわけがないのです)

 

 加奈に対して失礼なことを考えながら、ヴァルキリアは進んでいく。1分もかからずヴァルキリア率いる15機のビットが、西門に到着するが一息つく暇もなくヴァルキリア率いるビット群は戦闘に参加した。

 

 フランクリンを監視していた、または西門付近にいたビットの数は5機、そしてヴァルキリアと共に到着したビットは15機。計20のビットが空中に展開する

 

「やっぱり、着ましたねぇ...」

 

 ビットが来たことを確認したフランクリンは手元で端末を操作する。

 

「....ですが邪魔はさせませんよ」

 

 するとレイと近衛騎士団の2人が戦っている醜悪な姿をしたモンスター以外にも、周囲を取り囲むようにガーゴイルの様な姿をしたモンスターがレイ達を取り囲むように現れる。

 

『させません!』

 

 すかさず、新たに現れたモンスターに攻撃を仕掛けるヴァルキリアだが、ガーゴイルは大したダメージを受けず、少しずつレイたち3人を包囲しようとし始める。

 

「ハハッどうだい?本当はここで使うつもりなんてなかったんだけどね、射撃ダメージに耐性を持つモンスター達だよ」

 

 フランクリンの言う通り新たに出現したモンスターは一撃で倒されることは無い。それどころか20発ほど当ててやっと一体を倒すことができる。

 

『厄介ですね』

 

(レイ少年を援護するどころではありません。私1人ではここを抑えるので精一杯です)

 

 ヴァルキリアは必死に迫りくるガーゴイルを抑えるべく戦闘を開始する。ヴァルキリアは縦横無尽に空中を舞い、絶え間ない射撃をガーゴイルへと与える。

 

 レイ達を包囲しようとしていたガーゴイルはヴァルキリアの攻撃によって散開するも今度はビットにも劣らぬ速さで縦横無尽に空を駆け、ヴァルキリアを苦しめた。

 

 ヴァルキリアが上空で戦闘を始めた頃、レイも醜悪な姿をしたモンスターへと攻撃を加えるべく行動を開始する。レイは自身の愛馬である【シルバー】腹を蹴ると同時に手綱を引く、するとシルバーはそれに応え、【RSK】目掛けて一気に駆け出す。

 

 無数の光弾の雨を掻い潜り、レイと【RSK】の彼我の距離が零となる。そして自身の<エンブリオ>である【黒大剣】を振るった。

 

「『──《復讐するは我にあり》!!』」

 

【ゴゥズメイズ】をも滅ぼした破壊の奔流、おそらくレイが持つ最強の攻撃は【RSK】に“僅かな傷も与えることはなかった”。

 

【黒大剣】は【RSK】の体表を滑るだけで何の破壊ももたらさなかった。直後に【RSK】の亀裂から放たれた光弾が、無防備な体勢だったレイに直撃する。更に続くように数発が着弾しレイの身体を吹き飛ばす

 

「どうして……」

 

「──ああ、イイ顔だねぇ」

 

 そんな、陶酔するようなすべてを見下すような声音がその場にいるすべての者に届く

 

「フランクリン……!」

 

 レイたちを見下ろすフランクリンのその表情。それはまたも笑みだったが……先刻までの貼りついたニヤニヤ笑いではなく、心底愉快で仕方ないという嗤い方だ。

 

「あはは、呆然としているねぇ。訳が分からないだろう? 「何で? どうして? 俺達の《復讐》は効かぬ者なしの必殺技じゃなかったのかネメえもーん!」ってところかい? メガネを理由にの○太くん役になったレイくぅん?」

 

「……ッ!」

 

 心底人を馬鹿にしたような表情で笑うフランクリン。

 

「ああ、また驚いている。いいねぇ。いいねぇ」

 

「……お前、あの薬に耳を生やす以外にも何か仕込みやがったな」

 

「正解だねぇ」

 

 フランクリンはそう言って懐から一本の薬瓶を取り出す。それは、ギデオンであったペンギンの着ぐるみが差し出した薬瓶と酷似していた。

 

「君に飲ませたあの薬。あれは【劣化万能霊薬レッサーエリクシル】と【ケモミミ薬】のカクテルだったわけだけれど」

 

 フランクリンはそれの蓋を開けると、自分の手のひらにビシャビシャと零して(こぼして)

 

 すると……。

 

「──実は薬以外にも盛っていたんだ」

 

 手のひらに、ビー玉ほどのサイズのゲル状の物体が残った。

 

「この子は【PSSピーピングスパイスライム】。液状で戦闘力はなく、人の胃の消化力でも二十四時間ほどで消えてしまう。ただし、存在している限りは服用した相手のステータスやスキル情報、それに発声した音声情報を私の元に送り続ける」

 

 レイは思わず口元を押さえる。

 

 仕込むにしてももっとマシなものを仕込め……そう思いながら口元を押えながら必死に耐える。今になって【スライム】を飲んだという気持ち悪さが湧いてきているのだ。

 

「君の手の内はもう全部把握している。

 

<エンブリオ>ネメシスの三つのスキル。

 

【瘴焔手甲 ガルドランダ】。

 

【紫怨走甲 ゴゥズメイズ】。

 

 本物の煌玉馬。

 

《聖別の銀光》を始めとした君自身のスキル。

 

 採りえる戦術についても【大死霊】メイズや【ゴゥズメイズ】との戦いで知っているよ」

 

 ニヤニヤと笑いながら勝ち誇ったように、そう宣言する。

 

「そして、この【RSK】は君の持つあらゆる能力に対応している」

 

「対、応……?」

 

 フランクリンのその言葉にレイは驚いた声をあげて呆然としている。

 

「《復讐するは我にあり》は効かない。

 

 状態異常なんて与えない。

 

《煉獄火炎》は効かない。

 

《地獄瘴気》は効かない。

 

《聖別の銀光》も効かない。

 

 もし仮に《グランドクロス》が使えるようになっても効かない。

 

 君レベルがやるただの攻撃も効かない。

 

 君に対して【RSK】は無敵で最強だ。そう、なぜなら……」

 

 フランクリンはそこで言葉を切り、輝くような笑みで宣言する。

 

「【RSK】は──【レイスターリングキラー】は君を倒すため“だけ”に用意したモンスターだもの」

 

「…………俺を倒す、ため?」

 

 レイは心底訳の分からない様な顔をして、聞き返す。

 

「だから、どうしたって君は絶対に負けるんだよ。この【RSK】の製作には一億リル掛かったけどねぇ。でも仕方ないよねぇ。金銭は勝利のために使うものだから」

 

「何でだ……?」

 

「何で? うん、不思議だね。何で<超級>の私が遥か格下の君相手に、巨費を投じてこんな対策まで打っているのか不思議だろうね」

 

 フランクリンは、そこで笑みを止めた。

 

 そして、言う。

 

「それはね、私が君に一度負けているからさ」

 

 その目は、恐ろしいほど真剣で、レイを貫かんばかりだった。

 

「お前が、俺に?」

 

 それは……いつのことだ?レイの疑問が最大になろうとしていたとき、フランクリンは眼下を……【RSK】に攻撃を仕掛けているリリアーナを指差した。

 

「そこにいるリリアーナ・グランドリアの暗殺計画。私の立てたあの計画を粉砕してくれた君だから、対策を立てたんだよねぇ」

 

 リリアーナの暗殺計画?

 

 俺が粉砕?

 

 レイはフランクリンが何を言っているのか心底分らないと言った表情をしている。それは会話が進むにつれて深刻になっていく。

 

「君さえいなければあの熊男もあそこにはいなかっただろうし、五十匹の【デミドラグワーム】は確実にリリアーナを仕留めていた。その計画を崩し、私を敗北させたのは君だ、レイ・スターリング」

 

 先ほどまでの愉悦に満ちた表情ではなく今のフランクリンにあるのは怒りの表情。

 

「私は、私を負かす奴を許さない……。私を曲げる奴を許さない……。だから、二度目は徹底的に対策を練って完膚なきまでに無様に負かすわ。二度と私の前に立てないようにするの。君もそうなる。ここで負けて、王国中の晒し者になってねぇぇぇえ?」

 

 狂気さえ匂わせる表情と声音で、フランクリンは言い放った。

 

「お前が俺への対策を立てた理由はわかった」

 

 そう言う、レイの顔からは疑問や恐怖を感じられない。

 

「ハハハ、ご理解いただけたようだねぇぇ?」

 

「ああ。それに……お前を殴らなきゃならないってこともな」

 

「……何?」

 

 フランクリンが不思議そうな顔でレイを見る。

 

「俺さ、子供が……ミリアーヌが巻き込まれたあの件で、一つ思っていたことがあるんだよ」

 

 レイの顔には怒りと決意の表情が浮かぶ。

 

「“子供をこんな目に遭わせた奴は一発ブン殴ってやる”って」

 

 その表情、その決意は初心者の、またゲームとしてこの世界に生きている者の表情ではない。

 

「だから、あれの下手人がアンタだと分かった以上……落とし前はつけさせてもらうぜ、フランクリン」

 

「…………」

 

「もう一度言ってやる」

 

 手甲を嵌めた手で指差しながら、俺はフランクリンに宣言する。

 

「──俺は、アンタを、ブン殴る。首を洗えよ<超級>(スペリオル)

 

「やってみろ……初心者(ルーキー)!」

 

 レイとフランクリンの間に立ち塞がるように【RSK】が動き出し──レイは自身の天敵へと向かって駆け出した。

 

『フフフ、いい啖呵です。マスターが気にいるのもわかりますね』

 

 ヴァルキリアはレイとフランクリンの会話を聞いて心の中で微笑む。

 

『きつい状況ですが、もう少し頑張りましょう』

 

 レイに呼応するようにヴァルキリアも攻撃の激しさを増す。状況は変わらず劣勢であるが、レイがあの醜悪な化け物を倒すまでか、加奈が来るまでの時間を稼ぐだけでいい。

 

 それならば気が楽だとヴァルキリアは奮闘するのだった。

 

 ☆☆

 

 モニターでレイの啖呵を見ていた加奈は更に行動を加速させた。

 

「彼は本当に面白いわね」

 

 “子供をこんな目に遭わせた奴は一発ブン殴ってやる”ね。この世界にいる<マスター>でも彼ほどの決意を持つ者は何人いるのだろう。

 

 現実に戻って、<Infinite Dendrogram>から離れてしまえばすべてを関係ないことだった、所詮ゲームの事だと割り切る事も出来る。

 

 実際多くの<マスター>はそう言いながら<Infinite Dendrogram>から離れていった。

 

 現実と比べて死が近くにありすぎるこの世界では、普段の生活が死から遠のいた今の人々が真に受け止めるには辛すぎるものがあるだろう。

 

「だからこそ、彼はどんな選択を選ぶのだろう。この世界を去る道を選ぶのか、それとも......」

 

 しかし、それは今考える事ではないか、と加奈は考えるのを辞めた。今はただ装置を集めるのみ、彼に良い選択しを与えられるようにするためにも。

 

「さて、あと少し、頑張りましょうか」

 

 

 

 

 

 



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希望

 決闘都市ギデオン、混乱に包まれた街では、至る所で炎が上り、いまだに戦闘音が響いている。

 

 決闘都市ギデオン西部<ジャンド草原>

 

 ヴァルキリアが援護へと向かったこの場所では、この騒動を引き起こした張本人であるフランクリンとそれに相対するレイ及び近衛騎士団の3人の戦いが繰り広げられていた。

 

 フランクリンが出した【RSK】とレイ達との戦いは【RSK】の有利に進んでいた。レイの必殺スキルである『──《復讐するは我にあり》!!』は効果が無く、攻撃が通りにくい【RSK】に対してレイ達3人は不利な戦闘を強いられていた。

 

 そして援護に来たはずのヴァルキリアも同じく同じ戦場で思わぬ苦戦を強いられていた。

 

 レイ達と違い上空で戦っているヴァルキリアはフランクリンの出すガーゴイル型のモンスターに苦戦していた。

 

 ヴァルキリアが苦戦しているのはガーゴイルに対し射撃ダメージが通りにくい事とガーゴイル自体の速度が速く攻撃が当てにくい、以外にも理由があった。

 

 それはヴァルキリアが加奈から独立して動いている事に原因があった。普段ヴァルキリアは加奈の中に入り一心同体となってビットの操作を行っている。

 

 しかし今はモンスター開放装置とフランクリンへの対処を同時に行う為に加奈と分離してビットの中に自身の意識を移している。その為、ヴァルキリアは加奈との連絡が取れず、それに加えて加奈が就いている職業のスキルを使用することが出来ない。

 

 これがガーゴイルに苦戦している大きな理由だった。普段使用している《弱点看破》や《行動予測》といったスキルも使用できず、《魔弾》による攻撃の変化も使用できない。その為普段なら手こずらないような相手にさえ不覚を取ってしまっている。

 

 高速で飛び回るガーゴイルの口から光線が放たれる。普段ならば回避するような攻撃だが、ヴァルキリアはビットに当てて光線を遮る。普段なら自らの身体を傷つけるような行為は絶対にしないが、今は仕方がない。

 

 援護に来たのに支援を吸うことすらできず、あまつさえレイ達を邪魔する様な事だけは絶対に避けなければならなかった。その為、ヴァルキリアは地上に向かう攻撃をすべてその身で受けてめていた。

 

 多くの攻撃は外装が頑強でシールドとしても使用できるホルスタービットで防がれるが、数が10機しかない為、ホルスタービットが間に合わないものはライフルビットやピストルビットが攻撃を防ぐ。しかし、ホルスタービットほど強度が無いライフルビットとピストルビットは攻撃を受けるたびに傷つきひび割れていく。

 

 既に半数近くのビットが多くの傷を負い、その性能を低下させていた。このままではマズイと感じたヴァルキリアが地上に目を向けると同時に膨大な魔力が地上から解放される。

 

「……おいおい」

 

 その膨大すぎる魔力の量にフランクリンも僅かに後ずさる。

 

 MPとすれば数十万、カンストした上級魔法職数十人分もの莫大な値。

 

「あのスキル、か?」

 

 フランクリンはレイを調べていたから【紫怨走甲】の《怨念変換》も知っている。

 

 ゆえに、今理解不能だったのは、あの莫大な魔力の元になったものだ

 

「そんな量の怨念なんて一体どこから…………畜生ッ」

 

 言葉を発しながらフランクリンは気づき、吐き捨てた。

 

 気づいてしまった。

 

「私か……!」

 

 その怨念が、負の想念が、“フランクリンの引き起こしたゲームによって発生した”ことに。

 

 数多の改造モンスターやPKが跳梁跋扈し、現在も中継でモンスターが街中に解放されると煽っている。

 そうして生じたギデオンにいる数万人の人々の“恐怖”。

 

 それが街中を駆けている内にあの【紫怨走甲】によって貯蔵され、今まさに魔力へと変換されているのだ。

 

【ゴゥズメイズ】の性質からして死者の怨念が最も良いエネルギー源であり、生者から発散される恐怖の想念はそれには幾分劣る。

 

 しかしそれが数万人分ともなれば、空気中に発散されるものを吸収しただけでも莫大な量に、数十万というMPに変じる。

 

《怨念変換》のMPを《煉獄火炎》や《地獄瘴気》、《逆転は翻る旗の如く》に回すことはフランクリンも想定していた。

 

 問題は、それらが無意味な現状で、莫大な魔力を何ゆえに解放したのかということ。

 

 そして、その答えはすぐに示された。

 

【紫怨走甲】から解放された魔力が、【シルバー】へと吸収されたのだから。

 

 ──直後に猛烈な風が吹いた。

 

 それは北から、南から、西から、東から、遍く全ての方角から吹き寄せる。

 

 否、それは風ではない。

 

 周囲一帯の空気が【シルバー】を中心に吸い寄せられているのだ。

 

 ──“搭乗者のMP……を注ぎ込むことで圧縮空気の防壁を展開する”

 

《風蹄》というスキルの真価を発揮するために。

 

 数十万のMPを使用して、周囲の空気を圧縮し続けた。

 

 やがて、レイの姿が【シルバー】ごと見えなくなる。

 

 そこには漆黒の球体が──圧縮の果てに外界の光を透過しなくなった圧縮空気のバリアがあった。

 

「……ッ!」

 

 その球体を見た瞬間、フランクリンは全てを察した。

 

 あの莫大なMPによって作られた圧縮空気のバリアが……バリアなどではないということも。

 

「【RSK】、動け! 移動だ!」

 

 あの球体は光を通さない。

 

 ならば、内部からも外部は見えてはいない。

 

 移動さえしてしまえば、レイに【RSK】を捉える術はない。

 

「そうはさせぬ!!」

 

 だが、【RSK】の動きを封じるように、一人の【聖騎士】──リンドス卿が行動していた。

 

「《グランドクロス》!!」

 

 リンドス卿は全力の牽制を放つ。

 

 その聖なる光は眼前の【RSK】に何の痛痒も与えない。

 

 だが、それでいい。

 

 ダメージは受けなくとも聖なる光の圧力によって、動きは鈍る。

 

 全ては、レイの放つ一撃を当てるために。

 

「チィ!! 《喚……!」

 

『させません!!』

 

 フランクリンは危機を打破するため、咄嗟に新たな改造モンスターを出そうとしたが、咄嗟にヴァルキリアが放った弾丸に胸を射抜かれ、フランクリンは言葉を最後まで紡ぐことが出来なかった。

 

 ガーゴイルに囲まれ、傷つきながらもヴァルキリアが放った一発、《ライフリンク》が発動したことでフランクリンの命を奪うことは出来なかったが、時間を稼ぐことは出来た。

 

 たった数秒、刹那のような時間だったがこの瞬間では十分過ぎる時間だった。

 

 漆黒の風が【RSK】へと駆ける。リンドス卿は咄嗟に軌道から飛び退き、そのまま距離をとる。

 

 自由になった【RSK】は身を退こうとするがそれはあまりに遅く、漆黒の球体は【RSK】へと激突する。

 

 しかし、漆黒の球体は【RSK】の身には触れていない。【RSK】の展開した《マテリアルバリア》によって阻まれている。そう、どれほどの圧縮密度であろうが所詮はバリア。攻撃力が増加するわけではない。

 

 そのことを、【RSK】は微小の思考力で理解と共に安堵し、

 

「チッ」

 

【RSK】の作成者は“避けられなかった”と舌打ちした。

 

「──《風蹄》、解除……」

 

 その声は、圧縮空気のバリアの中で生じ、その中にしか聞こえない。しかしその言葉が成したことは、誰の目にも見えた。

 

 黒い球体が消えて──直後に大爆発……が起きた。

 

 その爆発は《マテリアルバリア》など紙のように破り、【RSK】に直撃した。

 

 激しい爆発に吹き荒れる爆風、そして、巻き上げられた土煙が周囲を覆うように舞い散る。

 

「ゴホッゴホッ……」

 

 土煙を吸い込んだレイはむせるような咳をするが視線は【RSK】から逸らさない

 

「……どうやら、あいつのバリアをぶち破るだけの威力は出せたらしいな」

 

 煙が少しずつ晴れ、視界が確保される。

 

 レイの眼前で【RSK】は地に伏し、球体の上半分が消失し、内臓が露出していた。

 

 被害は【RSK】に留まらない。周囲の地面は捲り上がり、もはや<草原>とは言えない有様になっている。

 

 レイの想定を二回りは上回る威力。しかし、十分な効果はあった。

 

「……やっぱり近衛騎士団の人達が倒れている状態じゃ使えないスキルだったな」

 

 リリアーナやリンドス卿、近衛騎士団の人達は大丈夫だろうかとレイが視線をめぐらせると、舞い上がる土煙にむせながらも無事な姿を確認することが出来た。

 

「さて」

 

 レイは一息を入れると【RSK】へと向き返す。【RSK】は地に伏し、球体の上半分が消失し、内臓が露出してはいるが、まだ塵になってはいない。まだ戦闘は終わってないのだ。

 

 そもそも、レイは《風蹄》の解除が引き起こす爆破だけで【RSK】を倒せるとは考えていなかった。

 

「そりゃ、できるよな」

 

 その証拠に【RSK】は少しずつ自己再生を始めていた。肉が少しずつ盛り上がり欠けた体を再構築していく。

 

 しかし、それくらいの事はレイも想定していた。 ゆえに、レイはここで詰めにいく。

 

「……行くか」

 

 レイが最後の攻撃に移る中、上空でも変化が起きていた。

 

「まったく、やかましいよ……ここで君が私の邪魔をするのかい?」

 

『えぇ、もちろん最後まで彼の邪魔はさせません』

 

 ヴァルキリアはビットを合体させて自身の身体となるように変化させる。

 

 5機のビットが集まり1つの塊のようになる。そして、徐々にその形を人型へと変化させる。

 

 TYPE:メイデンwithワルキューレ、ガードナー派生でアームズとのハイブリッド&ハイエンドカテゴリーであるヴァルキリア、彼女の本質は自己の分裂。TYPE:レギオンとTYPE:ガーディアンの側面をもつオンリーワンカテゴリー。

 

 ビット1機1機がヴァルキリアの身体とも呼べる。だからこそビットを合体させることで自身の身体を作り出すことができる。しかし、加奈と情報を共有している普段ならば絶対に行わない。

 

 そもそも、ライフルビットピストルビットに分けて使用をしているのもある程度の均一化を図ることで操作をしやすくする為だ。本来ならば72機すべての分身体をそれぞれ違う形にする事も出来る。しかし、それは出来ない。何故なら、それを行うにはヴァルキリアの処理能力が足りていないからだ。

 

 現段階ですら自身の分身体であるビットを操るのにヴァルキリアだけの処理能力では足らず、加奈の処理能力に依存してしまっている。

 

 しかし、加奈から離れて独立している今なら出来る。今ヴァルキリアが操っているビットは20機、更に纏めてしまえば今のヴァルキリアでも十分に操作ができる。

 

 最初の5機に倣うように他のビットも5機で1つの人形となる。

 

「忌々しい……」

 

『それはこちらも同じですよ』

 

 人型になったヴァルキリアは先ほどまで苦戦していたガーゴイルを瞬殺し、フランクリンへじりじりと近付いていく。

 

「はぁ……やめだ、ここで君と戦うのは得策ではない引かせてもらうよ」

 

『待ちなさい!!』

 

 ヴァルキリアの言葉を聞きもせずフランクリンは《キャスリング》を使いこの場から立ち去る。

 

『逃げましたか』

 

 ヴァルキリアはフランクリンを逃がしたことを後悔したが、彼が消えたことでレイの邪魔をするものは居なくなった。

 

 これで加奈から与えられた指示は完遂している。後はレイが【RSK】にとどめを刺すだけだった。

 

 それも、もう終わる。

 

【RSK】へ自身の左腕を突っ込んだレイは【RSK】の内部から炎で炙る。自身の腕を犠牲にすることも厭わない攻撃。

 

【RSK】口のない体で声無き悲鳴をあげ絶叫する。

 

 レイを振り落とそうと、全身を震わせ、触腕を振り回し、払い落とそうとする。

 

 しかし、レイは右手に握った【黒大剣】のネメシスを【RSK】の目蓋の一つに突き立ててそれに耐える。

 

 永遠にも感じられるその戦いは【RSK】が光の塵となり消失することで勝負がつく。

 

 しかし、その勝負を挑んだレイも無事ではなく。炭化した左腕、ボロボロの身体に原型の残っていない装備品の数々。

 

 しかし、彼の眼には未だ光が残っていた。

 

 右手には彼の身体を支える様に黒の大剣が握られている。

 

 そして彼は勝利を叫ぶように右拳を掲げる。

 

 そうして次の瞬間……ギデオンは歓声に包まれていた。

 

 

 



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歓喜

 ギデオン全体に歓声が響き渡る。

 

 フランクリンが予告した時刻を過ぎてもモンスターが開放される気配はない。

 

 多くの人々はそれを喜び、歓声を上げる。

 

 しかし、これで終わるはずがない。

 

 この街に残る数名の実力者達が確信するよう。

 

 ギデオンの街を駆け、装置の回収をしていた加奈もそう確信した。

 

 ここまで用意周到に計画を進めた者がこれで終わらせるはずがない。ギデオンの外にある正体不明な巨大な気配も未だに消えていない。

 

 直ぐに助けに向かいたかったが加奈は嫌な予感を払拭することが出来なかった。

 

「ヴァル頼むわよ」

 

 西門を頼れる相棒に任せて加奈はギデオンの街を駆け回り続ける。

 

 

 ☆☆☆☆

 

 □<ジャンド草原>

 

 相打ちとも言える形で【RSK】を撃破し、ギデオンの人々に勝利を宣言したレイ。

 

 しかし、彼にとってもそこが限界であり、気を失ってそのまま仰向けに倒れこんだ。

 

「レイ!」

 

『おっと、大丈夫ですか?』

 

 黒大剣から人へと変じたネメシスと上空から降りてきたヴァルキリアの一体が倒れこむレイの体を支える。

 

『随分と無理をされたようで』

 

「我がマスターはいつも無理をしすぎなのじゃ」

 

 ヴァルキリアの声に反応したのは同じくレイを支えるネメシスだった。意識の無い主の頭を撫でながら心配そうな声で主の代わりに返事を返す。

 

 そうしている内にリアーナやリンドス卿、他にも戦線に復帰した近衛騎士団の【聖騎士】がレイの周囲に駆けつける。

 

「レイさん、大丈夫ですか!! 《フォースヒール》!」

 

「MPに余裕がある者は交代で彼や、復帰できていない騎士団員の回復を! それ以外の者は私と共に姿を消したフランクリンと攫われたエリザベート殿下の捜索も行う! 絶対にあの男を逃がすな!」

 

「「「了解!」」」

 

 リンドス卿の指示で近衛騎士団が散る。

 

 レイの傍にはリリアーナと二名ほどの近衛騎士団員が残った。

 

 リリアーナはレイに回復魔法を掛けながら……苦い顔をする。

 

「体力は回復できる……けれど」

 

 回復を受けているレイの腕は【火傷】を通り越し、【炭化】してしまっている。こうなってしまえば上級職の回復魔法でも完治は難しい。

 

 彼が死力を尽くして天敵とも呼べる怪物【RSK】と戦った証でもある。

 

 この状況をどうにかできるのではないかとヴァルキリアへ視線が集まるが、ヴァルキリアはゆっくりと首を横に振った。

 

『すいません、流石にこの状況からどうにかする手段は持ち合わせていません』

 

 ヴァルキリアが操っているビットを分解し、レイの腕に接続すれば一時的に腕の代わりになるかもしれないが、加奈が第7形態を解除してしまえば元に戻ってしまう。現在の戦闘を継続させることはできるかもしれないが、根本的な解決にはならない。

 

 しかし、<マスター>であるレイはデスペナルティからの復活時には全ての状態異常が完治することができる。彼が望むかは別としてそれが一番簡単な解決策だろう。

 

 

「とにかく今は命を繋いでほしい。レイもここで退場するのは不本意だろうからの」

 

「ええ、わかっています」

 

 そうしてリリアーナ達がレイの治療を続けていると──不意にどこからか拍手の音が降りかかった。

 

「!」

 

 真っ先に反応したヴァルキリアの視線の先をネメシスとリリアーナが追うと、そこには空中にいつの間にかプロジェクターの如く立体映像が映し出されていた。

 

 ネメシスたちには知る由もなかったが、それは街中に投影されているものと同じ映像。

 

 今、そこにはフランクリンの姿が映し出されていた。

 

『中継をご覧の皆様、見えましたでしょうかねぇ? 私の作成したモンスターは哀れにも撃破されてしまいました。悲しいことですねぇ。いえいえ、ここはまずそれを成した【聖騎士】諸君に拍手を送ろうではありませんか。はい拍手拍手』

 

 そう言って拍手をするフランクリンだったが、言葉とは裏腹にヴァルキリアを発見すると、彼女を忌々しそうに睨み付ける。

 

 それを見たヴァルキリアはにっこりと笑みを返す。それを見てフランクリンは余計に腹を立てた。

 

『はい。まずはおめでとうございます。現在は当初のモンスター解放予定時刻より251秒経過しておりますねぇ。あー、やっぱりリモコンは壊れたみたいですねぇ。改造モンスターが解放されていないようです』

 

 フランクリンは額に手を当てて無念そうに首を振る。

 

 それから懐に手を伸ばし、

 

『はい、こちら予備のリモコンでございます』

 

「貴、様……!」

 

『ハハハハハ、現場の人は『今までの戦いは何だったんだ』って顔してますねぇ? 中継先の人達もそうでしょう?』

 

 怒りを込めたネメシスの言葉を遮るように、フランクリンは言葉を発する。

 

『今までの戦い? ただの余興兼雪辱戦ですけど? やだなぁ、故障したときのために予備くらい作りますよ。大事なものなんですから』

 

 そう言って再びニヤニヤとした笑みを顔に貼り付ける。

 

『ちなみにこちらタイマー機能ないんですよねー。だから押しちゃいますねぇ。ポチポチポチポチ』

 

 そしてフランクリンは何でもないことのように──ギデオンに仕込まれた3500体のモンスターの解放装置を起動させた。

 

「フランクリンッ!!」

 

 ネメシスが怒りの声を上げるが、それに構う様子もない。

 

『ハハハハハ、君らの戦いはイイ余興だったよ。うん、結果は面白くはなかったけど今の君を見ていると愉快だった気がしてくる。レイ君が起きていればもっと良かった。どんな顔を見せてくれたのかねぇ』

 

 そうしてフランクリンは嗤う。

 

 リリアーナはフランクリンを一度だけ睨み、それから部下の団員に「レイさんの治療の継続をお願いします」と伝えて立ち上がる。

 

『おや、副団長閣下は今から救援に行く気かい? それともここで私を倒す気かな? その満身創痍で? 頑張るねぇ。でもダメ、《喚起──【DGF】、【KOS】》』

 

 フランクリンは右手のジュエルを掲げて、その内部から二体のモンスターを呼び出す。

 

 その二体は、ネメシス達のすぐ傍に出現した。

 

 一体は全身から赤いオーラを漲らせるパキケファロサウルスの如き恐竜、【DGF】(ダイノアース・ギガ・ファランクス)

 

 本来ならば加奈に倒された【MGF】と対になるはずだったモンスター、しかし【MGF】を強くしすぎたおかげで、インパクトに欠ける。

 

 そしてもう一体は闘技場でフランクリンが呼び出した【オキシジェンスライム】を数倍化したような巨大な青いスライム、【KOS】(キングサイズ・オキシジェン・スライム)

 

「…………こやつ、ら!」

 

「危ないですので少し下がった」ほうがよろしいかと」

 

 行く手を阻むその二体を見てネメシスは直感した。

 

 この二体が、今苦心の末に撃破した【RSK】よりも遥かに強力なモンスターであると。

 

 しかし、隣にいる<エンブリオ>はそうではない。はるかに強力であるどころか少し面倒だな程度にしか感じていないのではないかと感じる。

 

『何も不思議なことはないよねぇ? 私は超級職【大教授】であり<超級>。私の手駒が【RSK】一匹の訳はないし、あれが一番強いわけでもない。むしろ一品物の改造モンスターの中では弱い部類だよ? あれは純竜クラスだけど、こいつらはそれ以上。戦闘系超級職の<マスター>や伝説級の<UBM>くらいの戦闘力はあるからねぇ』

 

『君達もうっすらと予感してたんじゃないかなぁ?』、とフランクリンは言葉を続ける。

 

『【RSK】を使ったのは単に、レイ君に亜竜クラスの【デミドラグワーム】を倒されたから、今度は純竜クラス一匹分のコストで仕返ししてやろうかと思っただけだよ。対策を万全にして完膚なきまでに圧し折ってやろうとはしたけどねぇ。結果は……また負けたけれど』

 

 フランクリンはそう言って溜息をつき……笑みを浮かべずに宣言した。

 

『そう、私はレイ君に二戦二敗している。この借りと屈辱はいずれ必ず返却するわ』

 

「…………」

 

 その宣言を受けて、ネメシスも実感する。

 

 あの【RSK】も、フランクリンにしてみれば戯れの範疇であった、と。

 

 大人気ないように思われたレイへの対策を施しながらまだ甘さがあった、と。

 

 しかし今、二回目の敗北を喫したフランクリンには最早甘さなどない。

 

 百人に満たない最強のプレイヤー層、<超級>に名を連ねる者がレイを敵・と見定めていた。

 

『けれど、それはそれとして今夜の計画まで負けるつもりはないんだよねぇ。さぁて、街はどうなってるかねぇ。この子らと比べたら見劣りするけど、街の中のモンスターもそれなりに厄介な奴を何体か混ぜて…………?』

 

 街へと視線を向けたフランクリンが不思議そうに首を傾げる。

 

 ネメシスもまた、フランクリンが何を疑問に思っているかに気づいた。

 

 ──ギデオンが静か過ぎる。

 

『フフフ、当たり前でしょう、私がこんなところで油を売っているのは何故だと思いますか?』

 

 3500体のモンスターが放たれたにしては街はあまりにも静かだ。

 

 最初こそ、爆発音に悲鳴なども上がっていたが、それすらも既に聞こえなくなっている。

 

『……一部しか解放されていない?』

 

 フランクリンは手元のスイッチを再度押下するが、ギデオンの様子に変化はない。

 

『リモコンの作動不良じゃない。そうなると…………』

 

 そこまで言うまでもなくフランクリンは原因に思い当たりがあった。

 

 もしかしたらこうなるかもしれないと思ってすらいたのだ。しかし、認めたくなかった。邪魔をされないようにプランBが崩れないようにモンスターの数を500体から3500にまで増やしたのだ。更に隠ぺい場所までこだわって時間が無い中無理をして必死に装置の増設をおこなったのだ。それなのに……

 

『馬鹿なッ!!3500体の装置だぞッ!!それをこんな短時間で……』

 

『そもそも、数の問題ではないのです。あの方が居ると知った時点で貴方は撤退するべきだったのです』

 

 ☆☆☆☆

 

 

「あー、間に合ってよかった」

 

 路地の片隅に腰を下ろし、空中に投影される映像を見ながらある人物が独り言の後に大きく息をついた。

 

 その人物──<超級殺し>マリー・アドラーの隣には大きな袋があり、中身がぎっしりと詰まっている。

 

 袋の中身はジュエルが埋め込まれた機械のようなもの。

 

 それが大量に“壊れた状態で”詰め込まれていた。

 

 それはフランクリンが街中に設置していたモンスター解放装置。

 

【奏楽王】ベルドルベルとの戦いの後、マリーが街中を駆け巡り必死にかき集めたものだ。

 

 それでも袋の中に入っているのは1020個そして、加奈との合計で集められたのは3120個。

 

 フライングで解放されて倒されたモンスターを除いてもまだ、300近くのモンスターが居るが、それでもマリーはここで休んでいられる。

 

「いやー、やっぱり<超級>っていうのは化け物ですねぇ」

 

 街中をビットが駆け巡る。そのスピードはAGIに特化しているマリーですら追うのがやっというレベルだ。

 

「無理無理あんなのを敵に回して勝てるわけがありません。ホントによく<ノズ森林>で彼女から逃げられましたね」

 

 そんなことをしみじみと思いながら、マリーは立ち上がる。

 

「それに、さっきまでは上手く誤魔化せてると思ってましたけど、絶対私が<超級殺し>だってばれてますよねぇ」

 

 この事件で少しでも貢献すれば許してもらえるでしょうか。

 

 いえ、そうではなくてもレイ君を助けに行かなければいけません。

 

 マリーは疲労の溜まった体に鞭を打って走り出す。

 

 彼女も知っているのだ<超級>の規格外さを。

 

 フランクリンの執念深さと周到さを知っている。

 

 だからこそ、この街にいる数名の実力者達と同じように確信していた。

 

 これでは終わらないと。



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絶望

すいません、【DGF】と【MGF】などの関係性を少し修正しました。


 □<ジャンド草原>

 

『いやだなぁ、本当に参っちゃうよねぇ。プランAもプランBもダメなんて……。もうすぐ闘技場からこわーい脳筋共が出てくるだろうし。もうこうなっちゃったらプランC……をやるしかないよねぇ?』

 

「……………………え?」

 

『プランC(クライシス)……56826体の改造モンスターによるギデオン殲滅作戦を開始しますねぇ』

 

 フランクリンの発した言葉に、周囲の空気は凍りついた。

 

「5万……え?」

 

「500体では……」

 

 ネメシスも、リリアーナも、リンドス卿も、他の近衛騎士団員も1人を除いてこの場にいる誰もが……フランクリンの言っていることを理解しきれなかった。

 

「56826体の、改造モンスター? ふ、ん、ハッタリにしても桁を間違えていやしないか、のぅ」

 

 言っていることは分かる、だが実現可能とは到底思えなかった。否、嘘だと思いたかったのだ、この場に居る殆どの者が疲労困憊でボロボロだ、これ以上戦うことは難しいとすら思える。

 

「街中に、500体のモンスターをばら撒く計画を立てていたのに、急に100倍以上に増えるものか、のぅ」

 

 それは嘘だと思いたいネメシスの言葉に、あるいは街中から発せられた同様の疑問にフンフンと頷きながら……フランクリンは笑みを深めた。

 

『街中の3500体は“<マスター>や建物以外攻撃しない”なんて無駄……な設定をしたからですねぇ。まあ、急な追加をしたのも併せて大分コストも掛かりましたけど』

 

 逆に言えば、“<マスター>以外の人間も攻撃する”モンスターならばより大量に……5万体以上用意できていたのだ。

 

 街中の解放装置に封じられた3500体のモンスターは、言ってしまえば身内への……ユーゴーへの義理に他ならない。イレギュラーに対応して計画が崩されないようにする処置。

 

 それでも計画は崩されてしまったが。

 

『でもプランAもプランBも駄目になったらこっちもなりふり構っていられないんですよねぇ』

 

 プランA、B、C。

 

 フランクリンが失敗すればするほど、王国側が計画を防げば防ぐほど、よりギデオンを苛烈に破壊する計画へとシフトしていく。

 

 フランクリン自身はプランAもプランBも成功させるつもりだった。負ける気はなかった。

 

 だからこそ、モンスターの増設をおこなったのだ

 

 しかしそれでも敗北の可能性を組み込んだ上で全ての計画を立てていた。

 

 全ては一つの目的のため

 

『あーあー、さっさと諦めておけばこんなことにはならなかったでしょうにねぇ』

 

 全てはそう、心を折るために。

 

 無駄な抵抗をした結果、より甚大な被害を生むという結果を王国の民衆に刻み込むために。

 

 あえてこのような……失敗することも想定した計画を仕組んだのだ。

 

「フランクリン本人を探せ!! モンスターをジュエルから呼び出す前にあの狼藉者を誅するのだ!!」

 

『フフフフ、ジュエルから呼び出す前に? やだなぁ、私がいちいち《喚起》《喚起》で呼び出していたら一万も出す前に夜が明けちゃうよ』

 

 フランクリンは不敵な笑みを浮かべ、それから指を鳴らしてこう宣言した。

 

『《光学偽装》解除』

 

 瞬間、世界が鱗の如く剥がれ落ちた。

 

 夜闇の一角がバラバラと崩れ、その影に隠していたものを露わにする。

 

 そうして現れたそれは──現れた後ではどうやって隠れていたかを思い出せないほどに巨大なものだった。

 

 それは端的にいえば箱と竜と蜘蛛を混ぜたようなシルエットだった。

 

 それは縦横の一辺が一キロはあろうかという巨大な立方体に無数の煙突が伸びていた。

 

 それは無機質な立方体に精巧かつ巨大な竜の頭部を備えていた。

 

 それは蜘蛛の如き脚を左右に四脚ずつ生やしていた。

 

『<超級エンブリオ>、TYPE:プラントフォートレス──魔獣工場パンデモニウム』

 

<超級エンブリオ>。

 

 第七形態への進化を遂げた<エンブリオ>の総称であり、数多の<エンブリオ>の頂点。

 

 先の戦いでフィガロや迅羽が見せた<超級エンブリオ>とは、余りにも違っていた。

 

『先の戦争ではまだ進化していなかったけれど、これが私の<超級エンブリオ>さ。固有能力は既に皆さんご存知のモンスター生産、そして……“モンスター運搬能力”』

 

 そうして巨大な魔城が口を開ける。

 

 内部には無数の仄暗い光があった。

 

 それは眼光。

 

 内部にひしめく何千何万というモンスターが放つ禍々しき視線。

 

『さて、まずは“スーサイド”シリーズ五千体から逝ってみようかねぇ』

 

 フランクリンが気軽な口調でそう言うと、竜の口からスロープが降りる。

 

 五千体のモンスターが群れを成して、そのスロープを下ってゆっくりと歩き始める。

 

『いいねぇ、いいねぇ、浪費するって気持ちがいいねぇ』

 

 フランクリンの愉悦を匂わせる声に乗せて、パンデモニウムからは無数のモンスターが吐き出される。

 パンデモニウムの竜口から地に下ろされたスロープをゾロゾロと駆け下りる様は、大昔のアニメにも似て滑稽でもある。

 

 しかしそれら全てがほんの数キロ先のギデオンの街を破壊しようとしているとすれば、笑い事でもなんでもない。

 

「あの<エンブリオ>を! フランクリンを討つ! 今ならばまだ間に合う!!」

 

 リンドス卿が号令を発し、それに応じて近衛騎士団も動く。

 

 その判断は正しい。

 

 吐き出されたモンスター全てを止めることはできない。

 

 だが、今ならば、街を襲う前の今ならばまだフランクリンを倒すことで被害を食い止めることが出来る。

 

 そうして騎士団は乾坤一擲の突撃をかける。

 

『間に合うって? それは無理だねぇ』

 

 だが、それに冷や水を浴びせるようにフランクリンが告げる。

 

『私のプランを二度潰してくれた王国の皆様に免じて教えてあげよう』

 

 それは眼前の騎士団だけでなく、今ギデオンで動き出している全ての<マスター>に向けた言葉でもあった。

 

『このモンスターは私が死んでも止まらない。そして、私にこれは止められない…………』

 

 フランクリンの言葉を多くの者は意味不明と受け取った。

 

 今まさにモンスターでギデオンを攻めている下手人が何を言っているのか、と。

 

「何を言っているのですか? このモンスターは、あなたの仕業でしょう?」

 

 その場に居合わせたリリアーナの言葉は多くの者の代弁でもあった。

 

 彼女の言葉を受けてフランクリンは少し笑みを深めて、

 

『そうだよ? 私がパンデモニウムで創ったモンスターだ。けどもう、私のものじゃない』

 

 次の言葉を述べた。

 

『──逃がしちゃった…………からねぇ』

 

 それを聞いたものは最初、フランクリンが何を言っているか理解できなかった。

 

 そして何を言っているか理解できたとき、真に理解不能に陥った。

 

「あなたは、あなたは何を言っているのです?」

 

『ほら、従属キャパシティってあるじゃない? いくら私が超級職の【大教授】でもあんな数のモンスターはキャパに収まらないよ。パーティでも五枠しかないしね』

 

 従魔師系統や騎士系統、研究者系統、それに【女衒】などは自身の従属キャパシティを消費し、モンスターを自身の戦力の一部として用いている。

 

 当然、キャパシティに収められる力や数には限りがあり、それをオーバーすれば使役不可能や強制的なパワーダウンに繋がる。

 

 ゆえにフランクリンは……それらに縛られない手を打った。

 

『だからあの数のモンスターを全力で戦わせようと思ったら、もう逃がすしかないんだよね』

 

 逃がしてしまえば、使役しないのだからキャパシティに囚われないという発想の転換。

 

 否、制御の放棄を実行したのだ。

 

『ああ、安心して。ちゃんとプログラムはしてあるからこっちには来ないよ。あいつらは『死ぬまで前に進む』ことと、『私のクランのメンバーや私が創った生物以外を皆殺しにする』ことがちゃんと頭に入ってるんだ。だからその名も“自殺スーサイド”シリーズ!』

 

 フランクリンは「えへん」と胸を張るが、それは吐き気を催す発想だった。

 

 ただ生み出され、ただ前進し、指定されたもの以外の全てを殺して前に進む命の群れ。

 

<Infinite Dendrogram>を遊戯ゲームだと捉えていたとしても、唾棄すべき行い。

 

<Infinite Dendrogram>を世界ワールドだと捉えているのなら……最早狂気などという段にない。

 

『そもそも何で私が西に逃げたと思う? あいつらを使ったときにうちの国や第三国のレジェンダリアに被害を出さないためだよ。総勢数万のモンスターの死の行軍、国境なんて楽に越えちゃうだろうからね。ああ、東にはカルディナがあるけどあれは別にいいんだ。王国と同じで敵だしね』

 

 フランクリンの「どうせカルディナに入っても【地神】や【殲滅王】に始末されるだろうけど」という呟きは口中からは漏れなかった。

 

『そういう訳で、もう逃がしてしまったモンスターをどうこうする手段が私にはない。そして私を殺しても逃がしてしまったモンスターは私とは無関係だから止まらない。Tu ascompris?(ご理解いただけました)

 

 吐き出されたモンスターは全て倒さなければならない。

 

 モンスターを吐き出すパンデモニウムとフランクリンも倒さなければならない。

 

 可能ならばこの初動の段階でパンデモニウムを撃破し、後続のモンスターを断たねばならない。

 

 だが、今此処にある戦力では、致命的に足りない。

 

 リリアーナやリンドス卿他動ける数名の近衛騎士団だけではパンデモニウムを倒すことは困難であり、かと言ってあれだけのモンスターを相手に時間を稼ぐこともできない。

 

 既に中央闘技場を封じる結界は意味を成さず、<マスター>の手により破壊されるだろう。

 

 西門を封じていたコキュートスの《地獄門》も敗れ去っている。

 

 あと数分もすれば、<マスター>達も応援に駆けつけるはずだ。

 

 だが、それよりも早く“スーサイド”シリーズはギデオンの街を蹂躙し、パンデモニウムは残る数万の悪意を吐き出すだろう。

 

 数分があまりに遠い。

 

『フフフ、もう間に合わな……』

 

 誰もがそう思っている中で、

 

「──時間を稼ぐ」

 

 フランクリンの嘲笑を遮るように言葉を発したのは、ある意味ではその場で最も想定外の人物だった。

 

 なぜならその人物の戦いはもう終わったはずだったから。

 

 左腕を犠牲に、全身に傷を負って、精も根も尽き果てて眠っていたはずだったから。

 

 けれど、彼は立ち上がっていた。

 

 彼、レイ・スターリングは立ち上がっていた。

 

 意識はまだ朦朧としているだろう。

 

 戦闘による疲労で、アバターを動かすプレイヤーの精神も万全ではないだろう。

 

 状況を完全に把握できているかすらも分からない。

 

 それでも、彼の両の目はギデオンに迫る5000超のモンスターを見据えていた。

 

「レイ!」

 

「レイさん!?」

 

 レイが全身に負った傷痍系状態異常は未だ治らず、左腕は動かず、HP上限は半分もない。

 

 それでも、彼は立っていた。

 

「往くぞ、ネメシス、シルバー」

 

『いいえ、ここは私が抑えましょう』

 

 このギデオンを余裕で殲滅できる戦力がフランクリンにはあった。立ち向かう戦力は微々たるもの。

 

 だからこそ、見過ごしていたのだ。この場にも<超級エンブリオ>と呼ばれる存在が居ることを。

 

 ギデオンを滅ぼすために大地を踏みしめたモンスター群は、突如放たれた極光によりその半分が消滅した。

 

『なッ……』

 

『私は忠告をいたしました』

 

 金属の体を持つ人形の周りでは同じ形をした人形が宙を浮き、その形を大きな砲へと変えながら巨大なビームを放っている。

 

『5万体如きのモンスターで足りますか?』

 

 放熱で大量の煙を放ちながら、再び人形の形となったそれは淡く発光しながらも地を駆け、迫りくるモンスターへと肉薄をする。

 

 戦闘を行くモンスターの頭を潰し脚を砕く。先頭が止まったことで動きが鈍くなったモンスターをまとめてビームが焼き払う。

 

『私が数を削りますので、撃ち漏らしをお願いします。』

 

「ちょッ……」

 

 それだけを言い残すとヴァルキリアは自身も前線へと身を投じる。

 

 フランクリンには見栄を張ったが、先程のビームでMPの半分以上を消費していた。

 

 だがしかし、レイを前線に立たせるわけにはいかない。ここで彼を失うことだけはしてはならない。

 

 彼の勇気をただの蛮勇にしてはいけない。

 

 だからこそヴァルキリアにできることは一心不乱に数を削ること、主の登場まで時間を繋ぐのだ。

 

 

 ☆☆☆☆

 

 

 やるべきことを終わらせた加奈は空を駆ける。今まで散々駆け巡ったギデオンの街と同じように闘技場へ向かって一心不乱に駆けた。

 

 誰も彼女の姿を見ない。絶望や幽かな希望と共に中継映像を見ていたから。暗闇を駆ける彼女を気にも留めない。

 

 闘技場へに着いた彼女は周囲を浮遊していたビットを足に集め、落下を始める。

 

 フィガロと迅羽を閉じ込めていた結界、何人もの<マスター>が破ろうと挑戦したが破れなかった強固な結界。

 

 その結界に足の先端が触れる瞬間、結界が崩れた。

 

「あら?」

 

 間抜けな声を上げながら闘技場の中央へと突き刺さった加奈はその場にいた人物へ声をかけた。

 

「あら、貴方が動くのね」

 

「まあな、あいつが掴んだ可能性を繋げにいくのさ」

 

 中継映像の先ではレイが20人程の冒険者と共に迫りくるモンスターを倒している。

 

 ヴァルキリアが最前線で数を減らしても<エンブリオ>である彼女だけでは限界がある。

 

 いくら数を減らしても、100体を超すモンスターはレイ達に押し寄せている。

 

「ここは任せた。地下の奴や、観客席の二人が何かやりそうだったら止めといてくれ」

 

「ごめんなさいね、美味しいところは貰うわよ」

 

 笑いながら言う加奈だが、目は笑っていない。

 

「大丈夫なのか?」

 

「もちろん、誰に言ってるのよ」

 

「そうか、ならいい」

 

 男が突き出した拳に加奈も拳を合わせる。

 

「やるぞ」

 

「ええ」

 

 出口へと向かう2つの影、彼らは5万の敵が待つ戦場へと歩みを進めた

 

 



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2人の<超級>

 <ジャンド草原>

 

 

 <Infinite Dendrogram>において、戦力を表す単位として亜竜クラス、純竜クラスという言葉が用いられることは多い。

 

 亜竜クラスは下級戦闘職一パーティ六人分、あるいは上級戦闘職一人分の戦力。

 

 純竜クラスは上級戦闘職一パーティ六人分の戦力。

 

 端的に言って純竜クラスは亜竜クラスの六倍以上の戦力と言える。

 

 もっとも、上級戦闘職の戦力は下級職六つと上級職二つのレベルをどの程度まで上げているかで大きく異なる。

 

 上級の<マスター>ならば<エンブリオ>の補正や固有能力により、単騎で純竜を相手取ることもできるだろう。

 

 しかしそれでも概算戦力としてはその程度ということだ。

 

 フランクリンが先駆けとして投入した5000体の“スーサイド”シリーズはいずれも亜竜クラス。

 

 つまりは上級職五千人分の戦力。

 

 対して防衛する<マスター>は上級下級職混合で21人。

 

 1名だけ超級職がいる更に<超級エンブリオ>を加えても、たかが23人。

 

<エンブリオ>の能力を大まかに加算して、一人あたりの戦力を純竜クラスと高めに見積もってみても、戦力比較は5000対133。

 

 本来ならば比較するのがバカらしいほどの戦力差。

 

 5000体だけではない。倒されるたびに追加されるモンスター達、常に強いられる5000対133の戦力差、あまりにも絶像的すぎる、本来ならば蹂躙されるはずだが、それでも、戦闘開始から三分経っても……未だ<マスター>は一人も欠けていなかった。

 

『……よく保つねぇ』

 

 フランクリンは呆れたように言葉を漏らす。

 

 5000のモンスターをけしかけたフランクリンにしても、彼ら23人がここまで保つとは想定していなかった。

 

 ここまで均衡が保たれているのはここの集まった<エンブリオ>の能力が要因の1つだった。

 

 23人。フランクリンにとって既知の者達を除いても20人弱の<マスター>が……<エンブリオ>がいる。

 

 それらの中には味方を大幅に強化する者もいるし、壁になるものもいる。大軍を足止めする者もいる。

 

<エンブリオ>の多種多様さ、能力のバリエーション。

 

 彼らは各々の力を発揮することで、未だ5000のモンスターをこの場に留め、街に踏み込ませてはいなかった。

 

「それにしても恐ろしい」

 

 しかし、それ以上に驚異的なのはこの場にいる私以外の<超級エンブリオ>【魔弾姫】である加奈の<エンブリオ>ヴァルキリアの活躍だ。

 

 ヴァルキリアは未だに最前線で“スーサイド”シリーズを駆逐し続けている。

 

 “スーサイド”シリーズも広範囲に拡散させているのにも関わらずそれでもヴァルキリアはそれに対応している。結局後方で防衛している<マスター>達には半分以下の“スーサイド”シリーズしかたどり着けていない。

 

『…………』

 

 いくら、亜竜クラスと言えども、“スーサイド”は前進して殺して死ぬことのみをプログラムされた生物兵器。

 

 種族こそ多様ではあるが、相手に合わせて連携し、多様性を発揮する能力などない。

 

 それゆえに圧倒的戦力差でありながら押し込めていない。

 

『…………さて』

 

 実を言えば、ここでモンスターを足止めされていても別段フランクリンに問題はない。

 

 今もパンデモニウムは続々とモンスターを吐き出している最中。

 

 フランクリンの計算では、仮にいま少しの時間を彼らが稼ぎ、中央闘技場に閉じ込められていた<マスター>が集合しても街に被害を及ぼすことは出来る。

 

 イレギュラーはあれどここにいる22人で5000のモンスターを抑えているといっても、それは決死の時間稼ぎ。

 

 モンスターはまだいる、時間が経てば<マスター>は潰されて消えるのは確定している。

 

 その後方にはその10倍のモンスターが控え、フランクリンの傍に侍る【DGD】や【KOS】のように戦闘系超級職相当の性能を持つモンスターも複数いる。

 

 中央闘技場の<マスター>は1000人弱だったとフランクリンは記憶している。

 

 その程度ならば、フランクリンが用意した戦力でギデオンは殲滅可能なのだ。

 

 フランクリンは<超級>の中で“戦闘”に秀でた方ではない。

 

「よーいどん」で戦闘を始めれば下級にも倒される恐れがある。

 

 だが、“戦略”には秀でている。

 

 王国との戦争より<Infinite Dendrogram>の時間で半年。

 

 時間と資金をかけて戦力を溜め込んだ現状ならば、フランクリンは単騎で1000の<マスター>を屠れる。

 

『…………さてさて』

 

 唯一の問題は、<超級激突>に水を差し、結界の停止状態に閉じ込めた件で敵に回したであろう2人の<超級>、そして街で徘徊しているはずのもう1人の<超級>。

 

 彼らが出てくれば、十中八九フランクリンはデスペナルティになる。

 

 ソロ主義のフィガロは手を出さないかもしれない。

 

 しかし迅羽の場合は、今この瞬間にフランクリンの胸から黄金の鉤爪が飛び出しても不思議ではない。

 

 加奈は分らない、なぜ自身の<エンブリオ>だけを差し向けているのか。

 

 だがしかし、フランクリンはそれでも構わない。

 

 既に排出された万を超える。戦線もモンスターに対応しきれず次第に下がってきている。もうすぐモンスターはギデオンを襲う。

 

 今から出て来ても、もうすでに遅い。

 

 それに……まだ切っていない札もある。

 

 フランクリンのモンスターによる攻勢は、フランクリンが死しても波濤の如くギデオンを蹂躙する。

 

 土台、人の堤で守りきれるわけがない。

 

 そうして<マスター>に守られたギデオンが大打撃を受ければ、王国は折れる。

 

 目的は達成されるのだから。

 

『…………さてさてさてさて』

 

 ここはどうしようともフランクリンの勝利であり、何もしなくとも続けるだけで勝てる盤面。

 

『やっぱり腹が立つから殺そうかねぇ』

 

 だからこそ──フランクリンは動いた。

 

『【DGF】、あの目障りな連中を轢き潰してくれるかねぇ』

 

 フランクリンがパンデモニウムの足元でヴァルキリアの操る人形と戦いを続けていた──【DGF】に命じる。

 

 レイが“スーサイド”を止めに向かったときはフランクリンによって手出し無用とされていたが、その逆を命じられた今このときからは違う。

 

『VAAALUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

『マズイ!!』

 

【DGD】は天地を揺らす咆哮を上げ、それ以上の振動で大地を揺らしながら猛進した。

 

 目指すは5000のモンスターと22人の戦いの最前線。

 

 広い戦線を支えていたヴァルキリアは突如として進撃を始めた【DGF】に対応ができない。

 

 広場で戦った【MGF】と比べればブレスも吐かず空も飛ばない。しかし、【DGF】に対応をするには戦力を分散させすぎていた。

 

『戦うな!!逃げるんだ!!』

 

 咄嗟の勧告に言葉が荒くなるヴァルキリア。【DGF】の対応をしていた人形も“スーサイド”に阻まれて【DGF】の後を追えない。

 

「邪魔だぁぁ!!」

 

 しかし、ヴァルキリアの咆哮も、そんなことはお構いなしといった【DGF】はパンデモニウムの足元から22人の<マスター>が戦うその場所まで瞬く間に距離を詰めた。

 

 ──まず、二十人になった。

 

 赤いオーラを纏って突撃した【DGF】によって、前衛を務めていた上級前衛職が二人踏み潰されて塵になった。

 

 同時に、ダメージを肩代わりする<エンブリオ>が限界を迎えて砕け散った。

 

 ──次に、十九人になった。

 

 攻撃魔法を放った上級魔法職が、赤いオーラに魔法をかき消された。

 

 ついで振るわれた尾で上半身と下半身が断裂して塵になった。

 

 ──そして、十六人になった。

 

 三人の<マスター>が同時に必殺スキルによる攻撃を仕掛けた。

 

 しかしその発動よりも早く、残像が生じる速さで動いた【DGF】に三人とも噛み殺された。

 

 瞬く間に、これまで欠けていなかった二十二人から六人が欠けた。

 

『間に合え!』

 

「チィッ!」

 

 この場で唯一の超級職であるマリーが動き、貫通弾を【DGF】の頭部に撃ち込む。

 

 同時にやっと【DGF】に追いついたヴァルキリアも残ったなけなしのMPを込めて銃撃を加える。

 

 しかし、貫通弾は赤いオーラに触れた瞬間に速度と威力を減衰され、【DGF】自身の甲殻によって弾かれた。

 

「攻防一体の赤いオーラ、《竜王気》! さてはどこかの【竜王】を素材に……!」

 

『さっきまでは使用すらしていなかったのに?』

 

【DGF】は本来【MGF】と対になるはずだったモンスター、【MGF】を強くしすぎたおかげで、存在感は薄いが、それでも【竜王】を素材として作製されたモンスター。

 

 ゆえに、その力は純竜クラスをも楽々と超え、元となった<UBM>に準ずる戦闘力を獲得している。

 

『VAIGAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

「ク……!」

 

 超級職のマリーにしても、【DGF】の相手はまともにやれば万全で五分。

 

 ヴァルキリアに関しては前線に戦力を分散させているせいで【DGF】とやり合うだけの戦力もMPも足りていない。

 

『マリー様、こいつを頼んでもよろしいですか?』

 

 すでに前線は崩壊しかけている。このままではレイや騎士団のいるこの場所に今まで以上のモンスターが押し寄せてしまう。

 

 そのうえ【DGF】の相手もするとなれば前線どころか戦線の維持すらできなくなってしまう。

 

「え?あ、はい。分かりました」

 

 やっぱり、姿が完全にばれてしまっている。ヴァルキリアとの会話でそんなことを考えていたマリーは間抜けな返事を返してしまう。

 

 しかし、任されたからにはそんなことを考えている余裕はない。

 

 今、ヴァルキリアが前線から抜けて【DGF】の対処に回ればそれこそ戦線が瓦解する。私がやるしかない。

 

 それくらいの事は瞬時に判断が出来た。それに【DGF】が暴れまわらせてもいけない、私がその対応に手間取ることも許されない、もし【DGF】がこの場で暴れれば、瞬く間に戦線は瓦解し、ギデオンにモンスターが雪崩れ込む。

 

 長期戦は出来ない。

 

 マリーは覚悟を決め、必殺スキル用の特殊弾頭を装填する。

 

虹幻(アルカンシェ)……!?」

 

だが、それよりも早く、【DGF】は動いた。

 

 先刻と同じ、残像を残すほどの速さで。

 

 ――少し離れた場所にいた“レイ”に向かって。

 

「レイ!?」

 

「レイさん!」

 

 マリーとルークが声を発する間も、【DGF】は凄まじい速度でレイに向かっている。

 

 考えてみれば、当然だった。

 

 今この場にいる者の中で、フランクリンが誰を一番潰したがっているか。

 

 配下である【DGF】がその意に沿って動くことも十分にありえた。

 

『ここからでは間に合わない』

 

既に前線の立て直しを行っていたヴァルキュリアも反応が遅れてしまう。一番近くに居る人形を使っても間に合わない。

 

更に畳みかける様に“スーサイド”の攻撃が激しさを増す。

 

「待ッ、くっ!」

 

 マリーが【DGF】を追おうとしたのを、マリーを狙ってきたAGI特化の“スーサイド”に阻まれる。

 

「…………」

 

 赤い光の尾を引きながら、猛然と迫ってくる【DGF】に対して、レイに言葉はなかった。

 

 未だ幽かな意識の朦朧を引きずっているゆえか、それともすることを決めているゆえか。

 

「……フゥ」

 

『レイ……?』

 

 レイは黒大剣のネメシスを構える。

 

 逃げられないことを、レイは悟っていた。

 

 今はシルバーに乗っていないし、仮にシルバーを駆けさせても逃げ切れない。

 

 自分がここでの……<Infinite Dendrogram>での二度目の死を迎えることをレイは悟っていた。

 

 だが、その前にできるかもしれないことはあった。

 

 “攻撃を受けた瞬間に、カウンターを叩き返す”。

 

 そのダメージで自分が死ぬとしても、一撃分だけ倍返しで与えられるのではないか、と。

 

 そうすれば、少しでも事態が好転する手助けになる。

 

 レイはそう考えた。

 

『……任せるがいい』

 

 ネメシスもまた、レイの心を悟った。

 

 ゆえに自身に出来ることを、間違いないスキルの発動を果たそうと覚悟を決めた。

 

 そうして覚悟を決めた二人のほんの数メートル先に、【DGF】が到達した。

 

 巨大な顎を開き、自身の創造主の大敵を抹殺しようとしている。

 

 その瞬間を、全員が見ていた。

 

 

 

 マリーが見ていた。

 

 ルークが見ていた。

 

 ヴァルキリアが見ていた

 

 霞が、イオが、ふじのんが見ていた。

 

 生き残った十人の<マスター>が見ていた。

 

 

 リリアーナが見ていた。

 

 リンドス卿が見ていた。

 

 近衛騎士団が見ていた。

 

 

 ギデオンの住民が見ていた。

 

 王都の住民が見ていた。

 

 結界から解放されたフィガロと迅羽が見ていた。

 

 

 フランクリンが見ていた。

 

 

 ――そして、“誰にも見えなかった”。

 

「そういうイチバチのカウンターは、もうちょっと格好良い場面でやるクマー」

 

「そうよ、ここで死んだら意味がないじゃない」

 

 “その2人”がレイの前に立つ瞬間が、誰にも見えなかった。

 

「え?」

 

 それはレイが漏らした呟きであり、同時にそれを見ていた多くの者の呟きだった。

 

 まるでコマ落としのように、そこにいるのが当然のように、“その男”は立っていた。

 

 奇妙な風体だった。

 

 一言で言うならば、“毛皮の男”。

 

 頭の上半分を覆うように熊の頭部の皮を被り、背中には頭部から繋がる毛皮がマントのように流れている。

 

 長身であり、上半身は裸だが……鋼を引き絞ったような筋肉に覆われている。

 

 下半身には頭に被った毛皮と同質の黒い袴にも似たズボンを履いていた。

 

 そしてその右足は、なぜか天へと一直線に蹴り上げられていた。

 

 鍛えているのか、そのような姿勢でありながら体幹は微塵も揺れることはない。

 

 そしてもう1人マリーと同じようにスーツを着た女はさも当然化の様に空中に浮き“毛皮の男”に寄り添っている

 

 

「そういうのはさ、賭けに勝ったら生き残った上に相手を倒せるって場面でやるもんだ。勝っても負けても死んで、相手は手傷負うだけってちょっと弱いクマー……っと、今はいらねーなこの口調」

 

 突如現れた毛皮の男は右足を頭上に高く掲げたままそう言った。

 

 その男の風体も言葉も明らかにおかしいが、光景はさらに輪を掛けておかしいことに人々は気づく。

 

 あの恐竜がいない、と。

 

 ほんの数秒前までレイに食らいつこうとしていた【DGF】の姿がどこにもない。

 

 毛皮の男が現れると同時に、消えてしまっていた。

 

「……うっそだー」

 

 しかし<マスター>の中には、マリーを含めて少数ながら見えていたものもいた。

 

 彼女らは一様に、空を見上げている。

 

 彼らの視線の先に……数百メートル上空に【DGF】がいた。

 

「後は任せてもいいか?」

 

「えぇ、いいわよ」

 

 女が呟くと何処に仕舞ってあったのか無数にある鉄の板が一斉に空へと上がる。

 

 視力に優れたものならばその頭部が原形を留めずに砕かれ、既に光の塵になりかけていることも観察できただろう。

 

 【DGF】の有様と右足を高く掲げた――蹴り上げた男の体勢から想定される答えは二つ。

 

 この男は、十数トンはあろうかという怪物を空の彼方に蹴り飛ばしたのだ。

 

 この男は、攻防一体の《竜王気》を放ち莫大なHPを持つ大怪物をただ一撃の蹴りで破壊したのだ。

 

 そして、男の蹴りによって頭部が原形を留めずに砕かれ、既に光の塵になりかけている【DGF】を止めとばかりに無数の光線が貫いた。

 

 【DGF】は地上に降りる事すら許されず、上空で灰になって消えた。

 

「……あ」

 

 毛皮の男がスッと右足を地に下ろす動作を見て、毛皮に覆われていない顔の下半分を見て、レイは気づく。

 

 それが、“自分のよく知る人物”である、と。

 

「ま、案の定無理したみたいだが……死なずに待ってたのは良しだ」

 

 毛皮の男はそう言って、ポンとレイの頭に手のひらを置いた。

 

「待たせたな」

 

「……来てくれたんだな」

 

「言ったろ? 必ずそこに行くってよ」

 

 2人が会話をしているとシュウの身体に寄りかかる人影がある。

 

「やあ、元気だったかい少年」

 

「貴女はゴゥズメイズの時の」

 

「覚えていてくれたのね嬉しいわ」

 

「おい、加奈鬱陶しいぞ」

 

自身の肩に寄りかかりながら手をひらひらと振っている加奈を鬱陶しそうにシュウは追い払う。

 

「あら、私は虫じゃないのよ」

 

「うるせー、それよりも頼んだぞ」

 

「終わったら私にも時間を頂戴ね」

 

「あぁ、分ってるよ」

 

 その言葉に加奈はにっこりと笑うとその場から消え去る。

 

 それと同時にパンデモニウムの近く、最前線だった場所からは無数の光が放たれ<ジャンド草原>を埋め尽くさんばかりにいた“スーサイド”が一瞬で壊滅する。

 

「……すげぇ」

 

 自分たちを追い詰めていた“スーサイド”が一瞬で壊滅する姿目撃した人々はそのあまりの光景に言葉を失った。

 

「さてと、こっちもちゃっちゃとやることをやらねーと加奈がうるさいからな」

 

シュウはレイの頭から手のひらを下ろし、腰に下げた袋――アイテムボックスから何かを取り出す。

 

それは指輪であり、アイテム名を【拡声の指輪】といった。

 

『あー、テステス。聞こえるかー、フランクリン』

 

『……ああ、聞こえているねぇ』

 

『そっかー。良かった良かった。じゃあ宣言するわー』

 

『…………宣言?』

 

『今夜お前が開いたゲームで、お前は最大のミスを犯した』

 

 毛皮の男はそこで一度言葉を切り、

 

『――それは“弟”と“俺”を敵に回したことだ』

 

 ほんの数人にしか意味が分からないことを言った。

 

 だが、その言葉に込められた戦意の激しさは、この場にいるものだけでなく中継を見る者にすら届いていた。

 

『だから、宣言するぜ……フランクリン』

 

 そして、

 

『お前自慢のモンスターは――この【破壊王】がまとめて“破壊”してやる』

 

 毛皮の男は――“シュウ・スターリング”はそう宣言した。

 

 

☆☆☆☆

 

 

「マスター!!」

 

「待たせて悪かったわねヴァル」

 

最前線、未だ戦い続けていたヴァルキリアに“スーサイド”を駆逐して回っていた加奈が合流した。

 

「街はもうよろしいのですか?」

 

「えぇ、モンスターの駆逐は終わったし、ヴァルが時間を稼いでくれたおかげで全ての準備が整ったわ」

 

加奈はにっこりと笑いながらヴァルキリアの頭を撫でる。

 

「その姿を見るのは久しぶりね」

 

『そうですね、ビット(分身体)の形状を変化させるのはマスターに負荷がかかりますから』

 

申し訳なさそうにヴァルキリアは俯く。自身がもっと優れた<エンブリオ>だったならばマスターに負担を強いる事なんて無かったのだ。

 

しまいにはレイすらロクに守ることが出来なかった。

 

欠陥品である自分に嫌気がさす。もっと自分が優れていればマスターは強くなれるのに……。

 

「貴女はよくやったわよ」

 

俯いているヴァルキリアを加奈は優しく抱きしめる。

 

俯き、拳を握り締めるヴァルキリアが何を考えているか加奈は想像できた。

 

ヴァルキリアは多機能すぎる故にステータス補正などは殆どない。

 

それに加え、持っている能力のほとんどが何かしらのデメリットを持っているか、MPなどのエネルギーを大量に消費するなど欠点が少ないわけではない。

 

それに、<エンブリオ>であるヴァルキリアの精神が安定しないのは、加奈自身の問題でもある。

 

「あまり自分を責めないで、私まで悲しくなるわ」

 

『……マスター』

 

「ほら、まだ戦闘は終わってないわ。私の中に戻ってきなさい」

 

『はい』

 

ヴァルキリアは憑依していた入れ物を捨て加奈の身体に溶け込むように入っていく。

 

「さあ、行きましょうか」

 

『はい!』

 

今宵最後の戦いが始まろうとしている。

 

 <超級>達の殺し合い

 

 これより始まるは、奇しくも今宵のメインイベントと同じもの。

 

 

 それ即ち――<超級激突>。



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因縁

すいません遅くなりました。
次はすぐ投稿します。


 □■<ジャンド草原>

 

「はぁ……冗談だろう」

 

フランクリンの目の前では悪夢のような光景が広がっていた。

 

<ジャンド草原>に展開していた“スーサイド”の全滅。

 

それだけではなく、パンデモニウムから吐き出し続けている後続の“スーサイド”達も放出される端から殺され続けている。

 

「……まったく、大赤字だよ」

 

本来ならば5000体でも十分ギデオンに打撃を与えれるはずだった。その筈だったのにその倍以上の損害を出し【DGF】すら撃退された。

 

それだけの損失を出しておきながらこちらの戦果としてはギデオンの街をかき乱し、<マスター>を中心に幾ばくかの死体を拵えただけ。当初の目標を完遂する程十分な戦果を挙げられていない。

 

こちらにまだ戦力が残っていると言っても、この調子で殲滅され続ければ目標を完遂するどころか、これ以上ギデオンや<マスター>にダメージを与える事すら難しいだろう。

 

「やはり、彼女は厄介だ」

 

未だ前線で“スーサイド”を殲滅しているスーツ姿の女性、その戦う姿はまるで舞踊、屠った命を神に奉納するかのように彼女は舞う。踊るように途切れることなく動き回るその動きは見ているだけで魅了されてしまいそうになる。

 

一瞬そのような思考に陥ったフランクリンは首を横に置きく振り、思考をクリアに保とうとする。

 

加奈の動きなんかはどうだっていい。問題はこの前線に<超級>が3人もいること、しかもそのうち2人は敵側。

 

【破壊王】を名乗る男は未だ動いていないものも、2人が揃って暴れ始めたら手が付けられなくなる。

 

……だから

 

「だから、頼むよ」

 

「あぁ、任せてきな」

 

誰も居ないはずのパンデモニウムの甲板でフランクリンがそう問うと、虚空から返事が返ってくる。

 

そして、その男はまるで、最初からそこにいたかの様に、当たり前に自然とそこにいた。

 

「アンタには恩もあるし、それに…」

 

男はそこで言葉を止めて戦場で戦う加奈をジッと見つめた。

 

「……アイツには恨みもあるしな」

 

そう言い残すと男はパンデモニウムから姿を消した。

 

「さあ、これで全部だ!!今の私に出せる手はすべて見せた!」

 

フランクリンは両手を広げ大空を見上げて叫ぶ。

 

「……かかってこい」

 

そして<ジャンド草原>を見下ろすパンデモニウムの上から再び宣戦布告をしたのだ。

 

 

☆☆☆☆

 

「かかってこい、ねぇ…フフ、随分と笑わせてくれるわ」

 

未だパンデモニウムから排出され続けている増援を逐一駆除しながら、フランクリンから二度目の宣戦布告を聞いた加奈はニコニコと笑う。

 

地の底から湧き上がるような冷徹で低い声、フランクリンに視線が固定され一切動かない瞳。表情はニコニコと笑ってはいるものの、その姿を見た者が笑えなくなるような雰囲気を醸し出している。

 

気の弱いものなら意識を失ってしまうのではないかという程の重苦しい空気の中をパンと乾いた音が響く。

 

「おい、加奈。言葉とは裏腹に目が全然笑ってないぞ」

 

「おっといけないわね」

 

シュウに頭をハリセンで叩かれた加奈はすぐに気配を変えて、自分を叩いたシュウへと向き直る。

 

「その様子だと要件は終わったようね」

 

「あぁ、だから交代だ」

 

そう言うとシュウは静かに、しかし迅速にその巨大な存在感を隠しながら接近してきた【KOS】を殴った。

 

おそらくは【オキシジェンスライム】を強化したであろう【KOS】ならばこそ、闘技場で見せたように物理攻撃は効かないはずだが、シュウの攻撃を受けた【KOS】は大きく吹き飛ばされると同時に砕け散った。

 

「その様子じゃ大丈夫みたいね、私のビットも一度下げさせてもらうわよ」

 

「構わないさ」

 

加奈は短く「そう」と返事をするとシュウが戦闘を開始した方向とは反対、フランクリンの元へと向き直る。

 

『やあ、ドクターフラミンゴ聞こえてるかしら?』

 

『……ああ、聞こえているよ』

 

『そう良かった。ならこれは見えるかしら?』

 

そう言って加奈は上空へある装置を投げる。

 

装置は空中で停止し、フランクリンが使っていた道具の様に空中に半透明のスクリーンを展開した。

 

『それは私たちが作った物とおなじ…』

 

『そう、まあこれは機械というよりかは魔道具に近いものだけど、さて、ドクターフラミンゴこの光景に見覚えは無いかしら?』

 

加奈が展開したスクリーンには一つの建物が映っている。その光景を見ていた多くの人たちにはその建物が何かまでは分からなかったが、その建物の周りの景色、スチームパンクを連想させるその風景から映像の先がドライフ皇国であることだけは理解できた。

 

『その建物は私のギルドじゃないか』

 

『そう、その通りそして……これがこの戦争の代償よ』

 

加奈がそう言うと映像の先、<叡智の三角>が所有するホームは連鎖的な爆発を繰り返し、内側に崩れ落ちる様にして崩壊していく。

 

『………』

 

『相変わらず素晴らしい腕だね、どれだけ建物に防備を用意しようとも、内側から主要部位を壊されれば後は自壊していく』

 

一言も言葉を発しないフランクリンとは対比するように、加奈は手を叩き拍手をして見事に爆破解体された建物へ喝采をしている。

 

『よくできた映像だけれどもそれが、どうかしたのかい?』

 

『まあ、信じるも信じないも好きにしなよ、この戦闘が終われば嫌と言う程わかるんだから』

 

本当に映像だと思っているのか、それとも動揺を隠すための虚言か、表情を変えず余裕を見せるフランクリンに加奈は淡々とそれだけを言い放つ。

 

『……』

 

『これが私の宣戦布告よ、後悔しなさい安易に戦争なんかを始めたことに』

 

「そうやって、お前は平然と大事なものを壊していく」

 

加奈が言葉を言い切ると同時に立っている場所へ片手斧が飛んでくる。

 

「!?」

 

いち早く反応したヴァルキリアが飛来してきた片手斧を撃ち落としたことによって被害は無かったが、加奈の宣戦布告を台無しにするには十分であった。

 

「まるで自分が正しいかのようにふるまいやがって…そういうところがきにくわねぇんだよ」

 

片手斧が飛んできた方向を見ると、筋肉質の男が4mもあろう巨大な槍を担ぎながら加奈達へと近付いて来ていた。

 

「あら、情報が無かったからてっきり消えたものだと思っていたけど、まだこの世界にいたのねジョニー」

 

「あぁ、お前さんがインしていないって聞いていたからな復帰していたのさ、フランクリンに匿ってもらってたから気付かなかっただろう」

 

ジョニーと呼ばれた男は間合いに入るやいなや、担いでいた槍を加奈へ向かって突き出す。音速を優に超す速度で突き出された槍は空中で僅かに撓りながら、加奈の腹へ向かって進む。

 

突き出された槍をいとも容易く回避した加奈はお返しとばかりに両手に構えた拳銃(ヴァルキリア)を発砲した。

 

しかし、ジョニーは向かってくる弾丸を槍の柄で弾くと再び槍を振るう。

 

「腕は鈍ってないのね」

 

「お前さんこそな、忌々しい」

 

しばらく攻防が続いたが、槍の間合いから近づけないことを嫌った加奈は、後方へステップを踏み、間合いを取ろうとする。

 

「甘い、そうはさせない」

 

しかし、加奈が後方へ飛び退いた分ジョニーは間合いを詰め、自身の間合いを保ち続ける。

 

「ならばこうね」

 

間合いが取れないと悟った加奈は瞬時に武装を第五形態《レギンレイヴ》へと切り替えジョニーの死角から攻撃を加える。その隙に間合いを取ろうと再び後方へと飛び退いた加奈の頬を槍の穂先が掠った。

 

「なッ!」

 

『マスター!』

 

加奈の口から驚愕の声が漏れ、ヴァルキリアが叫ぶ。

 

なんとか間合いを取ることには成功したが、加奈の頬からは赤い血液が滴るように垂れ、火照るような熱が傷口に宿る。

 

「おいおい、覚えてねぇーって無理もないか。お前さんには何回も殺されたが、しっかりとした接近戦をやるのはこれが初めてだもんな。」

 

ジョニーは「ならしっかりと名乗らねーとな」とぼやくと槍を構えなおし加奈へと向き直る。

 

<CCC>(カタストロフィック・カオス・コーズ)のリーダー、【蛮族王】ジョニーだ。俺たちの楽しい略奪ライフの為にお前を殺すぜ」

 

「ならば<ヴァルハラ>の党首として【魔弾姫】加奈が貴方へ再び引導を渡しましょう」

 

互いに口上を述べ終わると同時に再び戦いの火蓋が落とされるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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〈超級激突〉前

 □■<ジャンド草原>

 

フランクリンの創ったモンスターである“スーサイド”と【破壊王】が戦うこの草原でもう一つ別の戦いが行われていた。

 

1対1の戦い、【蛮族王】と【魔弾姫】互いに超級職。

更に互いに<超級エンブリオ>をもつ<超級>でもある。

 

奇しくもギデオンで行われていたメインイベントの再来。

 

結界や制限のない真の〈超級激突〉が始まろうとしていた。

 

 

☆☆☆☆

 

 

口上を述べた後向き合った二人は動くことなく緊張した空気が辺りを支配する。【破壊王】が繰り出す攻撃で騒がしいはずの周囲もここだけは別空間に隔離れているかの様や静寂で満たされていた。

 

先に動いたの加奈であった。先ほどの倍以上の数、第七形態《ブリュンヒルデ》となったビットが瞬時に展開されジョニーを一斉に攻撃する。

 

しかし、ジョニーはその攻撃をものともせず加奈との間合いを詰める。

 

そして振るわれるジョニーの槍を加奈は次の攻撃に移るために回避ではなくビットで防ごうと槍の軌道上にビットを設置し、自身はジョニーとの距離を詰めようと前に出る。

 

「ッツ!?」

 

『いッ!!』

 

だが、加奈の予想は外れ、ジョニーの振るった槍はビットを切り裂き加奈の目前まで迫っていた。

 

前に出ていた事で槍先ではなく柄の部分まで手を伸ばすことが成功した加奈は手の甲で槍を受け流し、ジョニーを投げ飛ばす。

 

投げ飛ばされたジョニーは空中で一回転をすると姿勢を安定させ何事も無かったかのように着地した。

 

「へへ、驚いたかい、あのタイミングで槍の軌道に置くってことは自慢の防御手段だったんだろうが、俺には意味が無い」

 

「へぇ戦いの最中に教えてくれるなんてずいぶんお優しいのね」

 

『ヴァル、大丈夫?』

 

ジョニーを挑発しながら加奈はビットが破壊されたことで痛みに苦しむヴァルキリアの心配をする。

 

『問題ありません。ビットが破損するのが随分と久しぶりでしたから…しかし、もう問題ありません』

 

ヴァルキリアの分身でもあるビットは攻撃はもちろん防御においても優秀だ、加奈の魔力を多く消費はするが、そこにさえ目を瞑れば、相手を蹂躙する矛であり、壊れる事のない盾でもある。

 

事実ヴァルキリアがダメージを完全に与えることの出来なかった相手は今まで存在せず、ヴァルキリアを壊した相手など【一騎当千 グレイテスト・ワン】を始め数える数しかいない。

 

そんなヴァルキリアをいとも簡単に破壊されたことが加奈には理解できなかった。

 

「それと俺をちまちま攻撃してるこの金属板、これも意味が無いから引っ込めたほうがいいんじゃない」

 

そんな加奈の視線を感じたのかジョニーは見せつける様に槍を一薙ぎすると周囲に展開していたビットを次々と破壊していく。

 

「第二形態《ヴェルダンディ》」

 

たまらず加奈は無事なビットを集め、ヴァルキリアを二丁の大型拳銃の姿へと変える。

しかし、かなりの数のビットを破壊されてしまったせいもあって、大型拳銃へと変化したヴァルキリアの身体には無数の細かい亀裂が入っていた。

 

「おいおい、俺たちを容赦なく殺していくからお前には心が無いと思っていたんだが、案外仲間は大切にするのな」

 

「無差別にティアンを殺して回る貴方に言われたくないわね」

 

加奈はジョニーに向かって2発の弾丸を放つとジョニーは再び槍の柄で弾丸を弾く。

 

「ふん、お前の影に脅えるのも今日で最後かもな」

 

 

☆☆☆☆

 

 

 □決闘都市ギデオン 中央大闘技場

 

「なんだァ加奈の姐さんは散々殺してきた相手の情報を知らねーのカ?」

 

「まあ無理もないと思うよ、<CCC>のメンバーが殺された場面に出くわしたことがあるけど、視覚外からそれも気配すら感じさせない超長距離からの狙撃、あれでは接近する必要もないからね」

 

「あア、そうかあの人攻略とか掲示板とか見ねェもんナ」

 

今宵のメインイベントだったはずの<超級激突>が行われた中央大闘技場。

 

 その舞台の上では二人の<マスター>が肩を並べ、中継映像を眺めていた。

 

 一人は【超闘士】フィガロ。

 

 もう一人は【尸解仙】迅羽。

<超級激突>で戦った二人であり、フランクリンの策略で時間停止した結界に閉じ込められ、解放された今は本日二度目の<超級激突>を眺めているだけの二人だ。

 

 もちろん闘技場にいた他の<マスター>、特に彼らを救出しようとしていた者達には「二人にあの戦場への増援に向かってほしい」という心算があった。

 

 が、フィガロには既に開いた戦端に参加する意思がなく、迅羽も完全に観戦モードとなって参加する気はなかった。

 

 こうなると、言っても聞かない。

 

 <超級>という……最上位プレイヤーにして変わり者達の厄介なところだ。

 

 舞台付近にいた<マスター>らは渋々二人の助力を諦めて戦場に向かった。

 

 内心で「闘技場に何かあったときには動いてくれるだろう」という心算と「闘技場にいるティアンの安全は確保された」という思いがあり、それは事実であった。

 

 今の二人は世間話に興じているだけだが。

 

「しかシ、そうなると【蛮族王】の相手は厳しいだろうなァ」

 

「どうしてだい?」

 

映像の先でジョニーと互角に接近戦を繰り広げる加奈。フィガロの眼には加奈の方が優勢に事を運んでいるようにも見えた。

 

「いヤ、加奈の姐さんが攻防で使ってる金属板あるダロ?」

 

「ああ、あの厄介な武装だね、前戦った時は8個だったけど戦いにくかったのを覚えてるよ」

 

フィガロが苦い顔をしながら返事をする。戦ったのは大分昔のことだがあの武装にはあまりいい思い出が無かった。

 

「これは姐さん本人から聞いた事なんだガ、あの武装ナ、性質的にガードナーの特性を持ているらしイ」

 

「なるほどね、テイムモンスターの扱いなのか」

 

「あア、だから【蛮族王】との相性が悪い、ヤツの“自身とのレベル差に比例して戦闘力が上がる”って能力とはナ」

 

<CCC>という残虐非道なPKクランが加奈に潰されるまで残っていたのにはいくつか理由がある。

 

まずそもそも<CCC>に所属するメンバーの戦闘力が高いこと、

そしてリーダーが<超級>だということ。

そしてリーダーである【蛮族王】と同じレベルでなければ相手に有利な状態で戦うことになること。

 

ほかにも様々な理由はあるがこの3点の理由が非常に大きい。

 

【蛮族王】の能力はレベル差が開けば開くほど攻撃が通りにくくなり、そして【蛮族王】の攻撃は通りやすくなる。これはモンスターには適応されず、基本的に<マスター>とティアンにしか適応されない。しかし例外的にテイムモンスターにはこのルールが適応される。

 

そのため、ガードナーや従属キャパシティ内のモンスターを使う相手には滅法強い。

 

「なるほどね、だから【蛮族王】がこのタイミングで襲撃に加わったのか」

 

「そうだろうナ、何の問題も無くフランクリンがこの街を襲撃出来たら、その後にジョニーが再びこの街を襲い<エンブリオ>の能力で戦闘力を上げられル」

 

「それにもしイレギュラーな敵が出て来ても彼なら大抵の敵は倒せるだろうしね」

 

「そして姐さんが出てきた今、真正面から勝利できれば<エンブリオ>の能力で姐さんを恒久的に弱体化させられる」

 

「まあ、それで彼女が<CCC>の存在を許すとは思えないけど」

 

「だガ、一度倒せれば次も勝てるダロ、後は姐さんがボロボロになるまで決闘し続ければいい」

 

もう1つ、<超級>達が【蛮族王】に挑まなかったのは理由は、彼が持つ<超級エンブリオ>の能力、敗北者の能力を奪う力が彼への挑戦を躊躇させた。

 

「しっかシ、姉さんのところも面白そうだが、あのクマもなかなか愉快だな」

 

「“相手が十倍早いなら、十倍先読みすればいい”」

 

「なんだそりャ」

 

「何でも、相手の動きを読んで、相手が軌道を変えられないだろうポイントに予め攻撃を置いているらしいよ」

 

「うへァ……なんだそりャ」

 

 そう、話す様子は友人同士であり、話している内容はほぼゲーマーのそれであった。

 

 が、それを遠巻きに眺める観客達からしてみれば、<超級>の二人がギデオンを襲う災禍への対策を相談しているように見えていた。

 

 そのため、現在の中央闘技場の観客は、緊張と興奮と共に中継を眺める者と祈るような気持ちで二人を見る者が半々といった具合だ。

 

 もっとも祈られる二人が話す内容の大半は世間話なのが困りどころだ。

 

「はァ、こっちじゃなくてあっちに行けばよかったゼ」

 

「まあ、こっちもどうにかしないといけないしね」

 

「ところでサ」

 

「何かな」

 

 だが……

 

「あのクソ白衣、“下の奴”をいつごろ動かすつもりだろうナ」

 

「多分、戦術級の自爆型モンスターだろうから、このプランCとやらで負けてからだろう。そう遠くはないと思うけどね」

 

 ――世間話が全てでもない。

 

「じゃア、“下の奴”はオレが必殺スキルで始末すル。フィガロの方ハ」

 

「観客席にいる最強・・のどちらかが敵対行動を始めたら止めるよ。“下”も気になるけど、生憎ソロ専門だからね」

 

「ゲハッ、そっちの方が厄介だろうニ!」

 

「けど、楽しそうだろう?」

 

「同意ダ」

 

 中継映像で暴れる同類を眺めながら、二人の【超闘士】<超級>と【尸解仙】も牙を研いでいた。

 

 

☆☆☆☆

 

 

 □■<ジャンド草原>

 

一方的な“破壊”をばら撒く【破壊王】によって、さらに千のモンスターが撃破された。

 

 また、【破壊王】の活躍によって態勢を立て直した十数人の<マスター>が、【破壊王】の蹂躙劇からあぶれたモンスターへの迎撃を行っている。

 

 加えて、西門からは続々と中央闘技場に閉じ込められていた<マスター>が駆けつけている。

 

 時間稼ぎは成り、状況はギデオンを守る王国の<マスター>に傾いた。

 

「あちらは我々の側が優勢みたいね、貴方はいいのかしら」

 

突き出された槍先が加奈の放つ弾丸で弾かれる。そして突き出された槍先を踏み地面へ突き刺すと、加奈は槍の上に乗りジョニーへと蹴りを放つ。

 

加奈の蹴りが当たる前にジョニーは槍を振り上げる。

 

加奈は蹴りを中断し振り上げられた槍を蹴り上げて空高く舞う。

 

空中に浮く加奈をジョニーの槍が貫こうと幾度も突き出されるが、そのすべてが弾丸によって逸らされ加奈に当たることは無い。

 

空痛で姿勢を整え無事に着地した加奈は再び間合いを取ってジョニーと向き合う。

 

数度の手を合わせを経て、加奈とジョニーの戦いは拮抗している。

 

互いに手を読み合いぎりぎりのところで攻撃を避けてる。

 

しかし、互いに決定的な一撃が足りない。かと言って焦れば敵に隙を与えてしまう。

 

「仕方がない。あまり使いたい手ではないが使うしかないだろう」

 

遥かなる蹂躙制覇(アレクサンドロス)

 

赤い稲妻がジョニーの周りを奔り赤いオーラが彼を包む。

 

「これが成せなければすべてが無意味とかす、だからこそ俺はすべてをかけよう」

 



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〈超級激突〉中

すいません。前回から長い間が空いてしまいました。またちょくちょく更新していきます


□【蛮族王】ジョニー・ハワード

 

「遥かなる蹂躙制覇」(アレクサンドロス)

 

<エンブリオ>の必殺スキルである《遥かなる蹂躙制覇》を発動させた俺は一気に踏み込んで開いた間合いを一気に詰めた。

 

「!?」

 

瞬間的に加速した攻撃に一瞬反応が遅れたヤツ(加奈)の腕を【制覇槍】(アレクサンドロス)の穂先がかすめる。

 

しかし、攻撃は掠めただけで、ヤツに大したダメージは与えられていない。

 

「チッ」

 

確実に殺れると思った攻撃を紙一重で回避された事で、更に苛立ちが増す。

 

急上昇したステータスに感覚がついて行かなかったんだろうが、それでも攻撃を外すとは思わなかった。

 

俺は、舌打ちをしつつもヤツに隙を与えない為に次の攻撃を繰りだす。

 

横なぎ、突き上げ、振り下ろし、連続で繰りだされる攻撃がヤツの肌を掠っていく。

 

浅く素早く。自分の感覚を合わせながらヤツに手傷を負わせる。少しずつ少しずつ、焦らずに上昇したステータスを自分のものにしていく。

 

初めの一撃を外した時点で奇襲は失敗。

となれば思い切った攻撃をして反撃をくらうよりも堅実にヤツの体力を削り確実な一撃をくらわせるべきだ。

 

しかし、ヤツに攻撃が当たらないのは、上昇したステータスに俺が未だ慣れていないからなのか。それともヤツが上手なのか、あるいはその両方か。

 

未だにヤツの手の内は全て見切った訳では無い。浮遊する複数の金属板、それと両手に持った銃、明らかに遠距離職だと言うのにこちらの槍を捌く技量。

 

先ほどまで気にならなかった雨のように降り注ぐ弾丸も、こちらの攻撃が避けられ続けると次第に気になりだしてくる。残念ながら金属板から放たれる攻撃はこちらに届かない。

 

おそらくはガードナーとしての性質を持つであろうあの武装では俺とのレベル差がありすぎる。

 

だから警戒する必要も無い。何発当たろうともダメージが通らないのだから。

 

警戒すべきは両手に持った銃とヤツ自身が仕掛けてくる接近攻撃。両手に持った銃は形こそ浮遊している金属板と似ているが、あれは武器として判定されてる。だから、両手に持った銃での攻撃は俺とヤツとのレベル差で軽減率が変わる訳だが、俺とヤツとの間には残念ながら軽減される程のレベル差が無い。

 

だからこそ銃での攻撃は致命傷を与えられる可能性がある。

 

「鬱陶しい攻撃だぜ!!そんな攻撃に意味なんてねぇのによ!」

 

「それはどうかしらね?」

 

苛立つ俺を横目にヤツは涼しい顔で攻撃をかわす。だがそれでも、さっきまで拮抗していた戦闘は今こちらが主導権を握る形で展開できている。

 

確実にこちらが有利なはずだ。ステータスの差にもだいぶ慣れた。それに細かい傷だがヤツに攻撃を当て続けている。しかし、だから言って遊んでいる時間はない。

 

今は優位に立っていても時間が経ち過ぎれば不利になるのはこちらだ。

 

俺の<エンブリオ>が持つ必殺スキル《遥かなる蹂躙制覇》は自身が奪ってきた能力の所有権を破棄することで、破棄した能力やステータスをその数値分、一時的に上昇させることが出来る。

 

更にそれに加え破棄したステータスの数に応じて上昇させるステータスの倍率を上げることで一時的に驚異的な能力を得る事ができる。

 

つまり今まで奪ってきた能力を捨てれば捨てる程、上限無く強くなることができる。

 

しかし、発動するには最低100個の能力を破棄する必要があり、発動時間も5分間と短い。

 

それに加え能力の効果が終わった後は破棄した分の能力が下がり、著しく弱体化してしまう。諸刃の剣だがそれでもヤツさえ倒してしまえば失った能力分くらいこの街で回収できる。

 

今回選んだのはAGIとSTRのステータス。

 

ゆうに50万を超すAGIと30万を超えたSTRを得たことで、まともに当たりさえすれば大抵の敵は一撃でHPを全損させることができる。

 

それに加えヤツのHPはそこまで多くない。当たりさえすれば確実に勝つことが出来る…のに。

 

「何故当たらない!!」

 

思わず思っていたことが口から出る。繰りだしている攻撃は俺がステータスに慣れるにつれて速度、鋭さが増している。だからこそ、さっきまで避けるのに精いっぱいだったヤツは俺の攻撃についてこれる訳が無い…のに。

 

確かに俺の攻撃はヤツに傷を与えてはいる。しかしそれは、致命傷ではない。それどころか皮一枚の所で攻撃をさけられているせいで【制覇槍】の攻撃は切り傷を与える事しかできていない。

 

すでに《遥かなる蹂躙制覇》の発動から2分。まだ焦るような時間では無い。しかし、加速したことで止まったようにすら感じるこの世界でもう既に2分が経過してしまっている。焦るわけではない、ではないが、このままいけば5分なんてあっという間に経ってしまう。

 

ならばと、【制覇槍】を大きく突き出す。その攻撃を読んでいたかのように大きく後退するヤツに合わせてこちらも大きく距離を取る。

 

そしてヤツが大地に着地する瞬間。地面を力一杯に踏み締め、ヤツに向かって突進をする。

 

踏み込んだ衝撃で地面が割れ、砕けた地面が大小の塊となって宙を浮く。

 

普段の10倍にもなるAGIを活かした突撃、自分自身を一本の槍として繰り出すこの技はAGIを最大限に生かした一撃離脱の攻撃。

 

今までに多くのものを屠ってきた一撃、ただただ早い突撃、単純ゆえに回避がほぼ不可能な一撃。傍から見たら一筋の光が地面を巻き上げながらヤツへと接近していく光景が見えただろう。

 

俺は確実に殺ったと思った。なにせこの技を回避した奴はいない。速度と力にものを言わせた一撃。しかも今までこの一撃を放った中で今回が一番ステータス値も高い。

 

敵も強いが、しかしそれでも、勝利を確信した俺の目の前に、信じられない光景が映る。

 

それはヤツが繰り出していた金属の板、それが俺とヤツの間に入り、僅かに穂先を逸らしている。

 

「クソッ!!」

 

金属版は一撃で大きくへこみ、瞬間、砕け散った。

 

今度こそはと、再び距離を取り二度目の突撃を繰り出すが今度は、当たる前に躱されてしまう。

 

まるで未来でも予知しているかのような行動。その後、何度も突撃を繰り返すが結界は同じ、ヤツに俺の攻撃が当たることは無かった。

 

既にスキル発動から3分経過している。このままではヤツを殺すことは出来ない。

 

それならばと、俺は直進的だった突撃に変化を加える。速度に緩急をつけ、それに加え急な方向転換を織り交ぜた不規則な攻撃、それに加えてAGIの能力を更に破棄して速度を上げる。

 

追加の能力破棄によって制限時間は伸びない。その為、これで増えた分のステータスも遥かなる蹂躙制覇(アレクサンドロス)の効果終了する後2分しか使えない。

 

しかし、それでいい。ここでヤツを一度でも倒せればヤツの能力を奪える。俺のHPは未だ全快。この状態で倒せれば今回だけでヤツの能力を半分か最低でも1/3ほどは奪える。

 

そうすればまた仲間たちと楽しくこの世界で過ごせるはずだ。俺も仲間たちもこの世界しかない。この世界にしか逃げる場所がないんだ。其れなのにこんなところで、俺たちの自由が、俺の覇道が終わっていいはずがない。

 

確実にヤツを仕留められる一撃を、手足でも胴体でもどこでもいい、まともに攻撃さえ当たればヤツの命を削ることができる。

 

致命的な一撃を与える為、俺はヤツの周囲を取り囲むように走る

 

ヤツを中心とした円を描くように走り出した俺は不規則な加減速などをつけながら隙を伺う。

 

雷のようにジグザクと動く俺の円はずいぶんと汚く見えることだろう。

 

だが、そんなことはどうでもいい。

 

俺の足止めする為か、金属板からの攻撃が放たれているが、俺にには効かない。

 

ヤツの隙を作る為、割れた地面から浮き上がるように出た岩のような塊を【制覇槍】で打ち付ける

 

塊自体はヤツに届く前に砕かれてしまうが、意識には一瞬の隙が生まれる。

 

刻一刻と能力の制限時間が近づく中、ヤツが視線を逸らした隙を見逃さない。

 

俺は《瞬間装備》を使い、空いている左手に投擲に特化した小さな槍を握り、そしてヤツに向かって投げる。

 

奴も迎撃しようと槍に攻撃をするが、先ほどまでの塊とは違い槍は簡単に壊れない。

 

先ほどの塊に引き続き、飛来する槍にヤツの意識が更に割かれる。

 

ここしかない。

 

俺はフランクリンから受け取っていたアイテムをヤツに向かって投げる。

 

物は大したものではない煙を出す【煙玉】の強化版、

 

従来のものとは違い接触した瞬間、四方八方に煙をまき散らすただそれだけ。

 

だが、今はそれで十分。

 

俺は背後からヤツに向かって走り出す。

 

もっと早く。

 

ヤツの意識が槍に割かれている内に。

 

もっと早く。

 

既に俺とヤツとの距離は1mも無い。

 

今更気づいた所で俺の勝利は揺るがない。

 

勝った。

 

「取ったぞッ!!」

 

あまりの歓喜に叫びながら繰りだした攻撃は……しかしヤツに届くことは無かった。

 

煙にまみれながらも確実にヤツを捉え、【制覇槍】の穂先が触れるか触れないかの瞬間、俺は地面へと倒れ込んだ。

 

そして、トップスピードを出しながら地面へと激突した俺は、土煙を上げながら2転3転と無様に地面を転がり岩にぶつかって動きを止めた。

 

なにが起こったかは分らないが、幸いにも戦闘不能ではない。HPを見ればまだ半分以上も残っている。

 

上下左右に入れ替わった視界のせいで多少の気持ち悪さを覚えながらも、俺は急いで姿勢を整えて立とうとする。

 

しかし、素直に立つことが出来ない。

 

平衡感覚の狂いかと疑ったが、視線の先では【麻痺】の表示が出ている。

 

それと同時に脚に痺れるような感覚があって力が入らないことが理解できた。

 

急いで視線を太股に落とすと、右太股に穴が開き血が流れていた。

 

「なッ!」

 

ヤツの攻撃は俺にダメージ現れないはず。ヤツの両手に持つ銃は槍の迎撃の為、俺とは反対方向へ向けられていたはずだ。

 

それなに俺の足には穴が空いている。痛覚をoffにしているせいで気が付かなかった。

 

そしてその一瞬が致命的な隙を産んでしまった。

 

「それが最後の言葉ですか?」

 

そして、ヤツの言葉が聞こえた直後、俺の胸を弾丸が貫いた。

 

「クッ……」

 

同時に装備していた【救命のブローチ】が砕ける。

俺の運が無いのか、はたまたブローチの許容量を遥かに超える攻撃だったのか。

 

それは分からないが、ブローチは砕け散り、俺はなんとか一命を取り留めることが出来た。

 

『【救命のブローチ】が砕けましたね』

 

「良かったわ、ENDまで馬鹿みたいに上がってなくて」

 

やれやれと言った表情で軽口を叩くヤツは、俺が死んでいないことを確認すると次の瞬間には攻撃を再開し始める。

 

先程以上の攻撃が飛び交い、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた弾丸が俺に迫る。

 

弾丸と言っても見た目はまるで光線だ、さっきまでの俺ならともかく ステータスの落ちた今では弾道を追うのすら難しい。

 

それでもなんとか迫り来る弾丸を槍で弾き退ける。

 

さっき、何故ダメージを受けたのか、その理由が分からない限り攻撃を受ける訳には行かない。

 

四方八方から迫り来る弾丸に包囲されないように、槍で弾丸を払い、道を開きながらゆっくりと前へ、決して止まらないよう、ひたすらに足を動かし続ける。

 

幸運な事に、先程感じた【麻痺】は既に効果を失っている。

 

念のために装備していた【救命のブローチ】は砕かれ、ほかの救命アイテムを装備する暇すらない。足を停めれば即座に補足され蜂の巣にされる。

 

それでも何とか活路を見出そうとヤツの動きを観測する。

 

よく見れば無作為にばら撒かれたように見えたビットの弾丸は空中でぶつかり跳弾をする。

 

そしてその跳弾した弾丸に新たな弾丸が当たり再び跳弾をする。それを繰り返し、まるで蜘蛛の巣のように広がった弾丸に加奈自身が放った弾丸が跳弾し俺へと向かってくる。

 

「なるほど、跳弾を繰り返して、金属板からの攻撃に自身の攻撃を混ぜたのか」

 

「ご名答。しかし、残念気付くのが遅かった。」

 

「なめるなよ!!」

 

俺は迫りくる弾丸を全て【制覇槍】で弾き返す。

 

来るとわかっていれば対処この程度の攻撃は対処できる。

 

「見通しが甘かったな」

 

「いいえ、チェックメイトですよ」

 

「なにを言っ…て?…」

 

言葉は最後まで出ず、俺はその場に倒れ込む。

 

何が起こったのか分らない。

 

身体が上手く動かず、HPは目に見えて減っていく。

 

自動回復効果がある防具が効果を発揮し始めたのかHPの減りは抑えられたもののそれも気休めでしかない。

 

なんとか原因を探ろうと身体を捩らせると胸から大量の血が出ていることに気付く。

 

恐らく原因はこれだ。いつ、どんな風に食らったかは分らないが俺の胸には今小さな穴が1つ空いている。

 

恐らく心臓にも風穴を開けているであろうこの穴を塞ぐ手段を俺は持ち合わせていなかった。

 

「あら、まだ生きているのね。確実に心臓を貫いたのに、しぶといこと」

 

「……なぜ…どう…やって…」

 

意地の悪いこの女が答えるとも思えなかったが、それでも聞かずにはいられなかった。

 

俺はヤツの攻撃を完全に防いだはずだ。弾き漏らしはなかった。

 

「…敵に情報を与えるのは嫌でけど、最後だろうから教えてあげるわ。私の【魔弾姫】には相手に命中したという結果を作り出してから弾丸を放つ奥義がある。それを使用してあげたのよ」

 

やはりこいつは異常だ。インチキだ、チートでも使ってるんじゃないかと思うくらい理不尽だ。

 

こちらが使用した必殺スキルは意味をなさず、結局ヤツに致命傷を追わせることなく敗れた。

 

「…なぜ…俺たち…狙う…もういいじゃないか!……俺たちだって…この世界で…」

 

「貴方達が、最初の契約を守りさえすれば私は干渉しないわ。だけど、守らなかったじゃない貴方達」

 

「あんなの…無理に決まってる……だろ…」

 

1つの村を蹂躙し壊滅させた俺たちを、ものの3日で最初の全滅に追い込んだヤツが俺たちに突き付けた条件は3つ。1つ奴隷として売り払った村人の捜索と保護。1つ略奪した物品、財産のすべてを返却、既に紛失、喪失してしまった物に関しては同等品を返却。1つ死亡した村人1人につき遺族への謝罪として1億リル、生き残った村人についても2000万リルの補償金を払う事。

 

なお以下の条件を達成する上で略奪及びPK等の一切を禁じる。といったものだった。まず1つめの条件は<ヴァルハラ>という組織の協力もあって解決済み。2つ目の条件もクリアできる。だが3つ目の条件はクリアできない。

 

俺たちがあの村で殺したティアンの数は1000人を超す、生き残ったティアンも2000人以上がいる。それだけで1400億リルもの大金が必要になってくる。それだけの大金を略奪なしで集めるにはゲームを楽しむのを目的に過ごすのではなく贖罪を目的に過ごす羽目になる。そんな苦痛を自ら楽しむやつなんてそう居ない。

 

案の定仲間たちは皆この世界から離れて行ってしまった。

 

「別にできるか否かなんて事は問題じゃないのよ」

 

「じゃあなにが…」

 

「やるか、やらないか。これは私が貴方達に与える罰なのだからそのどちらしかないの。そして貴方達はやらなかった、だから私は貴方達を更に罰しただけのこと。」

 

「そんな…理不尽なことがあるか!」

 

「あるわよ、だって本質的には貴方達がティアンにやってきた事と変わらないもの」

 

時間を稼げは事態が好転すると思ったが、そう甘くはならしい。HPは増減を繰り返しながら徐々に0へと近付いている。それに増援が来る様子もない。

 

「ここまでか……」

 

「えぇ、そうね。サヨナラ」

 

ヤツは無慈悲にそう告げると俺の頭に突き付けた銃の引き金を引いた。

 

 



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〈超級激突〉後

更新が遅くなって本当に申し訳ありません


「はぁ、疲れた」

 

火照った体を冷やす為、ジャケットのボタンをはずしながら加奈はため息をつく。そして地面へ突き刺さっているビットへと寄りかかる。

 

『お疲れ様です、マスター』

 

加奈を気にかけ声をかけるヴァルキリアだが、彼女もかなりの重症を負っている。自身の身体を分割して出しているビットは半数近くが大破、残ったビットも戦闘に支障が無いが大小様々な傷が残ってしまっている。そのフィードバックがすべてヴァルキリアの身体へと押し寄せているのだ。

 

彼女の身体をを完全回復させるまでにはそれなりの時間を要することになるだろう。

 

『しかし、マスター《魔弾の射手》を使ってしまってよろしかったのですか?』

 

「仕方ないわ、あれ以上こちらの損害を拡げるのも嫌だったし、これ以上時間をかければ増援がくる可能性もあった。あれでベストよ」

 

《魔弾の射手》は【魔弾姫】の持つ奥義。射手が生涯で6発だけ放つ事の出来る因果逆転の魔弾を手に持った銃から放つ事が出来る。

 

6発しか放つことができないが、その効果は強大で相手に命中した事を確定してから放たれる弾丸は必中とも呼べる効果を持つ。故に回避する事は不可能、どれだけ素早く動いても、どれだけ遠くに行っても1度標的を定めた魔弾は地の果てであろうが標的を追い回し指定した部位を確実に貫く。

 

必中の魔弾は確かに強力だがいくつかの弱点を抱えている。

 

まず1つ、魔弾を放つためには相手を視認する若しくは何らかのマーキング等をする必要があるということ。

 

更に当てる部位を意識する必要があるため目視できていない部位だとその部位を正確に認識しなくてはならない。その為、初見のモンスター等が相手だと効果を十分に生かせない事が多い。

 

2つめは《魔弾の射手》はあくまで弾丸に必中の付与をするだけであって魔弾の威力は弾丸本来が持つエネルギーに依存するということ。

 

その為、命中する前に弾丸が持つエネルギー以上の攻撃に接触すれば弾丸はその存在を維持出来ずに消滅する。更に相手の防御力が弾丸の威力を大幅に上回っていれば弾丸は指定した部位を貫けずに魔弾は効力を失ってしまう。例え心臓や脳を目標にしたところで魔弾の持つ威力を大幅に上回る防御力を持たれると魔弾は目標に到達する前にエネルギーを使い果たして消滅してしまう。

 

そして3つめ、これが最も大きいデメリットで、1発撃つ事にHP、MP、SPを除く全てのステータスが1/6ずつ減少していくということ。

 

たとえ<マスター>であっても減少したステータスは1度死亡しても復活時に回復することは無い。ステータスを元に戻す唯一の方法は6発全ての魔弾を撃ち尽くし復活するしかない。しかし、魔弾は1日最大でも2発までしか撃てない。その為、全弾撃ち尽くすまで最短でも3日はかかる。

 

「さてと、増援に行きたいところだけど…」

 

『その必要は無いみたいですね』

 

加奈とヴァルキリアの視線の先では、巨大な無限軌道で大地を踏み締める陸上戦艦がフランクリンのパンデモニウムから吐き出されたモンスター群を、艦体の両側にある五連装砲塔で若しくは無数の発射管から放たれるミサイルで、それでなければ装甲の各部から現れるセントリーガンのレーザーで砕き、焼き、切り裂いている。

 

そこで行われているのはただの蹂躙。先ほどまでギデオンの街を焼き尽くそうと殺到していたモンスター達は加奈とヴァルキリアが殲滅していた速度以上で消し去られていた。

 

「あぁ、これじゃあシュウの出費が凄いことになりそうね。…こうならない為にわざわざ出張ってきたんだけど無駄になっちゃったかなぁ」

 

『今後の事を考えるとシュウ様の貯蓄が心配ですね』

 

「まあ、最悪の場合<エインヘリャル>から物資の支援をしましょう。彼が全力を出せるか否かはこの国の戦力に大きく関係するしね」

 

『かしこまりました。この騒動が終了したのち、<エインヘリャル>の資材備蓄と資金状況を今一度確認します』

 

「そうなると彼らも招集してどの立場に身を置くかか確認しないとね」

 

『<ワルキューレ>を招集するのですか?』

 

「えぇ、ドライフに所属しているメンバーもいるし参加するのか傍観するのか決めてもらわないと」

 

<ワルキューレ>は<エインヘリャル>の組織内にある上級職の<マスター>で構成される部隊。所属しているメンバーの所属国や組織はバラバラで、一定基準以上の能力があること、<エインヘリャル>の害になる行動をしない事この2点を守れば入ることが出来る。

 

<エインヘリャル>の害になる行動をしない事でティアンを無差別に殺害するような行動はとれなくなるが、<ワルキューレ>に所属するだけで、情報収集や金銭の貸し出し、道具の調達に、人員の貸し出しなど

<エインヘリャル>から様々な支援を得ることが出来る。

 

メンバー達は普段<ワルキューレ>と何も関係のない活動をしている者が多いが、<エインヘリャル>からの要請か隊長である加奈の招集がある時は半強制的に活動をすることとなる。

 

メンバーは要請や招集に対し参加するか傍観するかを選ぶことができる。参加すれば報酬が出る他、任務の達成度合いによっては特別報酬が出る為、参加する者が多い。

自分の所属している国が標的となることもある為、傍観も選ぶことが出来る。傍観を選ぶと報酬を得る事は出来ないが、敵対行為をしなければ特にデメリットもない。

 

しかし敵対した場合はメンバーから除外され<エインヘリャル>からの支援や各国にある拠点等も使用できなくなる。それ以外にも<エインヘリャル>の内部情報を漏らせば、この世界にいる間常に<エインヘリャル>から監視され、クエストの妨害や<ワルキューレ>が追手として報復行為を行う。

 

もしドライフ皇国との戦争が開始された場合、加奈はアルター王国側に立ち参加するつもりであった。<ワルキューレ>のメンバーに参加要請を出すかは決めかねているが、ドライフ皇国側で参加することはさせないつもりだ。

 

今回のギデオン襲撃にドライフ皇国の影があるのはフランクリンの立ち回りから明らかだ。デンドロの世界であるからこそフランクリンの行動は<マスター>の暴走と言い張ること出来るかもしれないが、これは明らかな戦線布告、開戦の狼煙に他ならない。

 

そして今回、フランクリンの目的が王女の誘拐であることは行動から想定できる。上手くアルター王国の士気を砕く事が出来ればよし、そうでなくても王女の誘拐さえ成功してしまえば、彼女を人質にすることもできる、さらに殺してアルター王国の退路を断つという使い方もできる。使いどころがいくらでもある彼女の身柄は持っているだけで強力なカードになりうる。

 

「……他の都市へ攻撃かあるいは第二攻勢でもあるかと思ったのだけれどもそんな気配はないわね」

 

『そうですね、ギデオンの周辺は未だ騒がしいですが、この都市から離れると静かなものです』

 

今回の事件にドライフの影がちらつくならばタイミングをずらしての第二攻勢や、他の都市への攻撃などの可能性が十分にあった。なにせ闘技場の地下に自爆用のモンスターを配置し“物理最強”までもを送り付けているのだ、こんな状況で次の攻撃に備えないほど私は間抜けではない。

 

わざわざデメリットのある《魔弾の射手》を使用してまで【蛮族王】との戦闘を切り上げたのは、《魔弾の射手》が持つもう一つの効果を得るためになるべく残弾を減らしておきたかったと言う思惑と、この後にあるかもしれない第二攻勢に備える為と言う理由があった。

 

前回の戦争でアルター王国の力をそぎ取ったドライフ皇国からすればこれをきっかけに他の都市に対して<マスター>を使った攻勢をかけてもおかしくはない。

 

複数の地点へ攻撃を仕掛け戦力が分散したところで一気に首都を制圧。そうすれば<戦争結界>など使わなくても戦争が起きる前に国が亡びる。

 

狙うならば確実にこのタイミングだと思う、フランクリン一人に対し複数の<マスター>も疲弊し<超級>が3人もこの地に拘束されている。

 

私ならばこのタイミングで一度威力偵察を行うのだけれども、本当にフランクリンの独断なのか、はたまたドライフ皇国内の派閥争いでもあるのかそれを知るすべが無い今、判断する事は出来ないが、少なくとも現段階では第二攻勢が始まる兆候はない。

 

まあ、最悪の場合を警戒して<エインヘリャル>の即応部隊には既に戦闘配置の指示している。ここ以外で騒動が起こればばすぐに駆け付けて時間稼ぎくらいはできるはずだ。

 

『この後、次の攻撃があると思いますか?』

 

「どうでしょうね、ここまで念入りに立てた作戦。王女の誘拐が目的だったとしても。私なら他の都市に対して同時に攻撃を仕掛けてるところだけど……何らかしらで手を出せない理由があるのかもね」

 

偶然にもこのギデオンには王国側の超級が3人も集まっている。私やシュウはそれなりに損害を出しているし、王国側の戦力を削るのならこのタイミングを逃すのは惜しい。

 

しかし、私やシュウが居合わせ、フランクリンの計画を邪魔しているのはあくまでも偶然であり、フランクリンの反応からもこの作戦が囮だと言うことは無いだろう。だとすればこの後に他の都市に攻撃を加える可能性は非常に低いとも思える。

 

「ここまで待て増援が来ないのなら恐らくは次は無いでしょうね。私達が現れたのはあちらにとっても誤算だろうし、こちらが優勢になりつつある現状で不用意に戦火を広げれば、他の戦力が介入する隙を見せる事になる。自国の事を考えるのならこれ以上の冒険は避けるでしょう」

 

『そうだといいのですが、正直な話、私も今から連戦するのはきついですから』

 

「それは、同じくよ。まあ、でももし次の攻撃があるようならドライフ皇国に潜伏している<エインヘリャル>構成員にもう一仕事頼みましょう」

 

『次は城壁でも壊しますか?』

 

「いえ、城を落とすわ。全損無理だろうけど、その為の準備は既に終わっているしね」

 

フランクリンのホームを爆破したのも皇王宮を破壊しようとするのもすべて全国に散らばる<エインヘリャル>の構成員のおかげだ。

 

大衆に紛れ加奈の合図で行動を開始するティアンを中心とした戦士達。彼らと<ワルキューレ>が居るからこそ<エインヘリャル>は孤児院の運営から商売まで手広く活動できているのだ。

 

『ドライフに居る構成員には負担がかかってしまいますね』

 

「そうね、今夜が終われば彼らにはしばらく退避してもらうことになることだしかなりの無理をさせる事になりそうね。まあ、それはアルターにいる者達もだけど」

 

この事件を皮切りに戦争ムードは両国共に高まることになろうと加奈は予測する。アルター王国がどれだけ戦争を避けようともこの戦争は始まる。そしてドライフ皇国がこういったアクションを起こしてくるとなると開戦までの猶予はそれほど長くない。

 

なるべくなら<エインヘリャル>に関わるティアンは戦争に関わることなく他国へと避難してほしいものだ。

 

『それにしても戦争ですか……嫌ですね』

 

「えぇ、本当に嫌になるわ」

 

「……」

 

人の命も物資も、資金さえもが簡単に失われてしまう人類で最も愚かな消費行為。現実だろうがこちらだろうがやらなくて良いのならばやらないに越したことはないのだ。

 

数秒の沈黙が流れる。ギデオン外壁部ではいまだに戦闘の光と戦闘音が鳴り響いていた。

 

「さて、まだ戦闘は終わってないわ。ヴァル行けるかしら?」

 

『もちろんです』

 

この後に訪れるであろう戦争の足音を微かに聞きながら、加奈とヴァルキリアは戦闘が続く戦場へと戻っていくのだった。

 

□■<ジャンド草原>

 

<ジャンド草原>での戦いは、終結を迎えようとしていた。

 

 五万五千を数えたフランクリンのモンスター軍団は【破壊王】の手によって半数を倒され、残る半数も態勢を整えた<マスター>と未だ健在の【破壊王】によって徐々に掃討されている。

 

「こっちも大分片付いたわね」

 

草原を蹂躙している陸上戦艦の甲板へと降り立った加奈とヴァルキリアは大量の重火器で蹂躙されている

<ジャンド草原>を見てため息を漏らす。

 

「まあ、お前たちが大暴れしたお陰もあるし、コイツも出したのもある」

 

「あら、シュウ調子よさそうね」

 

「そっちはずいぶんとボロボロになったな」

 

加奈達が後ろを振り向けば頭の上半分を覆うように熊の頭部の皮を被った長身の男、シュウ・スターリングが立っていた。

 

「まあね、ちょっと相性が良くなかったみたい。それに圧倒的な戦力差を見せおかないと繰り返しになりそうな感じもあったしね」

 

「おお、怖い怖い。ってかそこまで追い込むお前が悪い」

 

爆発と熱線が降り注ぎ、人々の熱狂とモンスターの悲鳴が響き渡る<ジャンド草原>とは違い陸上戦艦の甲板上では線上にいるとは思えない緩やかな空気が流れていた。

 

「それは酷いわ。私は彼らに決して無理なお願いはしていないはずだもの」

 

「ハハハ、まあそうだろうな。俺やお前からすれば大したことない要求だったろうよ。まあ、そんなことはどうでもよくて、お前さんが爆破した建物は本物か?」

 

先ほどまで雑談をしながら緩やかに流れていた筈の空気がシュウの言葉が進むと同時に重くなっていく。気の弱い者ならその空気に当てられただけでも意識を失ってしまうほど重厚な空気が甲板上を支配している

 

「勿論、本物よドライフにいる<エインヘリャル>工作員に指示をして爆破してもらったのよ」

 

この重苦しい空気の中、加奈は何事もないかのようにシュウの質問に答える。

 

「それじゃあフランクリンのやってることと何も変わらねぇだろ!!」

 

先ほどまで笑顔で笑っていたシュウは怒りを露わにして加奈の胸倉を掴む。

 

シュウの突然の行動に対し、加奈は一切の抵抗をせず、ただなされるがままに胸倉を掴まれ身体を宙に浮かせる。

 

「もちろんシュウの言いたいことも分かる。しかし目には目を歯には歯をよ。こちらが報復もせずに守ることだけを貫き通せばドライフ皇国は調子づき、勢いのままこの国は蹂躙されるだけになるわ」

 

「だからと言って無関係な市民を巻き込んでいいわけじゃない」

 

ヴァルキリアが心配そうに加奈を見るが加奈はヴァルキリアに一度だけ視線を向けてシュウへと向き直る

 

「私だって無関係な人々を巻き込みたいわけじゃない。けれど今回の作戦がアルター王国攻略に有効であり、しかも被害も<マスター>とその資材のみだと分かればドライフ皇国は繰り返しこの戦術を使うでしょう」

 

今回の襲撃事件にドライフ皇国が明らかに関与していると分かっていてもそれを関連付ける証拠がない。いくらクランクリンやその他<マスター>を尋問して情報を吐かせてもドライフが関与の否定を続ければそれ以上問い詰める事も出来なくなる。

 

そうなればこの戦術が使えなくなるまでドライフは繰り返し同じようなことを繰り返すだろう。アルターに見切りをつけた<マスター>達にドライフへの移住を条件に様々な街で暴れさせてもいい。失敗した者は切り捨てて成功した者だけを迎え入れれば自分たちへの関与も否定でき、戦力の強化にもなる。

 

そうさせない為にもドライフには知っていてもらわないといけない。アルターにも確固たる証拠が無くても攻撃を仕掛けてくる頭のネジが外れかかっている<マスター>が居ると言うことを。この戦術には大小なり被害が生じるものだと言うことを。

 

「力を見せなければ繰り返しやられるわよ。ドライフもそうだしそれ以外の国も人員を割いて来ている。ただ守るだけじゃ更なる被害を生むことになる」

 

「チッ、わかってる。わかってるさ、ただの八つ当たりだ気にしないでくれ。」

 

加奈の言葉を聞いたシュウはバツの悪そうな顔をしながら加奈を掴んでいた手を放す。約1M程の高さまで持ち上げられていた加奈は重力に従って落下し、華麗に両足を甲板へと着けた。

 

「もう、この戦争は止められないわ。元より前回の戦争でこの国を亡ぼすつもりだったドライフもちろん。この事件でアルターも引けなくなったでしょう」

 

「だろうな」

 

シュウは大げさに両手を上げながらやれやれといった様子で返事を返す。

 

「それで、貴方には今回の出費なるべく抑えて欲しかったのだけども、どうかしら?私の介入で少しは出費が抑えられた?」

 

シュウに持ち上げられたことで乱れた衣服をヴァルキリアに整えてもらいながら加奈はシュウに問いかける。

 

闘技場に紛れている化け物達の問題も含めこれから起こるであろう戦争で全ての戦線を抑えきる自信が加奈にはなかった。【獣王】を始めとしたドライフ<超級>達彼らを抑えるにはシュウの力が必要不可欠だ。その為にシュウにはなるべく消費を抑えて貰いたいという思いが加奈の中にあった

 

「さあ、どうだろうな。お前さんが参加してない場合の物資消費量が分からんから何とも言えんが。物資の補充をしなくても戦争はギリギリ耐えられるぐらいには抑えられたと思う」

 

「そう、ならよかった」

 

闘技場に居る厄介者に対処できるのはシュウだけだ。奴がどう出るかによってはシュウは物資の補給に向かえない可能性もある。

 

「そういうお前さんはどうなんだ?かなりMPを消費したんじゃないか?正直のところ戦力は1人でも多く欲しい俺が消費を抑えてもお前が戦えなければ意味がないぞ」

 

「……幸いMPの消耗はかなり抑えられているわ、ヴァルの損傷が激しいだけでMP自体は1週間程の時間をくれれば全快する。問題があるとすれば中央大闘技場にいる厄介者がそれを許してくれるかだけれど」

 

せっかく〈墓標迷宮〉でドラゴン達を狩って得たMPは既に大半を消費してしまっている。残った指輪は3つと少し、ヴァルキリアが自身のMPを使用したという事もあって今回はMPの消耗が少ない。

 

「こんなことなら【ゴゥズメイズ】との戦闘で遊ばなきゃよかったわ」

 

「まったくだ、レイから話は聞かせてもらったが、お前さんが本気を出せばあんな個体者の数分で塵になってただろ。久々にこっちの世界に来たからって遊び過ぎたな」

 

シュウの言っている事は最もで《ブリュンヒルデ》を最大稼働させていれば【ゴゥズメイズ】なんてすぐに撃破できた。しかしそうしてしまえば中にいた子供たちごと山賊団の拠点も消してしまっていただろう。

 

「少しレイ君の眩しさにあてられたかもしれないわね」

 

「まあ、それは少し分かるな。最後はレイに譲っちまったしな」

 

 

シュウがそう言うと同時にそびえたつパンデモニウムへと視線を向ける。それにつられて加奈もそちらへと視線を向ける。そこでは今まさに半壊した<マジンギア>と満身創痍のレイ・スターリングが最後の戦いに身を投じていた。

 

「どうやらお姫様の奪還は無事に済んだようね」

 

「そのようだな。あっちもじきに終わるだろう」

 

半壊したとはいえカスタムされた<マジンギア>との戦闘だ、レイが負ける可能性も十分にある。しかしシュウの顔はレイが負ける事など一切考えていないような不敵な笑みを浮かべている。

 

「貴方も随分と甘いようで」

 

「…かもな」

 

そんな会話をしている内にパンデモニウムを上部が一瞬光り、次の瞬間には光の塵となって消え失せる。

 

 

「どうやら闘技場の方は問題ないみたいね。これからの事を考える方が嫌だけど」

 

「あっちはフィガ公達が上手くやったんだろう。しかし、やっと終わりだな」

 

フランクリンが放った最後のモンスターが<マスター>達によって倒されたことでアルター側の勝利が確定する。

 

ギデオンの内部も街の周辺でも特に目立った動きはなく。援軍や更なる攻撃が開始される兆しもない。

 

これにて 決闘都市大規模テロ計画“フランクリンのゲームは終結したのだった



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